加藤太一 (京都大学理学研究科)
(本ページの内容への問い合わせ先: tkato@kusastro.kyoto-u.ac.jp
著者の所属する ML Kbird への投稿の形でも歓迎。他の方の意見も仰げるかも知れない)
(2025-06-09改訂)
◆ご紹介
本ページはくまたか/日本野鳥の会筑豊支部にかつて掲載された「野鳥の学名入門」を元に内容の改訂・備考の追記を行って作成しているものである。
日本鳥類目録 改訂第7版と第8版をベースとしているが世界の分類動向など最新情報も紹介している。
掲載順は日本鳥類目録改訂第7版であるが、#第8版配列のリンクに第8版掲載順の一覧を示してあり、どちらからでも参照できる。
学名と解説は第7版、第8版ともに掲載している。#第8版新規掲載種 (最後に付記) も付記しており、(外来種は除く) 第8版の亜種を含む学名辞典としても活用いただけると思う。
第8版で#検討種一覧と若干の考察も追記した。
作成に当たっては日本野鳥の会筑豊支部および (旧)「野鳥の学名入門」作者の了承を得ている。現在は各種情報追記などの作業中であるが、すでに記述した部分だけでも有益な情報が含まれていると考えられるため、公開とともに逐次改訂を進めている。
補足の大部分の記述は著者自身が調査したものであるが、一部の (主に伝聞) 情報には出典がわからなくなっているものも含まれており、適切な引用先をご存じの方はご一報いただければ幸いである。
当初は改訂第7版をベースとしていたが、本稿準備中に日本鳥学会による日本鳥類目録第8版和名・学名リスト公開 (2023年9月30日) が行われ、「やむを得ない場合の修正を除いて、第8版の掲載順や分類、和名については本リストに従います」とされている (このリストの掲載順は IOC 13.2 に準拠とのこと)。さらに第二回パブリックコメントに向けた暫定リスト (2023年10月31日。国内分布情報、学名の著者情報を追加) が発表されている。
その後「一部学名の変更の見込みについて」(2023年11月28日) が発表された。
第2回パブリックコメントが発表された (2024年4月1日)。学名の一部修正と国内分布情報の追加が行われた。目録第8版の出版は2024年9月に行われた。
ちなみに IOC は国際鳥類学委員会 (International Ornithological Committee) の略。現在は IOU 国際鳥類学者連合 (International Ornithologists' Union) の名前になっているが、チェックリストの名前を呼ぶ時は IOC が使われている。IOC World Bird List から最新の分類を知ることができる。
本稿では改訂第7版時代の資料性も保持するため配列順 (および掲載種。一部例外を含む) は改訂第7版を維持し、学名等に関する記述も改訂第7版・第8版の両者を含む形とした。
更新途中時点での情報は「日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)」「日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)」して表記した。これは日本鳥類目録第8版の最終版を意味するわけでないことにご留意いただきたい (参考文献参照)。その後目録第8版が出版され、第7版から変更があるものは最終版への変更を反映している (まだ作業もれが残っているかも知れない)。
学名・和名・英名索引を更新!。学名は第7版以降のもののみ含めた。さらに古くは別の概念を指していたこともあるので注意。
検討種は8版のみで学名は IOC に合わせてある。
「野鳥の学名入門」との連続性を保つため現在使われる名称でなくても古い時代の英名も含めている。特別な注釈のないものは同じ英名が使われている。分離などによって過去の英名が現在では別の種を指すこともあるので注意。
英名索引ではかなり古い名称を見出しに含めたものもある。これは英語の表現の面白さや現在の名称を理解する上の手がかりとなるものが含まれるため。例えば学名の種小名でも過去に使われたがシノニムなどの理由で使われなくなった種小名を修飾した学名がしばしば現れる。
英名でも同様で過去の経緯が引き継がれている場合もある。古くから使われていた別種の名称に対比にする形で付けられた名前が残り、古い方の名称が別名に整理されたなどの場合に該当する。
また英国では該当種が1種で1語で十分だったが、北米で該当種が複数種あるため修飾が必要になったため名前が変わったものもある。
一方広範に分布する種類では英国式と米国式でそもそも違う単語を持ちいることもしばしばある (アビ類など)。これらもなるべく含めてある。IOC 名と eBird などの名称にしばしば違いがあるのはこれらの理由によるものが大きい。
英名は IOC リストなどで使われる英国式の綴りを主に用いている (色彩を表す grey と gray は grey に統一している)。米国式綴りでも英国文献に現れる場合は通常英国式に統一されるため。多少の例外もある。現れる種は日本産かそれに近い種なので、英名別名から何者かを想像してみるのは面白いクイズになるだろう。
このページ内へのリンク (備考参照など) には # を付けて外部ページへのリンクと区別している。これらのリンク先は [別ウインドウで開く] などで見ていただければ使いやすいと思う。
[#タカ類を新しい分類で見る]
(2024.3 掲載; 2024.8 亜科定義変更に基づく小さな修正あり; 2024.11 アメリカオオタカの位置を修正、伝統的チュウヒ亜科の説明追加) ← タカ類の最新の全分類はこちら [世界の共通リストを目指す AviList / WGAC でも採用され 2025 年前半にリリース予定。2024 年後半に IOC 14.2, Clements/eBird 2024 でも採用。GenBank Taxonomy でも採用 2025.3 確認。2025.4 海ワシ類の配列を Canatach et al. (2024) に揃えた]
[#鳥類系統樹2024] (2024.4)
◆索引
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A
B
- Baldpate (別名)
- Bargander (旧別名)
- Bee-eater, Blue-tailed (8版追加)
- Bee-eater, Rainbow
- Bergander (旧別名)
- Besra (ミナミツミ・かつてツミはこの亜種)
- Bird, Butcher (旧別名)
- Bird, Snake (旧別名)
- Bittern (旧)
- Bittern, Black
- Bittern, Chinese Little (旧)
- Bittern, Cinnamon
- Bittern, Eurasian (7・8版)
- Bittern, Schrenck's Little (旧)
- Bittern, Tiger (旧別名)
- Bittern, Von Schrenck's (7・8版)
- Bittern, Yellow (7・8版)
- Black-back, Lesser (旧別名)
- Blackbird (分離前・旧/米では別グループを指す)
- Blackbird, Chinese (分離前・8版)
- Blackbird, Common (分離前・7版・現ニシクロウタドリ?)
- Bluechat, Siberian (旧)
- Bluetail, Red-flanked
- Bluethroat
- Bonxie (広い概念の旧英別名・現キタオオトウゾクカモメ)
- Boobook, Northern (分離・8版)
- Booby, Brown (8版・IOC 分離)
- Booby, Cocos (IOC で分離)
- Booby, Masked
- Booby, Nazca (検討新規)
- Booby, Red-footed
- Boomer (旧)
- Brambling
- Brant (旧別名・北英・北米)
- Brent (別名)
- Bufflehead
- Bulbul, Black (検討継続)
- Bulbul, Brown-eared
- Bulbul, Chinese (旧)
- Bulbul, Light-vented (7・8版)
- Bullfinch (旧)
- Bullfinch, Eurasian (7・8版)
- Bunting, Black-faced (分離・8版シベリアアオジ)
- Bunting, Black-faced (分離前・7版種アオジ・分離・8版シベリアアオジ)
- Bunting, Black-headed
- Bunting, Chestnut
- Bunting, Chestnut-eared (7・8版)
- Bunting, Common Reed (7・8版)
- Bunting, Crested (検討移行)
- Bunting, Grey
- Bunting, Grey-headed (旧)
- Bunting, Grey-hooded (旧広義別名)
- Bunting, Grey-hooded (旧広義別名)
- Bunting, Grey-necked
- Bunting, Japanese Reed (7版旧)
- Bunting, Japanese Yellow (7版旧)
- Bunting, Lapland (別名)
- Bunting, Little
- Bunting, Masked (分離・8版アオジ)
- Bunting, Meadow (7・8版)
- Bunting, Ochre-rumped (8版)
- Bunting, Ortolan
- Bunting, Pallas's Reed
- Bunting, Pine
- Bunting, Red Headed
- Bunting, Reed (旧)
- Bunting, Rustic
- Bunting, Siberian Meadow (別名)
- Bunting, Snow
- Bunting, Tristram's
- Bunting, Yellow (8版)
- Bunting, Yellow (キアオジ旧別名)
- Bunting, Yellow-breasted
- Bunting, Yellow-browed
- Bunting, Yellow-throated
- Burgomaster (旧別名)
- Burrough-Duck (旧別名)
- Bush-Robin, Northern Red-flanked (分離時旧別名)
- Bush-Warbler, David's (検討継続・別名)
- Bushchat, Grey (別名)
- Bushchat, White-throated (検討継続)
- Bustard, Great
- Bustard, Little
- Bustard-quail, Common (別名)
- Buttonquail, Barred (7・8版)
- Buttonquail, Yellow-legged (検討新規)
- Buzzard (旧・分離前)
- Buzzard, Asiatic Honey (旧別名)
- Buzzard, Common (7版旧・分離前)
- Buzzard, Crested Honey (8版)
- Buzzard, Eastern (分離・8版)
- Buzzard, Eastern Honey (別名)
- Buzzard, Grey-faced (7・8版)
- Buzzard, Himalayan (ヒマラヤノスリ・亜種/別種?/分類次第)
- Buzzard, Honey (旧・分離前・7版)
- Buzzard, Japanese (分離前亜種または分離別名)
- Buzzard, Javan (旧別名 Seebohm 時代)
- Buzzard, Mongolian (別名)
- Buzzard, Oriental Honey (別名・eBird)
- Buzzard, Rough-legged
- Buzzard, Siberian (旧別名 Seebohm 時代)
- Buzzard, Siberian Honey (亜種または分離の概念あり)
- Buzzard, Upland
- Buzzard-eagle, Grey-faced (旧)
C
- Calloo (英地方名)
- Canvasback
- Chaffinch, Common (7版)
- Chaffinch, Eurasian (8版)
- Chat, Grey Bush (7・8版)
- Chat, Pied Bush
- Chatterer, Bohemian (旧別名)
- Chiffchaff (旧)
- Chiffchaff, Common (7・8版・分離しない場合)
- Chiffchaff, Siberian (亜種または分離する場合)
- Cisticola, Zitting (分離・7・8版)
- Clinker (旧別名)
- Cock, Ouzel (分離前・旧別名)
- Cock, Water (旧)
- Coot (旧)
- Coot, Eurasian (7・8版)
- Corbie (旧英・複数種を含む)
- Corbie (旧英・複数種を含む)
- Cormorant (旧)
- Cormorant, Black (旧別名・オーストラリア名)
- Cormorant, Common (旧)
- Cormorant, European (旧・米)
- Cormorant, Great (7・8版)
- Cormorant, Great Black (旧別名)
- Cormorant, Japanese
- Cormorant, Large (インド名)
- Cormorant, Pelagic
- Cormorant, Red-faced
- Cormorant, Temminck's (旧別名)
- Corncrake (別綴・8版追加)
- Coucal, Lesser
- Coween (旧別名)
- Cracke, Band-bellied
- Crake, Ashy (旧別名)
- Crake, Baillon's (7・8版)
- Crake, Banded (広義旧別名)
- Crake, Corn (8版追加)
- Crake, European Corn (別名・8版追加)
- Crake, Lesser Spotted (旧別名)
- Crake, Marsh (旧・別名)
- Crake, Ruddy (旧別名/現ズグロコビトクイナ)
- Crake, Ruddy-breasted (7・8版)
- Crake, Slaty-legged
- Crake, Slaty-legged Banded (旧別名)
- Crake, Spotted (検討移行)
- Crake, Tiny (旧)
- Crake, White-browed (7・8版)
- Crane (旧英)
- Crane, Canadian (旧別名)
- Crane, Common
- Crane, Demoiselle
- Crane, Eastern Eurasian (亜種)
- Crane, Eurasian (別名)
- Crane, Great White (旧別名)
- Crane, Hooded
- Crane, Japanese (旧)
- Crane, Manchurian (旧別名)
- Crane, Red-crowned (7・8版)
- Crane, Sandhill
- Crane, Siberian
- Crane, Siberian White (旧別名)
- Crane, White-naped (7・8版)
- Crane, White-necked (別名)
- Creeper, Brown (同種時代米/現アメリカキバシリ)
- Creeper, Nettle (旧別名・検討新規)
- Creeper, Tree (旧)
- Crossbill (旧英)
- Crossbill, Common (旧)
- Crossbill, Red (7・8版・米名由来)
- Crossbill, Two-barred
- Crossbill, White-winged (別名)
- Crow, Carrion
- Crow, Common (ヨーロッパのものを指して使われることがあった)
- Crow, Grey (亜種ズキンガラス旧英名/リストにより分離)
- Crow, Hooded (亜種ズキンガラス/リストにより分離)
- Crow, Jungle (旧・分離前)
- Crow, Large-billed (分離・7・8版)
- Crow, Oriental (亜種?別種?・分離候補)
- Crow, Royston (亜種ズキンガラス旧英名/リストにより分離)
- Crowned-Warbler, Temminck's (旧別名)
- Cuckoo (旧)
- Cuckoo, Chestnut-winged
- Cuckoo, Common (7・8版)
- Cuckoo, Drongo
- Cuckoo, Himalayan (分離後/現ヒマラヤツツドリ)
- Cuckoo, Hodgson's Hawk (旧・分離前/現インドシナジュウイチ)
- Cuckoo, Horsfield's (別名)
- Cuckoo, Jacobin (検討継続)
- Cuckoo, Large Hawk
- Cuckoo, Lesser (7・8版)
- Cuckoo, Little (旧)
- Cuckoo, Long-tailed (7版)
- Cuckoo, Oriental
- Cuckoo, Pacific Long-tailed (8版)
- Cuckoo, Pied (検討継続・別名)
- Cuckoo, Plaintive (8版追加)
- Cuckoo, Red-winged Crested (旧別名)
- Cuckoo, Short-winged
- Cuckoo-Dove, Philippine (検討継続)
- Cuckooshrike, Black-winged
- Cuckooshrike, Lesser (分離前旧/現コアサクラサンショウクイ)
- Curlew (旧)
- Curlew, Australian (旧別名)
- Curlew, Black (8版追加・旧別名)
- Curlew, Bristle-thighed
- Curlew, Eastern (旧概念)
- Curlew, Eurasian (7・8版)
- Curlew, Far Eastern (7・8版)
- Curlew, Little (7・8版)
- Curlew, Pygmy (旧別名)
- Curlew, Slender-billed
D
- Dabchick (旧英)
- Daw (旧英・分離前)
- Dipper, Asiatic (旧別名・米由来?)
- Dipper, Brown
- Dipper, Pallas's (旧別名)
- Dishwasher (旧別名)
- Diver, Black-throated (米)
- Diver, Great Northern (米)
- Diver, Pacific (米)
- Diver, Red-throated (米)
- Diver, White-billed (米)
- Dollarbird (別名・Avibase)
- Dollarbird, Oriental (7・8版)
- Dotterel (別名)
- Dotterel, Eurasian
- Dotterel, Ring (英旧別名)
- Dove, Asian Emerald (別名)
- Dove, Black-chinned Fruit
- Dove, Collared (旧)
- Dove, Collared Turtle (旧別名)
- Dove, Common Emerald (8版)
- Dove, Eastern Collared (旧別名)
- Dove, Emerald (7版旧)
- Dove, Eurasian Collared
- Dove, Green (別名)
- Dove, Green-backed (別名)
- Dove, Green-winged (別名)
- Dove, Grey-capped Emerald (別名)
- Dove, Leclancher's (別名)
- Dove, Oriental Turtle
- Dove, Red Collard (8版)
- Dove, Red Turtle (7版)
- Dove, Red-collard (別綴)
- Dove, Rock
- Dove, Rufous Turtle (旧別名)
- Dove, Spotted (検討継続)
- Dove, Stock
- Dowitcher, Asian (7・8版)
- Dowitcher, Asiatic (旧)
- Dowitcher, Long-billed
- Dowitcher, Short-billed
- Draw-water (旧別名・検討継続)
- Drongo, Ashy (7・8版)
- Drongo, Black
- Drongo, Hair Crested
- Drongo, Pale Ashy (旧)
- Duck, American Black (検討新規)
- Duck, Brahminy (インド名)
- Duck, Burrow (旧別名)
- Duck, Eastern Spot-billed (7・8版)
- Duck, Falcated
- Duck, Ferruginous (7・8版)
- Duck, Harlequin
- Duck, Lesser Tree (別名)
- Duck, Lesser Whistling
- Duck, Long-tailed
- Duck, Mandarin
- Duck, Philippine
- Duck, Ring-necked
- Duck, Spot-billed (旧・分離前)
- Duck, Spotbill (旧・分離前)
- Duck, Tufted
- Dun-Fly-catcher (旧別名)
- Dunlin
- Dunnock, Alpine (別名)
- Dunnock, Siberian (別名)
E
- Eagle, American (別名)
- Eagle, Bald
- Eagle, Black (若鳥英旧別名/同名は現カザノワシ名称/コシジロイヌワシの別名)
- Eagle, Crested Serpent
- Eagle, Eastern Imperial (分離・7・8版)
- Eagle, Fish (旧別名)
- Eagle, Golden
- Eagle, Greater Spotted
- Eagle, Grey Sea (旧米)
- Eagle, Hodgson's Hawk (別名)
- Eagle, Imperial (旧・分離前)
- Eagle, Japanese Golden (亜種イヌワシ)
- Eagle, Mountain Hawk
- Eagle, Pacific Sea (別名)
- Eagle, Sea (旧)
- Eagle, Spotted (旧・分離前)
- Eagle, Steller's Fish (別名)
- Eagle, Steller's Sea
- Eagle, Steppe (検討継続)
- Eagle, Tawny (検討継続・旧概念ソウゲンワシ/分離・現アフリカソウゲンワシ/サメイロイヌワシ)
- Eagle, White (イヌワシの白変型?)
- Eagle, White-headed (別名)
- Eagle, White-headed Fish (別名)
- Eagle, White-headed Sea (別名)
- Eagle, White-shouldered Imperial (ニシカタシロワシの旧別名)
- Eagle, White-shouldered Sea (別名)
- Eagle, White-tailed
- Eagle, White-tailed Fish (別名)
- Eagle, White-tailed Sea (別名)
- Egret, Cattle (分離前・7・8版)
- Egret, Chinese
- Egret, Common (別名)
- Egret, Eastern Cattle (IOC 分離)
- Egret, Eastern Great (亜種または別種チュウイサギ)
- Egret, Great
- Egret, Great White (別名)
- Egret, Indian Cattle (旧別名)
- Egret, Intermediate (7・8版)
- Egret, Large (別名)
- Egret, Little
- Egret, Medium (IOC)
- Egret, Plumed (同種時代オセアニア/分離後オーストラリアチュウサギ)
- Egret, Swinhoe's (旧別名)
- Egret, Yellow-billed (同種時代アフリカ/分離後アフリカチュウサギ?)
- Eider, Common (検討継続)
- Eider, King
- Eider, Steller's
- Erne (別名)
F
- Fairytern, Indo-Pacific (分離案あり)
- Falcon, Amur
- Falcon, Eastern Red-footed (別名)
- Falcon, Gyr (別綴)
- Falcon, Jer (別綴)
- Falcon, Manchurian (旧別名)
- Falcon, Manchurian Red-footed (旧別名)
- Falcon, Peregrine
- Falcon, Red-footed (旧・分離前/現ニシアカアシチョウゲンボウ)
- Falcon, Saker (検討移行)
- Falcon, Stone (若鳥旧別名)
- Felfer (旧別名)
- Felt (旧別名)
- Fieldfare
- Finch, Asian Rosy (7・8版)
- Finch, Long-tailed Rose
- Finch, Rosy (旧)
- Finch, Scarlet (旧別名)
- Firetail (旧別名)
- Flamingo, European (別名・検討新規)
- Flamingo, Greater (検討新規)
- Flycatcher, Amur Paradise (分離・検討新規・記録種?)
- Flycatcher, Asian Brown (7・8版)
- Flycatcher, Asian Paradise (分離前・検討新規・分離後未定)
- Flycatcher, Asiatic Paradise (分離前・別名・検討新規・分離後未定)
- Flycatcher, Black Paradise (8版)
- Flycatcher, Blue-and-white
- Flycatcher, Broad-billed (旧別名)
- Flycatcher, Brown (旧)
- Flycatcher, Brown-breasted (8版追加)
- Flycatcher, Brown-chested Jungle (検討新規)
- Flycatcher, Chinese (分離・検討継続・別名)
- Flycatcher, Dark-sided (7・8版)
- Flycatcher, European Pied
- Flycatcher, Ferruginous
- Flycatcher, Green-backed (分離・検討継続)
- Flycatcher, Grey-spotted (旧)
- Flycatcher, Grey-streaked (7・8版)
- Flycatcher, Indian Paradise (分離・検討新規・記録種ではない?)
- Flycatcher, Japanese Paradise (7版旧)
- Flycatcher, Mugimaki
- Flycatcher, Narcissus
- Flycatcher, Red-breasted (旧・分離前/分離・7・8版ニシオジロビタキ)
- Flycatcher, Ryukyu (分離・8版)
- Flycatcher, Siberian (旧別名)
- Flycatcher, Sooty (旧名/現ススチャヒタキ)
- Flycatcher, Spot-breasted (旧別名)
- Flycatcher, Spotted
- Flycatcher, Taiga (分離・7・8版オジロビタキ)
- Flycatcher, Tricolor (旧・属統合・先取権問題由来)
- Flycatcher, Verditer
- Flycatcher, Yellow-rumped
- Frigatebird, Christmas (検討継続)
- Frigatebird, Christmas Island (検討継続・別名)
- Frigatebird, Great
- Frigatebird, Lesser
- Fulmar (旧)
- Fulmar, Northern (7・8版)
G
- Gadwall
- Gallinule, Common (同種時代米名・現アメリカバン)
- Garganey
- Gawk (旧英地方名)
- Godwit, Bar-tailed
- Godwit, Black-tailed
- Godwit, Hudsonian
- Godwit, Red (旧別名・夏羽)
- Godwit, Red (旧別名・夏羽)
- Goldcrest
- Goldeneye (旧)
- Goldeneye, Barrow's (検討継続)
- Goldeneye, Common (7・8版)
- Goldfinch (別名・検討継続)
- Goldfinch, European (検討継続)
- Goosander (別名・ヨーロッパ名)
- Goose, Bar (旧別名)
- Goose, Bar-headed
- Goose, Bean
- Goose, Blue (色彩型)
- Goose, Blue Snow (色彩型・別名)
- Goose, Brant
- Goose, Brent (米・eBird)
- Goose, Cackling (分離・シジュウカラガン)
- Goose, Canada (分離前・分離後カナガン)
- Goose, Chinese (家禽品種・旧種名)
- Goose, Cotton Pygmy (8版)
- Goose, Emperor
- Goose, Greater Snow (大型亜種とされた時代)
- Goose, Greater White-fronted
- Goose, Greylag
- Goose, Lesser Snow (小型亜種とされた時代)
- Goose, Lesser White-fronted
- Goose, Rain (英旧別名)
- Goose, Red-breasted (8版追加)
- Goose, Snow
- Goose, Swan
- Goose, Taiga Bean (オオヒシクイ・亜種/リストにより分離)
- Goose, Tundra Bean (ヒシクイ・亜種/リストにより分離)
- Goshawk (旧)
- Goshawk, Chinese (旧)
- Goshawk, Eastern (分離・別名)
- Goshawk, Eurasian (分離・8版)
- Goshawk, Grey (旧別名)
- Goshawk, Northern (分離前・7版)
- Grassbird, Marsh (7・8版)
- Grebe, Black-necked
- Grebe, Crested (過去米=誤解)
- Grebe, Eared (別名・米)
- Grebe, Great Crested
- Grebe, Holboelli's (米亜種または種別名)
- Grebe, Horned (7・8版)
- Grebe, Little
- Grebe, Red-necked
- Grebe, Red-throated Little (旧別名)
- Grebe, Slavonian (旧・主にヨーロッパ名)
- Greenfinch, Bonin (分離・8版)
- Greenfinch, Grey-capped (IOC 旧)
- Greenfinch, Ogasawara (分離・別名)
- Greenfinch, Oriental
- Greenshank (旧)
- Greenshank, Armstrong's (旧別名)
- Greenshank, Common (7・8版)
- Greenshank, Nordmann's
- Greenshank, Spotted (別名)
- Grosbeak, Bonin
- Grosbeak, Chinese (7・8版)
- Grosbeak, Japanese
- Grosbeak, Pine
- Grosbeak, Yellow-billed (旧)
- Grouse, Hazel
- Guillemot (旧別名)
- Guillemot, Black (検討新規)
- Guillemot, Brunnich's (旧別名)
- Guillemot, Pigeon
- Guillemot, Sooty (旧別名)
- Guillemot, Spectacled
- Gull, American Herring (分離・検討移行)
- Gull, Black-headed
- Gull, Black-tailed
- Gull, Bonaparte's
- Gull, Brown-headed
- Gull, California (検討継続)
- Gull, Caspian (検討継続)
- Gull, Chinese Black-headed (旧別名)
- Gull, Common
- Gull, East Siberian (分離・別名)
- Gull, Franklin's
- Gull, Glaucous
- Gull, Glaucous-winged
- Gull, Great Black-headed (旧別名)
- Gull, Herring (分離前・7版)
- Gull, Iceland
- Gull, Ivory
- Gull, Japanese (旧別名)
- Gull, Laughing
- Gull, Lesser Black-backed
- Gull, Little
- Gull, Mew (別名・特に米)
- Gull, Pallas's
- Gull, Relict
- Gull, Ring-billed (検討継続)
- Gull, Ross's
- Gull, Sabine's
- Gull, Saunders's
- Gull, Slaty-backed
- Gull, Slender-billed
- Gull, Temminck's (旧別名)
- Gull, Thayer's
- Gull, Vega (分離・8版)
- Gull, Yellow-legged
- gyr (略)
- Gyrfalcon
H
- Hammer, Yellow (別綴)
- Harrier (米・旧)
- Harrier, Eastern Marsh (分離・7・8版)
- Harrier, Eurasian Marsh (分離前・旧)
- Harrier, Hen
- Harrier, Marsh (分離前・旧)
- Harrier, Montagu's (検討継続)
- Harrier, Northern (分離・8版追加)
- Harrier, Northern Marsh (分離前・旧)
- Harrier, Pale (別名・検討移行)
- Harrier, Pallid (検討移行)
- Harrier, Pied
- Harrier, Western Marsh (分離・検討移行)
- Harry, King (旧別名・検討継続)
- Hawfinch
- Hawfinch, Black-tailed (旧別名)
- Hawk, Chinese Sparrow (別綴)
- Hawk, Duck (米旧別名)
- Hawk, Fish (旧別名)
- Hawk, Grey Frog (旧別名)
- Hawk, Marsh (別名)
- Hawk, Pigeon (旧米別名)
- Hawk, Rough-legged (米)
- hawk sp., Accipitrine (日本のハイタカ属相当の eBird 概念)
- Hawk, Sparrow (別綴)
- Hawk-Cuckoo, Northern (分離・8版)
- Hawk-Cuckoo, Rufous (分離・7版)
- Heron, Amur Green (旧別名)
- Heron, Black-crowned Night (7・8版・もと米名)
- Heron, Chinese Pond
- Heron, Eastern Reef (旧)
- Heron, Green-backed (分離前)
- Heron, Grey
- Heron, Indian Pond (検討新規)
- Heron, Japanese Night
- Heron, Javan Pond (検討継続)
- Heron, Little (IOC 15.1 分離)
- Heron, Malay Night (旧別名)
- Heron, Malayan Night (7・8版)
- Heron, Malaysian Night (旧)
- Heron, Nankeen Night (7・8版)
- Heron, Night (旧)
- Heron, Pacific Reef (7・8版)
- Heron, Purple
- Heron, Rufous Night (旧)
- Heron, Striated (7・8版・IOC 15.1 分離前)
- Heron, White (亜種または別種チュウイサギのニュージーランド名)
- Hobby (旧)
- Hobby, Eurasian (7・8版)
- Hobby, Northern (別名)
- Honeyeater, Bonin (旧)
- Hoodie (亜種ズキンガラス旧英名/リストにより分離)
- Hoopoe (旧)
- Hoopoe, Eurasian (7・8版)
- Hwamei (旧)
- Hwamei, Chinese (7・8版)
I
J
K
- kawau (ニュージーランド名マオリ名・亜種)
- Kestrel (旧)
- Kestrel, Common (7・8版)
- Kestrel, Lesser
- Kingfisher (旧)
- Kingfisher, Black-capped
- Kingfisher, Collared
- Kingfisher, Common
- Kingfisher, Crested (7・8版)
- Kingfisher, Crested Pied (旧)
- Kingfisher, Miyako (IOC に含まれず・別名)
- Kingfisher, Miyako Island (IOC に含まれず・7版・H&M4 英名)
- Kingfisher, Oriental Dwarf
- Kingfisher, Ruddy
- Kingfisher, Ryukyu (8版・IOC に含まれず)
- Kingfisher, White-breasted (検討移行・別名)
- Kingfisher, White-throated (検討移行)
- Kinglet (旧別名)
- Kinglet, Ruby-crowned (検討継続)
- Kite (英国ではアカトビを指す)
- Kite, Black
- Kite, Black-eared (別名または亜種・分離の考えもある)
- Kite, Black-shouldered (分離前・検討移行)
- Kite, Black-winged (分離後・検討移行)
- Kite, Blue (旧別名・検討移行)
- Kite, Brahminy (検討継続)
- Kite, Common Black-shouldered (分離後別名・検討移行)
- Kite, Eared (別名または亜種・分離の考えもある)
- Kite, Large Indian (別名または亜種・分離の考えもある)
- Kittiwake (旧)
- Kittiwake, Black-legged (7・8版)
- Kittiwake, Common (旧)
- Kittiwake, Red-legged
- Knot, Great
- Knot, Red
- Koel (旧別名)
- Koel, Asian
- Koel, Long-tailed (旧)
L
- Lark, Mongolian
- Lark, Red-capped (旧・分離前別名/現アフリカヒメコウテンシ)
- Lark, Shore (別名・ヨーロッパ名)
- Lark, Short-toed (旧・分離前)
- Laughingthrush, Melodius (旧別名)
- Leaf-Warbler, Grey-legged (Avibase)
- Leaf-Warbler, Inornate (別名)
- Leaf-Warbler, Izu (別名)
- Leaf-Warbler, Pallas's (Avibase)
- Leaf-Warbler, Radde's (別名)
M
- Magpie (旧)
- Magpie, Azure-winged
- Magpie, Black-billed (分離前・米/現アメリカカササギ)
- Magpie, Eurasian (分離前・8版)
- Magpie, Oriental (分離・8版)
- Mallard
- Martin, Asian House
- Martin, Asian Plain (分離・別名・暫定同定)
- Martin, Bank (旧別名・eBird)
- Martin, Brown-throated (分離前・8版)
- Martin, Collared Sand (インド名)
- Martin, Common House (旧・7版・分離・検討種・分離後日本記録亜種を含まず)
- Martin, European Sand (別名)
- Martin, Grey-throated (分離・IOC 同定暫定)
- Martin, House (旧・分離前・検討移行)
- Martin, Pale (検討新規)
- Martin, Plain (分離前・8版)
- Martin, Sand
- Martin, Siberian House (分離・検討移行・分離後日本記録亜種を含む)
- Martin, Western House (分離・検討移行・分離後日本記録亜種を含まず)
- Mate, Cuckoo's (旧英)
- Mavis (旧別名・8版追加)
- Merganser, Chinese (旧)
- Merganser, Common
- Merganser, Hooded (8版追加)
- Merganser, Red-breasted
- Merganser, Scaly-sided (7・8版)
- Merlin
- Merlin, Jack (オス旧別名)
- Minivet, Ashy (分離前・7版種または亜種サンショウクイ・8版サンショウクイ)
- Minivet, Ryukyu (分離・8版)
- minivets, grey (種グループ/サンショウクイ上種)
- Mollymawk (Thalassarche 属名)
- Mollymawk (旧別名)
- Monarch, Black-naped
- Moorhen (旧)
- Moorhen, Common (7・8版)
- Morillon (メス・若鳥を指し別種とみなされた時代もあり)
- Mouse-hawk (旧英別名)
- Murre, Common
- Murre, Thick-billed (7・8版)
- Murrelet, Ancient
- Murrelet, Crested (旧)
- Murrelet, Japanese (7・8版)
- Murrelet, Kittlitz's (検討継続)
- Murrelet, Long-billed (7・8版)
- Murrelet, Marbled (旧・別名)
- Muttonbird (地方名・別名)
- Myna, Daurian (旧別名)
- Myna, Red-cheeked (旧別名)
- Myna, White-cheeked (別名)
N
O
- Owl, Eastern Grass (7版・8版検討移行)
- Owl, Eurasian Eagle (7・8版)
- Owl, Grass (8版検討移行・旧分離前)
- Owl, Himalayan (分離・検討新規)
- Owl, Japanese Scops (分離・8版)
- Owl, Long-eared
- Owl, Oriental Scops (分離・7・8版)
- Owl, Ryukyu Scops
- Owl, Scops (旧・分離前)
- Owl, Short-eared
- Owl, Snowy
- Owl, Tawny (分離前モリフクロウ・検討新規)
P
- Parrotbill, Bearded (旧別名)
- Parrotbill, Vinous-throated (検討継続)
- Partridge, Bamboo (旧)
- Partridge, Chinese Bamboo (7・8版)
- Pastor, Rosy (旧別名)
- Pelican, Dalmatian
- Pelican, Great White (7・8版)
- Pelican, Rosy (旧)
- Pelican, Spot-billed
- Pelican, White (旧)
- Peregrine (英別名)
- Petrel, Band-rumped Storm (7・8版)
- Petrel, Black-winged
- Petrel, Bonin
- Petrel, Bulwer's
- Petrel, Cape (検討継続)
- Petrel, Cook's (検討継続)
- Petrel, Dark-rumped (7版)
- Petrel, Fork-tailed (旧別名)
- Petrel, Fork-tailed Storm
- Petrel, Fulmar (旧別名)
- Petrel, Fulmarine (別名・総称でも使われる)
- Petrel, Harcourt's Storm (旧別名・分離前)
- Petrel, Hawaiian (8版)
- Petrel, Herald (分離・検討継続・推定名)
- Petrel, Juan Fernandez
- Petrel, Kermadec
- Petrel, Leach's (別名)
- Petrel, Leach's Storm (別綴)
- Petrel, Least Storm (検討継続)
- Petrel, Matsudaira's Storm
- Petrel, Mottled
- Petrel, Providence
- Petrel, Slender-billed (別名)
- Petrel, Stejneger's
- Petrel, Swinhoe's Storm
- Petrel, White-naped (分離・8版追加・別名)
- Petrel, White-necked (分離前オオシロハラミズナギドリ・分離・8版追加)
- Petrel, Wilson's Storm
- Phalarope, Grey (別名・主にヨーロッパ名)
- Phalarope, Hyperborean (米別名)
- Phalarope, Northern (米別名)
- Phalarope, Red (米別名)
- Phalarope, Red-necked
- Phalarope, Wilson's
- Pheasant, Common (7版旧・分離前/現タイリクキジ)
- Pheasant, Copper
- Pheasant, Green (分離・IOC・8版)
- Pheasant, Japanese (7版旧・分離前)
- Pheasant, Reed (旧別名)
- Pheasant, Ring-necked (同種時代米名/現タイリクキジ)
- Pigeon, Black Wood (8版)
- Pigeon, Bonin Wood (7・8版)
- Pigeon, Green-winged (別名)
- Pigeon, Hill (検討新規)
- Pigeon, Japanese Green (旧)
- Pigeon, Japanese Wood (7版旧)
- Pigeon, Jouy's Wood (旧別名)
- Pigeon, Little Green (別名)
- Pigeon, Ogasawara Islands Wood (旧)
- Pigeon, Red-capped Green (旧・分離前別名・台湾亜種または種)
- Pigeon, Rock (オーストラリアの別属の名称にもある)
- Pigeon, Ryukyu Green (IOC で分離)
- Pigeon, Ryukyu Wood (7・8版)
- Pigeon, Silver-banded Black (旧)
- Pigeon, Taiwan Green (分離後・8版・IOC でさらに分離)
- Pigeon, Whistling Green (分離前・7版旧)
- Pigeon, White-bellied Green (7・8版)
- Pintail (旧)
- Pintail, Northern (7・8版)
- Pipit, Blyth's
- Pipit, Buff-bellied (分離前・7・8版)
- Pipit, Godlewski's (別名)
- Pipit, Indian Tree (旧概念・分離前)
- Pipit, Japanese (別名・分割後に対応)
- Pipit, Meadow
- Pipit, Olive-backed (7・8版)
- Pipit, Pechora
- Pipit, Red-throated
- Pipit, Richard's
- Pipit, Rosy
- Pipit, Siberian (分離・IOC)
- Pipit, Tawny (検討継続)
- Pipit, Tree
- Pipit, Water (旧分離前/検討継続・現サメイロタヒバリ/ヒガシヨーロッパタヒバリ)
- Pipit, Water (旧分離前・6版タヒバリ)
- Pitta, Blue-winged (旧分離前/現ミナミヤイロチョウ)
- Pitta, Fairy (7・8版)
- Pitta, Hooded
- Plover, American Golden (検討移行)
- Plover, Black (旧別名)
- Plover, Black-bellied (旧別名・米)
- Plover, Caspian (分離前別名・現ニシオオチドリ)
- Plover, Common Ringed
- Plover, Eastern Grey (亜種)
- Plover, European Golden (7・8版)
- Plover, Golden (旧)
- Plover, Greater Sand
- Plover, Green (旧別名)
- Plover, Grey
- Plover, Kentish
- Plover, Lesser Golden (旧)
- Plover, Lesser Sand (7版旧)
- Plover, Little Ringed
- Plover, Long-billed (7・8版)
- Plover, Long-billed Ringed (旧)
- Plover, Mongolian (旧)
- Plover, Oriental
- Plover, Pacific Golden (7・8版)
- Plover, Ringed (英別名)
- Plover, Semipalmated
- Plover, Siberian Sand (8版)
- Plover, Snowy (同種時代米名/現ユキチドリ)
- Plover, Wrangel Island Grey (亜種)
- Ploverspage (英旧別名)
- Pochard (旧)
- Pochard, Baer's
- Pochard, Common (7・8版)
- Pochard, European (旧別名)
- Pochard, Red-crested
- Pochard, Siberian (別名)
- Pochard, White-eye (旧)
- Pratincole, Indian (分離前旧別名)
- Pratincole, Oriental
- Prewit (旧別名)
- Prinia, Plain (分離・検討継続・推定名)
- Ptarmigan (旧英名)
- Ptarmigan, Rock (米名由来)
- Puffin, Horn-billed (旧別名)
- Puffin, Horned
- Puffin, Tufted
- Pyewipe (旧別名)
- Pygmy-goose, Cotton (7版)
Q
R
- Rail, Ashy (旧別名)
- Rail, Brown-cheeked (分離・8版)
- Rail, Land (旧別名・8版追加)
- Rail, Okinawa
- Rail, Slaty-breasted
- Rail, Swinhoe's (7・8版)
- Rail, Swinhoe's Yellow (旧別名)
- Rail, Water (分離前・7版/現ヨーロッパクイナ)
- Rail, White-browed (別名)
- Rail, Yellow (旧別名)
- Raven (旧)
- Raven, Common (旧)
- Raven, Northern (7・8版)
- Raven, Oriental (旧別名)
- Razorbill (検討移行)
- Red-leg (旧別名)
- Redbreast (旧別名)
- Redhead
- Redpoll (統合・8版・IOC)
- Redpoll, Arctic (統合前・7版コベニヒワ・8版亜種概念変更)
- Redpoll, Common (統合前・7版ベニヒワ・8版統合後英名)
- Redpoll, Hoary (米・統合前・7版コベニヒワ・8版亜種概念変更)
- Redshank (旧)
- Redshank, Common (7・8版)
- Redshank, Dusky (旧別名)
- Redshank, Spotted
- Redstart (旧)
- Redstart, Black
- Redstart, Blue-fronted (検討継続)
- Redstart, Common (7・8版)
- Redstart, Daurian
- Redstart, Eversmann's (7・8版)
- Redstart, Plumbeous (8版追加・別名)
- Redstart, Plumbeous Water (8版追加)
- Redstart, Rufous-backed (別名)
- Redwing
- Reedling (旧別名)
- Reedling, Bearded
- Reeve (メス)
- Ring-tail (メスや若鳥別名・ヒメハイイロチュウヒも含む)
- Ring-tail (検討継続・メスや若鳥別名・ハイイロチュウヒも含む)
- Robin (旧)
- Robin, Amami (旧)
- Robin, American (検討新規)
- Robin, European (7・8版)
- Robin, Izu (タネコマドリ・亜種または分離)
- Robin, Japanese
- Robin, Okinawa (分離・8版ホントウアカヒゲ)
- Robin, Orange-flanked Bush (同種時代別名/現ヒマラヤルリビタキ)
- Robin, Pekin (旧別名)
- Robin, Rufous-tailed
- Robin, Ryukyu (分離前・7版・分離・8版アカヒゲ)
- Robin, Siberian Blue
- Robin, Swinhoe's Red-tailed (旧別名)
- Robin, White-tailed (検討継続)
- Rock-thrush, White-throated
- Rockthrush, Blue (別綴)
- Rockthrush, White-breasted (旧別名)
- Roller, Broad-billed (旧)
- Roller, Eastern Broad-billed (別名)
- Rook
- Rosefinch (旧)
- Rosefinch, Common
- Rosefinch, Pallas's (7・8版)
- Rubythroat, Chinese (検討新規・分離・推定名)
- Rubythroat, Siberian
- Ruff
S
- Saker (別名・検討移行)
- Saker, Common (別名・検討移行)
- Saker, Siberian (別名・検討移行)
- Sanderling
- Sandgrouse (旧)
- Sandgrouse, Pallas's (7・8版)
- Sandpiper, Armstrong's (旧別名)
- Sandpiper, Baird's
- Sandpiper, Broad-billed
- Sandpiper, Buff-breasted
- Sandpiper, Common
- Sandpiper, Curlew
- Sandpiper, Green
- Sandpiper, Grey-rumped (旧別名)
- Sandpiper, Grey-tailed (旧別名)
- Sandpiper, Marsh
- Sandpiper, Okhotsk Tringine (旧別名)
- Sandpiper, Pectoral
- Sandpiper, Purple (旧分離前/現ムラサキハマシギ)
- Sandpiper, Red-headed (米旧別名)
- Sandpiper, Rock
- Sandpiper, Semipalmated (検討継続)
- Sandpiper, Sharp-tailed
- Sandpiper, Spoon-billed
- Sandpiper, Spotted
- Sandpiper, Stilt
- Sandpiper, Terek
- Sandpiper, Western
- Sandpiper, White-rumped
- Sandpiper, Wood
- saw-bills (カワアイサ・ウミアイサ総称)
- Scaup (旧)
- Scaup, Greater (7・8版)
- Scaup, Lesser
- Scoter, American (別名)
- Scoter, Black
- Scoter, Common (旧)
- Scoter, Stejneger's (分離・8版)
- Scoter, Surf
- Scoter, Velvet (7版旧ビロードキンクロ/分離・検討新規ヨーロッパビロードキンクロ)
- Scoter, Velvet (旧分離前/分離・検討新規ヨーロッパビロードキンクロ)
- Scoter, White-winged (分離前米名・分離・8版)
- Sea-Lark (英旧別名)
- Shag, Black (旧別名)
- Shaheen (インド亜種別名)
- Shangar (別名・検討移行)
- Shearwater, Audubon's (旧・分類変更)
- Shearwater, Bannerman's (分離)
- Shearwater, Bryan's
- Shearwater, Buller's
- Shearwater, Christmas
- Shearwater, Flesh-footed
- Shearwater, Manx (検討移行)
- Shearwater, Newell's
- Shearwater, Pale-footed (別名)
- Shearwater, Pink-footed
- Shearwater, Sable (改名提案)
- Shearwater, Short-tailed
- Shearwater, Slender-billed (別名)
- Shearwater, Sooty
- Shearwater, Streaked
- Shearwater, Townsend's (検討新規)
- Shearwater, Wedge-tailed
- Shearwater, White-faced (別名)
- Sheldrake (旧別名・オス)
- Sheldrake, Ruddy (旧別名・オス)
- Shelduck (別名)
- Shelduck, Common
- Shelduck, Crested
- Shelduck, Northern (別名)
- Shelduck, Ruddy
- Shoveler (英・旧)
- Shoveler, Common (別名)
- Shoveler, Northern (7・8版)
- Shrike, Brown
- Shrike, Bull-headed
- Shrike, Chinese Great Grey (旧別名)
- Shrike, Chinese Grey
- Shrike, Great (旧・分離前)
- Shrike, Great Grey (分離前・7版)
- Shrike, Isabelline (検討移行)
- Shrike, Long-tailed
- Shrike, Northern (分離・8版・分類変更)
- Shrike, Red-back (別名)
- Shrike, Red-backed
- Shrike, Rufous-backed (旧別名)
- Shrike, Tiger
- Sibia, White-eared (検討継続)
- Sie-pie (英旧別名)
- Siskin (旧)
- Siskin, Eurasian (7・8版)
- Skua, Arctic (旧・ヨーロッパ名)
- Skua, Buffon's (旧別名)
- Skua, Great (広い概念の旧別名/現キタオオトウゾクカモメ)
- Skua, Great (広い概念の旧別名/現キタオオトウゾクカモメ)
- Skua, Long-tailed (ヨーロッパ名)
- Skua, McCormick's (別名)
- Skua, Pomarine (7版・ヨーロッパ名)
- Skua, Pomatorhine (旧別名)
- Skua, Richardson's (旧別名)
- Skua, South Polar (7・8版)
- Skylark (旧)
- Skylark, Eurasian (7・8版)
- Skylark, Oriental (検討継続)
- Smew
- Snipe, Australian (旧別名)
- Snipe, Chinese (別名)
- Snipe, Common
- Snipe, Forest (別名)
- Snipe, Greater Painted (7・8版)
- Snipe, Jack
- Snipe, Japanese (旧)
- Snipe, Latham's (7・8版)
- Snipe, Martin (英旧別名)
- Snipe, Painted (旧)
- Snipe, Pin-tailed (8版)
- Snipe, Pintail (7版)
- Snipe, Sea (英旧別名)
- Snipe, Solitary
- Snipe, Summer (英旧別名)
- Snipe, Swinhoe's
- Snowflake (英旧別名)
- Sparrow, English (旧米)
- Sparrow, Eurasian Tree (7・8版)
- Sparrow, Fox (分離前・7・8版)
- Sparrow, Golden-crowned
- Sparrow, House
- Sparrow, Pit (旧別名)
- Sparrow, Red Fox (分離・IOC 該当でない?)
- Sparrow, Reed (旧別名)
- Sparrow, Russet
- Sparrow, Savannah
- Sparrow, Song
- Sparrow, Sooty Fox (分離・IOC 推定)
- Sparrow, Tree (旧)
- Sparrow, White-crowned
- Sparrow-Hawk, Chinese (ツミ旧別名 Seebohm ミナミツミから分離時代)
- Sparrowhawk (旧)
- Sparrowhawk, Asian (地方名)
- Sparrowhawk, Asiatic (ミナミツミと同種時代の旧別名)
- Sparrowhawk, Besra (ミナミツミ別名・かつてツミはこの亜種)
- Sparrowhawk, Chinese (7・8版)
- Sparrowhawk, Eastern (ミナミツミと同種時代の旧別名)
- Sparrowhawk, Eurasian (7・8版)
- Sparrowhawk, Horsfield's (旧別名)
- Sparrowhawk, Indian (地方名)
- Sparrowhawk, Japanese (7・8版)
- Sparrowhawk, Japanese Lesser (旧)
- Sparrowhawk, Lesser (ミナミツミと同種時代の旧名)
- Sparrowhawk, Little (旧別名)
- Sparrowhawk, Northern (別名)
- Spoonbill (旧)
- Spoonbill (旧別名)
- Spoonbill, Black-faced
- Spoonbill, Eurasian (7・8版)
- Stare (旧別名)
- Starling (旧)
- Starling, Asian Glossy (検討継続)
- Starling, Chestnut-cheeked (7・8版)
- Starling, Common
- Starling, Daurian
- Starling, European (米・eBird)
- Starling, Grey (旧)
- Starling, Grey-headed (旧別名)
- Starling, Purple-backed (別名)
- Starling, Red-billed
- Starling, Red-cheeked (旧 Seebohm 時代)
- Starling, Rose-coloured (旧別名)
- Starling, Rosy (7・8版)
- Starling, Silky (旧別名)
- Starling, White-cheeked (7・8版)
- Starling, White-shouldered
- Stilt (旧)
- Stilt, Black-winged
- Stilt, Pied (分離・8版追加)
- Stint, Little
- Stint, Long-toed
- Stint, Red-necked
- Stint, Rufous-necked (旧別名)
- Stint, Temminck's
- Stonechat (英北部旧別名)
- Stonechat (旧・分離前)
- Stonechat, Amur (分離・改名・IOC 15.1)
- Stonechat, Common (7版旧・分離前)
- Stonechat, Eastern (再統合された場合の Siberian Stonechat の別名・H&M4 名称)
- Stonechat, Siberian (この概念に再統合可能性あり・IOC 15.1 では未採用)
- Stonechat, Stejneger's (分離・8版)
- Stonehatch (英旧別名)
- Stork, Black
- Stork, Oriental
- Stork, White (旧・分離前/現シュバシコウ)
- Storm-Petrel, Grey-backed (検討継続)
- Storm-petrel, Leach's (7・8版)
- Storm-petrel, Madeiran (旧・分離前)
- Storm-petrel, Tristram's
- Stormcock (旧別名)
- Stubtail, Asian (7・8版)
- Swallow, Bank (米)
- Swallow, Barn (7・8版)
- Swallow, Eastern Red-rumped (分離・IOC)
- Swallow, House (旧)
- Swallow, Pacific
- Swallow, Red-rumped (分離前・7版)
- Swallow, Sea (英旧別名)
- Swallow, Sea (英旧別名)
- Swallow, Striated (検討新規)
- Swallow, Tree (検討移行)
- Swallow, White-breasted Wood (別表記)
- Swallow-Plover, Eastern (旧別名)
- Swamphen, Purple (分離・検討継続・推定名・別名)
- Swamphen, Western (分離・検討継続・推定名)
- Swan, Bewick's (別名・同種扱いでユーラシア亜種)
- Swan, Mute
- Swan, Trumpeter
- Swan, Tundra (7・8版・同種扱いで eBird も採用)
- Swan, Whistling (旧・米亜種由来)
- Swan, Whooper
- Swift, Common (検討継続)
- Swift, House
- Swift, Northern White-rumped (別名・アフリカコシジロアマツバメから派生する名称)
- Swift, Pacific (7・8版)
- Swift, Spine-tailed (旧別名)
- Swift, White-rumped (旧・分離前/現アフリカコシジロアマツバメ)
- Swift, White-throated Needle-tailed (旧別名)
- Swift, White-throated Spine-tailed (旧別名)
- Swiftlet, Edible-nest (分離前・検討継続)
- Swiftlet, German's (分離・検討継続)
- Swiftlet, Himalayan (検討移行)
- Swiftlet, Uniform (検討継続)
T
- Tattler, American Wandering (英旧)
- Tattler, Grey-tailed
- Tattler, Polynesian (旧別名)
- Tattler, Siberian (旧別名)
- Tattler, Wandering (米由来)
- Teal (7版旧)
- Teal, Baikal
- Teal, Blue-winged
- Teal, Common (8版種コガモ・IOC 15.1 分離)
- Teal, Eurasian (8版種コガモ・IOC 15.1 分離・eBird 亜種名)
- Teal, Green-winged (分離時アメリカコガモ/IOC 15.1 では分離/eBird で亜種名/同種時でも使われた)
- Tern, Aleutian
- Tern, Arctic
- Tern, Black (7・8版)
- Tern, Black-naped
- Tern, Bridled
- Tern, Brown-winged (旧別名)
- Tern, Caspian
- Tern, Chinese Crested (検討新規)
- Tern, Common
- Tern, Common White (別名)
- Tern, Crested (旧別名)
- Tern, Fairy (別名・同種時代は広く使われた/通常は別種ヒメアジサシによく使われる)
- Tern, Great Crested (旧別名)
- Tern, Greater Crested
- Tern, Grey-backed (別名)
- Tern, Gull-billed
- Tern, Least (8版追加・同種時米名)
- Tern, Lesser Crested
- Tern, Little
- Tern, Roseate
- Tern, Sooty
- Tern, Spectacled
- Tern, Swift (旧別名)
- Tern, Whiskered
- Tern, White (分離後の種グループ名の考えもある)
- Tern, White-winged (8版)
- Tern, White-winged Black (7版・別名)
- Throstle (旧別名・8版追加)
- Thrush, Amami (オオトラツグミ・海外で別種)
- Thrush, Black-throated (分離・8版)
- Thrush, Blue Rock
- Thrush, Bonin
- Thrush, Bonin Islands (旧別名)
- Thrush, Bramble (旧別名)
- Thrush, Brown (旧)
- Thrush, Brown-headed (7・8版)
- Thrush, Common Rock (8版追加)
- Thrush, Dark-throated (旧・分離前)
- Thrush, Dusky (分離前・7・8版)
- Thrush, Eye-browed (誤綴と言えるが使われていた)
- Thrush, Eyebrowed (7・8版)
- Thrush, Golden Mountain (分離前・旧別名)
- Thrush, Grey (旧)
- Thrush, Grey-backed
- Thrush, Grey-cheeked
- Thrush, Grey-headed (旧)
- Thrush, Izu
- Thrush, Izu Island (旧別名別綴)
- Thrush, Izu Islands (旧別名)
- Thrush, Japanese (7・8版)
- Thrush, Japanese Grey (旧別名)
- Thrush, Laughing (旧別名)
- Thrush, Melodius Laughing (旧別名)
- Thrush, Mistle
- Thrush, Naumann's (分離・8版ハチジョウツグミ)
- Thrush, Orange-headed (8版追加)
- Thrush, Pale
- Thrush, Red-throated (分離・8版ノドアカツグミ・検討追加)
- Thrush, Red-throated (分離前・7版ノドグロツグミ)
- Thrush, Scaly (8版・海外概念と相違)
- Thrush, Siberian
- Thrush, Song (8版追加)
- Thrush, White's
- Thrush, White's Ground (旧)
- Tit, Asian (統合・8版・別名 eBird など)
- Tit, Azure
- Tit, Bearded (別名)
- Tit, Bottle (別名)
- Tit, Chinese Penduline (分離・8版)
- Tit, Cinereous (統合・8版/7版では分離)
- Tit, Coal
- Tit, Cole (別綴)
- Tit, Eurasian Penduline (分離前・7版/現ニシツリスガラ)
- Tit, European Penduline (旧・分離前別名/現ニシツリスガラ)
- Tit, Great (旧・分離前/現ヨーロッパシジュウカラ)
- Tit, Iriomote (分離・8版)
- Tit, Japanese (旧別名)
- Tit, Japanese (統合前・7版旧)
- Tit, Long-tailed
- Tit, Marsh
- Tit, Ox-eye (旧別名・分離前/現ヨーロッパシジュウカラ)
- Tit, Penduline (旧・分離前)
- Tit, Varied
- Tit, Willow
- Tit, Yellow-bellied
- Titlark (旧別名)
- Titterel (旧別名)
- Treecreeper (旧)
- Treecreeper, Common (別名)
- Treecreeper, Eurasian (7・8版)
- Tropicbird, Red-tailed
- Tropicbird, White-tailed
- Tufted-Owl, Streaked (旧英別名)
- Turnstone (旧・英)
- Turnstone, Common (主に英別名)
- Turnstone, Ruddy (7・8版)
V
W
- Wagtail, Black-backed (亜種ハクセキレイ・別種とされたこともある)
- Wagtail, Black-headed (亜種別名・分類次第)
- Wagtail, Blue-headed (旧分離前 Seebohm 時代)
- Wagtail, Citrine
- Wagtail, Eastern Yellow (分離・8版)
- Wagtail, Forest
- Wagtail, Grey
- Wagtail, Japanese
- Wagtail, Japanese Pied (旧別名)
- Wagtail, Kamchatka Pied (亜種ハクセキレイ別名・別種とされたこともある)
- Wagtail, Pied (旧別名)
- Wagtail, Western Yellow (分離・8版)
- Wagtail, White
- Wagtail, Yellow (分離前・7版)
- Wagtail, Yellow-fronted (亜種別名・分類次第)
- Wagtail, Yellow-headed (旧別名)
- Wagtail, Yellow-hooded (旧別名)
- Warbler, Arctic (分離前のメボソムシクイ・オオムシクイも)
- Warbler, Arctic Leaf (分離前のメボソムシクイ・オオムシクイも・別名)
- Warbler, Arctic Willow (分離前のメボソムシクイ・オオムシクイも・別名)
- Warbler, Baikal Bush (検討継続)
- Warbler, Black-browed Reed
- Warbler, Blyth's Reed
- Warbler, Booted
- Warbler, Buff-browed (検討継続・別名)
- Warbler, Bush (旧・分離前)
- Warbler, Chinese Leaf (8版・分類概念変更)
- Warbler, Chinese Leaf (検討移行キバラムシクイ旧広義名)
- Warbler, Crowned Willow (旧別名)
- Warbler, Dusky
- Warbler, Dusky Willow (別名)
- Warbler, Eastern Crowned
- Warbler, Eastern Crowned Leaf (別名)
- Warbler, Eastern Crowned Willow (旧)
- Warbler, European Willow (別名)
- Warbler, Fan-tailed (旧・分離前)
- Warbler, Gray's Grasshopper (分離前・7版/現シベリアエゾセンニュウ)
- Warbler, Great Reed (旧・分離前/現ニシオオヨシキリ)
- Warbler, Greenish (検討継続)
- Warbler, Greenish (分離前ヤナギムシクイ)
- Warbler, Hume's Leaf (検討継続)
- Warbler, Ijima's (別名)
- Warbler, Ijima's Leaf
- Warbler, Ijima's Willow (旧別名)
- Warbler, Inornate (別名)
- Warbler, Japanese Bush (7・8版・分離前も)
- Warbler, Japanese Leaf
- Warbler, Japanese Marsh (旧別名)
- Warbler, Japanese Pale-legged Willow (分離・別名)
- Warbler, Japanese Swamp (旧)
- Warbler, Kamchatka Leaf
- Warbler, Korean Bush (分離・別名)
- Warbler, Lanceolated
- Warbler, Leaf (旧別名)
- Warbler, Lemon-rumped (分離前旧)
- Warbler, Manchurian Bush (分離・8版)
- Warbler, Middendorff's (旧)
- Warbler, Middendorff's Grasshopper (7・8版)
- Warbler, Myrtle
- Warbler, Northern Willow (別名)
- Warbler, Oriental Reed (分離・7・8版)
- Warbler, Pacific Leaf (Avibase)
- Warbler, Paddyfield (検討移行)
- Warbler, Pale-legged (旧・分離前)
- Warbler, Pale-legged Leaf (分離・7・8版/旧エゾムシクイ)
- Warbler, Pale-legged Willow (旧・分離前別名)
- Warbler, Pallas's
- Warbler, Pallas's Grasshopper
- Warbler, Pallas's Leaf (旧別名)
- Warbler, Pallas's Willow (旧別名)
- Warbler, Plain Leaf (別名)
- Warbler, Radde's
- Warbler, Radde's Bush (別名)
- Warbler, Radde's Willow (別名)
- Warbler, Sakhalin Grasshopper (分離・8版)
- Warbler, Sakhalin Leaf (分離・7・8版)
- Warbler, Schrenck's Reed (旧別名)
- Warbler, Sedge (8版追加)
- Warbler, Short-tailed Bush (旧)
- Warbler, Siberian Inornate (別名)
- Warbler, Siberian Lemon-rumped (別名)
- Warbler, Speckled Reed (検討移行)
- Warbler, Styan's Grasshopper
- Warbler, Temminck's Crowned Willow (旧別名)
- Warbler, Thick-billed
- Warbler, Thick-billed (別名カラフトムジセッカ)
- Warbler, Thick-billed Leaf (別名)
- Warbler, Thick-billed Willow (別名)
- Warbler, Tickell's Leaf (検討移行)
- Warbler, Tickell's Willow (検討移行・別名)
- Warbler, Two-barred
- Warbler, Two-barred Greenish (別名)
- Warbler, Two-barred Leaf (別名)
- Warbler, Willow
- Warbler, Wilson's (検討移行)
- Warbler, Wood
- Warbler, Yellow-browed
- Warbler, Yellow-browed Leaf (別名)
- Warbler, Yellow-browed Willow (別名)
- Warbler, Yellow-rumped (分離前)
- Warbler, Yellow-rumped Willow (別名)
- Warbler, Yellow-streaked (検討継続)
- Watercock (7・8版)
- Waterhen, White-breasted
- Waxwing (旧英名)
- Waxwing, Bohemian (米名由来)
- Waxwing, Japanese
- Wheatear (旧)
- Wheatear, Desert
- Wheatear, Greenland (米亜種)
- Wheatear, Isabelline
- Wheatear, Northern
- Wheatear, Pied
- Whew (旧米)
- Whew (旧米)
- Whilk (旧英)
- Whimbrel (7・8版)
- Whimbrel, Eurasian (分離・IOC)
- Whimbrel, Little (旧)
- Whinchat
- Whistler (旧米ヒドリガモ)
- Whistler (旧米ホオジロガモ)
- Whistler, Seven (旧別名)
- White-eye, Bonin (7・8版)
- White-eye, Chestnut-flanked
- White-eye, Ferruginous (旧別名)
- White-eye, Japanese (分離前・7版旧)
- White-eye, Siberian (別名)
- White-eye, Warbling (分離・8版)
- Whitefront, Lesser (別名)
- Whitethroat, Common (検討新規)
- Whitethroat, Lesser
- Wicket, Willy (英旧別名)
- Wideawake (別名)
- Wigeon, American
- Wigeon, Eurasian (7・8版)
- Willow-Warbler (別綴)
- Windhover (旧英)
- Woodcock (旧)
- Woodcock, Amami
- Woodcock, Eurasian (7・8版)
- Woodlark (英北部旧別名)
- Woodpecker, Amami (亜種オーストンオオアカゲラ・分離する考えあり)
- Woodpecker, Barred (旧別名)
- Woodpecker, Black
- Woodpecker, Eurasian Three-toed
- Woodpecker, Great Spotted
- Woodpecker, Greater Spotted (別名)
- Woodpecker, Grey-headed
- Woodpecker, Japanese (旧)
- Woodpecker, Japanese Green
- Woodpecker, Japanese Pygmy
- Woodpecker, Lesser Spotted
- Woodpecker, Northern Three-toed (別名)
- Woodpecker, Okinawa (7・8版)
- Woodpecker, Pied (旧別名)
- Woodpecker, Pryer's (旧)
- Woodpecker, Pygmy (現 Avibase/同種時代旧名)
- Woodpecker, Rufous-bellied
- Woodpecker, Three-toed (旧分離前)
- Woodpecker, White-backed
- Woodpecker, White-bellied
- Woodpecker, White-bellied Black (旧別名)
- Woodswallow, White-breasted
- Wren (旧)
- Wren, Common (旧)
- Wren, Eurasian (8版)
- Wren, Gold-crested (旧別名)
- Wren, Golden Crested (旧別名)
- Wren, Golden-crest (旧別名)
- Wren, Northern (旧)
- Wren, Willow (旧別名)
- Wren, Winter (分離前米・7版/現フユミソサザイ)
- Wren, Wood (旧別名)
- Wryneck (旧)
- Wryneck, Eurasian (7・8版)
X
Y
科名索引
◆鳥類学名の読みと意味・名前のことなどさまざま
- 種の学名は属名 (genus; generic name) と種小名 (specific name; species epithet; 学名を扱っていることが明らかな文脈では単純に epithet と略すこともある) から成っている。学名はカナで読みを示し、またそれぞれに意味などを説明している。[wikipedia 日本語版学名にもかなりの情報がある]。
それに引き続き命名者と年を記述するのが完全な形式になるが本文中では大部分省略している。
日本産種については改訂第8版準拠の#リンク集に命名者と記載年を含めた学名が収められているので参考にしていただきたい。若干長くなって面倒だがこの形式が図鑑などでも標準的に用いられるようになればもう少し普及するだろう。
(Linnaeus, 1758) のように "命名者, 記載年" 部分が丸かっこで囲まれるものは記載時学名から属が変化したもの。命名者部分に丸かっこの付く学名が多いがこれは補足的な意味で使われた丸かっこではなく別の意味がある。
本稿では記載者が2名の場合には普及している "&" の記号を用いている。ラテン語で書く場合は "et" となる。どちらも使われている。論文の著者2名の場合には引用に際して普及している英語式の "and" を用いているので学名表記と少し異なっている。
- 学名の読みをカナ書きで表記してあるが、日本語の発音に近似させたもので、ラテン語の発音を正しく表しているわけではない。ラテン語の発音について詳しいわけではないが、アクセント位置は後ろから2つめまたは3つめの音節に来るとのこと。
カナ書きで読むと任意の場所にアクセントを置きがちであるが、語末や子音に対応するカナにはアクセントを置かないように。2音節以上の単語では最後の音節には長音であってもアクセントは現れない。
語末が2重母音であっても1つめが長音でなければアクセントはない。例えば ardea のアクセントは "アルデア"。
ラテン語は現役言語ではないので何と読んでもよさそうではあるが、せっかく学名を覚えるならば古典式ラテン語の発音規則に合わせるのも外国語を扱う上での一つの見識と考えてよいだろう。
自己流でアクセントを置いたり長母音にするよりは多少の根拠があると見ていただくとよいだろう。
読み方がわからないために学名を敬遠されてきた方もこの機会に少し見ていただけば面白い部分もあるだろう。
よく現れる具体的な例を挙げておくと、minor, major はアクセントは冒頭 (2音節しかないので自動的に決まる)。"ミノール" と不適切なカナ書きにすると "ノー" にアクセントを置きがちだが、この表記はむしろ誤りと考えた方がよい。
語末は長音にならず、英語の minor, major のアクセントと同じで読み方だけが異なる (ミノル、マヨル) と考えるとわかりやすい。
もし英語読みする場合でもこのアクセント位置が適切。
ラテン語読みでは o は伸ばさない (マイヨル のように jo を 分けて発音することはある。minor ももし伸ばす場合でもアクセント音節を伸ばす)。
wikipedia 日本語版の解説によれば
1. 後ろから2番目の音節が閉音節である場合、および、長母音もしくは二重母音を含む音節である場合、強勢は後ろから2番目の音節に置かれる。
2. 上記以外の場合、後ろから3番目の音節に置かれる。但し、2音節しか持たない単語の場合は後ろから2番目の音節に置かれる。
とのこと。閉音節とは子音で終わる音節とのこと。また多くの学名に現れる -cola の "コーラ" とアクセントを置いて読みたくなるが、-co- は短母音で2.に当てはまりここにはアクセントがなく "コラ" と短く読んでその前の音節にアクセントを置くとよい。
多くの場合指小辞に由来する -ula の語尾も同様で伸ばさず、-cola と同じようなアクセント位置になる。
一方で motacilla は -cil- が子音で終わるので1.に当てはまり -cilla (キルラ) の方にアクセントがある (英語読みではモタシーラ)。
accipiter は -pi- が閉音節でないため -ci- にアクセントがある。英語でもアクセント位置は同じで2つめの c の発音だけが異なると考えれば近い音であることがわかる (アクキピテル。英語読みでも実用上多分構わない)。
よく使われるところでは emberiza を何と読むか問題になりそうだが、規則によれば -be- がアクセントで、発音の聞けるページを参照するとそのようになっている。
"エムベーリザ" (本来は長音ではないが "ベ" にアクセントを置くためこの表記とした。アクセントに慣れれば短音に戻していただいてもよい) のような読み方がよいのだろう [イタリア語の同じ綴りの単語は -iddza のリズムと解釈され "リ" の方にアクセントがあるとのこと]。
"Emberiza 某" 等名乗る方はこのような細部もこだわっていただきたい。
ラテン語で h を発音するかどうかは時代にもよるようで読まない場合もあるらしい (ラテン語起源のフランス語などでは発音しない)。ここでは "h + 母音" は h を発音する表記を採用した。学名記載などに使われる (著者) 自身を指す mihi の h は時代によらず必ず発音されるとのこと (h の音を外せば英語の me に対応することがわかりやすい)。
si の発音はラテン語ではおそらく "shi" の音は出てこないので紛らわしいことはないが、アクセント母音やその前、二重母音になる場合などは "スィ" と表記して注意を促すこととした。表記が煩雑になるのでアクセントに関係ない場合などは "シ" の表記が一部残っているが音は "si" である点は少し注意。
2重子音は分けて読むのが本来の読み方。前述 (-cil-la, ac-ci-) のようにここで音節が分離されることが多いので基本的に分けて表記している。ただしカナで表記困難な場合は促音 (詰まる音) を用いている。
ここに示した長音の読みは古典式で、後の時代では短くなる傾向があるので短く読んでいただいても問題ない。しかし長音かつアクセント母音となる造語語尾 (-atus, -ata など) は覚えやすいので積極的に長音を活用していただくとよいだろう。またギリシャ語の "尾" 由来の -urus, -ura、"足" 由来の -pus のように統一して発音すると意味も理解しやすくなる。
-phone のように長音と短音で意味が違うこともある。
解説では英語などに合わせて "長母音" の用語を用いているがラテン語やギリシャ語では正しい用語ではないかも知れない。これは例えばギリシャ文字の ε を "イプシロン/エプシロン" と短く読み、η を "エータ" と長く読むのに対応していると考えていただいてよい。ギリシャ語由来の学名で η は長母音と表記している。
古典式ラテン語時代ののんびりした読みを楽しまれたい方は長音で読むのもよいだろう。
原則的な考えを示しておくと、ここで (1) ここで示した長音は短音で読んでも差し支えない。(2) しかし短音であるべきものを長音で読むことは不自然。(3) 辞書にも載っている語など、アクセント位置が確定できている場合は他の場所にアクセントを置くのは不自然。
と解釈していただいてよいだろうか。
発音部分の記述がかなり詳しくなっているが、もともとはアクセント位置を確認する作業から始めたもので、アクセントになる可能性のある音が長音か短音かを判定する必要が生じ、結果的に個々に発音を確認することとなった。wiktionary で古典式発音記号を確認できる語はそのまま採用し、ギリシャ語由来のものも可能な範囲で原音を検討している。
基本的に古典式ラテン語に従った表記としているが、人名や地名など不自然になる場合に多少の例外を設けている。例えば sch の読みは両方があるが明らかににドイツ語読みを意識したものはドイツ語読みとしている。タカ類の属語尾に現れる -spiza など命名者意図が感じられる場合にも話者の言語も考慮して多少の例外を許している (いずれも注記してある)。
よく知られていて今更の感じもあるが、ラテン語は英語とは違って文法上の性 (男性・女性・中性) の区別がある。動物では中性はあまり現れないが皆無ではない。属の文法上の性に従って種小名や亜種小名の性が決まる。
一番よく出会うのは形容詞語尾の -us (男性) -a (女性) だろう。分類変更によって属の性が変わる場合はこのように種小名や亜種小名が変わるものがある。以前に使われた学名を覚えている場合は多少切り替えが必要。ただしラテン語形容詞でない -us や -a の語尾もあり、これらは変わらない。
形容詞でよく現れるものに "黒い" を表す ater があるが女性形は atra と形が少し変わる (いずれも冒頭が長母音)。セットで覚えておくとよい。
身近なところでは japonicus, japonica の語尾も同様 (ただし japon- の部分に長音を含むかどうかは微妙でどちらの読み方もある。japonicum は中性の形で鳥では多分現れない)。
japonensis とは何が違うのか気になるだろうが、japonicus / japonica は "日本の" で、-ensis (これも冒頭が長音でアクセントがある) は出所を表す接尾語 (wiktionary では英語で of or from [a place] と説明がある。古フランス語を経由して英語の -ese の語源とのこと)。
意味の上では微妙な違いがあるが特に訳し分けていない。この形容詞語尾は男性・女性は同じ形で、中性のみ -ense となる (日本の場合は鳥ではおそらく出てこないが植物の学名に登場する)。
ないと思われるが japonensis を持つ種がもし将来中性の属名に移されることがあればこの形に変化することになる。
#イワツバメや、検討種の中の #ニシイワツバメ、#マダラフルマカモメが中性の学名になっている (クイズに使えそう?)。#ミヤマモリフクロウの種小名も中性形に由来している。この項目に中性の属名の由来について少し詳しい解説がある。
このように見ていただけば種小名のラテン語は一見多様に見えてもそれほど難しいものでないことがわかっていただけるのではないかと思う。
(個々の種で処理中だが基本的に処理済み。読みに不明な点など注記のあるもの以外はある程度信頼していただいてよいと思う)
- 学名の意味を調べるに当たって、英名と学名、さらに和名の意味がよく一致する事例が多数あった。見れば自明な場合は特別な注記を行っていないことが多いが、現在の英名と学名の意味が一致しない場合に英名の起源が過去に使われていた学名に遡れる事例が多数あることがわかった。
wikipedia 英語版などの解説を見ても現在の学名の解説のみで必ずしも触れられていないものも多く、ほとんどは独自調査の結果である。これらの英名は和名の由来となっていると推定できるものも多く、和名の由来を考える上でも興味深いと考える。
この部分の記述は過去の学名が使われなくなった経緯なども含まれるため非常に複雑になっているものが多いが、ある程度の予備知識があれば興味深く読んでいただけるものもあると考える。例えば特に背が黒くないのにセグロカモメと呼ばれるのはなぜか、タヒバリはなぜヒバリが付くのかなど。
いずれの問題も分類学の扱いの変遷や亜種となる場合の種学名の扱い、学名の先取権の扱いや有効性など学名を扱う上で本質的な事項が多数含まれている。歴史が英名や和名に残っていると考えれば非常に興味深い。過去に疑問に感じられていた和名や英名などの理由が氷解するものもあるのではないだろうか。
またアビ類のように日本と共通種の多いロシア名や文献からヒントが得られる場合もある (記載文献はドイツ語だったりフランス語だったりするので各国語を行き来しないといけない。理学では英語以外の基本外国語は従来独仏露とされていたがその意味を実感することができる)。
このような経緯がオンラインで簡単にアクセスできる文献にしっかり記載されているものは少なく、また過去に使われた学名を完全に知ることはおそらく誰にとっても困難なので推測に伴うものも多く、不正確な部分がある可能性がある点には注意していただきたい。
単に学名の意味を知っておしまいでなく、このような考察まで含めると学名の世界は非常に奥が深い上に、系統分類とも密接に関連していることがわかる。調べてみると予想外のことが多く、まさに謎解きであまりに面白いのである。ここまで知ればトリビアを超えて世界でも自慢できるのではないだろうか。
新しい方の分類変遷については文献を読めば理解しやすく説明もしやすいと想像できるが、鳥のことを深く知るためには古い方も含めて学名を詳しく知ることは第一歩であると認識できる。
- これも今更、の感じがあるが、学名の成り立ちを少し紹介しておこう。もっと早く系統的に述べておけばよいのだろうが詳しい規則や歴史までは知らないため、本稿を読むにあたって関連する件のみ紹介とする。
まずよくある誤解として学名はカール・フォン・リンネが「自然の体系」の第 10 版 (1758) で決めた (末尾の参考文献に URL あり)、とされる場合があるが、いくつかの点で正しくない。
元来の名前は Carl Nilsson Linnaeus で、功績によって Carl von Linne の貴族の称号を得たのは 1757 年で、これ以前は Linnaeus である。ちなみに von は称号を表すもので、姓は Linne か von Linne であるべきかは解釈による
(例えば小笠原の鳥に名前を多く残している Kittlitz は von Kittlitz を姓とすべきかなどの議論がある。学名に記載者を載せる場合に問題になる。論文を書く人であれば引用文献での同様の著者の姓の扱いに困惑される方も多いだろう)。
Linnaeus が「自然の体系」初版を出版したのは 1735 年で、1758 年以降も Linnaeus の名称を使い続けていたので、我々が普通にみかける鳥の学名の記載者には Linne は出てこず、すべて Linnaeus ではないかと思う。
すなわちいかにも高校生物などで習いそうな「カニス・ファミリアニス・リンネ」(イヌのこと。なおイヌはオオカミから家畜化されたものとする捉え方ではオオカミの種小名を用いるべきとなり、この扱いはまだ確定していない模様) の読み方は正しくないことになる。
wikipedia 日本語版の解説によれば植物学では L. と略されるが、動物では省略しないとのことで L. と書くのは正しくないらしい (古い文献の用例にはみかける)。
次の誤解として「リンネが学名を発明した」があるが、これもあまり正しくない。ラテン語で名称を記述することはそれ以前から行われていた。ただしこの方法が人によって違っていた。簡単な種類の場合はラテン語1単語で示されることもしばしばあり、それに記述的な修飾を付ける形で次第に複雑な学名が使われるようになった。
ラテン語では形容詞による修飾は名詞の後に付く (ラテン語と系統の近いフランス語などでもよく使われる) ので、名詞 + 修飾語 の形になる。
以下ちょっと長いが余談: この順序となることは多少のメリットもあり、学名索引は同属のものが並ぶが、英名をそのままアルファベット順の索引とすると大変わかりにくくなる。
そのため英名索引では多くの場合最後の単語を先頭に回すなど学名に近い語順がよく用いられる。しかしながら英語特有の問題があって2単語からなる単語を別の単語とするか、ハイフンを入れるか、さらには合体させて1単語とするさまざまな段階の扱いがある (ドイツ語やオランダ語では単語を直接結合することが多いのでしばしば長い単語ができる)。
リストによって英名のハイフンの有無などが違うのはこの扱いの違いに由来する。Hawk-eagle とした場合は、索引では Eagle の下に置くべきか、Hawk-eagle の見出しにするか悩ましいわけである (さらに途中段階として Hawk-Eagle のようにハイフンの後の先頭を大文字表記にする場合がある。これは単語の独立性が高いが文法上は1単語扱いにしてハイフンを入れたい場合に相当する)。
ヘビクイワシを Secretary Bird と表記してもよいが、これをそのまま採用すると索引では Bird の下に置かざるを得ずちょっと困ったことになる。
学名の話に戻ると Linnaeus はこれを体系化し、2語による学名に統一した。名詞に相当する部分が属名、修飾語の部分が種小名ということになる。
学名がなぜラテン語文法規則に則っているかはこの成り立ちを考えるとよくわかる。修飾語は形容詞が使われることが多いので名詞の文法性に合わせて変化することになる。また修飾語が地名や人名などの場合は形容詞語尾を補って形容詞の変化をさせるのが一般的。
なお Linnaeus は種小名が形容詞でない場合は冒頭を大文字で記述して名詞であることを表しており、この用法も一定期間使われていた。
これが二名法で、Linnaeus はさらに綱、目、科という上位の分類階級を設け、それらを階層的に位置づけた (最後の部分は wikipedia 日本語版の解説から、と書こうと思ったが科とすべきところが属になっていた... 2024年11月段階)。なお属より上の分類階級を高次分類群と呼ぶそうで、上位分類は相対的な表現に使われることが多いがこの解説ではあまり使い分けていない (日本語名称はそれぞれ order と rank の英語に対応するが使い分けは英語に対応したものでもない)。
Linnaeus 当時は亜種の概念は直接的には現れず、これは 19 世紀後半に種と生物進化の関係が判明してきて初めて一般的になった概念である。この問題は #カンムリツクシガモ の第一標本を記述した者がなぜ亜種概念を用いず雑種と記載したかなどの推論にも関係する。
生物進化の考え方に否定的な立場だった命名者であれば記載に亜種を用いないことも理解できる。もちろん 20 世紀に入っても生物進化の問題は長く議論されていた。
Linnaeus の命名体系が広く用いられる以前に3語を用いた一見亜種学名に見える名称も使われていたが、これは現代の亜種概念とは異なったものである。
また亜種概念が広く使われるようになる前は違うものは別種として記載せざるを得なかったので、その当時の学名を指して「かつては別種扱い」の表現を読む時には注意が必要である。亜種概念がなかった、あるいは命名者の立場上使いたくなかったために別種となっていただけの場合も多い。
このように Linnaeus 以前より学名は存在したので、規約を作るにあたってはどこかで区切りを付ける必要がある。そこで「自然の体系」の第 10 版 (1758) の出版年を基準として、それ以前に発表されたものはたとえ Linnaeus が用いたものでも、また Linnaeus (1758) の用いたものと同じ学名であっても有効なものとして扱われなくなった。
ある意味この区切りは多少人工的なもので、その結果多くの種の記載者が Linnaeus となることになった。「この学名は Linnaeus が 1758 年に命名した」などの文章を読む時には若干注意が必要である。
ちなみに 1758 年の同年の文献が (少なくとも鳥に関係したものでは) もう1つあるとのこと。
Linnaeus (1758) 以降でも二名法に従っていないものもあり、著者が二名法に則っていないと判断されれば一見同じ2語の学名を用いていても有効なものとみなされないらしい。
後は皆さんもご存じの先取権の原則がある。同じものを指す場合には最初に記載された学名が採用される。
過去に誰かが用いた学名は無効である。
これらは自明な規則のように思えるがこれがしばしば混乱の原因となってきて、現在でもなっている。
Linnaeus (1758) の自然の体系」の第 10 版の記述が曖昧で何を指しているか判断できないために当初は使われなかったが、後にこの学名は何を指しているなどの同定がなされて学名が変わったことはしばしばある。「最初に記載された学名」という規則は合理的に見えるが、古い記載ほど記述が曖昧なのはある意味当然で同定に困難が伴うのである。このために学名が変わった事例は非常に多くある。
また古い文献を見つけるのも大変な作業である。一度は学名が確定してから、その種類が古い百科事典やどこかで出版された探検日誌のどこかに載っていたなど、およそ学名の記載とは思えないような文献が原記載とされることがあるのはそのような事情による。
古い文献では出版年が不明瞭なものもある。例えば出版年が記されているが実際の出版は後だった、複数の巻があって全体しての出版年の範囲はわかるが特定の記述が出版された年がわからないなど。
これらが特定されたり出版日時が改めて定義されることによって優先順位が変わって学名が変わることもある。
現在では厳格な要件になっており、少なくともある年以降に記載された学名はこの要件を満たす形になっている。例えば属の新記載では「その属の共通の特徴」「この特徴があれば他と区別できる」(diagnosis) などを記述する必要があり、「この特徴があれば他と区別できる」条件が不十分なもの (別の属なのにこの属と判定できてしまう) と判定されれば無効とされることもあるらしい。
現代ではそのような場合は一旦無効として、要件を満たす形で同じ名称で再命名となることもある。
「過去に誰かが用いた学名は無効である」も極めて妥当な規則に見えるが、同様に古い文献を探してゆくと同じ学名がみつかって無効となった (命名者が気づいていない) 例は非常に多数ある (例えば日本で記載されても不思議でなかった #サンコウチョウ)。すでに利用された名称は preoccupied と表記される。
種小名や亜種小名がすでに利用された名称かどうかは同属の範囲で判断される。
気づきにくいがこれは動物全体に対するもので (もちろん化石種も含む)、同じ属名が例えば虫にあってはいけないのである。鳥だけのリストならば過去に使われた全学名データベースのようなものもある程度あるが、動物全体となるとなかなか大変である。現在は動物と植物に同じ属名があっても構わないが古い時代ではそのように扱われず、遅く用いられた同一の属名は避けられることもあった (#アマツバメでは属名が長く確定しなかった)。
また一字一句違わないもののみを同一とみなすと支障が生じる場合もある。ギリシャ語由来のラテン語など綴り方が一通りでないものもあり、ラテン語アルファベットで同一のものを表す別の文字も存在する。
かつては同じ単語の男性形と女性形が別の属名に用いられ、これは同一なのか別のものなのか議論となったこともあった。実際に見てゆくとわずかに違う学名がいくつもあって同一性の定義が難しいことがわかる。
古い学名では違った音を表す記号や合字も使われており、これらを現代の表記に変換する際に若干の不定性が生じている。例えばミサゴの種小名とオジロワシの属名は過去には同じ綴りだったが変換する際に別のものになってしまった。
アカヒゲとコマドリの種小名と和名との対応が逆になっており、一度付けた学名は変更できないと説明されることも多いが、記載時の学名に文法的誤りがあれば正されることもある。
例えば #キバラムシクイ や #ヘラシギ では異なる綴りに変更されている。#ハヤブサ の亜種のシマハヤブサは献名が明示されていたため同一文献内の情報を用いた訂正が行われた。#クロウミツバメ も人名由来で訂正されたものが一般的に使われている。
クマタカの Nisaetus の属名も綴りを間違っていて訂正された。
ややこしいことに Linnaeus はしばしば省略形を見出しに用いており、すべての見出しが "." で終わっているために省略形かどうかが区別できず、省略された学名を採用すべきか、初出文献には出ていなくても省略されない学名を採用すべきかなどの議論もある。日本の鳥では#モリツバメや#サカツラガンなどが問題となる。
前者は ICZN が省略形と裁定し、省略する場合・省略しない場合の唯一の学名表記が決められた経緯がある。
学名を付けた時は別の学名だったのだが、分類変更で属が変わりたまたま同じ学名になってしまうこともある。これは分類学の問題なのでいつの時代でも起き得る。この時もそのような学名の使用を避けることになり、優先度の低い学名が使われたりや新称が与えられることもある。
また古くは属名が変わると新しい種小名が提案されることもしばしばあった (#ノスリの備考参照)。新属を提案すると自身が命名者になることができるため新属や改名された学名が氾濫し、現在のような規則に改められたものと思われる。
オオトラツグミ (#トラツグミ備考) の学名がトラツグミが Turdus 属に含められていた一時期に変わっていたのはこの影響があると思われる。#ノスリの現在の種小名や#チョウゲンボウの亜種小名も複雑な経緯をたどっていた。
ノスリの現在の種小名に japonicus が現れるのもケアシノスリを含む属統合の玉突きの結果だった。複雑であるが学名がどのように決まるかよい歴史的題材となっている。学名に関心のある方は時間をかけてじっくり吟味していただきたい。
これらの結果、素直な (わかりやすい) 種小名や亜種小名は早めに使われてしまい、後に名付けられた学名ほど性質をうまく記述していない (命名に苦労している) 偏りが発生していると想像できる。地名や人名、現地名を冠した (見方によってはややつまらない) 学名が多いのもそのような理由が背景にあると思われる。
学名字義を見る場合にはより早く付けられた学名 (ヨーロッパの種類であることが多い) も一緒に見渡すのが望ましい。種レベルであれば第8版準拠の#リンク集に記載者・記載年が示されているのでご活用いただきたい。
日本の鳥の学名も、そのような視点で見るとなぜそのような種小名 (特に亜種小名) が使われたのか想像できる傾向があるように思える。和名が学名に採用されていることもこのような事情が背景にありそうに思える (わかる範囲で個々の項目で説明してある)。
日本で記載されれば japonensis と名付けてもよさそうだが、一度使われるていると同じ属ではもう使うことができない。日本で記載された亜種小名に何でも japonensis (や japonicus など) が付いていない理由にもなる。
また日本の鳥の学名を多数付けた Temminck は同じグループが複数種する存在する場合は地域名を用いた japonensis を意識して避けていたと考えられる (#タンチョウの備考参照。Temminck 自身は Grus japonensis を適切な学名と考えておらず改名提案を出していた)。
人名を付ければ一般的には重なる心配が少ないと思われるが、それでも同じ属ですでに使われた人名の亜種小名が使われて変更されたことがあった (例えば#コゲラ)。
属を細かく分けることは細分主義と批判されることもあるが、種小名や亜種小名の自由度の観点からは属は分かれている方が都合がよいことになる。
#クロジのようにおそらく解釈の誤りから付けられたと思われる学名もあり、付けた学名を変更することはできないので解釈を含む命名は命名者にとってもリスクが大きいとも言える。色彩のような客観的性質をもとにした名称が多いのもそのためかも知れない。
古い文献に現在の分類に対応する過去気づかれていなかった学名が後日見つかることもある。多数が同意すればその学名に変更されることもあるが、ほぼ使われた形跡のない学名であれば「忘れられた学名」(nomen oblitum) と処理されることもある。
このあたりは判断の分かれる部分もあり、裁定が必要となれば ICZN が行う。
#オオムシクイなどの定義が決まったかのように見えるがこの問題が残っている。メボソムシクイ (世界的にはコムシクイ) のグループにさらに古く記載された学名があり、もしオオムシクイと同種であればこちらに先取権が発生する可能性がある。
しかし繁殖地でなく渡り途中に記載されたものでどこで繁殖する個体群かわからない。記載時の標本があるはずだが分子系統研究でオオムシクイが別種とされた論文ではこの標本を見つけ出すことができず、複数の種に分かれることを主眼とした論文なので先取権の扱いが曖昧なままとなっている。将来標本が発見され DNA 解析が行われ、変更すべきとの主張があればオオムシクイの学名が変わる可能性がある。
属と種、種と亜種の関係は似ているところもあるが若干違う。種と亜種の関係ではその種内で最初に記載された亜種が基亜種となり、種小名はその亜種と同じになる。分類変更などで種の分割・統合などが行われれば基亜種はそのグループ内で最初に記載された亜種になるので分割の場合はどちらかの種の種小名が変わり、統合の場合は地理的に遠く離れた亜種が基亜種となることもある。
属の場合はこの規則ではなく、属ごとにタイプ種を決める (新しく記述する場合は命名者が定義することになる)。Linnaeus (1758) のような古い時代になるとこのタイプ種定義がないため、例えば同じ属内の出現順など別途定義することになる。#サンコウチョウの属名は古い属名の時代にタイプ種の提案が複数あり、複雑な経緯を経て決まったもので自明な属名ではなかった。
属のタイプ種は定義によるものなので表面上 属名 = 種小名 であってもタイプ種とは限らない (#ミソサザイや#オガワコマドリ の解説参照)。
分子系統解析などによって属が分割される場合はどの種がどの属名になるかはその種の属する (現代の分子系統解析によるものならば) クレードのタイプ種で決まる。そのため現在 属名 = 種小名 のミソサザイであっても別の属学名に変わることが考えられる。
属が分割される場合、分割されて新しく生じる系統の中に過去の属のタイプ種となるものがあれば話は簡単で新しい属名はその属になる。複数ある場合は記載の早いものが採用される。優先順位が決まらない場合は裁定が行われる (Accipiter 属が分離されて生じた Tachyspiza 属はこのようにして決まった)。
ない場合には新しく決める必要がある。種を分割する時に亜種の記載順でほぼ自動的に決まるのとは多少異なる。
属分類については類縁性や独自性を指標とする従来の分類学では分類学者によって扱いに多くの違いがあった。分類学者によっては少しでも違った特性のあるものを独立属とすることもしばしばあった。
#ヘラシギがなぜ現在の学名になったのか、歴史を知らないとまったくわからないだろう。
おかげで上記のように属を分割する場合は過去の名前があることが多く比較的問題が少ないが、Charadrius 属の分割で選択肢が1つしかなくあまり適した名称でないためにちょっと困った状態になっている。複数ある、あるいはまったくない場合はより適切な属名が選べるが、1つだけあるのが問題となっている。
#イスカでも同様の問題があって、このあたりの属名が比較的細かく分かれている理由の一つとなっている。属を統合すると Linnaeus (1758) が記載した "イスカ属" になってしまうのである。
また属学名は分類学者が与えるものなので、同じ学名を別の分類学者が異なる分類群 (しかも鳥とは限らない) に対して与えてしまうことがしばしばあった。
ある属名がなぜ使われなくなったのか、鳥の学名辞典 (大変すぐれたものがあるが鳥以外は載っていない) だけではわからない場合もある。
分類学者が同じグループだと考えて与えた属が実は複数のグループを含むことが判明し、タイプ種の指定によって先取権のある属名のシノニムとなり、いかにも由緒ある名前でも使われなくなったものもある (トキ類の Ibis 属など)。
亜種についてはかつては色彩や計測値のわずかな違いで別亜種と記載された例が多数あり、「区別できない」として一部は整理されたがまだ多数の亜種が未解決のまま残っている。これも現代は分子系統解析待ちの部分が多く、かつて亜種や別種とされたものが分子系統解析では入り混じっていることが判明して統合される場合もある (種レベルではベニヒワとコベニヒワなど)。
外見での区別可能性より分子系統解析で個別のグループとして区別可能かが次第に重視されるようになってきている。
亜種概念は比較的新しいため、それ以前に使われていた「変種」(var.) を現代の亜種と同等のものとみなすかどうかの議論もある。例えばコサメビタキの学名が IOC リストで何度も変わったのはこのため。亜種時代であれば目立たなかった問題だが、種に分割された後の種小名は最初に記載された名前で決まるため。「変種」(var.) は亜種とは違う、いやそうでない用例がある、などの見解が対立していた。
これも「最初に記載された名前」である要件が理由で、どうしても古い時代の文献になる。亜種が一般的に使われる前の記載はどのように扱うかが問題となった。過去に別種扱いで同種扱いになった場合は (さらに合体などがなければ) 過去の種小名が亜種名となる。
もう一つ、このような分類変更に伴って重要となるのが基産地 (type locality。ラテン語 terra typica 模式地 の方が厳密な訳語かも) である。繁殖分布などではあるい程度わかりやすく、繁殖地で採集された標本であれば、種や亜種に分割される場合はその場所を含むグループの名前になる。
例えば#フクロウでは日本で最初に記載されたのが九州であったためこの場所を含むグループの名前が決まる。
九州の採集地フクロウの亜種学名は変わる心配はないが、日本の他地域は分類や亜種分布の考え方次第で何とも言えなくなる。Temminck and Schlegel (1850) の記載でも実はあまりすっきりせず、後に Hartert (1913) が九州と判定したというもの。
古い記載は先取権の原則から生き残る可能性が高いが、場所の特定はこのように確実性を欠く場合もある。偉い人が定義し、異論がなかったのでそれに落ち着いている感じ。世界から見れば日本列島は小さなものなので九州まで特定すれば十分だろうとしたと見えなくもない。
北海道以外のフクロウは同一亜種とする立場であれば北海道以外は亜種 fuscescens となることになる。
現状では自分が住んでいる場所のフクロウがどの亜種なのか自信を持って言えないのである。
IOC では世界で 10 亜種なので、そのうち3亜種が (離島の固有亜種ならば理解しやすいが) 狭い本州以南の日本列島に集まっているのはちょっとおかしい、もうちょっと整理して欲しいと感じる人も (おそらく世界的視点からも) あるだろう。
自分は IOC を使っていて亜種 momiyamae は有効だが、自分の地域 (京都) のフクロウは亜種 hondoensis としている。
世界を最小の8亜種とする分類ではそうなっていることも理由の一つだが、momiyamae は整理されるならば一番最初にシノニムになる可能性が高いので今のうちから準備しておこうと...。
このように種や亜種を見る時は図鑑の分布だけでなく基産地にも注意していただくときっと面白い。
Temminck and Schlegel (1850) が記載したはずの #アオゲラの基亜種では (北部) 九州が基産地になっていないなど不自然なところも見受けられる。
普通種の中に「こんなところが基産地?」と驚かれるものがおそらくいくつもある。
例えば亜種ハヤブサはいかにも日本の繁殖地で記載されたかのような印象を受けるが実はそうではない。
亜種の分布の記述には基産地周辺のみを示したと想像できるものがいくつもあり、そもそも亜種に値するかわからないが研究がなされていないために便宜上そのまま残されているもの多いと思われる。
種の識別の次は亜種識別と掘り下げたいことはよく理解できるが、このような事情で残っている亜種もあるのであまり深入りする必要もないのではと感じる。
状況は種によって大きく違い、種分割に値する亜種から単なる地域で色の傾向の違いを表したものなどさまざまなものがある。標本による分類の時代が長かったので音声などはあまり考慮されてこなかったことが多い。歴史も見ながら個々に検討されるのがよいだろう。
Should we consider lumping more subspecies? (BirdForum 2025.1) にも議論があるので紹介しておく。全亜種数はあまり変化がないが種数は増えている (新しい亜種の記載はほとんどない)。古く記載された亜種は現代の解析を行えば生き残らないものも多いだろう。英国のリストでは自国に別亜種を与えたかったらしいなど。
亜種を過剰に記載するのもどうかと感じる場面が多いが、記載されていないことで困る場合もある。分子系統解析では#ミサゴの極東個体群は亜種相当と考えられるが過去に記載された適切な亜種がない。分子系統解析で亜種名が記載される可能性のある個体群である。
学名の歴史を見ていると、18 世紀後半から 19 世紀に主にヨーロッパで急速に物事が進展したことがわかる。世界史的には当たり前なのだろうが歴史の教科書のできごとで少し実感が薄い。
自身は本文中でもしばしば述べているがクラシック音楽、特に近代産業の申し子のようなピアノをやっていたこともあってこの時代は非常に馴染みがある。19 世紀半ばにはロマン派音楽もほとんど完成形で、我々が普段よく聞くクラシック音楽作品はこの時代の名作が多い。
この時代に音楽家たちがどれほど腕を競い、限界を極めて名作を残したかを知っていると、博物学 (学名) の世界もよく似て見える。つまり 19 世紀半ばにはすでに完成度の高いものになっていて、ヨーロッパからみて海外の標本を記述する時代に移っていたことがわかる。日本の鳥に学名が付けられたのはこの時期と考えると時代背景が非常によくわかる気がする。
クラシック音楽 (以外でももちろん構わないが) に興味のある方は記載年代の類似性にも注意を払っていただくと面白いだろう。プロコフィエフの日本滞在は 1918 年で西洋の大作曲家の最初の日本訪問であった。日本の「越後獅子」がピアノ協奏曲第3番に影響を与えたとも言われるが、この時代になるとかなり近代のクラシック音楽でついて行きにくい方もあろう作風の時代であった。
作風とは言えないかも知れないが、この当時の学名を見ると 19 世紀半ばまでの絶頂期からはかなり離れている印象を受ける。新しい学名がすでにあまり付けられない時期に入っていた。他の分野の歴史とも比較して楽しんでいただきたい。
個人的に日本産種で傑作の学名と感じるのが#ゴビズキンカモメ。記載当時の学名だけで本質を見事に表していた。
- 本ページでは、「日本鳥類目録 改訂第7版
」掲載の 633 種を同書の配列順により掲載している。
改訂第8版で新規掲載された種も掲載しており、第8版準拠の#リンク集も用意している。
亜種についても備考で触れている。「日本鳥類目録 改訂第7版」非記載の鳥 (外来種) を掲載している。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、パブリックコメントへの回答、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト (目録第8版出版前段階のもの) も踏まえている。種名見出しでは目録第8版で種の分割、合体により学名が変化するものに注意を促す意味で注釈を加えた。属名のみの変更は記していない。
- 改訂第7版から第8版への移行に伴い、第8版学名と第7版学名を併記した。種分割などにより学名が変化するものは由来をわかりやすくするために第7版時代の学名に亜種も追記してある。
複数の亜種がある場合、多くの場合は最も古く命名された亜種と最も一般的な亜種が同一であるが、例外もあって例えば第8版の亜種キジの亜種小名は第8版で使われる種小名と同じではない。
さまざまなケースがあるため統一的な取り扱いはできない点をご了承いただきたい。
#ツメナガセキレイのように複雑なケースもある。この場合では第7版で用いられた亜種が別亜種のシノニムとみなされ、第7版亜種名に現れない種小名に変わっている。
#オオモズでは種分割が行われた結果、日本産亜種が主に北米種の亜種となったため第7版亜種名に現れない種小名に変わっている。
#オジロビタキと#ニシオジロビタキは一見第8版で分割されたかのように見えるが、第7版ですでに分割されていた。
- なぜ第8版配列版を用意しないか疑問に思われている (あるいは待たれている) 方もあろう。
日本鳥類目録改訂第8版の配列は IOC 13.2 に基づくものですでに最新のものではなくなっている。このころから現在 (2024) に至る IOC 配列は世界のリスト統合作業を優先しているため上位 (高次) 分類にはあまり変更を加えていない。
この作業は1年程度で完了すると想像される。IOC 14.2 までの IOC 配列は実質 Prum et al. (2015) のままであるが、2024 年に現世鳥類全体を含む新しい系統研究が発表されており、これらの結果も吟味した上で次第に反映されてゆくことだろう。つまり数年のうちの上位 (高次) 分類の配列は変わると予想される。
例えば Boyd のページでは上位 (高次) 分類の配列変更をすでに取り入れている。
IOC 15.1 では分子系統研究の進んだタカ目内部配列は新しいものを採用することが表明されており、これは他の分類群においても今後同様に進んでゆくだろう。IOC 15.1 で Turdus (ツグミ) 属内配列を並べ替えることが表明された (2025.1.20) が、
Latest IOC Diary Updates 問題点の指摘を受けて元に戻した。オープンな議論を受けて柔軟に対応しているのは素晴らしい。
IOC World Bird List Updates (2024.11.16 参照) によれば IOC 14.2 で分類が変わったものは 105 種、15 属が追加、2 属が削除、1 科が追加、とこれまでの更新の中でも規模が大きかったことがわかる。
2021 (IOC 11.1) 年以降のデータが載せられているが近年の分子系統研究や世界のリスト統合への機運を受けた加速傾向が読み取れる。分子系統研究による分類が広く受け入れられるようになって客観的な判断材料や基準が整ってきたため世界のリスト統合もようやく可能な段階になったとも言える。
この状況をふまえるとどちらも最新でない点では第7版配列でも第8版配列でも実質大差なく、第7版から第8版移行で検討種になったものもあるので第8版配列順に変更するのは少し扱いにくいのである (第8版に間に合わなかったが、カタグロトビの記載論文はすでに出版されている。これまで通りの扱いであれば今後 10 年ぐらい検討種のままとなるのだろうか。本稿には含まれていた方がよいと考える)。
IOC 13.2 で中途半端に固定にするのか、配列を今後の世界の変更に合わせるのかの問題もあり、物理的な順序入れ替えは行わずに新リストはリンク集として配列を示すこととした。
今後新しい IOC 配列に従ったリンク集を用意することも想定できる。
- 和名による分類階級は、目・科・種を記載し、日本鳥類目録第8版で新たに付いたもの以外の属和名の表記は原則省略している。
- このページへの個々のご意見・ご質問等は上記執筆者メールアドレスか ML Kbird を通じてご連絡ください。サイトへの全般的ご意見・ご質問等は、[ご連絡] のページより、メッセージ先頭に「野鳥の学名入門」と記し送信してください。
- 追記した備考では細分した中間的な分類概念をしばしば用いている。上位概念から順に 目 (order) - 亜目 (suborder) - 科 (family) - 亜科 (subfamily) - 族 (tribe) - 属 (genus) - 亜属 (subgenus) - 種 (species) - 亜種 (subspecies) のようになる (Taxonomic rank)。
太字が必須項目 (亜種まで記載する場合は亜種も必須になる)。亜種のない種を単形種 (または単型種、漢字の選択は日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版に合わせた) と呼ぶ。英語では monotypic species。
近年は分子遺伝学の進歩により従来単一であった属が単系統でないことが判明し、複数の属に分割されることも多くある。日本国内の種に限れば一属が一種となるものも多く、属名から類縁関係を推測しにくくなっているケースもしばしばある。これらの場合に族などの中間的な分類概念を適切に使うことで分類的位置がわかりやすくなることもあり、実際に利用されている。
また非常に大きな分類群においては下位の中間的な分類概念を使うことは実用上も意義があり、従来も「ヒタキ科ツグミ亜科」のような使い方がなされてきた。近年の分類で亜科の分け方が大きく変わっているものもあるので (#ヨーロッパコマドリの備考参照) 注意が必要である。
種より上位の分類概念には定まった規則がないため、現在でも、そして今後も属の境界をどこに置くか、中間的な分類概念をどの段階に適用するかなど分類学者の間でも意見が分かれる場合もある (もちろん独立種と認めるか亜種とみなすかなどの議論もさまざまな形で存在する)。
現世鳥類を何科に分けるかのようなレベルでも議論があり完全な合意が得られているわけではない。
分類学進展の一断面と取り扱っていただくのがよいだろう。
この (生物学的) 階級 (rank) の他に、上種 (superspecies)、例えばメボソムシクイ上種のように、近縁種をグループ化した名称 (species complex、例えば herring gull complex、sibling species 兄弟/姉妹種) もしばしば使われる (Species complex)。対応するラテン語用法に sensu lato (s.l.) 「広い意味で」があり、種名の後に s.l. を付けて類縁種を含むことを意味する。
〜の一種を意味する sp. は属名に付けて、その属の一種を意味するものだが、メボソムシクイ属のように大きな属の場合は、メボソムシクイ属 sp. のような使い方は望ましくないかもしれない。メボソムシクイ s.l. とすればメボソムシクイ上種を表すことができるであろう (が、分類専門家の意見を聞いたわけではないので正確ではないかも知れない)。
近年提唱されているこれまでの Accipiter 属の分割が行われれば、これまでのハイタカ属 sp. のような表現は厳密には意味をなさなくなる (eBird では 2024.10.22 よりこの表現が廃止された)。
sensu lato の反対の意味のラテン語は sensu stricto 「厳密な意味で」で、s.s. または s.str. と略される (が分類学の論文以外で略号で使われるのをあまり見たことがない)。これらの用語を知っておくと海外の分類などを見る時に役立つだろう。どちらにしても厳密な定義のある概念ではない。
- 亜種そのもの記述は属名・種小名・亜種小名からなる三名法を用いるのが正統的であるが、備考では亜種の解説などの際に煩雑になることを避けるため、亜種(小)名を主に用いている。
- 外国語を記述する際に、非ラテン文字 (ギリシャ語、ロシア語など) は標準的なラテン文字転記で表示している。英語以外ラテン文字やラテン文字転記されたギリシャ語で広く使われるアクセント記号類は省略しているので、出版物などに用いられる場合はもとの綴りを確認されたい。
ロシア語のラテン文字転記は基本的にもとの表記に戻すことができるが、ギリシャ語ではアクセント記号類を省略しているためこのラテン文字転記からもとのギリシャ文字表記に戻すことはできない。なおドイツ語のウムラウトのみは標準表記に従い、e を追記して示している (同じ文字を使っていてもスウェーデン語では e を追記しないなどの不統一が発生するがご理解願いたい)。
- 標準和名は日本鳥学会が定めた名称で、これ以外の名前を使ってはいけないわけではない (例えば分野によっては実用上の観点から古くから知られた別名が使われることもある)。論文などを記述する場合にはどのリストに従うかが示されていると思われるので、日本の鳥については標準和名を用い、それ以外については他のリストを用いることなどになるだろう。
この稿では備考などに登場する日本鳥学会のリストにない鳥については原則 Avibase (一部 eBird) の和名を用いている。英名はもっと事情が複雑で頻繁に変化すると考えてよい。学名も結構よく変化するので、日本の鳥に限って観察・記録する場合は標準和名を使っておくと後々名前の修正を行う手間が少なくて済むだろう。
- 写真などを整理する時に、生物の階層分類に従ってファイルを整理するのは極めて自然なアイデアであるが、分岐分類学の進歩に伴って大胆な分類変更が行われることがある (例えばウ類はかつてペリカン目だったものが現在はカツオドリ目に移されている、サギ類はコウノトリ目だったものがペリカン目になっている、ツグミ類とヒタキ類の再編が行われたなど)。
上位分類はもうあまり変わらないかも知れないが、属分類の変更は今後もあると思われるので、分類を基準に体系的な配置を行ってこられた方 (あるいは種の説明に上位分類まで記載されてきた方など) は最新分類を常時意識されるとよい。
思わぬところで思わぬ変更があったりする。あまり「がちがち」にデータベースを作ると変更に大変な思いをすることもあるので、柔軟に変更できる構造にしておくとよい。
- 海外探鳥などをされる方は日本産鳥類ではカバーできないので IOC 分類などを用いられる方もあるだろうが、これもよく変更がある (1年に2回更新) ので最新版をフォローするのはなかなか大変である (それはそれで面白いわけだが)。もうちょっと高度 (超マニアック?) な楽しみとして、最新文献をチェックして次の分類変更を予測するなどもある。
海外にはそのように楽しんでいるバーダーや野鳥関係のフォーラムもあり、日本のバーダーも学会の判断を待つだけでなく、もっと関心を持つとよいのではないかと思う。
例えば日本鳥類目録第8版が出ても次の改訂には時間がかかるであろうから、海外の分類動向も変わってゆくであろう。(用いるリストが指定されている論文や出版物に使用する場合を除いて) その間に第8版の学名を使い続けるのか、海外のものに合わせてゆくかは個人の裁量の範囲であろう。
日本鳥類目録第8版の編集について [西海功 (目録編集委員長) 日本鳥学会 鳥学通信 2022] で西海氏も「IOC Listを基本にして著者の判断も加えながら独自の分類でフィールドガイドを作ることもできる。このような図鑑を良く思わない人もいるが、私はむしろ歓迎したい」と書かれている。
日本のサービスでも IOC 分類をベースに定期的に分類を更新しているものもある (例 https://zoopicker.com/)。
後の各種ごとの補足説明にもしばしば現れるが、日本周辺だけデータが不足していて分類が確定できないケースがある。バーダーがもっと関心を持って取り上げれば遺伝子解析などを行える専門家にとってもよい刺激になるのではないかと期待している (最初から余談ばかりであるが...以後脇道が多いので不要の方は読み飛ばしていただきたい)。
- 海外の国のチェックリストはどう管理されているのかを知ることもよい刺激になるだろう。例えばフィリピンでは The Wild Bird Club of the Philippines (日本野鳥の会のような組織) が管理をしており、毎年更新されている: Checklists of the Birds of the Philippines。コメントを送ったこともあるが文献も付けてしっかり返事をもらえた。信頼できる野鳥のチェックリストがない国もあり、世界のデータベースなどを検索して気づかれるかも知れない。
- 国レベルのチェックリストではないが、日本で言えば都道府県レベルのチェックリストを維持しているところも多くある。スウェーデンのサイト Vastmanlands faglar などは地域レベルの記録を管理されている方には興味深いだろう。個々の文献も収集してスキャンなどを公開している (Referenser から見られる)。
- ドイツの鳥学会が世界の鳥のドイツ語リストを 2022 年に発行。Die Voegel der Erde で 540 ページの本を無料公開!
- こちらはフランス語版世界の鳥リスト。IOC よりさらに先行してここで紹介しているような新学名にも対応! 改訂も頻繁に行われている模様。Noms francais normalises des oiseaux du monde - 2024 - version 6.3。
ダウンロードも可能。学名は Gaudin のものを使っているかも知れない。
- 本稿ではさまざまな論文にリンクを張っているが、なるべくフリーアクセスできるものを優先した。ページから [Download PDF] などのメニューに従えば読めるものが多いと思う。
文脈や学術雑誌名からオープンアクセスに見えにくい場合のみ「オープンアクセス」と明示したものがあるが、その表示がなくても実際にはここで示した論文の多くは誰でもフリーで読むことができる。
アクセス制限が表示される場合は論文表題を用いて検索してみていただきたい。例えば著者レポジトリなどで全文が読めるかもしれない。また雑誌によっては一定期間後にオープンアクセスになるものがある。
報道記事などへのリンクはたどれなくなっているかもしれない。その場合はインターネットアーカイブなどで読めるかもしれないので試していただきたい。
(論文以外の) ロシア語の書物は原則リンクを張っていないが、ここで挙げてある文献はほぼオンラインで見ることができる。探し方は最後の参考文献の部分を参照。
- そもそも学名を知って何の役に立つのだろうと思われる方も多いだろう。かつては「世界共通の名称なので海外の人に伝える時や海外図鑑を見る時などに役立つ」とも言われていたが、日本鳥類目録第7版以前で日本で使われていた学名は古いものもあり、世界のリストと異なる分類も採用されていたために実はあまり世界共通の名称として使えなかった。
目録第7版ではかなり世界の分類に近づいたが、それ以降に分類が改訂されたものなどは反映できていないため、ごく身近な鳥、例えばウグイスでさえも日本の学名が海外のものと合わなくなってしまった。1種が複数に分割された種などでは日本の学名で海外に出すと全然違う種類を指してしまうことも生じた。
海外図鑑を購入された時に和名を書き込む作業をされる方もあると思うが、学名がいかに異なるかを実感されたであろうと思う。目録第8版では世界のリストとほぼ同じになる見込みだが個々のケースでは注意が必要なものもある (それぞれの備考に記載)。
実際上は英語のわかる海外バーダーであれば英名は把握していることが多いので、海外バーダーもそもそも知らない学名よりも英名の方が通じることが多く、この意味での学名の必要性はあまりなくなってしまったかも知れない (それでも亜種等の細かい話ではやはり学名を使わざるを得ない)。英語圏以外の場合は長い学名を使うよりもそれぞれの現地語を覚える方が手っ取り早いこともある。
それでも英語以外で書かれた海外の書物やウエブページを参照する場合は学名は一定の役に立つ。また画像や映像を検索する場合でも学名で検索すれば日本語や英語以外のページも多数ヒットするのでこの効用は大きい。もっとも検索程度であればその場でコピー・アンド・ペーストをすればよいので学名を記憶するほどの必要性は少ない。
近年分子遺伝学の目覚ましい進歩で系統樹を見る機会が圧倒的に多くなった感じがする。例えばヒトの進化や新型コロナウイルスの新しい株の名前など、一般的なメディアでもよく見かけ、系統樹に馴染みのある人も増えているだろう。
ちなみにこのような目覚ましい進歩は次世代シーケンサー (Next Generation Sequencer, NGS) のような分析装置や、その結果から塩基配列を構成するコンピュータプログラムの進展によるものである。遺伝子やゲノムの解読は日常的に行われる時代であり、「ヒトゲノム計画」の時代には月着陸に匹敵する大偉業と呼ばれていたのとは隔世の感がある。
新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) が「新型肺炎」の形で最初に見つかった時に NGS が使われたことを後に知り、初期になぜあのような形 (まず SARS の再来が疑われた) で物事が進んだのかを納得できた。このあたりは報道に出てくることもまずなく、現代生物学のリテラシー不足によって疑似科学的な説を容易に受け入れてしまう原因にもなっているように感じる。
事情は鳥類でももちろん同じで、全鳥類種のゲノム解読を行う野心的プロジェクト The Bird 10,000 Genomes (B10K) Project が走っている。
別種か、あるいは別亜種か、などの説明を見る時には分子系統樹を目にする機会が増えている。系統樹では一般向けに分かりやすく描き直したもの以外では通常学名しか出てこない。すなわち学名をある程度読めないと系統樹をまったく読めないのである (これは種や亜種分布の地図などでも同様)。
これは現代生物学の面白みを半分捨てているようなものである。ちようど辞書を引けば英語が読めるがそのままでは読めない状況に似ていて、手間をかけて知っている和名などに翻訳して書き込むか、そのままで読めるかの違いになる。後者の方がずっと気軽に扱えることは間違いないだろう。このような経験を通じれば学名も (見ればわかる程度には) 案外覚えてしまえるものである。
また、海外の保護種 (レッドデータブック) リストなどで現地名と学名表記のことがある。知らない言語の場合は学名が手がかりになることは従来と同じである。
それ以外にも、和名や英名と同様、学名にも命名者の思いが (時には勘違いも) 込められていることもある。それらも読み取って歴史を振り返る楽しみがあるだろう。
- 作業を通じて改めてわかってきたのだが、現在は分子遺伝学による系統分類の大変革の時代のようである。日本鳥類目録 改訂第7版 で分類や学名が大きく変わったものがあり、第8版でも多くの属分類が変わる予定で、この傾向はまだしばらく続くであろう。
その昔は新しい地域を探検すれば新種や新亜種が次々と記載されて行ったが、その分子生物学版がまさに進行中で、昔で言えば探検に相当するであろう遺伝子やゲノムを調べれば系統にかかわる新しい知識が次々と生み出されていく段階に当たっている。
ただしこれも全種を十分調べればいずれは種レベルでは全系統がほぼ (種境界や解釈の難しい系統の問題などは残るだろうが) 明らかになって、ある程度の期間で落ち着くと思われる。第8版ではまだその段階に達しておらず、未処理部分が多く残っていて将来の改訂を待つことになるだろう。
次々と新種が発見されるように、これまでわかっていなかった系統関係が次々とわかってゆく現代に生きる者として、その面白さをリアルタイムに味わわないのはもったいないぐらいである。
ほとんどの情報は英語論文などの形になって残念ながら日本語のみではほとんどうかがい知れないだろう。
そのような英語論文や記事などの系統樹を読むにあたって、本記事が手引きの一つとなれば幸いである。
また遺伝情報はデータベース (GenBankなど: 学名検索もできるのでうまく使えばいろいろな情報にアクセスできる) で公開されており、それなりの計算機資源は必要だが分子系統樹を作ってみたい人は自分でも作ることができる。
GenBank のサービスを用いた簡易系統樹の作り方の解説: Owls (BirdForum 2025.1)。
#ハチクマ備考 [フィリピンのハチクマの不思議] 末尾に実行例を示した。関心のある種グループの系統解析の論文が見当たらない、あるいはオープンアクセスでなく読めないなどの場合は遠慮なく BLAST を試してみよう。論文に示される系統樹1つだけからはわからない事情が見えてくることもある。
ごく最近になって知ったのだが日本と共通種のゲノムが海外で結構読まれている。興味ある方は探してみていただきたい。同種で日本と大陸とゲノムがどの程度違うのかなど解析さえできれば調べることができるものもある。Catanach et al. (2024) のタカ類系統樹作成にも使われていた。
識別を極めたい方はゲノム解析にも挑戦されてはいかがだろうか。
科学のいろいろな分野でも同様であるが、最先端の情報は専門家だけのものの時代ではなくなっている。
- 自分も詳しく知っているわけではないが、学名の命名には詳細な規約がある。現在使われる学名はその規約に基づいて了承されているものだが、そこに至る経緯は必ずしも平坦なものばかりではなかった。
学名には先取権 (priority) の原理があり、同じものに名前を付けた場合は早く付けられた名称が有効になる。後に付けられた名称はシノニム junior synonym となる (junior synonym の和訳は複数ありジュニア・シノニム、後行シノニム、新参シノニム。シノニムの部分も異名と訳されることもある。本稿では紛らわしいことはほとんどないので単純にシノニムと表記した)。
気づかずにすでに他で発表された学名と同じものを発表してしまうと無効な学名になる。
このあたりは常識的にも理解しやすいが、実際に学名が決まる過程はしばしば非常にややこしく、使われるようになってからかなり後にその名称がすでに使われていたことがわかって改名されたことや、
古い文献では綴りが違っていたり語尾が省略されていたりしたものが訂正されて使われていることもあって、どれが正しいのか議論が発生するなど様々なケースがある (サカツラガンの学名変更は未確定のケースにあたる)。
個々のケースでわかる範囲で説明を加えてあるので学名の世界を楽しんでいただきたい。
最近多い学名変更は分類の見直しによるもので、分子系統解析の結果1つの属が単系統でないことが判明して複数に分割されるケースなどが多い。我々が通常みかける学名変更はこのケースが多い。
ラテン語には文法上の性があるので、属変更の結果で属の性が変わると種小名の性もそれに合わせて変化する (形が変わらないこともある)。
また種の中の亜種が独立種とされる場合も種に相当する学名が付くことも容易に理解できるであろう。
その亜種がもとの種の基亜種 (その種で最初に記載された亜種) であった場合は2種に分離された場合に分離された種の方が学名を引き継ぐことになる。日本で通常記録される亜種が基亜種でない場合は日本で通常記録される種の学名の方が変わることになる (ツグミとハチジョウツグミ、アオジとシベリアアオジなど)。
ある亜種が別の種の亜種とするべきことが判明した場合は亜種の移動になるが、これも基亜種の移動の場合や移動先で基亜種になる場合は種の学名に影響が及ぶ。
これらは分類概念による部分があるので、異なる分類学者が異なる学名を用いる要因の一つとなる。
また現代では珍しいが、異なる属が統合された結果同じ属に同名の種小名が生じ、後に付けられた方の学名を変える必要が生じることもある。
これらも個々の事例でわかる範囲で説明を加えてある。
(この部分は先に記述したもので書き加えたものと内容が重複する部分があるが残してある)。
- アメリカやカナダでは、個人名の付いた英語の鳥名の名称変更の動きがある。American Ornithological Society Will Change the English Names of Bird Species Named After People (2023年11月)
はアメリカ鳥学会の動きであるが、特定の人名よりは鳥の特徴を表す名称に変えてゆくとのことである
(現代では受け入れがたい価値観の個人にちなんで付けられたなどが問題となったことが発端にある。Bird Names for Birds 運動についての wikipedia 解説。スウェーデン鳥学会や NASA も名称や取り扱いを変更したとのこと)。
この動きは世界の英名、あるいは場合によっては他国語名にも影響を与えると考えられ、今後注視してゆくべきであろう。
日本ではむしろ和名の由来となった人物を紹介するなど行われているが、あるいは我々は個人名を鳥名に付ける議論への感度が低いのかも知れない。
この動きを受けてアメリカでは早速「元オバマ大統領にちなんで付けられた鳥の名前はどうなる?」の議論が出ている。これはニシオオガシラ Nystalus obamai IOC 英名 Western Puffbird であるが、英名 (アメリカ名では Western Striolated Puffbird) に人名が入っていないことから変わらないそうである。学名はそのまま維持される。
英語以外の言語ではオバマを冠している名称もあるようである。
wikipedia 英語版によれば Mr. Donald Trump にちなんだ学名を持つ生物は複数あるそうだが、鳥は含まれていない。
ウイルソンアメリカムシクイ Cardellina pusilla (Wilson's Warbler) も改名の対象となっており、英名が変更された場合に和名はどうするだろうか。
改名に関する話題については#クロハゲワシの備考 [ハゲワシ類の名称や迫害、改名]、#アホウドリの備考 [語源や関連する用例] もご覧いただきたい。
学名に関する規則は違うが、植物では 2026 年から一部の学名を変えることが決まった。Hundreds of racist plant names will change after historic vote by botanists (Nature news)。差別的な名称に基づく理由で生物の学名が変わるのは史上初めてとのこと。
- その後アメリカ鳥学会の動きが予期せぬ波紋をもたらしている。北米と南米の種の検討委員会 (南米は South American Classification Committee, SACC) は近年は 20 年以上協力して名称を決めていたが、アメリカ鳥学会の英名決定に SACC が関与できなくなったため協力関係を打ち切り、SACC は IOC と連携して世界の鳥のチェックリスト作成に関与することとなったとのこと
(#ハヤブサの備考の [ハヤブサ目の系統分類] と紹介リンク先参照)。
北米と南米は共通の渡り鳥などがあるが、米国と南米で異なる英名が使われる事態も発生しそうである
(深読みしたいこともあるのだが皆様のご想像にお任せしたい)。
- 2024.5.13 上記 SACC のことも触れられ、パイロットプロジェクトで国外への影響の少ない種に絞ったパブリックコメントが開始された: AOS Pilot Project to Change Harmful English Common Bird Names。
AOC/AOU の動きに連動して分離などで種に新しい英名を用いる際は人名を排除する傾向が強まっており、後述の WGAC でも合わせる動きがある。#カツオドリや#オガサワラミズナギドリ (旧名セグロミズナギドリ) の備考など参照。
Winker (2024) Bird names as critical communication infrastructure in the contexts of history, language, and culture
(特に人名由来の) 英語鳥名の変更の動きについての議論。歴史的な様々な経緯がある。英名の方が学名より安定している。
確かにハクトウワシが "Bald Eagle" と呼ばれるのは適切な名前ではないが、変更するとより多くの人とのコミュニケーション上支障をきたす可能性があるので、著者としては不本意ではあるが受け入れるなど (決断して変えればいずれは定着するのだろうが...)。
種英名を大文字で始める習慣は (本来はどちらでも構わないが)、種名を固有名詞のように扱って一般的記述と区別しやすくできる利点がある (日本の例だと white wagtail は白いセキレイだが、White Wagtail と書けば種ハクセキレイを表していることが区別できるなど)。
- 世界に鳥が何種いるのか、面白い考察がある。Barrowclough et al. (2016) How Many Kinds of Birds Are There and Why Does It Matter?
種に形態的違いによって分けられた生物学的種から新世界の 200 種をサンプルして形態、遺伝情報、分布をもとに進化的種概念で種数を推定すると 18043 種 (95% 信頼区間 15845-20470 種) と推定され、現在用いられている分類学は種多様性を大幅に過小評価している可能性があるとのこと。
種数が2倍になっても過剰評価とは考えず、むしろ多様性の正しい理解の結果であり、保全にもより有効であると考えている。亜種は古く形態学的に記載されたものが多く、地理的なクラインなども多いためそのまま種に昇格が適当とも言えない。
- Clements 2024 checklist update によれば、Clements 2024 の改訂草稿が公開されているとのこと (2024.6.25)。2024年10月に発表の予定。
The eBird/Clements checklist of Birds of the World: v2024 にて公開された (2024.10.22)。
Clements Checklist v2024: Excel spreadsheet; CSV file。
同じページから eBird で報告可能な分類概念一覧もダウンロードできる。Accipiter sp. の概念はなくなり、4属を含んで我々からみるとより広義の Accipitrine hawk sp. の名称となった。
Island Thrush はなんと 17 種に分離! #アカハラの備考参照。
シジュウカラは Parus cinereus に含まれた: #シジュウカラの備考参照。IOC 14.2 もこれに従っている。
タカ類の新分類を採用: #アカハラダカの備考参照。Say hello to Astur for Cooper's Hawk and American Goshawk for you Americans! (アメリカ人にとって Astur = オオタカ属さんこんにちは) とある。
アメリカのデラウエア自然史博物館も展示の学名変更に向けた記事を出している: Evolutionary Breakthrough of Hawks and Eagles (Accipitridae)。この博物館の学芸員が論文共著に入っているので率先して行われるのだろう。
birdforum.net の記事によればこれまでの Accipiter から分割された -spiza で終わる属名は女性名詞とのこと (ICZN Article 30.1.2, 30.1.3 による)。
個々の種の分離の話題などは birdforum.net のスレッドを参照。
IOC でも 14.2 に向けて Proposed Splits/Lumps, Taxonomic Updates
などの改訂が順次発表されており、Clements 2024 を少し後追いする形となっているが、用いている文献が同一なのでほぼ同じものを採用している (例えば Island Thrush は 17 種)。
その後 14.2 が発表されたが、一部改訂は 15.1 に回ることとなるとのこと。
Working Group Avian Checklists (WGAC, 世界の統一チェックリスト。次項目参照), version 0.04 もタカ類の新分類を採用。世界の主要リストの学名が一気に変わるだろう。
2024.8.2 IOC 14.2 もこれまでの Accipiter を5属に分割 (一安心)。
2024.8.14 IOC 14.2 に移行開始とのこと。v14.2 red, Excel File を公開。
2024.8.19 IOC 14.2 に移行 v14.2 Excel File。
wikipedia 英語版も新しい学名を用いている (2024.8.29)。2024年9月上旬段階でドイツ語版、オランダ語版、スウェーデン語版、韓国語版などでもオオタカの学名が新しいものになっていた。
従来の国内独自分類を採用するかと思えたロシア語版も9月下旬に IOC 14.2 を採用。分離された属の解説ページもすでに作られていた。
さらに 2025.2.16 IOC 15.1 v15.1 red, Excel File を公開。
2025.2.28 v15.1 Master List が公開された。
Balatskij Birds of Northern Eurasia の分類では 2023 年にすでにこれら分類が採用されていた。なんとロシアでも新しいタカ類分類が早々と標準学名となっていた (よく見ると Tachyspiza 属への分割が完全でなくツミが Accipiter 属に残ってしまっている。これはもしかすると過去に発表されたツミのミトコンドリアゲノムに誤りがあったためかも知れない)。
ホオジロ類の部分はロシアの独自分類なので IOC などをそのまま採用した分類体系でないことが判断できる。
属名のロシア語表記は種名と異なる部分もあるが、Tachyspiza 属のいくつかのもの (タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] 関連種) はもともと tyuvik と呼ばれており、ロシア語慣用名段階ですでに別名があったためまったく違和感がなかったのだろう。Tachyspiza 属への分割に従って過去のロシア名も tyuvik を付けた名称に変更された。
Tachyspiza 属の新しいロシア語名は "趾の短いタカ" (アカハラダカのロシア名でアカハラダカ属に相当する) に相当する。
Clanga 属も慣用名段階で別扱いとなっていた。
日本周辺では中国のみがまだ動向がわからないが、Lophospiza (カンムリオオタカ属) は wikipedia 中国語版ですでに使われており、Catanach et al. (2024) の研究にも言及があるので時間の問題で取り入れられてゆくのではないだろうか。
これまでの Accipiter 属からの変更点が多いので一気に処理できていないものと想像できる。
さて日本語版は - 2024.10 末「タカ科」の項目で Catanach et al. (2024) が参照され、wikipedia 英語版に対応する一覧が盛り込まれた。ただ他の項目には古いものも含まれているため参照される際は注意が必要と思われる。全面改訂にはかなりの手間が必要でなかなか大変だろう。
wikipedia ポーランド語版では早くから反映されていたが、ポーランド語の世界の鳥名リストを見てびっくり。Coracornithia (Telluraves の名称より早く使われた系統名があるとのこと)
Catanach et al. (2024) や Stiller et al. (2024) はもちろん取り入れられているが何と亜種にまでポーランド語が与えられている (英名はもちろん表記)。
Complete Checklist of the Birds of the World (メインページ)。系統分類は Marka Kuziemko が行っているとのこと。全体的に亜種をあまり分けないリストになっているが、種候補になるぐらいに分けるべきところは分けているようで自身の感覚に近い部分がある。分類は H&M 由来で IOC とはやや異なる部分がある。
2024.10.7 IOC 15.1 ではタカ類内配列を Catanach et al. (2024) に合わせることにした。オナガヘビワシの学名が IOC 14.2 では古いままだったがこちらも合わせることになった。
この記事に紹介済みのタカ類の新分類通りの順になると思われる。
日本産種ではそれほど大きな変更があるわけではないが、クロハゲワシとカンムリワシ、アカハラダカとツミが逆順になるなどが想定される。
カタグロトビも記録種と認定されればハチクマの前になる。
チュウヒ類内部は多少入れ替えがあってチュウヒは最後になると考えられる。オジロワシ類の間も多少の入れ替えが考えられる。ノスリ類はあまり変わらず日本のノスリが最後になると想定される。
いずれも最新知見による系統関係を反映するもので、単なる分類学的順序変更以上に系統関係や生物地理学 (より新しく現れた系統はどちらかなど) を意識するのに役立つだろう。他の系統ではルリカケスのような遺存固有がいくつか見られるが、タカ類では (日本でこれまで調べられた範囲では) 遺存的な種類は見られないよう。
全般的には日本のタカ類は比較的遅くユーラシア東端の新天地に到着した描像が想像できる。
ツミの方が原型に近く、アカハラダカが渡り能力を活かして後にアジアからオセアニアの島に分散した描像となり、順序もそれを反映するものになる。
Tachyspiza 属はそれなりに分岐が深いので属内の構造を考えることも多少意義があるだろう。その場合はツミとミナミツミが姉妹種の関係になる。アカハラダカから始まるクレードはちょうどハヤブサ類の上種 Hierofalco の概念に対応する位置づけとなる。
単に順序が入れ替わっただけではなく、分類や新学名にはこれほどの情報が込められており活用して楽しまない理由はない。
タカ類や分類や学名については世界的にもあまり異論なく決断できるレベルまで確定してきたと考えられる。タカ類については IOC 15.1 がしばらく標準で使われ今後は細かい調整レベルと推定される。
アメリカ American Birding Association (ABA) のチェックリストも 2024.11 に更新 American Birding Association Checklist Committee Report, November 2024 (Pyle 2024)。
反映が遅れていた Avibase も 2024.12.29 までにこれらを新学名に変更。これほどに時間のかかる規模の大きな変更で年内に何とか間に合わせた印象。
iNaturalist に Accipiter Shake-Up の投稿 (2024.10.24) も出ていた。
少し前に分離されたアメリカオオタカでは属名も種小名も変わることになり、北米ではよく知られた種の学名が短期間で完全に別のものに変わってしまった。投稿者によっては記録を投稿してからアメリカオオタカの学名がわずかの間に2回変わったとのこと。
accipiter はこのグループのタカを指す英語一般名にもなっている (一般名と属名が一致していた) のでこの変更はかなり余波が大きい。一般的には accipiter と呼べるのになぜ学名は異なるのかなど入門者への説明も必要でしばらく話題が続くことだろう。
Accipiter split has resulted in lots of conflicting ID's 過去に単に Accipiter としか書いていない記録が多数ありすぎて困っている。
Accipiter をそのままにしておくと属レベルで間違った記録が多発することになる。亜科などのレベルを使うとチュウヒ類を含んでしまう概念になって受け入れられないだろう、など。
こちらは苦労話: Taxonomic Swap 147312 クーパーハイタカだけで 10 万件以上のデータを移動する必要がある。システムの仕様を超えかねない。管理者が不在中に走らせたいが大丈夫か。チェックするだけで多分1週間以上かかるだろう。
移動中は両方の名称が有効で、移動途中でもすでに古い学名での投稿があった。種が分離されることは慣れていても大規模な属変更はあまり経験がなくどの順序で動かすかなどなかなか大変らしい。
Taxonomic Split 147038 (Committed on 11-02-2024) 作業が終わる前に次の変更を走らせないように。属の違っているものは手動で修正する必要がある。この作業だけで数日かかる。
wikipedia 英語版などでも変更の反映に時間がかかったのは、個々の記事内の修正点が多すぎる上にどのレベルの作業から開始するか一筋縄では行かなかったのだろう。よほど好きな人でもない限りタカ類全種の表を作るだけで力尽きるだろう。
英語は世界のバーダーの事実上の共通語でもあり、もちろん北米に限った話ではない。
タカ類の分類変更は 2024 年の鳥の系統分類変更の最大の話題とも言えるものだった。
日本語風に言えば「Accipiter (ハイタカ属) ショック」と言えるだろうか。言語圏も違うが、さて日本には「Accipiter ショック」は訪れるだろうか。
この部分に加筆しているのがちょうど 2024 年末で、2024 年の鳥の世界の 10 大ニュースなどもちらほらと考えてもよさそうな感じ。
タカ類の系統樹が全面的に明らかになり「Accipiter ショック」、2015 年以来の鳥類の系統樹全貌が発表される、シロハラチュウシャクシギの絶滅宣言などは上位に入りそうな気がするが皆さんの感覚はいかがだろうか。世界のリストの統一も 2024 年の重要な進展だったが本格的には 2025 年のニュースに譲ることになるだろうか。
2023 年の研究を受けてサギ類の分類や学名も世界的にはかなり変わるのでご注意を。例えば#アマサギは新しい海外学名を見ても何かわからないかも知れない。英名は統一の対象外だが#チュウサギの WGAC 英名は分類変更を受けてこれまで親しんだものとは変わる。
#ササゴイの学名も変わるが、提案されている新英名は何と Little Heron (2025.1.12 段階)。
#タヒバリも新大陸と分離され学名・英名ともに変わる。
2024 年の研究により、淡水カモ類の分類にももう一度大きな変更が生じると想像される。
- Toward a Unified List of the World’s Bird Species
世界の鳥の統一リスト作りが始められている (2024.7.1 のニュース)。2025 年初めにも統一リストを公開する見込みとのこと。Clements 2024 と IOC 14.2 が同じ改訂を採用しているのはこの動きが背景にあるとのこと。その後も毎年1回ぐらいの改訂を出すだろうとのこと。
過去提唱されながら実現されなかった試みで、現在は一番ホットな時期に立ち会っていることになる。
Working Group Avian Checklists (IOU の部会) 英名も含めた慣用名は統一視野外。eBird/Clements, IOC は WGAC のこれらの改訂を採用する。Clements の移行が少し先行しているよう。
WGAC が公開されるとすぐに移行する準備を進めている。今後は分類と学名は WGAC 準拠に移行となりそう。WGAC の検討の終わった科の一覧も出ている。6月の時点でタカ目は終わったがハヤブサ目はまだなどの状況。
BirdLife も多くを採用する予定とのことだが、IUCN リストとの統一もあり作業は多少時間がかかるとのこと。
BirdLife が 2024.10 新しいリストを発表したが現段階は分類よりも評価の変更が中心。2025 年の早いうちに AviList (WGAC) に合わせてゆくことが発表された。
BirdLife は保全上の評価も行う必要があるため、種分割・統合などに伴った評価見直しの必要があり、世界のリストの動きに比べて少し余分に時間がかかる (over the next few years とあるので多少かかるかも知れないが AviList を分類体系の基礎とする)。
参考資料: HBW / BirdLife Taxonomic Checklist。
世界の主要リストが 2025 年の早い時期に統一されることが鮮明となった (2024.11.14 に得た情報より)。世界中の人が待望していたがおそらく史上初で学名も基本的に世界共通になると考えられる。
HBW / BirdLife Taxonomic Checklist v9 にコメント (2014.11.20) があり、属や一般名 (英名) の変更は保全上の評価を待たずして行うことができる (スレッドの流れから Accipiter 属を分割する予定であることを示唆している。今年の分類変更の中でも特に関心が高い)。
しかし種レベルで分類変更があるので保全上の評価を行う必要がありその作業の後になるとのこと。現在 2016-2025 年の保全上の評価作業の途中。評価が済めば分類変更は迅速に行えるだろうとのこと。
Clements 2024 checklist update に 2024 年9月末の続報があり、eBird の分類は 2024.10.22 に全面変更とのこと。後述の WGAC が 2025 年初めに発行するリストは AviList とのことで、eBird/Clements の分類・学名はそれに従うとのこと。
WGAC の名称よりは呼びやすいと歓迎のコメントあり。北米 AOS-NACC と南米の SACC の微妙な関係についても述べられており、SACC は AOS のパートナーではなくなっていることも表記から明瞭になっている。
2024 Taxonomy Update-COMING SOON (eBird の解説 2024.9.24)。'Accipiter sp.' No More もはやこれまでのように Accipiter sp. と報告できなくなるので注意。
前々から予期されていたことではあったが今年ついに分離された。
属が分離されたことによって識別が容易になるわけではないが、属固有の行動 (特にディスプレイ) に注目するよい機会である。
eBird では候補種が2種の場合は / で区切って "どちらか" の形で報告を受け付ける。本当にわからない場合は Accipitrine hawk sp. と報告する逃げ道は残してある。
日本の場合では "オオタカまたはハイタカ" のような表記とすることになるだろうか。
鳥類の分類 更新のおしらせ (2024年) (eBird Japan 日本語版のアナウンス 2024.12.24)。Accipitrine hawk sp. に対応する日本語版は "ハイタカ属" となったとのこと ("ハイタカ属 sp." ではなくなった)。
ここで "属" の用語を使うよりも "ハイタカ類" の方が英語ともよく対応する感じがする。なるほどと感じたのは日本では新しい属を用いていないので属の和名が確定しておらず、"属" を使う場合でも "ハイタカ属" と書かざるを得ないのだろう。
このページの事例にある "ツミのメスかハイタカのオスか" は "ツミまたはハイタカ" の項目があってもよさそうに思えるが、eBird では Eurasian Sparrowhawk/Eurasian Goshawk - Accipiter nisus/Astur gentilis の組み合わせ (他にも Levant/Eurasian Sparrowhawk - Tachyspiza brevipes/Accipiter nisus, Besra/Japanese Sparrowhawk - Tachyspiza virgata/gularis などがある) があるのに "ツミまたはハイタカ" に対応する項目はないらしい。
必要ならば要望を出せばよい気がする (2025.3 追加コメント)。
日本鳥類目録改訂第8版の出版予定に相前後して世界の分類がおおよそ統合される形となる。海外の種と比較したり未記録の鳥の名前や学名が必要となることもあるだろうから、日本産種のみは日本の学名で、海外種は海外の学名と使い分けるのも不自然に思える。
和名は日本鳥類目録を用い、分類と学名は世界の動向に合わせて WGAC に従うなどのハイブリッド利用が現実的なものになって行くかも知れない。その場合は例えばオオトラツグミは種扱いとなる。
執筆中の現段階では WGAC のリストも作成途上で作業途上の誤りも含まれている模様。予想される WGAC の学名はかなり確定したと思われるものを中心に紹介している。
Conix et al. (2024) Measuring and explaining disagreement in bird taxonomy。分類における各種リストの相違を調べて特に種境界などを議論した意見論文。IOC, Clements などの動き以前の議論と見てよいだろう。
- 英国も WGAC の動きに合わせてリストを見直す見通しが紹介されている British list set for major taxonomic shake-up (birdguide.com 2024.10.18)。
英国の BOU は IOC 分類を採用するようになって以降 IOC が変更すれば数か月以内にすぐに反映しているとのこと。
これまで別種扱いだったハシボソガラスとズキンガラス、コガモとアメリカコガモは同種扱いとなる見通し。
ノビタキ (現在の学名で Saxicola stejnegeri) とシベリアノビタキ (現在の学名で Saxicola maurus) が再度統合される可能性がある。この場合シベリアノビタキの記載の方が早いので、日本のノビタキの学名は Saxicola maurus (亜種まで記して Saxicola maurus stejnegeri) に変わることになる。
同日時点での IOC 15.1 の変更点にはまだ現れていないが Working Group Avian Checklists, version 0.02 以降で統合されている。解説は#ノビタキ参照。
雑誌 Birdwatch でこれらの分類変更の詳細を紹介することになるだろうとのこと。日本の雑誌で紹介されるのはいつになるだろう?
その後 2025 年2月号が記事で New Order: World taxonomy set for major shake-up が表紙タイトル。Alex Berryman の解説とのこと。記事タイトルは New world order で "新しい世界秩序" と分類学の order ("目" や分類順などの意味) を掛けている。なお同号に RSPB の財政問題が取り上げられている。不採算施設の閉鎖など。自然保護先進国の英国でまさに起こっていること。
Clements 2024 checklist update の情報によれば Avibase の中心メンバーである Denis Lepage が WGAC 編纂に関わっているとのこと。現代のチェックリスト編纂は手作業では限度があり極めて高い計算機技術を必要とされることも想像できる。
- 公式情報ではないが Which world bird list/taxonomy to use for your life-list: a comparison between the major ones (Ecotours 2025.2.24) に最新状況あり、2025 年 4-5 月に AviList が公開されるだろうとのこと。
ひとたび公開されれば eBird/Clements 独自のリストはなくなると宣言されているとのこと。
2024 年の Clements list が最終のものになる見込みで、以降は AviList を用い、eBird もこのリストに従うことになると考えられる。
これまで分離されていたものが統合されて不満を持っているバーダーも結構あるだろうとのこと。ニュアンスを伝えるスレッド: Increasing dissent amongst birders regards taxonomic changes and seeking an alternative listing authority? (BirdForum 2025.3)。
一般的には分離される方がライフリスト数が増えて好まれるだろうが、種境界をさらに低いレベルまで下げて多くの島に固有種を認め、世界の鳥が 30000 種になったらそれはそれで呆然とする人も出てくるだろう、など。例えば日本の離島ヒヨドリの亜種をすべて種と認めると大変なことになるだろうことは十分予想できる...。
また重要な指摘もあって、地域によっては識別可能で別種扱いが適切に見えるものがあっても別地域ではそうではない場合がある (北米のベニヒワが挙げられている)。一地域の印象で判断すると世界的視点として適切でないこともある。
- こちらもまだ公式情報と言えないかも知れないが、IOC は v. 15.2 が最終となる見込み。Clements 2025 も出す予定で、この段階で世界のリストは基本的に統一される模様。ヤツガシラも種統合の結果英名は Eurasian Hoopoe から Common Hoopoe となる見込みとのこと: New unified list of birds - Avilist (2025.5 の項目)。
この話題はとても関心が高く、New unified list of birds - Avilist (2025.5 の項目) のような世界のリスト動向の予想も出されている。IOC リストは AviList と重複するためいずれ吸収されるだろう。eBird は ("何とかまたは何とか" のような区分の表記が必要なので) 独自に維持するだろうが AviList を基本にすることになるだろう。
この段階では Sibley & Monroe や Howard and Moore などのリストはもやは過去のもの扱い。記憶の中にぼんやり登場する (our recollections - つまり回想!) 程度のものになるだろうとの予測。
日本のリストの第8版学名で AviList と異なるものも、時間の問題で日本でしか通じない学名となり、いずれ "日本でしばらくの間使われていた学名" として回想の中に現れることになるのだろう。
- この解説を編集するにあたり、半ば積読状態にあった過去の本などを改めて読む機会があった。どこかの種の備考に入れてもよい話ではあるが、日本野鳥の会関連でもあるのでここで触れておきたい。
「柳生博 鳥と語る」(ぺんぎん書房 2005)。柳生博氏 (1937-2022) は 2004-2019 年日本野鳥の会の会長を務められて、皆さんもごくご存じであろう。
NHKの「生き物地球紀行」の取材とナレーションを担当し、「左手にサイエンス! 右手にロマン!」がポリシーだったとのこと (p. 43)。
柳生氏の考えられていたサイエンスとロマンとは少し違うかも知れないが、この解説の [備考] も柳生氏のポリシーと同様、サイエンス中心で時にロマンと、小むづかしいことも怪しいことも、時には気に障るかも知れないことも書いてあるかも知れないが、寛容の精神で見ていただければよいと思う。
サイエンス (なぜそうなっているのか) を突き詰めて理解にたどり着いた驚きは「ロマン」としか言い表せない場合もあると感じる。#アマツバメの備考で紹介する渡り鳥の磁気定位はまさしくそうだった。
偶然の発見に基づく理詰めからはこの分子しか考えにくい、と最有力とされていて、渡り鳥の目に磁場情報が見えているニュースも追跡していたが、何事も疑い深い自分にはまだまだ実証には程遠いと感じていた。
しかし 2024 年夏に発表されたゲノム系統解析の結果は驚くべきもので、確かにこの分子を渡り鳥が役立てていることは疑いないように思える。そしてその進化を考えてみると...。渡り鳥のロマンと最新科学がこのように結びつくとは! 続きはアマツバメの備考をお読みいただきたい。
柳生氏も動物と話されていたのだと読み直して認識した (pp. 44-46)。本が出た当時は自分も同じようなことをやって鳥と遊んでいたので (#オオルリの備考参照)、それほど特殊とは思わず読み流してしまっていたらしいが、それ以降にハチクマの経験も経て柳生氏の言われていることを認識できるようになった模様。
会長職を引き受けるようになられた経緯も大変よくわかる気がする (p. 29)。しかしいながらにしてイヌワシがしばらく見られたとは何とぜいたくな。
日本鳥類目録改訂第8版の書物の出版物そのものではなく、掲載鳥類リスト (Excelファイル | 2024年10月8日 ver.1) のファイルより暫定的に作成したもの。英名は日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)」のファイルより。IOC 14.2 と英名が異なるもののみ IOC 英名を追記してある。
外来種は含まれていない。
記載者の後に * マークのあるものはアクセント記号などが省かれた、ウムラウトを2文字表記としたなどもとの綴りそのままではないもの。
"第7版学名より変更"、"IOC 14.2 分類または学名と相違あり" などが記されているものの学名解説は備考の項目も参照いただきたい。
第7版で種扱いではなかったものは "第7版学名より変更" は付いていない。
なお日本鳥類目録改訂第8版の配列順は IOC 13.2 準拠のため、高次分類概念や配列順は必ずしも最新のものに一致していない可能性がある。
IOC 14.2 との対比などは機械的に作成したもののため、対応関係などに不十分な点があればご容赦いただきたい。
例えば IOC 14.2 ではオオトラツグミはミナミトラツグミに含まれないが対応する学名が存在するので特に注記は付いていない。
本文解説は第7版をベースに作成したものなので、
第8版で検討種や外来種に移行したものはこのリンク集には含まれないが、第7版のみ掲載種に十分な解説の含まれる項目もあるのでぜひお見逃しなく。
記載者名の TeX (LaTeX) 表記:
Breme*: Br\`eme
Bruennich*: Br\"unnich
Guldenstadt*: G\"uldenst\"adt
Lonnberg*: L\"onnberg
Menetries*: M\'en\'etries
Mueller*: M\"uller
Palmen*: Palm\'en
- カモ目 Anseriformes カモ科 Anatidae -
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#リュウキュウガモ
- 第8版学名: Dendrocygna javanica (Horsfield, 1821)
- 英名: Lesser Whistling Duck
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#コクガン
- 第8版学名: Branta bernicla (Linnaeus, 1758)
- 英名: Brant Goose
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#アオガン
- 第8版学名: Branta ruficollis (Pallas, 1769)
- 英名: Red-breasted Goose
-
#カナダガン
- 第8版学名: Branta canadensis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Canada Goose
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#シジュウカラガン
- 第8版学名: Branta hutchinsii (Richardson, 1832)
- 英名: Cackling Goose
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#インドガン
- 第8版学名: Anser indicus (Latham, 1790)
- 英名: Bar-headed Goose
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#ミカドガン
- 第8版学名: Anser canagicus (Sevastianov, 1802)
- 英名: Emperor Goose
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#ハクガン
- 第8版学名: Anser caerulescens (Linnaeus, 1758)
- 英名: Snow Goose
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#ハイイロガン
- 第8版学名: Anser anser (Linnaeus, 1758)
- 英名: Greylag Goose
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#サカツラガン
- 第8版学名: Anser cygnoid (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更、IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Swan Goose
-
#ヒシクイ
- 第8版学名: Anser fabalis (Latham, 1787)
- 英名: Bean Goose (IOC 14.2: Taiga Bean Goose)
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#マガン
- 第8版学名: Anser albifrons (Scopoli, 1769)
- 英名: Greater White-fronted Goose
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#カリガネ
- 第8版学名: Anser erythropus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Lesser White-fronted Goose
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#コブハクチョウ
- 第8版学名: Cygnus olor (Gmelin, 1789)
- 英名: Mute Swan
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#ナキハクチョウ
- 第8版学名: Cygnus buccinator Richardson, 1831
- 英名: Trumpeter Swan
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#コハクチョウ
- 第8版学名: Cygnus columbianus (Ord, 1815)
- 英名: Tundra Swan
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#オオハクチョウ
- 第8版学名: Cygnus cygnus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Whooper Swan
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#ツクシガモ
- 第8版学名: Tadorna tadorna (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Shelduck
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#アカツクシガモ
- 第8版学名: Tadorna ferruginea (Pallas, 1764)
- 英名: Ruddy Shelduck
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#カンムリツクシガモ
- 第8版学名: Tadorna cristata (Kuroda, 1917)
- 英名: Crested Shelduck
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#オシドリ
- 第8版学名: Aix galericulata (Linnaeus, 1758)
- 英名: Mandarin Duck
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#ナンキンオシ
- 第8版学名: Nettapus coromandelianus (Gmelin, 1789)
- 英名: Cotton Pygmy Goose
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#トモエガモ
- 第8版学名: Sibirionetta formosa (Georgi, 1775) (第7版学名より変更)
- 英名: Baikal Teal
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#シマアジ
- 第8版学名: Spatula querquedula (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Garganey
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#ミカヅキシマアジ
- 第8版学名: Spatula discors (Linnaeus, 1766) (第7版学名より変更)
- 英名: Blue-winged Teal
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#ハシビロガモ
- 第8版学名: Spatula clypeata (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Northern Shoveler
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#オカヨシガモ
- 第8版学名: Mareca strepera (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Gadwall
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#ヨシガモ
- 第8版学名: Mareca falcata (Georgi, 1775) (第7版学名より変更)
- 英名: Falcated Duck
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#ヒドリガモ
- 第8版学名: Mareca penelope (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Eurasian Wigeon
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#アメリカヒドリ
- 第8版学名: Mareca americana (Gmelin, 1789) (第7版学名より変更)
- 英名: American Wigeon
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#アカノドカルガモ
- 第8版学名: Anas luzonica Fraser, 1839
- 英名: Philippine Duck
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#カルガモ
- 第8版学名: Anas zonorhyncha Swinhoe, 1866
- 英名: Eastern Spot-billed Duck
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#マガモ
- 第8版学名: Anas platyrhynchos Linnaeus, 1758
- 英名: Mallard
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#オナガガモ
- 第8版学名: Anas acuta Linnaeus, 1758
- 英名: Northern Pintail
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#コガモ
- 第8版学名: Anas crecca Linnaeus, 1758
- 英名: Green-winged Teal (IOC 14.2: Eurasian Teal)
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#アカハシハジロ
- 第8版学名: Netta rufina (Pallas, 1773)
- 英名: Red-crested Pochard
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#オオホシハジロ
- 第8版学名: Aythya valisineria (Wilson, 1814)
- 英名: Canvasback
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#アメリカホシハジロ
- 第8版学名: Aythya americana (Eyton, 1838)
- 英名: Redhead
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#ホシハジロ
- 第8版学名: Aythya ferina (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Pochard
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#アカハジロ
- 第8版学名: Aythya baeri (Radde, 1863)
- 英名: Baer's Pochard
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#メジロガモ
- 第8版学名: Aythya nyroca (Guldenstadt*, 1770)
- 英名: Ferruginous Duck
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#クビワキンクロ
- 第8版学名: Aythya collaris (Donovan, 1809)
- 英名: Ring-necked Duck
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#キンクロハジロ
- 第8版学名: Aythya fuligula (Linnaeus, 1758)
- 英名: Tufted Duck
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#スズガモ
- 第8版学名: Aythya marila (Linnaeus, 1761)
- 英名: Greater Scaup
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#コスズガモ
- 第8版学名: Aythya affinis (Eyton, 1838)
- 英名: Lesser Scaup
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#コケワタガモ
- 第8版学名: Polysticta stelleri (Pallas, 1769)
- 英名: Steller's Eider
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#ケワタガモ
- 第8版学名: Somateria spectabilis (Linnaeus, 1758)
- 英名: King Eider
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#シノリガモ
- 第8版学名: Histrionicus histrionicus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Harlequin Duck
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#アラナミキンクロ
- 第8版学名: Melanitta perspicillata (Linnaeus, 1758)
- 英名: Surf Scoter
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#アメリカビロードキンクロ
- 第8版学名: Melanitta deglandi (Bonaparte, 1850)
- 英名: White-winged Scoter
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#ビロードキンクロ
- 第8版学名: Melanitta stejnegeri (Ridgway, 1887)
- 英名: Stejneger's Scoter
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#クロガモ
- 第8版学名: Melanitta americana (Swainson, 1832)
- 英名: Black Scoter
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#コオリガモ
- 第8版学名: Clangula hyemalis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Long-tailed Duck
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#ヒメハジロ
- 第8版学名: Bucephala albeola (Linnaeus, 1758)
- 英名: Bufflehead
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#ホオジロガモ
- 第8版学名: Bucephala clangula (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Goldeneye
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#ミコアイサ
- 第8版学名: Mergellus albellus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Smew
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#オウギアイサ
- 第8版学名: Lophodytes cucullatus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Hooded Merganser
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#カワアイサ
- 第8版学名: Mergus merganser Linnaeus, 1758
- 英名: Common Merganser
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#ウミアイサ
- 第8版学名: Mergus serrator Linnaeus, 1758
- 英名: Red-breasted Merganser
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#コウライアイサ
- 第8版学名: Mergus squamatus Gould, 1864
- 英名: Scaly-sided Merganser
- キジ目 Galliformes キジ科 Phasianidae -
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#エゾライチョウ
- 第8版学名: Tetrastes bonasia (Linnaeus, 1758)
- 英名: Hazel Grouse
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#ライチョウ
- 第8版学名: Lagopus muta (Montin, 1781)
- 英名: Rock Ptarmigan
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#ヤマドリ
- 第8版学名: Syrmaticus soemmerringii (Temminck, 1830)
- 英名: Copper Pheasant
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#キジ
- 第8版学名: Phasianus versicolor Vieillot, 1825 (第7版学名より変更)
- 英名: Green Pheasant
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#ウズラ
- 第8版学名: Coturnix japonica Temminck & Schlegel, 1849
- 英名: Japanese Quail
- ヨタカ目 Caprimulgiformes ヨタカ科 Caprimulgidae -
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#ヨタカ
- 第8版学名: Caprimulgus jotaka Temminck & Schlegel, 1844 (第7版学名より変更)
- 英名: Grey Nightjar
- アマツバメ目 Apodiformes アマツバメ科 Apodidae -
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#ハリオアマツバメ
- 第8版学名: Hirundapus caudacutus (Latham, 1801)
- 英名: White-throated Needletail
-
#クロビタイハリオアマツバメ
- 第8版学名: Hirundapus cochinchinensis (Oustalet, 1878)
- 英名: Silver-backed Needletail
-
#アマツバメ
- 第8版学名: Apus pacificus (Latham, 1801)
- 英名: Pacific Swift
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#ヒメアマツバメ
- 第8版学名: Apus nipalensis (Hodgson, 1837)
- 英名: House Swift
- ノガン目 Otidiformes ノガン科 Otididae -
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#ノガン
- 第8版学名: Otis tarda Linnaeus, 1758
- 英名: Great Bustard
-
#ヒメノガン
- 第8版学名: Tetrax tetrax (Linnaeus, 1758)
- 英名: Little Bustard
- カッコウ目 Cuculiformes カッコウ科 Cuculidae -
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#バンケン
- 第8版学名: Centropus bengalensis (Gmelin, 1788)
- 英名: Lesser Coucal
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#カンムリカッコウ
- 第8版学名: Clamator coromandus (Linnaeus, 1766)
- 英名: Chestnut-winged Cuckoo
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#オニカッコウ
- 第8版学名: Eudynamys scolopaceus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Asian Koel
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#キジカッコウ
- 第8版学名: Urodynamis taitensis (Sparrman, 1787)
- 英名: Pacific Long-tailed Cuckoo
-
#ヒメカッコウ
- 第8版学名: Cacomantis merulinus (Scopoli, 1786)
- 英名: Plaintive Cuckoo
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#オオジュウイチ
- 第8版学名: Hierococcyx sparverioides (Vigors, 1832)
- 英名: Large Hawk-Cuckoo
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#ジュウイチ
- 第8版学名: Hierococcyx hyperythrus (Gould, 1856)
- 英名: Northern Hawk-Cuckoo
-
#ホトトギス
- 第8版学名: Cuculus poliocephalus Latham, 1790
- 英名: Lesser Cuckoo
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#セグロカッコウ
- 第8版学名: Cuculus micropterus Gould, 1838
- 英名: Indian Cuckoo
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#ツツドリ
- 第8版学名: Cuculus optatus Gould, 1845
- 英名: Oriental Cuckoo
-
#カッコウ
- 第8版学名: Cuculus canorus Linnaeus, 1758
- 英名: Common Cuckoo
- サケイ目 Pterocliformes サケイ科 Pteroclidae -
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#サケイ
- 第8版学名: Syrrhaptes paradoxus (Pallas, 1773)
- 英名: Pallas's Sandgrouse
- ハト目 Columbiformes ハト科 Columbidae -
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#ヒメモリバト
- 第8版学名: Columba oenas Linnaeus, 1758
- 英名: Stock Dove
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#カラスバト
- 第8版学名: Columba janthina Temminck, 1830
- 英名: Black Wood Pigeon
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#オガサワラカラスバト
- 第8版学名: Columba versicolor Kittlitz, 1832
- 英名: Bonin Wood Pigeon
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#リュウキュウカラスバト
- 第8版学名: Columba jouyi (Stejneger, 1887)
- 英名: Ryukyu Wood Pigeon
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#キジバト
- 第8版学名: Streptopelia orientalis (Latham, 1790)
- 英名: Oriental Turtle Dove
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#シラコバト
- 第8版学名: Streptopelia decaocto (Frivaldszky, 1838)
- 英名: Eurasian Collared Dove
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#ベニバト
- 第8版学名: Streptopelia tranquebarica (Hermann, 1804)
- 英名: Red Collared Dove
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#キンバト
- 第8版学名: Chalcophaps indica (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Emerald Dove
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#アオバト
- 第8版学名: Treron sieboldii (Temminck, 1835)
- 英名: White-bellied Green Pigeon
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#ズアカアオバト
- 第8版学名: Treron formosae Swinhoe, 1863
- 英名: Whistling Green Pigeon (IOC 14.2: Taiwan Green Pigeon)
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#クロアゴヒメアオバト
- 第8版学名: Ptilinopus leclancheri (Bonaparte, 1855)
- 英名: Black-chinned Fruit Dove
- ツル目 Gruiformes クイナ科 Rallidae -
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#クイナ
- 第8版学名: Rallus indicus Blyth, 1849 (第7版学名より変更)
- 英名: Brown-cheeked Rail
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#ウズラクイナ
- 第8版学名: Crex crex (Linnaeus, 1758)
- 英名: Corn Crake
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#ミナミクイナ
- 第8版学名: Lewinia striata (Linnaeus, 1766) (第7版学名より変更)
- 英名: Slaty-breasted Rail
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#ヤンバルクイナ
- 第8版学名: Hypotaenidia okinawae (Yamashina & Mano, 1981) (第7版学名より変更)
- 英名: Okinawa Rail
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#バン
- 第8版学名: Gallinula chloropus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Moorhen
-
#オオバン
- 第8版学名: Fulica atra Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Coot
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#シマクイナ
- 第8版学名: Coturnicops exquisitus (Swinhoe, 1873)
- 英名: Swinhoe's Rail
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#ヒクイナ
- 第8版学名: Zapornia fusca (Linnaeus, 1766) (第7版学名より変更)
- 英名: Ruddy-breasted Crake
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#コウライクイナ
- 第8版学名: Zapornia paykullii (Ljungh, 1813) (第7版学名より変更)
- 英名: Band-bellied Crake
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#ヒメクイナ
- 第8版学名: Zapornia pusilla (Pallas, 1776) (第7版学名より変更)
- 英名: Baillon's Crake
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#オオクイナ
- 第8版学名: Rallina eurizonoides (Lafresnaye, 1845)
- 英名: Slaty-legged Crake
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#マミジロクイナ
- 第8版学名: Poliolimnas cinereus (Vieillot, 1819) (第7版学名より変更)
- 英名: White-browed Crake
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#ツルクイナ
- 第8版学名: Gallicrex cinerea (Gmelin, 1789)
- 英名: Watercock
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#シロハラクイナ
- 第8版学名: Amaurornis phoenicurus (Pennant, 1769)
- 英名: White-breasted Waterhen
- ツル目 Gruiformes ツル科 Gruidae -
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#ソデグロヅル
- 第8版学名: Leucogeranus leucogeranus (Pallas, 1773) (第7版学名より変更)
- 英名: Siberian Crane
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#カナダヅル
- 第8版学名: Antigone canadensis (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Sandhill Crane
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#マナヅル
- 第8版学名: Antigone vipio (Pallas, 1811) (第7版学名より変更)
- 英名: White-naped Crane
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#アネハヅル
- 第8版学名: Anthropoides virgo (Linnaeus, 1758) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Demoiselle Crane
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#タンチョウ
- 第8版学名: Grus japonensis (Mueller*, 1776)
- 英名: Red-crowned Crane
-
#クロヅル
- 第8版学名: Grus grus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Crane
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#ナベヅル
- 第8版学名: Grus monacha Temminck, 1835
- 英名: Hooded Crane
- カイツブリ目 Podicipediformes カイツブリ科 Podicipedidae -
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#カイツブリ
- 第8版学名: Tachybaptus ruficollis (Pallas, 1764)
- 英名: Little Grebe
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#アカエリカイツブリ
- 第8版学名: Podiceps grisegena (Boddaert, 1783)
- 英名: Red-necked Grebe
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#カンムリカイツブリ
- 第8版学名: Podiceps cristatus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Great Crested Grebe
-
#ミミカイツブリ
- 第8版学名: Podiceps auritus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Horned Grebe
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#ハジロカイツブリ
- 第8版学名: Podiceps nigricollis Brehm, 1831
- 英名: Black-necked Grebe
- チドリ目 Charadriiformes ミフウズラ科 Turnicidae -
-
#ミフウズラ
- 第8版学名: Turnix suscitator (Gmelin, 1789)
- 英名: Barred Buttonquail
- チドリ目 Charadriiformes ミヤコドリ科 Haematopodidae -
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#ミヤコドリ
- 第8版学名: Haematopus ostralegus Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Oystercatcher
- チドリ目 Charadriiformes セイタカシギ科 Recurvirostridae -
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#セイタカシギ
- 第8版学名: Himantopus himantopus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black-winged Stilt
-
#オーストラリアセイタカシギ
- 第8版学名: Himantopus leucocephalus Gould, 1837
- 英名: Pied Stilt
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#ソリハシセイタカシギ
- 第8版学名: Recurvirostra avosetta Linnaeus, 1758
- 英名: Pied Avocet
- チドリ目 Charadriiformes チドリ科 Charadriidae -
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#タゲリ
- 第8版学名: Vanellus vanellus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Northern Lapwing
-
#ケリ
- 第8版学名: Vanellus cinereus (Blyth, 1842)
- 英名: Grey-headed Lapwing
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#ヨーロッパムナグロ
- 第8版学名: Pluvialis apricaria (Linnaeus, 1758)
- 英名: European Golden Plover
-
#ムナグロ
- 第8版学名: Pluvialis fulva (Gmelin, 1789)
- 英名: Pacific Golden Plover
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#ダイゼン
- 第8版学名: Pluvialis squatarola (Linnaeus, 1758)
- 英名: Grey Plover
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#ハジロコチドリ
- 第8版学名: Charadrius hiaticula Linnaeus, 1758
- 英名: Common Ringed Plover
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#ミズカキチドリ
- 第8版学名: Charadrius semipalmatus Bonaparte, 1825
- 英名: Semipalmated Plover
-
#イカルチドリ
- 第8版学名: Charadrius placidus Gray & Gray, 1863
- 英名: Long-billed Plover
-
#コチドリ
- 第8版学名: Charadrius dubius Scopoli, 1786
- 英名: Little Ringed Plover
-
#シロチドリ
- 第8版学名: Charadrius alexandrinus Linnaeus, 1758 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Kentish Plover
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#オオメダイチドリ
- 第8版学名: Charadrius leschenaultii Lesson, 1826 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Greater Sand Plover
-
#メダイチドリ
- 第8版学名: Charadrius mongolus Pallas, 1776 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Siberian Sand Plover
-
#オオチドリ
- 第8版学名: Charadrius veredus Gould, 1848 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Oriental Plover
-
#コバシチドリ
- 第8版学名: Eudromias morinellus (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Eurasian Dotterel
- チドリ目 Charadriiformes タマシギ科 Rostratulidae -
-
#タマシギ
- 第8版学名: Rostratula benghalensis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Greater Painted-snipe
- チドリ目 Charadriiformes レンカク科 Jacanidae -
-
#レンカク
- 第8版学名: Hydrophasianus chirurgus (Scopoli, 1786)
- 英名: Pheasant-tailed Jacana
- チドリ目 Charadriiformes シギ科 Scolopacidae -
-
#ハリモモチュウシャク
- 第8版学名: Numenius tahitiensis (Gmelin, 1789)
- 英名: Bristle-thighed Curlew
-
#チュウシャクシギ
- 第8版学名: Numenius phaeopus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Whimbrel (IOC 14.2: Eurasian Whimbrel)
-
#コシャクシギ
- 第8版学名: Numenius minutus Gould, 1841
- 英名: Little Curlew
-
#ホウロクシギ
- 第8版学名: Numenius madagascariensis (Linnaeus, 1766)
- 英名: Far Eastern Curlew
-
#シロハラチュウシャクシギ
- 第8版学名: Numenius tenuirostris Vieillot, 1817
- 英名: Slender-billed Curlew
-
#ダイシャクシギ
- 第8版学名: Numenius arquata (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Curlew
-
#オオソリハシシギ
- 第8版学名: Limosa lapponica (Linnaeus, 1758)
- 英名: Bar-tailed Godwit
-
#オグロシギ
- 第8版学名: Limosa limosa (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black-tailed Godwit
-
#アメリカオグロシギ
- 第8版学名: Limosa haemastica (Linnaeus, 1758)
- 英名: Hudsonian Godwit
-
#キョウジョシギ
- 第8版学名: Arenaria interpres (Linnaeus, 1758)
- 英名: Ruddy Turnstone
-
#オバシギ
- 第8版学名: Calidris tenuirostris (Horsfield, 1821)
- 英名: Great Knot
-
#コオバシギ
- 第8版学名: Calidris canutus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Red Knot
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#エリマキシギ
- 第8版学名: Calidris pugnax (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Ruff
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#キリアイ
- 第8版学名: Calidris falcinellus (Pontoppidan, 1763) (第7版学名より変更)
- 英名: Broad-billed Sandpiper
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#ウズラシギ
- 第8版学名: Calidris acuminata (Horsfield, 1821)
- 英名: Sharp-tailed Sandpiper
-
#アシナガシギ
- 第8版学名: Calidris himantopus (Bonaparte, 1826)
- 英名: Stilt Sandpiper
-
#サルハマシギ
- 第8版学名: Calidris ferruginea (Pontoppidan, 1763)
- 英名: Curlew Sandpiper
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#オジロトウネン
- 第8版学名: Calidris temminckii (Leisler, 1812)
- 英名: Temminck's Stint
-
#ヒバリシギ
- 第8版学名: Calidris subminuta (Middendorff, 1853)
- 英名: Long-toed Stint
-
#ヘラシギ
- 第8版学名: Calidris pygmaea (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Spoon-billed Sandpiper
-
#トウネン
- 第8版学名: Calidris ruficollis (Pallas, 1776)
- 英名: Red-necked Stint
-
#ミユビシギ
- 第8版学名: Calidris alba (Pallas, 1764)
- 英名: Sanderling
-
#ハマシギ
- 第8版学名: Calidris alpina (Linnaeus, 1758)
- 英名: Dunlin
-
#チシマシギ
- 第8版学名: Calidris ptilocnemis (Coues, 1873)
- 英名: Rock Sandpiper
-
#ヒメウズラシギ
- 第8版学名: Calidris bairdii (Coues, 1861)
- 英名: Baird's Sandpiper
-
#ヨーロッパトウネン
- 第8版学名: Calidris minuta (Leisler, 1812)
- 英名: Little Stint
-
#コシジロウズラシギ
- 第8版学名: Calidris fuscicollis (Vieillot, 1819)
- 英名: White-rumped Sandpiper
-
#コモンシギ
- 第8版学名: Calidris subruficollis (Vieillot, 1819) (第7版学名より変更)
- 英名: Buff-breasted Sandpiper
-
#アメリカウズラシギ
- 第8版学名: Calidris melanotos (Vieillot, 1819)
- 英名: Pectoral Sandpiper
-
#ヒメハマシギ
- 第8版学名: Calidris mauri (Cabanis, 1857)
- 英名: Western Sandpiper
-
#シベリアオオハシシギ
- 第8版学名: Limnodromus semipalmatus (Blyth, 1848)
- 英名: Asian Dowitcher
-
#オオハシシギ
- 第8版学名: Limnodromus scolopaceus (Say, 1822)
- 英名: Long-billed Dowitcher
-
#アメリカオオハシシギ
- 第8版学名: Limnodromus griseus (Gmelin, 1789)
- 英名: Short-billed Dowitcher
-
#ヤマシギ
- 第8版学名: Scolopax rusticola Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Woodcock
-
#アマミヤマシギ
- 第8版学名: Scolopax mira Hartert, 1916
- 英名: Amami Woodcock
-
#コシギ
- 第8版学名: Lymnocryptes minimus (Bruennich*, 1764)
- 英名: Jack Snipe
-
#アオシギ
- 第8版学名: Gallinago solitaria Hodgson, 1831
- 英名: Solitary Snipe
-
#オオジシギ
- 第8版学名: Gallinago hardwickii (Gray, 1831)
- 英名: Latham's Snipe
-
#ハリオシギ
- 第8版学名: Gallinago stenura (Bonaparte, 1831)
- 英名: Pin-tailed Snipe
-
#チュウジシギ
- 第8版学名: Gallinago megala Swinhoe, 1861
- 英名: Swinhoe's Snipe
-
#タシギ
- 第8版学名: Gallinago gallinago (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Snipe
-
#ソリハシシギ
- 第8版学名: Xenus cinereus (Guldenstadt*, 1775)
- 英名: Terek Sandpiper
-
#アメリカヒレアシシギ
- 第8版学名: Phalaropus tricolor (Vieillot, 1819)
- 英名: Wilson's Phalarope
-
#アカエリヒレアシシギ
- 第8版学名: Phalaropus lobatus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Red-necked Phalarope
-
#ハイイロヒレアシシギ
- 第8版学名: Phalaropus fulicarius (Linnaeus, 1758)
- 英名: Red Phalarope
-
#イソシギ
- 第8版学名: Actitis hypoleucos (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Sandpiper
-
#アメリカイソシギ
- 第8版学名: Actitis macularius (Linnaeus, 1766)
- 英名: Spotted Sandpiper
-
#クサシギ
- 第8版学名: Tringa ochropus Linnaeus, 1758
- 英名: Green Sandpiper
-
#メリケンキアシシギ
- 第8版学名: Tringa incana (Gmelin, 1789) (第7版学名より変更)
- 英名: Wandering Tattler
-
#キアシシギ
- 第8版学名: Tringa brevipes (Vieillot, 1816) (第7版学名より変更)
- 英名: Grey-tailed Tattler
-
#コキアシシギ
- 第8版学名: Tringa flavipes (Gmelin, 1789)
- 英名: Lesser Yellowlegs
-
#アカアシシギ
- 第8版学名: Tringa totanus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Redshank
-
#コアオアシシギ
- 第8版学名: Tringa stagnatilis (Bechstein, 1803)
- 英名: Marsh Sandpiper
-
#タカブシギ
- 第8版学名: Tringa glareola Linnaeus, 1758
- 英名: Wood Sandpiper
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#ツルシギ
- 第8版学名: Tringa erythropus (Pallas, 1764)
- 英名: Spotted Redshank
-
#アオアシシギ
- 第8版学名: Tringa nebularia (Gunnerus, 1767)
- 英名: Common Greenshank
-
#カラフトアオアシシギ
- 第8版学名: Tringa guttifer (Nordmann, 1835)
- 英名: Nordmann's Greenshank
-
#オオキアシシギ
- 第8版学名: Tringa melanoleuca (Gmelin, 1789)
- 英名: Greater Yellowlegs
- チドリ目 Charadriiformes ツバメチドリ科 Glareolidae -
-
#ツバメチドリ
- 第8版学名: Glareola maldivarum Forster, 1795
- 英名: Oriental Pratincole
- チドリ目 Charadriiformes カモメ科 Laridae -
-
#クロアジサシ
- 第8版学名: Anous stolidus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Brown Noddy
-
#ヒメクロアジサシ
- 第8版学名: Anous minutus Boie, 1844
- 英名: Black Noddy
-
#ハイイロアジサシ
- 第8版学名: Anous ceruleus (Bennett, 1840) (第7版学名より変更)
- 英名: Blue Noddy
-
#シロアジサシ
- 第8版学名: Gygis alba (Sparrman, 1786)
- 英名: White Tern
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#ミツユビカモメ
- 第8版学名: Rissa tridactyla (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black-legged Kittiwake
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#アカアシミツユビカモメ
- 第8版学名: Rissa brevirostris (Bruch, 1855)
- 英名: Red-legged Kittiwake
-
#ゾウゲカモメ
- 第8版学名: Pagophila eburnea (Phipps, 1774)
- 英名: Ivory Gull
-
#クビワカモメ
- 第8版学名: Xema sabini (Sabine, 1819)
- 英名: Sabine's Gull
-
#ハシボソカモメ
- 第8版学名: Chroicocephalus genei (Breme*, 1839) (第7版学名より変更)
- 英名: Slender-billed Gull
-
#ボナパルトカモメ
- 第8版学名: Chroicocephalus philadelphia (Ord, 1815) (第7版学名より変更)
- 英名: Bonaparte's Gull
-
#チャガシラカモメ
- 第8版学名: Chroicocephalus brunnicephalus (Jerdon, 1840) (第7版学名より変更)
- 英名: Brown-headed Gull
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#ユリカモメ
- 第8版学名: Chroicocephalus ridibundus (Linnaeus, 1766) (第7版学名より変更)
- 英名: Black-headed Gull
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#ズグロカモメ
- 第8版学名: Saundersilarus saundersi (Swinhoe, 1871) (第7版学名より変更)
- 英名: Saunders's Gull
-
#ヒメカモメ
- 第8版学名: Hydrocoloeus minutus (Pallas, 1776) (第7版学名より変更)
- 英名: Little Gull
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#ヒメクビワカモメ
- 第8版学名: Rhodostethia rosea (MacGillivray, 1824)
- 英名: Ross's Gull
-
#ワライカモメ
- 第8版学名: Leucophaeus atricilla (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Laughing Gull
-
#アメリカズグロカモメ
- 第8版学名: Leucophaeus pipixcan (Wagler, 1831) (第7版学名より変更)
- 英名: Franklin's Gull
-
#ゴビズキンカモメ
- 第8版学名: Ichthyaetus relictus (Lonnberg*, 1931) (第7版学名より変更)
- 英名: Relict Gull
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#オオズグロカモメ
- 第8版学名: Ichthyaetus ichthyaetus (Pallas, 1773) (第7版学名より変更)
- 英名: Pallas's Gull
-
#ウミネコ
- 第8版学名: Larus crassirostris Vieillot, 1818
- 英名: Black-tailed Gull
-
#カモメ
- 第8版学名: Larus canus Linnaeus, 1758
- 英名: Common Gull
-
#ワシカモメ
- 第8版学名: Larus glaucescens Naumann, 1840
- 英名: Glaucous-winged Gull
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#シロカモメ
- 第8版学名: Larus hyperboreus Gunnerus, 1767
- 英名: Glaucous Gull
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#アイスランドカモメ
- 第8版学名: Larus glaucoides Meyer, 1822
- 英名: Iceland Gull
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#セグロカモメ
- 第8版学名: Larus vegae Palmen*, 1887 (第7版学名より変更)
- 英名: Vega Gull
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#オオセグロカモメ
- 第8版学名: Larus schistisagus Stejneger, 1884
- 英名: Slaty-backed Gull
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#ニシセグロカモメ
- 第8版学名: Larus fuscus Linnaeus, 1758
- 英名: Lesser Black-backed Gull
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#ハシブトアジサシ
- 第8版学名: Gelochelidon nilotica (Gmelin, 1789)
- 英名: Gull-billed Tern
-
#オニアジサシ
- 第8版学名: Hydroprogne caspia (Pallas, 1770) (第7版学名より変更)
- 英名: Caspian Tern
-
#オオアジサシ
- 第8版学名: Thalasseus bergii (Lichtenstein, 1823) (第7版学名より変更)
- 英名: Greater Crested Tern
-
#ベンガルアジサシ
- 第8版学名: Thalasseus bengalensis (Lesson, 1831) (第7版学名より変更)
- 英名: Lesser Crested Tern
-
#コアジサシ
- 第8版学名: Sternula albifrons (Pallas, 1764) (第7版学名より変更)
- 英名: Little Tern
-
#アメリカコアジサシ
- 第8版学名: Sternula antillarum Lesson, 1847
- 英名: Least Tern
-
#コシジロアジサシ
- 第8版学名: Onychoprion aleuticus (Baird, 1869) (第7版学名より変更)
- 英名: Aleutian Tern
-
#ナンヨウマミジロアジサシ
- 第8版学名: Onychoprion lunatus (Peale, 1849) (第7版学名より変更)
- 英名: Spectacled Tern
-
#マミジロアジサシ
- 第8版学名: Onychoprion anaethetus (Scopoli, 1786) (第7版学名より変更)
- 英名: Bridled Tern
-
#セグロアジサシ
- 第8版学名: Onychoprion fuscatus (Linnaeus, 1766) (第7版学名より変更)
- 英名: Sooty Tern
-
#ベニアジサシ
- 第8版学名: Sterna dougallii Montagu, 1813
- 英名: Roseate Tern
-
#エリグロアジサシ
- 第8版学名: Sterna sumatrana Raffles, 1822
- 英名: Black-naped Tern
-
#アジサシ
- 第8版学名: Sterna hirundo Linnaeus, 1758
- 英名: Common Tern
-
#キョクアジサシ
- 第8版学名: Sterna paradisaea Pontoppidan, 1763
- 英名: Arctic Tern
-
#クロハラアジサシ
- 第8版学名: Chlidonias hybrida (Pallas, 1811)
- 英名: Whiskered Tern
-
#ハジロクロハラアジサシ
- 第8版学名: Chlidonias leucopterus (Temminck, 1815)
- 英名: White-winged Tern
-
#ハシグロクロハラアジサシ
- 第8版学名: Chlidonias niger (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black Tern
- チドリ目 Charadriiformes トウゾクカモメ科 Stercorariidae -
-
#オオトウゾクカモメ
- 第8版学名: Stercorarius maccormicki Saunders, 1893
- 英名: South Polar Skua
-
#トウゾクカモメ
- 第8版学名: Stercorarius pomarinus (Temminck, 1815)
- 英名: Pomarine Jaeger
-
#クロトウゾクカモメ
- 第8版学名: Stercorarius parasiticus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Parasitic Jaeger
-
#シロハラトウゾクカモメ
- 第8版学名: Stercorarius longicaudus Vieillot, 1819
- 英名: Long-tailed Jaeger
- チドリ目 Charadriiformes ウミスズメ科 Alcidae -
-
#ヒメウミスズメ
- 第8版学名: Alle alle (Linnaeus, 1758)
- 英名: Little Auk
-
#ハシブトウミガラス
- 第8版学名: Uria lomvia (Linnaeus, 1758)
- 英名: Thick-billed Murre
-
#ウミガラス
- 第8版学名: Uria aalge (Pontoppidan, 1763)
- 英名: Common Murre
-
#ウミバト
- 第8版学名: Cepphus columba Pallas, 1811
- 英名: Pigeon Guillemot
-
#ケイマフリ
- 第8版学名: Cepphus carbo Pallas, 1811
- 英名: Spectacled Guillemot
-
#マダラウミスズメ
- 第8版学名: Brachyramphus perdix (Pallas, 1811)
- 英名: Long-billed Murrelet
-
#ウミスズメ
- 第8版学名: Synthliboramphus antiquus (Gmelin, 1789)
- 英名: Ancient Murrelet
-
#カンムリウミスズメ
- 第8版学名: Synthliboramphus wumizusume (Temminck, 1836)
- 英名: Japanese Murrelet
-
#アメリカウミスズメ
- 第8版学名: Ptychoramphus aleuticus (Pallas, 1811)
- 英名: Cassin's Auklet
-
#ウミオウム
- 第8版学名: Aethia psittacula (Pallas, 1769)
- 英名: Parakeet Auklet
-
#コウミスズメ
- 第8版学名: Aethia pusilla (Pallas, 1811)
- 英名: Least Auklet
-
#シラヒゲウミスズメ
- 第8版学名: Aethia pygmaea (Gmelin, 1789)
- 英名: Whiskered Auklet
-
#エトロフウミスズメ
- 第8版学名: Aethia cristatella (Pallas, 1769)
- 英名: Crested Auklet
-
#ウトウ
- 第8版学名: Cerorhinca monocerata (Pallas, 1811)
- 英名: Rhinoceros Auklet
-
#ツノメドリ
- 第8版学名: Fratercula corniculata (Naumann, 1821)
- 英名: Horned Puffin
-
#エトピリカ
- 第8版学名: Fratercula cirrhata (Pallas, 1769)
- 英名: Tufted Puffin
- ネッタイチョウ目 Phaethontiformes ネッタイチョウ科 Phaethontidae -
-
#アカオネッタイチョウ
- 第8版学名: Phaethon rubricauda Boddaert, 1783
- 英名: Red-tailed Tropicbird
-
#シラオネッタイチョウ
- 第8版学名: Phaethon lepturus Daudin, 1802
- 英名: White-tailed Tropicbird
- アビ目 Gaviiformes アビ科 Gaviidae -
-
#アビ
- 第8版学名: Gavia stellata (Pontoppidan, 1763)
- 英名: Red-throated Loon
-
#オオハム
- 第8版学名: Gavia arctica (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black-throated Loon
-
#シロエリオオハム
- 第8版学名: Gavia pacifica (Lawrence, 1858)
- 英名: Pacific Loon
-
#ハシグロアビ
- 第8版学名: Gavia immer (Bruennich*, 1764)
- 英名: Common Loon
-
#ハシジロアビ
- 第8版学名: Gavia adamsii (Gray, 1859)
- 英名: Yellow-billed Loon
- ミズナギドリ目 Procellariiformes アシナガウミツバメ科 Oceanitidae -
-
#アシナガウミツバメ
- 第8版学名: Oceanites oceanicus (Kuhl, 1820)
- 英名: Wilson's Storm Petrel
- ミズナギドリ目 Procellariiformes アホウドリ科 Diomedeidae -
-
#コアホウドリ
- 第8版学名: Phoebastria immutabilis (Rothschild, 1893)
- 英名: Laysan Albatross
-
#クロアシアホウドリ
- 第8版学名: Phoebastria nigripes (Audubon, 1839)
- 英名: Black-footed Albatross
-
#アホウドリ
- 第8版学名: Phoebastria albatrus (Pallas, 1769)
- 英名: Short-tailed Albatross
- ミズナギドリ目 Procellariiformes ウミツバメ科 Hydrobatidae -
-
#ハイイロウミツバメ
- 第8版学名: Hydrobates furcatus (Gmelin, 1789) (第7版学名より変更)
- 英名: Fork-tailed Storm Petrel
-
#ヒメクロウミツバメ
- 第8版学名: Hydrobates monorhis (Swinhoe, 1867) (第7版学名より変更)
- 英名: Swinhoe's Storm Petrel
-
#クロウミツバメ
- 第8版学名: Hydrobates matsudairae (Kuroda, 1922) (第7版学名より変更)
- 英名: Matsudaira's Storm Petrel
-
#コシジロウミツバメ
- 第8版学名: Hydrobates leucorhous (Vieillot, 1818) (第7版学名より変更)
- 英名: Leach's Storm Petrel
-
#クロコシジロウミツバメ
- 第8版学名: Hydrobates castro (Harcourt, 1851) (第7版学名より変更)
- 英名: Band-rumped Storm Petrel
-
#オーストンウミツバメ
- 第8版学名: Hydrobates tristrami (Salvin, 1896) (第7版学名より変更)
- 英名: Tristram's Storm Petrel
- ミズナギドリ目 Procellariiformes ミズナギドリ科 Procellariidae -
-
#フルマカモメ
- 第8版学名: Fulmarus glacialis (Linnaeus, 1761)
- 英名: Northern Fulmar
-
#ハジロミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma solandri (Gould, 1844)
- 英名: Providence Petrel
-
#オオシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma externa (Salvin, 1875)
- 英名: Juan Fernandez Petrel
-
#カワリシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma neglecta (Schlegel, 1863)
- 英名: Kermadec Petrel
-
#ハワイシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma sandwichensis (Ridgway, 1884) (第7版学名より変更)
- 英名: Hawaiian Petrel
-
#マダラシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma inexpectata (Forster, 1844)
- 英名: Mottled Petrel
-
#クビワオオシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma cervicalis (Salvin, 1891)
- 英名: White-necked Petrel
-
#ハグロシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma nigripennis (Rothschild, 1893)
- 英名: Black-winged Petrel
-
#シロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma hypoleuca (Salvin, 1888)
- 英名: Bonin Petrel
-
#ヒメシロハラミズナギドリ
- 第8版学名: Pterodroma longirostris (Stejneger, 1893)
- 英名: Stejneger's Petrel
-
#オオミズナギドリ
- 第8版学名: Calonectris leucomelas (Temminck, 1836)
- 英名: Streaked Shearwater
-
#オナガミズナギドリ
- 第8版学名: Ardenna pacifica (Gmelin, 1789) (第7版学名より変更)
- 英名: Wedge-tailed Shearwater
-
#ミナミオナガミズナギドリ
- 第8版学名: Ardenna bulleri (Salvin, 1888) (第7版学名より変更)
- 英名: Buller's Shearwater
-
#ハイイロミズナギドリ
- 第8版学名: Ardenna grisea (Gmelin, 1789) (第7版学名より変更)
- 英名: Sooty Shearwater
-
#ハシボソミズナギドリ
- 第8版学名: Ardenna tenuirostris (Temminck, 1836) (第7版学名より変更)
- 英名: Short-tailed Shearwater
-
#シロハラアカアシミズナギドリ
- 第8版学名: Ardenna creatopus (Coues, 1864) (第7版学名より変更)
- 英名: Pink-footed Shearwater
-
#アカアシミズナギドリ
- 第8版学名: Ardenna carneipes (Gould, 1844) (第7版学名より変更)
- 英名: Flesh-footed Shearwater
-
#コミズナギドリ
- 第8版学名: Puffinus nativitatis Streets, 1877
- 英名: Christmas Shearwater
-
#オガサワラヒメミズナギドリ
- 第8版学名: Puffinus bryani Pyle, Welch & Fleischer, 2011
- 英名: Bryan's Shearwater
-
#ハワイセグロミズナギドリ
- 第8版学名: Puffinus newelli Henshaw, 1900
- 英名: Newell's Shearwater
-
#オガサワラミズナギドリ
- 第8版学名: Puffinus bannermani Mathews & Iredale, 1915 (第7版学名より変更)
- 英名: Bannerman's Shearwater
-
#アナドリ
- 第8版学名: Bulweria bulwerii (Jardine & Selby, 1828)
- 英名: Bulwer's Petrel
- コウノトリ目 Ciconiiformes コウノトリ科 Ciconiidae -
-
#ナベコウ
- 第8版学名: Ciconia nigra (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black Stork
-
#コウノトリ
- 第8版学名: Ciconia boyciana Swinhoe, 1873
- 英名: Oriental Stork
- カツオドリ目 Suliformes グンカンドリ科 Fregatidae -
-
#オオグンカンドリ
- 第8版学名: Fregata minor (Gmelin, 1789)
- 英名: Great Frigatebird
-
#コグンカンドリ
- 第8版学名: Fregata ariel (Gray, 1845)
- 英名: Lesser Frigatebird
- カツオドリ目 Suliformes カツオドリ科 Sulidae -
-
#アオツラカツオドリ
- 第8版学名: Sula dactylatra Lesson, 1831
- 英名: Masked Booby
-
#アカアシカツオドリ
- 第8版学名: Sula sula (Linnaeus, 1766)
- 英名: Red-footed Booby
-
#カツオドリ
- 第8版学名: Sula leucogaster (Boddaert, 1783) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Brown Booby
- 備考: IOC 14.2 ではさらに2種に分離
- カツオドリ目 Suliformes ウ科 Phalacrocoracidae -
-
#チシマウガラス
- 第8版学名: Urile urile (Gmelin, 1789) (第7版学名より変更)
- 英名: Red-faced Cormorant
-
#ヒメウ
- 第8版学名: Urile pelagicus (Pallas, 1811) (第7版学名より変更)
- 英名: Pelagic Cormorant
-
#ウミウ
- 第8版学名: Phalacrocorax capillatus (Temminck & Schlegel, 1849)
- 英名: Japanese Cormorant
-
#カワウ
- 第8版学名: Phalacrocorax carbo (Linnaeus, 1758)
- 英名: Great Cormorant
- ペリカン目 Pelecaniformes トキ科 Threskiornithidae -
-
#クロトキ
- 第8版学名: Threskiornis melanocephalus (Latham, 1790)
- 英名: Black-headed Ibis
-
#トキ
- 第8版学名: Nipponia nippon (Temminck, 1835)
- 英名: Crested Ibis
-
#ブロンズトキ
- 第8版学名: Plegadis falcinellus (Linnaeus, 1766)
- 英名: Glossy Ibis
-
#ヘラサギ
- 第8版学名: Platalea leucorodia Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Spoonbill
-
#クロツラヘラサギ
- 第8版学名: Platalea minor Temminck & Schlegel, 1849
- 英名: Black-faced Spoonbill
- ペリカン目 Pelecaniformes サギ科 Ardeidae -
-
#サンカノゴイ
- 第8版学名: Botaurus stellaris (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Bittern
-
#ヨシゴイ
- 第8版学名: Ixobrychus sinensis (Gmelin, 1789) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Yellow Bittern
-
#オオヨシゴイ
- 第8版学名: Ixobrychus eurhythmus (Swinhoe, 1873) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Von Schrenck's Bittern
-
#リュウキュウヨシゴイ
- 第8版学名: Ixobrychus cinnamomeus (Gmelin, 1789) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Cinnamon Bittern
-
#タカサゴクロサギ
- 第8版学名: Ixobrychus flavicollis (Latham, 1790) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Black Bittern
-
#ミゾゴイ
- 第8版学名: Gorsachius goisagi (Temminck, 1836)
- 英名: Japanese Night Heron
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#ズグロミゾゴイ
- 第8版学名: Gorsachius melanolophus (Raffles, 1822)
- 英名: Malayan Night Heron
-
#ゴイサギ
- 第8版学名: Nycticorax nycticorax (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black-crowned Night Heron
-
#ハシブトゴイ
- 第8版学名: Nycticorax caledonicus (Gmelin, 1789)
- 英名: Nankeen Night Heron
-
#ササゴイ
- 第8版学名: Butorides striata (Linnaeus, 1758)
- 英名: Striated Heron
-
#アカガシラサギ
- 第8版学名: Ardeola bacchus (Bonaparte, 1855)
- 英名: Chinese Pond Heron
-
#アマサギ
- 第8版学名: Bubulcus ibis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Cattle Egret (IOC 14.2: Eastern Cattle Egret )
-
#アオサギ
- 第8版学名: Ardea cinerea Linnaeus, 1758
- 英名: Grey Heron
-
#ムラサキサギ
- 第8版学名: Ardea purpurea Linnaeus, 1766
- 英名: Purple Heron
-
#ダイサギ
- 第8版学名: Ardea alba Linnaeus, 1758
- 英名: Great Egret
-
#チュウサギ
- 第8版学名: Ardea intermedia Wagler, 1829 (第7版学名より変更)
- 英名: Intermediate Egret (IOC 14.2: Medium Egret )
-
#コサギ
- 第8版学名: Egretta garzetta (Linnaeus, 1766)
- 英名: Little Egret
-
#クロサギ
- 第8版学名: Egretta sacra (Gmelin, 1789)
- 英名: Pacific Reef Heron
-
#カラシラサギ
- 第8版学名: Egretta eulophotes (Swinhoe, 1860)
- 英名: Chinese Egret
- ペリカン目 Pelecaniformes ペリカン科 Pelecanidae -
-
#モモイロペリカン
- 第8版学名: Pelecanus onocrotalus Linnaeus, 1758
- 英名: Great White Pelican
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#ホシバシペリカン
- 第8版学名: Pelecanus philippensis Gmelin, 1789
- 英名: Spot-billed Pelican
-
#ハイイロペリカン
- 第8版学名: Pelecanus crispus Bruch, 1832
- 英名: Dalmatian Pelican
- タカ目 Accipitriformes ミサゴ科 Pandionidae -
-
#ミサゴ
- 第8版学名: Pandion haliaetus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Osprey
- タカ目 Accipitriformes タカ科 Accipitridae -
-
#ハチクマ
- 第8版学名: Pernis ptilorhynchus (Temminck, 1821)
- 英名: Crested Honey Buzzard
-
#クロハゲワシ
- 第8版学名: Aegypius monachus (Linnaeus, 1766)
- 英名: Cinereous Vulture
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#カンムリワシ
- 第8版学名: Spilornis cheela (Latham, 1790)
- 英名: Crested Serpent Eagle
-
#クマタカ
- 第8版学名: Nisaetus nipalensis Hodgson, 1836
- 英名: Mountain Hawk-Eagle
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#カラフトワシ
- 第8版学名: Clanga clanga (Pallas, 1811) (第7版学名より変更)
- 英名: Greater Spotted Eagle
-
#カタシロワシ
- 第8版学名: Aquila heliaca Savigny, 1809
- 英名: Eastern Imperial Eagle
-
#イヌワシ
- 第8版学名: Aquila chrysaetos (Linnaeus, 1758)
- 英名: Golden Eagle
-
#アカハラダカ
- 第8版学名: Accipiter soloensis (Horsfield, 1821) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Chinese Sparrowhawk
-
#ツミ
- 第8版学名: Accipiter gularis (Temminck & Schlegel, 1845) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Japanese Sparrowhawk
-
#ハイタカ
- 第8版学名: Accipiter nisus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Sparrowhawk
-
#オオタカ
- 第8版学名: Accipiter gentilis (Linnaeus, 1758) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Eurasian Goshawk
-
#チュウヒ
- 第8版学名: Circus spilonotus Kaup, 1847
- 英名: Eastern Marsh Harrier
-
#ハイイロチュウヒ
- 第8版学名: Circus cyaneus (Linnaeus, 1766)
- 英名: Hen Harrier
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#アメリカハイイロチュウヒ
- 第8版学名: Circus hudsonius (Linnaeus, 1766)
- 英名: Northern Harrier
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#マダラチュウヒ
- 第8版学名: Circus melanoleucos (Pennant, 1769)
- 英名: Pied Harrier
-
#トビ
- 第8版学名: Milvus migrans (Boddaert, 1783)
- 英名: Black Kite
-
#オオワシ
- 第8版学名: Haliaeetus pelagicus (Pallas, 1811)
- 英名: Steller's Sea Eagle
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#オジロワシ
- 第8版学名: Haliaeetus albicilla (Linnaeus, 1758)
- 英名: White-tailed Eagle
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#ハクトウワシ
- 第8版学名: Haliaeetus leucocephalus (Linnaeus, 1766)
- 英名: Bald Eagle
-
#サシバ
- 第8版学名: Butastur indicus (Gmelin, 1788)
- 英名: Grey-faced Buzzard
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#ケアシノスリ
- 第8版学名: Buteo lagopus (Pontoppidan, 1763)
- 英名: Rough-legged Buzzard
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#オオノスリ
- 第8版学名: Buteo hemilasius Temminck & Schlegel, 1844
- 英名: Upland Buzzard
-
#ノスリ
- 第8版学名: Buteo japonicus Temminck & Schlegel, 1844 (第7版学名より変更)
- 英名: Eastern Buzzard
- フクロウ目 Strigiformes フクロウ科 Strigidae -
-
#アオバズク
- 第8版学名: Ninox japonica (Temminck & Schlegel, 1845) (第7版学名より変更)
- 英名: Northern Boobook
-
#キンメフクロウ
- 第8版学名: Aegolius funereus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Boreal Owl
-
#コノハズク
- 第8版学名: Otus sunia (Hodgson, 1836)
- 英名: Oriental Scops Owl
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#リュウキュウコノハズク
- 第8版学名: Otus elegans (Cassin, 1852)
- 英名: Ryukyu Scops Owl
-
#オオコノハズク
- 第8版学名: Otus semitorques Temminck & Schlegel, 1844 (第7版学名より変更)
- 英名: Japanese Scops Owl
-
#トラフズク
- 第8版学名: Asio otus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Long-eared Owl
-
#コミミズク
- 第8版学名: Asio flammeus (Pontoppidan, 1763)
- 英名: Short-eared Owl
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#シロフクロウ
- 第8版学名: Bubo scandiacus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Snowy Owl
-
#ワシミミズク
- 第8版学名: Bubo bubo (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Eagle-Owl
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#シマフクロウ
- 第8版学名: Ketupa blakistoni (Seebohm, 1884)
- 英名: Blakiston's Fish Owl
-
#フクロウ
- 第8版学名: Strix uralensis Pallas, 1771
- 英名: Ural Owl
- サイチョウ目 Bucerotiformes ヤツガシラ科 Upupidae -
-
#ヤツガシラ
- 第8版学名: Upupa epops Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Hoopoe
- ブッポウソウ目 Coraciiformes ブッポウソウ科 Coraciidae -
-
#ブッポウソウ
- 第8版学名: Eurystomus orientalis (Linnaeus, 1766)
- 英名: Oriental Dollarbird
- ブッポウソウ目 Coraciiformes カワセミ科 Alcedinidae -
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#アカショウビン
- 第8版学名: Halcyon coromanda (Latham, 1790)
- 英名: Ruddy Kingfisher
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#ヤマショウビン
- 第8版学名: Halcyon pileata (Boddaert, 1783)
- 英名: Black-capped Kingfisher
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#ナンヨウショウビン
- 第8版学名: Todiramphus chloris (Boddaert, 1783)
- 英名: Collared Kingfisher
-
#ミヤコショウビン
- 第8版学名: Todiramphus miyakoensis (Kuroda, 1919) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Miyako Island Kingfisher (IOC 14.2: 種や亜種として認めず名称なし)
-
#カワセミ
- 第8版学名: Alcedo atthis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Kingfisher
-
#ミツユビカワセミ
- 第8版学名: Ceyx erithaca (Linnaeus, 1758)
- 英名: Oriental Dwarf Kingfisher (IOC 14.2: Black-backed Dwarf Kingfisher)
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#ヤマセミ
- 第8版学名: Megaceryle lugubris (Temminck, 1834)
- 英名: Crested Kingfisher
- ブッポウソウ目 Coraciiformes ハチクイ科 Meropidae -
-
#ルリオハチクイ
- 第8版学名: Merops philippinus Linnaeus, 1767
- 英名: Blue-tailed Bee-eater
-
#ハチクイ
- 第8版学名: Merops ornatus Latham, 1801
- 英名: Rainbow Bee-eater
- キツツキ目 Piciformes キツツキ科 Picidae -
-
#アリスイ
- 第8版学名: Jynx torquilla Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Wryneck
-
#コゲラ
- 第8版学名: Yungipicus kizuki (Temminck, 1835) (第7版学名より変更)
- 英名: Japanese Pygmy Woodpecker
-
#ミユビゲラ
- 第8版学名: Picoides tridactylus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Three-toed Woodpecker
-
#コアカゲラ
- 第8版学名: Dryobates minor (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Lesser Spotted Woodpecker
-
#チャバラアカゲラ
- 第8版学名: Dendrocopos hyperythrus (Vigors, 1831)
- 英名: Rufous-bellied Woodpecker
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#アカゲラ
- 第8版学名: Dendrocopos major (Linnaeus, 1758)
- 英名: Great Spotted Woodpecker
-
#ノグチゲラ
- 第8版学名: Dendrocopos noguchii (Seebohm, 1887) (第7版学名より変更)
- 英名: Okinawa Woodpecker
-
#オオアカゲラ
- 第8版学名: Dendrocopos leucotos (Bechstein, 1802)
- 英名: White-backed Woodpecker
-
#キタタキ
- 第8版学名: Dryocopus javensis (Horsfield, 1821)
- 英名: White-bellied Woodpecker
-
#クマゲラ
- 第8版学名: Dryocopus martius (Linnaeus, 1758)
- 英名: Black Woodpecker
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#アオゲラ
- 第8版学名: Picus awokera Temminck, 1836
- 英名: Japanese Green Woodpecker
-
#ヤマゲラ
- 第8版学名: Picus canus Gmelin, 1788
- 英名: Grey-headed Woodpecker
- ハヤブサ目 Falconiformes ハヤブサ科 Falconidae -
-
#ヒメチョウゲンボウ
- 第8版学名: Falco naumanni Fleischer, 1818
- 英名: Lesser Kestrel
-
#チョウゲンボウ
- 第8版学名: Falco tinnunculus Linnaeus, 1758
- 英名: Common Kestrel
-
#アカアシチョウゲンボウ
- 第8版学名: Falco amurensis Radde, 1863
- 英名: Amur Falcon
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#コチョウゲンボウ
- 第8版学名: Falco columbarius Linnaeus, 1758
- 英名: Merlin
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#チゴハヤブサ
- 第8版学名: Falco subbuteo Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Hobby
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#シロハヤブサ
- 第8版学名: Falco rusticolus Linnaeus, 1758
- 英名: Gyrfalcon
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#ハヤブサ
- 第8版学名: Falco peregrinus Tunstall, 1771
- 英名: Peregrine Falcon
- スズメ目 Passeriformes ヤイロチョウ科 Pittidae -
-
#ズグロヤイロチョウ
- 第8版学名: Pitta sordida (Mueller*, 1776)
- 英名: Hooded Pitta (IOC 14.2: Western Hooded Pitta)
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#ヤイロチョウ
- 第8版学名: Pitta nympha Temminck & Schlegel, 1850
- 英名: Fairy Pitta
- スズメ目 Passeriformes モリツバメ科 Artamidae -
-
#モリツバメ
- 第8版学名: Artamus leucorynchus (Linnaeus, 1771)
- 英名: White-breasted Woodswallow
- スズメ目 Passeriformes サンショウクイ科 Campephagidae -
-
#サンショウクイ
- 第8版学名: Pericrocotus divaricatus (Raffles, 1822)
- 英名: Ashy Minivet
-
#リュウキュウサンショウクイ
- 第8版学名: Pericrocotus tegimae Stejneger, 1887
- 英名: Ryukyu Minivet
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#アサクラサンショウクイ
- 第8版学名: Lalage melaschistos (Hodgson, 1836) (第7版学名より変更)
- 英名: Black-winged Cuckooshrike
- スズメ目 Passeriformes コウライウグイス科 Oriolidae -
-
#コウライウグイス
- 第8版学名: Oriolus chinensis Linnaeus, 1766
- 英名: Black-naped Oriole
- スズメ目 Passeriformes オウチュウ科 Dicruridae -
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#カンムリオウチュウ
- 第8版学名: Dicrurus hottentottus (Linnaeus, 1766)
- 英名: Hair-crested Drongo
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#ハイイロオウチュウ
- 第8版学名: Dicrurus leucophaeus Vieillot, 1817
- 英名: Ashy Drongo
-
#オウチュウ
- 第8版学名: Dicrurus macrocercus Vieillot, 1817
- 英名: Black Drongo
- スズメ目 Passeriformes カササギヒタキ科 Monarchidae -
-
#クロエリヒタキ
- 第8版学名: Hypothymis azurea (Boddaert, 1783)
- 英名: Black-naped Monarch
-
#サンコウチョウ
- 第8版学名: Terpsiphone atrocaudata (Eyton, 1839)
- 英名: Black Paradise Flycatcher
- スズメ目 Passeriformes モズ科 Laniidae -
-
#オオカラモズ
- 第8版学名: Lanius sphenocercus Cabanis, 1873
- 英名: Chinese Grey Shrike
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#オオモズ
- 第8版学名: Lanius borealis Vieillot, 1808 (第7版学名より変更)
- 英名: Northern Shrike
-
#チゴモズ
- 第8版学名: Lanius tigrinus Drapiez, 1828
- 英名: Tiger Shrike
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#セアカモズ
- 第8版学名: Lanius collurio Linnaeus, 1758
- 英名: Red-backed Shrike
-
#アカモズ
- 第8版学名: Lanius cristatus Linnaeus, 1758
- 英名: Brown Shrike
-
#モズ
- 第8版学名: Lanius bucephalus Temminck & Schlegel, 1845
- 英名: Bull-headed Shrike
-
#タカサゴモズ
- 第8版学名: Lanius schach Linnaeus, 1758
- 英名: Long-tailed Shrike
- スズメ目 Passeriformes カラス科 Corvidae -
-
#カケス
- 第8版学名: Garrulus glandarius (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Jay
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#ルリカケス
- 第8版学名: Garrulus lidthi Bonaparte, 1850
- 英名: Lidth's Jay
-
#オナガ
- 第8版学名: Cyanopica cyanus (Pallas, 1776)
- 英名: Azure-winged Magpie
-
#カササギ
- 第8版学名: Pica serica Gould, 1845 (第7版学名より変更)
- 英名: Oriental Magpie
-
#ホシガラス
- 第8版学名: Nucifraga caryocatactes (Linnaeus, 1758)
- 英名: Spotted Nutcracker (IOC 14.2: Northern Nutcracker)
-
#ニシコクマルガラス
- 第8版学名: Corvus monedula Linnaeus, 1758 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Western Jackdaw
-
#コクマルガラス
- 第8版学名: Corvus dauuricus Pallas, 1776 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Daurian Jackdaw
-
#ミヤマガラス
- 第8版学名: Corvus frugilegus Linnaeus, 1758
- 英名: Rook
-
#ハシボソガラス
- 第8版学名: Corvus corone Linnaeus, 1758
- 英名: Carrion Crow
-
#ハシブトガラス
- 第8版学名: Corvus macrorhynchos Wagler, 1827
- 英名: Large-billed Crow
-
#ワタリガラス
- 第8版学名: Corvus corax Linnaeus, 1758
- 英名: Northern Raven
- スズメ目 Passeriformes レンジャク科 Bombycillidae -
-
#キレンジャク
- 第8版学名: Bombycilla garrulus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Bohemian Waxwing
-
#ヒレンジャク
- 第8版学名: Bombycilla japonica (Siebold, 1824)
- 英名: Japanese Waxwing
- スズメ目 Passeriformes シジュウカラ科 Paridae -
-
#ヒガラ
- 第8版学名: Periparus ater (Linnaeus, 1758)
- 英名: Coal Tit
-
#キバラガラ
- 第8版学名: Pardaliparus venustulus (Swinhoe, 1870) (第7版学名より変更)
- 英名: Yellow-bellied Tit
-
#ヤマガラ
- 第8版学名: Sittiparus varius (Temminck & Schlegel, 1845) (第7版学名より変更)
- 英名: Varied Tit
-
#オリイヤマガラ
- 第8版学名: Sittiparus olivaceus Kuroda, 1923
- 英名: Iriomote Tit
-
#ハシブトガラ
- 第8版学名: Poecile palustris (Linnaeus, 1758)
- 英名: Marsh Tit
-
#コガラ
- 第8版学名: Poecile montanus (Conrad von Baldenstein, 1827)
- 英名: Willow Tit
-
#ルリガラ
- 第8版学名: Cyanistes cyanus (Pallas, 1770)
- 英名: Azure Tit
-
#シジュウカラ
- 第8版学名: Parus cinereus Vieillot, 1818 (第7版学名より変更)
- 英名: Cinereous Tit
- スズメ目 Passeriformes ツリスガラ科 Remizidae -
-
#ツリスガラ
- 第8版学名: Remiz consobrinus (Swinhoe, 1870) (第7版学名より変更)
- 英名: Chinese Penduline Tit
- スズメ目 Passeriformes ヒゲガラ科 Panuridae -
-
#ヒゲガラ
- 第8版学名: Panurus biarmicus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Bearded Reedling
- スズメ目 Passeriformes ヒバリ科 Alaudidae -
-
#ヒバリ
- 第8版学名: Alauda arvensis Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Skylark
-
#ハマヒバリ
- 第8版学名: Eremophila alpestris (Linnaeus, 1758)
- 英名: Horned Lark
-
#ヒメコウテンシ
- 第8版学名: Calandrella brachydactyla (Leisler, 1814)
- 英名: Greater Short-toed Lark
-
#クビワコウテンシ
- 第8版学名: Melanocorypha bimaculata (Menetries*, 1832)
- 英名: Bimaculated Lark
-
#コウテンシ
- 第8版学名: Melanocorypha mongolica (Pallas, 1776)
- 英名: Mongolian Lark
-
#コヒバリ
- 第8版学名: Alaudala cheleensis Swinhoe, 1871 (第7版学名より変更)
- 英名: Asian Short-toed Lark
- スズメ目 Passeriformes ヒヨドリ科 Pycnonotidae -
-
#ヒヨドリ
- 第8版学名: Hypsipetes amaurotis (Temminck, 1830)
- 英名: Brown-eared Bulbul
-
#シロガシラ
- 第8版学名: Pycnonotus sinensis (Gmelin, 1789)
- 英名: Light-vented Bulbul
- スズメ目 Passeriformes ツバメ科 Hirundinidae -
-
#ショウドウツバメ
- 第8版学名: Riparia riparia (Linnaeus, 1758)
- 英名: Sand Martin
-
#タイワンショウドウツバメ
- 第8版学名: Riparia paludicola (Vieillot, 1817)
- 英名: Brown-throated Martin
-
#リュウキュウツバメ
- 第8版学名: Hirundo tahitica Gmelin, 1789
- 英名: Pacific Swallow (IOC 14.2: Tahiti Swallow)
-
#ツバメ
- 第8版学名: Hirundo rustica Linnaeus, 1758
- 英名: Barn Swallow
-
#イワツバメ
- 第8版学名: Delichon dasypus (Bonaparte, 1850)
- 英名: Asian House Martin
-
#コシアカツバメ
- 第8版学名: Cecropis daurica (Laxmann, 1769) (第7版学名より変更)
- 英名: Red-rumped Swallow (IOC 14.2: Eastern Red-rumped Swallow)
- スズメ目 Passeriformes ウグイス科 Cettiidae -
-
#ウグイス
- 第8版学名: Horornis diphone (Kittlitz, 1830) (第7版学名より変更)
- 英名: Japanese Bush Warbler
-
#チョウセンウグイス
- 第8版学名: Horornis canturians (Swinhoe, 1860)
- 英名: Manchurian Bush Warbler
-
#ヤブサメ
- 第8版学名: Urosphena squameiceps (Swinhoe, 1863)
- 英名: Asian Stubtail
- スズメ目 Passeriformes エナガ科 Aegithalidae -
-
#エナガ
- 第8版学名: Aegithalos caudatus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Long-tailed Tit
- スズメ目 Passeriformes ムシクイ科 Phylloscopidae -
-
#モリムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus sibilatrix (Bechstein, 1792)
- 英名: Wood Warbler
-
#キマユムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus inornatus (Blyth, 1842)
- 英名: Yellow-browed Warbler
-
#シセンムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus yunnanensis La Touche, 1922
- 英名: Chinese Leaf Warbler
-
#カラフトムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus proregulus (Pallas, 1811)
- 英名: Pallas's Leaf Warbler
-
#カラフトムジセッカ
- 第8版学名: Phylloscopus schwarzi (Radde, 1863)
- 英名: Radde's Warbler
-
#ムジセッカ
- 第8版学名: Phylloscopus fuscatus (Blyth, 1842)
- 英名: Dusky Warbler
-
#キタヤナギムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus trochilus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Willow Warbler
-
#チフチャフ
- 第8版学名: Phylloscopus collybita (Vieillot, 1817)
- 英名: Common Chiffchaff
-
#センダイムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus coronatus (Temminck & Schlegel, 1847)
- 英名: Eastern Crowned Leaf Warbler (IOC 14.2: Eastern Crowned Warbler)
-
#イイジマムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus ijimae (Stejneger, 1892)
- 英名: Ijima's Leaf Warbler
-
#ヤナギムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus plumbeitarsus Swinhoe, 1861
- 英名: Two-barred Warbler
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#エゾムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus borealoides Portenko, 1950
- 英名: Sakhalin Leaf Warbler
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#アムールムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus tenellipes Swinhoe, 1860
- 英名: Pale-legged Leaf Warbler
-
#メボソムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus xanthodryas (Swinhoe, 1863)
- 英名: Japanese Leaf Warbler
-
#オオムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus examinandus Stresemann, 1913
- 英名: Kamchatka Leaf Warbler
-
#コムシクイ
- 第8版学名: Phylloscopus borealis (Blasius, 1858)
- 英名: Arctic Warbler
- スズメ目 Passeriformes ヨシキリ科 Acrocephalidae -
-
#オオヨシキリ
- 第8版学名: Acrocephalus orientalis (Temminck & Schlegel, 1847)
- 英名: Oriental Reed Warbler
-
#コヨシキリ
- 第8版学名: Acrocephalus bistrigiceps Swinhoe, 1860
- 英名: Black-browed Reed Warbler
-
#スゲヨシキリ
- 第8版学名: Acrocephalus schoenobaenus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Sedge Warbler
-
#マンシュウイナダヨシキリ
- 第8版学名: Acrocephalus tangorum La Touche, 1912
- 英名: Manchurian Reed Warbler
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#ヤブヨシキリ
- 第8版学名: Acrocephalus dumetorum Blyth, 1849
- 英名: Blyth's Reed Warbler
-
#ハシブトオオヨシキリ
- 第8版学名: Arundinax aedon (Pallas, 1776) (第7版学名より変更)
- 英名: Thick-billed Warbler
-
#ヒメウタイムシクイ
- 第8版学名: Iduna caligata (Lichtenstein, 1823)
- 英名: Booted Warbler
- スズメ目 Passeriformes センニュウ科 Locustellidae -
-
#エゾセンニュウ
- 第8版学名: Locustella amnicola Stepanyan, 1972 (第7版学名より変更、IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Sakhalin Grasshopper Warbler
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#オオセッカ
- 第8版学名: Locustella pryeri (Seebohm, 1884) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Marsh Grassbird
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#シベリアセンニュウ
- 第8版学名: Locustella certhiola (Pallas, 1811) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Pallas's Grasshopper Warbler
-
#シマセンニュウ
- 第8版学名: Locustella ochotensis (Middendorff, 1853) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Middendorff's Grasshopper Warbler
-
#ウチヤマセンニュウ
- 第8版学名: Locustella pleskei Taczanowski, 1890 (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Styan's Grasshopper Warbler
-
#マキノセンニュウ
- 第8版学名: Locustella lanceolata (Temminck, 1840)
- 英名: Lanceolated Warbler
- スズメ目 Passeriformes セッカ科 Cisticolidae -
-
#セッカ
- 第8版学名: Cisticola juncidis (Rafinesque, 1810)
- 英名: Zitting Cisticola
- スズメ目 Passeriformes ズグロムシクイ科 Sylviidae -
-
#コノドジロムシクイ
- 第8版学名: Curruca curruca (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Lesser Whitethroat
- スズメ目 Passeriformes メジロ科 Zosteropidae -
-
#メグロ
- 第8版学名: Apalopteron familiare (Kittlitz, 1830)
- 英名: Bonin White-eye
-
#チョウセンメジロ
- 第8版学名: Zosterops erythropleurus Swinhoe, 1863
- 英名: Chestnut-flanked White-eye
-
#メジロ
- 第8版学名: Zosterops japonicus Temminck & Schlegel, 1845
- 英名: Warbling White-eye
- スズメ目 Passeriformes キクイタダキ科 Regulidae -
-
#キクイタダキ
- 第8版学名: Regulus regulus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Goldcrest
- スズメ目 Passeriformes ミソサザイ科 Troglodytidae -
-
#ミソサザイ
- 第8版学名: Troglodytes troglodytes (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Wren
- スズメ目 Passeriformes ゴジュウカラ科 Sittidae -
-
#ゴジュウカラ
- 第8版学名: Sitta europaea Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Nuthatch
- スズメ目 Passeriformes キバシリ科 Certhiidae -
-
#キバシリ
- 第8版学名: Certhia familiaris Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Treecreeper
- スズメ目 Passeriformes ムクドリ科 Sturnidae -
-
#ギンムクドリ
- 第8版学名: Spodiopsar sericeus (Gmelin, 1789)
- 英名: Red-billed Starling
-
#ムクドリ
- 第8版学名: Spodiopsar cineraceus (Temminck, 1835)
- 英名: White-cheeked Starling
-
#シベリアムクドリ
- 第8版学名: Agropsar sturninus (Pallas, 1776)
- 英名: Daurian Starling
-
#コムクドリ
- 第8版学名: Agropsar philippensis (Pennant, 1781)
- 英名: Chestnut-cheeked Starling
-
#カラムクドリ
- 第8版学名: Sturnia sinensis (Gmelin, 1788)
- 英名: White-shouldered Starling
-
#バライロムクドリ
- 第8版学名: Pastor roseus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Rosy Starling
-
#ホシムクドリ
- 第8版学名: Sturnus vulgaris Linnaeus, 1758
- 英名: Common Starling
- スズメ目 Passeriformes ツグミ科 Turdidae -
-
#ハイイロチャツグミ
- 第8版学名: Catharus minimus (Lafresnaye, 1848)
- 英名: Grey-cheeked Thrush
-
#トラツグミ
- 第8版学名: Zoothera aurea (Holandre, 1825) (第7版学名より変更)
- 英名: White's Thrush
-
#ミナミトラツグミ
- 第8版学名: Zoothera dauma (Latham, 1790)
- 英名: Scaly Thrush
-
#オガサワラガビチョウ
- 第8版学名: Cichlopasser terrestris (Kittlitz, 1830) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Bonin Thrush
-
#マミジロ
- 第8版学名: Geokichla sibirica (Pallas, 1776) (第7版学名より変更)
- 英名: Siberian Thrush
-
#オレンジジツグミ
- 第8版学名: Geokichla citrina (Latham, 1790)
- 英名: Orange-headed Thrush
-
#ウタツグミ
- 第8版学名: Turdus philomelos Brehm, 1831
- 英名: Song Thrush
-
#ヤドリギツグミ
- 第8版学名: Turdus viscivorus Linnaeus, 1758
- 英名: Mistle Thrush
-
#クロウタドリ
- 第8版学名: Turdus mandarinus Bonaparte, 1850
- 英名: Chinese Blackbird
-
#ワキアカツグミ
- 第8版学名: Turdus iliacus Linnaeus, 1758
- 英名: Redwing
-
#クロツグミ
- 第8版学名: Turdus cardis Temminck, 1831
- 英名: Japanese Thrush
-
#カラアカハラ
- 第8版学名: Turdus hortulorum Sclater, 1863
- 英名: Grey-backed Thrush
-
#マミチャジナイ
- 第8版学名: Turdus obscurus Gmelin, 1789
- 英名: Eyebrowed Thrush
-
#シロハラ
- 第8版学名: Turdus pallidus Gmelin, 1789
- 英名: Pale Thrush
-
#アカハラ
- 第8版学名: Turdus chrysolaus Temminck, 1832
- 英名: Brown-headed Thrush
-
#アカコッコ
- 第8版学名: Turdus celaenops Stejneger, 1887
- 英名: Izu Thrush
-
#ノハラツグミ
- 第8版学名: Turdus pilaris Linnaeus, 1758
- 英名: Fieldfare
-
#ノドグロツグミ
- 第8版学名: Turdus atrogularis Jarocki, 1819
- 英名: Black-throated Thrush
-
#ツグミ
- 第8版学名: Turdus eunomus Temminck, 1831
- 英名: Dusky Thrush
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#ハチジョウツグミ
- 第8版学名: Turdus naumanni Temminck, 1820
- 英名: Naumann's Thrush
- スズメ目 Passeriformes ヒタキ科 Muscicapidae -
-
#エゾビタキ
- 第8版学名: Muscicapa griseisticta (Swinhoe, 1861)
- 英名: Grey-streaked Flycatcher
-
#サメビタキ
- 第8版学名: Muscicapa sibirica Gmelin, 1789
- 英名: Dark-sided Flycatcher
-
#ミヤマヒタキ
- 第8版学名: Muscicapa ferruginea (Hodgson, 1845)
- 英名: Ferruginous Flycatcher
-
#チャムネサメビタキ
- 第8版学名: Muscicapa muttui (Layard, 1854)
- 英名: Brown-breasted Flycatcher
-
#コサメビタキ
- 第8版学名: Muscicapa dauurica Pallas, 1811
- 英名: Asian Brown Flycatcher
-
#ムナフヒタキ
- 第8版学名: Muscicapa striata (Pallas, 1764)
- 英名: Spotted Flycatcher
-
#オオルリ
- 第8版学名: Cyanoptila cyanomelana (Temminck, 1829)
- 英名: Blue-and-white Flycatcher
-
#ロクショウヒタキ
- 第8版学名: Eumyias thalassinus (Swainson, 1838)
- 英名: Verditer Flycatcher
-
#ヨーロッパコマドリ
- 第8版学名: Erithacus rubecula (Linnaeus, 1758)
- 英名: European Robin
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#オガワコマドリ
- 第8版学名: Luscinia svecica (Linnaeus, 1758)
- 英名: Bluethroat
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#ノゴマ
- 第8版学名: Calliope calliope (Pallas, 1776) (第7版学名より変更)
- 英名: Siberian Rubythroat
-
#コルリ
- 第8版学名: Larvivora cyane (Pallas, 1776) (第7版学名より変更)
- 英名: Siberian Blue Robin
-
#コマドリ
- 第8版学名: Larvivora akahige (Temminck, 1835) (第7版学名より変更)
- 英名: Japanese Robin
-
#アカヒゲ
- 第8版学名: Larvivora komadori (Temminck, 1835) (第7版学名より変更)
- 英名: Amami Robin (IOC 14.2: Ryukyu Robin)
-
#ホントウアカヒゲ
- 第8版学名: Larvivora namiyei (Stejneger, 1887)
- 英名: Okinawa Robin
-
#シマゴマ
- 第8版学名: Larvivora sibilans Swinhoe, 1863 (第7版学名より変更)
- 英名: Rufous-tailed Robin
-
#マミジロキビタキ
- 第8版学名: Ficedula zanthopygia (Hay, 1845)
- 英名: Yellow-rumped Flycatcher
-
#キビタキ
- 第8版学名: Ficedula narcissina (Temminck, 1836)
- 英名: Narcissus Flycatcher
-
#リュウキュウキビタキ
- 第8版学名: Ficedula owstoni (Bangs, 1901)
- 英名: Ryukyu Flycatcher
-
#ムギマキ
- 第8版学名: Ficedula mugimaki (Temminck, 1836)
- 英名: Mugimaki Flycatcher
-
#ニシオジロビタキ
- 第8版学名: Ficedula parva (Bechstein, 1792)
- 英名: Red-breasted Flycatcher
-
#オジロビタキ
- 第8版学名: Ficedula albicilla (Pallas, 1811)
- 英名: Taiga Flycatcher
-
#マダラヒタキ
- 第8版学名: Ficedula hypoleuca (Pallas, 1764)
- 英名: European Pied Flycatcher
-
#ルリビタキ
- 第8版学名: Tarsiger cyanurus (Pallas, 1773)
- 英名: Red-flanked Bluetail
-
#セアカジョウビタキ
- 第8版学名: Phoenicurus erythronotus (Eversmann, 1841)
- 英名: Eversmann's Redstart
-
#カワビタキ
- 第8版学名: Phoenicurus fuliginosus Vigors, 1831
- 英名: Plumbeous Water Redstart
-
#クロジョウビタキ
- 第8版学名: Phoenicurus ochruros (Gmelin, 1774)
- 英名: Black Redstart
-
#シロビタイジョウビタキ
- 第8版学名: Phoenicurus phoenicurus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Redstart
-
#ジョウビタキ
- 第8版学名: Phoenicurus auroreus (Pallas, 1776)
- 英名: Daurian Redstart
-
#ヒメイソヒヨ
- 第8版学名: Monticola gularis (Swinhoe, 1863)
- 英名: White-throated Rock Thrush
-
#コシジロイソヒヨドリ
- 第8版学名: Monticola saxatilis (Linnaeus, 1766)
- 英名: Common Rock Thrush
-
#イソヒヨドリ
- 第8版学名: Monticola solitarius (Linnaeus, 1758)
- 英名: Blue Rock Thrush
-
#ヤマザキヒタキ
- 第8版学名: Saxicola ferreus Gray & Gray, 1847
- 英名: Grey Bush Chat
-
#マミジロノビタキ
- 第8版学名: Saxicola rubetra (Linnaeus, 1758)
- 英名: Whinchat
-
#クロノビタキ
- 第8版学名: Saxicola caprata (Linnaeus, 1766)
- 英名: Pied Bush Chat
-
#ノビタキ
- 第8版学名: Saxicola stejnegeri (Parrot, 1908) (第7版学名より変更)
- 英名: Amur Stonechat
-
#ハシグロヒタキ
- 第8版学名: Oenanthe oenanthe (Linnaeus, 1758)
- 英名: Northern Wheatear
-
#イナバヒタキ
- 第8版学名: Oenanthe isabellina (Temminck, 1829)
- 英名: Isabelline Wheatear
-
#サバクヒタキ
- 第8版学名: Oenanthe deserti (Temminck, 1825)
- 英名: Desert Wheatear
-
#セグロサバクヒタキ
- 第8版学名: Oenanthe pleschanka (Lepechin, 1770)
- 英名: Pied Wheatear
- スズメ目 Passeriformes カワガラス科 Cinclidae -
-
#カワガラス
- 第8版学名: Cinclus pallasii Temminck, 1820
- 英名: Brown Dipper
- スズメ目 Passeriformes スズメ科 Passeridae -
-
#ニュウナイスズメ
- 第8版学名: Passer cinnamomeus (Gould, 1836) (第7版学名より変更)
- 英名: Russet Sparrow
-
#スズメ
- 第8版学名: Passer montanus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Tree Sparrow
-
#イエスズメ
- 第8版学名: Passer domesticus (Linnaeus, 1758)
- 英名: House Sparrow
- スズメ目 Passeriformes イワヒバリ科 Prunellidae -
-
#イワヒバリ
- 第8版学名: Prunella collaris (Scopoli, 1769)
- 英名: Alpine Accentor
-
#ヤマヒバリ
- 第8版学名: Prunella montanella (Pallas, 1776)
- 英名: Siberian Accentor
-
#カヤクグリ
- 第8版学名: Prunella rubida (Temminck & Schlegel, 1845)
- 英名: Japanese Accentor
- スズメ目 Passeriformes セキレイ科 Motacillidae -
-
#イワミセキレイ
- 第8版学名: Dendronanthus indicus (Gmelin, 1789)
- 英名: Forest Wagtail
-
#ニシツメナガセキレイ
- 第8版学名: Motacilla flava Linnaeus, 1758
- 英名: Western Yellow Wagtail
-
#ツメナガセキレイ
- 第8版学名: Motacilla tschutschensis Gmelin, 1789 (第7版学名より変更)
- 英名: Eastern Yellow Wagtail
-
#キガシラセキレイ
- 第8版学名: Motacilla citreola Pallas, 1776
- 英名: Citrine Wagtail
-
#キセキレイ
- 第8版学名: Motacilla cinerea Tunstall, 1771
- 英名: Grey Wagtail
-
#ハクセキレイ
- 第8版学名: Motacilla alba Linnaeus, 1758
- 英名: White Wagtail
-
#セグロセキレイ
- 第8版学名: Motacilla grandis Sharpe, 1885
- 英名: Japanese Wagtail
-
#マミジロタヒバリ
- 第8版学名: Anthus richardi Vieillot, 1818
- 英名: Richard's Pipit
-
#コマミジロタヒバリ
- 第8版学名: Anthus godlewskii (Taczanowski, 1876)
- 英名: Blyth's Pipit
-
#マキバタヒバリ
- 第8版学名: Anthus pratensis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Meadow Pipit
-
#ヨーロッパビンズイ
- 第8版学名: Anthus trivialis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Tree Pipit
-
#ビンズイ
- 第8版学名: Anthus hodgsoni Richmond, 1907
- 英名: Olive-backed Pipit
-
#セジロタヒバリ
- 第8版学名: Anthus gustavi Swinhoe, 1863
- 英名: Pechora Pipit
-
#ウスベニタヒバリ
- 第8版学名: Anthus roseatus Blyth, 1847
- 英名: Rosy Pipit
-
#ムネアカタヒバリ
- 第8版学名: Anthus cervinus (Pallas, 1811)
- 英名: Red-throated Pipit
-
#タヒバリ
- 第8版学名: Anthus rubescens (Tunstall, 1771) (IOC 14.2 分類または学名と相違あり)
- 英名: Buff-bellied Pipit (IOC 14.2: Siberian Pipit)
- スズメ目 Passeriformes アトリ科 Fringillidae -
-
#ズアオアトリ
- 第8版学名: Fringilla coelebs Linnaeus, 1758
- 英名: Eurasian Chaffinch
-
#アトリ
- 第8版学名: Fringilla montifringilla Linnaeus, 1758
- 英名: Brambling
-
#シメ
- 第8版学名: Coccothraustes coccothraustes (Linnaeus, 1758)
- 英名: Hawfinch
-
#コイカル
- 第8版学名: Eophona migratoria Hartert, 1903
- 英名: Chinese Grosbeak
-
#イカル
- 第8版学名: Eophona personata (Temminck & Schlegel, 1845)
- 英名: Japanese Grosbeak
-
#ギンザンマシコ
- 第8版学名: Pinicola enucleator (Linnaeus, 1758)
- 英名: Pine Grosbeak
-
#ウソ
- 第8版学名: Pyrrhula pyrrhula (Linnaeus, 1758)
- 英名: Eurasian Bullfinch
-
#ハギマシコ
- 第8版学名: Leucosticte arctoa (Pallas, 1811)
- 英名: Asian Rosy Finch
-
#アカマシコ
- 第8版学名: Carpodacus erythrinus (Pallas, 1770)
- 英名: Common Rosefinch
-
#オガサワラマシコ
- 第8版学名: Carpodacus ferreorostris (Vigors, 1829) (第7版学名より変更)
- 英名: Bonin Grosbeak
-
#ベニマシコ
- 第8版学名: Carpodacus sibiricus (Pallas, 1773) (第7版学名より変更)
- 英名: Siberian Long-tailed Rosefinch
-
#オオマシコ
- 第8版学名: Carpodacus roseus (Pallas, 1776)
- 英名: Pallas's Rosefinch
-
#カワラヒワ
- 第8版学名: Chloris sinica (Linnaeus, 1766)
- 英名: Oriental Greenfinch
-
#オガサワラカワラヒワ
- 第8版学名: Chloris kittlitzi (Seebohm, 1890)
- 英名: Bonin Greenfinch
-
#ベニヒワ
- 第8版学名: Acanthis flammea (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Common Redpoll (IOC 14.2: Redpoll)
-
#イスカ
- 第8版学名: Loxia curvirostra Linnaeus, 1758
- 英名: Red Crossbill
-
#ナキイスカ
- 第8版学名: Loxia leucoptera Gmelin, 1789
- 英名: Two-barred Crossbill
-
#マヒワ
- 第8版学名: Spinus spinus (Linnaeus, 1758) (第7版学名より変更)
- 英名: Eurasian Siskin
- スズメ目 Passeriformes ツメナガホオジロ科 Calcariidae -
-
#ツメナガホオジロ
- 第8版学名: Calcarius lapponicus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Lapland Longspur
-
#ユキホオジロ
- 第8版学名: Plectrophenax nivalis (Linnaeus, 1758)
- 英名: Snow Bunting
- スズメ目 Passeriformes ホオジロ科 Emberizidae -
-
#キアオジ
- 第8版学名: Emberiza citrinella Linnaeus, 1758
- 英名: Yellowhammer
-
#シラガホオジロ
- 第8版学名: Emberiza leucocephalos Gmelin, 1771
- 英名: Pine Bunting
-
#ホオジロ
- 第8版学名: Emberiza cioides Brandt, 1843
- 英名: Meadow Bunting
-
#イワバホオジロ
- 第8版学名: Emberiza buchanani Blyth, 1845
- 英名: Grey-necked Bunting
-
#ズアオホオジロ
- 第8版学名: Emberiza hortulana Linnaeus, 1758
- 英名: Ortolan Bunting
-
#シロハラホオジロ
- 第8版学名: Emberiza tristrami Swinhoe, 1870
- 英名: Tristram's Bunting
-
#ホオアカ
- 第8版学名: Emberiza fucata Pallas, 1776
- 英名: Chestnut-eared Bunting
-
#コホオアカ
- 第8版学名: Emberiza pusilla Pallas, 1776
- 英名: Little Bunting
-
#キマユホオジロ
- 第8版学名: Emberiza chrysophrys Pallas, 1776
- 英名: Yellow-browed Bunting
-
#カシラダカ
- 第8版学名: Emberiza rustica Pallas, 1776
- 英名: Rustic Bunting
-
#ミヤマホオジロ
- 第8版学名: Emberiza elegans Temminck, 1836
- 英名: Yellow-throated Bunting
-
#シマアオジ
- 第8版学名: Emberiza aureola Pallas, 1773
- 英名: Yellow-breasted Bunting
-
#シマノジコ
- 第8版学名: Emberiza rutila Pallas, 1776
- 英名: Chestnut Bunting
-
#ズグロチャキンチョウ
- 第8版学名: Emberiza melanocephala Scopoli, 1769
- 英名: Black-headed Bunting
-
#チャキンチョウ
- 第8版学名: Emberiza bruniceps Brandt, 1841
- 英名: Red-headed Bunting
-
#ノジコ
- 第8版学名: Emberiza sulphurata Temminck & Schlegel, 1848
- 英名: Yellow Bunting
-
#シベリアアオジ
- 第8版学名: Emberiza spodocephala Pallas, 1776
- 英名: Black-faced Bunting
-
#アオジ
- 第8版学名: Emberiza personata Temminck, 1836
- 英名: Masked Bunting
-
#クロジ
- 第8版学名: Emberiza variabilis Temminck, 1836
- 英名: Grey Bunting
-
#シベリアジュリン
- 第8版学名: Emberiza pallasi (Cabanis, 1851)
- 英名: Pallas's Reed Bunting
-
#コジュリン
- 第8版学名: Emberiza yessoensis (Swinhoe, 1874)
- 英名: Ochre-rumped Bunting
-
#オオジュリン
- 第8版学名: Emberiza schoeniclus (Linnaeus, 1758)
- 英名: Common Reed Bunting
- スズメ目 Passeriformes ゴマフスズメ科 Passerellidae -
-
#ゴマフスズメ
- 第8版学名: Passerella iliaca (Merrem, 1786)
- 英名: Fox Sparrow (IOC 14.2: Red Fox Sparrow)
-
#ミヤマシトド
- 第8版学名: Zonotrichia leucophrys (Forster, 1772)
- 英名: White-crowned Sparrow
-
#キガシラシトド
- 第8版学名: Zonotrichia atricapilla (Gmelin, 1789)
- 英名: Golden-crowned Sparrow
-
#サバンナシトド
- 第8版学名: Passerculus sandwichensis (Gmelin, 1789)
- 英名: Savannah Sparrow
-
#ウタスズメ
- 第8版学名: Melospiza melodia (Wilson, 1810)
- 英名: Song Sparrow
- スズメ目 Passeriformes アメリカムシクイ科 Parulidae -
-
#カオグロアメリカムシクイ
- 第8版学名: Geothlypis trichas (Linnaeus, 1766)
- 英名: Common Yellowthroat
-
#キヅタアメリカムシクイ
- 第8版学名: Setophaga coronata (Linnaeus, 1766)
- 英名: Yellow-rumped Warbler (IOC 14.2: Myrtle Warbler)
略号 | 説明 |
m | 男性名詞 形容詞の男性形 |
f | 女性名詞 形容詞の女性形 |
n | 中性名詞 形容詞の中性形 |
adj | 形容詞 例 albus-a-nm(adj)白い(男性形・女性形 中性形、形容詞) |
adv | 副詞 |
属 | 名詞の属格 例 anas-atis(f) カモ (単数主格単数属格(anatis)女性名詞) |
tr | 他動詞 |
intr | 自動詞 |
int | 間投詞 |
合 | 合成語、造語や手を加えた外国語 |
外 | ラテン語以外の外国語 |
神 | ギリシャ神話などにでてくる人物など |
Gk | ギリシャ語 |
L | ラテン語 (一部のみ使用) |
独 | ドイツ語 |
伊 | イタリア語 |
仏 | フランス語 |
露 | ロシア語 |
英 | 英語 |
接頭辞 | 言語の前につけて意味を付加する接辞 |
語尾 | 語幹につけて意味をもった語に完成させるもの |
接尾辞 | 語尾の一種で語幹につけて派生語をつくるもの |
指小辞 | 名詞や形容詞につけて「小さいものや可愛い」をあらわす接尾辞 |
父称 | ギリシャ語の固有名詞につけて〜の息子、娘をあらわすもの |
トートニム | 属名と種小名が同一の学名 |
-
標準和名
- 学名:学名 (読み) 説明 (第8版、第7版、IOC で相違がある場合は併記している)
- 属名:属名の説明 (同上)
- 種小名:種小名の説明 (同上)
- 英名:英名 (やや古い英名も含まれている。IOC 準拠英名が異なるものは追記している)
- 備考:備考。学名や亜種の追加説明。分類学情報や面白い関連情報(一般的な図鑑などで読める色彩や形態、分布、生態などは原則省略している)
― キジ目 GALLIFORMES キジ科 PHASIANIDAE ▽
-
エゾライチョウ
- 学名:Tetrastes bonasia (テトゥラステース ボナーシア) エゾライチョウまたはヤギュウの声のような音を出すライチョウの歌い手
- 属名:Tetrastes < Tetrao ライチョウ < tetras Symmachus が記述した鳥の名前。食べられる狩猟鳥でおそらく Aristophanes 他が用いた tetrax と同一だが正体ははっきりしない (野ガモとする著者もある) (Gk) -astes (行うもの) (Gk); ライチョウの歌い手 (コンサイス鳥名事典, Gk)
- 種小名:bonasia イタリア語でエゾライチョウ < 原意は bonasus < bonasos バイソン (Gk); ヤギュウの(声のような音を出す) (コンサイス鳥名事典)
- 英名:Hazel Grouse
- 備考:
tetrastes は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は tetras は短母音。-astes は e が長母音でそれを反映した。-ras- がアクセント音節と考えられる (テトゥラステース)。
bonasia は bonasus に従えば a が長母音でアクセントもある (ボナーシア)。ギリシャ語 bonassos も -na- が長母音でアクセントがある。
bonasia の由来はあまりはっきりわかっておらず (The Key to Scientific Names) いろいろな考えがあり得る。bonasus の変化形に現れる形ではない。
-ia の由来を -ius の語尾由来と考えれば短母音となるのが自然に思えるが性変化させたものではなさそう。
エゾライチョウの亜種の亜種小名を見ると一見性が統一されていないように見えるが Tetrastes は男性名詞の扱いと考えられる。griseonota の一見女性形に見える亜種小名が存在するがこれは不変との注釈が H&M 4:45 にあると IOC リストにある。つまり bonasia は -ius から女性形を採用したものとは解釈できない。
記載時学名 Tetrao Bonasia Linnaeus, 1758 (原記載) も大文字表記で名詞の扱い。属の性による変化は受けないことになるのだろう。Tetrastes 属は von Keyserling and Blasius (1840) が提唱したもので、当時はエゾライチョウのみを含んでいた。
Tetrastes bonasa Olphe-Galliard, 1886 (参考) の用例があり、綴りを誤ったものか改名 (修正) を意図したものか、とある。
ユーラシアやや北部に広く分布し、11 亜種が認められている (IOC)。日本で記録される亜種は vicinitas (近い、似ている)。基亜種に似ているが違う点もあると命名された (参考 基産地Hakodate, Yezo, Japan 北海道)。英名の hazel はハシバミ(属)。
キジ科は2亜科の分割されるが、日本のものは Phasianinae 亜科。
これは直立するかしないかで2クレードに分割される (erectile clade, nonerectile clade)。
日本に関係する種ではウズラが後者。ニワトリの野生種であるセキショクヤケイも後者。
erectile clade の中では Tetrastes 属および Lagopus 属 (日本に関係ある属のみを示す) は Tetraonini 族 に分類される
(この程度の分類を見ていただくと 族 tribe の意義や範囲がわかりやすいだろう)。
参考 Gutierrez et al. (2000) A classification of the grouse (Aves: Tetraoninae) based on mitochondrial DNA sequences。
Luo et al. (2024) Description of the mitochondrial genomes of Sichuan Tetrastes sewerzowi (Galliformes: Tetraonidae) and phylogenetic relationship
にミトコンドリアゲノムを用いた新しい分子系統樹が出ている。
情報がやや不足気味ではあるが、Tetrastes 属と Bonasa 属は分けた方がよいと結論している。エゾライチョウはTetrastes 属のタイプ種なので属は変わらないが、エリマキライチョウ Bonasa umbellus Ruffed Grouse は Tetrastes 属に合体するより現行の扱い通り別属でよいとのこと。
ミヤマエゾライチョウ Tetrastes sewerzowi 英名 Chinese Grouse との遺伝的関係を調べた論文: Song et al. (2021) Demographic history and divergence of sibling grouse species inferred from whole genome sequencing reveal past effects of climate change。この2種は 46-337 万年前に分かれたとのこと。両種とも近年は実効個体数が減っている。
英語圏では、冬に白い羽となるライチョウ属の種を ptarmigan、羽の色を変化させない種は grouse と呼び区別される (wikipedia 日本語版より)。ptarmigan はゲール語 tarmachan に由来し、意味は croaker (があがあ鳴くもの) だがそれ以上の語源は不明とのこと。pt- の綴りはギリシャ語由来と誤解され ptero- (翼 Gk) に合わせたものらしい (wiktionary)。英語でもライチョウ類総称では grouse。
grouse は 1530 年代には複数形で grows と呼ばれていたが起源にはいくつかの説がある。例えば中世フランス語でツルを表す grue、同じく中世ラテン語の gurta などが挙がっている (wiktionary)。
ロシア語ではライチョウ属は英語のような区別はなく様々な名前がある。エゾライチョウは ryabchik で ryaboj (斑点のある) に由来。
ライチョウ属の一部はロシア語で teterev と呼ばれ、遡れば Aristophanes 他が用いた tetrax になるらしい (Kolyada et al. 2016)。teterev から派生するロシア名に#オオタカ teterevyatnik がある。
[クジャクの目玉模様は目立つか?]
Kane et al. (2019) How conspicuous are peacock eyespots and other colorful feathers in the eyes of mammalian predators?
の研究によれば、2色色覚型の哺乳類捕食者にとってはクジャクの目玉模様は目立たず、普通の距離ではパターンが検出限界以下になるとのこと。むしろ隠蔽色になっている可能性がある。哺乳類捕食者は色彩パターンよりも他の手がかりを用いている。
クジャクは捕食者回避能力も高く、野外研究でも哺乳類による捕食の頻度は低いとのこと。目玉模様が多いほど捕食されやすい傾向も見つかっておらず、長い上尾筒が逃走行動を邪魔している証拠もないとのこと。
[インドクジャクの白変の遺伝的原因]
Wang et al. (2025) Genomic evidence for hybridization and introgression between blue peafowl and endangered green peafowl and molecular foundation of leucistic plumage of blue peafowl
高精度全ゲノム解析で EDNRB2 遺伝子に停止コドンへの変異がありメラノサイトから羽毛へのメラニン移行が起きなくなっていた。白色のガチョウではこの位置に 14 塩基の挿入があり同様に作用している (#マガモ備考の [白い大きなアヒルの起源] も参照)。
異なる系統の鳥で対象遺伝子が共通する白変化のメカニズムがあった。この遺伝子はメラニン合成には関与しない。白変個体の写真も掲載されている。
-
ライチョウ
- 学名:Lagopus muta (ラゴープース ムーター) 静かなライチョウ
- 属名:lagopus (f) ライチョウ (lagos ノウサギ pous 足 Gk)
- 種小名:muta (adj) 静かな (mutus)
- 英名:Rock Ptarmigan
- 備考:
lagopus は#ケアシノスリ参照 (ラゴープース)。
muta はいずれも長母音 (ムーター)。派生する他言語では伸ばさないものが多いが英語 mute は長音。
北半球高緯度に分布。23 亜種が認められている (IOC)。日本に分布する亜種は japonica (日本の) とされる。
かつての学名は Lagopus mutus だったが、種小名語尾は従来は属名が男性名詞と思われていたため。古ギリシャ語由来でこれはギリシャ語、ラテン語とも女性名詞であるため、種小名が修正されたとのこと (wikipedia 英語版より)。
Clements 3rd edition - 5th edition (incl. 2003 revisions), HBW, Peters' Check-list of the Birds (2nd edition までも含む), Sibley and Monroe (1993, including corrections up to 1998), American Ornithologists' Union 4th - 7th edition (incl. 44th suppl.) が mutus を用いていた。
Dement'ev and Gladkov (1952) では Lagopus mutus となっていた。
変更されたのが比較的最近で、日本の記事でも出典次第でしばしば見かけるので注意が必要。
ギリシャ語由来で足の意味の -pus で終わる名詞の性は女性というわけではなく apus (アマツバメ) は男性名詞であり Apus 属の種小名も男性形になっている。
日本産の種で 足の意味の -pus で終わる属名を持つもので女性形の種小名は見当たらず男性に統一されているように見える。
apus のもととなるギリシャ語の apous は形容詞でこの形は男性または女性とのこと。ギリシャ語にはアマツバメを指す用例はない (wiktionary)。
ライチョウを意味する単語がギリシャ語に存在して女性名詞だった点が異なっている模様。
参考までにタコを意味する octopus はギリシャ語に名詞が存在してこの場合は男性名詞。ラテン語も同様。なお Phylloscopus は -pus の語尾でも足とは無関係。
Lagopus 属のタイプ種はカラフトライチョウ Lagopus lagopus Willow Ptarmigan。北半球北極圏に広く分布する。サハリンは分布の南限で亜種は okadai (Momiyama 1928 が命名)。
特別天然記念物。絶滅危惧 IB 類 (EN)。世界的に種全体では IUCN 3.1 LC 種 (LC は Least Concern で「低懸念」と訳されるが、「少し懸念がある」と読まれがちである。
本来の英語の意味は「ほとんどない」、例えば least likely は「ほとんどあり得ない」の意味で、「懸念なし」と解釈する方が意味は近いだろう。日本のレッドデータブックの分類ではランク外に相当する。ドイツ語訳では nicht gefaehrdet 懸念なし とされている)。
英国には Ptarmigan と呼ばれる種が1種のみなのでイギリス英語では単に Ptarmigan と呼ばれていた。アメリカには複数種存在するため Rock Ptarmigan などと呼び分ける必要があった。
ドイツ語名 Alpenschneehuhn (アルプスの雪のニワトリ)。ロシア語名 tundryanaya kuropatka (ツンドラの、後半は kur ニワトリから派生。ツンドラのニワトリと訳せそうである)。
スウェーデン語 fjallripa (fjal 山の ripa ライチョウ) など。
千島列島北部のライチョウ: Lobkov et al. (2025) Distribution and abundance of the Kurile rock ptarmigan Lagopus muta kurilensis in the northern part of Kuril Island chain in accordance with natural appearance of the islands (pp. 453-465)。
[ライチョウ類の植物毒解毒]
日本の種とは近縁ではないが (エゾライチョウの方がやや近い?) 保全上でも話題となるためこちらに含めておく。
Kohl et al. (2016) Microbial detoxification in the gut of a specialist avian herbivore, the Greater Sage-Grouse
キジオライチョウ Centrocercus urophasianus の植物毒の解毒の研究がある。ヨモギ属 Artemisia を食べるスペシャリストであるが有毒物質を含んでいる。
腸内細菌が分解しており、フェノールをピルビン酸に分解する生化学経路を明らかにした。この機能はニワトリや牛など草食哺乳類 14 種には認められなかった。
ヨモギ属の主な毒性成分であるモノテルペン (monoterpene) を分解する証拠はそこまで確実でないがこの代謝経路に関係する酵素をいくつか同定した。植物毒の解毒における腸内細菌の役割は草食哺乳類や昆虫に似ているとのこと。キジオライチョウ類では糞に排泄される植物由来物質濃度が低いことから腸内細菌の役割が示唆されていた。
また必須アミノ酸 (植物にはあまり含まれない) を腸内細菌が合成している可能性もあるが、これは今後の研究が必要である。論文のまとめ方は保全よりもライチョウ類の腸内細菌に応用上有用な特異な酵素が見つかることが期待できると実用的側面を示している。
Sun et al. (2022) The avian gut microbiota: Diversity, influencing factors, and future directions に植物食の鳥の腸内細菌の役割についてレビュー論文がある。
ツメバケイではそのうでの発酵で解毒している証拠があり、ライチョウ類についても示唆されている:
Dearing et al. (2005)
The Influence of Plant Secondary Metabolites on the Nutritional Ecology of Herbivorous Terrestrial Vertebrates のレビュー参照。
ニホンライチョウでは ニホンライチョウの味覚・解毒機能の高山環境適応機構の解明と保全に向けた飼料開発 (橋戸南美) の研究がおこなれているので今後成果が出てくるだろう。
[足に羽毛の生える鳥]
ライチョウそのもの研究は見つけられなかったが、足に羽毛の生える (ptilopody) 鳥についての遺伝子変異や制御の研究がある。
Bortoluzzi et al. (2020) Parallel Genetic Origin of Foot Feathering in Birds
ニワトリとハトの飼育品種で足に羽毛を持つものは PITX1, TBX5 遺伝子の発現に共通の特徴が見られる。Fig. 1 を見ていただくとニワトリの品種でどのような形態変化があるか見ていただけるだろう。足に翼のような羽毛を持つ品種すらある。
ニワトリにおいては第 13 染色体 PITX1 の上流 200 kb に発現に関係すると思われる 17 kb の脱落があり、ハトでは同様に 44 kb の脱落があるとのこと。structural variant (構造変異) は両種で独立に何度も起きたとのこと。
タンパク質をコードする遺伝子だけを比べてもわからないだろう。
PITX1 は通常は後肢にのみ発現し、前肢には発現しない。前肢と後肢の発生の違いを生み出している。
PITX1 は小型の羽毛の発育に主に関係し、TBX5 は大型の羽毛に主に関係するとの先行研究がある。
Boer et al. (2019) Pigeon foot feathering reveals conserved limb identity networks はハト品種での足の羽毛と遺伝子発現の関係を調べている。PITX1 と TBX5 が羊膜類で前肢・後肢を決める共通の遺伝子とのこと。
Li et al. (2020) Mutations Upstream of the TBX5 and PITX1 Transcription Factor Genes Are Associated with Feathered Legs in the Domestic Chicken
もほぼ同様の研究で、ニワトリでは第 15 染色体の TBX5 遺伝子の上流に変異がある。後肢で PITX1 の発現が抑制され、TBX5 が異所的に発現することで羽毛の生えた足になる。
いずれも過去の研究で提唱されていたものを詳しい解析で確認したもの。過去の研究は引用文献を参照いただきたい [Takeuchi et al. (1999) Tbx5 and Tbx4 genes determine the wing/leg identity of limb buds の日本の研究もある]。
これらの表現型の特徴をニワトリでは ptarmigan、ハトでは grouse と呼ぶらしいことも面白い。
ライチョウはニワトリに近縁なので制御メカニズムもおそらくよく似ているのだろう。
#カワラバト備考の [家禽ハト品種の形態に関連する遺伝子] にも関連話題がある。
[鳥類と爬虫類のうろこは別物]
鳥類の足の "うろこ" と爬虫類のうろこが同じ起源かどうか長く議論されてきた。
Wu et al. (2018a)
Comprehensive molecular and cellular studies suggest avian scutate scales are secondarily derived from feathers, and more distant from reptilian scales
は発生過程の鳥類の足の "うろこ" は羽毛の発生の早い段階に類似していることを見出した。分子レベルでも羽毛、うろこにそれぞれ特徴的な遺伝子の発現を調べることでワニのうろことニワトリの羽毛や "うろこ" とは異なることが示された。形態的にはワニとニワトリの "うろこ" は似ているが、幹細胞の分布、そしておそらく働きも異なり両者の "うろこ" は収斂進化の結果と考えられる。
つまり論文表題が示すように鳥類の足の "うろこ" は羽毛から二次的に生じたものと考えられ、爬虫類への先祖返りを見ているというわけでも、「鳥が爬虫類であることの証拠」というわけでもない。
鳥類の足の "うろこ" が羽毛から二次的に生じたものとの考えは Dhouailly (2009) A new scenario for the evolutionary origin of hair, feather, and avian scales で提唱されていた。
この論文では羊膜類の中でも鳥類の皮膚は羽毛、哺乳類の皮膚は毛と最も複雑な付属物を作る機能に共通の遺伝子が働いているとのこと。実験でもニワトリで単純なうろこ、マウスで単純な (付属) 腺 (gland) のみを生じさせることはできなかった。まず羽毛や毛が発生するプログラムが働き、これを抑制する機構でより単純な構造 (皮膚の角質は両者に共通) が生じるとの考え方。
足の "うろこ" が比較的簡単な遺伝子制御機構の変化で羽毛に変わり得る現代の知見とも整合性がよい。
Wu et al. (2018b) Multiple Regulatory Modules Are Required for Scale-to-Feather Conversion
によればうろこから羽毛への進化は何段階もの制御モジュール再構築が必要である。この論文が羽毛に特徴的な遺伝子を同定したもの。
ふしょの "うろこ" (scutate scales) と足の裏の reticulate scales とは異なっているとのこと。reticulate scales は α ケラチンからなる。
確かに足に羽毛が生えるニワトリやハトの飼育品種でも足の裏は羽毛にならないことが知られている。
Liu et al. (2023) Molecular and Cellular Characterization of Avian Reticulate Scales Implies the EvoDevo Novelty of Skin Appendages in Foot Sole
鳥の足の裏の皮膚の構造は哺乳類の tactile skin (外界を接触感知する皮膚。例えばヒトの手のひらや足の裏) と類似点があるとのこと。
著者は圧力に対する構造的適応で、常時摩耗するため細胞更新の頻度を高めることに適した幹細胞の分布となっていて (羽毛や毛は換羽のような更新サイクルがある) 傷を治すのに十分な速度となっているが、reticulate scales のような大きな構造物を再生するのには十分でないと考えている。
Cooper and Milinkovitch (2025) In vivo sonic hedgehog pathway antagonism temporarily results in ancestral proto-feather-like structures in the chicken
にも最新の研究が出ていた。足の「うろこ」部分の皮膚の発生途中を阻害すると羽毛になってしまう。羽毛の発生をのものを完全に止めることは困難。羽毛の発生は遺伝メカニズムにも非常に頑強で、例えば羽毛発育への選択圧がかからなくなっても原始的な形態の羽毛が発生することを意味する。
Cooper et al. (2019) Conserved gene signalling and a derived patterning mechanism underlie the development of avian footpad scales
はこの研究に先行するものだが、鳥の足の裏の皮膚の特殊性を取り上げている。恐竜の "うろこ" についてはまだ学説が固まっていないが、現在の系統研究に基づけば reticulate scales は鳥類の起源以前に遡る可能性があるとのこと。
Dhouailly (2023) Evo Devo of the Vertebrates Integument 脊椎動物の皮膚付属物の進化のレビュー論文。
鳥類の足の "うろこ" が羽毛から生じ、逆ではない証拠は集積しつつある。
すべての鳥は足の裏に reticula を持っているがフクロウ類など少数は pedal scales を持たないことも述べられている [cf. 川口 (2024) Birder 38(8): 52-53]。
鳥類・哺乳類に共通する Shh/BMP のバランスのメカニズムによって羽毛・毛皮になるか裸の皮膚になるかが決まる。足の裏が発達することで地上生活に適応した。哺乳類の毛は化石に残りにくいので進化過程は羽毛以上にあまりよくわかっていないが古くからあった模様。
爬虫類のうろこ、鳥類の reticula、哺乳類の指紋は dermal condensate (原基内での細胞集積) ではなく intra-epidermal signaling (上皮内のシグナル伝達) で形成されるものとのこと。これらはパターン形成的には同じように作られるものと考えてよさそう。上皮内のシグナル伝達で形成される
(指紋は原文で fingerprints。日本語の方が語彙が豊富なようで、解剖学的には皮膚紋理の用語がある。皮膚の構造の名称も皮溝 sulcus cutis 皮丘 crista cutis 皮野 area cutanea も日本語は詳しい)。
そういえば鳥肌が立つというのはそういうことか、と妙に納得できてしまう。
Nogare and Chitnis (2017) Self-organizing spots get under your skin
に入門者向けの皮膚のパターン形成のレビューがある。"your skin" とあるが羽毛のこともずいぶん述べている。
鳥類の羽毛発生と哺乳類の毛の発生が非常によく似ていることは出てくるが爬虫類については出てこない。羽毛の発生はそれだけよく調べられているのだろう。鳥肌はほぼ鳥の肌と考えて大きな間違いはなさそう。
このようなパターン形成のアイデアは Alan Turing アラン・チューリング「コンピュータ科学の父」が 1952 年に数学的理論として提唱したもので、近距離で促進、遠距離で抑制的に働く作用を考えるだけでパターンを再現できる。"The Chemical Basis of Morphogenesis" (形態形成の化学的基礎) の論文。
斑点や縞模様などの規則性も同じように考えられるのだろう。
Youn et al. (2024) Tissue-scale in vitro epithelial wrinkling and wrinkle-to-fold transition
ヒトの細胞を用いたものだが "しわ" の形成に働く力。
Santos-Duran et al. (2024) Self-organized patterning of crocodile head scales by compressive folding こちらはワニの表皮の "うろこ" がどのように作られるかを調べた研究。
羊膜類の表皮に見られるパターンは上記の (遺伝子発現で制御された) チューリング型の化学的シグナルによる自己組織化または力学的な力によるフィードバックが加わって形成されると考えられていたが、ワニの頭の不規則なうろこは力学的な機構のみで形成されて例外的と考えられてきた。遺伝子発現によるチューリング型の制御は関わっていないことが過去に示されていた。
EGF (表皮増殖因子) を投与する実験から、表皮と真皮の硬さの違いに起因して成長に伴う物理的な圧縮力が構造形成にかかわっていることを示したもの。
EGF の働き具合の違いだけでうろこの目の粗さが変わるとのこと。
The mechanics of crocodile head scales patterning (解説ビデオ)。
スズメ目では足のうろこが目立たなくなる傾向があるとされるが、小型であることと防水機能をあまり必要としないためでは (上記物理的メカニズムを考えると単に相似形に小型のうろこになるとは考えにくい)。
Cooper et al. (2025) Exacerbated sonic hedgehog signalling promotes a transition from chemical pre-patterning of chicken reticulate scales to mechanical skin folding
ニワトリの胚の特定の時期に操作を加えることで足のうろこ部位の変化を調べたもの。皮膚に多くのケラチンが含まれる実験的条件 (hyper-keratinization) では皮膚の剛性を増してうろこ状の構造形成が抑制されるとのこと。基本的には物理的な力で構造形成が決まっていると考えてよさそう。
bumblefoot (バンブルフット ulcerative pododermatitis) 趾瘤症は猛禽類に起きやすい疾患と思っていたが、哺乳類にも共通しているようで Bajwa (2016) Canine pododermatitis のような獣医学のレビューもある。足の裏の収斂進化の産物と思ってよいのだろうか。
もしかすると何かの参考になるかも知れないのでメモしておくと Schwehn et al. (2024) Blood Vessel Topography of the Feet in Selected Species of Birds of Prey and Owls
に猛禽類の足の血管系を比較研究した論文がある。足の裏の血液供給がタカ類とハヤブサ類に多少違いがあるそうで、ハヤブサ類の方が足の裏の血管が少なめでバンブルフットが起きやすい原因にもなっているかも知れないとのこと。タカ類では調べられた範囲で共通性が高く、ヨーロッパノスリ、ハイタカ、ヨーロッパハチクマ、オオタカともに同じ動脈のパターンでグループ2に属するとのこと。
グループ1がハヤブサ類、グループ3がフクロウ類 (足から趾への動脈がどこで分岐するかで区別している)。ハヤブサ目でもカラカラでは趾への動脈供給がニワトリと似ているとのこと。
Schwehn et al. (2025) The Comparative Anatomy of the Metatarsal Foot Pad in Eight Species of Birds of Prey and Owls with Regard to the Development of Pododermatitis にも後続論文があり皮下の血管の構造や脂肪組織の違いなどが調べられている。
皮膚はどこかの段階で爬虫類型から鳥類型に進化したはずだが、化石研究から経緯を探ったもの:
Yang et al. (2024)
Cellular structure of dinosaur scales reveals retention of reptile-type skin during the evolutionary transition to feathers
皮膚部分の保存状態のよい Psittacosaurus の化石で皮膚構造を調べた。羽毛のない皮膚を現代の鳥の "うろこ" のない裸出した皮膚と比べると現在の鳥のケラチン層の方がずっと厚く、むしろ現生の爬虫類に近いものだった。
現代の鳥では羽毛のない部分にメラニン着色はほとんどないが Psittacosaurus では着色に用いていてメラニン分布はワニと共通性があるとのこと。
皮膚の構造は外気温に対する適応などいろいろな解釈が考えらえるが、四足歩行の爬虫類に比べて二足歩行によって地上から体が離れ、物理的な保護の必要性が下がったのではとの解釈も挙げている。
羽毛進化の最初の段階では羽毛のない部分には爬虫類に似た皮膚を残しておく必要性があったのでは、などの議論が出ている。今の鳥類の皮膚は哺乳類型とも共通性のある鳥類型になっていて爬虫類型の特徴は残っていないと考えてよいのだろう。
Holthaus et al. (2018) Comparative Analysis of Epidermal Differentiation Genes of Crocodilians Suggests New Models for the Evolutionary Origin of Avian Feather Proteins
上皮形成に関係する Epidermal Differentiation Complex (EDC) の遺伝子群は羊膜類内の系統ごとにすべて違いがある。カメ、ワニが共通で持っている EDPQ は鳥類では失われている。
EDCRP は鳥類・ワニ類の共通祖先で生じたものだが、鳥類で特に発達 (リピート数の増加) して羽毛をもたらすことになった。ワニ類の EDCRP ではシステイン残基が最大で 22 なのに対してニワトリでは 160 ある (羽毛にシステインが多いのはジスルフィド結合で強度を高めるためと考えられている)。
羽毛を燃やす時の特有の悪臭はシステインに起因する硫黄が多いため。また羽毛の発育には多量のシステインを必要とするため、換羽時には他の生理学的要求と競合が生じ、生理学的要求が大きい時に換羽の中断などの現象にもつながるなど換羽の理解にも役立つ。
哺乳類の毛にもシステインが多いが、タンパク質が異なっており収斂進化の結果とのこと:
Strasser et al. (2015) Convergent evolution of cysteine-rich proteins in feathers and hair;
Ehrlich et al. (2020) Convergent Evolution of Cysteine-Rich Keratins in Hard Skin Appendages of Terrestrial Vertebrates。
Strasser et al. (2015) の結果ではワキスジハヤブサやシロエリヒタキのリピート数が多く、これは羽毛強度がそれだけ重要なことを意味するのだろうか。
羽毛より起源の古い subperiderm に羽毛に関連する祖先的な遺伝子の発現があり、羽毛はここから進化したのではとの考え。
2.4 億年前の共通祖先の段階では羽毛を持っておらず、どのような役割で進化したものか興味あるとのこと [Lachner et al. (2019) Immunolocalization and phylogenetic profiling of the feather protein with the highest cysteine content]。
Davis and Greenwold (2021) Evolution of an Epidermal Differentiation Complex (EDC) Gene Family in Birds
に鳥類内での EDC の進化の研究がある。ニワトリやカッコウでは遺伝子数も多くて複雑だったものが、アデリーペンギン、ハクトウワシ (この2種はよく似ている) では遺伝子数が少ない。キンカチョウではさらに1つ失っている。進化段階をたどると水鳥の多かった系統では羽毛形成の遺伝子が重要だったが、陸に移るにつれて次第に必要性が下がったのだろうか。
ペンギンは水中生活に適応して水鳥に近いかと思ったが意外にも遺伝子は陸鳥型だった。陸から海に戻ったが遺伝子は祖先型に戻すことはできなかったらしい。
論文では生態との相関は見つけることができず、完全な遺伝子の検出が不十分なのでよりデータが必要とのこと。
Li et al. (2025) Skin regional specification and higher-order HoxC regulation
Polish chicken では HoxC10 のイントロンに 195 bp の重複があってとさかの部分が冠羽になっている。この部分を除くなど操作を行うと形質が変わる。この 195 bp の領域は鳥類とワニ類に見られるが哺乳類にはなく、鳥類の皮膚付属物の進化に役立っていると考えられるとのこと。
Kane et al. (2019)
Successful, Full-Thickness Skin Graft in a Bald Eagle (Haliaeetus leucocephalus)
おそらく感電で頭部の皮膚を失ったハクトウワシに腿部から自家皮膚全層移植に成功したとの報告があった。羽毛が正しい向きに生えるように方向も注意したなど。6週間で放鳥に至った。このような事例は鳥類で初とのこと。
これをもとに調べてみると Stroud et al. (2003) The Use of Skin Flaps and Grafts for Wound Management in Raptors
のような文献もあって、鳥類の皮膚は哺乳類のものと似ている。羽毛がある点は違う (これは当たり前か)。
視点や実用目的が少し異なる (生体工学の視点が中心) が羽毛の微小構造のレビュー: Hendrickx-Rodriguez and Lentink (2025) The feather’s multi-functional structure across nano to macro scales inspires hierarchical design (オープンアクセス)。
汗腺がない点は異なるが、皮膚に holocrine glands (全分泌腺。ホロクリン腺) を持っていて sebokeratinocytes が皮膚に脂肪を分泌する。尾脂腺、総排泄孔、外耳道にもあるとのことで、形態は違うものの哺乳類の脂腺と同じような部位に分布して似た機能を果たしていると考えてよさそう (他の文献を見ても哺乳類と同じような役割を果たすと書かれている)。
哺乳類の乳腺が汗腺由来であると同様、ピジョンミルクを生成する上皮も皮膚分泌腺の延長と考えてよさそう。これは #フルマカモメの備考の [におう鳥のリスト] の記述と大きく違うわけではないが、哺乳類と似た進化を遂げたらしいことがよりわかりやすい。
海に住む哺乳類では鳥類にあるような sebokeratinocytes と類似の lipokeratinocytes を持っているとのこと [Eias et al. (1987) Avian sebokeratocytes and marine mammal lipokeratinocytes: Structural, lipid biochemical, and functional considerations]。
哺乳類は夜行性を体験して嗅覚コミュニケーションの役割が増えて汗腺が重要になったが、昼行性で水分喪失を避けつつ空冷が重要な鳥類では少し違う形になったと解釈すればよいだろうか。
Stettenheim (2000) The Integumentary Morphology of Modern Birds-An Overview に鳥の皮膚付属物のレビューがあり、個々にはそれほど深くはないが守備範囲が広く、オープンアクセスなので見ておいてよさそう (記事を書いた時はオープンアクセスだったが 2025.5 現在ではオープンアクセスでなくなっていた。当然のことながら近年の遺伝子発現の研究などは入っていない)。
鳥の皮膚全体が皮脂分泌器官として働いているが尾脂腺、外耳道腺は特化している。尾脂腺の分泌物は化学的にも皮膚の分泌物と異なってエステルが中心。鳥にも耳垢に相当する分泌がある。
総排泄孔腺はムコタンパク質のみを分泌し受精に役立っていると考えられる。
シチメンチョウでは首の基部から垂れ下がる "beard" ("ひげ") があり羽毛とは違って伸び続ける (最長 677 mm)。羽毛のように follicle (羽嚢) から発生するのではなく、皮膚の肥厚部から直接生じるとのこと (この点はうろこに似ている)。ということで鳥の皮膚から生えるものはすべて羽毛が変形したものというわけでもなさそう。
ツメバケイが重いそのうを枝に乗せる部位は sternal callus と呼ばれる肥厚構造になっているそう。
嘴を覆う rhamphotheca も皮膚が特殊化して厚くなったもので、真皮 (dermis) も存在して触覚の知覚センサーがある。触覚センサーの数や分布は最食様式や種類によって大きく異なっている (よく知られているようにカモ類やシギ類、オウム類で触覚が発達している)。ツカツクリ類では温度センサーとしても知られている。
鼻孔部の nare やその一部であるろう膜 cere も rhamphotheca の一種。オウム類の舌先端のケラチン化した lingual nail も組織的には rhamphotheca に似ているが構造は β ケラチンがフィラメント状に並んで scutellate scales (趾表面の "うろこ") に似ている。
蹴爪 (spur) についても簡単な言及がある。またレンカクなどの wing spur は蹴爪同様に骨から出た突起 (ツメバケイなどの wing claw とは別物)。
Widelitz et al. (2007) Mammary glands and feathers: Comparing two skin appendages which help define novel classes during vertebrate evolution
一見意味がないように見えるが羽毛と乳腺の類似性の比較。最近の遺伝子発現などの証拠は含まれていないので想像による図になっているが皮膚付属物を進化させることで鳥類・哺乳類の2大系統に繁栄をもたらした。根底にあるメカニズムは似ている。
尾脂腺のまだ発達していないひよこを使って羽毛 (ダウン) の脂肪成分を調べてみると尾脂腺とは成分が異なっていた: Zeisler-Diehl et al. (2020) Detection of endogenous lipids in chicken feathers distinct from preen gland constituents。
尾脂腺の成分とは決定的に異なっている。未発表だが他の種でも見られるとのことで鳥類全般で成り立つのではとのこと。各種羽毛にも存在する証拠があり、濃度は低いが役割を果たしていると考えられる。
組成からは疎水機能があることはほぼ自明で、ウなどではどうなっているか調べるのは興味があるとのこと。
羽毛は死んだ組織なので血流で除かれることなく長期間安定に存在できる。
(これまでは尾脂腺の分泌物の組成などを中心に研究されてきたが) 羽毛の脂分は尾脂腺のみに由来すると考えてはいけないよう。
この論文では疎水機能を中心に議論しているがおそらく他にも機能があるのだろう。
また粉綿羽も調べているわけではないのでこちらも調べると興味深い結果になるかも。
こちらは少し違う系統だが鳥 (調べられたのはスズメ目。ヨーロッパの研究なので日本と共通または近縁種も多い) の羽毛の細菌叢が羽毛を劣化させる細菌に対する抗菌物質を作っている:
Javurkova et al. (2019) Unveiled feather microcosm: feather microbiota of passerine birds is closely associated with host species identity and bacteriocin-producing bacteria
宿主の系統とともに共進化がみられる。Streptococcus と Lactobacillus の割合が高かった。Streptococcus (レンサ球菌) はヒトも含めて多くの脊椎動物の皮膚に普遍的に存在するが、Lactobacillus (ラクトバチルス属。乳酸菌群の一つ) が皮膚の細菌叢を形成しているのはこれまでヒトと霊長類のみでしか知られていなかったとのこと。
鳥の皮膚/羽毛の細菌叢の研究は始まったばかりとのこと。
こちらは鳥類ではないが皮膚常在菌が皮膚独自の免疫応答に関与している証拠を示す研究: Bousvaine et al. (2024) Discovery and engineering of the antibody response to a prominent skin commensal
ここで話題になっている Staphylococcus epidermidis は鳥類皮膚にも常在菌として知られているのであるいは同じような機構が働いているかも。
Gribonika et al. (2024) Skin autonomous antibody production regulates host-microbiota interactions こちらも同じく皮膚常在菌と皮膚独自の免疫応答の研究。The skin's 'surprise' power: it has its very own immune system より (Nature news 2024.12.13)。
Zhang et al. (2024) Developmentally Incomplete Barb Rami Increased the Morphological Diversity of Early Feathers (preprint)
微細構造が未発達だった初期の羽毛について。3つの階層構造 (羽軸、羽枝、小羽枝) からなる羽毛はジュラ紀までに現れていたが、現代の鳥のような強度を持った構造はその後の白亜紀後期でもまだ完全に発達していなかったと考えられるとのこと。
ビルマの琥珀に保存された羽のサンプルを解析。現代の鳥に比べて構造がかなり未発達で微細形態的にはモデル計算から高速気流に対して安定な形状ではなく、現代の鳥ではこの形態は採用されていない。
さらに現代の鳥での知見をもとに羽毛発達に関連する遺伝子が進化段階を追ってどのように働いていたかを推定。
1.5 億年前から羽はほとんど変化していないとの従来の考え方に修正を迫るものとなった。
(別項目を立てるか移動する可能性もあり) Shh に関係して羊膜類の頭蓋骨や顔の形成の進化について。Marchini et al. (2025) Sonic hedgehog and fibroblast growth factor 8 regulate the evolution of amniote facial proportions
爬虫類と鳥類の頭骨の類似性など気にされている方はこのような論文を見ておくのがよいのだろう。哺乳類と鳥類の顔の形成に関わる遺伝子制御は似ているが、トカゲには鳥類の frontonasal ectodermal zone (FEZ。顔を形成する) に相当するものが認められず、羊膜類の祖先形質に近いと考えられる。
昔から言われてきた通り現代の哺乳類と現代の鳥類は祖先形質から派生した (derived) 顔の骨格を形成するプログラムがあり、これは全羊膜類に共通した性質ではない。皮膚の類似性のみならず哺乳類と鳥類で共通に進化した性質がきっとあるのでしょうね。
頭骨や顔の進化を考える上では特殊化したヘビ類やカメ類などの研究が望まれるとのこと。顔は羊膜類で複数回独立に進化した?
四肢動物の皮膚付属物についての最新のレビュー論文: Holthaus et al. (2025) Skin Appendage Proteins of Tetrapods: Building Blocks of Claws, Feathers, Hair and Other Cornified Epithelial Structures。
この論文でも爬虫類と鳥類のうろこは縁が遠い立場に立っている。四肢動物のそれぞれの構造を作っている分子の種類や発生段階での発現など。
メキシコサンショウウオ (アホロートル) Ambystoma mexicanum を用いて上皮のコラーゲンは keratinocytes が作っていることが示された: Ohashi et al. (2025) Keratinocyte-driven dermal collagen formation in the axolotl skin。
従来考えられていたように間葉 (中胚葉) 由来の fibroblasts (線維芽細胞) ではなかった (この名称の由来も線維を作ると考えられていたため)。成熟した哺乳類の生きた皮膚は不透明なため研究が難しかったが透明度の高いアホロートルを用いることで可能となった。遺伝子発現はニワトリやマウスでも確認され四肢動物に共通の機構と考えられる。
研究は皮膚のコラーゲン生成など医学や美容への応用を考えているが、keratinocytes が鳥類でさまざまなものを作っており、我々にとっても面白い結果と思う。
[ライチョウの換羽]
年1回換羽を行う鳥が多いが、極北の鳥類・哺乳類では年2回 molt を行う (以下アメリカ綴りで表記する。英語では哺乳類でも同じ用語を使うらしい。日本語では換毛の用語があるが、鳥類・哺乳類に共通した用語はない?)。
総説論文: Beltran et al. (2018) Convergence of biannual moulting strategies across birds and mammals
fig. 1 に環境要求に応じた molt の進化がまとめられている。鳥類を例にとると、
(1) 季節による環境条件が変化しない場合: 連続した molt が可能 (ネズミドリ類で知られている)
(2) 羽毛損傷に季節性がない場合: 年1回の換羽
(3) 羽毛損傷に季節性があり、断熱性の必要性に季節変動がない場合:
(3a) 色彩による配偶者選択の要求がない場合: 年1回の換羽
(3b) 色彩による配偶者選択の要求がある場合: 不完全な年2回の換羽
(4) 羽毛損傷に季節性があり、断熱性の必要性に季節変動がある場合:
(4a) カモフラージュ必要性に季節変動がない場合: 不完全な年2回の換羽
(4b) カモフラージュ必要性に季節変動がある場合: 完全な年2回の換羽
のようになる。ライチョウは (4b) にあたる。table 1 に molt 様式がまとめられていて、continuous shedding (上記 1)、annual molt (年1回の換羽): 変形として catastrophic molt (ペンギン類)、simultaneous molt (ガン・カモの一部など)、
complete biannual molting (完全な年2回の換羽)、
incomplete biannual molting (不完全な年2回の換羽)、
split molt (中断のある場合。哺乳類では知られていないとのこと)。
対応種や引用文献などは見ていただきたい。極地の特に哺乳類を中心とする論文なので我々が普通に出会う中緯度帯の鳥の換羽についてはそれほど詳しくない。
極地では molt に適した期間が短く、捕食危険性や断熱効果を損なうことに伴うエネルギーコストの増加のため熱帯の動物に比べて短時間に molt を行う。molt のコストが高いのでこのような制約が少ない熱帯のような場合はゆっくり molt を行う。このような環境要因から鳥類・哺乳類で molt の戦略に収斂進化が起きていると考えているとのこと。
他に考えるべき要因として、メラニンを含有した羽はケラチン層も厚く摩耗に強い。日光の吸収も強く病原体の増殖に適した温度以上を保ちやすい。結果的に低緯度の色の濃い Gloger (グロージャー) の法則となる。
極地の夏は紫外線が強く、冬は低温でいずれも損傷が進みやすい。そのため環境要因のみで年2回の molt が起き得る理由になる。
白色の羽毛は開けた環境で繁殖する種では日光を吸収しにくいため有利に働く。一方で高速飛行時の対流冷却を起こしにくく、熱負荷の大きい条件では体温を逃がすのに不利に働く可能性がある。
日本のライチョウは体羽は年3回の換羽を行うとのこと (初列風切は1回)。ライチョウ (Bird Research News 2012)。この記事での出典は 西野優子・中村浩志 2011。年3回換羽するライチョウの換羽時期と様式。鳥学会 2011 年度大会要旨集。
Pyle (2007) Revision of Molt and Plumage Terminology in Ptarmigan (Phasianidae: Lagopus spp.) Based on Evolutionary Consideration
によれば Lagopus 属は年3回の換羽を行うと考えられてきた:
"spring molt" (2-6 月の display plumage への換羽)、"summer molt" (7-9 月の隠蔽色への換羽)、"fall molt" (9-11 月の白い羽衣への換羽)。
3回目の換羽について十分記載されてこなかったこと、Humphrey-Parkes の用語 (#カタグロトビの備考 [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] で紹介) と整合性がよくないのでここで記述とともに用語を整理したとのこと。
この論文では Humphrey-Parkes システムを修正して Lagopus 属に対応する prealternate molt, presupplemental molt, prebasic molt の名称を提案。prebasic molt の名称は他の分類群と共通。
性により前2者の順序が異なり、種によって一部のみのものもある。
オスのライチョウが年4回換羽するとの過去の報告 (Johnsen 1929) は確かめられなかった。
複数回の換羽でもたらされる色彩変化による適応的意義については以前から指摘されている通りであろう。
マガモではオス・メスが別の時期に prealternate molt を行うとのことで多少対応性がある。
コオリガモも年3回換羽するとのこと (wikipedia ロシア語版 "羽衣" より)。
Payne et al. (2015) Patterns of Molt in Long-Tailed Ducks (Clangula hyemalis) during Autumn and Winter in the Great Lakes Region, Canada
では秋の換羽を中断するとの解釈のよう。
[換羽・換毛の共通機構]
Wu et al. (2025) Cyclic Renewal in Three Ectodermal Appendage Follicles:Hairs Feathers and Teeth (レビュー) 毛嚢 (hair follicle)、羽嚢 (feather follicle)、歯小嚢 (dental follicle) は収斂進化した周期的な更新 (cyclic renewal) を持った皮膚付属物。表皮と間葉の相互作用で作られる。
刺激に対する換羽・換毛も鳥類・哺乳類で類似していることが知られている。
サメの歯や魚のうろこの再生機構は異なるとのこと。脊椎動物でうろこは何度も独立に進化したが follicle を持たず皮膚の恒常性維持と同じ機構で維持される。羽嚢や毛嚢は外界に適応するため反復更新可能で一段進化した構造と言えるとのこと。周期的な更新のためのモジュールを確立させたとも言えるだろう。ここでも鳥類・哺乳類の共通性と一段と進んだ機能を見ることができる。
うろこは連続して成長することができるが周期的な更新機能は持たないとのこと。換羽と脱皮は現象的に似ていても機構は異なっているよう。換羽の理解を深めようと思えば molt で現象論的情報を検索するよりも follicle の生理機構を学ぶべきなのだろう。遺伝子発現の機構などはおそらく再生医学的に興味が持たれているのではないかと想像する。
関連論文をいくつか紹介: Lin et al. (2013) Feather regeneration as a model for organogenesis 幹細胞からの羽毛再生が臓器形成のモデルになる。羽毛の形態形成など。
Wu et al. (2021) Cyclic growth of dermal papilla and regeneration of follicular mesenchymal components during feather cycling。周期的な更新のメカニズムは鳥類・哺乳類で少し違いがあり、独立に進化したものであることがわかる。幹細胞が活性化されることによって更新サイクルがどのように始まるかなど換羽の理解に役立ちそう。
Widelitz et al. (2019) Morpho-regulation in diverse chicken feather formation: Integrating branching modules and sex hormone-dependent morpho-regulatory modules
羽毛の更新は外界の環境変化への適応と考えられるが3段階が想定できる。ここではホルモンによる羽毛形成の制御、雌雄差を生み出す機構など。
Chuong et al. (2013) Module Based Complexity Formation: Periodic Patterning in Feathers and Hairs のように外界の環境変化に対し、例えば隠蔽や性・社会選択の必要性に応じて衣装を変える機構として、生涯の決まった時期や一定の季節にまとまって起きる換羽が進化した可能性も面白い。
Oh et al. (2015) Regenerative metamorphosis in hairs and feathers: follicle as a programmable biological printer
換羽・換毛によって "変態" を実現することができる。マウスではあまり変化がないために毛の形成プログラムはハードウェア的に決まっているかのように捉えられがちだったが、哺乳類でも明らかな "変態" が見られるものもある。同じ follicle が異なる構造や色彩を生み出すので、ソフトウエア的な部分があると考えられる (プログラムを "reload" する表現になっている)。つまり微細構造や着色は 3D プリンターに似た原理を考えることができるとのこと。
哺乳類の毛の出現は約2億年前と見積もられている。鳥類の方はホットな議論の最中で哺乳類の毛と同じような時期に進化したと一般に考えられている。
ただし羽毛形成は単系統的に起きたことを仮定していると注釈付き。羽毛のような複雑な構造が複数回進化することはあり得ないと常識的に考えそうだが、哺乳類で早い時期に独立に進化したぐらいなので自己組織化のプログラムが多系統で進化した可能性はまだ排除できないのだろう。鳥類以外に現生系統がないため遺伝子レベルで起源が同じか調べるのが難しい。
この点については Xu and Barrett (2025) The origin and early evolution of feathers: implications, uncertainties and future prospects の議論も参照。all modern feathers grow from a follicle, which is considered a key criterion for identifying modern feather とのことで、現代の羽毛は follicle から形成されることが重要な判断基準となっている。
化石に見られるフィラメント状の付属物が follicle から形成されるか明らかでない。
爬虫類のうろこに分岐構造を示すものが知られていない点を考慮すれば ornithischians, pterosaurs の構造は羽毛と呼べるかも知れないが、あくまで相似性を見ていることに注意すべき。一般に使われる系統樹を想定した上で構造物の進化が考察されているが系統樹の妥当性もさらに確認が必要である。
例えばシチメンチョウの "ひげ" は上皮が成長してでき、羽毛を作るものと同じ corneous beta protein (β ケラチン) から作られて羽毛に似た分岐構造を持つが、follicle から形成されないので真の羽毛とはみなされていない。古生物 (ornithischians, pterosaurs) でも同様に follicle から形成されるのであれば明らかに羽毛と呼べるが、そうでない場合は follicle は派生した (進化した) 形質と認識しつつ "現代の羽毛" の定義を見直す必要もあるかも知れない。
羽毛と呼べるものがいつ生まれたかの見解も分かれている。Avemetarsalia の中核となるグループの化石の保存状態がよくなく軟部組織の情報があまり残っていない。原始的なものも含めて羽毛らしきものを持つ系統を包含する系統を考えると起源が非常に古いものになってしまう (pterosaurs が特に問題で、これを包含すると Avemetatarsalia またはそれ以前とならざるを得ない) が本当か?
Avemetatarsalia の出現は 2.45 億年前との見積もりがあるが、羽毛の出現はもっと遅く複数の系統で独立に獲得されたと考える研究者もある。
Avialae 系統に含まれる Anchiornis の羽毛が主に α ケラチンではないかとの未検証結果があり (それならば鳥には含まれないのか?)、もっともそれほど古いサンプルの元来の分子組成が保存されているか疑問である、など書かれている。
Oh et al. (2015) のレビューの方に戻ると哺乳類の毛と鳥類の羽毛の分子機構の共通性は高く "Agouti domain" (Agouti アグーチ 齧歯目アグーチ科に由来。元来毛皮の色違いをもたらす遺伝部位として命名された) が色彩のパターン形成 (クジャクの目玉模様など) に関わっている。
色彩多形の研究でよく調べられる MC1R も同様に色彩発現に関わっている。いずれも哺乳類の体色調節に現れる遺伝子だが、脳の構造が異なるのと同様に哺乳類と鳥類で体色調節に同じ遺伝子が働いていることは必ずしも自明なことではない。
クジャクの目玉模様が作られるのは奇跡のように思えるが 3D プリンターを知ってしまうと原理が理解できる次第。
構造形成・着色には方向性があるので、例えば縞模様のような羽毛パターンは作りやすいなど特性が現れるのだろう。タカの尾羽の縞模様など間近に見ると確かに 3D プリンターで着色したのではないかと思えてしまう規則性がある感じがする。
仕組みは違うが、カオス写像でマンデルブロ集合を描かれた、あるいは関数の可視化ソフトでわずかなパラメータの違いで新規な模様が現れることに驚かれた方もあるのではないだろうか。follicle の発生過程でもわずかなパラメータの違いでたまたま目玉模様に似たものが生じるとそれを強化する方向に選択が働いて精緻な構造が作られるようになったのではないだろうか。
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ウズラ
- 学名:Coturnix japonica (コートゥルニークス ヤポニカ) 日本のウズラ
- 属名:coturnix (f) ウズラ
- 種小名:japonica (adj) 日本の (japonicus -icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Japanese Quail
- 備考:
coturnix は o, i が長母音で -tur- がアクセント音節 (コートゥルニークス)。
japonica は短母音のみ (ヤポニカ)。ほとんど学名のみに使われる。伸ばす発音もあり、アクセント部分を伸ばしてもよい。
単形種。
かつては (現在の和名で) ヨーロッパウズラ Coturnix coturnix 英名 Common Quail の亜種 (Coturnix coturnix japonica) とされた。
quail の語源は後世ラテン語の quaccola (ウズラ) に由来。OED によれば 1381 年にすでに現在の形の用例があり大変歴史が古い。こちらでは直接の語源を Anglo-Norman の quaile, quaille や中世フランス語の caille としている。
ロシア語は perepel で古ロシア語 pippalnis で鳥を意味する。ラテン語 papilio チョウ に由来とのこと (Kolyada et al. 2016)。日本のウズラは別名 nemoj perepel で、無言のウズラの意味だが現実とは合わないと解説がある。perepel から派生するロシア名に#ハイタカ perepelyatnik がある。
Coturnix 属は Tetrao Coturnix Linnaeus, 1758 (原記載) の種小名を属名に昇格したもので Bonnaterre (1791) が設けた。
Coturnix communis Bonnaterre, 1791 (参考) の名称があった。
さらに Coturnix vulgaris の学名があり、Blyth 1835 や Bouteille 1843 が用いていた。
これは種小名から属名に昇格する場合にタイプ種に相当するものを指す当時の用法と想像できる (#ノスリの備考参照)。
種小名から属名に昇格する場合に種小名を変える必要がないとなって現在の学名になったものだろう。
Coturnix vulgaris japonica Temminck & Schlegel, 1849 (原記載) は後者の学名を用いていた。ヨーロッパウズラの日本版の位置づけ。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代には Coturnix communis の学名が使われており、日本の亜種 (現在は種) は Coturnix communis japonica の表記で和名アカノドウズラの名前がある。
Coturnix communis orientalis Bogdanov, 1884 (参考) とシベリアでの命名もあった。日本のものと同種かは知らないが、Temminck & Schlegel (1849) の命名の方が早かったので japonica が学名に残ることになった模様。
ウズラとヨーロッパウズラの現代的な種分化の研究は Dey et al. (2024) Mitogenomic Insights into the Evolution, Divergence Time, and Ancestral Ranges of Coturnix Quails。
分岐年代は 225 (118-357) 万年前と推定。チベット高原が障壁となって分散過程で分化したものと考えられるが系統的には近く野外で交雑帯の研究も望まれるとのこと。
大西洋の島のヨーロッパウズラにおける大型染色体の大きな領域の逆位と(亜)種分化機構の関係: Sanchez-Donoso et al. (2022) Massive genome inversion drives coexistence of divergent morphs in common quails こちらは1番染色体で、逆位を起こした個体群はより暗色でヨーロッパウズラで普通にみられる長距離の渡りを行わない。(亜)種分化以前に起きたと考えられる。
Ravagni et al. (2025) Large Inversions Shape Diversification and Genome Evolution in Common Quails こちらは2番染色体。1番染色体の逆位は表現型変化をもたらしたが2番染色体ではもたらさなかった。両者を合わせてヨーロッパウズラではゲノム全体の 15.6% が逆位を起こしたとのこと。
特に1番染色体の逆位は地域の条件への適応など、(亜)種分化機構に関わっていると考えられるとのこと。
ウズラの鳴き声 (さえずり) はアジャパーと聞きなしされることがあるが、(ヨーロッパウズラであるが) クラシック音楽にも出てくる。楽譜の読める方であればメシアンの メシアン 最大にして最高峰のピアノ独奏曲〜「ニワムシクイ」 のウズラのところを見ていただくと面白いと思う。手元に演奏可能な楽器をお持ちであれば特有のリズムをすぐ覚えられるだろう。
3月ごろに動物園の飼育個体がよく鳴いているのを聞いたことがあるが、少し離れたところで飼育員の方に「あれがウズラの声」と話してもさっぱりわからないとのこと。仕事で毎日のように聞かれているはずだが意識しないと印象に残りにくい声なのかも知れない。
独断と偏見の識別講座 第62回 Japanese Quail <ウズラ> (2018) に波多野邦彦氏の音声に関する記述がある。
参考までに Dement'ev and Gladkov (1952) が何と記述しているか調べてみると、ヨーロッパウズラであるが pod'polot', fit'pil'-vit' となっている。やはりどんな音かわかりそうもないが、メスが tyuryuryu または bribit と応じると記載されている。オスがこの声を出す行為を指す動詞が bit' だそうで訳語には「(時計などが) 打つ」のようなものがある。
「水鶏 (くいな = ヒクイナ) のたたき」という日本語があるが、「打つ」意味の動詞が独立に使われているのだろう。
[キジ目と鳥インフルエンザ]
ニワトリは鳥インフルエンザウイルスへの感受性が特に高いことが知られており、巷では単一品種を人為的に選抜したもののためなどの説も出ているが、キジ目共通に生じた免疫応答機能の欠如が原因である可能性が指摘されている。#インドガン備考の [野鳥と鳥インフルエンザ (9) インドガン] 以下の "最新状況" コーナーに紹介した。
この起源は非常に古くキジ目内で 4500-6500 万年前に起きたと推定されている。キジ目の進化と病原体対応にかかわる選択圧にも関係するものと考えられ、生態的にも興味深いのでキジ目内での遺伝子進化や鳥類他系統との類似性などここで紹介された文献で見ていただきたい。
[ウズラ精液の泡抹様物質]
学術用語では proctodeal foam, 分泌腺が proctodeal gland と呼ばれ、ウズラに特有で受精能力を高めると考えられている。
Mason et al. (2025) Proteomic characterisation of Japanese quail's unique seminal foam (preprint) タンパク質成分を調べた研究。対応するニワトリの遺伝子と比較して精子の運動、成熟、DNA 保護に関わる役割を持つタンパク質が見つかった。ニワトリに対応する遺伝子のないウズラ特有のものもいくつか見つかった。免疫反応や炎症の調節に関わるタンパク質も見つかり、精子を抗原から保護したりメスの免疫応答を抑制する効果があると考えられるとのこと。
[鳥類に性的興奮はあるか]
外見で性的興奮状態が判別しやすい哺乳類とは異なり、鳥類が性的興奮を感じているかどうかの客観的判断は難しい。Ball and Balthazart (2011) Sexual arousal, is it for mammals only?
がウズラを用いた研究のレビュー論文を書いている。交尾が期待できる状況 (性的興奮とは言い切れないが) でウズラは食欲を示す行動をとる。この時の脳の活動部位 (当時は放射性標識)、遺伝子発現、ドーパミン放出の関連性から哺乳類同様に性的興奮を感じているのではないかと推定。
オスにメスを見せると medial preoptic areas (視床下部に位置するが発生起源は大脳。哺乳類でも対応部位が食欲、攻撃、不安、生殖に関係する) でドーパミンが増えたとの実験がある。同じ条件で交尾を行わなかった個体もあり、ドーパミンが増えなかったとの結果がある。
fMRI などで脳の活動部位を調べる研究が望まれるとのこと (MRI 装置の中で交尾を期待するか??)。
Sachs (2007) A contextual definition of male sexual arousal 哺乳類でも勃起を伴わなくても性的興奮を感じている可能性もある。また REM 睡眠のように性的興奮がなくても勃起が起きるので実は定義が難しい。
Wysocki and Dudzinska-Nowak (2025) False Mating of Blackbirds (Turdus merula) and Fieldfares (Turdus pilaris)
ニシクロウタドリとノハラツグミの擬交尾 (false copulation) の研究。相手は巣立ち雛だったとかコケを相手にするとのこと。
鳥の交尾が技術が必要なのでトレーニングに役立って適応的などの解釈もあるらしい。
この著者は Brindle et al. (2023) The evolution of masturbation is associated with postcopulatory selection and pathogen avoidance in primates
の自慰の研究も引用している。この研究は霊長類が対象だが系統進化があるらしい。自慰は一見適応的に見えないが行動の進化を促す2つの主要仮説があるそうで、Postcopulatory Selection Hypothesis (Sexual Arousal Hypothesis + Sperm Quality Hypothesis)。自慰行動が劣位の個体が素早く交尾するのに役立つ例がイグアナで知られているとのこと + 精子の質を高める)
と Pathogen Avoidance Hypothesis (病原体を排出する) で、この研究ではいずれも可能性があり、適応的に系統進化する性質と考えている。霊長類やイグアナで知られているならば鳥で見られても不思議でない? (論文の趣旨とはちょっと違うかも知れないが関連して紹介。詳しくはそれぞれの論文を直接参照いただきたい)。
[鳥類胚の形成に働く力]
Caldarelli et al. (2024) Self-organized tissue mechanics underlie embryonic regulation
によるウズラ胚の発生初期の研究で、近距離力である物理的な力 (actomyosin による収縮) が自己組織化的に働いて遠距離の構造形成に関わっている。体の軸の前後はこのように作られる。
[その他]
外来種でここでは項目として取り上げていないが、コリンウズラ Colinus virginianus Northern Bobwhite (北米が原産) の属学名の由来はウズラ類を指すアステカの言葉 Zolin に由来。
Hernandez (1651) が Colinicuiltic を用いたが de Buffon 1770-1783 がフランス名 "Colin" と短縮したとのこと。Colinus の属名は Goldfuss (1820) が用いたとのこと (The Key to Scientific Names)。
和名も英名とはまったく関係なくこの名称に由来するが、漢字では「古林」と書かれる。漢字での名称を見ると由緒あるように思えてしまうが当て字のよう。
[ウズラの漢字の意味]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 95 VII (藤堂) によれば中国では今では晏 (あん) の文字を添えて2文字で表し、anchun と発音するが晏は低く下がる意味を添えたもの (低い、落ち着く)。
鶉の文字の "じゅん" の部分はこぶくれでずっしりしている意味とのこと。
かつてはキジ目のことを鶉鶏目と呼んでいた。
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ヤマドリ
- 学名:Syrmaticus soemmerringii (シュルマティクス ソエムメルリンギイ) ゼメリンクの喪裾のついた衣服を着た鳥
- 属名:syrmaticus (adj) 裳裾のついた衣服を着た (syrma -atis (n) 裳裾のついた衣服 < 引きずる -icus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:soemmerringii (属) ゼメリンクの (ラテン語化 -ius を属格化) ドイツの解剖学者、科学者 Samuel Thomas von Soemmerring
- 英名:Copper Pheasant
- 備考:
syrmaticus は短母音のみで -ma- がアクセント音節 (シュルマティクス)。
soemmerringii はラテン語読みならば -rin- がアクセント音節と考えられる (ソエムメルリンギイ) 語末は i が2つ並ぶ発音になる。
原音はアクセントが冒頭だが、ラテン語読みならばここにはアクセントはあり得ないと割り切った方が単純。
旧属名に使われる phasianus は#キジ参照。
かつてはキジと同属で Phasianus soemmerringii Temminck, 1830 が記載時学名。
Syrmaticus 属の記載は Wagler (1832) による。これによると対応するドイツ語は Schleppe (引き裾)。
Schleppe によれば syrma との直接の語源的関係はなさそう。
Erlkoenig によればドイツ語で古く syrma の用例はあり、長い尾との関連があり、schleppe とも説明されている。ラテン語同義に peniculamentum がある。
この syrma はラテン語から取り込んだもののよう。OED によれば英語でも 1753 年に syrma の用例がありラテン語由来とのこと。Wagler (1832) の時代には言語を問わずそれなりに知られた用語だったのかも知れない。ここでは由来となっているラテン語を採用しておく。
syrma は裾をひきずる長い衣装でギリシャやローマ時代に悲劇の役者が着たものを指す (wiktionary)。古ギリシャ語 surma (引きずっているもの) に由来。
Soemmerring は多才な科学者だったようで wikipedia 英語版によれば外科医、解剖学者、人類学者、古生物学者 (化石の記載も行っている) となっている。ヒトの目の黄斑の発見者。23 歳で脳神経の記述を行い学位の一部となった。この研究は現在でも正しいと認められている。
Soemmerring の綴りはドイツ語でも -oe- と o のウムラウト表記の両方がある。
日本名ではゼンメリング、ゾンメリング、ゼマリングなどとも表記されるが、Sommer は英語 summer に相当するもので -mm- は2音に分けて発音しない方が適切だろう。プロイセン出身で出生地は Thorn (Torun) トルン (トルニ) とありポーランド中北部。
ニシコクマルガラスの亜種名にも soemmerringii がある。The Key to Scientific Names によれば鳥の学名に現れるのはヤマドリとこの亜種のみとのこと。
wikipedia ドイツ語版には Soemmerring の学名を持つガゼルなどいくつかの生物学名が紹介されているが、日本固有種のヤマドリに気づく人は少ないようで英語版ともに記述がない。
ヤマドリの別名にアカシトドがあったとのこと (コンサイス鳥名事典)。"シトド" はホオジロ類だけを指すものではなかったよう。
[Syrmaticus 属の系統分類]
Syrmaticus 属は尾の長いキジ類5種からなる。例えば台湾のミカドキジ Syrmaticus mikado 英名 Mikado Pheasant が有名。
Zhan et al. (2005)
Molecular Phylogeny of Avian Genus Syrmaticus Based on the Mitochondrial Cytochrome b Gene and Control Region。wikipedia 英語版の情報は少し古く、以下の研究がその後出ている。
Lee et al. (2018) Whole-genome de novo sequencing reveals unique genes that contributed to the adaptive evolution of the Mikado pheasant
ミカドキジの全ゲノム解析が行われ、台湾には約 347 (278-471) 万年前に北から定着したと考えられる。
この論文の fig. 4 に全5種の分子系統樹がある。ヤマドリとの分岐はかなり古く 1059 (900-1448) 万年前と推定される。
この系統解析からは Syrmaticus 属は
オナガキジ、ヤマドリ、ミカドキジ、{カラヤマドリ + ビルマカラヤマドリ} の順になる。最後の2種はほとんど差がない。
オナガキジは中国内陸部に生息するので、この系統を起源としてまだ陸続きであった時代の日本、台湾、中国南部から東南アジア北部に分布し、陸続きでなくなった順に種分化が進んだと考えることができる。
台湾のミカドキジは暗色型で創始個体群が小さかったと考えられる (wikipedia 英語版)。
ミカドキジの現在の標準的な中国名は黒長尾雉 (帝雉も使われる)。
学名命名由来は 原記載。Ogilvie-Grant (1906) により狩猟者から受け取った尾の羽2枚のみを、既知のどの種とも異なることからタイプ標本として記載された。
東京の帝 (明治天皇) がつがいを飼育していると伝えられたが Rothschild は実際に見ることはできなかった。これらの鳥は青くて足が赤いと伝えられ、同じく台湾に生息するサンケイ Lophura swinhoii (現学名) Swinhoe's Pheasant ではないかと推測している。
ややこしいことに英名でほぼ同じような意味となる Imperial Pheasant Lophura imperialis が記載されて使われていた (和名テイオウキジ)。
こちらはベトナムの王朝阮朝 (Nguyen) の第 12 代の皇帝 Khai Dinh に基づくとのこと (The Key to Scientific Names)。
2003 年の研究で雑種と判明し、現在の分類には現れない。中国名では Imperial に "皇" の文字を用いており (wikipedia 英語版、中国語版)、"帝雉" は紛らわしいこともあってミカドキジの方の名称が変更されたのかも知れない。
ミカドキジの wikipedia ロシア語版にある記述は中国語でこれら2者がほぼ同じ意味となることを意味していると考えられる。出典は Beebe (1990) A monograph of the pheasants. Volume 3 とのこと。
mikado の学名は他にヒメミフウズラ Turnix sylvatica Small Buttonquail の亜種名に現れ、こちらは昭和天皇を指すとのこと (The Key to Scientific Names)。現在は通常亜種 davidi のシノニムとされる。
Reichenbach (1853) によりヤマドリに属名 Graphephasianus (graphe 絵画 Gk phasianos キジ Gk) も提唱されたことがあり (この場合単形属になる)、将来の研究で正しいとされる可能性はあるものの、一般的には支持されていない。
上記分子系統樹からは独立属とすることは可能で分岐年代的には他の事例と比較して微妙なところ。もし別属にする場合はオナガキジも一属一種になる。Syrmaticus 属の系統分類は以下のようになる。分岐が少し古いところに空行を入れてある。
ヤマドリ属 Syrmaticus
オナガキジ Syrmaticus reevesii Reeves's Pheasant
ヤマドリ Syrmaticus soemmerringii Copper Pheasant
ミカドキジ Syrmaticus mikado Mikado Pheasant
カラヤマドリ Syrmaticus ellioti Elliot's Pheasant
ビルマカラヤマドリ Syrmaticus humiae Mrs. Hume's Pheasant
Li et al. (2023) The draft genome of the Temminck's tragopan (Tragopan temminckii) with evolutionary implications
にもゲノム解析によるキジ類の属レベルの分子系統樹がある。この図を見ても分岐年代 1000 万年前を別属にするかちょうど微妙なところにあたることがわかる。
Phasianinae 亜科 Erectile clade の中では Syrmaticus 属と Phasianus 属は Phasianini 族に属する。この族には他に日本に分布しない属も含まれる。
[亜種]
ヤマドリには5亜種が認められている (IOC)。scintillans (輝く、明るい) 亜種ヤマドリ、subrufus (少し赤っぽい) ウスアカヤマドリ、intermedius (中間の) シコクヤマドリ、
soemmerringii (ドイツの解剖学者 Samuel Thomas von Soemmerring に由来) アカヤマドリ、ijimae (Isao Ijima 由来) コシジロヤマドリ、及び亜種不明が日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)にリストされている。
上記の種レベルの分子系統関係を見ても分散能力が非常に低そうなので島レベルで隔離されて比較的簡単に亜種が分化するのだろう。現行の亜種は分布範囲が明確でなく再検討が必要とされる。
亜種ヤマドリは最初に記載された亜種とは異なるので注意が必要。
亜種ヤマドリはキタヤマドリと呼ばれていた時期もあり、この時は亜種ヤマドリの名称はなかった。
記載順の記載時学名: 以下記載時学名、基産地は Avibase。その他の亜種記載もわかる範囲で含めた。
・Phasianus soemmerringii Temminck, 1830 o 基産地日本。アカヤマドリ
・Phasianus (Graphophasianus) scintillans Gould, 1866 o (原記載)。基産地日本 = 横浜。亜種ヤマドリ
・Phasianus ijimae Dresser, 1902 o (原記載) 基産地 Province of Hiuga, island of Kiusiu コシジロヤマドリ
・Phasianus soemmerringi subrufus Kuroda, 1919 o (原記載) 基産地 Oisan, Province of Suruga, Hondo, Japan ウスアカヤマドリ
・Phasianus soemmerringi intermedius Kuroda, 1919 o (原記載) 基産地 Yunoyamamura, Province of lyo, Shikoku, Japan シコクヤマドリ
・Graphophasianus sommerringi septentrionalis Momiyama, 1923 * (参考) 基産地 本土の北東、北西、中央部 = Kuroda (1932) により scintillans のシノニム
・Graphophasianus scintillans inabaensis Momiyama, 1928 * (参考 1, 2) 基産地 near Tottori, Prov. Inaba, Japan (鳥取近く) = Kuroda (1932) により intermedius のシノニム
学名の後に o のある亜種が IOC 14.2 に載っているもの。
* は Avibase に現れないもので近年の世界のリストに登場したことがない模様。
= 以降は通常のリストでシノニムとされる亜種。
川路 (2013) Birder 27(1): 34-35 にヤマドリと亜種の記述がある。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代にはヤマドリは3種となっていた (上記リストでコシジロヤマドリまで)。
[鳥の漢字の意味]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 66 VIII 鳥の文字の起源 (藤堂) によれば「鳥」を音読みでチョウと読むのは、長く垂れ下がるものを指して鳥、蔦、吊はいずれも同系由来とのこと。植物で長く垂れ下がるので蔦の文字となった。
島 (tan) と鳥 (ten) も同系語で鳥が羽を休める海中の山にみたてて 山 + 鳥 から島となったとのこと。
「鳥の漢字の意味」はヤマドリの項目に入れるのがふさわしそうなのでここに入れたが、「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」は漢語原意の長く垂れ下がるものを典拠とし、現実の山鳥にかけたのかも知れないと考えてみた。そのような深い文化的意味があったため高く評価されたのかも知れない。
「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) ではこの歌は作者不詳、8世紀後半と示されており、文献に現れる「山鳥」の用例の中でも非常に早い。
もともとはもっと抽象的な長く垂れ下がる尾を持つ山の鳥 (歌の文字数の決まりがあるのでこの結合になったのかも) を指して使われたものであったが、現実のヤマドリを指すものと判定されて現在に至っているものかも知れない。
-
キジ (分割された)
- 第8版学名:Phasianus versicolor (パスィアーヌス ウェルスィーコロル) さまざまな色をしたキジ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Phasianus colchicus (パスィアーヌス コルキクス) コルキス地方のキジ
- 第7版亜種学名:Phasianus colchicus versicolor (パスィアーヌス コルキクス ウェルスィーコロル) さまざまな色をしたコルキス地方のキジ (日本産最初の亜種。他亜種あり第8版亜種キジは別亜種)
- 属名:phasianus (m) キジ
- 第8版種小名:versicolor (さまざまな色をした)
- 第7版種小名:colchicus (adj) colchis 地方 (黒海東岸、ジョージア西部) の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 第7版亜種小名:versicolor (さまざまな色をした)
- 英名:Green Pheasant (or) Japanese Pheasant, IOC: Green Pheasant
- 備考:
phasianus は2つの a が長母音で2つめの a にアクセントがある (パースィアーヌス)。
起源となるギリシャ語では phasianos で冒頭が長音。Phasis 川の (鳥) の意味 Phasis の冒頭が長音 (wiktionary より)。ラテン語では帰属の接尾辞 -anus の冒頭が長音のためこの発音になっていると推定できる。
versicolor は短母音のみで -si- がアクセント音節 (ウェルスィーコロル)。伸ばす発音でもアクセント音節を伸ばす。ラテン語の color は英語とは違って短母音のみ。
colchicus は短母音のみで冒頭にアクセント (コルキクス)。
分割のため第7版学名は日本産最初の亜種まで記した。第7版時代は日本の亜種は versicolor にまとめられることもあり、亜種コウライキジ (旧名) colchicus とともに種キジを構成する形になっていた。
新しい種小名は versicolor (さまざまな色をした) となる。海外の主なチェックリストでは IOC version 1.5 以降、HBW/Birdlife 2014 年以降、Howard and Moore 2nd edition 以降、eBird 2022 年以降はこの名称が使われている。
Phasianus versicolor は日本固有種となり、大陸のコウライキジ (旧名) Phasianus colchicus は対馬で自然分布の可能性があるが (ただし対馬でもコウライキジの人為移入が行われた)、日本の他の地域では移入分布となる [Brazil (2009) "Birds of East Asia"]。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Phasianus colchicus は外来種扱いでタイリクキジと新称を与え、対馬は自然分布として認めていない。日本固有種のキジは Phasianus versicolor に改名している。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。
"タイリクキジ" の和名は以前よりあったものを利用して世界分布に整合させたものと想像できるが、同様にカラフトワシ、カラフトライチョウ、カラフトフクロウも分布を反映する名称の方がふさわしい感じがする。
タイリクキジはアメリカに移入されサウスダコタ州の州鳥となっている (コンサイス鳥名事典)。
South Dakota State Bird - Who Is The Ring-necked Pheasant (Patrick O'Donnell 2023, 2024) によれば 1943 年に投票で選ばれたとのこと。1908 年に移入されたものだが、しっかり親しまれており在来種でない州鳥を選ぶことに違和感はなかったとのこと。
日本で言えばカササギやシラコバトのようなものだろうか。
亜種も従来通り与えられているが、人工放鳥によって亜種の境界が非常にわかりにくくなっていると言われる。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版のパブリックコメント"分類学上疑問がある国内固有(亜)種について"の項目にも言及があり、鳥類目録の分類は、新たな研究が行われるまで現状維持されるという原則に基づくとのこと。
4亜種あり (IOC)。robustipes (robustus 強い pedis 足) 亜種キジ、tohkaidi (東海道が由来) トウカイキジ、tanensis (種子島が由来) シマキジ、versicolor キュウシュウキジ、及び亜種不明が日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)にリストされている。
かつては robustipes はキタキジと呼ばれた時期もあった。この時代には亜種キジの名称はなかった。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代にはキジとコウライキジ (旧名。新称 タイリクキジ) は別種扱いとなっていた。後者の分布は対馬とされていた。
キジ科 Phasianidae などの名称は黒海に注ぐ川の名前から (コンサイス鳥名事典)。The Key to Scientific Names によればキジ類が最初に見つかったのは黒海東岸、ジョージア西部コルキス地方の River Phasis / Rioni River (現 ジョージア) とのこと。ジョージア西部の主要河川。Phasis はこの川の古代ギリシャ語名。
Phasianus colchicus を見つけたのは Argonauts アルゴナウタイ。ギリシア神話においてコルキスの金羊毛を求めてアルゴー船で航海をした英雄たちの総称とのこと。金羊毛というのはギリシア神話に出てくる秘宝のひとつで、翼を持つ金色の羊の毛皮のこと。コルキスの王が所有し、眠らないドラゴンによって守られていたとのこと (wikipedia 日本語版より)。
コルキスはカフカース地方にあった古代グルジアの王国。コルキス人は、青銅器時代中期には既にカフカースに定住していたものと思われる。コルキス王国は、紀元前6世紀から紀元前1世紀にかけて存在した、最初のグルジア国家。川の名前は日本語ではファシス川となっている (wikipedia 日本語版より。地名はいずれもロシア読みのよう)。
語源が同地域に関連する種類に他に #ソリハシシギ (ただし黒海でなくカスピ海沿岸) がある。
例えば AB164626.1 から BLAST を行ってみるとキジとタイリクキジが遺伝的にどの程度異なるかわかる。別種レベルの分岐で妥当そうに見える。同じ BLAST 結果にヤマドリも含まれて大陸種とどの程度異なるかもわかる (こちらの方が違いが大きく、キジとタイリクキジはかなり近い)。
△ カモ目 ANSERIFORMES カモ科 ANATIDAE ▽
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リュウキュウガモ
- 学名:Dendrocygna javanica (デンドゥロキュグナ ヤウァニカ) ジャワの樹洞に巣をつくる白鳥
- 属名:dendrocygna (合) 樹洞に巣をつくる白鳥 (dendro 木 Gk、cygnus 白鳥)
- 種小名:javanica (adj) ジャワの (javanicus -icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Lesser Whistling Duck
- 備考:
dendrocygna は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみで長母音は現れないと考えられる。-cyg- がアクセント音節と考えられる (デンドゥロキュグナ)。
javanica は短母音のみで "ヤウァニカ"。-va- を伸ばす発音もあるようなので伸ばしても間違いでない。
Dendrocygna 属のタイプ種はオオリュウキュウガモ Dendrocygna arcuata Wandering Whistling Duck。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の配列では先頭で、「カモ」の名前は付いているが系統は離れていることがわかる。
大塚・立松 (2024) Birder 38(12): 38-39 に 2024 年 4-5 月の石垣島での目撃事例が報告されている。近年もそれらしい記録があったことが紹介されているが、確実な記録は約 60 年ぶりとのこと。
図鑑の識別点でもよく首と足が長いと書かれている。属名の由来に含まれる「白鳥」も首の長さを示したものであろう。文献 (#コブハクチョウの備考参照) によると Dendrocygna 属で頸椎の数は 17-18 個とあり、カモ (従来の広い意味の Anas 属で典型的には 16 個) とガン (Anser 属で 18-20 個) の中間にあたる。リュウキュウガモのデータもあり 17 個とのこと。
別名フエフキガモとも呼ばれる (英名に対応)。
Dendrocygna 属を含むカモ類の分子系統解析は Sun et al. (2017) Rapid and recent diversification patterns in Anseriformes birds: Inferred from molecular phylogeny and diversification analyses
も参照。系統的にはカモ類の中で最初に分岐した古いもので、学名から想像されるように典型的なカモ類とハクチョウ類の中間に位置するわけではない。ハクチョウ類は大きく分けるとガン類に含まれ、ハクチョウ類の長い首は採食のために頸椎数を増やして (二次的に) 進化したことがわかる。
きっと誰か調べてそうだが、#コブハクチョウ備考の [鳥類の頸椎] の Woolfenden (1961) Postcranial morphology of the waterfowl の数字を見ながらこの論文の系統樹 (fig. 2) を眺めると大変わかりやすい (コブハクチョウ備考の後に調べたため順序が逆転している。鳥類の頸椎全般についてはコブハクチョウを先にお読みいただくとよい)。
カモ類系統の頸椎数の祖先型はおそらく 16 個で、カモ類の多くも 16 個 (水面採食ガモ) や 17 個 (潜水ガモ。潜水して食物を探すのに多少便利なのだろう) である。オナガガモは例外的でハクチョウ類との一種の収斂進化と言えるかも。一見中間的に見えるツクシガモでも 16 個。
ハクチョウ類の含まれるクレードの古い系統でも Biziura, Nomonyx, Oxyura, Malacorhynchus はいずれも 16 個である
(1961 年当時は系統関係がよくわかっていなかこともわかる)。
これを見るとガン・ハクチョウ類も最初は首が長くなかったことがわかる。頸椎数は実は進化に伴って結構よく保存されている。
変化が見えるのは {ロウバシガン Cereopsis novaehollandiae Cape Barren Goose (オーストラリア) の 19-20 個 + カモハクチョウ Coscoroba coscoroba Coscoroba Swan (南米) の 21 個} (この2種がクレードを作る。これらの学名などで画像検索していただくとあまり馴染みない印象の鳥を見ることができる)
からで、この種を含むクレードから首の長いガン・ハクチョウ類が始まったと考えるとわかりやすい。この後ハクチョウ類とガン類の2つのクレードに分かれるが、ガン類で 18-20 個、ハクチョウ類で 22-25 個とハクチョウ類が特に水面下採食に特化したことがわかる。
ガン類はこの系統 (ロウバシガン以降) の祖先型に近く「もともと首が長かった」形質をそのまま引き継いでいるよう。もちろん他にも役に立つ面があるので (少なくともこの系統では) 首が短くなる方への進化は起きにくかったのだろう。
池内 (1997) Birder 11(1): 27-31 によればヒシクイ、特にオオヒシクイは水底の根を掘って採食する bottom feeder で、確かに適応が現れている感じする。
Anser 属を細かく見ておくと、ハイイロガン 18、マガンやカリガネ 19、ヒシクイ 20 個なので傾向が現れている (ハイイロガンがヨーロッパで馴染みなのでガン類代表とみなしがちだがそのように考えない方がよさそう)。琵琶湖ではコハクチョウと一緒にいて大概寝ているのでそこまで首が長い印象を受けなかったが。
池内氏の記事によればマガンの亜種オオマガン (gambelli) でも同様とのこと。
このグループでは非常に古く (5600 万年前程度) 分岐して外群に近い位置にあたるカササギガン Anseranas semipalmata Magpie Goose (オーストラリアからニューギニア) は 19-20 個で独自に進化したものらしい。
この系統には (分岐年代 4400 万年前程度と相当離れている) カモらしくないツノサケビドリ Anhima cornuta Horned Screamer と カンムリサケビドリ Chauna torquata Southern Screamer が含まれるがカモらしくないためか Woolfenden (1961) では調べられていない。別の出典ではサケビドリは 20 個とあった。
ここに出てくる種類やコクチョウなど、オーストラリアや南米で首の長い水鳥を進化させやすい理由があったのだろうか (たとえば放熱役割は期待できるかも知れない)。
そう思ってみるとツルでもオーストラリアの種類の方が首が長いように見える。参考写真 オーストラリアヅル: Brolga (James Berry 2024)。
新しい系統樹を用いて見ると面白い発見が隠れてそう。
[アカリュウキュウガモ]
週間アニマルライフ (1973) pp. 3944-3946 のリュウキュウガモの項目 (安部) に紹介があった。
この項目はおそらく原著で Whistling Duck ではないかと想像できるが、名前の由来と一般的習性以外あまり情報がなく紹介に苦労されたものと思われる。
アカリュウキュウガモ Dendrocygna bicolor Fulvous Whistling Duck の分布域が非常に広く、メキシコ、西インド諸島、南米、アフリカ、マダガスカル、インド亜大陸の一部 (バングラデシュなど) に隔離分布している。古い系統で古くは赤道帯に広く分布する連続分布だったものが途中が消滅して現在の分布になったものだろうと説明されていた。
気になって調べてみるとなんと2亜種しか認められていない。それほど古い系統ならば遺伝的にはかなり違うものになっているのではと想像するが、おそらく地理的な違いまでまだ調べられておらず分子遺伝学的に亜種に分けるべきなどの話も出てこないのだろう。
EU585646.1 (cyt b) から BLAST を行ってみると Dendrocygna 属内の種は一致率 90% 程度と別属に分けてもよいぐらい違いが大きい。リュウキュウガモ類の分類はおそらく今後検討されることになるだろう。日本では分布の限られた1種のみでしかも迷鳥なので実用上の問題はあまりないかも知れない。
アカリュウキュウガモの分布は現在では複数種に分割されることが多い広義アマサギに似ている感じがする。広義アマサギ同様の分布拡大を果たしたのかも知れない。
-
サカツラガン
- 第8版学名:Anser cygnoid (アンセル キュグノイド) 白鳥に似たガン
- 第7版学名:Anser cygnoides (アンセル キュグノイーデース) 白鳥に似たガン
- IOC 学名:Anser cygnoides(アンセル キュグノイーデース) 白鳥に似たガン
- 属名:anser (m) ガン
- 第8版種小名:cygnoid (adj) 白鳥に似た (cygnus 白鳥 -oides (接尾辞) 〜に似た を短縮)
- 第7版種小名:cygnoides (adj) 白鳥に似た (cygnus 白鳥 -oides (接尾辞) 〜に似た)
- 英名:Swan Goose
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
cygnoides の場合は発音は自明で -oides の i, e が長母音となるため "キュグノイーデース" と典型的なラテン語アクセントと発音になる。
cygnoid の場合はそのような規則がなく (-oid は英語では普通だがラテン語的語尾でない)、綴りから o を長母音となる積極的要素もないため、発音規則により冒頭にアクセントになる (キュグノイド または キュグノイード)。
英語風に "シグノイド" と読むと (アクセントは冒頭かも知れないが) i より o にアクセントを置く発音になるため原学名の読み方からはやや離れてしまう。
発音上も cygnoides の方が自然なものになる。やはり伝統的なこちらの方がよいのでは?
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire の英名は Chinese Goose (当時は国名がよく用いられていた)。Seebohm は日本で留鳥だろうと考えていた。
"Fauna Japonica" の 図版 Anser cygnoides ferus の学名が用いられていた。当時は亜種記述方法はまだ確立されておらず、この ferus は "野生の" の意味。本文 では学名に ferus が付いていない。
家禽品種に見られるこぶがないので野生のものと Pallas の記述した race に整合するとのこと。
OED によれば英名は Ray (1678) 年による Willughby, Ornithology のラテン語からの訳に登場するとのことで、Anser cygnoides Hispanicus seu Guineensis 由来で英名は当時のラテン名由来。
[学名の問題]
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Anser cygnoid となっているがこの学名を用いているのは Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) で HBW/BirdLife 2014 以降などはおそらくこれに由来
(#モリツバメの備考参照。モリツバメの場合には ICZN が Linnaeus の記載は短縮形と裁定したものだが、サカツラガンでは Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) では短縮形である文献の内部的な証拠は認められないと書いているのでモリツバメの裁定を意識して主張しているものかも知れない)。
IOC version 13.2, Clements などでは Anser cygnoides のまま。IOC 14.2 でも同じ学名が使われている。
"The Key to Scientific Names" によればオリジナルの学名は Anser cygnoides Linnaeus, 1758 であり、印刷時に -es が次の行に分割されないように "cygnoid." と印刷されたのが2種類の名称が生じている原因との説明がある。
Linnaeus 原典 (1758) Systema naturae per regna tria naturae: secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis, p. 122。
Linnaeus (1758) を命名の原典と考えると (学名の適格性の要件に 1758 年以降に公表されていることとある) には表記は ANAS の下、Cygnoid. 2. australis. と Cygnoid. β. orientalis. の2タイプが見出しの表記である。
見出しが Cygnoid. のように大文字で始まっているものと小文字のものがあるが、大文字のものは属名の意味というわけではなさそうである (追記: 名詞の種小名は大文字としていた時代があったことを後に知った)。
この見出しは1行のみで、次の行には小見出しが入るため "-es が次の行に分割されないように" (分割して2行に分けることができない) の説明は通用する気がする。他で短い語尾でも分割を行っている見出しは2行使える状況になっている。この種では説明が短く、小見出しがすぐ始まるため短縮せざるを得なかったと解釈できる感じがする。小見出しが入る種は少ない。
この種の歴史的経緯は A Brief History of the Swan Goose (Anser cygnoides) under Domestication in the West (Jonathan M. Thompson 2011) に詳しい。
かなり混乱があったようで 17 世紀に Anser cygnoides Hispanicus seu Guineensis とされていた図版は実はカナダガンであった。Comte Marsili (1726) が Anser Hispanicus seu Cygnoides としたものはリュウキュウガモの1種だったらしい。
Eleazar Albin (1731, 1734) が頭にこぶのあるガンに2種類あるとしており、Willughby (1676) と Albin の言う Anser cygnoides は同じ種類を指していることは確かとのこと。これらの記述の時期は 60 年離れているが記述はほぼ同じ。
Albin には図版があり、現代のサカツラガンそっくりのものを指して The Spanish Goose, or Swan Goose. Anser cygnoides のタイトルで表示している。
Albin は Moscovian Gander and Goose も紹介しており、これはアフリカのガンとの雑種とみられるが学名は与えていない。
Linnaeus (1758) の中に現れる Anser cygnoides. Alb. av. I. p. 89. t. 91 は Albin の Anser cygnoides を指すものであろう。
もう一つ Anser cygneus guineensis. Raj. av. 138. Will. orn. 275. が挙げられている。
いずれも Cygnoid. 2. australis. のタイトルの下に置いているが、
Linnaeus (1758) の言う2つめのタイプ orientalis に Anser chinensis, Anser moschoviticus が入っている。australis と orientalis の地理的な意味と現行の分類の対応などもあまり釈然としない感じも残る。
Linnaeus (1758) の記載した他のガン類の学名では先人の種小名をそのまま用いているものもあるので Cygnoid. への変更の理由はよくわからない。
Dement'ev and Gladkov (1952) では Cygnopsis cygnoid の学名を用い (属名は下記参照)、protonym を Anas cygnoid Linnaeus, 1758 としている。
シノニムとして Anas orientalis Gmelin, 1788 を挙げているが Linnaeus 以前の Anser cygnoides Albin などは触れられていない。
birdforum.net AOS to discard patronyms in English names
にも議論があり、2023.11.6 の投稿によれば、ICZN では言及されておらず Linnaeus の意図も実際は誰にもわからないが、モリツバメなどの ICZN 裁定を見れば ICZN の意図は明らかに見える
(どちらが広く使われているかも議論の対象になるだろう)。しかし Anser cygnoides が公式に改名の対象と認められているというわけではない。
モリツバメなどの例も見た上で、自身の印象では cygnoid とするのは "pedantic" な改名に思える。
Anatidae (birdforum.net) がさらにこの問題を検討しており (2024.7.19 から)、Linnaeus は Fauna Svecica (1761)、
Systema naturae の 1766 年版 Caroli a Linne... systema naturae per regna tria naturae, secundum classes, ordines, genera, species, cum characteribus, differentiis, synonymis, locis
では Cygnoides と表記しているとのこと。
Linnaeus は省略形として使っていたらしいが、同一文献内でない根拠をどのように判断するかなどまだ難しい問題が残ってそうである。
他の例で Psittacus haematod. Linnaeus 1771 を haematodus と裁定された例が紹介されている。
この問題は HBW/BirdLife が変更した時点から取り上げられていたようで、HBW-BirdLife Version 3.0 (November 2018) (2018.11.24) にもある。
GenBank Taxonomy では Anser cygnoides となっており、Anser cygnoid は寄生生物の宿主名として少数が残るのみとなっている (2025.4 現在)。少なくとも市民権は得ていないよう。
[Howard and Moore Checklistについて]
今後の他の分類群にも関係があるので Howard and Moore Checklist of the Birds of the World (H&M) の意図と将来について調べた結果を少し紹介しておく。
このリストは Clements 5th edition が出るまで全亜種を扱った唯一のリストだった。
現在の最新版は 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2)。
Current concerns (H&M 公式サイト。2024年1月時点のものに基づいているが、少なくとも 2022 年段階でほぼ同じ内容だったらしい) によれば、2014年に IOC 総会が東京で開催された時に世界のチェックリストの共通化も議題となった。
同じ議題が 2018 年のバンクーバーの IOC 総会で取り扱われたが H&M リストの母体である The Trust for Avian Systematics (TAS)
の代表は招待されなかった。H&M の副編集長の Les Christidis が代弁してくれると考えていたが利益相反の問題からそうならなかった。そのため TAS は 2014 年以降はこの問題に関わっていない。
世界のチェックリストの共通化をすべきか、可能かは現在も議論の対象である。
H&M は 2003 年から (それ以前は必ずしもそうでなかったが)「生物学的種概念」にできる限り忠実に従う方針で、多少緩めることはあっても 2013/14 段階でも同じ立場をとっていた。
H&M の編集者の哲学では異なる基準に基づくリストがあった方が (議論の余地があり) 科学の発展に役立つとの考えであった。しかし多くのバーダーはチェックリストの共通化を歓迎するだろうことは認める。
もちろん TAS はリストを知的財産として保護する義務もあるが現在ではオープンアクセスが当たり前になってきてウエブサイトで公開して維持するコストも問題となっている。
これらの理由から TAS は世界のチェックリストの共通化にはあまり関わらないと読める方針が述べられている。
15-20 年後に H&M が存続するかどうかはユーザーがどう評価するか、どれだけ需要があるか次第である。
Schweizer et al. (2023) The Howard & Moore Complete Checklist of the Birds of the
World: framework for species delimitation
に種の境界をどのように扱っているかと今後の見込みに関する解説がある。
The Howard & Moore Complete Checklist of the Birds of the World (5th Edition)
への言及もある。H&M 5th edition では十分な生殖隔離をもって種とする方向性が示されている
(ここまでが H&M/TAS の立場の説明)。
2022年9月段階のスレッドであるが
Howard and Moore downloadable spreadsheet (birdforum.net)
によると H&M 4.0, 4.1 はチェックリストをスプレッドシートのファイルで公開していたが約1年前 (2021) に取りやめたとのこと (上記知的財産の問題らしい)。
(2022 年段階の話で) 2016 年以降改訂されておらず新しい種が入らないのでもはや興味がないとのユーザーの意見がある (気になって見てみると確かにオガサワラカワラヒワが別種になっておらずコメントもない)。
定期的更新がなく電子版が無料でなければユーザーは減るだけだろう。最後の更新には非常に手間がかかっているはずで TAS も大規模更新を「二度とやりたくない」と感じていても不思議でない。
世界のチェックリストの共通化こそ保護関係者、鳥類学者、バーダーの視点から進むべき道であると考えるが、知的財産の保護を必要とするグループはなじまないのだろうとの見解が出されている (かなり意訳しているが)。
一方で Howard and Moore が完全になくなってしまうのは惜しいとの意見もある。属より上のレベル (族や亜科) を取り入れているリストは他にない。
別のコメントですべての分類概念は Avibase がすでに網羅して番号を与えており、チェックリスト間の違いはそれを見ればよいだけ (Avibase の taxon grid)。ただ更新には多少のタイムラグがある。
IOC の Master Lists - IOC World Bird List が亜種までカバーした比較リストを出している
との意見や情報が出ていた。
個人的にはこの稿をまとめるにあたり H&M 4th (online) に文献情報も出ているのはありがたいが、新しいものが入っていないので有用性は少し古い情報に限られてしまう。
まとめると IOC と Clements が中心となって世界のチェックリストの共通化を検討しているところ。
H&M はそれには関与せず独自路線をとるが、しかしながらチェックリスト共通化の後追いもせざるを得ない部分もある。財政的には存続も危ぶまれている、というところだろうか。
H&M の初版 (書籍) は 1980 年出版で、昼行性猛禽類の大家である Leslie Brown が前文を書いている。また山階 (1986)「世界鳥類和名辞典」は H&M の分類に従っているなど我々が現在使っている名称にも関係が深い。初版から半世紀近くを経て役割も変わってきたと言えるだろうか。
このような大規模なチェックリストの維持・管理などは手作業レベルでも行えた昔とは異なり、計算機技術に長けた人材も不可欠だろう。Avibase の技術管理者レベルで作業を行える人材がいないと今では時代に追いつけないかも知れない [参考 Lepage et al. (2014) Avibase - a database system for managing and organizing taxonomic concepts]。
McClure et al. (2020) Towards reconciliation of the four world bird lists: hotspots of disagreement in taxonomy of raptors
にも世界のリストの共通化の必要が述べられている。この研究は猛禽類のみを調べているが、H&M と IOC で猛禽類の種類数 (学名の違いの数ではなく) が 52 も違うとのこと。特にフクロウ類で顕著だそうである。H&M の更新頻度が低いため新しい情報が取り込まれていないことも要因と考えている。
ただしこの論文の著者はほとんどがアメリカ、そしてカナダ、オーストラリアが1人ずつとアメリカのリスト (特に eBird や AOU) を念頭に置いている傾向も見られるので少し割り引いて考える必要もあるだろう。ヨーロッパの人は別の見解があるかも知れない。
New unified list of birds - Avilist (BirdForum) の情報 (2025.1.23) によれば H&M は改訂版を出さないと聞いた人があるとのこと。知的財産の考えから有料とするならば商売としても厳しいものになるだろうとのこと。
[過去の実効個体数の変化]
Qi et al. (2025) Whole-genome resequencing reveals the population structure and domestication processes of endemic endangered goose breeds (Anser cygnoides)
20 万年前ぐらいに実効個体数 (Ne) のピークがあり現在よりずっと数が多かった。最終氷期の後に Ne を減らして低いレベルで安定化した。この減少の結果各地の個体群が絶滅した可能性が考えられる。
その他家禽化によって選抜された遺伝子の候補などが挙げられている。
[家禽化]
サカツラガンの家禽化で何が変わったか全ゲノム解析で調べた研究: Chen et al. (2023) Population Structure and Selection Signatures of Domestication in Geese
ヨーロッパの家禽化されたガチョウの方が由来はより複雑で2系統にはシナガチョウも混ざっているとのこと。中国の Yili geese はハイイロガンの方に近い。ヨーロッパの Rhine goose は家禽化されてから両者がかけ合わされたものらしい。
Wen et al. (2023) Origins, timing and introgression of domestic geese revealed by whole genome data
ではシナガチョウの家禽化は 3499 年前、ヨーロッパは 7552 年前と推定される。
家禽化への選択に伴い、神経に関係する遺伝子が強く選択されて向社会的行動 (prosocial behavior) を生み出しているのでは。
飛翔の必要がなくなり、酸素運搬に関わる遺伝子も変化している。家禽は視力も低いが、関連している可能性のある遺伝子も挙げられている。頭の見栄えのこぶも選択の結果だが、野生のツクシガモもこのこぶが社会的地位を表しているとのこと。関連する遺伝子 (EXT1) 変異の候補が見つかっている。
Xu et al. (2024) Transcriptome Profiling Unveils Key Genes Regulating the Growth and Development of Yangzhou Goose Knob でも関連する複数の遺伝子が発現していることが示されている。
身近な家禽としてここに含めておくが、ニワトリの白色レグホンが毎日のように産卵できる仕組みについて: Johnson et al. (2015) The domestic chicken: Causes and consequences of an egg a day
もちろんこの性質は人為的に選抜されたものであるが、白色レグホンでは他の動物ではあまり見られない卵巣ガンが見られ、2.5 年で 30-35% の高率で発生するが、商用のニワトリではそこまで生かされないので通常は見られない。ホルモンや遺伝子の働きの概略を述べている。卵管上皮が反復する卵胞放出で破壊され修復されるため変異が起きやすくなるとの仮説もあるとのこと。
産卵しても抱卵しないことで次の卵胞が発育できるのだが、抱卵する性質 (就巣性 broodiness) を支配する遺伝子は何か。Xu et al. (2010) The dopamine D2 receptor gene polymorphisms associated with chicken broodiness
抱卵する性質はポリジーンだが、遺伝的性質を調べた実験の結果は研究者により異なる。この研究ではドーパミン D2 受容体 (松果体経由でプロラクチンの分泌に関わる) を一つの候補と考えている。
ハトでも同様の研究がある: Yin et al. (2018) Association of Dopamine D2 Receptor Gene Polymorphisms with Reproduction Traits in Domestic Pigeons (Columba livia)。
最新の RNA 転写研究では複雑な機構も報告されている: Tan et al. (2024) Long noncoding RNAs and mRNAs profiling in ovary during laying and broodiness in Taihe Black-Bone Silky Fowls (Gallus gallus Domesticus Brisson)。
産業への応用のために盛んに調べられている分野ではあるが、分子機構まではまだ解明されていない模様。
Liu et al. (2018)
Whole-transcriptome analysis of atrophic ovaries in broody chickens reveals regulatory pathways associated with proliferation and apoptosis
抱卵を行うニワトリで抱卵に伴う卵巣の萎縮機構。
抱卵鳥が抱卵に関係する遺伝子を何か失っているならば、非托卵性に戻ることはできないのでは、と考え抱卵に関係する遺伝子は托卵鳥でも変異があるのではと想像するが、探した範囲では研究は見つからなかった。
卵の構造に「カラザ」があるが、「カラザ」とは?意味や役割などをご紹介 によれば英語由来ではなく、ラテン語 chalaza (霰) < ギリシア語 khalaza (塊) とのこと。英語の chalaza は語源は新ラテン語 chalaza (1695-1705) < ギリシア語 khalaza とのこと (wordreference.com)。
ポルトガル語でも同じなので日本に入ったのはこのルートかも? 多くの言語でそのまま使っているのである意味世界共通の用語と言える。
多くの鳥類で片側の卵巣のみが発達する分子伝達機構が明らかにされた: (ニワトリ) Peng et al. (2023) A PITX2-HTR1B pathway regulates the asymmetric development of female gonads in chickens。
PITX2 (Paired-Like Homeodomain 2) は脊椎動物の左右非対称な発達に関与する因子。
(アヒル、ガチョウ) Ran et al. (2023) Exploring right ovary degeneration in duck and goose embryos by histology and transcriptome dynamics analysis。
[脊椎動物の腫瘍発生率]
白色レグホンの卵巣腫瘍に関連してこの項目に含めておくが、両生類以降の系統の脊椎動物の腫瘍発生率の系統的研究が発表された: Compton et al. (2024) Cancer Prevalence across Vertebrates (PDF 版のみ。オープンアクセス)。
気になる鳥類を見ると哺乳類に比べて全体的にだいぶ低い。動物園で飼育の鳥で腫瘍が死因のケースをあまり聞かないのはこのような系統的特性が現れているかも。
両生類などでも腫瘍発生は見られ比率も極めて低いわけではない。腫瘍発生率は鳥類の方が爬虫類より低い。特に悪性腫瘍では差が顕著で鳥類では少ない (これらはいずれも 哺乳類 > 爬虫類 > 鳥類 >= 両生類 の順)。
さまざまな変数との相関も調べられているが上位にくるのはやはり哺乳類が中心。
系統樹を用いた表示もありこれもわかりやすい (種については学名でなく英語の通称名で記されている)。鳥類の低さが全体的に目立つが一部高めの系統があり、キジ類・カモ類が中心。新しい系統ではオウム類が少し高い (これは臨床的に報告される知見にも現れている)。
白色レグホンの卵巣腫瘍についても、キジ類はそもそも腫瘍発生率が高めの背景があるためかも知れない。
哺乳類では肉食のものと齧歯類が高い傾向があり霊長類は中間的。鳥類では肉食のものの腫瘍発生率は高くない。
爬虫類で肉食哺乳類に相当する程度高い系統があるが鳥類では (調べられている範囲で) そのような傾向が見られない。哺乳類ではコウモリで発生率が低く、鳥類ではペンギンの低さが目立っていると Abstract にあるが、コウモリ類はその通りのようだがよく知られた種類を取り上げたものの可能性があって系統樹表示ではペンギン類がそれほど目立っているようではない。
Butler et al. (2025) No evidence for Peto’s paradox in terrestrial vertebrates
腫瘍発生率が体重によらないとの過去の知見は Peto’s paradox と呼ばれるとのこと。この研究ではこの証拠はないとのこと。セキセイインコは体重 30 g なのに体重から予想される腫瘍発生率の 40 倍とのこと。鳥類・哺乳類で体重に対する傾きの傾向は似ていて、体サイズの大型化を可能にする抗腫瘍発生メカニズムが存在する可能性があるとのこと (傾きは同じだが鳥類の方が2桁ぐらい低い)。
このメカニズムは脊椎動物で大イベントである恒温性の獲得に関連があると考えられる。
両生類や爬虫類では再生能力が高いものがあるがこの機構が腫瘍発生にも関連している可能性も考えられる。セキセイインコとニワトリ (こちらは家禽化された品種のため?) は鳥類の中でも特例らしい
(いずれも飼育個体のデータと思われるので、与えている餌と野生生活の食物が異なっている影響もあるかも知れない。セキセイインコとニワトリに通常与えられる餌を考えるといかにもリスクを上げるかも知れない。検討すれば逆に人の食べ物のうち何がよくないかなど判明するかも?)。
個々の種のデータは Compton et al. (2024) と同じようなものが使われており、系統による違いはこちらを見ていただいてよいだろう。
[その他]
サカツラガンは現在は Anser 属に分類されているが、Cygnopsis 属 (Johann Friedrich von Brandt 1836 < Cygnus ハクチョウ属の名前 opsis 外見 Gk) が使われていたこともある。これは最初 Cygnus 属の亜属として提唱された名前で、つまりハクチョウ類とされていたことがある。
頸椎数 19 個とある。どちらにしても旧北区のガンの中ではハクチョウの体型に一番近いのでこのような分類になったのだろう。
シナガチョウ Anser cygnoides var. domesticus の原種。
属名の Anser は菊池氏のオリジナルでは (m,f) であったが、anser (wiktionary) では m (男性名詞) とあり、学名でも男性名詞で扱われているようなのでそのようにした。ラテン語全体では女性名詞の用例もあるのかも知れない。
また多くの言語でガンとガチョウは単語レベルでは区別されていないのでガチョウと訳される場合も多いが、ここでは野生種を主に扱うのでガンとした。
サカツラガンのロシア名 sukhonos は sukhoj 乾いた nos 嘴。Kolyada et al. (2016) によれば警戒時体をほとんど水に沈め、首から上だけを出すような行動を示すことから付いた名前ではないかとのこと。
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ヒシクイ (オオヒシクイを独立種とする分類も多い)
- 学名:Anser fabalis (アンセル ファバーリス) 豆の (収穫期にやってくる) ガン
- 属名:anser (m) ガン
- 種小名:fabalis (adj) 豆の (faba (f) 豆 -alis (接尾辞) 〜に関連する)
- 英名:Bean Goose, IOC: Tundra Bean Goose と Taiga Bean Goose に分離
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
fabalis は2つめの a が長母音でアクセントもここにある (ファバーリス)。
亜種名の発音は serrirostris は "セルリローストリス" と考えらえる。
middendorffii はラテン語風だと "ミドゥデンドルフフィイ" と考えらえるが、よく知られた人名でドイツ語またはロシア語的発音 (日本語の読み方と同じ) で構わないだろう。
種小名の由来は Pennant (1768)、Latham (1785) の時代から Bean Goose の名前があった。豆の収穫期になるとやってくると Strickland (1858) が記述している (The Key to Scientific Names)。
OED によれば Bean Goose は 1776 年 Pennant, British Zoology が初出で from the likeness of the nail of the bill to a horse bean と豆を好むことが由来。
フランス名では Oie des moissons と明確に小麦なども含む "収穫期" (moisson) を用いている。
ドイツ名は Saatgans と種 (英語 seed に対応) を用いている。
ロシア名 gumennik で gumno (穀物小屋) に由来 (Kolyada et al. 2016)。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では Anser segetum、記載時 Anas segetum Gmelin, 1788 (参考) を用いて英名 Bean-Goose としていた。segetum は seges 農地 の。
Anas Fabalis Latham, 1787 (原記載) 基産地 Great Britain の方が早いことがまだ知られていなかった時代の学名と考えられる。
IOC では (IOC で種。14.2 でも同様) ヒシクイ Anser serrirostris (serra ぎざぎざの/鋸歯状の -rostris 嘴の) 英名 Tundra Bean Goose として2亜種を認めている。いずれも日本で記録され、この扱いでは基亜種 serrirostris と rossicus (ロシアの) ヒメヒシクイである。
(IOC で種。14.2 でも同様) オオヒシクイ Anser fabalis 英名 Taiga Bean Goose として3亜種を認めている。日本で記録される亜種はこのうち middendorffii (ロシアの動物学者でシベリアや中央アジアを探検した Aleksandr Fedorovich von Middendorf に由来) オオヒシクイである。
serrirostris の記載は Anser segetum var. serrirostris Gould, 1871 (原記載) 基産地 near Amoy, China。H&M4 でも有効な亜種扱いで記載年は 1852 年に遡るとのこと。
middendorffii は Anser Middendorffii Severtsov, 1873 基産地 eastern Siberia。記載 p. 70 の表、p. 149 に本文記載がある。北東シベリアで Middendorff が採集 (原文 "掘り出し") したもの。
Middendorff 自身は Pallas の用いた学名 Anser grandis で記載したが Pallas の用いたものは Brandt によるとサカツラガンを指していて誤用だったとのこと。
初出学名は Anas grandis Gmelin, 1789 (参考 Great goose シベリア東部にすごい数とある。基産地はカムチャツカ) だったよう。
そのため新しい学名を与えたもの。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではこれらを同種として扱い、Anser fabalis 種ヒシクイの亜種として3亜種を認める立場になっており、IOC 英名とは整合性が悪くなっている。
世界の主要リストでは Clements, AOU, IOC, eBird は種 Anser serrirostris を認める立場で、HBW/BirdLife と Howard and Moore 4th が Anser fabalis serrirostris と亜種扱いにしている。
Working Group Avian Checklists では最初から Anser serrirostris としており、世界的には分離が主流になりそう。
ロシアの現在のチェックリストは別種としていない。
分子系統学研究では Ruokonen et al. (2008) Taxonomy of the bean goose-pink-footed goose は コザクラバシガン Anser brachyrhynchus (brakhus 短い rhunkhos 嘴 Gk) 英名 Pink-footed Goose を含め、これら3種を3つのクレードに分かれ、系統が十分分離していて別種扱いでよいと述べている。3種の外見的類似性は似た環境での収斂進化によるものとみなしている。
もう少し広い範囲のガン類の分子系統は Ottenburghs et al. (2016) A tree of geese: A phylogenomic perspective on the evolutionary history of True Geese が調べている。
この研究ではヒシクイとオオヒシクイの関係は新たに調べられておらず、研究当時の Clements 分類 (2015) に従ってオオヒシクイをヒシクイの亜種として分離した扱いはしていない。Ruokonen et al. (2008) は引用しており、コザクラバシガンを広義のヒシクイの姉妹種、これら全体を species complex としている。これらの間の進化的位置づけを再構成するにはもっと広範なデータが必要としている。
ヒシクイとオオヒシクイをそれぞれ独立種とすべきかについては特に情報のある論文ではない。個人的には独立種としてよい論文 Ruokonen et al. (2008) や海外リストを根拠としてヒシクイとオオヒシクイを別種として取り扱った方が実用的には利便性が高まると感じる
(それぞれ識別困難な種類ではないこと、日本は分布の東端に位置するため両グループの中間型に悩まされることが少ないだろうことも理由に挙げられよう。「十分な量のデータ」が揃うのを待っていてはいつまでも決まらないような気がする...)。
さらに Ottenburghs et al. (2023) Highly differentiated loci resolve phylogenetic relationships in the Bean Goose complex が Anser brachyrhynchus コザクラバシガン、Anser fabalis ヒシクイ、Anser serrirostris の分類上の問題を扱っている。
A. fabalis と A. serrirostris を同種にすると、A. brachyrhynchus を内包してしまって単系統にならないので、
A. fabalis と A. serrirostris は別種にするか、これら全部を1種にして違いは全部亜種扱いにするかのどちらかになる、ということのようである。
また使用する遺伝領域によって結果が異なり、強く分化した部位を使うとこの系統関係になるが他の部位を使うと遺伝子浸透の影響も生じて相互に単系統にならないなどの相違が生じる。
ただしこの解析にはオオヒシクイは含まれていない。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版のパブリックコメント "亜種和名の原則に関わる問題" で、(現状の) 種ヒシクイと亜種ヒシクイが同じ名称なので実際上も混乱の原因となっているため、亜種ヒシクイにハシブトヒシクイを与える提案がなされたが、長年使われてきた名称なので継続して使用するのが妥当、またハシブトヒシクイは Anser mentalis に対してすでに使われた和名のため不適当との回答であった。
Anser mentalis (顎に特徴がある) の再検討については Ruokonen and Aarvak (2011) Typology Revisited: Historical Taxa of the Bean Goose - Pink-Footed Goose Complex
でなされ、遺伝子型は特定の亜種に同定するまでは至らなかったが独立種とする根拠はないとのことであった。
日本ではヒシクイは天然記念物。これも分類や名称をあまり細かく変更したくない理由の一つかも知れない。
亜種オオヒシクイは準絶滅危惧 (NT)、亜種ヒシクイは絶滅危惧 II 類 (VU)。世界的には IUCN 3.1 LC 種。
Ottenburghs et al. (2016) Abstract でガン類の近年 (400-200 万年前) の種分化要因が取り上げられている。寒冷化に伴う極地方のツンドラ形成と中緯度帯の草原の広がりを要因と考えている (この現象は多くのグループで見られる)。
オープンアクセスで見られる分子系統樹は Sun et al. (2017) Rapid and recent diversification patterns in Anseriformes birds: Inferred from molecular phylogeny and diversification analyses も参照。
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ハイイロガン
- 学名:Anser anser (アンセル アンセル) ガン
- 属名:anser (m) ガン (かつては灰色のガンの学名だった)
- 種小名:anser (トートニム)
- 英名:Greylag Goose
- 備考:
anser は短母音のみで規則通り "アンセル"。冒頭を伸ばす発音もある。ここでは短母音のみを採用した。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは rubrirostris (ruber 赤い -rostris 嘴の) とされる。
最初に記載された際は Anas anser Linnaeus, 1758 のカモ類とされていた。Anser 属は 1760 年 Brisson により設けられた。
ラテン語 anser はイタリア祖語に想定される *hans 由来と考えられ、ラテン語化の際に *hansez から (h)anser と変化したと議論されている。*hans はインド・ヨーロッパ祖語でガンを指す *gh2ens に由来とのこと。
同じ語源の単語に古代ギリシャ語 khen、英語の gos など がある (wiktionary)。
コンラート・ローレンツ (Konrad Lorenz) が「刷り込み」を発見した種類としても有名
(wikipedia 英語版)。ローレンツの行動学には当時の学問背景が色濃く現れているので多少注意が必要である (#ミサゴの備考 [feather taxis・頭かき] 参照)。
英名の greylag の由来は grey (色から) + lag [ガン (ガチョウ) の古名。これらの鳥を移動させる時に使われた音声に由来] (wiktionary)。つまり Greylag Goose の名称にはガンの意味が二重に入る。ガチョウの原種。
OED によれば 1685 年 Anser Palustris noster, Grey Lagg, dictus とラテン語で記述があった。lag の語源は wiktionary に書かれているほど確かでないとのこと。英国では渡って来るのが遅いため lag の動詞または形容詞 (遅れるなど) の由来も考えられる。19 世紀初めに lag-goose の散発的な用例があるが、おそらく擬人化した "遅いガン" の意味が想定されるとのこと。
廃れてしまった用例に Gill laggoose があってナマケモノを擬人化したものとのこと。"lag" がガチョウを指して広く使われていた証拠はあまりないらしい。leg (脚) の語源説はおそらく俗用法とのこと。
Kessler (1853) p. 89 (#オオハム参照) によれば Anser cinereus Meyer, 1810 (参考。
ここでは Anas Anser Linnaeus, 1758 に登場する ferus 野生のものを指したもの に新称を与えている) の学名 ("灰色のガン") があり、現在の和名 (英名あるいはドイツ語名などとも相互に関係したかも知れない) はこれに由来すると考えるとわかりやすい。Meyer が名付けた学名のため後述の資料のようにドイツ語名由来の可能性が高そう。
当時のロシア名もこの学名に基づき "灰色のガン" でこの名称は現在まで使われている。
Anas Anser Linnaeus, 1758 から昇格して Anser 属を設けた際のトートニムを避けた新名と考えられる (#ノスリの備考参照)。
Anser ferus Schaeffer, 1789 (参考) も同様の措置を行っている。こちらは "野ガン" の意味になる。
Anser vulgaris Pallas, 1811 (参考) の用例があって "普通のガン" の意味だが本種かどうか不明。
Hartert (1910-1922) p. 1278 では当時のドイツ語名 Graugans でハイイロガンの名称と同じ。ドイツからの学問の輸入の際にこの名称がそのまま和名となったのかも知れない。マガンの Blaessgans, Blaessegans (蒼白色のガン) に対比する名称だった。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire で Pallas は千島列島や日本の現地名も挙げているが種類はよくわからない (ヒシクイの項目で登場し、Pallas の述べたものがヒシクイでなければ Blakiston が採集したヒシクイが日本初記録との文脈で現れる)。
Li et al. (2020) Annual migratory patterns of Far East Greylag Geese (Anser anser rubrirostris) revealed by GPS tracking
日本と同亜種ハイイロガンの中国の衛星追跡。
[鳥の編隊飛行の仕組み]
Newbolt et al. (2024) Flow interactions lead to self-organized flight formations disrupted by self-amplifying waves
が鳥の群れ形成の仕組みを扱っている。どこに入れてもよいのだがここで扱われている種類がガン類などの大型種なのでここに含めておく。
模型を使った流体力学実験で、前方の個体の後報に位置する力 (位置がずれた場合に元の位置に戻す復元力) が働き結晶格子のような規則的配列を作る傾向があることが説明できる。しかし全体としては振動のモードがパターンとして生まれて flonons と呼んでいる (結晶中における音波に相当する格子振動を量子化したフォノンに類似の概念)。
この振動が成長すると衝突が起きたり群れを崩壊させることになる (この現象は実際の現象とも対応がある)。個体差を与えるとの個々の個体の位置にはばらつきが生まれるが、この振動の成長が抑制されることがわかった。これは現実でもそうなっているだろう (なお物理学では振動が成長するか否かが非常によく扱われるので物理の話を読む時の着眼点としてよい)。
個々の個体に働く力のミクロのメカニズムが大域的な構造形成を行う自己組織化として扱っている (自己組織化については [#鳥類系統樹2024] の記述も参照)。
流体中の群れについて一般的に成り立つ法則と考えられ、魚の群れの形成などもおそらく同様の構造形成が働くのだろう。もちろん個々の個体が意識を持って行動していないとは言っていない。エネルギー的に最も低い (つまり楽ができる) 位置を選択すれば自然にそのような構造が生まれると解釈するとよい。
これはやはり物理学 (分野的には物性か) の論文と言ってよいだろう。鳥の編隊飛行は結晶格子と同じように捉えることができる。
英文解説記事。
Hardt et al. (2025) Propelling ferrimagnetic domain walls by dynamical frustration
の論文があってこちらは磁性体を構成する磁石の向きが揃う機構を応用している (active matter と呼ばれる。wikipedia 日本語版にも項目があり 自発的に運動する多数の要素からなる集団のこと、あるいはそれを対象とする研究分野の名称である と説明されている)。
短時間で一斉に向きを変えること (例えばハマシギの飛翔など) がなぜ可能なのか、Vicsek et al. (1995) Novel Type of Phase Transition in a System of Self-Driven Particles が回転軸に対する自発的対称性の破れ (回転の右巻き、左巻きが回転軸に対して非対称となる) の考えを提唱し、理論研究によって新しいタイプの相転移が生じることがわかったとのこと。
Hardt et al. の研究では鳥の方向が磁石のスピンのように扱えることからそのような系の特性を調べたもの。例えば右巻きに回ろうとする鳥と逆向きに回ろうとする鳥の間で "dynamical frustration" が生じてもっと大きな規模の構造が形成される。構造はノイズに強いとのこと。
[コンラート・ローレンツ Konrad Lorenz とハイイロガン]
Lorenz がハイイロガンなどを用いて刷り込みを研究したことは非常に有名で、著作も多数ある。
その一つ Das Jahr der Graugans (1979) 英訳されて The Year of the Greylag Goose (1979) は邦訳されていないようなので紹介しておく。
いわば写真物語のような形、同一の写真は後の著作にもおそらく現れていて目にしたことがあるものもある。
少しハードルが高いかも知れないが、ロシア語訳 (1984) があって lorenz1984_god_serogo_gusya のようなファイル名で見つけられるのでないかと思う。Panov が前文を書いている。写真が多いので写真を見る分には何語でもそう違わないだろうし、機械翻訳でも十分読めそう。
「ハイイロガンの動物行動学」(大川けい子訳 平凡社 1996) は原書 Hier bin ich - wo bist du? : Ethologie der Graugans (1988)。
#イヌワシ備考の [コンラート・ローレンツのワシ類の記述] でも「ソロモンの指環」を中心に取り上げた。
[首の短い鳥は危険?]
同じ模型でも動かす方向によってタカに見えたりガンに見えたりして、タカに見えるシルエットには逃避反応を示すローレンツとティンバーゲンによる有名な実験をご存じの方も多いだろう。自分が習った時代の本にはよく書いてあった。
その顛末が紹介されていた:
Schleidt and Shalter (2011) The Hawk/Goose Story: The Classical Ethological Experiments of Lorenz and Tinbergen, Revisited
ティンバーゲンの 1951 年の本に出てくるイラストとのこと。シチメンチョウに見せた場合の反応を調べた (Lorenz 1939)。
Oscar Heinroth がニワトリが首が短く尾の長いシルエットをより警戒するとの観察結果を受けて Lorenz が 1937 年に実験したの最初とのこと。つまり Heinroth が仮説の最初の提唱者とのこと。
Lorenz (1939) はシチメンチョウの反応しか述べていないが、Tinbergen はニワトリ類からカモやガンまで一般化してしまったとのこと。Lorenz は速度 (角速度) の遅さも要因と考えたが、
Tinbergen は首が短いことが一番重要な刺激だと結論し、Tinbergen "The Study of Instinct" (1951) の本には Heinroth の観察によると (首の短い) ヨーロッパアマツバメが渡ってきてすぐの時期はベルリン動物園の多くの鳥が逃避行動をとるとの記述まであるとのこと (!)。
Tinbergen の書物はこの世界ではバイブルであったため信じられていたが、1967 年の実験で覆ってしまったとのこと。
Tinbergen の仮説を覆した実験やその後の追試結果や解釈なども述べられている。
Schleidt (1961) の観察では猛禽類よりもむしろ気象バルーンを警戒した。シュバシコウにも反応したのは "短い首仮説" にとって逆説的である。
Tinbergen は仮説を取り下げて selective habituation hypothesis を受け入れ、1965 年にはひなは落ち葉も含め頭上を通り過ぎるものすべてに "生得的" に臆病だが、経験を積むにつれて当たり前の刺激に慣れて恐怖を感じなくなる。しかし猛禽類を見かけることはまれなので慣れが生じないと記していた。
しかし 1951 年の著作があまりにも有名で、訂正が行われず再販されたり他の形で出版・引用されるなど1979 年の教科書にも長く登場していたとのこと。
Lorenz が実験した当時の比較心理学は学習によるものに重点が置かれていて、"短い首" という単純な刺激で猛禽類を見分ける生得的能力があることが衝撃的に受け止められたことが背景にあるとのこと。
"短い首" 仮説を否定する過程そのものが "生得的" 認知 (本能的プログラム) を否定するプロセスそのものとなったとのこと。
著者の実験でも放し飼いのシチメンチョウは毎日出会う犬には慣れるが見慣れない犬には激しく反応するという。ヘビのような形の水撒き用のホースは他の家禽は関心を示さなかったが、シチメンチョウは激しく反
応したという。しかし数時間もすれば慣れてためらいなく上を横切るようになったとのこと。
wikipedia 英語版にも対応する解説があった Hawk/goose effect。
参考になるかも知れない日本語のページ: 高校生物 テインバーゲン「本能の研究」を読む (池田博明 2012)。
Nikolaas Tinbergen の百科事典には Hawk/goose effect で知られているとの記述がある。
なおハイイロガンが卵を転がす行動 (巣の外に出た卵を戻す行動で、途中で転がってしまっても観察者が卵を取り去ってもあたかも卵があるかのように行動を続ける) は Fixed Action Pattern (信号刺激) の典型例のように呼ばれるが、別の解釈も提案されている:
Marken (2002) Looking at behavior through control theory glasses
この著者によれば親鳥から卵が直接見えないので触覚に頼るしかない。突然刺激が消えた場合何が起きるか、人を被検者にしたネットのデモンストレーションサイトがあり、マウスで画面のものを動かす作業の最中に画面から突然マウスカーソルが消えた場合人がどのような行動をするか結果を比べてみよとのこと。
Schleidt and Shalter (2011) の論文では (動かない) 猛禽の絵を貼って衝突防止に用いたり (この効果は Lorenz-Tinbergen でも調べられていないとのこと) 剥製を置くことがあまりにも頻繁に行われているが、1962 年の Loehrl のレビューで意味がないことがすでに述べられているとのこと。
生物学的な方法は "選択的な慣れ" を簡単に起こすとのこと。猛禽があまりにも繁用されているので窓に加工するならばもう少し別のやり方があると述べられている。
参考までに 鳥がガラス窓に飛び込むのを防止するには (バードライフ・インターナショナル東京 2019) では「猛禽類の形のステッカーが、小鳥を怖がらせて追い払う」は俗説とある。猛禽類のデザインは「アート」と捉えた方が楽しめそう。
日本語では「本能の研究」(N.ティンベルヘン著 永野為武訳 三共出版 1957) が最初の紹介のようだがその後の版も訳されているよう。直接この著書からでなくともいろいろな形で紹介されていたはずだが、自分が知ったのはいったいどのルートからだろうか。Tinbergen が仮説を取り下げた後であることは間違いない。今でもこの説が流通しているかも知れないので要注意だろう。
コンラート・ローレンツ Konrad Lorenz、カール・フォン・フリッシュ Karl von Frisch、ニコ・ティンバーゲン Nikolaas Tinbergen 個体的および社会的行動様式の組織化と誘発に関する発見 に与えられた 1973 年のノーベル生理学・医学賞は今から振り返ってみるどうなのだろうか、という論説もある:
Dewsbury (2003) The 1973 Nobel Prize for Physiology or Medicine: Recognition for behavioral science?
行動学に対して初めて与えられたノーベル賞で、人の健康にかかわる行動学 (それゆえ生理学・医学賞) が今後受賞することが期待されたが一つもなかった。3人の受賞にまつわるできごとや論争、現代の視点から見た賞の意義を議論している。
Font (2023) 50 years of the Nobel Prize to Lorenz, Tinbergen, and von Frisch: integrating behavioral function into an ethology for the 21st century
が受賞 50 周年となるはずなのだが動物行動学をやる者はほとんど気づいていない。学問の世界では現実の世界以上に無視されるようになった。Tinbergen の提唱した4つの「なぜ」のうち一つである行動生物学 (社会生物学) のみに置き換わってしまった。
"ethology" は死んだ、あるいは絶滅の縁にあるとすら言われるようになったが正しくない。学生や研究者も "ethologist" よりは自身を evolutionary biologists と呼んでいるなど、ethology の名称を避けている。1930-1940 年代の ethology と連続性はあるが現在は異なるものなっており、他分野との関係など学問領域として定義も難しくなっている。
Tinbergen の提唱した4つの「なぜ」を追求する分野として ethology を用いてよいのではとのこと。
最後の部分の表題に使われている what’s in a name? は#アホウドリの備考参照。何と呼ぼうが動物の行動を解釈する学問であり、名前にそこまでこだわらなくてもよいのでは、の意味を込めているのだろう。
Font (2023) に引用されている Alcock による2000年代初頭の本は、「社会生物学の勝利: 批判者たちはどこで誤ったか」(ジョン・オルコック著 長谷川眞理子訳 新曜社 2004; 原著 The triumph of sociobiology 2001) で読むことができる。
E. O. Wilson (1975) は "Sociobiology, The New Synthesis" (邦訳「社会生物学」) でいみじくも行動生物学の将来進展を予測し (訳本 図1-2; 「社会生物学の勝利」にも引用されている) 1950 年には ethology が全盛であったものが1975年には社会生物学・行動生態学と統合的神経生理学に分離し、2000 年には ethology が衰退しているだろう図を示している。
Alcock は社会生物学・行動生態学からさらに進化心理学の分野が広がったことも記している。
訳者の長谷川氏によると欧米では盛んに議論が起きていたが、日本では目立った議論にならなかったとのこと。文化背景の違いなども挙げられているが、日本にはそのような学問の素地がまだ希薄だったのかも知れない。
社会生物学が成功を収めた一つの背景として、研究者が互いに仮説を競わせることのできる学問構造が内在していた理由もあるだろう。#カッコウ類の托卵あるいは宿主の排除戦術の議論などを見ても大変面白く、新しい研究者にとっても魅力的だったのだろう。
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マガン
- 学名:Anser albifrons (アンセル アルビフロンス) 白い額のガン
- 属名:anser (m) ガン
- 種小名:albifrons (adj) 白い額の (albus (adj) 白い frons (f) 額)
- 英名:Greater White-fronted Goose
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
albifrons は albus は短母音で frons は短母音、長母音両方の読みがある。いずれも短母音を採用すれば "アルビフロンス" と考えられる。
発音の聞けるページでは日本語同様アクセントの目立たない発音もあったが、アクセントを置く分 "ビ" を若干長めに発音している例があった。どちらでもよいだろう。
英名に含まれる White-fronted Goose は学名と同じ意味。Greater (マガン) と Lesser (カリガネ) としたもの。
記載時学名 Branta albifrons Scopoli, 1769 (原記載) 基産地 Northern Italy? (Avibase による)。と自身が提唱した Branta 属にまとめていた。
日本ではガン類の基本であってもヨーロッパの多くの地域やスウェーデンでは馴染みの種類ではなく Linnaeus が記載しなかった模様。一方カリガネの方は Linnaeus (1758) の命名。
"Fauna Japonica" には短く 記述 がある。ヨーロッパのものと特に違いはない。フランス語名 l'oie rieuse (笑うガン)。この名称は現在も使われており、wikipedia フランス語版では鳴き声が音楽的であるとのこと。
5亜種あり (IOC)。
日本で記録されるものは基亜種 albifrons 亜種マガン、及び亜種不明とされる。
亜種 gambelli (アメリカの探検家・博物学者の William Gambel, Jr. に由来) オオマガン が検討亜種に含まれている。
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カリガネ
- 学名:Anser erythropus (アンセル エリュトゥロプース) 赤い足のガン
- 属名:anser (m) ガン
- 種小名:erythropus (合) 赤い足の (erythro- (接頭辞) 赤い pous 足 Gk)
- 英名:Lesser White-fronted Goose
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
erythropus は -ry- の音節にアクセントがある (エリュトゥロプース)。-pus は#ナンキンオシ参照。伸ばす方を採用した。
記載時学名 Anas erythropus Linnaeus (1758) (原記載) 基産地 Restricted type locality. North Sweden. Lonnberg, Ibis, 1913, p. 401-402 (スウェーデンに限定。Avibase による)。Linnaeus はヨーロッパ北部としていた。
単形種。
絶滅危惧 IB 類 (EN)。IUCN 3.1 で VU 種。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では学名を Anser minutus Naumann, 1842 としていた。
この学名はそれなりに使われていたようで、対応する英名 Dwarf Goose の用例 (1915) もあった。
Hartert (1910-1922) p. 1282 は多数の学名が挙げられており、かつては Linnaeus (1758) の記載がカリガネを指すかマガンを指すか議論があったらしく、Lonnberg (1913) がカリガネと判定したとのこと。
Linnaeus の用いた Anas 属からの移動に伴う新名ではなかったよう。
Linnaeus (1758) の記載の不定性があって確実に同定できる記載が何種類も提案されていたものらしい。この書籍ではドイツ語名 Zwerggans (英語 Dwarf Goose と同じ) または Kleine Blaessgans (小型のマガン) となっていた。Linnaeus (1758) を有効とみなして現在の学名に落ち着いたよう。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" によればマガンの別名がカリガネで、現在のカリガネはコカリガネの名前が付けられていた。
多数のマガンの中でカリガネを探すのが困難なほど似ていることを考えると、カリガネとコカリガネの旧名称は納得できる。
カリガネの声は聞いたことがないが (マガンの群れの中で鳴いても多分気づいていない)、もともとはマガンを指していたと考えると音声由来も納得できる。
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インドガン
- 学名:Anser indicus (アンセル インディクス) インドのガン
- 属名:anser (m) ガン
- 種小名:indicus (adj) インドの (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Bar-headed Goose
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
indicus は短母音のみで冒頭にアクセントがある (インディクス)。
記載時学名 Anas indica Latham, 1790 (原記載) 基産地 India in winter, and Tibet。原記載に英名の Bar-headed Goose が示されており、学名以前からあった英名がそのまま使われている。当時のインドは東インド会社時代で英名の方が先にあったのは不思議ではない。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
[インドガンの高所適応]
標高 8000 m 以上の低酸素環境のヒマラヤ山脈を超える、世界最高の高さを飛ぶ鳥として有名 (wikipedia 日本語版)。最近の文献では例えば Hawkes et al. (2011) The trans-Himalayan ights of bar-headed geese (Anser indicus)
で衛星追跡の結果が見られる。風の助けを借りず、むしろ風の弱い条件で自身の飛行能力でヒマラヤ山脈を超えるとのことである。8000 m の数字はおそらくやや誇張で、これらの研究によれば 6000 m 以下の谷を主に通っているとのこと。7290 m の記録はあるそうである (wikipedia 英語版)。
このためどのような生理機構で高所順応をしているのか注目され、古くから研究されている。
呼吸器の機能も低酸素状態でも働くように最適化され、心筋への毛細血管も低地に住む鳥に比べて多いとのこと。
血液中で酸素を運ぶヘモグロビンも他のガン類と異なる変異があり、酸素との結合性を増しているとのこと。[Natarajan et al. (2018) Molecular basis of hemoglobin adaptation in the high-flying bar-headed goose]。
Butler (2016) The physiological basis of bird flight
にも高所適応に限らず飛翔に必要な生理機能の総説がある。インドガンが定常的に高所を選んで飛んでいる証拠はないとのこと。それでも 5500 m で自力の羽ばたき飛行を行えるのは大したものであると記されている。トラッキングデータから例外的に高く上昇する際に心拍数は上がらず、好適な風の助けで上昇したものであることを裏付けるとのこと (ローラーコースターのようなものとの比喩も使われる)。
ヒトなどでは過換気により血中の CO2 が下がると (hypocapnia) 脳への血流が下がるが、カモやインドガンでは起きないとのこと。カモやインドガンでは低酸素状態ではヒトなどより脳への血流が増し、これらの効果で哺乳類よりずっと高所での低酸素に強いとのこと。
低酸素・血中の CO2 低下でインドガンではよりアルカローシスが強く起きてヘモグロビンの酸素結合性との効果と合わさって組織への酸素供給を維持、あるいは高めることさえできるとのこと。
鳥には気のうシステムがあるため、との説明するのはおそらく不十分で、このような生理的適応の効果が大きい。原理的には他のガンにできない 9000 m を飛行する能力はあるが実際にはわざわざ高いところを飛ぶわけではない。
Hawkes et al. (2017) Do Bar-Headed Geese Train for High Altitude Flights? 渡りの前に人間のような高所トレーニングが必要か。そもそも余力がある感じに見えるがホルモンによる季節変動など関心が持たれている。
Parr et al. (2019) Tackling the Tibetan Plateau in a down suit: insights into thermoregulation by bar-headed geese during migration
高所の寒冷な場所を飛ぶ時も体温の日内変動パターンはあまり変わらず安定している。極度な環境変化にも適応できる体温調節を行っていると考えられる。
Wang et al. (2020) First de novo whole genome sequencing and assembly of the bar-headed goose 初のゲノム解析。正の選択を受けている遺伝子の候補など。
Zhang et al. (2022) Chromosome-level genome assembly of the bar-headed goose (Anser indicus) もより高精度な解析。臓器固有の発現も調べられているが機能の解析はこれからの段階か。
[野鳥と鳥インフルエンザ (1)]
このように生態・生理的には大変興味深い種であるが、"bar-headed goose" (インドガン) の名前はまったく違う分野の研究者にも大変よく知られていたことがある (現在でもそうかもしれない)。
近年世界のさまざまな地域で鳥類 (および一部の哺乳類) を危機に晒している鳥インフルエンザに関係する話である。
wikipedia 英語版の記事 2020-2023 H5N8 outbreak
にあるように、2020 年から 2021 年にかけて世界で大規模な感染爆発が起きたことは記憶に新しい。この時の株は H5N8 であったが、2021-2022 年の冬から夏近くにかけて H5N1 株がヨーロッパで水鳥コロニーに壊滅的な被害を与えた。そしてヨーロッパから北米にも広がって多くの種類の鳥を犠牲にした。
Caliendo et al. (2022) Transatlantic spread of highly pathogenic avian influenza H5N1 by wild birds from Europe to North America in 2021 北大西洋の渡りでどのように運ばれたかが Fig. 4 に出ている。
(#ハクトウワシの備考も参照)。
ギリシャのペリカンコロニーで鳥インフルエンザ集団死 ハイイロペリカン 600 羽近くが死んだ。
Bird flu has killed nearly 1,500 threatened Caspian terns on Lake Michigan islands
ミシガン州の湖で 1500 羽近いオニアジサシ (英名はカスピ海由来だが北米にも生息する) が犠牲となった。神経症状で震える姿や、それでも抱卵しようとする中で亡くなった姿が記録されている。
多数の経験豊富な成鳥を失い、個体群に与える影響がどれほどのものか想像がつかないとのこと。
関連した論文報告 (地域は異なる): Haman et al. (2024) A comprehensive epidemiological approach documenting an outbreak of H5N1 highly pathogenic avian influenza virus clade 2.3.4.4b among gulls, terns, and harbor seals in the Northeastern Pacific (2024.11.6)
ワシントン州の Rat Island での 2023 年の大発生によってオニアジサシのコロニー個体群の成鳥の少なくとも 56% が死亡。それ以降繁殖に成功していない。
2023 年の発生で太平洋フライウエイのオニアジサシの 10-14% の個体が死亡したと推測している。
もう1種ワシカモメ (雑種とある) も影響を受けたが影響は相対的に小さかった。
オレゴン州のカモメ類での発生が発端と推定され、その後ワシントン州に及んだことが分子系統解析からもフィールドデータからも裏付けられた。この研究では鳥から海の哺乳類への複数回の導入があったと推定される。
オランダでサンドイッチアジサシ Thalasseus sandvicensis 英名 Sandwich Tern のコロニーが犠牲となり、長年保護に取り組んできたチームを嘆かせた。Rijks et al. (2022) Mass Mortality Caused by Highly Pathogenic Influenza A(H5N1) Virus in Sandwich Terns, the Netherlands, 2022、記事 Kolonie grote sterns op Texel weggevaagd door vogelgriep:
テクセルの自然保護区 De Petten のサンドイッチアジサシの繁殖コロニーは、鳥インフルエンザによって一掃された。7000 羽の鳥のうち、3000 羽が死んでいるのが発見された。残りは海で死んで浮いているか、離れて移動していると考えられる。
Avian Flu Threatens Seabird Nesting Colonies on Both Sides of the Atlantic (Audubon の記事): アジサシ類が特に壊滅的被害を受けている。
個体が長命で子の数の少ない生存戦略は、一時的な天候悪化や食物不足には有利だが鳥インフルエンザ流行のような場合にリスク要因になる。
病気そのもののコントロールは難しいが、人為要因による環境悪化などの他の要因が個体数回復を遅らせるのでそれを防ぐのはよい手段である。
同じように集団繁殖するニシツノメドリも心配である (メーン州で失われた個体群が 1970 年代に復元されたもの) とのこと。
これはさらに南米に広がってペルーなどで大規模な集団死が発生した。
Bird flu kills almost 14,000 pelicans, seabirds in Peru (2022年11月の記事)、
Peru reports hundreds of sea lion deaths due to bird flu (アシカの集団死、2023年2月の記事)。
日本でも大きな影響を与えていることは報道でご存じであろう (幸いにこれまでのところヨーロッパやアメリカのような壊滅的な野鳥への影響は日本ではあまりないが、2022-2023 年の鹿児島県出水では1月の段階でツル 1421 羽が回収され、越冬地を変えたツルもあるらしいと報道があった。また北海道でオジロワシなど貴重種も失われている)。
ヨーロッパ (ノルウエー) のオジロワシについては Boe et al. (2024) Emergence of highly pathogenic avian influenza viruses H5N1 and H5N5 in white-tailed eagles, 2021-2023
を参照。英国の海鳥コロニーでの集団死に関連し、それらの鳥を食した感染経路が考えられる。
神経症状を示すオジロワシのビデオへのリンクもある。肉眼解剖的な所見がないが PCR で調べると全身の多臓器でウイルスが増殖。
2024 年初頭に南米からさらに南極大陸本土に達してしまった。 'We’re going to see some haunting images': Bird flu has reached Antarctica (Candice Marshall, Australian Geographic 2024)。
Avian influenza virus is adapting to spread to marine mammals (2024 年論文へのリンクもあり)。
気候変動の脅威に晒されている最中に病原体とも戦わねばならない。
[野鳥と鳥インフルエンザ (2) 高病原性と低病原性]
最近ではあまりに毎年のように起きているため、「野鳥は本来鳥インフルエンザウイルスを持っているもので、感染するのは運が悪いだけ」のような印象を持たれる方もあるだろう。
ヒトの場合にはインフルエンザウイルス (*1) が人から人への感染で維持されており、時折新型インフルエンザが現れてパンデミックとなる点は上記印象でほぼ合っていると考えてよい。有史以来、そしておそらく有史以前からこの関係は続いてきたのであろう。
それでは現在問題となっている鳥インフルエンザも同じように考えてよいのだろうか。忘れ去られた情報も多いと思われるのでここで少し整理しておきたい。
まず報道などで使われる用語がかつて非常に紛らわしいものであったため改めて注意を促しておく (この時代に知識を得られた方は要再確認)。
高病原性鳥インフルエンザという用語があるが、これは行政用語であって科学的な概念や世界で使われる名称とは必ずしも対応していない (いなかった)。
この定義は家畜伝染病予防法でなされているもので、2011年4月に改正される以前は H5、H7 亜型のウイルスをすべて高病原性鳥インフルエンザと呼んでいた。
当時はすでに鳥インフルエンザの世界進展の時期であり、日本の用語と海外の名称が異なるためややこしい状況が生じていた。現在の定義は 我が国における鳥インフルエンザの分類 を参照。
海外では強毒の高いものを HPAI (Highly Pathogenic Avian Influenza) そのまま訳すと高病原性鳥インフルエンザになるが、2011 年以前の日本の用語では毒性にかかわらず H5、H7 亜型のウイルスをすべてこう呼んでいた。
そのため「高病原性鳥インフルエンザ (HPAI)」のように略すのは少なくとも従来は間違っていたわけである。
これは H5、H7 型のウイルスは最初はそもそも無害であっても養鶏場で感染を繰り返すうちに強毒化することがあることが知られていたためであり、無害であっても H5、H7 亜型のウイルスを検出した場合は届け出て法律に定められた措置をとる必要があることによる。
国際的な分類では弱毒の鳥インフルエンザウイルスは LPAI (Low Pathogenic Avian Influenza) と呼ばれており毒性と名称が整合している。H5、H7 型のように届け出を要するウイルスを意味する場合には N (notifiable) を補って LPNAI と呼ぶ。以前の日本の分類で高病原性鳥インフルエンザ
(弱毒タイプ) が LPNAI に相当していた。
現在の日本の名称では LPNAI に相当するものは法定伝染病の低病原性鳥インフルエンザ (LPAI) となっていて、H5、H7 亜型以外は届出伝染病の鳥インフルエンザとなっている。国際的な定義に合致するようになったのは HPAI の方のようである。この文書も含めて「鳥インフルエンザ」と言う場合は届出伝染病の鳥インフルエンザを指すわけではなく、もっと広い意味で使っていることはご注意いただきたい。
かつての報道では「強毒の」や「毒性の強い」をよく補っていたが、これは当時の高病原性鳥インフルエンザには弱毒のものも含まれていたためで、同じことを冗長に言っていたわけではない。
現在では少なくとも高病原性に関しては日本の用語と海外の用語が同じ意味になったため、高病原性鳥インフルエンザ (ウイルス) を指して HPAI を使うことにする。また強毒性の同意語として高病原性も使うことにする。
[野鳥と鳥インフルエンザ (3) 高病原性はなぜ生じる]
さて「養鶏場で感染を繰り返すうちに強毒化する」ことの分子機構も判明している。また生態学的には強毒のウイルスは通常生態学的に安定状態とならない (宿主を即座に殺してしまうと病原体自身も死滅してしまうため) が、養鶏場のような本来あり得ないほどの高密度であれば宿主が死ぬ前に別の個体に感染させることができて病原体自身も生き延びることができる。
これは野外のような通常の条件では低病原性しか生態学的には安定解を持たない、と表現しなおすこともできる。養鶏場のような特殊な条件でのみ高病原性の安定解が存在するのである。
[これはプラム「美の進化」(#エトロフウミスズメの備考参照) に対する批判「ランナウェイ過程は、メスに選別コストがわずかでもあると、大きな装飾の安定的な平衡点をもてない」と同じようなことを表していると考えていただいてよい。
自然界で高病原性のウイルスがたまたま生じても、それは平衡点にはなり得ないのでいずれ安定な低病原性に変異してゆくことを示している (それにどれだけの時間を要するかは平衡点理論は教えてくれない)]。
(ここからしばらくは少し高度なので最初は飛ばしていただいてよい)
強毒化の分子機構についても多少補足しておこう。インフルエンザウイルスではヘマグルチニン (HA、後にもう少し詳しい説明あり) の遺伝子から翻訳されたタンパク質 (HA0) を持つウイルスそのものには感染性がなく、宿主の持つ酵素によって2つに分割され、HA1, HA2 となることで感染性を持つウイルス粒子となる。
この分離される部位のことを開裂部位 (cleavage site) と呼ぶ。HA0 を開裂するためには一部の臓器に存在する分解酵素トリプシンが必要である。一般的なインフルエンザウイルスが特定の臓器 (例えばヒトでは呼吸器、鳥では腸管) で主に増殖するのはこの性質による。
高病原性鳥インフルエンザでは開裂部位に塩基性アミノ酸 (リジン K、アルギニン R: それぞれ1文字略号も示す) が並び、塩基性アミノ酸 (basic amino acids) のアミノ基は水素イオンと結合して正の電荷を持って互いに反発しあうため、開裂がより容易に起きる。そのため特定の臓器だけでなくあらゆる臓器に存在する一般的なタンパク質分解酵素で簡単に開裂が起きてしまう。
これは高病原性鳥インフルエンザが全身のあらゆる細胞で増殖可能である原理である (海外のバーダーなども参加するメーリングリストでもこのような用語は普通に飛び交っていた。何のことかわからない人もあったかも知れない)。
全身のあらゆる細胞には中枢神経細胞も含まれ、高病原性鳥インフルエンザに感染した鳥に特有の神経症状が現れるのはこの性質による。
また心筋細胞や重要臓器でも増殖するため、命にかかわることも理解いただけるであろう。
HPAI H5N1 で死亡したヨーロッパノスリの研究がある: Caliendo et al. (2022) Pathology and virology of natural highly pathogenic avian influenza H5N8 infection in wild Common buzzards (Buteo buteo)。11羽中9羽に脳の壊死、7羽に心筋壊死が見られた。
少なくとも H5 亜型においては低病原性ウイルスの HA 開裂部位の塩基配列に比較的少数の変異が加わるだけで塩基性アミノ酸が並ぶようになる。実験的にもニワトリに継代接種を行うことで LPAI が HPAI に変化することが示された
[Ito et al. (2001) Generation of a Highly Pathogenic Avian Influenza A Virus from an Avirulent Field Isolate by Passaging in Chickens。これが実証されたのは世界初だったとのこと。10回弱程度の変異が起きると K と R ばかりが並ぶウイルスができ得る様子がわかる]。
これが H5、H7 亜型が強毒化しやすい原因と考えられる。
ただし毒性には他の遺伝子も関連があり (例えばウイルスを増殖させるポリメラーゼ遺伝子) HA の開裂部位のみが毒性や宿主特異性をすべて決定するわけではないが、上記メカニズムは現在問題の高病原性 H5 に関係するものなので話だけでも知っておいてよいだろう (*2)。
[野鳥と鳥インフルエンザ (4) 自然界の高病原性鳥インフルエンザの由来]
ここまでの説明をある程度理解していただければ、自然界に高病原性鳥インフルエンザはもともと存在しないこと、そして人工的条件で生まれ、野生動物に持ち込まれた病気であることを納得していただけるであろう。
高病原性鳥インフルエンザとは人が家畜を扱うようになって生まれたもので、鳥インフルエンザウイルスは長年月に渡って水鳥にとってほとんど無害なもの (つまり低病原性の平衡状態) だったのである。
歴史的には高病原性鳥インフルエンザがかつて養鶏場から野外流出してアジサシ類の集団死が起きた程度のことはあったが、病原性があまりにも高かったためそれ以上に広がらず、現在のような異常な状態には至らなかった。現在の状況がいかに異常であるかは過去の事例が示してくれている。
現在の異常事態は自然に起きた「天災」ではなく、人為がもたらしたものであることを改めて理解しておきたいし、自信を持ってそのように説明していただいてよい。
[野鳥と鳥インフルエンザ (5) (鳥)インフルエンザの亜型の意味]
さて、H5N1 とか H5N8 とかは何なのか、いったい何が違うのか、それとも実質同じものなのか疑問をお持ちの方も多いであろう。復習になる方も多いと思うがインフルエンザウイルスについて簡単に整理しておく。よくご存じの方は読み飛ばしていただいて構わない。
インフルエンザウイルスには A-D の型があるが、ここで問題となるのは A 型なので A 型のみを扱う (この「型」が「属」に対応していて、インフルエンザウイルス全体では4属4種だそうである)。鳥インフルエンザは A 型。B 型はほとんどヒトのみに感染し病原性も弱め、など。
新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) もインフルエンザウイルスも一本鎖 RNA ウイルスである点は共通しているが、SARS-CoV-2 では1セグメントのみからなる遺伝子構造であるのに対して、インフルエンザウイルスは8個のセグメント (分節。別々の RNA 分子) からなるずっと複雑な構造を持っている。
SARS-CoV-2 の場合には RNA の複製の際に生じるエラーで変異が積み重なって新しい株が生まれる仕組みだが、インフルエンザウイルスの場合は複数のセグメントに分かれているために RNA の複製の際に生じるエラー以外にも新しいタイプのウイルスを作る機構が存在する。変異速度を上げて宿主の免疫から逃れて生き残るのがインフルエンザウイルスの生き残り戦略と言ってもよいだろう。
同じ細胞が2つの異なったインフルエンザウイルスに同時感染した場合、複数のセグメントの間で入れ替わりが生じることがある (遺伝子再集合 reassortment という; お菓子などの「アソート」と同じ。ばらばらになった混ぜこぜのセグメントが再構成される時に新しい組み合わせが生じる *3)。遺伝子組み換えとは意味が違うので注意。
インフルエンザウイルスの H というのは ヘマグルチニン (HA: haemagglutinin) のことで、要するにウイルスが細胞に付着する機能を果たす部分である。
N は ノイラミニダーゼ (NA: neuraminidase) のことで、細胞内で増殖したウイルスが細胞表面に現れたものを切り出してウイルス粒子にする酵素のこと。つまりこの酵素を阻害すればウイルスの増殖を抑えることができ、ノイラミニダーゼ阻害剤という一連の薬剤 (商品名ではタミフルやリレンザなど) はこの酵素を標的としたものである (*4)。
HA と NA には抗原性の異なる (現代では生物の分類と同様に分子系統樹を描いて分類する) いくつかの種類があり、番号を付けて呼ばれる。HA で 18 種、NA で 11 種が現在知られており (亜型という。最近さらに増えて修正した。2025.2 現在)、H5N1 などの名前はその組み合わせを表す。例えば同じ HA であっても少しずつ性質が異なるものがあることは生物の亜種と同様。原理的にはすべての HA, NA の組み合わせが可能であると考えられている。
ちなみにヒトで過去にパンデミックを起こしたことが知られているインフルエンザウイルスは H1, H2, H3 である。H5 にもその能力があるかははっきりわからないが、いくつかの変異を導入すると哺乳類から哺乳類 (実験室でよく使われるのはヒトに似た性質を示すフェレット) に感染するウイルスを作ることができることは実験的に確かめられており、哺乳類への感染が警戒されている所以である
[参考: 哺乳類間で伝播しうる鳥インフルエンザウイルス、
リスクの高い研究に関する論文の掲載 (Nature 2012) のようにこの研究結果を公開すべきか議論を呼んだ] (*5)。
HA と NA は異なるセグメントに乗っているため、遺伝子再集合で別々の HA と NA を持つウイルスが比較的簡単に作られる。つまり同じ H5 亜型であっても NA が入れ替わったウイルスも生じる。これが H5N1 が流行したり別の年には H5N2 や H5N8 に変わったりする仕組みである。
現在問題となっている H5 ははるか昔 (1996年ごろ) に生じた高病原性の系統が継続しているもので、NA は入れ替わることがあるが高病原性の性質は維持されている。
[野鳥と鳥インフルエンザ (6) 高病原性 H5N1 の出現]
この高病原性 H5 (H5N1) が最初に (少なくとも世間的に) 明るみに出たのは (鳥インフルエンザなのに) なんと鳥ではなく、1997 年香港で人が感染した事例に始まる。ちょうど同じ時期に香港のニワトリでも鳥インフルエンザの発生があり、香港中の 150 万羽のニワトリを 1997 年末までに処分することで流行は終息したが、18 人が感染し6名が死亡した。この時はあるいは人から人感染かと懸念されたが人の間では大きな流行に至らなかった。
ちなみにタミフルは当時はまだ使えず、伝統的な抗インフルエンザ薬であったアマンタジンが使われた。
当時までは鳥インフルエンザは人に感染しない (いわゆる「種の壁」) と考えられていたため、防御も行わずに病気のニワトリをさばいたりしていたのであろう。
この株が最初に見つかったのは 1996 年に中国のガチョウから見出されたものであったため、現在問題となっている H5N1 の発見は 1996 年とされる。
その後しばらく小康状態が続いていたが (中国や東南アジアで局地的に発生していたものと思われる。2000年にはベトナムで多数のニワトリが死んでいた
とのことで地方病のような状況だったらしい)、2003 年に再度大規模な拡大があり、韓国の家禽で発生したしばらく後、2004年1月日本でも山口県の養鶏場で発生 (日本での HPAI 発生は 79 年ぶりのことであった)、2月大分県で小規模な発生があり、2-3月京都府の養鶏場で大規模な発生があった。
当時はこの時期に韓国から日本への渡り鳥のルートは知られておらず、何がウイルスを持ち込んだのか議論がなされていた (人の往来も十分多く、人が運んだ可能性もある *6)。
ほぼ同じころベトナムやカンボジアで人への感染も相次ぎ、1人感染がある度に報道されるぐらいであった。高病原性の定義は家禽に対するものであるが、人に対しても毒性が高く未治療では 50% が死亡すると見積もられていた。毒性が高いままで人から人へ簡単に感染するようになるとどのようなことになるか、特に専門家の間では大変恐れられていた。
[野鳥と鳥インフルエンザ (6) 2005 年青海湖の大事件]
日本での発生が一段落したため日本では鳥インフルエンザへの関心は次第に薄れて行ったが、2005年4月末から6月にかけて世界を震撼させる事件が中国青海省の青海湖で起きた [Chen et al. (2006) Properties and Dissemination of H5N1 Viruses Isolated during an Influenza Outbreak in Migratory Waterfowl in Western China を参照]。
この時に最初の感染例として見つかったのがインドガンであり、この論文によれば5月4日に2羽が死んでいるのが見つかり、翌日には 105 羽が死んだ。この感染爆発で最終的にインドガン 3282 羽、全体で 6184 羽の死体が回収されたとのこと。
ウイルスの系統解析の結果からインドガンが最初に保有していたウイルスが他の種類に感染したことが示されている。これ以来、鳥インフルエンザに関心を寄せる人たちの間でインドガンの名前は忘れられないものとなり、そしてそもそもなぜインドガンなのか不思議に思われていた。
これは高病原性鳥インフルエンザが渡り鳥に大規模感染を起こした前代未聞の事例となった。人に感染することもあって致死率が高いことはすでにわかっていたため、もし渡り鳥を通じて世界に拡散し、その経緯で人から人感染を起こすウイルスが生まれると大惨事になりかねないと考えられた。
養鶏場や地域感染にとどまっている間はまだともかく (当時までは東南アジアでの人感染が中心であったため、もしパンデミックが起きるならばそこから発生することを前提としたシミュレーションも行われていた。例えば東南アジアのある都市で人から人感染を起こす株が出現した場合、発生後何時間以内に半径何km以内の住民全員にタミフルを投与すれば拡大を防げるかなど調べられていたが、現実的にはほぼ達成不可能な数字が出るのみであった)、H5N1 はもはや制御不能と多くの専門家は考えた。
当時 Nature がこの事象を受け、5月に早々と On a wing and a prayer との記事を出した。
渡り鳥に大規模感染が起きた以上パンデミックは時間の問題との認識が強かった。もはやアジアだけの問題はなく世界中どこで発生するかわからない。どこにいてもパンデミックからは逃れることはできない。
1918 年に多くの人を犠牲とし、結果的に第一次世界大戦を終結させることになった通称「スペイン風邪」と呼ばれる新型インフルエンザを引き合いに出している。これは H1N1 亜型のパンデミックであったが、それでもまだ低病原性であり (1918 年のパンデミックの前に野鳥や養鶏場で集団死があった報告などはなかった)、
1918 年に比べて飛躍的に進んだ移動手段のある中で高病原性のパンデミックが起きればどうなるか、想像を絶するとの文脈である。
これほどの大事件であったにもかかわらず、日本での扱いは極めて小さかった (科学報道が重視されないことが痛感される)。
青海湖での発生が終結すると (つまり感染した鳥がすべて死ぬか移動していなくなった)、世界は一時的に平穏を取り戻していた。しかしこの間にロシアやモンゴルで感染が拡大していたのであった。
英文報道のような通常ルートで入ってきていた情報は8月にモンゴルのオオハクチョウでの感染が見つかったというもので、事例としても少なく、渡り鳥が運んだのか、あるいは人為的に運ばれた可能性があるのかなどの小規模な議論や現地調査にとどまっていた。
日本野鳥の会の金井裕 (2007) 「野鳥の渡りや生態と感染拡大の関係」「鳥インフルエンザ」 に収録 (北里大学農医連携学術叢書 3号) によれば野鳥一般に繁殖期であまり移動しない時期で、オオハクチョウは換羽でそもそも飛べない時期であり渡りで運ばれたと考えるのには無理があるとの考察がある。
[野鳥と鳥インフルエンザ (7) 2005 年ロシアでの大進展]
事態をある意味で一変させたのが、Recombinomics 社 (バイオのベンチャー企業?) の Henry L Niman によるもので、彼は協力者とともに海外ニュースを集めてロシアで鳥インフルエンザ感染が起きていることを見つけていた。
当時は現在のようなオンラインの機械翻訳サービスも限られていたが、彼らはその初期のサービスを用いてロシア語の現地ニュースを翻訳して読んでいたのだった。
Niman の論点は終始渡り鳥が H5N1 を運んでいるというもので、彼らはその文脈に合うニュースのみを選んで紹介していたのだった。
当時はまだウイルスを運ぶ主役は渡り鳥なのか人の移動によるものなのかよくわかっていない時代で、一方的視点だけでニュースを提供されると自然保護側としては看過できない状況であった。ロシアの農家による渡り鳥撃ち落とし計画なるものも報道され、それは日露渡り鳥条約にも関わる問題であるとの指摘も獣医師の方よりいただいた (話題作りの記事だったようで、実際には大規模には行われなかったようである)。
彼らと同じようにロシア語の現地ニュースを機械翻訳して読むと大規模養鶏場で発生したものが広がって、など彼らが紹介しない記事も多数あるため機械翻訳での紹介を始めたのが自分が鳥インフルエンザ問題に (世界的な文脈で) 関わったきっかけであった (ロシア語をしっかり勉強すべしと感じたのはこの後の話)。
ちなみに当時のロシアはまだソ連崩壊後の経済危機状態を脱しておらず、研究者も研究費を得るのが大変だった時期にあたる。当時のロシア発行の猛禽類保護の専門雑誌 Raptors Conservation に記事 Lapshin (2005)
People, Birds and Viruses. What is the Arboviruses and Avian Influenza and How do they Threaten Raptors?
があったが、鳥インフルエンザ騒動は少なくとも一部の研究者にとっては「救世主」のようなもので、渡り鳥に責任を押し付けることはウイルス研究者にとっても研究費獲得に有利で、野鳥保護関係者には迷惑な話であったとのこと (論文はロシア語・英語併記であるが上記肝心のところは英訳されていない。英語でニュアンスを伝えるのは難しかったのであろう)。
ロシアの経済状況は厳しいものであったが、情報公開には意外に熱心で最初の発生地であるノボシビルスク近郊の発生地点の詳細な地図までオンラインで入手することができた。
ロシアの野鳥に関係の深い英文のメーリングリストにも翻訳情報を投稿したりしていたが、
この活動が BirdLife の鳥インフルエンザ担当者の目にとまり、BirdLife が主宰するメーリングリストに加えてもらい、ボランティアによる国際的な感染症ホットラインである ProMED にも情報を提供するようになった。
ProMED は SARS の発生を最初に感知したり、新型コロナでも的確な情報を最初から提供するなど信頼性の高い感染症の情報源である。鳥インフルエンザはもちろん最も重要なテーマの一つであったが、あまりにも急速に進展してボランティアベースでは世界情報を追えなくなったり、それまではロシア在住の情報提供者があったがその時期はいなくなっていたと聞き、提供した情報は役立っていたようである。
そのメーリングリストは Nature の記者もオブザーバー参加していて、我々の活動に注目していたようである。
[野鳥と鳥インフルエンザ (8) そして 2005-2006 年ヨーロッパへの進展と新型インフルエンザ騒動]
ロシア進展の間はほぼシベリア横断鉄道に沿うように西進していった。これも解釈に悩む要因となっていた。物流の大動脈であり周辺には養鶏場も当然ある。渡り鳥の移動に伴って拡大したものか、養鶏場で発生したものが人や物の移動に伴って運ばれていたのかを区別することは難しい。
この経路は Gauthier-clerc et al. (2007) Recent expansion of highly pathogenic avian influenza H5N1: a critical review にも示されており、ここでは人や物の移動に伴って運ばれたことを圧倒的に支持すると述べられている。
上記 Lapshin (2005) によれば検査のための物資が圧倒的に不足していて、現実の進展を反映していたものかもよくわからないようである。
日本を含め、世界のメディアが注目したのは同年の 10 月にルーマニアなどヨーロッパで発生してからであった。この年には日本ではとある国政選挙があり、報道関係者はそちらの取材に忙殺されていたため世界がこんなことになっているとは知らなかった、と後に聞いた。
世界の一流誌はいずれもこのころ大特集を組んでいた。例えば TIME は青海湖でレンジャーの目の前でインドガンがよろめきながら死んで行く様子を生々しく伝えていた。
同年 TIME 9/26 号 "Avian Flu Death Threat" より冒頭の引用と抄訳:
But for migratory birds, the island-actually a small peninsula protruding
into Qinghai Lake, China's largest saltwater lake-is the avian equivalent
of a busy international airport.
人々にとっては秘境かも知れないが、青海湖の小さな半島は渡り鳥にとって込み
合った国際空港のようなものだった。
his daily rounds near an area popular with bar-headed geese when he spotted
something he'd never seen in his two decades at the reserve.
青海湖のレンジャーは 20 年来観察を続けてきたが、それは初めて目にする光景
だった。
"It was walking so strangely, wobbling from side to side as if it were
drunk."
群れから離れた1羽のインドガンが、まるで酔っ払っているかのように揺れな
がら歩いていた。
"This goose seemed to be shivering."
あのガンは震えているのではないか・・
その瞬間から起きた世界の戦慄の反応は、"If that sounds like an alarmist's
hype, it's not." 警告家の誇張のように聞こえるかも知れない・・しかしそれは
本当なのだ。
ルーマニアで発生となるとロシアとの間はどうであったのか気になるところであったが、報道をチェックするとウクライナでもそれを疑わせる事例がすでにあったらしいことがわかった。住民の証言レベルの話だったが当時のウクライナの体制がいかなるものであったを多少なりともうかがうことができた (現在なぜあのような事態になっているのかの遠因もわかるような気がした)。
ウクライナでの発生が正式に報告されたのはこの年も終わりに近づいてからのことであった。
2005 年中のヨーロッパでの発生はまだ散発的であったが、2006 年に入ってから大発生が相次いだ。
ギリシャではアオガンの死亡もあり、当時 BirdLife 担当者の Richard Thomas が「養鶏場のウイルスがこんな貴重な鳥を殺している!」と怒り心頭のメッセージを記していた。
ドイツ北部のリューゲン島でハクチョウ類の集団死があり、真冬の最中に防護服を着て非常に重いハクチョウ類の死体を回収する担当者がどれだけ重労働であるかも述べられ、都市部で発生が起きた時には市内に幾重にも防疫線が引かれるなど日常生活への影響もかなりのものであったそうである。
人々をさらに驚かせたのが2006年1月にアフリカのナイジェリアの農場で発生したことである。そして隣接するニジェール、カメルーン、ブルキナファソ、スーダン、コートジボワールへと2-4月にかけて次々と波及した。
設備の揃ったヨーロッパならばまだ封じ込めも可能であろうが、アフリカの最も貧しい国々に定着すると絶望的であると考えられた。食料も十分でないアフリカで先進国同様の家禽の処分を行わざるを得ず、関係者の苦悩も大変なことであっただろう。
先述の Gauthier-clerc et al. (2007) によれば感染地域からナイジェリアへひなの空輸があったことが BirdLife により報告されている (先述の BirdLife が主宰するメーリングリストでも空輸される現場を実際に見たとの目撃レポートが報告されていた)。
あくまで当時の事情下ではあったが、H5N1 がもしヒトの間でパンデミックとなった場合の対応についてもさまざまな問題が投げかけられた。行動制限や感染者が増えて社会が回らなくなった場合の対応などシミュレーションも行われていたが、新型コロナウイルスに対して活かされただろうか。なお人と話をする時は最低 2 m の距離をとる、お互いの方を向いて話さない、などの対策も当時から提案されていたものである。
予防方法はワクチン (*8) となるが、当時はまだインフルエンザワクチンは従来の方法で作られていた (これを執筆中の現在も同様)。つまり発育鶏卵にウイルスを接種して培養し、そこから取り出したものを断片化してワクチンの原料とするものであった。
このような製造ラインはパンデミックが起きても簡単に増やせるものではなく、また鳥インフルエンザが流行している最中に必要な鶏卵をそもそも集めることができるのか、ウイルスの毒性が高すぎて発育鶏卵で十分に増殖しない、そもそもウイルスの出現からワクチンを作るまでには非常に時間がかかるなどの議論がなされていた。
当時の日本はある意味で先進的な対策を準備していて、「日本人しか使わないだろう」と言われたタミフルも迅速診断キットも日常的に用いられており、もし当時 H5N1 のヒトの間でのパンデミックが発生すれば世界でも最も準備が進んでいた国とされていた。タミフルも迅速診断キットも次のパンデミックが必ずいつか起きることを前提に戦略的に整備されていたものだったからである。
(それに比べると新型コロナウイルスに対してワクチンも海外から輸入せざるを得なかった日本の存在感のなさは一体何がそれほど変わってしまったのだろうと愚痴も言いたくなる)
2006 年の春の時期にもまた 2005 年と春と同じような発生があった。
中国青海省ではやはりインドガンを中心とする集団死があった。
2006年6月にはロシア・モンゴルの国境にあるウヴス・ヌール (オブス) 湖で青海湖と同規模の水鳥の集団死が発生したが、情報はほとんど出て来なかった。後にこの発生に関する論文 L'vov (2006) が発表されたことを知って (もちろん一段落してから) 取り寄せてみたがまったく読めなかったため、この論文が文法的に完全に読めるようになろうと一発奮起したのがロシア語独習を本格的に始めたきっかけである (結果的に語学知識が鳥の情報を知るのに想像以上に役に立つことがわかったのは思わぬ副産物となった)。
この当時にはまた注目の発見もあった。2005年10月に 1918 年の「スペイン風邪」が猛威をふるった時期のイヌイットの凍結状態の遺体からウイルス遺伝子の解読の成功が伝えられ、参考記事、H5N1 との類似性や、起源としての鳥インフルエンザが改めて注目されることとなった。
Kobasa et al. (2007) Aberrant innate immune response in lethal infection of macaques with the 1918 influenza virus はこの遺伝情報をもとにウイルスを再構築することに成功し (*5)、1918 年の「スペイン風邪」が宿主の免疫反応を狂わせて死に至らせるいかに凶悪なウイルスであったかを明らかにした。
同様のことが H5N1 でも起きるのではとの示唆を与える研究であった。
インフルエンザウイルス研究の世界の第一人者である河岡義裕「インフルエンザ危機」(集英社新書 2005) が出版されたのもこの時期で、さらに知りたい方はこの本をお読みいだだくとよい。
H5N1 の発生はいったん下火となり、2009 年にブタ起源 (遺伝子の一部は鳥インフルエンザ由来だった) の新型 H1N1 インフルエンザ [A(H1N1)pdm09] がパンデミックとなったことで H5N1 の話題はしばらく忘れ去られていた。
「スペイン風邪」の末裔 (正確には 1977 年に再登場したもので、保存されていたウイルスが流出したことが原因と言われる) にあたる H1N1 は当時まで流行が続いており、この株はタミフル耐性となっていたため厄介であった (医療現場で使われる迅速判定キットでは亜型まで判別されないため、タミフルを投与しても効かない確率も高かった)。
2009 年の新型 H1N1 インフルエンザは病原性も低く、また多くの人が H1 への基本的な免疫を持っていたため大きな被害は生まなかった。タミフル耐性となっていた従来の H1N1 を駆逐したため、ある意味ではよい面もあった。ただし「新型」ゆえに生活に制約が生まれたり社会的混乱があったことは記憶されておられる方も多いだろう。現在も流行が続いている H1N1 亜型はこの株である。
[野鳥と鳥インフルエンザ (9) インドガン]
自分もなぜインドガンが重要な役割を果たしたのだろうと関心を持っていた一人であったが、インドガンの生態を調べているうちに衝撃の情報を発見してしまった。
インドガンはチベットなどの高地に生息するため、英語で探しても繁殖地での情報がそれほどない。仕方なく中国語で検索をしていた (漢字文化圏の者にとっては種名ぐらいならば判別でき、むしろ比較的簡単であった)。
その最中にインドガンが養殖されている記事を見つけてしまったのである (記事さえ見つかれば機械翻訳で読めばよい。英語圏の者には簡単にできない芸当である)。当時国内・世界ともガン類の研究者はいたが、このことは誰一人知らなかったとのことである。
ガン類の研究者も後から考えると飼育は簡単なので確かに商業利用に使われることは考えても不思議でないと述べていた。
商業的な飼育は 2003 年にラサから 100 km ぐらい南の湖で始まり、さらに規模を拡大していたとのこと。野生個体数が減少していたので 2005 年には飼育個体の野外放鳥も行った (青海湖の発生の後ではあるが)。
珍味であり、消費地である都市部との流通ルートも確保されていたとのこと。
詳しくは以下の論文となっているので参照されたい (第2著者で共著論文となっている。筆頭著者が獣医、第3著者は BirdLife の鳥インフルエンザ担当者):
Feare et al. (2010) Captive Rearing and Release of Bar-headed Geese (Anser indicus) in China: A Possible HPAI H5N1 Virus Infection Route to Wild Birds。
この発見はメーリングリストに参加していた Nature の担当者の目にもとまり、"Blogger reveals China's migratory goose farms near site of flu outbreak" Nature 2006 May 18; 441(7091): 263
という記事としても掲載された。現在はオープンアクセスとなっているようなのでぜひお読みいただきたい。香港在住で中国の渡り鳥での感染論文を Nature に出した Yi Guan も噂は聞いたことがあったが知らなかったとのこと。
2005-2006 年の世界進展の時も話題となっていたのだが、この「青海湖株」には特異な変異がある。それはインフルエンザの遺伝子の一つ PB2 (ポリメラーゼのユニットの一つ) の 627 番目のアミノ酸がグルタミン酸 (E) からリジン (K) に変異しているもので、専門的な表現では PB2 E627K と表記される。この表記で検索するとすぐわかるが、これは鳥インフルエンザの哺乳類への感染力を高める変異としてよく知られたものである (*7)。
先述の 1997 年に香港で人に感染を起こした H5N1 ウイルスにもまさしく同じ変異があった。
この変異は鳥の間のみで感染を繰り返して生じるとは考えにくく、最も素直な解釈は途中に哺乳類への感染が起きたもので、家畜/家禽から獲得した可能性が高い。家禽の集団は上空からも見つけやすく、野生個体が容易に混じることができて、飼育/野生インドガン個体中に定着してインドガンへの感染に適応した株を生み出したと考えると納得が行く。
ラサ周辺ではその後も発生が続き、中国の研究者は渡り鳥が帰ってきたためと解釈しているが、家禽状態のインドガン個体群中に定着していた可能性も考えられる。
BirdLife の組織は基本的に英語圏で漢字文化圏への障壁は高かったようで、日本人ならではの貢献となったかも知れない。BirdLife にも中国の協力者はいたが鳥インフルエンザへの関心は高くなかったようでこのような情報追求はできなかったようである。
この話は実は深いところでここ数年の問題となっている新型コロナウイルスの起源にも関わっているのではないかと考えている (同じようなことに気づいている人はきっと他にもありそうだが)。
先に紹介の ProMED に 2021年3月15日に紹介されたものだが、
WHO Points To Wildlife Farms In Southern China As Likely Source Of Pandemic
というアメリカの公共放送 (NPR) のインタビュー記事がある。残念ながら日本ではこのような情報はほとんど報道されないが、WHO の Peter Daszak が現地視察で何を知ったのか紹介されている。
Peter Daszak の言葉で印象的な発言を紹介しておこう (以下の article とは 2020 年 Scientific American の記事を指す):
He praised her and defended her staunchly in the article, which notes
that Shi and he are "long-term collaborators". Daszak said:
"Shi leads a world-class lab of the highest standards...
It's crystal clear that bats, once again, are the natural reservoir.
"crystal clear" の表現があまりに印象的。(新型コロナウイルスがコウモリからやってきていることは) 水晶のように澄み切った、一点の曇りもない。
中国では野生動物を捕獲して養殖する政策がこの 20 年行われてきて、都市部と農村の貧富の差の解消にに奏功していたとのこと。この成果については NPR が 2020 年にすでに報道していた。
NPR はアメリカ合衆国の非営利・公共のラジオネットワークと wikipedia にあり、これまでにも H5N1 は渡り鳥が運んでいるのか (2005-2006 年当時の状況)、などの数々の重要な専門家インタビューを紹介してきていた信頼度も高いとされるメディアである。
Peter Daszak 氏は 2020 年 Scientific American の記事 How China's 'Bat Woman' Hunted Down Viruses from SARS to the New Coronavirus (2020年6月1日)
で中国のコウモリのウイルス研究者の Shi Zhengli = 石正麗 (セキセイレイ) をインタビューし、高く評価していた。この記事は日経サイエンス7月号 (2020) に掲載されたとのこと (これは読んでいない)。
Shi Zhengli が新型コロナウイルスの発生報告を聞いた時どこにいて何をしていたのか、この記事に記載されているので (インドガンの話題から少し離れるが) 2020年3月11日にオンライン公開され、4月27日に改訂された当時の記事の部分抄訳を紹介しておく ([kbird:03001] コロナウイルスの起源 2020.5.6より):
SARS の発生以来 16 年コウモリのウイルスを求めて遠征を行ってきたとのこと。初めて新型肺炎のニュースを聞いた時、もっと危険な中国南部ではなく中央部の武漢で発生するとは考えておらず、中央政府が何か間違えたのかと思ったとのこと。本当にコロナウイルスならばうちの研究所が起源の可能性があるかと考えた。
(コウモリのウイルスを求めての遠征で) horseshoe bat species の3種に SARS に対する抗体を見つけたとのこと。Shitou Cave 洞窟へと絞り込み、5年の研究で多数のコウモリ由来のコロナウイルスを見つけた。多くのものは無害だったが
SARS に近いものが 10 ぐらいあった。人間の肺細胞に感染し、ネズミで SARS に似た病気を起こした。
(これらの研究の結果、現在 SARS の起源とされる野性動物にたどり着いた)。
この洞窟近くの村の住民を調べて 3% に SARS 類似コロナウイルスへの抗体を持っていることを明らかにしたが症状はなかった。
その3年前に鉱山で6人が肺炎になって2人が死んだ事件で調査を依頼され、鉱山で多数のコロナウイルスを見つけた。
コウモリの糞で地獄のようだった。その時の原因は真菌だったが閉鎖していなければコロナウイルスに感染するのは時間の問題だった。
1年以上前に彼女らのチームは2本の総説論文を出版し、コウモリ由来のコロナウイルスの危険性を訴えていた。
昨年12月30日武漢へ戻る列車の中で、患者のサンプルを検査する方法を同僚と相談していた。16 年間自分が準備してきた最悪の悪夢と戦っているように感じた。PCR でコロナウイルスに共通の配列を確認。他の研究所に送って完全配列を解読。
その間に実験室の過去数年の記録と照合し、実験ミスで漏洩があったのかを調べた。
洞窟のサンプルに該当するものがなかったことがわかって胸をなでおろした。「心の重しがようやく取れました」「数日間一睡もできませんでした」
2021 年の調査 Daszak 氏の率いる WHO チームは中国の研究者とも長年の信頼関係があり、論文発表前の資料なども得られたのであろう (*9)。
鳥インフルエンザに戻って、希少種インドガンを養殖して商用利用とともに野生個体を増やす事業が行われていたわけであるが、まさにこのプロジェクトの一つだったのではないかと考えると時期的にも非常によく符合するように思える。
あくまで想像に過ぎないが、もしインドガンに適応した H5N1 の株が生じていなかったら事態はどうなっていただろう。渡りのカモがやってくる状態でも HPAI H5N1 が出現した 1996 年から長い間渡り鳥の間に大きな問題は生じていなかったので、もしかするとインドガンに人為が関わっていなければ今でも中国と東南アジアの風土病程度にとどまっていたのかも知れない。
なお、現時点の HPAI H5 は渡り鳥が運搬していることは明瞭である。日常的に発生するようになった時期からはそうでないかと思われる。特に最初に述べた 2020 年以降の拡大速度はそれまでにも増して大きく、既知の渡り経路にも沿うものになっている。
青海湖株の発生当初に比べて野鳥への毒性が弱まり、一部の鳥に適応して渡りながら感染を拡大させることができるようになったと考えられている。[野鳥と鳥インフルエンザ (3) 高病原性はなぜ生じる] で述べたような自然界では不安定な高病原性状態が次第に低病原性に移行してゆく過程を見ていると考えられる。
ただし現在問題となっている株は変異によって毒性を高めている。一部の宿主には毒性が低く容易に運搬できるものの他の種類には毒性が強いことはあり得る。
現時点の HPAI H5 は渡り鳥が運搬できるようになったとはいえ、これを過去まで遡って適用するのは拡大解釈であろう。2005-2006 年の拡大パターンは渡り経路にも時期にも合わない点が多く、現時点の拡大パターンとはかなり異なっている。
現在では今も昔も同じように考えられがちであるが、当時の詳しい情報に基づく分析については前述の金井裕 (2007) 「野鳥の渡りや生態と感染拡大の関係」や Gauthier-clerc et al. (2007) をお読みいただければと思う。当時も指摘されていた点であるが、当時の鳥インフルエンザは同一国内ではすぐに広まるのに国境を越えるのには時間がかかったのは人や物の移動が関係していたことの表れとも言えるだろう。
Yang et al. (2024) Synchrony of Bird Migration with Global Dispersal of Avian Influenza Reveals Exposed Bird Orders
のウイルスゲノムの研究で 2.3.2.1 (過去の系統) では渡りとの相関があまり見られなかったが、2.3.4.4 (2010-2017) で相関が見られるようになり、2.3.4.4 (2018-2023) では相関が一層強まり、渡り鳥が主な運び屋になったのは 2.3.4.4 以降のよう。2.3.2.1 では移動に季節性が見られなかった。
ただし渡り鳥の経路についてはよくわかっていない部分も多く限界もある。著者はカモ目に加えてタカ目も渡りで運ぶ可能性も考えているようだが (ミサゴの写真が使われている)、2次感染や重点サンプリング種などの考察は不十分でやや誤解を招く可能性がある印象を受ける。
Zhang et al. (2022) Airborne Avian Influenza Virus in Ambient Air in the Winter Habitats of Migratory Birds
越冬期の水鳥周辺の空気に含まれるウイルスを検出したもの。オナガガモ、コガモなどとの相関が高かった。もちろんウイルスが含まれているからと言って空気感染する可能性があるとは言えないことに注意。
一時期「鶏インフルエンザ」の名前が使われたことがあったがこれはもちろん正式用語ではない。
Birder (2004) 18(7): 68-69 で編集部による記事で「野鳥と鳥インフルエンザ公開シンポ」の対談を取材した記事がある。主な感染相手はニワトリで「鳥インフルエンザ」と書くより「鶏インフルエンザ」と書くほうが正確だろう (動物衛生研究所 山口成夫氏の講演に基づく)。
野鳥関係者に対する講演なのでそのような表現を使われたかも知れないが、Birder のこの記事は「鶏インフルエンザ」とすべきところをマスコミが「鳥インフルエンザ」と報道したと誤解を招いた可能性があるように思う。
なお、海外でも「鶏インフルエンザ」に対応する poultry flu を世界進展の際に使われた方があったが、これは屈辱的な意味で用いられたもの。「養鶏場のウイルスがこんな貴重な鳥を殺している!」に相当する怒りの表現であった。日本で少し使われた用例とは意味が違い、当時の日本の鳥学者からもこのような見解はあまり聞かなかった。
2004 年のことでまだ理解が進んでおらず、やむを得ない部分もあったかも知れない。
Uyeki et al. (2024) Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Virus Infection in a Dairy Farm Worker
で2024年3月家畜からヒトへの感染が確認された。PB2 E627K を持っており、哺乳類への感染力を高める変異があるが、HA の方は鳥タイプのもので哺乳類の間で効率的な感染する能力はなさそうだが注意は必要らしい。
Restori et al. (2024) Risk assessment of a highly pathogenic H5N1 influenza virus from mink
ミンクから分離された株はさらなる PB2 T271A の変異を持ち増殖能力を増しているが致死率は下げ、"空気" 感染をより容易にしている。
A/American wigeon/South Carolina/22-000345-001/2021 (アメリカヒドリ) は北米に導入された早期の株でフェレットに対して弱い病原性を示したが、A/Bald eagle/Florida/W22-134-OP/2022 (ハクトウワシ) は北米の LPAI と遺伝子再集合を起こしたものでフェレットに対して強い毒性を示したとのこと。
まだ効率的な空気感染の能力はないものの、2.3.4.4b H5N1 の系統に少し変異が加わるとパンデミック株になる能力を持つ可能性がある。インフルエンザに免疫を持たないフェレットを用いた実験だが、多くの人が H1N1 や H3N2 を経験していて H5N1 にどの程度の交差防御機能があるかも考察されている。
Meade et al. (2024)
Detection of clade 2.3.4.4b highly pathogenic H5N1 influenza virus in New York City
ニューヨークの鳥でも 1927 検体中6例に検出された (カナダガン、猛禽類、ニワトリ)。
Guan et al. (2024) Cow’s Milk Containing Avian Influenza A(H5N1) Virus - Heat Inactivation and Infectivity in Mice
感染した牛の生乳からマウスに感染する可能性が見つかったとのこと。牛のウイルスは1クレードで牛への導入は1回の現象だったとのこと。
Carrasco et al. (2024) The mammary glands of cows abundantly display receptors for circulating avian H5 viruses (preprint)、
Nelli et al. (2024) Sialic Acid Receptor Specificity in Mammary Gland of Dairy Cattle Infected with Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Virus
牛やヤギの乳腺に H5 受容体機能 (鳥型のリセプター) がある。
Eisfield et al. (2024) Pathogenicity and transmissibility of bovine H5N1 influenza virus
現在牛で広まっている HPAI H5N1 は乳腺を含めた全身の細胞で増える (ただし乳腺を好む傾向は HPAI H5N1 の古い株でも同様とのこと)。このウイルスはヒトの上気道の受容体に結合し、効率は悪いがフェレットの間で感染する。哺乳類に感染しやすい特徴を持っている可能性がある。
Caserta et al. (2024) Spillover of highly pathogenic avian influenza H5N1 virus to dairy cattle。疫学的に牛から牛への効率的な感染が起きている証拠があり、一見健康に見える牛を別の州に運ぶことで感染が広がったと考えられる。
実験により牛の呼吸器ではあまり増殖しないが乳腺からミルクが主なルートとなっている: Halwe et al. (2024) H5N1 clade 2.3.4.4b dynamics in experimentally infected calves and cows。
アメリカミズーリ州で家畜との接触歴のない人の感染があった: Is bird flu spreading among people? Data gaps leave researchers in the dark (Nature news 2024.9.19)。
牛への感染実験 Baker et al. (2024) Dairy cows inoculated with highly pathogenic avian influenza virus H5N1 (2024.10.15) 飛沫により呼吸器から、また乳腺からの感染ルートがある。現在牛の間で広まっている株は鳥からの直接感染が疑われ牛の間で広まった。
最新状況 2024 年秋から冬 Gu et al. (2024)
A human isolate of bovine H5N1 is transmissible and lethal in animal models
2024 年前半に牛の株に感染し弱い呼吸器症状と結膜炎を起こしたが回復したアメリカの作業者から分離された株 A/Texas/37/2024 はフェレットなどの実験動物には効率的に感染し高率で死亡したとのこと。ヒトの培養細胞では結膜上皮よりも肺胞細胞でよく増殖する (注: ヒトでは上気道よりも肺胞細胞に鳥型の受容体が多い)。
少なくとも実験動物系においては現在の牛の HPAI H5N1 は特別な適応なしに致死的な病気を引き起こすことができる。
この株は野鳥のものと大きな違いはなく牛に導入されたもの。2つの変異で哺乳類で効率的に感染を起こすようになったと考えられる。病原性を高めるようになった変異を持つウイルスがその後再度検出されていない点は朗報である
(河岡氏などを含む日本人研究者も多数入ったチームによる 2024.10.28)。
Pulit-Penaloza et al. (2024) Transmission of a human isolate of clade 2.3.4.4b A(H5N1) virus in ferrets (2024.10.28) こちらも関連論文で人から分離された上記論文と同じ株 A/Texas/37/2024 は鳥型の受容体に結合する能力を有したままでフェレットの間で効率的に感染して多量のウイルスが空中に排泄される。
2024 年の牛での集団発生以前の clade 2.3.4.4b クレードのウイルスに比べて病原性、感染性を高めている。
Lin et al. (2024) A single mutation in bovine influenza H5N1 hemagglutinin switches specificity to human receptors (2024.12.5) HA 遺伝子の Q226L の1アミノ酸変異で人型受容体への結合能力を高める。タンパク質の3次元構造予測から分子機構も明らかにされている。
牛の間で感染している間は牛の上気道や乳腺は主に鳥型の受容体からなるため (牛なのに鳥型とややこしい) 鳥型を維持する選択圧が働くと考えられるが、牛から作業員に感染を繰り返すと人型受容体への変異を起こす選択圧となる可能性がある。北半球はインフルエンザの流行期に入っているので重複感染による遺伝子再集合で人に適応した株が生まれる可能性がある (下記の 2024.9.24 Nature review の原稿事前公開も参照)。
南米のミナミゾウアザラシ Mirounga leonina で野生哺乳類間で感染が起きている証拠: Uhart et al. (2024) Epidemiological data of an influenza A/H5N1 outbreak in elephant seals in Argentina indicates mammal-to-mammal transmission (2024.11.11)
哺乳類から鳥 (分子系統解析からミユビシギやナンベイアジサシ Sterna hirundinacea South American Tern) への感染もある。鳥からアザラシへの直接感染経路は少ないのでアザラシの間で感染が継続していると考えられる。
H5N1 は新しい経路で哺乳類により容易に適応するようになってきていると考えられる。
2022-2023 の期間に南米でどのように拡大したか地図も出ている。アザラシの回遊に伴う拡大も示唆されている。アザラシ類の保全上でも問題となっている。
鳥の間で感染を繰り返している場合より哺乳類の間で感染を繰り返す方が哺乳類に適合した変異が選択されやすいと考えられ、我々にとっても警告のサインとも言える。
こちらも南米のアザラシの間で感染が維持されている証拠: Pardo-Roa et al. (2025) Cross-species and mammal-to-mammal transmission of clade 2.3.4.4b highly pathogenic avian influenza A/H5N1 with PB2 adaptations。
台湾では定着してしまった: Li et al. (2024) From emergence to endemicity of highly pathogenic H5 avian influenza viruses in Taiwan。ウイルスの分子系統解析より。clade 2.3.4.4c で上記のものとは少し違う系統。2015-2019 年の間にどのような形で感染が維持されたか推定している。
2015 年に大きな流行があった。台湾ではニワトリの間で感染が維持され、カモはあまり関わっていない結果となっている。
家禽の移動や渡り鳥の移動は主要な要因ではない。2023-2024 年の台湾での発生は大部分が Yunlin (雲林県) で起きている。家禽の間なので封じ込めができる性質のもの。
台湾に渡るマガモは日本などに比べて少数なので渡り鳥の影響はより限定的なものになっているのかも。
Sultankulova et al. (2024) Reassortants of the Highly Pathogenic Influenza Virus A/H5N1 Causing Mass Swan Mortality in Kazakhstan from 2023 to 2024 (写真あり)
2023-2024 年の冬のシーズンにカスピ海東部の沿岸の Lake Karakol でコブハクチョウとオオハクチョウの集団死があり、複数の遺伝子が別の種類の鳥に由来する遺伝子再集合の結果生じた株と判明した。
過去にカザフスタンで起きた集団感染とは遺伝的に異なる。
PB 遺伝子には哺乳類への適応を示す変異も存在した。
カザフスタンのこの地域はさまざまな地域からの渡り鳥の越冬地にあたる。また周囲にニワトリも少なく家禽から感染した可能性は低い。長距離の渡りルートに沿って複雑な遺伝子再集合が起きたと考えられる。
最も最近の集団感染の事例は 2022 年にあってカスピ海西部沿岸のロシア側でニシズグロカモメ Ichthyaetus melanocephalus、(カスピアカモメ) Larus cachinnans Caspian Gull、オニアジサシやハイイロペリカンが犠牲となったとのこと
[Sobolev et al. (2023) Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Virus-Induced Mass Death of Wild Birds, Caspian Sea, Russia, 2022 2022年5月]。
この地域で鳥が死ぬことは普通にあるがよく調べられていない。
続報 Kydyrmanov et al. (2024) Mass Mortality in Terns and Gulls Associated with Highly Pathogenic Avian Influenza Viruses in Caspian Sea, Kazakhstan (写真あり)。
Bruessow (2024) The Arrival of Highly Pathogenic Avian Influenza Viruses in North America, Ensuing Epizootics in Poultry and Dairy Farms and Difficulties in Scientific Naming
アメリカを中心とした拡大経緯について。2014 年以前に HPAI H5N1 が検出された証拠はない。2014 年以降突然状況が変わってしまった。
Wille et al. (2024) A call to innovate Antarctic avian influenza surveillance
南極大陸に到達してしまっているが現地には検査施設がない。
Bennett-Laso et al. (2024) Confirmation of highly pathogenic avian influenza H5N1 in skuas, Antarctica 2024
2024.2.28 に複数のトウゾクカモメ類の死体が James Ross Island 付近で見つかり、チャイロオオトウゾクカモメ (ミナミオオトウゾクカモメ) Catharacta skua Brown Skua (種概念が複雑なので代表的表記とした) のサンプルから確認された。
Fildes Peninsula でのトウゾクカモメ類が減少した理由を説明できる可能性がある。
北半球の海鳥コロニーでの発生に比べて南極大陸での発生規模が小さいとはいえ、ペンギン類も感受性があることがわかっていて懸念される。
2023 年初めの South Shetland Islands にはまだ到達していなかったと考えられる: Munoz et al. (2024) Lack of Highly Pathogenic Avian Influenza H5N1 in the South Shetland Islands in Antarctica, Early 2023。
Lisovski et al. (2024) Unexpected Delayed Incursion of Highly Pathogenic Avian Influenza H5N1 (Clade 2.3.4.4b) Into the Antarctic Region。
南極大陸をとりまくように 2023-2024 年にすでに複数の疑い例があり、このフライウエイからオセアニアに入る可能性がある: Plaza et al. (2024) Potential Arrival Pathway for Highly Pathogenic Avian Influenza H5N1 to Oceania。
Moutinho (2025) Deadly avian flu strain is spreading rapidly in Antarctica (Science, 2025.3.13) 南極大陸で急進展中。調査から持ち帰ったサンプルから判明。
南極大陸では小さな島に大きなコロニーを作って繁殖するため大変危険である。1つの島が個体群の 90% をなす種類もある。クルーズではほんの一部を短時間で通り過ぎるに過ぎず全貌がわからない。昨年ペンギンの集団死のあった場所は大丈夫に見えて免疫を獲得した可能性がありこの点は朗報である。
インド洋からオーストラリアは現在このウイルスの到達していない地球上唯一の場所で、ひとたび侵入するとどれほどの被害が生じるか非常に懸念される。
Iervolino et al. (2025) The expanding avian influenza panzootic: skua die-off in Antarctica (preprint) 南極でトウゾクカモメ類の集団死広がる。Abstract で impact of this poultry-origin disease on Antarctica's unique wildlife とあり、家禽由来のウイルスが南極の独自の生態系に与える影響と、たぶん「けしからん」と言いたいのだろう。
Wannigama et al. (2025) Surveillance of avian influenza through bird guano in remote regions of the global south to uncover transmission dynamics
これまで研究の及んでいなかったグローバル・サウスの 10 か国で 2021-2023 年にグアノのサンプルを採取。無人地域でも多くの種類の鳥インフルエンザが検出され、H5N1 は急激に増えたとのこと。モルジブ、スリランカ、インドネシアなどで検出された。パプアニューギニアの Stuers Islands では H1N1 が多かったなど。
H5N1 陽性のサンプルはソマリアの Bajuni Islands やイエメンの Socotra Archipelago などでも検出されている。個体数の少ない固有種の多い島の名前も散見され心配なところもある。
Caliendo et al. (2025) Highly Pathogenic Avian Influenza in Northern Fulmars (Fulmarus glacialis) in the Netherlands
2024 年 1-2 月にオランダで死亡したフルマカモメから H5N5 株を検出。哺乳類への適応の変異マーカーを持っていた。
ブラジルの家禽での初めての発生 (2025) について: Martins-Filho and Quintans-Junior (2025) Brazil's First H5N1 Outbreak in Commercial Poultry: A Sentinel Event for Cross-Border Preparedness。
Schlachter et al. (2025) High pathogenicity avian influenza H5N1 clade 2.3.4.4b natural infection in captive Humboldt penguins (Spheniscus humboldti)
2022 年の冬に英国で室外飼育されていたフンボルトペンギンで集団死が発生、H5N1 が原因と同定され、ペンギン類も感受性が高いことが明らかになった。
Kuiken et al. (2025) Emergence, spread, and impact of high-pathogenicity avian influenza H5 in wild birds and mammals of South America and Antarctica 南米から南極にかけて広がった HPAI H5 の主に野生動物保全の観点からのレビュー。
まだアイデアのみだが、1918 年のパンデミックに馬が関与した可能性は? Furmanski and Murcia (2025) Did horses act as intermediate hosts that facilitated the emergence of 1918 pandemic influenza?
第一次世界大戦の時期で北米で大量の馬の移動があったことを背景に考えられたもの。
2021-2023 年の北米の発生の解析
Damodaran et al. (2024) Intensive transmission in wild, migratory birds drove rapid geographic dissemination and repeated spillovers of H5N1 into agriculture in North America (preprint)
ウイルスのゲノム解析の結果から 2021-2023 年に北米には大西洋 - 太平洋フライウエイを通じて約8回の独立の導入があった。ヨーロッパから大西洋ルートが中心だが、アジアから太平洋ルートで北米への導入も 2022-2023 年に検出された。ヨーロッパや北米の主な株とは異なる系統。
2022-2023 年のシーズンは日本でも野鳥の間で大きな発生があったが、水鳥の繁殖地域のロシアの情報はほとんどわからない。北米にも及んでいたことがゲノム解析の結果判明し、この時期に北米と渡り鳥の交流のあるユーラシア北東部で感染が広まっていたことがわかる。当時の日本での発生と北米への導入タイミングの関係を考慮して図を見ていただくと明らかになる点があるかも。
感染は主にカモ目、シギ・チドリ類とキジ目 (主に家禽) の間で維持されその他の系統は主に終端宿主だった。野鳥から家禽への感染は独立に 46-113 回起きたと推定。
キジ目では感染が長く維持されない傾向があるがカモ目での持続期間は 0.71 年と長い。シギ・チドリ類も 0.65 年と推定されこれらの鳥がウイルスを維持していると考えられる。
これまで想像されていなかった結果としてフクロウ類を除く猛禽類からカモ目、シギ・チドリ類への感染がしばしば起きている可能性がある。北米で LPAI との遺伝子再集合の結果哺乳類を含む広範な宿主への適応を高めるなどこれまでのウイルスと性質が変わってきている可能性があるとのこと。
ウイルスの野生動物間の動態に猛禽類が関わっている可能性や、これまでと感染パターンが異なってきているのかさらに調査が必要である (論文でも多少示唆されているが猛禽類での発生は気づかれやすくよく検査されるため生じる統計的バイアスによるものかも知れない)。
なおこの論文ではタカ・ハヤブサ類を Raptors とほぼ目に近い扱いにしている (昔のワシタカ目相当)。系統よりも生態を考えるとこのような場合や北米の保全関係者には妥当なグループ名になるのだろう。
Barman et al. (2025) Reassortment of newly emergent clade 2.3.4.4b A(H5N1) highly pathogenic avian influenza A viruses in Bangladesh
バングラデシュの生鳥市場で 2.3.4.4b clade (2022 年日本の株に近い) と LPAI との新しい遺伝子再集合のタイプが見つかった。バングラデシュでは 2.3.2.1a clade (比較的おとなしかった) が流行していて、これまで 2.3.4.4 clade 系統に置き換わることはなかったが今後の動向が注目される。
2.3.2.1a と 2.3.4.4b の間の遺伝子再集合の証拠がある。
人の近くで生息する鳥での調査、カラス類・猛禽類での頻度など
Ringenberg et al. (2024) Prevalence of Avian Influenza Virus in Atypical Wild Birds Host Groups during an Outbreak of Highly Pathogenic Strain EA/AM H5N1
アメリカの人の近くで生息する種類について調べたもの。人の近くで生息する生きた鳥を捕まえる方法ではハト目、スズメ目では陽性サンプルがなかった。 2022-2023 年に弱ったり死んだ鳥を検査した結果では捕食者やスカベンジャーの陽性率が高かった。コンドル科 Cathartidae が特に高く最大 53% に達した。特にカラス類に似た習性のクロコンドルが高く 67.9%。
後者の方法では少数のハト目の例はあったが陽性率も低くリスクは小さいと考えられる。カラス類ではかなり高く、ワタリガラス、ウオガラス、カササギ類、アメリカガラスの順だった。
ツバメ類では少ないかと考えられるがアメリカの Tachycineta 属 (ミドリツバメ、スミレミドリツバメの2種5個体で検出) では意外に高くツバメ科 Hirundinidae 全体で 14%。アトリ科 Fringillidae でも数 % 程度ある。スズメ科 Passeridae や ツグミ科 Turdidae は 1% 未満と低いとのこと。
種ツバメでの検出例はまだないようだが、ツバメ類で鳥インフルエンザが検出された事例はないと言えなった。鳥インフルエンザは基本的に水鳥のウイルスで、非特異免疫の弱いニワトリには感受性が高いとの過去の常識が通用しなくなりつつあるような気がする。
ツバメ類のコロニーで集団発生などの報告はないのだろうか。陸鳥は免疫機能を次第に省略する傾向があり、もし高病原性鳥インフルエンザがこれまで主な標的でなかった陸鳥に本格的に適応すればどうなるのかあまり予見できない感じがする。
タカ類ではミサゴでも 4.9% と意外にある。最も高いのはケアシノスリで 50%、アカオノスリ (26%)、ハクトウワシ (26%) などと続く。ハヤブサ類ではハヤブサが 31% と最も高かった。フクロウ科 Strigidae 全体で 23% とタカ科 20%、ハヤブサ科 15% より高かった。フクロウ科ではアメリカワシミミズクが 38%、コミミズクで 32% などが高かった。食性をほぼ反映していると考えられそう。
他ではタイリクキジで 13% など。詳しくは論文参照。
ユーラシアのケアシノスリには影響は出ていないのだろうか。2006 年のドイツの発生ではヨーロッパノスリ (3.1%)、ハヤブサ (33% ただし少数例) だった: van den Brand et al. (2015) Host-specific exposure and fatal neurologic disease in wild raptors from highly pathogenic avian influenza virus H5N1 during the 2006 outbreak in Germany
この時代とは株の性質や宿主分布がかなり違っているようなので過去の知見をもとにするのは要注意かも。
世界動向や宿主の変化
Li et al. (2024) Spatiotemporal and Species-Crossing Transmission Dynamics of Subclade 2.3.4.4b H5Nx HPAIVs 主にユーラシアで拡大ルートを推定。
2024 年段階の主に野生動物感染のレビュー: Sacristan et al. (2024) Novel Epidemiologic Features of High Pathogenicity Avian Influenza Virus A H5N1 2.3.3.4b Panzootic: A Review。世界の報告例の地図などがある。
2005-2020 年 (ウミスズメ科 Alcidae が多かった) と 2020-2023 年では影響を受けた科の構成がかなり異なっている。
適応した宿主の範囲を広げ、これまで無関係だった種類や地域に及んで絶滅危惧種を脅かしている。ペルーで数千のペリカンやカツオドリ類が犠牲となった。アメリカではこれまで無関係だったカリフォルニアコンドルに感染。
南アフリカでは IUCN EN 種のケープウ Phalacrocorax capensis Cape Cormorant 24000 羽が犠牲に。他にも多数の事例が紹介されており詳しくは論文参照。
(2024.9.24 Nature review の原稿事前公開): Peacock et al. (2024) The global H5N1 influenza panzootic in mammals 現状いくつかの哺乳類の間で感染が起きており panzootic 状態となっている。次がヒトの可能性はあるのか。
従来はブタが鳥インフルエンザをヒトのインフルエンザに変える宿主と考えられてきたが、現在問題となっている牛やミンクなどが知られていなかった経路になる可能性はあるのか。
ポリメラーゼ遺伝子は簡単に変異してすぐ哺乳類宿主に適応できるが、今のところ HA 遺伝子は変異に対して比較的選択圧がかかっているようで現在問題となっている哺乳類の間で感染する株はそれらの宿主で長期維持されていない (もちろんどこかで突破される可能性は残る)。
野生の哺乳類間は長期間維持されないが畜産動物はより大きな役割を果たしていると思われる。
これから秋を迎えるにあたり、ヒトの間で流行するインフルエンザとの間で遺伝子再集合を起こすリスクはある。アメリカでは H5N1 がブタで見つかっていない点は朗報である。
事態が変わってきている現状で家禽にワクチンを投与すべきかの問題もある。野生動物に経口的に与えられる H5N1 ワクチンは存在しない。家禽のワクチンは感染を防止することはできないが症状を和らげる (ウイルス量を減らす) 効果はあり、中国の国家的な家禽のワクチン接種は H5, H7 に対して一定の効果を収めている。一方メキシコの H5N2 ワクチンなどはあまり成功しなかった。
家禽にワクチンを接種することで感染が潜在化したり抗原性の変異を速めるおそれも指摘されている。
ワクチンを接種すると家禽の輸出が制限されるので輸出国はワクチンを使いたがらないが、野鳥の間で enzootic (地域流行) になっている現状では輸出制限規定を見直すべきでは。
World Organization of Animal Health (WOAH 世界動物保健機関。フランス名だった OIE 国際獣疫事務局が 2022 年に改称された) は 2023 年に家禽へのインフルエンザワクチン接種が安全な貿易の制約となるべきではないとの声明も出している。
ワクチン接種を行う場合はヒトで行われているようなモニタリングやワクチン株の更新は欠かせない。
いずれは多様なインフルエンザ株に対する万能ワクチンが開発されることが期待されるがまだ研究の初期段階である。
現在の 2.3.4.4b 系統の H5 ワクチンは確保されており mRNA 技術を用いて大量生産は可能である (COVID-19 の例を見ると実際に使われるまでには結構かかりそうな感じはするが...)。
ヒトのパンデミックとなった場合の重症度はよくわからない。(これまでも言われてきたが) 高齢者は過去の H1N1, H2N2 感染で "刷り込み (imprinting)"
(免疫の刷り込みについては 感染したインフルエンザの亡霊 nature ダイジェスト 2018 を参照 - 原著者の Declan Butler はインドガン事件の時のレポーターでもあった) があって部分的免疫を持っている可能性がある。
1968 年の H3N2 パンデミック以降の者は (抗原性が違うので) より感受性が高い可能性も指摘されている。
2009 年の H1N1 パンデミック (いわゆる当時の新型インフルエンザ) によって部分的免疫があるかも知れない。
図にどの動物からどの動物へ感染が伝わったか、それに伴う遺伝的変化も示されていてわかりやすい。
現在問題となっている北米の株はヨーロッパのものそのままではなく、北米の野鳥の LPAI と遺伝子再集合を起こしたもの。南米にはその株が到達したが、北米では野鳥の LPAI とさらに遺伝子再集合を起こして現在牛などの間で流行する株になっている。
ヨーロッパではユーラシアの LPAI と遺伝子再集合を起こして 2.3.4.4b (そしてこれが北米に広まった)、そしてさらにユーラシアの LPAI と遺伝子再集合で 2.3.4.4b (AB) となり、さらにカモメ類に適応した H13/H16 と別の遺伝子再集合が起きて、2.3.4.4b (BB) となった。
これが現在ヨーロッパで問題となっている株 (想像: ヨーロッパで遺伝子再集合が起きやすかったのはシベリアに比べてカモメ類との接点が比較的多かったのかも)。
H13/H16 の主な保有者であるカモメ類についての研究: Peng et al. (2025) Novel H16N3 avian influenza viruses isolated from migratory gulls in China in 2023。
Lizak (2025) Tracking gulls to prevent a bird flu pandemic (Nature news 2025.3.3) アイスランドはこの地で繁殖するカモメ類とより北方で繁殖するものの接点にあたり、H5N1 のヨーロッパから北米への進展に重要な役割を果たしている可能性がある。
2022-2023 年の鹿児島県出水での発生を調べた論文: Esaki et al. (2025) Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Outbreak in Endangered Cranes, Izumi Plain, Japan, 2022-23。
1425 羽のナベヅル、79 羽のマナヅルが弱っているか死体で回収された。そのうち 295 羽のインフルエンザウイルスの検査をした。12 月には陽性率が下がり始めたが 2023.3.20 の段階でも陽性サンプルがあった。2020-2021 年に比べて環境への排泄は高くなく、ツルでも総排泄孔サンプルより気管サンプルの方が陽性率が高く、排泄物から水を介した感染より呼吸器を通じた感染を起こしやすくなっていると考えられる。
他の鳥では HPAI H5N1 はオナガガモとトビの2例で検出されたとのこと。
近傍の養鶏場でニワトリから検出されたものとはウイルスの系統が異なり少なくともこの事象では因果関係がないと考えられる。
ツル類の間での感染途中で遺伝子再集合を起こした証拠もあった。抗体陽性率はこれほどの大発生にもかかわらず比較的低く集団免疫にあまり寄与していないのではないかとのこと。
株の遺伝子は 2021 年イスラエルでクロヅルで集団死を起こしたものに近いとのこと。この系統はツル類で特に致死率が高いのではないかとのこと。個体群全体の集団免疫があまり形成されておらず、今後も発生する可能性があるとのこと。
2022-2024 年の北海道での発生の解析: Hew et al. (2024) Continuous Introduction of H5 High Pathogenicity Avian Influenza Viruses in Hokkaido, Japan: Characterization of Viruses Isolated in Winter 2022-2023 and Early Winter 2023-2024。
ヨーロッパと異なり 2022 年の夏には日本では報告がなかった。
Isoda et al. (2025) Dynamics of high pathogenicity avian influenza virus infection with multiple introductions in a crow flock in an urban park in Hokkaido, Japan
北海道の都市公園カラスの集団死 (2022-2024) の研究。
増殖率 (case reproduction number) が 2022 年の発生で 0.52 - 1.57、2023 年に 0.55-1.78 と推定され、複数回の導入があったと考えられるが、カラスの間で持続感染を続けることも可能な数字となっている。特に冬にカラスが集団生活を行っている時期は要注意の感染源となり得る。
この数字を "low" と表現されているが、コロナウイルス時代に話題となった数字と比較すると結構高い感じもする。2年連続の流行で同じような値が出たことから、カラスに集団免疫が成立しておらず複数回の導入があったと推論されているのではないかと思う。類縁した株なので交差免疫が生じそうに思えるがどうなっているのだろうか (Abstract/Short summary に解釈を少し補った)。
カラスの死体の全数のウイルス検査が行われ始めたのは 2022 年 8 月とのこと。
最近の情報では中国の家禽では最近大きな発生はないが野鳥や生鳥市場では検出されているとのこと: Zhang et al. (2025) Unique Phenomenon of H5 Highly Pathogenic Avian Influenza Virus in China: Co-circulation of Clade 2.3.4.4b H5N1 and H5N6 results in diversity of H5 Virus。
2021 年以降に中国で検出されたウイルスは2タイプに分けられ、G-I H5N6 は中国で地域流行が中心、G-II H5N1 は中国南部が流行の中心で中国や周辺地域に感染が広がっているが G-I より野鳥や水鳥に依存しているとの結果が出ている。
Bo et al. (2025) Characterization of the avian influenza viruses distribution in the environment of live poultry market in China, 2019-2023
中国の生鳥市場のデータ (LPAI を含む)。2022 年以降 H5 亜型の検出が減ってきており H7 はほとんど検出されなかったとのこと。中国北部では H9 亜型が 10-2 月にピーク、南部で H9, H5 は 1-2 月がピークとのこと。H5 + H7 の2価ワクチンが使われていて家禽へのワクチン接種の効果が現れているらしく、H5 の減少要因やこれまで人感染も問題となった H7N9 がほぼ駆逐できるようになってきたらしいとのこと。
一方で H9N2 へのワクチンの効果で変異ウイルスがワクチンの効果を逃れるようになって H9 の検出率にあまり変化がない。
2003-2024 年の韓国の発生の研究: Lee et al. (2025) Epidemiology and pathobiology of H5Nx highly pathogenic avian influenza in South Korea (2003-2024): a comprehensive review
2003-2004: Clade 2.5; 2006-2007: Clade 2.2; 2008: Clade 2.3.2; 2010-2011: Clade 2.3.2.1; 2014-2015: Clade 2.3.4.4 (H5N8); 2016-2017: Clade 2.3.4.4 (H5N6/H5N8); 2017-2018: Clade 2.3.4.4b (H5N6); 2020-2021: Clade 2.3.4.4b (H5N8); 2021-2024: Clade 2.3.4.4b (H5N1, H5N6)
とこちらでも 2011 / 2014 年の間に少しギャップがあるのがわかる。2014 年以降は野鳥の検出事例が増えている。2014/2015, 2016/2017 年の冬の発生も多かったが家禽が中心。その後は 2020/2021, 2022/2023 年の冬の発生規模が大きく野鳥の検出例が多くなった。
ロシアの近年の情報も出てきた: Genetic diversity of A(H5N1) avian influenza viruses isolated from birds and seals in Russia in 2023
極東ロシアのデータは1セットとのこと。カムチャツカのニワトリの株があって韓国のサギから分離された株に近い系統だった (Ru-23-G3)。この地域のデータはまだ少ない。
同じ系統の株の韓国での解析結果は Kang et al. (2023) Introduction of Multiple Novel High Pathogenicity Avian Influenza (H5N1) Virus of Clade 2.3.4.4b into South Korea in 2022 参照。
この論文では大半の株はアジア由来で1事例のみ北米の株と類似性が高く、北米からやってきた可能性も指摘しているが、2021-2023 年の北米の発生の解析の Damodaran et al. (2024) では逆の過程を考えている模様。
オーストラリアではなぜまだ発生していないのか: Nature news Why hasn't deadly bird flu reached Australia yet? (2024.10.4)。いくつかの説が考えられているがよくわかっていない。
オーストラリアは生きた家禽を輸入しておらず、オーストラリアの多くの鳥は固有種で感染地域に渡らない。
しかし渡ってくる鳥は感染している可能性があり、ミズナギドリ類を捕獲して調べている。
カモ類がウイルスを広げている可能性が考えられているが、カモ類の上皮には RIG-I と呼ばれる "センサー" があって免疫反応 (インターフェロン) を活性化して通常はインフルエンザウイルスを排除する。
カモ類はアジアで複数回の LPAI 感染を起こすことでこのような防御機構を発達させた可能性があるとのこと。カモ類は H5N1 で発病しないかも知れないがウイルスを運ぶことはできる。
生物地理学的理由も考えられウォレス線 (Wallace Line) でスンダ地域と生態系が隔離されており、ウォレス線の西側の種は鳥インフルエンザによく適応している一方、東側では遺伝的な違いによって鳥インフルエンザがあまり適応していないのかも知れないが実証されていない。
この地域の多くのカモ類は長い渡りをしないが、マミジロカルガモ Anas superciliosa Pacific Black Duck や シラボシリュウキュウガモ Dendrocygna guttata Spotted Whistling Duck のような種類もあってカモ類が導入する可能性は否定できない。
オーストラリアの種の H5N1 への感受性はほとんどわからないがおそらく感受性があると推定され、ウイルスの導入があると大きな影響が及ぶ可能性がある。
カモ類の RIG-I が自然免疫として働いている件については Barber et al. (2010) Association of RIG-I with innate immunity of ducks to influenza。
ニワトリは RIG-I が失われているとのこと。参考: Krchlkova et al. (2021) Repeated MDA5 Gene Loss in Birds: An Evolutionary Perspective。ニワトリの各種ウイルスへの抵抗力の弱さの原因の一つと考えられる。
Magor et al. (2013) Defense genes missing from the flight division も鳥類免疫の特性についての情報。いくつかの系統 (主に家禽) で失われたり部分的になった機能がある。鳥類は接する病原体の種類が比較的少ないのかも知れない。
Krchlkova et al. (2023) Dynamic Evolution of Avian RNA Virus Sensors: Repeated Loss of RIG-I and RIPLET が鳥類での系統進化を調べている。散発的に何度も失われているが意外にも古い系統の方が多く失われている。
スズメ目はほぼ完全に持っている。オウム目もほぼ完全に持っているがハヤブサ目では失われている。タカ目やフクロウ目ではほぼ完全に持っているなどここでも猛禽類の中でハヤブサ目の免疫の特異性が目立つ (ただし調べられている種類の範囲で)。オウム目とハヤブサ目は同じ系統をなすが相互にそれほど近いわけでないこともわかる。
ハヤブサ目の方が獲物由来の病原体暴露が多そうだがなぜ不要になったのか不思議な点もある。
ペンギン目やミズナギドリ目でもほぼ失われている。それぞれ系統特異的に失われたものらしい。
ツル目は別系統 (MDA5) を失っている。出水のツルで集団発生にも免疫的特性が関係しているのかも知れない (ツル目にはクイナ類も含まれることも注意。カモと一緒に暮らすことの多いオオバンにも影響があるかも)。
非特異的免疫には他のルートのものもあって冗長性に富んでいるので1系統をたまたま失ってもそれほど支障がなかったのかも。
参考情報: #ミサゴ備考の [オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] の "非特異的免疫遺伝子から見る系統関係・哺乳類との比較"。
カモ類やチドリ類はインフルエンザウイルスへの暴露が多いので保存される方向の選択圧が働いているかも (論文ではこれらの点はあまり議論されていない)。興味の中心は家禽で、キジ目で失われたのはかなり古く 4500-6500 万年前と推定されている。ニワトリでは RIG-I の遺伝子の痕跡も残っていないとのこと。代わりに MDA5 の経路が進化している可能性が述べられている。
Salve et al. (2023) Concurrent loss of ciliary genes WDR93 and CFAP46 in phylogenetically distant birds
によれば繊毛の非特異的免疫にかかわる遺伝子が離れた系統で何度も失われていることを示している。キジ目はこちらも失っているが、カモ類とガン類では異なっていてガン類の方がウイルス感受性の高い理由になり得るとのこと。
キジ目の RIG-I に比べると失われた時期が遅く、カモ類とガン類の分岐以降に起きた現象となる。
Neoaves でも散発的に失われているものがある。鳥インフルエンザと関係のありそうな種類ではエリマキシギが失っており、鳥インフルエンザの通常の研究対象外で役割はよくわかっていないがチドリ目にもウイルス保有に関係のある種類があるかも知れないとのこと。
ニュージーランドの渡りをしないミドリイワサザイ Acanthisitta chloris Rifleman でも失われており、渡り鳥が病原体を持ち込んだ場合に保全上の問題となり得る。
チャイロネズミドリ Colius striatus Speckled Mousebird は MDA5 遺伝子も失っておりどのような機構で病原体に対応しているか興味深いとのこと。
鳥インフルエンザに対する反応がカモとニワトリでなぜ違うのかなどに関連して盛んに調べられている分野のようで、Campbell et al. (2023) Evolution and expression of the duck TRIM gene repertoire のような研究もある。
ゲノムデータを利用してどの系統や種でどの遺伝子が生じたり失われているかわかりつつある段階のよう。免疫にかかわる TRIM 遺伝子ファミリーで爬虫類特異的なものは少なめだが (爬虫類 + 鳥類共通のものはかなりあり、哺乳類を含めたすべてに共通するものも多くある)、鳥類や哺乳類に特異的なものは多く見つかっており鳥類や哺乳類の大規模な適応放散に応じて独立に生じたものと考えられる。
ここでも TRIM 類似の RNF135 はニワトリやウズラ、ペンギン、ハヤブサで共通して失われているとのこと。
マガモが鳥インフルエンザの自然宿主として耐性を持つ理由の一つとして提案されているもの: Huang et al. (2013) The duck genome and transcriptome provide insight into an avian influenza virus reservoir species。
自然宿主としてウイルスと平衡関係を保ってきたメカニズムの一端と考えられるが HPAI の出現でマガモの免疫機能が突破された (現在のように渡りで長距離運ばれるようになる以前の研究である点は注意)。
関連してヤンバルクイナでは MDA5 遺伝子に変異があって培養細胞で自然免疫の発動が遅いとの日本の研究がある: Katayama et al. (2023) Cultured fibroblasts of the Okinawa rail present delayed innate immune response compared to that of chicken。
ツル目共通のものかはもう少し調査が必要かも知れない。こちらもキジ目の RIG-I に比べると失われた時期が遅いと考えられる。
離島の鳥はまだあまり調べられていないだろうが、ミドリイワサザイの例もあり、系統的に調べれば離島の鳥の免疫特性などに共通性が見つかるかも知れない。
Becker et al. (2024) Mammalian ZAP and KHNYN independently restrict CpG-enriched avian viruses (preprint)
にも面白い結果が出ている。哺乳類にある ZAP, KHNYN が鳥型のウイルス (鳥インフルエンザや鳥型のレトロウイルス) への抵抗性の一つの要因と考えられるとのこと。
KHNYN 遺伝子は起源的には古く、類似の遺伝子は魚やトカゲ、ワニにも存在するが鳥 (ニワトリ) にはないことがわかったとのこと。哺乳類では鳥類の祖先と分岐後に遺伝子重複を起こしたらしいとのこと。哺乳類の中でも特異なカモノハシにも存在する。
ワニにも類似遺伝子が存在することから鳥類系統が特異的に失ったらしい。個人的には陸上生活が進んで一部の免疫機能を失っても構わない (保持する方向に選択圧が働かない) 状況を想像するが違っているかも知れない。
論文中に過去のヒトのインフルエンザのパンデミックと鳥インフルエンザがどのように関わってきたかの図もある。1957-1967 年 (いわゆる香港風邪) の H2N2 には鳥インフルエンザから3つのセグメント、2009 年 (いわゆる 2009 年の新型インフルエンザ) には2つのセグメントが遺伝子再集合で含まれている。
ヒトインフルエンザの遺伝子を見ることで鳥類から哺乳類へ何度も感染に伴う導入があったことがわかるがいずれもニワトリやアヒルが家禽化された以降の話で、それ以前はどうだったのだろうか (鳥類と哺乳類の相互のウイルス感染はどの程度あったのだろうか) と感じてしまう。
(論文の趣旨に従えば) KHNYN の遺伝子を保持しているのは哺乳類が分岐後も鳥類からの導入がしばしばあってそれを防ぐためだったのだろうか。
2022 年のヨーロッパでの発生時のシロエリハゲワシの GPS 追跡の結果、成鳥の多くは感染しても生き延びたがひなの大部分は死んだ。罹患中は巣で平均 5.6 日間動かなかったとのこと: Duriez et al. (2023) Highly pathogenic avian influenza affects vultures’ movements and breeding output。
成鳥のうち2羽は過去の感染を示す抗体があったとのこと。(#クロハゲワシ備考に続く)
猛禽類が従来考えられていた以上に感染を生き延びている可能性
Rayment et al. (2025) Exposure and survival of wild raptors during the 2022-2023 highly pathogenic influenza a virus outbreak
ハクトウワシで特に高率 (69-76%) に抗体が見られた。鳥インフルエンザ全体への中和抗体はあるが、H5, N1 への特異抗体は若鳥には見られなかった (成鳥は弱毒の他の鳥インフルエンザなどに暴露・感染を経験していて交差免疫で H5N1 感染を生き延びたのかも知れない。免疫を持たない若鳥はやはり H5N1 感染の死亡率が高いのかも)。
他種でも抗体を持つ猛禽類の例が挙げられているがハクトウワシに比べると比率はかなり低い。個体数も少ないものが多いので結論は出しにくいとのこと。
ケアシノスリでは 25% に抗体が見られたが H5, N1 への特異抗体を持つものは少なかった。病気の水鳥を食べる頻度など生活様式の違いもあってどの種に抵抗性があるかなどはすぐにはわからないが、これまで考えられていたよりは朗報と言える。
コウモリ類とウイルスの関係
Morales et al. (2025) Bat genomes illuminate adaptations to viral tolerance and disease resistance コウモリ類がなぜウイルス抵抗性が高いのかゲノム系統解析から明らかにした研究。
コウモリ類が哺乳類の中でも免疫遺伝子に強い選択が起きている。コウモリ類の共通祖先段階から生まれた性質のようで飛翔性の獲得と関係があるならば、鳥類ではいくつもの系統で免疫関連遺伝子が失われる傾向と逆にも見える。コウモリ類では特に ISG15 遺伝子が SARS-CoV-2 耐性に関連しているとのこと。
Liu et al. (2024) Characterization of the induction kinetics and antiviral functions of IRF1, ISG15 and ISG20 in cells infected with gammacoronavirus avian infectious bronchitis virus
によれば ISG15 遺伝子は鳥類では失われている (哺乳類、爬虫類にはある) とのことでニワトリが IBV (avian infectious broncchitis 鶏伝染性気管支炎のウイルスでコロナウイルス科) に感受性があることに関係している可能性もあるがさらに研究が必要であるとのこと。ここでも羊膜類の中で鳥類の特異性が見られる。
Shepard et al. (2022) The Structure and Immune Regulatory Implications of the Ubiquitin-Like Tandem Domain Within an Avian 2'-5' Oligoadenylate Synthetase-Like Protein
によればニワトリでは OASL 遺伝子の配列に ISG15 との共通性があり代替機能を果たしているのではとの研究もある。鳥類は哺乳類に比べ OASL のコピー数も少ないとのこと。
この論文で鳥類・哺乳類のこの遺伝子の配列比較もある。鳥類は主に家禽と水鳥で Telluraves で含まれているものはイヌワシのみ (当時は高精度のゲノムの得られている種類は限られていた)。どのぐらい共通性が高いかは見比べていただきたい。
(コウモリ類の免疫) もしかしたら猛禽類の影響?
飛翔性動物であるコウモリ類と鳥類の免疫の違いについて私的考察を行ってみると、これはコウモリ類が圧倒的に捕食される側であるためではないだろうか。コウモリ類が夜行性となった有力仮説の一つが鳥類による捕食圧だが、常に捕食され、積極的な防御を行えない側の適応として群れを作って集団生活をして希釈効果などで捕食を免れる戦略が進化したと考えることができるだろう
(#トラフズク備考の [コウモリを主に食べる北京郊外のトラフズク]、#ハヤブサ備考の [視覚特性・薄明かりや夜間の狩り] 参照。#カンムリワシ備考に [コウモリダカ] の項目あり)。
そして夜行性で集団生活のために洞窟に住むようになると個体密度が高まり通気性も悪くて感染症が流行しやすくなくなる (この点は水鳥と鳥インフルエンザの関係にも似ている)。その対策として免疫機能を高める選択圧が常に働いてきたのではないだろうか。マガモが特に鳥インフルエンザ耐性を強めて自然宿主となったようにコウモリ類が各種ウイルスの自然宿主となっても不思議でない。
この論文では the evolution of flight is directly or indirectly linked to immune system changes と書いているように飛翔の進化と免疫の関係を想定しているが、捕食される側であるため生じた生活様式により深い関係があるのではないだろうか。もっとも、飛翔するようになったが構造や感覚上の制約から鳥類を上回ることができなかったと考えれば飛翔の進化と間接的に関係しているとも言える。
論文の図 (fig. 2) を見るとコウモリ類のすべての系統で免疫遺伝子への正の選択があるわけではなく、コウモリ類の祖先系統からの特徴というよりは複数回独立に生じたようにも見える。
正の選択が強く働いている系統に限って分岐年代を timetree.org で見積もってみると (論文に年代の calibration まで示されていないので)、4000 万年ぐらい前となってタカ類の適応放散の時期にかなり近い。例えばカタグロトビ類と他が分かれたのが 4500 万年前ぐらい。その後のタカ類の主要系統の適応放散は 3500-2500 万年前ぐらいに起きて現在の主な系統を生み出した。
コウモリ類が飛翔性を獲得したころ (6000 万年前より古いぐらい。最も古いコウモリ類の部分的な化石証拠は 5500-5600 万年前、5200 万年前に完全な化石がある。wikipedia 英語版から) はのびのびと暮らしていたのだろうがハヤブサ類も含めて次第に厄介な相手が現れてきたことになる。
逆に捕食性鳥類の方から見れば格好の獲物があったとも言える。
この推論には妙に納得してしまうのだが、このように考えると我々が現在コロナウイルスに悩まされているのは、猛禽類などの捕食性鳥類がコウモリ類の生態を形作っただろうことに遠因を求めることができるのかも知れない。やはり世界を形作った猛禽類の影響恐るべし。もっとも、近因はヒトがコウモリ類を捕食したり生息地破壊など生活圏に接近しすぎたためで、コウモリ類とコロナウイルスが共生している分には問題なかったのだろうが。
最新状況 2025.1 Kozlov (2025) Will bird flu spark a human pandemic? Scientists say the risk is rising (Nature news 2025.1.27)
この数か月重症のヒト感染者が報告されていて懸念材料となっている。この真っ最中に家畜感染の中心となっているアメリカが WHO 離脱を宣言してしまった。主に牛に感染している株が (clade 2.3.4.4b のうち) B3.13、主に鳥に感染している株が D1.1。D1.1 の感染を起こした人2名が重症で1人は何か月も入院した、1人は死亡。パンデミック株になる可能性があるとすれば牛からか、それとも鳥からか? まだ数が少なすぎて難しい。
B3.13 株のカニクイザル (Macaca fascicularis) への感染実験が報告されている: Rosenke et al. (2025) Pathogenesis of bovine H5N1 clade 2.3.4.4b infection in Macaques 鼻への投与では弱い症状だったが気管では重症だった。消化管経由の感染では症状は出ず抗体陽性転化も限られていた。
Wang et al. (2025) Avian influenza mRNA vaccine encoding hemagglutinin provides complete protection against divergent H5N1 viruses in specific-pathogen-free chickens
ニワトリで立体構造の異なる複数の H5 mRNA ワクチンを用いて完全に感染防御できたとの研究。
mRNA ワクチンとニワトリの抗体はそれほど強力なのか...。
備考:
*1: そもそもヒトのインフルエンザと鳥インフルエンザの何が違うのかは、ヒトに感染しやすいインフルエンザウイルスをヒトのインフルエンザウイルスと呼び、主に鳥に感染するものを鳥インフルエンザウイルスと呼ぶ程度の違いである。
インフルエンザウイルスが宿主の細胞に付着して (後述の HA が関わる) 入り込む際に細胞表面の受容体 (receptor) が重要な役割を果たす。ヒト型のウイルスは α 2-6 シアル酸の受容体に、鳥型は α 2-3 シアル酸と少し構造が異なっている (よく鍵と鍵穴の関係と言われる)。
ブタは両方の受容体を持っているためどちらのウイルスにも感染することができることはよく知られていて、家禽とブタが一緒に飼育されているような環境でヒトにも感染するウイルスが生じやすいとみられている。
鳥型と言われる受容体はヒトが持っていないわけではなく肺の奥深くにあるとのことである。ヒトの上気道 (鼻や喉) では鳥インフルエンザウイルス感染が成立しにくいが、肺の奥深くまでウイルスが侵入できればその限りではない。2004 年ごろベトナムなどで小児の感染が中心であったのは小児は気道が短いため肺の奥深くまでウイルスが届きやすいとの解釈が出ていたが、その後どう解釈されたかまでは調べていない。
鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染しにくい理由のもうもう一つに体温の違いがある。ウイルス増殖も化学反応なので至適温度がある。ヒトのウイルスでは上気道のような低い温度 (33 ℃) で増えることができるが鳥のウイルスは鳥の高い体温に最適化されているためヒトの上気道のような低い温度では増えない
[河岡義裕「インフルエンザ危機」(集英社新書 2005) では第1章 pp. 32-33, p. 44 参照。
(*8) で出てくる生ワクチンはこの増殖温度を 25 ℃ まで下げた株で、毒性がたまたま弱まったものとのこと]。
実際のところインフルエンザウイルスにとっては鳥もヒトも似たようなものなのである
(恒温動物以外にはインフルエンザウイルス、あるいは類縁ウイルスはそもそもほとんど存在しない)。
水鳥のように冬季に群れをなす習性とヒトが集団生活 (特に冬場は多数の人を集めるイベントなども多数行われるなど) をする習性は非常に似ていて、ウイルスが他個体に伝播して数を増やすのに絶好の場を提供している。
水鳥はおしゃべりなどをするわけではないので感染経路は糞口感染でウイルスは腸管で増える。ヒトでは飛沫感染で呼吸器で増殖するのは鳥との行動の違いを考えればわかっていただけるであろう。ウイルスがそのような経路を望んで進化してきたのではなく、鳥でもヒトでもそれぞれの個体の行動がそのような感染経路に適応したウイルスを選抜してきた結果である。
逆に言えばそのような経路を意識して離断すれば感染拡大が防げることは新型コロナでも体験済みの通り。
宿主の行動がウイルスの感染経路を決めているように思える事例として HIV や狂犬病などを思いつくことができる。
さらに考えると恒温動物の体内は温度もほぼ一定に保たれ栄養も十分にある培養器のようなものであり、放っておくと細菌やウイルスだらけになるだろう。それを防いでいるのが免疫で、鳥類と哺乳類が極めて優れた免疫系を独立に確立した背景にはそれがないと恒温動物として成り立たなかったからであろう。
例えば爬虫類は免疫グロブリンの IgM, IgY (IgG 相当) を持っているが抗体価はあまり高くならなず、抗原特異的抗体ではなく自然免疫の方が役割を果たしているのではとの研究がある。
鳥類は哺乳類同様の高度な獲得免疫システムを持っている。膨大な数の抗原に対応する抗体を作るいわゆる B 細胞というのは鳥類の総排泄孔近くの腸管が膨らんだファブリキウス嚢 bursa Fabricii の bursa の B が由来。鳥類においては B 細胞の成熟に必須の器官。哺乳類では独立した器官ではなく骨髄がファブリキウス嚢と同じ役割を果たしているとされている
(哺乳類の話では bone marrow の B が B 細胞の由来と説明しているものもあるが、ちょっとこじつけっぽく感じる)。
膨大な数の抗原に対応する抗体は免疫グロブリンの遺伝子再構成 [V(D)J recombination, (somatic) gene conversion] という現象で作られ、鳥類ではファブリキウス嚢で起きる (これは家禽中心の話で、種類によって違うかも知れない。ハトではファブリキウス嚢除去でニワトリのように免疫不全にはならないとのこと)。
生物学の常識を覆すこの体細胞の遺伝子再構成現象は 1976 年利根川進らが発見し 1987 年のノーベル生理学・医学賞を受賞。
鳥類の免疫について説明している wikipedia 英語版 (Avian immune system) によれば羊水から母体免疫を得るが生まれた時点では自身では抗体を生成することができない。そのため生後数週間は病原体に弱い。生後6週間 (ニワトリの数字だろう) はファブリキウス嚢で盛んに遺伝子再構成が行われる。
遺伝子再構成に使われる遺伝子部位は哺乳類では複数の V, D, J の領域がある。鳥類ではこのうち一部の組み合わせがあるのみで理論的には鳥類の方が作ることのできる抗体の種類が少ないが、鳥類では上流の偽遺伝子群が遺伝子再構成に関わって抗体の多様性を高めている。
T 細胞の T は胸腺 thymus 由来で、これは鳥類・哺乳類に共通 (鳥類・哺乳類に共通のものは共通祖先の段階ですでに存在したことを意味する。共通でないものはそれぞれ独立に進化させたと考えればよい)。
卵にも母体由来の大量の抗体が含まれ、「ダチョウ抗体」で知られるように鳥類の免疫能力は高いと言われる。
後日追記部分: Eriksson and Larsson (2025) Avian Antibodies as Potential Therapeutic Tools
鳥類の抗体価は高く、卵から抽出できる利点がある。リウマトイド因子 (Rheumatoid factor) は 変性した IgG に対する抗体で抗体の作用を妨害するが IgY には反応しない利点がある。
この論文では遺伝子再構成のメカニズムの違いは鳥類のやり方 (偽遺伝子群を用いる gene conversion) の方が可変部位のアミノ酸の変異率を高める (somatic hypermutation) ことに主に頼っている哺乳類の方法より利点がある書き方になっている。
鳥類抗体をヘビ咬傷に用いる可能性も考えられるとのこと (ウマ抗体では副反応もあってあまり実用になっていない)。製薬業界では特許を得ることが重要で IgY の臨床応用にはなかなか結びついていないとのこと。
さらに Esmaeili et al. (2025) A systematic review of the avian antibody (IgY) therapeutic effects on human bacterial infections over the decade
のレビューがあり、抗生剤耐性菌が増える中で新しい抗生剤はなかなか見つからず、IgY が代替や抗生剤の効力を補強する候補に挙がっているとのこと。哺乳類の IgG とは異なるので単に中和機能 (病原体表面や毒素と結合する) だけを利用しているのかと思っていたら、補体 (complement) は活性化しないもののサイトカインなど別経路で哺乳類でも炎症を起こして病原体と戦う可能性があるとのこと。
鳥類は分泌型 IgA 抗体を持っていて粘膜に分泌し感染を防ぐ点は我々と同じ。
生後の発育においてニワトリでは粘膜の IgA は2週間後から急速に上がって3週間で定常値に達する。カモではもっと時間がかかるらしい。
爬虫類までの系統は IgA を持たないものもあり、IgA の役割は鳥類・哺乳類ほど明らかでない。鳥類・哺乳類のように子育てをする (まだ免疫の不十分な幼若な個体に乳汁として、あるいは餌と一緒に IgA を与えるなど) 必要性から一層の進化を遂げたものかも知れない (調べればどこかに書いてありそうな話だが)。
よく調べられている鳥類はニワトリのように早成性のものが多いので、晩成性の種類では免疫の発達に異なる点があるのかも知れない
[Jacquin et al. (2012) Prenatal and postnatal parental effects on immunity and growth in 'lactating' pigeons
ではハトのピジョンミルクが免疫形成に役立っている可能性を示している。小鳥の人工孵化でそのう抽出液を与える必要があった小西正一氏のエピソード (#ヒガシメンフクロウの備考参照) も関係があるかも知れない。
吐き戻して餌を与える種類 (ハゲワシ類、アマツバメ類を例に挙げている) で抗体を与えている可能性が考えられている文献があるとのこと (Apanius 1998)]。
鳥類を含む主に瞬膜を持つ動物は (鳥では眼球の後ろ) 眼窩にリンパ組織であるハーダー腺 (Harderian gland) を持ち、頭部で IgA などを産生する主要組織となっている (ハーダー腺は霊長類にはほとんどないそうだが他にもヒトのマイボーム腺同様に目の潤滑物質などを分泌し、哺乳類では毛づくろいのための脂腺やフェロモン分泌器官などとしても働いている)。
この分泌物は目から鼻腔へと流れて上気道の免疫機能の一部を担っている。
鳥類は哺乳類にある IgD (役割は不明)、IgE を持たない。IgD は系統進化的には古くからあるが、哺乳類では量も少なく遺残物のようなものかも知れない。IgE は哺乳類ではアレルギー反応に関係する。
鳥類にもアレルギー反応は存在し、IgY が IgE 同様の機能を果たしているとのこと。
*2: 河岡「インフルエンザ危機」では第2章 さまざまなインフルエンザウイルス の後半参照。
*3: 河岡「インフルエンザ危機」では第1章 p. 35 に模式図がある。
*4: 抗インフルエンザ薬には主に3系統がある。アマンタジン (amantadine) が最初に用いられたもので、A 型インフルエンザウイルスの M2 タンパク質のプロトンチャンネルを阻害し、ウイルスが細胞外に出るのを妨げる (現在では耐性のためほぼ使われていない)。
鳥インフルエンザは A 型なので本来効果があり、1997 年にヒト感染した時にまだタミフルが臨床現場で用いられなかったので使われた (耐性は持っていなかった)。同じ系統の薬にリマンタジンがある。
ちなみにこれらの薬はアダマンタンという対称性の高い炭化水素骨格を持ち、炭素骨格がダイアモンドと同じであることからこの名前が付けられた。有機合成化学でも歴史的意義を持つ物質。
中国の鳥インフルエンザが問題となっていた時期、中国ではアマンタジンをニワトリに与えているとの噂が出ていたが真偽のほどは不明 (そんな高価な薬をニワトリに与えないだろうと言われていた)。
また中国では市販の風邪薬成分にアマンタジンを含むものがあって薬のパッケージ写真まで紹介されていたがこちらも真偽のほどは不明。
本文中にあるノイラミニダーゼ阻害薬がタミフルなど4種類。その後開発されたゾフルーザはウイルスの RNA ポリメラーゼの一部をなすキャップ依存性エンドヌクレアーゼに作用してウイルス複製を阻止する。
アビガンも RNA ポリメラーゼ阻害効果のある薬で新型コロナでも話題となったが期待されたほどの効果がなかったことはご存じの通り。現在市場流通していない。
*5: 河岡「インフルエンザ危機」では第4章 インフルエンザウイルス研究最前線 に基本的な技術の解説がある。インフルエンザウイルスの人工合成 (リバース・ジェネティックス reverse genetics) は著者のグループが 1999 年に最初に成功 (pp. 129-133)。「スペイン風邪」ウイルスのリバース・ジェネティックスによる復元はこの著書の書かれた後に行われた。
*6: 河岡「インフルエンザ危機」では第1章 新型インフルエンザの足音 pp. 22-25 に考察がある。マスコミが「渡り鳥犯人説」を盛んに取り上げていたが、著者の考察はもう少し慎重である。
韓国で 2003 年に流行していたが当時は詳細が公表されず、事件や被害が報告されたのは2004年2月になってからであったことも記されている。
また食材として大量のニワトリを日本にも輸出していたタイも感染が広まっているにもかかわらず輸出先に知らせず、鳥インフルエンザに感染した子供がいることのリークがメディアにあってようやく2004年1月に公式に認めたことも書かれている。
この著書は2005年8月に書かれたもので、H5N1 HPAI のロシア進展の最中だった。「あとがき」でそのことも、日本ではほとんど話題になっていなかったことも触れられている。当時マスコミに出るウイルス学者は「渡り鳥犯人説」が主流であったが河岡氏は終始慎重な記述を行っていた。
*7: 河岡「インフルエンザ危機」では第4章 インフルエンザウイルス研究最前線「たった1個のアミノ酸がウイルスの毒性を左右した」(pp. 122-126)。
この変異が哺乳類への適応を高める分子機構が明らかになった: Arragain et al. (2024) Structures of influenza A and B replication complexes give insight into avian to human host adaptation and reveal a role of ANP32 as an electrostatic chaperone for the apo-polymerase。
*8: 河岡「インフルエンザ危機」では第4章 新型インフルエンザから身を守るには に興味深い記述がある。(引用開始) 1962 年から 94 年まで、日本中の小学校でインフルエンザワクチン接種が義務付けられていた。(中略) 学童のインフルエンザワクチン集団接種は、子供たちで増えるインフルエンザウイルスの量を減らすことにより、社会全体におけるインフルエンザウイルスの量を減らしていたわけだ。
こうしたシステムを採用していたのは日本だけで、国際的にも注目されていた。
しかし 1994 年に予防接種法が改正され、学童への集団接種は中止されてしまった。改正のきっかけになったのは、一部の人たちが「インフルエンザワクチンの集団接種は効いていない」という説を唱えたことだった。この説への対応が正しくなされなかったために、集団接種が任意接種に変更されてしまったのである 。
(中略) そしてその結果はというと、インフルエンザにかかる人が増加し、死亡者も増えてしまったのである。
一方的な解釈で「ワクチンは効かない」とした人の意見を通したために、多くの犠牲者がでてしまった。
ワクチン集団接種中止に関わったすべての関係者の責任は、ひじょうに重い。(中略)
今、インフルエンザ被害を最小に食い止めるためにワクチンが必要不可欠であることに異議を唱える専門家はほとんどいない。
しかし、世界に誇れるシステムであった学童への集団接種は、社会全体のインフルエンザ量を減らすために "子供を利用して" いるという理由から、再開されることはないだろう。(引用終わり)
アメリカのワクチン事情、生ワクチンのことも記されている。アメリカでは 2003 年から (日本でも使われている) 不活化ワクチンに加えて年齢制限はあるが生ワクチンも接種可能となったこと、スーパーで簡単に接種を受けられ、相対的に安価で高齢者は無料であったとのこと。著者は一日も早く日本の子供たちが生ワクチンを接種できることを願っていると記している。
[追記: 2023年3月 経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの 2 歳から 19 歳未満に対する使用について、薬事承認された。厚生労働省ページより]
前述のように呼吸器感染症のように外部から病原体が侵入する場合、粘膜の IgA が感染成立を防ぐ役割は大きい。抗原を注射するタイプのワクチンでは IgA 誘導能力は十分高くないのでしばしば感染を防ぐ効果よりも重症化を防ぐ効果が説かれる。新型コロナウイルスの mRNA ワクチンによる実験では IgG, IgA のいずれも誘導されたが IgA の方が早く低下したとのこと。
鼻腔や点眼で投与できるワクチン (上記のようなインフルエンザ生ワクチンや無害なウイルスに遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換えワクチンなど) の方が効果が高いと言われるゆえんである。鳥における鳥インフルエンザワクチンでも点眼、鼻腔で接種できるワクチンの研究が行われているとのこと。
これらの情報は報道記事などを読む時にも役立つかも知れない。
*9: 2024.12.2
FINAL REPORT: COVID Select Concludes 2-Year Investigation, Issues 500+ Page Final Report on Lessons Learned and the Path Forward
が武漢の研究所から漏れた (most likely emerged from a laboratory in Wuhan) とのレポートをホワイトハウスが発表し、Nature に早速反論記事が出ている:
Sick animals suggest COVID pandemic started in Wuhan market (Mallapaty 2024.12.4)。まだ査読されていないがゲノムデータが国際会議で紹介され、武漢の市場の動物間で感染が起きていた証拠が得られているとのこと。
このウイルスに感受性のある動物が武漢の市場にいたことまでは判明していたが、感染していたことはこれまで判明していなかったとのこと。この研究により動物間の感染のミッシングリンクがつながることになった。大部分の科学者は動物起源と考えているとのこと。
Nature にさらに続報があった。Wuhan lab samples hold no close relatives to virus behind COVID (Mallapaty 2024.12.6)
本文の方で紹介の 2020 年 Scientific American の記事と同様だが、Shi Zhengli = 石正麗 は武漢の研究所には最も近縁のウイルスはなかった。まだ査読されていないがゲノムデータを公開した。2004-2021 年にサンプルされたもの。その中にはこれまで知られているウイルスより近縁のものはなかった。
既知のウイルスで最も近縁のものはラオスと中国雲南省のコウモリで見つかったもので、COVID-19 を起こしたウイルス (SARS-CoV-2) との共通祖先は何年か前 (数十年ではないだろうとのこと) に分岐したと考えられる。
Shi Zhengli は長年アメリカの Peter Daszak (EcoHealth Alliance、ニューヨーク市をベースとする非営利団体) と共同研究をしていたが、2024 年 5 月にアメリカ政府はこの団体への資金補助を中断した話も書かれている。
What sparked the COVID pandemic? Mounting evidence points to raccoon dogs (Mallapaty Nature news 2025.2.21) 奥地に住むコウモリから都市部でヒトへ直接感染する可能性は低いが、中間の動物を介して感染した可能性が考えられている。感染を中継した動物としてタヌキ Nyctereutes procyonoides が注目されている。
このウイルスに感染して病気にならないが他に感染を広める能力があることが実験的に示されており、毛皮や食用として武漢の市場で多く売られていたことがわかっている。2020 年に市場閉鎖後のサンプルに COVID-19 陽性サンプルの他にタヌキのミトコンドリア DNA が多く検出された。
この動物がウイルスに感染しいていた直接の証拠はないが、他種も含めて病気らしい個体もあったとの未発表データがあるとのこと。市場の他の動物種のウイルスへの反応はタヌキほどはわかっていないので現状第一候補となっている模様。
Exclusive: Inside the thriving wild-animal markets that could start the next pandemic (Jane Qiu Nature news 2025.6.3) 生きた野生動物の市場と流通、パンデミックを起こすウイルスのリスク。センザンコウが薬になると信じられていて中国に密輸されている。一部は押収されてウイルスの検査対象となって類縁コロナウイルスが見つかっている。ベトナムやインドネシアの市場の実態など。祭りの時期に特に多数売買される。
鳥インフルエンザ同様、鳥類・哺乳類に共通するウイルスとしてウエストナイル熱ウイルス (西ナイル熱ウイルス, West Nile Virus, WNV) がよく知られていて、1999 年北米に毒性の高い株がおそらく人為 (イスラエルで分離された株に最も似ていた) によって持ち込まれ惨劇をもたらした (現在も継続している) ことはよく知られている通り。
レビュー論文: Saiz et al. (2021) Pathogenicity and virulence of West Nile virus revisited eight decades after its first isolation。
WNV は温暖化の影響も受けてヨーロッパ (イタリア北部低地やバルカン半島など) で拡大している: Erazo et al. (2024) Contribution of climate change to the spatial expansion of West Nile virus in Europe。
蚊が媒介するため niche modelling は他の生物分布の推定と基本的に同じ。
WNV はワニにも感染するらしいが皮膚症状で免疫反応はやや異なる模様: Piras et al. (2025) The pathogenesis of West Nile virus-associated lymphohistiocytic proliferative cutaneous lesions of American alligators (Alligator mississippiensis)。
Kocabiyik et al. (2025) West Nile virus - a re-emerging global threat: recent advances in vaccines and drug discovery WNV に対するワクチンと治療薬の進展について。人用はまだ実用化されていないが馬についてはいくつかのワクチンが承認された。
西ナイル熱ウイルスに近縁のウイルスはよく知られたところでは日本脳炎ウイルスがあるが、他にも西部ウマ脳炎 (Western Equine Encephalitis Virus, WEEV) などもあり、これも感染環は鳥と蚊の間で維持されており、哺乳類にも感染する。日本の感染症法では日本脳炎、ウエストナイル熱同様に4類感染症に分類されている。
WEEV は 1930 年に発見されたウイルスで 1960 年代にはアメリカで多くの患者が出たが近年は見られなくなった。その原因を明らかにした論文が発表された。Li et al. (2024) Shifts in receptors during submergence of an encephalitic arbovirus。
哺乳類受容体への結合能力を失ったが鳥の受容体への結合能力は引き続き持っている。爬虫類にも存在するとのこと。この変化が農業様式の変化で農地のウマが減ったためなどの要因で哺乳類感染の適応度が減少したことによるものか、ウイルス自身の遺伝的浮動によるものかはよくわからないが、再度感染力を持つ株が現れる可能性もあるとのこと。
Xiaoyi Fan et al. (2025) Molecular basis for shifted receptor recognition by an encephalitic arbovirus
(一般向け解説)。受容体のわずかな変化で鳥と蚊の間の感染環から哺乳類感染を起こすものに変化できる。北米の 1958 年以降の株は鳥類・哺乳類いずれの受容体にもよく結合していたが、2005 年の株は哺乳類への結合力が低下した。南米の株にはこの変異がないとのこと。
鳥とは関係がないが、新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) の分子系統解析によって、ヒトからの感染で野生動物に広まっていることが判明。特に 2023 年には顕著。
野生動物側からは自分たちにとって外来病原体を増殖してばらまく困った宿主に見えるだろう: Goldberg et al. (2024) Widespread exposure to SARS-CoV-2 in wildlife communities。
動物のウイルスの広がる速度と系統解析から人為的な動物の移動がどの程度関係しているか調べた研究: Dellicour et al. (2024) How fast are viruses spreading in the wild?
単独粒子のブラウン運動 (この場合は距離的広がりは時間の平方根に比例) を指標するパラメータやどの程度外れているかを定量的に評価。diffusion coefficient (拡散係数) の物理用語が用いられている。
メコン川地域の H5N1 (現在渡り鳥にも定着しているもの以前の株) は中程度に人為的な移動が関わっている。北米の WNV では急速拡大期に "転移" のような遠方への広がりを見せた。
そう言えば H5N1 の初期のロシア進展時の地理的広がりがブラウン運動的でないことから人為がかかわっているのではと議論していたことがあった。
自然免疫に関連してもしかすると関係するかも知れない研究が報告されたので紹介しておく。COVID-19 に免疫を持たないがウイルスに暴露されても発症しない人がある原因を調べた: Lindeboom et al. (2024) Human SARS-CoV-2 challenge uncovers local and systemic response dynamics。
粘膜上皮の繊毛の HLA-DQA2 が感染を防ぐ効果があった。
野生動物感染症関連の話題: Cheng et al. (2025) An Unusual 'Gift' from Humans: Third-Generation-Cephalosporin-Resistant Enterobacterales in migratory birds along the East Asian-Australasian Flyway
第3世代セフェム系抗生剤耐性を持つ細菌が東アジア - オーストラリアフライウエイの渡り鳥から検出された。言うまでもなく人が抗生剤を用いた結果生じたものだが、この薬剤耐性プラスミドは細菌の適応度を落とすことなく別の細菌に導入されることがわかったとのこと。
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ハクガン
- 学名:Anser caerulescens (アンセル カエルレースケーンス) 青みがかったガン (アオハクガンを指していた)
- 属名:anser (m) ガン
- 種小名:caerulescens (adj) 青みがかった (caeruleus (adj) 青い) #カタグロトビの備考参照
- 英名:Snow Goose
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
caerulescens は後半の2つの e が長母音で前者にアクセントがあると考えられる (カエルレースケーンス)。学名に使われるのみのようで古典式発音は確かでないが文字表記より推定。語形解説は#ワシカモメの備考参照。この形の語尾の読みは長音に統一することにした。
ハクガンには2つの morph があり、blue morph が存在する (wikipedia 英語版より)。英語で blue goose とも呼ばれる (日本語ではアオハクガン)。Linnaeus (1758) による種小名はハドソン湾を基産地とするこの morph を指したもの
(Avibase の情報による。原記載。記載時学名 Anas caerulescens)。
Anser hyperboreus Pallas, 1769 の学名もあり現在はシノニム。
Boie (1822) がこの種のみからなる Chen 属を導入 (ギリシャ語でガンを表す khen, khenos ギリシャ語から "ケーン" の発音と考えられる)。したが後に Anser 属にまとめられた。hyperboreus は "北の"。
この属が使われていた時代には Chen nivalis Foster (または亜種として Chen hyperboreus nivalis) の学名があった。nivalis は "雪の" の意味で、この学名と英名がよく対応している。北米中心に目立つ鳥であったため、学名も北米中心に記載が進んだ模様。
Hartert (1910-1922) p. 1290 を見ると hyperboreus この種で2番めに早い記載のよう。
Hartert の当時は多くの鳥類学者 (Salvadori, Ridgway など) が青っぽいガンを白っぽいハクガンの若鳥に似ているとして "Anser hyperboreus" と一緒にまとめ特別の種として扱い、Anser caerulescens にまとめていたとのこと。
当時は Anser (Chen) hyperboreus の方に大 (nivalis) 小 (hyperboreus) 2亜種を認める見解になっていた。
Hesse は caerulescens は変異型 (Aberration) に過ぎないとして Farbenschlaege (色変わりまたは色の型) と名付けていた。Hartert は "Phase" (相) と呼ぶよりはよい表現と考えていた (Phase は時間とともに変化する意味がある)。両者の中間型もごくまれにあり、オランダの Blaauw の飼育実験の結果 (1915) もこれを裏付けるものだった。
が、caerulescens と hyperboreus が色違いの関係にあるならば、より少ない方のものであっても先に命名された Anser caerulescens に当然先取権があり、その場合は白いハクガンの方が色違いとすら形式上解釈とすることもできるとのこと。
この Hartert の時代に用法が統一された模様。
Linnaeus (1758) が指したものがアオハクガンであったために別のものと考えられ Snow Goose = Chen hyperboreus nivalis として扱われていた模様。種小名の意味と色彩がよく対応しない印象を受けるのはそのため。
白色型のハクガンとは違ってアオハクガンはシベリア東部のみに分布とコンサイス鳥名事典にある。
2亜種あり (IOC)。
日本で記録されるものは基亜種 caerulescens 亜種ハクガン とされる。亜種 atlanticus (大西洋の) オオハクガンは日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で検討亜種。絶滅危惧 IA 類 (CR)。IUCN 3.1 LC 種。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では当時の慣例によって Anser hyperboreus の学名の方が用いられていた。英名は Snow-Goose となっていた。そのうち小型の亜種 (hyperboreus) と考えられていた。
ちなみに "Fauna Japonica" では短い 記述 で学名は Anser hyperboreus、フランス語名 l'oie de neige ordinale (普通の雪のガン)。Pallas の記載ではシベリアのレナ川やヤナ川に多数生息したがカムチャツカでは非常にまれ、と記述。
志村 (2000) Birder 14(2): 48-51 に 1975-1976 年にかけて伊豆沼に "blue goose" が来ていることが NHK のニュースで放映され訪れられた時期の記事がある。当時の日本の図鑑には記載されておらず、その後一時は図鑑にも載ったがマガンとハクガンの雑種と判定されて (当時の) 図鑑からも消えたとのこと。
最寄りの新田駅の当時の状況も記述されていて、当時の面影の残っていた時代を知っている者にとっては懐かしい。情報を知って訪れてその1羽をよく見つけられたものだと感心する。
1980 年代から「東アジアにおけるハクガン Anser caerulescens の復元計画」が行われた。以下の資料を参照。
ハクガン復元計画資料館・暫定版 (日本雁を保護する会 JAWGP)、
シジュウカラガン・ハクガンの回復・復元計画の経過と課題 (呉地正行)。
池内 (1997) Birder 11(1): 44-49 によれば 19 世紀から 20 世紀初頭にかけてシベリアのツンドラから姿を消したとのこと。理由は過剰な狩猟や卵の採取、トナカイの過剰放牧と考えられるとのこと。そして人の訪れない島でのみ繁殖することとなった。
Dement'ev and Gladkov (1952) にも記述があり、17, 18 世紀には北氷洋沿岸の東シベリアの Pyasina 川 (タイミル半島) からチュコト半島の東端までおそらく分布しており、東シベリアの大河下流や北氷洋の島で繁殖していた。19 世紀半ばには交易品となっていたが、Pallas (1811) によれば 19 世紀初頭にはすでに非常にまれになっていて、1820-1824 年にはコリマ川デルタ (とウランゲル島) に追い込まれ、そして 20 世紀初めには大陸で完全に絶滅したとのこと。
この種の絶滅の主要要因は繁殖地、換羽地、渡り途中、越冬地での絶え間ない迫害の結果 (ロシア、アメリカとも) と考えらえる。最も破壊的だったのは繁殖地と換羽地での迫害であり、20 世紀初頭まで無人であったウランゲル島に数百の巨大なコロニーが残るだけとなったと述べられている。
ロシアのハクガンの繁殖地はウランゲル島が唯一知られているがそれらは米国に渡る。東アジアの渡り経路はほぼ消滅しているのにカムチャツカで群れが見られた カムチャツカのハクガンの報道 (2020)。家族で移動する習性があるのに親鳥がいないのは不思議だとのこと。
上記日本雁を保護する会の情報によれば 2019 年、2020 年とも日本の越冬個体群が多く、繁殖が順調な年は幼鳥率も高いとのこと。繁殖成功率が高い年は、幼鳥だけの群れでさまよって、これまであまり見られなかった地域に出ることがよくあるとのこと [故シロエチコフスキー氏による。澤祐介氏 kbird:05134 (2022.7.15) からの情報による]。
サハリンと千島の記事 (2020)
サハリンや千島での目撃例が増えているとある。Andrej Zdorikov が話を説明しており、保護区ができてから個体数が増えて、カムチャツカでは RDB にも記載された。
今年はサハリンや千島でハクガンだけの群れが見られるようになって、大陸の個体群の復活を意味するとある。
国後島で初のハクガンの群れの渡来 (2019)。
ロシア極北のガンはどこへ飛ぶ の記事 (2018) もあり、過去からの変遷や標識方法、繁殖地 (ヨーロッパ方面も含む) の写真などが出ている。いずれも機械翻訳で問題なく読めるだろう。
ハクガンのロシアでの分布はごく限られているので、我々が想像するほどロシアの人に身近な種類ではないようである。Dement'ev and Gladkov (1952) にも含まれていなかった。
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ミカドガン
- 学名:Anser canagicus (アンセル カナギクス) カナガ島のガン
- 属名:anser (m) ガン
- 種小名:canagicus アラスカのアリューシャン列島 Canaga 島/Kyktak 島/Kanaga (アリュート語)島 から。アラスカのエスキモーは自身を Kanagiamoot (Kanag の住民) と呼ぶとのこと (The Key to Scientific Names)
- 英名:Emperor Goose
- 備考:
anser は#ハイイロガン参照。
canagicus はすべて短母音としてラテン語読みならば "カナギクス" と推定される。
原記載 (Sevastianov 1802) で、Billings がカナガ島で発見し、自身のカタログで Anas Canagica の名称を与えていたとのこと。現在の英名を示唆する記述は特に出てこない。
Brandt (1836) Note sur l'Anser canadensis... (シジュウカラガンの記載文献) にも言及がある。
過去に記述された Painted Goose (Latham) とそれに由来する Anser pictus Pallas, 1811 (参考。Anas Canagica のシノニムとの記述あり) もあって Anser canagicus の名称をここでは新規に与える形になっている。
和名は英名由来? ロシア語やウクライナ語名は白い首のガンの意味。分布地でない地域の言語では多くが "皇帝のガン" に相当する名前となっているので英名由来が多いと思われる。
単形種。カナガ島はタイプ標本の産地。
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シジュウカラガン
- 学名:Branta hutchinsii (ブランタ フトゥキンスィイ) ハッチンスの黒いガン
- 属名:branta 古ノルド語 Brandgas (焼かれたガン/黒いガン) をラテン語化したもの (#コクガンの備考も参照)
- 種小名:hutchinsii (属) ハッチンス (Thomas Hutchins 英国の外科医) の (ラテン語化 -iusを属格化)
- 英名:[Canada Goose 分離前の名称], IOC: Cackling Goose
- 備考:
branta は#コクガン参照。
hutchinsii はラテン語的読み方では "フトゥキンスィイ" と推定される。"ハッチンス" の音とはだいぶ違うが、英語の母音の発音の方が特異なためでここではラテン語的読みを採用しておく。
分離前の種小名だった canadensis は "カナデンシス" または "カナデーンシス"。
亜種名の leucopareia はギリシャ語からの合成語で発音は明確でないが、pareion の e が長母音のためここを長母音とするとアクセント的にも都合がよい (レウコパレーイア)。
4亜種が認められている (IOC)。
日本で認められる亜種は leucopareia (leukos 白い pareion ほお Gk) 亜種シジュウカラガン と minima (最小の) ヒメシュジュウカラガン、及び亜種不明とされる。
亜種 taverneri (カナダの鳥類学者 Percy Algernon Taverner に由来) アラスカシジュウカラガン (チュウシジュウカラガン) が検討亜種に含まれている。
かつてはカナダガン Branta canadensis 英名 Canada Goose と同種とされ、(外来種を含む) 現在のカナダガンを指してシジュウカラガンと呼ばれていた (またはその逆) ために混乱があった。現在の分類でのカナダガンには7亜種が認められている (IOC)。
ガン類の分子系統分類については#ヒシクイの備考参照。Branta canadensis と Branta hutchinsii は結構離れている。
かつてはカナダガンとシジュウカラガンが同種とされていて、記録のあるシジュウカラガンの名称が現在のカナダガンも指す種名和名として使われており、外来種で飼育されるカナダガンもシジュウカラガンと呼ばれたなどいろいろな誤解も発生していた。種和名に日本で記録のある亜種和名を優先するかどうかの問題だった [参考: 渡辺 (2006) Birder 20(11): 59]。
カナダガンの和名は地域を指したものとも言えるが英名や旧学名の Anser canadensis 由来でそのまま訳したと考えられる。というのも現在の Antigone canadensis 旧学名で Grus canadensis もそのまま訳せばカナダヅルになるため。アメリカ合衆国にも分布するため英語では Sandhill Crane。
先崎 (2019) Birder 33(11): 46-49 にあるシジュウカラガンとカナダガンの分類を紹介しておく。
出典は Reeber (2015) "Waterfowl of North America, Europe and Asia" とのこと。
種シジュウカラガン Branta hutchinsii
亜種シジュウカラガン B. h. leucopareia
ヒメシュジュウカラガン B. h. minima
アラスカシジュウカラガン B. h. taverneri (検討亜種)
(基亜種) B. h. hutchinsii (国内未記録)
種カナダガン Branta canadensis
チュウカナダガン B. c. parvipes (検討亜種)
オオカナダガン B. c. moffitti (外来種)
亜種カナダガン B. c. canadensis (国内未記録)
ナイチカナダガン B. c. interior (国内未記録)
オニカナダガン B. c. maxima (国内未記録)
クロカナダガン B. c. occidentalis (国内未記録)
オオクロカナダガン B. c. fulva (国内未記録)
亜種シジュウカラガンは種 Anser leucopareius Brandt, 1836 (原記載) 基産地 Unalaska, Aleutian Islands として記載されたもの。
基亜種は Anser Hutchinsii Richardson, 1832 (原記載) 基産地 Melville Peninsula。
シジュウカラガンはかつて千島列島からアリューシャン列島で繁殖していたが 20 世紀初頭、毛皮目的でアカギツネやホッキョクギツネが繁殖地の島々に持ち込まれ激減した。更に渡りの途中や越冬地での狩猟圧も加わって、個体数は急激に減った。1938-1962 年まで観察記録が途絶え、絶滅したと考えられた。
1963 年にアリューシャン列島のバルディール島で偶然再発見され、保護活動が開始された (雁の里親友の会)。日本雁を保護する会と八木山動物公園・米国魚類野生生物局による保護計画が開始され、米国魚類野生生物局から譲渡された個体を八木山動物公園で飼育下繁殖させる試みが進められた (wikipedia 日本語版、呉地正行) が渡りの復元には至らなかった。
その後、日米露3国のプロジェクトとしてロシアのカムチャツカのゲラシモフ夫妻が飼育下繁殖させ、1995 年千島列島エカルマ島での放鳥を開始して現在の東アジアの渡りの復活につながっている。それ以前は亜種 minima ヒメシュジュウカラガンとともに迷鳥であった。
呉地正行・須川恒編「シジュウカラガン物語」(京都通信社 2021) で詳細を読むことができる。ゲラシモフ夫妻による (夫人は亡くなられた)
「ガンとともに 20 年」(ロシア語) に当時ロシアの厳しい状況や飼育の詳細、主にロシア側から見たシジュウカラガン復活プロジェクトなどが記されて公開されている。映像も多数含まれている。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では学名 Anser hutchinsii 英名 Hutchins' Bernacle Goose となっている。Blakiston and Pryer の時点では千島列島で繁殖していて東京湾の標本もあった。
英名の括弧内はカナダガンと分離される前の名前。ロシア語ではコクガン属のガンを kazarka、他を gus' と区別して呼んでいる。
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コクガン
- 学名:Branta bernicla (ブランタ ベルニクラ) エボシ貝から生まれた黒いガン
- 属名:branta 古ノルド語 Brandgas (焼かれたガン/黒いガン) をラテン語化したもの
- 種小名:bernicla (合) 伝説、エボシ貝から生まれた (barnacle エボシガイ 英)
- 英名:Brant Goose
- 備考:
bernicla は外来語由来で発音が明確でないが、規則からは冒頭がアクセント考えられる (ベルニクラ)。英語の barnacle も冒頭アクセントなので対応はよい。
Branta 属は Scopoli (1769) によるものでタイプ種は Bannister (1870) がコクガンと定めた。同じ属名を Boie (1822) がアカハシハジロを指して使った (The Key to Scientific Names)。
3亜種あり (IOC)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版以降では亜種名は orientalis (東洋の) から nigricans (黒っぽい) に変更されている。
カオジロガン Branta leucopsis (英名 Barnacle goose) とコクガンは長く区別されていなかった。エボシ貝から生まれた伝説は 12 世紀まで遡り、John Gerard は貝から生まれるのを目撃したと伝えている。伝説は 18 世紀まで続いた (The Key to Scientific Names)。
コクガンの和名は外観から直接付いたとも考えられ、現在の学名の意味するものと大筋で合っているが、Anser nigricans Lawrence, 1846 の学名も使われていた [Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではこの学名] ので当時の学名とも整合性を取っていたかも知れない。
この学名はよく知られていたそうだが何を指していたか議論があったらしい。Delacour and Zimmer (1952) The Identity of Anser nigricans Lawrence 1846 の検討により亜種と認められた。
亜種 orientalis (Tougarinov 1941) もこの文献では亜種として使われていたが現在の IOC では使われていない。nigricans と同じものを指しているとすればこちらの方が先行になり、現在はシノニム扱いのよう。
Dement'ev and Gladkov (1952) ではそれぞれ別亜種としており、太平洋の東西で別亜種と考えていた。
ガン類の分子系統は Ottenburghs et al. (2016) (#ヒシクイの備考参照) を参照。
現在どちらも Branta 属 (コクガン属) であるが、黒っぽいコクガンの亜種グループとカナダガンのグループはそれなりによく分離した系統で分岐年代もコクガンとそれ以外が 670 万年前、アオガン Branta ruficollis 英名 Red-breasted Goose (日本鳥類目録改訂第8版で掲載) とカナダガンのグループとの分岐年代が 580 万年前と見積もられている。
同じコクガン属であってもコクガンとカナダガンとはかなり系統が違っていることは意識しておいてよいだろう。ハワイガン Branta sandvicensis 英名および現地名 Nene (英名別名 Hawaiian goose) はこのうちカナダガンの方のグループで、初期に分化した種類と考えられる。野生での観察がなかなか難しいと言われるが至近で見た経験があるのがちょっとした自慢である (ハワイ島)。
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コブハクチョウ
- 学名:Cygnus olor (キュグヌス オロル) 白鳥
- 属名:cygnus (合) 白鳥 (cycnus (m) 白鳥)
- 種小名:olor (m) 白鳥
- 英名:Mute Swan
- 備考:
cygnus は#オオハクチョウ参照。
olor は短母音のみで語末は伸ばさない (オロル)。
kuknos 白鳥 (Gk)。ギリシャ神話で Cycnus の名を持つ少なくとも3人が白鳥に変えられた。単形種。英名は他のハクチョウ類に比べて静かなの意味で、鳴かないわけではない。ヨーロッパや中央アジアに主に分布するがユーラシア東部にも離散した分布域がある。世界の他地域で移入種となっている。
系統的に最も近いのはオーストラリアのコクチョウ Cygnus atratus 英名 Black Swan と南米のクロエリハクチョウ Cygnus melancoryphus 英名 Black-necked Swan。少なくとも前者は世界の他地域にも移入されている。
種小名の olor はインド・ヨーロッパ祖語の *hiel- (水鳥の一種) に由来とのこと。古ノルド語 alka (後の auk) とも同根とのこと (wkitionary)。ラテン語では主にハクチョウの詩的な表現で使われるとのこと。olor には英語 odor に対応する語義がある (スペイン語の olor はこちらの意味) が語源が別とのこと。
コブハクチョウは飛翔時に強い音を出す。これは夜間飛行の際の衝突を防ぐ効果があるとも言われる。
リヒャルト・ワーグナー作曲の「ニーベルングの指環」の第1幕の有名な「ワルキューレ」(Die Walkuere, Valkyries。皆もが聞いたことのある音楽だろう) はコブハクチョウの飛翔時の音に着想を得たとのこと [Peter Young "Swan" Reaktion (2008)]。
英語の swan の語源は遡るとサンスクリット語 svanos で音を意味するとのこと (同上)。
近年になって絶滅した "swan" と呼ばれる鳥にモーリシャスの Mascarene Swan と呼ばれるものがある。現在はツクシガモに近い仲間と考えられ Alopochen mauritiana Mauritius Sheldgoose と呼ばれる。最後の目撃は 1668 年モーリシャス島、1670 年レユニオン島とされる。外来種や生息環境の破壊が原因とされる。
ニュージーランドにも New Zealand Swan Cygnus sumnerensis が生息しており、こちらは Cygnus属で一時期はコクチョウのニュージーランド亜種と考えられていたが遺物の遺伝情報解析で別種となった
[Rawlence et al. (2017) Ancient DNA and morphometric analysis reveal extinction and replacement of New Zealand's unique black swans]。
Alice Klein Mysterious mega-swan once waddled through New Zealand (New Scientist 2017)。
最後の個体群がチャタム島に生息していたが人が住むようになって 1650 年絶滅とのこと。
コクチョウよりもさらに大型でマオリ名では pouwa と呼ばれていた (wikipedia 英語版)。
black swan theory ブラック・スワン理論というのは、「ありえなくて起こりえない」と思われていたことが急に生じた場合、「予測できない」、「非常に強い衝撃を与える」という理論とのことである。
ヨーロッパでは白鳥は白い鳥だけと思われていたが、1697 年にオーストラリアで黒い白鳥が発見されたとのこと (wikipedia 日本語版)。チャイコフスキーの「白鳥の湖」では黒鳥のオディールが出てきて、このバレエの見せ場の一つとなっているが、年代を考えるとチャイコフスキーは黒鳥のことは知っていたのだろうか。
コクチョウを黒くする遺伝子がごく最近同定された。Karawita et al. (2023) The swan genome and transcriptome, it is not all black and white。
これによれば SLC45A2 という遺伝子の違いがコクチョウを黒くすることを決めているとのこと。
[鳥類の頸椎]
鳥類の頸椎が多いことはよく知られていて、11 (下の値は出典によって異なる) から 25 個と呪文のように覚えている人もあるだろう。最大値の 25 個はなぜか出典による違いはなく、しかも丁寧に「ハクチョウ(類)」と添えてあることがある (この原稿の執筆中に専門家の文章でタンチョウの頸椎が 25 個と書いてあるのを見つけてしまった。ハクチョウをタンチョウと書き間違えてしまったのかも知れないが、「首の長い鳥は 25 個」は案外広まっている誤解なのかも知れない)。
鳥類豆知識の好きな方にとってはこれは格好の題材で、ハクチョウ類を見てこのように説明されている方もあるだろう。実際はどうなのだろうかと調べてみたことがあるが、鳥類の頸椎数をまとめて表にしたような文献はなかなか見当たらず (科や目ぐらいの分類群ぐらいでは載っている本がある)、水鳥については Woolfenden (1961) Postcranial morphology of the waterfowl にまとまっている。
自分が調べた範囲では、ハクチョウ類で頸椎数 25 個はコクチョウとコブハクチョウの一部 (24-25 個とある) だけで、間違いなく 25 個と言ってよさそうなのはコクチョウのみのようである。つまりに日本で普通に越冬する種類としてみかけるものは 25 個と言ってはいけない。
コハクチョウは 22-23 個、オオハクチョウは 24 個とのことである。それぞれ識別点にもなるぐらいでハクチョウ類(およびカモ類)では首の長さと頸椎数がよく相関していることがわかる。コブハクチョウやコクチョウはたまには野外で、また飼育されているものも多いので見る機会も多いだろう。コクチョウは日本のハクチョウ類に比べて一段と首が長いことがわかる。
これだけでも普段の観察時に「マニアック知識」として役立ちそうだが、では他の首が長い鳥はどうなっているのか気になる方もあるだろう。別の出典ではフラミンゴは 19 個、ヘビウ 20 個などとある。首が長いサギ類 (Ardeae) は 19-20 個となっている (出典により多少異なり、後に出てくる Boehmer et al. の部分も参照)。
ハクチョウ類は数で勝負、フラミンゴは骨を長くする戦略になっていることが読み取れる (なぜそうなっているのかは知らないが)。
ただし鳥類の頸椎数は「ヒトの頸椎は7個」のように単純に割り切れない部分もある。鳥類の頸椎下部には頸肋(骨) (cervical rib) が存在し、どこまでが頸椎でどこからが胸椎とするかは資料によって異なる。ここで用いた数字は肋骨が前方で完全に癒合するところからを胸椎とする数え方によっているが、頸肋骨のある脊椎を胸椎に数える著者もある。
この場合数が約2個異なる。13(2) 個のような書き方は括弧内が頸肋骨のある脊椎の数を意味する。前者の数え方ではこの場合は 15 個になる。「フクロウの首の骨はいくつ?」と聞かれても明瞭に答えにくいのはこういう事情もある (なおフクロウの首の骨が鳥類の中で多いわけではない。後の Boehmer et al. や #フクロウの備考参照)。
タンチョウとナベヅルの研究例があるので参考までに Hiraga et al. (2014) Vertebral Formula in Red-Crowned Crane (Grus japonensis) and Hooded Crane (Grus monacha)。
タンチョウ、ナベヅルともに 17 個が基本のようだが 18 個の個体もあるとのこと (この文献に他の種類の文献が出ているので必要な方は調べられるかも)。この数字は記述からはおそらく頸肋骨のある骨の数も含めていると想われるが、引用されている文献は必ずしもそうでなさそうである。
鳥類の頸椎は頸椎数はまだともかく、長さの測定値があまりないようである。首の長さは生態や重心などを決める因子として大きく関係があるはずで、データベースがあればよいのだがどうもなさそうである (研究者も分析因子として使えないので困っている模様。
後の Boehmer et al. を参照して脚の長さで代用されることもあるがこれはちょっと...と感じる)。これは四肢の骨のような測定が難しいことと、真面目に調べようとすると多数の頸椎を測定して足し合わせる (化石生物だとこのようにするしかないが、軟骨や、哺乳類だと椎間板の厚みをどう評価するかなど一筋縄では行かないようである) ことが必要になって研究者があまり取り組みたくないテーマだろうことが背景にあることは想像できる。
3次元 CT を使えば多少は問題が緩和されることになるかも知れないが、調べられているのは少数に限られるようである。
近年個々の頸椎を真面目に測定して足し合わせた論文 (上記のように軟骨が含まれないので生体ではもう少し長くなるはず) がある。Boehmer et al. (2019) Correlated evolution of neck length and leg length in birds で、詳しくはご覧いただきたい。
この文献は頸肋骨のある骨は数えていないので個数は上記のような数字より約2個少なくなっている (そのため最大 23 個になっている)。103 種を調べた結果では鳥類の頸椎数は 10-23 個 (頸肋骨のある骨も数えると多分2増える) で、両端はごく少数で 11-19 個が一般的な範囲のようである (この文献はオウム類を多数調べているので数の少ない種類が多く、頻度分布はあまり参考にならない)。
鳥類の頸椎は進化にも関連して近年興味を持たれているテーマのようで、Marek and Felice (2023) The neck as a keystone structure in avian macroevolution and mosaicism の3次元 CT を使った論文が出ている (調べられた種類はまだ少ないようだが)。#クロハゲワシの備考も参照。
鳥類の環境への適応として頭部や翼の形状が重要なのは簡単にわかるが、それだけでは不十分で、頭部、首、翼を一体として捉える必要があるとのことである。頸椎の形態の進化速度も議論されていて、大きなグループの分岐点では進化も早いことが示されている。
水鳥はかなりよく調べられていて、#リュウキュウガモの備考で現代的な分子系統樹に基づく考察を行ってみた。
鳥類の頸椎数はこのように種類によって異なり、哺乳類では一部の例外を除いて7個であることもよく知られている。問題はむしろ哺乳類の頸椎がなぜそれほど厳格に7個に定まっているのかと言うこともできるだろう。これは哺乳類には横隔膜があるため、という説がある Buchholtz et al. (2012) Fixed cervical count and the origin of the mammalian diaphragm。
もしこの説が正しいならば、鳥類は優れた気のう (air sacs) システムがあるため横隔膜が必要ないところにまで由来を遡ることができることになる。
哺乳類は鳥類に比べて「呼吸器システムの初期設計を誤った」とも言われることがある通りで、インドガンのような高所活動はとてもできない (#インドガンの備考にあるようにそれ以外にも低酸素環境に対応できる哺乳類と異なる生理機構がある)。
鳥類の呼吸器システムの基本設計はさらに頸椎数の自由度を通じて多様な環境に適応できる一要因ともなっているのかも知れない。
広い分類群において長い首は何のために進化したかを統一的に説明しようとしたレビュー: Wilkinson and Ruxton (2012) Understanding selection for long necks in different taxa
鳥類現世種ではおおむね採食行動に関係しているとされるが、水鳥やダチョウでは高さを増すためにまず足の長さを増したがそれに伴って首も長くなったとの解釈。魚食の鳥では逃げるのが速い獲物を捉えるための加速度を得る機構として進化したと考えられる (#カワウの備考 [ウの視力] とも整合する)。ハクチョウ類やハゲワシ類では食物に届くのに役立っている。
ガン類はこれでは説明できず遠くを監視する役割の方が大きそうだが、低い位置を採食する行動においてエネルギー的に有利かも知れない (草食恐竜などになされる説明と同様)。
首の長いハトの品種とキリンに関係して #ハチクマの備考 [フィリピンのハチクマの不思議] でも少し取り上げている (一度まとめたため記述が少し分散している。ハクチョウ類やガン類の話が含まれるためこちらに一部分離した)。
キリンの首では現在も性選択の論争が続いている。かつては恐竜でも性選択説も提唱されていたらしいがさすがに反論が多い模様。
[鳥類の形態データベース]
なお、近年の鳥類の形態データベースとして AVONET があり 11009 種、90020 個体の測定値が含まれているとのこと [Toblas et al. (2022) AVONET: morphological, ecological and geographical data for all birds]。これには頸椎の情報は含まれていない。
このデータベースは R のパッケージとして公開されており、生物学者の基本言語が圧倒的に R であることも感じさせる。このデータをダウンロードし、少し R で作図をすれば自分の興味ある分類群の生態と形態 (例えば脚の長さ)との関係などを手軽にプロットして楽しむことができる (#ハイタカの備考参照)。興味ある方は試していただきたい。
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ナキハクチョウ
- 学名:Cygnus buccinator (キュグヌス ブクキナートル) ラッパ手の白鳥
- 属名:cygnus (合) 白鳥 (cycnus (m) 白鳥)
- 種小名:buccinator (m) 頬筋、bucinator (m) ラッパ手
- 英名:Trumpeter Swan
- 備考:
cygnus は#オオハクチョウ参照。
buccinator は a が長母音でアクセントもここにある (ブクキナートル)。
英語にも同じ綴りの単語があり、アクセントは冒頭で a は2重母音で発音するなど全体の音はだいぶ違う。
単形種。オオハクチョウの亜種とされたこともあった。
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コハクチョウ
- 学名:Cygnus columbianus (キュグヌス コルムビアーヌス) コロンビア川の白鳥
- 属名:cygnus (合) 白鳥 (cycnus (m) 白鳥)
- 種小名:columbianus (adj) コロンビア川の (-anus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:(Whistling Swan これは通常アメリカコハクチョウを指す英名)。コハクチョウは Tundra Swan または Bewick's Swan が適切と思われる。IOC: Tundra Swan
- 備考:
cygnus は#オオハクチョウ参照。
columbianus は a が長母音でアクセントもここにある (コルムビアーヌス)。接尾辞 -anus の一般的読み方。
2亜種とされる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では2亜種が記載されていた。
jankowskyi (jankowskii の綴りも使われる) ポーランドからシベリアに流刑され刑期を終えて居住した博物学者 Michal Jankowski に由来。Michal の最後の l は斜め棒が入るが、ポーランド語では英語の "w" に相当する発音になる。ポーランド語の w は [v] の発音になる。
ロシア綴りでは Mikhail Ivanovich Yankovskij となるが姓の部分の発音は同じ。
Jankowski の名前は極東地域の鳥類や他の分類群にもしばしば現れるので知っておくとよい。「ヤンコフスキー家の人々」(遠藤公男 講談社 2007) がある。コハクチョウと
columbianus アメリカコハクチョウであるが、パブリックコメントにて前者は bewickii (英国木版画師 Thomas Bewick に由来) であるべきと指摘された。
多くのリストでは jankowskyi を bewickii のシノニムとしており、これが採用される見通し。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でそうなっている。C. c. jankowskii を用いて、他亜種との遺伝的違いを調べている論文はある
[Wang et al. (2014) Complete mitochondrial genome of Tundra swan Cygnus columbianus jankowskii (Anseriformes: Anatidae)] が、亜種の妥当性を議論したものではなく、種小名の選択も適切でないように思える。
C. columbianus と C. bewickii を別種とするリストもあった。
現在の世界のリストでは同種として扱われるようになった。
2種を認め、亜種 jankowskyi を認める場合は、Dement'ev and Gladkov (1952) に示されているように C. bewickii の亜種とする扱いが適切と思われる。論文にはいずれの表記も現れる。
2種を他の北極のハクチョウ類とともに亜属 Olor として扱う考えもある。
Kbird にて須川恒氏より尾崎清明さんからの情報としてロシアのガンカモ類渡りのアトラス (英文) が紹介された:
Kharitonov et al. (2024) Migration Atlas of European species of palearctic Anatidae with the
population outline (from the data of the Bird Ringing Centre of Russia)
Peter Young "Swan" Reaktion (2008) ではハクチョウ飛来地で3月に旅立ち前の催しが開催されるとして下田公園・間木堤 (八戸北丘陵下田公園) が紹介されているが東京の南西と書いてあって何か誤解されているようである。実際は青森県。
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オオハクチョウ
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ツクシガモ
- 学名:Tadorna tadorna (タドルナ タドルナ) ツクシガモ
- 属名:tadorna (合) ツクシガモ (tadorne ツクシガモ 仏)
- 種小名:tadorna (トートニム)
- 英名:Common Shelduck
- 備考:
tadorna は外来語由来で発音はよくわからないがアクセント位置は -dor- と考えられる。すべて短母音とすれば日本語の自然な読みと同様 "タドルナ"。この単語の存在するポルトガル語でも同じ発音になっている。
記載時学名 Anas Tadorna Linnaeus, 1758 (原記載)。
Boie (1822) が種小名を属に昇格し、ツクシガモは Tadorna familiaris とした (馴染みのツクシガモの意味) これは種小名から属名に昇格する場合の当時の用法 (#ノスリの備考参照)。
Hartert (1910-1922) p. 1302 によれば他にも多数あり、上記 Tadorna familiaris は無効名とのこと。Tadorna Bellonii Stephens, 1824 (参考)、Tadorna Vulpanser Fleming, 1828 (vulpes キツネ anser ガン) などの新名があった。
他にも Tadorna vulpina Wood, 1837 (参考) 当時の英名 Greenheaded Sheldrake を指していたが大陸とは別種としたかったものかも知れない。ここでも vulpina とキツネが使われているのも面白い。褐色部分が目立つためか。
イタリア語の volpoca (volpe キツネ + oca ガン) に痕跡が残っている。
tadorne ツクシガモ (仏) の語源はケルト語で白黒の水鳥、英語の shelduck < sheld (染め分けた) duck とほぼ同意義。単形種。
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アカツクシガモ
- 学名:Tadorna ferruginea (タドルナ フェルルーギネア) 鉄錆色のツクシガモ
- 属名:tadorna (合) ツクシガモ (tadorne ツクシガモ 仏)
- 種小名:ferruginea (adj) 鉄錆色の (ferrugineus)
- 英名:Ruddy Shelduck
- 備考:
tadorna は#ツクシガモ参照。
ferruginea は u が長母音でアクセントもここにある (フェルルーギネア)。-rr- を単音とする発音もあるが u が長母音でアクセントがある点は変わらない (フェルーギネア)。
主に中央アジアを中心に繁殖する種。アジアのものは冬はアジア南部に渡る。アフリカの一部に留鳥の孤立個体群が存在。単形種。
Anas rutila Pallas, 1770 (参考) の名称も色彩をよく表していて Temminck and Schegel の Fauna Japonica でもこの学名で登場する。
Pallas (1764) の記載の方が早く ferruginea の方が使われるようになった。
#カンムリツクシガモの標本の記述で気づいたが、Tadorna casarca または Casarca casarca の学名が使われていた時代があった。
これは Anas Casarca Linnaeus, 1768 で用いられた学名で、
Anas ferruginea Pallas, 1764 Vroeg's Cat. Adumbr. で無記名で記載した学名 (参考) の方が早かったためこちらが採用されるようになった。
casarca はロシア語由来で小型のガン (シジュウカラガン) やツクシガモ類を指す kazarka から。タタール語の karakchas (黒いカモ) に由来するとのこと。この種小名を昇格した属名 Casarca も使われていたことがあった (The Key to Scientific Names)。
Hartert (1910-1922) では p. 1303 で、Tadorna 属とは嘴の形がまったく違うとのこと。p. 1304 にアカツクシガモの記述がある。
#カンムリツクシガモに登場する Nowak (1983) もドイツ名 Kazarka と呼んでおり、現在でもいくつかの言語に残っている (イタリア語やオランダ語 Casarca など)。ロシア名は ogar' (obgorat' 焼ける) と色に由来、ドイツ名は Rostgans, Rostkasarka で赤いガンのような名前になっている。
Kolyada et al. (2016) は kazarka の語源ははっきりしないとある。こちらではロシア語でコントラストのはっきりした小型のガン類一般を指すと記述。ポーランド語では kazarka はアカツクシガモを指すとのこと。Dement'ev and Gladkov (1952) のアカツクシガモの別名にも kazarka は現れないので本家とされるロシア語ではアカツクシガモに対して使われていなかったのかも。
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カンムリツクシガモ
- 学名:Tadorna cristata (タドルナ クリスタータ) 冠のあるツクシガモ
- 属名:tadorna (合) ツクシガモ (tadorne ツクシガモ 仏)
- 種小名:cristata (adj) 冠がある (crista (f) 冠 -atus (接尾辞) 〜備わっている)
- 英名:Crested Shelduck
- 備考:
tadorna は#ツクシガモ参照。
cristata は最初の a が長母音でアクセントもある (クリスタータ)。
過去にも目撃回数が少ないが、かつては韓国から日本に輸出され、複数の写生画に登場する。
柿澤・菅原 (1989) 江戸時代の写生図にみられる絶滅鳥カンムリツクシガモ Tadorna cristata (Kuroda) などもっと広範に生息していたと考えられる。
1916 年に韓国で撃たれた以来世界的に記録がなく一度は絶滅が宣言された。1943 年に韓国中部で目撃事例があり、1964 年にウラジオストク近郊のリムスキー-コルサコフ列島でシノリガモの小さな群れの中にメス2羽、オス1羽が目撃された。
1971 年に北朝鮮の北岸、1985 年にロシア東部で2羽の目撃例があるが、1971 年の記録は信頼性が低いとされる。その後も散発的な可能性のある記録があるが、いずれも未確認。もし種が生存していても個体数は 50 羽以下であろうとの見積もりがある (以上 wikipedia 英語版より抜粋。情報の多くは BirdLife International 由来)。
IUCN 3.1 で CR 種、絶滅した可能性があるとされる。環境省レッドリストでは絶滅種。単形種。
世界に3点しかない絶滅鳥 - カンムリツクシガモ (ガンカモ目ガンカモ科) - (山階鳥類研究所の解説)。
[記載と歴史について]
Crested Shelduck (1890) で 1877 年ウラジオストク近郊で採集され、Philip Lutley Sclater (1829-1913) がアカツクシガモとヨシガモの雑種と考えてラベルを付けた標本を含めた世界で3体の標本を見ることができる。
Sclater (1890) の標本写真は 図版 およびその次ページから解説を見ることができる。
Nowak (1983) Die Schopfkasarka, Tadorna cristata (Kuroda 1917) - eine vom Aussterben bedrohte Tierart (Wissensstand und Vorschlaege zum Schutz) に年を追った詳しい歴史が紹介されている。
世界的な歴史についてはこの文献が最も詳しいものではないだろうか。
Nowak (1983) によれば Sclater はそれまでにも多数の新種を命名してきたが、"種は不変" の概念の擁護者として晩年には新しい種を認めることに慎重であったとのこと。
ちょうど進化思想 (「種の起源」の発表が 1859 年) が興隆してきたころで亜種の概念を用いた三名法の流れもあったが、Sclater は保守的な分類学者でこれらの動きには反対していたとのこと。
彼の立場では新種と記載するには良質の十分な研究に基づいた確実な証拠が必要で、それには不十分でああった。"型" や "亜種" のような憶測を排する彼の考えでは雑種と記載するほかなかったと Nowak (1983) が推論している。
Sclater が新しい考えを取り入れてもし亜種名を与えていれば第一標本の記載が先取権を持っていたことになる。
日本から新種を記載できたことは、当時の進化思想の興隆に逆らう慎重で保守的なヨーロッパの分類学者の考えにも助けられていたらしい。黒田長礼氏が Sclater の判断をどのようにとらえていたかは以下の Kuroda (1924) に見ることができる。
黒田 (1889-1978) 氏は Nowak (1983) の推論を目にすることなく世を去っている。
黒田氏の記載論文では Pseudotadorna cristata Kuroda, 1917 の学名で On one new Genus and three new Species of Birds from Corea and Tsushima が原記載。
1916年12月に採集されたメス1羽による記載。
Hartert (1910-1922) では別属扱いで p. 1305 に現れる。Hartert には日本からかなり入っていたようで、野生のカモ類の雑種はまれで、野生個体であることから雑種の解釈に否定的でこれまで見逃されていた独立種・属とするのが妥当と考えていた。朝鮮半島から日本に輸入されていた時代には多く生息していたと考え、今後の研究で雑種でないことがわかるだろうと記していた。
項目にも使われている Pseudotadorna cornuta Kuroda は間違いとのこと (The Key to Scientific Names)。
Nowak (1983) では 1916年3月に朝鮮半島北西沿岸で Akagawa (赤川) という猟師が6羽の群れを見て3羽を捕獲した。過去にこのような鳥を見たことがないと黒田に伝え、記述から黒田はカンムリツクシガモだったと結論したが、獲物は科学者の手に渡ることはなかったと記述されている。
この件はさまざまに記述されているが、黒田から Dement'ev への私信によれば残念なことにその標本は残っていない (Dement'ev and Gladkov 1952) とある。Nowak (1983) はロシアの研究者にも情報が正しく届いていなかったと推定している。
この件について黒田氏の直接の言及 (日本語) は以下の Kuroda (1924) pp. 179-180 にある。異形の海鴨とあり色彩をどのように判定したかなどは原文を参照。当時は珍しいものがあればまず採集の時代であったらしく、海岸にいた6羽の群れから2羽を撃ちとり、海に逃げて戻ってきたもう1羽を撃ったとのこと。
Kuroda (1917) のこの論文で新属も提唱された。当時は Sclater はすでに世を去っており、以下の議論には関与していない。新種ではなく雑種とした理由は Sclater 本人から確かめることはできず推論に頼るしかない。
ヨーロッパでは過去にカモ類雑種に新たな学名を付けた例がいくつもあり慎重だったようで、1920 年代に独立種か雑種かの議論がなされていた。
Nowak (1983) を見てヨーロッパでは分類学の歴史が長く、怪しいものは証拠が出るまではまず疑う姿勢があったのではないかと感じた。すでに標本が存在していたことを知らなかった黒田氏にとっても世界のこの反応は予想外だったのではないだろうか。当時 Hartart が Sclater の報告を見て黒田氏に送られた手紙の内容は柿澤・菅原 (1989) で紹介されている。
1924 年に黒田がもう1個体の標本を記述 On a third Specimen of rare Pscuidotadorna cristata Kuroda。ここまでの3体が現在残る全て。
1940 年にかけて日本から過去の写生画なども発表され、世界でも独立種と認められるようになり、世界の水鳥の権威 Franzose Jean Delacour と Peter Scott が 1954 年の書物 "The waterfowl of the world. Vol. 1" に種として掲載したとのこと。
しかしその間、その後も種に値するか、あるいは分類学的な位置の議論は数多く行われていた。現在考えられているほど自明ではない時代が長く続いていた模様。
Dement'ev and Gladkov (1952) では種の扱いとしていた。
Nowak (1983) が述べている最後の確実な目撃記録とされるものは Labzyuk (1972, 2017 再掲) The crested shelduck Tadorna cristata in the southern Primorye (pp. 133-135) で読むことができる。1964.5.16 のこと。
飛び立つ時の様子や色彩などかなり詳しい記述が残っている。1964, 1967 年に再度調査したが見つからなかったとのこと。
沿海地方でカモに詳しい猟師などにもアンケートを行ったが確認につながる結果は得られなかった。著者は図版を見てこの種に違いないと確証するに至ったとのこと。記述内容を訳したものが Nowak (1983) に含まれている。
このように見るとほとんどの記録が朝鮮半島など国外で、日本での写生も基本的に朝鮮半島から持ち込まれたもの。日本産鳥類と言えるのかと感じるが、1822年10月に函館市亀田で捕獲された雌雄の写生画に基づくとのこと。この写生画が現存する日本唯一の記録とのこと。
「鳥学の100年」(井田徹治著、日本鳥学会、山階鳥類研究所協力 2012) p. 109 によれば色彩図「鳥之種類」の小冊子に収められていたことが 1939 年に判明したとのこと。Nowak (1983) の図 11 の8の点にあたる。
論文は Kuroda (1940) An Old Record for a Pair of Pseudotadorna cristata obtained near Hakodate (カンムリツクシガモ函館にて捕獲の古記録)。
Nowak (1983) は信頼に値する記録と判定しており、場所も特定されて実際に観察された (リアルタイムではないが) 世界初の記録と位置づけている。その次が 1877 年採集された標本。
この小冊子が見つかっていなければ日本人が命名した鳥であったが日本産とは認められなかったであろうことになる。
Nowak (1983) は遺存種と考え、人為開発の著しい地域で残っていたことは奇跡的であった捉え方になっている。wikipedia 英語版では (おそらく) 絶滅したとされる要因に Beacham and World Wildlife Fund (1997) を引いて生息地の減少、狩猟の他に overcollection も挙げている。
他種でもしばしばあったように絶滅に近づいた鳥を学術的に確実な標本に残すために鳥類学者が奮闘した結果が絶滅の一つの要因になり得ただろう状況をここにも見ることができる。
極東特産種であったと思われ、#オシドリの備考で隔離メカニズムを考察してみた。
石井 (2018) Birder 32(8): 34-35 によれば江戸時代中期にはオシドリとカンムリツクシガモの認識は錯綜していて、オシドリとカンムリツクシガモの特徴を併せ持つ絵などがあるとのこと。
Rutt et al. (2024) Global gaps in citizen-science data reveal the world's "lost" birds 過去 10 年以上記録のない種類のリスト。144 種が該当していたが調査開始で 126 種まで減少。論文はオープンアクセスではないが、
Search for Lost Birds から一覧を見ることができる。日本に関係の深い種類ではカンムリツクシガモ (及び日本の記録に疑問が残るがシロハラチュウシャクシギ) が含まれている。
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オシドリ
- 学名:Aix galericulata (アイクス ガレーリクラータ) 小さな帽子をかぶった水鳥
- 属名:aix aigos (Gk) アリストテレスの記載した足に大きな水かきのある鳥の一種 (小型ガンか大型カモと考えられている)
- 種小名:galericulata (adj) 小さな帽子をかぶった (galericulum (n) 小さな帽子 -atus (接尾辞) 〜備わっている)
- 英名:Mandarin Duck
- 備考:
aix は他に読み方を考えにくいが "アイクス"。
galericulata は e と語末の -ata の冒頭が長母音で -cu- にアクセントがあると考えられる (ガレーリクラータ)。e の長母音は galerum (帽子) の e が長母音のため。
単形種。ヨーロッパ、アメリカ等に持ち込まれ、移入種となっている。ヨーロッパでは多数の個体が広く分布。
例えばベルギーでの評価 Aix galericulata - Mandarin duck。拡大中だが生態系へのインパクトがある程度高いグループには含まれていない。
同属にアメリカオシ Aix sponsa Wood Duck がある。こちらの読みは "スポーンサ" でラテン語の花婿の意味。Aix 属のタイプ種はこちら。Eyton (1838) が定めたもの。
佐藤 (2020) Birder 34(12): 35 がドイツでつがい相手が生きている限りつがいが解消された証拠が今のところない研究を紹介している。
Maedlow (2018) Phenology of the Mandarin Duck Aix galericulata in the Potsdam area: population trends, non-breeding occurrence, moult, and mating がその論文 (英文要約あり)。
最大9つがいを標識して5年間観察した。7-8月はつがい関係が完全に途絶える。これまでカモ類は全般につがい関係が永続しない、Cramp and Simmmons (1977) はオシドリではそうではないなどさまざまに議論されてきたが一応の結論が出た模様。現在では「オシドリのつがい関係を調べた人はいないので」とは言えなくなった。
[オシドリと他のカモの雑種は存在するか]
「動物の世界」2版 6 (日本メール・オーダー 1986) pp. 764-767 (浦本・安部) にオシドリとアメリカオシ両種の間の交雑はない。山階が両種の染色体が異なっていることを示したとの記述があったので調べてみた。
Can Mandarin Ducks hybridize with other duck species? (Avian Hybrids 2019) に考察があった。
オシドリとアメリカオシの交雑個体の可能性のある記述が "Reference to possible Mandarin x Wood (Carolina) Duck and Wood Duck x Mandarin Hybrids Bred at Tracy Aviaries, Salt Lake City" Avicultural Magazine (1965) にあるとのことだが信頼性はわからないとのこと。
オシドリが他のカモと交配不可能との考えは Delacour and Mayr (1945) と Seth-Smith (1922) が最も近縁のアメリカオシとさえ交配不可能と考えたことに遡るとのことで、Yamashima (1952) による染色体が特異であるとの報告を受けて、Prestwich (1960) と Gray (1958) が交配不可能と結論したとのこと。
オシドリのすべての染色体は acrocentric (アクロセントリック 端部動原体染色体) とのこと。
このページで引用されている核型データは Shields (1982) Comparative avian cytogenetics: a review で見られる。
Yamashina, Y. 1952. Classification of the Anatidae based on the cyto-genetics. Papers Coordinat. Comm. Res. Genet. 3:1-34 が上記 Yamashima (1952) らしいが、山階芳麿 私の履歴書 第 17 回 染色体形の研究 (山階鳥類研究所) によれば "昭和22年5月31日の日本鳥学会の総会の席上、「雁鴨類の新分類法」として発表した" とあるものが最初の出典になるだろうか。
昭和 24 年に出版した「細胞学に基づく動物の分類」がそれに続くが、戦争末期から終戦直後に当たっていたため英文を使えなかったとのこと。
現代的なオシドリのゲノム解析は Ng et al. (2022) Genome Assembly and Evolutionary Analysis of the Mandarin Duck Aix galericulata Reveal Strong Genome Conservation among Ducks。
この結果と染色体構造の特異性を合わせて見ると反復配列やトランスポゾンが特異な染色体構造を生み出し、種分化に貢献したことになるのだろうが、他種との遺伝的交流の可能性がほぼ完全に閉ざされてしまったため他種に遺伝的に吸収されてしまうこともなく、オシドリの分布が世界でも狭い地域となっているのかも知れない。
他の分類群でも提案されているものと同様、種分化機構と反復配列やトランスポゾンの関係を考える上でも興味深い。
ふと気になったのは、オシドリと同じように分布域が狭く形態的な類縁種があまりない #カンムリツクシガモ でも同様の隔離メカニズムが働いていたのではないだろうか。
今となっては調べることは極めて困難だろうが、もしゲノムを調べることができればオシドリとアメリカオシの関係同様に、カンムリツクシガモとツクシガモとは実は想像以上に近縁だが染色体構造由来で遺伝的交流が起きなかった、あるいはカンムリツクシガモの近縁種がまったくなく独立属を形成するいずれの結果が得られても不思議でない感じがする。ただしここでの推論根拠は地理的分布とオシドリの事例が存在することのみ。
[鴛鴦の偶]
河田聡美 漢字百話 鳥の部 鳥・とり事典 大修館書店 (1989) p. 122 に李白・去婦詞が紹介されている。
去婦詞参照。この語を調べてみると韓国語でもそのまま使われているが、ロシア語でも紹介されていた 鴛鴦。仲の良い夫婦との説明。
[鴛鴦の漢字の意味]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 94 VII (藤堂) によればペアが仲良いことから中国で古くから匹鳥と呼ばれていた。
ダブルベッドのクッションを鴛鴦被と呼び、楊貴妃は宮殿を鴛鴦瓦でふいたとのこと。
白楽天による「鴛鴦の瓦冷たくして霜華多し」は楊貴妃亡き後の玄宗の独り身の寂しさを歌ったものとのこと。
エンの字は鳥の上に付く部分が2人の人が体をまげてかがめた姿、しなやかで丸みを帯びていることを示す。オウは 央 + 鳥 で央の文字は人の中心を首かせなどで押さえた姿。いずれもオシドリの背の低さを表しているとのこと。
wiktionary を見るとエンの字の上部は寝る、または横になる姿。日本語では "えん" または "おん" と読む。音由来 (*qu:n, *qon) と解釈しており、Starostin は古代中国語の *war をチベットの skyar po (ヤマシギ) と関連づけており、いずれも Proto-Sino-Tibetan language に共通語源を見いだせるとのこと。
また鴦の字は音由来 (*qa:n, *qan) とあって藤堂氏とは多少解釈が異なる。ヨーロッパ言語から見ると音声を重視、漢字文化圏では象形文字解釈を行っているように見える。
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ナンキンオシ
- 学名:Nettapus coromandelianus (ネーッタプース コロマンデリアーヌス) インドのコロマンデル地方のカモの足の鳥
- 属名:nettapus (合) カモの足 (netta カモ pous 足 Gk)
- 種小名:coromandelianus (adj) インドのコロマンデル地方の (-ianus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Cotton Pygmy Goose
- 備考:
nettapus は外来語由来の合成語のため発音は明確でないが、起源となるギリシャ語 netta では e が長母音。pous に由来する -pus も長母音でも構わない (例 apus)。"ネーッタプース" を採用してみた。
学名のために作られた言葉で古典ラテン語ではないのでこの読みに必ずしも従わなくてもよい。"足" の意味の -pus を伸ばすかどうかは両方の用例があるので好み次第でよいだろう。"足" の場合は "プース" と統一して読むのも一つの考え方。
coromandelianus は前半が地名で特に長音では読まれていないよう。-ianus の接尾辞は a が長母音でアクセントがある (コロマンデリアーヌス)。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。Nettapus 属はナンキンオシ属。
英名で Pygmy Goose と付くように小型のガンの扱いであった。アフリカマメガン Nettapus auritus 英名 African Pygmy Goose が足と体はカモ、嘴と首はガンに見えるとのことでこの属名が付けられた (The Key to Scientific Names)。
和名もかつてはマメガン属の名称があった (コンサイス鳥名事典)。
2亜種が認められている (IOC)。日本で記録された亜種は基亜種 coromandelianus とされる。
[分子系統研究による位置づけ]
最新の分子系統研究で典型的なカモ類との類縁関係はなく、むしろハクチョウやガンの系統とそれに先立つ分岐のリュウキュウガモ類の間に位置することがわかった。ナンキンオシ属とオタテガモ属 Oxyura の系統関係は近い (#オカヨシガモの備考参照)。
日本鳥類目録改訂第8版 = IOC 13.2 の配列ではオシドリの次の中途半端な場所に含められているが近い将来変更されるだろう。
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オカヨシガモ
- 第8版学名:Mareca strepera (マレカ ストゥレペラ) 騒々しいカモ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas strepera (アナス ストゥレペラ) 騒々しいカモ
- 第8版属名:mareca Marreco ブラジルのポルトガル語で小型カモ類。他説あり。
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:strepera (adj) 騒々しい (strepo -ere (intr) 大きな音をたてる -a 女性形の形容詞にする)
- 英名:Gadwall
- 備考:
mareca は外来語で発音がよくわからないが短母音のみであれば "マレカ"。
strepera は発音はよくわからないが strepere は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。アクセント位置は -re- (ストゥレペラ)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Mareca 属 [Marreco ブラジルのポルトガル語で小型カモ類を意味する (ローマ伝説で Marica は川または水の精)]、に変更。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。Mareca 属はヨシガモ属。
Gonzalez et al. (2009) Phylogenetic relationships based on two mitochondrial genes and hybridization patterns in Anatidae の分子系統研究で旧 Anas 属が単系統でないことが示され、いくつかの属に分離された。
北半球中緯度に広く分布。2亜種あり、他の亜種はキリバスの Teraina 環礁に生息していた couesi (アメリカの軍医 Elliott Ladd Coues 由来) があったが絶滅した。雌雄の 1874 年の標本が残っているのみとのこと。ファニングオカヨシガモの和名がある (コンサイス鳥名事典)。
英名 Gadwall の由来は不明だが、1666 年にはすでに使われていた (wikipedia 英語版)。
[Anas 属の分割は必要か]
全ゲノムを用いた解析によってこの取り扱いが適切でない可能性も示唆されている: Zhang et al. (2024) Whole-genome sequences restore the original classification of dabbling ducks (genus Anas)。
伝統的な Anas 属は単系統であり、必ずしも分割する必要はないとの見方。ハシビロガモやトモエガモも含めて 47 種が Anas 属でよいのではとの見解。
カモ類は雑種が多いため遺伝子浸透 (introgression) も多く、用いる遺伝部位によって異なる系統樹形態が可能であるとのこと。これを考慮すると複数の属に分ける必要はないとの考えのよう。
もともとは "北京ダック" などの家禽の起源を探る研究だった (#カルガモの備考参照) が範囲を広げるとカモ類分類まで再考した方がよい結論となった。Gonzalez et al. (2009) の根拠は否定される形となり、他の分類群でも議論されている、単系統ならば多種を含む属でもよいか、あるいは何らかの特徴で分岐年代も参考に分割した方がよいかの程度問題となりそう。
Zhang et al. (2024) のトポロジーを見る限り、もし 47 種すべてを Anas 属としない場合は、ハシビロガモやトモエガモは順序は変わる可能性はあるものの現行の属を変える必要はあまりないように見える。
Mareca と現行の狭義 Anas の関係が相互に単系統にならない可能性があるが、現行全ゲノムまで調べられた種類が少ないのでまだ様子見段階であろう。
属に分割した上でオナガガモが狭義 Anas に収まらなければ古い属名の Dafila (#オナガガモの備考参照) が復活する可能性もあるだろう。
近年は単系統性が非常に重視されており、新しい分子系統研究も比較的早く取り入れられる傾向があるので、あるいはこの提案はすでに議論の俎上に載せられているかも知れない。個人的には種サンプルを増やした後に判定した方がよいと感じるが、全体を Anas にまとめ直すこと自体は問題ないので案外簡単に受け入れられるかも知れない。
日本鳥類目録改訂第8版で変えたばかりの段階で世界が元に戻すこともあり得ないことではない。
なお Mareca と Anas 属を分離したチェックリストは Howard and Moore 4th edition とのことで、アメリカの the 58th AOS Supplement でも採用されたとのこと (Boyd)。
他の主なリストでは Birdlife, BOU が 2014 年、Clements, eBird が 2017 年、IOC が 7.3 (2017) で、日本鳥類目録改訂第7版が出版されて数年で世界の一般的扱いが変わっていたことになる。
第8版でようやく追いついた形になるが、世界の扱いがタイミング悪くすぐに変わってしまうかも。
系統と形態進化を調べた研究: Chatterji et al. (2024) Dietary specialization drives adaptation, convergence, and integration across the cranial and appendicular skeleton in Waterfowl (Anseriformes) (preprint)
Anatidae カモ科は 10 系統あり、それぞれ族にふさわしい。
この系統樹では Mareca と Anas が互いに単系統の関係になっている。
Mareca と Anas を分ける場合は単系統性の要請よりは分岐年代などに由来すると解釈されることになるなろうか。ほとんど違わない分岐年代 (1000 万年前ぐらい) で Anas 属が 3-4 系統に分かれているので微妙なところ。少し古い Gonzalez et al. (2009) を根拠とする分類は多少見直しが迫られるかも。
Netta 属が単系統になっておらず、アカハシハジロの学名は影響を受けないが、もし分離する場合はベニバシガモ Netta peposaca Rosy-billed Pochard と ネッタイハジロ Netta erythrophthalma Southern Pochard をアカハシハジロとは別属になる可能性がある。
Boyd はこれら2種をそれぞれを別属にしているがそこまでの必要性はなさそう。
サザナミガモ Salvadorina waigiuensis Salvadori's Teal は Boyd は不明に分類していたが Anas 属に落ち着きそう。
潜水性など習性は複数の系統で独立に進化し、形態もそれらに応じた収斂進化を遂げている。
カルガモはマガモと同種レベルとして扱われたのかも知れないが登場しない。
さらに Chen et al. (2024) The Complete Mitochondrial Genome of the Siberian Scoter Melanitta stejnegeri and Its Phylogenetic Relationship in Anseriformes
がミトコンドリアゲノムと一部核ゲノムを用いた系統解析を発表している。この系統樹では Mareca, Spatula, Anas が単系統の関係をなさない。
どの解析が系統をよく反映しているかまだ吟味の必要がありそうだが、Gonzalez et al. (2009) を基にした分類は問題がある証拠が増えてきているように見える。系統樹サポート率は高いので解析などに誤りがなければかなり信頼できそう。
シマアジがこれまでとまったく違う場所になっている。海ガモ類は比較的問題が少なそう。
世界の共通リストを検討しているチームはこれらの論文をどう評価するだろうか。
数種の属を変えることで Anas 属と Mareca 属を生かすのは一つの解決方法となるだろうが、シマアジの存在を考えるとそれほど簡単ではなく、続きは同じく影響を受ける Spatula 属のタイプ種である#ハシビロガモの方にまとめた。
幸い Spatula 属の記載が古いのでハシビロガモが別属に移動とはならずに済みそう。
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ヨシガモ
- 第8版学名:Mareca falcata (マレカ ファルカータ) 鎌形の羽のあるカモ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas falcata (アナス ファルカータ) 鎌形の羽のあるカモ
- 第8版属名:mareca Marreco ブラジルのポルトガル語で小型カモ類。他説あり。
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:falcata (adj) 鎌形の (falcatus) 三列風切の鎌形の羽から
- 英名:Falcated Duck
- 備考:
mareca は#オカヨシガモ参照。
falcata は最初の a が長母音でアクセントもここにある (ファルカータ)。falx を -ata 持っている と分解できる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Mareca 属に変更。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。単形種。
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ヒドリガモ
- 第8版学名:Mareca penelope (マレカ ペーネロペー) ペーネロペーを救ったカモ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas penelope (アナス ペーネロペー) ペーネロペーを救ったカモ
- 第8版属名:mareca Marreco ブラジルのポルトガル語で小型カモ類。他説あり。
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:penelope (f) penelopis カモの一種 (Gk)
- 英名:Eurasian Wigeon
- 備考:
mareca は#オカヨシガモ参照。
Penelope (固有名詞) は2つの e が長母音。-ne- にアクセントがある (ペーネロペー)。英語では長母音ではないがアクセント位置はラテン語と同じ。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Mareca 属に変更。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。
Mareca 属は Stephens (1824) が導入した属でヒドリガモがタイプ種。Stephens は属提案とともにヒドリガモに Mareca fistularis の新名を与えていた (参考。#ノスリの備考参照)。fistularis は羊飼いのパイプ (fistula) 由来。
種小名の由来である penelops, penelopos (Gk) はギリシャ神話で両親がペーネロペーを海に投げ込んだ時に救って食べ物を与えた紫の縞のあるカモとされる Penelope < pene 編み紐、織物 opos 外見 でユリシーズの妻 (Gk) (The Key to Scientific Names, wikipedia 英語版)。Linnaeus 以前から複数の著者が使っていたラテン名。
Penelope 属が別にあり、キジ目ホウカンチョウ科のシチメンチョウに似た南米の属で、英語では一般名 guan と呼ばれる。
和名はシャクケイ (舎久鶏) で鷹司信輔が付けた名称とのこと (コンサイス鳥名事典)。
こちらの Penelope の由来もよくわかっていないとのことだが、Teixeira (1995) 他は模様を指したものではないか (pene 糸、網 + -ope 外見 Gk)、あるいは冠状に見えるため (pene ほとんど L + lophos 冠 Gk) との解釈があるとのこと (The Key to Scientific Names)。
OED によれば 1605 年にある種のカモらしい鳥を指して Penelope, the name of the..wife of Ulysses, which was given to her, for that she carefully loved and fed those birdes with purpre neckes called Penelopes (Camden, "Remaines") の用例があったがこの用法は廃れたとのこと。
1811 年の用例から英語では上記キジ目の Penelope 属を指して penelope と呼ばれていた。この用法は 20 世紀でも使われていた。
カモの方の Penelope はラテン語 Penelope 由来で、おそらくギリシャ語の penelops 由来で野ガモの1種で首の色彩が際立っているとのこと。この語義は 1605 年用例に見られ、後のラテン名の起源となった可能性があるとのこと。ヒドリガモを指すラテン名 penelope の用例は 1678 年またはそれ以前に遡るとのこと。
英名の Eurasian はアメリカヒドリの英名に対応させるため。Wigeon だけでもヒドリガモを指して使われる。単形種。
英名 wigeon は 16 世紀初めにはすでに使われていたが、中世フランス語 vigeon 由来とされる。これは古フランス語 vignier (鼻を鳴らす、叫ぶ) -on (名詞化) とされる (Wiktionaryより)。1508 年の chekyns pygyons teeles wegyons mallardes の用例がある。この時代にはカモ類を区別した名前が用いられていたことがわかる (OED)。OED ではフランス語由来説ではなく、むしろ音声の whew, whewer 由来説を紹介し、フランス語は逆に英語から入った可能性もあるとのこと。
フランス語の vigeon はラテン語でツルの1種を指す *vipio (#マナヅル参照) 由来の可能性も提唱されているとのこと。
現代の言語では Penelope はほぼ残っていない。音声に着目している言語が多い (ドイツ語 Pfeifente 笛のカモ、フランス語 Canard siffleur、ロシア語 sviyaz'、ウクライナ語 svishch など)。色彩に着目しているのはノルウェー語の Brunnakke (茶色の首) など。中国語も同じ系統で赤頸鴨。英名の wigeon がむしろ特殊と言えるだろう。
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アメリカヒドリ
- 第8版学名:Mareca americana (マレカ アメリカーナ) アメリカのカモ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas americana (アナス アメリカーナ) アメリカのカモ
- 第8版属名:mareca Marreco ブラジルのポルトガル語で小型カモ類。他説あり。
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:americana (adj) アメリカの (-anus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:American Wigeon
- 備考:
mareca は#オカヨシガモ参照。
americana は1つめの a が長母音でアクセントもここにある (アメリカーナ)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Mareca 属に変更。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。単形種。
ユーラシア北東端でも繁殖しているとのことである。参考記録 Beshkarev (1999 初出、2018 再掲) The American wigeon Anas americana in the upper reaches of the Pechora (p. 4263)。
クレチマル・千村 (訳) (1991) Birder 5(7): 27 に北米からシベリアにアメリカヒドリが進出しているとの記載がある。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) には繁殖種としての記載は特になく、迷鳥の扱いになっている。
森岡 (2005) Birder 19(11): 53 にコメントがあり「日本の野鳥 山渓カラー名鑑」に記載されていたアメリカヒドリとヒドリガモが一緒に繁殖している記述は NHK 取材の時にコンドラチェフ博士から聞いた情報であったとのこと。
Rohwer et al. (2022) Interspecific forced copulations generate most hybrids in broadly sympatric ducks
によればアメリカ西岸で多くの場合オスのヒドリガモがアメリカヒドリと雑種形成 (F1 個体からの判定) を行い、多数のアメリカヒドリの中でメスのヒドリガモが相棒を見つけるのが難しいため雑種形成が起きる仮説は否定的とのこと。北米のカモの雑種は強制交尾が主因との説を支持する。
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マガモ
- 学名:Anas platyrhynchos (アナス プラテュリュンコス) 幅広い嘴のカモ
- 属名:anas (f) カモ
- 種小名:platyrhynchos (合) 幅広い嘴の (platos 幅 rynchos 鼻口部 Gk)
- 英名:Mallard
- 備考:
anas は他に発音は考えにくいが "アナス"。現代のイタリア式発音では伸ばすこともあるそうで、冒頭を長音で読んでも間違いとは言えない。逆に "ナ" を伸ばす方はおそらく受け入れられない。
platyrhynchos は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-rhyn- がアクセント音節と考えられる (プラテュリュンコス)。
北半球に広く分布。2亜種が知られ (IOC)、日本の亜種は基亜種 platyrhynchos とされる。もう1亜種はグリーンランドの大型だが嘴は小さく色の淡い conboschas とされるがこの亜種を認めないこともある。
英語の由来は古フランス語でオスの野ガモを表す malard, malart, mallart から (Wiktionaryより)。カルガモとの遺伝的関係については#カルガモの備考を参照。
Anas 属のタイプ種。
現在マガモとされるものが Linnaeus (1758) に2回登場すると言われる。#オオタカの備考も参照。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" も Anas boschas の学名を用いていた。この時点では Linnaeus (1758) の Anas platyrhynchos のシノニムとは気づかれていなかった模様 (他学名としてリストされていない)。
Anas platyrhynchos と
Anas boschas
後者に domestica が含まれているので、アヒルを表す学名として使われていたこともあったがシノニムとみなされ、先取権のある Anas platyrhynchos の方が使われるようになった。AOU も 2nd ed. (incl. 13th suppl.) まで Anas boschas を用いていた。
さらに Anas adunca の家禽品種も含まれていて Linnaeus (1758) に3回登場とのこと。
Donegan (2023)
Towards a more rational and stable nomenclature for Mallard Anas platyrhynchos, Greylag Goose Anser anser and their domesticates, including various priority issues, designation of lectotypes, and a First Reviser act
がこの問題を整理している。Linnaeus は野鳥を意図して Anas platyrhynchos を使っていた。Anas boschas には家禽と野鳥の両方が含まれていた。
Linnaeus はさらに混乱していたようで Anas platyrhynchos とハシビロガモ (当時の学名で Anas clypeata) をシノニムの関係にあると考えていた。
Linnaeus の発表後 150 年以上も経過して、Lonnberg (1906) が Anas platyrhynchos はメスで、Anas boschas は主にオスを指すことに気づき、前者の方が先に現れるので先取権があるとした。
しかし長期間使われていた学名が保護される規則もある。これは Lonnberg (1906) の提案を無効にするわけではなく、結果的に 20-21 世紀の大部分の分類学者がこの提案を受け入れることで現在の学名に落ち着いている。
ハイイロガンの学名も同様に扱われている。ガン・カモは家禽で多様な学名が使われており歴史的に複雑だったよう。
川口 (2016) Birder 29(12): 48-49 でマガモの巻き羽が上尾筒か尾羽かを議論している。結論は後者とのこと。「生物進化とハンディキャップ原理: 性選択と利他行動の謎を解く」(Amotz Zahavi and Avishag Zahavi "The handicap principle: a missing piece of Darwin's puzzle" 1997 原著、アモツ・ザハヴィ、アヴィシャグ・ザハヴィ著; 大貫昌子訳 白揚社 2001)
でザハヴィがクジャクの飾り羽を尾羽としている点をとりあげ、名のある鳥類学者でも、こんなものだ! と指摘している。
これは訳の問題ではないかと想像して調べてみると peacock's tail の表現は英語ではあまりに普通に使われ、peacock's tail-feathers の表現は英語的には特に間違いがあるわけではない。
クジャクの飾り羽を指す用語として "tail" または "train" が用いられるとのこと (wikipedia 英語版より)。鳥類学的に言えば tail covert とか補足してあると曖昧さがなかったのだろうが、あまりにも専門用語なので避けたのでは?
訳者もファインマンなどの物理の訳書を多く手がけており (E. O. ウィルソンの「生命の多様性」もこの方の訳)、鳥類学まではさすがに専門でなく訳者が注釈で補う必要も感じなかったのではと想像する。
rectrices とか専門用語で限定して書いてあるわけではないようなので、偉い学者が間違えているかどうかまでは判断できない気がする。
雑誌 "Birder's World" 1989.12 pp. 30-34 に Paul A. Johnsgard の "On Display" の記事があり、本文では upper wing coverts と書き分けているが図版キャプションは fanned tail of a displaying Common Peafowl とあり英語表現としてこれでよいことがわかる (Johnsgard を偉大な鳥類学者と呼ばない人は多分ないだろう)。
この記事は非常に詳しく、キジ類の (広い意味で) 尾の模様の進化を取り上げている。尾羽も上尾筒のいずれもが用いられ中間的な進化形態もある。尾羽か上尾筒かは枝葉末節の問いで、この系統のディスプレイでは "尾" と総称した方が機能をずっとよく表現している。
[カモ類の気管球 (tracheal bulla)]
川口 (2018) Birder 32(1): 52-53 で、カモ類の性的二形に関係してオス・メスで声が違うことが紹介されている。多くのカモのオスには気管に特別な構造 (tracheal bulla 気管球, syringeal bulla などの名称がある) がある。
解剖学的には違いは明らかでもそれがどのように音声に影響を与えるかは、筋肉をどう制御するかの他の問題もあり簡単には結論できるものでもなさそうである。共鳴についても同様で音響学的シミュレーションをやってもわからないパラメータが多くてそう簡単には物が言えない。スズメ目でも同様。
オープンアクセスの研究を少し紹介しておく:
Warner (1971) The structural basis of the organ of voice in the genera Anas and Aythya (Aves)
Anas 属ではおそらく共鳴に関与し、構造的にはオスの方が高いと想像される。Aythya 属では (基音とは) 別の音を作る役割を持っているのではとのこと。
Miller et al. (2007) Allometry, bilateral asymmetry and sexual differences in the vocal tract of common eiders Somateria mollissima and king eiders S. spectabilis
ケワタガモ類で同種内の tracheal bulla の大きさには差が少なく、体サイズが大きいものでもそれほど大きくなかった。tracheal bulla のサイズを一定に保つ選択が働いていると考えられる。
川口氏の疑問は雌雄同色のカルガモでオス・メスで声がどのように違うかだが、マガモの声に似たもので雌雄で声が違うとの情報はあるがこの時点では詳しくはよくわからない模様。xeno-canto ではマガモのメスの声は明瞭に識別できることが周知事実となっていて (聞くだけでわかる) 多くの記録がある。
カルガモでは性別を入れている報告はほとんどなく (そもそも記録数も少ないが) 野外での音声による識別方法は確立されていないのだろう。マガモの雌雄と同様と考えて分類するだけでも意義がありそうに思えるがどうだろうか。
Mishkind et al. (2025) Courtship vocalizations in male ducks: spectral composition and resonance of the syringeal bulla (preprint)
micro-CT を用いて共鳴構造となっているかを検証。ヘルムホルツ共鳴管と仮定して気管球のみの共鳴周波数の推定を行っているがそれほど大したことはやっていない。気管が周波数を変えるはずだがこちらは実測せず文献の値を用いている。各種の気管球の CT 画像が出ているので参考になるかも。
[カモ類の嘴の触覚]
(一部#ハチクマの備考の脳の構造より)
Gutierrez-Ibanez et al. (2009) The independent evolution of the enlargement of the principal sensory nucleus of the trigeminal nerve in three different groups of birds。
によれば、三叉神経の感覚に関係する脳の principal sensory nucleus of the trigeminal nerve (PrV) この核のサイズを見れば採食に触覚をどの程度用いているか推定できる模様で、直感的にもわかりやすい結果になっている。嘴で探索を行うシギ類、水鳥 (特にろ過して食物を得るカモ類など)、オウム、キーウイなどでよく発達しており、嘴の感覚が鋭敏であることとよく対応している。
味蕾 (みらい taste bud) も嘴の先端にあって味を感じている (#メジロの備考 [鳥類の味覚] 参照)。
Ziolkowski et al. (2022) Tactile sensation in birds: Physiological insights from avian mechanoreceptors
によれば鳥類と哺乳類の間で触覚はよく保存されている。Grandry (Meissner) と Herbst (Pacinian) 小体 (かっこ内が哺乳類での名称) が触覚センサーで嘴で探索を行う種類で嘴の皮膚に触覚センサーが高密度に分布している。これらの種類の嘴の皮膚の繊細なセンサーは舌や咽頭にも及ぶこともあるとのこと。
Schneider et al. (2017) Molecular basis of tactile specialization in the duck bill にカモの嘴先端の触覚の分子メカニズムが同定されている。Piezo2 チャンネルが関与しており、マウスの触覚以上の役割を果たすとのこと。嘴先端には Grandry, Herbst 小体が多数ある。脊椎動物の中でも特に触覚に特化していると言える。
Syeda (2017) Dabbling with Piezo2 for mechanosensation の解説記事。カモ類は嗅覚や視覚よりも触覚に頼って食物を探す。霊長類が指先の触覚を用いて探すのと同様。
運動センサーに関連する TrkB 遺伝子発現も視覚で食物を探すニワトリとは対照的な結果となった。
なお TrkA は温度や痛み感覚に関連し、カモでは TrkB 遺伝子発現の方が圧倒的に多かった。触覚を用いて食物を探すセンサーに最適化されていると考えられる。
[マガモの雌雄の頭の色を決める遺伝子]
Ma et al. (2021) Transcriptome Analysis Reveals Genes Associated With Sexual Dichromatism of Head Feather Color in Mallard
によればトランスクリプトーム解析によって TYR, TYRP1 遺伝子が頭部羽毛のメラニン形成に関与しており、オスではメスより TYRP1 の発現が 256 倍強かったという。メラニンによる構造色であることも改めてわかる。Z 染色体関連遺伝子がオス (ZZ) でより多く発現して TYRP1 のプロモーター領域に働いている可能性があるとのこと。
[カモ類の翼鏡]
翼鏡 (speculum) は構造色だが、その微細構造を調べた研究: Eliason and Shawkey (2012) A photonic heterostructure produces diverse iridescent colours in duck wing patches
発色の機構は論文に譲るとして、気になるのは役割だろう。この論文で引用されている研究では実はあまりよくわかっていない。
マガモから取り除いても繁殖には影響がなかった: Omland (1996) Female mallard mating preferences for multiple male ornaments - II. Experimental variation。
マガモとコガモでは体の状態 (栄養状態など) と相関がある: Legagneux et al. (2010) Condition dependence of iridescent wing flash-marks in two species of dabbling ducks。
種認識に役立っているのでは: Ritchie (2007) Sexual Selection and Speciation (これはレビュー論文で役割の提案)。
カモ類の多くの種類は交配して雑種を残せるが同所的に複数種が存在することは交配前の生殖隔離が存在することを示唆する。もし雑種が子孫を残す能力が低ければ翼鏡の色へ種分化のための適応となり得る。そうでなければ色そのものの浮動によって種分化につながる可能性がある。この例は Carduelis 属のフィンチ類で知られているとのこと。
学術用語では英語でもラテン語の speculum もそのまま使われるが、語源は specio (見る) + -ulum (道具) から鏡や (比較的歴史的な) 医療用具で開口部を広げて中を見るものを指す (現在は何とかスコープなどと呼ぶことが多い)。複数形 specula または speculums。
英語でそのままの意味で mirror の名称も使われる。こちらはカモメ類の初列風切の白斑も指して使われることはご存じの通り。OED によれば 1903 年の用例があるそうで、Blackwood's Edinburgh Magazine に The black tips of the long wings waving in the wind, showing the large white 'mirrors' on the first three feathers distinctly のように現れるとのこと。
同じ意味で wing-bar は 1844 年から、speculum は 1847 年、wing-band は 1872 年から用例がありこちらの方が起源が古い。現在はほぼ使われない beauty spot (1804 年から) の用語があった。
カモ関連で参考までに eclipse の用例を調べると OED によれば Waterton, Essays on Natural History の 1838 年のものがあり、drake goes, as it were, into an eclipse オスのカモがあたかも食に入るように... と比喩的に使われたのが最初とのこと。1906 年ではまだ 'eclipse' と比喩的に使われていた。1913 年には eclipse-feathers のように特に比喩を示すことなく使われていた。
ドイツ語では冬羽を指して Schlichtkleid (地味な衣装)、Ruhekleid や Winterkleid と呼ぶとのこと (wikipedia ドイツ語版) 写真説明にも特にエクリプスを示す用語は出てこない。英独辞書によれば Schlichtkleid は英語の eclipse plumage, basic plumage, winter plumage に対応するとあり、エクリプスに対応する特別な用語はないらしい。
wikipedia ロシア語版でも特に現れないよう。英語の "食に入る" の比喩から始まった用語らしく他の言語でも普遍的に使われているわけでもなさそう。
[白い大きなアヒルの起源]
Wang et al. (2023) Duck pan-genome reveals two transposon insertions caused bodyweight enlarging and white plumage phenotype formation during evolution
によれば、アヒルの全ゲノム解析により、トランスポゾン Gypsy の2か所の挿入によって体重が劇的に増加して (27.61% でこれほどの増加率は家禽でも最大とのこと) 白色の羽毛を獲得したとのこと。
マガモの家禽化は紀元前 500 年ごろの中国で行われたとのこと。IGF2BP1 の調節領域に挿入された Gypsy がエンハンサーの役割を果たしているとのこと。
MITF のイントロンに挿入された Gypsy が白色化に関連しているとのこと。トランスポゾンが多様な表現型に関わっていることが一層明らかになった (#ツリスガラ備考 [スズメ目の進化とレトロウイルス/トランスポゾン] も参照。
マガモで特によく調べられているが、カモ類は鳥インフルエンザウイルスの自然宿主となっている。なぜ自然宿主となり得るのか、ニワトリは何が違うのか、免疫にかかわる仮説は#インドガン備考の [野鳥と鳥インフルエンザ (9) インドガン] 以下の "最新状況" コーナーに紹介した。
[カモのひなはなぜ親鳥を追う?]
カモのひなはなぜ親鳥を追うか? - と問われれば即座に「刷り込み」(imprinting) の回答が返ってくるだろう。
物事はそう単純でないことが示されているので紹介しておく。出典は #ミサゴの備考 [feather taxis・頭かき] で紹介の「本能はどこまで本能か: ヒトと動物の行動の起源」(マーク・S・ブランバーグ著; 塩原通緒訳 早川書房 2006) pp. 139-148。
Gottlieb は孵化したばかりのひながそれぞれ自分の種の母親の呼び声を、母親と接触する前から聞き分ける能力を持つことを示し、Lorenz の言う刷り込みは呼び声に引きつけられる状況で副次的に生じるものとの解釈を 1971 年の研究会で示したとのこと。
その場に同席していた Lorenz は生得的 (本能的) なものと環境から入る情報 (刷り込み) の2つがあって、Gottlieb の発表は生得的なものの重要性を示したと聴衆に語ったという。大御所の解説で生得的なもの刷り込みの二分法、そして生得的な本能がいかに重要であるかが聴衆や科学界に刷り込まれたというわけである。
Gottlieb はそもそも Lorenz の考えに懐疑的であって実験を始めたものだったが、さらにマガモとアメリカオシドリを用いて実験を進め、
・親の声を聞かせないで育てても同種の声への好みは変わらず
声の好みは本能だと信じ込んでいると、この実験結果でもう満足して終了にしてしまうだろう。Gottlieb の偉いところはここでまだ疑って実験を続けたことである。親の声を聞かなくても一緒に育てた卵の孵化の少し前から他の卵から聞こえる鳴き声を聞いている可能性に気づいた。
・卵の中で他の卵からの声を聞くことで選り好みが強まる
・他の卵からも含めて音声を完全に隔離する (自分の声も出せないように操作してある) と母鳥とニワトリの声を区別できない
・しかし自身の声を流して聞かせると好みが誘発された
との驚くべき実験結果を出した。さらには
・音声隔離実験で他種の卵から聞こえる声を聞かせると他種を好む実験にも成功
また音声を離断されて育つと知覚の発達がほとんど阻害されているように見えたとのこと。卵の中の声と親鳥の声は一見まったく似ていないので、よほど注意深い人でなければ関連性に気づかなかったことだろうとのこと。卵の中の声と親鳥の声の共通成分を抜き出して人工音声による実験を行い、意義がようやく判明したとのこと。
自然条件ではこれらの状況は起きないので親鳥の声に反応する結果、視覚刺激による刷り込みが起きる、という次第。Lorenz の古典的実験は相当割り引いて考えた方がよいらしい。
托卵鳥の音声認識 (#カッコウの備考 [托卵鳥の同種認識]) も併せて読まれたい。
Gottlieb (1991) Experiential Canalization of Behavioral Development: Results
に実験結果や主に自身の先行研究も紹介されている。
ここで使われている canalization は心理学用語で Conrad Hal Waddington (1942) が最初に用いたものとのこと。canal は水路のような意味で、水路づけ (運河化) とも訳される。
かつてベストセラーだった「頭の体操」(多湖輝 光文社 1966-?) でも用いられていたのでご存じの方もあるだろう。
この論文では卵から発せられる声を vocalizations in embryo と記述してあり、特別の用語はない模様。
他に Gottlieb (1992) Individual development and evolution: The genesis of novel behavior、
Gottlieb (1997) Synthesizing naturenurture: Prenatal roots of instinctive behavior
の書籍が「本能はどこまで本能か」で紹介されている。
日本でも使われる「胎教」の科学的根拠はもしかしてこれらの研究か、とも思ったのだが簡単に調べても見つけられなかった。古代中国ですでにあったとのこと。
「本能はどこまで本能か」には他にも面白い話があるので紹介しておく (pp. 235-236)。
Wynn (1992) Addition and subtraction by human infants (Nature 論文)、
Wynn (1998) Psychological foundations of number: numerical competence in human infants
で、鳥類や哺乳類のさまざまな種に数に対する識別能力を持っている。鳥類と哺乳類が分岐する前のどこかで生じたものかも知れないし、いくつかの分岐した種の中で別々に同じように進化したのかも知れないと述べているとのこと。
動物に数の概念があるとすればそういう議論にもなるだろうが、そもそも人間の幼児は数を認識しているのかどうかの問題はあまり明瞭でない。
Clearfield and Mix (1999) Number Versus Contour Length in Infants' Discrimination of Small Visual Sets がこの問題に挑戦し、数のような抽象的なものよりも (輪郭の長さのような) 基本的な知覚に訴える刺激をもとにしている結果を得たとのこと。数以外にも認知の手がかりがあるが十分実験されていない。
この考えに対する新しい反論論文 [例えば Xu et al. (2004) Number sense in human infants] もあるようでこの問題はまだ決着していないようだが、Nature 論文で世間に広まった情報を修正するのは容易なことではなく、学説としてはあまり知名度がないとのこと。Gottlieb がカモの実験で示したように、精緻な実験を行えば実は幼児も動物も数の概念を認識していない結果が出る可能性もあるのかも知れない。
ヒトでは大きな問題なので多くの研究が行われているが、鳥が数を数えられるかどうかはそこまで踏み込んだ議論にはなっていない模様。しかしこのような落とし穴があり得ることも考えておいてよいかも知れない。他の動物でも数を認識したとの研究が報道されることがあるがヒトの幼児ほどの厳密な実験が行えるとは思えず、少し割り引いて見た方がよいのだろう。
"Number sense in animals" wikipedia 英語版では霊長類での議論は多少出ている。approximate number system というものがあるそうで、1 と 2、2 と 4、4 と 8 のような Weber 則 (#オオルリの備考 [オオルリはなぜ青い] で登場) に従う区別がなされるとのこと。
つまり比は判断できる (対数の引き算になる) が、数そのものの引き算はできていない、ということになる。
数を理解できると言われるカラスやオウムの話はもうちょっと割り引いて捉えた方がよさそう。
ハトでも同様との結果が報告された: Wu et al. (2025) Visual numerical cognition in pigeons: conformity to the Weber-Fechner law。鳥の中では古い系統に属しながらハトの数の認知能力は高く、サル類を上回る結果すら報告されているとのこと。
進化とも関連しそうな面白い話が出ている。
Trut (1999) Early Canid Domestication: The Farm-Fox Experiment
旧ソ連時代のノボシビルスクで Dmitry Belyaev が動物の家畜化メカニズムを研究するためにアカギツネ Vulpes vulpes の色彩型であるギンギツネ (silver fox) をある特徴に従って継代選抜した (1959 年開始) 結果短期間で家畜らしい他の特徴が同時に選抜されたという [Belyaev, D. K. (1969). Domestication of animals. Science 5: 47-52]。
Belyaev が実験を始めた時代背景も上記 Trut (1999) 論文を読むと理解しやすい (ソビエト時代、スターリンの支持の下のルイセンコ遺伝学から解き放たれた時代だったとのこと)。
Trut (1999) によれば Belyaev の死後もこの時点で 40 年も研究が引き継がれ、野生型にない特性なども現れたとのこと。当時のロシアの経済危機で実験の継続も危機的状況となり、実際に昨年は職員に給与すら支払えなかったとのこと。ペットとして売って費用をまかなっていたがそれも途絶えつつある。
ロシアの研究費制度も変わってこのような継続的研究が資金を獲得することが一層難しくなった。
「本能はどこまで本能か」(pp. 296-300) ではこれは家畜化プロセスそのものを反映していないかも知れないが、結果的に発達速度の遅いものを選抜したことになっていると解釈している。
いわゆるネオテニー (幼形成熟) の形質を選抜したことになるのか。ヒトは自己家畜化した動物など使われることがあるがここではそちらには深入りしないでおく。
こんなに短期間に幼形成熟が起きるならば、島で飛ぶ必要のなくなった鳥が簡単に飛翔力を失っても不思議でないと思う次第だが実際にはそれほど簡単ではないのだろう。
なお鳥が幼形成熟で飛翔力を失うアイデアは古くからある。Condon (1957) Neoteny and the Evolution of the Ratites 参照。
新しい研究ではいろいろなプロセスが考えられていて、幼形成熟もその一つ Faux and Field (2017) Distinct developmental pathways underlie independent losses of flight in ratites。
この研究ではヒクイドリに対して可能性があるとしている。ガラパゴスコバネウと唯一の飛べないスズメ目の絶滅種スチーフンイワサザイ Traversia lyalli Stephens Island Wren については引用文献参照。
ガラパゴスコバネウはゲノムレベルの追加情報があり、#カワウ備考の [ガラパゴスコバネウの進化] に追記した。
ゲノムレベルの研究では Sackton et al. (2019) Convergent regulatory evolution and loss of flight in paleognathous birds
古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae (ダチョウ目など) で複数回の飛べない鳥への進化があった。これらは収斂進化と言え、ポリジーンかつタンパク質をコードする部位よりも調節部位 (ネットワーク) がかかわっていると考えられるとのこと。幼形成熟というよりはむしろ必要なくなったものに投資しなくなったと見るべきであろうか。
Kukekova et al. (2018) Red fox genome assembly identifies genomic regions associated with tame and aggressive behaviours がゲノム解析をした結果、SorCS1 遺伝子がこの Belyaev のキツネに関与していることが明らかにされた。
従順か攻撃的かの遺伝子特定か、ペットのキツネで (ナショナル ジオグラフィック) で日本語解説が読める。
もっとも Belyaev が用いたものは野生捕獲のギンギツネではなく、カナダで少なくとも1880年代から飼育されていたものであったが [Lord et al. (2019) The History of Farm Foxes Undermines the Animal Domestication Syndrome]、
Belyaev と共同研究者も最初はそれほど古くから家畜化されていたものとは気づいていなかった可能性がある。論文でも曖昧な表記だったため野生個体との誤解が広まっていたとのこと。広く使われる "家畜化" とはあまりにも単純化した見方ではないか。"家畜化症候群" はそもそも存在するのか、意味も問い直す必要があるとのこと。
「野鳥」2020年4月号 (No. 843) pp. 6-13 に岡ノ谷氏と上田氏の対談があり、その中でも岡ノ谷氏の仮説に関連して扱われている。かなり単純化して扱われているのでこの記事だけを読まれた方は多少注意が必要かも知れない。
関連する遺伝子候補は見つかったものの、おそらく飛べない鳥への進化同様にポリジーンかつ調節部位がかかわってそうなので、タンパク質をコードする遺伝子だけを見ているとまだ尻尾を少し掴んだぐらいの段階だろうか。
A new vision for how evolution works is long overdue (Nature Book Review 2025.1.13) に家畜化症候群にも関連した話題がある。特定の形質がセットで選抜されるのはいずれも特定の細胞 (neural crest 神経堤) に由来するもので同じような遺伝子に左右されるため。
偶然にしては考えにくいほど特定の形質のセットが生まれるのは、それぞれが独立に選抜されるためではない。
またエピジェネティックな修飾が遺伝子の働きを変え、遺伝子の進化にも影響を与える (遺伝子自身の進化に先行することができる)。"Evolution Evolving: The Developmental Origins of Adaptation and Biodiversity" Kevin Lala et al. Viking Books (2024) の書評から。
スズメ目のペットの "家畜化症候群" についてゲノム変化を調べた研究: Farias-Virgens et al. (2025) The genomics of the domestication syndrome in a songbird model species
対象種はジュウシマツで岡ノ谷氏も共著者に含まれている。野生種に比べて攻撃性、ストレス反応に関係するものよりもモチベーションを変化させたり報酬に関連する脳の回路が選択されている可能性があり、哺乳類の場合と似ているとのこと。
多くの大型猛禽類が人を極度に恐れるのは、過去に迫害を受け、人を恐れない遺伝的性質を持つ個体が狩猟などで選択的に失われたのだろうかと思ってしまう。現在の性質を見てそれがその種本来の性質と判断するのは危ないかも知れない。
[レイサンマガモ]
レイサンマガモ Anas laysanensis Laysan Duck はマガモに近縁のハワイのほとんど飛べないカモ。移入捕食者や植生破壊のために一時は絶滅寸前状態 (1912 年に成鳥9羽の若鳥5羽) となったが移入捕食者の駆除で個体数を回復 (1950 年代に 500 羽程度) したが、1993 年のエルニーニョ現象による干ばつで 100 羽程度まで再度減少。現在は 500 羽を超えるまで回復した。
2004, 2005 年に絶滅を避けるためにミッドウエイの環礁にも個体群移住が行われた。IUCN CR 種。
レイサン島のみに残っていたが、かつてはハワイの広域に分布していた化石証拠がある。渡りのマガモが迷鳥として定着したとの解釈があったが、南半球のマガモの祖先由来とのこと (wikipedia 英語版)。
[カモノハシ]
マガモの学名から気づかれた方もあるかも知れない。カモノハシの英名 platypus は platus 平らな + pous 足 (Gk) で過去の学名由来。
Platypus anatinus Shaw, 1799 と記載されたもので、種小名もカモの Anas に由来している ("カモに似た" の意味)。
Ornithorhynchus paradoxus Blumenbach, 1800 が独立に記載しており、Platypus の属名がすでに甲虫に使われていることがすぐに判明したため Ornithorhynchus anatinus の学名となった。
Ornithorhynchus は ornith 鳥 rhunkhos 口吻、嘴 (Gk) に由来する。学名を見てもまるで鳥のような哺乳類。
通常の哺乳類の XY 染色体が5対の性染色体をなし、X 染色体は爬虫類や鳥の持つ Z 染色体 と相同性が高く、鳥で Z 染色体にある DMRT1 遺伝子を X 染色体に持つとのこと。毒は爬虫類に似ている。
嘴は電気信号を出し、嘴にある4万個の受容体で電気的な餌探索を行うとのこと (wikipedia 英語版より)。
報道にあまりに誤解が多いとのことで出された解説: Interpreting Shared Characteristics: The Platypus Genome
爬虫類の毒とは独立に進化したものほか。授乳は鳥にはない点で、ハトのミルクなどは別の適応であるとしている。
Zhou et al. (2021) Platypus and echidna genomes reveal mammalian biology and evolution
も興味深い内容で、Fig. 8 に鳥類も含めた歯に関連する遺伝子がどのように失われたかわかる。ニワトリではここで示された8個の遺伝子が 1.2 億 - 6500 万年前の間にすべて失われ、カモノハシ等単孔類祖先ではもう少し遅い時期に4遺伝子、ハリモグラ科でさらに2遺伝子を失ったとのこと。
ハプトグロビン (haptoglobin 赤血球から放出された遊離ヘモグロビンに高い親和性で結合して有害な酸化活性を阻害する; HP 遺伝子) が走鳥類にはあるがその後のニワトリに至るどこかの系統で失われているらしいが、別の PIT54 が機能を果たしているとのこと。
HP 遺伝子は単孔類でも失われていて CD163 遺伝子ファミリーによる別の仕組みを使っていると考えられる。旧世界サルではヒトも含めて重複 (HPR 遺伝子) が起きている。
カモノハシは潜水中目と鼻を閉じるそうで、視力・嗅覚は採食に役立たないため、電気的な餌探索に頼る必要があったのだろうとのこと。嗅覚遺伝子数も相対的に少ないとのこと。
卵生だが、子宮内でも栄養を吸収するため、また (初期段階で栄養を卵黄から得る早成性の鳥類とは違って) 授乳できるので鳥類や爬虫類ほど卵のタンパク質に頼っていない。孵化までの日数も短いとのこと。
哺乳類の乳にはカゼインが含まれるが、これを作る遺伝子は歯の形成にかかわる遺伝子と共通性があり、Ca 結合性のタンパク質として進化した可能性があるとのこと。鳥では歯を失った結果、哺乳類同等の乳は作ることができなかった?
カモノハシは卵の期間は窒素を尿酸で排泄するという (wikipedia 日本語版より)。他の哺乳類でも砂漠に住む種では尿酸排泄のものがあるとのと: Dipodomys属 Kangaroo rats (wikipedia 英語版より)。さらに詳しい情報は #カワウの備考 [鳥類の窒素排泄・栄養状態ストレスとの関係] 参照。
日本の研究者も含まれる共同研究なので日本語情報を探してみると、この話とは直接関係がないが意外なものが見つかったので紹介しておく:
佐藤・江積 (2023) 脊椎動物の変遷についての大学生の認識と 中学校および高等学校の教科書の記述
なんと哺乳類の祖先は鳥類と考える大学生は爬虫類と考える人と同じぐらい多いとのこと。鳥類から脊椎動物が進化したと捉える割合も (この選択肢では正解である魚類以外で) 他の分類群より多い。教科書にどう書かれているかは学習者の認識に影響を与えていないことを示唆するとある。
始祖鳥は習うので爬虫類と鳥類の関係はかなりよく把握されているとのこと。
しかし 哺乳類の胎盤獲得に至る分子進化プロセスの一端を解明 (2022) には「鳥類から哺乳類への進化」と書いてある。
逆の意味で面白いタイトルの論文があったので紹介しておく: Scanes (2020) Avian Physiology: Are Birds Simply Feathered Mammals?
日本と欧米で違っているかも知れないが、"鳥類は羽の生えた哺乳類である" とのゼロ次近似は広く信じられているとのこと。飛翔への適応や卵生に由来する点は異なるが、他の点はだいたい同じように考えてよいとの考え (迷信?) がある (日本で鳥学をやっている人はむしろええっ? と思われるかも知れない)。
特に生理学者は暗黙の前提のように考えているが (*1) いくつか重要な違いがあることに注意が必要である。特に免疫システム (これはそれぞれかなり独自に進化したもの)、卵の形成など。消化器の違いも挙げているがそのうの有無など多少些細な違いかも知れない。
注意すべきは鳥類の (生理学) 情報の多くは家禽として選択を受けたものが由来なので、野鳥との違いを意識する必要がある。家禽研究者と野鳥研究者の交流が少なすぎるなど。
「鳥類から哺乳類への進化」の文言が際立って不自然に感じられないのも "鳥類は羽の生えた哺乳類である" 視点由来かも知れない。
胎生の鳥がいない理由はしばしば議論されるが、哺乳類など各種生物の隠れたコストを見積もった研究がある。How much energy does it take to make a baby? Researchers are rethinking what they know (Wong, Nature news 2024.10.22)。
Ginther et al. (2024) Metabolic loads and the costs of metazoan reproduction が論文。
授乳を除外しても哺乳類が胎児を育てて運ぶなどの間接的な代謝コスト (必要なエネルギー) はこどもを作るコストの 90% と極めて高いとのこと。鳥類は比較対象になっていないが卵生に比べてこのコストが極めて高いので胎生の鳥がいないのも納得できるところかも。
哺乳類でも飛行するのがあるのでは、と考えられるが調べられたコウモリ (Little brown bat) では間接的な代謝コストは哺乳類中最小で、体重あたりの代謝コストも小さい方に属する。
卵生動物で間接的な代謝コストの高いものより低い比率だったとのこと。何らかの部分を生理的に切り詰めることで胎生でありながら飛行を可能としているものだろうか。
Nature news の記事によれば過去にこのような見積もりが行われたことはなく、(適応度の評価や例えば最適な体サイズの見積もりなどにもつながる) 数学的取り扱いでも無視されてきたとのこと。男性中心の研究分野では無視されてきても驚かないだろうと述べたとのこと。
羊膜類の性染色体の分化については例えば Kostmann et al. (2021) Poorly differentiated XX/XY sex chromosomes are widely shared across skink radiation
(preprint 版)
がトカゲ類の性染色体を調べている。哺乳類は一般的には XX/XY、鳥類や分化の進んだヘビ類では ZZ/ZW だがトカゲ類は性染色体の分化度が低いが XX/XY 型。恒温動物では染色体による性決定が安定している。
トカゲ類は少なくとも 8500 万年間この状態と推定され、鳥類や分化の進んだヘビ類の ZZ/ZW の年代 (1.0-1.2 億年以上。なお胎生哺乳類では 1.65 億年以上) に匹敵しており、分化度が低い状態でも進化的に安定であったと考えられる。
Shylo et al. (2024) Chamaeleo calyptratus (veiled chameleon) chromosome-scale genome assembly and annotation provides insights into the evolution of reptiles and developmental mechanisms (preprint)
カメレオンの1種 (エボシカメレオン) では常染色体に XX/XY に対応する部位が同定された。
環境によらない性決定が説明できる結果となった。カメレオン類の中でも性染色体はさまざまなタイプがある。
このような視点で見ると鳥類はまとまりがよく、爬虫類が単系統にならないのが問題ならば系統の異なる爬虫類を分割するのが妥当に見えてくる。
Gardner et al. (2020) The relationship between genome size and metabolic rate in extant vertebrates (preprint 版)
の図も参考になりそうなので紹介しておくと、基礎代謝率とゲノムサイズには相関が認められなかった (例えば鳥類のようにゲノムが小さいほど細胞が小さくなって代謝率が上がるなどの効果が考えられる)。
恒温動物の基礎代謝率が高いのは当然としても、図を見るとやはり体温も高い鳥類の圧勝。同程度のゲノムサイズの動物でも恒温動物でなければ基礎代謝率が高いわけではなかった。恒温動物化に伴って基礎代謝率の上昇、脳の機能の高度化、性決定機構の安定化などが必要となったとおおまかには言えそう。
系統樹を見慣れた人ならば系統樹形だけ見ても爬虫類を少なくとも2つに分割したくなるのではないだろうか。この論文では爬虫類は3系統 (Apoda, Lepidosauria, Urodela) に分割したプロットになっている。
爬虫類と鳥類の関係を見る上でもう一つ興味深い論文を紹介しておく: Minias and Babik (2024) Palaeognaths Reveal Evolutionary Ancestry of the Avian Major Histocompatibility Complex Class II
キーウイには鳥類型以外に爬虫類型の MHC class II 遺伝子 (DAA3) が残っていた。2.5 億年にわたって保存されていたことを示すとともに、キーウイの系統の特異性が現れる結果となった。
ダチョウ目と合わせて古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae とまとめられ、DAA2 の分子系統樹ではキーウイは Palaeognathae に内包されるので現世鳥類の系統関係とは矛盾しない。DAA3 の消失は現世鳥類の適応放散の早い時期に起きたと考えられるがキーウイの系統のみが何らの理由で持ち続けていたもののよう。
DAA1 遺伝子は現世鳥類の複数系統で独立に失われている (#ハヤブサの [ハヤブサ類の免疫の特殊性] など) ので他の機能で代替できるならば失われることがあっても不思議ではない。
Salve et al. (2024) Evolutionary diversity of CXCL16-CXCR6: Convergent substitutions and recurrent gene loss in sauropsids (preprint 版)
が免疫に関係する CXCR6 遺伝子を調べ、主なモチーフ (ここでは1文字記号で表記したアミノ酸配列) のが系統ごとに異なることを示した。哺乳類、カメ類、カエル類は DRF モチーフで、DRY はヘビ類とトカゲ類、鳥類の大部分は DRL で鳥類は爬虫類と特に共通性がなかった。
鳥類の中でもスズメ目に共通する CXCR6 に2塩基の欠損が見つかった。オウム類ではまとまった欠損があった (欠損パターンが違うので独立に生じたもの)。Eucavitaves (キヌバネドリ類、サイチョウ類、カワセミ類やキツツキ類を含む) の系統の後半オオブッポウソウ以降で独立にまとまった欠損が生じている。この遺伝子を見るとタカ、フクロウ、ハヤブサ類までが共通に見えるのが面白いところ。
2塩基の欠損以外の部分を見るとハヤブサ類とスズメ目は少し違って見え、またタカ、フクロウ類 (これらは比較的似ている) とも多少違っている。
次もまた面白く不思議な結果となっている。secretoglobin セクレトグロビン (代表的なものは肺のサーファクタントなどに関係する分泌性タンパク質。慢性閉塞性肺疾患 COPD への治療応用が期待されているなど) は wikipedia 英語版 2025.2 の時点では哺乳類にしか存在しないと書かれているが、ゲノム解析の結果この遺伝子ファミリーが羊膜類に広く存在することがわかった。
Karn and Laukaitis (2025) A broad genome survey reveals widespread presence of secretoglobin genes in squamate and archosaur reptiles that flowered into diversity in mammals
両生類には見つけられず羊膜類の共通祖先の段階で生じたと考えられる。哺乳類、特に有胎盤類に特徴的と考えられていた5種類以外に鳥類・ワニ類にも見られるもの (鳥類は現時点で1種類しか見つかっていないが、ワニ類では哺乳類と共通のものをさらに1種類持っている)、カメ類とトカゲ類のみに見られるものそれぞれ1種類の3種類が新発見。
一覧表を見ていただくと状況がわかるが、なんと {古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae + Galloanseres (キジカモ類)} と Neoaves でパターンが異なるのである。Neoaves では1種類のみだがこの遺伝子は哺乳類やワニ類とも共通しているが他の爬虫類では欠損している。
{古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae + Galloanseres (キジカモ類)} も1種類しか持たないがこの遺伝子は Neoaves は持っていない。一方有胎盤類の哺乳類や一部の爬虫類と共通している。ワニ類はこの2種類を両方持っている。
{古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae + Galloanseres (キジカモ類)} から直接 Neoaves が進化したと考えるのは無理がありそうで、Neoaves がどのように誕生したか興味を持たれる理由ともなるだろう。もっとも高精度ゲノムは一部の種類しか得られておらず、この研究も鳥類の系統を調べる目的ではないので全貌はまだわからないとしておこう。
この研究の範囲では {古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae + Galloanseres (キジカモ類)} と Neoaves の系統の違いの大きさがわかる。どちらも現生の鳥ではあるが、見方によってはカメとトカゲほど違っているとも言える。哺乳類で多数の遺伝子を新たに生み出したが、有胎盤類でも Afrotheria アフリカ獣類では少ない。Cape golden mole Chrysochloris asiatica では Neoaves と共通の1種類しか持たないので胎盤や哺乳に必須というわけではなさそう。
哺乳類で獲得されたものの一部は齧歯類でステロイドフェロモンと結合するとのことで、鳥類では必要性が低いかも知れない。
単孔目では2種類のみで1つは Neoaves と共通。
上記の鳥類2系統は哺乳類で言えば単孔目と有胎盤類ぐらい異なると考えてよいのかも知れない。
霊長類を含む Euarchontoglires 真主齧類で多数の遺伝子が存在して、ヒトの視点でみればこの系統が高等で多数の遺伝子の存在が繁栄の基盤となっているように見え、論文タイトルもその趣旨に沿っているように見えるが...。
羊膜類の祖先で生み出された時には3種類あったがそれぞれの系統で失ったため現在のような状況になっていると考えられる。論文系統樹 (fig. 3) にも示されている。
調べられたゲノムにはどれかが存在しているので、1種類だけでも他の機能を代替可能だが完全に失うことはできないよう。
Neoaves で1種類しかない遺伝子が一番汎用性が高そうだが {古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae + Galloanseres (キジカモ類)} とワニ類以外の爬虫類では失われている。この遺伝子はもしかすると恒温動物にとって特に役割が大きいのかも知れない。何と言ってもこの研究で初めて発見されたばかりの遺伝子で役割はまったくわかっていない。
他の遺伝子を積極的に失う理屈はまた考えなければいけないのだろう。鳥類の肺は構造的にあまりに優秀なので基礎代謝率を上げるために哺乳類ほどの防御物質を必要としなかった? (あくまで想像)。
哺乳類の場合で遺伝子ファミリーが獲得されたのはもしかすると夜行性ボトルネック時代の生活での必要性に関係しているのかも。
遺伝子をたくさん持っていることが優秀と必ずしも言えない結論になるのではないかと想像しておく。
一般向け解説 2025.5.1。この遺伝子は羊膜類の発明とも言えるとのこと。マウスでは顔と首の腺に発現されており、互いににおいをかぎ合って血縁度を知るのに役立っているのではとの考え。鳥類でもにおいによる血縁認識の実験的証拠があるので、今後の役割研究も少し気にしておこう。
備考:
*1: つまり生理学に馴染みのある者にとっては鳥類・哺乳類はそれぞれ互いにかなり外挿できる。遺伝子の働きなども同様。哺乳類、つまり代表的にはヒトの生理学や医学の知見がだいたい参考になる。哺乳類で何かの機能が見つかると鳥にも同じようなものがあるかを探すのはいかにもこの発想による。
自分も生理学に馴染みがあるので違いより共通性の高さの方が目につく感じがする
(しかも違いに着目すると「気のう」や色覚のようにしばしば鳥類の方が機能が上だったりする)。
「鳥類は哺乳類のようなもの」と考えるのは生理学志向の強い人かも知れない (形態や系統を主に見ている人にとっては見え方が違うかも知れない。生理学は化石に残りにくくテーマになりにくいかも)。
わかりやすい例を挙げると、両生類や爬虫類は毒を持っているものも多い。哺乳類でも毒を持つものは原始的な系統のものに限られるので、「高等動物ほど毒を持たない」が半ば常識となっていた。
それゆえに "毒鳥" の発見は衝撃を持って迎えられた次第。それでも毒を合成できる鳥は見つかっていないはず。また毒鳥は捕食者対策よりむしろ食物中の毒排泄の産物との考え方も有力になりつつある。
系統的に鳥類は爬虫類に含まれることを強調したい人は、鳥類がほとんど毒を持たないのはなぜかを考えてみるのもよいのではと思う。
さらに例えば「ハチクマはハチに刺されてもなぜ大丈夫なのか?」のような疑問も、鳥類は哺乳類と同じような反応を示すだろうと暗黙に仮定していることに由来するだろう。系統的には爬虫類の方に近いのだから爬虫類の反応を調べる必要があるはずなどの問いかけは聞いたことがない。
Farris and Doss (2025) Use of Haloperidol in Companion Psittacine Birds: 19 Cases (2012-2022) を見てオウム類の毛引き症にハロペリドール (Haloperidol) が用いられていることを知った。抗精神病薬でやはり脳内作用は我々に似ているのだと改めて納得した。
鳥類・哺乳類の類似性に関する若干の違和感について別の視点から考えてみる。timetree.org を用いてヒトのスズメの分岐年代を見積もってみると 3.19 (3.160-3.224) 億年と出る (こんなに精度よく求められているのか! - 統計的内部誤差評価のみかも知れないが、ここではこの値をそのまま使っておく)。つまりこれが古すぎるのである。
別の系統を何でもよいので試してみると、ヒトとナイルワニでも、ヒトとキングコブラでも当然ながら同じ値が帰ってくる。つまりワニやヘビの外見が我々とかけ離れているのは分岐年代が古いためとまずは納得することができる。
ちなみにスズメとキングコブラだと 2.80 (2.749-2.868) 億年、スズメとナイルワニだと 2.45 (2.412-2.470) 億年で、現生爬虫類で鳥類に一番近いはずのワニでも、我々と鳥類の分岐年代と極端に違うわけではない。同じ系統に含まれるが意外に縁が遠いのである。
この数字を見て違和感の原因がある程度納得できる。3.19 億年も別の道を歩んできたはずなのに鳥は我々と似た点が多すぎるのである。それほど離れているのになぜ場合によってはお互いの意思疎通までできるのだろうか、あまりにも驚異的である。
もし世の中に鳥がいなければ (K-Pg 境界で完全に滅びてしまっていれば)、むしろそのような不思議さを感じなかったかも知れない。もっとも世の中に鳥がいなければ我々自身が生まれていなくて、そのような世界を観察できなかった可能性もある。これは人間が観察していることによるバイアスでもあり、いわゆる人間原理の考え方につながる。
周辺にいる古く分かれた系統の動物がワニやヘビのようなもののみであれば、我々は 3.19 億年の莫大な年月の間にこれほど違った生物に進化したとおそらく理解して納得するであろう。そこまで離れていると互いの意識が通じる方が不自然と感じるかも知れない。
しかし、同じ年月なのになぜ鳥には同じ理屈が当てはまらないのか。
少し飛躍して考えれば、このぐらい離れていても意思疎通ができるならば、独立に進化した宇宙人と遭遇しても意思疎通ができそうな感じもする。鳥と意思疎通できるならば根拠に挙げることもできるだろう。相手は鳥のようなものでもよいかも知れない、そうだ宇宙に生命を探そう! 動機にもなるかも知れない。
しかしながら我々と鳥は地球上の環境を共有し、共通の選択圧の下に互いに影響を及ぼし合いながら進化してきた道筋もおそらく要因に含まれるのだろう。宇宙の他の惑星ではどうなのだろう。
なぜ鳥がそれほど特別なのか、もし鳥が完全に滅びてしまっていればもう一度進化を繰り返しただろうか。それとも哺乳類の系統が空を制覇したのだろうか。少なくとも現生哺乳類は初期デザインの制約から鳥ほどの成功者になれそうな気がしない。いろいろと空想できる題材になりそうである。
3.19 億年の根拠に関係した新しい化石の発見と研究が発表された: Long et al. (2025) Earliest amniote tracks recalibrate the timeline of tetrapod evolution (一般向け解説)
羊膜類の初期進化はこれまで考えられていたより古く、3.5-4.0 億年の早い時代にオーストラリア (この点は過去の見解を裏付ける) で適応放散した可能性がある。この研究では Synapsids (単弓類) と Sauropsids (竜弓類) の分岐はこれまで考えられていたよりずっと古く、3.589 億年前に遡る可能性がある。これまでの想像以上に両生類の分岐時期と近接する可能性が出てきた。
まだ解釈は確定おらず複数の可能性があり、形態学的な収斂進化の可能性を除外できるか否かも試論の対象となるらしい。
またこの時代は化石証拠の少ない時期に当たっている。特に Synapsids の古い化石証拠は少ないので分岐年代がここまで古いものになれば従来以上に哺乳類の初期進化の位置づけが怪しくなってくるかも知れない。
[鴨の漢字の意味]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 97 VII (藤堂) によれば鴨の漢字に含まれる 甲 は音符で kap と読まれる。カモは kap, kap と鳴くため古代中国では ap と読まれ、ap → a → ia と変化して現在では ya と呼ばれる。押の文字は ap と発音される。
-
アカノドカルガモ
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カルガモ
- 学名:Anas zonorhyncha (アナス ゾーノリュンカ) 帯のある嘴のカモ
- 属名:anas (f) カモ
- 種小名:zonorhyncha (合) 帯のある嘴 (zona (f) 帯、rynchos 鼻口部 Gk)
- 英名:[Spotbill Duck, Spot-billed Duck 分離前の名称], IOC: Eastern Spot-billed Duck
- 備考:
anas は#マガモ参照。
platyrhynchos は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は zone が長母音のみ。ラテン語 zona は冒頭のみ長母音。-rhyn- がアクセント音節と考えられる (ゾーノリュンカ)。長母音を伸ばさなくても構わないだろうが#マガモ同様でアクセント位置は合わせた方がよいだろう。
単形種。
以前は Anas poecilorhyncha 現英名 Indian Spot-billed Duck (その当時のこの種の英名は Spot-billed Duck、この英名を持つ種の現在の和名はアカボシカルガモ) の亜種とされていた。poecilo poikilos まだらの (pied, spotted) rhyncha 嘴 (Gk) で、Spot-billed Duck の名称は分離前の学名に由来。
"Fauna Japonica" 図版 にこの学名でカルガモの図版があるが雑種と考えていた模様。
記述 ではフランス語名 le canard a bec peint (嘴が塗られたカモ)。英名よりも上手に表現している。家禽種の変種 (variete domestique croisee) と考えていた。そのため学名を新たに付けていない。
日本ではカモが多くの数家禽になっていて2種の雑種の可能性がある (nous parait etre le produit d'un melange de ces deux especes)。
インドでは野生で見られるが日本では夏の標本がなかったとのことで、図版は残したものの家禽種の雑種とも考えてあまり重視していなかった模様。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire の時代にはよく知られていて学名は現在と同じ、英名は Dusky Mallard とこれも今ひとつの名前。
留鳥であることはよく知られていて、Temminck and Schlegel は Anas poecilorhyncha と Anas boschas (現在のマガモ。学名は#マガモの備考参照) の雑種と間違えていたと記述している。
Seebohm は十分独立種で中国、モンゴル、シベリア東部にも分布するとしていた。
大橋 (2024) Birder 38(12): 52-53 でカルガモの英名が実態と合っていないことを気にされているがこの事情による。アカボシカルガモは和名の通りオスの嘴基部に赤い斑点がある (spot の由来)。
アカボシカルガモの原記載 (p. 23 に登場) は Forster (1781) (基産地セイロン = 現在のスリランカ) と早いのは当然でオランダ領セイロン (1658-1796) の時代。さらに東インド会社がコロンボを占拠し植民地化を始める (イギリス領セイロン、1796-1948) (wikipedia 日本語版より)。
インドの方がヨーロッパにとってはよく知られた地域で博物学の知識も豊富だったはず。
カルガモの現在の英名に "Eastern" が付いていることがヒントで、過去に本家となるものがあったはずと考えれば見つけることができる。
日本のカルガモを指して付けた英名ではなく本家から分家ぐらいの意味になる。
ちなみに Forster (1781) の記載はドイツ語とラテン語によるもので英名は登場していない。ドイツ語の記述や学名を参考にして Spot-billed Duck と付けられたものと想像できる。
同種時代の学名は Anas poecilorhyncha zonorhyncha。
当時は6亜種で Grey Duck の英名もあった (コンサイス鳥名事典。現在では Grey Duck の名称は事実上使われておらず、指す場合もオーストラリア・ニュージーランドの Grey Teal Anas gracilis を指すようである。
1991 年に Bradley Livezey が形態の研究から独立種として分離を提案、香港や中国南部でこれらの雑種ペアがまれであることから別種扱いとなった。アメリカ鳥学会が独立種としたのは 2008 年。
日本でもかなり最近まで Anas poecilorhyncha の学名、Spot-billed Duck の英名が使われていた。Chinese Spot-billed Duck の英語別名もある (以上 wikipedia 英語版より。この英名を見るとカルガモそのものも中国が本家と言えるかも知れない)。
[マガモとカルガモの遺伝子は同じ?]
マガモ (日本野鳥の会京都支部) の解説によれば、西海功氏 (当時国立科学博物館研究主幹) によると、マガモとカルガモの (ミトコンドリア) DNA は全く同じとのこと。
この記事では「種が分化してまだ時間が経っていない。あるいは、両種が交雑して遺伝子が溶けてしまったと考えられる」と話しているとある。
出典は「分子が明かす鳥の世界 (6) 遺伝的違いが小さいのに別種 マガモとカルガモなどに事例」西海 (2013) 森と人の文化誌 (414): 2013.6 p. 22-23 とのこと。
Saitoh et al. (2015) DNA barcoding reveals 24 distinct lineages as cryptic bird species candidates in and around the Japanese Archipelago
に結果があり、ミトコンドリアのチトクローム c オキシダーゼ I (COI) の部分配列 (648 塩基) の解析による。
この論文で差の小さかった組み合わせは マガモとカルガモ (0%)、アカコッコとアカハラ (0.15%)、
カッコウとツツドリ (0.3% 互いに単系統でない結果が得られている)、シマセンニュウとウチヤマセンニュウ (0.63%)、ケイマフリとウミバト (0.85%)。
大雑把な目安は 2% が種の境界程度とされる。
核遺伝子も含めたもう少し詳しい解析は例えば Wang et al. (2018) Incomplete lineage sorting and introgression in the diversification of Chinese spot-billed ducks and mallards
にあり、差異はあるが分離が不完全で、(この研究で調べた範囲の) 遺伝情報から2種のどちらに属するのかを判定することができないとの結論になった。
カルガモの方からマガモへの遺伝子浸透 [(genetic) introgression; 遺伝子移入などとも呼ばれる。解説は例えば長谷川 (2012) 鳥類における種間交雑と遺伝子浸透 参照]
が非対称に起きているらしい。
全ゲノムを扱った研究もなされている: Feng et al. (2021) Whole-genome resequencing provides insights into the population structure and domestication signatures of ducks in eastern China
この2種はやはり遺伝的に非常に近いが分離されないほどではない程度の微妙な違いがある。遺伝的には非常に近いが外見は大きく異なるとのこと。この2つの研究ではアカボシカルガモは分析に含まれていないのでさらに調べる必要があるとのこと。
これらの研究は中国のアヒルの起源を調べるためのもので、マガモとカルガモの外見がなぜそれほど異なるのかは深入りしておらず、関心のある研究者が調べるべしというところであろう。
ハクセキレイの亜種で遺伝型と外見による亜種分類が整合しないことが知られているが (#ハクセキレイの備考参照)、ヨーロッパのハクセキレイでは顔の模様を決める遺伝領域が一部明らかになりつつある。
これに類似する状況かも知れない。
「マガモとカルガモの遺伝子が同じ」話は日本の研究者によるもので比較的よく知られているため探鳥会などで話題になることもあるだろうが、外見を決める遺伝子が調べられているわけではないので「遺伝的に非常に近い」程度の表現にとどめておくのがよさそうである。以下の研究でもう少し判明した。
アカボシカルガモも含めた関係をミトコンドリアゲノムを用いて調べた研究: Nagarajan et al. (2024) Mitochondrial genome of the Indian spot-billed duck and its phylogenetic and conservation implications
カルガモとアカボシカルガモはかつて亜種関係とされていたほど近縁ではなかった。カルガモとマガモの方がグループを形成し、カルガモとマガモは系統樹サポート率 100% で分離された。我々としては別種として扱う分子遺伝学的証拠が増えたことになる。
系統的には確かに近いが、ミトコンドリアのチトクローム c オキシダーゼ I (COI) の部分配列は短いものだったのでたまたま完全に一致してしまった、というところだろうか。
簡易解析だが我々でも簡単に系統樹を見ることができる。MZ593724.1 から出発して BLAST を実行すればミトコンドリアゲノムの系統樹を見ることができる。確かにカルガモとマガモはものすごく近いことがわかる。
同じ系統樹に現れるヒドリガモとアメリカヒドリはほぼきれいに分かれるが分岐年代はむしろ浅い。
サンプル数は少ないがコガモとアメリカコガモも同程度に分かれる (将来また別種扱いに戻ってもおかしくない感じ)。
これらと比べるとカルガモとマガモはより古い時代に系統が生じているものの接触範囲が広いためか互いにずっとよく混ざっていることがわかる。
この解析の時点 (2025.2) では同じ枝にツクシガモが現れラベルのミス? すぐ実行できるので皆さんもお試しを。
「京都の野鳥図鑑」(河合敏男 京都新聞社 1989) p. 49 によればマガモより軽く感じるので狩人たちは「軽る鴨」、あるいは単に「軽鴨」と読んでいたとのこと。万葉集に歌われた「軽ケ池」由来説も中西悟堂など複数の著者により有力視されているが、ちょっと理屈っぽい感じもする。
民間語源として "軽い鴨" は間違いではないのでは (OED の英語語源表示などでは併記されているレベル)。
河合氏は、夏に留まって繁殖する習性から「夏留鴨」説を推していた。
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ミカヅキシマアジ
- 第8版学名:Spatula discors (スパトゥラ ディスコルス) 不調和な (染め分けられた?) スプーン(の嘴) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas discors (アナス ディスコルス) 不調和な (染め分けられた?) カモ
- 第8版属名:spatula (f) スプーン
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:discors (adj) 不一致の、異なった
- 英名:Blue-winged Teal
- 備考:
spatula は#ハシビロガモ参照。
discors は短母音のみで "ディスコルス"。語源は dis- 離れる cor 心臓 とのこと。同じ意味で英語の discord とアクセント位置が一致する。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Spatula 属 (spatula スプーン) に分離。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。Spatula 属はハシビロガモ属。南北アメリカに分布する種。単形種。
種小名の由来はオスのまだら顔の模様に由来。BOU (1915) は飛翔時の特異な翼の模様を挙げている。
Gruson (1972) は不調和な鳴き声を挙げているが、記載時学名 Anas discors Linnaeus, 1766 (原記載) には習性や声の記載はないとのこと (The Key to Scientific Names)。
類似語の dispar の使われた用例が他にもあり、Falco dispar Temminck, 1825 でオジロトビ (現在の学名で Elanus leucurus) を指していた。この例では通常にトビ類と異なって最外側尾羽が短い点を "不規則な" と表現したものだった (#カタグロトビ備考参照)。
ミカヅキシマアジの原記載は確かに様々な色が挙げられていて色彩由来の印象を受ける。"通常のシマアジ/コガモ類とは違う" 点を同様に指摘した学名ではないだろうか。
Linnaeus 以前の学名 (有効な学名ではない) の一部に variegata を与えているものがあり、染め分けられた、変化に富むの意味 (Querquedula americana variegata 名称全体で "染め分けられた、変化に富むアメリカのシマアジ" の意味だった)。ヤマガラの記述に使われたものと同様だろうか。
伊藤・福田 (1996) Birder 10(3) 78-79 にミカヅキシマアジの日本初記録 (1996年1月) の紹介記事がある。伊藤 (2005) 日本におけるミカヅキシマアジの初記録。
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ハシビロガモ
- 第8版学名:Spatula clypeata (スパトゥラ クリュペアータ) 盾で武装したスプーン(の嘴) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas clypeata (アナス クリュペアータ) 盾で武装したカモ
- 第8版属名:spatula (f) スプーン
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:clypeata (adj) 盾で武装した (clypeatus) 嘴の形状に由来
- 英名:(Common) Shoveler, IOC: Northern Shoveler
- 備考:
spatula は短母音のみで冒頭にアクセント (スパトゥラ)。
clypeata は1つめの a が長母音でアクセントがある (クリュペアータ)。この場合の -ata は所有の語尾ではなく clypeo (盾で武装する) の変化形とのこと。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Spatula 属に移動。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。北半球に広く分布し、単形種。Spatula 属は Boie (1822) が導入した属でハシビロガモがタイプ種 (The Key to Scientific Names)。
英名の shoveler の由来は簡単ではないかと思ったが、OED を見るとそうではなかった。かつては shovelard の意味で使われており、これはヘラサギのこと。1460 年頃の用例がすでに知られていた。1552 年には誤ってペリカンを指して使われていた。ハシビロガモの意味で使われるようになったのは新しく 17 世紀後半とのこと。1674 年の用例が知られている。shuffler の綴りもあり、Shoveller Duck のように Duck を付けることも、また Spoon-bill Duck の別名もあった。
shoveler をヘラサギに用いる用例は 18 世紀末まであり、混同を避けるために Duck を付けたり別名が使われていたよう。
ショベルで掘る者の現在の第一語義は 1440 年代の用例がある。ヘラサギやハシビロガモが shoveler と呼ばれたのは shovel (かつては schovel) の影響を受けていることは間違いないが、必ずしも "掘る者" を直接意味するわけではなく、かつては -ard の語尾だったのは malard (マガモ) や中世オランダ語の lepelaar (ヘラサギ) の影響を受けた語尾が -er に変化したとも考えられるとのこと (wiktionary)。shoveler の第一語義から直接派生したものではないらしい。
[ハシビロガモ関連種の分子系統]
英名に Northern が付くのはオーストラリア・ニュージーランドに ミカヅキハシビロガモ Spatula rhynchotis Australian Shoveler、南アフリカに ケープハシビロガモ Spatula smithii Cape Shoveler、南米に アカハシビロガモ Spatula platalea Red Shoveler が存在するため。
これら3種が単系統をなしているわけではなく、日本鳥類目録第8版で用いられた分子系統分類によればミカヅキシマアジなど "Teal" の付く一部の種類と類縁関係がある。
後述のようにカモ類の嘴の形態進化の速度が速いので系統的に近縁であっても嘴の形が必ずしも似ていないこともあるのだろう。(シマアジや) ミカヅキシマアジとハシビロガモがそれほど似て見えないのに同属になったのは分子系統解析の結果を反映したもの。
シマアジを含むクレードとアカハシビロガモから始まるクレードを分けることは可能で、この場合は "ハシビロガモ" の名前のつく種は後者のみに含まれる。別属にするほどの分岐ではなかったため分けられなかったのだろう...、と思ったが#オカヨシガモ備考の
Chen et al. (2024) The Complete Mitochondrial Genome of the Siberian Scoter Melanitta stejnegeri and Its Phylogenetic Relationship in Anseriformes
の分子系統樹によれば別系統になっている。
この系統樹を受け入れればシマアジは Anas を含むクレードに戻される可能性がある。似て見えない印象の方が正しかったのかも。
つまり第8版でシマアジとハシビロガモが同属とされたが実はおそらく正しくなかった。
しかしシマアジを Anas 属に戻してしまうと Anas 属と Mareca 属が互いに単系統の関係にならないので、
Mareca 属を Anas 属に含めてしまうか (その場合 Mareca 属の種の学名が元に戻ることになる)、
シマアジとシロスジコガモ (現在の学名で Anas bernieri) Bernier's Teal (シマアジにあまり似ていない) を別属に分離することになるだろう。あまり似ておらず分岐もそこそこ深いのでこれらはそれぞれ単形属とする解もあり得る。
シマアジとシロスジコガモを別属にするならばマガモ類と {オナガガモ + コガモ} は同じ程度の分岐の深さなので別属の考えが出てくる可能性がある、というよりオナガガモとコガモがそれぞれの属を作るなど。以前のように全体を Anas 属とする方が簡単そうではある。
もし細かく分ける方を採用すれば Anas 属はマガモ、カルガモ、アカボシカルガモを含むごく少数のグループで、"本家" の属にほとんど残らなかった Accipiter 属のような状況となる可能性がある。アカノドカルガモは調べられていないようなのでこれらの結果待ちか。
判断は Mareca 属を残したいかどうかで決まりそう。
せっかく覚えたのに...となる可能性は十分ありそう。
またこの系統樹ではハシビロガモを含む Spatula 属2種が他の属の作るクレードに内包される形となっている。これらの属の記載年を調べると Spatula 属より新しいため、このクレード全体が Spatula 属となる可能性がある。
具体的には Tachyeres (フナガモ) 属やアフリカの Anas 属とされていたアカハシコガモ (現在の学名で Anas capensis) Cape Teal と南米のキバシオナガガモ (現在の学名で Anas georgica) Yellow-billed Pintail、
カンムリガモ Lophonetta specularioides Crested Duck、
ノドジロガモ Speculanas specularis Spectacled Duck が問題になる。
これらは見かけもかなり異なるのでまとめて Spatula 属とするのは抵抗がある可能性があり、その場合はこのクレードを4属に分けざるを得ない。その場合は Tachyeres はタイプ種フナガモ Tachyeres brachypterus 1種のみからなる属で、アカハシコガモとキバシオナガガモには別途属名が必要。
アルゼンチンフナガモ (現在の学名で Tachyeres leucocephalus) Chubut Steamerduck にも属名が必要となるが、このクレードにはタイプ種となっているカンムリガモがあるのでこの属にまとめられるのだろうか。
ざっと見たところでアカアシコガモ Amazonetta brasiliensis Brazilian Teal が含まれていないのでこの種の遺伝情報の解析待ちになるだろうか。この種は1種だけで属を作っているので属の再編を考える上ではあまり問題がない。
さてどうなるだろうか。
[鳥類の嘴の形態進化速度]
ハシビロガモの嘴の形が特異なのでここに含めておくが、鳥類全体で嘴の形態進化速度を比較した研究: Conney et al. (2017) Mega-evolutionary dynamics of the adaptive radiation of birds
系統樹を見てどのグループが形態進化速度が速いか見るだけでも十分面白い。カモ類は全般に進化速度が早く嘴が非常に重要な役割を果たしていることがわかる。
チドリ類は一部の系統。サイチョウ類やオウム類も速い。スズメ目ではカラス小目の最後、すなわちモズやカラス類、種子食の鳥で速いことがわかり常識ともよく一致する。昆虫食のスズメ目ではそれほどでない。
孤立系統でではフラミンゴ類など予想される通り。他は目レベルで全体的傾向のあるグループが多いが細かく見ると面白いところもありそう。
分子系統解析の結果、チドリ類の広義 Charadrius 属が単系統でないことが判明して IOC 14.1 以降一部の種が Anarhynchus 属となっている (#タゲリの備考参照)。
これは先取権の原則に基づくものではあるが、本来はハシマガリチドリ1種を指す属名なので非常に違和感がある。しかしこのように嘴の形態の進化は速い場合もあるのでそれほど目くじらを立てるほどではないのかも知れない。
嘴の形態は黙認して系統関係を重視することになるのか。
power cascade モデルを用いた嘴の形態の定量化と新しい研究については#オオソリハシシギ備考の [嘴の形を決める法則] を参照。この研究でも進化速度の速い系統が見出されている。
嘴の形態や集団採食方法の意義については #オオフラミンゴの備考 [フラミンゴ類の採食と嘴の形・動かし方] と参考文献を参照。ハシビロガモについても同様のメカニズムが過去にも提唱されていたが、フラミンゴ類の測定の結果、流体力学的効果が示唆されることとなった。
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オナガガモ
- 学名:Anas acuta (アナス アクータ) 尾の先が尖ったカモ
- 属名:anas (f) カモ
- 種小名:acuta (adj) 先の尖った (acutus)
- 英名:Pintail, IOC: Northern Pintail
- 備考:
acuta は u が長母音でアクセントもある (アクータ)。英語の acute も同じように長母音でアクセントがある。英語の acute をラテン語風に発音すればよい。
北半球に広く分布し、単形種だが亜種 (tzitzihoa メキシコ、modesta 太平洋離島の旧名 Sydney Island 現在キリバスの Manra 島) が記載されたこともあった (記載)。
この亜種は Tristram's pintail とも呼ばれ絶滅亜種とも考えられるが基亜種と区別できないとされた (wikipedia 英語版より)。
標本は3体残っているそうで原理的には DNA 判定をすることが可能なはずとのこと。
近縁種にインド洋南部の離島に生息する イートンオナガガモ Anas eatoni Eaton's Pintail があり、渡りによる長距離分散で定着して種分化した経緯が想像できる。
かつては Anas eatoni はオナガガモの亜種とされ亜種和名がつけられていた。ケルゲレン島の eatoni にコオナガガモ、クローゼット島の drygalskii にホソフコオナガガモ (コンサイス鳥名事典)。
現代のチェックリストでは別種 Anas eatoni とされている。Kerguelen Pintail, Southern Pintail の英語別名もある (このためオナガガモに "Northern" がつくことになる)。
ドイツ名 Spiessente (槍のカモ)、フランス名では Canard pilet で canard はカモで問題ないが、pilet はあまり使われる単語ではなく辞書に現れない。ラテン語 pilus (髪) あるいは pila (柱) 由来か。イタリア名は codone でこれもおそらく coda (尾。音楽用語にもある) 由来。
ロシア名は shilokhvost' で shilo (錐) khvost (尾)。中国語でも尖尾鴨または針尾鴨ですぐにわかる範囲の言語ではほぼ世界共通の名称のよう。
和名のオナガガモと同じ意味の英名 Long-tailed Duck はコオリガモの英名に使われている。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Dafila acuta の学名が用いられていた。これはブラジルのカモに学名 Dafila caudacuta を与えて Stephens (1824) が用いた属名。後にオナガガモのシノニムと判定された。
新 Anas 属をさらにクレードに分ける可能性も考えられ、その場合は Dafila 属が生きるとのこと (Boyd の系統樹参照)。古い概念で根拠のない属名というわけではない。
Pintail Duck (Gould 1837) にあるように両学名は長期間併用されていた模様。Gould (1837) では Dafila 属は Leach によるものとしているが、これは手稿段階で正式に用いたものは Stephens とのことらしい (The Key to Scientific Names)。
尾が特徴的なので別属にしても不自然でない状態が続いていた模様。
他の (旧、広義) Anas 属のカモより首が長く骨も多いと図鑑にある。文献によるとオナガガモ 17-19 個、他の Anas 属は 16 個とある (#コブハクチョウの備考参照)。採食習性と関連させて観察すると面白いであろう。
Kaup (1829) が 記載 でオナガガモ1種に Trachelonetta 属を提唱している。trackhelos 首 netta カモ (Gk) の意味で、現在はもちろん使われていないがやはり細長い首 (Enten mit sehr langem, duennem Hals...) に注目した学名が存在した。
記載ではもちろん中央尾羽が長く伸びていることも特徴としている。
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シマアジ
- 第8版学名:Spatula querquedula (スパトゥーラ クゥェルクゥェドゥラ) クアークと鳴くスプーン(の嘴) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas querquedula (アナス クゥェルクゥェドゥラ) クアークと鳴くカモ
- 第8版属名:spatula (f) スプーン
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:querquedula (f) Varro や Columella の述べたカモの一種。Skeat によれば声 (querq, kark) からの擬声語
- 英名:Garganey
- 備考:
spatula は#ハシビロガモ参照。
querquedula は短母音のみで2つめの音節にアクセントがある (クゥェルクゥェドゥラ)。-du- は長音でもなくアクセントもない。
que の音は kwe のように w を添える発音 (国名のクゥエートの発音同様)。"クゥェ" の表記で短く発音すればカモの声にも近そう。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Spatula 属に移動。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。
一見矛盾するような属変更については#ハシビロガモの備考参照。
また戻される可能性も出てきた。
和名のシマは縞、アジは味がよいことからとされる。トモエガモの別名がアジガモだったことからも納得できる。
大橋 (2021) Birder 35(1): 66-67 にトモエガモの語源とともに考察があり、シマは島 (遠くから来る) と考える説もあるとのこと。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" での学名は Querquedula circia だった。Querquedula については#トモエガモの備考参照。
Anas Querquedula の 原記載。
Anas Circia はこの次のページで 記載。circia kirke (Gk) は不明の鳥でおそらく空想上のものか (The Key to Scientific Names)。
Fauna svicica の 111. が Anas Circia に該当する種で基産地はこの文献からスウェーデンと判定された、Linnaeus (1758) は Anas Querquedula を追加で挙げた経緯のよう。
おそらく Anas Circia が先に認識 (記述) されたとの考えからだろうか、Anas circia の学名はかなり使われていたようで、アメリカコガモがこの学名の種の亜種とされることもあった。Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire でも用いられていた。後に同じものと判明したらしい。
ユーラシアに広く分布する単形種。ヨーロッパの個体群はサハラ以南のアフリカにも渡り、かつて強毒性鳥インフルエンザ (H5N1) のナイジェリアなどのアフリカへの拡大の際にこの種の渡り経路を例に解説されたことがあった (#インドガンの備考参照)。
英名の由来はロンバルド語 gargenei (garganell の複数形)。水面をすくように採食することかオスの特徴ある (ねじを巻くような音と形容される; 渡り途中に滞在中の個体でも聞くことができる) 声からか。イタリア語 garganella (瓶から連続的に飲む意味) にも似ている。
遡ると garg- 喉 (L)、あるいは gargling (うがいすること。日本語でもうがい薬をガーグルと言う) gargareon 口蓋垂、気管 (Gk) (American Heritage Dictionary)。
OED によれば 1668 年に Gargane の用例、1678 年に Ray が Willughby のラテン語から訳した Garganey の名称が現れる。OED は Gesner Hist. Anim. (1555) をもとにイタリア語 (現在スイスの Bellinzona ベッリンツォーナ 地域の名称) からの借用としている。
英語別名に Cricket Teal があり繁殖期のオスの鳴き声が特徴的 [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition)]。
こちらも OED によれば 1813 年 Montagu の用例があり、1885 年 Swainson が鳴き声 Cric cric (Jura); Criquet (savoy); Kriechentlein (Germany) の鳴き声由来の他言語表記を紹介していた。
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トモエガモ
- 第8版学名:Sibirionetta formosa (シビリオネーッタ フォールモーサ) 美しいシベリアのカモ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Anas formosa (アナス フォールモーサ) 美しいカモ
- 第8版属名:sibirionetta シベリアのカモ Sibiria シベリア (L) netta カモ (Gk)
- 第7版属名:anas (f) カモ
- 種小名:formosa (adj) 美しい (formosus)
- 英名:Baikal Teal
- 備考:
sibirionetta は外来語を含む合成語で発音はよくわからないが、ギリシャ語 netta の冒頭は長母音なので伸ばすかも知れない。この音はアクセント音節 -net- とも一致するのでわかりやすさを重視して伸ばす方を採用した (シビリオネーッタ)。
formosa は「美しい」の形容詞では前2つが長母音。2番めにアクセントがある (フォールモーサ)。固有名詞で台湾の意味の Formosa も発音は同じとのこと。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Sibirionetta 属 (Sibiria シベリア L netta カモ Gk) に移動。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)も同じ。種小名は変化なし。
Sibirionetta 属はトモエガモ属で単形属。単形種。東シベリアに高緯度まで繁殖分布を持つ東洋特産のカモ。
属の記載は Boetticher (1929) による。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では現在の学名が用いられているが、Nettion formosum を別名としていた。
nettion は小さなカモ (Gk)。Nettion 属はコガモをタイプ種として Kaup (1829) が設けたもの。Entchen (小さなカモ) と意味が記述されている (The Key to Scientific Names)。
Nettion はギリシャ語指小辞 -ion に基づいて中性の属で formosum も中性の形となっている。
ドイツ語の -chen (小さな) も中性名詞を作る語尾で性が一致している (Maedchen メートヒェン 少女 も中性名詞で生物学的な性と文法上の性が必ずしも一致しないこともわかる)。
同じく別学名とされていた Anas glocitans Pallas, 1779 (glocitans コッコッなどの声を出す) も広く用例があり、Bemaculated Duck の英名で呼ばれていた。
最初に紹介したのが Pennant だったため、こちらの学名が優先されることになった模様。Bemerk. Reise Russ. Reich に出版で記載年は後に 1775 と判定された。
Baikal Teal (Historical Rare Birds)。
Querquedula formosa の学名も使われていたことがわかる。この属はシマアジをタイプ種として Stephens (1824) が用いたもの。しかし同じ属名はコガモをタイプ種として Eyton (1838) が用いるなど混乱していた模様 (The Key to Scientific Names)。
これらの属名は古く使われていたものの、シマアジやコガモなど異なった系統を指していたためかなり後になるが Sibirionetta が採用された模様。
種小名に使われる formosa はここでは美しいの意味。ポルトガル語由来で台湾を指す Formosa があり、この意味で使われる場合は formosae (名詞の属格), formosana / formosanus の形になる。種小名になぜ formosa と formosae (アオバトなど) の両方があるのか気になる方もあるだろうが、このような事情による。
formos- の入っている日本の鳥の学名では、調べた範囲でトモエガモのみが「美しい」の形容詞が使われていた。
Ogawa (1908) に別学名としてリストされている Nettion formosum はかなり用例があり広く使われていたよう。この学名で Nettion を中性名詞、formosum を形容詞と考えて活用させていたことがわかる。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では英名に Spectacled Teal を用いていた。種小名にふさわしい英名だった。
ロシア名は klotkun (または chirok-klotkun) でこれも klokhtat' というかつてニワトリが卵に呼びかける声 (vo-kvo, klyu...klyu...) 由来とのこと (Kolyada et al. 2016)。
Dement'ev and Gladkov (1952) にも音声の記述があり、klo, klo, ... と鳴くとのことで遠くからも聞こえるとのこと。春にはオスは飛んでいる時もとまっている時もずっと鳴いている。メスの声はマガモに似ているとのこと。
もう一つ学名シノニムが掲載されており、Anas cucullata Fischer, 1831。カムチャツカで記載。cucullatus フードをかぶった。
XC380276 (Andrew Spencer 2017) に繁殖地 (ヒメクビワカモメの繁殖地) での音声がある。越冬地での録音は難しいようでバードリサーチ鳴き声図鑑にも2024年9月現在収録されていない。
トモエガモの鳴き声 (hideo suzuki 2023) に動画あり。
石川県片野鴨池に例年多く越冬し何度も訪問したが距離も遠くて音声が記録できる印象を受けなかった。むしろ少数個体が近くで見られる条件で渡り前の春に声を聞くことができることがあるかも。Anas glocitans やロシア名の由来となっている繁殖地で鳴き続けるような声は越冬地で聞くことは無理かも知れない。
中国名は中国の戯曲 (英語で chinese opera) で使われる色彩を施した顔 (painted face) に相当する単語を用いる名称が一般的のよう。画像検索で見ていただく方がわかりやすい。
Ukolov et al. (2018 初出、2024 再掲) The Baikal teal Sibirionetta formosa in the lower Indigirka River basin (pp. 4560-4563)
ヤクーチアのインディギル川河口での繁殖について。越冬地での数の変動の情報はあるが繁殖地の情報はほとんどない。20 世紀中頃まではトモエガモはインディギル川で最も数の多いカモで海に近いツンドラ以外の全域に生息していた。1960 年の調査でも同地域で最も数の多い水鳥だった。
1993-1995 年の調査でインディギル川河口デルタで繁殖の証拠は得られなかった。1999 年も同様だった。
2018.6.28 の調査で抱卵中の巣がみつかり、オスはすでに去った後だったとのこと。この調査から繁殖密度を推定している。
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コガモ (アメリカコガモ が分離されることもある)
- 学名:Anas crecca (アナス クレッカ) コガモ
- 属名:anas (f) カモ
- 種小名:crecca (合) コガモ Kricka、Kracha コガモ スウェーデン語 (声から擬声語)
- 英名:Teal, IOC: Eurasian Teal, アメリカコガモまたは合体後 WGAC: Green-winged Teal
- 備考:
anas は#マガモ参照。
原記載 (Linnaeus 1758)。Fauna svicica の 109. とのことで Linnaeus (1746) は当初は Anas fusca の学名を用いていた。
スウェーデン語では Swarta とある。どちらにも種小名由来は明確に示されていないので学名由来は後世の研究によるものらしい。スウェーデン語の現在の名称は kricka だが Linnaeus は使っていなかったように見え、語源関係は逆順なのかも知れない。しかし当時から俗名として存在したかも知れない。
歴史的なスウェーデン語名称では arta (最初の a の上に丸が付く。wikipedia スウェーデン語版より) で Linnaeus の時代にはこちらの方が学術的に使われていたかも知れない。
"クレッカ" 以外の読みは考えにくい気がする。
carolinensis は i が長母音、-nen- がアクセント音節で短母音 (カロリーネンスィス)、長母音 (カロリーネーンスィス) のいずれもある。場所の -ensis は伸ばすとすれば後者だろうか。
学名由来の情報: Linnaeus (1761) Fauna svecica Ed. 2 に項目、次ページにスウェーデンの Bothniensis による名称 Kraecka となっている。Linnaeus (1761) はここで種小名を訂正した (Anas Crecia) ようだが認められなかった。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でもコガモに2亜種ある立場だが、世界の主要リストでは立場が分かれており、IOC、HBW/BirdLife などは carolinensis (カロライナの) を独立種アメリカコガモ Anas carolinensis (英名 Green-winged Teal) として認めている。この場合2種とも単形種となる。
アメリカ鳥学会、Clements、eBird などでは亜種扱い。アメリカ鳥学会もかつては別種扱いとしていた。
オナガガモに Dafila 属を認める立場であればコガモやアメリカコガモは Dafilonettion 属となる (Boyd の系統樹参照)。
もう1種近縁の種があり、キバシコガモ Anas flavirostris (英名 Yellow-billed Teal) があり、コガモ、アメリカコガモ、キバシコガモの関係は現在ある限られた遺伝情報だけでは解決できず、核 DNA の解析が必要とある (wikipedia 英語版)。ここでは IOC 分類に従った英名を挙げておく。
SACC Split Anas crecca (Green-winged Teal/Common or Eurasian Teal) into two species: A. crecca (Common Teal or Eurasian Teal) and A. carolinensis (Green-winged Teal)
ではこれまで通り亜種として扱う判断。文献も示されている。
Working Group Avian Checklists では version 0.04 より亜種扱いで、おそらく IOC もこれに従うと考えられるので世界的には同種の扱いにまとまりそう。その場合は英名は Green-winged Teal。
IOC 14.2 はまだ従来通り2種に分けている。IOC 15.1 (red) では別種のままの扱い。
British list set for major taxonomic shake-up によれば BOU も WGAC に従ってアメリカコガモを分離しない見通しとのこと。
該当論文 Spaulding et al. (2023) Population genomics indicate three different modes of divergence and speciation with gene flow in the green-winged teal duck complex。アリューシャン列島などの個体を調査。
核 DNA の UCEs も用いた。ミトコンドリアと核 DNA で系統関係に違いがある。ミトコンドリアではこれまで提案されていた種が分離されるが核 DNA では系統が混ざってしまって互いに単系統関係をなさない。これらも証拠として同種の扱いとなったものと思われる。
ただし用いられたのは交雑帯に近い限られた地域のものなので、ユーラシア大陸や北米全体でみると少し描像が違ってくるかも知れない。Latest IOC Diary Updates にも議論があり、それを根拠とするならばミトコンドリア DNA を根拠としたツメナガセキレイの分離も同様の問題があるとの指摘がある。
さらにこの論文ではサンプルした個体が交雑個体でない根拠を示していない (それを議論すると論文自身の論旨が怪しくなる) との指摘がある。
現段階はまだ世界のリストの共通化の途上で、生物学的な種の分離の議論よりはリストの共通化作業が重視されているとのこと。
コガモとアメリカコガモを同種とする扱いも限られた情報に基づくまだ暫定的なものと考えたほうがよさそう。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Nettion 属だった (#トモエガモの備考参照)。
[飛べないカモの進化]
南半球 Anas 属でコガモに近い飛べないカモの分子系統研究: Rosinger et al. (2024) The radiation of Austral teals (Aves: Anseriformes) and the evolution of flightlessness。
ハイイロガモ Anas gracilis Grey Teal (ニューギニア、ニューカレドニア、オーストラリア、ニュージーランド) と アオクビコガモ Anas castanea Chestnut Teal は分子系統的には互いに単系統の関係になく同種とみなすのが適切になりそう。
統一された場合は Anas castanea となるが、世界のリストではまだ別種扱い。分子系統的な関係と表現型の違いをどのように解釈するかここでも問題となりそう (互いに単系統の関係にないので単純に亜種ともできない)。
#ミコアイサの備考のように、長距離を渡るカモ類から南半球へ複数回の進出があった。
カモ類は一般に non-sequential molt で一時的に飛べなくなるが、飛べないカモも結構ある (渡りをしないので馴染みがないだけのよう)。
Terrill (2020) Simultaneous Wing Molt as a Catalyst for the Evolution of Flightlessness in Birds のように翼の同時換羽は例えば島や開けたニッチで迅速に飛翔性を失う前適応か、との議論がある (#ハチクマ備考の [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] から)。
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アカハシハジロ
- 学名:Netta rufina (ネーッタ ルーフィナ) 赤みがかったカモ
- 属名:netta (合) カモ (netta, nessa カモ Gk。The Key to Scientific Names)
- 種小名:rufina (adj) 赤みがかった (rufinus)
- 英名:Red-crested Pochard
- 備考:
netta は起源のギリシャ語に従えば長母音で "ネーッタ"。
rufina は u が長母音でアクセントもここにある (ルーフィナ)。
カザフスタン、モンゴルなど中央アジアを中心に分布する種。日本でも定常的に迷行例があるが、ヨーロッパにも多数の迷行例がある。単形種。
Netta 属、Aythya 属のカモ類のロシア名は nyrok (潜るもの)。
10 秒以内の短く浅い潜水で Aythya 属よりも水中生活に適していない。嘴の形もむしろ淡水ガモに近い。Aythya 属と淡水ガモの中間的な性質を持つ (コンサイス鳥名事典)。
最新の分子系統研究では Netta 属は単系統でない可能性があり、アカハシハジロ (タイプ種) のみが Netta 属に残る可能性がある (#オカヨシガモの備考参照)。
アカハシハジロの祖先系統にあたるバライロガモ Rhodonessa caryophyllacea Pink-headed Duck は IUCN CR 種。かつてはインド、バングラデシュ、ミャンマーに生息していたが 1950 年代より目撃がなく絶滅した可能性がある。
可能性のある地域で調査されているが確認されていない。証拠不十分な目撃事例がないわけではない。
最後の写真は 1925 年ごろに撮られたもの (wikipedia 英語版より)。
人為由来で絶滅した可能性が考えられるが、Ericson et al. (2017) A genomic perspective of the pink-headed duck Rhodonessa caryophyllacea suggests a long history of low effective population size
によれば 280 万年前に分岐し、少なくとも過去 10 万年は実効個体数は低いままであったことが判明した。生態的理由などで個体数を増やすことができなかった可能性があるが詳細は不明。
もともとまれな種であったが人為的影響で簡単に滅んでしまったのだろうか。
ちなみにアカハシハジロはかつては数が減少しつつあると考えられていたが、近年はヨーロッパの目撃例が増えており (参考: Red-crested Pochard BTO。英国では著明に増加。飼育個体由来も考えられる)、数はむしろ増えていると推定されている。
ヨーロッパ繁殖地でも見つかりにくい種だそうで、日本の最近の目撃例の増加は個体数が増えたのか観察者が増えた効果なのか判断が難しいかも。
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オオホシハジロ
- 学名:Aythya valisineria (アユテュア ウァルリスィネリア) セキショウモを好む海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:valisineria (合) セキショウモの (海草 vallisneria セキショウモの属名)
- 英名:Canvasback
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
valisineria の発音はよくわからないがすべて短母音とすると -ne- がアクセント音節で、"ウァルリスィネリア" となる。
北米の種で単形種。
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アメリカホシハジロ
- 学名:Aythya americana (アユテュア アメリカーナ) アメリカの海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:americana (adj) アメリカの (-anus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Redhead
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
americana は -ca- の a が長母音でアクセントもある (アメリカーナ)。
北米の種で単形種。
部分的な托卵 (任意托卵) が知られている。アニマ 1992年6月号 pp. 78-81 にこの種の研究の第一人者の Sorenson の解説の翻訳記事がある (#カッコウの備考 [托卵鳥の同種認識] も参照)。
托卵を行う/自身で育てる両方の戦略を持つ。1988 年の日照りの年は水位が低く、巣が見えやすくなってしまうためにほとんどのメスは托卵を行ったとのこと。抱卵中はメスにとっても危険なため、変わりやすい大草原の環境に適応した行動かとのこと。
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ホシハジロ
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アカハジロ
- 学名:Aythya baeri (アユテュア バエーリ) ベールの海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:baeri (属) baer の (プロイセンの発生生物学者でシベリアを探検した Karl Ernst von Baer Edler von Huthorn に由来。反ダーウィン派だったとのこと。ドイツ語でもウムラウトなしでそのまま Baer と綴るようだが、ロシア名も別にあってベールと読まれていたことがわかる。日本語読みはそれに従った)
- 英名:Baer's Pochard
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
baeri は e を長母音として発音するか次第だが、"バエリ" または "バエーリ"。後者の方が原音に近い可能性があるためこちらを採用した。
東アジア地域のみで繁殖する希少なカモ。単形種。メジロガモと同種と考えられたこともあった。アカハジロ、メジロガモを含む目の白い潜水ガモに亜属 Nyroca (メジロガモの学名語源参照)が提唱されたこともあった。Aythya 属、Betta 属などを Aythyini 族とまとめることは受け入れられているが、アカハジロ、メジロガモの分子遺伝学的研究はまだ不十分である (wikipedia 記述の段階)。
現在ではゲノムアセンブリが報告されている [Zhang et al. (2023) Chromosome-level genome assembly of the critically endangered Baer’s pochard (Aythya baeri)。この論文の段階で個体数は 150 と 700 の間と見積もられている]。
メジロガモについても 2021 年段階でミトコンドリアゲノムが解読されており、分子系統解析が得られるのは時間の問題と思われる。
かつてはロシア南東部と中国東北部でも繁殖していて日本を含む南へ渡っていたとされる。現在は中国の北部から中部で留鳥。現在では世界の成鳥の個体数は 1000 羽を割っている可能があり、さらに減少中と考えられている。2010 年以降北京より北側では見られなくなったと報告されている。
繁殖個体数が越冬個体数よりも少ないため、未知の繁殖地があるとされており、中国で従来記載の繁殖地から遠く離れた新しい繁殖地の発見も報告されている。2010-2011 年以降中国本土以外での定常的な越冬個体群はなく、迷鳥となっている。中国本土の越冬地でも数が大きく減少している。
IUCN 3.1で CR 種。East Asian-Australasian Flyway Partnership (EAAFP) による アカハジロタスクフォース が作られた。2021 年中国の国家一級保護種に指定された (New protection for Baer’s Pochard in China)。
2022 年に北京動物園で飼育個体群が確立され、将来の野生再導入計画がある [Yong et al. (2022) The first captive population of Baer's pochard in China was established] (wikipedia 英語版)。
なお中国の国家保護種は 国家重点保護野生動物目録 (wikipedia 中国語版) で見ることができる (これらを見る時には学名のありがたみがわかる)。
この時に新たに指定された鳥類については China updates list of species with special protection に解説がある。
1989 年に「国家級保護動物」のリストが出されてから2種追加されただけだったそうである。2021 年の改訂が 32 年ぶり初めての大幅な見直しとなった。従来は大型種のように目立つものが対象だったが、研究が進んで (中国内の動物学者も圧倒的に増えた)、科学ベースのリストになり、経済的価値から生態系や生息地の保護へのシフトを明確にしたとのこと。
今後は5年程度で見直すことにした (A new hope for China’s endangered animals)。
シマアオジもこの時に登場。
又野 (2019) アカハジロがヒシの実を食べる行動 (大阪の飛来数記録の表もあり)。
この種の音声記録は公表されているものでは世界にまだ1例もない (#コウライアイサの備考参照) が、おそらく飼育下で記録されているものと思われる。
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メジロガモ
- 学名:Aythya nyroca (アユテュア ニュローカ) 潜るカモ
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:nyroca (外) nyrok 潜る者 (< nyryat' 潜る) 露
- 英名:Ferruginous Duck
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
nyroca は任意の読み方が可能だが、原音を活かすならば "ニュローカ" と伸ばしてここにアクセントを置くとよい。
ラテン語化 (おそらく女性形を意識) して語尾が変えられているが、ロシア語で nyroka の綴りの場合はアクセントが移動して o は短く、語末の -a がアクセントになる。
原記載 は原形 (主格) を採用している。女性名詞の当時の属 Anas に置くために -a を追加したものと思われる。
Aythya 属も女性名詞のため一見わからないが、もし男性名詞の属に変わっていたら語尾の不整合を感じたかも知れない。
和名は外見からかも知れないが、英語別名に White-eyed Pochard があり英名を訳したものかも知れない。
東欧からロシア西部、中央アジア、中国西部、アフリカ北部などに主に分布する。単形種。日本で記録される数はアカハジロと同程度であるが、世界的個体数はメジロガモの方がずっと多く、IUCN 3.1 で NT 種。#アカハジロの備考も参照。
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クビワキンクロ
- 学名:Aythya collaris (アユテュア コルラーリス) 首輪のある海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:collaris (属) 首輪のある (collare -is (n) 首輪)
- 英名:Ring-necked Duck
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
collaris は中央が長母音でアクセントがある (コルラーリス)。
記載時学名 Anas collaris Donovan, 1809 (記載) で英名 Collard Duck、記述も neck encircled with a sub-ferruginous ring および a pretty and very distinct collar of deep ferruginous とあってこの collaris は "首輪のある" で問題ない (#イワヒバリの備考参照)。
和名通りの特徴を探してよい。
北米の種で単形種。かつて東京都不忍池で 1984 年から 1994 年に 11 年連続の飛来記録があり、(少なくとも関東在住の古参バーダーには) あまり珍しくなくなった印象を受けるが飛来はやはりまれ (当時の不忍池はカモ類の餌付けが行われており、一面カモだらけ、クビワキンクロも足元にいた光景もあり双眼鏡すら不要で全く珍しさを感じさせなかった。さらにコスズガモまで飛来していた。Birder 誌にも当時のいろいろな逸話が掲載されていた)。
日本鳥学会誌にも他所の記録論文が複数出ている。
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キンクロハジロ
- 学名:Aythya fuligula (アユテュア フーリーグラ) スス色の喉の海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:fuligula (f) スス色の喉の (fuligo (f) スス gula 喉)
- 英名:Tufted Duck
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
fuligula は fuligo (フーリーゴ) すす と長母音が並ぶ (#カワビタキも参照)。gula は短母音。i にアクセントがあり "フーリーグラ"。
母音を伸ばさない場合もアクセントはこの位置。
属名の由来の aithuia はアリストテレス他の記載した未同定の海鳥。ミズナギドリ、ウ、カモ、ウミスズメなどの解釈がある。ギリシャ神話で水鳥に変えられた Cygnus の母親に Thyr (Thryie) があり関連する可能性がある (The Key to Scientific Names)。ユーラシアに広く分布する単形種。
「京都の野鳥図鑑」(河合敏男 京都新聞社 1989) p. 60 では "キン" は "襟" の解釈もあることが示されていた。オスの首の艷やかな黒さを示したもの。着目点ではこちらの解釈の方が種小名のラテン語とよく合うかも。「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) では重訂本草綱目啓蒙 (1847) できんくろがも一名きんくろ羽白の用例が示されていて、この時点では漢字が使われていなかった。
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スズガモ
- 学名:Aythya marila (アユテュア マリラ) 少し黒い海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:marila (合) 少し黒い (mauro 黒い Gk、-illa (指小辞) 小さい)、charcoal embers
- 英名:Scaup, IOC: Greater Scaup
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
marila はすべて短母音のみと考えられ "マリラ"。
2亜種あり、日本で記録されるものは従来基亜種 marila とされていたが、「一部学名の変更の見込みについて」(2023年11月28日) にて nearctica (新北区の; 北米を指す) に変更された。
Howard and Moore では現在この分類になっている。
Marchowski and Leitner (2019) Conservation implications of extraordinary Greater Scaup (Aythya marila) concentrations in the Odra Estuary, Poland
の解説によれば世界でフライウエイに応じたいくつかのグループがあり、(1) A. m. nearctica 北米のグループで4つのフライウエイ、(2) A. m. nearctica 東アジアのグループ、(3) A. m. marila アジア北西部とヨーローパ北東部で繁殖しカスピ海や黒海周辺で越冬、(4) A. m. marila ヨーローパ北東部で繁殖し北海やバルト海周辺で越冬、
の4つに分けられるとのこと。日本の個体群は (2) にあたるようである。
Brazil (2009) "Birds of East Asia" でもこの亜種となっている。
東アジアの個体群はかつて中間にあたると考えられて mariloides (marila スズガモ -oides に似た Gk) が使われたことがあったがこれは本来コスズガモに与えられた学名で無効とのこと (wikipedia 英語版)。
文献: Banks (1986) Subspecies of the Greater Scaup and their names (それ以前の分類概念経緯も記載されている)。
この文献では東アジアの個体をヨーロッパのものと区別できないためユーラシアをまとめた marila としていた。
mariloides (学名の正統性はともかく) を認める立場であれば東アジアの個体群はこれに属するが、Avibase でも nearctica のシノニムとして扱っている。Howard and Moore は 2nd edition まで mariloides を認めていた。
コンサイス鳥名辞典では北ヨーローパから西シベリア北部をオオスズガモ A. m. marila、東シベリア、アラスカ、カナダ北部を A. m. mariloides としていた。
今後の基亜種の名前はオオスズガモかも知れない。
他に Lesser Scaup (コスズガモ) が存在するため英名は Greater Scaup が望ましい。
scaup の語源はスコットランド語で貝類の繁殖場所 (shellfish bed) のことか、あるいは鳴き声からとのこと (wikipedia 英語版より)。
OED によれば scaup-duck が 1676 年にすでに使われており、scaup 単独の用例は 1798 年に見られるとのこと。こちらもスコットランド語 scalp (意味は貝類の繁殖場所) 由来と想定している。
ロシア語ではスズガモ類は chernet' で「黒いやつ」ぐらいの意味だろう。ドイツ語では Bergente < Berg (山) Ente (カモ) で生態をあまり反映していない?
北米での別名は Bluebill (北米に生息するコスズガモの Little Bluebill に対応)。
Marchowski and Leitner (2019) によれば基亜種は近年減少傾向が目立つとのこと。
wikipedia 英語版によれば 1980 年代から減少が始まったとのこと。
記載時学名 Anas Marila Linnaeus, 1761 (原記載) 基産地 Lapland (ラプランド)。
Fuligula 属が使われていたことがあり、これは Swainson (1837) が用いた属で Gray (1855) がホシハジロがタイプ種としたもの、
Stephens (1824) がキンクロハジロの種小名を属名に昇格したものがあった。後者の方が早いが前者がスズガモ類を指して使われていたよう (#コスズガモ参照)。
Aythya Boie, 1822 が早いためにこちらが使われるようになった (The Key to Scientific Names の情報より)。
実は Fuligula 属の方が多く使われており、Aythya 属の記載が判明したのはかなり遅い時期になったものと想像できる。
種小名から属名への昇格に伴って名付けられた Fuligula cristata Stephens, 1824 (参考) の学名もあった (冠のあるスズガモの意味)。(#ノスリの備考参照)。
Fuligula vulgaris Hodgson, 1844 (参考) の用例 (ネパール) があったが単に普通のスズガモの意味で属を代表する学名を意図したものではなさそう。
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コスズガモ
- 学名:Aythya affinis (アユテュア アフフィーニス) スズガモに似た海鳥
- 属名:aythya (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:affinis (adj) 隣の、姻戚関係の。この場合はスズガモに似たの意味。
- 英名:Lesser Scaup
- 備考:
aythya は#ホシハジロ参照。
affinis は -fi- の i が長母音でアクセントもここにある (アフフィーニス)。ad + finis が語源。-ff- を単音で、i を短母音にする英語読みでも実用上問題ないだろう。
北米の種で単形種。
英名の別名 Little Bluebill, Broadbill。
記載時学名 Fuligula affinis Eyton, 1838 (原記載) 基産地 North America (北米)。スズガモに似ているゆえの命名由来はここに記されている。
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コケワタガモ
- 学名:Polysticta stelleri (ポリュスティクタ ステルレリ) シュテラーの多くの斑のある鳥
- 属名:polysticta (合) 多くの斑のある (poly- (接頭辞) 多くの stikos 斑 Gk、-tus (接尾辞) 〜を備えている)
- 種小名:stelleri (属) ステッラーの (ドイツの博物学者 Georg Wilhelm Steller に由来)
- 英名:Steller's Eider
- 備考:
polysticta は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-stic- と区切るならば "ポリュスティクタ" (#ハギマシコの考察参照)。
stelleri は人名由来だがラテン語風に読んで stel-le-ri と区切れば "ステルレリ" となる。"レ" を伸ばすなど原語の音を優先するかは好み次第でよいだろう。
極北の種で単形属で単形種。英語 eider の語源はアイスランド語 aedr に由来すると考えられるがその語源は不明。
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ケワタガモ
- 学名:Somateria spectabilis (ソーマテリア スペクタービリス) 美しい羊毛の体の鳥
- 属名:somateria (合) 羊毛の体 (somatos 体 erion 羊毛 Gk)
- 種小名:spectabilis (adj) 美しい、見える
- 英名:King Eider
- 備考:
somateria は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は somatos の冒頭が長母音。アクセントは -te- の音節と考えられる (ソーマテリア)。このギリシャ語由来の多くの単語は so- を長音としているので (英語の -some で終わる生物用語) 同様に伸ばすのが適切と思える。
spectabilis は a が長母音でアクセントもここにある (スペクタービリス)。
極北の種で単形種。この属ではヨーロッパ等に比較的普通のホンケワタガモ Somateria mollissima (英名 Common Eider) が世界的には有名。ケワタガモの名前はケワタガモの産座の綿羽が良質の保温材の採取対象とされてきたことによる。
コンサイス鳥名事典によれば執筆当時も商業利用されていたそうである。同書によれば別名アカハナケワタガモがあるとのこと。
英語 eider は OED によれば 1744 年に用例があり、究極的にはアイスランド語 aedar 由来で、スウェーデン語の古い形 eider、デンマーク語 eder なども同様。現在の英語の綴りはおそらく Von Troil が用いたものに由来するとのこと。
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シノリガモ
- 学名:Histrionicus histrionicus (ヒストゥリオーニクス ヒストゥリオーニクス) 役者のような鳥
- 属名:histrionicus (adj) 役者のような (histrio -onis (m) 役者 -icus (接尾辞) 〜に関連する)
- 種小名:histrionicus (トートニム)
- 英名:Harlequin Duck (道化師の意味でフランス語由来)
- 備考:
histrionicus は o が長母音でアクセントもここにある (ヒストゥリオーニクス)。histrio の最後が長音。
記載時学名 Anas histrionica Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 America, restricted type locality, Newfoundland, ex Edwards (Edwards がニューファンドランドに限定)。
Histrionicus 属は Lesson (1828) が導入したもの。記載。亜属の扱い。Cuvier を引いているが Cuvier は Garrot とフランス語名で表記しただけのため学名と認められなかったよう。1種のみを属にしたため当時は種小名を特に与えていなかった。
現代のフランス語では Garrot はキンクロハジロ類を指すとのこと (wiktionary)。
Histrionicus 属の提唱以前は Clangula 属とされたことがあった。Clangula torquata Brehm , 1855 (参考)。"首飾りのある Clangula" の意味で属変更に伴う一種の改名。
Hartert (1910-1922) p. 1361 に情報あり、当時のドイツ語名 Kragenenete も Clangula の意味を反映している。
別の属名があり、Cosmonessa Kaup, 1829。ドイツ語属名 Schmuckente で Schmuck 飾り Ente カモ。-nessa は -netta を意図したものと考えられる (The Key to Scientific Names, Hertert)。この Cosmo- はよく想像する宇宙の cosmos ではなく、別語義の花のコスモスにつながる方 (語源は同じ)。英語 cosmetic も同語源だが直接 cosmos から派生したものではない (wiktionary)。
ほぼ同時代に複数の属名が提唱されていたが Lesson (1828) のものが有効で一番早いと認定された模様。
OED によれば英名の用例は 1772 年 Foster によるもので、時期的には学名から採用されたと想像できる。
単形属で単形種。日本でも北海道と東北地方山地渓流で繁殖する。
wikipedia 日本語版には「太平洋岸繁殖個体群を H. h. pacific として分割する説もあったが、有力ではない」とあるが pacificus (太平洋の) が正しい。
記載時学名 Histrionicus histrionicus pacificus Brooks, 1915 基産地 Cape Shipunski, Kamchatka (Avibase による)。Clements 2017 まで、Howard and Moore 2nd edition などで亜種扱い。現在の世界の主要リストではシノニムとされる。
Scribner et al. (2024) A phylogeographical study of the discontinuously distributed Harlequin Duck (Histrionicus histrionicus)
に氷河期の大西洋のレフージアから各地の個体群に広がって太平洋由来の個体群と二次的に接触した描像が得られた。
ロシアのハバロフスク地方のブレインスキー保護区で放棄された卵から育てて最終的に野外に放った事例が紹介されている (#ハチクマの備考も参照)。シノリガモの黒子ちゃん - またの名を 異類の中の同類、同類の中の異類 に翻訳を掲載。
和名の由来はあまりよくわからないが、"晨鳧" は中国語では野鴨 (種類不明) を指して、"後漢書" (卷六○上 馬融傳) に現れるとのこと。遊雉群驚、晨鳧輩作 (参考: 晨鳧)。
関連する用例をみておくと晨烏は古代神話で太陽に住むと考えられたカラスのこと。鳥関係ではこれのみが他に見つかった。太陽ならば黒点、シノリガモならば斑点を表したものだろうか。
英名に使われる Harlequin はセキセイインコの品種名ハルクインにも使われ、週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 98 V (宇田川) によれば雑色の、色紋の意味。また原種の黒い班が翼に残っている (コンサイス鳥名事典) 説明があった。こちらも斑点を特徴としている。
Recessive Pied budgerigar の wikipedia 英語版によれば the Danish Pied variety, aka Harlequin で劣性突然変異によるものとのこと。
シノリガモは流れの速い河川のそばに営巣し、まったく系統の異なるカワガラス類と習性や隠蔽色が似ているとのこと: 参考 Gray Camouflage: Dippers and Female Harlequin Ducks (Bob Sundstrom, BirdNote 2019)。
ここで扱われている種類はメキシコカワガラス Cinclus mexicanus American Dipper でヨーロッパのムナジロカワガラス Cinclus cinclus White-throated Dipper に対応するとされているが、日本のカワガラスも同様に考えてよいだろう。
シノリガモやカワガラス類の生息しない南米ではヤマガモ Merganetta armata Torrent Duck が同じニッチを占めるとのこと。日本の種ではツクシガモの系統が比較的近い。シノリガモはアイサ類に近い系統で異なっている。
ニュージーランドのアオヤマガモ Hymenolaimus malacorhynchos Blue Duck も同様。古く分岐したものだがアカハシハジロや Aythya 属などの潜水ガモの祖先に相当する系統と考えられている。
高地で潜水するヤマガモの生理学的適応については例えば Dawson et al. (2016)
Mitochondrial physiology in the skeletal and cardiac muscles is altered in torrent ducks, Merganetta armata, from high altitudes in the Andes。
雑誌 "Birder's World" 1989.10 pp. 60-61 に Robert W. Storer (#カワウ備考の [ガラパゴスコバネウの進化] 参照) による "Torrent Duck" の記事がある。
クラッチサイズは4と非常に小さく産卵間隔は1週間とのこと。コガモに比べてずっと発育した状態で誕生するが、これは早成性のためひなの羽毛が未発達であれば急流に対応できないと説明されている。
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アラナミキンクロ
- 学名:Melanitta perspicillata (メラニッタ ペルスピキルラータ) 眼鏡をかけた黒いカモ
- 属名:melanitta (合) 黒いカモ (melan- (接頭辞) 黒い netta カモ Gk)
- 種小名:perspicillata (adj) 眼鏡をかけた (perspicillum 眼鏡 -ata (接尾辞) 〜が備わっている)
- 英名:Surf Scoter
- 備考:
melanitta は#ビロードキンクロ参照。
perspicillata は perspicillum は短母音のみ (ガリレオが 1610 年に作った単語とのこと)。
-ata は所有で冒頭が長母音でアクセントもある (ペルスピキルラータ)。
主に北米の単形種。
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ビロードキンクロ (アメリカビロードキンクロ が分離された。ビロードキンクロの学名も変わった)
- 第8版学名:Melanitta stejnegeri (メラニッタ ステイネゲリ) シュタイネゲルのカモ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Melanitta fusca (メラニッタ フスカ) 黒ずんだカモ
- 第7版亜種学名:Melanitta fusca stejnegeri (メラニッタ フスカ ステイネゲリ) シュタイネゲルの黒ずんだカモ (代表的亜種。他亜種あり)
- 属名:melanitta (合) 黒いカモ (melan- (接頭辞) 黒い netta カモ Gk)
- 第8版種小名:stejnegeri ノルウエーの動物学者 Leonhard Hess Stejneger の
- 第7版種小名:fusca (adj) 黒ずんだ (fuscus)
- 第7版亜種小名:stejnegeri ノルウエーの動物学者 Leonhard Hess Stejneger の
- 英名:(White-winged Scoter アメリカビロードキンクロ), IOC: Stejneger's Scoter
- 備考:
melanitta は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は netta ならば冒頭が長母音で同様に伸ばすかも知れない。-nit- にアクセントがあることは疑いないので "メラニッタ" としておく。"メラニータ" でもおそらく構わない。
stejnegeri は規則通りであれば "ステイネゲリ" のアクセントになる。-ge- を伸ばせばこちらがアクセントとなる (ステイネゲーリ)。
名前のアクセントは冒頭らしくどちらにしてもアクセント位置は変わる。ラテン語読みと理解することにする。原語に合わせた読み方でもおそらく実用上問題ない。
英名の scoter は語源不明とのこと (wiktionary)。OED によれば 1673 年に用例があり、当時のラテン名 Anas niger (黒いカモ) を指していた。語源は不明としているが、scout (1600 年ごろの先住地方名でさまざまな海鳥を総称的に指していた) 由来が考えやすいとのこと。
黒いカモとして soot + -er やドイツ語の古い名称 Russente (スズガモを指す) 由来説が取り上げられることがあるが、英語の名称と関連している直接の証拠はないとのこと。
分割のため第7版学名は代表的亜種まで記した。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Melanitta stejnegeri となる。ノルウェー生まれの鳥類学者 Leonhard Hess Stejneger にちなむ。
Steineger 家だったが、1870 年ごろより Stejneger の綴りを用い生涯使ったとのこと (wikipedia 英語版)。英語読みでは "スタジンガー" や "スタジネガー" のような発音が多い。
シュと読むのはドイツ系の名字であるためか (Stein 石)。現代のノルウエー語でも同様らしい。
ちなみにロシア語でもシュと表記しており、実際にどのように読まれていたかは問わず慣用としてシュタイネゲルの名前を残しておく。
かつては Melanitta deglandi (フランスの鳥類学者 Come-Damien Degland にちなむ; こちらの英名は White-winged Scoter アメリカビロードキンクロ) と同種と考えられていた。
アメリカビロードキンクロは日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で含まれた。いずれも単形種となる。IOC 9.2, Clements 2019 以降別種。
ビロードキンクロの新学名に対応する英名は Stejneger's Scoter または Siberian Scoter となる (後者は AOU の名称)。
現在の分類では Melanitta fusca はユーラシア西部の種類となり、英名は Velvet Scoter (ヨーロッパビロードキンクロ)。和名はこの種の英名に対応していて現在の分類で正確に使おうとすると大変ややこしい。ただ外国人バーダーも古い時代の velvet の名を知っていた人もあったためか、この英名でも通じた。
越冬時は海岸で観察されるため繁殖地も海に近いと考えそうだが、大陸奥深く内陸で繁殖する。ビロードキンクロはエニセイ川以東に広く分布。モンゴルでも繁殖個体群が観察される。アメリカビロードキンクロも同様でアラスカからカナダ西部の内陸で繁殖する。
Cadiz et al. (2024) Demographic History and Inbreeding in Two Declining Sea Duck Species Inferred From Whole-Genome Sequence Data
の全ゲノム研究によれば、コオリガモは過去の実効個体群サイズが比較的安定していたが Velvet Scoter (ヨーロッパビロードキンクロ) は減少傾向が見られる。分布範囲が狭いため氷河期に生息域がより縮小した可能性がある。両種とも過去数千年に実効個体群サイズの減少が認められ人為的圧力となっている可能性がある。
2種の間無視できないレベルの交雑があり、個体数減少に伴って近年生じたよりは過去から存在していたと考えられる。さらなる個体数減少があれば交雑による遺伝的劣化の恐れも考えられる。
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クロガモ
- 学名:Melanitta americana (メラニッタ アメリカーナ) アメリカの黒いカモ
- 属名:melanitta (合) 黒いカモ (melan- (接頭辞) 黒い netta カモ Gk)
- 種小名:americana (adj) アメリカの (-anus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Black Scoter
- 備考:
melanitta は#ビロードキンクロ参照。
americana は1つめの a が長母音でアクセントもここにある (アメリカーナ)。
北米からユーラシア北東部に分布。ビロードキンクロよりは沿岸に近い場所で繁殖する。単形種。
近縁種にヨーロッパクロガモ Melanitta nigra 英名 Common Scoter があり、かつては同種とされていた。
ロシア北極圏では両種が繁殖するがシベリア北部ではクロガモの方が多いらしい。クロガモの方が東寄りでヨーロッパクロガモは主にヨーロッパで越冬する。
サハリンでもクロガモの繁殖が知られている: Vshivtsev (1979初出、2012再掲) Nesting of the black scoter Melanitta nigra on the Sakhalin Island (pp. 2661-2665)。
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コオリガモ
- 学名:Clangula hyemalis (クラングラ ヒュエマーリス) 冬の声の響く鳥
- 属名:clangula (f) 声が響く (clangere 反響する -ula (指小辞) 小さい)
- 種小名:hyemalis (合) 冬の (hiemalis (adj) 冬の hiems (f) 冬)
- 英名:Long-tailed Duck
- 備考:
clangula は -ula の指小辞発音に従えば長母音が現れない (#キクイタダキ学名などと同様)。規則によれば "クラングラ" のアクセントになる。
hyemalis は a が長母音でここにアクセントがある (ヒュエマーリス)。
極北に広く分布する単形種。越冬中の群れは特徴的な歌うような声を出し、遠くからも聞こえるという The Key to Scientific Names の注釈に沿った訳とした。
属名とホオジロガモの種小名の関係については#ホオジロガモの備考参照。どちらも音が由来と考えられるがそれぞれ独立に付けられたもので意味は同じとは限らない。
Karwinkel et al. (2025) Individual Variation in Migration and Wintering Patterns of Long-Tailed Ducks Clangula hyemalis From a Population in Decline
バルト海はかつて主要な越冬地だったが 1990 年代から激減している。データロガーを付けて追跡した結果個体レベルでは越冬域の再現性がよく、越冬地が北に移動したと考えるよりも個体数が減少したことを表しているのではとの推測。
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ヒメハジロ
- 学名:Bucephala albeola (ブーケパラ アルベオラ) 少し白い大きな頭の鳥
- 属名:bucephala (合) 牛の頭 (bous 牡牛 kephali 頭 Gk)
- 種小名:albeola (adj) 少し白い (albus (adj) 白い -ola (指小辞) 小さい)
- 英名:Bufflehead
- 備考:
bucephala は#ホオジロガモ参照。
albeola は -ola の指小辞発音を考慮すると長母音は生じないと思われる (アルベオラ)。
北米に分布する単形種。英名の由来については#ホオジロガモの備考参照。
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ホオジロガモ
- 学名:Bucephala clangula (ブーケパラ クラングラ) 羽音の響く大きな頭の鳥
- 属名:bucephala (合) 牛の頭 (bous 牡牛 kephali 頭 Gk)
- 種小名:clangula (f) 声が響く (clangere 反響する -ula (指小辞) 小さい)
- 英名:Common Goldeneye
- 備考:
bucephala は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語の bous の長音を採用すれば "ブーケパラ" (#モズ参照)。
clangula は#コオリガモ参照。
種小名の和訳は wikipedia 日本語版では「やかましく騒ぐ」となっている。
ホオジロガモの羽音はよく響いて独特なのでそれを意味する可能性 (例えば日本語のスズガモの語源にように) を考えた。やはり羽音から "whistler" と呼ばれることを知った (羽音を whistling sound と呼ぶ)。
狩猟用語でカモの識別に役立つとのこと。Common Goldeneye。ディスプレイの声よりは羽音が目立つ気がするので、種小名の語源はおそらくこちらではないだろうか。「羽音の響く」と訳してみた。
clangere に関連する学名は #コオリガモ、#カラフトワシ (可能性あり) も参照。
#オオジシギ備考の [タシギ類のドラミング] で紹介の Clark and Prum (2015) にも含まれている。
なお英名で whistling duck が付くものも別に存在する (リュウキュウガモなど)。こちらは鳴き声由来と説明がある (wikipedia 英語版から)。
"wing whistle" の用語も用いられることがあるが、上記 Clark and Prum (2015) によればあまり適切でない用語とのこと。
wikipedia 日本語版の「属名 Bucephala はアレクサンドロス3世 (大王) の馬の名前からつけられたもの」については当初出典を見つけられなかったのだが、
Bucephalus Bucephalus or Bucephalas に馬の記述があり、牛の頭 (bous 牡牛 kephali 頭 Gk) の由来はおそらく同じよう。
属名の原記載には意味は特に現れないが、
この Baird (1858) は (同属でタイプ種の) ヒメハジロの英名について "The name buffle head is a corruption of buffalo head, under which name it is mentioned by Bartram, in 1791" と説明しているので「牛の頭」でよさそう。そのままギリシャ語由来の属名としたものだろう。不釣り合いに頭が大きいの意味と OED には説明がある。
Why are they called Bufflehead? (Birdful) にも英名由来の考察がある。Baird の属名の意味は上記でよいと思われるが、Bartram (1791) ですでに使われている英名なので、英名は起源がさらに古く議論の余地が残るのだろう。
Baird (1858) では "whistle wing" がホオジロガモの別名になっているので、種小名に使われる clangula はやはり翼の音と解釈するのが適切そう。
種小名に clangula が使われているのに、なぜ Clangula (コオリガモ) 属に含まれないのか疑問を持たれるだろうが、Clangula 属は Anas glacialis で最初に使われたためこのグループの名称には使えないとの説明が Baird (1858) にある。
Baird (1858) の時点では Clangula glacialis Boie, 1822 に対応していて、これはコオリガモを指していたが Clangula glacialis Leach, 1819 の属の用例が見つかり (コオリガモがタイプ種になる) こちらが採用された。
種の記載そのものは Linnaeus が最初に行ったため学名は Clangula hyemalis (Linnaeus, 1758) となる。
ここで Boie の用いた種小名の glacialis は現在 Anas 属でハイイロガモ Grey Teal に使われている。属が違うので衝突しないのだろうが非常にややこしい。Anas glacialis は現在はハイイロガモを指すが、コオリガモのシノニムにも挙がっている。古い文献を読む時にはよほど注意しないと間違えそう。
ホオジロガモは Anas Clangula Linnaeus, 1758 と記載されたもの (原記載)。この中には Clangula. Gesn. av. 119 とあるので、Clangula はすでに1語の学名として使われていたもので Linnaeus はこれを利用したよう。
Linnaeus のこの種小名を属名に昇格して新たに種小名を与えた (#ノスリの備考参照) 例もあった Clangula chrysopthalmos Stephens, 1824 (参考) がより遅い時代で用いられなかった。
属名の Clangula と種小名の clangula は別々に付けられたものでそもそも直接の関係はなかった (Leach も単純に挙げているだけで他種はリストされていない)。カモ類を分類する過程で整理された結果、一見矛盾する現在の学名となった。
まとめると以下のようになる。太字が採用されたもの。
| ホオジロガモ | コオリガモ | ヒメハジロ |
Linnaeus (1758) | Anas Clangula = Anas bucephala = Anas Glaucion | Anas hyemalis | Anas Albeola |
Leach (1819) | | Clangula glacialis | |
Baird (1858) | Bucephala americana (亜種アメリカホオジロガモ) | | Bucephala albeola (タイプ種) |
英名の Goldeneye の由来は自明だが、OED によると用例は 1622 年初出とのこと。キンクロハジロなど他の種を指して地域的に使われたこともあるが現在では廃れている。
2亜種あり日本のものは基亜種 clangula とされる。もう1亜種 americana アメリカホオジロガモは北米に分布。
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ミコアイサ
- 学名:Mergellus albellus (メルゲルルス アルベルルス) 白くてかわいい小さなアイサ
- 属名:mergellus (m) 小さいアイサ (mergus (m) 少し沈んで泳ぐ海鳥 -ellus (指小辞) 小さい)
- 種小名:albellus (adj) 白くてかわいい (albus (adj) 白い bellus (adj) かわいい)
- 英名:Smew
- 備考:
mergellus は長母音を持たないと考えられ、-gel- がアクセント音節となる (メルゲルルス)。
albellus は長母音を持たないと考えられ、-bel- がアクセント音節となる (アルベルルス)。
Mergellus 属は Selby (1840) がミコアイサのみを指して設けたもの。Mergus の小型版の意味だったが系統的にも異なっており現在も使われる属名となっている。
英名の smew は OED によれば 1674 年の用例が最初とのこと。語源は不明とのこと。ミコアイサを指した smee (1668 年初出) との関係も考えられ、こちらは smeath (1622 年初出。これもアイサ類を指す) の変形とも考えられるとのこと。現代のオランダ語など類似語の smeente などが残っているが関連は不明とのこと。
nun の名称の方が先に知られていて 1666 年 Merret によるラテン語記述に現れる。Ray (1673) がこの記述をもとに nun と呼ぶこととし、ドイツ語では (英訳して) White Nun と呼ばれているとの記載がある。ドイツ語原語では weisse Nonne。white nun の由来はドイツ語だった。
ユーラシアに広く分布する単形種。属名の由来は#カワアイサの備考も参照。
中国名白秋沙鴨で秋沙 (アイサ) の部分は和名に由来とのこと [福井・チャン (2003) Birder 17(8): 68-69]。
和名のミコアイサの語源はオスの羽衣が巫女の白装束のように見えることに由来すると wikipedia 日本語版から (出典: 安部直哉 「山溪名前図鑑 野鳥の名前」、山と溪谷社、2008年)。
気になったのは英語別名に White Nun があること。nun = 修道女 と発想が非常に近い。これは日本語・英語で独立に作られた名称であろうか、あるいは和名成立に外国語の影響はあっただろうか。
「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) によれば "みこあいさ" の名称は重訂本草綱目啓蒙 (1847) に現れるとのこと。他にうみあいさ、黒あいさ一名すずがもなどいくつかあるが、うばあいさ、うあいさ、どうながあいさなど現在の和名と対応しないものも多い。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではアイサ類3種は現在の名前で登場している。
重訂本草綱目啓蒙 (1847) の時期とそれほど大きく離れていないのでこの間にアイサ類の名称が整理され、カワアイサはうみあいさに対応して付けられた想像ができる。
"アイサ" と付く日本産種類の中でミコアイサのみが別属であるが、これはアイサ類の中で最も早く分岐した系統で、アイサ類の現代的な分子系統 (ただし mtDNA のみ) は以下のようになる。
この部分は最後3種の順序に不定性があるが他の部分は系統分岐順になっている。
他のグループで一番近縁なのはホオジロガモ類の Bucephala 属の3種。
カモ亜科 Anatinae: Ducks
ミコアイサ? 族 Mergini: Sea Ducks (ミコアイサ系統のみ掲載)
ミコアイサ属 Mergellus
ミコアイサ Mergellus albellus Smew
オウギアイサ属 Lophodytes
オウギアイサ Lophodytes cucullatus Hooded Merganser (北米)
ウミアイサ属 Mergus ("True" mergansers)
ウミアイサ Mergus serrator Red-breasted Merganser
コウライアイサ Mergus squamatus Scaly-sided Merganser
クロアイサ Mergus octosetaceus Brazilian Merganser (ブラジル)
オークランドアイサ Mergus australis New Zealand Merganser (ニュージーランド。絶滅種)
カワアイサ Mergus merganser Common Merganser
このグループの大半の種が北半球に広く分布しておりご存じお馴染みのものが多い。コウライアイサのみが非常に局地的に分布する。南半球では事情が異なっており2種が分かれて分布していたが1種が絶滅種であるため系統関係はわからなかった。
Rawlence et al. (2024) Ancient mitogenomes reveal evidence for the Late Miocene dispersal of mergansers to the Southern Hemisphere
は保存状態のよい標本から南半球には少なとも 700 万年前から2回の独立の進出があったことを示した。
Mergus 属は属内の種の分岐年代が古く、ホオジロガモ類やケワタガモ類とは対照的である。この論文にそれぞれの種類の分布図も出ている。
南半球の分布は北半球からの渡り個体に由来すると考えられる。
参考までに NC_016723 (コウライアイサのミトコンドリアゲノム) から BLAST を行ってみると、ウミアイサ属の系統関係は ウミアイサ、コウライアイサ、オークランドアイサ、クロアイサ、カワアイサ の順になった。基本的に上記配列順でよい結果となった。
ウミアイサが各地に分布を広げてコウライアイサなどの種を形成したが、その後生じたカワアイサが強力であったため古く分岐した系統は分布の遠いものやコウライアイサぐらいしか残っていないのかも知れない。
コウライアイサとカワアイサは地域的には共存しているので競争排除とまでは至らなかったが、コウライアイサにとって得意な地域以外ではカワアイサの方が優勢で分布を広げられなかったのかも知れない。
ウミアイサが分布を広げた時期にはコウライアイサは (東洋の) 隔離固有的な種だったが、カワアイサが勢力を拡大すると次第に遺存固有的になって行ったと解釈できるかも知れない。
ただしコウライアイサとウミアイサの一致率は 93% 程度、コウライアイサとカワアイサでも同程度と相当離れている。ウミアイサから分岐してから相当の期間が経過しているはず。
#キアシシギ備考 や #タヒバリ備考で紹介の [極東ロシア山地の種類数の少なさ] の Biserov (2008) の考えのように極東ロシアのアムール地域の気候の特徴が分布障壁となっているのかも知れない。
もっとも古い分岐で分かれた種類なのでもっと複雑な分布拡大・種分化や系統の消滅の歴史があるかも知れない。
[ミコアイサとウミアイサの雑種]
カムチャツカで記録されたミコアイサとウミアイサの雑種と考えられる個体: Artukhin (2023) Record a hybrid between smew and red-breasted merganser Mergellus albellus × Mergus serrator in the Avachinskaya Bay, South-East Kamchatka (pp. 1400-1403)。
ディスプレイ時と思われる行動 (sprint, salute, curtsy, head-fling display) も撮影されている。Jen Coates が非常によく似た個体の写真を Pinterest に投稿しているが残念ながら情報が不足とのこと。
ornithomedia.com に紹介された記事。
BirdGuides の記事。
日本でも可能性のある個体が撮影されているとこのページに紹介されている: Smew × Red-breasted Merganser (「空 」2015)。
[オウギアイサの視力]
Urban et al. (2020) Amphibious vision - Optical design model of the hooded merganser eye
オウギアイサの目のモデルを使った解像度の研究。空中での分解能は 2.12' と視力 0.5 ぐらいに相当。網膜の視細胞の密度とも合っている。そのまま水中に潜ると角膜の屈折力 56 D を失って大きくぼけてしまうが (視力の定義も困難)、水晶体のコア部分を移動させ、厚みも増すことで 6.27' と 1/3 程度の低下にとどめることができるとのこと。水中よりも空中視力の方がよい示唆が得られ、ウ類など潜水して食物をとる他の鳥の考察にも適用できるだろうとのこと。
若干不自然な感じがする図になっているが、水中では焦点を結ぶように瞳孔も縮小させて最大視力を評価しているものと思われる。水中で瞳孔を開くと焦点を結ばない部分も生じて結像性能は犠牲になるはず。
水晶体の厚みを変えて水中で調節ができるがそれでも光学的には理想的な条件とはならないよう。
視細胞の密度は地上生活のために最適化されたもので、水中では近い獲物を見るためにそれほどの分解能は必要としないのだろう。
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カワアイサ
- 学名:Mergus merganser (メルグス メルガンセル) 少し沈んで泳ぐガン
- 属名:mergus (m) 少し沈んで泳ぐ海鳥
- 種小名:merganser (m) 沈んで泳ぐガン (mergo (tr) 沈める anser (m) ガン)
- 英名:Common Merganser
- 備考:
mergus は#ウミアイサ参照。
merganser は短母音のみと考えられ -gan- がアクセント音節 (メルガンセル)。
北半球に広く分布し3亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 merganser 亜種カワアイサと orientalis (東洋の) コカワアイサとされるが、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では両亜種和名は検討中だった。最終的にこの名称となった。
亜種 orientalis は「東洋の」の意味が適切でなく、アフガニスタンからチベット、中国南部で繁殖し、インドや中国南西部に渡る (Clements) とある。英語では Central Asian と形容され、こちらの方が分布をよく反映している。ちなみに orientalis の方がやや大きいとされる (wikipedia 英語版)。
orientalis の記載時学名は Mergus Orientalis Gould, 1845 (原記載) 基産地 Amoy, China。
記載者にとってカワアイサはヨーロッパのものが比較対象で、中国で記載されたため Orientalis と付けたらしい。O は大文字で名詞扱いか。Gould の用いた英語では大文字表記の the Orient の名詞があり地域を指すので、特に東アジアを指して固有名詞的に使われた種小名 (現在亜種) かも知れない (wiktionary を参考とした)。
現在では(亜)種小名で大文字・小文字を使い分けないが、記載時に戻ると意図が見えることもある。
ユーラシアでは Goosander の英名も使われる。これは goose (ガン) と gander (オスのガン) からの合成語で 1622 年にすでに使われていた (wiktionary)。Merganser はアメリカでの名称。
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ウミアイサ
- 学名:Mergus serrator (メルグス セルラートル) 嘴ののこぎりで魚を捕るアイサ
- 属名:mergus (m) 少し沈んで泳ぐ海鳥
- 種小名:serrator (嘴の) のこぎり状の突起に由来 (serro のこぎりで引く -ator 行為者)
- 英名:Red-breasted Merganser
- 備考:
mergus は短母音のみ (メルグス)。
属名に使われる mergus は Pliny などが用いた種類不明の水鳥 < mergere 潜る。
Linnaeus (1758) の用いた由緒ある属名で、Eyton (1838) がタイプ種を Mergus Castor Linnaeus, 1766 (参考。Linnaeus は Gesner や Brisson の情報をもとにヨーロッパ南部のウミアイサを別物と考えて分離した) に指定。
Mergus Castor は Mergus Linnaeus, 1758 には含まれていなかったがシノニムと判定された結果、Linnaeus (1758) にも含まれていたウミアイサがタイプ種となった (The Key to Scientific Names より推定)。
シノニムと判定されなければ Linnaeus (1758) の属記載に含まれない種類なのでおそらくややこしいことになっていただろうと想像できる。
serrator は a が長母音でアクセントがある (セルラートル)。語末は長音にならないので注意。
愛媛の野鳥「はばたき」では種小名 serrator を「のこぎりで材木をひく人」と訳している。
serra (のこぎり) に由来し嘴ののこぎり状の突起に由来する (wikipedia 英語版)。
記載時学名 Mergus Serrator Linnaeus, 1758 原記載。
これを見ると Serrator は名詞扱い。wiktionary によれば -ator は行為者を作る語尾とのことで、抽象名詞を作る -or の語尾ではなく、動詞の serro (セルロー) のこぎりで引くから派生する行為者と考えるのが自然と思われる。
Linnaeus (1758) にも Hujus methodus piscandi habetur in Actis Stockh. 1749 とあり、魚を捕るこの方法 (能力) は Actis Stockh. で考察されている、と機能を重点に置いた種小名と考えらえる。「のこぎりで材木をひく人」で大丈夫だが少し意味を補足した訳を採用した。
「長い嘴の」意味の学名も過去に使われ、いくつかの言語では標準名がこの意味になっている。
Hartert (1910-1922) p. 1379 によればこの意味の Mergus serrator longirostris Brehm, 1866 は無効名とのこと。
ただし当時のドイツ語名では Langschnaebliger Saeger と Brehm が付けたと思われるドイツ語名が別名となっていた。「長い嘴の」の他言語名はこの当時のドイツ語名または学名を訳したものと想像できる。標準的なドイツ語名は当時 Mittelerer Saeger 現在は Mittelsaeger で "中ぐらいの" の意味であまり面白みがない。カワアイサとミコアイサの中間の意味らしい。
カタラン語のように Bec de serra mitja のように嘴ののこぎり状の突起を表している名称もある。
北半球高緯度に広く分布。単形種。
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コウライアイサ
△ カイツブリ目 PODICIPEDIFORMES カイツブリ科 PODICIPEDIDAE ▽
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カイツブリ
- 学名:Tachybaptus ruficollis (タキュバプトゥス ルーフィコルリス) 赤い首の速く潜る鳥
- 属名:tachybaptus (合) 速く潜るもの (tachy- (接頭辞) 速く (Gk) bapto 潜る (Gk)、-tus (接尾辞) 〜に関連する)
- 種小名:ruficollis (adj) 赤い首の (rufus (adj) 赤い collum -i (n) 首 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Little Grebe
- 備考:
tachybaptus は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-bap- がアクセント音節と考えられる (タキュバプトゥス)。tachy- に慣れていればそこまで難しくないが和名や英名に比べて長くて難解であることは否めない。
ruficollis は冒頭が長母音 (rufus ルーフス)。-col- がアクセント音節で "ルーフィコルリス"。和名からはアカエリカイツブリの方により適した種小名と思えるが、アカエリカイツブリの方にもかつてほぼ同じ意味の種小名が使われていた。
ユーラシアからアフリカに広く分布する。7亜種が認められている (IOC)。
日本で記録される種類は poggei (中国滞在のドイツ人軍人。東プロイセンの森林官 Karl Pogge に由来) 亜種カイツブリと kunikyonis (大東島在住の日本人採集家 Kunihira Kunikyo 由来) ダイトウカイツブリが日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)にリストされている。
後者は世界のリストではほとんど認められておらず、poggei のシノニムとされるのが一般的。前者もおそらく亜種 japonicus が poggei のシノニムとなった結果。
Tachybaptus Reichenbach, 1853 (図版) が属の原記載とされる。
[他言語語源]
カイツブリ類英名の grebe は 16 世紀フランス語の grebe 由来とのことだがその語源はあまりよくわかっていない。一部の種には冠羽があるので krib (くし) に関係がある可能性があるとのこと (Etymology Online)。フランス語の grebe は サヴォワ (Savoie 現在のフランスとイタリアの境界付近) の名称とのこと (wiktionary)。
OED によれば英語の用例は意外に新しく Pennant (1758) British Zoology (new edition) が用いたもの。
同じく Pennant (1766) で The little Grebe が使われていた。
dabchick (または類似綴り) の名称の方が古く、1520 年ごろの用例がある。grebe は分類の知識が入ってきてから用いられたよう。
ドイツ名は Taucher で潜るもの (tauchen 潜る) とそのままの名前になっている (#メジロガモの学名由来や#アカハシハジロのロシア名なども関連する)。
ロシア名は poganka で poganyj (食べられないなど悪い意味を指す) に由来。肉が脂ぎっていて魚臭いとのこと。もう一つ解釈があって poganka には (同じ意味から) 毒キノコを指す意味もあり、カンムリカイツブリが浮かんでいる姿がキノコに似ているためとの説もある (Kolyada et al. 2016)。
非常によく似た名前に peganka があり、こちらはツクシガモ類を指す。語源は pegij (まだらの。意味は英語の pied に似ている感じがする) で、マダラチュウヒのロシア名にも登場する。
[音声]
カイツブリにはさまざまな音声があり、短い地鳴きや警戒音 (知らないと何の声かと思ってしまう)、そしてよく聞く「さえずり」(キュルルルルーという声) がある (バードリサーチ鳴き声図鑑では地鳴きとしているが、世界的にはさえずりに分類するのが一般的)。この「さえずり」に非常に似た声をヒクイナも出す (#ヒクイナの備考参照)。探鳥会担当者などは即断で聞き慣れたカイツブリと判定してしまわないように注意が必要であろう。
[パンくずを疑似餌に使うカイツブリ]
諸角 (1995) Birder 9(10): 56-58 に東京の不忍池で人が投げたパンを細かくして撒き餌のように用いるカイツブリ (1991) の紹介がある。(#ゴイサギの備考参照)
[絶滅した飛べないカイツブリ類]
カイツブリが空を飛ぶ印象は受けにくいが、渡りをする個体がある通り空を飛べる。夜間の渡り途中の地鳴き nocturnal flight call (NFC) (#マミチャジナイの備考参照) では頻繁に記録される種類である。
飛んでいるビデオを撮影したいと何度も試しているがなかなか成功していない。
しかしカイツブリ類が飛びにくいことは確かなようで、世界には飛べないカイツブリ類もある。その一つにマダガスカルのワキアカカイツブリ Tachybaptus rufolavatus 英名 Alaotra Grebe があり、1985 年の目撃が最後で外来魚によって絶滅 (2010 年に絶滅宣言された) したと考えられている。現存する写真は1枚のみとのこと (wikipedia 英語版による)。
属は異なるが、グアテマラのオオオビハシカイツブリ Podilymbus gigas 英名 Atitlan Grebe (現地名 poc ポック) も有名である。これも飛べないカイツブリで、外来魚、想定外の地震などの天災や他種との交雑もあり、Anne LaBastille による 25 年の保護努力により一時は個体数 210 (1973) まで回復したが 1989 年の目撃が最後となり、1990 年に絶滅宣言された (wikipedia 英語版による)。
Anne LaBastille による著書 "Mama Poc: An Ecologist's Account of the Extinction of a Species" (1990) があり、「絶滅した水鳥の湖」(幾島幸子訳 晶文社 1994) と邦訳されている。
交雑により poc が飛べるようになった (絶滅を意味する) ことなど、#カワウ備考の [ガラパゴスコバネウの進化] で飛翔能力を失った進化経緯なども合わせて考えると面白い。飛翔能力を失った初期段階では交雑による遺伝子ネットワークの変化を飛翔力を取り戻すこともあり得るのだろう。
[Mirandornithes の系統分類]
Boyd による Mirandornithes (フラミンゴ目 + カイツブリ目) の分類一覧を示す。
フラミンゴ目 Phoenicopteriformes
フラミンゴ科 Phoenicopteridae: Flamingos
オオフラミンゴ属 Phoenicopterus
チリフラミンゴ Phoenicopterus chilensis Chilean Flamingo
オオフラミンゴ (旧名ヨーロッパフラミンゴ) Phoenicopterus roseus Greater Flamingo
ベニイロフラミンゴ Phoenicopterus ruber American Flamingo
コフラミンゴ属 Phoeniconaias
コフラミンゴ (コガタフラミンゴ) Phoeniconaias minor Lesser Flamingo
アンデスフラミンゴ属 Phoenicoparrus
アンデスフラミンゴ Phoenicoparrus andinus Andean Flamingo
コバシフラミンゴ Phoenicoparrus jamesi James's Flamingo
いずれもどこが違うのかと思えるほどよく似た属学名になっている。
Phoenicopterus (phoinix, phoinikos 紅色の -pteros 翼の)、
Phoeniconaias は naias, naiados 水の妖精 naiad、
Phoenicoparrus は parrus, parra は不明の不吉な鳥 (ヨタカ、フクロウ、キツツキ、タゲリ、サバクヒタキ を指すとのさまざまな解釈がある) (The Key to Scientific Names)。
属和名はタイプ種を採用したが、オオフラミンゴの分布は近年東に広がっており [Zhu et al. (2017)
Distribution of Greater Flamingo in China]、
自然分布で冬鳥としてしばしば記録されるようになるのも時間の問題かも知れない。すでに検討種扱いとなっている。この属のタイプ種はベニイロフラミンゴだが、この事情を考慮してオオフラミンゴを採用した。
これらの属はもとは形態学から分類されたものだったが、分子系統解析でも支持されたとのこと: Campo (2024)
Using physiological and molecular approaches to study micro- and macro-evolutionary patterns of selected waterbirds of the High Andes (学位論文)。
pp. 109-111 に系統樹。遺伝子流入もあった。これまで考えられたいたより分岐年代は新しく 370-410 万年前と見積もられた。
カイツブリ目 Podicipediformes
カイツブリ科 Podicipedidae: Grebes
オビハシカイツブリ属 Podilymbus
オビハシカイツブリ Podilymbus podiceps Pied-billed Grebe
オオオビハシカイツブリ Podilymbus gigas Atitlan Grebe (絶滅種)
カイツブリ属 Tachybaptus
ワキアカカイツブリ Tachybaptus rufolavatus Alaotra Grebe (絶滅種)
カイツブリ Tachybaptus ruficollis Little Grebe
* Tachybaptus tricolor Tricolored Grebe
ノドグロカイツブリ Tachybaptus novaehollandiae Australasian Grebe
マダガスカルカイツブリ Tachybaptus pelzelnii Madagascar Grebe
ヒメカイツブリ Tachybaptus dominicus Least Greb
シラガカイツブリ属 Poliocephalus
シラガカイツブリ Poliocephalus poliocephalus Hoary-headed Grebe
ニュージーランドカイツブリ Poliocephalus rufopectus New Zealand Grebe
オオカイツブリ属 Podicephorus
オオカイツブリ Podicephorus major Great Grebe (Podiceps 属より分離)
クビナガカイツブリ属 Aechmophorus
クビナガカイツブリ (アメリカカイツブリ) Aechmophorus occidentalis Western Grebe
クラークカイツブリ Aechmophorus clarkii Clark's Grebe
カンムリカイツブリ属 Podiceps
アカエリカイツブリ Podiceps grisegena Red-necked Grebe
カンムリカイツブリ Podiceps cristatus Great Crested Grebe
ミミカイツブリ Podiceps auritus Horned Grebe
ミミジロカイツブリ Podiceps rolland White-tufted Grebe (Rollandia 属を統合)
コバネカイツブリ Podiceps micropterus Titicaca Grebe (Rollandia 属を統合)
パタゴニアカイツブリ Podiceps gallardoi Hooded Grebe
ギンカイツブリ Podiceps occipitalis Silvery Grebe
ペルーカイツブリ Podiceps taczanowskii Junin Grebe
ハジロカイツブリ Podiceps nigricollis Black-necked Grebe
* Podiceps californicus Eared Grebe (ハジロカイツブリより分離)
コロンビアカイツブリ Podiceps andinus Colombian Grebe (絶滅種)
Boyd の行った属分割、統合は IOC などでは未採用。ただし日本産種への影響はほぼない。
Tachybaptus tricolor Tricolored Grebe はカイツブリから最近分離されたもので和名が見当たらない。そのまま訳せばサンショクカイツブリのような名前になるのだろうか (サンショクの用例はサンショクウミワシなどいろいろある)。
Podiceps californicus Eared Grebe については #ハジロカイツブリ参照。ハジロカイツブリの北米グループだが実際に種として扱われるようになるかは微妙な感じ。
Aechmophorus 属は IOC 他でも古くから採用されている。ギリシャ語の aikhmophoros < aikhme 槍 phero 運ぶ とのこと (The Key to Scientific Names)。
嘴やふしょ骨が長いなど説はいくつかある模様。
The Bell Pettigrew Museum in St Andrews (Jake McGowan-Lowe 2013) でクビナガカイツブリ (アメリカカイツブリ) の骨格写真が見られる。このまま脚が伸びて首はすでに十分長いが骨がさらに長くなればフラミンゴのような形になることも納得できる (?)。
アメリカで grebe と言えば普通はこの種を指す (種カイツブリはいない)。カイツブリ科ではカンムリカイツブリがこの種に次いで2番めに大きいとのこと。
カンムリカイツブリの骨格は川上和人・中村利和「鳥の骨格標本図鑑」(文一総合出版 2019) でも見ることができ、水面で休んでいる時はよくカモと間違われる外観とはだいぶ印象が違う。
Hayes et al. (2024)
Mate choice and hybridization in the Western Grebe and Clark's Grebe: tests of the scarcity of mates and sexual selection hypotheses
近縁のクビナガカイツブリ (アメリカカイツブリ) と数のより少ないクラークカイツブリの間に雑種が見られるが、コロニーサイズや繁殖時期との相関を調べた結果、つがい相手の不足が雑種形成の要因との従来仮説は裏付けられず、托卵やつがい外交尾に伴った誤ったインプリンティングの可能性がより考えられるとのこと。
[フラミンゴ目とカイツブリ目の関係]
フラミンゴ目とカイツブリ目の関係が近いことに最初に気づいた研究は van Tuinen et al. (2001) Convergence and divergence in the evolution of aquatic birds
で、Sibley and Ahlquist (1990) のデータも類縁性を示していたが、Sibley and Ahlquist は気づいていなかったとのこと。外見の類似性がほとんどなかったが後の研究でもこの関係は支持されることとなった。
Sangster (2005) A name for the flamingogrebe clade は両者を称して Mirandornithes と名付けた (#ミサゴの備考参照)。
あまりに思いがけない類縁性の発見の意味も込めて表しているのだろうか。
系統関係が明らかになってから共通の形態特性なども発表されているが、後付けの感は否めない。
参考 Mayr (2004) Morphological evidence for sister group relationship between flamingos (Aves: Phoenicopteridae) and grebes (Podicipedidae) (出版社サイト。この時点でもノガンモドキ類の位置がよくわかっていなかったこともわかる)。
Mayr (2006) The contribution of fossils to the reconstruction of the higher-level phylogeny of birds。
この分類概念は Phoenicopterimorphae (フラミンゴ上目?) と呼ばれることも多いが問題がある。後の解説参照。この点を考えると Mirandornithes と和名を用いた場合のフラミンゴ上目? は同じものを指しているわけだろうが、Mirandornithes に "上目" の意味は含まれないのでフラミンゴ上目? の和名はここでは使わないことにしておく。
Exploring the relationship between flamingos and grebes: The wonderful birds (David J. Ringer 2013) でも興味深い歴史が読める。
Livezey は 2011 年事故死するまでこの考えを否定し、フラミンゴ類はコウノトリ類に近縁と考えていた。次の批判論文を読むことができる。過去の研究もまとめられているので役立つだろう。
Livezey (2010) Grebes and flamingos: standards of evidence, adjudication of disputes, and societal politics in avian systematics
自分が独自データも用いて解析するとフラミンゴ類はアビ類に一番近縁になった。論調は分子遺伝学に頼りすぎでコミュニティも結果をセンセーショナルに報道しすぎる、といったところだろうか。
系統分類に果たす分子遺伝学の役割があまりに急速な進歩を遂げたため生じた伝統的研究者の拒否感が現れているとも読める。
ハヤブサ類とオウム類、スズメ目の近縁性が明らかになった時期とほぼ同じころの時代背景と考えて読むと興味深い。
2012 年になって化石証拠が見つかり、骨学から原始的なフラミンゴ類と考えられるがカイツブリ類に似た巣と卵が見つかった:
Grellet-Tinner et al. (2012) The First Occurrence in the Fossil Record of an Aquatic Avian Twig-Nest with Phoenicopteriformes Eggs: Evolutionary Implications
驚異的な鳥たちだが、歴史も同じぐらい驚くべきであると結ばれている。
化石鳥類の Palaelodus 属が形態的にはカイツブリ類とフラミンゴ類の中間的な特徴を示すとのこと (wikipedia 英語版より。この記事の主な部分ははカイツブリ類とフラミンゴ類の類縁関係が明らかになってから書かれたように見える)。
引用されている文献を1つ挙げておくと Mayr (2015) Cranial and vertebral morphology of the straight-billed Miocene phoenicopteriform bird Palaelodus and its evolutionary significance。
頭骨の形態はフラミンゴ類と大きく違うが、脊柱以下はフラミンゴ類とよく似ていておそらくろ過型の採食様式をすでに進化させていたのではないかとのこと。
さらに見ているとこんなページがあった: The Pterosaur Heresies。少し先の方の Bird neck length correlated to leg length (May 21, 2019) の項目を例えば参照。DNA を使ってカイツブリ類とフラミンゴ類を近縁とするのは間違いであると述べている (!)。
古生物 (特に Reptilia) の系統の視点からはそう見えるのかも知れないが、この項目にある系統樹では "足が長い" は祖先系統の性質と考えている。カイツブリ類とフラミンゴ類がまとまるはずがない、となる。
この視点で形態形質をもとに系統解析すると高い系統樹サポートでノガンモドキ類とフラミンゴ類が最も近縁な系統となるとのこと (!)。#ハヤブサの項目 [ハヤブサ目の系統分類] で紹介の Cariama (Reptile Evolution) はこの解釈に従っており、あるいはこの分野ではこの考えが浸透しているのかも知れない。
2019 年ならばすでに系統関係の証拠が固まっていた時期で (例えば 2011 年のレトロトランスポゾンの研究。#ミサゴ備考の [オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] 参照)。DNA 研究などは無視せよとでも言わない限り考えられない話で、日常的にこの分野に馴染んでいて分子系統研究にはあまり馴染みがない方 (日本でもそういう方がもしあれば) の見解はだいぶ割り引いて考えた方がよい感じがする。
すごい系統樹がらあるからと頭から信じ込まない方がよい。
[フラミンゴ類]
Frias-Soler et al. (2022) Phylogeny of the order Phoenicopteriformes and population genetics of the Caribbean flamingo (Phoenicopterus ruber: Aves)
にカリブ海フラミンゴ類を中心とした分子系統解析がある。フラミンゴ類は通常3属と扱われるが、この研究は2属になるとのこと (コフラミンゴ属をアンデスフラミンゴ属まとめるか。この分岐年代はオオフラミンゴ属内の種の分岐年代より新しい結果となった)。
Sangster et al. (2022)
Phylogenetic denitions for 25 higher-level clade names of birds
がこのグループを何と呼ぶかについても例示して議論している。Mirandornithes と自分が正式に名付けたにもかかわらず別グループが別の名前で呼んだり、過去に使われた名前を別の概念に用いているので混乱を引き起こしているとのこと。
flamingo の英名は OED によれば 1589 年の古くから用例がある。語源は複数あるらしくポルトガル語 flamengo、スペイン語 flamenco、これらはロマンス語 flama (炎) + -enc (-ing に相当する語尾) などが挙げられている。
フラミンゴ類は代表的な極限環境に生息する生物 (extremophiles。その中でも最大のものとのこと) でさまざまな適応を行っている: 参考ページ Tough Birds Fragile Homes、
Are Flamingos Extremophiles? (査読論文はあまり出ていないらしい)。
Flamingos Are Totally Hardcore (Amy King 2024) によれば
フラミンゴの群れを指す flamboyance (きらびやかさ、燃えるような華麗さ、建築様式のフランボワイヤン) との用語があるとのこと。高地の夜は寒くて凍ることもあるが、片足で立って放熱を抑えている。強いアルカリ性に対しては皮膚が厚いことで対応。塩分濃度の高さは塩腺による排出で対応とのこと。
Byrne et al. (2024) Productivity declines threaten East African soda lakes and the iconic Lesser Flamingo
によれば東アフリカのコフラミンゴが採食を行う塩湖の水位が上がり濃度が下がってプランクトンが不足しているとのこと。気候変動から予測される変動とも合っていて、これまでの環境破壊とも合わさって塩湖の特異な生態系は今後の維持が危ぶまれるとのこと。
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アカエリカイツブリ
- 学名:Podiceps grisegena (ポーディケプス グリーセゲナ) 灰色の頬の尻足の鳥
- 属名:podiceps (合) お尻のほうにある足、尻足の (podex -dicis (m) 肛門と podium (n) 足、-ceps (kaps) くっついている 古伊)
- 種小名:grisegena (adj) 灰色の頬の (griseus (adj) 灰色の gena (f) 頬)
- 英名:Red-necked Grebe
- 備考:
podiceps は#カンムリカイツブリ参照。
grisegena は griseus の i が長母音、gena は短母音。-se- がアクセント音節と考えられる (グリーセゲナ)。
2亜種ある (IOC)。日本で記録されるものは holbollii (デンマークの動物学者 Carl Peter Holboll 由来) とされる。
Kessler (1853) p. 65 (#オオハム参照) によれば複数の著者が用いていた Podiceps rubricollis Latham の学名 (赤い首のカイツブリ) があり、英名、和名、ロシア名 (現在も "赤い首の" 部分は同じ) はこの学名に由来または逆の関係と考えられる。
rubricollis は ruficollis などと意味はほとんど同じだが、
この学名の記載時は Colymbus rubricollis Gmelin, 1789 (参考) で
Colymbus ruficollis Pallas, 1764 (参考) の用例がすでにあったため語形を少し変えたものと想像できる。この用例が現在のカイツブリの記載となっている。
当時の属内での衝突を避ける措置だろうか。
Colymbus grisegena Boddaert, 1783 の記載が早かったために現在のアカエリカイツブリの種小名はこれが採用されている。OED によれば Pennant (1785) の Red-necked Grebe の用例があり英名の方が Gmelin の学名より早かったらしい。
山階鳥類研究所の標本データベースの YIO-61336 (1893) では和名の代わりに Eastern Rednecked Grebe のラベルがあり、和名は英名由来と考えるのがもっともらしい感じがする。
[目に紫外線フィルターのあるカイツブリ類]
Osik et al. (2022) Nicotinamide adenine dinucleotide reduced (NADH) is a natural UV filter of certain bird lens
(#トビの備考の [視覚特性] も参照) によれば、カイツブリ類は眼球のレンズに NADH 含有量が高く、紫外線フィルターとして作用しているらしいとのこと。
この文献で調べられているカイツブリ類はアカエリカイツブリ、カンムリカイツブリ、ミミカイツブリ、カイツブリ (日本とは異なる学名を用いている) で、いずれも高い値を示している。
[飛べないひなを運んだ? アカエリカイツブリ]
Kloskowski and Fraczek (2017) A novel strategy to escape a poor habitat: red-necked grebes transfer flightless young to other ponds
食物の少ない場所でひなとともに移住したと思われるアカエリカイツブリの報告。池の傾斜は強くてひなが自力で登るのは難しかった。親が背中に乗せて移動した可能性もあるが地上の移動はカイツブリ類は得意でなく非常に危険。ひなを乗せて飛んで移動した可能性も考えられ、カンムリカイツブリでそのような逸話が残されているとのこと。
-
カンムリカイツブリ
- 学名:Podiceps cristatus (ポーディケプス クリスタートゥス) 冠羽のあるカイツブリ
- 属名:podiceps (合) お尻のほうにある足、尻足の (podex -dicis (m) 肛門と podium (n) 足、-ceps (kaps) くっついている 古伊)
- 種小名:cristatus (adj) 冠羽のある
- 英名:Great Crested Grebe
- 備考:
podiceps は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、ラテン語 podex の冒頭が長音のため冒頭は長母音が適切と考えられる。アクセント音節もこの位置と考えられ伸ばすとアクセント位置に合う (ポーディケプス)。
cristatus は a が長母音でアクセントもある (クリスタートゥス) 所有の -atus。名詞の crista は例えば "とさか" などの意味 (英語 crest 参照)。
podiceps の由来は podex の属格 podicis + pes, pedis (いずれもラテン語) の合成語との解釈もある (The Key to Scientific Names)。英国の John Latham (1787) による造語。
ラテン語語尾の -ceps は頭を指すのでこちらが由来とは考えられない。
ラテン語 podium はやはりギリシャ語の足 pous の指小形に由来するが通常の意味はバルコニー。英語では演台などの意味。これは短母音で発音される。
podex (肛門) とは形は似ているが語源は異なる。こちらは長母音なので語源を残す意味から podiceps の冒頭は長音で発音するのが適切と考えられる。
3亜種ある (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 cristatus とされる。
ロシア名は bolishaya poganka (大きなカイツブリ) の他によく使われる chomga の名称がある。語源はよくわかっていないとのこと。古い文献ではこの名称は広くカイツブリ類 (= 単数形では poganka) を指していた (Kolyada et al. 2016)。ユーラシアではごく馴染みの種類でよく現れるので知っておいてよい名称。
カイツブリ類他種は poganka に形容詞を付けて表しているので現代の用法ではカンムリカイツブリが別格扱いとなる。
[アメリカにもカンムリカイツブリが生息していた?]
OED によれば英名 Great Crested Grebe の用例は案外古く、1766 年に Pennant が British Zoology に用いていた (しかし後述のように別物の可能性もあった)。
Crested Grebe の別名もあって Audubon など北米の著者の間はむしろこちらが用いられていた: Audubon (1844) The Crested Grebe (The birds of America: ...)。
このあたりまで調べればイギリス英語とアメリカ英語の違いと思って一見落着としてしまいそうなところだったが...
アメリカの鳥として記述されているが現代の分布には現れない (!) ... と思ったらやはり問題となっていた。The Great Crested Grebe in America (Rick Wright 2013 in Birding New Jersey)。図版は Audubon の英国滞在中 (1835) に描かれたらしく、アメリカの標本をもとに描いたかどうかも確かでないとのこと。
Audubon はいかにも見てきたかのように渡りの様子まで描写しているが、これはアカエリカイツブリとの習性の違いを示す意図があったと考えられるとのこと。
当時までの博物学者の間ではミミカイツブリとハジロカイツブリに混乱もあり、英語ではそれぞれ "The greater crested or copped Doucker" や "The greater crested and horned Doucker" と呼ばれるなど、"greater crested" はむしろミミカイツブリを指していた。英語の用例はあっても現代のものと同じとは限らない次第。
図版が悪い問題もあって博物学者の間に混乱があり、Buffon Le Grebe huppe (冠のあるカイツブリの意味) は北米にも生息すると記述していた。この記事には Linnaeus のスウェーデン派とフランスの博物学者の間で確執があったことも示唆されている (Linnaeus の誤りを指摘した Brisson などの背景事情がわかる: #ワライカモメ備考参照)。
その後も Audubon に限らず多くの著者が北米に生息すると記述しており、Richardson et al. (1829) Fauna boreali-americana, or, The zoology of the northern parts of British America は至るところの湖にいるなどと記述していた。
これは本来はカイツブリ類全体を記述した文章だったが、版組上の都合からカンムリカイツブリの名前を挙げた後に続く形となってしまったため、普通の読者ならばカンムリカイツブリの記述と読むだろうとのこと。
そしてこの誤解は引用されてさらに続き、カンムリカイツブリは新旧両大陸の北側全域に分布するとの記述まであった: Nuttall's Manual of the ornithology of the United States and of Canada (1832-1834) Crested Grebe, or Gaunt (図版付き)。
The Crested Grebe, inhabiting the northern parts of both the old and new continents (p. 251)。
Audubon はおそらくこれを読んで信じてしまったのだろうとのこと。
Spencer Baird は Audubon 自身が採集したとされる標本まで持っていて 1859 年のリストに含めており、ニューヨークでの観察記録やメーン州での繁殖まで記述があったとのこと。
Robert Ridgway が 1881 年にアメリカの鳥から暫定的除外を提案するまでアメリカの鳥のリストに含まれていたとのこと。
Baird and Ridgway が調査を行い 1884 年に北米の確実な記録はない、と結論したとのこと。
American Ornithologists' Union (AOU) も誕生したばかりだったがチェックリストには一度も入れなかった。これまでアメリカに一番近い記録は 1984 年のカナリア諸島のものとのこと。
最も偉大なアメリカの鳥類学者でさえも間違いだらけの出版物や誤った解釈の中では間違いを犯してしまったのだろうと結ばれている。
少なくとも Great を付けるのは比較的英国流儀だったらしく、アメリカで主に使われた "Crested Grebe" はこのような間違いが判明し、一度も AOU のチェックリストに掲載されることがなかったためアメリカ英語の名称を主張することは行わず、現在使われる英名から除外されたのだろう。
英名が学名や当時のフランス語名から素直に推測される "Crested Grebe" にならなかった歴史的理由はこんなところにあった。現代でも IOC などのチェックリストではイギリス式英語が主に使われているが、この種についてはアメリカ式の名前をまったく見かけない (どちらを使うか議論の対象にもならない) 十分な理由になるだろう。
カイツブリ類の和名が整理される際に Audubon の図版や学名の影響を受けたかも知れない。
またこのような事例を見るとカイツブリ類の飛翔能力の低さも実感できる。翼があるのだから迷鳥記録があってもよさそうなものだが、これだけ注目されながら北米の確実な記録はいまだない。
カイツブリ類が飛翔能力を失って高地の湖で地域固有個体群となって絶滅しやすい理由もわかる気がする。
英名で Great Grebe と呼ばれる南米の種類があり、オオカイツブリ Podiceps major がある。wikipedia 英語版によればカイツブリ類の中で世界最大となっている。コンサイス鳥名辞典ではクビナガカイツブリが最大でカンムリカイツブリはそれに次ぐと書かれていた。
[弁足の流体力学的働き]
カイツブリ類、特にカンムリカイツブリの弁足の流体力学的働きを調べた論文: Johansson and Norberg (2001) Lift-Based Paddling in Diving Grebe
水の抵抗を利用しているとこれまで考えられてきたが、揚力を用いているらしい。抵抗を用いて推進する場合に予想される方向と異なる方向に動かしている。
水かきで水面を推進するカモ類とは別の形態や足の動かし方になっている。
カイツブリ類は非常に古い系統で過去から形態もあまり変化しておらず、この方法は十分に最適化された推進方法の一種と考えられる。
同じ著者によるもので Johansson and Norberg (2003) Delta-wing function of webbed feet gives hydrodynamic lift for swimming propulsion in birds
は航空力学の延長上で解釈できるとした。カイツブリ類は「漕いでいる」のではなく「水中を飛んでいる」とも言える。
水中の速度 1 m/s ではレイノルズ数は 10^5 のオーダーで空中を飛ぶ鳥の場合とあまり違わない (#アホウドリの備考 [海鳥の翼先端にはなぜスロットがない?] も参照)。
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ミミカイツブリ
- 学名:Podiceps auritus (ポーディケプス アウリートゥス) 耳の長いカイツブリ
- 属名:podiceps (合) お尻のほうにある足、尻足の (podex -dicis (m) 肛門と podium (n) 足、-ceps (kaps) くっついている 古伊)
- 種小名:auritus (adj) 耳の長い
- 英名:Slavonian Grebe, IOC: Horned Grebe
- 備考:
podiceps は#カンムリカイツブリ参照。
auritus は i が長母音でアクセントもある (アウリートゥス)。所有の -itus 由来。
記載時学名 Colymbus auritus Linnaeus, 1758 (原記載)。
auritus は過去に用いられていたものではなく Linnaeus が付けた模様。
2亜種ある (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 auritus とされる。
旧英名の Slavonian はスラヴォニア (クロアチア語: Slavonija) 由来。クロアチアの東部の地域。
Hartert (1910-1922) p. 1450 によればドイツ語名 Ohrensteissfuss で種小名に対応する名称となっている。
OED によればミミカイツブリを指す Eared Grebe の用例は 1772 年にあり、Linnaeus (1758) の学名を訳したものと考えれば年代的に整合する。Eared Grebe は後にハジロカイツブリまたは北米亜種 californicus を指して用いられたため、ミミカイツブリを指して Eared Grebe と呼ぶことは避けられるようになった模様。
Hartert (1910-1922) の時代にはすでに英名 Slavonian Grebe が示されており、少なくともヨーロッパでは早い時期に整理されたものと考えられる。
当時の混乱 (?) が残っているようで、ミミカイツブリのロシア語名は "アカエリカイツブリ" を意味するものとなっていて大変紛らわしい。アカエリカイツブリのロシア語名は "頬の灰色のカイツブリ" で学名に対応している。
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ハジロカイツブリ
- 学名:Podiceps nigricollis (ポーディケプス ニグリコルリス) 黒い首のカイツブリ
- 属名:podiceps (合) お尻のほうにある足、尻足の (podex -dicis (m) 肛門と podium (n) 足、-ceps (kaps) くっついている 古伊)
- 種小名:nigricollis (adj) 黒い首の (niger (adj) 黒い collum -i (n) 首 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Black-necked Grebe
- 備考:
podiceps は#カンムリカイツブリ参照。
nigricollis は短母音のみで -col- にアクセントがある (ニグリコルリス)。
記載時学名 Podiceps nigricollis Brehm, 1831 (原記載) 基産地ドイツ。
当時のドイツ語名は Der schwarzhaelsige Ohrensteisssfuss で Black-necked eared grebe に相当する。ミミカイツブリの記載 Colymbus auritus Linnaeus, 1758 が先に行われていたが、ミミカイツブリ類はこの1ページ前に紹介され Ohrensteisssfusse (複数形) となっていた。
この中で2種ハジロカイツブリとアカエリカイツブリを分離した形になっている。当時は "クロエリミミカイツブリ" と "アカエリミミカイツブリ" に相当するドイツ語名が使われていた。
Hartert (1910-1922) p. 1451 ではドイツ語名 Schwarzhalssteissfuss で英名や学名と同じ。
"アカエリミミカイツブリ" は短縮されて現在の和名に至っているが、ハジロカイツブリの和名は独自に付けられたものらしい。
Federn des Nackens weiss ... (後頸の羽毛は白い) Handschwingen braun. Schaefte schwarz, die innersten 1-3 Paare meist ganz, oft aber nur groesstenteils weiss (初列風切の最も内側 1-3 対が大部分白い) Armschwingen mit Ausnahme der letzten (innersten) weiss (次列風切は最も内側を除いて白い)
の記述があり和名の由来と言われるものも含まれているがハジロカイツブリで目立った特徴というほどではなく、あまり決定的でない感じがする。Brehm (1831) にも "ハジロ" の候補となる部位があり、例えば der Spiegel weiss なども含まれていて翼鏡の扱いとなっていた。
山階鳥類研究所の YIO-01547 の標本ラベルを見るとかつて別名があったのではと思える (ラベルが読み取れないが Umikaits... のように読める)。
OED によれば Black-necked Grebe の用例は比較的新しく Jameson (1831) Wilson & Bonaparte's American Ornithology (revised edition) が初出とのこと。当時は Black-necked eared grebe と呼ばれていた。Gould (1863) の Black-necked Grebe の用例がある。
Jameson (1831) は Brehm (1831) の記載をそのまま取り入れてドイツ語から英訳した名称と考えられる。名前が長いのでそのうち "eared" が外されるようになったのだろう。
日本ではハジロカイツブリが圧倒的に多いので (他類似種があまり区別されていなかったかも知れない) "ハジロ" を冠した名前が先に用いられていて、後に追加されたミミカイツブリやアカエリカイツブリは学名あるいは外国語名が用いられたのかも知れない。これらの複雑な経緯があったためこれら3種の和名が識別点をあまり的確に表していない (と感じる) のかも知れない。
ヨーロッパでは事情が逆でミミカイツブリの方が先に記載されていたため、この名称を修飾する形の名称となっていたのだろう。
2亜種ある (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 nigricollis とされる。
カイツブリ属 (Podiceps) の分子系統研究は Ogawa et al. (2015) Opposing demographic histories reveal rapid evolution in grebes (Aves: Podicipedidae)
にある。
Boyd はこれをもとに Podiceps californicus Eared Grebe (ハジロカイツブリの北米グループ) と Podiceps nigricollis ハジロカイツブリを分離しているがどうだろうか。
Ogawa et al. (2015) は前者を North American Black-necked Grebe と呼んでいる。
コロンビアカイツブリ Podiceps andinus Colombian Grebe (絶滅種) とハジロカイツブリ全体の間で単系統をなさず、このサンプルではコロンビアカイツブリがハジロカイツブリの北米グループと並ぶ形となっている。コロンビアカイツブリを種として維持するにはハジロカイツブリの北米グループを種と認めると都合がよいとの Boyd の判断だろう。
研究はまだ限定的なようでどのように判断されるだろうか。
Eared Grebe の名称はハジロカイツブリの別名として使われてきた (北米の) 英名を復活したものと思われるが、採用されるとミミカイツブリの和名との対応が紛らわしくなる可能性がある。Eared Grebe が避けられてきた経緯は #ミミカイツブリ備考も参照。
南アメリカの種で我々には関係が薄いが、ギンカイツブリ Podiceps occipitalis Silvery Grebe とペルーカイツブリ Podiceps taczanowskii Junin Grebe も単系統の関係をなしていない。これは個体群の保護的な意味も重視した分類が採用されたためだろう。
普通種であるが、ハジロカイツブリの声を聞かれたことはあるだろうか。越冬中の声の記録は国内・国外の音声データベースでも意外に記録が少ない。鳴いているところに気づかれた場合は録音をお勧めしたい。
△ ネッタイチョウ目 PHAETHONTIHORMES ネッタイチョウ科 PHAETHONTIDAE ▽
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アカオネッタイチョウ
- 学名:Phaethon rubricauda (パエトーン ルブリカウダ) 赤い尾のパエトン
- 属名:phaethon (m) 太陽神の息子パエトン (輝く者の意)
- 種小名:rubricauda (adj) 赤い尾の (ruber (adj) 赤い cauda (f) 尾)
- 英名:Red-tailed Tropicbird
- 備考:
Phaethon は o が長母音で冒頭にアクセントがある (パエトーン)。
rubricauda は短母音のみと考えられる。-ca- がアクセント位置と考えられる (ルブリカウダ)。
学名、英名、和名ともによく一致している。しかし Phaeton phoenicruos Gmelin, 1789 の学名 (意味はほぼ同じ) があってこの学名を用いた図版などもあった。図版 例を見ると Red-tailed Tropicbird の由来は現在の学名ではなくこの学名由来と思える。
フランス語名も添えられていて Paille-en-queue a brins rouges (Buffon)。brins は繊維などの意味で、直訳すれば "尾に赤い繊維のあるネッタイチョウ" とより記述的になっている。
この図版の記述では Phaeton rubricauda の学名の記載はまだ知られていなかったように見える。
Boddaert (1783) の記載の方が少し早かった (原記載) で一覧に現れる。基産地モーリシャスでいずれにしてもフランスの博物学者による記載だった。英名はフランス語名または学名から二次的に付けられたものと想像できる。
4亜種ある (IOC)。日本で記録されるものは melanorhynchos (melanos 黒い rhunkhos 嘴) 英語でこの亜種を Black-billed Tropic Bird とも呼ぶ。
ネッタイチョウ類は [#鳥類系統樹2024] で名付けられたクレード名 Elementaves の重要な構成要員。「4元素」のうち「火」の役割を担っている。
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シラオネッタイチョウ
- 学名:Phaethon lepturus (パエトーン レプトゥールス) 細い尾のパエトン
- 属名:phaethon (m) 太陽神の息子パエトン (輝く者の意)
- 種小名:lepturus (合) 細い尾の (leptos 細い oura 尾 Gk)
- 英名:White-tailed Tropicbird
- 備考:
Phaethon は o が長母音で冒頭にアクセントがある (パエトーン)。
lepturus は u が長母音 (尾のギリシャ語 oura 由来) でアクセントがある (レプトゥールス)。学名のみに使われる。
学名と英名の整合性が少し悪いが、これは Red-tailed Tropicbird に対応するものとして名付けられたか、あるいは Phaeton leucurus Dubois, 1872 (白い尾のネッタイチョウ) に対応するものか。
6亜種ある (IOC)。日本で記録されるものは dorotheae (オーストラリアの発生学者 Henry Luke White の妹の Dorothy Ebsworth White 由来) とされる。
△ サケイ目 PTEROCLIFORMES サケイ科 PTEROCLIDAE ▽
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サケイ
- 学名:Syrrhaptes paradoxus (シュルラプテス パラドクスス) 変な縫い合わされた指の鳥
- 属名:syrrhaptes (合) 縫い合わされたもの (syrrapto 縫い合せる Gk の変化形 surrhaptos 由来) 羽の生えた足の指がつながっているため (The Key to Scientific Names)
- 種小名:paradoxus (合) 予想外の、驚くべき、変わった (paradoxos 定説に逆らうものの意 Gk)
- 英名:Sandgrouse, IOC: Pallas's Sandgrouse (プロイセンの生物学者 Peter Simon Pallas に由来)
- 備考:
syrrhaptes は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語には長音は含まれない。The Key to Scientific Names の説明通りにギリシャ語の変化形をそのまま用いたものであれば短母音のみと考えられる。
-tes がギリシャ語起源のラテン語接尾辞と考えると e が長母音となる可能性がある。いずれの場合でも -rhap- がアクセント音節であることは変わりない (シュルラプテス または シュルラプテース)。
paradoxus は短母音のみで -dok- がアクセント音節 (パラドクスス)。
属名は Illiger (1811) が設けたもの (属記載) で、属名の説明はラテン語で consuere < consuo (縫う) の分詞形。
当時はドイツ語名を Fausthuhn (拳のニワトリ) としていた。属を設けるに当たり Tetrao paradoxus から Syrrhaptes Pallasii Illiger, 1811 と新名を付けた (#ノスリの備考参照)。(The Key to Scientific Names)。
wikipedia 英語版によればこの属の足は形態的には鳥の足というよりむしろ哺乳類の paw に似ているとのこと (van Grouw "Unfeathered Bird")。
単形種。
Pallas (1773) の記述ではライチョウ属とノガン属の両方の特徴を示し、様々な点でそれぞれの属にない特別な特徴が見られるとのこと (The Key to Scientific Names)。
種小名の原意はこのように解釈するとよさそうである。
英名の意味は自明だが、OED によると 1783 年に Latham, General Synopsis of Birds が学名 Tetrao arenaria とともに示したもので、arena (砂) の変化形で当時の学名をそのまま英訳したものらしい。Sand Partridge の英名も現れる: 参考 Shaw (1803-1809) Sand Partridge (英語は図版の後に)。
この学名は Tetrao arenarius Pallas, 1775 参考だったが Hertert が Tetrao orientalis Linnaeus, 1758 のシノニムとした。
この種は現在では別属でクロハラサケイ Pterocles orientalis Black-bellied Sandgrouse となっている。ハチクイ同様日本産種に最も単純なサケイの名称を与えたために英名との関係がわかりにくくなっている。
和名の由来はおそらく英名かドイツ語名由来だろうが、遡れば Pallas が別種に対して付けた学名由来となる可能性がある。
[サケイ目の系統]
サケイ目に最も近縁なグループはマダガスカルのクイナモドキ目 (Mesitornithidae)。これら2目とハト目 で Columbimorphae の系統をなす。
Hackett et al. (2008) A Phylogenomic Study of Birds Reveals Their Evolutionary History (#ミサゴの備考にも登場)
ではサケイ目、クイナモドキ目、ハト目の順に分岐する結果が得られている。Prum et al. (2015) (#アマツバメの備考参照) では前2者が逆順になっている。
いずれもハト目とはまとまるが系統的にはかなり離れていると考えてよい。
[#鳥類系統樹2024] の Stiller et al. (2024) によれば {クイナモドキ目 + サケイ目} がまとまったクレードをなし、ハト目と並ぶ形になる。これらの2クレードの分岐年代は 6300 万年前程度と相当古い。
ハト目は2系統に分かれ (2300 万年前ぐらい)、{Raphinae ドードー/アオバト?亜科 + Claravinae アルキバト亜科? (南米の地上性のハト類)} の系統と Columbinae (多くのハト類を含む) の系統となる。
2300 万年前ぐらいには果実食のハト類と地上性ハト類がすでに分かれていたことになる。Claravinae に属する代表的な種である南米のイチモンジバト Columbina picui Picui Ground-Dove は乾燥環境を中心に住むのでハト目では早く (例えば 2300 万年前ぐらい以降) から乾燥地適応は進んでいたのだろう。
サケイ目、クイナモドキ目も同様なので、Columbimorphae 全体にその傾向があり、果実食のハト類が生態的にはむしろ例外的と言えるかも知れない。ハト目内の系統について #ズアカアオバトに備考に続く。
[飲水と羽毛で水を運ぶ行動]
サケイはハトのように水を吸うことができると考えられていたが、そうではないとのこと: Cade et al. (1966) Drinking behavior of sandgrouse in the Namib aud Kalahari deserts, Africa。
一方サケイ類が羽毛に水を含ませて遠方まで運ぶ能力があることはよく知られているが、そのための羽毛の微細構造の特殊化: Mueller and Gibson (2023) Structure and mechanics of water-holding feathers of Namaqua sandgrouse (Pterocles namaqua)
クリムネサケイを用いた micro-CT による研究で、羽毛の異なる部位の硬さにそれぞれ特殊化があり、表面張力で微細構造に水を保ちつつそれを支える強度があるとのこと。
[Pallas の読み方]
様々なところに名前の出てくる Pallas (カワガラスの種小名などにも現れる) の日本語での読み方はいろいろな表記があり、パラス、パーラス、パラースを見たことがある。
原語のドイツ語発音であればアクセントは最初なのでパーラスとしてもよいかも知れない。Pallas の広く活躍したロシアでの発音はアクセントが後になるようで、こちらを重視すればパラースとしてもよい。どの言語を用いるか次第の問題でどれも正しいと言って構わないようである。
なおギリシャ神話にも Pallas が登場し、男性は前アクセント、女性は後ろアクセントだそうである。
元素のパラジウム (Pd) の名称も直接の由来は小惑星パラスだが、遡れば神話で同じ語源になる。
△ ハト目 COLUMBIFORMES ハト科 COLUMBIDAE ▽
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ヒメモリバト
- 学名:Columba oenas (コルムバ オエナス) ハト
- 属名:columba (f) ハト
- 種小名:oenas < oinas, oinados ハト 古 Gk, Aldrovandus (1599) が Oenas (Gk) と用いた
- 英名:Stock Dove
- 備考:
columba は短母音のみで -lum- がアクセント音節 (コルムバ)。
起源は#ウミバト参照。
oenas は由来となるギリシャ語には長母音は現れない。冒頭がアクセント位置と考えられる (オエナス)。ギリシャ語の oinas では na にアクセントがある。一方ワインの意味の oinos は冒頭がアクセント。oinos + -as でアクセントが移動したもの。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。
種小名に使われる oenas は他の種ムラサキサンジャクでワイン色の意味で使われるが、ギリシャ語の由来 (oinos) が異なる (The Key to Scientific Names)。2亜種あり (IOC)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種不明とされる。
英名の由来は雑木の切り株 (stock の古めの英語での意味) に群生する枝の間に巣をつくることから (コンサイス鳥名事典)。Columba 属のタイプ種。
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カラスバト
- 学名:Columba janthina (コルムバ イアンティナ) 紫色のハト
- 属名:Columba (f) ハト
- 種小名:janthina (合) 紫色の ianthinos Gk (wiktionary) 由来
- 英名:Japanese Wood Pigeon, IOC: Black Wood Pigeon (13.2 から)
- 備考:
columba は#ヒメモリバト参照。
janthina は短母音のみで -an- がアクセント音節 (イアンティナ)。ianthinus の別綴りとのことで ja を分割した表示にした。アクセント音節なので "ヤンティナ" の方が音が近いかは微妙なところ。ヤンティナ" の場合も前に短い i を補うつもりで発音するとよいのだろう。
3亜種あり (IOC)。
基亜種 janthina 亜種カラスバト、nitens (輝く) アカガシラカラスバト、stejnegeri (ノルウェー生まれのアメリカの鳥類学者 Leonhard Stejneger に由来) ヨナグニカラスバト。
種として天然記念物。
アカガシラカラスバトは絶滅危惧 IA 類 (CR)、ヨナグニカラスバトは絶滅危惧 IB 類 (EN)。
亜種カラスバトは準絶滅危惧 (NT)。
IOC 14.2 でより記述的な種英名が採用された。参考までに他言語を少しみておくと "日本のハト" に相当する名称が結構あり (例えばウクライナ語やセルビア語など)、一般的に "日本のハト" を指す名称と混乱が起きないのかと思ってしまう。"黒いハト" を採用している言語もいくつかある (チェコ語、ポーランド語など)。ドイツ語では "すみれ色のハト"。
記載時は Columba janthina Temminck, 1830 だったが、その後カラスバトをタイプ種とする Janthaenas 属 (ianthos 紫色の oinas, oinados ハト Gk) (Reichenbach 1853) とされていた (The Key to Scientific Names)。
カラスバト、リュウキュウカラスバト (絶滅) を含む分子系統解析は Soares et al. (2016)
Complete mitochondrial genomes of living and extinct pigeons revise the timing of the columbiform radiation
を参照。カラスバトとリュウキュウカラスバトは非常に近い関係だった。現在の属名にも現れているように系統的には (アオバトやキジバトとは異なり) カワラバト系統に属するが分岐年代 1000 万年程度なので別属にしても構わない程度。
Oliver et al. (2023) (#ズアカアオバト備考参照) の系統樹を見ると、カラスバト、リュウキュウカラスバトをカワラバト系統から分離するならば タイワンジュズカケバト Columba pulchricollis Ashy Wood Pigeon、カノコモリバト Columba elphinstonii Nilgiri Wood Pigeon (インド) が同じクレードに属する。写真を見ると確かに多少似たところもあるように見える。
さらに古い分岐にあたるクレード (レモンバト Eastern Lemon Dove など) は Aplopelia 属に分けられることが多く [Oliver et al. (2023) では Columba に含まれている]、カラスバト類を別属にするかどうかは境界領域のよう。
Aplopelia 属への分離は近年のことで (IOC 14.2 では未採用。WGAC version 0.02 から採用など IOC は次回改訂で盛り込まれるかも)、
あるいは将来遺伝情報がより確かなものになった場合、分類改訂で Janthaenas 属が復活するかも知れない。"Janthaenas" グループの方が bootstrap 確率 100% とこちらの方が系統樹形態はよりしっかりしている。
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オガサワラカラスバト
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リュウキュウカラスバト
- 学名:Columba jouyi (コルムバ イオウィイ) ジョウイのハト
- 属名:columba (f) ハト
- 種小名:jouyi (属) jouy の (アメリカの博物学者 Pierre Louis Jouy 由来)
- 英名:Ryukyu Wood Pigeon
- 備考:
columba は#ヒメモリバト参照。
jouyi はラテン式で#カラスバト同様に "イオウィイ" のアクセントを想定して jo の部分を分けた表記としてみた。"ヨウイ" や "ヨウィ
イ" でもよいと思われる。アクセント位置は確実でないが "オ" か "ウ" と考えられる。
ラテン式にこだわらず原音に近い音でも構わないと思われる。
絶滅種。
原記載。当時はカラスバトとともに Fruit-Pigeon, Janthaenas 属に分類されていた。
Soares et al. (2016) (#カラスバト備考) の推定分岐年代をみると独立種に値するか微妙なところ。
wikipedia 英語版によれば沖縄で最後に記録されたのが 1904 年で、おそらく狩猟で絶滅したと推定される。大東諸島では 1936 年以降に姿を消し、これらの小さな島は第二次世界大戦前に樹木が完全に伐採され建物が建てられたために絶滅したと考えられる。狩猟圧が高かったようだが離島の生息地が失われたのは第二次世界大戦のための間接的影響とも言えるのだろう。
沖縄の他の島に残っている可能性が考えられたが再発見されなかった。
沖縄の山には十分な生息地が残っているはずだが目撃されなかった。トカラ島には森林がほぼそのまま残っているのにまったく記録がないのは不思議である。座間味島は沖縄から遠く離れ過去に記録があるのに残存していないのは不思議であると記述されている。
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キジバト
- 学名:Streptopelia orientalis (ストゥレプトペリア オリエンターリス) 東洋の首飾りのあるハト
- 属名:streptopelia (合) 首飾りのあるハト (streptos 首輪、首飾り peleia ハト Gk)
- 種小名:orientalis (adj) 東洋の (-alis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Oriental Turtle Dove
- 備考:
streptopelia は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は含まれないと考えられる。-pe- がアクセント音節と考えられる (ストゥレプトペリア)。
orientalis は a が長母音でアクセントもある (オリエンターリス)。
"Fauna Japonica" での学名は Columba gelastis Temminck, 1835 で gelastis は 笑う (Gk) の意味。図版。
Columba orientalis Latham, 1790 の記載が早く現在は亜種にも名前は残っていない。基産地は中国。
海外研究者が日本の鳥に接する機会も少なかったためか gelastis を含む学名の用例ほとんど見当たらない。Dement'ev and Gladkov (1952) にもシノニムとして扱われておらず、完全に忘れ去られてしまったか要件を満たさなかった学名なのかも。
英語別名に Rufous Turtle Dove がある。
ヨーロッパでは単に Turtle Dove と言えばコキジバト (以下参照) なのでこちらが本家。その東洋版の意味になる。
5亜種 (IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 orientalis 亜種キジバトと stimpsoni (アメリカの技師で北太平洋を探検した William Stimpson に由来) リュウキュウキジバト。
望月 (2021) mtDNA ハプロタイプが大きく2系統に分かれるキジバトの集団遺伝構造の解明
ミトコンドリア DNA と核 DNA のハプロタイプの遺伝構造の違いについての暫定的報告が紹介されている。
Birder 34(6): 70 に関連記事 (2020) がある。
ヨーロッパに広く分布するコキジバト Streptopelia turtur European Turtle Dove に近縁。こちらの turtur は Linnaeus (1758) の記載 (Columba turtur) には生息地はインドとなっていたが誤りで実際は英国とされるとのこと。
Turtur 属は上記 turtur ではなく、アオフバト Turtur afer Blue-spotted Wood Dove がタイプ種と実は結構ややこしい。Garsault (1764) がアオフバトに対して Turtur 属を正しい二名法で先に用いていたと認定されたため。
Turtur 属はアフリカ南部に生息。
Streptopelia 属はシラコバトをタイプ種として Bonaparte (1855) が用いたもの。シラコバトの decaocto は記載時は変種名だったにもかかわらず亜種名と認められてタイプ種となり、先取権の規則により最も普及していたはずの名称の turtur はタイプ種として残らなかった。
同様の事例が分類見直しで#ミソサザイで発生する可能性がある。
英名の turtle はラテン語 turtur の変形で 1300 年ごろから使われているとのこと。一方カメを意味する方の turtle は由来不明のフランス語 tortue, tortre (13 世紀) 由来で 1600 年ぐらいから使われているとのこと。tortoise の方が英語での用例は古く、これはラテン語 tartaruchus に遡ることができるとのこと (Ethymology Online)。
turtur がラテン語のためヨーロッパ言語でも広く使われている。ロシア語やウクライナ語では gorlitsa, gorlitsya と系統が異なるが、これは gorlo (のど) が由来で、着眼点それほど違わない。クロアチア語やチェコ語なども子音交代が起きているが同様の単語を用いている。
発声全般については #タンチョウの備考 [ツル類やハクチョウ類の気管・鳥の発声メカニズム] 参照。
#ウグイスの備考 [ウグイスは息を吸う時に声を出すか] でハト類を取り上げている。ハト類のこもったようなクーの声は息を吐きながら短い間隔で息継ぎをしつつ作っていると思われる。
-
シラコバト
- 学名:Streptopelia decaocto (ストゥレプトペリア デカオクトー) 18(デカオクト)と鳴くハト
- 属名:streptopelia (合) 首飾りのあるハト (streptos 首輪、首飾り peleia ハト Gk)
- 種小名:decaocto (合) 18 (Gk)
- 英名:Eurasian Collared Dove
- 備考:
streptopelia は#キジバト参照。
decaocto は語末の o が長母音 (octo も同様) でアクセントは1つめの o にある (デカオクトー)。いずれにしてもギリシャ語由来。
タコを意味する英語の octopus は短母音のみだが、ラテン語では語源通り "オクトープース" になる。
鳴き声からギリシャ人は Decoctouri、フランス人は Dixhuit と名付けたと Sibthorp (1795) が記載している。こきつかわれた女中が年に 18 回コインしかもらえないことを嘆いていたが、ゼウス神によってハトに変えられて"Deca-octo"と嘆きの声で鳴き続けたとのギリシャの神話がある。
古代ローマの百人隊長が十字架上のイエスを憐れみ、価格が 18 コインであることを繰り返すことを主張した老婆から牛乳を買って捧げようとしたが 17 コインしか持っていなかった。強情な老婆は呪われて 18、18 としか鳴けないハトに変えられた。17 と鳴くと人間の姿に変えられるのだが、19 と鳴けば世界が終わりに近づく、とのギリシャの伝説がある (The Key to Scientific Names, wikipedia 英語版)。
英名は単に Collared Dove, Collared Turtle Dove, Eastern Collared Dove [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition)] もあった。Collared Turtle Dove はコキジバト (単に Turtle Dove と言えばこの種) に対するもの。
Eastern Collared Dove はユーラシア中部からインドなどが基本分布であった時期に英国から見れば "東側" となる。その後バルカン半島から北部を除くヨーロッパ全体に分布をどんどん広げてもはや "Eastern" がふさわしくなくなった。
単形種。天然記念物。
亜種が用いられていたこともあり、森岡 (2003) Birder 17(11): 56 に石垣島で2003年1月に観察されたシラコバトの考察がある。亜種 stoliczkae に似ているが基亜種のシノニムとするのが妥当との見解がある。
参考までに stoliczkae の記載時学名 Turtur stoliczkae Hume, 1874 (原記載) 基産地 Kashgar。Kashgar Ring Dove。stoliczkae はチェコの動物学者でヒマラヤで採集活動を行った Ferdinand Stoliczka 由来。
ビルマの個体群が亜種 xanthocycla とされることもあったが、やはり種に値するとのこと: van Grouw et al. (2024)
On the taxonomic status of Burmese Collared Dove Streptopelia (decaocto) xanthocycla。
ミトコンドリア DNA ではあまり分かれなかったが、核 DNA の解析ではっきり分離された。
xanthocycla は生きた鳥をもとに記載されたもので標本の形で保存されておらず、将来の交雑の危険もあるためネオタイプ標本を定義した。
記載時はシラコバトの亜種だった。リスト次第でシラコバトの亜種。IOC では 11.2 で分離されて Streptopelia xanthocycla。比較的最近まで亜種扱いで、stoliczkae が基亜種のシノニムとされた時期にはビルマの個体群のみがシラコバトの亜種となっていた。
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ベニバト
- 学名:Streptopelia tranquebarica (ストゥレプトペリア トゥランクゥエバリカ) インドのトランケバールのハト
- 属名:streptpelia (合) 首飾りのあるハト (streptos 首輪、首飾り peleia ハト Gk)
- 種小名:tranquebarica (adj) インドのトランケバール Tranquebar の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Red Collared Dove
- 備考:
streptopelia は#キジバト参照。
tranquebarica は外来語由来で発音はよくわからないが特に長母音が生じる理由はなさそうに思える。
Tranquebar の地名はデンマーク人渡来の時期のものでデンマーク語では特に長音はないとのこと。また b は p の音になる (wikipedia 英語版より)。トランケバールは英語経由の日本語読みと考えてよさそう。
原記載 (Hermann 1804) では地名はラテン語で Tranquebaria と記載されている。wikipedia 英語版によれば英国に売却されたのが 1845 年とのこと。まだデンマーク時代だった時期に記載されたものと考えられる。
ここでは短母音のみを採用し、"トゥランクゥエバリカ" とした。
2亜種ある (IOC)。日本で記録される亜種は humilis (小さい、つつましい、地面のなどの意味) とされる。
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キンバト
- 学名:Chalcophaps indica (カルコパプス インディカ) (東インド会社時代の) インドのブロンズ色ハト
- 属名:chalcophaps (合) ブロンズ色ハト (khalkos ブロンズ phaps, phabos ハト Gk)
- 種小名:indica (adj) インドの (-icus (接尾辞) 〜に属する) 東インド会社時代の地名。備考参照。
- 英名:Emerald Dove, IOC: Common Emerald Dove
- 備考:
chalcophaps は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は含まれないと考えられる。-co- がアクセント音節と考えられる (カルコパプス)。
indica は冒頭にアクセント (インディカ)。
キンバトがあるならギンバトがあるはず、と考えるがこれはジュズカケバトの白色型とのこと (コンサイス鳥名事典)。
6亜種あり (IOC)。日本の亜種は yamashinai (日本の鳥類学者 Yoshimaro Marquis Yamashina 由来) とされるが、世界の主要リストではほとんど認められておらず、基亜種 indica のシノニムとするのが一般的。
種小名は indica で、インドにも分布するため意味の解釈は何の問題もないように見えるが、これは現在のインドではなく東インド会社時代の東インド由来とのこと (#サシバと同様) (wikipedia 英語版より)。
記載時学名 Columba indica Linnaeus, 1758 (原記載) 生息地は India orientalis (東洋のインド) となっている。ここが基産地となるが、マレーシア、インドネシア、フィリピンからインドにかけて基亜種が分布するため、亜種名を与える際にあまり問題が発生しなかったよう。
もしインド亜大陸と東南アジアが別亜種とされることがあれば、インド亜大陸の方の亜種名が変わる可能性がある。
Linnaeus (1758) の記載の1つ上を見ると Columba sinica (無効名とされる) となっていて (東インド会社時代の) インドと中国のそれぞれの地域名を付けただけのよう。
基産地については Chalcophaps indica (Linnaeus, 1758)
に解説があった。East Indies (as India orientali), Salvadori (1893) "Catalogue of the Birds in the British Museum" とのこと。
Stresemann が示している基産地 Amboina (アンボン島 インドネシア東部モルッカ諸島) はシノニムとなった学名の基産地で Linnaeus (1758) の原記載とは異なるとのこと。
Hachisuka (1938) A new Race of Bronze-winged Dove (yamashinai の記載文献)
では台湾のもの (Swinhoe による formosanus。これも現在は通常基亜種のシノニムとされる) と異なると述べている。India, Indo-China, S. E. China, Java と測定値を比較しているが、これらは基亜種とみなす記述になっている。台湾のものはこれらとは異なる可能性があると述べている。
英名は Linnaeus (1758) の記載より早く、George Edwards が "A Natural History of Uncommon Birds" (1743) に "Green Wing'd Dove" と含めたものがあり、Green-winged Dove の英名が別名となっている (wikipedia 英語版より)。
ドイツ語名では Glanztaube など、Glanz (光沢) を主眼とした命名になっている。
天然記念物 (指定名称は「リュウキュウキンバト」)。絶滅危惧 IB 類 (EN)。世界的には懸念なし (IUCN 3.1)。
-
アオバト
- 学名:Treron sieboldii (トゥレーローン スィエボルディイ) シーボルトのハト
- 属名:treron (合) ハト (treron, treronos ハト < treo 怖がって逃げる Gk)
- 種小名:sieboldii (属) シーボルト Philipp Franz Balthasar Freiherr von Siebold (ドイツの医師、博物学者で、日本で 1823-1829年に採集活動を行った) の (ラテン語化した sieboldius を属格化)
- 英名:Japanese Green Pigeon, IOC: White-bellied Green Pigeon
- 備考:
treron は由来のギリシャ語では2つとも長母音。"トゥレーローン" が適切と考えられる。短く読む場合でもアクセントは冒頭になる。
ギリシャ語では treo (トゥレーオー。驚いて逃げる) が語源。
ラテン語 terreo ともつながっており、英語の terror (恐怖) も元をたどればこのラテン語に由来する (wiktionary)。アオバトの学名と恐怖がこんなところでつながっていたとは。恐怖でハトが一斉に逃げる様子を表したものだろう。
sieboldii は規則からは "スィエボルディイ" のアクセント位置と考えられる。人名なのであまりこの読みにとらわれることなく日本語風に sie- を "シー" (より正確には "スィー") と読んでも構わないだろうが最後に i が2つ並ぶことは意識して発音するとよい。
なお鳥の学名に sieboldii の例はほとんどなく、他はヤマガラのシノニムが知られる程度とのこと (The Key to Scientific Names)。
記載時学名 Columba sieboldii Temminck, 1835 (原記載) 基産地 Japan。この記載では和名が紹介されていて Jamo-hato (pigeon de montagne とあるの山鳩の意味。フランス語では "ヤ" の音は Ja と書かざるを得なかったのかも) と Awo-hato (pigeon vert 緑色のハト)。
Siebold の日本探検の結果多くの新種が見つかったなどの記載が詳しく、Siebold への献名も一見納得できる感じがするが、これは日本から別の新種をハトを記載するためにそれぞれ発見者の名前をフランス語名や学名に用いたものと考えられる。
同時に記載された当時 Columba の同属のもう1種は Columba kitlizii (参考) でオガサワラカラスバトのこと。Kittlitz (1832) が同じ標本を用いてすでに記載していたため使われない学名となった。
参考 Mlikovsky (2016) Type specimens and type localities of birds (Aves) collected during Friedrich Heinrich von Kittlitz’s circumnavigation in 1826-1829. Part 2. Specimens in other collections。
Temminck の手元には Kittlitz (1832) の文献はまだ届いておらず、それならば...と考えたのかも知れない。この記載では発見者 Kitlitz への献名とわざわざ書いている (nous le dedions a M. Kitliz, qui fit la decouverte de cette Colombe)。
Kittlitz も Columba 属を用いていたので、記載は知っていたが属名変更のために種小名に新しいものを付けた解釈はここでは考えられない。Kittlitz / Kitlitz の表記の違いは本稿の誤植ではなく、現在ではドイツ語でもフランス語でも Kittlitz と表記される。Temminck が Kitlitz と考えていたものと思われる。知られている用例では kitlizii が用いられているのはこの事例のみとのこと (The Key to Scientific Names)。
おそらく Temminck が日本から2種記載したかったために与えた種小名で、Siebold の業績を妙に褒めているのは後付の理由とも思える。アオゲラと異なり和名を用いなかったのは Awo-hato はフランス語で発音困難で、また Columba kitlizii と対比させるためとも想像できる。Kittlitz の業績を横取りするようなものなのでこちらは献名を使わざるを得ず、Siebold の方も、などの事情も見え隠れする気がする。
Siebold がそれだけ貢献しているなら他にもありそうなものなのに鳥の学名に sieboldii の例はほとんどなく... の説明とも整合し、Temminck 側の事情 (人柄と言うべきか) と考えてよさそう。アオバトならば外見的特徴を表す学名は他にも考えられそうなところだが。
Siebold と Temminck の間で先取り争いがあった例は #ヒレンジャク 参照。
日本から中国南東部、台湾に分布。4亜種あり (IOC)。日本の亜種は基亜種 sieboldii とされる。
[アオバト近縁種の属名の変遷と亜種]
日本産の種のうちではアオバトとズアカアオバトはかつて Sphenurus 属に含まれていたことがあった。
この属は キバラハリオアオバト 現在の学名で Treron oxyurus Sumatran Green Pigeon に対する属名として Swainson (1837) が与えたもの (この種がタイプ種)。
ギリシャ語 sphen, sphenos 楔 oura 尾由来 (スペーヌールス) で中央尾羽が長く巣からはみ出るとの記載 (The Key to Scientific Names)。
比較的最近 1990 年代 - 2000 年代初頭まで使われていた学名で論文などにも見ることができる。
オナガアオバト Treron sphenurus Wedge-tailed Green Pigeon の種小名にも現れるがこの種がタイプ種ではない (記載時学名は Vinago sphenura Vigors, 1832 だった)。
いかにもどこにでもありそうな意味の属名で Sphenura Lichtenstein, 1823 が同じキバラハリオアオバトに対して用いた属名ですでに使用されており無効として Gray が Sphenocercus Gray, 1840 と改名した。意味はほとんど同じで kerkos 尾 (Gk) (スペーノケルクス) (The Key to Scientific Names の Sphenocercus の項目から)。
#ズアカアオバトにあるように Ogawa (1908) はズアカアオバト類にこの属名を用いていたが、アオバトには Treron を用いていた。
ズアカアオバト類については 1840 年以降に Sphenura と Sphenurus は同一ではないと判定されて後者が一時期復活した属名だろう。
男性・女性形の綴りの違いだけで別属として使われている属名に例えば Polysticta (#コケワタガモの属名) と Polystictus (カンムリタイランチョウ Polystictus pectoralis の属名) がある。
sphenocercus もいかにも頻繁に使われそうな種小名で、例えば#オオカラモズに現れる。
Treron の属名は Vieillot (1816) が J. F. Gmelin (1789) を引き継いで ハシブトアオバト 現在の学名で Treron curvirostra Thick-billed Green Pigeon 1種のみに対して与えたもの (記載)。
属をまとめる場合は先取権の原則からこの名称になるのが自明に見えるが、Reichenbach (1853) がブルアオバト 現在の学名で Treron aromaticus Buru Green Pigeon をタイプ種とする属の定義があった (The Key to Scientific Names)。
aromaticus は芳香のあるの意味だが、ハトに芳香のあるわけではなく基産地の Amboina が香辛料の島 (Spice Islands) として知られていたため。しかし英名でも "Aromatic Pigeon" (Latham 1783) として紹介された (The Key to Scientific Names)。
Reichenbach (1853) は何らかの理由によって Vieillot (1816) の用いた Treron を再定義したのかも知れない。現在では Vieillot (1816) のものが受け入れられているが現代の分類では結局この2種は同属となった (タイプ種の定義のみが異なる)。
Peters' Check-list of the Birds もアオバトやズアカアオバトは初版 (1937) から 2nd edition は Sphenurus を使っていたが、ハシブトアオバト、ブルアオバト は Treron 属と別属扱いとされていた。
H&M4 によれば Husain (1958) Subdivisions and Zoogeography of The Genus Treron (Green Fruit-Pigeons) が生物地理学と進化を考慮して Treron 属にまとめ、属以下のレベルで細分することが適当と判断した模様。
分子系統研究を待たずして別属扱いが適当でないと認識されるようになり、Clements の 1st edition (1981) ではアオバトも Treron 属となっており、世界的には Treron 属に統合されたが日本のリストでの扱い変更が少し遅れ、日本の文献では非常に遅くまで Sphenurus が現れた。世界の多くのリストでは早い時期に統合されていた。
この当時の属名を反映した White-bellied Wedge-tailed Green Pigeon の長い英名も使われていた。
アオバトの記載時学名は Columba sieboldii Temminck, 1835。
分子系統解析については#ズアカアオバトの備考に。
Qu et al. (2024) の分子系統樹によればオナガアオバトとかなり近縁。
「アオバトのふしぎ」こまたん著 (エッチエスケー 2004) にアオバトの由来から特異な習性、繁殖などの興味深い情報が満載された本がある。巣を見つけることは非常に難しいようである。
「アオバトのふしぎ」では中国の図鑑に基づきアオバトを4亜種に分けている。現在の IOC も亜種は同じなのでリストしておく:
・sieboldii (日本と中国東部)
・sororius (台湾)
・fopingensis (中国四川省東部から上海南部)
・murielae (中国南部中央からベトナム北部、中部、タイ北部)
「アオバトのふしぎ」によれば sieboldii の中国記録は 1933 年の1例で日本人が持ち込んだ飼い鳥らしいとの見解が中国の研究者により示されているそうである。
また九州以北の日本と台湾は不連続分布を示し、南西諸島にはズアカアオバトが分布する地図が
示されている。この地図では台湾近くの中国の分布を sororius
としている。
sororius を sieboldii を同一と捉える立場もある。Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) によれば別亜種とする根拠は Cheng Tso-hsin (1987) だが根拠は弱い (Collar 2004) との記載がある。
神奈川県立生命の星・地球博物館のアオバトのページ。
[アオバトが海水を飲む行動の意義]
神奈川県大磯町照ヶ崎海岸でアオバトが海水を飲む行動はよく知られている。上記「アオバトのふしぎ」にも詳しいが、少なくとも英語圏にはほとんど情報が出ていないようで引用できる英語文献もほとんどないようである (「アオバトのふしぎ」を引用すればよいのだろうがあまりにも "in Japanese" 過ぎるのかも知れない)。
Sundukov and Sundukova (2016)
The white-bellied green pigeon Treron sieboldii in the Southern Kuriles (pp. 4203-4208。極東の鳥類43: 千島列島特集 で和訳が読める。この号にはアオバト情報がかなり含まれている)
に千島でのアオバトの記録があるが海水を飲む行動は観察されていない。
サハリンでは記録があるとのこと: Zdorikov (2016) New data on some rare birds of Sakhalin Oblast (pp. 4038-4042, Smirnov による飲水写真があり、ビデオも撮影されたとのこと p. 4040)。
(千島のアオバト調査の記事) にも解説記事 (2017)がある。営巣は (確認が難しいことはわかっているが) 確認できなかった。
ロシアでも紹介ビデオがあり アオバト (ロシア語) 映像は日本のものだろうか。最もよく調べられている日本でさえも少数の巣が知られているのみとある。小犬のような、あるいはカエルのような声を出すと比喩されており、「笛吹きバト」の異名もあるとのこと。
アオバトは世界でも最も驚くべき鳥の一つで、研究者が将来秘密を明らかにしてくれるかも知れないと結んでいる。
ハト類は一般に塩を好むことは知られていて、レース鳩に塩土を与える必要性が知られている (飼育小鳥用の塩土もあるがこちらはカルシウム補給の意義の方が大きそうである)。我々も塩を好むと言えばそう言えるように思え、
本当に必要な塩分量はずっと低い (無塩文化では一日 1 g で生活している。ナトリウム摂取が少ない場合には腎臓で再吸収される。基本的なメカニズムは脊椎動物で共通のようである) ことも知られているのでここでは考察範囲を野生のハト類とする。
アメリカのナゲキバト Zenaida macroura 英名 Mourning Dove を捕らえる時のおびき餌として塩を使う情報があった。
鉱物を食べる (geophagy) 行動は果実食のコウモリで知られていてミネラルを補給するため、あるいは植物由来の毒を中和するためなどの役割が考えられていたが、Voigt et al. (2011) Nutrition or Detoxification: Why Bats Visit Mineral Licks of the Amazonian Rainforest
によればミネラル補給よりも子育て時に大量の食物を摂食するため植物由来の有毒物質の中和に役立っているのではとのこと。
鳥類における鉱物食についてこの文献に触れられている研究は2つで Brightsmith and Munoz-Najar (2006) Avian Geophagy and Soil Characteristics in Southeastern Peru と
Gilardi et al. (1999) Biochemical Functions of Geophagy in Parrots: Detoxification of Dietary Toxins and Cytoprotective Effects
で前者はどちらかと言えば胃石関連、後者ではオウムに粘土を与えることで植物の有毒物質の吸収が大きく抑制された結果が出ている。
この文脈での研究は多少あるようだが、アオバトの事例とは異なるかも知れない。
Downs et al. (2019) More than eating dirt: a review of avian geophagy
のレビューで6種類の役割が考えられている。系統的には散在して発生しており 2% の種にしか認められずまれな習性のよう。
比較的よく調べられてきたのは陽イオン交換でナトリウムやカルシウムイオンと陽イオンの植物由来の毒物 (例えばアルカロイド) を交換することで毒物を排泄する機能 (他の機能もあるが海水とは関係なさそうなので省略)。
鉱物食は果実食の鳥と関連があってナトリウム補給の意味がある研究が増えてきているとの記述がある。
ハト類での研究例として Sanders and Koch (2018) Band-Tailed Pigeon Use of Supplemental Mineral
が挙がっている。この研究ではオビオバト Patagioenas fasciata 英名 Band-tailed Pigeon を実験に用いているがカルシウムよりもナトリウムを求めているとのこと。例えば卵にはそれなりの量のナトリウムが含まれるので果実食の鳥では食物以外に補助的なナトリウム源が必要である。
水分とカリウムの多い果実では水を大量に排泄するためその時にもナトリウムが失われる。ピジョンミルクを与える際にもナトリウムが失われる。
オビオバトの場合はナトリウムを求めてやってくるとのことで冬にも少ないが観察事例がある。この論文では特に卵やピジョンミルクにナトリウムが必要と考えている。
この研究の中でバードリサーチのアオバトのページ Japanese Green Pigeon [Bird Research News Vol. 8 No. 9 Osaka et al. (2011) 英文]
への言及があり、オビオバトの状況と同様と考えられるが大磯のアオバトでは冬には海水を飲む行動は観察されないとのこと。
週間アニマルライフ (1971) 2 pp. 44-45 にアオバトの項目 (浦本) があるが、これはかなり苦しい内容。原著ではおそらく Fruit Dove が扱われていたものと思われるが、日本で対応種を探すと事実上アオバトになる。アオバトの生態は当時ほとんど知られていなかったはずで、原著で Fruit Dove として一般的に扱われているものをアオバトのように記述した部分があり、どの部分がアオバトなのか海外のハトのことか区別が難しい。
熱帯のヒメアオバトの色は保護色となっている。それを示唆するような巣にいるハトの写真が紹介されていてアオバトのキャプションとなっているがもちろんアオバトではない。
アオバトの巣は 6-7 月ごろ、高い枝のしげみに細い枝を皿状に組まれたそまつなものがつくられる。「鳩の乳」も与えられることになっている。
「アオバトのふしぎ」 pp. 156-160 によれば 1971 年以前のアオバトの巣の確かな目撃事例は永田洋平による 1950-1951 年の3例のみで、巣の高さは 1-5 m で、キジバト同様あまり高い樹上に作られないと記されており、時期も高さも上記記述と矛盾する。「鳩の乳」の観察もこの記録に出てこない。熱帯地方の Fruit Dove の1種の記述をあたかもアオバトのように記したものではなかったのだろうか。
また島育ちのアオバトもいるとして日本の飲水行動の写真が紹介されている。木々の果実をもとめて海を渡り、岩礁に下りて水を飲むと解釈されていた。
同項目の他情報ではリョコウバトやドードーのことも触れられており、原著でも扱う生態情報が少なくて困っていたのだろうと想像できる。翻訳版を作りながらアオバトはほとんど調べられてなくて補足することも少なく困ったなあとなっていたのではないだろうか。
「日本動物大百科」(1997) 4 pp. 22, 23, 25 (浜口) では食物、採食行動、飲水行動などが挙げられているが、繁殖生態などは巣の発見例がまれなことなどから、ほとんどわかっていない、と述べられていた。
[ハト類の飲水行動の由来]
ハト類が水を飲む時に頭を上げずに吸うことができうことはよく知られていて、ピジョンミルクを飲むために発達した行動としばしば説明される。
Hallager (1994) Drinking methods in two species of bustards
によればハト類以外にも水を吸うことができる種類が散発的にあり、カエデチョウ科 Estrildidae、(Spermestidae 現在ではカエデチョウ科に統合されている)、ネズミドリ科 Coliidae、ミフウズラ科 Turnicidae、ノガン科 Otididae で報告例があるとのこと。吸い上げてから頭を上げて流し込む第3の方法もあるとのこと。
カエデチョウ科ではブンチョウがよく知られている [cf. 海老沢 (2024) Birder 38(8): 22-23]。
一般的には少ない水を効率的に利用する乾燥環境への適応と考えられているとのこと。
Cade (1965) Relations between raptors and columbiform birds at a desert water hole
のアフリカでの観察によれば、飲水行動中に猛禽類による捕食が危険で、ハト類はなるべく短時間に必要な水を飲む方法を発達させたと考えられるとのこと。水場に直接降りるハト類はおらず、近くに降りて安全を確認してから近寄るという。
Cade et al. (1966) Drinking behavior of sandgrouse in the Namib aud Kalahari deserts, Africa
がナミブ、カラハリ砂漠でのサケイの飲水を報告している。この行動が系統的に決まっているとの考えは Lorenz (1939) まで遡るとのこと [コンラート・ローレンツ Konrad Lorenz が何を考えていたかも含め、#ハイイロガンの備考も参照]。
Wickler (1961) がカエデチョウ科 (オーストラリアのものだそうでいかにも乾燥地域) や ズグロムシクイ科 Sylviidae の鳥でも見られるとの過去の報告を取り上げ、系統で決まっているわけではないと主張。さらにネズミドリ科でも見つかった。
ハト類の中でも原始的とされたオオハシバト Didunculus strigirostris Tooth-billed Pigeon ではガンのように水を飲むとの反例を示した。
こんなところにもコンラート・ローレンツの動物行動学解釈の流れをめぐる議論があった。
この論文ではサケイ類のことが述べられているが、クロハラサケイ Pterocles orientalis Black-bellied Sandgrouse では 150 ml まで飲むことができるという伝説的な報告もある。この論文の観察では1回に飲む量は 1.5 ml ぐらいで7回繰り返し、しばらく間を置いて 3 ml を飲んだという。これが典型的な最大値だろうとのこと。
Cade and Greenwald (1966) Drinking behavior of mousebirds in the Namib Desert, southern Africa
にネズミドリ類についての報告。高温に晒すと同じタイプの飲水行動を示した。ハト類との驚くべき収斂進化としている。
Speckled Mousebirds drinking water by sucking and keeping the head down (チャイロネズミドリの飲水ビデオ)。
特化した舌を利用して吸う行動は蜜を吸う鳥 (ハチドリ類、ミツスイ類) やオウム類で知られている。
こちらは比較的時流に乗っているようで研究をいくつか紹介しておく。
Rico-Guevara et al. (2015) Hummingbird tongues are elastic micropumps 毛細管現象との従来の解釈は誤り。
Rico-Guevara and Rubega (2017) Functional morphology of hummingbird bill tips: their function as tongue wringers 嘴の構造と舌の作用で送り込む。
Hewes et al. (2023) How do honeyeaters drink nectar? ミツスイ類の研究。ハチドリ類と類似点もある。
通常の鳥類が哺乳類のように水を飲まない理由は食道の蠕動運動がないためとしばしば説明されるが、これも正しくないよう。ニワトリの食道蠕動の研究例: Bartlet (1973) Myogenic peristalsis in isolated preparations of chicken oesophagus など。
ハトの研究もあり Fileccia et al. (1984) Primary peristalsis in pigeon cervical oesophagus: two EMG patterns。
ペリットを吐く行動も peristaltic egestion と呼ばれる (Bildstein 2017)。Houston and Duke Gastrointestinal Physiology (レビュー)。
ペリットを吐く行動は胃の動きと食道の逆方向蠕動によるもので、哺乳類の嘔吐や反芻とはかなり違うとのこと [Duke et al. (1976) Mechanism of pellet egestion in great-horned owls (Bubo virginianus)]。
鳥類の食道は調べられている範囲で平滑筋で、哺乳類では横紋筋と平滑筋が混ざっているがその機能的違いはそれほどはっきりしていない。
Edeani et al. (2023) Effect of Inter-swallow Interval on Striated Esophagus Peristalsis; A Comparative Study with Smooth Muscle Esophagus
のように横紋筋の方が急速な反復運動に適しているらしいとの実験結果が報告されている。これは主にヒトの誤嚥に関係して行われた研究。
[アオバトは歩く時首を振らない?]
つい先日コサメビタキの生態を観察していると目の前に鳥が舞い降りた。何とアオバトだった。おかげで至近で歩いたり採食の様子を見ることができたが、ドバトとは違って歩く時ほとんど首を振らなかった。
大きな実を拾って食べていた (飲み込めるかぎりぎりぐらい) ので地上の食物を探して歩いた点はドバトの場合と同じだろう。地上の食物を探して歩く場合は下を見ているので首を振る解釈とは合わないように思える。
映像や動物園で見慣れているハチクマの歩いている状況と比べてみると、アオバトの方がずっと後ろまで見えている感じ。ハチクマは多分ほとんど見えていない。アオバトは首を伸ばして地上の実を拾う (樹上の実を食べる時と同様)。ハチクマはそのような印象を受けず体を動かして獲物に近づくように見える。
この比較が気になったのは #ハチクマ備考の [嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ] にある Murphy et al. (1995) Raptors lack lower-field myopia に関係があるため。アオバトは地上に焦点を合わせることができていると思われるので、猛禽類はその能力が欠けているので首を振って歩かないとの論理も必ずしも成り立たない感じがする。
系統も関係あるが、ドバトとアオバトの関係の方がハトとタカより圧倒的に類縁関係が近いので樹上性・地上性の生活様式の違いが現れているのだろうか。アオバトも樹上で食物を採ることが基本なので歩く時も樹上採食に似た様式に合わせているのかも。
ハトの首振りについては詳しく調べられていて、アオバトの研究グループもあるのでアオバトの観察例もどこかに載っているかも知れない。独立した観察記録として紹介しておく。
ついでながら座って観察していたら飛び降りてきたので、やはり野鳥観察で姿勢を低くするのは有効と思われる。行動からは地上性捕食者と認識していないものと思われた。
アオバトが飲み込む時はカケスのように食道が膨れ、目一杯食べて飛んで行った (脅かしてしまう恐れがあったのでカメラは取り出さず映像記録はない)。丸のみに一生懸命で味わっているらしい印象は受けなかった。
コサメビタキの音声を記録していたおかげで至近で羽音も記録でき、アオバトの飛び立つ音もやはり他のハト同様大きいことを再度確認できた。
アオバトはしばしば警戒心が強く姿はなかなか見られないと書かれるが、これは声は聞こえるのに見つけるのが難しい意味だろうか。当地 (京都) では 2025 年 4-5 月はアオバトに出会う頻度はかなり高かった。もしかすると冬場に京都御苑などで人慣れしている個体も混ざっているのかも知れないが、繁殖地であっても言われているより簡単に出会える気がする。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 88 p. 20 ヤツガシラは地上で首を振ってハトのように歩くとある。地上を長時間歩く鳥ではむしろ当たり前で、アオバトが首を振らないのが目立ったのかも知れない。
鳥の首振りの進化を研究しているグループは海外にもあり、Santos-Lopes et al. (2025) Automated analysis of bird head motion in unconstrained settings: a foundational study on semicircular canal evolution in archosaurs 高速度撮影されたビデオから自動検出を試みる。
このグループの興味は首を振って歩く仕組みがどのように進化したか。恐竜の動きなど。三半規管の進化を想定しているが研究の方向性が合っているかどうかはよくわからない (化石だと脳の神経核の発達を議論するのはおそらく難しく、三半規管の構造は調べやすいため最初に選ばれているのかも)。
系統研究の副産物として今後多様な種類の首振り運動の情報がわかるかも知れない。研究に役立つビデオを意図して撮影する場合はフレームレートを上げよ、ということになる。
[その他]
Siebold の読み方は多少注意が必要かも知れない。学名の発音は上記でよいと考えられるが、人名を表記する場合標準ドイツ語だとジーボルトとなる。wikipedia 日本語版によればオランダ国籍で入国しており、出身地方言での発音も濁音にならないことが多いそうで、日本語表記は通常使われるシーボルトとした。
ドイツ語ではジーボルトと読まれているだろう。文字から発音がわかるロシア語でも濁音で記載されている。
-
ズアカアオバト (分類次第で学名が変わる)
- 第8版学名:Treron formosae (トゥレーローン フォールモーサエ) 台湾のハト
- IOC 学名:Treron permagnus (トゥレーローン ペルマグヌス) 非常に大きいハト
- 属名:treron (合) ハト (treron, treronos ハト < treo 怖がって逃げる Gk)
- 第8版種小名:formosae (属) 台湾の (formosa 台湾 < ポルトガル語で Ilha Formosa 美しい島 と名付けられた)
- IOC 種小名:permagnus 非常に大きい per- 非常に magnus 大きい
- 英名:Whistling Green Pigeon, IOC: Ryukyu Green Pigeon (備考参照)
- 備考:
treron は#アオバト参照。
formosae は2つの o が長母音で後者にアクセントがある (フォールモーサエ)。
permagnus は短母音のみで -mag- がアクセント音節 (ペルマグヌス)。
IOC では独立種 Treron permagnus (per- 非常に magnus 大きい) 英名 Ryukyu Green Pigeon とされ、Treron formosae 英名新称 Taiwan Green Pigeon に分離された (将来別種とされるならば和名はタイワンズアカアオバトが過去に使われている)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代にはアオバト類は3種に分けられていて、当時の学名で Sphenocercus permagnus (原記載) Amami-Oshima, Okinawashima, Yakushima にリュウキュウアオバト、
Sphenocercus medioximus (原記載) Ishigakishima, Iriomoteshima にチュウダイアオバトの和名が記されていた。
世界の主要リストでは IOC は 11.2 以降、HBW/BirdLife はこの分類を採用。Clements、Howard and Moore は Treron formosae の亜種としている。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では後者の扱い。
IOC 14.2 の扱いでは Treron formosae が4亜種、Treron permagnus が2亜種としている。
日本で記録される亜種は permagnus [IOC の扱いでは Ryukyu Green Pigeon の基亜種。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)の和名では亜種ズアカアオバト。過去には亜種リュウキュウズアカアオバトとも呼ばれていた] と medioximus (中央にある) チュウダイズアカアオバト とされる。後者は IOC 扱いでは Ryukyu Green Pigeon の亜種。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではタイワンズアカアオバトを検討亜種として扱っている。
和名ズアカアオバトの由来は後述。日本で記録される(亜)種は頭が赤くないので、IOC の分類に従えば現在の和名が特徴に一致しなくなる可能性が残る。
[ハト類の系統分類]
Nowak et al. (2019) A molecular phylogenetic analysis of the genera of fruit doves and their allies using dense taxonomic sampling が分子遺伝学的研究を行っている。これによれば日本のアオバトもサンプルに入っているが、ズアカアオバトは入っていない。
Treron 属の独立性はこの論文の系統樹からは問題なさそうであるが、日本周辺の関連種がサンプルされていないのでそれらとの関係はわからない。
アフリカの種類である Turtur 属と Oena 属も統合される可能性がありそうである。Treron 属とこれらのグループを含めて "fruit pigeons and doves" または "fruit doves" と呼ばれ、かつては亜科 Treroninae (おそらくアオバト亜科) をなすとされていたが、
分子系統研究で範囲が広がり先取権の原則から亜科 Raphinae (絶滅種ドードー Raphus cucullatus を含む) と呼ぶのが適当とされている (ドードー亜科、かつては独立科とされてドードー科だった。wikipedia 日本語版の出典はやや古いので、この 2019 年論文を参考にするのがよさそうである)。
もしこの分類階層を加えて記述すれば「ドードー亜科アオバト属」のようになる。後述のように 亜科 Raphinae の範囲をもっと狭める (細分化する) 分類もあり、その場合は 亜科 Treroninae の名称が復活する (例えば Boyd の分類)。
「ドードー亜科アオバト属」であればこれはこれで面白いであろう。どのぐらい過去の絶滅種まで現代の分類に取り入れるかは議論があるのかも知れないが、世界の主要リストはドードーを含めている。eBird でももし万一観察できれば報告できる扱いになっているのではないかと思われる。
なおドードーをベースとした系統名は広く使われているが、タイプ標本が指定されていないなど命名規約上の不安定さが残るとのこと: Young et al. (2024) The systematics and nomenclature of the Dodo and the Solitaire (Aves: Columbidae), and an overview of columbid family-group nomina。
系統樹はまたハト類の他の属の位置づけに問題がある可能性を示している。他の文献などををよく調べたわけではないが、Streptopelia 属 (キジバト属) とColumba 属 (カワラバト属) は系統樹上で区別できない可能性がある。
もう少し研究が進めばキジバト属はカワラバト属に統一されるかも知れない (2019 年時点)。これらはこの文献では亜科 Columbinae (カワラバト亜科?) に属する。
Oliver et al. (2023) Oligo-Miocene radiation within South-west Pacific arc terranes underpinned repeated upstream continental dispersals in pigeons (Columbiformes)
fig. 2 に世界分布と分子系統樹があり、Supplementary data (figs. S4, S5) により詳しい分子系統樹がある (系統に関心のある方はぜひダウンロードしてこちらを見て欲しい。ただし伝統的な遺伝子を用いた解析)。
この研究で状況が改善され、Streptopelia 属、Columba 属はそれぞれ単系統をなしており問題ない。
Streptopelia 属、Columba 属ともに系統的には古めで、種分化年代も集中しておらず、特に草原の広がり (例えば C4 植物) に合わせて急激な種分化を果たしたグループではなさそう。
Ptilinopus 属 (クロアゴヒメアオバト) も単系統でなくなっているが、これは包含されている小さな属が統合されるのではと想像される。
Chalcophaps 属 (キンバト) は少数種からなる属で他の属 (Oena, Turtur) に比較的近い。
この部分が気になったのは「野鳥」1994年7月号 (No. 571) にハト類の特集があり、上田氏が果実食のハト類から草原で植物食のハト類が進化した可能性を推定されていたため (pp. 4-7)。以下の考察もこの記事を参考にした。
#サケイの備考のようにハト類を含む古い系統 (Columbimorphae) から乾燥地適応はすでにあったのだろう。
位置づけがまだはっきりしていないが、ハト類の最も古い系統と考えられるクロヒゲバト Starnoenas cyanocephala Blue-headed Quail-Dove / Blue-headed Partridge-Dove (キューバの低地にのみ生息し、絶滅が危ぶまれている) も森林の地上で採食しハト類の生活様式の原型に近いかも。
(後に追記) その後 Oswald et al. (2025) Genomic data reveal that the Cuban blue-headed quail-dove (Starnoenas cyanocephala) is a biogeographic relict
がゲノム解析によりキューバの クロヒゲバト Starnoenas cyanocephala Blue-headed Quail Dove がハト類の早期の分岐の孤立系統で1亜科に相当することを明らかにした。この研究では遺存系統と結論している
(https://www.floridamuseum.ufl.edu/science/unique-dove-species-is-the-dodo-of-the-caribbean-and-in-similar-danger-of-dying-out/ 一般向け記事)。
この研究でハト類 51 属のうち 35 属の分子系統樹が示されており、Treron 属からは2種。日本と共通種ではない。これまでの分子系統樹と特に違うわけではないが新しい解析で参考になる部分があるだろう。
メラネシアからフィリピンの果実食のハト類 (fruit doves) Ptilinopus (ヒメアオバト) 属 がむしろ比較的最近種分化を遂げている。アオバトの系統 Treron とは少し離れている。Ptilinopus 属 は単系統でハト類中でも大きなグループをなすことがわかる。これも "ドードー亜科" に含まれる。
Treron 属はむしろ Turtur 属に近い関係となった。Treron 属そのものは単系統で問題なし。
これらをまとめたクレードの名称は Treroninae: Emerald and Wood Doves, Green-Pigeons (Boyd による。細分する立場の場合はこのクレードを "アオバト亜科" と呼ぶのが適切そう)。
Treron 属の適応放散は 1500 万年前以降と推定される。これらのハトが緑の色彩なのは空からの捕食者対策とする考えがある。広義 Accipiter 属を考えると (#カッコウの備考 [カッコウのタカへの擬態] 参照)、南方系の Tachyspiza 属が東南アジアに分布を広げたのが 700 万年前ぐらい (ただしアカハラダカは小型すぎる)。
狭義 Accipiter 属は日本ではハイタカの分布が重なるがあまり低緯度には分布しない。Astur 属のオオタカも同様。シロハラオオタカ Astur meyerianus Meyer's Goshawk はニューギニア付近では候補となる。
狭義 Accipiter 属、Astur 属 ともに適応放散は遅いので Treron 属以前から存在した捕食者ではなさそう。ハヤブサ類も遅く状況は同様。
クマタカ類などを含むイヌワシ亜科は 1500 万年前以降以降の系統で、特に問題となりそうなクマタカ類は 1000-500 万年前ごろに種分化を遂げている。やはり Treron 属より少し遅そう。より古い系統のチュウヒワシ亜科 Circaetinae、ハチクマ亜科 Perninae、さらに カタグロトビ亜科 Elaninae は時期的には可能性があるが現在ハト類を食べている種類はあまりなさそう。
緑色のハト類の保護色は空からの捕食者が現れてから後に身につけたものか、あるいはチュウヒワシ亜科や
ハチクマ亜科にもハト類を食べる種類が存在したのか。チュウヒワシ亜科やハチクマ亜科 - カタグロトビ亜科につながる系統も強力な絶滅種を生んでいるので可能性は十分ありそう。
小鳥を捕まえるほど敏捷さが要求されないハト類は絶好の獲物で、初期のタカ類でもよい捕食者になっていたのかも。
哺乳類捕食者にとってはもっと見分けにくい色のはずだがアオバト類を捕食する哺乳類をあまり思いつかないのでここでは特に検討していない。
Xu et al. (2021) は分子遺伝学的には Treron 属はあまり研究されていないと述べ、ハシブトアオバト Treron curvirostra 英名 Thick-billed Green Pigeon のミトコンドリアゲノムを解読したものが最初としている
The mitochondrial genome and phylogenetic characteristics of the Thick-billed Green-Pigeon, Treron curvirostra: the first sequence for the genus で、Treron 属と Hemiphaga 属 (ニュージーランドバトともう1種) と類縁関係にあることが示された。
Chen et al. (2022) が オナガアオバト Treron sphenurus 英名 Wedge-tailed Green Pigeon を同様に調べて同様の結論を得ている:
Complete mitogenome of Treron sphenurus (Aves, Columbiformes): the first representative from the genus Treron, genomic comparisons and phylogenetic analysis of Columbidae。
この2論文は (日本には分布しないが) アジアの種を扱っている点は貴重である。しかし Nowak et al. (2019) をよく研究したものかどうかは疑問である。
音声的にも Ryukyu Green Pigeon と Taiwan Green Pigeon の間にそれほど違いがあるわけではないようである。同種にするか別種にするかは現代的なレベルの根拠のない段階で、どちらを採用するのがより適当かまでは議論できないようである。
Oliver et al. (2023) でも同様の位置づけでアオバトとは明瞭に分離できるが、Ryukyu Green Pigeon と Taiwan Green Pigeon は系統樹サポートは不完全。調べられた遺伝情報がまだ少なすぎる模様。
Qu et al. (2024) Mitochondrial Genomes of Streptopelia decaocto: Insights into Columbidae Phylogeny
がミトコンドリアゲノムを用いたハト類系統樹を示しており、現在の Treron 属は単系統でよくまとまっている。1種コアオバト Treron vernans Pink-necked Green-Pigeon は離れた系統で別属になる可能性がある (外見はアオバト類によく似ている)。
Treron 属内ではタイプ種のハシブトアオバトとは少し異なりクレードに属するので (多分必要とされないだろうが) Treron 属を分割するならばアオバトの属の方が変わることになる。
日本産の種に関係する系統ではこの研究では Columba 属が単系統でなくなっているが、日本産でない一部の種を Streptopelia 属に移動することで解決されるだろう。カラスバト、リュウキュウカラスバトはいずれも読まれていて分類変更の要素はなさそう。
Qu et al. (2024) を信用すればコアオバトは分岐年代が古いので Treron 属との類似性は収斂進化になるのだろうか。
[和名の由来]
コンサイス鳥名事典では (当時の分類で) フィリピン産の亜種 T. f. australis は頭頂部が明るい赤銅色で、和名はそれに由来すると述べられている。
しかしこの亜種名は現代の分類ではマダガスカルのマダガスカルアオバト Treron australis の名称であり、Treron formosae の亜種には出てこない (filipinus はある)。
その後の調査で Sphenocercus australis McGregor, 1907 (参考 基産地 Camiguin Id., Cagayan Prov. = Camiguin de Babuyanes, ルソン島の北にある島) と判明。
Sphenocercus 属だった時代は問題なかったが、Treron 属にまとめられるとマダガスカルアオバト (記載時学名 Columba australis Linnaeus, 1771) があるため使えなくなった模様。
そのため Treron formosae mcgregorii Hachisuka, 1952 (原記載) と改名された。
Treron formosae mcgregorii Husain, 1958 の改名もあったが目ざとく気づいた (?) Hachisuka (1952) の方が早くシノニムとなった次第。
Treron 属の表記になってからも australis はしばらく使われていたようなので蜂須賀氏の知見が受け継がれていなかっtのかも。
[オオハシバト]
系統解析関係でこちらに含めておく。絶滅したドードー類2種に近い系統となるもので、この系統は地上性が大変強い。
オオハシバト Didunculus strigirostris Tooth-billed Pigeon はサモアの2島のみに生息する IUCN CR 種。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 100 pp. 13-14 によれば主に地上生活で、もと地上に巣を造っていたが、樹上にも造巣することにも慣れたらしく絶滅の危機に瀕したが生き残ったと解説されていた。
この知見は現在でも正しいのかどうかわからないが、地上営巣性から樹上営巣性に変わることがあるのだろうか。あるいは樹上営巣性だったが地上捕食者のいない島で地上営巣性に進化する途上で、まだ後戻りができたのだろうかと考えてしまった。
wikipedia 英語版では 19 世紀に書かれた原稿ではひなは林床にしかいないことが示唆されるが、巣の場所はまだ確認されていないとなっている。Dysoxylum 属の果実に依存していると信じられているがよくわかっていない。
コンサイス鳥名事典によれば肉が美味のため地元の人が捕えていたが、20 世紀後半に銃が使われるようになって乱獲され激減したとある。外来捕食者の影響で樹上営巣するようになった、は外来種を悪者にする一種の都合のよい解釈で、実際は人が食べ尽くしたことがより重要な要因だったのかも知れない。
なぜこのような見解の相違が生じていたのか、そういえば週刊「世界動物百科」の出典はフランス語だった。サモア (かつて西サモア) は 1900-1914 年はドイツが統治、1914-1961 年はニュージーランド統治下で、人為が原因ならばヨーロッパ人の責任が大きいことになり、外来種を主要因としておくのが収まりがよかったのだろう。あるいは生態までねじ曲げられていたかも知れない (あくまで推測)。
wikipedia 英語版の時点では飼育下の個体もなく、2013 年に1羽の若鳥が記録されるまでは若鳥の目撃もなかった。現在のわずかな個体群は高齢個体ばかりではないかと危惧されているとのこと。
1970 年ごろの方がまだ希望が持てたのだろうが、今や絶滅寸前となっている。
もう一つ興味あるのは英名にもある通り下嘴に歯のような突起があって種子を砕くのに役立っていると考えられている点。wikimedia commons に標本写真や骨格の図がいくつかある。
記載時は Gnathodon (gnathos 顎 odon 歯 Gk) と嘴の歯に注目した属名が付けられたがすでに使用されていた属名で無効となった。
ハト類でも嘴のオウム類に似た形状は存在するのだった (#ハチクマ備考[タカ類の嘴縁突起]、#カワセミ備考 [カワセミの嘴先端の形・鳥の寄生虫対策] のフウキンチョウ科ののこぎりの歯のような刻み 参照)。
嘴縁突起・刻歯そのものは系統をたどる材料にはなりそうもない。
Falco (reptileevolution.com) によれば形態学特徴からはこの種はハトの仲間でなく、ハヤブサの仲間に分類されてしまうとのこと。
またこの嘴の形は進化の点からも興味深く、オウム類のような嘴は普通の形の嘴から進化できるのだろうか。#ミサゴの備考で紹介の Jollie (1976, 1977) p. 240 では肉食となってもコウノトリ類の嘴に肉食適応が見られないことからワシタカ目とコウノトリ類の類縁関係は遠いと考えていた。
オウム類とハヤブサ類の嘴の形が似ているのは系統が近いためなのか、それともそれぞれ独立に進化させたものなのだろうか、オオハシバトの事例を見ると改めて考えてしまう。
独立に進化させた解釈であれば、オウム類とハヤブサ類の嘴の形が似ているのは系統関係を表していない可能性がある。
ハワイミツスイの一種であるオウムハシハワイマシコ Pseudonestor xanthophrys Maui Parrotbill でもオウム類のような嘴先端の形となっているが、ヒワ亜科なのでハト類ほどは不自然でないかも。
それともオオハシバトには祖先的な形質が残っているもので、最初の陸鳥類であるハト類の祖先グループ (Columbaves) には肉食にものも含まれていたが、現在のハト類には肉食のものが残っていないため、などの理由も考えてしまう (#カッコウ備考 [Otidimorphae とはいったい何者?] 参照)。
果実食ハト類とは食性があまりに違うので眉唾ものではあるが、猛禽類でもおそらく二次的に果実中心の食性となったヤシハゲワシもあり、ハヤブサ類とオウム類の関係を考えると食性がまったく違うのでまったく荒唐無稽とまでは言えないかも知れない。
オオハシバト、さらに祖先系統と考えられるハシブトアオバト Treron curvirostra Thick-billed Green Pigeon の嘴の形態は、もしかするとハト類祖先に肉食のものがあったが絶滅した痕跡を示している? 何と言っても非常に古い系統なので現在のハト類に至るまでいろいろなことがあったのかも知れない。
猛禽類とハト類は進化過程がだいぶ違う。ハト類は祖先的なゲノムを持っている一方、猛禽類は大規模な染色体再構成が目立つ (特にハヤブサ類、タカ類) など後の時代に体制をかなり変えた可能性がある。猛禽類の曲がった嘴はその結果二次的に生じた可能性もある程度考えられる気がする。高精度ゲノムが解読されれば進化経緯や曲がった嘴を作るメカニズムなども次第に解明されてゆくだろうと期待できる。
しかし 2024 年で Treron 属ミトコンドリアゲノムが初解読の段階ではまだまだ先が長いかも知れない。
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クロアゴヒメアオバト
- 学名:Ptilinopus leclancheri (プティリノプース レクランケリ) ルクランシェールの足に羽毛のある鳥
- 属名:ptilinopus (合) 羽毛のある足 (ptilon 羽毛 pous 足 Gk)
- 種小名:leclancheri (属) Charles Rene Augustin Leclancher (フランスの外科医、博物学者、探検家) の
- 英名:Black-chinned Fruit Dove (= IOC, or) Leclancher's Dove
- 備考:
ptilinopus は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語および他事例から足を表す -pus は長母音と考えられる。-li- がアクセント音節と考えられる (プティリノプース)。
leclancheri は規則通りならば "レクランケリ" のアクセント位置と考えられる。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。4亜種あり (IOC)。日本で記録されたものは taiwanus (台湾の) とされる。
旧別名ノドグロヒメアオバト 英語別名 Black-throated Fruit Dove。
Qu et al. (2024) の分子系統樹 (#ズアカアオバトの備考参照) で Ptilinopus 属に内包される2属の記載年代を調べておいた。
Ptilinopus Swainson, 1825、
Alectroenas Gray, 1840、
Drepanoptila Bonaparte, 1855
となっており、Ptilinopus の記載が古いため内包される属を Ptilinopus に改名するだけで済みそう。
内包される2属を残したままで Ptilinopus 属を分割するとかなりの分割が必要でおそらく現実的でなさそう。
クロアゴヒメアオバトの学名はこのため変わる心配はないと想像される。ただしクロアゴヒメアオバトそのものはこの系統樹に含まれていない。
△ アビ目 GAVIFORMES アビ科 GAVIDAE ▽
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アビ
- 学名:Gavia stellata (ガーウィア ステールラータ) 星斑のある海鳥
- 属名:gavia (f) 未同定の海鳥で岩場に営巣するカモメの一種か
- 種小名:stellata (adj) 星をちりばめた (stellatus)
- 英名:Red-throated Diver, IOC: Red-throated Loon
- 備考:
gavia は冒頭が長母音でアクセントもここにある (ガーウィア)。
stellata は最初の2母音が長母音で最初の a にアクセントがある (ステールラータ)。stella 星 の冒頭が長母音で、所有の -ata の冒頭も長母音のため。
単形種。英名 loon の由来は古英語 lumme、スウェーデン語 lom、スカンジナビア語 lum などが候補になっている。不具の、ぎこちないなどの意味で、陸上での動作を表したものであろう (wikipedia 英語版)。loon がアメリカ英語、diver がイギリス英語の呼称。
属名の gavia はラテン語でミコアイサを指すとのことで、白と黒で潜って魚を採る海鳥を古代ローマの人たちは区別していなかった可能性がある。
アビ類は 18 世紀までカモ類に分類されていて初期の博物学者は mergus (#カワアイサ参照) または colymbus (未同定の水鳥でカイツブリか? The Key to Scientific Names) と呼んでいた (wikipedia 英語版 Gavia 項目参照)。#ハシグロアビの備考も参照。
ここでは属名の解釈は The Key to Scientific Names に従って「未同定の海鳥」とした。
アビ類はロシア語名では gagara と声にちなんでわかりやすい。ドイツ語 Eistaucher (氷の潜水士)、ノルウェー語、スウェーデン語では islom で氷と上記 lom の合成。スペイン語では colimbo と colymbus が残っている。
[学名の変遷]
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Colymbus septentrionalis Linn. となっており Linnaeus (1766) に記載に基づく学名が長く使われていたことがわかる。
別学名に Colymbus lumme または Urinator lumme が挙げられているがこれは Gavia lumme Forster, 1788 が最初の用例のよう。Foster の名前が出てこないので、Ogawa (1908) の時代にはこの用例はまだ知られておらず後世に使われた学名を挙げていた模様。
Urinator lumme Stejneger, 1882 の用例もある。
おそらく後に Colymbus Stellatus Pontoppidan, 1763 の記載が見つかり、これが最初の記載と認定され現在の学名となった模様。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではすでに現代の学名が用いられている。
septentrionalis は妙に長いが "北の" の意味で "セプテントリオーナーリス" と読む。-alis は形容詞を作る語尾で冒頭が長母音。septentrio (セプテントリオー) が "北" の名詞。septem は数字の7 (英語でも7月の名称に用いられる通り)。trio は耕作用のすき、だが英語 the Plough のようにおおぐま座、こぐま座も指す。
数字の7と合わせてすなわち北斗七星のこと。こぐま座にはおおぐま座をそのまま小さくしたような北斗七星の配列があり (北斗七星を柄杓にたとえて小柄杓とも呼ばれる)、その端が北極星。現代の都会では配列を見ることも難しいが人工の光もない古代にはよく目立っていたのだろう。
学名として残っていれば面白かったかも知れない。
そのように考えると Pontoppidan による "Danske Atlas" の Stellatus "星をちりばめた" の意味の形容詞ではなく特定の星々 (例えば北斗七星や北極星の配列) を意図していた可能性もあるのでは? もしそうであれば "北の星の海鳥" の意味になるのかも知れない。一つの可能性として挙げておく。
lumme は容易に類推できるように古ノルド語でアビを指す Lomr に由来。
英名 Red-throated Loon (ロシア名も同じ意味) と現在の学名の対応がよくなく、何かあるのだろうと想像するとやはり対応する学名があった。
Kessler (1853) p. 68 (#オオハム参照) によれば Colymbus rufogularis Meyer, 1839 とのこと。
この時点では見つかっていた Colymbus stellatus の用例は Gmelin, 1850 の方が遅かった。
A propos des materiels originaux de Cotylurus platycephalus et de Cotylurus variegatus (Dubois 1978) にも情報がある。
Red-throated Diver, colymbus rufogularis の絵画にも現れる。
wikipedia オランダ語版のアビ Roodkeelduiker のページにもシノニムとして登場する。他にはほとんど現れないので有効な学名ではなく一般的にはシノニムとして扱われないものかも知れない。
Colymbus septentrionalis が一般的に使われるようになる前の 19 世紀のある時期にはこの学名が使われていて現在は痕跡を残さないほどに忘れられているが、英名やロシア名に残っているのだろう。
[アビ類が地上を歩くのに向かない理由]
Clifton et al. (2017) Comparative hindlimb myology of foot-propelled swimming birds
に下肢の比較解剖がある。足のひれで水中を推進する鳥では下肢の下部しか体外に出ておらず (水中抵抗を少なくして流線型のラグビーボールのような体型になる)、下肢の上部をあまり動かせない。立っている時の体の重心は体外に出た下肢よりはるか上で、動かせる部分が少ないために姿勢をうまく制御できない。
カイツブリ類も同様。
カモ類のように足のひれで水面を推進する鳥ではここまでの特殊化はない。ウ類は中間にあたるとのこと。
潜水能力の非常に高い鳥は足を動かす筋肉の付着部位である膝蓋骨 (patella。膝の皿。現生爬虫類の多くは持たない) や tibiotarsus (脛足根骨。日本語名称はそれほど使われないかも知れない。ヒトでは 脛骨 tibia 腓骨 fibula の用語が使われるが、鳥類では腓骨はかなり退化している。両生類と爬虫類の多くは腓骨と脛骨が同じ太さなので、後ろ足で力強いジャンプができないと wikipedia 日本語版にある)
の近位にある突起 tibiotarsal cnemial crest が発達しているとのこと。
付着する主な筋肉である femorotibialis medius (中大腿脛骨筋) が泳ぐ時に膝の屈曲運動を抑制し、水中を推進する際に足が受ける抗力による膝関節を曲げるモーメントに対抗する働きがあると考えられる。
足の最も大きな筋肉である gastrocnemius (腓腹筋)、digital flexor muscles (趾の屈筋群) も付着し、足のひれで推進する力を生み出している。
骨格だけを解説した書物よりもこのような筋肉も含めたレビューを読むと水中推進への適応がよりわかりやすいだろう。
足で泳ぐ鳥以外にも足の力の必要な猛禽類でもこれら突起は比較的発達しているので骨格写真を見て確認いただきたい。
Manafzadeh et al. (2025) Fibular reduction and the evolution of theropod locomotion
に面白い研究が出ている。鳥類では腓骨はかなり退化していて生体力学にはあまり意味がないと考えられていたが、腓骨と踵が分離することによって鳥類の地上運動に必須の膝関節の長軸まわりの回転に役立っているとのこと。二足歩行への進化の過程で生じたものらしい。確かに系統の近いワニ類と形状が大きく異なる。
Shin et al. (2024) Fast ground-to-air transition with avian-inspired multifunctional legs
鳥を模倣したロボットが主眼となる研究だが、離陸の際に足でジャンプするとエネルギー的に有効であるとのこと。また陸鳥は足をさまざまな目的に使うので足の筋肉に投資している。
さまざまな話に応用が可能そうで、本格的な猛禽類が陸鳥の系統になって生まれた理由 (#ミサゴの備考参照)、器用な足 (#ハチクマの備考参照) からもしかして知能の進化などの鳥類進化全般、
オオタカの飛び出しの初速が遅いことを補う鷹狩りの手法、対してハヤブサがなぜ高低差を利用する狩りに特化したかなど考察にも役立ちそう。
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オオハム
- 学名:Gavia arctica (ガーウィア アルクティカ) 北極の海鳥
- 属名:gavia (f) 未同定の海鳥で岩場に営巣するカモメの一種か
- 種小名:arctica (adj) 北極の arktikos (Gk)
- 英名:Black-throated Diver, IOC: Black-throated Loon
- 備考:
gavia は#アビ参照。
arctica は短母音のみでアクセントは冒頭 (アルクティカ)。
2亜種あり (IOC)、日本で記録されるものは viridigularis (viridis 緑の gularis のどの) とされる。
Dwight (1918) A New Species of Loon (Gavia viridigularis) from Northeastern Siberia。
[さまざまな学名と英名について]
現在の学名と英名が結びつかないが、これは Colymbus atrogularis Meyer, 1839 の学名を反映したものと想像できる (後述の Karl Kessler による 1853 年のロシア語書物 p. 67 から知った)。これは Colymbus glacialis Linnaeus, 1766 のシノニムとされる
(参考: Gavia glacialis (L.) 1766.)
が、現在は Colymbus glacialis Linnaeus, 1766 はハシグロアビのシノニムとなっている。
ハシグロアビは Colymbus immer Bruennich, 1764 の記載の方が早かったためにこちらの学名が使われるが、当時から 19 世紀に入ってもアビ類の同定に混乱があり多数の学名が使われていたことがわかる。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば英名と同じ意味のロシア名は Kessler (1847) の用例が最初とあり、おそらくドイツ鳥類学者 Karl Kessler による Rukovodstvo dlya opredeleniya ptits, kotorye vodyatsya ili vstrechayutsya v Evropejskoj Rossii ("ヨーロッパロシアの鳥の識別ガイド" のような意味。見られるのは本の外観まで)。
この書物が見られないかと探したところ同著者による 1853 年のほぼ同じような表題の著書が見つかり、前述の古い学名を知った次第。
Linnaeus などの学名の同定が十分検討されていたのかどうかはわからないが、Meyer (1839) が付けたばかりの学名を用いたと思われる。英名もあるいはロシア名から訳されたものかも知れない。
現在の学名は Colymbus arcticus Linnaeus, 1758 由来 (原記載)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Colymbus arcticus Linn. と原記載の学名がそのまま使われており、シロエリオオハムとは別属扱いだが Urinator arcticus の別学名も載せられている。この時点で和名オオハムはすでに用いられていた。
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シロエリオオハム
- 学名:Gavia pacifica (ガーウィア パーキフィカ) 太平洋の海鳥
- 属名:gavia (f) 未同定の海鳥で岩場に営巣するカモメの一種か
- 種小名:pacifica (adj) 太平洋の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Pacific Diver, IOC: Pacific Loon
- 備考:
gavia は#アビ参照。
pacifica は "パーキフィカ" (#アマツバメ参照)。
単形種。かつてはオオハムの亜種扱い (当時の学名 Gavia arctica pacifica) だった。American Ornithologists' Union 5th edition (incl. 33rd suppl.) までこの学名が使われていた。1985 年 AOU が別種に分離。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではこの学名を用いており、ロシア名で "白い首のオオハム" または "太平洋のオオハム" の名前となっている。後者は学名または英名由来と考えられる。前者は和名と一致するがどちらが早いかは不明。ウクライナ語も同様で、スロバキア語では和名とほぼ同じ意味になっている (対応英語 white-naped)。
#オオハムの英名や (現在使われていない) 学名に対応して付けられた名称かどうかはわからないがオオハムの場合のロシア名は学名に対応した "のど (そのう)" が用いられ、シロエリオオハムでは "首" が用いられていることから起源は違うと思われる。
Dwight (1918) A New Species of Loon (Gavia viridigularis) from Northeastern Siberia にもヒントがあり、
Turkestan のオオハムの新亜種 suschkini はオオハムの基亜種より後頭部から首が淡色だが Urinator pacificus Lawrence (シロエリオオハムの当時の学名) ほど顕著ではないとある。当時から後頭部から首の色彩がオオハムとの違いと認識されており、それが命名の由来と考えられる。
この文献の記述からもオオハム類の識別などの記述はロシアの文献で主に行われていたことがわかる。後頭部から首の色彩であるために "のど" ではなく "白い首" (ロシア名)、"シロエリ" (和名、スロバキア語) などの名前になったものと想像できる。
この文献では Striped Diver (縞のあるオオハム) の英名がオオハム類の総称として使われていた。肩や背中の縞模様を指しているよう。記述から後頭部から首の色彩の違いは冬羽 (ないし秋の渡り時期) に対して与えられたもののよう。ピーターソン方式的な識別点ではなくなかなか難しい違いを指している。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にも Urinator pacificus (Lawr.) の学名で載っている (Hakodate) が和名は空欄になっている。
Urinator 属はハシグロアビをタイプ種として Lacepede (1799) が用いたもの。後に Gavia 属に統合された。
ラテン語 urino (ウーリーノー。潜る) 由来で "潜るもの" (ウーリーナートル)。名詞 urina は英語 urine と同じで尿の意味。語源はイタリア祖語の *urinos (水の) で "潜る" も尿も水に関係することは確かに共通している。
記載時学名 Colymbus pacificus Lawrence, 1858 (原記載)。一時期 Urinator 属に編入されたことがわかる。
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ハシグロアビ
- 学名:Gavia immer (ガーウィア イムメル) ハシグロアビ
- 属名:gavia (f) 未同定の海鳥で岩場に営巣するカモメの一種か
- 種小名:immer (外) ハシグロアビ ノルウエー語
- 英名:Great Northern Diver (or) IOC: Common Loon
- 備考:
gavia は#アビ参照。
immer は外来語で発音がわからないが "イムメル" と推定される。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
記載時は属名 Colymbus が使われており、この属はアビ類の他にカイツブリ類も含んでおり、動物命名法国際審議会が Gavia 属をアビ類に与えた 1956 年まで使われていた (wikipedia 英語版)。
記載時学名 Colymbus immer Bruennich, 1764 (原記載)。
The Key to Scientific Names にはもう少し詳しい説明があり、Linnaeus の用いた Colymbus 属はオオハム、カンムリカイツブリなど3種類の (現在 Podiceps 属の) カイツブリ類を含んでいた。Linnaeus はタイプ種を指定したわけでも意図を示す記述も残さなかったとのこと。
Brisson (1760) が Colymbus をカイツブリ類、Mergus をアビ類に用いる提案を行って、この属の First Reviser の役割を果たしたかのように見えたが、Brisson は二名法による分類を採用しておらず、Linnaeus の仕事を引用しているわけでもないので First Reviser には値しないと書いてある。
改めて見てみると Genus Colymbi,
Genus Mergi と属定義はある (一覧)。
Colymbus は Linnaeus がすでに用いた属名であったため、Brisson (1760) が新たに提唱した属名 (Accipiter など) とは異なる扱いになったものと考えられる。Brisson (1760) 由来で認められた属名は多数ある。
属新規記載と既存の属の First Reviser の場合は扱いが異なるらしい。
Latham (1787) は Colymbus をアビ類に、Podiceps をカイツブリ類に用いた。この属名が長年標準的に使われていたが、1915 年には BOU が問題を提起した。ICZN が 1956 年に Colymbus を用いない判断を下した。
種小名の immer (ノルウエー語より) に近い他言語名はアイスランド語の himbrimi があり、語源をたどるとスウェーデン語 immer/emmer (灰) に、あるいはラテン語 immergo (浸す) または immersus (沈んだ) に由来する可能性があるとのこと (wikipedia 英語版より)。
ドイツ語の immer (常に) と同じ綴りであるが語源の関連性はないようである。
普通に使われる単語ではないようだが英語 immer もアビ類を指す。
和名はかつて使われていた英名 Black-billed Loon (Yellow-billed Loon に対する名称か) に由来すると想像される。
Young Guns (2017) Birder 31(2): 44-47 にハシジロアビとハシグロアビの識別が出ている。
Common Loon の英名が示すように世界的にはハシグロアビが普通種で、ハシジロアビよりもデータはずっと豊富にあるが、日本ではハシグロアビの方がずっとまれ。
Gayk et al. (2020) Genomic insights into natural selection in the common loon (Gavia immer): evidence for aquatic adaptation
にゲノム研究と正の選択を受けている可能性のある遺伝子候補が述べられている。当時はゲノムが読まれている種類はまだ少なく、同様に潜水して採食するペンギンとの比較や海水でのイオン環境に適応する遺伝子などが中心になっている。
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ハシジロアビ
- 学名:Gavia adamsii (ガーウィア アダムスィイ) アダムスの海鳥
- 属名:gavia (f) 未同定の海鳥で岩場に営巣するカモメの一種か
- 種小名:adamsii (属) アダムスの (ラテン語化して -ius を属格化) 発見者、英国の船医 Edward Adams
- 英名:White-billed Diver, IOC: Yellow-billed Loon
- 備考:
gavia は#アビ参照。
adamsii は "アダムスィイ"。
和名はイギリスの英名の White-billed Diver 由来と推定される。アメリカの英名が Yellow-billed Loon。
単形種。
△ ミズナギドリ目 PROCELLARIIFOMES アホウドリ科 DIOMEDEIDAE ▽
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コアホウドリ
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クロアシアホウドリ
- 学名:Phoebastria nigripes (ポエバストゥリア ニグリペース) 足の黒いアホウドリ
- 属名:phoebastria (f) 女性の予言者のような鳥 (phoebastris (adj) 予言者のような -ia (接尾辞) 質を表す phoebas (f) 女性の予言者)
- 種小名:nigripes (adj) 足の黒い (niger (adj) 黒い pes (m) 足)
- 英名:Black-footed Albatross
- 備考:
phoebastria は#コアホウドリ参照。
nigripes は e が長母音で冒頭にアクセントがある (ニグリペース)。
学名、英名、和名ともによく一致する。和名は英名の訳か。
単形種。
気候変動の影響を大きく受けている種。These animals are racing towards extinction. A new home might be their last chance (Nature のニュース 2023)。
ハワイのクロアシアホウドリの移住が行われている。海水面に近いコロニーではすでに海面上昇と嵐によって多数のコロニーが失われている [出口 (2019) Birder 33(7): 32-33 にチャタムアホウドリと合わせて言及がある]。
同じニュースで扱われているオーストラリアの希少カメの場合について、科学者や保護団体には悩みもある。移住はほとんど最後の手段であり、費用もかかりリスクもある。移住が行われるカメの場合は (現時点で) 冷涼な気候で繁殖できるか未知の点がある。生育に非常に時間がかかるので成否が出るまでに (生息地の消失は危急の課題にもかかわらず) 長い年月を要する。
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アホウドリ
- 学名:Phoebastria albatrus (ポエバストゥリア アルバトゥルス) アホウドリ
- 属名:phoebastria (f) 女性の予言者のような鳥 (phoebastris (adj) 予言者のような -ia (接尾辞) 質を表す phoebas (f) 女性の予言者)
- 種小名:albatrus (合) アホウドリ (Albatros アホウドリ 独)
- 英名:Short-tailed Albatross
- 備考:
phoebastria は#コアホウドリ参照。
albatrus は外来語のため発音はよくわからないが、規則通りに読めば -bat- がアクセント音節 (アルバトゥルス)。ドイツ語の Albatros や英語の albatross は冒頭がアクセント。フランス語では特にアクセントはないが、語末は長音 (アルバトゥロース)。英語でも語末を長音で読む発音もある。
英名の Short-tailed Albatross は Diomedea brachyura Temminck, 1836 (記載, 図版)
の学名やフランス語名 Albatros a courte queue (尾の短いアホウドリ) または Albatros trapu、
さらに "Fauna Japonica" で用いた Diomedea brachyura に由来すると考えられる (図版) に由来すると考えられる。
Temminck (1836) の記載では和名 Ga-ran-tsjoo が紹介されている。ガランチョウの古名は現在ではハイイロペリカンを指すとされている (#ハイイロペリカン参照)。
生息地は meres a l'orientt du Japon, et dans le voisinage des iles Liou-kiou, vers le sud (日本の東側の海や琉球から南の方)。
当時はフランス語名で l'albatros trapu と呼ばれていたようで、trapu は大きくてずんぐりして力強い人や動物を指す形容詞とのこと。名称からは尾が短いことを意味したいことはわかるがこの部分の本文中には記述が見当たらない。
アホウドリ類の解説 の部分には Buffon が l'albatros de la Chine (中国のアホウドリ) と呼んだものと同じとのこと。
Diomedea chinensis Temminck, 1820 (参考) の用例があり、Temminck (1836) より早かった。2番めに早い学名で Pallas (1769。出版年は現代の解釈による) の記載が有効と認められなければ "中国のアホウドリ" の学名となっていた可能性もある。
Buffon が Diomedea brachyura のラテン名を与えたとのこと。Temminck が初めて "尾の短い" と呼んだものではなく Buffon の名称を引き継いだ模様。
Buffon がどのように記したかまではわからないが、参考までに同じ書物で 海鳥の分類 の部分でネッタイチョウ類に Paille-en-queue の (尾がストローのような) と分類しているので、"尾の短い" は海鳥の中でネッタイチョウ類と対比したものかも知れない。
Diomedea albatrus Pallas, 1769 (原記載) 基産地 off Kamchatka (カムチャツカ沖) の方が早いために Temminck の学名は残らなかったが、英名に (あまりふわさしくない?) 痕跡を残すこととなった。
なお Temminck 自身の用例では Diomedea brachiura Temminck, 1827 (参考), Diomedea brachiura Temminck, 1835 (参考) ともに綴りが違っているとのこと。
brachyura はその訂正とのこと (参考)。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で2種に分離され、Phoebastria albatrus は センカクアホウドリ、もう一種は学名未定の和名アホウドリとなる見込み。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版に対してこの提案が出されていたが、その段階ではどちらが Phoebastria albatrus を引き継ぐか不明であったため保留とされた。
第8版では結果的に分離は行われず、Phoebastria albatrus はアホウドリのままで単形種の扱い。
江田・樋口 (2012) 危急種アホウドリ Phoebastria albatrus は2種からなる!?、Eda et al. (2020) Cryptic species in a Vulnerable seabird: short-tailed albatross consists of two species、
Yamasaki et al. (2022) Neotype designation of the Short-tailed Albatross Phoebastria albatrus (Pallas, 1769) (Aves: Procellariiformes: Diomedeidae)
タイプ標本が失われているためかつて記載された Phoebastria albatrus がどちらを指すかわからなくなっていた。ここでネオタイプ標本を提示し、尖閣諸島で繁殖するより小型種を Phoebastria albatrus と再定義した。
鳥島などのより大型のもう1種については albatrus のシノニムから選ばれると思われるが、まだ確定できるまで (文献) 調査が進んでいないということであろう。尖閣グループの鳥は鳥島も少数訪れるが行動も異なり、自身と同じグループの個体とつがいになるのを好むとのことである
[Eda et al. (2016) Assortative mating in two populations of Short-tailed Albatross Phoebastria albatrus on Torishima。
江田 (2021) Birder 35(6): 34-35 に「アホウドリは2種いると解明!」の記事がある。
Avibase (2024.10 時点) ではネオタイプはまだ取り入れられておらず、Pallas (1769) のまま基産地は off Kamchatka となっている。
Royle et al. (2022) Documenting the short‐tailed albatross (Phoebastria albatrus) clades historically present in British Columbia, Canada, through ancient DNA analysis of archaeological specimens
はカナダのブリティッシュコロンビアの古生物標本を調べ、鳥島グループ (Clade 1) が乱獲以前の過去にはずっと訪れていたが、少数は尖閣グループ (Clade 2) に属することを示した。両グループ (新分類では種) の分布は乱獲前においても違っていたことを意味する。
記載論文が発表されれば英名もいずれ修正されると思われる。
Huynh et al. (2023) Whole-genome Analyses Reveal Past Population Fluctuations and Low Genetic Diversities of the North Pacific Albatrosses
が北太平洋のアホウドリ類5種のゲノムを解読している。主な目的はコアホウドリとクロアシアホウドリの関係と歴史的な個体数変動を調べるもの。ベーリング海のアホウドリは外群の扱いで読まれている。
アホウドリのゲノムは 2020 年にもう1例 (CEBS in NIES Japan 国立環境研究所) が読まれている。
実効個体数変動は最終氷期の水深の低い状況で生息に適する海岸線が増えて最大となったがシロハラアカアシミズナギドリはそのピーク時期に減少し、気候変動により適した繁殖場所が減少したことや食物の減少に対応していると解釈されている。これらアホウドリ類全体で免疫に関係する MHC 多様性が非常に低く、ほとんど単形に近いとのこと。
海水浸透圧に対する適応は MYL12B, CDC42EP3 などの遺伝子に対する選択圧として現れているとのこと (浸透圧が高い外部環境では細胞骨格の維持機能が重要である。なるほど。さらにこれら遺伝子機能は tidal marsh sparrows で調べられているとのことで、スズメ目でも塩分環境への適応が遺伝子レベルで知られている模様。トゲオヒメドリ Ammospiza caudacuta Saltmarsh Sparrow のような種がある。詳細は引用文献参照)。
「アホウドリは2種いる」話はいったいどうなったのかと思って調べてみたが、上記 Royle et al. (2022) は配列が 141 bp と大変短く、BLAST で解析しても系統分離が難しいレベル (そもそも無理と言われればごもっとも)。一致率も 99% を超えている。
もう少し長い cyt b OK077985.1 を使ってみると2系統に分かれるように見えるがアホウドリ内の一致率は 98% を超えている (この解析サンプルに問題の2種が含まれるかどうかは不明)。
Eda et al. (2020)
Cryptic species in a Vulnerable seabird: short-tailed albatross consists of two species が2種を示した論文で、mtDNA CR2 domain I (341 bp) とこちらもかなり短いものだった。BLAST を試してもあまりよくわからなかった。
この論文の系統樹には現れないアンティポデスアホウドリ Diomedea antipodensis Antipodean Albatross も比較的近い位置に現れる。この配列で Phoebastria 属と Diomedea 属がうまく分かれないようなので種分割の指標として適切かよくわからない感じがする。
種内の遺伝的多様性が高いことは確かだが2種に相当するかは現状遺伝情報ではまだ何とも言えない気がする。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版に対して和名「オキノタユウ」への改名を求める意見も出されたが、変更した場合への影響が大きいと考えられるため変更しないとの見解になった (詳しくは原文参照)。不適切名称の改名の事例については#クロハゲワシの備考 [ハゲワシ類の名称や迫害、改名] も参照。
長谷川 (2005) Birder 19(4): 26-27 はオキノタユウ (沖の太夫) の名称を解説し、記事全体もこの名称で記述している。
「オキノタユウの島で: 無人島滞在 "アホウドリ" 調査日誌」(長谷川博 偕成社 2015) は定年退職 (2014) に際してまとめられた本で、プロローグが「アホウドリからオキノタユウへ」となっている。自身が図鑑の名前を見て子ども心にもひどい名前をつけられた、かわいそうな鳥と思ったこと、
1990 年代保護計画を小学校で紹介する際にデコイを見せると子どもたちがアホウと鳴くと考えたエピソードなどが語られている。この鳥の地球上での再生に見とおしが立った時点が、もっとふさわしい名前に変えるのによいのではないかと考えたことが述べられている。
本稿では長谷川氏の見解をふまえ、和名索引に別名として挙げさせていただくこととした。
天然記念物。絶滅危惧 II 類 (VU)。IUCN 3.1 VU 種。
[語源や関連する用例]
種小名の由来は Albatros アホウドリ 独 とされ、The Key to Scientific Names にもそのようにあるがなぜドイツ語なのか今一つすっきりしない。Pallas (1769) の記載より 属名 Albatrus が先に使用されていて (Brisson 1760。現在は使われない属名) こちらはフランス語 albatros 由来とある。
言語出典までは必ずしも明確でなくて、ドイツ語でもフランス語でも albatros が同じように使われていて、記載者がドイツあるいはフランスだったのでそれぞれの言語由来と判定したものと想像できる。
何語由来かが問題になるのは名詞の性を決める必要があるためと知った。#ツリスガラ備考参照。ドイツ語 Albatros フランス語 albatros はいずれも男性名詞だったためこの場合は問題なし。
ドイツ語の Albatros の由来は航海士の英語から入ったとのこと (wikipedia ドイツ語版より)。
スペイン語やポルトガル語の alcatraz で、現在は一般にはカツオドリ類を意味するが、もとは大型の水鳥、特にペリカンを指していたものが変形したと考えられるとのこと。
スペイン語やポルトガル語の alcatraz はアラビア語の al-qadus 水車の水をくむバケツ部分に由来し、ペリカンののど袋を連想されたらしいとのこと。あるいは al-ghattas "海のワシ" に由来すると考えられる (Etymology Online)。
alba- (albus) がラテン語で白の意味のため、おそらくこの影響を受けて語形が大きく変化したのではないかとのこと。
英語ではミズナギドリ目の鳥を指して使われており、以前にはグンカンドリ類も指していたとのこと。
フランス語の albatros も同じ語源の説明が書いてあってどこから入ったかは明確でなかった。
wikipedia 英語版では In Hawaiian mythology, Laysan albatrosses are considered aumakua, being a sacred manifestation of the ancestors, and quite possibly also the sacred bird of Kane.
Japanese mythology, by contrast, refers to the short-tailed albatross as ahodori, "fool bird", due to its habit of disregarding terrestrial predators, making it easy prey for feather collectors
とハワイではコアホウドリが先祖を表す神聖な鳥との神話があるが、日本では "ばかな鳥" と扱っていて対照的であると記載されている。
同じページの西洋文化のところでは the most legendary of all birds (最も伝説的な鳥) で、神の創造の汚れない美しさを表したとされた。船乗りが実際には食べていたが、撃ったり殺したりすることは凶事につながると信じられていた。
死んだ船乗りの魂が宿っているとして捕まえたが放した事例などが紹介されている。
伝説から転じて、albatross の語は逃れられない心理的な重荷 (呪い) の意味にも使われるようになった。出典は "The Rime of the Ancient Mariner" (1798) の詩からとのことだが一般的に使われるようになったのは 1960 年代からとのこと。現代でもさまざまな映画などで扱われる題材で、2011年には逃れられない重荷を表した "Albatross" という題の映画も英国で作られた (wikipedia 英語版)。
和名に関しては The rare 'idiot bird' (Tobias Hayashi 2019) が語源を紹介している。英名の Short-tailed Albatross も (尾が短いことは他の Phoebastria, Diomedea 属でも同じなので) 同様に silly (ばかげている) としている (注: 英名の方はおそらく現在使われていない Temminck の学名由来)。
使われている What's in a name? は直訳すると「名前に込められたものは?」となるが、シェークスピアのロメオとジュリエットが由来らしい (名前というものにはどんな意義があるのか? とジュリエットが自問自答した部分。a rose by any other name どんな名前で呼んでもバラ、と続く)。
名前の意味を説明するとともに、掛詞のように用いておよそ実体を表していない和名であることを伝えたいのだろう (also silly のところで伝えたいことがわかる)。
What's in a name? のフレーズは学名解説でもしばしば現れる。ふさわしくない学名が付いてしまったが規約上変えられなく実体を反映しないものになっている場合を指す。
Barwell (2012)
What's In A Name? What Names For Albatross Genera Reveal About Attitudes To The Birds (この文献は属名由来などの解説にもなっている) では、
英語の mollymawk (Thalassarche 属などの一般名: オランダ語で mal ばか + mok カモメ 由来説がある)、gony/gooney (北太平洋の albatrosses を指した英語で OED では 1957, 1966 年にも用例がある) などとともに
also being the meaning of the Japanese words, aho-dori and baka-dori,
"fool-bird", for the Short-tailed Albatross (Austin 284).
The attitudes lying behind these sorts of names are those which legitimated the unrestrained exploitation of the environment, for profit,
sport, or other motives, in the nineteenth and twentieth centuries.
19-20 世紀の節操ない自然搾取時代の態度が残されたものとしている。
この種の復活物語を英語に翻訳された The Recovery of the Short-Tailed Albatross: A Preservation Success Story (Ishi Hiroyuki 2017) 記事では "屈辱的な" を derogatory と訳してある。
"アホウドリ" の名前は輸出され、何と海外 (ベトナム) でも使われていた: Galapagos Aho Dori - Wikipedia。
ロシア語名では belospinnyj al'batros (背の白いアホウドリ) で、対応する学名が見当たらないので独自路線に見える。カムチャツカや千島列島では記録されるのでロシアでの扱いを見ておくことは意味がある。
wikipedia ロシア語版によれば迫害の歴史のかなり直接的な表現があり、1886 年に日本に会社が設立されて 1902 年までのわずか 15 年の間に 500 万羽が根絶 (絶滅) させられたと記されている。
"乱獲" よりもさらに強い意味の語が用いられている。当時の状況は日本語書物でも触れられているのでさらに詳しいことを知りたい方は簡単に調べることができる。例えば「日本の希少鳥類を守る」(京都大学学術出版会 2009) の第2章で出口智広氏が文献も紹介して取り上げられている。
シジュウカラガンや危なかったルリカケスもみなこの時代の犠牲者だった。
羽毛産業に待ったをかけた英国の RSPB (Royal Society for the Protection of Birds) が設立されたのは 1889 年。Emily Williamson が 1889 年に設立した The Plumage League を母体の一つとして 1891 年結成。設立当初のメンバーは全員が女性だったとのこと (wikipedia 英語版から)。
RSPB の物語を描いた "For the Love of Birds: Story of the Royal Society for the Protection of Birds" (Samstag, RSPB 1988) の第2章タイトルは Those formidable women だった。
wikipedia ロシア語版によれば 2010 年のレッドデータブックシリーズの2ルーブル硬貨でアホウドリが取り上げられたとのこと (硬貨写真あり)。
[鳥の繁殖開始年齢と繁殖様式の関係]
Taylor and Prum (2023) Social Context and the Evolution of Delayed Reproducytion in Birds に preprint 段階であるが繁殖開始年齢と繁殖様式の関係の研究結果がある。
古典的な生活史戦略はできるだけ早く繁殖を開始する選択が働くはずだが、発育が可能であれば繁殖開始を遅らせる戦略も有利になり得る。鳥類・哺乳類で体のサイズと繁殖開始年齢の相関はこれまで知られていたが、鳥類はほとんどの場合すぐに成鳥と同じ大きさになるのでこの説明は直接適用できない。
いくつかの種においては体の発育ではなく行動 (社会行動、採食行動など) の発育に時間がかかり繁殖開始が遅れる例が報告されている。オナガセアオマイコドリ Chiroxiphia linearis Long-tailed Manakin は体重 20 g しかないが、メスは1-2年めに繁殖するののに比べ、オスは身体の発育が終わっても社会的順位を確立し、オスの集団ディスプレイを発達させるのに 10 年を要するとのこと。
共同繁殖を行ったりやレックを作る鳥でレックでの雌雄の役割に対応して雌雄で繁殖開始が異なることが最近明らかになった。
Ancona et al. (2020) Sex differences in age‐to‐maturation relate to sexual selection and adult sex ratios in birds によれば一夫多妻、オスの方が重い、集団の性比がメスに偏っているほどオスの繁殖開始が遅れる傾向が見られた。
Taylor and Prum (2023) は調査範囲を広げて系統・生活史と繁殖開始年齢の関係を調べたもの。
コロニー性の鳥で繁殖開始年齢の遅れが大きく、共同繁殖でも弱い傾向があり一夫多妻・一妻多夫の性差の傾向も確かめられたが。生態の多様性が大きく、簡単なカテゴリー変数を用いたモデルでは系統モデルを取り入れても現実を説明するのは十分ではない可能性がある。
コロニーで繁殖するハイガシラアホウドリ Thalassarche chrysostoma Grey-headed Albatross の 13 年、共同繁殖をするヒゲワシで 10 年などのモデル推定値が得られた。ワタリアホウドリの野外研究では 11 年とのこと。
繁殖開始年齢と繁殖様式を含めた系統樹が示されているのでご覧いただきたい。
データは Data and code repository for the manuscript: Social context and the evolution of delayed reproduction in birds
にあるので詳しく見ていただければ興味深い情報がみつかるかも知れない。文献から繁殖開始年齢を調査した一覧が data_raw_2023-07-23.xlsx にある。
Schoenjahn et al. (2022) Delayed juvenile behavioral development and prolonged dependence are adaptations to desert life in the grey falcon
によればオーストラリアのハイイロハヤブサでは体サイズから推定すると 12 か月で繁殖可能になると考えられるがその時期でもまだ親と一緒にいるとのこと。他の Falco 属に比べてこの種では行動発育が特に遅い。オーストラリアの暑く乾燥した夏を乗り越えて生まれたその年に繁殖を始めても生存する可能性は極めて低いための特徴と考えている。
[海鳥の翼の上面はなぜ黒い]
Rogalla et al. (2021) The evolution of darker wings in seabirds in relation to temperature-dependent flight efficiency
海鳥の翼の上面は黒っぽいものが多いが、これは空気が熱せられることによって揚力/抵抗の比率が上がり、長距離の滑空に有利であるとの解釈がある (もちろん紫外線防御、摩耗耐性、外部寄生虫耐性など他にも要因があるだろう)。この研究では滑空時の沈下速度との相関、風洞実験でその効果を実際に確かめた。
カツオドリ類で若鳥で黒く、成鳥で一部白くなるものがあるが風洞実験での飛行効率への影響は翼の下げ角が大きい時に認められた。
黒い翼の航空力学的利点は長距離を渡る鳥や長距離を羽ばたかず飛ぶコンドルなどにも同様にあると考えられるとのこと。ウ類からカモメ類までを含む水鳥で調べられているので図を見ると他にも思いつくことがありそう。
Hassanalian et al. (2017) Role of wing color and seasonal changes in ambient temperature and solar irradiation on predicted flight efficiency of the Albatross
によれば季節で色の変わるアホウドリ類でも黒い色の方が飛行効率がよいいとのこと。
Goumas (2022) Dark wing pigmentation as a mechanism for improved flight efficiency in the Larinae によれば羽ばたき飛行のカモメ類でも成り立つとのこと。風切先端の黒色も翼面荷重 (wing loading) と相関がある。
大型種ほど翼面荷重が大きくなるので翼を幅広くする (アスペクト比を下げる) 必要があり、操縦性能と長距離飛行効率との兼ね合いで進化した可能性がある。黒い翼はは体温調節に有利との考え方もあって独立に働くだろうとのこと。この論文では飛べるようになったカモメ類では保護色として働く必要はないと考えている。
なおカウンターシェーディング (countershading) の考え方は古くから (*1) 提唱されていて有効であることは特に疑われていないが、(獲物からは見えない) 上面の黒さの説明はあまり満足なものがなかった。例えばカモメ類では翼だけ黒くて他は白っぽい種類も多い理由が説明できなかったが、航空力学的効果を考えると説明が与えられるかも知れないという趣旨。
備考:
*1: 川口 (2017) Birder 31(1): 50-51 では Thayer (1896) The Law Which Underlies Protective Coloration
が紹介されているが、wikipedia 英語版によればさらに早くから知られていたようで Poulton (1890) "The Colours of Animals" で昆虫の色彩を記述しているとのこと。
The Colours of Animals (wikipedia 英語版) によれば当時すでに警告色や擬態、進化メカニズムも議論されていて現代的なテーマがすでに出揃っていた模様。当時はまだ遺伝学の理論も未発展だった。Wallace は性選択を支持していることを批判したとのこと。
The Colours of Animals: Their Meaning and Use Especially Considered in the Case of Insects (archive.org) で読める。
出版当時から批判も含めた評判が高かったようで、Abbott (1896) もこれに刺激されて鳥に応用したと考えるのが妥当そう。
Abbott Handerson Thayer の wikipedia 英語版 の記事にも "father of camouflage" (カモフラージュの父) と呼ばれることもあるが彼が発明したわけではないとある。当時まさに議論の対象のころで、そのうちの一人で早い時期に系統的に研究を行ってまとめた著書を執筆していることは確か。
同ページには Thayer はすべての動物がカウンターシェーディングになっているとの誤った考えに取り憑かれていたとある。
[海鳥の翼先端にはなぜスロットがない?]
タカ類などでは初列風切先端の羽毛の (anterior vane) emargination (外弁欠刻) と (posterior vane) notch (内弁欠刻) (emargination は総称的にも使われる) で スロット状の構造 (論文から採用した記述的表現では emarginated, vertically separated primary feathers や slotted distal primary feathers のように使われている。
emargination は個々の羽毛にかかわる用語なので wing を修飾するのは適当でなく、この用語を使う場合は wings with emarginated primaries のような長い表現になってしまう)
があって滑空中に抗力を小さくするのに有利などの解釈がなされるが、長時間の滑空を行う海鳥にはなぜないのかなど説明しにくい部分もある。
van Oorschot et al. (2016) Aerodynamic consequences of wing morphing during emulated take-off and gliding in birds
は実験により、高速の滑空中よりもむしろ飛び立ちなど速度が遅い時に役立っているのではとの仮説を提唱。海鳥は飛び立ちの頻度が少ないが猛禽類は地上から頻繁に飛び立つ必要があるので異なる適応を遂げているのではとのこと。
過去に猛禽類を用いた実験では Tucker (1993) Gliding Birds: Reduction of Induced Drag by Wing Tip Slots Between the Primary Feathers (induced drag = 誘導抗力、後の解説参照)
や Tucker (1995) Drag Reduction by Wing Tip Slots in a Gliding Harris' Hawk, Parabuteo Unicinctus
のように滑空中に注目した研究が中心だったが他の点に着目したものはあまりなかったよう。
van Oorschot による学位論文 (2017) Aerodynamics and Ecomorphology of Flexible Feathers and Morphing Bird Wings も読める。
KleinHeerenbrink et al. (2017) Multi-cored vortices support function of slotted wing tips of birds in gliding and flapping flight
のニシコクマルガラスを用いた研究もあり、従来から想定されていた滑空中の航空力学的効率を上げる効果、羽ばたき時の効果の両者を確認できた。いずれの場合にも vortex spreading (翼端に生ずる渦を分散させる効果) が生じて抗力を弱める効果があった。
ソアリングも滑空も行わない系統にも見られることなどから滑空のために進化した構造というより、もっと一般的な意味があって、初期は羽ばたき効率を上げるために進化したのではないかとのこと。
Liu et al. (2021) A Brief Review on Aerodynamic Performance of Wingtip Slots and Research Prospect にウィングレットの役割にかかわる過去の研究も紹介されている。
この文献では prominent and separated feathers at wingtip called wingtip slots と表現している。"突出"、"分離" のどちらもふさわしい使われ方になっており、翼先分離でも翼先突出のどちらの用語でも表現上は構わない感じがする。"fingers" は英語でも普通に使われるので "翼指" でも差し支えないように思える。
wingtip slots は一般的に使われるが、この数で識別などを表記したものは見つけられなかった。
KleinHeerenbrink et al. (2017) では number of slotted feathers of the wing tip の表現になっていて翼先分離/翼先突出/翼指数に対応する (おそらく適切な学術用語がない)。
この表現を見ると「隙間があって流れを分割する」ことが本質的なようなので、"翼先分離" の方がメカニズムにより対応した名称になっているだろうか。
航空力学について、誘導抗力やアスペクト比などの説明は 人力飛行機を実現する原理[プラントルの揚力線理論](アスペクト比と揚力/誘導抗力比) が参考になりそう。
ウィングレットの項目に大型陸鳥の初列風切羽についての言及がある。
仕組みの日本語解説があるが非常に難しい。自分も流体力学を勉強したことはなく、このような数式をすらすら読める必要はないのでご安心を (*1)。鳥関係で物理学が難しいので...と言われるのはおそらくいきなり飛翔のメカニズムに入ろうとするためではないだろうか。
この解説を見ると流体力学は直感に反する部分が多々あり、完全に演繹的な物理学でもないので初めて取り組むには難しすぎて挫折する恐れ濃厚。
日本語の 空気力学、航空力学 のどちらも英語では aerodynamics なのでそれほど違うわけではない。空気を媒質とする流体力学。ここでは英語で aerodynamics とある場合、飛翔に関係する場面では主に航空力学と訳してある。空気力学的効果のような使い方は聞いたことがないので流体力学的効果としている。
関連して 渦抵抗 (カルマン渦列と抗力) の解説もある。
3. 渦動後流と物体が受ける抗力 (円柱の場合) の解説部分も渦の効果が直感的にわかりやすい部分があり参考になる感じがした。
また「流れの中に置かれた弦などは一定の振動数で振動し音を発するが、このような音響的現象は古くから知られていた」の部分は、羽毛と空気の相互作用で音を発生する種類でも起きているかも知れない (羽毛と羽毛をこすり合わせて音を出る音とは別物 *2)。
現実の鳥の飛行でのレイノルズ数は 25000-375000 の範囲程度とのこと: Alerstam et al. (2007) Flight Speeds among Bird Species: Allometric and Phylogenetic Effects。
「渦抵抗 (カルマン渦列と抗力)」のページに「レイノルズ数が小さい領域 (30 以下) で抵抗係数 C_D が増大するのは、圧力の項より粘性による物体表面の摩擦の効果が勝ってくるから」に該当するのは鳥では着陸・着地の時あたりの超低速飛行の時。
Gowree et al. (2018) Vortices enable the complex aerobatics of peregrine falcons
によればレイノルズ数は 5.8 x 10^5 (22.5 m/s) とあり、このあたりが上限と思ってよさそう。先のページではこの領域では「レイノルズ数が 10^5 を超えると抵抗係数 C_D は急激に減少し ... この抵抗係数の変化は乱流が発生して流れの様子が全く異なった様相を呈するためで、この稿でした渦列の議論は全く成り立たなくなる。抵抗係数急減の説明には乱流境界層の考え方が必要で」
に対応する。Gowree et al. (2018) でもこの領域を扱っており、Prandtl (1931) も引用している。flow separation, re-attachment and vortex generation と乱流境界層がハヤブサの高速飛行を助けているとのこと。
小翼羽 (alula) と渦発生にかかわる過去研究も含めたものは Linehan and Mohseni (2020) Scaling trends of bird's alular feathers in connection to leading-edge vortex flow over hand-wing
で読める。低速飛行中で翼を大きい角度に保った場合に 揚力/抗力の比 を最大にする (13% ぐらい上昇するとのこと) 場所に alula があるとのこと。もっと体に近い位置にあると揚力を完全に失ってしまう結果が得られた。
翼全体の形で最適場所が少し異なり、楕円形のスズメ目の Zimmerman wing では少し内よりに、矩形の猛禽類の翼では中央より少し外側にあるのが最適とのことでほぼ現実を再現している。
Matloff et al. (2020) How flight feathers stick together to form a continuous morphing wing
羽毛の微細構造の方向性のある鈎が "directional Velcro" (方向性のあるファスナー) のように確率的に絡み合うことで隙間を埋めて自動的に理想的な流体力学的構造を作る。ただし無音飛行を行う種類にはこの構造がない (ファスナーを閉じる時のような音がしない)。
高輝度 X 線によるスキャンで明らかになった。10 分以内のスキャンで数千本の羽毛の構造が得られるとのこと。時間もかからないので多数の種を調べることができたとのこと。
アルゴンヌ国立研究所 (Argonne National Laboratory) の運用する高輝度 X 線の研究機関で行われたもの。
Hooks on the feathers stick together: Visualizing how birds form continuous wings in flight (一般向け解説)。
この研究室は他にも構造色の機構の研究などを行っている。
備考:
*1: ただし古い時代の教科書は持っているので、一般的な流体力学の教科書にどのように書かれているかを確認してみた。
粘性のない流体の場合は流れに対して等速度運動している物体には抵抗力が働かないため (D'Alembert's paradox ダランベールのパラドックス として有名)、
翼に働く抵抗を考察するには流体の粘性を扱う必要がある。粘性のない流体にはよく完備した理論があるので、大学で流体力学を勉強する場合には体系立てて理論を学べるこれを主に扱い (出てくる数学は大学で理系の1-2回生段階が中心だがおそらく選択科目なので分野によっては学ばない人も多いかも)、
最後の方で粘性のある流体を扱うのが一般的のよう (ただし単純な場合のレイノルズ数などの概念はもっと早い段階から扱う)。
粘性のある流体中で働く力などは数学的な厳密解が得られないためコンピュータを用いた数値計算や風洞実験などが必要で、学習段階としても後回しになるよう。この場合も円柱や球など理想的な形状を扱っていて翼など複雑な形状は "お話" 程度に出てくるぐらい。また乱流は主に大学院生程度で学ぶのが一般的とのこと。
大学 (理学部を想定) でたとえ物理を勉強したとしても、鳥の翼の流体力学を系統的に学ぶには専門課程ぐらいの知識が必要になる模様。このぐらい専門的な内容になると日本語の専門書や記事を探すよりは英語の教科書を見た方がてっとりばやい、となるのだろう。
論文などのイントロダクションから定性的な話をまず読み取り、必要に応じて上記で紹介したようなページなどを参照して、応用 (現実) と理屈の間を行きつ戻りつ理解を深めてゆくのが現実的そう。
揚力の発生を生徒にどう説明するか (山本明利 2019) も興味深いので紹介しておく。変化球などのマグヌス効果も同様の現象。「誤った、あるいは誤解を招きやすい説明」の項目は注意しておいてよさそう。「ベルヌーイの定理説」の問題点は因果関係が逆転しているということのよう。
説明されているものは Kutta-Joukowski theorem (クッタ・ジューコフスキーの定理)。
この説明は粘性のない流体に対するものだが (ただし以下参照)、現実の流体でも定常流で剥離が発生しない場合はよく成り立つとのこと (wikipedia 英語版より)。まずは粘性のない流体に対する説明を理解するのが多分よいのだろう。
いつまで見られるかわからないが有意義な解説があった。
飛行機の飛ぶ訳 (流体力学の話) (京都大学 OCW 早川尚男)。「しかしこの問を理論物理を研究している大学院生に聞いてみても殆んどはかばかしい答えが帰って来ない」とのこと。物理を専門とする学生でも普通は知らないと思って差し支えなさそう (少し安心)。
ベルヌーイの定理に基づく説明が全く間違っている事にはならないが...あたりも参考になる (ベルヌーイの定理を用いて解説しているものを読む時には、多分ちょっと間違いやごまかしがあってもっと適切な説明があることを知っておくとよい)。
完全流体 (粘性はない) ではそもそも Kutta-Joukowski theorem で言うところの "循環" (circulation, 渦度) が生じない問題も答えが書かれていて、正しい解答は... 以下を参照。
大域的な揚力の発生は粘性がない流体の説明を使ってよいが、そのための渦を発生させるミクロなメカニズムは、物体と流体の接点で現実には物体と流体の速度差が0になるまで流体が減速されるため (この説明は自分にはわかりやすい。boundary layer)。
"循環" は力学の角運動量に対応する概念と対比させると確かに多少わかりやすい感じがする。
これらを知った上で、より大局的な渦の発生や (翼端の渦や翼面の渦の剥離など) それに伴う抗力の発生を把握し、鳥の翼や飛翔羽の形状の適応を考えるのがよさそう。
我らがギルの「鳥類学」の訳本を見ると全体にそれらしい書き方になっているが (ベルヌーイの定理は一部を説明しているに過ぎないなど)、通読しても意味がわからないかも知れない (そもそも循環の意味がわからない)。これらの訳文では原語も添えてあった方が手がかりも得やすい気がする。
*2: #タシギ備考の [タシギ類のドラミング] にまとめた。
[ソアリングの分類]
海鳥類が dynamic soaring (ダイナミックソアリング) を行っている説明はよく読むが、上昇気流によるソアリングとは何が違うのか図があってもわかりにくい。ギルの「鳥類学」(訳本) でもあまり詳しくない。
Mohamed et al. (2022) Opportunistic soaring by birds suggests new opportunities for atmospheric energy harvesting by flying robots
のレビューがあり、流体力学効果による揚力の説明より簡単に理解できるようにに思えたので紹介しておく。力はもちろん流体力学効果が関係するが、ここでは力学で説明できる範囲を扱っているため (まだ) 理解しやすい表現になっている。
一見面倒に感じるが式 2.1 を見るのがわかりやすい。この式は単位時間、単位質量あたりのエネルギー獲得率を表している。最初の項はソアリングとは関係なく推進力と抗力によるものでここでは考えなくてよい。以降は空中の物体 (質点) に働く力を考えた場合のエネルギー獲得を説明していると思って読んでおおよそ正しいはず。
風の流れに対する相対速度を作るのは鳥の役割で姿勢のコントロールなど流体力学効果を用いているわけだが、それはあるものとして定式化している。
2つめが static soaring を表すもので、上昇気流の上向き成分があればその速度で上昇できる (航空力学的な力のみを考えているので重力で落下する項は含まれない)。力学の最初の方で習うように位置エネルギーは mgh なので単位質量あたりとすると m が消えて gh、単位時間あたりにすれば高度 h を時間で微分するので上昇速度になりこの式が得られる。
static soaring の項は上昇気流が時間や場所によって変化しなくても生じる。
第3項が dynamic soaring で、気流が時間 (t) や場所 (ここでは飛行経路 s に沿ったもの) で変化することで生じる成分。風の強さが変化する時、概念的にはエネルギー獲得率は風の速度の変化率 (= 加速度。F = ma から力と思えばよい) と鳥の対空速度 (力の方向に移動すればエネルギーを得る) の積となる
[なお鳥の対地速度 ground velocity は対空速度 air velocity (V) + 風の対地速度 wind velocity (W) いずれもベクトル量 に対応するが単純な足し算にはならないよう]。
この効果を風の速度の時間変化 (後述 gust soaring) と移動経路の沿った風の速度の変化の成分 (後述 gradient soaring) に分けたもの。dynamic soaring を2種類の成分に分けるための表式と考えてよい。
なお進行方向と風の向きによって違うのでは、というのはもっともな疑問で、力と垂直に移動してもエネルギーは得られない。"進行方向の風の加速度成分" のような複雑な表現をとる代わりに内積で表現している。
static soaring のメカニズムを thermal soaring (熱気泡によるソアリング)、orographic soaring (地形によって風が曲がる効果) に分けている。
dynamic soaring は1つめが gradient soaring (風速勾配による効果): ここでは3つ例を挙げていて (a) 海面近くはこちらも boundary layer の効果で風が遅いが海面から離れると速くなる、(b) 海面に波が立つ場合の風が曲がる効果、(c) 地形で生じる風の乱れ。
いずれも場所によって風の速度が異なるため速度勾配が生じる。海鳥の dynamic soaring はこの gradient soaring の効果が中心。
実際にはそれほど穏やかな空気の流れがあるわけではなく、波が立てば乱流も発生するだろうと考えるのは自然で、ここは物事を理解するための単純化と考えていただければよいだろう。
また「勾配」(gradient) と聞くだけで難しそうに感じる。日常的に普通に使われる "勾配" は地表面の高さの傾きのことだが (地表面の高さを水平距離で微分したもの)、風速を地表面の高さと同様に考えて距離で微分したもの。速度勾配の概念は流体ぐらいしか出てこないのでどうしても難しくなる。
速度と速度勾配、あるいは圧力と圧力勾配はよく混同して使われるので、ここは意識して "勾配" のことと捉えるとよい。
2つめが gust soaring (乱流による一時的な風の変化を利用したソアリング)。上昇気流の起きにくい地表付近や森林上空でも活用できるもので多くの鳥が使える時 (opportunistic) に用いている。
地表近くを揺れながら飛ぶチュウヒ類 (#チュウヒの備考 [チュウヒ類の飛翔形] 参照) や不安定な飛行で有名なダルマワシ (#カンムリワシの備考参照) も用いていると考えられている。チュウヒの備考では安定化機構として浅い V 字型をとる仮説を紹介したが、static soaring が期待できない条件でのソアリングのため (羽ばたき飛行に比べてエネルギー消費が少なく獲物にも気づかれにくい) の適応の一つとも言えるのかも。
Mallon et al. (2016) In-flight turbulence benefits soaring birds は地表付近を飛ぶハゲワシで乱流が役に立っているだろうと提案している (チュウヒ類は出てこない)。
このような概念的なエネルギー獲得率が実際に成り立っているかどうかは議論もあるらしい。Richardson et al. (2018) Flight speed and performance of the wandering albatross with respect to wind
はワタリアホウドリのトラッキングでどのようにソアリングを行っているか調べている。風が比較的弱い時は理論の予測する効果が現れているようだが、風が強い時は対空速度を抑えていて制御のための筋力や翼の制約で翼の形を変えて対応しているのではとのこと。
風速に応じて上昇時・下降時の速度を制御することで対地速度を稼ぎ、単位時間あたりに採食のために探索できる範囲を広げている可能性がある。
Richardson and Wakefield (2022) Observations and models of across-wind flight speed of the wandering albatross
も同じグループによる研究で、dynamic soaring が可能な理論値より低い風速でも飛行を行っている。波による風速の変化 [Mohamed et al. (2022) にある上記分類の (b)] からエネルギーを得ているのではと推論。風の強い場合の制約は Richardson et al. (2018) と同様の結果となっている。
Darby et al. (2024) Strong winds reduce foraging success in albatrosses いかに風の利用に長けたアホウドリとは言え強風ではさすがに採食効率が落ちるとのこと。
翼竜 (pterosaurs, 鳥類とは別系統) が種によりソアリング、羽ばたきを用いていた可能性を示唆する化石証拠: Rosenbach et al. (2024) New pterosaur remains from the Late Cretaceous of Afro-Arabia provide insight into flight capacity of large pterosaurs。
海上で thermal soaring を行っていたのではと推定。
飛翔と構造に関連する話題なのでここに含めておくが、鳥類では翼と後肢が独立に進化できるのに対してコウモリでは前肢と後肢に強い相関があることがわかったとのこと: Orkney et al. (2024) Evolutionary integration of forelimb and hindlimb proportions within the bat wing membrane inhibits ecological adaptation
コウモリでは飛翔に皮膜を用いるため前肢と後肢が関連しつつ進化する制約があったのに対して鳥類はその制約がなかったとの解釈。コウモリは独自の飛行方法を開拓したがその仕組みが進化の制約要因ともなって鳥類ほど多様な生活様式を取ることができなかったとの見方。
多少鳥ひいきの感じはあるが面白い結果と言えるだろう。
Keskin et al. (2025) Adaptive cross-country optimization strategies in thermal soaring birds
はソアリングを行う系統の陸上の鳥について GPS データを用い、水平速度と垂直速度の関係が生活様式によって異なることを示している。渡りのコウノトリ類やトキ類は長距離の移動に適した性能があり、長距離を移動して食物を探すハゲワシ類も似た点がある。一方積極的な狩りを行うハヤブサ類では長距離のソアリングのための能力は低めで敏捷な動きを可能にしている。ワシ類は中間ぐらいなどの結果。
△ ミズナギドリ目 PROCELLARIIFORMES ミズナギドリ科 PROCELLARIIDAE ▽
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フルマカモメ
- 学名:Fulmarus glacialis (フルマルス グラキアーリス) 氷の臭いカモメ
- 属名:fulmarus (合) 臭いカモメ (Fulmar 古ノルド語で臭いカモメ; 英語の foul mew に対応)
- 種小名:glacialis (adj) 氷の (glacies (f) 氷 -alis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Fulmar (or) IOC: Northern Fulmar
- 備考:
fulmarus は外来語由来で発音がよくわからないが、短母音のみで -rus- で音節が区切られるならばここにアクセントがある (フルマルス)。アクセントを長音で発音しても差し支えないと思える (フルマールス)。英語の fulmar は冒頭にアクセント。
glacialis は -alis の a が長母音でアクセントがある (グラキアーリス)。-alis の接尾辞の発音による。
種小名「氷の」はこの種の場合スピッツベルゲン島を指す。3亜種 (IOC) あり、日本で記録されるものはベーリング海近くに分布する rodgersii (アメリカ軍人で探検家の John Rodgers 由来)。属名の由来はミズナギドリ科の構成種は、本種に限らず危険を感じると口から液体を吐き出す防御行動を取ることに由来する (wikipedia 日本語版)。
Fulmarus 属 (フルマカモメ属) は Northern Fulmar と Southern Fulmar Fulmarus glacialoides (ギンフルマカモメ、南半球南部の大陸沿岸から南極大陸沿岸にかけて分布) の2種のみ。姿はカモメ類に似ているが、系統的にはかなり異なり、ミズナギドリ目に属する。
トロール船の活動に伴って 20 世紀に分布を広げたとされ、世界の大部分の地域で個体数は増加している (wikipedia 英語版)。
「動物の世界」2版 24 (日本メール・オーダー 1986) pp. 3289-3290 のフルマカモメの項目 (内田) によれば英国では (この原著は英国で出版されたため英国の動物が多く扱われている) 1878 年まではコロニーは1つだけだったが、この記事の時点で英国で最も普通の海鳥となっていたとのこと。
[におう鳥のリスト]
珍しい研究として Weldon and Rappole (1997) がアンケート調査によって (さまざまな意味で) においが感じられる、あるいは毒気を感じる (ヒトにとって不快な味がする *1) 鳥のリストを挙げている:
A Survey of Birds Odorous or Unpalatable to Humans: Possible Indications of Chemical Defense。これは鳥類におけるにおい物質による化学防御やコミュニケーションの役割を考えるのに役立つ。
アンケートに応じた鳥類学者も好意的な反応で、常日頃知りたい、あるいは情報を残しておきたいと思いつつももまとまった研究がなかったので興味津々だったのかも知れない。
新世界カッコウの仲間の Ani (Crotophaga) は集団でいると数 m 離れていてもわかるぐらいだそうである。フルマカモメはもちろん、ツメバケイ、ヤツガシラのような有名な種も含まれている。
スズメ目ではムクドリモドキ (grackles, Quiscalus) はだいたいにおう。アンチルクロムクドリモドキ Quiscalus niger Greater Antillean Grackle は足がにおうとの報告があり、におい物質は尾脂腺由来と一般に考えられているのと異なる。オウム類は一般にもよく知られている通りで、この調査でもたくさん見つかっている。
新世界ハゲワシは嗅覚が優れているが、多くの人がにおいを報告している。死体のようなにおいがするので新世界ハゲワシの肉は他のスカベンジャーも食べようとしないとされる (トキイロコンドル、ヒメコンドルについては別文献から後述)。しかし旧世界ハゲワシはそうではない。
ミサゴ (これは救助個体などでよく知られている。#ミサゴの備考参照) とカラカラもにおう方に入っている。
同著者による Weldon (2023) Chemical aposematism: the potential for non-host odours in avian defence
化学防御のレビュー論文があり、さまざまな種類の鳥での分泌物質研究やカや外部寄生虫の防御などの情報がまとめられている。エトロフウミスズメやヤツガシラなどの分泌物質などもレビューされている
(#エトロフウミスズメ、#ヤツガシラの備考参照)。
キツツキの仲間で Hemicircus 属は腺でなく、背中のヒゲのような特殊な羽 (fat quill) からにおいを出す脂肪分を分泌している。
Bock and Short Jr. (1971) "Resin Secretion" in Hemicircus (Picidae) が調べたところでは分泌している皮脂腺は見当たらなかった。
尾脂腺以外の鳥の皮膚からの分泌については、Menon and Menon (2000) Avian Epidermal Lipids: Functional Considerations and Relationship to Feathering
によれば、鳥には尾脂腺以外の皮脂腺は知られていないが、皮膚に脂肪が含まれていて分泌される例もある (ニワトリのとさか、指の間の水かきなど)。
粉綿羽 (powder downs) も羽毛による皮脂分泌に含まれている。
毒鳥 (Pitohui) の分泌も皮膚機能の一つ。
皮膚からの色素分泌については#トキの備考も参照。
脂肪を出して皮膚を防水するよりは水分蒸発で体を冷やす機能の方を優先している (皮膚が水分をよく通すことで高い体温を逃したり飛翔時に体を冷やすのに役立つ)。
皮膚の脂肪の分子配列構造の温度変化で水分の通りやすさが調節されている: Champagne et al. (2018) Presence and persistence of a highly ordered lipid phase state in the avian stratum corneum。
哺乳類よりも脂肪を構成する脂肪酸分子が長く、より高い体温に対応している可能性があるとのこと。
コウモリでも皮膜に鳥類同様の皮膚角化組織にセレブロシド (cerebroside, スフィンゴ糖脂質) が蓄積して水分含有量を調整している。通常の (病的でない状態の) 哺乳類の角化組織には含まれず、収斂進化と考えられるとのこと: Ben-Hamo et al. (2016)
The cutaneous lipid composition of bat wing and tail membranes: a case of convergent evolution with birds。
この研究は鳥類にあるならば飛ぶ哺乳類にもあるだろうと予測してその通りだった事例。
Haeglin and Jones (2007) Bird Odors and Other Chemical Substances: A Defense Mechanism or Overlooked Mode of Intraspecific Communication?
によればにおう鳥のすべてが尾脂腺を持っているわけではない。エトロフウミスズメも、フルーツのような甘い香りのするニュージーランドの飛べないオウムのフクロウオウム (カカポ) Strigops habroptilus も尾脂腺から出たばかりの分泌物は人にはにおいを感じられなかったとのこと。
オウム類のいわゆる「インコ臭」では粉綿羽が役割を果たしている可能性がある。
なおオウム類と系統の近いハヤブサ類もオウム類ににおいが似ているとの記述がある ["Where Song Began" #ミサゴの備考も参照]。
海鳥類の (無臭の) 分泌物が細菌で分解されて酸やアルコールのにおい成分となっている可能性がある。
この研究の時点ではヤツガシラ類の悪臭が自然の天敵を遠ざける効果がある実験的検証はまだなされていなかったが、ネコなどに効果のある試験的データはあるとのこと。
哺乳類捕食者のいない島では強いにおいを持つ傾向があり (前述のカカポも同様。カカポは嗅覚遺伝子数も多く 667 とのこと)、ハワイミツスイ類 (Drepanidinae) ではほとんどの種の羽毛ににおいがある (wikipedia 英語版ではキャンバステント (canvas tent) のようなにおいがあるとのこと (哺乳類捕食者が少なくにおいを消す必要がなかった?) で分類の系統にも関連があるらしい。
Pratt (1992) Is the Poo-uli a Hawaiian Honeycreeper (Drepanidinae)?
では実際にさまざまな標本を使ってにおいを調べて、属の根拠としている。袋に入れて見えないようにしても区別できるという。著者によれば同様のにおいを持つ新世界スズメ目、特にヒワ亜科の標本はなかったとのこと。解剖学的分類中心の時代では一番有力な分類手段でもあったとのこと。
コンサイス鳥名事典によれば南米のトキイロコンドル Sarcoramphus papa King Vulture は食後は悪臭がするが、ほかの時はジャコウの香りがするとのこと。週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 114 p. 6 にほぼそのままの記述があって出典と考えられる。
wikipedia 英語版によれば捕食者を遠ざけるために巣に悪臭があるとのこと。
Maraci et al. (2018) Olfactory Communication via Microbiota: What Is Known in Birds?
の総説によればヒメコンドル Cathartes aura Turkey Vulture の皮膚は特別の細菌叢 (おそらく獲物由来) を持っていてにおいに関係していると考えられるが、嗅覚コミュニケーションに関係があるかは不明とのこと。
Haeglin and Jones (2007) に戻ると鳥類学者は3種の化学受容 (嗅覚、味覚、三叉神経システム) をあまり区別してこなかった。嗅覚の研究は比較的あるが他は少ない。
鳥類はヒト同様鋤鼻器 (vomeronasal organ 別名ヤコブソン器官 Jacobson's organ) を持たないのでフェロモンの役割は限られていると考えられてきたが神経端末は存在するのでフェロモンを感じる役割が否定されるわけではない
(この点は最近進展があり #エトロフウミスズメ備考の [鳥類の嗅覚] 参照)。
尾脂腺の分泌は CD1 遺伝子が制御している可能性が指摘されており、これは MHC (major histocompatibility complex 主要組織適合遺伝子複合体) の祖先遺伝子にあたるので鳥類でもヒトでも嗅覚コミュニケーションはこれまで見過ごされた役割を持つかも知れない。
鳥のにおい/嗅覚の話は最近少し注目を浴びているようで、こんな本も出ている。Whittaker (2022) "The Secret Perfume of Birds" (あるいは訳本が出ないかと期待しているが...)。
関連講演の YouTube 動画もある。
Feb 13, 2023 Secret Perfume of Birds Danielle Whittaker。
嗅覚に関連する話の続きは #エトロフウミスズメ備考の [鳥類の嗅覚] にまとめた。
フルマカモメの防御行動で吐き出される液体にはビタミン D, A が多く、食物の甲殻類に多量に含まれる ビタミン A の排泄機能にも役立っている説があるとのこと。#サンショウクイ備考の [サンショウクイの色彩と系統] にて紹介。
備考:
*1: unpalatable は palate (口蓋、味覚 < ラテン語 palatum) 由来で、不快な味がする、おいしくないなどの意味。鳥類の生態学で "まずい" と出てくるのはこの単語の意味と考えてよさそう。
よく似た単語に impalpable があって (特に触覚で) 知覚できないの意味。語源は異なり、ラテン語 palpo そっと触れる由来 < インド・ヨーロッパ祖語語幹の *pal- 感じるが語源とも考えられている。医師の触診は palpation。
[2018 年カリフォルニアのフルマカモメ集団死]
Greenwald et al. (2024)
Investigation of a Mass Stranding Event Reveals a Novel Pattern of Cascading Comorbidities in Northern Fulmars (Fulmarus glacialis)
が報告をまとめている。フルマカモメやウミガラス、アメリカウミスズメ Ptychoramphus aleuticus Cassin's Auklet の集団漂着が見られ神経症状が見られた。
藻が生成する有毒なドウモイ酸 (domoic acid。グルタミン酸受容体に結合) やサキシトキシン (saxitoxin。有毒渦鞭毛藻が生成し Na+ チャネルを阻害。テトロドトキシンと同じ機序でフグ毒の成分の一つともなる) が認められ、環境中の異常な高濃度の記録とも一致した。尿路系にも強い影響を与えて感染症による腎炎などを併発していたとのこと。
wikipedia 日本語版によればドウモイ酸は徳之島で駆虫薬として用いられていた紅藻ハナヤナギから分離・命名されたとのこと。
1961年8月18日カリフォルニア沿岸のキャピトラ、サンタクルーズに錯綜した海鳥の群れが出現し、ヒッチコックの「鳥」はこの事例から着想を得たと言われる。この事象もドウモイ酸中毒と推定されている (wikipedia 英語版より)。
参照: Bargu et al. (2011) Mystery behind Hitchcock's birds。
中枢神経が侵されるため他の動物でも人を襲った事例などもあるらしい。
極端気候によりアメリカ西岸でドウモイ酸発生が起きやすくなっている: Trainer et al. (2020)
Climate Extreme Seeds a New Domoic Acid Hotspot on the US West Coast
海水温が 4 ℃ 上がるとドウモイ酸発生量が 11 倍に増えたとの実験結果がある: Xu et al. (2023) Plastic responses lead to increased neurotoxin production in the diatom Pseudo-nitzschia under ocean warming and acidification。
この場合は酸性化より温暖化の効果の方が大きかった。
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ハジロミズナギドリ
- 学名:Pterodroma solandri (プテロドゥロマ ソランドゥルィ) ソランデルの翼で走る鳥
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:solandri (属) solander の (スウェーデンの植物学者 Daniel Carl Solander、Linnaeus の弟子)
- 英名:Providence Petrel
- 備考:
pterodroma は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-ro- がアクセント音節と考えられる (プテロドゥロマ)。
solandri は -lan- がアクセント音節と考えられる (ソランドゥルィ)。
単形種。
英語の petrel の語源はおそらく Peter の指小形で、Saint Peter (ペトロ) が海の上を歩いたとの伝説に由来する (Matthew 14:29, wiktionaryより)。
フランツ・リストの音楽に「波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ」(St. Francois de Paule marchant sur les flots) という曲があり、「あなたは聖人だからキリストのように歩いて海の上を渡れるはずだろう」と船頭に言われ、船を出すのを断られた聖フランシスは、自分のマントと杖を筏 (いかだ) のように使い、メッシナ海峡を歩いて渡ったという」(「クラシックばっか 時空間」より)。
この曲は「2つの伝説」という2曲のうちの一つで、もう一つが「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」(St. Francois d'Assise: la predication aux oiseaux) と鳥が出てくるので紹介しておく。鳥の声を表現しているが特に何かを模した感じではない。
ピアノ曲としては前者が秀逸でよく演奏されるので、鳥には関係ないかも知れないが例えば petrels が波間に飛ぶの姿でも思い出していただきながら演奏ビデオを見ていただけるとよいだろう。クラシック音楽に関心のない方でも十分堪能していただける曲だと思う。
脱線ついでに紹介しておくと、邦楽で「新曲浦島」(坪内逍遥作、5世杵屋勘五郎・13 世杵屋六左衛門作曲の長唄 1904。1906 初演) がある。当時は洋楽も日本に入っており、西洋音楽を取り入れた要素も多くある。嵐の海を表現している点で上記リストの音楽とも共通するところがある。日本舞踊付きの舞台のビデオも YouTube に掲載されており、海外の方に紹介すると大変喜ばれる。
petrels のロシア名は tajfunik (台風の者)。この種も tajfunik Solandera (Solandra) と呼ばれる。
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オオシロハラミズナギドリ
- 学名:Pterodroma externa (プテロドゥロマ エクセテルナ) 遥か彼方のミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:externa (adj) 外の (externus)
- 英名:Juan Fernandez Petrel (チリ沖合いのファン・フェルナンデス諸島由来)
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
externa は短母音のみで x を分割した -se- の音節にアクセントがある (エクセテルナ)。
Mas a Fuera 島で発見され、これはスペイン語で「遥か彼方」の意味 (The Key to Scientific Names)。現在は単形種。
かつてはクビワオオシロハラミズナギドリ (日本鳥類目録改訂第8版で掲載。改訂第7版では検討種だがすでに別種扱いとなっていた) が亜種とされていた。
そのため和名オオシロハラミズナギドリに相当するかつての英名は White-necked Petrel だった。
現在はこの英名はクビワオオシロハラミズナギドリを指すものとなっている。
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カワリシロハラミズナギドリ
- 学名:Pterodroma neglecta (プテロドゥロマ ネグレークタ) 無視されたミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:neglecta (adj) 無視された (neglectus)
- 英名:Kermadec Petrel (ケルマディック諸島の)
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
neglecta は2つめの e が長母音でアクセントもある (ネグレークタ)。
IOC では2亜種。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種不明。
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ハワイシロハラミズナギドリ (分割された)
- 第8版学名:Pterodroma sandwichensis (プテロドゥロマ サンドウィケーンシス) サンドウィッチ伯爵のミズナギドリ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Pterodroma phaeopygia (プテロドゥロマ パエオピュギア) 灰色の腰のミズナギドリ
- 第7版亜種学名:Pterodroma phaeopygia sandwichensis (プテロドゥロマ パエオピュギア サンドウィケーンシス) サンドウィッチ伯爵の灰色の腰のミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 第8版種小名:sandwichensis John Montagu 4th Earl of Sandwich (第4代サンドウィッチ伯爵) の
- 第7版種小名:phaeopygia (合) 灰色の腰の鳥 (phaios 灰色の -pugios 腰の Gk)
- 第7版亜種小名:sandwichensis John Montagu 4th Earl of Sandwich (第4代サンドウィッチ伯爵) の
- 英名:Hawaiian Petrel
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
sandwichensis は接尾辞 -ensis の e が長母音でアクセントもある (サンドウィケーンシス)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Pterodroma sandwichensis となる。John Montagu 4th Earl of Sandwich (第4代サンドウィッチ伯爵、英国の貴族・政治家。料理の「サンドウィッチ」も同語源) に由来。
分割のため第7版学名は亜種まで記した。
Pterodroma phaeopygia (現在ガラパゴスシロハラミズナギドリ、Galapagos Petrel) の亜種から独立種となる。新分類で単形種。ガラパゴスシロハラミズナギドリとハワイシロハラミズナギドリとは海上で識別不能と言われる。
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マダラシロハラミズナギドリ
- 学名:Pterodroma inexpectata (プテロドゥロマ イネックスペクタータ) 思いがけないミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:inexpectata (adj) 思いがけない [inexpectatus; Foster (1844) が記述の際に (猟師が) 思いがけない新種の喜びをもたらしたとした (The Key to Scientific Names)]
- 英名:Mottled Petrel
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
inexpectata は1つめの a が長母音でアクセントがある (イネックスペクタータ)。所有の -ata ではなく変化形由来。
単形種。
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ハグロシロハラミズナギドリ
- 学名:Pterodroma nigripennis (プテロドゥロマ ニグリペンニス) 黒い翼のミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:nigripennis (adj) 黒い翼の (niger (adj) 黒い pennis (f) 羽 翼)
- 英名:Black-winged Petrel
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
nigripennis は短母音のみで -pen- がアクセント音節 (ニグリペンニス)。
学名・英名・和名ともに対応がよい。
単形種。
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シロハラミズナギドリ
- 学名:Pterodroma hypoleuca (プテロドゥロマ ヒュポレウカ) 腹が白いミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:hypoleuca (合) 下部が白い (hypo- (接頭辞) 下の leukos 白い Gk)
- 英名:Bonin Petrel (bonin 無人、小笠原諸島)
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
hypoleuca は短母音のみで -le- がアクセント音節 (ヒュポレウカ)。hypoleuca はマダラヒタキの種小名にも使われ、ヨーロッパではお馴染みの名前。
単形種。
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ヒメシロハラミズナギドリ
- 学名:Pterodroma longirostris (プテロドゥロマ ロンギローストゥリス) 長い嘴のミズナギドリ
- 属名:pterodroma (合) 翼で走るもの (pteron 羽 翼 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:longirostris (adj) 長い嘴の (longus (adj) 長い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Stejneger's Petrel (ノルウェー生まれのアメリカの鳥類学者 Leonhard Stejneger にちなむ)
- 備考:
pterodroma は#ハジロミズナギドリ参照。
longirostris は -ros- の o が長母音でアクセントもここにある (ロンギローストゥリス)。rostrum の発音に由来。
単形種。
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オオミズナギドリ
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オナガミズナギドリ
- 第8版学名:Ardenna pacifica (アルデンナ パーキフィカ) 太平洋のアルデナ島の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Puffinus pacificus (プフフィーヌス パーキフィクス) 太平洋のツノメドリのような鳥/ミズナギドリ
- 第8版属名:ardenna ダイオミード諸島の島の名前。別説あり。
- 第7版属名:puffinus (合) ツノメドリのような鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:pacifica / pacificus (adj) 太平洋の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Wedge-tailed Shearwater
- 備考:
ardenna の発音はよくわからないが -den- がアクセント音節で、短母音のみとすれば "アルデンナ"。
pacifica は "パーキフィカ" (#アマツバメ参照)。
puffinus は -inus の接尾辞発音から i が長母音でアクセントもここにある (プフフィーヌス)。
英名は Puffinus sphenurus Gould, 1844 (参考) に由来 (楔形の尾のツノメドリのような鳥)。Procellaria pacifica Gmelin, 1789 の記載が早かったため学名変更となった。
この基産地は太平洋 (= 種小名) と広すぎるが、Mathews, Bds. Austr., 2, 1912, p. 80 によって Kermadec Islands (ケルマデック諸島。南太平洋のニュージーランド領) と判定された (Avibase の情報による)。
"Wedge-tailed" を冠する現行の英名は他に数種あるが、この種とオナガイヌワシ (クサビオワシの名称もあった) が圧倒的に有名。慣れ親しまれた英名のため学名が変わってもそのまま使われているのだろう。
もう1種挙げるとすればオナガアオバト (#アオバト参照)。
和名もオナガイヌワシやオナガアオバト同様に英名または学名由来と考えるとわかりやすい。ドイツ語でも "クサビオ" に相当する名称になっていて (Keilschwanz Sturmtaucher, Keilschwanzsturmtaucher) オナガイヌワシのドイツ語名と同様。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardenna 属 (ダイオミード諸島の島の名前、ベーリング海峡の中間にあたる; ardenna, artenna ミズナギドリのイタリア語方言の説もある) に分離。Ardenna pacifica となる。
以下の備考の Ardenna 属について、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同様。Ardenna 属はハシボソミズナギドリ属となる。
Reichenbach (1853) が用いた名称で、Ardenna gravis ズグロミズナギドリ (英名 Great Shearwater) がタイプ種。
Great Shearwater の英名は旧学名 Puffinus major Faber, 1822 由来と考えられる。
オナガミズナギドリは IOC では単形種だが、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種 cuneata (楔形の) としている。この亜種を認めているのは世界ではアメリカ鳥学会など少数。
海鳥類の分子系統樹は Obiol et al. (2022) Palaeoceanographic changes in the late Pliocene promoted rapid diversification in pelagic seabirds を参照。この研究ではオナガミズナギドリに最も近縁な種類はミナミオナガミズナギドリと判明し、superspecies を形成するとされる。
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ミナミオナガミズナギドリ
- 第8版学名:Ardenna bulleri (アルデンナ ブルレリ) ブラーのアルデナ島の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Puffinus bulleri (プフフィーヌス ブルレリ) ブラーのミズナギドリ
- 第8版属名:ardenna ダイオミード諸島の島の名前。別説あり。
- 第7版属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:bulleri (属) buller の (ニュージーランドの法律家で鳥類学者の Walter Lawry Buller に由来)
- 英名:Buller's Shearwater
- 備考:
ardenna は#オナガミズナギドリ参照。
bulleri はラテン語式では冒頭がアクセントと考えられる (ブルレリ)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardenna 属。種小名は変化なし。単形種。
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ハイイロミズナギドリ
- 第8版学名:Ardenna grisea (アルデンナ グリーセア) 灰色のアルデナ島の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Puffinus griseus (プフフィーヌス グリーセウス) 灰色のミズナギドリ
- 第8版属名:ardenna ダイオミード諸島の島の名前。別説あり。
- 第7版属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:grisea / griseus (adj) 灰色の
- 英名:Sooty Shearwater
- 備考:
ardenna は#オナガミズナギドリ参照。
grisea は i が長母音でアクセントもここにある (グリーセア)。
学名・英名・和名ともに対応がよい。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardenna 属。Ardenna grisea となる。単形種。
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ハシボソミズナギドリ
- 第8版学名:Ardenna tenuirostris (アルデンナ テヌイローストゥリス) 細い嘴のアルデナ島の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Puffinus tenuirostris (プフフィーヌス テヌイローストゥリス) 細い嘴のミズナギドリ
- 第8版属名:ardenna ダイオミード諸島の島の名前。別説あり。
- 第7版属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:tenuirostris (adj) 細い嘴の (tenuis (adj) 細い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Short-tailed Shearwater
- 備考:
ardenna は#オナガミズナギドリ参照。
tenuirostris は -ros- の o が長母音でアクセントもここにある (テヌイローストゥリス)。rostrum の発音由来。
和名と学名の対応がよいが英名との対応が悪い。英名は Puffinus brevicaudus Gould, 1841 (参考。短い尾のツノメドリに似た鳥) を訳したものと考えられる。このカードによればこれは後にアカアシミズナギドリと同定されたようで、英名にのみ古い学名が残ったものと想像される。
tenuirostris の種小名に対応する英名 Slender-billed Petrel, Slender-billed Shearwater も存在する。
さらに Procellaria tenuirostris Temminck, 1836 の 記載 基産地 seas north of Japan and shores of Korea が早いと認定されてこの学名となった。
フランス語名 Puffin a bec grele (学名と同じ意味。英語では slender-billed に近い)。
ミズナギドリ類は区別が難しいために同一であることが確認されるまで時間がかかったのかも知れない。
Fauna Japonica の 図版。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardenna 属。種小名は変化なし。単形種。
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シロハラアカアシミズナギドリ
- 第8版学名:Ardenna creatopus (アルデンナ クレアトプース) 肉色の足のアルデナ島の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Puffinus creatopus (プフフィーヌス クレアトプース) 肉色の足のミズナギドリ
- 第8版属名:ardenna ダイオミード諸島の島の名前。別説あり。
- 第7版属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:creatopus (合) 肉色の足の (kreas, kreos 肉、pous 足 Gk)
- 英名:Pink-fooded Shearwater
- 備考:
ardenna は#オナガミズナギドリ参照。
creatopus は -pus がギリシャ語由来で長音となると考えられる。アクセント位置は -a- と考えられる (クレアトプース)。
アカアシミズナギドリとよく似た種小名・英名だがアカアシミズナギドリの方が命名が早かったためギリシャ語を用いて少し違った種小名を与えた模様。
ギリシャ語 kreas が肉の意味で、pancreas (膵臓) や creatine (クレアチン)、creatinine (クレアチニン) などの語源となっている。
記載時学名は Puffinus creatopus Coues, 1864 (参考) で一時は Puffinus major Faber, 1822 (参考) = Procellaria Gravis O'Reilly, 1818 = 現在のズグロミズナギドリ Ardenna gravis Great Shearwater のシノニムとされた。
Obiol et al. (2021) Palaeoceanographic changes in the late Pliocene promoted rapid diversification in pelagic seabirds
によればアカアシミズナギドリに非常に近く、同種にしてもよい程度とのこと。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardenna 属。種小名は変化なし。単形種。
矢吹・森岡 (2009) Birder 24(3): 51-52 に銚子沖での日本初のシロハラアカアシミズナギドリの記録が掲載され、この属 (新分類では Ardenna 属) の識別についての記述・考察がある。
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アカアシミズナギドリ
- 第8版学名:Ardenna carneipes (アルデンナ カルネイペース) 肉色の足のミズナギドリ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Puffinus carneipes (プフフィーヌス カルネイペース) 肉色の足のミズナギドリ
- 第8版属名:ardenna ダイオミード諸島の島の名前。別説あり。
- 第7版属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:carneipes (adj) 肉色の足の (carneus (adj) 肉の pes (m) 足)
- 英名:Flesh-footed Shearwater
- 備考:
ardenna は#オナガミズナギドリ参照。
carneipes は carneus は短母音。-pes は足の意味のギリシャ語由来で長音。アクセント音節は -nei- となる (カルネイペース)。
carneus は caro (肉) 由来で、英語でも肉食を意味する carnivorous は同語源 (この場合はラテン語をそのまま使用)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardenna 属。種小名は変化なし。
学名とこれまでの英名はよく対応している。和名も対応関係がよいが、英名は改名が提案されている: Shearwater name change proposed (BirdGudes 2024.9.20) 新しい名前として Sable Shearwater が提案されているとのこと。
Bond and Lavers (2024) A feathered past: Colonial influences on bird naming practices, and a new common name for Ardenna carneipes (Gould 1844)
に命名の歴史などが述べられている。これまでの英名はやはり記載時記述 (学名) 由来で 1872 年から使われたが、pale-footed の別名が用いられたのは 1912 年とのこと。
この鳥の名称には植民地時代の歴史が含まれており、クレヨンの名前にも用いられていた "肌色" と同様 (英語で flesh color に対応。この論文によれば Crayola Corporation のクレヨンもこの色彩名称でが 1962 年まで販売されていたとのこと) で、そもそも flesh color の意味に相当するものなのか、肉の色を指すのか、臓器の色なのかなど明確でない (記載時の記述はラテン語)。
古く使われた基産地由来の名称も検討されたが分布域の広い鳥には適切でない。またそもそも植民地由来の地名を使うことも趣旨に反するとのことで新称が提案されることになった。
単形種。
歴史的には亜種がいくつも提案されていた。
・Puffinus carneipes carbonarius Mathews, 1912 (参考) 基産地 New Zealand (ニュージーランド) preoccupied で無効 = zealandicus と改名。これも preoccupied で = neozealandicus と改名
・Puffinus carneipes hakodate Mathews, 1912 (参考) 基産地 日本 (函館?)
・Puffinus carneipes hullianus Mathews, 1912 (参考) 基産地 Norfork Id. (ノーフォーク島。太平洋のオーストラリア領の島)
・Puffinus carneipes zealandicus Mathews, 1926 (参考) carbonarius を改名したがすでに使われていた
・Puffinus carneipes neozealandicus Mathews, 1926 (参考) zealandicus を改名したもの
記述を見ると Hertert がすべてシノニムとして扱った模様。
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コミズナギドリ
- 学名:Puffinus nativitatis (プフフィーヌス ナーティーウィターティス) クリスマス島生まれのミズナギドリ
- 属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:nativitatis (属) 起源の (nativitas -atis (f) 起源)
- 英名:Christmas Shearwater (クリスマス島の)
- 備考:
puffinus は -inus の接尾辞発音から i が長母音でアクセントもここにある (プフフィーヌス)。
nativitatis は3つの長母音を持ち、最後の a にアクセントがある (ナーティーウィターティス)。natus (生まれ) -ivus (行っている) がいずれも長音で始まるため。-tas は状態を表す接尾辞 で a が長母音。原形の nativitas は冒頭にアクセント。変化形で母音が追加されてアクセント位置が変わる。
Ardenna 属の分離に伴い、Puffinus 属はマンクスミズナギドリ属となった。Puffinus 属のタイプ種もマンクスミズナギドリ (第8版では日本産種に含まれない)。単形種。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではこの学名の種を Minami-Torishima ミズナギドリの名称で載せている。現代の分類と同じものか判断できないが、オオミズナギドリの和名はこの名称に対応するものであったよう。
種小名は「生まれの」(英語 native に相当)。Capt. James Cook が 1777 年のクリスマスイブに訪れたためクリスマス島と名前が付いた太平洋の島が由来 (The Key to Scientific Names)。
この由来は英名によく表れている。
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マンクスミズナギドリ (第8版で検討種)
- 学名:Puffinus puffinus (プフフィーヌス プフフィーヌス) ツノメドリのような鳥
- 属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:puffinus (トートニム)
- 英名:Manx Shearwater (マン島の)
- 備考:
puffinus は#コミズナギドリ参照。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で検討種に移動。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。世界的には2亜種ある (IOC) が、日本鳥類目録では亜種の記載はない。
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ハワイセグロミズナギドリ
- 学名:Puffinus newelli (プフフィーヌス ネウェルリ) ニュウェルのミズナギドリ
- 属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 種小名:
puffinus は#コミズナギドリ参照。
newelli はラテン語式読みで -wel- がアクセント音節と考えられる (ネウェルリ)。
newelli (属) newellの (命名者 ハワイの宣教師 Matthias Newell)
- 英名:Newell's Shearwater
- 備考:日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
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(旧名セグロミズナギドリ亜種オガサワラミズナギドリ) オガサワラミズナギドリ
- 第8版学名:Puffinus bannermani (プフフィーヌス バンネルマニ) バナーマンのミズナギドリ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Puffinus lherminieri (プフフィーヌス ルヘルミニエリ) レルミニアーのミズナギドリ (種和名セグロミズナギドリ)
- 第7版亜種学名:Puffinus lherminieri bannermani (プフフィーヌス ルヘルミニエリ バンネルマニ) バナーマンのレルミニアーのミズナギドリ (亜種和名亜種オガサワラミズナギドリ)
- 属名:puffinus (合) ツノメドリに似た鳥 (puffin ツノメドリ 英、-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 第8版種小名:bannermani 英国鳥類学者 David Armitage Bannerman の
- 第7版種小名:lherminieri (属) L'herminier の (フランスの薬剤師 Felix Louis l’Herminier)
- 第7版亜種小名:bannermani 英国鳥類学者 David Armitage Bannerman の
- 英名:(Audubon's Shearwater), IOC: Bannerman's Shearwater
- 備考:
puffinus は#コミズナギドリ参照。
bannermani はすべて短母音でラテン語風に読めば "バンネルマニ"。
lherminieri はすべて短母音でラテン語風に読めば "ルヘルミニエリ" と考えられる。原語との違いが大きいがやむを得ないだろう。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Puffinus bannermani オガサワラミズナギドリ (英名 Bannerman's Shearwater)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
種小名はスコットランドの鳥類学者 David Armitage Bannerman に由来。
川上他(2019) 日本鳥類目録におけるセグロミズナギドリ和名変更の提案; 参考記事。
英名の Audubon's Shearwater は日本鳥類目録改訂第7版まで Puffinus lherminieri に含まれていた時期のもの。
日本鳥類目録改訂第7版では Puffinus lherminieri の亜種扱いだったが、どの種の亜種にするかはリストによって異なり Clements 6th edition (incl. 2009 revisions) - version 2018, Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2), 4th edition (incl. corrigenda vol.1-2) では Puffinus bailloni の亜種扱い。
Kawakami et al. (2018) Phylogenetic position of endangered Puffinus lherminieri bannermani 分子系統解析から独立種が妥当する研究。
IOC は当初から、Clements は version 2019 から独立種の扱い。
第8版分類ではセグロミズナギドリ Puffinus lherminieri (英名: Audubon's Shearwater: AOC は Sargasso Shearwater を採用) とオガサワラミズナギドリ Puffinus bannermani (英名: Bannerman's Shearwater) に区別されることになり、前者は日本産鳥類から外れる。単形種。
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オガサワラヒメミズナギドリ
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アナドリ
- 学名:Bulweria bulwerii (ブルウェリア ブルウェリイ) ブルウァーの鳥
- 属名:bulweria (合) bulwer の鳥 (-ia (接尾辞) 人名の属名化に使用する)
- 種小名:bulwerii (属) bulwer の (ラテン語化して -ius を属格化) 発見者 マデイラ島 (クロコシジロウミツバメも参照) 在住のスコットランドの牧師、博物学者 Revd. James Bulwer に由来。
- 英名:Bulwer's Petrel
- 備考:
Bulweria bulwerii はすべて短母音でラテン語風に読めば "ブルウェリア ブルウェリイ" と考えられる。前者は属名語尾にするために -a に変化させたもの (参考 Ketupa 属)。
単形種。
北米で通称から人名を排除する動きに関連して代わりの名前が話題になっている: Yet another thread on eponyms... But this one might actually be fun!
Bulwer はタイプ標本を得る以外鳥類学にあまり貢献していないなどなかなか手厳しい。
属名・種小名ともに名前が残るので通称は変えてもよいのでは (とまで書いてないが)。
△ ミズナギドリ目 PROCELLARIIFORMES ウミツバメ科 HYDROBATIDAE ▽
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アシナガウミツバメ (近々分離され学名が変わる可能性が高い)
- 学名:Oceanites oceanicus (オーケアニテース オーケアニクス) 大洋の鳥
- 属名:oceanites (合) 大洋の鳥 (oceanus -i (m) 大洋、-tes (接尾辞) 〜するもの Gk)
- 種小名:oceanicus (adj) 大洋の (oceanus -i (m) 大洋 -icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Wilson's Storm Petrel
- 備考:
oceanites は oceanus は冒頭が長母音、-tes はギリシャ語由来の接尾辞でやはり長母音を含む。
-a- がアクセント音節と考えられる (オーケアニテース)。
oceanicus は冒頭は同様、-icus は短母音。"オーケアニクス" と考えられる。
exasperatus が生きるならば a が長母音でここにアクセントがある (エクスペラートゥス)。所有の -atus ではなく変化形の語尾。
記載時学名 Procellaria oceanica Kuhl, 1820 (原記載) 基産地 No type locality. South Georgia designated by Murphy, Bull. Am. Mus. Nat. Hist., 38, 1918, p. 128 (Avibase の情報による)。
Oceanites 属は Keyserling and Blasius (1840) が設けたもの。おそらくトートニムに近いため Oceanites wilsoni Bonaparte, 1857 の新名もあった (#ノスリの備考参照)。
Oceanites が男性名詞か女性名詞か判断が揺らいだ時期があり、時期によって種小名の性が変わっていた。
3亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは exasperatus (苛立たしい) とされる。亜種の語源は、記載者が過去の標本の計測値が過去に記載された名前の特徴と合致しないため、本来は別名を付けるつもりではなかったのではないかと考えたため (The Key to Scientific Names)。
新種を記載し Cytb 遺伝子の解析から Oceanites 属を7種とする論文 (2024.7.29):
Norambuena et al. (2024) Resolving the conflictive phylogenetic relationships of Oceanites (Oceanitidae: Procellariiformes) with the description of a new species。
この論文では Oceanites exasperatus Antarctic Storm-Petrel は種の扱いになる。
亜種から種への昇格だけでなく、亜種の帰属もこれまでに提案された分類と変わっているそうで、関心のある方は見ていただきたい。
SACC は早々に検討を開始 Revise the taxonomy of Oceanites species。
提唱されている種の繁殖分布図も出ている。日本で記録された個体がどれに該当するか再検討されることになるかも知れない (Oceanites exasperatus の繁殖地は日本から最も遠い)。
議論はかなり沸騰しているようで (Yet another thread on eponyms... But this one might actually be fun!)
意見の多くは海鳥を専門としない人が述べているとのこと。
種概念というよりは分布による色彩の違いなのでは。外見では区別できなくても1個体の DNA で新種認定をしてもよいのか、など。
ミズナギドリ目 Procellariiformes はかつて管鼻目と呼ばれていた。これは Tubinares ラテン語 tubus (管) + nares (naris 鼻 の複数形) 由来 (wiktionary)。英語でもそのまま訳されて Tubenoses とされており現在も使われる。英語から訳されたものかも知れない。系統名を表す形容詞で tubinare が普通に用いられる。専門語過ぎて OED にも出てこない。
Tubinares の語尾は Strisores (#ヨタカ備考参照) 同様に古い時代の目名で用いられたもの。
wikipedia 英語版によれば Procellariiformes の名称は Fuerbringer (1888) が名付けたものとのこと。参考 この時点では -formes が用いられていた。この時点で Tubinares の概念はすでに存在していた。
Hartert (1910-1922) p. 1409 では Tubinares を採用したが別名 Procellariiformes も載せていた。この時代の文献をもとにすれば管鼻目と訳されるのが自然だった。
両者がともに用いられてきた背景は Strisores (Caprimulgiformes) と似たところがあって、アホウドリ科 Diomedeidae を含めるかどうかだろうか。現代の分子系統解析 (第7版時代とは異なる) ではアホウドリ科が最も分岐にあたり、形態的分類を重視してアホウドリ科 と アシナガウミツバメ科 Oceanitidae 以降の系統で分けてそれぞれを目にしても構わない状況。
しかし第7版時代は逆順であったようにアホウドリ科とアシナガウミツバメ科の分岐年代が近接しており、全部まとめてミズナギドリ目とするのが妥当となったのだろう。どちらの場合も Tubinares または Procellariiformes の概念拡張が必要で後者を用いる方が広く受け入れられたものと想像できる。
アホウドリ目を分離する考え方にまったく意味がないわけではないが、アシナガウミツバメ科の分岐年代関係がまだ確実でない状況もあって細かく分けすぎとなったものだろう。
系統関係の状況は Cuevas-Caballe et al. (2022) The First Genome of the Balearic Shearwater (Puffinus mauretanicus) Provides a Valuable Resource for Conservation Genomics and Sheds Light on Adaptation to a Pelagic lifestyle
の系統樹でも見ることができる。別目とされたペンギン目との違いに比べると遺伝子の違いはやはり小さい。
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クロコシジロウミツバメ
- 第8版学名:Hydrobates castro (ヒュドゥロバテース カストゥロ) 水を歩く鳥カストロ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Oceanodroma castro (オーケアノドゥロマ カストゥロ) 大洋を走る鳥カストロ
- 第8版属名:hydrobates hudro- 水を bates 歩く (Gk)
- 第7版属名:oceanodroma (合) 大洋を走るもの (okeanos 大洋 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:castro (外) カストロ [マデイラ諸島での呼び名、鳥の声を変化させた呼び名との考えがある (The Key to Scientific Names)]
- 英名:Madeiran Storm-petrel, IOC: Band-rumped Storm Petrel
- 備考:
hydrobates, oceanodroma は#オーストンウミツバメ参照。
castro は cas- がアクセント音節となる。
英語別名に Harcourt's Storm-Petrel もあった。記載時学名 Thalassidroma castro Harcourt, 1851 (原記載) 基産地 Desertas Islets, Madeira。
現地名 Roque de Castro で Koque de Crasto と発音されるとある。綴りは castro だが (誤植でなければ) 読み方は "クラスト" らしい。ここでは綴りのラテン語読みを採用した。
種小名は現地名由来、英名はマデイラ諸島または記載者由来。Madeiran Petrel と呼ばれる種類が別にあり Pterodroma madeira (マデイラミズナギドリ)。
あまりに紛らわしいのでこの種は英語で Zino's Petrel とも呼ばれ (ケープベルデミズナギドリ Pterodroma feae Fea's Petrel から別種に分離した研究者の名前から)、クロコシジロウミツバメには記述的な Band-rumped Storm Petrel の英名が採用されたと考えられる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hydrobates 属 (hudro- 水を bates 歩く Gk)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でオーストンウミツバメ属の名前が与えられている。種小名は変化なし。単形種。
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ヒメクロウミツバメ
- 第8版学名:Hydrobates monorhis (ヒュドゥロバテース モノリス) 鼻孔が一つの水を歩く者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Oceanodroma monorhis (オーケアノドゥロマ モノリス) 鼻孔が一つのウミツバメ
- 第8版属名:hydrobates hudro- 水を bates 歩く (Gk)
- 第7版属名:oceanodroma (合) 大洋を走るもの (okeanos 大洋 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:monorhis (合) 鼻孔が一つ (mono- (接頭辞) 一つの ris 鼻 Gk)
- 英名:Swinhoe's Storm Petrel (英国博物学者 Robert Swinhoe に由来)
- 備考:
hydrobates, oceanodroma は#オーストンウミツバメ参照。
monorhis は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-no- がアクセント音節と考えられる (モノリス)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hydrobates 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。種小名は変化なし。単形種。
Birder 編集部 (2000) Birder 14(8): 16 に 1992 年に京都で保護され大阪南港野鳥園で放鳥されたヒメクロウミツバメについて触れられている。臭いが非常にきつかったとのこと。
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コシジロウミツバメ
- 第8版学名:Hydrobates leucorhous (ヒュドゥロバテース レウコロウス) 腰の白い水を歩く者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Oceanodroma leucorhoa (オーケアノドゥロマ レウコロア) 腰の白いウミツバメ
- 第8版属名:hydrobates hudro- 水を bates 歩く (Gk)
- 第7版属名:oceanodroma (合) 大洋を走るもの (okeanos 大洋 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:leucorhous / leucorhoa (合) 白い腰の leukos 白 orrhos 腰 Gk。The Key to Scientific Names)
- 英名:Leach's Storm Petrel (英国動物学者 William Elford Leach による)
- 備考:
hydrobates, oceanodroma は#オーストンウミツバメ参照。
leucorhous は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-cor- がアクセント音節と考えられる (レウコロウス / レウコロア)。
種小名と和名は対応がよい。英語で white-rumped storm-petrels と呼ぶと複数種を指す (腰の白いチュウヒ類のような概念) ので種小名そのままの英名は使われないよう。
対照させるための Band-rumped Storm Petrel (クロコシジロウミツバメ) や Wedge-rumped Storm Petrel (ガラパゴスウミツバメ) の名称は存在する。Storm Petrel にハイフンを入れるのは主にアメリカの書き方で IOC の英名ではハイフンなし。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hydrobates 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。学名は Hydrobates leucorhous となる。2亜種あり (IOC)、日本で記録されるものは基亜種 leucorhous とされる。
[嗅覚]
Sin et al. (2022) Olfactory receptor subgenome and expression in a highly olfactory procellariiform seabird によればこの研究の段階で嗅覚遺伝子数が水鳥の中で最大、偽遺伝子化率は最小であったとのこと。
この文献ではコサギが次いで高い値になっているがコサギはそれほど嗅覚に頼っているのだろうか。
コシジロウミツバメとフルマカモメの共通祖先段階で嗅覚レパートリーの拡大があったがフルマカモメ系統は失ったとの解釈になっている。
遺伝子長に比べて読み取り配列が短いこと、嗅覚遺伝子族は数も多く互いに類似性が高いので正確に数えるのは難しいとのこと。一部の他種では長い読み取りを行って精度を上げる取り組みもあるとのこと。
フルマカモメで数が少ないのは地上営巣性のためで嗅覚の役割が低い解釈があるとのこと (採食における嗅覚との関係が紹介されているが自分の巣穴を見つけるための嗅覚の役割が高いのだろう。引用文献に書いてあるかも)。
コシジロウミツバメの視力が低いとの報告もあるとのこと。ただしゲノム精度依存なのでフルマカモメの方が嗅覚が劣っていると結論するにはまだ早いとこと。OR family 14 は揮発性疎水性物質とよく結合するのでこの遺伝子を豊富に持っていることがジメチルスルフィドに誘引されるコシジロウミツバメの生態と整合しているとのこと。
[LED に誘引されたウミツバメ類の集団死?]
New lights cause hundreds of seabird deaths in Cape Verde (BirdGuides 2025.4.1)
アフリカ大陸の西側の島カーボベルデで古いタイプの街や港の街灯を輝度の高い白色 LED に取り替えたところウミツバメ類の集団死が続発。4種でそのうち3種がこの島で繁殖。コシジロウミツバメは渡り鳥。
LED に切り替えて省エネとメンテナンス手間が減っても結局は光が多用されて光の量を増やすだけになっているケースが多い感じがする。
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オーストンウミツバメ
- 第8版学名:Hydrobates tristrami (ヒュドゥロバテース トゥリストゥラーミ) トリストラムの水を歩く者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Oceanodroma tristrami (オーケアノドゥロマ トゥリストゥラーミ) トリストラムのウミツバメ
- 第8版属名:hydrobates hudro- 水を bates 歩く (Gk)
- 第7版属名:oceanodroma (合) 大洋を走るもの (okeanos 大洋 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:tristrami (属) tristram の
- 英名:Tristram's Storm Petrel (英国の聖職者 Henry Baker Tristram による)
- 備考:
hydrobates は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は bates の語末が長母音のためここが長音となると考えられる。-dro- がアクセント音節と考えられる (ヒュドゥロバテース)。
tristrami は外来語で発音はよくわからないが、ごく普通のラテン語 ramus (枝) の変化形と同様と考えれば少なくとも a は長母音となるのが自然に思える。アクセントも置きやすいのでこの発音を採用した (トゥリストゥラーミ)。
oceanodroma は外来語で発音はよくわからないが、okeanos は冒頭が長母音。-no- がアクセント音節と考えられる (オーケアノドゥロマ)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hydrobates 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。種小名は変化なし。
和名はアラン・オーストン (Alan Owston) 由来でもとは Cymochorea owstoni。現在はシノニムとなったが和名は維持された [川田 (2016) アラン・オーストン基礎資料]。単形種。
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クロウミツバメ
- 第8版学名:Hydrobates matsudairae (ヒュドゥロバテース マツダイラエ) 松平の水を歩く者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Oceanodroma matsudairae (オーケアノドゥロマ マツダイラエ) 松平のウミツバメ
- 第8版属名:hydrobates hudro- 水を bates 歩く (Gk)
- 第7版属名:oceanodroma (合) 大洋を走るもの (okeanos 大洋 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:matsudairae (属) 松平頼孝の (matsudaira -ae) 発見者
- 英名:Matsudaira's Storm Petrel
- 備考:
hydrobates, oceanodroma は#オーストンウミツバメ参照。
matsudairae は ts をこのように発音するとして、アクセントは "マツダイラエ" と考えられる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hydrobates 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。種小名は変化なし。単形種。
記載時学名 Oceanodroma melania matsudariae Kuroda, 1922 (原記載)。相模湾の沿岸から離れたところで 1921 年に5羽採集されたもので記載当時は亜種扱い。
アメリカの種で Seebohm が日本で採集した標本を Oceanodroma melania と同定したが、Oceanodroma tristami と同定されるべきではないかとの Salvin の見解が紹介されており、Kuroda も同意するとのこと。もし Seebohm の同定が誤っていれば日本で最初の Oceanodroma melania の記録となり、計測値の違いから亜種を提案したもの。
記載時の亜種小名は綴りを間違っていたが Matsudaira の人名は原記載に記されているので訂正した(亜)種小名が広く受け入れられているとのこと。PROCELLARIIFORMES Albatrosses, petrels, and shearwaters (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealand より)。
海外の名称では松平を採用しているものも多いが、"日本の"、あるいは "硫黄島の" を付けた名称もある。スウェーデン語では以前は人名を用いていたが 2023 年に硫黄島に変更した (wikipedia スウェーデン語版より。アメリカ・カナダの改名の動きに合わせたものだろう)。
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ハイイロウミツバメ
- 第8版学名:Hydrobates furcatus (ヒュドゥロバテース フルカートゥス) 叉木状の尾の水を歩く者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Oceanodroma furcata (オーケアノドゥロマ フルカータ) 叉木状の尾のウミツバメ
- 第8版属名:hydrobates hudro- 水を bates 歩く (Gk)
- 第7版属名:oceanodroma (合) 大洋を走るもの (okeanos 大洋 dromos 走るもの Gk)
- 種小名:furcatus / furcata (adj) 叉木状の (furca (f) 叉木 -atus (接尾辞) 〜を所有する)
- 英名:Fork-tailed Storm Petrel
- 備考:
hydrobates, oceanodroma は#オーストンウミツバメ参照。
furcatus は a が長母音でアクセントもここにある (フルカートゥス)。-atus の所有の接尾辞由来。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hydrobates 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。学名は Hydrobates furcatus となる。2亜種あり (IOC)、日本で記録されるものは基亜種 furcatus とされる。
△ コウノトリ目 CICONIIFORMES コウノトリ科 CICONIIDAE ▽
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ナベコウ
- 学名:Ciconia nigra (キコーニア ニグラ) 黒いコウノトリ
- 属名:ciconia (f) コウノトリ
- 種小名:nigra (adj) 黒い (niger)
- 英名:Black Stork
- 備考:
ciconia は#コウノトリ参照。
nigra は短母音のみ (ニグラ)。
英名は学名に対応している。シュバシコウを用いた Ciconia 属が作られた際に Ciconia alba が使われたが (#コウノトリの備考参照)、それと対比する形の種小名にもなっている。
単形種。
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コウノトリ
- 学名:Ciconia boyciana (キコーニア ボイキアーナ) ボイスのコウノトリ
- 属名:ciconia (f) コウノトリ
- 種小名:boyciana (adj) Robert Henry Boyce (英国の調査官、上海でも仕事を行った) の (boyce (m) を形容詞化して boycianus 更に女性形にして boyciana)
- 英名:Oriental Stork
- 備考:
ciconia は o が長母音でアクセントもここにある (キコーニア)。
語源は難しいようでインド・ヨーロッパ祖語の *kekoh2n- (コウノトリ) や *keh2n- (この単語から派生した歌う・鳴く) 由来と考えられている (成鳥コウノトリは鳴かないが)。ラテン語の歌う cano (カノー。#カッコウの種小名参照) とも関係がある。
ドイツ祖語の *hano (雄鶏) や *hanjo (めんどり)、スラブ祖語の *kana (タカ類) とも関係があるとのこと。ブルガリア語方言ではコウノトリを kanyusha と呼び、ロシア語ではほぼ同じ綴りで kanyuk はノスリ類を指す (wiktionary)。コウノトリとタカが微妙につながっている。分子系統関係がわかるまではタカ類がコウノトリ目に含まれていたのもある程度納得できる (?)。
boyciana はラテン語化の際に用いられた -anus (ここでは人名の形容詞化) の a が長母音でここにアクセントがある (ボイキアーナ)。
かつては シュバシコウ Ciconia ciconia 英名 White Stork の亜種とされた (当時の学名 Ciconia ciconia boyciana)。
コウノトリの一般的英名も White Stork だった。
同種時代はシュバシコウの種和名もコウノトリだった。現在でもシュバシコウを指してコウノトリと呼ぶこともしばしばある。
シュバシコウの記載時学名は Ardea Ciconia Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 Europe, Asia, Africa; restricted type locality, Sweden (スウェーデンに限定)。
Ciconia の属名はこの種小名から昇格されたもので Brisson (1760) が名付けたもの。英語の White Stork やフランス語名の cicogne blanche は古くから知られていて、Linnaeus (1746) (有効な学名とみなされる前) も Ardea alba を使っていた。
Ciconia 属を設けるにあたって Ciconia alba の種小名が与えられた (#ノスリの備考参照)。
後に Linnaeus (1758) の種小名に戻された。
コウノトリの記載時学名は Ciconia boyciana Swinhoe, 1873 (原記載) 基産地 Yokohama (横浜)。当時は White Storks が2種知られていてそれらとは異なるとのこと。Boyce's Stork の英名を与えている。個体は生きたままロンドンに輸送中とのこと。
Fauna Japonica には書かれていないが日本では大きな群れを作ってしばしば見られると教えられた。大陸に生息するかどうかの情報は少なく少なくとも標本になったものはない (ヨーロッパのシュバシコウが連続分布していることをある程度否定している)。
分離され現在は単形種。
英名 (現在はシュバシコウを指す) の White Stork は Black Stork (ナベコウ。こちらの英名は学名と同じ意味) に対比させたものと想像できる。おそらく Stork だけで十分だった (なおどちらも現在の英国には通常分布ではない)。
ドイツ語 Storch とともにさまざまな伝説にもなっているように普通に使われていた単語だが、コウノトリ類を指して集合的にも用いられるため、学術的に種を明確に表すために White が補われたもの (ドイツ語でも同じ意味で Weissstorch) であろう。
よく知られた種類であるスキハシコウ類の属名も興味深いので紹介しておくと Anastomus (アナストムス)。ギリシャ語 ana- は上向き、開ける、後ろ向きなどの意味 (最後の意味はハシマガリチドリの属名に使われる。#シロチドリ参照)。
stoma は口。解剖学用語の anastomosis 動静脈吻合 (ふんごう) も同じ語源。
コウノトリの高精度ゲノム研究が出ている: Yang et al. (2024) Genomic exploration of the endangered oriental stork, Ciconia boyciana, sheds light on migration adaptation and future conservation
絶滅の懸念されている他種に比べて遺伝的多様性は高い。生の選択を受けている遺伝子に渡りに関わる可能性のある候補遺伝子が含まれている。
[コウノトリ科の系統分類]
de Sousa et al. (2023) Cytotaxonomy and Molecular Analyses of Mycteria americana (Ciconiidae: Ciconiiformes): Insights on Stork Phylogeny
で用いられている系統樹による。系統樹に現れないものは Boyd から補ってある。
コウノトリ科 Ciconiidae: Storks
スキハシコウ属 Anastomus
スキハシコウ (スキバシコウ) Anastomus oscitans Asian Openbill
クロスキハシコウ Anastomus lamelligerus African Openbill
ハゲコウ属 Leptoptilos
アフリカハゲコウ Leptoptilos crumenifer Marabou / Marabou Stork
コハゲコウ Leptoptilos javanicus Lesser Adjutant
オオハゲコウ Leptoptilos dubius Greater Adjutant
トキコウ属 Mycteria
アメリカトキコウ (トキコウ) Mycteria americana Wood Stork
アフリカトキコウ Mycteria ibis Yellow-billed Stork
シロトキコウ Mycteria cinerea Milky Stork
インドトキコウ Mycteria leucocephala Painted Stork
ズグロハゲコウ属 Jabiru
ズグロハゲコウ Jabiru mycteria Jabiru
セイタカコウ属 Ephippiorhynchus
セイタカコウ Ephippiorhynchus asiaticus Black-necked Stork
クラハシコウ Ephippiorhynchus senegalensis Saddle-billed Stork
コウノトリ属 Ciconia
アオハシコウ Ciconia abdimii Abdim's Stork
エンビコウ Ciconia episcopus Woolly-necked Stork
スンダエンビコウ Ciconia stormi Storm's Stork
ナベコウ Ciconia nigra Black Stork
シロエンビコウ Ciconia maguari Maguari Stork
シュバシコウCiconia ciconia White Stork
コウノトリ Ciconia boyciana Oriental Stork
この系統樹を調べてみたのは成鳥が発声を行わなくなったのはどの系統からか知りたかったためだったが、ナベコウの音声記録があり、成鳥が発声を行わないのはコウノトリとシュバシコウで最も "派生した" 形質らしいことがわかった。ただしそもそも珍しい種類で音声記録のないものもあり、コウノトリ以外の系統で散発的に失っているものもあるかも知れない。
セイタカコウ属のデータはないが、ズグロハゲコウではサギのような声が記録されている。
アメリカトキコウはあまり発声しないようで少数の記録にとどまっているがサギの声に似ている。インドトキコウも成鳥の声の記録はあまりない。スキハシコウの成鳥が鳴くかどうかよくわからないが、コロニーの音声はサギのコロニーに似ている。
一部の種で嘴の音が記録されているが コウノトリ / シュバシコウ ほどはっきりしたものではなさそう (以上 xeno-canto を用いた調査)。
スキハシコウの wikipedia 英語版では他のコウノトリ類同様に clattering でコミュニケーションをすると書かれているが、この記述は コウノトリ / シュバシコウ と近縁と考えられていた時期のものかも知れない。現代的な分子系統樹ではかなり縁が遠く、コウノトリ科の中でも最も古く分岐した系統にあたる。サギのコロニーに似た声でも不思議でない感じがする。
アフリカハゲコウの wikipedia 英語版ではあまり声を出さないが bill-rattling courtship displays があると書かれている。セイタカコウでは同様に They then clatter their bills and walk away. とディスプレイの記述がある。ナベコウでは bill-clattering をまれに行うとあるがディスプレイは音声が中心のよう。
コウノトリ科は全体的に成鳥が発声をあまり行わず bill-clattering は複数系統で見られるが コウノトリ / シュバシコウ と最も近縁なナベコウでは音声が中心で、音声・clattering に系統的にはそれほどはっきりした段階的変化は見られないよう。
DNA-DNA hybridization の時代のコウノトリ科の系統解析の論文があった。Slikas (1997) Phylogeny of the avian family Ciconiidae (storks) based on cytochrome b sequences and DNA-DNA hybridization distances
DNA-DNA hybridization 単独でも現在の系統樹とかなりよく一致する結果を導いいていた。一方従来系統が近いと考えられていた新世界ハゲワシ類と系統が遠いことも示されていた。内部鳴管筋 (internal syringeal muscles) を欠いていることもコウノトリ科と新世界ハゲワシ類の類似点とされていたとのこと。
[シュバシコウの嗅覚]
シュバシコウで刈られたばかりの芝生から出る揮発性化合物 (Z)-3-hexenal, (Z)-3-hexenol, hexenyl acetate がシュバシコウを引きつけるとの研究があった: Wikelski et al. (2021) Smell of green leaf volatiles attracts white storks to freshly cut meadows
我々でも青草の匂いを感じるので不思議ではないが、鳥類は一般に嗅覚に乏しいと考えられていた従来の考えからは思いつかない結果だったかも知れない。風向きを考慮すると視覚よりもむしろ匂いを感じて集まってくる証拠が得られ、人工的な散布実験でも同じ結果が得られた。嗅覚により遠方の食物を探る能力は鳥類で普通にあるのかも知れないとのこと。
[渡りを止めたシュバシコウ]
Andrade et al. (2025) Mechanisms underlying the loss of migratory behaviour in a long-lived bird (2024 preprint)
イベリア半島のシュバシコウは 1995-2020 年の間に渡りをしない個体が 18% から 68-83% に急増した。生態的な究極要因は明らかにされていて、遺伝的背景があることを示唆するものだが、遺伝的メカニズムなどは不明だった。
全ゲノム解析を行ったところ、渡りを行う個体も行わないものも区別ができなかった。若鳥の大部分はジブラルタル海峡を越えて渡るが、成長とともに渡らない比率が増え、GPS 追跡された成鳥では 19% しか渡らなかったとのこと。近年渡らない個体が増えているのは渡らない個体が自然選択されたなどの要因は考えにくく、成長過程のある時期の可塑性 (developmental plasticity) が由来ではないかとのこと。
Delmore et al. (2020) The evolutionary history and genomics of European blackcap migration
遺伝的な変化でズグロムシクイが渡りを止めるようになった遺伝的基盤を提唱している。
渡りをするグループは種分化途中の段階ではないか (3万年前ぐらいから分化開始、5000 年前ぐらいに留鳥グループと再度交流あり)。候補となった遺伝部位は他の渡りの鳥で指摘されているものとは異なっていたとのこと。
de Zoeten and Pulido (2020) How migratory populations become resident
が理論的な個体群シミュレーションを行っている。
この話にはさらに続きがあり、こちらは遺伝子そのものよりも構造多型による調節機構が関わっている: #ハシボソガラスの備考の Delmore et al. (2023) を参照。
△ カツオドリ目 SULIFORMES グンカンドリ科 FREGATIDAE ▽
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オオグンカンドリ
- 学名:Fregata minor (フレガータ ミノル) 小さなフリゲート艦
- 属名:fregata (外) fregate 敏捷で獰猛なグンカンドリ類のフランス航海者による名前 < fregate, frigate フリゲート艦 < fregata 伊 だが語源は不明
- 種小名:minor (adj) 小さい
- 英名:Great Frigatebird
- 備考:
fregata の読み方はよくわからないが、"フレガータ" が自然な発音と思われるので採用しておく。ちなみに現代のイタリア語では特に伸ばさないがアクセント位置はこの場所で、かつては伸ばして読んでいたのだろうと想像できる。
フリゲート艦の意味の語源は明確でないようだが、ギリシャ語由来のラテン語 aphractus (船) が縮まったものとの説がある (wiktionary)。
minor は "ミノル" のアクセントに注意。
5亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 minor とされる。
和名や英名と学名が整合しないが、John Latham が "A General Synopsis of Birds" (1785) に Gmelin が "lesser frigate pelican" Pelecanus minor と記述し (1789)、Linnaeus が採用した (原記載) ためこの学名になったとのこと (wikipedia 英語版)。
他言語では "大きい" を付けているものが多いがポーランド語のように "中間の" を付けているものもある。シロハラグンカンドリ Fregata andrewsi Christmas (Island) Frigatebird の方がより大きいとのこと。ポーランド語の "中間の" はこの意味かとも思ったが、シロハラグンカンドリに "大きい" を付けているわけではなく色で表している。
オオグンカンドリはドイツ語では Bindenfregattvogel だが、これは "ネクタイをした" の意味だろうか。
赤い喉袋の色素は 85% がアスタキサンチンで、これほど濃度の高い鳥は他にないとのこと [wikipedia ドイツ語版から知った。出典は Joula et al. (2008) Carotenoids and throat pouch coloration in the great frigatebird (Fregata minor)]。
Fregata 属にはメスグログンカンドリ Fregata aquila Ascension Frigatebird という "ワシ" を種小名に持つ種類がある。英名はアセンション島に由来。
多くの言語で "ワシ" またはアセンション島由来の名前が使われており、和名はメスの喉袋に相当する部位が黒いことに由来するが他言語に比べて少し特殊。
Linnaeus (1758) の時代からある (原記載) 由緒ある学名。イヌワシ属の Aquila の方が後の用例 [Brisson (1760)。Linnaeus (1758) はイヌワシ類を Falco 属に含めていたため]。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にはこの学名の種類を和名空欄、Minami-Torishima としてリストしている。同リストに載せられているグンカンドリ類はオオグンカンドリ (当時の名称グンカンドリ) のみで現在の分類とは別概念か。
[オオグンカンドリの飛行中の睡眠・鳥類の睡眠の話題]
ヒトを含む哺乳類では急速眼球運動を伴うレム REM (rapid eye movement) 睡眠がよく知られているが、レム睡眠とノンレム (NREM) 睡眠は鳥類でも脳波ではっきり確認できる。この2種類の睡眠がはっきり分化しているのは鳥類と哺乳類のみである。
Rattenborg et al. (2016) Evidence that birds sleep in mid-flight
はオオグンカンドリの脳波や加速度を測定し、飛行中に NREM 睡眠と REM 睡眠が見られることを明らかにした。
目からの信号がほぼ完全に反対側の脳に送られるため、片側の脳で NREM 睡眠を行いつつももう片側で注意を怠らないことを可能にしている。旋回方向に対して外側に目を開ける形の半球睡眠となっているとのこと。
飛んでいる時は 2.9% の時間しか寝ないのに対し、地上では 53% の時間を睡眠に使っている。
飛んでいる時は夜も注意を払う必要があり長時間、あるいは深い睡眠には限界がある。
飛んでいる時に短時間しか睡眠を取ることのできない悪影響が考えられるが、どのように克服しているのか。
飛んでいる時の脳波で睡眠が確認されたのはこれが初めてとのこと (#アマツバメの備考 [アマツバメは飛びながら寝る?] も参照。こちらは直接検証はできていない)。
オオグンカンドリは夜間にほとんど採食しないのに睡眠を節約してまで飛んでいる必要があるのは着水して休憩できない生理的要因があるのだろう。系統的な原因の可能性があると考え、#ヒメウの備考 [ウ類の嗅覚] で考察してみた。
Rattenborg (2017) Sleeping on the wing
が他のグループの鳥も含めた長時間連続飛行中の睡眠についてトラッキングデータをもとに考察している。
アマツバメ類は有名だがこの著者の解釈はかなり慎重で、横向きになって翼を動かしていないことが必ずしも飛びながら寝ている証拠にはなっていないとしている。
ヨーロッパアマツバメは繁殖期にとまって寝るが、立って寝ることも横になって寝ることもある。
4分に1点のサンプリングでその間にとまって寝ている可能性は否定できない。
渡りの時期でも体を立てて動きを止める部分もあり、崖にとまって寝ているかも知れない。
長期間飛べることを示したもので、飛びながら眠っている証拠を示したものではない。
飛びながら寝ることはオオグンカンドリで初めて明確に示されたことを強調する意味もあるだろうが、指摘は説得力があるように見える。アマツバメ類の空中睡眠について言及する際は、古くからの推測や一般向け記事などは一旦忘れて「可能性がある」としておくのがよさそう。
長距離の海上を渡るシギ類でも考えられるが、長距離無着陸の飛行を特に選んでいるわけではない。
グンカンドリ類は連続で飛ぶが、アホウドリ類は着水できるので飛びながら寝る必要は少ないかも知れない。
タカ・ハヤブサ類は主に昼間に渡るので普通は寝る機会は十分あるはず。アカアシチョウゲンボウは 5.4 日かけてインド洋 5600 km を横切る。この論文では同じ空を渡るトンボを食べている可能性も考えているが確かめられていない。アカアシチョウゲンボウが飛びながら寝ることができるかはわからない。
スズメ目ではあまりよくわからないが眠りに関係して警戒度が落ちて建物にぶつかったりしているかも知れない。声を出しているから寝ていないとは言い切れない。声を出している合間に半球睡眠をとっている可能性はある。実験室内の渡りの小鳥では渡りの不穏時期に夜は寝ていないが、昼は居眠りをして過ごし、昼に休憩できるならば夜は寝なくても大丈夫なのかも知れない。
無着陸の渡りの要因として、そもそも着陸できる場所がない場合と、途中で休憩を入れずに目的地に早く到着する方が効率的な戦略として選ばれている側面もある。
鳥は寝ながら立てることは知られているので (有蹄類では REM 睡眠中は横になるとのこと) ソアリングや滑空状態を維持して眠ることもできるかも知れないし、羽ばたきさえできるかも知れない。しかし REM 睡眠中の羽ばたきはより難しいだろうとのこと。数秒の REM 睡眠で滑空しているかも知れない。
ハトでの実験では3時間の睡眠が奪われるだけでも起こしておくのに連続した刺激が必要だったとのことで、グンカンドリは睡眠不足に対する特殊な適応を行っていることが示唆される。
一方で一夫多妻のアメリカウズラシギは極北で3週間のつがい形成時期にほとんど寝なくても能力が維持されていることが示されている: Lesku et al. (2012) Adaptive Sleep Loss in Polygynous Pectoral Sandpipers。
この場合は睡眠時間の短い個体ほど子孫を残せる結果となっている。
しかしアメリカウズラシギでもグンカンドリでも最小限の睡眠はとっており限界があることを示唆する。
全般的には数日間の連続飛行において渡り鳥が寝ないでやり過ごせるかどうかはまだ結論が出ていない。
飛びながら寝るのは鳥にとっても簡単な、あるいは生理的の好ましいことではないようで、多くの鳥は飛行中は大部分起きていて、一部の種が生態的要求に迫られて行っている論調に感じられる。いかに鳥とはいえできればとまって寝たいのだろう。
アメリカウズラシギのように競争により睡眠時間がとれないのはその昔受験勉強で言われた「四当五落」(1950-1980 年代によく使われた用語) を思い出してしまう。生態学的要求はなかなか厳しい。
半球睡眠は特殊な能力と考えられがちだが、ヒトでも "first night effect" (最初の夜の影響) が知られていて、睡眠中の音に対する反応が最初の晩は左が悪く、よく寝られた翌晩からから非対称性が消えるという [Tamaki et al. (2016) Night Watch in One Brain Hemisphere during Sleep Associated with the First-Night Effect in Humans]。
新しい環境に即してヒトでも部分的な半球睡眠を行っている可能性がある (蛇足的に付け加えておくと片目を開けた場合は鳥類とは違って大脳両半球に信号が行くため、両目を閉じないと半球睡眠にはならないだろうと想像する)。
"REM" の名前はヒトを含む哺乳類の眼球運動に対して名付けられたものであったが、鳥類でも眼球運動を伴っているかどうかを調べるのは案外難しい。ごく最近になって半透明なまぶたを持つハトの目を赤外線カメラで記録し (しかし頭を羽にうずめてしまうと記録できない)、脳波とともに fMRI (磁気共鳴機能画像法) で脳のどの部分が働いているかを調べることができるようになった。
Ungurean and Rattenborg (2023) A mammal and bird's-eye-view of the pupil during sleep and wakefulness
を見ると、哺乳類とはパターンは異なるが REM 睡眠の時にやはり目が動いていることがわかる
(比較に用いている哺乳類は夜行性だがその影響はどうであろうか?)。
また NREM 睡眠中に瞳孔が最大に広がっているがこの点は哺乳類と逆になっているとのこと
(寝る時に頭を羽にうずめてしまう種類が多いので、外敵の存在に気づける程度の光が網膜に達するようにするためではないかとこの論文では推測している)。
鳥では起きている時ではリラックスすると瞳孔が大きくなる。
Ungurean et al. (2023) Wide-spread brain activation and reduced CSF flow during avian REM sleep
では NREM 睡眠中に脳脊髄液がよく流れて老廃物を排泄しているらしい点は哺乳類と同じであること、REM 睡眠中にに脳が起きている時のように活発に活動していることを示している。
活発に活動する部位は視覚情報処理に関係する部分で、飛んでいる時に働く部分も働いていて飛んでいる夢を見ているのではないかとの推測も報道された。
研究の舞台裏もあってハトを MRI に入れるとすぐ寝てしまうので、鳥を起こしておくのに工夫した
とか (クラシック音楽を大音量で聞かせたとか、研究者の好みが出てそうである)。
寝ている時の眼球の動きが見えるようにまぶたが透けて見えるハトの品種を用いたとのこと。
いずれにしても鳥類でも眼球は動き、睡眠中の急速眼球運動もある、そして REM 睡眠中に夢も見ているのではとの最新研究結果も出ている。
Rial et al. (2022) The Birth of the Mammalian Sleep のような面白い提案もあるので紹介しておく。
鳥類・哺乳類が共通の睡眠を示すことは共通祖先の段階からあったものか、それとも独立に進化したものか。この著者によれば爬虫類が眠るという過去の報告は実験条件に問題があり、真の睡眠と呼べるものはないのではないかと結論している (なお俗に言われるように瞼がないので寝ないとは言いきれない。鳥類・哺乳類でも目を開けて NREM 睡眠をとることもある。やはり脳波を見ないとわからないよう)。
そうであれば鳥類・哺乳類の睡眠は独自に進化した (収斂進化) ものとなる。
この著者は哺乳類の睡眠の起源を恐竜支配下の夜行性時代に求めている。夜行性に適応した目には昼の光は明るすぎて目を閉じる必要があり、それが睡眠の進化につながったのではないかとのこと。鳥類はそのような解釈ができないので別の機構が必要になるだろう。皆さんはどう考えられるだろうか。
Rattenborg and Ungurean (2022) The evolution and diversification of sleep
ではもっと原始的な系統でも REM / NREM 睡眠に似た現象の報告があるが違いも大きい。1種類の睡眠は相当古くまで遡ることができるが、2種類の睡眠の起源はまだまだ研究途上のよう。
日本のグループの研究もあり Yamazaki et al. (2020) Evolutionary Origin of Distinct NREM and REM Sleep こちらは共通祖先段階から生じたものではないかとの考えを示している。
半球睡眠を行う動物 (オオグンカンドリ、オットセイ) では REM 睡眠が非常に少ないという。水中や空中で REM 睡眠を行うのはあまりに危険との考え方もできる。
NREM 睡眠で脳活動の低下 (脳温度低下など) が起きるが REM 睡眠によって周期的に脳温度を上げる作用があるのでは (恒温動物で見られる理由になる) とも考えられるが変温動物に REM 睡眠的なものが見られてこの仮説に疑問も投げかけられている。哺乳類の REM 睡眠中で働くものと同等のニューロンが爬虫類にも存在し起源はもっと古い可能性がある。ただし2種類の睡眠の機能は恒温動物と異なるかも知れない。
Siegel (2023) REM sleep function: mythology vs. reality
のレビューも脳温度を上げる作用を考えており、哺乳類を中心に調べて体温の低い動物ほど REM 睡眠の量が多く (カモノハシは REM 睡眠が8時間もあり、1日 14 時間寝ている)、鳥類で短いのはその延長上で解釈できか、と述べている。大型の動物ほど睡眠サイクルが長いのも冷却に要する時間で説明できるという。
クジラ・イルカ類は REM 睡眠がないとのことで、絶対的に必須のものでもなさそう。REM 睡眠の割合と知的能力の高さとは関係ないと考えている。
van Hasselt et al. (2024) Sleep and Thermoregulation in Birds: Cold Exposure Reduces Brain Temperature but Has Little Influence on Sleep Time and Sleep Architecture in Jackdaws (Coloeus monedula)
哺乳類では低温環境で REM 睡眠が減少するが、ニシコクマルガラスではそうならなかった。哺乳類では REM 睡眠中に体温調節機能 (ふるえ、あえぎなど) がほぼ失われるが、鳥類では異なっている可能性がある。外気温が下がると脳の温度も下がり、REM 睡眠中は脳の温度が上がることは確かめられたが、これは体温調節機能の有無を示す証拠ではない。
鳥類では REM 睡眠中に筋肉活動がほぼ完全に失われることはなく、筋肉での熱産生による体温調節が可能なのでは。頸筋の脱力 (うなだれる) は測定していたが胸筋は測っていなかったのでこの実験からは判断できないとのこと。
Lyamin et al. (2021) Sleep in ostrich chicks (Struthio camelus)
ダチョウ成鳥では鳥類の中で最も REM 睡眠の比率が高い (24%) とのこと。ひなではもっと多いかと調べたら逆だった。これは他の鳥類・哺乳類の傾向とは逆とのこと。
ダチョウの群れ生活では成鳥は同時に食べたり休んだりせず、集団による外敵への警戒に役立っている。
NREM 睡眠の時にも両目を開けているが REM 睡眠では閉じるとの報告がある。目を開けるのは危険に素早く反応するためで多くの鳥類・哺乳類でも観察されている現象。上述のハトの目で NREM 睡眠中に瞳孔が最大に広がる研究でも同じ解釈が紹介されている。
カモなどで見られる半球睡眠の代わりとなる戦略だろうとのこと (この記載によればすべての鳥が半球睡眠をするわけではなさそう)。
ダチョウのひなは成鳥に比べて NREM 睡眠の時に目を閉じていることが多い。生後3か月ぐらい経過しないと警戒能力が発達しないとのことで関連している可能性がある。成鳥が外敵に対して危険な長時間の REM 睡眠を行う適応的意味は不明とのこと。
鳥の話は特に出てこないがトカゲで REM / NREM 睡眠があり、そのリズム (ultradian rhythm) を作る中枢神経メカニズムを提唱するもの: Fenk et al. (2024) Central pattern generator control of a vertebrate ultradian sleep rhythm 脳幹内の振動子を考えている。
この研究者の主眼は哺乳類の睡眠解明にあるようで、哺乳類と同様のパターンが鳥や爬虫類にも見られることを文献を引用する形で紹介している。
哺乳類の睡眠を理解するためのモデル動物と捉えているようだが系統はだいぶ違うかも知れない。パターン発生の神経回路機構の提案として見るのがよさそう。
半球睡眠に関する関連研究: van Hasselt et al. (2025) Sleep pressure causes birds to trade asymmetric sleep for symmetric sleep
ニシコクマルガラスを用いて睡眠を奪う程度が高いほど半球睡眠の比率が少なかったとのこと。
特に渡りをする鳥の睡眠事情など、鳥における概日リズムの乱れに伴う脳や生理学の知見をヒトの医学に応用するアイデアがあるとのこと。BaHammam (2025) のレビュー論文: From Wings to Wellness: A Research Agenda Inspired by Migratory Bird Adaptations for Sleep and Circadian Medicine。
鳥とのヒトの知見の比較研究は相互の理解に役立つとのこと。共通性の高い部分が多く、ヒトのリズム形成で知られている BMAL2 が鳥でも同じ働きをしているか、鳥の半球睡眠に対応するものは何か、またそれぞれどのような生態的適応から進化したものかなどの検証材料がある。
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コグンカンドリ
- 学名:Fregata ariel (フレガータ アリエル) 空気の精のグンカンドリ
- 属名:fregata (外) fregate 敏捷で獰猛なグンカンドリ類のフランス航海者による名前 < fregate, frigate フリゲート艦 < fregata 伊 だが語源は不明
- 種小名:ariel (外) 中世伝承で空気の精 (遡ると神のライオン ヘブライ語 に由来?)
- 英名:Lesser Frigatebird
- 備考:
fregata は#オオグンカンドリ参照。
ariel の発音は明確でないが、短母音として "アリエル" (日本語の標準的な読みとも一致する) を採用した。英語でも冒頭がアクセント。ドイツ語では冒頭アクセントで e を伸ばす。参考までにラテン語の aries (羊、おひつじ座にも使われる) は起源は違うが e は長母音でアクセントは冒頭。
おそらく伸ばしてもよいが冒頭アクセントは変わらない。
商品名に合わせて "アリエール" と書くとアクセントが後半と誤解されやすいので避けた方がよいだろう。
天王星の衛星名はウィリアム・シェイクスピアの作品、もしくはアレクサンダー・ポープ (Alexander Pope) の作品にちなんで名付けられたもので、日本語の通常表記のアリエルは ポープの戯曲「髪盗人」に登場する精霊の名前とのこと (wikipedia 日本語版)。
和名は英名に対応している。#オオグンカンドリの学名由来も参照。
3亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 ariel とされる。
△ カツオドリ目 SULIFORMES カツオドリ科 SULIDAE ▽
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アオツラカツオドリ
- 学名:Sula dactylatra (スラ ダクテュラートゥラ) 指(羽の先)の黒いカツオドリ
- 属名:sula (外) カツオドリ ノルウエー語
- 種小名:dactylatra (合) 指の黒い (dachtylo 指 Gk、ater (adj) 黒い) 初列風切が黒いことを意味する
- 英名:Masked Booby
- 備考:
sula は#アカアシカツオドリ参照。
dactylatra は外来語を含む合成語なので発音はよくわからないが、ラテン語部分である -atra は冒頭が長母音でアクセントもここにある (ダクテュラートゥラ)。
4亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは personata (仮面をかぶった) とされる。この場合は亜種名と一般的な英名が対応している。記載時は Sula personata Gould, 1846 (原記載) で、Gould の影響力もあってこの学名と英名が主に用いられていたのかも。
英語別名に Blue-faced Booby があり、対応する学名が Sula cyanops Cheeseman, 1889 (青い顔のカツオドリの意味。同様の種小名に cyanopus があるがこれは足が青いの意味で1文字の違いで意味が大きく変わる。-pus の語末の長音を使って読み分けるとよい)
[SULIFORMES Frigatebirds, gannets, darters, and cormorants (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealand より]。
和名はこの英名または学名に対応すると想像できる。Red-fooded Booby とちょうとよい対応になっていたがさらに古い学名が見つかるなど、どちらも学名が変わってしまった。
Sula dactylatra Lesson, 1831 (原記載) 基産地 Ascension Island (大西洋アセンション島)。フランス語名 Fou manche de velours (辞書訳だとビロードの袖を持つばか) と学名語義と少し異なっている。
ポルトガル語の le manga de Velado に由来とのこと (Velado は固有名詞扱いなので普通の velado = 英語の veiled ベールをかけた とは意味が違うかも。manga の方が気になる方もあるだろうが当時日本語由来のこの単語があるはずはなく、袖の意味とのこと)。
フランス語 fou (= 英語 fool) は "ばか" の意味で採集家にはあまりに簡単に採集できてしまう意味なのだろう。
遠く離れたアセンション島付近が生息地と考えられ、同一種の判断が遅くなって Sula personata や Sula cyanops の学名が普通に使われていたのかも知れない。
[兄弟殺し]
Bizberg-Barraza et al. (2024) Parental overproduction allows siblicidal bird to adjust brood size to climate-driven prey variation
によるアオアシカツオドリ Sula nebouxii Blue-footed Booby の兄弟殺し (#イヌワシ備考 [兄弟殺し] 参照) の研究がある。
生後 5-9 日から最初のひなによる兄弟への攻撃が始まり、3-4 週でピークを迎えるとのこと。親は争いに介入せず、食物の少ない時に闘争が激しくなるという。
人工的に孵化タイミングを調整した実験では間隔を短くしても長くしても兄弟殺しの割合は変わらず、餌運びが増える結果となった研究が紹介されている (Guerra and Drummond 1995)。Guerra and Drummond (1995) の研究では、自然状態の孵化間隔で親による餌運びのコストが最適化されていると考えている。アオアシカツオドリは逆サイズ性的二形を示し猛禽類と共通点があるが、ひなを捕食する捕食者には対抗手段を持たない。
ひなの生存状況を追跡することで余分に子供を作る要因として resource-tracking hypothesis (資源量に応じた対応仮説)、insurance hypothesis (保険仮説)、facilitation hypothesis (最後のひながいることで兄弟の適応度を高める) を調べた。
resource-tracking hypothesis がよく支持される結果となったが、保険仮説はひなが3羽の時には生き残った最後のひなの生存率が高まることで支持されたが、2羽の時は支持されなかった。facilitation hypothesis を支持する証拠はなかったとのこと。
アオアシカツオドリの戦略は、条件が思わしくない時に早期にひなを減らして親の負担を減らし、ある程度予測可能性のある翌シーズンに備える長いタイムスケールの気象変動には適しているが、極端気象のように頻繁にひなを減らす必要がある状況には向いていない可能性があるとのこと。
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アカアシカツオドリ
- 学名:Sula sula (スラ スラ) カツオドリ
- 属名:sula (外) カツオドリ ノルウエー語
- 種小名:sula (トートニム)
- 英名:Red-fooded Booby
- 備考:
属名の sula はノルウエー語で古ノルド語の sula から来ている。sulao 盗む Gk あるいは souler ゲール語 に由来するとする説は誤り。
古ノルウエー語の sula または sulu は山岳部で現在も使われており、ツバメを意味するとのこと (The Key to Scientific Names) この単語はゲルマン祖語の swalwo に由来し、カツオドリとツバメはいずれも楔形の尾に由来する Kroonen の説があるが他説もあり (wiktionary)。
sula のラテン語読みは明確でないがアクセントが冒頭であることは問題ない (スラ または スーラ)。古ノルド語の起源となるドイツ祖語では *suliz で冒頭を伸ばしているので伸ばして発音されていた可能性がある (wiktionary)。
冒頭を伸ばしてもアクセント移動はないのでどちらで読んでもよい。
3亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは rubripes (ruber 赤い pes 足) とされる。
素直に考えれば Sula sula が Sula 属のタイプ種となりそうだがそうではない。Sula leucogaster の方がタイプ種 [(広義)カツオドリ。種分割される前のものを指している]。
Brisson (1760) が与えた属だが、Brisson の記述した Sula sula はアカアシカツオドリではなく(広義)カツオドリだったとのこと。こちらの最も早い学名が Pelecanus Leucogaster Boddaert, 1783 だったためこの名称が採用された。Pelecanus sula Linnaues, 1766 は(広義)カツオドリとは判定できないとされた (B. O. U. 1915)。
Gray (1840) は Brisson の Sula 属のタイプ種を Pelecanus Bassanus Linnaeus, 1758 の記載 (上記前ページ) シロカツオドリと同定していたとのこと (The Key to Scientific Names の Sula の項目)。
そのためアカアシカツオドリの学名は種小名から属名に昇格されたものではない。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では当時の学名 Sula piscatrix = Sula piscator にアカアシカツオドリ、Sula sula にリュウキュウカツオドリの名称を与えていた。現在はこれらはシノニムとされる。
Pelecanus Piscator Linnaeus, 1758 (記載)。
参考によればかつては標本がウプサラにあったが失われたとのこと (Lonnberg)。
Sula piscator Red-legged Gannet の名前は広く使われていたようで Sula piscator Gould (1848) の図版もある。
古い学名だが Linnaeus (1758) の記述は標本も失われて同定できないとして使われなくなったよう (The Key to Scientific Names の piscator の項目)。
現在の学名は Pelecanus Sula Linnaeus, 1766 (原記載) と新たに付けられたもの。この版でも引き継いで piscator を載せていた。
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カツオドリ (リスト次第で2種に分離)
- 学名:Sula leucogaster (スラ レウコガステル) 白い腹のカツオドリ
- IOC 学名:Sula leucogaster (スラ レウコガステル) 白い腹のカツオドリ と Sula brewsteri (スラ ブレウステーリ) ブリュースターのカツオドリ
- 属名:sula (外) カツオドリ ノルウエー語
- 種小名:leucogaster (合) 白い腹の (leuko- (接頭辞) 白い Gk、gaster (f) 腹)
- 英名:Brown Booby, IOC 14.2 では2種に分離され Brown Booby と Cocos Booby
- 備考:
sula は#アカアシカツオドリ参照。
leucogaster は外来語を含む合成語なので発音はよくわからないが、ラテン語部分の gaster は -gas- にアクセントで長母音を含まない (レウコガステル)。
なお gaster の由来となるギリシャ語は e が長母音であったが古くラテン語化される際に短母音化されたのだろう。
ロイコガスターの表記も見かけるがドイツ語読み。
brewsteri は -ste- を長母音とすれば "ブレウステーリ" の読みとなる。音節の区切り方に不定性があるがこの発音であればアクセントを固定できて原音にも近いので採用した。
4亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは plotus (平らな足の) 亜種カツオドリ と brewsteri (アメリカ鳥類学者 William Brewster に由来) シロガシラカツオドリ とされる。
Working Group Avian Checklists, version 0.04 でも採用され Sula brewsteri Cocos Booby となった。Clements 2024, IOC 14.2 でも採用。
Treat Sula brewsteri as a separate species from Brown Booby S. leucogaster (Part A), and if Part A passes, establish English name for Sula brewsteri (Part B)
も参照。Cocos Plate (コスタリカの離島 Cocos Island ココ島を含む。ココヤシに由来する名前) が分布域として適切な名称と判断。
地名に由来する英名では政治情勢などで名称が変わったりする可能性もあるが、地球物理レベルのプレート名であれば学術的名称の安定性の範囲で名前が保証されることを利用したものと考えられる。近年の名称はかなり気を使って決められていることが読み取れる。
Sula leucogaster の英名は Brown Booby のまま。
IOC 15.1 に向けた改訂も始まっていて亜種 etesiaca は Sula brewsteri に移動とのこと。
[カツオドリ類の飛び込み時にかかる力]
シロカツオドリ Morus bassanus Northern Gannet が水面に頭から飛び込む時の速度は 24 m/s (86 km/h) に達し、水面下 10-20 m の魚を捕る [この深度まで到達するために大きな運動量 (物理用語の momentum = 質量 × 速度 の方) が必要] とのこと。
このダイビング時にかかる力を推定した研究: Chang et al. (2016) How seabirds plunge-dive without injuries によれば、
頭部が水面に接触した瞬間は頭部が急速な減速を受けるが、胴はまだ水面に接しておらず等速で落下しており、首が損傷を受ける可能性が一番高い。カツオドリ類では頭部の長さと首の長さがほぼ等しい。頭部が水中に入った時に水中にできる空泡が胴体が入った時に閉じられるとのこと。
発生する波の安定性解析 (波が成長するかどうか) を行っていて実験とよく合うとのこと。速度が速いと buckling (座屈 という用語があるらしい) が起きる。
曲げに対する首の筋肉の力があると buckling がさらに抑制される。後頭部と頸椎の連結部の筋肉がよく発達していてこの筋肉を収縮させると頭と首を安定できる。
モデルを用いて計算すると筋肉の力で 3400 N まで耐えられると推定された。
実際の飛び込み時に受ける静水圧と抵抗による力 30 N よりもずっと大きいので十分余裕を持って耐えられ、損傷を受けずに済むとのこと。80 m/s だと損傷が起きる予想結果となった。
Pandey et al. (2022) Slamming dynamics of diving and its implications for diving-related injuries はヒトにおける飛び込み時衝撃が中心だがカツオドリ類も比較考察されている。
嘴が鋭角に尖っているため衝撃力 (大まかに開き角の半分の tan の3乗に比例: 2乗が断面積、残り1乗が水に接する面の傾きに相当) が小さく、首をまっすぐ伸ばした状態で飛び込むので受ける衝撃が小さいとのこと。
こちらの研究は主に簡単に見積ることのできる衝撃力を扱っていて、Chang et al. (2016) の方が少し踏み込んだ流体・生体力学的考察になっている。
Bhar et al. (2019) How localized force spreads on elastic contour feathers
は胸や肩、腹にかかる圧力を推定しており、長く伸びた体羽の層があることで圧力が 1/3 になっていると見積もっている。
Chang et al. (2016) に紹介されている情報ではこのような飛び込みで怪我をした例は鳥同士の衝突以外では知られていないとのこと。よく噂される飛び込みに失敗して首の骨を折るというのはどうも俗説のよう。
カツオドリ類の鳥同士の衝突については Gannet study reveals perils of high-speed diving
の解説ページがある。魚の群れを狙って複数の個体がどのように飛び込んでくるか、同じ目標を狙うために衝突したり、獲物を奪い合うなどの水中映像のビデオが紹介されている。
論文: Capuska et al. (2011) Evidence for fatal collisions and kleptoparasitism while plunge-diving in Gannets。
頭蓋骨に他の鳥の嘴が突き刺さった事例がある。首に刺さった事例もあるがこれは獲物を奪おうとした結果か。ビデオ撮影では空中でぶつかった証拠はない。
水中でぶつかる時も大部分は減速して翼で推進している時期で、水面突入時期にぶつかったのは2例とのこと。事故リスクより利益が上回っていると解釈している。
水中で視力を使って魚を捕まえているかについては、Machovsky-Capuska et al. (2012) Visual accommodation and active pursuit of prey underwater in a plunge-diving bird: the Australasian gannet
の研究があり、頭が水中に入るとすぐに目の調節能力 (水晶体の形を変える) で水中で失われる 45 D 以上相当の角膜の屈折能力を補っているらしいとのこと (この点は #カワウの備考 [ウの視力] と異なるよう)。
水中での捕食の大部分は翼で推進している時期に起きており、視力で獲物を捕まえていることを示唆するとのこと。
これらの論文から推定してまとめると、水中で獲物を捕まえるために首はある程度長いことが有利だろうが、飛び込み時に buckling を防ぐためには長さに上限値があり、その兼ね合いで形態が決まっていると解釈するとよさそうに見える。ウ類は飛び込まないので首が長くても構わずよりサギ型に近い捕食方法が可能と考えられる。
このような習性・形態の類似性をみると、現代の系統分類で ウ科 Phalacrocoracidae と カツオドリ科 Sulidae がカツオドリ目 Suliformes に含まれるのはそれほど不思議でないかも知れない (#クロトキ備考 [ペリカン目やトキ科などの系統について])。
「野鳥」2022年7・8月号 (No. 859) pp. 4-5 の上田氏の記事に「謎が多いウの分類」があり、どのような点でウ科とカツオドリ科に共通点があるかを考察されている。皆さんも考えてみていただくと面白いかも。
gannet skeleton など (水中を泳ぐと時の姿勢などを再現した骨格もある) で画像検索していただくと確かにウに似ている感じがする。
#クロトキ備考の [ペリカン目やトキ科などの系統について] も参照。[#鳥類系統樹2024]の結果によれば グンカンドリ科 Fregatidae がこの系統の最も古い分岐にあたり、ウ科とあまり似ていないのは理解できる。
これらは4科はまとまった系統をなすが、他の系統の系統間の関係見直し次第ではカツオドリ目は目にふさわしくない可能性も残る。単系統性やレトロトランスポゾン解析の結果、分岐年代をどの程度重視するか次第。
モモグロカツオドリ Papasula abbotti Abbott's Booby というカツオドリ類の中で最も早く分岐し、クリスマス島 (ジャワ島南にあたるオーストラリアの外洋の島) のみで繁殖する珍しいカツオドリがあり、顔つきはカツオドリ類に見えるが非常に大型で飛翔時の写真などグンカンドリ科/カツオドリ科/ウ科の関連性が少し見えるような気がする。
海鳥の中ではほとんど知られていない種の一つ。気候変動も脅威の一つで絶滅のおそれもある (Conservation Advice for Abbott's Booby - Papasula abbotti)。好みの獲物は飛ぶ魚とのこと。採食方法も他のカツオドリ類と違うのかも知れない。
Hume (2023) A new fossil subspecies of booby (Aves, Sulidae: Papasula) from Mauritius and Rodrigues, Mascarene Islands, with notes on P. abbotti from Assumption Island
これまでに東太平洋で大型の絶滅亜種が記載されていたが、インド洋南西部の島で 18 世紀に絶滅した同程度の大きさの亜種が見つかったとのこと。
Tyler and Younger (2022) Diving into a dead-end: asymmetric evolution of diving drives diversity and disparity shifts in waterbirds
が潜水する鳥の系統解析を行っている。(1) 翼を推力とするペンギン類など、(2) 足を推力とするウ類など、(3) 飛び込み型のカツオドリ類などの3種類は別々に進化したもので、一度潜水方法が決まると別のタイプへの進化はなく、潜水型への移行したものが祖先型に戻ることもなかった。水鳥の中で少なくとも 14 回独立に進化している。
カツオドリ類同様に頭から飛び込み採食を行う種類はカワセミやアジサシ類など他にもあるが、派手なのはカッショクペリカン Pelecanus occidentalis Brown Pelican とペルーペリカン Pelecanus thagus Peruvian Pelican が挙げられる。ペリカン類の中でも褐色系統のものが行うとのこと。
こちらはカツオドリ類ほどは生体力学が調べられていないようだが、飛び込み時のビデオを見ると飛び込む直前に首を伸ばして突入時はカツオドリ類と同じような形になっている。
ペリカン類と言えば最も重い飛ぶ鳥に一つなので、飛び込んだ時の衝撃は半端でない印象を受けるが、カツオドリ類での解析にあるように接触角と突入速度が重要で、体重が大きくても突入速度が特に速くなるわけでもないので (ニュートンの引力法則そのまま) あまり問題がないのだろう。ただしカッショクペリカンはペリカン類の中では一番小型とのこと。
なおカワガラス類はスズメ目で唯一潜水するグループで翼を推力をしている (#カワガラス参照。他のグループも含めた潜水する鳥の系統樹もある)。
[水鳥の目の大きさ]
水鳥全般で目の大きさを調べた研究: Ausprey (2024) Eye morphology contributes to the ecology and evolution of the aquatic avifauna。
系統樹を見て個々に考察したり納得いただくのが面白いだろう。陸鳥よりは相対的に小さい。草食のものは比較的小型。カツオドリ類やネッタイチョウ類のように飛び込み型の採食をするグループや、サギ類、上空から獲物を見つけるグループで相対的に大きい。系統的にかなり決まっているが、生態にもかなり関係がある。視覚が生態や進化に果たす役割は他の系統でも述べられてきたが、水鳥でもやはり重要。
△ カツオドリ目 SULIFORMES ウ科 PHALACROCORACIDAE ▽
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ヒメウ
- 第8版学名:Urile pelagicus (ウリーレ ペラギクス) 海の千島列島の鳥 (ウ) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Phalacrocorax pelagicus (パラクロコラックス ペラギクス) 海の頭の白いワタリガラス
- 第8版属名:urile (合) 千島列島の
- 第7版属名:phalacrocorax (合) 頭の白いワタリガラス (phalakros はげ頭の、頭の白い < phalos 白い korax ワタリガラス Gk)
- 種小名:pelagicus (adj) 海の (pelagus -i (n) 大海 -icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Pelagic Cormorant
- 備考:
urile は#チシマウガラス参照。
pelagicus は短母音のみで -la- がアクセント音節 (ペラギクス)。英語の pelagic も同じ位置にアクセントがある。
phalacrocorax は#カワウ参照。
Kennedy and Spencer (2014) の分子遺伝学研究 Classification of the cormorants of the worldによると Urile pelagicus となる。
#チシマウガラスの備考参照。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で採用され、ヒメウ属の和名が与えられている。
Urile 属の位置づけについては#ウミウの備考 [カワウとウミウの関係] 参照。
2亜種あり(IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 pelagicus とされる。
[ウ類の嗅覚]
ウ類は外鼻孔が閉じているので嗅覚は発達していないのではとの推測があるが、Policarpo et al. (2024) Diversity and evolution of the vertebrate chemoreceptor gene repertoire (#エトロフウミスズメの備考参照)
の付属データから OR 遺伝子数を調べてみるとヒメウで 36 個と確かに少ない。旧分類で他の Phalacrocorax 属で4種調べられているが (日本と共通種はヒメウのみのためこの項目に記した)、他種でも 30-35 個と少ない。ゲノム精度の問題がある可能性はあるがウ類はあまり嗅覚に頼っていない可能性が高い。
比較のために近縁系統を見るとヘビウ類 (Anhinga) 1種が 30 個、グンカンドリ類やカツオドリ類のデータはなし。まだまだデータが不足している。
シロエンビコウ Ciconia maguari Maguari Stork で 90 個。
これらが コウノトリ目 Ciconiiformes + カツオドリ目 Suliformes で調べられている全種。
これらはペリカン目 Pelecaniformes を広義とする場合にはペリカン目に含まれる。上記はそのうちウ科を含むクレード。ペリカン目を広く含んでも嗅覚はあまりよくないよう。
これらの系統はあまり嗅覚に頼っていないことが想像できる。ミズナギドリ目海鳥とは大きく違う。魚食性と嗅覚とは特に関係がなさそう。嗅覚が鋭敏でないと言われる猛禽類以上に嗅覚に頼っていない可能性があるかも。
ウ類は空中視力、空中聴力ともにあまりよくないようで、水中感覚に特化しているのか。
改めて#鳥類系統樹2024の系統樹による Elementaves の中の最後の系統を並べると、
(1) (Austrodyptornithes の系統名がある)
ペンギン目 Sphenisciformes が最も古い分岐
ミズナギドリ目 Procellariiformes
アホウドリ科 Diomedeidae
アシナガウミツバメ科 Oceanitidae
ウミツバメ科 Hydrobatidae
ミズナギドリ科 Procellariidae
(2) Stiller et al. (2024) は以下全体を ペリカン目 Pelecaniformes としている (Pelecanimorphae の系統名も使われる)
コウノトリ科 Ciconiidae が最も古い分岐
トキ科 Threskiornithidae (ヘラサギ類は調べられていないがここに入る)
サギ科 Ardeidae
以下の3つはまとまった系統をなす (Pelecani の名称が使われることもある)。
ハシビロコウ科 Balaenicipitidae
ペリカン科 Pelecanidae
シュモクドリ科 Scopidae
以下もまとまった系統をなす (カツオドリ目 Suliformes とされることもある)。
グンカンドリ科 Fregatidae (最も古い分岐。以下の3系統は比較的近い)
カツオドリ科 Sulidae
ヘビウ科 Anhingidae
ウ科 Phalacrocoracidae
この中で系統 (1) が海鳥で鋭い嗅覚、(2) は嗅覚を比較的使わない。
#クマタカ備考の [タカ類の鼻汁] にある塩腺機能 (Chiu et al. 2024) をみるとサギ類では持たない傾向が強い。シュバシコウも持たないなど、この系統 (2) は基本的に淡水型から始まり陸上生活のため嗅覚遺伝子をかなり失ったように見える。海上生活の系統はもちろん塩腺を持っている。
なおカツオドリ類も外鼻孔が閉じているとのこと。しばしば同列に議論されるネッタイチョウ目 Phaethontiformes (外鼻孔は開口的) はこれらの系統から外れてジャノメドリ目 Eurypygiformes とグループを系統をなすことになった。ここでの外鼻孔や嗅覚の類似性の議論の対象から外れることになる。
グンカンドリ科以降の系統は海に進出したが祖先が嗅覚をかなり失った系統のため、ミズナギドリ目の海鳥とは異なった戦略で魚を検知するようになっているのかも知れない。
グンカンドリ類が空中生活が中心で海には下りないのも祖先が陸上生活だったための制約 (?)、視力で獲物を見つけたり他の海鳥の群れを探ったりするために労働寄生 (kleptoparasitism) がよく起きるのかと想像してみたりする。
ソアリングもアホウドリ類などのダイナミックソアリングとは異なり上昇気流を利用するソアリング (thermal soarer) とのことで、例えてみれば旧世界ハゲワシ (主に Gyps 属) の海上版に相当する戦略と言ってよいのだろうか。
Weimerskirch et al. (2003) Frigatebirds ride high on thermals によれば上昇気流で 2500 m まで上がるとのこと。
カツオドリ類もどのように獲物を探すか意外にわかっていないらしいが視覚中心なのだろうか。
Weimerskirch et al. (2005) The three-dimensional flight of red-footed boobies: adaptations to foraging in a tropical environment?
にまとめられている情報によればミズナギドリ目は夜間も採食するが、カツオドリ類は夜間に採食しないとこと (この論文の引用文献参照)。
ワタリアホウドリでは嗅覚を用いていることが調べられている: Nevitt et al. (2008) Evidence for olfactory search in wandering albatross, Diomedea exulans。
半数ぐらいを占めるジグザグな探索経路も嗅覚による探索でうまく説明できる。昼間は飛びながら、夜間はとまって獲物を待つ (sit and wait) のが中心で採食は昼間の方が多い。視覚と嗅覚の両方を用いていると考えられる。
あまり文献調査はできていないが、夜間も飛んでいるオオグンカンドリでも採食は昼間のみ (早朝と午後遅くが多いとのこと) との記述があった: Weimerskirch et al. (2004) Foraging strategy of a top predator in tropical waters: great frigatebirds in the Mozambique Channel。
Gilmour et al. (2012) Satellite telemetry of great frigatebirds fregata minor rearing chicks on tern island, north central pacific ocean
によれば夜間の採食の可能性のある記録もあって、月夜ならば見えている可能性があると説明している。
視覚と嗅覚の利用度への頼り方の違いが現れているように見える。
ウ類も鼻を閉じたため嗅覚が弱まったというより、そもそも嗅覚をそれほど使わない系統だったので鼻を閉じてもあまり支障なかったのだろうか。
[潜る鳥の羽毛の適応]
グンカンドリ類の羽毛に耐水性がなく海上で休むことができないために夜間も (ほとんど眠らず) 飛び続ける必要があるが、羽毛の適応はなぜ起きなかったのか疑問にもなる。直接の情報は得られなかったが、ウ類の羽毛は濡れるのか調べた研究があった:
Srinivasan et al. (2014) Quantification of feather structure, wettability and resistance to liquid penetration
羽毛に付着した微小な空気の泡 ("plastron" と名付けられた) が壊れる (= 濡れる) 圧力を推定し、ウ類 (ヘビウも含む) はカモ類と同程度だった。実測値は "完全に濡れていない" 状態が熱力学的に安定したものになるとのこと。
水圧が上がると相転移のようにいつかは完全に濡れると予想されるが、鳥が水から上がると完全に濡れた状態は安定でなく水は抜けてゆくと考えられる。これは従来言われる意味の乾燥とは異なる概念。
水圧の変化による平衡状態の変化によるもので、"spontaneous dewetting" (自発的に水がはじける) と呼んでいる。
ただし多少の水が局所的な構造に取り残されて抜けにくい状態も考えられ、翼を広げる行動は水滴との接触面積を小さくして水が抜けるのを促進することに役立っていると考えられる (もちろん乾かすのにも役立っているのだろう)。
ハトの羽毛は中程度に疎水性があるが、ウ類も含めた水鳥の羽毛はハトに比べて尾脂腺の脂でコートされている点と微細構造の間隔が小さい (ウ類は特に小さい) ことでより濡れにくくなっている。
How cormorants emerge dry after deep dives (MIT News 2014) に一般向け解説がある。
なおこの実験では天然のコートではなくまず尾脂腺のコートを中和してから全種共通の人工的なコート材でコートしたものを用いている。この結果羽毛自身の持つ性質の違いを調べることができるとのこと。
潜水する鳥の羽毛の適応は羽毛微細構造だけで十分とのことで、過度の機能は持たず濡れた状態のままになならない条件のぎりぎりのところに最適化された設計になっているとのこと。そのような羽毛微細構造の維持にはコストがかかる、あるいは構造の制約が潜水深度を決めていると解釈すればよいのだろう。
ウ類がよく濡れているように感じるのは長時間深く (防水の耐水圧を超えて?) 潜る結果だろうか。
Stangier et al. (2023) The uropygial gland of the Great Cormorant (Phalacrocorax carbo): I. Morphology
が潜る鳥のうちでウ類のみ羽毛構造が異なっており、きっと羽毛が濡れる理由があるだろうと尾脂腺の構造を調べたが他の水鳥と大差なかった。ノバリケン Cairina moschata Muscovy Duck の方がウ類より濡れにくい羽毛を持っていた。結論では羽毛構造の方が疎水性に役立っているとの上記 Srinivasan et al. (2014) の結果を支持する形となっている。
グンカンドリ類の羽毛が濡れる理由はおそらく微細構造の間隔を調べれば想像が付きそう。これらの構造はある程度系統的に決まっているのかも知れない。
Muzio and Rubega (2025) Differences in Microstructure Morphology Results in Variable Wettability Across Feather Types in a Terrestrial Bird Species (オープンアクセスではない) こちらは陸鳥のクーパーハイタカで羽毛の種類と撥水性の関係を調べたもの。小羽枝の構造と相関がたかく、小羽枝が撥水性に重要な役割を果たしていると考えらえるとのこと。陸鳥でも多くの地域でもちろん雨が降るので撥水性が必要。
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チシマウガラス
- 第8版学名:Urile urile (ウリーレ ウリーレ) 千島列島の鳥 (ウ) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Phalacrocorax urile (パラクロコラックス ウリレ) 千島列島の頭の白いワタリガラス
- 第8版属名:urile (合) 千島列島の
- 第7版属名:phalacrocorax (合) 頭の白いワタリガラス (phalakros はげ頭の、頭の白い < phalos 白い korax ワタリガラス Gk)
- 種小名:urile (合) 千島列島の
- 英名:Red-faced Cormorant
- 備考:
urile は外来語由来で読みはわからないがロシア語の千島列島 Kuril'skie ostrova は i にアクセントがあるので同様に i にアクセントを置くのが自然に思える。長音で読んで "ウリーレ" とすれば発音も自然でアクセント位置規則とも整合するのでこの読みを採用した。
phalacrocorax は#カワウ参照。
記載時学名 Pelecanus Urile Gmelin, 1789 (原記載) 基産地 Kamchatka。
Kennedy and Spencer (2014) の分子系統解析 Classification of the cormorants of the world
でウ類の系統が見直され、Urile 属に分離された。
Pelecanus Urile Gmelin, 1789 (チシマウガラス) から Charles Lucien Bonaparte (1856) が Urile 属に昇格したもの。
Bonaparte (1856) は7種を含んでいたがトートニムであったチシマウガラス (この分類で Urile urile) がタイプ種となる。現在は他の属となる種も含まれていたが、分子系統解析で属相当のクレードにチシマウガラスがタイプ種となる属が存在したため採用された。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版ではまだ採用されていなかったが、世界の多くのチェックリスト [IOC 11.2 以降、HBW 2018 以降、AOU 7th ed. (incl. 62nd suppl.)、eBird 2021 以降] ですでに採用されており、wikipedia 英語版にも反映されている。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で採用され、ヒメウ属の和名が与えられている。名称の由来は Steller (1774) によるカムチャツカでのチシマウガラスの名称からとある。ロシアの地方名由来で、おそらく千島列島を指したもの (The Key to Scientific Names)。
wikipedia ロシア語版によると地方名として Uril が挙げられている。単形種。
Phalacrocorax bicristatus Pallas, 1811 (参考) のシノニムもあり、Temminck and Schegel (1850) Fauna Japonica ではこの学名から属を変えた Carbo bicristatus で紹介されている (参考)。
bicristatus は2つの冠のある、の意味。他文献でもしばしば現れ、英名別名の Double-crested Cormorant の由来にもなる。Fauna Japonica にはアメリカでは Pennant の "Violet Cormorant" や Brant の Carbo bilophus も紹介されている。
#カワウの備考で英名について取り上げたが、この種はまさにその問題がある。形態を重視する英名では Red-faced Shag と呼ばれ、どちらも使われている。
チシマウミガラスと誤って書かれていることもあるので注意。こちらの方が日本語的には自然な感じがするので自分も間違っていたことがある。別名としてあるわけではなさそうである。
Urile 属の位置づけについては#ウミウの備考 [カワウとウミウの関係] 参照。
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カワウ
- 学名:Phalacrocorax carbo (パラクロコラックス カルボー) 炭のように黒い頭の白いワタリガラス
- 属名:phalacrocorax (合) 頭の白いワタリガラス (phalakros はげ頭の、頭の白い < phalos 白い korax ワタリガラス Gk)
- 種小名:carbo (m) 炭
- 英名:Common Cormorant, IOC: Great Cormorant
- 備考:
phalacrocorax 外来語由来で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-cro- がアクセント音節と考えられる (パラクロコラックス)。
carbo は語末が長母音でアクセントは冒頭 (カルボー)。
記載時学名は Pelecanus Carbo Linnaeus, 1758 (原記載) とペリカン類の扱いだったが、Brisson (1760) が整理して Phalacrocorax 属を与えた。同名の属名が クロハサミアジサシ Rynchops niger Black Skimmer に対して Linnaeus 以前 (Moehring 1752) が用いていたが、1758 年以降が有効な規則によって Linnaeus (1758) の用いた学名となった。
記載時は基産地 Europe となっていたが、Hartert (1910-1922) p. 1387 の時代には (augenblicklich 目下 の表現が使われている) スウェーデンでは繁殖していないため、他の種のように基産地をスウェーデンと指定することができなかった。
Linnaeus の時代でも繁殖していなかったらしい [参考 Engstrom (2001) The occurrence of the Great Cormorant Phalacrocorax carbo in Sweden, with special emphasis on the recent population growth]。
そのため restricted to the 'rock-nesting form of the north Atlantic Ocean' by Hartert, 1920, Vogel Pal. Fauna, p. 1387 (Avibase による) と大西洋沿岸の岩場に営巣するものを指定することとなった。原文では Ich beschraenke daher Linnes Namen carbo auf die an Felsen nistende Form des nordatlantischen Ozeans。
wikipedia 英語版によれば、Linnaeus の時代にはスウェーデンに生息していたがその後すぐに絶滅と情報が多少異なる。最近になって再定着したものは sinensis であるとややこしいことになっている。
この情報の出典は Ericson et al. (1997) Subspecific identity of prehistoric Baltic cormorants Phalacrocorax carbo とのこと。
現在使われる「伝統的」亜種は Hartert の指定に従っているが、後述のように分布拡大で亜種概念が不明瞭となっている。
カワウの種小名を昇格して Carbo を属名に用いたのは de Lacepede (1799) だった (上記 The Key to Scientific Names より)。
Carbo vulgaris Lacepede, 1790 (参考) が用いられ、これは種小名から属名に昇格する場合にタイプ種に相当するものを指す当時の用法と想像できる (#ノスリの備考参照)。この学名は Common Cormorant の英名と同じ意味で学名と整合性がよい。
同様にカワウを指して Carbo cormoranus Meyer, 1810 (参考) の学名も付けられ、これも種小名から属名に昇格する際の当時の慣習によるものと考えられる。
Carbo の属名はかなりよく用いられておりたくさんの用法がある。
Carbo ater Lesson, 1831 は "黒いウ" で違和感はまったくない学名に思えるが、実はクロクビムナジロヒメウ 現在の学名で Phalacrocorax magellanicus Magellanic Cormorant の若鳥だったとのこと (参考)。
#ウミウなどの記載にはこの属名が用いられたが、Phalacrocorax の使用が早いためにこちらに統一された模様。
ユーラシア、オーストラリア、北大西洋沿岸に分布し、5亜種あるとされる (IOC)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)によれば日本で記録される亜種は hanedae (千葉県の地名「羽田」が由来。カワウの亜種では最も小型) 亜種カワウ と sinensis (中国の) シナカワウの和名が用いられていたが最終的にタイリクカワウとなった、及び亜種不明とされる。
hanedae の記載は黒田 (1925) 日本産ウミウに就て
[当時は ウミウ (カハツ = カワウの旧名) と表記されていた]。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" によれば現在のウミウがカワウと呼ばれ、別名がシマツだった。
Moores (2015) Identification Challenge: Korea's Cormorant Conundrum にカワウの亜種の妥当性の検討がある。
韓国では亜種 sinensis が繁殖するとされるが、hanedae も日本に近い地域では記録されていると思われる。識別は可能なのか、それとも hanedae と sinensis は同一タクソンとみなした方がよいのか。
日本の個体群にも sinensis は含まれていないのかなどの疑問を呈している。もし亜種 hanedae が確固たるものであれば、種レベルよりも亜種レベルの保全面の考慮が必要になる。
茂田 (2002) Birder 16(6): 12-15 によれば1955年5月11日に八丈島でシロハラコビトウ Microcarbo melanoleucos (現在の学名による) Little Pied Cormorant の亜種シロハラヒメウ melvillensis (現在通常は基亜種のシノニムとされる) の撮影記録があるが日本産とは認められていないとのこと。
英語 cormorant の語源はラテン語 corvus marinus (海のカラス) あるいはコーンウォール語 (Cornish language) で海の巨人を意味する Cormoran に由来すると考えられている英語で shag (冠羽のことを意味する)と呼ばれるものもウ類であるが、この2つの単語には厳密な区別はなく (例えば eagle と hawk 同様)、同じ種類を cormorant とも shag とも呼ぶことがあるそうである (wikipedia 英語版)。
2024.12.12 IOC 15.1 は Phalacrocorax lucidus White-breasted Cormorant (アフリカ) を他のリストに合わせてカワウと同種に。白い部分が多いなど見かけはかなり違う。ズキンガラスのように黒系統の鳥の色違いで別種扱いとされたものはかなり見直されつつある模様。
KM066487.1 から試しに BLAST を行ってみるとウミウもカワウの hanedae も世界のカワウからほとんど分離できないことがわかる。カワウの他亜種と同所的に生息しないので Phalacrocorax lucidus はカワウの亜種に含められたが、さてウミウはどうなるのか?
Marion and Le Gentil (2006) (ウミウの備考参照) にカワウとウミウの関連の考察がある。亜種 sinensis は 1500-1800 年ごろにバルト海に進出し、本来のヨーロッパ亜種 carbo に次第に取って代わるようになった可能性がある。
ヨーロッパでは sinensis 1930-1960 年ごろに個体数の大幅な減少を体験したとのこと。日本でも似た時期に個体数の減少があり 1971 年には全国3か所のコロニーに 3000 羽以下が残るのみとなったとのこと [福田他 (2002) 日本におけるカワウの生息状況の変遷]。
カワウの一時的な衰退は世界的現象だったのだろうか (この文献にもヨーロッパでの個体数変動への言及がある)。カワウを見るために遠くまで出かけた話は古い時代のバーダーからも聞くことがある。
ヨーロッパでの亜種 carbo と sinensis の判別について: Grondahl and Johnsen (2024) Combining biometrics and genetics to distinguish two subspecies of the Great Cormorant Phalacrocorax carbo carbo and P. c. sinensis at an inland lake in southeast Norway。
sinensis と両者の混ざった carbo/sinensis グループは一つの枝にまとまるが、純粋な carbo は複数祖先を示唆するとのこと。相互に遺伝子浸透が頻繁に起きていると想像される。
英国に分布を広げたカワウはどちらの亜種なのか? Winney et al. (2001) The subspecific origin of the inland breeding colonies of the cormorant Phalacrocorax carbo in Britain
伝統的な亜種 carbo は沿岸部で地上や崖に営巣すると考えられていた。かつては両亜種は同所的に生息せず分布から区別できるとされてきたが、現代の個体の分子遺伝学は伝統的な亜種と部分的にしか一致しないとのこと。ヨーロッパでは区別が曖昧になりつつある。
現在最も carbo らしいものはグリーンランド西部からカナダ、アメリカ合衆国北西部らしい。
北米ではミミヒメウ Nannopterum auritum Double-crested Cormorant の方が数が多い。Cormorants of North America (North American Nature) によれば北米ではカワウは沿岸沿いに生息する種類。殺虫剤を使わなくなって近年数が増えている。
Nannopterum 属以外のカワウもこちらは大西洋ルートで今後分布を広げてゆくのかも。
このような状況を見ていると、日本のカワウなので自動的に hanedae と記述するのは正しくないかも知れない。もしかしたら sinensis であったり混ざったものも含まれているかも?
[ウの視力]
「鵜の目鷹の目」と言われるが、ウの視力が本当に良いのか調べた研究があった。White et al. (2007)
Vision and Foraging in Cormorants: More like Herons than Hawks?。タイトルを見る限りでは西洋でもタカの目のようによいと考えられているのかもしれない。カワウの視力を調べると水中でゴーグルなしの人間の視力と大差なく、タカの目にははるかに劣るとのこと。
獲物は 1 m ぐらいの距離でしか認識できないようで、視力で獲物を捕まえるよりも、サギ型に近い捕食方法で、獲物を見つけて首を瞬時に伸ばす。
ウ類の頸椎数の多さ [20 個、サギ類は 18-20 個; いずれもある文献によるが、Boehmer et al. (2019, #コブハクチョウの備考を参照) では ケルゲレンヒメウ Phalacrocorax verrucosus で 17 個、アオサギ 16 個とあるので数え方の違いの2個を加えればだいたい合っているようである - もこの捕食方法に適応したものか] を進化させることで効率よく獲物を獲っているとのこと。
解説付きのスライドもある。
水中の採食を行う種類でウ類とペンギン類で首の長さが大きく違うが、加速度計で調べた結果ウ類は水中の速度が遅いために首を瞬時に伸ばす方法がエネルギー効率が良いとのこと: Wilson et al. (2017) Long necks enhance and constrain foraging capacity in aquatic vertebrates。
ただし冷水の中では長い首 (体表面積の 10% 程度とのこと) から逃げるエネルギーも大きいことも考察しており、ウ類はペンギン類ほど長時間水中に潜らないので影響が少ない可能性も挙げている。
この議論を少し延長すると熱帯から亜熱帯地域のヘビウ類の首がさらに長いことも整合性があるのかも。
Wilkinson and Ruxton (2012) Understanding selection for long necks in different taxa はペンギン類のように海の透明度の高い水中で魚を追うには視覚を用いるのが適切で、ウ類のように濁った水中では視覚にあまり頼ることができないと考えたとのこと。
この考えに従えばウ類は視力をあまり発達させる必要がなかった代わりに長い首を用いて獲物を獲るように進化したと言えるのだろう。ウ類の生態と適応を考える上で面白そうな話題。
Strod et al. (2004) Cormorants keep their power: visual resolution in a pursuit-diving bird under amphibious and turbid conditions
では空中視力も調べられており他の鳥より低いとのこと。空中でも「鷹の目」ではなかった。ウが黒いのはあまりよくない視力でも同種を見つけやすくするためなのかも知れない。
Borges et al. (2015) Gene loss, adaptive evolution and the co-evolution of plumage coloration genes with opsins in birds
によれば色覚に関係する遺伝子ではカワウはフクロウと同じパターンになっていて、あるいは水中深いところでの暗所視に適応しているのかも知れない
(ただし技術的な問題で検出できないものもあるとの記載もあり、遺伝子だけで語るのは危ないかも知れない。網膜の細胞の顕微鏡的研究や、行動実験で視力や色覚を調べる必要があるだろう)。
Hansen et al. (2017) Great cormorants (Phalacrocorax carbo) can detect auditory cues while diving によれば、カワウの水中聴力は意外に良く、アザラシやクジラなみであるとのこと。水中で獲物を獲るために聴覚が発達している可能性もある。空中での聴力もこれまで考えられていたよりよいそうである (これは違う可能性がある)。
川口 (2012) Birder 33(6): 53 によればカワウの外耳口は小さく 1 mm ほどしかないとのこと。これは潜水への適応らしいが、空中聴力はあまりよくないのかも。水中では骨伝導で音を聞いているのだろうか。
Gremillet et al. (2005) Cormorants dive through the Polar night
によればグリーンランドで越冬するカワウは極夜でも潜って魚を獲るとのこと。しかも季節によって行動パターンはあまり変化しない (他の潜水性魚食の水鳥とは異なる)。(少なくとも極夜では) 触覚か聴覚に頼っている可能性があり調べる必要がある。
Zeyl et al. (2022) Aquatic birds have middle ears adapted to amphibious lifestyles
によれば、潜水する鳥は特有の中耳の形態的適応があるとのこと。水中で音を聞くのに適した特性 (以下の音響インピーダンス参照) になっている可能性と、潜水に伴う圧力変化に耐えるため複数系統で進化したと考えられる。
空中の耳の感度はカワウとメンフクロウで 44 dB も違うとのことで、前述の「空中での聴力もこれまで考えられていたよりよいそうである」と同じ文献 [Maxwell et al. (2017) In-air hearing of the great cormorant (Phalacrocorax carbo)] を引いているのにニュアンスがまったく違う。
Maxwell et al. (2017) の論文をチェックしてみると同様のサイズの鳥との比較をしており、シチメンチョウやカモ類を用いている。陸鳥を比較対象に用いていないのでこのような結論になった模様。
Zeyl et al. (2022) によれば潜水性のペンギンも外耳道が狭い。水鳥では cochlear aqueduct が広がっており、骨伝導や水中での音の定位に役立っている可能性が指摘されているとのこと。
比較対象のメンフクロウは特に聴力がよいが、カワウは構造的にも一般的な陸鳥と比べると空中ではあまり聞こえていないと言ってよさそう。
Johansen et al. (2016) In-Air and Underwater Hearing in the Great Cormorant (Phalacrocorax carbo sinensis) も空中聴力は相対的に良くないとの結果を得ている。ただし他の水鳥を用いて脳幹反応を用いた測定は行動実験で測定した聴力より悪く出るとの研究もある。
これら一連の研究はまだ途上段階で少し割り引いて読んだ方がよいかも。
水中聴覚による音源定位は原理的問題がある。水中の音速は速い (1500 m/s 程度) ので左右の時間差がほとんどない。さらに空気と生体とは違い、水と生体は性質 (音響インピーダンス) が似ているので検出に不利。空中と同じ方法では音源定位がほとんど無理と考えられてきた。
この常識を破って魚が音の方向を聞き分けることが明らかとなった: Veith et al. (2024) The mechanism for directional hearing in fish
ヒトが音を聞く時は振動を感知しているが、この魚では圧力と分子運動を検知しているとのこと。考え方によってはヒトより豊かな音環境を感受している可能性もある。魚の一部は Weberian apparatus という器官を持っていて浮き袋 (swim bladder) から内耳に音を伝える中耳に似た役割を果たしているとのこと。
Dooling and Therrien (2012) Hearing in birds: what changes from air to water は潜水性の鳥で中耳の空気が浮き袋と同様の役割を果たしている可能性に触れている。
Gomez-Laich et al. (2015) Selfies of Imperial Cormorants (Phalacrocorax atriceps): What Is Happening Underwater?はズグロムナジロヒメウ (現在の学名は Leucocarbo atriceps) にカメラを付けて行動記録をしたもの。
やはり 1 m 以内しか見ていないようで、追い出したものの動きを捉えて捕食しているらしい。移動時にハトの歩行時首振りと同様の動作が見られ、視覚に頼っていることは間違いない (#ハチクマ備考の [嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ] 紹介の Gutierrez-Ibanez et al. (2012) による脳の ION 核の発達度と合わないかも知れない)。
しかし最も深く潜る時には光が届かないため視覚に頼れないと思われ、視覚以外の感覚を利用している可能性がある。
熊田 (2012) Birder 26(7): 28-29 にもカワウが水中でどの距離まで見えているか、水中採食方法についての考察がある。
書物によっては潜水する鳥は瞬膜で調節して水中で物を鮮明に見ていると解説してあるものもあるが、これは誤りだそうである [Sivak et al. (1978) The refractive significance of the nictitating membrane of the bird eye]。
[ウの虹彩はなぜ緑色?]
#ヤマセミ備考の [派手な色彩の鳥はまずい?] から派生した項目の 虹彩色に関係する遺伝子 より再掲:
Si et al. (2021) The genetics and evolution of eye color in domestic pigeons (Columba livia) によればウの目が青系統なのは SLC2A11B の機能をフレームシフト変異で失って虹彩に pteridine 色素を持たないためではないかとのこと。ウの系統の早い時期に起きたようでヘビウ類ですでに失われていたがアメリカヘビウ Anhinga anhinga Anhinga では虹彩に黄色の色素があってこの変異だけでは説明できないとのこと。
まだ一部の種の遺伝子を見ている段階なので確かではないが、ウの系統全体で起きているならばウの目の色の説明になるかも知れない。カワウやウミウでも同様かは実際には色素や遺伝子を調べてみる必要があるだろうが面白い仮説に思える。
続きをまとめた方があって Corbett et al. (2023) Bird Eye Color: A Rainbow of Variation, a Spectrum of Explanations (preprint) がある。遺伝子を新たに調べたのではなく過去の研究のレビューと系統ごとの目の色の関係。目の色彩写真が多数紹介されている。
目の色については過去にも多数の研究があり、気になる事例があればこの論文に載っているか調べるのがよさそう。
虹彩の色が視力に関係する仮説が挙げられたことがあるがあまり支持されていないよう。目立つ色または隠蔽色となる可能性も提唱されているがあまり支持する研究がない。Davidson et al. (2017) は洞営巣性でない鳥では明るい虹彩色が避けられる傾向があることを示し、洞営巣性では捕食者にあまり目立たないため虹彩色への選択圧が弱いと考えている。夜行性の鳥で昼間に攻撃を受ける可能性のあるものは特に隠蔽色となっており、ヨタカ類の目は必ず黒いと述べられている (個々の参考文献はこの論文参照)。
Worthy (1978-1997) は捕食様式との相関があるとした。待ち伏せ型の捕食者は虹彩色が明るい傾向があり、追跡型は黒い色が多いとのこと。ここではサギ類やアマツバメ類を念頭に置いていて猛禽類にはそのまま当てはまらないかも知れない。Worthy は色彩が視力に関係していると考えたこともあってあまり受け入れられなかったとのこと。やや古い時代の話で当時は系統関係もよくわかっていなかったので新しい知見をもとに系統制約要因も含めて検討すべきとの意見のよう。
Craig and Hulley (2004) はカラス科や南米のムクドリモドキ科では森林性の種類ほど虹彩色が明るい傾向を見出したが環境によるものか系統を表すものかはよくわからなかったとのこと。
目の色が信号となっている考えは古くからあり、アオアズマヤドリの目の青さは羽衣やあずまやの飾りに用いる色とよく合っている。ウ類の目の色はここで取り上げられており、婚姻色で目の周囲の皮膚に鮮やかな色を出すものが多くその延長だろうとの考えがある。目の色が質を表すシグナルになっていることも提唱されているが検証は不十分とのこと。Gay et al. (2007) はヨーロッパのカモメ類で雑種形成を妨げる効果があるのではと提案している。
ヨーロッパのハイタカではオスの目の色と繁殖成功率に相関がある報告があるが性選択の要素になっているかどうかは不明とのこと。カロテノイド着色の場合は健康状態を表している可能性があるが、猛禽類を含め虹彩色の明るい鳥の大部分では当てはまらないのではとのこと。pteridine 着色の場合は一層調べられていない。
鳥では自分の意思で虹彩を拡大 (eye-blazing)・縮小 (eye-pinning) できるので興奮状態を伝えるなどディスプレイに役立っていると考えられ、オウム類でよく知られている。類似の行動は虹彩色の明るい鳥で広く見られるとのこと (個々の参考文献はこの論文参照)。
哺乳類にこの機能がないのは夜行性生活が長く、虹彩色があまり重要なコミュニケーション手段にならなかったためでは? (この部分は私見)
gaze sensitivity (視線を知らせる、注視していることを知らせるなど) と関係がある可能性もあって、ヒトでは "白目" の部分 (強膜) はこの目的で進化した仮説があるが疑問視する考えもあるとのこと。
通説に反するところもあるので論文を見ておくと Caspar et al. (2021) Ocular pigmentation in humans, great apes, and gibbons is not suggestive of communicative functions。チンパンジーでは他の類人猿より隠蔽色の目になっているなど系統があまり表れていない。ヒト以外の大型類人猿で視線をコミュニケーション手段として用いる実験的証拠があまりないとのこと (ヒトでさえ異論があるので鳥の視線機能は余計に語りにくいのかも)。
ヒトの強膜が色素を失ったのは必ずしも適応的なものとは限らず、コミュニケーション手段よりも性選択なども考えられるし遺伝的浮動の結果も否定できないのではとのこと。詳しくは論文の主張をお読みいただきたい。
鳥では gaze sensitivity はまだ検討の初期段階。鳥の場合はこちらを見ていないと虹彩外側の "黒目" が見えたりするが機能はあるのだろうか。
そういえばヒゲワシは虹彩の外側は赤かった。bearded vulture で検索すればいくらでも写真が見つかるので探してみていただきたい。この種を見ると瞬膜はピンク色で鉄さび色の鉱物による羽毛着色が社会的地位に関係しているらしいとの報告がある。Margalida et al. (2023) New Insights into the Cosmetic Behaviour of Bearded Vultures: Ferruginous Springs Are Shared Sequentially (#クロハゲワシ備考 [ヒゲワシの化粧色])。
虹彩の外側の色彩はやはり状況によっては適応的なもので、アオアズマヤドリの虹彩の色と同様ではないだろうか。ちなみにヒゲワシの目の写真を見ると鳥の眼球は一般に考えられているより動くこともわかる。タカの目の虹彩の外側はすべて黒いわけではなかった。目を見ればどの方向を見ているかわかり、正面を向いて食べている時はこちらを見ていないことがわかる。この情報を他の個体は利用しているのだろうか。
アメリカチョウゲンボウなどで後頭部に偽の目 (false eyes) の模様があると言われていたが最近この話をあまり聞かない。説を知っている現役世代があまりいなくなったのか、あるいは実験的証拠に乏しいのか。
These Birds of Prey Have Eyes in the Backs of Their Heads (Audubon の解説) では見ているように見せかけて攻撃を避けているとのこと。
比較的新しい論文があって Deppe et al. (2003) Effect of Northern Pygmy-Owl (Glaucidium gnoma) Eyespots on Avian Mobbing メキシコスズメフクロウではモビングを避ける機能があるとの実験結果。これが本当ならば被食者が捕食者の視線を見ている? しかしこの論文でアメリカチョウゲンボウに一言も触れていないのはなぜだ?
モビングを避けるならばどの種にも有効そうだが、限られた種にしか同様の模様が見られないのはなぜだろうか。
The Function of Ocelli (false eyes) In Raptors (Ron Dudley 2014) では逆にモビングを誘発して食物となる小鳥を襲う説もあってこの場合はまったく逆の意味になる。この著者は小鳥も食べるスズメフクロウが偽の目を持つ傾向があるとのこと。
タカ・ハヤブサ類の種類によっては目をむしろ隠すような模様があるものがあるがどちらが有効なのだろう。ミサゴやハヤブサは反射光を防ぐ解釈ができるが、ハチクマのメス淡色型や若鳥の模様は何のため? Dudley の説に乗ればハチクマは小鳥を (たぶん) 襲わないのでモビングを誘発する必要がない (?? 多分関係なさそうだが)。
#ハシブトガラ備考の Poecile 属の意味や #オオヨシゴイ備考の虹彩の模様など、捕食する際も対捕食者に対しても目を隠す手法は多分有益なのだろう。タカ・ハヤブサ類の場合はカラスなどに見つけられてモビングされるのを避けるのに役立つかも知れない (アメリカチョウゲンボウの場合の発想とは逆になる)。
これは特に森林性の猛禽類が待ち伏せ猟をしている場合、カラス類などに見つけられて騒がれると狩りが台無しになってしまうのを防ぐ効果があるのでは、とカラス類に追われてやむを得ず森林から飛び出す猛禽類をしばしば見て感じた (そんなところにいたのか、とかカケスが妙に騒ぐのできっといるぞ、など)。すなわち獲物に色覚や高い視力がなくても成り立つ可能性がある。
猛禽類の場合はおそらく森林性・待ち伏せ猟タイプに特に有効なのでは。草原性や飛びながら獲物を探すタイプは目を隠す必要は高くないかも。ハチクマの模様は前者に当てはまる感じがする。クマタカでもカラス類がよく騒いで移動を余儀なくされることもあるのできっと同様だろう。
日本やインドのオス成鳥のハチクマの黒い目は目立つのではとも思えるが、むしろ黄色の目ほどは目立たないかも。カラス類から見てとまっている時はタカに見えずハトと思われて無視されている、なんて可能性も (?)。
あまりにタカの話になってしまったので、この部分を#ハチクマの備考 [目を隠す模様は何のため?] の方にも重複掲載し、タカ類の考察はこちらに含めておく。
目の周囲の特に裸出部を同じ色彩とするのは目を大きく見せる効果 (例えば同種内や対捕食者) が考えられるとのこと (ちょっと古いアイデアもある。個々の参考文献はこの論文参照)。いわゆるアイリングの役割もあまりよい仮説がないらしい。メジロ類では白い羽毛が反射効率を上げて取り込む光の量を増やす説もちらっと見たことがあるが出典を忘れた。あまり顧みられていないらしい。
Bird Eyes Come In an Amazing Array of Colors - but Why Is a Mystery (Audubon の紹介記事)。
[カワウを使った日本と中国の鵜飼]
日本でもカワウを使った鵜飼が水深の浅い九頭竜川、相模川で以前に行われていたとのこと (コンサイス鳥名事典)。
中国でカワウのことを魚鷹 (= ミサゴ) とも呼び、英訳されると osprey fishing という妙な表現になるが、これはミサゴに魚を捕らせるのではなく鵜飼のこと。
中国の鵜飼の記事 にも使われている。綱をつけずに放すそうで、これは世界でもまれだとのこと。
調べると何と本当にミサゴを使って挑戦している人があった。以下 #ミサゴの備考 [ミサゴに魚を捕らせることは可能か?] へ。
鵜飼のカワウを用いて7まで数を数えることができるとの報告がある: Egremont and Rothschild (1979) The calculating cormorants [茂田 (2002) の記事で紹介された]。原始的で今では認めてもらえそうもない実験だろうが。
「野鳥」2022年7・8月号 (No. 859) pp. 6-10 に卯田宗平氏と上田氏の対談「鵜飼から見る日本と中国の自然観・動物観の違い」がある。卯田氏は「鵜と人間 日本と中国、北マケドニアの鵜飼をめぐる鳥類民俗学」(東京大学出版会 2022) を出されている。
自分はこの本は読んでいないが、この記事に北マケドニア (注: 国名。マケドニア北部の意味ではない。湖は北マケドニア共和国の南端にあり、ギリシャ国境に近い。地中海性気候とのこと) の湖で旧ユーゴスラビア時代に大規模な鵜飼が行われていたことが紹介されている。
冬季に飛来するカワウを捕獲し、定置網に魚を追い込むために利用していたとのこと。カワウの捕獲道具にはカンムリカイツブリやカワアイサなどもかかるが、それらも一緒に利用していたとのこと。春先にはすべて放鳥していたと記述されている。
この件に興味があって少し調べてみると Beike (2012) The history of Cormorant fishing in Europe
にヨーロッパの鵜飼の歴史が述べられている。16 世紀から記録があるが主に貴族の楽しみ (sports) と行われてた。
北マケドニアのドイラン (Dojran) 湖のものはヨーロッパ他地域とは独自に発展したもので手法も異なり、いつ始まったかはわかわらないとのこと。mandra (複数 mandri) と呼ばれるアシでできた柵 (定置網) で行う。
Apostolski and Matvejev (1955) が紹介していたが、彼らが示唆したように紀元前からの記録があるわけではない模様。魚の非常に豊富な湖で、この記述を見ると古くから追い込み猟で魚を捕らえていたようだが (動物をこのように追い込むのは石器時代から行われて知られていたとのこと)。
魚が追い込まれて集まると野鳥が狙ってやってくるのでそれを追い払うためにひもの先に石をつけたものを投げていた。現代のドイラン湖では鳥は狙わず、鳥と mandri の間に (構造は後述) 投げるという。野生の鳥も追い込みに役立つため。
この時点では観光客対象に「伝統的鵜飼」と称して中国をモデルに行われているようだが Apostolski and Matvejev (1955) によれば漁に使われた 30% の鳥が死ぬとか、20% は逃げる、また風切羽を切られているので春の渡りができない、との記述があるとのこと。実際に犠牲になった鳥はもっと多いのではないかと懸念している。
卯田氏の記事の春先にはすべて放鳥とあるが、Beike (2012) では少し違って否定的なニュアンスの報告になっている (1950 年代のやり方と異なっているのかも知れない)。
(Dojran Lake) にも旅行者のレポート (言語判定をするとブルガリア語と出た) によるドイラン湖の鵜飼の記述があり、カワウの訓練は2週間しかかからないとのこと。魚をとって戻ってくるとのことで中国で行われるものと同様とある。「伝統的鵜飼」と称しているがこれは中国のやり方を真似て観光目的で行われているものかも。
(Dojransko Lake) こちらはマケドニア語。
伝統的方法では 10 月から3月まで行われる漁法。
11 月にウがやってくる。魚を狙って mandri に近づくが、漁師が魚が十分あると判断すれば mandri の湖側を閉じる。polokatnik と呼ばれる区画で鳥を捕まえ風切羽を切る。
羽を切った鳥は argati (同名のブルガリア語では男性の農夫、男性の召使いの意味でトルコ語、さらには古代ギリシャ語に遡る、から借用とのこと) と呼ばれる。鳥の役割は柵の外に魚を逃さないこと。
そして柵の間隔を次第に狭めていって kotets と呼ばれる小さな区画から魚を捕獲する。
この記述を見ると羽が切られているのでやはり渡りはできないのでは?
Talevski et al. (2024) Fish and Fisheries of the Republic of North Macedonia, Current Situation, and its Perspective の論文にも登場するようだが中身までは見ていない。
このように見ると、石器時代のヒトに起源を遡るまでもなくペリカンの行う追い込み猟、あるいはハシビロガモの共同採食のような習性と、定置網を用いた人の追い込み猟がたまたま (あるいは収斂進化? または水鳥のやり方から学んだ?)
よく似ていて、人の追い込み猟にカワウなどの水鳥がやってくるのを最初は追い払っていたが、次第にもっと効率的に追い込みに協力させる方法に気づき進化した猟法なのかも知れないと思った。
水鳥に一般的な習性と人の思惑がうまく一致したものか?
ウに獲物を捕らえて戻ってこさせるにはもう一段階の飛躍が必要そうだが、魚を食道に蓄えて吐き戻して与える種類では行動的には自然な習性を利用しているようにも見える。食道の構造や機能も関係しているだろう。
「野鳥」の対談で猛禽類とは違って (おそらく鷹狩りなどを想定したものだろう) カワウが短時間で慣れることについて上田氏は「一般的に晩成性の鳥は知能が高いといわれているようですが」と受けられているが、少し違うような気がする。インプリントされた鳥が食物を食べて帰ってくる (人が少し操作して全部飲み込めないようにしている) だけでそれほど特別なことをやっているわけでないのでは。
ミサゴは獲物は足で捕らえることと、そのまま飲み込むわけではない点が大きく違うので同じようなことをするのははるかに難しいだろう。猛禽類とは単独生活を主にするなど生活様式も違うし、知能はあまり関係ないような気がするがどうだろうか。
wikipedia 英語版によればボリビア・ペルーの Uru people (Uros ウル族) がナンベイヒメウ Nannopterum brasilianum Neotropic Cormorant を鵜飼に用いるとのこと (調べてもあまり資料がない)。
[Cormorant culling]
wikipedia 英語版にこの項目があったのでそのままの題名で紹介しておく Cormorant culling。
日本の事例も紹介されている。
[ウの増加と生態系への影響]
北米の研究: Wyman et al. (2017) Great lakes double-crested cormorant management affects co-nester colony growth
ミミヒメウ Nannopterum auritum Double-crested Cormorant の駆除によって同一コロニー内の下部に営巣するゴイサギが増加したとのこと。
系統的にはヒメウの方に近いが、生態的・人との軋轢などの面で日本ではカワウに近いのでこちらに含めておく。北米のカワウは伝統的なヨーロッパ沿岸部の亜種で、日本ではウミウに対応するような沿岸種。
漁業への影響がよく問題になるがウ類が増えすぎると他の鳥にも影響が及ぶ。
ミミヒメウがこれほど増加したのは五大湖に外来魚 alewife (Alosa pseudoharengus) が底なしで増殖している影響も大きいとのこと。Madura and Jones (2016) Invasive species sustain double-crested cormorants in southern Lake Michigan。
エリー湖の近況 People can once again kill cormorants (Steven Maier 2018)。2006 年からミミヒメウの駆除が始まったとのこと。上記 Madura and Jones (2016) では漁業対象種はそれほど食べていないので漁業への影響のためにウの個体数をコントロール根拠は現状あまりないとしているが、ゴイサギの減少と相関するなど生態系に影響が及んでいる証拠が出ているならば無視できない状況なのかも。
この記事を見てもウの個体数をコントロールする生易しい方法はなさそう。
The rise of the Double-crested Cormorant on the Great Lakes: WINNING THE WAR AGAINST CONTAMINANTS (Minister of Public Works and Government Services Canada, 1995)
によれば少なくとも北米では有機塩素系殺虫剤の影響が非常に大きく、使用が規制されるとともに爆発的に増えたとのこと。この時点ではある程度の個体数で安定化すると考えられていた。当時はハクトウワシが戻ってきた、ミサゴの個体数が増えたなど大成功だったが、ウについてはやや成功しすぎたとの表現となっている。
雑誌 "Birder's World" 1989.12 pp. 14-17 に Marie Read の "Return of the Seacrow" の記事があった。ミミヒメウがようやく戻ってきて美しい鳥だと珍しがられていた時代。
北米の東海岸の歴史をそのまま反映しており、人口が増えたことで初期の入植者が卵を採集し、競争相手になることを恐れた漁業者がコロニーを破壊して回ったとのこと。この結果 19 世紀末には激減し、1896 年にはもはや繁殖しなくなったとのこと。
当時は羽毛目当てでサギ類などが乱獲され、オージュボン協会 (Audubon Societies) の設立でこの乱獲には歯止めがかかった。しかしミミヒメウは捕食性の性質から保護されなかった (excluded from this umbrella of safety - アンブレラ種のアンブレラはこのような使い方がなされていた。確認しておくと umbrella species の用語は Bruce Wilcox が 1984 年に最初に用いたとのこと - wikipedia 英語版から)。
しかし保護されている種と共通のコロニーで繁殖する種類のため次第に数を増やしてニュー・イングランドで 1925 年に再度繁殖、1940 年代には再度普通の鳥となった。
しかしこの状態も長く続かず第二次世界大戦後は漁業者のロビー活動によって再びコロニー破壊を政府が認めるようになった。その後有機塩素系殺虫剤の大量使用の時代となって数が激減、1970 年代に規制が始まってようやく数が回復してきた時代の記事。日本のカワウ以上に過激な人為の影響を受ける歴史をたどっていた。上記 1995 年記事はこの後の時代となる。
おそらくどこかで議論されているだろうと思うが、ウ類がなぜこれほど爆発的に個体数を増やすことができるのか自分なりに考察してみた [この部分は須川 (2002) Birder 16(6): 23 オオミズナギドリとカワウの比較 から着想を得た]。
おそらく生活史戦略の問題だろうと見当をつけてみた。類似の魚食性のグループにミズナギドリ目があるが、こちらは長命で有名。ウ類は爆発的に個体数を増やしたことから見て真逆の生活史戦略をとっていて、r-K 選択説 (MacArthur and Wilson 1967) に従えばウ類は r 戦略的、ミズナギドリ目は K 戦略的と言えるのだろう。
同じ魚食性のグループでありながら何が違うのか考えてみると、ウ類は陸上性、ミズナギドリ目は海洋性。
いずれも Elementaves の系統で起源的には比較的古く、まだ猛禽類が活躍していなかったと考えられるので進化の早い段階では哺乳類捕食者が最大の外敵だったと考えられる。
上空の天敵を察知する能力があまり必要ないので、ウ類の視力や陸上聴力がそれほどよくなくても構わないのだろう。
この状況は今でも変わっておらず、ウ類やミズナギドリ目は猛禽類の主な捕食対象になっていない。猛禽類が増えてくれればウ類の個体数も制御されると期待するのはおそらく甘い。
ウ類は哺乳類捕食者から逃れるために陸上ならば到達できない島や岸壁など、そしてミズナギドリ目は徹底的に海上を舞台とした。陸上の生息環境は降水量次第で河川の中洲が陸続きになったり流されたりしておそらく変化が大きく、好適な生息環境を失った場合でも環境が復活すればすぐに数を増やせる r 戦略が有利となった。
ミズナギドリ目は海上にはそもそも哺乳類捕食者も地上性猛禽類もおらず、環境変化の影響を受けにくいため長命で基本増殖率の低い K 戦略が有利となった。
ウ類はこの性質のため例えば有機塩素系殺虫剤などの影響で増殖率が低下すれば個体数が急減する。ただし個体寿命はおそらくそれほど長くないため影響が一段落すれば残留殺虫剤の影響が長期に及びにくく、基本増殖率の高さを利用して比較的早く回復できると考えられる。猛禽類はウ類と比較すると基本的に K 戦略的なので、同様に数が減ってしまったハクトウワシやミサゴが回復するのには時間がかかった。
ミズナギドリ目は乱獲などで個体数が激減すると基本増殖率が低いため目に見えて数を増やすには時間がかかるため一見絶滅が近いように見えるが、個体寿命が長いために影響が除かれれば長期的には個体数を回復できる余地がある。アホウドリも絶滅の縁に追い込まれたように見えるが、たとえ人が関与しなくても (時間は余分にかかったかも知れないが) 復活できたのではないだろうか。
ウ類の話に戻るとユーラシアで特に問題となっているカワウでは狩猟圧の変化、有機塩素系殺虫剤、河川改修、外来魚など地域によって寄与の異なるさまざまな要因が複合的に働いたのだろうが、狩猟圧や殺虫剤の影響が除かれればいずれ本来の生息密度に戻るのだろう。外来魚の増殖は本来の生態系とは異なるので、状況によっては北米エリー湖のようなウ類の数が過剰になる要因となり得るのだろう。
現代の日本でのカワウの増加の原因を河川改修に求める人も多いが、かつて個体数が減少して保護する必要が生じた時も原因が河川改修に求められたこともあった。その時々で都合のよい解釈をしているような印象も受ける [この部分は福田 (2002) Birder 16(6): 16-17 も参考にした]。
河川改修は一方的な影響を及ぼすというより、大雨でも渇水でもどちら方向にも極端に作用して結果的に r 戦略の有効性を高める結果となっているのではないだろうか。
カワウの害が問題となるのは漁業や釣りなどと本質的に競合する部分があるためで、この競合がなければ生息数が増えても生態的には実はあまり問題はないのでは? コロニーの営巣木の枯死や土壌の悪化はあっても、もともとカワウの方はそのような状況で繁殖地を移し替えて転々と移動し、新しいコロニーを形成するのが本来の生態なのだろう。
営巣木の枯死があっても時間がいずれ解決するだろうし、転々と移動することで陸上各地に栄養素を提供することにもなる。
栄養循環や林の枯死によってもたらされる生物などのカワウの役割は石田 (2002) Birder 16(6): 28-29 にも触れられていた。Birder のこの号は総合的な視点で含蓄も深いと思った。
愛知県知多郡美浜町 (現在) にあるカワウの繁殖地である天然記念物 "鵜の山ウ繁殖地" (1934.1 指定) ではフンでマツが枯死し、近隣に移動 (週間アニマルライフ 1973 の天然記念物一覧から) とあった。
日本野鳥の会のページもあって JP112 鵜の山 (うのやま) 。"保全への脅威" の項目では「カワウの繁殖地では、カワウの糞により樹木が枯れるため、保護区内や外の山へ移動することを繰り返している。保護区での松等の植林が必要である」の項目があり、もう一つが魚釣りの釣り糸の影響が挙げられていた。
コメントがないわけではないが事実関係の紹介のみとしておく。
ウ類がものすごい量の魚を食べることはよく話題になるが、その理由を #ミサゴの備考 [ミサゴは不器用?] で考察してみた。
(影響の評価が難しいかも知れない外来魚のことを除けば) カワウ本来の分散した分布や生息密度に戻ればおそらく生態系への影響も大した問題にならないだろう。カワウが住みたい場所を人が占拠している、あるいは利用し過ぎているのが根本的問題で、カワウを限られた地域に閉じ込めて個体数制御を問題にするのは徹底して人間側の都合とも言えるのだろう。
同じところに住んでくれないと困ると考えるのはあくまで現代人がそのように暮していることに由来する社会的決まりや観点に由来するのだろう。
カワウが住みたい場所に自由に住ませることを人間側が許容できないならば人為的駆除が現状唯一の解となるのもやむを得ないのだろう。
さらに少しばかり考察しておくと、資源 (食物、繁殖場所など) を "情報資源" と読み替えれば情報空間 (この場合の「空間」は物理や数学に特徴的な抽象的な概念で、構造が似ているものを同じように表現しているだけ。用語を恐れずに見ていただきたい) における現代の人の行動はカワウに似ているのではと思えてきた。
情報資源に集まって各々が消費し、資源が尽きれば (例えば情報の新規性がなくなれば) 次の場所へ (例えば新規性のある情報へ) と転々とする。結局またもとの場所に戻ってくることもあるわけだ (例えばブーム再来。雑誌の特集タイトルにも同じような回帰傾向があり、数理的には同じ現象かも知れない)。
カワウのコロニーの移動と大差ない。情報空間で非常に r 戦略的な生き方をしていることになる。
そしてカワウの r 戦略的な部分の説明と同じく、現代のインターネットは特にブログやソーシャルメディア (= 日本語では SNS。英語では圧倒的に Social Media の表現が使われる) の発展以降 r 戦略を極度に促進する方向に働いているのだろう。
Birder もこの傾向を打ち破って「鳥の首に萌える」とか「鳥のうろこに萌える」とか1冊まるまるそれのみ扱った特集を組めばこれまでとまったく異なる世界が広がるかも知れない。翼とか羽毛は何度も特集があるので別の部位を取り上げても不思議でない。気持ち悪いとか植え込んでいるのはメディアのそのものなのだから。
そんなものは売れないからボツ、となりそうだが、むしろまったく違う読者層が関心を持つのでは? そんな特集号があれば世界の鳥の歴史にも残る画期的事件かも知れない。きっと珍しいもの好きの世界の読者が争って買ってくれるよ。
問題はそんな部位を狙って写真を撮っている人が多分いないので画像が集まらない、記事を書く人が見当たらない、などになるだろうか (笑)。
ウ類の黒い色、サギ類の白い色の役割に同種を見つけて集団を作るのに有利などの説明があるが、同じように情報空間での集団を作っているのだろう。鳥が群れる理由にはもちろんそれぞれの個体が有利になる生態的理由があり (共同防衛や食物を探すのに有利などいくつも提唱されている)、情報空間上で集団を作る理由もおそらく同様にそれぞれの個体にとって有利な点があるのだろう。
インターネットで注目を浴びる、あるいは金銭的報酬を得ることなどは、それぞれの個体にとっては「小遣い稼ぎ」程度であっても十分適応的なのだろう。いずれもうまく本能的部分をくすぐられていることになる (ついつい手塚治虫氏の「火の鳥」のムーピーゲームを連想してしまう)。
そんな本能をくすぐる仕組みに日常的に頼っていてばかりでよいのだろうかと少し気味悪く思ってしまう (「火の鳥」では人類絶滅の引き金となっていた。1967-1968 年の漫画でとんでもない先読みになっている)。
そのような仕組みは各個体の選択によって自発的にも生まれて進化するだろうし、誰かが気づいたのかも知れない。いずれにしてもこれだけ普及しているのはこの仕組みが「適応的」だったからに違いない。
他の仕組みを考案したサービスもあったかも知れないが、選択されず消滅したわけだ。
集団ねぐらの意義の一つに情報センター仮説があるが、多くの人が起きてまず行っている (だろう) 作業はまさしくこの情報センター仮説に当てはまるのではないだろうか。こちらの目当ては本物の「情報」そのものである。
昔ならば (今でも?) 行列に並んだり、集団を見つけるととりあえず何なのか見に行ってみる、も同様。話題になっている鳥の場所に行って撮影しよう、などもまあ同じようなものだろうか。
鳥の行動を解釈するための仮説が、なんと人間行動の方をずっとよく説明してしまっているかも知れない。
カワウのコロニーを見て我が身の行動を解釈してみよう、ということになる。
Birder (2002) 16(6) の特集タイトルは「カワウ的生活」だったが、カワウから見ればむしろ「ヒト的生活」と呼べるかも知れない。
r 戦略を極度に促進する方向が多分よろしくないのは、カワウ (シカなり他の野生動物でも結構) の増加に困っている現状にも現れているだろう。情報空間ならば情報の拡散などに相当するだろうか。そして生物学と同じく基本増殖率の高い方の情報が、正しいかどうかにかかわらず優占するわけだ (競争排除。生態学と同じように密度効果なども考えられるので完全に占拠することは難しい)。
保全生物学でも r 戦略傾向の強い種のみを増やすなどの努力は現在では多分行われず、r 戦略的でない種も生存できるように多様性を保つのが基本だろう。我々の世界でも r 戦略性の高い行動に有利な仕組みがすでに行き渡っている以上、この仕組みの生態学的危険性を意識して扱わねばならないのだろう。
近年 (2025) 日本に限らず野鳥写真と AI のことがしばしば話題になっている。AI による加工写真の方が現物を上回る (?) ようになって、こちらの方がアクセス稼ぎにより効果的ならば基本増殖率が高いかも知れない。AI が進歩したためとも言えるが、費用や機材 (そして体力) の限界など野鳥写真の方がそろそろ頭打ちになりかけている兆候ではないだろうかとも感じる。
機材に投資してより見栄えのする写真を撮るよりも、加工技術に頼った方がよい結果が得られるならば投資意欲が減退しそうに思える。幸いにして AI 生成画像には著作権が生じない解釈になっているので、他人が撮ったような写真と同じようなものでさらに良質のものが生成できても現状は盗作にならない。
いずれにしてもどこかで逆転現象が発生すると考えられるが、それ以降も野鳥写真ブームは続くのだろうか。費用も手間もかかる野鳥写真のブームもいずれ下火になりそうに思えるが、その後のことを少し想像してみると、写真家による妨害は減って保全面ではむしろよい効果を生むかも知れない。
しかしながら機材が売れなくなれば機材の進展もなく、野鳥向けに特化した高度な写真システムは採算が取れず企業もいずれ撤退してゆくだろう。現在ある機材でさえも使えなくなるかも知れない。このような現象はあまり予期なく一気に進み得る (物理学用語では例えば不安定と呼ぶ)。古いアナログ機材と異なり、デジタル機材は修理できないあるいは後継品が出なくなればその時点で終わりとなり得る。
ブームが去った後は偽画像や偽映像が氾濫した世界で、現在は普通に利用できる野鳥向け写真機材も特注となって庶民に手が出なくなるかも知れない。「売れませんので」と言われれば返す言葉がない。
このようなことを考えているのはアマチュア観測天文学が (要因は AI や写真機材の限界というわけでもないが、機材の選択肢が狭まっているのは確か。かつてアマチュア向けに3雑誌が競い合っていたが今やその面影はない) すでに同様の状況で、自宅に観測設備があるなど恵まれた環境に人のみの趣味になりつつあるためである。
それならば以前のように自分の目で見て記録する方に戻るかと言えばあまりそうではなく、海外のインターネット望遠鏡に移行するなど、費用をかけられる人しか取り組めない状況になりつつあるためである。
もし同様であれば、野鳥業界の未来は野鳥写真以外の野鳥観察や鳥学の魅力をどこまで伝えられているか問われることになる。
[コルヌリン遺伝子を失ったウ類]
ウ類、タカ類、鳴禽類の共通点は何かあるだろうか? Feng et al. (2020) Dense sampling of bird diversity increases power of comparative genomics
によればこの3系統が食道から口腔上皮に関係するコルヌリン遺伝子 (cornulin, CRNN) を失っているとのこと。
この論文では鳴禽類では食道上皮が柔軟になることで複雑な音声発声に役立っている可能性を指摘している。ウ類はいかにも食道が膨れても大丈夫そうだが、タカ類はウ類ほどは丸のみしないので関係あるだろうか (そのうに多量の食物を蓄えられる性質に関係があるかも?)。あるいはこの遺伝子を失ったことが鵜飼を可能にしているのかも?
この論文で用いられている分類では Accipitriformes は新世界ハゲワシ類を含まないヘビクイワシから始まる系統。新世界ハゲワシ類はこの遺伝子を持っている。
ペリットを吐くことにも関係があるかも知れないが、フクロウ類、ハヤブサ目の多くではこの遺伝子が働いているので別の理由かも。ヘビクイワシまで含まれるならば相当古い時期に機能を失ったと考えられるが、半分ぐらいの種で偽遺伝子 (働かない遺伝子) として検出されているのも不思議
(cf. 鳴禽類ではほとんど見つからない。タカ類は鳴禽類より世代が長い、不要となった遺伝子を鳴禽類の方が積極的に除去している可能性などが考えられそう)。
ハヤブサ目ではワキスジハヤブサで偽遺伝子となっているが、近縁のハヤブサも含めて調べられた範囲で他は働いている。
ウ系統では Sula (カツオドリ類) 以降の系統で偽遺伝子 (働かない) となっている。グンカンドリ類以前の系統では存在する。{カツオドリ類 + ヘビウ類 + ウ類} の共通祖先段階で偽遺伝子となったものと思われる (これまで推定された系統関係の正しさもわかる)。
散発的に偽遺伝子となっているものにヤツガシラ、シロチドリ、カンムリカイツブリがある。これらはいずれも近縁種が働く遺伝子を持っているので散発的に生じたものと考えられる
(ゲノムアセンブリ精度次第で単純に検出できていないだけの場合もあると考えられるので、散発例は偽遺伝子が見つかったもののみを扱った)。
鳴禽類では早い段階で失われたようで偽遺伝子すら見つかっていない。最も古い系統の一つであるコトドリ Menura novaehollandiae Superb Lyrebird のみ偽遺伝子が見つかっている。これらは遺伝子が検出されていないものでも系統的に広く検出されないので技術的問題で検出できないのではなく失われたと考えられる。
亜鳴禽類では働く遺伝子が検出されているものが多く、大規模には失われていないよう。
ヒトでも機能があまりよくわかっていない遺伝子だが、鳥類での系統的パターンから機能が判明してくる可能性があるのかも。
コルヌリン遺伝子はピジョンミルクを分泌中のハトで強力に働いているとのこと。Gillespie et al. (2013) Transcriptome analysis of pigeon milk production role of cornification and triglyceride synthesis genes
ピジョンミルクは上皮の keratinocyte (角化細胞) が細胞内に脂肪を蓄えて cornification (角化) することで分泌されるもので、細胞内に色素を蓄えて剥がれる #トキの化粧色のメカニズムにも似ている。
ピジョンミルク生成には β ケラチンが重要な役割を果たしている。哺乳類の keratinocyte は細胞内に脂肪を蓄えることができない点が異なる。β ケラチンを持たない点も異なる。哺乳類の乳腺で脂肪形成に働く遺伝子も大部分働いているがハトで独自のものもある。
ハトでは大部分の脂肪はそのうでその場で合成され、哺乳類との脂肪合成遺伝子の働きの違いはハトの食物に含まれる脂肪の量の違いを反映しているかも知れないとのこと。
鳥類皮膚などの脂肪分泌については #ライチョウの備考 [鳥類と爬虫類のうろこは別物] にも紹介。
[リンの起源]
海鳥のどこかに入れてもよい項目だが、身近なところでリンを陸地に運ぶ重要な役割を果たしている魚食性の身近な鳥のところで紹介しておく。参考: 鵜と上野間小学校。
リンが生命に必須で、しかも陸上では比較的希少な資源であることから枯渇が問題となっていることはご存じであろう。かつては海鳥の糞 (グアノ) から大量にリン資源を得て輸出したものの資源が枯渇した悲劇の物語もよく知られている。
リン酸塩は水溶性が低く、海に蓄積した陸に循環してくるには地球化学的時間がかかり非常に効率が悪い。
海で生物を捕食した鳥が陸に運んでリン循環に大いに貢献している次第である。
海鳥やカワウとは関係がないが、オウギワシで面白い研究があった: de Miranda et al. (2023) Long-term concentration of tropical forest nutrient hotspots is generated by a central-place apex predator
オウギワシはアマゾン森林に生息するが土壌は一般的に低栄養な地域。営巣木周辺の栄養を調べたところ巣の下の土壌は低栄養で、周辺の樹冠部が高栄養だったとのこと。糞が地上に届く前に葉で栄養が吸収されていると考えられる。これはオウギワシが営巣に必要とする巨木に栄養を与える一種の共生となっていると言える。
しかしなぜリンなのだろう。生物を構成している元素は H, C, N, O と水素以外は星が作る元素で、CNO サイクルと呼ばれる元素合成反応があるようにそもそも存在量が多い。それ以上は原子番号が2増える (α 元素と言われる) 反応が中心で原子番号が奇数の元素はもともと存在量が少ない (#オオワシの備考 [鳥類、特に猛禽類の鉛中毒] 参照)。
タンパク質を構成する硫黄 S はこの α 元素で存在量が多い。生命の進化初期に H, C, N, O, S と存在量の多い元素が用いられたのは極めて自然であったが、リン P はリン酸がつながることができる (ポリリン酸など) 特異な性質があるため、ATP, ADP, RNA, DNA といった生命に必須の物質に採用されたものと考えられる (*1)。
なぜリンが採用されたかは化学的特性から理解できるが、リンはどこからやってきたのだろうか。上記のように星の内部ではそれほど多量に作られず超新星爆発でも現在の存在量を説明できるほど放出されない。最近の研究で面白い可能性が浮上してきた。
Bekki and Tsujimoto (2024) Phosphorus Enrichment by ONe Novae in the Galaxy;
リンは新星爆発が生み出した - 必須元素の起源に迫る - (日本語プレスリリース。ただしこの想像図は恐ろしく間違っているのでそのままの印象を残されないように)。
連星の中の白色矮星に相手の星 (この想像図よりもずっと小さい) から降り注いだガスが暴走的に核融合反応を起こす新星 (nova) 現象があるが、白色矮星が酸素・ネオンからなるタイプのもの (白色矮星のなかでも少数) の場合に多量のリンが合成されるとのこと。これらの新星爆発の発生は 80 億年前にピークを迎え、地球で生命誕生が可能となった 46 億年前に間に合ったとの仮説
[新星の解説は 新星とはいったいどのような天体でしょうか (2013 年記事。同サイトの他の記事も参照。命名規則など学名の話とも関係する話題もあり) もどうぞ]。
同時に塩素 Cl も作られることが期待されるが、こちらはまだ観測的には検証されていないとのこと。まだ仮説段階ではあるが、生命を作る元素の起源に宇宙がどのようにつながっているかまた一つ面白い材料が増えた。いろいろな話を知っておくと科学は一層面白くなる。
Taguchi et al. (2023) Spectra of V1405 Cas at the Very Beginning Indicate a Low-mass ONeMg White Dwarf Progenitor
の研究もよいところを行っていたが、連星進化理論との整合性がむしろ問題となっていて宇宙生物学との関連までは意識されていなかった。第3周期元素と聞いたところで思い浮かべればよかったのかも知れない (論文で扱われているアルミニウムとリンは原子番号2違うだけ)。
生物学的視点からは Bekki and Tsujimoto (2024) が扱っている新星よりも Taguchi et al. (2023) の扱ったものの方がさらによい供給源かも。天文学者も生命で何が問題となっているかよく知っておいた方がよさそう。
補足:
*1: 「進化の特異事象: あなたが生まれるまでに通った関所」ド・デューブ [#鳥類系統樹2024] で紹介 でも特異事象として挙げられている。同書 pp. 35-37。リン酸が2個つながったピロリン酸は生物によっては ATP の機能を一部代替しているものがあるとのことで、ピロリン酸は ATP の起源と考えられるとのこと。
火山性環境でみられるポリリン酸をエネルギー源として初期生命が誕生した可能性があるとのこと。
ここで名前の出るもう一つの必須元素である硫黄 S はチオエステル結合を作ることで電子伝達系 (酸化還元、ATP を用いて化学反応を進める) の起源となったと考えられる。硫黄も火山性環境に多い元素で、生命誕生の場としてふさわしい (pp. 62-63)。
鉄 Fe はこの硫黄に結合する形で二次的に取り込まれるようになり、機能の中心が次第に (現在のように) 鉄に移ったものと考えられるとのこと。
鉄は多量に存在するため選択されたこと、d 軌道電子を持つ遷移元素であるため複数の酸化数をとりやすく (Fe 2+/Fe 3+) 電子移動を伴う酸化還元には都合がよかったのであろう。ここでもルイス酸・塩基の特性が現れていると思う (#オオワシの備考 [鳥類、特に猛禽類の鉛中毒] 参照)。硫黄の負イオンは代表的な軟らかい塩基で、鉄イオンは典型元素金属イオンより軟らかい酸のため相性がよい。
銅 Cu にも似た性質があり、いくつかの酵素で用いられている。エビ・カニ・昆虫の一部 等の節足動物、貝の一部やイカ・タコ等の軟体動物に銅を中心とするヘモシアニン (hemocyanin) が呼吸色素として存在する。エボシドリ類の銅を含む色素の由来にも関係するかも知れない。Cu と Fe の原子番号は2違うだけである。
亜鉛 Zn は Cu の次の原子番号だが、これは生体で広く使われているのはご存じの通り。
Fe の次の元素コバルト Co はビタミン B12 の成分で、役割は Fe とは少し違ってメチル基転移を行う。
バナジウム V もホヤが用いていることなど有名。これらの元素はいずれも Fe に近い原子番号のもので、星の進化で比較的作りやすいために採用されたものだろう。
モリブデン Mo は原子番号 42 と Fe よりもだいぶ原子番号が大きく存在量も少ないが、マメ科植物の根に共生する根粒菌の窒素固定を行うニトロゲナーゼ (nitrogenase) が用いているのが有名であり、他にもいくつも酵素が知られている (Mo の起源はオオワシの備考で紹介の s 過程と連星中性子星合体が半々ぐらいと見積もられている)。
もともとは Fe を使っていたのだが、Mo の方がより機能が高いためそちらが選択されてきたのか。
Mo を持つキサンチンオキシダーゼ (xanthine oxidase) は我々も用いていて核酸代謝産物の尿酸合成にかかわっている。他にも生物が用いる金属元素があり、例えば wikipedia 英語版の Metalloprotein などをご覧いただきたい。
生命発生の初期過程で硫黄がこれまで想像されていたよりも積極的に用いられていたらしい証拠: Wehbi et al. (2024) Order of amino acid recruitment into the genetic code resolved by last universal common ancestor’s protein domains
アミノ酸使用率を調べてアミノ酸がどのように使われるようになったかを遡って再構成して現在のコドンの起源を探る。
初期生命は硫黄の豊富な環境で誕生したと考えられ、硫黄含有アミノ酸はこれまで考えられてきたより早い段階から用いられてきたと推定される。宇宙・惑星化学的な知見とも合致する。
この再構成ではトリプトファンやチロシンなどが古くから使われてきた結果となり、一般的なアイデアとは多少異なっている (#アマツバメ備考の [アマツバメやハチドリは夜行性を体験したか?] 備考 *3 参照)。現在使われているコドンと翻訳システム以前の太古の別システムが存在した可能性を示唆するとのこと。
[鳥類の窒素排泄・栄養状態ストレスとの関係]
尿酸合成から糞の話に戻ると、爬虫類や鳥類では窒素を尿酸で、両生類 (成体) や哺乳類は尿素、さらに魚類ではアンモニアで排泄する違いがある (いずれも大雑把な話) ことはよく知られている。生化学機構は Raidal et al. (2007) The Advantages and Disadvantages of Excreting Uric Acid
の解説がわかりやすい。尿素合成の回路は哺乳類でも同じだが、多くの哺乳類はさらにより無害なアラントインまで酸化するとのこと。
哺乳類でも霊長類やイヌのダルメシアン (Dalmatian) 品種は最後の段階の酵素を失っていて尿酸を排泄するとのこと。鳥類も同じ酵素を欠いている。
一部の霊長類は尿酸の抗酸化能力によりビタミン C の合成能力を必要としなくなった (直鼻猿亜目) 話もある (#クロハゲワシ備考の [猛禽類の植物食] でも少し触れる)。
鳥類で尿酸が酸化ストレスで酸化され、アラントインとして排泄されることも知られている [cf. Tsahar et al. (2006) The relationship between uric acid and its oxidative product allantoin: a potential indicator for the evaluation of oxidative stress in birds]。
これは抗酸化物質として消費された証拠となる。
アンモニアの解毒回路は鳥類と哺乳類で多少違っていて、鳥類では主に哺乳類ミトコンドリアで働いている Carbamoyl phosphate synthetase I (CPSI *1)
の代わりにグルタミンシンテターゼ (グルタミン合成酵素) glutamine synthetase が同様の役割を果たしているとある
[参照: Stern and Mozdziak (2019) Differential ammonia metabolism and toxicity between avian
and mammalian species, and effect of ammonia on skeletal
muscle: A comparative review および参考文献]。
アンモニアを代謝する最初の主なステップが異なり、後はどちらにも存在する代謝経路で尿素になったり尿酸になったりする模様。
しかし鳥類にも尿素回路の酵素は存在していて、ある種の鳥では低温環境でよりエネルギーの必要な尿素合成を節約して尿素排泄が増えるとのこと。さらに水分が十分あればハチドリ類は半分近くをアンモニアのまま排泄できるという (ハチドリ類は食物に水分が非常に多いため、尿もあまり濃縮する必要がない)。鳥類・哺乳類の絶対的な違いというよりある程度相対的なものらしい。
ヒヨドリ類では水分を多量に摂取している場合はアンモニア排泄が中心になるとのこと: Tsahar et al. (2005)
Can birds be ammonotelic? Nitrogen balance and excretion in two frugivores (アラビアヒヨドリ Pycnonotus xanthopygos White-spectacled Bulbul で調べられたもの)。ハチドリ類だけの特技ではなかった。
尿酸は排泄物であると同時に抗酸化物質でもあるので、余分な窒素を他に捨てる経路があるならば尿酸を再吸収して利用している可能性があるとのこと。
そういえば捕食者のない地上性の離島の鳥でアンモニア臭があるものがあるらしいが、もしかしてアンモニアも排泄していないだろうか。
2023 年の伊吹山のイヌワシ子育て生中継で餌がほとんど運ばれず、猛禽類は何日絶食できるか ML Kbird で話題となった (スタッフによる介入直前ぐらいの段階)。その時に調べた文献から紹介:
Ferrer and Dobado-Berrios (1998)
Factors affecting plasma chemistry values of the Spanish Imperial Eagle, Aquila adalberti
のスペインカタシロワシの研究によれば、栄養状態が悪いと尿素 (尿酸も) の血中濃度が際立って高まるとのこと。絶食によって自身のタンパク質を異化した代謝産物であると考える文献を引用している。再度タンパク質の豊富な餌を与えられるとこれらの高い値は正常値以下に下がる。
ちょっとかわいそうな話だが、ヨーロッパノスリの人工的飢餓実験があるとのこと。
Garcia-Rodriguez et al. (1987)
Metabolic responses of Buteo buteo to long-term fasting and refeeding
この実験では 13 日間の絶食で7羽での実験。この実験でも尿素 (尿酸も) が急上昇してゆくとのことで、種による違いがあってペンギンではそうならなかった (ペンギンでは絶食がそもそもライフサイクルの中に入っていて、より効率のよい脂肪燃焼で絶食期を過ごす。食物不足時の猛禽類とペンギンでは戦略がそもそも違う)。
猛禽類ではタンパク質を異化することでエネルギーをまかなうらしい。血中タンパク質量は大きく減らなかったがグロブリンが減ってアルブミンが維持された (アルブミンが栄養を体に送るのに働いている。グロブリンが減ると免疫能力は低下するかも知れない)。
13 日めには血中グルコースが上昇。長期絶食で血糖コントロールシステムが緩んだ (変調をきたした) 可能性がある。この実験では (正常状態の個体で飼育環境で管理されている) 13 日の絶食に耐えることが示された。その後正常に食物を食べることができたとのこと。
これらの研究でなぜ尿素が急上昇したのか昨年のイヌワシ子育てライブの時点では気づかなかったが、上に示したような窒素排泄経路を考えると納得が行く。エネルギーの必要な尿素合成を節約して尿素に回すことになったのだろう。尿素排泄には尿酸より多くの水分を必要とするため、伊吹山のイヌワシひなのように水分もとれない状況では排泄できず尿素濃度が高くなって中毒になるだろう。
Spee et al. (2010)
Should I stay or should I go? Hormonal control of nest abandonment
in a long-lived bird, the Adelie penguin
アデリーペンギンではタンパク質を燃焼させる段階に入ると抱卵放棄すると考えられていた。
この文献ではそれだけが要因ではなくて、プロラクチン (哺乳類では乳汁分泌作用のあるホルモンでこの名前が付いた) 濃度が低いことと組み合わさると放棄することになるとのこと。
伊吹山のイヌワシも両親が食物不足でタンパク質を燃焼させる段階になると育児放棄が発生しやすくなるのかも、などの議論をしていた。
Angelier and Chastel (2009)
Stress, prolactin and parental investment in birds: a review
栄養状態のストレスでプロラクチンレベルが下がる (これは個体の生存を考えれば適応的な反応) ので、栄養状態でプロラクチンレベルも介して抱卵 (育児も?) 放棄につながる関連が読み取れる。
Riou et al. (2010)
Stress and parental care: Prolactin responses to acute stress throughout the breeding cycle in a long-lived bird
海鳥でよく調べられていて、子育ての間はプロラクチンレベルは高いまま、とのこと。
ストレスに対してプロラクチンレベルが下がる反応は抱卵時には弱い (俗な言葉で言えばたとえば母性本能が強いように見える)。ひなを育てる時期の後の方にこのストレス反応が高まる (育児放棄が起きやすい)。これは渡り鳥の研究なので、親自身の生存可能性を高めるための反応と考えれば理解できるかも、とのこと。
備考:
*1: 尿素回路またはオルニチン回路 (ちなみにオルニチン ornithine の名前は 1877 年 Jaffe にニワトリの糞から発見されたことに由来する) よりに入る手前の反応に関わる酵素。
ニワトリのゲノム解析の結果では CPSI 遺伝子は失っていないが、ミトコンドリアに輸送するための補因子 (cofactor。両生類や哺乳類でアロステリックに酵素活性を補強するように働く) となると考えられる N-acetyl glutamate synthase (NAGS) の遺伝子は失っており、哺乳類のような機能は果たせないとみなされている。
このため生成されたアンモニアはグルタミンシンテターゼによる尿酸生成に向かう。ニワトリでは尿素回路の遺伝子は発現しているが弱いとのこと。
Wertman (2012) Poultry Evolution: A Concentration on NAG, CPSI and the Urea Cycle および wikipedia 英語版を参照した。
Haskins et al. (2008) Inversion of allosteric effect of arginine on N-acetylglutamate synthase, a molecular marker for evolution of tetrapods
にも考察があり、ニワトリに CPSI や ornithine transcarbamylase (OTC 尿素回路でオルニチン + cambamyl phosphate からシトルリンを合成する酵素) があるのは、祖先が尿素排出をしていた名残りであろうとしている。爬虫類でもワニ、トカゲ、ヘビで CPSI が失われているがカメには存在するとのこと。
NAGS が CPSI に対してアロステリックに働くかは条件次第で、働かないものもあるらしい (哺乳類での働きから想像されているものなので必ずしも必須ではないかも知れない)。鳥類では CPSI, OTC 遺伝子は存在するので効率は悪いが尿素合成の回路は持っているということか。前述の例を見ると条件次第で使っているかも知れない。
NAGS 遺伝子はアルギニン代謝に関係しており、NAGS を持たないことはニワトリの餌のアルギニン必要量と合うとのこと。
CPSIII は魚に存在し、陸上生活に伴って CPSI に役割が入れ替わった。これは脳に対するアンモニア毒性を素早く取り除くのに役立ったのだろうとのこと。
なお、ヒトの尿酸は窒素代謝物というより核酸代謝物である点は異なる。腎臓以外に腸管でも行われる。
大内他 (2015) 尿酸代謝異常 にも参考情報あり。
尿素回路またはオルニチン回路はハンス・クレブス (Hans Krebs 原語読みではクレプスとなる。クレブスは英語読み)
が発見した回路の一つで、1932 年に、1937 年のクエン酸回路 (TCA 回路) に先駆けて発見されたもの。後者が一般にクレブス回路と呼ばれる (1953 年 ノーベル生理学・医学賞)。
Krebs はさらに2種類の回路を発見しており glyoxylate cycle (グリオキシル酸回路 Krebs and Kornberg 1957) そして尿酸サイクル
(Mapes and Krebs 1978 Rate-limiting factors in urate synthesis and gluconeogenesis in avian liver; グリオキシル酸回路を共同発見した Kornberg は Kreb の発見した回路は3つと数えていて、忘れられたクレブス回路とも言われる)。
代謝経路にはこのように冗長性があるため、尿素排泄から尿酸排泄への進化は比較的簡単に行えたのだろう [#鳥類系統樹2024] 紹介の Ng et al. (2023) も参照。
[ウの舌は痕跡器官か]
Jackowiak et al. (2006) Light and scanning electron microscopic study of the tongue in the cormorant Phalacrocorax carbo (Phalacrocoracidae, Aves)
舌腺は見つからず通常の鳥のように舌体部が発達していない。舌全体が繊維質の結合組織となっていたとのこと。
位置や構造的にも痕跡器官と言えるとのこと。同一著者による研究ではオジロワシの舌は舌腺も発達しているとのこと: Jackowiak and Godynicki (2005) Light and scanning electron microscopic study of the tongue in the white tailed eagle (Haliaeetus albicilla, Accipitridae, Aves)。
ウは実際に丸のみと言ってよさそう。
[ガラパゴスコバネウの進化]
Burga et al. (2017) A genetic signature of the evolution of loss of flight in the Galapagos cormorant
が飛べないガラパゴスコバネウ (現在通常使われる学名は Nannopterum harrisi。この属名は新大陸のグループで、Phalacrocorax 属にまとめて構わないとの見解もあり扱いが多少分かれている) Flightless Cormorant (Galapagos Flightless Cormorant)
の形態にかかわるメカニズムを解析している。和名は単にコバネウが使われたこともあった。
200 万年前ぐらいに大陸から定着したことは分子系統解析からも裏付けられた。
渡る必要がなくなったため潜水機能を強化する方向に選択圧が働いたと考えられる。
偽遺伝子化の証拠は見つからず、形態変化をもたらした遺伝子変異候補が挙げられている。細胞の繊毛 (cilia、シリア) に関係する変異が関与している可能性があるとのこと。
島の鳥が飛翔力を失いやすいことについて「鳥もできれば飛びたくない」と比喩的に説明されることもあるが、適応のための他の選択圧が働く中で重要でない飛翔能力を失ったり、遺伝子ネットワークの変化で他部位の適応のために二次的に飛翔にかかわる機能が変化した可能性もあるだろう。
「できれば飛びたくない」はあまり適切な比喩ではない感じがする。遺伝子ネットワークがどのように形質を決めるかは未知の部分が多く、この論文でも示唆するにとどめている。何かの遺伝子が失われて飛べなくなったような簡単な描像ではない。
飛翔能力の喪失とそれに付随する形態変化について新しい研究があった: Saitta et al. (2025) Feather Evolution Following Flight Loss In Crown Group Birds: Relaxed Selection And Developmental Constraints (一般向け解説)。
Saitta の本来の専門は古生物学で恐竜などをよく調べていたが、鳥の標本の大規模コレクションを目にして感銘を受けこの研究を行ったとのこと。
飛翔能力を喪失した鳥の形態と喪失年代の関係を広い範囲で調べた。無飛翔化に伴って骨格のような大きな構造の方が先に変化し、風切羽の非対称性が失われるなどの羽毛の変化はより遅く生じる。
つまり古い時期から飛翔能力を喪失していた鳥 (ダチョウ、ペンギンなど) は羽毛の微細構造にも大きな変化があるが、比較的近年飛翔能力を喪失した鳥ではまだ変化が小さい。飛ばないことによる構造への選択圧が弱まる (relaxing selection) ことが原因。
相対的には羽毛に比べて骨格の方が高コストなので骨格の方への選択圧 (例えば同種内競争で大型化するなど) の方が先に強まり、選択圧が弱まることによる飛翔のための羽毛の変化は後回しになるとのこと。
羽毛の構造の特性がどのような順序で失われるかは、系統的に新しく獲得された形質が発生学的制約 (例えば複数の遺伝子が関与し、段階的に複雑なプロセスで作られるもの) から早く失われる効果が現れている可能性が考えられる。
複雑ネットワーク的な解釈では、限られた数の遺伝子の制御機構を調整することでたまたま特別な形質を作るルートに到達 (発見) したがそれには時間がかかった。しかしひとたび必要がなくなると制御機構の維持に選択圧が働かなくなってその機構が失われてしまいやすいのだろう。
計算機に例えればさまざまなアプリケーション (ライブラリ) を組み合わせて作ったシステムのようなものだろうか。そのアプリケーション (ライブラリ) がバージョンアップされると機能を喪失したりする例は我々もよく体験する。そしてそのようなシステムの維持にはコストがかかるので、リストラなどでメンテナンス費用や人手の優先順位が下がると簡単に失われ、同様の機能を復元するのは多くの場合困難。結局忘れられてゆく。
R なり python なりバージョンが上がるたびに動かなくなるライブラリを体験されている方にはわかりやすいだろう...と話がすぐ明後日の方向に行きがちなので生物の話に戻ろう。
もっと簡単に実現され得る形質はそれらの変化に強く、より遅くまで残るのだろう。
後の系統で獲得された微細構造 (例えば青色の構造色) が競争が弱まるなど不必要になった場合、失われるプロセスなどの解釈にも応用できそう (#オオルリ備考の [オオルリはなぜ青い] 参照。オオルリを含む系統では性的二形を示さないものも多い。また青色は比較的新しい時代に獲得された形質)。
例によって途中から自分の解釈も混ざっているので (失礼)、詳しくは原文を読んでいただきたい。
それでは我らがカンムリワシはなぜ小さいのか多少気になってくる。飛翔能力を喪失した鳥ではないが、あまり移動能力を必要としなくなれば骨格の方への選択圧が高まって大型化はしないのだろうか。タカ類では飛翔能力は重要で飛翔力の維持に選択圧がかかっていることが想像でき、大型化する方が飛翔面の能力維持が難しくなるかも知れない。
日本のカンムリワシでは競争相手の種がほとんどいないので小型化の方に向かったのか? 小さい方が小回りがきいて獲物が捕れる?
このように考えるとタカ類では同種内より他種との競合の方が体サイズの選択圧となっている印象を受ける。大陸や台湾のカンムリワシが大きいのはクマタカ類など競争種がそこそこいるため?
日本のイヌワシが小さいのは有力な競争相手がいないため? 他所でも考察したがクマタカが大きいのはイヌワシのいる地域に進出したため?
タカ類では同種内競争は大きくなる方に働かないのか - 逆性的サイズ二型の説明にも関係するかも知れないので検討してみていただきたい。
なおガラパゴスコバネウの遺伝的多様性は低く、創始個体群も小さく、現在の個体群も小さいことも反映していると考えられるとのこと。wikipedia 英語版によれば 1983 年のエルニーニョ現象で個体数が半減して 400 個体まで減少したとのこと。IUCN EN 種だったがかつての見積もりほど個体数が少なくないと判明し、2011 年に VU 種に変更。
雑誌 "Birder's World" 1989.12 pp. 64-65 に Robert W. Storer による "The Flightless Cormorant" の記事があり、ガラパゴス島にはタカとフクロウがいるがガラパゴスコバネウを食べるほど大型でない。しかし小型の飛べない鳥の進化には影響を与えたかも知れないと興味深い考察があった。
当時はまだタカの方が先住者と思われていたようだが現代の理解では逆で、ガラパゴスノスリはアレチノスリから 30 万年前に分岐したばかりでアレチノスリの亜種とみなせるぐらい (#ノスリ備考 [Buteo (ノスリ) 属の系統分類] 参照)。
飛べないウの方が先に進化していた。ウ類は大型化する方がおそらく有利で (#ミサゴ備考 [ミサゴは不器用?] 参照)、飛翔能力を失う方への進化は起きやすいかも知れない。猛禽類の有無にかかわらず生理学的には小型のウの方がむしろ考えにくいかも。そもそも大型の鳥由来であったため創始個体群も小さかったのだろう。
ウ類も身近なカワウが系統の典型的な種と考えるよりも、体を水に沈めるヘビウ科の方が本来形質がよく現れているかも知れない。ペリカン目も大きな鳥がとても多い。
飛翔能力を失ったペンギン目がそれほど遠い系統でないのも、飛べないウと同じような生態的制約や進化機構が働いているのでは。
[ミサゴは不器用?] で "ウ類が羽を乾かしているように見える行動も、次の狩りまでの間隔が短いため羽の状態を急いで整えていると考えればミサゴの「足洗い」と同様の意義があるのかも知れない" と触れてみたが、これは早い話無駄な待ち時間とも言える。飛ぶ必要がないなら翼のメンテナンス時間を最小にすべき方向に進化するのが自然では。もしこの解釈が成り立つならば、副次的に飛ばなくなると考えるよりも、ウ類では捕食者のない環境では翼をなるべく持たない方が適応的な形質と言えるのだろう。
ウ類の尾が短いのも制御に必要な最小限度を残して尾のメンテナンスの手間を節約しているのかも。
ミサゴも海鳥もそうかも知れないとかふと感じた。航空力学的要請とどちらが上回っているだろう。
ウ類についてのこの部分の発想は Saitta et al. (2025) とは少し異なって、飛ばないことによる構造への選択圧が弱まるのではなく、ウ類では翼や羽毛の構造を維持する遺伝部位に負の選択が生じているのではとの考え。
Saitta et al. (2025) は走鳥類も含めた全体をまとめて扱っているが、ウ類 (およびおそらくペンギン類) における翼の飛翔機能の喪失と走鳥類における意義が違っているならば同列に扱えない可能性もあるかも知れない。
ここではガラパゴスコバネウは進化の中間段階を表す位置づけとなっているが、積極的な負の選択圧がかかっているならばそうでない系統より進化が早いかも知れない。
微細構造についても濡れた時のメンテナンスに要する時間を短くする構造が進化しているかも知れない。風切羽の構造に興味が向かいがちだろうが、ウ類の尾の粗雑さを考えるとこちらの構造も調べると面白いかも。興味ある方はご検討を。
Robert W. Storer (1914-2008) は鳥類学者で当時ミシガン大学の名誉教授。"Birder's World" の "Avian Exotica" コーナーの常連執筆者だった。雑誌も創刊 (1987) されて間もなく、執筆陣も大御所が揃っていて鳥類学を一般にわかりやすく伝えるなど非常に読み応えがあった。当時はまだそこまで理解できていなかったが今読み返すと改めて意気込みに感心する。
[鵜翼を濡さず]
河田聡美 漢字百話 鳥の部 鳥・とり事典 大修館書店 1989 p. 127 から。小人が政府の要職に就いていることの異常さをたとえた言葉とのこと。「ていよくをぬらさず」と読む。まあ古くからよくあったらしい。
「詩経」曹風「候人」の一節。日本語解説では 候人 (引用1: 小者が握る実権) (崔浩先生の「元ネタとしての『詩経』」講座)。
注釈付き原典は例えば 候人。中国の "鵜" は我々が使う "ウ" よりも広い意味に使われていたらしい。
現代の分類だと ペリカン目 Pelecaniformes なのか カツオドリ目 Suliformes なのか、それとも全部まとめて Pelecanimorphae と呼ぶべきかややこしいことにもなる。
-
ウミウ
- 学名:Phalacrocorax capillatus (パラクロコラックス カピルラートゥス) ふさふさした髪の生えた (例えば彗星の尾を思わせるような) 頭の白いワタリガラス
- 属名:phalacrocorax (合) 頭の白いワタリガラス (phalakros はげ頭の、頭の白い < phalos 白い korax ワタリガラス Gk)
- 種小名:capillatus (adj) 髪の豊かな (capillus (m) 髪の毛 -atus (接尾辞) 〜が備わっている); 棘毛の多い (愛媛の野鳥「はばたき」); 比喩的に彗星の尾を想像するとよい (備考参照)
- 英名:Japanese Cormorant
- 備考:
phalacrocorax は#カワウ参照。
capillatus は2つめの a が長母音でアクセントもある (カピルラートゥス)。所有の -atus 発音に由来。
単形種。
原記載 Carbo capillatus Temminck and Schlegel, 1850。Holthuis and Sakai (1970) によれば 1849 が正しいとのこと。
別の図版。
当時の属名は Carbo でカワウをタイプ種とする属を指していた。Temminck and Schlegel は Carbo filamentosus (フィラメント状の意味) の別学名でも紹介しており、
Le Cormoran Chevelu. Carbo Filamentosus. Pl. 83, en plumage d'amour ... Habit de noces: ... Dessus de la tete et partie superieure du cou garnis, outre le petit plumage noir, de plumes plus longues, soyeuses ou filamenteuses et d'un blanc tirant au jaunatre.
と記載している (The Key to Scientific Names)。
これから派生した学名 Phalacrocorax filamentosus も使われていたが、現在は通常こちらがシノニムとされる。
Temminck and Schlegel の Fauna Japonica (1850) の同じ文献で filamentosus の方が本文中、capillatus は図版に用いられており、図と本文で学名が違うことになる。どちらを用いるかおそらく見解が分かれていたらしく、Dement'ev and Gladkov (1951) は前者を採用している。
現在の世界のチェックリストは capillatus を用いているが、2000年以降の論文でも Phalacrocorax filamentosus の学名が使用されているものがある。
例えば越智・綿貫 (2008) ウミウの採餌トリップ長の個体変異が繁殖成績に及ぼす影響 のように日本鳥学会誌でも用いられていたので、少なくとも当時はこの学名も普通に用いられていたものと考えられる。
H&M4 vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2 の解説によれば、Morioka et al. (2005) が capillatus を選択したが、Mlikovsky (2012) The dating of Temminck & Schlegel's Fauna Japonica: Aves, with implications for the nomenclature of birds
によれば図版の方が本文より先に出版され、capillatus にそもそも先取権があるため、特にどちらを選択するかを考える必要はないとのこと。#ノジコではこの関係が逆転しており、それほど自明な状況ではなかった。
現在の属名に含まれる phalakros "はげ頭の、頭の白い" と種小名の "髪の豊かな" が矛盾するように見えるが、これは原記載時に使われた Carbo 属より先取権のある Phalacrocorax Brisson, 1760 に変更されたことも要因の一つであろう。
Temminck and Schlegel の記載では頭の羽毛が伸びて「フィラメント状」(英語ならば例えば thread に対応) になっていることを意図していたと考えられ、capillatus を「髪の豊かな」とする訳は少しニュアンスが異なるかも知れない。
英語で毛細血管や毛細管を示す capillary も同じ語源で「毛のような」の意味から発したもの。もとは capillus (指小形) < caput (頭) なので、「頭の羽毛に特徴がある」ぐらいの意味に訳してよいかも知れない。
記載時のフランス語名に使われた chevelu は辞書訳では "ふさふさした髪の生えた" の意味。cheveu が髪の毛。名詞の chevelure が彗星の尾に使われることや、中世の絵画での髪の生えたような彗星の描写などを想像すると "フィラメント状の" 以上に何を意味していたかわかりやすい。繁殖期の羽 (plumage d'amour) の頭の羽毛が彗星の尾のように見えた。なるほどと思ってしまう。
ちなみに彗星の広がった頭部を学術用語で "コマ" (coma) と呼ぶ。光学の "コマ収差" (coma / comatic aberration) も語源は同じでギリシャ語 kome から (彗星を指す英語の comet も同一語源。英語の coma には別語源の "昏睡" の意味もある)。
これはギリシャ語でもともと髪の意味で#おまけ: 星座名と共通の学名に登場する Coma Berenices (かみのけ座。意味は "北の髪" だが対応する "南" があるわけではない) に登場する。
この星座はかみのけ座星団 (かみのけ座銀河団ではない。Coma Cluster の名称は普通こちらを指す) と呼ばれる散開星団 Melotte 111 があり、ちょうど肉眼の限界に近い程度の暗い星が集まっているものを髪の毛に喩えたもの。古い星座絵にも髪の毛が描かれている。
ウミウの頭にみられるちょうどこのように細かい星のような白い羽毛を同様に髪の毛に喩えたと考えると理解しやすいように思える。
かに座にあるもう少し暗い星からなる散開星団 M44 (プレセペ星団) は英語では Beehive Cluster (蜂の巣星団) と呼ばれ似た発想も面白い。
カワウの亜種とされたこともある。
英名は Temminck's cormorant とも呼ばれる。
Moores (2015) Identification Challenge: Korea's Cormorant Conundrum によれば分布を考え、またほぼ日本固有とされるカワウ亜種 Phalacrocorax carbo hanedae があるので英名の Japanese Cormorant はあまりふさわしい名前でなく、Temminck's cormorant の方がよいのでは、とのこと。
海外の名称を見て見ると多くが "日本の" を付けている (英名からの翻訳か)。ロシア語では "日本の" とともに "ウスリーの" の名称もある。中国語では 暗背 のウ (中国語のウの漢字は難しい) または 丹氏 (Temminck) を冠している。"日本の" の付いた中国名もある模様。
フランス語では Cormoran de Temminck になっている。
[カワウとウミウの関係]
Young Guns (2016) Birder 30(5): 44-47 にカワウとウミウの識別がある。
この記事によればヨーロッパ北部のカワウにウミウに近い遺伝子型があり、亜種が提案されているとのこと。これは Marion and Le Gentil (2006)
Ecological segregation and population structuring of the Cormorant Phalacrocorax carbo in Europe, in relation to the recent introgression of continental and marine subspecies
(出版社サイト)
で、カワウの亜種 sinensis とヨーロッパの亜種はよく分離されるが、ヨーロッパの亜種は北部・西部の2系統があって、西部のものは本来のカワウの基亜種 carbo であるものの、北部はウミウに近く、氷河期に大陸東西に分離されたものの遺存の可能性を示唆している。この個体群はほとんど渡りを行わないとのこと。
この文献では同個体群にカワウの亜種 norvegicus を提案しているが、世界の主要リストでは carbo のシノニムとされている。
IOC 15.1 のコメントによれば The population of P. c. carbo from the northern part of its range in Norway, and along the coasts from Sweden to Brittany has been named P. c. norvegicus by Marion & Le Gentil (2006), but lacks a formal description and must be regarded as a nomen nudum
とのことで、独立したタクソンになることは考えられるが、正式な記述が行われていないので現状無効名の扱いとのこと。
Sangster and Luksenburg (2023) The importance of voucher specimens: misidentification or previously unknown mtDNA diversity in Phalacrocorax capillatus (Aves: Phalacrocoracidae)?
は Honda et al. (2022) Complete mitochondrial genome of the Japanese Cormorant Phalacrocorax capillatus (Temminck & Schlegel, 1850) (Suliformes: Phalacrocoracidae)
が解読したウミウとされる (2010 年青森市で救助されたが死亡した) 個体のミトコンドリアゲノムがカワウグループに属することを示した。これがこれまで知られていない日本における遺伝子浸透の結果なのか種名の誤りなのかは検証のための標本 (voucher) が残されていないため判定できないとのこと。Honda et al. (2022) の系統樹でもカワウとほとんど差がないことが示されていた。
Ochiai et al. (2020) Genetic variation of mitochondrial DNA in Phalacrocorax carbo in Japan に日本のカワウ個体群の遺伝構造の解析があり、カワウの他亜種と共通のハプロタイプがあって遺伝的には carbo と日本のカワウを分離できないとのこと。ノルウエーの個体群の場合とは異なる。
地理的障壁の証拠もほとんど認められないとのこと。解析の外群にウミウのサンプルが1つ含まれているがカワウと分離できないかも知れないレベルの違いとなっている。
wikipedia 英語版ではウミウはカワウと Ecologically separated from P. c. hanedae, more strictly marine, rarely inland の関係としてカワウの亜種一覧に完全を期すため含まれている (2025.4 時点)。
IOC 15.1 のコメントでは The phylogenies of Kennedy & Spencer (2014) and Kennedy et al. (2020) suggest that P. carbo may be paraphyletic with respect to P. lucidus and P. capillatus, with P. c. sinensis and presumably P. c. hanedae in a clade with P. lucidus, while P. capillatus is sister to other taxa of P. carbo.
However, P. capillatus is sister to both P. c. carbo and P. c. sinensis in the phylogeographic study of Marion & Le Gentil (2006).
とあり分子遺伝学的にはまだ結果が固まっておらず、ウミウはカワウが単系統の関係にならない研究結果も示唆されている。
核ゲノムなどが詳しく調べられるとハシボソガラスとズキンガラスのような関係になるのかも知れない。
日本近海にのみ生息するウミウは世界的に見れば準固有種に近いので成り立ちを検討しておく。似た地域に生息する Urile 属も合わせて検討することが望ましいので、
MN356399.1 (ヒメウのミトコンドリアゲノム) から出発して BLAST をやってみると、Urile 属が Phalacrocorax 属に対して古い分岐であることがわかる (現在使われるリストの配列順にも相応している)。
ウの仲間の祖先系統が東アジアの比較的北部に分布を広げたことが想像できる。系統的には Urile 属とは異なるがウミウも同じ議論の延長で捉えることができそうである (ウミウのミトコンドリアゲノムは上述のような問題がありこの解析からは省いてよい)。
その後誕生した Phalacrocorax 属の新しい系統は主に淡水・地上環境に適応して分布を広げたがカワウの競争力が特に強かったため、古い系統である Urile 属が地上に分布を広げることを困難としたが、これらの系統がオホーツク海沿岸の厳しい気象条件にも耐え得る仕組みを獲得していたためこの地域の海岸沿いでのみカワウより優位に立てたと考えると納得できる気がする。
状況はオオワシとオジロワシの関係に似ている気がする (#オジロワシ備考の [オジロワシ属の系統分類] 参照)。
カワウの中でさらに優勢なのが亜種 sinensis で、ヨーロッパ東部まで勢力圏となっている。このような描像のもとでは東方にも勢力を拡大していても不思議でなく、#カワウの備考で検討されているように、カワウの hanedae と sinensis は同一タクソンとみなした方がよい意見にも多少賛同したい気がする。
hanedae の方が少し小型であるが、サイズと遺伝的差異の間の関係は必ずしも自明でない (イヌワシの日本と大陸亜種の関係など)。
Kennedy et al. (2019) The phylogenetic placement of the enigmatic Indian Cormorant, Phalacrocorax fuscicollis (Phalacrocoracidae) の系統樹を見るとウミウはカワウの亜種でも構わないように見える。識別が難しいと言われるが亜種レベルの識別を行っていると思えば納得しやすい。
我々も習った時点の分類がカワウとウミウを別種とするものでそのように考えているが、ウミウはヨーロッパの carbo と同じようにカワウの海岸沿い亜種だと習っていればそのように扱っていただけかも知れない。
Urile 属とカワウの中間に位置する系統にヨーロッパヒメウ Gulosus aristotelis European Shag (ヨーロッパ沿岸部) やミミヒメウ Nannopterum auritum Double-crested Cormorant (アリューシャン列島を通じて北米に分布) があり、かつては Urile 属同様に Phalacrocorax 属にまとめられていた。
カワウの系統が温暖な地域出身で、Urile 属の系統が比較的低温環境に適応したためベーリンギアを通じて北米まで分布を広げることができたとも言えるのだろう。
絶滅種にメガネウ (ベーリングシマウ) Urile perspicillatus Spectacled Cormorant / Pallas's Cormorant がありカムチャツカ半島東 200 km のコマンドル諸島に分布。Steller によればカムチャツカ原住民の方法で調理すると美味だったとのこと。発見当時は多数生息していたとのことで、コマンドル諸島唯一の哺乳類捕食者のホッキョクギツネが到達できない海岸の崖に営巣していたとのこと。
直接的には羽毛採取、捕鯨基地としての活用、ホッキョクギツネの養殖のために絶滅したとのことで、標本は7体が残るのみ。最後の目撃は 1850 年とされる。Steller の記述からも標本からもガラパゴスコバネウ同様に飛翔性をかなり失っていたと考えられるとのこと。
しかしかつては広く分布しており、12 万年前には日本にも化石があるとのことで、カムチャツカ半島東 200 km のコマンドル諸島は遺存分布だったとのこと (以上 wikipedia 英語版、ロシア語版より。表現の重点など多少違いがある)。
文献は Watanabe et al. (2018) Pleistocene fossils from Japan show that the recently extinct Spectacled Cormorant (Phalacrocorax perspicillatus) was a relict。
人と接触する以前から分布域が大幅に縮小していたと考えられる。最終氷期の食物の減少を衰退の原因と考えている。
この論文でもカワウの亜種 hanedae の正当性は多くの著者が疑問視していると記述されている。カワウに比べてメガネウ (ベーリングシマウ) は巨大だったとのこと。
分子系統解析も考慮して、全体的には Urile 属は Phalacrocorax 属の分布拡大に対する遺存系統とみなしてよいのではないだろうか。
日本のカワウとウミウの関係と同様、ヨーロッパではカワウとヨーロッパヒメウが陸域と海域を分けあっている状況で、Urile 属のグループはヨーロッパに到達しなかったがヨーロッパヒメウが該当する位置も占めていると考えればよいだろうか。
ヨーロッパではウミウのような非常に近い系統がないため、カワウの一部が沿岸から海に潜る個体群を生み出したと考えると理解しやすい気がする。ウミウの分布のする地域ではそこまで海に進出できなかったのだろうか。もっとも前述のようにウミウはそもそもカワウの亜種と考えるのが適切で、ヨーロッパのカワウの亜種 carbo と同じような位置と考えることもできるだろう。
古い図鑑を見てもカワウの分布は局所的と書かれており、気候条件の比較的厳しい日本列島はカワウにとってそもそも住みにくく (近年の図鑑でも北海道では夏鳥)、ウミウと地理的に隔離されていたが、カワウに適した環境が広がっての分布を拡大することでカワウとウミウが接触するようになり、ヨーロッパのカワウの carbo と sinensis の関係と同じような状況になりつつあるのかも知れない。
接触によって交雑が起きるのかはよく知らないが、純粋なウミウのゲノムを解読するならば今のうちに行っておいた方がよい気もする。
オーストラリアでは沿岸部にマミジロウ Phalacrocorax varius Australian Pied Cormorant が生息、主に淡水域にカワウが生息する点はウミウとカワウの関係に似ているが、マミジロウはカワウからだいぶ離れた系統で、分子系統的には Phalacrocorax 属がオセアニアや一部南アジアから中東に進出してそれぞれ種分化を遂げた (オセアニアに5種) 後にカワウが世界的に勢力を広げている状況が読み取れる。
なおウ類に似たヘビウ類 (Anhingidae, Anhingas) はウ類よりも古い分岐にあたる。カワウもアジア熱帯地域で留鳥で、ウ類は熱帯地方で進化したと考えてよいのではないだろうか。
ヘビウ類は樹上営巣性、北米に進出したミミヒメウも樹上営巣性。ミミヒメウと同属の南米のナンベイヒメウ Nannopterum brasilianum Neotropic Cormorant は樹上にも営巣するがもっと低い位置にも巣を造るらしい。
ベーリンギアを経て到達した後でもウの系統は樹上営巣の能力を本質的には失っていないのだろう。現在のウミウや Urile 属が岸壁に営巣するのは環境要因のためと感じられる。
ヘビウ類はかつてはヨーロッパにも生息していたが寒冷化・乾燥化に伴って絶滅したと考えられるとのこと: Mayr et al. (2020) The large-sized darter Anhinga pannonica (Aves, Anhingidae) from the late Miocene hominid Hammerschmiede locality in Southern Germany。
ヘビウ類はアメリカ大陸起源で温暖な時期にユーラシア、アフリカ、オーストラリアに分布を広げたと考えられているらしい。潜水機能を高めるために羽毛が水に濡れやすく寒冷地で乾かすことができず適応できなかったとこの著者は考えている。
寒冷化に伴い寒冷気候への適応能力の高かったウ類に入れ替わって行ったらしい。
ヘビウ類の婚姻色は目の色が面白いので紹介 Anhinga (Sue Riffe 2025)。拡大 Anhinga (Cuneyt Yilmaz 2025)。
オーストラリアヘビウ Anhinga novaehollandiae Australasian Darter の頭かきならぬ首かき Australasian Darter (Annabelle Bueman 2025)。
ひなの写真を見るとペリカンの仲間のように見える Australasian Darter (Brendan Schembri 2025)。
鳴いているところはサギを思わせる Australasian Darter (Ken Tay 2025)。
Anhinga の名称由来はブラジルの Tupi language とのこと。記載時学名 Plotus anhing Linnaeus, 1766 ですでに用いられていた。英語別名 snakebird, darter, American darter など。ドイツ語名が記述的で Schlangenhalsvogel (蛇首鳥)。
wikipedia 英語版によればかつて巨大化と無飛翔化の傾向があり、小型種のみが生き残ったとのこと。
Nannopterum 属から南米・南極海を経てニュージーランドに到着した系統 (Leucocarbo 属) の解析は Rawlence et al. (2022) Rapid radiation of Southern Ocean shags in response to receding sea ice を参照。
遠距離の分散力がそれほど高くないウ類で、Urile 属に近い系統が北米・南米を通じてこのように分布を広げてオセアニアに到達していたとは驚き。
現在懸念されている H5N1 のオセアニアへの到着経路にも相当する。
[長い首の水中での役割]
この件はウ類全般に当てはまると考えられるが、ウ類の祖先的形質をよりよく表しているように思えるヘビウ類関連事項として紹介しておく。
古生物は鳥類に関係のある恐竜以外は興味がないと言われる方もおられるだろうが、形態と生態の関係を考える上では他の分類群も見ておくと面白いこともある。
O'Keefe et al. (2025) A name for the Provincial Fossil of British Columbia: a strange new elasmosaur taxon from the Santonian of Vancouver Island
2002 年に北米で見つかったエラスモサウルス類の化石で、この論文で Traskasaura sandrae と命名された。化石に保存されている頸椎だけで 36 個もあって実数は不明、脊椎骨は 100 以上あって祖先的な形質だが付属器の骨格は派生的である (古い特徴と新しい特徴が混在している)。
Mystery of "very odd" elasmosaur finally solved: one of North America’s most famous fossils identified as new species (一般向け解説と想像復元図)。
骨格からの機能推定では下向きに泳ぐことができ、上方向から捕食が可能だったのではとの推測が出されている。ウ類の採食様式や形態との関連などを思わせる感じがする。ウ類は地上から進化したため、あるいはさらに進化したグループで機能的に十分であったためそこまで極端な形態にはならなかったが、要求される形態への選択圧は似たものだったのでは?
派生してヘビ類の頸椎は何個かの問題もある。伸びているのはどの部分? それともみかけ上区分がないが途中までが首なのか、尾が長くなっているだけなのか?
Woltering (2012) From Lizard to Snake; Behind the Evolution of an Extreme Body Plan
に議論があるので紹介しておく。一部のヘビ類 (特にタマゴヘビ類のように鳥の卵を飲み込んで割って食べる種類。アオダイショウでも同様) に ventral (vertebral) hypapophyses (食道に突出して食道歯とも呼ばれる) があり、これは一般的に頸椎にみられる特徴なので、ヘビ類では首が極端に長く伸びているとの解釈もあった。
ventral hypapophyses はヘビ類の中でも変化が大きくあまり目安にならないとも考えられた。
週間アニマルライフ (1971) 2 pp. 44-45 のアオダイショウの項目 (松井) ではアオダイショウの ventral hypapophyses は 30 番目前後の椎骨にあるとのこと。さすがにそこまで全部頸椎とはみなしにくい、というところだろう。
著者 Woltering は Hox 遺伝子発現のパターンからはヘビの頸椎は3個ぐらいかなあ、と見積っている。
水中生活を送る Dolichosaurus や Adriosaurus 属 (いずれも古生物) のトカゲでは頸椎数は 10-19 個と首が長くなっていて、水中生活への適応とも考えられる (ということで上記話題につながる)。この著者は否定まではできないがヘビ類が水中から進化したと考えるよりも、地上生活から進化したシナリオを支持するものでは、と考えている。
気に入らないのは、爬虫類の進化を議論しているのになぜ哺乳類と比較するのみで鳥のことはまったく取りげていないのか (!)。もう少し鳥の首の進化についての情報を期待したわけである。
論調を見るとヘビから見ればマウスもニワトリも似たようなものだからマウスで代表させている感じも見えないこともない。系統的には逆なのではと感じるわけだが、ヘビでは上肢がないのでどうもマウスとニワトリの方が似ているらしい。
比較できるモデル生物としてマウスしかなかったのかも知れないが、現世系統ではヘビと鳥は系統があまりに違っているので直接比較が難しくそれほど有益な情報にならないのだろうか。他の研究を見てもヘビと鳥の比較はほとんどみかけない。
日本の著者の関連論文も、ということで Tsuihiji et al. (2012) Finding the neck-trunk boundary in snakes: anteroposterior dissociation of myological characteristics in snakes and its implications for their neck and trunk body regionalization
こちらは筋肉を調べて議論したもの。
ventral (vertebral) hypapophyses のような構造が食道に突出しても大丈夫なのかと思ってしまうが、爬虫類の食道では大丈夫なのだろうか。あるいは食道壁が頑丈になっているのかも知れない。まあ消化管は一続きのものだし、食道の一部が拡大して一部の鳥ではそのうになったり一部のヘビで食物を砕く器官となってもそれほど驚くべきことではないかも知れない。おそらくヒトの解剖学をベースに考えるので奇妙に見えるだけなのだろう。
対応する構造は鳥では首を前に曲げる筋肉の付着部位 (= ventral processes) となっている。なるほど hypapophyses のある部位は頸椎と判定する解釈になるわけだ (特に鳥では胸椎以下はほとんど曲がらないのでそのような構造が必要ない)。
これらのヘビでは脊椎を前に曲げることで食物を砕く行動に合わせてに骨の形も進化したと考えれば理解できる気がする。鳥は飲み込む場合は消化器、解体する場合は嘴に頼り、脊椎の力で直接砕く選択肢は選ばなかったのだろう。嘴の扱いがそれだけ器用だったためとも言える感じがする。飲み込んだ卵を首を曲げて砕く鳥が進化しても不思議ではなかったが、飛翔のバランスのためには上半身に筋肉を集中させるのは得策でなく採用されなかったのだろう。
そんな特殊な行動や形態を進化させるより、頭脳を発達させて工夫して卵を割った方が多分賢い (ので生き残った)。
今後飛翔性を失った鳥が進化して上肢を失うことになっても、嘴と頭脳で切り抜けていくのだろうなとか考えてしまう。
鳥類と哺乳類の頸椎を比較して、鳥類の方が脊椎の分化度が低い (頸椎と胸椎の境界が明瞭でない) と言われることがしばしばあり、いかにも哺乳類の方が進化していると言いたげに感じることがあるが、現世の恒温動物である鳥類と哺乳類の比較であれば、哺乳類の方は気のうシステムを持たなかったため、肺を膨張・収縮させる必要が生じ、恒温動物の代謝率を支えるためには肺を大きく動かす仕組みが必要となり、その機能のために胸郭がより分化しているだけではないだろうか。
上記のような事例を見ていると椎骨の形は必要な機能に応じて比較的容易に変化することができて、単に必要な機能を反映しているに過ぎないのでは (哺乳類だけが特殊化していると考えればより "進化している" と言えないこともないが、呼吸器については鳥類の生理機能の方が優れていることは疑いないので鳥類と哺乳類を比較して一般的表現に用いるのは誤解のもとになりそう。「哺乳類では劣った呼吸機能を補うために頸椎と胸椎の分化が進んだ」とは表現したくないわけだ。しかしここは鳥のページなのでこのように書いてしまおう)。
さらに霊長類のポートー (Perodicticus potto West African potto が属の代表種) では頸椎の 4-6 番目の後突起が皮膚をほとんど突き破るほどに発達しており、武器として利用するとのこと (wikipedia 英語版より)。
週間アニマルライフ (1973) pp. 3412-3414 のポートーの項目 (榎本) からこの情報を知った。アフリカジャコウネコ Civettictis civetta に致命傷を与えることもできるとのこと。
Lemur (reptileevolution.com) で骨格標本を見ることができる。何だ、ポートーの方が鳥より恐竜的なのではないか (笑。俗説かも知れないが)。
[音声]
野鳥録音をする際にウミウは難関の一つと思う。カワウは地上の樹上に営巣するため営巣地で簡単に声を記録できるがウミウの声はなかなか記録できない。京都からだと地理的にも遠い場所が中心になってしまう。
姿は見られてもそもそも遠いことが多く、波の背景音が大きい、風が強いなど録音に不向きな条件が揃っている。またあまり鳴かない気がする。
バードリサーチに1件の音源があるが (2025.4 時点)、ノイズリダクションがどの程度行われているのかわからずカワウとの比較などに事実上利用困難に思える。もちろん鵜飼いで使われる個体を記録することができるが、できれば野生環境でも記録しておきたいところ (声は同じだろうと想像するが)。世界的にも音声のほとんど知られていない (2025.4 現在 xeno-canto, ML とも登録なし) 数少ない種なので皆さんも機会があれば試みていただきたい。
むしろチシマウガラスやヒメウの方がカムチャツカやアリューシャンでも記録されるため音声が記録されている。
考えたこともなかった方はこの機会に少し意識していただくとよいのではと思う。遺伝子の面でも音声の面でもウミウは世界的には東洋の謎の種類となっている可能性がある。
△ ペリカン目 PELECANIFORMES ペリカン科 PELECANIDAE ▽
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モモイロペリカン
- 学名:Pelecanus onocrotalus (ペレカーヌス オノクロタルス) ペリカン
- 属名:pelecanus (m) ペリカン
- 種小名:onocrotalus (m) ペリカン < onokrotalos ペリカン (Gk)
- 英名:White Pelican, IOC: Great White Pelican
- 備考:
pelecanus は a が長母音でアクセントもある (ペレカーヌス)。
語源はギリシャ語 pelekan, pelekanos 由来。これは plekus (斧) に由来し、一般的に鳥を指す語尾変化したもの (wiktionary)。ギリシャ語では a は長音ではないがアクセントがあり、ラテン語もこれを踏襲したものだろう。-canus が "白" の意味ではない。
onocrotalus は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-cro- がアクセント母音と考えられる (オノクロタルス)。
Kessler (1853) p. 69 (#オオハム参照) によれば Pelecanus roseus Eversmann, 1835 の学名があり和名もはこれに由来するかも知れない。英語別名にも Rosy Pelican がある。
当時のロシア名もこの学名に合わせており、"ペリカン" を指すロシア名は変化しているが "モモイロ" の部分は現在も使われている。
単形種。
ペリカン類の分子系統研究は Kennedy et al. (2013) The phylogenetic relationships of the extant pelicans inferred from DNA sequence data
を参照。
従来考えられてきたような白色の種類と茶色の種類で系統が違うのではなく、旧世界とオーストラリアを含む系統と新世界の系統に分かれる。ハイイロペリカン、ホシバシペリカンは前者のグループ、モモイロペリカンは少し離れるが前者に属する。
["ペリカンと少年"]
「ペリカンと少年」という旧ソ連の映画があった。何かの機会に TV で2回見ることがあって (もちろん日本語吹き替えで、原作ごろよりずっと後の時代に) 印象に残っているのだが、原作は 1963 年で原題は Slepaya Ptitsa (盲目の鳥) とのこと。ペリカンと少年にストーリーのほぼ全解説がある。
Slepaya Ptitsa で原作を見ることができる (データベースでは 65 分とあり、英語版でのみ見られるシーンがあるため原作よりわずかに短縮されているかも知れない)。
The Blind Bird - Slepaya Ptitsa - Russian Children's Movie from 1963 で英語版が見られるが若干編集・短縮されており、原作にない部分に音楽が入っていたりする。英語版ではあるが 1960 年代アメリカ流脚色付きと言ってよいかも知れない。日本版はどうなっていたのか再度見たいところであるが...。
上記記載で内容はほぼわかるが、原作や解説情報を見た上でもう少し詳しめに紹介しておく。この程度のストーリーがあれば原作のままでもかなり理解いただけるのではないだろうか。
映画はペリカンの繁殖コロニー調査で生態映像で始まる。足環標識をするために追い込んでいるところ。
そこでワーシャが逃げないペリカンに気づいた。「こいつ怖がらないよ?」、鳥類学者のおじいさんは手をかざして「目が見えないんだ」。ここから Slepaya Ptitsa (盲目の鳥) が始まる。
(解説記事には「ペリカン島」とあるがどこかはわからない)
連れて帰りペリカと名前を付けてワーシャはいつも一緒に行動。学校にも連れていって騒動もあり。
ペリカと一緒に外で食べていた時包装紙の新聞記事に目がとまる。モスクワのアルバートフ教授が手術で盲目の人の視力を取り戻したという。
そして仲間のペリカンは渡って行き、雪の積もる中ワーシャとペリカは部屋の中で一緒に冬を越す。
本を読みながら冬は暖かい地域に渡ることを知り、遠くへの思いを馳せる。
また季節がめぐってきたころワーシャはレニングラードのおばあさんのところに行くことになり、剥製のペリカンを代わりに置いてペリカをこっそり箱に入れて連れて列車に乗った。
乗客が腐った魚の臭いに気づき、
乗務員が「規則により客車に生きた鳥は持ち込んではいけません」。不潔でもし伝染病を持っていたらどうするんだとうるさい乗客と騒動となる。「人に慣れているのだし」とか擁護する乗客もいる。規則を持ち出した乗務員もなぜか顔は笑っている (うるさいのはむしろ一部乗客だけだったりする描写が面白い)。
「オウムかい?」「ペリカンです」。
そして親切な車掌さんの部屋へ。「なぜ乗せてるんだ」「目が見えないんだ」「そうなんだ」(中略) 何度も名前を聞いているはずの車掌さん「えっと何というんだっけ?」「ペリカン」「そうそうペリカン」あたりのやりとりが面白い。「何か食べさせてやりたいんだ」「安心して、食べ物は何とかするから」。
そして列車にはキッチンがあり、「魚おくれ」「了解」メニューを並べるシェフの言葉に「いやそんなのでなく...新鮮な凍ったのを...」「え、生で?」と驚くシェフ。「これは内緒」でお互い納得。次に現れた客もためらいつつ「すみませんが生で、できたら2つ」と魚を注文。
親切な乗客にも助けられてモスクワで下車。翌朝また来ればレニングラードに連れてあげるからと伝えられる。
いろいろなところで道を訪ねたりするが、そのうち都会の少年たちに目をつけられ「箱の中身を見せろ」と追いかけられることに。
一度は逃げることに成功したが結局みつかってしまい、箱を開けた。ペリカンに一同驚き、少年たちも協力してくれることになった。
公園のベンチで夜を過ごす間にペリカンはいなくなっていたがまた再会を果たす。
しかし餌がなく通りすがりの少年の持っていた金魚にお金を払うなどしていた。その少年も返しに戻ってくるあたりの描写も細かい。道を歩いていると婦人の持っていた荷物の魚が気になって仕方がない。あの一匹でもあれば...頼んでみようか...くれそうもないや...今日中に教授が見つからなかったらレニングラードに行こうか...。
そこで魚がすべり落ち、拾ったところで泥棒扱いされ警察 (補導官?) へ。
警察で事情を説明しペリカンを出してみせると (この部分が上記紹介の原作に抜けているようで一部カットされている可能性がある。英語版から補充)
その婦人も協力してくれ魚やワーシャにも食べ物も与えてくれた。
その間に警察がアルバートフ教授に電話し、「いやこの子の目が見えないのではなくて...」そして
無事に医師のもとへ。しかし一旦は断られ、「新聞記事は嘘か?」「いや本当だ」。鳥の手術などやったことがない。落ち込み帰りかけたワーシャに、レントゲンを撮ってみようかと教授は声をかける。
レントゲン写真を前に猟銃の弾が神経を圧迫していると説明。治る可能性はあるが神経がやられているとだめだ。「説明は全部わかるか」「わかります。手術をお願いします」「保証はできないが」、
そして手術がうまく行かず「もし死んだら?」...ワーシャはしばらくの沈黙の後「一生見えないよりも」。「任せてくれるか」「はい」。「それでは決断しよう」「決断します」。
手術中の待合室、そしてアルバートフ教授が現れ「これが弾だ。君のペリカンは素晴らしい。手術にこの上なくよく耐えた。10日もすれば結果がわかるだろう」。
そしてしばらく後に包帯が取れて診察室へ。「やはり見えてないですか?」「うむ」。
しばらく沈黙の後、教授は「できる限りのことはしたはずだなのだが...」。
そしてお礼の後、これほど面倒なことをお願いしてごめんなさいと涙を流すワーシャを抱擁する教授。
家に戻ったワーシャとペリカ。あるところからペリカの目が見えていることに気づく。
アルバートフ教授にペリカの目が見えるようになったと手紙を書くワーシャ「暖かい地域に行けるように明日おじいさんと放しに行きます」。
そしておじいさんとボートで野生ペリカンのところへ。ワーシャとペリカはすでに親友でもう別れ難い。しかし放さないといけない。
おじいさんの「友達にお別れをするんだ」。「放して!」の一声で放されたペリカはためらいつつも飛び立ち、そして見事な飛翔で群れに加わってゆく。羽根1枚だけを残して。
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ホシバシペリカン
- 学名:Pelecanus philippensis (ペレカーヌス ピリッペーンシス) フィリピンのペリカン
- 属名:pelecanus (m) ペリカン
- 種小名:philippensis (adj) フィリピンの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Spot-billed Pelican
- 備考:
pelecanus は#モモイロペリカン参照。
philippensis は場所を表す形容詞であれば -ensis の e が長母音でアクセントもここにある (ピリッペーンシス)。短音でも構わない。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。フィリピンペリカンとも呼ばれた。
森岡 (1999) Birder 13(5): 66-69 に考察があり、Pelecanus crispus はかつて Pelecanus philippensis の亜種とされた。
フィリピンは基産地ではあるが [Gmelin (1789) の 原記載]、現在の繁殖分布でも通常の越冬分布でもないのでフィリピンペリカンの名称は適切でないと述べられていた。
現在の世界の他言語でもフィリピンの名前はほとんど用いられていない。"東洋の" を付ける言語もあり、ヨーロッパからはわかりやすい名前だろう。
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ハイイロペリカン
- 学名:Pelecanus crispus (ペレカーヌス クリースプス) 髪がちじれたペリカン
- 属名:pelecanus (m) ペリカン
- 種小名:crispus (adj) ちじれた (後頭部の羽毛がよじれている)
- 英名:Dalmatian Pelican (ダルマチア: 現在はクロアチアのアドリア海沿岸地域一帯)
- 備考:
pelecanus は#モモイロペリカン参照。
crispus は i が長母音でアクセントもここにある (クリースプス)。
ニシハイイロペリカンとも呼ばれる。単形種だが化石亜種 palaeocrispus が知られている。
ペリカン類で最大種。飛べる鳥の中でも最大に近い。
かつてはホシバシペリカンと同種とする考えもあった。Bruch (1932) の 原記載 の方が遅いので同種にする場合は Pelecanus philippensis の亜種になる。
Pelecanus roseus Gmelin, 1789 (原記載) との関係も問題になる (Pelecanus philippensis と同年なので) が、森岡 (1999) Birder 13(5): 66-69 はシノニムとして扱う考えを紹介している。
Clements 1st, Howard and Moore 2nd edition, Peters' Check-list of the Birds は別種扱い (Southern White Pelican) としていたが、現在の世界のチェックリストは無効な種学名として扱っている模様。別種モモイロペリカン Pelecanus onocrotalus の亜種 roseus として使われることがあったが、これも現在は使われていない。
「和漢三才図会」(わかんさんさいずえ) や「本草綱目」にもペリカンが登場し、ハイイロペリカンと考えられるとのこと (コンサイス鳥名事典)。「伽藍鳥」(ガランテウ/ガランチョウ) が当時の古名で、
江戸時代の博物誌 珍禽奇獣異魚によれば、「永享2年 (1430) に京都伏見の舟津で捕えられたのが日本における最古の記録ですが、江戸時代にはかなりの数の記録があり、しばしば見世物にも出されていました。
この図は右下に「文久二年 (1862) 壬戌秋八月 於尾張熱田沖 桜新田海岸 捕之」とあります。このペリカンはおそらく台風に運ばれてきた迷鳥でしょう。著者の清水淇川は尾張の画家です」
と記されている。
志村 (1994) Birder 8(11): 74-76 によれば中国語では鵜の漢字をペリカンに用いる。
また古くはペリカンとハゲワシの混同があり、再生にまつわる言い伝えはエジプト神話に共通性があるとのこと。
この記事でも紹介されているがギリシャ語 pelekanos は pelekus (斧) と語源的関係があるとのこと (wiktionary)。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 106 に内田氏による迷鳥としてのハイイロペリカンの解説があり、Dalmatian Pelican のことで学名は Pelecanus crispus と Pelecanus pelecanus を同種とする考えがあり、その場合は先取権の原則から後者となることが紹介されていた。
この記事では曖昧さを防ぐために英名 Dalmatian Pelican が使われていた。和名は学会の意見に従ってハイイロペリカンを用いたが、私見としては適当とは思えないことが記されていた。
ハイイロペリカンに対応する英名があったのだろうと調べてみると、ホシバシペリカンの旧名だった。おそらく同種とまとめられた時の英名で、同じ意味の名称はドイツ語などにも幅広く残っていて、古くは広く使われていたのだろう。ヨーロッパにはモモイロペリカン、英名では (Great) White Pelican が生息するので、それに比べれば灰色の概念はおそらくわかりやすかったのだろう。
内田氏が適当と思われなかった理由までは示されていなかったが、種が分離されているのに統合時代の名称を使うのは適切でないと考えられたのかも知れない。#カタグロトビの和名が、アメリカの鳥に対して付けられた英名から同種時代を経由して地理的には反対方向に回ってきたのと似ている。
△ ペリカン目 PELECANIFORMES サギ科 ALDEIDAE ▽
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サンカノゴイ
- 学名:Botaurus stellaris (ボータウルス ステールラーリス) 星斑のある雄牛のようなヨシゴイ
- 属名:botaurus (合) 雄牛のようなヨシゴイ (butio ヨシゴイ類 taurus (m) 雄牛)
- 種小名:stellaris (adj) 星の (stella (f) 星 -aris (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Bittern, IOC: Eurasian Bittern
- 備考:
botaurus は起源となるラテン語 bos (雄牛) またはギリシャ語 bous が長母音、butio は u, o が長母音であることから、bo- は長母音で読むのが適切と考えらえる (#モズ参照)。直後に2重母音が続くので音韻的には短く読むかも知れない。ここでは意味を保存するために伸ばしておいた。
taurus は短母音のみ。-ta- がアクセント音節 (ボータウルス)。
由来はおそらく異なるが butio は音韻的にはノスリ類の buteo と同じとのこと (wiktionary)。
stellaris は e, a が長母音で、-la- がアクセント音節 (ステールラーリス)。stella (星) の冒頭が長母音。形容詞を作る語尾の -aris も冒頭が長母音。
英名の由来はラテン語 butio (ヨシゴイ類) taurus (雄牛) から合成。学名の由来と同じ。
botor/butio はもともとは bos (m) 雄牛に由来する。
ユーラシアに広く分布し、アフリカにも局所的に分布する。2亜種あり、日本で記録されるものは基亜種 stellaris とされる。
[サギ類の系統分類]
Hruska et al. (2023) Ultraconserved elements resolve the phylogeny and corroborate patterns of molecular rate variation in herons
(Aves: Ardeidae)
に UCE (ultraconserved elements) を含めた詳細な分子系統解析が発表された。
種のサンプルはまだ十分ではないが、少なくとも系統関係に関してはタカ類に匹敵する精度で系統樹を議論できるようになった (#アカハラダカの備考参照)。
従来通りミトコンドリア遺伝子のみを使うと結果が少し異なるとのこと (同文献 fig. 3) だが、核遺伝情報ではここに示された系統が支持されるとのこと。
特に 2021 年ぐらいよりこのような系統解析が普通に発表されるようになってきており、これが世界標準になりそうである。
これまでの系統樹と多少異なる点があるので、他の文献も用いて全種の系統を網羅した Boyd の分類に従った最新分類を紹介する。Boyd によれば古い研究はもう忘れてもよいぐらいで、新しい分子系統分類は形態特徴に基づく系統分類ともよく一致するとのこと。
これまで部分的な遺伝情報に頼って属間の移動が行われたりしたが、多少の修正が必要になりそうである。
Hruska et al. (2023) によって アカハラサギ亜科 Agamiinae (アカハラサギのみ) が新設された。
分類、学名、順序は Boyd による。英名はわずかな綴り調整以外 Boyd の表記をそのまま採用した。
IOC 英名とは少し違うところもあるので統一的な英名を必要とされる方はご確認いただきたい。
Boyd によれば Mendales (2023) の修士論文 Ultraconserved elements resolve the phylogeny of a globally distributed genus, Butorides (Aves: Ardeidae)
で分子系統解析でササゴイが複数種に分離される証拠があり、ここでは色彩に基づいて暫定的に5種 (南米のものは分子系統で確実に分かれるとのこと) に分けたとのこと。これらは Boyd の解説しているところの「時には未発表データも取り入れて」系統樹を検討した例である。
これまでのササゴイの基亜種 striata が南米のものなので、もし分離されれば日本のササゴイも学名が変わる。
この分類によればアジア地域で最も早い記載により Butorides javanica となる。南米のものを別種とするならば学名変更は避けられない。
American Striated Heron の名称が与えられているが、そのまま和訳のアメリカササゴイはすでに別種に使われているので暫定的にナンベイササゴイとしてみた。他の新和名も暫定である。
ダイサギも Raty (2014) の DNA バーコーディングにより複数種に分けられる証拠があり、4亜種の繁殖期の羽衣の色彩がすべて異なるため4種としたとのこと。アフリカダイサギ? Casmerodius melanorhynchos のみは DNA を用いている。
この分類に従えばダイサギとチュウダイサギが別種となり、チュウサギと一緒に1系統を形成することになる。これまでの分類に比べ、我々の直感とも合っている感じがするが学名は大きく変わる。
広義 Ardea 属のままでも単系統をなすが、特徴のあるアマサギ属 Bubulcus の名称を残したいならばこの分離は必須になる。
ダイサギ系とアオサギ系はだいぶ違いが感じられるのでこの分け方で妥当かも知れない。
属名の性が変わることで種小名が変わるものも多数ある。
ロシア沿海地方でダイサギの繁殖を紹介している Gluschenko et al. (2024) The great egret Casmerodius albus in the south of Russian Far East (pp. 939-961)
でもこの学名を採用している。ロシアでは以前から使われていた属名らしい。
英語圏のリストでは Ardea が使われているがとの言及付き。
"シラサギ属" の和名はかつて使われていたものだが、現在では分類概念が異なっているのでここでは使わないことにしておく。
Ardea occidentalis Great White Heron はオオアオサギからの分離候補で AOU, HBW/BirdLife では古くから分離している。英名はこの名称が定着しているようだが、ダイサギの英名として使われることもある Great White Egret と大変紛らわしい。
和名を付けるにも悩ましそうでオオアオサギより大きいのならばオニアオサギかと思えばすでに他種で使われている上に姿の印象とかなり違う。
真っ白なんだからオオダイサギでよいかと言えばこれは亜種ダイサギの旧名。シロオオアオサギ? のような矛盾した (?) 名前を付けるか、分布が南フロリダからカリブ海なので地名を付ける?
かつてから種扱いもあったので何か和名があったかも知れないが調べられていないと思って探してみるとオオシロサギの名前がコンサイス鳥名辞典にあった。"シラサギ" でなく "シロサギ" が紛らわしくならないポイントだろうか。
オオアオサギのうち、この亜種または種のみが "白色型" で中間型も知られているとのこと。
アオサギの白色型とは? どんな感じに見えるかは画像検索などしてみていただきたい。
#クロサギでは白色型は morph で分類上異なるわけではないが、オオアオサギでは異なることが提唱されている。この2種で白色型の意味がどう違うのかなど調べると面白いだろう。
なおサギ類は世界的に非常に分布の広い種が多数ある。日本で観察できる印象と前後の種で名称から分布がずいぶん違っているように見えることもあるが、分布図を見ていただければ近い関係にあってもおかしくないことを理解いただけるだろう。
サギ科の系統分類について、用いられた資料は少し古いが日本語の解説がある。サギ科の系統分類 (アオサギを議論するページ 2015)。Prum et al. (2015) が使われており、サギ科の位置づけの理解は現在もこの通りだろう。
サギ科内は新しい研究でやはり様相が変わっており、Ardeinae 亜科の下位の階層分類と考えられていた Nycticoracini, Ardeni, Egrettini 族のうち Nycticoracini, Egrettini は現代的な分子遺伝分類では単系統にならない。
単系統性に基づく概念を設けることはできるが Hruska et al. (2023) は亜科以外の分類を特に示していないのでここでは取り扱わないことにする。
過去に提唱されていた Ardeni 族は単系統であるが、日本語でシラサギと言われるグループに特に対応するわけでなく、ササゴイも含まれる。
ミゾゴイ、ヨシゴイ、ササゴイがサギ科の中でもすべて違うグループに属することも注目しておいてよいだろう。
Working Group Avian Checklists, version 0.04 (2024) で Ixobrychus 属は Botaurus 属に統合され、今後は世界のリストでこちらの扱いになるだろう。
実はアメリカでは相当ややこしいことになっている模様。Proposals 2024-A Comments
コヨシゴイ Botaurus exilis Least Bittern とオーストラリアのセグロヨシゴイ Ixobrychus dubius Black-backed Bittern はしばしば同種とされることもあるぐらい (さらにヨシゴイも) 似ているが、コヨシゴイは Hruska et al. (2023) では UCE サンプルが行われておらず、(同種とされた名残り?) でセグロヨシゴイをコヨシゴイとして解析している。
属を判断する上でさらに複雑な問題があって、Ixobrychus 属のタイプ種がヒメヨシゴイ Ixobrychus minutus Little Bittern だが Hruska et al. (2023) ではサンプルされていない。タイプ種がサンプルされていない段階で属の範囲について結論を出すことができない。
ただしこれまで使われたきた分類と新しい分子系統樹が整合していないことも確かなので、単系統になるように Botaurus 属を拡大して Ixobrychus 属を含めてはどうかとのアイデアが出された (暫定的な扱いとしてこれが採用された? IOC 14.2 ではこの学名になっている)。
しかし新大陸系統と東洋小型サギ類は別なのでは? 音声も違うとの指摘がある (ヨシゴイの声にも言及がある)。ヨシゴイの録音をお持ちの方は Xeno-Canto に登録されるとこのような議論には大変役立ちそう。Xeno-Canto の録音を聞いてみて判断してほしいとの呼びかけがある。
AOU-NACC Proposals 2024 も参照。属レベルで違っているはずと考えている人も多い。
もっと新しく分岐したはずのサギ類の属を分割しているのにここは統合するのは整合性がない、など。
小型の Ixobrychus 属は外見は違って見えるが形態や色彩の進化は速いこともある (外見の違いはそこまで確実な証拠でない)。
SACC では Merge Bubulcus into Ardea (2025.5) の議論がなされているところ。Bubulcus 属を Ardea 属に統合するか、Ardea 属を分割するかいずれかになる。
どちらの判断であってもこれまで馴染みのサギ類一部の属名が変わる。
さらに SACC のサギ類全体の分類の検討提案: Modify classification of the Ardeidae: (A) change the linear sequence and (B) add subfamilies
Merge Ixobrychus into Botaurus こちらも世界の動向の合わせた検討だが、コヨシゴイを移動して Ixobrychus 属を維持する方法も考えられる。外見から考えられた種グループと DNA の整合性があまりよくないので Remsen はかなり悩んでいる。
(Boyd の分類による)
トラフサギ亜科 Tigriornithinae: Tiger Herons
アフリカトラフサギ属 Tigriornis
アフリカトラフサギ Tigriornis leucolopha White-crested Tiger Heron
トラフサギ属 Tigrisoma
トラフサギ Tigrisoma lineatum Rufescent Tiger Heron
ハゲノドトラフサギ Tigrisoma mexicanum Bare-throated Tiger Heron
ズグロトラフサギ Tigrisoma fasciatum Fasciated Tiger Heron
ヒロハシサギ亜科 Cochleariinae: Boat-billed Heron
ヒロハシサギ属 Cochlearius
ヒロハシサギ Cochlearius cochlearius Boat-billed Heron
アカハラサギ亜科 Agamiinae: Agami Heron
アカハラサギ属 Agamia
アカハラサギ Agamia agami Agami Heron
サンカノゴイ/ヨシゴイ亜科 Botaurinae: Bitterns
コビトトラフサギ属 Zebrilus
コビトトラフサギ Zebrilus undulatus Zigzag Heron
サンカノゴイ属 Botaurus
ナンベイヨシゴイ Botaurus involucris Stripe-backed Bittern (Ixobrychus より移動)
コヨシゴイ Botaurus exilis Least Bittern (Ixobrychus より移動)
サンカノゴイ Botaurus stellaris Eurasian Bittern
オーストラリアサンカノゴイ Botaurus poiciloptilus Australasian Bittern
アメリカサンカノゴイ Botaurus lentiginosus American Bittern
ナンベイサンカノゴイ Botaurus pinnatus Pinnated Bittern
ヨシゴイ属 Ixobrychus (世界的には Botaurus に統合の見込み。属学名の後に * を付けておいた)
タカサゴクロサギ Ixobrychus* flavicollis Black Bittern
リュウキュウヨシゴイ Ixobrychus* cinnamomeus Cinnamon Bittern
オオヨシゴイ Ixobrychus* eurhythmus Von Schrenck's Bittern
クロヨシゴイ Ixobrychus* sturmii Dwarf Bittern
ヒメヨシゴイ Ixobrychus* minutus Little Bittern
ヨシゴイ Ixobrychus* sinensis Yellow Bittern
セグロヨシゴイ Ixobrychus* dubius Black-backed Bittern
オーストラリアヨシゴイ Ixobrychus* novaezelandiae New Zealand Bittern (絶滅種)
ゴイサギ亜科 Nycticoracinae: Night Herons
ミゾゴイ属 Gorsachius
ズグロミゾゴイ Gorsachius melanolophus Malayan Night Heron
ミゾゴイ Gorsachius goisagi Japanese Night Heron
シラガゴイ属 Nyctanassa
シラガゴイ Nyctanassa violacea Yellow-crowned Night Heron
バーミューダゴイサギ Nyctanassa carcinocatactes Bermuda Night Heron (絶滅種)
ゴイサギ属 Nycticorax
ハシブトゴイ Nycticorax caledonicus Nankeen Night Heron
ゴイサギ Nycticorax nycticorax Black-crowned Night Heron
アセンションゴイサギ? Nycticorax olsoni Ascension Night-Heron (絶滅種)
レユニオンゴイサギ? Nycticorax duboisi Reunion Night Heron (絶滅種)
モーリシャスゴイサギ? Nycticorax mauritianus Mauritius Night Heron (絶滅種)
ロドリゲスゴイサギ? Nycticorax megacephalus Rodrigues Night Heron (絶滅種)
アオサギ亜科 Ardeinae: Egrets and Herons
セジロミゾゴイ属 Calherodius
セジロミゾゴイ Calherodius leuconotus White-backed Night Heron (Gorsachius属より移動)
ハイナンミゾゴイ属 Oroanassa
ハイナンミゾゴイ Oroanassa magnifica White-eared Night Heron (Gorsachius 属より移動)
シロゴイサギ属 Pilherodius
シロゴイサギ Pilherodius pileatus Capped Heron
キムネゴイ属 Syrigma
キムネゴイ Syrigma sibilatrix Whistling Heron
コサギ属 Egretta
ムナジロクロサギ Egretta picata Pied Heron
カオジロサギ Egretta novaehollandiae White-faced Heron
ヒメアカクロサギ Egretta caerulea Little Blue Heron
サンショクサギ Egretta tricolor Tricolored Heron
アカクロサギ Egretta rufescens Reddish Egret
ユキコサギ Egretta thula Snowy Egret
コサギ Egretta garzetta Little Egret
アフリカクロサギ Egretta gularis Western Reef Heron
マダガスカルクロサギ Egretta dimorpha Dimorphic Egret
クロコサギ Egretta ardesiaca Black Heron
ノドアカクロサギ Egretta vinaceigula Slaty Egret
カラシラサギ Egretta eulophotes Chinese Egret
クロサギ Egretta sacra Pacific Reef Heron
ササゴイ属 Butorides
ナンベイササゴイ? Butorides striata American Striated Heron
アメリカササゴイ Butorides virescens Green Heron
ガラパゴスササゴイ Butorides sundevalli Lava Heron
アフリカササゴイ? Butorides atricapilla African Striated Heron (Butorides striata より分離。IOC 15.1 でも採用。英名は Little Heron)
アラビアササゴイ? Butorides brevipes Arabian Striated Heron (Butorides striata より分離)
ササゴイ Butorides javanica Asian Striated Heron (Butorides striata より分離)
オーストラリアササゴイ? Butorides macrorhyncha Australasian Striated Heron (Butorides striata より分離)
パプアトラフサギ属 Zonerodius
パプアトラフサギ Zonerodius heliosylus Forest Bittern
アカガシラサギ属 Ardeola
クロアマサギ Ardeola rufiventris Rufous-bellied Heron
カンムリサギ Ardeola ralloides Squacco Heron
マダガスカルカンムリサギArdeola idae Malagasy Pond Heron
アカガシラサギ Ardeola bacchus Chinese Pond-Heron
インドアカガシラサギ Ardeola grayii Indian Pond Heron
ジャワアカガシラサギ Ardeola speciosa Javan Pond Heron
ダイサギ/チュウサギ属 Casmerodius
シロガシラサギ Casmerodius pacificus White-necked Heron (Ardea 属より移動)
アフリカチュウサギ? Casmerodius brachyrhynchus Yellow-billed Egret (Ardea intermedia より分離)
チュウサギ Casmerodius intermedius (Intermediate Egret), Medium Egret Ardea 属より移動)
オーストラリアチュウサギ Casmerodius plumiferus Plumed Egret (Ardea intermedia より分離)
チュウダイサギ Casmerodius modestus Eastern Great Egret (Ardea alba より分離)
ダイサギ Casmerodius albus Great White Egret (Ardea 属より移動)
アフリカダイサギ? Casmerodius melanorhynchos African Great Egret (Ardea alba より分離)
アメリカダイサギ? Casmerodius egretta American Egret (Ardea alba より分離)
アマサギ属 Bubulcus
ニシアマサギ Bubulcus ibis Western Cattle Egret
アマサギ Bubulcus coromandus Eastern Cattle Egret
アオサギ属 Ardea
マダガスカルサギ Ardea humbloti Humblot's Heron
シロハラサギ Ardea insignis White-bellied Heron
スマトラサギ Ardea sumatrana Great-billed Heron
ムラサキサギ Ardea purpurea Purple Heron
オニアオサギ Ardea goliath Goliath Heron
ズグロアオサギ Ardea melanocephala Black-headed Heron
アオサギ Ardea cinerea Grey Heron
ナンベイアオサギ Ardea cocoi Cocoi Heron
オオアオサギ Ardea herodias Great Blue Heron
オオシロサギ Ardea occidentalis Great White Heron (Ardea herodias より分離)
Hruska et al. (2023) に従った配列とすると以下のようになる。
トラフサギ亜科 Tigriornithinae: Tiger Herons
トラフサギ属 Tigrisoma
トラフサギ Tigrisoma lineatum Rufescent Tiger Heron
ハゲノドトラフサギ Tigrisoma mexicanum Bare-throated Tiger Heron
ズグロトラフサギ Tigrisoma fasciatum Fasciated Tiger Heron
アフリカトラフサギ属 Tigriornis
アフリカトラフサギ Tigriornis leucolopha White-crested Tiger Heron
ヒロハシサギ亜科 Cochleariinae: Boat-billed Heron
ヒロハシサギ属 Cochlearius
ヒロハシサギ Cochlearius cochlearius Boat-billed Heron
アカハラサギ亜科 Agamiinae: Agami Heron
アカハラサギ属 Agamia
アカハラサギ Agamia agami Agami Heron
サンカノゴイ/ヨシゴイ亜科 Botaurinae: Bitterns
コビトトラフサギ属 Zebrilus
コビトトラフサギ Zebrilus undulatus Zigzag Heron
サンカノゴイ属 Botaurus
アメリカサンカノゴイ Botaurus lentiginosus American Bittern
オーストラリアサンカノゴイ Botaurus poiciloptilus Australasian Bittern
サンカノゴイ Botaurus stellaris Eurasian Bittern
ナンベイサンカノゴイ Botaurus pinnatus Pinnated Bittern
コヨシゴイ Botaurus exilis Least Bittern (Ixobrychus より移動)
ナンベイヨシゴイ Botaurus involucris Stripe-backed Bittern (Ixobrychus より移動)
ヨシゴイ属 Ixobrychus (世界的には Botaurus に統合の見込み。属学名の後に * を付けておいた)
クロヨシゴイ Ixobrychus* sturmii Dwarf Bittern
ヨシゴイ Ixobrychus* sinensis Yellow Bittern
ヒメヨシゴイ Ixobrychus* minutus Little Bittern
タカサゴクロサギ Ixobrychus* flavicollis Black Bittern
リュウキュウヨシゴイ Ixobrychus* cinnamomeus Cinnamon Bittern
オオヨシゴイ Ixobrychus* eurhythmus Von Schrenck's Bittern
セグロヨシゴイ Ixobrychus* dubius Black-backed Bittern
オーストラリアヨシゴイ Ixobrychus* novaezelandiae New Zealand Bittern (絶滅種)
アオサギ亜科 Ardeinae
ミゾゴイ属 Gorsachius
ミゾゴイ Gorsachius goisagi Japanese Night Heron
ズグロミゾゴイ Gorsachius melanolophus Malayan Night Heron
セジロミゾゴイ属 Calherodius
セジロミゾゴイ Calherodius leuconotus White-backed Night Heron (Gorsachius 属より移動)
ハイナンミゾゴイ属 Oroanassa
ハイナンミゾゴイ Oroanassa magnifica White-eared Night Heron [Gorsachius 属より移動。Hruska et al. (2023) では Calherodius magnificus]
キムネゴイ属 Syrigma
キムネゴイ Syrigma sibilatrix Whistling Heron
シロゴイサギ属 Pilherodius
シロゴイサギ Pilherodius pileatus Capped Heron
コサギ属 Egretta
ムナジロクロサギ Egretta picata Pied Heron
カオジロサギ Egretta novaehollandiae White-faced Heron
アカクロサギ Egretta rufescens Reddish Egret
サンショクサギ Egretta tricolor Tricolored Heron
ヒメアカクロサギ Egretta caerulea Little Blue Heron
クロコサギ Egretta ardesiaca Black Heron
クロサギ Egretta sacra Pacific Reef-Heron
ユキコサギ Egretta thula Snowy Egret
コサギ Egretta garzetta Little Egret
アフリカクロサギ Egretta gularis Western Reef Heron
ノドアカクロサギ Egretta vinaceigula Slaty Egret
マダガスカルクロサギ Egretta dimorpha Dimorphic Egret
カラシラサギ Egretta eulophotes Chinese Egret
ゴイサギ属 Nycticorax
ゴイサギ Nycticorax nycticorax Black-crowned Night Heron
ハシブトゴイ Nycticorax caledonicus Nankeen Night Heron
アセンションゴイサギ? Nycticorax olsoni Ascension Night Heron (絶滅種)
レユニオンゴイサギ? Nycticorax duboisi Reunion Night Heron (絶滅種)
モーリシャスゴイサギ? Nycticorax mauritianus Mauritius Night Heron (絶滅種)
ロドリゲスゴイサギ? Nycticorax megacephalus Rodrigues Night Heron (絶滅種)
シラガゴイ属 Nyctanassa
シラガゴイ Nyctanassa violacea Yellow-crowned Night Heron
バーミューダゴイサギ Nyctanassa carcinocatactes Bermuda Night Heron (絶滅種)
パプアトラフサギ属 Zonerodius
パプアトラフサギ Zonerodius heliosylus Forest Bittern
アカガシラサギ属 Ardeola
カンムリサギ Ardeola ralloides Squacco Heron
インドアカガシラサギ Ardeola grayii Indian Pond Heron
ジャワアカガシラサギ Ardeola speciosa Javan Pond Heron
アカガシラサギ Ardeola bacchus Chinese Pond Heron
マダガスカルカンムリサギArdeola idae Malagasy Pond Heron
クロアマサギ Ardeola rufiventris Rufous-bellied Heron
ササゴイ属 Butorides
アメリカササゴイ Butorides virescens Green Heron
アフリカササゴイ? Butorides atricapilla African Striated Heron (Butorides striata より分離。IOC 15.1 でも採用。英名は Little Heron)
アラビアササゴイ? Butorides brevipes Arabian Striated Heron (Butorides striata より分離)
ササゴイ Butorides javanica Asian Striated Heron (Butorides striata より分離)
オーストラリアササゴイ? Butorides macrorhyncha Australasian Striated Heron (Butorides striata より分離)
ガラパゴスササゴイ Butorides sundevalli Lava Heron
ナンベイササゴイ? Butorides striata American Striated Heron
アオサギ属 Ardea
アオサギ Ardea cinerea Grey Heron
オオアオサギ Ardea herodias Great Blue Heron
オオシロサギ Ardea occidentalis Great White Heron (Ardea herodias より分離)
ナンベイアオサギ Ardea cocoi Cocoi Heron
シロガシラサギ Casmerodius* pacificus White-necked Heron
ズグロアオサギ Ardea melanocephala Black-headed Heron
ムラサキサギ Ardea purpurea Purple Heron
オニアオサギ Ardea goliath Goliath Heron
ダイサギ Casmerodius albus Great White Egret
アフリカダイサギ? Casmerodius* melanorhynchos African Great Egret (Ardea alba より分離)
アメリカダイサギ? Casmerodius* egretta American Egret (Ardea alba より分離)
チュウダイサギ Casmerodius* modestus Eastern Great Egret (Ardea alba より分離)
ニシアマサギ Bubulcus* ibis Western Cattle Egret
アマサギ Bubulcus* coromandus Eastern Cattle Egret
アフリカチュウサギ? Casmerodius* brachyrhynchus Yellow-billed Egret (Ardea intermedia より分離)
チュウサギ Casmerodius* intermedius (Intermediate Egret), Medium Egret
オーストラリアチュウサギ Casmerodius* plumiferus Plumed Egret (Ardea intermedia より分離)
シロハラサギ Ardea insignis White-bellied Heron
スマトラサギ Ardea sumatrana Great-billed Heron
マダガスカルサギ Ardea humbloti Humblot's Heron
Hruska et al. (2023) では Boyd の分離している Ardea, Casmerodius, Bubulcus の3属を統合して Ardea 属としているが (該当のものの属名に * を付けた) 、ここでは Boyd との対応関係を示すため3属に分けた学名で紹介している。Ardea 属とする場合は性により種小名が変わる場合があるので注意。
Hruska et al. (2023) の系統樹を見ると確かに分けるほどでもない分岐の深さで、多少の移動を行ってアマサギに対して伝統的な Bubulcus 属を残したいかどうかの程度問題。
[シロハラサギ]
「野鳥」2024 年 9・10 月号 (No. 872) pp. 24-29 にブータンのシロハラサギ保護プロジェクトの紹介がある (島野智之)。IUCN CR 種。ブータンでは現存数 27 羽とのこと。
Japanese support for White-bellied Heron breeding scheme (BirdGuides の紹介記事)。
2022 年にブータンで White-bellied Heron Conservation Centre (WBHCC) が設立され、2023 年に野生から3卵を採取して人工孵化をしたが3羽とも異常があり (個体数が少なく近親交配の影響による遺伝的問題とみられていた) 安楽死させられたとのこと。ただし日本の専門家によればコウノトリやトキでもしばしばあった現象で遺伝的問題よりも飼育技術の問題の可能性も考えられるとのこと。
2028 年までに飼育下で8つがいを確立して 2050 年までに少なくとも 50 羽を野生放鳥したいと考えている。日本でもコウノトリやトキの人工飼育の確立に 20 年かかった。
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ヨシゴイ (将来の属学名変更に注意)
- 第8版学名:Ixobrychus sinensis (イクソブリュクス シネンシス) 中国の葦原の大声で鳴く鳥
- IOC 学名:Botaurus sinensis (ボータウルス シネンシス) 中国の葦原の雄牛のようなヨシゴイ
- 第8版属名:ixobrychus (合) 葦原で大声で鳴く鳥 (ixias アシのような植物 brukhomai 大声で鳴く、吠える Gk)
- IOC 属名:botaurus (合) 雄牛のようなヨシゴイ (butio ヨシゴイ類 taurus (m) 雄牛)
- 種小名:sinensis (adj) 中国の (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Chinese Little Bittern, IOC: Yellow Bittern
- 備考:
ixobrychus は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-bry- がアクセント音節と考えられる (イクソブリュクス)。
botaurus は#サンカノゴイ参照。
sinensis は規則通り "シネンシス" のアクセント。長音でもよい。
属名は「蘆笛を吹き鳴らす」との優雅な意訳もある (愛媛の野鳥「はばたき」)。Botaurus 属に比べて小型のヨシゴイ類を指す。単形種。
WGAC 0.04 で Botaurus sinensis に変更。
記載時学名 Ardea Sinensis Gmelin, 1789 (原記載) 基産地 Sina, parva = China。当時すでに Chinese Heron (Latham) の英名があった。
ヨシゴイの英語別名 Chinese Little Bittern も学名と整合性がよい。
茂田 (1993) Birder 7(8): 36-40 によると
Ixobrychus exilis 英名 Least Bittern、
Ixobrychus minutus 英名 Little Bittern
と上種 (superspecies) を形成するとのこと。上記2種の和名はコヨシゴイ、ヒメヨシゴイが現在与えられているようであるが、これは山階 (1986) による名前。黒田 (1966) は逆の名称を与えており、茂田氏はこちらの方がふさわしいとの見解である (英名とも対応がよい)。
茂田 (1993) によれば日本鳥学会 (1974) はヨシゴイに亜種を認め、亜種 bryani マリアナヨシゴイをリストに含めていた。この記録 (1937) の論文は三島 (1961) ミクロネシア、朝鮮、日本からの新記録の鳥。
[粉綿羽と櫛状の爪]
茂田 (1993) Birder 7(7): 36-41 はヨシゴイを題材にサギ類の分類とその変遷を取り扱っている。粉綿羽区 (powder down patches; powder down の別称 pulviplumes) の分布も分類上重要な要素であり、この羽毛は絶えず伸び続けて先端が粉綿羽 (bloom 鳥類学用語というより一般の意味で「白い粉」) を形成する。
サギ類は中趾にある櫛状の爪 [pectinate(d) claw, または櫛歯] で粉を他の羽毛に付けて羽毛の状態を整えると言われている。
茂田 (1993) によれば同様の櫛状の爪を持つ系統として他にカツオドリ科、グンカンドリ科、シュモクドリ科、イシチドリ科、メンフクロウ亜科、ヨタカ科を挙げている。
川口 (2014) Birder 28(5): 51 はヨタカの足を取り上げ、同様の特徴を持つ種類としてサギ類があるが生態がかなり異なるので収斂進化と考えるのは無理があり、ヨタカとサギ類がある程度近縁で共通祖先が
櫛歯を持っていたのではとの解釈を述べている。
現代的な系統樹 (#鳥類系統樹2024) によればいずれも Elementaves ではあるがこの系統関係であれば通常は独立に獲得したもの (収斂進化) と解釈されるだろう。
Elementaves には水鳥が多く、その中にかつてはフクロウ類に近いとされていたヨタカ目が入っているのがむしろ意外で系統的に大きく飛んでいるように見えているだけかも知れない。
Cattle Egret Pectinate Claw (YC Wee 2021) に鮮明な写真と、Clayton et al (2010) が 118 科を調べて 17 科のみに見られた研究を紹介している。
機能は外部寄生虫除去に役立つと考えられるが、古くなった粉綿羽の除去や顔の口ひげ状の羽毛を整えるのにも役立つと記しているとのことである (確かにヨタカの場合は最後に挙げられた機能が役立つかも知れない: #ヨタカの備考参照)。この著者は実際にそのように使っているのを見たことがないとのこと。
言及されている論文は以下: Clayton et al. (2010) How Birds Combat Ectoparasites。
この文献ではカワガラス類のメキシコカワガラス Cinclus mexicanus、アメリカグンカンドリ Fregata magnificens 英名 Magnificent Frigatebird の写真が示されている。
Table I に櫛状の爪の有無を調べた結果が出ているが、結構いろいろなグループで見られている。カイツブリ類、ウ類、サギ類、カツオドリ類、ヨタカ類は保有率が高いようであるが、他の分類群でも散発的に見られるものがある。陸鳥では少なくスズメ目では例がなさそうである。ヨタカ類は例外的のようである。
猛禽類ではメンフクロウ亜科のみに見られるのも何か意味があるのだろう。
表を見て何か共通点を考えて見られるのも面白いかも知れない。
Table II に粉の出る鳥のリスト (完全なものではない) や、砂浴び、日光浴なども紹介されており、行動面でも読んで面白そうな論文である。
Waller et al. (2024) Influence of Grooming on Permanent Arthropod Associates of Birds: Cattle Egrets, Lice, and Mites によれば実験的に櫛状の爪がハジラミを除去する証拠は得られなかったとのこと (この論文でも gromming の用語が使われている)。飼育下のアマサギの櫛状の爪を人工的に除去する実験が行われている。
文献では粉綿羽はサギ類や一部のタカ類で発達していると書かれているものがあるが、タカ類の粉綿羽についてはあまり情報がこの項目を記述した当初見当たらなかった。
Bildstein (2017) "Raptors" p. 23 によれば (昼行性猛禽類の) 多くの種が持っていて体に散在しているとのこと。猛禽類では獲物などとの接触する羽の汚れを粉が吸収するのに役立つとある。
How many feathers do hawks, eagles and falcons have?
にもほぼ同じ記述があって出典は同じなのだろうと想像できるが一次文献がわからなかった。
おそらく Wetmore (1920) The function of powder downs in herons が出典か。粉綿羽が見られるグループが散在している例の一つに入っていて the diurnal birds of prey (where they may be found in many other species than currently recognized) とある。
Hindwood (1933) The Green-backed Mangrove-heron. Part 2. Powder down feathers. Emu にもあり、インコ類に並んで some Hawks と出ている。もしかするとインコ類と系統の近いハヤブサ類の可能性もあるかと多少感じてしまった。
Powder down and the Black-crowned Night-Heron (Sibley Guide 2011) のコメントにフクロウ類が粉綿羽を持っているとの記載の紹介がある。
Miller in 1924 (p. 329 of Further notes on ptilosis)
にメンフクロウで "a well-marked patch [of powder down] on each side of the rump, as well as scattered downs on the interscapular and scapular regions and on the breast" の記述があり、あまり記述されないだけで多くの種に痕跡器官のように存在するのではと述べている。
Chandler in 1916 (p. 258 of A study of the structure of feathers, with reference to their taxonomic significance) にアナホリフクロウでも見つけたとの記述があるとのこと。
この文献によれば Chandler (1914) "Modifications and Adaptations to Function in the Feathers of Circus hudsonius" がアメリカハイイロチュウヒで "powder-down" と記述したとあるので、"powder-down" の英語の用例の出典は何とタカだった。
Chandler (1916) では a few Falconiformes とある (この名称は当時はハヤブサ類も含めたワシタカ目)。
Gadow (1891) "Voegel. I. Anatomischer Teil" も引いていて多くの種類に見られることがすでに述べられており、古くから知られていたが英語ではラテン語由来の学術用語が使われていた模様。
Ernst Schuez (1927) "Beitrag zur Kenntnis der Puderbildung bei den Voegeln" で粉綿羽の古典的レビューがあるが、フクロウ類が粉綿羽の最適の例とは言えないと述べているとのこと。
レバントハイタカ Tachyspiza brevipes Levant Sparrowhawk で脇腹にフェルト状のパッチを見たが、北米の (広義) Accipiter では他に見たことがないとのコメントがあるが後続の情報はない。
野生動物救護センターの方もサギ類では気づいていたがハト類にあるとは知らなかったとのコメントが出ている。
Holland (1861) Umriss einer allgemeinen Ptrographie にも出ていた。p. 31 にドイツ語名で Puderdunfluren (Puder = 英語 powder。Dunenfedern 綿羽。Flur 平野、境界など から派生して日本語の羽区に相当) とされ、Circus 属では骨盤部両側に左右1対の粉綿羽区があるとのこと。
Elanus 属でも見られるものがあると書いてあると「一部のタカ類で発達している」と解釈されて伝えられて行っても不思議でなさそう。
Jollie (1976, 1977) p. 35 fig. 25 のシンジュトビ [高野 (1973) ではシロクロトビ] Gampsonyx swainsonii Pearl Kite (Elanus 属ではないが近縁の カタグロトビ亜科 Elaninae) の粉綿羽区の図があることに気づいた。一緒に示されているカンムリカッコウハヤブサ Aviceda subcristata Pacific Baza (ハチクマ亜科 Perninae) にはない (図の番号が上下逆順になっているので注意)。これを見ると何の役割なのか気になってしまう。
シンジュトビは非常に小型のタカで主な食物はトカゲで小鳥やカエル、昆虫も食べるとのこと。Vigors (1825) が記述した時にはヒメハヤブサ類 (falconets) と色彩面でもそっくりであると述べたとのこと (この例でもタカとハヤブサは連続的で中間型があると考えられても不思議ではなかった)。20 世紀中頃まではハヤブサ類に含められていたとのこと。例えば Peters (1931)。タカ類と判断されたのは嘴縁突起がない点と換羽様式からとのこと (wikipedia 英語版より)。
粉綿羽が何の役に立っているのかこの例ではわからなかった。トカゲやカエルのぬめり対策 (??) (もっともチュウヒ類でもよくわからないが)。
粉綿羽の名称に戻るとおそらく Chandler (1914) は英語以外の文献、特に Gadow (1891) などドイツ語文献からヒントを得て "powder-down" の英語用語を作ったのではないだろうか。北米の Circus 属でも探すと文献にある通り同じように見つかったのかも知れない。
かつてのコウノトリ目に含まれていたサギ類 (またはサギ目コウノトリ科の名称もあった) のような粉綿羽区を持つタカ類があったため、かつて広義のワシタカ目がコウノトリ目に近縁と考えられた理由の一つになっていたのかも知れない。
Bailey (1952) The Incubation Patch of Passerine Birds によれば抱卵斑も最初に記述されたのはドイツ語で Faber (1826) が Brutflecke と読んだとのこと。そのまま日本語に訳せば抱卵斑となる。英語用語の incubation patch はドイツ語を訳したものらしい。
粉綿羽の日本の用語もドイツ語由来かも知れない。この文献に当たったのは後羽の由来を調べたのが経緯だったが、ドイツ語では後羽は Afterschaft (Afterfeder, Nebenschaft の用語もあるとのこと) で英語の aftershaft はドイツ語をそのまま取り入れたものではないだろうか。Afterfeder はそのまま訳せば後羽となる。
なおドイツ語の after- は英語の after とは意味が少し違い、後、副、偽などの意味がある。名詞 After では後部、臀部などの意味があり、After- を付けた名詞が生物学用語などに使われる。
羽枝の Ast (複数 Aeste, p. 21) も小枝 (Zweig) よりも太い枝で小枝と幹の中間のような意味だがラテン語 (ramus / rami) をドイツ語に訳しただけかも知れない。
羽の Ast であることを明確にするために Federast (フェーダーアストと読む) とも記され、これをそのまま訳せば羽枝となる (wikipedia ドイツ語版の Feder 参照)。
英語の barb から日本語の用語を想像するのは難しいがドイツ語ならば対応している。
通常のドイツ語用語では小羽枝に対応するものは Strahl (光線などを指す意味) でこの用語は日本語と対応していないように思える。
用語は羽小枝か小羽枝かの問題 [「羽小枝」か「小羽枝」か? (マーリン通信) を参考に検討]
は「鳥類の図鑑」(学習図鑑シリーズ 4 高島春雄 共著; 黒田長久 共著; 小林重三ほか絵 小学館 改訂版 1962。初版は 1956) では「小羽枝」が用いられており、第一人者の黒田長久氏が記述されているので当時から市民権のある用語だったのではないかと想像する。ちなみにもう少し後の時代の旺文社の学習図鑑でも「小羽枝」が用いられていた。
日本語の段階で生じた違いかも知れないが、ドイツ語に少し厄介な問題があって -chen (ヒェンと読む) の指小辞・愛称がある。Astchen (アストヒェン) の使い方もあって指小辞だと思えば "小さい" を付けた用語に、あるいは愛称と解釈すれば特に "小さい" を付けない訳が考えられる (Vogelchen は Vogel "鳥" の愛称で、小鳥と訳すのは必ずしも適切でない)。このあたりの曖昧さ、あるいはラテン語から訳す場合の考え方の違いから羽小枝と小羽枝の両方の用語が生じたのではないだろうか。
Vogelfeder - Lexikon der Biologie によれば Nebenast の名称もあった。この場合は副枝ぐらいの意味。
本稿では上記一般向けで知名度の高い図鑑で広く使われていた理由から小羽枝の用語を用いておく。どの分野でも同様だが学術用語集と現場で使われる日本語の用語が必ずしも対応していないこともあり、研究者もそれぞれの立場で用いつつもお互いに同意語と認識して他者の用例を気にしないこともしばしばある (もっとも、学術界では英語の用語を用いれば何の問題もないことが多い)。
この場合はそのケースではないかも知れないが、用語集を作るに当たって日本語の用語が必要になり、あまり使われていなくても載せざるを得なかったものも多いのではないだろうか。
なお「鳥類の図鑑」(学習図鑑シリーズ 4) では "ふしょ" に相当する名称に "ふしょう" を用いていた。中足骨の旧称である蹠骨 (中国語ではそのまま使われている) の読み方が "しょこつ" らしいので "ふしょ" または "ふしょう" の読み方で正しいのでは? 蹠の漢字の読みに ショ / セキ の両方があるので、よく言われるように "ふせき" を誰かが書き誤って "ふしょ" となったのは俗説のような気がする。
鳥の体の部位の名称とドイツ語用語の関連は#カタグロトビ備考 [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] にも考察がある。
天文学でもそうだったが当時の世界の学問の中心地はドイツで、雑誌もドイツのものが主流だった。アメリカの雑誌はドイツの雑誌名をそのまま英語に訳したようなものが発刊され、後追いする形で進歩していた (そして第二次世界大戦を迎えることになる...)。当時の科学英語でもドイツ語などの外国語から概念を輸入したものが多くあるはず。
日本も開国時代にこれらの 19 世紀後半の文献が主に入ってきていたのではないだろうか。
ご存じのように日本ではかつてはドイツ医学を輸入していたため用語にドイツ語が多数残っている (かつてはカルテもドイツ語で書かれることも多かった)。今ではあまり使われないかも知れないが赤血球沈降速度 (血沈) Blutkoerperchensenkungsgeschwindigkeit (4単語の合成) はドイツ語の名詞がいかに長くなることができるか代名詞のような存在であった。
鳥類学でも関連が深い可能性があり、用語の由来を調べる時は英語に閉じるよりも先例となった可能性のあるドイツ語文献も見た方がおそらくよい。
尾脂腺の機能
Elder (1954) The Oil Gland of Birds に面白い情報があった。
尾脂腺は走鳥類 (平胸類) の成鳥に存在しないことから尾脂腺を欠く形質は祖先的なものと考えられたが一部の種の胚には存在するので二次的に失ったものとされるとのこと。
この文献に尾脂腺の機能について過去のさまざまなアイデアが出ていてこれも面白い。我々は尾脂腺の機能を早々に教えられるが、歴史的にはさまざまな議論があったとのこと。19 世紀に観察記録があったものの、哺乳類との類似性から臭腺だろうとのアイデアも結構受け入れられていたらしい。羽毛の脂分への尾脂腺の寄与は大したことがないと考えられていた。
尾脂腺の脂分が撥水性を与える解釈も案外新しく 20 世紀前半でも解釈は混沌としていた。実は powder down の方の機能が先に知られていたようで、尾脂腺が同じ役割を果たすことは Schuez (1927) や Esther (1938) が提唱したとのこと。Percy (1951) がサンカノゴイやアオサギがウナギのぬめりで羽毛が汚染された場合に powder down と脂分を同時に用いる写真記録を残したとのこと。
それまでのアイデアが研究を整理し、自ら実験も行ったこの Elder (1954) の研究によって尾脂腺の役割が確立したと言えるよう。歴史は意外に新しかった。
尾脂腺の機能を再検討したレビュー: Moreno-Rueda (2017) Preen oil and bird fitness: a critical review of the evidence。研究者の間で意見が一致している機能についても調べると意外にわかっていない。羽毛のメンテナンスに重要であることは確かだが機構はよくわかっていない。
抗病原体機能は実験室では確かめられているが生体で起きているかは不明。ハジラミに対する効果は証拠がない。撥水性を与えることは間違いないが細かい機構はよくわかっていない。一方揮発性化学物質がコミュニケーションに役立っている証拠は増えてきている。
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オオヨシゴイ (将来の属学名変更に注意)
- 学名:Ixobrychus eurhythmus (イクソブリュクス エウリュトゥムス) バランスのよい (羽衣の) ヨシゴイ
- IOC 学名:Botaurus eurhythmus (ボータウルス エウリュトゥムス) バランスのよい (羽衣の) 雄牛のようなヨシゴイ
- 第8版属名:ixobrychus (合) 葦原で大声で鳴く鳥 (ixias アシのような植物 brukhomai 大声で鳴く、吠える Gk)
- IOC 属名:botaurus (合) 雄牛のようなヨシゴイ (butio ヨシゴイ類 taurus (m) 雄牛)
- 種小名:eurhythmus (合) eurhuthmos 優雅な、バランスのよい < rhuthmos 調和、形 (Gk)
- 英名:Schrenck's Little Bittern (ロシアの博物学者 Leopold von Schrenck から), IOC: Von Schrenck's Bittern
- 備考:
ixobrychus は#ヨシゴイ参照。
botaurus は#サンカノゴイ参照。
eurhythmus は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。ラテン語の rhythmus (リズムの意味) は rhyth-mus と区切りアクセントは冒頭 (エウリュトゥムス)。
単形種。
絶滅危惧 IA 類 (CR)。世界的には特に懸念なしとされる (IUCN)。
WGAC 0.04 で Botaurus eurhythmus に変更。
英名に現れる人名表記の扱いについては Minor on Chloris kittlitzi (Seebohm, 1890) and others を参照。"von" はプロイセン時代に称号として与えられたもので人名の一部とみなすかが議論になっている。
学位論文では Leopold Schrenk となっているとのこと。人名由来の英名を排除する動きもあるが学名からよい英名を思いつかないとのこと。学名の eurhythmus は Swinhoe (1873) が成鳥は美しい鳥で、若鳥の羽衣に独特の特徴があることしたから、とのこと (The Key to Scientific Names)。
原記載、
図版 では今一つよくわからない。
ドイツ名は満州のゴイサギに相当するがこれも分布をよく反映していないとのこと。
v. Schrenck の Reisen und Forschungen im Amur-Lande in den Jahren 1854-1856
での記述 (Ardetta cinnamomea = 現在はリュウキュウヨシゴイ の学名になっている)。
Swinhoe (1873) は v. Schrenck は幼鳥を観察したと考え、Ardetta cinnamomea (リュウキュウヨシゴイ) からは区別できるので新種として記載したとの流れのよう。
虹彩にある特徴的な模様 (heterochromia) については関連情報が #シロアジサシ備考 [縦長の瞳孔を持つ鳥] と
#カッコウの備考 [非対称な色彩の虹彩を持つコミチバシリ] にある。
後者は heterochromia の生態的適応についても考察しているがオオヨシゴイにも当てはまる説明かどうかは不明。
オオヨシゴイやリュウキュウヨシゴイの正面顔の写真を見て別の解釈を思いついた。正面から見ると瞳孔の後側に影があるように見えて瞳孔の輪郭がわかりにくいのである。
参考 Schrenck's Bittern (Yifei Zheng 2024.12.20)。Cinnamon Bittern (Mei-Luan Wang 2025.1.13)。
つまり目を隠しているのだろうか。擬態 (自身が捕食する際も対捕食者に対しても) の一部と言えるかも知れない。ヨシゴイも過眼線があって瞳孔がわかりにくくなっている。誰かがすでに記述しているかも知れない。
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リュウキュウヨシゴイ (将来の属学名変更に注意)
- 第8版学名:Ixobrychus cinnamomeus (イクソブリュクス キンナモーメウス) シナモン色のヨシゴイ
- IOC 学名:Botaurus cinnamomeus (ボータウルス キンナモーメウス) シナモン色の雄牛のようなヨシゴイ
- 第8版属名:ixobrychus (合) 葦原で大声で鳴く鳥 (ixias アシのような植物 brukhomai 大声で鳴く、吠える Gk)
- IOC 属名:botaurus (合) 雄牛のようなヨシゴイ (butio ヨシゴイ類 taurus (m) 雄牛)
- 種小名:cinnamomeus (adj) シナモンのような (cinnamomum (n) シナモン -eus (接尾辞) 〜色の)
- 英名:Cinnamon Bittern
- 備考:
ixobrychus は#ヨシゴイ参照。
botaurus は#サンカノゴイ参照。
cinnamomeus は o が長母音でアクセントもここにある (キンナモーメウス)。ほとんど学名のみに使われる。ラテン語の cinnamomum の -mo- の o が長母音であるため。起源となるギリシャ語も同位置が長母音。
単形種。
WGAC 0.04 で Botaurus cinnamomeus に変更。
虹彩にある特徴的な模様 (heterochromia) については関連情報が #シロアジサシ備考 [縦長の瞳孔を持つ鳥] と
#カッコウの備考 [非対称な色彩の虹彩を持つコミチバシリ] にある。
後者は heterochromia の生態的適応についても考察しているがリュウキュウヨシゴイにも当てはまる説明かどうかは不明。#オオヨシゴイの備考も参照。
Lansdown (1988) Some Calls, Displays and Associated Morphology of the Cinnamon Bittern (Ixobrychus cinnamomeus) and Their Possible Functions
によれば首の基部にある粉綿羽区からの粉が頭頂の着色に寄与している可能性が高いとのこと。
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タカサゴクロサギ (将来の属学名変更に注意)
- 第8版学名:Ixobrychus flavicollis (イクソブリュクス フラーウィコルリス) 黄色い首のヨシゴイ
- IOC 学名:Botaurus flavicollis (ボータウルス フラーウィコルリス) 黄色い首の雄牛のようなヨシゴイ
- 第8版属名:ixobrychus (合) 葦原で大声で鳴く鳥 (ixias アシのような植物 brukhomai 大声で鳴く、吠える Gk)
- IOC 属名:botaurus (合) 雄牛のようなヨシゴイ (butio ヨシゴイ類 taurus (m) 雄牛)
- 種小名:flavicollis (adj) 黄色い首の (flavus (adj) 黄色の collum -i (n) 首 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Black Bittern
- 備考:
ixobrychus は#ヨシゴイ参照。
botaurus は#サンカノゴイ参照。
flavicollis は a が長母音で -col- がアクセント音節 (フラーウィコルリス)。
タカサゴクロサギの "タカサゴ" は海外の意味で理解できるが、クロサギは英名 Black Bittern 由来だろうか。この英名の由来がはっきりしない。
オーストラリア地域に同属の種が複数分布し、ヒメヨシゴイ Botaurus minutus Little Bittern や セグロヨシゴイ Botaurus dubius Black-backed Bittern は同種とされたこともあり、後者には過去の学名 Botaurus melanotos Brehm, 1842 があって英名は明らかにこの学名を引き継いでいる。
これら同地域に分布する種類をまとめて Black Bittern と呼んでいた時期があって、最もふさわしいタカサゴクロサギに名前を残したのだろうか。総称して Black Bittern と呼ばれていた時期があったらしい痕跡としてタカサゴクロサギの英語別名に Mangrove Black Bittern がある。
Mangrove Heron は分割される前のササゴイの名称でもあった。
タカサゴクロサギをタイプ種として Dupetor 属が設けられたことがあった (Heine 1890)。doupetor < doupeo 重く響く音を出す (Gk)。これは当時使われていた Ardeiralla Bonaparte, 1855 は造語に問題があり、Butoroides Gould, 1865 はすでに使用されていると考えて新しい属名を設けたもの (The Key to Scientific Names)。
Butoroides は現在ササゴイ属として残っている。Ardeiralla 属 (Ardea 属と Rallus 属の合成) はクロヨシゴイをタイプ種として設けられたもので、現在は Ixobrychus 属に吸収された後、現状さらに Botaurus 属に吸収される形になっている。
Dupetor 属もタカサゴクロサギのみを含む属として近年でも時々用例がある。見ての通りサギ類の分子系統解析はまだ混乱の最中で Botaurus 属を分割する必要性が生じればこれらの古い属名の中には復活するものがあるかも知れない。
Ixobrychus 属のタイプ種がヒメヨシゴイなので、この種がどの系統に含まれるか次第でタカサゴクロサギなどの属名も変わる可能性が残っている。
3亜種あり (IOC)、日本で記録されるものは基亜種 flavicollis とされる。
WGAC 0.04 で Botaurus flavicollis に変更。
-
ミゾゴイ
- 学名:Gorsachius goisagi (ゴルサキウス ゴイサギ) ゴイサギ
- 属名:gorsachius (合) ゴイサギから? (グワッと鳴くワタリガラスから?)
- 種小名:goisagi (外) ゴイサギ
- 英名:Japanese Night Heron
- 備考:
gorsachius は独自音型なので発音はよくわからないが、すべて短母音とすれば -sa- がアクセント音節と考えられる (ゴルサキウス)。
goisagi もラテン語風ですべて短母音とすれば "ゴイサギ"、-sa- を長音で読めば "ゴイサーギ" となるがどちらかが優先される理由は多分特にない。好み次第でどうぞ。
単形種。Gorsachius 属のタイプ種。
Nycticorax goisagi Temminck, 1836。原記載。
中で出てくる Bihoreau (gris) はゴイサギ Nycticorax nycticorax のことで、これは日本にも生息しているが、Goisagi はヨーロッパにもいる Bihoreau より少し小さいとか色が違うなど記述している。
フランス名は現在でも bihoreau goisagi となっているが、他言語では "日本の" が多く、色を用いたもの (ドイツ名 Rotscheitelreiher 頭の赤いサギ、中国名で栗または麻のサギ) もある。
Temminck (1836) では日本語の名称は Awogoisagi または略して Goisagi と記述しており、アオゴイサギが本来の名前だったのを略してしまったのかも知れない。この日本語の名称は見つけられなかったが、
青鷺火 (あおさぎび、あおさぎのひ) は、サギの体が夜間などに青白く発光するという日本の怪現象 (wikipedia 日本語版。中国語版にも紹介されている)。これはアオサギではなくゴイサギを指すとされるとのこと。関係があるかも知れない。古くはゴイサギなどを含むサギ類を広く五位鷺と呼んでいたらしい。
属名は Botaurus (現在はこの名称はサンカノゴイ属)
または Gorsachius (フランス動物学者 Jacques Pucheran による分類で種小名から作られたもの) とも名付けられていたものを Bonaparte (1855) が整理して記述したもの。Goisakius, Goisachius の綴りもあって (この綴りであれば由来がよくわかる) シノニムとされる (The Key to Scientific Names)。
属の記載。
"r" が入った理由はよくわからないが、命名者 (Pucheran) がフランス人で goi- が不自然な発音になる (フランス語では oi は wa の音になる。偶然ではあるが goi- を "グワ" と発音すればゴイサギの鳴き声にそっくりになる) ため発音しやすくするために "r" に変更したのかも知れない。
他の音 (特に s, n や l) を r に変える rhotacism (ロータシズム) という音韻現象があるので関係しているかも知れない。
属記載では必ずしも判然としないが、属名の Nycticorax の r を借用した (cor と gor の類似性から corax ワタリガラス を部分的に活かした) のかも知れない。こちらがよりがあり得そうな気がする。
我々は Gorsachius を見て日本語の "ゴイサギ" 由来と考えるが、実は corax の冒頭を goisagi の g を借用して g に変えて (フランス語読みするとヨーロッパにも生息するゴイサギの声そっくりになるのに掛けているかも) 属名にふさわしいラテン語風の語尾を付けたものかも。#ゴイサギの和名にも音声由来説がありこちらも参照。
Pucheran が初めてこの属名を用いた時の学名は Gorsachius typus (資料) で、これは有効な学名とはみなされないが typus はタイプ種の意味。これを見ると goisagi を属に昇格を意図したものと思える。
同様の例では種小名の ducorps から昇格され Ducorpsius typus Bonaparte, 1850 (現在では Cacatua ducorps のシノニム) となった例があった。より属名らしくなるように末尾を変えていた (The Key to Scientific Names の typus, Ducorpsius の項目から)。
これがそのまま当てはまるとすれば goisagi は属名語尾におそらくふさわしくないので語尾を変えて Goisachius としようとしたが、記載時属名の Nycticorax を部分的に活かしたというところだろうか。
同様の意味の typus がそのまま種小名に採用されている例としてチュウヒダカ Polyboroides typus がある。こちらは属名が種小名から昇格ではなくそのまま残っている。
もう一つ考えられる理由は当時は属名と種小名が同じとなるトートニムが避けられていた (#ノスリの備考参照)。そのため種小名と相違点を与えてトートニムらしくならない形にした可能性がある。#トキで Nipponia 属を提唱した Reichenbach (1853) も擬似トートニムを避けて (別理由もありそうだが) 新種小名を与えた。
Gorsachius ならば goisagi と十分違って見えるので擬似トートニムとされる恐れが少ない、の判断もあったかも知れない。
あくまで個人的な解釈も含めてまとめると、現在のミゾゴイの属名、種小名ともに日本語ゴイサギに由来するが属名の形が大きく違う理由は:
(1) 既存のゴイサギ類属名の Nycticorax のうち corax ワタリガラス を部分的に活かして gor- の語幹を作った (この場合はハイブリッド属名とも言える) (2) Goisachius は特に命名者のフランス語の視点から発音上やや難がある (3) 擬似トートニムを避けて意識的に文字を変えた、が考えられそうに思える。
Temminck (1836) が名付けたように最初は Nycticorax 属とされており、そのまま英名を付ければ Night Heron が付くのは当然で、属名が習性などを反映しているとは限らない点は#イソヒヨドリなども参照。標本を使って分類する学者が異国の鳥の習性まで考慮しないだろう。
かつては夜行性と考えられていたことがあったが、英名やかつての学名に由来する部分もあるのではないだろうか。
[ミゾゴイ類似サギ類の分子系統解析]
Hruska et al. (2023) (#サンカノゴイの備考) によればミゾゴイ類は Ardeinae (アオサギ) 亜科に含まれており、Boyd の分類とは異なっている。
この解析によればミゾゴイやゴイサギ類はむしろコサギやアオサギの系統になり、直感的に似ているように思えるサンカノゴイ類やヨシゴイ類とは別系統になる。ミゾゴイ属は Ardeinae 亜科の中でも最も古く分岐した系統にあたる。ミゾゴイが夏鳥であることから想像できるようにおそらく熱帯や亜熱帯出身で渡り能力を利用して (別項目にあるように完全な渡りを行うものはサギ類では非常に珍しい) より北方に定着したものらしい。
ゴイサギ属は Ardeinae 亜科ではむしろ新しい系統で、現生種では単型属のアメリカ大陸のシラガゴイ Nyctanassa violacea Yellow-crowned Night Heron が祖先系統に対応する。ゴイサギは世界にも広く分布し、フィリピンからオーストラリアに主に分布するハシブトゴイと分布を分け合っている。
ミゾゴイやズグロミゾゴイの分布が比較的限られているのは、世界的な優占種となった後発のゴイサギの影響もあってあまり分布を広げられなかったのかも知れない。ではなぜゴイサギは夜行性でミゾゴイは昼行性なのかと問われるとよくわからないが。
もっとも wikipedia 英語版 Gorsachius を見るとミゾゴイ類はもっとも厳格な夜行性と書かれているので単にそのように信じられているだけなのか、日本のミゾゴイは例外的に昼行性なのか今ひとつすっきりしない。
ハシブトゴイの主な分布域にはアカガシラサギ類などの競合のありそうな種が分布するのであるいは関係があるのかも。例えば日本には昼行性の競合種が繁殖しないためミゾゴイは昼行性となることができたなど。共通祖先が夜行性のため暗い時期によく鳴く性質が残っている (ほんとうか?)。
(この部分後に気づいた) Hruska et al. (2023) で Gorsachius 属が分割される前の話で、ハイナンミゾゴイ 現在の学名で Oroanassa magnifica) White-eared Night Heron などが含まれていた時代の話と想像できる。ハイナンミゾゴイは夜行性とされる (しかしミゾゴイのように調べると昼行性だったと判明したケースもあるので思い込みもあるかも)。
この種はほとんど知られていないが IUCN EN 種。かつては CR 種だったが推定よりも個体数が多かったらしい。しかし減少中と考えられる (wikipedia 英語版より)。
Hruska et al. (2023) の Fig. 3 に示されている通り、伝統的なミトコンドリア遺伝子を用いて解析すると系統樹形が少し変わる。この点はミゾゴイの NC_028194 から出発して BLAST を行っても多少確認できる。
この BLAST 解析結果では Gorsachius の分岐時期がサギ類主要2系統の分岐時期に近い結果となり、どちらに属するか自明でなかった。しかしどの解析を用いても現在の Gorsachius 属 (2種) が古い系統である結論は変わらないよう。
ミゾゴイのこの配列は Zhou et al. (2016) Complete mitochondrial genomes render the Night Heron genus Gorsachius non-monophyletic で調べられたもので、当時の Gorsachius 属が単系統をなさないことを明らかにしたもの。
[島に渡って繁殖するサギ類]
Ferrer et al. (2011) Why Birds with Deferred Sexual Maturity Are Sedentary on Islands: A Systematic Review
によれば大陸から比較的離れた島に完全な渡り (同種のすべての個体が渡りをする) をして繁殖するサギ類は2種のみで、ミゾゴイとマダガスカルカンムリサギ Ardeola idae Madagascar Pond Heron とのこと。後者はアフリカ大陸で越冬する。ミゾゴイの越冬地がフィリピン、台湾などであれば島から島に渡って繁殖する世界唯一のサギかも知れない。
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ズグロミゾゴイ
- 学名:Gorsachius melanolophus (ゴルサキウス メラノロプス) 黒い冠羽のゴイサギ
- 属名:gorsachius (合) ゴイサギから
- 種小名:melanolophus (合) 黒い冠羽の (melano- (接頭辞) 黒い lophos 丘、冠羽 Gk)
- 英名:Malaysian Night Heron, IOC: Malayan Night Heron
- 備考:
gorsachius は#ミゾゴイ参照。
melanolophus は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-no- がアクセント母音と考えられる (メラノロプス)。
単形種。
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ゴイサギ
- 学名:Nycticorax nycticorax (ニュクティコラックス ニュクティコラックス) 夜のワタリガラス
- 属名:nycticorax (合) 夜のワタリガラス (nychta 夜 Gk、corax (m) ワタリガラス)
- 種小名:nycticorax (トートニム)
- 英名:Night Heron, IOC: Black-crowned Night Heron
- 備考:
nycticorax は外来語由来で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。corax はラテン語では co-rax と区切るのでここにはアクセントが現れず、-ti- がアクセント音節と考えられる (ニュクティコラックス)。
nycticorax のラテン語の用例ではヨタカ類やサンカノゴイ類などを指すとのこと (wiktionary)。
ユーラシア、アフリカ、南北アメリカの中・低緯度帯に広く分布。4亜種が認められている(IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 nycticorax とされる。
nycticorax はラテン語で不明の鳥、おそらくフクロウ類 < nuktikorakos (Gk) アリストテレスなどが用いた不吉な鳥でおそらくフクロウ類の一種と思われるが、長らくゴイサギと考えられてきた (The Key to Scientific Names)。
英名の Night Heron は OED によれば 1785 年の Pennant, Arctic Zoology の用例があるとのこと。意外に新しいが学名由来ではなさそう。
ロシア名は kvakva と音声にちなみわかりやすい。
和名の由来は五位を授けられた言い伝えが一般によく採用されているが、鳴き声由来説もあるとのこと。
「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) によれば 音幻論 (幸田露伴 1947) に登場するとのこと。
茂田 (1993) Birder 7(7): 36-40 では鳴き声由来説の方が有力ではないかと示唆しており、出典に川口 (1937) を紹介している。
鳴き声由来説を面白く感じるのは、ミゾゴイなどの現在の属名 Gorsachius も日本語の "ゴイサギ" 由来でなく音声由来と共通解釈できる可能性が考えられるため。命名者の言語のフランス語で goi- と書けば "グワ" の音になるので音声由来であればゴイサギの名前の由来は東西 (ロシアも) 共通の可能性がある。
#ミゾゴイの備考も参照。
英名の Black-crowned Night Heron は単に性状を示した名称かも知れないが、かつて同属であった シラガゴイ Nyctanassa violacea Yellow-crowned Night Heron に対応する形で付けられたものの可能性がある。
wikipedia 英語版によれば北米で見られる night herons はこの2種のみとのことで、特徴を表してアメリカで2種に付けられたものかも。"Yellow-crowned" を日本では "シラガ" と表現しているようにアメリカの2種では際立って違う特徴として挙げられるだろう
(当時の和名命名者は "シラガ" の名称を気に入っておられたのか他にも多くの用例がある。シラガホオジロもその一つ)。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) でも英国での名称は Night Heron となっている (現代の Collins Bird Guide でも Black-crowned はかっこ付きで、国内の英名と国際的な場合の英名の併記となっている)。
英国では Night Heron に相当するものが1種のみなのでわざわざ長い名前を使う必要がないが、アメリカではそうではなかったので修飾語を加える必要があった。
ご存じの通り頭の黒い night herons はアジアに他にも存在するため日本の鳥の英名としてはあまりふさわしいものでない。あくまで北米の事情に基づく英名と捉えるのが適切であろう。
記載時学名 Ardea Nycticorax Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 southern Europe (南部ヨーロッパ)。
Nycticorax 属は Foster (1817) が種小名から属に昇格したもの。これに伴ってゴイサギには (当時の手法で) Nycticorax infaustus Forster, 1817 の新名が与えられた (当時の人たちは Night-raven と呼んでいて infaustus は不運ななどの意味で死を連想させる鳴き声由来とのこと)。(種小名から属に昇格の場合の扱いについては #ノスリの備考参照)。
Nycticorax 属の用例はシラガゴイをタイプ種とした Boie (1826) にもあったとのこと。こちらは種小名から属への昇格ではない (The Key to Scientific Names の情報より)。
Nycticorax 属への昇格に伴う新名は他にもあって Nycticorax vulgaris Orbigny, 1839 (参考) これは "普通のゴイサギ" の意味。記述によればトートニムを避けるためとのことで、当時はトートニムが積極的に避けられていたらしい。
おそらくその結果新名が氾濫してトートニムでもよい規則となったのだろう。
[疑似餌を使うゴイサギ]
サギ類の中で採食行動に疑似餌を使うものがあることが知られている。アメリカササゴイ Butorides virescens 英名 Green Heron でまず発見され、近縁のササゴイでも見つかった。
Combs and Reglade (2022) Black-crowned Night Heron (Nycticorax nycticorax) bait-fishes with aninedible lure in Vietnam
によればベトナムのゴイサギで同様の事例が発見されたとのこと。
諸角 (1995) Birder 9(10): 56-58 に東京の不忍池で人が投げたパンを利用して魚を捉えるゴイサギ (1991) の記載がある。この場合は自身が疑似餌として投げたものではないが類似例として興味深い。同記事にはコサギも同様の行動をするとのこと。またカイツブリはパンを細かくして撒き餌のように用いるとのこと。
[ゴイサギの減少とウの増加の関係]
北米でミミヒメウの駆除によって同一コロニー内の下部に営巣するゴイサギが増加した報告がある。生態的地位の近い#カワウの備考に。
[その他]
新倉 (1992) Birder 6(7): 36-41 にコサギに育てられたゴイサギの記事がある (神奈川県 1991 年)。
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ハシブトゴイ
- 学名:Nycticorax caledonicus (ニュクティコラックス カレードニクス) カレドニアの夜のワタリガラス
- 属名:nycticorax (合) 夜のワタリガラス (nychta 夜 Gk、corax (m) ワタリガラス)
- 種小名:caledonicus (adj) カレドニアの (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Rufous Night Heron, IOC: Nankeen Night Heron
- 備考:
nycticorax は#ゴイサギ参照。
caledonicus は e が長母音でアクセントは -do- にある (カレードニクス)。長母音はラテン語の Caledonia の発音由来で本来はスコットランドの意味。ニューカレドニアは新しいスコットランドの意味。Nouvelle-Caledonie がフランスの海外領土の名称。
種和名は過去に記録された以下の日本の亜種 crassirostris に対応するもの考えるとわかりやすい。この亜種の記載時学名は Nycticorax crassirostris Vigors, 1839 (原記載) でこの学名をそのまま訳せばハシブトゴイになる。
原記載には英名は与えられていなかった。
フィリピンからオーストラリアに分布。6亜種が認められているが1亜種は絶滅 (IOC)。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)によれば日本で記録される亜種に crassirostris (crassus 厚い -rostris 嘴の) がリストされるがかつて小笠原諸島に生息していた 1827, 1828, 1889 年の標本があるのみの絶滅亜種 (コンサイス鳥名事典)。他に亜種不明がリストされている。
かつては 亜種 crassirostris をオガサワラハシブトゴイと呼んでいたが、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)によればこの亜種をハシブトゴイと呼ぶ。
現在観察されているものは亜種不明のもの。川上他 (2015)
小笠原諸島母島におけるハシブトゴイ Nycticorax caledonicus の記録 によれば亜種 hilli (オーストラリアの昆虫学者 Gerald Freer Hill に由来。オーストラリアの亜種) または pelewensis (Pelew/Palau/Belau ミクロネシアのパラウ島由来、ナンヨウハシブトゴイの和名あり) の迷行が考えられるとのこと。
ちなみにフィリピンの亜種 manillensis (マニラの、マニラハシブトゴイの和名がある) は色彩などの特徴から否定されるとのこと。
絶滅亜種 crassirostris は 亜種 hilli に近いとある (コンサイス鳥名事典)。
IOC 英名の nankeen は中国由来の薄い黄色の絹の織物を指す。織物の由来した南京 (Nanjing) から (wikipedia 英語版)。
Hume (2024)
Osteological and historical data on extinct island night herons (Aves: Ardeidae), with special reference to Ascension Island, the Mascarenes and Bonin Islands
が亜種 crassirostris (Bonin Night Heron) の標本も含めた検討を行っている。crassirostris は基亜種に比べて嘴がよりまっすぐで厚く長い (写真比較あり)。翼が短くふしょが短い点は島で隔離進化した亜種に共通している。
crassirostris はこれらの点が他亜種に比べて最も特徴的とのこと。少数の島にのみ生息する pelewensis (ナンヨウハシブトゴイ) に最も似ているとのこと。
標本として残っている小笠原のハシブトゴイの2個体には違いがあり、媒島 (1889 年最後の標本) のものは嘴がより短いなど比較的 manillensis (マニラハシブトゴイ) に似ている。小笠原内部でも個体差があるか、あるいは単一亜種ではなかった可能性がある。他亜種との分子系統の関連を調べるのは興味深いとある。
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ササゴイ (世界のリストで亜種が分離される。将来の学名変更に注意)
- 第8版学名:Butorides striata (ブートリデース ストッリアータ) 条斑のあるサンカノゴイに似ているサギ
- IOC 15.1 学名:Butorides atricapilla (ブートリデース アートゥリカピルラ) 黒い髪のサンカノゴイに似ているサギ
- 属名:butorides (合) サンカノゴイに似ている鳥 (かつてあったサンカノゴイ類を示す Butor 属、-ides (接尾辞) 〜に似ている)
- 第8版種小名:striata (adj) 条斑のある (striatus)
- IOC 15.1 種小名:atricapilla (adj) 黒い髪毛の (ater (adj) 黒い capillus (m) 髪毛)
- 英名:[Green-backed Heron 分離前の名称], IOC: Striated Heron (14.2 まで), Little Heron (15.1)
- 備考:
butorides の読みはラテン語 butio (#サンカノゴイ参照) を参考にし、-ides (似ている。ギリシャ語由来) の語末が長母音であることを参考にした。アクセントは -to- にあると考えられる (ブートリデース)。
striata は最初の a が長母音でアクセントもある (ストッリアータ)。-ata は所有の語尾ではなく strio (縞。語末が長母音) の変化形由来。
atricapilla は冒頭が長母音で (ater 由来) -pil- がアクセント音節 (アートゥリカピルラ)。
Green-backed Heron の英名はかつて同種とされた Butorides virescens 英名 Green Heron アメリカササゴイ と Butorides sundevalli 英名 Lava Heron ガラパゴスササゴイ が分離される以前のもの。これらが別種とされる以前は北半球・南半球の中・低緯度に汎世界的に分布する種類であった。
ササゴイは 21 亜種 (IOC 14.2 段階) が認められている。日本で記録される亜種は amurensis (アムールの) とされる。
上記 IOC 15.1 の学名・英名は Proposed Splits/Lumps IOC Version 15.1 (DRAFT) (2025.1.12) より推定。
この記述では分離後の Butorides striata は何と単形種 (これまで 21 亜種もあったのに!)。英名の Striated Heron はこの種が引き継ぐ。
記述は簡明なもので、単形種の表現から個々の亜種がどちらに含まれるか疑問点はないが、系統樹も含めてよく見ないと何が起きているのかわかりにくい。
この記述および Mendales (2023) Ultraconserved elements resolve the phylogeny of a globally distributed genus, Butorides (Aves: Ardeidae) (修士学位論文) の分子系統樹から判断すると、残り全てが Butorides atricapilla で日本のササゴイの種英名も Little Heron となるものと考えられる。
striata が基亜種で、基亜種のみを別種に分離するために発生する現象。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではアムールサギの名称が与えられていた。
#サンカノゴイの備考にあるように、2023 年の分子系統解析結果からササゴイが分割される可能性が高い (上記アメリカササゴイの分割とは別物)。
現在の名称のササゴイの分布は非常に広く、世界各地のサンプルが調べられたわけではないのでどのように分割すべきかはまだ確定していないが、南米を別種とすべき点はほぼ確実とのこと。
基亜種 striata は南米のものなので、分割されれば日本のササゴイを含めて残りのグループの種小名が変わることになる (IOC 15.1 でこの通りとなった)。
以下記載年代順による名前。南米以外がもしすべて同種とされれば Butorides atricapilla となるだろうがこの亜種はアフリカのもの。もしアフリカのものも別種とされればアジアのものが Butorides javanica とまとめられることになり、Boyd はこの学名を採用している。
問題となるのは日本周辺の夏鳥の亜種 amurensis とアジア熱帯地域の留鳥亜種の javanica グループとどの程度違うかであろう。
もし亜種相当でよければ Butorides javanica amurensis となるが、種扱いであれば Butorides amurensis となることもあり得る。これは DNA を調べないとわからないだろう。
Working Group Avian Checklists, version 0.04 で Striated Heron Butorides atricapilla を採用。eBird では以前から採用されている。南米とそれ以外を分ける形となった。IOC 14.2 でも採用され、現状の世界標準になると思われる (← この部分は 2024 年段階の記述で誤っていた。まだ採用されていなかった)。
IOC 14.2 で変更点があまりに多くて全てを処理しきれず、一部が 15.1 に先送りとなった分類変更に含まれていたのだろう。
その後 IOC 15.1 で別英名で採用。Little Heron Butorides atricapilla。
南米の種は Working Group Avian Checklists, version 0.04 で Grey-necked Heron Butorides striata が提案されていた。和名がすでにあるのか知らないがナンベイササゴイは妥当なところか。
IOC 15.1 では英名 Striated Heron はこちらが引き継ぐことになった。
新称 "Little Heron" は確定すれば海外のバーダーも用いるようになると思われるので我々も慣れておくのが望まれる。コサギと勘違いしないように。
すでに別種となっていた ガラパゴスササゴイ Butorides sundevalli Lava Heron とこれまでの広義のササゴイが Mendales (2023) の研究で互いに単系統とならないため、ガラパゴスササゴイをササゴイの亜種とするか (ガラパゴスの他の固有種を考慮すると独立種とするのが妥当なのだろう) ササゴイを分割するかいずれかを選択する必要があった。
分子系統研究が行われていて確実に分離できる南米のグループのみをササゴイ類縁グループ内で最低限分離したもの。
Latest IOC Diary Updates (BirdForum 2025.1) でもこの修士論文をどのように評価するか議論がなされている。論文出版済みの結果ではないのでもう1年待ってもよいとの意見もある。
Little Heron と Striated Heron の分割は誰もが興味を持っているが、ガラパゴスササゴイと互いに単系統の関係にならない点は誰もあまり言及していないのも不思議。#オオタカとアメリカオオタカだけを見比べても別種にすべきかどうか判定が難しいが、他の種と互いに単系統の関係にならないのと同様の問題。
さらに分離を行うか否かは、アジアの大部分とアフリカは別クレードとなっているのでこれを別種と判定するか次第となる。アジアのものでは javanica のみがアフリカのクレードに入っており、分離前に 21 亜種もあったのでまだ未解析のものが多いため分割が見送られたものと想像できる。
ガラパゴスササゴイとササゴイを別種とみなすならば、同程度より古い分岐年代のクレードを別種と考える Boyd のような扱いが意味を持つだろう。
今後アジアなどの分子系統研究が進めばさらに分離されて学名や英名が変わる可能性がある。日本のササゴイと javanica が同じクレードに入るかどうかはわからないので Boyd の分割が適切かは今後の研究次第。
[ササゴイの夜間飛翔中の声]
2025.5.20 早朝に聞いたので声の確認をしておくこととした。録音は行っていなかったので確実な証拠とはならないが参考記録として。
「キュ」と1声ずつかなり間を置いて区切って鳴き、音の移動から明らかに飛んでいることがわかる。他に該当する種類を思いつかない。時期的には少し遅いかも知れないが2日前にホトトギスなどを集中的に記録した時期でもあり、渡り途中かも知れない。
「日本野鳥大鑑 鳴き声 420」(蒲谷鶴彦・松田道生 小学館 2001) p. 43 によれば "また夕方や夜間、明け方には、「キュ」「キュウ」などと1声ずつ鳴きながら飛んでいくのが見聞できる。このときの声は、前記の繁殖地のものと比べて、短く鋭い印象がある" との記述がある。よく該当している。
xeno-canto では中国などで nocturnal flight call (NFC) がかなりの数記録されている。
XC992682 (Ray Tsu 2024.4.20) など都市部でも記録されていて知らないと気づかない (あるいはキツツキ類などと誤認されている? が、夜間空から聞くのは不自然?) かも知れない。繁殖地で聞く声とは少し違う可能性があり、そもそも話題になりにくい種類なので参考までに紹介しておく。
バードリサーチの音源図鑑では平野敏明氏の地鳴きがある (2025.5 現在1つ) が声の性状は異なる。自分が過去に繁殖地で記録した「キュ」タイプの音声は平野氏のものと同じものだった。他のタイプの音声に他のサギ類に似たしわがれ声もある。
ゴイサギの夜間飛翔時の声はよく知られているが、系統の違いを反映するのかササゴイでは声がまったく異なっている。ミゾゴイではさえずりに相当する声を聞くが、ササゴイのような音声はあるのだろうか。
松田 (2022) Birder 36(10): 34-37 に夜間飛翔時の声が紹介されていた (ササゴイは p. 37)。この記事は最後の2種がかなり "通" 向けでもう1種がシマアジ。
繁殖地と夜間飛翔中の声が異なっていることで有名な種類にカイツブリがあり (#カイツブリ備考 [絶滅した飛べないカイツブリ類] に関連して NFC に触れた)、カイツブリもしっかり飛べること、NFC をどのようにして見えないカイツブリと判断できるのかなど話題も多い。
[その他]
アメリカササゴイの CT scan データが公開されている: Green heron (Florida Museum oVert)。
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アカガシラサギ
- 学名:Ardeola bacchus (アルデオラ バククス) ブドウ酒色の小さなアオサギ
- 属名:ardeola (f) 小さなアオサギ (ardea (f) アオサギ -ola (指小辞) 小さい)
- 種小名:bacchus (m) 酒神バッカス、ブドウ酒
- 英名:Chinese Pond Heron
- 備考:
ardeola は短母音のみで -de- がアクセント音節 (アルデオラ)。指小辞の -ola は伸ばさない (-ulus 同様)。
Bacchus (ラテン語では固有名詞) は短母音のみで冒頭がアクセント (バククス)。-cc- は長い k の音にする読み方もあるらしいが一般的には分けて読む。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではカラサギの名称が与えられていた。
記載時学名 Buphus bacchus Bonaparte, 1855 (原記載)。基産地マレー半島。
属名に使われた Buphus bouphos (Gk) は不明の鳥で夜中に大きな声で鳴くとのこと。異なる種とタイプ種としたこの属名の用例が2つあったがいずれもサギ類だった (The Key to Scientific Names)。
単形種。
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アマサギ (リスト次第で亜種が分離されて独立種となる。将来の属学名変更に注意)
- 第8版学名:Bubulcus ibis (ブブルクス イービス) トキのような牛追い
- IOC 学名:Ardea coromanda (アルデア コロマンダ) コロマンデル地方のサギ
- 第8版属名:bubulcus (m) 牛飼い、(牛を使って耕作する) 農夫
- IOC 属名:ardea (f) アオサギ
- 第8版種小名:ibis (属) トキの (ibis -is (f) トキ科の鳥。備考参照)
- IOC 種小名:coromanda インドのコロマンデル地方の
- 英名:Cattle Egret, IOC: Eastern Cattle Egret (IOC 14.2 に従った場合)
- 備考:
bubulcus は短母音のみで -bul- がアクセント音節 (ブブルクス)。
この単語も長母音の box (雄牛) 由来だが造語の際のアクセント音節との関係で短くなったものだろうか。
-bulcus (追う、守るもの。英語の -herd に相当) の語尾の単語は同様になっている。sus (ブタ。長母音) subulcus では短母音になっている (wiktionary)。
ibis は冒頭が長母音 (イービス)。
ibis の変化形は一貫して使われていないとのことで、属格 (通常の変化では ibidis) ではなくむしろ主格 (単に "トキ") かも知れない。
coromanda は地名で -man- がアクセント音節になることは問題ない。すべて短母音とすれば "コロマンダ"。語源説の一つであるオランダ語では -ro- を長母音とするのであるいは伸ばすかも知れない。
ardea は#アオサギ参照。
IOC は古くから2種に分割しており、Clements、eBird が 2023 年にこの分類に変更。
Howard and Moore と HBW/BirdLife は分離していないが最新リストは 2022 年あるいはそれ以前のものである。
分離した場合は Bubulcus coromandus (インドのコロマンデル地方の) 英名 Eastern Cattle Egret (日本のものはこちら) と Bubulcus ibis 英名 Western Cattle Egret (ニシアマサギの和名があるらしい) となり、どちらも単形種となる。
分離しない場合 (従来通り) は日本のものは亜種名まで含めて Bubulcus ibis coromandus となる。
SACC (2024) Treat Cattle Egret Bubulcus ibis as two species の検討。
これまでの研究の概要も含まれている。世界の潮流に合わせてほぼ賛成意見だが、形態 (色彩) と声だけでなく遺伝情報がもっと欲しいとの意見もある。SACC が検討した理由は、coromandus は分布域外だが分割によって英名に影響が及ぶため。
SACC はこの分離を 2024.7.27 版で不採択とした。
ibis の意味は本来はエジプトのアフリカクロトキ Threskiornis aethiopicus (英名 African Sacred Ibis) であるが、エジプトでこのトキが絶滅しつつある状況で、鳥類学者はコウノトリ類やサギ類に似た鳥にもこの名称を使うようになったとのこと (The Key to Scientific Names)。誤命名とされることもある (Helm Dictionary)。
アフリカクロトキは豊穣をもたらすナイル川に伴って現れることから神聖な鳥とされたが、現在ではエジプトにいないとこのこと (コンサイス鳥名事典)。
日本鳥類目録 改訂第8版の第二回パブリックコメントに向けた暫定リストの公開 (2023年10月) ではアマサギ属 Bubulcus としているが、サギ類の現代的な分子系統分類 (#サンカノゴイの備考参照) では Bubulcus 属を残すためには Ardea 属の分割が必要になる。
Hruska et al. (2023) は Ardea 属に含めている。世界の主要リストも Hruska et al. (2023) にまだ追いついていないが、近々反映されて学名に影響が及ぶと考えられるので現代的な分子系統分類を検討しておく必要があるだろう。
Bubulcus の属名は広義アマサギを指すものとして Blyth (1852) が設けたもので古くからあった名称。広義アマサギの現在はシノニムの当時の学名 Ardea bubulcus Audouin, 1823 を属名に昇格したもの。
Ardea Ibis Linnaeus, 1758 の原記載 (基産地エジプト) が有効と認められたために使われなくなった種小名となったが属名に残った (The Key to Scientific Names の情報からまとめた)。
エジプトの例えばアフリカクロトキとの区別が不明瞭であったため Linnaeus (1758) の学名が使われていなかったのかも知れない。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" でも主な学名は Ardea coromanda (何と 100 年強を経て IOC 14.2 学名がこの学名に戻る!) で、学名リストにも Linnaeus (1758) の学名は載せられていない。当時は有効な学名と考えられていなかったのだろう。アマサギ、ショウジョウサギ両方の和名が載せられていた。
Blyth (1852) の属記載に "... associate with herds of cattle grazing" とあるようにこの当時の学名は英名の Cattle Egret と非常によく一致しており英名は学名由来かあるいはその逆であろう。
Western Cattle Egret (ニシアマサギ) は当初は南スペインとポルトガル、熱帯・亜熱帯アフリカと熱帯西アジアに地域的に分布していたが、19 世紀の終わりに南アフリカに急速に分布を広げ、南アメリカに 1877 年に目撃 (自然飛来と考えられる)、1930 年代に南アメリカに定着、北アメリカでは 1941 年に最初に記録され、その後も急速に分布を広げた。
この種はもともと野生の大型草食動物に頼った生活をしていたが、放牧が拡大するとともに家畜に頼って急速に分布を広げたと考えられる。
Eastern Cattle Egret も同様に 1940 年代にオーストラリアで急速に分布を広げた (wikipedia 英語版)。
日本でもかつては珍鳥だった。桑原 (1991) 日本の生物 5(5): 33 によれば「日本鳥類図説」(内田清之助 1913) では本州ではまれだが台湾にはとても多いと記載されているそうである。
大西 (2008) Birder 22(5): 60 にアマサギは第二次世界大戦後に急に数が増えたが、熱帯林の大規模伐採でアマサギの好む牧草地が増えたとの説明がある。Western Cattle Egret (ニシアマサギ) も含んだ記述かも知れない。
Rasmussen and Anderton (2005) "Birds of South Asia: the Ripley guide" が繁殖期の羽衣と音声の違いからこれらを2種に分類することを提案したものである。
これら2(亜)種および亜種の可能性のあるセーシェル (インド洋) の個体群の比較検討は Ahmed (2011) Subspecific identification and status of Cattle Egret にある。2(亜)種は繁殖期の羽衣や計測値で区別することができるとしているが、音声についてはまだ検討の余地があるとのこと。
2024.7.18 AOS も別種を採用: Chesser et al. (2024) Sixty-fifth Supplement to the American Ornithological Society's Check-list of North American Birds。
Working Group Avian Checklists, version 0.02 は Bubulcus coromandus だったが 0.04 で Ardea coromandus に変更。AOS は Ardea coromanda で WGAC は種小名の性の変更忘れのよう。
IOC 14.2 updates の注に性に注意とあり直されると思われる。IOC 14.2 ではこの学名を採用。
英名は IOC 同様 Eastern Cattle Egret。IOC / AOS では Eastern Cattle-Egret。
どちらも Hruska et al. (2023) を採用した模様。これまで用いられてきた学名と大きく異なるので注意が必要。
[和名の由来]
大橋 (2020) Birder 34(5): 66-67 が和名の由来の考察を行っている。和名のすでに存在した時期には海外由来の「亜麻」はまだ知られておらず、伝統的な色の名称である「飴色」が由来であろうとのこと。コンサイス鳥名事典では両方の説を紹介しているが、「亜麻色」の渡来時期についての考察はない。
鳥名の漢字表記はいずれでもなく「黄毛鷺」と書く。
大橋 (2020) によればドビュッシーの名曲「亜麻色の髪の乙女」がこの名称で翻訳されて紹介されたことなどで亜麻色の名称がよく知られるようになったとのこと。原曲は La fille aux cheveux de lin で 1910 年に前奏曲集のうちの1曲として出版された。cheveux de lin が亜麻色の髪で白に近い金髪を指すと辞書に記載されている。
ショウジョウサギ (ショウジョウ 猩猩、猩々: 中国に古くから伝わる酒が大好きな霊獣、能の演目で猩々が酩酊して舞う様子から赤みを帯びた生物の名称に使われるとのこと) の別名があるそうである。
「ショウジョウサギ」の名称が現れる論文は例えば高島 (1952) クロトキに関する知見。
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アオサギ
- 学名:Ardea cinerea (アルデア キネレア) 灰色のアオサギ
- 属名:ardea (f) アオサギ
- 種小名:cinerea (adj) 灰白色の (cinereus)
- 英名:Grey Heron
- 備考:
ardea は短母音のみでアクセントは冒頭 (アルデア)。起源はギリシャ語の eroidos (サギ) やセルビア・クロアチア語の roda (コウノトリ) などが考えられるが語形が大きく変化して起源は明確でない (wiktionary)。
cinerea は短母音のみで -ne- がアクセント音節 (キネレア)。
Ardea 属は Linnaeus (1758) が用いたもので、Gray (1840) がタイプ種をアオサギと定めた。Linnaeus の用いた Ardea 属は現在よりずっと広義でツル類も含んでいた (The Key to Scientific Names)。
チュウサギの属名が変わったのは分子系統研究でアオサギ、コサギのどちらの系統に属するかの認識が改まったため。
4亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は jouyi (アメリカの博物学者 Pierre Louis Jouy 由来) とされる。
[アオサギの亜種の問題]
4亜種のうち1-2亜種は分離されることもある: Ardea monicae Mauritanian Heron、firasa (マダガスカル)。
これらを別と考えて、日本で観察されるアオサギが jouyi なのか cinerea なのかについてはあまりすっきりしない。
Brazil (2009) "Birds of East Asia" ではユーラシア東北部に夏鳥として飛来する、また日本で留鳥のアオサギを jouyi とし、アジアでは中国の大部分で留鳥のアオサギを "おそらく" cinerea としている。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) ではシベリアの大部分が cinerea でバイカル湖以東がより明るい色の jouyi とある。
Dement'ev and Gladkov (1951) では cinerea を北方型で日本もこの分布に含めている。jouyi は中国と朝鮮半島、インドに分布する南方型の扱いになっており、区分概念が少し異なっている。
jouyi は Ardea cinerea jouyi Clark, new subspecies に原記載があり、韓国での3個体によるものとのこと。
基亜種に比べて白っぽい色で、クロヅルの東方亜種 Grus grus lilfordi に対応するとのこと。クロヅルのこの亜種を認めているリストは現在あまりなく IOC では単形種としている (#クロヅルの備考も参照)。
アオサギの亜種については調べられた文献もあまり見当たらず、あまり検討されないまま過去の分類を引き続き使っているだけでそれほど意味のある亜種分類ではないのかも知れない。
参考までに冬鳥で普通種であるフィリピンのリストでは Ardea cinerea jouyi 別名 Ardea (cinerea) cinerea としているが後者は記入ミスかも。東アジアから渡ってくるものは jouyi と判断している模様。
Trivedi and Parasharya (2019) Inland nesting of grey heron Ardea cinerea: An important record for Gujarat state, India
のインドの文献では cinerea を時々やってくる冬鳥、jouyi を繁殖する亜種で日本も分布域に含めている。
分布の基本情報は Heron Conservation によるものだが、Trivedi and Parasharya (2019) の Taxonomic Status のところにはインドの亜種がどちらかわからない。この2亜種はクラインの大陸の両端の表しているとの考えも紹介している (その場合は連続分布)。
インドでは亜種 restirostris として記載されていた。従来の分布の考えに従って jouyi のシノニムとされたが、
HBW では最近はインド、スリランカを cinerea に分類し、jouyi はロシア極東・日本南部から... (Russian Far East and Japan S to N Myanmar, Indochina,...) の表記に読め、北海道は別亜種と意識しているものかも知れない。省略形で書かれているので原意は確実ではないがどなたかご確認いただきたいところ。
これに従えばインドの亜種を jouyi と素直に書けないので困った事態になっている模様。一部の標本を見て亜種が区別できないなどの断片的研究はあるが、インドの個体についての系統的な亜種の検討はなされていない。さもなければこんなことははるか昔に決着しているはずだ、と書いている。この状況は東アジアでもあまり違わないのかも知れない。
Heron Conservation のページでは jouyi の分布に関係して Matsunaga et al. (2000) Changing Trends in Distribution and Status of Grey Heron
Colonies in Hokkaido, Japan, 1960-1999
が引用されているが北海道 (夏鳥) の繁殖コロニーの変遷の論文で亜種にかかわる記述はない。
Ye et al. (2018)
First Description of Grey Heron Ardea cinerea Migration Recorded by GPS/GSM Transmitter
に中国からロシア・中国東北部に渡るアオサギのルートが調べられている。この文献では jouyi は中国に広く分布としているが、1世代前の HBW の記述に基づくよう。この論文の時点ではアオサギの渡り経路の研究は初とのこと。
[アオサギ、サギ類の日本語情報源]
日本語の興味深い情報源として アオサギを議論するページ を紹介しておく。
このサイトの著者の英語論文もある: Matsunaga (2018) Changes of the nesting sites of Grey Herons (Ardea cinerea) in Hokkaido, northern Japan。
アオサギを議論するページの アオサギの名 にギリシャ語の由来が示されていたので調べてみた。
古代ギリシャ語で erodios で、語末 -ios は他の鳥の名前と共通性があるとのこと。
aigupios (ハゲワシ)、aigolios (小型のフクロウの1種)、kharadrios (イシチドリまたは神話の鳥で治癒力のある caladrius)。-ios は日本語の鳥名語尾の "メ" のような役割か。
古代ギリシャ語の別型があり aroidios, rhoidios。ラテン語の ardea (サギ)、セルビア-クロアチアの roda (コウノトリ) との類似性が無関係とは考えにくいとのこと。複数の形態があるのでギリシャ語以前に起源があるのではとのこと (wikitionary)。Beekes (2010) の語源研究の本が出ているとのこと。
この解説のページでは エロス (Eros) の関係は出てこなかった。Eros の -os から想定すると誤る可能性があるということだろうか。
ラテン語の ardea の方は The Key to Scientific Names は Friedman (2022) Archives Nat. Hist., 49 (1), p. 19 の説を採用していてローマ神話で Ardea の町が燃えたときに灰から立ち上がった鳥。ardere は燃えるの意味で、燃える糞をしてタカもそれに触れると体が腐ってしまうとの伝説があるとのこと。
wikitionary の解説はそこまで書いてなくて、古代ギリシャ語の erodios と セルビア-クロアチアの roda との関係、インド・ヨーロッパ祖語に遡る可能性があるがおそらく異なる言語の接触によって音が変わった可能性がより考えやすいとしている。こちらでは ardeo (ardere 燃える、が変化形) は別系統の単語 (古イタリア語 *azideo 由来) とみなしている。
アオサギの他言語の名称調査では「アオサギを議論するページ」とほぼ同じ結果になった。
スペイン語、ポルトガル語で使われる real は2語義があって、一つは英語と同じ「真の」だがもうひとつは「王の」(英語の royal に相当)。イヌワシ (aguila real) は後者の例とされるので、スペイン語 garza real もそちらの意味かも。ムラサキサギを garza imperial と呼んでいるので、スペイン人は堂々とした体格を「王」で表している可能性が高いとみた。
英語の heron は 1300 年ごろから使われ、古フランス語 harion, eron (12世紀) 由来とのこと。古英語の hraga は中世には生き残らなかった。egret も中世フランス語の aigrette 由来で14世紀半ばから使われている (Online Etymology Dictionary)。
OED によれば 1340 年 heyrone, 1405 or 1395 年に heron の用例があるとのこと。"heron" の音は 1300 年ごろから使われていたがおそらく文字にする時は揺れがあったのだろう。
[食用アオサギ?]
食としてのサギ にも面白い話があって「サハリンではアオサギが食用としてマーケットに並んでいる」とある (2001)。wikipedia ロシア語版を見てみると、中世に鷹狩りで狩られていたことは同様に記述されている。
Tugarinov and Portenko (1952) によれば、肉は美味しくなく魚の臭いがして他の狩猟目的の副産物として狩られる程度であったとある。一方で Evgen'evich (2011) Bolotnye ptitsym tsaplya は逆に肉の質はよいとしている。
2009 年の法改正で狩猟鳥から外されており、現在ではアオサギを目的とした狩猟は行われていないとのこと。現在ならばマーケットに並べば違法になるだろう。
Evgen'evich (2011) のページにはアオサギの狩猟方法が記されていて多少歴史的な側面も出ているので紹介しておくと、食用の他に (それよりむしろ?) 装飾用の羽根 (天国の羽根と呼ばれたそう) 目当てに狩猟されていたとのこと。鷹狩りで好まれたのはアオサギが反撃するため見せ物として好適だったためとのこと。
「鷹狩りの書」(フリードリッヒ二世著 吉越英之訳 文一総合出版 2016) pp. 138-142 にハヤブサ類による狩りとサギなどによる反撃、ツルとノガンの図版が紹介されている。
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ムラサキサギ
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ダイサギ
- 学名:Ardea alba (アルデア アルバ) 白いアオサギ
- 属名:ardea (f) アオサギ
- 種小名:alba (adj) 白い (albus)
- 英名:Great Egret
- 備考:
ardea は#アオサギ参照。
alba は短母音のみで "アルバ"。
modesta は短母音のみで "モデスタ"。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 alba 亜種ダイサギ (冬鳥として渡来とされる。過去の別名オオダイサギ、モモジロ) と modesta (中庸の) チュウダイサギ (国内繁殖するものはこちらとされる。過去の別名コモモジロ)、及び亜種不明とされる。
英名に Great White Heron があった [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition)] "オオシラサギ" に相当。過去の別名オオダイサギに影響があったかも知れない。オーストラリアでは Great Egret だがニュージーランドでは White Heron と呼ばれているとのこと (Ardeidae BirdForum 2025.3)。
英名では Egret と Heron の名称が混ざっており、分類学的にも違いがあるわけではないので統一を焦る必要はないとの考えが出されている。ワシとタカの違いのようなものか。和名の "サギ" の方が状況は単純な模様だが、"シラサギ" と総称するとややこしくなるのと同様。
サギ類の現代的な分子系統分類 (#サンカノゴイの備考参照) ではダイサギを Ardea 属とすることとアマサギを Bubulcus 属に残すことは相容れないこととなる (#アマサギの備考参照)。
ダイサギの世界分布が広く、個々の亜種が異なった繁殖期の羽衣を持つこと、Raty (2014) の DNA バーコーディングによる部分的証拠から世界4地域に分かれた複数種の分割が提案されている。
ダイサギとチュウダイサギも繁殖域などが大きく異なり外見も違うので種分割は妥当に思える。
これらが採用された場合は別種となるので、記録を残す場合もできるかぎりこの2つを区別して残すことが望ましい。
Brazil (2009) "Birds of East Asia" もこれらが別種相当と述べ、英名に Great White Egret (ダイサギ) と Eastern Great White Egret (チュウダイサギ) の名称を与えている。
属名も Boyd のリストと同じく Casmerodius 属を採用していたが、当時はチュウサギが同じグループに属することが判明しておらず、Mesophoyx 属とされていた (この属は最新分子系統が判明するまで Boyd も用いていた)。
Gluschenko et al. (2024) The great egret Casmerodius albus in the south of Russian Far East (pp. 939-961)
によればロシア沿海地方のハンカ湖ででは両方がコロニーで繁殖し、繁殖生態や営巣習性も異なり、別種が適切であろうとのこと。この論文では別種として扱い、日本の表記では亜種ダイサギの繁殖生態のみを報告している。数は近年増えている。
Dugintsov and Logunov (2024) The first discovery of a nest of the great egret Casmerodius albus in the Amur Oblast (pp. 2907-2912) アムール州ではかつては迷鳥だったが 21 世紀に入って数が増え、繁殖も初確認された。
ヨーロッパでも分布域が北に拡大している: Wlodarczyk et al. (2020) Migratory behaviour and survival of Great Egrets after range expansion in Central Europe。20 世紀末に北部・西部に分布を広げ、21 世紀に入ってヨーロッパの 13 国で新たに繁殖種となった。越冬個体群も増えている。
IOC 15.1 では C. modesta should not be split (Pratt 2011) とあり、チュウダイサギは別種としていないが別種扱いのリストもある。どのぐらい違うのか AF193822.1 から BLAST を行ってみると結構違いがある。
alba と modesta の一致率は 93.6% 程度でそれほど高くない。GenBank でも Ardea modesta の学名を採用しているため (検索時は要注意) いずれ再検討が行われそう。
ミトコンドリアゲノムでは modesta のみ調べられていて [参考 Zhou et al. (2014) The complete mitochondrial genomes of sixteen ardeid birds revealing the evolutionary process of the gene rearrangements]、alba の情報がないのでまだデータ待ちのよう。
IOC 15.1 でもアメリカ大陸のダイサギ (亜種 egretta) は American Egret is a proposed split (Pratt 2011); more data desired とあって分離候補に挙がっている。もし分離されれば Egretta 属と同名の種小名を持つ種が別属に誕生することになる。Pratt (2011) は今となってはだいぶ古いので新しいデータを用いて再検討されるだろうか。
[ダイサギの皮膚は黒い?]
Nicolai et al. (2020) Exposure to UV radiance predicts repeated evolution of concealed black skin in birds
が標本から鳥の皮膚の色を調べる膨大な研究を行っている。99% 以上の属をカバーしているとのこと。黒い皮膚を持つ鳥は少ないが一定の数はあった。全体の 5% 程度だが多くの系統にみられ、黒い皮膚は 100 回以上独立に進化したとのこと。基本的に紫外線対策で説明できる。そのため赤道付近に多く、Gloger の法則に従っているとのこと。
皮膚が不必要に黒いものはあまりなさそうで、黒い皮膚を維持する (メラニン着色を続ける) のはコストがかかるのだろうとのこと。
地理的に日本の鳥では少ないがダイサギ、アマサギは首の皮膚が黒いとのこと (確かめられた方はおられるだろうか?)。白いサギでは首の皮膚にも日光が入り込むため紫外線対策が必要ということだろうか。
フラミンゴ類も同様でおそらく細い首の場合は羽毛で紫外線を防ぎきれないのだろうか。
標本の地理的分布の制約もあって東洋のカラス類は調べられていないが、Corvus 属では ムナジロガラス Corvus albus Pied Crow のみが調べられていて皮膚は黄色とのこと。
頭や首のはげた鳥は黒いものが多いなど知られた結果も得られている。
ウ類も皮膚は黄色から赤 (カワウは赤とのこと)。
カモ類では多少例があってハクガン、ミコアイサは首が黒いとのこと。南アメリカの飛べないカモのオオフナガモ Tachyeres pteneres Flightless Steamerduck は腹が黒いとのこと。
猛禽類では頭や首に羽毛のない種類は該当するが、ハイガシラトビ Leptodon cayanensis Grey-headed Kite も首が黒いとのこと。頭が白っぽくて光が入り込みやすいのだろうか。
パプアオオタカは首に黒い部分があるらしい。ミサゴは首・体ともに赤と他のタカ類とは色の傾向が少し違う。
シベリアムクドリは全身がオスが黄色、メスが黒となっているがあるいは標本の質の問題もあるのかも。ケイマフリ、ニシセグロカモメ、ノガン、ノグチゲラは首が黒い。
気がついたものをピックアップしたが一部だけなので興味ある方は調べていただければ面白いと思う。
Nicolai et al. (2023) Back in black: melanin-rich skin colour associated with increased net diversification rates in birds は同じグループがさらにサンプルを増やして調べているが論文はオープンアクセスではない。
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チュウサギ
- 第8版学名:Ardea intermedia (アルデア インテルメディア) 中間のアオサギ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Egretta intermedia (エグレッタ インテルメディア) 中間のサギ
- 第8版属名:ardea (f) アオサギ
- 第7版属名:egretta (合) シラサギ (aigrette シラサギ 仏)
- 種小名:intermedia (adj) 中間の (intermedius)
- 英名:(Ietermediate Egret), IOC, WGAC: Medium Egret
- 備考:
ardea は#アオサギ参照。
intermedia は短母音のみで "インテルメディア"。
"Fauna Japonica" では Ardea egrettoides Temminck, 1840 の学名が使われた。Egretta + -oides (似た) (Gk)。Ardea intermedia Wagler, 1829 (原記載) 基産地ジャワ島 の用例が早かった。
もっとも Ardea egrettoides Gmelin, 1774 のさらに早い用例があり (ダイサギのシノニム) (The Key to Scientific Names)、Temminck の学名は有効なものではなかった。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Ardea 属に移動。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。種小名は変化なし。この変更は一世代前の分子系統樹 (#トキの備考参照) では納得できるものであった。
サギ類の現代的な分子系統分類 (#サンカノゴイの備考参照) ではチュウサギを Ardea 属とすることとアマサギを Bubulcus 属に残すことは相容れないこととなる。
Brazil (2009) "Birds of East Asia" では Mesophoyx 属とされていた (#ダイサギの備考参照)。現代的な分子系統分類ではダイサギと同属とするのが適切である。
世界の分類ではアマサギを Ardea 属に移動することで解消される見通し (#アマサギの備考参照)。
3亜種あり(IOC)、日本で記録されるものは基亜種 intermedia とされる。亜種 plumiferus を種 Plumed Egret オーストラリアチュウサギ と分離する考えがあり、IOC, eBird, BirdLife で採用されている。
亜種 brachyrhynchus を種 Yellow-billed Egret とする考えもあって IOC 等同様であるが和名が見当たらないため、オーストラリアチュウサギの例に従ってアフリカチュウサギの名称を仮に与えてある。
plumiferus も Plumed も「羽で着飾った」のよい名前をもらっているので、和名はもう少し凝ってもよい気がする。
英名は IOC 14.1, Working Group Avian Checklists で Medium Egret。これまでの Ietermediate Egret は分離前の古い概念に対応する英名となる。これまでは種小名と対応していてわかりやすかったが少し注意が必要。
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コサギ
- 学名:Egretta garzetta (エグレッタ ガルゼッタ) シラサギ
- 属名:egretta (合) シラサギ (aigrette シラサギ 仏)
- 種小名:garzetta (外) garzetta/sgarzetta コサギ 伊
- 英名:Little Egret
- 備考:
egretta は外来語由来だが -ret- がアクセント音節であることは問題ない。すべて短母音とすれば "エグレッタ"。フランス語でも aigrette を同じように発音する ("エグレット"。アクセントは特にない)。英語 egret の方が発音は要注意で冒頭にアクセントがあって i の音である。
r と l を取り違えて発音すると eaglet (ワシの子) になってしまう。
garzetta も外来語由来で発音は明確でないが、-zet- がアクセント音節であることは問題ない。すべて短母音とすれば "ガルゼッタ"。
Egretta 属はコサギのみを指して使われた名称 (Forster 1817) で自動的にタイプ種となる。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 garzetta とされる。
旧世界に広範に分布するが大部分は亜種 garzetta とされ、スンダ列島からオーストラリア、ニュージランドの亜種が nigripes とされる。世界の多くのリストが同じ分類を採用している。
この意味では日本もアフリカも同じ亜種となる。
コンサイス鳥名事典の時点の亜種は少し違っていて garzetta がヨーロッパ南部、アフリカ、南アジア。
nigripes がジャワ、ニューギニア、フィリピン。
immaculata がオーストラリア。
dimorpha がマダガスカルとアルダブラ諸島とあり、マダガスカルクロサギ Egretta dimorpha に対応する。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) はこの亜種を種として分離していないため、コサギは3亜種になる。
immaculata は現在は通常 nigripes のシノニムとされる次第である。
IOC 15.1, WGAC で Butorides atricapilla が Butorides striata 南米のササゴイ から分離され Little Heron の英名が与えられることになった。日本のササゴイも後者に属すると考えられる。ササゴイ類の分子系統研究を踏まえたものでコサギと紛らわしい英名となった。
アフリカ東部やマダガスカルに灰色の暗色型が存在し、東京の多摩川 (1978)、名古屋の庄内川 (1978-1983) に暗色型が記録されたとのこと (コンサイス鳥名事典)。
2012-2013 年東京都町田市の記録が見られる コサギ 暗色型 (「ミツユビカモメと仲間たち」の探鳥記録)。
コサギ (2021年茨城県 kobori)。
コサギ暗色種 (森の自然誌) ではアフリカからインドに棲息する亜種と書かれている。
Little Egret (HeronConservation) では多数の亜種を記載しているので、それをふまえた解説かも知れない。これによればこれら提唱されている "亜種" 間の形態、遺伝的違いなどはあまり調べられていないとのことで分類に関する最近の情報はなさそうに読める。
Ashkenazi (1993) Dark-Morph Individuals of Egretta spp. in Israel
にイスラエルでの暗色型の報告がある。
Melanistic Little Egret sighted in Jaisalmer district (Times of India) インドで目撃された暗色型。
[鳥の体のサイズを決める遺伝子]
体軸の長さや体型を決める遺伝子が (初めてとある) ある程度明らかになったらしい。どの項目に入れてもよい内容だが研究対象となっている種の中で日本でも見られ遺伝子の特徴が多いコサギに入れた。
Luo et al. (2024) Insight Into Body Size Evolution in Aves: Based on Some Body Size-Related Genes
複数の因子があって個々には複雑なので論文の系統樹を直接見て考察していただきたい。
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クロサギ
- 学名:Egretta sacra (エグレッタ サクラ) 神聖なシラサギ
- 属名:egretta (合) シラサギ (aigrette シラサギ 仏)
- 種小名:sacra (adj) 神聖な (sacer)
- 英名:Eastern Reef Heron, IOC: Pacific Reef Heron
- 備考:
egretta は#コサギ参照。
sacra は短母音のみ (サクラ)。日本語の "桜" のように "ク" に母音は入らない。
記載時学名 Ardea sacra Gmelin, 1789 (原記載) 基産地 Tahiti (タヒチ)。Latham の英名の Sacred Heron も挙げられていた。
PELECANIFORMES Pelicans, herons, and ibises (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealand 2019) によれば Latham 1785, Gen. Synop. Birds 3: 92 とのこと。
その次に登場する Ardea atra は Brisson の用いた学名 (有効な学名ではない) で Heron noir, Black Heron の名称が登場する。分布域が Sikesia (ヨーロッパ中部) とクロサギと異なるのでクロサギの黒色型を意味していたわけではなさそう。Gmelin は過去の記載を整理したものなので勘違いなどもあったかも知れない。
このスキャンに手書きされている Ardea nigra の同定が正しければ Linnaeus (1758) の命名したナベコウを指していることになる。
今ひとつ実体はよくわかっていなかったようだが、クロサギの種小名は Latham の英名由来。
英名で Black Heron はクロコサギ Egretta ardesiaca と別の種になる。中国語でも黒鷺はこちらの種を指す。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 sacra とされる。
国内の「白色型」の地域分布について調べた論文: Itoh (1991) Geographical Variation of the Plumage Polymorphism in the Eastern Reef Heron (Egretta sacra)
この研究では白色型は南西諸島で見られ、赤道から遠ざかるほど白色型の比率が減る。白黒2型の多形を説明する仮説も紹介されているが、どれも十分満足できる説明ではないとのこと。
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カラシラサギ
- 学名:Egretta eulophotes (エグレッタ エウロポテース) 立派な冠羽のシラサギ
- 属名:egretta (合) シラサギ (aigrette シラサギ 仏)
- 種小名:eulophotes (合) 立派な冠羽を持ったもの (eu (int) よい、lophos 丘、冠 -otes (接尾辞) 〜の質の Gk)
- 英名:Chinese Egret
- 備考:
egretta は#コサギ参照。
eulophotes は起源となるギリシャ語の -otes の e が長母音であることを考慮すると伸ばす可能性がある。-lo- がアクセント音節と考えられる (エウロポテース)。
単形種。
△ ペリカン目 PELECANIFORMES トキ科 THRESKIORNITHIDAE ▽
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クロトキ
- 学名:Threskiornis melanocephalus (トゥレースキオルニス メラノケパルス) 黒い頭の神聖な鳥
- 属名:threskiornis (合) 神聖な鳥 (threskeia 宗教 ornis 鳥 Gk) 古エジプトではトキ (アフリカクロトキ) は神聖な鳥とされた
- 種小名:melanocephalus (合) 黒い頭の (melano- (接頭辞) 黒い kephali 頭 Gk)
- 英名:[Oriental (White) Ibis, Indian White Ibis], IOC: Black-headed Ibis
- 備考:
threskiornis は外来語由来で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は threskeia の e が長母音のためここが長母音になると考えられる。-or- がアクセント音節と考えられる (トゥレースキオルニス)。
melanocephalus は外来語由来で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-ce- がアクセント音節と考えられる (メラノケパルス)。
単形種。
トキ科 Threskiornithidae の学名は実は自明なものではなかった。かつては Ibis 属に基づいて Ibididae と呼ばれていたが Ibis が最初に使われたのはトキ科でなくコウノトリ類の Mycteria だった。
そのため科の学名を変える必要が生じた。Eudociminae の方が古く使われた名前 (シロトキ、真紅のショウジョウトキの属名由来) であったが ICZN が最終的に Threskiornithidae と決定した (Boyd)。
Ibis 属の名称も現在の属名には使われていない。
クロトキ、アフリカクロトキ Threskiornis aethiopicus Sacred Ibis、オーストラリアクロトキ Threskiornis molucca Australian Ibis は上種を形成すると考えられ、Holyoak (1970) はオーストラリアクロトキは成鳥がアフリカクロトキ、幼鳥がクロトキの羽衣に類似するとして1種 Threskiornis aethiopicus にまとめた。
この扱いは Lowe and Richards (1991) が再検討を行うまで広く認められいたがその後それぞれ種扱いとなった (オーストラリアクロトキの wikipedia 英語版から)。総称時代は "White Ibis" とも呼ばれていたため Oriental (White) Ibis の英名はその時代の名残り。
あまりに紛らわしいので IOC の英名はまったく異なったものが与えられている。
クロトキなのに英名には White Ibis が付いていた理由。現在の White Ibis の英名は Eudocimus albus に与えられいる (こちらは学名とも対応してわかりやすい)。
しかし現在のショウジョウトキ Eudocimus ruber Scarlet Ibis はこの種と同種で色彩の違いは morph との解釈もあった。交雑していないことが判明して別種とされた経緯もある (コンサイス鳥名事典)。トキ類の分類は意外に複雑だった模様。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire でも英名 White Ibis を用いていた。
[ペリカン目やトキ科などの系統について]
Gibb et al. (2013) Beyond phylogeny: pelecaniform and ciconiiform birds, and long-term niche stability
によればトキ類とサギ類は従来考えられていたような単系統をなさない。
Boyd はそれぞれを目にすれば話が簡単であると以下のようにしている (ここでは紹介のみを意図とする。後に述べるように必ずしもすぐに推奨できるものではない)。
和名があるものは 山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) 鳥類の目と科の新しい和名 (1) 非スズメ目・イワサザイ類・亜鳴禽類 に従っている。包含される中身は同一ではない場合があるので注意。
コウノトリ目 Ciconiiformes
コウノトリ科 Ciconiidae: Storks
カツオドリ目 Suliformes
グンカンドリ科 Fregatidae: Frigatebirds
カツオドリ科 Sulidae: Gannets, Boobies
ヘビウ科 Anhingidae: Anhingas
ウ科 Phalacrocoracidae: Cormorants
ヘラサギ/トキ目? Plataleiformes
トキ科 Threskiornithidae
ペリカン目 Pelecaniformes
シュモクドリ科 Scopidae: Hamerkop
ハシビロコウ科 Balaenicipitidae: Shoebill
ペリカン科 Pelecanidae: Pelicans
サギ目 Ardeiformes
サギ科 Ardeidae: Herons, Egrets, Bitterns
ヘラサギ/トキ目? (目の学名は先取権による。文字そのままだとヘラサギ目になるがトキ科のみが含まれることを考えるとトキ目とも呼べる) とサギ目を独立させることがポイントで、このようにすればトキ科やサギ科をどこにするか悩むことはない。一つの解決法だろう。
他の系統はこれまでの分類そのままである。
Kuramoto et al. (2015) Determining the Position of Storks on the Phylogenetic Tree of Waterbirds by Retroposon Insertion Analysis
レトロポゾンの挿入比較に基づく水鳥類の系統解析 (蔵本多恵 2016 博士論文)
では Gibb et al. (2013) の系統樹サポートは低いことも指摘されており、レトロトランスポゾンの解析 [この方法はオウム類とハヤブサ類の近縁性を明らかにする (2011) のにも用いられた。#ハヤブサの備考参照]
でペリカン類、トキ類、サギ類は系統が近く、サギ科とトキ科は分岐初期に交雑があり (初期に急速に種分化したと考えられる) レトロトランスポゾンの解析で系統分離が不完全になっていることも示唆されている。
従来の研究でも示唆はあったがコウノトリ目とカツオドリ目を独立させるのはこの論文の結果で十分で、この研究はペリカン類、トキ類、サギ類が近縁であることを支持する結果となっている。
Gibb et al. (2013) の研究ではサギ類とコウノトリ類が同一の枝にまとまる結果となったがこれは否定されることになった。
この結果を見るとペリカン類、トキ類、サギ類をペリカン目にまとめることが適切のようにも見えるが、レトロトランスポゾンを用いる方法は系統はわかるが分岐年代はわからないので別情報が必要になる。
Gibb et al. (2013) の fig. 3 を見ると分けてもよい印象も受ける。目をどの程度の単位と考えるか次第だろう。
Gibb et al. (2013) の結果ではタカ類が捕食性の水鳥グループの祖先にあたる系統樹となっていて現代の認識とは異なる。水鳥とタカ類 (他はわずかで陸鳥を含まず) のみを含めた解析なのでこのような結果になっているのだろう。タカ類とハヤブサ類の系統が離れていることが明らかになった後ぐらいの研究なので、タカ類をどこに置くかはまだ自由度があったのだろう。
かつては水鳥とワシタカ類 (ハヤブサ類も含む) の系統が近いと考えられていたので、捕食性の水鳥の祖先にタカ類が位置する結果は比較的大きな獲物をとる肉食グループとなって水鳥の系統を研究する者には理解しやすかったと思われる。
かつてはワシタカ類 (ハヤブサ類も含む) はカモ類とキジ類の間に置かれていたが、その場所よりも捕食性の水鳥と一緒にすると解釈に都合がよいとのアイデアになる。結果的にはこれは多分正しくないのだが、
#ミサゴの備考にあるように捕食性の陸鳥の祖先に猛禽類を置くアイデアに近く、タカ類など猛禽類はさまざまなものの祖先となり得るまことに都合のよいグループなのだろう。
この系統樹と年代推定ではタカ類は恐竜絶滅を生き延びていたことになってこれはこれで面白い。Accipitriformes の総称一般名に accipiters が使われていて、この方面はあまり詳しくないだろうことも想像できる。
Kimball et al. (2013)
Identifying localized biases in large datasets: A case study using
the avian tree of life
にも含まれている種のサンプルは少ないが広範な分類群を含む分子系統解析がある。これもコウノトリ類がこのグループの最初の分岐であることをうかがわせるが、Kuramoto et al. (2015) の方がより決定的な結果となっている。
Kuramoto et al. (2015) および博士論文によれば、用いた遺伝子数は増えたものの種のサンプルは少なく、解析に用いる種の選定などが系統推定を誤らせた可能性があるとのこと。
Boyd は上位分類を最初は Gibb et al. (2013) (面白い結果の提案であったが) にかなり頼ってしまっていたが、結果的に Gibb et al. (2013) の精度が低かったことに引きずられることになった模様である。Kuramoto et al. (2015) 以前にこの部分が書かれていて、十分に再検討が行われていなかったのかも知れない。
さて最新の#鳥類系統樹2024の系統樹によれば Elementaves の中の最後の系統になる。以下 Stiller et al. (2024) の系統樹配列順。
ネッタイチョウ目 Phaethontiformes
ネッタイチョウ科 Phaethontidae
ジャノメドリ目 Eurypygiformes
ジャノメドリ科 Eurypygidae
カグー科 Rhynochetidae
がまとまった系統をなす。これらからツル目は分離され、Elementaves の中の古い系統に移動。最新分類ではツル目とジャノメドリ科、カグー科は別の系統となった。
アビ目 Gaviiformes は独立した系統。
以下2系統に分かれ、
(1)
ペンギン目 Sphenisciformes が最も古い分岐
ミズナギドリ目 Procellariiformes
アホウドリ科 Diomedeidae
アシナガウミツバメ科 Oceanitidae
ウミツバメ科 Hydrobatidae
ミズナギドリ科 Procellariidae
(2) Stiller et al. (2024) は以下全体を ペリカン目 Pelecaniformes としている
コウノトリ科 Ciconiidae が最も古い分岐
トキ科 Threskiornithidae (ヘラサギ類は調べられていないがここに入る)
サギ科 Ardeidae
以下の3つはまとまった系統をなす。
ハシビロコウ科 Balaenicipitidae
ペリカン科 Pelecanidae
シュモクドリ科 Scopidae
以下もまとまった系統をなす。
グンカンドリ科 Fregatidae (最も古い分岐。以下の3系統は比較的近い)
カツオドリ科 Sulidae
ヘビウ科 Anhingidae
ウ科 Phalacrocoracidae
目の範囲の扱い次第だが、現在のペリカン目とカツオドリ目を認めるならば、コウノトリ、トキ、サギもそれぞれ目扱いが適切であることがわかる (Boyd の分類の通り)。そうでなければ従来通り全部をペリカン目とするかどうかの問題。Stiller et al. (2024) は上記の (2) の系統がまとまっていること、レトロトランスポゾンの結果も考慮して全体をペリカン目として扱ったのかも知れない。
分岐年代的には (2) の中の分岐は少し新しい (5500 万年前ぐらい) のでそれ以前の系統ほどは分ける必然性は高くないかも知れない。全体をペリカン目とする扱いとするか、レトロトランスポゾンの共通性は多少容認して実用的にトキ、サギを目扱いとするか。
コウノトリ目のみ分けて残りをペリカン目とする扱いも考えられる。細分しない限りカツオドリ目が消滅してしまう可能性があるがどうだろうか。
カツオドリ目とされていた中でグンカンドリ科だけはあまり似ていない印象を受けるが、分子系統解析からも縁がやや遠いことがわかり納得できる結果となった。
この系統関係については #カワウの備考 [コルヌリン遺伝子を失ったウ類] の情報も参照。
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トキ
- 学名:Nipponia nippon (ニッポニア ニッポン) 日本の鳥 (原学名で日本のトキ)
- 属名:nipponia (種小名から作られた属名)
- 種小名:nippon (外) 日本 (当時の名称では北海道を除く本土を指していたよう)
- 英名:Japanese Crested Ibis, IOC: Crested Ibis
- 備考:
nipponia は規則によれば -po- がアクセント音節 (ニッポニア)。
nippon は規則によれば nip- がアクセント音節 (ニッポン)。
ほぼ常識通りの発音になるが、属名を作る際に記載者も不自然な音にならないよう音韻は考慮したのだろう。
記載時の学名は Ibis nippon Temminck, 1835。
IBIS NIPPON (Nouveau recueil de planches coloriees d'oiseaux, pour servir de suite et de complement aux planches enluminees de Buffon, edition in-folio et in-4° de l'Imprimerie Royale, 1770: 600 gravures coloriees)。
別リンク。
シーボルトが持ち帰ったもので、和名のトキも紹介されている。
tres-rare et seulement de passage accidentel dans le iles du domaine de l'empire du Japon と 非常にまれで日本帝国の領土の島々を通過中に偶然見られるのみ、となるだろうか。伝聞と思われるので現代の感覚とはやや異なるが、他の種より日本の固有性を意識した表現となっているように見える。
フランス語でもトキ類は ibis なので特別なフランス語名はなく学名をそのまま使っている。
Coup-d'oeil sur la faune des iles de la Sonde et de l'empire du Japon: discours preliminaire, destine a servir d'introduction a la Faune du Japon
を見ると Jesso (蝦夷) と Nippon (主要な島がこの名前で呼ばれるとのこと) の概念となっていたよう。国名概念 (Japon) ではなさそう。
japonensis を使わなかった理由がもしあるとすればこのニュアンスの違いを反映しているのかも知れない。
なおフランス語で Nippon (nippon) の意味を調べてみるとなんと国名の意味は普通はないようで、日本人あるいはその形容詞とのこと = japonais。名詞の女性形もあって Nippone / Nipponne とのこと (wiktionary)。
海外の命名者による鳥での nippon の用例は調べた範囲では同じく Temminck がシメの仲間に用い、Coccothraustes nippon Cabanis, 1849 (参考) Cabanis が Temminck を引用する形で紹介したもの。
現在何に相当するかは見つけられなかったが、シメの亜種であれば japonicus Temminck & Schlegel, 1848 がある。
ニホンジカの Cervus nippon も Temminck (1838) による命名。エゾジカと別種扱いの時期もあったようでこの種小名も産地を反映しているのかも知れない。
冒頭の Ce bel oiseau (この美しい鳥) はトキ類の他種にも使われているのでトキのみを称賛したわけではない。
sa forme svelte et le coloris elegant de son plumage (形はほっそりして羽毛の色はエレガントである) の解説がある。
同文献で Temminck が用いた他のトキ類の学名では Ibis leucon = Threskiornis melanocephalus (Latham, 1790) クロトキ は他に早い学名があった。
Ibis papillosa = Pseudibis papillosa アカアシトキ は属は変わったが現在も使われている。
Ibis plumbeus = Theristicus caerulescens (Vieillot, 1817) ハイイロトキ も他の記載の方が早かった。
もう1種 Tentalus chalcopterus = Rhinoptilus chalcopterus スミレスナバシリ はトキ類ではないが一緒に含まれていた。これも属は変わったが現在も使われている。
いずれも色などの特徴が中心の学名でトキのみ例外だった模様。
Ibis 属の名称に問題があったことは、Bock (1994) History and nomenclature of avian family-group names (pp. 39-40, 96) に記述されている。
Ibis Cuvier, 1816 が用いられていたが、Ibis Lacepede, 1799 の用例の方が早かったことがわかった。Lacepede (1799) の用いたものは Mycteria Linnaeus, 1758 (アメリカトキコウなど。コウノトリ目コウノトリ科) のシノニムとなって Ibis 属は表面上現れなくなった。
ここで問題となっているのは Ibis 属がコウノトリ目に移動したとともに引き継がれてコウノトリ科の名称が Ibididae とされた点。
Ibididae Degland, 1849 (Ibis Cuvier, 1816) は Ibis の属名が後行シノニムにあたるため有効でなく、Ibididae auct., post-1850 (Ibis Lacepede, 1799) の Lacepede (1799) の属名に基づく科の名称は別物とのこと。これは現在のコウノトリ科 Ciconiidae のシノニムとなっているとのこと。
Ibis 属がトキ類を指すものとしてまだ有効だった時代に Reichenbach が 1852 年提案した分類 Nipponia temmincki [Handb. Spec. Orn. Die Voegel (1852) p. 14]。
属名の記載年は Reichenbach, 1853 (Avium Systema Naturale) の Genera et species typicae の p. XIV: トキ類を細かく属に分けている) とされる。
この時点では Nipponia temminckii Reichenbach。
属名の Nipponia は特に意味を持たせたというより、種小名から語尾を属名に昇格しただけと考えるとよさそうである (当時は種小名から属に昇格の場合にトートニムになるのを避けて別の種小名を与えることは普通に行われていたよう。おそらくその後その必要はない規則となったものと想像できる)。
これに基づき、Gray が 1871 年に用いた Nipponia nippon が使われるようになったとある (wikipedia 日本語版など)。
Reichenbach (1853) は当時の扱いで属を細かくわけていたが、トキは旧広義 Ibis 属の中でも分離した系統だったためにここで付けられた属名が現在に至るまで使わてきた次第だろう。
また一部の分類群では属を細かく分けたものを再度統合していた時期があったが、トキ類を指した Ibis 属が無効となったため統合して大きな属に戻す機運が起きにくかった理由も考えられるかも知れない。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire でも Ibis 属を用いており、特異なために他のトキ類のいずれに近縁か不明とある。この時点では Ibis 属はまだ有効で Reichenbach の属分類も採用していなかった。
Temminck が種小名に japonensis などではなく固有名詞の nippon を用いたことで種小名から属名への昇格が可能となったとも言える。もし japonensis や、"冠のある" などの意味の種小名を用いていればおそらくまったく違う学名になっていたことだろう。
当時の記述を読んでいて気づいたのだが、フランス語名でトキ類一般は ibis であるため、過去の学名と重複を避ける他に、フランス語名にした場合に他のトキ類のフランス語一般名と紛らわしくならない表現が必要とされたと考えられる。
"顔が禿げた" の意味ではサカツラトキ 現在の学名で Phimosus infuscatus Whispering Ibis (Bare-faced Ibis) がすでに記載されており、フランス語名で Ibis a face nue で、"顔が禿げた" 特徴は学名に残しにくかったと想像できる。
"白いトキ" ではシロトキ 現在の学名で Eudocimus albus が Linnaeus (1758) が早々に命名 (Scolopax alba! これ以前は Numenius が使われていた。原記載) していてフランス語名でも同様なのでこれも学名にはふさわしくない。
フランス語名 "顔の黒いトキ" ではカオジロブロンズトキ 現在の学名で Plegadis chihi White-faced Ibis と英語名と意味が逆になっている。この chihi は Vieillot (1817) が与えたもので Azara が用いた用語をフランス語の音にしたものとのこと (The Key to Scientific Names)。
この種は記載時 Numenius 属で、なんとダイシャクシギの仲間だった。嘴を見るとトキ類とダイシャクシギ類が近い関係にあったと想像されても確かに不思議でない。
Numenius ibis Cuvier なる学名も存在したぐらいなので [cf. Curtis et al. (2018) The Sacred Ibis debate: The first test of evolution] 当時はこの2つのグループが混同されていたふしがある。
そう思ってみると過去の Numenius 属の学名に現在はトキ類のものが見つかる。こちらも気にすると選択肢がより狭まったかも知れない。
顔の色をもとに学名を作ることは可能だったと思われるが、トキ類の顔つきはまずまず似ているので他種にもあてはまってしまう色名は使いにくい。カオジロブロンズトキに chihi が使われた時点で記述的な学名がすでに難しくなりかけていた兆候かも知れない。
肝心の "冠のあるトキ" はマダガスカルトキ 現在の学名で Lophotibis cristata Madagascar Ibis (IOC 14.2) / Madagascar Crested Ibis / Crested Wood Ibis / White-winged Ibis で Boddaert (1783) が早々に命名しており、Boddaert の記載時の属は違っていたとはいえトキ類では cristata/cristatus はそもそも事実上使えなかったものだろう。
学名も Ibis cristatus となっていた時期があった模様で、Zoologia. Aves. Pagina 629 Tomo 3. Los Tres Reinos de la Naturaleza に登場する。
さらにマダガスカルトキのフランス語名が Ibis huppe と "冠のあるトキ" そのままの意味。
"冠のある" 意味だけが目的であれば代わりの種小名を使うことも可能である (例えばカンムリクマタカの coronatus)。
日本のトキに "冠のある" を使えなかったのはフランス語で既存の種と同じ名前になってしまうのがより重要な理由だったかも知れない。
英名を見ていても気づきにくいが、学名に近い表記を使うフランス語では使いたいだろう名称はすでに使われていたものが多かった。結果的に "日本のトキ" とせざるを得なかった部分もあるのでは。
トキの現在の標準的な英名は Crested Ibis だが、特徴が該当する種が他にもあり、他言語の用例と比べてもなかなか悩ましかったかも知れない。マダガスカルトキの英名も苦労している感じがある。Madagascar Ibis の英名は マダガスカルクロトキ Threskiornis bernieri にも使われたことがあってそれぞれの間で英名を譲り合った経緯が想像できる。
記載者がマダガスカルトキに "冠のある" のような簡単な学名を与えるのでなくもっと気を遣ってくれていれば、の恨み節が聞こえそうである。
なおこんな話題があった。こちらは別の動物群で Nipponia がトキにすでに使われていることが問題となった。マクラギヤスデ概説 (Kuwahara 2022)。
単形属。単形種。
[Nipponia 属の位置づけ]
Boyd のページによるとトキ類の約半数をサンプルした Krattinger (2010) の研究 (修士論文) では Bostrychia, Lophotibis, Nipponia の分離は十分でないが、
Chesser et al. (2010) Molecular phylogeny of the spoonbills (Aves: Threskiornithidae) based on mitochondrial DNA
と整合性はあるとのこと。
Ramirez et al. (2013) Molecular phylogeny of Threskiornithidae (Aves: Pelecaniformes) based on nuclear and mitochondrial DNA
にも研究があるが、主に新世界のトキ類が中心で東洋のトキ類の系統について新しいことがわかったわけではなさそうである。
De Pietri (2013)
Interrelationships of the Threskiornithidae and the
phylogenetic position of the Miocene ibis 'Plegadis' paganus from the Saint-Gerand-le-Puy area in central
France
に化石を含めた形態学による系統研究があり、現在通常受け入れられているトキ亜科 Threskiornithinae とヘラサギ亜科 Plataleinae の関係は単純でなく、ヘラサギ亜科がトキ亜科の Threskiornis 属に内包される形になっている。
ヘラサギ亜科とトキ亜科に分離することが分子系統学的に支持されない可能性は Chesser et al. (2010) にも記されている。
トキ属については言及がないがこのグループとは別系統になる可能性もある。
Gibb et al. (2013) (#クロトキの備考参照)、
Treutlein et al. (2014) Phylogeny of water birds inferred from mitochondrial DNA sequences of nine protein coding genes
で {Threskiornis属 + Platalea (ヘラサギ) 属} の外に Nipponia 属がある驚きの関係になっている。
あまりにもサンプルが少ないが、旧世界 (アフリカなど) のトキ類とヘラサギ類を合わせたものとトキの縁が遠い可能性がある。他のトキ類が調べられていないのでトキ属が独立系統になるかどうかまではわからない。
Kim et al. (2019) The complete mitochondrial genome of an Asian crested ibis Nipponia nippon (Pelecaniformes, Threskiornithidae) from South Korea も参照。
Threskiornis 属と異なることは他の研究同様に明瞭である。
サギ類についても分子系統樹がある程度わかる。
現在までの研究をまとめると、トキ科の中の系統は Threskiornis (クロトキ) 属とヘラサギ類がまとまる可能性が高く、従来の分類を見直す必要がありそうとのこと。
トキはこの系統からは遠いが他の関連属との関係はまだ明らかでない。
これを調べたのは、Nipponia nippon はあまりにもよく知られた学名であるが、他の種類で学名が変化しているケースがあるので将来の分類変更で学名が変わる可能性があるのか気になったため。
種小名の nippon の方は亜種などもなく変わる恐れはないだろう。
現在のところ系統関係が十分分離できていないとされる Bostrychia, Lophotibis はいずれも Nipponia と同じ文献で Reichenbach (1853) が細かく分けた結果生まれた属名であるため将来統合される可能性がまったくないとは言い切れない。
同じ文献なので先取権は何とも言えず、もしどれかのグループが統合された場合の判断は誰かが行うことになるだろう。
Bostrychia 属は5種が含まれアフリカの種類。見かけはトキに特に似ているわけではない。
Lophotibis 属は1種でマダガスカルトキ Lophotibis cristata White-winged Ibis (Madagascar ibis, Madagascar Crested Ibis) で色彩などはトキに特に似ていないが、属名は lophotos 冠のある ibis トキ (Gk) なので日本のトキの属名はこれでもふさわしいものになっている。
Nipponia 属は見かけなどは大きく違うのでおそらく別属だろうと想像するが、こればかりは分子系統解析を待つしかないだろう。マダガスカルトキも Kuramoto et al. (2015) (#クロトキの備考) でトキグループの1種として調べられているだけなので他のトキ類との類似性はわからない。
[トキの遺伝的多様性]
日本では野生絶滅し、中国から再導入されたがどの程度「同じトキ」と言えるのか関心をお持ちの方も多いだろう。
「日中トキ、やはり同一種 DNA分析で確認」(2003)、「能登、佐渡のトキは同一種 県など、DNA鑑定で確認「能里」の子孫、里帰りへ」(2009) の報道が wikipedia 日本語版に出ている。
以下はさらに詳しい研究で、Feng et al. (2019) The Genomic Footprints of the Fall and Recovery of the Crested Ibis がこの疑問にある程度答えてくれる。
1841-1922 年の過去の分布域の 57 標本の分子遺伝学解析を行ったところ、かつて持っていた遺伝的多様性のほぼ半分が失われ、過去に分布していた複数の系統が失われたことが明らかになった (つまりかつての日本からロシア極東の個体群と、現存する個体群のもとになった中国中央部の個体群、及び中国東部、中国北西部の個体群は互いに独立した個体群と分離できる程度には違っていたことがわかる)。
過去の実効個体数推定の結果では人為的影響は 600 年前には始まっていたと推定される。この種にとって過酷な状況は 100 年程度続いたようである。現存の個体群は2繁殖つがいからもたらされたもので、個体数のボトルネック効果は非常に大きく、近親交配と遺伝的浮動によってかつての多形性が大きく失われることになった。
2009 年の日本の報道(上記)では金沢市城北児童会館の剥製ではこれまでに発見されている4種類の遺伝子系統とは別の新しい系統であることがわかったともある。国内産トキの間でも多形性があったことがわかる。
トキの野生復帰の現状〜佐渡の現場から では「中国のトキと日本にいたトキのミトコンドリア DNA は 0.06% しか違わない。これは、個体間の変異程度である」と書かれているが、Feng et al. (2019) の解析によれば同一クレード内の個体による違い (これを個体間の変異に相当するものとしてよいだろう) に比べ、クレード間の距離はずっと大きい。「個体間の変異程度である」との表現は現在では正しくないと思われる。
これらを見るとトキの遺伝的多様性にとって日本の系統が失われてしまったことは非常に残念なことだったと思える。最近では中国由来の個体の増殖が進み、過去のことは忘れ去られがちであるが、やや古い書物ではトキの人工授精の試みの失敗の生々しい記述も見られる。これらを読むと日本の系統を保存できるチャンスは実は何度もあったのではないかと感じる。
日本産トキを救えなかったことについて、日本に内在する構造的問題 (これは現代にも通じるものがありそうである) があったことを小林照幸「朱鷺の遺言」(中央公論社 1998) が指摘している (内容には正確でない部分もあるようである。wikipedia 日本語版注釈も参照)。
wikipedia 日本語版によれば、「ミドリ」や「キン」の組織は冷凍保存されており、この2羽の皮膚細胞から人工多能性幹細胞 (iPS 細胞) を作り、日本産の遺伝子を受け継ぐ個体を復活させる取り組みを、国立環境研究所が 2012 年から開始しているとのことである。
絶滅危惧鳥類における iPS 細胞の作成はヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウですでに報告されている [Katayama et al. (2022) Induced pluripotent stem cells of endangered avian species]。
トキでもおそらく成功するであろうが、鳥類は哺乳類と同様の技術ではクローニングができない。卵黄が大きすぎて顕微鏡下の操作ができないためである (Audubon の解説)。そのため iPS 細胞が確立されても個体 (群) の復活に結びつけるにはまだ道が遠そうである。
[中国のトキの再発見]
日本で全羽捕獲され野生絶滅となった時 (1981年1月)、ちょうど中国でトキの再発見 (1981年4月) の知らせがあった。その再発見物語を中国の研究者の劉蔭増が「美人鳥朱鷺」(湖南少年児童出版社 1988) として著し、桂千恵子によって翻訳された「トキが生きていた - 国際保護鳥トキ再発見の物語」[ポプラ・ノンフィクション(58) 1992] がある。
当時中国ではトキは絶滅したと考えられており、絶滅を確認するための調査であった。広大な中国のどこを捜索すればよいか、またわずかな手がかりから生息の可能性に迫る過程など、科学者の着想がいかんなく発揮されたことが記述され、児童書とはいえ厚みのある内容となっている。また絶滅に瀕した他のトキ類への温かい眼差しも感じられ、機会があればぜひお読みいただきたい本である。
また、例えば劉蔭増第一発見者で発見 40 周年 (2021) の報道が読める。
[繁殖時の色変わり]
繁殖期は頸部の皮膚が内分泌により黒くなり、ここから剥がれ落ちた皮膚を上半身に塗り付けるため黒灰色になる (wikipedia 日本語版より)。Delhey et al. (2017) Cosmetic Coloration in Birds: Occurrence, Function, and Evolution によれば鳥類で皮膚からの色素分泌が知られているのはトキのみで、特異であるとは記述されているがそれ以上調べられていないと記されている。
論文になっているものでは、Wingfield et al. (2000) Biology of a critically endangered species, the Toki (Japanese Crested Ibis) Nipponia nippon
があり、皮膚の分泌部位の写真が示されているが、この論文の時点では成分 (メラニン?) や実際にどのように分泌されるかはわかっていなかったようである。
同じ論文の紹介であるが、Avian Integument では表皮細胞の脂質が分泌されると解説している。他の鳥の表皮構造・機能などとも比較してこの機構が妥当であろうと説明されているものと思う。
この研究者による総説もあって Ritchison (2023) Integument (in "In a Class of Their Own", Fascinating Life Sciences book series, Springer) 基本的に同じことが書かれている。
なお初期の論文は Uchida (1970) On the color change in Japanese Crested Ibis にある (羽毛の鞘を取り囲む細胞から分泌されているとの考えで、上記解説とは多少違いがある)。
森本 (2015) Birder 29(10): 70 にトキの「化粧色」と題して記事がある。換羽や摩耗による以外の色変わりは発見当時はなかなか受け入れられなかったことも記されている。この記事によれば研究が行われているようなので結果に期待したい。
Sun et al. (2020) Transcriptome Comparison Reveals Key Components of Nuptial Plumage Coloration in Crested Ibis が遺伝子発現 (トランスクリプトーム) の解析からユーメラニン合成にかかわる遺伝子が活発に働いていることを見出した。
メラニン系統の物質であろうと推定。鳥類の繁殖羽衣の色彩には比較的使われていない。
この着色の前に着色部位の綿羽を入れ替えるとのこと。この新しい綿羽は形態も特殊で物質を結合しやすくしているとのこと (Wingfield et al. 2000)。ほとんどの溶媒に溶けないので化学分析が難しいとのこと。推定分泌機構が fig. 4 に示されている。
皮膚の keratinocyte (角化細胞) に含まれた色素が落屑によって分泌されると推定している。早い話が普通の皮膚細胞の入れ替わりが促進されている状態。
ということで遺伝子発現からほぼ正解と言える答えが出た模様。主に家禽の品種の色に関係して羽毛や皮膚のトランスクリプトーム解析はかなり行われていてそれが応用された感じ。
最近になって Liu et al. (2023) A Breeding Plumage in the Making: The Unique Process of Plumage Coloration in the Crested Ibis in Terms of Chemical Composition and Sex Hormones に組成分析の論文が出版された。
fig. 2 に首の黒い皮膚と細胞内の黒い顆粒の写真がある。首やのどのパッチから粘性のある物質が分泌されるそうで、黒色物質の分析の結果水に溶けない 117 種の化学物質が検出され、23 種類のエステル (20%)、50 種類の炭化水素 (42%) その他が認められた。ケトン、アルデヒド、アルコールも少量含まれていて同定された化学物質の一覧が出ている。
エステルは脂溶性の層を作って耐水機能を持つとのこと。炭化水素は色彩に関係している可能性がある。
全体的な組成はユーメラニン (eumelatin) に非常に似ているとのこと。よく知られているユーメラニンに含まれる (重合要素となる) 化学物質 (インドール骨格を含む。窒素を含む) は含まれていなかったが、
類縁物質 [窒素を含んでいるが挙げられている大部分はインドール骨格は持たない。8,19-Secoyohimban-19-oic acid, 16,17,20,21-tetradehydro-16-(hydroxymethyl)-, methyl ester, (15.beta.,16E)- は似ている。化学物質の系統名は非常に長い。Secoyohimban というのはアルカロイドの名称のよう] があるとのこと。ユーメラニン同様にこれらの化学物質が重合して黒い色彩を作っていると考えられる。
分泌は性ホルモンで制御されている。化学物質の合成経路などの研究は今後の課題。
完全に同じとは言い切れないかも知れないが、トキの化粧色はユーメラニン類似物質と考えてよさそう。
化粧色のレビューは Delhey (2007) Cosmetic coloration in birds: occurrence, function, and evolution にあるとのこと。これまで考えられていた以上に広く少なくとも 13 科に存在するとのこと。尾脂腺、皮膚からの分泌、粉綿羽、そして外部の物質を使うタイプがある。
[過去の生息地の再導入]
韓国の報道 (英文) Crested ibises return to wild in S. Korea 40 years after going extinct (2019)。
ロシア: ハバロフスクでの報道 (2020 ロシア語) 絶滅したトキがハバロフスクの自然保護区のシンボルに。
[その他]
Xu et al. (2024) Evolution and expression patterns of the neo-sex chromosomes of the crested ibis
にトキの高精度の染色体レベルのゲノム解読の報告がある。かつての性染色体と微小染色体の融合があって neo-sex chromosome になっているとのこと。クロツラヘラサギでも同様と思われる結果が出ており、トキ科の共通祖先の段階で起きたと考えられる。
さらに関連した考察があり Charlesworth (2025) When did recombination suppression events occur in bird ZW sex chromosomes? 鳥類の染色体進化と鳥類の系統進化に関わる興味深い問題とのこと。
Neoaves の系統の中でトキ類の系統で特異的に (つまり独立に) 起きたものか、Neoaves の祖先段階であったものか。詳しく調べられている種類はまだ限られているので今後の進展に期待。
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ヘラサギ
- 学名:Platalea leucorodia (プラタレア レウコローディア) 白いサギのヘラサギ
- 属名:platalea (f) ヘラサギ (platos 幅 Gk)
- 種小名:leucorodia (合) 白いサギの (leuko- (接頭辞) 白い erodios サギ Gk)
- 英名:Spoonbill, IOC: Eurasian Spoonbill
- 備考:
platalea は短母音のみで -ta- がアクセント音節 (プラタレア)。
leucorodia は起源となるギリシャ語では -ro- の o が長母音とのこと (由来となるサギの erodios の母音を引き継ぐ)。アクセントもこの位置で都合がよい (レウコローディア)。
現在はハシビロガモを指す英語の shoveler は本来はヘラサギを指していた (当時の綴り shovelard または別綴り) #ハシビロガモの備考参照。
shoveler をヘラサギに用いる用例は 18 世紀末まであったとのこと。
英語の spoonbill の由来は想像通りであるが、ヘラサギを指す事例は 1678 年から知られているとのこと。他の種にも用いられており Dwarf Spoon-bill, Platalea pygmea Latham (1785), General Synopsis of Birds は Linnaeus (1758) のヘラシギの学名と同じ。起源的にどちらが古かったまでは不明だった (OED)。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 leucorodia とされる。
日本での原記載 Platalea major Temminck & Schlegel, 1849。図版。
major は leucorodia のシノニムとされ、現在は一般には使われていない。
この major, minor は#タシギのように属を分離するために改めて付けられたものではない。
Howard and Moore 2nd edition, Peters' Check-list of the Birds では major を亜種として取り扱っていた。
種ヘラサギの原記載。Linnaeus 以前にも Leucorodias の学名が使われており、踏襲して整理した種小名の模様。
当時はもちろん系統関係などはわからず、フラミンゴ、ヘラサギ、サギ、シギ、クイナ類などは同じグループ Grallae (水鳥) にまとめられていた。
大橋 (2024) Birder 28(1): 50-51 でサギでないのにヘラサギの種小名にサギが現れることを気にされているようだったが、Linnaeus 時代にはあまり区別されていなかった。そもそも和名にサギが現れている。
[嘴先端の触覚で採食する鳥]
ヘラサギ類は嘴先端の触覚で採食することがよく知られていて観察していてもわかりやすいが、同じような仕組みを持つのはトキ科、シギ小目 Scolopaci、そしてキーウイで、嘴の感覚器の数と系統関係を調べた研究がある:
du Toit et al. (2020) Cretaceous origins of the vibrotactile bill-tip organ in birds。
上記の3系統は遠くのものに触れて採食する (remote-touch probing) のグループに含まれているが、嘴を感覚器官として用いるグループは別タイプの構造のカモ類、他の系統でもクイナ類、セイタカシギ類の一部など多系統にわたっており、他のグループにも嘴先端に痕跡的な付属物が見られることからこの感覚は祖先形質であろうと考えられる。
Telluraves の新しいグループの鳥では事実上見られないがヤツガシラ類が嘴の触覚を利用しているとのこと。
この論文の Supplementary Information に嘴の感覚器官に通じる穴の存在形態と過去の文献、自身が標本で調べたが一覧が出ている。スズメ目は関係がないがシギ類など他の種がどうなっているか気になる方は見ていただくとよい。
これまで主に嗅覚に頼って採食すると考えられていたキーウイが嘴先端の触覚 (Herbst 小体による振動刺激検出) も利用していることを示した研究: Cunningham et al. (2007)
A new prey-detection mechanism for kiwi (Apteryx spp.) suggests convergent evolution between paleognathous and neognathous birds。この時点では収斂進化と考えられていたが範囲を広げて調べると祖先形質らしい結果となった。
キーウイが触覚を用いていることは脳科学の結果とも整合性がよい: Cunningham et al. (2013) The Anatomy of the bill Tip of Kiwi and Associated Somatosensory Regions of the Brain: Comparisons with Shorebirds。
この論文には嘴の解剖学の図版も紹介されているので脳科学に興味がなくても一見の価値あり。
du Toit et al. (2024) Tactile bill-tip organs in seabirds suggest conservation of a deep avian symplesiomorphy
はアホウドリ類、ペンギン類でも見つかったとのことで海鳥での発見はこれが初めてとのこと。嘴の触覚を採食などに用いていると考えられる。用いられている系統樹はやや古いので注意。
Cunningham et al. (2007) と基本的に同じような結論を導いているが調査範囲を広げたもの。
[ヘラサギ類の嘴はなぜ先が広がっているか]
#オオフラミンゴの備考 [フラミンゴ類の採食と嘴の形・動かし方] と参考文献を参照。ヘラサギ類についても同様のメカニズムが 1990 年代に提唱されていたが、フラミンゴ類の測定の結果より詳しく判明した。
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クロツラヘラサギ
- 学名:Platalea minor (プラタレア ミノル) 小さなヘラサギ
- 属名:platalea (f) ヘラサギ (platos 幅 Gk)
- 種小名:minor (adj) より小さい
- 英名:Black-faced Spoonbill
- 備考:
platalea は#ヘラサギ参照。
minor は "ミノル"。
単形種。
記載は Temminck & Schlegel (1849) によるもので原記載。
La petite spatele du Japon (日本の小さなヘラサギ) とあり日本で記載、ヘラサギに比べて petite taille で体格が小さいことから。
同書 (前ページ) でヘラサギには Platalea major の学名と La grande spatele du Japon (日本の大きなヘラサギ) の名称を与えており、ヨーロッパのヘラサギとは別種と考えていた。
この major は現在使われる学名には残っていないが、Temminck & Schlegel (1849) は日本のヘラサギ類を大小セットで命名していた。クロツラヘラサギの種小名 minor のみが現在残ることになった。
図版。この絵では "クロツラ" の顔になっておらず若鳥を指したもののよう。Temminck & Schlegel は "クロツラ" は意識していなかったと想像できる。
Platalea melanorhynchos Reichenbach, 1845 の学名が存在 (黒い嘴のヘラサギ) があり、こちらはオーストラリアヘラサギ 現在の学名 Platalea regia Royal Spoonbill のシノニムとされる。Reichenbach (1845) の学名由来で Black-billed Spoonbill の英名もある。
ヘラサギ類の中でクロツラヘラサギに最も近縁の種類。
クロツラヘラサギの英名 (和名と同じ意味) の Black-faced Spoonbill はこの Black-billed Spoonbill との違いを明らかにする目的で付けられたものではないだろうか。
しかし学名が Platalea regia Gould, 1838 (こちらの方が早かった) と変わったことで Royal Spoonbill の英名が標準となって現在では英名の類似性がわからななくなった、などの経緯が考えられる。Royal Spoonbill の画像を見ていただければ、こちらもほとんど "クロツラ" と呼んで差し支えないことがわかっていただけるだろう。
クロツラヘラサギの和名は独立に付けられたものかも知れないが、英名と一致しているので英名から導入されたものかも知れない。もしこの2種の英名が対比させる形で付けられたものであれば Reichenbach (1845) の学名に由来することになる。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では英名が Swinhoe's Blacf-faced Spoonbill となっていて Temminck and Schlegel の図版の顔の色は間違っていると注釈があり、Swinhoe のタイプ標本では黒色なのに "Fauna Japonica" では記述にも絵にも示されていないとのこと。
やはりオーストラリアヘラサギを Platalea melanorhyncha の学名で挙げており、との顔の色の関係について記されており、"クロツラ" はここで確立した概念だったと考えられる。
Gluschenko and Korobov (2023) Interesting ornithological observations and finds in the southwest of Primorsky Krai in 2023 (pp. 5038-5057)
によれば 2023 年夏から秋にロシア沿海地方でヘラサギとの混群が見られた。雑種とみられる個体も記録された (fig. 13 右)。親に食物をねだる若鳥も記録された (fig. 16)。
Hong Kong Biodiversity Genomics Consortium (2024) Chromosomal-level genome assembly and single-nucleotide polymorphism sites of black-faced spoonbill Platalea minor
香港のチームによるクロツラヘラサギのゲノム解析。
△ ツル目 GRUIFORMES ツル科 GRUIDAE ▽
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ソデグロヅル
- 第8版学名:Leucogeranus leucogeranus (レウコゲラヌス レウコゲラヌス) 白いツル (IOC も同じ)
- 第7版学名:Grus leucogeranus (グルース レウコゲラヌス) 白いツル
- 第8版属名:leucogeranus (合) 白いツルの (leuko- (接頭辞) 白い geranos ツル Gk)
- 第7版属名:grus (f) ツル
- 種小名:leucogeranus (合) 白いツルの (leuko- (接頭辞) 白い geranos ツル Gk)
- 英名:Siberian Crane
- 備考:
leucogeranus は起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-ge- がアクセント音節と考えられる (レウコゲラヌス)。
-geranus 部分は別説があり、ラテン語 gerere (原形 gero) 帯びている、着ている 由来とも言われる (The Key to Scientific Names)。
grus は#クロヅル参照。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Leucogeranus 属。Bonaparte (1855) が種小名より昇格させた属名。
Sharpe (1893) もソデグロヅルに別属 Sarcogeranus を与えた (sarco 肉色の geranos ツル Gk)。これはおそらくトートニムになるのを嫌ったためではないだろうか。この属名は化石の用例がある (Serebrovski 1940)。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じで、属名はソデグロヅル属となる。単形種。
世界的希少種。
分布図を見ていただければ東西の2個体群があることがわかる。中央にもかつては個体群があったが絶滅した。
大型の渡り鳥の衛星追跡が日本で行われるようになった初期の1995-1996年、日本野鳥の会が関わったソデグロヅルの渡りルート解明が行われた。Kanai et al. (2002)
Migration routes and important resting areas of Siberian cranes (Grus leucogeranus) between northeastern Siberia and China as revealed by satellite tracking,
が論文。これは東の個体群に対応する。
Kanai et al. (2002)
Discovery of breeding grounds of a Siberian Crane Grus leucogeranus flock that winters in Iran, via satellite telemetry
が西の個体群の繁殖地を衛星追跡で明らかにした論文。
日本語の解説記事などがもう少し Web で読めるかと期待したが、時代が少し古いこともあって見つけられなかった。
代わりに 2017 年に千葉県に飛来したソデグロヅルの記事があった。
珍鳥 vs カメラマン(奴賀) (バードリサーチブログから)。
西の個体群は絶滅に瀕している。比較的最近世界的にも話題となった
ロシアのプーチン自身が音頭をとって超軽量飛行機に乗ってソデグロヅルの若鳥に渡りルートを教えるプロジェクト "flight of hope" (ロシア語 polet nadezhdy) が2012年9月に始まったが頓挫したとのことである
プーチン大統領のツル誘導飛行、大失敗に終わる 日本語訳された報道記事 (2012)。
Russian Effort To Save Cranes Fails To Get Off The Ground (2017 年の記事)。
当時のプーチンは絶滅に瀕する種類の保護に前向きな姿勢を示していたが、その後はどうなったのあろうか...
以下に 2011 年のインドの記事と映像資料がある Technology to bring back Siberian crane to India。
ツルは生まれた時から渡りルートを知っているわけではなく、何らかの方法で教わる必要がある。
The "Lily of Birds" A Journey To Help the Most Unique and Endangered of Cranes (CMS booklet)
によれば卵から孵化させたツルをロシアの繁殖地などで放鳥する、あるいは仮親を使う試みが1990年代中盤より行われ約 15 年で 100 羽が放された。生存率は20%を超えなかった。仮親について渡りをしたがその後行方不明となり越冬地では1羽も観察されなかった。
イランやインドで放鳥された鳥は渡りをせず姿も見られなくなったそうである。
イタリアの飛行家、冒険家。ハンググライダー、無機関・無動力の超軽量飛行機などを使用した冒険飛行で世界記録を保持していた Angelo d'Arrigo アンジェロ・ダリーゴ は 2001 年鳥とともに飛行する冒険を開始し、2002 年ソデグロヅルの群れとともにシベリアからカスピ海を経て、イランに抜ける飛行を行った
(この飛行も polet nadezhdy "flight of hope" と呼ばれている。wikipedia 日本語版/ロシア語版より追記。wikipedia ロシア語版にも 2012 年以降のことは記載がない)。
当時の英語記事例 Hanging With the Cranes (Los Angeles Times)。
アンジェロ・ダリーゴは 2006 年航空ショーの最中に墜落死したそうである。
なお上記の "プーチンの失敗" 記事は多少尾ひれが付いているようで、cyclowikiの記事 によれば
最初の飛行では全部が飛び立たなかった。2回目では全部が飛び立った。全部がすぐに飛び立たなかったのはリーダーの責任で、速度と高度を早く上げすぎた。群れをなして飛ばなかった。とプーチンが述べている。2012年11月に1羽がカザフスタンで見つかってロシアに戻されたとのこと。
プーチンのソデグロヅルはどこへ行った? の 2018 年の記事では、プロジェクトが途中で終わったのは資金不足のためで、1機のモーターグライダーでは不十分で地上部隊も必要だがロシアの鳥類学者にはそのお金がなかった。
しかしあきらめたわけではなく、育った鳥は野生個体群に加えており、費用さえあればプロジェクトは再開されると期待している。ツルの増殖施設で働いている人は大変よくやっている、とのこと。
ソデグロヅルを救う の Interfax 2019 年の記事では、
1990 年代の終わりには放鳥を開始した。それまで個体数は急減していたが横ばいになった。西シベリアの個体群は 20 羽に過ぎず、手を貸さなければ残っていなかっただろう。
ソデグロヅルは通常2卵を産むが1羽しか育たない。ソデグロヅルにも「兄弟殺し」があるらしい。2羽めを育てる余裕はない。
アフガニスタンやパキスタンの方に飛んでゆくとハンターに撃たれてしまうのでそれとは違うルートを覚えさせる必要がある (安全な越冬地をウズベキスタンのアムダリア川流域に確保したいとの目的が上記文献にも含まれていた)。
ヤマル半島での放鳥は 10 年前に途絶えた。資金不足となった。
クロヅルに道案内をさせようとしているが、実際どこに飛んで行っているのかよくわからない。
資金さえ予定通りに入ってくれば計画は再開できると考えている。最初の渡り個体群が確立できれば後は個体を追加するだけでずっと費用がかからず回復できるだろうとのこと。
飛行機で誘導してツルに渡りルートを教える方法はアメリカシロヅル Grus americana 英名 Whooping Crane で使われた。この種はアメリカの自然保護のシンボルとも言える鳥。この分野の古典と言える「復活 - アメリカシロヅル絶滅への挑戦」(原書 The Whooping Crane F・マックナルティ; 藤原英司訳 どうぶつ社 1978) では「絶滅の危機に直面した鳥、アメリカシロヅルがいま 124 羽まで復活した。生命の賛歌を歌い上げたアメリカ自然保護の生きた見本」とある。
渡辺 (1996) Birder 10(1): 36-39 の記事にアメリカシロヅル保護活動の初期からの状況が載っている。この記事によれば軽飛行機で誘導する試みは1995年に始まったものとのこと。
ソデグロヅルのロシア名は sterkh (カタカナではスチェルフとしか書けないが音はだいぶ違うかも)。何か由緒ありそうな名前だがドイツ語の Storch コウノトリが語源とのこと。白くて似ているために動物学者の Pallas が与えた名前であろうと考えられている。
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カナダヅル
- 第8版学名:Antigone canadensis (アンティゴネー カナデーンシス) カナダのアンティゴネー (IOC も同じ)
- 第7版学名:Grus canadensis (グルース カナデーンシス) カナダのツル
- 第8版属名:Antigone トロイの Laomedon 王の娘でコウノトリに変えられた
- 第7版属名:grus (f) ツル
- 種小名:canadennsis (adj) カナダの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Sandhill Crane
- 備考:
Antigone (固有名詞) はラテン語では末尾が長母音。ギリシャ語でも同様でアクセントは短母音の o にある。ラテン語規則では -ti- がアクセント音節と考えられる (アンティゴネー)。
Antigonos も日本語でもアンティゴノスと呼んでいる。Antigone は wikipedia 日本語版でも "アンティゴネー" (または アンティゴネ) の見出しになっているので "アンティゴーネ" の表記は俗発音由来と思われる。ここでは "アンティゴネー" に統一しておく。
grus は#クロヅル参照。
canadensis は地名由来の語尾 -ensis を強調したい場合は e が長母音でアクセント (カナデーンシス)、短くしてもアクセントの移動はない (カナデンシス) のでどちらでもよい。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Antigone 属。Antigone はトロイの Laomedon 王の娘でコウノトリに変えられた。
Linnaeus はこの神話とツルに変えられた Gerana の神話を混同した。両者とも lese-majeste (英語で a crime against The Crown の意味に相当する中世フランス語)の罪を犯したとされる。
Antigone 属は Reichenbach (1853) によるものでタイプ種は Grus torquata Vieillot, 1817 と指定され、Ardea antigone Linnaeus, 1758 (オオヅル) と同定されたとのこと (The Key to Scientific Names)。
オオヅルの現在の学名は Antigone antigone (英名 Sarus Crane) だが種小名から属名への直接の昇格ではなかった。
Gruiformes (BirdForum 2023.7) によれば Antigone 属の名称は過去に別の動物 Antigona Schumacher, 1817 の別綴りとして用いられたように見えたことがあったとのこと。
ここで用いられた Antigone はフランス語の慣用名で、Gray がそのまま属名として用いた事例があるが Antigona を改名する意図は示されておらず単純な誤りと判定された。この事例が属名の改名と認められなかったため使用済みとは認められず、Antigone Reichenbach, 1853 は有効で現在の学名に至っている。
Antigone は首をつって自殺したので首が赤く裸出するオオヅルにこの名を与えたのだろうとの解釈もある (コンサイス鳥名事典)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では同じ分類の扱いで、Antigone 属はマナヅル属となる。種小名は変化なし。
5亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 canadennsis とされる。
久井 (2013-2014) 江戸時代の文献史料に記載されるツル類の同定 - タンチョウに係る名称の再考察 - には "Fauna Japonica" にはカナダヅルが記されていて、江戸時代の日本にカナダヅルが飛来していた事実が確認できるとあるのでこれも見ておかないといけない:
図版 当時の学名 Grus cinerea longirostris。本文。
学名をみるとクロヅルの別型 (亜種に相当) 扱い (しかし嘴の長いツルとはいかにも当たり前すぎる学名)。Hartert (1910-1922) p. 1817 では基産地日本、カナダヅルと判定で標本はライデン博物館にあるとのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) には亜種シノニムとしても現れないので、Hartert では preoccupied とはなっていないものの何か問題のある学名だったのだろうか。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 100 (内田) によれば、その後の国内のカナダヅルの記録はなかったそうで、1963.12.6 の鹿児島県荒崎で高野伸二氏の記録がそれ以降の初となったとのこと。当時は 100 年ぶりなど報道でも大きく扱われたらしい。
クレチマル・千村 (訳) (1991) Birder 5(7): 27 に北米からシベリアにカナダヅルが進出しているとの記載がある。
Barykina and Solobyova (2023 初出、2024 再掲) Breeding density of the lesser sandhill crane Antigone canadensis canadensis in Western Chukotka (pp. 4618-4621)
北米で過去 30 年で7倍に数を増やし、現在ではヤクーチア北部ツンドラでソデグロヅルとともに繁殖している。チャウン湾での 2011-2022 年の観察記録があるがこの期間に特に数は増えていない。
[2025 年アメリカで鳥インフルエンザによる集団死]
アメリカインディアナ州で 2025 年 1-2 月に 1500 羽のカナダヅルが H5N1 で死亡 Bird flu kills thousands of Sandhill Cranes in Indiana (BirdGuides 2025.3.13)。
越冬に来るとともに集団全体に広がったとのこと。現在ちょうど北帰行の最中で移動途中の地域でも死亡例が報告されている。1500 羽でもおそらく過小評価とのこと。距離を開けろと鳥に頼むことはできないので人ができることは限られている。死体回収をボランティアが行っている。
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マナヅル
- 第8版学名:Antigone vipio (アンティゴネー ウィピオー) (アンティゴネーの) 小型のツルの一種 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Grus vipio (グルース ウィピオー) 小型のツルの一種
- 第8版属名:Antigone トロイの Laomedon 王の娘でコウノトリに変えられた
- 第7版属名:grus (f) ツル
- 種小名:vipio バレアレス言語で食用のツルの一種に由来
- 英名:White-naped Crane
- 備考:
Antigone は#カナダヅル参照。
grus は#クロヅル参照。
vipio は末尾が長母音で冒頭にアクセント (ウィピオー)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Antigone 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。種小名は変化なし。単形種。
Pallas (1831) による 原記載。極東での記載なのになぜバレアレス言語が出てくるのかすっきりしないが、小型のツルを表すラテン語として存在したものを Pallas がたまたま (適当に?) 採用したのだろうか。ヨーロッパ産の種類ならばもう少し名称を考えていたかも知れない。
Temminck (1827) は Siebold の日本の標本から Grus leucauchen Temminck, 1827 (参考) と名付けていた。leucauchen は leukos 白 aukhen 首 (Gk) で英名はこの学名が由来と考えられる。ドイツ語名も Weissnackenkranich とこの学名と同じ意味。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire でもこの学名が用いられており、意味はわかりやすいので長く使われていたものと想像できる。
Seebohm (1890) は複数の種類のツルが white-naped にあてはまるのでこの英名はちょっと不運であると述べている。
vipio の種小名も我々には馴染みがないので学名に恵まれなかった種類か?
1940 年でもこの学名の用例があった: Erfolgreiche Zucht von Weissnackenkranichen (Grus leucauchen) (Hagenbeck)。
Hartert (1910-1922) p. 1818 によれば Pallas の学名が正当か議論があったようで、Blaauw は monachus との混同を問題にしていた模様。Hartert は Pallas の記述が本種を指すことは疑いない。大きさの記述が合わないらしいがこれは Pallas が実際には見ておらず Gmelin の記述をもとに記載したので理解できるとのこと。
このように Pallas の学名が正当か問題提起があったため次に古い Temminck の学名がよく使われていた模様。
国松 (2010) Birder 24(3): 69 で古代エジプトでクロヅルとアネハヅルが生息しており食用にされていた記述がある。
widgeon (Etymology Online) によればラテン語 vipio からフランス語 vigeon そして widgeon (ヒドリガモ類の英名) が派生したとの考えがあるとのこと。
OED の wigeon の項目によれば vipio に相当するイタリア語 bibbio (ツルの1種、1562 年の用例があり Pliny を参照しているとのこと。語源は不明とのこと) が紹介されている。
バレアレスから派生するツル類の属名に Balearica がある。
ハチ類に Vipio 属 (寄生蜂 コマユバチ科 Braconidae) が存在する。
渡りの最新研究: Yanco et al. (2024) Migratory birds modulate niche tradeoffs in rhythm with seasons and life history。
アネハヅル、クロヅル、オグロヅル、マナヅルが研究対象。この研究で対象となったモンゴルのマナヅルは多くが中国ポーヤン湖で越冬。White-naped crane Mongolia WSCC のプロジェクトによるもので 2013-2021 年に追跡。
White-naped crane Mongolia WSCC (Movebank) でデータが公開されている (他の種も同様)。
出水で越冬する個体は朝鮮半島非武装地帯でしばらくとどまるなどもあるなど現代的なデータの詳細を見ることができる。
さらに詳しい解析を行いたい者も使うことができる。
朝鮮半島で越冬するマナヅルの渡り研究: Nam et al. (2025) Migration and population characteristics of white-naped cranes wintering on the Korean Peninsula 朝鮮半島の個体数は 2000-2024 年の間に急激に増加中。ほとんど 10000 羽に達している。また西ルート (中国で越冬) の個体も一部朝鮮半島に移動することが確認された。
朝鮮半島の越冬環境の改善が要因の一つに考えられるかも知れないとのこと。海を越えて遠くまで越冬に行かなくても十分であれば...とツルがみなすことは、渡りルートを見るといかにも考えられそう。
また突然の変化が見られていないことから、鳥インフルエンザの影響を受けてルートを変えたわけではなさそうなことも想像できる。
これまでも越冬地分散の必要性が訴えられてきたが、別の形で実現しつつあるのかも知れない。
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タンチョウ
- 学名:Grus japonensis (グルース ヤポネーンシス) 日本のツル
- 属名:grus (f) ツル
- 種小名:japonensis (adj) 日本の (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Japanese Crane, IOC: Red-crowned Crane
- 備考:
grus は#クロヅル参照。
japonensis は地名由来の語尾 -ensis を強調したい場合は e が長母音でアクセント (ヤポネーンシス)。短くしてもアクセント移動はなくどちらでもよい。
一度は古典式で読んでみて感覚を確かめるのがよいだろう。
単形種。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では日本産の Grus 属は3種のみとなる (分類について#アネハヅルの備考参照)。
属名の和名はツル属となっているが和名検討中だった。最終的にクロヅル属 (Grus 属のタイプ種) となった。
注意すべきはマナヅルとナベヅルは別属となることで、厳密に書けばこの2種のいずれかを指して「Grus 属の一種 (または sp.)」と書けなくなる。
[学名や英名の由来]
原記載 では Ardea (grus) Japonensis Mueller, 1776 と Ardea (grus) の位置づけだった (表記上は亜属の扱い)。#クロヅル備考のように当時は Grus 属は中途半端な状況でしっかりした属定義はまだなかった。
Mueller 自身はツル類 Kraniche. Grues. とドイツ語と (たぶん) フランス語で表しているが Grus を属名として示したものではない。
Der Japanische Kraninich (日本のツル) として紹介されたもの。
一つ上に Ardea (Grus) mexicana Mueller, 1776 があり、こちらは Der mexicanishce Kraninich (メキシコのツル) で、Mueller はツル類を4種紹介している。Grus mexicana はカナダヅルのことで Ardea canadensis Linnaeus, 1758 の記載の方が早いので現在はこちらが使われる。
4種のうち記述の詳しいのは Ardea (grus) Leucogerana Mueller, 1776 のみでソデグロヅル。Grus Leucogeranus Pallas, 1773 としてすでに記述されており、Mueller の記述もそれに基づくもの。
残り3種は他者からの伝聞のみでもう1種はアメリカの Ardea (Grus) Buccinator Mueller, 1776 アメリカシロヅル (Whooping Crane をそのままドイツ語と種小名にしたと想像できる)。こちらも Ardea americana Linnaeus, 1758 の記述が早い。
Mueller (1776) は grus (亜)属を用いことで Linnaeus (1758) と異なる種小名を与えたものと想像できる (#ノスリの備考参照)。
この4種を見るとタンチョウの原記載とは思えないほど短いもので、たまたまこの文献に最初に登場したため原記載となった印象を受ける。
Er ist weiss, oben am Kopfe roth, am Halse und den Schwungfedern schwanz, aber an den Ruderfedern weiss (白色で頭頂が赤く、首と風切羽は黒いが翼は白色)。特徴の記述はたったこれのみ。特徴は捉えられているのでタンチョウと疑いなく判定されたのだろう。伝聞ではこのあたりが精一杯だったのかも。後述の Brisson (1760) よりもさらに短縮されている。
メキシコのツルと日本のツルはいずれも Boddaert (Pieter Boddaert 1730-1795) の情報によるもので、どちらも伝えられた生息地から命名したらしくあまり深い意味はなさそう。「日本にこんなツルがいるらしい」ぐらいの情報だったと想像できる。この情報に基づき基産地日本となっているが、18 世紀に誰がどのように知った情報だったのだろう。本当に日本で目撃されたものだったのだろうか。
Boddaert は 1783 年にトビなど多数の学名を発表しているが、Mueller はその一足前に発表した形になっている。当時はすでに博物学者に知られていた学名で誰が発表するかは問題でなかったのかも知れないが。なお Boddaert の 1783 年の書物にはタンチョウは現れない。
季刊アニマ「鶴」(1975) の林田恒夫氏の解説 (p. 54) によれば記録としてのタンチョウの出現は徳川光圀 (水戸黄門) の命令で蝦夷地の探検を行った際にタンチョウを持ち帰ったことが渉海記事に現れるとのこと。wikipedia 日本語版によれば 1688 年とのこと。
1715 年貝原益軒の「大和本草」で「丹頂松前にあり、日本西州之無」の記述があり、すでに 17 世紀後半にはタンチョウが北海道に生息していたことがわかるとのこと。
1781 年の「松前誌」にタンチョウの生態が記されているとのことで、北海道の東部や勇払原野に多い。後趾が短いことから樹上には棲みがたい。古今の画師が鶴の飛翔するところを画いた時に、尾に色をつけているは誤っている、などの指摘があり生態も詳しく記録されているとのこと。家臣が銃で鶴を 300 羽も獲っているとあり当時はタンチョウがかなりいたと推定されるとのこと。
季刊アニマ「鶴」の村重寧氏の解説 (p. 113) によれば正倉院の金銀平脱八角鏡に花をくわえる飛鶴の文様があり、中国からの将来品と思われるとのこと。平安時代には松喰鶴などの図柄が好んで使われたとのこと。中国伝来のタンチョウの図柄に日本独自の味付けをしたらしく、「松前誌」はこれらの図柄が誤っていることを指摘したものだろう。
Brisson (1760) やそれ以前の Latham, Buffon との関係を考えると国内で北海道に生息することが報告されていた程度の時期にあたり、西洋にどの程度伝わっていたものだろうか。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire に面白い情報がある。以下この解説に従って少し歴史を振り返ってみる。
Brisson (1760) が Ciconia grus japonensis (参考)、
Gmelin が Ardea grus β、Latham は the Japanese Crane、Buffon は la Grue du Japon (日本のツル) と呼んだ。日本語では O-tsuri または Tsurisama とのこと。
Brisson の名称 (学名というよりラテン語で "日本産の灰色のコウノトリ" の意味) は現代のものに近いが Brisson のこの書物は二名法に則ったものでないため有効な学名ではない。
なお Grus 属は Brisson (1760) が設けたものでこれは有効として使われている。
Brisson (1760) には Habitat in Japonensi Regno の記述があり、文面上は日本統治の地域を指していた。時代を考えると現在の日本国外とは考えにくいが、北海道のタンチョウが知られるようになった程度の時期なので具体的に何を指していたのか判然としない。
日本の絵画にはさらに以前より現れたので日本に生息するものとして海外に伝わっていたのかも知れない。
この記述にも (有効な学名ではないが) Grus Japonensis の過去の用例2例を引用しており、Brisson 以前からあった名称であることがわかる。
アホウドリを同じ Buffon が l'albatros de la Chine (中国のアホウドリ) と呼んだ理由なども歴史的考証の手がかりとなるかも知れない。
「タンチョウの四季」(林田恒夫 1984) p. 43 に当時の日本の動物園のタンチョウはみんな朝鮮半島で捕らえられたものとあった。北海道で厳重に保護されている貴重なタンチョウは動物園で飼育するわけに行かず、朝鮮半島から輸入する (贈答品かも知れないが) のは大丈夫だったのか (?)。
18 世紀に西洋で呼ばれていた「日本のツル」はそもそもどこが由来のものだったのか気になった次第でもあり、朝鮮半島から輸入していなければカンムリツクシガモも絶滅していなかったかも知れないとふと思ってしまう。
久井 (2013-2014) 江戸時代の文献史料に記載されるツル類の同定 - タンチョウに係る名称の再考察 - によれば「丹頂」と「丹鳥」の別の意味の名称があり混用されてきた、丹鳥が現在のタンチョウと一対一に対応する文献的証拠はなかった。「朝鮮鶴」はタンチョウを指す事例があるものの朝鮮半島由来のツル類を広義に指していたとみられるとのこと。
この論文に中国の史料も紹介されている。江戸時代の本草学は、注に注が重ねられて肥大していく東洋的学問であり...とのこと。見たことがないので詳細はわからないが様々な考察を重ねていく形になっているらしい (やって来ていない時期のホトトギスの声を忍び音と呼んだ時代にも通ずるよう。現代でも誰かが言ったり書いたことが原典の適切な引用もなく受け継がれて拡大解釈されて行く状況とあまり違いがないかも)。
これは西洋の Latham, Buffon 時代でも同様だったのではないだろうか。見たこともないが博物学者が何かの伝聞をもとに「日本のツル」と伝えていったものと想像できる。確固たる根拠があるわけでもなく、結局は 1758 年以降に最初に登場した有効な学名を用いる規約によって現在のタンチョウの学名となったと言えるかも知れない。
Brisson (1760) には他にも多くのツル類が載せられているが、メキシコのツルと日本のツルは記述がほとんどなく、色の特徴以外に情報がほとんどなかったものと想像できる。
Grus viridirostris Veillot, 1823 (参考。"緑の嘴の" の意味) と実は記述的な学名も存在した。
Temminck (1829) Nouveau recueil de planches coloriees d'oiseaux... は Grus collaris フランス語名で Grue a collier noir (首に黒いところのあるツル。種小名の collaris はこの場合は "首に特徴がある" 意味) と呼んたとのことで、
これは Brisson の Grus Japonensis (前述のように有効な学名ではないと判定されているが当時はまだこの規則がなかったかも知れない) を指しているが、ここでは意図的に改名した。
denomination locale qu'on ne peut conserver, parce que quatre especes distinctes de Grues se trouvent dans cette ile. Patrie, la Chine et probablement le Japon
地域名を残すことは適切でない。この付近には4種の異なる種類のツルが存在するので "日本のツル" の学名は適当でないとの判断のよう。日本に4種のツルがいることまでは確認していないので "おそらく" が付いている。日本にもきっと4種いるだろうから日本を代表させるのはふさわしくないとの考え。
実際に後の時代にマナヅルを指して "日本のツル" に相当する一般名が使われたこともあってこの指摘は正しかった。
Temminck の改名 (Mueller や Brisson の名称が無効であればこちらが最初になり得た) は理屈が通っているように見えるが、Grus Collaris Boddaert, 1783 (参考) がすでに使っていて (記載) そもそも無効名だった。
Temminck の平凡な (?) 学名はこのような preoccupied のケースが多く、この時点では "japonensis" を用いることに否定的考えを示していたが次第に地名や地方名を用いるようになったのかも知れない。もっとも Temminck (& Schlegel) は現在使われている学名の範囲では "japonensis" は使っていない。
他種で紹介するようにいずれも japonica / japonicus で "日本版の" ぐらいの意味で用いていて、Temminck (1829) のこの記述を見ると japonensis と japonica / japonicus の微妙なニュアンスの違いを意識して使い分け、国名として使うのは避けていたように見える。
ちなみに IOC 14.2 に登場する japonensis は4つのみで、タンチョウ、ハヤブサの亜種 (Gmelin)、ハシブトガラスの亜種 (Bonaparte)、キクイタダキの亜種 (Blakiston)。
なお Boddaert の Grus Collaris の用例は "首に特徴のある" (collum 首 -aris 関連した) の意味でオオヅルとされる (意味は#カナダヅル備考の Antigone 参照)。
Antgone montignesia Bonaparte, 1854 (参考 1, 2) でこちらは満州を基産地として記載したもので人名 Louis Charles de Montigny にちなむ (The Key to Scientific Names)。
Dement'ev and Gladkov (1951) によればこのツルのロシアでの同定経緯も単純なものではなかったようで、アムールとウスリーで "白いツル" の繁殖が見つかって Schrenck (1861) と Maak (1861) が記述したがソデグロヅルと考えられていたとのこと。後の研究で沿海地方のソデグロヅルの繁殖は確認できなかった。
Przhevalsky (または Przheval'skij トランスバイカル探検を行った) が 1870 年沿海地方で "中国のツル" (Grus montignesia) を見つけた (報告)。
この報告では Grus leucauchen Temminck, 1827 = 現在のマナヅル を日本のツルと呼び、Grus montignesia を中国のツルと呼んでいた。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば Schrenck や Maak が記録したものはおそらくこれだろうとのこと。さらに 1858 年に Maak が "ソデグロヅル" のひなを確認していたとのこと。当時は海外で日本からのタンチョウはほとんど知られていなかったためによく知られていた別種のツルと混同されていたらしい。
Grus montignesia の名称はシノニムですぐに使われなくなったわけではなく、Gray (1872) (Bartlert 1861) Notes on the breeding and rearing of the Chinese Crane (Grus montignesia) in the Society's Gardens
のように一般名 Chinese Crane として使われて、なんと飼育下 (現在のロンドン動物園の前身となった研究施設) で繁殖まで行われていた。
Nikol'skij (1905) Zemlya i mir zhivotnykh: geografiya zhivotnykh も Grus montignesia の学名を使用 (ついでに Ibis nippon も出てくる)。
このように見ると両方の学名が使われていたようで、英語やロシア語でも "中国のツル" と呼ばれていた時代もあった。しかも 19 世紀に英国で飼育下繁殖まで行われていたとは驚き。
後述のように日本のタンチョウの情報が海外に伝わったのは 19 世紀末らしく、西洋では中国由来のタンチョウの方がむしろ知られていたことになる。
これらの Richmond Index の学名カードを見ると Hartert が Ardea Japonensis が一番古くて有効な記載であると判断した様子がわかる。どの記述が有効か判断の分かれそうな部分で、当時の権威が決めて反論がなかったのでこの学名に落ち着いたものと推定できる。
Seebohm (1890) に戻ると、Seebohm は Sacred Crane と呼んでいた。日本では "神聖なツル" なのでそのように呼ぶとのこと。最高の貴族 (原文 nobles of the highest rank でこのように訳しておく) が大きな儀式の際のみタカで狩ることが許されていた。
この部分は Blakiston and Pryer (1878) A Catalogue of the Birds of Japan をほぼそのまま使っている
(学名は Grus leucauchen, Temminck, 1827 とマナヅルのもの。一方の "Mana-tsuru" は Grus sp. inc. となっているが編集者が Grus monachus ではないかとコメントを残している)。
Seebohm (1890) によればおそらく神聖なツルで標本にすることができなかったため、Siebold のコレクションに含まれていなかったのだろうとのこと。
当時はシベリア東部や満州で繁殖することも知られていたが、中国には冬鳥として渡るのみと考えられていたとのこと (当時西洋に知られていた文献によるもので現代の地理概念とは異なっている)。
Blakiston and Pryer (1882) が "Yezzo" で記録したが、マナヅルと混同されていたとのこと。
Seebohm の記述では all the Japanese Islands で見られるとあり、これは "Yezzo" を含まない意味かも知れない。
しかし外国人には指一本触れさせない (...はちょっと大げさかも知れないが) "神聖なツル" だったはずなのに、わずかの期間に害鳥として絶滅寸前まで追い込まれたことになる。文化の継承などはなかったのだろうか。
週間アニマルライフ (1972) pp. 2325-2330 のタンチョウの項目はさらに手厳しい。1923 年に釧路湿原に生き残っていることが知られ (地元の猟師は知っていた)、道庁がおどろいて中央に報告、翌年の調査で「20 羽以上ハ認メ難シ」と報告された。
1935 年に天然記念物、1952 年に特別天然記念物に指定し湿原も保護されたが指定のしっぱなしで、当時 (記事から想像すると 1972 年のことらしい) に至るまで (中央から地方まで) 官庁は何一つとして調査も保護もしていないのである。本来重要であるはずの繁殖地の調査は行わず、予算措置を必要としない越冬期の調査のみを学校に頼ったらしい。そこまでは書かれていないが、大事なものだと頼まれれば先生も断れないわけだっただろう。
長年続けられている他種の数の記録も発端はこのようなものだったのかも知れない。今では多少の手当は付くのだろうが、各種調査が手弁当のボランティア頼りの部分が多いのもこの時代を引き継いでいるのかも知れない。
しかも指定地域外に繁殖するものが大部分であることがアメリカの学者の調査で 1972 年明らかになった (この文献は不明)、それにもかかわらず企業の開発は続くとほとんど怒りの口調で述べられていた。当時のタンチョウの 100 年の歴史は日本の 100 年の歴史そのものであると述べられており、おそらくその通りだったのだろう。要約で全文の口調までは再現困難なので機会があれば一度お読みいただきたい。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" には Grus japonensis の他に Grus viridirostris, Grus montignesia のいずれも載せられていた。
Hartert (1910-1922) p. 1816 では満州、ウスリー、朝鮮半島で繁殖し、言われるような日本での繁殖は誤りで、日本には渡りで訪れるがどこでもまれと記されていた。
現在のドイツ名は Mandschurenkranich (満州のツル) となっている。他のヨーロッパ言語では日本の、中国の、満州のが混在しているが色 (黒と白など) を用いているものもある。英語の Red-crowned Crane に相当するものは意外に少ない。
2008-2012 年本州北部から北海道西部で記録された3羽のタンチョウが大陸由来であることを示す論文: Miura et al. (2013) Origin of Three Red-Crowned Cranes Grus japonensis Found in Northeast Honshu and West Hokkaido, Japan, from 2008 to 2012。
大陸との遺伝的交流を示唆する研究: Kawasaki et al. (2022) Origin of a pair of red-crowned cranes (Grus japonensis) found in Sarobetsu Wetland, northwestern Hokkaido, Japan: a possible crossbreeding between the island and the mainland population。
[ツル類の系統とディスプレイ行動の関係]
ツル類の系統と行動の関係を調べた研究がある: Novakova and Robovsky (2021) Behaviour of cranes (family Gruidae) mirrors their phylogenetic relationships
どの系統でどの行動が生まれ、あるいは消滅したかが示されている。例えば Grus 属では交尾時の声が現れた。Grus 属内でタンチョウが分岐した後の系統 (クロヅル、ナベヅルなど) で「蝶のポーズ」が出現したとのこと。
ディスプレイ行動の系統進化は他の系統でも知られており、神経機構の進化との関連が示唆されるようになってきている [#オウチュウ備考の [さえずりの進化] の Schwark et al. (2022)。この論文ではマイコドリのディスプレイが扱われている]。
[ツル類やハクチョウ類の気管・鳥の発声メカニズム]
ツル類やハクチョウ類の中には胸骨の中でとぐろを巻く長い気管を持っている種類がある。
「行動・生態の進化」(岩波書店 2006) p. 163 では鳥についての解説ではないが、声道の長さは音声のフォルマント周波数に影響を与え、哺乳類では体サイズや齢のよい指標となることが示されている。
アカゲザル (アカシカとなっている) では発声時に喉頭を下げ、できるだけ声道を長くして共鳴した声を作っているとのこと。フォルマント周波数が低いオスは体も大きく繁殖成功率も高いとのこと。
紹介されていた論文は Fitch (1997) Vocal tract length and formant frequency dispersion correlate with body size in rhesus macaques。
同じ研究者による Fitch (2006) Acoustic exaggeration of size in birds via tracheal elongation: comparative and theoretical analyses
に鳥類の長い気管が体サイズを誇張する効果があるのではないかとの理論的考察がある。
アメリカアリゲーター (ミシシッピワニ) での研究があり、こちらは読みやすそう: Reber et al. (2017) Formants provide honest acoustic cues to body size in American alligators。
ツル類の体内部の長い気管は、渡りに際しては体は小さい方が有利だが、音声は大きくして社会的あるいは性選択に有利とする要請の両方を満たすために進化した仮説がある: Jones and Witt (2014)
Migrate small, sound big: functional constraints on body size promote tracheal elongation in cranes。
長い気管は死腔 (dead space) となって呼吸効率が悪くなる可能性がある。
Ludders (2001) Inhaled Anesthesia for Birds
によれば同じサイズの哺乳類に比べて長さで 2.9 倍、太さで 1.29 倍とのことで、空気抵抗は哺乳類と違いがないが死腔は 4.5 倍とのこと。鳥は呼吸が深く呼吸数も少ない (哺乳類の 1/3 とのこと) ことでこの問題を解決しているとある。単位時間あたりの気管の流量は哺乳類の 1.5-1.9 倍程度に過ぎないとのこと。
もちろん鳥類の肺の優れたシステム、血液と空気の間の障壁が非常に薄くガス交換の効率の良いことで呼吸効率を上げている。以下 [鳥類の肺の優れた機能] の項目に続く。
Jones and Witt (2014) にはいくつかの種類の気管の図も紹介されているので参考になるだろう。
「鳥類のデザイン 骨格・筋肉が語る生態と進化」(カトリーナ・ファン・グラウ、監訳 川上和人 みすず書房 2021) にも長大な気管の例が出ている。原著 "The Unfeathered Bird" (Katrina van Grouw, Princeton University Press, 2013) で世界的にも有名となったもの。
同じ著者による書物に "Unnatural Selection" (Princeton University Press, 2018)
(日本語訳本は出ていない?) があり、鳥類のみではないが人為選択により作られた奇抜な形態などが紹介されている (ダーウィンも夢中になったハトの品種など)。
表紙は人類進化を模式的に (しかし不正確に) 表す "Ascent of Man" で有名になった図版 (Ascent of Man image should be 'the other way around', leading expert in human evolution says
参照) の鳥類版になっている
[ちなみにオリジナルは Darwin's Descent of Man and Selection in Relation to Sex (1871)]。
化石種でもみつかった。キジ類で初めてかつ気管の特殊化が記録された最も古い (725-1110 万年前) 記録とのこと: Li et al. (2018) Vocal specialization through tracheal elongation in an extinct Miocene pheasant from China。
Prange et al. (1985) Respiratory responses to acute heat stress in cranes (Gruidae): the effects of tracheal coiling
によれば、気管が長いことで高温時のあえぎによる熱放出に役立ったり呼吸性アルカローシスを防ぐ役割も考えられるがその効果は弱く、音声増強が主たる役割だろうとのこと。
それでは首の長い鳥の音声は全部そうだろうかと微妙に気になってくる。代表的な種類ならばアオサギの声には皆さん驚かれたことがあろう通りで、大型サギ類は総じて美声とは言い難いだろう。サギ類でもミゾゴイなどの音声が低いのは関係があるのか?
動物園で聞くフラミンゴの声もあれだけ優美な姿からは想像しにくい。そういえばカンムリカイツブリも繁殖時派手な声を出すが、フラミンゴと系統関係がある (Mirandornithes: #カイツブリ備考参照) ことに由来しているのか?
コウノトリは成鳥は鳴かないのでわからないが、ハゲコウ類は声を出す。ダチョウも音程が低すぎてわかりにくいようなものを含めていろいろ声を出す。いずれも美声とは言い難い感じがする。ウの仲間もご存じの通り。ヘビウの音声はそれほど低くないが雑音みたいに聞こえる。ノガンもカモのような声。ホロホロチョウはそれほど悪声ではないがとにかくうるさい (笑)。
トキはカラスの声かと思った。コンドル類は鳴管がないがコンドルは大きな声が記録されている。
しかしヒメコンドル Cathartes aura Turkey Vulture では数少ない音声記録でも喉頭の呼吸音のような感じがする。系統によるのかも知れない。
旧世界ハゲワシ類も悪い声と言ってよいだろう。優美な外見の印象から意外だったのがヘビクイワシで、ほとんど大型サギ類のような声を出す (どんな声を想像していたのかと聞かれても何とも言えないが、猛禽類の他種からはこの声は想定外。もっとも 6000 万年ぐらい前とも推定される非常に古い分岐なので全然違っていても不思議ではないが)。
網羅的に調べたわけではないがこの規則はもしかすると例外がないのだろうか。
ノガンモドキ類を見ておくとこちらは低い声ではなく番犬代わりになる大声とのこと。
そう言えばオオワシなどの海ワシ類など大声で鳴く種類は後ろに反り返るが、これは声道を長くするためだろうか、と思ってみるとカモでは関連する話があった:
潜水ガモで一部の種で気管軟骨が骨化しているが、これは水圧に耐えるためと考えられる。しかし一部の種ではそうではなく、反り返りディスプレイの際に気管が柔軟な方が有利で、オウギアイサ Lophodytes cucullatus Hooded Merganser では 110 mm の気管を 155 mm まで伸ばせたとの実験結果がある。
これは音声の質を変えるのに役立っていると考えられる。潜水ガモ一般にこの能力があるのではとのこと
[Miller et al. (2007) Allometry, bilateral asymmetry and sexual differences in the vocal tract of common eiders Somateria mollissima and king eiders S. spectabilis
およびその参考文献から。オウギアイサの実験は Beard (1951) The Trachea of the Hooded Merganser. Including a Comparison with the Tracheae of Certain Other Mergansers で読める。上記論文では cm になっていたが mm の間違いだった]。
鳥の発声器官の鳴管が気管支付近と気道下部にあるのは、喉頭で発声して重心から離れたところを重くするのはバランス的に不利でその方向に進化が進まなかったかも知れないが (調べていない)、結果的に喉頭で発声するより共鳴可能な気道の容積を増やす効率的な方法になっている。
Yoshida et al. (2023) An ankylosaur larynx provides insights for bird-like vocalization in non-avian dinosaurs (日本語資料: 世界初! 恐竜の喉化石を発見)。
の引用文献でも同じように触れられている模様。この文献によれば恐竜化石ではまだ鳴管は見つかっていないとのこと。
喉頭にある輪状軟骨 (cricoid cartilage。我々でも甲状軟骨の下に表面から触れることができる。上記プレスリリースでは輪状骨となっている。ヒトでは最初は骨化していないので軟骨の名称が使われる。鳥類でも輪状軟骨などの名称が用いられるが年齢とともに骨化するとのこと。ヒトでは甲状軟骨は 30-65 歳ぐらいで骨化するが輪状軟骨は一部起きるのみとのこと)
や披裂軟骨 (arytenoid cartilage) まわりの構造が発達していて、もしかすると音声調節に役立っていたのではないかと推論。この論文の図を見ると鳥の喉頭は確かに音声を調節しているらしいことがわかる。
恐竜が声を出していても大型種ではダチョウのような声だったのだろうか。ヒメコンドルのような例をみると系統次第だろうがほとんど声を出していなかった可能性もあるかも。
「鳥類学者無謀にも恐竜を語る」(川上和人 2013, 2018) pp. 159-165 に上記化石の発見前だが考察がある。比較対象にワニを取り上げ、恐竜の Parasaurolophus の「とさか」に音響効果があった可能性を取り上げている。
Parasaurolophus の wikipedia 英語版によれば内耳の構造はもっと高音の声に反応するとの指摘があるが、Weishampel はそれは親と幼体のコミュニケーションに役立っているので矛盾しないと言っているとのこと。
Weishampel (1981) Acoustic Analysis of Vocalization of Lambeosaurine Dinosaurs (Reptilia: Ornithischia)
がその論文とのこと。1998 年の研究 Scientists Use Digital Paleontology to Produce Voice of Parasaurolophus Dinosaur。
その他にもいろいろな機能が提唱されてきて、嗅覚のため、温度調節の機能、種内の視覚的認識のためなどが挙がっている。
ワニは喉頭で発声とのことで Riede et al. (2015)
Functional morphology of the Alligator mississippiensis larynx with implications for vocal production
に解剖学がある。神経支配は迷走神経と舌下神経のようなので哺乳類に似ている [cf. Lessner and Holliday (2020)
A 3D ontogenetic atlas of Alligator mississippiensis cranial nerves and their significance for comparative neurology of reptiles;
Schmidt and Wild (2014) The respiratory-vocal system of songbirds: Anatomy, physiology, and neural control]。
鳥類の鳴管は完全に舌下神経支配 (外部筋肉は2種類で musculus tracheolateralis と musculus sternotrachealis。鳴管周辺のみに存在する筋肉 intrinsic syringeal muscles を発達させているグループもある) で、現生種では鳥類のみが異なるよう。
#オウチュウの備考 [さえずりの進化] の Schwark et al. (2022) で、鳥類と哺乳類の中枢神経から末梢コントロールで異なる点として鳥類では舌下神経以外に胸部や腹部の呼吸筋も支配していることを挙げている。
ワニと哺乳類の類似性を考えるとこれが祖先形で、鳥類では鳴管での発声コントロールと同時に複雑な呼吸動作の高度な統合 [後述 Schmidt and Wild (2014) 参照] を行う必要が生まれ、鳥類で新たに追加された神経回路かも知れない。
Jorgemich-Cohen et al. (2022) Common evolutionary origin of acoustic communication in choanate vertebrates に choanates (カメやハイギョなどを含む) の発声の系統研究がある。4億年前に起源を遡ることができるという。
大部分の系統で喉頭が主な発声部位だが鳥の鳴管は発生学的に別のものを利用している。鳥でも喉頭で音 (hissing sound) を出すことができるとのこと: Policht et al. (2020) Hissing of geese: caller identity encoded in a non-vocal acoustic signal。
コウノトリ成鳥でもクラタリングの際に声らしいものが聞こえるが、こちらが発声機構なのかも。
Kingsley et al. (2018) Identity and novelty in the avian syrinx に脊椎動物の発声の進化が取り上げられている。不完全な気管支の軟骨と連続呼吸は鳥の (祖先のどこか) 系統で獲得したもので、他にはない独自のものとのこと。喉頭の構造は基本的にどれも共通とのこと。
interclavicular air sac (鎖骨間にある対をなさない気のう) が鳴管での発声に役割を果たしていることが指摘されているが、気のうと鳴管のどちらが先に進化したかはわからない。
鳥とワニの共通祖先では喉頭を用いていたのだろうが、鳥に至る進化段階のどこかの段階で両方を用いるようになったのか、それとも一度声を失った時期もあったのか。
Goller (2022) The syrinx のレビューもフリーで読める。
鳴管は最初は息を止める (*1) 機能として進化した可能性があるが起源はよくわかっていない。いずれにしても気のうに囲まれた場所で音を出す効率が高く、上部気道を共鳴に使えるため喉頭よりこちらを使う方が有利だったのだろうと推測している。
喉頭と鳴管は発生学的には異なるが、気道を形作る遺伝子制御機構は共通のものがあり収斂進化の産物と言ってもよいとのこと。
鳴管の音源は通常2つ (左右1対) だが、1つのものもある (ハト類やオウム類など独立に進化したと考えられる)。3つのものもある (tracheophone suboscines カマドドリ科など)。いずれも何らかの選択圧が働いていると考えられる。
音声学習はあるかないかというよりもっと連続的なものと考えられる。
通常音声学習を行わないとされるグループに属するスズドリ類 [スズドリ Procnias albus White Bellbird は鳥の中で最も大きな声 125 dB が記録されたという cf. Podos and Cohn-Haft (2019) Extremely loud mating songs at close range in white bellbirds]
などで音声学習のある程度の証拠が知られているなど書かれている。
鳥類で喉頭でなく鳴管が使われるようになった解釈について Riede et al. (2019) The evolution of the syrinx: An acoustic theory も面白い (レビューの著者の Goller も含まれている)。
実験と物理モデルで喉頭と鳴管で発声した声がどのように気道の長さで影響を受けるか調べた。最適値があって体重 20-30 kg だと 40-70 cm ぐらいが適切か。
鳥類では気のうシステムがあって呼吸機能に余裕があり、長い気道を持つことは哺乳類に比べて負担にならず、祖先型もより多くの頸椎を持っている
[Mueller et al. (2009) Homeotic effects, somitogenesis and the evolution of vertebral numbers in recent and fossil amniotes で祖先型の推定をしており、鳥類祖先にあたる Saurischia 竜盤類では頸椎 10 個とのこと。羊膜類の祖先型は6個とのこと]。
気道が 50-100 cm の場合では鳴管で発声する仕組みの方が有利であるとの考え。哺乳類では気道が短く、ヒトの場合も共鳴周波数とよく合っておらず、発音体を鳴管に相当する場所に置いてもあまり効果がない。
小型の鳥には当てはまらないのではの疑問については制約から逃れるいくつかメカニズムが提唱されているとのこと。
そういえばと思いついたのだが、鳥類は羽繕いを行う必要から首の柔軟性が必要となり、後の項目 [鳥の気管と食道の配置] にあるように (Klingler 2016 の考察を見て気づいた) 喉頭に余分なものを持っていると動きが束縛されたり、哺乳類のように筋肉による場所保持機構も付随的に発達させる必要があるので喉頭付属物を極力単純化したのかも知れない (もちろん前述のように重量や飛行時バランスなども関与しそう)。
そもそも最初から2か所の発声部位があったとすれば有利な方が残りそうな気がする。
[場所保持機構では例えば我々でもよくわかる胸鎖乳突筋 m. sternocleidomastoideus。人体解剖では名称の長さに最初に挫折しそうになる名称の一つ。Jollie (1976, 1977) p. 238 によれば鳥で対応する筋肉は m. sternocleidoccipitalis とのことで皮筋となっている。筋肉の名称は何と何を結ぶか由来となるものが多いので名称は多少異なるが、想像以上に人体に対応する筋肉がある]。
鳥類の古い系統は水鳥のように頸椎も多くてあまり邪魔にならないのではとも言われそうだが、Saurischia では頸椎 10 個と推定されるとのことなのでおそらく初期系統ではそれほど場所に余裕があるわけではない。
古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae (ダチョウ目など) では頸椎が多いように見えるが無飛翔性となったために二次的に増えた系統かも知れないので飛翔する古い系統を見ておく。Galloanseres (キジカモ類) ではキジ類が 16 (14+2) 個と非常に多いわけではない。カモ類では#リュウキュウガモ備考に頸椎数の進化を取り上げているがカモ類系統の頸椎数の祖先型はおそらく 16 個。
鳥類の後のクレードではだいたい 14 個ぐらいが標準で古い系統の方が際立って多いわけではない。
首の柔軟性の必要に伴う喉頭簡略化説を一つ候補に挙げておきたい。
例えばどのあたりの系統から現代の鳥のような羽繕いが必須となったのか、喉頭を保持するための筋肉付着部の痕跡が骨格に残っていないかなどが検討ポイントになるだろうか。
Aureliano et al. (2022) The absence of an invasive air sac system in the earliest dinosaurs suggests multiple origins of vertebral pneumaticity
では common avemetatarsalian ancestor (2.33 億年前) には気のうシステムがなかったようで、気のうシステムは複数回進化したことになる。系統の離れた翼竜 Pterosauria も気のうを持っていた。
鳴管の構造研究が最近進んだ: Birdsong and Human Voice Built from Same Genetic Blueprint
鳴管と哺乳類の喉頭の構造形成に同じ遺伝子メカニズムがかかわっている。
Chiappone et al. (2023) Ostrich (Struthio camelus) syrinx morphology and vocal repertoire across postnatal ontogeny and sex: Implications for understanding vocal evolution in birds
ダチョウの鳴管構造、雌雄差の研究。ヒス音と通常の音声を同時に出すことができる。嘴を閉じたまま boom 音を出すのはオスのみ。
Legendre et al. (2024)
Evolution of the syrinx of Apodiformes, including the vocal-learning Trochilidae (Aves: Strisores)
音声学習を行うハチドリと同じ鳴管構造がヨタカ類、アマツバメ類にも見つかった (現代の分子系統学ではこれらはいずれも近縁 Strisores とされる)。ハチドリ類が音声学習を行う上で前適応があったとも言える。
ごく最近までヨタカ類を含む夜行性の鳥は最も古い系統の一つとされており、日本鳥類目録第8版 (= IOC 13.2) がまさしくその順序になっている
[IOC 15.1 のファイルでも Apodiformes is revised to include only the dirurnal treeswifts, swifts and hummingbirds. Along with the nocturnal nightjars, oilbird, potoos, frogmouths, and owlet-nightjars it forms Strisores which is a basal clade of Neoaves とあって、Neoaves の中でも最も分岐の早い (一般的には "原始的な" とほぼ読み替えることができる) グループと考えられた時代のコメントが残っている]。
第8版配列ではカモ目、キジ目、ヨタカ目... となるのでこの順序で原始的なのだと理解してしまいがちだが、音声学習を行うグループが含まれていることにもう少し注意を払うべきだろう。古い系統でも音声学習が行えるほど Neoaves は高度な中枢神経を持っているのか、それともヨタカ類は実はもっと後の系統なのか。
[#鳥類系統樹2024]を参照。"実はもっと後の系統" の方がもっともらしい。少なくともこの部分は第8版配列を覚えてしまわない方がよさそう。
ハチドリ類は通常の鳥には聞こえない高い声を聞く能力もある: Duque et al. (2020) High-frequency hearing in a hummingbird
エクアドルヤマハチドリ Oreotrochilus chimborazo Ecuadorian Hillstar は中心周波数 13.4 kHz でさえずり、これまで記録されている最も高い声のさえずりとのこと。
クロハチドリ Florisuga fusca Black Jacobin は Olson et al. (2018) Black Jacobin hummingbirds vocalize above the known hearing range of birds で声も聞くことができるが、
こちらは xeno-canto に上記論文著者のデータがあり、さえずりを聞くことができる (XC898140 など オンラインで聞く声は .mp3 に変換されているので音声ファイルをダウンロードして原音のまま聞いていただきたい)。192 kHz サンプリングで録音している。80 kHz まで達する高次の倍音まで発声されており、この点ではヤブサメのさえずりと性質が異なる。
以下にスパースモデリングによる高解像度ソノグラムを作ってみた [Kato (2021) A code for two-dimensional frequency analysis using the Least Absolute Shrinkage and Selection Operator (Lasso) for multidisciplinary use のコード、
XC898140 を読み取り、
pgm <- getpergrmlasso2(d,28.4,36,1,60,200,0.15,0.03)
drawpgmlasso(pgm,0,0,5,3,xlab="Time (msec)",ylab="Frequency (kHz)")
のパラメータを使用した (使い方は論文参照)]。
上が波形。正弦波でないため高次の倍音が現れるが波の波形そのものは複雑ではない。自分が IC レコーダーで記録したヤブサメはこのようなきれいな結果にはならかなったので、やはり超音波を記録できる性能のマイクロフォンだけのことはあるように見える。
Longtine et al. (2024) Homology and the evolution of vocal folds in the novel avian voice box
組織発生学的には喉頭と鳴管は異なっているが、発生に共通の遺伝子メカニズムが働いている。
鳥類祖先で鳴管に音源が2つあったことが想像されるが、非鳥類型恐竜ではまだ鳴管は見つかっていない。
μCT が使われるようになって鳴管研究が活発になっている模様。また鳥類の系統関係が明らかになったことで鳴管の系統研究なども興味深いテーマとなってきたよう。
Gladman and Elemans (2024) Male and female syringeal muscles exhibit superfast shortening velocities in zebra finches
によればキンカチョウの鳴管の筋肉は1秒に 100-250 回収縮できて、他の筋肉や鳥類以外の骨格筋の収縮速度を上回るとのこと。メスの方が筋力は弱いが最大速度はオスと同様とのこと。
参考までに哺乳類ではどのような研究が行われているか: Janik and Knornschild (2021) Vocal production learning in mammals revisited
鳥ではよく調べられているが哺乳類の研究は不十分であるとのこと (鳥の方が先行している研究分野があるのは面白い)。音声学習がある・なしではなく段階的なものを考えている。
コウモリで特によく知られているが call convergence の概念があり、他の個体の周波数に合わせることができる。コウモリの オオシマサシオコウモリ Saccopteryx bilineata Greater Sac-winged Bat (霊長類以外で鳥での "ぐぜり" に相当する発声が見つかった最初の例とのこと) が歌を学習する過程は鳴禽類と類似している。
マウスでも歌 (song) の表現が使われているが、大脳皮質のないマウスでも歌を発することができ、より下位の神経機構で作られている。
鳥が息を吸う時も発声できるとしばしば言われるが [例えば Birder 編集部 (1999) Birder 13(5): 32 には "息を吸っている時も鳴くことができる" と書かれている]、根拠はあまりはっきりしない。前述の Schmidt and Wild (2014) のレビュー論文では、キンカチョウでは1音ごとに息を吐く筋肉が活動している (expiratory pulse または pulsatile expiration)。シラブルやフレーズの間に約 30 ms の短い息継ぎをしており、発声中に失われた空気を補充するのに十分であるとのこと。
早い連続音 (trill) の際はこの息継ぎが失われ、気のうの圧力も何十倍にも上がる。この時には腹筋が働いているとのこと。
チャイロツグミモドキ Toxostoma rufum Brown Thrasher は左右の鳴管を独立に制御して2音を重ねて出すことができる。左右の気管支の空気の流量も異なっている。途中に短い息継ぎがあってその時は気嚢の圧力も下がって発声していない。
この論文ではほとんど音声は息を吐く時に出るとある。
鳴禽類では左右の鳴管は種類によるが同側の脳の RA 核 (robust nucleus of the Arcopallium) が支配しており、左右の大脳半球を直接結ぶ構造 (脳梁) がないので左右をどのように統合しているか不明であるが呼吸と関連した部分が統合を行っている可能性があるとのこと。
ハトが鳴く時に前後の気のうの圧力が少し違うことが報告されており、気のうを個別にコントロールできる可能性はあるとのこと (以下 #ウグイスの備考 [ウグイスは息を吸う時に声を出すか] へ)。
備考:
*1: 息をこらえる。例えば産卵や排泄、複雑な飛行などの行動の際に役立つ可能性があるが実証されていないとある。
複雑な飛行というのは急に向きを変えるなど瞬間的に強い力を出す必要がある場合などを想定したものか。我々も力を出す時や細かい作業をする時に息をこらえることがあるが、飛行中の鳥でも瞬間的に力を出す必要がある場合に息をこらえたりするのだろうか。
排泄については多少思い当たるところがあって、タカ類が糞を飛ばす時にどこに力を入れるのかと考えると体腔内圧ぐらいしか思い浮かばない。詳細な映像であれば呼吸の様子も見えることもあるので、糞を飛ばす時に息をこらえているか調べてみるのも面白いだろう。タカ類以外でも糞を飛ばす鳥はあるのだろうか、行動の系統進化は?
潜水する鳥や哺乳類はもちろん息を止めるが、それ以外の地上性動物が自発的に息を止められるか調べられた研究が見当たらない。すべての鳥や哺乳類は息を止める能力があるはずだが、どのようにすれば止めてもらえるのかわからない、と書かれているページもあり、質問コーナーでも回答が出ていなかったりするのでそもそも研究がないのかも。
哺乳類では横隔神経 (phrenic nerve) が横隔膜の運動を支配している。ヒトでは C4 の脊髄神経が中心で、イヌ類では C5-C7 とのこと。いずれにしても胸部・腹部を分ける位置なのに胸部の脊髄神経ではなく頸部が支配している。肺がエラから進化した名残り。
鳥類には横隔膜がないので胸郭を動かすことで呼吸を制御している (我々も用いている) が、その筋肉の付着部位として肋骨の鉤状突起 uncinate process も役立っている。骨格を見た時にこれは何だろうと思う突起 (思わないか?)。
骨性の鉤状突起は鳥類特有とのことで、始祖鳥にはないとの話もあるが、あるとの話もある [Codd et al. (2008) Avian-like breathing mechanics in maniraptoran dinosaurs]。持たない鳥 (サケビドリ類) もないわけではない。
気のうの進化も含めた進化過程の構築の試みは Wang et al. (2023) Deep reptilian evolutionary roots of a major avian respiratory adaptation にある。鳥の祖先系統のさらに以前に遡ることができる?
鳥類の呼吸と発声の関係は Schimidt and Wild (2014) The respiratory-vocal system of songbirds: Anatomy, physiology, and neural control
で見られるが、呼吸の制御は胸部の脊髄神経を用いているよう。鳥類に横隔膜がないことは横隔神経核がないことに関連している可能性があるがよくわからないとのこと。哺乳類では横隔膜の神経支配から呼吸器は頸部由来の内蔵から発達したものとも言えたが鳥類を見るとそこまですっきりしない感じ。
呼吸筋の神経支配は哺乳類とは違いがある模様。どちらも延髄にある上位の呼吸中枢が脊髄神経を制御している。
ちなみに大胸筋はヒトでは C5-C7 が支配、鳥類でも頸部下部の脊髄が支配で同様 (どちらも brachial plexus) で、発生的には頸部由来となる。頸部の上部から動く舌 (第 XII 脳神経の舌下神経が支配、これは C0 に対応するとも言われる) が生まれ、下部から上肢の一部が生まれたことになる [「くびは何のためにあるか」(山田宗睦編 風人社 1995) を参照]。
鳥類では迷走神経は鳴管の制御にはかかわらないが、気のうなどに関わる神経として発声に関与している可能性はあるとのこと [Wild et al. (2009)
Avian Nucleus Retroambigualis: Cell Types and Projections to Other Respiratory-Vocal Nuclei in the Brain of the Zebra Finch (Taeniopygia guttata)
この文献では鳥類・哺乳類の呼吸に関わる神経の対応関係などが示されている]。
[鳥の気管と食道の配置]
鳥の気管や食道はヒトとは違って正中線からなぜ外れているのかを議論した研究があった:
Klingler (2016)
On the Morphological Description of Tracheal and Esophageal Displacement and Its Phylogenetic Distribution in Avialae
昔から言われてきた知見であったが真面目に比較検討した研究はなかったとのこと。この著者はこの現象を tracheal and esophageal displacement と名付けた。
気管は一定ではなくハト類は気管が左側を通り、タカ類は種差があってクーパーハイタカは気管、食道ともに左側を通り、アカオノスリはどちらも右側、ハネビロノスリは食道が右側、気管は正中線と系統を限定しても一概に言えない結果となった。Larus 属のカモメ類でも配置が異なるものがあるとのこと。
鳥類で正中線から外れる要因として、哺乳類では筋肉が気管や食道の位置を固定していること、鳥類では頸椎が S 字カーブを作るため、気管や食道が余分な経路をとらず最短距離で結ぶならばどちらかに寄った方が効率がよい (ただこれだけだと左右を同等に通ってもよいがそうなっていない) などの理由を提唱している。
大きなそのうの有無も多少関係しているかも知れないが多分大きな要因ではないと議論されている。
[鳥類の肺の優れた機能]
Maina (2000) What it takes to fly: the structural and functional respiratory refinements in birds and bats コウモリは哺乳類型の肺でも飛べるので気のうシステムが不可欠であるとは言えない、とはいえ、
West and Fu (2007) The human lung: did evolution get it wrong?
もやはり呼吸機能は鳥類に軍配を上げざるを得ないと結論。容積を変えて呼吸する部分が哺乳類では肺胞、鳥類では気のうで、哺乳類では呼吸のたびに肺胞が動くために壁を薄くできない。ガス交換の表面積を上げるために哺乳類の肺胞は脆弱な構造になっている。
哺乳類では肺の片側の動脈が閉塞すると血管抵抗が急激に下がるが、鳥類ではこれが起きずガス交換にかかわる組織の頑強性を示す。
哺乳類は激しい運動で肺出血を起こすこともあり高所適応の限界にもなっている。
ではなぜ哺乳類は別の道を歩んだのか。おそらく何かへの適応というよりは進化は目標があって進むものではないので鳥類がよりよい解に到達したとの考え。哺乳類の呼吸器の研究者の視点から調べると鳥類の肺の方が面白いとわかって研究対象を転向したような印象を受ける。先述の Maina も近年は鳥類の肺で論文を書いている。
鳥類の呼吸器で入る空気と出る空気がこれまで考えられていたように混じり合わないわけではないが、肺の中の空気は一方通行とのこと。
West and Fu (2006) The honeycomb-like structure of the bird lung allows a uniquely thin blood-gas barrier にも鳥類の肺のハニカム構造は哺乳類の肺胞構造より頑強で構造的にも強い。
Watson et al. (2008) Minimal distensibility of pulmonary capillaries in avian lungs compared with mammalian lungs 哺乳類の肺の毛細血管が押しつぶされる圧力でも鳥類ではほとんど影響がなかった。外部構造に強度があって毛細血管を支えている。
哺乳類と鳥類は体循環と肺循環が分かれていて構造的には似ているように語られることも多いが、実は圧力差などかなり違う部分もある。鳥類の方がより進化した呼吸システムを発達させたと考えて概ね間違いでない。
Cieri et al. (2014) New insight into the evolution of the vertebrate respiratory system and the discovery of unidirectional airflow in iguana lungs
は鳥類に比べてはるかに単純な構造のイグアナの肺でも一方向の流れがあることを発見。一方向の流れは恒温性や代謝率を高めるた進化したとの従来の見解を覆し、独立に進化したものか、あるいは鳥類と共通祖先の形質だったのか再考を迫る。
なおワニではすでに知られていた [Farmer and Sanders (2010) Unidirectional airflow in the lungs of alligators。気のうは持たない] が系統的にはそれほど不思議ではない。
鳥類や関連系統の呼吸器の分野は最近比較的注目を浴びているようで新しい論文もいくつも出ている (哺乳類至上主義を見直すことで見えてきたことが多いのだろうと想像する。鳥類学者の関心からはむしろ遠かったかも知れないが)。
大部分の哺乳類の赤血球は核を持たず (ラクダ科は有核と言われてきたが誤りとのこと)、他の脊椎動物と異なっている。これはしばしば "より進化した形質" と解釈される。
Snyder et al. (1999) Red Blood Cells: Centerpiece in the Evolution of the Vertebrate Circulatory System では赤血球が大型なのは祖先型と考えられていたが合わない例もある。赤血球を小型化しても粘性が変わるわけではない。
鳥類や哺乳類への進化で赤血球のヘモグロビン量が増えているが、これも赤血球のサイズと相関しているわけではない。この著者の仮説はガス交換の効率を高めるためで、特に呼吸器の細い毛細血管を通ることが制約となっているのではと提唱している。
鳥類では気のうシステムのおかげで肺のガス交換の効率が高いためにこのような適応が必要なかったのかも知れないと思ったが、おそらく他にも要因があるのだろう。なお哺乳類では赤血球にミトコンドリアも存在せず、この点でも例外的らしい。
他の例を見ていても "より進化した形質" というよりは哺乳類独自の理由があるのだろうか。
Yap and Zhang (2021) Revisiting the question of nucleated versus enucleated erythrocytes in birds and mammals によればヘモグロビン濃度は鳥類・哺乳類で違いはなかった。
従来の方法で解析すると鳥類の方が赤血球が大きい結果となるが、系統を考慮に入れた解析では違いが出なかったとのこと。これまでの仮説は核を持つ・持たないの理由は説明できないとのこと。
有核であることで成熟した赤血球がヘモグロビンを合成できるとの仮説も赤血球内の RNA を調べた結果では実証されていない。
同様に鳥類の赤血球にミトコンドリアがある理由も飛翔への適応のようにも見えるがよくわからないとのこと。
「哺乳類の赤血球に核がないのはヘモグロビン濃度を高めるため」との (古い?) 教科書的記述は正しくない模様。
Bhardwaj et al. (2023) Altered dynamics of mitochondria and reactive oxygen species in the erythrocytes of migrating red-headed buntings
は少し答えてくれているように見える。チャキンチョウ Emberiza bruniceps Red-headed Bunting で渡りを模した実験で渡りの時期に赤血球のミトコンドリアの活性酸素除去や脂肪輸送に関わる遺伝子発現が高まる。赤血球のミトコンドリアが渡りのような高い酸化ストレスに有効に働いている模様。
現状の知見では哺乳類と鳥類の赤血球の違いの理由はこのあたりまでを回答にできそうな感じ。
Soulsbury et al. (2022) Energetic Lifestyle Drives Size and Shape of Avian Erythrocytes
によれば鳥類の赤血球サイズと生活様式に相関があるとのこと。
図を見ると小型種ほど赤血球が小さい傾向が見えるが、それ以上の点は統計的に有意なのか微妙なぐらいのレベル。機能を調べずに形態だけで議論するのはちょっと難しいか。
潜水する鳥ほど大きい傾向は確かにあるようで、より多くの酸素を蓄える必要性と一応整合するように見える。
The biology of the avian respiratory system (Philosophical Transactions of the Royal Society B Vol. 380, Issue 1920, 2025) が鳥の呼吸器の特集号。一部の論文がオープンアクセス。#ミサゴ備考の [ミサゴの大腿骨は含気骨でない] に関連研究を少し紹介した。
紹介しなかった部分では Kunchala et al. (2025) Adaptation and conservation of CL-10/11 in avian lungs: implications for their role in pulmonary innate immune protection
も免疫と関係あり、肺に発現する CL-10/11 遺伝子は脊椎動物 (この研究ではヒトと鳥を比較している) でよく保存されており自然免疫に重要な役割を果たしていると考えられる。
鳥類では surfactant protein-D (SP-D) を失っている (ワニ類やカメ類も持っている) とのこと。鳥類系統で選択的に失われているよう。CL-10/11 が機能を補っている可能性が考えられている。
O'Connor (2025) Insights into the early evolution of modern avian physiology from fossilized soft tissues from the Mesozoic
化石からわかる鳥類の軟部組織の進化について。構造的に硬い肺は現代的な鳥類の発展以前に始まっていた部分的証拠があるが、neornithines 以外で気のうの存在証拠は今のところない。
#マガモ備考の [カモノハシ] で鳥類と爬虫類の関係から派生して肺の機能にも関係する secretoglobin セクレトグロビン の進化を扱っている。鳥類の肺の優秀性や哺乳類の夜行性ボトルネック経験が背景にあるのではと想像している。
[脊椎動物の心臓の適応]
Phillips et al. (2025) Developmental and Evolutionary Heart Adaptations Through Structure-Function Relationships に面白いレビューがあったので紹介しておく。
鳥類・哺乳類は2心房2心室、爬虫類は不完全などをおそらく中学で習うと思うが、丸暗記でなく何に役に立っているの考えてみると面白い。鳥類・哺乳類は代謝率が格段に向上して肺循環と体循環を完全に分離して酸素利用効率を上げることが重要だが、空気呼吸をしない動物には必要ない。
爬虫類には長時間の潜水をする種類も多いが、肺循環と体循環が一定程度混ざる (シャント) あるいは弁がある (ワニ類) ことは長時間の潜水と地上生活を両立させるために有利であるとの説明があるとのこと。水中では肺で呼吸を行わないため。
鳥類・哺乳類でも長時間の潜水を行う種類があるが、ヘモグロビンの酸素結合や心拍数を下げるなど他の部分を調整することで対応している。これらの潜水を行う種類では潜水時に肺の末梢抵抗が高まり、事実上シャントと同じような血流配分が実現されている。これらは潜水に伴う機能的な収斂進化と考えてよい。
ヒトでも胎児の時期には動脈管 (ductus arteriosus) や右心房と左心房の間の卵円孔 (foramen ovale) が動静脈シャントとして働いているが肺呼吸が始まるとともに閉じる。閉じた動脈管は動脈管索 (ligamentum arteriosum) と呼ばれる靭帯のような組織として残る。鳥類でも発生過程は基本的に同様で哺乳類の心臓発生研究のモデル (例えば薬剤の発生への影響を調べる) に用いられるぐらい。わずかな違いが説明されている程度。
他の資料も見ると鳥類では ductus arteriosus は左右2本あるが哺乳類では1本。
鳥類・哺乳類の心臓の違いについては例えば Lansford and Rugonyi (2020) Follow Me! A Tale of Avian Heart Development with Comparisons to Mammal Heart Development にまとめられている。
それぞれが少し異なる構造を進化させたことがわかる。
[水鳥などはなぜ一本足で立って眠るか]
最近になって物理的に一本足で立つ方が安定して筋力も少なくて済む説明もなされるようになってきたが、出典は Chang and Ting (2017) Mechanical evidence that flamingos can support their body on one leg with little active muscular force
この研究はフラミンゴを用いたものだがツルでよく議論されるテーマなのでここに含めておく。
これまでよく行われていた説明では熱の放出を抑制するものでこれが否定されているわけではない。
この研究ではフラミンゴが最小限の筋力による調整で一本足で立つことが可能か (whether it is possible と原文にある) を調べたもので、鳥において passive, gravity-driven body weight support mechanism (重力により受動的に体重を支えるメカニズム) の存在を知る範囲では初めて示したもの、との位置づけで、実験的証拠はまだないが一本足で立つ方が筋肉制御に必要なエネルギー量が少ないのではとの仮説を提唱する、とある。
ウマでは受動的に体重を支えるメカニズムでエネルギー消費を減らしているとある。
熱帯の水鳥では熱の放出の抑制はそれほど重要でないと考えられるので、あるいは受動的に体重を支えるメカニズムの方がより効いているのではないか、との可能性を提唱したもの。著者も査読者もフラミンゴの生息地の環境を多分あまり知らないらしい (#カイツブリの備考参照)。
この種の話は尾ひれが付きがちだが、上記のように論文著者も可能性を述べる仮説のレベルとしているもので、体温を逃さない従来の解釈は引き続き有効なので説明される時はご注意を。
この論文では非常に単純な物理モデルを使っているが、Abourachid et al. (2023) An upright life, the postural stability of birds: a tensegrity system
によれば関節と一本の筋肉を真似たシステムは物理的に安定でない (1要素では多分制御できない)。4本にすると安定となって生体工学的要請を満たすことができるとのこと。この特性は鳥の解剖学的特性と関係する部分もあり、鳥が発明したとも言えるとのこと。一本足ロボットへの応用ができるかを考えている。一本足で立った方が自動的に安定になるというわけではない模様。
Anderson and Williams (2013) Why do flamingos stand on one leg?
によれば温度が上がるとフラミンゴが一本足で立つ割合が減り、温度調節にとって重要であることを強く示唆するとのこと。
Rose et al. (2024) What influences feather care and unipedal resting in flamingos? Adding evidence to clarify behavioural anecdotes
も調べているが過去研究も含めてそれほどすっきりした結果が得られていないよう。この文献では羽繕い頻度などが何で決まるかも調べているが、これもフラミンゴが水鳥の中で特殊な結果は得られていない。
塩湖で生活し結晶が付着するためしばしば水浴びが必要である考えも紹介されれていた。
[中国の国鳥]
中国の国鳥はタンチョウと書いてあるものも、未定とあるものもあり調べてみた。
(2021年の記事)
によれば 2003 年に国鳥を定める動きが高まり、投票の結果タンチョウ (中国では "仙鶴" としてよく知られている) が最多得票を得て一度は決定しかけたがネットで異論が出て定まらなかったとのこと。
英名が Japanese Crane だったためともここでは述べられている。
大航海時代の清は西側に門戸を開いておらず、日本の方がむしろ西洋とつながりがあった。そのため日本に固有の鳥と考えられていた。
鳳凰のモデルとも言われるキンケイ Chrysolophus pictus Golden Pheasant もよい候補だが知らない人が多いのが難点。
(2008 年の記事) によれば 2008 年時点でタンチョウが最終的に選ばれないならば理由は日本の名前が入っていることと報道された模様。この時点ではタンチョウが唯一の国鳥の候補であると述べられたことはなく、国鳥選定のどの段階にあるかは申し上げられないが決まり次第公表したいと答えたとのこと。
(2022 年のキンケイの記事)。
(2020 年のタンチョウの記事) は学名が「日本のツル」である理由を説明している。日本と西洋とつながりについてはこの記事の方が正確か。この学名のために中国の国鳥になれないが、英名は Manchurian Crane の方が使われるようになってきているので心配することはないともある。
他の記事では英名が変わったので学名も変わらないかと期待しているニュアンスも多少あるが、それはさすがに変わらない (ここまで詳しく解説している記事は少ない)。インターネットの中国の記事ではタンチョウは日本では冬鳥としてのみ見られる、あるいは日本では絶滅したとの誤った情報が広く知られているよう。トキと混同されている部分があるかも知れない。
(2024 年の記事)
中国の国鳥は未確定が正解のよう。キンケイが一時期使われたことがあったが正式ではなかった。
1990 年代から国鳥を決めようとの動きがあったらしい。キジやカササギも候補に挙がっていたとのこと。
2001 年の北京オリンピックの際に各国の代表団がそれぞれの国鳥のロゴを示したが、中国はキンケイを代わりに使ったとのこと (その時の写真あり)。国鳥を早く決める必要性が認識されたとのこと。
タンチョウについては上記の通りの説明になっている。スズメも選ばれたそうだがさすがに、となった模様。
キンケイについては中国名に「ニワトリ」を意味する文字が含まれるので品位に問題があるとされた。
トキは個体数が少なく不安定要素もあるので国を代表する重役は適さないかも知れない問題がある。
これらの有名な鳥はいずれも高い支持率を得ているが、最近はインターネットで議論が盛り上がっていて、それ以外にも国鳥にふさわしい候補がいくつも出てきたとのこと。
最近になって急浮上してきたのが "ギンノドエナガ" (直接調べると Aegithalos glaucogularis Silver-throated Tit となるが写真を見る限りではおそらく現地名でエナガの大陸亜種のことでは?) でも皆が可愛いと盛り上がっているとのこと (中国語でも "萌" 属性 と呼ばれるらしい)。
しかしこのような流行で決めるわけにもいかないだろうし...
中国は国土も文化も膨大で、地域によって馴染みの種類も異なり、これまであまり注目されていなかった国鳥にふさわしい種類がまだまだあるのではと選びきれていない模様。
やはりタンチョウがふさわしいとの意見も出ていてまとまりきらない様子。
タンチョウの除外に関連して
(2009 年の記事)
"日本" の名前が含まれることで国鳥にふさわしくないとするのはもはや科学の問題ではなく、むしろわが国の文化の成熟度が問われている。日本でさえも「日本鶴」とは呼ばずにタンチョウと呼んでいるではないか。世界の湿地保護のシンボルともなっている。
単なる名前を問題にするのは "仙鶴" と呼んできた自国の歴史と文化を無視するようなもので世界から笑われるだろう、という冷静な見解も出ていた。
オグロヅルこそふさわしいとの 2024 年提案
初期は人気投票的要素が強かったが、新しい時代になって推薦根拠をより科学・文化的に挙げるようになってきている。
ここまで議論が長引くと、国鳥にふさわしい条件をすべて満たすか、また何か少しでも欠点がないか (他国文化で悪い印象を持たれていないかなど) など条件が厳しくなっている状況のよう。少々のことでは決められなくなっているかも。
[タンチョウが長寿な理由]
Lee et al. (2020) Whole Genome Analysis of the Red-Crowned Crane Provides Insight into Avian Longevity
全ゲノム解析でタンチョウが長寿な理由となる遺伝子候補を探ったものだがダチョウと比較している程度でそれほどの結果は得られていない。活性酸素除去の SOD3 は候補の一つのよう。
むしろ実効個体数 (Ne) 変化の変化の方が興味深いかも。8万年前の 70000 個体ぐらいがピークだったと考えられるとのこと。ツル科の化石記録が多かった時期とも合うとのこと。
[アメリカシロヅルの遺伝的劣化]
(タンチョウの世界規模の保全ランク変更に関連してこちらに入れた)
Fontsere et al. (2024) Persistent genomic erosion in whooping cranes despite demographic recovery (preprint)
1941 年に個体数 16 まで減少。その後の個体数回復努力によって数は増えた。過去と現代のサンプルにの高精度ゲノム解析で実効個体数が過去 1000 年にゆっくり減少していたものがヨーロッパ人入植に伴って過去 300 年で急激に減少。遺伝的多様性の 70% が失われたままであることがわかった。
それ以前の過去の減少傾向はヨーロッパでの2種のツルの絶滅と同期 (メガファウナ絶滅時期。これも人為起源の可能性が提唱されている) していた。アメリカシロヅルはその絶滅は逃れた。かつてから実効個体数が多い時期はなく過去 10 万年でゆっくり減少。
現代の個体群ではヘテロ接合度が過去の個体群より低く、more realized load than masked load (不利となる遺伝子などが隠れて影響が見えない状態より影響を与える形になっている) によって適応度を下げている可能性がある (学術論文とはいかに抽象的でわかりにくい表現を使うものか! - これはおそらく語数制限があるため)。
個体数増加をもとに IUCN や Endangered Species Act の評価を見直す方向に再考を促す結果となっている。
上記の Lee et al. (2020) のタンチョウの結果と比較すると興味深い。アメリカシロヅルの研究ほど時間軸解像度はないとはいえ、最近の Ne で評価するとアメリカシロヅルの方がほぼ1桁低く、遺伝的多様性に乏しいことがわかる。ヨーロッパ人入植がもたらした影響は非常に大きかった。
[松に鶴ほか]
「松に鶴」は、実はコウノトリを鶴と見誤ったものだった説がよく聞かれる。
清代の有名な「松鶴図」(1759) など中国由来。松鶴図 など。
鶴寿千歳 (鶴は千年) は准南子 (えなんじ / わいなんし 前漢の武帝の頃、淮南王劉安(紀元前 179 年 - 紀元前 122 年)が学者を集めて編纂させた思想書: wikipedia 日本語版より)「鶴寿千歳、以極其遊」由来 (河田聡美 漢字百話 鳥の部 鳥・とり事典 大修館書店 1989 p. 123)。この記事では准南子は漢代の百科全書に相当するとのこと。
「京都の野鳥図鑑」(河合敏男 京都新聞社 1989) p. 98 によれば北海道の支笏湖の名称があるが、シコツの音は死骨に通じるため鶴は千年にちなんで千歳の名称が作られたとのこと。参考 歴史散歩ちとせ (千歳市)。こちらでは音の響きが悪いためと説明されている。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 99 VII (藤堂) によればコウノトリを漢語では鶴と呼んだとのことで、この表現であればコウノトリでもそもそも間違っていないことになる。
[白い鳥への変身譚]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 66 I-III 鳥たちのシンボリズム (加藤秀俊) に世界のいろいろな地域で白い鳥への変身譚が共通してみられることが取り上げられていた。
西洋では白鳥に変身する (させられる) 作品がいくつもあるが、日本の場合は夕鶴 (鶴女房) が取り上げられていた。中国やアラビアにも同様の話があるとのことで、リグ・ヴェーダ (Rig Veda) の物語にも登場し、源流はインドにあったのではとの解釈を述べられていた (当時未検証)。
-
クロヅル
- 学名:Grus grus (グルース グルース) ツル
- 属名:grus (f) ツル
- 種小名:grus (トートニム)
- 英名:Common Crane
- 備考:
grus は1音節だが長母音 (グルース)。由来となるイタリア祖語 *grus でも長音。インド・ヨーロッパ祖語 *gerh2- (荒々しい声で鳴く) に由来とのこと。英語の grouse とは無関係 (wiktionary)。
古典式では長母音が原則だが、短く読んでも構わない。
wiktionary によれば通常女性名詞とされるとのこと。後述 ICZN の定義もあり現在の属名の用法もこの性に統一されている。
英名の Common Crane はユーラシアの視点から付けられたもので、別名 Eurasian Crane はアメリカの視点由来と想像できる。
[学名の由来]
記載時学名 Ardea Grus Linnaeus, 1758 (原記載)
属名の決定経緯は簡単ではなかった。
Pallas (1766) が Grus 属を導入。しかし Pallas の示した種は Psophia crepitans Linnaeus, 1758 ラッパチョウ, Grey-winged Trumpeter と同定できるとのことで、通常の理屈であれば Grus は Psophia のシノニムとなるところだった。
Gray (1841) はこのことに気づき、クロヅルに対して Megalornis 属を提唱したとのこと。
しかしクロヅルを指して Grus を用いる用法は Bechstein (1793) 以来ずっと続いていたので BOU (1915) は Grus の名称を nomen conservandum と判定し、先に用いられた Pallas の Grus 属を用いないこととした。
もっとも Linnaeus (1758) 以前にも Grus の名称は使われており、Gray (1841) は Grus Moehring, 1752 よりも Grus Linnaeus, 1735 の方が早いとの議論も行っていたとのこと。これらは 1758 年以前の名称で規約により有効ではない。
ICZN が opinion no. 103 にて Grus, Pallas の属名がラッパチョウ1種ではなくツル類 10 種を指すと規定して一度決着したが、さらに ICZN が 1956 年 Grus 属の記載者を Brisson, 1760 と改めたとのこと
(The Key to Scientific Names, Opinions and declarations rendered by the International Commission on Zoological Nomenclature)。
Brisson, 1760 を採用すれば種小名から属名への直接の昇格でクロヅルが Grus 属のタイプ種となる。
この決定は後の時代になされたものだが、クロヅルに Grus 属を用いる場合には当時の用法に従って改名が提案された (#ノスリの備考参照)。
Grus communis Bechstein, 1792 (参考)、Grus communis Bechstein, 1793 (参考) はその用例で、ここでは "普通のツル" の意味で、英名 Common Crane と同じ意味で相互に関係があるかも知れない。
Grus vulgaris Fishcer, 1803 (参考) も同じ意味の別称。
Grus vulgaris Pallas, 1811 (参考) でも用いられていた。
さらに Grus canorus Forster, 1817 (参考) もあってこちらは鳴き声をもとに "声のよいツル"。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では当時の学名 Grus communis とともに Grus cinerea Bechstein (灰色のツル) も与えていた。この由来は Grus cinerea Meyer, 1809 (参考) と考えられ、これも上記の複数の名称同様に改名の産物。
当時は先を争って改名が提案されていたらしい (提案者の名前が残るメリットが大きかったのだろう)。
用例を見てもこの学名は長く使われていた。Hartert (1910-1922) p. 1813 では当時のドイツ語名 grauer Kranich も同様。現在でもフランス名 Grue cendree、ロシア語名、中国語名などにそのまま残っている。
当時の別名ネズミヅルは Grus cinerea の訳名かも知れないと思ったが本草綱目にも登場するので独自の比喩だろう。
クロヅルをタイプ種とした Megalornis Gray, 1841 (megale 大きな ornis 鳥 Gk) もあったがこれもトートニムを避ける目的があったのかも。この属名もしばらく使われていたようでカナダヅルの亜種記載 (1925) に用いられていた。
タンチョウにもこの属名が使われたことがあった。
今では見かけない属名となっているが早い時期にこの属名が使われたことが思わぬ波及的影響を及ぼした。
化石種ジャイアントモア 当時の学名で Dinornis Novae-Zealandiae Owen, 1843 (現在では複数種に分割) に Owen (1843) がこの属名を使いかけたがすでに使われていることがわかって修正し、出版に間に合わせたとのこと (The Key to Scientific Names Megalornis の項目)。
しかし DINORNITHIFORMES Moa (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealan) によれば Megalornis Owen, 1843: Proc. Zool. Soc. London 1843 (11): 19. Unnecessary nomen novum for Dinornis Owen, 1843 とあるので The Key to Scientific Names Megalornis の説明とは違って見える。
Dinornis Novae-Zealandiae を発表した後のページに Megalornis の属名が現れるらしい。直しきれなくて残ってしまったのかも。形式的には Dinornis を与えた後に Megalornis が現れるのここで新属名を与える形となり unnecessary nomen novum との取り扱いになる次第。
ジャイアントモア = Dinornis ! といかにも納得されている方もあるだろうが Owen が付けたかった学名は違っていた。
もし学名が Owen の当初意図通りに付けられていれば モア目 Dinornithiformes (かつては恐鳥目の名称もあった) のような高次の分類名まで現在と異なるものになっていただろう。Owen が考え直して付けた属名の方がよりふさわしかったかどうかは読者に判断を委ねたい。(モアが生きていた時代は ハーストイーグル (Haast's Eagle) の時代でもあった。#イヌワシの備考 [ハーストイーグル (Haast's Eagle)] 参照)
日本語解説などでしばしば現れる学名の Dinornis giganteus はシノニムとのこと。Dinornis maximus Haast, 1869 は Dinornis ingens var. robustus Owen, 1846 のシノニムとのこと。
[亜種]
クロヅルはユーラシアに広く分布する。単形種 (IOC)。2亜種とする考えもあり、日本鳥類目録 改訂第8版第二回パブリックコメントに向けた暫定リストの公開ではこちらに従って亜種 lilfordi (英国鳥類学者 Thomas Lyttleton Powys 4th Baron Lilford にちなむ) を採用している。
この亜種の記載時学名は Grus lilfordi Sharpe, 1894 (原記載) 基産地 Swatow, China (Avibase による)。当時の種小名の由来は疑いないが原記載には何も書かれていない。
世界の主要リストでこの亜種を採用しているものは Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) なので (ただし may not be diagnosable と付記されている) 日本鳥学会の見解もおそらくこれに基づくものと思われる。IOC も 4.3 まではこの亜種を用いていた。
単形種とする扱いは Archibald and Meine (1996) によるとのこと。
改訂第8版ではこの亜種は残されている。
Species Review: Eurasian Crane (Grus grus) (IUCN SSC Crane Specialist Group)
では4亜種とみなし、基亜種と lilfordi の境界はウラル山脈で後者に英名 Eastern Eurasian Crane を与えている。
コーカサスの Transcaucasian Eurasian Crane (G. g. archibaldi)、チベットの Tibetan Eurasian Crane (G. g. korelovi)
が他の2亜種。これらが実際に単系統か evolutionarily significant unit (進化的に意義のある単位: ESU) に値するかはさらなる研究が必要としている。
[渡り]
クロヅルの東個体群の渡りの衛星追跡の最近の研究は Erdenechimeg et al. (2023) Migration Pattern, Habitat Use, and Conservation Status of the Eastern Common Crane (Grus grus lilfordi) from Eastern Mongolia
で見ることができる。モンゴル東部で繁殖し、渤海沿岸、黄河デルタなどで越冬する経路が記録されている。
Pekarsky et al. (2024) Cranes soar on thermal updrafts behind cold fronts as they migrate across the sea (preprint 版)
大型の陸鳥が海上を渡る際は羽ばたき飛行をせざるを得ないと考えられていたが、クロヅルの渡り追跡で特に秋に寒冷前線の通過を利用してソアリングを行っていることが判明。冷たい空気が流れ込んだ時の海と空気の温度差の大きさを利用している。陸鳥が海域を避けて渡るのは上昇気流がないわけではなく、むしろ上昇気流発生の不確実さや羽ばたき飛行のコストの問題と解釈できる。
[ツルや crane の名称の由来]
「ツル」の語源は新谷 (1983) による ユーラシア比較言語学の試み IV - ツルとカラスの語源学 -
がある。タヅとの関係は不詳とのこと。
その後も研究が進められて別説が出ているかも知れないが、「コンサイス鳥名事典」では朝鮮語のトゥルミー (上記 turumi と同じ) を提案している。この事典にデンマーク、スウェーデン、アイスランドで同じような音の名前があるとのことで調べてみることにした。
デンマーク語 trane スウェーデン語 trana アイスランド語 (gra)trana で、古ノルド語の trana が起源とのこと (wiktionary)。
北部ドイツ語の trana 由来で Kran(ich) が音韻変化したものと説明されているとのこと (参照)。gr → tr への音変化は意外であるとのこと。
インド・ヨーロッパ祖語では Reconstruction:Proto-Indo-European/gerh2- とのこと。東アジアの音声については検討外の模様であるが turumi/tsuru と古ノルド語との直接の関係はなさそうである。
英語 crane は OED によれば 1275 年ごろ (おそらく 1200 年ごろ) にすでに用例があるとのこと。ツル以外のサギやコウノトリも指す語義の方が新しく、1678 年に用例があるとのこと。
建設などに用いられるクレーンの語義は 1487 年 (おそらく 1380 年ごろには) 用例がある。
Online Etymology Dictionary によれば後者の建設機械の意味は 13 世紀遅くに登場するとのことで、ドイツ語、フランス語などと共通とのこと。現代のドイツ語では使い分けていて、鳥の方は Kranich、建設機械は Kran。
語源的には鳥の方が古いが、建設機械に用いられたのは中世オランダ語の krane が最初とのこと (Wiktionary)。
ドイツ祖語の krano はインド・ヨーロッパ祖語の *gerh2- の "荒っぽい声で鳴く" に由来するとのこと。
ロシア語のツルの zhurabl' が大きく違うので確認しておくと擬音語の ger、ギリシャ語 geranos などが語源とのこと (Kolyada et al. 2016)。学名に使われる Grus と縁が近かった。元をたどるといずれも声が由来か。
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ナベヅル
- 学名:Grus monacha (グルース モナカ) 修道女のツル
- 属名:grus (f) ツル
- 種小名:monacha (f) 修道女 (monachus (m) 修道士)
- 英名:Hooded Crane
- 備考:
grus は#クロヅル参照。
monacha は短母音のみで冒頭にアクセント (モナカ)。
記載時学名 Grus monacha Temminck, 1835 (原記載。図版は1ページ前に。図版に学名がないため本文が原記載となった) 基産地 Hokkaido and Korea (Avibase による)。フランス語名 Grue moine (修道僧のツル)。日本では Kirodsur と呼ばれていると記述がある。現在のクロヅルの方の和名は後に整理されたものらしい。
単形種。ロシア語名ではこのツルが "黒いツル" に相当する。wikipedia ロシア語版 でこのツルが使われた 1982 年の切手、2000 年の硬貨を見ることができる。中国語名は白頭鶴または白い冠のツルに相当する。
wikipedia 英語版によれば 2020 年フィリピンで7羽が初記録され、その後頻繁に渡ってくるようになったとのこと。2011 年にアメリカのテネシー州で迷鳥記録があるとのことで、カナダヅルの渡りに従って渡来した可能性が考えられていた。
2022-2023 年の鹿児島県出水での H5N1 集団感染の論文は#インドガン備考の [野鳥と鳥インフルエンザ] の方に含めた。2022-2023 年の鹿児島県出水での発生を調べた論文 の項目。
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アネハヅル
- 学名:Anthropoides virgo (アントゥローポイデース ウィルゴ) 乙女のようなツル
- IOC 学名:Grus virgo (グルース ウィルゴ) 乙女のようなツル
- 属名:anthropoides anthropos 女性 -oides 似た (Gk); 人の形をした (コンサイス鳥名事典)
- 種小名:virgo (adj) 未婚の (f) 乙女
- 英名:Demoiselle Crane
- 備考:
anthropoides は起源となるギリシャ語では1つめの o と最後の e が長母音。ラテン語では -po- がアクセント音節になると考えられる (アントゥローポイデース)。
virgo は短母音のみ (ウィルゴ)。
grus は#クロヅル参照。
記載時学名 Ardea Virgo Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 'In Oriente' (東方) = India (インドと認定)。
アネハヅルを指して使われた属名に Scops があり、Moehring, 1752 と有効な属名となる以前の年代であった。Scops Gray, 1841 がこれに基づいて用いたものがツル類を指して用いた最初の Scops 属とされる。ギリシャ語 skops (見張り人) 由来で o は短音。
しかし同じ綴りの Scops de Savigny, 1809 がフクロウ類に使われていたためツル類を指した Scops 属はおそらく無効となった。両者の語源は異なる (#コノハズクの備考参照)。
Hartert (1910-1922) では p. 1822 に登場する。1758 年以前の学名は有効でないと定めた規則による結果フクロウ類に用いられた同じ綴りの属名が有効となったが、フクロウ類では系統的に Otus 属にまとめられたため現在は見かけなくなっている。
Anthropoides Vieillot, 1816 もアネハヅルだけを指したもので自動的にタイプ種となる。
英語別名に Numidian Crane が示されており、Numidia ヌミディアはカルタゴや共和政ローマの時代にベルベル系の部族が住んでいたアフリカ北部の地域・王国。ヌミディアとは古代ローマによる呼称とのこと (wikipedia 日本語版)。
属名は日本鳥類目録改訂第7版時代からアネハヅル属。単形種。
[ツル類の分子系統研究]
ツル類の分子系統研究は Krajewski et al. (2010) Complete Mitochondrial Genome Sequences and the Phylogeny of Cranes (Gruiformes: Gruidae)。
Anthropoides 属を認めるかどうかは分類学者次第で、IOC は version 2.5 まで認めていたが以降は Grus 属に統合している。Howard and Moore は 3rd edition まで認めていたがその後は Grus 属。
IOC 14.1 では Grus 属だが、Perhaps best separated into Anthropoides と注釈があり、属の分離も正当化できる見解のようである。
Working Group Avian Checklists, version 0.04 では Grus 属。
Clements は 2005 年まで Grus 属だったがそれ以降 Anthropoides 属。
もう1つ問題となる属があり Bugeranus 属でホオカザリヅル (英名 Wattled Crane) 1種のみを含み、Anthropoides 属の前の分岐に相当する。
Anthropoides 属を認める立場 (例えば日本鳥学会 日本鳥類目録 改訂第7版や第8版) ならばこの属も認める必要があり、この種の学名は Bugeranus carunculatus となる。
原理的にはこの種もまとめて Anthropoides 属とすることは可能だが、そのような用例は見当たらないので Anthropoides 属を認めるならば Bugeranus 属も認めることになるだろう。
これら全体と残りの Grus 属をまとめても単系統となるので、これらをすべて Grus 属としても差し支えなく、現在の IOC と Howard and Moore はその立場と考えてよいだろう。
その場合はアネハヅルの学名は Grus virgo となる。現在の海外のページなどでは IOC に準拠してこちらが主に使われているので検索などの際は注意。現在の IOC 分類では Grus 属は8種になる。
属をどの程度細かく分けるかの自由度の問題と言える。
IOC 15.1 のコメントでは Perhaps best separated into Anthropoides (Krajewski et al. 2010; BLI)? とあり、世界のリストの統合に合わせて IOC でも Anthropoides 属が復活する可能性がある。
Antigone 属を認める立場 (例えば日本鳥学会 日本鳥類目録 第8版) ではマナヅルは Antigone 属になって、Anthropoides 属を認めるか否かにかかわらずナベヅルと別属になる。
古い分類ではこれらもすべて含めて Grus 属としていたが、現代の知識ではそれに内包される Anthropoides 属 と Bugeranus 属を別属にしていたことになる。
Anthropoides 属を認める場合はこの属にもう1種あり、種小名 paradisea のハゴロモヅル 英名 Blue Crane がある (IOC 学名では Grus paradisea)。
このツルは Tetrapteryx の属名が用いられたことがあり、「4つの翼 (羽)」なのでもしかして後肢に羽が生えているのかと期待したがそうではなく、地面に届くほど伸びた3列風切を指したものとのこと。
英名の一つの demoiselle は Marie Antoinette 女王が姿から名付けたもの (wikipedia 英語版)。英語の demoiselle はフランス語に由来。
[アネハヅルの渡り]
アネハヅルはヒマラヤを超える渡りをするツルとして有名。1981年10月にヒマラヤの上空を飛んでいるのが日本の登山隊に目撃され、編隊飛行している写真が発表されたことがある。
当時はソデグロヅルと言われていたが、これは後にアネハヅルと判断された [科学ドキュメント ヒマラヤを越えるツル マナスル登山隊の記録 1982 (30分) NHK総合: 出典]。
Demoiselle Crane High Resolution Mongolia でモンゴルを出発したアネハヅルの渡りルートを見ることができる。秋の渡りではヒマラヤを越えるがパキスタンで越冬するが、春は北へ向かって大きな迂回路を通る。
Galtbalt et al. (2022) Differences in on-ground and aloft conditions explain seasonally different migration paths in Demoiselle crane
に論文があり、このルートが風の助けや地上の条件が有利である考察を行っている。
Mi et al. (2022) Time and energy minimization strategy codetermine the loop migration of demoiselle cranes around the Himalayas にも考察がある。
ロシアから出発するルートも調べられており 1000 Cranes. Russia. Caspia
こちらはそれほど複雑でなく中東を通ってエチオピアに到着している。
ロシア2地点からの経路追跡の論文があり、Ilyashenko and Ilyashenko (2023, 2024 再掲) Migration routes of the demoiselle crane Anthropoides virgo from the Orenburg Oblast (pp. 2579-2585)
によれば西経路と東経路があり、西はスーダンで越冬。東はインドで越冬して Galtbalt et al. (2022) にあるモンゴル個体の春のルートに似ている。モンゴルに分布を広げても行き帰りともこのルートを延長すればよさそうに見えるが、秋はヒマラヤ越えが風の助けも得られて渡りに要する時間も短く有利な形質として選択されたのかも。
クロヅルの西部個体と同様に最初はアフリカを主たる越冬地としていたものが東に分布を広げることでパキスタンやインドに越冬地を移す個体群が生じ、一部がさらに東からヒマラヤ越えを行うようになったのだろうか。
Pu and Guo (2023) Autumn migration of black-necked crane (Grus nigricollis) on the Qinghai-Tibetan and Yunnan-Guizhou plateaus
によればオグロヅルはチベット高原や雲南高原などの高所で越冬する結果になっている。クロヅルやナベヅルとの共通祖先段階ではもっと低地で越冬していたのだろうが、ヒマラヤ越えをするほどの越冬地執着がなく高所適応してあまり動かず越冬するようになったものだろうか (このあたり想像)。さらに東に種分化したものがナベヅルやタンチョウの祖先となったと考えるとなんとなく理解できるようにも見える。
ヒマラヤハゲワシ Gyps himalayensis Himalayan Vulture はソアリングでヒマラヤを越えるが、空気密度が半分でもソアリングの回転半径を大きくすることと対空速度を増すだけで対応できているとのこと: Sherub et al. (2016) Behavioural adaptations to flight into thin air。
同様の手法はヒメコンドルも用いているとのこと: Rader and Hedrick (2024) Turkey vultures tune their airspeed to changing air density
翼や構造や筋力を変えるような特別な適応は不要とのこと。
渡りの最新研究: Yanco et al. (2024) Migratory birds modulate niche tradeoffs in rhythm with seasons and life history。
アネハヅル、クロヅル、オグロヅル、マナヅルが研究対象。マナヅルについては #マナヅルの備考へ。
[ツル科・ツル目の系統分類]
上記の分類上の検討をふまえ、日本鳥学会 日本鳥類目録 第8版の予定と整合性のある分類 (eBird/Clements 2023 に一致する) でツル科 Gruidae の分類を示しておく。
もちろん日本で見られない種類も多いが、動物園などで比較的よく飼育されているため見る機会も多いだろう。参考にしていただきたい。
学名の後に (*) があるものは IOC 14.1 では Grus 属。
ツル科 Gruidae
カンムリヅル亜科 Balearicinae
カンムリヅル属 Balearica
ホオジロカンムリヅル Balearica regulorum Grey Crowned Crane
カンムリヅル Balearica pavonina Black Crowned Crane
ツル亜科 Gruinae
ソデグロヅル属 Leucogeranus
ソデグロヅル Leucogeranus leucogeranus Siberian Crane
マナヅル属 Antigone
カナダヅル Antigone canadensis Sandhill Crane
マナヅル Antigone vipio White-naped Crane
オオヅル Antigone antigone Sarus Crane
オーストラリアヅル Antigone rubicunda Brolga
ホオカザリヅル属 Bugeranus
ホオカザリヅル Bugeranus carunculatus (*) Wattled Crane (アフリカ)
アネハヅル属 Anthropoides
ハゴロモヅル Anthropoides paradiseus (*) Blue Crane (アフリカ)
アネハヅル Anthropoides virgo (*) Demoiselle Crane (ユーラシア)
クロヅル属 Grus
タンチョウ Grus japonensis Red-crowned Crane
アメリカシロヅル Grus americana Whooping Crane
クロヅル Grus grus Common Crane
ナベヅル Grus monacha Hooded Crane
オグロヅル Grus nigricollis Black-necked Crane
なおツル目 Gruiformes の中の位置づけは以下のようになる。絶滅科を含めた構成は wikipedia 英語版による。
科の和名は山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) 鳥類の目と科の新しい和名 (1) 非スズメ目・イワサザイ類・亜鳴禽類 による。ツル科 Gruidae と クイナ亜目 Ralli で大きく形態が異なるが、ツルモドキやラッパチョウ類がどの程度ツルに似ているかは画像検索などで確かめていただきたい。
ツル目 Gruiformes
ツル亜目 Grui
ツル上科 Gruoidea
? Geranoididae (絶滅科)
? Parvigruidae (絶滅科)
ツルモドキ科 Aramidae (北米南部から南米)
ツルモドキ属 Aramus
ツルモドキ Aramus guarauna Limpkin
ラッパチョウ科 Psophiidae (アマゾン地域)
ラッパチョウ属 Psophia
ラッパチョウ Psophia crepitans Psophia crepitans
ハジロラッパチョウ Psophia leucoptera Psophia leucoptera
アオバネラッパチョウ Psophia viridis Psophia viridis
ツル科 Gruidae (前記)
クイナ亜目 Ralli (#クイナの備考参照)
ツル目に属すると考えられる絶滅種にニュージーランドの大型種 Aptornis 属 (Adzebills) があり大型バンとも呼ばれることがある。記載した Richard Owen はモアの小型種と考えたとのこと。
全長 80 cm、体重 18 kg と推定され飛べない鳥でマオリ族による狩猟、ポリネシア人の持ち込んだネズミやイヌによって絶滅したと考えられる。
Musser and Cracraft (2019) A new morphological dataset reveals a novel relationship for the adzebills of New Zealand (Aptornis) and provides a foundation for total evidence neoavian phylogenetics
が分子系統と形態解析でラッパチョウ属との関連性を明らかにしている。このぐらい大型だとツル類と飛べないクイナ類の類縁関係も垣間見えるような気がする。
Worthy et al. (2011)
Fossils reveal an early Miocene presence of the aberrant gruiform Aves: Aptornithidae in New Zealand にも形態と系統の詳しい解析がある。
モーリシャスに生息したとされる Leguatia gigantea Schlegel, 1858 も体高 1.5 m の巨大クイナ (super-rail) とされることもあるが、現在ではコウノトリ目に入れられていることもある (Reunion Stork の名前がある)。
Francois Leguat が記述した le geant は実際に何を見たか明瞭でなく、フラミンゴだったとの説もある Giant water hen。
Angst and Buffetaut Paul Carie, Mauritian naturalist and forgotten collector of dodo bones。
BirdLife は種として認めておらず絶滅種に含まれていない。Extinct Species (BirdLiefe Data Zone) によればコウノトリ属の骨の化石が1個みつかっているとの主張 Cowles (1987) があるが、この種? のものではない可能性が高いとのこと。ツルのようなクイナが生息していた可能性があるが目撃談にとどまっている模様。
川口 (2024) Birder 38(9): 40 に紹介されているものもこれと同じもの。
かつてのツル目には
クイナモドキ科 Mesitornithidae (現在はクイナモドキ目 Mesitornithiformes、ハト目、サケイ目を含むクレード Columbimorphae に属する)、
ミフウズラ科 Turnicidae と クビワミフウズラ科 Pedionomidae (現在はチドリ目 Charadriiformes)、
カグー科 Rhynochetidae、ジャノメドリ科 Eurypygidae [現在はジャノメドリ目 Eurypygiformes。系統的位置づけはよくわからず単独系統をなす。Jarvis (2014) によればネッタイチョウ目の遠い親戚か。最新の [#鳥類系統樹2024] Stiller et al. (2024) によればネッタイチョウ目とまとまった系統をなすことがわかった。
ジャノメドリの英名は Sunbittern とかつてはサギの仲間とされていたことがわかる。大変特徴的な種類なので画像検索などで見ていただきたい]、
ノガンモドキ科 Cariamidae (現在はノガンモドキ目 Cariamaformes で近代的な陸鳥の方に含まれハヤブサ目を含むクレードに属する。猛禽類としても扱われる)、
ノガン科 Otididae (現在はノガン目 Otidiformes。カッコウ目、エボシドリ目を含むクレード Otidimorphae に属する)
が含まれていて、Boyd に言わせると「ゴミ箱」状態だったとのこと。
ノガンモドキ目以外は近代的な陸鳥グループには含まれない。
Stiller et al. (2024) による Elementaves の系統分類:
(Elementaves その1)
ツメバケイ目 Opisthocomiformes
ツメバケイ科 Opisthocomidae
(Elementaves その2 Cusorimorphae)
ツル目 Gruiformes
(系統 1 = クイナ亜目に相当)
ヒレアシ科 Heliornithidae
クイナ科 Rallidae
(系統 2 = ツル亜目に相当)
ラッパチョウ科 Psophiidae
ツルモドキ科 Aramidae
ツル科 Gruidae
チドリ目 Charadriiformes
(Elementaves その3 Strisores: ヨタカ、アマツバメ、ハチドリ類)
(Elementaves その4 Phaethoquornithes: #クロトキ備考へ)
[日本産ツル類の系統的位置づけ]
タンチョウが極東地域に限定した分布をしているため、この種の進化史を考えてみようと分子系統解析を行ってみた。出発点は NC_020577.1 として BLAST を行ってみると上記の系統樹が再現できるので、ミトコンドリアのみだがこの結果をもとに考察してよさそう。
ソデグロヅル属 Leucogeranus が最も古い分岐でツル類の中でも生態的弱さと関係があるのかも (おそらくはかなりの部分が人間活動によるものだろうが)。
北半球のツル類ではマナヅル属 Antigone がその次の分岐でその中ではカナダヅルが最も古い分岐。一度は北半球に広く分布したが次第に衰退しつつユーラシアでいくつかの種に分化していったよう。
アネハヅル属 Anthropoides がその次の分岐でユーラシアではアネハヅルのみでそれほど強力な系統ではなかったかも知れないが独自の生態に適応した印象を受ける。
クロヅル属 Grus がツル類の最後の系統で北半球に分布を広げて種数も比較的多い。この中ではタンチョウが最初の分岐で Grus 属の他種からやや離れている。独立属を作ってもよいぐらい。ユーラシア東部に進出したこの系統が Grus 属が北米にも分布を広げる足がかりになったのであろうことは想像できる。
北米では種分化は進まずアメリカシロヅル1種となった。Grus 属の残り3種 (クロヅル、ナベヅル、オグロヅル) の分岐年代は大きく違わず、Grus 属がユーラシアに分布を広げた結果 (ツル類の躍進時期。おそらくツル類に適した生息環境が広がったため) を反映していると考えられる。
特にクロヅルは分布も広く、あるいは過去の Antigone 属や Anthropoides 属の他種を競争排除した場合もあったかも知れない。
Grus 属の後発系統の方が生態的に有利な面があったかも知れないが、アネハヅルの場合は渡りの特殊性、タンチョウ (そしてさらに古いソデグロヅル) は体が大きいことで比較的局地的な分布ながら生き残ったのかも知れない。
競争相手の少なかったアメリカシロヅルが人による乱獲以前は広く分布していたことから考えると、タンチョウも競争相手がなければ (生じなければ) 大陸にさらに広く分布することができたのでは? 北半球ツル類他の属の種分化はユーラシア中央部で起きたように見えるので、Grus 属の最も古い系統のタンチョウが極東に偏っているのは少し不自然な感じがする。
例えばかつては分布がもっと広かったものが新しい系統の誕生の影響も受けて消退した結果で、日本固有種ではないため成り立ちがあまり話題に登らないが、やはり少し遺存的な部分が感じられる気がする。
国内固有種に限定せず、極東など分布の狭い種類も一度まとめて取り上げてもよいのではと感じる。もっともそのような分布の種は一般に研究が不十分であまり情報がないかも知れない。
このような視点で見ると Grus 属内のタンチョウ、Muscicapa 属内のエゾビタキの位置が非常に似ているように見える。いずれも最も古い分岐で分布が極東の狭い地域に限られている。エゾビタキも遺存的な種だろうか。続きは#エゾビタキの方に。
△ ツル目 GURIFORMES クイナ科 RALLIDAE ▽
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シマクイナ
- 学名:Coturnicops exquisitus (コートゥルニーコープス エクスクイスィートゥス) 非常に美しいウズラのような鳥
- 属名:coturnicops (m) ウズラの外観をした (coturnix (f) ウズラ, ops, opus 外観 Gk)
- 種小名:exquisitus (adj) 類いまれな; 非常に美しい (コンサイス鳥名事典)
- 英名:IOC: Swinhoe's Rail (英国博物学者 Robert Swinhoe が記載した)
- 備考:
coturnicops は coturnix は o, i が長母音でギリシャ語で外観を表す -ops は長母音。-tur- がアクセント音節と考えられる (コートゥルニーコープス)。
exquisitus は -si- が長母音でアクセントもある (エクスクイスィートゥス)。
旧学名に用いられた noveboracensis は novus (ノウウス。新しい) + Eboracum (イギリスの York のこと。a が長母音) つまり New York の意味。場所を表す -ensis の冒頭を長母音でアクセントを置けば "ノウエボラーケーンシス" となると推定できる。
記載時学名 Porzana exquisita Swinhoe, 1873 (原記載) 基産地 Cheefoo, China。
Porzana undulata Taczanowski, 1874 (参考 1, 2) の1年違いの記載があった。
旧英名の Yellow Rail は現在 IOC では Coturnicops noveboracensis アメリカシマクイナ に使われる。同種扱いだった時代の名残り。和名の "シマ" は縞に由来。
単形種。
三戸 (2007) Birder 21(1): 20-22 に青森県仏沼 (オオセッカ繁殖地で有名) における「シマクイナ発見記」が記載されている。「クル、クル、グー」というカエルのような聞いたことのない声を発見の始まり。音声再生 (プレイバック playback) によって正体を確認した。鳴き声以外での発見はほとんど不可能と記載されている。当時の記事では Coturnicops noveboracensis が用いられていた。
プレイバック法による関東地方での調査、音声の記述などについては高橋他 (2018) 関東地方におけるシマクイナ Coturnicops exquisitus の冬季の生息状況 が参考になる。
図2に示されているシマクイナとヒクイナの非繁殖期の声の声紋は#カイツブリや#ヒクイナの備考で紹介した両種間で類似する音声に対応する。この論文では特徴的な「キュルルルルー」と聞こえる尻下がりの鋭い声と記載されている。
他にも福田他 (2019) 茨城県におけるシマクイナの生息状況、
Senzaki et al. (2021)
Breeding evidence of the vulnerable Swinhoe's Rail (Coturnicops exquisitus) in Japan、
北沢、吉岡 (2021) 九州北部におけるシマクイナの越冬を示唆する記録 の研究があり、プレイバック法により各地での生息・越冬が明らかになっている 研究誌新着論文:九州北部におけるシマクイナの越冬を示唆する記録 (バードリサーチニュース 2021)。
これまでも (目視は難しいとしても) 音声を聞いて他種と判定されていた例があるかも知れない。
絶滅危惧 IB 類 (EN)。
Aoki et al. (2023) Phylogenomics reveals an island as a genetic reservoir of a continental population (preprint)
シマクイナのアムール地方 (6サンプル)、バイカル地方 (6サンプル) を含む 52 個体の遺伝情報を用いて過去に島から大陸に遺伝子流入があったことを示した。(かつての) 島の大きな個体群が大陸個体群の遺伝子プールの供給源となっている可能性がある。
大陸から島に移り住むことが古典的な描像だがそれとは異なる結果となった。
マダガスカル (ヨシキリ科など、#オオヨシキリ参照) やメジロ属 #メジロ の [Great Speciator] など種供給源としての島の役割は近年注目されているところ。
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オオクイナ
- 学名:Rallina eurizonoides (ラルリーナ エウリゾーノイーデース) ナンヨウオオクイナに似たクイナ
- 属名:rallina (合) クイナに似た鳥 [Rallus属 (クイナ属) の指小形]
- 種小名:ナンヨウオオクイナに似た (備考参照)
- 英名:Slaty-legged Crake
- 備考:
rallina は rallus は短母音のみ、-ina は冒頭が長母音でアクセントもここにある (ラルリーナ)。
eurizonoides は起源となるギリシャ語では zone はともに長母音、ラテン語語尾の -oides は i, e ともに長母音。i がアクセント母音となる。これらを採用すると "エウリゾーノイーデース"。
種小名は ナンヨウオオクイナ Rallina fasciata 英名 Red-legged Crake の旧学名 Gallinula eurizona Temminck, 1826 (綴りが変更され euryzona になった。
この種小名の意味は eurus 広い zone 帯) に -oides (接尾辞) 〜に類似の の意味 (The Key to Scientific Names)。
7亜種が認められている (IOC)。日本で記録される亜種は sepiaria (生け垣の < sepis, saepes, saepis 生け垣) とされる。
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ヤンバルクイナ
- 第8版学名:Hypotaenidia okinawae (ヒュポタエニディア オキナワエ) 沖縄の下に小さな帯のあるクイナ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Gallirallus okinawae (ガルリラルルス オキナワエ) 沖縄のヤケイのようなクイナ
- 第8版属名:hypotaenidia hupo 下 tainidion 小さな帯 (Gk) (The Key to Scientific Names)
- 第7版属名:gallirallus (合) ヤケイのようなクイナ Gallus 属 (ニワトリのもとになったセキショクヤケイなどを含む属) と Rallus 属 (クイナ属) から合成された、当初は亜属の名称だったものを属名とした (The Key to Scientific Names)。
記載時は Rallus 属だった。
- 種小名:okinawae (属) 沖縄の (okinawa -ae)
- 英名:Okinawa Rail
- 備考:
hypotaenidia は外来語由来の合成語で発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-ni- がアクセント音節と考えられる (ヒュポタエニディア)。
okinawae はラテン語規則では -na- がアクセント音節 (オキナワエ)。
gallirallus は短母音のみで -ral- がアクセント音節 (ガルリラルルス)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Hypotaenidia 属 (hupo 下 tainidion 小さな帯 Gk) で小さな島固有種クイナを多く含む属。種小名は変化なし。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じで、Hypotaenidia 属はヤンバルクイナ属。旧 Gallirallus 属はニュージーランドクイナ属と呼ばれることもあった [尾崎 (2003) Birder 17(11): 41]。
単形種。
絶滅危惧 IA 類 (CR)。IUCN 3.1 EN 種。
ヤンバルクイナの免疫特性に関する研究は#インドガン備考の [野鳥と鳥インフルエンザ (9) インドガン] 以下の "最新状況" コーナーに紹介した。
[外来種マングースについて]
ヤンバルクイナといえば意図的に導入されたマングースの問題がよく知られているが、これは 1910 年にハブの駆除目的で導入されたもの。今から見るとどんな動物学者が考えたのかと思ってしまうが、ジャマイカで成功例とされたものがあったらしい。
Island Mongoose: Conservation Villain or Scapegoat? Or Both? (Matthew L. Miller 2015, 2018 The Nature Conservancy)
によれば、19 世紀半ばのジャマイカでサトウキビのプランテーションがネズミの被害に困っていたとのこと。
インドの入植者がフイリマングース Urva auropunctata (Small Indian mongoose かつてはジャワマングースと同種とされ、Herpestes javanicus の学名だった) が効率よくネズミを食べることを見つけてジャマイカに導入 (1872) したとのこと。
収穫は上がったらしいが因果関係は不明とのこと。
wikipedia 英語版のフイリマングースのページではサトウキビのプランテーションは世界各地で行われていて、トリニダード島の導入 (1870) はネズミのコントロールには有効でなかったと報告されている。1900年代にハワイに導入され、ネズミの数は減らせたが在来の鳥などに影響を及ぼした (ことが後にわかった)。
沖縄の事例 (1910) も紹介されていてハブ Protobothrops flavoviridis やネズミなど (こちらもサトウキビが重要な収入源) 有害動物を減らすためで、同じ目的で奄美大島にも1979年放獣された (ただし以下参照) とあるが、結果的にマングース自身が有害動物となったとある。
ダルマチアの島 (現クロアチア) にもハナダカクサリヘビ Vipera ammodytes (horned viper) を減らす目的で同じ1910年、当時のオーストリア=ハンガリー帝国政府が導入したとのこと。
当時は生物農薬 (生物的防除 biological pest control) が導入され始めた時代で1870年代から始まったと wikipedia 英語版にある。ネコやメンフクロウもネズミ類の駆除に用いられたことがあるとのこと。
このページにも The Nature Conservancy のページにもあるがネズミは夜行性なのにマングースは昼行性でむしろ鳥の方を捕食した (ただし下記 Hays and Conant も参照)。ネズミもマングースも鳥の卵を食べるので捕食圧が増してしまった。マングースの導入事例はこの関係が理解されていない時期 (生物学者は誰も予見しなかったのか?) に行われたものと説明されている。
1910 年当時は動物学の権威であった東京大学・渡瀬庄三郎 (1862-1929) の発案と2016年5月3日の The Page の記事にある (国立環境研究所の五箇公一解説)。報道でも「期待の星 (ホープ) 来る!」と宣伝されたとある。
この記事では導入にかかわる真実かどうか不明の逸話が紹介されているが、上記のような時代背景を振り返ると欧米の学問をそのまま輸入したのだろうか [後の金子 (2021) の歴史研究では当時明確に触れられていなかったらしい]。海外でも弊害が認識されずに行われていた時期で、この研究者の発想の貧困に即つながることではなさそうに見える。
金子 (2021) 渡瀬庄三郎による沖縄島へのフイリマングース導入に関連する
1910 年前後刊行の外来種文献の史料的検討 ("瀬" の文字は異字)
に詳しい歴史研究があり、中川(1900) がジャマイカの事例やその後の経緯も紹介していたとのこと。生物間相互作用は当時はまだ仮説なり哲学の問題だったのかも知れない印象を受けた。「どんな動物学者が考えたのか」は正直感じることなので、最新の知見に基づくこの論文を参照していただくのがよいだろう。
クロアチアの事例 (2000 年の導入 90 周年を記念した報告。クロアチア語) では 1927 年にはヘビとネズミがマングースの主要な獲物で、ドイツの探検者は島で毒蛇をまったく見かけなかったと 1961 年に報告している。この成果を受けて 1920 年代に他所にも放獣されたとのこと。
ヘビが減ったためマングースは別の獲物をターゲットとして特にヨーロッパウズラ、ゴイサギなどが捕食されたとのこと。上記 1961 年のドキュメンタリーでマングースがヘビを食べることが成功談として紹介されている。
20 年で個体数が増えてしまってヘビの駆除に成功したため、1949 年に狩猟の保護対象から外されたとのこと。
ここでは在来の鳥や渡り鳥の捕食はバランスを崩した程度の書き方で、むしろヘビの駆除には成功し、マングース自身も狩猟家のよい獲物となって狩猟圧も高くそこまで数を増やせなかった模様 (このあたりは狩猟の盛んな地中海ならではで日本とはだいぶ事情が違う。狩猟家も撃っているのでヨーロッパウズラなども特に問題にならなかったのかも)。
1959 年には干ばつで多くの個体が死亡したとのこと。低温の冬を乗り越えられないなども沖縄と異なる制約要因となっているのだろう。
Tvrtkovic and Krystufek (1990)
Small Indian mongoose Herpestes auropunctatus (Hodgson, 1836) on the Adriatic Islands of Yugoslavia
の方では野鳥も含めた食害は 1927, 1928, 1949 年の報告があるとのこと。ただしおそらく国外には知られていなかっただろう。ワシミミズクによるマングースの捕食が確認されている。ワシミミズクは普通にみられるとのことでさらに高次の捕食者が存在したことも日本の事例と違っているのだろう。
ちなみに 1990 年にはクロアチアはまだユーゴスラビアの一部だった。今となっては懐かしい名前。
Hays and Conant (2006)
Biology and Impacts of Pacific Islands Invasive Species. 1.
A Worldwide Review of Effects of the Small Indian Mongoose, Herpestes javanicus (Carnivora: Herpestidae)
に総説があり、ハワイのものはジャマイカから導入。
フィジーではフィジークイナ Hypotaenidia poeciloptera Bar-winged Rail は 1875 年には普通だったが、1883 年にマングースが導入されて数年以内に絶滅したという (Gorman 1975)。wikipedia 英語版では 1973 年が最後の未確認報告とのこと。
ジャマイカではジャマイカミズナギドリ Pterodroma caribbaea Jamaica Petrel は 18 世紀には多数生息していたが 1872 年のマングース導入後、1893 年以降見られていないとのこと (Collar et al. 1992)。wikipedia 英語版では 1936 年ごろ絶滅とある。
この2例が因果関係が最もはっきりしてと考えられているもののようで、ジャマイカコヨタカ Siphonorhis americana Jamaican Poorwill は 1859 年以来確認されておらず Bangs and Kennard (1920) はマングースによるものと考えたが、マングース導入以前に絶滅していたと思われ、Collar et al. (1992) は (プランテーションに伴う) 森林伐採とネズミによるものと考えている。
ハワイで鳥の巣を襲って食べている示唆は早くからあったが実証はなかなかなされず、Baldwin et al. (1952) がミズナギドリを捕食している証拠を見つけた。
King and Gould (1967) も証拠は示さなかったがハワイの主な島でハワイセグロミズナギドリ Puffinus newelli Newell's Shearwater を絶滅させた要因とした。1968年にはハワイマガモ Anas wyvilliana Hawaiian Duck の地域絶滅の要因とも指摘された。
マングースのいない島のみ一部のクイナ類が残っているとの報告 (Gorman 1975) があり、ジャマイカでチャバラクイナ Amaurolimnas concolor Uniform Crake が1881年以降のある時点で絶滅したとのことで、Raffaele et al. (1998) はマングースの影響が大きい可能性があると指摘した。
セント・クロイ島 (カリブ海) ではオオテリハウズラバト Geotrygon mystacea Bridled Quail-Dove は元来地上性でマングース導入 47 年後の 1921 年に絶滅したと考えられマングースが原因とされたが、樹上に営巣するようになりまた増えたという (Nellis and Everard 1983)。
セントビンセント島 (カリブ海) では Geotrygon 属のハトがマングースにより絶滅したという (Allen 1911)。
プエルトリコで5種類の地上営巣性の鳥の減少をマングースのためとされた (Wetmore 1927) が、絶滅したと考えられた種類が生存していることが後にわかり、マングースのいる島いない島いずれにも生存していたがいる島の方が少なかったという。
減少したとされるコミミズクの亜種はハワイにもマングースと同所的に生息するが特に影響は報告されていないとのこと。マングースとの因果関係がかなりはっきりしている事例もあるが、必ずしも根拠ある推論がなされていたわけではなくはっきりしない事例も多い模様。
セントルシア島とマルティニーク島 (カリブ海) ではムナジロツグミモドキ Ramphocinclus brachyurus White-breasted Thrasher への捕食圧を増したのではないかと考えられるが、Collar et al. (1992) は生息地破壊の方が重要な要因で、アフリカ由来の外来種であるキメジリオリーブツグミ Turdus tephronotus Bare-eyed Thrush との競争の影響もあるのではと考えている。
トリニダード島 (南米ベネズエラの北に位置する) では 61 年後でも絶滅した鳥はないとのこと (Urich 1931)。
マングース導入以外の人為的要因 (ネズミ、野生化したネコやイヌ、生息地への人の進出など) が鳥の個体数の減少にどのような影響があったかを見積もることは難しく、現在マングースと一緒に暮らしているハワイの鳥は1世紀以上その状態を保っていることは注目に値する。
カリブ海では地上性の鳥とある種の平衡状態が保たれている可能性がある (Westermann 1953) が、地上性の鳥のかつての生息域への再導入の障壁となっていることは確かである。
絶滅との因果関係がはっきりしているとされるのは上記2種の鳥とヘビの Hispaniola racer Alsophis melanichnus のみであるが、これら事例のいずれも他の要因も十分ある。
マングースは多数の場所に導入され、生態的には比較的脆弱な種類であることを考えると、マングースの役割はそれほど大きくなく、もっと普通の人為的外来種となっているネコやイヌ、ネズミの方が影響が大きかったのではないか。マングースの導入時期はこれらより比較的遅く、すでに劣化していた生態系にさらなる負荷を与えたと考えるのが妥当ではないかとのこと。
カリブ海の爬虫類への影響などは誇張されすぎていると考えている (外来種に責任を押し付けてしまうのはいかにも考えやすい)。
Hays and Conant (2006) でも Tvrtkovic and Krystufek (1990) は引用されているが、クロアチアの "成功" とされる事例は詳しい情報がなく言葉の壁などが厚かったのかも知れない。
この論文を見ると 1979 年の奄美大島への導入は世界でも最後の事例となるわけだが、環境省 奄美野生生物保護センター の「平成 18 年度奄美群島の概況」
資料 によれば聞き取り調査の結果 1949 年 (米軍時代) にはすでに導入があったらしいが 1979 年に2例の目撃例があるまで情報はなく、このころに島内で放されたものが奄美大島で定着したと考えられるとのこと。
マングースの分布拡大には土地の造成などマングースの定着しやすい環境を創出していたとみることができるとある。しかし、定着後、マングースは奄美大島の様々な環境に適応し、1990 年代前半には奄美市金作原原生林へも分布を拡大していると記載されている。
1979 年に放獣されたこともネットや文献で取り上げられているが誰が行ったかも含めてどうもそれほど明瞭ではないらしい。この件を調べておくと、
阿部他 (1991) 第 34 回シンポジウム記録「1990 年代の人間活動と哺乳動物界」奄美大島におけるマングース (Herpestes sp.) の定着 に聞き取り調査と考察があり、1949 年に放獣が行われたらしいことはある程度の信頼性はあるが失敗に終わったと考えられる。
1979 年頃当時は赤崎鳥獣保護区は市街地隣接地域で、公園の整備や「県立奄美少年自然の家」の建設に伴う土地の造成などが頻繁に、しかも広い範囲にわたって行われていたとのこと。現在のような分布は林道建設や森林伐採の影響で自然環境が貧弱になったことで侵入が容易となった要因がある可能性があると分析している。
Yamada and Sugimura (2004)
Negative Impact of an Invasive Small Indian Mongoose
Herpestes javanicus on Native Wildlife Species and Evaluation of a Control Project in Amami-Ohshima and Okinawa Islands, Japan
でも 30 頭が放獣されたと言われるが公式の記録はないとのこと。
この文献で紹介されている Simberloff et al. (2000) にもクロアチアは図示されておらず、やはり当時はあまり知られていなかったことがうかがえる。
Yamada and Sugimura は2004 年段階の論文なので、Hays and Conant (2006) はもちろん参照していない。伝え方も少し違うところがあり、2000 年ごろに外来種問題がクローズアップされた時流も反映していた印象を受ける。
2000 年 IUCN 世界の侵略的外来種ワースト 100 (100 of the World's Worst Invasive Alien Species)。日本ではよく知られているが海外での関心はそれほどでもないようで wikipedia でも 14 言語にとどまっている。日本は島国なので関心が高い (さらに捕食者の外来種の意味は一般的にもわかりやすい) ことは理解できないこともない。
この Invasive Species Specialist Group (ISSG) のページでは 1979 年に奄美大島に放されて在来種を脅かしていることは述べられているが、1910 年の沖縄への導入については特に言及がない。
引用されている文献は Watarai et al. (2008)
Effects of exotic mongoose (Herpestes javanicus) on the native fauna of Amami-Oshima Island, southern Japan, estimated by distribution patterns along the historical gradient of mongoose invasion。
その後 2005 年 特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行。このころブラックバスの扱いなどよく報道があり、他の環境問題を若干覆い隠してしまったかのような印象も受けた。
当時の状況は「外来種ハンドブック」(日本生態学会50周年記念出版 地人書館 2002) でも読むことができる。生物利用に伴う侵入の「無法地帯」といえる日本 (p. 33, 村上・鷲谷) との記述があり、海外に比べても大きく遅れていた模様。日本生態学会も 1997 年から部会を設けて外来種問題に取り組むことになったとのこと。
Yagihashi et al. (2021) Eradication of the mongoose is crucial for the conservation of three endemic bird species in Yambaru, Okinawa Island, Japan
にも山原地方の経緯が述べられているが、マングースがヤンバルクイナ減少に関与しているとの文字の記述は意外に新しいようで 尾崎他 (2002) ヤンバルクイナの生息域の減少 にある。
この引用文献でも Harato and Ozaki (1993) Roosting Behavior of the Okinawa Rail (この中では可能性のある捕食者の一つとして挙げられている)、
尾崎清明 (1996) クイナ類の保護 - ロードハウクイナ - ヤンバルクイナシンポジウム、
日本野鳥の会やんばる支部 (1997) 沖縄島北部における貴重動物と移入動物の生息状況及び移入動物による貴重動物への影響報告書 が出てくるもので、ヤンバルクイナ減少に対するマングースの寄与が大きいことがわかったのは比較的最近のことらしい。「外来種ハンドブック」の記載でも 1990 年代前半ぐらいに可能性が指摘されていたもので、理解が含まったのは 1990 年代後半のよう。
コンサイス鳥名事典 (1988) でも野生化したネコ、イヌの方が取り上げられ (これはもちろん現在に至っても大きな問題だが)、マングースはまだ挙げられていなかった。
Watari et al. (2010) New detection of a 30-year-old population of introduced mongoose Herpestes auropunctatus on Kyushu Island, Japan すでに30年前に九州にも導入があった。
阿部 (2021) Birder 35(8): 32-35 に奄美大島のマングース対策の記事がある。参考として読むべき日本語の文献も示されている。
まとめておくと、日本の経緯については
・1910年の導入については 金子 (2021)
・奄美大島については阿部他 (1991); Yamada and Sugimura (2004); Yagihashi et al. (2021)
世界では
・Hays and Conant (2006)
をまず見ておくとよさそう。足りない部分を他の資料から補えばよい感じがする。世界最悪の侵略的外来種との見方もやや一面的過ぎる印象を受ける。
1910 年の導入を決めた学者を評価するにあたっては金子 (2021) に目を通して当時どこまで知られていたのか、何を考えたのだろうか納得しておくのがよいだろう。
外来種関係でここで紹介: Hsu et al. (2024) Free ride without raising a thumb: A citizen science project reveals the pattern of active ant hitchhiking on vehicles and its ecological implications
台湾の外来アリ Dolichoderus thoracicus black cocoa ant
などは車に便乗して分布を広げているとのこと。
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ミナミクイナ
- 第8版学名:Lewinia striata (レウィニア ストゥリアータ) 条斑のあるリューインのクイナ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Gallirallus striatus (ガルリラルルス ストゥリアートゥス) 条斑のあるヤケイのようなクイナ
- 第8版属名:lewinia 英国の彫刻師、博物学者でオーストラリアに入植した John William Lewin に由来
- 第7版属名:gallirallus (合) ヤケイのようなクイナ Gallus 属 (ニワトリのもとになったセキショクヤケイなどを含む属) と Rallus 属 (クイナ属) から合成された、当初は亜属の名称だったものを属名とした (The Key to Scientific Names)
- 種小名:striata / striatus (adj) 条斑がある
- 英名:Slaty-breasted Rail
- 備考:
lewinia は最初の i がアクセント母音と考えられる (レウィニア)。
gallirallus は#ヤンバルクイナ参照。
striata/striatus は -ata/-atus の冒頭が長母音でアクセントがある (ストゥリアータ/ストゥリアートゥス)。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Lewinia 属。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。英国の彫刻師、博物学者でオーストラリアに入植した John William Lewin に由来。
学名は Lewinia striata となる (語尾が変わるので注意)。Lewinia 属はミナミクイナ属。ハシナガクイナの別名もあった。
英名で Lewin's Rail はまた別にある オーストラリアクイナ Lewinia pectoralis。この種の記載時学名が Rallus lewinii Swainson, 1837。種小名が変わったのは Rallus pectoralis Temminck, 1831 の記載の方が早かったため。
6亜種あり (IOC)。日本で記録されたものは亜種不明とされる。
[中国で外来水草に急速に適応したミナミクイナ]
Wang et al. (2025) The First Record of the Slaty-Breasted Rail Lewinia striata Inhabiting the Invasive Spartina alterniflora in Dafeng, Yancheng, China。
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クイナ (分割された)
- 第8版学名:Rallus indicus (ラルルス インディクス) インドのクイナ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Rallus aquaticus (ラルルス アクアーティクス) 水辺にいるクイナ
- 第7版亜種学名:Rallus aquaticus indicus (ラルルス アクアーティクス インディクス) インドの水辺にいるクイナ
- 属名:rallus (合) クイナ [ralleクイナ 独 (これもフランス語 rale 由来とも言われる。声を示す)、rasle/rale クイナ 中世仏 (これも音声由来とされる) 由来の両説がある。The Key to Scientific Names, wiktionary。備考参照]
- 第8版種小名:indicus インドの
- 第7版種小名:aquaticus (adj) 水の (aqua (f) 水 -aticus 〜に関連する)
- 第7版亜種小名:indicus インドの
- 英名:(Water Rail), IOC: Brown-cheeked Rail
- 備考:
rallus は短母音のみで ral-lus と分割され冒頭にアクセント (ラルルス)。
indicus は短母音のみで冒頭にアクセントがある (インディクス)。
aquaticus は2つめの a が長母音でアクセントもここにある (アクアーティクス)。-aticus の発音由来。
分割のため第7版学名は亜種まで記した。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Rallus aquaticus indicus から種に昇格され Rallus indicus となり亜種はなくなる (indicus インドの)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
旧英名の Water Rail は IOC では分離された Rallus aquaticus ヨーロッパクイナ の名前となる。
OED によれば water rail の用例は古くからあって 1655 年にすでに使用例があった。Rallus aquaticus もそのままの意味。
記載時学名 Rallus indicus Blyth, 1849 と記載時学名に戻る (原記載) 基産地はインド。
Rallus japonicus Jerdon, 1863 (参考) (Bonaparte 1856 に由来するがこれは無効とのこと) の記載があったが Hartert (1910-1922) p. 1826 によれば Rallus indicus の単なる改名に過ぎないとのこと。
この用例があるため日本産の Rallus 属には亜種名に japonicus を与えることができない。
[属名の由来]
The Key to Scientific Names によればおそらく中世フランス語 rasle, rale (Sundevall 1873: "Nomen Rallus, primum Rasle, Belon, dein Rale ..." の文献があり、BOU 1915 は "the latinized form of the French Rale, our Rail, Dutch Ral" としている)。
Gessner 1555 がこの鳥を指して Rallus とする用例があるようで、Macleod 1954 は "Latinized form of German ralle, rail (bird)" としている。Rallus がドイツ語由来説はこれが出所と思われる。Gessner がドイツ人であるためにドイツ語由来らしいとされた模様。
Rallus Linnaeus, 1758 だが Linnaeus 以前にすでに用いられていた属名で、"Rallus aquaticus" of Willughby 1676, and "Water Rail. Rallus Aquaticus" of Albin 1731 の用例があった。
[音声]
様々な鳴き声を示し、姿が見えにくいので水辺の探鳥会などで音声同定に悩まされる種類の一つ。クイナ (バードリサーチ鳴き声図鑑) などを参照して声に馴染んでおくとよい。声がわかれば (適切な時期と場所であれば) 結構な個体数がいることがわかる。
[クイナ類の系統分類]
分子系統学に基づくクイナ類の分類は Kirchman et al. (2021) Phylogeny based on ultra-conserved elements clarifies the evolution of rails and allies (Ralloidea) and is the basis for a revised classification を参照。
これは核遺伝情報 (UCE) も用いた新しいタイプの系統分類 (#アカハラダカの備考参照)。
Kirchman et al. (2022) Corrigendum to: Phylogeny based on ultra-conserved elements clarifies the evolution of rails and allies (Ralloidea) and is the basis for a revised classification
に訂正がある。Rufirallus 属の再編成にあたってどちらの属に先取権があるかを判断していなかった。訂正は以下のリストには影響がない。
同年に Garcia-R. and Matzke (2021) Trait-dependent dispersal in rails (Aves: Rallidae): Historical biogeography of a cosmopolitan bird clade (図は見られる)
も系統樹を出していて、Boyd はこちらを主に用いている。
この文献は現状ではオープンアクセスでないのと、UCE を用いた方が一般的に精度が高いと考えられるので Kirchman et al. (2021) をベースとした分類を紹介する。
日本産種類の日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版の属変更はこの論文に一致しているので「何がなんだかわからない」クイナ類の分類変更の意味はこの論文を見ていただければよいだろう。
この論文の順序はクイナ科以降は分岐順をあまり意識していない (分岐時期が近すぎて判定できないのだろう) ので科以下の配置順序は任意性があると思って見ていただくとよい。
IOC、あるいは日本鳥類目録改訂第8版分類順とは一致していない。
科名については山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) 鳥類の目と科の新しい和名 (1) 非スズメ目・イワサザイ類・亜鳴禽類から用いてある。属名は日本産の種のある属は日本鳥類目録 改訂第8版の第二回パブリックコメントに向けた暫定リストの公開 (2023年10月) による。それ以外については自動的に決まるものやほぼ推測できるものを仮に入れてある。
属移動に際して性変更に伴って起きたと思える種小名の語尾の違いがあり、他のリストの間でも統一されていない。ここでは IOC 14.1 の語形を示し、Kirchman et al. (2021) の表記をかっこに入れてある。和名は山崎・亀谷 (2022) アフリカクイナ科・クイナ科の新しい種和名から。
クイナ類は過去にすでに多数の属に細分化されており、従来の分類と分子系統研究の結果が入り組んでおり、過去の属名をなるべく活かすためには複雑な移動や分離が必要になった模様である。山崎・亀谷 (2022) で用いられた IOC の 2020 年段階ともかなり変化がある。
日本鳥類目録 改訂第8版の第二回パブリックコメントに向けた暫定リストの公開に記載されている種 (第8版掲載見込み種) は緑字で示してある。この他にも検討種扱いが少数存在する。
Kirchman et al. (2021) 準拠の分類による:
ツル目 クイナ亜目 Ralli
ヒレアシ科 Heliornithidae
アフリカヒレアシ属 Podica
アフリカヒレアシ Podica senegalensis
アジアヒレアシ属 Heliopais
アジアヒレアシ Heliopais personatus Masked Finfoot
アメリカヒレアシ属 Heliornis
アメリカヒレアシ Heliornis fulica Sungrebe
? 科 Aptornithidae (絶滅科)
? 属 Aptornis (adzebills、ニュージーランド)
(アフリカクイナ)科 (*) Sarothruridae
マダガスカルクイナ属 Mentocrex
マダガスカルクイナ Mentocrex kioloides Madagascar Wood Rail
ハリヤマクイナ (ツィンギクイナも使われた) Mentocrex beankaensis Tsingy Wood Rail
ニューギニアクイナ?属 Rallicula
アカパプアクイナ Rallicula rubra Chestnut Forest Rail
セスジパプアクイナ Rallicula leucospila White-striped Forest Rail
セグロパプアクイナ Rallicula forbesi Forbes's Forest Rail
クリイロパプアクイナ Rallicula mayri Mayr's Forest Rail
? 属 Sarothrura (アフリカに分布)
シラボシクイナ Sarothrura pulchra White-spotted Flufftail
キボシクイナ Sarothrura elegans Buff-spotted Flufftail
ムネアカシマクイナ Sarothrura rufa Red-chested Flufftail
クリガシラシマクイナ Sarothrura lugens Chestnut-headed Flufftail
アカエリシマクイナ Sarothrura boehmi Streaky-breasted Flufftail
クリオシマクイナ Sarothrura affinis Striped Flufftail
マダガスカルシマクイナ Sarothrura insularis Madagascar Flufftail
アフリカシマクイナ Sarothrura ayresi White-winged Flufftail
マダガスカルムジクイナ Sarothrura watersi Slender-billed Flufftail
クイナ科 Rallidae
ウロコクイナ亜科 Himantornithinae
ウロコクイナ族 Himantornithini
ウロコクイナ属 Himantornis (アフリカ)
ウロコクイナ Himantornis haematopus Nkulengu Rail
? 族 Gymnocrecini
? 属 Gymnocrex (インドネシア、ニューギニア)
アオメクイナ Gymnocrex rosenbergii Blue-faced Rail
メジロクイナ (タラウドクイナも使われた) Gymnocrex talaudensis Talaud Rail
アカメクイナ Gymnocrex plumbeiventris Bare-eyed Rail
オオバン族 Fulicini
ワキジロバン属 Porphyriops (南米)
ワキジロバン Porphyriops melanops Spot-flanked Gallinule
サンクリストバルオグロバン/サモアオグロバン属 Pareudiastes (Gallinula 属から分離。ソロモン地域離島)
サンクリストバルオグロバン Pareudiastes silvestris Makira Woodhen
サモアオグロバン Pareudiastes pacifica Samoan Woodhen (絶滅種)
オグロバン属 Tribonyx (オーストラリア)
オグロバン Tribonyx ventralis Black-tailed Nativehen
タスマニアオグロバン Tribonyx mortierii Tasmanian Nativehen
コモンクイナ属 Porzana (北半球)
カオグロクイナ Porzana carolina Sora
コモンクイナ Porzana porzana Spotted Crake
ミナミヒメクイナ Porzana fluminea Australian Crake
ヒメバン属 Paragallinula (アフリカ)
ヒメバン Paragallinula angulata Lesser Moorhen
バン属 Gallinula (世界に分布)
ネッタイバン Gallinula tenebrosa Dusky Moorhen
アメリカバン Gallinula galeata Common Gallinule
ゴーフバン (ゴフバンも使われた) Gallinula comeri Gough Moorhen
トリスタンバン Gallinula nesiotis Tristan Moorhen (絶滅種)
バン Gallinula chloropus Common Moorhen
オオバン属 Fulica (世界に分布)
アカビタイオオバン Fulica rufifrons Red-fronted Coot
ツノオオバン Fulica cornuta Horned Coot
ナンベイオオバン Fulica armillata Red-gartered Coot
オニオオバン Fulica gigantea Giant Coot
アフリカオオバン Fulica cristata Red-knobbed Coot
オオバン Fulica atra Eurasian Coot
(チャタムオオバン)? Fulica chathamensis (絶滅種)
アメリカオオバン Fulica americana American Coot
ハワイオオバン Fulica alai Hawaiian Coot
ハジロオオバン Fulica leucoptera White-winged Coot
アンデスオオバン (ハイイロオオバンも使われた) Fulica ardesiaca Andean Coot
Kirchman et al. (2021) には記載がないがこの分類か:
マスカリンオオバン Fulica newtonii Mascarene Coot (絶滅種)
セイケイ族 Porphyrionini
セイケイ属 Porphyrio [世界の熱帯から南半球。Kirchman et al. (2021) で属名綴り間違い]
アメリカムラサキバン Porphyrio martinica (martinicus?) Purple Gallinule
ナンベイバン (ナンベイムラサキバン) Porphyrio flavirostris Azure Gallinule
アフリカムラサキバン Porphyrio alleni Allen's Gallinule
ヨーロッパセイケイ (セイケイも使われた) Porphyrio porphyrio Western Swamphen
ロードハウセイケイ Porphyrio albus White Swamphen (絶滅種)
オオタカヘ (モホとも呼ばれる) Porphyrio mantelli North Island Takahe (絶滅種)
タカヘ (ノトルニス) Porphyrio hochstetteri South Island Takahe
Kirchman et al. (2021) には記載がないが以下はヨーロッパセイケイの亜種から分離されたもの:
アフリカセイケイ Porphyrio madagascariensis African Swamphen
セイケイ Porphyrio poliocephalus Grey-headed Swamphen
スンダセイケイ Porphyrio indicus Black-backed Swamphen
フィリピンセイケイ Porphyrio pulverulentus Philippine Swamphen
ナンヨウセイケイ Porphyrio melanotus Australasian Swamphen
シマクイナ/コビトクイナ?族 Laterallini
ズアカコビトクイナ属? Rufirallus (属の再編成。南米)
アカシロクイナ Rufirallus leucopyrrhus Red-and-white Crake (Laterallus 属より移動)
クロジマコビトクイナ Rufirallus fasciatus Black-banded Crake (Laterallus 属より移動)
セボシクイナ Rufirallus schomburgkii Ocellated Crake (Micropygia 属より移動)
ズアカコビトクイナ Rufirallus viridis Russet-crowned Crake (もと Rufirallus 属はこの1種のみ)
シマクイナ属 Cotunicops (アメリカにも分布)
アメリカシマクイナ Cotunicops noveboracensis Yellow Rail [Kirchman et al. (2021) 学名綴り間違い]
シマクイナ Cotunicops exquisitus Swinhoe's Rail
ダーウィンシマクイナ Cotunicops notatus Speckled Rail
? 属 Hapalocrex (新属。南米)
キムネヒメクイナ Hapalocrex flaviventer Yellow-breasted Crake (Laterallus 属より移動)
ハイムネコビトクイナ Hapalocrex exilis Grey-breasted Crake (Laterallus 属より移動)
コビトクイナ属? Laterallus (南米・北米の8種)
クロコビトクイナ Laterallus jamaicensis Black Rail
アルゼンチンヒメクイナ Laterallus spiloptera (spilopterus?) Dot-winged Crake
マメクロクイナ Laterallus rogersi Inaccessible Island Rail
ガラパゴスコビトクイナ Laterallus spilonota Galapagos Crake
ノドジロコビトクイナ Laterallus melanophaius Rufous-sided Crake
ズグロコビトクイナ Laterallus ruber Ruddy Crake
キタノドジロコビトクイナ Laterallus albigularis White-throated Crake
? 属 (新属) (Laterallus 属から分離。属学名未定。南米)
ワキアカコビトクイナ "Laterallus" levraudi Rusty-flanked Crake
シロオビコビトクイナ "Laterallus" xenopterus Rufous-faced Crake
Kirchman et al. (2021) には記載がないがこの分類か:
[Boyd は Laterallus 属から分離された Creciscus 属に他種とまとめているが、Kirchman et al. (2021) はそれらの種に異なる属を与えている。以下の絶滅属についてはそのままにしておく]
アセンションクイナ属 Mundia
アセンションクイナ Mundia elpenor Ascension Crake (絶滅種)
セントヘレナクイナ属 Aphanocrex
セントヘレナクイナ Aphanocrex podarces St. Helena Rail (絶滅種)
シロハラクイナ族 Amaurornithini
マミジロクイナ属 Poliolimnas
マミジロクイナ Poliolimnas White-browed Crake
パプアクイナ属 Megacrex
パプアクイナ Megacrex inepta New Guinea Flightless Rail
チャバラヒメクイナ属 Aenigmatolimnas (アフリカ)
チャバラヒメクイナ Aenigmatolimnas marginalis Striped Crake
ツルクイナ属 Gallicrex
ツルクイナ Gallicrex cinerea Watercock
シロハラクイナ属 Amaurornis (東南アジア、東・南アジアの一部、オーストラリア北部)
チャバネクイナ Amaurornis akool Brown Crake (Zapornia属から移動)
フィリピンバンクイナ (バンクイナも使われた) Amaurornis olivacea Plain Bush-hen
シロハラクイナ Amaurornis phoenicurus White-breasted Waterhen
チャバラバンクイナ Amaurornis isabellina Isabelline Bush-hen
バンクイナ (アカオクイナも使われた) Amaurornis moluccana Pale-vented Bush-hen
タラウドバンクイナ Amaurornis magnirostris Talaud Bush-hen
ヒメクイナ族 Zapornini
オオクイナ属 Rallina (東南アジア、東・南アジアの一部、オーストラリア北部)
ミナミオオクイナ Rallina tricolor Red-necked Crake
アンダマンオオクイナ Rallina canningi Andaman Crake
ナンヨウオオクイナ Rallina fasciata Red-legged Crake
オオクイナ Rallina eurizonoides Slaty-legged Crake
ヒメクイナ属 Zapornia
アフリカクロクイナ Zapornia flavirostra Black Crake
ヒクイナ Zapornia fusca Ruddy-breasted Crake
コウライクイナ (コウライヒクイナ) Zapornia paykullii Band-bellied Crake
コクイナ Zapornia parva Little Crake
ヒメクイナ Zapornia pusilla Baillon's Crake
レイサンクイナ Zapornia palmeri Laysan Rail (絶滅種)
マダガスカルクロクイナ Zapornia olivieri Sakalava Rail
オグロクイナ Zapornia bicolor Black-tailed Crake
ハワイクイナ Zapornia sandwichensis Hawaiian Rail (絶滅種)
ヘンダーソンクイナ Zapornia atra Henderson Crake
ミナミクロクイナ Zapornia tabuensis Spotless Crake
ナンヨウコクイナ Zapornia monasa Kosrae Crake
Kirchman et al. (2021) には記載がないがこの分類か:
セントヘレナヒメクイナ (セントヘレナクイナも使われた) Zapornia astrictocarpus St. Helena Crake (絶滅種)
タヒチヒメクイナ (タヒチクイナも使われた) Zapornia nigra Tahiti Crake (絶滅種)
クイナ亜科 Rallidae
クイナ族 Rallini
アフリカクイナ?属 Canirallus
アフリカクイナ Canirallus oculeus Grey-throated Rail
クイナ属 Rallus (オーストラリアを除く世界に分布)
ニシオニクイナ Rallus obsoletus Ridgway's Rail
ヒガシオニクイナ Rallus crepitans Clapper Rail
メキシコクイナ (アステッククイナも使われた) Rallus tenuirostris Aztec Rail
ミナミオニクイナ (種分割される前はオニクイナ) Rallus longirostris Mangrove Rail
オウサマクイナ Rallus elegans King Rail
ムジオニクイナ Rallus wetmorei Plain-flanked Rail
コオニクイナ Rallus limicola Virginia Rail
ナンベイクイナ Rallus semiplumbeus Bogota Rail
ミナミコオニクイナ (ミナミクイナも使われた) Rallus antarcticus Austral Rail
ニシクイナ (ヨーロッパクイナも使われた) Rallus aquaticus Water Rail
クイナ Rallus indicus Brown-cheeked Rail
アカハシクイナ Rallus caerulescens African Rail
チャムネクイナ Rallus madagascariensis Madagascar Rail
Kirchman et al. (2021) には記載がないがこの分類か:
オニクイナ Rallus crepitans Clapper Rail (ミナミオニクイナの亜種とされていた)
エクアドルコオニクイナ Rallus aequatorialis Ecuadorian Rail (コオニクイナの亜種とされることもある)
アビシニアクイナ属 Rougetius (エチオピア)
アビシニアクイナ Rougetius rougetii Rouget's Rail
アフリカウズラクイナ属 Crecopsis
アフリカウズラクイナ Crecopsis egregia African Crake
ノドジロクイナ属 Dryolimnas (マダガスカル地域)
ノドジロクイナ Dryolimnas cuvieri White-throated Rail
レユニオンクイナ Dryolimnas augusti Reunion Rail
ウズラクイナ属 Crex
ウズラクイナ Crex crex Corn Crake
セレベスクイナ属 Aramidopsis
セレベスクイナ Aramidopsis plateni Snoring Rail
ミナミクイナ属 Lewinia (東南アジア・南アジアからオーストラリア)
ミナミクイナ (ハシナガクイナ) Lewinia striata Slaty-breasted Rail
ルソンクイナ Lewinia mirifica Brown-banded Rail
オーストラリアクイナ Lewinia pectoralis Lewin's Rail
オークランドクイナ Lewinia muelleri Auckland Rail
カラヤンクイナ属 Aptenorallus (新属。フィリピン北のカラヤン島)
カラヤンクイナ Aptenorallus calayanensis Calayan Rail (Gallirallus 属より分離)
ハルマヘラクイナ属 Habroptila (インドネシアのハルマヘラ島)
ハルマヘラクイナ Habroptila wallacii Invisible Rail
Kirchman et al. (2021) には記載がないが次の2絶滅属はこの付近か:
ロドリゲスクイナ属 Erythromachus (Boyd は Habroptila 属と Aptenorallus 属の間に置いている)
ロドリゲスクイナ Erythromachus leguati Rodrigues Rail (絶滅種)
ワレカウリクイナ属 Diaphorapteryx (Boyd は Habroptila 属と Aptenorallus 属の間に置いている)
ワレカウリクイナ属 Diaphorapteryx hawkinsi Hawkins’s Rail (絶滅種)
ニュージーランドクイナ/ニューカレドニアクイナ属 Gallirallus
ニュージーランドクイナ Gallirallus australis Weka
ニューカレドニアクイナ Gallirallus lafresnayanus New Caledonian Rail (Cabalus 属より移動)
マングローブクイナ属 Eulabeornis (オーストラリア北部)
マングローブクイナ Eulabeornis castaneoventris Chestnut Rail
ヤンバルクイナ属 Hypotaenidia (ヤンバルクイナなど8種と絶滅種4種)
ヤンバルクイナ Hypotaenidia okinawae Okinawa Rail
ムナオビクイナ (クビワクイナも使われた) Hypotaenidia torquata Barred Rail
ニューブリテンクイナ Hypotaenidia insignis Pink-legged Rail
フィジークイナ Hypotaenidia poeciloptera Bar-winged Rail (絶滅種)
ウッドフォードクイナ Hypotaenidia woodfordi Woodford's Rail
グアムクイナ Hypotaenidia owstoni Guam Rail
ソロモンクイナ Hypotaenidia rovianae Roviana Rail
チャタムクイナ Hypotaenidia modesta Chatham Rail (Cabalus 属より移動。絶滅種)
ウェーククイナ Hypotaenidia wakensis Wake Island Rail (絶滅種)
チャタムオビクイナ Hypotaenidia dieffenbachii Dieffenbach's Rail (絶滅種)
ロードハウクイナ Hypotaenidia sylvestris Lord Howe Woodhen
ナンヨウクイナ Hypotaenidia philippensis Buff-banded Rail
Kirchman et al. (2021) には記載がないがこの分類か:
タヒチクイナ Hypotaenidia pacificus Tahiti Rail (絶滅種)
Kirchman et al. (2021) には記載がないが以下の属はこの分類か:
モーリシャスクイナ属 Aphanapteryx [Boyd はチャタムクイナと同属としてこれらを Aphanapteryx 属としている。このままとしておく]
モーリシャスクイナ Aphanapteryx bonasia Red Rail (絶滅種)
マダラクイナ族? Pardirallini
ムネアカクイナ属 Anurolimnas (南米)
ムネアカクイナ Anurolimnas castaneiceps Chestnut-headed Crake (Rufirallus 属より移動)
チャバラクイナ属 Amaurolimnas (中南米)
チャバラクイナ Amaurolimnas concolor Uniform Crake
モリクイナ属? Aramides (主に中南米。タイプ種はコンゴウクイナ)
オオモリクイナ Aramides ypecaha Giant Wood Rail
チャイロモリクイナ Aramides wolfi Brown Wood Rail
ヒメモリクイナ Aramides mangle Little Wood Rail
コンゴウクイナ (ハイクビモリクイナ) Aramides cajaneus Grey-cowled Wood Rail
ズアカモリクイナ (シロハラモリクイナも使われた) Aramides albiventris Russet-naped Wood Rail
チャクビモリクイナ Aramides axillaris Rufous-necked Wood Rail
アカバネモリクイナ Aramides calopterus Red-winged Wood Rail
ハイムネモリクイナ Aramides saracura Slaty-breasted Wood Rail
ナンベイヒメクイナ属? Mustelirallus (南米)
ナンベイヒメクイナ Mustelirallus albicollis Ash-throated Crake
コロンビアヒメクイナ Mustelirallus colombianus Colombian Crake (Neocrex 属より移動)
アカアシヒメクイナ Mustelirallus erythrops Paint-billed Crake (Neocrex 属より移動)
マダラクイナ属? Pardirallus (中南米)
ハイイロクイナ Pardirallus sanguinolentus Plumbeous Rail
キタハイイロクイナ Pardirallus nigricans Blackish Rail
マダラクイナ Pardirallus maculatus Spotted Rai
キューバクイナ族 (族学名未定)
キューバクイナ属 Cyanolimnas
キューバクイナ Cyanolimnas cerverai Zapata Rail (かつて Mustelirallus 属)
山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) の Sarothruridae, 新和名: アフリカクイナ科 はアフリカクイナの種名を持つもの (Canirallus oculeus) が新分類のクイナ科 Rallidae に移動したためため、名称を変える方が望ましいだろう。
この分類での Zapornia 属のタイプ種は Zapornia minuta Leach, 1816 = Rallus parvus Scopoli だが、第二回パブリックコメントに向けた暫定リストの公開では Zapornia pusilla にヒメクイナを与えているのでタイプ種とは一致していない。
Zapornia parva にはコクイナの名前があるが日本では記録されていないため、どの種を属名に用いるかは任意性もある。知名度も遭遇頻度も高く、先に記載されたヒクイナ Zapornia fusca (Linnaeus, 1766) があえて選ばれていないのは何か理由があるのだろうか。
ただし和名ヒメクイナ属は当時の属 Porzana に対して改訂第7版よりすでに使われている。ちなみに Porzana 属だった時代はコモンクイナがタイプ種だった (現在の Porzana 属でもタイプ種)。
Porzana 属からまとまって移動された際に属和名もそのまま移行したものかも知れない。
Boyd の提案によれば Zapornia 属をさらに細分してヒクイナに Limnobaenus fuscus の学名を与えている (2種のみ)。
Kirchman et al. (2021) の系統樹ではヒクイナとコクイナの遺伝的距離は近いのでここではこの細分類は取り扱わないことにする。
Lewinia 属は Kirchman et al. (2021) では3種のみがリストされており、オークランドクイナ Lewinia muelleri Auckland Island Rail が含まれていない。本文中にも言及がないが、オーストラリアクイナの亜種とされることもあるためだろう。
Rallus aequatorialis Ecuadorian Rail も同様でコオニクイナ Rallus limicola の亜種とすることもある。エクアドルクイナのような名称が想定できるが探した範囲ではみつからなかった。
旧 Cabalus 属は分割され消滅。旧 Neocrex 属は統合で消滅 (Mustelirallus 属のシノニムとなる)。
シマクイナ/コビトクイナ?族 Laterallini の和名は日本産種を重視すれば前者、もとになった属を重視すれば後者となるだろうか。
Laterallus 属は主に南米で一部北米にも分布する属で日本産種とは現状関連が薄いが Laterallini 族が導入されれば多少の関係が生じる。
この属も複雑な経緯があるようで、Rallidae (BirdForum 2025.5) に説明されている。
Laterallus Bonaparte, 1854 は属の性質を記述しておらず無効、Latterallus Gray, 1855 は有効。Laterirallus Bonaparte, 1856 の記載があるそうで、Gray (1855) の属記載が先にあるので表面上問題はないが、この属名が 1854 年のものを訂正したものか解釈上で問題がある。
Latterallus Gray, 1855 の方はタイプ種 Rallus melanophaius Vieillot 1819 (= ノドジロコビトクイナ Laterallus melanophaius Rufous-sided Crake) が明示されており問題ないが、Laterirallus Bonaparte, 1856 では示されておらず後に決められた。
もしこの属が Latterallus Gray を継承したものと解釈すればノドジロコビトクイナを Bonaparte (1856) が明示的に含めていないのでタイプ種になり得ない。Bonaparte (1856) が単に Laterallus Bonaparte, 1854 の綴りを間違っただけであれば (訂正の意図は文献上明らかでない) 有効な属名にならない。
つまり Laterirallus Bonaparte, 1856 は有効な属名でないとする考え方と、有効であるがタイプ種未定とする考え方の両方があり得るとのこと。
Latterallus Gray, 1855 のタイプ種と、もし有効であれば Laterirallus Bonaparte, 1856 のタイプ種が異なる可能性があり、例えば系統解析で Latterallus 属を分割する必要が生じた場合などに問題となり得る。
この解説に現れる nominal species は日本語では名義種。動物と植物で属のタイプの定義方法が異なり、動物の場合は「xx 属のタイプ種は yy」と表現して問題ない。厳密に書きたい場合はここで現れる "種" の概念は名義種に対応する。分類学の概念を検索してしばしば植物の方の解説文に到達してしまい、動物でも同じとみなしてしまうと誤解のもとになり得る。訳語は古い時代に作られたものですべて日本語で通すよりも英語の用語をそのまま用いた方がわかりやすい気がする。
ニューギニアクイナ?属 Rallicula 属の名称はパプアクイナが別属に存在するため、分布からニューギニアを与えてみた。
パプアクイナとなっている種も英名はニューギニア飛べないクイナなので新分類を見た上で和名を調整した方がよいかも知れない。
この種の種小名 inepta は「適さない」を意味するラテン語から愚かななどの意味として使われているようである。飛べないことなどが由来になっているかも知れない。
フランス名では Rale geant で geant は英語 giant に相当し、属名の由来となった「巨大なクイナ」となっている。
キューバクイナは和名からはキューバに広く生息している印象を受けるが、Zapata ザパタ半島の沼地のごく限られた場所にのみ生息し、IUCN CR 種である。
Porphyrio mantelli North Island Takahe と
Porphyrio hochstetteri South Island Takahe
は同種とされることもあり和名は両者を指してタカヘとしていることが多いと思う。
カラヤンクイナ (フィリピン北のカラヤン島) が 2004 年に発見された時はヤンバルクイナに (最も) 近縁かと話題になったが、現代的な分子系統研究では別属が適切となった。これらの知見は IOC ではすでに取り入れられている。
Oliveros et al. (2011) カラヤンクイナの巣および卵の初記載。
Allen (2005) Birder 19(1): 36-39 (Birder 編集部訳、尾崎監訳) カラヤンクイナ発見記 がある。
Oswald et al. (2021) Ancient DNA from the extinct Haitian cave-rail (Nesotrochis steganinos) suggests a biogeographic connection between the Caribbean and Old World
によればカリブ海ハイチの絶滅クイナ Nesotrochis steganinos の近縁種はアフリカの種類だったとのこと。祖先が飛翔性があって渡りをしていたものと考えられる。
上記分類では (アフリカクイナ)科 Sarothruridae のグループになり、アフリカ、ニューギニアに分布。ニュージーランドの Aptornithidae (絶滅科) がその前の分枝となり、世界に広く分布していたことがわかる。
ガラパゴスコビトクイナ Laterallus spilonota の保全の遺伝的研究: Chavez et al. (2024)
Whole-genome analysis reveals the diversification of Galapagos rail (Aves: Rallidae) and confirms the success of goat eradication programs。
約 120 万年前にガラパゴスに定着、飛翔力をかなり失った。かつてはガラパゴス全域の7つの島に生息していた (かつてはつながっていた) が人がヤギを持ち込んで環境が大きく悪化。50 個体以下まで減少。39 個体の全ゲノム解析を行い島の個体間の系統関係を明らかにした。
少し離れた小島 Pinta 島で再発見されたものはガラパゴス諸島の古い系統にあたり、再定着したものではないことがわかった。
ヤギの導入に伴う可能性のある長いホモ接合 (homozygosity) が見つかり、ヤギを駆除することが近親交配に極めて重要であったと考えられる。
渡りの鳥がガラパゴスに定着して固有種となった事例は #カワウ備考の [ガラパゴスコバネウの進化] を参照。こちらの方が定着時期が少し古い (200 万年前ぐらい) ようだが潜水への適応への選択圧が強く、無飛翔化がさらに進みやすかったのかも。
最近のニュースがあり Press Release-Return of the Rails: Signs of Recovery on Floreana Island (Island Conservation 2025.2.27)。
Floreana Island の生態系復元計画が始まって早々に姿を見せたという。この記事では絶滅の恐れがあっても resilient and resourceful little bird と表現している (柔軟性がある、回復力がある; 機転の利く などの意味。迫害を受けた猛禽類の回復力の表現などにも使われている単語)。
ここでは外来種の排除が奏功しているらしい。
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シロハラクイナ
- 学名:Amaurornis phoenicurus (アマウロルニス ポエニクールス) 尻の赤い(赤紫の)暗色の鳥
- 属名:amaurornis (合) 暗色の鳥 (amauros 暗色の ornis 鳥 Gk)
- 種小名:phoenicurus (合) ジョウビタキ (床屋の看板の赤色から赤い鳥の意); 赤紫の (コンサイス鳥名事典)
- 英名:White-breasted Waterhen
- 備考:
amaurornis は起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-or- がアクセント音節と考えられる (アマウロルニス)。
phoenicurus は#ジョウビタキ参照。
記載時学名 Gallinula phoenicurus Pennant, 1769 (原記載) 基産地 Ceylon (スリランカ)。
当時の英名 The red-tailed Water-Hen 当時セイロンの現地ではごく普通の鳥で現地名 Kaloe-kerewaka とのこと。フランス語名も同時に与えられ La poule d'eau a queue rouge (赤い尾の水の鶏)。
ほぼ同じ意味の学名 Gallinula erythrura Bechstein, 1812 (参考) もあった。
英名は日本で記載された当時はどちらも Gallinula 属だったヒクイナの学名由来の Ruddy-breasted Crake に対応する形で付けられたのではないかと想像する。
意味的には候補となりそうな学名 Gallinula leucosoma Swainson, 1838 (参考) 基産地インド があり、これはマミジロクイナを指す可能性がある。Avibase ではかつてはマミジロクイナのシノニム扱いだったが現在は含まれていない。あるいはシロハラクイナと関連があったかもしれない。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 phoenicurus とされる。
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ヒメクイナ
- 第8版学名:Zapornia pusilla (ザポルニア プスィルラ) ごく小さいクイナ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Porzana pusilla (ポルザナ プスィルラ) ごく小さいクイナ
- 第8版属名:zapornia Porzana (ベネチア名でクイナ) のアナグラム
- 第7版属名:porzana (合) Porzana ベネチア名でクイナ
- 種小名:pusilla (adj) ごく小さい (pusillus)
- 英名:Tiny Crake, IOC: Baillon's Crake (フランスの博物学者 Louis Antoine Francois Baillon に由来)
- 備考:
zapornia は発音がよくわからないが、-or- がアクセント音節と考えられる。すべて短母音であれば "ザポルニア"。
porzana も同様で "ポルザナ"。
pusilla は短母音のみで -sil- がアクセント音節 (プスィルラ)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Zapornia 属。これは Porzana のアナグラム (Stephens 1824)。
Stephens (1824) の提唱時は Zapornia minuta Forster, 1817 (参考 英名 Little Craker) の用例がすでにあって Stephens (1824) もこの名称を参照して与えているが Foster の記載はコモンクイナを指しており無効とされる。早い段階からアナグラムを用いた属名が使われていたことがわかる。
属変更に伴う種小名は変化なし。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
Zapornia 属はヒメクイナ属。
6亜種が認められている (IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 pusilla とされる。
英名変更の理由は Little Crake Zapornia parva コクイナ と紛らわしいためかも知れないが、Baillon's Crake の名称は過去から使われていた。
これは Rallus Ballino Vieillot, 1819 (参考) の記載に由来するもので、Hartert (1910-1922) p. 1829 が亜種 intermedia に含めたため現在は表面に現れなくなっている。
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に人名の付く鳥の英名から人名を排除した場合にどのような代替名があるか考察がある。
例えば Least Crake と付けてしまうともっと小さいクイナは存在しないのか、など議論がある。
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コモンクイナ (第8版で検討種)
- 学名:Porzana porzana (ポルザナ ポルザナ) クイナ
- 属名:porzana (合) Porzana ベネチア名でクイナ
- 種小名:porzana (トートニム)
- 英名:Spoted Crake
- 備考:
porzana は#ヒメクイナ参照。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。第7版で使われた Porzana 属は分子遺伝学解析で単系統でないことがわかり、多くの種が Zapornia 属他に移された。
日本産とされていた種で Porzana 属にとどまるのはタイプ種のコモンクイナのみ。コモンクイナは日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では検討種 (文献で類似種との識別点の記載がない) に移動で、Porzana 属は日本産リストから消える可能性がある。
Porzana 属は Rallus Porzana Linnaeus, 1766 をもとに Vieillot (1816) が提唱。
コモンクイナはヨーロッパからモンゴルにかけて主に分布する種類で、ロシア極東にも記録がある。Porzana 属の日本鳥類目録改訂第7版での名称はヒメクイナ属であったが、これは Zapornia 属の名称となる予定のため、異なる名前が必要が必要になる。#クイナの備考に記載のリストではコモンクイナ属 (日本でも知名度がありタイプ種でもある) としてある。
和名のコモンは「小紋」とのこと。チュウクイナの別名があった (コンサイス鳥名事典)。
Hartert (1910-1922) p. 1827 によればドイツ語名 Gesprenkeltes または Tuepfelsumpfhuhn で和名とよく一致する。英名も意味が近い。OED によれば英名は 1824 年の Stephens, Shaw's General Zoology に登場するとのこと。和名は英語またはドイツ語名由来かも知れない。
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ヒクイナ
- 第8版学名:Zapornia fusca (ザポルニア フスカ) 黒ずんだクイナ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Porzana fusca (ポルザナ フスカ) 黒ずんだクイナ
- 第8版属名:zapornia Porzana (ベネチア名でクイナ) のアナグラム
- 第7版属名:porzana (合) Porzana ベネチア名でクイナ
- 種小名:fusca (adj) 黒ずんだ (fuscus)
- 英名:Ruddy Crake, IOC: Ruddy-breasted Crake
- 備考:
zapornia, porzana は#ヒメクイナ参照。
fusca は短母音のみで冒頭にアクセント (フスカ)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Zapornia 属。これは Porzana のアナグラム (Stephens 1824)。種小名は変化なし。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
4亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は erythrothorax (eruthros 赤い thorax, thorakos 胸板 Gk) 亜種ヒクイナ と phaeopyga (phaios 褐色の -pugos 腰の) リュウキュウヒクイナ とされる。
亜種ヒクイナ記載時学名 Gallinula erythrothorax Temminck & Schlegel, 1849 (原記載) 基産地日本。図版。
フランス語名 La poule d'eau a poitrine rouge (胸の赤い水の鶏) で英名は学名やフランス語名由来と考えられる。
リュウキュウヒクイナの記載時学名 Porzana phaeopyga Stejneger, 1887 (原記載) 基産地 Yayeyama Island, Riu Kiu Islands, Japan (八重山諸島)。
基亜種は記載時学名 Rallus fuscus Linnaeus, 1766 (原記載) 基産地 Philippines (フィリピン)。記載があまりにも簡単で当初はこの学名が用いられていなかったのかも知れない。
日本産のものを指す英名が現在も使われて続けているが、現在のフランス語では基亜種に相当する名称になっているなど言語による。
Temminck and Schlegel (1849) の日本でのヒクイナの記載以前にセイロン (スリランカ) でシロハラクイナが先に記載されていた (Pennant 1769)。現在のヒクイナでもフィリピンの基亜種が同じころに記載されているなど、どの地域がヨーロッパに順次知られるようになったかわかる。
[音声]
さまざまな音声を出す。ヒクイナ (バードリサーチ鳴き声図鑑) などを参照して声に馴染んでおくとよい。よく「クイナの叩き」と言われる音声は一般的に「さえずり」に分類される。ここにも書かれているが、カイツブリに似たギュルルルルという声も出す。この図鑑では威嚇 (あるいは警戒音) 栃木県渡良瀬 2009-05-11 の音声が参考になる。
この音声はカイツブリの「さえずり」に大変よく似ていてつい (より普通に聞く) カイツブリと判定してしまうが、特に相手が見えていない場合ヒクイナの声の可能性はないかを念頭に置くべき識別対象である。紛らわしい場合はソノグラム (*1) も併用するとよい。#シマクイナの備考も参照。
(注釈)
*1: 音声を時間軸と周波数で2次元表示したもの。スペクトル表示 (sound spectrogram, spectrograph) などとも呼ぶ。日本では先人が「ソナグラム」をよく用いていたためこちらの名称の方がよく使われるようだが、英語では sonogram あるいは sonagram で、どちらも使われている。前者の方が使用頻度が高いため、この文書ではよく使われる方の英語の綴りを反映する意味で「ソノグラム」と記す。
専門的論文でも sonogram (sonagram) は問題なく使われているので学術用語として普通に用いてよいはずである。
sonograph, sonagraph の名称もあるが、これは少し古い時期に (高価な専用機材の名称とともに) よく使われていたもの。
なお一般の英語では sonogram (こちらも sonagram の使用頻度の方が低い) は医学などの超音波検査を指すものとして使われることが多い。厳密に表現したい場合は spectrogram や spectrum (複数 spectra) を含めた名称を使うのがよいだろう (これらの表現は音響学以外でも普通に使われる Spectrogram)。
時間とともに変化する信号の2次元スペクトル表示を指す名称として、他に dynamic spectrum という表現もあり、物理や工学の専門用語として使われる。生物の音を扱う学問は生物音響学 (bioacoustics) と呼ばれる。
鳥の音声をスペクトル表示できるソフトはさまざまなものがあるが、フリーソフトウェアかつさまざまな編集作業のできるソフトとして Audacity が特にヨーロッパのバーダーによく使われている。
Raven (Lite) のように鳥の音声に特化したものではないので、最もよく見えるようにウインドウ幅を簡単に調整する機能などはないが、適切なパラメータを与えておけばほとんどの場合用が足りる。
Raven (Lite) で試された方は経験されているだろうがウインドウ幅を小さくする (時間分解能を上げる) と周波数の分解能は低下する。逆もまた真であり、スペクトルのどの部分に注目するか目的によってウインドウ幅を決めるものである。
「適切なパラメータを与えておけばほとんどの場合用が足りる」と書いたのは主にさえずりに対するもので、短時間の地鳴きの場合はウインドウ幅を小さくするのが適切、また音程の非常に低いあるいは高いものにはウインドウ幅を周波数に合わせて変更する。
時間分解能と周波数分解能の間の関係は (広義の) ハイゼンベルクの不確定性原理で決まっている。時間分解能と周波数分解能を同時に高めることは原理的にできない。つまり非常に短い音の周波数を正確に決めるのには限度がある。
少し専門的になるが、スペクトル表示を行う多くのソフトは短時間フーリエ変換 (Short-time Fourier transform, STFT) という手法を使っている。ウインドウ幅が 256, 512 のように2のべき乗になっているのはこの場合に高速に計算できる手法が知られているためである。
wikipedia 日本語版の短時間フーリエ変換
に重要な情報はほぼ含まれているので音声解析をされる方は参照されるとよい。
すなわち音声のスペクトル表示をする論文であればウインドウ幅と窓関数に何を使ったかは記述しておいた方がよい (窓関数は通常 Hanning を使っておけば十分。結果にはあまり影響はない)。
古めの出版物などに掲載されているソノグラムで信号の周波数幅が妙に広いものを時々見受けるが、これは過剰に時間分解能を高めすぎて (= ウインドウ幅を小さくし過ぎて) 周波数方向に幅ができてしまっていると思われる。
このような場合は窓関数の影響も受け、適切な窓関数を使わないと疑似的な信号も現れる (サイドローブ sidelobe)。逆に言えばこのような極端な使い方をしない場合は窓関数は結果にはあまり影響を与えない。これらの過剰に時間分解能を高めた表示を見習うべきではないし、原理や限界も知って使うのがよい。
またフーリエ変換の知識が多少あると目的信号に影響を (ほぼ) 与えないやってよい操作 (例えばハイパスフィルター high-pass filter、ローパスフィルター low-pass filter) と目的信号を変えてしまうやるべきでない操作 (ノイズ除去、ノイズリダクション noise reduction) の違いが理解できると思う。
日本の鳥声録音では先駆者の影響もあってノイズリダクションを使いすぎの場面が目立つように感じる。
海外では (少なくとも研究に使われる可能性のある録音に対して) このような編集が好ましくないことは常識となっていて、Audio preparation and upload guidelines eBird/Macaulay Library (ML) の投稿ガイドにもきちんと記載されている
(8. Avoid filters and cosmetic editing: Noise reduction and other extreme editing techniques should never be used when editing your recordings for upload to the archive)。
「人に聞いてもらうために必要」な考えや、音源として販売するにはノイズリダクションが必要なこともあるかも知れないが、一般的に使わない方がよいと考えていただいてよい。また xeno-canto などにアップロードする場合にノイズリダクションを使いたい場合は処理後のものと元音源を両方アップロードしておくとよい。研究者は必要になれば後者を使うことができる (eBird/ML ではそもそも受け付けないかも知れない)。
この eBird のガイドには Audacity の使い方 (ただし英文かスペイン語) ガイドもあるので一読されるとよい。
費用のかかるソフトを使わなくても野鳥録音の編集は十分行える。
録音には (例えばメモ程度の場合でも) できる限りリニア PCM (LPCM) 録音をすべきで (一般的には .wav 形式となる)、.mp3 形式では情報が失われる。どの程度失われるかは設定 (ビットレート) や背景音によって異なるが、現在の世界の主要音声データベースは .wav 形式に対応しているので最初から LPCM で録音し、.wav 形式でアップロードすべきである。
.mp3 形式などに変換すると例えば中心周波数に系統誤差が発生することも知られており、特に研究に用いる場合は低品質 (圧縮度が高い、背景音が大きいなど) .mp3 の使用は注意が必要である。
.mp3 形式などの不可逆的圧縮では重要でない部分の情報を捨てている。例えばバックでセミが大きく鳴いているような場合には情報がそちらに奪われてしまい、もっと低い周波数の鳥の声にわずかな情報量しか残らないことがある。LPCM で記録しておけば低い周波数の鳥の声に影響を与える不必要な高い周波数のセミの声をローパスフィルターで除去できるが .mp3 では鳥の声の部分だけを取り出しても貧弱なものになってしまう。
この点はビデオに記録された音声についても同様で、ビデオに音声も記録されているので大丈夫と考えると必ずしもそうでないこともある。ビデオを記録していても可能ならば同時に LPCM 録音をしておくこととおすすめする。
なぜ LPCM 録音が必要かは eBird/ML の Why wave (.wav) files? にも説明がある。
解析の方では STFT には限界があることもよく知られていて、古くから知られている wavelet (ウェーブレット) 変換 (有限波連を用いる) などもしばしば用いられる。#タンチョウの備考の [ツル類やハクチョウ類の気管・鳥の発声メカニズム] で解析例を紹介したスパースモデリングは別の考え方によるもの。
野生動物の低い音の解析には STFT の限界が著明で、Jancovich and Rogers (2024) BASSA: New software tool reveals hidden details in visualisation of low-frequency animal sounds
は wavelet 変換の一形である superlet transform で低音のソノグラムの描写能力が改善したとのこと。ただし有料ソフトの MATLAB 上での開発で誰でも手軽に使えるわけではなさそう (python や R などで開発するとソフトの進化が早すぎて研究者側のメンテナンスが大変、などの理由もあるのだろう)。
(さらに専門的になるので興味ある方以外は読み飛ばしていただいて構わない)
ソフトにはソースコードが公開されているオープン・ソースのものがあり、Audacity もそうである。
この場合は中でどのような処理が行われているか外部からも検証可能である。そうでないソフトはある意味ブラックボックスとして使うことになる。そのため自分がソフトを推奨する時はオープン・ソースのものを優先している (サンプルを紹介している R もそうである)。
世界的な音声データベース (現在では鳥以外も扱われ、生物の発する音全般を目指しているとのこと) の一つである xeno-canto はデータベース本体のソースコードを公開している GitLab xenocanto。
xeno-canto で使われているソノグラムの作成ソフトのソースコードも公開されており (GitLab soundprint/sonogen)、GitHub GStreamer のスペクトル生成機能を用いている。
プログラミングのできる人であればこれらを改良することも可能であろうし、技術継承のためにも有益であろう。
2024 年のノーベル賞を受賞したタンパク質立体構造の予測ソフト AlphaFold の第3版がオープンソースで公開されるとのこと: AI protein-prediction tool AlphaFold3 is now open source
コードは誰でもダウンロードできるが、データを用いたトレーニングの依頼は当面学術関係者に限定とのこと。
研究者にとっても喜ばしいことだろうし、多くの人がコードを研究することでコードそのものの改良もより進むだろう。
#アマツバメ備考で紹介の磁気定位に関わると考えられるタンパク質の立体構造や機能解明にも役立つだろう。
一方 AlphaFold is running out of data - so drug firms are building their own version (Nature news 2025.3.27) によれば製薬会社が情報を公開データベースに置かず囲い込みが生じているとのこと。
知的財産の考え方にも違いがあるのだろうが、少なくとも鳥の分野ではソースコードなどの公開やデータの Creative Commons (CC, リンク先は wikipedia日本語版) 扱いについてヨーロッパが一歩進んでいるように思える (画像についても CC 扱いがよく行われている)。
Movebank というドイツの Max Planck Institute of Animal Behavior がホストとなっている移動性動物の経路追跡データベースがある。多くの種類が公開されており (Data -> Explore Map -> Search で学名などを入れると検索できる)、カムチャツカのカッコウ (#カッコウの備考参照) の渡り経路も公開されている。
オホーツク海を横切ってほぼ最短経路を飛び、インド洋も少し横切っていることがわかる。
この研究は CC ライセンスが与えられていないが、他の研究では CC ライセンスのものもいくつもあり、これらは出典を明示すれば複製などの利用ができる。例えばヨーロッパハチクマではフィンランドデータの追跡測位などが CC-BY ライセンスで公開されており、誰でも解析に用いることができる。
くまたか/日本野鳥の会筑豊支部でもさまざまな情報を積極的に公開されており、大変好ましいと感じている。一段進めて CC ライセンスの導入や海外データベースへの音声登録などさらに検討をいただければと感じる。
[夜鳴く鳥の系統]
La et al. (2012) Diurnal and Nocturnal Birds Vocalize at Night: A Review
が北米の種で夜鳴くことが記録されている種の解析を行っている。クイナ類は高率だが、他の系統はどうなっているか見てみると面白いだろう (日本の種類とはだいぶ違うが)。ただし夜間の渡り途中に鳴くものも含まれているので繁殖地での夜間発声とは異なるかも。なぜ夜間に鳴くかこれまで挙げられている仮説も紹介されている。ほとんどの研究は昼行性の鳥が夜鳴く現象を取り扱っているものとのこと。
出てくる鳥の種類もヨーロッパやアメリカのスズメ目が中心なので種類は省略する。
提唱されている仮説を簡単に列挙しておくと:
・薄明時に明るくなるのに反応している
・夜は声の競争相手が少ない
・夜間の渡りの途中の声 (群れ内のコミュニケーションなど)
・昼行性の捕食者を避けるため
・ねぐらでのコミュニケーション
・なわばり防衛 (夜間も行われる)
・異性を引きつける (夜間渡るメスへの信号も考えられる)
・つがいの絆を強める (採食など他の行動の必要が少ないので夜間は都合がよい)
・生殖活動への生理的刺激を高める
・mate guarding (配偶者防衛。つがい外交尾の防止。夜間にもあるのか?)
・子供が歌を学習するため (夜に必要な積極的理由はあまりないよう)
スズメ目で夜間のプレイバック実験の結果: Buda et al. (2024) Nocturnal playback experiments: The response of two European species of birds to singing of foreign male at night
キアオジとチフチャフでは夜間のプレイバック実験で音声による反応はなく昼間とは異なっている。また夜間のプレイバックでは捕食者を引きつけたとのこと。夜間のさえずりは昼間の延長上にあるとは考えにくい。
キアオジでは夜間のプレイバックでもスピーカーへの攻撃と考えられる行動が記録されたがチフチャフでは見られなかったとのこと。夜間の捕食圧が異なっている、夜間視力の違いなどの理由が考えられる。
全般的に夜のさえずりは捕食者によって制約を受けている可能性が示唆されるとのこと。
夜鳴く鳥は捕食されにくいものが多いのか考えてみると面白いかも。
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コウライクイナ
- 第8版学名:Zapornia paykullii (ザポルニア パイクルリイ) パイクルのクイナ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Porzana paykullii (ポルザナ パイクルリイ) パイクルのクイナ
- 第8版属名:zapornia Porzana (ベネチア名でクイナ) のアナグラム
- 第7版属名:porzana (合) Porzana ベネチア名でクイナ
- 種小名:paykullii (属) paykull の (スウエーデンの詩人で鳥類学者 Gustaf Friherre von Paykull に由来)
- 英名:Band-bellied Crake
- 備考:
zapornia, porzana は#ヒメクイナ参照。
paykullii は規則によれば -kul- がアクセント音節 (パイクルリイ)。最後は ii と音が2つ並ぶ。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Zapornia 属。これは Porzana のアナグラム (Stephens 1824)。種小名は変化なし。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
記載時学名 Rallus Paykullii Ljungh, 1813 (原記載) 基産地 Bandjarmasin, Borneo, and Batavia, Java (Avibase による)。Paykull のコレクションから記載したとのこと。
Porzana rufigenis Wallace, 1865 (参考)、Porzana mandarina Swinhoe, 1870 (参考) の記載もあった。
単形種。「世界鳥類和名辞典」(山階 1986) ではコウライヒクイナとされていた。
渡辺 (2005) Birder 19(5): 59-65 にクイナ類の解説と識別が記載されている。
先崎 (2017) Birder 31(2): 31 に 2013年5月の北海道天売島での記録例がある。
The song of birds (ウスリー地方のタイガの鳥の声) part 2 3:10 コウライクイナ Tam, zhe tajga ustupaet mesto lugam, pochti vsyu noch' naprolet slyshitsya skripuchaya drob' bol'shogo pogonysha (ほらタイガが草地に席をゆずっています。ほとんど一晩中コウライクイナのきしんだ断続音が聞かれます) (聞き取りはネイティブ・スピーカーによるもの)。
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マミジロクイナ
- 第8版学名:Poliolimnas cinereus (ポリオリムナス キネレウス) 灰白色のクイナ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Porzana cinerea (ポルザナ キネレア) 灰白色のクイナ
- 第8版属名:poliolimnas polio 灰色の (Gk) limnas クイナ < limnas 沼地の (Gk)
- 第7版属名:porzana (合) Porzana ベネチア名でクイナ
- 種小名:cinereus / cinerea (adj) 灰白色の
- 英名:White-browed Crake
- 備考:
poliolimnas は起源となるギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-lim- がアクセント音節と考えられる (ポリオリムナス)。
porzana は#ヒメクイナ参照。
cinereus/cinerea は短母音のみ (キネレウス/キネレア)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Poliolimnas 属。polio 灰色の (Gk) limnas クイナ < limnas 沼地の (Gk)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。Poliolimnas 属はマミジロクイナ属。
学名は Poliolimnas cinereusとなる (語尾が変わるので注意)。分子系統学に基づくクイナ類の分類は Kirchman et al. (2021) Phylogeny based on ultra-conserved elements clarifies the evolution of rails and allies (Ralloidea) and is the basis for a revised classification を参照。
Amaurornithini 族 Poliolimnas 属の単形属となっている。
英名は現在はシノニムとなっている学名 Porzana leucophrys Gould, 1847 (記載) 由来と考えられる [leucophrys (合) 白い眉 (leuko- (接頭辞) 白い phrydi 眉 Gk。#ミヤマシトドの種小名と同じ]。
和名もおそらく英名か学名に由来と想像できる。
Porphyrio cinereus Vieillot, 1819 の記載の方が早かったため学名が変わった。
Avibase の記述を見ると Mathews, Bds. Austr., 1, 1911 が基産地を与えているので、この時に Vieillot (1819) の記載が見つかったのかも知れない。Gould (1847) 由来の学名はおそらく長く使われていて世界の多くの言語で同じ意味が採用されている。
ロシア語では Vieillot (1819) の学名を用いたものか "灰色のクイナ" となっているが Gould (1847) 由来の別名もある。中国語でも両者の名称があり、英語にも Ashy Crake の別名がある。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)での亜種は brevipes (短い脚) で、この亜種を認めていた世界の主要リストは Peters' Check-list of the Birds の 2nd edition までのみで、一般的には単形種とされる。
この亜種は Ingram, C (1911) の記載による硫黄島のもので、英名では Iwo Jima Rail, Iwo Jima White-Browed Crake と書かれる。日本鳥類目録では亜種マミジロクイナとなる。1911 年の採集以降の確実な記録がないとのこと。マミジロクイナの絶滅 (山階鳥類研究所の解説)。
wikipedia 英語版によれば、最終観察は 1924 年 T. T. Moniyama によるものとのこと。亜種としては doubtfully valid (正統性が疑わしい) と記述されているが、世界の絶滅(亜)種一覧の項目として記載がある。
山階鳥類研究所の上記解説では島のクイナ類が絶滅しやすいことを説明している。この中でウェーククイナ Hypotaenidia wakensis 英名 Wake Island Rail (ヤンバルクイナ属) は第二次世界大戦の間接的結果により失われたことは記憶にとどめておくべきであろう (ウェーククイナの wikipedia 日本語版、英語版を参照。この歴史は世界の鳥類学の中でもよく知られている)。
雑誌 "Birder's World" 1990.12 pp. 36-40 に Craig S. Harison による "Spirits of the Pacific" のアホウドリ類の記事があり、ウェーク島のアホウドリ類も同時期に一掃されこの記事の時点で回復していないと記されていた。
Jones (1995) Bird Observations on Wake Atoll の論文が読め、かつて営巣していたコアホウドリはこの時点で営巣を試みた証拠は見つけられなかったとのこと。
Wake Atoll National Wildlife Refuge によればコアホウドリとクロアシアホウドリが近年再定着したとのこと。
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ツルクイナ
- 学名:Gallicrex cinerea (ガルリクレックス キネレア) 灰白色のヤケイのようなクイナ
- 属名:gallicrex (合) ヤケイのようなクイナ Gallus 属 (ニワトリのもとになったセキショクヤケイなどを含む属) と Crex 属 [ウズラクイナなどを含む属 < Crex (Gk) 鳴き声由来 (コンサイス鳥名事典)] から合成された属名 (The Key to Scientific Names)
- 種小名:cinerea (adj) 灰白色の
- 英名:Water Cock, IOC: Watercock
- 備考:
gallicrex は Gallus, Crex いずれの属名も短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。gal-li-crex と分解されれば冒頭がアクセントと考えられる (ガルリクレックス)。
cinerea は短母音のみ (キネレア)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではこの学名でセイケイの和名が記されており、分布は Musashi, Owari, Nagasaki, Iriomote-shima となっていた。
セイケイは現在は別の種の和名に使われている (かつて Porphyrio porphyrio Purple Swamphen, Western Swamphen 分割されてこの学名はヨーロッパセイケイ、セイケイの名称は Porphyrio poliocephalus Grey-headed Swamphen)。確かに似ていると言われれば似ている。
単形属で単形種。
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バン
- 学名:Gallinula chloropus (ガルリーヌラ クーロロプース) 緑色の足のクイナまたはバン
- 属名:gallinula (f) クイナまたはバン (< gallina (f) めんどり -ula (指小辞) 小さいもの)
- 種小名:chloropus (合) 緑色の足の (chloros 緑色の pous 足 Gk)
- 英名:Moorhen, IOC: Common Moorhen
- 備考:
gallinula は由来となる gallina の i が長母音 (gallus + ina で女性形を作る語尾。i が長母音)、-ula が長母音を持たないので -li- がアクセント音節となる (ガルリーヌラ)。
chloropus は由来となるギリシャ語 khloros の最初の o が長母音、-pous も長母音。-lo- がアクセント音節と考えられる (クーロロプース)。
属名は中世ラテン語でクイナまたはバン。ニワトリのような尾と立ち止まる動作から名付けられた (The Key to Scientific Names)。
5亜種あり(IOC)。日本で記録されるものは基亜種 chloropus とされる。
かつては日本の亜種は indica/indicus とされたが基亜種のシノニム扱いとなった。
この亜種の記載時学名 Gallinula chloropus var. Indicus Blyth, 1842 (記載) 基産地 Calcutta (インド)。
英国で見慣れたバンよりも小さい、それ以外の違いはほとんどない。他にもいくつか亜種の記載があったが整理されて北方のものは基亜種にまとめられた。
他の気になる亜種では orientalis が認められており記載時学名 Gallinula orientalis Horsfield, 1821 (記載)。基産地 Java。
他に lozanoi (フィリピンのルソン島)、seychellarum (インド洋のセーシェル) も記載されたが orientalis にまとめられた。
他にアフリカ南部と離島亜種がある。
Dement'ev and Gladkov (1951) では多数の亜種を認めており、日本本土からサハリンは基亜種 chloropus、琉球諸島は indica の扱いだった。
この時代にはインドから中国、台湾も含めて琉球諸島までが indica、インドネシアの島が orientalis、フィリピンが lozanoi だった。
当時は南北アメリカ大陸のものも同種扱いで、現在は南北アメリカは別種アメリカバン Gallinula galeata Common Gallinule として扱われる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では列挙された別学名から判断すると亜種 orientalis と考えていた可能性がある。
[バンのヘルパー]
井田 (1993) Birder 7(11): 36-43 に「バンのヘルパー」の記事がある。シーズン2回繁殖の場合、先に巣立った中びながほとんど子育てを行っていた時期もあったとのこと。
バンのヘルパーは世界的にも有名で Gibbons (1987) Juvenile helping in the moorhen, Gallinula chloropus
の論文もあり、若鳥がヘルパーとなっている状況は日本の記録とほぼ同じ。繁殖環境が飽和しているので若鳥が分散できないためとの解釈を行っている。
Green et al. (2016) Variation in helper effort among cooperatively breeding bird species is consistent with Hamilton's Rule
では主にスズメ目のヘルパーの統計的研究を行っているがバンも含まれている。若鳥がヘルパーとなるケースはそれほど多いわけではない模様。全体的にはハミルトンの包括血縁度理論の予想とよく整合するとのこと。
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オオバン
- 学名:Fulica atra (フリカ アートゥラ) 黒いオオバン
- 属名:fulica (f) オオバン 語源推定は備考参照
- 種小名:atra (adj) 黒い (ater)
- 英名:Coot, IOC: Eurasian Coot
- 備考:
fulica は短母音のみで冒頭にアクセントがある (フリカ)。
atra は冒頭が長母音でアクセントがある (アートゥラ)。
fulica の語源は Pokorny によればインド・ヨーロッパ祖語の *bhel- (輝く) とのことで古高地ドイツ語で belihha (オオバン) となり、現代のドイツ語では Belche となっている。
古ギリシャ語の phalos (白) にも関係がある。
オオバンの属名由来は "輝く色" と解釈できて現代のドイツ語とも整合する模様。
fuligo (f) すす と一見似ているが、こちらはインド・ヨーロッパ祖語の *dhuh2lis 由来で *dhewh2- (風が吹く、煙) が起源とのこと。ラテン語 fumus (フームス、煙) が派生、-igo は動詞を作る語尾 (wiktionary)。fuligo の方はこれらを引き継いで冒頭が長母音。fulica は語源が違うので短母音の理解でよいのだろう。
fuligo は#キンクロハジロ、#カワビタキの学名に登場する。
一方#ハイイロヒレアシシギはオオバン由来の学名で伸ばさない。
このような違いがあり、オオバンの "フリカ" は伸ばしてはいけない。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 atra とされる。
△ ノガン目 OTIDIFORMES ノガン科 OTIDIDAE ▽
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ノガン
- 学名:Otis tarda (オーティス タルダ) 動きの鈍いノガン
- 属名:Otis (f) ノガン
- 種小名:tarda (adj) 動きの鈍い (tardus)
- 英名:Great Bustard
- 備考:
otis は冒頭が長母音 (オーティス)。由来となるギリシャ語も同様。
「コンサイス鳥名事典」や Helm Dictionary を含むいくつかの出典で、種小名はスペイン語でノガンの意味とあるが、現在はこの意味では使われておらず avutarda の単語が使われる。
これも avis tarda で動きの鈍い (ゆっくり歩く) 鳥を意味する。古スペイン語で tarda が使われたが、これもラテン語の「遅い」に由来する (ノガンの wikipedia スペイン語版より)。このため語義は原意のラテン語を採用した。ラテン語の語源は不詳でエトルリア語が起源の可能性があるとのこと (wiktionary)。
ノガンは原記載と Linnaeus (1758) が記載した。
wiktionary の記載の範囲ではラテン語に tarda の名詞は現れないが、種小名となる以前に単独の Tarda の学名 (Linnaeus が整理する以前) でノガンを指していたため、種小名のようにラテン語形容詞の変化形とは解釈できず別言語に語源を求める必要があったものと想像できる。
何語由来かを判定することは文法上の性を決めるために必要なのではと想像する (#ツリスガラの備考参照)。
英名の Great Bustard は Little Bustard (ヒメノガン) に対応する。
日比 (2001) Birder 15(2): 62-64 によれば Otis の意味する "耳の羽" が長く伸びたノガンはインドショウノガン (現行学名で Sypheotides indicus Lesser Florican) のみとのこと。
The Key to Scientific Names でも属名由来にかかわるこの問題が紹介されており、旧世界にそのようなノガン類はいない。しかし目立った "ひげ" のある種ノガンと同定されているとのこと。
jugulo utrinque cristato (jugulo = iugulo のどから utrinque = trimque 両側に cristato 冠や羽毛などがある) (Linnaeus 1758 の記載)。
Linnaeus の Otis 属は現在同定されているものでは4種だったがインドショウノガンは含まれていなかった。もう1種 audit Arabibus: Saf-saf, l. Rhaad があるが同定できないとのこと。
(The Key to Scientific Names の rhaad の項目。アラビア語でノガン類を指すとのこと。ヒメノガンの可能性があるが生息地の記述が合わないとのこと)。
ラテン語 otis ではノガン類の一種、由来となるギリシャ語 otis はノガンを指すと解釈されており、語源はやはり耳で、ミミズク類の otos と同根とのこと (wiktionary)。
単形属。2亜種あり (IOC)。日本で記録されたものは dybowskii (ポーランドの動物学者でシベリアへ流刑された Benedykt Tadeusz Dybowski に由来) とされる。
英語の bustard は古フランス語 bistarda だが、遡ればいずれも avis tarda に由来する。
ノガン科はかつて3亜科に分けられ、ノガンは Otidinae 亜科に属するとされていたが現在ではこの概念はあまり使われないよう。
かつてはツル目に含められていたが、近年の分子系統解析ではカッコウ目が最も近縁となった。
ノガンは世界各国で減少しており、人工増殖などの取り組みが行われている。
いくつかの映像を紹介しておく ドイツの事例、ザクセンのノガン保護施設、
絶滅に瀕した美 カザフスタンの事例で 12:15 あたりから人工増殖の様子、23:30 あたりから渡りの話で、越冬先の国際的な保護体制も重要である。
カザフスタン南部でのノガン放鳥の様子、
アブダビのノガン増殖施設と戻ってきたノガン。
[Otidimorphae の系統分類]
Neoaves で出現した2番めのクレードである Columbaves に含まれる (#鳥類系統樹2024参照)。
ここでは Stiller et al. (2024) の系統順に従って Boyd の分類を紹介する。
エボシドリ目の最近の分子系統研究は Perktas et al. (2020)
Phylogeography, Species Limits, Phylogeny, and Classification of the Turacos (Aves: Musophagidae) Based on Mitochondrial and Nuclear DNA Sequences がある。
エボシドリ族? Musophaginae を中心に扱ったもの。Criniferinae とノガン (コウノトリも) が近い位置にあるが Musophaginae はやや離れていて、カンムリエボシドリは中間に近い。ただし用いた遺伝子は限られたものでツルも近い位置に来てしまうため、Criniferinae と Musophaginae が結構離れている程度に見ておくのがよさそう。
ノガン目の分子系統研究は Cohen (2011) The phylogenetics, taxonomy and biogeography of African arid zone terrestrial birds: the bustards (Otididae), sandgrouse (Pteroclidae), coursers (Glareolidae) and Stone Partridge (Ptilopachus) (学位論文)。
このグループの系統研究は他系統に比べてまだあまり行われていない。
1種または少数の種しか含まない属が多いが、Cohen (2011) によれば形態的には十分違いがあって自身もよく検討したのでそれぞれ属扱いが適当とのこと。属の取り扱いによって異なる分類の扱いも紹介している。
ヒメノガン属 Tetrax などの位置づけは暫定的のようで今後変わるかも知れない (属統合など。ただかなり離れているとの認識のようなのでこの属で固定になるかも)。
全体の傾向は現れているはずなので、ノガン目の中での進化の傾向などはこのリストでほぼ理解できそう。
(エボシドリ系統)
エボシドリ目 Musophagiformes
エボシドリ科 Musophagidae: Turacos
カンムリエボシドリ族 Corythaeolinae: Great Blue Turaco
カンムリエボシドリ属 Corythaeola (アフリカ赤道部)
カンムリエボシドリ Corythaeola cristata Great Blue Turaco
ハイイロエボシドリ族? Criniferinae: Go-away-birds and Plantain-eaters
シロハラハイイロエボシドリ属 Criniferoides
シロハラハイイロエボシドリ Criniferoides leucogaster White-bellied Go-away-bird (アフリカ東部赤道部)
(ムジハイイロエボシドリ)属 Corythaixoides
ムジハイイロエボシドリ Corythaixoides concolor Grey Go-away-bird (アフリカ中央・南部)
クロガオハイイロエボシドリ Corythaixoides personatus Bare-faced Go-away-bird (アフリカ東部赤道部)
ハイイロエボシドリ属 Crinifer (アフリカ赤道部)
ハイイロエボシドリ Crinifer piscator Western Plantain-eater
ヒガシハイイロエボシドリ Crinifer zonurus Eastern Plantain-eater
エボシドリ族? Musophaginae: Turacos
ズグロエボシドリ属 Gallirex (アフリカ南東部)
ズグロエボシドリ Gallirex porphyreolophus Purple-crested Turaco
アカエリエボシドリ Gallirex johnstoni Rwenzori Turaco
ホオジロエボシドリ属 Menelikornis
ホオジロエボシドリ Menelikornis leucotisWhite-cheeked Turaco (エチオピア)
ハシブトエボシドリ属 Pseudopoetus
ハシブトエボシドリ Pseudopoetus macrorhynchus Yellow-billed Turaco (アフリカ西部赤道部)
(ムラサキエボシドリ)属 Musophaga (アフリカ赤道部)
ニシムラサキエボシドリ Musophaga violacea Violet Turaco
ムラサキエボシドリ Musophaga rossae Ross's Turaco
(アカガシラエボシドリ)属 Proturacus (アフリカ赤道部)
ニシアカガシラエボシドリ Proturacus bannermani Bannerman's Turaco
シロガシラエボシドリ Proturacus leucolophus White-crested Turaco
アカガシラエボシドリ Proturacus erythrolophus Red-crested Turaco
エボシドリ属 Tauraco (アフリカ中南部)
ハシグロエボシドリ Tauraco schuettii Black-billed Turaco
シャローエボシドリ Tauraco schalowi Schalow's Turaco
オウカンエボシドリ Tauraco hartlaubi Hartlaub's Turaco
シラガエボシドリ Tauraco ruspolii Ruspoli's Turaco
ギニアエボシドリ Tauraco persa Guinea Turaco
エボシドリ Tauraco corythaix Knysna Turaco
リビングストンエボシドリ Tauraco livingstonii Livingstone's Turaco
フィッシャーエボシドリ Tauraco fischeri Fischer's Turaco
(ノガン + カッコウ系統)
ノガン目 Otidiformes
ノガン科 Otididae: Bustards
クロハラチュウノガン属 Lissotis (アフリカ)
クロハラチュウノガン Lissotis melanogaster Black-bellied Bustard
クロビタイチュウノガン Lissotis hartlaubii Hartlaub's Bustard
アラビアオオノガン属 Ardeotis
ヌビアチュウノガン Ardeotis nuba Nubian Bustard (Neotis属を統合)
アフリカチュウノガン Ardeotis denhami Denham's Bustard (Neotis属を統合)
ナンアチュウノガン Ardeotis ludwigii Ludwig's Bustard (Neotis属を統合)
チュウノガン Ardeotis heuglinii Heuglin's Bustard (Neotis属を統合)
アラビアオオノガン Ardeotis arabs Arabian Bustard
アフリカオオノガン Ardeotis kori Kori Bustard
インドオオノガン Ardeotis nigriceps Great Indian Bustard
オーストラリアオオノガン Ardeotis australis Australian Bustard
ヒメノガン属 Tetrax
ヒメノガン Tetrax tetrax Little Bustard (ユーラシア中西部)
ノガン属 Otis
ノガン Otis tarda Great Bustard (ユーラシア)
フサエリショウノガン属 Chlamydotis (アフリカ北部)
フサエリショウノガン Chlamydotis undulata Houbara Bustard
サバクフサエリショウノガン Chlamydotis macqueenii Macqueen's Bustard
ベンガルショウノガン属 Houbaropsis
ベンガルショウノガン属 Houbaropsis bengalensis Bengal Florican (ベンガル、インドシナに局所的)
インドショウノガン属 Sypheotides
インドショウノガン Sypheotides indicus Lesser Florican (インド)
カンムリショウノガン属 Lophotis
カンムリショウノガン Lophotis ruficrista Red-crested Korhaan (アフリカ南部)
ニシカンムリショウノガン Lophotis savilei Savile's Bustard (セネガル)
キタカンムリショウノガン Lophotis gindiana Buff-crested Bustard (エチオピアからタンザニア)
ノドグロショウノガン属 Heterotetrax
カッショクショウノガン Heterotetrax humilis Little Brown Bustard (エチオピアからソマリア)
コノドグロショウノガン Heterotetrax rueppelii Rueppell's Korhaan (ナミビアからアンゴラ)
ノドグロショウノガン Heterotetrax vigorsii Karoo Korhaan (南アフリカ)
クロエリショウノガン属 Afrotis (主に南アフリカ)
ハジロクロエリショウノガン Afrotis afraoides Northern Black-Korhaan
クロエリショウノガン Afrotis afra Southern Black-Korhaan
セネガルショウノガン属 (タイプ種より) Eupodotis
アオショウノガン Eupodotis caerulescens Blue Korhaan (南アフリカ)
セネガルショウノガン Eupodotis senegalensis White-bellied Bustard
カッコウ目 Cuculiformes (亜科までリスト)
カッコウ科 Cuculidae: Cuckoos
オオハシカッコウ亜科 Crotophaginae: Anis
アメリカジカッコウ亜科 Neomorphinae: Ground-Cuckoos, Roadrunners
マダガスカルジカッコウ亜科 Couinae: Couas
バンケン亜科 Centropodinae: Coucals
カッコウ亜科 Cuculinae: Cuckoos
Musophaga の名称は Musa (Linnaeus の導入したバナナ類の属名) < mauz (アラビア語のバナナ) -phagos を食べる (Gk)。
Go-away-bird は和名では全てエボシドリの名前が付いているが英名では比較的細かく分けている。"go away" は擬声語とのこと。単独個体の音声記録を聞いてもわかりにくいが、群れの録音を聞くとなるほどそのようにも聞こえる。
捕食者さえ追い払う (猛禽類でも嫌がる声はあるのだろうか?) 程度にうるさいのだろう。
Musophaga 属のタイプ種はニシムラサキエボシドリの方になるが、名前が長いので (ムラサキエボシドリ) としておいた。
Proturacus 属のタイプ種はニシアカガシラエボシドリの方になるが、名前が長いので (アカガシラエボシドリ) としておいた。
これら2属は Tauraco 属から分離されたもの。Musophaga 属は過去にも別属だったが一度 Tauraco 属に統合され、最近の研究で復活となった。
エボシドリ類とノガン類の多くはアフリカに分布するが、我々がよく目にする名前は南アフリカ共和国で見られる種類に圧倒的に偏っている。そのため和名のベースとなった種と属のタイプ種がしばしば異なる。
エボシドリ目は圧倒的にアフリカの種類だが、北米でも古い系統の化石が見つかっている: Field and Hsiang (2018) A North American stem turaco, and the complex biogeographic history of modern birds。
古第三紀 (Paleogene period) の南北アメリカ大陸間の橋を通じて新大陸にも分散したとの考えがある (North American Gateway hypothesis)。現代の鳥類がゴンドワナ大陸で進化したとの見方に少し修正を迫り、北米が鳥類進化に与えた影響も従来考えられていたより大きい。
この研究の時代には南米に生息するツメバケイとエボシドリ目の外見的類似性が注目されていて、生物地理学的な関係も考えられていたが、[#鳥類系統樹2024] の結果では別系統となり、そこまでの類縁性はなかった。
カッコウ目、カッコウ科はかつてはホトトギス目、ホトトギス科とも呼ばれた。
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ヒメノガン
- 学名:Tetrax tetrax (テトゥラックス テトゥラックス) 狩猟鳥の類
- 属名:tetrax tetrax, tetracis 不明の狩猟鳥 < tetrax, tetragos (Gk) 食べられる狩猟鳥で確実に同定されていない (ライチョウ類かホロホロチョウの類か)。中世ラテン語で tetrex は大きいガンの一種か (The Key to Scientific Names)
- 種小名:tetrax (トートニム)
- 英名:Little Bustard
- 備考:
tetrax は起源となるギリシャ語は短母音のみで "テトゥラックス" となると考えられる。
単形属で単形種。#ノガンの備考で紹介したように系統的には比較的微妙な位置で、将来の研究で他の属と統合される可能性もあるかもしれない。現在の系統樹では ノガン属 Otis (ノガンのみ) の少し古い分岐にあたっていて、単系統性を保つためこの2種がそれぞれ別属となっている。
△ カッコウ目 CUCULIFORMES カッコウ科 CUCULIDAE ▽
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バンケン
- 学名:Centropus bengalensis (ケントゥロプース ベンガレーンシス) ベンガルの長い後爪のある足の鳥
- 属名:centropus (合) 長い後爪のある足 (kentron 後爪 pous 足 Gk)
- 種小名:bengalensis (adj) ベンガルの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Lesser Coucal
- 備考:
centropus はは由来となるギリシャ語 kentron は短母音のみ。-pous は長母音。cen- がアクセント音節と考えられる (ケントゥロプース)。
bengalensis は地名の -ensis から長母音を採用した (ベンガレーンシス) が短音でもアクセント位置は変わらずどちらでもよい。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。6亜種あり (IOC)。日本で記録された亜種は lignator (lignatoris 木を切るもの < lignum, ligni 木) とされる。
本若 (2001) Birder 15(8): 38-39 にバンケンの日本初記録の記事がある。2001.3.13 に与那国島で記録された。
Maurer et al. (2011) Breaking the rules: sex roles and genetic mating system of the pheasant coucal によればキジバンケン Centropus phasianinus Pheasant Coucal ではオスはメスよりずっと小さいが子育てはほとんどオスが行う珍しい形態をとっているとのこと。
配偶形態の理論的解釈は難しいが、一妻多夫への進化の途上かあるいはかつて一妻多夫だった名残りの可能性を考えている。
バンケン類では配偶形態は多様なようで Safari and Goymann (2018) Certainty of paternity in two coucal species with divergent sex roles: the devil takes the hindmost
によればムナグロバンケン Centropus grillii Black Coucal は晩成性の鳥で唯一オスのみが子育てをするとのこと。この例ではつがい外交尾で産まれるひなは最後のひなであることであることが多く (生存率が低い)、メスが抱卵を開始するとオスがメスをつがい外交尾を阻止する能力が下がる可能性がある。
メスにとってつがい外交尾はよい遺伝子を得ることより次のつがい相手へのアピールのためか。
バンケン類はオスが子育てをする傾向があり (性比とも関係?) このような配偶様式は比較的容易に進化するのではとのこと。
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カンムリカッコウ
- 学名:Clamator coromandus (クラーマートル コロマンドゥス) コロマンデルの大声で叫ぶ鳥
- 属名:clamator (m) 大声で叫ぶ人 (clamo (tr) 叫ぶ -tor (接尾辞) 行為者を表す)
- 種小名:coromandus (adj) インドのコロマンデル地方の
- 英名:Chestnut-winged Cuckoo
- 備考:
clamator は2つの a が長母音。語末は伸ばさない。cla-ma-tor と分解され、アクセント音節は冒頭 (クラーマートル)。clamo は母音2つとも長母音。英語の clamor は長音でないが冒頭にアクセントがある。
coromandus はおそらく短母音のみで -man- がアクセント音節と考えられる (コロマンドゥス)。
記載時学名 Cuculus coromandus Linnaeus, 1766 (原記載) 基産地 Coromandel。
Clamator 属は Kaup (1829) が提唱 記載。..., welche ich Strausskuckuk Clamator nenne, und die durch die starken Fusswurzeln und die Bildung der Nasenloecher u. sich charakterisirt とのこと。
Strausskuckuk の Strauss にはいくつかの語義がある。闘争、(花などの) 束 (英語で bunch に相当)、やぶ、ダチョウ がそれぞれ異なった意味と語源を持つ。ラテン語の clamator との直接の関連はないよう。
辞書には (花などの) 束の派生語彙に冠毛が出てくるが wiktionary で見当たらず最近はあまり使われない語義なのかも知れない。
Straussenfeder (ダチョウの羽) の wikipedia ドイツ語版にヒントがあり、18-19 世紀にダチョウの羽を帽子などの装飾に用いたものを指すとのこと。
und die durch die starken Fusswurzeln ... sich charakterisirt の部分は強力な足根と鼻孔 (スリット状) で特徴付けられる、とあるので実はダチョウの意味で用いていたかも知れない。
属名の Clamator はおそらく鳴き声由来でこのように解釈せざるを得ないが、ドイツ語名は実は "ダチョウカッコウ" の意味で、Strauss に複数の語義があるために (あるいは誤って) 冠羽と訳されたものかも知れない。
ダチョウの羽の装身具を思わせる可能性はあるが特徴にはそれを思わせる記述がない。
現在のドイツ語ではこの属を Schopfkuckucke (カンムリカッコウ) と呼んでいる。Strausskuckuk は現在ほとんど見つけることができないので古い語義で使われなくなったのかも知れない。
属記載と以下の Brisson の名称は独立したものの可能性があるが、"冠羽" と共通解釈が可能だった可能性もある。
この属はマダラカンムリカッコウ Clamator glandarius Great Spotted Cuckoo 1種に対して与えられたもので、この種は冠羽が目立たないので本来の Clamator 属を何語であれ "カンムリカッコウ" と読み替えるのは無理があると言える。Great Spotted Cuckoo (Tomas Grim 2024) のような画像を見ると足が立派と言えばそうかも知れない。
Great Spotted Cuckoo (Livio Rey 2017) や Great Spotted Cuckoo (Mike "Champ" Krzychylkiewicz 2021) の写真などを見ると地上性適応のような感じ。
Hartert (1910-1922) p. 955 ではマダラカンムリカッコウの種ドイツ語名を "Haeherkuchuck" としている。Haeher は (大陸の) カケスのこと。
ユーラシア北半球のカッコウ類を見慣れて樹上性の印象を持ってしまうがカッコウ類の系統 (Otidimorphae で古い系統) は Telluraves とは違ってそこまで樹上性にはなっておらず、地上に適応している種類も多く残っていると見るべきなのだろう (#カッコウ備考 [Otidimorphae とはいったい何者?] も参照)。
他の属でもしばしばあるが、カンムリカッコウがマダラカンムリカッコウと系統上同属に分類され、最も古く命名された Clamator が適用されるだけで種の特徴と属名称は必ずしも整合しない例と言えるかも知れない。類似のケースでは#サンショウクイが好例となっている。
英語別名 Red-winged Crested Cuckoo がある。他言語でも同様の事例が複数ある。
Brisson が Le coucou hupрe de Coromandel (コロマンデルの冠のあるカッコウ) と名付けていた。Brisson はクロシロカンムリカッコウ (Jacobin Cuckoo) との類似性に気づいていて Le Jacobin huppe de Coromande (コロマンデルの冠のあるクロシロカンムリカッコウ) とも呼んでいたとのこと (wikipedia 英語版より)。
Cuckow (wikipedia 英語版の出典)。現地名で Coukeel で明らかに音声由来とのこと。
現在の Clamator 属は4種が含まれるが標準的な英名で Crested Cuckoo が入っているものはない。この属のタイプ種はアフリカのマダラカンムリカッコウ Clamator glandarius Great Spotted Cuckoo。
いかにもありそうな学名 Cuculus cristatus Linnaeus, 1766 (直訳でカンムリカッコウ) は現在は Coua cristata カンムリジカッコウ、Crested Coua と別属になっている。この名称と紛らわしいのでカンムリカッコウの英名から Crested が外されたのかも。
過去の属名経緯をみると、かつて属していた Coccystes Gloger, 1842 は冠のあるものとして Coccyzus から区別されたものらしく (The Key to Scientific Names の Coccystes の項目から)、英名や和名の起源に関連した可能性がある 。
Clamator Kaup, 1829 の方が古く、属記載の当初はマダラカンムリカッコウのみを含む属だった。Oxylophus 属 (これは lophus 冠 の意味がある) が同じくマダラカンムリカッコウのみに定義されたことがある (Blasius 1862)。
おそらく古い記載文献がいつ見つかった、分類変更などの理由によって属名変更が複数回あった。一時は "カンムリカッコウ" に相当する属名も使われていたので過去の英名にはその名残りの影響もあるかも (前述のようにフランス語の名称から英語になったものと考えるのがもっともらしい)。(The Key to Scientific Names の情報を利用)。
ただし現在使われる Clamator 属の記載に "カンムリ" の意味が含まれるかどうかはかなり怪しい。
グループの中で日本で最初に記録された種としてカンムリカッコウの名称が与えられたと考えるとわかりやすい気がする (ハチクイと同様)。
単形種。
Clamator 属はすべて絶対的な (obligate) 托卵性。
(Boyd の分類による。IOC と同じ)
カッコウ科 Cuculidae: Cuckoos
カッコウ亜科 Cuculinae: Cuckoos
(カンムリカッコウ) 族 Phaenicophaeini: Malkohas, Clamator, American Cuckoos
カンムリカッコウ属 Clamator
カンムリカッコウ Clamator coromandus Chestnut-winged Cuckoo
マダラカンムリカッコウ Clamator glandarius Great Spotted Cuckoo
ムナフカンムリカッコウ Clamator levaillantii Levaillant's Cuckoo
#クロシロカンムリカッコウ Clamator jacobinus Jacobin Cuckoo
マダラカンムリカッコウ Clamator glandarius Great Spotted Cuckoo の托卵習性については #カッコウの備考参照。マフィア的な行動とともに、ひな (宿主の卵やひなを排除しない) が悪臭物質を出し外敵を追い払うとのこと。
カンムリカッコウのミトコンドリアゲノム解析: Zhang et al. (2025) Phylogenetic Relationship and Characterization of the Complete Mitochondrial Genome of the Cuckoo Species Clamator coromandus (Aves: Cuculidae)
この属は系統的にはリスカッコウ Piaya cayana Squirrel Cuckoo に近い結果となった。
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オニカッコウ
- 学名:Eudynamys scolopaceus (エウドュナミュス スコロパーケウス) ヤマシギに似た色彩の大変強力な鳥
- 属名:eudynamys (合) 大変能力のある (eu (int) よい、dunamis 能力、強さ Gk) ふしょと足が特に強力と記述された (The Key to Scientific Names)
- 種小名:scolopaceus (adj) ヤマシギのような (scolopax (f) ヤマシギ -aceus (接尾辞) 〜に似た) 体全体が濃灰色と濃褐色との記述 (The Key to Scientific Names)
- 英名:Asian Koel
- 備考:
eudynamys は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-dy- がアクセント音節と推定される (エウドュナミュス)。
scolopaceus は scolopax は短母音のみ、-aceus は冒頭が長母音でアクセントがある (スコロパーケウス)。-aceus の由来は -ax (長母音。〜に傾いている) + -eus (起源を示す)。
記載時学名 Cuculus scolopaceus Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 Bengal。
Eudynamys 属は Vigors & Horsfield, 1827 記載。eu よい (bene) dunamis 能力 (potentia) と紹介されている。p. 304 にカッコウ科の中でも強力で、嘴、ふしょ、足ともに強力と述べられている。またこの属は東アジアに幅広く分布していると考えられるとしており、身体的にも分布的にも強力さが目立っていたよう。
Gray (1840) がタイプ種をオーストラリアオニカッコウ Eudynamys orientalis Pacific Koel に指定。オニカッコウと同種とされていた時期もあった。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。5亜種あり (IOC)。日本で記録されたものは亜種不明とされる。
英名の Koel の由来はヒンディー語の koyal (声から) で、Eudynamys 属などの広い種類を指す。
かつては スラウェシオニカッコウ Eudynamys melanorhynchus Black-billed Koel
オーストラリアオニカッコウ Eudynamys orientalis Pacific Koel と同種とされた。遠方からの可能性は低いだろうが古い時代の記録はこれらが別種されていないものがあるはずなので多少の注意が必要だろう。
繁殖地ではごく普通の種類で、アジアの野外映像の背景に声を頻繁に聞くことができる。慣れておけば声で当地初記録も可能かと期待しているがまだ実現していない。コウライウグイスがいろいろな声を出してやや紛らわしい。
坂梨 (2012) 熊本県熊本市におけるオニカッコウ Eudynamys scolopaceus の落鳥記録
の事例では亜種 chinensis の可能性が高いとのこと。
浜地他 (2017) 宮古諸島におけるカッコウ科鳥類2種の観察記録
ではオニカッコウは複数羽での長期滞在で繁殖の可能性もあるとのこと。
「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) にによればオニカッコウのオスは宿主のイエガラス Corvus splendens に似ていて、イエガラスがテリトリーを守ろうとしてオスのオニカッコウを追いかけ、メスはその間に托卵するという。
Nahid et al. (2021) No evidence of host-specific egg mimicry in Asian koels によればオニカッコウが宿主の卵に似せている証拠は見つからなかったとのこと。
Nahid et al. (2024) Asian koel rapidly locates host breeding in novel nest sites
によれば宿主が巣を変えた場合オニカッコウは迅速に対応するとのこと。宿主の動きをよく観察しているらしいとのこと。
オニカッコウは雑食性だが、多くの脊椎動物にとって有毒な Cascabela thevetia の実を食べるという。実には Cardenolide (ステロイド毒。メカニズムは Na/K ATPase 阻害なので #カッコウ備考の [カッコウ類の植物毒耐性?] 同様) の Thevetin A, B が含まれている。
食べても無害な種類として タイヨウチョウ科 Nectariniidae、オニカッコウ、コウラウン Pycnonotus jocosus Red-whiskered Bulbul、
マミジロヒヨドリ Pycnonotus luteolus White-browed Bulbul、シリアカヒヨドリ Pycnonotus cafer Red-vented Bulbul、
ズグロムクドリ Sturnia pagodarum Brahminy Starling、
インドハッカ Acridotheres tristis Common Myna、
インドコサイチョウ Ocyceros birostris Indian Grey-Hornbill が知られている (wikipedia 英語版)。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 96 p. 6 によればオニカッコウとオオオニカッコウ Scythrops novaehollandiae Channel-billed Cuckoo はカッコウ類の中でも例外的に果実食とのこと。wikipedia 英語版によればオオオニカッコウは世界最大の托卵種とのこと。オセアニアに生息して飛翔時の外見は猛禽類に似ており食性から fig hawk とも呼ばれるとのこと。和名はオニカッコウと巨大なカッコウの名前を付けたらもっと大きいのが存在した経緯だろうか。
これら2種はカラス類などが宿主で、カラス小目 Corvida の祖先的な形質と考えられる毒耐性とちょうど符合することになる。仮親から有毒果実を与えられても大丈夫、ということになる。
ちなみにオニカッコウは同じく植物毒耐性の可能性が考えられているコウライウグイス類にも托卵する。
カラス類は賢いはずなのに托卵を受け入れてしまうのも面白い。
また果実食は突飛に見えるが、カッコウに近い仲間でもエボシドリ類は果実食で、肉 (昆虫) 食と果実食の関係は案外相性がよいらしく、ヨタカ類似系統とアブラヨタカの関係にも見られる (追加参考: #メジロ備考の [鳥類の味覚])。
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キジカッコウ
- 学名:Urodynamis taitensis (ウーロドュナミス タイーテーンシス) タヒチの立派な尾羽の鳥
- 属名:urodynamis (合) 立派な尾羽の (oura 尾羽 Gk と Eudynamys 属の合成。The Key to Scientific Names)
- 種小名:taitensis (adj) タヒチの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Long-tailed Koel, IOC: Pacific Long-tailed Cuckoo (14.2 まで), Long-tailed Koel (15.1)
- 備考:
urodynamis は外来語由来の合成語で発音はわからないが、Eudynamys が短母音のみ、uro- をギリシャ語由来の長母音と考え、-dy- をアクセント音節と考えれば "ウーロドュナミス"。Eudynamys 属とは尾の長さで区別できると考えた命名 (Vigors and Horsfield 1826; Salvadori 1880)。
この記述は Salvadori (1880) によるもので Salvadori が属の命名者と考えられたことがあったが、Vigors and Horsfield (1826) の用例が先にあることがわかった (The Key to Scientific Names)。
1770-1783 年に Buffon が "Coucou brun varie de noir" と記述した。当時のフランス語由来で h の音が落ちたと想像できる (Taiti の名称、ただし i の上に点を2付けた長音で英語でもしばしば同様の表記がなされる naive と同様、の旧名も使われていた)。
tahitiensis のように h を落とさない用例も多い (ハリモモチュウシャクなど)。
ここでは Taiti の長音表記、h が i に変わったものとの考えや地名の発音から長音を残す表記を採用した。
taitensis は場所を表す -ensis に長音を採用した (タイーテーンシス)。短音でもアクセント移動はないのでどちらでもよい。
属名も含め、英語式発音はかなり異なっている。
記載時学名 Cuculus taitensis Sparrman, 1787 (原記載) 基産地 No locality given; Tahiti, fixed as type locality by Rothschild and Hartert, Nov. Zool., 12, 1905, p. 258 (Avibase による)。図版。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。ニュージーランドで繁殖し太平洋離島で越冬。
キジカッコウやオニカッコウは変な名前と思われるかも知れないが、戦前の日本の鳥時代に付けられた名称。中西悟堂「定本・野鳥記 3」p. 32 でキジカッコウ (マーシャル、カロリン、パラオ)、オニカッコウ (海南島、台湾) の分布となっていた。
かつては Koel (オニカッコウ類) に分類されていたが、分子系統解析の結果カッコウ類に近いことがわかって英名も変わった。
縦縞で、英語別名に sparrow hawk, home owl などがあって少なくとも人にはタカを連想させるところがあるらしい (wikipedia 英語版など)。ニュージーランドには馴染みのハイタカがいないため入植者が似た種類を sparrow hawk と呼んだのだろうと考えるとわかりやすい。
#カッコウ備考 [カッコウのタカへの擬態] でも検討。
ニューギニアやオーストラリア沿岸部のオオオニカッコウ Scythrops novaehollandiae Channel-billed Cuckoo はこの種に系統が近いと考えられる。
ニュージーランドで繁殖し越冬のために北に渡るカッコウ類は2種で、もう1種はヨコジマテリカッコウ Chrysococcyx lucidus Shining Bronze-Cuckoo でこちらがはるかに小型 (GPS 追跡も行われている Tracking shining cuckoos)。
ニュージーランドのカッコウ類の渡りや進化は興味深いので今後の進展に注目したい。
Mystery, migration and mucous membranes: 5 curious facts about the shining cuckoo のような記事もある。心毒性のある虫を食べてもなぜ大丈夫なのかなどいろいろ疑問がある。
ニュージーランドにはハイイロオオタカ Tachyspiza novaehollandiae Grey Goshawk (オオタカの名は付くが系統は違う) が生息するので縞模様はタカへの擬態の解釈は成り立つ (隠蔽色との解説もある)。キジカッコウの容貌や音声は擬態なのか収斂進化なのか?
Gill et al. (2018) Post-mortem examinations of New Zealand birds. 2.
Long-tailed cuckoos (Eudynamys taitensis, Aves: Cuculinae)
に死体を用いた食性などの研究がある。昆虫が多くを占め、若鳥が成鳥より数か月遅れてニュージーランドを離れるのはセミなどの大型昆虫の発生に合わせているためか。トカゲ類、鳥の卵やひなも多少食べる (過去記録事例の一覧も出ている)。タカ類ではカッコウハヤブサ類 Aviceda の食性に似ている感じがする。
鳥のひなをそのまま飲み込む能力に驚いたなどの古い記載も出ている。
食性はヒジリショウビン Todiramphus sanctus Sacred Kingfisher に似ているとのこと。
カワセミ類は Telluraves でそもそも捕食性のある系統だが、キジカッコウは最初の陸鳥系統 Columbaves の Otidimorphae 系統に属するのでこの食性はもっと注目してよいだろう。
羽賀・奴賀 (2009) 千葉県銚子市におけるキジカッコウ Eudynamys taitensis の日本初記録。
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オウチュウカッコウ (第8版で削除)
- 学名:Surniculus lugubris (スルニクールス ルーグブリス) 喪服色の (縞模様の) 不吉な/腹黒いカッコウ
- 属名:surniculus (合) 不吉な/腹黒いカッコウ フクロウを意味する属名 Surnia (不吉な) の意味と Cuculus 属から合成、またはフランス語語義から (備考参照)
- 種小名:lugubris (adj) 悲しげな、喪服色の、不気味な
- 英名:(Drongo Cuckoo), IOC: Square-tailed Drongo-Cuckoo
- 備考:
surniculus は Surnia はギリシャ語 surnion 由来とされており短母音のみ。Cuculus は中央の u が長母音のためこの音は保存されると考えられる。アクセント位置も同じ (スルニクールス)。
ラテン語指小辞の -ulus は短母音で一般によく現れる語尾の -ulus は一般的には長く読まない (#キクイタダキなどが例)。
"尾" に関連して日本語読みで "クールス" と長音になる学名が他に多数あるが、Surniculus は文字も違いカッコウ由来。
Lesson (1830) の設けた属。記載。フランス語名では属総称が surnicous だった。フランス語で sournois が陰険な、腹黒いなど。この単語は古く遡ると古プロヴァンス語 (Old Occitan) の sorn (黒い) とのこと (wiktionary)。
surniculus の語源とされる Surnia とは語源が異なるので、Lesson (1830) はフランス語で音の一致する単語と一種の語呂合わせを行ったのかも。フランス語語義を優先すれば "腹黒いカッコウ" などの訳も考えられる。色彩はこちらが合っているかも知れない。
Gray (1855) がタイプ種をオオチュウカッコウ (当時はまだ分離されていなかった) と定めた (The Key to Scientific Names)。
lugubris は冒頭が長母音。lu-gu-bris と分割され冒頭にアクセントがある (ルーグブリス)。
和名は英名そのままのよう。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。かつてはエンビオウチュウカッコウ Surniculus dicruroides Fork-tailed Drongo-cuckoo の亜種とされていたが、形態や音声の違いから別種となった。
lugubris の意味はほぼ黒いヒメオウチュウ Dicrurus aeneus Bronzed Drongo に比べて白い縞などが目立つことを意味したのではと考察した (#ヤマセミの備考参照)。全面の黒さを意識させるだろう「喪服色の」に加えてこの解釈を学名訳のかっこ内に追記した。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されたものは亜種不明とされる。かっこ内の英名は分離前のもの。
日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)で種の分割に伴って削除とのこと。
国内記録は古いものが多く、2種に分割後のどちらの種に該当するのか明確な判断の示された記録がないためではないかと想像するが詳しいことは不明。海外データベースでも過去記録の扱いが問題となった種類。
改めて確実な日本初記録と認定できる報告論文を出して欲しい意味と考えた。
形態はオウチュウに似ているが、ちょうどジュウイチがタカに似ているように托卵に有利に働くとの説がある。
Thorogood and Davies (2013) (#カッコウの備考参照) によれば、オオチュウカッコウ類はオオチュウ類に托卵すると考えられていたことがあったが実際にはあまり托卵せず、攻撃的なオオチュウ類を模して宿主を脅しているらしい (Johnsgard 1997)。
「動物たちの地球 鳥類 I 10 カッコウ・ホトトギス・エボシドリほか」(週刊朝日百科 朝日新聞社 1991) p. (6) 310 では仮親に似た形態や色彩をし、なわばりをもった仮親がこの種のオスを侵入者として追い払っている間に、メスが托卵を成功させるとある (丸武志解説)。
鳥の長い尾は性選択が考えられがちだが他の可能性もある。航空力学的なもの、捕食者に対する信号など。不安定なアシの上で採食時のバランスに役立っていると考えられるケースもある。
Are long tails all about sex? (Zhou 2023)。論文は Zhou et al. (2023) Functions of avian elongated tails, with suggestions for future studies。
性選択を実証するために尾の長さを人工操作した古典的実験: Andersson (1982)
Female choice selects for extreme tail length in a widowbird (Nature論文へのリンク)。
扱われている種はコクホウジャク Euplectes progne Long-tailed Widowbird。
「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) p. 118 ではオドリホウオウ Euplectes jacksoni Jackson's Widowbird となっている。別のページにディスプレイの写真があるがあまりにも雌雄差が著しく同じ種に見えない。wikipedia 英語版では前者の種に記述されている。
長い尾と赤いパッチ (epaulette 肩章) があり、Andersson (1994) "Sexual Selection" (Princeton University Press) はコクホウジャクでは尾の長さが、アカエリホウオウ Euplectes ardens では赤色が性選択要素と考えたが、
Pryke et al. (2001) Sexual Selection of Multiple Handicaps in The Red-Collared Widowbird: Female Choice of Tail Length but not Carotenoid Display
(Andersson も著者に含まれる) によればアカエリホウオウでも長い尾が重要で、カロテノイド色素が性選択に働いている証拠は得られなかったとのこと。このぐらい派手な違いがある種類でないと実験してもなかなか有意な結果にならないかも (出典情報など wikipedia 英語版より)。
いつのことかすでに調べられなくなっているのだが、20 年ぐらい前? に京都大学の生物の入試問題でこれが取り上げられたことがあった。振り返ってみるとこの時代ぐらいから分子生物学が急進展して高校教育にも大幅に取り入れられ、理科の科目の中でも生物の難易度が一番上がったような気がする。かなり昔には生物は履修していなくてもそこそこ解けてしまうようなのどかな科目だったような気がするのだが...。
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オオジュウイチ
- 学名:Hierococcyx sparverioides (ヒエロコッキュクス スパルウェリオイーデース) ハイタカに似たタカのようなカッコウ
- 属名:hierococcyx (m) タカのようなカッコウ ヒエロ王 (hiero (m) ヒエロ王、転じて hierakos タカ coccyx (m) カッコウ)
- 種小名:sparverioides (adj) sparverius ハイタカ < スズメのようなタカ -oides (接尾辞) 〜に似た
- 英名:Large Hawk-Cuckoo
- 備考:
hierococcyx は#ジュウイチ参照。
sparverioides は sparverius は短母音のみ (単独で読む場合は e は伸ばしてもよい)。-oides がギリシャ語由来で i, e ともに長母音で i にアクセントがある (スパルウェリオイーデース)。
記載時学名 Cuculus sparverioides Vigors, 1832 (原記載) 基産地 Himalayas。
Catesby (1731) によるアメリカチョウゲンボウの種小名 sparverius「小さなタカ」にも現れるが、オオジュウイチの分布を考えると sparverius = ハイタカ として用いたものと考えられる。"タカのような" カッコウ類の形容は学名にもっと多く現れてもよさそうだが意外に少ない。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にも和名なしで載せられていた。場所は日本とあるだけで詳細不明。別学名に挙げられている Cuculus strenuus Gould, 1856 は基産地マニラとのこと (資料)。
[Hierococcyx (ジュウイチ) 属の系統分類]
順序は Boyd による。
カッコウ科 Cuculidae: Cuckoos
カッコウ亜科 Cuculinae: Cuckoos
カッコウ族 Cuculini: Old World Parasitic Cuckoos
ジュウイチ属 Hierococcyx
(系統 1)
チャイロジュウイチ Hierococcyx vagans Moustached Hawk-Cuckoo (マレー半島、ジャワ島、ボルネオ島など。留鳥)
(系統 2)
クロジュウイチ Hierococcyx bocki Dark Hawk-Cuckoo (マレー半島、ジャワ島、ボルネオ島の主に標高の高いところ)
オオジュウイチ Hierococcyx sparverioides Large Hawk-Cuckoo (中国からネパール周辺まで夏鳥。東南・南アジアで越冬)
ハイタカジュウイチ Hierococcyx varius Common Hawk-Cuckoo (インド、バングラデシュ。留鳥)
(系統 3)
ジュウイチ Hierococcyx hyperythrus Northern Hawk-Cuckoo / Rufous Hawk-Cuckoo (ロシア極東部・日本・中国の主に東北部で夏鳥)
フィリピンジュウイチ Hierococcyx pectoralis Philippine Hawk-Cuckoo (フィリピン)
マレーシアジュウイチ Hierococcyx fugax Malaysian Hawk-Cuckoo (マレー半島、ジャワ島、ボルネオ島。留鳥)
インドシナジュウイチ Hierococcyx nisicolor Hodgson's Hawk-Cuckoo (中国南部、インドシナ半島北部から西部の一部で夏鳥)
わずかな順序の違いがあるが IOC でも同じ。系統的にはチャイロジュウイチが古い分岐で、他は2系統に分かれる。クロジュウイチとジュウイチがそれぞれの系統の中で最も古い分岐になる。
カッコウ類はそれほど詳細な分子系統研究がなされていないようで、ジュウイチ属については現在でも Sorenson and Payne (2005) "Molecular systematics: cuckoo phylogeny inferred from mitochondrial DNA sequences" in Bird Families of the World: Cuckoos が使われている模様。
属レベルの系統樹は Krueger et al. (2009) Does coevolution promote species richness in parasitic cuckoos? で見られる。
#カッコウ備考で紹介の Thorogood and Davies (2013) Hawk mimicry and the evolution of polymorphic cuckoos
でカッコウ亜科の系統樹が見られる。
チャイロジュウイチはジュウイチの音声とは少し異なるが2音のパターンは似ている。また繰り返し音を高めてゆく音声がある (alarming song とも呼ばれ、ジュウイチの音声の原型かも?) 点は似ているが音程はジュウイチよりだいぶ低い。宿主はハシブトムジチメドリ Malacocincla abbotti Abbott's Babbler と チャバネアカメヒタキ Philentoma pyrhoptera Rufous-winged Philentoma が記述されている。
チャバネアカメヒタキはオスの上半身が青く翼から尾は褐色でオオハシモズ科 (生物地理学的に別とされることもある。#モリツバメの備考参照)。日本の鳥ではモリツバメに近い系統。
クロジュウイチはかつてオオジュウイチと同種とされた。
オオジュウイチの擬態相手は wikipedia 英語版には書いてないが、ハイタカジュウイチ同様にタカサゴダカを想定してもよさそうに見える。鳴き声はハイタカジュウイチ (あるいはジュウイチ) のようにピッチを上げて終わらないとある。音声は反復が長めだが単純で、それほどタカの声は似ていないように聞こえる。
宿主はチメドリ科やソウシチョウ科が多いとのことだが他にも数多く知られている (wikipedia 英語版に 2003 年文献に基づくリストあり)。
Yang et al. (2015) Coevolution between the large hawk-cuckoo (Cuculus sparverioides) and its two sympatric Leiothrichidae hosts: evidence for recent expansion and switch in host use?
にもヒゲチメドリ Pterorhinus lanceolatus Chinese Babax、カオジロガビチョウ Pterorhinus sannio White-browed Laughingthrush への托卵の研究があり (いずれの宿主も学名が変わっており、属統合が行われた模様)、
ヒゲチメドリの卵の色はあまり似ていないので最近宿主の範囲を広げたのではとの考察がある。
ハイタカジュウイチはタカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] Tachyspiza badia Shikra への擬態が顕著とのこと。鳴き声から brainfever bird と呼ばれる ("brain-fever" と聞きなす。日本のジュウイチのようにピッチを上げて終わるとのこと)
主な宿主はツチイロヤブチメドリ Argya striata Jungle Babbler と キバシヤブチメドリ Argya affinis Yellow-billed Babbler とのこと (旧 Turdoides 属より分離)。宿主はほぼこの属に限られるとのこと。いずれも色彩は地味な種類 (wikipeida 英語版より)。
タカサゴダカの声が似ているか確認してみたところ、それなりに近いジュウイチ類に近いタイプの音声も記録されている。日本では最も近縁のツミとは少し違う感じがする。
ジュウイチ以降の4種はかつて同種とされていたものが分離されたもの。
マレーシアジュウイチの宿主としてアカハラシキチョウ Copsychus malabaricus White-rumped Shama (サメビタキ亜科? Muscicapinae シキチョウ族? Copsychini) と ハイガシラヒタキ Culicicapa ceylonensis Grey-headed Canary-Flycatcher (センニョヒタキ科 Stenostiridae、カラ類に近い) が挙げられている (wikipeida英語版より)。
アカハラシキチョウのオスは上半身が黒っぽい青。ハイガシラヒタキのオスも頭に青みがある。
タカサゴダカはマレー半島の北部に分布するのみなので、ジャワ島、ボルネオ島、フィリピンなど島しょ部での擬態は別のタカを考える必要がある。ミナミツミ Tachyspiza virgata Besra は有力候補だろう。ジャワ島、ボルネオ島では主に標高の高いところに分布するのでマレーシアジュウイチでは少し合わないところがあるかも知れない。
Besra (Birds of Thailand: Siam Avifauna) と Malaysian Hawk Cuckoo (Cuculus fugax)
確かに似ている。
ジュウイチの擬態相手のタカは日本ではツミでよいのだろう。これらのジュウイチ類縁種が多分タカに擬態していることは、縞模様のある他の托卵性カッコウ類同様宿主を怖がらせる意味があるのだろう。
間接的だが日本のジュウイチの宿主もツミを恐れている証拠になるだろうか。
「決定版 日本の野鳥 650」(真木広造写真; 大西敏一, 五百澤日丸解説 平凡社 2014) では「他のカッコウ類よりもツミやハイタカの雄に似ている」とある。ジュウイチの系統が違っていること、ジュウイチ類 (系統 3) の主な相棒のタカも現在の分類では Tachyspiza 属となる違いが現れているのだろう。
ツミは西日本では関東ほど馴染みの繁殖種ではないし、ハイタカも北方が多い。ジュウイチの国内分布も東日本が多いようだがツミの分布と関係があるだろうか。
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ジュウイチ
- 学名:Hierococcyx hyperythrus (ヒエロコッキュクス ヒュペリュトゥルス) 腹が赤いタカのようなカッコウ
- 属名:hierococcyx (m) タカのようなカッコウ ヒエロ王 (hiero (m) ヒエロ王、転じて hierakos タカ coccyx (m) カッコウ)
- 種小名:hyperythrus (合) 下が赤い (hyp- (接頭辞) 下の erythros 赤い Gk)
- 英名:(Hodgson's Hawk Cuckoo), IOC: Rufous Hawk-Cuckoo 13.2, 14.1 では Northern Hawk-Cuckoo
- 備考:
hierococcyx は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-coc- がアクセント音節と考えられる (ヒエロコッキュクス)。
属記載は Mueller (1842) Verhandelingen over de natuurlijke geschiedenis der Nederlandsche overzeesche bezittingen。オランダ語で havikkockoeken (タカのカッコウ = 英名の Hawk-Cuckoo そのまま) となっている。
当時はまだ分離されていなかったがそれまでの名称でジャワ島産 Cuculus fugax をタイプ種と Gray (1855) が判定 (The Key to Scientific Names)。リストの中で最初に現れた種。現在継承している種はマレーシアジュウイチ。
hyperythrus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-ryth- がアクセント音節と考えられる (ヒュペリュトゥルス)。
fugax 時代の読み方は "フガークス"。-ax (〜に傾いている) が長母音のため。原意は "逃げる性質のある"。
旧英名の由来は英国博物学者 Brian Houghton Hodgson。この英名は現在インドシナジュウイチ Hierococcyx nisicolor に対して使われ、ジュウイチの現在の通常の英名は Rufous Hawk-Cuckoo または Northern Hawk-Cuckoo。
英名がまだ統合されていないようでリストにより両方が使われている。
かつての学名は Cuculus fugax (fugax は「逃げ足の早い」; 音楽のフーガも同根で「逃げ去る旋律を追うように奏される」のような比喩も使われる) だった。fugio (逃げる) 由来。この学名は意味がわかりやすかった。英語の flee, fly の語源とは関係がないが、物理学用語に fugacity の概念がある。
分割されていずれも単形種となった。
hyperythrus の 原記載。
現在種小名 fugax を継承しているものはマレーシアジュウイチ Hierococcyx fugax (英名 Malaysian Hawk-Cuckoo)。
ジュウイチの和名が鳴き声由来であることは有名だが、ジュウイチの完全なさえずりはジュウイチ、ジュウイチ...とトーンを上げてゆき、ピピピピ...と鳴いて終わる。
もと Hodgson's Hawk Cuckoo に分類されていたジュウイチ類は同様のパターンで鳴くが (音程などは異なる)、フィリピンジュウイチ Hierococcyx pectoralis (英名 Philippine Hawk-Cuckoo) のみは「ジュウイチ」の部分は2音ではなく、ホトトギスのような複数音からなる。
英語の Hawk-Cuckoo は現在の属名 Hierococcyx の意味とよく対応しているように見えるが英名の付いた時期はまだ Cuculus 属だった。他言語では十分多彩でドイツ語 Fluchtkuckuck と逃走 (ラテン語 fugax に対応)、マレーシアの地名を付けたもの、スロバキア語やウクライナ語など「翼の広い」などいろいろある。
オランダ語は Maleise Sperwerkoekoek、スウェーデン語 hokgok (hok タカ gok カッコウ) などは英語に合わせている。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" に他種と同種と思われる時代のいくつかの学名が出ていて、Cuculus nisicolor Blyth, 1843 が少し面白い。nis- は Nisus で "ハイタカに似た色の" の意味。現在はインドシナジュウイチ Hierococcyx nisicolor と分離される。
Hartert (1910-1922) p. 953 は hyperythrus をシノニムと考え、日本のジュウイチをより記載の早いこの亜種 (当時の学名で Cuculus fugax nisicolor) に分類していた。
類縁種との音声比較も述べられているが録音して分析することまでできなかった当時では記述そのものも難しかったよう。
叶内 (2002) Birder 16(6): 99-106 でジュウイチの幼鳥と言われる腹部に横縞のある個体はメスの赤色タイプではないかと提案している (p. 103) 上面に赤色見があるとのこと (飛翔写真あり。下面は見えない)。
[ジュウイチのひなの分身の術]
Tanaka and Ueda (2005) ジュウイチのひなが口の黄色と翼角の黄色を用いた視覚刺激によって宿主から多くの餌を得ている有名な Science 論文へのリンク: Horsfield's Hawk-Cuckoo Nestlings Simulate Multiple Gapes for Begging。
そして Tanaka et al. (2005) Yellow wing-patch of a nestling Horsfield's hawk cuckoo Cuculus fugax induces miscognition by hosts: mimicking a gape?の研究がある。
田中啓太「ジュウイチのヒナの騙し戦略と感覚生態学」in 上田恵介(編)「野外鳥類学を楽しむ」(海游舎 2016) 4章に苦労話なども詳しく述べられている。
さらに同書 13 章に「テリカッコウとその宿主の托卵を巡る攻防」(佐藤望) がある。
Lotem (1993) Learning to recognize nestlings is maladaptive for cuckoo Cuculus canorus hosts (論文サイト)
にかかわる研究もある (p. 246)。「なぜホストはカッコウの卵は拒否するのに,自種のヒナと外観が全く異なるカッコウのヒナを排除しないのか」についてのオリジナルのアイデアは「ホスト親がヒナを識別するのは学習によるしかない。卵なら托卵されていても自分の卵を見る機会が必ずあるが、
カッコウのヒナはホストの卵を排除してしまうので托卵されていると自分のヒナを学習できずにカッコウのヒナを自種のヒナと誤学習してしまうリスクがある。そしてこの誤学習は生涯適応度をゼロにしてしまうほどコストが大きい。だからホストはそもそも学習してヒナ排除しようとしない方が合理的なのだ」
「行動・生態の進化」(岩波書店 2006) で該当する解説が pp. 201-203 にある。
オーストラリアでテリカッコウ類の托卵に対して卵排除せずにヒナ排除するホスト種
[Sato et al. (2010) Evicting cuckoo nestlings from the nest: a new anti-parasitism behaviour]
とこれに対抗するテリカッコウ類のヒナ擬態 [Sato et al. (2015) Nestling polymorphism in a cuckoo-host system] が見つかったことで再考が必要になったとのこと
(「Cuckoo」 "shorebird 進化心理学中心の書評など" の解説より)。詳しくはこのページか書物「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」pp. 191-198 をお読みいただきたい。
この本の pp. 197-198 には Lotem (1993) の理論的解釈に反してオーストラリアの宿主で托卵ひなの見分けが進化した理由として、渡り鳥の宿主では繁殖期間にゆとりがなくやり直しが行いにくいので、見分けて放棄することはリスクが大きいことや、
ルリオーストラリアムシクイ Malurus cyaneus Superb Fairywren は寿命が長いのでリスクの大きい行動も取れることを挙げている。
オーストラリアのスズメ目の寿命の長さについては #ミサゴ備考の Tim Low "Where Song Began" (2014) の解説も参照。その要因の一つとして挙げられる「北半球の生存条件の過酷さ」には北半球には小鳥食のタカの種類が多いことも挙げられるだろう (小鳥食のタカがアフリカやユーラシアから進化して適応放散したためオーストラリアには少ない)。
「鳥の行動生態学」第7章「騙しを見破るテクニック 卵の基準、雛の基準」江口和洋 (京都大学学術出版会 2016)
「視覚の認知生理学」第4章「色を操る悪魔の子 - 托卵鳥ジュウイチの雛: - 鳥類における色を用いたコミュニケーションと、寄生者による搾取」種生物学会編 (文一総合出版 2014)
でも日本語解説が読めるとのこと (いずれの本も持っていないのでタイトルのみ紹介しておく)。
Tanaka (2015) A colour to birds and to humans: why is it so different? 英文総説。
Grim et al. (2008) Wing-shaking and wing-patch as nestling begging strategies: their importance and evolutionary origins
はジュウイチのひなのシグナル進化を考えていて、餌をねだる行動は晩成性の鳥では普遍的にみられるもので、それに対する宿主の反応を引き出しジュウイチのパッチはそれを増強する効果があって進化したと考えている。
「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」p. 206 ではジュウイチでひなが何羽もいるようなトリックを音声よりも視覚刺激で行うのは、宿主の巣 (地上性) が音から位置を突き止める捕食者に特に弱いためとの解釈が紹介されている。
同書 pp. 208-209 ではカッコウでは巣内ひなでも猛禽類に似た防御を行うとのことで、口内のオレンジ色はこれに役立つ可能性が挙げられている (猛禽類の足はなぜ黄色いのか: [#鳥類系統樹2024]にある)。
黄色を認識できる捕食者 (主に鳥か霊長類?) に有効なのだろう。
Jenner (1788) XIV. Observation on the natural history of the cuckoo. By Mr. Edward Jenner. In a letter to John Hunter, Esq. F. R. S. が出典とのこと。
またカッコウのひなに触れると悪臭ある茶色い液体の糞を排泄するという。
[分身の術の2例目]
ジュウイチのひな類似の2例目があるとのこと: Luo et al. (2019)
Novel instance of brood parasitic cuckoo nestlings using bright yellow patches to mimic gapes of host nestlings
インドシナジュウイチ Hierococcyx nisicolor Hodgson's Hawk-Cuckoo による コチャバラオオルリ Niltava sundara Rufous-bellied Niltava への托卵。これぐらい系統が近いと同じような習性があっても不思議でなさそう。2種みつかると解釈もしてみたくなる。
コチャバラオオルリではひなの口内は明るい黄色とのこと。反射スペクトルまで出ていないのでルリビタキのひなとどの程度違うのかわからないが
(#カッコウの備考に Tanaka et al. (2011) Rethinking visual supernormal stimuli in cuckoos: visual modeling of host and parasite signals へのリンクあり)、ジュウイチ系統は熱帯の種類が中心で、チャバラオオルリ類などがこの系統の本来宿主で、たとえばジュウイチのひなの口内もそれに似せている可能性も気になった。
系統分類 (#オオジュウイチの備考) のところでも旧ジュウイチから4種に分離されたものでは青い部分のある鳥の宿主がよく現れる感じがする。
チャイロジュウイチでも青い部分のある鳥への托卵があるが、狭義ジュウイチ類 (系統 3) 以外の系統はチメドリ類など主に地味な鳥を托卵相手に選んでいる模様。狭義ジュウイチ類 (系統 3) で宿主を地上営巣性の青い鳥に広げて新たな分野に進出したのかも知れない。
これには短い波長を一層好むなど宿主側の色彩感覚も関係しているかも知れない (オプシン遺伝子の系統解析をすればわかるかも?)。
宿主の系統を考えるとオオルリ系統の方がルリビタキより一層ジュウイチ系統に向いた宿主の可能性があるかも知れない。ルリビタキやコルリは巻き添え (笑) ? もっとも卵の色の類似性から逆かも知れない。
ジュウイチがなぜ青い鳥に托卵するのか (最も適した宿主に似たものを選んでいる?)、この系統を考えると理解できる気もする。これら青い鳥が卵識別能力を進化させていない (かどうか知らないが) 理由も何かあるのだろう (留鳥の方が卵識別能力を進化させやすい理由は [ジュウイチのひなの分身の術] のように提案されているが、ここでも当てはまるのかも)。
熱帯の青い鳥グループからオオルリが進化して渡るようになったものに合わせて渡るようになったのがジュウイチ? (ほんとうか?)。#オオルリ備考の [オオルリはなぜ青い] も考えるとオオルリ系統は紫外線シグナルに特に感受性が高く進化していて、狭義ジュウイチ類はそれに特に適応したシグナルを発しているとか (このあたりになると妄想レベルだが...)。
[オオルリはなぜ青い] で検討したように、小鳥食のタカ類が適応放散した結果、それに対応して熱帯スズメ目の青い形質が選抜されたりカッコウ類のタカ類、特に Tachyspiza 属 (ユーラシアでは主に熱帯から温帯) や狭義 Accipiter 属 (ユーラシアでは北方から温帯) への擬態が進化した可能性が考えられるが、
カッコウ類の分岐年代はタカ類ほと明らかでなくまだ議論が難しいかも知れない。Tachyspiza 属と Accipiter 属の共通祖先で 2200 万年前ぐらい [Catanach et al. (2024) の年代による]。
Tachyspiza 属がアジアに分布を広げたのが 1500-1000 万年前ぐらいと考えられるので、カッコウ類のうち最も新しい2属 (カッコウ属 Cuculus + ジュウイチ属 Hierococcyx) が特にタカ類に似ていることと対応しているようで興味深い
[Thorogood and Davies (2013) Hawk mimicry and the evolution of polymorphic cuckoos (#カッコウの備考)]。
小鳥食のタカ類が生じたことでスズメ目がタカ類への警戒を強め、その結果カッコウ類の托卵戦略に有利に働いたならばタカがカッコウ類を托卵への進化を推し進めたのかも知れない。年代考証などは定かでないがタカがカッコウを生んだ?? (古い時代にはカッコウは冬にはタカに変わるとされていたが、実は結構関係があるのかも知れない)。
古い時代のカッコウ類 (エボシドリ目、ノガン目 とともに Otidimorphae に属する) はタカに似た生態を持つ捕食者だった可能性も考えられ (#カッコウ備考の [カッコウ類の足と近縁系統])、
趾の立派な爪を持たないカッコウ類は新しく現れたタカ類に地位を奪われたかも知れない。捕食者だった時代の隠蔽色の基本的な祖先形質が引き継がれてタカに似た模様が出しやすいとか (森林での捕食者だった時代は縞模様だったとか...ほんとうか??)。続きは#カッコウ備考 [カッコウのタカへの擬態] へ。
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ホトトギス
- 学名:Cuculus poliocephalus (ククールス ポリオケパルス) 灰色の頭のカッコウ
- 属名:cuculus (m) カッコウ
- 種小名:poliocephalus (合) 灰色の頭の (polio- (接頭辞) 灰白色の kephalos 頭 Gk)
- 英名:IOC: Lesser Cuckoo
- 備考:
cuculus は#カッコウ参照。
poliocephalus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-ce- がアクセント音節と考えられる (ポリオケパルス)。
記載時学名 Cuculus poliocephalus Latham, 1790 (原記載) 基産地 India。Grey-headed Cuckow の英名があり、記載時点では学名と英名は同じ意味だった。
単形種。
世界の多くの言語で英語と同様に小さいカッコウの名前になっている。中国語も同様。ドイツ語では比較的珍しく小さいの意味は含まれておらず Gackelkuckuck (声由来) または Roetelkuckuck (色彩由来)。
英語旧名の Little Cuckoo は現在は南米からパナマのヒメリスカッコウ Coccycua minuta に使われる (我々の想像するカッコウとは似ていない)。
Horsefield and Moore (1856-1858) A catalogue of the birds in the Museum of the Honorable East India Company に当時の英名 Small Himalayan Cuckoo (Gray) が載っており、この英名が由来となっているかも。この small は当時の学名で Cuculus himalayanus Vigors (おそらく種の特定が困難なため現在使われていない) に対するもので、現在の名称で考えるとヒマラヤツツドリ Cuculus saturatus に対応する。
英名の lesser の由来は(ヒマラヤ)ツツドリに比べて小さいの意味だった可能性がある。ヒマラヤ地域にカッコウ類が2種 (+ 現地でよく知られていたセグロカッコウ) いてそのうち小さい方の名称だったと想像できる。
Latham (1790) 当時はカッコウ類が現在よりも広義に扱われており当時の学名で Cuculus pyrrhocephalus 当時の英名で Red-headed Cuckow (同文献 p. 222) があり、あまり一貫性はないがあるいは対比的に色彩の特徴をもとに名付けたものと想像できる。この種は現在はアカガオバンケンモドキ Phaenicophaeus pyrrhocephalus Red-faced Malkoha。
これに比べれば灰色とも言えるが、あまりよい学名ではなかったようで英名もあまり使われた形跡がない。
Hartert (1910-1922) p. 951 は Cuculus intermedius Vahl, 1789 (参考 1, 2 基産地インドの Tranquebar)
が疑いなくこの種に同定できるとしていた。このことは Bianford が 1893 年に発表したが2年後には ? を付けていたとのこと。
Hartert はこの記載に先取権を認めた学名としていた。しかしこの文献の発見年代が遅く、Cuculus poliocephalus Latham, 1790 がすでに使われていたことや Vahl の記載の有効性などもおそらく議論になって現在の学名に至ったものと想像できる。
もし Cuculus intermedius の学名が採用されていれば英名は Intermediate Cuckoo になっていたのかも (?)。
Hartert (1910-1922) には音声の記述もあり、他のカッコウ属とは違って6またはそれ以上の分離された音からなり "音楽的でない" と記述していた (ヨーロッパでカッコウのみ聞き慣れているとそのように聞こえるのだろう。日本人は好んでいたようだが音楽的と聞いていたのだろうか)。
夜でさえ鳴くとある (ヨーロッパからインドに渡った人たちからあまり好感を持たれていなかったらしい。おそらく耳障りな声で、故郷に戻って馴染みのカッコウの声を聞きたかったのではないだろうか)。中国語では tien-teng-tschao-tschae-ketsao と聞きなし、"ランプを点けて (体の) ノミを探せ" の意味とのこと。マレー語では音声から Kaonkaonkafotrae と呼ぶとのこと。
東洋のカッコウ類の記述には音声も結構現れるので過去の博物学者が音声に注目しなかったわけではなさそう。音声を学名にするのは難しいので形態的記述を優先したものと想像できる。フクロウ類とは違って現地名があまり付けられていないのは興味深い。現地の人はフクロウ類の方をよく見分けて名前も付けていたがカッコウ類は見かけで区別できなかった (例えば現地の人に標本を見せても名前がわからないなど) のかも知れない。
Golosa pits v prirode の 5-2 では Ee krik mestnye zhiteli peredayut slovami: vot-tut-to-ti-tyu-khe (地元の住民はホトトギスの声を次の言葉で表しています。意味は特にない) の聞きなしが紹介されている (聞き取りはネイティブ・スピーカーによるもの)。
[Cuculus (カッコウ) 属の系統分類]
現在の標準的な系統分類を紹介しておく。
カッコウ科 Cuculidae: Cuckoos
カッコウ亜科 Cuculinae: Cuckoos
カッコウ族 Cuculini: Old World Parasitic Cuckoos (Boyd)
カッコウ属 Cuculus
クロカッコウ Cuculus clamosus Black Cuckoo (アフリカ中南部)
チャムネカッコウ Cuculus solitarius Red-chested Cuckoo (アフリカ赤道以南で繁殖)
ホトトギス Cuculus poliocephalus Lesser Cuckoo
セレベスジュウイチ Cuculus crassirostris Sulawesi Cuckoo
セグロカッコウ Cuculus micropterus Indian Cuckoo (インドから東アジア)
マダガスカルホトトギス (a) Cuculus rochii Madagascar Cuckoo
アフリカカッコウ (a) Cuculus gularis African Cuckoo (アフリカ中南部)
ヒマラヤツツドリ (b) Cuculus saturatus Himalayan Cuckoo (パキスタンからミャンマー、中国)
ツツドリ (b) Cuculus optatus Oriental Cuckoo
スンダツツドリ (b) Cuculus lepidus Sunda Cuckoo
カッコウ Cuculus canorus Common Cuckoo
セグロカッコウまではそれぞれ分岐順。(a) マダガスカルホトトギス、アフリカカッコウ、(b) ヒマラヤツツドリ、ツツドリ、スンダツツドリ (これらは最近分割されたもの) はそれぞれで系統を作る。カッコウの位置は最後でなく、(b) の系統の前でもよい。
このように見るとカッコウ属の中でもホトトギスが古い系統にあたること、起源がアフリカであることがわかる。
[分類と亜種]
亜種 assamicus (インド、アッサム地方由来) も記載されているが通常は poliocephalus のシノニムとされる。
インド亜大陸の個体群は高所 (標高 1500-3200 m) で繁殖し、冬はインド亜大陸の低所や南部に広く移動するとある。
海南島の個体群は留鳥とのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) では他に亜種 lepidus (スンダ列島)、insulindae (ボルネオ) が含められているが、この扱いは Check-list of the Birds of the World (Peters 1940) に従っている。
その後この2亜種はツツドリとともに Cuculus saturatus の亜種として扱われていたが、現在はこれらはスンダツツドリ Cuculus lepidus Sunda Cuckoo と分離されている。
比較的最近までホトトギスの分布域 (越冬地?) に東南アジアを含めている書物 (複数の亜種に分かれ、などの形で紹介されていた) もあったが、この時代の分類の名残りかも知れない。
近縁の種類の一つにマダガスカルホトトギス Cuculus rochii Madagascar Cuckoo があり、同種とされたこともあるが、近年の系統樹ではホトトギスの方が古い分枝にあたり、それほど近いわけではない。
Hartert (1910-1922) p. 952 が Cuculus intermedius rochii と地理的に離れているにもかかわらず同種にまとめた。
同じく Cuculus intermedius insulindae Hartert, 1912 と自身が東南アジア島嶼域の亜種 (現在のスンダツツドリの亜種) を提唱するに当たって一緒にまとめた感じ。Hartert は東南アジア島嶼域の亜種は Standvogel (留鳥) と記述していて北方のホトトギスが越冬しているものではないことを示唆していた。[このように見ると "留鳥" はドイツ語からの訳ではないかと思えてきた。英語の resident は "住む" 意味が中心]。
ホトトギスがアフリカで越冬することを知って系統的に近い可能性に気づいていたならばさすがと言えそうだが、そのような記述までは見当たらず表面的類似性にとどまっていたよう。
Hartert がホトトギスの亜種とした insulindae は現在はスンダツツドリに分離されるが、ホトトギスやツツドリ同様に赤色型があるとのこと。托卵相手はムシクイ類が多いよう (wikipedia 英語版から)。
この地域で代表的な広義 (旧) Accipiter 属は カンムリオオタカ Lophospiza trivirgatus Crested Goshawk (名称ほどはオオタカに近くなく広義 Accipiter 属で最初に分岐した系統) とミナミツミ Tachyspiza virgata Besra が挙げられるだろうか。
模倣相手のタカ類は存在するようで、赤色型が宿主にとってまれな相手で宿主の判別から逃れる仮説 (#カッコウの備考 [カッコウ類雌雄の擬態の進化] 参照) と整合するように見える。スンダツツドリと比較するとセグロカッコウに赤色型が存在しないのは低緯度地域で繁殖するからではなく、宿主の特性や宿主のタカ類擬態への反応の違いが要因のように感じられる。
Becking (1988) The taxonomic status of the Madagascar cuckoo Cuculus (poliocephalus) rochii and its occurrence on the African mainland, including southern Africa がこれらを別種とした論文。
マダガスカルホトトギスはマダガスカルで繁殖するが非繁殖期はアフリカ大陸赤道部、インド洋の島にも渡るとのこと。アルダブラタイヨウチョウ Cinnyris sovimanga Souimanga Sunbird への托卵例が知られている。
音声はホトトギスと少し異なってあまり抑揚のない3-4音からなる。似ているといえば多少似ているが、この論文では音声の違いも別種の根拠としている。
マダガスカルホトトギスのタカ類擬態の相手候補についてはマダガスカルハイタカ以外にマダガスカルカッコウハヤブサも考えられる (#カッコウ備考の [カッコウのタカへの擬態] 参考)。
[渡りと越冬地]
インド亜大陸の低所や南部以外の他の既知の越冬地はサハラ以南の東から南アフリカ。アフリカ越冬地では通常はあまり出会う鳥ではないが、ケニア、タンザニアの沿岸の林で南半球の夏遅くから秋の早い時期にまとまった数が観察されているとのこと。
先述の Becking (1988) ではホトトギスの渡りと越冬地も考察されており、日本を含む東の個体群はアンダマン諸島を通ってスリランカ、西の個体群は南インドに渡ると考えている。南インドではかなりの数が冬に見られる。
スリランカではアフリカや周辺の島に渡る前に特に多いとのこと。スリランカの標本は9月から2月初め、4月から5月に採集されているとのこと。
アフリカは海岸部のケニア、タンザニアまたはその北部にまず渡り、11 月から4月に記録されるとのこと。アフリカ中央部でも多くの記録があるとのこと。越冬地では鳴かなく潜行性なので気づきにくいが実際には多くの数がいると考えられる。
一部のホトトギスは経由地としてセーシェル (秋、春の渡りとも) を用いているとのこと。
南アフリカでの赤色型 (hepatic/rufous morph) の報告例もある
[Davies and Dvir (2020) Cuculus poliocephalus in South Africa, and the field identification of this morph in the Afrotropics]。
日本など東アジア個体群がどこで越冬しているかはよく調べられていないが Becking (1988) の考察のようにカッコウ同様にインド洋を越えているのかも知れない。多くの国のカッコウのアフリカへの渡りについては#カッコウの備考参照。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol. 1-2) によれば越冬域はアフリカ南東部が示され、(南アジア?) が付記されている。
ホトトギス、カッコウともにアフリカが起源らしいこと、両者とも広義ハイタカ Accipiter 属に擬態しているらしいことからホトトギスの進化を考えてみると、アフリカからマダガスカルに渡るようになったものがマダガスカルホトトギス (マダガスカルで進化したものでも構わない)、さらに遠くまで分布を広げたものがホトトギスと考えることができるだろう (なお現代の系統樹はホトトギスの方が先に進化したことを示唆する)。
アカトビとトビの関係 (#トビの備考 [トビとアカトビの交雑個体の渡り]) のようにより長距離を移動する遺伝子型が生まれた状況を考えてもよさそうに思える。
この状況はカッコウに非常によく似ている。カッコウの場合はハイタカが東に分布を広げるのを利用してユーラシア東端まで到着、しかしどちらかと言えば北方系 (#カッコウの備考 [カッコウのタカへの擬態] 参照。ツツドリは北方にも分布だがアフリカとは縁が切れている)。
ホトトギスは主に南方系のツミ属またはアカハラダカ属 Tachyspiza の分布拡大を利用したように見える。ホトトギスのインド亜大陸の個体群がもしインド南部で越冬するならばカッコウの亜種 subtelephonus (渡りについてよくわかっていない), bakeri に対応しており、長い渡りを省略するようになったものか。
マダガスカルには狭義ハイタカ属のマダガスカルハイタカ Accipiter madagascariensi が生息する。
Tachyspiza 属の北限がツミで、ホトトギスが世界的にもあまり北に分布を広げなかった要因にもなっているかも知れない。
広義ハイタカ Accipiter 属中、Tachyspiza 属の方が狭義ハイタカ Accipiter 属より少し早く分岐した系統で、ホトトギスの方がカッコウより古い系統であることにも対応しているかも知れない。
ホトトギスの社会構造の研究があり、同一地域に遺伝的に近縁でない複数のオス・メスが存在し、乱婚状態らしい。この形態は高等脊椎動物では珍しいとのこと:
Yun et al. (2019) Home range overlap and its genetic correlates in an avian brood parasite, the lesser cuckoo Cuculus poliocephalus。
電波トラッキングも行われているのでそのうち渡り経路も解明されるか?
韓国済州島で環境嗜好性を調べた論文: Yun et al. (2020) Habitat selection in the lesser cuckoo, an avian brood parasite breeding on Jeju Island, Korea。
中国東部でカッコウ類が鳴く時間帯を調べた論文: Mei et al. (2022) Diurnal and Seasonal Patterns of Calling Activity of Seven Cuculidae Species in a Forest of Eastern China。
ホトトギスは夜にも鳴く印象が強いが、計測してみると夜明け前数時間に集中的に鳴く。夜も鳴くが昼間はそれほど鳴かない。カッコウは圧倒的に昼に鳴きやはり夜明け前に急ピークを迎えるが夜間もわずかに鳴く。
ヒマラヤツツドリが最も昼間に限定されている。夕方に再度ピークがある (これらの点はツツドリも同様か?)。セグロカッコウはやや不規則とのこと。
夜に鳴く役割には渡り途中のメスを引きつける効果、夜間は音声面で他の鳥と競合しにくい、夜間の方が音声が遠くまで届く、捕食者が少ないなどの理由が提案されているとのこと。
季節変化も調べられており我々の印象にも近い。ホトトギスの飛来が一番遅い点は我々と同じよう。論文には特に述べられていないがカッコウ同様遠くから渡ってくるためだろうか。
中国のカッコウ類 (11 種! 日本では複数のカッコウ類が生息するので1種しかいないヨーロッパに比べて生態的関係を調べるのに好適、とも述べられたが中国の方がその点ではもっと好適だった) の宿主を調べた論文: Yang et al. (2012) Diversity of parasitic cuckoos and their hosts in China
ホトトギスはこちらでも Horornis fortipes Brownish-flanked Bush-Warbler とウグイス類が好みのよう。他種の好みも面白いのでご覧いただくとよい論文。
海外のホトトギスの記録を調べてみると不思議なことがいくつかあった。
Lesser Cuckoo (Scott Lin 2012.4.30) 日本の声とまったく似ていない。
ブータンで 4/23、インドで 4/27 の音声記録があるがツツドリのように早い季節からさえずっているわけではなさそう。5月には繁殖地で普通にさえずっている。
3月の (姿の) 記録は世界的にも非常に少ない。
越冬地の姿はスリランカ、インド以外にもモザンビークのものがあった。
[ホトトギスの「忍音」]
志村 (1995b) Birder 9(8): 70-72 にホトトギスの「忍音」考の記事がある ("しのびね" と読む)。
唱歌「夏は来ぬ」で有名だが、「枕草子」にもこの用例 (しのびたる郭公 = ホトトギス) があるとのこと。国語辞典類ではホトトギスの初音で、卯月 = 4月に鳴く声と見なしている。現代の知識から考えるとこれは合わないので、志村氏が過去の考察とともに解釈を紹介されている。
西村亭「王朝びとの四季」によれば、王朝びとは4月の間はホトトギスは鳴くにしても忍んで鳴くものだと決めていた、古代の日本人はホトトギスが渡り鳥であることを知らず4月はまだ山にいて5月になると里に下りてくる、古今和歌集の歌でも5月になると里に下りてくる考えが検証できるとのことだが、すべての歌で西村説が検証されるわけではないとのこと。
大伴家持はホトトギスは立夏の日に鳴き始めると考えており、旧暦の4月 = 卯月の初めごろと考えたとのこと。万葉集と古今和歌集で鳴き始めの時期が異なるのはホトトギスに寄せるイメージが異なっていたと志村氏は結論している。
さらに万葉集にも陰暦の5月に鳴くとする歌があり、いずれも大伴家持によるものとのこと。立夏の日に鳴き始めると考えていたものの現実のホトトギスはもっと後にならないと本格的に鳴かないと説明されている。
青木正児 (まさる) の「子規と郭公」(ホトトギスとカッコウと読むとのこと) ではホトトギスが立夏に鳴き始める根拠は中国にあるとのこと。王逸が註した説で「常に春分を以て鳴く」とのことで春分はもちろん現在と同じ時期。立夏よりも1か月半も早い。青木氏はこの根拠をもとに万葉集でホトトギスとされるものはカッコウであるとの仮説を提唱したが、志村氏はさすがに受け入れられないとしている。
大伴家持が立夏の日に鳴き始めると考えたのは中国の影響をもとに理念として考えたが実際に聞いたのは5月だったのだろうと推論している。も枕草子では最初は「遠くで空音かと思えるように鳴いた声」を表していたものが、「忍音」の用語ができて4月の山ホトトギスの考えとともにイメージが固定化されたものだろうと考察している。
王朝びとの間でポピュラーとなったのは中国文化の影響 (および時期的誤解) も大きかったのだろうと想像できるが、それでは「常に春分を以て鳴く」とされたものはいったい何だったのだろうか。現在ならば中国でホトトギスやカッコウがいつ鳴くかを調べることができるが、前述のようにホトトギスはまったく該当しそうにない。
Macaulay Library を用いてカッコウで調べると3月の音声記録はまったくないが、中国では4月は早い段階から記録がある。やはり西 (アフリカ?) からやってくるだけのことはあって中国には早く渡来するらしい。カッコウは候補となりそうだが春分はちょっと早すぎる気もする。ツツドリ (やヒマラヤツツドリ) は日本の渡来時期とあまり違わない。セグロカッコウも少し早い程度でさすがに3月には鳴かないよう。
中国ではカッコウは4月初めにはすでに鳴いていて書物にも現れるが、中国で指している種類との違いはあまり気にされておらず (文字の上で考察していたらしい点はブッポウソウやそしておそらくコウライウグイスの例を見ても想像できる) 日本ではカッコウでもホトトギスでも1月ぐらい遅れることが現れていたのかも知れない。
参考までに志村 (1995a) Birder 9(7): 62-64 の方を見ておくとホトトギスは古事記や日本書紀には登場しないとのこと。万葉集にホトトギスの出現頻度が非常に高いのは、この 17-20 巻が大伴家持の歌を年代順に収めたものであることも要因とのこと (大伴家持は一人で 65 首も詠じているとの情報がある)。大伴家持はホトトギスが立夏の日に必ず鳴くことと決まっていると注記を残しているとのこと。
また万葉集に名告げ (なのり) 鳴くなるほととぎすの歌があり、和名の由来を表しているとのこと [大橋 (2025) Birder 39(5): 70-71 の語源説に対応する]。
当時「時すぎにけり」の聞きなしがあったとのこと。トット (ツツドリ) に籾蒔き、カッコ (カッコウ) に栗蒔き、ホトトギスに田植えよ との秋田県の諺があり、万葉集にも「...ほととぎす鳴く声きけば時すぎにけり」があり、早く農作業をしないと時が過ぎてしまうとの警告とのこと。
自然現象を暦として農作業の目安として用いていたものだが、平安時代になるとホトトギスを農作業の監督者とみなし、農民を監督する連想を生み出したと説明されている。
中西 (1989)「古代人と鳥」漢字百話 鳥の部 鳥・とり事典 pp. 106-108 (大修館書店) には中国でもホトトギスを意味する霍公鳥 (コトバンクによれば霍公と郭公と中国で同音なのでやや小型で姿の似ているホトトギスに流用されたと説明がある) が死者の霊を運ぶと考えられた。日本にも輸出されて死出の山から来る田長 (たおさ) と称されたとのこと。死出田長 (しでのたおさ) の別名がある。
ホトトギスの声を死者の声とする考えは額田王 (ぬかたのおおきみ、ぬかたのきみ) 関係の歌や東歌にもみられるとのこと。志村 (1995a) によれば「しでのたおさ」の異名は平安時代に使われたとのこと。
志村氏は「しでの」を「四手」と読み替え「四手の田長」(農作業の監督者) を意味したと解釈していた。
大橋 (2025) にある対趾足を四手と呼ぶ説はこの時代の解説には見つけられなかった。
農作業を急がせる用例では「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) によれば「いくばくの田をつくればかほととぎすしでのたおさをあさなあさなよぶ」(藤原敏行 905) の歌が紹介されている。
ホトトギスなどの声を農作業に関連させる考え方もあるいは中国伝来のものかも知れない。国松・長島 (2007) Birder 21(9): 72-74 によれば中国では蜀 (しょく) の4代目皇帝 (この記事による) にちなんで杜宇 (とう)、望帝 (ぼうてい。杜宇の号)、蜀魂 (しょうこん) と書くとのこと。
望帝は人々に作物の育て方などを教え、望帝はなくなった時さかんにホトトギスが鳴き、望帝の霊魂がホトトギスなってに飛んでいったのだと考えられた。ホトトギスが鳴くたびに望帝がやってきて種を蒔いたり田植えをはじめる時期を教えると考えられたなど説明されている。
wikipedia 日本語版によれば常きょによって編纂された華陽国志・揚雄に仮託した晋代の偽作とされる蜀王本紀に現れるとのことで、毎年2月、ホトトギスが鳴くとき、蜀の人は皆これは杜宇の魂が鳴いているのだというようになったと記述されている (これまた季節が合わない)。
wikipedia 中国語版では毎年農暦3月とありホトトギス/カッコウ (類を表す表記 杜鵑となっている) となって種を蒔いたりする季節を教えるとの記述になっている。この出典である太平寰宇記 (たいへいかんうき wikipedia 日本語版によれば北宋の楽史によって 10 世紀後半に編纂された地理書) はトケンのケンの文字 (鵑) となっており、ホトトギスと解釈されたのは後の時代で、ホトトギス/カッコウ をまとめて呼んでいたのかも知れない。
同記事ではまた中国ではホトトギスの鳴き声を聞くと別離の前兆とされるとのこと。鳴き声を真似すると血を吐くといわれ、これらの俗信が古代日本にも伝わり、平安時代には厠の中でホトトギスの声を聞くと災いや不幸から逃れるために厠の中で衣装を取り替えたとのこと。太平洋戦争前までこれら俗信は日本人に広く信じられていたとのこと。
「鳴いて血を吐くホトトギス」の由来も中国古典に遡るのかもと調べてみると中国語でも民間俗説として紹介されていた 杜鵑啼血。口の中が赤いからの解釈は同じ。中国語では du juan ti xue と読まれ "蜀志" に現れるとのこと。
英文解説があれば中国語の原典を見るより手っ取り早い可能性があり、The 'Chronicles of the Kings of Shu' (Brinckmann 2025 の翻訳プロジェクトがあるらしい)。
Dujuan, a type of cuckoo, but in the context of the history of Shu an embodiment of ... Duyu; it is 'a kind of bird that the people of Sichuan regard as a sacred symbol of the beginning of the agricultural cycle' (四川地方の人たちにとって農耕の始まりの聖なる象徴とされる鳥) などの解説を見ることができる。
関連する詩も英訳も出ているので両者を見るとより詳細に理解できるだろう。興味ある方はどうぞ。
四川地方はかなり南なので渡来時期が違うのではと Macaulay Library をチェックするとカッコウもホトトギスも圧倒的に5月の鳥で日本より格段に早いわけではなかったが、xeno-canto を見るとカッコウは 4/14 (雲南) のさえずり記録があり、少数は早い時期にやってくるのかも知れない。これならば農暦3月と整合する。ホトトギスではプレイバックへの反応が 5/5 に記録された例があったものが最も早かった。
大橋氏の記事 (2025) にある橘 (たちばな) とホトトギスの関係はよく調べていないが、中国語では 杜鵑花科 Ericaceae 越橘属 Vaccinium などの分類があるので関係があるかも (杜鵑花と呼ばれるのは杜鵑啼血と同様に色彩由来)。
杜鵑、花鳥同名 によれば李白 (701-762) が「宣城見杜鵑花」
(755 年。全文) に記しているとのこと。
この記事に現れる「鳩占鵲巣」は #アカアシチョウゲンボウの備考 [アカアシチョウゲンボウの営巣習性] を参照。
さて「ホトトギス人気」については過去にも考察があり、細川 (2017) Birder 31(9): 68-69 によればホトトギスを詠んだ歌の一部はカッコウらしいとのこと。
中西悟堂「定本・野鳥記 5」の「万葉集中難解の鳥」の考察があり、p. 69 では万葉集時代ではツツドリとカッコウの区別がついておらず、ツツドリはカッコウのメスとの解釈が著名な国語辞典 (大言海 1932-1937) でも長年通用していた。万葉の呼子鳥はツツドリとカッコウのカクテルであって、古今伝授 (二条家の秘伝) の言うツツドリが一応正しく、そして鳩だ山彦だなどと持って回っているのは、口伝というものは手の込んだ独占主義の迷彩なのである (1940 年初出) と切り捨てている。
このように書かれると少しすっきりする気がするが、学名やその由来を一通り眺めていると「手の込んだ独占主義の迷彩」は学名や通称名の命名にも通ずるものがあるような気がする。そのようなつもりで学名や原記載の解説も見ていただけると一層面白い。中西悟堂の当時の人気はこのようにはっきり物を言うところにもあったのだろう。
桐原 (2005) 19(1): 14-15 も清少納言自身は「枕草子」に登場するこれらの鳥を実際にすべて見聞したのではなく、歌の題材としてよく用いられる鳥に甘い傾向がうかがえる。ウグイス批判の部分だけは自分の考えを書いているが、その他は世間の評判に従っているにすぎない結果のように思われる - と記していた (Birder も 20 年前には骨のある記事も多かった!) この記事は「読者が選ぶ好きな鳥 Best 10」特集で依頼されて書かれたもの。この時代から Birder は分類群も限定して人気投票をよく行っていた。
桐原氏の文章は多岐にわたる内容を含み、ここでは清少納言がホトトギスを取り上げた部分に関連して紹介するが、Birder の行う人気投票と同じようなものとの文脈で現れる。桐原氏が伝えられたい全体像は原文をお読みいただきたい。
おそらくその通りだろうと自分も感じている。一世を風靡した (?)「呼子鳥」などの名称が使われたのに何者かすらわからなくなったことや、見たこともないタンチョウの尾を黒く彩色した飛翔画が受け継がれてきた伝統を見てもわかる。みな本質を知らなくても世間の話題に合わせてコピーし続けてきた結果だろう。
どこかで流行が途絶えるともとは何者だったのかすらわからなくなる。
これは現在も同様の傾向があり、話題になる鳥だけが記録され、メディアや、今ならばソーシャルメディアを通じて増幅されているだけだろう。
ホトトギスが愛されていたように見えるのは現代のシマエナガブームと大差なく、大伴家持がホトトギスをあまりに使いすぎて「ほととぎす...」と詠み始めても新しい題材がなく、ブームとしては陳腐化したのでは。
さらに生態・進化学的考察を行っておくと、世間の話題に合わせてコピーする行為は生物の複製と基本的に同じである。突然変異が入って情報が少しずつ変質してゆく。たまに大きな間違いが生じて尾の黒いタンチョウのような "大進化" が生じることもあるが、小さな突然変異の蓄積は言葉では伝言ゲームのようなものである。
多少は選択圧もあってあまり気に入られない表現は流行しなかったり、冗長なものは遺伝子を失うように失わることもあるだろう (別項で示すように 1970 年代の解説を読む機会が生じ、現代忘れ去られた情報がいかに多いか痛感する)。流行を完全にコピーしようとすると上記のようになり、複数の複製を認めれば遺伝子重複のようなものとなるだろう。
ここから集団遺伝学の考えが活躍する。集団が小さいほど突然変異に対する浮動 (まったく選択を受けなければ中立説に対応する) の影響が大きく、もとあった情報が完全に変質することも起こりやすい。
また、もとになる情報が少ないほどいわゆる創始個体群が小さいことによる創始者効果が生まれやすい。
言語的にも地理的にも隔離度の大きい地域で、ある種の情報がブームを起こしたり、まったく忘れ去られたり、あるいは誤った情報が広まりやすい理由が理論的にも説明できるわけだ。同じ情報プラットフォームが用いられた均質な環境では balancing selection のように多形を維持する効果も弱まるわけだ (#ミサゴ備考の [オウム類・ハヤブサ類の年代推定]) 参照。あとは皆さんの想像力にお任せしよう。
個人の趣味なので何が好みでも構わないわけだが、話題にならない鳥の増減情報や初認記録の変化などは事実上わからない。季節に応じて訪れる探鳥地も決まっていて他の地域の情報はほとんど記録されない。
これらの点は自然史を大切にする欧米の市民科学事情とかなり違う。欧米と同じような統計的手法で信頼性を評価すると日本ではかなり違う結果になるのではないだろうか。
この話題は#コサメビタキ備考の [コサメビタキの初認時期] にも関係する。野鳥だより・筑豊 2025 年 3 月号 の初認日を予報する\夏鳥/有働孝士 に各種の初認時期の統計が示されているが、初認時期の標準偏差は各種の渡りの性質の違いよりも知名度・人気度指標なのではないだろうか。有働氏も注目度や声の識別の容易さにも注目されているが、例えば背景を知らない研究者が生態学的パラメータや系統との相関をとって何かを結論すると、たとえ相関が統計的に有意であってもおそらく間違った結果を導くのではないだろうか。
また初認時期の長期的変化は注意して調べないと知名度・人気度の変化を反映したものに過ぎなかったなどもあり得るかも。
話題に左右されず見ている人の視点は多分全然違うが、なかなか表に現れないので主流にはならないだろう。話題に合わせて皆が同じ場所を訪れるのもカメラマン問題の背景にあるのだろう。海外ではカメラマン問題がそこまで深刻にならないのはなぜだろうと軽く問題提起にとどめておく。
ちょうど日本の鳥の過去 40 年の数の変化を統計解析した論文が出された: Yamaura et al. (2025) Range size and abundance dynamics of Japanese breeding birds over 40 years suggest a potential crisis in warm areas
最も新しい breeding bird survey (全国鳥類繁殖分布調査) には自分も参加したので全然無関係というわけではないがこの論文には関係していない。海外の研究などを評価するのと同様に結果を批判的に見ると、少なくとも自分には論文表題や Abstract にあるように気候要因と関連付けるのは無理があるのではないかと思う。
Supplementary Material 1 に個々の種のデータありどのように変化したのか比べてみていただきたい (並び順は系統順ではないのか.. ??) が、個々の種の必要とする条件を個別に考慮しないで全体を一括して扱うのはさすがに無理な気がする。
全国鳥類繁殖分布調査の結果に分布拡大や生息数増加が正直に現れている種もいくつもある。納得できるものも多いが、簡単なところでタカ類ではオジロワシ、ノスリ、ミサゴ以外は軒並み数を減らしていることになっているが本当かと思ってしまう。
オジロワシ、ミサゴは世界的にも増加が顕著で日本で増えているのは当然のように見える。しかし海外の繁殖分布ではハチクマはどこでも数を増やしており分布域も広がっている。日本でハチクマの数が減っているならば特殊事例で、原因を探り保護の手を差し伸べるべきではないだろうか。
説明変数と相関を調べれば、例えば長距離の渡りを行う猛禽類に減少傾向があるなどの結果になるかも知れない (ほんとうか?)。
逆に日本だけで数が減っているように見えるのは実態を反映しておらず、検出効率が下がっているなど系統誤差要因に由来するのであれば、他の調査対象種にとっても信頼性の限界を示すことにならないだろうか。目立って数が増えたもののみが増えたと判定されているものの、検出率は全体的に落ちているのではないだろうか。
猛禽類は Abstract にも触れられているので特別なケースで本旨とは関連が薄いと考えられているわけではないだろう。なお Abstract のこの部分の Nevertheless, the abundance of open-land species did decline, despite range-size recovery; similar inconsistencies were detected for waterbirds and raptors. の inconsistencies が何を指すのか一見してわからなかったので猛禽類について何を述べたいか一層わかりにくかった。
分布域が回復すれば数が増えるべきである予測が書かれていないためだろう。論理を明示しない場合は discrepancy の方がよく合うように思う。
細かに見てみるとアオバトは増加でこれは昔も今も音声のわかりやすい種類で検出率が変化する理由はないだろう。自身の印象と同じく本当に増加しているのだろう。キバシリは高音音声なので検出率が落ちても不思議でない感じがするが顕著に増えている。これは自身の観察結果でもまったくその通りである。
同じような音声特性を持つヤブサメはほぼ変化なしなので、音声周波数の特性に起因する検出率の低下は目立った形では起きていないと言えるかも知れない。あるいは検出率は低下しているがそれを補う以上に増えていることを示唆しているのかも。
繁殖分布の平均気温が下がった特殊な事例3種が取り上げられており、コノハズク、サンコウチョウ、アカショウビンとなっている。論文ではこれらは温暖化に伴う森林の成熟に伴って分布を広げた (These forest species likely expanded into mature forests under warming temperatures) とあるが、
この中でコノハズクのみ数を減らしており全国鳥類繁殖分布調査の報告書の分布を見ると四国や紀伊半島の分布減少が目立つ。
分布を広げたというより一部地域にほとんど分布しなくなったための効果のように見える。夜の鳥なのでアンケート調査への依存度が高く確度は明らかでない点は報告書にも触れられている。
1970 年代、1990 年代にはこの地域の熱心な観察者の存在のため夜の記録もあったものか、本当に減少したものか判断が難しい印象を受ける。コノハズクの減少要因は他にも考えられるので (#コノハズク備考 [ヨーロッパコノハズクの減少] 参照)、もう少し精緻な議論が必要と思う。コノハズクを挙げるならば少なくともヨーロッパコノハズクは比較検討材料に取り上げるべきだろう。
アカショウビンの確認メッシュは増えているが、北海道ではむしろ減らしていて東北地方の増加が目立つ。九州南部や四国では引き続き多く記録され、むしろ増えているようなので気温変化との因果関係は必ずしも均一でないらしい。
サンコウチョウは全国的に増えているが分布域の北上はあまり明確でなく、増加傾向は中国地方や東海地方でも同様なので東北地方で特別に増えたというよりも、低地から少し標高の高い地域にも分布を広げた結果が見えているのかも知れない (この部分は論文の議論と矛盾するわけではない)。
サンコウチョウは一時的に数を減らしたと考えれば、本来の生息分布への回復過程を見ていると考えることができるようにも思える。
3種の分布変化の背景が異なるようなのでこの3種をとりまとめて扱うのは若干無理がある感じがする。またこの3種は気候変動に伴う環境変化に追随しているが、残りの種は追随していない1つの可能性を導くのはこれまた少し無理がある感じがする。論文では別の可能性として、これらの種は温度適応範囲が広いために気候変動に伴って移動しない可能性も同時に挙げられている。
Supplementary Material 1 には正直な傾向が出ている種が多いので、全国鳥類繁殖分布調査の報告書とともに、こちらをじっくり見る方が論文を形式的に追うよりも役立つのではないかと思う。まるで査読者のような紹介の仕方となっているが、査読者コメントは公開されていないようなので、このような読み方もあると見ていただければと思う。論文の論旨を正直に追うだけでなくこのような読み方をする方が科学にとっても有益だろうし、読み手にとっても面白いだろう。
さらに気づいたのだが、タカ類では開けたところで飛びながら食物を探す種類が増えた結果になっているのではないだろうか (トビは減少しているがもともと人為起源の食物が多すぎたと言えるだろう)。ノスリが増えているのは本当かどうかよくわからないが開けたところで食物を探して必要以上に目立つ種類である。
それ以外のタカ類が軒並み数を減らしているのは、調査コースの樹木が高くなって見通しが悪くなり、見通しが良かった以前ならば見つけられた森林性タカ類を見つけるのが難しくなったのではないだろうか。隠れ場所も増えて森林性タカ類は逆に増えているのではないだろうか。
つまり目立つ特性のある種類をこれまでより一層過剰評価する形になっているのではないだろうか。
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セグロカッコウ
- 学名:Cuculus micropterus (ククールス ミクロプテルス) 小さい翼のカッコウ
- 属名:cuculus (m) カッコウ
- 種小名:micropterus (合) 小さい翼の (mikro- (接頭辞) 小さい pteros 羽 翼 Gk)
- 英名:Short-winged Cuckoo, IOC: Indian Cuckoo
- 備考:
cuculus は#カッコウ参照。
micropterus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。pterus はラテン語でも pte-rus と区切るようで -cro- がアクセント音節と考えられる (ミクロプテルス)。
原記載 (Gould 1838)。大したことは書かれていないので翼長の測定値がカッコウよりも小さい意味か。
Dement'ev and Gladkov (1951) では初列風切が翼の半分より少し短いとあり翼が少し小さいと言えるよう。基産地のヒマラヤでは留鳥なので相対的に翼が短いのだろう。
旧英名にある Short-winged はこの種小名由来と考えられるがおそらくそれほど的確な名前でなく (カッコウ類他種でも翼の短いものがある)、場所を示す名称に変更されたのだろう。以下の Hoffmann (1950) でも地名を用いたドイツ名が使われていた。
インドのカッコウを指して Cuculus canorus (indicus) Blyth, 1846 の用例があった (#カッコウの備考参照)。Gould (1838) の記載の方が早いが、あるいはこのような学名または類似名が文献には現れなくてもすでに使われていたため Gould が indicus を使用するのを避けたのかのかも知れない。
2亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 micropterus とされる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" のリストに和名空欄で Japan とのみ記して載せられていた。どこで記録されたものかなどは不明。
Hartert (1910-1922) p. 952 では Unterscheidet sich von allen bisher beschriebenen Kuckucken durch die dunkel graubraune... とあって他の既述のカッコウ類に比べて暗褐色が目立つとのこと。和名の由来に関係しているかも知れない。
そこまで暗褐色と言えるのかはおそらく疑問を持たれる通りだろうが、Hartert はヨーロッパのカッコウを見慣れているのでそれに比べれば暗色に見えたのだろう。嘴はカッコウより大きいが翼は短い (これは学名の通り) とある。この種には色彩型はないと記述していた。
Die Angaben vom Vorkommen in Sibirien scheinen auf Irrtum zu beruhen, ebenso das angeblich in Jesso erbeutete Exemplar との記述があり、シベリアでの記録はおそらく間違いで、北海道で採集されたとされる標本もおそらく同様だろうと述べている (現在の知見ではロシア極東域にも分布する)。
日本で記録されたことがある・ないの問題はこの標本の判断によっていたのかも知れない。北海道で採集されたとされるセグロカッコウの標本の報告がおそらく存在したのだろう。
1977 年の録音により日本の鳥として認められたエピソードはよく紹介されている (「野鳥大鑑」鳴き声 420 p. 183 など) が、それ以前の日本の鳥のリストに載っていたことがあった模様。
カッコウが名前に付くので草原のような環境を想像しやすいが森林性の種類。国内記録例が増えている: セグロカッコウの情報をお寄せください (2018)、セグロカッコウの分布 北上中? (2021) (いずれもバードリサーチニュースより)。
先崎 (2013) 北海道におけるセグロカッコウ Cuculus micropterus の初記録。
中国名は四声杜鵑 (トケン)。
マレー語で Vishu-ppakshi で「祭りの鳥」の意味とのこと。新年の祭りの時期に声が聞かれるのでこの名で呼ばれるとのこと (出典 'Snake Bird' and 'Mountain Echo': What Traditional Names Teach Us About Birds Becca Cudmore 2016)。
Hoffmann (1950) Der Indische Kuckuck (Cuculus micropterus) Gould
の記述もあるので紹介しておく。中国各地の聞きなしなども紹介されている。
Hartert (1910-1922) にも音声が述べられていて、音楽的だが疲れるほど繰り返すとのこと。Bukotako や Kuphulpakka と表現していた。なかなか理解しやすい音訳になっている。
Horsefield and Moore (1856-1858) A catalogue of the birds in the Museum of the Honorable East India Company では Cuculus striatus Drapiez の学名を用いていたがこの学名は Hartert (1910-1922) には現れない。
英語別名が豊富に示されており、Great-billed Cuckoo (Blyth) や現地名など。
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ツツドリ
- 学名:Cuculus optatus (ククールス オプタートゥス) 待望のカッコウ
- 属名:cuculus (m) カッコウ
- 種小名:optatus (adj) 望まれた、選ばれた
- 英名:Oriental Cuckoo
- 備考:
cuculus は#カッコウ参照。
optatus は a が長母音でアクセントもある (オプタートゥス)。所有の -atus とは関係なく opto (オプトー。選ぶ) の過去分詞。
原意は "選ばれた" でもよいが由来からは "待望の" が最適だろう。
旧種小名 saturatus は -atus の a が長母音でこれも saturo (サトゥロー。満足させるなど) の過去分詞で "サトゥラータ"。
長らくヒマラヤツツドリ (現名称) Cuculus saturatus (現在の英名 Himalayan Cuckoo) の亜種と考えられており、現在でもこの学名や対応する現地名を使っている出版物も多い (日本、海外とも)。
Cuculus saturatus の記載時学名は Cuculus saturatus Blyth, 1843 (原記載) 基産地 Nepal.
これらが別種とされていなかった時代には3種類 [ツツドリ、ヒマラヤツツドリ、スンダツツドリ Cuculus lepidus (英名 Sunda Cuckoo)] は Cuculus saturatus の亜種として扱われていた。
しかしこれらを指す英名が Oriental Cuckoo とされていたため、狭義の Cuculus saturatus が Oriental Cuckoo と呼ばれることも多く、しばしば誤解の原因となっている。分離されてこれらはすべて単形種となった。
Oriental Cuckoo のタイプ標本はヒマラヤ産なので、Cuculus saturatus を "Oriental Cuckoo" と呼ぶことは論理的にはふさわしい (wikipedia 英語版より)。日本語で扱っている範囲では誤解の心配はないが、英語で記述する際は新旧いずれの分類に基づいているかを明確にするために種小名 (optatus) を添えておくとよい。
なお Cuculus orientalis Linnaeus, 1766 の学名は早くから用いられ、インドのカッコウ Cuculus indicus niger Briss. と同定されているよう (資料)。基産地はインド東側とのこと。
これはオーストラリアオニカッコウ Eudynamys orientalis Pacific Koel の学名に引き継がれている。英名 Oriental Cuckoo の直接の由来とはなっていないと考えられる。
Hartert (1910-1922) p. 949 では Cuculus optatus の学名を採用していたが、Cuculus saturatus Blyth, 1843 の記述に問題があるため初記載としていなかったためだった。
Blyth 自身 (原記載参照) の記述では "micropterus" (現在のセグロカッコウに対応) の暗色型を Hodgson が "saturatus" と呼び、この2種が区別されていなかった可能性があるためとのこと。一方で Gould の Cuculus optatus の方は同定誤りの心配はないので安心して使える学名とのこと。
この件を見るとセグロカッコウの "セグロ" はもしかするとツツドリの旧学名の saturatus (暗色の) を指していたのかも。この件からもセグロカッコウが特別に暗色でないことも理解できる。カッコウに比べれば "セグロ" とも言えるがヒマラヤツツドリの方がより暗色なのだった。
ツツドリの記載の多くは当時ヨーロッパ人の到達しやすかった熱帯やオーストラリア地域のものだが、極東周辺地域の記載もその後あった。Cuculus bubu Dybowski & Parrex, 1868 (参考) 基産地 Dauria ただし無効学名。bubu は音声由来と考えられるとのこと。ブリヤート語では chuchu、スマトラ・ジャワの言語で bubut とのこと (The Key to Scientific Names)。
Cuculus peninsulae Stejneger, 1885 (参考) 基産地 コマンドルスキー諸島。peninsulae はカムチャツカ半島を指す。
Hartert (1910-1922) の脚注によれば Swinhoe (1863) はこれらのカッコウ類の分類は絶望的であるとさえ述べていた。あまりにも似ているため混乱もあり、他の類似種との識別点が明瞭に記述されていない記載があまりに多く誰を発見者とみなすか困難である、など。どの記載を有効なものとみなして先取権の対象とするか、セグロセキレイとハクセキレイの関係以上に複雑だったよう。
saturatus と optatus が生物学的にも根拠を持って別種に分離されて世界的にはむしろほっとした人も多かったかも。
面白いことに "Fauna Japonica" にはカッコウ類がまったくと言ってよいほど登場しない。唯一カッコウが種リスト一覧に登場するのみ。確かに標本を得るのが難しそうなことは理解できるが、おかげで日本に関連する学名がカッコウ類にまったく現れないことになった。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではポンポンドリ、ツツドリの他にオオムシクイの和名が載せられていた。
「大江戸飼い鳥草紙」(細川博昭 吉川弘文館 2006) に古い和名の対応表 (pp. 164-167 表 7) があり、カッコウを "大むしくい" (「喚呼鳥」1710)、"おおむしくひ" (「百千鳥」1799) と呼んでいたとなっている。いずれも食性をよくとらえた名前になっているが、声による判別ではないと想像されるので、カッコウやツツドリの区別ができていたかなど多少疑問も残る。
大橋 (2020) Birder 34(6): 66-67 でも (センダイムシクイの和名話題で) むしくひの名称がカッコウ類に用いられていたことが紹介されている。
Xia et al. (2016) Song Characteristics of Oriental Cuckoo Cuculus optatus and Himalayan Cuckoo Cuculus saturatus and Implications for Distribution and Taxonomy
公開データを用いた中国と周辺のツツドリ、ヒマラヤツツドリの音声による分布の検討。中国本土では北部と南部で種が違うが、ヒマラヤツツドリの分布に隣接する台湾のものはツツドリ。
[種小名の由来]
種小名が saturatus だった時代には「濃い色の」の意味であまり問題にならなかったが、「望ましい」の語源はわかりにくい。Gould (1848) Cuculus optatus, Gould., Australian Cuckoo によれば、オーストラリアに英国より入植があったが、故郷の鳥がまったくいないので寂しく思っていた (もっと派手な鳥がいるのに)。
おかげで外来種もたくさん入植したわけであるが、さすがにカッコウは持ち込めなかった。そこで発見された「待望の」(故郷のものに似た) カッコウだったことが由来とのこと。
資料によれば一時期はカッコウと同種と考えられていたことがわかる。
Cuculus saturatus の亜種とされていた時は Cuculus saturatus horsfieldi (英名 Horsfield's Cuckoo) とされており、Cuculus horsfieldi の学名もしばしば使われたが、通常は Cuculus optatus のシノニムとされる
Cuculus horsfieldi Moore, 1857 (記載 なので Cuculus optatus Gould, 1845 より遅い。
この学名は Horsfield's Collection のジャワ島の標本由来で Java Cuckoo と呼ばれていた。Horsfield 自身はカッコウと同種と扱っていた。
この文献でもオーストラリアの Cuculus optatus Gould と同一であることが判明するかも知れないと記していた。
英名の Horsfield's Cuckoo は現在でも別名として使われることがある。ヒマラヤツツドリは台湾まで分布しており、日本でも記録される可能性がある。
Bachurin and Kapitonova (2010 初出, 2023 再掲) To the reproduction of the Oriental cuckoo Versiculus horsfieldi on Sakhalin (pp. 1751-1752)
にサハリンのツツドリ (用いられている学名があまりに違うので何かわからないぐらい) の生態がある。2008-2009 年の観察で見つかった托卵相手はカラフトムジセッカ、キマユムシクイだったとのこと。アオジの巣はたくさん見つかったが托卵されていなかった。
ツツドリは英名から東アジア地域の種の印象を受けるが、シベリアの分布は西にも広く、レニングラード州まで記録されている:
Kharabry (2023) New registration of the Oriental cuckoo Cuculus optatus in the Leningrad Oblast (pp. 2716-2717)。
分布の西端はよく調べられておらず、2023年6月のこの記録はおそらく漂行と考えているが Lapsin (2015) がすでに白海に隣接するカレリア共和国でツツドリを記録したように、分布拡大過程を見ている可能性もある。ルリビタキ、ヒメウタイムシクイ、マキノセンニュウ、コムシクイもここにいる、と記述されており、托卵候補種を指している模様だが、同様に過去に分布拡大を果たしたらしい種も入っている。
アフリカのザンビアで赤色型ツツドリの記録がある [Mann (2013) First record of Oriental Cuckoo Cuculus saturatus optatus in Africa]。
Mikula et al. (2024) Climate change is associated with asynchrony in arrival between two sympatric cuckoos and both host arrival and prey emergence
ロシアのモスクワとウラル山脈の間ぐらいに位置する Kazan' ではカッコウとツツドリが渡来する。ここではカッコウの方が先に到着する。1988-2023 年の間の渡来 (初認ではなくテリトリー行動に着目して調べている) はいずれも早くなっているが、宿主の渡来時期の変化の方が大きいとのこと。
もっとも図を見ると調べられた種類で早くなっていないものも多数あるので、気候変動が一律に渡り時期に影響しているわけではなさそう。カッコウ類の宿主となる種は早くなる傾向が強い。
具体的な数字は論文を見ていただきたい。ヨーロッパのカッコウについては同様の研究は過去からあるがツツドリが含まれる点が目新しい。
[ツツドリとカッコウの中間のような鳴き声]
ロシアでも極東からカムチャツカに広く分布し、ロシア語名は glukhaya kukushka (低い、あるいは深い声のカッコウ)。The song of birds (ウスリー地方のタイガの鳥の声)に収録されている (この音声ビデオは日本との共通種が多いので楽しく聞けるだろう) が、日本で聞くツツドリとは少し違う声に感じる。
この声とも類似する点が感じられるが、ツツドリとカッコウの中間のような鳴き声は極東でよく聞かれ (舳倉島でも海外バーダーによる記録がある)、ツツドリとカッコウの雑種ではないかとの推測もあったが、飼育下実験も含めて正体が判明した
[Meshcheryagina and Opaev (2021) Previously unknown behavior in parasitic cuckoo females: male-like vocalization during migratory activity]。
飼育下実験で紫外線量を変化させて季節を模倣したところ、ツツドリ (仮親の巣から採取) のメスが春の渡りに相当する時期にこの声を出すことが判明した。野外でこの声が記録された場所や時期とも整合する。なお1羽は飼育下産卵も行った。日本内地でも渡り時期にこの声が聞かれる可能性があり注意が必要であろう。もし離島や大陸でしか聞かれない音声ならばさらに別の要因の考察が必要になるだろう。
[ツツドリのさまざまな声]
松田 (2022) Birder 36(5): 32 に日本海側でのツツドリのイヌのような声を紹介している。
この音声と同一かどうかはわからないが、上記 Meshcheryagina and Opaev (2021) のメスのツツドリの声が紹介されている XC624322
と備考参照。「犬鳴き」と言えるような気がする。この研究者が複数のデータを提供しているので同リンク先を見ていただきたい。
これもメスの別タイプの声 XC624316。
以下は別の観察者による野外録音でさえずりの一種としている XC376538。
次は北海道で記録されたオス・メスのコンタクト中と思われる音声 XC286245。次もツツドリの変わった声とのこと XC114546
(プロジェクトM2024/鳥獣保護区をあるく 2024年度夜間録音調査報告 (真鍋直嗣 2024.7.7)「今年はツツドリにも数種の鳴き声があるのではという疑問が録音を聞いていて湧いた」に対応して音源へのリンクを追加)。
蒲谷 (1995)「野鳥」1995年11月号 (No. 585) p. 42 にツツドリのオスが最初「クワッ、クワッ」という低い声を出すことが多く、他のツツドリが近くにやってくると「クワッ、クワッ、カッカッ」と興奮したように鳴くと説明している。蒲谷氏によるホトトギス、カッコウ、ツツドリのメス (およびオス) のソノグラムが比較掲載されている。
デュエットの際のカッコウの3音節鳴き (#カッコウの備考 [カッコウの声の話題]) もソノグラムに記録されている。
[ツツドリとカッコウの渡りルート]
ロシアのツツドリとカッコウの追跡記事がある。
Solokov (2024) Udivitel'nye puteshestviya obyknovennoj kukushki (カッコウの驚くべき道筋, Nauka i zhizn' 科学と生活) 一般向け記事で、p. 53 にツツドリがバイカル湖付近からインドネシアやオーストラリアに渡る経路が示されている。
この記事はカッコウの驚きの経路を紹介する内容が中心で、ロシア東部のカッコウの越冬地がどこなのか、標識調査は長年行われてきたが不明のままだった。ヨーロッパでは 19000 個体以上を標識してアフリカで少数の個体が回収されたにとどまっていた。衛星追跡による解明が不可欠だった。
最初はヨーロッパの研究者によるものが中心だったが、2015-2019 年にカリーニングラード州 (ロシアの飛び地)、2017 年にカムチャツカ、2018-2019 年にシベリア南部 (ハカス共和国)、2021 年シベリア西部 (トムスク州) とバイカル湖と研究が進められた。表示されているツツドリの渡り経路はこの 2021 年の研究で得られたもののよう。
ウラル山脈以東のカッコウは東南アジアで越冬するのではとの見方もあったが、他のカッコウ同様にアフリカで越冬するのではと考えた。
シベリア西部から出発した個体はヨーロッパ東部からの経路に合流してアフリカに到着。
バイカル湖からの個体は一部が南へ向かって中国、南アジアルートをとってアフリカへ。
一部の個体は西に向かったがチベット高原を迂回したとのこと。
#カッコウの備考にあるようにカムチャツカのカッコウはアフリカまで 106-123 日かけて 17340 km を渡る。ボツワナやナミビアの越冬地では標高 900-1300 m の高地に生息。
カムチャツカのカッコウは 4/19 と 4/28 に越冬地を旅立ち、42 日かけて繁殖地に戻った。
東部のカッコウ個体群の渡り経路は複雑。幼鳥もおそらく似た経路をたどると考えられる。
アフリカから分布を拡大した経路が本能に刻まれているのだろう。ツツドリはインドネシアからオーストラリアで越冬する進化の途上なのだろうと想像している。
Movebank に登録されている研究によれれば、ツツドリの追跡はバイカル湖以外にもサハリン (カッコウ、ケアシノスリを含む)、トムスク州、ハカス共和国、アムールのいずれでも行われており、上記の記述からはいずれも東南アジアで越冬する結果が得られていると考えてよさそう。そのうち論文が出るだろう。
カムチャツカのカッコウを含む論文は Davidson et al. (2020) Ecological insights from three decades of animal movement tracking across a changing Arctic
に出ているそうで [#カッコウの備考の Sokolov et al. (2017) にも速報が一部出ている]、Study - Common cuckoo, Kamchatka で経路データを見ることができる。
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カッコウ
- 学名:Cuculus canorus (ククールス カノールス) 声の美しいカッコウ
- 属名:cuculus (m) カッコウ
- 種小名:canorus (adj) 声の美しい
- 英名:Cuckoo, IOC: Common Cuckoo
- 備考:
cuculus は中央の u が長母音でアクセントもある (ククールス)。
語源は音声由来で明瞭だが長音の由来は特に明瞭ではない (ギリシャ語では短音)。
canorus の -no- は長母音でここにアクセントがある。cano (カノー。歌う) 由来。
4亜種が認められている (IOC)。
多くの言語でカッコウの声をそのまま取り入れた名称が使われていることはよく知られているが、ウクライナ語では違っていた。zozulya (発音規則からはおそらくズズーリャまたはゾズーリャと読む)。
カッコウまたはオカリナの意味があるようだが語源的関連は不明。子音交代 (k → z) の起きた類似単語もあるので、あるいはもとをたどれば音声由来かも知れないがそこまではわからなかった。
ドイツ語では Gauch (おそらくガウフと読む) の名称もあるとのこと。興奮した時の発声 (地鳴き?) を Guch-chae-chae と聞きなしたとのこと (wiktionary ドイツ語版)。
OED によれば古英語では geac で現在でも北部で gowk の単語が残っている。上記ドイツ語 Gauch とも関連がある。多くの言語で次第に声を真似たものに変わり、ドイツ語では 15 世紀に kuckuk で置き換わったとのこと。現在の英名はフランス語と共通語源でフランス語 coucou (12-15 世紀は cucu) でラテン語の直接の起源を見出すことができず、音声を直接真似たものと推定されるとのこと。
cuculus と直接関係するわけではないとの判定になっている。
イングランドではノルマン・コンクエスト (Norman Conquest, 1066-1071) 以前には用例が見られないことからフランス語の影響を受けたと推測されるが、毎年声を聞くために通常起きる音韻変化が起きなかった可能性があるとのこと (古フランス語では第2音節にアクセントがあり、現代の英語のアクセント位置とは異なる。スコットランドでは古フランス語同様のアクセント位置とのこと)。
[カッコウの衛星追跡]
カッコウはなぜ他の鳥に比べて比較的遅く渡ってくるのか、あるいはヨーロッパのカッコウ (日本と同種) はなぜ日本より早く渡ってくるのかに疑問を持たれた方もあるだろう。図鑑のカッコウの分布図では東南アジアやインドにも越冬域が示されていて、日本のカッコウはそこで越冬していると考えるのも自然であろう。
実際に Cramp (1985) The Birds of the Western Palearctic Vol. 4 によれば、ヨーロッパで繁殖する個体群はアフリカに渡り、中国、モンゴル、極東シベリアで繁殖するものはインド南部や中国、ベトナム、マレーシア、インドネシアで越冬するに違いないと考えられていた。
最近の衛星追跡による研究で東/北東アジアのカッコウもヨーロッパと同じくアフリカのサハラ以南で越冬していることが次々と明らかになりつつある:
The Beijing Cuckoo Project (2016) (北京)、The Mongolian Cuckoo Project (2019) (モンゴル)、
カムチャツカのカッコウは 17000 km にも及ぶ渡りを行っている:
Sokolov et al. (2017 初出の速報論文, 2020 再掲) Migration routes and wintering places of European and Asian populations of the common cuckoo Cuculus canorus (pp. 2150-2153)。
これによればカムチャツカで春に捕獲 (成鳥、若鳥とも)。秋の渡りではヨーロッパ個体群と異なりバルカン半島を通過。サハラ砂漠を通過した後はいずれの個体群も同様でサヘル地域にしばらく滞在したとのこと。
カムチャツカの個体群はヨーロッパ個体群より南のアンゴラで越冬したとのこと。
#ツツドリの備考にも解説がある。
北京近郊で標識されたカッコウの記録も触れられていて、5羽のうち少なくとも2羽は基亜種に属するとのこと。さらに春の飛行を続けてバイカル湖とモンゴルの間で夏を過ごし、8-9月に秋の渡りを始めて南へ渡り、ミャンマーに到着後西に移動、インドで1か月を超える休息をとり、アラビア海を超えて 11 月初めにはアフリカのソマリに到着。その後南に向きを変えてアフリカ東岸に沿うように南下してモザンビークで越冬。
春の渡りは秋のコースをほぼ逆行するものであった。これらの結果は東シベリアで繁殖するカッコウもこれまで考えられていた東南アジアやインドでなく、アフリカ東部で越冬することが明らかになった。
Lee et al. (2023) Long-distance migration of Korean common cuckoos with different host specificities (韓国)。
韓国のケースでは渡りルートは行き帰りともほぼ同じ。越冬地は3月に出発するが途中でしばらくとどまる。海を越えるための風の条件などが必要。
これらの事例を見ると日本のカッコウもおそらく同様と考えられ、ヨーロッパに比べて日本へのカッコウの渡来が遅いのはアフリカからの距離が遠いことを反映している可能性がありそうである。
なおヨーロッパのカッコウの渡りについてはよく知られていて、例えば Cuckoo Tracking Project のように公開されている。
東欧やロシア西部の例:
Sokolov et al. (2023)
Migration Routes and Wintering Grounds of Common Cuckoos (Cuculus canorus, Cuculiformes, Cuculidae) from the Southeastern Part of the Baltic Region (Based on Satellite Telemetry)。
The cuckoo sheds new light on the scientific mystery of bird migration
の記事によれば捕獲されたデンマークからスペインに移動して放した個体が正しいルートで渡ったとの実験がある。捕獲された場所に一度戻った個体もある。成鳥なのですでに渡りを経験済みと考えられ、完全に本能のみで渡る幼鳥でも調べる必要がある。
同様の実験はカムチャツカ個体についても行われており、同様の結果となっている (上記 Sokolov et al. 2017)。
Thorup et al. (2020) Flying on their own wings: young and adult cuckoos respond similarly to long-distance displacement during migration こちらは Rybachy (バルト海沿岸) から Kazan (ロシア中部) に移動して放した実験。この研究では Kazan で生まれて出発するものとほぼ同じ経路となり、正しい越冬地に到達する能力を遺伝的に持っているとの考察。
初めての渡りでは同種の渡りから学習する可能性もあるが、カッコウは個々の個体が個別に渡りをするのでこの可能性は低いと考察している。
関連するレビューがあり Chernetso and Utvenko (2025) Do first-time avian migrants know where they are going: the clock-and-compass concept today。
あまり何かが明確になった気がしないが、上述のカッコウの移動放鳥実験の結果が紹介されている (これが最も明確な事例らしい)。標識調査時代の歴史的実験もいくつも紹介されているので参考までに。
こちらは移動して放したものではないが、カッコウ若鳥の渡り追跡: Vega et al. (2016) First-Time Migration in Juvenile Common Cuckoos Documented by Satellite Tracking
若鳥でも問題なく越冬地に到着し、成鳥とはタイミングが異なっていた。若鳥が自身の本能のみで越冬地に到着できることを示したもの。
捕獲、標識、追跡タグ付けのビデオが紹介されている。カッコウの捕獲の難しさは悪評があるぐらいだそうである。解説: カッコウをどのように捕獲するか。網から簡単に逃げてしまい、羽毛の性状からかすみ網にかかりにくい。
ビデオ: How to Tag a Cuckoo。
Hewson et al. (2016) Population decline is linked to migration route in the Common Cuckoo
英国のカッコウの渡り経路に2種類あることがリアルタイム追跡で判明。予想通りサハラ砂漠横断のリスクが高かったが、短距離ルートの個体の方が死亡率が高く、近年の個体数減少 (2011-2014) により関連している。
[日本のカッコウ亜種の問題]
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では日本の亜種は telephonus とされていたが、Avibase (情報出典 Clements checklist) では基亜種 canorus がヨーロッパからシベリア、日本にかけて分布し、アフリカで越冬するとされていてこの時点の日本鳥学会の見解と異なっていた。
当時 Avibase の表示から telephonus は通常 subtelephonus のシノニムとされると記述していたがこの表示は誤りだった。
Brazil (2009) の "Birds of East Asia" でも亜種 canorus は中国北東、日本、(シベリアから)チュコト半島、カムチャツカ、コマンドル島まで普通の夏鳥で、台湾では迷鳥とされており、この書物の扱う範囲では亜種 subtelephonus の記載はない。
Dement'ev and Gladkov (1951) の分布図でもシベリア東部、朝鮮半島、日本は亜種 canorus の扱いである (越冬分布にインドネシアやマレーシアも含まれているので越冬地では別種との混同があった可能性がある)。亜種 telephonus についても記述があり、腹部の縞が比較的狭く、やや小型であるとされているが、年齢や個体差もあって Dement'ev and Gladkov は亜種として区別できないとしている。
Dement'ev and Gladkov (1951) では中国東部は亜種 fallax の扱いとなっているが、この亜種は現在は 亜種 bakeri のシノニムとして扱われている。この分布図と上記 Clements checklist での bakeri の現代的な分布の記載との整合性はあまりよくない。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol. 1-2) による亜種区分では日本北部は canorus の分布域となっており、アフリカに渡るとされる。
同リストでは subtelephonus の分布域は南ウラル、中央アジア、カザフスタン、アフガニスタン、パキスタン、中国北西部でこれらもアフリカに渡るとされている。
他亜種も含めて同リストではアフリカ以外の越冬域は示されていない。
亜種 subtelephonus はトルキスタンからモンゴル南部で越冬地は南アジアとアフリカ、亜種 bakeri は中国西部、北インド、ネパール、ミャンマー、タイ北西部の分布としている (長い渡りをしない)。
日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)で日本産亜種は canorus となった。
[亜種 telephonus と subtelephonus]
[日本のカッコウ亜種の問題] の記述後に歴史的背景がもう少し判明したので追記しておく。
telephonus の亜種名は Cuculus telephonus Heine, 1863 (原記載) に由来する。
日本で採集された (Temminck and Schlegel の Fauna Japonica にあるもの) Cuculus canorus とされていた標本をヨーロッパのものと比べ、東インドの Cuculus indicus Cabanis & Heine に相当する違いがあるため、Cuculus canorus の第3の "気候的な地域種" (climatische Local-Art) として与えたもの。
すなわち記載の段階で地理的クラインであることをすでに示唆しているものだった。
しかし Cuculus canorus (indicus) Blyth, 1846 の学名はすでに用いられていた (資料 1, 2)。
この学名も (indicus) の部分はかっこ付きでかごの中の単に "インドのカッコウ" のペアを意味したものかどうか明確でないとのこと。2つめの資料では Blyth は description を述べておらず、英国のカッコウに比べて声が小さく音楽的でないと述べていたにとどまるとのこと。
おそらく要件を満たす学名として扱われなかったが、Cuculus indicus Cabanis & Heine はすでに使用された学名としておそらく認められなかったものと思われる。
その結果 telephonus の方だけが残った形になったものと想像できる。
基産地は日本なのでこの亜種をそのまま認めれば日本の亜種はこの名前になっていた。
資料によれば、Heine の記述から Cuculus canorus と同種とみなされるとされている。"気候的な地域種" を現代的な亜種と同等のものと扱うか否かの問題だったと思われる。
Hartert (1910-1922) p. 948 は telephonus を亜種として認めていた。日本の目録に遅い時期まで登場していたはこのためかも知れない。
Hartert はこの亜種と先行する無効学名の Cuculus canoroides Mueller (ジャワ島、スマトラ島、ボルネオ島、チモール島) を同じ亜種としていたため、日本のカッコウの越冬地はこの地域と暗黙に考えられていたかも知れない。Hartert はカムチャツカや朝鮮半島のカッコウも日本と同じ亜種と考えていた。
近年の亜種の統一背景には近年になってカムチャツカや朝鮮半島のカッコウがいずれもアフリカに渡ることが明らかになって日本だけが特別とは考えにくくなってきた経緯が想像できる。
亜種 subtelephonus は Zarudny (1914) の 記載 基産地 Turkestan と遅いので Avibase の表示のように telephonus が subtelephonus のシノニムとなるのはおかしい。
亜種名も telephonus がすでに存在するのでそれに対して "より小さい" の意味で付けられたものと思われる。
この文献では Turkestan (トルキスタン。テュルク系民族が居住する中央アジアの地域を指す歴史的な名称) でみられるカッコウの大部分は Cuculus canorus telephonus と Cuculus canorus subtelephonus で表ではまずこの "2型" を区別せず計測値を示しているとのこと。
計測値は Cuculus intermedius Vahl, 1797 とはうまく合わない。しかしこれらの標本は telephonus Heine = Cuculus canorus johanseni Tschusi, 1903 とよく似ている。
Cuculus borealis Pallas, 1811? = telephonus とも似ているとある。ここでは Cuculus borealis Pallas, 1811? と telephonus はシノニムと考えていて Pallas の名称を採用していた。ただし Turkestan の個体は基亜種 canorus とは下面の色や模様が異なるとのこと。
Turkestan でみられるカッコウの翼長は2種類に分けられ、小さい方 (色彩にも違いがある) を新亜種 subtelephonus と提案に至ったとのこと。
当時はカッコウの分類が混乱しており、maximus, intermedius, minor のように大きさで表した種名があり、新しく名前の付けられた (亜) 種も含めてどれが同一かの議論は難しかった。
Cuculus minor Gmelin, 1788 は現在はマングローブカッコウ (現在の学名で Coccyzus minor Mangrove Cuckoo) の学名となっているが比較対象になるような種ではないので、ここで用いられている minor は別のもので、
おそらく Cuculus canorus minor Brehm, 1857 のことで (資料) 基産地はスペイン中部となっているもの。Gmelin の用例が先にあるのでおそらく無効学名となったと想像できる。
Ornithological Articles in Other Journals (1919) に資料がありやはりその通りだった (記載)。こちらは亜種 bangsi と改名された。
Cuculus intermedius は基産地スリランカに近いインドの Tranquebar (資料)。
ツツドリを含む旧 Cuculus saturatus に対応するとの記載もあり、Essays on Early Ornithology (McClymont 1920)
によれば Oriental Cuckoo の英名が与えられている (ツツドリの分離前の英名はこのころすでに付けられていたものか)。
一方で Avibase は ホトトギスのシノニムに含めておりおそらく複数種を含むなどの理由で Cuculus intermedius の学名は残らなかったのでは。
Ueber die Verbreitung von Cuculus optatus im europaeischen Russland Grete (1927) にヨーロッパロシアには2種類のカッコウがいて声がまったく違うなどの記述があり、Cuculus optatus は現在のツツドリ。
Cuculus intermedius によく似ているなどの記述がある。
ヤツガシラのような低い声で鳴き、この文献注釈で Cuculus intermedius もヤツガシラのような声で鳴くとある。音声記述からはホトトギスよりはやはりヒマラヤツツドリを含むツツドリかセグロカッコウを指していたのではないかと思える。
この中で kleine sibirische Kuckuck の名称 (小さなシベリアのカッコウ) が使われていることも興味深くドイツ語ではツツドリ類を "小さなカッコウ" と呼んでいたかも知れない。ホトトギスの英名やロシア名、ドイツ名の別名に関係しているか気になるところ。
Heine (1863) 備考によればこの著者は (日本の標本から記載された) telephonus が Hartert が想定したよりずっと西方にも広がっていてウラル山脈付近まで分布していると固く信じているとのこと。
[Hoffmann (1950) Der Indische Kuckuck (Cuculus micropterus) Gould も参照。この考えは長く受け入れれられていたようでこの時代は中国のものは telephonus と考えられていた]。
Heine (1863) はヨーロッパの典型的な canorus がヨーロッパロシアにどれだけ分布しているかさえ疑問と考えているとのこと (つまり基亜種 canorus はロシア外のヨーロッパ限定の亜種と考えていた)。
この記述を見ると、日本産のカッコウの亜種 (古い表記で telephonus) と subtelephonus は実質同じようなものとも著者次第で解釈できることになる。subtelephonus と telephonus の一方が残れば片方はシノニムとした Avibase の (多分計算機アルゴリズムによる判断) にも一定の理由がある。
telephonus 自身も Cuculus borealis Pallas, 1811? と同一との考えがあり、Cuculus borealis の処遇次第で亜種 canorus のシノニムともなる中途半端な状況だった。
borealis も Pallas 自身が Cuculus canorus のシノニムと記していた模様 (資料)。
telephonus が早い時期に日本の標本をもとに記載された (先取権を持つ可能性が高くなる) ためにむしろややこしい状況となっていた模様。
亜種 canorus のシノニムとならず、Pallas の borealis を認めない場合は telephonus に先取権が生じるのでこの解釈から歴代の日本鳥類目録に載せられ続けていたのだろう。
ただし Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" には telephonus は現れないのでこの時代にはまだ記述が認識されていなかったのかも知れない。
現代の世界のリストを見る限り canorus のシノニムとされたとしか考えられないので、世界のリストに合わせるならば自動的に亜種は canorus となる次第。
Dement'ev and Gladkov (1951) では日本の telephonus を canorus のシノニムとしている。他に maximus Neumann, 1934 (基産地サヤン山脈) もシノニムに含めている。
カッコウの中で比較的大型のものは canorus でよいとみなしているようで、やや小型の subtelephonus は別亜種扱いの価値があると判断しているようにみられる。
subtelephonus の方は世界のリストに残っているが、これは研究の少ない中央アジア地域で情報がほとんどないため残さざるを得なかったのだろう。
幸い比較的新しく記載された亜種なので、残しておいても他の亜種にまとめてしまってもカッコウの亜種全体の学名への影響は少ない。telephonus をもし認めると先取権のある名称なのでどこまでが telephonus なのか問題が発生するので他の証拠も合わせて canorus に吸収する方が簡単と考えられたとも想像できる。
telephonus が亜種として現れる世界のリストは American Ornithologists' Union 3rd edition (incl. 18th suppl.) まで、Howard and Moore 2nd edition、Peters' Check-list of the Birds 2nd edition。日本のリストが Howard and Moore を参考にしていたと考えると比較的最近まで残っていた理由もある程度納得できる。
日本にとっては (今のところ?) せっかく基産地になりながらちょっと不幸 (?) な事例だったかも知れない。日本からの渡り経路追跡が行われる前に基亜種のシノニムとなり、基亜種の越冬地はアフリカと一緒にまとめられてしまった形になる。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) では世界で6亜種としている。
Dement'ev and Gladkov (1951) に従っていると考えれば、canorus, kleinschmidti, bangsi, subtelephonus, bakeri, fallax の6亜種で話が合う。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではもう1亜種あった gularis が現代の世界のリストではアフリカカッコウ African Cuckoo と別種扱い。
kleinschmidti と fallax をシノニム扱いしていない点が現代の世界の一般的リストとは異なっていた模様。
Dement'ev and Gladkov (1951) では kleinschmidti はコルシカ島 (?)、サルジニア島 との記述で基亜種のシノニムと思われるが判断材料の資料がないのでそのまま残してあるだけのよう。
Ryabitsev (2014) ではシベリアでは1亜種 canorus との記述になっている。subtelephonus が含まれてもおかしくない地域ではある。
記載時の Turkestan の範囲が漠然としすぎており、Dement'ev and Gladkov (1951) では分布を現在のカザフスタン以南 (西部を除いたイラン、中央アジア、アフガニスタン、ヒマラヤはチベットなど) としているのでロシアのみを扱った "シベリアの鳥" には含まれなかったものと想像できる。
少し小型のカッコウが中央アジア型として存在するとの認識のよう。
[青い卵を産むカッコウ]
青い卵を産むカッコウが知られている。Fossoy et al. (2016) Ancient origin and maternal inheritance of blue cuckoo eggsおよび日本語解説
によれば、この「青い卵」の遺伝子は母性遺伝することが明らかになった。ミトコンドリアの系統樹ではこの「青い卵」は他のカッコウ類 (例えばツツドリ) が種分化する以前に現れていた (ミトコンドリアで系統樹を描くと核 DNA による系統樹と別になってしまう)。他の点は全てカッコウだが、青い卵だけは別種相当ぐらい違っている、との驚くべき結果となった。
[カッコウの渡来時期は何で決まる?]
ヨーロッパのカッコウであるが、Davies et al. (2023)
Spring arrival of the common cuckoo at breeding grounds is strongly determined by environmental conditions in tropical Africa
多数の個体を衛星追跡した結果、ヨーロッパへの到来時期を決めているのは従来想像されていたような渡り途中の条件ではなく、アフリカの越冬地をいつ出発するかが重要であることがわかった。
多数の個体が同じ時期に移動することがわかり、越冬地からサハラ砂漠を越える渡りに適した条件に許される幅が狭く、あまり融通が効かないのだろうとのこと。また前年の秋の渡りからの持ち越し効果も考えられるとのこと。
森下 (2005) Birder 19(5): 38-39 によれば 1998 年のカッコウやホトトギスの渡来が1か月ほど遅れたが翌年は平常だった報告がある。古い話なので検索しても当時の状況が出てこないが、カッコウの出発が越冬地で決まり、日本のカッコウも (ホトトギスも?) アフリカで越冬するならば当時のアフリカの気象などを調べればヒントが得られるのかも知れない。
この年は最も強力なエル・ニーニョ現象が起きており 199798 El Nino event
越冬地の出発時期に影響を与える事象があったのかも知れない。
同年にヨーロッパのカッコウの渡来が遅い記事は探した範囲で見つからなかったが、極東のカッコウは東アフリカが経路になりそうなので気候の影響はヨーロッパの個体群とは違うかも知れない。
[カッコウの声の話題]
Moskat and Hauber (2021) Male common cuckoos use a three-note variant of their "cu-coo" call for duetting with conspecific females
オスのカッコウはメスがいる時には3音節のフレーズでデュエットをする。メスは "bubbling calls" を用いる。
Moskat and Hauber (2022) Syntax errors do not disrupt acoustic communication in the common cuckoo
オスのカッコウの2音 ("cu-coo") の順序を入れ替えたりして反応を調べた。オスは最初の "cu" 音の1音だけでも反応し、入れ替えても "cu" 音があれば反応したとのこと。メスがいる時に出す3音節のフレーズには反応しなかったとのこと。この声は少し音程が高く間隔が短く、通常の "cu-coo" とは異なる役割を持っていると考えられる。
[カッコウのタカへの擬態]
カッコウ類の模様がタカへの擬態となり托卵に有利に働いたりタカに捕食を防ぐとの考えは昔からあったが宿主がどのように反応するかを調べた研究がある。
Davies and Welbergen (2008) Cuckoo-hawk mimicry? An experimental test。
下面の模様をハトのようにすると小鳥 (ヨーロッパシジュウカラやアオガラ) の警戒が激減し、カッコウの模様をハイタカのように認識している証拠が初めて得られた。これらカラ類はカッコウによる托卵を経験することはなく、カッコウをタカと誤認していることがわかる。
ちなみにタカの横縞は枝の中では目立たない (Newton 1986)。タカとカッコウの収斂進化による模様との考えもある。タカへの擬態でタカに捕食を防ぐ考えは Wallace (1889) に始まる。
タカと誤認させることによる行動で宿主が巣の位置を明らかにしてしまう (Craib 1994。後述のようにアイデアはさらに古く遡る) など。
Ma et al. (2018) Hawk mimicry does not reduce attacks of cuckoos by highly aggressive hosts
によれば攻撃的な宿主 (ここではオオヨシキリ) に対して、宿主はカッコウと無害な鳥を区別するがカッコウへの攻撃は減らずタカへの擬態はあまり有効でない結果が得られた。宿主によって反応が異なる模様。
Zhao et al. (2022) Fatal mobbing and attack of the common cuckoo by its warbler hosts
によればオオヨシキリの攻撃で死んだカッコウがあるとのこと。
Wang et al. (2023) Importance of cooperation: How host nest defenses effectively prevent brood parasitism from the cuckoos
によればオオヨシキリが3羽以上で協力すればカッコウの托卵を効率的に防ぐことができるとのこと。宿主と同種個体の協力行動まで関係してきた。
Attwood et al. (2023) Aggressive hosts are undeterred by a cuckoo's hawk mimicry, but probably make good foster parents
のように、攻撃的な宿主に托卵する方がその後の巣の防衛など托卵側にとっても有利な点がある議論もある (この論文ではアフリカカッコウ Cuculus gularis African Cuckoo とクロオウチュウ Dicrurus adsimilis Fork-tailed Drongo の関係を扱っている)。
我々もしばしば猛禽類のように思ってしまう (?) カッコウ類の地鳴きもメスが托卵する際にタカを音声で擬態して宿主を脅している可能性も指摘されているそうである:
York and Davies (2017) Female cuckoo calls misdirect host defences towards the wrong enemy。
ヨーロッパヨシキリ Acrocephalus scirpaceus Eurasian Reed-Warbler はオスのカッコウの声には特に反応を示さないが、メスの声に対してタカの声同様に注意するとのこと。
なお Tryjanowski et al. (2018) Functional significance of cuckoo Cuculus canorus calls: responses of conspecifics, hosts and non-hosts
によればオスのカッコウの声への反応は種によって違いがあり、ヨーロッパヨシキリの上記結果は一般則というわけではなさそう。
この論文では人の居住地近くに営巣する種類はカッコウの托卵や猛禽類が近づくのを防ぐ意味があると説明している (#ジョウビタキの備考も参照)。
[カッコウの声の話題] の項目も参照すると3音節のフレーズの意義がまだわかっていなかった時代の研究のため、実験デザインや解釈は少し注意が必要かも知れない。
Wang et al. (2022) Female Cuckoo Calls Deceive Their Hosts by Evoking Nest-Leaving Behavior: Variation under Different Levels of Parasitism
によればメスのカッコウの声で宿主が巣を離れる行動が観察され、托卵を有利に進めているとのことだが、必ずしもタカの声を真似ているわけではなく、音声の質が注意を逸らせる結果になっている可能性もある。
Moskat and Hauber (2023) On the sparrowhawk-like calls of female common cuckoos: testing for heterospecific vocal mimicry in a conspecific functional context。
カッコウのオスがカッコウのメスの声、ハイタカの声などに反応するかを調べた研究。
基本周波数は似ているが倍音が異なるためにカッコウのオスは音の質で同種メスを聞き分けている模様。
ハイタカの声も倍音をそれらしく操作するとカッコウのオスの反応が増したとのこと。
タカに音声で擬態するとともに同種内の信号として役立てているらしい。
後続の類似研究: Hauber and Moskat (2025) Acoustic overtones improve the discrimination of conspecific female calls by male common cuckoos from similar heterospecific calls。結論は上記とあまり違わない。逆に言えばカッコウは音の高さだけでなく音色も聞き分けている。
猛禽類の音声に対する忌避反応については #カンムリワシ備考の [霊長類はなぜヘビを恐れるか] も参照。霊長類の例だが 50-100 年間被食経験がないと音声を警戒しなくなったとのこと。カッコウ類の宿主でも過去に猛禽類に襲われる、あるいは他個体の逃避反応を通じて音声との関連を学習した個体がタカらしい声に反応しているかも知れない。
Medina and Langmore (2015) Coevolution is linked with phenotypic diversification but not speciation in avian brood parasites
にも紹介がある。
托卵性のカッコウ類では非托卵性のものに比べて色の進化は3倍早く、下面の縞模様、黄色の目と足などのタカに似た形質は速く進化するがそれ以外の色彩進化は速くなかった。色彩でタカに似ているのは偶然ではなく有利との仮説を裏付ける。
アカメテリカッコウ Chrysococcyx minutillus Little Bronze-Cuckoo では縞模様があるが、近縁のミミグロカッコウ Chrysococcyx osculans Black-eared Cuckoo では失われているなど (擬態に必要な) 進化が短時間で起きることを裏付ける (なおミミグロカッコウはオーストラリア内陸部に分布で小鳥食のタカ類が少ない)。
オオチュウカッコウ類 Surniculus がオウチュウに擬態していると考えられることもカッコウ類では多様な種に対する擬態が色彩進化 (ただし種分化にそのままつながるわけではない) を促した可能性が考えられる。
しかしながら、同じく托卵性のミツオシエ類 (キツツキ目) では逆の傾向になっていて、色彩も目立たない。隠蔽色が托卵に有利かどうか検証が必要である。
広範な種類を托卵相手にするグループほど表現形が多様と予測できるが、托卵相手が一番多様なミツオシエ類では逆になっている。
宿主の種類 (ここでは属) が広範かつ地理的に分布が重なっている托卵種 (例えばオーストラリアの托卵種) の間で競争があり、その結果より精密な擬態が進んで表現形の進化が速い可能性がある。
カッコウ Cuculus 属では托卵性カッコウ類の中でも表現形の進化が比較的遅いが、これは托卵種の間で宿主の重なりが小さく、地理的に広範に分布している (旧世界に広く分布) ためとも解釈できる。
この論文で調査対象となったのは世界の3大托卵系統である托卵性カッコウ類、ミツオシエ類、テンニンチョウ科 Viduidae とのこと。他の系統にも托卵種は存在するがここでは解析対象とはなっていない。
Gluckman and Mundy (2013) Cuckoos in raptors' clothing: barred plumage illuminates a fundamental principle of Batesian mimicry
カッコウ類の縞模様は同所的に生息するタカに似ている。他の地域のものとは関連がないとのこと。
さらにカッコウ類の系統進化と模様の進化、色彩の多形の関係を調べた論文: Thorogood and Davies (2013) Hawk mimicry and the evolution of polymorphic cuckoos
タカに似ているかどうかの系統樹を見るだけで十分面白いと思う (この文献の系統樹でカッコウ類全体の系統関係もわかる)。我々が日本で普通に出会うカッコウ類は カッコウ属 Cuculus とジュウイチ属 Hierococcyx で、カッコウ類の一番新しい系統になる。
これらの系統は #ジュウイチの備考で考察のように Tachyspiza 属や狭義 Accipiter 属の分布とよく合っているため、我々が普通に出会うカッコウ類は皆タカに似て見えるのだろう。
この文献ではジュウイチはタカに似ているマークが付いていないが、種が分離された後の情報をチェックしていないのか? フィリピンジュウイチもマークが付いていないがミナミツミでよいだろう (#ジュウイチの備考)。
これらも含めるとカッコウ属、ジュウイチ属 (すべて托卵性) でタカに似ていないのは系統的には最も古いクロカッコウ Cuculus clamosus Black Cuckoo (アフリカ南部) 1種のみとなる。サバンナ型と森林性の2亜種があり、サバンナのものは黒いとのこと (サバンナには小鳥食のタカがいないと思えば納得できる)。
森林性のものは喉が赤く腹は縞模様ものがあるようで Cuco negro (Cuculus clamosus) のようで、"Hawk-like, polymorphic" に分類してよさそう。
Coucou criard - Cuculus clamosus でも写真が見られる。
対応するタカ類は複数考えられるが ムネアカオオタカ Aerospiza toussenelii、同種ともされる アフリカオオタカ Aerospiza tachiro、ニシアフリカツミ Tachyspiza erythropus Red-thighed Sparrowhawk
などが有力か。広義 Accipiter 属は熱帯ほど赤みの多い種類が増えるので色の対応はよい。
新しい研究でオオヨシキリはカッコウの目の特徴を認識しているとのこと: Yan et al. (2025) Cuckoo eyes are an important identification cue for the Oriental reed warbler host。
関連の先行研究: Trnka et al. (2012) Uncovering Dangerous Cheats: How Do Avian Hosts Recognize Adult Brood Parasites?。
以降の話は Catanach et al. (2024) の系統樹と比較しながら見ていただくとわかりやすいだろう。
広義 Accipiter 属の最初に分化したアフリカオオタカ属 Aerospiza はアフリカで適応放散を遂げたため、同地で適応放散したカッコウ属には非常に都合がよかった可能性がある。ツミ属またはアカハラダカ属 Tachyspiza もアフリカ由来系統。
カッコウ属 + ジュウイチ属の共通祖先 (おそらくアフリカ発祥) でタカ類の適応放散に合わせた擬態を確立させたのだろう。
TimeTree のツールを使ってみるとカッコウとジュウイチの分岐年代は 1270 万年前ぐらいとなる [文献は Price et al. (2014) Niche filling slows the diversification of Himalayan songbirds とのこと]。タカ類のアフリカでの適応放散時期とよく合っている。
他の托卵系統のカッコウ類では Surniculus 属 (オオチュウカッコウ類) はタカではなくオオチュウ類に。ただし擬態が有効かどうかはよくわからない。Surniculus 属の分布域にも現在はタカは存在するので、タカがいないのでオオチュウ類に、というわけではなさそう。
オオチュウ類 (Dicruridae) の適応放散の時期は見積もられていて [Pasquet et al. (2007) Evolutionary history and biogeography of the drongos (Dicruridae), a tropical Old World clade of corvoid passerines]
アジアで 1190 万年前、アフリカで 1330 万年前とのこと。広義 Accipiter 属もあまり違わないのでオオチュウ類の方が先に現れてそちらが先に選ばれたのかも知れない。
オオチュウ類はスズメ目のカラスにつながる系統で、常識的に考えればタカの方がずっと古くからいるように思えるが、実はどちらが早いか微妙なぐらいにタカは結構新しい。Surniculus 属はアジアに分布なので、おそらくアジアのオオチュウ類の適応放散に合ったものだろう。
Surniculus 属に近縁の Cercococcyx 属 (オナガカッコウ類) はアフリカに分布でタカのような縞模様。
Cercococcyx 属 + Surniculus 属 の系統はいずれもタカかオオチュウ類を真似ているようだが、後者がアジア (タカ類到着が少し遅れたかも) だったためオオチュウ類を選択したかも。
さらに系統を遡ると Cacomantis 属 (ヒメカッコウなど) でアジアからオーストラリアに分布。多くはタカのような模様があるが、古い系統の種にはないものもあり、Cacomantis 属の中でも新しいものがタカのような模様を生じた模様。
タカのような模様がないとされる古い方の系統は
ハイイロカッコウ Cacomantis pallidus (オーストラリア)、
ユキボウシカッコウ Cacomantis leucolophus (ニューギニア)、
クリハラヒメカッコウ Cacomantis castaneiventris (ニューギニア)、
ウチワヒメカッコウ Cacomantis flabelliformis (オーストラリア、ニューギニアの一部から太平洋島しょ部)
と確かにタカ類の種類が少ないか到達が遅れた地域になる。この地域の主要種は Tachyspiza 属でアカハラダカに近い系統が何度か定着したよう。最も古い系統のアカハラダカで 700 万年前で、オーストラリア地域への分散はさらに新しくて 300 万年前前後程度 (そんなに新しいの? と思えるぐらい)。
Tachyspiza 属はアフリカで誕生したため到着に時間がかかったこと、他の小鳥食系統タカ類は比較的寒冷な気候への適応や大陸がつながっていないことなどが理由で赤道を簡単に越えられなかったのだろう。
こちらで種分化したハイイロカッコウなどの初期系統の段階ではタカがまだいなかったかも。
もっとも北半球のカッコウも実は大差なく、こちらは主にハイタカ (+ 他の広義 Accipiter 属) のユーラシア進出に助けられて分布を広げた (?)。ハイタカが現在カムチャツカまで分布していることと整合性がよい。より北方はオオタカ、南方はツミやアカハラダカ系統が補っていると考えることが可能そう。
ハイタカがいつごろ分布を広げたかについて、北米のアシボソハイタカとの分岐が 400 万年前ぐらいで、このころにはユーラシアの東端まで到達していて、アフリカの一番近い祖先と分岐したのが 800 万年前ぐらい。
この間にユーラシアに分布を広げたのだろう (こちらもそんなに新しいの? と思えるぐらい)。
カッコウとハイタカの類似性は Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) でも注目されていて、(英国の話) カッコウはオスのハイタカと見間違えられるほど似ていて撃たれてしまうこともある (タカは狩猟鳥を捕食するので迫害対象だった)。
カッコウの若鳥は後頭部 (原文 nape) に白斑があり、一部のハイタカにも同じ模様があるとのこと。
日本で赤色型カッコウが見られないのは、ハイタカの色彩を決める遺伝子頻度に関係があるかも知れないとちょっと思ってしまった (#ハイタカの備考参照)。
Chrysococcyx 属 (テリカッコウ類など) も事情は似ていて太平洋地域のものはタカがまだいなかったかも。
タカ模様がある ブロンズミドリカッコウ Chrysococcyx caprius と キノドミドリカッコウ Chrysococcyx flavigularis はいずれもアフリカの種でタカと一緒にいたと考えると話が合う。
カッコウとの分岐年代は 2390 万年前と推定されるので、この系統の一部しか小鳥食のタカ類と重複がなく、系統全部がタカ類に似ているわけでないことも整合性がありそう。小鳥食のタカ類が出てきてからタカ類への擬態が複数系統で独立に進化したと読める。
とはいえ Hawk-like に分類されていない ミドリテリカッコウ Chrysococcyx maculatus、ヨコジマテリカッコウ Chrysococcyx lucidus にもしっかり縞模様があるのでジュウイチ同様用いられた情報が不十分なだけかも知れない。
古い系統の中でニュージランドの托卵性のキジカッコウ Urodynamis taitensis Pacific Long-tailed Cuckoo は Hawk-like に分類されていないが、縦縞で、英語別名に sparrow hawk, home owl などがあって少なくとも人にはタカを連想させるところがあるらしい。音声はジュウイチと似たところがある。
この種と非常に系統が近いと思われるニューギニアやオーストラリア沿岸部のオオオニカッコウ Scythrops novaehollandiae Channel-billed Cuckoo もいかにもタカ類やフクロウの地鳴きを思わせる声もある。
タカに似た力強い飛び方で、ほかの鳥を襲うこともある (コンサイス鳥名事典)、また世界一大きな托卵鳥で、非托卵性も含めたカッコウ類で最大であるとのこと。ほとんどタカのような飛び方で、メスは縞模様がより強い。果実食中心とのことで、鳥のひなや卵を食べることは書かれているが鳥を食べるまでは書かれていない (wikipedia 英語版)。
Thorogood and Davies (2013) では Hawk-like らしさが感じられないが、おそらく色彩の判定基準に絞り込み過ぎで、これはほとんどタカのようなものなのではないだろうか (後述 [Otidimorphae とはいったい何者?] のようにカッコウ類はタカになりかけたがなり切れなかった?)。
それならばこの種のタカらしさは収斂進化で獲得したものか? カッコウ類のタカ類への擬態の側面だけでなく、タカ類の音声進化の解釈にも関係してくるかも知れない。
ジュウイチ類の例も含め Thorogood and Davies (2013) は文献資料が中心で実際に画像を探してみていないかも? この論文の分類に頼り切らず検証した方がよさそう。
完全に托卵性のものだけがまとまっているカッコウ類最後のクレード以外では、カンムリカッコウ属 Clamator (4種) がすべて托卵性でいずれもタカ類に似ていないとなっている。
アフリカ、ヨーロッパ南部からアジアまで分布しており、タカ類の分布とも重なっているがこちらの方は特に擬態しなかった模様。マダラカンムリカッコウ Clamator glandarius Great Spotted Cuckoo は托卵相手のカササギに似ているとのこと。
#オニカッコウ備考に、オニカッコウが宿主イエガラス真似てテリトリー防衛を利用して托卵する話があり、マダラカンムリカッコウとカササギでも同じようなことが起きているのかも知れない感じがした。
まとめるとカッコウ類の完全托卵系統は初期のもの (あるいは小鳥食のタカ類がいなかった地域) はタカ類と無関係だったようだが、小鳥食のタカ類が出現してからは積極的に擬態を利用しているものが卓越している模様。少なくとも対応する小鳥食のタカ類のいる地域では擬態率がかなり高そう。
托卵性そのものの起源ではないだろうが、小鳥食のタカ類の出現が托卵性カッコウ類の適応度を上げた、言い換えれば托卵性カッコウ類はタカ類の威を借りて現在の姿になった (他の鳥の威を借り過ぎ) ?
もし小鳥食のタカ類が生まれていなければ? - カッコウ類の托卵は今ほどありふれた現象ではなかったかも。それどころかカッコウ類がタカ類に準じる生態的地位を占めていたかも (どちらにしても小動物には厄介者だったかも?)。
精度の良いタカ類系統樹が得られたことがどれほど役に立つかわかっていただけると思う。
まさしく「鷹の目で見る鳥類進化」とも呼んでもよさそうだが、本質的でもありえらくカッコいい。そのまま科研費の研究課題名に使えそうである (笑)。
川口 (2016) Birder 30(6): 50-51 はカッコウはタカへの擬態でない? 議論を行っており、根拠の一つとして田中 (2015) Birder 29(6): 28-29 で野外観察でタカに擬態して有利との証拠はないと紹介されていることを挙げている。野外観察にどこまで含めるかによるだろうが
Davies (2011) Cuckoo adaptations: trickery and tuning のレビュー論文や
Welbergen and Davies (2011) A parasite in wolf's clothing: hawk mimicry reduces mobbing of cuckoos by hosts の研究はすでになされていたので「証拠はない」はおそらく過剰であろう (*1)。
タカへの擬態の話は托卵鳥ではカッコウ類系統のみのようで、同じようにアフリカで托卵を行うミツオシエ類には当てはまらない。
こちらの方 (キツツキ目。ネズミドリ類から始まる Telluraves の系統の最後に当たる) がタカ類より一見新しい系統に思えるが、ミツオシエ科とキツツキ科の分岐年代は 3600 万年程度とかなり古く (この数字もかなり不定性がある)、小鳥食のタカ類の方が後に出現してもおかしくない。
ミツオシエ科の中ではいつ適応放散が起きたのかあまり資料が見当たらないが、Fleischer (2011) Ladies and gentes: Maternally inherited DNA and ancient honeyguide host races
ではノドグロミツオシエ Indicator indicator Greater Honeyguide では樹上性と地上性の托卵系統で少なくとも 300 万年の違いがあるとのこと。1種内でこの数字なのでミツオシエ科は小鳥食のタカ類より早い時期に種分化していたかも。
また、カッコウ類がタカに似ることができたのはやはりミツオシエ類とは異なる祖先系統の性質を引き継いでいるのでは? ミツオシエ類も原理的にはタカに似ることができたかも知れないが、系統的制約で似た模様を作るのが難しくて隠蔽色の方に進化した。それほど大きな鳥ではないので怖がってくれないなど。
ここでは小鳥食のタカ類である広義 Accipiter 属を主に扱ったが、少し気にしておいてよい系統が他にある。カッコウハヤブサ属 Aviceda でこちらは系統が古いのでカッコウ類より先に現れていた可能性がある。
カッコウ類に似た縞模様などがあり、クロカッコウハヤブサがより弱い鳥であるカッコウに擬態することで捕食を容易にする説の可能性も紹介されているぐらい (#ハチクマの備考 [ハチクマ亜科の他種] 参照)。カッコウがタカと間違われて避けられるぐらいならばこの説の信憑性も怪しい気がする。時期的にも縞模様のカッコウ類がやってきた方が後になると思える。
カッコウハヤブサ属はアフリカとアジアからオーストラリアに分布し、いずれもカッコウに似ている。カッコウハヤブサ属内の分岐年代 (アフリカとアジア・オーストラリア) は 1800 万年前ぐらい [Catanach et al. (2024) の数字による] で、この時代にはカッコウに似た模様はすでに共通に持っていたと考えられる。
アフリカカッコウハヤブサ Aviceda cuculoides African Cuckoo-Hawk の画像を見ればわかっていただけると思うが、異様にカッコウ類に似て見える。インドなどのハイタカジュウイチとよく似ているのだが地理的には合わない。
系統的にはハチクマ類の遠い親戚だが、目が比較的側面についている (これはそれぞれ別の適応の結果と考えられる) 以外は外見はあまり似ておらず、かなり遠い系統 (分岐年代 3000 万年前弱ぐらい) であろうことは想像できる。
タカに似たカッコウ類が広がったのはもっと後の時代が考えやすいので、カッコウハヤブサ属が共通祖先段階からカッコウ類に擬態している可能性は低そうに思う。逆の方ならば小鳥食のタカ類の出る前でもカッコウ類にとってモデルとなる種類が存在していたことになるが、カッコウハヤブサ属は少なくとも現在はそれほど強力な捕食者ではないので小鳥があまり恐れなかったかも。
その時代にはカッコウ類の方が強かったということはさすがにないだろうが...、もしかするとカッコウに似ることは多少のメリットがあるかも ([カッコウ類の植物毒耐性?] 参照)。
コンサイス鳥名事典にはアフリカカッコウハヤブサの若鳥がアフリカオオタカ現在の学名で Aerospiza tachiro に似ているとの記述があり擬態を示唆するものとなっているが、アフリカオオタカは Tachyspiza 属以前に分岐した系統で和名や英名から想像されるほど強力ではない。
カッコウハヤブサ属が現在はアフリカとアジアからオーストラリア隔離分布になっているが、かつては連続分布していて途中の系統が気候変動や新しいタイプの猛禽類との競争で消滅したのかも知れない (#アカハラダカ備考の [オーストラリアのタカ類] 参照)。
あるいはヨーロッパハチクマとハチクマのように共通祖先から分岐し、それぞれが北方まで渡りをしていたものが熱帯にのみ定着すれば現在のような分布になるかも知れないが想像に過ぎない。
カッコウハヤブサ属はこのような分岐年代になるがハチクマ類も古いのかといえばよくわからない。現世種はヨーロッパハチクマとハチクマ系統の2系統に分かれ、この分岐年代は 800 万年前ぐらいと意外に新しい。
もっと古い系統が消滅した可能性が高いが、ハチの子食生活が繁栄 (現在の系統の進展と分離) をもたらしたならば起源は案外新しい可能性も考えられる。我々の身近にやってきた時期はハイタカとあまり違わない可能性もある。
カッコウハヤブサ属とカッコウ類の関係同様、タカ類 (に限らないが) がいつから存在したのかは系統樹をよく検討して判断すべきだろう。学名で系統樹を読むことができる有難さが感じられる場面である...と最初の話題に戻しておこう。
改めて考えると、マダガスカルにはここで繁殖してアフリカ大陸で越冬する マダガスカルホトトギス Cuculus rochii Madagascar Cuckoo とほんんど同じような英名の マダガスカルカッコウハヤブサ Aviceda madagascariensis Madagascar Cuckoo-Hawk の両者が生息する。
マダガスカルホトトギスはかつてホトトギスと同種とされたぐらいなのでホトトギスのような模様と考えてよい。eBird を見ても識別がほとんど不可能な個体が多いとある。ホトトギスとは異なり赤色型は知られていないとのこと (系統的にもホトトギスより早い分岐なのでまだ赤色型が生まれていなかったのかも)。
マダガスカルカッコウハヤブサ (さらにマダガスカルハイタカ) が生息するのでわざわざマダガスカルに渡って繁殖するメリットがある可能性もありそうに思えてきた。北ユーラシアに注目するとカッコウ類の擬態相手のタカは広義 (旧) Accipiter 属がまず候補に上がるが、マダガスカルでは別の有力相手も考えられる。カッコウハヤブサ類の方がカッコウ類に擬態しているよりは逆の方がもっともらしそう。
参考画像 Madagascar Cuckoo-Hawk (Don Roberson 1992) マダガスカルオウチュウ Dicrurus forficatus Crested Drongo のモビングを受けるマダガスカルカッコウハヤブサ。
オウチュウ類は何でも攻撃することで有名だが、あるいは托卵相手と誤認して追い払っているのかも (??)。
アフリカ南部ではマダガスカルホトトギスよりも分岐の古い クロカッコウ Cuculus clamosus Black Cuckoo、チャムネカッコウ Cuculus solitarius Red-chested Cuckoo が繁殖するが、前者はアフリカカッコウハヤブサ Aviceda cuculoides African Cuckoo-Hawk にはそれほど似ておらずむしろオウチュウ類のような色彩。
チャムネカッコウはまずまず似ている。チャムネカッコウは南アフリカでは渡り鳥でマダガスカルカッコウとマダガスカルカッコウハヤブサの関係に似ていると言えば似ているかも知れない。タカに似せる色彩が進化したのはこのあたりからかも知れない。
カッコウ類がアフリカで進化していたころはタカの種類も多くて特定種への擬態に絞りきれなかったが北半球に進出すると広義 (旧) Accipiter 属が目立つので擬態相手が絞られて識別困難なほど似た模様に収斂したとか (ほんとうか?)。
補足:
*1: 別系統でもカッコウに似た種類があることに関連して、川口 (2016) はカッコウハヤブサを取り上げている。これはすでに紹介した。
オナガバト類 Macropygia属他数属 Cuckoo-Doves は尾が長いだけで特にカッコウに似た模様というわけではない。pheasant pigeon の別名もあり、この英語をそのまま訳せば "キジバト" になる。着眼点はやはり尾の長さだろう。
ヨコジマオナガバト Macropygia unchall Barred Cuckoo-Dove などは細かい縞模様があるがそれほどカッコウに似ていない。
マダガスカルのオオブッポウソウは #ブッポウソウの備考参照。
Cuckooshrikes (Campephaginae: Cuckooshrikes。南・東南アジアからオーストラリアに分布) も挙げられているが、#アサクラサンショウクイの備考にあるようにカッコウ類に似た主に青灰色の背中を持つことやカッコウ類に似た飛び方をすることが由来とのこと。
ヨコジマカッコウサンショウクイ Coracina lineata Barred Cuckooshrike / Yellow-eyed Cuckooshrike が例に挙げられていて下面に密な縞模様がある。
Ripley (1941) Notes on the Genus Coracina に比較表があるが、この系統の一部で腹部に縞模様があるとのこと。
一部の種類のみで縞模様がある理由は見つけられなかった。縞模様がある種類は虹彩が黄色のものが多く、アフリカカッコウハヤブサと雰囲気が似ている (特に正面姿) と言えば似ている気もするが、これをタカへの擬態と考えるのは多分考えすぎだろう。現在この地域に生息するクロカッコウハヤブサとはあまり似ていない。過去の種類まではわからない。
他にもタカに似た種類があるかどうかはカッコウがタカに擬態しているかどうかを左右する主要な問題ではないので現状よくわからないとしておこう。
なお cuckooshrikes にすべてサンショウクイの付く和名が与えられているだけなので、サンショウクイの習性を外挿してそのまま想像しない方がよいだろう。サンコウチョウを見てオウチュウの習性を予測できないのと同様。昔に付けられた名前でやむを得なかったかも知れないが、全部サンショウクイの付く和名でなく系統ごとに特徴を加味して違う系統の名前を変えた方がわかりやすかったのだろう。
英語でもサンショウクイは cuckooshrike とは呼んでおらず、cuckooshrikes 全体を日本語で表す時にやや困る気がする。
系統的には捕食者も多いカラス小目 Corvida に属し、小動物を捕食する報告もある。それほどおとなしい鳥ではなさそうなのでタカみたいにも見える外見は例えば巣の防衛など何か別の役に立つのかも。
カッコウのタカへの擬態の黒田氏の論文 (さらなる追記となったので後に挿入した) 週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 96 V-VI にカッコウのタカへの擬態 (黒田) の記事があった。黒田氏は保護されたツツドリを飼育していて威嚇に翼を広げた姿勢に驚かされたとのこと。スケッチが示されていた。
宿主の注意を引く仮説では Paulussen (1957)、威嚇効果では Makatsch (1955) が低く飛んで仮親の飛び出しを誘い、巣の位置を明らかにするなど提案されていたらしく、アイデアは古くからあったらしい。よく托卵される宿主では擬態と本物のタカの識別能力が高まり、地上性のものは識別能力が高くないとの研究もすでにあったらしい。
宿主の識別能力の進化によって擬態効果が次第に弱まったとしても、黒田氏自身が驚かされたように托卵の際の威嚇効果は継続するのではと考察されていた。またタカ斑は獲物への威嚇効果を想定しており、自分より大きな獲物を捕る種類で発達しているが例外もあると書かれていた。
古くから議論・研究されているテーマなので新しい論文ではあまり言及されていない研究もあるようだが、黒田氏自身の論文があった Kuroda (1966) 猛禽斑とカッコウ類のタカ斑の起原について。
(和文抄訳) ハチクマはヂバチを食べる弱い種でありながら、タカ斑を示す (とくに尾) 例外といえるが、これは他の猛禽とくに大型のクマタカの攻撃に対する予防的擬態であると考えうる (中略) セレベスのクマタカ Spizaetus lanceolatus とハチクマ Pernis celebensis は、幼鳥は幼鳥、成鳥は成鳥に極めて類似している。この鳥では、後者はその擬態によって種を維持できたとさえ考えられる とまで書いてある。
「鳥類の図鑑」(学習図鑑シリーズ 4 高島春雄 共著; 黒田長久 共著; 小林重三ほか絵 小学館 改訂版 1962。初版は 1956) に示唆されているものと同じ考えだが、クマタカは強く、ハチクマはよほど弱くて擬態に頼らなければ生きて行けない鳥と思われていたことがわかる。
もっともこの部分は Warncke (1961), Maerz (1954), Meyer and Wiglesworth (1898) を組み合わせたらしい。このようにして "ハチクマ観" が熟成されて行ったのだろう。
Makatsch (1955) は "Der Brutparasitismus in der Vogelwelt" に登場する Scheuch-Flug とのことでドイツ語論文なので近年の同種研究の引用に登場しにくいと想像できる。
Paulussen (1957) はどの文献かわからなかったが、姓よりおそらくドイツと思われる。黒田氏はドイツ語文献に親しんでいたらしいことが想像できる (おそらく鳥類学用語も影響を受けているだろうことも理解できる)。
Kuroda (1966) によればタカ斑を持たない点でイヌワシは例外だが、このグループは比較的弱いものを捕えるアシナガワシなどの小型種から進化したものと考えられる、これもしばしば聞くので "イヌワシ観" の熟成に役立ったかも知れない。現代的視点から見ると Aquila 属と Clanga 属は近いが別系統。これをまとめるならばクマタカ類も同一系統となって、タカ斑の目立つものも黒っぽいものも系統的には混ざっていてこのような単純な描像にはならない。
黒田氏自身もイヌワシを頂点に置く風潮に疑問を持たれていたのだろうが、現代的な分子系統樹と比較するとあまり的を得ていたわけではなかった模様。
もっとも本稿の別項目でも述べている通り、イヌワシ類はタカ類の中では比較的古い系統にあたる。
カッコウの項目なのにタカの話が中心になってしまった。カッコウ類のタカへの擬態の参照文献の原点の一部がわかったのでよしとしよう。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 96 p. 7 本文の方ではカッコウ類のタカへの擬態は Frank Finn (イギリス 1868-1932) が 20 世紀初頭に述べたとのこと。実際には Wallace (1889) が先に提唱していたので、Finn は後追いしたか独立に考えたのだろう。
The Birds of Calcutta (1901) などインドの鳥の書物が有名で、ハイタカジュウイチ (和名もあまりにそのまま) Hierococcyx varius Common Hawk-Cuckoo とその現地名 Brain-fever bird を紹介した。
The Rousing Call of the Common Hawk-Cuckoo (Prerna Gupta 2023)。タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] Tachyspiza badia Shikra とあまりにそっくり。
[カッコウ類の植物毒耐性?]
#ヤマガラ備考 [ヤマガラの植物毒耐性] で考察するように意外な可能性が浮かび上がってきた。
Na/K ポンプの α-サブユニットの遺伝子解析により、非托卵性のものも含めてカッコウ科はある程度の植物毒 (毒虫) 耐性を持っている可能性が考えられる。カッコウ科は植物毒を持つ虫やそれに擬態する虫への特別な適応を遂げて他の鳥があまり食べない食物を食べる生態的地位を開拓したのかも知れない。
#オニカッコウ は有毒な植物の実を食べられるとのことでこの解釈に当てはまる。
毒虫を食べた場合はカッコウ類自身も多少の毒性を持つ可能性があり、タカ類にはこの耐性はなさそうなので、カッコウ類を食べて気分が悪くなったタカ類がカッコウ類のパターンを忌避しているかも知れない。タカ類にあまり妨害されずタカ類への擬態を成功させる要因の一つになっている可能性があるかも。
もしカッコウ類が多少なりとも有毒なのならば、カッコウ類に擬態することは捕食を避ける理由になり得るかも知れない (前述のカッコウハヤブサ類など)。いずれも実験的検証はないだろうが遺伝子からは想像可能に思える。
カッコウ科以外の托卵系統でタカ類への擬態が見られない (そもそも擬態する適切なタカ類がいない場合もあるだろうが) 一つの要因になるかも知れない。
田仲 (2023)「野鳥」2023年5・6月号 (No. 804) pp. 28-29 にインドネシアでオオバンケン Centropus sinensis Greater Coucal に薬効があるとされており、巣のひなの足を意図的に折り、親がひなに薬草を運ぶのを巣ごと捕えてオイルが販売されているとのこと。
薬効は迷信かも知れないが、耐毒性があるかも知れないことを考えると薬草を運ぶ行為は実際にあるのかも知れない気がした。鳥自身の色彩も黒と茶色で、毒性があって警告色になっている可能性もあるのかも?
wikipedia 英語版によれば、民間薬として結核や肺病に効くとして肉が食べられたことがあったとの記述がある。
Species Spotlight: The Greater Coucal (Hailey Brophy 2023)
によれば有毒なヘビ Banded Krait, Saw-scaled Viper を食べているのが観察されている。
また有毒な Oleander fruits を食べることが知られているという。
ここでも田仲氏の紹介された現地の薬効について記述されている。
しかし英国からの入植者時代はオオバンケンの形態がキジ類に似ているため美味しいだろうと考えたが、ひどい味だったと驚いたという (毒性があるかも?)。
「動物たちの地球 鳥類 I 10 カッコウ・ホトトギス・エボシドリほか」(週刊朝日百科 朝日新聞社 1991) p. (6) 310 の丸武志氏の解説記事で、カッコウ科は前胃は壁が厚く、毒を無毒化する液を分泌するようだとある。この効果もあるかも知れないが、遺伝子レベルで植物毒耐性を持っていればより本質的で有利だろう。
[カッコウ類雌雄の擬態の進化]
Merondun et al. (2024) Evolution and genetic architecture of sex-limited polymorphism in cuckoos
に興味深い研究が報告された。Color variants in cuckoos: The advantages of rareness (英文解説記事)。
色彩多形 (polymorphism) を示すカッコウとツツドリで研究者たちが灰色形と呼んでいるタカに似た模様のものと、赤色形 (rufous plumage, hepatic 肝臓色とも呼ばれる) があることはよく知られている。オスは赤色形を示さないが、赤色形はメスのみで見られる (ヨーロッパのカッコウでは一般的なようだが日本のカッコウでは聞いたことがない気がする)。
宿主が産卵に訪れるメスと擬態相手のタカ類を見分ける能力を持ったことによる選択圧の結果と考えられ、宿主の目を欺きやすいめったにみられない赤色形を遺伝子プールに持つことが有利であると考えられていた。
「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」(ニック・デイヴィス、中村浩志、永山淳子訳 地人書館 2016、原著 "Cuckoo: Cheating by Nature" Nick Davies, Bloomsbury Publishing 2015)
にも記述がある (訳書 pp. 171-172)。幼鳥と紛らわしい色彩であると指摘する研究もある。
上記 Thorogood and Davies (2013) も参照。
ゲノム解析の結果色彩多形は W 性染色体で決まっており、メスのみが赤色型を示す理由が明らかになった。系統解析の結果、この特徴はカッコウとツツドリが種分化する前に獲得されたものと考えられる。
ホトトギスは系統樹に出てくるが赤色形は図には現れていない。赤色形の存在するホトトギスも同様に解析すればあるいは系統をさらに遡ることになるかも知れないが、(色彩多形を聞いたことがない) セグロカッコウが途中の系統になる。どうだろうか。
ツツドリと同種とされていたヒマラヤツツドリ Cuculus saturatus もツツドリ同様の赤色形がある。この研究で用いられたツツドリのサンプルはロシアのもの。
この結果の面白い点は、[青い卵を産むカッコウ] で紹介したように「青い卵」の遺伝子はミトコンドリアにある点とも整合性がよく (この類似点は論文でも言及されている)、いずれも托卵を行うメスへの選択圧を強く示唆すること、種分化以前に獲得された形質であることが共通点として挙げられる。
さらに Medina and Langmore (2015) の色彩の進化速度の研究もあわせて、宿主はやはりタカらしい鳥を避けているらしい傍証になるのだろう。
種分化以前に獲得された形質であったならばセグロカッコウに赤色形が見られない (形質を失った) 理由も何かあるのだろう。宿主の違いによって擬態相手のタカ類を見分ける選択圧が異なりまれな形質は失われてしまったのだろうか。#ミサゴ備考の [オウム類・ハヤブサ類の年代推定] でフクロウオウム (カカポ) の色彩二形が維持されるメカニズム (頻度依存選択) を取り上げた論文を紹介している。こちらは捕食者の色覚を想定している。
この研究では捕食者絶滅によってフクロウオウム (カカポ) の色彩二形が時間とともに失われるシミュレーションが行われている。セグロカッコウのように失われた系統があるのであれば、カッコウ類の赤色型は積極的な維持メカニズムがあってこそ存続することを一層示唆するのかも知れない。
多少は考えておくと、ここで調査された系統のうちではセグロカッコウの分布が最も低緯度で宿主の好みも異なることが影響しているかも知れない。記述されているようにオウチュウ類に托卵するならば北方のカッコウ類の好む托卵相手より一層攻撃的で見境なく攻撃するかも知れない。文献までは調査していないがオスに対する攻撃を逆に利用する戦略も示唆されている。オスに対する攻撃が托卵戦略に含まれるならばメスの赤色形はあまり効果がなく失われてしまったのかも。一つのアイデアとして提供しておく。
なお卵擬態の系統の遺伝子がミトコンドリアにあることはより早くから知られていた: Gibbs et al. (2000) Genetic evidence for female host-specific races of the common cuckoo;
Marchetti et al. (1998) Host-Race Formation in the Common Cuckoo も参照。
メスの色彩多形の解釈には赤色形はチョウゲンボウへの擬態である解釈もかなり受け入れられていた模様: Trnka and Grim (2013) Color plumage polymorphism and predator mimicry in brood parasites。
宿主による識別実験に加え、スロバキアではハイタカよりもチョウゲンボウの分布の方が連続的でこの仮説を支持するとのこと。赤色形の比率が低いことを説明できているわけではないようだが、色彩多形の問題はまだ決着していないかも知れない。
また Lee et al. (2019) Common cuckoo females may escape male sexual harassment by color polymorphism
で紹介されているように、"harassment avoidance hypothesis" 仮説 (オスからの過剰なアプローチを避ける) もある。
Lee et al. (2021) Host-dependent dispersal demonstrates both-sex host specificity in cuckoos
の韓国の研究によればカッコウの宿主嗜好性はメスだけではなくオスにもある。オスの方が早く渡ってきてメス不在の状況で宿主密度の高いところを見つける必要があるので、オスにも宿主嗜好性がある要因となる。W 性染色体を通じて宿主嗜好性が伝わるメカニズムのみではこの結果を説明できない。
これまでの考えではオスには W 染色体がないので宿主嗜好性による種分化が起きない理由と考えられてきたが、オス・メスの交配がランダムに起こることで種分化を防いでいる可能性がある。
成長の過程で宿主または場所への刷り込みが起きるメカニズムも提案されている。
この論文ではこの時点で未発表データでこれらの個体群がアフリカに渡ることが判明しているとのこと [前出 Lee et al. (2023) で発表]。ホトトギスについては明瞭な根拠は示されていないがやはりアフリカに渡ることを想定している模様。
Langmore et al. (2024) Coevolution with hosts underpins speciation in brood-parasitic cuckoos
カッコウ類全般において托卵性が高く卵排除を行うもの (highly virulent cuckoo "強毒性カッコウ" と呼んでいる) ほど種分化頻度が高い (Cuculus 属など)。
宿主がとる対抗手段が種分化を促していると考えられる。
またオセアニアのテリカッコウ類を用いて、同じ托卵相手を用いる種でも assortative mating が起きている遺伝的証拠を見つけたとのこと。この解釈の一つにオス・メスともに宿主や環境への刷り込みが考えられる。
テリカッコウ類では (オス・メスいずれでも) ひなの色調が宿主に関連しており、母系だけでない複数の遺伝子が関与しているはず。
いずれも共進化が種分化を促す生物学でおそらく普遍的な現象を明らかにする結果となっている。
Study shows cuckoos evolve to look like their hosts―and form new species in the process (一般向け英語解説)。
[カッコウ類の足と近縁系統]
カッコウ類は対趾足 (zygodactyl) で前後に2本ずつの趾がある。
現生鳥類では少なくとも3回独立に進化したとのこと。キツツキ類、オウム類とカッコウ類で Telluraves 以外ではカッコウ類とエボシドリ類 (後者は semizygodactyl) が唯一とのこと
[Botelho et al. (2014) The developmental origin of zygodactyl feet and its possible loss in the evolution of Passeriformes]。
この論文はセキセイインコの足の発生を調べたものでカッコウ類は特に詳しく扱われてはいない。
エボシドリ類は果実食への適応で、外趾の関節が柔軟で前後に動き、細い枝先にも止まることができるとある (コンサイス鳥名事典)。
#鳥類系統樹2024 によればカッコウ目 Cuculiformes と エボシドリ目 Musophagiformes は単系統ではなく、カッコウ目に最も近縁なのはノガン目 Otidiformes となる。ノガン目では後趾がないが地上を走行する鳥では失われる傾向がある。
ノガン目では地上生活への適応で再度失われたなどの経緯があるのだろう。
Luo et al. (2023) A high-quality genome assembly highlights the evolutionary history of the great bustard (Otis tarda, Otidiformes) とは異なる系統樹となっている。
なお dos Santos et al. (2020) Chromosomal evolution and phylogenetic considerations in cuckoos (Aves, Cuculiformes, Cuculidae)
によればこれら3目の間で染色体構成が大きく異なっている報告がある。同様の事象はコンドル類・ミサゴ・タカ類の間でも生じているので、染色体構成から系統関係を述べるのは難しいのだろう。それぞれの系統が離れていて、しかも染色体再構成が短期間に大きく起きたグループなのだろう。
Kretschmer et al. (2024) Understanding the chromosomal evolution in cuckoos (Aves, Cuculiformes): a journey through unusual rearrangements
によればカッコウ目の中でも見られるとのこと。これは dos Santos et al. (2020) にもあってカッコウ目は最低3グループに分けられるとのこと。
O’Connor et al. (2024) A Bird’s-Eye View of Chromosomic Evolution in the Class Aves
にも (当時の) 分子系統樹と染色体再構成の関係が出ている。あるグループで染色体再構成の頻度が高い理由は新しい生態的地位を占める過程に関係するかも知れないがよくわからない。
2020年の研究と同じグループなので、分子系統研究によってこれら3目の間の関係がより支持されるようになってきて解釈を変えざるを得ないのだろう。
ハイイロエボシドリ Crinifer piscator Western Plantain-eater は掛川花鳥園の人気者になっているが [北條 (2021) Birder 35(6): 46-47 参照]、容貌も猛禽類に似たところもあって人懐こく Telluraves 以前の系統なのにずいぶん賢く見えて気になっている。
記載時は何と Falco piscator Boddaert, 1783 と広い意味でタカの仲間にされていたのもうなずける。初期に記載された図版はこの鳥よりもサンショクウミワシではないかとの疑いも持たれたこともある (wikipedia 英語版より)。
物まねがうまいとコンサイス鳥名事典にある。Telluraves 以前の系統で音声模倣をするならば画期的 (#ハクトウワシの備考も参照) なのだが文献が見当たらない。賢そうな表情を見るとそのような能力があってもよさそうにも見えるが。
ten Cate (2021) Re-evaluating vocal production learning in non-oscine birds
の非スズメ目の音声学習の論文にも出てこない。カッコウ目で餌乞いの声を真似るとの報告はあるが関係はあるだろうか (もちろん托卵で生まれたひなには有利に働くだろうが)。
カッコウ目とは印象がだいぶ違う感じがするので独立した系統となったことは理解しやすい感じがするが、カッコウ目とノガン目があまり似ているようにも見えないのが不思議。
ノガン目 + エボシドリ目 + カッコウ目 には特有の祖先形質があって音声学習なども可能にできたのかも知れないが、変わったグループだけが現存しているため一見関係がわからないだけかも知れない。
ten Cate (2021) の系統樹では音声学習がよく知られているハチドリ類に並ぶが、現代の知見では Elementaves と Columbaves レベルの違いがあって直接の系統的類縁性はなさそう。
エボシドリ目 (turacos) では緑と赤の色彩に銅を中心としたポルフィリンである turacoverdin と turacin をそれぞれ用いており、鳥類で唯一知られる緑の色素とのこと。生息地は銅の産地としても有名、天敵からの保護色の役割が考えられている。
銅は生体に有害であるが鉄ポルフィリンを多く含む食物を食べることで無害化して色素として用いているなどの記述がある (wikipedia 英語版)。いずれも比較的古くから記述されているが現代的な研究はあまりなされていない模様。
ポルフィリンを蛍光色に用いる鳥については #オオルリ備考の [蛍光を用いる鳥] も参照。
Porphyrins: The Colors of Life。
エボシドリ目では幼鳥の翼に爪があって登るのに用いるという。この点からツメバケイとの類似性が示唆されたが最新研究で関係がないことがわかった。群れで生活し、大声で警告音を出して天敵を追い払うという (wikipedia 英語版から)。
カッコウ科に属するミチバシリ類オオミチバシリ Geococcyx californianus Greater Roadrunner と コミチバシリ Geococcyx velox Lesser Roadrunner はほぼ地上性であるが対趾足で X 字の足跡が残るという。
樹上性ではないが木にはとまる。Roadrunner: Meet the Real Bird Behind the Cartoon (Justine E. Hausheer 2021, 2023)。巣も樹上に造る。後趾は走行の邪魔になるとよく言われるが、ミチバシリ類のこの形態は高速走行に適した足なのだろうか。
#ハチクマ備考の [ロシアのハチクマとヨーロッパハチクマの研究のための情報] でハチクマの足跡・歩き方に関係する情報に考察を加えた。
同様の形態を持つ化石鳥類があった: Earliest zygodactyl bird feet: evidence from Early Cretaceous roadrunner-like tracks
最初の対趾足の鳥類 (5000 万年前) の記録で、ミチバシリと同様の生態的地位を占めていたのでは。
この論文によれば樹上性の鳥での収斂進化の産物と考えられており (カッコウ類も同様)、ミチバシリは祖先系統を受け継いだものと考えている。この化石鳥類はキツツキ類の足の適応とは多分異なる。足跡だけでどの系統に属するかを考察するのは難しいとしている。
[非対称な色彩の虹彩を持つコミチバシリ]
van Dort and Juraez (2024)
Eye colour is geographically variable in Lesser Roadrunner Geococcyx velox Wagner, 1836
コミチバシリ はこれまで複数の亜種が提案されたが個体差とされ現状のリストでは単形種とされる。Macaulay Library の画像データを調べ、虹彩の色が地域個体群として判別できる特徴である可能性を示した。遺伝的な背景が示唆される地理的分布となっており遺伝情報の研究が望まれる。
オオミチバシリでは瞳孔の周囲にほぼ完全な淡い帯があるが、コミチバシリではほとんどの場合不完全で黒い部分が虹彩の前下方にある (heterochromia)。ミチバシリ類での環境適応意義は調べられていないが、開けた場所で採食するミフウズラ類やタゲリ類では獲物を探す際に日光の反射を抑制する (ハヤブサ髭と同様) 意義があると考えられているとのこと。
タゲリ類 (ズグロトサカゲリ Vanellus miles Masked Lapwing の亜種 novaehollandiae の論文: Cardilini et al. (2022) Dark heterochromia in adult masked lapwings is universal, asymmetrical and possibly slightly sexually dimorphic。5.4% の鳥類種に認められる特徴とのこと。
ミフウズラ類の論文: Gutierrez-Exposito (2019) Asymmetric iris heterochromia in birds: the dark crescent of buttonquails
ミフウズラ属 (Turnix) の全ての個体のあらゆる成長段階で見られるとのこと。選択圧の産物と考えられる。
[カッコウは変温動物?]
ミチバシリ (350 g) は夜には体温を大きく下げることが知られている (砂漠に近い条件で夜は冷える)。
Vehrencamp (1982) Body Temperatures of Incubating Versus Non-incubating Roadrunneers
によれば抱卵中でも体温が下がる。夜の抱卵はほとんどオスが行う。外気温 10℃ になる朝方は体温は 34℃ まで下がる。抱卵するメスも同様だが、抱卵していないメスの方がさらに下がるとのこと。このタイプの夜間に体温を下げる鳥では抱卵に余分なエネルギーを要することを示している。
なお捕獲にはネズミを餌にした猛禽類用のトラップなどを用いたとそうで、習性は確かに猛禽類に近いよう。
McKenchnie et al. (2002) Avian Facultative Hypothermic Responses: A Review
に体温を下げる報告のある鳥の一覧がある。ハチドリ類は有名だが他にもいくつか例があるとのこと。
リストはかなりまぜこぜのようで、1℃ ぐらい下がるだけのものも含まれているようで測定法も多分まちまち。カッコウ類に多いのかと気にしてみたが、他に出ているのはオオハシカッコウ Crotophaga ani Smooth-billed Ani のみで数字的にはミチバシリと同じぐらい。もっと派手に体温を下げるものもあるのでそれほど目立っていない。
同著者による学位論文 (2001): Patterns, Mechanisms and Evolution of Avian Facultative Hypothermic responses: a southern African perspective。
McKenchnie et al. (2023) Avian Heterothermy: A Review of Patterns and Processes
に新しい総説があるが、異温性 (heterothermy) の強い種は古い系統に多いとのこと。スズメ目強い異温性が見られない理由はよくわかっていない。
カッコウ類の托卵習性は体温を保つ能力が低いことに由来するとの仮説をどこかで読んだことがあって調べたものだが最初は文献を見つけられなかった。後に調べて Ando (1995) Fluctuation of body temperature and cuckoo brood parasitism と判明。
その後日本語で読める資料に気づいた: 「動物たちの地球 鳥類 I 10 カッコウ・ホトトギス・エボシドリほか」(週刊朝日百科 朝日新聞社 1991) p. (6) 309 に安藤滋氏の解説がある。温度センサーと送信機を付けて野外生活中に測定したもの。1日に 10℃ 近近い温度差があっては恒温性がよいとはいえない。爬虫類に近い特性である、と記されている。
この測定は体表面で行われているので外気温の影響をかなり受けそうである (我々でも体が冷え切った場合に通常の方法で体温を測ると 35 ℃ ぐらいしか出なくて測定値にならないことも体験する)。
卵が体の割に小さいことも夜の低体温から説明できるのではとしている。
この変温性のアイデアは爬虫類の残存特徴として考えられたもので、「変温性」の残存特徴を持つ鳥がいても驚くに当たらないと考えて研究を始めたとのこと。哺乳類の方が冬眠する種類は結構あるがそれが爬虫類的との解釈は聞いたことがない、爬虫類とのアナロジーを強調しすぎの感じがする。
「知っているようで知らない鳥の話」(細川博昭 SBクリエイティブ 2017) p. 61 でも紹介されている。
派生する研究が見当たらないので、世界的には広く受け入れられている仮説ではないのだろうか。
「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」 p. 182 にはカッコウは産卵前に 24 時間の体内抱卵を行って産卵から孵化までの時間を短縮しているとある。その時のメスの中心体温は 40℃ で 24 時間の体内抱卵で相当の時間が稼げる、宿主に抱卵される時は 36-37℃ とあり。
体内抱卵のアイデアを最初に取り上げたのは Montagu (1802) Ornithological Dictionary が最初とのこと。Birkhead et al. (2011) Internal incubation and early hatching in brood parasitic birds が複数の系統の托卵種を用いた実験的検証を行っている。
中心体温は 40 ℃ というのはカッコウの実測値ではなく一般的な文献値のよう。40 ℃ の孵卵器で実験したキンカチョウの胚の発達がカッコウの胚で予測される発達段階とよく似ているので、おおよそこのように考えて構わないだろうとのこと。
托卵しないカッコウ類でも産卵間隔は2日で、托卵のために進化したというより受け継いだ形質が有利に働いていると解釈されている
(predisposed の表現はおおよそ前適応 preadaptation のようなものと解釈してよいだろう。Preadaptation may render some species predisposed for evolutionary response to new pressures のような文脈で使われる。Birkhead et al. では early hatching may have predisposed certain species to become brood parasitic)。
体温を保つ能力が低い説はどうも否定的なよう。Ando (1995) はこの文献でも引用されておらず、おそらくほとんど知られていないのだろう。もしかすると日本でのみ知られている仮説か?
ミチバシリの体温変化は昼と夜の温度差が極端な乾燥気候への一般的適応のように見える。
参考までに Bildstein (2017) "Raptors" から猛禽類で夜間体温を下げる (topor) の事例をチェックしておくと、上記文献をそのまま使っているようで新旧大陸ハゲワシ類が挙げられている。これは昼夜の気温差の大きい乾燥気候で裸出部の多いハゲワシ類がエネルギー消費を抑える生理的対応でよいだろう。
そのため朝は日光を浴びて体温を上げる行動もあるとのこと。アカオノスリで2 ℃ 下がる報告もあるが、猛禽類ではそもそもあまり調べられていない。
最近になってアフリカカッコウ Cuculus gularis African Cuckoo (托卵種) の測定値が出ている: Voges et al. (2024) Functional role of metabolic suppression in avian thermoregulation in the heat。
もちろん他の種類も測定されている。基礎代謝率の体温依存性は他の種より大きい傾向があるが、体温がそれほど低いわけではなく同等の種も他にある。外れ値的ではあるが際立って変温動物というほどではなさそう。論文中でも托卵習性との関係は特に述べられていない。
高温環境で積極的に基礎代謝率を下げて体温調節を行う傾向が広い系統に認められる結論となっている。
化学反応の温度依存性を示すアレニウスの式 (Arrhenius equation, Arrhenius effect) の係数を求めてほとんどの鳥は化学反応の温度依存性より低い依存性を示した。
川口 (2010) Birder 24(10): 60 で「鳥の足は変温的で冷たい水につかっていると0 ℃ 近くになることもあるとか。それでも凍傷にならないのだ。形態だけでなく生理的にも爬虫類的ってこと」とある。
鳥類学、あるいはもっと一般的な生物学の教科書にも書いてあるだろうと思うが、多くの鳥にとって熱が最も逃げやすい足を冷やしてエネルギー消費を抑えている。むしろ恒温動物的ということ。
奇網 (rete mirabile) と呼ばれる動静脈からなる構造が対向流交換器 (countercurrent exchanger) この場合熱交換器 (heat exchanger) として働いて冷たい血流が中心体温を下げるのを防いでいる。他にも動静脈シャント (短絡) もある。
対向流交換器は熱交換以外にも塩腺のナトリウム排泄に使われる。鳥以外の生物でも用いられているが、水鳥の末梢温の制御は特に有名。「生態学入門」(日本生態学会 2004) ではイルカのヒレが取り上げられている。イルカが生理的に爬虫類的と言う人はさすがにいないだろう。
鳥ももちろん凍傷になる。Wellehan (2003)
Frostbite in Birds: Pathophysiology and Treatment
上記のような適応限界を超える寒冷に晒されると血管が収縮して、時々血管が拡張することで組織損傷を防ぐ (hunting reflex)。さらに寒冷状態が続くと血管拡張が起きなくなって主に虚血性の組織障害が起きる (いずれもヒトの場合と同じ)。
足に起きることが多いが、手でも起きる (wing tip oedema, distal wing necrosis #ハチクマの備考 *2: Wing tip oedema in raptors を参照)。
足は交互に暖めることができても手はそうもいかない。これはさすがにかわいそうに思える。
(主に足の凍傷の) 治療も述べられていて哺乳類と同様に迅速に暖める方が効率的とのこと。マッサージは外傷の原因になるので避けるべき。病態も同じで微小血栓が組織壊死の原因となる。そのため抗血液凝固作用のある (プロスタグランジン合成を阻害する) 非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs) が用いられる。鎮痛剤 (ここではカモの例が出てくるので水鳥も凍傷になる) や感染症防止の抗菌剤も有効である。基本的にヒトの医学と同じ。
野鳥におけるリスク原因としては異常な天候、治療のための麻酔などの措置、金属の足環、渡りコースから外れた場合などが挙げられている。
鳥はほとんど凍傷にならないなど書いてあるサイトもみつかるが、エビデンスのある情報を探しましょう。
Byron-Chance et al. (2024) Spontaneous Wing Tip Edema in Captive Birds of Prey: Review of 41 Cases in the United Kingdom (2004-2022) に新しい情報があったので紹介しておく。
[Otidimorphae とはいったい何者?]
系統に関係して、そういえば海外の鳥の写真を見る時に時々タカっぽく見えて種類をチェックしてしまうことがあるのだが (別項で述べるようにまるでサギのように見えたタカがあったため多少気をつけている)、しばしばひっかかる種類がバンケンの仲間 (coucals) とタカへの擬態とも言われるカッコウ類である。
この系統はそもそも現在のタカに類似した生態的地位に適応放散したのではないかと考えると都合がよいように思える。当時は後続の猛禽類はまだ現れていないし、樹上に最初に適応したハト類の祖先グループ (Columbaves) から現在における各種の生態的地位を持つ鳥が現れていたのかも知れない。
大部分の系統は Telluraves の適応放散で置き換わってしまったが一部残ったのではないだろうか。
そう思ってみてみるとカッコウ目系統は結構猛禽類的なところがある。バンケン類はトカゲ類やカエル類も食べる。アマゾンカッコウ Guira guira Guira Cuckoo (姿はカッコウと特に似ていないし托卵性でもない) もトカゲ、ネズミ、他種の鳥の卵を食べるという (コンサイス鳥名事典、wikipedida英語版)。
キバシカッコウ Coccyzus americanus Yellow-billed Cuckoo (アメリカ合衆国南部。姿はカッコウと特に似ていないし托卵性でもない) は樹上性カエル、トカゲ、他種の鳥の卵も食べるとのこと (コンサイス鳥名事典、wikipedida英語版)。
ミチバシリ類は地上を走ってトカゲ・ヘビなどを食べる。系統はまったく異なるがいかにも現代のノガンモドキ目やヘビクイワシに似ている。生態的地位は似ていると言ってよいのではないだろうか。
かつて広く分布していたとも想像されるヘビクイワシ (そしてノガン類系統) のいなかった新大陸でミチバシリ類が進化したと考えると話が整合する感じもする。
ノガンとノガンモドキの類似性は表面的なもの (収斂進化) だったが、ノガン類も食性は雑食で小型脊椎動物など小動物も食べる。
ノガン類と (我々のよく知っている旧世界の托卵性の) カッコウ類とはあまりにも似ていない気がするが、どちらも地上性の捕食者の最初の系統 (それぞれ開けた環境と森林) と思えば類似性が理解できるような気がする。地上性に適応して大型化すればノガン類のような形になるだろう。
ヘビクイワシやノガンモドキと小型のタカ・ハヤブサをいきなり比べても類似性がわかりにくいのと同様?
エボシドリ目は果実食に特化したが足の構造などは Telluraves 同様に器用さを備えているのだろう。
Remsen et al. (1990)
A classication scheme for foraging behavior of birds in terrestrial habitats
では Telluraves 以外の系統では珍しくミチバシリ類は嘴と足を使って獲物を殺すという (ノガンモドキに似ている)。Gutierrez-Ibanez et al. (2023) "Online repositories of photographs and videos provide insights into the evolution of skilled hindlimb movements in birds" (#ハチクマの備考参照)
ではオオバンケン Centropus sinensis Greater Coucal がグループの中でも足の器用な利用を発達させたとのこと。この研究では1種のみを取り上げているが観察記録が限られているだけで同系統の他の種類でも例があるのかも知れない。
このように考えると Otidimorphae は陸鳥最初の猛禽に似た系統で恐竜絶滅後いろいろな環境に進出したのだろうが、生きた動物の捕食者であることの難しさもあって、Telluraves 由来の高性能の猛禽類に追い抜かれ、一部の特殊な系統のみが現存して相互にあまり似ていないと解釈できるかも知れない (これも誰かが考えてそうな話だが...)。
姿には往時の習性の名残りがあってタカに似た形質 (旧世界の托卵性のカッコウ類) も出しやすいとか (ほんとうか?)。
Telluraves のタカ類と似た選択圧が働いて染色体再構成に共通性がある?
上記考察とは直接関係ないかも知れないが、 動物たちの地球 鳥類 I 10 カッコウ・ホトトギス・エボシドリほか」(週刊朝日百科 朝日新聞社 1991) p. (6) 308 に上田恵介氏が
「カッコウ科の鳥というと托卵習性だけが取り上げられるが、主に地上に近いところでトカゲなどの小動物を食べて生活するというニッチ (生活空間) を開拓した中型から大型の非托卵性のカッコウ類のほうが、このグループの性格をよく表していると思うのだが、どうだろうか」と述べている。同感である。
新しい情報も含めて付け加えると、上田氏の述べる空間的・捕食性のニッチに加えて、より特異的には [カッコウ類の植物毒耐性?] で述べたように植物毒を持つ虫への特別な適応を遂げ、他の鳥があまり食べない食物を食べる生態的地位を開拓し、それが現在まで受け継がれている可能性があるだろう。
なおノガン類は粉綿羽が豊富で尾脂腺もないとのこと。参考: Collar and Morales (2022) The Little Bustard and Its Family: An Overview of Relationships。
このような特徴はハト類に似たところがあり、Columbaves に属することは納得できる面もある (あるいは乾燥環境への適応と関係があるのかも?)。
[托卵と宿主の行動の進化]
日本語でも資料が十分あるので省略していたが、「これからの鳥類学」(裳華房 2002) 8章に数理生態学と鳥類学 - 托卵を題材にして - (高須夫悟) があり、当時の雑誌などでもしばしば取り扱われて、記事や論文を見る時に役立ちそうなので一度まとめておきたい。
宿主が卵やひなを排除しない理由はいくつかの説があり (簡単な方から順番に)、
(1) Evolutionary Lag 説 (Rothstein 1990 A Model System for Coevolution: Avian Brood Parasitism) 宿主の卵識別能力がまだ進化していない。
(2) Evolutionary Snapshot 説 (Davies and Brooke 1989 An Experimental Study of Co-Evolution Between the Cuckoo, Cuculus canorus, and its Hosts. I. Host Egg Discrimination) 宿主の卵識別能力が集団に広まるのに数千年程度を要し、現在はその進化途上を見ている。
(3) Evolutionary Equilibrium 説 (Lotem et al. 1992 下記, 1995) 現在すでに平衡状態となっている。托卵拒否のコストと托卵による損害が釣り合っている。
カッコウ類の托卵を議論している話はおおむねこれらの仮説のどれが当てはまるかを調べようとするものとおおむね考えてよいだろう。高須氏によれば数理生態学のモデルでは集団に広まるのは 100 年程度ともっと短いと考えられる。
特にヨーロッパでよく調べられているでも宿主ごとの gens ("家系" とも訳される。#オオタカの学名由来で考察しているものと同系語。
異なった色の卵を産むメスの系統) があって、それぞれの gens では宿主の受け入れ率 100% 近い平衡状態にあるのでは?
「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」pp. 226-228 にもカッコウの托卵系統が存在することが実証されているとある。オナガへの托卵を始めた日本のカッコウの中村浩志氏の研究も紹介されている (pp. 235-237 など)。
ヨーロッパでは人による環境の分断化が進みカッコウの gens の区別が少しずつなくなりつつあるかも (p. 234)。
なおオナガへのカッコウの托卵が始まって 30 年ほどでオナガの卵識別能力を発達させてオナガへのカッコウの托卵は見られなくなり、カッコウ卵が線模様を失いオナガ卵に似る (新しい gen ができる) 進化までは確認できなかったとのことである。
参考関連論文:
山岸・藤岡 (1986) カッコウ Cuculus canorus によるオナガ Cyanopica cyana への高頻度の托卵
中村 (1990) 日本におけるカッコウの托卵状況と新しい宿主オナガへの托卵開始
Nakamura (1990) Brood Parasitism by the Cuckoo Cuculus canorus in Japan and the Start of New Parasitism on the Azure-winged Magpie Cyanopica cyana
Nakamura et al. (1998) Co-evolution between the cuckoo Cuculus canorus and the azure-winged magpie Cyanopica cyana: rapid development of egg discrimination by a new host. In S. I. Rothstein and S. K. Robinson eds. "Parasitic Birds and Their Hosts; Studies in Coevolution" pp. 94-112
Marchetti et al. (1998) (中村氏も共著) Host-Race Formation in the Common Cuckoo
Andou et al. (2005)
Characteristics of brood parasitism by Common Cuckoos on Azure-winged Magpies, as illustrated by video recordings
Aviles (2004) Egg rejection by Iberian azure-winged magpies Cyanopica cyanus in the absence of brood parasitism
イベリア半島のオナガはカッコウによる托卵がなくても卵識別能力があった。同種内托卵に対抗するため進化したものか?
Liu et al. (2023) Egg rejection and egg recognition mechanism in a Chinese Azure-winged Magpie (Cyanopica cyanus) population
中国のオナガの卵排除 (セグロカッコウ、オニカッコウに托卵される) の研究。ウズラ卵は排除したが自身の卵も排除したものもあった。托卵種が多い地域とそうでない地域で違いがある?
Lotem et al. (1992) (中村氏も共著) Rejection of cuckoo eggs in relation to host age: a possible evolutionary equilibrium ではニシオオヨシキリでは年をとると自分の産んだ卵を覚えて卵識別能力が高まるらしい。卵識別能力は従来考えられていたように遺伝的なものではないと考えられ、卵識別能力は遺伝によって伝わるものではなさそう。
中村 (1992) アニマ 1992年6月号 pp. 60-67 に記事があり (この号の特集は「托卵の謎」)、コウウチョウのように最近分布を広げた種類では (1) が当てはまるものがあるかも知れないが、カッコウ類ではおそらく違っている? と述べられている。
Evolutionary Lag 説の根拠として、Rothstein はカッコウに托卵されなくなったモズの一種が高い卵識別能力を持っていることを挙げているとのこと。
1990 年代前半は盛んに取り上げられていたが、オナガへの托卵を行わなくなって話題も下火になったかも知れない。ネットに思ったほど最近の日本語記事がないのもそのためか。もっとも西日本ではオナガは身近な鳥ではなく、またカッコウが見聞できるところも限られているので自分にはやや縁が遠い話題だった。
卵識別の視覚情報処理については日本語の解説
卵の模様でカッコウの托卵に対抗、
論文は Stoddard et al. (2014) Pattern recognition algorithm reveals how birds evolve individual egg pattern signatures
パターン認識ソフトを用いて卵認識を模倣した点が新しいが、実際にそのように認識しているかは不明。
[托卵は相利共生となるか?]
「行動・生態の進化」(岩波書店 2006) p. 200 によればマダラカンムリカッコウ (ひなが宿主の卵やひなを排除しない) がカササギに托卵する際、托卵された卵を実験的に取り除いた方が捕食圧が高まるとのこと。捕食者は何と托卵を行ったマダラカンムリカッコウだったとのこと。カササギが托卵排除を諦める方が進化的に安定とのこと。
出典論文: Solar et al. (1995) Magpie Host Manipulation by Great Spotted Cuckoos: Evidence for an Avian Mafia?。
マダラカンムリカッコウの略奪行動はカッコウ類は捕食者系統から進化? ([Otidimorphae とはいったい何者?] 参照) とも話が合う気がする。
なお、状況はもう少し複雑そうで、必ずしも観察されない地域もある模様。Chakra (2016) Coevolutionary interactions between farmers and mafia induce host acceptance of avian brood parasites
の理論的考察があり、仕返し (mafia; 先述の Evolutionary Equilibrium 説を生む根拠ともなった。マフィア仮説は必ずしも完全に認められているわけではないらしい) または略奪 (farming) 行動の托卵者が多い場合は受け入れる方が有利になるが、逆の場合は排除する行動が有利になって安定状態がなく、両者の間を振動するとのこと。条件付きで托卵を受け入れる戦略が有利になることもあるらしい。
また Canestrari et al. (2014) From Parasitism to Mutualism: Unexpected Interactions Between a Cuckoo and Its Host
によればズキンガラスへの托卵でマダラカンムリカッコウのひなが悪臭物質を出して捕食者を追い払い、宿主側も利益を得ているとの研究がある。総排泄孔から焼け付くような感触のある腐った悪臭にある液体を出し、哺乳類も猛禽類も嫌うらしい (猛禽類側の感覚は #ハチクマ備考 [嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ] も参照)。
Trnka et al. (2015) Chemical defence in avian brood parasites: production and function of repulsive secretions in common cuckoo chicks
にさらなる研究がある。
同様の物質を出す行動はカッコウ科で広く報告があるらしく、カッコウ自身でも例があるとのこと。カッコウのひなは目立つので捕食も受けやすいと考えられるが、物質を出すコストも高いので捕食圧の高い時に適応的だろうとのこと。この実験ではカッコウのひなの分泌物を用いている。カッコウのひなが9日齢から分泌が増えてゆくとのこと。
鳥類捕食者 (実験で使われたものはオオタカ、ワキスジハヤブサ、トラフズク、ワシミミズク、カササギ、ニシコクマルガラス、ズキンガラス、ミヤマガラス)
より哺乳類 (イヌ、ネコ) に対する効果の方が強いとのこと。猛禽類でも4割ぐらいを食べている。カラス類はあまり反応しないとの意外な結果も得られた。カラス類はスカベンジャーで臭いを避けていないのではとのこと。
Canestrari et al. (2014) はカラス類が避ける逆の結果を得ているが、人工的に臭いを付けた実験では結果も違うとのこと。まだあまりすっきりしていない。ヘビでも実験したが食べてくれなくて失敗とのこと。
オオハシカッコウ類 Crotophaga、バンケン類 Centropus でも分泌があるので托卵のために進化した形質ではないと考えられるとのこと。
Soler et al. (2017) Great spotted cuckoo nestlings have no antipredatory effect on magpie or carrion crow host nests in southern Spain
では南スペインで、マダラカンムリカッコウのひなに捕食者を追い払う効果は予測通りではなかったとのこと。
Canestrari et al. (2017) Formal comment to Soler et al.: Great spotted cuckoo nestlings have no antipredatory effect on magpie or carrion crow host nests in southern Spain
のコメントがあり、地域により捕食者が違う (カラス類が臭いに鈍感な証拠はある)。実験デザインの問題もある? 最初に想像されたよりは複雑であることは明らかになったが、宿主側も利益を得ている仮説を否定するわけではない。
悪臭物質は Schmiedova et al. (2020) Gut microbiota in a host-brood parasite system: insights from common cuckoos raised by two warbler species
によればカッコウのひなの腸内細菌が作っているらしい。糞と悪臭物質は異なるもので、それぞれ別の細菌叢を持っている。宿主のスズメ目に比べてカッコウ類は長い盲腸を持っていて、悪臭物質は盲腸から排泄されたものと想像されるが確認が必要である。細菌には哺乳類で悪臭物質を放つものとも共通のものがある。
カッコウでは宿主によって細菌叢が異なる部分があるがあまりすっきりした結果にはなっていない。
鳥類の盲腸についての比較研究は Hunt et al. (2019) Phylogeny and herbivory are related to avian cecal size で見られる。論文そのもの結論は従来も言われていたことだが植物食とはよい相関があるが、飛翔能力とは特に関係が見られず、飛翔によって制約されるものではないだろう。
Supplementary information に種別の情報があるので見ていただくとよいだろう (植物食のものがあまりにも長いために論文の図ではあまりよくわからない)。カッコウ科が長い盲腸を持っていることわかる。
盲腸の長さが食性だけで決まっているわけではないことは、似た食性のタカ類ではほとんど発達していないのに比べてフクロウ類でよく発達していることからも明らか (フクロウ類の盲腸糞は有名)。この猛禽2系統は系統的にも関連があると考えられるのでなぜ片方のみ発達しているのか興味あるところである。この論文では他に栄養のことを考えているが、カッコウ類が捕食者を追い払う役割などは考えていない模様。
樹洞営巣性であるいは捕食者を追い払う時に使う可能性があるのか (実際に使っているかは調べていない) と見てみるとその傾向はあるようにも思えるが、カワセミ類やキツツキ類は盲腸がほとんど発達していないのでこの解釈が当てはまるものがあるとしても一部に限られそう。
[カッコウのひなの口は超常刺激か]
カッコウのひなの赤い口は超常刺激 (supernormal stimulus) となって親鳥に多くの餌を運ばせるアイデアは古くからあるが [例えば Dawkins (1976) は as if it were a helpless drug addict と記述した。Dawkins and Krebs (1979) Arms races between and within species]、
典型的宿主の3種について人工操作の実験結果から超常刺激とは言えないとの研究もある: Noble et al. (1999) The red gape of the nestling cuckoo (Cuculus canorus) is not a supernormal stimulus for three common hosts。
Kilner et al. (1999) Signals of need in parent-offspring communication and their exploitation by the common cuckoo では視覚・聴覚刺激両方を用いることで単独では得られない効果を得ている研究もある。
日本の研究で Tanaka et al. (2011) Rethinking visual supernormal stimuli in cuckoos: visual modeling of host and parasite signals
ジュウイチとルリビタキの関係で調べたものがある。Noble et al. (1999) は否定的な考えを示したが、紫外線が見えることを考慮していない。ジュウイチのひなの口と翼のパッチは宿主よりも紫外線反射率が高く、色彩のためのコストを考えると役に立っているだろうと考えるのが自然であろう。ジュウイチの反応まではわからないが超常刺激として働いている可能性もあるだろうとのこと。
この論文で "receptor noise" の表現を見た時には検出器ノイズ (フォトンノイズ、検出器の電気雑音など) を想像したのだが、概念が違うらしいことを知った。ヴェーバー-フェヒナーの法則 Weber-Fechner law (#オオルリの備考 [オオルリはなぜ青い] で登場) も含まれた定式化とのことで、
luminance discrimination threshold は色識別のしきい値を表すとのこと。[オオルリはなぜ青い] で触れたが天文学では伝統的に色指数の概念があって対数で定義されている (等級の概念がヴェーバー-フェヒナーの法則に由来する対数なので)。すなわち天文学者が天体の色を議論する時にはヴェーバー-フェヒナーの法則が暗黙に含まれている。
天文学でも複数の波長 (フィルター、バンド) で測定した等級を求めて対象の弁別を行ったりするが (遠方銀河を探すなどよくよく使われる)、伝統的なバンドならば UBV (それぞれの色の頭文字)、CCD ならば BVRI などが使われる (遠方銀河などの場合はさらに長い波長を使う)。
3バンドの場合の表示は2色図という2次元空間の図になり、4バンドだと2色図を通常2セットになる。
感覚生態学でも対数スケールでこれらの表示を試してみると面白いのではと感じた。Tanaka et al. (2011) で採用されている Weber fraction は 0.05 で、天文学では 0.05 等級に対応する。人が認知できる等級差は 0.1 等級ぐらい (実際にはよい条件ではもう少しよい) と言われるのでよく合っている。1 等級も違うと誰の目にも明らかなので1等星、2等星のようなランクに分けられた次第。
色指数の方もだいたい 0.1 違えば色の違いとして認知されると思う。
Vorobyev and Osorio (1998) Receptor noise as a determinant of colour thresholds
が引用されている文献。田中啓太「ジュウイチのヒナの騙し戦略と感覚生態学」in 上田恵介(編)「野外鳥類学を楽しむ」(海游舎 2016) 4章で扱われている。
たまたまこの人たちがこのように定式化したもので、他の人が違う式を使って定式化したものが使われてもおかしくなかった。式が少々違っていてもおそらく同じような結果になっていただろう
(Vorobyev は原語読みではヴァラビヨーフが近いだろうか。最後を伸ばしたのはアクセントがここにあるため。ヴォロビエフは英語綴りの読み方。原語ではスズメの複数生格 = 複数対格で、"スズメたちの"、または "スズメたちを" の意味になる。ロシアの人名ではこのようなケースが結構あり、Baklanov は同様にウの複数生格 = 複数対格 など)。
同じような定式化が色指数を用いて弁別を行っていた天文学の方ですでに行われていたのではないかと想像する次第。
[托卵鳥の同種認識]
カッコウ類などが育ての親を同種と認識してしまわないのはカッコウ類のさえずりなどの行動が本能的なものであるためなどの解釈がよく聞かれる。
「本能はどこまで本能か: ヒトと動物の行動の起源」ブランバーグ著 (#ミサゴの備考 [feather taxis・頭かき] 参照) によれば、大御所の Ernst Mayr (1974)
Behavior Programs and Evolutionary Strategies
は将来の交配相手を適切に見分けるプログラムがもともとの受精卵に完全に組み込まれていると考え。これを閉じた遺伝子プログラム (genetically "closed" behavior program) と呼び、動物における種の認識はほぼ例外なく閉じた遺伝子プログラムによると考えたとのこと (訳書 pp. 186-191)。
コンピュータが身近に登場した時代で、ソフトウエアとハードウエアの比喩が抵抗なく受け入れられやすかったことを反映しているとのこと。ただしこのような考えは Mayr 独自のものというより1961年ごろにすでに広まっていた考えで、Jacob and Monod (1961)、Ernst Mayr (1961) が同じような意味で使っている
[Peluffo (2015) The "Genetic Program": Behind the Genesis of an Influential Metaphor]。
カッコウ類ではこれで説明できるかも知れないが、音声学習を行い、しかも絶対的托卵性のスズメ目の鳥にも同じ説明が当てはまるかは明らかでない。北米のコウウチョウ類 (cowbirds, ムクドリモドキ科 コウウチョウ属 Molothrus) が有名で (旧世界のカッコウ類のようにタカへの擬態はなく、隠蔽色で托卵を成功させているらしい)、
コウウチョウ Molothrus ater Brown-headed cowbird がよく調べられている。200 種以上への托卵が知られている。
West and King (1977) Species Identification in the North American Cowbird: Appropriate Responses to Abnormal Song がコウウチョウを用いて実験を行い、驚くべき結果を発表した。
完全に人の手で育てたコウウチョウは本来の歌を歌えないが、メスはむしろそれをより好むように見えた。West and King (1977) は超常刺激 (supernormal stimulus) となっていると解釈し、繁殖期に確実に種を識別できるようにデザインされた独自のシステムを発見したとした。そしてそれは托卵種のメカニズムとして非常に都合よく見えた。
これは当時の考え方にあまりに合っていたため広く受け入れられることとなったが、その後問題点が見つかった。このようなオスはメスとうまく交尾できないことがわかり、また当時の実験手法に由来する問題点が明らかになって超常刺激ではないことがわかった。
極めつけは生後 50-100 日のコウウチョウを2グループに分け、一方はコウウチョウと、もう一方はカナリアと飼育した結果、繁殖時期である 10 か月後にはカナリアと飼育したものはカナリアに求愛し、一緒にいるコウウチョウを無視したのである。
West and King も生得的プログラム説を自ら却下せざるを得なかった。実は社会的交流を通じて同種を認識したのである。
さらに興味深いことにコウウチョウのオスに歌を教えるのはメスの役割で、若いオスから追いかけられた時に示す行動 (一度だけ羽ばたく) によって交配成功の方法を教えてゆくとのこと。
[West and King (1988) Female visual displays affect the development of male song in the cowbird および参考文献;
West and King (2001) Science Lies Its Way to the Truth ... Really]。
(ここまで「本能はどこまで本能か: ヒトと動物の行動の起源」から抜粋と文献紹介。現代でもコンピュータとの比喩は有効で生得的プログラム説は語られやすいが、それほど簡単なものではないことを知っておいてよいだろう)
Lynch et al. (2017) A neural basis for password-based species recognition in an avian brood parasite
の導入部分でこの問題が紹介されている。
パスワード仮説 (password hypothesis) があり、何らかのパスワードに晒された以降、同種の声や姿、社会性などを認識するとの仮説である。そのパスワードは学習で得るものではないはずである。
この論文は音声学習にかかわる脳内神経機構を同定したというもの。同種の "chatter" (餌要求などの地鳴き) には反応する回路は早くから存在するが、さえずりに反応する回路は同種の声を聞く経験で誘導されるらしい。
同種の声を聞くことなく宿主の声に長時間晒された場合は同種への神経反応を示さず刷り込みが起きる証拠も見られた。同種の "chatter" を頼りに同種の集団を聞き分け、その声に長時間晒されることで同種のさえずりを学習するらしいことがわかった。
"chatter" がパスワードの有力候補とする考えは過去にもあったが神経回路の発達の研究で裏付けられたことになる。音声学習の回路の働きを変えることで誤った刷り込みを避ける機能を進化させたらしい。
Louder et al. (2019) An Acoustic Password Enhances Auditory Learning in Juvenile Brood Parasitic Cowbirds
にも関連研究がある。パスワードとセットであれば異種のさえずりでも学習の対象になるとのこと。
托卵鳥しかこのメカニズムを使わないとも考えにくく、音声学習を行う鳥で同様のパスワードを見つけらるか興味ある課題である。
ここで調べているものは候補となっていた音声のみなので、他のパスワードが存在することを否定するものではない。
時に異種への托卵を行うカモで誤った刷り込みが起きた事例を説明できるかも知れないとのこと: Sorenson et al. (2010) Sexual imprinting misguides species recognition in a facultative interspecific brood parasite (アメリカホシハジロからオオホシハジロへの托卵例)。
なお南米のズグロガモ Heteronetta atricapilla Black-headed Duck はカモ類で唯一の絶対的托卵性で、孵化後すぐに宿主の巣を離れて独立するという [「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) p. 182]。
「世界の鳥 行動の秘密」p. 183 によれば、中南米のツリスドリ類 (Psarocolius属) Oropendolas は鳥に寄生するハエ Philornis属 (学名由来は "鳥好き") 俗名 "bot flies" によるひなの死亡率が高い。
Philornis downsi 俗名 "avian vampire fly" でガラパゴスの侵略的外来種となっている。
O'Connor et al. (2009) Philornis downsi parasitism is the primary cause of nestling mortality in the critically endangered Darwin’s medium tree finch (Camarhynchus pauper)
によるとダーウインフィンチの一種 (種和名もダーウィンフィンチのよう) のひなの死亡の最大要因となっている大変困ったハエらしい。
Bulgarella et al. (2022) Persistence of the invasive bird-parasitic fly Philornis downsi over the host interbreeding period in the Galapagos Islands
1960年代にはすでに入っていたと考えられる。鳥の種を選ばず宿主とする。どのように冬を生き延びているかいくつかの仮説が提唱されている段階。
ツリスドリ類はミツバチやスズメバチ類の巣の近くで営巣 (和名の通り吊り巣で集団営巣) することで寄生ハエによる被害を軽減しているとのこと。ツリスドリ類そのものはミツバチやスズメバチ類に刺されても免疫があると書かれている (具体的情報は見当たらず)。
オオコウウチョウ Molothrus oryzivorus Giant Cowbird に托卵されるとハエの幼虫を食べてひなの死亡率が 90% 減少するとこの本にはある。
Smith (1968) The Advantage of being Parasitized が最初の報告のようで、オオコウウチョウとキゴシツリスドリ Cacicus cela Yellow-rumped Cacique の間で記述されたとのこと。
托卵が相利共生となっているように見えるが、Webster (1994) Interspecific Brood Parasitism of Montezuma Oropendolas by Giant Cowbirds: Parasitism or Mutualism? によればオオツリスドリ Psarocolius montezuma Montezuma Oropendola (どちらが学名でどちらが英名か区別が付かない?) でははまれな現象とのこと。
オオツリスドリでは積極的にオオコウウチョウを排除し、ミツバチやスズメバチ類の近くにも営巣しないので繁殖成功率が低いという。クリガシラオオツリスドリ Psarocolius wagleri Chestnut-headed Oropendola では起きているようで、種にもよるらしい (wikipedia 英語版)。
アフリカ中央部のスズメ目テンニンチョウ科 シコンチョウ Vidua chalybeata Village Indigobird はオスが育ての親の歌を学習することで、それを好むメスとつがいになり托卵相手の種に対応する系統が維持されるとのこと (「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」pp. 223-225)。
Payne et al. (2000) Imprinting and the origin of parasite-host species associations in brood-parasitic indigobirds, Vidua chalybeata。メカニズムは異なるがこちらも生得的プログラムではないことがわかった。
テンニンチョウ類の野外識別は難しく、オスの識別でも困難でメスや若鳥ではほとんど不可能である。シコンチョウの場合は宿主 コウギョクチョウ Lagonosticta senegala Red-billed Firefinch と一緒にいること、人家の近くに生息することが識別の手がかりとなる (wikipedia 英語版)。
Klein and Payne (1998) Evolutionary associations of brood parasitic finches (Vidua) and their host species: Analyses of mitochondrial DNA restriction sites
に Vidua 属の分子系統研究があり、歌の学習により宿主に対応した種分化が起きている (種ごとに托卵相手が決まっていることは以前から知られていた)。
Sorensen et al. (2003) Speciation by host switch in brood parasitic indigobirds、
Sorensen et al. (2004a) Clade-Limited Colonization in Brood Parasitic Finches (Vidua spp.)、
Sorensen et al. (2004b) Song mimicry of Black-bellied Firefinch Lagonosticta rara and other finches by the brood-parasitic Cameroon Indigobird Vidua camerunensis in West Africa。
メスのみが宿主に対応した系統を持つカッコウとは異なる。托卵する側も宿主もスズメ上科 Passeroidea - 系統 1 Estrildid カエデチョウ clade に位置する互いに近縁のグループで、日本の種類ではスズメ科に近い (#ツリスガラの備考 [スズメ小目 Passerida の系統分類] を参照)。
托卵する側と宿主の類縁関係が近いので、もとは同一グループで同種内托卵があったものが種分化の要因となり片方が托卵系統、片方が宿主系統に分かれたのかと少し考えたが、科レベルで違っていて単一系統に乗るほど近いものではなかった。この2系統の分岐年代は 1690 万年前ぐらいとなる (そのころから托卵習性があっても悪くないのかも知れないが)。
宿主の種分化と対応して種分化したことも想像されるが、分子系統解析の結果は否定的だった。ただし系統樹のトポロジーに似たところもある (Sorensen et al. 2004a)。Vidua属は 19 種。シコンチョウはさらに分割される可能性もあるとのこと。
Sorensen et al. (2004b) によれば複数の宿主を持つカメルーンシコンチョウ Vidua camerunensis Cameroon Indigobird グループの間で異なる歌を模倣するグループの間で形態的違いは認められなかったとのこと。
Phoebe Barnard (アニマ 1992年6月号 pp. 68-72 に翻訳記事) によるとテンニンチョウ類はひなの口蓋のマークを宿主のひな似せているが、これは托卵する側と宿主の系統が近いため擬態の鋳型があらかじめ存在して (前適応)、擬態は必ずしも複雑で特別な適応を示していると言えないとある。この系統の近さは現代の分子系統研究で裏付けられている。
田中 (2003) Birder 17(5): 82-83 にテンニンチョウ類の歌学習の解説がある。
托卵をする鳥にもカッコウ類とは異なるいろいろなものがあることがわかる。なお「カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック」ではカッコウ類でも宿主の刷り込みが起きているのではないかと推測しているが、飼育実験などが非常に難しいために解明は難しいとのこと。
托卵性への進化はいろいろなメカニズムがかかわっていたのだろう。
種固有の歌を持つわけではなく模倣で得た歌もやはり song なのだろうが、mimicry song と呼ばれているらしい。他種でも音声模倣はあるので托卵種だけで起きる現象なのだろうか、それとも音声模倣がつがい相手の選択に役立っているケースがあるのだろうかと想像が膨らむ結果である。
模倣された音声が識別の手がかりとなると生身の人間の識別能力を超えるかも知れない。ムシクイ類のように「鳴けばわかる」レベルなのだろうか。生殖隔離は起きているので生物学的種概念は満たしているだろうが不思議な気もする。
Colombelli-Negrel et al. (2012) Embryonic Learning of Vocal Passwords in Superb Fairy-Wrens Reveals Intruder Cuckoo Nestlings
ルリオーストラリアムシクイ Malurus cyaneus Superb Fairywren では抱卵中に親が地鳴きを出したものを学習し (こちらもパスワードと呼んでいる)、孵化後にその構成要素を発することで托卵宿主のマミジロテリカッコウ Chrysococcyx basalis Horsfield's Bronze-Cuckoo のひなと区別している研究結果がある。
実験的にはおそらく有意な結果なのだろうが、コウウチョウのパスワードほどは神経的なメカニズムはわかっていないはずで、コウウチョウ同様に神経発達のメカニズムも調べられてより明確になってゆくのだろう。
コウウチョウでは特に場所記憶などに重要な脳の海馬のサイズに雌雄差があるとの報告がある:
Sherry et al. (1993) Females have a larger hippocampus than males in the brood-parasitic brown-headed cowbird
托卵先の巣を探すのはメスだけが行うもので、場所を記憶して後に托卵に訪れるために海馬が発達しているとのこと。非托卵性のコウウチョウ類よりも大きいらしい。
飼育下では不必要なため小さくなるとのこと: Day et al. (2008) Sex Differences in the Effects of Captivity on Hippocampus Size in Brown-Headed Cowbirds (Molothrus ater obscurus)。
[托卵鳥に共通の遺伝的変化]
Osipova et al. (2025) Comparative population genomics reveals convergent adaptation across independent origins of avian obligate brood parasitism (preprint)
絶対的托卵のうち3系統 (コウウチョウ、ミツオシエ類、テンニンチョウ科 Viduidae) のゲノムを調べて近縁系統の非托卵種との違いを調べたもの。おそらく子育てをがないためオスの精子競争が激しく、精子に関わる部位の変化が多い。中枢神経に関わる部位も同様で托卵のために空間認識能力が必要になる可能性を挙げている。また全体的に非托卵種に比べて何度も選択的スイープ (selective sweeps; 選択的一掃) が起きていて宿主との競争の結果を反映しているのではないかとのこと。
ただしコウウチョウではそれほど高くない。托卵種となった歴史が浅い (300 万年程度) ことと托卵ジェネラリストであることが要因ではないかと推測している。カッコウ類が研究対象に含まれていないのはゲノム情報が限られているためだろう。他にも卵の彩色のための遺伝子など変化が大きい。
△ ヨタカ目 CAPRIMULUGIFORMES ヨタカ科 CAPRIMULGIDAE ▽
-
ヨタカ (分割された)
- 第8版学名:Caprimulgus jotaka (カプリムルグス ヨタカ) ヨタカ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Caprimulgus indicus (カプリムルグス インディクス) インドのヨタカ
- 第7版亜種学名:Caprimulgus indicus jotaka (カプリムルグス インディクス ヨタカ) ヨタカのインドのヨタカ
- 属名:caprimulgus (m) ヨタカ (capra (f) 牝ヤギ mulgeo (tr) 乳をしぼる)
- 第8版種小名:jotaka ヨタカ
- 第7版種小名:indicus (adj) インドの (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 第7版亜種小名:jotaka ヨタカ
- 英名:[Jungle Nigthjar 分離前の名称], IOC: Grey Nightjar
- 備考:
caprimulgus は短母音のみで -mul- がアクセント音節 (カプリムルグス)。
jotaka は日本語同様に短母音で読めば冒頭がアクセント (ヨタカ)。"ヨターカ" でも構わない。好みに合わせてどうぞ。
indicus は冒頭にアクセントで "インディクス"。
goat-suckerとも呼ばれ、ヤギの乳を吸うと考えられた。鳥 (オス、春に) を標本にする時に強いヤギの臭いを出すことに気づいて、ヤギの乳を吸うとの迷信も理解できると Coues (1874) は述べた。
分割のため第7版学名は亜種まで記した。
現在は以前の2亜種 jotaka、hazarae (パキスタン北東、バングラデシュ、中国南部、ミャンマー、マレー半島の亜種) が分離され、Caprimulgus jotaka (英名 Grey Nightjar) に含まれる。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ扱い。
日本で記録されるヨタカは亜種まで含めた学名で Caprimulgus jotaka jotaka となる。旧英名の Jungle Nigthjar は IOC では分離された Caprimulgus indicus ジャングルヨタカ が引き継ぐ。これは Indian Jungle Nightjar とも呼ばれる。
記載時学名 Caprimulgus jotaka Temminck & Schlegel, 1844 (原記載)。フランス語名 l'engoulevent Jotaka。
sous le nom qu'elle porte au Japon と名前は日本の名前から。
しかし現代のフランス語では j はジュと読むのが普通なので、Jotaka がヨタカと読まれていたかどうかは疑問。学名の発音は問題なし。
ヨーロッパヨタカはお馴染みで、Engoulevent と言えばこの種を指すためフランス語名も悩ましくなく、Vigors and Horsefield がオーストラリアの種類についてすでにこの属に種小名 (guttatus や albogularis) を与えて新種記載をしているので同列の使い方のよう。命名状況はアオゲラやコゲラに似ている。
Vigors and Horsefield が "オーストラリア" を種小名に用いなかったのは Caprimulgus novaehollandiae Latham, 1790 (novaehollandiae = オーストラリアの意味) がすでに存在していたため。そのぐらい多数の名前がすでに付いていた。
Caprimulgus indicus Latham, 1790 も地名を用いてすでに命名されていた。
Grey Nightjar と呼ばれた別種があり、Caprimulgus griseus Gmelin, 1789 (参考)、現在のものは分割によるやむを得ない英名変更ではあるが過去の用例と重なってしまっている。
ヨタカ類は採集家に人気だったようこの時代には Caprimulgus 属に色彩や形態、地名を用いた非常に多くの学名がすでに存在して、簡単に思いつく種小名ではすでに使われているおそれがあったため Temminck and Schlegel が現地名を用いた可能性がある。
日本のヨタカはヨタカ類の中でも後発になっている。
Temminck 自身も 1820 年代に他のヨタカ類にいくつも命名しており、日本からちょっと違うヨタカの標本があってもおそらく珍しくもなかっただろう。ヨーロッパ中部・北部ではヨタカ類は1種だが熱帯・亜熱帯には多数の種が存在することがすでに明らかになっていた。色彩や形態に基づく命名は一段落した後の機械的命名段階だった可能性がある。他種で "ヨーロッパ産の種の日本版" と記載したものとは事情が異なっていた。
Chen and Field (2020) Phylogenetic definitions for Caprimulgimorphae (Aves) and major constituent clades under the International Code of Phylogenetic Nomenclature
ヨタカ、アマツバメ、ハチドリなどの系統と分類群の名称の提案の論文がある。
過去の分類ではこれらはフクロウ類の後に並べられており、夜行性グループがなんとなくまとまっている感じがあったが、現代の分子系統樹は全く異なっている。ヨタカ、アマツバメ、ハチドリが共通の系統に属することの意義について#アマツバメの備考も参照。
[ヨタカ目の範囲]
ヨタカ目 Caprimulgiformes は現在も広く使われる概念だが、どの範囲を含むか議論もある。
Caprimulgiformes Limits (BirdForum) に歴史的記録が紹介されている。2016 年の eBird/BOW ではアマツバメ目 Apodiformes が Caprimulgiformes に包含され、Caprimulgiformes と Apodiformes の双方を認めると単系統の関係にならない。
それぞれをの科を目とする解決方法もあるが (その場合は Caprimulgiformes は狭い範囲となる)、eBird/BOW は Apodiformes を目から科 Apodidae に変更して Caprimulgiformes に含めることにした、とある。
これは Prum et al. (2015) の結果などを受けたもの。[#鳥類系統樹2024] の Stiller et al. (2024) の結果も同様であるが、両方の扱いが可能であるため Strisores (Caprimulgiformes) としている。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では両者を目として扱っている。
Boyd も
・Caprimulgiformes ヨタカ目 Nightjars
・Steatornithiformes アブラヨタカ目 Oilbird
・Nyctibiiformes タチヨタカ目 Potoos
・Podargiformes ガマグチヨタカ目 Frogmouths
・Aegotheliformes ズクヨタカ目 Owlet-nightjars
・Apodiformes アマツバメ目 Treeswifts, Swifts, and Hummingbirds
と分けていて、アマツバメ目を残すならばそれぞれを目にするのが分子系統に忠実な分類となるが、アマツバメ目以外は外見はヨタカ類と似ているので直感とは合わないところがある。さらにずいぶん異なるのにハチドリ類はアマツバメ目に含まれてこちらも見かけは目にふさわしいとの考えもありそう。
アブラヨタカは1種で1目というのもおそらく違和感の原因になるだろう。この目は Mayr が 2010 年に提案したもの。現世種は1種だが絶滅属がある。Nyctibiiformes も Yuri et al., 2013 と新しいとあったがその後訂正されたようで Boyd の記述ではタチヨタカ目を初めて目と認識したのは Boyd の Taxonomy in Flux とのことでまだ Informal な名称となっている (2025.5 時点)。
Aegotheliformes も Worthy et al., 2007 と同様。
ツメバケイは1種で1目だがアブラヨタカにはそこまで強いインパクトはないかも知れない。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 92 p. 6 によればガマグチヨタカの和名は英語の frogmouth が由来とのこと。OED によれば 1862 年、Jerdon, Birds of India で The Wynaad frog-mouth と紹介されたものが最初とのこと。属名は Batrachostomus で batrakhos カエル stoma 口 (Gk)、提唱者も Gould で、英名 = 属学名 だった。
科学名は Podargus 属由来で、こちらは Cuvier (1816) の用いたフランス語名 Podarge 由来で podagros < podagra ヤギ (Gk) から。Vieillot (1818) が属名を定義した (The Key to Scientific Names)。実態はわかっていなくてもヨタカに似た鳥はヤギを連想させたよう。
ズクヨタカはミミズクに似ていることから。
Strisores とは何か
wikipedia 英語版の解説によれば Strisores は Cabanis (1847) Ornithologische Notizen の用いた概念で2 "族" からなっていて Macrochires ハチドリ類、アマツバメ類、ヨタカ類、アブラヨタカ、タチヨタカ類を含んでいたがガマグチヨタカは含まれていなかった、そして Amphibolae ツメバケイ、ネズミドリ類、エボシドリ類 を含んでいた。
Cabanis (1847) の時代にはすでに Cypseselidae (下記参照), Caprimulgidae, Trochilidae などの名称はすでに存在していた。
この当時は Oscines (現在の鳴禽類にそのまま使われている), Clamatores, Strisores, Scansores の4グループの1つだった。
p. 345 によれば Strisores のドイツ語名は Schrillvoegel (金切り声を上げる鳥) でラテン語 strido 由来 (フクロウ類の strix とも関連があり、フクロウ類の英名にある screech owl も関連があり、フクロウ類の英名や属名も音声に由来していた) と書いてある。
さらには 雑誌 "Birder's World" 1989.10 pp. 10-13 に Don Alan Hall が "Quavering and Tootling Owls" によれば恐怖を連想させる声で夜に鳴く不明のものを指していたとのこと (#フクロウ備考参照)。
"夜" を意味する語義はそもそも含まれていなかった。
対比されている Clamatores もドイツ語名で Schreivoegel (叫ぶ鳥) で (#カンムリカッコウ備考参照)。oscine はラテン語 oscen (名詞) 由来で ops- 歌う -cen 者から。Cabanis は鳴き声を気にしていたよう。Oscines から始まる分類「歌う鳥、叫ぶ鳥、金切り声を上げる鳥」から想像すると、Cabanis にとっては音楽的にさえずる鳥こそ本命で、それ以外の鳴き声の鳥はうるさいだけと思っていたのでは (笑)。
今でも「さえずり」の定義に似た側面があり、音楽的に聞こえない鳥は「さえずり」と呼びにくいとの考え方もある。上田 (2007) Birder 21(5): 38-39 では比較的狭義に捉えられているようでキジの声はさえずりとは言えない、キジバトやフクロウはさえずりと言えるのか抵抗がある、モズの高鳴きやカッコウあたりからさえずりに入れる人があるでしょうなどと述べられている。
自分が使う場合は音声に明らかに違いがある場合は、機能を重視した song, call の分類を使っている。ほぼ xeno-canto の用例に近いがサンショウクイなどはどちらか悩ましいところ。キジバト、フクロウ、カッコウはいずれも song としている。モズの高鳴きは call にしている (春の subsong が別にある)。
xeno-canto の用例を見ておくとキジは song 1 例、call 3 例。タイリクキジはサンプルが多数あり song の例も多い。song と alarm call を分ける用例がある。キジバトでは圧倒的に song。モズの高鳴きは圧倒的に call。日本語用語と英語の感覚の違いはあるかも知れないが参考までに。
Cabanis 時代の考え方は現代のバードウォッチングでも、明朗にさえずる鳥以外の声はあまり相手にされない傾向のある音声の取り上げ方とあまり違わないかも知れない。山の夏鳥でオオルリ、キビタキ、クロツグミを聞き分けられる程度で鳥の声の聞き分けに強いと称賛されるぐらいでは困る (と勝手につぶやいておこう)。
Strisores についてはさすがの wikipedia もここまで語源を追求しておらず、専門用語すぎて OED にも出てこない。
最後に残る Scansores は何かと見てみると Klettervogel (よじ登る鳥) とのこと。Strisores と現代の分類は「たまたま一致した」程度と考えてよさそう。
Burmeister は後に Strisores から Amphibolae を除外したがカワセミ類やハチクイモドキ類を追加したとのこと。Strisores の名称そのものが現代の分子系統研究による系統に合致する概念で使われたことはなかった。当時はグループ名は上記4例からもわかるように複数形の -s で終わっていた。
Cypselomorphae は Huxley (1867) が設けたもので、ハチドリ類、アマツバメ類、ヨタカ類などを含んでいたがガマグチヨタカ類やアブラヨタカ類は含まれないと考えていた。この時代も -formes の語尾ではなかったようで、-morphae は現在使われる系統名と少しニュアンスが異なる。
Cypselomorphae は 当時のアマツバメ類の属名 Cypselus 由来ととてもややこしい。アマツバメ類の属名が Apus となった経緯は #アマツバメの備考参照。
この属名変更に伴い、また目名語尾が -formes に使われるようになり、アマツバメ類に対して Apodiformes が主に用いられるようになった次第。一方でハチドリ類をベースとした Trochiliformes の名称も使われた (Sibley-Ahlquist 分類)。目レベルの分類には属や種のような先取権の原則が明確に設けられていないためさまざまな名称が提案されることになる。
Caprimulgiformes (ヨタカ類の属名由来) はヨタカ類、アブラヨタカ類、タチヨタカ類、ガマグチヨタカ類、ズクヨタカ類の5つの外見が類縁した系統をまとめたもので 20 世紀に広く使われていた。
分子系統解析によってアマツバメ類やハチドリ類が Caprimulgiformes に内包されることが確実となり、リンネ式の階層分類にとって挑戦的課題となったとのこと。Caprimulgiformes は上記定義が広く使われてきたのでこの定義をアマツバメ類やハチドリ類まで広げることには抵抗もあり、古く Cabanis (1847) の用いた Strisores の名称を現代的な意味で用いる用法が提唱された。
Caprimulgiformes などを目として扱い、Caprimulgimorphae Cracraft, 2013 のように上目を設ける考え方もあったとのこと。
Strisores (Caprimulgiformes) と書かれる場合は、Strisores は古い名称を再定義して新しい概念を表現するために用いたもの、Caprimulgiformes はこれまで使われてきた名称の範囲を広げたものとなる。提唱された時代の概念と同じではないのでどちらが正しいとも言い切れない。
目記載時のドイツ語名 Schrillvoegel もおそらく語源を的確に反映していなかったが、語義に詳しい人にとっては Strisores は Strix 同様縁起の悪い音声を連想するため、Strisores の名称は存在しても避けられていた (いる) のかも知れない。
ついつい Strix の語感に考えが及んでしまう (ごめんね > 日本野鳥の会様)。
Strisores (Caprimulgiformes) の系統上の位置づけや進化の解釈を調べてみるとやはり相当の議論があることがわかった。Chen et al. (2019) Total-Evidence Framework Reveals Complex Morphological Evolution in Nightbirds (Strisores)
を見てみると Strisores の夜行性は祖先形質なのか、あるいは個々の系統が個別に獲得したものか意見が分かれている。夜行性が祖先形質とすると一度暗所視に適応して網膜の分子機構などを進化させたものが昼行性に戻る (アマツバメ、ハチドリ類) のは極めて考えにくいとの解釈がある。
ヨタカ類を除いて個々の現生系統に対応する古い化石証拠もあり年代推定も問題なさそう、分子系統解析も現在用いられている系統を強く支持するが夜行性の起源は未だに決着が付かないテーマとなっている。
この論文の系統樹 (化石種も含まれていてわかりやすいのでおすすめ) を見ていただくといずれも根に近いところで分岐しているのでヨタカに似たグループの目の関係が簡単に決着しないのも納得できる。分岐年代からはそれぞれを目とするのが妥当と考えられても、限られた証拠に基づくものでまだ暫定的扱いとみなされているのかも知れない。
いずれの系統も起源は古く 5600 万年前以前に分岐したと考えられる。この著者たちはヨタカ類の一部に見られる夜行性適応の反射板 (tapetum lucidum) の遺伝的基盤を気にしている。一部の系統にしか存在しないため tapetum lucidum が祖先形質とは考えにくく、個々の系統が個別に夜行性を獲得した考えの方が有利のように見えるが、tapetum lucidum 形成の遺伝的メカニズム次第では二次的に失った証拠が見つかるかも知れない (これは今後比較的検証しやすい可能性のある部分と言えるだろう)。
アブラヨタカ類似の化石種が現生のアブラヨタカ同様に果実食だったとの推論も形態学によるもので、適応によって祖先的な形態形質がこの時点ですでに失われていた可能性もある。
個人的にはなぜ夜行性になったのか解釈があるのか興味があるところで、この時代にはさすがにまだ昼行性猛禽類との競争によるとは考えにくい。祖先系統は非常に古いので陸上で有望な昼間の空の競争相手をあまり思いつかない。#カッコウ備考で紹介した [Otidimorphae とはいったい何者?] が本当に陸上の捕食者であったならば 5600 万年前のような比較的早い段階での競争もあり得たかも知れない。
もっと後の時代に個別に夜行性を獲得したならば昼行性猛禽類との競争もあり得るかも知れない。しかしアブラヨタカが洞窟に住むのはやはり昼行性捕食者対策では、と思ってしまう。昼行性猛禽類のまだいない時代に現在と同じような生態を想像するのはナンセンスかも知れない (いずれにしても現代の外見から祖先系統の外見を予測しない方がよいかも知れない)。
果実食の Strisores がアブラヨタカ以外現存しないのも競争によるものと考えてみると面白いかも知れない。こちらは競争相手がいくつも考えられそう。夜行性となるとコウモリ類 (こちらは鳥類による捕食圧が夜行性になった有力な理由とされている) も競争相手になるかも。
Chen et al. (2019) の系統樹を再度見ていただくと、狭義のヨタカ目のみが別系統で残りと分離できるように見える。現状の見かけが似ているので分離しにくいだけで見かけは収斂進化の要素の方が強いかも知れない。
狭義のヨタカ目のみは古い化石がなく、分岐は古いもののずっと弱小系統で地質学的に近年になって急激な適応放散を遂げたのでは。食性などを考えるとやはり乾燥化と草原の広がりで開けた環境に分布を広げ種分化を遂げたグループのように見える (草原などの開けた環境との関係は保全を考える上でも有意義かも知れない)。
弱小系統だったために化石も残りにくく、またその時代には現代の形態とはかなり違っていたのかも知れない。
そのように考えると Strisores の祖先系統は夜行性でなくても構わないような気がする。ハチドリ類が昼行性で色彩豊かなのも祖先形質と矛盾しないかも知れない。
また飛翔性昆虫食も後から発達した習性で、もとはいろいろな食性のものが存在したが、夜行性の飛翔性昆虫食のニッチを占めることのできた狭義のヨタカ目のみが競争に耐えて繁栄し (そして植物の繁栄などの時流にちょうど乗れたハチドリ類やアマツバメ類)、アブラヨタカのような果実食の系統は古くはいくつもあったがほぼ失われてしまっただけかも知れない。
おそらく比較的古い系統にありがちなパターンで、Otidimorphae の場合には生き残った系統 (ハト、ノガン、カッコウなど) があまりに違い過ぎて分子系統解析をするまで系統関係すらわからなかった、同様にヨタカ類似系統とハチドリ類やアマツバメ類の近さは一見してもわからない。ヨタカ類似系統で生き残ったものは夜行性の飛翔性昆虫食の生態的共通性 (それ以外の生態を持つ系統はの後の系統に及ばなかったなど) から系統が遠い割にはたまたま非常に似てしまった、などを考えるとよいだろうか。
Strisores に比較的近い段階にあるツメバケイは独自系統をなすと考えられるが (位置もまだ多少不確か) 特殊な食性や捕食者適応でたまたま生き残ったものだろう。同じような時期に放散した Strisores の進化も同様の経緯があったと考えることができるようにも思える。
[ヨタカ類の視覚特性]
ヨタカ類の視覚特性は他の鳥と大きく違っていることが知られている。
Salazar et al. (2020)
Anatomical Specializations Related to Foraging in the Visual System of a Nocturnal Insectivorous Bird, the Band-Winged Nightjar (Aves: Caprimulgiformes)
後方にも両眼視のできる視野を持っているが神経数から視力は悪いと考えられる。視力だけで獲物を捉えることは難しく、口を大きく開けると捕食対象が正面で見えないので、口ひげ状の羽毛が横方向にあってセンサーになっているのではと考えている (他に聴覚を使っている可能性も議論されている)。
ごく大雑把に比喩的に言えばヨタカ類の目は昆虫の複眼に近い機能で、虫がいることを検知すると後は触覚で対応しているのかも知れない。
#ヨシゴイの備考で櫛状の爪 [pectinate(d) claw, または櫛歯] がヨタカ類で発達していることを示す文献を紹介しているが、口ひげ状の羽毛が捕食に特に重要な役割を果たしているためそれを整える意義があるのかも知れない。
ヨタカ類の一部には網膜に「反射板」(tapetum lucidum) があり、光の利用効率を高めている [Nicol and Arnott (1974) Tapeta lucida in the eyes of goatsuckers (Caprimulgidae)]。
tapetum は解剖学で網膜色素上皮のこと。ヒトなど多くの動物で色素着色があるので pigmentum nigrum と呼ばれたが、一部の動物ではこの部分が透明なので tapetum lucidum と呼ばれた名称に由来。
tapetum lucidum の名称には直接には反射板の意味はなく、透明な tapetum の意味。日本語では輝板 / 輝膜と呼ぶらしい (wikipedia 日本語版より)。タペタムと呼ばれるらしいがこれはラテン語由来の用語が長いので英語圏でも省略されて呼ばれるためだろう。
「反射板」のメカニズム一般の新しい研究があり、Zueva et al. (2022) Multilayer subwavelength gratings or sandwiches with periodic structure shape light reflection in the tapetum lucidum of taxonomically diverse vertebrate animals。
光の波長以下の構造なのでもちろん電子顕微鏡が必要。
哺乳類では網膜の外の脈絡膜 (choroid) にあってコラーゲン繊維のナノ構造の回折格子的な配置による。構造色と言える (配列次第で光をほぼ完全に吸収することも反射率を高めることもできる。#オオルリ備考の [構造色について] 参照。反射率を高めている例では #ヤマシギ備考の [ヤマシギの尾の裏先端部の白色] を参照)。
ネコなど肉食哺乳類 (carnivores)、アザラシ類、古い系統の霊長類 (lower primates) で tapetum cellulosum、有蹄類で tapetum fibrosum と異なるタイプのものがある。
鳥類、爬虫類、両生類、魚類では網膜の色素上皮中にあって retinal-type tapetum (写真に choroidal tapetum とあるのは違っている気がする)。魚類や両生類では強膜 (sclera) に持つものもあるとのこと。この論文では夜行性鳥類のことは特に触れられておらず、鳥類の目の反射はそれほど強くない。
choroidal tapetum の方が起源が古く、retinal-type tapetum が後に独立に進化したと推定されている。
夜行性の哺乳類に目立つので哺乳類ベースの研究が中心のようだが、鳥類では昼行性種が多いのでそこまで高い反射率は必要でないのかも。夜行性鳥類のことは特に触れられていないので同様に調べると反射効率を上げる構造があるのかも知れない。
#チョウゲンボウ備考の [チョウゲンボウとコキンメフクロウの目の比較] にあるように解像度が必要な昼行性猛禽類ではむしろ反射を抑制している。
[ヨタカ類の "wing-clapping"]
ヨタカやヨーロッパヨタカなどでディスプレイの際に機械音を出すことが知られている。「動物の世界」2版 13 (日本メール・オーダー 1986) pp. 3877-3878 にヨーロッパヨタカで繁殖期の求愛でときおりつばさを打ちあわせてピストルのような音を出す。この音は日本のヨタカでは "ぬれ手ぬぐいを急激に振ったときのような音" と形容されているとのこと。なお記事全体は古い意味で名前に "ヨタカ" の付く別系統も含んだもの
[浦本・樋口 (1986)。前身となる週間アニマルライフ (1973) にも同じ記述があった]。
ヨーロッパヨタカの音源を探してみると XC734167 (Alan Dalton スウェーデン 2022.6.27) や XC809226 (Ulf Elman スウェーデン 2023.6.16) などが参考になりそう。
この音は wing claps (ハチクマの羽打ち合わせのディスプレイにも使われる表現) と表記されている。オオジシギの声や羽音同様、我々が普段耳にする「キョキョキョ...」のヨタカの声とは別のものがあり、ここではこの声を song と呼んでいる。その後 wing claps が続く。
初期には Coward (1928) The "Wing-Clapping" of the Nightjar の考察やコメントが British Birds にあり、"wing-clapping" と呼ばれるが翼は打ち合わせておらず、急速に翼を振り下ろすは時に出る音ではないかなど検討されていた。
より新しいところでは、Tipling (2021) A review of 'wing-clapping' in European Nightjars がよい条件のビデオ記録から翼が接触することはなく、また急速な打ち下ろしや打ち上げは伴っていないとのこと。
Nightjars (Caprimulgus europeus) clapping wings (Birdsong in Spring 2020) の映像があり、翼の後側から音が出ている (0:50 飛行姿勢を示す)。2:26 付近の音声は rattling song と表現している。「キョキョキョ...」の音声を急速に反復するとこのような声になるのかも。
こちらはアメリカ合衆国南部から中米のクビワヨタカ Antrostomus ridgwayi Buff-collared Nightjar の事例: Rattles, Claps, & Burp-clicks (Nathan Pieplow 2010)。
最初はマイクの落ちる音かと思ったが wing-claps, clucking or clicking calls と呼ばれるものと判明したとのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) にもヨーロッパヨタカの声の記述があり、オスの歌は 5 分まで続き、鋭いクリック音を 4-5 回までくり返して終わる。このクリック音は両翼を打ち合わせることに伴うと記述されていた。
それでは日本のヨタカはどのように記述されているのか、「日本野鳥大鑑 鳴き声 420」(蒲谷鶴彦・松田道生 小学館 2001) を見てみるとメスの声や変わった声の記述はあるものの、
榎本 (1935) が「クパッ、クパッ、クラッ、コポッなどと聞こえる声は主として繁殖期に聞かれ、虫を捕らえる音、羽を打ち鳴らす音などの説があった。鳴き声であることは確認したが、意味は不明である」と記しているのが唯一該当する部分で、この記述は地鳴きや "低音のさえずり" が混ざっているようで、"羽を打ち鳴らす音" は直接含まれていない (おそらく伝聞情報のみ) のではないかと想像できる。
上記記事や海外情報を知らないと何のことか想像困難である。音のカタカナ表記がいかに無力であるかわかる。
バードリサーチ鳴き声図鑑にはさえずり、"低音のさえずり"、地鳴き? が含まれているが wing-claps に相当する音は入っていない感じがする。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 92 p. 20 では日本にいるヨタカもつばさを打ち合わせて "クパッ" とか "コポッ" とか聞こえる音をたてることがあり、ヨーロッパヨタカが求愛のときに出すものと同じであろう、と記されているが、榎本 (1935) およびその中で参照されたであろう表現をそのまま使っているように見える。
ヨーロッパヨタカの "wing-clapping" で記録されている音や、"ぬれ手ぬぐいを急激に振ったときのような音" とは多少違うものがカタカナ表記で伝わっていたものかも知れない。
ヨーロッパヨタカの wikipedia 英語版には外敵を追う時にもこの音を使うと書かれている。
浦本・樋口 (1986。1973 に遡る) の記事に出てくるように昔は知られていたが、比喩表現も一緒に忘れ去られたらしい。比喩表現が残っている以上、このおそらく機械的な音は日本のヨタカにも存在するのでは。
「キョキョキョ...」の声を song と呼ぶか (flight) call と呼ぶか海外で見解が多少分かれているのもこれらの繁殖期の多彩な声の存在のためだろう。
繁殖生態について、福丸 (2021) Birder 35(6): 38-41「貴重な求愛シーンを記録![ヨタカ観察レポート]」に求愛や交尾などの行動や音声について報告されている。上記の音が記録されているのか文章からは判断できなかった。
#タシギの備考 [羽音と流体力学] の Clark (2021) Ways that Animal Wings Produce Sound のレビューでは一応候補に取り上げられていて、percussion (マイコドリ類 Manakins) の音のメカニズム (硬い構造をぶつけて振動させる) 類似の可能性が考えられるが具体的な研究は知られていないらしい。
かつて日本と同種とされた Jungle Nightjar Caprimulgus indicus の wikipedia 英語版の記述では、This sometimes ends in quick whistling foo-foo with the quality of sounds obtained when air is blown over an open bottle. A call described as uk-krukroo attributed to this species by Ali and Ripley in their Handbook is in error and is the call of the Oriental scops owl (Otus sunia).
との表現があり、栓を開けた瓶を吹く時に似た音との表現がある。Ali and Ripley の示すところの uk-krukroo の表現はコノハズクの間違いであるとのこと。お互いに文字表現を見て同じだ、いや違うと議論しているようで、何語で書かれても文字で表す限界が感じられる。
Jungle Nightjar にあるならば日本のヨタカにも存在することはおそらく疑いなく、日本のヨタカでヨーロッパと同質の録音を聞いてみたいところである。もっともヨタカは日本固有種ではないので大陸などで先に記録されるかも。
関連があるかも知れない台湾の記録例: Gray Nightjar (Ting-Wei HUNG 2018.10.22)。Flight call に分類しているが、ソノグラムの周波数特性を見ると翼の音かも知れない。30 秒間ホバリングをして翼を震わせたとのことで、平均5分ごとに繰り返したとのこと。投稿者は空中で採食していると解釈して Flight call に分類した模様。しかし繁殖期の終わっているだろう秋の記録でヨーロッパヨタカの wing-claps とは違う機能かも知れない。
繁殖生態については週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 92 p. 19 でヨーロッパヨタカは5月下旬と7月に年2回産卵とのこと。1回のクラッチサイズは2個とのこと。
wikipedia 英語版には産卵時期と月の位相の関係を調べた研究の中で、7月の2回めの産卵の方が月の光の条件に恵まれるとの記述がある [Holyoak and Woodcock (2001) "Nightjars and Their Allies: The Caprimulgiformes"]。
種も異なり、日本では梅雨の時期も重なるので、月の位相との関係は地中海性気候のヨーロッパとは状況がかなり異なるだろう。
[ヨタカの威嚇行動]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 92 pp. 18-20 のヨタカ属の項目で、獲物に襲いかかるコブラのように前後に体をゆすって息をふきかける動作もする。マムシのような外敵を遠ざけるのに役立つと解説があり、写真ではヨーロッパヨタカとヨタカ類の1種 (種名を特定しないのはいかにも当時らしい) の写真が紹介されていた。
類似の動き (息をふきかけるまではなかったが) は渡り中継地で見たことがあり、これは集まっている写真撮影者への威嚇だったのかも。隠蔽色の色彩で武器を持たない鳥がそれでも見つかってしまった場合の手段で、アリスイのヘビを真似る行動と同様かも知れない。
観察地では面白い行動と言われていたが負担をかけていることは間違いないので今後は気をつけよう。
[反響定位を行うアブラヨタカ]
日本の鳥ではないがアブラヨタカ Steatornis caripensis 英名 Oilbird という種類がある。
Brinkov et al. (2017) Oilbirds produce echolocation signals beyond their best hearing range and adjust signal design to natural light conditions
によれば夜行性で、洞窟に住んでコウモリのように反響定位 (echolocation エコーローケーション。エコロケーションの表記も使われるが原語や綴りを反映するためにエコーを使う方がよいと思う) を行う (食物は脂肪に富んだ果実)。
反響定位の音はコウモリに比べて低いが音の性質はよく似ている。人の可聴域にも入る。
アブラヨタカが高い音を聞き取る能力は他の鳥よりよいわけではなく、反響定位の音のピークとは一致しない。実際に聞いているのは 8 kHz 以下の部分であろうとのこと。
また目の感度は脊椎動物で最も優れており、瞳孔も 9 mm まで広がるそうである。
Martin et al. (2004) The eyes of oilbirds (Steatornis caripensis): pushing at the limits of sensitivity に視覚の研究があり感度は高いが分解能は低いはずで、そのため嗅覚や反響定位も用いるのだろうとのこと。
さらに Rojas et al. (2004) Retinal morphology and electrophysiology of two caprimulgiformes birds: the cave-living and nocturnal oilbird (Steatornis caripensis), and the crepuscularly and nocturnally foraging common pauraque (Nyctidromus albicollis)
参考までにアブラヨタカの生態研究も紹介しておく: Holland et al. (2009) The Secret Life of Oilbirds: New Insights into the Movement Ecology of a Unique Avian Frugivore GPS 追跡でこれまでの想像とは異なって平均3日に1回しか洞窟に戻らず、大半の時間を木にじっととまって過ごし、種子を反芻していたとのこと。
Stevenson et al. (2021) Oilbirds disperse large seeds at longer distance than extinct megafauna
南米コロンビアの研究で絶滅したメガファウナの哺乳類以上に長距離の種子散布者となっている。現存動物がメガファウナ時代のように長距離の種子散布者となっていないとの仮定は誤り。
アブラヨタカは現生の Strisores (Caprimulgiformes) で唯一の果実食で、飛翔性昆虫食の多いこのグループの中でどのように進化したのか興味が持たれている。Olson (1987) An early Eocene oilbird from the Green River Formation of Wyoming (Caprimulgiformes: Steatornithidae
によればアメリカのワイオミング州で始新世前期のアブラヨタカに類似した鳥の化石 Prefica nivea が見つかっており始新世前期以前に果実食が始まっており種子植物と共進化した可能性が考えらえる。現在アブラヨタカが南米にのみ生息するのは遺存分布と捉えている。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 92 p. 6 では育雛期間は約 120 日と非常に長く、ひなの生育が非常に遅いとのこと。果実食では栄養価 (記述ではたんぱく質となっていた) が低いためと解説されていた。この説明が正しいならば果実食は鳥の食物の本命になりにくかも知れない。
可能ならばもっと栄養価の高いものの方がよい (#クロハゲワシ備考の [猛禽類の植物食] にも多少関連する)。アミノ酸組成を考えるとやはり肉 (次善として虫) を食べる方がよく、猛禽類では果実食はおまけ程度。必要栄養素を補っている程度なのだろうか。
アオバトなどの果実食中心の鳥はむしろ特殊と言えるのかも知れない。線維性植物食も効率が悪く、ガン類などは食べてばかりいないといけないのだろう。
Birkhead による "Bird Sense: What It's Like to Be a Bird" (2012)、邦訳されてティム・バークヘッド著; 沼尻由起子訳「鳥たちの驚異的な感覚世界」(2013 河出書房新社) によればアナツバメ類にも反響定位を行うものがあるそうである。
この書の英語原題は Nagel (1974) による What is it like to be a bat?"の問いかけに対応。
Tim Birkhead, Bird Sense: What It's Like To Be a Bird の書評 (Oxford Literary Review) によれば Nagel (1974) の書物は悪名高いエッセイとのこと。前書きにも出ているそうなので今度また見てみよう。"bird question" そのまま訳せば鳥の疑問だが、英語では "ばかげた疑問" の意味にもなるのだろう。でも現代の科学では褒め言葉ともなっている。
Irwin (2024) What is it like to be a lizard? Directed attention and the flow of sensory experience in lizards and birds を参考にした。比較の鳥にオオワシが出てくる。
音は光と同様に波であり (光は電磁波で可視光の波長は1ミクロンより小さい。音は空気中の粗密波である点は違いがある)、光の回折限界が視力の上限を決めるように (#イヌワシの備考参照) どのぐらい小さな目標を反響定位できるかは音の波長で決まる (波長よりずっと小さなものは音を反射することができない)。
常温での音速は 340 m/s 程度で、2 kHz の音だと波長は 340/2000 = 0.17 m = 17 cm となる。「鳥たちの驚異的な感覚世界」によればアブラヨタカは電線のコードを避けることはできず、20 cm より小さいものは反響定位で認識できていないようでこの見積もりとよく合う (反響定位の音のピーク周波数もその程度で、もっと高い音は聞こえていないか反響定位に有効に用いられていないのだろう)。
コウモリが反響定位にずっと周波数の高い超音波を用いているのはこのため。例えば 50 kHz の超音波だと 7 mm ぐらいのものを検出することができる。鳥類の聴覚には哺乳類に比べて内耳の蝸牛が短いことによる物理的限界があり、コウモリレベルの反響定位は行うことができない。
鳥類 (+ 爬虫類) と 哺乳類の耳は独自の進化を遂げたもので構造も少し異なる。
Tucker (2017) Major evolutionary transitions and innovations: the tympanic middle ear
によれば鼓室を持つ中耳は鳥類・哺乳類の共通祖先段階では存在せず、それぞれが独自に進化させたとの考えが広く受け入れられているとのこと。爬虫類でもヘビやカメレオンのあるものでは鼓室を失っている。ヘビは音よりも振動を感じ取っているとのこと。
哺乳類では噛む行動に関連して関節を安定させるために軟骨を発達させているが、鳥類では二次的な軟骨を独自に発達させた。これに関連して中耳の構造も違うと考えている。中耳の骨の骨化は鳥類・爬虫類で1片、哺乳類で3片で独自に進化したと考えられる。
Peacock et al. (2025) Middle Ear Mechanics in the Barn Owl メンフクロウの耳小骨の増幅機能をレーザードップラー法で測定。35 dB の増幅に相当して哺乳類に匹敵するとのこと。新鮮な凍結死体を測定直前に解凍したものとこと。
ヒトやチンチラよりも上。1 kHz 以上の周波数でネコより上。
中耳が特に発達していると言われるアレチネズミ (gerbil) とそれほど違わない。哺乳類に比べて原始的な機能というわけではなかった。他の鳥よりも全般的によいが測定されたすべての他種のデータを上回っているわけでもない。どのように違うかは物理の話になるので詳しくは見ていただきたい。
中耳での伝達での時間遅れは哺乳類より大きいが可聴域とよい関係があり、哺乳類のように高音を聞く種類では短くなるとのこと。
Fettiplace (2020) Diverse mechanisms of sound frequency discrimination in the vertebrate cochlea に内耳の hair cell 有毛細胞 の音程判別機構の総説があり、鳥類と哺乳類 (およびカメ) の可聴域が異なる理由などが述べられている。
鳥類と哺乳類では2種類の hair cell を持ち、収斂進化と考えられるとのこと。
鳥類・爬虫類では electrical tuning (イオンチャネルを用いて音による運動と共鳴する) が中心で (イオンの運動速度が関係する) 温度に高く依存し、10°C 上がると基本周波数がほぼ2倍になるとのこと。
爬虫類に比べて鳥類は体温が高いのでこのメカニズムで高音を聞くのに適している。
哺乳類ではタンパク質の prestin (SLC26A5) が信号増幅や音程判別に働いていることが知られていて、細胞膜の prestin が周期的に形を変えることで hair cell の形が周期的に変わって音の信号を受け取る。イオンチャネルを用いない共鳴では温度依存性はあまりないとのこと。
鳥類では直接の証拠はまだ得られていないが遺伝子発現などから何らかの働きがあると考えられる。哺乳類では prestin を阻害すると感度が 40 dB も下がる実験結果がある。
prestin は 2000 年に発見され音の周波数に対応する急速な振動の動きから音楽の presto に基づいて命名されたとのこと [この部分 wikipedia 英語版より。詳しい分子メカニズムは Bavi et al. (2021) The conformational cycle of prestin underlies outer-hair cell electromotility]。
村越 (2017) 三列に並ぶ外有毛細胞の役割とその分子構造 に哺乳類におけるメカニズムの日本語解説論文がある。
鳥類は哺乳類同様に prestin を持っており、より高音を聞くような適応も原理的に可能だったと思われるが、おそらく自分の発声に敏感な周波数に合わせ、フクロウ類を除いて高音への感度を上げる選択は働かなかったのではないかとの考えもある (prestin そのものの起源は古いと考えられている)。
フクロウ類やハチドリ類などが高い周波数をどのように聞いているかの分子機構はまだわかっていない。実はまた驚きの結果が出てくるのかも?
Fuentes-Ugarte et al. (2025) Tracing the evolution of prestin's area-motor activity through ancestral sequence reconstruction and structural modeling (preprint) によれば哺乳類の prestin は構造が特化しているらしく、他の動物では陰イオン透過に用いられていた分子を別目的に用いられるようになったもの。哺乳類では系統の早い時期から変化が始まっている。
鳥類の prestin の祖先型にはその兆候はないようなので、やはり音を聞く目的には進化しなかったのだろうか (この論文は preprint 段階だが過去研究は引用されている論文から見ることができる)。
蝸牛の長さの違いが鳥類と哺乳類の可聴域の違いの由来としばしば説明されるが、センサー部分の分子機構にも違いがあるよう。哺乳類は高音を聞くために prestin を積極的に活用するようになった模様。
抵抗とコンデンサからなる RC 回路に例えることがでて、RC 時定数 (時定数 = 抵抗 R × コンデンサ容量 C; カットオフ周波数は時定数に反比例する) 問題として知られている。
鳥類 (R を減らす) と哺乳類 (C を減らす) は別の解決方法を選んだとの解釈がある: Iwata (2022) Of mice and chickens: Revisiting the RC time constant problem。
複雑な音声を用いる鳴禽類の出現は後の時代になるので、この解決方法の選択は進化の早い段階で起きたのだろう。系統的に古い鳥があまり高音を必要としなかった (自身の声も低かった) ためにそれ以上の進化の自由度が低く、哺乳類に比べて鳥類の聴覚の生理的限界が目立っていると解釈できるかも知れない。
もっとも我々自身が音楽で用いているように、鳥類が最も鋭敏な 2 kHz 周辺の音は空中コミュニケーションに適した音で、昼行性の鳥類は体温も高くイオンチャネルを最適化することで十分対応できただけかも知れない。
音の強さは距離の2乗に反比例と思われるだろうがこれは音源や波の形態にもよってあまり単純でない。音響の基礎: 音の発生と伝搬 (総務省ページ)。
実際の空気では温度差 (特に温度逆転層が発生した場合) による屈折も生じ、もちろん風があれば流されるので遠方なのによく聞こえることもある。
1羽の鳥の声を近くで聞くならばおそらく距離の2乗でよいと想像する。距離の2乗に反比例する場合は距離が2倍になると約 6 dB の減衰になる。これは距離に比例する減衰量にならないことに注意 [低周波騒音などを議論する場合にしばしば "距離の2乗で急激に減少するので"、のような表現が使われることがあるが "離れてもあまり減少しないので" と読む方がむしろ正しい]。
媒質である空気中を伝わる波であることによる減衰がさらに加わり、こちらは距離に比例するので遠くでは距離の2乗の効果よりもこちらの方が強くなる。例えば 250 m から 500 m になっても理想的に距離の2乗の効果は 6 dB だが高音では波の減衰効果の方がもっと大きい。
流体中の粘性による音の減衰に関する Stokes's law (ストークスの法則 1845) があって周波数の2乗に比例して減衰が早くなるとのこと。
さらに他のメカニズムもありこの値よりも減弱率は大きくなる。山田 (1990) 空気による音の吸収
に日本語解説がある。グラフを見ると 100 m の距離での減弱は 1 kHz の音で 1 dB (あまり吸収されない)、10 kHz だと 10 dB となり、さらに高い音では減弱がより大きい。高音の音の到達範囲を考える場合は主にこちらを考えればよい。
500 m 離れると 10 kHz の音は 1 kHz の音に比べて 50 dB も減衰し、事実上ほぼ聞こえなくなる。
高い音は物理的に遠くまで届かないので、空を飛ぶ鳥のように遠方の個体とコミュニケーションには適さない。
また低い音は不確定性原理による時間分解能の限界があり、多くの情報を送ることができない。遠距離の相手に最も多くの情報を送ることのできる条件を考慮すればこの周波数が選ばれた理由を論理的に説明できるかも (いかにもどこかに書いてありそう)。
夜行性だった哺乳類は捕食者や遠くの相手に聞こえにくい音で近傍個体とのコミュニケーションをするために既存の prestin の機能を上げて対応したのかも知れない。細胞を変形させるなど少々無理をしているので hair cell の劣化があり、高音が聞こえにくくなりやすい原因になっているかも知れない (これは個人的想像)。
鳥類は電気回路を工夫し、哺乳類は機械的増幅機構を取り入れることで感度を上げることや高音に対応したと見ることもできそう。
鳥類の聴覚には優れた点もあり、時間分解能が高い、聴覚細胞に再生能力があることが知られている。成熟した哺乳類では再生が起きないため、鳥類の知見が難聴の治療に応用できるかと盛んに研究されているが、今のところそれほどの成功を収めていない。もっともこの再生能力は鳥類に限られたものではない。
少し古い情報だが Stone and Cotanche (2007) Hair cell regeneration in the avian auditory epithelium には鳥類での聴覚再生機能が発見されて 20 年も経つが、哺乳類が再生能力を欠く理由、(薬剤を与えるなど) 別の条件を与えてすら再生しないかどうかは未だわかっていないとある
(哺乳類は寿命が短かったので使い捨ての初期設計で十分だったのだろうかと個人的推測。現代のヒトの寿命が設計寿命を超えていると考えれば微妙に納得できる気がする)。
Castano-Gonzalez et al. (2024) The crucial role of diverse animal models to investigate cochlear aging and hearing loss も哺乳類モデル動物が中心だが鳥類の情報もあり、最大寿命の 80% まで聴力感度曲線が変わらない "老いない耳" として取り上げられている。耳以外にも最大寿命近くまで生殖能力も保持することが多いなど我々の寿命の感覚と異なる点も取り上げられている。
Sadanandan et al. (2023) Convergence in hearing-related genes between echolocating birds and mammals
にも面白い結果が発表されており、反響定位を行う鳥と哺乳類の間で一部の遺伝子に収斂進化が見られるとのこと。哺乳類の間ではコウモリとクジラで収斂進化が知られていたが、鳥類でも類似性があった。
前述の prestin には収斂進化が見られず、反響定位を行う鳥と通常の鳥で違いはなかった。鳥類であまり活躍していないらしいことも間接的に読み取れる。
これもゲノムが多数解読されるようになって可能となった比較生理学研究。
参照されている鳥の耳の感度曲線 (スズメ目とフクロウ類が中心) Dooling (2002) Avian Hearing and the Avoidance of Wind Turbines
も大変面白いので一読の価値あり。アブラヨタカの感度は思ったほど高くなく、高音の感度も通常の鳥と大差ない。オーストラリアのクビワミフウズラ Pedionomus torquatus Plains Wanderer は感度が悪く高い方はほとんど聞こえていないが低音にかなり感度がある。ハトの特性に似ている。
ハイタカとチョウゲンボウはよく似ていて自分たちの声に最適周波数を合わせて聞いている感じ。
スズメ目では結構種差があってウソは高音もよく聞こえている。ホオジロ類に近い新世界のチャガシラヒメドリ Spizella passerina Chipping Sparrow は高音がよく聞こえている。
アメリカガラスは結構感度が高いが高い方は聞こえていない。これも自分たちの声に合わせたものか。
ミナミシマフクロウ Ketupa zeylonensis Brown Fish Owl はフクロウ類の中では感度が低く、高い音も聞こえていない (羽音を出して飛ぶらしい点とも整合する。#ウスハイイロチュウヒの備考 [音を出さない羽毛構造] 参照。
系統の近いシマフクロウもそうではないだろうかと思ったが調べるとやはり羽音を出して飛ぶとあった。とまって獲物を狙うので消音の必要がないとのこと)。
アメリカワシミミズク Bubo virginianus Great Horned Owl もフクロウ類の中では感度があまり高くないが高い方は聞こえている。フクロウ類はミナミシマフクロウを除いて感度がよいか高い方まで聞こえているよう。
音が波であって回折を伴うことは鳥類学の他の分野にも関係するので合わせて紹介しておく。例えば樹木があると幹の両側を通った音が回折を受けて干渉する。これは幹の太さと音の波長の関係で決まるので、幹の太さよりずっと長い波長の音 (低い音) はこの効果をほとんど受けずそのまま通過することができて遠くまで届く。
幹の太さ程度の波長の音は干渉の影響が大きく何度も干渉を受けることで急速に減衰して遠くまで届かない。高い音が短距離で減衰する効果と合わさって、森林性の鳥で遠くまで伝わる声とそうでない声があるのはこの原理による。
Viscosity によれば静止した空気の dynamic viscosity (ストークスの法則に関連するもの) は絶対温度の 0.7355 乗に比例するとあり、気温が高くなるほど音は遠く届きにくくなる。夜間や早朝に鳴く理由の一つにも挙げられる。
カラ類などの警戒音であるシー音は音源定位の難しい音なので捕食者にわかりにくいとされるが、飼育下のスズメフクロウとオオタカを用いた実験では定位ができてスピーカーの方向を向いたという [「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) p. 125]。
この本ではこの音は木々の間で急激に衰えるので頭上の猛禽類には届かないとの説明がある。
それぞれの文献は、Marler (1955)、Konishi (1973) Locatable and Nonlocatable Acoustic Signals for Barn Owls が音源定位の難しい声についての議論。バンド幅の小さい音は定位しにくのでは。しかし、
Shalter and Schleidt (1977) The Ability of Barn Owls Tyto Alba to Discriminate and Localize Avian Calls はメンフクロウでの実験で定位できることを示した。
Shalter (1978) Localization of Passerine Seeet and Mobbing Calls by Goshawks and Pygmy Owls がスズメフクロウとオオタカが定位可能なことを示した。
その後の実験ではある程度の定位はできるが、やはり高い音による定位の方が精度が低い、つまり方向がわかりにくいことは実証されている。
上記の減弱率の数字を見ると空気を通過するだけで 100 m で 10 dB 減弱するので検出困難になるだろう。近傍個体に伝えるための警戒音と考えて問題なさそう。
高音難聴のあるカナリア
Madison et al. (2025) Whole genome sequencing identifies genetic candidates for high-frequency hearing loss in canaries (Serinus canaria)
カナリアの品種の中で Belgian Waterslager canary は大きな低い音のさえずり環境で育てられ、有毛細胞の損傷や欠失があって高音難聴を示すとのこと。Waterslager の名称は水の流れるような低く大きなさえずりから名付けられたものらしい [参考ページ Belgian Waterslager canaries (Laboratory of Comparative Psycoacoustics) にオーディオグラムがある。自身の声が大きく聞こえないために大きな声でさえずるらしい]。
全ゲノム解析で関連する候補遺伝子を調べたもの。哺乳類でこれまで報告されていた難聴に関連する変異と共通するものもあったとのこと。
上記ページの説明も合わせると、鳥類では通常有毛細胞の再生機能があって難聴にならないとされているが、この品種ではその機能を制約する要因を持っていると考えられる。
[ヨタカ系統の音声や羽毛装飾]
[ヨタカ類の "wing-clapping"] に関連してヨタカ類の他の種類の音声を調べると意外や意外。
ラケットヨタカ Caprimulgus longipennis Standard-winged Nightjar XC718946 (Peter Boesman 2022.3.19) の声を聞くとヨタカ類とハチドリ類が近縁でも全然おかしくない気がする。
XC899190 (Phil Gregory 2024.3.29) も同様。12 kHz を超えていてアブラヨタカが反響定位に用いても不思議でないような音声。ヤブサメのさえずりの比ではなく、これは気合を入れてしっかり聞かないとわからない。これもさえずりとのこと! 姿が見えているこそ鳴いていることがわかるのだろう。
ラケットヨタカの翼のどこが "standard" なのかと思ってしまうが、ここで言う standard は旗、軍旗、植物学では旗弁 (vexillum) も指す (#カタグロトビの備考 [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] ドイツ語 Fahne も参照)。ラケットヨタカの種小名は "長い翼" で面白くも何ともないが、この vexillum はフキナガシヨタカ Caprimulgus vexillarius Pennant-winged Nightjar の種小名の方に使われている。
なぜこれらの種類が気になったのかと言えば、これらのディスプレイに用いる吹き流し構造と "wing-clapping" の音の存在はもしかすると排他的ではないかと考えたため。フキナガシヨタカは初列風切の P2 の特殊化、ラケットヨタカは次列風切とのこと。ヨタカ類は種類によって視覚刺激のための羽毛の特殊化、視覚的でない方法をとった種類が聴覚刺激のための羽毛の特殊化で "wing-clapping" の音を出しているのではと考えた次第。今のところ事例数が少なすぎてどちらとも結論できていない。
音を出す部分の羽毛構造を同定すればよいはずなのでヨタカでも調べられるのでは (?)。
フキナガシヨタカの方も高音音声を用いている XC958776 (Dries Van de Loock 2024.10.11) など。ヨタカやヨーロッパヨタカの典型的な音声だけを念頭に置くとヨタカ系統の音声全般の理解を誤るかも知れない。
ヨタカ類が音声学習をするはずがないと考えるのも先入観が入っているかも知れない。音声学習を行うハチドリ類に似た声を出す種類は調べてみる価値があるのでは。アマツバメ類についても同様。
[あえて開けた環境でねぐらをとるエジプトヨタカ]
Wasserlauf et al. (2023) A telemetry study shows that an endangered nocturnal avian species roosts in extremely dry habitats to avoid predation
イスラエル、パレスチナ、ヨルダンの死海周辺の追跡による結果。通常は生物が住まないと考えられる極度に乾燥して開けた場所に昼のねぐらをとるとのこと。おそらく哺乳類の捕食者対策と考えられるが、通常は保全対象とは考えられないような環境。
昆虫の多い農地で盛んに採食を行っていた。またプランテーション地域は完全に避けていた。
地域では 1940 年代に絶滅したと考えられていたが 2016 年に再発見された個体群とのこと。
ヨタカ類の少なくともあるものは高温耐性が非常に高いとのこと: O'Connor et al. (2017) Avian thermoregulation in the heat: efficient evaporative cooling in two southern African nightjars
外気温が 40 ℃ 以上になると水分蒸発が急激に増えてホオアカヨタカ Caprimulgus rufigena Rufous-cheeked Nightjar は 56 ℃ まで、
ゴマフヨタカ Caprimulgus tristigma Freckled Nightjar は 52 ℃ まで対応したとのこと。ヨタカ類はのどをふるわせる (gular flutter) ことで効率的に蒸発による冷却できる仕組みを進化させて他の鳥では耐えられないような環境に適応しているとのこと。
死海周辺の開けた場所でねぐらをとるエジプトヨタカにもおそらく同様の生理機構が働いているのだろう。
日本のヨタカはどこでねぐらをとるなど議論を聞いたことがないが、真夏の昼間はどこに隠れているのだろう? 森林に生息するので高温耐性はあまり必要ないか、あるいは予想外の場所の可能性もあるかも。
Smit et al. (2018) Avian thermoregulation in the heat: phylogenetic variation among avian orders in evaporative cooling capacity and heat tolerance
の実験によれば (種類は違うが) ヨタカ類は同じ外気温に対して体温が低め。ハト類は主に皮膚からの蒸発で高温に適応している。gular flutter は古い系統の鳥によくみられ祖先形質か。新しい系統ではあえぎ呼吸が中心になる。舌骨の構造や機能の違いを反映したものか。
[ゲノムからみるヨーロッパヨタカの過去の渡りの歴史]
Day et al. (2024) Revealing the Demographic History of the European Nightjar (Caprimulgus europaeus)
ヨーロッパヨタカは6亜種あるとされるが mtDNA と亜種の整合性はよくないことが知られておりこの文献でも地理的な東西のクラインのように扱っている。
一方で南北の個体群の違いは興味あるところで、南北の個体群のゲノムから過去の実効個体数変化を遡ることで長距離の渡りがいつ始まったか情報が得られる。これまでは渡り行動は最終氷期 (2.2 万年前) の終わりに始まったと考えられていたが、過去の実効個体数変化は最終氷期よりずっと早くから渡りを行っており、これは種分化年代を考えても妥当とのこと。
ヨーロッパヨタカの渡り研究: Norevik et al. (2025) The spatial consistency and repeatability of migratory flight routes and stationary sites of individual European nightjars based on multiannual GPS tracks
繁殖地・越冬地は安定している。渡り途中経路は春の方が大きく異なる。
ヨーロッパヨタカも減少しており、英国で行われた複数個体の全ゲノム解析: The Genomic Signature of Demographic Decline in a Long-Distance Migrant in a Range-Extreme Population
過去 180 年で遺伝的多様性が 34.8% 失われ、近交度も増加した。英国は分布の西北端にあたる。同様の研究はヨーロッパの渡り鳥について知られている。分布の東北端にあたる日本のシマアオジなどもおそらく同様の結果になるのでは。ヨタカでも同様かも知れない。
[ヨタカ類とアリの意外な関係]
スペインのアカエリヨタカ Caprimulgus ruficollis Red-necked Nightjar の研究: Camacho et al. (2024) The nightjar and the ant: Intercontinental migration reveals a cryptic interaction
ヨタカ類は地上にいる時間が長く、しばしばグンタイアリ類 (army ants) の被害を受ける。1% 以上の個体が趾を失っているとのこと。アリによって足の機能が一部失われた鳥が長時間不自然な姿勢をとることによる他の部位の二次的な変形と思われる損傷が記録されたとのこと。ヒメヤマセミ Ceryle rudis Pied Kingfisher でもアリによる足の損傷が知られているとのこと。
趾1本の損傷だけでも感染を起こす可能性もあり影響が過小評価されているかも知れないとのこと。
["エチオピアヨタカ" は雑種だった]
エチオピアヨタカ Caprimulgus solala Nechisar Nightjar はエチオピアで 1990 年に記載された種だったが (参考)、多くの観察者が探したにも関わらず見つけられなかったらしい。
しかし IUCN では根拠もよくわからないまま VU 種となっていた。
Shannon et al. (2025) Genetic and morphological analysis shows the Nechisar Nightjar is hybrid (preprint) によれば DNA 解析の結果雑種と判明。
Caprimulgiformes (BirdForum 2025.4 の情報による)。
この研究によってヨーロッパヨタカの分類に再度変更が生じるかも知れないとのこと。
Caprimulgus 属の系統樹も出ているが、種類数が多いのでヨーロッパとアフリカに限定したもので cyt b を用いたもの。アジアの系統は含まれていない。ヨーロッパヨタカと判定されたサンプルも分子系統解析の結果別物と考えられるものも含まれるとのこと。
この地域ではゴマフヨタカ Caprimulgus tristigma Freckled Nightjar の新鮮なサンプルがなく熱望しているとのこと。
ヨタカ類は隠蔽的なグループなのでグループ全体で分子系統解析を行えば分類概念の認識も変わるかも知れないことも暗示している。
アジアの系統はどうなっているのかと調べてみるとほとんど読まれていない。KJ455345.1 (Caprimulgus jotaka の ND2) から BLAST を試してみると NC_086816.1 (Caprimulgus indicus のミトコンドリアゲノム。中国で読まれたもの) と全く同じ配列になる。
前者はヒマラヤの鳥の研究なのであるいは同じタクソンなのかも。アジアのヨタカ類の分子系統解析はまだ行えない段階となっている。
学名まで付けられながら DNA 解析で雑種と判明した事例として Cox's Sandpiper が有名 (#アメリカウズラシギの備考参照)。
["冬眠" する鳥]
"冬眠" する鳥として有名になったものにプアーウィルヨタカ Phalaenoptilus nuttallii Common Poorwill がある。
現在では "冬眠" (hibernation) の用語より torpor が主に使われる。wikipedia 英語版によれば数週間から数か月にわたる長い torpor を行うことが知られている鳥はこの1種のみとのこと。
ハチドリ類も夜間の torpor 状態が知られているが、同じく wikipedia 英語版の Strisores の項目では他の系統に比べて Strisores で torpor が格段に多く見られるとのこと。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 92 V-VII の記事 (浦本) では当時ちょうど話題となっていたようで、ヨーロッパアマツバメでも秋の渡りで異常な寒波に襲われた時に密集してかたまりとなっているのが発見されたことがあり、昏睡状態ではないかと想像されたとのこと。またヨーロッパアマツバメで天候が悪化して食物がとれない場合に巣内のひなが体温を下げて昏睡状態となるらしい。
当時からすでに系統的類似性による特徴か、あるいは食物の特徴から生じるものか解釈があったらしい。現代的な系統解析では Strisores に多いと言えることになるが、生理学が系統を反映しているのか、系統が近いため生態に共通性があって同様の特徴を進化させたのか議論のあるところだろう。
92 V ではプアーウィルヨタカが高温環境に特別な耐性があることも記されていた ([あえて開けた環境でねぐらをとるエジプトヨタカ] も参照)。
ここで取り上げられていたのは torpor 状態と関連が考えられて興味を持たれていたためだろう。
torpor (ラテン語の torpor 由来) は休眠と訳されているが何となく落ち着きが悪い。torpor のまま使う方がすっきりする感じがする。それはともかく torpor の wikipedia 英語版によれば精密に制御された体温調節機構 (thermoregulation) によるもので、従来考えられていたように体温調節を止めているわけではない。
哺乳類の方でむしろ多く見られる現象なので、鳥類・爬虫類でまとめる人はさすがにいないだろうが。また哺乳類でも有袋類と有胎盤類の torpor はメカニズムが異なるとのこと。
torpor は恒温性の獲得とともに進化したと考えられ、2.5 億年前程度の Lystrosaurus (Synapsida で哺乳類の方の系統) に冬眠類似現象の見つかったのが脊椎動物での最初の証拠とされている: Whitney and Sidor (2020) Evidence of torpor in the tusks of Lystrosaurus from the Early Triassic of Antarctica。
[その他]
ズクヨタカ科 (Aegothelidae, Owlet-nightjars) と呼ばれるヨタカに似た形態と習性を持つグループがありヨタカ目に含まれるか長く議論の対象だった、現在ではアマツバメ目を残す場合はこの科単独でズクヨタカ目 Aegotheliformes を形成する。ヨタカ目よりアマツバメ目に近縁。
和名の由来はズクがミミズクから (コンサイス鳥名事典)。
#アマツバメ備考の [アマツバメやハチドリは夜行性を体験したか?] で Feng et al. (2020) のオプシン遺伝子データをもとにこれらの系統関係を多少振り返っている。
南米のスナイロアメリカヨタカ Chordeiles rupestris Sand-colored Nighthawk は捕食者対策として アマゾンアジサシ Sternula superciliaris Yellow-billed Tern、オオハシアジサシ Phaetusa simplex Large-billed Tern、
クロハサミアジサシ Rynchops niger Black Skimmer の近くに営巣して巣の防衛に役立てるとのこと (wikipedia 英語版)。
雑誌 "Birder's World" 1990.10 pp. 76-77 に Robert W. Storer (#カワウ備考の [ガラパゴスコバネウの進化] 参照) による "The Potoos" (タチヨタカ類) の記事があった。この時点ではほとんど情報がなかった。夜行性の鳥の研究は大変遅れている。
夜行性のヨタカ類縁系統が隠蔽色で、昼間は擬態を行っている種類が多いことはよく知られていてタチヨタカ類の木の枝化けの写真が紹介されていた。しかし擬態している写真ばかり (つまり横向き) で、背面がどのように見えるのか一般記事にも学術論文にもこの時点で記述がなかったとのこと。
後ろからの捕食者に丸わかりであれば擬態の意味がないわけで、擬態研究の盲点とも言える (笑)。
そのつもりで考えると、擬態しているサギ類は後ろからはどのように見えるかなど確かに写真を見た覚えがない。
△ アマツバメ目 APODIFORMES アマツバメ科 APODIDAE ▽
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ヒマラヤアナツバメ (第8版で検討種)
- 学名:Aerodramus brevirostris (アーエロドゥラムス ブレウィローストゥリス) 短い嘴の大空を走る鳥
- 属名:aerodramus (合) 大空を走るもの (aer (m) 大空、-dromos 走るもの Gk)
- 種小名:brevirostris (adj) 短い嘴の (brevis (adj) 短い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) の)
- 英名:Himalayan Swiftlet
- 備考:
aerodramus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、ラテン語の aeros は a を長母音としている。ギリシャ語の -dromos は短母音のみ。どこで音節を区切るかわかりにくいがギリシャ語では dro-mos と区切っている。ただし語源が -drom + -os で、ギリシャ語単独で発音する場合は dro- にアクセントがあり温存することも可能に思える。
ここではギリシャ語の音節区切り、pterodroma (この場合さすがに drom-a とは区切れない) など他の用例に合わせて -ro- をアクセント音節に採用した (アーエロドゥラムス)。
brevirostris は rostrum の o が長母音でここにアクセントがある (ブレウィローストゥリス)。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で検討種に移動 (同定に確実性なし)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。3亜種あり (IOC)。
五百沢・岡部 (2004) Birder 18(10): 67-69 にヒマラヤアナツバメ? の 1999 年の記録が紹介され、過去の 13 件のヒマラヤアナツバメ? の記録のリストがある。
アナツバメ類における反響定位 (#ヨタカの備考参照): Kevin and Clayton (2004) The evolution of echolocation in swiftlets。
従来は Aerodramus 属と Collocalia 属は反響定位の能力の有無で分けられていたが、Collocalia 属にも反響定位を行う種類が見つかったとのこと。
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ハリオアマツバメ
- 学名:Hirundapus caudacutus (ヒルンダプース カウダクートゥス) 先の尖った尾のツバメのようなアマツバメ
- 属名:hirundapus (合) ツバメのようなアマツバメ (Hirundo (ツバメ) 属と Apus (アマツバメ) 属の合成)
- 種小名:caudacutus (adj) 先の尖った尾の (cauda (f) 尾 acutus (adj) 先の尖った)
- 英名:White-throated Needle-tailed Swift, IOC: White-throated Needletail
- 備考:
hirundapus は Hirundo の語末、Apus の語末がともに長母音だが、語構成の際に前者が落ちたものと考えれば -pus (足) が長音となると考えられる。-da- が短母音であればアクセント母音は -run- にあると考えられる (ヒルンダプース)。
caudacutus は cauda は短母音のみ。acutus は u が長母音でここにアクセントがある (カウダクートゥス)。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 caudacutus とされる。
記載時学名 Hirundo caudacuta Latham, 1801 (原記載) 基産地 New Holland = New South Wales, apud Mathews (Avibase による)。
Hirundapus 属は Hodgson 1836 (1837) が当時の学名で Cypselus (Chaetura) nudipes に対して与えたもの (現在はハリオアマツバメの亜種。こちらは基産地ネパール)。足と尾の両方を用いて木を登り非常に特徴的なので新属を与えた (The Key to Scientific Names)。
Hartert (1910-1922) では p. 843 と Chaetura Stephens, 1826 の属名を用いていた。khaite 長く流れる髪 oura 尾 (Gk)。この属名は現在はアメリカ大陸のエントツアマツバメ 現在の学名で Chaetura pelagica をタイプ種とする属として使われる。
この属名を用いたハリオアマツバメの改名もあって Chaetura australis Stephens, 1826 (参考)。
Hartert は統合派だったので Hirundapus を先に命名された Chaetura 属に含めたものと思われる。
Ruaux et al. (2023)
Drink safely: common swifts (Apus apus) dissipate mechanical energy to decrease flight speed before touch-and-go drinking
生物ではエネルギー効率を最適にする行動戦略がよくとられる。ヨーロッパアマツバメが水飲みをする際にエネルギー効率を最適にして (位置エネルギーを運動エネルギーに転換する) 高速で水面に接触するか不明であったが、高速撮影によって実際は減速してエネルギーを失っていることが明らかになった。
急速な方向転換による抗力で一部説明できるが不十分であり、何らかの追加の減速を行っているはず。接触面は数 mm のはずで非常に細かな運動のコントロールが必要。高速で接触すると姿勢を乱したり損傷の危険もある。別の種で水に落ちる事故もあったとのこと。いろいろなトレードオフの中で最適速度が決まっているのだろう。
Cui et al. (2024) Swifts Form V-Shaped Wings While Dipping in Water to Fine-Tune Balance
高速度撮影で判明した水を飲む際に翼を V 字型にするヨーロッパアマツバメの亜種 Apus apus pekinensis。流体力学的な評価も行っている。
笠野 (1996) Birder 10(4): 87 木にとまるハリオアマツバメ (山形県飛島) の写真がある。
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アマツバメ
- 学名:Apus pacificus (アプース パーキフィクス) 太平洋の足のない鳥
- 属名:apus (合) 足無し (a 無い pous 足 Gk)
- 種小名:pacificus (adj) 太平洋の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:[White-rumped Swift 分離前の名称], IOC: Pacific Swift
- 備考:
apus は "アープス" と読んでしまいそうだが -pus が長母音 (#ナンキンオシ参照)。アクセントは冒頭で "アプース"。
単音で発音する場合でもアクセントは変わらない。
pacificus は冒頭が長母音 (pax パークス 平和 に由来) で -ci- がアクセント音節 (パーキフィクス)。英語風読みでも実用上は差し支えないだろう。
Apus 属はヨーロッパアマツバメの記載時学名 Hirundo Apus Linnaeus, 1758 (原記載) の種小名を属名に昇格したものだが、経緯は単純でなかった。
The Key to Scientific Names によると当時 Apvs Scopoli, 1777, Micropus Meyer & Wolf, 1810 (小さい足の意味), Cypselus Illiger, 1811 (cypselus ツバメやアマツバメ < kupselos Gk ツバメ) の3種類の属名が用いられていた。
Cypselus を用いた Linnaeus (1758) の学名の改名 (#ノスリの備考参照) もあった: Cypselus vulgaris Stephens, 1817 (参考 英名の Common Swift から作られた学名)。
Micropus murarius Wolf, 1810 (参考) も同様の改名かも知れないとのこと。
BOU (1915) は Apus = Apvs は Apos Scopoli, 1777 (甲殻類) と同じ名称と考えられ preoccupied と判断した。
Micropus (小さな足) は Linnaeus が植物に用いた属名で一時は無効とされたが、動物と植物の重複が許される規則になってからは有効な名称。
前2者が適切でないと考えた者は第3の属名を用いていた次第。
Hartert (1910-1922) p. 834 は preoccupied ではなく Apus を有効と扱っていた。
Peters (1940) は Apus が Apos とは異なるとみなして有効とした。
この場合は該当しないが、Illiger が他にもいくつもの新属名を与えた理由の解説があった。Tinamidae (BirdForum)。Illiger はラテン語またはギリシャ語に由来しない属名を排除したとのこと。我々が現在見聞する多数の属名が含まれていた。Illiger の判定によればキリン属 Giraffa も容認できないものだった。
この話題はシギダチョウ科 Tinamidae の分類改定提案論文に伴う話題として始まったもの: Bertelli et al. (2025) A new phylogeny and classification of the tinamous, volant palaeognathous birds from the Neotropics. Cladistics。日本と縁の薄いグループなのでパスしていたが Illiger の導入した属名の問題が派生して接点が出てきた。
Hartert に示されているヨーロッパアマツバメのドイツ語名は Mauersegler, Turmsegler で Segler は航海者、帆船、滑空するものやアマツバメなどの意味。Mauer は城壁など。Turm は塔。
p. 841 にアマツバメがある。この時代には属変更に伴って種小名の性を合わせるかまだ議論されていたことがわかる。Hartert は合わせる方を採用して pacificus を用いた。
Hartert は p. 833 と Cypseli 目に含めており、Cypselus の属名を用いた科や目の名称となっていた。その次にヨタカ目が出てくるのでここまでは現代の分類と似ていたがその次がハチクイ目、ヤツガシラ目になっていた。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代には第3の属名が有効とみなされ、Cypselus pacificus の学名になっていた。アマツバメ科も Cypselidae となっている。
現在は当たり前に感じている Apus の属名が使われるようになったもの比較的最近ことだった。ただし Apus 自身が有効かどうかは問われていたものの、合成語の属名 Hirundapus (ハリオアマツバメ属) などは有効だった。
2亜種あり (IOC)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では kurodae 亜種アマツバメ と pacificus キタアマツバメ となっている。IOC では kurodae を kanoi (日本の人類学者 Tadao Kano に由来) にシノニムに含めている。これは Yamashina (1942) で記載されたもの。
記載時学名は Micropus pacificus kanoi Yamashina, 1942 (参考) 基産地 Botel Tobago (= Kotosho), South-east of Formasa と
Micropus pacificus kurodae Domaniewski, 1933 (参考) 基産地 Japan。
記載時亜種名に japonicus が使われなかったのは種小名に地域名がすでに入っており、地名が重なるのは美しくないと感じられたためだろうか。
[分類と亜種]
Dement'ev and Gladkov (1951) の扱いでは当時3亜種で、Apus pacificus pacificus Latham, 1811 (北に分布)、A. p. leuconyx Blyth, 1845 (ヒマラヤとデカン高原)、A. p. cooki Harrington, 1913 (インドスタン) であった。
同書で A. p. pacificus のシノニムとされていたものは、Hirundo apus var. leucopyga (バイカル)、Micropus pacificus kurodae Domaniewski, 1933 (日本)、Micropus pacificus kamtschaticus Domaniewski, 1933 (カムチャツカのペトロパブロフスク) となっていた。
Leader (2010) Taxonomy of the Pacific Swift Apus pacificus Latham, 1802, complex は亜種
pacificus, kanoi, cooki, leuconyx, kurodae, salimali (いずれも当時の亜種名) の標本を用いて計測値や羽衣で識別可能かを調べた。
cooki, salimali, leuconyx はそれぞれ他と容易に識別できる(生態にも異なる点がある)。kanoi と kurodae は pacificus と区別できるが、kanoi と kurodae は区別できなかった。
なお kurodae のホロタイプ標本は戦災で失われたため、ホロタイプ間での比較は不可能である。kurodae の採集地は日本としか記されていない。kanoi と kurodae はシノニムの関係にあり、先取権の原則からは亜種名は kurodae であるべきとしている。
Leader (2010) は当時のアマツバメを4種に分ける提案を行い、これは現在 IOC でも採用されている。Pacific Swift Apus pacificus, Salim Ali's Swift Apus salimalii サリムアリアマツバメ, Blyth's Swift Apus leuconyx ブライスアマツバメ, Cook's Swift Apus cooki クックアマツバメ。
Apus cooki はかつてアマツバメの亜種とされていた Dark-rumped Swift Apus acuticauda セグロアマツバメ と上記4種の間をつなぐ位置にあるとのこと。4種に分離されたうちのアマツバメの英名として、(かつて使われた) Fork-tailed Swift はふさわしくない (同属のほとんどの種類がこの特徴を持つため) としている。
wikipedia 英語版にも記載があり、南部の亜種は kurodae に先取権利があるため Clements は現在 (2011) こちらを用いているとの注釈がある。2023 年現在もこの扱いであり、もし北部と南部で亜種が分かれるのであれば IOC より日本鳥類目録の扱いが正しいように思われる。
なお Leader (2010) は Dement'ev and Gladkov (1951) で当時の亜種 pacificus のシノニムとされた他のものは調査していない。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) では4亜種で leuconyx と salimalii を独立種としていない点が IOC と異なる。
この分類では kurodae について、pacificus に含まれる可能性を挙げ亜種リストには入れていない。
旧英名 White-rumped Swift はもともとセグロアマツバメ (Dark-rumped Swift) を アマツバメから分離する際に導入された名称だが、同じ英名は IOC では アフリカコシジロアマツバメ Apus caffer に使われている。
亜種の分布域については必ずしも明瞭でない。Clements では kurodae は日本南部、中国東部、台湾、フィリピン北部としている。Brazil (2009) "Birds of East Asia" では対応する kanoi は中国南東部、台湾、蘭嶼 (Lanyu 島) で繁殖する留鳥となっているが、この文献は Leader (2010) 以前に書かれたものであることにも注意が必要であろう。海外の観察者の報告を見ると、この地域の留鳥を kanoi と判断している (基産地からもっともらしい) 印象を受ける。
日本の kurodae を認めるか、亜種分類や分布についてはまだ明確と言い切れないようである。
アマツバメ類の分子遺伝学研究は Paeckert et al. (2012)
Molecular phylogeny of Old World swifts (Aves: Apodiformes, Apodidae, Apus and Tachymarptis) based on mitochondrial and nuclear markers にあるが、種レベルの系統である
(当時はアマツバメはまだ4種に分割されておらず、亜種の扱いで pacificus, cooki のみが調べられている。
現在の分類で Apus cooki は Apus acuticauda に近縁である結果となっており、Leader (2010) の見解とは整合性があるが、過去に Apus pacificus の亜種とされていたこととは整合性の悪い結果となっている。Leader (2010) の分離した他の種、アマツバメとして残された亜種との関係を今後調べる必要があるのだろう。
Leader (2010) にもたびたび登場するが、アマツバメ類の研究家としてデイヴィッド・ラック (David Lack) とその著書、丸武志訳「天上の鳥アマツバメ」(平河出版社 1997) を挙げておく必要があるだろう。
原著 "Swifts in the Tower" (1956)、2018 年に改訂版が再版された。これほど身近だった鳥だが英国では営巣場所の減少で個体数が減少しているとのこと。
ラックは他にも多数の本を著しており、古典的名著も多く邦訳もいくつもある。
これはヨーロッパアマツバメ Apus apus 英名 Common Swift を扱ったものでヨーロッパでは非常にありふれた鳥である。分布を見ると東アジア近くまで広がっていることにやや驚かされるが、日本でも記録があるとされているが類似種との識別の記載がないため検討種になっている。提案されている亜種は pekinensis (北京の) である。
ヨーロッパアマツバメの亜種 pekinensis のジオロケータを用いた渡りルートの研究: Zhao et al. (2022) A 30,000-km journey by Apus apus pekinensis tracks arid lands between northern China and south-western Africa
定常分布の東端に近い北京から乾燥地帯を主に通ってアフリカ南部を中心に動きながら越冬している。
このような経路であれば少しオーバーシュートすれば確かに日本にやって来てもおかしくなさそう。
サハリンからオーストラリアに渡るアマツバメのルート。まず大陸 (ロシア沿海地方) に移動する:
Ktitorov et al. (2021) Cross the sea where it is narrowest: migrations of Pacific Swifts (Apus pacificus) between Sakhalin (Russia) and Australia。
[アマツバメは飛びながら寝る?]
シロハラアマツバメ Tachymarptis melba Alpine Swift について Liechti et al. (2013)
First evidence of a 200-day non-stop flight in a bird の研究が有名になったが、調べたものは次のヨーロッパアマツバメと同じ。アクトグラムに羽ばたきのない期間があることと、長時間無着陸で睡眠のない状態を維持することは不可能と考えられることから、飛びながら眠っていると考えられるが、直接確かめられたわけではない。
Hedenstrom et al. (2016) Annual 10-Month Aerial Life Phase in the Common Swift Apus apus
がヨーロッパアマツバメの繁殖期の行動をアクトグラムとジオロケータで調べており、99% 以上の時間を空で過ごしている。一部の個体はずっと飛んでいたが、時々飛行活動が弱まることがあった。ほとんどの個体が夜間短時間着陸したとのこと。時々ねぐらをとることがあるとしても大部分の生活は空中とのこと。
飛びながら寝ているかどうかまではまだ調べられない。
鳥類における飛行中の確実な睡眠については#オオグンカンドリの備考を参照。これら2つのアマツバメ類の研究については同項目の Rattenborg (2017) の批判的解釈も参考に。鳥はあまり寝なくても大丈夫も含めて、巷で言われる話は誇張され過ぎている可能性がある。
[星空の Apus]
天文ファンであれば Apus の名前を見るとむしろ「ふうちょう座」を想像するかも知れない (星座の学名もラテン語である)。この「ふうちょう」はもちろんフウチョウ (風鳥。極楽鳥の別名もあり、英語名はこちらに対応) のことであり、フウチョウ科 Paradisaeidae の学名とは全く異なる。
16世紀、ヨーロッパに初めてオオフウチョウがもたらされた時、各個体は剥製にする際に交易用に翼と足を切り落とされた状態で運ばれていた。そのため、この鳥は一生枝にとまらず、風にのって飛んでいる bird of paradise (天国の鳥) と考えられた (wikipedia 日本語版から) ので、足のない (a-pus) のラテン語の起源は同じである。
「ふうちょう座」の wikipedia 日本語版にはいろいろ面白いことも書かれているのでご覧いただくとよい。ハチを意味する Apis (ヨーロッパハチクマの学名に登場する) と間違われたこともあるとのこと。なお日本からは (事実上) 見えない南半球の星座である。
鳥の名前の星座はいくつかあるが (はくちょう座、わし座などが有名で神話に基づく)、多くは南半球にあって日本からは見えないか見えにくいものが多い。これらは南方から珍しいものがヨーロッパにもたらされるようになった時期に作られたものが多い (鳥の世界とは違って今後新しい公式の星座が作られることはない)。南半球の天文ファンは夜空を見て鳥ばかり見ていることになり、北半球の鳥ファンにとってはうらやましい。
公式の星座名には現れないが「こぎつね座」はもと「ガチョウをくわえた小キツネ」であって星座絵にはガチョウが描かれている。こと座の一等星ベガ (Vega、織女星) は「落ちるワシ」(アラビア語の降下するワシ、ラテン語に訳され Vultur Cadens となった) の意味で、こと座の星座絵には琴を抱えたワシがよく描かれている。
つまり「夏の大三角」と呼ばれる一等星はすべて鳥と縁がある。この付近の星座絵を見ると鳥ばかりで図案的にも面白いので星座絵の代表的部分としてよく利用される。
[アマツバメやハチドリは夜行性を体験したか?]
そろそろ飽きて来られた方もありそうなので鳥の話に戻ろう。日本にはハチドリがいないので身近な鳥ではないが、アメリカではごく身近な鳥で庭に (日本の家の庭の規模を想像してはいけないが) 当たり前にフィーダーが置いてあったりする。蜜を吸っているところを見てあまりに鳥らしくないのでもっと近づいて見ようとすると逃げられて、やはり鳥なのだと認識させてくれる。
日本産の鳥のうち、ハチドリに最も近い系統がアマツバメ目である。これらは分子遺伝学による現世鳥類の系統分類ではヨタカ類が最初に分岐した枝に含まれる。新しい分類に基づく図鑑ではこれらの種類が一緒に並べられているのはそのためである。この分類群を Strisores (和名があるのかは知らないが、中国語名では夜鳥類と呼んでいる。英名の別名も nightbirds) と呼ぶ。
Prum et al. (2015)
A comprehensive phylogeny of birds (Aves) using targeted next-generation DNA sequencing に系統樹が出ているのでご覧いただきたい。なおこの Prum プラム は#エトロフウミスズメの備考「美の進化」に出てくるのと同一研究者である。
系統解析からの最も "単純な解釈" では、ハチドリは夜行性のヨタカ類の枝に含まれていて、800 万年の夜行性生活の後に再度昼行性 (アマツバメ、ハチドリ) を獲得したことになる。
夜行性だったことの影響はどのように現れているかは (この論文の時点で) 未知であると書かれている。
哺乳類では長く夜行性生活を体験したために本来視覚にあったはずの4原色のうち2原色を失い、大半の種で2原色であることはよく知られている。鳥でも夜行性のものは4原色の一つである紫外線の受容体を失う傾向がある (例えばフクロウ類。#フクロウと#カタグロトビの備考も参照)。
しかしハチドリ類が優れた色覚を持っていると考えられる証拠がある。例えば
Venable et al. (2022) Hummingbird plumage color diversity exceeds the known gamut of all other birds。夜行性を経験した後でも優れた色覚を保持していたのか、あるいは失った後に獲得したのか、それとも夜行性を経験しない進化経路を経ていたのか、大変興味深いことである。
アマツバメ類についても同様の視点からぜひ調べるべきであろう ← ヨーロッパヨタカとハチドリ類は後にデータがあることを知った (#オオルリの備考 [オオルリはなぜ青い] 参照)。この系統の少なくともいくつかの種は夜行性を経験した後でも紫外線知覚を失っていなかった。
Feng et al. (2020) Dense sampling of bird diversity increases power of comparative genomics
にさらにデータがあり、ヨタカ類でも紫外線知覚を失っているものもあった
[なお以下の議論はオプシン遺伝子の有無のみで判定している。長波長オプシンには紫外線感度もあるので、フクロウ類のようにこちらを用いて紫外線を活用している可能性がある]。
コアメリカヨタカ Chordeiles acutipennis Lesser Nighthawk (渡りをする)、チャックウィルヨタカ Antrostomus carolinensis Chuck-will's-widow (渡りをする) では失われていた。この2種は近縁系統でこの系統で失われたものと思われる。
サビイロタチヨタカ Phyllaemulor bracteatus Rufous Potoo でも失われているが比較的単独に失われたもの。
ハチドリ類の属する系統の早い分岐に当たるシロエリズクヨタカ Aegotheles bennettii Barred Owlet-Nightjar では失われている。
同じ系統の次の枝にあたるエントツアマツバメ Chaetura pelagica Chimney Swift、コシラヒゲカンムリアマツバメ Hemiprocne comata Whiskered Treeswift では OPN1sw1 (紫外線) は失われているが OPN1sw2 (青) が残っている。
この系統につながるハチドリ類も同じパターンで、祖先が夜行性系統だった一定の影響を受けている模様。
シロエリズクヨタカでは完全に夜行性になってしまって完全に失われてしまったのだろう。
逆のパターンもあって OPN1sw1 が残っているものもある。アブラヨタカなど。
Strisores では夜行性傾向があって紫外線知覚を失う傾向があり、ハチドリ類のように昼行性に適応したものは紫外線知覚を失っていないものや、青の知覚機能を活用しているように見える。
Otidimorphae も散発的に紫外線知覚を失う傾向があり、一部の系統は夜行性を体験しているかも知れない。アフリカオオノガン Ardeotis kori Kori Bustard やキバシバンケンモドキ Ceuthmochares aereus Yellowbill では失われている。
他に Mirandornithes も失う傾向が目立っており OPN1sw2 が失われている (フラミンゴ)。カンムリカイツブリやオビハシカイツブリではさらに OPN1sw1 も失われて青から紫外線知覚を持たないよう。この系統はあるいは夜行性傾向があるのだろうか。
ガン・カモはごく散発的に片方を失っているものがあるが (サカツラガン。家禽化の影響もあるかも知れない)、全体的には紫外線受容体だけ見ると昼行性のものと同じパターンのように見える。本来は昼行性だが狩猟圧が高くて夜行性行動をとっている仮説の方を支持するように見える。
暗所視に重要なロドプシンの遺伝子は調べられたすべての鳥にみつかった (程度問題はあるだろうが調べられた範囲で暗所視能力のない鳥はいないと言える)。ただし RH1, RH2 (Rhodopsin-like 2。哺乳類にはない) の片側のみ欠損のものが数種あったとのこと。
メンフクロウは紫外線受容体の双方とともに長波長オプシン (OPN1lw)、さらに RH2 も失っており、色覚はほとんどないものと思われる [#ハヤブサ備考の [視覚特性・薄明かりや夜間の狩り] に出てくる Wu et al. (2016) と異なる点もあるので正しくないかも知れない]。1種類の視覚受容体のみでほとんど音の世界とモノクロ視力で生きているよう。
よく調べられているメンフクロウの研究をもとに他のフクロウ類も同様と考えるとかなり飛躍が生じる可能性がある。
同様の意味で視覚にあまり頼っていない (2種類の視覚受容体のみ) ように見える種類にアビがある。
タカ類でも2種類 (OPN1lw, OPN1sw2) を欠いているクロクマタカ Spizaetus tyrannus Black Hawk-Eagle があり、タカ類の色覚が優れていると一概に言えない可能性がある。色彩にあまり敏感でないかも知れない (成熟すると黒でタカ類でよくみられる褐色味があまりないのも関係があるかも)。
なお光受容オプシンの表記は動物種によって異なるので多少ややこしい。LWS, SWS1, SWS2, RH2, RH1 とも表記される (RH1 が Scotopsin の名称を持つロドプシンで桿体細胞 rod cell にあって暗所視に働く。RH2 は 錐体細胞 cone cell にある)。
ヒトなど霊長類では LWS が遺伝子重複の後2色に分かれ、OPN1LW (赤), OPN1MW (緑) の名称となっている。
ただしこの論文を用いた議論はゲノムアセンブリの精度依存で、個々に見ると存在する遺伝子が検出されないだけの場合もあり得る。この論文にも述べられているが、過去に失われたと考えられた遺伝子が見つかった事例も多くあるとのこと。
系統として傾向のあるもの (Strisores など) はおおむね上記にように考えてよさそうだが個々の種の議論は今後の解析で変わるかも知れない。
[渡り鳥における磁気定位]
ごく最近になって思わぬ方向からこれにも関係した知見が得られている。
ご存じの通り、渡り鳥、特に夜に渡る渡り鳥がどのように方向を定めているのか (定位)、長らく研究が続けられてきた。プラネタリウムも用いた実験により調べられた夜空の星の回転方向から方角を定める方法、日の出・日の入りの太陽の方向、薄明時の空の偏光が知られており、いずれも実験的証拠がある。
渡り鳥が地球磁場を感じていることも実験で示され、かつてはハトの嘴の付け根にある磁鉄鉱が磁気を感じているなどの仮説があったが、現在最も有力と考えられ、盛んに研究されているものは網膜に存在するクリプトクロム (*1) である。
主にヨーロッパコマドリを使った実験が行われているが、光を与えないと磁気定位ができないそうである (まったく暗黒では寝てしまうそうで実験ができないわけであるが)。その時に赤い光では磁気定位ができず、青い光が必要との実験的証拠が得られている。
このような光依存、波長依存性のある磁気感応物質として現在生体で知られている唯一のものがクリプトクロムであり、それが鳥の網膜に存在していることで、磁場を視覚で感知している可能性が高いことが明らかになった。
この先しばらくは分子の話など非常に難しくなり読み飛ばしていただいても構わないが、現在の「鳥の渡りの科学」の到達点の一つにもなりそうなので、少し頑張って読んでいただくとよいと思う (英語の大丈夫な方ならば、文章だけよりも後半に紹介されている YouTube 動画の説明を聞くとよい)。
クリプトクロムの中にあるフラビン色素 (flavin) とクリプトクロムタンパク質中のトリプトファン残基の間で、光を受けることでラジカル対が生成される (トリプトファン残基からフラビンに電子が1個移動してそれぞれの分子に不対電子ができる。光子のエネルギーが波長で決まる (*2) ことから青い光でないとこの反応が起きない)。
ラジカル対の寿命がそのままでは非常に短いため磁気検出に用いることができない。ところがクリプトクロムの中では3次元的に畳み込まれたタンパク質分子の中で4つのトリプトファン (*3) 残基が並び、電子伝達を行って片方の電子を遠く運ぶことで (*4) ラジカル対の寿命を大幅に延ばすことができて生体が磁場を感知することを可能にしていると考えられている。
フラビン色素にある方の不対電子は電子の持つスピン (後のもう少し詳しい説明を参照) と、フラビン色素を構成する一部の原子核の持つスピンとの間で相互作用を起こす (古くから知られている電子スピン共鳴に用いられるもの)。
この影響が引き離されたもう1個の不対電子と相関を通じて別の分子に伝わって 、何らの過程を経て神経の信号となり、磁場情報として取り出されると考えられている。
この部分を最初に書いたころは、この部分の具体的機構はまだ未解明と記していたが、最近の分子動力学計算により、電子を失ったトリプトファン残基の角度が変わることで分子全体の形が変化し、ClCry4 複合体部位の構造が変わって下流に情報が伝えられる可能性が提案されている: Schuhmann et al. (2024)
Structural Rearrangements of Pigeon Cryptochrome 4 Undergoing a Complete Redox Cycle。
Ramsay et al. (2024) Cryptochrome magnetoreception: Time course of photoactivation from non-equilibrium coarse-grained molecular dynamics。
磁場感知に関係するクリプトクロムは鳥が一般に持つ網膜の4種の色覚受容体細胞のうち、紫外線を感受する細胞にあると考えられている。クリプトクロムは網膜全体に分布していることが知られており
(視覚にそれほど役に立たないような眼球周辺部にもセンサーがあることはこの目的には役に立つ。また網膜にセンサーがあるとはいえ、映像として磁場方向を見ているとは言い切れない。眼球の形状は主に視覚への適応だろうが磁気知覚への適応の影響も考える必要があるだろう)、
眼球内で全方向を向いて整列分布することによって磁場の方向を検知することができると考えられている。この部分の具体的な処理機構はまだ未解明。
磁力線の方向はわかるが、N極・S極を区別することはできない。これは鳥の行動実験結果とも合っている。磁場の方向はわかっても南北はわからないことは、もしかすると逆方向への渡り (迷鳥) のメカニズムにも関係しているかも知れない。
実験室での渡り鳥の光依存、波長依存性行動はラジカル対仮説を裏付けるものであるが、さらにもう一つ実験的証拠がある。ラジカル対仮説では電波がラジカル対に影響を与えることが期待されるが (*5)、この影響も実験とほぼ合致した。
ちなみに渡り鳥の磁気定位を乱す電波の周波数上限は 120-220 MHz と理論的に見積もられていた。新しい実験で 116 MHz が上限と求められた。渡り鳥の定位に対して提唱されている他のメカニズムでこのような現象を説明することはできない。
Leberecht et al. (2023) Upper bound for broadband radiofrequency field disruption of magnetic compass orientation in night-migratory songbirds。
ちなみに現在使われている携帯電話などの電波は影響を与えない領域にあり、携帯電話の電波が渡り鳥の行動を乱すとの説は現在では根拠がない。
以下はしばらく歴史の話になる。
Wiltschko and Wiltschko (2022) The discovery of the use of magnetic navigational information の歴史のレビューも読める。Wiltschko のかかわる 1960 年代の仮説発表当時は世の中の反応は非常に懐疑的なものだった、かごの中で磁場を操作して仮想的な渡りを行わせる実験などなど。
渡り鳥が磁場を感じるメカニズムとしてのスピン状態 (*6) の可能性が提案されたのは意外に古く、Leask (1977) が色素 (当時は網膜で光を感じる色素のロドプシンが想定されていた) のスピン状態の変化が関わっている可能性を指摘していた。渡り鳥が磁場を感知する機構としてスピンを提唱した最初の研究を挙げる場合はこの Leask (1977) がふさわしい。
そして Schulten et al. (1978) が「ラジカル対」を提唱したが、あまりにも時代の先を行き過ぎていて理解されなかった。1970年代では化学者にとってさえもラジカル対の研究は始まったばかりであった。「鳥の渡りの謎」(1994 ベーカー、原書 1985) では「スピン状態」としてすでに言及されていた。
色素のスピン状態が関連しているアイデアは Hong (1977) がすでに出していたが、実験室で磁場がラジカル対化学反応に与える影響や光合成する細菌への影響なども確かめられた結果、Schulten et al. (1978)のアイデアにたどりついた模様である。
渡りの定位が周囲の光の波長に依存することは 1990 年代には知られていた。Gwinner (1974) "Endogenous temporal control of migratory restlessness in warblers" によると光がない状態では渡りの不穏 (*7) も止まるとのこと。
事態を一変させたのは Ritz, Adem, Schulten (2000) が生物学者にも読める形でクリプトクロムの関与する磁気受容を提唱したことに始まる (A Model for Photoreceptor-Based Magnetoreception in Birds)。
タンパク質のアミノ酸配列は遺伝子を解析すれば決まるが、タンパク質の3次元構造はすぐわかるわけではない。コンピュータプログラムの進歩でかなり正確な予測ができるようになっているが、やはり正確な構造決定にはタンパク質を結晶化させて (これには大変高度な技術が必要である)、そのX線などによる解析で3次元構造を知るのが王道である。
脊椎動物 (ハト) のクリプトクロム (Cry4) の結晶化に初めて成功したのが Zoltowski et al. (2019) Chemical and structural analysis of a photoactive vertebrate cryptochrome from pigeon で、上記の解釈で想定されていた化学的性質を示すことが確認された。
このあたりはさまざまな分野の研究者 (化学者や物理学者および生物学者) の協力が必要で、現在最先端で盛んに研究が行われる集学的テーマとなっている。地球磁場程度の弱い磁場をいかに感知することが可能かどうかも最先端の量子化学計算で調べられている (鳥の渡りの研究はもはや生物学者だけのものではなくなってしまった)。
クリプトクロムは現在「本命」であるが、生物学者サイドから疑問 (批判的視点) も含めて渡り鳥の磁気定位についてレビューされた論文もある。Nimpf and Keays (2022) Myths in magnetosensation。
この中の疑問は現在では解決されている、あるいは有力な解決法が提案されているものもあり、生物学者が理解困難な領域であまりにも急速に進展したこの分野に対する「焦り」のようなものも感じられる。
クリプトクロムにも何種類かあり、一部は体内時計 (概日リズム、サーカディアンリズム) の維持に役立っているとされているが、夜に渡る渡り鳥 (*8) の磁場感知に最も関係が深いと考えられているものに Cry4 がある。
Frederiksen et al. (2023) Mutational Study of the Tryptophan Tetrad Important for Electron Transfer in European Robin Cryptochrome 4a が 362 種の鳥類ゲノムを調べ、322 種で Cry4 の遺伝子を検出し、そのすべてで4つのトリプトファンが完全に保存されていた (いかに重要な機能を果たしているかがわかる)。
Cry1, Cry2 は鳥類の間でほとんど同一で、強く保存されていることがわかる。これらは概日リズムに関係する遺伝子で、生命維持に不可欠なのだろう (#イヌワシの備考参照)。
哺乳類でも Cry1, Cry2 遺伝子は概日リズムに必要であることがわかっている: van der Horst et al. (1999) Mammalian Cry1 and Cry2 are essential for maintenance of circadian rhythms。
磁気受容の中心と考えられている Cry4 はもっと変化が大きい。例えばハチドリ、オウム、Tyranni (タイランチョウ類、日本ではヤイロチョウが含まれる) で失われている。
スズメ目に至るまでは変異速度が速かった、スズメ目では遅くなっている。これは (例えば渡りのコンパスの) 機能が成熟して、あまり進化する必要がないためと考えられる。
Cry4 は何度も失われており、渡りを行わなくなった (あるいは飛べない) 種類では (必要でなくなるため) 比較的簡単に機能を喪失する可能性がある。また前記記述のように磁場感知に関係するクリプトクロムは色覚受容体細胞のうち、紫外線を感受する細胞にあると考えられている。夜行性の鳥では紫外線受容体細胞が失われる傾向にあり、一緒に Cry4 を失うことも考えられるだろう。
クリプトクロムと渡りの定位の研究はスズメ目のヨーロッパコマドリで調べられてきたもので、それより前に分岐した (系統的に古い) グループでの役割が同じかどうかまではわからないが、得られた結果をみるとハチドリ、アマツバメ類のようにヨタカグループのものに遺伝子を失ったり一部失われているものが集まっているように見える。
フクロウ類でも不完全に失われている系統があるようである。これらから想像すると、ハチドリ、アマツバメ類はやはり夜行性を体験していたのであろうか (前述記述で追加のように夜行性は体験したがヨーロッパヨタカも含めて紫外線受容体は失われていなかった模様)。
フクロウ類に留鳥性の高いものが多いのもこれで説明できるのかもしれない。渡りをするアオバズクやヨタカ、ヤイロチョウではどうなっているのか、ゲノム解析が待たれるところである。亜鳴禽類は Tyranni (タイランチョウ類、日本ではヤイロチョウが含まれる) にあるように Cry4 を失う傾向が強く見られる。
このグループの鳥が日本にあまり縁がないのもこのためかも知れない。
Frederiksen et al. (2023) の論文中 Pitta 属で調べられているものが唯一あり、ズグロヤイロチョウ Pitta sordida 英名 Western Hooded Pitta で、この種は Cry4 が失われていた。
種の記述では渡りをするか不明瞭とされている。また東洋では Ninox 属、Asio 属に渡りをするフクロウ類がいるが、これらの種は調べられていない。Otus 属の世界分布や島での固有種化などの経緯も関連して考えれば面白そうだがこの研究で調べられたものには含まれていない。
一方で昼行性猛禽類 (タカ、ハヤブサ) の Cry4 は渡りの有無にかかわらず調べられた範囲で完璧に存在する。タカ、ハヤブサ類は必要があれば渡ることができる性質を持ち合わせていることを意味する (例えば恒温動物以外を主食とする種類も進化できる) のだろうか。
フクロウ類の多くの系統で夜行性適応のために紫外線受容体とともに Cry4 を失い、食性の範囲もタカ、ハヤブサほどには広げることができなかった、などの妄想も膨らむ (もっとも初期のフクロウ類はタカのような昼行性であった証拠もある。#ミサゴの備考参照)。
スズメ目の祖先形が Cry4 を失わなかった系統だったのでが大規模な渡りを行えるような形に進化できたのかも知れない。そうでなければ昆虫食のスズメ目が温帯にはあまりやって来ず、我々が満喫しているような夏鳥のコーラスは温帯では聞けなかったのかも知れない。
また鳥類祖先系統から (最適化はされていなかったかも知れないが) Cry4 システムを持っていたと考えることができるので、鳥類の祖先となる系統も磁場情報を用いていたことが想像できる。
これらの知見はゲノム生物学、分子系統学、量子化学や物理学の現代最先端の手法を組み合わせることで可能になった実に驚くべき結果で、渡りの進化や生態を考える上でも大変示唆に富むものと思う。
日本語で読める資料がほとんどないので少し詳しく解説させていただいた。
もちろん定位は磁場だけが関与するわけではないので、種類によっては磁場を頼りにせず渡っているのかも知れない。渡りをするアマツバメ類はどのようにしているのか。いずれもこれからの研究の題材となるだろう。
また地磁気逆転などの現象もあり、地球磁場の弱い時期を渡り鳥はどのように乗り切ってきたのかなども興味深い。これらは「地球磁場はあてにならない」反論の根拠の一つとなっている。
同様の状況は夜空をコンパスとして利用する場合も、天の北極が変化する (歳差運動) ことが問題になる。この問題は特定の星を目印にするのではなく、ひなの時期に回転中心 (天の北極) を学習することによって回避できることがすでに実験で確かめられている。地球磁場の方はそのような簡単な法則性がないのでまだ議論の最中である。
地球磁場の時間変動が営巣地への帰還に関係があるか (つまり磁場が変化すると巣に戻れないのではないか)、などの研究がある: Wynn et al. (2022)
How might magnetic secular variation impact avian philopatry?。モデル計算では地球磁場で2次元地図を持つとむしろ不利になるのでは。他の手がかりと1次元の磁場情報を組み合わせて用いる方が有利だろう。2次元地図を持っているかそうではないかはこれまでも繰り返し議論されてきた問題。
磁気嵐 (太陽活動による) をどう乗り切るか: Bianco et al. (2019) Magnetic storms disrupt nocturnal migratory activity in songbirds 磁気嵐を感じると活動が鈍る?
Schneider et al. (2023) Sense of doubt: inaccurate and alternate locations of virtual magnetic displacements may give a distorted view of animal magnetoreception ability (解説)
人工的に磁場を操作することで誤った位置を認識させる (渡りの向きが変化する) とのこれまでの実験は問題点が多い。
Schneider et al. (2024) Reply to: Animal magnetic sensitivity and magnetic displacement experiments
普通に考えると同じ位置に戻るには驚くべき地磁気測定精度が必要であまり現実的でないように見える。しかし 0.6° の精度しかなくても 100 日くり返して測定すれば 0.05° の精度で位置を定めることができるとのシミュレーション結果。
100 回測定すればノイズが正規分布ならば 100 の平方根で 10 倍精度が上がる仕組み (しかし移動しながら違う場所で測定した場合に理論通りの精度が出るかは自分も疑問を感じる)。
なお、この分野の専門家 (物理化学) である Peter Hore の招待講演が YouTube にある。Peter Hore on Radical pair mechanism of magnetoreception (2017)。講演者自身は冒頭で「鳥のことは何一つわからないが」とスライドを示して聴衆の笑いを買っている。
上記のようなラジカル対を通じた磁気受容のメカニズムはスピンを持たない原子核のみからなる分子では働かない。例えば生体を形成する炭素や酸素のほぼ全体を占める同位体の原子核はスピンを持たない。メカニズムに関係するのは水素および窒素の原子核で、量子化学計算によればフラビン分子内に存在する窒素の原子核が関わっていることが示されている (上記公演の 22:50 あたり)。
地球磁場程度の弱い磁場に反応するこの電子-原子核のスピン相互作用 (hyperfine interaction) には方向性があり、これによって分子に対する磁場の向きに応じた反応を示すとのことである。自分も前半しか見ていないので、上記の分子レベルのメカニズム説明もちょっと怪しいところがあるかも知れない。お気づきの点があればご指摘いただきたい。
なお地球磁場程度の弱い磁場に影響を受ける化学反応はかつては知られていなかったが、Maeda et al. (2008) Chemical compass model of avian magnetoreception
は人工的な化学物質ではあるが弱い磁場に影響を受け、渡り鳥の磁気コンパスのモデル分子となり得るものを発見した。この研究には前述の Peter Hore も関わっており、彼はクリプトクロムも同様であることをおそらく疑っていないだろう。
Denton et al. (2024) Magnetosensitivity of tightly bound radical pairs in cryptochrome is enabled by the quantum Zeno effect
の論文によれば (この論文そのものは理解の範囲を超えるので議論はパスする)、FAD- / W+ (トリプトファンからフラビンアデニンジヌクレオチド FAD に電子が1個移動) の標準的描像では地球程度の小さな磁場には反応しないのではとの疑念がずっと持たれていたが、FADH+ / O2- のラジカル対を作る反応経路があり、酸素原子核はスピンを持たないので (この部分のアイデアは面白いと思う) 磁場検出により有利であるとのアイデアもあるらしい。
FAD- / W+ に比べて1桁らい感度がよいとの分子動力学計算もあるとのこと。この論文でもやはり限界があるらしいが、特殊な量子力学効果が働けば可能性もあるらしい。論文表題から想像するほどは楽観的な結果ではなさそう。
専門家による査読レポートを見ると FADH+ / O2- は候補にはなっているが寿命が短いため理論的に限界がある。"non-trivial" (自明でない) な量子効果 (quantum Zeno effect) を考えることでこの問題点を克服できる可能性を示すもので面白いとのこと。
査読者によれば Katsoprinakis et al. (2010) Coherent triplet excitation suppresses the heading error of the avian compass が Zeno effect が生体のラジカル対の磁気受容に関与する可能性を指摘したものとのこと。
全体を通して見ると、これまで本命と考えられているラジカル対機構で地球程度の小さな磁場を検出可能かまだ理論的な根拠がはっきりしていない。別の反応で検出可能かを多少流行のアイデアをもとに追求した論文と言えそう。
ただ O2- がいかにして生体信号になり得るかはトリプトファンの場合より難しそうなので本命のメカニズムではなさそうに思える。
なお Can Xie のグループが 2016 年に鉄を含むタンパク質を報告し、(ヒトでも既知の IscA1 と相同のもの。ミトコンドリアの iron-sulfur cluster に関連) MagR と名付けて Cry4 と結合して磁気受容に働いている可能性を主張しているが、疑問視する研究者も多い。
例えば Pekarsky et al. (2021) Revisiting the Potential Functionality of the MagR Protein や
Hore (2024) Proteins as nanomagnets and magnetoreceptors。
Can Xie のグループは細菌からヒトに至るまで MagR の配列はよく保存されていると主張している: Zhang et al. (2024) On the evolutionary trail of MagRs。
磁気受容に役立っていることを示すには常温でも働き、磁気受容の波長依存性も説明する必要があるのでなかなかハードルが高い: Guo et al. (2021) Modulation of MagR magnetic properties via iron-sulfur cluster binding。
短波長に吸収があることは示しているがクリプトクロムのラジカル対のようなカットオフ波長を作ることは難しそう。
このグループ (のみ?) が MagR の論文を多数出しており否応なく目にすることになるが磁気受容の文脈で読む時は要注意だろう。
(注釈)
*1: cryptochrome ギリシャ語で「隠れた色」。フォトリアーゼ系のタンパク質でフォトリアーゼは細菌からすでに存在していたもので、紫外線による DNA 損傷回復に関与する。植物と動物では独自に進化し植物の光への反応に関係している。同じものを違う機能に進化させることは生物でよくみられるが、そんなものが長距離を渡る鳥を生み出すことになろうとは、神様? でも考えなかったであろう。
*2: 光には波 (電磁波) としての性質も粒子としての性質もある。後者を指して光子 (フォトン) と呼ぶ。皆様がお世話になっているカメラも、レンズ部分では光の波としての性質を、センサー部分では光子としての性質を利用している。光だけではなく物質も同じように波としての性質を持ち、量子力学の根幹をなす概念。
アインシュタインがノーベル賞を受賞したのも、有名な相対性理論の方ではなくて、光が粒子としての性質も示すことを示した業績によるもの。格好良く書けば光子1個のエネルギー E=hν ここで h はプランク定数、ν は光の振動数。赤い光 (振動数が小さい) は青い光 (振動数が大きい) に比べて E が小さい。
青い光でないと起きない (光量子のかかわる、センサーでもよい) 現象に対して、赤い光をいくら強めても現象が起きないのはこの原理による。
鳥の世界でも色素による色彩は光子としての光の性質に、構造色は波としての性質による。
我々も鳥も色を知覚できるのは (というよりそもそも光が見えるのは) 光子としての光の性質による。
*3: トリプトファンは一般的なタンパク質では存在量が最も少ないアミノ酸で、これほどトリプトファンが連なるのは特殊な役割を果たしていると考えるのが自然である。トリプトファンをコードするコドンは 64 種のうち1つのみで、生命進化の初期段階ではおそらく必須のアミノ酸でなかった。
チロシンとトリプトファンについては、20-24 億年前の酸素増大イベント (大酸化イベント) に耐えるために獲得された可能性を、量子化学計算と生化学実験から提示した研究が発表されており、アミノ酸の機能的特性が遺伝暗号を決定づけていたことを示唆している (wikipedia 日本語版より)。
参考: Granold et al. (2017) Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen。
*4: このように引き離された (といってもタンパク質分子程度のスケールだが) の2つの電子の間には離れていても相互の状態に相関があり、「量子もつれ」(qunatum entanglement) の状態にあるとも表現される。ちなみに「量子もつれ」は 2022 年ノーベル物理学賞のテーマであった。
世の中で普通に出てくる「量子もつれ」は一般に光子と光子の間のもので、遠距離でも光子と光子の間に相関を持たせる実験に成功している。渡り鳥のラジカル対の場合は電子と電子の間のもので、世の中一般によく言われるものとは異なるので注意。これは光子の場合と異なり (一般的でない環境、しかも特別な条件下でやっと実現可能) ごく短距離の間でしか量子もつれの効果は現れない。
*5: 我々がスピン (*6 参考) のお世話になっているものに医学で使われる MRI がある。渡り鳥における磁気定位メカニズムに関連がある (と思われる) のは電子のスピン、およびそれに影響を与える原子核のスピンであるが、MRI の場合は水素原子核のスピンを測定している。
磁場中のスピンが (古典力学的に言えば) 周期的に向きを変える (みそすり運動と言う) ことでそれに対応する電波が発生し、電波の周波数と強度を測定して画像にしている。もっとも磁石の原理もスピンなので、すでに誰もがお世話になっているわけであるが、ここでは電波との関係を示すために MRI を例示した。
*6: 電子や一部の原子核には古典力学の回転 (電子は大きさを持たないので回転の比喩は正しくない)、正確には角運動量、に対応する「スピン」と呼ばれる量子力学の概念があり、よく上向きスピン、下向きスピンのような表現が使われる。おそらく大学1年程度の化学で習うが、元素や周期律に興味のある方にはもっと早い時期にお馴染みかも知れない。
大学入試の「化学」を暗記科目にしないために高校段階でもスピンを教えているところもあるはずである。
ただスピンがなぜあるのか、という質問には大学で物理を学んでもそうすぐには教えてもらえない。物理系の3-4回生で選択科目次第で習える程度だろうか (さわりだけでも見ておきたい方は wikipedia 日本語版で「ディラック方程式」の冒頭をどうぞ)。「いったい何なのか」には深入りせずにそういうものがあると思っておくのがおすすめ。
渡り鳥を扱った本でも三重項状態 (triplet) とか一重項状態 (singlet) のような専門用語が登場することがある。これはスペクトル線の特徴から名付けられた用語だが、上向きスピン、下向きスピンの表現を用いれば2つの電子が同じ向きなのが三重項状態、逆向きなのが一重項状態となる。
有名なところでは酸素分子 (O2) の結合電子は通常は三重項状態の方がエネルギーが低く (分子軌道の対称性に起因する)、酸素分子は通常は2つの不対電子を持つ (液体酸素は磁石にくっつく)。一重項酸素はよりエネルギーの高い励起状態で活性酸素の一種。ロドプシンが磁場を感知すると考えられた初期の解釈では、ロドプシン分子内での仮想的な一重項/三重項の遷移を考えていた。
*7: 渡り鳥が渡りの時期にかごの中で夜間に渡る方角を向いて動作する行動。古典的には鳥の足にインクを付けて足跡の方向を見ることで渡りの定位を研究していた。ドイツ語の Zugunruhe (原語読み ツークウンルーエ。合成語なのでツークで切って g は無声化。-gu- は続けて読まない) は英語でもよく使われる。
ツーグンルーエの読み [おそらく中村司氏による。cf. 樋口 (2019) 中村 司先生を偲ぶ] が知られているが、これは英語・ドイツ語の読みが混ざっているのでおそらく正しくない。
Zug 牽引、行進、渡り鳥の群れのことなど。cf. Zugvogel 渡り鳥。こちらはツークフォーゲルと読む。Unruhe 不穏。落ち着かないこと。渡りの衝動と書いてあるものもあるが、原意を考えると不穏の方が適切だろう。Unruhe はもちろん Un + Ruhe ルーエ 平穏、落ちつきなどの意味。
ツークウンルーエと読めないとドイツ語の先生から読めていないときっと訂正されるだろう。ドイツ語 (に限らないだろうが) の授業ではテキスト音読で実力はかなりわかってしまう。
#ハチクマの備考にある飼育下での渡り時期の記述もおそらく同様と思われるが、主に昼間に渡りをするハチクマがそういう衝動を起こすとすれば面白い。
ウズラを用いた遺伝子発現の研究から "Zugunruhe" の脳内機構が一部明らかになった: Marasco et al. (2024)
Brain gene expression reveals pathways underlying nocturnal migratory restlessness。渡りの時期に視床下部の脂肪の輸送やタンパク質・炭水化物代謝に関係する遺伝子が強く発現していた。候補となる apolipoprotein H 遺伝子が発現し、夜間の行動と相関があることがわかった。渡りを行わない時期にはこの相関は見られなかった。
*8: 磁気定位に光が必要なのになぜ夜間に渡りができるのか、という根源的疑問があるだろう。これは研究者も気にしているようで、闇夜でなければ磁気定位が可能などの理論計算を行っている。これはまだ十分に解決されていない。
ハチドリについてもう一つ話題を紹介しておく。Osipova et al. (2023) Loss of a gluconeogenic muscle enzyme contributed to adaptive metabolic traits in hummingbirds
の研究によればハチドリがホバリング飛行を進化させるにあたって FBP2 という筋肉で糖新生を行う酵素を失ったとのこと。この酵素を失うことで糖分解やミトコンドリア能力が高まることが実験的に示されており、高いエネルギー生産が必要なホバリング飛行が可能になる一つのステップであったと考えられる (もちろんそのために常時糖分を補給する必要性が生じたわけだが)。
Osipova et al. (2024) Convergent and lineage-specific genomic changes contribute to adaptations in sugar-consuming birds (preprint)
ハチドリ類やオウム類、スズメ目の鳥で糖分に主に依存する系統で特に MLXIPL (糖と脂質代謝に関連する) が収斂進化を遂げている。他にもいくつも糖に関連する遺伝子候補が挙げられている。
ハチドリがグルコースだけでなくショ糖の成分であるフルクトースも取り込むことのできる SLC2A5 を持っていることを示した研究: Gershman et al. (2023) Genomic insights into metabolic flux in hummingbirds。SLC2A ファミリー遺伝子は目の色素にも関係があり、#ヤマセミ備考の [派手な色彩の鳥はまずい?] 項目から派生情報を参照。
ハチドリの超高音の音声と聴覚については#タンチョウの備考 [ツル類やハクチョウ類の気管・鳥の発声メカニズム] も参照。
[受粉者が変わって香りを失った植物]
Darragh et al. (2025) The Convergent Evolution of Hummingbird Pollination Results in Repeated Floral Scent Loss Through Gene Downregulation
熱帯アメリカで Costus 属の植物の遺伝子を研究。かつてはハチ類が受粉していたと考えられるがハチドリ類に変わった種類がある。受粉者がハチドリ類に変わった複数の系統の種類で香りの化学物質の種類が収斂進化的に減少していることが判明。偽遺伝子化までは起きていないが遺伝子発現が抑制されているとのこと。
研究そのものは植物が急速に進化できることを示すものではあるが、ハチドリ類が相対的に嗅覚にあまり頼っていないこともわかる結果となり、鳥の方の観点からも面白い結果となった。例えば祖先が夜行性生活を体験することで嗅覚レパートリーが増えるわけでもなさそう。
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ヒメアマツバメ
- 学名:Apus nipalensis (アプース ニパレーンシス) ネパールの足のない鳥
- 属名:apus (合) 足無し (a 無い pous 足 Gk)
- 種小名:nipalensis (adj) ネパールの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:House Swift
- 備考:
apus は#アマツバメ参照。
nipalensis は地名の -ensis の冒頭を長母音としてアクセントを置く読みで "ニパレーンシス"。短音にしてもアクセントは移動せずどちらでもよい。
種記載時学名 Cypselus Nipalensis Hodgson, 1837 (原記載) 基産地 Central region of Nepal。
当時 Hodgson がネパールの新種の鳥に片っ端から Nipalensis を付けていた時代の産物の一つ。同じページに Hirundo Nipalensis Hodgson, 1837 = コシアカツバメの亜種が現れる。
Cypselus は#アマツバメの備考参照。
同種扱いされることもある Apus affinis の方も見ておくと記載時学名 Cypselus affinis Gray, 1830 (原記載 図版に現れるが本文はないとのこと) 基産地 No locality - Ganges (Avibase による)。affinis は "似た" の意味だが何に似ているかは明確には示されていないらしい。
Hartert (1910-1922) では p. 843。場所は推定 Ganges-Tal (ガンジス川の谷)。西アフリカやスリランカの個体は暗色で研究が進めばさらに分離される可能性があることを述べていた。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは kuntzi (アメリカの軍医、採集家 Robert Elroy Kuntz に由来) とされる (しかし下記参照)。
この記載時学名は Apus affinis kuntzi Deignan, 1958 (原記載) 基産地 Shih Lin (a nothern suburb of Taipei), Taipei Hsien, Formasa。
この記載までは亜種 subfurcatus が台湾で少数繁殖すると考えられていたものが亜種に値するとして名称を与えたもの。subfurcatus はマレー半島の亜種とされていた。
[分類と亜種の問題]
かつては Apus affinis の亜種とされ、古い図鑑でもこの学名であった。このうちインドより東のものが Apus nipalensis ヒメアマツバメ House Swift と分離され、多くのリストがこれに従っている。
分離する場合 Apus affinis Little Swift にはニシヒメアマツバメの和名が与えられている (日本で記録がないため亜種を考えた場合は同じ名前がどの亜種を指すかは自明でない)。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) では Rasmussen and Anderton (2005) "Birds of South Asia: The Ripley Guide" ではこれらのグループの中で複数種の証拠を見いだせなかったため同種に戻し、
nipalensis を独立種でなく、Apus affinis Little Swift/House Swift の亜種としている。この場合は全体で 10 亜種。
両者の分布するインドおよび南アジアのリスト (2022) は IOC を採用し2種としている Taxonomic updates to the checklists of birds of India, and the South Asian region - 2022。
Paeckert et al. (2012) (#アマツバメの備考参照) では分子系統解析でこの2種の系統の分離は不完全 (wikipedia 英語版 incomplete lineage sorting。日本語版もある) としている。
将来の研究により同一種に戻される可能性もあるかも知れないが、このグループの研究はまだかなり不完全である。
なお Saitoh et al. (2015) GenBank: AB843360.1 では東京のサンプルについて Apus affinis Little Swift の名称で登録している。関連する研究は Saitoh et al. (2015) (#カルガモの備考参照)。
より古い時期に日本から Apus nipalensis の名称での登録もあり、日本の研究者の間でも分類の扱いが必ずしも一貫していないようである。
試しに上記配列から BLAST をしてみると日本もインドもあまり違わない感じ。Apus affinis と別種にする必要があるかどうかもちょっと怪しい。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) の記載では kuntzi は台湾の亜種で、日本は nipalensis であるとしている。
Brazil (2009) "Birds of East Asia" も同じ見解で kuntzi との外見の区別を記載している。
台湾の扱いでは Clements v2022 をベースとして kuntzi を固有亜種としている: The 2023 TWBF Checklist of the Birds of Taiwan。
フィリピンのリスト (2023) では nipalensis, subfurcatus を留鳥亜種としており、伝統的にはフィリピンの亜種は subfurcatus とされていたのでこれも nipalensis の島嶼への分布拡大を示唆しているのかも知れない。
さらに興味深いことに2012年カナダのブリティッシュコロンビアで瀕死の状態で到着したヒメアマツバメの記録がある: Szabo et al. (2017) First Record of House Swift (Apus nipalensis) in the Americas。
この論文ではミトコンドリア COI ハプロタイプは日本の1個体、(ニシヒメアマツバメとされる) インドの2個体とまったく同じであり affinis/nipalensis と DNA 判定している。
参考: KY242302.1。
論文中では日本はニシヒメアマツバメの分布の東端の可能性もある書き方になっている。
この文献では 2010 年代前半にヒメアマツバメが北海道東端にまで進出していることにも言及している。
Researchers untangle mystery of tiny bird’s trans-Pacific flight
の記事も参照。嵐で運ばれたか渡りのコンパスに異常があったのかなどの可能性が考えられているが、太平洋を越えるのは容易でないだけで、分布を広げる先駆的な個体であった可能性であるようにも思える。
またアマツバメ類はヨタカ類の夜行性系統に関係があるため、あるいはそもそも渡りの磁気定位能力があまり高くなく (#アマツバメの備考参照)、長距離の渡りに適していないかも知れない。つまり渡りのコンパスに異常というより種として渡りのコンパスの精度が低い可能性である。
またヒメアマツバメとニシヒメアマツバメの遺伝情報 (ここで比較された短い部分だけであるが) が同じであったことも注目に値しそうである。
カタグロトビの確認初期にそうであったようにヒメアマツバメの繁殖確認時期に地理的に最も近い亜種が想定されたものがそのまま残っているものかも知れないが、現在の世界のリストの扱いと異なったものとなっている。
留鳥性の比較的高い種であり、台湾は固有亜種 (他の種でもよく見られる現象) で、日本の個体群は大陸の個体群の分布拡大に従った結果と考えると海外リストの見解の方が正しいかも知れない。
Paeckert et al. (2012) ではアマツバメ類は既存の亜種区分にも問題があるとのことで、将来研究が進めば亜種分類の見直しもあるかも知れない。
日本鳥類目録改訂第8版ではヒメアマツバメとニシヒメアマツバメが別種扱いとなる可能性が高いが、もし世界の趨勢の変化などで将来これが同一種 Apus affinis に戻された場合はニシヒメアマツバメの名前は基亜種 Apus affinis affinis のみを指す可能性もあり現在の名称が指す範囲とかなり異なってくるかも知れない。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES チドリ科 CHARADRIIDAE ▽
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タゲリ
- 学名:Vanellus vanellus (ワネルルス ワネルルス) 小さな唐箕
- 属名:vanellus (合) vanellus タゲリ [小さな唐箕 (とうみ) (vannus (f) 唐箕 -ellus (指小辞) 小さい]。フランス語で穀物をあおぎ分ける箕。飛翔時のゆっくりした羽ばたきから (コンサイス鳥名事典)
- 種小名:vanellus (トートニム)
- 英名:Lapwing, IOC: Northern Lapwing
- 備考:
vanellus は vannus は短母音のみ。-ellus も短母音のみで長母音は現れないと考えられる。-nel- がアクセント音節となる (ワネルルス)。
フランス語の van は vannus から派生したと考えられ、ラテン語 vannus はイタリア祖語の *watnos、遡ってインド・ヨーロッパ祖語の *h2weh1- (吹く) に由来すると説明されている。
vannus の指小語には vatillum (ショベルやフライパン) の別単語がある (wiktionary)。
記載時学名 Tringa Vanellus Linnaeus, 1758 (原記載)。
Brisson (1760) がこの種小名をもとに Vanellus 属を提唱した。
当時は属が変わる場合に新名が与えられることがしばしばあり (#ノスリの備考参照)、Vanellus vulgaris Bechstein, 1803 (参考) (普通のタゲリの意味)、
Vanellus capella Schaeffer, 1789 (参考) (Capella については #タシギの備考参照) があった (後者は新名を意図したものではないかも知れない)。
後に Linnaeus (1758) の種小名に統一された。
単形種。
[チドリ目の系統分類]
チドリ目は巨大な目で日本鳥類目録改訂第7版、第8版の配列 (順序は IOC 13.2。学名は必ずしも一致するわけではない) を見てもどのように分類されているのか想像しにくい。Boyd の用いている上位分類を紹介しておく。IOC 分類順とは多少異なっている。
wikipedia 英語版は Kuhl et al. (2021) (#ミサゴの備考 [近代的な陸鳥の進化] 参照) をもとにしており、Boyd の提案はこれとも異なっている。Kuhl et al. (2021) のサンプルも十分多いわけではないので個々の属の位置には不定性がある。
Boyd は Cerny and Natale (2022) Comprehensive taxon sampling and vetted fossils help clarify the time tree of shorebirds (Aves, Charadriiformes)
[2021 年版 preprint; 出版社サイト。preprint からの訂正あり。Dryad data file]
を参照しており、この系統樹 (問題点もあり、他の項目の解説も参照) を見ればこれまで大きくまとめられていたものが日本鳥類目録改訂第8版でかなり変わる予定であることも理解できる。
なお Cerny and Natale (2022) のこの論文は自身でデータを取ったのではなく、GenBank に公開されている塩基配列を解析したもの。
Cerny 自身のサイトからチドリ目の スライド, 解説音声ビデオ を見ることができる。
チドリ目の完全な系統樹を作るよりも、これまで曖昧だった分岐年代、種形成や消滅の年代依存性を調べることが主目的で、個々の系統関係を知るためや属分割の根拠としてこの系統樹を用いている我々の興味とは少し異なるかも知れない。チドリ目の複数の系統が K-Pg 境界を生き延びた。
系統推定ソフトウェア RevBayes の開発者の一人で過去には生態学のフィールドワークや古生物学なども経験しているとのこと。
恐竜の高次系統関係がそれほど安定して支持されるわけではない研究も面白い: Cerny and Simonoff (2023) Statistical evaluation of character support reveals the instability of higherlevel dinosaur phylogeny
その後さらに Dufour et al. (2024) Seasonal migration and the evolution of an inverse latitudinal diversity gradient in shorebirds
の Supporting Information (Figure S1) に新しく解析された分子系統樹が提示された。
簡単に見た範囲では形態面でも直感にも近く、最近の系統分類の方向性とも整合する部分が多いので今後はこの系統樹がベースとされるかも知れない。これまで使われてきた属で単系統群にならないものも出ているので今後改訂されてゆくものもあるだろう。
ここで紹介する分類の科の名称は山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) 鳥類の目と科の新しい和名 (1) 非スズメ目・イワサザイ類・亜鳴禽類によるが、それ以外の和名は仮に与えてある。
[#鳥類系統樹2024] の Stiller et al. (2024) でも主要系統がサンプルされているが膨大なチドリ目の中では一部のみで、調べられたものがここで示したものと矛盾する結果にはなっていないので Cerny and Natale (2022) を用いた Boyd のものを紹介しておく。
追記: 2024 年 12 月までの版による。2024.12.11 の変更で高次分類に変更点があるが Recent Changes、用いられたデータは Cerny and Natale (2022) + Stiller et al. (2024) でそれほど変わっているわけではないので、Boyd 自身の再解釈程度に見ておいてよさそう。ここでは急いで反映していない。
Taxonomy in-flux updates によればこれまで論文化されているものでは新しいゲノムデータを用いておらず、取り入れるとこれまでの取り扱いの問題点も見つかるらしい。このスレッドでは分子系統樹も新たに解析され提示されている (データは公開されているので原理的には誰でも作ることができる)。非常に高度な内容になっている。
まず最上位の分類を示す。
チドリ目 Charadriiformes
チドリ亜目 Charadrii
シギ亜目 Limicoli
ミフウズラ亜目 Turnici
カモメ亜目 Lari
含まれる個々の分類群は分類によって違いがあってもこの亜目の分割は納得いただけるであろう。
wikipedia 英語版ではシギ亜目に相当するものが Scolopaci となっている。
Boyd によれば Scolopaci よりも Limicoli の方がずっと先取権があり、歴史的にも長く使われてきた (科名 Limicolae としての用例も含む) とのこと。
ミフウズラ科は従来 Lari に含まれていた (wikipedia 英語版でも) が、最新研究で非常に古い系統と判明して分離された (#ミフウズラの備考参照)。
チドリ亜目 Charadrii
サヤハシチドリ小目 Chionida
(サヤハシチドリ科) Chionidae: Sheathbills
マゼランチドリ亜科? Pluvianellinae: Magellanic Plover
サヤハシチドリ亜科 Chionidae: Sheathbills
イシチドリ科 Burhinidae: Thick-knees
ナイルチドリ小目 Pluvianida: Egyptian Plover
ナイルチドリ科 Pluvianidae: Egyptian Plover
チドリ小目 Charadriida
セイタカシギ上科 Recurvirostroidea
トキハシゲリ科 Ibidorhynchidae: Ibisbill
セイタカシギ科 Recurvirostridae: Stilts, Avocets (セイタカシギ属は#セイタカシギの備考参照。ソリハシセイタカシギ属は#ソリハシセイタカシギの備考参照)
ミヤコドリ科 Haematopodidae: Oystercatchers (ミヤコドリ属は#ミヤコドリの備考参照)
チドリ上科 Charadrioidea: Plovers
ムナグロ科 Pluvialidae: Golden-Plovers (独立科に)
チドリ科 Charadriidae: Plovers, Dotterels
ノドアカコバシチドリ亜科: Oreopholinae (Boyd 独自)
チドリ亜科 Charadriinae (日本産の大部分のチドリが入る。#ハジロコチドリの備考参照)
タゲリ亜科 Vanellinae: Lapwings
シロチドリ/メダイチドリ亜科? Anarhynchinae (日本産ではシロチドリ、メダイチドリ、オオメダイチドリ、オオチドリが入る。#シロチドリの備考参照)
シギ亜目 Limicoli
レンカク小目? Parrida
ヒバリチドリ上科? Thinocoroidea
クビワミフウズラ科 Pedionomidae: Plains-wanderer
ヒバリチドリ科 Thinocoridae: Seedsnipes
レンカク上科 Jacanoidea
タマシギ科 Rostratulidae: Painted-snipes
レンカク科 Jacanidae: Jacanas
シギ小目 Scolopaci
シギ上科 Scolopacoidea
シギ科 Scolopacidae: Sandpipers, Snipes
ダイシャクシギ亜科 Numeniinae: Curlews (#ダイシャクシギの備考参照)
オグロシギ亜科 Limosinae: Godwits (#オグロシギの備考参照)
ヤマシギ亜科 Scolopacinae: Dowitchers, Snipe, and Woodcock (#ヤマシギの備考参照)
クサシギ亜科 Tringinae: Phalaropes and Shanks (#クサシギの備考参照)
キョウジョシギ亜科 Arenariinae: Turnstones and Stints (#キョウジョシギの備考参照)
ミフウズラ亜目 Turnici
ミフウズラ科 Turnicidae: Buttonquail
カモメ亜目 Lari
ツバメチドリ小目 Glareolida
カニチドリ科 Dromadidae: Crab Plover
ツバメチドリ科 Glareolidae: Coursers, Pratincoles
カモメ小目 Larida
ウミスズメ上科? Alcoidea
トウゾクカモメ科 Stercorariidae: Skuas, Jaegers
ウミスズメ科 Alcidae: Auks
エトロフウミスズメ亜科? Aethiinae
ウミスズメ亜科 Alcinae
カモメ上科 Laroidea
アジサシ科 Sternidae: Terns and Skimmers (カモメ科より分離。#アジサシの備考参照)
ハサミアジサシ亜科 Rynchopinae: Skimmers
シロアジサシ亜科 Gyginae: White Terns
アジサシ亜科 Sterninae: Terns
カモメ科 Laridae: Gulls and Noddies (#カモメの備考参照)
クロアジサシ亜科 Anoinae: Noddies
カモメ亜科 Larinae: Gulls
Boyd は分子系統樹に基づいて属をかなり細分しており、従来分類の属概念と異なるものが多いのでここでは含まれる属は示さなかった。
日本産種で違う属名を用いているものについては個々の種の備考に示した。
個々の変更理由は前述 Cerny and Natale (2022) の系統樹をそのまま受け入れれば判断いただけるだろう。
カモメ亜目では最近の分子系統研究を受けてかなりの学名が変更されたが Boyd の分類とよく一致している。チドリ亜目ではまだこれから変更されるかも知れない。Boyd の学名はその時の学名変更判断の候補にもなるだろう。
広義 Charadrius 属が単系統でなく、Vanellus 属を内包していることは Barth et al. (2013)
Phylogenetic Position and Subspecies Divergence of the Endangered New Zealand Dotterel (Charadrius obscurus)
の系統樹を見てもよくわかる。Charadrius 属を分割する必要は早くからわかっていたのだろうが、種のカバー率が十分でなかったためにこれまでは見送られていたのだろう。
この論文の系統樹は種数も少ないので理由がわかりやすくおすすめ。
Qian et al. (2023) Taxonomic Status and Phylogenetic Relationship of the Charadriidae Family Based on Complete Mitogenomes にも参考データがある。
データも揃ってきたので今後早々に分類改訂が行われる可能性がある。
Vanellus 属を Charadrius 属に改名しない限り分割は避けられない。分岐年代を見てもこの統合は受け入れられない (比較的新しい分枝であるチュウヒ Circus 属と広義 Accipiter 属の関係よりさらに深刻: #アカハラダカの備考参照)。
Vanellus 属を一つとするか分割するかは意見が分かれそうなところで、Boyd はタゲリとその他がかなり離れているためタゲリを独立させるのがとよいと考えている。
この場合 Vanellus 属のタイプ種がタゲリであるため他の種の属名が全て変わることになる。多くの分類で分割が採用されていないのはこの変更が大きすぎるためかも知れない。もう少し詳細な分子遺伝学データが揃うのを待っていることもあるだろう。
Charadrius 属のタイプ種はハジロコチドリ Charadrius hiaticula で、この種と同じクレードのみ Charadrius 属に含まれることになる。つまり最低限図の下半分の Charadrius は別属になることになる (例えばシロチドリやメダイチドリなどの系統)。
IOC 14.1, eBird/Clements 2023 ではすでに別属の名前を与えているが、これは問題もある名前で暫定的と捉えた方がよいかも知れない (今後さらに変わる可能性がある。#シロチドリの備考参照)。
分岐年代を考え、同じ枝に複数の別の属の含まれているコチドリも Charadrius 属とは別にした方がよいことがわかる。
Anarhynchinae の名称はハシマガリチドリ Anarhynchus frontalis Wrybill (ニュージーランド。嘴が横に曲がっている唯一の鳥で、必ず右方向に曲がるとのこと) の属名に由来するが、他の事例からみて日本産種を優先した名称が望ましいだろう。
Parrida の名称は対応する下位分類がないが、これはナンベイレンカク Jacana jacana の原記載が Parra jacana Linnaeus, 1766 であったため。
分子系統解析でムナグロ属は他のチドリ類から大きく離れている結果となり科相当となった [上記 Barth et al. (2013) にも表れている]。
シギ類のそれぞれの種または属がどの亜科に入るかは英名を見れば判断できる。
ナイルチドリはワニチドリとも呼ばれナイルワニと共生関係にあるとされる。ヘロドロスがナイルワニがこの鳥を呼んで歯の間を掃除させると記述しているが、このような行動は疑問であり撮影された証拠はない。
Nile Crocodile (Crocodylus niloticus) with Egyptian Plover or Crocodile Bird (Pluvianus aegyptius) - digital reconstruction of popular myth attributed to Herodotus, 5th Century BC. Africa は逸話に基づく合成写真 (wikipedia 英語版)。
かつてはツバメチドリ科スナバシリ亜科に分類されていたが、系統的には大きく違っていた。
クビワミフウズラ科 Pedionomidae: Plains-wanderer (オーストラリアの1種)、ヒバリチドリ科 Thinocoridae: Seedsnipe (南米の2属4種) は面白いグループで、クビワミフウズラは容貌の類似性から長くミフウズラに近縁 (またはゴミ箱状態だったツル目) と考えられてきたが、分子系統解析の結果これら2科が近縁でレンカク科やタマシギ科に近いことが明らかになった。この結果は Stiller et al. (2024) でも確認された。
推定分岐年代 3000-4500 万年前のオーダーで非常に古くから独立した系統ではなかった。
クビワミフウズラの wikipedia 英語版によればかつてキジ目に含められていたミフウズラ類とは驚くべき収斂進化の結果、または祖先的な形質ではないかと書かれている。しかしミフウズラ類もキジ目ではなくチドリ目と判明し、クビワミフウズラを含む1つの系統が多様な系統を生み出したことがわかったと記されている (would mean とあるが現代の分子系統解析はこちらの結果を得ているので断定調で記した)。
ミフウズラ類とは骨学的には似ていない (コンサイス鳥名事典。この事典ではツル目に入っていた)。
年代に興味が持たれている理由はオウム類の分布と同様、ゴンドワナ大陸でつながっていた時代に分布を広げた非常に古い系統の生き残りかと考えられたため (#ミサゴ備考の [オウム類・ハヤブサ類の年代推定])。レンカク科やタマシギ科に近縁と判明すると分布がそれほど不思議なものではなくなる。
移動能力もあってさまざまな環境で種分化したがごく少数の種のみが散発的に現存し、離れた地域の容貌の類似性は収斂進化また祖先形質と考えられる。タマシギとナンベイタマシギの見かけはよく似ているが分岐は深く別属と扱われて配偶様式も異なる。これも離れた地域にも関わらず容貌が類似している例 (#レンカク備考の [チドリ目の配偶様式] 参考)。
しかしクビワミフウズラの現在の生息域はオーストラリアのごく一部に限られており、人の入植によってかつての草地が失われ外来のキツネが導入されたため野生では危機的状況となっている。オーストラリアでは絶滅可能性の最も高い種の6位となっており、IUCN EN 種。2018 年から飼育下保全も行われている (wikipedia 英語版より)。
Bringing Plains-wanderers back from the brink (NSW Government 2022) によれば草地環境の好みの幅が狭く、近年の異常気象も生息地を減少させる原因となっている。ニューサウスウェールズ州で 300 羽程度、オーストラリア全体でも 1000 羽未満。
外来の肉食動物以外にも在来種の猛禽類も脅威となっていて、クコ類の侵略的外来種の African Boxthorn (Lycium ferocissimum) が止まり場を提供する状況になっているがこの駆除も難しいとのこと。
[jizz の語源]
三河 (2003) Birder 17(4): 99 で jizz を取り上げられていて、語源の説明と jazz とのひっかけもあったのではとの解釈を紹介されている。シギ・チドリに関係する項目であったためここに含めておく。
jizz (Wiktionary) によれば最も早い文字の用例は1921年12月に "Country Diary" で Thomas Coward が用いたもので、アイルランド発祥の用語とのこと。1922 年の本 "Bird haunts and nature memories" で
if we are walking on the road and see, far ahead, someone whom we recognise although we can neither distinguish features nor particular clothes, we may be certain that we are not mistaken; there is something in the carriage, the walk, the general appearance which is familiar; it is, in fact, the individual's jizz.
と解説されているとのこと。
語源は主に2説があって、(1) 軍用語の GIS ("general impression and shape” 全体的印象。三河氏が紹介されているものもこちら)、
(2) just is (見たまま、そのまま、ぐらいの意味) の短縮形、
があるとのこと。他にも考察があって、英語の guise, gist, gestalt の発音を誤ったものとの見解もあるらしい。Gestalt (ゲシュタルト) はドイツ語で「姿」などの意味で、感覚的には確かに語感が近い。
The etymology of "jizz", revisited (David McDonald 2016, Canberra Bird Notes 41, 113-117)
によれば (1) の GIS 説は第二次世界大戦時代の用語であり時代が合わない。Coward の時代には野外鳥学者などにすでに知られていた考え方で、文字としてまだ残されず音で伝えられていたものらしい。
Coward (1923) は上記の本の第2版で guise の単語の古い変化形として gis, jis が辞書に載っていると読者から指摘を受けてこれが由来に思えると記している (つまり Coward が発明した用語ではなかった)。
後の時代の軍用語の GIS (GISS) が jizz から影響を受けた可能性をむしろ探してみる価値があるとのこと。
ここまでが McDonald (1996) の結論だったが、この著者はさらに 1918 年の用例を見つけ、当時のアイルランド英語に jizz の単語が存在していて、活力などを意味する jism と同じ語源ではないか。
"jazz" にも同様の意味があってアメリカで 1912 年の用例がある、音楽で少なくとも 1915 年に使われており、音楽そのものも "活力" の意味とよく合う。
これらを検討すると軍用語の GIS 由来は考え難い。アイルランドの地方語で guise, gestalt を意味していた単語でもなく、19 世紀の "活力" を意味する共通語源から派生したものではとの新考察を行っている (jizz / jazz を混ぜた用例もあり、アメリカの jazz がアイルランドの地方語と独立に派生したと考えにくい)。その意味では jazz も同系語になる可能性がある。
いずれの解説でも jazz とのひっかけ説は出て来ないが語源的には同じものかも知れないということらしい。
東郷 (2019) Birder 33(7): 45 にもこの文献の紹介がある。
さて、我々が jizz を使っている時、脳の中ではどのような処理がなされているのだろうか。
Gauthier et al. (2000) Expertise for cars and birds recruits brain areas involved in face recognition (出版社サイト)
の面白い研究がある。車の車種や鳥の識別に長けた人は、人の顔を識別する脳の部分と同じ部位を働かせているとのこと (その割には人の顔が覚えられないが)。つまり既存の回路を別目的に用いている。
我々が jizz で判別する時もおそらく同様で、馴染みの人の顔の識別点を列挙せよと言われると困るのと同様、識別点による識別は挙げにくく直感的に馴染みにくいのだろう。「チャート式」などの記憶に慣れた人には扱いやすいのかも知れないが。
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ケリ
- 学名:Vanellus cinereus (ワネルルス キネレウス) 灰白色の小さな唐箕
- 属名:vanellus (合) vanellus タゲリ [小さな唐箕 (とうみ) (vannus (f) 唐箕 -ellus (指小辞) 小さい]。
- 種小名:cinereus (adj) 灰白色の
- 英名:Grey-headed Lapwing
- 備考:
vanellus は#タゲリ参照。
cinereus は短母音のみで -ne- にアクセント (キネレウス)。
記載時学名 Pluvianus cinereus Blyth, 1842 (原記載) 基産地 Calcutta (インド。越冬地か)。
Blyth (1842) はインドでこの属の6種めと記している (当時は新しい地域から次々新種が発見される時代だった)。
Pluvianus の属名はムナグロ属 Pluvialis と語源は同様でやはり雨に関係する。
これぐらい似ていると別の属名として扱うか同じ属名とするかの議論があってもおかしくないぐらい。
Pluvianus は シロクロゲリ 現在の学名で Vanellus armatus Blacksmith Lapwing 1種に対して Selby (1840) が与えたもの。しかし同じ属名が 現在の学名でも ナイルチドリ Pluvianus aegyptius Egyptian Plover (Crocodile-bird) 1種に Vieillot (1816) が与えた用法が先にあったため無効となった。
ナイルチドリ は1種で1科を構成するに値するぐらい離れているのでこの属名は今後も有効だろう。むしろムナグロ属と似た綴りなので混同に注意、というところか。系統的にもチドリ目に入っている点は共通している。
"Fauna Japonica" では Lobivanellus inornatus Temminck & Schlegel, 1846 の学名で記載 (図版)。
Blyth (1842) の記載の方が早かったために Temminck and Schlegel (1846) の学名は事実上使われず、日本が基産地ともならなかった。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にも別学名として挙げられておらず ("Fauna Japonica" で命名されているのに)、他の用例が事実上なかったのだろう。
inornatus は "飾りのない" の意味。
Lobivanellus は lobus (さや、または葉) と Vanellus 属から。ヒレアシシギなどに使われる意味とは違い、目先に肉垂 (wattle) がある点を指していて、インドトサカゲリ 現在の学名で Vanellus indicus Red-wattled Lapwing を表したもの (The Key to Scientific Names)。
なおケリに使われた属名はこれに限らず多数あるよう。タゲリと同一属にまとめることには相当の抵抗があったものと想像できる。
"トサカゲリ" ならばふさわしい属名だったかも知れないが、現在は Vanellus 属に吸収されている。
Vanellus 属があるために分子系統解析でこれまでの Charadrius 属が単系統にならない (#タゲリの備考参照)。タゲリ類はそのぐらい見かけも異なるので Charadrius 属に改名することもできない、というところ。
この点が議論されるぐらいなので一般的には Vanellus 属をさらに分けることは多分まだ問題外なのだろう (Boyd は行っている。チドリ類全体で精度の高い分子系統樹が得られ分岐年代等がはっきりすると属境界が検討される可能性あり)。
Temminck and Schlegel (1846) の命名はおそらくインドのインドトサカゲリに比べて飾りがない、の意味だろう。
タゲリをタイプ種とする Vanellus 属は独特でケリは含めにくく、Lobivanellus 属はアジア中南部の Vanellus 属に対応する属として扱われていたのだろうか。
英名の Grey-headed Lapwing の由来が気になるところ (実はこれが気になっていて調べたのが上記) だが、学名の cinereus は灰色の意味でも記載文献には特に頭とは書いていない。
当時同じ Lobivanellus 属の中に当時の学名で Lobivanellus melanocephalus Ruppell, 1845 ("頭の黒いトサカゲリ") がある。
現在はムナフタゲリ Vanellus melanocephalus Spot-breasted Lapwing と学名に対応する名称ではないが、他言語には一部学名の意味を取り入れているものがあるのでおそらく学名由来の一般名もあったのではないだろうか。
Lobivanellus で同属だった時代にはこのように頭の色を対比した名称で構わなかったが Vanellus 属に統合されるとタゲリも頭が黒いので "頭の黒いタゲリ" とは呼びにくくなった。
タゲリにはたくさんの英語別名があり (peewit, green plover など)、この名前で単一種を指している分には困らなかったが、学問が進歩して多くの種をまとめて "なんとか" Lapwing に統一するようになるとムナフタゲリに "頭の黒いタゲリ" の英名はふさわしくないので別名を付けた、などの経緯が想像できる。
タゲリに比べて頭の黒いの意味ではなく、別の比較対象種があってケリの方のみが Grey-headed Lapwing で残った、の推論でいかがだろうか。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では Grey-headed Wattled Lapwing となっていて Lobivanellus 属の名称が現れている。
単形種。
Boyd では Hoplopterus cinereus。
ケリ類の多くは翼角の突起(爪) (carpal spur/wing spur) を持つ [#レンカクの備考 Rand (1953) On the spurs on birds' wings]。
そのものずばりの名を持つツメバゲリ Vanellus spinosus Spur-winged Lapwing がある。メスで 7.5 mm 以下、オスで 11.5 mm 以上あるという (コンサイス鳥名事典。現在では種が分割されているのでいずれを指すか少し不明)。Boyd の分類ではケリと同属になる。
Nagai et al. (2024)
Analysis of Genetic Structure and Genetic Diversity in Japanese Grey-Headed Lapwing Population Using mtDNA
日本のケリの mtDNA ND2 ハプロタイプの研究から北部と南部に違いがあり、北方に多い型は中国と同じだった。日本南部に多いハプロタイプの起源は明らかでなく、日本の北方から分布を広げた可能性も大陸からの導入の可能性もある。
中国のケリの衛星追跡: Lei et al. (2021)
First description of migration and wintering home range of Gray-headed Lapwings (Vanellus cinereus) tracked with GPS-GSM satellite telemetry (ResearchGate)。
越冬地インドで分布域が広がっている: Bharos et al. (2019) Distribution range extension of grey-headed lapwing (Vanellus cinereus) in Chhattisgarh, Eastern Madhya Pradesh, and Jharkhand, India。
マダガスカルの Vanellus 属の絶滅種 (3000 年前以内に絶滅) にケリ類最大の翼角の突起(爪) が見つかった。
Goodman and Rasolonjatovo (2024)
Description of the wing spur in the subfossil Malagasy lapwing, Vanellus madagascariensis (Aves: Charadriiformes, Charadriidae): Insights into some of its possible life history traits and why it is extinct
によれば Vanellus 属でオス同士の争いに wing spur が用いられる事例は知られておらず、特に巣を狙う地上性捕食者に対する武器として用いていたのだろうと考えられるとのこと。3000 年前から始まった乾燥化で環境が変わって絶滅したのだろうと推論。
著者はマダガスカルヘビワシ (#ハチクマ備考)、キツネザル類 (#クマタカ備考) のところにも登場する着想豊かな研究者。
地上の開けたところで営巣し、喧嘩好きと言われるケリの祖先が武器に用いていた可能性も想像できる興味深い発見である。
ズグロトサカゲリ Vanellus miles Masked Lapwing の亜種 novaehollandiae の虹彩にある特徴的な模様 (heterochromia) 論文: Cardilini et al. (2022)
Dark heterochromia in adult masked lapwings is universal, asymmetrical and possibly slightly sexually dimorphic。5.4% の鳥類種に認められる特徴とのこと。
関連情報が #シロアジサシ備考 [縦長の瞳孔を持つ鳥] と
#カッコウの備考 [非対称な色彩の虹彩を持つコミチバシリ] にある。
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ヨーロッパムナグロ
- 学名:Pluvialis apricaria (プルウィアーリス アプリカーリア) 日光浴をする雨に鳴く鳥
- 属名:pluvialis (adj) 雨に鳴く
- 種小名:apricaria (adj) 日光浴をする (apricor -ari (intr) 日光浴をする -ius (接尾辞) 〜に関連する)
- 英名:(Eurasian Golden Plover), IOC: European Golden Plover
- 備考:
pluvialis は#ムナグロ参照。
apricaria は apricor が i が長母音 (日光浴をする。apricus 日の照った 由来で i が長母音)。-ari は変化語尾で a, i が長母音で変化形では apricor の i が短母音になる模様。-ius を短母音と考えれば -ca- のみを長母音としてここにアクセントがあるのが自然と考えられる (アプリカーリア)。あまり使われない単語のようで詳細な変化形が出ていない。
Charadrius apricarius Linnaeus, 1758 と Charadrius pluvialis Linnaeus, 1758 の2種が記載されたが、シノニムとなって前者が採用された。属名は Mathurin Jacques Brisson により 1760 年に導入された (The Key to Scientific Names)。
英語の plover も属学名と同じ語源。
ムナグロ類をドイツ語で Regenpfeifer と呼ぶ。属名説明と同じ (コンサイス鳥名事典)。
括弧内の英名はユーラシアのムナグロ類が東西に分離される前の名前。
さらに以前は北米のものも合わせて Pluvialis dominica 英名 American Golden Plover と呼ばれ、比較的最近までこの学名だった。分離されて単形種だが日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種不明とあり、亜種を認める立場のよう。
Howard and Moore 2nd edition, Peters' Check-list of the Birds (2nd edition) では亜種 oreophilos (oreos 山 philos 好きな Gk) を認めている。
Pluvialis 属4種は英語では繁殖地がツンドラであることから tundra plovers とも呼ばれる。
この属が科相当であることが判明した現在では、この4種を取り上げて総称が付けられていたことが適切であったことが確認された。
Byrkjedal and Thompson (1998) "Tundra plovers : the Eurasian, Pacific and American golden plovers and grey plover" (T & AD Poyser, 1998) という本もある。
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ムナグロ
- 学名:Pluvialis fulva (プルウィアーリス フルウァ) 黄黄金色の雨に鳴く鳥
- 属名:pluvialis (adj) 雨に鳴く
- 種小名:fulva (adj) 黄金色の (fulvus)
- 英名:Pacific Golden Plover
- 備考:
pluvialis は a が長母音でアクセントもある (プルウィアーリス)。pluvia (雨) と -alis 形容詞を作る語尾で a が長母音。
fulva は短母音のみ (フルウァ)。
pluvialis は Linnaeus が Rudbeck の鳥類学講義 (1728-1729) を聞き、ヨーロッパムナグロが雨が降る前に集まって鳴くと考えられていたことから regnpipare (使われなくなったスウェーデン語) と呼ばれていること知ったことによる (Linnaeus 自身による 1729 年の記述がある)。regnpipare は「雨に鳴く」(rain piper, rain-caller) の意味。
分割の経緯と過去の英名は#ヨーロッパムナグロの備考参照。分離されて単形種。
かつてはアメリカムナグロの亜種とされ、Pluvialis dominica fulva とされていた [茂田 (1997) Birder 11(2) 46-54]。
ムナグロ属 Pluvialis と他の日本産チドリ類は分子遺伝解析で科レベルで違うことがわかった (#タゲリの備考参照)。
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アメリカムナグロ (第8版で検討種)
- 学名:Pluvialis dominica (プルウィアーリス ドミニカ) サン=ドマングの雨に鳴く鳥
- 属名:pluvialis (adj) 雨に鳴く
- 種小名:dominica (adj) (フランス植民地時代の) サン=ドマングの (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:American Golden Plover
- 備考:
pluvialis は#ムナグロ参照。
dominica は短母音のみで -mi- がアクセント音節 (ドミニカ)。
分割の経緯と過去の英名は#ヨーロッパムナグロの備考参照。分離されて単形種。
現在のリストでは学名 Pluvialis dominica とされるが、最近まで Pluvialis dominicus の学名も使われていた。
茂田 (1997) Birder 11(2): 46-54 によれば原記載の名称 Dominicus は名詞で変化される必要がないにもかかわらず dominica と変化させていたものを訂正したものと書かれている。
その後元に戻されたようである。各種記述には両方の語尾が出てくる。
"Pluvier dore de Saint-Domingue" of Brisson 1760 であり、イスパニョーラ島のフランス植民地サン=ドマング (Saint-Domingue) が由来 (1659-1804 年。1804 年のハイチ革命で独立。現在のハイチ共和国にあたる。wikipedia 日本語版)。現在のドミニカや都市名のサントドミンゴが由来というわけでない (The Key to Scientific Names)。
さらに調べるとラテン語で普通に使われる dominicus (形容詞) は dominus (主人、皇帝など) + -icus で形容詞化したもので、スペイン語 Domingo, ポルトガル語 Domingos, フランス語 Dominique もこれから派生とのこと。
記載時学名 Charadrius Dominicius Mueller, 1776 と Avibase などで表示されるが 原記載 と合わないように見える。The Key to Scientific Names にもこの種小名は現れない。
Mueller (1776) の前後の種を見ると通常は形容詞として扱われる種小名も冒頭大文字にして名詞扱いにしているなど、大文字で始まっているので名詞とは必ずしも判定できないように見える。用例の揺れのようなものがあったのかも。
英語別名 Lesser Golden Plover (ヨーロッパの Golden Plover に対比したもの) があった [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition)]。
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ダイゼン
- 学名:Pluvialis squatarola (プルウィアーリス スクアタロラ) 雨に鳴くチドリの一種
- 属名:pluvialis (adj) 雨に鳴く
- 種小名:squatarola Sgatarola ベネチア名でチドリの一種 をラテン語化
- 英名:Grey Plover
- 備考:
pluvialis は#ムナグロ参照。
squatarola は起源もしっかりした記述がなく音声もよくわからないが、-ola の語尾を (意味は違うが) ラテン語の語尾と同じと考えれば長母音は現れない。その場合 -ta- がアクセント音節と考えられる (
スクアタロラ)。
よく似た綴りのラテン語 squama (鱗) は a が長母音なので同様に伸ばされる可能性もあるかも知れない (スクアータロラ)。
絶対的な規則がある単語ではないと思われるのでお好みの発音でよいだろう。
3亜種あり (IOC)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種の記載なし。
記載時学名 Tringa Squatarola Linnaeus, 1758 (原記載)。AOU, Clements などの英名は Black-bellied Plover となっており、アメリカではこの名称が使われていた。
Willughby (Willoughby) and Ray, Ornithologiae (1676) p. 309 に出典があり、called at Venice, Squatarola となっていた。ベネチア名の解釈はこの資料に起因すると思われる。
Linnaeus (1758) はこの記述に基づいて種小名を与えたと考えられる。この時点ですでに grey Plover の英名があった。現在は有効な学名とされない時期のラテン名 Pluvialis cinerea も使われていて英名の意味と対応している。
OED によれば Plovers grey の名称は 1549 年の用例があるとのこと。1750 年アメリカの用例もあるとのこと。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Squatarola helvetica の学名が使われていた。Squatarola については後述。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では Charadrius helveticus 英名 Grey Plover となっていた。
これは Linnaeus (1766) 記載 で与えられた学名で Helvetica (ヘルヴェティアの名前で 1798 年から 1803 年の間にスイスに共和国が存在した。wikipedia 日本語版より) に生息するとしたもの。
The Key to Scientific Names によれば Brisson (1760) が Vanellus helveticus と呼んでいた。同じ書物に Tringa varia もあった。このページに squatarola も含まれているのでそれぞれ別の種類と考えていたよう。
Brisson (1760) は二名法に則っていないためこれらの学名は現在では有効とされない。
この資料 (Linnaeus による改訂版) を参照すると helvetica が最初に出てくるので先取権があると考えられていたのかも知れない。
Squatarola helvetica. Plumage of Winter and young of the year (Gould 1873)
や Squatarola helvetica. Grey Plover にこの学名を用いた図版がある。かなり長期間使われていた学名のよう。
このページには過去の学名も載せられており、Vanellus griseus Jenyns や、
Squatarola grisea Leach, 1816 (参考)。これは Linnaeus の種小名を属名に昇格させる際の当時の新名 (#ノスリの備考参照)。
Squatarola cinerea Flem. これらの名称がこの種の英名に対応している。
[亜種の問題]
亜種 squatarola (Eastern Grey Plover) は北ユーラシアからアラスカで繁殖、亜種 tomkovichi (Wrangel Island Grey Plover) の記載は新しく、
Engelmoer and Roselaar, 1998 Grey Plover - Pluvialis squatarola - 北極中心の地図では分布関係もよくわかる -
in "Geographical Variation in Waders" でウランゲリ島で繁殖とされる。
もう1亜種の cynosurae (American Grey Plover) はカナダの極北部で繁殖。
亜種間の区別はそれほど明確でなく、単形種とされることもある。
亜種 squatarola はアフリカからオーストラリアで広く越冬、tomkovichi は東アジア-オーストラリアフライウエイを渡るとされ、中国、朝鮮半島、日本、東南アジアを通るとされる。
この情報の出典である Minton and Serra (1999) Biometrics and moult of Grey Plovers, Pluvialis squatarola, in Australia
では越冬地のオーストラリアで計測値で2亜種を区別しており、tomkovichi はオーストラリア南東部に多いとある。オーストラリア南東部の標識個体が日本で目撃されている。
Conservation Advice for Pluvialis squatarola (grey plover)
(オーストラリア) も参考になる。
Tomkovich et al. (2014)
Observation on the East Asian-Australasian Flyway of a Grey Plover
Pluvialis squatarola originating from Wrangel Island
によればウランゲリ島で標識された個体が中国で目撃されている。ウランゲリ島への渡航は手続きなども含めた準備や多額の費用を要し、近い将来にジオロケータや衛星追跡で渡り経路を知るのは難しいだろうとのこと。
状況証拠的には tomkovichi は日本を通っていてもおかしくなさそうである。
フィリピンのチェックリスト (2023) では squatarola, tomkovichi の記載があり比較的普通だが局地的な冬鳥とある。亜種ごとの情報はない。
英名は新世界では主に Black-bellied Plover が使われるとのこと (wikipedia 英語版)。
Li et al. (2025) Migration of Wintering Grey Plover From Southeast Asia to North-Central Siberia Challenges Breeding Population Delineations in Russia
シンガポールで越冬するダイゼンの渡りルートが春と秋で大きく違うことがわかった。繁殖後の渡りの際に大きく西に迂回する。ツンドラでより多くの食物を得るためか、あるいは将来の繁殖地を求めたものかなどの議論がなされている。
ユーラシア極圏の東部と西部がそれぞれ東西で越冬する従来の描像ほど単純ではなかった。
[Squatarola 属]
茂田 (1997) Birder 11(2): 46-54 によればチドリ類は一般に後趾を持たないが、ダイゼンには爪のある小さな後趾があり、これを分類学的特徴と捉えて Squatarola 属とされたことがあったが、それほど重要な解剖学的特徴でないことがわかった。
Squatarola Cuvier, 1816。
ここには後趾のことは出てこないように見えるので後の文献によるものか。Vannneux-Pluviers のフランス名に属名が付記されているがほとんど区別できないため Tringa にまとめた記述になっている。
同年の Leach (1816) の一覧にも用いられ (Squatarola grisea) Grey Squatarolle の名前となっているが表に現れるのみ (文献出典は The Key to Scientific Names より)。
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ハジロコチドリ
- 学名:Charadrius hiaticula (カラドゥリウス ヒアーティクラ) 割れ目に住むチドリ
- 属名:charadrius (m) チドリ
- 種小名:hiaticula (チドリ) < hiatus 割れ目 cola の住人
- 英名:Common Ringed Plover
- 備考:
charadrius は短母音のみで -ra- または -rad- にアクセントがある (カラドゥリウス)。音節の区切り方に絶対的な規則があるわけではなさそう。
hiaticula は hiatus が a が長母音。-cula は -cola 同様に短母音のみと考えられる。-ti- がアクセント音節と考えられる (ヒアーティクラ)。
記載時学名 Charadrius Hiaticula Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 Europe and America, restricted type locality Sweden, ex ref. to Fn. Svec. (スウェーデンに限定)。
Brisson 時代のフランス語名 Pluiver a collier, Pluvialis torquata (Brisson の書物が二名法に則っていないため現在は有効な学名でないとみなされる) があり、対応する学名 Charadrius torquatus Pontoppidan, 1763 (参考) があった。
1758 年以降の学名では Linnaeus (1758) のものの方が早いが、これらの "首輪のある" または "首飾りのある" は英名の Ringed Plover に対応している。
この学名は Linnaeus のものより人気があったようでその後も何度も使われている。
Charadrius torquatus Forster, 1817 (参考) も改名を提案していた。
英名で単に Ringed Plover と言えば本種を指すが、何が ring なのかはこの学名の通り。正面で真上から見ればだるまさんのように本当にまん丸の輪に見える (ハジロコチドリに限った話ではないが)。コチドリのアイリングの意味ではない。
実はこの学名は Linnaeus (1766) 自身も後に使っており、Charadrius torquatus Linnaeus, 1766 (参考) 産地 Dominica となっている。Brisson の Pluvialis dominicensis torquata (これは無効学名) が由来とのこと。American Golden Plover が分離されていた時代の概念と思われるが、同じ学名を Pontoppidan (1763) がすでに別に用いていたため無効。
おそらく人気のあった学名だったが先取権の原則から現在の学名となった模様。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは tundrae (ツンドラの。ユーラシア東部に分布) とされている。Charadrius 属のタイプ種。
属名に使われる charadrius は未同定ののっぺりした鳥の kharadrios (Gk) に由来し、kharadra (川の谷間) を指すとのこと (The Key to Scientific Names)。
[チドリ亜科の系統分類]
広義 Charadrius 属は単系統でない (#タゲリの備考参照)。少なくとも3つの系統が存在する。その中にすでに他の属が含まれているものもあり、再編成が必要となる。
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd の分類によれば以下の通り。英名は IOC より。
チドリ科 Charadriidae チドリ亜科 Charadriinae
ハシナガチドリ属 Phegornis
ハシナガチドリ Phegornis mitchellii Diademed Sandpiper-Plover (南米アンデス)
ムネアカチドリ属 Zonibyx
ムネアカチドリ Zonibyx modestus Rufous-chested Plover (Charadrius 属より分離。南米南部)
コバシチドリ属 Eudromias
コバシチドリ Eudromias morinellus Eurasian Dotterel (Charadrius 属より分離)
ハジロコチドリ属 Charadrius
フタオビチドリ Charadrius vociferus Killdeer
ハジロコチドリ Charadrius hiaticula Common Ringed Plover
ミズカキチドリ Charadrius semipalmatus Semipalmated Plover
フエコチドリ Charadrius melodus Piping Plover
ズグロチドリ属 "Thinornis" (新属学名が必要)
ズグロチドリ "Thinornis" cucullatus Hooded Dotterel (Thinornis 属より分離。タスマニアからオーストラリア南部)
ニシミスジチドリ属 "Afroxyechus" (新属学名が必要)
ニシミスジチドリ "Afroxyechus" forbesi Forbes's Plover (Charadrius 属または Afroxyechus 属より分離。アフリカ)
ミスジチドリ属 Afroxyechus
ミスジチドリ Afroxyechus tricollaris Three-banded Plover (アフリカ)
コチドリ/イカルチドリ属? Thinornis
コチドリ Thinornis dubius Little Ringed Plover
イカルチドリ Thinornis placidus Long-billed Plover
カタアカチドリ Thinornis melanops Black-fronted Dotterel (Elseyornis 属より移動。オーストラリア)
ノドグロチドリ Thinornis novaeseelandiae Shore Dotterel (ニュージーランド離島)
Thinornis 属の名称はノドグロチドリに由来するが、日本産種を優先すればコチドリ属かイカルチドリ属の名称になるだろう。世界的な知名度を考えれば前者、日本周辺分布を重視すれば後者になるだろうか。
ノドグロチドリは外来種による捕食などの結果でニュージーランドの離島であるチャタム諸島の Rangatira (ランガティラ) 島のみに生息していた、個体数 200 羽程度。この島は辛うじて絶滅から救われたチャタムヒタキ (#チョウゲンボウの備考 [離島のチョウゲンボウ類と超希少種の保全]) の生息地としても知られている。
かつては他の島への分散も試みられたが元の場所に戻ってしまったなどの問題もあった (コンサイス鳥名事典)。現在では飼育下の保全とともにチャタム諸島以外へも再導入が進められている (wikipedia 英語版)。IUCN EN 種。
コチドリ/イカルチドリと他のチドリ類の縁は遠かった。Thinornis の意味は this, thinos 浜 ornis 鳥 (Gk)。
コバシチドリの属名は #コバシチドリの備考参照。
AOS Classification Committee - North and Middle America Proposal Set 2025-A
(NACC p. 51) によれば WGAC は旧世界のものを Thinornis 属に分離する決断を行ったとのこと。北米で記録される種ではコチドリが対象になる。上記の Boyd のリストのズグロチドリ以降が Thinornis 属に分離される模様。日本産種ではコチドリとイカルチドリが対象。{コチドリ/イカルチドリ} と {ハジロコチドリ/ミズカキチドリ} が別属になる見通し (識別に悩むほど似ているのに!)。
この分離は Clements 2024/eBird がすでに採用している。
ミスジチドリのみからなっていた Afroxyechus 属は Thinornis 属に吸収される見通し。
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ミズカキチドリ
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イカルチドリ (将来の属名変更の可能性に注意)
- 学名:Charadrius placidus (カラドゥリウス プラキドゥス) 静かなチドリ
- 属名:charadrius (m) チドリ
- 種小名:placidus (adj) 静かな
- 英名:Long-billed Ringed Plover, IOC: Long-billed Plover
- 備考:
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
placidus は短母音のみで冒頭にアクセント (プラキドゥス)。
単形種。
Charadrius placidus Gray & Gray, 1863 が記載時学名。
原記載はリスト内に現れるのみで基産地は示されていなかった。"Catalogue of the specimens and drawings of Mammals, Birds, Reptiles of Nepal and Tibet, presented by B. H. Hodgson, Esq., to the British Museum" (2nd ed.) に Hodgson の図版があるとのこと。
本文。学名由来を示唆する言及はない。
Sharpe (1896) によって基産地はネパール (資料) と判定された。
いかにも日本的な種のように感じられるが基産地は日本ではなかった。どこにでも生息している感じがするが Temminck and Schlegel は図版も残していない。こんな普通種がなぜ Temminck and Schlegel の手に渡らなかったのかなど歴史的に検証することも面白いだろう。
Aegialites hartingi Swinhoe, 1870 も記載していた (資料) がこの記載の方が遅いため Gray and Gray (1863) の学名となった。Swinhoe の記載地は中国。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にはこの2つの学名が載せられている。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では Hodgson's Ringed Plover の英名。
おそらく蝦夷で繁殖して南部の日本では冬鳥と考えられていたらしい。
日本のものを亜種 japonicus Mishima, 1956 (産地 Tamagawa, Tokyo) とする提案もあったが、現在世界の主要リストでは用いられていない。記載論文。翼長が短小とのこと。
種小名の意味は北米で繁殖・一部南米で越冬するフタオビチドリ Charadrius vociferus (騒々しい) 英名 Killdeer に対して静かであることから付けられたとのこと [日比 (2000) Birder 14(1): 68-70]。
フタオビチドリの英名はよく聞かれる2音節の声 ("kil-deee") を模したものだそうで非常によく鳴く (wikipedia 英語版)。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではハジロコチドリの亜種 Charadrius hiaticula placidus として掲載されている。ロシア名では現在もウスリーのチドリ。
ややこしいことにロシア名では malyj zuek (小さいチドリ) がハジロコチドリを意味する名前になるが別名 galstuchnik も使われる。zuek (ズヨークと読む) は zudet' (単調な金属的な音を出す) とおそらく音声由来 (Kolyada et al. 2016)。
Dement'ev and Gladkov (1951) 当時はハジロコチドリをどのように (種または亜種) 分類するかが主題となっていたようでイカルチドリはあまり扱われていない。嘴が長いなど少し特徴のある亜種と扱われていたよう。
旧英名の Long-billed Ringed Plover に亜種時代だった痕跡が残っているよう。独立種となって Ringed が省かれたものと想像できる。すなわち従来の広義ハジロコチドリの中では嘴が長いの意味。特徴的な長い嘴を指すというよりハジロコチドリと区別する点を取り上げた名称だった。
Ogawa (1908) にはイカルチドリの他に別名オージュン、クビダマチドリの名前が載せられている。チドリ類の和名はかなり遅く整理されたよう。「千鳥」の名称は古くから使われていたが種類はあまり区別していなかった模様。
「大江戸飼い鳥草紙」(細川博昭 吉川弘文館 2006) (pp. 164-167 表 7) によれば「喚呼鳥」(1710
) の "大くびしぎ" をイカルチドリと判定している。
"クビダマチドリ" は理解できる名前で、"大くびしぎ" は語源は同じようなものか。英語だと collared に対応するだろうか。
"オージュン" の "ジュン" はわからないが "オー" は大きいの意味か。
wikipedia 日本語版では和名のイカルは古語で「大きい、厳めしい」の意との解釈を紹介している。
Boyd では Thinornis placidus。Clements 2024/eBird が採用。
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コチドリ (将来の属名変更の可能性に注意)
- 学名:Charadrius dubius (カラドゥリウス ドゥビウス) 疑わしいチドリ
- 属名:charadrius (m) チドリ
- 種小名:dubius (adj) はっきりしない
- 英名:Little Ringed Plover
- 備考:
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
dubius は短母音のみで冒頭にアクセント (ドゥビウス)。
日本で記録される亜種 curonicus は -icus が短母音のみ。前半は地名でドイツ語では Kurland の冒頭が明確に長音で、フランス語では Courland と綴る
(この単語の母音の長短は不明だが名詞 cour は長音のためそのまま使っているかも知れない)
ため "クーロニクス" でよいと思われる。短く読んでもよいが "ク" に母音が含まれることを意識する点からも長音風に読む方が (cro- などで始まる単語との) 誤解が生じにくいのではと思う。
日本語ではこの地名はドイツ語読みでクールラント、クール人と表記されている (wikipedia 日本語版より)。
Curonian language は日本語では通常クロニア語と表記されている。ラトビア語の綴り規則をみると短音で発音されるよう。
3亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は curonicus (現在ラトビアの地名 Curonia/Courland/Kurland、ロシア綴りでは Kurlyandiya から) とされる。
dubius の由来は Sonnerat (1776) が "Petit Pluvier a collier de l’isle de Lucon" で単なる気候の違いを反映したハジロコチドリの変種で、別種とは区別できないのではと疑っていたことに由来する (The Key to Scientific Names)。基産地はフィリピンのルソン島だった。
Sonnerat (1776) の記述は Voyage a la Nouvelle Guinee... (図版)。解説は1ページ前から始まる。
ハジロコチドリは Brisson が "Petit Pluvier a collier" と呼んでいた。
Sonnerat (1776) は学名を与えていないので原記載は Scopoli (1786) Deliciae florae et faunae Insubricae [...] Pars IIによるものと少し遅れている。ヨーロッパでよく知られたハジロコチドリの記載 (Linnaeus 1758) の方が早い。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Charadrius minor Wolf & Meyer となっており。Aegialitis dubia が別学名に挙がっている。
Charadrius minor Meyer, 1810 (資料) があって、現在は亜種名となっている Charadrius curonicus Gmelin, 1789 のシノニム扱いだったとのこと。
資料によれば新しく付けられた学名であれば無効名とあり、minor は以下にある Wolf and Meyer (1805) が先に用いていたため無効とされた模様。
どちらの命名を採用するとしても minor の意味は現在のコチドリとよく整合する。#シロチドリの備考で調査したようにチドリ類の和名はあまり付いていなかったようで、コチドリはチドリ類の名称が学術的に整理された時代にこの学名由来で名付けられた可能性があるように思える。
Aegialitis minor にこの種小名を用いた Gould の図版がある。Aegialitis の属名は Boie (1822) がハジロコチドリをタイプ種として用いたもので aigialos 浜辺 izo 座る (The Key to Scientific Names)。
同じ名称の属が植物で使われておりマングローブに生育する。
Dement'ev and Gladkov (1951) によればこの学名は Charadrius minor Wolf & Meyer (1805) で、先行する学名 Charadrius minutus と一緒に与えられていたとのこと。亜種 curonicus Gmelin, 1789 と同じものとのこと。
Ogawa (1908) では Aegialitis curonica Gmelin も別学名に載っているので当時は先取権が正しく扱われていなかったらしい。Boie (1822) が Aegialitis 属を与える際に minor の学名で載せているので (The Key to Scientific Names) そのまま踏襲されていたものか。
Boyd では Thinornis dubius。Clements 2024/eBird が採用。
基産地がフィリピンであるように、基亜種 dubius はフィリピン、ニューギニア、ビスマルク諸島に分布するとされる。亜種 jerdoni はインド、スリランカ、パキスタンから東南アジア南部で、これらは留鳥。curonicus は北方型とされる。
Dement'ev and Gladkov (1951) の分布図では日本南部の主に島嶼部が dubius の扱いとなっている。
タイの亜種識別情報: Identifying subspecies of Little Ringed Plovers (ayuwat 2021)。
Gruiformes and Charadriiformes によれば亜種 curonica を種に昇格させる考え方もある [Bahr (2011) and Eaton et al. (2016)] が幅広い支持は得られていない。xeno-canto の音声の比較ではだいぶ違いがあると紹介されているがデータがまだ限られている。
これも分子系統解析待ちか。
フィリピンのチェックリスト (2023) では dubius, curonicus 両者の記載があり普通の冬鳥または留鳥とある。
Hedenstrom et al. (2013) Migration of the Little Ringed Plover Charadrius dubius breeding in South Sweden tracked by geolocators
にジオロケータで明らかにしたスウェーデンからの渡り経路が示されている。アフリカからインドまで広く越冬している。
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シロチドリ (将来の属学名変更に注意)
- 学名:Charadrius alexandrinus (カラドゥリウス アレクサンドゥリーヌス) アレクサンドリアのチドリ
- IOC 学名:Anarhynchus alexandrinus (アナリュンクス アレクサンドゥリーヌス) アレクサンドリアの後ろ向きの嘴 (のチドリ)
- 属名:charadrius (m) チドリ
- IOC 属名:anarhynchus: ana- 後ろ向きの rhunkhos 嘴 (Gk) 本来はハシマガリチドリのみを指した
- 種小名:alexandrinus (adj) アレクサンドリアの (-inus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Kentish Plover (英国ケント州の)
- 備考:
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
anarhynchus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-rhyn- がアクセント音節と考えられる (アナリュンクス)。
Alexandrinus (固有名詞) は i が長母音でアクセントもある (アレクサンドゥリーヌス)。ギリシャ語でもこの位置にアクセントがある。
基産地は英国ケント州であったが (1787) どんどん数を減らして英国での繁殖もなくなった。現在では英国ではまれな渡り鳥になっており(出典 Focus on: Kentish Plover)、適切な英名とは言えなくなっている。
茂田 (1994) Birder 8(1): 36-40 によればケント州で記載したのは Latham (1801) で Charadrius cantianus (中世ラテン語で Cantia = ケント州) の学名を与えたが、Linnaeus (1758) の Charadrius alexandrinus (原記載) と同一と判定されシノニムとなった。
この学名は (英語圏では?) 一定期間使われていたようで、1896 年でもこの学名を用いた亜種記載がある。Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" もこの学名を使っていた。和名は当時からシロチドリ。
しかし「大江戸飼い鳥草紙」(細川博昭 吉川弘文館 2006) (pp. 164-167 表 7) によれば「喚呼鳥」(1710) ではシロチドリの名称はまだ現れず、可能性のある記載として小くびしぎを (?) 付きで挙げている。
飼い鳥中心なので名前が現れないのはやむを得ない感じだが、シロチドリの名称は比較的新しく学術的文脈で付けられたものかも知れない。
シギ類ではいくつか現在と同じか同様のものがあるが、チドリ類では現在の名称と同じものはこの表に見当たらない。「百千鳥」(1799) にも現れない。
英名 (特にイギリス名) はこの学名と基産地をそのまま残したものと考えられる。資料 によれば Kentish Plover, Lewin, Br. Birds pl. 185 を引用したとのこと。
Linnaeus (1758) はエジプト、ナイル川を基産地としているので現在の学名では基産地はこちらになる。Avibase では Egypt, ex Hasselquist となっている。
ケント州の意味を持つ名称は英語以外ではほとんどない。
フランス語名が面白く Pluvier a collier interrompu と "首輪の途切れたチドリ" の意味で特徴を非常によく表している。
和名と英名や学名の関係は特にないと思っていたが、アメリカ名は Snowy Plover だったとのこと。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) の情報による。
wikipedia 英語版の情報をもとにまとめると、Aegialitis nivosa Cassin, 1858 (nivosa 雪の) として 記載 され、この時点では別種扱いで Snowy Plover の英名があった。
1922 年にシロチドリと同種とされ亜種扱い Charadrius alexandrinus nivosus (ただし扱いはリストによる) となったが、アメリカではそのままの英名の方が普通に使われていたよう。
世界の名称統一にうるさい人であればここで種英名は Kentish Plover に乗り換えたか、あるいは全部アメリカ流に Snowy Plover とまとめてしまったかも知れない。
2011 年に再度別種とされ、Avibase で見られる和名ではユキチドリとなっている。
Ogawa (1908) のリストでも学名からはユーラシアのシロチドリを指していると思われるが、アメリカ英語の影響も一定程度入ってあるいは和名成立に関係した可能性があったのかも (アメリカ英語の方がケント州よりは馴染みのある名前になっている)。
日本鳥類目録改訂第7版では亜種 alexandrinus (ハシボソシロチドリ、迷鳥として記録) と dealbatus (シロチドリ) がリストされているが、
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では後者が Charadrius alexandrinus nihonensis (Deignan, 1941 原記載。基産地は青森で1987年4月23日に Blakiston が採集したもの) に変更されている (後述の茂田良光氏の見解参照)。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
Charadrius alexandrinus dealbatus (Swinhoe, 1870) の原記載は On Chinese Plovers で中国南部の沿岸、台湾や海南島の留鳥としている。
同文献では亜種 cantianus (Latham, 1801) が冬季の中国沿岸に多数やってくるとしているが、これは現在亜種 alexandrinus のシノニムとされている。
Dement'ev and Gladkov (1951) では 13 亜種としており、世界の一般的なリストではこれらの大部分が後述のように種に分離された。
この文献では日本付近は亜種 dealbatus となっている。日本鳥類目録 改訂第7版でこの分類が一時的に復活したらしい。Dement'ev and Gladkov (1951) では亜種 nihonensis については言及がなく、情報がまだ伝わっていなかったのかも知れない。北海道より北の分布は分布図になく、当時はまだあまりわかってなかったらしい。
Ryabitsev (2014) も 12 亜種としており、Dement'ev and Gladkov (1951) 時代とほぼ同じ分類を使っているものと思われる。シベリアのものは基亜種としている。
Gluschenko et al. (2023) Breeding birds of Primorsky Krai: the Kentish plover Charadrius alexandrinus (pp. 4403-4424)
ではロシア沿海地方で dealbatus が少数繁殖、alexandrinus が旅鳥の扱い。
IOC 14.1 では dealbatus が分離された結果3亜種のみとなり、後に示す Niroshan et al. (2023) で seebohmi は独立種とされるため、残るのは2亜種のみ (alexandrinus, nihonensis) となるだろう。
dealbatus は現在の標準的分類では別種とされ Charadrius dealbatus Swinhoe, 1870 (カオジロシロチドリ, White-faced Plover, 主な分布域は南中国、北ベトナムでインドシナからスマトラで越冬; HBWでは日本南部、琉球列島、中国東部・南東部に分布、フィリピン、ボルネオで越冬する、と記されている) となるので第7版の学名で整理していた場合は注意が必要。eBird でも2種を別種としている。
比嘉他 (2005) Birder 19(8): 58 は沖縄のシロチドリのものとは違っていることを指摘し、比較写真も掲載している。
一方、日本に分布する亜種は固有亜種の可能性が高く、nihonensis が妥当とも言い切れないとのこと (2016,「山階鳥研ミニレクチャー」茂田良光, 概要; 日本鳥類標識協会全国大会 茂田良光他)。
この中で沖縄県で繁殖するシロチドリは,九州以北のシロチドリより上面がやや淡色で雌雄とも額、過眼線、胸が淡い傾向があり、nihonensis とは異なる亜種の可能性があることが触れられている。
その後の研究で Sadanandan et al. (2019) Population divergence and gene flow in two East Asian shorebirds on the verge of speciation
では日本の大部分を含む北方は Charadrius alexandrinus、南西諸島の台湾に近いところにCharadrius dealbatusが分布している可能性がある。
この論文によれば日本の個体群は遺伝的に結構離れているが、alexandrinus と dealbatus の違いほどではなく、alexandrinus の亜種とするのがよさそうとのことである。
中国沿岸部では一度種分化してまた接触している可能性も指摘されている [Wang et al. (2019) Genetic, phenotypic and ecological differentiation suggests incipient speciation in two Charadrius plovers along the Chinese coast]。
また表現型には差があるのに遺伝子レベルであまり差がないとの指摘もあった [Rheindt et al. (2011) Conflict between Genetic and Phenotypic Differentiation: The Evolutionary History of a 'Lost and Rediscovered' Shorebird]。
Niroshan et al. (2023) Systematic revision of the 'diminutive' Kentish Plover (Charadriidae: Charadrius) with the resurrection of Charadrius seebohmi based on phenotypic and genetic analyses
も参考。
Niroshan et al. (2023) でインド南部、スリランカの亜種とされる seebohmi は独立種と判定された。一般向け記事: Hanuman plover makes a comeback as a species after 86 years。
Hanuman ハヌマーン はインド神話における神猿。今でも民間信仰の対象として人気が高く、インドの人里に広く見られるサルの一種、ハヌマンラングールはこのハヌマーン神の眷属とされてヒンドゥー教寺院において手厚く保護されている。ラーマーヤナ (Ramayana) 叙事詩においてインドとスリランカの間に橋を設けた神とある。この種の分布を考えるとふさわしい名前だろう。
中国に伝わり、「西遊記」の登場人物である斉天大聖孫悟空のモデルになったとの説もあるとのこと (wikipedia 日本語版/英語版より)。
以下のリストではハヌマーンの名前を用いた仮和名 (英名より直訳) を用いている。
日本のシロチドリは2種 (あるいは旧シロチドリから分離された別の種や亜種も迷行の可能性がある?) になる可能性があり、観察に注意が必要であろう。また海外研究者からも日本の亜種の音声データが熱望されている。写真撮影以外にも音声録音に注意して観察することが望まれ、録音をお持ちの方は国際的音声のオープンデータベース (xeno-canto など) への登録をお勧めする。
Lee et al. (2023) Nest-relief behaviors and usage of call types in the Kentish plover (Charadrius alexandrinus)
に韓国のシロチドリの音声について、主に抱卵交代の際に用いる音声の研究がある。
Donegan et al. (2011)
Revision of the status of bird species occurring or reported in Colombia 2011
それまで不十分な記載だったシロチドリ類の音声の比較検討があり、シロチドリとユキチドリで音声が異なることを指摘している。ここで調べられているような点でヨーロッパと日本のシロチドリでどの程度違いがあるか調べることは興味あるだろう (海外研究者がおそらく行っていると思うが)。
Sung et al. (2005)
Breeding vocalizations of the piping plover (Charadrius melodus): structure, diversity, and repertoire organization
でフエコチドリを中心としたチドリ類の音声の共通レパートリーや違いなどを議論している。
シロチドリが複数種に分離されつつあるころで比較に含められている。
コチドリでもニューギニアで越冬中の curonicus と留鳥の dubius で逃げる時の声が異なっていて亜種同定に役立つ可能性も示されている。
フィリピンのチェックリスト (2023) では alexandrinus, nihonensis の両者がリストされており、普通に見られる冬鳥の扱いだが亜種ごとの情報はない。Charadrius dealbatus は記録種に含まれておらず大陸の留鳥の扱いと思われる。
[シロチドリ/メダイチドリ亜科? Anarhynchinae の系統分類]
Boyd では最近分割された種を別種扱いではなく Leucopolius alexandrinus に含めているが IOC や Niroshan et al. (2023) に従って別種とした分類を挙げた。
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd による Anarhynchinae 亜科の分類は以下の通り。
チドリ科 Charadriidae シロチドリ/メダイチドリ亜科? Anarhynchinae
ワキアカチドリ属 Erythrogonys
ワキアカチドリ Erythrogonys cinctus Red-kneed Dotterel (オーストラリア)
マキエチドリ属 Peltohyas
マキエチドリ Peltohyas australis Inland Dotterel (オーストラリア)
メダイチドリ属? Eupoda (Charadrius 属より分離)
ニシオオチドリ Eupoda asiatica Caspian Plover
オオチドリ Eupoda veredus (vereda?) Oriental Plover
オオメダイチドリ Eupoda leschenaultii Greater Sand Plover
メダイチドリ Eupoda mongola Lesser Sand Plover
チャオビチドリ属 Nesoceryx
チャオビチドリ Nesoceryx bicinctus Double-banded Plover (Charadrius 属より分離。ニュージーランドからオーストラリア南部)
ニュージーランドチドリ属 Pluviorhynchus
ニュージーランドチドリ Pluviorhynchus obscurus New Zealand Plover (Charadrius 属より分離。ニュージーランド北端のみ)
ハシマガリチドリ属 Anarhynchus
ハシマガリチドリ Anarhynchus frontalis Wrybill
シロチドリ属 Leucopolius (Charadrius 属より分離)
アカエリシロチドリ Leucopolius ruficapillus Red-capped Plover (オーストラリア)
ユキチドリ Leucopolius nivosus Snowy Plover (南北アメリカ)
クリオビチドリ Leucopolius pallidus Chestnut-banded Plover (アフリカ南部)
シロチドリ Leucopolius alexandrinus Kentish Plover
カオジロシロチドリ Leucopolius dealbatus White-faced Plover (IOC の分離に従う)
ハヌマーンチドリ? Leucopolius seebohmi Hanuman Plover [Niroshan et al. (2023) の分離に従う]
ジャワクロエリシロチドリ Leucopolius javanicus Javan Plover (ジャワ島のみ)
シロビタイチドリ Leucopolius marginatus White-fronted Plover (アフリカ南部)
クロエリシロチドリ Leucopolius peronii Malaysian Plover (マレーシア、インドネシア、フィリピンなど)
ヒメチドリ属? Helenaegialus (Charadrius 属より分離)
マダガスカルチドリ Helenaegialus thoracicus Madagascar Plover
ヒメチドリ Helenaegialus pecuarius Kittlitz's Plover (アフリカ)
セントヘレナチドリ Helenaegialus sanctaehelenae St. Helena Plover
ウィルソンチドリ属? Ochthodromus (Charadrius 属より分離)
ミヤマチドリ Ochthodromus montanus Mountain Plover (北米)
ウィルソンチドリ Ochthodromus wilsonia Wilson's Plover (南北アメリカ)
クロオビチドリ Ochthodromus collaris Collared Plover (中南米)
プナフタオビチドリ Ochthodromus alticola Puna Plover (南米アンデス)
コフタオビチドリ Ochthodromus falklandicus Two-banded Plover (南米南部)
オオチドリの学名は Eupoda veredus (Gould, 1848) によっていると思われるが、Eupoda vereda の表記もある。
Eupoda は eu- よい pous, podos 足 (Gk)。
Leucopolius は leukos 白 polios 灰色 (Gk)。
メダイチドリ属? は日本産種が複数あるため最も身近なメダイチドリを採用した。タイプ種はニシオオチドリ。
ヒメチドリ属? のタイプ種はセントヘレナチドリだが、分布の広さからヒメチドリを採用した。
ヒメチドリを含むの分子遺伝学研究は dos Remedios et al. (2018) Genetic structure among Charadrius plovers on the African mainland and islands of Madagascar and St Helena
にある。ヒメチドリは一夫多妻で一夫一妻のシロビタイチドリ、ミスジチドリ (これらは Boyd の分類ではすべて別属) に比べて大陸と島の間の遺伝的違いが非常に小さい。ヒメチドリ類の3種は遺伝的にはっきり分かれる結果になった。アフリカ南部の広義 Charadrius属は複数回マダガスカルに定着し (Boyd の別属に相当)、そこから新しい種を生み出したと考えられる。
ウィルソンチドリ属? の名称はタイプ種より採用した。
シロチドリ属 Leucopolius は世界に広く分布しており、なぜ英国のケント州やエジプトのアレクサンドリアがもとになっている種類が日本にも分布するか理解しやすい。
かつては Boyd のシロチドリ属 Leucopolius 全体が1種として扱われていたようで、コンサイス鳥名辞典当時ではアカエリシロチドリ、シロビタイチドリも同種とすることがあると書かれている。ユキチドリは当時はシロチドリの亜種扱いだった。
古い図鑑をお持ちの方は分布図を見ていただけばこのあたりの事情がわかりやすい。
シロチドリの和名と Leuco- の相性がよいので、属として認められればこの学名は適切に思える。
メダイチドリ属? Eupoda はユーラシア内陸を中心に繁殖で乾燥環境に適応。一部の種がアフリカに越冬分布する。繁殖分布を考えると Eupoda 属の分離は生物地理学的・生態的にも妥当に思える。他の属は限られた地域に分布。
IOC 14.1 ではこの分類の メダイチドリ属? Eupoda 以降をすべてまとめて Anarhynchus 属としている。
シロチドリも Anarhynchus alexandrinus、カオジロシロチドリも Anarhynchus dealbatus。
まとめる場合にこの属名が優先されるのは Boyd が 亜科 Anarhynchinae に用いているのと同じ理由。
IOC の現行分類に従えばこの分類表に登場する日本産の種類がすべて Anarhynchus 属となり、これはこれで悩ましい。Anarhynchus: ana- 後ろ向きの rhunkhos 嘴 (Gk) で本来はハシマガリチドリ限定の学名なので、多くのチドリ類の属名がこの名前になると名が体を表さなくなって学名の説明に困ることになる。
海外 (wikipedia なども) ではすでに使われ始めているので、なぜ Anarhynchus 属に変わったのかと問われればここに記載した程度の説明が必要になる。簡単なものではない。
AOC も Anarhynchus 属を採用: Chesser et al. (2024) Sixty-fifth Supplement to the American Ornithological Society’s Check-list of North American Birds。
Working Group Avian Checklists は IOC 同様最初から Anarhynchus 属を採用。
まだ満足なものではないが、世界的にはおそらくこの学名に統一されてゆくものと思われる。もし統一しない場合は (現時点までの情報によれば) 上記のような細かな属に分割が必要なので統合の方が選択されたのだろう。
これは Cerny and Natale (2022) の提案に基づくもの [広義 Charadrius 属を扱った dos Remedios et al. (2015)
North or south? Phylogenetic and biogeographic origins of a globally distributed avian clade の影響もあるだろう]
と思われるが、多数の属を含んでいたグループを1属にまとめるのは大雑把すぎる感じがする。多くのリストでまだ Charadrius を使い続けているのはこのあたりが十分解消されていないためかも知れない。生物地理学的・生態的には分けた方が概念的にわかりやすいと思われるが皆さんはいかが考えられるだろうか。
南米の SACC でも議論 (投票) が行われていて Revise the taxonomy of the Charadriidae
によれば、さらに精密なデータが出た将来の分割を前提に暫定的にまとめることには賛成するもののさすがに Anarhynchus の名前はいただけないとの見解も出ている。このグループを代表できるような代わりの名前は詳しく調査してもみつからなかったとのこと。
Bonaccorso のコメントでは Cerny and Natale (2022) の結果はまだ不十分なのでこの論文で提案されている変更を無批判に受け入れてしまわないように moderate (調整役を果たす) すべきであろうとのこと。
しかし現在の Charadrius 属をこのままにしておくことが不適切であることは Barth et al. (2013) ですでに明らかになっているので世界的には分類変更が始まっている。世界の動向をまったく無視するわけにもいかない。
種類も多いグループなので限られた遺伝子のみでの Cerny and Natale (2022) の解析には限界があって (over-interpretation やりすぎ? のような表現もとられることもある)、現在のタカ類程度に詳しい核遺伝情報が出るまで個々の分岐の確実さが判断しきれないとなるだろうか。
しかし種類が多くて誰も手をつけなかったのかも知れないが、Barth et al. (2013) と公開データを用いたいわば "誰でもできる" 研究の Cerny and Natale (2022) の間に、dos Remedios et al. (2015) はあるものの、広範な分類を扱った視点の目立った研究がなされていないのも不思議なところである。
シギ・チドリの保護や渡りルート解明には多くの人が関心を持っているので、誰かが気合を入れて (費用やテクニックは必要だろうが...) Catanach and Pirro (2023) がタカ類 87 種のゲノムを読んだように (#アカハラダカの備考参照) 全ゲノム解析をやれば飛躍的に進展するのだろうが。
Catanach はタカ類の分子系統と保護の両面を行っているが、シギ・チドリ類では保護に関心のある人と分子系統解析専門家の興味の間にオーバーラップが少ないのかも知れない。
Engel et al. (2020) Incubating parents serve as visual cues to predators in Kentish plover (Charadrius alexandrinus)
がカーボベルデ (アフリカの西) の島のシロチドリを用い、抱卵する親の存在が巣の捕食を高めている可能性があることを示した。卵の保護色に加え、親の営巣場所選択と親自身の保護色も重要である。ここでは主な捕食者はチャエリガラス Corvus ruficollis Brown-necked Raven だったとのこと。
チドリ類 (どの種類もそうなのか知らないが) が捕食者に気づくと巣を離れるのもこのような理由で理解できるだろうか。そしてさらに擬傷行動が進化した? (これも調べれば書いてありそうだが)。
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メダイチドリ (将来の属学名変更に注意)
- 学名:Charadrius mongolus (カラドゥリウス モンゴルス) モンゴルのチドリ
- IOC 学名:Anarhynchus mongolus (アナリュンクス モンゴルス) モンゴルの後ろ向きの嘴 (のチドリ)
- 属名:charadrius (m) チドリ
- IOC 属名:anarhynchus: ana- 後ろ向きの rhunkhos 嘴 (Gk) 本来はハシマガリチドリのみを指した
- 種小名:mongolus (adj) モンゴルの
- 英名:Mongolian Plover, IOC: (Lesser Sand Plover) 2023 年から Siberian Sand Plover が採用された
- 備考:
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
anarhynchus は#シロチドリ参照。
mongolus は短母音のみで (mongolicus から推定)、mongolicus の音節区切りから mon-go-lus と区切られると想定され冒頭がアクセント音節と考えられる (モンゴルス)。
5亜種あった (IOC)。IOC 13.2 から2亜種に。日本で記録される亜種は stegmanni (ロシアの動物学者 Boris Karlovich Shtegman に由来) 亜種メダイチドリと、mongolus モンゴルメダイチドリ (かつての名称モウコメダイチドリ) とされる。
Boyd では Eupoda mongola。
IOC 14.1 では Anarhynchus mongolus。英名変更 (IOC 13.2 から) にも注意。HBW/BirdLife v8 (Dec 2023)、Clements, version 2023 もこの英名を採用だが属名の扱いはリストによってまだ分かれている。
茂田 (1992) Birder 6(8): 36-41 にメダイチドリとオオメダイチドリに関する詳しい記事がある。
基産地はモンゴル国境から 40 km 北側だったにもかかわらず、命名者の Pallas はモンゴル高原で繁殖すると考えて mongolus の種小名を与えたもの。基亜種 mongolus はモンゴルでは記録されず、そこで記録される亜種は atrifrons とのこと。
現在の英名も分布に従い、より適切な Lesser Sand Plover が使われている。
メダイチドリ、オオメダイチドリ、オオチドリ、ニシオオチドリ Charadrius asiaticus 英名 Caspian Plover は近縁種グループをなす。
メダイチドリとオオメダイチドリの繁殖分布は重なっておらず、その点からも別種が妥当と考えられている。越冬地分布には重なりがある。第1回夏羽の個体は越冬地に留まるのが普通と書かれている。
嘴の長さは亜種によって異なり、亜種によってはメダイチドリとオオメダイチドリの識別が困難になるが、日本に飛来する亜種はこの点では比較的識別しやすいとのこと。
茂田氏による識別点一覧が表に示されている。
Wei et al. (2022) Genome-wide data reveal paraphyly in the sand plover complex (Charadrius mongolus/leschenaultii)
のゲノム研究で "Lesser Sand Plover" 従来の Charadrius mongolus は単系統でなく、2種に分けるのが適切とのこと:
・Charadrius mongolus Pallas, 1776: 亜種 mongolus, stegmanni はこちらに含まれる。英名 Siberian Sand Plover
・Charadrius atrifrons Wagler, 1829: 亜種 atrifrons, pamirensis, schaeferi はこちらに含まれる。英名 Tibetan Sand Plover
この名称を用いる場合、オオメダイチドリの英名 Greater Sand Plover に対応する Lesser がなくなるため、オオメダイチドリの英名は Desert Sand Plover とするのが適切ではないかとのこと。
オオメダイチドリの方はオオメダイチドリほど詳しい地理的なサンプルを用いた研究はまだなされていない。
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オオメダイチドリ (将来の属学名変更に注意)
- 学名:Charadrius leschenaultii (カラドゥリウス レスケナウルティイ) ルシェノーのチドリ
- IOC 学名:Anarhynchus leschenaultii (アナリュンクス レスケナウルティイ) ルシェノーの後ろ向きの嘴 (のチドリ)
- 属名:charadrius (m) チドリ
- IOC 属名:anarhynchus: ana- 後ろ向きの rhunkhos 嘴 (Gk) 本来はハシマガリチドリのみを指した
- 種小名:leschenaultii (属) Leschenault の (ラテン語化して Leschenault -ius を属格化) フランスの植物学者、鳥類学者、採集家の Jean Baptiste Louis Claude Theodore Leschenault de la Tour に由来
- 英名:Greater Sand Plover
- 備考:
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
anarhynchus は#シロチドリ参照。
leschenaultii は原語の読みは無視してラテン語読みとした。u にアクセントがあると考えられる (レスケナウルティイ)。
3亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は亜種不明とされる。
メダイチドリとの関係については#メダイチドリの備考参照。茂田氏は学名の由来の説明で語尾の l を発音した表記を示しているが、フランス語ではこれは発音しないのが正しいと思う (例 Renault ルノー)。
Boyd では Eupoda leschenaultii。
IOC 14.1 では Anarhynchus leschenaultii。
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オオチドリ (将来の属学名変更に注意)
- 学名:Charadrius veredus (カラドゥリウス ウェレードゥス) 早馬チドリ
- IOC 学名:Anarhynchus veredus (アナリュンクス ウェレードゥス) 早馬の後ろ向きの嘴 (のチドリ)
- 属名:charadrius (m) チドリ
- IOC 属名:anarhynchus: ana- 後ろ向きの rhunkhos 嘴 (Gk) 本来はハシマガリチドリのみを指した
- 種小名:veredus (m) 早馬、駅馬
- 英名:Oriental Plover
- 備考:
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
anarhynchus は#シロチドリ参照。
veredus は2つめの e が長母音でアクセントもある (ウェレードゥス)。古代ローマ時代のヨーロッパの地域ガリアで話されたガリア語 (Gaulish) の *weredos 由来で長母音もこれを引き継いでいる。これはケルト祖語 *uphoreidos (馬) に由来し、ウエルシュ語 gorwydd にわずかに痕跡を残しているとのこと (wiktionary)。
単形種。コバシチドリ同様 Oriental Dotterel の英名もあった。
かつてはニシオオチドリ Charadrius asiaticus 英名 Caspian Plover の亜種 (かつての学名 Charadrius asiaticus veredus) とされていた。
オーストラリア北部で Gould (1848) が記載したもの (原記載)。
Boyd では Eupoda veredus。
IOC 14.1 では Anarhynchus veredus。
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コバシチドリ
- 第8版学名:Eudromias morinellus (エウドゥロミアス モリネルルス) モリニの小さなよく走る者/小さな馬鹿者のよく走る者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Charadrius morinellus (カラドッリウス モリネルルス) モリニの小さなチドリ/小さな馬鹿者チドリ
- 第8版属名:eudromias よく走る者 eu- よい dromos 走る (Gk)
- 第7版属名:charadrius (m) チドリ
- 種小名:morinellus (m) モリニの小さな鳥/小さな馬鹿者 (morio (m) ばか者 -ellus (指小辞) 小さい) 備考参照
- 英名:Eurasian Dotterel
- 備考:
eudromias は外来語由来で発音はわからないが、起源となるギリシャ語は短母音なので長母音は現れないと考えられる。語末に母音が2つあるのでアクセント位置は確定して o にある (エウドゥロミアス)。
charadrius は#ハジロコチドリ参照。
morinellus は morio は2つの o が長母音。
n が入る理由は2つの意味を兼ねているためで、Morini でよく見られるため (Ray 1678) がもう一つの意味 (The Key to Scientific Names)。Morini は現在の英仏海峡のフランス寄りの場所。
古代ローマ時代のヨーロッパの地域ガリアで話されたガリア語の地名。ユリウス・カエサルの時代からある名前で地名の文字通りの意味は "those of the sea" (sea folk, sailors で海の人ぐらいの意味でそのまま地名となったのだろう)。
mori は海の意味 (ラテン語では対応する名詞 mare があり、英語の marine などにつながる。フランス語では mer。ロシア語ではさらに原型が残っていて more モーリェ)。(wikipedia 英語版などより)。
両者の意味があり、Morini の発音もわからないので発音の判定が難しいが n の音が入ることから地名優先で短母音としてみた。アクセント音節は -nel- になる (モリネルルス)。
地名の読みはギリシャ語を参考にすれば o が長母音だが、ラテン語 mare は通常短母音なので決定打がない。冒頭を長母音としてもアクセント移動はないのでどちらでもよい。
英名の Dotterel は 1440 年から鳥や人に対する屈辱語として使われた。現在の英語でも dotard の単語がある。
警戒心がなく簡単に捕まえられ、珍味であるとの記載があった。ロシア名 khurstan にも同じような説明があって抱卵中のオスは触れさせてくれることもある (Kolyada et al. 2016)。繁殖域が比較的限られていることを考えるとそこまでよく知られていたのかやや不思議な感じもする。
wikipedia ドイツ語版には少し異なる記述があり、dotterel の由来は dote (子供っぽい。現在は溺愛するの意味で使われる) の可能性もあるとしている。単形種。
記載は早く Charadrius Morinellus Linnaeus, 1758 (原記載)。Linnaeus 以前から Morinellus の名称が使われていた。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではオスが抱卵し、危険を感じると強力に目をそらさせようとするとある。配偶様式はヒレアシシギ類に似ているとのこと (wikipedia 英語版)。
#レンカク備考の [チドリ目の配偶様式] の Wanders et al. (2024) Role-reversed polyandry is associated with faster fast-Z in shorebirds
によればこの系統 {Charadriinae + Vanellinae + Anarhynchinae} では唯一のようで、ヒレアシシギ類とは違って散発的に生じた配偶様式と思われる。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) では単形属の Eudromias 属 (eu- よい dromos 走る Gk) としている。
Howard and Moore でも他のリストでも Charadrius との間を行き来している例がいくつもある。IOC はずっと Charadrius を用いていたが 14.1 より Eudromias 属。
Eudromias を分離する根拠は Baker et al. (2007) (#ミフウズラの備考参照)。
解析に用いられた種類は限られているが、Eudromias を Charadrius に含めると Charadrius が単系統にならない問題のようである。eBird も 2023 年よりこちらの分類を用いている。
HBW/BirdLife もこちらを用いている。
近年の解析情報は #タゲリの備考も参照。
Eudromias は最近の解析の結果提案された属名ではなく、昔から用いられていたもの (Brehm 1830)。IOC などは Charadrius に含める扱いにしていたもの。
日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)にて Eudromias 属に変更となった。
Working Group Avian Checklists でも Eudromias 属で世界で共通化されそう。
なお1文字違いの Eudromia というシギダチョウ科に属するまったく関係ない属がある。
Boyd では Eudromias morinellus。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES ミヤコドリ科 HAEMATOPODIDAE ▽
-
ミヤコドリ
- 学名:Haematopus ostralegus (ハエマトプース オストゥラレグス) カキを集める血の色の足をした鳥
- 属名:haematopus (合) 血の色の足 (haimat- (接頭辞) 血の pous 足 Gk)
- 種小名:ostralegus (合) カキを集める (ostrea (f) カキなどの二枚貝 lego (tr) 集める)
- 英名:Oystercatcher, IOC: Eurasian Oystercatcher (分離される可能性あり)
- 備考:
haematopus は -pus がギリシャ語の足由来の長母音で他は短母音。-ma- がアクセント音節 (ハエマトプース)。
ostralegus は ostrea は短母音のみ。lego も e は短母音なので長母音は現れないと考えられる。
また -legus の語尾も短母音とあるのでこれを採用する。florilegus (花を集める) なども同様 (wiktionary)。
-tra- がアクセント音節と考えられる (オストゥラレグス)。
4亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は osculans (くっつき合う、キスする < osculari くっつき合う。密集している様子を指す) とされる。
かつてはアメリカミヤコドリ Haematopus palliatus 英名 American Oystercatcher、オーストラリアミヤコドリ Haematopus longirostris 英名 Pied Oystercatcher、
ニュージーランドミヤコドリ Haematopus unicolor 英名 Variable Oystercatcher、アフリカクロミヤコドリ Haematopus moquini 英名 African Oystercatcher などと同種とされ、
汎世界的分布を持った種であったが分割された。少し古い書物 (コンサイス鳥名事典もミヤコドリ科の項目で他の分類もあることを示した上で単形属の取り扱いで記述している) にはこの分類を使っているものがあるので記載を読む時には現代の分類に沿ったものか、
アメリカミヤコドリなども含んだ記述か注意して読む必要がある。南アメリカなどのかつての亜種もアメリカミヤコドリに統一されて、古く使われた亜種名が使われなくなっている。
現代の分類でもユーラシアからアフリカにかけて広く分布する種類で、各国語の名前は「カキなどの二枚貝を集める」かカササギに似た配色からのいずれかが多いようである。カキを食べるかどうかは種にもよるようで、オーストラリアミヤコドリの場合は食べないので名前がやや合っていないとある。
例えばドイツ語では Austernfischer と前者、フィンランド語、デンマーク語、オランダ語、ロシア語などでは後者である。中国語は前者。その意味では日本語の名称は珍しいと言えそうである (語源もよくわかっていないようである)。
[ユーラシア東西のミヤコドリは別種か]
Senfeld et al. (2020) What was the Canary Islands Oystercatcher?
で世界のミヤコドリの分子遺伝学研究が行われて、亜種 osculans を含む極東のグループは種相当の可能性があることがわかった。
その場合は Haematopus osculans とすることになる。系統樹を見ても Haematopus ostralegus は単系統をなしておらず osculans は確かに Haematopus 属の他の種レベルで分離している。
ユーラシアの東西で別種となる形になり、他の亜種はすべてユーラシア西部から中央部に分布。この分離は適切に見える。
この分類群は世界でも孤立した個体群で Haematopus osculans Swinhoe, 1871 と記載されたもので Swinhow の記載、分離されればもとの学名に戻ることになる。
Melville et al. (2014)
Conservation assessment of Far Eastern Oystercatcher
Haematopus [ostralegus] osculans
によれば、Chandler (2009), Livezey (2010) は Korean Oystercatcher の名を用いたが、主な個体群は中国とロシア極東にも分布するため Far Eastern Oystercatcher の英名を提案している (International Wader Studies)。
Boyd の分類では新世界で系統の離れたミヤコドリ類4種を別属 Prohaematopus としている。これらも含めたミヤコドリ類の Boyd による分類は以下のようになる。
Senfeld et al. (2020) はカナリークロミヤコドリは Haematopus ostralegus のグループとしてよいと見解だが、Boyd は別種扱いが適切と考えている。ここでは後者に従っておく。
逆に言えばユーラシア東西のミヤコドリの遺伝的距離はそれだけ遠いことになる。
クロミヤコドリ?/アメリカミヤコドリ?属 Prohaematopus (Boyd の分類による)
マゼランミヤコドリ Prohaematopus leucopodus Magellanic Oystercatcher
ミナミクロミヤコドリ Prohaematopus ater Blackish Oystercatcher
クロミヤコドリ Prohaematopus bachmani Black Oystercatcher
アメリカミヤコドリ Prohaematopus palliatus American Oystercatcher
ミヤコドリ属 Haematopus (Boyd の分類による)
オーストラリアクロミヤコドリ Haematopus fuliginosus Sooty Oystercatcher
アフリカミヤコドリ Haematopus moquini African Oystercatcher
(ニシ? ミヤコドリ) Haematopus ostralegus Eurasian Oystercatcher (ユーラシア中・西部の個体群)
カナリークロミヤコドリ Haematopus meadewaldoi Canary Islands Oystercatcher (絶滅種)
ミヤコドリ Haematopus osculans Far Eastern Oystercatcher (極東の個体群。新分類)
オーストラリアミヤコドリ Haematopus longirostris Pied Oystercatcher
チャタムミヤコドリ Haematopus chathamensis Chatham Oystercatcher
ニュージーランドミヤコドリ Haematopus unicolor Variable Oystercatcher
ミナミミヤコドリ Haematopus finschi South Island Oystercatcher
[クロミヤコドリの記録はあるか?]
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" によれば当時の学名で Haematopus niger Kurile Is. にクロミヤコドリの和名が与えられている。
Woods (2014) Conservation assessment of the Blackish Oystercatcher Haematopus ater
の記述によればこの学名は現在では Haematopus bachmani (Boyd では Prohaematopus bachmani) に対応するとのこと。
当時の和名と対応がよいのでおそらくこの種に対応するものであろうが現在の日本鳥類目録の検討種には含まれていない。
Dement'ev and Gladkov (1951) のロシアの亜種には含まれていない (千島列島で記録があったならば含められていても不思議でない)。カムチャツカの亜種は osculans。
近年では Lobkov (1995, 2013 再掲) The record of the black oystercatcher Haematopus bachmani on Kamchatka (p. 857) がカムチャツカで迷行例を記録している (写真はない)。
1983 年にはチュコトで記録があるとのこと。いずれも8月前半の記録とのこと。
[ミヤコドリの樹上営巣]
Kotyukov and Nikolaev (2024) Oystercatcher Haematopus ostralegus nest in the tree crown (pp. 5437-5440)。過去には非常に珍しいとされ、近年は事例が報告されているがそれでも珍しい。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES セイタカシギ科 RECURUVIROSTRIDAE ▽
-
セイタカシギ (オーストラリアセイタカシギが分離された)
- 第8版学名:Himantopus himantopus (ヒマントプース ヒマントプース) 革ひものような足の鳥
- 第7版種学名:第8版と同じ
- 第7版亜種学名:Himantopus himantopus himantopus (ヒマントプース ヒマントプース ヒマントプース) 革ひものような足の鳥
- 属名:himantopus (合) 革ひものような足 (imantas 革ひも pous 足 Gk)
- 種小名:himantopus (トートニム)
- 第7版亜種小名:himantopus (合) 革ひものような足 (imantas 革ひも pous 足 Gk)
- 英名:Black-winged Stilt
- 備考:
himantopus は -pus がギリシャ語の足由来で長母音。-man- がアクセント音節 (ヒマントプース)。
英名の Black-winged Stilt の由来はおそらく主にアメリカ大陸で複数存在する類似種と区別するため。クロエリセイタカシギ Himantopus mexicanus Black-necked Stilt、ナンベイセイタカシギ Himantopus melanurus White-backed Stilt があるがこれらは英名と学名の整合性が悪い。
クロエリセイタカシギ/Black-necked Stilt は Himantopus nigricollis Vieillot, 1817 (黒い首のセイタカシギ) が由来と思われ、この学名も同じ Vieillot が Himantopus albicollis Vieillot, 1817 (白い首のセイタカシギ) に対比する形で用いたもの。後者は 資料 によるとセイタカシギのシノニムとなった模様。
前者は Charadrius Mexicanus Mueller, 1776 の早い記載が見つかったため使われなくなったが英名や和名に痕跡を残した。また Black-necked Stilt が使われていた都合上対比的に Black-winged Stilt が用いられた可能性が想像できる。
現在は別種とされるが通常はセイタカシギの亜種とされていた。首の色が明らかに違って分布も違うため AOS はずっと別種扱いとしており (wikipedia 英語版より) 主にアメリカ事情による英名ではあったが、本家セイタカシギの英名にも影響を残した可能性がある。英国ではこのような問題が比較的少なく Stilt または Common Stilt でも十分だったのだろうがアメリカの種分離扱いもあり、また迷鳥記録などの表記の問題もあるのでアメリカ流に統一されたものと想像できる。
上記が主な理由と考えたが、Black-winged Stilt にそのまま対応する学名もあった。
Himantopus 属の提唱者は Brisson (1760)。当時の習慣で Linnaeus の種小名から属名に昇格する場合新名が与えられることがあった (#ノスリの備考参照)。
Himantopus vulgaris Bechstein, 1803 (参考) "普通のセイタカシギ" (Common Stilt に対応)、
Himantopus rufipes Bechstein, 1809 (参考) "赤い足のセイタカシギ"、
Himantopus atropterus Meyer, 1810 (参考) あるいは Himantopus melanopterus Meyer, 1812 (参考。上記を改名したもの) はそれらの学名に相当する。
決定打と言えるほどの学名にならず複数提唱され、Meyer はおそらく造語の問題 (ラテン語とギリシャ語が混ざる) からさらに改名も行っていた。
トートニムも許すようになり Himantopus himantopus に統一されるまで Meyer の学名が使われていた可能性があり、1810 年のものは英名を訳した結果不適切な造語となった可能性もありそう。
英名と学名のどちらが先かはわからないが相互に関係していたと想像できる。
分割のため第7版学名は亜種まで記した。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版ではオーストラリアセイタカシギが亜種扱いだったが、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で独立種となった。
オーストラリアセイタカシギは Himantopus leucocephalus (leukos 白い -kephalos 頭の Gk) 英名 Pied Stilt。単形種。ムネアカセイタカシギの別名があった (コンサイス鳥名事典)。
オーストラリアセイタカシギはインドネシア、オーストラリア、ニュージーランドで繁殖し、一部はフィリピンで越冬するとされる (フィリピンでの繁殖事例もあるとのこと)。そのためオーバーシュートの渡りとして日本にやってくることもあるのだろう。
オーストラリアセイタカシギの原記載。
内田・浜口 (1990) 神奈川県で記録されたオーストラリアセイタカシギ (1986 年の記録)。
セイタカシギとの識別はかなり難しく、非繁殖羽・若鳥は現在の知見では識別できない可能性があるとも記されている (シンガポールの記述)。両種の観察されるフィリピンの識別情報を紹介しておく Ask The Experts: Stilt Identification (birdwatch.ph 2014)。
計測値があればより確実に分離できるようだが野外では形からの識別は難しいこともある。音声は異なるので親しんでおくとよいとのこと。
かつてオーストラリアセイタカシギではないかとされた個体の声を録音したことがあるが (ケッ、ケッ、ケッとケラ類のように鳴いた)、この記事を読んで改めて調べてみるとニュージーランドの音声記録に非常に近いものがあった。セイタカシギでもオーストラリアセイタカシギでもいくつもの種類の音声があるので記録してソノグラムを照合するのが一番であろう。
日本のセイタカシギの音声バリエーションまでは資料がないため確実にはわからないが、このタイプの音声ではヨーロッパのセイタカシギの音声 (ピッ、ピッのように聞こえて 4 kHz 以上) はオーストラリアセイタカシギ (3 kHz 強) よりも音程が高いことがわかった。
ベテランが何と識別するかに頼るのではなく自ら調べるべきであろうことも改めて認識できた。
国松・長島 (2011) Birder 25(7): 65-67 によれば水喜鵲 (すいきじゃく) の名称があり、中国では水辺に住むめでたい鳥と考えたとのこと。Pied Stilt (現在はオーストラリアセイタカシギの英名) はいかにも "カササギのセイタカシギ" の意味になって整合性がよいが、水喜鵲そのものの中国語由来を見つけられなかった。
[世界のセイタカシギ属]
IOC 分類によるセイタカシギ属一覧を示しておく。和名か学名のいずれかに地名が含まれているので分布はすぐわかるだろう。クロエリセイタカシギは学名から推測されるメキシコよりも広く、北部を除いた北米全体に分布する。ハワイの種もクロエリセイタカシギとされる。
ナンベイセイタカシギはセイタカシギまたはクロエリセイタカシギの亜種とされることもあり、Boyd にしては珍しく分離していない。
オーストラリアセイタカシギと学名上で紛らわしい種類があり、現在はムネアカセイタカシギとされるオーストラリア固有種の Cladorhynchus leucocephalus Banded Stilt で、別属ではあるが系統が近く原理的にはセイタカシギ属と1系統にまとめることも可能である。その場合は学名が衝突することになるのであえてそのような分類をとることはないのだろう。
原記載は Recurvirostra leucocephala Vieillot, 1816。
亜種時代のオーストラリアセイタカシギの別名はこの種との混同があったかも知れない。
このムネアカセイタカシギも学名や英名が過去に大きく変遷している。
一時期 Himantopus 属とされたこともあり、その時の学名は Himantopus palmatus Gould, 1837 だった。
セイタカシギ類は2系統がオーストラリアに定着したことになる。
セイタカシギ属 Himantopus (IOC 14.1 分類)
セイタカシギ Himantopus himantopus Black-winged Stilt
オーストラリアセイタカシギ Himantopus leucocephalus Pied Stilt
クロエリセイタカシギ Himantopus mexicanus Black-necked Stilt
ナンベイセイタカシギ Himantopus melanurus White-backed Stilt
クロセイタカシギ Himantopus novaezelandiae Black Stilt (Kaki)
ニュージーランドのクロセイタカシギは南島の限られた地域にのみ生息し、外来種や環境悪化により絶滅の危機にある。IUCN CR 種。オーストラリアセイタカシギとの交雑も大きな問題。最小約 23 個体まで減少した。
飼育下の保全も行われている。Black stilt/kaki (ニュージーランド環境保護局の資料)。100 kaki/black stilt chicks hatch (同ビデオ)。
Forsdick et al. (2024) Maintenance of mitogenomic diversity despite recent population decline in a critically endangered Aotearoa New Zealand bird
によればミトコンドリアゲノム解析から 1960 年代以前のサンプルと比較して過去の交雑の結果を示す introgression が見られていないこと、保全の成果もありミトコンドリアの多様性が保たれているとのこと。
[数の増加]
かつては珍鳥、今では普通種の代表とされるが、個体数や生息域拡大は世界的傾向のよう。世界的なまとめではどうしてもヨーロッパの情報が中心となり、英国ではまだ珍しい鳥のためにそれほど話題になっていないがロシアの情報を見るとむしろよくわかる。
分布の近いロシア沿海地方では Gluschenko et al. (2022) Breeding birds of Primorsky Krai: the black-winged stilt Himantopus himantopus (pp. 2608-2623)
過去 50 年の数の増加が著しいとのことで、日本で言われるように人為環境が好適な生息場所を提供したとは必ずしも言えないよう。
Ischenko et al. (22024) New records of the black-winged stilt Himantopus himantopus and the pied avocet Recurvirostra avosetta in Amur Oblast (pp. 3888-3891)
によればロシアのアムール州ではセイタカシギの繁殖が記録されている。ヒンガンスキー自然保護区の定点観察記録が出ており春には定期的に標行くが記録されている。沿海地方のハンカ湖で過去 50 年で初めて記録されたのは 2012 年。アムール州の方がむしろ早く 2007 年に記録されている。
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ソリハシセイタカシギ
- 学名:Recurvirostra avosetta (レクルウィローストゥラ アウォセッタ) 反り返った嘴のセイタカシギ
- 属名:recurvirostra (adj) 反り返った嘴の (recurvus (adj) 反り返った rostrum (n) 嘴)
- 種小名:avosetta (合) ソリハシセイタカシギ (avocetta ソリハシセイタカシギ 伊 < ラテン語 avis 鳥 が変化したものか)
- 英名:Pied Avocet (英名もイタリア語起源)
- 備考:
recurvirostra は recurvus は短母音のみ。rostra が冒頭が長母音でアクセントもある (レクルウィローストゥラ)。#イスカも参照。
avosetta は特に長音にする要素は見当たらず、avis も短母音が通常の読み方。-set- がアクセント音節で普通に読めばよいことになる (アウォセッタ)。
単形種。ソリハシセイタカシギ属のいずれの種も単形種で分類も複雑なところはない。
原記載。イタリアへの渡り鳥とある。属名も Linnaeus (1758) によるもの。
ソリハシセイタカシギ属 Recurvirostra (IOC 14.1 分類)
ソリハシセイタカシギ Recurvirostra avosetta Pied Avocet
アメリカソリハシセイタカシギ Recurvirostra americana American Avocet
アカガシラソリハシセイタカシギ Recurvirostra novaehollandiae Red-necked Avocet (オーストラリア)
アンデスソリハシセイタカシギ Recurvirostra andina Andean Avocet
しかしながら属と科の和名は多少注意が必要である。ソリハシセイタカシギ属 Recurvirostra であるが セイタカシギ科 Recurvirostridae で、やむを得ない状況ではあるが属から作られた科の学名が日本語と対応していない。
上科 Recurvirostroidea Bonaparte, 1831 の概念もあり (Boyd)、トキハシゲリ科 Ibidorhynchidae (トキハシゲリ1種)、セイタカシギ科、ミヤコドリ科 からなる。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES シギ科 SCOLOPACIDAE ▽
-
ヤマシギ
- 学名:Scolopax rusticola (スコロパクス ルースティコラ) 狩猟鳥の (田舎に住む) シギ
- 属名:scolopax (f) シギ、ヤマシギ [「とがった物」に由来 (コンサイス鳥名事典)]
- 種小名:rusticola (adj) 田舎に住む (rusticus (adj) 田舎の colo (tr) 〜に住む) または狩猟鳥 (備考参照)
- 英名:Woodcock, IOC: Eurasian Woodcock
- 備考:
scolopax は短母音のみで冒頭がアクセント (スコロパクス)。
rusticola は冒頭が長母音で、-ti- がアクセント音節 (ルースティコラ)。-cola は長音にしない。
単形種。1800 年代前半までは Scolopax は非常に広いものを指していて、各種シギ類、タシギ類、オグロシギ類、チュウシャクシギ類などが含まれていた (The Key to Scientific Names)。シギと訳すことにする。
種小名は語源的には上記の解釈ができるが、"The Key to Scientific Names" では rusticula は Pliny, Valerius Martialis が用いた狩猟鳥の名称。"heathcock" またはライチョウ類 (grouse) を指していたと考える著者もある。
解説に「田舎に住む」の意味は現れず、直接的には上記狩猟鳥の名を用いたもののようである。
年代考証も含まれているのかも知れない。
同様の rusticolus はシロハヤブサの種小名だが "The Key to Scientific Names" では「田舎に住む」意味で別項目となっている。
コンサイス鳥名事典によれば種小名には地上を走る鳥の意味もあるそうで、おそらく上記の Pliny などの語源を指してそうである。学名の訳として狩猟鳥の方を採用し、補足的意味として「田舎に住む」を与えた。
和名別名にホトシギ (母登鴫) があるとのこと。
自分の住んでいる地域 (京都) では冬鳥だが、渡りの時期としては早すぎる8月初めにさえずりを聞いたことがある。チキッ、チキッという声は目立つので繁殖地域以外でも覚えておいて役に立つことがあるかも知れない。
[ヤマシギ亜科の系統分類]
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd による分子系統分類は以下のようになっている。
ヤマシギ亜科 Scolopacinae
コシギ属 Lymnocryptes
コシギ Lymnocryptes minimus Jack Snipe
オオハシシギ属 Limnodromus
シベリアオオハシシギ Limnodromus semipalmatus Asian Dowitcher
アメリカオオハシシギ Limnodromus griseus Short-billed Dowitcher
オオハシシギ Limnodromus scolopaceus Long-billed Dowitcher
ヤマシギ属 Scolopax
ヤマシギ Scolopax rusticola Eurasian Woodcock
アメリカヤマシギ Scolopax minor American Woodcock
アマミヤマシギ Scolopax mira Amami Woodcock
ミナミヤマシギ Scolopax saturata Javan Woodcoc
ニューギニアヤマシギ Scolopax rosenbergii New Guinea Woodcock
ブキドノンヤマシギ Scolopax bukidnonensis Bukidnon Woodcock (フィリピンのミンダナオ島)
セレベスヤマシギ Scolopax celebensis Sulawesi Woodcock
オビヤマシギ Scolopax rochussenii Moluccan Woodcock (モルッカ諸島の一部)
ハシブトタシギ属? Chubbia (Gallinago 属より分離。南米)
セジマタシギ Chubbia imperialis Imperial Snipe
アンデスタシギ Chubbia jamesoni Jameson's Snipe
ハシブトタシギ Chubbia stricklandii Fuegian Snipe (南米南部。英名はフエゴ島に由来)
ムカシジシギ/ムジシギ/ニュージーランドジシギ属? Coenocorypha (ニュージーランド)
ホクトウムジシギ Coenocorypha barrierensis North Island Snipe (絶滅種)
ムカシジシギ Coenocorypha aucklandica Subantarctic Snipe
チャタムジシギ Coenocorypha pusilla Chatham Snipe
ナントウムジシギ Coenocorypha iredalei South Island Snipe (絶滅種)
スネアーズムジシギ Coenocorypha huegeli Snares Snipe
オオジシギ/ハリオシギ属? Telmatias (Gallinago 属より分離)
ヨーロッパジシギ Telmatias medius Great Snipe
モリジシギ Telmatias nemoricola Wood Snipe (ヒマラヤから中国西部)
アオシギ Telmatias solitarius Solitary Snipe
チュウジシギ Telmatias megalus Swinhoe's Snipe
ハリオシギ Telmatias stenurus Pin-tailed Snipe
オオジシギ Telmatias hardwickii Latham's Snipe
タシギ属 Gallinago
オニタシギ Gallinago undulata Giant Snipe (南米)
ハシナガシギ Gallinago nobilis Noble Snipe (南米北西部山地)
プナタシギ Gallinago andina Puna Snipe (南米アンデス中部)
ナンベイタシギ Gallinago paraguaiae South American Snipe (南米)
マゼランタシギ Gallinago magellanica Magellanic Snipe (南米)
アフリカジシギ Gallinago nigripennis African Snipe (アフリカ南東部)
マダガスカルジシギ Gallinago macrodactyla Madagascar Snipe
タシギ Gallinago gallinago Common Snipe
アメリカタシギ Gallinago delicata Wilson's Snipe (北米)
このグループは広義 Gallinago 属を分割するかどうか程度で IOC とそれほど違いはない。ただし分割すれば種小名語尾が変わるものがかなりある。
これら以外の属名は IOC にも存在するが順序は異なるものがある。
いわゆるジシギとタシギが別の属になるのはむしろわかりやすいかも知れない。
日本鳥類目録 改訂第8版 第二回パブリックコメントに向けた暫定リストの公開 (2023年10月) とはオオハシシギ属の配置がだいぶ異なる。
Boyd によれば Cerny and Natale (2022) が用いたコシギの配列はキメラで Limosa 属とクレードを形成する結果となっている。そのため別文献を参照している。
ヤマシギとアマミヤマシギは並んだ方が自然に思えるが、Boyd はその順序でないために上記のようになっている。系統的にはヤマシギとアマミヤマシギの方がアメリカヤマシギより近い。
ハシブトタシギ属? Chubbia の名称はタイプ種を用いた。ナンベイタシギの名称は別の種に使われているので地域の名称は使わない方がよいだろう。
この属名は IOC では未採用だが Cerny and Natale (2022) ではすでに使われている。この属を認め、Cerny and Natale (2022) の系統樹を信頼すれば Gallinago 属は単系統にならない。IOC などではそのため Gallinago 属に内包しているかも知れない。
wikipedia 日本語版 (シギ科) が珍しく英語版に先行してこの属を認めた分類を紹介しているが、これは Boyd の分類を参照したもの。
ムカシジシギ/ムジシギ/ニュージーランドジシギ属? Coenocorypha はこれまでにも存在した属でムカシジシギ属の名前が見られる。他の種の和名にムジシギが複数使われていること、分布がニュージーランドに限定されていることから他の属名の可能性も挙げておく。
オオジシギ属? Telmatias は日本産種が複数含まれるが繁殖種を優先した。タイプ種はハリオシギとのこと。この2種が優先候補になりそうに思える。
日本鳥類目録 改訂第7版時代はアメリカタシギはタシギの亜種だったが分離された。
アオシギは Cerny and Natale (2022) の系統解析には含まれていない (他にも含まれていない種類はある)。紛らわしい英名・学名だがコシグロクサシギ Tringa solitaria Solitary Sandpiper を移動したものではない。
広義 Gallinago属を含めて 19 種のゲノムの raw reads が公開されている: Capurucho et al. (2023) The Complete Genome Sequences of 19 Species of Snipes (Scolopacidae, Charadriiformes, Aves)
解析は別論文になるのだろうがアオシギも含まれているのでこれらの種の関係は近い将来に明らかになるだろう。データは公開されているので誰かが率先して解析してもよいわけだが...。The Gallinago solitaria whole genome shotgun (WGS) project のプロジェクト名になっているので、やはりアオシギの系統関係は誰もが気になっているのだろう。
GenBank のアオシギの遺伝情報はこれが唯一のもの。標本を使った解読だが、従来手法では生体試料を採取することが難しかったのだろう。
ちなみにゲノムアセンブリについての知識やどのぐらいの計算機が必要になるかは MaSuRCA アセンブラ (macでインフォマティクス 2018) が参考になる。鳥類のゲノム解析には 256 Gb RAM, 32+ cores, 2 Tb disk space のスペックが必要で演算時間は 4-5 日とのこと。通常はスーパーコンピューターを使う程度の計算量になる。
データは存在してやりたいことは明確でもそう簡単な作業でないことがわかる。「計算ならば任せてくれ」という猛者がおられればチャレンジしていただきたい。
属名の由来は Chubbia 英国鳥類学者 Charles Chubb に由来。
Coenocorypha koinosis 混ざっている koruphe 頭頂 (Gk) 頭頂部で色が混ざっているため。
Telmatias telmatiaios 沼の (Gk)。
[ヤマシギの尾の裏先端部の白色]
Dunning et al. (2023) How woodcocks produce the most brilliant white plumage patches among the birds
ヤマシギの尾の裏先端部の白色は他の鳥に比べて反射率が極めて高いとのこと。この著者たちが測定した白色の羽では最も反射率が高かった。微細構造によって光を吸い込む漆黒物質などが知られているが、逆の意味で微細構造が光を効率的に反射する構造色の一種。
薄明時にディスプレイなどを行うので、薄暗い環境下での信号として役立っていると考えられるが役割の研究はこれからに期待とのこと。
[渡りながら繁殖するアメリカヤマシギ]
Slezak et al. (2024) Unconventional life history in a migratory shorebird: desegregating reproduction and migration
によれば、アメリカヤマシギの GPS 追跡により、渡り時期と繁殖時期が分離していない非常に珍しい繁殖様式 itinerant breeding をとっていることがわかった。
渡りで北上しつつ、その途中で営巣して繁殖をする。2回目の営巣は1回目から平均 800 km 離れている。
メスのみが造巣・子育てを行い (早成性)、メスの方がオスより大きい逆性的サイズ二型 (reversed sexual size dimorphism, RSD) を極端に示す。
地上営巣は危険が大きく、条件が悪い場合や捕食された場合に最大6回の再営巣がある。
近くで再営巣するよりも場所を大きく変えた方が有利なのだろうか。また一夫多妻の繁殖様式で渡り途中でも繁殖相手を見つけられ、再営巣のコストも低いのでこのような戦略が発達したのだろうか、とのこと。
このような繁殖様式が部分的に確認されているのは過去 コウヨウチョウ Quelea quelea Red-billed Quelea、サンショクハゴロモガラス Agelaius tricolor、レンジャクモドキ Phainopepla nitens Phainopepla の3種のみ。GPS 個体追跡で確実に確認されたのは初めてとのこと。
疑われている種類を含めても 11 種のみ。我々に関係の近そうなものではヨーロッパウズラ、コバシチドリ、ヨーロッパクイナが含まれている。
URI-led team finds direct evidence of 'itinerant breeding' in East Coast shorebird species (解説記事)。
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アマミヤマシギ
- 学名:Scolopax mira (スコロパクス ミーラ) 不思議なヤマシギ
- 属名:scolopax (f) シギ、ヤマシギ
- 種小名:mira (adj) 不思議な、驚くべき (mirus)
- 英名:Amami Woodcock
- 備考:
scolopax は#ヤマシギ参照。
mira は冒頭が長母音 (ミーラ)。
単形種。
種小名は驚くべき発見の意味か? [日比 (2000) Birder 14(1): 68-70]。
記載当時はヤマシギの亜種とされた Scolopax rusticola mira。
日本の採集者から Owston の手に渡った標本のようで、記載者はヤマシギに似た色彩の若鳥と思われる別の標本がなければ疑いなく新種としていただろうとある。おそらく留鳥だろうとしている。
記載に of particular interest とあるので種小名には、特に興味がある、あるいはヤマシギと別種かどうか不思議な点があるなどの意味が込められているかも知れない。訳は「不思議な」を採用した。
菊池氏のオリジナルも「不思議なヤマシギ」であった。
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コシギ
- 学名:Lymnocryptes minimus (リュムノクリュプテース ミニムス) 最も小さい泥に隠れている鳥
- 属名:lymnocryptes (合) 泥に隠れているもの (limus (m) 泥、krypto (intr) 隠れる -tes (接尾辞) 〜するもの Gk)
- 種小名:minimus (adj) 最も小さい
- 英名:Jack Snipe
- 備考:
lymnocryptes は -tes の語尾が長母音。-cryp- がアクセント音節と考えられる (リュムノクリュプテース)。
minimus は短母音のみでアクセントは冒頭 (ミニムス)。
タシギの小型亜種とされ Scolopax gallinago minor の学名も使われたことがあった (#タシギの備考参照)。
単形属で単形種。最も小型のタシギ類。英名の Jack はウエルシュ語でタシギを意味する giach に由来すると言われるが、辞書では人名の Jack に由来するとも書かれる。属名の中央にある kruptes (Gk) は隠れるものの意味の他に、スパイの意味があり、本来はスパルタの秘密部隊を指していた。
茂田 (2000) Birder 14(5): 26-31 によれば属名の Lymno- は Limno- とすべき綴りを誤ったものとのこと。Jack snipe はタシギのオスと信じられたこと由来の名前との説も紹介されている。
コシギのディスプレイ・フライトでは声のみで羽の音は使わないとのこと。
Taxonomy in-flux updates によれば過去に用いられたコシギの塩基配列がキメラだった問題が議論されている。
Charadriiformes (Taxonomy in Flux) によれば Cerny and Natale (2021) の版では誤ったものが用いられていたが、2022 年の出版版では訂正されたとのこと。その他にも塩基配列にかかわるさまざまな問題があり、イカルチドリも影響を受けていたとのこと。
過去に使われたコシギの RAG 遺伝子の一部はアメリカオグロシギのものと全く同じで、これを用いた系統樹は正しい系統を反映していなかった。
Lymnocryptes 属と Limnodromus 属 (オオハシシギ類) は互いに単系統をなさない驚くべき暫定的結果が得られている。
シギ・チドリ類の分子系統解析はこれまで十分なものではなかったため、今後さらに波乱がありそう。
Dufour et al. (2024) Seasonal migration and the evolution of an inverse latitudinal diversity gradient in shorebirds
の Supporting Information (Figure S1) に新しく解析された分子系統樹があるとのことで、この系統解析では Limnodromus 属にも含まれず、Scolopax よりもさらに古く分岐した系統の可能性が示唆される。系統樹サポートはよい。
Dutilleux et al. (2023) Chasing the bird: 3D acoustic tracking of aerial flight displays with a minimal planar microphone array
ノルウェーでのマイクロフォンアレイによるコシギの飛行の3次元追跡。手作業で音をマークしたり結構手間のかかる解析を行っているようだが解析方法も詳細に記載されている。
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アオシギ
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オオジシギ
- 学名:Gallinago hardwickii (ガルリーナーゴー ハルドゥウィクキイ) ハードウィックのタシギ
- 属名:gallinago (合) 鶏のような鳥 (#タシギの項目参照)
- 種小名:hardwickii (属) Hardwickeの (英国のタスマニア採集家 Charles Browne Hardwicke ラテン語化 hardwick-ius を属格化) 採取者
- 英名:(Japanese Snipe), IOC: Latham's Snipe
- 備考:
gallinago は#タシギ参照。
hardwickii はラテン読みで -(w)ic- がアクセント音節と考えられる (ハルドゥウィクキイ)。最後に ii が並ぶ。
単形種。英名は Latham's Snipe とされることが多い。John Latham (1740-1837) は英国博物学者、A General Synopsis of Birds (1781-1801) と A General History of Birds (1821-1828) が有名。オオジシギは前者の補遺で記載されたもの。オーストラリア鳥類学の祖父と呼ばれる (wikipedia 英語版から)。
Latham の時代は Scolopax 属で、こちらは#ヤマシギ参照。
[学名・英名の由来]
タスマニアで記載されたもの。
記載時学名 Scolopax Hardwickii Gray, 1831 (原記載)。
Hardwicke への献名であることは明らかだが、この文献によれば Hardwicke が採集したジシギ類は他にもあった模様。当時は採集地を使って Van Dieman's Land Snipe の名称だった。
Van Diemen's Land とはオーストラリアのタスマニア島に設けられた植民地で 1853 年まで流刑地だったとのこと (britanica.com) 不適切な名前で用いられなくなったのだろう。
英名は "タスマニアタシギ" のような名前になってもよかったのだろうが、現在の英語以外の名称の多くで "日本の" が付いている。かつて Japanese Snipe と呼ばれていた時代の名残りだろうが、繁殖地と越冬地が大きく異なり "日本の" と呼ぶことは適切でないと考えて改名されたのだろう。
ここでなぜ Latham の名前が出てくるのかすっきりしなかったが、
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire p. 342 で Scolopax australis 英名 Latham's Snipe、
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" によれば当時の学名は Gallinago australis となっていた。
これらは "New Holland Snipe" の英名で Latham (1801) が記載したもの (New Holland = オーストラリアなどの意味)。
この学名は長く使われていたようで Ornithological notes (North 1904)
などに Latham's Snipe の英名とともに用例を見ることができる。
Australian snipe の名称もやはり使われていた。この学名は Scolopax australis Latham, 1801 (参考) に由来するが、
同じ学名が Scolopax australis Scopoli, 1769 (参考) ですでに使われていたため無効となった [参考: Species Gallinago (Gallinago) hardwickii (J.E. Gray, 1831)]。
Gallinago hardwickii が採用されることになったが、最初に記述を行い (記載者とは認められなくなったが) 広く使われていた Latham's Snipe の名称は残して学名のみ変更されたのだろう。
Supplement II to the General synopsis of birds に Latham (1801) の記述が現れるが本文では New Holland Sn[ipe] の名称で示しており、このページには学名は現れない。Richmond Index のカードでは p. lxv とあるのであるいはこのスキャンに含まれていない図版があるのかも知れない。
アメリカを中心に人名の付く英名を排除する方針が広まりつつあるようで、あるいは別の特徴を表す英名に変更されてゆくかも知れない。
Latham が最初に名付けたが学名が変わって...のような話は wikipedia 英語版には他種ではよく記述されているが東洋の種のため記述が不足しているのだろう。
シノニムがよくリストされている Dement'ev and Gladkov (1951) にもこの学名の記載はなく有効な学名ではなかったと考えられる。Dement'ev and Gladkov (1951) にとっても身近な種類ではなかったのだろうか見出しの学名の綴りを間違っている。
なお Latham が記載したジシギにはヨーロッパジシギ/ニシチュウジシギ Gallinago media Great Snipe があり、こちらの英名が "オオジシギ" に対応している (中国名の一つがこの意味に対応する)。この学名の media はジシギとヤマシギの中間の意味とのこと (The Key to Scientific Names)。
ジシギ類は識別のみならず名前も複雑のよう。
オオジシギは Boyd では Telmatias hardwickii。
北海道周辺で繁殖し、オーストラリア東部に渡る。繁殖期に大きな音を立てるディスプレイを行うためカミナリシギの別名がある。
日豪渡り鳥協定の対象種だったが、オーストラリアでは狩猟鳥であったために発効が 1981 年まで遅れたとのこと (コンサイス鳥名事典より)。#タシギの備考にあるように入植者が故郷のタシギ、アメリカタシギ (sniper = 狙撃兵 の語源) のような狩猟鳥を求めたとすれば納得できる話に思える。
狩猟の管理のためには個体数把握は熱心に行われ、数が減ると日本の繁殖地ではどうなっているのかなど関心も高かったが、狩猟鳥でなくなるとあまり熱心に調べられなくなり、日本の減少傾向とオーストラリアの個体数の相関がわかりにくくなった模様。次の項目も参照。
[今やサハリンを代表する鳥]
wikipedia ロシア語版によればロシアはオオジシギの分布のごく周辺で、ロシアに現れたのは 1940-1950 年代と最近のこと。1980-1990 年代に数を増したとのこと。
Yaponskij bekas (2012) によればロシアでは数が増加しており、サハリン南部、千島列島南部で繁殖してもはや日本だけで繁殖する種類ではなくなっている。沿海地方でも繁殖するようになり、サハリン州のレッドデータブックから外す議論もなされている (2012 年段階の記事)。人の接近も許すという。
Yaponskij bekas (2023) によれば保護の結果特にサハリン南部で数が増してきて今では十分広く分布しているとのこと。
Bal'chuk et al. (2016, 2019) History of expansion and current status of the Latham's snipe Gallinago hardwickii on Sakhalin Island
によればサハリンで繁殖北限が 1990-2010 年の期間に北進し、繁殖個体数も増えている様子が記録されている (皮肉にもサハリン開発で問題とされた サハリン-2 の天然ガスのモニタリングステーション周辺で記録され大きく増えている)。日本のような繁殖地南限で減少しており、生息地が北に移動したのでは。
Yaponskij bekas で分布や写真を見ることができる。Bal'chuk et al. (2016, 2019) の検討も含めると、この種の現在の世界の繁殖分布の中心は北海道ではなくサハリン南部になっているらしい。
(サハリンの報告) (2023)
サハリンの鳥類学の歴史も述べられており、Nechaev が 1991 年に「サハリンの鳥」を出したが、その後 30 年を経過して現在ではよく調べられているとのこと。
オオジシギは最初は日本の固有 (繁殖) 種だったが今では繁殖期によく目立つ種類になった代表種 (ロシアではサハリン固有の鳥類相を代表する鳥になりつつあるらしい)。すでにサハリン北部まで到達しており、繁殖地が日本とサハリンで入れ替わってしまったと言える。普通種になっているが分布が狭いために現在もレッドデータブックに含まれている。
シマアオジはかつては普通の種類だったが今では島の北部に限られた数のつがいしかいない。
サハリンハマシギ (600 つがい程度とのこと) の話題、ヨーロッパとはスズメの種類が違う。他所から来た人はスズメの数の少なさに驚くなど他の種類の話も紹介されていてなかなか面白い。
国後島では普通種となっており、映像が出ている Japanese Snipe Display Flights And Drumming in Kuril Islands。
Stefanov (2022) Waders of island Kunashir (pp. 3469-3499)
にも国後島のオオジシギを含むジシギ類の研究データがある。
色丹島の情報は 極東の鳥類43: 千島列島特集 にもあり、2015 年の調査では現在オオジシギは色丹島で最も生息数が多いシギの1種であるとのこと。
プレスリリース:オーストラリアで大規模森林火災を引き起こした異常気象により北海道内のオオジシギの繁殖数が推定で 42% 減少したことを確認 (3.5万羽 → 2.0万羽に!?) (日本野鳥の会 2020)
の分布図も認識が相当異なっていることがわかる。
[タシギ類のドラミング]
日本で繁殖し飛翔ディスプレイ時に音を出す種類はオオジシギのみなのでここで触れておく。
この音を英語では drumming と呼び (キツツキのドラミングと同じ)、古くからどのような仕組みで音を出しているか議論があった。外側尾羽は内側に比べて小羽枝で強力に結合されており、急速降下の際に振動で音を出しているとのこと。翼の形を変えることで尾羽に当たる気流を変化させ、音を変化させているとのこと (wikipedia 英語版より)。
Snipe drumming: how does a snipe drum? にも解説がある。
日本では繁殖しないがタシギなどでも同様。外見は似ているが繁殖行動には種差が見られるとのこと。
#タシギの項目にも情報を追加した。
[羽音と流体力学] 以下#アホウドリの備考 [海鳥の翼先端にはなぜスロットがない?] の *2 から続く。一部重複して紹介する。
ここから読み始めると難解な可能性が高いので、流体力学にかかわるもっと身近な話 (流体力学は実は理学部で物理を専門とする学生にも難しいなど) はアホウドリの備考を先に見ていただくとよい。
まずは鳥や飛行機の翼の揚力や抗力などの話をちょっと見ていただいて、一般に言われる解説の不十分なところなども把握してからこちらを読む順序がよいだろう。
渦抵抗 (カルマン渦列と抗力) の解説もある。
3. 渦動後流と物体が受ける抗力 (円柱の場合) の解説部分も渦の効果が直感的にわかりやすい部分があり参考になる感じがした。
また「流れの中に置かれた弦などは一定の振動数で振動し音を発するが、このような音響的現象は古くから知られていた」の部分は、羽毛と空気の相互作用で音を発生する種類でも起きているかも知れない、がこの話題の発端となる。風で「電線が鳴る」のはこの振動が原因。
上記タシギ類のドラミングの wikipedia 英語版の解説をみると羽の振動によるメカニズムは古くから提唱され、古い文献が引用されているが、以下に述べる2つの対立仮設と現代的な議論を見ていただくと現代ではどのように解釈されているか少しわかっていただけるのではないだろうか。
渦動後流による振動がタシギの音と出すメカニズムとして提唱されたことがあった [van Casteren et al. (2010)
Sonation in the male common snipe (Capella gallinago gallinago L.) is achieved by a flag-like fluttering of their tail feathers and consequent vortex shedding]
が、その後の研究では羽の弾力による aeroelastic flutter ではないかと説明されている:
Clark and Prum (2015) Aeroelastic flutter of feathers, flight and the evolution of non-vocal communication in birds
空気の流れの中で弾性のある羽は2つの状態があり、その間を振動する (これは自分にもわかりやすい limit cycle oscillation リミットサイクル振動。音叉のような単純な振動ではなく、羽の2つの状態の間で行きと帰りで経路が異なって cycle を形成する)。
これが鳥類では一般的なメカニズムと考えられているよう。「機械的雑音」と一括するのは適切でない。
ワキアカアフリカヒロハシ Smithornis rufolateralis Rufous-sided Broadbill や アフリカヒロハシ Smithornis capensis African Broadbill も同様:
Clark et al. (2016) Smithornis broadbills produce loud wing song by aeroelastic flutter of medial primary wing feathers このケースでは P6, P7 が音源とのこと。
ドバトの 700±50 Hz の羽音も P10 由来の音とのこと: Niese and Tobalske (2016) Specialized primary feathers produce tonal sounds during flight in rock pigeons (Columba livia)。
偶然の産物とは考えにくくコミュニケーションのために進化したものと推測している。
Murray et al. (2017) Sounds of Modified Flight Feathers Reliably Signal Danger in a Pigeon
レンジャクバト Ocyphaps lophotes Crested Pigeon では P8 由来で危険を知らせる音になっている。Hingee and Magrath (2009) Flights of fear: a mechanical wing whistle sounds the alarm in a flocking bird も参照。これらも aeroelastic flutter とされる。
ハト類ではかなり一般的なようで、ナゲキバトでも報告がある。
一方キジオライチョウ Centrocercus urophasianus Greater Sage-Grouse の音は羽をこすり合わせて出すものとのこと。
Clark and Prum (2015) のレビューに一覧があるが、この論文では自分たちが風洞実験で調べた音は渦によるものよりは aeroelastic flutter で解釈できると考えている。
大部分は初列風切の外縁側 (P7-P10) またはタシギ類では尾羽の外縁側 (rx = 最外側, rx-1; 一般的なものではなくこの論文での表記) で発生している。
なぜタシギ類で尾羽が識別点になるか考える上でも役に立つだろう。鳴禽類のさえずりが同種へのシグナルとなっていると同様、タシギ類では尾羽を発音器官として用いるために尾羽の進化 (種分化) が速いと読み取れるだろう。
他の形質ではほとんど差のないタシギとアメリカタシギ Gallinago delicata Wilson's Snipe (分類については #タシギの備考も参照) では尾羽のみが有意に異なるとのこと: Rodrigues et al. (2020)
Phenotypic divergence in two sibling species of shorebird: Common Snipe and Wilson's Snipe (Charadriiformes: Scolopacidae)。
ムシクイを外見で識別するのが難しく音声が識別点になっている点がタシギ類では尾羽となっている次第。
Clark and Prum (2015) に戻ると、弾性のある初列風切は emargination の少し近位部位で曲がって flutter を起こしやすく、emargination の形状と音は無関係とは言えない可能性がある。エンビタイランチョウ Tyrannus forficatus Scissor-tailed Flycatcher の P10 は性的二形を示し、大きな音を出すとのこと。
また換羽によって生じた隙間が音を出せる可能性も考えられる。
一覧表も出ているが、我々がよく知っているキビタキの争いの時の音は簡単に調べられる文献になかったためか載っていない。Ficedula 属も出てこないのでキビタキは Ficedula 属の中でも案外特殊なのかも知れない。
ベニマシコも出ておらず、東洋の種は論文も録音も情報不足感が否めない。
他にも単純に音声データベースに (当時の時点で) 録音がないために載っていないだけの種もたくさんありそう。#ホオジロガモはしっかり含まれている。
カモ類は羽音の目立つ種類が多く推定メカニズム aeroelastic flutter に分類されている。
羽によって音を出す能力は少なくとも 69 系統で独立に進化したと推定。
Clark (2021) Ways that Animal Wings Produce Sound にレビューがある。音を出す機構を8種類考えて解説している。
このうち "aerodynamic whistles" が前述の渦動後流による振動に対応する。このレビューによれば動物では今のところみつかっていないとある。"wing whistle" と従来呼ばれてきた用語はあまり正しくない。理論的にはこのメカニズムで音を出すことはあり得るが調べた範囲ではみつかっていないとのこと。
このメカニズムの場合は硬い物体が流体と共振するもので、羽毛の弾性を必ずしも必要としない。
aeroelastic flutter は音を出せる速度の下限値がある。
スズメバト Columbina passerina Common Ground-Dove では P7 に P6 と重なって音を出すための変形がある: Niese et al. (2020) Specialized Feathers Produce Sonations During Flight in Columbina Ground Doves。
打ち下ろす時ではなく打ち上げる時に音が出るとのこと。このような構造は極めて珍しいとのことだが、同じような構造は数種に見つかっており、音を出している可能性があるとのこと。
タテゴトミツオシエ Melichneutes robustus Lyre-tailed Honeyguide の尾羽も爆音のような音を出し、(ハチの巣を壊してもらう) 哺乳類への呼びかけまたは信号との考えがコンサイス鳥名事典に出ている。検索してみると空中ディスプレイらしく aerial displays "bouncing ball steps" などの表現がある (参考 HONEYGUIDES Don Roberson)。
参考までに音源を見ておくと Lyre-tailed Honeyguide (Forbes-Watson) Mechanical sound タシギ類の音とはずいぶん違うが傾向は似ている。これは音声ではなく機械音なのだとのこと。どこがキツツキの仲間なのかと思ってしまう。
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ハリオシギ
- 学名:Gallinago stenura (ガルリーナーゴー ステーヌーラ) 細い尾のタシギ
- 属名:gallinago (合) 鶏のような鳥 (#タシギの項目参照)
- 種小名:stenura (合) 細い尾の stenos 細い -ouros 尾の (Gk) (The Key to Scientific Names)
- 英名:Pintail Snipe, IOC: Pin-tailed Snipe
- 備考:
gallinago は#タシギ参照。
stenura は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語では stenos の e が長母音、ラテン語化された尾の意味の -ura も冒頭長母音でここにアクセントがある (ステーヌーラ)。
アジサシの sterna とは関係がない。-ura の語尾に注目とともに長音で発音するとよい。
同様の意味の属名に Leptostenura が存在する。エナガカマドドリ Leptasthenura aegithaloides Plain-mantled Tit-Spinetail。
単形種。
Boyd では Telmatias stenurus。
古典的だがハリオシギの繁殖地ディスプレイと音を記述した論文: Byrkjedal (1990) Song Flight of the Pintail Snipe Gallinago stenura on the Breeding Grounds。
ハリオシギが外側尾羽を極限まで細く多く進化させていることは知られており、タシギ類が外側尾羽で音を出していることはわかっていたがハリオシギではそれまで知られていなかったものディスプレイと音の初記述。
#オオジシギ備考の [羽音と流体力学] (特に Clark and Prum 2015) を見ていただくと、流体力学効果でより目立つ (性・社会選択) 音を出すための適応であることがわかりやすい。本数が多いのは音を大きくするため、ほとんど羽軸のみなのは空気の流れを通す隙間を作るため。
比較研究がもっとあってもよさそうなのだが、ロシア北部で繁殖する種なのでどうしても情報が少ない模様。
ジシギ類の識別は日本語でも多くの情報があるが、特にハリオシギとチュウジシギ、およびタシギの識別を取り上げた英語ページがあったので紹介しておく: Pin-tailed/Swinhoe's/Common Snipe (ayuwat 2021)。
[ジシギ類の音声による識別]
この識別の件が気になったのは xeno-canto でハリオシギとチュウジシギは声で識別できるか話題になっていたため。flight call で識別可能と考えている人が多いが似ていると表記されることもあるとのこと。
実際検索してみると xeno-canto に繁殖地も含めた音声が結構多く収録されており少し驚いてしまった。
繁殖地での声や drumming も聞くことができ、オオジシギとどのように違うかなども知ることができる。
さて flight call はやはりかなり違っており、(渡り途中ではあまり鳴かないかも知れないが) 音声のみでも区別可能の結論でよいだろう。
Keep Calm and Study Snipes! Part 2 (2014)
には Leader and Carey (2014) によれば香港では2種類の声があり、2種に共通のカモのような "quack" 声は差異があるが、低いタイプの声があってチュウジシギのものと暫定的に考えているとのこと。
(途中省略) It should be stressed that these calls, although different from the calls of Common Snipe, are sufficiently similar to each other to confuse observers unfamiliar with the calls of Swinhoe’s or Pintail Snipes.
Even to experienced ears, some poorly heard calls can be confusingly ambiguous.
と記述している。
チュウジシギのモンゴルでの録音に XC833993 (Martin Billard 2023) があり、低いタイプの声はこのようなもの指しているかも知れない。
ハリオシギで対応する声は XC840240 (Martin Billard 2023) がコメントにそのように記述している。
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チュウジシギ
- 学名:Gallinago megala (ガルリーナーゴー メガラ) 大きなタシギ
- 属名:gallinago (合) 鶏のような鳥 (#タシギの項目参照)
- 種小名:megala (合) 大きな (megas, megale 大きな Gk)
- 英名:Swinhoe's Snipe 英国博物学者 Robert Swinhoe が記載した
- 備考:
gallinago は#タシギ参照。
megala は由来となるギリシャ語では女性形で megale で末尾は長音。そのまま引き継げば末尾が長音でもよいが、-e で終わっていないことからラテン語化してから女性形にしたものと考えられる。おそらく短母音でよい。アクセントは冒頭 (メガラ)。
大きいの意味の major は Gallinago を分離する際にすでに使われており、別の単語を用いたものと考えられる (#タシギの備考参照)。
単形種。
Boyd では Telmatias megalus。
The song of birds (ウスリー地方のタイガの鳥の声) part 2 5:14 チュウジシギ V sumerkakh i noch'yu tokuet lesnoj dupel' (薄明中と夜にチュウジシギがディスプレイ中です) (聞き取りはネイティブ・スピーカーによるもの)。
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タシギ
- 学名:Gallinago gallinago (ガルリーナーゴー ガルリーナーゴー) 鶏のような鳥
- 属名:gallinago (合) 鶏のような鳥 (gallina (f) めんどり ago 似る) おそらくタシギの褐色のまだらの模様、立ち止まる行動や突然鳴くことを類似点とみなした
- 種小名:gallinago (トートニム)
- 英名:Common Snipe
- 備考:
gallinago は gallina は i が長母音。-ago は両方長母音で a にアクセントがある (ガルリーナーゴー)。-ago の長音は -ax (〜に傾く) の長音に由来と考えられている。-o の長音は名詞を作る語尾。
記載時学名 Scolopax Gallinago Linnaeus, 1758 (原記載)。
Gallinago 属は Brisson (1760) が種小名を属に昇格し、Linnaeus の1種を分割し、タシギを Gallinago major Grosser Graeser とした (The Key to Scientific Names) による。
これは種小名から属名に昇格する場合にタイプ種に相当するものを指す当時の用法と想像できる (#ノスリの備考参照)。
種小名から属名に昇格する場合に種小名を変える必要がなくなったとともに、Brisson (1760) は二名法に則っていないためこの学名は無効となった。
そのため major の種小名の Gallinago 属の種はなくなったが、ヨーロッパジシギ Gallinago media Halb-Graeser に当時の学名での大小関係が残っている。
Gallinago minor Kleiner Graeser はタシギの亜種と取り扱われたことがあったが、Avibase のシノニム表記によればコシギのシノニムとして表面上現れなくなった。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 gallinago とされる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" によればジシギの別名が挙げられている。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) によれば Bleater の英語別名があるとのこと。bleat はヒツジやヤギなどが鳴く表現に使われ繁殖期のディスプレイ時の音に由来するとのこと。
OED によれば snipe (および類似綴り) の用例は非常に古く 1325 年ごろのものがあるとのこと。当時の綴りは snype (snyte) だった。語源はスカンジナビア言語から借用らしいとされているがよくわかっていない。スカンジナビア言語の snipa がアイスランド語の myrisnipa に残っているとのこと。
中世以降の他言語 (オランダ語の snippe など) との関係はよくわかっていないとのこと。sniper (狙撃兵) の英語はもともとはタシギのように隠れて狙撃する意味で 1824 年の用例があり、タシギを撃つ者の用例は少し遅く 1840 年とのこと。アメリカ英語で金鉱探索者などの意味でも用いられ 1902 年の用例が示されている。
茂田 (2000) Birder 14(5): 26-31 によればアメリカタシギ Gallinago delicata 英名 Wilson's Snipe とは外側尾羽枚数 (左右8対、タシギは7対。#オオジシギの備考も参照)、ディスプレイ・フライト、音声が異なり別種とされるが、ミトコンドリア DNA の違いは 0.6% しかないとのこと。
茂田 (2000) の時代にはタシギの亜種扱いであった。日本鳥類目録改訂第7版時代も同じ扱いだったようである。IOC 分類では現在別種扱い。
参考 Banks et al. (2002) Forty-Third Supplement to The American Ornithologists' Union Check-List of North American Birds。
NC_088447.1 (アメリカタシギのミトコンドリアゲノム) から BLAST を試しておくと確かに別種でよさそうな結果が得られる。むしろオオキアシシギとアオアシシギの分離が微妙に怪しい。
ヨーロッパジシギ Gallinago media 英名 Great Snipe は一夫多妻または乱婚でレック形成を行い、シギ類では他にエリマキシギ (#エリマキシギを参照) で知られているのみとのこと。
アメリカタシギの解説があったので紹介しておく: The Winnowing of the Wilson's Snipe
尾羽で出す音を "winnowing" と呼ぶとのこと (音源あり)。xeno-canto をチェックしてみるとアメリカでよく使われる用語のよう。winnow はもみがらなどをふるい分ける意味から羽ばたきなどにも用いると辞書にある。
"drumming" で検索するとタシギの方が見つかるので英米で異なる用語が使われる例なのだろう (音も違っている)。
アメリカタシギの行動解説はタシギにもおそらく当てはまり、ジグザクに飛ぶのは捕食を困難にするため。ハンターにも難しい獲物で sniper (狙撃兵) という英語も(アメリカ)タシギのような敏捷な鳥を撃てる能力を持つ者として使われたとのこと。アメリカやカナダでは狩猟圧は大したことはないが生息地減少の方がより脅威である。
タシギ以外のジシギ類があまりジグザクに飛ばないのはなぜかと思ったのだが、あるいは発音器官として尾羽がより特殊化しているためなのだろうか。尾羽による特別な発音の必要性のために捕食者からの回避が困難になるならば、尾羽の音を「正直なシグナル」とも捉えることができそうな気もする (誰かが議論してそうだが)。
もっとも尾羽が変形するとジグザク飛行に不利なのかはよくわからないが、ツバメやツバメトビなどでは外側尾羽が制御に役立っていると言われる (ある程度の裏付けがある)。発音器官として尾羽をより特殊化させた種類の尾羽の写真を見ると確かに制御には不向きなぐらいに変形しているように見える。
翼型にも種類によって違いがあることが知られているが、あるいはこの姿勢制御を補う目的 (翼でも姿勢制御が可能) かディスプレイ時の飛行の助けになっているのか。さらに発音器官の尾羽に当てる空気の流れを制御するためか。どれもあってよさそうな気がする。
[この考察は 小田谷 (2021) Birder 35(3): 31 の "翼と飛び立ちでタシギ属を見分ける" 記事も参考にした]。
[Capella 属とは?]
茂田 (2000) Birder 14(5): 26-31 によれば Gallinago 属はしばらくの間 (wikipedia 英語版によれば 1934-1956) Capella 属とされていたがこれは誤った先取権を用いたものとのこと。
Capella 属はタシギをタイプ種として Frenzel (1801) が記載したもので caper, capri (ヤギ) の指小語。ディスプレイ時の音から (The Key to Scientific Names)。
Linnaeus (1758) はタシギを Scolopax Gallinago の学名で記載しており、Scolopax 属の分割に伴って生じた問題のよう。
Gallinago は Brisson (1760) で確かにこちらが早いがあまり自明な問題ではなかったようで、
ICZN Direction 39 (1956) で Capella を用いない裁定を行ったとのこと (The Key to Scientific Names)。
一時は Gallinago Koch, 1816 が採用されていて、Capella Frenzel, 1801 の方が早いことがわかり先取権を与えられたが、Brisson (1760) の記載があることが判明したことがおおまかな経緯のよう。
しかし利用実績もあり、Gallinago の方を用いない裁定を行う案もある。過去の決定を覆す結果となるのでかなり長い議論となっている。最終的には投票で決まった模様。
Peters (1934) "Checklist of Birds of the World" 以外にも多数の用例があり、Peters (1934) より早く 1920 年から用例が見つかっているとのこと。
我々が現在使っている Gallinago に至る経緯は平坦でなく投票で決められたものらしい。Capella の方が採用される可能性もあった。
ぎょしゃ座に Capella の名称の一等星があるがこれも同じ意味とのこと。ギリシャ語でこの星を aix と呼んでいてヤギの意味だったものを訳した名称とのこと (wikipedia 英語版)。
恒星の一般名を決める規則は実は最近までなかったようで、2016 年に Working Group on Star Names が設けられて公認の通称として認められるようになったとのこと。
[分断色]
この項目は川口 (2019) Birder 33(7): 52-53 の「分断色」の記事をテーマに論文を調査してみたもの。川口 (2019) はセグロセキレイを取り上げて分断色は目立つが正体がわかりにくい。砂漠・河原・砂浜など開けた環境でよく見られるとある。分断色は disruptive coloration。
近年の研究などを探してみると Seymoure and Aiello (2015) Keeping the band together: evidence for false boundary disruptive coloration in a butterfly
によれば古くから提唱されているアイデアだが実証研究は少ない。ここで挙げられている古典的例 (Cott 1940) ではタシギの模様が false boundary disruptive coloration に例示されているのでここに挙げておく。
研究対象はやはり観察のより容易な鳥などによる捕食を扱っている。鳥以外の視覚に頼る捕食者として whiptail lizards Ameiva 属トカゲも挙げられている。爬虫類も色覚は良いはずなので考慮すべしということだろう。爬虫類を捕食する鳥にとってもおそらく同様か。
ジャイアントパンダが森林では保護色になるとの研究: Nokelainen et al. (2021) The giant panda is cryptic
背景との類似性を定量的に評価しているが、鳥ではキバシリが含まれている。いろいろな動物を調べると保護色から警告色まで連続的に分布しておりジャイアントパンダは中程に位置して、保護色とされる動物に比べて特に目立つわけではない。
チドリ類では Color of Birds (Ehrlich et al. 1988)
に川口氏のものとほぼ同じような説明がある。
Camouflage and Protective Coloration in Birds
ではアメリカサンカノゴイ Botaurus lentiginosus American Bittern が捕食に役立ている例として取り上げている。サギの擬態はついつい人に対する反応として見てしまうが、両方の意味があって、捕食時ゆっくり移動することも含めて捕食に役立つ役割の方が大きいのだろう。
鳥が食べられる方の研究はあまり見当たらない。分断色はきっと役に立つのだろうがフィールドでの実証は難しいのだろう。
こちらはサルの例だが Nokelainen et al. (2024) Black-and-white pelage as visually protective coloration in colobus monkeys
分断色がチンパンジーの目には有効だが猛禽類にはそれほどでもない。あくまで理論的なもので、猛禽類は解像度が良いので離れてもよいみつけやすいということらしい。実際には捕食者の脳がどのように検出しているかはわからないわけだが。
しかしこのような獲物のカモフラージュの例を多数見ていると捕食者も大変そうなことがわかる。獲物を探す時は脳内のパターン検出回路もフル回転で捕食行動で頭も疲れることが容易に想像できる。我々がタカ渡りで点のような対象を探そう、あるいは背景に対して見つけにくい鳥を探そうとするのときっと同じ。
我々は見つけられなければ残念で終わるだけだが、生活のかかわる猛禽 (に限らないが) 生活はこの面でもおそらくなかなか大変。猛禽類を見ても休憩が多くてずっと獲物を探してばかりでないのは頭も休めないといけないのだろう。ノンレム睡眠もしっかりとって脳内疲労物質も排泄する必要がある。
発端となったシマウマの縞模様は何のため? については Caro (2020) Zebra stripes
に仮説がまとめられている。古典的仮説は捕食者の目を紛らわすものだが、Caro はどのメカニズムも実証できず、ライオンにそもそもよく捕食されていて保護色にも警告色にもなっていないと考えている。
Caro はシマウマの縞模様の専門家で過去にもいくつも論文を出しており、人の目には縞が見えても少し離れると (哺乳類の) 捕食者には模様が見えなくなるので意味がないなど述べている。
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アメリカオオハシシギ
- 学名:Limnodromus griseus (リムノドゥロムス グリーセウス) 灰色の沼を走る鳥
- 属名:limnodromus (合) 沼を走るもの (limus (m) 沼、dromeas 走るもの Gk)
- 種小名:griseus (adj) 灰色の
- 英名:Short-billed Dowitcher オオハシシギも参照
- 備考:
limnodromus は#オオハシシギ参照。
griseus は冒頭が長母音でアクセントもある (グリーセウス)。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは亜種不明とされる。
クレチマル・千村 (訳) (1991) Birder 5(7): p.27 に北米からシベリアにアメリカオオハシシギが進出しているとの記載があるが、ロシアではかつてオオハシシギをアメリカオオハシシギの亜種とし、
Limnodromus griseus の学名でロシア名がアメリカオオハシシギだったため、当時は両者が区別されていなかった可能性がある (Dement'ev and Gladkov 1951)。
オオハシシギに相当する当時の亜種は「西アメリカオオハシシギ」に対応する名前となっていた。
現在はオオハシシギは別種とされロシア名では「短い嘴の」が付く (英名に対応)。
Dement'ev and Gladkov (1951) の分布図では「西アメリカオオハシシギ」 = オオハシシギはチュコト半島周辺のみに分布となっていた。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) には特に記載はない。
Scolopax noveboracensis Gmelin, 1789 (noveboracensis はニューヨークの、の意味) Red-breasted Snipe (または Sandpiper) の学名と英名があった。
学名は Pennant (1785), Latham (1785) の用例もあり "New York Sandpiper" とも呼ばれていた (The Key to Scientific Names)。
Scolopax grisea Gmelin, 1789 (原記載) で同じ記載者によるものでこちらは Brown Snipe の英名となっていた。Scolopax noveboracensis はそのすぐ下に出てくる。
容易に想像できるようにこれは夏羽と冬羽を別種として記載し、記載順から冬羽 (griseus) に先取権があってこの学名に統一されたもの。
しかし noveboracensis の学名や英名も広く使われており、Audubon の図版 などに見ることができる。
この当時は Scolopax grisea の方をシノニムと考えていた。
有名な Audubon の図版に描かれているため、この英名は広く使われることになり、オオハシシギがアメリカオオハシシギの亜種となった時代にも影響を与えた。
学名が変わったためかアメリカオオハシシギの現在の英名はちょっと素っ気ないものになっている。
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オオハシシギ
- 学名:Limnodromus scolopaceus (リムノドゥロムス スコロパーケウス) ヤマシギに似た沼を走る鳥
- 属名:limnodromus (合) 沼を走るもの (limus (m) 沼、dromeas 走るもの Gk)
- 種小名:scolopaceus (adj) ヤマシギのような (scolopax (f) ヤマシギ -aceus 〜に似た)
- 英名:Long-billed Dowitcher
- 備考:
limnodromus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-dro- がアクセント音節と考えられる (リムノドゥロムス)。
scolopaceus は scolopax は短母音のみ。-aceus は冒頭が長母音でアクセントもある (スコロパーケウス)。#オニカッコウ参照。
オオハシシギの和名は英名由来とも考えられ、また種小名とも若干関係があるかも知れないが、最も関連が深いと考えられるのが旧属名 Macrorhamphus の "大きな嘴" でまったくそのままの意味である。属の記載。英名 Longbeak とある。
この属はアメリカオオハシシギ (当時は同種だった) のみを含む属として Leach (1816) が提案したものだったが、Leach の書物は Linneaus の二名法に従っていないため新しく提案した属名はすべて無効と判定された。
Forster (1817) がそれを引用して用いたものが正当な記述とされ、当時の権威であり長く使われていたと想像できる。American Ornithologists' Union 3rd edition (incl. 16th suppl.) まで用いられていた属名。
Limnodromus も同じ種のみを含む属として定義されたもので Wied-Neuwied (1833) で実はこちらの方が遅い (The Key to Scientific Names, Avibase)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Macrorhamphus griseus でオオハシシギの和名が与えられている。scolopaceus は別学名に登場するが当時は Macrorhamphus の属名のみが用いられていたことがわかる。
Seventeenth Supplement to the American Ornithologists' Union Check-List of North American Birds (AOU 1920) で、
Macrorhamphus は Fischer (1813) がすでに用いていたため preoccupied となり Limnodromus と変更する判断がなされた。
この Fischer (1813) の用例は魚に対するもので (rhamphus と言えば嘴を連想する鳥類学者は気づきにくかったよう)、しかもこの用例には先行する Macroramphosus Lacepede, 1803 があってシノニムと判定されたとのこと (#ノジコによく似た事例がある)。和名ではサギフエ属。
この先行用例を指摘したのが Mathews (1911) だったとのこと。つまり Macrorhamphus は現行の学名には現れないにもかかわらず、すでに用いられた属名として無効になった。英名や和名に痕跡を残すことになった。
属名が Macrorhamphus から Limnodromus に変わったことで束縛感がなくなったのか、分離後のアメリカオオハシシギの英名は嘴の長さはそれほど強烈に違うわけでもないにもかかわらず Short-billed Dowitcher とまったく逆の名前になっている。
名前ほど長くないとアメリカでも感じていた人も多かったのでは。
オオハシシギの和名と印象が違うと感じられていた方はある意味正しい (嘴の長い/大きいシギは多種あるのでこれだけに "オオハシ" を付けるのは不自然に感じる)。100 年以上前に無効とされた古い学名とそれに基づく英名に忠実に従った名称を使い続けているためである。
単形種。英名の Dowitcher はイロコイ語 (北米の先住民族の一つ) 由来。Do- は「ドー」と発音する。
Dement'ev and Gladkov (1951) の分布図ではロシア名「西アメリカオオハシシギ」 = オオハシシギはチュコト半島周辺のみに分布となっていたが、Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) ではもっと広く分布している。
クレチマル・千村 (訳) (1991) Birder 5(7): 27 に北米からシベリアに "アメリカオオハシシギ" が進出しているとの記載に対応するかも知れない (#アメリカオオハシシギの備考参照)。
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シベリアオオハシシギ
- 学名:Limnodromus semipalmatus (リムノドゥロムス セミパルマートゥス) 半分水かきのある足の沼を走る鳥
- 属名:limnodromus (合) 沼を走るもの (limus (m) 沼、dromeas 走るもの Gk)
- 種小名:semipalmatus (adj) 半分水かきのある足の (semi- (接頭辞) 半分の palma (f) 水かき -tus (接尾辞) 〜が備わっている)
- 英名:Asiatic Dowitcher, IOC: Asian Dowitcher オオハシシギも参照
- 備考:
limnodromus は#オオハシシギ参照。
semipalmatus は#ミズカキチドリ参照。原語義から少し離れ比較的ややこしい。
中国名ではオオハシシギ類は 何とか半蹼鴫 (シギは日本の文字を充てた) とこの種の種小名に基づいている。シベリアオオハシシギは "何とか" が付かないので中国では一番身近なこの種を基本としているよう。
Taxonomy in-flux updates によれば、このフォーラムで新たに解析された分子系統樹ではコシギ (Lymnocryptes 属) とLimnodromus 属の関係が問題となっている。#コシギの備考参照。
さらにシベリアオオハシシギと他のオオハシシギ類の分岐が深く、別属に値する可能性があるとのこと。
これは Cerny and Natale (2022) の系統樹にもすでに現れているが、コシギの従来解析に用いられたデータが誤りで、コシギとヤマシギ類ではなくオオハシシギ類がまとまるならば、この分岐の深さや改めて編成された属内の形態の違いはおそらく議論の対象になるだろう。
別属とみなされる場合はシベリアオオハシシギは Pseudoscolopax 属となる可能性が考えられるとのこと。Pseudoscolopax 属 pseudos 偽の Scolopax ヤマシギ属 の意味なので新しい分子系統解析が確かめられればなかなかふさわしい名前になる。Blyth (1859) がシベリアオオハシシギのみを指して用いた属。
Boyd の最新版 (2024.12.21) ではこの事情を考慮して属を分離。
単形種。
[日本のシベリアオオハシシギの同定経緯]
かつて日本で採集されたオオハシシギ類2標本 (標本はロンドンにあるとのこと) について、学名と種同定に混乱があった。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Macrorhamphus griseus の学名でオオハシシギ、場所は Hokkaido, Yokohama とある。
学名別名に Macrorhamphus scolopaceus を載せていた。
高野伸二 (1963) 我国産オオハシシギについて によれば、黒田 (1918) は Macrorhamphus griseus scolopaceus を与えていたにもかかわらず「日本鳥類目録」(1922) ではなぜか Macrorhamphus semipalmatus の学名が与えられてオオハシシギの和名となっていた。
標本が日本にないため (日本鳥学会が目録を作るにあたって) おそらく西方の (亜) 種と判定されたのではないかと推定している。
高野氏は 1955-1962 年日本で観察された個体を検討して、過去に日本で記録されたものは1例を除いて scolopaceus であることを判定しオオハシシギの学名に Limnodromus scolopaceus を用いることを提案した。
Ogawa (1908) は引用されておらず、当時の日本の研究者にもあまり知られていない目録だったのかも知れない。黒田 (1918) はこの学名を引き継いでいたように見える。
また griseus の種小名が長く使われていたのは同種とされていた時代の経緯によるもの (#アメリカオオハシシギの備考も参照)。
現在使われている Limnodromus は Wied-Neuwied, 1833 が提唱したもの (原記載)。属名変更の経緯については #オオハシシギ にまとめた。
Macrorhamphus semipalmatus Blyth, 1848。Jerdon が付けた学名だったが Blyth が記載者となっている。基産地は Calcutta。インドで記載されているので英名の Asian Dowitcher などの方が分布をよく表している。
1972.5.23 高野氏が日本で初の記録を行い、シベリアオオハシシギの和名を提案した
[高野氏自身による経緯の解説は「野の鳥の四季: 高野伸二写真集」(高野伸二 小学館 1974)。「自然読本 野鳥」(河出書房 1983) pp. 122-125 に再録]。
論文は高野 (1972) シベリアオオハシシギ (Limnodromus semipalmatus) の我国への渡来について。
[繁殖分布]
「シベリア」の名が付いているが、他のオオハシシギ類2種が極北で繁殖するのに比べ、この種はユーラシア内陸部ステップ環境や森林ステップの沼地などに繁殖地が点在している。モンゴル、中国東北部にも分布し沿海地方まで分布が及んでいる。しかし全体的にはまれな鳥で繁殖分布範囲もよくわかっていない。
予期せぬ繁殖があったり繁殖地を大きく変えることがある [Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri"]。
和名から受ける印象と繁殖分布は必ずしもよく整合していない。
高野氏が和名を提案した段階の資料は Dement'ev and Gladkov (1951) の分布図に基づくもので、繁殖域の中心はさらに南側であることはまだ知られておらずやむを得なかったと思われる。
#シロハラチュウシャクシギの繁殖分布認識の変遷に似ている。
Melnikov (1998) Population and range fluctuations of Asian
Dowitcher Limnodromus semipalmatus in the central Asian arid zone
はシベリアの繁殖は繁殖域北端で "invasion" と表現している。実際には西シベリアからモンゴル、中国にかけて主な繁殖地が5地域あると考えている。
ステップ地域が中心だがタイガにも広がっている証拠がある: Egorov et al. (2023) Expansion of the Breeding Range of the Asian Dowitcher (Limnodromus semipalmatus, Charadriiformes, Scolopaciidae) into the Tiaga Zone。
Mel'nikov (2023) Dynamics of the Asian dowitcher Limnodromus semipalmatus range - a response of birds of shallow and wet ecosystems to current climate changes (pp. 2557-2567)
にも繁殖地の北進の情報がある。
孫 (2002) (松井訳) Birder 16(6): 50 中国吉林省の向海自然保護区でシベリアオオハシシギが毎年40 羽ぐらいが繁殖しているとのこと。
[渡りと中継地・越冬地の保護]
Yang et al. (2021) Coastal wetlands in Lianyungang, Jiangsu Province, China: probably the most important site globally for the Asian Dowitcher (Limnodromus semipalmatus)
モンゴル東部からの渡り経路追跡: Baldandugar et al. (2023) Autumn migration strategy of Asian Dowitcher (Limnodromus semipalmatus) from eastern Mongolia。
中国の記事 (2023)。
これらの研究から判明した世界のシベリアオオハシシギの個体群のほぼすべてが中継地として利用する江蘇省連雲港市 (Lianyungang) の湿地の開発 (Blue Bay Project) に対して 2021 年に「自然之友」が公益訴訟を行い、2024年1月に開発中断の判決が出たとのこと: (Court Halts Lianyungang's Blue Bay Project)。
インドネシアが最大の越冬地と考えられ、Iqbal et al. (2021) Population Size and Trend of Asian Dowitcher Limnodromus semipalmatus in Banyuasin Peninsula, Sumatra, Indonesia
スマトラ島の南部海岸に越冬地があるが近年では数が非常に減っている。この種に限らず過去 20 年でシギ類が8割減少したと見積もられる。
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オグロシギ
- 学名:Limosa limosa (リーモーサ リーモーサ) 泥だらけの鳥
- 属名:limosa (adj) 泥だらけの (limosus)
- 種小名:limosa (トートニム)
- 英名:Black-tailed Gotwit
- 備考:
limosa は i, o が長母音で後者にアクセントがある (リーモーサ)。
記載時学名 Scolopax Limosa Linnaeus, 1758 (原記載)。
Limosa 属はこれをもとに Brisson (1760) が導入した。
当時は属が変わる場合に (トートニムを避けるなど) 新名が導入されることがしばしばあり (#ノスリの備考参照)、Limosa melanura Leisler, 1813 (参考)、
Limosa vulgaris Dumont, 1817 (参考) (普通の Limosa の意味)、
Limosa major Brehm, 1845 (参考) (大きな Limosa) のように複数の新名が付けられた。
このうち最初のものが英名・和名と対応しており、この学名または属が変わった Limicula melanura が英名や和名が整理される際に影響を与えたと想像できる。
その後 Linnaeus (1758) の種小名に統一された。
この学名は Dement'ev and Gladkov (1951) でシノニム扱い。
この学名は亜種名に痕跡を残しており、亜種記載の時期 (1846) にはまだ使われていたものと思われる。
Limicula 属は "泥に住む" (limicola の変形) の意味だが、Vieillot (1816) がオグロシギに用い、同じ属名を Foster (1817) がアオアシシギのみに用いた用例がある。
Limosa 属そのものも別のものを指す用例があった [Stephens (1824) アオアシシギ、Boie (1826) アメリカオオソリハシシギ] (The Key to Scientific Names)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Limosa melanura melanuroides の学名でオグロシギの名称がすでに記載されていた。
このように見ると和名は英名や学名起源 (または影響を与えた) ものが結構あるよう。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは melanuroides (オグロシギの過去の学名 Limicula melanura に似た、の意味。melanura は 黒い尾 melanos 黒い -ouros 尾の The Key to Scientific Names) とされる。
英名 Gotwit の語源はよくわかっていない。古英語で godwiht good + wight (生き物) との類似性が指摘されている。鳴き声由来の説もある。
Boyd によるオグロシギ亜科 Limosinae の一覧。IOC や日本鳥類目録改訂第8版と同じ。
シギ科 Scolopacidae オグロシギ亜科 Limosinae
オオソリハシシギ Limosa lapponica Bar-tailed Godwit
オグロシギ Limosa limosa Black-tailed Godwit
アメリカオグロシギ Limosa haemastica Hudsonian Godwit
アメリカオオソリハシシギ Limosa fedoa Marbled Godwit
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アメリカオグロシギ
- 学名:Limosa haemastica (リーモーサ ハエマスティカ) 血の色のシギ
- 属名:limosa (adj) 泥だらけの (limosus)
- 種小名:haemastica (合) haimatikos 血の (Gk) 胸の赤さを意味する
- 英名:Hudsonian Godwit オグロシギも参照
- 備考:
limosa は#オグロシギ参照。
haemastica 起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-mas- がアクセント音節と考えられる (ハエマスティカ)。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
宮崎 (2008) アメリカオグロシギ Limosa haemastica の日本初記録 Strix Vol. 26 pp. 177-180 (日本野鳥の会)。Birder 21(8): 69 (2007) に発見記がある。アジア初記録とのこと。
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オオソリハシシギ
- 学名:Limosa lapponica (リーモーサ ラプポニカ) ラップランドの泥のシギ
- 属名:limosa (adj) 泥だらけの (limosus)
- 種小名:lapponica (adj) ラップランド地方の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Bar-tailed Godwit (Godwit は#オグロシギも参照)
- 備考:
limosa は#オグロシギ参照。
lapponica は短母音のみで -po- にアクセントがある (ラプポニカ)。学名のみに使われる。
記載時学名 Scolopax lapponica Linnaeus, 1758 (原記載)。
種小名の由来は基産地による。Rudbeck の情報による。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは baueri (オーストリアの自然史画家 Ferdinand Lucas Bauer に由来) 亜種オオソリハシシギ と menzbieri (ロシアの鳥類学者 Mikhail Aleksandrovich Menzbir に由来) コシジロオオソリハシシギ とされる。
Linnaeus (1746) では 記載 (番号 138) と Recurvirostra (ソリハシセイタカシギ) の仲間に分類していた。嘴が上に反った特徴に注目していた。
英名の Bar-tailed の由来があまりよくわからなかったが、Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) によればオオソリハシシギ、オグロシギともに夏羽を指して Red Godwit と呼ばれていたとのこと。1700 年代中期にはすでに使われていたとのこと。
OED によれば 1828 年に Fleming の Bar-tailed Godwit の用例があるとのこと。この時に用いられていた学名が Limosa rufa (赤い、すなわち Red Godwit に対応する)。
この学名の用例は複数あるが最も早いものは Bechstein (1793) (資料 これだけでは何かわからない)。
Dumont の用例は確かにオオソリハシシギを指すとのこと (資料)。
Limosa rufa Leach, 1816 の用例は無効名とある (資料) が、英名 Red Godwit が記されている。
Limosa rufa Forster, 1817 (資料) によれば Scolopax lapponica Linnaeus, 1758 の属を Limosa に変更するにあたって改名された模様 (#ノスリの備考参照)。
Limosa rufa Temminck, 1820 (資料) も用いており、Brisson の学名 (これは無効となった) とのこと。Hartert II (1639) が参考文献に出ている。
当時の雰囲気ではもっと正統的な学名があるので Linnaeus (1758) の怪しげな (?) ラプランド由来ではなく英名に即した学名に変更する流れがあったのかも知れない。
Fleming (1828) が Red Godwit が別のオグロシギも指していることに気づいて英名を整理したのだろうか。オグロシギの現在の英名 (和名にも) に対応する学名が与えられたのが Leisler (1813) なので時代順序は整合している。
オグロシギの方は学名とも関連して Black-tailed Gotwit と概念が分離されたのに伴って、オオソリハシシギは対応する形で Bar-tailed Godwit と整理されたと考えると納得できる感じがする。
英名から整理された思われる中国語名以外に英語に類似する名称がないことから英語特有の事情だったらしいことが想像できる。現在のドイツ語名では Pfuhlschnepfe で Pfuhl (大きな水たまり) のシギになっている。
Hartert (1910-1922) では p. 1639 で、当時は Rostrote Uferschnepfe のドイツ語名の方が先に現れ、英語の Red Godwit に近いが Totanus ferrugineus Meyer, 1810 (参考) の学名の意味よく符合するので、ドイツではドイツ人 Meyer が付けた学名・通称に従っていたものと想像できる。
英国とは流儀が少し違うがどちらも色彩に注目していた点は同じ。ドイツ語 Ufer は岸の意味。
和名のように嘴が上に反っていることを表現した学名やドイツ語名はなかったようだが、Limosa 属の解説 (p. 1636) では軽く反っている (Schnabel sehr lang, leicht aufwaerts gebogen) ことは書かれている。同属のオグロシギとオオソリハシシギで反る程度が異なるので両種に共通の際立った特徴として取り上げにくかったかも知れない。
嘴の反り方ではもっと目立ったソリハシセイタカシギが存在するので、英名などであまり着目点にならなかったのかも知れない。
シギ類の和名が整理されたころはソリハシセイタカシギがそもそも記録されておらず、日本の鳥の範囲ではソリハシシギやオオソリハシシギを "ソリハシ" と呼んでちょうどよいぐらいだったのかも知れない。
ロシア語名ではオグロシギに "大きい"、オオソリハシシギに "小さい" を付けた名称になっており、和名の感覚と異なる。
Limosa uropygialis Gould, 1848 (参考) の学名がありオーストラリアで採集されたもの。Gould の図版。記載は次ページにあり英名 Barred-rumped Gotwit を付けたが、ヨーロッパの Bar-tailed Gotwit Limosa rufa とは似ているが違うと判断していた。
現在ではオオソリハシシギと同種で Limosa uropygialis はシノニムとされる。
ややこしいことに Gould は Numenius uropygialis Gould, 1841 (参考) とシギ類近縁属にも同じ種小名 uropygialis を先に用いていた。こちらはチュウシャクシギを指していた。
オオソリハシシギには Limosa uropygialis Gould, 1848 より早い学名があるので問題が発生しなかったが、同属にまとめられることがあれば preoccupied となっていたケースと考えられる。
最近記述されたばかりの西シベリアの亜種 yamalensis の記載年のついての話題: Latest IOC Diary Updates オンラインの出版物で学名が先に発表されたが公式の ZooBank (ICZN) には登録されておらず、印刷版の 2022 年記載年が正しいとのこと。
海外ではしばしば lapponica group (lapponica/yamalensis/taymyrensis) と baueri group (menzbieri/anadyrensis/baueri)
の区分が使われる: 参考 New unified list of birds - Avilist。
亜種コシジロオオソリハシシギが前者に、亜種オオソリハシシギが後者に含まれる。
分子遺伝学的・亜種分化と渡りの考察は Conklin et al. (2024) High dispersal ability versus migratory traditions: Fine-scale population structure and post-glacial colonisation in bar-tailed godwits
を参照。亜種 menzbieri (コシジロオオソリハシシギ) が中間的な系統 (交雑の結果生じた可能性が示唆されている) となりユーラシア西部と北米およびユーラシア東部が遺伝的によく分離しているわけでもない。氷期サイクルと亜種の分岐年代を関連させて解釈することが可能である。
現状通り亜種扱いが適切なのだろう。無着陸の長距離の渡りで有名なのは亜種 baueri。渡りの一部個体が日本に立ち寄る。
ニュージーランドでもよく研究されていて Genetics of migration timing in bar-tailed godwits: a thesis presented in partial fulfilment of the requirements for the degree of Doctor of Philosophy in Zoology at Massey University, Manawat, New Zealand (Parody Merino 2018) の学位論文となっていた。
Bom et al. (2021) Central-West Siberian-breeding Bar-tailed Godwits (Limosa lapponica) segregate in two morphologically distinct flyway populations
でも形態的には異なっていても (亜種 taymyrensis) 遺伝的違いは小さく生殖隔離は起きていないことが示唆されていた。
[嘴の形を決める法則]
次の研究で調べられた範囲の種類の中ではオオソリハシシギが例外的な位置のためこの項目に含めておく: Garland et al. (2025) Common developmental origins of beak shapes and evolution in theropods
現生鳥類と化石獣脚類 (theropods) の嘴や口吻の形態を調べたところ、95% の種が power cascade モデルに従っていたとのこと。おそらく脊椎動物に普遍的な法則と考えられる。先端からの距離と厚みの関係 (これがべき乗則に従う。尖りを定量化できる)、アスペクト比をもとに調べたもの。
もう一方の極端な形状にヤツガシラやミサゴ、ダチョウが登場する。ミサゴの嘴の形状はタカ目の中でも特異とのこと。ノガンモドキ類やハヤブサ類もタカ目に似た特性を示す。
ダチョウやカモ類は化石獣脚類に近い位置になるが、ここで挙げた冒頭3種はいずれも遠い位置になりそれぞれ新しく適応進化を遂げたものと考えられる。
嘴は何度も進化したが、これらの数字を見ると現代のこれらの鳥に対応する嘴の使い手は絶滅した獣脚類は存在しなかったのかも。
power cascade モデルは近年提唱されたもので、Evans et al. (2021) A universal power law for modelling the growth and form of teeth, claws, horns, thorns, beaks, and shells を参照。
歯や爪の形にも適用できる普遍的法則とのこと。
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コシャクシギ
- 学名:Numenius minutus (ヌーメーニウス ミヌートゥス) 小さいダイシャクシギ
- 属名:numenius (合) noumenios Hesychius が記述した鳥で、三日月のような嘴の形からダイシャクシギ類を指すと考えられる [noumenia (伝統的) 新月 < neos 新 mene, menes 月 Gk; 現代的な定義での新月 (= 朔) とは異なる。朔の後最初に見える月のこと]
- 種小名:minutus (adj) 小さい
- 英名:Little Whimbrel チュウシャクシギ参照, IOC: Little Curlew
- 備考:
numenius は由来となるギリシャ語綴りから u, e が長母音と考えられる。-me- がアクセント音節と考えられる (ヌーメーニウス)。ギリシャ語でも同じ位置にアクセントがある。ギリシャ語の mene は e が2つとも長母音 (英語の moon にも対応?)。"new moon" に対応すると思えば発音も納得しやすいし覚えやすい。
minutus は1つめ u が長母音でアクセントもある (ミヌートゥス)。
単形種。
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チュウシャクシギ
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ハリモモチュウシャク
- 学名:Numenius tahitiensis (ヌーメーニウス タヒティエーンシス) タヒチのダイシャクシギ
- 属名:numenius (合) noumenios ダイシャクシギ (コシャクシギの項目参照)
- 種小名:tahitiensis (adj) タヒチの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Bristle-thighed Curlew
- 備考:
numenius は#コシャクシギ参照。
tahitiensis は場所の -ensis の冒頭が長母音でアクセントもここにある (タヒティエーンシス)。短母音でもアクセントは移動しないのでどちらでもよい。
原音を考慮して "タヒーティエーンシス" と伸ばしても構わない。
単形種。アラスカの主にユーコン川デルタで繁殖し太平洋の離島で越冬する。BirdLife による個体数見積もりは 10000 で、越冬地での捕食や狩猟により減少中と考えられている。個体数が少ない上に主な渡り経路から離れているため日本での記録は少ない。
[ハリモモチュウシャクの道具使用]
週間アニマルライフ (1972) pp. 2195-2196 のダイシャクシギの項目 (浦本・安部) で紹介があり、南太平洋の島で繁殖中のアジサシ、カツオドリ、グンカンドリの巣をおそい、くちばしで突きさして卵をはこびだし、地面にたたきつけて割って食べる習性が知られているとのこと。おとなしそうなシギ類が、と驚かされる。
wikipedia 英語版を調べてみるとシギ類で唯一知られている道具使用とのこと。日本語版にも別出典で同様の記述があるので文献を調べておくと: Marks et al. (1992) Tool Use by Bristle-thighed Curlews Feeding on Albatross Eggs と何とアホウドリ類の卵も石を投げて割って食べる。
エジプトハゲワシ (#ハチクマの備考 [ハチクマ類の道具使用] 参照) よりも古い系統としては驚くべき。
キョウジョシギが割ったかも知れないアホウドリ類の卵を食べていた観察事例もあるとのこと。
初期の情報は Bailey (1956), Ely and Clapp (1973) があるとのことでいずれも書籍に記述されたもの (探さなかった)。この論文はエジプトハゲワシがダチョウの卵に石を投げて食べる行動が Nature に報告された (1966) よりはだいぶ後の時代で、Ely and Clapp (1973) の記述はエジプトハゲワシの事例を踏まえて書かれているかも知れない。他のシギ類ではなぜ知られていないのか、あるいはハリモモチュウシャクはこのような知的な行動ができるため生き残ったのかなどいろいろ想像させられる。
なお、この解説がダイシャクシギの項目に現れるのはダイシャクシギは英国で繁殖する種類でグループ内で最も馴染みの鳥の一つとして項目に取り上げられたためだろう。
[絶海の離島で越冬する理由?]
太平洋の離島で越冬する渡りの方向感覚には驚嘆させられるが、なぜわざわざ絶海の離島で越冬するのかは猛禽類がいないからではと想像した (繁殖地からそのまま最短距離で南下すれば島にしか到着しないわけではあるが)。
主な越冬地であるタヒチではミナミチュウヒ (Swamp Harrier) のみが記録され、タヒチのリストでは移入種となっている。ハリモモチュウシャクが越冬地に選んだころには捕食者がいなかったのでは?
ミナミチュウヒの離島への分散はおそらく 250-100 万年前ぐらいには起きていて (ニュージーランドの事例から。ミナミチュウヒの分岐年代を考えると 250 万年の見積もりは過大かも知れない)、Numenius 属の分岐年代とまずまず合っている。
ハドソンチュウシャクシギ Numenius hudsonicus Hudsonian Whimbrel のように南米沿岸で越冬する個体群もあったのかも知れないが、沿岸はハヤブサなど外敵も多く生き残らなかったのかも (ただしなぜハリモモチュウシャクは生き残れなかったか理由が必要になるが)。
他のタカ類より外洋への分散に適したチュウヒ類は新しく分岐した系統で、ミナミチュウヒも 100 万年前ぐらい以降に分岐している。
猛禽類の離島への定着は確率的なもので、最初は捕食者がほとんどいなかったが過去 100 万年ぐらいの間に時代を経るごとにだんだん定着した地域や島が増えてきて越冬しにくくなってきたのでは、そして捕食者のいない島のみに残ってゆくともに絶妙な渡りの方向感覚が洗練されてきたとか?
そして猛禽類のいない島で自身が海鳥の巣を襲って猛禽的役割を果たしているのか (!?)。
ハリモモチュウシャクが越冬地で上記の種類の卵を食べることはコンサイス鳥名事典にも示されていたが道具使用まではまだ知られていない段階だった。また渡り前にイチゴなどの植物質も食べると書かれており、この点は#オバシギの繁殖地での驚くべき食性と類似点があり興味深い。
ハリモモチュウシャクはダイシャクシギ類の中で特に離島を越冬地として生き延びたが、潮汐があまり有効でない地域で (#キアシシギ備考の [潮汐の解説] の [補足説明0] の太平洋に於ける潮汐波のアニメーション参照。水深に大きく依存する潮汐波の波長と地形と関係の問題が主な要因)、ダイシャクシギ類の得意とする干潟があまり生じないのだろう。
越冬場所は確保できても食物が不足がちなため、鳥の卵を食べるなどの別解 (知恵) を編み出したのかも知れない (カレドニアガラスが道具を使って食物を捕る賢いカラスとなったのに似ている)。
オバシギも食物の少ない地域で繁殖せざるを得なくなった生態的理由があるのかも。
ハリモモチュウシャクと同じように孤島でも越冬するメリケンキアシシギでそのような話を聞かないのは、岩礁での生活に適応した鳥で、干潟があまりない状況でも食物を得ることができるのだろう。
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シロハラチュウシャクシギ (IUCN 絶滅種)
- 学名:Numenius tenuirostris (ヌーメーニウス テヌイローストゥリス) 細い嘴のダイシャクシギ
- 属名:numenius (合) noumenios ダイシャクシギ (コシャクシギの項目参照)
- 種小名:tenuirostris (adj) 細い嘴の (tenuis (adj) 細い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Slender-billed Curlew
- 備考:
numenius は#コシャクシギ参照。
tenuirostris は rostrum の o が長母音でアクセントもここにある (テヌイローストゥリス)。#ハシボソミズナギドリやオバシギなどよく現れる種小名。
日本では本州で 1932 年以前に1回 (2羽) の採集記録が残されているが詳細は不明。通常の分布域から大きく外れているために疑問視する見解もある。検証可能な最後の観察記録は1995年2月モロッコでのもの。BirdLife の記事 (日本語版)。
1995 年にイタリアで 20 羽が報告されたが、ダイシャクシギの亜種 orientalis と写真判定された。その後もヨーロッパで散発的な報告があるが確認されていない。
かつてロシアのオムスクで唯一の巣が発見されたが、標本の羽の安定同位体分析から主な繁殖地はもっと南のカザフスタンとロシア南部の草原および草原/森林 (であった) と推定された
[Buchanan et al. (2016) Numenius tenuirostris identified from stable-isotope analysis]。
かつての越冬地も推定される繁殖地も人為的環境悪化が著しい地域で、すでに絶滅したと考える研究者も多い。IUCN では現在絶滅危惧 IA 類にリストしている。
wikipedia 英語版などの一般的情報を見て上記のように記述していたのだが、ロシア語で想像以上に情報があって驚いてしまった。
Ryabtsev (1997) The slender-billed curlew Numenius tenuirostris near the Baikal Lake (pp. 3-4)
1992年8月9-10日にバイカル湖近くの小さな湖で5羽を確認。ダイシャクシギやホウロクシギはよく知っていて上面などが違う。下面には注意していなかった。過去にも記録がありこの地域の迷鳥と位置づけている。
Nanikov (1998) The population of the slender-billed curlew Numenius tenuirostris becomes steady. Monitoring researches are necessary (英文とロシア語要約 pp. 12-15)
絶滅したのではないか、世界で数十羽ではないか、など噂される種類だが 1989-1996 年のブルガリアでは Atanasovsko 湖 (沿岸近くで塩分濃度の高い湖とのこと) で春の渡りで定常的に観察されておりこの時点では減少が止まっていると報告。
Schogolev (2005) On observation of the slender-billed curlew Numenius tenuirostris in northwestern Greece in spring 1997) (pp. 291-297) 1997年4月のギリシャ北西部での観察記録。
Mitropolsky et al. (2012, 2015 再掲) Observations on the migration of the slender-billed curlew Numenius tenuirostris in Southern Kyzylkum in spring 2006 (pp. 3457-3458)。
キジルクム南部ウズベキスタンの Ayak-Agitma [ロシア語で音声表記の一つのようで検索すると Ayakagytma の地名が出てくる。ウズベク語 (テュルク諸語) では Oyoqog'itma botig'i とのこと] 盆地になっていて中央に 15x10 km の塩湖があるとのこと。
この地で 2005 年春の渡りが記録され、2006 年にも同様に記録された。5/1 に始まり最初は 1, 3, 3 羽の3回の記録だったが (同日ダイシャクシギを9羽記録)、5/2 に8回 85 羽 (1-47 羽の集団)、5/3 に4回 54 羽 (5-26 羽の集団)、5/4 に2回 25 羽 (2, 23 羽)、これで観察を終了して翌日移動したとのこと。
ダイシャクシギとは大きさ、嘴、そして特に飛翔時の声で十分区別できたとのこと。両種はしばしば同時に行動していた。最大の群れは夕方 19 時に 47 羽で塩沼で見られたが、翌朝にはいなかった。北方向へ飛んで行ったとのこと。周辺は砂漠で次の休憩地はキジルクム砂漠中央にある 300 km 北側の塩沼と推定され、鳥類学的には事実上調べられていない。
(その後の情報はないが、もしかすると気候変動で砂漠になっているかも知れない...)。
いずれの文献も写真はない。
Wassink (2016) Status of Slender-billed Curlew in Central Asia はこの報告は検証可能なデータがなく疑わしいとしている。文献リストだけを見るとそのまま受け入れてしまいそうだがぜひ原文に当たってみて欲しい。
中東の OSME (2015, 2019) は 21 世紀に記録がなく絶滅したと考えている: Is the Slender-billed Curlew extinct?。
しかし 2017 年には目撃記録を求めていた: Searches for slender-billed curlews by volunteer birders benefits conservation。
Mitropolsky et al. (2012) で報告された環境は極めて特殊で、あるいはどこか人里離れたところで生き残っていないかロマンが残る。Mitropolsky et al. (2012) を検討した資料は声の違いは重要視していないようだが、後述 Ryabitsev も声の違いは気にしている。
Ushakov (1909, 2001 再掲) The slender-billed curlew Numenius tenuirostris Vieill. (pp. 492-495) 1902 年のバルナウル (シベリア中央部でカザフスタン国境に近い) での巣の発見報告の再掲。
Ushakov (1916, 2002 再掲) Nest and eggs of the slender-billed curlew Numenius tenuirostris Vieill. (pp. 426-427)
1914年5月9日に Kraspoperovaya 村 (Tara, Tobol'sk, Omsk の南) の採集者がメス、巣と4卵を持ち込んだので記述した。地元では piskuna の名前で呼ばれていた鳥とのこと。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) にも 20 世紀初頭まではステップ、森林ステップ、タイガ南部で繁殖していた。多彩な声について十分な記載がないが、シベリアの猟師は声から piskunchik の名前で呼んでいたとのこと。
分布は ? で表してある。
かつてはこのぐらい広範に分布していて 20 世紀初頭にバイカル湖周辺でも記録されるぐらいならば、日本に過去の迷行があっても不思議でない印象を受けた (近縁のダイシャクシギの繁殖分布も参照。カラフトワシの分布や分布縮小経緯にも似ている感じがする)。
この卵については Bond and Buchanan (2022)
Eggs of the 'lost' Slender-billed Curlew Numenius tenuirostris で記述されている。
Hartert (1910-1922) では p. 1645 で、この巣と卵についての言及もある。1909 年までは繁殖地は知られていなかった。1910 年の記述に基づくもので、Hartert のこのシリーズにちょうど間に合った時期にあたる。それまではどのような地域が想定されていたかなど記述もあり、興味ある方には面白い情報であろう。
インドネシアの記録で多少類似点があって議論された写真: Hilda (2020) An unusual Eurasian Curlew Numenius arquata orientalis in Banyuasin Peninsula, South Sumatra, Indonesia。
日比 (1995) Birder 9(7): 80-81 にモロッコで珍鳥として記録されていた時代の現地での行為にまつわる記事があった。当時はモロッコのメルジャ・ゼルガ (Merja Zerga) が世界で唯一知られる定期的越冬地で、多数の海外バーダーが訪れていた模様。1980 年代初頭は数羽だったが、1994-1995 年のシーズンは1羽のみだったとのこと。
現存する唯一の動画記録 (1994、モロッコ; それらしい鳥を見かけた場合の連絡方法なども記されている) と 1990 年に記録された 音声記録 が公開されている。
1994 年のビデオはメルジャ・ゼルガで記録された最後の1羽だったことになる。
日比 (1995) Birder 9(11): 77 に 1994-1995 年のシーズンにイタリアで越冬したとされる報告に関するコラム記事がある。
さらに日比 (2001) Birder 15(6): 36-37 にハンガリーのキシュクンサク国立公園 (Kiskunsag National Park) で 2001.4.15 で目撃した事例が紹介されている。
この事例は Observation of Slender-billed Curlew in Hungary (2001) (Saker Tours) で紹介されている。嘴の折れたダイシャクシギの可能性があるとしてこの報告は 2002 年当初は認められなかったが、2005 年に 21 世紀最初の目撃事例として確認されたとのこと。
Olah and Pigniczki (2010)
New Hungarian record of Slender-billed Curlew (Numenius tenuirostris) in the Kiskunsag (Hungary) が論文。ビデオは Yoshio Ebihara [海老原美夫。人名表記は日比 (2001) による] が撮影。
DNA 解析でダイシャクシギに最も近いが独立種であることを確認した研究 [Sharko et al. (2019)
Phylogenetic position of the presumably extinct slender-billed curlew, Numenius tenuirostris]。
同様に長期間記録がないシギにエスキモーコシャクシギ Numenius borealis 英名 Eskimo Curlew があり、1963 年に撃たれたものが確実な最後の記録。その後も不確かな目撃報告はあったが途絶えている。
Audubon は絶滅宣言を出すべき時期かとの記事を出している。
Tan et al. (2023) Megafaunal extinctions, not climate change, may explain Holocene genetic diversity declines in Numenius shorebirds
の標本を用いた最新の DNA 解析によれば Numenius 属は最終氷期が終わった直後 (約2万年前) から実効個体数を減らし始めていた (近年の減少はまだ反映されてない)。
人間活動が顕著になる以前のことで、メガファウナの動物がツンドラ地域を生息に適した環境に保っていたものが絶滅したためではないかと推測している
(メガファウナについては #カンムリワシ備考の [メガファウナの絶滅] も参照)。
問題の2種が絶滅していれば curlew clade (英名とは対応しておらず系統上のクレード名 #ダイシャクシギ備考の分類参照) の多様性の4割をすでに失ったことになる。
メガファウナの絶滅要因、この系統のすべての種が減少していることを考えると見通しがあまり明るくないグループかも。
[絶滅宣言 (2024.11)]
Buchanan et al. (2024) Global extinction of Slender-billed Curlew (Numenius tenuirostris) (2024.11.17 発表)
1995 年以降確実な目撃なし。IUCN の絶滅確率モデルで 96.0% の確率で絶滅。IUCN の基準に従い絶滅種とする。
New publication indicates devastating extinction of the Slender-Billed Curlew (BirdLife 解説 2024.11.18)。
Wake-up call as Slender-billed Curlew confirmed likely extinct (RSPB 2024.11.18 英国繁殖のダイシャクシギも危機的状況のため注目度が高い)。
Bird thought to be extinct is first recorded case in mainland Europe (BBC 2024.11.20/21)
島の固有種などの絶滅とは異なり、広域に生息していた種が絶滅したことは重要な意味がある。
ヨーロッパ大陸部で初の絶滅種となった。
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ダイシャクシギ
- 学名:Numenius arquata (ヌーメーニウス アルクワータ) 弓状に嘴の曲がったシギ
- 属名:numenius (合) noumenios ダイシャクシギ (コシャクシギの項目参照)
- 種小名:arquata = arcuata (adj) 弓状に曲がった (arquatus)
- 英名:Curlew
- 備考:
numenius は#コシャクシギ参照。
arquata は arcuata の別綴りで同じもの。最初の a が長母音でアクセントもここにある (アルクアータ)。arquata の綴りを尊重すれば w の音を添えるとよい (アルクワータ)。こちらを採用した。
arcuata は arcuo (弓のように曲げる。arcus 弓) の過去分詞で所有の -ata ではない。
後述の arquatus 由来の場合でも発音は同じ。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは orientalis (東洋の) とされる。
種小名は通常上記のように解釈されるが、ラテン語で黄疸を意味する arquatus morbus の可能性があるとのこと。皮が虹の黄色に変わるとの言い伝えがある (The Key to Scientific Names)。
arquatus には "虹色の" の意味がある。
[ダイシャクシギ亜科の系統分類]
Boyd による ダイシャクシギ亜科 Numeniinae の一覧を挙げておく。このグループの分類は IOC や日本の分類と同じ。その後ダイシャクシギ属 Numenius は #シロハラチュウシャクシギ備考の Tan et al. (2023) の分子系統樹に従って clades を追加、順序も調整してある。
属は分割されていないが、チュウシャクシギ系統 (whimbrel clade) と ダイシャクシギ系統 (curlew clade) に分けて考えるのが地理分布や保全上もわかりやすい。"チュウシャクシギ" の名くシロハラチュウシャクシギや "コシャクシギ" の名がつくエスキモーコシャクシギがなぜ (たぶん) 絶滅してしまったかなど理解しやすい。
シギ科 Scolopacidae ダイシャクシギ亜科 Numeniinae
マキバシギ属 Bartramia
マキバシギ Bartramia longicauda Upland Sandpiper (北米で繁殖し南米に渡る)
ダイシャクシギ属 Numenius
(whimbrel clade)
コシャクシギ Numenius minutus Little Curlew
ハリモモチュウシャク Numenius tahitiensis Bristle-thighed Curlew
チュウシャクシギ Numenius phaeopus Eurasian Whimbrel
ハドソンチュウシャクシギ Numenius hudsonicus Hudsonian Whimbrel
(curlew clade)
アメリカダイシャクシギ Numenius americanus Long-billed Curlew
エスキモーコシャクシギ Numenius borealis Eskimo Curlew
ホウロクシギ Numenius madagascariensis Far Eastern Curlew
ダイシャクシギ Numenius arquata Eurasian Curlew
シロハラチュウシャクシギ Numenius tenuirostris Slender-billed Curlew
[ダイシャクシギの亜種]
基亜種 arquata (ダイシャクシギ分布域の西部)、orientalis (ダイシャクシギ分布域の東部 "Oriental Curlew")、
suschkini (南部亜種でカザフスタンのステップで繁殖)。
Oriental Curlews in Western Europe: identification and status (Rodriguez and Gil-Velasco)
によれば orientalis はこれまでのところ西ヨーロッパでは記録されていない。アフリカで越冬するものは大部分中央アジアから来ているとあり、orientalis は西ヨーロッパにも来ているのではないかと考え、スペインで調査したもの。
suschkini は orientalis と似ていて小型とされるが単に緯度の違いを反映していて独立のタクソンなのか疑問も湧いてきたとのこと。
スペインで記録された "Oriental Curlew" に似た個体がシロハラチュウシャクシギの可能性があるのか検討できる資料は持ち合わせていない。
2016 年モザンビークで再発見された "Steppe Whimbrel" Numenius phaeopus alboaxillaris (チュウシャクシギの亜種) の事例を思い出そうとのこと。シロハラチュウシャクシギもまだあきらめていない。
この著者は識別点の考察とともに、ダイシャクシギの北部個体群を分布と渡り習性から4タイプに分け (suschkini は不明で含まれていない)、"Birds of the World" をもとに推定越冬地分布を記している。
これによればアフリカ北部沿岸で越冬するものはシベリア西部 (Central Asian Curlew) にあたり、orientalis はより長い渡りを行い、アジアからアフリカにかけてより南部で越冬することになる。マダガスカルで越冬するのはヨーロッパのものではなく "Oriental Curlew" との描像になる (個体追跡などで明らかになっているものかどうかは知らない)。
これを見ると "Oriental Curlew" に関連の深いホウロクシギがマダガスカルで記録されていても驚かないかも知れない (#ホウロクシギの学名検討参照)。
Tan et al. (2019) Population genomics of two congeneric Palaearctic shorebirds reveals differential impacts of Quaternary climate oscillations across habitats types
の分子遺伝解析では3系統に分けるのが妥当で (既存の亜種分類とも整合する)、suschkini と orientalis の間が最も離れているとのこと。
[英国ダイシャクシギの減少]
Bowgen et al. (2022) Curves for Curlew: Identifying Curlew breeding status from GPS tracking data
英国で繁殖するダイシャクシギの GPS 遠隔データから繁殖状況を調査したもの。
行動記録から繁殖成功の状況が判断できて巣の日々の生存率が 93.5% と低く、ごく一部の個体しかひなを育てることができていない。繁殖成功率の低下が近年の個体数減少に関係していると考えられる。非繁殖個体の割合も 26% と高い。
Ewing et al. (2023) Nest survival of threatened Eurasian Curlew (Numenius arquata) breeding at low densities across a human-modified landscape
も繁殖成功率の低下を問題としており、防御用の柵も用いて増やす試みが行われている。巣の主な捕食者はアカギツネとのこと。
Zielonka et al. (2019) Placement, survival and predator identity of Eurasian Curlew Numenius arquata nests on lowland grass-heath
にも情報がある。
Baines et al. (2022) Lethal predator control on UK moorland is associated with high breeding success of curlew, a globally near-threatened wader
個体群の source となっている重要地域で捕食者数を積極的にコントロールする必要性を提案。
Eurasian curlew recovery (WWT) 英国は世界の個体群の 1/4 を占めている。1970 年に比べて繁殖個体数が 65% に減少。寿命が長いので一見あまり減っていないように見えるがひなが見られなくなっている。
草原やヒースが乾燥してきている要因もあるが、捕食者の密度が高いとのこと。現在英国で最重要の保護対象種となっている。卵を採取して人工繁殖し、再産卵を促すなどの試みも行っている。
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ホウロクシギ
- 学名:Numenius madagascariensis (ヌメニウス マダガスカリエーンシス) マダガスカルのダイシャクシギ(誤命名?)
- 属名:numenius (合) noumenios ダイシャクシギ (コシャクシギの項目参照)
- 種小名:madagascariensis (adj) マダガスカルの (-ensis (接尾辞) 〜に属する) セレベス島の Makassar をマダガスカルと間違ったものと解釈されている
- 英名:Far Eastern Curlew
- 備考:
numenius は#コシャクシギ参照。
madagascariensis は場所を表す -ensis の冒頭が長母音でアクセントもある (マダガスカリエーンシス)。短く読んでも構わない。
madagascar はフランス語由来で特に長音の入る要素はない。
madagascar そのものもマルコ・ポーロによるアラビア語の誤読とのことで。12 世紀には非常に不正確な地図が描かれていた。Malai は現代のマダガスカルとインドネシアの島 (スマトラ島など) 両方を指していたことがあったと考えられる。またマダガスカルへの2度めの入植に際してマレー出身者も含まれており言語的には一層ややこしくなっているとのと。
マダガスカルの言語名は Malagasy と表記され、古い表記では Malegass と Madegass の2つの方言に分けた用語が使われていたとのこと (wiktionary)。
セレベス島の Makassar に限らずもっと広い範囲でマレーやインドネシアの島と混同されていた可能性もあるのかも。
かつては madagascariensis の種小名を持つ種類が日本のごく近くに存在した。Hypsipetes madagascariensis Madagascar Bulbul の亜種とされていた時代の台湾の Hypsipetes leucocephalus nigerrimus 種英名 (Himalayan) Black Bulbul。
同種時代は台湾からマダガスカルまで広域分布する種で和名クロヒヨドリ。マダガスカルで記載されたものが最も早くこれが基亜種となったため。
単形種。ロシア極東やカムチャツカを繁殖地とする分布域の狭い種類。
原記載 によれば Brisson がこの学名を用いている。
Brisson (1760) Le Courly (= Courlis) de Madagascar がマダガスカルを生息地としており、Linnaeus (1766) がそのまま用いた。Brisson の学名は無効 (書物が二名法に則っていない) とされ、Linnaeus (1766) が記載者となっている。
しかし属の Numenius は Brisson (1760) が有効とされていて、これは Brisson (1760) による新規の属で属記載が存在するためらしい (#ハシグロアビの備考参照)。
Buffon (1783) "de Histoire naturelle des oiseaux" に Courly de Madagascar の絵がある。
The Key to Scientific Names によれば誤って madagascariensis の付いた学名は他にもいくつもあり、古くは地名の混同が激しかった模様。
Dement'ev and Gladkov (1951) を参照すると、Oscar Neumann (おそらく) (1932) の考えによれば、インドネシアのセレベス Makassar (マカッサル) を指すのではとのこと。
"Bemerkungen ueber neue und ungenuegend bekannte Rassen palaearktischer Voegel" Ornithologischer Anzeiger 2(4): 145-150 が該当しそうだが調べた範囲では公開されていない。
Linnaeus が正式に記載を行っているためかつて使われていた Numenius cyanopus Vieillot, 1817 (基産地 New Holland で一般的にはオーストラリアとされる) はシノニムとなるとのこと。
Vieillot (1817) Nouveau dictionnaire d'histoire naturelle, appliquee aux arts, a l'agriculture, a l'economie rurale et domestique, a la medecine, etc では "マダガスカル" で記載されたものとは別種としてリストしている。
"Fauna Japonica" にも日本の鳥として現れる Fauna japonica, sive, Descriptio animalium, quae in itinere per Japoniam, jussu et auspiciis, superiorum, qui summum in India Batava imperium tenent, suscepto, annis 1823-1830 (図版)
ここでは Le Grand Courlis Oriental (東洋の大きなダイシャクシギ) または Le courlis du Japon (日本のダイシャクシギ) Numenius major でスマトラとボルネオの2個体を得たとして紹介されているが、Gould によるオーストラリアの Numenius australis とも合うとのこと。
なお Numenius major の学名はすでに使われており、Nvmenivs major Stephens, 1824 (参考 = ダイシャクシギ)、
これは Nvmenivs = Numenius 属を分離して設けられたもので、種小名から属名に昇格する場合にタイプ種に相当するものを指す当時の用法と想像できる (#ノスリの備考参照)。
種小名から属名に昇格する場合に種小名を変える必要がないとなって現在の学名になったものだろう。
madagascariensis の方が先に命名されていたため表立った問題とならなかったが、Numenivs major Temminck & Schlegel, 1849 は無効だった。
同時に記載された Numenivs minor Temminck & Schlegel, 1849 (図版) はコシャクシギで、Temminck and Schlegel は東洋の大小のダイシャクシギを意図して命名したが、こちらも Numenius minutus Gould, 1841 の学名の方が早く、どちらも残らなかった。
Numenius cyanopus の学名は特にオーストラリア (現地名で Australian Sea Curlew など) で使われていた: 参考例 1。参考例 2 (1930 年代でも使われていた)。
基産地からはこちらの学名の方がふさわしかったわけだが、同じものと同定されて先に命名されていた学名が有効になったらしい。
Colonel and Legge (1889) によれば当時は Eastern (or Asiatic) Curlew Numenius lineatus (Cuvier)、Australian Curlew Numenius cyanopus の名前が使われていた。
計測値などから Eastern (or Asiatic) Curlew とヨーロッパのダイシャクシギは異なると言える。
当時はヨーロッパのダイシャクシギはあまり渡りをしないとされていて、Eastern (or Asiatic) Curlew はインドシナ、ジャワ島、ボルネオ島に渡るがアフリカ東部にも渡り、南アフリカにとどまる (オーストラリアでも越冬地で繁殖期に渡らずとどまることも多い) ことも知られているとのこと。
オーストラリア・ニュージーランドで越冬する Australian Curlew と分布が重なるが繁殖地は違うと考えていたらしい。
当時の知見では Eastern (or Asiatic) Curlew は分布が広く、アフリカに渡っていると考えられていた模様。マダガスカルとは全然関係ないように見えるが、実は渡っていたと考えても不思議ではなかったかも
(この記事にはマダガスカルのことは現れないので madagascariensis の記載があることに気づいていなかったのか、あるいはこれらの東部グループとは別と考えていたのだろうか)。
Rufescent Curlew Numenius rufescence Gould, 1832 なる別の学名もあって Rufescent Curlew, Numenius rufescens, Gould
日本の Numenius major とは違ってオーストラリアの Numenius australis と合うなどの話も出てきてややこしい。
Eastern Curlew の名前はオーストラリアでホウロクシギを指して現在でも使われている: Numenius madagascariensis: Eastern Curlew。
当時ダイシャクシギグループに多彩な学名が付けられ、越冬地や繁殖地で名付けられたものなど、どれとどれが同じなどの議論がなされていた。我々はその議論を見ていないので現在の分類だけを見て madagascariensis が唐突に感じるだけかも知れない。ダイシャクシギはマダガスカルでも記録されるので誤命名と単純には言い切れないような気もしてきた。
シブネフ (2000) Birder 14(10): 20 に抱卵中のホウロクシギの写真がある。
植田 (2019) Birder 33(9): 30-31 に「ホウロクシギの不思議な渡り」の記事がある。越冬地からの追跡で渡りを途中で止める個体があることがわかった。北半球の繁殖期にも 20-30% の個体が残るとのこと。前述 Colonel and Legge (1889) でも越冬地 (越冬時期の現地は夏だが "wintering" の用語を使わざるを得ない) にとどまる個体がかなりあることが紹介されている。
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ツルシギ
- 学名:Tringa erythropus (トゥリンガ エリュトゥロプース) 赤い足のクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 < trungas アリストテレスが記述したツグミ大の腰の白い渉禽で尾を振る。具体的には同定されていないが、シギ、セキレイ、カワガラスのいずれかと考えられた (Gk)
- 種小名:erythropus (合) 赤い足の (erythro- (接頭辞) 赤い pous 足 Gk)
- 英名:Spotted Redshank
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
erythropus は -pus が足の意味のギリシャ語由来で長母音。アクセント音節は冒頭と考えられる (エリュトゥロプース)。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) によれば英語別名に Martin Snipe があるとのこと。この Martin は House Martin (ニシ)イワツバメ のことで、(ニシ)イワツバメをそのまま大きくしたような色彩に見えるためとのこと。
単形種。
Scolopax erythropus Pallas, 1764 が初記載とされる。
Linnaeus (1758) の Scolopax fusca (記載。産地アメリカ) は Tantalus fuscus (1766) そして
Guara rubra と同定され (Linnaeus 1758 の同じページにあり) 最終的にショウジョウトキ Eudocimus ruber となったとのことでツルシギと同一ではなかった。
Linnaeus がツルシギを Scolopax fusca と記述 (こちらは産地ヨーロッパ沿岸) したのは 1766 年で、Pallas (1764) の方が早かった。
Richmond (1905)
Notes on the Birds Described by Pallas in "Adumbratiuncula" of Vroeg's Catalogue の同定による。
Linnaeus は同じ学名を別のものを指して 1758, 1766 年に使っていたことになる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" は Richmond (1905) の同定はまだ知らず、Totanus fuscus (Linn.) の学名を用いていた。意外にも他学名は存在しないようで紛らわしい種が少なくてあまり混同が起きなかったのだろうか。
Boyd では Totanus erythropus。
英名の Spotted Redshank は Common Redshank (アカアシシギ) と対比したもの。ツルシギの学名の方が Redshank とよく合っている。
ロシア名 shchegol' も赤い足に注目しており、shchegolyat' (着飾る) に由来するとのこと (Kolyada et al. 2016)。Kolyada et al. は足しか述べていないが夏羽の他部分の色彩も含めた名称だろう。英語だと ornate などに相当しそう。
他言語では長く使われた古い種小名 fuscus が生きているものが多く、灰色や煤色のなどの形容が多くおよそ似つわしくない。ウクライナ語やセルビア語は「黒い」を用いている。フランス語は Chevalier arlequin = harlequin と道化役者の意味。#シノリガモと同様の発想。
日本語とロシア語が容姿を評価してよい名前を与えている。
[繁殖様式]
Dement'ev and Gladkov (1951) によればロシアでも春の渡りは早いそうで沿海地方で 3/12、気温がまだ -12 ℃ での記録があるとのこと。ほとんどの渡りは5月初めには終わっている。
なぜ早いのか調べてみたが意外なほど情報がない。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) でも繁殖生態はあまりよく調べられていないとある。初期はオス・メスが交互に抱卵し、その後メスは去ってしまってオスが世話をするように見えるが、ペアによって違うかも知れないと書かれている。歩くひなを連れているのはオスしか知られていないとのこと。
危険を感じると非常に攻撃的な態度を示し、巣から先に離れて人の目を狙って飛ぶなど模擬攻撃を示すこともある。
夏にはツンドラ以外でも中緯度地域で出会うこともあるが、おそらく非繁殖の1年に満たない個体で、オスを残して北からやってきたメスと合流し、その後繁殖を終えたか繁殖に失敗したオスがやってくる、その後若鳥がやってくるとのこと。
夏の終わりには繁殖域のさらに北側の北極圏沿岸で秋羽の個体に出会うがこれらは非繁殖の若い鳥か成鳥ではないかとのこと。
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アカアシシギ
- 学名:Tringa totanus (トゥリンガ トタヌス) アカアシシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:totanus totano アカアシシギ (伊)
- 英名:Redshank, IOC: Common Redshank
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
totanus は下記参照。母音の長短や音節区切りも不明。to-ta-nus と区切ってすべて短母音ならば "トタヌス"。
6亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは ussuriensis (ウスリーの) とされる。
Boyd では Totanus totanus。
かつて使われた (今後復活する可能性もある。もし復活すれば上記のようにタイプ種のアカアシシギの学名は簡単なものになる) 属名 Totanus で過去の文献の至るところに現れる学名であるが、totano の起源は今ひとつわかっていない。wiktionary でベネチア語の totano を見ると由来はラテン語の totanus とあって、どちらが先かわかっていないよう。
イタリア語の totano には別の意味があってイカの European flying squid Todarodes sagittatus を指すとのこと。由来関係はわからないが何か関係あるのかも知れない。ルーマニア語 (ラテン系言語) では古ギリシャ語の tefthis, tefthos との関係が示唆されている (これはイカを指すよう) が、アカアシシギの方は語源不明となっている。
[種学名の問題]
Scolopax Totanus Linnaeus, 1758 の原記載。古くから Totanus と呼ばれていたものをそのまま用いた模様。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Totanus calidris (Linn.) となっていて (和名別名アカガネシギ)、
1766 の方を指しているよう。この文献では Scolopax Calidris と Scolopax Totanus が並んで出てきて嘴が赤っぽく足が赤とあるのでこれが最初に同定できる記載として扱われていたのだろう。
Linnaeus は 1758 年と 1764 年で Scolopax Totanus に異なる記載を与えていた。1758 年の方は足がスカーレット色、1764 年は黒っぽい。1758 年の方は Fauna Svecica (1746) の対応する番号 149 を与えていたが、1764 年には外し、Scolopax Calidris に 167 を与えている。
このような問題点から Scolopax Totanus の学名には問題ありと判断されて Scolopax Calidris の方が採用されていたのかも知れない。
Totanus calidris の学名は十分長く使われていて、1967 年でも用例を見つけることができた。
解消された詳しい経緯は不明。Dement'ev and Gladkov (1951) は Tringa totanus の学名を採用し、シノニムに Scolopax Calidris を挙げているが名称の正当性が確認できないとある。Linnaeus 自身がこの学名でアオアシシギを記述しているとあるので関係があるかも知れない。
[亜種の問題]
亜種 ussuriensis の Avibase の文献名は多分正しくなく、"Polnyj Opredelitel' Ptits SSSR" (Buturin 1934) p. 88 にあった。標本採集地はサハリンの Chajvo。
Dement'ev and Gladkov (1951) は亜種 eurhina, ussuriensis, terrignotae, aralensis をすべて totanus のシノニムとしている。aralensis は世界のリストにも出てこない。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) ではシベリアの亜種はすべて ussuriensis としている。
単形種にまとまっていないのは、Tavares and Baker (2008) Single mitochondrial gene barcodes reliably identify sister-species in diverse clades of birds
の研究があって、COI を用いた DNA バーコディングでアイスランドとベトナム、オーストラリアの間で多少の違いが見つかったことが理由 (の一つ?) のよう。
Baker et al. (2009) Countering criticisms of single mitochondrial DNA gene barcoding in birds、
Kerr et al. (2009) Filling the gap - COI barcode resolution in eastern Palearctic birds
に一覧が出ているが、ユーラシア東西での違いが調べられた種の中でアカアシシギが一番小さかった。次に小さいのがトラフズクでこれはユーラシアの大陸内では単一亜種となっているので、アカアシシギは単形種でもよいように思える。少なくとも6亜種も必要ないだろうと考えるのが自然に思えるが、調査されていない地域が多く、遺伝情報もごく限られたものしか使っていないのでそのまま残しているのが現状だろうか。
[ヒマラヤを越える渡り?]
Li et al. (2020) Shorebirds wintering in Southeast Asia demonstrate trans-Himalayan flights
東南アジアで越冬するアカアシシギとチュウシャクシギの一部がヒマラヤを越えている可能性を示す証拠。
シギ・チドリ類では初めての事例とのこと。
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コアオアシシギ
- 学名:Tringa stagnatilis (トゥリンガ スターグナーティリス) 池にいるクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:stagnatilis (adj) 池にいる (stagnum 池 -atilis (接尾辞) 〜に住む)
- 英名:Marsh Sandpiper
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
stagnatilis は "池" の意味の stagnum は a が長母音。-atilis の接尾辞で語構成されたとすればこの a も長母音でここにアクセントがある (スターグナーティリス)。-atilis の長音は -atus に由来。stagnum は英語で古くラテン語と同じ意味で使われたが他言語も含めて関連語はほとんど残っていないよう (wiktionary)。
単形種。
Boyd では Totanus stagnatilis。
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アオアシシギ
- 学名:Tringa nebularia (トゥリンガ ネブラーリア) 霧のようなクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:nebularia (f) 霧の (nebula (f) 霧 -arius (接尾辞) 〜に属する。質を表す、の女性形)。命名当時のノルウェー名意味から。色彩の特徴 (または生息環境) を意味していたと考えられる。
- 英名:Greenshank, IOC: Common Greenshank
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
nebularia は nebula は短母音のみ。-aria は冒頭が長母音でアクセントもある (ネブラーリア)。
一般的には単形種とされるが、
亜種 glottoides も用いられたこともあった。glottis に似た、の意味でこの語義は以下参照。
[学名の歴史的経緯]
現在では Tringa nebularia で統一されているよう (属は変化する可能性がある) で、近年のリストでは他の用例をみかけないが、歴史的にはいろいろな学名があった。
例えば Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Scolopax glottis Linnaeus をアオアシシギの学名として Totanus nebularius Gunner. を別学名に挙げている。
Linnaeus (1758) では Scolopax glottis が与えられていた (記載)。(The Key to Scientific Names はオオソリハシシギのシノニムとしているが wikipedia 英語版では Scolopax glottis をアオアシシギのシノニムとしている)。
過去に用いられた Glottis の学名なども整理したもの。
glottis は不明の鳥でさまざまに同定されてきたが、スウェーデン語では Glutt または Gluttsnappa がアオアシシギを指すとのこと (The Key to Scientific Names)。ラテン語 glottis は別語義があり英語でも同じ綴りで使われる解剖学の "声門" の意味 (< gula のど、glotta 舌 Gk)。
鳥の方に用いられる語源はよくわからないようだが、古ギリシャ語の glottis はウズラクイナの声門を指す意味 (glotta 舌 -is 女性名詞の語尾 Gk) (wiktionary) ここで鳥と関係があるのかも知れない。
Linnaeus (1758) が使ったものはこれだったが glottis はいろいろな形で使われ、Scolopax glottis? (Piller & Mitterpacher 1783) はソリハシセイタカシギのシノニム、Tringa Glottis (Bechstein 1803) はアオアシシギのシノニムとされるなどかなり混乱していたよう (The Key to Scientific Names)。
Glottis はその後もアオアシシギを指すとして他の派生属名にも使われたことがあったため知っておいてよい歴史かも知れない。
Linnaeus (1758) にはもう一つ Totanus littores (記載) があって、これも現在アオアシシギのシノニムとされる。記載順では Scolopax glottis よりこちらが後だが、Fauna Svecica (1746) ではこちらのみを記載している。
Linnaeus (1758) は Scolopax glottis を追加したらしい (#オオタカ備考の Falco gentilis と似た経緯のよう)。
現在の学名規則では 1758 年以前の学名は有効でないが、規則次第では Tringa littorea が最初の記載として認められていたかも知れない。
現在の学名は Johan Ernst Gunnerus (1718-1773。ノルウェー生まれの博物学者でコペンハーゲンで仕事をした) が Beskrivelse over Finmarkens Lapper (1767) p. 271 [英訳され An Account of the Laplanders of Finmark (1808)] で発表した
Scolopax nebularia Gunnerus, 1767 によるもので、Linnaeus の古い学名はなぜ使われていないのか気になるところだが、Johan Ernst Gunnerus の wikipedia 英語版によれば Linnaeus とも交流があり手紙のやりとりは保存されているとのこと。
Gunnerus (1767) の該当ページを見ると Linnaeus の Glarcola, Tringa littorea [それぞれ Fauna Svecica (1746) の 184, 185 これらスキャンは第2版 (1761) から] と比較している。
Gunnerus は Linnaeus (1758) はまだ見ておらず、Scolopax glottis の記述には気づいていなかった模様。
Linnaeus との交流の結果記載者を決めた、あるいは手紙のやりとりから判断された経緯も考えられるが wikipedia にはそこまでは記述されていない。
あるいは後世の者が厳密な先取権の原則から決めた学名ではなかったかも知れない。
アオアシシギの当時のノルウェー名は Skodde-foll [Gunnerus (1767) にも言及がある] で "霧の馬の子"。"馬の子" の意味はおそらく鳴き声から (The Key to Scientific Names)。
skodde の語源は "霧" の意味はドイツ語 Schatten、英語 shade (いずれも影) に関係している (古ゲルマン語 skadwaz) とされている。foll は古ノルド語 fyl 由来で北欧言語のみで使われている (wiktionary)。
ということで、Linnaeus も Gunnerus も当時の現地名を翻訳してラテン語化した学名を用いた模様。現地名の意味が違っていたために学名にも食い違いが発生したらしい。
現在のノルウェー名はスウェーデン語同様の Gluttsnipe で Skodde-foll の名称は今では使われていないよう。フランス名は Chevalier aboyeur で "吠えるシギ"。子犬の鳴き声に似ていると wikipedia フランス語版にある。
ポーランド語では kwokacz で動詞 kwokac ニワトリなどがコッコッと鳴く表現に由来。
音声をどのように表現するか違いはあるが音声はどこでも目立っていたらしい。
wikipedia ノルウェー語版によれば "霧の" の意味はあまり明確でないが、他のシギ類に比べてぼんやりした灰色の外見によるのではとある。"霧の" は生息環境を指すとの説明が多いが (wikipedia 英語版など。元出典が引き継がれているだけのよう)、個人的にはこちらを推したいので学名訳を少し修正した。
ノルウェーの地方名では音声由来の klyvi があるとのこと。
デンマーク語では Hvidklire で hvid (白い、または無地の) シギ。全体的に白っぽくて模様が目立たないためか。
和名と英名の対応がよい (ドイツ語も同様) ので他言語も同じように考えてしまいがちだが、言語間での名称の共通点は意外に少なかった。
なお Gunnerus の記載した学名に他にシロカモメがあるとのこと。鳥はおそらくこの2種のみでいずれも日本産であることは興味深い。
Boyd では Totanus nebularia。
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カラフトアオアシシギ
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オオキアシシギ
- 学名:Tringa melanoleuca (トゥリンガ メラノレウカ) 黒白まだらのクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:melanoleuca (合) 黒白まだらの (melano- (接頭辞) 黒い leukos 白い Gk)
- 英名:Greater Yellowlegs
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
melanoleuca は短母音のみで -leu- がアクセント音節 (メラノレウカ)。由来となるギリシャ語も短母音のみ。
北米の単形種。
Boyd では Totanus melanoleuca。
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コキアシシギ
- 学名:Tringa flavipes (トゥリンガ フラーウィペース) 黄色い足のクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:flavipes (adj) 黄色い足の (flavus (adj) 黄色の pes (m) 足)
- 英名:Lesser Yellowlegs
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
flavipes は a と e が長母音で冒頭にアクセントがある (フラーウィペース)。ほとんど学名のみに用いられる。
北米の単形種。
Boyd では Totanus flavipes。
オオキアシシギに擬態しているとの考えがある。Prum (2014) Interspecific social dominance mimicry in birds (#ハチクマの備考 [擬態と種・亜種の関係] 参照)。
オオキアシシギとコキアシシギの系統の違いは Gibson and Baker (2012) (#ヘラシギの備考) による。
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クサシギ
- 学名:Tringa ochropus (トゥリンガ オークロプース) 黄土色の足のクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:ochropus (合) 黄土色の足 (ochra (f) 黄土、pous 足 Gk)
- 英名:Green Sandpiper
- 備考:
tringa の読みはわからないが短母音のみであれば "トゥリンガ"。
対応するギリシャ語 trungas は語末が長母音で (ただしアクセントは冒頭) ラテン語でもあるいは伸ばしていたかも知れない。
ochropus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語では okhros (黄土色の) は冒頭が長母音、-pus は足を意味して長母音と考えられる。冒頭がアクセント音節と考えられる (オークロプース)。ただしギリシャ語では冒頭にアクセントはなくラテン語発音規則に基づくもの。
記載時学名 Tringa Ocrophus Linnaeus, 1758 (原記載)
Ocrophus と現在使われる ochropus とは違った綴りになっていた。Linnaeus は後の著書でもこの学名を用いていた。資料 によれば 1788 年の版で訂正された模様。
Tringa ochropus (BirdForum 2025.2) にも話題があり、Commission in Direction 17 で公式に綴りが確定されたとのこと。
Gruiformes and Charadriiformes に記載された種の同定経緯についての解説がある。
Caroli Linnaei Naturae Curiosorum Dioscoridis Secundi Systema Naturae ...
に の見出しで対応するドイツ語名 grosse Sandlaeuffer (大きな砂を歩く者) が記されている。
Tringa 属の定義として Rostrum digitis brevius (嘴は趾より短い) があるためダイシャクシギ類は除外されるなど。
Fauna svecica (146 の番号のもの)、
Fauna svecica... (180 の番号のもの) を見ると Ochropus は Gessner が付けた学名の拝借であることがわかる。Linnaeus (1758) では Gessner が付けた学名のうち Rhodophus (ピンク色の足) と同じとしていたので今ひとつ合っていない。
Linnaeus も pedibus virescentibus (Fauna svecica の記載とは微妙に違う) と記載しているので足の色に注目した種小名と考えられるが、おそらく現物は見ずに学名を整理したものだろう。
Fauna svecica に登場するスウェーデン語名称は Horsgjok。Deutsche Mythologie (Jacob Grimm, Projekt Gutenberg) によればシギ類を指す名前とのこと (hrossagoukr, rossekukuk の別名がある)。
gok (< gukuk) はカッコウなので同じように渡ってくる鳥を指して一連の -gok の名称が与えられたものか (#アリスイ参照)。hors は馬の意味が中心だがシギ類と馬がどのように結びつくかはわからなかった。
現代のスウェーデン語では Skogssnappa で skog は森林を表す。ドイツ語でも同様で Waldwasserlaeufer と森林を意識している。英語の発想も似ていると言えば似ているかも。
足の色に着目した名前は簡単に探した範囲ではみつからなかったが、誰もがおそらくあまり適切な表現でないと考えられていたのでは。
和名の由来もわからなかったが学名をそのまま訳すより適切な命名に思える。Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではすでに現在と同じ名称が使われていた。
ロシア語名が独特で Chernysh と "黒子ちゃん" ぐらいの意味になる。Kolyada et al. (2016) によれば最も近縁の種類であるタカブシギに比べて上面の色がずっと暗色であるためとの説明がある。
双眼鏡もない時代の名前と想像できるので、模様が見えない遠目で見ればそうかも知れない。
単形種。Tringa 属のタイプ種。属を細かく分割する分類でもクサシギの学名は変わらない。
[クサシギ亜科の系統分類]
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd による クサシギ亜科 Tringinae の分類:
シギ科 Scolopacidae クサシギ亜科 Tringinae
ソリハシシギ属 Xenus
ソリハシシギ Xenus cinereus Terek Sandpiper
アメリカヒレアシシギ属 Steganopus
アメリカヒレアシシギ Steganopus tricolor Wilson's Phalarope
ヒレアシシギ属 Phalaropus
アカエリヒレアシシギ Phalaropus lobatus Red-necked Phalarope
ハイイロヒレアシシギ Phalaropus fulicarius Red Phalarope/Grey Phalarope
イソシギ属 Actitis
イソシギ Actitis hypoleucos Common Sandpiper
アメリカイソシギ Actitis macularius Spotted Sandpiper
クサシギ属 Tringa
クサシギ Tringa ochropus Green Sandpiper
コシグロクサシギ Tringa solitaria Solitary Sandpiper
キアシシギ属 Heteroscelus (Tringa 属より分離)
キアシシギ Heteroscelus brevipes Gray-tailed Tattler
メリケンキアシシギ Heteroscelus incanus Wandering Tattler
アカアシシギ属? Totanus (Tringa 属より分離)
コアオアシシギ Totanus stagnatilis Marsh Sandpiper
タカブシギ Totanus glareola Wood Sandpiper
アカアシシギ Totanus totanus Common Redshank
コキアシシギ Totanus flavipes Lesser Redshank
ツルシギ Totanus erythropus Spotted Redshank
オオキアシシギ Totanus melanoleuca Greater Yellowlegs
アオアシシギ Totanus nebularia Common Greenshank
カラフトアオアシシギ Totanus guttifer Nordmann's Greenshank
ニシハジロオオシギ? Totanus inornata Western Willet
ハジロオオシギ Totanus semipalmata Eastern Willet
これまでの Tringa を Cerny and Natale (2022) の分子系統に従って複数に分割した点が違うのみ。
馴染みの種類が多く、イソシギ、クサシギ、キアシシギ、アオアシシギなどがそれぞれ別属になるのは受け入れやすいし種類の特徴を把握する時にも役立ちそうな分類だろう。Tringa 属はクサシギがタイプ種なので分割するとクサシギ以外の系統は属が変わる (現在普通に使われている広義 Tringa 属もクサシギ属の名称になっている)。
名称が悩ましいのはこれまでの Tringa 属に代わって多くの種類を含む Totanus 属 (この属名は古くから使われていた) の和名である。タイプ種を優先すればアカアシシギ属になるが足の赤い種類ばかりではないので多少誤解が生じるかも知れない。
アオアシシギが一番身近な種類だろうがこれも足の色の名前が付く、英語のように "shanks" のような総称があるわけでもないので難しいところ。ここではタイプ種を優先した名称としておいた。
Totanus inornata はハジロオオシギ Totanus semipalmata から分離された種で和名が見当たらないが英名より "ニシ" を補った名前としてみた。
少し意外だったのはタカブシギがアカアシシギ、コアオアシシギのグループに入ることで、クサシギに近い印象を持っていたのとは少し違う (この系統樹でもクサシギと系統がそれほど遠いわけではないが)。
カラフトアオアシシギは分子系統樹ではハジロオオシギとグループを作っているがこの解析に使われた遺伝情報には問題が判明している (#カラフトアオアシシギの備考参照。再確認が必要)。
Cerny and Natale (2022) もそれほど精度の高い系統樹ではないので今後の系統研究が必要だろう。
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タカブシギ
- 学名:Tringa glareola (トゥリンガ グラーレオーラ) 砂利模様のクサシギ
- 属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 種小名:glareola (f) 砂利模様の (cf. glarea (f) 砂利)
- 英名:Wood Sandpiper (由来は備考参照)
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
glareola は1つめの a と o が長母音で後者にアクセントがある (グラーレオーラ)。glarea が冒頭が長母音。-ola は指小辞語尾 (この場合は短母音) ではなく直接派生した単語と考えられる (wiktionary にも語尾語源記述なし)。
似た gladiolus (グラジオラス) では指小辞語尾で短母音となっている。
The Key to Scientific Names では glareola は指小語と解釈しているが発音から判断するとおそらく誤り。The Key to Scientific Names は #アオアシシギ の nebularia と同様に生息環境と推定しているが、これらは少し検討不十分な感じがする (以下も参照)。
単形種。
Boyd では Totanus glareola。
種小名の解釈は多少不明な点があり、砂利 (に住む鳥) と愛媛の野鳥「はばたき」にある。
Linnaeus の原記載。corpore albo punctato と体に白い斑点があることを述べているので模様由来説の方が合っている感じがする。
The Key to Scientific Names によればこの種小名は広く水辺を指していたのではと解釈されていて、Charadrius Glareola Forster, 1844 (現在ではニュージーランドチドリ Charadrius obscurus Red-breasted Plover のシノニム)
では明確に島の小砂利と生息環境を示した記載 (Habitat ad littora glareosa insulae australis Novae Zeelandiae) になっている。
Glareola の属名はニシツバメチドリ (Sand-Vogel と呼ばれ "砂の鳥") をタイブ種として名付けられており、これらは生息環境にふさわしい名前に見えるが、タカブシギとはちょっと違う気がする。
Linnaeus (1746) Fauna Svecica (152.) をチェックすると dorsum nigrum punctis albis adspersum 黒地に散在する白の斑点 とやはり模様をうかがわせる。
生息地が sylvis uliginosis 湿った林または木立 (sylva/silva) となっており、"砂利 (に住む鳥)" はやはりふさわしくなさそう。
英名が生息環境をあまり反映しておらず覚えにくいと感じていたが、(別言語を経由したかも知れないが) 上記ラテン語記述由来と判明した。他言語を調べてみるとドイツ語、ウクライナ語は明らかに "沼地の" を使っている。
フランス語は Chevalier sylvain と "森の精のシギ"。ラテン語からそのまま使っている。
デンマーク語 bosruiter (bos 森)。もっとも "森" が指すものは日本語から受ける印象とは異なるかも知れない。
一方スウェーデン語では gronbena = gron 緑の ben 足 でこれはまだ納得しやすい (そこまで緑に見えないが。また#アオアシシギのスウェーデン名と対比すると面白い)。ノルウェー語も同様。
"沼地の" に相当する英名はコアオアシシギで、タカブシギに "沼地の" を用いている言語でどうなっているか見るとドイツ語で "池の"、ウクライナ語は kolovodnik stavkovij で stavkovij = "池の"。これらは学名由来と考えてよさそう。池も沼もそれほど違わない感じもするが...。
タカブシギの名称については日本語が一番センスがよいように思えた。斑点模様に注目している点では Linnaeus もおそらく似ているように見える。
ロシア語は fifi でこの由来は説明するまでもないだろう。
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キアシシギ
- 第8版学名:Tringa brevipes (トゥリンガ プレウィペース) 短い脚のシギ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Heteroscelus brevipes (ヘテロスケルス プレウィペース) 短い脚の脚が異なるシギ
- 第8版属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 第7版属名:heteroscelus (合) 異なった脚 (hetero- (接頭辞) 異なった skelus 脚 Gk) ふしょのうろこ状模様による
- 種小名:brevipes (adj) 短い足の (brevus (adj) 短い pes (m) 足)
- 英名:Grey-tailed Tattler
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
brevipes は pes に長母音があり、アクセントは冒頭 (プレウィペース)。
heteroscelus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-ros- がアクセント音節と考えられる (ヘテロスケルス)。分類次第で将来属名が復活する可能性もある。
音節区切りは isosceles を参考にした。この単語では -es がギリシャ語由来の長母音で終わるが scelus は長母音となる要素はないと考えられる。[Heteroscelus 属] 解説も参照。
Heteroscelus 属 (Baird, 1858) は Pereira and Baker (2005) の分子遺伝学研究
Multiple Gene Evidence for Parallel Evolution and Retention of Ancestral Morphological States in the Shanks (Charadriiformes: Scolopacidae) により Tringa 属に統合。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版でも同じ扱い。Tringa brevipes となる。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。英名の tattler は騒々しい声に由来。tattle (べらべらしゃべるなど)。
OED によれば tattler の鳥類学の用例は 1831 年ハジロオオシギ 現在の学名で Tringa semipalmata Willet に対して用いられたとのこと。音声を聞いてみると確かに賑やかではある。比較的静かな godwits に比べて音声が目立つためか。
Boyd では Heteroscelus brevipes。
[キアシシギとメリケンキアシシギの記載]
種小名の「短い足」が何と比較したものか気になって原記載を見ると、Le chevalier aux pieds courts と短い足をフランス語名にも付けている。Vieillot (1816) による命名。les pieds sont gris, dans l'oiseau empaille で剥製では足は灰色とある。黄色にはあまり着目していない。
その下に Le chevalier aux pieds jaunes がありこちらが黄色い足になっている。学名から判断すると現在のコキアシシギに相合するもの。この周辺の鳥をみると足の色に注目して名付けていたよう。
百科事典のようなものでアルファベット順のため系統関係を意識しているかまではわからないが、"aux pieds" (足がなんとかの) がしばらく並ぶのでそれほど誤った推測ではないだろう。
キアシシギの一つ上の項目が Le chevalier noiratre (黒っぽいシギ) 当時の学名で Totanus nigellus Vieillot, 1816 と名付けられていたが何者か不明だったよう。
Smith (2018)
The identity of two of Azara's "mystery" waterbirds
によればキョウジョシギの亜種 Arenaria interpres morinella と同定されるとのこと。Azara がパラグアイで測定値などを記述したもので Chorlito pies roxos (足の赤いチドリ plover) と述べていたが長年何かわからなかった。キョウジョシギは近年パラグアイを通過することがわかり、南米で足の赤いシギ・チドリは非常に少なく候補は少数に絞られるとのこと。
Vieillot も書物の記述をもとにリストしたのみのようで、キアシシギの足が短いとしたのは他の (当時) Totanus 属と比較し、特にコキアシシギより短いとしたものと思われる。
メリケンキアシシギの方が記載が早かった (原記載) 当時の学名 Scolopax incana Gmelin, 1789。
東洋の種の記述は遅れたようでキアシシギの基産地は越冬地ティモール島とされる。Vieillot (1816) でもメリケンキアシシギは別種として扱われ Le chevalier cendre (灰色のシギ) として現れる。アルファベット順のため確実ではないがキアシシギとメリケンキアシシギの類似性はあまり意識がなかったものと想像できる。
足の色がそれほど黄色いかなあと思っていた者にとっては、学名・英名・記載時フランス名とも足が黄色い意味が含まれていないのでちょっと納得しやすく感じた。
なおこれらの記載に使われたフランス語 chevalier は普通は騎士の意味で用いられる単語。シギの意味は chevalier によれば第3語義として自然科学の用語としてリストされており、形や色の類似性からか、とある。魚でも chevalier と呼ばれるものがある。鳥類学では 1555-1557 年 Belon が用いたとのこと。魚類では 1814 年の用例があるとのこと。
一方 Totanus griseopygius Gould, 1848 (腰が灰色のシギ) の学名 ("The birds of Australia") があり、同時に付けられた英名 Grey-rumped Sandpiper も使われていた。図版と解説。
これによれば (当時の Totanus 属では) 珍しく背から尾にかけて模様がなく一様に灰色であることからこの名称となったとある。記述では上尾筒も含んでいる。特に腰だけが灰色の意味ではない。
有名な Gould の図版なので比較的使われていた英名だったようだが Vieillot (1816) の記載の方が早いと認定されたために学名が変わった模様。英名には複数の別名があり、Grey-tailed Tattler/Sandpiper, Polynesian Tattler, Siberian Tattler がある [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition)]。
現在の Grey-tailed Tattler はおそらくこの Grey-rumped Sandpiper が変形したもの (腰から尾に変わったが上記 Gould の記述ではどちらでもよい感じ。尾というより上尾筒) ではないだろうか。
当時の学名やその後も使われる英名を訳すならば "腰から下がのっぺりと灰色の" が適切な形容と考えられる。
現在の学名も英名も今ひとつしっくりしないと感じられる方が多いと想像するが、このような経緯を考えると納得できる。
茂田 (1991) Birder 5(9): 46 によればキアシシギとメリケンキアシシギの和名は従来逆になっていたが黒田 (1916) が訂正したとのこと。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" によれば当時の学名で Totanus incanus (現在の学名でメリケンキアシシギ) に キアシシギ、ミシギ の名称、Totanus incanus brevipes (亜種扱いだった) にメリケンキアシシギの名称を与えていた。
後者は Bonin Islands (小笠原) とあり、基産地ティモール島に引きずられていたのかも知れない。
また同種扱いの場合は記載順からこの学名が妥当である。同種時代であれば Totanus incanus の種和名がキアシシギでもおかしくない。brevipes の分布がまだわからなかっただけで間違っていたと言えるほどではなさそう。
この学名での記述例として Riplay (1947) A report on the birds collected by Logan J. Bennett on Nissan Island and the Admiralty Islands があり、かなり長期にわたって同種とされていたことがわかる。
この記録はパプアニューギニアの島でのもの。
[Heteroscelus 属]
この属名は Baird (1858) が脛骨と足根骨裏目のうろこが他の Totaneae (当時の概念) とは違って六角形でより粗い網目になっているため別属とすべきと記載したもの (Rep. Expl. and Surv. R. R. Pac., 9, 1858, p. xxii, xlvii, 728, 734, The Key to Scientific Names より)。
Oberholser (1919) Heteractitis versus Heteroscelus によれば、この属名よりも Heteractitis Stejneger, 1884 の方が広く使われている時期があった。
これは Heteroscelis Latreille, 1825 (カメムシ目) の属名がすでに存在していたため Heteroscelus は無効と考えられていたもの。
G. M. Mathews がこの問題を指摘し、Oberholser (1919) が規則により同一綴りとは判定されないことを示して先に発表された Heteroscelus が有効な属名と判断され現在に至っている。
Stejneger (1884) は "異なっている" を意味するギリシャ語を用いているいるのみで由来は説明していないらしい (The Key to Scientific Names)。
-scelus の語尾がギリシャ語の形と異なるため発音は類似語との推定による必要があったが、この語尾が生きた背景にはこのような事情があった (-us はラテン語的語尾にしたものと想像できる)。
もしギリシャ語 (heteroskeles) からの変換に際して原音に近い Heteroscelis を採用していればこの属名は生き残らず Heteractitis が用いられていたと考えられる。Baird (1858) はこの点に気づいて敢えて語尾を変えたのか別の理由によるものかは不明。
Heteroscelus 属を認める場合はキアシシギがタイプ種でもう1種がメリケンキアシシギ。ふしょ後面の模様が特徴的である点は共通点があるが、同時にその違いが識別点の一つともなっている。
渡辺・三河 (2007) Birder 21(5): 59-65 の記事中 p. 63 にふしょの拡大比較図が出ている。
現在の通常の扱いでは Tringa 属にまとめられているが、シギ類の精度の高い分子系統解析が進んで Tringa 属が単系統でない、あるいは属分割の見直しがあれば復活する可能性のある属名。
[ロシアのキアシシギとメリケンキアシシギの分布と分類概念]
Dement'ev and Gladkov (1951) を見ると同種扱いでロシアの繁殖地は大部分亜種 incana (属名 Tringa のため性が変わる) で、ロシア東端やカムチャツカ、アラスカからカナダの一部を brevipes としている。
越冬地は前者がインドネシアなど東南アジア、後者が太平洋からアメリカ大陸西岸と考えられていた。
かなりまれな鳥とあり、ロシア繁殖地もあまりよく調べられていなかった。渡りの時は 3-5 羽の群れを作るとのことで、日本で普通種との違いが大きすぎ、まるで別の種の解説を見ているかのよう。
大陸が主な渡りルートと考えられていて日本も渡り時期に通過するとなっている。
この著書の亜種 incana は小笠原、本土、四国、琉球で渡り途中に見られるとある。千島列島はこの亜種と考えられていた。
この文献によれば Portenko (1939) がアナディリ山脈で両者が同所的に繁殖し、それぞれ独立種とする可能性を示したとのこと。同地でいわゆる Tringa glareola (現在の学名ではタカブシギに対応) と呼ばれるものが亜種 incana に属する可能性があると記している。
1950 年ぐらいでもまだ分布境界はよくわかっていなかったよう。
Portenko (1939) は "Fauna Anadyrskogi kraya. Ptitsy" (アナディリ地域の動物相: 鳥) で pp. 178-180 で別種扱いで記述 (違いなども述べられている)。
Portenko (1972) "Ptisty Chukotskogo poluostrova i Ostrova Vrangelya. Ch. 1" (チュコト半島とウランゲリ島の鳥 第1部) pp. 320-322 で同種の亜種扱いで表記しているが、特にコリャーク山地 (アナディリ地域とカムチャツカの間。アナディリ地域とは地理的にやや異なるので注意) で採集した標本によって情報が増えて別種とするよりも同種で違いの大きな亜種と考えるに至ったと述べている (p. 322)。
Lappo and Syroechkovski Jr. (2002, 2018 再掲) On breeding of the wandering tattler Heteroscelus incanus at southern Chukotka (pp. 4555-4557)
がチュコト半島でメリケンキアシシギとキアシシギが同所的に繁殖する新しい報告を行っている (写真あり)。
Portenko (1939) には触れているが Portenko (1972) への言及はなく、メリケンキアシシギがロシア北東部にも広く分布していると考えられていた従来の考え方はしっかりした根拠に基づくものではなく、
Kishchinskij (1980) "Ptisty Koryaskogo nagor'ya" (コリャーク山地の鳥) によればコリャーク山地でメリケンキアシシギの標本は1例 (成鳥 1978.8.17) しか獲られなかったとのこと。
Kishchinskij (1980) は別種扱いで、この地域のものはキアシシギ Heteroscelus brevipes (pp. 122-125) として記述している。標本の1羽はオーストラリアでの標識があった。
メリケンキアシシギ Heteroscelus incanus の記述は pp. 121-122 にあり 1960 年以降で雑種と考えられるものも含めて6例の標本がリストされている。散発的に繁殖する種としている。
Portenko は日本でも有名でよく言及されるが、研究者は他にもおり、コリャーク山地についてはおそらくキアシシギの一部をメリケンキアシシギと考えていて別種とは言えないと判定していた模様。
Portenko (1972) が同種と判定したことは自身の過去の解釈を修正したもので、後から振り返ると分類学上それほど意味がなかった [茂田 (1991) p. 46 で触れられているが当時は理由は不明とされていた]。
研究が進むともにロシアでのメリケンキアシシギの分布は東の端にほぼ限定されることがわかってきたようで、改めてメリケンキアシシギの確かな繁殖事例を探すことになった経緯のよう。
日本語のものも含め、少し古い文献を読む際は記述のニュアンスの解釈も含めて要注意だろう。
Tomkovich (2006) New facts of breeding for the wandering tattler Heteroscelus incanus in Southern Chukotka (pp. 959-961)
にも情報があり、声も違う。キアシシギなのかメリケンキアシシギの白いタイプのものか DNA 解析ができればわかるのだが、とある。少なくとも1例雑種の報告がある (上記参照) とのこと。
[キアシシギの繁殖地]
しかしキアシシギもロシアでも珍しい鳥のようで (ほとんど人の住まないところで繁殖しているらしい) 人里近くで新しい巣の発見などがあると報告が出ているぐらい。
コンサイス鳥名辞典によれば巣の発見は 1959 年とあり、Dement'ev and Gladkov (1951) では繁殖は調べられておらず卵は未記載とある。コンサイス鳥名辞典によればツグミの古巣に営巣した例があるとのことで、人里離れたところで繁殖する種ツグミと似た繁殖分布で、いずれもほとんど調査されていないのかも知れない。
ツグミがごく普通にやってくることを考えると、もし同様の地域で繁殖していればキアシシギは繁殖地であまり記載されないだけで普通種であることも納得が行く。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではメリケンキアシシギの巣は Bent (1929) が記載しているとのこと。
コンサイス鳥名辞典では東シベリアでは両種の繁殖分布が重複していることから別種とみなす説が有力とあり、Portenko (1939) の考えを取り入れているよう [Dement'ev and Gladkov (1951) では亜種扱い]。コンサイス鳥名辞典のメリケンキアシシギの項目では東シベリアでも繁殖と、現代よりも繁殖地を広く見積もっていたらしいことがわかる。
かつてキアシシギが4卵と言われていた時代の情報は、同種時代のメリケンキアシシギの情報が混在しているかも知れない (メリケンキアシシギの方がまだ調べられていて4卵が記載されていた)。
キアシシギの巣が見つからない理由として他のシギ類と違って樹上に営巣するので見つからないのでは、との考えは榎本 (1942) が提案していたとのこと。高野 (1957) で引用されたとのこと [週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973)]。
Vorob'ev (1963) "Ptitsy Yakutii" (ヤクーチアの鳥) pp. 123-127 に記述 (亜種扱い) があり、1958 年撮影の繁殖地環境やひなを見守る親鳥の写真が出ている (巣の写真はない)。Kapitonov の 1955 年の研究でここ (インディギルカ川上流部) では普通に繁殖する鳥と述べられている。この時の記録では 5/23 に現れ、川にはまだ氷が張っていた。5/26 には数が多くなり川にも水が現れた。
p. 126 に Vorob'ev 自身による記録が詳しく述べられていて、巣立ったひなはよく見られて親も採集したが巣の発見は困難で 7/13 に On'uola 川の島で卵の殻2つを見つけたとのこと。「翌年」とあるのでこれが 1959 年の巣の発見を指すのか。ひなの記述は十分あり、卵もこの2卵の色彩が述べられている。
ヤクーチアの河川ではキアシシギは普通に見られるシギとのこと。地上捕食者が近づきにくい中洲などで繁殖しているのだろう。しかし人が普通に訪れる場所ではなさそう。日本からはちょうど北に位置する地域で沿海地方などの大陸で目撃例が比較的少ないことも納得できる (ツグミも主な繁殖地はヤクーチア?)。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) でもキアシシギは全体的には珍しい種類で所により普通となっている。日本では識別基本種になるぐらいなのだが...。
文献はいずれも現状オンラインで読めるので興味ある方は追求してみていただきたい。
参考までにキアシシギの最近の繁殖地の写真記録をみるとシベリアでは Grey-tailed Tattler (Egor Vlasov, Norilsk 2021.8.7) ぐらいしかなく、最果ての地とも言える。
ロシア東部ではもう少し情報があるが個体目撃の写真のみで繁殖に関係する写真は出ていなかった。
コメントでも珍鳥との表現があり、繁殖地のはずのロシアでは今でも珍しい鳥のよう。
メリケンキアシシギは2報告があって Wandering Tattler (Nikolay Yakushev, Meynypilgyno, Chukotka, 2016.8.4) と
Wandering Tattler (Dmitry Nizovtsev, Chukotka, okr. s. Meynypilgyno, 2021.6.6) でいずれもチュコト半島での個体目撃で繁殖の有無は不明。
コキアシシギはカムチャツカの1報告がある: Lesser Yellowlegs (Ekaterina Khudyakova, 2016.7.19)。
キアシシギのロシアでの情報は驚くほど乏しく、Veprintsev の音源ライブラリから編集された "Golosa Ptits Rossii" (Chast' 1, 2007) にも音声が収録されていない。よほど録音困難な種類らしい。
日本ではキアシシギの声ばかりが目立つことが多いのでまさしく所変われば品変わる模様。現代の海外の音声ライブラリにもキアシシギの声は少ない。すなわち繁殖地での警戒音やひなの声などの音声記録はほとんど存在しないと考えると納得がゆく。
キアシシギの春の渡りが遅めなのは世界の寒極と言われる地域が繁殖の中心地であるためかも知れない。
アムール州 Khingan-Bureya 高地のキアシシギの記録: Biserov (2010 初出、2025 再掲) The grey-tailed tattler Heteroscelus brevipes in the Khingan-Bureya Highlands (pp. 717-720)。ここは繁殖地ではないがおそらく漂行中に記録されたものらしい。
ヤクーチア山地で繁殖する普通種であるが、この時点 (2010) では繁殖地の新しい情報は入っていない。アムール州 Khingan-Bureya 高地も繁殖地の候補になり得るが、この地域特有の6月後半のモンスーンの雨がちょうどキアシシギの繁殖期にあたり、増水のため川で繁殖する種には向かないのではと推論している。
参考までに NC_088454.1 から BLAST をやってみると Tringa では新しい方の系統に属する。
カラフトアオアシシギ、ツルシギなどいくつかの種を分岐した後アオアシシギやオオキアシシギを含む系統 (面白いことにこの解析ではアオアシシギとオオキアシシギが単系統の関係にならない) と {キアシシギ + メリケンキアシシギ} の系統の2つに分かれる。この意味では分布範囲の狭いカラフトアオアシシギは遺存的とも考えられる。Biserov の推論のように気候特性からキアシシギがこの地域にあまり進出できなかったので古い系統でもカラフトアオアシシギが残ることができた? (ほんとうか?)。
2つの系統のどちらかが特別に早いわけではないが、このような系統分岐をみると類似種の {キアシシギ + メリケンキアシシギ} は北米由来でやってきたグループのようにも見える。その場合はメリケンキアシシギが分布を広げて地理的隔離でキアシシギが形成されたように見えるがいかがだろうか。ユーラシアではアオアシシギの方が優勢でキアシシギがあまり分布を広げられなかった?
[潮汐の解説]
干潟などのシギ・チドリの観察や生態において潮汐が重要であることはあまりにも当然であるが、雑誌などであまり納得できる説明を読んだことがなかったのでページを紹介しておく。どこに置いてもよかったがさすがに内陸シギ・チドリは避けて普通種のところに記載することにした。
動力学的潮汐理論におけるケルビン波 (1879 年)
タイトルと数式の説明は難しいが、ずっと飛ばして 2. 渤海・黄海・東シナ海 の項目をまず見ていただくとよいだろう。「木浦から仁川に向かって潮汐波が移動するにつれて波高が増大するのは、その方向に向かって水深がだんだん浅くなるからです。それはちょうど津波が海岸に近づくとき、水深が浅くなるにつれて伝播速度が遅くなり、後から来る波が積み重なって波高が高くなるのと同じです」と説明されている。
そして [補足説明0] まで進んで太平洋に於ける潮汐波のアニメーションを見ると事情がよくわかる。
水深の浅いところが水の波 (潮汐波) の速度が遅いため潮汐現象が顕著で、広い太平洋沿岸でも重要湿地がごく限られた地域に密集する (そしてシギ・チドリの東アジアフライウエイとなる) ことが理解しやすい。
そして [補足説明3] を読むとよい。黄海・渤海部分については起潮力強制振動で説明できるとのこと。日本海は共鳴条件を満たす深さや大きさでないため潮汐が非常に弱い (京都にも海はあるがシギ・チドリの記録は限られている)。
なおご存じ有明海も諫早干拓事業によって例えば固有周波数にも変化を及ぼす規模のものであったらしい。
参考までにオンラインで読める論文: 白谷他 (2007) 有明海の潮汐及び潮流の変化とその要因に関する考察。
Birder などの記事などでよく現れる月と太陽の方向に海面が盛り上がる説明はこの中の平衡潮汐理論に相当する (月と反対側の海面が盛り上がるのは平衡潮汐理論で示されるので地球全体で大まかには説明できていると考えてよい)。それでは身近な潮汐現象がうまく説明できないので、どのような説明をすればわかってもらえるか解説がある。
海面の形が十分早く変わることができれば (これは流体の運動が必要なので "平衡" と矛盾するが) おおむね平衡潮汐理論の通りになるが、現実はそうではないので潮汐力による強制振動の効果が顕著となり伝播するケルビン波を考える必要があるとの説明。
潮汐力の原理まで遡るならば、潮汐力 (起潮力)。高校物理を履修していないとあるいは慣性力でつまづくかも知れない。加速度運動をする系の上の観測者 (例えば自転や公転をしている地上の観測者) にとって見える力で例えば身近に使われる遠心力は慣性力の一種。
地球温暖化と異常気象にも同様に慣性力を起源とする波 (ロスビー波 Rossby wave) が関連している可能性が示唆されている: Kornhuber et al. (2020) Amplified Rossby waves enhance risk of concurrent heatwaves in major breadbasket regions、
Chen et al. (2023)
Projected increase in summer heat-dome-like stationary waves over Northwestern North America。
なぜ同じような気象条件が長続きして熱波や異常気象が起きやすくなるのか。天気予報ではなかなか教えてくれないが、温暖化で偏西風が弱まり、ロスビー波が増強されて蛇行をもたらす定在波のような状態が起きやすい条件になっている。ロスビー波は現在キーワードとなっているので日本語で検索してもたくさん見つかる (英語で探せばもちろんもっと多く見つかる)。
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メリケンキアシシギ
- 第8版学名:Tringa incana (トゥリンガ インカーナ) 薄い灰色のシギ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Heteriscelus incanus (ヘテロスケルス インカーヌス) 薄い灰色の脚が異なるシギ
- 第8版属名:tringa trungas Aldrovandus が 1599 年クサシギに与えた名前 (ツルシギの項目参照)
- 第7版属名:heteroscelus (合) 異なった脚 (hetero- (接頭辞) 異なった skelus 脚 Gk) ふしょのうろこ状模様による
- 種小名:incana / incanus (adj) 薄い灰色の、白髪の
- 英名:Wandering Tattler
- 備考:
tringa は#クサシギ参照。
heteroscelus は#キアシシギ参照。
incana/incanus は -ca- の a が長母音でアクセントもある (インカーナ/インカーヌス)。
Heteroscelus 属 (Baird, 1858) は Pereira and Baker (2005) の分子遺伝学研究
Multiple Gene Evidence for Parallel Evolution and Retention of Ancestral Morphological States in the Shanks (Charadriiformes: Scolopacidae)により Tringa 属に統合。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版でも同じ扱い。Tringa incana (語尾が変わるので注意)となる。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。古くは Ash-coloured Snipe (Latham 1785) と呼ばれた (種小名の意味参照)。
種小名はインカを連想してしまいそうだが語源は全く別。ヤマゲラの学名 Picus canus などに出てくる canus (灰白色の) に接頭辞 (特に否定の in- ではない) を付けたものとのこと。加齢による白髪、あるいは古いの意味があるとのこと (wiktionary)。
Boyd では Heteroscelus incanus。
キアシシギとの関係、Heteroscelus 属の由来、ロシアの繁殖情報などについて#キアシシギの備考参照。
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ソリハシシギ
- 学名:Xenus cinereus (クセヌス キネレウス) 灰白色のよそ者 (変わり者?) のシギ
- 属名:xenus (合) よそ者 (xenon よそ者、客、訪問者 Gk)
- 種小名:cinereus (adj) 灰白色の
- 英名:Terek Sandpiper
- 備考:
xenus は起源となるギリシャ語は短母音なので長母音は現れないと考えられる (クセヌス)。
cinereus は短母音のみで -ne- がアクセント音節 (キネレウス)。
単形属で単形種。
英名の Terek は北コーカサス (ジョージアからロシアに流れる) の川の名前。ロシアのカスピ海の河口付近で採集された。
記載時学名 Scolopax cinerea Guldenstadt, 1775 (原記載)。
Latham (1785) が "Terek Snipe" として紹介し、Scolopax terek Latham, 1790 と名付けた。現在はシノニムとして扱われるが英名に残っている。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Totanus terekius となっている。Dement'ev and Gladkov (1951) によればこれは Totanus terekius Seebohm, 1888 とのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) の時代にも特異性が認められていたようで、Totanus javanicus Horsfield, 1821 (ジャワ島で記録されたものの絵が Gould にある) に対して Trekia Bonaparte 1838 が用いた属が採用されていた。この属名であれば地名が残っていた。
Kaup (1829) の Xenus の方が早いことがかなり近年になって判明したのだろう。
「xenus よそ者」は 記載。Flemdling (よそ者の、外国人) の意味が添えられている。
「長距離の渡りをすることに由来」とコンサイス鳥名事典にあって、渡り途中のよそ者と思っていたのだが、他に比べて特殊の方の意味かも知れない。
同じページで特殊性から単形属がいくつか提案されているうちの一つで、オナガガモ1種に Trachelonetta 属を提唱しているのでそれらしい感じがする (#オナガガモ備考に)。
このページで同時に提案されたほとんどの属名は現在使われていないが、分子系統研究の結果ソリハシシギは確かに他から離れていることがわかって採用されるに至った模様。
他にもシノニムがあって Limosa recurvirostra Pallas, 1811 とソリハシセイタカシギの属と同じ種小名を用いたものもあり、和名の通りでよくわかる。
分布が広いのにこの特徴に注目した他言語名がほとんど見当たらないのが不思議。
ロシア名もあまり馴染みがなく独自のもので morodunka で語源はよくわかっていないが、湿地を指す maapa と don' (dno 底) からだろうかと推測が出ている (Kolyada et al. 2016)。鳴き声由来のシギ類の名前の多いロシアで珍しく音声に注目していない。
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イソシギ
- 学名:Actitis hypoleucos (アクティティス ヒュポレウコス) 腹の白い海岸に住むシギ
- 属名:actitis (合) 海岸に住んでいる (aktites < akte, aktes 海岸、izo 住む Gk。The Key to Scientific Names)
- 種小名:hypoleucos (合) 腹の白い (hypo- (接頭辞) 下の leukos 白い Gk)
- 英名:Common Sandpiper
- 備考:
actitis は The Key to Scientific Names の解釈を採用した。ラテン語で語構成を行ったものではなくギリシャ語から直接変換されたもの。
そのままラテン語化されると語末は長音になるが、-is と表記にすると単音となる ((aktites) 参照)。
アクセント位置は規則から冒頭になる (アクティティス)。
hypoleucos は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-le- がアクセント位置と考えられる (ヒュポレウコス)。
単形種。
国松・長島 (2011) Birder 25(7): 65-67 によれば「ぴいにすちどり」の名称が現れたことがあったとのこと。「ぴいにす」とは「紅葉雀」(コウヨウジャク) のことで、江戸時代中期に飼い鳥として輸入されたもので、オランダ語の piepen が由来ではないかとのこと。ドイツ語でも同じ単語でぴいぴい鳴くの意味。
イソシギの声としてふさわしい名称ではあるが、江戸時代中期にすでに輸入飼い鳥由来の名称が使われていたことやコウヨウジャクの名称は後に整理されたものらしいことがわかる。鎖国時代とはいえ輸入鳥は結構入っていたのでは。
本稿では飼い鳥や外来種の名称由来は基本的に対象外としているが、紅葉雀がいったい何に由来するのか興味はある。コウヨウジャクは学名 Ploceus manyar で英名は Streaked Weaver。Ploceus 属は英語では Weaver の名称が付くが日本語ではアジアの種のみコウヨウジャクを付け、残りはハタオリを付けている。
アジアの種は飼い鳥時代の名称を整理したものと想像できるが、残りは英語の Weaver を訳しているので微妙に不統一感が否めない。
コウヨウチョウ Quelea quelea Red‐billed Quelea、Euplectes キンランチョウ属やカエデチョウ科 Estrildini も同系統の色彩の発想と想像できるが、ハタオリドリ科の色鮮やかな飼い鳥をすべて紅葉に結びつけたものだろうか。
いずれも学名との関連は特に見当たらず飼い鳥名称由来ではないかと想像する。
ホウコウチョウ Estrilda melpoda Orange-cheeked Waxbill は予想通り頬紅鳥。
ヘビの仲間と熱帯鳥類館の新顔たち (日本平動物園 2013) によればオナガカエデチョウ Estrilda astrild Common Waxbill は「目の周囲が赤色で、嘴も濃い赤色です。腹は赤色です。この赤色から紅葉になぞらえてカエデチョウと名付けられました」とのこと。
カエデチョウ Estrilda troglodytes Black‐rumped Waxbill も目の周囲が赤色で、嘴も濃い赤色が当てはまる。
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アメリカイソシギ
- 学名:Actitis macularius (アクティティス マクラーリウス) 斑点をつけた海岸に住むシギ
- 属名:actitis (合) 海岸に住んでいる (aktites < akte, aktes 海岸、izo 住む Gk。The Key to Scientific Names)
- 種小名:macularius (adj) 斑点をつけた (macula (f) 斑点 -arius (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Spotted Sandpiper
- 備考:
actitis は#イソシギ参照。
macularius は macula は短母音のみ。-arius は冒頭が長母音でアクセントもある (マクラーリウス)。macula の単語は網膜の黄斑 (macula lutea) の学術用語として英語でもそのまま使われる。鳥の場合はヒトでも用いる中心窩 (fovea) の用語が用いられる。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
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キョウジョシギ
- 学名:Arenaria interpres (アレーナーリア インテルプレス) 砂採取場の通訳 (二重の誤りによる命名)
- 属名:arenaria (f) 砂採取場 (adj) 砂の (arenarius)
- 種小名:interpres (f) 通訳、説明者 (備考参照)
- 英名:Turnstone, IOC: Ruddy Turnstone
- 備考:
arenaria は e と2つめの a が長母音で後者にアクセントがある (アレーナーリア)。arena (アレーナ) が砂。日本語の "アリーナ" も英語の arena を通じてこの単語が起源で長音で発音する意義もわかりやすい。
interpres は短母音のみで -ter- がアクセント音節 (インテルプレス)。
2亜種が知られる (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 interpres とされる。世界的に分布し、もう1亜種 morinella はアメリカ大陸のもの。
Linnaeus が 1741 年ゴットランド (Gotland) 島を訪れた時、現地名 Tolk がキョウジョシギを指しているとの誤った印象を受けた。Linnaeus の母語であるスウェーデン語では tolk は通訳、説明者の意味だが、ゴットランド方言では茎 (ここでは脚を指す) の意味で、実は現地ではアカアシシギを指す名前だったとのこと (Helm Dictionary)。
tolk はオランダ語や中世高地ドイツ語にもあるが現代ドイツ語には残っていない。語源はスラブ言語とのことでロシア語には tolk の名詞があり意味、分別、効用などの意味があるが通訳、説明者の意味は残っていない。
「コンサイス鳥名辞典」にはおそらくラテン語から古い時代の解釈による「見張り番」の意味が記載され、危険が近づくとギョッギョッ...の声を出すためと解説されている。
キョウジョシギの和名の鳴き声由来解釈もある。浦本・安部 (1986)「動物の世界」2版 10 (日本メール・オーダー) pp. 1268-1269 に日没をまわった時などに、とくにさわがしく鳴き合うことがあり、この時の声はキョジョ、キョジョ、キョジョとさえ聞こえ、名前の由来はおそらくこれだろうと記している。
「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) にも本朝食鑑 (1697) の...呼号京女鴫是言美色乎 (中途半端な区切りになっているのは漢字入力の問題から。性能が低いのでご了承いただきたい) が引用されているが当て字からの逆解釈も考えられるのでこの記述から即断しない方がよいかも知れない。
そのような声を紹介しておくと XC488950 (Lars Edenius スウェーデン 2019.7.25) 時刻 20:00 とある。暗くなった状態まで観察を続ける人はおそらく少ないのであまり知られていないかも知れない。それ以前にさわがしく鳴き合うほどの大群が見られる場面が少なくなっているかも知れない。現在の常識から過去の音声解釈を想像したり真否を議論するのはそもそも難しいかも知れない。
「日本野鳥大鑑 鳴き声 420」(蒲谷鶴彦・松田道生 小学館 2001) p. 128 に鳴き交わしが収録されており、「キョウキョウキョキョキョ」などと表記されている。
バードリサーチ鳴き声図鑑にある植田睦之 2011-04-19 (2025.5 現在1件) は短いタイプの鳴き声。
自分が過去に記録したのも短いタイプのみで「さわがしく鳴き合う」状況はまだ聞いたことがない。キョウジョシギは見れば一目瞭然なので「鳴くまで待とう」と考える人はほとんどないかも知れない。
記載時学名 Tringa Interpres Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 Europe and North America, restricted type locality, Gotland, Sweden (北米も含まれていたが後に Gotland 島に限定)。
interpres を種小名に持つ種にクリガシラジツグミ Geokichla interpres Chestnut-capped Thrush (東南アジア。縁はやや遠いがマミジロと同属) があり、Temminck (1828) が命名した。Merle messager のフランス名が記述され、こちらは黒と白の衣装と赤い帽子が当時の郵便配達人を思わせたためとのこと (The Key to Scientific Names)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Strepsilas 属 (strepsis ひっくり返すこと laas 石 Gk) となっていて、
Arenaria Brisson, 1760 がすでに命名した属名に対して Illiger (1811) が新たに与えた属名 (記述) だった (The Key to Scientific Names)。
ドイツ名 Steindreher 英名 Turn-stone などに合わせて作った属名だった模様。Illiger はラテン語・ギリシャ語由来以外の属名は不適切と考えていた (#アマツバメの備考参照)。
この記述ではキョウジョシギと Tringa Grenovicensis Latham が同属に含まれていて、後者はエリマキシギと同定されたもの。Brisson (1760) を有効とする現代の解釈では先取権もなく、属の記載としてもあまりまとまりのあるものでなかったが一時は有効と考えられていたと思われる。
現代のようにキョウジョシギを含む系統を分割する場合は Arenaria 属が現れる。
さらに Charadriiformes (BirdForum 2025.3) によればキョウジョシギを指した Morinella Meyer, 1810 が記載されている。Morinella collaris Meyer, 1810 (参考) と属提案とともにキョウジョシギを改名していた (#ノスリの備考参照)。
Morinella は #コバシチドリの備考参照。キョウジョシギなどいろいろなものを指して使われていたラテン名だった。Meyer の改名提案の背景には Linnaeus の interpres が語義不明あるいは誤りのため正したかった考えがあったのかも知れない。collaris は "首に特徴のある" でこちらもそれほど特徴ある種小名ではない。
英国にはキョウジョシギ類が他にいないのでイギリス英語では Turnstone だけでもこの種を指す。
英名の Ruddy Turnstone はアメリカにはクロキョウジョシギ Black Turnstone も生息するため区別する必要から。"Ruddy" を補ったのはアメリカ事情と考えてよい。この2種は英名の通り色彩は大きく違う。
OED によれば turn-stone は 1673 年に Ray の用例があり、当時のラテン名で Cinclus Turneri となっていた。Turneri は正規のラテン語ではなく、英語をラテン語風語尾にしたものらしい (一般には人名 Turner の疑似ラテン語属格とされる)。英語 turner はフランス語 tornere 由来でラテン語に直接由来しない。ラテン語では対応する名詞は tornator とのこと。おそらくこのように俗に作られたラテン語風名称もあり、期限を区切ってそれ以前の学名を無効とする理由の一つにもなったのだろう。
1732 年の用例では別名 Sea-Dottrel も挙げられていた。
ruddy turnstone は 1899 年 Palmer が用いたもので当時の学名を Arenaria morinella, (L.). としており、かつては北米の型のみを指していたとのこと。OED によれば現在の学名では Arenaria interpres morinella と亜種扱いとある。
記載時学名は Tringa Morinella Linnaeus, 1766 (原記載) で、Linnaeus の基産地は Sea coast of North America; Europe と北米もヨーロッパも含んでいた。
1766 年のこの版には Interpres も 1758 年版と同じような分布でそのまま載っているので、1758 年に先に記載したはずのキョウジョシギとの関係の理解が怪しかったらしい。
Catesby により coast of Georgia (ジョージア州沿岸) に限定され北米亜種となった (Avibase より)。
やはり ruddy turnstone の名称はアメリカ由来で本来は "アメリカキョウジョシギ" のような概念を指し、ヨーロッパのものは (common) turnstone と呼ぶのが普通だった。世界の英名の共通化傾向に合わせてしぶしぶ (?) 種名が Ruddy Turnstone となったよう。おそらく英国ではわざわざ Ruddy を付ける必要性はあまり感じられていないと思われる。common すら付けたくないかも。
[キョウジョシギ亜科の系統分類]
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd によるキョウジョシギ亜科 Arenariinae の分類:
シギ科 Scolopacidae キョウジョシギ亜科 Arenariinae
ツアモツシギ属 Prosobonia
クリスマスシギ Prosobonia cancellata Kiritimati Sandpiper (絶滅種)
ツアモツシギ Prosobonia parvirostris Tuamotu (フランス領ポリネシアのツアモツ諸島)
タヒチシギ Prosobonia leucoptera Tahiti Sandpiper (絶滅種)
モーレアシギ Prosobonia ellisi Moorea Sandpiper (絶滅種)
キョウジョシギ属 Arenaria
キョウジョシギ Arenaria interpres Ruddy Turnstone
クロキョウジョシギ Arenaria melanocephala Black Turnstone
オバシギ属 Calidris
オバシギ Calidris tenuirostris Great Knot
コオバシギ Calidris canutus Red Knot (アラスカで繁殖し北米へ渡る)
アライソシギ Calidris virgata Surfbird (アラスカで繁殖し南米へ渡る)
エリマキシギ属 Philomachus (Calidris 属より分離)
エリマキシギ Philomachus pugnax Ruff
キリアイ属 Limicola (Calidris属より分離)
キリアイ Limicola falcinellus Broad-billed Sandpiper
ウズラシギ Limicola acuminata Sharp-tailed Sandpiper
サルハマシギ属 Erolia (Calidris 属より分離)
サルハマシギ Erolia ferruginea Curlew Sandpiper
アシナガシギ属 Micropalama (Calidris 属より分離)
アシナガシギ Micropalama himantopus Stilt Sandpiper
ヘラシギ/トウネン属 Eurynorhynchus (Calidris 属より分離)
オジロトウネン Eurynorhynchus temminckii Temminck's Stint
ヒバリシギ Eurynorhynchus subminuta Long-toed Stint
トウネン Eurynorhynchus ruficollis Red-necked Stint
ヘラシギ Eurynorhynchus pygmeus Spoon-billed Sandpiper
コモンシギ属 Tryngites (Calidris 属より分離)
コモンシギ Tryngites subruficollis Buff-breasted Sandpiper (北米北極圏で繁殖し南米に渡る)
ハマシギ属 Pelidna (Calidris 属より分離)
ミユビシギ Pelidna alba Sanderling
ハマシギ Pelidna alpina Dunlin
ムラサキハマシギ Pelidna maritima Purple Sandpiper (北米・ヨーロッパ)
チシマシギ Pelidna ptilocnemis Rock Sandpiper
ヒレアシトウネン属? Ereunetes (Calidris 属より分離)
ヒメウズラシギ Ereunetes bairdii Baird's Sandpiper
ヨーロッパトウネン Ereunetes minutus Little Stint
アメリカヒバリシギ Ereunetes minutillus Least Sandpiper
コシジロウズラシギ Ereunetes fuscicollis White-rumped Sandpiper
アメリカウズラシギ Ereunetes melanotos Pectoral Sandpiper
ヒレアシトウネン Ereunetes pusillus Semipalmated Sandpiper
ヒメハマシギ Ereunetes mauri Western Sandpiper
Calidris 属より分離としてあるものの中には日本鳥類目録 改訂第7版の属だったものが改訂第8版予定 (IOC などでも) で Calidris 属にまとめられたものが含まれる。統合前の属和名が与えられていたものはそれを引き継いでいる。
新しく分離されているのはサルハマシギ属 Erolia 以降のもので、それ以外は馴染みある属名であろう。
よく知られている通り Eurynorhynchus 属はヘラシギ1種に対して与えられたものでこのタイプ種を優先すればヘラシギ属になる。ヘラシギが特殊と考え、一般的種類を挙げればトウネン属になるだろうか。
Pelidna 属はハマシギがタイプ種で問題なし。
Ereunetes 属は難しく、タイプ種はヒレアシトウネンだが日本産種ではなく検討種のまま。この属は新世界の小型シギ類を表すとして分類的位置づけはわかりやすいが、いずれも日本で普通種ではないので一つには絞りにくい。ここではアメリカで普通の種であること、日本でも一定の知名度があることからタイプ種を属名に選択してみた。
改訂第8版の配列予定にも反映されているが、現在知られている分子系統分類ではトウネンとヨーロッパトウネンはそれほど近縁でない。改訂第8版の配列予定と Boyd のものはコモンシギの位置が異なる。
似たものや地理的特徴を活かした分類とするならば改訂第7版に近い Boyd の分類に近いものになるだろう。少々大きくても単系統にまとめられるものはまとめてしまう考え方だと Calidris 属にまとめてしまうことになる。
キョウジョシギ亜科 Arenariinae もそれほど適当な和名ではないかも知れないが、属名に由来すればこの名前になり和名使用例もある。
属学名由来は Erolia は #サルハマシギの項目に。
Micropalama mikros 小さい palame 手のひら (Gk)。
Pelidna pelidnos 青黒い、土色の (Gk)。
Ereunetes ereunetes 探すもの < ereunao 探す (Gk)。
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オバシギ
- 学名:Calidris tenuirostris (カリドゥリス テヌイローストゥリス) 細い嘴の斑点のシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:tenuirostris (adj) 細い嘴の (tenuis (adj) 細い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Great Knot (knot はコオバシギ参照。英名由来は備考参照)
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
tenuirostris は rostrum 由来で -ros- の o が長母音でアクセントもある (テヌイローストゥリス)。
単形種。ロシア極北東端のみで繁殖する、主に東洋で記録される種類。
Totanus tenuirostris Horsfield, 1821 が記載時学名。基産地はジャワ島。Keeyo が現地名か。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Tringa crassirostris Temminck & Schlegel の学名 (crassirostris < crassus 厚い -rostris 嘴の) となっていた。現在の種小名とまったく反対の意味。
Fauna Japonica の記載, 図版。
Le becasseau a gros bec 大きな嘴の bekasseau (Calidris 属のシギ) との記載で新種と考えていた。日本の他ジャワ島やボルネオ島でも記録されるとある。この時点の比較対象はコオバシギだった。
Hartert (1910-1922) では p. 1588。
Horsfield (1821) が先に記載していたが記述が短く他種との判別情報が少ないために一時は無効と考えられていたよう。Hartert は標本が本種であることが疑いないのでこちらに先取権があると認められたよう。
Horsfield (1821) を認めない場合は次に早い命名はオーストラリアで採集された Schoeniclus magnus Gould, 1848 (参考) だったようで、Temminck and Schlegel の記載はわずかに遅かった。
Schoeniculus の属名は Rueppell (1845) が Schoeniclus Moehring, 1758 の属名を修正したもの。Schoeniculus minutus の学名で用いていた (ハマシギのこと)。
Gould (1848) の Schoeniclus magnus はこれに対応して "大きい" の意味と考えられ、比較対象はコオバシギではなくハマシギだった。この学名は Ogawa (1908) にも別名として載せられている。
実際に Schoeniclus magnus, Gould., Great Sandpiper (解説は次ページ) があり、英名は Great Sandpiper となっていた。形はハマシギと完全に同じだが大きさはエリマキシギ程度と記されている。
Great はそのまま引き継がれ、Sandpiper より Knot の方に系統的に近い判断から現在の英名になったものと想像できる。OED には great knot の見出しはないのであまり知られていない名称と想像できる。英国からは遠く離れた地域の特産種で英名への関心もそれほど高くなかったものだろう。
コオバシギよりも大きいので英名が Great Knot となる単純な理由ではなかった。
学名に慣れた人はすぐ気づかれるだろうが、Schoeniclus の属名はオオジュリンなどを含むホオジロ類にも使われた。Schoeniclus Forster, 1817。"オオジュリン属" として現在の Emberiza 属を分割することが考えられるが (#アオジの備考参照)、Schoeniclus Moehring, 1758 を有効と判定すればホオジロ類には使えないことになる。
Emberiza 属の分類が世界的にはあまり積極的に検討されていない (現状でロシアは例外) のはこの先取権の問題を解決する必要があるためかも知れない
[The Key to Scientific Names の情報を参考にしたがいずれに先取権があるかについては触れられていない]。
Schaanning (1929)
The nest and eggs of the Eastern Asiatic knot Calidris tenuirostris Horsf.
の4卵の発見報告の中に Johan Koren が採集した標本 (1917) ラベルに Tringa crassirostris が使われていたが、Schaanning のこの報告ではすでに Horsfield の学名が用いられていた。Ogawa (1908) に載せられてた学名は短期間のみ使われていたもののよう。
コンサイス鳥名事典には4卵の巣が知られているとの記述があるが、おそらく Schaanning の報告に基づいていると想像できる。
[巣の発見]
ロシアの繁殖固有種。ドイツ名 Anadyrknutt に現れるように人が比較的近づきやすい繁殖地はアナディリ周辺の限られた場所と考えられていたが、近年の渡り経路調査から実際はもっと広くこの認識とはだいぶ違っているらしいことがわかってきた (後述)。ロシア東北部で他はほぼ人里離れた場所。
Schaanning (1929) に記述されている Johan Koren が採集した4卵の標本 (1917) が最初のもの。
Tomkovich (2001, 2011 再掲) Breeding biology of the great knot Calidris tenuirostris (pp. 451-470) に写真はないが繁殖生態が述べられている。
この論文では Schaaning の記述は 1954 年の論文が引用されており、ロシアでは当初あまり知られていなかったかも知れない。
1970 年代にようやく2、3例目の巣と卵が記載された。その後も少数の巣が発見されたにとどまっていた。Dement'ev and Gladkov (1951) 時代には1例しか知られておらずそれに基づく記述になっている。Grebenistskij は 1885.5.18 に Beringa 島で標本を得て繁殖していると記述したが後の調査では見つからず確かな繁殖記録とは認められていない。
Tomkovich は 1993-1995 年の調査結果を紹介している。
Vorob'ev (1963) "Ptitsy Yakutii" (ヤクーチアの鳥) p. 114 ではヤクーチアの繁殖種とは述べているが巣はまだ発見されていなかった。山地で記録されており、河川上流部で繁殖している可能性も検討されている。#キアシシギの状況に似ている。
日本でもキアシシギよりは見聞の機会が少ないと思うが、ロシアでも珍しい鳥のようで North Eurasia Birds Watch のシベリアの写真サイトにも2024年9月現在まだ写真がない。
日本では普通種と呼んでよいと思うが繁殖実態は歴史的にも現在でも謎が多いよう。
Buyvolov and Baptidanov (2022) About the nesting of the great knot Calidris tenuirostris in goltsy altitudinal belt in Chukotka (pp. 250-251)
にチュコト半島での繁殖地の写真がある (巣などの写真はない)。
[ジオロケーターによる渡り経路、推定される繁殖地と驚くべき繁殖地食性]
オーストラリアからのジオロケーターによる経路論文 Lisovski et al. (2016) Tracking the full annual-cycle of the Great Knot, Calidris tenuirostris, a long-distance migratory shorebird of the East Asian-Australasian Flyway。
Movebank でデータも公開されている Tracking Great Knots along the EAAF。
越冬地で再捕獲が行われたもので、温度ロガーから抱卵時期も推定されている。繁殖時期は果実に大きく依存しており、繁殖地の北限が 70° までで果実が豊富に実る亜高山山地に限定されている可能性がある。
このためコリマ山脈から東とヤクーチアの中央から北部のやや分離した山地2地域の繁殖分布を持っている。過去に知られていた繁殖地のアナディリは分布のごく東端にあたる。
通常のシギ類の繁殖地を想定して低地を探したりなかなか見つからなかったらしいことが想像できる。
中継地や越冬地の食性からは繁殖地の食性は予想外に感じるが、Andreev (1980, 2011 再掲) To breeding biology of the great knot Calidris tenuirostris in Kolyma River Basin (pp. 556-560)
に胃の内容の調査結果が出ており、1羽のオスでは 90% 以上が植物質、実や種で他に昆虫なども入っていた。他の1羽ではヒマラヤスギのくるみの殻が 95% 以上を占めていた (シギなのにホシガラスのような食性!)。ひなの胃には半分以上が草など植物質、動物質のものも各種含まれていたことが記されていた。
Tomkovich (2001, 2011 再掲) ではこの食性のため同じく山地に住むトウネンと分布が異なる可能性も議論されている。
2021-2022 年香港からロシアへの2羽の初の衛星追跡の結果:
The first satellite tracking project - Great Knot Tracking。
意外にもオホーツク海近くのハバロフスク州北部とカムチャツカ北部にとどまっており、知られている繁殖地ほど北には達していない。これら個体はフィリピンやパプアニューギニアに達している。
これら2つの研究の個体は大陸を通る経路で日本は通っていない。
[櫛状の爪 (pectinated claw)]
オバシギの第 III 趾には櫛状の爪 [pectinate(d) claw, または櫛歯] があるとのこと (コンサイス鳥名事典アライソシギの項目より)。
Clayton et al. (2010) How Birds Combat Ectoparasites (#ヨシゴイの備考)
によれば近縁のコオバシギは持っていない (オバシギは調査されていない)。
アライソシギの項目に出てくるのは中継地 (や越冬地?) で好む環境が似ている (オバシギは岩石質の磯を好むので確かに似た点があるが、アライソシギはキョウジョシギに近い系統とのこと) ことを示唆したものだが、もしかするとオバシギの特異な繁殖地や食性にも関係があるのかも知れない。
アライソシギも沿岸部よりも内陸高地の岩石質ツンドラで繁殖するが繁殖生態はあまりよくわかっていないと wikipedia 英語版にある。
Clayton et al. (2010) のリストではシギではオグロシギの多くの個体が持っている。クロキョウジョシギ Arenaria melanocephala Black Turnstone には見られていないことから中継地の好みの環境にはあまり関係ないかも知れない。クロキョウジョシギは沿岸部で繁殖する。オグロシギは内陸の湿地とのこと。
[その他]
Sangster and Luksenburg (2024) Complete mitochondrial genome MK992912 of Great Knot (Calidris tenuirostris) is a chimera with DNA from Pacific Golden Plover Pluvialis fulva (Aves: Charadriiformes)
によれば He et al. (2020) The complete mitochondrial genome of Calidris tenuirostris (Charadriiformes: Scolopacidae)
の発表したミトコンドリアゲノムはムナグロとのキメラとのこと。このデータをもとに He et al. (2020) はヘラシギと近縁としていた。
別のグループの解析があるので MK341548.1 から BLAST を試してみると Calidris 属の中で最も古い分岐となる。次に古い分岐がキリアイ。とはいえ一部の種しか調べられていないのでコオバシギとの関係などはこの解析では不明。エリマキシギやハマシギは新しい系統になる。
特に他種との競合関係などは思いつかないがオバシギが限られた地域でのみ繁殖するのは古く分岐した系統の生態的弱みがあるのかも知れない。キリアイも数の少ない種類。
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コオバシギ
- 学名:Calidris canutus (カリドゥリス カヌートゥス) カヌーテ王のシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:canutus (adj) デンマークからきた英国王 Canute (Cnut) の (canute -tus (接尾辞) 〜に属する); 音声由来との説もある
- 英名:Red Knot
- 備考:
calidris は由来となるギリシャ語は短母音なので長母音は現れないと考えられる。ギリシャ語同様に ca-li-dris の音節であれば冒頭にアクセントがあると考えられる (カリドゥリス)。ギリシャ語では -li- がアクセント音節。
ca-lid-ris と区切れるのであれば中央アクセントも可能だがやや無理があるかも。
canutus は自明ではないが語源とされる Canute (Cnut) の発音を拝借すれば "カヌートゥス" で落ち着きがよいと思われる。
別語源のラテン語 canutus (canus "白" 由来で "灰色、白髪の" など) があり、この単語であれば a と1つめの u が長母音で後者にアクセントがある。アクセント位置は同じなので冒頭を伸ばすかどうかの違いのみ。Cnut の綴りであれば伸ばしにくい。
シギの方の canutus は非常に起源の古い単語で The Key to Scientific Names によれば史上2つめに学名に用いられた種小名とのこと。起源が明瞭でないのはやむを得ない。
分布域はオバシギよりこちらのほうが広く、北米にも分布する。6亜種が知られる (IOC)。日本で記録される亜種は rogersi (オーストラリアの鳥類学者 John Porter Rogers に由来) 亜種コオバシギ と亜種不明とされる。Calidris 属のタイプ種。
英名 Knot も英国王 Canute (Cnut) 由来と考えられている。
[Calidris 属について]
現在ではごく当たり前に用いられる属名であるが、昔はそうではなかった。
Hartert (1910-1922) p. 1571 の時代には Linnaeus の用いた Tringa 属は多型であるとして複数の属に分割されていた。小型シギ類には Erolia 属 (Vieillot 1816。サルハマシギがタイプ種) の名称に先取権があると考えられて、ハマシギなどの多くの種は Erolia 属とされていた。
現在は Calidris 属にまとめているリストが多いが、Erolia 属と Calidris 属はタイプ種が異なるので分子系統解析で分離すべきとなれば Erolia 属が復活することもある。
Hartert は後に Calidris 属の名称 (著者不明 1804) が先に使われていることに気づき、Oberholser [1920。Richmond (1917) の指摘による] に基づいて Erolia 属は Calidris 属に改名する必要があると記した (p. 2212)。
1920 年ごろの話で、Calidris 属の名称はそれ以前はほとんど登場せず、我々に身近な小型シギ類は Erolia 属に分類されていた次第。
現在ではこの著者は Merrem と判明しており、Calidris Merrem, 1804 の扱いとなる (The Key to Scientific Names)。
Tringa Calidris Linnaeus, 1766 (参考) の学名が存在するので、これをそのまま属名に昇格したように見えるが、事情はそれほど単純でなかった。
Oberholser (1920) Tringa Auct Versus Calidris Anon によれば Tringa Calidris がそもそも何かも自明でなかったが、Calidris 属のタイプ種を決めるに当たってトートニムとなる Tringa Calidris Linnaeus, 1766 を採用すべきと判断した。
Linnaeus (この学名は Gmelin 由来) を引用して Tringa Calidris Bechstein, 1803 があり、記載内容もコオバシギのものと判定された。
この種はすでに Tringa canutus Linnaeus, 1758 と記載されていたため、タイプ種は Tringa canutus Linnaeus, 1758 = コオバシギ となった。
現在の Calidris の属名は種小名から昇格された形にはなっているが提唱された最初の時点では直接の昇格かどうか不明で、またその種小名を持つ種は後行シノニムとなって現在表面上現れない次第。
この文献にはそれ以前の事情も記述されており、Tringa Linnaeus の属名は別のグループを指す提案がなされていた (Tringa Linnaeus は多型なのでどのグループに割り当てるかはタイプ種の指定されていない段階では自明ではなかった)。
この移動の結果コオバシギに属名がなくなった。Canutus Brehm, 1831 の新属名が用いられた時期もあり、1910 年代でもまだ使われていた。
Calidris Merrem, 1804 の属名が発見された結果、Canutus の属名は使われなくなった。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire、Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代には Tringa を用いており、Calidris は少なくとも見出しにはまだ現れなかった。Hartert (1910-1922) 以前は属をそれほど細かく分けていなかったことがわかる。
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ミユビシギ
- 学名:Calidris alba (カリドゥリス アルバ) 白いシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:alba (adj) 白い (albus)
- 英名:Sanderling
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
alba は短母音のみ (アルバ)。
古い属名は Crocethia だった。kroke 小石 < krokale 浜 と theio 走る (Gk) で Billberg (1828) がミユビシギに対して付けた属名だったが現在は Calidris 属に含められた。よほど細かく分けない限り分子系統解析の結果から復活する可能性は低いと思われる。
記載時学名 Trynga alba Pallas, 1764 基産地 Coast of the North Sea (Avibase による)。"Tringa leucophaea" と Vroeg’s Cat. Coll. (1764) に与えられたもの (二名法に基づく文献でなく無効学名) について Pallas (1764) が記載した (参考)。
Hartert (1910-1922) では p. 1929。
ここまで見ると学名由来は単純明快に見えるが、Pallas (1764) の2年後に Tringa Calidris Linnaeus, 1766 (記載) があり、さらに同書に記載された Tringa Arenaria Linnaeus, 1766 (記載) があっていずれもミユビシギと同定された。
後者の方が早く現れるのでシノニムとみなせば Tringa Arenaria Linnaeus, 1766 の方が先行シノニムとなる。当時は Pallas の出版年の扱いが明確でなかった可能性があり Hartert (1910-1922) では 1766 年としている。すなわち取り扱い次第では Tringa Arenaria Linnaeus, 1766 に先取権が発生する可能性があった。
Pallas はバイカル湖で採集した "Sanderling" について Tringa Calidris Linnaeus, 1766 の方を採用し、新たに Trynga tridactyla Pallas, 1827 (現代の解釈では 1811) の新名を付けた (#ノスリの備考参照)。
Trynga と Tringa は綴りが違うので別扱いとの考えもあったかも知れない。Pallas の付けた名称で影響力もあり、tridactyla = 3本指の、は記述的学名として受け入れられていた時期があったかも知れない。
これらは整理されて同じものと判定され現在の学名に落ち着いたものと考えられるが、Tringa Calidris Linnaeus, 1766 が何者か判定されるのも時間がかかっていた (#コオバシギの備考参照)。
"ミユビシギ" に対応する学名や他言語名称が一時的にあったかも知れない。現在 "3本指の" を用いている言語もありイタリア語やスペイン語など。これらの言語では種小名に対応する部分がラテン語に対応する名称となっていて、tridactyla の種小名の学名が使われていた時期に命名されたのではないかと想像できる。
英名 Sanderling は OED によれば 1602 年にすでに用例がある。古英語 sand と古英語 yroling (耕す人) 由来の可能性があるとのこと。Hartert (1910-1922) でもドイツ語名は Sanderling となっていて英語と読み方だけが異なる。
Bechstein 時代には Sandlaeufer (砂を走る者) も用いられていたが現代ではこの用語は Psammodromus 属 (スナカナヘビ属) のトカゲを指す模様。こちらの方が属名の意味そのままなのでより適していて、鳥類学だけで名前を独占するわけには行かなかったよう。
世界的に分布する。2亜種が知られる (IOC)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種を認めない立場のようである。
Boyd では Pelidna alba。
[筋肉量を急激に増やせるミユビシギ]
Young et al. (2021) Extraordinarily rapid proliferation of cultured muscle satellite cells from migratory birds
muscle satellite cells (myosatellite cells 衛星細胞。筋肉幹細胞) を培養して細胞分裂周期を調べた結果、ミユビシギとエリマキシギは分裂周期が非常に短かったのに対して、ヒメハマシギやスズメ目の渡り鳥ではそのような特徴はなかった。渡り距離そのものではなく、1回の飛翔で飛ぶ距離に関連している可能性がある。
長命の鳥でも加齢に伴ってヒトや他の哺乳類のような筋力低下をあまり起こさない。ミユビシギも長命である証拠があり筋肉の再生機能とも関係があるかも知れないとのこと。
[3本趾の理由?]
#アオゲラの備考 [キツツキの尾羽はなぜ硬い] で後ろ趾を省略した方が素早い動きが可能かも知れないと少し触れてみた。ミユビシギでは波打ち際で地面が現れた瞬間に急いで採食する行動が印象的だが (ただし開発の進んだ日本の海岸の事情を反映している可能性もあり、本来生態と同じかどうかは知らない)、この際に短時間に多くの食物を得るために素早い動きが可能な方が有利なのではないかと感じた。
#ダイゼン備考の [Squatarola 属] にあるようにチドリ類では一般的でミユビシギはチドリ類への生態的収斂の結果だろうか。
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ヒメハマシギ
- 学名:Calidris mauri (カリドゥリス マウリ) マウリのシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:mauri (属) イタリアの植物学者 Ernesto Mauri の
- 英名:Western Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
mauri は人名由来で疑いはないが、同じ綴りの maurus ("黒っぽい" など) の変化形がある。"マウリ" の発音となるが、後述のように Bonaparte が後に訂正したようにもう少し気を配って学名を付けていれば変な意味の誤解は発生せずアクセントも適切な位置となったと思われる。人名由来であることを知らない人には maurus の変化形と受け取られるだろう。
後の訂正だったため原初の綴りが有効となっている。
北米の種で単形種。
Boyd では Ereunetes mauri。
記載時学名 Ereunetes Mauri Cabanis, 1857。
原記載 によれば Bonaparte (1838) が Heteropoda Mauri と名付けていたよう。
The Name of the Western Sandpiper (1906) によれば Bonaparte は名前を与えたが記載をしなかったとのこと。
現在ではヒレアシトウネンと同定されるものを Heteropoda semipalmata Wilson として比較を残しているが不明だったものを、Gundlach (1856) が2種のシギの大きい方に Bonaparte の与えた学名 Heteropoda Mauri を採用したとのこと。原記載は Gundlach の回答を引用する形で Cabanis が記載したもの。
なぜイタリアの植物学者が関係するのかはこの記載からはわからなかったが、Palmer (1931) The Scientific Name of the Western Sandpiper - Whi was Mauri?
が文献調査の結果解明した。Ernesto Mauri (1791-1836) と Bonaparte は友人の関係で魚 Smaris maurii にも学名を与えているとのこと。Heteropoda Mauri の命名は Mauri の死去の2年後にあたる。
ヒメハマシギも Bonaparte 自身が 1856 年に Ereunetes maruii の綴りに訂正したとのこと。
かつては Ereunetes occidentalis Lawrence, 1864 の学名が広く使われていたが Dubois (1904) の指摘で Ereunetes marui に変更されたとのこと。
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トウネン
- 学名:Calidris ruficollis (カリドゥリス ルーフィコルリス) 赤い首の斑点のあるシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:ruficollis (adj) 赤い首の (rufus (adj) 赤い collum -i (n) 首 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Red-necked Stint
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
ruficollis は冒頭が長母音で -col- がアクセント音節 (ルーフィコルリス)。多くの種類の学名に使われる種小名や亜種小名。
単形種。
記載時 Trynga ruficollis Pallas, 1776 でこの記載はヨーロッパトウネンより早い。
トウネンとヨーロッパトウネンが同種とされていた時期もあった。Dement'ev and Gladkov (1951) は別種として現在の学名で記述しているが、解説には亜種とする立場も紹介されおり当時の概念の生物地理学上の姉妹関係 (ロシア語 vikariat) にあるとする研究者もあると述べている。
もし同種にする場合は Calidris ruficollis で、ヨーロッパトウネンはその亜種 minuta とすべきであるが vikariat は当時すでに証拠とみなされなくなっていたとのこと。Portenko (1939) によれば東シベリアで両種が見られるなど分布には曖昧さが残る。Dement'ev and Gladkov (1951) は計測値には明瞭な違いがあることから別種と判定した。
オーストラリアでこの亜種名を用いた報告 (1957) があった Relationship between some Coastal Fauna and Arthropod-borne Fevers of North Queensland。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Tringa ruficollis を用いていた (別種の立場かどうかは不明)。
別名に Tringa albescens Temminck が挙げられているが出典は今のところ不明。Fauna Japonica にはこの種は記載されていない。
少し古い時期であるが Calidris 属は単系統でないと指摘され、「小型オバシギ類」として知られる一部の種 (イギリス英語で stints、アメリカ英語で peeps) を別属とすることもある。
この際にしばしば用いられる属名が Erolia [サルハマシギについて Vieillot 1816 が与えたフランス名 erolie から < erro さまようもの、迷い鳥 (L) lian 非常に (Gk), The Key to Scientific Names] であるが、Erolia 属の元来のタイプ種であるべきサルハマシギの分類的位置づけが確定しておらず、どこまでをこの属にするかがはっきりしていない。
日本の種類で Erolia 属 とも呼ばれる種類は ヒメハマシギ、トウネン、ヨーロッパトウネン、オジロトウネン、ヒバリシギ、コシジロウズラシギ、ヒメウズラシギ である。
またミユビシギを Crocethia (kroke 小石 theio 走る Gk) 属とする考え方もあり、こちらに分類される可能性もあるとのこと (以上 wikipedia 英語版より)。
Thomas et al. (2004) A supertree approach to shorebird phylogeny を参照。
この研究は少し古いのでもう少し新しいデータが出てから再検討されそうである。
Boyd では Eurynorhynchus ruficollis。
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ヨーロッパトウネン
- 学名:Calidris minuta (カリドゥリス ミヌータ) 小さな斑点のあるシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:minuta (adj) 小さい (minutus)
- 英名:Little Stint
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
minuta は u が長母音でアクセントもある (ミヌータ)。
単形種。別名ニシトウネン。ロシア中部の極北で繁殖し、主にヨーロッパ等を通過してアフリカやインドなどで越冬する。
記載時 Tringa minuta Leisler, 1812 (原記載)。
当時の比較対象はオジロトウネンで同じ文献で記載されたもの。
ロシア名は kulik-vorobej とスズメのようなシギ。英名も学名によく相当している。
Boyd では Ereunetes minutus。
茂田 (1994) Birder 8(9): 42-47 にトウネンとニシトウネン (1) で総論と他の類似種との識別、
Birder 8(10): 45-53 にトウネンとニシトウネン (2) にトウネンとヨーロッパトウネンの識別、初記録とされたヨーロッパトウネンと思われる個体の検討が出ている。
Young Guns (2016) Birder 29(12): 44-47 にもこの2種の識別に関する記事がある。
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オジロトウネン
- 学名:Calidris temminckii (カリドゥリス テムミンキイ) テミンクのシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:temminckii (属) temminckの (ラテン語化 -ius を属格化)
- 英名:Temminck's Stint (オランダの動物学者 Coenraad Jacob Temminck)
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
temminckii は -ck- を分割する発音も考えられるが原音に近いものを採用した。"テムミンキイ" で最後は ii と並ぶことに注意。
単形種。ユーラシア極北で広く繁殖する。
原記載 Tringa Temminckii Leisler, 1812。Temminck の鳥類学への功績に対して献名されたことはこの前ページ (p. 63) にある。
この種の最初の定義部分に Die drei ausseren Schwanzfederen weiss とあり、これをそのまま訳せば "尾の外側3枚の羽が白い" となり、定義 (この特徴を持つ Tringa 属は他にないの意味の定義) をそのまま和名にすればオジロトウネンとなる。和名は原記載のドイツ語由来と考えてよさそう。
和名と同じ意味の名称を用いているのはロシア語、ウクライナ語など。Temminck の人名をそのまま用いている言語も多い。"小型" を付けている言語もいくつかある。wikipedia 英語版では冬羽はほとんど (ヨーロッパでは最も普通の) イソシギの小型版とあるのでおそらくこの対比を意味するのだろう。
Hartert (1910-1922) では p. 1581。ドイツ語名では "テミンクのシギ" 以外に Grauer Zwergstrandlaeufer: grauer 灰色の zwerg- 矮小の Strand 浜 Laeufer 走るもの、とあまり特徴を捉えた名称でない。Zwergstrandlaeufer がヨーロッパトウネンのドイツ語名なのでその灰色版との扱い。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) によれば英国での識別対象種はヨーロッパトウネン (トウネンは亜種とされた時代の可能性がある) で、現代と特段違うわけではないがオジロトウネンのように尾に白色部がない点が識別点の一つとなっていた。
Leisler (1812) (ヨーロッパトウネンの原記載の一部) にヨーロッパトウネンとオジロトウネンの比較がある。ヨーロッパトウネンを他種と異なることを示すために他の各種と比較を行っている。
声もまったく異なるとの記述がある。pp. 79-80 の比較表に色彩の識別点が出ており、尾についても記載がある (p. 79 の下から2つめ)。オジロトウネンでは尾の羽の外側が純粋な白色でヨーロッパトウネンでは淡灰色となっている。現代の野外識別では別の点に注目することが多いが、標本を見て、あるいは飛んでいる姿を見て識別したポイントの一つになっていたよう。
"純粋な白色" はそれなりに目立つ色彩なので名称に採用されても不思議ではないが、名前からもっと白いのかと想像された経験のある方は多いのではないだろうか。他言語で同様の名称を用いているものは原記載の定義に基づくものである可能性は高いと考えられる。
この名称がさまざまな言語にあまり残っていないのはやはり "オジロ" から受ける印象と実物が異なるためではないだろうか。
名付けられた Temminck 自身による 記述 もあった。フランス語名 Becasseau Temmia とやや控えめな名称になっている感じがある。図版が出ているが尾羽の白い部分がわかるように描いているように見えるが説明も特になく、意味を知った上で意識して図版を見ないとわからないレベルかも。あるいはわかる人にはわかる図版を意識しているとも言える。
別学名に Pelidna gracilis Brehm, 1855 があった (資料) が Leisler (1812) よりはずっと後の時代。gracilis ほっそりした、優雅ななどの意味。
Yet another thread on eponyms... But this one might actually be fun!
に人名の付く鳥の英名から人名を排除した場合にどのような代替名があるか考察がある。オジロトウネンも検討されている種で、White-tailed Stint も候補の一つに登場している (かつて使われたことのある英名なのかも知れない)。
Yet another thread on eponyms... But this one might actually be fun! によれば (広義) Calidris 属の中でこの特徴はこの種が唯一とのこと (記載時 Tringa 属時の特徴記述そのまま)。
スウェーデン語の名称 mosnappa の由来についても説明があり、mo- はヒース (荒れ地) を指す言葉とのこと。
Boyd では Eurynorhynchus temminckii。
[音声]
自分は内陸に住んでいることもあってシギ・チドリとは比較的縁が薄いのであまり大きなことは言えないのだが、皆さんはシギ・チドリを観察される際に音声にどの程度注意を払われているだろうか。
外見や行動、環境で識別が可能で、ムシクイ類のように音声が識別の決め手となる例はあまりないような気がする。外見の識別が比較的難しい種類でも、あまり鳴いてくれないか声が目立たないので (図鑑には書いてあっても) あまり参考にならない気がする。カラフトアオアシシギはアオアシシギと声が全然違うとは書いてあってもそもそも鳴かないと識別材料に使えないし、この組み合わせは姿は似ていても行動の違いが目立つので採食しているところが観察できればあまり悩まないのではと思う。
経験豊富な方は音声が役に立つものにどんな例があるか考えていただけると面白いかも知れない。
図鑑的には音声が識別の決め手となる組み合わせにオオハシシギとアメリカオオハシシギがあるが、後者は珍しい種類なので「鳴くまで待って」識別する必要があった人は少ないのではないかと思う。
その中でオジロトウネンはやや役に立つ気がする。もっとも類似種と好む環境が違い (そのため内陸の冬場で比較的出会いやすい)、外見だけで識別可能なので音声はあまり気にされないかも知れない。
探鳥を始めたころはあらゆる鳥の声が新鮮に思え、探鳥会などで「あの声は何ですか?」「シジュウカラ」、「それではあの声は?」「あれもシジュウカラ」のようなやりとりで納得し難い思いをされた方もあるだろう。しかし慣れてくると身近な鳥をいちいち気にすることがなくなって行くものである。
これを自分は勝手に「ヒヨドリフィルター」とか「スズメフィルター」とか称したりしている。珍しい鳥の声に敏感に気づくためにはこれらのフィルターはやはり大事だと思う。
外国人を案内したるすると彼らにとってヒヨドリの声がいかに珍しいかがよくわかる。「あの声は何ですか?」「ヒヨドリ」というのを延々くり返し、相手も次第に飽き飽きする (いや、こちらが飽きていることを察されているのかも知れない) 様子が見えてきたりする。
これが進むと「シジュウカラフィルター」などができてきて次第に身近な鳥の声は気にしなくなるものであるが (あまりよくないのかも知れない。探鳥会の鳥合わせの時に絶対いたはずの種類をどこで聞いたか思い出せないことは皆さんも経験されているであろう)、オジロトウネンでこれをやってしまった。
ご存じの方はおわかりと思うが、この鳥の声はカワラヒワに似ているのである。つまり「カワラヒワフィルター」が一瞬働いて、いや違うと気づいた時には数少ない録音のチャンスを逃してしまったのである。
オジロトウネンはそれほど頻繁に鳴く鳥ではなく、蒲谷鶴彦・松田道生「日本野鳥大鑑 鳴き声420」にもバードリサーチ鳴き声図鑑にも (今のところ - この部分を執筆当時の状況) 音声が収録されていない (その後 2024.10.6 の記録を簗川堅治氏がアップロードされていた)。音声的にはやや通好みの種類と言えるかも知れない。
その時聞いた声がこれまでで一番大きく聞こえたもので、その後も挑戦しているがなかなかよい条件で記録できず、今も惜しかった思い出になっている。ここまで読まれればオジロトウネンの声がどういうものか確実に覚えていただけるだろうし、また野鳥録音家がどんなことに関心があるかも多少理解していただけるのはないかと思う。
これは中継・越冬地での flight call に相当するもので、繁殖地での求愛飛行の際の声 (song) は少し異なっていて長く続く。wikipedia ロシア語版ではコオロギに似ているとある (音声サンプルもあり)。
配偶システムは特殊でオスがまずテリトリーを確立してメスが産卵してオスがこれを抱卵する。メスは別のテリトリーに移動してつがい、別のクラッチを抱卵する。最初のオスは別のメスとつがうこともできてこの場合はオスのテリトリー内でメスが別のクラッチを抱卵する。ネズミに似た特殊な採食様式で水たまりの縁に沿ってしのび寄って昆虫など小動物を食べる (wikipedia 英語版より)。
wikipedia ロシア語版にも生息地の写真を含めた解説があり文献も記されている。
英語で読める文献では Hilden (1975) Breeding system of Temminck's Stint Calidris temminckii のフィンランドの研究が先駆的で同著者による後続論文もある。ロシアの繁殖地はアクセスが難しく研究が思ったほどない。
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ヒバリシギ
- 学名:Calidris subminuta (カリドゥリス スブミヌータ) ヨーロッパトウネンに似たシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:subminuta minuta (ヨーロッパトウネンの種小名) に近い、似た (sub-)
- 英名:Long-toed Stint
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
subminuta は u が長母音でアクセントもある (スブミヌータ)。
単形種。学名の subminuta は
ロシアやモンゴルの内陸部や沿岸で局地的に繁殖。
原記載 (Middendorff 1853)。当時の識別対象種はオジロトウネン。基産地はスタノボイ山脈西斜面と Uda ウダ川河口近く (オホーツク海西岸)。
種小名に使われる subminuta/subminutus はこの種類では上記の意味。「やや小さい」の意味で使われる学名もあり、ササフミフウズラ Turnix varius Painted Buttonquail のシノニムに登場する (The Key to Scientific Names。登場する用例はこの2つ)。
これもロシア東部を中心に繁殖する種類で繁殖地情報が乏しい。Dement'ev and Gladkov (1951) では 1930 年に Bering 島で最初の巣がみつかり、1944 年にマガダン郊外で次の巣が見つかったとのこと。
野外識別情報はヨーロッパトウネンと同様とありそっけない。そのためより確実な解剖学的特徴をもとにして英名・ロシア名とも共通の意味になる Long-toed Stint が付いたものと想像できる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Tringa damacensis Horsfield の学名となっており和名は現在と同じ。
Results of ornithological explorations in the Commander Islands and in Kamtschatka (Stejneger 1885)
によればこの学名は Totanus damacensis Horsfield 1821 によるもの (記載) が最初で、Stejneger (1885) が過去に使われた各種学名の同一性などを検討している。
Horsfield (1821) を見ていただいて容易に理解できるように情報があまりに乏しく、同定が不確かなものが多かったようで、後により確実な記述の残る Calidris subminuta が採用されたものと想像できる。
当時はどの学名を用いるか不定性があり、Actodromas damacensis が採用されていたが (Actodromas は#ヒメウズラシギを参照) Long-toed Stint の英名をすでに用いていた。
過去に用いられた学名には "趾が長い" を意味するものはなかった。
damacensis は東インド時代のジャワ島北東部の Damak/Damack (現在の Demak) 由来 (The Key to Scientific Names)。Horsfield (1821) もオジロトウネンとともにジャワ島で越冬地のシギ類を記述したもの。先取権や記載の有効性の解釈次第で damacensis の名前が残っていたかも知れない。
AOU も (途中属名は変わっているが) 3rd edition (incl. 18th suppl.) までこの種小名を採用していた。アメリカとヨーロッパで見解が長い間対立していたが AOU が合わせた模様。
アメリカでは アメリカヒバリシギ Calidris minutilla Least Sandpiper が主な識別対象種で、非常によく似ているが趾が特に長いなどの記述が見られる。
参考: Stint Identification (Dare to Bird 2017)。中央の趾は嘴より長い。
Ogawa (1908) も別学名 Tringa subminuta を載せている。
Boyd では Eurynorhynchus subminuta。
アメリカヒバリシギも国内記録されている: 石橋・城石 (2024) 北海道小清水町におけるアメリカヒバリシギ Calidris minutilla の日本初記録。
種小名の minutilla は「非常に小さい」の意味。
かつてはヒバリシギがアメリカヒバリシギの亜種とされたこともあり、英名もアメリカヒバリシギの Least Sandpiper が用いられていたことがあった (コンサイス鳥名辞典)。アメリカヒバリシギの原記載 (Vieillot 1819) とこちらの方が早い。
Le tringa maringouin のフランス名で、maringouin はカ (蚊) のこと。非常に小さく数も多く、地上でも空中でも近接した群れをなしていることからカのようなシギと名付けたとのこと。現在のフランス名は変更されていて種小名に合わせて Becasseau minuscule と小型のシギに相当する名前になっている。
似た名前ではヒバリチドリ科 Thinocoridae の名称もある。英名は seedsnipes。ヒバリチドリそのものの和名を持つ鳥はいない。コヒバリチドリ Thinocorus rumicivorus Least Seedsnipe を見ると確かに配色はヒバリに似た感じもする。調べた範囲でスズメ目以外でヒバリを冠した名前を持つのはこれらのみか。
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コシジロウズラシギ
- 学名:Calidris fuscicollis (カリドゥリス フスキコルリス) 黒ずんだ首のシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:fuscicollis (adj) 黒ずんだ首の (fuscus (adj) 黒ずんだ collum -i (n) 首 -s (語尾) 〜の)
- 英名:White-rumped Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
fuscicollis は短母音のみで -col- がアクセント音節 (フスキコルリス)。
英名・和名と学名の関係が悪い。無効名となっている Tringa leucopyga Lichtenstein, 1818 (参考) の学名があり意味は一致するがコシジロウズラシギを指すものかどうかはわからなかった。基産地はアメリカなので矛盾しない。
CHARADRIIFORMES Waders, skuas, gulls, and terns (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealand) の情報によれば Heteropygia fuscicollis の学名が与えられていた時期があった。
Coues (1861) による1種のみ (当時は2種だったがシノニムとなった) を含む属で "異なった腰の" の意味。属記載中には white upper tail coverts の表現がある。さらに Delopygia (delos はっきりした puge 腰 Gk) の属名も同時に提案され、もし Heteropygia が preoccupied だった場合の代替名とのこと (The Key to Scientific Names)。
いずれの属名も目立った腰を表したもので、着眼点は最初に記載された Tringa fuscicollis Vieillot, 1819 の学名より適切で、属名を与えることによってより明瞭な特徴を表す意図があったかも知れない。特に分離した系統ではなかったためこの属名は統合されてしまうこととなった。
英名や和名はこの当時の属名や記載に由来していた可能性がありそう。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。北米極北で繁殖し、主に南北アメリカとヨーロッパの種類。
Actodromas bonapartii Cassin の学名も使われたことがあり、ロシア名はこれにちなんで Bonapartov pesochnik。
Boyd では Ereunetes fuscicollis。
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ヒメウズラシギ
- 学名:Calidris bairdii (カリドゥリス バイルディイ) ベイアードのシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:bairdii (属) baird の (アメリカの動物学者 Spencer Fullerton Baird のラテン語化 -ius を属格化)
- 英名:Baird's Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
bairdii はラテン語読みとした。"バイルディイ" のアクセントと考えられる。原語からはかなり離れる。語末に ii が並ぶことに注意。
単形種。北米とロシア東端の極北で繁殖。
記載時学名 Actodromas (Actodromas) Bairdii Coues, 1861。原記載。
Actodromas bonapartii Cassin (White-rumped Sandpiper コシジロウズラシギのシノニム) と計測値が少し異なることも示されているが当時はまだ関係が明瞭でなかった模様。
当時の属名の Actodromas は akte, aktes 海岸 dromas 走る (Gk)。ヨーロッパトウネンをタイプ種として Kaup (1829) が付けた属名。
Boyd では Ereunetes bairdii。
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アメリカウズラシギ
- 学名:Calidris melanotos (カリドゥリス メラノートス) 黒い背中のシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:melanotos (合) 黒い背中の (melan- (接頭辞) 黒い nota 後部 Gk)
- 英名:Pectoral Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
melanotos は起源となるギリシャ語 notos の冒頭の長母音を引き継ぎアクセントもここにあると考えられる (メラノートス)。
単形種。
種小名に maculata が用いられたことがしばしばあったが、この2つの学名は Vieillot (1819) が同じ本の中で記述したものでシノニム。melanotos の方が先に現れるのでこちらが使われることになった (Dement'ev and Gladkov 1951)。
CHARADRIIFORMES Waders, skuas, gulls, and terns (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealand) によれば、
過去に使われた学名に Pelidna pectoralis Say, 1823 (参考) や属が変わった Limnocinclus pectoralis などがあり、pectoralis の種小名は長く使われていたと考えられる。
胸がくっきりした境界を持った班をなしていることを表した名称だが、英名はこの学名とよく対応していて相互に関連があると思われる。北米とヨーロッパで別の学名が使われていた時代があったと想像できる。
北米とロシア東部の極北で繁殖。ユーラシア北部で繁殖する個体も北米を経て越冬地に渡るとのこと。
[睡眠時間を限界まで削ってつがい形成]
アメリカウズラシギは極北で3週間のつがい形成時期にほとんど寝なくても能力が維持されていることが示されている: Lesku et al. (2012) Adaptive Sleep Loss in Polygynous Pectoral Sandpipers。
睡眠時間の短い個体ほど子孫を残せる結果となっている (さらなる解釈は#オオグンカンドリの備考参照)。
[Cox's Sandpiper]
オーストラリアで 1955 年 John B. Cox が変わったシギを発見、最初はハマシギと同定されたていたが、1968-1975 年にさらに類似個体の目撃があり、1986 年までに 20 個体以上に達したという。
未記載の亜種との考え方もあったが、1981 年に生きた個体が捕獲され撮影され、Shane Parker が 1982 年に新種 (Calidris paramelanotos) として発表して一度は図鑑にも載った。paramelanotos は para (近い Gk) で、アメリカウズラシギに近縁であることを表した学名。
同様の個体は過去にも見出されていて William Cooper が 1833 年に採集した標本に基づき、Spencer Fullerton Baird が 1858 年に Cooper's sandpiper (Tringa cooperi) と記載していたが、Cox's sandpiper とは別物と考えられた。
2001 年日本の茨城県新利根町でもアメリカウズラシギとサルハマシギの両方の特徴を持つ個体が撮影され Birding World に掲載された [Ujihara (2002) "An apparent juvenile Cox's Sandpiper in Japan". Birding World. 15(8): 346-347]。
この個体は Cox's sandpiper の若鳥と考えられたとのこと。
1996 年に3標本が解析され、cyt b 遺伝子がサルハマシギ、アロザイムはサルハマシギとアメリカウズラシギの両者のパターンを示し、オスのアメリカウズラシギとメスのサルハマシギの雑種と判明した
[Christidis et al. (1996) Molecular Assessment of the Taxonomic Status of Cox's Sandpiper]。
Haldane's rule に従い、記録された大部分はオス個体だったとのこと (以上 wikipedia 英語版より)。Haldane's rule (ホールデンの法則 1922) については例えば 異種ゲノムの不適合性が引き起す雑種の不妊・発育不全現象の遺伝的制御機構 などを参照。wikipedia 英語版の解説も詳しい。
近年でも同様の個体の報告がある。Gunby (2018) First record of Cox's sandpiper (Calidris x paramelanotos) for New Zealand (ニュージーランド)。Ornithological Society of New Zealand は記録として認めたとのこと。
渡辺・三河 (2004) Birder 18(5): 64-65 にもこのシギについてのコラムがあり、数年前 (当時) に御前崎でビデオ撮影され、昨年も出た噂があったとのこと。このコラムでは種、ハマシギの亜種、雑種のいずれの可能性も指摘されていた。
上記のようなアメリカウズラシギの繁殖地での熾烈な配偶者争いを知ると頻繁に雑種ができてしまうのも何となく納得できてしまう。
サルハマシギの繁殖地でのディスプレイ時の声や行動がアメリカウズラシギに似ているとのこと (コンサイス鳥名事典)。
アメリカウズラシギは基本的に北米を経て越冬地に渡る点も興味深い。Cox's sandpiper の目撃例が圧倒的にオーストラリアに多く北米では少ないので交雑によって渡り習性も変わり、サルハマシギの越冬地 (アジア・オーストラリア・アフリカ) を目指すようになったものか、あるいは中間的な方向を目指して一部個体のみが到着できているものなのかなど解釈があってもよさそうな気がする。
アメリカウズラシギにとってサルハマシギよりも近縁な種類が他にもあるので雑種形成が起きているかも知れないが、サルハマシギとの雑種個体に比べて渡りルートが適切な方向を向かないなど生存に不利なのかも知れないなど憶測も思い浮かぶ。
メカニズムがそこまで確実に検証されているとは言えないかも知れないが (スズメ目以外で) カラフトワシとアシナガワシの交雑個体の渡りルートの追跡報告がある (#カラフトワシの備考 [交雑と渡り] 参照)。
Haldane's rule の野外検証
大型カモメ類の雑種における Haldane's rule の野外再捕獲による検証: Neubauer et al. (2014) Haldane's rule revisited: do hybrid females have a shorter lifespan? Survival of hybrids in a recent contact zone between two large gull species
Haldane's rule の通り雑種のメスの生存率が 25% 程度低かったとのこと。法則通り生殖隔離をもたらす方向に働いていると考えられる。
交雑帯での introgression (遺伝子浸透) の研究の多くもこの機構に沿う結果となっている (Z 染色体で introgression がより少ない): Ottenburghs (2022) Avian Introgression Patterns are Consistent With Haldane's Rule。
この検証目的にはゲノム研究は非常に役立つと考えられるとのこと。
Haldane's rule 提唱 100 周年のレビュー: Cowell (2023) 100 years of Haldane's rule。
歴史的に面白いところでは Faster‐male theory (オスの生殖細胞の方が進化が速い。ZW 型の鳥では逆になることが期待される)。Faster‐X theory (X 染色体のほうが進化が速い。鳥の Z 染色体も同様。この時点ではあまり研究がなかった) などがあって理論的説明の限界も指摘されている。XY 型と異なる ZW 型の鳥類で効果を実証的に調べることはやはり大切なよう。
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ウズラシギ
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サルハマシギ
- 学名:Calidris ferruginea (カリドゥリス フェルルーギネア) 鉄錆色のシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:ferruginea (adj) 鉄錆色の (ferrugineus)
- 英名:Curlew Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
ferruginea は u が長母音で i がアクセント母音 (フェルルーギネア)。
単形種。ロシア中部から東部の極北で繁殖。
原記載は Calidris ferruginea Pontoppidan, 1763 (Danske Atlas)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Tringa subarquata (Guldenstadt) の学名となっている。subarquata は arquata (L) = 英語 curlew で小さなダイシャクシギ類 (curlew) の意味。嘴が少し下に曲がる特徴を捉えたもの。英名 (または古い学名) と和名の両方を把握しておくと識別点の理解にも役立ちそう。
この記載時学名は Scolopax subarquata Guldenstadt, 1775 だった。
ちなみに中国名でも弯嘴が用いられている。ロシア名も覚えやすく krasnozobik (赤いそのうまたは胸) で現地映像などでもよく登場する種類。
Ogawa (1908) ではこの学名を Bruenn. によるものと記述しており、この時点では Pontoppidan の記載がまだ見つかっておらず当時知られていた学名では Scolopax subarquata の用例の方が古かった可能性がある (Danske Atlas については#キリアイの備考参照)。
Tringa subarquata Temminck となっているものもあるが、Pygmy Curlew のように Gould の図版で用いられたため広まった用例かも。Temminck 以前に Guldenstadt が用いていたことはこの時点では知られていなかった可能性がありそう。
古い学名の意味とともに Gould の図版でも英名は小さなダイシャクシギの扱いで、英名に curlew を残して Curlew Sandpiper となったのは自然な流れだったのだろう。
さらに別の学名があって Scolopax testacea Pallas, 1764 の記載があった。testacea はレンガ色のなどの意味。この種小名を用いた Calidris testacea は Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) で用いられていて、BOU が比較的最近まで採用していたことがわかる。
Guldenstadt (1775) よりも古いのでこちらに先取権があると考えられた時代のものだろう。Pontoppidan (1763) の用例が発見されて学名が元に戻ったと推定できる。
Dement'ev and Gladkov (1951) でもこの学名 Calidris testacea が採用されていた。
Boyd では Erolia ferruginea。
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チシマシギ
- 学名:Calidris ptilocnemis (カリドゥリス プティロクネーミス) 脚に羽毛のある斑点のあるシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:ptilocnemis (合) 脚に羽毛のある (ptilon 羽毛、kneme 脚 Gk。The Key to Scientific Names)
- 英名:Rock Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
ptilocnemis は外来語由来の合成語で発音はわからないが、kneme の e が2つとも長母音。ギリシャ語から作られた解剖用語のラテン語 cnemis も e が長母音でここにアクセントがあると考えられる (プティロクネーミス)。
一般用語でもよく現れる腓腹筋は gastrocnemius muscle。解剖用語を知っているとわかりやすい学名。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは quarta (4番めの) とされる。主にベーリング海峡周辺で繁殖する。quarta はカムチャツカ南部、千島列島とコマンドル島で繁殖するとされる。
かつてはヨーロッパから北米の極北部で繁殖するムラサキハマシギ (現在の名称) Calidris maritima (maritimus 海の) 英名 Purple Sandpiper の亜種とされた。分離される前はムラサキシギの名称があった。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" でも分離前の同名のものがあるが、Tringa couesi Kurile Is. にチシマシギの名前を与えている。
これは現在は分離された方のチシマシギの亜種とされる。Arquatella couesi Ridgway, 1880 と別種で記載されていたためそれぞれ和名が与えられていたのだろう。原記載。
quarta の原記載。この亜種の基産地は Bering Island とされる。
アラスカやアリューシャン列島の couesi とは異なる点が記述されているが Hartert (1920) なので Ogawa (1908) にはもちろんまだ出てこない。
Arquatella maritima kurilensis Yamashina, 1929 の記載があるが通常は quarta のシノニムとされる。
Yamashina (1929) On a Collection of Birds from Paramushir Island, N. Kuriles, Japan が文献で、北千島 Paramushir 島のもの。コンサイス鳥名事典ではチシマシギはパラムシル島で採集されたとあるが、これはこの当時記述された亜種を指したもの。
Yamashina (1929) の記載前からチシマシギの名前があったのでこのパラムシル島での採集が和名の由来ではないと想像できる。
また種チシマシギ、あるいは現在シノニムとされる quarta の基産地はパラムシル島ではないので注意。
Boyd では Pelidna ptilocnemis。
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ハマシギ
- 学名:Calidris alpina (カリドゥリス アルピーナ) (ラプランドの)高地のシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:alpina (adj) アルプス山脈の (alpinus) と解釈されそうだがいかにも違和感がある。Linnaeus の指すスウェーデン・ノルウェー国境近くの Dalecarlian Alps のこと (#ハヤブサと#オオタカの備考参照)。
基産地は Lapland と記述されているので (ラプランドの)高地のシギ とした。原記載。
- 英名:Dunlin
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
alpina は i が長母音でアクセントもある (アルピーナ)。Alpes (ラテン語表記) に -inus (長母音で始まる。〜の) の語尾を付けたため。
世界で 10 亜種が認められている (IOC)。
Boyd では Pelidna alpina。
英名の Dunlin は dun (くすんだ褐色) の色由来 (wikipedia 英語版より)。
ロシア名は chernozobik とそのう (胸も含む) が黒い意味になっているが部位の対応はそれほどよくない。Dement'ev and Gladkov (1951) にも正しくないと書いてあった。#サルハマシギの krasnozobik (赤いそのうまたは胸) があるため対比して区別する形で付けられたものかも。
種小名の解釈に関連して、スウェーデンでは高地で繁殖するのか調べてみると Dunlin Calidris alpina alpina moulting on nest in Swedish Lapland
のページがあり標高 870 m の高地の平原で繁殖中に換羽することが記述されている。
Linnaeus の記述ではヨーロッパ他所は生息場所として知られていなかったようで (越冬分布がありそうなのにこれも不思議)、繁殖または換羽地で記録されたもののよう。
Linnaeus (1758) に出てくる Adlerheim は Per Adlerheim (1712-1789。ドイツ語で "鷲家" さん) のことで、Linnaeus の探検に同行したり科学的情報を提供した鉱山技術者。アカエリヒレアシシギ (当時の学名で Tringa lobata、スウェーデン語ではラプランドのシギの名前になっている) 1748 年に記載したとのこと (wikipedia スウェーデン語版)。
ハマシギの生息情報は Adlerheim の記載によると出典として付け加えてあるのだろう。
中継地や越冬地の干潟で見ていると想像しにくいが、スウェーデンの山間の高地は貴重な繁殖場所なのだろう。
[日本のハマシギはどこから?]
日本で越冬のハマシギ はるばる北アラスカから飛来 (朝日新聞デジタル 2021) によれば、日本で複数の飛来を観察できたのは北アラスカで繁殖するキタアラスカハマシギだけ。
茂田氏は「確実に日本で越冬しているのはこの亜種。サハリンやカムチャツカ半島の亜種はもっと南で越冬する」と記載している。
論文は Lagasse et al. (2020) Dunlin subspecies exhibit regional segregation and high site fidelity along the East Asian Australasian Flyway (各亜種の分布図もあり)。
茂田 (2001) Birder 15(10): 42-47 にも当時の記事がある。後述の Tomkovich (1986) や Nechaev and Tomkovich (1987) が検討した後の時代の記事でこれら文献も亜種記載として引用している。
Todd (1953) A taxonomic study of the American dunlin (Erolia alpina subspp.)
が記載するまでは arcticola に相当するものは sakhalina と考えられていたとのこと (下記 Dement'ev and Gladkov からの追記部分を参照)。
日本のリストでは亜種 sakhalina (サハリンの、の意味だが繁殖地はロシア東部極北からチュコト半島。サハリンで繁殖する亜種は actites) を亜種ハマシギ、arcticola (「北または北極に住む」の意味) をキタアラスカハマシギとしていずれも認めている。
他に亜種不明がある。日本で冬場に普通に見られているハマシギは現在定義されている分布域および和名によれば亜種ハマシギではなくキタアラスカハマシギなのであろう。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種 kistchinski (ロシアの鳥類学者 Aleksandr Aleksandrovich Kishchinskiy に由来) カムチャツカハマシギ、
亜種 actites (aktites 沿岸に住む < akte, aktes 沿岸 izo 座る。よく似た Actitis はイソシギ属) カラフトハマシギの2亜種を検討亜種としている。
カラフトハマシギの和名については茂田 (2005) Birder 19(1): 66-69 を参照。この記事ではサハリンのハマシギの繁殖期の調査や標識、サハリンの個体群の小ささや保全上の問題などについて述べられている。
サハリンのハマシギについて、かつて sakhalina が与えられていたが、Tomkovich (1986) Geographical variability of the dunlin in the Far East (pp. 3-15)
の調査によればこれは渡り途中のもので実際には何を指すかそれほど明らかでないが使われてきた。
Tomkovich (1986) は Vieillot の記述について検討、ネオタイプ標本とともに sakhalina はチュコト・アナディールの亜種にこの名称を与えることとした。
亜種ハマシギが sakhalina と定義されたのは (記載地のサハリンよりは) この分布によるものか。
Nechaev and Tomkovich (1987) がサハリンのハマシギを別亜種として当時 litoralis を与えたがすでに使われていた学名であることが判明して Nechaev and Tomkovich (1988) が与え直したものが actites。
極東の鳥類34:シギ・チドリ類特集 pp. 50-63 に和訳がある。
Tomkovich (1986) の記述で Vieillot に関する部分は Vieillot 原文 par Sakhalin で動作主を指し、"サハリン氏" が出版したロシア語の図版 pl. 85 の意味と思われる (原記載。
この記載では基産地ロシア)。
それゆえ Tomkovich 原文には (!) が付いている。"サハリン氏" を動作主と考えてこの部分の藤巻氏の訳を読めば意味がより通じると思う (Tomkovich も造格を用いており動作主を表している)。
"論文 (「サハリンについて発表された」) の著者" の訳の部分は「"サハリン" が出版した」論文の著者、が適切と考える。
訳文 p. 56 の nomen dubium に関する部分 (原文 p. 10-11) は「形式的にはサハリンを通過する任意の亜種に適用できるので」と訳すとわかりやすそう。次の部分は「従って、広く使われているこの (亜種) 名の有効性に疑義が生じる可能性がある」と訳してみた。「ネオタイプを分ける」はわかりにくいので「ネオタイプを与える」(英語では例えば allot に相当) でよいと思う。
Buturlin (1904) The correct name of the pacific dunlin も読むことができる。Buturlin は該当箇所で最初は Sakhalin を人名 (動作主) と考えて探したことがわかる。
結果的に Adam Johann von Krusenstern (1770-1846) の "Atlas zur Reise um die Welt" の世界一周探検に同行した Wilhelm Gottlieb Tilesius von Tilenau (1769-1857) による図版との記述 (Tringa Variegata oder der Bunte Sachalinische Strandlaufer)
もあり、Tringa variegata Tilesius, Atlas Krusenstern. Reis., Pl. LXXXIV (1814) と同定された。
訳文 p. 55 に登場するこの図版のサインのロシア語 Turukhtan Pestroj Sahalinskoj を「サハリンの斑入りのエリマキシギ」と訳されているが、少し間違いがある。まず転記されたロシア語の最初の単語の末尾に付いているのは硬音符 (ъ) で軟音符 (ь) ではない。ロシア語の正書法確立前の表記で子音で終わる単語の語尾に付けたもの。
すなわちエリマキシギに相当する単語は男性名詞である (転記されたものでは一見女性名詞のように見える)。現代でもエリマキシギはロシア語で男性名詞。そのように考えると Pestroj Sahalinskoj の語尾が不自然である。男性名詞を修飾する形容詞でこの意味であればそれぞれ -yj, -ij となるところ。
これは Pestraya Sahalinskaya という形容詞語尾の固有名詞の変化形 (主格以外) と考えると納得できる感じがする。固有名詞は地名なのか人名なのかわからないが "まだらのサハリン人の" などの意味が考えられ、"まだら" はエリマキシギそのものを指すものではないように思える。
地名に関係なく Sahalinskaya の人名 (姓でもよいし、サハリン出身を名乗った名前かも知れない) などがあってもおかしくないような気がする。図版からサハリンで採集されたとは言い切れない気がする。
Tomkovich (1986) の記述から 1986 年当時は sakhalina は広義に使われられていたことがわかり、亜種サハリンをこの学名に割り当てたのは (少なくとも当時は) やむを得なかったのだろう。ネオタイプの定義により分類概念が変わったのに引き続き同じ亜種名を使い続けるのは適切でない感じがする。
日本鳥類目録第7・8版の sakhalina は古い概念の亜種名を指していると考えるのが妥当に思える。
Buturlin は Tilesius のこの学名が採用されるべきと考えたが、別のものを指して Tringa variegata Gmelin, 1788 があるとのこと。Tringa とは違う属の鳥を指しているので Tringa variegata はハマシギの学名に譲るべきとの内容になっている。
Tomkovich (1986) はこの学名は長く忘れられていたので使うべきではないと述べているが、忘れられたというより過去に使用例があって無効な学名と扱われたのではないだろうか。
現在のフランス名 Becasseau variable は別の古い学名 Tringa variabilis Meyer (Meyer が最初に用いたとは限らない) 由来で、Dunlin, or purre と Gould (1837) の図版に現れる。
Scolopax sakhalina Vieillot, 1816 の原記載。La Becassine Sakhaline がフランス名。
名称から暗黙でサハリンが想定されていたが、サハリンの特定の場所に同定したのは Tomkovich (1986) と言ってよいだろうか。
図版の背景から場所を特定しているが、写真ではないのですでに描いた風景をそのまま借用した可能性も否定できない感じがする。基産地はサハリンと解釈されていたが明確とは言えない気がする (現在ではネオタイプが与えられているので基産地の解釈の問題は生じない)。
亜種 kistchinski (カムチャツカハマシギ) も上記 Tomkovich (1986) と同じ文献で命名されたもの (Avibase の文献は誤り)。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば従来の解釈、すなわち亜種 sakhalina がユーラシア北東端で繁殖する個体群を指すとしたのは Bent (1927) でタイミル半島からアメリカまでの個体群をすべて sakhalina としたとのこと。
Portenko (1939) はアメリカのものを pacifica としてチュコト半島の sakhalina から分離できる可能性を提案した。
これらをふまえて Dement'ev and Gladkov (1951) はハマシギは2亜種だけでよい可能性も除外できないと述べていた。
これらの扱いが和名に現れているようで、北米のものも sakhalina と考えていた時代ならば sakhalina を亜種ハマシギと呼んでも不思議でないことになる。
しかしこれは先取権の原則によるもので同一亜種とする場合は sakhalina となったもので、亜種が分離された後の亜種和名はそのままである必要はない感じがする。
Ralph (1991) Taxonomic comments on the Dunlin Calidris alpina from northern Alaska and eastern Siberia も原初の sakhalina の扱いについて Tomkovich (1986) に同意するとある。
北米からの渡りについてはさらなる後続研究があり: Lagasse et al. (2022) Migratory network reveals unique spatial-temporal migration dynamics of Dunlin subspecies along the East Asian-Australasian Flyway。
のジオローケーターを用いた研究によれば arcticola が日本を含む東アジア - オーストラリアの渡りルート (East Asian-Australasian Flyway) の東端を利用し、サハリンの sakhalina (新しく定義された亜種分布に基づくチュコト・アナディールの個体群を指す名前) は西側 (中国北部から内陸部) を利用している。
日本で越冬した同じ個体が中国で越冬した、あるいはその逆の例は見つからなかった。ただし亜種間で経路が重複する地域 (サハリン北部、黄海) がある。
kistchinski カムチャツカハマシギのサンプルは少ないが越冬地は黄海周辺 (南西諸島で越冬したと思われる1例がある)。
日本で越冬時期に観察されるハマシギは圧倒的に arcticola (キタアラスカハマシギ) の結論を支持する結果となった。
ハマシギの繁殖地の世界分布を見ると圧倒的に北極圏で、サハリン北部は例外的な位置になる。渡り経路などの歴史的経緯で選択されたのかも知れないが、オホーツク海沿岸の北極圏に似た環境条件が理解できる気がする (この点はカラフトアオアシシギの繁殖分布でも感じる)。
アラスカで渡り途中に捕獲されたハマシギの方位指向性 (古典的定位実験) から提唱されている渡りコンパスを用いた場合のルートの検討: Akesson et al. (2021) Autumn migratory orientation and route choice in early and late dunlins Calidris alpina captured at a stopover site in Alaska
早い季節に記録される pacifica は東寄り向き、遅い時期の arcticola は西寄り向きで越冬分布と合うとのこと。
Arctic shorebird migration tracking study - Dunlin でアラスカ発の渡り経路を見ることができる。
亜種 actites のサハリンの繁殖地での研究: Valchuk and Sotnikov (2014, 2024 再掲)
The protected dunlin subspecies Calidris alpina actites on the northern spit of the Chaivo Bay (Sakhalin): breeding biology, state and number (pp. 2487-2491)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Tringa alpina pacifica と亜種まで与えているのは面白い。名称はハマシギ、別名ハシナガ。
当時は arctica Schioler, 1922 や arcticola Todd, 1953 はまだ記載されておらず、北米の亜種は pacifica Coues, 1861 の時代だった。
別学名として Tringa americana を与えている。
この時代に北米由来と考えていたことになる。Vieillot の記述した sakhalina に気づいていたかどうかはわからないが、Buturlin (1904) の同定の直後なのでサハリンやロシア北東部に生息することはまだ知られていなかったのかも知れない。
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アシナガシギ
- 学名:Calidris himantopus (カリドゥリス ヒマントプース) 革ひものような足の斑点のあるシギ
- 属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 種小名:himantopus (合) 革ひものような足の (imantas 革ひも pous 足 Gk)
- 英名:Stilt Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
himantopus は#セイタカシギ参照。
単形種。
Boyd では Micropalama himantopus。
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ヘラシギ
- 第8版学名:Calidris pygmaea (カリドゥリス ピュグマエア) 小人族のシギ (IOC も同じ) (命名時は "超小型のヘラサギ" の意味だった)
- 第7版学名:Eurynorhynchus pygmeus (エウリューノリュンクス ピュグメウス) 小人族の広い嘴のシギ (命名時は "超小型のヘラサギ" の意味だった)
- 第8版属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 第7版属名:eurynorhynchus (合) 広い嘴の鳥 (euruno 広げる rynchos 鼻口部 Gk。The Key to Scientific Names)
- 第8版種小名:pygmaea (adj) 伝説の小人族ピュグマエイの (f) 語形も変わっている。備考参照。
- 第7版種小名:pygmeus (adj) 伝説の小人族ピュグマエイの (m) 由来は備考参照。
- 英名:Spoon-billed Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
eurynorhynchus は The Key to Scientific Names のギリシャ語語源を採用すると最初の y と o が長母音の可能性がある。o は動詞語尾なので短音化されて語構成が行われるかも知れない (不詳) が、y は u の文字 (y の長音の発音) からラテン語化される際に音を保存するために y の文字となったと想像できる。
アクセント音節は -rhyn- であることは問題ない。保存されたと推定できる y の長音を採用した (エウリューノリュンクス)。属が分割されると復活するかも知れない属名。
pygmaea は -ma- がアクセント音節になる (ピュグマエア)。
pygmeus は形式的には短母音のみで冒頭にアクセント (ピュグメウス) と見えるが、pygmaeus
(ギリシャ語 pugmaios "こぶしの大きさの" に由来。pugme が "こぶし"。参考: ラテン語で "こぶし" は pugnus で直接の語源は異なるが関連があるとのこと。もしかすると音楽の演奏記号で見られた方があるかも知れないがイタリア語の col pugno も同じ意味。指ではなくげんこつで弾けとプロコフィエフのピアノソナタ第6番に現れる。プロコフィエフの演奏を見た人は格闘技かと思ったとのこと)
が本来の形で、-ae- を -e- に短縮したもの。音は引き継ぐ可能性があり、その場合は "ピュグメーウス" の方が適切な可能性がある。
ほとんど学名にしか出てこない単語なので標準的な発音は不明だが後述のように正しいラテン語ではないと後に判断された模様 (語源などは wiktionary)。
記載時学名は Platalea pygmea Linnaeus, 1758 (原記載)
なのでそのまま男性形にすれば第7版種小名のように pygmeus となる。この形は IOC では 7.1 まで、Birdlife checklist version 06.1 (Feb 2014)、Clements 1st edition と 5th edition - 6th edition (version 6.7 incl. 2012 revisions)、Howard and Moore 3rd edition (incl. corrigenda 8) まで採用されていた。
Calidris 属に変更された後の扱いは両者があり、Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2) では pygmea としていたが 4th edition (incl. corrigenda vol.1-2) で pygmaea に修正。IOC は 7.2 - 8.2 で pygmea だったが 9.1 以降 pygmaea。
HBW Alive (2015) の段階で pygmaea、eBird は version 2018 まで pygmea だったが 2019 以降は pygmaea。Clements 6th edition (version 6.8 incl. 2013 revisions) で Calidris 属に変更時点から pygmea で 2018 年まで同様だったが 2019 年に pygmaea。Working Group Avian Checklists, version 0.04 で pygmaea。
H&M4 の記述によれば pygmea は正しいラテン語でなく Peters (1934) で用いられた pygmaeus が正しいとの判断によるものとのこと。
理屈はよくわからないが pygmea ではなく pygmaea で統一される模様。pygmaea であれば発音上の曖昧さも回避できる。
Linnaeus (1758) の種小名の綴りは異なるが、Calidris pygmaea (Linnaeus, 1758) と表記されることになるので、記載時学名を見る時には注意が必要な事例となる。
同様の事例が paradisaea (#キョクアジサシ) と paradisea (ハゴロモヅル) にあるがこちらは問題にならなかったのだろうか。
[学名の由来]
Hartert (1910-1922) p. 1602 の時代には次の Eurynorhynchus 属が用いられていた。Sharpe は綴りを改良して Eurhynorhynchus としたとのことだが採用されなかった。
Platalea pygmea Linnaeus, 1758 からこの属に変更の際、Eurynorhynchus griseus Nilsson, 1821 (灰色広い嘴の鳥) と改名された (参考。属と種記載がある)。
Linnaeus はヘラサギ類に分類していたが、いくら何でもそれは違うだろう (!) ということで改めて小型シギ類に分類したもの。比較対象にオジロトウネンと同じ大きさと出てくる。
ただし Latham (1785), General Synopsis of Birds では Dwarf Spoon-bill の英名を与えているなど一定使われていたらしく、1836 年にも Pigmy Spoonbill の英名が現れる (OED)。
Linnaeus は "超小型のヘラサギ" (一部納得できるところが何とも言えない) と考えてラテン語で意味の通じる学名を与えたが、この考え方が間違っていたため後に適切な属に移され、オジロトウネンと同じ大きさでは "小人族の" では話が合わなくなる。
当時の改名状況は #ノスリの備考参照だが、このぐらい大きく間違っていると pygmea を別のものに改名する十分な理由になると思える。Nilsson は形態を属名で表し、種小名は色彩を表した。しかし後の系統解析で Eurynorhynchus 属が Calidris 属に内包されると形態的特徴が学名に現れなくなった。
種小名に先取権の原則が導入されると元のものに戻され、釣り合いの悪い学名になってしまった次第。どこかで規則で定める必要があるが、この場合は杓子定規的な扱いになってしまった。
最新の学名を見てこれほど特徴のある種にあまり意味のない学名を付けるとは博物学者は何を考えていたのか、と言いたくなるところがこのような背景事情があった。
ただし Calidris 属は広すぎると考えることも可能で、その場合は Boyd の扱いのように Eurynorhynchus 属が復活する可能性もある。
なお Linnaeus は基産地をスリナムと間違っていたとのこと。
griseus のような単純な学名は属をまとめると重複するのではと感じられるが、Calidris grisea Brehm, 1831 が実際にあった。もっと古くからあってもよさそうに思えるが、Calidris の属名が使われるようになったのは新しく、Calidris を属名に用いた記載は非常に少ない (#コオバシギの備考参照) ため重複を免れ無効ではなくシノニムとなった。
単形種。Eurynorhynchus 属は Thomas et al. (2004) A supertree approach to shorebird phylogenyの系統解析により Calidris 属に含められた。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ扱い。Calidris pygmaea (語尾が変わるので注意) となる。
Gibson and Baker (2012) Multiple gene sequences resolve phylogenetic relationships in the shorebird suborder Scolopaci (Aves: Charadriiformes) の研究では Tringa, Gallinago, Calidris の各属が単系統でないことがわかった。
Chen et al. (2022) Five new mitogenomes sequences of Calidridine sandpipers (Aves: Charadriiformes) and comparative mitogenomics of genus Calidris でも提示されている。
Eurynorhynchus 属およびこの研究で使われている学名 Limicola falcinellus (キリアイ) の属の変更はすでに反映されているため、新たな変更が必要という意味ではおそらくないだろう。
Boyd では Eurynorhynchus pygmeus。
[現状と保護]
絶滅危惧 IA 類 (CR)。IUCN 3.1 CR 種。
世界的にも極めて希少なシギであることは今ではよく知られているだろう。
wikipedia 英語版によれば 2009-2010 年に 120-200 つがいで 2002 年に比べて 88% の減少。越冬地のミャンマーなどで混獲の被害にあったり、重要中継地であった韓国のセマングム (Saemangeum) 干潟の干拓 (1991-2010) が影響を与えた可能性が考えられている。
繁殖地はロシアチュコト半島の一部に限られ、そこでの環境悪化は特にあるわけではないが、将来の個体数減少に対応するため、また保護下で外敵による捕食を避けて数を増やすための飼育施設が設けられている。2011 年からロシアで採取された卵を英国の飼育施設に運んで人工孵化させる取り組みが始まった。2013 年にはロシア現地の飼育施設で 20 羽のひなが誕生したとのこと。
日本語では
ヘラシギ保護の最前線をお届けします! (バードライフの日本語記事 2017)。
日本野鳥の会 ヘラシギ [ティーチャーズガイド・ヘラシギと湿地を守ろう (Spoon-billed sandpiper teaching kit) ができました]
などを読むことができる。渡りの中継地、越冬地各国でも同様のプログラムが進められている。
動画では英国 WWT とロシアの協力の初期段階の映像
The Spoon-billed Sandpiper expedition | WWT、卵の孵化の様子 WWT: Spoon-billed Sandpiper Conservation Breeding などが紹介されている。
ロシアの現地 (Mejnypil'gyno村 非常に読みにくい名前はチュコト語由来) での保護増殖施設の様子と地元小学校でのプレゼンテーションや観察 (2015) Lopaten' (Calidris pygmeus) も紹介されている。
ロシアのヘラシギ保護のサイト。
国際的には Saving the Spoon Billed Sandpiper のサイトにも現地の保護増殖施設の紹介がある。
Green et al. (2021) New estimates of the size and trend of the world population of the spoon-billed sandpiper using three independent statistical models による個体数推定では減少速度は緩和されているが依然危険な状態と指摘されている。
Chowdhury et al. (2022) Accelerating decline of an important wintering population of the critically endangered Spoon-billed Sandpiper Calidris pygmaea at Sonadia Island, Bangladesh
バングラデシュの重要越冬地でさらに数が減っている、などの研究が出ている。
衛星追跡結果は Chang et al. (2020) Post-breeding migration of adult Spoon-billed Sandpipers があり、6個体を追跡。繁殖後に渡りまでの期間を過ごす場所、重要中継地点などが明らかにされている。
これを見ると大陸ルートが主な渡り経路で日本での観察が難しい理由、また石川県などで比較的定常的に観察されている理由もわかる。
富田 (2018) Birder 32(2): 42-43 にも中国で行われた衛星追跡の結果が紹介されている。中国版南部に分散して越冬すること、オホーツク海沿岸にこれまで知られていなかった中継地が見つかったとのこと。
衛星追跡でこれまで知られていなかった繁殖地が明らかに。Transmitter reveals new Spoon-billed Sandpiper breeding grounds (BirdGuides 2024.12.24)。
ロシアの記事 自分では生き延びられない鳥 (2016) 抄訳 ([kbird:01490] ヘラシギのロシアの記事 2016.8.10):
野鳥の卵を巣から盗むというのは恐ろしいアイデアです。これは種が
脅威に晒されている場合にとりわけその通りです。例えばイギリス
では野鳥の卵を盗もうとして捕まった人は禁固6か月に処せられます。
[どのように種を絶滅から救うのか?]
しかしロシア北東部、チュコトカの沿岸の肌寒いツンドラで保護の
ためにまさにこのことが行われています。2012 年からロシアと
イギリスの鳥類学者がヘラシギの巣から卵をつかみ取ります。
ひなが十分に力強くなって自然界で自分で生きて行けるように
なれば自然に放します。
これはこの種を保護するための絶望的な最後のステップなのです。
しかし鳥類学者はこれをやらざるを得ません、というのはヘラシギ
の状況があまりにも絶望的であるためです。
自然界には繁殖しているこの鳥のつがいは全部で 200 しか残って
いません。個体数はこの数十年で急激に現象しました。しかしこの
危機の原因は繁殖するロシア国内にあるのではなく、遠くの南に
あるのです。
[生息環境の破壊]
若いヘラシギは十分な大きさになると黄海沿岸の中国や韓国、そして
東南アジアへと南への渡りを始めます。
この道のりは 8000 km にも及び、スズメほどの大きさしかない鳥が
この長距離を克服するのです。そしてまさしくその道筋において
ヘラシギは自身の最大の問題にぶち当たるのです。黄海のこの鳥の
生息地は事実上なくなってしまっています。この鳥たちは無数の
小さな無脊椎動物のすみかとなっている泥質の砂浜で餌を探します。
しかし中国や韓国ではこれらかつて広大な泥質の砂浜は農業や産業
のために干拓されてしまいました。それはこの鳥の骨の折れる渡りの
時の急速場所が著しく小さくなったことを意味します。
多くの野性の渡り鳥は黄海の生息地の消失の犠牲になっています。
彼らは皆、東南アジアを横切る最大の渡りのルートの一つを通って
ゆくのです。
もう一つの問題は沿岸部の鳥の狩猟、特に東南アジアの国々や中国
におけるものです。猟師にとってヘラシギは価値ある獲物には小さ
すぎますが、暗闇の中でよく網にかかってより大きな種類のために
据えられます。
[子孫を再生産する問題]
この損失を補填するためにヘラシギは多数の子孫を再生産せねば
なりませんが、ここに問題があるのです。卵やひなの大部分は
大きなカモメ類やキツネやリスなどの哺乳類などの捕食者の
餌食になってしまいます。平均的には成熟したつがいは毎年
3-4個の卵を産みますが、その中から2年に1羽のひなが南へと
旅立つことができるのです。
[鳥類学者は何をしているのか?]
まさにここが生態学者が助けをさしのべています。彼らは
卵を集めて孵卵器に入れます。そして孵化したばかりでまだ自分
で生きていくほどに十分強くなっていない間ひなを世話します。
アイデアは産まれ次第卵を集め、そして若い鳥を安全なケージの
中で育てるということです。理論的にはひなが黄海への渡りを
遂げるチャンスが7倍になります。
鳥類学者はこの他に「ノアの箱舟」として知られている23羽の鳥の
集団を設けました。もし自然界で鳥を保護することができなかった
場合、これらの鳥を飼育下で増やそうと願っているのです。
2016年6月にそのうちの2つがいが初めて卵を産みました。
しかしながら今は重大な課題であるこの種を自然界で保護すること
に最大の努力が向けられています。
[飼育下でのヘラシギ増殖の特性]
現在この種の最もよく知られたチュコトカでの繁殖地は漁村の
Mejnypil'gyno です。毎年鳥類学者はここにある8つの巣から
全ての卵を採取します。もし卵をシーズン始めに採取すれば鳥は
再度産卵のためにつがいを作ります。しかしそれは再度採取しません。
しかしながらこのような絶滅しつつある種の卵を採取することは
常に危険を伴います。しかしこの鳥の生物学的特性からこのような
アプローチがうまく行くと予想できる点が2つあります。
一つの好ましい要因はヘラシギのひなは孵化して羽毛が乾けば
すぐに自分で餌をとれることにあります。1時間も経てばひなは
無脊椎動物を探しに歩き回ります。さらに若い鳥はいつ渡りを
始めるか、どの方向に飛ぶ必要があるかを本能的に知っています。
これは例えば親が導かなくてはいけないガン類やツル類が
持ち合わせていないこの種族の自然の防御機構なのです。
[ひなに何を与えるのか?]
しかしながら鳥類学者はさらに一つの問題にぶち当たりました。
飼育下のひなにどのように餌を与えればよいのか。彼らは
ビタミンとミネラルを添加した固形の餌を与えることにしました。
しかしその他に天然の餌である昆虫を与えようと努めています。
ありがたいことに北極の夏には昆虫は不足していません。
ツンドラには非常に大量のカがいて、人間が生活するにはやっかい
なほどですが、鳥が繁殖するには好適な要因なのです。
しかしながら最初の1年間、鳥類学者チームは危機に直面
しました。ひなが乾燥フルーツを食べようとせず、風が強くて
カで餌を保証することもできなかったのです。このため学者
たちは強い風の吹かない遠くの谷間へカを採取に行く必要が
ありました。鳥類学者は真空掃除機、四輪駆動車、ポータブル
発電機のフル装備で遠征に出かけました。彼らは後で雛の餌に
なるかも知れないカを集めるのに掃除機を使いました。今では
プロジェクトチームはその場所で 24 時間体制でカを集めています。
極北の地にはこの季節には夜がなく、ひなは最初の渡りに備える
ために大量に食べる必要があるのです。
[ひなはどのように発育するか]
孵化したばかりのひなは 5 g しかありません。巨大な足を持つ
ハチに似ています。それでも 20 日経つと自然界で生き延びる
ことができるほどに自立します。生まれて 23-25 日後には
自分で渡りを始めることができるのです。
鳥類学者は毎年約 30 羽を育て上げて放しています。大多数は
黄海の方向へと移動を始めます。2014 年、鳥類学者は育てた
鳥を初めて見ました。彼らは生き延びてこちらへ戻ってきた
のです。その後 2015 年、育てられた鳥の何羽かが野性下で
つがいを作りました。今年彼らがうまく繁殖できるかどうかを
語るには早すぎるでしょうが、そうではないと考える理由も
特にありません。
さらに 2015 年夏にその前6年で極めて急速にこの地域の個体群
が減少した後、初めて少し増加が記録されました。データは
飼育下でのひなを育てたおかげで数が増えたことを示しています。
これは鳥類学者の努力が成果につながったことを意味します。
[何のために国際協力が必要か?]
しかしながらチームはこの活動だけで鳥を絶滅から救うことは
できないことはわかっています。実際に採食場所は生息地の破壊
の現実の問題が解決しなければこの種の命運は尽きているのです。
このプロジェクトによってこの種の保護のために十分に強力な
処方箋を作る時間稼ぎをすることができます。現在ミャンマーで
狩猟を避けるため、また中国で生息地の損失を避ける試みのための
仕事がなされています。これはロシアに営巣地で行われている
仕事と同様に大変重要なことです。
結局のところこの小さな鳥を救うには東アジアの渡り経路を
通じた保護が唯一の方法です。ここでの一歩一歩が大変大きな
意味を持ちます。ヘラシギを救うことができるかは渡りの経路での
国際協力にかかっているのです。(抄訳終わり)
ベラルーシの鳥類雑誌 (2012 年号) の p. 22 にヘラシギ調査
に出かけた (2008) 方の手記があった (現在 URL リンク切れ [kbird:01502] ヘラシギ調査 2008, 2016.8.24 紹介)
ある遠征の記録 Pavel Pinchuk
"Ptushki i My" 「鳥と私たち」 (2012) 21(2), 22
私がヘラシギを知るようになったのは 2008 年冬にアレクサンドル
ヴィンチェフスキーからの電話が始まりだった。チュコトカの
2回の遠征に鳥類学者が必要だった: 最初はヘラシギについて
2か月半、2つめはカリガネについて1か月半だった。
迷うことなく最初の方を選んだ。5月終わり、モスクワから
ほとんど9時間の飛行を終え、ベラルーシの夏からチュコトカ
の春へとたどり着いた。春というよりもむしろ冬だった。
6月の始めのチュコトカでは春はまだ始まったばかりで、
アナディルの沿岸の氷の上を「万能車」(訳注:悪魔の車
として有名なもの?) が走っていたが、春の鳥の渡りはもうすでに
真っ最中だった。最初の一週間を我々は Ugolnye Kopi
でヘリコプターを待って過ごした。時間をつぶす (だけでは
ないが) ためかすみ網をしかけ、最初の日には一週間前に Pripyat
(訳注: チェルノブイリで有名な地名だが、もしかしてそこ
での調査?) にいたのと同じ種類を捕まえた:タカブシギ、
ハジロコチドリ、タシギ、エリマキシギ。そしてようやく翌日
ヒバリシギをリストに加えることができた。
総じてヘリコプターを待つのはたいへん退屈な作業だとわかった。
毎朝 11 時に全員が集合して空港に車で行く必要があり、1時間半
待って天候条件が厳しいために便は欠航と聞くのだった。
しかし天候は我々をすぐに哀れんでくれたのか1週間後に
我々は発音するのも難しい Mejnypil'gyno (訳注: よほど
読みにくいのか綴りがかなり間違っていたので修正) という名前の集落
に降り立つことができた。ヘリコプターに乗って初めて鳥類学者
が特別が特別に扱われていることを知った:飛行士は我々がどういう
者かを知って飛行中に撮影用の覗き窓を開けるのを許可して
くれた。その後私は、鳥類学者に至るところで「青信号」
が与えられることに驚かなくなった。例えば学校では自由に
インターネットが使うことや「外出禁止時間」に大人向けの
アルコールを入手することが許されていた。
課題はまずまず単純なことだった:調査区域で繁殖している
すべてのヘラシギのつがいをみつけて記録し、巣を見つけたり
彼らの運命を追跡することを可能にするのだった。
その時はヘラシギに標識をつけることは断念していたが、
昨年カラー標識をつけた鳥を探すことは必要だった。
その他に地域の人々との交流や「ヘラシギ友好クラブ」を作る
ことが我々の仕事になった。ヘラシギの仕事の合間にチュコトカ
南東部の海のコロニーで鳥の調査をすることになっていた。
ヘラシギは到着したその日に見ることができ、集落から十分
近いところにいた。ヘラシギは特に大きなシギではないとは
知っていても、その大きさには驚かされた。ニシトウネンよりも
大きくないのである。ツンドラで探すのはまったく簡単なこと
ではなく、それほど姿を見せようとしないのでなおさらの
ことだった。特徴的なぶんぶん (ジュジュ?) いう声が救いである。
色や外見はヘラシギは見慣れたニシトウネンとあまり
違わない。ここでは普通にいるトウネンとは一層似ている。
しかし嘴に関してはこれはまったく別のことだ。
この鳥にとって何のためにこういう形が必要なのかはよく
わかっていない。このシギの採食行動を観察してもこの形が
役立っているというより邪魔しているような印象を受ける。
ところで地域の学校での講演の準備の途中で明らかになった
のだが、ヘラシギ (lopaten') の名前はシャベル (lopata)
との類似性から来ているのではまったくなく、四輪馬車の
木製の軸の下のすきまにホイールハブに手で穴をあけるために
使われる特別なドリル (lopaten') から来てきることが
明らかになった。
さて仕事にためにやってきたのだからその話に戻ろう。
我々の調査の結果、ヘラシギの数がさらに減少したこと
が明らかになった。2003 年にほぼ 100 つがいを記録した
調査区域で 10 つがいを越えないヘラシギしか生息して
いなかった。我々が見つけたもの全部で6個の巣で
そのうち1つはたぶんイヌが食べてしまっていたが、
他は正常なひなが孵化していた。
天候がヘラシギたち自身にとっても、我々の仕事に
とっても好ましくなかったことは言っておく必要がある。
6月初めには少し雪も降り、その後何時間かかけて雪が
解けた。6月はちょっと寒く、昼の平均温度は5℃ぐらい
だった。雨は少なかったし、降ったとしてもぬか雨ぐらい
みたいだった。7月前半はよく晴れた暖かい日はたった
1日だけで後の日は曇った肌寒い日が続いた。これらの
ことのためにヘラシギが普通営巣する場所が乾きすぎる
ことにつながった。このことがおそらくヘラシギの個体数
が少なかったことにつながり、その証拠は翌年確認する
ことができた。
ヘラシギの巣を見つけるのが難しいとすればひなを見つける
のはもっと難しい。正確な巣の場所を知って定期的に調査
しているのに、巣からそれほど離れていないところに横た
わっている孵化してまもないひなを見つけるのに半時間も
費やした。生まれたばかりのヘラシギの嘴にはすでに
しっかりとした固形の「スコップ」があり、嘴が成長する
につれて一層頭から離れるようになる。
7月半ばには我々は2週間集落を離れて海鳥のコロニーの
調査に出かけた。コロニーの鳥のカウントをする他に
繁殖しているヘラシギを発見する希望を持ってピーク川
地域もまた観察したが成果はなかった。ヒグマたちとの
近接遭遇が風変わりななぐさめになった。ヒグマは人を
恐れるがそれほど強くないことは言っておかねばならない。
しかしセイウチのコロニーのそばにいることと、産卵に
向かう赤い魚 (ベニザケ、カラフトマス) のおかげで
一度に7頭までのヒグマを見ることができた。
そのうち1頭のヒグマ (こいつには良くない呼び名を付けていたが)
が我々のゴムボートをおそらく死んだセイウチと間違って
切り裂いたことで全て終わりとなってしまった。
集落に帰ると我々の乗るヘリコプターの席はなく、その後
もないという嬉しくない知らせが待っていた。そのため
シーズンは「召集されるかされないか」という永遠の
曖昧な希望とともに終わるのだった。最後の日々にはひなに
標識を付けるために近くへの出撃を終えた。知っている
2つがいのコオバシギの3羽のひなに足環を付けることと、
白いフラッグを付けたオスの写真を撮ることに成功した。
この標識はニュージーランドで越冬中に付けられたことが
わかった。
最後の外出のうち1回は我々が標識を付けたひなを訪れる
ために費やした。この時はそれらのひなを見ることが
できないじまいだった。草の中に去ってしまっていた。
しかし両親の行動からは守らなければいけないものが
いることがわかった。そういうことでこれらのひなに
とって少なくとも生涯の門出はうまくいったようだ。
さて8月にモスクワに戻ってくるとグルジアとの間で
始まった戦争のニュースと我々のかつての故郷の首都の
すべての駅にいるおびただしい数の警官が待ち受けていた。
今になって当時 2008 年を思い返してみると、シーズン
が終わってすぐ、ヘラシギの将来はお先真っ暗だったことを
思い出す。5-10 年もすれば最終的に絶滅してしまい、
何をしてももうすでに遅いという意見すらあった。
しかしこの2年でなされた仕事によれば、このユニークな
シギの将来を一定の安堵感 (と言ってよければ)
を持って見守ることができるようだ。(訳文終わり)
この著者の方のものと思われる ブログ がある。
ヘラシギの巣などの映像がある。2009 年当時の記録だが、当時は本当に絶望的で、何かの要因で数が回復してくれると信じたいと結ばれている。
生まれた日のヘラシギ
当時のチュコトカの風景 (5月末) とシギ類: 1, 2。
wikipedia ロシア語版によれば長命で 14, 15年、最低 16 年生きた鳥が記録されているそうで、小型
シギ類では珍しいとのこと。
-
キリアイ
- 第8版学名:Calidris falcinellus (カリドゥリス ファルキネルルス) 小さな曲がった嘴のシギ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Limicola falcinellus (リーミコラ ファルキネルルス) 小さな曲がった嘴の泥に住む鳥
- 第8版属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 第7版属名:limicola (合) 泥に住む鳥 (limus (m) 泥 colo (tr) 住む)
- 種小名:falcinellus (m) 小さな鎌 (falx -falcis (f) 鎌 -ellus (指小辞) 小さい 備考参照)
- 英名:Broad-billed Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
limicola は limus は冒頭が長母音。-cola は短母音のみで -mi- がアクセント音節となるはず (リーミコラ)。属分割で復活するかも知れない属名。
falcinellus は -nel- がアクセント音節と考えられる (ファルキネルルス)。
語構成は見当たらないが falx の単純な変化では n の音は出てこない。
falx + -inus で falcinus が作られ (解剖用語に存在する) + -ellus と考えられるように思える。この場合であれば -inus の i が長母音となる (ファルキーネルルス)。いずれの可能性もあると考えられる。キリアイのファンの方に追求していただきたい。
Limicola 属は Thomas et al. (2004) A supertree approach to shorebird phylogenyの系統解析により Calidris 属に含められた。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版でも同じ扱い。
Calidris falcinellus となる。同文献により Philomachus 属 (#エリマキシギ参照。現在ではこの属も Calidris 属に含められた) となる可能性も提案されている。分子系統に関する文献は#ヘラシギの備考も参照。
2亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は sibirica (シベリアの) とされる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" 時代は独立種扱いで Limicola sibirica となっていた。原記載 (Dresser 1876)。基産地はシベリアと中国。
基亜種の方は Scolopax Falcinellus として Pontoppidan (1763) がリストしたもの。
Den Danske Atlas eller Konge-Riget Dannemark (p. 727:623)。百科事典的な本。
Falcinellus Ryle eller Domsneppe med et flad og mod Enden nedboyet Nab との記述。
Ryle はハマシギ、Falcinellus Ryle で小さな曲がった嘴のハマシギ。
Domsneppe は sneppe (シギ類) dom は複数の語義がありやや不明。Ryle, Calidris に別名として現れている。
続く部分は平らな嘴の先端が少し下に曲がっている意味で、全体として小さな曲がった嘴と称されていた。
さて Tringa platyrhyncha Temminck, 1815 (参考) があり、この資料ではキリアイと同定している。参考 では Numenius pusillus Bechstein, 1809 と同定されているがこれもキリアイとのこと (参考)。
一方で Numenius pusillus Bechstein, 1812 の用例 (参考) は Numenius pygmaus Latham, 1787 の改名とあり、Numenius pygmaus Bechstein, 1803 (参考) はハマシギのことなど全体的にちょっと怪しい。
Pontoppidan (1763) の学名が早いためにこれらの学名が現在問題になることはないが、Temminck (1815) の学名が英名 Broad-billed Sandpiper の由来と考えられる。
Hartert (1910-1922) では p. 1601 参照。
山階鳥類研究所の標本データベースでも Temminck の学名が用いられていたものがある (YIO-11098)。キリアイの名称の入ったラベルは学名を見ると後に付けられたものと想像できる。
和名のキリアイの由来は今一つよく知らないが、嘴を上から見ると基部の幅が広いとコンサイス鳥名事典にあり、嘴の形由来かも知れない。例えばキリハシチメドリ Wedge-billed Wren Babbler (現在では分離され Sikkim Wedge-billed Babbler の英名が使われるよう) では同書で嘴は円錐状で先端がとがるなどキリアイに似た記述となっている。キリハシハチドリの英名も Wedge-billed Hummingbird。
キリアイの和名が付けられた時代は Temminck の学名がまだ用いられていて、同じような着想から作られた名称を短縮したものだろうかと想像していまう。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 103 p. 17 に時々ジュリー、ジュリーと鳴きながらトビムシやゴカイなどをあさるとあった。形態ばかり注目していたが和名は#キョウジョシギでも考案されているように音声由来も考えられる気がしてきた。例えば嘴の形と関連させてキリを刺しながら回しているような声として解釈された (?)。
繁殖地の音声であるが XC839618 (Stein O. Nilsen 2023.6.26) と大変面白いものがあった。結構よく声を出す種類のようでさまざまな音源がある。XC654080 (Lars Edenius 2021.6.2)。flight call ではあるが、シマアジの声がねじを巻くような音と形容されるならば、キリ回しと形容されてもおかしくない感じがする。
Boyd では Limicola falcinellus。
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コモンシギ
- 第8版学名:Calidris subruficollis (カリドゥリス スブルーフィコルリス) やや首の赤いシギ
- 第7版学名:Tryngites subruficollis (トゥリンギテース スブルーフィコルリス) やや首の赤いクサシギのようなシギ
- 第8版属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 第7版属名:tryngites (合) tringa に似た鳥 (Tringa クサシギ属 またはギリシャ語 trungas、-ites (接尾辞) 〜に似た Gk)
- 種小名:subruficollis (adj) 多少首の赤い (sub- (接頭辞) 多少 rufus (adj) 赤い collum -i (n) 首 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Buff-breasted Sandpiper
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
tryngites は外来語由来の合成語で発音はわからないが、ギリシャ語由来の -ites の e が長母音。他は短母音と考えると冒頭がアクセント (トゥリンギテース)。
subruficollis は -ru- の u が長母音で -col- がアクセント音節 (スブルーフィコルリス)。-collis は英名では -throated, -breasted いずれにも訳される。
少しまどろっこしい種小名になっているのは Tringa ruficollis Pallas, 1776 (参考 トウネンの記載) の用例がすでにあったため。
単形種。Tryngites 属は Thomas et al. (2004) A supertree approach to shorebird phylogeny の系統解析により Calidris 属に含められた。
その後の研究もあり、#キョウジョシギの備考参照。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ扱い。Calidris subruficollisとなる。
Actidurus naevius Heermann, 1854 (参考) の記載があり、naevius は斑点のある、同時に記載された英名が Mottled Grass Plover でいずれかが和名の由来となった可能性がある。
山階鳥類研究所の標本 YIO-11118 のラベルにはアメリカシギの別名が記されていた。
当時よく使われていた学名は Tringa rufescens Vieillot, 1819 (参考) 由来のもので、属名のみ変えたものが使われていた。しかし Tringa rufescens Bechstein, 1809 (参考。エリマキシギと同定された) の同名の用例がすでにあって無効となった。
Hartert (1910-1922) では p. 1597。
Tringa 属をもし用い、Tringa subruficollis Vieillot, 1819 (Azara のパラグアイの記述をもとに付けた学名 参考) を有効と考えない場合にはその次に古い naevia が有効になる次第。Azara の記述の同定が混乱していた時代もあり、一時期はこの種小名が使われていたのではないだろうか。
Tryngites 属は Cabanis (1857) がコモンシギを指して設けた属で、この属を用いる場合は Tringa 属と衝突しないので、Tringa subruficollis Vieillot, 1819 を有効と考えない立場では Tryngites rufescens の学名でよかったことになる (山階鳥類研究所の 1880 年代の標本に用いられていた学名)。
Boyd では Ereunetes subruficollis。
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エリマキシギ
- 第8版学名:Calidris pugnax (カリドゥリス プグナークス) 好戦的なシギ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Philomachus pugnax (ピロマクス プグナークス) 好戦的な闘争を好むシギ
- 第8版属名:calidris kalidris/skalidris アリストテレスの記述した斑点のある灰色の水辺の鳥。具体的には同定されていない (kilida 斑点 Gk)、後にシギまたはセキレイと考えられた (The Key to Scientific Names)
- 第7版属名:philomachus (合) 闘争を好む (philos 好む makhe 闘争 Gk)
- 種小名:pugnax (adj) 好戦的な (繁殖期のディスプレイから)
- 英名:Ruff (16 世紀ころのひだの襟から)
- 備考:
calidris は#コオバシギ参照。
philomachus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-lo- がアクセント音節と考えられる (ピロマクス)。
pugnax は a が長母音でアクセントは冒頭 (プグナークス)。pugno (プグノー。争う) -ax (長母音。〜に傾いている) に由来する長音。
関連する pugnus については#ヘラシギの語源解説参照。
pugnax が用いられている現行の学名はキムネイロムシクイ Apalis flavida Yellow-breasted Apalis の亜種とエリマキシギのみ。歴史的にはもう少し用例があったが少ない。行動を記述する学名は標本をもとに付けにくいものと想像できる。
単形種。Philomachus 属は Thomas et al. (2004) A supertree approach to shorebird phylogenyの系統解析により Calidris 属に含められた。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ扱い。Calidris pugnaxとなる。
その後の研究もあり、#キョウジョシギの備考参照。
[旧属名の由来]
かつての Philomachus 属は当時記載者不明の属で 1804 年に用いられたが、記載者不明で有効としない考えもおそらくあったと思われ、同じ属名を Gray (1840) が ツメバゲリ (現在の学名で Vanellus spinosus) Spur-winged Lapwing にが用いた。
かつては Machetes Cuvier, 1817 (makhetes 戦士 Gk)、Pavoncella Leach, 1816 (タゲリのイタリア語名 Pavoncella から) といずれもエリマキシギのみを含む属も提案されたが、これも Philomachus 属が記載者不明だったためかも知れない (The Key to Scientific Names の情報を参照してとりまとめ)。
Hartert (1910-1922) p. 1594 の時代にも Philomachus 属の記載者は不明のままだったが、この属を有効とした。日本鳥類目録改訂第7版でもこの属名が使われていた。
後に記載者は Merrem と判定された (#コオバシギ備考の [Calidris 属について] 参照)。
記載者不明の場合に無効とすると、後に記載者が同定された場合に先取権が変化して大きく変える必要が発生する可能性があるなど難しい問題があったものと想像できる。
Machetes 属を用いた学名で Machetes variabilis Wood, 1837 は納得できる気がする (夏羽と冬羽の変化が大きいなど。#クロジの備考参照)。
この学名については 参考 1, 2。#ノスリの備考のように新属に伴う改名と想像できるが、
Brehm (1831) が Machetes に "2種" (Machetes alticeps Brehm, 1831 参考 と Machetes planiceps Brehm, 1831 参考) を記載したためとも考えられそう。
エリマキシギにはいろいろなタイプの個体があるので、Brehm (1831) は頭の色違いに別々の学名を与えたものかも。Wood (1837) は同種内で違いが大きい (または変化する) の意味で、解釈を訂正する意味合いも込めて Machetes variabilis Wood, 1837 と名付けたのかも知れないが Hartert すら原文献を見ていないとあるので歴史に関心のある人が調べない限り真意は不明のままかも。
ただしこの学名は S.D.W. が 1836 年に用いており (参考。ただし無効学名)、Wood 自身の解釈ではなかったかも知れない。
いずれも現在の分子系統解析では単形属とする必要はなく不要となった。
Hartert 時代のドイツ語名は Kampfhahn (闘争的なニワトリ), Kampflaeufer (闘争的なシギ) と "闘争" を冠し、後者は現在も使われている。フランス語名などでも同様で英名の方が上品な感じ。和名も英名と同様の特徴を指している。
ロシア語名が turukhtan と特殊で普通の人が聞いても耳慣れないとのこと。Kolyada et al. (2016) によればかつては kurukhtan, kurakhtan と呼ばれていて kur (ニワトリ) + petukh (雄鶏または喧嘩好き) の合成から派生したとのこと (原文では語源の表記に正書法以前のロシア語が使われているが現代の綴りを用いた)。ドイツ語名でも闘争的なニワトリが出てくるので発想は同じかも。
[特異な社会構造と遺伝]
繁殖地ではレック lek [語源はスウェーデン語の lek 遊び、leka 遊ぶとのこと (wiktionary)] と呼ばれる集団求愛場のグループを形成する。エリマキシギはオスのディスプレイがメスに対するものよりも、他のオスに直接向けられる点が珍しい。
テリトリーを持つオス (independent, 全体の 84%)、取り巻きのオス (satellite, 16%)、メスのように見えるごく少数のオス (1%) からなる社会構造を持っている。レックを作ることがはっきり確認されているシギはエリマキシギのみ。
これらの特性は遺伝子が決めており、生涯変わらないとのこと。テリトリーを持つオスは翌年は 90% の確率で同じ場所に戻り、他の個体の順位もよく把握している。取り巻きのオスはテリトリーを持たず、テリトリーを持つオスのテリトリーに入って交尾の機会をうかがうとのこと。メスのように見えるオスはオスらしい生殖羽を示さないが、生殖羽を持つオスよりも大きな精巣を持っている。
レックを形成する鳥ではそうでない種類に比べて体サイズでみた精巣が小さい傾向があるが、エリマキシギはあらゆる鳥の中で体サイズに比べて最も大きな精巣を持っている。
このメスのように見えるオスは「隠れオス」、英語では faeder (feader と書かれるのは誤記) とも呼ばれる。進化的にはこれが生殖羽を持つオスの原型と考えられている。この faeder に対して交尾を試みる取り巻きのオスもあるが、この同性間の交尾で faeder の方が上に乗り、相棒はオスであることを認識していると見られている。このような同性間の交尾はメスを誘引する機能があるのかも知れない
2016 年にこれらの3種類のオスを決定する遺伝部位が同定された。380 万年前に起きた 90 個の遺伝子を含む大きな転位によって faeder が生まれた。これだけ多くの遺伝子が含まれるため、この変異を持つ遺伝部位がホモ接合になると致死的である。
50 万年前に起きたまれな組み換えによって取り巻きのオスが形成されたとのことである。
(wikipedia 英語版より。文献や遺伝学的詳細は同ページを参照)。
「超遺伝子」で決まるエリマキシギの恋のアプローチ法 (nature ダイジェスト 2016)
に日本語解説がある (#ベニヒワの備考も参照)。
これほど詳しい研究が行われているのはヨーロッパではエリマキシギが繁殖するためである。
エリマキシギ研究者のページ Ruff Project にもまとめられている。Reproductive strategies in the ruff で3種類のオスの解説と動画が見られる。「
好戦的な」の学名の意味も、この特異な繁殖戦略に由来するものになっている。
東アジアではほとんど極北ツンドラのみで繁殖するため、ご存じのようにオスの完全な夏羽でさえ我々にとっては縁遠い存在である。英語でメスは reeve とも呼ばれる。
テストステロンレベルの制御を行う単一の遺伝子 (HSD17B2) が同定されたとのこと: Loveland et al. (2025) A single gene orchestrates androgen variation underlying male mating morphs in ruffs。
Super enzyme that regulates testosterone levels in males discovered in 'crazy' bird species (一般向け解説記事)。
(#ノスリ備考の [ガラパゴスノスリや他の猛禽類の一妻多夫] と重複掲載):
Marcondes and Douvas (2024) Social mating systems in birds: resource-defense polygamy - but not lekking - is a macroevolutionarily unstable trait
こちらは進化的安定性について。レック形成は進化的に安定でほとんど失われることがないが、resource-defense polygamy (テリトリーを確保して一夫多妻または一妻多夫) は安定でなく一夫一妻に戻ることもしばしばある。予想に反してレック形成は一夫多妻または一妻多夫から進化したより一夫一妻から進化したと考えられるとのこと。
Polygamy is (not) for the birds 一般向け解説 (Alexandra Becker, Rice University 2025.1.13)。
Luzuriaga-Aveiga (2025) Digest: Extremes of the mating system continuum are the most evolutionarily stable こちらは短い解説論文でオープンアクセス。
意外に見えるが一夫一妻とレック形成が進化的に安定で、resource-defense polygamy は不安定で一夫一妻に戻るか、その系統は消滅したかのいずれかと解説している。弱い雌雄の結びつきの場合はオスの子育てへの投資が不確実で、メスにとって適切な戦略となっていない可能性を考えている。
一夫一妻が圧倒的に多い (91%) のは雌雄の結びつきが強くどちらの性にとっても有利な可能性がある。
一夫一妻でパートナーを変える行動は繁殖成功率を上げる戦略の可能性があるとのこと: Culina et al. (2015) Trading up: the fitness consequences of divorce in monogamous birds。
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アメリカヒレアシシギ
- 学名:Phalaropus tricolor (パラロプース トゥリコロル) 三色のオオバン足のシギ (リストにより三色の水かきのある足の鳥)
- 属名:phalaropus (合) オオバンの足 [phalaris, phalaridos (Gk) は未同定の水鳥で、オオバンと考えられている。鳥類学ではこの意味で使われる< phalaros 白い班のある < phalos 白 (Gk) (The Key to Scientific Names)。pous 足 Gk]
- 種小名:tricolor (adj) 三色の (tri- (接頭辞) 三つの color (m) 色)
- 英名:Wilson's Phalarope
- 備考:
steganopus はギリシャ語由来の -pus が長母音を持つ。-ga- がアクセント音節と考えられる (ステガノプース)。
phalaropus は#ハイイロヒレアシシギ参照。
tricolor は短母音のみでアクセントは冒頭にある (トゥリコロル)。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Steganopus 属 (steganopous, steganopodos 水かきのある足の Gk < stegane 水かき Gk podos 足 Gk) としている。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。この場合 Steganopus tricolorとなる。
HBW/BirdLifeでは Steganopus 属、IOC、eBird など Phalaropus 属を用いている方が多く、第8版の最終的な学名が何になるかは不定要素がある。Steganopus 属の場合は単形属。
最終的に Phalaropus tricolor となった。
Working Group Avian Checklists, version 0.04 では Phalaropus tricolor。
Steganopus は Vieillot (1818) が提唱した属名で Peters (1934) が採用していた (The Key to Scientific Names)。
日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)にて Phalaropus 属となった。
Boyd では Steganopus tricolor。
Cerny and Natale (2022) の分子系統解析では Phalaropus 属としても単系統となるが、属の分岐年代をどの程度まで反映するかの選択となる。
ヒレアシシギ類の中でもアメリカヒレアシシギのみは系統が少し古いと理解すればよさそう。ソリハシシギがさらに古い分岐に当たると考えると見かけがあまり似ておらず不思議な感じもする。
英名はアメリカの鳥類学者 Alexander Wilson に由来。
北米で繁殖し南米に渡るが、他地域にも分布する可能性がありよくわかっていないようである。
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アカエリヒレアシシギ
- 学名:Phalaropus lobatus (パラロプース ロバートゥス) 弁足のヒレアシシギ
- 属名:phalaropus (合) オオバンの足 [phalaris, phalaridos (Gk) は未同定の水鳥で、オオバンと考えられている。鳥類学ではこの意味で使われる< phalaros 白い班のある < phalos 白 (Gk) (The Key to Scientific Names)。pous 足 Gk]
- 種小名:lobatus (adj) 葉状の、弁足の (lobus (m) 葉 -atus (接尾辞) 〜が備わっている)
- 英名:Red-necked Phalarope
- 備考:
phalaropus は#ハイイロヒレアシシギ参照。
lobatus は a が長母音でアクセントもある (ロバートゥス)。所有の -atus の長母音由来。
学名と英名の対応が悪いが、これはかつて使われていた学名 Phalaropus ruficollis Pallas, 1811 (参考。首の赤いヒレアシシギ) に由来。下記のように Linnaeus (1766) の Tringa lobata の記載が整理された上で原記載となった。
単形種。
スウェーデンからアラビアまで内陸を通って渡ってゆく研究: van Bemmelen et al. (2015) First geolocator tracks of Swedish red-necked phalaropes reveal the Scandinavia-Arabian Sea connection。
原記載では生息地はアメリカとラプランドと記述されている。ラプランドについては Per Adlerheim が発見 (#ハマシギの備考参照)。
この順序に基づき基産地は優先順からハドソン湾 (下記参照) となっている。
wikipedia 英語版の synonyms によれば Linnaeus が Lobipes lobatus の学名も与えたかのように読めるが、こちらは Cuvier (1816) の学名。
しかし Linnaeus は Tringa hyperborea Linnaeus, 1766 を記載しており (原記載、こちらはアカエリヒレアシシギのシノニムとされる (The Key to Scientific Names)。
この Linnaeus (1766) では Tringa lobata の生息地に英国を追加しアメリカを外した。Tringa hyperborea の方がハドソン湾となっている。
Linnaeus は英国でも生息することを知ったとともに2種に分離した意向がわかる。これを検討した結果シノニムと判定され、曖昧だったアカエリヒレアシシギの基産地がハドソン湾と特定されたよう。
現在は単形種とされるので問題はないが、もしユーラシアとアメリカが別亜種と考えられるならば Linnaeus (1766) の記載は別亜種を記載したことになるのか、それとも Linnaeus (1758) の基産地がアメリカと解釈できるのでシノニムと判定されるのかちょっとわからない。
鳥類全体の配偶様式と地理的関係を調べた論文: Barber et al. (2024) Climate and ecology predict latitudinal trends in sexual selection inferred from avian mating systems
北半球の高緯度地方、北アメリカ、ヨーロッパで一夫多妻または一妻多夫の割合が高い。一方赤道や南半球では少ない。気候の季節変動の大きいところで多い傾向はよく現れている。
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ハイイロヒレアシシギ
- 学名:Phalaropus fulicarius (パラロプース フリカーリウス) オオバンのような足のヒレアシシギ
- 属名:phalaropus (合) オオバンの足 [phalaris, phalaridos (Gk) は未同定の水鳥で、オオバンと考えられている。鳥類学ではこの意味で使われる< phalaros 白い班のある < phalos 白 (Gk) (The Key to Scientific Names)。pous 足 Gk]
- 種小名:fulicarius (adj) オオバンのような (fulica (f) オオバン -arius (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Red Phalarope
- 備考:
phalaropus はギリシャ語 phalaris は短母音のみ、ギリシャ語の足由来の -pus が長母音。-la- がアクセント音節と考えられる (パラロプース)。
fulicarius はオオバンの属名由来で冒頭を伸ばさない (#オオバン解説参照)。-arius は冒頭が長母音でアクセントもここにある (フリカーリウス)。
学名と和名・英名の対応が悪いが、これはかつて使われていた学名 Phalaropus cinerascens Pallas, 1811 (参考。灰色っぽいにヒレアシシギ) 由来する可能性のある英名別名 Grey/Gray Phalarope もあるため。
和名は英名や学名と対応させたものと想像される。
Phalaropus rufus Bechstein, 1809 (参考) や Phalaropus rufescens Keyserling & Blasius, 1840 (参考) が Red Phalarope に対応する学名であった。
Phalaropus griseus Leach, 1816 (参考) には Grey Phalarope と記されていたので英名と学名の関係は明らかだった (この用例でどちらが早いかは不明)。
この時点の用例は無効とされ、Phalaropus griseus Forster, 1817 (参考) は Linnaeus (1758) の Tringa Fulicaria に新属を与える際にタイプ種に相当するものを指す当時の用法と想像できる。
Phalaropus を冠した前記のいくつかの用例の少なくとも一部も同様と考えられる (#ノスリの備考参照)。後に Linnaeus (1758) の種小名に戻されたと推定できる。
記載順から Phalaropus rufus = Red Phalarope と Phalaropus cinerascens = Grey Phalarope の順ならば Red Phalarope の方が優先して使われていたのかも。言うまでもなく赤い方はメスの夏羽を指していた。
メスの夏羽を指すならばアカエリヒレアシシギよりハイイロヒレアシシギの方がより赤いではないか、と感じるのも自然であるが、おそらく和名成立当時の学名または英名を反映した結果このようになっていると想像できる。
単形種。北半球極北部で繁殖。Phalaropus 属のタイプ種。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES レンカク科 JACANIDAE ▽
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レンカク
- 学名:Hydrophasianus chirurgus (ヒュドゥロパーシアーヌス キールールグス) 外科医のメスを持つ水キジ
- 属名:hydrophasianus (合) 水キジ (hydro- (接頭辞) 水の Gk、phasianus (m) キジ)
- 種小名:chirurgus (m) 外科医
- 英名:Pheasant-tailed Jacana
- 備考:
hydrophasianus は phasianus の a が2つとも長母音で後者にアクセントがある。hydro- は短母音 (ヒュドゥロパーシアーヌス)。
chirurgus は冒頭の2母音が長母音で後者にアクセントがある (キールールグス)。語源はギリシャ語 kheirourgos が由来で kheir (手) + ergon (働き) とのこと。
単形属で単形種。
種小名は外科医の持つメス (lancet) のように長い趾と爪 (The Key to Scientific Names)、あるいは翼角の突起 (爪) (carpal spur/wing spur) の2説がある。
後者の説は「野鳥の名前」(安倍直哉 2008、再編集されて 2019 年刊行 山と溪谷社)にあるそうである [コンサイス鳥名辞典も同じ。唐沢 (2014) Birder 28(10): 70 に記載されている]。
フランスの探検家 Pierre Sonnerat はこの種を「ルソン島の外科医」("Le Chirurgien de l'Isle de Luzon") と記述し ("Voyage a la Nouvelle Guinee" 1776) 、長い趾と突き出た特殊な構造の初列風切を外科医のメスに見立てたとある。それを受けて Giovanni Scopoli によって 1787 年に記載された (wikipedia 英語版)。前者の説が正しそうである。
ちなみに外科学のことは上記のようにフランス語で chirurgie シリュジー、ドイツ語で Chirurgie ヒルルギー と呼び、日本では過去に主にドイツ医学が入っていたので年配の医師の方であればこの用語を使われているかも知れない。これらの単語を知っていればわかりやすい学名。英語の綴り surgery は違って見えるがフランス語の音と比較すれば同じ語源であることがわかる。
carpal spur を持つ種については Rand (1953) On the spurs on birds' wings がある。
この文献にはそのものずばりの名を持つツメバガン Plectropterus gambensis 英名 Spur-winged Goose は爪で相手を傷付けることもできると言われると書かれている。wikipedia 英語版によればツメバガンの一部に餌のツチハンミョウ類 (blister beetle) 由来の毒を持つものもあるそうである。
レンカク類ではアメリカレンカク Jacana spinosa 英名 Northern Jacana でディスプレイの際に翼角の爪を見せて攻撃のポーズをとると言われている。
Hume and Steel (2013)
Fight club: a unique weapon in the wing of the solitaire, Pezophaps solitaria (Aves: Columbidae), an extinct flightless bird from Rodrigues, Mascarene Islands
には翼角の爪を武器として使っていたらしいドードーのようなハト類の絶滅種があるとのこと。
英名にある Jacana またはレンカク科 Jacanidae (日本には分布しないが Jacana 属がある) の名称は、
ナンベイレンカク Jacana jacana 英名 Wattled Jacana のポルトガル名の jacana に由来。これはブラジル原住民ツピ (Tupi) 族の言語 (絶滅言語) で yassana または yahana で非常に警戒心が強くて騒がしい鳥のこと (The Key to Scientific Names)。
jacana をどのように発音するかは議論があり、ポルトガル語ではジェセネーのような発音になるそうで,、英語ではジェセナーのような発音になるとのこと。3つめの c の文字は本来は下に s のような記号が付き (フランス語のセディーユ、ポルトガル語でセディリャ、日本語名セディラ)、c は k ではなく s と発音される (wikipedia 英語版より)。
Spurs and blades on the wings of jacanas, lapwings, sheathbills and archaeotrogonids (clubs, spurs, spikes and claws part II)
にも面白い解説があり、レンカクを含む数種の鳥は捕食者が現れたときにひなが水中に身を隠して嘴をシュノーケルのように用いるとのこと (#サカツラガンの備考参照)。同様の行動は他のシギ類には見られない。ケリ類の爪についての言及もある。
[チドリ目の配偶様式]
レンカク類はヒレアシシギ類やタマシギと同様にオスが抱卵や子育てをする。レンカク科のほとんどの種は一妻多夫。ほとんどの種は留鳥であるが、レンカクは例外的で一部の個体群が渡りをする (wikipedia 英語版より)。
ナンベイレンカクのような雌雄の役割が通常と逆転し、しかも一妻多夫の場合に Z 染色体の進化が特に速いとの研究が出た: Wanders et al. (2024) Role-reversed polyandry is associated with faster fast-Z in shorebirds
従来は鳥類の Z 染色体の進化が早い理由は遺伝的浮動によるものとされていたが、雌雄の役割が逆転した一妻多夫の場合にはこの効果を打ち消すほどの選択圧がメスにかかるか、あるいは性的二形を強化する遺伝部位がより強い選択を受ける効果が考えられるとのこと。
シギ・チドリ類の配偶様式の系統樹も出ており、どの系統で雌雄の役割が逆転したかも見ることができるが、タマシギのように古い系統で現存している種が少なく、一部の種でのみこの繁殖様式が見られる系統もあって推定しにくい部分もある模様。
レンカクの系統では少なくとも 3800 万年前から、ミフウズラの系統では少なくとも 3100 万年前からこの様式をとっていた可能性が高い (ミフウズラ類は孤立系統の可能性があり、もっと古いかも知れない)。
雌雄の役割が逆転した主な系統は レンカク上科 Jacanoidea (タマシギ科 Rostratulidae + レンカク科 Jacanidae) とミフウズラ類とみなしてよさそう。#タゲリの備考で紹介した系統分類はこのような場面で関連が見えてくることがある。
なお [#鳥類系統樹2024] の Stiller et al. (2024) の結果でもタマシギとナンベイタマシギの分岐が古いことが確認され、姿は似ていても別属がふさわしい。配偶様式も異なる (#タマシギ備考)。
ヒレアシシギ類でのオスによる子育ては有名だが、近縁系統の中ではこの属のみの特性のようで、レンカクやミフウズラより新しく出現した性質のよう。
#コバシチドリの事例は散発的に生じたもののよう。
オーストラリアのマメミフウズラ Turnix velox Little Buttonquail では特に進化速度が早いがこれはおそらく世代が短いためだろうとのこと (ミフウズラ類は他の解析でも同様の傾向がある。#ミフウズラの備考参照)。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES タマシギ科 ROSTRATULIDAE ▽
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タマシギ
- 学名:Rostratula benghalensis (ローストゥラートゥラ ベングハレーンシス) ベンガルの嘴が目立つ鳥
- 属名:rostratula (adj) rostratus (大きな嘴の、嘴が目立つ) rostrum 嘴 -atus 形容詞に -ula (指小辞) 小さい)
- 種小名:benghalensis (adj) ベンガルの (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:(Painted Snipe 分離前の名称), IOC: Greater Painted-snipe
- 備考:
rostratula は rostrum が冒頭が長母音。-atus が形容詞を作る語尾で冒頭が長母音。指小辞 -ula は短母音 (-tula は伸ばさない)。-tra- がアクセント音節と考えられる (ローストゥラートゥラ)。
Rostratula 属は Vieillot (1816) がマダガスカルのタマシギ1種について与えたもの。
当時の慣習によって属が変わる場合に新しい種小名が与えられ (#ノスリの備考参照) て Rostratula viridis Vieillot, 1817 (参考 1, 2)。
記載時学名 Rallus benghalensis Linnaeus, 1758 (原記載) 生息地は Asia とある。
benghalensis は地名の -ensis から長母音を採用した (ベングハレーンシス) が短音でもアクセント位置は変わらずどちらでもよい。
bengalensis と benghalensis の両方の綴りが存在し誤植ではない (むしろ誤記と考えて訂正してしまうリスクがある)。benghalensis の用例は少ない。Linnaeus (1758) が好んで用いていた表記で現存するものでは他の著者による用例はあまりない (The Key to Scientific Names)。
Rallus benghalensis の名称は以前よりあり、Linnaeus が発明した名称ではない。
綴りを気にした人はやはりあったようで、Rallus bengalensis Gmelin, 1789 (参考) と改名提案もあった。
我々は気にしなくてもよいかも知れないが、gh のラテン語読みは特別な規則があるわけではなく、音節区切りを考えると beng-ha-len-sis とも分割されそうに思えるので "ハ" の音を残す発音を採用した。綴りの違いを意識するためにはこの読み方は有用かも知れない。
同じ種小名は植物でよく知られた用例があり例えば ベンガルボダイジュ Ficus benghalensis。Linnaeus は植物学の方が専門なので植物の用例の方が多いよう。
ベンガルはギリシャ語では Beggale (最後の e は長母音) の表記で Beg-ga-le と分け、現代ギリシャ語の発音では冒頭が beng (ng は英語 ng と同じ音) となっている。Linnaeus (1758) はギリシャ語から綴りと音を採用し、-ga- を -ha- として残したのかも知れない。
この綴りの場合 "グ" はあまり強く読まず、英語の -ng に似た発音にするのがよさそうに思える。
rostratula に類似する Rostrata はサイチョウ類の属名。シノニムに Rhynchaea (大きな鼻/嘴の) がある。こちらは Cuvier (1816) が与えた属名。
他のシギ類に比べて嘴が大きいことを特徴と捉えたのだろう。Bec plus long que la tete, un peu grele, sillonne en dessus, un peu renfle vers le bout, lisse et courbe a la pointe (The Key to Scientific Names の情報による)。冒頭に嘴は頭より長く、とある。先端が曲がっている点は最後に出てくる。
愛媛の野鳥「はばたき」には「先端の曲がった嘴の」とあるが、シノニムとなった学名の用例も考慮してここでは "嘴が長い" 特徴を優先することにした。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で亜種 australis を別種 (英名 Australian Painted-snipe) とし、タマシギは単形種となる。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
括弧内の英名はこれらの分離される前のもの。
英名の (種を分離する前の) Painted Snipe に相当する学名がある。Rhynchaea varietaga Vieillot, 1825 (参考)。
これは Scolopax capensis Linnaeus, 1766 [記載。基産地南アフリカのケープ。後に Linnaeus (1758) がすでに記載していたタマシギと同一とされシノニムとなった] の属を変えるとともに改名したものとのこと。
Vieillot (1825) はおそらくフランス語の記述と想像されるので Painted Snipe の英名は学名やこのフランス語記載に由来したかも知れない。Linnaeus (1758) の記載したものと同一であることは Hartert が記述したとある。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Rostratula capensis (Linn.) となっており Linnaeus (1758) の記載した benghalensis と同一であることはまだ知られていなかった時代のよう。タマシギの名称はすでに用いられていた。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire でも同様に Rhynchaea capensis の方が使われていた。当時は中国、インド、南アフリカから日本では主に南部で繁殖するとされていた。
関連する学名に Rhynchaea varia Horsfield, 1824 (参考) があり、これは R. orientalis Horsefield を改名したものとあるがこちらは何を指していたか不明。
Gallinula orientalis Horsfield, 1821 の用例 (参考) があるがこれを指したものかどうか不明。
Rhynchaea picta Gray, 1831 (参考 基産地 アフリカ、インド、中国) で意味は "絵のような" なのでこれもいかにも英名とよく合っている学名。どちらが先かはわからないが古い時代には英名と学名が対応していたと考えられる。
Rhynchaea variabilis Temminck, 1836 (参考) はその後の名称で #クロジの備考も参照。単語は似ているが Temminck は別の意味で使っていたかも知れない。
尾羽に黄色の水玉模様がある (コンサイス鳥名事典) の記述があるが和名の由来とまでは書かれていない。
「大江戸飼い鳥草紙」(細川博昭 吉川弘文館 2006) (pp. 164-167 表 7) によれば「喚呼鳥」(1710
) の "はまだら鴫" をタマシギと同定している。その後特に現れない名前らしくタマシギの和名は比較的新しく付けられたもののよう。
タマシギの繁殖様式は雌雄の役割が通常と逆転し、しかも一妻多夫だがナンベイタマシギ Nycticryphes semicollaris American Painted-snipe では役割が逆転しておらず、一夫一妻で弱いコロニー性を示す。
#レンカク備考の Wanders et al. (2024) では同属と扱って解析しているが系統的はかなり古く分岐しており [#レンカク備考。Stiller et al. (2024) の解析による]、姿は似ている点があっても系統的にはやや違っていると見るのがよさそう。
レンカク類とタマシギ類はシギ類の中では比較的近い系統で、雌雄の役割が通常と逆転している種類の多いグループ。
[オーストラリアタマシギ]
オーストラリアタマシギ Rostratula australis Australian Painted-snipe はかつてはタマシギの亜種とされていたが分離された。
研究は Baker et al. (2007) Mitochondrial-DNA evidence shows the Australian Painted Snipe is a full species, Rostratula australis。
Rostratula 属は現在この2種からなる。最新のもの以前の図鑑を見るとタマシギの分布域にオーストラリアが含まれているのはこのため。
それほどよく調べられているグループではないので今後も分離があるかも知れない。
Baker et al. (2007) ではタマシギの東南アジアとアフリカの個体群では 2% の違いであるにもかかわらずオーストラリアタマシギは 10% 違うとのこと。分岐年代は 1900 (95% 信頼区間 1300-2740) 万年前と推定され、かつて亜種とされていたこと自身が驚きの結果となった。
EF632090.1 (cyt b) から BLAST を試みてみると確かにとんでもなく違う。隠蔽種かどうかのレベルではなく別属にしても不思議でないぐらい。
世界のタマシギの解説や分布を見る時はそのつもりで考えていただいた方がよい。特に分離されていない時期に書かれた記述などは要注意。
オーストラリアタマシギはオーストラリアで出会うことが困難な種のトップ 10 に入るとのこと。
In search of our mysterious painted-snipe (Amanda Freeman and Jay Collier, Australian Geographic 2024)。
バードウオッチャーにとっても研究者にとっても困難な種類で、分布が散発的でどこに現れるか予測できない。移動能力が大きく (タマシギより翼も長いとのこと) 遠く孤立した湿地に現れることもあるとのこと。一時的に現れる湿地に依存して生息している
(これは乾燥したオーストラリアの条件と気象条件の変動の大きさを表しているのだろう)。
タマシギ同様に一妻多夫と考えられている (これはタマシギと同種時代の見解に左右されているかも知れない。色彩はオスの方が地味でより小型とのこと)。2021-2022 年の目撃数はゼロだった。2023 年に 25 羽の群れが記録され研究者たちを興奮させた。音声 (さえずり) は重要な発見手がかりとなると考えられるが、これまで録音がなく、またタマシギの音声にも反応しないとのこと (これだけ系統が違えばまったく違ったものになっているだろう)。
気候変動による干ばつでそのような一時的湿地が一層失われる恐れがあり絶滅の恐れもある。生態の基礎的情報が必要で目撃情報の報告が呼びかけられている記事。
xeno-canto には音声登録は1例もなく、Macaulay Library に記録されている唯一の録音は音声ではなく羽ばたきの音のみ Australian Painted-Snipe (Nigel Jackett 2025.3.22)。2025.5 現在、世界に公開の音声音源が一例もないことになる。
変動が大きく一時的に出現するタイプの湿地を得意な環境としているのか、ナンベイタマシギではタマシギと夫婦の役割が逆転していることなど、タマシギの一妻多夫の起源とともに興味深いと思われる。
あるいは系統が違いすぎてオーストラリアタマシギとタマシギの類似性は表面的なものにとどまるかも知れない。
#レンカク備考の [チドリ目の配偶様式] にも関連論文があり、あるいは将来ゲノム解析から配偶様式が推定できたり、あるいは配偶様式の進化経路もたどることができるようになるかも知れない。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES ミフウズラ科 TURNICIDAE ▽
-
ミフウズラ
- 学名:Turnix suscitator (トゥルニクス ススキタートル) 目を覚ましてくれるウズラ
- 属名:turnix (合) 後趾を欠く小さなウズラ [Coturnix 属 (ウズラ属) を短縮して作られた属名。「小さい」の意味と後趾を欠く特徴が込められている] (The Key to Scientific Names)
- 種小名:suscitator (m) 目を覚ますもの suscitare 起こす + -ator (行為者)
- 英名:Barred Buttonquail
- 備考:
turnix は coturnix の短縮形と考えれば短母音のみ (トゥルニクス)。
属名解説には The Key to Scientific Names の解釈を採用したが、IIIe. GENRE. TURNIX, Turnix. ... Les pattes divisees en trois doigts & plus courtes que les rectrices ... の記載部分からと思われる。原意は "小さなウズラ" で十分かも知れない。
Turnix Rafinesque, 1815 は "Tridactilis" (= Tridactylus) Lacepede, 1801 を改名したものとこのこと。Tridactylus (3本指の) は Olivier (1789) がバッタ目の属名にすでに用いており無効だった。
Rafinesque (1815) が "小さなウズラ" 以上に Lacepede (1801) の属名意味まで引き継いだかどうかは不明。
suscitator は -ator の語尾の最初が長母音。アクセントもこの位置と考えられる (ススキタートル)。-or は伸ばさない。英語の語尾に非常に多い行為者を表す -ator も同じ起源。
suscitator によく似た綴りの susceptor のような英単語があるが、sus- の語源は共通 (sub-) しているものの後半の語源は異なる。
ラテン語 suscitator の方は cito (キトー。副詞で "急いで"、"急に") に由来し、英語の susceptor はラテン語そのままに由来し、ラテン語 suscipere に由来する。こちらは capio (カピオー。奪う) が語源。
英語では susceptible の形がよく現れ、生物用語で "感受性のある" など広く使われる。suscitator とは語源も発音も異なる。
16 亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは okinavensis (沖縄の) とされる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" は2種をリストし、当時の学名で Turnix blakistoni Okinawashima にカントンミフウズラ、Turnix taigoor Okino-Erabushima, Miyakoshima, Okinawashima, Ishigakijima にインドミフウズラの名称を与えていた。いずれも現在は亜種扱い。
亜種 okinavensis の記載は遅く Phillips (1947) The Button Quails and Tree Sparrows of the Riu Kiu Islands。
この記述によれば途中に台湾の別亜種 rostratus (原文 rostrata) があるにもかかわらず従来は中国と同じ亜種 blakistoni と考えられていた。台湾の亜種は中国本土とは違い、琉球列島のものはそれとも異なるとして新亜種を記載したもの。
1945 年に採集された標本からとのことでアメリカ軍の占領下時代に入ってからの研究だろうか。
Ogawa (1908) にあるインドの亜種 taigoor については特に触れられておらず、20 世紀初頭にはまだよくわからなかったのだろうか。台湾の亜種は 1865 年に記載されている。
英語の buttonquail にも小さなウズラの意味が込められている。種小名の意味は、Brisson (1760) によれば Reveil-matin (目覚まし時計)、Latham (1783) で Noisy Quail と、声の大きさが由来だそうである (The Key to Scientific Names)。原記載。
ミフウズラの和名、英名の起源の考証 (学名解説は上記と同じ。短縮名は何かが欠けていることを表すとのこと) が大橋 (2020) Birder 34(7): 16-17 にある。大橋氏は英名の button の由来は目がボタンのように見えるからではないかとしている。
中国名は棕三趾鶉で趾が3本であることに対応している。大橋氏による一つの解釈は「三歩」で趾が3本である意味があるとのこと。
wikipedia 日本語版では旧名フナシウズラとあり、この解釈に対応しているように思える。
英語別名に Bustard Quail もあった。
かつてはウズラに近縁の場所に分類されていたり、ツル目に含まれていたこともあったが現在はチドリ目に分類される。例えば
Baker et al. (2007) Phylogenetic relationships and divergence times of Charadriiformes genera: multigene evidence for the Cretaceous origin of at least 14 clades of shorebirds
を参照。シギ類 (Scolopaci 亜目) とカモメ類の間でカモメ類前の分枝に収まるが分子時計に基づく進化速度が例外的に速いとのこと。Berv et al. (2018) Genomic Signature of an Avian Lilliput Effect across the K-Pg Extinction
ではこの理由の一つとして大量絶滅 (K-Pg または K-T 大量絶滅; K/T 境界の大絶滅とも呼ばれる *1) の際に大型種ほど影響を受けやすく、相対的に進化速度が速い小型種が生き延びた効果を考えている
[この当時チドリ目グループの祖先はすでに存在しておりこのグループの少なくとも 14 系統が大絶滅を生き延びたと考えられている。上記 Baker et al. (2007)。もっとも化石証拠は乏しく#ミサゴ備考 [鳥類系統樹2024] Torres et al. (2025) も参照。現生鳥類と別系統ではない Galloanserae の古い系統で現生鳥類の直系の祖先と考えられる最も古い証拠とのこと]。
Mayr (2011) The phylogeny of charadriiform birds (shorebirds and allies) - reassessing the conflict between morphology and molecules
では形態学 (骨学) と分子系統樹が矛盾することを示しており、ミフウズラ類とカモメ類の系統的近さは分子遺伝学的には支持されても形態的には両者にほとんど共通点がないとのこと。さすがの Mayr (Ernst ではなく Gerald) もこの分類群では形態学による系統解析に限界を認めている。
ミフウズラ科を Lari (カモメ) 亜目に含める分類は問題があり、nonturnicid Lari (ミフウズラ科を除くカモメ亜目) のような名称も使われている。
現代でも位置づけの難しいグループであるが、
Dey et al. (2023) Dataset from genome sequencing, assembly
and mining of microsatellite markers in barred-button quail Turnix Suscitator
がゲノム解析を行っている (preprint 段階ではもう少し記載があったが出版論文は上記)。
上記の複数の研究を踏まえると恐竜絶滅の際にも生き延び、独自の進化を遂げたグループと考えてよさそうである。
チドリ目ミフウズラ亜目 (Turnices、ツル目に含まれていた時代に使われていた名称) とするのがおそらく適切なのであろう。
ミフウズラ科などいくつかのグループはハトのように水面から直接水を飲むことができる [Fry (1978) Buttonquails in "Bird families of the world"; Drinking Methods in Two Species of Bustards]。
台湾の亜種 rostratus は認められないこともあるようで [Collar (2004) Endemic subspecies of Taiwan birds - first impressions]
多少注意が必要かも知れない (つまり okinavensis との関係がどうなるか。同一亜種であるならば rostratus の方が記載が早い)。
ミフウズラ類は虹彩にある特徴的な模様 (heterochromia) を持つ。#カッコウの備考 [非対称な色彩の虹彩を持つコミチバシリ] 参照。Gutierrez-Exposito (2019) Asymmetric iris heterochromia in birds: the dark crescent of buttonquails は heterochromia の生態的適応についても考察している。
備考:
*1: K-Pg 境界: Cretaceous-Paleogene boundary 中生代白亜紀 (独: Kreide) と 新生代古第三紀 (英: Paleogene) の略。略すと C の文字になる地質年代が多いのでドイツ語の K が使われている。
かつては 第三紀 (英: Tertiary) とされていたので、K-T 境界と呼ばれていたが第三紀が古第三紀と新第三紀に区分されるようになり、1989 年以降国際地質科学連合は「第三紀」の語を正式な用語から外したため名称が変わった (wikipedia 日本語版)。古い人間は K-T 境界の名称に長く慣れていたのでちょっと戸惑う部分もあるが...
wikipedia 日本語版の K-Pg 境界 の記事は多少古いところもあるが、アルバレス (Walter Alvarez) の巨大隕石衝突説の証拠についてはここで改めてまとめるよりもこちらを読んでいただいた方が早いだろう。
Alvarez は別件で 1968 年にノーベル物理学賞をすでに受賞していた。そして世界観を変えるほどの巨大隕石衝突説ということになる。このあたりは後述の Hoyle とはだいぶ異なる。
脚注にある「斉一説」は自然において、過去に作用した過程は現在観察されている過程と同じだろう、と想定する考え方。「現在は過去を解く鍵」という表現で知られる近代地質学の基礎となった地球観。天変地異説に対立する説として登場したもの (wikipedia 日本語)。こちらの歴史的理解の変遷も興味深いので該当ページをお読みいただければと思う。
地質学ではあまりに斉一説に固執したため巨大隕石衝突説をなかなか受け入れられなかったとの反省の見解もあった。
巨大隕石衝突説は意外なところにも影響を及ぼしていた模様。「社会生物学論争史: 誰もが真理を擁護していた」(ウリカ・セーゲルストローレ著 垂水雄二訳 みすず書房 2005) p. 639 によれば (冷戦期の核戦争の脅威に代わって) "ネオ天変地異説的風潮" のもとで、E. O. Wilson の唱えた生物多様性の保護の重要性が受け入れられやすかったとのこと。巨大隕石衝突説も自然環境保護の考え方の進展に一定の役割を果たしていたらしい。
巨大隕石衝突後、ただ1種生き延びた鳥類から現代の鳥類が始まった考えがあったことを知った (今ではもちろんそのように考えられていない)。
Wyles et al. (1983) Birds, behavior, and anatomical evolution。
Emery (2006) Cognitive ornithology: the evolution of avian intelligence に引用されているのだが、始祖鳥からの始まる唯一の生き残りで、スズメ目の出現は霊長類にも匹敵するほど新しいとか。
この論文そのものは知的な鳥類と霊長類がなぜ同じような進化をしたのか説明しようとしている部分で、 その部分は受け入れるとしても、この時代なのに鳥類の起源があまりにも知られていない?
結論部分はよいとしてこう。比較心理学者が (霊長類を求めて) 遠くまで行かなくても、庭に羽の生えた霊長類がいることを認識するきっかけになれば、というレビュー。
巨大隕石衝突説に戻ると、かつて「最新恐竜事典」(金子隆一編 朝日新聞社 1996) で「恐竜絶滅と天文学説の虚偽」と題して論考を述べられていた。「火山説」などと貶めるな! との見出しもある。
「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」(川上和人 技術評論社 2013) では (小天体衝突説は) 2010年に掲載された論文で、その合理性が証明されている、とある。こちらもなかなか断定的な表現で金子 (1996) との違いの鮮明さにやや驚かされる。
おそらくは天文学者が過去にあまりにもくだらない説を多数出しすぎ、またジャーナリズムがそれを面白そうに取り上げたのが金子氏の批判の原因ではないだろうかと想像する。
金子氏の批判の対象となったニュートリノが恐竜を絶滅させたという論文は Collar (1996) Biological Effects of Stellar Collapse Neutrinos。
(恒星爆発によるものとしては) 過去研究では超新星を考えていて、超新星の発生頻度を考えると過去の複数回の大量絶滅には少なすぎる。しかし大質量星の生涯は超新星爆発で終わるとは限らず、そのまま重力崩壊して爆発を伴わないかも知れない (注: 現在ではそう考えられる事例が実際に報告されている *2)。
Bahcall はそのような現象は銀河系で 11.1 年に1回と推定したという (今から考えると少し過大か)。普通のアイデアは恒星爆発で絶滅を起こすのはいわゆる電離放射線で、このような「弱い相互作用」(*3) のみの粒子がどの程度影響を与えるかはよくわからないので見積もってみたとの話 (おそらくこれを考えた研究は過去になかったのだろう)。
電離放射線は地球大気や海の水で遮られるが、ニュートリノならばそのまま到達できる。重力崩壊によるニュートリノなのでエネルギーも高く、high-LET (linear energy transfer 線エネルギー付与率) で生体にとっては重粒子線のようにふるまう (これは確かによいアイデアかも知れない)。ここまで LET の高い粒子の生体への影響はよくわかっていないので作用メカニズムをもとに推定してみた。
通常の電離放射線や加速粒子線 (重粒子線治療などの場合) は皮膚表面や特定の深さに影響を与えるが、ニュートリノならば内側まで均等に到達できるのでより放射線に敏感な骨髄などが侵され得る。被曝量を見積もった。海の水も通過するので海中の生物にも影響を与える (過去の絶滅で海中の生物も絶滅したことを説明できるかもとのアイデア)。
放射線イベントで即死ではなく、放射線による悪性腫瘍が死因となれば大型種ほど細胞数が多いので選択的に失われる可能性があってこれも大量絶滅現象の説明に都合がよい (もっともこれが原因だと死ぬまで時間がかかり、それまでに子孫を残せばほとんど影響を受けないだろう致命的問題がありそう)。
3000 万年から1億年に1回ぐらい無視できないほどの被曝量になる可能性があるとの見積もり (大マゼラン雲の SN 1987A からすでに 35 年以上経過しているが近傍銀河でも起きていないので、11.1 年に1回はおそらく過大すぎ。
爆発を伴わない重力崩壊の頻度がもし1桁少なければ 3-10 億年に1回となってやはりさすがに少なすぎて論文にしにくかったかも知れない)。
この見積もりが正しければ太陽系近くの死にかけの大質量星をマークしておくことはあながち意味がないわけではないだろう、とのこと。論文には恐竜はどこにも出てこないので最初検索しても見つからなかった次第。
アイデアとしては面白いし過去に複数の特徴を説明できるので査読論文として出版されても不思議でない感じがする。恐竜絶滅云々はメディアに紹介する時の後付けらしい。金子氏はニュートリノ衝撃波と書いているが (多分超新星爆発の衝撃波を意図したものであろうが)、そのような衝撃波をほとんど引き起こさない単なる重力崩壊を考えている。
枝葉の部分だけを興味本位で取り上げて報道するので天文学者はアホかバカと誤解されることになる (笑)。
「火山説」と言っても、それは既知の地球物理学の範囲で現象をどこまで説明できるかの立場に立てば別におかしいわけではない。観測事実を合理的に説明できるような地球外からのごくまれな事象がたまたま存在したと言ってよいだろう。
関連する論文が最近出ているので紹介しておく: O'Connor et al. (2024) Terrestrial evidence for volcanogenic sulfate-driven cooling event 〜30 kyr before the Cretaceous-Paleogene mass extinction。衝突の2万年前にはもとの温度に戻っており、巨大火山噴火による寒冷化は K-Pg 絶滅の主たる要因でなかったと推論。
さらにもう一つ、報道記事になると印象がずいぶん違っていた: Quintana et al. (2025) A census of OB stars within 1 kpc and the star formation and core collapse supernova rates of the Milky Way
論文中に超新星爆発が大規模絶滅に関連した可能性を議論している過去研究が示されているので参考にはなろう。過去の絶滅の1つぐらいは超新星由来でもおかしくない、という論旨。この論文では K-Pg 境界の絶滅を "the Cretaceous-Paleogene extinction event ... is commonly believed to have been caused by an asteroid impact in the Yucatan Peninsula"
と表現しているので (commonly believed とは何だ!) 懐疑派らしいことがわかる。自分にとってはそもそもオゾン層が短時間破壊されたぐらいで大規模絶滅が起きるとは思えないのだが...。
ただし意図がわからないわけではなくて、星の分布を調べたぐらいでは多分一般受けしない。もしかしたら大規模絶滅に関連があるかも...と結んでおけば (間違いとは言い切れないので) メディア受けしやすいためだろう。このような論文を専門雑誌に出せば査読者はおそらく天文学者で、生物絶滅の部分にはおそらく切り込まないだろう。
報道記事だけを参考に「こんなことがわかった」と信じてしまうと実際に研究されたものが何だったかまったく判断できないだろう。報道記事をベースに科学の最新話題を追いかけることの危険性もわかる。
「始祖鳥化石の謎」(F.ホイル・C.ウィクラマシンジ著 加藤珪訳 地人書鑑 1988。原著 "Archaeopteryx, the primordial bird: a case of fossil" Hoyle and Wickramasinghe (1986)
も出版当時大々的に宣伝されていたのを思い出す (買わなかったので中身は知らないが)。
Nature も載せていて Archaeopteryx, the primordial bird? 話題性は十分だったということだろう。
「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」p. 54 の脚注にもフレッド・ホイルとして紹介されている。
この話は共著者の C. ウィクラマシンジ (Chandra Wickramasinghe。ホイルの弟子とのこと) の存在も大きいのだろう。wikipedia 英語版によれば 2013 年 Lancet に SARS の原因ウイルスは宇宙からという仮説を出し、即座に反論が3本掲載されたとのこと。2020 年には新型コロナウイルスの起源は宇宙からとの説も述べたとのこと。詳細は wikipedia 英語版を読まれたい。
Fred Hoyle の wikipedia 英語版を見ると "Evolution from Space" (Hoyle and Wickramasinghe 1982/1984) によればパンスペルミア (宇宙から生命の胞子がやってくる) なしで生物に必要な酵素ができる確率は 10 の 40000 乗分の1と見積もったとのこと。
これはほぼゼロなのでパンスペルミアの証拠となるらしいが、"超" (を付けてよいと思う) 古典的な物理学者の発想で、現代ではよく理解されている進化を否定すればこのような数字が必要になるのだろう、ということで意図は理解できる。
これは言うまでもなく独立事象の確率の積の法則の (おそらく意図的) 誤用であるが、このような確率の意味するところは [#鳥類系統樹2024] の補足説明を参照されたい。つまり独立事象ではない。
「進化の特異事象: あなたが生まれるまでに通った関所」のところで ド・デューブ de Duve が挙げている事例は Hoyle や Wickramasinghe が挙げた数字に対してよい反証になるだろう。独立事象の確率の積の法則を同じように用いれば、まったく異なる生物がたまたま同じ姿に見える (擬態) あるいは収斂進化が起きる確率などほとんどゼロに近いものになるだろう。
擬態や収斂進化はごくありふれたものなので、それらの生物が独立に擬態や収斂進化を起こす確率をかけ合わせればほとんどゼロになる。よって生物進化の考え方は間違っている、という結論を導くことができる。
10 の 40000 乗分の1という数字はそのように作られたものだと思えばよい
(しかし生物で起きていることを知らない物理学者はこのような論理を内心信じている人も結構あるのではないかと想像する。現代でも Wickramasinghe の論文の共著者を見ると一端がつかめる気がする。真面目な人ほど意外にも...)。
Hoyle 自身は早い時期に宇宙の元素合成 (#オオワシの備考 [鳥類、特に猛禽類の鉛中毒] 参照) に甚大な貢献をしながら、それを進化とみなさず、宇宙の進化も生物進化も否定してしまった、ということだろうか。
Wickramasinghe の解説によればダーウィンの言うような進化があるかないかは "半々" であって平等に取り扱わなければいけないという。そこでもう一つの説の方を平等に受け持とうというところか。こういう論理は今でもよく見かける気がするがどうだろうか。
Hoyle は 2001 年に死去するまで生涯ビッグバン理論を受け入れなかったと記されている (ただし "Big Bang" の用語は Hoyle が 1949 年の BBC の対談で Gamow への反論として用いたのが最初の用例とされ、まったく BBC の放送に値しないものだったとかその時の逸話もあるらしい)。こちらも詳しくはwikipedia 英語版を読まれたい。
1983 年に William Alfred Fowler が宇宙の元素合成に対してノーベル賞を与えられたが、この説は Hoyle が最初に考えたものなのでなぜ彼が受賞しなかったのか憶測も生んだとのこと。ノーベル賞はある業績に対して与えられるものではなく科学者を全体的に評価して与えられるもので、Hoyle の不名誉で否定されている数々のアイデアがノーベル賞に値しなかった可能性があると後に語られている。
これは「始祖鳥化石の謎」以前の出来事なので、それ以前から数々あったらしい。
ということで、「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」の脚注から感じられる定説への挑戦者の印象とはだいぶ異なる (もちろん Hoyle 本人がどう思っていたかはわからないが)。
一つ前の脚注の BCF [Birds Came First; Came は過去形が正しいと思う。たかが時制と侮ることなかれ。現在形だと「鳥がいつも最初に来るのです」のような意味になりそう] 理論とは生い立ちもまったく違うので等価に読んでしまうと誤読するおそれがある。Hoyle があまりに特殊なのである。
Hoyle は (本人がどう思っていたかはわからないが) ある考えにとりつかれて、その方向のみに突き進んで行ったかのように見える。
インフルエンザなどのパンデミックは太陽活動由来と聞かれた方もあるだろうが、これも彼らの説とのこと。どうも巷に広まりすぎている感じがする。
ここで出てくるような用語で日本語検索すると簡単に怪しいページに行き当たるので、定説に疑いを持って日本語検索するのは危険と改めて実感することになった。知らない話なのでと興味を持ってさらにおすすめ情報などを見るとすぐにトンデモに行き当たってしまう。興味を持ったことは徹底的に調べなさいとこれから学ぶ人に教えるのは図書の時代はともかくネットの時代ではかなり危ない気がする。
英語ではそこまでのことはなく学術的内容や学術論文が普通に表示される (日本語の学術論文は圧倒的に少ないのでそもそもヒットしないのも当たり前とも言えるが)。少なくとも現在では科学的疑問があった場合はまず英語で検索し、査読論文など信頼度の高い情報に当たることを強くお勧めしたい
(ほとんどのサービスは英語で検索しても気を利かせて日本語情報を優先して表示するだろう。個人的なおすすめは OS を最初から英語でインストールして検索は英語で行う。大手検索エンジンではなく日本語に特に対応していない検索サービスを用いる。検索履歴になるべく左右されないようにクッキーは拒否する。あるいは学術系の信頼できる文献検索を用いる)。しかし日本の通常の環境では相当ハードルが高そう。
ただし自分は意識してそういう環境を整備したのではなく、コンピュータを使い始めた時代がまだ英語のみだったので惰性でずっと英語で使っている次第。日本語を扱うのは面倒くさいのである。あまり高尚な理由ではない。
川上氏は巨大隕石が将来飛来する確率はかなり高いと読まれているようだ。報道でもしばしば話題になるのでもう少し解説しておくと、大量絶滅を起こすような巨大隕石 (小惑星) はすでにすべて掌握されており、近未来に地球に衝突することが判明しているものはない。我々が予測可能な範囲ではこのように結論してよいだろう。
報道で話題となるのは運悪く衝突すれば都市一つが崩壊程度の小型のものである。この程度の小さいものはまだ未発見のものが多数あるが大量絶滅は当面心配しなくてもよい。それよりも気候変動などの確実なリスクを優先した方がよいのでは? (隕石の話を聞くと気候変動懐疑派が持ち出している話なのかと思ってしまうこともあるが...)。
1994 年に木星に衝突したシューメーカー・レヴィ第9彗星 (Comet Shoemaker-Levy 9) があったではないか、あんなものが地球にぶつかればひとたまりもない、と言われることもあるだろうが、この彗星は木星の重力に束縛されたもの。木星と地球では重力の影響がまったく違う。これほど観測技術が進歩しても地球には月以外の天然衛星が存在しないこともこれを裏付けている。
ということで、シューメーカー・レヴィ第9彗星を持ち出して衝突リスクを訴えた人は「やりすぎ」ということになる。一つにはこの時代に夜空の全天を監視することが技術的に可能になってきていて、他方面の天文学者も非常に期待していたわけだが、地球に衝突する可能性のある小天体を見つけることはあくまで一般受けする目的の一つに過ぎない。
今の時代は売り込みも大事なので一般受けすることも必要だが、そこだけを取り上げて報道すると誤解のもとになる。
なお小惑星の軌道が十分精度良く求まればずっと先の未来まで予測できるのかと言えばこれもまた少し違う。力学法則なので未来まで普通に考えれば十分精度良く予測できるはず。
それが予測できないとなるとこれはカオス理論か ([#鳥類系統樹2024]参照) と思われるだろうが、近未来ではその影響はほとんどなく、小型天体ほど太陽光の圧力を受けて (運動量を受け取る。光の量子性による)、それをどの方向に再放射するか (その方向に運動量を失う) によって生じる力が相対的に大きいことによる。
提唱者から Yarkovsky effect と呼ばれる。おおよそ 10 km より小さい天体で影響が見えるようになるとのこと。
そのため小型天体の場合ははるか先まで衝突しないかどうかを判断することはできず、おおよそ 100 年ぐらい先までとのこと。大量絶滅を起こすような大きな天体ではもっと先まで安心ということになる。
巷で xxxx 年に何 % の確率で衝突の可能性、と言われるのは大部分が発見初期軌道の精度が悪いためで、軌道の精度が上がるとすぐゼロになる (そしてその部分は通常報道されない)。
K-Pg 境界大絶滅を引き起こした巨大隕石についてはさらに後日談があって、Bottke et al. (2007) An asteroid breakup 160 Myr ago as the probable source of the K/T impactor:
衝突時の推定パラメータから軌道を推定することができて、小惑星 (298) Baptistina がかつて別の小惑星と衝突した時にできた破片のうち最大のものが巨大隕石となったアイデアが出された。小惑星にも "族" (こちらは family と呼ばれる) があって Baptistina family と呼ばれる一群の小惑星はかつて単一のものだったものが分裂した結果と判断できる。
これはこれで面白い話でその後も研究されているが、Reddy et al. (2008) Composition of Baptistina Asteroid Family: Implications for K-T Impactor Link
は化学組成が異なるので別物ではないかとの判断。
Misiero et al. (2012) Revising the Age for the Baptistina Asteroid Family Using WISE/NEOWISE Data
で赤外線観測衛星のデータから Baptistina family の分裂時期を 1.4-3.2 億年前と推定。6600 万年前と間が離れすぎているので可能性は低いのではとの話になったが、今のところこの説に対する決着は付いていない模様 (組成から否定的な研究報告が増えている。後述の同位体研究からはおそらく否定的)。
Nesvorny et al. (2021) Dark Primitive Asteroids Account for a Large Share of K/Pg-Scale Impacts on the Earth
の見積もりによると、5 km 以上の巨大隕石の衝突頻度は 10 億年で 16-32 回。10 km 以上だと 2-4 回とのこと。大量絶滅を起こすぐらいの巨大隕石はこの程度の頻度と見ておいてよさそう。この論文によると分裂した彗星の衝突のアイデアもあるが極めて確率が低いとのこと。
小惑星帯から地球軌道へは共鳴でもたらされるらしいとのこと (これは力学計算ができるので頻度を見積もることができることになる)。
このぐらいの数字と思って話を展開するのが現実的ということになるだろう。
Fischer-Godde et al. (2024) Ruthenium isotopes show the Chicxulub impactor was a carbonaceous-type asteroid がルテニウム同位体比からこの小惑星は炭素質であったと推定。メインベルトではなく太陽系の比較的外縁部で形成されたと考えられる。
炭素質であったとの推定はこれが初めてではなく、Siraj and Loeb (2021) Breakup of a long-period comet as the origin of the dinosaur extinction の参考文献などを参照。
Kyte (1998) A meteorite from the Cretaceous/Tertiary boundary、Anne et al. (2006) The nature of the KT impactor. A 54Cr reappraisal など。
月のクレーター年代からも面白い結果が得られているので紹介しておく。Jiao et al. (2024) Asteroid Kamo`oalewa's journey from the lunar Giordano Bruno crater to Earth 1:1 resonance
中国の探査機がサンプル・リターン探査を行う予定の小惑星 469219 Kamo`oalewa は月の組成に非常に似ていて、月のクレーター生成の際に作られ、地球公転と共鳴する形で捉えられのではないかとのこと。
クレーター生成の年代分布も出ていて新しい (1000 万年以内) 大きなクレーターは1個しか知られていない模様 (地球から見えない月の裏側にある)。英文解説。月のクレーターも今ではそれほど頻繁には作られない模様。
この件には少し後日談もあり、生物の学名の話に似ているので紹介しておく: 地球の準衛星「2004 GU9」の命名キャンペーン開始! その意外なきっかけとは 誤読から付いた可能性のある名前が正式に認定され使われているとのこと。
Broz et al. (2024) Young asteroid families as the primary source of meteorites と Marsset et al. (2024) The Massalia asteroid family as the origin of ordinary L chondrites
の Nature 論文がセットで発表された (2024.10.16)。現在の隕石の由来の7割は小惑星の3族に起源を持つと推定されるとのこと。
小惑星が過去に衝突による大分裂を起こして現在の Massalia 族 [中心となる小惑星は (20) Massalia] を作ったが、4.66 億年前の L 型コンドライトによる大規模な隕石衝突がこの分裂に由来するものでオルドビス紀の氷河期をもたらしたとの解釈。この小惑星族は地球軌道面に近い軌道面を持ち衝突確率が高いとのこと。
*2: ちょっとおまけすぎる気がするが、興味を持たれる方もあろうと考えるので紹介しておく。何と言っても恐竜を滅ぼす可能性が議論されているのである。触れておかないわけにはいかないし、過去の書物を読んでそのまま受け止められる方もあるだろう。
金子氏はそれほど膨大なニュートリノを放出できるメカニズムと言えば、タイプ II 型超新星くらいしか考えられない (p. 50) と記しているが、重力崩壊型超新星と書けばもっと正しかっただろう。
太陽系から 20 光年以内で超新星が爆発すれば、地球の生態系などひとたまりもあるまい、と書かれているがこれが本当かどうかは検証の必要があるだろう。Collar (1996) はそういう超新星を考えているわけではないのでここでは気にせずに素通りしよう。
「ご本人の頭の中には、星の外層を吹き飛ばすこともなく、ただ超高密度のニュートリノだけを恒星が放出する何らかの魔法のメカニズムが想定されているのだろうが、それが何であるかは一言も述べられていない」とある。原論文を確認するとしっかり書かれているので、これはある意味報道の問題と言える。
Collar (1996) の論文は著者自身が 1995 年に preprint server に置いて公開されていたので、内容を検証しようと思えばこの時点でできたはずなのだが、当時のコンピュータ環境 (WWW が一部で使われるころの時代) を考えるとアクセスはまだ難しかったかも知れない。
さて重力崩壊型超新星はなぜ爆発するのか。大質量星が進化して鉄のコアができて、それ以上核融合でエネルギーを取り出すことができなくなって星を支えることができなくなり重力崩壊する。その反動で外層が吹き飛ばされて超新星爆発になる、ぐらいのことは書いてあることも多いだろう。
もうちょっと専門的ならば、鉄のコアが圧力を失って自由落下し (すぐに音速を超えて超音速流になる。超音速になると中に壁がある情報が外に伝わらないのでそのまま激突してしまう次第)、コアの中心に作られた硬い原始中性子星にぶつかって衝撃波となり、外に伝わってコアを吹き飛ばしてしまいそうに思えるが、途中の物質と相互作用して衝撃波は途中で失速してしまう。
原始中性子星はあまりにも密度が高く、物質とほとんど相互作用しないニュートリノさえもしばらくの間閉じ込められるが (neutrino trapping) それが出て来るようになると失速しつつある衝撃波に運動量を与え、衝撃波は無事星の外層を吹き飛ばすことができる、と書いてあるかも知れない。
SN 1987A の時代はこれが標準理論だった。その予言通り (主たる目的は別だった。後述) カミオカンデ IIでニュートリノが検出され、小柴昌俊氏を含む3名が高エネルギー天文学への貢献 (ニュートリノはその一部) としてノーベル賞を受賞 (2002) となった次第
(SN 1987A がもし爆発していなければ、現在でも理論的には一番もっともらしい仮説にとどまっていたかも知れない)。
自分も長らくそう思っていたので早い時期の刷り込みというものは恐ろしい。実はニュートリノによる再加速は詳しく計算すると少し足りないらしく、何かもうひと押しのメカニズムが必要らしく現在も盛んに研究されている次第である。逆に言えば重力崩壊で超新星爆発が起きることは必然でないわけである。
超新星爆発をせずに重力崩壊だけすることがあっても理論的には構わない。しかし超新星爆発は実際に観測されている以上、何らのメカニズムでニュートリノによる再加速に上乗せしているらしい、となる。物理学とはいえ自然現象から学ぶわけで、やはり自然科学らしい。
現在では重力崩壊のみをして直接ブラックホールとなる failed supernova (定訳なし。ただし別の意味でも使われるので今後もよい学術語かどうかはわからない) の候補が見つかっている。Raynolds et al. (2015) Gone without a bang: an archival HST survey for disappearing massive stars
ハッブル宇宙望遠鏡が過去に撮影した画像で明らかに大質量星であったと思われるものがある時から消失しているのであった。おそらく重力崩壊のみを起こして消えてしまう大質量星が本当にあるらしい (ただしあまりにも遠いので現在のニュートリノ検出技術ではわからない。爆発を直接観測できないので検証が難しい。単に何かに隠されただけでまた見えてくる可能性もある)。
なお HST のような世界最大クラスの望遠鏡では、観測提案者の一定の優占期間を過ぎたデータは世界の財産として完全公開されている (優占期間すらなく即座に公開されるものもある)。NASA のサイトに行けば全部見られる。このような解析はアイデアさえあれば誰でもできるわけだ。
実際にも画像処理そのものは少し優秀な PC ならば個人レベルで十分行えるもので、スーパーコンピューターが必要というものでもない。天文学の世界が世界の誰にでも門戸を開いていることを学問分野の文化の特徴の一つとして少し紹介しておきたい。
Neustadt et al. (2022) The search for failed supernovae with the Large Binocular Telescope: a new candidate and the failed SN fraction with 11 yr of data
のような後続研究もあって、11 年かけて2例それらしいものを見つけたという
(大学院生や短期雇用の研究者には簡単にできない仕事。ただし関心のある教員が予めデータを取っておいたものかも知れない。同じ研究は日本でもできるかと言われるとやや心許ない。口径 8.4 m の双眼望遠鏡で口径 11.8 m に相当する。すばる望遠鏡は 8.2 m で、10 年間も同じテーマに使えるかと言えば...どうだろうか)。
2例でしかも候補では論文にならないだろうと生物研究者は考えるかも知れないが、そこは天文学らしいところで、もし1例が確かだとすれば (2つ候補があれば片方ぐらいは本物か、ぐらいの感覚) 重力崩壊のみを起こして超新星爆発を起こさない割合を 0.04-0.39 と見積もっている。1例からこのような (もちろんポアソン統計を用いる) 大胆な見積もりが受け入れられるところが実に天文学らしい。
中央値をとって 0.16 とすれば、多くの大質量星の重力崩壊は超新星爆発につながることになる。
銀河系内の超新星爆発の頻度が数十年から 100 年程度に1回 (ニュートリノイベントが少なくとも35年起きていないことなどから) で、上記割合が銀河系でも当てはまると仮定すれば "見えない重力崩壊" は数百年から 1000 年に1回程度となって Collar (1996) が用いた 11.1 年に1回とは桁違いとなる。地球上の大絶滅のよい候補とはならないことがわかる。
最近もう1例有力候補が報告された。しかもアンドロメダ銀河 (M 31): De et al. (2024) The disappearance of a massive star marking the birth of a black hole in M31 (preprint)。スタイルを見るといかにも超有名ジャーナルに投稿したようだが preprint で公開しているところがいかにもこの分野らしい。
2014 年に中間赤外線で明るくなってきたところを検出し、2022 年に可視光では突然暗くなってその後の追観測で検出されなかった。現象の起きる前から変光星として知られており、重力崩壊を起こすにふさわしい天体であった。
ニュートリノの話はもうちょっとあるだろうと言われそうなので少し追加しておくと、SN 1987A の当時はニュートリノに質量があるかどうかはわかっていなかった。古くは質量はほとんどゼロかあるいはゼロと書かれていることもあった。昔は中性微子とも呼ばれていたが訳語の方がむしろ廃れてしまった例。
もし質量があれば光速より遅いはずなので、超新星爆発の光よりもニュートリノの方が遅れて到着する可能性がある。
16.3 万光年離れた大マゼラン雲ではそれを調べる絶好の機会で、ニュートリノが検出された 2-3時間後にはもう可視光で光っている (衝撃波が表面に到達している) から、時間差があってもたかだか3時間と思ってごく大雑把に見積もると、これでも光速の 99.99999% より速いことになる。実際にはニュートリノバーストは全体で13秒、最初の 1.9 秒に9イベントが固まっていて時間差はさらに短いはず。
このようにして見積もられたニュートリノ (検出されるものは反電子ニュートリノ) の質量上限は 16 eV/c^2、電子の 1/30000 以下となった。この観測では上限値は得られるがゼロであることを否定することはできない。
ニュートリノの質量が問題となるのは、もし質量があればニュートリノの質量をゼロと予言する理論が排除されるほか、後述のダークマターの候補となり得たため (これは質量上限とともに他の問題点があり現在は棄却されている)。
ニュートリノが質量を持つことが明らかになったのは 1998 年の梶田隆章らによるスーパーカミオカンデの実験や海外他チームの研究によるもの。
ニュートリノ振動 (3種類のニュートリノが相互に転換する) が確認され、太陽ニュートリノが理論モデルの 1/3 しかない従来からの太陽ニュートリノ問題も解決することになった (理論モデルが間違っている可能性はもちろんあったが、太陽の核融合反応が弱まっているのではとの説も流れたことがある)。
梶田氏は Arthur McDonald とともに 2015 年のノーベル物理学賞を受賞されたことは記憶に新しいだろう。でもニュートリノ関係はさすがにこれで終わりかな?
*3: 物理学で言われる4つの力の一つ。わかりやすい方から行くと誰もが知っている重力、そして電磁相互作用 (電磁気力)、原子核を構成する強い相互作用、そしてあまり馴染みでない弱い相互作用、となる。
この辺は受け売りだが、電磁相互作用と弱い相互作用は統一的に記述できる。ワインバーグ=サラム (Weinberg-Salam) 理論 (電弱統一理論) で、もとは同じ力だったものが宇宙がビッグバンから膨張して冷えるに従って別の力に分かれたもの。全然違うものが実はもとは同じものだったというのはノガンとカッコウの関係にちょっと似ている。
この2名を含む3名が 1979 年のノーベル物理学賞を受賞、とまあこれは古くから知られている話である。
この理論に関係したノーベル物理学賞がさらに 1999 年にも与えられている。この2つの力が分かれるメカニズムを明らかにしたのが南部=ゴールドストーン (Goldstone) による自発的対称性の破れ (spontaneous symmetry breaking, 2008 年ノーベル物理学賞)、このころのノーベル賞は説明されても理解が難しい。
そして 2012 年のヒッグス粒子の発見によりワインバーグ=サラム理論は完全実証されることとなった (2013 年ノーベル物理学賞)。
これらの力は宇宙がビッグバンから膨張して冷えるに従って分化してきたものと考えられる。つまり加速器実験なんとかというのは、ビッグバンになるべく近い状態を再現してその性質を見ようというものになる。
{電磁相互作用 + 弱い相互作用} + 強い相互作用 までを統一 (いよいよ生物のクレードに似て来た?) したものが大統一理論 (grand unified theory) と呼ばれるもの。大げさな名前だが物理系の学者はこのような名前が好きなのである。
この理論はまだ確立したものはなくいくつかのアイデアが存在する (しかも力が統一されるエネルギーが高すぎて実験的に確かめられない) が、多くの大統一理論が予言するのは陽子の寿命が有限であること。つまり陽子崩壊を観測することで大統一理論の検証を行おうということになる。
カミオカンデの初期の設置目的はこれだったが超大物の副産物があった次第。陽子崩壊は現在まだ観測されておらず、スーパーカミオカンデのデータによると陽子の寿命は 10 の 33 乗年が下限とのこと (2009 年段階の情報)。
さらに重力も含めたすべての力を統一したものが万物の理論 (Theory of Everything) などと呼ばれる。超弦理論などはこのあたりの話になるが、もちろん自分にはよくわからない。ただ理論の予言する超対称性粒子 (SUSY) はもしかすると観測されるかも知れない。
宇宙の質量のかなりを占めながら未だ正体のわからないダークマター (暗黒物質) の候補の一つともされ、世界の多くのグループが検出を試みている (ちなみにダークマター関連の James Peebles は他グループの系外惑星とともに 2019 年ノーベル物理学賞。これはまだ比較的説明しやすい)。
この関係のノーベル物理学賞がもう一つあってダークエネルギー (Saul Perlmutter 他。2011 年受賞) こちらの方がダークマターより先に受賞とはちょっと不思議ではある。遠方宇宙の超新星 (ここでは重力崩壊型とは異なる Ia 型超新星) の明るさを測定すると、推定距離から予想されるより暗いことを発見。宇宙膨張が加速しているはず、と結論したもの。
アインシュタインの一般相対性理論では宇宙項というもの (ものすごくいい加減に言えば高校の数学で不定積分を習う時に出てくる積分定数 + C のようなもの? さすがにいい加減過ぎか) があって、通常はそれをゼロとして物事を考えてきた。
アインシュタイン (1917) 自身は「まっすぐに進むと元の地点に戻ってしまう」球面状構造を想定し、これがアインシュタインの静止宇宙となる。前述 Hoyle (1948) および Bondi and Gold (1948) の膨張する定常宇宙の考えに近いが、アインシュタインの定常宇宙の方が 1931 年とずっと早かったという。アインシュタインは後にこれを破棄したと wikipedia 英語版にある。
球面状構造の宇宙を実現するためにアインシュタインは宇宙項を入れる必要があったが、後にビッグバンの証拠が見つかり、アインシュタインは「宇宙項を方程式の中に入れたのは人生最大の過ちであった」と言ったとか。
つまり宇宙項が復活したかも知れない、アインシュタインは間違ってなかったとのことで話題となった。当時の Perlmutter 他の超新星の話はリアルタイムでフォローしていたが、正直これほど早く評価されてノーベル賞を与えてよいものだろうかとも思った。その後のより詳細な観測でも矛盾していないことが確かめられてきてやはり実在するのか。
ダークエネルギーの正体はダークマター以上に不明だが、世の中で出てくる宇宙初期の観測などの報道はすべてこれらの標準値を利用しているので知っておいてよいだろう。ダークマターは大絶滅の原因云々の説もあるのでまったく無縁というわけでもない。
ビッグバンから膨張して冷えるに従って対称性が弱まって力が分化してきたことと何か似た現象はないだろうか。
マルコフ連鎖モンテカルロ法 (MCMC) (#ハチクマ備考の [嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ] の系統解析方法、[#鳥類系統樹2024]に登場する) で紹介した生物進化の適応度地図の探索に似ている。
温度が極端に高い条件だとあらゆる場所の適応度が同じで完全に対称的だが、温度を下げると適応度地図にピークが出現してくる。これは生物では適応度ピークに相当し、物理学では力の分化に対応する (とあまり簡単に言うと専門家からお叱りを受けそうだが)。何がなんだかわからない自発的対称性の破れはこのように見ていただけば多少直感的にわかりやすくなるのではないかと思う。
生物学でも実際に類似の概念があって、Takeuchi et al. (2017) The origin of a primordial genome through spontaneous symmetry breaking
生命誕生初期のゲノム進化にも応用されている。マクロ生物学でもきっとあると思うので探してみたい。
やはり応用例があって、1995 年に鳥の群れのメカニズムとして提唱されていた。主に理論研究が進んでいる (#ハイイロガン備考の [鳥の編隊飛行の仕組み] にて紹介。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES ツバメチドリ科 GLAREOLIDAE ▽
-
ツバメチドリ
- 学名:Glareola maldivarum (グラーレオラ マルディウァールム) モルディブ諸島の (で見つかった) 小砂利にいる鳥
- 属名:glareola (f) 小砂利 (glarea (f) 砂利 -ola (指小辞) 小さい) 広い意味の生息地を反映
- 種小名:maldivarum (複数-属) モルディブ諸島の (基産地は陸地ではない。備考参照)
- 英名:Oriental Pratincole
- 備考:
glareola は#タカブシギ参照。ツバメチドリの場合はタカブシギのような模様の特徴はなく -ola は指小辞で長母音にしないのが正しいと考えられる。
この属名は Brisson (1760) が用いたもので、Glareola = Hirundo pratincola Linnaeus, 1758 (現在のニシツバメチドリ) を指していた (The Key to Scientific Names)。
この "Glareola" を修飾する形の学名が付けられていた。
Glareola austriaca Gmelin, 1789 (参考)。
Glareola naevia Gmelin, 1789 (参考) など。
属を変える際に新しい種小名を与えた当時の用例 (#ノスリの備考参照) では Glareola torquata Meyer, 1810 (参考) があった。他にも "Glareola" が見つかって単に "Glareola" と呼ぶのはふさわしくなくなってきて修飾語を加えた形になる。
torquata は首に特徴がある、首飾りのあるなどの意味。この学名は Brisson 由来のようで、現在のニシツバメチドリの現在の英名 Collared Pratincole にも対応している。
maldivarum は複数属格 (モルディブの島々の) による語尾で a が長母音でアクセントがある (マルディウァールム)。Maldiv- の部分の長短はわからないが伸ばす言語も伸ばさない言語もある。ここでは伸ばさい方を採用したがアクセント位置には影響ない。
記載時学名は Glareola (Pratincola) Maldivarum Forster, 1795 でこれを単独で命名したものではなく、Glareola (Pratincola) Coromanda Forster, 1795 (参考)、
Glareola (Pratincola) Madraspatana Forster, 1795 (参考) とセットになっていた。
つまりインドや周辺のこの地域の標本が手に入るようになってコロマンデル地方、マドラス地域、モルディブを別種として地名を与えたもの。いずれも英名も付いていて Coromandel Pratincole, Madras Pratincole, Maldivarian Pratincole。当時はいかにも西欧の探検・植民地化時代で一般名に地名を多用していた。
Foster (1795) の記載が見出されたのが後になったようで、Glareola orientalis Leach, 1820 (参考 この例は 1821 年だが 1820 年の用例があったよう。図版と説明) の方が使われていたよう。Oriental Pratincole の英名はいかにもこの学名と関係があると思われる。
その後 Forster (1795) の方に先取権があることがわかって改名されたよう。しかし Forster (1795) は3種も記述して、全てシノニムの関係にあると判断されたようで、おそらく最初に登場した maldivarum が採用されたものと想像できる。
記述順序次第で coromanda などになっていてもよかったもので、モルディブに特段の意味があるわけではなかった。
pratincola も旧学名など見え隠れするので音声を調べておくと pratus (牧草地) は a が長母音。incola (住人) は短母音のみ -in- がアクセント音節となる (プラーティンコラ)。こでも最後の -cola を伸ばさないように。
現在または過去にも使われた英名はこの学名の種小名に由来で、学名が変わってもそのまま使い続けられたらしい。
英語の pratincole の読みも一般的に受け入れられているものではすべて短母音で冒頭にアクセントとのこと。co は英語流の2重母音で読むがアクセントは付けない (wiktionary)。
上記の Foster (1795) の記載のように Pratincola 属もあって Pennant (1776) が提唱したもの。Linnaeus の種小名を属名に昇格のケースで、Pratincola krameria Pennant, 1776 の新名を与えていた。(krameria はオーストリアの博物学者 Wilhelm Heinrich Franz Kramer 由来) (The Key to Scientific Names)。
他にも Pratincola glaerola Schrank, 1798 (参考。この場合は Glareola austriaca Gmelin, 1789 からの改名) があり、この方法は属が変わるたびに新しい名前が氾濫する問題があることがわかって改善されたのだろう。
また Brisson (1760) の用例が属を定義するものとみなせるか議論もおそらくあり、Pratincola 属も使われていたと想像できる。後に Brisson (1760) の用例に先取権があると認められて現在の属名に至っていると思われる。英名に旧属名に用いられた名称が残っている。
また "牧草地の住人" ならば他にもいくらも考えられるので Pratincola 属をノビタキ類、特に bush chats に用いた用例もあった (#ヤマザキヒタキの備考参照) が、こちらの方が遅く有効な属名とならなかった。
属名、種小名ともに複雑だった。
さらにややこしいことに Pratincola torquata orientalis Sclater, 1911 (参考。こちらはノビタキの亜種として記載) もあって orientalis を付けているのに場所は南アフリカ。このころはまだ Glareola Brisson, 1760 は有効とされていなったよう。
Glareola orientalis Leach, 1820 とは属が違うので許容された学名だったのだろうか、それとも preoccupied になった? (現代の学名には現れない)。
記載時は Hirundo pratincola Linnaeus, 1758 のようにニシツバメチドリは最初はツバメ類に分類されていた。ツバメチドリよりニシツバメチドリの尾の方が一層ツバメの尾に似ているとのことで納得できる。
ツバメチドリの飛び方や空中採食がツバメに似ている点は違和感がないが、和名はこの旧学名にも関係があるのだろうかと考えていた。おそらく英名とも関係があり Eastern Swallow-Plover の別名があった。漢名 土燕子 とのこと。西側の対応種を Western Swallow-Plover だと想定すればニシツバメチドリは英語の直訳となる。
チドリ類は古い時代の和名はあまりないのでツバメチドリは学術由来の命名かも知れない。
参考: 籾山 (1931) 本邦にては珍しきツバメチドリ 附、飼養法。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Glareola orientalis Leach, 1821 場所は Hitachi とあるが和名はまだなかったようでその後付けられたものだろう。
Seebohm (1890) "The birds of the Japanese Empire" には記述が見当たらない。
単形種。
ツバメチドリは Glareola pratincola (ネズミツバメチドリの旧名もあった) の亜種とされていたが、ハグロツバメチドリ Glareola nordmanni Black-winged Pratincole とともに分離された (コンサイス鳥名事典)。
ハグロツバメチドリはシベリア西部からコーカサスなどで繁殖し、冬は南アフリカに渡る。ニシツバメチドリも中央アジアで繁殖し、主にアフリカ赤道近くで越冬する。アフリカ南部にも夏鳥の繁殖個体群 (別亜種) がある。
ツバメチドリの越冬地はインドネシア、ニューギニア、オーストラリア北部やインドの一部などとされる。
モルディブ諸島で採集されたタイプ標本は海で捕獲され、ハエやパンを与えられてしばらく生きていたとのこと (The Key to Scientific Names)。
ツバメチドリはオーストラリアで最も数の多いシギ・チドリ類とのことで、
Tracking the Oriental Pratincole - Update #24 にオーストラリアのシギ・チドリ類グループによるツバメチドリの渡り衛星追跡が出ている。
Three million pratincoles migrate north (ABC のニュース 2020)。経路は東南アジアまでで、日本に来る個体群の渡り経路はまだ調べられていないようである。
[ツバメチドリ亜科の系統]
アシナガツバメチドリ Stiltia isabella Australian Pratincole は上記のオーストラリアのツバメチドリとは別物だが、ツバメチドリ属と スナバシリ亜科 Cursoriinae との中間の形態を持つ。アシナガツバメチドリやスナバシリ類の特徴を見ておくとツバメチドリの系統・進化的位置づけがわかりやすくなる。ツバメチドリの警戒姿勢は確かに似ている。
[ツバメチドリ類縁種の識別]
wikipedia 英語版によればツバメチドリ、ニシツバメチドリ、ハグロツバメチドリは非常によく似ていて野外での識別が困難なことがあるとのこと。ツバメチドリの英国への迷行例が複数あり、ツバメチドリ類似種もあるいは日本を訪れているかも知れない。
Brazil (2009) によればニシツバメチドリは香港で記録され、さらに東を訪れているかも知れないとのこと。Pratincoles photo ID guide (Tony Prater, Bird Guides 2020)
によれば英国では3種とも記録があり、詳しい識別ガイドがある。ツバメチドリは口角から後ろに伸びる線があるが他種には見られないとのことで、確かに写真を見ると違いがわかる。ツバメチドリを見る時はよく確認していただきたい。
ツバメチドリの分布図でフィリピンの記載は資料によって異なるが、フィリピンのチェックリストによれば広く分布し、おそらく繁殖しているとなっている (旅鳥または繁殖)。
[櫛歯 (pectinated claw)]
ツバメチドリ科では櫛状の爪 [pectinate(d) claw, または櫛歯] があるとのことで分類基準にも使われる (コンサイス鳥名辞典)。#ヨシゴイの備考参照。
ヨタカ類ならば捕食に特に重要な役割を果たしている口ひげ状の羽毛を整える意義としてまだ理解できるが (#ヨタカの備考参照)、ツバメチドリでは何の役に立っているのだろう。
空中で餌をとることが多い点はこの科の特徴であるが口ひげ状の羽毛はぱっと見たところはっきりしない。
Clayton et al. (2010) (#ヨシゴイの備考参照) によれば Glareolidae ツバメチドリ科の保有率が高いことが示されている。ツバメチドリでも 12 個体中 10 個体で見られている。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES カモメ科 LARIDAE ▽
-
クロアジサシ
- 学名:Anous stolidus (アノウス ストリドゥス) 愚か者
- 属名:anous (外) 愚かな Gk (船に飛び込んできたり、手で捕まえられることなどがよく知られていた)
- 種小名:stolidus (adj) 愚かな
- 英名:Brown Noddy
- 備考:
anous はギリシャ語由来で長母音はない。母音が3つなので冒頭にアクセントがあると考えられる (アノウス)。ギリシャ語では "アヌス" の読み。
stolidus は短母音のみで冒頭にアクセントがある (ストリドゥス)。
Anous niger Stephens, 1826 (参考) の学名があり、Sterna stolida Linnaeus, 1758 (原記載) の新名とある。
属を変える際に種小名を変えることがしばしばあったのか、Linnaeus の用いた種小名が軽蔑的なのでもっとふわさしい名称にする動機があったのかも知れないが、Anous 属に入れているのでこれは理由になっていない感じがする (未確認)。
おそらく学名直接か他言語名を通じて和名成立に関係したのではないだろうか。
ただしアジサシ類全体を含めると ハシグロクロハラアジサシ 記載時学名 Sterna nigra Linnaeus, 1758 があり、英名の Black Tern はこちらに譲ったものとみられる。
クロアジサシが Sterna 属に含められたことがあって niger はすでに使われた種小名で無効となったのかも知れない (未確認)。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは pileatus (帽子を付けた < pileus フェルトの帽子) 亜種クロアジサシ、pullus (暗色の) リュウキュウクロアジサシ、及び亜種不明とされるが、亜種 pullus は世界の主要リストでは pileatus のシノニムとされる。
リュウキュウクロアジサシが亜種であることを妥当とした文献には三島 (1962)
南部琉球諸島のツミ (新亜種) とクロアジサシの亜種名について がある。現在のこの種の世界の標準的分類ではこのような地域間の違いは亜種の違いとみなさず、紅海、インド洋、太平洋のものを同一亜種としている。
英名 noddy (うなずく者) の由来はオスとメスの求愛行動では首を上下させる行動が見られることから (wikipedia 日本語版より)。
Anous 属のタイプ種。
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ヒメクロアジサシ
- 学名:Anous minutus (アノウス ミヌートゥス) 小さな愚か者
- 属名:anous (外) 愚かな Gk
- 種小名:minutus (adj) 小さい
- 英名:Black Noddy
- 備考:
anous は#クロアジサシ参照。
minutus は1つめの u が長母音でアクセントもある (ミヌートゥス)。minuo (ミヌオー。縮小する) の過去分詞形の語尾由来の長音。
7亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは marcusi (Marcus 島 = 南鳥島 から) とされる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" には当時の学名で Micranous marcusi Minami-Torishima とあり、トリシマアジサシの和名が与えられていた。
この亜種はインドヒメクロアジサシ Anous tenuirostris Lesser Noddy の亜種とされたこともあったとのこと (コンサイス鳥名事典)。
記載時学名 Micranous marcusi Bryan, 1903 (原記載) Marcus Island Tern。
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ハイイロアジサシ
- 第8版学名:Anous ceruleus (アノウス ケルレウス) 青灰色の愚か者 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Procelsterna cerulea (プロケルステルナ ケルレア) 青灰色の嵐のアジサシ
- 第8版属名:anous (外) 愚かな Gk
- 第7版属名:procelsterna (合) 嵐のアジサシ (Procellaria 属と Sterna (アジサシ) 属の合成。The Key to Scientific Names)
- 種小名:ceruleus / cerulea (adj) 青灰色の #カタグロトビの備考参照
- 英名:Blue-grey Noddy, IOC: Blue Noddy
- 備考:
anous は#クロアジサシ参照。
procelsterna の再編後の現在の Procellaria 属は現在の日本のリストには含まれないが ノドジロクロミズナギドリ Procellaria aequinoctialis White-chinned Petrel がタイプ種で南半球の属になる。アゴジロミズナギドリ属の和名があった。
英語で storm petrels と呼ばれる概念はあるが Procellaria 属は含まれていない。嵐の意味が現れるのは学名由来。
語源となる procella (嵐) は短母音のみ。Sterna 属も短母音であることを考慮すると長母音は現れないと考えられる。-ster- がアクセント音節と考えられる (プロケルステルナ)。
ceruleus/cerulea は短母音のみで -ru- がアクセント音節 (ケルレウス/ケルレア)。
5亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは saxatilis (よく岩にいる < saxum, saxi 石、岩) とされる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では属名は Anous に変更されている。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。学名は Anous ceruleus (語尾が変わるので注意)。
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シロアジサシ (将来の分割・学名変更の可能性あり)
- 学名:Gygis alba (ギュギス アルバ) 白い水鳥の一種
- 属名:gygis guges Dionysius が述べた想像上の水鳥
- 種小名:alba (adj) 白い (albus)
- 英名:White Tern
- 備考:
gygis は起源となるギリシャ語 guges は e が長母音だが i の音に変える際に短音化されたと考えると "ギュギス" が想定される。もし長音が保存されてもアクセント位置は変わらない。英語読みでもいずれも短母音で発音しており、2つめの g が "ジ" の音になる点が異なる。英語読みを考慮しても長音でする必要性はないと考えられる。
alba は短母音のみ "アルバ"。
単形属。4亜種あり (IOC)。
日本で記録されるものは candida (輝く白の < candere 輝く) とされる。
独立種 Gygis candida とされることもある。HBW/BirdLife v7 (Dec 2022) ではこの立場だが他の主要リストでは採用されていなかった。
Working Group Avian Checklists では version 0.03 以降 Common White Tern Gygis candida。他のリストと違うので正式版が出るまでまだ様子待ちだろうか。IOC 14.2 ではまだ亜種扱い。
また亜種の1つを Gygis microrhyncha Little White Tern とする分類もあり、分類があまり確定しないようである。
[亜種? 種? の問題]
基亜種を狭義 Gygis alba と独立種 (大西洋のもの) とし、3種に分割する立場もある: Pratt (2020)
Species limits and English names in the genus Gygis (Laridae) に識別点の情報がある。声も違うとの情報がある。
この文献では分離した場合の英名について議論しており、伝統的に "fairy tern" と呼ばれていて (あまりに良く知られた名前なので) 捨てがたいが、現在ではオーストラリア、ニューカレドニアなどに分布するヒメアジサシ Sternula nereis の標準的名称として Fairy Tern が使われている。
この著者は Gygis alba Atlantic Fairytern (大西洋),
Gygis candida Indo-Pacific Fairytern (インド洋、太平洋 Common Fairytern),
Gygis microrhyncha Little Fairytern (Marquesas マルキーズ諸島。フランス領ポリネシアが基産地。フランス領ポリネシアとキリバスに分布)
の名称はどうだろうかと提案している。Fairy Tern と Fairytern は発音も少し違うらしい。
"White Tern" の名称は3種を1種とまとめた時の名称として残してよけばよいとの考え。Sternula nereis を Austral Fairy Tern とすればもっと区別しやすくなるだろうがそこまでは求めないとのこと。
SACC が Pratt (2020) の提案を受けてわかりやすく分類改定提案をまとめている:
Proposal (1032) to South American Classification Committee Change current taxonomy of the genus Gygis: A) recognize subfamilies Gyginae and Anoinae within Laridae; B) split White Tern (Gygis alba) into three species; and C) revise English names for Gyginae。
Gygis 属は分子系統解析から亜科 Gyginae をなすとするのが適切で、かつて近縁とみなされた Anous 属とは縁が遠く、Gygis 属を指して "white noddies" と呼ぶのは不適切である。Anous 属も亜科 Anoinae をなす。
IOC にはもう1亜種 leucopes Holyoak & Thibault, 1976 があるがこの文献では扱われていない。原記載 (p.471)
ピトケアン諸島ヘンダーソン島 (南太平洋イギリス領の無人島) で、通常の分類では candida のグループとされるので狭義 Gygis candida を種と認めた場合は少なくとも当面はこの亜種扱いになるだろう。
candida のシノニムとされる亜種は複数記述されており、あるいは他にも亜種が認められるかも知れない。
Anous 属に分類されたこともある。対応する英名は White Noddy (コンサイス鳥名事典) だが、これはむしろ誤解を招く (Pratt 2020)。
Fairy Tern は実際には現在もどちらの種にも使われている。英文記事や画像などを見る時は地域を確認するのがよい。
さらにもう1つ: Establish English names for three species of Gygis。SACC, NACC とも分割はほぼ定まってきているようで "White Tern" の英名は分離前の総称として残しておく提案。複数の提案があって世界的にはまだ混乱が続きそうな様相。
[縦長の瞳孔を持つ鳥]
系統が近いのでここに含めておく。鳥類の瞳孔はほとんどすべての種で丸いが、数種の例外が知られている。
クロハサミアジサシ Rynchops niger Black Skimmer が有名で
The Vertical Slit Pupil of Black Skimmers (David Sparks 2017)
の写真とかつてどの論文で記述されたかが参考になる。Wetmore (1919) A note on the eye of the Black Skimmer (Rynchops niger) を読むことができる。
Banks et al. (2015) Why do animal eyes have pupils of different shapes? によればハサミアジサシ類の採食様式は水面近く低く飛んで下嘴が獲物に接触すると嘴を閉じる仕組みで、薄明かりの中や夜間に活動する。このニッチは地上性の縦長の瞳孔を持つ短距離の捕食性の動物に似ているとのこと。
網膜面上の像のぼけ具合から距離の見積もりに役立つ可能性が書かれているが今ひとつわからない。
ヘビや哺乳類では比較的多く見られて系統解析もなされているが、鳥では事例が少なすぎてあまりわかっていないよう。
ハイイロチュウヒが瞳孔を開いた写真を見ると縦長に感じることがあるが限られた写真しか見ていないのでこの印象が本当かどうかは不明。瞳孔が縮小すると円形に見え、確認のためには薄暗い条件で撮影する必要があり難度が高いかも知れない。
もし印象が正しいならば薄暗い条件で低いところを低速で飛ぶ点は生態的な共通点があるかも知れない。
リュウキュウヨシゴイ、オオヨシゴイは遠目からは瞳孔が横長のように見えるがこれは虹彩の後方が暗色のため。参考:
Cinnamon_Bittern_7895_eye (alder Chang 2011)。
獲物から目がわかりにくくする隠蔽デザインのような気がするが簡単に調べた範囲では文献を見つけられなかった。
[ハサミアジサシ類の特殊な採食方法への適応]
ハサミアジサシ類の嘴にはサメ肌に似た riblet (リブレット。rib = 肋骨 の小さいものの意味) と呼ばれる構造があり、水中での流体力学的抵抗を減らしている可能性があるとのこと: Martin and Bhushan (2016)
Discovery of riblets in a bird beak (Rynchops) for low fluid drag。
この方式で魚を捕る唯一の鳥のグループとのこと。我々が心配するほど嘴には水の抵抗が働いていないのかも。
田中 (2021) 遊泳生物のリブレット構造の流体摩擦力低減効果と模倣 のなかなか面白い日本語記事がある。
遊泳生物と空中飛行生物の摩擦力軽減効果の違い、遊泳と飛行のどちらも可能なウトウの考察がある。ここでも飛翔と水中のゆっくりした動きとの間でレイノルズ数にあまり差がないことが触れられている (#カンムリカイツブリ の備考も参照)。
水中で抵抗を減らすリブレットは空中でも有効とのこと。
ハサミアジサシ類は空気と水の抵抗を受けるためエネルギー的にはコストの高い採食方法と考えられるが、これまでは水面近くを滑翔する ground effect で抵抗を小さくしていると説明されてきた。
Blake (1985) A model of foraging efficiency and daily energy budget in the Black Skimmer (Rynchops nigra)
がよく参照される論文で、水面近くを飛ぶと ground effect の効果で要するエネルギーと至適速度がともに小さくなる。ground effect がなければこのような様式の採食はエネルギーコスト的に見合わない。
Mendez and Hedrick (2024)
Wind gradient exploitation during foraging flights by black skimmers (Rynchops niger)
のトラッキング研究で風の速度勾配を利用したダイナミックソアリング的な手法も併用していることが明らかになった。
The Black Skimmer (Optics4Birding) にクロハサミアジサシの適応についての解説があった。下嘴がナイフ状で水の抵抗を減らしているとのこと。獲物に当たると嘴を閉じる。高速度撮影ではその瞬間に首を引いて獲物を確保するとのこと。浅い羽ばたきで非常にゆっくり飛ぶ (当然だろう) ので飛翔が非常に優美で写真家としては見逃せないが、暗くなってから飛ぶのでおそらく難しい被写体と述べたいのだろう。
暗くなってからこの方式で狩りをすれば魚にとっても目立ちにくいことになる。
もちろん顎や首が大丈夫かと気になるわけだが、週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 106 p. 13 には頭蓋と首をつなぐ補強の骨があって、首の筋肉が異常なほどに発達しているとのこと。首がクッションとなって衝撃を和らげているらしい。
出典が見つかり、Zusi (1962) Structural adaptations of the head and neck in the black skimmer: Rynchops nigra だった。
ハシブトアジサシを含む他のアジサシ類やワライカモメとの比較も紹介されている。"補強の骨" とは何のことかと思ったが、どうも第 2, 3 頸椎が特に長くなっていて後突起が発達していることを指すらしい。
しかし hypapophyses (#ウミウ備考 [長い首の水中での役割] 参照) は発達していないとのこと。後ろ向きの力に耐える構造となっている。ハサミアジサシ類は頸椎が太いとともに長く、意外な感じもするが長い首は衝撃に耐えるためにも役立っている。下向きに曲げていると圧縮に耐えられるとのこと (これは人でもよく言われる)。衝撃に耐える長めの首はキツツキ類でも同様の役割を想像することができる。p. 74 fig. 32 に他のアジサシ類やカモメ類と筋肉の比較図がある。
顎の筋肉はご期待通り。p. 34 に靭帯の一部が骨化しているとの記述があって "補強の骨" はこちらを指しているのかも。ただし靭帯のように弾性がないために後ろ向きの力に対して保護する機能はあまり期待できないとのこと。比較されている鳥はみな採食方法が違うのでアジサシ類 / カモメ類の構造と採食適応に興味のある方にとっても面白い研究だろう。
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ミツユビカモメ
- 学名:Rissa tridactyla (リッサ トゥリダクテュラ) 三本指のミツユビカモメ
- 属名:rissa (合) ミツユビカモメ (rita ミツユビカモメ アイスランド語 < 古ノルド語 ryta)
- 種小名:tridactyla (合) 三本指の (tri- (接頭辞) 三つの dachtylo 指 Gk)
- 英名:Black-legged Kittiwake
- 備考:
rissa の発音はよくわからないが短母音とすれば "リッサ"。
tridactyla は短母音のみで -dac- がアクセント音節 (トゥリダクテュラ)。起源となるギリシャ語 tridaktulos も短母音で、語末を伸ばす要因はない。
記載時学名 Larus tridactylus Linnaeus, 1758 (原記載)。
Larus rissa Brunnich, 1764 (参考) や Larus rissa Linnaeus, 1766 (参考) があるが同一と判定された Linnaeus (1758) が最も早い学名として採用されたよう。
Larus rissa Pontoppidan, 1763 (参考) はおそらく後に見つかったが無効とされた。
これらの用例を見ると rissa の名称はすでによく知られていて Larus tridactylus と同一でなければ生きていた学名だっただろう。Larus rissa をタイプ種として命名された属名 (Stephens 1826) に当時の面影が残ることになった。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは pollicaris (親指の < pollex, pollicis 親指。爪/指が一本ないことを示す) とされる。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種 tridactyla ニシミツユビカモメを検討亜種としている (次の記事も参照)。Rissa 属のタイプ種。
茂田 (1991) Birder 5(6): 44-47 にミツユビカモメの亜種についての記事がある。
Pineaux et al. (2023) A gull species recognizes MHC-II diversity and dissimilarity using odor cues
にミツユビカモメがにおいを用いて血縁度を見分けている研究がある。
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アカアシミツユビカモメ
- 学名:Rissa brevirostris (リッサ ブレウィローストゥリス) 短い嘴のミツユビカモメ
- 属名:rissa (合) ミツユビカモメ (rita ミツユビカモメ アイスランド語 < 古ノルド語 ryta)
- 種小名:brevirostris (adj) 短い嘴の (brevis (adj) 短い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Red-legged Kittiwake
- 備考:
rissa は#ミツユビカモメ参照。
brevirostris は rostrum の o が長母音でアクセントもここにある (ブレウィローストゥリス)。
記載時学名 Larus (Rissa) brevirostris Bruch, 1855 (原記載) 基産地 Northwestern North America (北米北西部)。
この記載によれば Rissa 属全体を指して嘴が短い (明瞭に比較対象になっているものはカモメ) とあり、種そのものの特徴というわけではなさそう。
ミツユビカモメに似ているが die Fuesse sind hoch korallenroth, und der Schnabel ist gelb (足はサンゴのような赤色で嘴は黄色) とある。Larus 属に "足の赤い" に相当する種小名はすでに使われているため足の色を指すのは避けたのだろう。
和名は英名とよく一致している。
単形種。
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ゾウゲカモメ
- 学名:Pagophila eburnea (パゴピラ エブルネア) 象牙製のように白い氷の友人
- 属名:pagophila (合) 氷の友人 (pagos 氷 philos 友人 Gk)
- 種小名:eburnea (adj) 象牙のように白い (eburneus)
- 英名:Ivory Gull
- 備考:
pagophila は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-go- がアクセント音節と考えられる (パゴピラ)。
eburnea は短母音のみで -bur- がアクセント音節 (エブルネア)。
ebur が象牙、-nus, -eus (いずれも短母音) を付けて語構成されたもの。読み方は違うが英語の ivory にも語幹の綴りの傾向が残っている。
古い図鑑を見ると Pagophila alba の学名がみられ、現在でも時に使われている。参考例: Ivory Gull Facts (Arctic Wildlife 2024)。
American Ornithologists' Union 1st edition (1886) が Gavia alba を用いた。
Kaup (1829) による Pagophila 属の提唱を受け、2nd edition (incl. 9th suppl.) で Pagophila alba に変更、1931 年までこの学名が用いられていたが 4th edition (incl. 19th suppl.) で Pagophila eburnea と変更された経緯がある。
アメリカ流の学名を用いると Pagophila alba が遅くまで残っていた模様。
Kaup (1829) では属提唱時に Pagophila eburnea をすでに用いていた (The Key to Scientific Names) ので Pagophila alba に変更されたのはそれ以降に判断されたものと考えられる。
Larus albus Gunnerus, 1767 (参考) 基産地 Northern Norway (ノルウェー) と記載されたのがこの種の記載の始まりで、要するに "白いカモメ" だった。
その後アメリカではこの種小名のまま Gavia 属に移されていたが、
Larus Eburneus Phipps, 1774 (原記載) 基産地 Spitsbergen (スピッツベルゲン島) が現代では原記載とされる。
Larus albus Gunnerus, 1767 の方が早いので一般的には使われないのは何か理由があるのだろう。
ここから先はあくまで想像だが、ゾウゲカモメが Gavia 属や Pagophila 属 (つまり Larus 属以外) に含まれる場合は、Gunnerus (1767) 以降に Larus albus と記載されている他の学名が複数あるので、これらのうちから記載の古いものが別種の学名先取権を得て Larus albus が有効になる可能性がある。
しかしゾウゲカモメ (見た目はカモメなので十分可能性がある) を Larus 属にまとめる場合はこちらに先取権が発生することになる。
このような分類体系による学名の不安定性を避けるために Larus albus を一律無効とする措置が取られたのではないだろうか。しかし Pagophila 属に分離されているなら問題ないのではなどの見解の対立があったのかも知れない (未確認)。
Dement'ev and Gladkov (1951) にもシノニムとして現れないので無効らしく見える。なおロシア語名は "白いカモメ" に相当して外見そのままか従来の学名に由来するものか。
単形属で単形種。北極圏の島で繁殖する。
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クビワカモメ
- 学名:Xema sabini (クセマ サビニ) サビンのカモメ
- 属名:xema クビワカモメに対して Leach (1819) が作ったおそらく意味のない造語 (The Key to Scientific Names)
- 種小名:sabini (属) Sir Edward Sabine (英国の北極探検家) の
- 英名:Sabine's Gull
- 備考:
xema の読み方はわからないが短母音と推定すると "クセマ"。xenon なども短母音なのでおそらくこの読みでよいと考えられる。
sabini は人名で読み方がわからないが短母音のみとすれば "サビニ"。
ただしラテン語に Sabina (地名、植物名) の単語が存在し、この発音に似せるならば i が長母音となる (サビーニ)。おそらくどちらでもよい。
和名の由来となると考えられる学名があって Larus collaris Sabine, 1819 (参考)。
このカードによれば Larus sabini Sabine, 1819 (参考) を改名した学名だったが、Larus collaris の名前でウイーンの博物館にある標本はヒメクビワカモメであることが後に判明した模様。
この sabini の命名は自分自身ではなく兄弟を指すものとのこと。
規則はよく知らないが命名者自身を用いた学名は無効とされて改名されたのかも知れない。
Egevang and Boertmann (2008) Ross's Gulls (Rhodostethia rosea) Breeding in Greenland: A Review, with Special Emphasis on Records from 1979 to 2007
に関連情報があって、Larus collaris の学名は実際に使われていたよう。
Etymology of Xema の情報でも Xema collaris と呼ばれていたことがわかる。おそらく当時の英名はこのまま "クビワカモメ" に相当するもので、和名も学名か英名から訳されたと考えると理解しやすい。
collaris は首輪以外に "首に特徴のある" 語義もある (#イワヒバリ参照)。クビワカモメの記載にある torque cervicali nigro (黒い首輪がある) から首輪の語義でよいことがわかる。語義解釈に多少の注意を要する点と言える。
この記載を見て気づいたが、torquatus / torquata は非常によく現れ "首輪のある/首飾りのある" (ノビタキの以前の学名やオオコノハズクなど) の意味で使われるが、torque そのものには首輪の意味はなかった。もとは "絞められた" の意味で、足輪や腕輪など輪のようなもの全般を指すものと考えられる (torquis 腕輪、輪など)。そのため部位を示すため cervicali が付けられている。
collaris と torquatus / torquata は同じような意味のようで多少の違いがある。
単形属で単形種。北極圏の島や大陸沿岸からアリューシャン列島で繁殖する。原記載 "Mr. Sabine's Account of a new species of Gull ..."。種小名は発見者と記述がある。ここで新しい属に置く可能性もすでに提唱されていた。
Xema 属はユリカモメをタイプ種として使われたこともある (Boie 1822)。Zema/Zeme の綴りも使われた。xene (異端者, Gk)、kheima (冬、嵐 Gk) のような類語があり、まったく意味がなかったわけではないかも知れない (The Key to Scientific Names の情報からとりまとめ)。ロシア語の zima (冬。おそらく上記ギリシャ語と同系) も思い当たる。
可能性があるとすれば冬の異端者のような造語だったのかも。
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ヒメクビワカモメ
- 学名:Rhodostethia rosea (ロドステーティア ロセア) バラ色の胸 (のカモメ)
- 属名:rhodostethia (合) バラ色の胸 (rhodon バラ Gk stethos 胸 Gk)
- 種小名:rosea (adj) バラ色の (roseus)
- 英名:Ross's Gull
- 備考:
rhodostethia は由来となるギリシャ語の stethos の冒頭が長母音でこれに従えばアクセントもこの位置で読みやすい (ロドステーティア)。
rosea は短母音のみで "ロセア"。発見者の Ross の発音にも近い。
単形属で単形種。
英名の Ross は James Clark Ross (英国探検家)。北極圏近くで繁殖するカモメで冬もあまり南下しない。1823 年の Ross による記載後も繁殖地は不明のままで、Sergei Aleksandrovich Buturlin (ロシア鳥類学者)によってヤクーチアの東北部 Pokhodsk 村で 1905 年にようやく発見された。
寒波の激しい年には繁殖しないか1卵しか産まない。極北地域ではレミングなどの齧歯類の年変動が激しく、捕食者であるホッキョクギツネなどはヒメクビワカモメの卵やひなも含めてあらゆるものを食べてしまう。
かつては食物の少ない年にはエスキモーがヒメクビワカモメを狩って食べていた。20 世紀初頭にはアメリカからの猟師などが訪れ、ヒメクビワカモメの詰め物は珍品として高値で取引されたがしばしば色が抜けて単なる白いカモメになったこともあった。家畜による捕食などもあり、繁殖地の限られたヒメクビワカモメの個体数が激減して種の存続も危ぶまれた。
1980 年代にソ連、そしてロシアのレッドデータブックに含まれた。ロシアでも辺境に生息し、ヒメクビワカモメを探す探検は Oleg Kuvaev による小説「キャプテン・ロスの鳥」(Ptitsa kapitana Rossa)に基づく映画「地平線の果てを行って」(1972, Idushchie za gorizont) が作られた (YouTube)。この映画の解説によれば、コリマ川デルタでヒメクビワカモメの巣の発見に人生を捧げた地理学者 Shavanosov の足跡を追った物語である (wikipedia ロシア語版から)。
日本でも記録されると話題になる珍鳥だが、ロシアでも幻のような鳥。
Eugene Potatov による発見物語(1990) (Birds International) を読むことができる。ちょうど日露戦争の時代の物語で、この記事を記載している 20 世紀末ですら、飛行機もヘリコプターも使えない当時に発見できたことは全く信じ難いと記している。
Michael Densley による書籍 "In Search of Ross's Gull" (Peregrine Press 1999) もある。
Rozovaya chajka "鳥の国" というロシアの TV 番組の1つで製作者直々のアップロード。自動字幕も表示できるので翻訳を選択すればある程度内容がわかるだろう。歴史物語から繁殖生態、極北の他の鳥も紹介されている。
北米の極北部 (グリーンランドやカナダの島) にも繁殖地があるが個体数は少ない。現在では部分的な衛星追跡に成功している [Solving the Mystery of Ross's Gulls (カナダ極北);
Gilg et al. (2016) Satellite tracking of Ross's Gull Rhodostethia rosea in the Arctic Ocean (ロシアから北極海)]。
繁殖地にとどまる期間は 60 日に過ぎず、その後は北極海高緯度 (80° 以北) に移動し海氷環境で生活する。おそらく餌資源が豊富であるためと考えられる。秋には南下してアラスカ北西の海上からチュコト半島に移動している。これは高緯度の極夜を避けるためと考えられている。
アンドレーエフ (池内訳) (1992) Birder 6(4): 34-43 に多数の写真を含むこの種の歴史や繁殖地の様子などが紹介されている。
尾がくさび型をしている点は識別点の一つで、ロシア名 vilokhvostaya chajka も vilo- は熊手の意味 (熊手の尾のカモメ)。
和名別名バライロカモメ。
川崎 (2001) Birder 15(4): 54-55 に 2001年1月6日北海道斜里川河口部を訪れた 100 羽の記録が紹介されている。過去の記録のリストも示されている。
Birder 編集部 (2000) Birder 14(1): 10-13 に「谷津干潟にヒメクビワカモメ出現」の記事がある。1999.11.23 に初確認のものを観察に訪れた記事。日本最初の記録は 1974 年1月北海道斜里町だった。
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ハシボソカモメ
- 第8版学名:Chroicocephalus genei (クロイコケパルス ゲネイ) ジェネの色のついた頭 (のカモメ) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus genei (ラルス ゲネイ) ジェネのカモメ
- 第8版属名:chroicocephalus khroikos 色のついた < khrozo 色をつける Gk -kephalos 頭の < kephale 頭 Gk
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:genei (属) Carlo Giuseppe Gene (イタリアの動物学者) の
- 英名:Slender-billed Gull
- 備考:
chroicocephalus は#ユリカモメ参照。
larus は#カモメ参照。
genei は短母音のみとすれば "ゲネイ"。
ラテン語に genus (生まれ。生物学の属)、genea (世代) などの綴りの類似した単語があるがいずれも短母音。
単形種。現在の分類では Chroicocephalus genei となる。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
属名 Chroicocephalus (khroikos 色のついた < khrozo 色をつける Gk -kephalos 頭の < kephale 頭 Gk) で、ユリカモメなどで繁殖期に頭が黒くなることを表しているがハシボソカモメは黒くならない。
Chroicocephalus 属はユリカモメ属。
Boyd では Gelastes genei となる。
学名の由来を調べてみると原記載 Larus Genei di Breme, 1839 で、友人の Gene への献名となっている。
Carlo Giuseppe Gene (1840-1847) は鳥類学とはそれほど関係なく 1833-1838 年にハシボソカモメの基産地であるサルデーニャ (サルジニア) 島へ遠征し昆虫採集をして新種を記載したとのこと。
イタリア名 Gabbiano roseo のようにピンク色、あるいはスペイン名 Gaviota Picofina のように小さな (細い) 嘴に基づく名前が中心。フランス語では Goeland railleur で railleur は "嘲る、嘲笑する者 (の)" の意味。ユリカモメの学名同様に音声からか。
かつて迷鳥として福岡県に 1984 年から 1992 年までほぼ毎年1-2羽が渡来していたがその後の記録はない (Birder 誌にも当時の記事や回想などあり)。
世界的には地中海沿岸や中東に広く分布しており、分布域ではごく普通の種類。ユリカモメなどを含む小型カモメ類の中では首が長いことが知られていて、集団繁殖地では「パレード (2:23 付近)」と呼ばれる首を伸ばして歩く集団誇示行為が見られる。
韓国語では「キリンの首のカモメ」と呼ばれる (出典)。独特の採食姿勢が見られる。
ソ連時代の古い TV 番組があった 白い鳥の島 (1977) 3:07 あたりからハシボソカモメのコロニーの映像がある (さすがに体型だけでわかった)。他の水鳥やシギ・チドリ類も出てくるのでそのまま見ていても面白い。
ハシボソカモメは当時の黒海自然保護区 (ヘルソン、現ウクライナ) のシンボルでもあって、7:05 あたりから再度登場する (表題の白い鳥はカモメ類やアジサシ類を指すようだが、ハシボソカモメが特に中心であるとのこと)。
7:24 あたりからニシズグロカモメ Ichthyaetus melanocephalus Mediterranean Gull が出てくるが体型がまったく違うことがわかる。その後もアジサシの凶暴な行動やハシボソカモメの繁殖生態なども出てくる。
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ボナパルトカモメ
- 第8版学名:Chroicocephalus philadelphia (クロイコケパルス ピラデルピーア) フィラデルフィアの色のついた頭 (のカモメ) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus philadelphia (ラルス ピラデルピーア) フィラデルフィアのカモメ
- 第8版属名:chroicocephalus khroikos 色のついた < khrozo 色をつける Gk -kephalos 頭の < kephale 頭 Gk
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:philadelphia (外) 米国のフィラデルフィア
- 英名:Bonaparte's Gull
- 備考:
chroicocephalus は#ユリカモメ参照。
larus は#カモメ参照。
philadelphia はラテン語読みでは語末の i を長母音にしてアクセントはここにあるとのこと (ピラデルピーア)。由来となったギリシャ語 Philadelpheia の語末が3重母音であったため。
単形種。日本鳥類目録改訂第7版で追加。現在の分類では Chroicocephalus philadelphia となる。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
英名、和名はフランスの鳥類学者 Charles Lucien Bonaparte (皇帝 Napoleon Bonaparte の甥)。
Larus bonapartiii Richardson, 1831 (参考) の学名があり、Bonapartian Gull と呼ばれていた。
Sterna Philadelphia Ord, 1815 (原記載) が早かったがここでは目録に並ぶのみ。人名を排して命名している他国語名ではカナダやアメリカを用いているものがいくつかある。
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チャガシラカモメ
- 第8版学名:Chroicocephalus brunnicephalus (クロイコケパルス ブルンニケパルス) 茶色の頭の色のついた頭 (のカモメ) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus brunnicephalus (ラルス ブルンニケパルス) 茶色の頭のカモメ
- 第8版属名:chroicocephalus khroikos 色のついた < khrozo 色をつける Gk -kephalos 頭の < kephale 頭 Gk
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:brunnicephalus (合) 茶色頭の (brunneus 茶色の < brunius、kephali 頭 Gk)
- 英名:Brown-headed Gull
- 備考:
chroicocephalus は#ユリカモメ参照。
larus は#カモメ参照。
brunnicephalus は外来語を含む合成語で発音はわからないが、brunneus は短母音のみ。-kephalos も同様で長母音は現れないと考えられる。-ce- がアクセント音節と考えられる (ブルンニケパルス)。
種小名、英名、和名はいずれも同じ意味。
記載時学名 Larus brunnicephalus Jerdon, 1840 (原記載)
基産地 West coast of Indian peninsula。記載時は 新種? となっていてやや怪しげ。インド西岸で普通に見られる。現在の英名はここですでに与えられていた。
この記載の前後を見ると 新種? と書きながら学名を与えていないものも多い。"インド半島の鳥のカタログ" の書物なので新種かどうかをあまり追求しなかったのかも知れない。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば Stegmann (Shtegmann) はユリカモメの亜種として扱ったが、"雑種" の特徴を持つ個体が記録されていないことやカモメ類では羽衣の変異が大きいこと、"雑種" に見える個体は個体変異の可能性がある理由から別種として扱っている。
近縁ではあるが、カモメ類の種識別の重要な点の一つである風切羽の色彩の違いからこれらを同種と考えるのは難しいと述べている。
単形種。日本鳥類目録改訂第7版で追加。現在の分類では Chroicocephalus brunnicephalus となる。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
Ratanakorn et al. (2017) Satellite Tracking on the Flyways of Brown-Headed Gulls and Their Potential Role in the Spread of Highly Pathogenic Avian Influenza H5N1 Virus
タイで越冬するチャガシラカモメの衛星追跡。
実効個体数は歴史的にもずっと少なかったと見積もられている。#ゴビズキンカモメ備考の Yang et al. (2025) Whole-genome resequencing landscape of adaptive evolution in Relict gull (Larus relictus) 参照。
しかし遺伝的多様性はゴビズキンカモメより高い。
加藤 (2024) Birder 38(12): 48-51 にチャガシラカモメとユリカモメの識別および交雑個体と思われるものについて解説がある。
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ユリカモメ
- 第8版学名:Chroicocephalus ridibundus (クローイコケパルス リーディブンドゥス) 笑うような鳴き声の (誤命名?) 色のついた頭 (のカモメ) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus ridibundus (ラルス リーディブンドゥス) 笑うような鳴き声の (誤命名?) カモメ
- 第8版属名:chroicocephalus khroikos 色のついた < khrozo 色をつける Gk -kephalos 頭の < kephale 頭 Gk
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:ridibundus (adj) 鳴き声が笑うような (ワライカモメと混同されていた可能性がある。備考参照)
- 英名:Black-headed Gull
- 備考:
chroicocephalus は起源となるギリシャ語の khroikos の1つめの o が長母音。-ce- がアクセント音節と考えられる (クローイコケパルス)。
larus は#カモメ参照。
ridibundus は1つめの i が長母音。アクセントは -bun- にある (リーディブンドゥス)。rideo (リーデオー。笑う) が長音の由来。
ridibundus は本来はワライカモメに付いていてもよい学名だったらしい。経緯は#ワライカモメを参照。Linnaeus の知識 (情報) 不足によりあまりふさわしくない学名になってしまった説明が wikipedia スウェーデン語版にある。
かつてはユリカモメとワライカモメは同一 (ワライカモメの足の赤い版と考えた模様) と考えた Brisson による。文献はワライカモメの方を参照。現行の学名字義を解釈してユリカモメに結びつけるのは無理があるかも。
ドイツ語名は Lachmoewe と学名をそのまま訳しており、こちらが "ワライカモメ" を意味する名前になっている。英名と比べて混乱しないのだろうか...。
日本語のワライカモメに相当するものは Aztekenmoewe と地域名で呼んでいる (Aztek- を使っている点はロシア語名も同じ)。
フランス語名も Mouette rieuse と rieuse (よく笑う、楽しそうな) の意味は近い。ラテン系言語なので学名の影響力が大きいかも知れない。ロシア語名は知っている人もあるかも知れないが (日本のユリカモメはカムチャツカから来るため)、"湖のカモメ" の意味。湖でも繁殖してよく見られるためだろう。
単形種。現在の分類では Chroicocephalus ridibundus となる。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
かつては亜種 sibiricus を認める立場もあり、日本のユリカモメはこの亜種とされていた。
記載時学名 Larus ridibundus sibiricus Buturlin, 1911 (原記載)。基産地は Avibase では Koljma Delta and Ussuriland とされているが、この文献ではカムチャツカも指している。数ページ後に英訳あり。
American Ornithologists' Union 5th edition (incl. 33rd suppl.) までは亜種として認めていた。
亜種を認める場合は先取権が複雑だったようで、Dement'ev and Gladkov (1951) によれば Larus ridibundus var. major Middendorff, 1853 があったがすでに使用されている学名で無効。
Larus erythropus Gmelin, 1789 (基産地カムチャツカと英国)、
Larus naevia Pallas, 1811 (基産地ロシア)、
Larus ridibundus sibiricus Buturlin, 1911、
Larus ridibundus lavrovi Zarudnyj, 1922 (基産地ウズベキスタンの Chirchik) はいずれも当時の学名で、現在は単形種とされる Larus ridibundus のシノニムとされている。
Larus ridibundus sibiricus が一時的に使われたのは先行する記載の地域特定が不十分だったためだろうか。
ユリカモメの学名変更が一番影響が大きいと思われるのでここに含めておくが、旧 Larus 属が単系統でないために属分割を提案したのは Pons et al. (2005)
Phylogenetic relationships within the Laridae (Charadriiformes: Aves) inferred from mitochondrial markers。
今となっては古い論文だがその後の研究でも確かめられている。#カモメの備考 [カモメ科の系統分類] 参照。
茂田 (1995) Birder 9(3): 46-51 によればユリカモメを含む小型カモメ類 (ハシボソカモメも含む) が Hydrocoloeus 属 (hudro 水 koloios 未同定の鳥 Gk #ヒメカモメ参照) にまとめられていたとのこと。
最初の用例は Kaup (1829) で ヒメカモメとワライカモメ (当時の学名で Larus plumbiceps) 2種からなる属であったがその後拡張されたらしい (The Key to Scientific Names)。
その後ご存じのように Larus 属にまとめられて長期間この属が使われてきた。
分子系統解析で属を復活させる必要が生じたが Hydrocoloeus 属は記載時ユリカモメを含んでおらず、ユリカモメを含む最初の記載と判断される Chroicocephalus Eyton, 1836 が採用されるようになった模様。
この属は A history of the rarer British birds が最初の用例でこの時は当時の学名で Larus Minutus Pallas (ヒメカモメ) と当時の学名で Larus capistratus Temminck が含められていた。
Eyton 自身も Larus capistratus と Larus ridibundus を別種と考えていたが、
On the Larus capistratus of Temminck (Thompson 1845) が標本を検討して同一と判定した。Temminck は羽衣の変化に惑わされて別種と考えたらしい。
当時は東洋のことはほとんど未知でユーラシアの東西で別種が存在するのかよくわからず、Eyton もどちらからやってきた迷鳥だろうかと考えたらしい。
Linnaeus (1766) によるユリカモメの原記載。Chroicocephalus 属命名に使われた Larus capistratus Temminck がユリカモメと同じものと判定された結果、こちらがタイプ種となった (The Key to Scientific Names の情報から抜粋)。
もし本当にユーラシアの東西が別種であったならば Larus capistratus と呼ばれたものの方がタイプ種となっていて (ユーラシア東部個体群の学名先取権は要検討)、元祖 Larus ridibundus をニシユリカモメのような名前で呼ぶことになっていたかも知れない。
ワライカモメが別属となったため Hydrocoloeus 属はヒメカモメのみを含む属となった。
ヒメカモメがタイプ種と指定されたのは Gray (1841) による (参考)。
[2023 年ポーランドで H5N1 によるユリカモメへの影響]
Indykiewicz et al. (2025) Impact of highly pathogenic avian influenza virus (HPAIV) on Black-headed Gulls Chroicocephalus ridibundus population in Poland in 2023
成鳥個体の平均死亡率 22.2% だったとのこと。コロニーサイズが大きいほど死亡率が高かった。ポーランドで成鳥 51000 羽が死亡したと推定される。
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ズグロカモメ
- 第8版学名:Saundersilarus saundersi (サウンデルスィラルス サウンデルスィ) ソーンダースのカモメ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus saundersi (ラルス サウンデルスィ) ソーンダースのカモメ
- 第8版属名:saundersilarus Saunders (Howard Saunders の) larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 第7版属名:larus (m) カモメ (larosがつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:saundersi (属) ソーンダース (英国の銀行家、カモメ類の権威の鳥類学者) Howard Saunders の
- 英名:Saunders's Gull
- 備考:
saundersilarus は人名からの合成なので発音はよくわからないが、larus は短母音のみ。ラテン式の発音規則に従えば -si- がアクセント音節となる。種小名の発音と整合性を持たせるならばすべて短母音で発音するのが読みやすく思える (サウンデルスィラルス)。
larus は#カモメ参照。
saundersi はラテン語読みでは -der- がアクセント音節と考えられる。短母音のみで読めば (サウンデルスィ)。-der- を長母音で発音しても構わないが、統一した読み方にすると属名の読みがやや不自然になる。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Saundersilarus 属 [Saunders と Larus 属 (カモメ属) の合成] となる。Saundersilarus 属はズグロカモメ属。
亜属 Saundersia (Dwight, 1925) がすでに他に使われていたため、Saundersilarus の名称がさらに作られた (The Key to Scientific Names)。
HBW/BirdLife, Clements, eBird ではこの属名が使われているが IOC 学名は 1.7 から 13.2 まで Chroicocephalus saundersi。IOC 14.1 以降 Saundersilarus saundersi となった。
Clements (2024) でもこの学名が採用され、eBird も2024年10月現在こちらの学名になっている。
ユリカモメなどは第8版で Chroicocephalus 属になった次第で、ズグロカモメも同じ属で夏には同じような...など説明をすべきところが、ズグロカモメはさらに変更が進んでしまったため。
第7版と第8版の間で2回の学名変更があって、一足飛びに属が変わって現れてもよいはずの Chroicocephalus saundersi の学名になる機会がなかった。IOC や eBird を用いていた方では長く使われていただろうもの。
日本鳥類目録だけを見ていると、ご存じの夏羽の特徴通りズグロカモメとユリカモメが同属で分離されていたことがあることを知らないままとなるのはちょっと惜しい感じがする。
なぜならばユリカモメ夏羽を見てこれこそズグロカモメと呼ぶべきと感じた人は結構多いと思う上、ユリカモメの英名の意味はまさに "ズグロカモメ" である。現在の英名と和名の対応が悪いが、ズグロカモメにも Chinese Black-headed Gull の別名があった。頭の黒くなるカモメ類は多種あるので人名を使って違う系統の名前が用いられたものか。
ズグロカモメが別属になったのは系統的必然性というよりは属境界の定義に基づくものなので、新しい学名だけを根拠に学名の変わる理由に悩むよりは Chroicocephalus 属とほぼ同属に近いことを認識しておくとよいだろう。
上記表示でも第8版学名 / 第7版学名 と並んでいるが、表面上現れないが間に中間段階が存在した。
最新の Dufour et al. (2024) Seasonal migration and the evolution of an inverse latitudinal diversity gradient in shorebirds
の Supporting Information (Figure S1) の分子系統樹を見ると Chroicocephalus 属に含めてしまうと (狭義) Larus 属と単系統の関係にならなくなるので、Saundersilarus 属を分離するのが適切であることがわかる。
Boyd では Saundersilarus saundersi。
他言語名称では Saunders を用いているものがそこそこあるが、地域名を使っているものではロシア語など中国を用いているものが多い。中国名は黒嘴鴎なのでわかりやすい。
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ヒメカモメ
- 第8版学名:Hydrocoloeus minutus (ヒュドロコロエウス ミヌートゥス) 小さな水の水かきのある鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus minutus (ラルス ミヌートゥス) 小さなカモメ
- 第8版属名:hydrocoloeus hudro- 水の (Gk) koloios 同定されていない鳥の一種 (水かきのある鳥でウの意味か) (Gk)
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:minutus (adj) 小さな
- 英名:Little Gull
- 備考:
hydrocoloeus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。末尾に母音が3つ並ぶのでそのうち最初にアクセントがあると考えられる (ヒュドロコロエウス)。
coloeus は#ニシコクマルガラスの属名も参照。
larus は#カモメ参照。
minutus は u が長母音でアクセントもある (ミヌートゥス)。
単形種。日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Hydrocoloeus minutus となる。
属名 Hydrocoloeus hudro- 水の (Gk) koloios 同定されていない鳥の一種 (水かきのある鳥でウの意味か) (Gk)。属命名の経緯は#ユリカモメの備考参照。
Hydrocoloeus 属はヒメカモメ属。
カモメ類の中で最も小型。
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ワライカモメ
- 第8版学名:Leucophaeus atricilla (レウコパエウス アートゥリキルラ) 黒い尾の白っぽい灰色の鳥(誤命名?) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus atricilla (ラルス アートゥリキルラ) 黒い尾のカモメ(誤命名?)
- 第8版属名:leucophaeus leukophaios 白っぽい灰色、灰色 (Gk) < leukos 白 phaios 薄黒い (Gk)
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:atricilla (合) 黒い尾の (ater (adj) 黒い cillo (tr) 動かす -illa (指小辞) 小さい。ユリカモメと混同されていた可能性がある。備考参照) -cilla についてはセキレイ科も参照)
- 英名:Laughing Gull
- 備考:
leucophaeus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。末尾に母音が3つ並ぶのでそのうち最初にアクセントがあると考えられる (レウコパエウス)。
atricilla は atri- の冒頭が長母音。-cil- がアクセント音節と考えられる (アートゥリキルラ)。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは亜種不明とされる。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Leucophaeus atricilla となる。属名 Leucophaeus leukophaios 白っぽい灰色、灰色 (Gk) < leukos 白 phaios 薄黒い (Gk)。Leucophaeus 属はワライカモメ属。
種小名は atricapilla (髪の黒い。こちらの方が特徴をよく表している) を意図して誤って付けられたものではないかとの解釈がある。
Linnaeus (1758) からある学名で原記載。capite alarumque apicibus nigris で翼の先端が黒いことを指していると思われるので誤命名の解釈でよさそう。The Key to Scientific Names によれば Catesby (1731) の図版を見ると尾が黒い印象を受けるかも知れないとのこと。
英名、和名は鳴き声から。
Mark Catesby (1729-1732) The natural history of Carolina, Florida and the Bahama Islands... にすでに登場する英名で学名以前に英名があった。
ユリカモメはスウェーデンにも分布するのにワライカモメより命名が後になった理由は wikipedia スウェーデン語版 (Skrattmas) によれば ridibundus の名称は Brisson (1760) によるもので、Brisson はユリカモメはワライカモメの亜種 (当時は亜種概念がなかったので同じ種の中に含めたのだろうか) としていたためと解説がある。
Linnaeus はユリカモメのことをよく知らなかったので情報は Brisson の文献に頼っていて、ワライカモメは笑ったような声で鳴くがユリカモメはそのような声では鳴かないのでユリカモメの方にワライカモメに相当する誤った学名を付けたと説明されている。
ワライカモメの原記載にはそのような兆候は見られない (ヨーロッパにも生息する記述になっていない) ので、Linnaeus はカモメ類をよく知らなかった (= カモメ類の情報提供者が少なかった) ということらしい。世界の生物を扱っているのに Linnaeus (1758) では Larus 属の種数も少なかった。
ユリカモメの原記載 (参考) ではこの状況が読み取れて、
・ワライカモメ = Gavia ridibunda (Brisson)。Linnaeus はアメリカとヨーロッパに生息としている。足は黒いとしている。
・ユリカモメ = Gavia ridibunda phoenicopos (Brisson), Linnaeus は Mari Europaeo (ヨーロッパの海) Voce cachinnos aemulatur ("声で笑いを真似る" 程度の意味か)。
となっていて、ワライカモメがアメリカとヨーロッパに生息し、こちらが本家でユリカモメはそのうち足の赤いもの (phoenicopos は "赤い顔" の意味になるが、おそらく phoenicopus "赤い足" を意図したものだろう) の位置づけになる。
Brisson (1760): Gavia ridibunda (No. 13), Gavia ridibunda phaenicopos (No. 14)。
Linnaeus はワライカモメを記載した後に別種記載すべきと判断してユリカモメを後から記載することになったらしい。
そのため分布域などもワライカモメとユリカモメの特徴が混ざったような原記載 (参考) になっている。
ユリカモメを意図した学名を先にワライカモメに付けてしまって学名を修正することはできず、新たに命名したユリカモメにむしろワライカモメにふさわしい学名を付けることになった (Linnaeus は両者を混同していてユリカモメが笑うような声で鳴くと考えたらしい)。
この意味では Brisson (1760) の方が早いが書物全体が二名法に則っていないため有効な学名とはみなされず、この記述を参考にして記述した Linnaeus (1766) の方が記載者となった。
Linnaeus は本家ワライカモメの方の声の記述を行っておらず、ユリカモメが笑ったような声で鳴くと混同していたよう。
このような意味でワライカモメの種小名を考えると atricilla (黒い尾の) はユリカモメの方が合っている (!)。おそらく両者が混同されていて atricilla はユリカモメの尾を意識して付けられたのではないだろうか。
Brisson (1760) にはユリカモメに相当する方に尾の先が黒いと正しく記述されており、ワライカモメに相当する方に Aves istae voce risum quodammodo aemulantur; unde ridibunde nomen と笑い声のような声を出すので ridibunde と名付けるとあり、Brisson (1760) は正しく理解していた。
相前後して出版された形となり、Linnaeus が名付けた atricilla であることも示されていた (別学名を与えていることから、Linnaeus は atricilla と名付けたが勘違いでは、のようなニュアンスも込められていたのかも)。
Linnaeus (1758, 1766) の方が間違って付けてしまったらしい。
Brisson のラテン名にそのまま従えばワライカモメの方が Larus ridibundus となっていたと思われるが、Linnaeus (1758) 年段階では両者を区別しておらず誤解して解釈されていた模様。
また Brisson (1760) の用例が有効な学名とみなされなかったために、後で用いた Linnaeus (1766) の名称が有効となったため起きた現象とも言える。Brisson (1760) の用例が有効であったならば同名の Linnaeus (1766) のユリカモメの種小名は無効となったはず。
他言語ではアステカやカリブ海の地域名を用いているものもある。学名が誤って付けられたらしいことを認識しているところでは地名を使う傾向があるように見える。
Boyd では Atricilla atricilla。
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アメリカズグロカモメ
- 第8版学名:Leucophaeus pipixcan (レウコパエウス ピピクスカン) (アステカ語の)カモメの一種で白っぽい灰色の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus pipixcan (ラルス ピピクスカン) (アステカ語の)カモメの一種
- 第8版属名:leucophaeus leukophaios 白っぽい灰色、灰色 (Gk) < leukos 白 phaios 薄黒い (Gk)
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:pipixcan (外) アステカ語、ナワトル語のカモメを意味する Pipixcan, Apipipitzcatl, Apipitzin, Apipitztli
- 英名:Franklin's Gull
- 備考:
leucophaeus は#ワライカモメ参照。
larus は#カモメ参照。
pipixcan は外来語で発音はよくわからないが -pic(s)- がアクセント音節と考えられる。すべて短母音で読めば "ピピクスカン"。
単形種。日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Leucophaeus pipixcanとなる。
英名は北極探検家 Sir John Franklin が標本を採取したことによる。
Boyd では Atricilla pipixcan。
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ゴビズキンカモメ
- 第8版学名:Ichthyaetus relictus (イクチュアーエトゥス レリクトゥス) 遺存種のワシのようなカモメ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus relictus (ラルス レリクトゥス) 遺存種のカモメ
- 第8版属名:ichthyaetus (合) 魚を捕るワシ (ichthy 魚類 aetus ワシ Gk。猛禽類に似た行動を引喩して付けられたもの)
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:relictus (adj) 通常の意味は見捨てられた、手つかずの。ここではニシズグロカモメに対する遺存種の意味 (備考参照)
- 英名:Relict Gull
- 備考:
ichthyaetus は#オオズグロカモメ参照。
larus は#カモメ参照。
relictus は短母音のみで -lic- がアクセント音節 (レリクトゥス)。英語の relic, relict は冒頭がアクセントで異なっている。
単形種。日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Ichthyaetus relictus となる。
属名 Ichthyaetus はオオズグロカモメ Larus ichthyaetus Pallas, 1773 に対して Kaup (1829) が属名に昇格させたもの。
由来等はオオズグロカモメの種小名の解説を参照。
Ichthyaetus 属はオオズグロカモメ属。
種小名、英名ともに遺存種 (英 relic または relict) を意味する: かつて地理的に広い範囲に分布していたものが、現在では限られた地域にだけ生存しているもの (日本大百科)。
1931 年に記載されたが確実な集団営巣地が発見されたのは 1969 年 (後の記述も参照。1968 年の標識調査中に見つかったらしい)。ゴビズキンカモメはモンゴル、カザフスタン、ロシア、中国の数か所の湖で繁殖するのみで、ニシズグロカモメ Ichthyaetus melanocephalus Mediterranean Gull がかつては東方にも分布したものが分断されて遺存種となったものと考えられている。
世界的にも希少なカモメで個体数も減少していると考えられている。数少ない辺境の湖の悪天候なども脅威の一つ。
中国天津沿岸部や韓国で少数が越冬するが正確な越冬分布はわかっていない。Wang et al. (2022) Breeding Population Dynamics of Relict Gull (Larus relictus) in Hongjian Nur, Shaanxi, China に中国繁殖個体群の研究がある。
Liu et al. (2017) Seasonal dispersal and longitudinal migration in the Relict Gull Larus relictus across the Inner-Mongolian Plateau
が内モンゴル平原での衛星追跡の結果を発表している。渤海沿岸で多く多く越冬している。
河北省康保にある湖の個体数が世界の個体数の 60% を占めるとされる。渡りの中継に適した場所がないと思われることも生息を難しくしていると思われる。
モンゴル、カザフスタン、ロシアで保護区が設置され、中国の国家一級保護動物に指定されている (wikipedia 英語、ロシア語、中国語版による)。中国繁殖地の解説ビデオ。
2023 年夏にロシア沿海地方で長期滞在が観察された: Gluschenko and Korobov (2023) Interesting ornithological observations and finds in the southwest of Primorsky Krai in 2023 (pp. 5038-5057)。写真もあり。
国内では1985年1月2日に観察され、オビハシカモメ (クロワカモメ) Larus delawarensis Ring-billed Gull として発表された個体がゴビズキンカモメと同定された。石江他 (1986) 日本におけるクロワカモメの観察記録 が最初の発表。
中村一恵「野鳥」1989年6月号 (No. 514) pp. 40-41 「ゴビズキンカモメについて」の記事があり、海外からの指摘により同定された経緯が述べられている。
[ゴビズキンカモメの発見物語]
「野鳥」の中村氏の記事 (1989) を参考に wikipedia ロシア語版を調べてみると、1929 年にモンゴルの Edzin-Gol 川で Lonnberg が採集した1個体を Larus melanocephalus relictus として 1931 年記載 ("A remarkable gull from the Gobi desert" Arkiv for Zoologi 23B no. 2 p. 2, 5) したのが最初とのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) がチャガシラカモメの異常型と考えたとの記述があるが、原文にあたってみるとニシズグロカモメ Ichthyaetus melanocephalus (現在の学名) の亜種として載っているが、1標本しかなく位置づけは明らかでなく、
ニシズグロカモメでさえなく、普通のチャガシラカモメの羽衣の変わったもの (原文 uklonyashchijsya ot obychnoj okraski ekzemplyar L. brunnicephalus とやや慎重な表現で「普通の色彩から離れつつあるもの」ぐらいの意味) の可能性をまったくもって除外できない、となっている。変種や異常などを意味する単語は使われていない。
u- が離れる + klonit'sya 近づく (英語の動詞の incline の意味が近い。日本語では「〜に考えが傾いている」のような意味の「傾く」に近い表現。逆方向に傾いている、ぐらいに考えればよいだろうか)。
この部分は英訳でニュアンスを的確に表現するのが難しいかも知れない。
根拠は色彩や地理分布から。Dement'ev and Gladkov にとってはニシズグロカモメとはあまりに隔離された分布になるので同種とは信じがたいとの考えだった模様。
モンゴルはそれ以前にも以降にも鳥類学者がよく調べている地域だが、それ以上の記録がないことにも注意を向ける必要がある、とのこと (以前にも以降にも見られていないので意味のあるタクソンとは考えにくいということだろう)。
Dement'ev and Gladkov はニシズグロカモメの亜種として記載通りに置いているが、分布図にも示されているように (?) 付きという解釈でよいと思う。
Vaurie (1962) The status of Larus relictus and of other hooded gulls from Central Asia はオオズグロカモメとチャガシラカモメの雑種と考えた。
この文中に Dementiev rejects the possibility that it is a form of melanocephalus, suggesting that it is an aberrant specimen of brunnicephalus misidentified by Lonnberg と述べられているがこのニュアンスは原文と多少違う ("aberrant" は語源的に確かに原語の表現をよく表しているかも)。
この文献から "relict" は当時から遺存分布と認識されていたことがわかる [以下の Auezov (1971), Potapov (2007a) でも Lonnberg の考えがわかる]。
Auezov (1970) がカザフスタンの Adakul' Taldy-Kurgansk 州の Srednij 湖の島で他種との混合繁殖コロニーを速報したことで状況が大きく変わり、
Auezov (1971, 2015 再掲) Taxonomic evaluation and systematic status of Larus relictus (pp. 4614-4622)
が発見の翌年の分類学的検討の論文。ここで独立種と判定された。1968 年の標識調査中にコロニーが見つかった。Auezov の wikipedia ロシア語版によれば 1963 年や 1967 年にもコロニーが発見されていたが当時はチャガシラカモメと誤同定されていたとのこと (以下の Potapov の論文で歴史が紹介されている)。
この種を同定・研究したことが Auezov の最大の業績として知られるとのこと。
Auezov はその後も研究を続け繁殖生態などの論文を複数出しているので興味ある方は参照されるとよいだろう。
なおこれらの論文や記事で Dement'ev (1951) と引用されているが、この巻は Dement'ev and Gladkov が general editors となっているので同シリーズ他の巻同様に Dement'ev and Gladkov を用いた。
ゴビズキンカモメの発見は旧ソ連で相当大きな事件であったようで、資料が分散しているので雑誌 "The Russian Journal of Ornithiology" 編集部が先導して歴史を振り返る資料がまとめられた。
Gavrilov (2004, 2007 再掲) To history of discovery of the relict gull Larus relictus on Alakol Lake (pp. 515-521)
にカザフスタンの Alakol 湖での再発見 (1968) 物語がある。Auezov は当時先鋭の新人だった。
6月の遠征で明るい色の小型カモメ類のひなを捕獲し、Grachev に聞いたら "ユリカモメ" と答え、誰も疑問も持たずに記録して標識を続けていた。13 羽の "ユリカモメ" を含む多数の鳥に標識を終えて動物学教室に戻って日記を付け終えた。何時間かして「何か違う」ことに気づき、まず「カザフスタンの鳥」を読んでみると標識したものと記述が合わない。
何日か考えて記録をオオズグロカモメに訂正した。しかし何かおかしい。オオズグロカモメのひなには足環
D を付けたが "ユリカモメ" にはもっと小さな E を使ったがそれでも大きすぎるぐらいだった。
真実を明らかにするために死体でも入手できないかと8月に再調査。しかし繁殖は終わっていなかった。
飛んでいるカモメも見たがすべてユリカモメと判明。何も得られず帰り翌年の課題となった。
翌 1969 年は謎のカモメの死体を得ることが課題となり、Auezov が役割を任せられた。Gavrilov 自身は「カザフスタンの鳥」第3版の執筆や Chokpak での調査に忙しくて行けなかった。
Auezov のグループは 1968 年に "オオズグロカモメ" と記録した謎のカモメ 50 羽を含むひなに標識をした。謎のカモメは8羽の成鳥、3羽の若鳥の死体が得られた。
アルマ・アタに戻ってあらゆる資料を調べたが同定できなかった。1971 年に Auezov の発案でこの島に保護区が設けられた。レンジャーが入って漁民が卵を採取することなどを防いだ。Auezov は謎のカモメを独立種のゴビズキンカモメと同定し、この研究で学位を得たとのこと。
この記事の著者 Gavrilov はカザフスタンの著名な鳥学者で、Chokpak の渡り鳥ステーションの所長を務め多くの研究を残している。
Potapov (2007a) To the history of the discovery of a new gull species - the relict gull Larus relictus (pp. 1135-1150)。
Lonnberg は非常に先見の明があり、わずか1標本からニシズグロカモメがかつては広く分布していてその遺存個体群である本質を見抜いていた。そのことは後の研究で確かめられることになった。
さすがの Dement'ev and Gladkov (1951) でも及ばなかった模様。
1934-1935 年に採集されたこの種の標本が 1957 年に3個体もレニングラードに届き、チャガシラカモメとして収蔵された。この時点で世界の4個体の標本だった。1953 年に中国で採集された4標本も後にこの種と判明した。
我が国の偉大な鳥類学者の Stegmann もこれら標本を見ているのに意見を述べなかった。
1963 年にシベリアの動物学者 Leont'ev がかつてのチタ州南端のステップにある Barun-Torej 湖で奇妙なカモメの群れが通過するのを見かけて標本も採集した。1967 年に Khukhan 島でコロニーを見つけたにもかかわらずチャガシラカモメのチベット亜種と記述したとのこと。
Stubbe and Bolod (1971) "Mowen und Seeschwalben (Laridae, Aves) der Mongolei" が出版された。Stubbe は 1969 年に Stockman から新種のカモメの繁殖コロニー発見の知らせを受け取っていたとのこと。出版が 1971 年と遅くなったため Auezov の発見が先んじることになった模様。
Potapov (2007b) The discovery of the relict gull Larus relictus colony in the Lake Barun-Torey も 1970 年に Leont'ev の発見したコロニーの調査に訪れて一般向け雑誌に記事を書いている。
ちょうどこの時期に "新種のカモメ" の情報が広まり、各々が一番乗りを狙おうとしていたらしいが第一記述者になれなかった残念さなどそれぞれの立場で述べられている感じ。記述を見ると Gavrilov も業績として残したかったのかも知れないが都合で行けなかったことを残念に思っているのかも。Potapov も Auezov (1970) の報告は非常に短いと記していて、他の研究者もあわよくばと思ったらしいことが想像できる。
英語で紹介された記事だけでは読み取れない興味深い歴史があった模様。日本のヤンバルクイナの発見に近い状況だったのだろうか。ヤンバルクイナの正式記載は 1981 年なので時期的にもそこそこ近い。
Duff et al. (1991) The Relict Gull Larus relictus in China and elsewhere
の記事では確かに Stubbe and Bolod (1971) も現れていて「情報を伝えてしまった」ためにあるいはわずかの差で第一記述者の座を奪われる恐れがあったことがわかる。表面だけからはわからないが、まだ若い Auezov がすぐには論文を書けず (?) 尻を叩かれる状況だったのかも。
またこの種のカモメは繁殖が安定せず、(カザフスタンで) 翌年訪れても記録できる保証がないことも Potapov が記している。実は冷や汗ものだったのかも知れない (標本はすでにあるので誰かが記述することも可能で、また越冬地で記載される可能性もあった)。
Duff のこの論文でもなぜ見過ごされてきたのかを考察している。石江他 (1986) の論文に対する指摘も、海外研究者が日本でも絶対記録があるはずと目を皿のように探していたのかも知れない。
海外バーダーの識別力がすごいらしいのは確かだろうが背景をよく知って早くから注目していた効果も大きかったのかも。
Ichthyaetus (Larus) relictus (BirdForum) で原記載のスウェーデン語と英訳が読めることを知った。
上述の通り隔離分布に至った経緯も考察されていた。こんなに面白い話ならば wikipedia スウェーデン語版に出ているかと思ったが出典が英語文献由来で、自国の研究者の顕著な業績であるにもかかわらず紹介されていない (2024.12 時点)。
[ゲノム解析と適応に関係する遺伝子候補]
Yang et al. (2021) Genome-wide analyses of the relict gull (Larus relictus): insights and evolutionary implications
にゲノム解析の論文がある。さらに、
Yang et al. (2025) Whole-genome resequencing landscape of adaptive evolution in Relict gull (Larus relictus)
18 万年から 5000 年前の実効個体数の変動を推定、10-8 万年前に個体数がピークで Ne = 100000 程度。現在は 2200-5000 と見積もられる。現在の Ne はトキよりも小さいとのこと。
チャガシラカモメの方がいつの時代も実効個体数が小さかった。しかしゴビズキンカモメは他のカモメ類に比べて遺伝的多様性が低い (チャガシラカモメよりも低い)。
outbreak species の表現が出てくる (バッタのように個体数が増えたり減ったりする歴史を想像している)。分断されたニシズグロカモメの隔離個体群が厳しい環境化で生き延びてきた歴史がゲノムにも現れている模様。また繁殖も安定しないことが Auezov や Gavrilov 時代の繁殖地発見の困難さにもつながっていたのだろう。
嘴の形を決める遺伝子など正の選択を受けている遺伝子候補が挙げられていて、その一つに苦味受容体がある。これは繁殖期に昆虫を主に食べるための適応と考えられ、また視覚よりも嗅覚に頼った採食様式への適応があると考えられる。腫れぼったい目の独特の顔貌もあまり視力がよくないことに対応しているのかも。
カモメ類の採食様式にはかなり多様性があるので、猛禽類同様に視力のよいものから別感覚を主に用いているものまでいろいろありそう。視覚関係の比較ゲノム研究をやってみると面白そう。
チャガシラカモメとの虹彩の色の違いは SPNS2 遺伝子が関係している可能性がある。高所適応の遺伝子候補も挙げられている。
Zou et al. (2025) Comparative Analysis of Gut Bacteria of Four Waterbirds Species in Taolimiao-Alashan Nur (T-A Nur) in Erdos Relic Gull National Nature Reserve, Inner Mongolia, China
がゴビズキンカモメの重要な繁殖地の一つである中国の内モンゴルの Dongsheng District, Ordos City に生息する鳥の腸内細菌叢を調べている。
ゴビズキンカモメでは同所に生息するハイイロガン、アカツクシガモに比べて腸内の代謝に役割を果たす細菌叢の多様性が低いとのこと。また人にとって有害であることが知られている細菌も比較的多く、直接の由来までは議論していないが人にとって有害な細菌がこの場所に存在していることになる。
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オオズグロカモメ
- 第8版学名:Ichthyaetus ichthyaetus (イクチュアーエトゥス イクチュアーエトゥス) 魚を捕るワシのようなカモメ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus ichthyaetus (ラルス イクチュアーエトゥス) 魚を捕るワシのようなカモメ
- 第8版属名:ichthyaetus (合) 魚を捕るワシ (ichthy 魚類 aetus ワシ Gk。猛禽類に似た行動を引喩して付けられたもの)
- 第7版属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:ichthyaetus (合) 魚を捕るワシ (ichthy 魚類 aetus ワシ Gk。猛禽類に似た行動を引喩して付けられたもの)
- 英名:Pallas's Gull (プロイセンの生物学者 Peter Simon Pallas に由来)
- 備考:
ichthyaetus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、ワシの意味の -aetos は a を長母音で読むためこの場合も同様と考えられる。アクセントもこの位置にある (イクチュアーエトゥス)。
larus は#カモメ参照。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Ichthyaetus ichthyaetusとなる。
英語別名に Great Black-headed Gull [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) など]があり、オオズグロカモメの和名はこの英名由来と考えるとわかりやすい。オオカモメ Great Black-backed Gull の英名が紛らわしいので Pallas's Gull とされるようになったものか。
頭の黒いカモメ類では最大の種類で、全カモメ類の中でも3番めに大きい。
Kaup のドイツ語名では Rabenmoeve (略奪するカモメ類)。
獰猛性がより強いことでオオズグロカモメに別属を提案したもの (1829)。Kaup 自身は後にこの属名を猛禽類に与える方がふさわしいと考え、猛禽類のウオクイワシに Ichthyaetus 属を改めて提案した (1844) が、
先に発表したカモメ類に使われることになった (The Key to Scientific Names)。
Ichthyaetus の属名はミサゴにも提唱されたことがあり、その時の学名は Ichthyaetus piscivorus Sweeting, 1837 だった。
現在はカモメ類の方が「魚を捕るワシ」、猛禽類の方が「魚を食べるもの」と属名の意味が逆になってしまっており、Kaup 自身も考えを変更しているが学名の規則によるものでやむを得ない。
なぜ属名にワシが含まれるのかなどの意味を伝える時はこのあたりの事情も説明していただくとよいだろう (The Key to Scientific Names)。
さらにもう1種 (属) 紛らわしい名称があり、カザノワシ Ictinaetus malaiensis Black Eagle。属名の読み方は非常によく似ている ("n" があるかどうかの違い)。こちらの語源は違っていて iktin, iktinos トビ aetos ワシ (Gk)。
Liu et al. (2018) Detours in long-distance migration across the Qinghai-Tibetan Plateau: individual consistency and habitat associations
中国のオオズグロカモメの衛星追跡。青海・チベット高原を避けた渡りになっている。青海湖が重要な中継地となっていることや、他の中継地の環境などもわかる。追跡生データも提供されている。
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ウミネコ
- 学名:Larus crassirostris (ラルス クラッシローストゥリス) 厚い嘴のカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:crassirostris (adj) 厚い嘴の (crassus (adj) 厚い rostrum -i (n) 嘴 -s (語尾) 〜の)
- 英名:Black-tailed Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
crassirostris は rostrum の o が長母音でアクセントもある (クラッシローストゥリス)。
Larus melanurus Temminck, 1828 (黒い尾のカモメ)。
記載 フランス語名 Mouette Queue Noire (図版)。
"Fauna Japonica" 記載 ではフランス語名 le goeland a queue noire (こちらも尾の黒いカモメ)。
図版。
英名はおそらくこの学名 = フランス語名に由来。
日本の海の唯一のカモメと言えるわけではないので先に用いた (1828) この学名を保存しておく (つまり日本を冠した学名を使わない) とのこと。
"Fauna Japonica" に現れるカモメ類はこの1種のみ。採集人が関心を持たなかったためか妙に少ない。
おそらくこの学名が広く使われていたが、Larus crassirostris Vieillot, 1818 の方が早かった (原記載)。フランス名 Le Goeland de Naugasaki 何と "長崎のカモメ" だった。
どちらの学名も特徴を捉えているが Temminck の学名の方が単純だったかも。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire では Larus crassirostris で英名は Temminck's Gull としていた (当時は人名が広く使われていた)。
単形種。
Boyd では Gabianus crassirostris。
Gluschenko et al. (2023) Breeding birds of Primorsky Krai: the black-tailed gull Larus crassirostris (pp. 4981-5010)
ロシア沿海地方での繁殖生態。
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カモメ
- 学名:Larus canus (ラルス カーヌス) 灰白色のカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:canus (adj) 灰白色の
- 英名:Common Gull
- 備考:
larus は短母音のみ (ラルス)。古典式では伸ばさないが冒頭を伸ばす読み方も存在するので間違いではない。ギリシャ語でも伸ばさない。
canus は冒頭が長母音 (カーヌス)。
Larus 属のタイプ種はオオカモメ Larus marinus Great Black-backed Gull で今のところ日本産種ではない。
3亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は kamtschatschensis (カムチャツカの) とされる。
日本鳥類目録改訂第7版に記載されていた亜種 heinei (ドイツの鳥類学者 Jakob Gottlieb Ferdinand Heine に由来) ニシシベリアカモメ は検討亜種に移動。
同じく第7版に記載されていた亜種 brachyrhynchus (brakhus 短い rhunkhos 嘴 Gk) コカモメ は IOC では独立種 Larus brachyrhynchus 英名 Short-billed Gull となるが、検討亜種に移動 [日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも亜種扱いのまま]。
Mew Gull の名称もあり、特にアメリカで使われていたが、アメリカの種類が別種コカモメ Larus brachyrhynchus Short-billed Gull と名付けられるようになった。
一般的には Mew Gull の名称は Larus canus complex を指して広い意味で使われる (wikipedia 英語版)。
アメリカでは馴染みの "Mew Gull" がむしろ珍鳥になったと話題になる。
Common Gull の名称にある common は「最も普通に見られる」の意味ではなく中世英語で「最も特徴がない」意味であるとのこと [茂田 (1993) Birder 7(4): 36]。
[亜種学名の問題]
kamtschatschensis の 原記載 (Bonaparte, 1857)
この時点では Gavina hine Larus kamtschatschensis と発表されていた。
Mlikovsky (2012) Nomenclatural notes on the East Asian form of the Mew Gull Larus canus Linnaeus, 1758 (Aves: Laridae)
では kamtschatschensis は nomen nudum (有効な学名でない) で、これよりも早い camtschatchensis (Bruch 1855) が正しい亜種名であるとしている。
Bruch (1855) Revision der Gattung Larus Lin.
が Mlikovsky (2012) が指している論文だが、citrirostris Schimper と camtschatchensis Bonap. を疑いないシノニムとしている (カムチャツカ)。どちらも同等の先取権があるが Bonaparte (1856) が camtschatchensis を採用したとのこと。
世界の多くのリストが kamtschatschensis を用いているが、camtschatchensis を採用しているものもある (HBW/BirdLife)。
Dement'ev and Gladkov (1951) では kamtschatschensis を用いており、Larus niveus をシノニムとしているが、これはすでに使用された学名で無効とのこと。
heinei についても Larus canus var. major Midderndorff, 1853 がシノニムとなっているが、これも使用済み (Laroides major Brehm, 1831) で無効とのこと。
wikipedia ロシア語版も kamtschatschensis を用いている。
参考: Young Guns (2017) Birder 31(1): 44-47。
AOU がこの問題を検討 (2020-2021) しており、AOS Classification Committee - North and Middle America Proposal Set 2021-A (p. 20)
Dick Schodde の見解では camtschatchensis が最も早い名前であるが、kamtschatschensis は 1934 年 (ICZN 最初の規約の1961年より以前) にすでに用いられ、広く使われている名前であるため保護される (ICZN Article 33.3.1: 誤った綴りが広く用いられている場合の規則)。
Larus canus kamtschatschensis (Bruch, 1855) とするのが適切ではないかとの提案
[Bruch (1855) が camtschatchensis を最初に与えたが誤った綴りで使われていて普及しているとの解釈。Bonaparte (1857) を採用するわけではない]。
AOU のこの提案はコカモメを別種として分離するもの。
AOU-NACC Proposals 2021 で議論が行われており、(Bruch, 1855) と変更することは ICZN 規約と合わないとの見解がある。
Bonaparte による Gavina kamchatschensis の用例は 1854 年のものがあるとのことだが、別の投稿者によればこの名称は何を表しているか十分明らかな記述でないとの指摘もある。
このような背景をみると、我々はこのまま kamtschatschensis と呼んでおいてよさそう感じ。
Larus canus var. major Middendorff, 1853 (参考) の名称もあって日本のリストに登場したことがあったとのこと。
[カモメ科の系統分類]
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd によるカモメ科 Laridae: Gulls and Noddies の分類を示す。
カモメ科 Laridae: Gulls and Noddies
クロアジサシ亜科 Anoinae: Noddies
クロアジサシ属 Anous
クロアジサシ Anous stolidus Brown Noddy
ヒメクロアジサシ Anous minutus Black Noddy
インドヒメクロアジサシ Anous tenuirostris Lesser Noddy (インド洋と沿岸)
ハイイロアジサシ (ソライロアジサシ?) Anous ceruleus Blue Noddy (太平洋中南部)
? Anous albivitta Grey Noddy (南半球太平洋)
カモメ亜科 Larinae: Gulls
アカメカモメ属 Creagrus
アカメカモメ Creagrus furcatus Swallow-tailed Gull (ガラパゴス諸島)
ヒメカモメ属 Hydrocoloeus
ヒメカモメ Hydrocoloeus minutus Little Gull (ユーラシア)
ヒメクビワカモメ属 Rhodostethia
ヒメクビワカモメ Rhodostethia rosea Ross's Gull
ゾウゲカモメ属 Pagophila
ゾウゲカモメ Pagophila eburnea Ivory Gull
クビワカモメ属 Xema
クビワカモメ Xema sabini Sabine's Gull
ミツユビカモメ属 Rissa
ミツユビカモメ Rissa tridactyla Black-legged Kittiwake
アカアシミツユビカモメ Rissa brevirostris Red-legged Kittiwake
ズグロカモメ属 Saundersilarus (Chroicocephalus 属より分離)
ズグロカモメ Saundersilarus saundersi Saunders's Gull
ハシボソカモメ属 Gelastes (Chroicocephalus 属より分離)
ハシボソカモメ Gelastes genei Slender-billed Gull
ユリカモメ属 Chroicocephalus
ボナパルトカモメ Chroicocephalus philadelphia Bonaparte's Gull
ユリカモメ Chroicocephalus ridibundus Black-headed Gull
チャガシラカモメ Chroicocephalus brunnicephalus Brown-headed Gull
ズアオカモメ Chroicocephalus cirrocephalus Grey-hooded Gull (南米)
? Chroicocephalus poiocephalus Grey-headed Gull (アフリカ)
アフリカギンカモメ Chroicocephalus hartlaubii Hartlaub's Gull (アフリカ南西部)
アカハシギンカモメ Chroicocephalus scopulinus Red-billed Gull (ニュージーランド)
ギンカモメ Chroicocephalus novaehollandiae Silver Gull (オーストラリア)
ハシグロカモメ Chroicocephalus bulleri Black-billed Gull (ニュージーランド)
アンデスカモメ Chroicocephalus serranus Andean Gull (南米中部西岸)
ミナミユリカモメ Chroicocephalus maculipennis Brown-hooded Gull (南米南部)
マゼランカモメ属? Leucophaeus
ハイイロカモメ Leucophaeus modestus Grey Gull (南米中南部西岸)
マゼランカモメ Leucophaeus scoresbii Dolphin Gull (南米南部、フォークランド諸島)
ワライカモメ属 Atricilla (Leucophaeus 属より分離)
ワライカモメ Atricilla atricilla
アメリカズグロカモメ Atricilla pipixcan
イワカモメ Atricilla fuliginosa (ガラパゴス諸島)
オオズグロカモメ属 Ichthyaetus
オオズグロカモメ Ichthyaetus ichthyaetus Pallas's Gull
ゴビズキンカモメ Ichthyaetus relictus Relict Gull
ニシズグロカモメ Ichthyaetus melanocephalus Mediterranean Gull (主にヨーロッパ)
アカハシカモメ Ichthyaetus audouinii Audouin's Gull (地中海周辺)
メジロカモメ Ichthyaetus leucophthalmus White-eyed Gull (紅海周辺)
ススケカモメ Ichthyaetus hemprichii Sooty Gull (アラビア周辺)
ウミネコ属 Gabianus (Larus 属より分離)
ハシブトカモメ Gabianus pacificus Pacific Gull (オーストラリア南岸、タスマニア島)
ペルーカモメ Gabianus belcheri Belcher's Gull (南米中部西岸)
ウミネコ Gabianus crassirostris Black-tailed Gull
アルゼンチンカモメ Gabianus atlanticus Olrog's Gull (南米南東部沿岸)
カモメ属 Larus
オグロカモメ Larus heermanni Heermann's Gull (北米西岸)
オビハシカモメ (クロワカモメ) Larus delawarensis Ring-billed Gull (北米)
カモメ Larus canus Common Gull
コカモメ Larus brachyrhynchus Short-billed Gull (北米北西部)
アメリカオオセグロカモメ Larus occidentalis Western Gull (北米西岸)
キアシオオセグロカモメ Larus livens Yellow-footed Gull (カリフォルニア)
ミナミオオセグロカモメ Larus dominicanus Kelp Gull (南半球沿岸に広く分布)
シロカモメ Larus hyperboreus Glaucous Gull
ヨーロッパセグロカモメ Larus argentatus European Herring Gull (ヨーロッパ)
(カスピアカモメ) Larus cachinnans Caspian Gull (主に中央アジアからヨーロッパ)
(ニシセグロカモメ) Larus fuscus Lesser Black-backed Gull (ユーラシア主に西部)
ホイグリンカモメ (ニシセグロカモメ) Larus heuglini Heuglin's Gull / Siberian Gull
オオカモメ Larus marinus Great Black-backed Gull (ヨーロッパ、北米東部)
(キアシセグロカモメ) Larus michahellis Yellow-legged Gull (ヨーロッパ)
アルメニアセグロカモメ Larus armenicus Armenian Gull (コーカサスから中東)
カリフォルニアカモメ Larus californicus California Gull (北米西部・北部)
アメリカセグロカモメ Larus smithsonianus American Herring Gull (北米)
ワシカモメ Larus glaucescens Glaucous-winged Gull
アイスランドカモメ Larus glaucoides Iceland Gull
モンゴルセグロカモメ Larus mongolicus Mongolian Gull (IOC では 14.2 より別種)
セグロカモメ Larus vegae Vega Gull
オオセグロカモメ Larus schistisagus Slaty-backed Gull
分類は複雑なグループだが、Boyd のものは IOC と大差なく、これまでも問題になっているいくつかの亜種を種としている程度である。ただし順序は IOC とかなり違っている。
Anous albivitta は Anous ceruleus から分離されたものだが、Anous ceruleus には日本産種としてハイイロアジサシの和名が与えられている。
この種をソライロアジサシ、Anous albivitta をハイイロアジサシと表記しているものがあり、英名との整合性はよくなっているが、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)を採用するならばこの名前は用いられないだろう。
インドヒメクロアジサシは別名ハシボソクロアジサシ。
カモメ亜科 Larinae の最初の数属は IOC や 日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でもこの通り分離されている。これらはいずれもカモメ亜科の中でも早期に分岐してそれぞれの固有系統をなしているもの。
ズグロカモメ属の分離は日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でもすでに採用されている。
ハシボソカモメ属の分離は同じ意味で Boyd によるものだが、他の Chroicocephalus との違いが大きいのでズグロカモメ同様受け入れやすいだろう。
面白いことにロシア語でも多くのカモメ類は chajka (チャイカ、カモメ) に何かを付ける名前だが、この種は morskoj golubok (海のハトのような意味) と別名を使うことが多い (ハシボソカモメに相当する名称も使われる)。他のカモメ類と違うことを意識しているのだろう。Larus columbinus (これもハトの意味) の学名シノニムもあった。
この次の分岐がボナパルトカモメ1種で、これ以外の他の Chroicocephalus 属は分岐が新しくよくまとまったグループになっている。いわゆる大型カモメ類に比べて系統的にはむしろ古いが、比較的最近種分化を遂げたグループととらえてよい
(例えばタカ類で言えば旧世界ハゲワシの Gyps 属と新しいグループの関係に似ている。Chroicocephalus 属は種分化からの時間が短いのでよく似ていて識別が難しいことが理解しやすい。
比較的新しく生じた環境で適応放散を遂げたグループと考えると生態的にも理解しやすい部分があるかも知れない)。
小型カモメ類の多くが慣れ親しんだ Larus 属から長い属名になってうんざりしている方も多いと思うが、分子系統樹からは Chroicocephalus 属がさらに細分されるなどの恐れはないのでこの名称で固定になるだろう。
Chroicocephalus 属のタイプ種はユリカモメなので、Leucophaeus 属なども含めて全体を Larus 属に戻そうとの強い動きでもない限り属名が変わる心配はない。慣れた方がよいだろう。
分子系統樹のない時期に細分された属を統合した時とは状況が変わっていて Larus 属に統合しようとの動きは多分出ないだろう。これらの属に対して Larus 属の名称が残っているのは古いチェックリストに限られている。
Chroicocephalus poiocephalus は Chroicocephalus cirrocephalus から分離されたもの。分離前の英名は Grey-headed Gull だった。IOC 14.1 では亜種扱い。
Chroicocephalus scopulinus はギンカモメから分離されたもの。IOC 14.1 では亜種扱い。
ニュージーランドでは分離される以前から Red-billed Gull の名前で呼ばれており、アカハシギンカモメの名称がすでに使われているためそれを用いた。アフリカギンカモメも (より早い時期に) ギンカモメから分離されたもの。
アンデスカモメは英語別名 Mountain Gull でアンデス山脈の湖沼で繁殖するとのこと (コンサイス鳥名事典)。wikipedia 英語版によれば繁殖地は標高 3000-5300 m が多いが、分布南部では 1200 m ぐらいのこともある。山岳性カモメと言っても不自然でない [日本で山にカモメという話は 桐原 (2005) Birder 19(2): 59 で書かれていたように普通は間違っているが]。
アンデス山脈のこのような高地は天体観測の適地であるため、各国の多くの天文台が設置されている。アタカマ天文台 (東京大学、標高 5640 m) もその一つで、大学院生が現地調査に向かったりするわけだが、砂漠のような山地で「生き物の気配すらない」とブログに書こうとしたら何と 鳥! と驚かされたと聞いたことがある。
捕食者もほとんど生息しない条件なので環境は過酷だが有利に働いたよう。
リンク先から現地風景を想像していただけるのはないだろうか。
Leucophaeus は日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではワライカモメ属になるが、Boyd はワライカモメなどを Atricilla 属に分離しているため名称が変わる。タイプ種のマゼランカモメを用いた。
広義の Leucophaeus 属でも単系統をなしているのでやや細かく分けすぎかも知れない。地理的分布を考えたものと思われる。
オオズグロカモメ属は日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ですでに使われている。
ウミネコ属 Gabianus が分離されるのは Larus 属との違いが大きいため妥当でわかりやすく思える。この場合のウミネコ属は環太平洋に分布して局地的な固有種のグループとなっている。ウミネコ属をカモメ属に含めても単系統なのでこれも単系統性の要請からの分離ではない。
少し古い分類 (コンサイス鳥名事典など) でも使われており書籍によっては目にすることがあるかも知れない。
ハシブトカモメの和名の由来は英名の別名 Large-billed Gull による。
カモメ属、特にセグロカモメ類の分類は分類学者やリストによっても異なり、種境界の問題は解決が難しいと思われるのでここでは Boyd (IOC に近い) のリストに形式的に対応する和名を振ってある。
種の順序も Cerny and Natale (2022) の分子系統樹で近接しているので (識別が難しかったり交雑が多い理由) 将来データが揃えば順序も入れ替わるだろう。Boyd はこの分子系統樹の順序をそのまま使わず多少入れ替えている。
分子系統樹ではアイスランドカモメやオオセグロカモメが最後に並んでいて大型化への進化方向も感じられるが現状のデータではまだ誤差の範囲だろう。
オオカモメはカモメ科で最大種とのこと (コンサイス鳥名事典)。
キアシセグロカモメの名前は日本鳥類目録改訂第7版で Larus cachinnans に対しても使われた名称であるが現在の英名との対応は悪くなっている、Caspian Gull から作られたと思われるカスピアカモメの名称とともにかっこに入れてある。
ホイグリンカモメは日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではニシセグロカモメの亜種の扱いだが記録されている亜種なので緑で表示してある。Boyd のリストの扱いを用い、ホイグリンカモメ以外の亜種が記録されていなければニシセグロカモメは未記録の種になる。
モンゴルセグロカモメは日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではセグロカモメの亜種の扱いだが記録されている亜種なので緑で表示してある。
ミナミオオセグロカモメ Larus dominicanus Kelp Gull の種小名はドミニカとは関係なく、白黒の衣装を表す Dominican, Jacobin が由来 (#クロシロカンムリカッコウの備考参照)。
アフリカ亜種の vetula は Larus vetula Cape Gull と分離されることもある。分離された場合の和名は見当たらないが アフリカオオセグロカモメ のような名称は考えやすい。
新規属名の由来は Gelastes gelastes 笑う (Gk)。ハシボソカモメに対して von Keyserling & Blasius (1840) が用いた種小名に由来。この属名は Bruch (1853) がハシボソカモメに対して提唱した。
Atricilla はワライカモメの種小名から。Bonaparte (1854) が属名として用いた。The Key to Scientific Names でもこれら2属の名称は近年認識されて再度使われるようになっている記述がある。
Gabianus はフランスのプロバンス地方のカモメを指す名前 Gabian に由来。Bruch (1853) が最初にハシブトカモメに対して用いた属名。
アカメカモメは英名と和名の印象がずいぶん違うが、カモメ類・海鳥の中で世界で唯一の完全夜行性の種類とのこと。眼も目立っていて普通に使われる和名の特徴につながっているのだろう。エンビカモメ [週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 105 p. 4 で用いられていた] の別名もありこちらは英名に対応する。
しかし眼球や眼窩の測定値は他のカモメ類と際立った違いはなかったとのこと: Iwaniuk et al. (2010)
Morphometrics of the eyes and orbits of the
nocturnal Swallow-tailed Gull (Creagrus furcatus)。
かつては眼が大きい、あるいは立体視に適した眼の配置になっていると記述されていたこともあったがいずれの特徴も有意に確認できなかったとのこと (著者はそこまで書いておらず、実測データ不足が原因としているが、かつてはフクロウ類に似た結論を暗黙に導いていたのかも知れない)。ただし形態データだけから立体視の能力がないとは言い切れず、行動実験なども必要だろうとのこと。
この論文ではマゼランカモメ Leucophaeus scoresbii Dolphin Gull の眼の小ささも謎であると書かれている (補足: 瞳孔も小さく解像度もあまり高くないように見える)。
カモメ類はもともと薄明時間帯に活動的で、他の種類 (例えばフクロウ類やヨタカ類) ほど昼行性と夜行性で眼の構造に違いが必要ないのかも知れないとある。
音声やディスプレイは他のカモメ類とは大きく異なっていてミツユビカモメ、クビワカモメに似ているとのこと。ガラパゴス諸島のほぼ固有種だがコロンビア沿岸の小さな島でも繁殖し、エクアドルやペルーに渡るとのこと (wikipedia 英語版)。英名に対応したエンビカモメの名称もある (コンサイス鳥名事典)。
中村 (1998) Birder 12(1): 51-54 にガラパゴスのアカメカモメの生態の記事がある。夜間に船の明かりに集まった魚群に集まり、魚ではなく魚群の食べる食物を食べるとのこと。
グンカンドリ sp. がアカメカモメを追いかけて食物を奪う写真も掲載されている (p. 54)。
アカメカモメが夜行性なのはこのような盗食を避けるためか、アカハシネッタイチョウ Phaethon aethereus Red-billed Tropicbird が高空を飛ぶのも同様の理由からかとの議論が述べられている。
[カモメ類の視力]
カモメ類の視力については (キアシセグロカモメ) Larus michahellis Yellow-legged Gull の研究 [Victory et al. (2021)
Cone distribution and visual resolution of the yellow-legged gull, Larus michahellis (Naumann, 1840)]
があり、視細胞の密度からの推定ではかなり高い数字が出ている。
フルマカモメでも高めの値が出ているが、海鳥でもコシジロウミツバメやマンクスミズナギドリではこれらカモメ類に比べて 1/5 ぐらいのかなり低い値になっている。
これらのカモメ類は小型昼行性猛禽類に近い程度の値で、視力の面では昼行性猛禽類に似た眼を進化させているようである。Mitkus の学位論文 (2015) Spatial Vision in Birds: Anatomical investigation of spatial resolving power
も見られるので紹介しておく。夜行性のヨーロッパムナグロの大きな眼を収めるための余分な構造物の存在や、羽毛を取り去ったアカトビの眼がどれほど大きいかを示す写真も見られる。
ただし#ゴビズキンカモメのゲノム解析のような報告もありカモメ類でも生態次第かも知れない。
[チャイコフスキーとの関連]
カモメ (総称) のロシア語名は chajka (チャイカ) で、これはチャイコフスキーの名前の由来になっている。wikipedia ロシア語版をみると、系譜では本当に「カモメ」だったそうで、ピョートル・フョドロビッチ・チャイカがもとの名前だった。
学校に通うようになって姓の「品をよく」するためにチャイコフスキーと改めたとのこと (「ただカモメ」の名前では学校でかっこ悪かった?)。[この項目は日本野鳥の会京都支部 2023 年 4/5 月号の記事に刺激を受けて調べたものである。日本野鳥の会京都支部の情報に感謝する]。
カモメ類のやってくるところはウクライナにたくさんあるようで、地名 (から派生して姓名) でカモメにちなむ人名がたくさんあるとのこと。
chajka (チャイカ) の由来は古スラブ語の「サイカ」が由来で、声に由来すると考えられているとのこと。
[カモメの漢字と和名の意味]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 105 VII (藤堂) によれば 區 + 鳥 で、區はク・オウと読み、擬声音を表したもの。區 = 区 で新字体では鴎となる。
藤堂氏の解釈ではカモメの日本語は 鴨 + 女 由来ではないかとのこと。中国の黄海沿岸でカモメが若い女性の化身との民話があるとのこと。
英語の gull の方も OED でチェックしておくと、1430 年ごろの Gullys の用例があるとのこと。初期の gull および類縁語が何を指していたかは多少怪しく、他の水鳥も含まれていた可能性もあるらしい。語源はよくわかっておらずウエルシュ語の gwylan などからの借用とも考えられるが結局はよくわからない。
フランス語の goeland に関連のあるブレトン語 goelann = コーニッシュ語 guilan 由来とも考えられるとのこと。
ドイツ語の Moewe は遡るとゲルマン祖語の *maiwaz とのことだが、ゲルマン語族以外にも存在することからインド・ヨーロッパ語族起源でない可能性が高いとのこと。単に音を真似たものとも考えられるとのこと。英語の mew (Mew Gull に使われる) にも関連がある (wiktionary)。
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ワシカモメ
- 学名:Larus glaucescens (ラルス グラウケースケーンス) やや青灰色のカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:glaucescens (adj) やや青灰色の (glaucus (adj) 青灰色の) 当時の学名で Larus glaucus = シロカモメ に対比させてやや青灰色
- 英名:Glaucous-winged Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
glaucescens は -ce- の e が長母音でアクセントもここにある。語末も伸ばしてもよい (グラウケースケーンス)。伸ばさなくてもよい。
-escens は "〜のようになっている" を追加する語尾で、動詞語尾 -esco (〜のようになる) の分詞形 (参照)。英語では -ing や "〜に覆われた" のような訳語が対応する。
色彩を語幹としてこの形が多くの学名に用いられている。ほとんど学名のみに用いられる単語。
最初の e が長母音か短母音かは単語による。-esco は -eo + -sco の合成で e と o に長音記号があるので文字通り読めば グラウケースケーンス の方が綴りを反映した読み方になるだろうか。こちらを採用した。
brunnescens は短母音で、brunneus 由来で -eo の e を追加する必要がないためそのままの発音となったものか。この単語の場合も最後の e には長音記号があり伸ばす場合はここを伸ばす。
単形種。
原記載 (Naumann 1840) で基産地は北米。
#アイスランドカモメの備考のように、当時はシロカモメの学名に Larus glaucus が用いられており、外套 (原文 Mantel) の色の比較でシロカモメの方が原文 viel heller oder weisslicher (ずっと明るいあるいは白っぽい) としたもの。
その後シロカモメの学名が先取権のあるものに変わったため関連がわかりにくくなってしまった。中途半端に長い語尾に見える種小名の由来となる。
外套の色の比較だったために英名はこちらを "Glaucous-winged Gull" と訳し分けたようでシロカモメの英名の "Glaucous Gull" と大変よく似たものになっている。当時の種小名ラテン語はほとんど同じような意味で英語ではうまく訳し分けられなかったものと想像できる。
ということで、シロカモメ、アイスランドカモメ、ワシカモメの3種の学名は一緒に把握しておくとよさそう。
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シロカモメ
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アイスランドカモメ
- 学名:Larus glaucoides (ラルス グラウコイーデース) シロカモメに似たカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:glaucoides 当時の学名で Larus glaucus = シロカモメ に似た
- 英名:Iceland Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
glaucoides は -oides がギリシャ語由来語尾で i, e が長母音。前者にアクセントがある (グラウコイーデース)。
glaucoides は glaukodes 青っぽい灰色の、銀色の (Gk) とも解釈できるがギリシャ語から直接命名されたものではなく、以下のような経緯から。
Larus glaucoides の学名は Larus glaucus Bruennich, 1764 に似たの意味とのこと。この種は現在はシロカモメ Larus hyperboreus と判定されているとのこと。glaucus に対応してドイツ語で Graumeve 灰色のカモメ類 の概念があった (The Key to Scientific Names の glaucoides の項目より)。
同じ学名 Larus glaucus Pontoppidan, 1763 の用例があり (資料)、すでに使われた学名として Bruennich (1764) の学名は無効となったものらしい。
Pontoppidan (1763) の用例が見つかるまで時間がかかっているはずで、Larus glaucus の学名はかなりの期間使われていたと想像できる。
Pontoppidan のものはカモメ (Larus canus) と同定されたようで、どちらも先取権のない学名となって結局使われなかった。
現在の英名は Glaucous Gull の名称となっている。英名とアイスランドカモメの種小名に命名の歴史が残っている。
さらに Larus leucopterus Faber, 1822 (参考) の学名もあり、Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" はこれを用いていた。和名は Hajiro-kamome となっており、学名 (または他言語名) から訳したものであることが見てとれる。
英語の glaucous はあまり馴染みがなく綴りも覚えにくいが、同一語源の単語に glaucoma (緑内障。ラテン語由来) がある。古い病名で「あおそこひ」と呼ばれた。関連させておくと語尾が少し違うだけなのでおそらく覚えやすい。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 glaucoides 亜種アイスランドカモメ、thayeri (アメリカ鳥類学者 John Eliot Thayer に由来。北米の亜種) カナダカモメ (カナダカモメの項目参照)、及び亜種不明とされる。
日本鳥類目録改訂第7版にリストされていた亜種 kumlieni (アメリカ博物学者で探検家の Aaron Ludwig Kumlien に由来) クムリーンアイスランドカモメは検討亜種に移行。この亜種は glaucoides と thayeri の雑種 (別種とされていた時代) ともされるが、IOC では亜種として取り扱っている。
初野 (2004) Birder 18(1): 47-49 アイスランドカモメの識別の記事がある。
カナダカモメとアイスランドカモメを例として氷河期におけるレフージア、種の形成や遺伝子浸透を扱った解説が NerdBirds (2018) Birder 32(11): 44-47 にある。
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(旧名種カナダカモメ) アイスランドカモメ亜種カナダカモメ (アイスランドカモメの亜種となった)
- 第8版亜種学名:Larus glaucoides thayeri (ラルス グラウコイーデース タイエリ) セイヤーの青っぽい灰色のカモメ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Larus thayeri (ラルス タイエリ) セイヤーのカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 第8版種小名:glaucoides glaukodes 青っぽい灰色の、銀色の (Gk)
- 第7版種小名:thayeri (属) セイヤー John Eliot Thayer (アメリカの鳥類学者) の
- 第8版亜種小名:thayeri (属) セイヤー John Eliot Thayer (アメリカの鳥類学者) の
- 英名:Thayer's Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
thayeri は原語を無視してラテン語風に読むと "タイエリ" と推定される。この i はヤ行の音だが便宜上このように表記した。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。Thayer's gull とするか、アイスランドカモメの亜種とするかはさまざまな論争がなされたが、アメリカ鳥類学会は 2017 年に独立種であるとの従来見解を取り下げ、アイスランドカモメの亜種とした。海外の多くのチェックリストもこの立場である。この場合の学名は Larus glaucoides thayeri となる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でもこの見解を採用。
Working Group Avian Checklists も version 0.04 までの時点でアイスランドカモメの亜種の扱い。
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セグロカモメ (リスト次第でモンゴルセグロカモメが分離される)
- 第8版学名:Larus vegae (ラルス ウェガエ) ヴェガ号のカモメ (IOC も同じ。さらに分離あり)
- 第7版種学名:Larus argentatus (ラルス アルゲンタートゥス) 銀で飾られたカモメ
- 第7版亜種学名:Larus argentatus vegae (ラルス アルゲンタートゥス ウェガエ) ヴェガ号の銀で飾られたカモメ (代表的亜種。他亜種あり)
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 第8版種小名:vegae スウェーデンの北極探検家 Nils Adolf Erik Baron Nordenskjold が探検に用いた船の名前 (Vega) から
- 第7版種小名:argentatus (adj) 銀で飾られた (argentum -i (n) 銀 -atus (接尾辞) 〜が備わっている)
- 英名:[旧英名総称 Herring Gull], Vega Gull と モンゴルセグロカモメ Mongolian Gull (備考参照)
- 備考:
larus は#カモメ参照。
vegae の発音はよくわからないが、通常使われる "ヴェガ" の名称から短母音とした (ウェガエ)。"ウェーガエ" と伸ばしてもアクセント位置は変わらないのでどちらでもよい。
vega の語源 (特に恒星の名称) はアラビア語で "落ちる (ワシ)"。アラビア語の "落ちるワシ" の表現から "落ちる" 部分のみが使われたもの。アラビア語の "落ちる" には急降下して襲いかかる (英語 pounce) の意味もある (wiktionary)。
argentatus は -atus の冒頭が長母音でアクセントもある (アルゲンタートゥス)。
分割のため第7版学名は代表的亜種まで記した。
セグロカモメ類 (英語通称 Herring gull complex) の分類には諸説あり、現在では (和名なし、元セグロカモメに含有) Larus argentatus European Herring Gull, アメリカセグロカモメ Larus smithsonianus American Herring Gull, セグロカモメ Larus vegae Vega Gull の3種に分割するのが一般的である。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ扱いとなっている。この場合現在のセグロカモメの学名は Larus vegae となる見通し。海外の分類でも Larus vegae を認めるものが主流。
Larus vegae は2亜種あり (IOC)。日本で記録される亜種は基亜種 Larus vegae vegae 亜種セグロカモメ、Larus vegae mongolicus (モンゴルの) モンゴルセグロカモメ。
日本鳥類目録改訂第7版にリストされていた亜種 smithsonianus (アメリカの James Smithson に由来) アメリカセグロカモメ は検討種に移行。
IOC では独立種 Larus smithsonianus 英名 American Herring Gull で日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ扱い。
2024.7.25 IOC (14.2) がモンゴルセグロカモメ Mongolian Gull Larus mongolicus を分離。Working Group Avian Checklists も version 0.04 より同様。
Mongolian Gull の名称はかつて#ゴビズキンカモメの英名に使われたことがあった。
Herring gull complex の 遺伝学的研究 (生物地理学や遺伝子浸透など) については例えば Sternkopf et al. (2010) Introgressive hybridization and the evolutionary history of the herring gull complex revealed by mitochondrial and nuclear DNA
(ただしヨーロッパと北米中心)。
セグロカモメの衛星追跡 Gilg et al. (2023) Flyways and migratory behaviour of the Vega gull (Larus vegae), a little-known Arctic endemic。
Vega gull (Larus vegae) - GPS - Russia South Korea Japan で経路が見られる。
カモメ類全体の系統研究では、Viviane Sternkopf の学位論文 (2010, ドイツ語) も参考になるだろう。
和名で一番気になる点は "セグロカモメ" なのに他のカモメ類の方がもっと黒いのがあるではないか。名前がおかしいと文句を言いたくなるところだろう。これは分類の変遷に伴ってかつてはニシセグロカモメの亜種だった時代があったことが由来ではないかと想像している。
Larus fuscus Linnaeus, 1758 はもちろん非常に古い学名なので、関連する種類を亜種とすれば種学名は必ず Larus fuscus になる。fuscus = 黒ずんだ なので英名が Black-backed Gull となって不思議でない。
そのように考えるとかつて同種時代のものが分けられて ニシセグロカモメ (Lesser Black-backed Gull)、オオカモメ (Great Black-backed Gull) と呼び分けるようになった経緯が理解しやすい。
ちなみにセグロアジサシの種小名にもほぼ同じ意味で fuscatus が使われているので、当時はこの学名を "セグロ" と表現するのが一般的だったのでは (?)。
大型カモメ類を種分割する方法は現在も過去も議論のあるところで、たまたま現在の ヨーロッパセグロカモメ Larus argentatus European Herring Gull、当時は広義セグロカモメ (Herring Gull) の亜種であった断面を見ていたために和名と英名が対応していないように見えると思えばわかりやすい。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Larus vegae の学名となっており、これまた 100 年を経て現在の学名が同じものに戻ることなる。
別学名として Larus cachinnans (カスピアカモメに相当) と Larus occidentalis (アメリカオオセグロカモメ) が与えられており、これらと同種と考えられた時代があったことがわかる。
現在のニシセグロカモメでは基亜種 fuscus (最初に記載された亜種。すなわち種小名にもなる) がニシセグロカモメの亜種の中でも非常に暗色で、これならば "セグロカモメ" の名称にふさわしいように見える。基亜種の特性が種全体の特性を必ずしも表していないために種小名の訳名が種全体にあまりふさわしくない例として#オオアカゲラもある。
ニシセグロカモメとセグロカモメが同種であった時代に、当時使われていた英名や学名をもとに "セグロカモメ" の和名が与えられた可能性が十分考えられる。
基亜種 fuscus がどの程度黒いかは写真を確認していただくこととして、さらにおまけとして基亜種 fuscus の分布はどこなのですか? と疑問も出ると想像できる。"Collins Bird Guide" を見るとこの亜種には "Baltic Gull" の別名があり、越冬地も Linnaeus (1758) の記載からちょっと遠い印象を受けるのである。
Linnaeus (1758) の時代は基産地といっても結構曖昧で、この種についてはヨーロッパとしか記載されていない。ではヨーロッパに複数あるどの亜種がこの名前を引き継ぐのか問題になるが、このような場合は後に基産地をスウェーデンに限定する扱いがとられ、スウェーデンで繁殖する個体群が名前を引き継ぐことになった。
スウェーデンの個体群が英国などの個体群よりより東方に渡るため、Baltic Gull の名称も適切なものとなり、基産地がスウェーデンに限定されたため、"たまたま" 最も黒い亜種がニシセグロカモメを代表することになったため、色彩の印象の乖離感がより高まったと言えるだろう。
手塚治虫氏が「鳥人大系」の中でわざわざニシセグロカモメを指そうとして Larus fuscus のカナ表記を使ったのではなく、比較的最近と言える当時の図鑑にこの学名が出ていたのでは (?)。
herring の意味はニシンを指す。中世英語 hering 古英語 haering で西ゲルマン祖語の *haring に遡るがそれ以上の語源は不明とのこと (wiktionary)。
[種小名の由来]
種小名 vegae はスウェーデンの北極探検家 Nils Adolf Erik Baron Nordenskjold が探検に用いた船の名前 (Vega) から (The Key to Scientific Names)。
原記載 Larus argentatus Bruenn. var. Vegae となっている (Vega-Exped. Vetensk. Iakttag. [Nordenskiold], Palmen, 1887)。チュクシ (チュコト) 語で amnunkin-yayak, yayak の名称も紹介されている。
Palmen によるシベリアの鳥類についての 270 ページの資料の一部で、その前に Stuxberg による北極海のノバヤゼムリャ島の動物相の 240 ページ近い資料も含まれている。
関心のある方には大変興味深い一次資料だろう。
「ヴェガ号航海誌」(フジ出版 1988) もあるが上記の翻訳ではないと思われる。
wikipedia 日本語版では船はヴェガ号、1872 年にドイツのブレーマーハーフェンで建造された特注の捕鯨船で、スウェーデン王国の科学者アドルフ・エリク・ノルデンショルド が提督として乗船し 1878 年出港。
北極海航路 (北東航路) の制覇に大航海時代以来史上初めて成功した船であるとある。スウェーデンの科学史上でも高く評価されている。日本にも寄港している [wikipedia 日本語版/英語版。
Journal, gefuehrt am Bord des Dampfschiffes GROENLAND, Captain Ed.
Dallmann, auf der Reise von Hamburg auf d. Walfisch u. Robbenfang an
den Kuesten von South Shetland Islds. Coronation Isld. Trinity Land &
Palmerland, gefuehrt von Rud. Kueper, Hamburg にドイツ語/英語資料あり。
ロシアに渡ったアイヌ資料の歴史的経緯について: A.V.グリゴーリエフのアイヌコレクションを追跡する (鈴木建治 2012) にも関連情報がある]。
最初は Jan Mayen (アイスランド北の北極海の島ヤンマイエン島で人名から作られた名前。捕鯨船時代は基地として使われた) の名前で 1873 年に進水したが、科学者 Nordenskiold が購入して Vega の名前で北極航路開拓と調査に使われたとある。
Vega の意味は簡単に見た範囲ではこれらには記されていないが、wiktionary によると古ノルド語 vega があり、運ぶ、動く、重さを測る (英語 weigh に対応) などの意味が出ている。スウェーデン語でも同系の動詞 vaga (最初の a にウムラウト) があり、英語 weigh に対応する意味か、バランスをとるの意味とのこと。
いずれも船にふさわしい意味に思えるが、有名な恒星の Vega あるいは別の名称にも掛けているかも知れない。
Larus vegae の種小名を和訳する時は (日本でも知られた北極探検船の)「ヴェガ号の」としておくとよさそうである。
これだけの探検なので他にも学名に残っているかと思うが、意外にも鳥の学名ではセグロカモメに使われるもののみのようである。
ヤクーチア北東部のセグロカモメの繁殖: Degtyarev (2025) Materials on the biology of the East Siberian gull Larus vegae in north-eastern Yakutia (pp. 1355-1360)。ツンドラ地域では最も数の多い種類でありながらほとんど調べられていない。
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(旧名種キアシセグロカモメ) セグロカモメ亜種モンゴルセグロカモメ (セグロカモメに含まれ、第8版ではキアシセグロカモメの和名は消滅。リスト次第で種扱い)
- 第8版亜種学名:Larus vegae mongolicus (ラルス ウェガエ モンゴリクス) モンゴルのヴェガ号のカモメ
- IOC 学名:Larus mongolicus (ラルス モンゴリクス) モンゴルのカモメ (種扱い)
- 第7版学名:Larus cachinnans (ラルス カキンナーンス) 大笑いのような声のカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 第8版種小名:vegae スウェーデンの北極探検家 Nils Adolf Erik Baron Nordenskjold が探検に用いた船の名前 (Vega) から
- IOC 種小名:mongolicus モンゴルの
- 第7版種小名:cachinnans (分詞) 大笑い (cachinno 大笑いする)
- 第8版亜種小名:mongolicus モンゴルの
- 英名:(Yellow-legged Gull)。IOC: Larus cachinnans Caspian Gull と Larus mongolicus Mongolian Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
cachinnans は語末の a が長母音。アクセント音節は -chin- にある (カキンナーンス)。長音は動詞の変化語尾由来。
mongolicus は短母音のみで -go- がアクセント音節 (モンゴリクス)。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Larus vegae の1亜種 Larus vegae mongolicus となり、Larus cachinnans は削除されている。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも同じ。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では Larus vegae mongolicus の和名はセグロカモメの亜種キアシセグロカモメのまま、とあるが、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではセグロカモメの亜種モンゴルセグロカモメに変更されている。モンゴルカモメまたはモンゴルセグロカモメ (英名 Mongolian Gull) の呼び名も使われるが同じものを指す。
IOC 14.2 では Larus cachinnans Caspian Gull (単形種) と Larus mongolicus Mongolian Gull (単形種) いずれも種扱いで Larus vegae は単形種の扱い。
氏原 (2007) Birder 21(1): 46-49 に「モンゴルカモメってどんな鳥?」の記事があり、セグロカモメとの識別点が述べられている。
この中で北方で繁殖するカモメほどずんぐりした体型で、暖かい地域で繁殖するものは細長い体型であると述べられており、ハシボソカモメを後者の例として挙げている (#ハシボソカモメの備考参照)。セグロカモメより南方で繁殖するモンゴルカモメにも当てはまるとのこと。
現在の分類で "キアシセグロカモメ" の名称に相当する Larus michahellis Yellow-legged Gull は 20 世紀に分布を拡大し、スペインでは他種に影響を与えている:
Ballesteros-Pelegrin et al. (2025) Landscape, Environmental, and Socioeconomic Impacts of an Invasive Bird Species: The Yellow-Legged Gull (Larus michahellis) in the Natural Park Salinas de San Pedro del Pinatar (Murcia, Southeastern Spain)
人為的外来種ではないが invasive species の表現となっている。他の水鳥を守るため個体数のコントロールも行われいるが、人が出すごみや残飯などにも依存しており、それらを減らす必要がある。
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オオセグロカモメ
- 学名:Larus schistisagus (ラルス スキスティサグス) スレート色の外套のカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:schistisagus schistus スレート < 分離した (lapis schistos 分離した石 sagos 外套 Gk)
- 英名:Slaty-backed Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
schistisagus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。その場合 -ti- がアクセント音節と考えられる (スキスティサグス)。
ラテン語 sagus (sagum の古い形) があり、通常短母音。別語源の sagus があり (意味も違う) こちらは a が長母音。由来が後者ではないため -sagus の a は伸ばしたりアクセントを置かないのがよいと思われる。
単形種。
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ニシセグロカモメ
- 学名:Larus fuscus (ラルス フスクス) 黒ずんだカモメ
- 属名:larus (m) カモメ (laros がつがつ食べる鳥、おそらくカモメ Gk)
- 種小名:fuscus (adj) 黒ずんだ
- 英名:Lesser Black-backed Gull
- 備考:
larus は#カモメ参照。
fuscus は短母音のみ (フスクス)。
heuglini はラテン語風に読めば "ヘウグリニ"。積極的に伸ばす理由は見当たらないが読みにくい場合は "ヘウグリーニ" も許容されるのではと考えられる。
ドイツ語以外では "ホイグリン" とはなかなか読まれないと想像できるので英語読み (人名は ヒューグリン) でも構わないかも知れない。ちなみにロシア語やウクライナ語転記では "ホイ" ではなく "ゲイ" となっていて "オ" の音は含まれない。
heu- で始まる単語は英語でも限られていて計算機用語などで使われる heuristic 程度。英語読みでは heu- は "ヒュー" が標準的と思われる。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。Larus fuscus のうち亜種 heuglini ホイグリンカモメのみが日本で確実に記録された亜種となっている。亜種名 heuglini はドイツの鉱山技術者・鳥類学者の Martin Theodor von Heuglin に由来。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では種 Larus fuscus の和名はニシセグロカモメとしている (ホイグリンカモメの名称は亜種にのみ現れ、亜種ニシセグロカモメの名称は亜種名には現れない)。
ホイグリンカモメに Larus heuglini の種名を用いられることもあるが、現在は通常亜種名として扱われている。
Working Group Avian Checklists も version 0.04 で亜種扱い。
さらに "タイミルセグロカモメ" (英名 Taimyr gull) の名称が使われ、Larus fuscus taimyrensis の学名、またこの亜種名から "taimyrensis" が使われることがあるが、ホイグリンカモメとセグロカモメの雑種の可能性もあるとのこと
[Olsen and Larsson (2003) Gulls Of North America, Europe, and Asia]。 Birds Korea の 解説 (2003) 、 Birds Korea の "taimyrensis" についての補足 (2011) では雑種ではないと考えている。
同資料では Larus fuscus barabensis が定期的に韓国に飛来しており、東アジアでホイグリンカモメのように見えるものの大半は "taimyrensis" であると述べている。ちなみに eBird では 2023 年段階でこれを Larus fuscus taimyrensis としている。
Avibaseは Larus fuscus と Larus heuglini を分けた概念にしているが、heuglini は後者の亜種としている。主要チェックリストで Larus fuscus taimyrensis の分類概念を用いているのは eBird のみ。
日本鳥類目録改訂第7版では "taimyrensis" の扱いは保留とされた。
種として分離するかどうかはともかく、ヨーロッパの研究者にとっては東アジアの個体群を Siberian Gull と呼ぶのは地理的に納得しやすいだろう。フランス語などいくつかの言語が対応する名称を用いている。タイミル半島もシベリアの一部と考えれば Siberian Gull の亜種とするのも納得できないではない。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種 graellsii (カタルーニャの動物学者 Mariano de la Paz Graells y de la Aguera に由来)、intermedius (中間の)、barabensis (ロシアのシベリア西部 Baraba ステップに由来) カザフセグロカモメが検討亜種となっている。前2者の和名はまだ与えられていない。
アメリカでは鳥の一般名から人名を排する動きがあり、ホイグリンカモメについても議論が出ている Yet another thread on eponyms... But this one might actually be fun!。
この機会に実態にふさわしくないカモメ類のアメリカの英名も検討してはどうかなど提案も出されている (誰もがそうだと思っているだろうユリカモメの英名など古い名称由来で今ひとつ合わないものなど)。
ホイグリンを地域名で表すのは難しいなあ、などの議論が出ている。
"Siberian Gull" ならばホイグリンカモメと vegae (日本のセグロカモメの主要亜種) の両方にあてはまってしまう、など。
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ハシブトアジサシ
- 学名:Gelochelidon nilotica (ゲローケリドーン ニーローティカ) ナイル川の笑うツバメ(アジサシ)
- 属名:gelochelidon (合) 笑うツバメ (gelao 笑う Gk、chelidon ツバメまたはアジサシ Gk)
- 種小名:nilotica (adj) ナイル川の (neilos ナイル川 Gk、-icus (接尾辞) に属する)
- 英名:Gull-billed Tern
- 備考:
gelochelidon は外来語由来の合成語でしかも短縮されているので発音はわからないが、ギリシャ語 chelidon は o が長母音でここは伸ばすのがよいと考えられる。gelao の o は長母音で、-ao- を1文字にまとめたと考えればこの o も長母音がふさわしいかも知れない。-che- がアクセント音節と考えられる (ゲローケリドーン)。
nilotica は最初の i と o がいずれも長母音で -lo- がアクセント音節 (ニーローティカ)。-icus (接尾辞) に属する は短母音。
アジサシ類はドイツ語で Seeschwalbe (単数形) で海のツバメを意味する。属名に現れる chelidon はこれを意図して使われている 。この属のドイツ語名は Lachseeschwalbe (笑う海のツバメ)。Latham (1785) はこの種を "Egyptian Tern" と呼んだ (The Key to Scientific Names)。
Gelochelidon 属は Brehm (1830) が提唱したもので、当時の学名 Gelochelidon meridionalis 1種を指したもの。これはハシブトアジサシを指すものと判定されタイプ種となった。meridionalis は "南方の" の意味 (The Key to Scientific Names)。
Laridae (BirdForum 2025.3) によれば、より早い Viralva Stephens, 1826 の属名があり、ハシブトアジサシをタイプ種とする定義があるのになぜこちらが用いられないのか議論があった。
分子系統解析によって系統が分離され、分離された系統の種をタイプ種とする過去の属名を復活させる必要があって生まれた話題。Brehm (1830) の定義は1種のみを指して明瞭で疑いの余地はなかった。
Viralva は特に意味のあるものではなく当時流行の造語だったらしい。Stephens は新提案の Viralva 属に5種と ? 付きで2種を含め、そのうち1種がハシブトアジサシだった (The Key to Scientific Names)。(無意味な造語の背景は意味のある属名を思いつくのがそろそろ難しくなってきていた時期だろうか)。
Viralva 属のタイプ種は後に定められたが、Gray (1840) はハシブトアジサシを採用、Strickland (1841) はハシグロクロハラアジサシを採用。
Gray の指定の方が早いので一見こちらが優先されそうに見えるが、Gull-billed Viralve? のように Stephens は ? 付きで名付けていたためそもそもタイプ種とは認められないとのこと。Strickland (1841) のタイプ種を採用すればハシグロクロハラアジサシはより早い Chlidonias Rafinesque, 1822 のタイプ種のため Viralva 属は表面に現れなくなる。
ちなみに当時の表記でハシブトアジサシを指して Gull-billed Tern はすでに使われており、対応する学名が Sterna Anglica だった。Anglica は容易に想像可能なように "イングランドの" を指す。Sterna Anglica Montagu, 1813 (参考) に由来し、この時点で "Tern, Gull-billed" の英名がすでに付けられていた。
George Montagu (1753-1815) は英国の軍人で鳥類学者。Sussex で採集した標本にこの英名を付けたとのこと。英国で記載したので Anglica と付けたのはちょっと安易な気もするが、Linnaeus がオガワコマドリに svecica と付けたようなものだろう。また当時の Sterna 属は地名や種小名が付けられたものも多く、イングランドで初めて学名を付けることのできた (未確認) Sterna 属で国名を残して置きたかったのかも知れない。
なお同時に Montagu が命名したアジサシ類ではベニアジサシの学名が現在も使われている。こちらはスコットランドで採集されたものなので Anglica はハシブトアジサシの方に与えたものと推測できる。
ハシブトアジサシは Gmelin (1789) の方が先に Sterna nilotica として記載していたため、Montagu がせっかく付けた自国を指す学名が使われなくなった次第。Stephens (1826) の時代はまだ有効で Montagu の名付けた学名が使われていた。Gmelin (1789) のものと同一であることが判明するまで多少時間がかかっていた模様で Sterna Anglica の学名はしばらく使われていた。
しかし学名字義的には Gmelin の "ナイル川の" や Brehm の "南方の" 方が分布をよく反映しており、"イングランドの" より適切であったと思える。#シロチドリの英名が Kentish Plover で学名が Charadrius alexandrinus となっている関係によく似ている。和名で言えばカラフトワシみたいなものだろうか。
分子系統解析で属名も変わってしまって当時の面影はなくなってしまった。英名のみ、そしておそらく英名由来の和名が現在も使われている。
5亜種ある(IOC)。日本で記録されるものは affinis [(既存の種か亜種の何か、例えば基亜種に) 似ている] とされる。この亜種は中国・モンゴル・ロシアの国境付近で繁殖するグループとされる。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 106 pp. 6, 8 によればハシブトアジサシは魚はあまり食べないとのこと。wikipedia 英語版によれば食性はいわゆる沼アジサシに近く、飛びながら昆虫を捕えたり、両生類や小型の哺乳類を捕えることもあるとのこと。水に飛び込んで魚を捕えることは普通はないとのこと。
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オニアジサシ
- 第8版学名:Hydroprogne caspia (ヒュドゥロプログネー カスピア) カスピ海の水のツバメ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna caspia (ステルナ カスピア) カスピ海のアジサシ
- 第8版属名:hydroprogne hudro 水の (Gk) < hudor, hudatos 水 (Gk) progne, procne ツバメ < 伝説でツバメに変えられた Progne (Gk)
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:caspia (adj) カスピ海の
- 英名:Caspian Tern
- 備考:
hydroprogne は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語では Progne, Procne の末尾が長母音で音が保存される可能性がある。日本語では Procne はプロクネーまたはプロクネと表記されている。アクセントには影響がないので好み次第でよいだろう。
由来を明確にする意味で伸ばす選択もよいと思う。
ギリシャ語では pro-cne と区切るらしく区切り方を踏襲すればアクセント音節は -dro- になると考えられる (ヒュドゥロプログネー)。
sterna は#アジサシ参照。
caspia はこの形の用例は学名ぐらいのもので、通常は caspica の表記。いずれにしても短母音のみでアクセントは冒頭 (カスピア)。
Progne 属が別に存在し、アメリカでごく普通種のムラサキツバメ Progne subis Purple Martin がタイプ種。こちらは本物のツバメ類で Hydroprogne は Pallas (1770) によるもので、Progne Boie, 1826 より早く、この属名との合成ではない。
ムラサキツバメの種小名の subis の由来が面白いので合わせて紹介しておくと Nigidius Figulus が用いたワシの卵を割る鳥の名前とのこと。巣にいろいろな巣材が用いられており、他の鳥の巣を壊すと考えられた。またムラサキツバメはタカやカラスに対して勇敢で、アメリカの初期の入植者はムラサキツバメの巣箱を用意してタカなどが家畜を襲うのを防ぐことが推奨されたとのこと (The Key to Scientific Names)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Hydroprogne 属 hudro 水の (Gk) < hudor, hudatos 水 (Gk) progne, procne ツバメ < 伝説でツバメに変えられた Progne (Gk); アジサシは二股に分かれた尾から以前は「海のツバメ」として知られていた。
種小名は変化なし。Hydroprogne 属はオニアジサシ属。単形属で単形種となる。将来属統合などがなければこのままの学名で決定となる。
ロシアではこの属名が過去から用いられていて、欧米とロシアで学名が違う例として取り上げられることもあったが分類改訂によって揃うことになった。というよりも、Hydroprogne 属は海外分類でも使われていたので Sterna に全部まとめていた時代が大雑把過ぎたと言えるだろう。
Hydroprogne 属に変更されたのは Clements では 6th edition、Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2) ですでに用いられており、IOC では 1.7 以来、
比較的変更が遅かった Birdlife でも checklist version 07 (Jul 2014) と変更されており、日本鳥類目録改訂第7版の出版のすぐ後に世界の足並みが揃っていた。
Dement'ev and Gladkov (1951) では Hydroprogne tschegrava Lepechin, 1770 の学名が用いられ、北米のオニアジサシもこの亜種扱いだった。
記載も古いためロシアではこの学名がおそらく標準だった模様。資料 によればスキャンが切れているが、1898 年の AOU 会合で厳密性を欠くとして欧米では使われなくなった経緯が考えられる。
tschegrava は人名ではなく Chergrava がオニアジサシの地方名とのこと。由来は黒っぽい灰色の意味とのこと (The Key to Scientific Names)。cher- が黒い。grava はちょっと不明でこの解釈はあまり正確でないかも知れない。
現在のロシア名もこの名称が使われているので Kolyada et al. (2016) を調べてみると Dal' によれば chervatyj または charavyj (黒っぽい) 由来で、ウズラのような暗色の、褐色の、と解説がある。cher- の部分は多分問題ないとしてもこれも一解釈の感じ。
ロシア名そのままで定着していたため AOU (1898) の判断は受け入れにくかったかも知れない (日本で言えばアオゲラの記載が別に発見されて学名が変わるようなもの)。
現在使われる学名の記載時学名は Sterna caspia Pallas, (1770) (原記載) で、この中に tjchagrava (chergrava) が出てくるがこれは学名を指したものではなく、色彩の特徴からロシア人はこの名前で呼んでいると紹介したもの。
Pallas の出版物は 1750-1776 に複数巻に分けて出版されたもので、年代の解釈に不定性があったかも知れない。
Hydroprogne tschegrava Lepechin, 1770 とほぼ同じ時期の記載なのでどちらが早いかなど検討があってロシアでは tschegrava が採用されていたものと想像できる。しかし Dement'ev and Gladkov (1951) ではシノニムとして載っていないので経緯には多少疑問が残る。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) では世界と同じ学名が使用されている。
世界分布が非常に広いのに単形種なのだろうか気になっている。
北米では3つの個体群があって遺伝的違いが調べられている: Boutilier et al. (2014)
Evidence for genetic differentiation among Caspian tern
(Hydroprogne caspia) populations in North America。
遺伝子交流はある程度妨げられていて、それぞれ保全的に意味のある単位をなしているが、進化的に意味ある単位 (ESU) かどうかまではわからなかったとのこと。
北米内でこの程度の違いがあればユーラシアやアフリカ、オーストラリアのそれぞれの分布ではそれなりの遺伝的違い (例えば亜種レベル) があるかも知れない。
アメリカコアジサシ Sternula antillarum Least Tern
は北米内で3亜種が記載されているがそれほどの遺伝的違いはないとの研究 (Draheim et al. 2010) も紹介されている。
[オニアジサシを襲ったアメリカの鳥インフルエンザの悲劇]
(#インドガン備考の鳥インフルエンザのニュースから重複掲載)
Bird flu has killed nearly 1,500 threatened Caspian terns on Lake Michigan islands
ミシガン州の湖で 1500 羽近いオニアジサシ (英名はカスピ海由来だが北米にも生息する) が犠牲となった。神経症状で震える姿や、それでも抱卵しようとする中で亡くなった姿が記録されている。
多数の経験豊富な成鳥を失い、個体群に与える影響がどれほどのものか想像がつかないとのこと。
関連した論文報告 (地域は異なる): Haman et al. (2024) A comprehensive epidemiological approach documenting an outbreak of H5N1 highly pathogenic avian influenza virus clade 2.3.4.4b among gulls, terns, and harbor seals in the Northeastern Pacific (2024.11.6)
ワシントン州の Rat Island での 2023 年の大発生によってオニアジサシのコロニー個体群の成鳥の少なくとも 56% が死亡。それ以降繁殖に成功していない。
2023 年の発生で太平洋フライウエイのオニアジサシの 10-14% の個体が死亡したと推測している。
もう1種ワシカモメ (雑種とある) も影響を受けたが影響は相対的に小さかった。
オレゴン州のカモメ類での発生が発端と推定され、その後ワシントン州に及んだことが分子系統解析からもフィールドデータからも裏付けられた。この研究では鳥から海の哺乳類への複数回の導入があったと推定される。
(#インドガン備考の鳥インフルエンザのニュースから重複掲載)
カスピ海地域での最も最近の集団感染の事例は 2022 年にあってカスピ海西部沿岸のロシア側でニシズグロカモメ Ichthyaetus melanocephalus、(カスピアカモメ) Larus cachinnans Caspian Gull、オニアジサシやハイイロペリカンが犠牲となったとのこと
[Sobolev et al. (2023) Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Virus-Induced Mass Death of Wild Birds, Caspian Sea, Russia, 2022 2022年5月]。
この地域で鳥が死ぬことは普通にあるがよく調べられていない。
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オオアジサシ
- 第8版学名:Thalasseus bergii (タラスセウス ベルギイ) ベルギウスの漁師 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna bergii (ステルナ ベルギイ) ベルギウスのアジサシ
- 第8版属名:thalasseus 漁師 (Gk) < thalasses 海 (Gk)
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:bergii (属) アフリカでの活躍が有名なプロイセンの博物学者 Karl Heinrich Bergius の (ラテン語化 -ius を属格化)
- 英名:Greater Crested Tern
- 備考:
thalasseus は起源となるギリシャ語が短母音なので長母音は現れないと考えられる。-las- がアクセント音節と考えられる (タラスセウス)。
sterna は#アジサシ参照。
bergii は原語にも近い "ベルギイ"。語末に ii と並ぶ点に注意。
英名に "Crested Tern" の付くアジサシ類が何種類かある。これらは Sterna cristata Stephens, 1826 (記載) に由来すると考えられる。
基産地も China and many of the southeastern islands of Asia と広かったが後に中国に限定された。Sterna Bergii Lichtenstein, 1823 (記載) と同種と判定され、この記載の方が早いために種学名はこちらに変わり、cristata は亜種名に残ることになった (属が変わって現在は男性形になっている)。
cristata は英名に残ることになった。単に Crested Tern と呼ばれる時期もあった。
現在の学名からはわかりにくいが、オオアジサシは似た種類の中で比較的大きいために英名 Greater Crested Tern が与えられたと考えられる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" の時代にはすでにオオアジサシの名前はあって Sterna bergii と現在とあまり違わない学名となっていた。当時はオニアジサシはまだ記録されておらず、もっと大きいアジサシが記録されて (ちょっと困って) オニアジサシの名称が選択された経緯が考えられる。
他のアジサシ類は色彩などの特徴を (一部は学名由来で) 和名に与えているものが多いが、アジサシ (チュウアジサシの名前もあった)、コアジサシ、オオアジサシ は大きさで名前を付けていた。大きさを表す接頭語が尽きてしまってその後は別の方法で付けるようになったのでは。
アメリカでコキアシシギ、オオキアシシギに関連した一種のパロディがあって、日比 (1998) Birder 12(8): 76-78 で紹介されている。"A Field Guide to Little-Known and Seldom-Seen Birds of North America" (Sill et al. 1988) が出版されて人気だったとのこと。
チュウキアシシギ Tringa intermedius Least Yellowlegs のような架空の種名・学名まで与えられていた (しかも文法規則に則っていない)。日本で言えばチュウダイサギやダイチュウサギのような感じだろうか。
なぜこのようなことを気にしたかと言えば、自分の地域からそこそこ近い (?) 三重県にオオアジサシが比較的定期的に渡来する場所があり、渡来時期にはカモメ類と一緒にいることが多いのでそれほど大きく感じないのである。
"オオアジサシと言われるほど大きくないなあ" が第一印象だった。見慣れている人にとっては印象が違うかも知れない。
春の渡りでアジサシとコアジサシが同時に見られる時にはそれぞれ納得できる名前ではあるが。
英名の "Crested Tern" に対応する現行和名が日本産のどの種にも付いていないのは多少面白い。
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは cristatus (冠羽のある) とされる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Thalasseus 属となる thalasseus 漁師 (Gk) < thalasses 海 (Gk)。Bridge et al. (2005) (#コアジサシの備考参照)。種小名は変化なし。Thalasseus 属はオオアジサシ属。
Thalasseus 属のタイプ種は サンドイッチアジサシ Thalasseus sandvicensis Sandwich Tern。
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ベンガルアジサシ
- 第8版学名:Thalasseus bengalensis (タラスセウス ベンガレーンシス) ベンガルの漁師 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna bengalensis (ステルナ ベンガレーンシス) ベンガルのアジサシ
- 第8版属名:thalasseus 漁師 (Gk) < thalasses 海 (Gk)
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:bengalensis (adj) ベンガル地方の (-ensis (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Lesser Crested Tern
- 備考:
thalasseus は#オオアジサシ参照。
bengalensis は場所の -ensis は冒頭が長母音でアクセントもある (ベンガレーンシス)。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されたものは亜種不明とされる。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Thalasseus 属となる。種小名は変化なし。
森岡 (1999) Birder 13(9): 70-73 に 1998 年富士川河口で記録されたベンガルアジサシの同定の記事があり、アジサシ類の分類や他種の詳しい情報についても触れられている。
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コアジサシ
- 第8版学名:Sternula albifrons (ステルヌラ アルビフロンス) 白い額の小さいアジサシ (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna albifrons (ステルナ アルビフロンス) 白い額のアジサシ
- 第8版属名:sternula Sterna (アジサシ) 属の指小名
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:albifrons (adj) 白い額の (albus (adj) 白い frons (f) 額)
- 英名:Little Tern
- 備考:
sternula は指小辞 -ula は短母音。冒頭にアクセントがある (ステルヌラ)。-nula は伸ばさない。
sterna は#アジサシ参照。
albifrons はすべて短母音でよく、冒頭にアクセントがある (アルビフロンス)。frons は長母音でもよく伸ばしても構わない (アルビフローンス)。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは sinensis (中国の) とされる。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Sternula 属となる。この名称は Sterna 属の指小名。種小名は変化なし。Sternula 属はコアジサシ属。Sternula 属のタイプ種。
分子遺伝学に基づくアジサシ類の分類および属名の変更提案については Bridge et al. (2005) A phylogenetic framework for the terns (Sternini) inferred from mtDNA sequences: implications for taxonomy and plumage evolution を参照。系統関係と頭部の模様の関係の図もある。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で新たに現れる属はこの分類による。
英語別名 Least Tern (コンサイス鳥名事典) との記載があるが、これは分離される前のアメリカコアジサシの英名と思われる。#アメリカコアジサシも参照。
茂田・佐野 (1992) Birder 6(7): 18-21 にコアジサシの分布と分類の記事がある。
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コシジロアジサシ
- 第8版学名:Onychoprion aleuticus (オヌィコプリオーン アレウティクス) アリユゥシャン諸島ののこぎり状の爪の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna aleutica (ステルナ アレウティカ) アリユゥシャン諸島のアジサシ
- 第8版属名:onychoprion onux, onukhos 爪 prion, prionos のこぎり (Gk) 中央の指の爪の側面にぎざぎざがあることによる
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:aleuticus / aleutica (adj) アリュゥシャン諸島の (-icus (接尾辞) に属する)
- 英名:Aleutian Tern
- 備考:
onychoprion は#セグロアジサシ参照。
sterna は#アジサシ参照。
aleuticus / aleutica は外来語で発音はわからないが -u- がアクセント音節と考えられ、短母音のみとすれば "アレウティクス"、"アレウティカ"。場所の -icus は短母音のみ。
Onychoprion 属は男性の扱いだが、aleutica の女性形のままのリストも過去に存在した (British Ornithologists' Union Checklist 7th edition。その後訂正された)。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Onychoprion 属となる。< onux, onukhos 爪 prion, prionos のこぎり (Gk) 中央の指の爪の側面にぎざぎざがあることによる。学名は Onychoprion aleuticus となる。
Onychoprion 属はセグロアジサシ属となる。
英語ではこの属の4種を brown-backed terns または brown-winged terns (Bridge et al. 2005) と総称する。
Nechaev (1991) "Ptitsy Ostrova Sakhalin" (Birds of Sakhalin Island) pp. 228-239 (No. 177) によれば記載時学名 Sterna camtschatica Pallas, 1811 (参考)
の方が早く特徴を表していたので正統な学名とみなしている。
Pallas は足の色を間違えて記述していたため正当な記載と見なさない扱いが世界では一般的だが Buturlin (1934), Portenko (1973), Lobkov (1976) は Pallas の学名を用いており、Nechaev (1991) もそれに従うとのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) は Baird の aleutica の種小名を採用していた。Bianki (1909) がカムチャツカで繁殖するらしいことを記述していたが後の研究で確認できなかった (Bergman 1935) とある。Dement'ev and Gladkov (1951) は主要繁殖地はサハリン沿岸と考え、より北部は迷行と考えていたので Pallas のカムチャッカ沿海や近くの島に多数との記述は別のものを指していると考えたものかも。
カムチャッカの繁殖個体群については 1972-1989 年には調べられていた。Lobkov et al. (2015 初出、2019) The state of the Kamchatka tern Sterna camtschatica population in Kamchatka (pp. 4176-4177) など参照。
英名で prion と呼ばれるグループは別にあり、ミズナギドリ科 Pachyptila (クジラドリ) 属。かつて Prion 属だった。ギリシャ語語源は同じで、ヒロハシクジラドリ Pachyptila vittata がヒゲクジラに似たろ過式の構造の嘴を持つことから (コンサイス鳥名事典)。英名に whalebird の別名があるので和名は翻訳したものだろうか。
同じ語源の prion を持つ学名は他にもいくつも存在するが嘴以外の特徴を指すものもある。
「プリオン病」などで使われる prion は proteinaceous infectious (particle) からの造語で語源は無関係。牛海綿状脳症 (狂牛病) で有名となった。
コシジロアジサシの越冬地は 1980 年代後半までまったく知られていなかった [Birder 2003年8月「鳥の名前」に出てくる]。現在では多くの個体が西太平洋の赤道付近で越冬することがわかっている (wikipedia 英語版)。日本の図鑑では比較的新しいものでもこの知見がまだ反映されていなかったようである。
ロシアでは現在も Sterna camtschatica Pallas, 1811 の学名 (ロシア名はカムチャツカアジサシに相当) が使われているが、Birds of Northern Eurasia (BirdForum) の議論を見ると、記述がコシジロアジサシと合わないとのことで、自身がカムチャツカで見たものと Steller の記述が混ざっているらしい。
アジサシの若鳥ではないかとの推論がある。Nechaev (1991) が記述するほどには万人を納得させるものとなっていない模様。もっとも Nechaev (1991) などの議論を読まずに Pallas の記載のみを見て議論されているかも知れない。
通常は有効な学名と認められていない Sterna camtschatica Pallas, 1811 (WoRMS)。
この BirdForum のスレッドの後半も面白く、ロシア語の論文タイトル "Vid ili ne vid?" (文字通りだと "種か、それとも種ではないか") はハムレットの有名な "to be, or not to be, [that is the question]" がロシア語では "Byt' ili ne byt'" になるのでその語呂合わせではないかとの解釈が出ている。
調べてみるとロシア語でもハムレットの台詞はよく知られていてこの表現は頻出で、語呂合わせ説はもっともらしい。wikipedia ロシア語版を見るとやはり他の語呂合わせ表現があって、bit' ili ne bit' (打つ), pit' ili ne pit' (飲む) などがあるとのこと。vid も語末は無声音となるので音声的にはよく対応する。機械翻訳ではわからない面白さがある。
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ナンヨウマミジロアジサシ
- 第8版学名:Onychoprion lunatus (オヌィコプリオーン ルーナートゥス) 三日月斑のあるのこぎり状の爪の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna lunata (ステルナ ルーナータ) 三日月斑のあるアジサシ
- 第8版属名:onychoprion onux, onukhos 爪 prion, prionos のこぎり (Gk) 中央の指の爪の側面にぎざぎざがあることによる
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:lunatus / lunata (adj) 三日月形の
- 英名:Spectacled Tern
- 備考:
onychoprion は#セグロアジサシ参照。
sterna は#アジサシ参照。
lunatus/lunata は u と1つめの a が長母音で後者にアクセントがある (ルーナートゥス/ルーナータ)。luno (ルーノー。三日月型に曲げる) の過去分詞に由来する長音。
ラテン語の "月" は Luna (ルーナ)。これに由来する英語の lunar, lunatic (発狂した) なども冒頭は長母音で発音する。
単形種。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Onychoprion 属となる。学名は Onychoprion lunatus となる。
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マミジロアジサシ
- 第8版学名:Onychoprion anaethetus (オヌィコプリオーン アナエテートゥス) 愚か者ののこぎり状の爪の鳥 (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna anaethetus (ステルナ アナエテートゥス) 愚か者のアジサシ
- 第8版属名:onychoprion onux, onukhos 爪 prion, prionos のこぎり (Gk) 中央の指の爪の側面にぎざぎざがあることによる
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:anaethetus (合) 愚か者の (an- 否定 aisthetos 機敏な、aisthanomai 理解する、感じる Gk wiktionary, The Key to Scientific Names)
- 英名:Bridled Tern
- 備考:
onychoprion は#セグロアジサシ参照。
sterna は#アジサシ参照。
anaethetus は起源となるギリシャ語 anaisthetos の e が長母音で。長母音を保存しアクセントもここに置くと自然な読みになる (アナエテートゥス) のでこれを採用した。
容易に予想されるように英語の anasthetic (麻酔の) などと同語源。"感じない" ので "愚か者" の意味として使われた。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Onychoprion属となる。学名は Onychoprion anaethetus となる。
4亜種あり(IOC)。日本で記録されるものは基亜種 anaethetus 亜種マミジロアジサシと、antarcticus (南極の) インドヨウマミジロアジサシ とされる。
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セグロアジサシ
- 第8版学名:Onychoprion fuscatus (オヌィコプリオーン フスカートゥス) 黒ずんだ色のアジサシ (新学名で黒ずんだ色ののこぎり状の爪の鳥) (IOC も同じ)
- 第7版学名:Sterna fuscata (ステルナ フスカータ) 黒ずんだ色のアジサシ
- 第8版属名:onychoprion onux, onukhos 爪 prion, prionos のこぎり (Gk) 中央の指の爪の側面にぎざぎざがあることによる
- 第7版属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:fuscatus / fuscata (adj) 黒ずんだ色の (fuscus (adj) 薄暗い -tus (接尾辞) 〜が備わっている)
- 英名:Sooty Tern
- 備考:
onychoprion はギリシャ語の prion の o が長母音で忠実に従えば伸ばす可能性がある。アクセント位置には関係ないのでこの表記とした。短音でも構わない。-cho- がアクセント音節と考えられる (オヌィコプリオーン)。
sterna は#アジサシ参照。
fuscatus/fuscata は -atus/-ata の冒頭が長母音でアクセントがある (フスカートゥス/フスカータ)。長音は fusco (フスコー。暗くする) の過去分詞の変化形による。
英名の sooty は種小名とほぼ同じ意味だが、Fauna Japonica Sterna fuliginosa の学名も使われていた。fuliginosa < fuligo すす、なので英名の直接の由来はこちらの学名かも知れない。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では Onychoprion 属となる。学名は Onychoprion fuscatus となる。Onychoprion 属はセグロアジサシ属。セグロアジサシがタイプ種。
6亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは nubilosus (曇った < nubis 雲) 亜種セグロアジサシ と oahuensis (オアフ島の) ハワイセグロアジサシ とされる。
英語通称名に wideawake (tern) があり、コロニーで絶え間なく続く声を指す (wikipedia 英語版)。
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ベニアジサシ
- 学名:Sterna dougallii (ステルナ ドウガルリイ) ダウガルのアジサシ
- 属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:dougallii (属) dougallの (ラテン語化 -ius を属格化) スコットランドの外科医で標本採取家の Peter McDougall に由来と推定 (The Key to Scientific Names)
- 英名:Roseate Tern
- 備考:
sterna は#アジサシ参照。
dougallii はラテン語的に読むと -gal- がアクセント音節となる (ドウガルリイ)。原音とそれほど離れるわけではない。語末に ii が並ぶ点に注意。
Sterna Dougallii Montagu, 1813 (原記載) にもすでに英名 Tern-roseate (現代風に表記すると Roseate Tern で現在の英名と同じ) が与えられていた。嘴の色ではなく繁殖期の胸のピンク色から (wikipedia 英語版でも同様に記述されている)。
OED によれば Montagu (1813) が Roseate Tern の名称で紹介したとのこと。他言語でも同様の名称が多数あり、和名も英名を訳したものと想像できる。
英名と同じ意味の Sterna rosea Forster, 1817 (参考) の学名もあるが Sterna dougallii を改名したもの (Synoptical Catalogue of British Birds)。
色彩を反映したものに改名しようとしたのか元の学名記載に問題があるとみなしたのか、この資料だけからは不明。
5亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは bangsi (アメリカの動物学者の Outram Bangs に由来) とされる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" 時代はすでに Sterna dougallii gracilis の学名とともにベニアジサシの和名が与えられていた。
奄美黄島と石垣島。亜種 gracilis は現在の概念とは異なるが bangsi などの亜種はその後記載されたもの (例えば bangsi は 1912 年) で、当時は亜種 gracilis に含まれていたと考えられる。
気になるのは別学名のリストに Sterna paradisaea Keys. & Blas. が含まれていることで、これは現在ではキョクアジサシの学名になっているが、同種扱いであれば Sterna paradisaea の記載の方が早いのでベニアジサシがキョクアジサシの亜種扱いとなっていた時代 (があったかどうか不明) の学名を反映したものではないかと想定される
(実際に雑種の事例があるよう)。
Dement'ev and Gladkov (1951) のキョクアジサシの記述を見ても Reichienow (1904) 時代はアジサシ類の同定に混乱があったことが推測できる。
Sterna paradisaea の用例は Bruennich (1764) があって Ogawa (1908) の時代にも知られていたかも知れないがその後にさらに早い用例が見つかった。
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エリグロアジサシ
- 学名:Sterna sumatrana (ステルナ スマトゥラーナ) スマトラ島のアジサシ
- 属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:sumatrana (adj) スマトラ島の (-anus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:Black-naped Tern
- 備考:
sterna は#アジサシ参照。
sumatrana は所属の -ana は冒頭が長母音でアクセントもある (スマトゥラーナ)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" 時代の学名は Sterna melanauchen Temminck, 1827 (melanos 黒い aukhen, aukhenos 首 Gk, The Key to Scientific Names) で英名、和名ともによく一致し学名由来と考えられる。和名は英名の意味そのままで英名由来と考えられる。少し珍しい語尾の学名。
図版例。
aukhen, aukhenos から直接派生した単語は思い至らないが trakhelos (Gk) が同義語とのことで、これであれば英語の trachea (気管) が派生する。aukh と ach に類似性が残る。
Sterna Sumatrana Raffles, 1822 (原記載) が早かったために学名が変わったが、Temminck (1827) の学名は長く使われていたようで英語、日本語を初めとする多くの言語に残っている。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire でもこの学名が使われていた。
2亜種あり (IOC) だが日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種を認めない立場のよう。
日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)で多形種となり、記録される亜種は sumatrana となった。
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アジサシ
- 学名:Sterna hirundo (ステルナ ヒルンドー) ツバメのようなアジサシ
- 属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:hirundo (f) ツバメ
- 英名:Common Tern
- 備考:
sterna は外来語由来で発音は明確でないが短母音のみとすれば "ステルナ"。伸ばしてもアクセント位置は変わらない。
hirundo は語末が長母音で -run- がアクセント音節 (ヒルンドー)。#ツバメ参照。
英語別名に Sea Swallow があり種小名に対応している。
[アジサシの亜種]
4亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは longipennis (longus 長い -pennis 翼/羽の) 亜種アジサシ 及び minussensis (シベリア中央部のクラスノヤルスク地方南部にある Minussinsk ミヌシンスク地区由来) アカアシアジサシ とされる。
他の亜種は tibetana で、チベットの標本や、かつて Sterna longipennis とされていたバイカル湖の標本から Sterna fluviatilis
(現在では Chlidonias hybrida javanicus?) と嘴と足の色が似ていると記載されたもの (原記載) がある。
バイカル湖の標本あたりがひっかかるが、かつては Sterna longipennis がバイカル湖付近にも分布すると考えられていたのだろう。
現在の分布ではヒマラヤ、モンゴル南部、中国とされている。
アジサシが高地にも分布する点については、週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 106 p. 4 に Schaefer の 1934-1936 のチベット高地の調査で 5000 m の沼沢地域を毎年決まって訪れるという記載があった。なお当時 (1973) はアジサシの和名にチュウアジサシが使われていた。
Dement'ev and Gladkov (1951) でも4亜種で、minussensis がバイカル湖付近から中央シベリア (ロシア名中央シベリアアジサシに相当)、
tibetana が中央アジア高地 (ロシア名チベットアジサシに相当)、
longipennis がシベリア東部、極東 (カムチャツカ、サハリン、千島列島を含む。ロシア名ハシグロアジサシに相当。基産地オホーツクの Kykhtuj 川) としていた (図の番号は間違っていて本文が正しいと思われる)。
longipennis は渡り途中に中国や日本沿岸で見られるとある。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) ではシベリアで3亜種としており、分布の記述はほぼ同じだが minussensis は基亜種と longipennis の雑種の可能性もあるとしている。
亜種間の違い、分布境界は不明瞭で東に行くほど暗色で嘴の黒色が目立つようになり、足の色も赤っぽいものから黒褐色に変わってゆくとある。ユーラシアで繁殖地があまり分断されておらず、この記述を見ると地理的なクラインに近いのかも知れない。
Sterna 属のタイプ種。
ヨーロッパの亜種の渡り経路: Piro et al. (2022) Revealing different migration strategies in a Baltic Common Tern (Sterna hirundo) population with light-level geolocators。
同一コロニーでジオロケータ装着。越冬地 (アフリカ) によって3グループに分かれる。過去の標識回収記録との比較もある。
Lonca et al. (2024) High genetic diversity yet weak population genetic structure in European common terns 遺伝的違いはあまりなく距離の違いとはあまり相関がない。
[アジサシ科の系統分類]
Cerny and Natale (2022) の分子系統樹を用いた Boyd による カモメ上科 Laroidea アジサシ科 Sternidae: Terns and Skimmers の分類は以下のようになる。
カモメ上科 Laroidea アジサシ科 Sternidae
ハサミアジサシ亜科 Rynchopinae: Skimmers
ハサミアジサシ属 Rynchops
アフリカハサミアジサシ Rynchops flavirostris African Skimmer
シロエリハサミアジサシ Rynchops albicollis Indian Skimmer
クロハサミアジサシ Rynchops niger Black Skimmer (南北アメリカ)
シロアジサシ亜科 Gyginae: White Terns
シロアジサシ属 Gygis
シロアジサシ Gygis alba White Tern (コシロアジサシを含め、複数種に分割される可能性がある。英名も別のものが提案されている。#シロアジサシの備考参照)
コシロアジサシ Gygis microrhyncha Little White Tern
アジサシ亜科 Sterninae: Terns
セグロアジサシ属 Onychoprion
コシジロアジサシ Onychoprion aleuticus Aleutian Tern
セグロアジサシ Onychoprion fuscatus Sooty Tern
ナンヨウマミジロアジサシ Onychoprion lunatus Spectacled Tern / Grey-backed Tern
マミジロアジサシ Onychoprion anaethetus Bridled Tern
コアジサシ属 Sternula
コアジサシ Sternula albifrons Little Tern
アメリカコアジサシ Sternula antillarum Least Tern
ヒメアジサシ Sternula nereis Fairy Tern
アマゾンアジサシ Sternula superciliaris Yellow-billed Tern
アラビアコアジサシ Sternula saundersi Saunders's Tern
ダマラアジサシ (マダラアジサシ: 誤) Sternula balaenarum Damara Tern
ペルーアジサシ Sternula lorata Peruvian Tern
オオハシアジサシ属 Phaetusa
オオハシアジサシ Phaetusa simplex Large-billed Tern (南米)
オニアジサシ属 Hydroprogne
オニアジサシ Hydroprogne caspia Caspian Tern (世界に広く分布)
ハシブトアジサシ属 Gelochelidon
ハシブトアジサシ Gelochelidon nilotica Gull-billed Tern (主に北半球中緯度に広く分布)
インカアジサシ属 Larosterna
インカアジサシ Larosterna inca Inca Tern (南米西海岸)
クロハラアジサシ属 Chlidonias
クロハラアジサシ Chlidonias hybrida (種小名は#クロハラアジサシ備考参照) Whiskered Tern
クロビタイアジサシ Chlidonias albostriatus Black-fronted Tern (ニュージーランド)
ハジロクロハラアジサシ Chlidonias leucopterus White-winged Tern
ハシグロクロハラアジサシ Chlidonias niger Black Tern
オオアジサシ属 Thalasseus
サンドイッチアジサシ Thalasseus sandvicensis Sandwich Tern (主にヨーロッパ、北米)
ユウガアジサシ Thalasseus elegans Elegant Tern (南北アメリカ西岸)
カボットアジサシ? Thalasseus acuflavidus Cabot's Tern (南北アメリカ)
オオアジサシ Thalasseus bergii Greater Crested Tern / Great Crested Tern
ヒガシシナアジサシ Thalasseus bernsteini Chinese Crested Tern
ベンガルアジサシ Thalasseus bengalensis Lesser Crested Tern
アメリカオオアジサシ Thalasseus maximus Royal Tern (南北アメリカ)
アフリカオオアジサシ Thalasseus albididorsalis West African Crested Tern (アフリカ西海岸の一部)
アジサシ属 Sterna
メリケンアジサシ Sterna forsteri Forster's Tern (北米)
シロガシラアジサシ Sterna trudeaui Snowy-crowned Tern (南米南部)
キョクアジサシ Sterna paradisaea Arctic Tern
ナンベイアジサシ Sterna hirundinacea South American Tern (南米)
ケルゲレンアジサシ Sterna virgata Kerguelen Tern (インド洋ケルゲレン島周辺)
ナンキョクアジサシ Sterna vittata Antarctic Tern
アジサシ Sterna hirundo Common Tern
エリグロアジサシ Sterna sumatrana Black-naped Tern
ベニアジサシ Sterna dougallii Roseate Tern
シロビタイアジサシ Sterna striata White-fronted Tern (ニュージーランド)
アラビアアジサシ Sterna repressa White-cheeked Tern (アラビア周辺)
カワアジサシ Sterna aurantia River Tern (インドから東南アジア)
インドアジサシ Sterna acuticauda Black-bellied Tern (インド)
個々の種の学名は基本的に日本鳥類目録改訂第8版の変更予定や IOC と同じであるが順序は異なる。
第8版の変更予定ではクロアジサシ属とシロアジサシ属が冒頭にあって他のアジサシ類と分離されているが、この Boyd の分類ではクロアジサシ属をカモメ科 Laridae クロアジサシ亜科 Anoinae に移動し、シロアジサシ属と他のアジサシ類が Boyd が分離したアジサシ科 Sternidae に含まれる点が異なる。
あくまでこれまでの遺伝情報によるもので十分ではないが、全属を分子系統順に挙げてあるので改訂第8版で属名が大きく変わる点の理解には多少役立つかも知れない。
改訂第7版、改訂第8版の変更予定の順序がわかりにくく感じるのはアジサシ類の間にカモメ類がはさまっていることが原因だろうが、分子系統樹を見て判断していただいた上で、この系統分類の方がわかりやすければ (決定版ではないが) 使っていただいてもよいように思える。
途中の系統で単形属のオニアジサシ、ハシブトアジサシがそれぞれ世界に広く分布しているのが特徴。
この2種は系統的には遠い親戚関係になる (1属にまとめても単系統になるが、あまり似ていないので別属とされているのだろう)。
ハサミアジサシ亜科 Rynchopina は ハサミアジサシ科 Rynchopidae と分離されることもあった。アジサシモドキの和名もあった (コンサイス鳥名事典)。
コシロアジサシは IOC (14.1) ではシロアジサシの亜種。分離後の和名はすでに使われているもの。
シロアジサシの中では最も東方の亜種であったが記録されることがないかどうか (識別対象として考慮が必要か) はわからない。
Thalasseus acuflavidus はサンドイッチアジサシから分離されたものだが和名は見つけられなかった。人名 Cabot の標準的な読み方から与えてみたが北米の種類なので英名が変わるかも知れない。
Sternula balaenarum はアメリカコアジサシから分離されたもので eBird などではマダラアジサシと出るがダマラアジサシの和名は以前より使われており (コンサイス鳥名事典では別種扱い) 誤記だろう。
Thalasseus albididorsalis はアメリカオオアジサシから分離されたものだが和名はすでにあったものを使った。
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キョクアジサシ
- 学名:Sterna paradisaea (ステルナ パラディーサエア) 楽園のアジサシ
- 属名:sterna Stern, Stearn or Starn ハシグロクロハラアジサシ (古英語)
- 種小名:paradisaea (adj) 楽園の (paradisa -ae (f) 楽園 -a 女性形の形容詞に)
- 英名:Arctic Tern
- 備考:
sterna は#アジサシ参照。
paradisaea は paradisus の i が長母音。語末は母音が3つあるので最初にアクセントになる (パラディーサエア)。形容詞の形は paradiseus が普通だが学名で使われる形容詞らしい。
現在の学名で使われるものは2例しかなく、もう1例はホウオウジャク Vidua paradisaea (Linnaeus, 1758) Eastern Paradise-Whydah。
キョクアジサシも Pontoppidan (1763) といずれも古い用例。
Linnaeus (1758) はカワリサンコウチョウでは paradisi、カザリオウチュウ には paradiseus (Linnaeus 1766) を用いるなど paradisaea の用例はむしろ例外的な綴りを使ってしまったものかも知れない。意味は疑いないがラテン語造語の経緯があまりはっきりしない。
paradis- の i を長母音とするのはドイツ語でも Paradies と伸ばすなど他言語にもみられわかりやすい。
学名は Sterna arctica Temminck, 1820 の方がよく知られていて、Sterna paradisaea Bruennich, 1764 の学名が先に付けられていたことがその後判明したものと推定できる。
Hartert (1910-1922) p. 1704、Dement'ev and Gladkov (1951) では Sterna paradisaea Bruennich を用いている。
このころには Pontoppidan (1763) の用例がさらに早いことが判明したものと推定できる。
Hartert の用いたドイツ語名は Kuestenseeschwalbe (海岸の海のツバメ)。
Sterna arctica をそのまま英訳したものが Arctic Tern になる。この学名と英名を含む 図版例 ("The Birds of Europe" Gould 他 1837)。
多言語名でも "北の", "北極の" を用いているものが多く、この学名や英名が広く使われたものがそのまま残っていると考えられる。
OED によれば Arctic Tern の最初の用例は 1824 年で当時の学名 Sterna Arctica と併記され、学名由来であることがわかる。
北極海から南極海に渡ることが早い時期に明らかになって "Arctic" の表現はおそらくふさわしくないとしてロシア語名では和名と同じ "キョクアジサシ" の意味となっている。Dement'ev and Gladkov (1951) にも "arctic" に相当する別名の記載がないのでおそらく早い時期から "キョクアジサシ" だったと想像される。ロシアでの地域名などは別に記述がある。
和名は独自命名なのか、それともロシア語または別言語の影響を受けた (? 不明)。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば Sterna macrura antistropha Reichenow, 1904 の名称があったとのこと (antistropha Gk 対応する、反対のなどの意味)。資料 によれば南極大陸沿岸に生息し、北半球のものの対応種のようにみなしていた模様。
Dement'ev and Gladkov (1951) によればそのため両極に分布する種で北と南が亜種の関係にあると考えられていたことがあったが、キョクアジサシは南極大陸では繁殖しないことが 1934 年に報告され、現代の名前でナンキョクアジサシ Sterna vittata Antarctic Tern の南の個体群を誤認したと結論している。
アジサシ類の一般名を整理するにあたって、北極と南極の対応種でないことを明らかにする意図があったためあえて北極に対応する名称を避けたのかも知れない。
ここで使われている学名 Sterna macrura Naumann, 1819 (尾の大きなアジサシ) はキョクアジサシの学名としてかなり長く使われており 1942 年の用例もある
[参考 Bullough (1942) Observations On The Colonies Of The Arctic Tern (Sterna Macrura Naumann) On The Fame Islands]。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) にもこの学名が使用されていた。解説によれば BOU の名称をそのまま使用しているとのことで、少なくとも 1966 年段階でもこの学名が使われていたよう。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではすでに現代の学名を用いられていたのですでにわかっていたはず。分類学者 (あるいは各国のチェックリスト) の間でもまだ見解の相違があったのかも知れない。
日本で使われた学名にも結構最近まで登場していたかも知れない。
Sterna paradisaea Bruennich, 1764 の用例が認識される前は Temminck (1820) よりも Naumann (1819) の方が早いのでこの学名に先取権があると考えられていた模様。
すなわち現在使われる学名は比較的新しく確定したもので分類学者次第で過去に複数回変わっている。
日本でキョクアジサシが記録されたのは後の時代で、その間に両極を結ぶ渡りの方が有名になったためにこれらの学名や英名の影響を受けにくかったのかも知れない。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。単形種。
佐々木他 (2004) 静岡県富士川河口のキョクアジサシ。
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クロハラアジサシ
- 学名:Chlidonias hybrida (クリドニアス ヒュブリダ) 雑種のツバメのような鳥
- 属名:chlidonias khelidonios ツバメのような (Gk) の短縮形 < khelidon ツバメ (Gk)
- 種小名:hybrida 動物の雑種 (f)
- 英名:Whiskered Tern
- 備考:
chlidonias は#ハシグロクロハラアジサシ参照。
hybrida は短母音のみでアクセントは冒頭 (ヒュブリダ)。
3亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 hybrida とされる。
[亜種の問題]
Dement'ev and Gladkov (1951) では中国などユーラシア東部の亜種は swinhoei Mathews, 1912 (原記載、Foochow/Fuzhou 中国福建省福州市。のどがほとんど白く翼は短いとのこと) とされたが現在の多くのリストでは基亜種のシノニムとされる。
ユーラシア東部の個体群は隔離分布となっており、大陸の東西で別亜種として紹介している記述もあるのでヨーロッパのものと違いがあるか気にしておいてよさそうである。
亜種 javanicus Horsfield, 1821 (原記載)
も記載によって分布が異なる。Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" ではシベリアで2亜種が観察され、基亜種に比べて javanicus はより小型で色が淡いとある。
この記載を見るとロシアでは極東付近の個体を javanicus と考えているようである。
Glushchenko et al. (2016) "Ptitsy Primorskogo Kraya: Kratkij Faunisticheskij Obzor" でも沿海地方で記録される個体を javanicus としている。
swinhoei を淡色グループ (Dement'ev and Gladkov 1951) としてこの亜種に含めたものかも知れない。
分布の離れたヨーロッパの基亜種とシノニムと考えるか、ユーラシア東部は別にまとめるか見解が分かれる部分かも知れない。
Dayton et al. (2017)
Genetic Diversity and Population Structure of the Eurasian Whiskered Tern (Chlidonias hybrida hybrida), a Species Exhibiting Range Expansion
ではヨーロッパの東西は遺伝的にも差のある個体群で渡り経路や越冬地も別とのこと。それ以上広い地域の遺伝的違いは調べられていない。
チェックリストの亜種分布だけに頼らず亜種を気にしておいてよいのだろう。
[種小名の問題]
種小名はハジロクロハラアジサシ (?) とアジサシの雑種と考えられたため (情報は wikipedia 英語版。The Helm Dictionary of Scientific Bird Names より)。原記載。基産地はボルガ川南部。
原記載では St. fidipede とあり、Sterna fissipes Linnaeus, 1766 = 現在のハシグロクロハラアジサシ と Sterna fissipes Pallas, 1811 = 現在のハジロクロハラアジサシ のいずれの可能性もあるが (The Key to Scientific Names)、同じ Pallas の記載によるものなので後者らしい。
夏羽の頭頂の黒さが (おそらくハジロクロハラアジサシに比べて) アジサシに似ているとのこと。
いずれにしても色彩が現在の Chlidonias 属と Sterna 属の中間的であること意味したものらしく、形態の違いは無視している (Gould 1873) Hydrochelidon leucopareia Whiskered Tern。
Gould はこんなに明らかに違うものをなぜ Pallas が "雑種" と名付けたか理解に苦しむとしている。その上でこれは適切な名前でないので Gould は別学名 (Hydrochelidon leucopareia。この学名も文献にしばしば現れる) を提案している。
また "sea tern" ではなく "marsh tern" に属することは一目瞭然と記している。
調べて行くうちにクロハラアジサシの和名は学名由来ではないかと思えてきた。marsh terns のうち、現在は#ハシグロクロハラアジサシ 記載時学名 Sterna nigra Linnaeus, 1758 の記載が最も早く学名から現在でも 同じ意味の Black Tern が英名となっている。
ハジロクロハラアジサシとハシグロクロハラアジサシが同種とされていた時代はハシグロクロハラアジサシが基亜種となっていたので最も普通の種類に Black Tern を与えるのは妥当だったのだろう。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にはこれらの種に相当するものが見あらたらないが、クロアジサシはすでに名前が付いていたので、Pallas により雑種の相手と考えられた種の学名を考慮し、その後新しく名前を付ける際に区別するためクロハラアジサシが用いられたのではないだろうか。
英名には亜種時代の名称が十分残っており、ハジロクロハラアジサシの過去の英名は White-winged Black Tern だった。この英名はもちろん (亜) 種小名の leucopterus に由来で、和名も英名および学名からと推定される。
ハシグロクロハラアジサシは日本ではまれな種類でおそらく後に確認されたもので、基亜種であっても同種時代にクロハラアジサシの和名を用いたためにこちらの和名に修飾を加えることになったのでは。
英名の Whiskered Tern も学名別名由来の可能性がある。Hydrochelidon leucopareia の学名が広く使われており、この学名と一緒に Whiskered Tern の英名が記載されている。leucopareia は leukos 白 pareion 頬 (Gk) で頬の白色部を whiskered と表現した可能性がある。
Pallas の hybrida とどちらに先取権があるかも自明でなかったようで BOU (1915) は Pallas の学名はタイトルページに 1811 年とあるが実際には 1827 年まで出版されず、1820 年に使われた leucopareia の方に先取権があると認定した。
Hartert (1910-1922) p. 1686 でも Hydrochelidon leucopareia が早いと認定 (Pallas は 1827 年と判定) Weissbaetige Seeschwalbe で "白いひげのあるアジサシ" で英名と同じ。Whiskered Tern もすでに紹介されていた。
その後の Wood (1931) の研究で Pallas の死去 (1811) 直後に文章は出版され、図版は 1834-1842 年に出版されたと判明した (The Key to Scientific Names の leucopareia の項目)。現在では Pallas の記述が早いと考えられ hybrida が使われているが、leucopareia は英名に影響を与えた可能性がある。"雑種" はいかにも通称として与えにくい。
Chlidonias 4種は marsh terns (沼アジサシ) と総称される。
wikipedia 英語版 (Marsh tern) によれば、これら4種の種小名は男性形が通常用いられるが、クロハラアジサシに限って hybrida が元の属時代の形 (Sterna hybrida Pallas, 1811) でそのまま使われることが多いとのこと。Chlidonias hybridus の学名も使われている。
hybridus (Wiktionary) によれば通常の性変化をする形容詞となっている。
Tachyspiza nanus での議論 (#ツミの備考) を見ると hybrida は名詞を意図して使われたものと判定されたものと想定される。
不変化が採用されていることから種小名の語義は形容詞の女性形ではなく女性名詞の hybrida を採用した。
現在使われている学名の中では形容詞と判定できる hybridus が用いられているものは亜種に使われる2例のみ (Tanygnathus lucionensis hybridus と Colluricincla obscura hybridus) で、後者は女性属名にもかかわらず hybrida と変化させていない。
記載時学名が Pinarolestes megarhynchus hybridus であったため生じた末尾で Colluricincla 属に変更になった際に Clements 5th edition (incl. 2005 revisions) までは hybrida と変化させていたがそれ以降は hybridus としている。Howard and Moore 2nd edition までも同様で 3rd edition で hybridus となっている。
おそらくこの間に hybrida, hybridus は変化させないことになったのだろうと推定する (未確認)。
[和名の由来?]
さらに調べてわかったのは Sterna melanogaster Horsfield, 1824 (参考) と Temminck が "クロハラアジサシ" を意味する学名を用いていた。
この記述によれば Sterna javanica Horsfield, 1821 (参考) (ジャワ島のアジサシ) の記載があったがクロハラアジサシと同定されたよう。これに代わる学名とのこと。
当時は Pallas の記載も知られていなかった可能性もあり別個に記載されても不思議ではない。また Pallas の出版物の年代が決められたのも最近のことでこれらの学名に先取権があった時代も続いていたものと想像できる。
Temminck 自身の 記載 Sterna melanogaster Temminck, 1827 (参考) 基産地は Ceylon, Java, littoral India。フランス語名も Hirondelle de mer a ventre noir とクロハラアジサシに相当する名称が与えられていた。
これらを見るとクロハラアジサシの和名は Temminck の学名またはフランス語名由来がもっともらしい印象を受ける。
現在では Temminck のこの記載は インドアジサシ Sterna acuticauda Black-bellied Tern (この英名に学名が残っている) のシノニムとされるようで現在のクロハラアジサシのシノニムを探しても出てこない。しかし歴史的にはクロハラアジサシと同定されていた時期があった。
インドアジサシの方は Sterna acuticauda Gray, 1831 (原記載) とこちらが早いために Temminck の学名は使われなくなったよう。この図版では Javan Tern とともに Brown-bellied Tern の名称でインドアジサシが挙げられているが、Temminck の学名がそれなりに長く用いられて英名に使われていた模様。
実際に Peters' Check-list of the Birds も 2nd edition まで Sterna melanogaster の学名を用いていた。wikipedia 英語版でもクロハラアジサシに似て見えることがあると書かれており混同されていたことがあってもおかしくない (同種とされたことがあったかどうかは見つけられなかった。19 世紀にはあったのかも知れない)。
[識別の情報]
Marsh terns は日本語でも沼アジサシ (ヌマアジサシ) 類と総称され、特に非繁殖羽や幼羽の識別がしばしば話題になる。独断と偏見の識別講座 第29回 Marsh Terns <ヌマアジサシ類> (波多野邦彦) 参照。
海外記事では Andy Stoddart Marsh tern photo ID guide (2018)。
Gould (1873) では Rev. Mr. Tristam (1860) の北アフリカでの採集の際の記録としてクロハラアジサシとハシグロクロハラアジサシは声で簡単にわかる。クロハラアジサシの方が声が鋭くなくより速く反復するとの情報を引用している。
「鳥630図鑑」ではクロハラアジサシはハジロクロハラアジサシより濁った声で鳴くとある。いろいろな種類の声を出すので一概に言えないかも知れないが音声にも注目していただくとよいだろう。
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ハジロクロハラアジサシ
- 学名:Chlidonias leucopterus (クリドニアス レウコプテルス) 白い翼のツバメのような鳥
- 属名:chlidonias khelidonios ツバメのような (Gk) の短縮形 < khelidon ツバメ (Gk)
- 種小名:leucopterus (合) 白い翼の (leuko- (接頭辞) 白い pteron 翼 Gk)
- 英名:White-winged Black Tern, IOC: White-winged Tern
- 備考:
chlidonias は#ハシグロクロハラアジサシ参照。
leucopterus は外来語由来の合成語のため発音はよくわからないが、起源となったギリシャ語は短母音のみのため長母音は現れないと考えられる。-co- がアクセント音節と考えられる (レウコプテルス)。
#クロハラアジサシの和名由来が同項目の考察通りであれば、ハジロクロハラアジサシは種小名または英名から記述的に追加する形で作られた和名のように思える。
単形種。
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ハシグロクロハラアジサシ
- 学名:Chlidonias niger (クリドニアス ニゲル) 黒いツバメのような鳥
- 属名:chlidonias khelidonios ツバメのような (Gk) の短縮形 < khelidon ツバメ (Gk)
- 種小名:niger (adj) 黒い
- 英名:Black Tern
- 備考:
chlidonias 外来語由来の短縮語で発音はわからないが、ギリシャ語の khelidonios には長母音が現れないのでおそらく短母音のみと考えられる。-do(n)- がアクセント音節と考えられる (クリドニアス)。ツバメの khelidon の o は長母音だが khelidonos の形では短母音となっている。語尾を付ける際に短音に変換されたものと想像される。
khelidonios から最初の e が落ちた理由は後趾が欠けていたためらしい (#ミフウズラ参照)。以上 The Key to Scientific Names の解説から。
短くする意図を持って造語された学名なので長母音を含めないのがよいだろう。
niger は短母音のみ (ニゲル)。Niger (国名) の日本語読みのように語末は伸ばさない。この形容詞の女性形は nigra でナベコウやヨーロッパクロガモなどに現れる。この語形も同様に短く読む。
[属名の問題]
Hydrochelidon は Boie (1822 年 5 月) の与えた属名で hydro 水 khelidon ツバメ (Gk)。ハシグロクロハラアジサシと当時の学名で Hydrochelidon leucoptera の2種を含んでいたが Gray (1841) がハシグロクロハラアジサシをタイプ種と判定した。Chlidonias 属 (Rafinesque 1822 年 2 月) の方がわずかに早く属名シノニムとなった。
Hartert (1910-1922) p. 1682 はこの点を承知していたが、Chlidonias melanops を唯一の種として命名された属だったために種同定の問題があること、Chlidonia (外肛動物) の属名の用例がすでにあるために preoccupied の可能性があり、Hartert はより確実な Hydrochelidon 属を用いたとのこと。
Chlidonia と Chlidonias は別物との判定がなされなければ現在でも Hydrochelidon の属名が用いられていたかも知れない。
Chlidonias 属もハシグロクロハラアジサシを指すものと判定されタイプ種となった (一部 The Key to Scientific Names より)。
[亜種]
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは基亜種 niger 亜種ハシグロクロハラアジサシ と surinamensis (スリナムの) アメリカハシグロクロハラアジサシとされる。
surinamensis の 原記載 (Gmelin, 1789)。別名 Surinam Tern (Latham)。
"Hirondelle de mer grande espece" (Fermin 1769) (The Key to Scientific Names)。
過去に用いられた学名には "ハシグロ" に相当するものが見当たらないので、クロハラアジサシの和名が確立した後に作られた和名であろうか。日本産亜種のシノニムには Sterna melanops Rafinesque, 1822 (参考) があって多少近いが嘴を直接指したものではない。
初野 (2003) Birder 17(10): 102-103 東京湾におけるアメリカハシグロクロハラアジサシの観察 (2000.7.9 の記録。erect-posture display, courtship feeding が記録されている)。
梅垣 (2020) Birder 34(5): 48-51 に亜種の識別が述べられている。東日本はアメリカハシグロクロハラアジサシが中心か?
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES トウゾクカモメ科 STERCORARIIDAE ▽
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オオトウゾクカモメ
- 学名:Stercorarius maccormicki (ステルロラーリウス マックコルミクキ) マックコーミックの糞を食べる鳥
- 属名:stercorarius (adj) 糞の
- 種小名:maccormicki (属) マックコーミックの Robert McCormick 英国の軍医、探検家
- 英名:South Polar Skua
- 備考:
stercorarius は#クロトウゾクカモメ参照。
maccormicki はラテン語風読みとした。-cor- がアクセント音節と考えられる (マックコルミクキ)。
単形種。
シノニムに Catharacta matsudairae Taka-Tsukasa, 1922 があった (参考)。
この属名はコンドル類の Cathartes と似ているがギリシャ語文字が異なって直接の関係はない (古く関連があったかも知れないが)。
#クロウミツバメが亜種として記載されたのと同じ年。
オオトウゾクカモメの記載時学名は Stercorarius maccormicki Saunders, 1893 (原記載) とだいぶ早く、"matsudairae" は付かなかった。
当時は Great Skua の一種と考えられたことは見て取れる通りで、現在は Great Skua は キタオオトウゾクカモメ Stercorarius skua (こちらの方が例えば英国ではより一般的な種類で本家と言えるが和名は逆になっている) を指すが当時は集合名詞的に扱われていたと想像できる。オオトウゾクカモメ の "オオ" も英名に対応させたものかも。
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トウゾクカモメ
- 学名:Stercorarius pomarinus (ステルコラーリウス ポーマリヌス) 鼻孔の覆われた糞を食べる鳥
- 属名:stercorarius (adj) 糞の
- 種小名:pomarinus (合) poma 覆い (Gk) rhinos 鼻孔 (Gk)
- 英名:Pomarine Skua, IOC: Pomarine Jaeger
- 備考:
stercorarius は#クロトウゾクカモメ参照。
pomarinus は綴りだけからは語構成が明確でないが、Pomarinus 属記載 (Fischer von Waldheim 1803) の Die Oeffnungen der Nasenloecher unter einem Deckel gestellt (両鼻孔が1つの覆いの下にある) に由来すると解釈される (The Key to Scientific Names)。
ギリシャ語由来で poma (ポーマ。覆い) に長母音が含まれる。-rinus は rhis, rhinos (鼻孔) の短縮形と考えられるがこれらは長母音を含まない。po- 以外は短母音とすると -ma- がアクセント音節となる (ポーマリヌス)。
属記載時のドイツ語では Pomarin と呼ばれていた。
IOC 14.2 段階で性だけ違うように見える種小名がアシナガワシ Clanga pomarina Lesser Spotted Eagle に現れるがこちらは地名由来で別語源のよう (#カラフトワシ備考参照)。
トウゾクカモメの記載時学名 Lestris pomarinus Temminck, 1815 基産地 Arctic regions of Europe (Avibase による)。原記載 だが非常に読みにくい。
フランス語名 Stercoraire pomerin。ページ下の方にある Les jeunes de l'annee は1年めの若鳥の記述。属記載の方が古く、属記載の時点では Pomarinus fuscus の名称だった (参考 1, 2)。
種記載として認められなかったか、fuscus はどこにでもある名前なので属統合などで preoccupied となって有効な学名とならなかった可能性がある [過去の学名を見ると Larus 属に入っていたこともあったようで、この場合はもちろん(ニシ)セグロカモメの用例がある]。
Temminck (1815) が新属を用いて命名した Lestris pomarinus が有効な初記載となったものと想像できる。
属名あるいは当時使われていた通称をそのまま用いているため種小名の意味は特に触れられていないと想像できる。Temminck による Lestris の 属記載。
lestris は女性の盗賊 (Gk, The Key to Scientific Names)。
もっともアシナガワシの方の地名は "海のそば" の意味由来で、必ずしも語源の明確でないトウゾクカモメも "海のそば" の可能性はないのかと思ってしまう。
単形種。skua がイギリス英語、jaeger がアメリカ英語の呼び方。skua は キタオオトウゾクカモメ Stercorarius skua 英名 Great Skua のフェロー語での名称 skugvur に由来。
jaeger (イエイガー) はドイツ語 Jaeger (狩るもの) に由来し、英名の発音もドイツ語に近いものになっている。ちなみにドイツ語で jagen (ヤーゲン) 狩る、Jagd (ヤークト) 狩り。
トウゾクカモメの総称としてドイツ語で Raubmoewen ラウプメーヴェン 略奪カモメ (総称なので複数形。日本語名称とほぼ同じ意味) と呼ばれるが、個々の種についてはこの単語も skua も使われていて統一されているわけではないようである。
ドイツ語 Raub- は Raubvogel (ラウプフォーゲル) 猛禽 のような使い方がされるが、タカ類を指す猛禽類のドイツ語名は Greifvogel (グライフフォーゲル、いずれも単数形を挙げた) の方が一般的。greifen (掴む) に由来するが、ワシの頭をライオンの体を持つ伝説の怪獣グリフォンもドイツ語では Greif なので、語から受ける印象はこちらの方がずっと良いのだろう。
またトウゾクカモメは「掴む」ことはできないので Greif- とは呼べないだろうし、どちらにも Raub- を使うよりも使い分ける方がそれぞれの習性をより反映できるということだろう。
これも水鳥の系統的制約の現れで、本格的な猛禽類の登場は近代的な陸鳥の進化を待つ必要があったことを意味するのかも知れない (#ミサゴの備考参照)。
主に労働寄生 (kleptoparasitism, cleptoparasitism) を行うグループの典型例とされる (#トビの備考参照)。
Young Guns (2014) Birder 28(5): 48-50 にトウゾクカモメ、クロトウゾクカモメ、シロハラトウゾクカモメの識別についての記事がある。
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クロトウゾクカモメ
- 学名:Stercorarius parasiticus (ステルコラーリウス パラスィーティクス) 寄食性の糞を食べる鳥
- 属名:stercorarius (adj) 糞の
- 種小名:parasiticus (adj) 寄食性の
- 英名:Arctic Skua, IOC: Parasitic Jaeger
- 備考:
stercorarius は stercus, stercoris ともに短母音のみ。形容詞を作る -arius は冒頭が長母音でアクセントもある (ステルコラーリウス)。
日本語にすると Larus の発音に似るが無関係で r と l の音も違う。
属名の由来は他の鳥を襲って吐き出させたものを食べる習性があるが、糞を食べていると誤解されていた。以前は Dung-hunter と呼ばれていた。
parasiticus は1つめの i が長母音でアクセントもある (パラスィーティクス)。英語の parasitic (托卵性などに使われる形容詞) も -si- が短母音だがアクセントがある。ご存じのように名詞の parasite の発音は異なる。英語の発音規則の難しいところ。
parasiticus の語源はギリシャ語で para (脇に) sitos (スィートス。食物) で長音の由来となっている。
英名の Parasitic Jaeger は学名と同じ意味でこれはアメリカ英語。Arctic Skua がイギリス英語。
学名シノニムが多数あり、Arctic Skua の由来となったと想像できるのは Lestris arctica Dubois, 1860。
単形種。Stercorarius のタイプ種。
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シロハラトウゾクカモメ
- 学名:Stercorarius longicaudus (ステルコラーリウス ロンギカウドゥス) 長い尾の糞を食べる鳥
- 属名:stercorarius (adj) 糞の
- 種小名:longicaudus (adj) 長い尾の (longus (adj) 長い caudus (m) 尾)
- 英名:Long-tailed Jaeger
- 備考:
stercorarius は#クロトウゾクカモメ参照。
longicaudus は短母音のみで -ca- にアクセントがある (ロンギカウドゥス)。
2亜種あり (IOC)。日本で記録されるものは pallescens (淡い色の) とされる。
△ チドリ目 CHARADRIIFORMES ウミスズメ科 ALCIDAE ▽
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ヒメウミスズメ
- 学名:Alle alle (アルレー アルレー) アレーと鳴く鳥 (誤命名)
- 属名:alle サーミ語 (スカンジナビア半島、および、ロシアのコラ半島に住む先住民、サーミ人が使用する言語。古くはラップ語の名でも呼ばれていたが、現在この呼称が用いられることはほとんどない) によるコオリガモの鳴き声から。コオリガモとヒメウミスズメの冬羽を混同して命名された。
- 種小名:alle (トートニム)
- 英名:Little Auk
- 備考:
alle は The Key to Scientific Names によれば e が長音。ラテン語ではここにはアクセントは置けないので "アルレー" となる。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。Alca alle Linnaeus, 1758 と命名されたもので、alle は種小名で使用されたもの。系統解析の結果単形属の Alle 属として分離された。2亜種あり (IOC)、日本で記録されるものは亜種不明とされる。
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ハシブトウミガラス
- 学名:Uria lomvia (ウリア ロムウィア) ウミガラス
- 属名:ouria Athenaeus が記載した水鳥の一種 (Gk)
- 種小名:lomvia (外) ウミガラス (lomvia ウミガラスまたは潜るもの スウェーデン語)
- 英名:Brunnich's Guillemot, IOC: Thick-billed Murre
- 備考:
uria は#ウミガラス参照。
lomvia は外来語のため発音はよくわからないが、アクセントは冒頭と考えられる (ロムウィア)。
デンマーク語 lomvie の起源となるフェロー語 (Faroese) でもアクセントは冒頭で短母音なのでこの発音でよいと思われる。
4亜種が認められている (IOC)。日本で記録されるものは亜種 arra [Pallas (1811) によればカムチャツカでウミガラス類を指す地方名 Ahr'-rah から (The Key to Scientific Names)]。
Guillemot がイギリス英語、Murre がアメリカ英語での呼び方。いずれも William の人名から導かれたフランス語に由来するとされる (フランス語の対応する人名 Guillaume、現在のフランス語での鳥の名前は Guillemot) (wikipedia 英語版)。
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ウミガラス
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オオハシウミガラス (第8版で検討種)
- 学名:Alca torda (アルカ トルダ) オオハシウミガラス
- 属名:alca (外) 古ノルド語 Alk, Alka オオハシウミガラス)
- 種小名:torda (外) tord オオハシウミガラス スウェーデンのゴットランド方言。スウェーデン本土では tordmule または turmule と呼ばれていたが、Linnaeus が 1741 年ゴットランド島で採集したため (The Key to Scientific Names
- 英名:Razorbill
- 備考:
alca は外来語のため発音はよくわからないが、短母音とすれば "アルカ"。
torda は外来語のため発音はよくわからないが、短母音とすれば "トルダ"。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で検討種に移動。単形属。2亜種があり、日本で記録されたものは islandica (アイスランドの) とされていた。
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ウミバト
- 学名:Cepphus columba (ケププス コルムバ) ハトを思わせるウミスズメ
- 属名:cepphus kepphos アリストテレス他が記述した淡色の水鳥の一種で現在どの鳥かは不明
- 種小名:columba (外) Klumba ウミスズメ(類) アイスランド語 および columba (f) ハト < ギリシャ語 kolumbao 潜る、(水に) 突っ込む、泳ぐ (wiktionary)
- 英名:Pigeon Guillemot
- 備考:
cepphus は外来語のため発音はよくわからないが、起源となるギリシャ語は短母音なので長母音は現れないと考えられる (ケププス)。
columba は短母音のみで -lum- がアクセント音節 (コルムバ)。
ラテン語でハトを意味する columba はこれに由来し、ギリシャ語ではもとは海鳥だった [ギリシャ語 kolumbao は潜る、(水に) 突っ込む、泳ぐ。wiktionary]。この意味では "ウミバト" の方がハトの本家とも言える。
#コチョウゲンボウの種小名にもハトの方の意味で登場する。
一方モリバトの種小名の由来となるラテン語でモリバトの palumbes (#オオタカの学名とも関係あり) はイタリア祖語の *palwos < インド・ヨーロッパ祖語の *plH-wo- (暗色の、灰色の) < *pelH- (灰色) で羽色を指すとのこと (wiktionary)。ハト類を表すギリシャ語は多数あり、ハト類の属名には困らなかったようだが columba と palumbes の用例と語源が入り混じっていることを見ておくと面白い。
Pallas (1811) によれば Columba groenlandica Auctorum で、Ray (1678) が Columba Groenlandica (グリーンランドのハトまたはウミガメ) と記述したものはハジロウミバト Cepphus grylle。ハジロウミバトが Cepphus 属のタイプ種。
なぜハトまたはウミガメの名が当てられたかはよくわからない。ウミガメの大きさでハトのように2卵を産む点は共通点はあるが。声が似ているのかも知れない、と記述している。
wikipedia 日本語版にはハトを思わせる容貌の写真が出ている。
5亜種が認められている (IOC)。日本で記録されたものは snowi (英国航海士で狩猟家の Henry James Snow にちなむ) 亜種ウミバト と kaiurka [ロシア語でウミツバメ類を表す kachurka を誤ってウミガラス類に付けたもの (The Key to Scientific Names)] アリューシャンウミバト。
kachurka はポーランド語でカモを指す kaczka 由来と思われるとのこと (Kolyada et al. 2016)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では当時の学名で Uria columba Kurile Is., Hokkaido, Yokohama にウミバト、
Cepphus snowi Kurile Is. にチシマウミバトの和名が与えられていた。
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ケイマフリ
- 学名:Cepphus carbo (ケップス カルボー) 炭のように黒い水鳥
- 属名:cepphus kepphos アリストテレス他が記述した淡色の水鳥の一種で現在どの鳥かは不明
- 種小名:carbo (m) 炭
- 英名:Spectacled Guillemot
- 備考:
cepphus は#ウミバト参照。
carbo は語末が長母音 (カルボー)。短く読んでもよい。
単形種。
ウミバトと遺伝的距離が近い (#カルガモ の備考参照)。
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マダラウミスズメ
- 学名:Brachyramphus perdix (ブラキュラムプス ペルディークス) ヤマウズラのような短い嘴の鳥
- 属名:brachyramphus (合) 短い嘴の (brachy- (接頭辞) 短い ramphos 嘴 Gk)
- 種小名:perdix (m) ヤマウズラ
- 英名:IOC: Long-billed Murrelet
- 備考:
brachyramphus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-ram- がアクセント音節と考えられる (ブラキュラムプス)。
perdix は i が長母音でアクセントは冒頭 (ペルディークス)。起源となるギリシャ語でも同様に発音されていた。
1998 年まで アメリカマダラウミスズメ Brachyramphus marmoratus 英名 Marbled Murrelet の亜種とされていた。分子遺伝学研究で分離された (wikipedia 英語版)。旧英名 Marbled Murrelet はその時代のもの。少し古い図鑑ではこちらの学名・英名で載っている。
英語 Murrelet は Murre の指小語。単形種。
marmoratus は marbled (大理石模様の) の意味。
ウミスズメ類では珍しくコロニーを作って繁殖しない。1961 年に北海道で繁殖が確認された (コンサイス鳥名事典)。
アメリカマダラウミスズメ Brachyramphus marmoratus Marbled Murrelet について、音声を受動的に録音してニューラルネットで判別する生殖調査が紹介されている。
Duarte et al. (2024) Passive acoustic monitoring and convolutional neural networks facilitate high-resolution and broadscale monitoring of a threatened species
(英文解説)。
IUCN EN 種。海岸から最大 60 マイル離れた内陸部の成熟した林で繁殖するとある (wikipedia 英語版では 90% は 37マイル = 60 km 以内で最大 47 マイル = 75 km とあるのでやや誇張気味の数字か)。
そのため生息確認が難しいが音声モニタリングで分布を調べることができたという研究。
このぐらい単純なソノグラムならば容易に判別できだろうことは想像しやすい。convolutional neural network と言えばわかる人にはすぐわかるだろうし、声が重なっていても判別できるだろうことも想像できる (スズメ目のさえずりはここまでうまく行かない)。
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ウミスズメ
- 学名:Synthliboramphus antiquus (シュントゥリーボラムプス アンティークウス) 年老いた圧縮された嘴の鳥
- 属名:synthliboramphus (合) 圧縮された嘴の (synthlibo 圧縮する ramphos 嘴 Gk)
- 種小名:antiquus (adj) 古代の、昔の。老人を指す
- 英名:Ancient Murrelet
- 備考:
synthliboramphus は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語で sunthlibo (圧縮する) の動詞は i と語末が長母音。語末の o は動詞語尾のため結合で短母音になる可能性があるが i は長母音のままと思われる。rhamphos は短母音のみ。
全体では -ram- がアクセント音節と考えられる (シュントゥリーボラムプス)。"シュントゥリーボーラムプス" の可能性もある。
長い綴りなので長音を入れた方がむしろ読みやすいかも知れない。その場合はこの位置が根拠もありよい候補になる (シュントゥリーボ.ラムプス と少し分ければギリシャ語の音ともよく対応して語調もよい)。ギリシャ語動詞 thlibo の由来は不明とのこと。
ramphus は現代ギリシャ語でも嘴の意味で使われるが語源はあまり明確でないとのこと。rhemphos (口または鼻) は似ているが関係は確実でない (wiktionary)。
antiquus は i が長母音でアクセントもある (アンティークウス)。
英語の antique もほぼ同じ発音でこの発音で違和感がない。
種小名は夏羽の頭部に白髪状の羽があることに由来 (コンサイス鳥名事典)。Pennant (1785) は "Antient Auk" と名付け、後頸部に白く長い羽がまばらにあって、年老いたように見えると記述している。Latham (1785) も "Antient Auk" とした (The Key to Scientific Names)。
#カンムリウミスズメの Temminck の表の中にカンムリウミスズメの学名に対してフランス語名 Vieillard が使われて老人の意味。種小名語義にはこの意味を与えた。
カンムリウミスズメの項目で Pallas の記したウミスズメのシノニムとされるものは Uria senicula Pallas (参考)。クリルやアリューシャンの島近くに多数。カムチャツカ東部沿岸などと示されている。
記載時学名 Alca antiqua Gmelin, 1789 (原記載) 基産地 West of North America to Kamchatka and the Kurile Islands, i.e. Bering Sea (Avibase による)。
Synthliboramphus は Brandt (1837) が提唱した属 (原記載) で後にウミスズメがタイプ種に指定された (The Key to Scientific Names)。Brandt (1837) は属提案に伴って (#ノスリの備考参照) カンムリウミスズメの学名を Synthliboramphus Temminckii と変更していた。
wumizusume はあまりに発音しにくかったのかも知れない。
2亜種あり、日本で記録されるものは基亜種 antiquus とされる。
近くで聞くことができるとまるでスズメのような声で鳴く。
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カンムリウミスズメ
- 学名:Synthliboramphus wumizusume (シュントゥリーボラムプス ウミズスメ) 圧縮された嘴のウミスズメ
- 属名:synthliboramphus (合) 圧縮された嘴の (synthlibo 圧縮された ramphos 嘴 Gk)
- 種小名:wumizusume (外) ウミスズメ (wumizusume は Temminck による誤記)
- 英名:Crested Murrelet, IOC: Japanese Murrelet
- 備考:
synthliboramphus は#ウミスズメ参照。
wumizusume はそのまま読むしかないがラテン語発音規則から "ウミズスメ" のアクセント位置となる。
単形種。日本野鳥の会が保護活動を行っているように日本近海でしか観察されていない貴重な種類。
天然記念物。絶滅危惧 II 類 (VU)。IUCN 3.1 VU 種。
[学名の話題]
記載時学名は Uria wumizusume Temminck, 1836 (記載)。
この部分ではフランス語名 guillemot wumizusume。
wumizusume は Temminck による誤記と解説される。wikipedia 英語版ではその出典は松田道生 (2001) 蒲谷鶴彦・松田道生「日本野鳥大鑑 鳴き声420」となっているが、
原典は山口隆男 (1994) 日本の鳥類研究におけるシーボルトの貢献 Calanus No. 11 p. 1-150 (熊本大学理学部附属合津臨海実験所) で、「日本野鳥大鑑 鳴き声420」の解説ではオランダ語では s と z の区別が不明瞭であるためと記されている。
wikipedia のオランダ語のページを見ると s と z は現代の標準オランダ語では別の音で、z は一部の方言において [s] として発音されることがあるとのこと。#コゲラの備考で考察のようにフランス語の影響の大きなオランダ語方言かも知れない。z と表記しても s と読んでいた可能性がある。
Wumizusume。Temminck の記載でも huppe (冠) が強調されていて英名の一つの Crested Murrelet (和名と同じ意味) の語源となっているかも知れない。
Uria senicula Pallas, 1811 との比較も述べられていて Pallas の指すものはウミスズメ (この場合シノニムとなる) としている。
senicula は senex, senis 老人の指小形 (The Key to Scientific Names。英訳すると little old woman となっているが属の性に合わせた性別となっている)。
Temminck の記載も朝鮮半島と日本となっており (Avibase の基産地 Shores of Japan and Korea)、現代的な視点では Crested Murrelet の方がふさわしい英名かも知れない。
一方 Nouveau recueil de planches coloriees d'oiseaux... の一覧表では同じ学名に対してフランス語名 Vieillard の名称と Brandt が Synthliboramphus の属名を与えたことが示されている。
vieillard は老人の意味。これはウミスズメの学名や英名に相当するため、カンムリウミスズメとウミスズメに混乱があり、和名のウミスズメを種小名に用いた可能性がある。
上記本文の方では Brandt がウミスズメに Synthliboramphus antiquus を与えたと記述されているのでどこかで混線が生じていたのかも。
Mlikovsky (2012) The dating of Temminck & Schlegel’s Fauna Japonica: Aves, with implications for the nomenclature of birds によれば Temminck and Schlegel (1850) は Uria umisuzume と訂正した学名を出していたが、規則によりこれは無効とのこと。
Temminck も綴りを誤ったことに気づいていたのかも知れない。
[音声]
ネットで公開されている音源はごく最近 (2017) までなかった (把握している範囲で現在3例のみ。日本野鳥の会の音源)。船舶の音に紛れて録音も難しく、録音に適した環境で観察できる方はぜひ録音と海外の公開データベースへの登録を行っていただきだい (日本語の動画ページのみだと海外研究者が気づくのは困難)。
出版物では上田秀雄 (1998) 山渓・鳴声CD「野鳥の声283」(英訳版 283 Wild Birds Songs of Japan も発行: 参照) に収録されている(なおウミスズメは収録されていない)。蒲谷鶴彦・松田道生「日本野鳥大鑑 鳴き声420」(小学館 2001) にも収録されているが波の音も混ざっているとのこと。
ウミスズメは世界にそれなりの音源が存在する。世界の野鳥の音声記録を調査している Shaun Peters によるリストでは、カンムリウミスズメはこの2点の出版物がリストされている。
上田ネイチャーサウンド Ueda Nature Sound ではこの2種とも「収録済 未アップの種」となっている (2025.3 現時点)。
[スクリップスウミスズメ]
カリフォルニア沖のサンタ・バーバラ島でスクリップスウミスズメ Synthliboramphus scrippsi Scripp's Murrelet の主な捕食者がメンフクロウだが、エルニーニョ振動の影響で餌となる固有のネズミ (deer mouse Peromyscus maniculatus elusus) 数が減少し、スクリップスウミスズメの被食が 15 倍に増えたという:
Thomsen et al. (2018) El Nino/Southern Oscillation-driven rainfall pulse amplifies predation by owls on seabirds via apparent competition with mice。
同様にこの固有のネズミが干ばつの影響で餌不足となり、スクリップスウミスズメの卵を捕食するとのこと: Thomsen and Green (2019) Predator-mediated effects of severe drought associated with poor reproductive success of a seabird in a cross-ecosystem cascade。
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ウミオウム
- 学名:Aethia psittacula (アエティア プスィトゥタクラ) 小さなオウムのような海鳥
- 属名:aethia (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:psittacula (f) 小さなオウム (psittacus (m) オウム -ula (指小辞) 小さい)
- 英名:Parakeet Auklet
- 備考:
aethia は#エトロフウミスズメ参照。
古い属名は Cyclorrhynchus で kuklos (輪) rhunkhos (嘴) Gk 由来。特徴ある嘴のウミオウムを指す属名で Kaup (1829) が付けたもの。現在は Aethia 属に含められた。
psittacula はラテン語 psittacus および起源となるギリシャ語の psittakos いずれも短母音のみ。psi- の綴りはギリシャ文字由来。指小辞 -ula も短母音のみ。-ta- がアクセント音節と考えられる (プスィトゥタクラ)。psit-ta-cu-la と分けられるため psit の t を分けているが (本来読み)、tt を t の長音として読む読み方もあるとのこと。
実際上は "プシッタクラ" で問題ないと思われるが (英語読みでは p をおそらく読まないので英語読みというわけでもない) お好みに応じてどうぞ。
オウム病の psittacosis は英語読みでは "スィタコウシス"。
単形種。
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コウミスズメ
- 学名:Aethia pusilla (アエティア プスィルラ) ごく小さい海鳥
- 属名:aethia (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:pusilla (adj) ごく小さい (pusillus)
- 英名:Least Auklet
- 備考:
aethia は#エトロフウミスズメ参照。
pusilla は短母音のみで -sil- がアクセント音節 (プスィルラ)。
単形種。
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シラヒゲウミスズメ
- 学名:Aethia pygmaea (アエティア ピュグマエア) ピグミーの海鳥
- 属名:aethia (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:pygmaea (adj) ピグマエイーの (伝説の小人族 pygmaeus)
- 英名:Whiskered Auklet
- 備考:
aethia は#エトロフウミスズメ参照。
pygmaea は -ma- がアクセント音節になる (ピュグマエア)。
#ヘラシギ では原記載の綴りが異なっておりややこしい問題となった。
単形種。
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エトロフウミスズメ
- 学名:Aethia cristatella (アエティア クリスターテルラ) 小さな冠羽のある海鳥
- 属名:aethia (合) 海鳥 (aithuia 海鳥 Gk)
- 種小名:cristatella (adj) 小さな冠羽のある (cristatus (adj) トサカのある -ella (指小辞) 小さい)
- 英名:Crested Auklet
- 備考:
aethia は起源となるギリシャ語 aithuia は "アイテューア" が元来の読み方で、短縮された読み方でも "エテュア" とアクセントは冒頭。
アクセント位置を重視するか長音を採用するか次第だが "アエティア" または "アエティーア" と考えられる。ここでは前者を採用しておくがどちらも根拠があるのでどちらでもよいと思われる。
cristatella は cristatus の a が長母音で指小辞 -ella は短母音。-tel- がアクセント音節と考えられる (クリスターテルラ)。
記載時学名 Alca cristatella Pallas, 1769 (原記載)。基産地北海道からカムチャツカ。英名と学名はよく対応する。
単形種。Aethia 属のタイプ種。
長谷 (1997) Birder 11(7): 46-54 に油流出事故に遭ったエトロフウミスズメの保護・飼育日記がある。
[においを用いたディスプレイ]
においによるコミュニケーションをとる鳥として非常に有名。コロニーの近くでは強烈な柑橘のにおいがするという。ウミスズメ、柑橘の香りを出してメス誘う、研究 (ナショナルジオグラフィック)。"ruff-sniff" と呼ばれる首の周りの羽毛のにおいを嗅ぎ合うディスプレイを行う。
Hector D. Douglas III による博士論文 (2006): Odors and ornaments in crested auklets (Aethia cristatella) signals of mate quality?。
Hagelin (2007) The citrus-like scent of crested auklets: Reviewing the evidence for an avian olfactory ornament。
これは当初外部寄生虫やカなどの防御のための化学物質 (体臭) と考えられ、その視点を中心に研究が進められていた: Douglas III et al. (2001)
Heteropteran chemical repellents identified in the citrus odor of a seabird (crested auklet: Aethia cristatella): evolutionary convergence in chemical ecology (当時から配偶者選択に関係するアイデアはあった);
Douglas III et al. (2004) Interspecific differences in Aethia spp. auklet odorants and evidence for chemical defense against ectoparasites;
Douglas III et al. (2005) Chemical odorant of colonial seabird repels mosquitoes。
Hagelin et al. (2003) A tangerine-scented social odour in a monogamous seabird のような行動的・実験的証拠から配偶者選択に用いられていることが明らかになってきた(論文中に "ruff sniff" の首の周りの羽毛のにおいを嗅ぎ合う不思議なディスプレイの写真が示されている。集団でもディスプレイを行う。この部位が最も臭気が強いそうである)。
Douglas III (2013) Colonial seabird's paralytic perfume slows lice down: an opportunity for parasite-mediated selection? はさらにその臭気が外部寄生虫防御に役立つことを介して配偶者選択に有益であろうとの仮説を提唱している。
Weldon and Rappole (1997) (#フルマカモメの備考参照) も文献上臭気のある鳥に含めている。
[鳥類の嗅覚]
「鳥たちの驚異的な感覚世界」は比較的新しい本であるにもかかわらず、この面白い話がなぜか記載されていない。代わりに従来は鳥が嗅覚が劣っているが一部の鳥は餌探しに嗅覚を用いていることが判明した経緯などが記されている。古典的には脳の中の嗅球と言われる部分の大きさが嗅覚に関係があることは知られていた。
遺伝子解析が主流となった現代では嗅覚受容体 (olfactory receptor; OR) の遺伝子数を目安とすることが多い。この遺伝子グループは起源が非常に古く、鳥類や哺乳類の獲得免疫のメカニズムとは違って1つの嗅覚受容体が1つの遺伝子に対応するため嗅覚受容体遺伝子数の多い生物ではゲノムのかなりの割合を占める
(例えばヒトで 396 個で、機能しない偽遺伝子を含めると 821 個でゲノム中の全遺伝子の 4-5% を占めているそうである: wikipedia 日本語版より)。この数字は鳥類の嗅覚の話を読む時に参考になるだろう。
#ハチクマの備考に出てくる論文によれば (偽遺伝子を除いて) キンカチョウのようにヒトに近い数の嗅覚受容体遺伝子数を持つものもある。
ハチクマでは偽遺伝子を含めると 283 個で一部調べられた範囲の遺伝子のうち 81.5% が機能していた。ヒトよりは多少劣りそうだがそこそこの嗅覚を持ってそうである。
イヌワシでは偽遺伝子を含めて 57 個とあまり嗅覚を使っていないらしいことがわかる [Policarpo et al. (2024) の研究でだいぶ増えた]。さらに興味ある方はこの文献の引用文献などを見られるとよい。
一般に水鳥は嗅覚受容体遺伝子数が後に進化したタイプの陸鳥より多く、より嗅覚に頼った生活をしていることが想像できる。鳥がどんなにおいの世界を感じているか想像しながら観察するのも面白いであろう。
Policarpo et al. (2024) Diversity and evolution of the vertebrate chemoreceptor gene repertoire
に 2022 年段階の公開ゲノムデータを用いた新しい研究が出ていた。鳥類の甘み感覚などの研究で有名な Baldwin のグループによる。
全脊椎動物を扱い、さまざまな化学受容体を扱っているので膨大な資料があるが、嗅覚遺伝子数については Source Data に個々の種のデータが含まれている。
これにはハチクマはまだ含まれていないが complete OR (完全な OR 遺伝子数) で見ると、オオタカ 275、ハイタカ 46、イヌワシ 119、ソウゲンワシ 57、ノスリ (なぜかヨーロッパでなく日本と同種のノスリ) 49、ハヤブサ 154、シロハヤブサ 60 などとなっていた。近い系統で数がだいぶ違うので個々の種を議論する場合はゲノム精度次第の感じもある。
10 程度の OR 遺伝子数 の低いものも多数あるが、これらはゲノムの精度が低いのだろうと想像する。
オオタカの精度がおそらく高く多くの遺伝子が検出されているのだろう。ハチクマが特に多いとは言えないかも。カリフォルニアコンドルも 183 と特に多いわけではない。
カナダガン 678、オオバン 717 などが多いのはわかるが、ムラサキツバメが 1087 など今ひとつ意味がわからないものもある。ゲノム精度次第かも知れない。
エトロフウミスズメや Aethia 属は含まれていなかった。
Zhou et al. (2019) Comparative genomics sheds light on the predatory lifestyle of accipitrids and owls
の先行研究があって、この研究では昼行性猛禽類は紫外線に晒されるので DNA 修復に関係する遺伝子が正の選択を受けているはずとの動機でゲノムを調べたもので、XRCC5 遺伝子にタカ類固有の変異があるとのこと。嗅覚や味覚の情報が副産物で得られて猛禽類の嗅覚はこれまで考えられていたほど鈍くないことを示していた。
また苦味受容体の TAS2R の偽遺伝子化はなく、草食種ほどではないかも知れないが苦味を情報として用いていることがわかる。ミナミツミとコノハズクのゲノムの初の解読とのこと。
#メジロの備考 [鳥類の嗅覚] にタカ類の苦味受容体の研究が含まれている。新世界ハゲワシ類は苦味に鈍感らしいとのこと。
[Policarpo et al. (2024) に戻る] カメ類、ワニ類、鳥類は鋤鼻器 (vomeronasal organ 別名ヤコブソン器官 Jacobson's organ) を完全に持たないか存在するか議論されている段階だが、フェロモンに関係する V1R, V2R 遺伝子はこれらの系統でほとんど失われていた。形態的知見と遺伝子がよく一致していた。
予想に反して V1R が完全に失われていない鳥もあったとのことだが遺伝子にかかる選択圧は弱く、大した役割はなくて偶然残ったものと考えられるとのこと。「鳥はフェロモンを持たない」はおおむね正しそう。
「鳥のフェロモン」の研究の歴史などの総説は Caro and Balthazart (2010) Pheromones in birds: myth or reality? を参照。
ワニは甘み受容体 (T1R2) を持っているのに鳥類では失われた。一部の系統の甘み感覚は別の受容体の機能を変えることで獲得したもの。
鳥類が他の脊椎動物に比べて嗅覚を含めた化学知覚を比較的失っている傾向は読み取れる。
適応的意義を考えるならば飛翔中は嗅覚などの化学知覚が比較的役に立たないため、とも理解できそうだが、化学知覚は進化が進むにつれて失われる傾向が強く、遺伝子重複で新たに得られるのは脊椎動物の進化の初期段階に限られた。
化学知覚は 1遺伝子 = 1つの知覚 となるため多数の遺伝子が必要で、たとえて言えば古い機械のようなもの。維持コストが高いので必要性が下がれば比較的簡単に失われるのだろう。
視覚や聴覚は少数遺伝子を組み合わせた部品の少ない現代の機械のようなもので、プログラム可能な新しいタイプの知覚と言えそう。こちらは物理知覚である点も異なる。
嗅覚遺伝子は両生類と哺乳類を含むそれ以降の間でかなり失われた (水環境を離れると必要性が大きく下がるのだろう)。爬虫類から鳥類の間でさらに1系統の嗅覚遺伝子が失われた。
このように見ると化学受容体は感覚としては古いもので系統進化とともに次第に失われ、哺乳類が嗅覚や味覚に鋭敏な種類が多いのは古い性質を引き継いでいるためとみると理解しやすい。
鳥類・哺乳類を合わせて高等脊椎動物とまとめるのは少なくとのこの文脈ではふわさしくなさそう。
ヒトがあまり哺乳類らしくないためヒトだけを見ると典型的な哺乳類の特徴がわかりにくい可能性がある。ここでも鳥類とヒトはある程度似たところがある。
Soares et al. (2024a) Volatile organic compounds in preen oil and feathers - a review に鳥類の尾脂腺と羽毛の化学物質についての総説がありこれまでの研究からまとめたリストがあるが、文献検索が十分でないようでアカノドカラカラの研究など載っていない。化学物質一覧などが載っている。
Soares et al. (2024b) Analytical characterization of volatiles present in the whole body odour of zebra finches はキンカチョウ全身から放出される揮発性化学物質を分析したもの。検出された物質のうちにおいのわかるものはどのようなにおい (flavour language) かまで記されている。尾脂腺抽出物との重なりも大きいが全身をサンプルしないと検出されなかったものもある。
アオミズナギドリ Halobaena caerulea Blue Petrel が巣穴に戻るのに嗅覚を役立てているらしい研究: Zidat et al. (2023) Homing and Nest Recognition in Nocturnal Blue Petrels: What Scent May Attract Birds to their Burrows?
古くから嗅覚を利用していることが提唱され、Bonadonna et al. (2004) Recognition of burrow's olfactory signature in blue petrels, Halobaena caerulea: an efficient discrimination mechanism in the dark が実験的に場所を手がかりとしてことを示唆する結果を得ていた。
実際に化学物質を分析してどんな物質が含まれているか調べた。
エトロフウミスズメの wikipedia 英語版には配偶者選択のためのさまざまな信号 (視覚、聴覚、嗅覚) がどのようなメカニズムで進化するかの仮説まで述べて解説してある。これは不自然なほどの信号、例えばクジャクの飾り羽、ニワシドリ類の「あずまや」、サンコウチョウの尾羽などが性選択によってどのように進化したかを考える上でも役立つ一般的なものである。
嗅覚の問題は #オオルリの備考で、[構造色について] から派生して [どの感覚をシグナルに用いるか] に視覚と比較したシグナルの進化や遺伝子進化のことも含めた考察を改めて追加した。
ヒトの嗅覚の脳内メカニズムがある程度明らかになった: Kehl et al. (2024) Single-neuron representations of odours in the human brain 鳥類の場合もよく似ていると考えられるので参考になるだろう。
[信号の進化と性選択]
これに関連した面白い書物があり。Prum (2017) "The Evolution of Beauty: How Darwin's Forgotten Theory of Mate Choice Shapes the Animal World - and Us" で邦訳され、リチャード・プラム著、黒沢令子訳「美の進化」(2020 白揚社) として出版されている。
これはその上記仮説のうち「メスにオスの形質に関する何らかの好みが一旦生ずると、メスの選好性とオスの形質が共進化する」ことを示した (フィッシャーが 1915-1930 年に提唱したもの。#トビの備考 [火を使う猛禽類、森林火災、気候変動] 参照)
という「ランナウェイ過程」に今一度光を当てて生物界のさまざまな現象を統一的に説明しようとする実験的な書物と自分は理解している。
この解釈には理論的問題点があり、進化生物学者 (特に鳥類系統の研究などで有名。#アマツバメの備考参照) である Prum もそれは承知の上で世に出したのであろう。理論的問題点があるとは言え、それもある意味単純化した仮説に過ぎないわけで将来克服される余地はあるのかも知れない。
具体的批判も含めて、内容については The Evolution of Beauty ("shorebird 進化心理学中心の書評など") に非常に詳しい。
この書評から少し引用しておくと「メスの識別コストがわずかでもあるなら、平衡点から進化動態は逆転し装飾と選好性は急速になくなる。ただし装飾に壊れる方向の突然変異バイアスがあれば原点近辺で小さな正の装飾性が残る形で平衡になる」。
「行動・生態の進化」(岩波書店 2006) では p. 161, p. 139 に少し分かれた形で登場する。
出典論文は Pomiankowski (1988) "The evolution of female mate preference for male genetic quality" Oxford Surveys in Evolutionary Biology 5: 136-184 と
Pomiankowski et al. (1991) The Evolution of Costly Mate Preferences I. Fisher and Biased Mutation。
さらに Iwasa and Pomiankowski (1994) The Evolution of Mate Preferences for Multiple Sexual Ornaments
いくつかの信号形質がある場合は最も信頼度の高い、コストの大きな形質が信号として使われることが示されれ、ハンディキャップ理論の一般性を高めることとなった (p. 165)。
進化理論に興味のない方であってもこれら (主に) 鳥類の多様な事例は間違いなく面白いだろう、例えば「なぜ鳥類は祖先恐竜が持っていたはずのペニスを失ったのか (カモなどのペニスは二次的に獲得したらしい)」など。
探鳥会などで「なぜカモはオスが美しいのか」と聞かれることもあるだろう。それに対する一つの仮説または話題を提供していると言えるだろう。このページは鳥類に興味をお持ちの方に一読をおすすめする。
この書評は原書について書かれたものだが、訳書情報 「美の進化」 に同じ著者による和訳版への短い書評がある。プラムの本で言及されているものはいかにもバークヘッドの興味を引きそうなものが含まれているが、博識で「変なもの」好きのバークヘッドがなぜエトロフウミスズメに言及しなかったのか、あるいはプラムの挙げた事例に言及しなかったのか不思議なぐらいである。
あるいはマイコドリ類などは専門家に譲る、他は自身の力量を超えると判断したのだろうか。
このような文脈において、ランナウェイ過程に対する進化仮説として「正直なシグナル」(指標説; 優良遺伝子説、さらに限界に挑むような場合にハンディキャップ説) が有力とされるわけで (上記 "shorebird 進化心理学中心の書評など" を参照)、エトロフウミスズメの説明においても「配偶者候補の質を表す信号として進化したと考える仮説が有力」としておけば多分丸く収まるのだろう。
ただし実験的証拠もあるとは言え、研究者も仮説を裏付けるための実験を行うわけで仮説を裏付ける結果が出た論文が書かれるのは当たり前 (どちらとも言えない結果となった研究は論文になりにくい) で、それは (一般的には) 即座に他の仮説を否定するものではない。
(上記 "shorebird 進化心理学中心の書評など" の脚注にある「プラムは、ハンディキャップシグナルに対してランナウェイ過程は、ちょうど自然淘汰に対する中立説の浮動と似ていて、強い因果的な説明がなくても一般的に生じるもので帰無仮説にふさわしいと主張している」も一応紹介しておこう。
一応抜け道が感じられる上に、プラムのこの本か海外書評では不評な理由もなんとなくわかる気がする。この部分は「独り言」レベルに聞いていただいてよい)。
「羽: 進化が生みだした自然の奇跡」(ソーア・ハンソン著 黒沢令子訳 白揚社 2013。著者はプラムの弟子) にもこのあたりの事情が多少説明されていて、ランナウェイ過程は正直なシグナル/ハンディキャップ説と並列の2大仮説との位置づけ。プラムがランナウェイ過程を気に入っているらしいことは少し想像がつく。
なお日本版「美の進化」的な題材 (鳥による芸術) を扱った本として加藤幸子・浜田剛爾・島田璃里・樋口広芳「鳥たちのふしぎ・不思議」(1993 晶文社) がある。進化云々は述べられていないが、事例として「1.雄は華麗なアーティスト」が似た題材を扱っている。
プラムは鳥類学の範囲を超えて Coevolutionary Aesthetics in Human and Biotic Artworlds
というこれも挑戦的な論文も出している。美についての確立した理論がない以上、共進化をベースに生物進化まで起源を遡りたいという主張はわかる気がする。
プラムやバークヘッドは知らないかもしれないが、自分はハチクマのあの特異なディスプレイがどのように進化したのかも興味がある。生存にはまったく役立たないかも知れない。
自分はこれは一種の過剰な「美」ではないかと感じている。バレエに脚を使った同じような技があり、チャイコフスキーの「眠れる森の美女」で「青い鳥」をソロで演ずるダンサーはその技術を競うのである。ハチクマがオス・メスともに行うのは性選択のみの結果とは考えにくく、それ以上の説明が何か必要に感じる。
もっともメスの間でも競争があってどちらの性でも必要とされるものかも知れない。
「眠れる森の美女」の「青い鳥」について舞台裏の解説や鳥の羽の利用の話題があったので紹介しておく: 富田 (2015) バレエ『眠れる森の美女』の舞台衣装のデザイン・制作。舞台上で青い鳥の超絶技巧を演じるのはなかなか大変なよう。
やはり湿度の低いヨーロッパ大陸部向きなのかも。「青い鳥のパドドゥ」で一度登場してから終幕前に再登場するまで結構間隔があるが、その間に舞台裏で乾かしているらしいことが読み取れる。ここでは羽軸根の用語が使われている。羽を利用した衣装では洗うのも大変なのだろう。鳥が汗腺で体温調節をしない理由も納得できるかも。
この「青い鳥のパドドゥ」のコーダの音楽の速度記号は Presto (急速に) と指示されており、バレエでそんな速度で演奏されることはさすがになさそう。ただしオーケストラのみのバレエ音楽の場合には多少速く演奏される場合もある。
チャイコフスキーの音楽では Prestissimo (最も急速に。表記は版によって違うらしい) は有名なピアノ協奏曲第1番の2楽章の中間部に現れる速度指示で、このような軽快な音楽を期待していたのかも知れない。チャイコフスキーはダンサーがひらひらと鳥のように軽快に飛べると思っていたのではないだろうか (笑)。
Matt Ridley 4th Estate (2025) "Birds, Sex & Beauty: The Extraordinary Implications of Charles Darwin's Strangest Idea" の本が出ているとのこと。Style over substance? What birds' mating behaviours reveal about sexual selection (Nature 書評 Tim Coulson 2025.3.31)。
オジロオナガフウチョウ Astrapia mayeri Ribbon-tailed Astrapia のオスの尾は 1 m を超えることがあって体長の3倍以上になるとのこと。
この紹介記事によれば Zahavi (1975) のハンディキャップ原理は有力であったが Hamilton and Zuk (1982) の good genes' hypothesis (優良遺伝子仮説) が提唱されこれまでのところ両者ともに有力な説明になる事例があるとのこと。優良遺伝子仮説の方がより有力である証拠が増えてきていると記述されている。
エトロフウミスズメには学名・英名の通り冠羽があり、これが配偶者選択に用いられるとの見解が一般的で嗅覚を用いていることは長らく考慮されていなかった。鳥類の嗅覚コミュニケーション研究の草分けとなった発見の一つであろう。
その後スズメ目 (主にアメリカの種類) などさまざまな鳥で配偶者選択に嗅覚が用いられている証拠が見つかり、鳥類は嗅覚の発達が悪いとする従来の見解を覆すものとなっている。鳥の嗅覚研究はあまり行われてこなかったためエトロフウミスズメのようなこれまで想像もされなかった発見があるかも知れない。また新鮮な羽毛を拾った場合などはにおいも調べておきたい。
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ウトウ
- 学名:Cerorhinca monocerata (ケロリンカ モノケラータ) 一角のある嘴の鳥
- 属名:cerorhinca (合) 角のある嘴 (keras 角 rynchos 鼻口部 Gk)
- 種小名:monocerata (合) 一角をもった (mono- (接頭辞) 一つ keras 角 Gk、-atus (接尾辞) 〜が備わっている)
- 英名:Rhinoceros Auklet
- 備考:
cerorhinca の由来は非常に明瞭ではない。変形である Cerorhina は keras, keros 角 のギリシャ語由来とされる (The Key to Scientific Names)。
keras は短母音のみ。ギリシャ語で monokeros に用いられる際は長音 (モノケロース) となっている。kero- の結合で短音化されると考え (不詳)、rynchos 部分も短母音と考えて -rhin- がアクセント音節と考えれば "ケロリンカ"。
短母音のみで発音するのが音声的にも無理がない感じがする。
monocerata もあまり明らかでなく、monoceros はギリシャ語同様に伸ばすがアクセント位置は -no- にある。-ata を所有の接尾辞と考えて冒頭を長母音でアクセントがあると解釈するのがもっともらしい (モノケラータ)。monoceros そのものも学名に使われるのみとのことで一般的な学名の読みに合わせてこの読み方でよいと考えられる。
単形種。
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ツノメドリ
- 学名:Fratercula corniculata (フラーテルクラ コルニクラータ) 小角状突起のある修道士
- 属名:fratercula (f) 修道士 (fraterculus (m) 修道士 < 小さな兄弟 frater 兄弟 -cula 指小辞)
- 種小名:corniculata (adj) 小角状突起の (corniculatus)
- 英名:Horned Puffin
- 備考:
fratercula は1つめの a が長母音。-ter- がアクセント音節と考えられる (フラーテルクラ)。frater (フラーテル。兄弟) に由来。英語 brother と語源は共通。指小辞 -cula は短母音のみ。
Fratercula 属のタイプ種は ニシツノメドリ Fratercula arctica Atlantic/Common Puffin。
corniculata は cornu (角) + -cula (指小辞) + 所有の -ata で末尾の -ata の冒頭が長母音でアクセントがある (コルニクラータ)。
単形種。属名の意味はおそらくニシツノメドリの堂々とした体格と白黒の衣装から。Olafsen (1774) によればアイスランドの現地名で祭司を意味する名前だった。Willughby (1676) によればニシツノメドリはコーンウォール語で Pope (教皇) と呼ばれていた (The Key to Scientific Names)。
ツノメドリの和名の由来は知らないが、漢字では角目鳥と書かれる。"ツノ" は英名の Horned または学名の corniculata (目の上にある) と共通由来と想像できる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では現在と同じ学名、和名が使われていたが、別学名の属名に Mormon が挙げられていた。ギリシャ神話由来で、意味的には日本語の「いないいないばあ」に近い。Illiger (1811) が Fratercula に代えて与えたもの (The Key to Scientific Names)。
-
エトピリカ
- 学名:Fratercula cirrhata (フラーテルクラ キルラータ) 巻き毛の修道士
- 属名:fratercula (f) 修道士 (fraterculus (m) 修道士 < 小さな兄弟 frater 兄弟 -cula 指小辞)
- 種小名:cirrhata (adj) 巻き毛の (cirratus)
- 英名:Tufted Puffin
- 備考:
fratercula は#ツノメドリ参照。
cirrhata は -rha- の a が長母音でアクセントがある。
かつてはエトピリカをタイプ種として Lunda 属が与えられていたことがあった (Pallas 1811)。フェロー語 (Faeroese) でニシツノメドリを指す。Gessner (1555) の用例に従った (The Key to Scientific Names)。少し古い図鑑ではこの学名を見ることができる。ツノメドリと別属扱いだった時代に使われた属名。
同属にまとめる際に Fratercula Brisson, 1758 (タイプ種は異なる) の方が早くこちらに統一された。
単形種。
エトピリカの嘴が飛行で発生する熱の放熱器官となっているとの研究: Schraft et al. (2019)
Huffin' and puffin: seabirds use large bills to dissipate heat from energetically demanding flight。体に占める面積は 6% だが 10-18% の熱を放出する。嘴の小さな海鳥に比べて遠くまで飛べるかも知れないとのこと。
△ タカ目 ACCIPITRIFORMES ミサゴ科 PANDIONIDAE ▽
-
ミサゴ
- 学名:Pandion haliaetus (パンディーオーン ハリアーエトゥス) パンディーオーン王の海鷲またはミサゴ
- 属名:pandion (m) パンディーオーン (伝説の王の名)
- 種小名:haliaetus (m) 海鷲またはミサゴ (halos 海 aetos ワシ Gk)
- 英名:Osprey, (IOC: Western Osprey 2種と考えた場合の英名。IOC 14.2 では1種扱いとなったため短い英名に戻った)
- 備考:
Pandion はギリシャ語で i, o が長母音のためこれを採用した。i がアクセントで、ラテン語表記でも同じになっている (パンディーオーン) (wiktionary のギリシャ語ページから)。
ギリシャ語でも次第に長音が失われたが i にアクセントを置く点は変化しなかった。短く読む場合でも "ディ" にアクセントを置く日本語でも自然な発音でよい。
haliaetus は a が長母音でアクセントがある。ワシを表す aetus は同様。
記載時学名 Falco Haliaetus Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 Europe; restricted to Sweden by Linnaeus, 1761 (自身によりスウェーデンに限定)。
Haliaeetus はミサゴの種小名であったがそのまま属に昇格ではなく、de Savigny (1809) がオジロワシのみを含む属として定義した
(微妙に綴りが違うのはかつては合字が含まれていたため。オジロワシはその際に種小名を与えて Haliaeetus nisus Savigny (nisus はハイタカの種小名と同じ) となっていた。#ノスリの備考参照。後に Linnaeus の与えた種小名に戻された)。
Pandion 属は同じく de Savigny (1809) がミサゴに対して与え、ミサゴには Pandion fluvialis Savigny ("川のミサゴ" の意味) の新名を与えた (後に Linnaeus の与えた種小名に戻された)。これらを見ると当時の属の与え方の例がわかる。
ミサゴに付けられた属名は他にも Triorches Leach, 1816 (タカ類を一般的に指す "3つの精巣"。#ハチクマの備考参照)、Balbusardus Fleming, 1828 (フランス語名 balbuzzard から)、
Ichthyaetus Sweeting, 1837 (現代の Ichthyaetus とは別物)、Dalcedo Rey, 1872 (カワセミの Alcedo のアナグラム) があったとのこと (The Key to Scientific Names の情報よりまとめ)。今も昔も人気があったことがわかる。
[ミサゴは何種?]
一科一属一種で汎世界的 (cosmopolitan) な種と考えられてきたが、現在はオーストラリアやインドネシアからニューギニアのカンムリミサゴ Pandion cristatus (英名 Eastern Osprey または Australian Osprey) とミサゴ Pandion haliaetus (英名 Western Osprey) の2種に分けるのが通例 (2024 年までの扱い)。
Wink et al. (2004) Phylogenetic Differentiation of the Osprey Pandion haliaetus inferred from nucleotide sequences of the mitochondrial cytochrome b gene
は相当古い解析で今からみても相当危ない感じがするが、4種への分割を提案している。一番離れている cristatus を別種とみなした扱いが暫定的に採用されたのだろう。
歴史的には 19 世紀は種境界の考え方はさまざまだったが、Gould がオーストラリアのミサゴを Pandion leucocephalus Gould, 1838 White-headed Osprey として別種と主張したのが始まり。The birds of Australia の図版。
記載。現在 (統合される前) の Eastern Osprey とは異なった英名となっていたが、この記載が初のものではなかったと判定された ([カンムリミサゴの学名は正しくない?] 参照) こと、Eastern Osprey はおそらく他亜種を含む過程で作られた名前だろう。
オーストラリア地域とそれ以外を分けるのになぜ Eastern, Western と名付けたのか気になっていたが、欧米を中心とした世界地図ではオーストラリアは世界の東の隅というわけか...。ホウロクシギの英名が Far Eastern Curlew で、古くは Eastern Curlew だったのと同様らしい。
OED には Western Osprey などの項目はないが、eastern の項目には 4.a. Native to the eastern parts of various land masses or regions other than North America, esp. Asia or Australia. ということで比較的新しい語義。
Eastern Golden Plover, Eastern Reef-Heron などの用例 (1876, 1906) が引用されている。この語義から想像するとミサゴで使われた eastern はオーストラリアを指したもので、アジアも eastern ではないのか? のような疑問はあまり表立って出なかったらしい。そもそも極東のミサゴのことなどほとんど知られていなかったので、英語圏だけを考えればオーストラリアを表現できれば十分だったのかも。
Australian Osprey は別名にあるが、なぜ eastern を使いたかったのか考えてみると、Australian にはすでに "南" の意味が含まれているので南米のミサゴのことも考えるとあまり適切でなかったのだろう。
Working Group Avian Checklists では version 0.02 以降同種扱いで統合される見通し。
IOC 14.2 では1種に統合された。
日本鳥類目録ではミサゴを複数種に分離した扱いは一度も経験していないと思われるので、日本鳥類目録に従った上でミサゴの種英名に Western Osprey を表記するのはふさわしくない。
ミサゴが2種に分けられていた時代の Pandion cristatus は単形種であったため、統合後の亜種 Pandion haliaetus cristatus を指して Eastern Osprey と呼ぶことは問題ないが、統合前の Pandion haliaetus は複数亜種を含んでいたため、日本で見られる亜種を意味して Western Osprey と呼ぶのはおかしいことになる。
[カンムリミサゴの学名は正しくない?]
カンムリミサゴの学名のもとになっている記載はもしかするとハチクマだったのではないかとの指摘がある (参照先も含め、#ハチクマの備考 [ヨーロッパハチクマとの関係・亜種他] を参照)。
この議論によれば cristatus の名称は有効な学名だがおそらく正しくカンムリミサゴを指したものではない。
これがカンムリミサゴに使えなくなれば次に有効と考えられるのは Pandion leucocephalus John Gould, 1838 だが、これはすでに使用されていた (preoccupied) 根拠がある。
Pandion leucocephalus "N.F." (= "S.D.W." =? S.D. Wood), 1835 で、これは英国のミサゴ (当時別名で呼ばれていた) の改名を意図したものであることはおそらく間違いなく、Gould は 1832 年にも同名の記載をしている。
1832/1835 年の記載が有効とされればカンムリミサゴにふさわしい学名は
Pandion gouldii Kaup, 1847 とのこと。
国際動物命名規約にも先取権の逆転について細かい規約があるらしく、少なくとも 10 人の著者が使用し... などの細かい条項があって、それぞれの学名がいくつの文献で記述されているかを調べる段階でスレッドが終了している。
カンムリミサゴの和名は学名が訳されたものと推定できるが、初期記載の学名がもとになっていて実際に目立つ特徴を正しく表したものではないようで地域を表す名前などに変えた方がよいだろう。
Mees (2006) The avifauna of Flores (Lesser Sunda Islands) (pp. 38-44) にもオーストラリア周辺の "ミサゴ" についての複雑な経緯が記されている。
基産地やラベルの取り違えなどもあったらしいが、Buteo cristatus Vieillot, 1816 がハチクマであった可能性はまだ気づかれていなかったらしい。
カンムリミサゴとハチクマの学名が再検討される可能性が秘められているかも知れないが、カンムリミサゴが別種として扱われなくなり、議論が終息してしまったのかも知れない。
[亜種の問題]
(広い意味での) ミサゴの中でシベリアと日本のグループはこれまで記述されていなかった新系統をなしていることがわかっている [Monti et al. (2015)
Being cosmopolitan: evolutionary history and phylogeography of a specialized raptor, the Osprey Pandion haliaetus]。
アメリカのグループはすでに別亜種の名前 (carolinensis と ridgwayi) を持っているが、シベリアと日本のグループはこれまで亜種として記載されていないとこの論文には書かれている。分類群の名前を与える必要があると思われる (新亜種か。当時はまだ2種扱いだったためその場合どの種の亜種になるのか。さらに別種とする可能性はあるのか?)。
おそらくそれを記述する論文がまだないため、日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ともに亜種 haliaetus となっており、従来分類に基づくものになっている。
なお日本のミサゴについては "Fauna Japonica" で Pandion haliaetus orientalis フランス語名 le balbusard commun oriental (東洋の普通のミサゴ) の名称が与えられていた。当時はすでに北米とオートストラリアのミサゴに別名が与えられていた。
Temminck and Schlegel はインド諸島 (インドネシア) と日本のものはオートストラリアのものに似ているとの記述があるが、Il nous parait par consequent que ce balbusard oriental forme tout au plus une variete locale de celui qui habite l'Europe, et qu'il ne merite pas d'etre regarde comme espece particuliere とあり、ヨーロッパのものの地域変異型で、特段に種とするに値しないと思える、とある。
また Pallas もカムチャツカ近くまでのシベリアのミサゴを地域変異型とは認めなかったと記述されている。
Avibase では Pandion haliaetus orientalis はシノニムで登場するので無効学名だったわけではないように見えるが Richmond Index には現れない。
よく考えてみると Haliaeetus と同属となったことがあるので (例えばサンショクウミワシ African Fish Eagle の地域型 Pandion vocifer orientalis Heuglin, 1863 はこちらで記述されていたがこれは preoccupied?)、
Haliaeetos orientalis Brehm, 1831 (参考) があって orientalis は少なくとも一時期 preoccupied となったものと想像できる。
シベリアと日本のグループに Temminck and Schlegel 由来の orientalis の亜種名称を活かせばよさそうに見えるがそもそも使えなくなっていたと想像できる (現在は別属なので復活可能なのかも知れないがよく知らない)。しかし Temminck and Schlegel 自身が当時の種概念にあてはまらないとし、図版も残していないのでこの時点で有効な学名の記載でなくなっていたのかも (詳しくは知らない)。
カンムリミサゴの学名・和名問題も含め、いろいろと整理された後には世界のミサゴの学名は見慣れないものに変わっているかも知れない。
Boyd によれば friedmanni (Wolfe 1946: A new form of Osprey from northern Manchuria) の名称の可能性があるが、Wolfe は日本のものは大陸のものと異なっていて日本のものは典型的な haliaetus と述べていてどの範囲を指すか判断できないとのこと。
分子系統研究の結果とあまり整合していない。
カムチャツカで基亜種 haliaetus と移行帯があるとのこと。
Monti et al. (2015) の研究で4クレードにほぼ分かれることは認められるが、用いる遺伝子によって系統樹に少し違いがあり、分岐はごく短期間で起きたことが推測される (Boyd)。Boyd はミサゴを1種とするか複数種に分けるかは自明でないとして1種として扱っている
(種より下位の分類は扱っていないので日本を含むグループが亜種に相当するのか、friedmanni が有効な亜種かどうかは判断していない。現時点で Pandion friedmanni を意味がある種と考えるのに十分な根拠がないとの見解であろう)。
ミサゴ科はタカ科から古く分岐したのだが、他の種が現存しておらず、(広義) ミサゴが短期間で (亜) 種分化しているのも不思議な点である。
Monti et al. (2015) の分析から推定される経緯はミサゴは北米で進化し、ベーリング海峡を越えて旧世界に定着し、各地に広がったと想像される。ベーリング海峡を越えるのが難しかったため長らく新大陸にとどまっていたが、一度越えると比較的簡単に分散したのだろうか。
フロリダでミサゴ属の他種の化石が知られている (Pandion lovensis Becker, 1985)。
ミサゴ科ではドイツに化石記録がある: Mayr (2006) An osprey (Aves: Accipitridae: Pandioninae) from the early Oligocene of Germany。他のタカ系統の出所から想像するとおおもとはやはりアフリカから発祥したのだろうか。
世界に分布して種分化をしたが北米で進化した現在のミサゴが一段優れていて過去の少し違った種を短期間で競争排除したのかも知れない。渡りをする種類なので一度地理的障壁を乗り越えれば世界に分布することは比較的容易だったのだろう。
Monti et al. (2018) の研究によれば、アメリカとオーストラリアの (亜) 種は遺伝的に明らかに区別され、最近の相互の遺伝子流入を防いでいると考えられる。地中海とそれ以外のヨーロッパの個体群には多少の違いがある (#イヌワシと似ているかも知れない)。
ただし差がないとの反論もあり: Ferrer and Morandini (2018) The recovery of Osprey populations in the Mediterranean basin むしろ個体群間の交流を増すのに有益ではないか。
Monti et al. (2022) Evolutionary risks of osprey translocations は地理的に離れた個体群を用いて再導入する危険を訴えているが反論も出されている。
Monti et al. (2015) 時代の ND2 遺伝子を使って KT123892.1 を出発点に BLAST を試してみるとこのサンプルとの相同性が 90% を割っているものもあって地理的変異はかなり大きいよう。
広域に分布して世界分布がかなり連続しているため交流が大きくはっきりした種分化を起こすほどではないものの、同程度に相同性の低いものは他分類群では多くは別種扱いとなっているものも多い。ミサゴは1種と現状一応の世界的合意が得られているがまた再検討されるかも知れない。
日本のミサゴ内では遺伝的な個体群構造は認められなかった: Nagai et al. (2021) Genetic Diversity and Structure in Japanese Populations of the Osprey (Pandion haliaetus), Based on mtDNA Cytochrome b, Control Region (archive)。
この遺伝子でもオーストラリアやイスラエルのものと一致率 97% 程度と別種扱いか適切か悩ましいぐらいの数字になる。
暗色型ミサゴが知られている。例: Clark (1998) First North American Record of a Melanistic Osprey、
Nesbitt and McNichols (2003) Observations of a Melanistic Osprey in Southwest Florida。
[つがい外交尾]
Monti はイタリアの研究者で、地中海とそれ以外の個体群の違いに関心が深いよう: Monti et al. (2023) Genetic Variability and Family Relationships in a Reintroduced Osprey (Pandion haliaetus) Population: A Field-Lab Integrated Approach。
イタリア Maremma Regional Park で再導入された個体群の DNA 解析を行った。ビデオ記録でつがい外交尾も観察されているがこの研究では受精には至っていない模様。
密度が高いとつがい外交尾が起きやすい点は他の種類と同様のよう。2暦年で性的成熟に達するが繁殖活動を始めるのは3-5歳で、世代長は平均 9.6 年との文献値がある。非繁殖個体が繁殖個体の近くに存在する semi-coloniality (準コロニー性) を示す (文献より)。
ミサゴで精子競争が激しいのか? (ただしデータが適切でないかも知れない) について、#チョウゲンボウ備考の [アメリカチョウゲンボウの交尾] に比較がある。データが正しければ精子競争が激しい可能性があるが本当だろうか。
関連する文献を示しておくと WidEn and Richardson (2000) Copulation Behavior in the Osprey in Relation to Breeding Density (スウェーデン) 個体密度の高い時は1時間に 0.65 回で低い時の 0.30 回より多かった。
Englund and Greene (2008) Two-Year-Old Nesting Behavior and Extra-Pair Copulation in a Reintroduced Osprey Population
(アメリカ ミネソタ)。ミサゴは DDT や狩猟の影響で一時期全世界的に減少し、再導入されたところも多いため個体群動態がよく調べられている模様。
[ミサゴとタカ科の染色体の違い]
ミサゴではタカ科と同じように染色体レベルで大規模な入れ替えが起きているが、パターンが異なっていて別々の祖先型からそれぞれ独立の進化を遂げたことが示唆される [Nishida et al. (2014)
Dynamic Chromosome Reorganization in the Osprey (Pandion haliaetus, Pandionidae, Falconiformes): Relationship between Chromosome Size and the Chromosomal Distribution of Centromeric Repetitive DNA Sequences] (#クロハゲワシの備考も参照)。
[染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化]
ごく最近、オウギワシの染色体レベルの高精度ゲノムが解読され、タカ類のゲノムから見た染色体再構成や transposable elements (TEs, #ハシボソガラスの備考も参照) の比較研究に進展があった:
Canesin et al. (2024) A reference genome for the Harpy Eagle reveals steady demographic decline and chromosomal rearrangements in the origin of Accipitriformes。
オウギワシのゲノムでは 17.26% が反復配列と判定され、反復配列が特に多いとされていたキツツキ目 (20% 以上) に匹敵し、多くのスズメ目 (7.8%) やオウム類 (9.8%) に近いことがわかった。
[オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] でオウム類の TE 率が高いことを紹介している。オウム類では関連する可能性のある遺伝子欠損候補が挙げられている。
#ツリスガラの備考 [スズメ目の進化とレトロウイルス/トランスポゾン] にスズメ目、キツツキ目の紹介がある。スズメ目では TEs が後に生じた系統ほど蓄積してゆく描像が得られている。
オウギワシでこれほどに高い結果は予想外。36% の TEs の由来は不明で、このうち最も多く見られる2つのうち1つの elements は 1700 (1300-2200) 万年前ぐらいに活発に働いたと推定される。オウギワシが他のオウギワシ亜科 (現在の理解では4種。最も近いものはヒメオウギワシ [高野 (1973) ではカンムリオウギワシ]、そして少し離れたコウモリダカとされ、これらの種との分岐年代に対応する) から分化した時期に対応する。
他のよく知られた TEs では CR1 レトロトランスポゾンがあるがこれは非常に古い時期で 9800-6300 万年前まで (タカ科が分離する以前も含む) 活発に働いていた。6300 万年前ごろに LTR Gypsy がそれに置き換わりはじめ、5400 万年前ごろは CACTA elements が多くの部分を占めた。同じころ不明の TE が広がり始め、4800 万年前にピークに達したとのこと。
スズメ目で話題となった solo-LTRs は 3300-3700 万年前にピーク、CR1 が 3100 万年前に再度小さなピークを示した後活動が沈静化した。
ヘビクイワシの染色体レベルの構成は得られていないが、既知の染色体再構成情報と合わせるとタカ目の中で染色体再構成のほとんどないコンドル科 (この論文での表記。コンドル目と読み直してもよい) がまず分かれ、その後少なくともミサゴ科とタカ科が染色体再構成を行う点において共通した bauplan (ドイツ語由来。body plan ボディプランだがマクロ形態との混同を避けるためにこの用語を用いているのだろう) を持っている。
この研究では CR1 から Gypsy LTR, CACTA elements への移行の年代推定から約 6500 万年前の K-Pg 大絶滅以降にコンドル科と (ミサゴ科 +) タカ科 の分離を含む大規模な分岐が発生し、solo-LTRs の大量生成がタカ科内の大規模分岐に先立って起きたと考えている。TEs が多様化に役割を果たした可能性がある。染色体の再構成は生殖隔離にもつながり TEs が種分化に関係しているかも知れない。
スズメ目の進化では solo-LTRs が中心的な役割を果たしたが、LTR Gypsy, solo-LTRs, CACTA の大きな変化のいずれもがタカ科のゲノム進化に関係している。オウギワシでは固有の (スズメ目やイヌワシなどと共通点の見つからない) TE がこの種独自のゲノム構成に関与したと考えられる。ヘビクイワシで同等の研究が進めばタカ類が初期にどのように進化したかさらに手がかりを得ることができるだろうとのこと。
この論文では保全上の意義も取り上げており、過去2万年の実効個体数の減少は人為活動の影響と時を同じくしているなど述べているが TEs がこれまで謎の多かったタカ類進化の解明に役立つことだろうことを示している意義が大きいと感じる。このような研究にはこれまでの低精度のゲノムではなく染色体レベル、かつ反復配列を読める高精度のゲノムが必要で難易度も高い。
染色体レベルのゲノム解析の結果ではあるが、イヌワシとオオタカは共通性が高い。オウギワシはかなり違っている。Catanach et al. (2024) の系統樹ではオウギワシ亜科は Accipitrinae 亜科に近い位置に置かれているが、イヌワシ亜科との位置づけは逆転するかも知れない。
染色体レベルのゲノムではこの3種のうちではイヌワシが祖先的な性質を最も多く持っており、オオタカには他の2種と比べて固有の変化が見られた。この部分だけ見るとタカ科の中でイヌワシが原型に近い結果となるがさてどうなるだろうか。
それぞれ1種しか調べられていない段階なので系統の判定には途中をつなぐ種類の高精度のゲノムが必要なのだろう。反復配列が多いのはオウギワシ特有の現象なのか、オウギワシ亜科で共通なのか、あるいはそれ以外の系統でも見られるのかなどまだまったくわかっていない。
モーリシャスの希少鳥を対象としたゲノム研究が行われ、精度の高いゲノムを用いるとハト目、ハヤブサ目 (ただし Falco 属のみ)、オウム目いずれも従来見積もりより反復配列率が高いことがわかった。ハヤブサ目もオウム目に匹敵している: Wang et al. (2025) Genomic erosion through the lens of comparative genomics (preprint)
研究そのものは絶滅危険度ランクと遺伝的多様性の関係を調べることが主目的だが、精度の高いゲノムが得られたことで副産物の情報もいろいろ得られている。Falco 属は新しい系統なのに染色体再構成や逆位が意外に起きている。一方古い系統のハト目は属が違っても構成はほぼ同じ。オウム目は古い系統でかなり入り組んでいる。
オウム類では関連する可能性のある遺伝子欠損候補が挙げられている、とは簡単に言えなくなってきた。
歴史的な実効個体数 (Ne) 変動も面白く、モーリシャスの希少鳥が低いのは当然としてもモーリシャスチョウゲンボウ (#チョウゲンボウの備考 [離島のチョウゲンボウ類と超希少種の保全] 参照) は人が入植する以前からずっと実効個体数が低かったらしい。面積が小さいことは否めないが同時に調べられたモーリシャスの希少鳥他種よりも少ない。
オウム目が Ne を減らしてきているのは理解できるとしても、ハト目の変動は驚くべき。カワラバトやコキジバトは過去 (10^5 - 10^6 年前) はずっと多かったらしい。多数のハト目の鳥が絶滅したのもハト目が全体的に勢力を失いつつあるためなのかも知れない。ドバトがどこにでもいて一見生命力が強そうに見えるが、自然界では現在はマイナーで繁栄は人為環境あってのことらしい。
ドードーは生存していないので同様の質の解析はできないが、もし解析できれば同じような結果になっていたかも。リョコウバトは博物館標本からの見積もりがあり、#オガサワラカラスバト備考 [リョコウバトなどの絶滅について] に紹介。
ハト類は衰退傾向にあったものに人為が最後の一撃を加えたのかも知れない。
ハヤブサ目は種によって傾向がさまざまでヒメチョウゲンボウは Ne をかなり減らしておりかつては豊富に存在していた種らしいが衰退傾向。ワキスジハヤブサが近年になって Ne が増える傾向が出ている。
Carvalho et al. (2021) Comparative chromosome painting in Spizaetus tyrannus and Gallus gallus with the use of macro- and microchromosome probes
クロクマタカ Spizaetus tyrannus は染色体数 2n = 68 とクマタカ 2n = 66 と似ているが染色体再構成のパターンは大きく違うとのこと。かつては同属とされ姿も似ているが実はかなり異なっているらしい。同じクレードの他のデータがあまりなく染色体再構成がどのように起きたかまだ辿れないとのこと。
[tendon locking mechanism (TLM)]
木にとまった鳥が眠っても落ちないのはなぜかしばしば話題となるが、tendon locking mechanism (TLM) が働いている。腱鞘 (tendon sheath) に横方向のひだ (plicae) があり、接する腱に突起 (tubercles) があって関節を曲げた時に腱と腱鞘の間を固定する機構。この場合は筋力をほとんど使わず体を固定できる。
多くの鳥の足では趾より上の腱・腱鞘の部分にあって上記の場合などに役立っているが、猛禽類では趾にもこの機構があって趾を曲げた状態で筋力をほとんど使わず固定できる。他の鳥は突起が丸いが猛禽類では角張っていてより強固に TLM が働く。
最初に爪を刺す力は必要だがその後は曲げていれば自動的に獲物に食い込むことになる。
上部の腱・腱鞘で TLM が働いた場合、握ると脚を動かせなくなるが (枝にとまって眠る時など)、猛禽類などではこの機構が趾でも働くため獲物を握ったまま脚を動かすことが可能である。
広義 Accipiter 属や Circus 属ではワシ類などに比べて突起があまり角張っておらず、TLM がそれほど強固でなく主な食性を反映している。
ミサゴの高速度撮影では足を閉じる反応は非常に素早く、触覚による反射が関わっていると考えられる。
ミサゴが獲物を運ぶ時も TLM が役立っていて、足に力をほとんどかけずに運ぶことができる (我々が物を運ぶ時とは異なる)。そのため非常に遠くで捕まえた魚を運ぶことがしばしばある [以上 Bildstein (2017) "Raptors" pp. 144-147 より要約]。
ミサゴが内陸で魚を捕らえて双眼鏡でも見えなくなる遠くまで運ぶことをしばしば観察するがこのような仕組みが関わっている模様。
参考となる文献: Einoder and Richardson (2006) An ecomorphological study of the raptorial digital tendon locking mechanism。
最初に考察した研究は枝にとまる機構なども含め、Quinn and Baumel (1990) The digital tendon locking mechanism of the avian foot (Aves)。当時は画期的アイデアだったようでコウモリがとまる機構、齧歯類が木を登る機構などの後続研究が相次いで発表された。
TLM の記述以前の古典的な解剖学文献でよく引用されるものに Goslow (1972)
Adaptive Mechanisms of the Raptor Pelvic Limb があり、図はいろいろな所でご覧になられた方もあるのでは (この図でもやはり第 III 趾を強調している)。
Einoder and Richardson (2006) によればタカ・ハヤブサ類では第 I 趾と II 趾の TLM が発達しており、第 III 趾での発達は比較的小さい (#ハチクマ備考の [カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] の Fowler et al. (2009) なども参照)。第 I 趾と II 趾が大部分の握力を発生している。
フクロウ類ではこの差が小さく、第 I 趾での TLM の発達が悪い。フクロウ類で第 I 趾だけでなく第 IV 趾も後ろに回す対趾足 (zygodactyl) となっている点もよく整合する。
Ward et al. (2002) Functional Morphology of Raptor Hindlimbs: Implications for Resource Partitioning にも解剖学や測定値などが出ているが、フクロウ類の方が握力が強いなど少し異なる結果も出ている。
Galton and Shepherd (2012) Experimental analysis of perching in the European starling (Sturnus vulgaris: Passeriformes; Passeres), and the automatic perching mechanism of birds
はホシムクドリで麻酔をするととまり木から落ちてしまうこと、TLM の一部を阻害しても同じ姿勢で寝ることができることから、TLM だけの作用ではなく自発的な筋肉コントロールを行っていることを示している。
Yapuncich et al. (2019) Vertical support use and primate origins によれば
TLM 類似のものにはいくつかの機構があって鳥類、コウモリ、齧歯類の TLM は収斂進化とされている。
霊長類には TLM は確認されていないが、踵 (かかと) の posterior trochlear shelf (PTF) が似た働きをして垂直に体を支える機能が霊長類の樹上進化に役立ったと考えている。ここでは「噛み合わせ」機構を "cam mechanism" と呼んでいる (これは通俗的な表現)。
長時間の滑翔をする鳥では "shoulder lock" があるとの類推もある: Meyers and Stakebake (2005) Anatomy and histochemistry of spread-wing posture in birds. 3. Immunohistochemistry of flight muscles and the "shoulder lock" in albatrosses
ただし筋肉の性状から推測しているもので TLM のような構造的裏付けは強くない。
TLM に類似した省力化は運動などでも経験されることがあるだろう。ピアニストがピアノを弾く場合も力が入るのは最初の一瞬だけで鍵盤を押さえている間は特に力を加えているわけではない。測定すると力のかけかたにプロとアマチュアで差が出るらしい。とまり木にとまる鳥の筋力の使い方も似たようなものではないだろうか。
[大きすぎる獲物で溺れてしまうミサゴの話は本当か]
ミサゴが大きすぎる魚を獲物にして、一度食い込んだ爪は外すことが難しくそのまま溺れてしまうことがあると言われる。
Osprey struggling to get off the water (Tom of AskaNaturalist.com 2016)
によればこれは古い神話 (myth) で水中でも空中でも捕えたものを離すことができる。巣に戻る時に魚を離して落とす行動も見られる。
もちろん深く刺さり過ぎて抜けずに溺れてしまう可能性までは否定するつもりはないが、構造上食い込んだ爪を外せないとの説明は誤りであるとのこと。
話題となった BBC 動画のページ: Hunting osprey footage viewed 13m times on Facebook (BBC 2016)。いまだに古い神話に基づく解説をしているとのこと。
Goslow (1972) "Adaptive Mechanisms of the Raptor Pelvic Limb" ([tendon locking mechanism (TLM)] 参照) が古い時代で広く使われた説明であったため都合よく解釈されていたのかも。
実際にあきらめて獲物を放す画像: Ospreys Releasing Too Large Fish from Their Talons into the Water (Bartosik 2009)
あまりにも誤った神話が広まっているために写真で実例を示したとのこと。
古い著書 Abbot (1911) や Bent (1937) には神話や逸話通り書かれているが、近年の著書 Poole (1989) や Dennis (2008) は (ミサゴの爪の残っている魚の逸話) 否定しているとのこと。
Husby (2020) Osprey observed when drowned by its prey
こちらは科学者は否定的だが実際に溺れたと思われる目撃事例を報告。Peterson (2002) (ノルウェー語の猛禽類の書籍) によれば飛び立てない場合は通常は獲物を持ったまま岸まで泳ぐという。
"逸話" に相当する古い事例は最近の著書には記述されていないが、スカンジナビアでミサゴの足または骨格を付けた魚の記述があるとのこと。Ferguson-Lees (1968) British birds 61: 465 によればコイ Cyprinus carpio (日本と同種) に刺さったままになっているとのミサゴの骨格は後でノスリ類と判定され、人工的に付けられたものと判定された [Cowles (1969) British birds 62: 542-543]。
この事例もあって "神話" や作り話との考え方が広まったとのこと。
Husby (2020) の報告した事例では沈んだ場所をボートで捜索した人はミサゴも漁網も見つけられなかったとのこと (人工物由来で飛び上がれなかった要因をある程度否定しているが回収しない限り完全に否定するのは難しいかも知れない)。
Husby (2020) はこの目撃事例を確かなものと考えているとのこと。いくつかの可能性を考察しているが冷たい水中で筋肉が麻痺した可能性もあるのではとのこと。おそらく水中で "足がつった" 経験をもとにして、鳥類も哺乳類も同じようなものと想像していると考えられる (生理学的には同じようなものとする考え方がここにも表れている。しかし冷水で足の筋肉が麻痺した鳥の例は知られているのだろうか?)。
いずれにしても非常にまれな事例のようで、多くの人や研究者がミサゴの写真を撮ったり研究をしているにもかかわらず報告例はほとんどない。かなり偶発的な事例のよう。
"神話" の根拠となる出典も示されているがいずれも書籍の記述らしく孫引きの可能性が高そう、オンラインで見つけられた具体的記述は Farley (1924) Habits of the Osprey のみだった。
100 年も前に報告されているのに世界レベルでも未だ確実な映像証拠などがないのはやはり相当まれな事象のよう。
週間アニマルライフ (1973) pp. 3547-3548 のミサゴの項目 (内田) によれば、日本最初の野鳥生態写真家と評される下村兼史「或日の沼池」(東宝教育映画 1951) の記録映画があり、ミサゴがライギョをおそって離すこともできず飛びたつこともできないラストシーンがあるとのこと。同記事ではドイツのオジロワシで大きな獲物を襲った同様の事例が紹介されていた。
「或日の沼池」で検索してもあまり情報がなく、下村兼史『或日の干潟』 (齊藤聡 2009。間もなくサービス終了で見られなくなると考えられるので早めにご覧を)
にはミサゴの話は出てこず、「静寂を破り、ハヤブサが登場する。群れで牽制されつつも、ハヤブサはガンを攻撃し、食べる。「平和であるべきこの干潟をハヤブサの撹乱に任せておいて良いのでしょうか。」というナレーションはもはや悪乗りだ。それに対する回答はない。前出『海辺の環境学』によれば、ハヤブサが出てくるときだけなぜかプロペラエンジン音が聞こえ、ハヤブサも糸でつながっているという説があるらしい」と解説されている。当時はハヤブサが悪者と教育されていたらしいことが想像できる。
教育映画の位置づけなので、いくつか異なった編集があったのかも知れない。
塚本他 (2009-2010) 野鳥生態写真の先駆者 下村兼史資料の整理保存 では主に静止画の整理が中心で映画フィルムはそれほど残っていないらしい。ミサゴのシーンが現存すれば世界的に貴重な資料となると考えられるがこの論文にも現れない。
Husby (2020) が調べた範囲では猛禽類の溺死報告は人工物によって半分溺れかけたミサゴを保護したが間質性肺炎で死亡した1例の文献が見つかったのみとのこと: Anderson (2008)
Late-Stage Granulomatous Interstitial Pneumonia Secondary to Near-drowning in an Osprey (Pandion haliaetus)
ミサゴは原則的に生きた魚しか食物と認識しないので保護療養は非常に難しいと一般に言われる。
大きな魚で飛び上がることが難しく、体を水中に没して首から上だけ出しているミサゴの動画を見ると他のタカ類に比べて長めの首はこのような場合に役立つのかも知れない。頸椎数は平均的なタカ類より1つ多い。
Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) でも英国猛禽類でミサゴのみ少し長めの記述になっている。#ハチクマの備考 [フィリピンのハチクマの不思議] の項目参照。
魚が生きていて水中に引きずり込まれない限り、魚の体重にかかわらず力学的には水上に頭を出した姿勢を保つことができるので安全な姿勢なのだろう。
Jollie (1976, 1977) のデータを参考に見るとあくまで椎骨数の比で {頸椎 (頸肋骨を含む) / 胸椎} はミサゴで 2.5、この値はヘビクイワシ 2.1 より大きく、イヌワシは 1.8。ミサゴの体躯部が相対的に短いことがわかる。
イヌワシは獲物を捕えるのにより体躯部の力を要して頑丈になっているのかも知れないが、さらに強力なはずのオウギワシでは必ずしもそうでないなどむしろ系統を反映しているかも知れない。
ミサゴの形態は水中に没することのできる捕食方法への適応のようにも見えてくる。
ミミヒダハゲワシが 2.1 で、あくまで数の比だけの比較ではミサゴの方が上回っている。
ミサゴの骨格を例として示し、猛禽類では羽毛に隠れているが首が長いとの説明が Mebs and Schmidt (2005) "Die Greifvoegel Europas, Nordafrikas und Vorderasiens" にも出ていた。骨格写真を見ると確かにだいぶ長くて体躯部から分離しているように感じる (ドイツ語名では Fischadler なので最初海ワシ類かと思った)。
このように見るとミサゴの首の長さは欧米ではよく知られているのかも知れない。
面白いことに特徴が多い割にはミサゴは自分が持っている2つの骨図鑑の川上和人・中村利和「鳥の骨格標本図鑑」(文一総合出版 2019) と 松岡他 (2009)「鳥の骨探」(NTS) いずれにも出ていない。
ネットを軽く探しても同様にマウントされた骨格写真を見つけられずお見せできないのが残念である。
[兄弟殺し] で紹介の兄弟間闘争の映像でもひなの首の長さが目立ち、兄弟間の対立の際に背が高い方が有利に見える。あまり考えたことがなかったが兄弟間闘争で選択され得る形質だろうか。
羽毛の揃った成鳥のミサゴの外見と魚食行動のみからは案外気づきにくい点かも知れない。
調べると長めの首はホバリング中に魚を見つけるのに役立つと書いてあるものがあった: Pandionidae - Discovering the Enchanting Bird Family (Nepal Desk) Ospreys also possess a greater number of vertebrae in their necks than most other raptors, allowing them an exceptional range of movement to spot fish while hovering 本当だろうか?
いわゆる通常のタカ類 (広義のハイタカ類やノスリ類) はこの適応がないので地上をソアリングするのに向いていると説明がある。
尾が短いのは抵抗を減らすためとある。水中を指して記述しているように見えるが、空中も指している? 魚食の海鳥などからの類推かも知れない。どこかに出典となる記述があるだろうと想像するが、もし水中に飛び込んで魚を捕食する適応のために尾が短いならば、空中での低速飛行が難しく (尾による揚力が小さいので失速しやすい) 着地が下手、つまり別項目 [ミサゴは不器用?] の理由につながるかも知れない。
これらの要因が重なって陸鳥系統出身の捕食者にしては海鳥に似た体型に収斂進化しているのかも。
ハクトウワシとの比較ゲノム解析でミサゴの適応に関係する遺伝子が同定されつつあるとのこと。ネパールのサイトで一般向けにしてはずいぶん詳しい。
鳥は物を運ぶ時に重さを目安にするか、シロビタイムジオウム Cacatua goffiniana Goffin's cockatoo / Tanimbar Cockatoo では霊長類以上にも目で見ただけで重さを瞬時に判断する能力が高いという: Lambert et al. (2021) Goffin's cockatoos discriminate objects based on weight alone。
この研究では重さの識別能力の高さは坂を上がる霊長類よりも飛行する鳥の方により求められるとの解釈。
その後の研究で Adelmant et al. (2024) Goffin's cockatoos use object mass but not balance cues when making object transport decisions 実際にバランスより重さで行動を決めている結果が得られたとのこと。重さを手がかりとして運ぶ決断の実験的証拠は鳥では初めてとのこと。
ミサゴ (に限らず獲物を運ぶ鳥) の行動の記録から傍証は得られるだろうか?
[ミサゴはフグ毒に耐性があるか]
ミサゴについておそらく調べられているわけではないが、一般論を#ヤマガラの備考 [ヤマガラの植物毒耐性] (5) 毒鳥ピトフーイなどの対毒性 (BTX 耐性) に紹介しているので参照いただきたい。
フグを食べるヘビなどで テロロドトキシン (TTX) 耐性を進化させているものがあるとのことで、ヘビ類や魚類などで耐性メカニズムや進化もよく調べられている。鳥類はほとんど研究の対象外だが TTX 耐性はそもそもほとんど持たないのでは (毒鳥ピトフーイなど BTX 耐性を持つとされるものは共通メカニズムの部分で多少耐性があるかも)。
TTX 耐性について知りたい場合はヘビ (garter snakes) の研究がよく進んでいるのでまずこれを参考にするとよさそう。哺乳類でも多少知られている。
(記述は重複するが) 鳥は圧倒的に上位消費者が多いので、鳥にとって特に重要そうな運動能力に影響を与えそうな骨格筋 (ヘビについては研究がある) でイオンチャンネルを変異させてまで毒耐性を持つ必要性があまり生じないかも。
毒鳥ピトフーイでも食物中の毒を排泄する役割が大きく、当初考えられていたほど捕食者への防御のためではないだろうとの考察もある [Jonsson et al. (2008) Polyphyletic origin of toxic Pitohui birds suggests widespread occurrence of toxicity in corvoid birds]。
これらは カラス小目 Corvida (corvoid birds) の祖先的な形質と考えられ、雑食の鳥が有毒な甲虫などを食べてしまった時に毒をうまく逃がす機構として進化したものだろうと想像している。何でも食べるカラス小目らしい適応なのかも。
ミサゴではそのような必要性はほとんどなさそうなので、ピトフーイ以上にイオンチャンネルが毒に対応して進化する必要性が薄いと思われる。
ミサゴの場合を考えてみると大きな獲物を丸のみするわけでもなく、食べている最中に嘴や舌の触覚で異常を感じればそこで捨てればよいので、こちらの知覚系と行動を進化させる方がよほど効率的に思える
(猛禽類の系統によって獲物を飲み込む様式の違いはあるいはこのような毒対策の意義もあるのかも。両生類・爬虫類など有毒な可能性のある生物をよく食べるタカ類では細かくちぎって食べるのが安全で、恒温動物を主な食物とする系統ではその必要性が低い? - これも誰かがすでに考えてそうな発想だが)。
イオンチャンネル作用性の毒物は嗅覚・味覚のように特定の受容体と結合する必要はなく、嗅覚・味覚の受容体が分布していなくても一般の末梢神経端末で検知できて不思議でない。
そのうにも一時的に蓄えられるので飲み込んでからでも吐き出すことは簡単にできるだろう。
さらに拡大解釈をすると、獲物を掴んだ時にイオンチャンネル作用性の毒物にもし触れて違和感があれば離しても不思議でないかも知れない (棘の方がより有効かも知れないが)。もしそうであれば獲物にとっても逃れるのに都合がよく、警告のための毒性を進化させる要因にもなるだろう。
鳥の足の裏は羽毛とは異なって α ケラチンで我々のものと似ている (#ライチョウの備考 [鳥類と爬虫類のうろこは別物] 参照)。そのような機能を持つ神経端末は分布しているだろうか。海水浴中に有毒生物に触れて、などの経験のある人がよくご存じかも知れない。
フグを離したミサゴの事例があるらしい点について Birder 2022年9月号 36(9): 28-32 も参照 ([ミサゴの食性など])。
若杉氏の ミサゴは (毒をもつ) フグを食べるか? でも「いろいろな方に聞いてみると、どうも、ミサゴはフグを捕まえても比較的短時間で捨ててしまうらしいです」と記されている。
「こういうふうに膨れた時には体から毒素を放出するそうで、この臭いや毒素を嫌って、ミサゴはフグを捨ててしまうようです」とも書かれている。この部分は想像や伝聞が含まれていると思われるが、鳥の感じている世界と我々の感じる世界が似ていることが (多くの人が承知の上で) 暗黙の前提となっているようでその点も興味深い。鳥と人では感覚が違うだろうから、とわざわざと反論される方も少ないだろう。
ミサゴのゲノムはすでに公開されている (Genome assembly ASM1340127v1 B10K 2020) ので、ヘビ類などで示唆されている変異部位を確認することも可能だろう。興味ある方は調べてみていただきたい。報告が出ていないのはおそらくそのような変異がないからでは?
Mohammadi et al. (2022) Constraints on the evolution of toxin-resistant Na, K-ATPases have limited dependence on sequence divergence にミサゴが含まれていて ATP1A には対毒性候補となる変異はなかった (S2 table)。
参考までに調べてみると、ミサゴのそのうの位置は広義 Accipiter 属や Falco 属とは違って食道下部に位置するとのこと: Preja et al. (2023) The Comparative Anatomy of the Upper Digestive System in 26 Species of Zoophagous-Polyphagous Palearctic Birds。機能的違いはあるのだろうか (ペンギン類、フクロウ類やカモメ類などにはそのうはない)。
この文献によればタカ、ハヤブサ、フクロウ類で舌部の唾液腺開口部がよく発達しているがミサゴは挙げられていない。ほとんど魚食の鳥にはこれらの開口部が見られないとのことでミサゴも同様なのかも知れない。
Jollie (1976, 1977) も見ておくと pp. 282-287 に消化器の比較があるがそのうの位置については特に言及がない。ミサゴの消化器はむしろ腸に特徴があるとのこと (pp. 286-287)。十二指腸より上部の腸の部位がなく、meckelian section (cf. メッケル憩室) が非常に長く複雑な構造となっている。発生学的には卵黄嚢につながっていた部分で鳥の "へそ" にも相当するがなぜそんな部位が発達しているのか??
雑誌 "Birder's World" 1991.2 に Vera M. Walter の北米のミサゴの記事があり、その中で小腸が長く魚のうろこや骨の消化のためと思われるとの紹介があった (p. 26)。この記事自身は野外観察 (水中からの観察など) の紹介で解剖学に関係したものではないが、ミサゴの腸の特殊性や機能の解釈はこの時点ですでに行われていたのだろう。
#ミヤコショウビン備考の [ニュージーランドの外来ネズミ類駆除] 関連を調べていて齧歯類は嘔吐反応がないとの記述に気づいた。
Horn et al. (2013) Why Can't Rodents Vomit? A Comparative Behavioral, Anatomical, and Physiological Study
によれば解剖学的な制約よりも脳内の脳幹の嘔吐回路に関係があるのではとの結論。調べた対象は哺乳類のみ。
Huo et al. (2023) Brain circuits for retching-like behavior でも齧歯類は嘔吐反応がないので、とそれ以外の動物の嘔吐に関係する脳ニューロンを調べている。
Zhang et al. (2023) Evaluating proxies for motion sickness in rodent では齧歯類は吐かないが乗り物酔いは起こすとのこと。
鳥で嘔吐反応がない種類があるのか知らないが、上記の研究では肉食哺乳類では嘔吐反応がよく知られている。乗り物酔いで鳥が吐く報告もしばしばあるので鳥の一般的反応は肉食哺乳類の方に近いのかも。
古い研究では Chaney and Kare (1966) Emesis in birds によれば鳥の嘔吐反応の個体差や種差は哺乳類同様に大きいとある。
毒物に接する機会の多い植物食や昆虫食の鳥の方が反応が強くてもよさそうな感じもする一方、哺乳類同様に肉食のものほど反応があってもよさそうな感じもする。実際はどうなのだろう?
参考までに Ullah et al. (2022) Phytotherapeutic Approach in the Management of Cisplatin Induced Vomiting; Neurochemical Considerations in Pigeon Vomit Model ではハトが嘔吐反応モデル動物に使われている。
[ミサゴの世界分布の不思議]
Brown (1976) によれば、(広義) ミサゴはアフリカや南米でも越冬するのになぜかそこでは繁殖しない。南半球でもオーストラリアでは繁殖するので、アフリカや南米で繁殖しない理由が見当たらない。
食物資源の問題ではないと思えると記述している。
アフリカでは海ワシ類が魚を食べているが、南米では他に目立った魚食の猛禽類がなくミサゴノスリが役割を部分的に果たしている。しかしミサゴノスリは小型で大きな魚を捕ることはできない。
系統的にはミサゴの方が古いはずなので先に占拠してしまっていても不思議でないのだが ([ミサゴは不器用?] で考察するように古い系統ゆえ、後発の系統でも特殊化を行わなくても同じような機能が実現できてしまったのかも知れない)。
上記 [ミサゴはフグ毒に耐性があるか] を記述していてミサゴの繁殖分布が毒性の強い魚の分布を避けている可能性も気になった。例えばフグ科レベルだとこの解釈が当てはまるかも知れない (毒起源となる藻や細菌などは低緯度で繁殖しやすい)。
毒性の強い魚が多数生息しているところでは誤って食べてしまう確率も上がり、ミサゴにとっても毒の多い地域は不都合で熱帯地域を比較的避けて北方で繁殖するのかも。
それならば他の魚食の鳥も同様だろうが熱帯でも繁殖するのでは、と言われそうだがタカの系統とウ類などは何か違うのかも知れない。生態的にもウ類に影響を与える可能性のある有毒な魚は存在するのか、また実際に食べるか、毒に反応して吐き出すことはあるのかなどまた別問題になりそう。
また魚食ゆえに魚の寄生虫がミサゴで特に高率に見られ宿主となっているらしい。ミサゴ自身にはほとんど影響がないらしいが、魚由来の病原体や寄生虫も制約要因になっているかも知れない。
参考 Locke etal. (2024) Expanding on expansus: a new species of Scaphanocephalus from North America and the Caribbean based on molecular and morphological data。
Scaphanocephalus 属はほぼミサゴの体内のみで成熟するとのこと。漁業に影響のある寄生虫なのでよく調べられていると想像できるので、あまり調べられていないがミサゴに有害で分布を制約する要因となる寄生虫などもあるかも知れない。
[渡り]
北部ヨーロッパのミサゴの渡り追跡:
Ostnes et al. (2019) Migratory patterns of Ospreys (Pandion haliaetus) from central Norway (ノルウェー)。
8個体の若鳥の追跡で2個体が3暦年で繁殖地に戻り、その後の渡りも記録された。ヨーロッパハチクマ同様に越冬地は同じ場所に戻るが、ミサゴの方が同じ個体が同じ中継地を用いているよう。
Anderwald et al. (2021) Autumn migration of Ospreys from two distinct populations in Poland reveals partial migratory divide (ポーランド。秋の渡りのみ)。
他にも研究がありこの論文に一覧がある。
Hake et al. (2003) Satellite tracking of Swedish Ospreys Pandion haliaetus: autumn migration routes and orientation (スウェーデンの初期の研究)。
DeCandido et al. (2006)
Evidence of Nocturnal Migration by Osprey (Pandion Haliaetus) in North America and Western Europe 予想以上に夜にも渡っている。
ミサゴは海鳥のように海上の上昇気流を用いる: Duriez et al. (2018) Migrating ospreys use thermal uplift over the open sea 猛禽類で確認されたのは初めてとのこと。翼の形状が海上ソアリングに向いている。世界に広く分布することができる理由にもなっているかも知れない。
このような特徴は確かにミサゴ科独特で、他の根拠とも合わせて別科とする根拠にもなり得るのかも知れない。ただしミサゴは海に着水することはできない。
他にもいくつも論文があるので興味ある方はご覧いただきたい。
Ospreys Have A Shocking Spring Migration!
アメリカ東海岸のミサゴの渡りのいくつかの事例について。2015 年の "Wausau" は繁殖地に戻る前になぜか逆行してしまい到着が大幅に遅れ、つがいの相手だったメスはすでに新しいオスとつがいになっていた。しかし追い出すことに成功してこれまで通りのつがいとなったとのこと。"Belle" は6往復が追跡され (発信機が止まったらしい)、最初の年の秋の渡りでは海上を長く飛ぶことになった。
ハリケーンや嵐に何度も耐えたとのこと。
海上を長距離飛ぶのは猛禽類には危険で海上の死亡例が多いとのこと。1羽はポルトガル行きの船に不時着したとのこと。
[ミサゴの食性など]
ミサゴはほぼ完全に魚食であるが、アメリカガラス Corvus brachyrhynchos を捕食して生きたまま食べ、そして巣に運ぶ行動が記録された (記事; 連続写真)。
映像として記録されたのはおそらく初めてであろうとのこと。
魚以外を捕食する例では羽地・籠島 (2015) 沖縄県多良間島におけるミサゴによるミフウズラ採食の観察記録、
冨岡 (2015) ウシガエルを捕食したミサゴ の報告がある。Birder 37(11): 36-37 (秋山) にも紹介がある。
Birder が取り上げやすい種類らしく、Birder 2022年9月号 36(9): 28-32 にも各種獲物を運ぶミサゴの写真が出ている。ウシガエルやフグを運んでいる写真が出ている。写真へのコメントでフグを離したのを目撃したことがあるとのこと ([ミサゴはフグ毒に耐性があるか] や [大きすぎる獲物で溺れてしまうミサゴの話は本当か] の話題に関連)。
ミサゴが貝を落として割る行動も観察されている [Leshem (1985) Shell-dropping by ospreys]が、Lefebvre et al. (2002) (#イヌワシの備考参照) には含まれていない。
川口 (2010) Birder 24(8): 29 によれば紅海のチラン (Tiran) 島での事例のようである。
ミサゴとほぼ同じく、ほとんど魚しか食べない猛禽類がもう1種いるとのこと。
ミサゴノスリ Busarellus nigricollis 英名 Black-collared Hawk。南北アメリカの種類でメキシコからウルグアイにかけて分布する。
That's how you kill two fish with one bird! Predator swoops and snatches a pair of trout in one deadly move
にフィンランドで撮影された2匹の魚を同時に捉えたミサゴの写真が出ている。日本語では「欲の熊鷹股裂くる」というたとえがあるが、これはその上を行ってそうである。記事の英語のタイトルは「一石二鳥」を逆にもじったものだが、日本語のたとえの方が面白い気がする。
ちなみに日本語ではほぼ同じ意味で使える「一挙両得」の表現があり、バーダーはこちらを使おうなど話題となることがある。どうも英語ではバリエーションが乏しいようでどこにでも「一石二鳥」ばかり出てくる (なぜこのようなことが気になるかと言えば、英語の科学論文を "bird" で検索するとこの表現があまりにも多いのである。バーダーの視点から文句が出ないのだろうかと思えるぐらい)。
由来をちょっと追求しておくと、wiktionary によれば Dr. John Bramhall, Bishop of Derry が 1646 年に作った言葉とのこと。意外に新しい。同じく日本語の一石二鳥は英語のことわざの翻訳となっている。中国語でも同じで、「うまく言ったものだ」とすぐに導入されたのだろう。
ドイツ語ではハエ (wiktionary ではドイツ語のこのことわざのページが意外に詳しく、各国語の事例が多数出ている)、ロシア語ではノウサギと対象生物が異なる。英語表現の独自性はどの程度のものであったのか歴史的関係を調べてみると面白いかも。
「一挙両得」は晋書束皙伝と中国の歴史書由来。
ミサゴは第 IV 趾を後ろに回すことができる (semi-zygodactyly)。これが獲物を捉えるのに役に立っているかを検証した研究がある: Sustaita et al. (2019) Behavioral correlates of semi-zygodactyly in Ospreys (Pandion haliaetus) based on analysis of internet images
過去にはフクロウ類の足との類似性から機能が予測されていたが実証研究はなかった。
統計的に有意に獲物を掴む時に用いられていることなどが記載されている。
第 III 趾と第 IV 趾の間の膜が欠如していて趾を後ろにも動かせるとのこと。Bartosik (2009) によれば魚の硬い背骨を避けて両側を掴むためとの解釈がある。
ミサゴが獲物を捕らえたり運ぶ時、左足を前に出す傾向があるとのこと: Allen et al. (2018) Differences between stance and foot preference evident in Osprey (Pandion haliaetus) fish holding during movement。
労働寄生を試みられた時の姿勢の有利性などいくつか可能性が考えられるが、脳の側性を反映している可能性もあるとのこと。
Biggs et al. (2025) Assessment of a Social Media-Based Method for Determining Raptor Diet のソーシャルメディア画像を用いた研究で、オーストラリアのミサゴでは 99.4% が硬骨魚類 (Osteichthyes) だったとのこと。シロハラウミワシ Icthyophaga leucogaster White-Bellied Sea Eagle では硬骨魚類が 71.0%、鳥が 15.9% とミサゴがいかに魚しか食べていないかわかる。
ミサゴでは鳥は 1452 例中1例 チュウヒロハシクジラドリ Pachyptila salvini Medium-billed Prion あったのみで、これは魚と誤認識した程度に思える。
目視よりも圧倒的に効率が良かったが、観察者の偏在や話題の種 (例えばシロハラウミワシがヘビを捕える場面など) が取り上げられやすいなどのバイアスの問題も論じている。現状 (少なくともオーストラリアの) ミサゴは「ほぼ完璧な魚食」と表現して問題なさそう。
これだけの観察例がありながら獲物に引かれて溺死したとされる画像がまったくないのも興味深い。1000 に1つもないわけだ。
この研究は COVID-19 のパンデミックの最中に行われたもので、パンデミック前の 2019 年は観察数が少なかったが、ロックダウン中でも散歩は許されたため、近場の野鳥観察が増加した可能性もあると分析している。
しかし最近の画像を用いると AI 生成画像がある程度紛れ込むのでは?
[ミサゴの「足洗い」]
若杉氏のマーリン通信 ミサゴの「足洗い」は 本当に 足洗いか? の話題から。
雑誌 "WildBird" 1989.10 pp. 40-45 の Millard H. Sharp の北米のミサゴの記事で Osprey have a distinctive habit of "foot washing" (p. 43) の記述を見つけた。英語でも同じ表現が使われていたことがわかった。付随して osprey が s を付けずに複数形で扱われている。"The" も付いていないので種一般を表す名詞ではなく、複数形で不変化とされることもあったのだろう (fish もそうだった)。
当時は日本語の鳥の一般雑誌もなかったので洋書店で気に入った号を買っていた次第。
日本語の用語は独自に名付けられたものか、それとも欧米の書物の翻訳表現か?
この記事では食べた際に付く血やぬめりを除去するためと説明されている。
別項目 [ミサゴは不器用?] をまとめていて少し思い当たることがあったので補足しておくと、獲物の栄養価のためかミサゴの狩りの頻度は高いので食後も短時間でまた狩りに出る必要があると解釈した。普通の食性のタカ類ならば消化して待っているうちに自然に汚れが落ちることもあるだろうが、ミサゴは待ち時間が短いので次に狩りに備えて魚のぬめりによる滑り防止などを行う必要性が高いのでは、と考えた。
オオワシであまり目立たないのは例えばオオワシの方がより大型で、体重あたりの代謝率も低く、そこまで頻繁に狩りをする必要がないためでは?
また翼の特性からミサゴは着陸や離陸が比較的苦手で安全な環境でなければあまり地上に降りたがらないかも知れない。
#オオグンカンドリが睡眠を削ってまで捕食を続ける必要があるのも、獲物の栄養価の問題もあるのではと感じた。捕食してその都度陸に戻って休息していては十分な栄養が摂れないなど。
タカ類について逆に考えればほぼ完全に魚食のタカではミサゴより小さいと効率が悪すぎ、生理的にミサゴが最小サイズとなるかも知れない。南米のミサゴノスリは全長 51 cm と書いてあって (ミサゴノスリは尾が短いので) ミサゴとほぼ同大。ウオクイワシ類はさらに大きい。Raptor Research & Conservation Network (2018) "A Field Guide to the Raptors of Asia" ではウオクイワシにずいぶん小さな全長 (42-52 cm) が記されているが誤りか。
足から飛び込み型の魚食のタカは生理的制約から小型化できなかったのでは? おかげでカワセミ類の一部が別戦略を用いて繁栄することが可能だったのかも。
ウ類では舌に魚のぬめりが付くのを避けて舌を捕食用具として使わずほとんど痕跡器官となっている (?) - 我ながら妙に納得できてしまう統一的解釈にも見えるが、たかが足洗いからなぜこんな話になるのか (笑)。
ウ類が羽を乾かしているように見える行動も、次の狩りまでの間隔が短いため羽の状態を急いで整えていると考えればミサゴの「足洗い」と同様の意義があるのかも知れない。#カワウ 備考のガラパゴスコバネウの進化にも話題を飛ばしてみた。
[ミサゴは苦味を感じないのかも?]
#メジロの備考 [鳥類の嗅覚] にタカ類の苦味受容体の研究が紹介がある: Xiang et al. (2025) Functional decline of a bitter receptor gene in New World vultures。
T2Rs は肉食、魚食などの鳥には少ないとの Niknafs et al. (2023) との結果と合わせると、肉食と魚食で二重の意味で苦味の味覚の必要が薄れミサゴでは失われたのかも。タカ科との分岐後比較的早めの時期に失っていたならばミサゴ系統が現代のタカ科に相当する位置を占めて適応放散できなかった理由の一つになるかも知れない...と勝手に想像。
[兄弟殺し]
Redondo et al. (2019) Broodmate aggression and life history variation in accipitrid birds of prey ではミサゴは兄弟間闘争の強い種類に分類されている。
映像例 Sibling Rivalry on Osprey Nest 07/06/23 (birdsofpooleharbour 2023)。
[ミサゴは巣で餌の殺し方を教えない]
猛禽類がひなや若鳥に獲物の捉え方や殺し方を教えるかはよく議論になるが、ミサゴは巣で餌の殺し方を教えない研究が発表された [Howard and Hoppitt (2017) Ospreys do not teach offspring how to kill prey at the nest]。子供に「教える」行為は共同繁殖をする種のみで見られる証拠があり、行動生態学の理論的な根拠も考えられている。
しかし観察結果はバイアスの可能性がある。子供に「教える」と言い伝えのあるミサゴで調べたが、「教える」ことの知られている共同繁殖種とは逆の傾向が見られた。巣から飛び出しを促して餌を捕まえるのを教えるとか過去には報告があったが、ミサゴは飛んでいるものを捕まえるのはうまくないので、この手法で教えるのはそもそも無理なのではないか。観察題材は巣のビデオ中継とのこと。
[ミサゴは不器用?]
「鳥類の人工孵化と育雛」(原著 "Hand-Rearing Birds" Gage and Duerr (eds) 監訳 山崎亨 文永堂出版 2009)
によればミサゴは空中にいる時以外は不器用なタカで、他のタカは通常巣を隠すのにミサゴは出入りに便利な方を優先しているとのこと。
落ちたひなを戻す時などは高すぎて危険などで元に戻せない場合は別のミサゴの巣でも構わないとのこと。
不器用というよりも、ミサゴは猛禽類の中でも翼面荷重 (wing loading) が特に大きいためではとの指摘を受けた ([kbird:05998] 松原始氏)。
Bildstein (2017) に文献からまとめられていた翼面荷重の資料ではミサゴ (0.48-0.65 g/cm^2) とオオタカ (0.53-0.58 g/cm^2) では大差なかった。翼の形 (アスペクト比など) や尾が短いことにもよるかも知れないがいかがだろうか。
ちなみに翼面荷重はチュウヒ類が小さくこれらの値の半分ぐらい。トビ類もその中間ぐらいで小さめ。いずれも飛び方を見ると納得できる。
次の Gutherz and O'Connor (2022) のデータを見るとミサゴで 0.56、オオタカ 0.664、ヨーロッパノスリ 0.393、ヨーロッパチュウヒ 0.329、トビ 0.294、ヨーロッパハチクマ 0.31、イヌワシ 0.75 のような値が出ている。おおまかには体重で決まっている感じで同程度の体重のものを比べると思ったほど違いがなかった。
#ヨタカに関連して Strisores の進化を考えているうちにミサゴはやはり不器用と呼んでもよいのではと思えてきた。
理屈は同様で古く分岐した系統でありながら適応放散の兆候がほとんどないこと。タカ類の祖先系統の初期にいろいろな試みがあり、そのうち生き残ったものがヘビクイワシとミサゴであったと考えれば Strisores に現生種が1種のみの目がいくつもある状況に似ている。
Strisores がさらに古い系統なのでそれぞれが目扱いが妥当 (これはハチドリ目が Strisores に内包されるので分けざるを得ない事情があった) となっているわけだが、それよりは新しいものの ヘビクイワシ、ミサゴ、それ以外のタカ目は目レベルで分けても構わないぐらい系統的には遠い。
ヘビクイワシとミサゴがそれぞれ1種のみ残っている状況はいかにも Strisores のいくつかの目が生き延びた状況に近い。
Strisores に対比させて考えるとヨタカの系統が一般的なタカ類に対応し、ヘビクイワシやミサゴはタチヨタカやアブラヨタカのような位置づけになる。こちらもヨタカ類に外見が似ているので歴史的に目に分けられていなかったが、ヘビクイワシやミサゴも見かけがタカと判断できるので分けられていなかったに過ぎない。タカ目とハヤブサ目が別目となったのと同様、ミサゴと一般のタカは実際は見かけほど似ていないのだろう。
考えてみると古い時期はまだ Telluraves 系統の小型の陸鳥 (例えばスズメ目などを想定) もまだそれほど豊富でなく、捕食者が当時豊富に存在した資源、つまり魚や爬虫類に依存する選択を行うことも有力だったと想像できる。草原の広がりなどはもっと後の時代なので齧歯類系統もあまり豊富な食料にならかなったかも。
ほどほどのサイズの哺乳類はすでに存在したかも知れないが、当時のタカ類はまだ未熟で哺乳類生体食となるほどのことはできず、哺乳類では死体食 (コンドル目) に特化した程度に終わった可能性が考えられる。
それでも多様な食物を狙っていればまだその後の進化でさまざまな適応放散も可能だったのだろうが、当時としてはおそらく効率のよかった爬虫類食 (ヘビクイワシ) や魚食 (ミサゴ) を専門職として最適化してしまうとそれ以上の進展の可能性がなく進化の行き止まりになったと考えるのが妥当そうに思える。
ミサゴの場合は海鳥に収斂進化して水に体を沈める採食方法をとり、そのために足の骨格も重くなって防水のために尾脂腺を発達させ、飛翔方法も洋上上昇気流を用いるなど海鳥に似せたが、陸鳥出身なのでさすがにそこまで海鳥的にはなりきれなかった。
一時期は専門職が非常に有利だったのだろうが、この特殊化が制約となってその後栄えてきた陸鳥などを獲物とすることができなかった。
魚を食べる猛禽類でも後に進化したものはここまで特殊化を行わず「魚も食べる」機能を追加することで、体も沈めない採食方法 (海ワシ類など) を取り自由度がより高く幅広い食性に適応することができた。
例えばオジロワシではほぼ完全に魚に依存しない生活も可能である。
このように考えるとミサゴは (姿は格好良いが) 進化の行き止まりと考えるのが適切に見えてくる (ミサゴファンの方には申し訳ないが)。フラミンゴの形態を進化の行き止まりと考えるならばミサゴも同様と言ってもよいかも知れない。
生きた魚しか獲物と認識しないのも認知能力のある種の限界を示すものかも知れない。高度な認知能力を必要としなかったのだろう。
つまり生態的にも認知的にもあまり融通がきかないのである。飼育下でも代わりの食物をほとんど食べることがないので早めに放鳥するのがよいとされる。他のタカ類では食物に融通が効く状況とかなり異なる。[ミサゴに魚を捕らせることは可能か?] の項目参照。
魚に特に特化した猛禽類はある程度同じような傾向があるかも知れない。たとえばオオワシがオジロワシほど広域分布できない理由 (#オオワシの備考) や、シマフクロウの生態的基盤が弱いのは特殊な食性にも関係しているのだろうか。ただしこれらの種はミサゴのような古く分岐した独立系統というわけではない。
この考えはヤシハゲワシ (ヒゲワシ亜科) の食性を考察した副産物だった (#クロハゲワシ備考 [採食方法によるハゲワシ・コンドル類の分類])。つまりヒゲワシ亜科には十分多様な食性の種が含まれており、ヤシハゲワシもアブラヤシの実が好みでありながら大型の鳥類も襲い、魚食も行うなど十分ジェネラリスト的なところがある。
ヒゲワシ亜科の段階ではタカ目はすでに万能捕食者的要素を持っていたことが想像できる。チュウヒダカ類も同様でみかけ以上に強力な捕食者とのこと。ヒゲワシ亜科とハチクマ亜科は現状互いに単系統の関係にないのでハチクマ亜科と呼んでもよく、ハゲワシ的性質の強いものをヒゲワシ亜科と呼んでいるだけなので、この2亜科の最も祖先の分岐にあたるチュウヒダカ類が強力な捕食者であれば最初からレパートリーの広いグループだったのだろう。
その次のチュウヒワシ亜科はヘビワシの系統でややヘビ食に特化が見られるがカンムリワシも鳥を食べるようにスペシャリストというほどでもない。次のハゲワシ亜科も生きたものを捕える種類もあり少なくとも最初はレパートリーの広いグループだったのだろう。もっともハゲワシ亜科でも Gyps 属は当時生じた大量の草食獣の死体に依存するようになって進化的には行き止まり感がある。
すなわちヘビクイワシとミサゴより後の系統は基本的に万能捕食者の能力を備えていたと考えられる。ヘビクイワシとミサゴのみが万能捕食者になる前のタカの系統と見ることができる (+ 新世界ハゲワシ類のコンドル目)。
カタグロトビ亜科を忘れているのではと言われそうだが、カタグロトビに十分な捕食性能があるので捕食者能力を疑う人はいないだろう。台湾では同じ食性のチョウゲンボウより優位らしい (#カタグロトビ備考参照)。タカ類の早い系統でもこの関係なので、全般的に見るとタカ類の方がハヤブサ類より高性能と言える気もする。
DDT などの影響の時代は確かにあったが、ミサゴが環境変化に弱いらしいこともこの系統的理由があるのかも知れない (何でも DDT の影響で片付けすぎの傾向もある感じがする)。
現在は保護が進んで少なくとも日本ではどこでも見かける種類になっているが、これも世界全体で魚の捕りやすい人為的条件 (ついでに写真も撮りやすい?) を提供する形になっているためとも言えないこともない (カワウがどこでも増えているのと同様)。内陸進出したというよりも本来好みの生息地であったはずの海岸は人による擾乱が増えて生息地を内陸に移した形になっているのかも。
例えばカワウ対策として魚を捕りにくくすればミサゴはまた減ってしまうかも知れない。
英国では一時絶滅して現在でもそれほど数の多い鳥ではないなど生態的基盤は弱いのかも知れない。海外ではオオタカやオジロワシの増えたところで数を減らしているところもあり、このような系統進化的視点も含めて考えた方がよいと思われる。海ワシがさらに魚食に専念したものとは仕組みがだいぶ違うのである。
水中に潜る割には水深が比較的限定されている (1 m 程度) のもウ類やカツオドリ類のやり方と異なる。おそらく樹上性陸鳥出身ではそれ以上深く潜るのは不得意または無理で、浅いものに特化した (これも生息環境を限定する要因となる) のだろう。どの高さからダイビングするかはどこまでの水深を狙うかで決まることになるが、これがミサゴのホバリングの高さをほぼ決めているのだろう。
この高度に対応した視覚的適応もおそらくあるのだろう (#カタグロトビ備考 [風切羽や雨覆の構造と機能] で翼の構造などとともに視覚特性も考えてみた)。
このカタグロトビ備考でも触れたが、ミサゴもカツオドリ類も基本や自由落下で獲物への到達時間を短縮しているだけで、それほど大したことをやっているわけではない。地上への自由落下はより大きな危険を伴うのでもう少し高度な制御技術が要求されるだろう。
カツオドリ類は深く潜るので減速の必要がなく、ミサゴはあまり潜りたくない (身体の構造上できない) ので直前に減速する必要があり、人の反応速度でも追いつける程度となって、翼も適度に広げるので写真的にはよい題材となる。
カツオドリ類の突入写真をあまり見かけないのは速度が速すぎて人の反応速度で追いつくには限界があり、翼も広げないので写しても単なるミサイルに見えて見栄えがしないためだろうか (そもそも近場で見るのが難しいためかも)。ミサゴの飛び込みはほどほどに人の反応速度向きのタイムスケールと合っているということだろう。
ミサゴがカツオドリ類のような採食様式を進化させなかったのは、もともと樹上性で足でつかむことが得意であったためで、例えば水深の浅いところでかすめるように捕ったのが始まりかも知れない。足で捕らえることをこの段階で選択してしまったため頭から突入型になることはできなかった。
この方法では足から突入するために水の抵抗が大きく、形態を進化させてもさすがにカツオドリ類のように深く潜ることはできなかった。多少の高さから 1 m 程度まで潜水する程度以上の適応はできず、ウ類やカツオドリ類ほど本格的な技は編み出せなかったのだろう。後に海ワシ類、さらにはノスリ類が同じような方法で魚を捕る方法を進化させたが、特殊化があまり必要ない割には有効性は同程度だったのだろう。ミサゴの方が絶対的に有利な場面はあまりなさそうに思える。
ミサゴと同じもともと樹上性の Telluraves であるカワセミ類はそれではなぜ頭から突入型になったのか問われそうだが、これは第一義的には洞営巣性を進化させた Eucavitaves の系統で枝をつかむより洞営巣に適した体のつくりになっていたためだろう。少なくともカワセミ類の足の構造はまったくそうなっている。
ただし [タカ類の初期の適応放散] に述べたように Eucavitaves 系統に樹上営巣性のものがまったく残っていないのも不自然な気がするので、現存している系統だけを見ている先入観が入っているかも知れない。そもそもタカ類は初期は化石もなくどんな形態だったかわかっていないわけで、実は Eucavitaves に似た系統の形態から進化した可能性すらあるわけだ。
カワセミ類は頭から突入することで小型化も成功、というよりあまり大型だと脳への衝撃が大きすぎるのでそもそも大きくなれないのだろう (足から突入のタカ方式は小型化に向かないだろう話も別途検討)。
カワセミ類がなぜカツオドリ方式またはウ方式にならなかったのかもそもそも進化の出発点が違う、小型の体では潜水に不利など (Telluraves 系統の小型の潜水種はカワガラス類ぐらいのもの) の要因もあるだろう。
サギ方式は原理的にあり得たのではないかとも感じるが、Eucavitaves 系統を見ると一足飛びにサギの形になるのはさすがに無理そうに思える。
洞営巣性となった段階で長い足も首も基本的に邪魔になったのだろう。フクロウ類の首が短いのは眼球が大きいためと解釈していたが、こちらの理由の方が先だったのかも知れない感じがしてきた。洞営巣性のハヤブサ類の形も同様でタカ類より突出部が少ない。
#アオバズク備考 [卵の形の進化] のように洞営巣性では卵も丸くなる傾向が強いが、体も丸くなる傾向が強いのでは。
ただしサイチョウ類のように頭部を用いた争いのため、嘴を捕食用具 (ジサイチョウ類では地面のヘビを攻撃して食べるとのこと) や武器として用いる、巣穴にこもって首を出す、一部のサイチョウ類のようにのどの色彩をディスプレイに用いる、あるいはキツツキ類のように嘴を穴をあける道具として用いる系統では道具として二次的に首が長くなる方の進化もあったのだろう (#アリスイの備考にも飛ばしておく)。一方サイチョウ類と似た形態でも頭部を特に争いに用いないオオハシ類の首は長くなっていない。
しかしサギ方式で魚を捕る方向への進化はさすがに無理だろうか。
タカ類でもハゲワシ類が二次的に頸椎数を増やす進化を行っているので形態的進化はまったく不可能ではない感じがするが、この採食方式はすでにサギ類が広範に行っているので、後から進化したグループがたとえ中間的な形態で下手な方式で始めてもきっと追いつけなかっただろう。原理的には可能だったかも知れないが乗り越えるべき障壁が高すぎて別の進化経路をとる確率の方がずっと高かった。
結果的にカワセミ類はまだ使われていない方法でニッチを埋めた形になったのだろうか。
いつの間にかカワセミ類の話になっているが Birder 2025 年 6 月号の表紙を見ているためかも知れない。
ヒゲワシ亜科以降の種類と比べるとミサゴは確かに不器用に見える。海ワシ類の魚の捕り方の方が体をあまり濡らすこともなく、身体に特別な適応を必要とせず汎用度が高いように思える。
海ワシ類が魚に依存せず生きる例としてベラルーシのオジロワシの事例 (#イヌワシ備考 [イヌワシと他のワシとの種間関係] 参照) やサンショクウミワシがフラミンゴを捕食する例がある。
また解剖学などでミサゴを取り上げる場合はタカの1例と考えるよりも別系統のつもりで扱った方がよい。
第 IV 趾を後ろに回せることがよく知られているが、Hartert (1910-1922) でも p. 1191 で Federn ohne Afterschaft! (後羽がない) などあまり言及されない特異性も記されている。
なお Jollie (1976, 1977) p. 41 によれば後羽がない性質はミサゴ科の diagnosis の一つとされていたが deWitte Miller (1915) は後羽を持つ標本を見て驚いたなど記されている。Jollie 自身は reduced aftershaft or none (後羽は退化しているか存在しない) との表現とした。
適応のための進化が考えられるが、「タカの形はしているがかなり別物」のつもりで扱った方が先入観が入りにくくてむしろよいだろう。他の目とタカ目の比較の際に外見や大きさが似ているからと、ミサゴをタカ目の典型例のように取り上げると間違いのもとになり得る。わざわざヘビクイワシをタカ目の代表にする人はいないだろうが、同じぐらいの意味で。
また認知能力などを評価する場合も、ミサゴではできないので他のタカ類でもできないだろうと想像すると早合点になる可能性がある。巣のビデオ中継を記録しやすく人気もあるために研究対象として取り上げられやすいが、[ミサゴは巣で餌の殺し方を教えない] などもタカ類全般に成り立つかどうかは別途調べる必要があるだろう。
このような孤立系統で長い進化を経た経緯の考察は種や亜種の考え方にも影響が及ぶかも知れない。つまりすでにあまりに最適化されすぎたため進化の自由度が少なく、隔離されてもそれほど違った種類が生まれるわけでもない (革新が起きにくい)。現在でも地理的距離の大きさに関連して世界のミサゴは遺伝的にはかなり異なるものとなり、種として扱われたこともあったが、遺伝的には違っていても世界のミサゴはどれも同じミサゴに見える。
亜種を細かく記載する時代があったにもかかわらずミサゴの亜種が遺伝情報が示す以上に過剰に亜種記載がなされていないのは、見かけがほとんど同じで亜種と判断できなかったのではないだろうか。地理的に距離が遠くても、単に遺伝的浮動で遺伝的に異なるものになっただけで適応 (それぞれの個体群に応じた異なる選択圧) を伴っていなければ「何 % 違えば別種」の目安にかかわらず、遺伝的に離れていても同種でよいのかも知れない。
これらは地域による適応や進化速度の加速などの遺伝的証拠を調べれば判断できるかも知れない。結果的に遺伝的には大きく違うがミサゴは1種となってもよいかも知れない。新しく分化したスズメ目の隠蔽種間の遺伝的距離とはおそらく意味が違うと考えるべきなのだろう。
さて、さらに考えてみるとタカ類は一般的にむしろ魚を避けているように思える。魚の捕れる場面でも捕ろうとしない種類が多い。海ワシ類 (トビも海ワシ類の系統) はむしろ例外的な感じがする。獲物としては比較的簡単なので魚を捕る習性がもっと進化してもよさそうな感じがするが、これはもしかすると栄養価の問題ではないかとアミノ酸組成を調べてみた。
参考 Mohanty et al. (2014) Amino Acid Compositions of 27 Food Fishes and Their Importance in Clinical Nutrition
硫黄含有アミノ酸ではメチオニンが代わりになるとはいえ、いずれもシステインが非常に少ない。メチオニンは魚の種類によって大きく異なり少ないものもある。
魚ではヒスチジンが多いのはよく知られている。羽毛にシステインが多量に必要な鳥にとって、メチオニンの少ない種類の魚はあまり良質の食材ではないのでは。可能ならばタンパク質源としておそらく自身にもっと近い系統の肉や羽毛を食べた方がよい。しかしそれら獲物を捕まえるのは難易度が上がるわけだ。
非常に大量に食べられる食物であることで魚食生活が栄養的に成立しているので、ミサゴもウ類も食べてばかりいるのは栄養価が相対的に低いことの現れなのだろう。ウ類の食性などはもっと調べられてそうな気がするのでこの点に着目した議論があるかも知れない。
日本にいると魚食の方がヘルシーな印象を受けがち (魚を食べなさいと教育されることに影響を受けているかも知れない) だが実際にはどうなのだろう。
ここでは脂質含有量は調べていないが、ヘルシーと言われるのは脂質が少ないためでは。もしそうであればエネルギー的にはあまり効率がよくない。この部分も「和食はヘルシーなはずだから」と結論の方向性が先に決まっていたのかも知れないとかふと思ってしまうがさらに横道に逸れそうなので...。
このアミノ酸組成は#ハチクマ備考の [ハチの子は栄養満点か?] のハチの子とも似た点があって、ハチの子ではメチオニンも少ないらしい。ハチクマ生活も豊富に食べられるならこそ成立している食性なのかも。ただしハチの子は脂質含有量は優れている模様。糖質目的でないことはハチミツを狙わない点から判断できる。
そしておそらく足りない栄養を補うため陸上性の脊椎動物も食べるし、肉だけで生活することも可能 (大発生したネズミ類を食べるのはそちらの方が栄養的に優れているわけだ)。ハチクマも魚はそもそも体に合わないらしい。
ミサゴはおそらくそこまで器用でなかったため陸上性の脊椎動物はほとんど食物にすることができず、魚を大量に食べることで栄養要求を満たしているのだろう。魚は栄養的にはそれほどよい資源ではないため陸上動物食の可能な多くのタカ類は無視し、理屈の上では可能であっても魚食性のタカ類が世界に広く分布することにならなかったのかも知れない。フクロウ類ではもう少し魚食性のものが多いが同じような議論が成り立つかも知れない。
ハヤブサ目では簡単に調べた範囲で魚食性が目立つものはいない模様。ヘビが主な食物となっているワライハヤブサでは食物リストの最後の方に出てくる程度。猛禽類にここまで敬遠されるのはやはり魚食のメリットが小さいのでは。
このような視点で考えると (オオワシ・オジロワシやハクトウワシのファンの方にまた怒られるかも知れないが) 一部魚食となった ノスリ亜科 Buteoninae のトビ族 Milvini は堕落したワシ・タカの系統と言えないこともない。ベンジャミン・フランクリン Benjamin Franklin がハクトウワシがアメリカの国鳥にふさわしくないと考えた理由もわからないでもない (ただしこの部分は通説と異なるところがあり、wikipedia 英語版に書簡が紹介されている)。
種類数はそこそこあるが、トビ属 Milvus、シロガシラトビ属 Haliastur、オジロワシ属 Haliaeetus、ウオクイワシ属 Icthyophaga (ウオクイワシ属はオジロワシ属に含められることもあるぐらいでそれほど分化していない) と、食性が他と異なる割にはあまり多くの属を生んでおらず系統的にも広がりを欠いている感じがする。
魚食がもし優れていたならば複数系統から進化して全世界を占めて競争になっていただろう。
ただしトビ族は後に誕生した系統だけあって食性の可塑性の高いものが多く、オジロワシのように万能捕食者も含まれている。
#オジロワシの備考 [オジロワシ属の系統分類] でも示したように、このグループでは広域に分布することに成功したオジロワシとハクトウワシがむしろ例外で、この系統の典型的な種類はむしろキガシラウミワシと言えるかも知れない。
ミサゴにとっては後に進化したタカ類などの強力な競争者があまり現れず、古い孤立系統であっても生き残ることができたと解釈することができるかも知れない。要するにミサゴは遺存的と言っているわけだ。
なんだか人気あるワシ・タカを片っ端からけなして全世界を敵に回しているような気がしないでもないが、清少納言「枕草子」の系統進化をふまえた現代版とでも捉えていただきたい (笑)。
記述している最中にこのような論文が出た: Varghese et al. (2025) Unravelling cysteine-deficiency-associated rapid weight loss
マウスの実験なのでそのまま当てはまるかどうかはわからないが、システイン制限は体重減少に役立つとのこと。体重減少が健康的であることを意味するのかそもそもよく知らないが、アミノ酸制限の中ではシステインが重要な役割を果たすことがわかったらしい。システインの少ないミサゴの食事が他の猛禽類に比べて健康的なのか...はよくわからない。野生動物にとっては (いや現代人以外でも同じでは) 体重が減る方が不利のような気がするが...。
「2025 年 5 月にネイチャーに発表された研究によりますと、アミノ酸の中でただ一つシステインを減らすだけでマウスの体重が減ることが明らかになりました。魚のタンパク質にはシステインが少ないことが知られています。魚食がヘルシーであることがこれでまた一つ科学的に裏付けられました」のような紹介がすぐに現れても不思議でなさそう。もっともこのぐらいの解説ならば AI がすぐ作り上げてくれるだろうが。
[ひなの色]
ミサゴのひなが他のタカ類に比べて白っぽくないことに気づかれている方もあるだろうが、Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" p. 173 によればミサゴのひなでは "brown down" がやや縞状に生えて多少は隠蔽色になっているのではと解説がある。目立つところに巣を造らざるを得ないためだろうか
(関連情報は #カタグロトビ備考の [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] を参照。フクロウ類のような mesoptile が関係しているのかも知れない)。
同書でゴマバラワシ Polemaetus bellicosus Martial Eagle のひなは黒色と明るい灰色とのこと。Brown (1976) はこれらの時期は親が抱いているのでひなの色はあまり関係ないのでは、と述べている。
ゴマバラワシはイヌワシ亜科の非常に強力なワシだが巣は樹上の開けた環境に造るよう。ひなの色と多少は関係あるのかも知れない。日光が強すぎて真っ白では光が体表に入りすぎるなどの理由も考えられるかも。
イヌワシ亜科のひなはどれも白いわけではなさそう。
(追記) Jollie (1976, 1977)
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part II)
に当時ワシタカ目の羽毛の詳しい情報があった。ミサゴのひなは生まれた時点で protilae と metaptilae の両方が生えているとのこと (p. 41)。真っ白ではない理由となる。ミサゴは他のタカ類に比べて生まれたばかりのひなの綿羽が短く、縞模様になっている点で特異とのこと。他にも異なる点が多く羽毛の面でも科レベルで違うよう。
[ミサゴの大腿骨は含気骨でない]
Gutherz and O'Connor (2022) Postcranial skeletal pneumaticity in non-aquatic neoavians: Insights from accipitrimorphae
がタカ類骨格の含気率を調べている。調べられた中でミサゴは唯一大腿骨が含気骨でなかったとのことで、水面突入時に獲物に対する操縦性能を高めるためかとの推論。
他の種類では新世界・旧世界ともハゲワシ類が上腕部先端部まで含気が進んでいてソアリングへの適応か。
広義ハイタカ属や Aquila 属の多くで尾骨に含気が進んでいて操縦のための尾が長いためか、などの考察がある。他の系統でも散発的にあるがノスリ類には少ないとのこと。
系統樹と特徴が図示されている。また解析に使われた種の wing loading などのパラメータも含まれている。全体的にはタカ類の間で期待したほどの差がなく、体重などのパラメータとの相関もあまりなかったらしい。
上腕骨に限ったものだが広い分類を扱った研究がある。Burton et al. (2023) Direct quantification of skeletal pneumaticity illuminates ecological drivers of a key avian trait
潜水性の鳥では含気骨になっていないなどある程度知られている結果を再現することになった。これらは骨皮質が厚くなっている。生態を反映しているが系統 (Elementaves で顕著) も表れている。スズメ目の中にも例外的なものもある。
Moore et al. (2025) When the lung invades: a review of avian postcranial skeletal pneumaticity に新しいレビューがあり、
Gutherz et al. (2021) Postcranial Skeletal Pneumaticity in Cuculidae でカッコウ目が扱われているとのこと。Moore et al. (2025) のレビューではタカ類の上記研究とともに体重が大きいほど含気部が増える予測をそれほど裏付けていないとしている。系統内の広い種を調べた研究はまだこの2例とのこと。
Moore et al. (2025) は含気骨となっても必ずしも体重が軽くなるわけではない (同様の体重で含気度の異なる種類で体重はあまり違わない)、ただし体重比では骨が軽くなっている可能性はあるもののまだ実際に確かめられていない。
長骨の曲げなどに対する強度を予測する直径と骨の厚みの比では、含気骨の種類とそうでない種類が重なっていて含気骨かどうかは強度にはあまり関係がないだろう結果となった。一方で翼竜では極端に骨の薄いものがあって鳥類とは異なる選択圧の存在を示唆する。鳥類の骨は軽さを追求するより時折生じる急激な力に耐える必要があるとの解釈がある (しかし Currey and Alexander 1985 とこれまた結構古い)。
もし含気骨となることで骨の強度が落ちるならば、何か別の利点があると考えられいくつかの仮説が出ている。有力なところでは骨格を軽くすることでエネルギー効率を上げる、骨の構造の最適化のため、があるらしい。空冷効率を上げるためとの仮説もあったが実際にはほぼ効果が期待できないとのこと。
まだ納得できる説明には至っていないよう。セイタカコウ Ephippiorhynchus asiaticus Black-necked Stork では体重がずっと大きいにもかかわらずマガモより頸椎の含気度がずっと低く体重が大きいほど含気部が増える予測と合わないとのこと。μCT + 画像処理 AI で含気部を判別する手法が使われており今後測定例が増えることが期待される。
Klein et al. (2025) Avian air sacs and neopulmo: their evolution, form and function には系統と気のう・含気骨の関係が示されているが、まったく研究のない系統も多数あって傾向は多少知られているものの今ひとつよくわからない。
neopulmo と呼ばれる気のうに関連する細気管支 (neopulmonic parabronchi) も知られていて、原始的な系統の鳥には見られないので進化した形質と考えられるが、進化した系統にあまり一貫性がなく生理的役割もよくわかっていない。
[地上営巣するミサゴ]
Bildstein (2017) p. 121 によれば地上性の捕食者のいない島などでは地上営巣するミサゴがあるとのこと。
例えばメキシコ北西部、紅海の島が挙げられている。砂漠で淡水に囲まれたカリフォルニア湾 (Sea of Cortez) の島では世界でも最も高い営巣密度になっているとのこと。
ミサゴの翼の機能を考えると、地上営巣したくても地上性の捕食者のいないよほど恵まれた環境以外では実現できないかも知れない。
[ミサゴの営巣を防ぐには?]
うらやましい話だがミサゴに営巣されると困る人もあり、このようなスレッドもあった。
osprey problems (Tidal Fish) いろいろ試したがうまく行かなかった。代替営巣場所を用意することで解決したとのこと。もし困っておられる方があれば参考までに。
[ポーランドで減少するミサゴ]
どこでも数が増えているとされるミサゴだが、ヨーロッパで唯一ポーランドでは成鳥の密猟で数が減っているとのこと。Wozniak et al. (2022) Red Spot on the European Green Map: Will the Extra Catastrophic Phenomenon Take the Polish Poaching-Pressured Ospreys to the Brink of Extinction?。
2019-2020 年の巣のカメラモニターにより、ひなのみならず時には成鳥も想像以上にオオタカやオジロワシに捕食されていることがわかった。オオタカによる捕食が卵が孵化しない要因に匹敵する繁殖失敗の要因になっている。生涯の子供の数を下げる大きな要因になっている。
繁殖密度が高い場合は捕食者に反撃する行為が近傍の巣を守る効果があるが、個体密度が減少して巣の間の距離が長くなり有効に働かない可能性がある。密猟によって成鳥が死ぬことはさらに大きな打撃がある。
ポーランドでは減少しているが近隣のドイツやベラルーシからの個体の流入がある。もしこの流入がなければ密猟で数を大きく減らしていたはず。絶滅のおそれがあるとも言える危機的状況で、現状は密猟を防止する対策しかない。
Gryz and Kranze-Gryz (2018) Pigeon and Poultry Breeders, Friends or Enemies of the Northern Goshawk Accipiter gentilis? A Long-Term Study of a Population in Central Poland
同じ地域ではないだろうがポーランドのオオタカの推移の研究がある。迫害や DDT、森林伐採で減少した時期があった点は他国と同様。そのころに比べて個体数は増え、1980 年代に密度が高く、近年繁殖つがい数が減少している。
1980 年代は森林被覆率の低い地域に分布して豊富なハト (ドバト) に大きく依存していた。
かつては庭ではニワトリが飼われているのが普通でオオタカのよい食物となっていたが、養鶏場で飼育されるようになり、また鳥インフルエンザで屋外飼育も制限されるようになった。
かつては狩猟も行われていたものの人間活動由来の十分な食物があった。代わりの食物 (ライチョウ類などの狩猟鳥やカラス類) が十分になくて食物不足になっているとの解釈。
[ミサゴに魚を捕らせることは可能か?]
英語で調べていて osprey fishing という表現を見つけ、ミサゴに魚を捕らせるのかと思ったが、これは中国のカワウを使う鵜飼のことだった (中国語をそのまま訳すと fish hawk となり、ミサゴの英名にされたものらしい)。#カワウの備考 [カワウを使った日本と中国の鵜飼] に。
この時はこれで納得していたのだが、何とミサゴに魚を捕らせることが本当に試みられていた。
ミサゴを訓練して魚を捕らせるのは従来と不可能とされていたが、正しくないことが示されたとのこと。
Osprey Falconry。
"Ospreys in Falconry: A falconer's adventures with an osprey" という本まで出している。2022 年の日記が出ているが、半分食べた魚を持って戻ってきたとのこと。
Is An Osprey Considered A Bird Of Prey? によればミサゴを訓練するには十分な経験を必要とするが、利口な (原文 brilliant) 鳥で訓練によく応じるという。哺乳類や水鳥を捕る鷹狩りまで可能であるとのことだが、十分な知識と他の猛禽類での経験が必要とのこと (情報の確かさはよくわからないが)。
(The Modern Apprentice) にも情報があり、ミサゴのリハビリテーションにも特有の技術が要求される。主な食べ物が魚なので獲物の探索像が生きて泳いでいる魚が中心になり、魚を生きたようにみせかけるなど餌を認識させるのに工夫が必要とのこと。
好みも特殊なのでミサゴを用いた鷹狩りの研究は、猛禽類を理解したりリハビリテーションなどの保護にも有用な情報を与えるということだろう (なおアメリカでもミサゴは保護されていて通常は鷹狩りに使うことはできないらしい)。
[ミサゴの体臭]
ミサゴは例えば救護された鳥として届けられた時に、開けなくても種類がわかるほどににおいが強いという。例えば宮崎 (1987)「鷲鷹ひとり旅」には脂肪分の強いヒツジによく似た独特の体臭を持っているとある。
ただしこれは魚食性の鳥なので、という理由ではないようである。尾脂腺の油のようで、その点では他の鳥と変わらないそうであるが、タカ類の中では例外的によく発達しているということのようである。
英語ではミサゴの羽毛を指して "oily" が (oily waterproof coating 防水性のある油のコーティングをした のような表現で) しばしば使われる。
そのためミサゴは水中まで没して魚を捕ることができるが (鼻孔開口部も閉じることができる)、魚を捕るオジロワシは羽が濡れてしまって乾かすのに時間がかかるため水中には没しないそうである (オジロワシの wikipedia 英語版より)。魚食のワシは魚食性の鳥のにおいがするのか、と聞かれたことがあるがそうではなさそうである。
鼻孔開口部も閉じることができる点については Jollie (1976, 1977) A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part III) pp. 119-121
に dorsal and ventral margins of the external naris overlap at the postventral corner と記述がある。開口部の上下の皮膚が重なり合うとのことで、これはハチクマ類でも同様かも知れないとある。
用語を調べてみると operculum の名称があるらしく、潜水する鳥が鼻孔を閉じる際に使われるとある (wikipedia 英語版 Beak の項目より) のでミサゴのものもこの用語でよさそう。
花の蜜を食べる鳥でも花粉が詰まるを避けるため同様の機能がある。Attagis 属 (ヒバリチドリ類) は砂ほこりが入るのを防いでいる。
オーストラリアガマグチヨタカ Podargus strigoides Tawny Frogmouth では鼻腔の乾燥防止や湿度維持に働いているとのこと。ハト類では発達していて上嘴基部を覆い、しばしば cere (ろう膜) と呼ばれるが別物である。Tapaculos (Rhinocryptidae) オタテドリ科 は operculum を動かすことのできることが知られている唯一の鳥 (以上 wikipedia 英語版より)。
ミサゴで operculum を検索するとミサゴの食物の魚のエラにある operculum が検索されてしまい、ミサゴの鼻孔部に対する用例があるかどうかはわからなかった。
おまけで Jollie (1976, 1977) p. 119 によれば Shufeldt (1891) はミサゴは耳管の前方開口部を完全に閉じる機能があると報告されている (水圧への適応を示唆している) が、Jollie 自身の観察ではこの見解は確認できなかったとのこと。
Shtegman (1937) "Faune de l'URSS Oiseaux Vol. I n.5 Falconiformes" (参考文献参照) p. 4 によれば、Stresemann によればミサゴの尾脂腺は同じサイズの他の鳥よりもさらに大きいとのこと。昼行性猛禽類の尾脂腺は中程度の大きさでミサゴのみが例外とのこと。
[ミサゴの体温調節]
Rogalla et al. (2021) Thermoregulation and heat exchange in ospreys (Pandion haliaetus)
がサーモグラフィーなどを用いたミサゴの放熱の研究をしている。嘴の表面近くを動脈が通っていて熱を逃がせる可能性があるが、実測では脚と趾からの放熱が多かった。外気温が上がってくると喘いだり翼を広げる行動を示すが頭部に低温領域が生じて皮膚からの蒸発で放熱していると考えられる。
鳥類の嘴は血管が豊富で、放熱器官として役立っていることについての論文は Tattersall et al. (2016) The evolution of the avian bill as a thermoregulatory organ、
van de Ven et al. (2016) Regulation of Heat Exchange across the Hornbill Beak: Functional Similarities with Toucans?
などが参考になる。湿度の高い熱帯林に住むサイチョウ類などは蒸発による放熱があまり期待できないので蒸発に頼らない放熱の必要があるなど。
Coulson et al. (2024) Non-evaporative heat dissipation across the beaks and casques of large forest hornbills も肯定的な研究。サイチョウ類などで嘴やカスクの温度は外気温より 10-12°C 高く、代謝による熱の 31-83% を放散していると見積もられた。
気温が上がるとあるところから嘴の温度が急に上がる。サーモグラフィー画像も出ている。
タカ類ではアフリカのハゲワシ類3種のデータが使われている。体重が大きいほどより低い温度で嘴の温度が上がる傾向はサイチョウ類などの延長上にあるとのこと。
一方で異なるニュアンスの研究もあった: McQueen et al. (2023) Birds are better at regulating heat loss through their legs than their bills: implications for body shape evolution in response to climate
上記の結果とは違って嘴は外気温に合わせて急上昇が見られておらず、足の方が体温調節に役立っているとの考察。嘴はあまり温度調節ができないので寒冷環境ほど嘴が小さくなる傾向の説明になる (寒冷地ほど出張った部分が小さくなる Allen's rule アレンの法則 に従う理由になるように見える)。
サーモグラフィー画像で比較的簡単に測定できるので手頃な研究テーマになっているかも知れない。
鳥には汗腺がないので皮膚からの蒸発による温度調節はそれほど重要視されていなかったが、Arieli et al. (2002) Cooling by cutaneous water evaporation in the heat-acclimated rock pigeon (Columba livia)
のカワラバトによる実験では暑さに慣れたハトでは皮膚からの蒸発が古典的な呼吸による熱放出 (あえぎ呼吸) に完全に置き換わってしまったとのこと。皮膚からの蒸発の方が水分バランスのためにより効率的であるとのこと。アドレナリン感受性の皮膚の受容体があり、毛細血管を拡張して皮膚血流を増すことで蒸発による熱放出を高めている。
ハト類は乾燥環境に適応したグループなのでこのような熱放出が起きやすい生理機構が特に発達しているかも知れない。
鳥が皮脂腺から脂肪を出して皮膚を防水するよりは水分蒸発で体を冷やす機能の方を優先している点については#フルマカモメ備考の [におう鳥のリスト] も参照。暑さに慣れたハトでは皮膚の脂肪含有量も変化していたとのこと。哺乳類でも汗腺で体温調節を行う種類はそれほど多くなく、鳥も汗腺がなくてもそれに対応する体温調節機構があり風の涼しさは十分感じているはず。
密生した羽毛でハチの攻撃を防いでいるハチクマではどうなっているのだろうか? 足以外にあまり熱が逃げるところがないかも知れない。渡りの時でも口を開けて飛んでいるハチクマはしばしば見かけるがやはり暑いのだろう。海外映像でもハチクマの水飲みの場面はしばしばみかけ、他のタカ類に比べてよく水を飲んで暑さをしのいでいるかも知れない。
口を開けても日本の夏のように湿度が高いと上記サイチョウ類やオオハシ類と同様蒸発による放熱があまり期待できず、ハチクマが西日本に少ないのは暑さにも関係しているかも知れない (近年の暑すぎる夏を体験していると一層そう思えるだけかも...)。もっとも熱帯には留鳥亜種が生息しているので暑さそのものが制限要因ではないかも知れない。
シラコバト (abstract ではジュズカケバトとなっている) のサーモグラフィー画像があった: Crandell et al. (2025) The role of plumage and heat dissipation areas in thermoregulation in doves
体部からも熱を逃していることがよくわかる。風を当てて涼しくすると高温領域が著明に減少する。温度負荷 (飛行後など) では顔、足、翼が特に高温になっている。
ダチョウの体温調節: Svensson et al. (2024) Heritable variation in thermal profiles is associated with reproductive success in the world's largest bird 首と頭に温度差があり、首が頭部の体温調節に用いられていることがわかる。温度調節が優秀なメスほど高温下の産卵能力が高かったとのこと。
サーモグラフィー画像から脚も放熱に用いられていることがわかる。体温調節能力が遺伝とどのように関係するか、亜種の分布域によって異なる気候への適応の遺伝的メカニズムを示唆する最初の研究とのこと。
Monge et al. (2025) What does infrared thermography tell us about the evolutionary potential of heat tolerance in endotherms? この論文へのコメントで、研究の方向性は正しいと考えるがサーモグラフィー画像のみから熱耐性メカニズムを正しく評価できるか疑問も呈している。手軽にできる測定方法の限界も指摘している。
また Svensson et al. (2024) が脚の放熱を考慮していないのは不思議である (おそらく頭部の冷却機能を重視したかったためでは?) など。
この論文にカナダガンの冬場のサーモグラフィー画像があり、嘴を羽毛にうずめた状態でいかに放熱が抑制されるかもわかる。
[英名などの語源]
英名の osprey の語源については 15 世紀中頃に osprai < 英仏語 ospriet < 中世ラテン語 avis prede (bird of prey 猛禽類の意味) と呼ばれていたが、現代英語の osprey はフランス語でヒゲワシを意味した ossifrage (骨を砕くもの) と混同され、音も似ているためこの単語になったものと推測されている (Online Etymology Dictionary)。
os- を見て骨を連想するのは正しいようである。
OED によれば osprey に別語義があり、osprey feather, osprey plume の用法でサギの羽毛を用いた婦人の帽子類の飾りを指し、かなり現代に近い用例もある。この場合は real osprey (1990 年の用例) はミサゴではなくサギを指すのだろう。なぜサギも指すのかについては明瞭な解説はなかった。
英語ではほとんど事例がないが (1601 年の用例があるとのこと)、同系語で orfraie はフランス語で現在もオジロワシを指す。
ドイツ語では Fischadler (魚ワシ) なのでこの単語を見るとつい英語の fish eagle を想像してしまうが、いわゆる海ワシ類はドイツ語で Seeadler (この単語のみでオジロワシを指す)。英語で何とか fish eagle と呼ばれる種類もドイツ語では何とか seeadler の名前になっているようである。
つまりミサゴはドイツ語ではワシの名称 (分類?) になる。日本語では多分タカの方に分類されるのでは。
他の言語ではそこそこバリエーションがありフランス語では balbuzard pecheur (釣り師の balbuzard、balbuzard は英語の bald-buzzard 由来とのこと: 出典。bald はハクトウワシ同様で「頭に白いところのあるノスリ」となる。#ハクトウワシの備考参照)。スペイン語も gavilan pescador (釣り師のタカ)。
ロシア語では特殊で skopa (アクセントは後でスカパーと読む)。語源はよくわかっていないがインド・ヨーロッパ語族の skopiti (削る、剥ぐ) に由来する可能性がある。趾が後ろにも回って二重の「取っ手、かすがい」skoba を形成するとの別の説もある (Kolyada et al. 2016)。
[ロシア語の「猛禽類」]
ロシア語では捕食性動物 (哺乳類でも鳥類でも) を指して khishchnik 難しそうな綴りなのだが発音は日本語のヒーシニクで問題なく通じる。もちろん変化形があり複数は -i ヒーシニキ 複数で〜の、〜をは -ov ヒーシニカフ。
特に鳥類の猛禽類を意味する時には pernatyj khishchnik ピェルナーティ ヒーシニク (羽の生えた〜) がよく聞かれる表現。ドキュメンタリーなどでは獲物が出てくることが多いが「獲物を」は dobychu ダブィチュ。これらだけでも聞き取れればロシア語ビデオも案外わかった気になれる。
[feather taxis・頭かき]
川口 (2016) Birder 30(4): 50-51 でミサゴの解剖をもとに扱われているテーマなのでここで紹介しておく。
"feather taxis" と呼ばれる概念で、ミサゴでは次列風切の付着部の S5 に相当するものがない (このタイプを diastataxy と呼び、あるものを eutaxy と呼ぶ)。
と言っても図を見ないとわからないので、川口氏の記事を見ていただくか Bostwick and Brady (2002)
Phylogenetic Analysis of Wing Feather Taxis in Birds: Macroevolutionary Patterns of Genetic Drift?
の図を見ていただくとよいだろう (ここでもミサゴが取り上げられている)。古くから知られていた概念だが、Sibley and Ahlquist (1990) の DNA-DNA 分子交雑法の系統が発表されたのでそれを用いて系統解析をした論文。
何かに対する適応の産物か偶然なのかよくわからないのだが、この論文ではこの系統樹を用いれば多くの回数の出現・消失が起きていて適応の産物よりは遺伝子浮動による偶然ではないかとしている。
川口 (2016) でも「遺伝子の傷のようなもの」のような表現を用いている。
Sibley and Ahlquist (1990) は diastataxy の分類学的価値は限られていると述べているが、この著者は多くの系統でよく保存されているのでこの表現は皮肉に聞こえるとしている。
今ならばもっと多くの形質や生態パラメータとの相関をとったり、新しい分子系統分類を用いて解析するだろう。現代の系統分類に基づいて並べ直してみるとどうだろうか。
Telluraves に限ってみてみると、フクロウ目、タカ目ともに diastataxy、ネズミドリ目、キヌバネドリ、サイチョウ目、キツツキ目は eutaxy だがブッポウソウ目は両方あり。ハヤブサ目、オウム目は原則 diastataxy、スズメ目は eutaxy と系統はかなりよく反映されているように見える。
ネズミドリ目系統で eutaxy が生じ大部分受け継がれたがブッポウソウ目で多少違うものが現れた (何かへの適応であればブッポウソウ目では選択圧が弱いのかも知れない)。
他の系統は diastataxy だが最後に現れたスズメ目のみ eutaxy となった、となってそれほど多くの出現・消失は起きていないように見える (対趾足の出現・消失と同じようなもの)。例えば何らかの航空力学的要請であれば我々が何への適応かよく理解できていないだけかも。どなたか全部チェックしてみられませんか?
川口 (2025) Birder 39(2): 52-53 がアオサギをテーマに再度取り上げられていて大型の鳥はみなそうであると書かれていたので再度見直してみたが、Bostwick and Brady (2002) を見ると必ずしもそうではないことがわかる。
この論文を見ると小型化、飛翔性を失う (クイナ類、カイツブリ類、ウ類で顕著) ことは eutaxy への遷移を起こしやすい。アメリカヤマシギは羽音を出す適応があり、これもこのグループの中では eutaxy となっている。他にアマツバメ類などが取り上げられている。単なる偶然の産物よりは逆方向にも進化し得るが少なくともいくつかの系統では機能的適応と見るのがよさそうに見える。
テーマとなっていたミサゴやアオサギはいずれも大型で翼も長いので diastataxy の傾向が現れてよいことになる (発生学的要請または飛翔機能のための適応?)。
川口氏 (2016) の「遺伝子の傷のようなもの」の表現の意味はどうも上記と少し違うらしく、適応によるものでなければ系統を調べるよい目印になる考えらしい。つまり恐竜化石に diastataxy の証拠が見つかれば鳥類の直系の先祖がみつかる可能性が高いとのこと。この記事では始祖鳥が diastataxy か否かは見解が分かれているとのこと。
だいぶ古くからある話のようで Condon (1957) Neoteny and the Evolution of the Ratites が走鳥類の発生途中で diastataxy の痕跡器官が現れるのは祖先が地上性ではなかったことの証拠であるなどの使われ方がなされている。
なるほど同じ議論が成り立つならば始祖鳥は飛べたのか feather taxis を見ればよいことになる。Bostwick and Brady (2002) にも始祖鳥への言及があり、de Beer (1954) は始祖鳥は eutaxic としたが Steiner (1956) は diastataxic とした。川口 (2016) の記事でも別文献も紹介して同じことが述べられている。
これら議論を行うならば feather taxis が適応の産物であれば困るわけだ。Bostwick and Brady (2002) は (当時の系統情報をもとにした) 系統解析からこの疑問に答えようとしたもの。
#カタグロトビ備考の [風切羽や雨覆の構造と機能] の Hieronymus (2016) Flight feather attachment in rock pigeons (Columba livia): covert feathers and smooth muscle coordinate a morphing wing
の研究を見ても筋肉への付着部位の違いなど機能がグルーピングされていて (例えば S1-S4 と S の後半は異なる) 別個のユニットだと思えば航空力学的要請による適応の産物であってもよいのでは? と感じる。解剖・発生学に詳しい方の検討をいただきたい。
この程度の背景知識を持っておくと単なる豆知識以上に川口氏が何を使えたいのか理解しやすいだろう。
頭かき (直接/間接) の話にも似ているような印象を受けて調べてみたところ、頭かきは種内ではよく保存され、オウム類の系統も反映しているとの研究はあった。
古いものだが ten Cate (1984) Functional Aspecies of Head-scrsatching Methods and Other Preening Movements in Birds
で直接/間接のいずれが祖先形か、分類学的価値はあるか、などの過去の議論も紹介されている。この著者は従来提案された系統 (当時の系統分類) との関係が確認できないので、系統を反映したものよりも機能的、形態的、行動学的要因で決まっているのではないかと考えている。
こちらも成鳥になると間接頭かきになる種類で幼鳥では直接頭かきのものは「機能していない進化の遺物」(以下 Lorenz 参照) 的な捉え方をしている。
鳥の頭かきがなぜそれほど問題になるかに関してあまり説明を聞かないのだが、「本能はどこまで本能か: ヒトと動物の行動の起源」(マーク・S・ブランバーグ著; 塩原通緒訳 早川書房 2006 原著 Mark Samuel Blumberg "Basic instinct: the genesis of behavior") という面白い本がある。
Lorenz (1958) が - 大部分の鳥はほぼすべての哺乳類や爬虫類と同様にまったく同じ仕草で頭をかく (間接頭かき)。このようなぎこちない動作が生得的でないならば何と表現したらよいのか見当がつかない。哺乳類と枝分かれする以前の共通の祖先である四足動物の足の位置関係を再現しているに違いない - と述べたことに始まる (訳書 pp. 124-126)。
Blumberg (2017) Development evolving: The origins and meanings of instinct
でこの部分に対応する記述と Lorenz (1958) のイヌと鳥の頭かきの比較絵が見られる。
Lorenz は遺伝子による遺産の一部と考えた。当時は行動は学習か本能 (遺伝) かが問われていて学習が偏重されたため、Lorenz は生得的動作に重点を置くようになったとのこと (pp. 125-126; Lorenz の有名な数々の実験はそのような意図で行われ、生得的なものに重点を置いて発表されたものと解釈するとわかりやすい)。
今から見ると "大部分の鳥は" がおかしいわけだが、当時は間接頭かきの方が古くからあったと考えられていた。現代の系統解析では逆になる。我々はスズメ目が最後の分類に馴染んでいるが、系統解析のやり方次第で必ずしもそうならない。
モリムシクイ (と訳されているが北米のアメリカムシクイ科 Parulidae) は幼鳥では直接頭かきだが成鳥になると間接頭かきになることが知られているとのこと。
Burtt and Hailman (1978) Head-Scratching among North-American Wood-Warblers (Parulidae)
で生得的ではなく姿勢やバランス、体の重心と関係するという Lorenz とはまったく異なる解釈を提示した。同じ系統でも地上性のものは直接頭かきが多く、樹上性のものは間接頭かきが多いとのこと。
Hailman (1969) How an Instinct is Learned
は本能はいかに学習されるか、という刺激的なタイトルの記事を書いている。カモメ類のひなが親の嘴の赤い点をつつく行為も段階的学習によるという。動く点をつつく行動はごく一般的なもので、身近にある動く点が親の嘴にあるという次第。
このように鳥の頭かきは単なる面白い行動以上に動物の行動は本能か学習かの深淵なテーマに結びついていたわけである。今でも研究されて論文が出ている理由である。日本語でネットを検索してもそんな話には行き当たらなかったのだが...。
ちなみにこのあたりの話は分野的には心理学になり、鳥類学の文献にあまり登場しない研究者が多いのは学問分野の違いが現れている可能性がある。
またこの本で批判的なニュアンスで述べられている、行動が遺伝で決まる "生得論" は進化心理学 (社会生物学) の (ある程度の) 前提になっているので、進化心理学 (社会生物学) を基本に考える現代の鳥類学には相性がよくないかも知れない。
進化心理学 (社会生物学) 的に生物行動を説明する時に、行動が遺伝で決まるかどこまでわかっているか議論し始めると収拾がつかなくなるので、あえて単純化して説明を省いているかも知れない (こんなに面白い話なのに)。
また Lorenz などの古典的実験や考え方があまりに古くから図鑑や教科書などで教えられ、我々が刷り込まれているため他の可能性にあまり注意を払わないためかも知れない。渡り鳥の定位の話もそうだったが、古典的実験の話を聞く時には少々疑ってみるぐらいの方がよいのだろう。
頭かきに関連して、普段は間接頭かきをする種類でも飛翔中はそうも行かないので直接頭かきをすることが知られている。上記文献にも記述がある。
しかし撮影事例は少ないという。Gutierrez-Ibanez et al. (2023) (#ハチクマの備考参照)
の著者に両足を使って頭かきをする行動を知っているか聞いたところ知らないとのことであった。
皆さんはご覧になられたことはあるだろうか? 立ったままやるのはもちろん無理なので飛んでいる時の話で、おそらくソアリングする鳥でしか見られないのではと思う。
鳥にも両足を自由に使いたい衝動はあるようで (?)「どうだ、大空を舞うこの爽快感は!」と言わんばかりにハチクマが両足を使ってここぞとばかりに思い切り頭かきをしているのを見たことがある。やっぱりやりたいのだろうな。他の種でもそれらしい写真を見たことがあるが、1枚の静止写真なので両足頭かきかどうかは確実ではない。皆さんにも機会は十分あると思われるので注意して見ていただきたい。
書いているうちに思い出したのだが、#ハチクマの備考 [(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] で翻訳を紹介した [ハチクマのお客さんになって] に登場するヨーロッパハチクマのドルセトは足でなく尻で座って食事をするという (写真あり)。
当時は変わったことをする程度にしか思っていなかったのだが、これはもしかすると両足を利用したいために座って食べているのだろうか。飼育者も意識していないかも知れない。もしそうならオウムより上を行ってないか?! 川上和人様、足をこのように使えば手がなくてもピアノが弾けるかも知れませんよ [cf. 「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」p. 85 技術評論社 2013。文庫版 新潮文庫 2018]。
この姿勢はあまりに無防備なので飼育下で安全を確信しているゆえできる行動だろうが、人知れないところでハチクマが両足を投げ出してこっそりくつろいでいたりするのかも知れない。想像するだけで苦笑してしまいそうだ。ハチクマはやはり面白いのである。
Oriental Honey-buzzard (Sanjiv Khanna 2024.4.20) の写真をみるとヨウムの後ろ姿にもどことなく似て見えて、今にもしゃべってきそうに思えてしまう (気のせいだろうが)。
さらに時間が経てばハチクマからオウムが進化してくる、なんてことはさすがにないかな? ハヤブサ系統からオウム類が進化したならば、タカ類からオウム類みたいな鳥 (タカオウム??) が進化しても別に不思議でないかも知れない。甘い物も好きだし、現在でも実は中間的だったりして。ハチクマはオウムダカだと思って見る (??)。
ある程度大型のしっかりした捕食者で、外敵をそれほど気にする必要がないならこそ両足頭かきする余裕が生じるのだろうし、足を使って器用なことをする余裕も生まれてくるのかも。オウム類がハヤブサ系統から進化したのも祖先がしっかりした捕食者であったことが実は必然だったのかも知れないとか思ってみたりする。
ネズミドリの系統はそれほどの捕食者ではなかったのでそこまで知的なグループが進化しなかった?
このあたりは空想鳥類学ということで...
[ミサゴと他のタカの交配は可能か?]
みさご腹 (鶚腹) という言葉があり、国語辞典などではタカとかけ合わせてミサゴの腹に生まれた子とされる。
「大江戸飼い鳥草紙」(細川博昭 吉川弘文館 2006) pp. 131-132 に 1254 年にすでに秘蔵のタカとして記述があり、メス親であるミサゴの性質を受け継いで鳥を追わないとのこと。
細川氏は異種交配が試みられていたと考えられているが本当に交配可能なのだろうか。
前述の染色体構成の大きな違いを考えると不可能のように思えるが...。分岐年代約 5000 万年前で科レベルで異なる種同士で交配可能であれば生物学的にも大発見のような気がする。
そもそもミサゴや他のタカの飼育下繁殖技術があったのかどうかも疑問な点だが、単にミサゴのように白っぽい色変わりのタカを自慢する言葉だったのではないだろうか?
探してみると歴史伝承については二本松 (2008) 諏訪流の鷹術伝承 -みさご腹の鷹説話をめぐって- (論究日本文学) という論文があった。
系統の離れた鳥類種の間での交配についての論文があった: Alfieri et al. (2023) Genomic investigation refutes record of most diverged avian hybrid
これまで記録とされたホロホロチョウとチャバネシャクケイ Penelope superciliaris Rusty-margined Guan (分岐年代 6500 万年前と推定) の雑種とされ 1957 年に報告された標本をゲノム解析した結果この同定は誤りで、ホロホロチョウとセキショクヤケイ/ニワトリの雑種と考えられるとのこと。これでも分岐年代 4700 万年前程度でこれまで知られている最も系統の遠い交配例の一つであることは間違いないとのこと。
他に知られている例では 3700 万年前分岐の ショウジョウコウカンチョウ Cardinalis cardinalis Northern Cardinal と コウカンチョウ Paroaria coronata Red-crested Cardinal の例があるとのこと。
哺乳類では分岐年代 2000 万年前、魚では 1.5 億年前の例があるとのこと。全脊椎動物内ではないが鳥類での 4700 万年前は脊椎動物でも最も極端な例と言ってもよいとのこと。
ミサゴとオオタカであれば Catanach et al. (2024) の数字では 5000 万年前を超えるぐらいなので、もし「みさご腹」が本当にあるならば記録的となるはず。http://www.timetree.org/ で見積もってみると 5000 万年前 (3770-5900 万年) となる。
キジ目の間では染色体パターンは保存されているので離れた系統でも雑種形成が起きやすいかも知れない。ミサゴとオオタカの間は染色体再編成のパターンが異なるので単なる分岐年代以上に雑種形成を妨げる要因があるかも知れない。
思いつくところでは #カンムリツクシガモ のゲノムはまだ調べられていないようだが、過去の目撃証拠に基づかず雑種でないことを証明するには現代ではこのような直接検証が欠かせないかも知れない。
[近代的な陸鳥の進化]
日本鳥類目録改訂第7版以降の分類では、このあたり (タカが登場するあたり) 以降の鳥の性質がそれより前の部分とはかなり違うことにお気づきの方もあるかも知れない。
この後では本格的な水鳥は現れず (水辺に住むグループ程度はあるが)、ここからが本格的な陸鳥の始まりである。かつてはタカ類とハヤブサ類は一緒にされ、しかもコウノトリ類と近縁とされた古い研究の影響もあってタカ類 (とハヤブサ類) が変な場所に置かれていたため、図鑑の配列を見てもこのあたりが明確に見えなかった (もっとも、猛禽類の中にはヘビクイワシのような変わった種類もいるので、ツルやコウノトリ類と近縁だったと考えられたのは無理もなかったかも知れない)。
シブリー・アールキスト Sibley and Ahlquist (1990) の DNA-DNA 分子交雑法による鳥類分類の発表があり、従来分類とは違っていていろいろな点で話題となったがこれでもタカ類はコウノトリ目に内包され、根本的な解決には至っていなかった。
Sibley et al. (1988) A Classification of the Living Birds of the World Based on DNA-DNA Hybridization Studies
がオープンアクセスになっているので紹介しておく。
混乱をもたらしただけとの批判もないわけではなかったが、他の分類群については現在に近い結果も多くある。タカ類の位置を見定めるのはそれだけ難しかったということだろう。
シブリー・アールキストの時代には DNA 配列から系統を推定することはできなかったが、その後の分子遺伝学の進歩により現在ではより確かな系統関係がわかるようになっている (その結果日本鳥類目録改訂第7版の分類大改訂につながった)。
現代的な研究の一例として Prum et al. (2015) (#アマツバメの備考) の系統樹を見ていただきたい。
この系統樹は今後少々入れ替わる程度の変化はあると思われるが、今後はこれまでのような大きな変化はなく、おそらく最終版にかなり近いと考えてよいだろう。
この系統樹の2ページめからが近代的な陸鳥のグループであり、日本産の鳥ではミサゴから始まるのでここに説明を入れた。
[追記 2025.3]
この部分を記した後に [#鳥類系統樹2024] や日本鳥類目録第8版が発表され多少事情が変化したので解説を少し追記しておく。
日本鳥類目録の第7版から第8版への移行に際して目の順序が変わった部分があり、新しい配列を覚えるのに苦労されている方も多いと思う。探鳥会リストなどで用いるならば鳥合わせの際に新しい配列を把握する必要があってやむを得ない部分もあるだろう。
しかしこの部分は第7版でかなりよくできていて、順序が変わっているところは系統の前後関係を判定することが難しい部分に限られている。第7版の目順序を使ってもあまり大きな間違いはない。
例えばカイツブリ目は第8版で後に移されたが、[鳥類系統樹2024] の結果を見ると第7版の配列の方が近かった。将来いずれまた戻されることになるだろう。つまりこれら部分の目の配列は一喜一憂するほどのことはない。
ヨタカ目やアマツバメ目も第8版で最初の方に移動されたが、このグループには音声学習を行うハチドリ類が含まれている。#タンチョウの備考 [ツル類やハクチョウ類の気管・鳥の発声メカニズム] で取り上げた。少なくともこの部分は第8版配列を覚えてしまわない方がよさそうと書いた。
注意深い方であれば第7版から第8版への移行で目の配列が変化しない部分があることにお気づきだろう。つまりタカ目以降は順序を変える必要がないのである。これはタカ目の前とタカ目以降の系統が大きく分かれているため、少々のことでは順序が入れ替わる心配がないのである。この境界がここで示す "近代的な陸鳥" あるいは後述の Telluraves とそれ以前の系統に対応している。
また、第7版から第8版への移行でキジ目・カモ目の順序が入れ替わってしまったが、{キジ目 + カモ目} とそれ以降の部分の順序には入れ替えはない。この境界が Neoaves の出現に相当する。
つまり目の順序を覚える時には {キジ目 + カモ目} / Neoaves (のうち Telluraves でないもの) / Telluraves に3分割すればよい。日本産以外も考えるとさらにダチョウなどの古口蓋類 (古顎類) が {キジ目 + カモ目} の前に並ぶことになる。これらの境界は今後おそらく変わることはないので覚えてしまって大丈夫である。目の順序を覚える必要性はそれほど高くないがどの区分に入るかを把握しておくとよい。
さて、これらの目録に出てくる順序は系統樹を1次元配列にしたもので (linear sequence 線形配列と呼ぶとよいだろうか)、複雑な系統樹を1次元の順序に置き換えるのにそもそも無理があることは理解いただけるだろう。しかし系統樹のままではリストを作る時など扱いにくいので1次元配列に割り当てる必要がある。
ここで系統樹で古い分岐から順に割り振ってゆくわけだが、分岐に含まれる系統数が多い (複雑な系統樹となっている) 場合は往々にして直感に反する順序になることもある。"Neoaves (のうち Telluraves でないもの)" がまさしく該当していて、分岐順に割り振っていった結果類縁性の低いものが隣同士となる場合が生じる。例えば県内の住所一覧を行政区域ごとに分割して1次元配列にすると地理的に離れた地区が隣同士となってしまうことがあるのと同様 (名簿を郵便番号や電話番号順に並べることを想定してもよい)。
しばしば "系統の近いものが並ぶように配置" されていると表現されることがあるが、必ずしもそうなっていない場合が生じる。例えば第7版ではチドリ目とタカ目が並んでいたが、第8版ではペリカン目とタカ目が並ぶ。これらは系統が近いのかと自然な疑問を持たれる通り、系統が近いわけではまったくない。
系統樹の形次第で "Neoaves (のうち Telluraves でないもの)" のグループの最後がたまたまチドリ目になったかペリカン目になったかの違いである。もとを正せばより高次の系統で {キジ目 + カモ目} / Neoaves (のうち Telluraves でないもの) / Telluraves に分けてまずこの順序に並べる必要があるため生じた現象である。同様の現象はいろいろな階層で生じているので、目レベルに限らず順序を覚える際は "何と何がグループを作るか" に注意しながら把握されるとよい。
2つに分かれるだけの枝であればどちらが先になるか明確な規則があるわけではない。キジ目とカモ目の入れ替えはどちらが先になってもよく、これも基づいた分類体系次第となる。一番最初の種類が一番原始的かと問われることがよくあるが (ちなみに昔は図鑑によってはアビから始まっていた)、{キジ目 + カモ目} が最初に分岐した系統であることは問題ないものの、キジ目とカモ目のどちらが早いかはあまり意味がない。
3目あればどの2つが系統を作るなど順序の議論に意味があるが、2目ではどちらが先でも事実上問題ないのである。質問には {キジ目 + カモ目} は古く分岐した系統であることがわかっていますと答えておけばよいのだろう。
その次は {カイツブリ目 + フラミンゴ目} であることはほぼ固まってきている。日本産では {キジ目 + カモ目} (内部順序は入れ替えてよい) の次にカイツブリ目を置くのがおそらく現状妥当だろう。
その次に Columbaves {日本産では ハト目 + サケイ目 + ノガン目 + カッコウ目} (カイツブリ目とフラミンゴ目が近縁であることは化石証拠も見つかったが、ハト目、ノガン目、カッコウ目の何が似ているのか誰もが戸惑いを感じるところ。この部分は第8版で現在の理解に近いものになった) になることもかなり固まってきている。このように見ると第8版の順序そのままは無理に覚えない方がよい感じもする。
それでは第7版から第8版で変化がなかったタカ目以降の順序は固まっているのか、覚えてしまって大丈夫か、と言えば議論の真っ最中で全然固まっていない。
日本産ではフクロウ目以降キツツキ目までが並ぶらしいことはほぼ問題なしで、この内部の順序はおそらく変わらないが後述のネズミドリ目の扱い次第。
日本産では {ハヤブサ目 + スズメ目} がグループを作ることも間違いない。2目ではどちらが先かわからないのでは、と思われるだろうが日本産以外にオウム目があって順序関係に意味があるので、この3目だけを対象とすればスズメ目を最後にしてよい点は問題ない。
さらにまだ系統関係が確定していないノガンモドキ目がハヤブサ目に近いと考えられている。
これらを全部考慮するとハヤブサ目やスズメ目を含むグループ (Australaves) 内部の順序が変わる可能性はゼロではない程度の段階だろうか。
むしろ並列で並ぶ可能性のあるタカ目とフクロウ目のどちらが先にあるべきか議論も実際に行われている。これまでの考えではフクロウ目からキツツキ目までが並ぶらしいので、タカ目とフクロウ目の順序を入れ替えると系統樹の前の方が重くなってしまうのであまり好まれていない次第。現在まさに検討途中の段階で、固まったかのように見えるタカ目以降の順序は将来変わるかも知れない (大きな変更を伴うことになるので変更しない慎重意見が現状は優勢)。
タカ目とフクロウ目の順序を入れ替えると一度は分かれたはずのタカ科とハヤブサ科が (日本産では) 1
次元配列で再び並ぶ珍現象も生じ得る。目レベルでは別であるが先述のように1次元配列の定義による。
また現生鳥類では小さなグループだがネズミドリ目の問題があって、かつては世界的に分布していた証拠があるが現在はアフリカのみに分布。フクロウ目に近い位置に置かれることが多いが見ての通りあまり似ていない。この目をオオブッポウソウ目から始まるグループの冒頭とすると {タカ目 + フクロウ目} と {ネズミドリ目からキツツキ目} が別系統となってフクロウ目からキツツキ目を一連の系統とも言えなくなる。
2系統の順序を入れ替えて {ネズミドリ目からキツツキ目} の後に {タカ目 + フクロウ目} が並ぶ配列も可能で、この場合は日本産ではブッポウソウ目、キツツキ目が猛禽類より先に並ぶことになる。
ノガンモドキ目を考慮に入れるとタカ目とどちらが早いか未解決なので一層ややこしくなる。伝統的な系統樹では優先度が同じならば "数の多いグループを最後に置く" 方が形がよいのでスズメ目を最後に残したい (第7版でもチドリ目の種類が多いので中間グループの最後となるのが好まれた経緯も想像できる) が、分岐順序の評価が変わればもしかするとスズメ目が最後でなくなる可能性もこれまたゼロとは言えない。
もしノガンモドキ目の方がタカ目より早く分岐したことが受け入れられるようになれば、同じ系統のハヤブサ目以降スズメ目までがごっそり移動することも原理的にあり得るのである。これらは科学的検証次第で現状はまだ未確定だが、いずれはより正しい系統順に近づいてゆく過程と言えるだろう。
またこれもよくある誤解だがこの配列の順序で出現したことを表すわけではない。あくまで系統分岐の順序であって、さらに分かれた先のそれぞれの系統の年代順序まで正しく反映されているわけではない。系統の出現からある地域に分散するまでの時間の考察も必要で、例えば日本のように系統の発祥の地から遠い地域では後に生じた系統が先に到着することもある。これは個々の例で考察する。
[追記終わり]
この近代的な陸鳥のグループを指して Telluraves という用語がある (対応する日本語名があるのか知らないが、中国語では陸鳥類と訳している)。英語では core landbirds と呼ぶのが一般的。これまでの系統でもハトやキジ類のような陸鳥のグループはあったが、現在の陸鳥の中では非主流と言えるだろう。
観察をしていてもこれ以降の陸鳥は一段進んだグループの印象を受けるでのはないだろうか。そのような意味も込めて higher landbirds という呼び名を使う人もある。
例えば Kuhl et al. (2021) An Unbiased Molecular Approach Using 3'-UTRs Resolves the Avian Family-Level Tree of Life の系統分類も参照。この分類に従えば、
1. Paleaognathae (古顎類) でダチョウなどの走鳥類。日本には該当種なし。
2. Galloanserae カモ類、キジ類
3. Mirandornithes (< miranda 驚くべき ornis 鳥 Gk) Sangster (2005) が提唱した名前。日本語名はよくわからないが、中国語では奇跡鳥類と訳している。カイツブリ類とフラミンゴ類。
4. Basal Landbirds ツル類、チドリ類、ヨタカ類、ノガン類、カッコウ類、ハト類など。これらが古いタイプの陸鳥のグループになる。
5. Aquatic and Semiaquatic Birds アビ類、ペンギン類、ミズナギドリ類、コウノトリ類、カツオドリ類、ペリカン類など。水鳥と水辺の鳥。
6. Higher Landbirds タカ類、フクロウ類、ブッポウソウ類、キツツキ類など。高等な陸鳥と呼んでよいだろう。
7. Australaves (日本語名はよくわからないが、中国語では南鳥類 *1) ハヤブサ類、オウム類、スズメ目など。
6. と 7. の細かい包含関係には後に示すようにまだ議論がある。6. の段階で鳥類に一段の進化 (例えば神経系など) があり、より高度なグループを生み出したと考えられる (そしてさらに 7. の系統でさらに一段の進化があったとみなされている)。1-5 までのグループが K-Pg 大絶滅を生き延び、6. 以降がその後現れたと考えられている。
「足を器用に使う鳥」の研究 (#ハチクマの備考参照) の論文では 6. の段階で足の利用方法が格段に向上している。
足を器用に使う鳥は圧倒的に猛禽類および類縁の種類 (オウム類) が多く、猛禽類として暮らすためには足の利用が不可欠であったのか、あるいは別目的で足の利用が進化したことが猛禽類の出現に結びついたのか面白いところである。
鳥の足はヒトの手のようなものでもあり、足を器用に使うことで脳の発達を促したことも考えられるかも知れない。4. の古いタイプの陸鳥の一部も木にとまるわけだが、これらの中に足を器用に使う鳥が発達しなかったのも興味深い。
ここで Prum et al. (2015) に戻ってみると、最も最後に現れた陸鳥の系統は猛禽型の鳥に始まった。タカ類とフクロウ類、そして残りの (高等な) 陸鳥。猛禽性はそれ以降の陸鳥の系統 (ハヤブサ類、オウム類、スズメ目) にも引き継がれていると書かれている。
猛禽性は例えばカワセミ類でよくわかる、スズメ目でも多くの種類が昆虫を捕まえる、モズ類では特に目立っているなど、猛禽の特徴はスズメ目に至るまで引き継がれていて、時々猛禽らしいグループが顔を出すと考えると納得できるように思える。
この考え方は研究者の間でもかなり共有されているようで、「小鳥の先祖はタカだった」と言ってもそう大きな間違いではないかも知れない (自分はこの考えを気に入っていて、祖先が大変優れた鳥であったために多様で能力の高い陸鳥に進化することができたのではとの「猛禽類ワールド」的な発想で見ている)。
ただし祖先を考える時に猛禽類だけに目を向けるのは、目立つ種類に引きずられすぎているとの指摘もある。
Prum et al. (2015) はさらに、水鳥とシギ類の系統が (生息環境や生活様式など) 限られた生態にとどまっているのは過去に指摘されていなかった系統的制約を意味する可能性を指摘している。
平たく言えばこれらの系統には限界があった、という意味と読んでよいだろう。
さらに次のような興味深い研究が出ている。Ksepka et al. (2017) Early Paleocene landbird supports rapid phylogenetic and morphological diversification of crown birds after the KPg mass extinction
非常に目立たない鳥であるが、ネズミドリの仲間の非常に古い化石が発見され、恐竜大絶滅から 200-300 万年ぐらいで現在の鳥のグループの祖先 (上記 6. 7. に至る) がほぼ現れていたことを示唆する。
この論文に現れる系統樹が斬新で、Telluraves (core landbirds、上記 6. 7.) に3つの系統があり、Australaves、名前は付いていないがフクロウ類とカワセミ類からなる系統、そしてネズミドリを含む Coraciimorphae (例によって中国語訳では仏法僧総目) の系統である。最後の系統にキツツキ類やサイチョウ類などが含まれる、この3つの系統がほぼ同じころに現れたと考えているようである。
現世鳥類だけを使う分子系統樹ではどうしても過去に消滅したグループの情報が含まれないので、このように化石記録も合わせた系統樹は重要である。この論文では (現世鳥類を使った分子系統樹による) 他の研究者の見解とは少し異なり、タカ目を Australaves に含めている。
現世鳥類を使った分子系統樹とは細かな矛盾が生じるのだが、初期に3系統が同じような時期に生じたため現世鳥類を使った分子系統樹で系統の出現順序を正しく解像できていない可能性は十分考えられる (つまりタカ類とフクロウ類、そして Coraciimorphae がどの順序で現れたかはわからない)。
後に発表された同じ著者による Ksepka et al. (2019) Oldest Finch-Beaked Birds Reveal Parallel Ecological Radiations in the Earliest Evolution of Passerines
も参照。ここでは Ksepka et al. (2017) の系統樹作成に使われた分子系統をベースとするが形態的特徴を取り入れる方法次第ではタカ目とハヤブサ目の収斂進化よって枝がまとまったもので、(純粋に) 分子系統的な支持は得られているわけではないと述べている。
分子系統的視点からは斬新な系統樹であったが共著者の助言 (?) もあって批判を呼びそうなトーンを抑えて受け入れられている形にしたのかも知れない。
ただし Ksepka et al. (2017) の論文で示されたタカ目を Australaves に含める系統樹は大変興味深く、タカ系統とハヤブサ系統が並ぶ関係になる (この図によればタカ系統とハヤブサ系統は 6000 万年前以前に分かれていたことになる)。
ハヤブサ類の系統にオウム類やスズメ目が含まれる点はこれまでの見解と同じ。「タカとハヤブサ」のような似たものが同じ系統に乗るならば大変納得しやすい気がする。
「日本鳥類目録改訂第7版ショック」の一つとしてタカ類とハヤブサ類が近縁でなく、後者はオウム類の仲間とされた点があったが、それは従来のタカ・ハヤブサ類の位置があまりにも間違っていたためで、この研究のようにタカ類とハヤブサ類をそれなりに近い位置に置くことも現在の知見とそれほど矛盾しない形で可能であることを示しているのだろうと考える
[ただし上記 Ksepka et al. (2019) が述べている解析の限界なども参照]。
もしこの系統樹が真実に近いのであれば、「小鳥の先祖はタカだった」と一層強く言えることになる (もちろん現代見ているタカは長い時間をかけて進化、選抜されてきたものであり、祖先となったタカのような鳥は現在のタカとはだいぶ違うものだったであろうが)。
現世鳥類を使った分子系統樹に忠実に従えば、タカ類と {ハヤブサ類 + オウム類 + スズメ目} の間は少し距離がある (現在の世界のチェックリストの分類順、日本鳥類目録改訂第7-8版もこれに従っている)。この系統概念でタカ類とフクロウ類、ブッポウソウ類、キツツキ類などを広く含む分類を Afroaves
[Jarvis (2014) Whole-genome analyses resolve early branches in the tree of life of modern birdsで提唱。
Sangster et al. (2022) Phylogenetic definitions for 25 higher-level clade names of birds の系統樹と引用文献も参照]
と呼ぶこともあるが、必ずしも系統性が再現できない理由で使用しない研究者もある。
もし Ksepka et al. (2017) の系統樹を採用すれば鳥類分類の最後はスズメ目にならず、スズメ目はタカ類やハヤブサ類の後に並ぶことになる。ここでは一応「別の可能性」程度に考えておくこととしよう。
なお、後述のように #フクロウの備考の Jarvis et al. (2014) のレトロトランスポゾンのデータを知ってこの考えは多分否定的であることに後で気づいたが、話としては面白い可能性だったのでこのようなことを考えたこともあった古い記述として残しておく。
レトロトランスポゾンのデータからはタカ類とフクロウ類は初期に十分近い関係であったはずである。
([初期のフクロウ類とタカ類は交雑していた!?] に記述あり)。
しかしフクロウ類と共通のレトロトランスポゾンが存在する Eucavitaves (キヌバネドリ類、サイチョウ類、カワセミ類やキツツキ類を含む) の系統とタカ類のレトロトランスポゾンの類縁性は見つかっていない。現象的にはまだまだ不思議である。
レトロトランスポゾンを用いた系統関係の確定については後の項目の [オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] を参照。
現世鳥類の標準的な分子系統樹はフクロウ類よりタカ類の方が早く生じたことを示唆するが、
タカ類やフクロウ類は古い化石証拠に乏しいため、化石から系統関係に制約を付けにくいため両者のギャップが埋まっていない。
タカ類の可能性のある最も古い化石 (といっても指一本の断片) は 5050-5200 万年前とされる: Mayr and Smith (2019)
A diverse bird assemblage from the Ypresian of Belgium furthers knowledge of early Eocene avifaunas of the North Sea Basin
で分子系統樹から示唆される年代まではとても遡れていない。もっと確実な化石証拠はさらに後のものになる (フクロウ類の化石記録については興味深いので別に分けた。この項目の後を参照)。
なおここで述べた「近代的な陸鳥」とそれ以前の系統の間に位置する可能性のある極めて変わった種類がある。ツメバケイ Opisthocomus hoazin 英名 Hoatzin で、まるで草食哺乳類のように植物を発酵させるそのうを持つ。ひなは翼に爪を持ち実際にそれを使って木の枝を登る。
鳥類のゲノムの中には恐竜の前肢の爪 (例えばシソチョウは翼に3本の鉤爪を持つ指がある) を形成する機能が残っていて「先祖返り」が可能であるとも解釈されている。
近縁の現世種もなく系統関係はよく解明されていない。2014 年の研究ではツル類やシギ類に遠くつながる枝にあるとされたが最新の B10K の暫定結果をもっても未だに決着していない The Bizarre Bird that's Breaking the Tree of Life (Crair 2022, in the New Yorker)。
Prum et al. (2015) ではタカ類の手前の最初の「近代的な陸鳥」の位置に置いている。
2024 年になって [鳥類系統樹2024] のように修正された。
「鳥の生活」ブライト著 丸武志訳 平凡社 1997 p. 445 によればツメバケイは目立ったディスプレイを行わないが、なわばり境界で大声で攻撃的な交尾を数十回行ってテリトリーの所有者であることを示すという (関連研究を見つけられず)。
Hoatzin には "They display ritual copulations, assume aggresive postures, and emit loud noises to inform others of their territory" とある (出典は不明)。儀式化された交尾なのだろうか?
ツメバケイの生態全般については The Hoatzin (Joel Cracraft 2022) は参考になるかも。
Giant hoatzins of doom では南米のノガンモドキからハヤブサ類につながる系統の初期の可能性を考えていたが、現代の分子系統研究ではかなり違う結果となった。
骨格など形態に興味のある方ならば Pages (2019)
Compared and functional morphology of the hoatzin (Opisthocomus hoazin) (学位論文) も面白いだろう。
Sauropods still didn’t hold their necks in osteological neutral pose
の画像にもあるが、骨格と外見があまりに違うことも有名。この博物館の骨格展示ではキジ目になっているが骨格を見るとそのようにも感じられる。
ツメバケイはそのうで食べ物を発酵させるため、足以外にそのうも枝に乗せて体を支え、その部分の皮膚が厚くなっているという (コンサイス鳥名事典)。
手の骨の話なのでここに含めておくと、川口 (2024) Birder 38(6): 52-53 でエミューでは手羽第 II 指のみが残っているとある。
Kawabata et al. (2019) Evolution of the avian digital pattern に関連研究があり、こちらでは発生学的な番号では第3指でよいとしている (他の鳥と同様)。第2、4指の痕跡が一時的に現れる。
Newton and Smith (2020) Regulation of vertebrate forelimb development and wing reduction in the flightless emu
に指の発生のレビューがある。古口蓋類 Palaeognathae ダチョウ類で4系統で独立に翼の飛翔機能を失ったとのこと。エミューを含むそれぞれの系統の上腕骨格の比較も出ている。エミューには第 IV 指の痕跡を個体のもあるとのこと。
Feduccia and Nowicki (2002) The hand of birds revealed by early ostrich embryos が指番号が異なるので恐竜と鳥は別の系統と主張していた。
Alan Feduccia "The Origin and Evolution of Birds" (1996, 1999)「鳥の起源と進化」(アラン・フェドゥーシア著 黒澤令子訳 平凡社 2004) でもこのことは触れられているが、原著初版はこの論文が書かれる前に書かれたもの。
Burke and Feduccia (1997) Developmental Patterns and the Identification of Homologies in the Avian Hand もある。
日本の報道では
鳥は恐竜から進化した - 論争についに終止符 (nature ダイジェスト 2011)
や 恐竜の前足の指と鳥類の翼の指は同じもの
で確定したかのように読める (発生初期に番号がずれる frame shift フレームシフト) が、後述のようにそれほど簡単ではなかった模様。この論文は Tamura et al. (2011) Embryological Evidence Identifies Wing Digits in Birds as Digits 1, 2, and 3。
なおフレームシフトのアイデアは Wagner and Gauthler (1999) 1,2,3 = 2,3,4: A solution to the problem of the homology of the digits in the avian hand に現れる。
Young et al. (2011) Identity of the avian wing digits: Problems resolved and unsolved
恐竜と鳥で前肢の指番号が同じかどうかは古生物学、発生学、分子機序によって解釈が異なっており、まだ議論されているとのこと。
古生物学的には3つのパターンが考えられていて Posterior Digit Loss Model (PDL, 後の番号のものが失われる)、Bilateral Digit Loss Model (BDL, 両側が失われる)、Developmental Variability Model (DV, フレームシフト)
があるとのこと。この文献では慣習に基づき発生学的な指の位置にアラビア数字の 1-5 を用い、指番号をローマ数字で表している。
指を失う順序は Morse's Law (1872) として知られていて鳥類も例外でない。発生学的位置は 2-3-4 だが、残る指番号は I-II-III として古生物学的証拠と現代の鳥類の発生との間の矛盾を説明するフレームシフトを考えた解釈を行っている。
Stewart et al. (2019) Evidence against tetrapod-wide digit identities and for a limited frame shift in bird wings
は鳥の前肢の指は 1, 3, 4 ではないかとの可能性の解釈も行っている。
de Bakker et al. (2021) Selection on Phalanx Development in the Evolution of the Bird Wing
に系統ごとの主な種で指の骨の数の比較が出ている。
後肢は比較的よく保存されているがヨーロッパアマツバメのような例外もある。前肢ではもっと変化が大きい。この論文では古生物学的証拠と現代の鳥類の発生との間の矛盾を説明するために導入された (パラダイムシフトでもあった) フレームシフトのアイデアは必要なく、鳥の前肢は始祖鳥も含めて II-III-IV でよいだろうとしている。
ツメバケイの前肢の指骨式 (phalangeal formula) を X-2c-3c-1-X (c は鉤爪がある意味) としており系統的に合わないように感じる。この点は次の [鳥類系統樹2024] の最新結果を取り入れてもツメバケイの位置は変わるが基本的結論は変わらない。ツメバケイ以前に分岐した系統でも数の少ないものがある。
失われた骨を回復する "先祖返り" がないとすれば、この論文で主張されているように、指の骨の減少や指の消失は必要に応じて独立に起きると考えてよい印象を受ける。これを受け入れれば鳥の前肢は II-III-IV でも特に矛盾があるわけではない模様。
また現代では他の証拠が増えて指の同定問題は鳥と恐竜の類縁関係を考える上ではあまり重視されなくなっているらしい。
参考までに哺乳類の祖先型の後肢の指骨式は祖先となる単弓類 (Synapsida) で 2-3-4-5-3、獣弓類 (Therapsida) でもしばしば同じものがある
[Rowe and Heever (1986) The hand of Anteosaurus magnificus (Dinocephalia: Therapsida) and its bearing on the origin of the mammalian phalangeal formula]。
哺乳類の祖先型とされる 2-3-3-3-3 はその後生じたものと考えられるとのこと [哺乳類の指骨式については川口 (2010) Birder 24(7): 60 も参照]。
de Bakker et al. (2021) の表を見ると鳥類の基本形は 2c-3c-4c-5c-X だがダチョウのようにさらに失って X-X-4c-5c-X となっているものや、ヨーロッパアマツバメのように 2c-3c-3c-3c-X となっているものもある。
鳥類では後肢で体を支えるため指の骨は哺乳類ほど簡単には減らせなかったが、ヨーロッパアマツバメのように後肢の役割が小さい場合は哺乳類との収斂進化が見られるらしい。
鳥類・哺乳類で根源的な違いがそれほどあるわけではなく、生態的違いから骨や指の減らしやすさが異なっていたと考えるのが妥当そう。
#サケイでは外見では足が哺乳類によく似ているとのこと。
ダチョウの趾が減っている遺伝的制御機構の候補: Li et al. (2025) ZIC3 shapes digit morphogenesis in avian
ダチョウでは他の鳥と違って Zic3 が強く発現しているとのことで、ニワトリでこの遺伝子を強く発現させるとダチョウに似て I, II 趾が短い表現型となったとのこと。
ニワトリでは5本や6本の趾を持つ品種がある。Chu et al. (2017) Association of SNP rs80659072 in the ZRS with polydactyly in Beijing You chickens で Beijing You chickens で余分の趾を持つ個体の遺伝的基盤や解剖学を検討している。[ヨーロッパの品種にもあるがこれは北京のものを扱っている。参考 Zhang et al. (2016) Parallel Evolution of Polydactyly Traits in Chinese and European Chickens]。
指の同定は 4-3-2-1-2’, 4-3-2-1-1’, 4-3-2-1-2’-2’, 4-3-2’-2’-2’, 4-3-2-2’-2’-3’ が与えられている (指骨式とは異なる)。第 V 趾が復活したものではなさそう。
Dunn et al. (2011) The chicken polydactyly (Po) locus causes allelic imbalance and ectopic expression of Shh during limb development によれば発生途中に Shh が異所的に発現した結果とのこと。
関連する遺伝子の研究: Huang et al. (2025) Integrated genomic and transcriptomic analysis of polydactyly in chickens。
[鳥類系統樹2024]
最近になって2本の論文がセットで発表された。鳥類の全系統樹は Prum et al. (2015) がこれまでのある種の標準であったが、約 10 年近くを経て大幅に躍進した B10K の系統樹が発表された。
スーパーコンピュータを用いても計算機処理能力の限界から各分類群を代表する 363 種を選択して解析 (別の深淵な背景があるかも知れない。後述)。92% の科をカバーした。目レベルの系統関係は一部を除いてこれでほぼ固まっただろう。
塩基配列数で比較すると Prum et al. (2015) の 300 倍以上、Kuhl et al. (2021) の 100 倍程度のデータを使用。これまで最大だった Jarvis et al. (2014) の塩基配列数で6倍、アラインメントで 50 倍とのこと。
近代的な陸鳥の進化からは少し離れるがここに含めておこう。「鳥類系統樹2024」とでも呼ばれるものになるだろう。
Stiller et al. (2024) Complexity of avian evolution revealed by family-level genomes (オープンアクセス)
系統樹とデモンストレーション動画は A new family tree revises our understanding of bird evolution
で見ることができる。
中国語解説。
Neoaves (現生鳥類から古口蓋類 Palaeognathae ダチョウ類と Galloanserae キジ類 + カモ類を除いたもの) のうちまず (1) Mirandornithes (フラミンゴ類 + カイツブリ類) と (2) Columbimorphae (ハト上目に相当) がそれぞれ分岐した後の2グループ (3) Elementaves と (4) 「近代的な陸鳥」Telluraves 系統となった。つまり Neoaves はこの順に出現した4系統となる。
名称の扱いについては後にもう少し触れる。
キジ類 + カモ類 まではこれまでの理解と同じ。「近代的な陸鳥」の部分もこれまでの理解でよいが、中間部分の関係が変わる。
大まかに見た全体で7段階ある点は Kuhl et al. (2021) と同じ。図に示された系統数は12となっている。
Elementaves (新系統名。中国名 "元素鳥類") は
(1) ツメバケイ
(2) Cusorimorphae (ツル目: #アネハヅル備考、チドリ目: #タゲリ備考 を含む。中国名 "鶴形鳥")
(3) Strisores "夜鳥類" (ヨタカ、アマツバメ、ハチドリ系統)
(4) Phaethoquornithes (Phaethonimorphae ネッタイチョウの系統 + Aequornithes カモ類でない "水鳥類"。中国名 "鷺形鳥") (#クロトキ備考)
の4系統からなるグループ。
水・土・気は古典元素 (四元素 しげんそ。古代ギリシア、古代インド、仏教など) なので Elementaves "元素鳥類" となったとのこと。火または太陽を意味する名称は Phaethonimorphae ネッタイチョウの系統 で使われているので揃うとのこと。
現生鳥類の中で陸・海・空すべてに放散し、地球の生態系を形作る基礎となった初めての系統である。祝福しようではないか。
英語では "基礎" に相当する "basal" (Basal Landbirds など。系統的により古いものを指す) のような表現があるが、物質を構成する元素、あるいは世界を形作る elements (構成要素) を充てたことになる。洋の東西の価値観の違いを問わず通じる古典に基づくことになる。これ以上大きな現生鳥類の分類群はもう現れないだろう。日本語にそのまま当てはめにくいが、最後の命名として何と含蓄のある比喩だろうか。
Boyd の Taxonomy in Flux Checklist 3.50 にも最近採用された。
このアイデアは Murray Gell-Mann マレー・ゲルマン (クォークの提唱者。人となりは wikipedia など見ていただきたい) が素粒子の対称性に注目して仏教から拝借した概念「八道説」に通じるところがある感じがする (*2)。
ツメバケイは「近代的な陸鳥」の冒頭ではなく、Elementaves の冒頭となった。
Neoaves の出現は 6740 万年前程度と見積もられた。
全ゲノム解析でもタカ系統の位置関係は自明とならなかった。鳥類系統の中でも最も難しいものの一つだろう。Telluraves の中で Australaves (ノガンモドキ目、ハヤブサ目、オウム目、スズメ目) は分けられるが、残りの系統の関係はまだ確定的でない。タカ目だけを別系統とするものと {タカ目 + フクロウ目} で系統を作るものの確からしさが解析方法によって異なる。
他の目では3種のサンプルで十分系統が確認できるが、タカ目とフクロウ目は 10 種以上をサンプルしてようやく系統として認められる難しいグループだった。系統樹の形もスズメ目を何種取り入れるかによって変わってくる。
初期の交雑、incomplete lineage sorting (不完全遺伝子系統仕分け)、long-branch attraction (長枝誘引) などが系統樹構築に影響を与えた可能性がある。
Mirarab et al. (2024) A region of suppressed recombination misleads neoavian phylogenomics
の最新の B10K の結果から、大絶滅後の鳥類放散の初期 (6500 万年前ごろ) に染色体の一部の組み換えが極度に抑制される現象が生じたと判定された (#ベニヒワの備考も参照)。
この結果はこれまでの分子系統解析にも影響を与えているとみられ、研究によって (目より上位レベルの) 系統関係が異なっていた原因も説明できるかも知れない。これまでは Mirandornithes と Columbimorphae が系統 Columbea をなすと考えがあったが、染色体の逆位の解析の結果別系統と判定された。
Mirandornithes は単独系統をなし、Columbimorphae (ハト上目に相当) と Otidimorphae (ノガン類やカッコウ類などを含む) が系統を作る結果となった。
これを支えたのが高速新アルゴリズムとサンディエゴにあるスーパーコンピューターセンター "Expanse" の計算機資源とのこと。スーパーコンピューターの世界ランキングで見ると2023年11月段階で「富岳」(この時点で PFlop/s で世界4位。2020 年で1位)
の 1/100 を下回るぐらいでそれほど大きなものではなく、大学が扱うスーパーコンピューターぐらいの規模だろうか。さらに多数の種を高速に扱えるように改良中とのこと。
Algorithm Helps Evolutionary Biologists See Where Bird Species Are Perched on Phylogenetic Tree。
Computational tools fuel reconstruction of new and improved bird family tree。
使われたアルゴリズム ASTRAL の初期論文 ASTRAL: genome-scale coalescent-based species tree estimation。現在はこの3世代目とのこと。
松井 (2021) 分子系統解析の最前線 にも解説があり、Olivier Gascuel と Tandy Warnow (ASTRAL はこちら) は、革新的なアルゴリズムの開発と高品質な実装を両輪として進めているとのこと。
コンピューターの性能を2倍にするのは費用もものすごくかかるが、革新的なアルゴリズムの発明によって何倍も早い解析ができればそれに匹敵する効果がある。
Catanach et al. (2024) のタカ類系統解析にも書かれているように、古い系統樹の枝の構築と例えば種か亜種かの判定レベルの計算を同時に行うのは計算機資源的にも得策でない。ここでは少数の代表種を用いることで全系統関係を明らかにしたもの。枝の詳細はこれからさらに明らかにされてゆくことだろう。
参考のために「鳥類系統樹2024」に従った目以上の分類を紹介しておく。今後の世界のリストの配列順もこれを参考にすることになるだろう (並列で並んでいるところの順序は任意性がありここで示した順番の限りではない)。番号は Stiller et al. (2024) の系統樹記載の系統番号。最後のかっこ内の系統番号は同じく 12 系統とした場合の番号。
系統によっては科か目かの扱いの分かれているものがあるので全目の名前があるわけではない。
目和名は 山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) 鳥類の目と科の新しい和名 (1) 非スズメ目・イワサザイ類・亜鳴禽類 に従っている。
新顎類によるとパーカー, スティーヴ著、日暮雅道・中川泉 訳、養老孟司 日本語版監修 編「生物の進化大事典」三省堂 (2020) が高次分類の和名を提案しているらしい。
賛鳥類 Mirandornithes、水禽類 Aequornithes、陸鳥類 (これは中国名と一致) Telluraves とのこと。「陸鳥」の概念は昔からあるので使い方が難しいところ。
古口蓋類 (古顎類) / 新口蓋類 (新顎類) の名称は 日本鳥学会「日本鳥類目録改訂第7版」の「高次分類体系の解説」(山崎ほか 2013) と
冨田他 (2020) 恐竜類の分岐分類におけるクレード名の和訳について で後者がかっこ内のもの。鳥学と古生物学で少し異なる名称を用いている。
Galloanseres, Neoaves は山崎ほか (2013) では「ガロアンセレス類」「ネオアヴェス類」としているとのこと。冨田他 (2020) ではキジカモ類、新鳥類を採用。日本鳥類目録には目より上の分類群は載っておらず、「キジカモ類」は日本鳥学会による公式な名称ではないが鳥類関係者の間では従来から広く使われている用語 (ほんとう?) との認識。
和田 (2004) Birder 18(7): 77-79 では (当時明らかになってきた) 系統として、キジ・カモ類の名前は使っているが、日本語の用法としてこれは系統名とは言えないと思う (タカ・ハヤブサ類と同様)。
この記事は 日本鳥類目録 改訂第5版 で用いられた分類と、Sibley and Ahlquist (1990) の知見および当時明らかになってきた少数の遺伝子による系統を比較したもの。当時の知見の紹介として適切な記事に見える。
家禽類の祖先が示す現生鳥類の初期進化 (Nature ダイジェスト 2020) では キジカモ上目を使っている。この分類群は「家禽類」と見なすことができる、とのことだがある意味言い得て妙にも感じる。あまり日本語らしくない「キジカモ類」よりもふさわしいカモ? 家禽類は野鳥の名前を指すにはふさわしくないとも言われそうだが。英語でも一般名 fowl で、この2目を含むとある。
もっと積極的に "家禽" を表す poultry も日本では一般的にはあまり馴染みがないのでこれらに関係する語彙が日本語にあまり豊富にないかも知れない。
参考情報: Torres et al. (2025) Cretaceous Antarctic bird skull elucidates early avian ecological diversity 6920-6840 万年前の南極から大絶滅の前の鳥類 Vegavis iaai 化石の頭骨の解析。
現生鳥類と別系統ではなく Galloanserae の古い系統に含めることができた。足のひれで推進するカイツブリ類やオオハム類のような深い潜水採食生態だったと考えられ、対応する生態を持つ現世のカモ類はいない。一般向け解説。
現生鳥類の直系の祖先と考えられる最も古い証拠とのこと。当時の南極は気候も温暖で小惑星衝突地点からも遠く、避難所として機能したのでは。
なお冨田他 (2020) で使われている Aves の概念は #ハヤブサ備考「鳥の起源と進化」で紹介している川上・江田 (2018) で示されている系統樹と異なる。
Wikipedia 英語版 Bird で Stiller et al. (2024) はすでに採用されている。
Psittaciformes の和名は山崎剛史・亀谷辰朗 (2019) 鳥類の目と科の新しい和名 (1) 非スズメ目・イワサザイ類・亜鳴禽類ではオウム目、日本鳥類目録 改訂第7版や日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)ではインコ目で異なっている。
1. 古口蓋類 (古顎類) Palaeognathae (1)
ダチョウ目 Struthioniformes
以下2系統。合わせて Notopalaeognathae (中国名 "南方古顎類") の名称がある
(系統 1。Novaeratitae の名称があったが 系統 2 と単系統の関係にないことがわかった)
ヒクイドリ目 Casuariiformes
キーウィ目 Apterygiformes
(系統 2)
レア目 Rheiformes
シギダチョウ目 Tinamiformes
これ以降が 新口蓋類 (新顎類) Neognathae
2. Galloanseres (キジカモ類) (2)
カモ目 Anseriformes
キジ目 Galliformes
これ以降が現在 Neoaves (新鳥類) と呼ばれる
3. Mirandornithes (中国名 "奇跡鳥類") (3)
フラミンゴ目 Phoenicopteriformes
カイツブリ目 Podicipediformes
4. Columbaves
大別して2系統
系統 1 Columbimorphae (4)
系統 1a
クイナモドキ目 Mesitornithiformes
サケイ目 Pterocliformes
系統 1b。系統 1 内部の分岐はこちらの方が早い
ハト目 Columbiformes
系統 2 Otidimorphae (5)
系統 2a
エボシドリ目 Musophagiformes
系統 2b
ノガン目 Otidiformes
カッコウ目 Cuculiformes
5. Elementaves (中国名 "元素鳥類")
系統 1 ツメバケイ目 Opisthocomiformes (6)
ツメバケイ目 Opisthocomiformes
系統 2 Cursorimorphae (7)
ツル目 Gruiformes
チドリ目 Charadriiformes
系統 3 Strisores (8)
(全体でヨタカ目 Caprimulgiformes とすることも、全体でアマツバメ目 Apodiformes とすることもあり、あるいはさらに目に分けられることもある)
系統 4 Phaethoquornithes (中国名 "鷺形鳥")
系統 4a Phaethontimorphae (9)
ネッタイチョウ目 Phaethontiformes
ジャノメドリ目 Eurypygiformes
系統 4b Aequornithes (10)
4b-1 アビ目 Gaviiformes
4b-2a
ペンギン目 Sphenisciformes
ミズナギドリ目 Procellariiformes
4b-2b (4b-2 の分岐はこちらが早い)
ペリカン目 Pelecaniformes
(一般的に用いられるコウノトリ目 Ciconiiformes, カツオドリ目 Suliformes はここに位置する。目レベルの分類は複雑で #クロトキ の備考参照。十分な種数の解析がなされていないために議論のある目レベルの分類は扱わなかったのだろう。クロトキの備考に科レベルも含めた考察を少し加えた)
6. Telluraves (中国名 "陸鳥類"。この解説で「近代的な陸鳥」と読んでいるもの)
系統 6a Afroaves (11)
(この解析では2系統になるが全体の関係はまだ自明でない)
6a-1
フクロウ目 Strigiformes
タカ目 Accipitriformes
6a-2。以下は系統順に分岐。
ネズミドリ目 Coliiformes
(以下の系統は大部分は穴に営巣する特徴があり、Cavitaves のクレード名がある)
オオブッポウソウ目 Leptosomiformes
キヌバネドリ目 Trogoniformes (ここから Eucavitaves のクレード名がある)
サイチョウ目 Bucerotiformes
ブッポウソウ目 Coraciiformes
キツツキ目 Piciformes
系統 6b Australaves (12) 以下は系統順に分岐
ノガンモドキ目 Cariamiformes
ハヤブサ目 Falconiformes
オウム目 Psittaciformes
スズメ目 Passeriformes
以下の話では Neoaves を指して日本語で「新鳥類」と記述することを避けて Neoaves と呼んでおく。Telluraves についても同様。
これは「新鳥類」の訳名が別の概念にも使われている (いた) ためで、例えば青塚 (2017) Birder 31(3): 28-29 にある。この記事の引用文献を見ると Chiappe and Dyke (2006) から "Modern birds" に対応するものが新鳥類となっている。
"Modern birds" と同じ意味の Neornithes のクレード名が存在して、[冨田他 (2020) "恐竜類の分岐分類におけるクレード名の和訳について" では表に含まれない、これを区別する場合には「鳥」と「禽」を使い分けて新たに定義し直す必要があるかもしれない、とある] それをそのまま和訳した結果同じになったものの可能性がある。
青塚 (2017) で引用されている Larson et al. (2016) Dental Disparity and Ecological Stability in Bird-like Dinosaurs prior to the End-Cretaceous Mass Extinction
では Neoaves が現在と同じ意味で使われているので記事中の訳語の対応がよくない。
なお Larson et al. (2016) の論文は種子食の鳥が系統のどこに分布するか示されておりなかなか面白い、別の意味でも興味深いので一見をおすすめする。
小林 (2020) Birder 34(8): 30-32 でも Neornithes を新鳥類、また始祖鳥を含むクレードを Aves と呼んでいる (このクレード名については #ハヤブサの備考「鳥の起源と進化」の部分も参照)。複数の日本語記事で紹介されているため、"新鳥類" の名称はある程度市民権を得ている可能性があるが、ここで扱う Neoaves とは異なる概念であることに注意。
小林 (2020) の記事で引用されているのは Louchart and Viriot (2011) From snout to beak: the loss of teeth in birds
で、鳥類が嘴と砂嚢を獲得して歯を失うことにより成功した仮説のレビューとなっている。
Birder に紹介されている系統樹は (From snout to beak: the loss of teeth in bird: Figure 2) で見られる。
この文献を引用している Wang et al. (2017) Heterochronic truncation of odontogenesis in theropod dinosaurs provides insight into the macroevolution of avian beaks
でも、Yand and Sander (2018) The origin of the bird's beak: new insights from dinosaur incubation periods でも、
Louchart and Viriot (2011) で使われる始祖鳥を含むクレード Aves に代えて Avialae (鳥群) を用いているので、始祖鳥を含むクレードを Aves と呼ぶことが現在の世界の常識というわけではない (続きは #ハヤブサの備考へ)。
Stiller et al. (2024) との比較のために Wu et al. (2024) Genomes, fossils, and the concurrent rise of modern birds and flowering plants in the Late Cretaceous
も紹介しておく。これは Aquaterraves の概念を提案して上記の 4. Columbaves と 5. Elementaves を合わせたものに対応している。Stiller et al. (2024) ではこれは単系統をなさないのでおそらく使われないだろう。
5. Elementaves に類似した分類に相当する Litusilvae を提唱しているが、ツメバケイ目の包含関係が異なり 3. Mirandornithes を 5. Elementaves の水鳥類と合わせて Aequorlitornithes と呼ぶなどかなり異なる結果となっているので別物と考えた方がよいだろう。
扱っているデータ量が Stiller et al. (2024) とは圧倒的に違うので、こちらの方がより信頼されることはないのではと思う。B10K が結果を発表する予定があったので先取権を確保すべく急いで出した論文かも知れない。
[ここから追記 2024.7.8 論文に基づく] その後再解析がなされた: Springer and Gatesy (2024) A new phylogeny for Aves is compromised by pervasive misalignment and homology problems 問題点が発覚。Aquaterraves は確認されず。
Wu et al. (2024) の使ったアルゴリズムでは例えば反復配列部位の処理が正しく行われず、種間で相同でない遺伝部位を拾い上げる。同じようにやってみるとまぜこぜの結果が出てきた。
この論文の fig. 1 (ASTRAL species tree based on Wu et al.'s cleaned dataset) を見るとさらに興味深いことになっていて、ノガンモドキ目がハヤブサ目から離れてしまった。Stiller et al. (2024) の解説で振った系統番号だと ノガンモドキ目 - 6a-2 (ネズミドリ目) - 6a-2 残り + 6b の ハヤブサ目以降 の順になっている。
ノガンモドキ目が実は Telluraves 祖先系統の可能性も考えられているのでこの結果は面白い [ただしデータ量は Stiller et al. (2024) よりもずっと少ない]。今度はタカ類とフクロウ類が離れる結果になり、以下の Hieraves もサポートされない (ただし矛盾するとまでは言えない)。Mirandornithes の位置関係も Stiller et al. (2024) と異なるのでどこまで信じてよいか?
Wu et al. (2024) の結果にはライバルグループから疑問が持たれ再検証が行われたのだろう。
この論文では研究者は適切な手段で正しさを検証することが本質的であると相当批判的に結んでいる。
Wu et al. (2024b) Reply to Springer and Gatesy: The impact of long branches and misalignments on phylogenetic analysis is minimal
が反論があり、指摘された部分を除いて再解析してみた。2つのアルゴリズム NJst と ASTRAL で結果が違う。指摘された部分を除いても NJst では形は変わらないが、ASTRAL では変化するので自分たちの使った NJst の方が信頼度が高い (あまり反論になっていない気がするが)。
ASTRAL の正確性はまだ検証が必要であると反論。これを見ると過去にもこのグループの間で批判が行われていた模様。Wu et al. (2024) のデータを使って ASTRAL で解析した系統樹がこれまでの理解と異なる結果になっているのでさらに原因究明が行われることだろう。
アラインメントの誤りはともかく、アルゴリズムの優劣 (さらにはコードのバグなどの可能性もあるだろう) を競い合うレベルになっておりこれは相当高度。Sibley and Ahlquist (1990) の DNA-DNA 分子交雑法時代と比較するととんでもなく高度が議論がなされていると思ってよい。
[追記終わり]
ライバルが巨大データを用いてスーパーコンピューターで時間を費やしている間に、より小規模なデータで結論の出せる部分を先に発表して名称の先取権を得ることも可能であろう。しかしこちらもスーパーコンピューターを用いている (ただし独自アルゴリズムの改良までは行っていない)。
いずれのグループにとっても公募提案の審査を受けて利用するような超大型スーパーコンピューターよりもまだ手軽に使える小型のスーパーコンピューターはこのような競争には都合がよいのだろう
(しかしそれはそれですごいレベルの競争であるが)。
Stiller et al. (2024) が種数を絞ったのもこのような熾烈な競争のためかも知れない。
この研究でも Elementaves に類似した系統が見出されたので、この系統の存在はおそらく支持されてゆくのだろう。
Wu et al. (2024) はタカ類とフクロウ類を合わせた系統として Hieraves の名称を提案しており、もし将来この系統が認められればこの名称が使われるかも知れない (B10K でもまだ判然としない)。
Hieraves の Hier- は学名では通常タカのことなのでそのまま訳せば "鷹鳥類" (なんだそれは?)。中国語風に訳せば "鷹型鳥類" みたいになるが、それでは Accipitriformes や Falconiformes の原意とほとんど同じになってしまう。
"鳥は恐竜である" ように、"フクロウ類はタカだ" と考えてよいのではないかとの名称意図が見えないこともない
(タカファンにはまぁ...構わないが、フクロウファンからは文句はないだろうか?)。
鳥類学では hier- は学名を作る際にほぼタカの意味で用いられるが、原意 hier-, hiero- ギリシャ語 hieros (神聖な) に立ち返れば「神聖な鳥」。「聖鳥類」でもよいかも知れない。英語でも hierarchy のような単語で使われ、鳥類学の学名での用例に詳しくない者はこちらの意味が先に出てくるのが普通だろう。
あるいは通常の hier- を含む学名を作る際にもそのような意味を想定しているかも知れない。
hierophant 最高祭祀 のような単語もあって、「最高位の鳥」の位置づけ (すごい) だと思えば古来から畏敬の念の対象であった通りでなかなかよい名前にも思える。
学問の一時的進展でカモの付近に置いたりしたのが多分よくなくて、古い図鑑を見るとカモ・タカ (含ハヤブサ)・キジ類と呼べるような配列になっている。現在ならばキジカモ類の仲間で、つまり家禽類や狩猟鳥の扱いに相当する。食用には向かないだろうがタカはどんどん撃ってしまっても構わない認識になってもおかしくない。こんな分類を考えたのは誰だ (笑)。
ほんの少し前までは猛禽類は原始的な系統の鳥で頭も悪く獰猛なだけと認識されていて、我々の頭の中にもこの印象がおそらくインプットされ、無意識のバイアスは保全や文化面も含めきっといろいろなところに現れていたことだろう。
今や分子系統学的にも古代からの認識通り最高位の鳥だったことが裏付けられ、まったく逆だった。
もちろん hieroglyph ヒエログリフ のことも忘れてはいけない。神聖文字とも訳されている [日本語の漢字を指して hieroglyph と言われる (だから日本語は難しいとか面白いとか) こともあって、まあそうかも知れない]。エジプトでは神の言葉とも呼ばれていた (wikipedia 英語版)。
我々が普通に使っている "a" の文字もワシの姿が由来で [この出所は、Jeff Watoson "The Golden Eagle" 邦訳と日本語版追記「イヌワシの生態と保全」文一総合出版出版 (2006) だが、調べてみるとエジプトハゲワシと書いてあるものが多い。ハヤブサ類を挙げてものも少数ある] 確かにタカ類と非常に縁が深い。「神の鳥」系統もよいかも知れない。
もう少し凝ってみると「霊鳥類」はフクロウ類にもふさわしく両方の系統を含むのによいかも。万物の霊長と並ぶ空の霊長だぞ、どうだまいったか (笑)。中国古典では「霊鳥」が現れ「霊妙な力をもつ鳥。瑞祥をもたらすめでたい鳥。尊く神聖な鳥」とのこと (霊鳥)。具体的な鳥には同定されていないようで鳳凰などともある。
正月には夢にも出てきて欲しい鳥。めでたいことこの上なし。
学術的な文脈で使うと「霊鳥類による霊長類の捕食」とか、巣ならば逆に「霊長類による霊鳥類の捕食」とか、何を言っているんだと言われそう (笑)。「霊鳥類学会」などできると実に紛らわしそうだが、蝶と鳥もすでに音の上では十分紛らわしいので (日本蝶類学会という組織もあって音だけではどちらかわからないかも) まあよいかも知れない (勝手に遊んでしまっているが...)。
さらに、英語ならば hier-aves と分けて発音すれば higher Aves と同じような発音になり、音の上では「高等鳥類」にも聞こえて印象もよい。このような言語的センスはぜひ競い合って欲しいところ。
含蓄のある命名の和訳は工夫を要することになるのだろう。ちなみにちなみにだが、Pluto に対する「冥王星」の訳名は野尻抱影が与えたとのこと。この名称は京都天文台 (現在は京都大学) ではすぐに採用されたが、東京天文台 (現・国立天文台) では英語のままの「プルートー」が用いられたとのこと。
当時は東京と京都で見事に競っていたよう。
カタカナ語が禁止された 1943 年に東京天文台も「冥王星」を採用したとのこと (wikipedia 日本語版より)。
なんだか「ネオアヴェス類」等の名前の話と似ているなあ...とふと思ってしまう。
和名は通称なので理屈の上では何種類もあってもよいわけだが、日本の鳥学関係者にも頑張って欲しいところ。
近年の複数の研究が示すように、フクロウ類の系統がカワセミやキツツキの系統に順次つながっているという Prum et al. (2015) 時代の見方
[例えば 山崎 (2019) Birder 33(1): 16-19 の解説参照。この中でもネズミドリ類は生態的にもあまり似ていないように見える]
は次第に支持が弱くなってきているのだろうか。ただし #フクロウ備考にあるようにフクロウ類とカワセミやキツツキの系統に共通のレトロトランスポゾンが存在するので系統的に関係していることは間違いない。
タカ類との関係もまだはっきりしていないので {タカ類 + フクロウ類} を単系統と認めるかはまだ議論が続くのだろう。
さらに重要な点は、この Wu et al. (2024) の研究では分岐年代がかなり古く、6600 年前の大絶滅 (K-Pg 境界) の前に全ての系統が出揃っていたことになって、大絶滅付近で大規模な放散があった現在では標準的な描像と異なっている。
大絶滅で一時停止はしたものの、ゆっくりとした進化と分化が進んでいたと主張しており、Stiller et al. (2024) とは大きく異なる点である。
この論文では化石証拠なども用いて、大規模な放散は隕石の衝突よりも鳥類・哺乳類 (8100-8600 万年前) ともに Angiosperm Terrestrial Revolution (Cretaceous Terrestrial Revolution) に関連しているとの議論をしている。隕石の衝突の影響は大したことはなかった (?)。
知る人ぞ知る「花に追われた恐竜」(NHKスペシャル 地球大進化 46 億年・人類への旅 2004) の現代版か?
[cf. 今更ですが「花に追われた恐竜」 せつなりつと (2020) に詳しい解説あり]。
Angiosperm Terrestrial Revolution にかかわる新しい論文もあるので引いておこう:
Benton and Sauquet (2021) The Angiosperm Terrestrial Revolution and the origins of modern biodiversity。
Llyod et al. (2008) Dinosaurs and the Cretaceous Terrestrial Revolution。
Dilcher (2000) Toward a new synthesis: Major evolutionary trends in the angiosperm fossil record と時期も合うので「花に追われた...」はこの説を大々的に取り入れたのだろう。
ということで、Stiller et al. (2024) は鳥類系統樹を改訂したこともあるが、Angiosperm Terrestrial Revolution は鳥類においては支持されないことをこれまでよりも強力に示したことが重要なのだろう。
「大絶滅で一時停止はしたものの、ゆっくりとした進化と分化が進んでいた」については、上記の鳥類論文でも書いてある通り哺乳類でも同様の主張がなされている: Liu et al. (2017) Genomic evidence reveals a radiation of placental mammals uninterrupted by the KPg boundary。
このあたりは隕石衝突が大絶滅をもたらしたか否かの従来議論の延長線上にあるパラダイムの違いなのだろうと理解しておく。
比較のために "正統派" な方も取り上げておくと、
Field et al. (2018) Early Evolution of Modern Birds Structured by Global Forest Collapse at the End-Cretaceous Mass Extinction
こちらは K-Pg 境界の隕石衝突と引き続く環境激変で森林が一度完全に失われ、樹上性の鳥も恐竜も姿を消し、現在の樹上性の鳥も地上性のものから改めて進化したとの自分には納得しやすい仮説。
Wu et al. (2024) の論文は ゲノム、化石、そして白亜紀後期における現生鳥類と被子植物の同時的な出現 (恐竜パンテオン 2024)
に日本語解説があって (鳥の名前がかなり間違っているが AI 翻訳も併用?)、「Hieraves の発見は、タカ目とフクロウ目の共通祖先が夜行性であった可能性を示唆している」とあるのだが論文になぜか見つけられない。
もしどこかに書いてあるなら、ものすごく大胆な (いくつも既知知見に反する) ことを言っているわけだが。当時は強い恐竜がまだいたので現在の猛禽類の祖先系統は夜行性だったとの解釈か (?)。書いてないがすごい大胆仮説を考えていたのかも知れない。さらに悪乗りすれば「ほら鳥類は肉食恐竜だと言っているだろうが。猛禽類はその肉食恐竜がそのまま生き残って進化したんだぞ」...一般的にはこちらの方が受けがよいかも知れない (?)。
それとももしかしたら AI が要約するとこういう解釈を付け加えてくれるのかも??
もし AI が与えた解釈であればこれはこれですごいことで、生物学者の推論能力を上回っている? (なんてことはないだろうが) ...本当のところはわからないが。
Hieraves はなんと wikipedia 英語版にすでに登場している。Houde and Braun (2019) Phylogenetic Signal of Indels and the Neoavian Radiation (こちらは B10K グループ) がこの系統をサポートする結果も出していたが名前は付けなかった。
Wu et al. (2024) は Braun et al. (2019) Resolving the Avian Tree of Life from Top to Bottom: The Promise and Potential Boundaries of the Phylogenomic Era
は引いているものの Houde and Braun (2019) は参照していない上にこの系統のサポートになる過去研究にも触れていない。皆が慎重に扱っていただけなのに突然現れた Hieraves をこのまま取り入れて大丈夫か?
[ここから追記 2024.9.16 論文に基づく]
Wu et al. (2024) の年代推定には問題があるとの指摘:
Claramunt et al. (2024) Calibrating the genomic clock of modern birds using fossils。
Wu et al. (2024) は年代推定に化石種 Ichthyornis dispar の年代を用いているが、Ichthyornis は Neornithes の直接の祖先でも姉妹関係にもないので Neornithes の起源の直接の年代推定には使えない。
Wu et al. (2024b) の反論も掲載されている: Reply to Claramunt et al.: Robustness of the Cretaceous radiation of crown aves。
Claramunt et al. (2024) はいくつかの化石の年代下限を無視している。自分たちには Claramunt et al. (2024) の結果が再現できない。
この論文に掲載されている系統樹では鳥類の大規模な適応放散は K-Pg 境界のはるか前で、K-Pg 大絶滅は系統樹の形のほとんど影響を与えていない。タカ類やハヤブサ類の系統、そしてスズメ目の祖先系統さえ K-Pg 大絶滅の前に出現していたとの大胆な解釈になっている。この解析では Wu et al. (2024) の系統樹を一貫して利用しており、Hieraves などの名称もそのまま使っている。
化石の年代下限をどのように取り入れるか、それらはあくまでわずかにサンプルされた点に過ぎないので確率的な扱いを取り入れるとどのように変わるかなども焦点になっているよう。
Claramunt et al. (2024) では化石の年代下限を厳格な値として制約を設けた結果と確率的扱いの両者の結果が示されており、前者でも多くの系統が K-Pg 境界前後に現れたことになるが、後者ではさらに新しい推定となって Neoaves 出現は K-Pg 境界直前になる。
Wu et al. (2024b) では確率的な扱いは行っていないが、Ichthyornis の年代は上限ではなく下限を示すとの見解の相違を述べている。
[追記終わり]
[2024.9 追記]「野鳥」2024 年 9・10 月号 (No. 872) p. 11 に鳥類系統樹が出ているので比較しておくと、この系統樹はおそらく日本鳥類目録改訂第8版の配列順と同じもの = IOC 13.2 を想定していると想像できるがツメバケイの位置を見ると Prum et al. (2015) が使われ続けている可能性が高い。
IOC の "A higher classification of modern birds (June 28, 2019)" では Prum et al. (2015), Suh et al. (2015) をベースとして、Kuhl et al. (2020) を少し取り入れているとのこと。Kuhl et al. (2020) を部分的に取り入れてツメバケイの位置を Prum et al. (2015) 時代から変えている。
「野鳥」誌の記事では日本鳥類目録改訂第8版の配列は Prum et al. (2015) と同じと想定してそのまま用いられている模様 (ツメバケイは日本産の鳥ではないので日本鳥類目録にあまり関係がない)。
この系統樹は 10 年近く前の知識に基づくもので多少注意して見ていただくとよいだろう。細かいところは意見の相違があるものの Stiller et al. (2024) と Wu et al. (2024) の結果は Prum et al. (2015) と異なる部分があるので IOC もいずれかの時期に入れ替えるだろう。
ツメバケイの入れ替えだけならば影響が小さいので IOC も簡単に取り入れたものと思われるが、2024 年の系統樹はかなりの順序変更を必要とするのでまだ本格的には取り入れにくいのだろう。
[追記終わり]
Birder 編集部 (2025) Birder 39(1): 38 に 特別展「鳥 〜ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統〜」の取材写真があり、ツメバケイ目とタカ目が隣り合っている拡大写真が紹介されている。何も議論の多い部分をわざわざ紹介しなくても... (笑) と思ってしまうが、この順序が見られるのはこれが最後の記念として実は奥が深いのかも知れない。真意は知らない。
これも後に追記: Chen et al. (2025) Towards a comprehensive anatomical matrix for crown birds: phylogenetic insights from the pectoral girdle and forelimb skeleton (preprint)
骨格形態学的特徴 (特に上肢と pectoral girdle 胸帯) による系統樹と近代的な分子系統樹が一致しない問題を解決できないかとの試み。系統に強く相関する形態形質は判定でき、重みを変えて系統樹を作ってみたが分子系統樹との整合性があまり高まらなかった。
多様な系統で形態の収斂進化が起きたためと推定される。古生物を骨格形態で系統解析する限界も現れている感じ。なお気になるタカとハヤブサはこの解析では比較的うまく分かれているが、どの分岐に収まるかを見ると分子系統樹との整合性は必ずしも良くなくそれほど成功していない印象。
相互羽繕いの有無と系統の関係を調べたもの: Jensen et al. (2023) The selfish preen: absence of allopreening in Palaeognathae and its socio-cognitive implications
古口蓋類 Palaeognathae ダチョウ類 では詳しいビデオ観察の結果相互羽繕いが見つからなかったとのこと。相互羽繕いは多くの科で記録されているが、Galloanserae キジ類 + カモ類 の事例は少ないとのこと。
ハゲワシ類が相互羽繕いをする印象はあまり持っていなかったのだが映像記録がある。#クロハゲワシ備考 [首の羽毛を失う理由] でズキンハゲワシの事例がある。同じく [ハゲワシ亜科の系統分類] でクロコンドル (新世界ハゲワシ類) とカラカラが異種間の相互羽繕いが知られているとの文献を紹介。
Bearded Vulture pairs in captivity are already busy with the new breeding season に人工繁殖中のヒゲワシの相互羽繕い。
ヘビクイワシでも相互羽繕いらしい写真を見たことがあるので、タカ目で相互羽繕いは古い系統でも一般的に存在するのだろう。
#ハチクマの [マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態] のハチクマ親子の相互羽繕いから重複掲載しておくと、鳥類全体で相互羽繕いを調べた研究: Kenny et al. (2017) Allopreening in birds is associated with parental cooperation over offspring care and stable pair bonds across years。
(韓国のハチクマの繁殖に登場する文献の再掲) タカ類も含めて猛禽3系統いずれも相互羽繕いが意外に知られている。
広義ハイタカ属など日本で通常見られるタカ類では記録例がない (日本はタカ類の発祥の地から遠く、種多様性があまり高くないことを思い出そう) ので例外的に見えるらしい。社会性のある種 (モモアカノスリなど) ではあまり系統に関係なく記録されているよう。
ハゲワシ類など社会性のある種で多く見られているが、ハゲワシ類は想像以上に知的である可能性も考えられているので矛盾しないかも知れない。
ちなみに preening (羽繕い) と grooming (毛づくろい) はほぼ同義のように使われるようで、まとめて用いる場合は grooming と呼ばれることもある: 参考 Bush and Clayton (2023) Grooming Time Predicts Survival: American Kestrels, Falco sparverius, on a Subtropical Island
アメリカチョウゲンボウで毛づくろい頻度が高いほど生存率が高かった報告。
他の論文でもどちらも使われている。鳥を指して "毛づくろいしている" と表現された時、「鳥では羽繕いと呼ぶ」などと用語を訂正しがちだがあまり気にする必要はないかも知れない。言うまでもないだろうが鳥類と哺乳類の収斂進化の一例だろう。
McTavish et al. (2025) A complete and dynamic tree of birds 基本的には過去の文献からまとめたものだが、今後はこのように計算機にとって扱いやすく更新の容易な系統樹ツールが用いられることになるのだろう。さまざまな階層の系統研究が発表されているので全貌を調べるのはもはや人力では限界があり計算機に任せるようになってゆくのだろうか。
大きな部分の系統の扱いに違いがあるが、Stiller et al. (2024)、Wu et al. (2024)、Prum et al. (2015) はおおむね同じような系統関係を再現している。Jetz et al. (2012) The global diversity of birds in space and time (オープンアクセスでない) の系統樹はやや違いが生じている。
Clements 2021 では Muscicapidae (ヒタキ科), Turdidae (ツグミ科) は単系統をなしていなかったが Clements 2023 で解消された。Laniidae (モズ科) が単系統になっていない問題はまだ残っているなど。
Jetz et al. (2012) の影響を受けた分類体系は最新のもの違いがあるかも知れないと把握しておくとよいだろう。
示されている多様性の分布地図は基本的に eBird のデータをもとにした多様性評価で、例えば中国などの多様性が適切に評価されているかやや怪しいかも。
Stiller (2025) Synthesizing decades of research into one tree for birds が McTavish et al. (2025) へのコメントを述べている。この研究がこれまでのものと異なるのは個々の系統でなく全部を扱って data-centric approach (あるいは data-driven science) であることなど。手間はかからないかも知れないが、サンプリングが圧倒的に不足している系統も多く、全部を同一の枠組みで扱うのことに多少難色を示しているのだろうと読んだ。
日本の鳥ではないためこの項目にしか登場しないのでここに含めておく。シギダチョウ科のゲノム解析が行われて分子系統樹も新たに描かれ、いくつかの種や属名の変更が予想される (種に昇格のものもある):
Musher et al. (2024) Whole-genome phylogenomics of the tinamous (Aves: Tinamidae): comparing gene tree estimation error between BUSCOs and UCEs illuminates rapid divergence with introgression (preprint)
著者にはタカ類最新分子系統樹を解明した Catanach も含まれている。理論的に考えられる通りゲノムを読んで長い UCEs を用いるのが科内レベルの分子系統推定には一番精度が高い結果が得られたとのこと。
複数の遺伝子を用いる伝統的方法は意外にも間違い率が高かった。
Neoaves 関係でヒットしたさらなる情報: Ng et al. (2023) Gene purging and the evolution of Neoave metabolism and longevity
分枝鎖アミノ酸 (branched-chain amino acids, BCAA) ロイシン、イソロイシン、バリンが筋力増強や疲労回復に有効であることはよく知られているだろう。しかし筋肉中のこれらのアミノ酸を直接代謝すると酸化ストレスが発生し、血中濃度が高いとインスリン抵抗性が増して寿命が縮むという。
Neoaves ではこれらのアミノ酸の輸送にかかわる遺伝子を選択的に失うことで代謝経路を変え、これらの弊害を回避して寿命も伸ばしているとのこと。エネルギー供給は肝臓で作られたケトン体で行うという想像通りのことが書いてある。
なお鳥の "ミルク" には炭水化物はほとんど含まれない。哺乳類でもミルクで子育てする鳥でも成長にケトン体が大きな役割を果たしている。ケトン体はかつては悪者にされていたが Kolb et al. (2021) Ketone bodies: from enemy to friend and guardian angel のように評価は変わってきている。
論文でも鳥のことを知ると医学にも役立つかも、のような書いてあるがここまで説明すれば後は想像にお任せしたい。
「鳥類の図鑑」(学習図鑑シリーズ 4 高島春雄 共著; 黒田長久 共著; 小林重三ほか絵 小学館 改訂版 1962。初版は 1956) p. 143 にハトの飼育について述べられていて、トウモロコシは炭水化物を多くふくみハトをふとらせ... 他の食物でタンパク質や脂肪の多いものがそれぞれ有益な作用を示すことがすでに記されていたのを見つけた。
何だはるか昔からわかっていたのか (笑)、太る原因は脂肪との説はどこから出てきたのかと思ってしまった。
Ng et al. (2023) に戻ると飛行への適応のための強い選択圧で遺伝子がこれほど変わる。鳥類の遺伝子はどれもニワトリ (Neoaves でない) と同じようなものと思ってはいけないらしい。
Neoaves でないカモ類が羽ばたき飛行で長距離を渡るのは大変だろうなと感じるが、Neoaves ではそれがより容易にできるようになったと思ってもよいだろう。カモ類も渡りをするが、本格的な渡りは Neoaves で一層洗練されたものになり、ソアリングのような効率のよい渡り形態も一般的になったのだろうか
(Neoaves 以外でソアリングで渡りをする鳥類を思いつかないがこの見方であっているだろうか → クロエリサケビドリ Chauna chavaria Northern Screamer が行うことがわかった。#ノスリ備考 [呼吸以外の気のうの機能] Schachner et al. (2024) に含まれていた)。
哺乳類に比べて鳥類のタンパク質をコードする遺伝子数がかなり少ないことがわかっている。カナリアで 15281、ヒトで 22389。ほぼ同じ数とされていたニワトリゲノム初解読時代からだいぶ見方が変わっているらしい。遺伝子を失うこと自身は悪影響を与えていないらしい。
もっともこの数字はヒトゲノム初解読 (2001) 時代のヒトでも同様で、それ以前は 8-14 万と見積もられていたのが解読されて発表時は 31000。2年後には 25000 に減少し、ショウジョウバエの2倍にも満たなかった (数字出典は「本能はどこまで本能か: ヒトと動物の行動の起源」ブランバーグ 2006, p. 64)。万物の霊長のはずなのにいったいどうなっているんだ、となった。
ニワトリゲノム初解読時代はほぼ 25000 が脊椎動物共通の (必要な) 遺伝子セットと考えられたこともあったが、この考え方もどうも正しくなかったようだ。
代謝のように複数の遺伝子がかかわるネットワークが複雑系としてどのように進化するかなどの理論も引用されている: Prud'homme et al. (2007) Emerging principles of regulatory evolution
この論文ではハエの翅の模様の進化パターンなども挙げて紹介されている。形態進化は遺伝子の調節部位のネットワークの機能的変化で起きる圧倒的証拠が積み重なってきている。この機構による進化はアミノ酸変異の場合の適応度低下の影響をかなり免れることができる。
鳥の模様や形態の進化などもおそらく同じような機構が関係しているだろうし、代謝機構ネットワークのようにゆとりのある機構が存在するものにはこのような進化が比較的短期間でも起きるのだろう。Ng et al. (2023) に書いてあることをちょっと補えば鳥が尿酸排泄の方向の代謝経路を選択していったことも同様に説明でき、水分喪失を避けるとともに尿酸による抗酸化作用も役立っている (#カワウの備考も参照)。
複雑系の特徴である創発 (emergence) が進化のさまざまな過程で役立っているのだろう。断続平衡 (punctuated equilibrium) 的に見える現象も複雑系の特徴で説明できるかも (生物進化に限らなければたくさんみつかる。以下 *2 のゲルマンの話も参照)。
Neoaves 関係でもうひとつ。こちらも難しい論文だが Castiglione et al. (2020)
Adaptation of the master antioxidant response connects metabolism, lifespan and feather development pathways in birds
では Neoaves の段階で酸化ストレスに関係するマスター遺伝子 (KEAP1) の機能に変化があり、代謝率が高くなると酸化ストレスが発生して寿命が短くなるトレードオフ問題がそれまでの系統に比べて改善され、高い代謝率と長い寿命を両立させることができるようになった。
興味深いことに fig. 1 を見ると我々哺乳類も古い系統のままで、脊椎動物の中で Neoaves のみがこの能力を得たことがわかる。Neoaves が脊椎動物の中で一番進化したグループに見えてしまう。
抗酸化物質のカロテノイドを羽毛の色彩に用いるのは生存に不利になるため性選択において「正直なシグナル」としばしばみなされるが直接的な実験的証拠はまだまだではある。それがあるとすればそのしきい値が Neoaves になって大幅に上がった。すなわちそれまでの系統よりも抗酸化物質を豊富に色彩などの表現形に使えることになった。
実験的証拠が得にくいのは Neoaves の生理的機能に十分な余力があって、例えば放射線事故の影響も想像したほどはっきり現れない結果にもつながっているのかも知れない。
生活史戦略も変わってくる (生存率が低ければ多産せざるを得ないが、より少産の戦略が有利になってくる。いわゆる r/K 戦略の問題。だからこそ理不尽に見えるイヌワシの兄弟殺しのような現象も生じ、進化的には親が介入しない戦略を取らざるを得ないわけだろうが...)。
(適当に読みすぎかも知れないが) 表現形の自由度も増して色彩も鮮やかに、自由度が広がったことで適応放散にも役立ち、より広い領域で活躍できるようになったということだろう。
Neoaves 以前の系統で赤系統を使っている鳥を調べれば赤の構造色が見つかるかも知れない。誰か調べていないだろうか。
青塚 (2023) Birder 37(8): 32-33 で恐竜では羽毛にカロテノイドがあまり使われていなかったと推定する研究が紹介されている: Davis and Clarke (2022)
Estimating the distribution of carotenoid coloration in skin and integumentary structures of birds and extinct dinosaurs
この系統樹 (非スズメ目のみ) を見ると (現世鳥類では) Neoaves 以前の系統では羽毛着色にカロテノイドはほとんど使われていない。フラミンゴのように資源が豊富な場合を除き、貴重な資源を使い捨ての羽毛に大量に用いるのはもったいない?
Telluraves で皮膚着色も含めた全体的に利用率が一段と高まっている。一部の系統 (特にキヌバネドリ類、キツツキ類など) では羽毛にも利用されている。猛禽類系統では羽毛の着色は見られないが皮膚裸出部、特に足の着色は多く見られる。
顔の着色はタカ・ハヤブサ類では多く、羽毛にはおそらく隠蔽色の必要性や耐久性などの制約もあって使いにくいが、つがい相手などに見えやすいところに投資か。嘴や虹彩の着色もタカ・フクロウ類の特徴。なるほど。猛禽類の "おしゃれ" 感覚が何となくわかるかも (?)。
虹彩の着色は獲物への威圧感とも言われることがあり、もちろんその意味や巣を守る時に捕食者の威圧感などの効果もあるだろうが、これだけ多系統に普遍的に存在すると別の意義もあってもおかしくなさそう。カロテノイド色彩が「正直なシグナル」として働くならば健康状態を表すにも使えるだろう。
猛禽類の足はなぜ黄色いのか、そういう疑問も聞いた覚えがないが生物学的には面白い問いなのかも知れない。
Why do so many raptors have yellow feet? (BirdForum 2014)
と気にしていた人はあるようで、この時点では有力な答えは出ていない (研究もなされていない?)。
目につく2つの仮説は、ひなが黄色い足と爪で捕食者を威嚇する。なるほど。これは猛禽類に共通する特徴だろうし、幼鳥で足が黄色い理由になる Hawks and yellow legs (BirdForum 2011)。
2011 年の時は紫外線でどう見えるかが話題になっていたが、後半でひなが足で攻撃してくることが述べられている。
虹彩の色と同様、選択においては栄養状態のシグナルか。もちろん両方の働きをしていてもよいだろう。
2014 年の記事にあるようにアカアシチョウゲンボウの足の色はこの極端な場合と考えてよさそう。
Understanding the Bird of Prey (Nicholas Fox 1995 原著, reprint) がこの問題を扱っているとの記述があったが、今の円レートではちょっと衝動買いしにくい (笑)。
他に猛禽類では繁殖期の化粧色は足やろう膜、虹彩には現れないが目の周囲の皮膚の色が鮮やかになるとの話もみかけた。
そういえば日本のカッコウ類も足が黄色いがこれもタカへの擬態? #カッコウの備考 [カッコウのタカへの擬態] を参照。黄色い足も擬態項目に挙げられている。
カッコウ類にそれほど強力な爪はないだろうし、爪を誇示するためには使えないように思える。
ということは猛禽類の成鳥でも黄色い足だけで威嚇効果が期待できるのか?
あるいはカッコウ類の祖先が猛禽性を持っていてその時の性質が簡単に顔を出す? 単純にカロテノイド色彩の「正直なシグナル」でよいのかも知れないが。
Davis and Clarke (2022) では系統樹の形が他のものとまた微妙に違うので周囲の鳥の絵との対応がどうもすっきりしない系統もある。タカとフクロウの間の絵はヨタカだろうか?
ベースとなっている Thomas et al. (2014) Ancient origins and multiple appearances of carotenoid-pigmented feathers in birds
も役立ちそう (オープンアクセスではないが)。羽毛着色のみだが系統樹はこちらが見やすい。Davis and Clarke (2022) に含まれないスズメ目はこちらにあり、羽毛着色はスズメ目で圧倒的に増加したのがわかる。
カロテノイドかどうかは高速液体クロマトグラフィー (HPLC) とラマン分光で科レベルで確認したとのこと (後者は非破壊的に判定できる。ラマン散乱はコヒーレント散乱云々のところで出てくるもう一つの概念分類で、波長が変わるコヒーレントでない方の散乱になる。ややこしい)。見た目の色との整合性がよいので種レベルのカロテノイド有無の判定では写真を用いたとのこと。
羽毛のカロテノイド着色は 13 目で独立に進化した結果になった。オウム目はハヤブサ目同様羽毛にカロテノイドを使っていない系統に分類されているが、オウム目全般に対する文献による情報由来なので間違いがある種もあるかも知れないとのこと。
カロテノイドかどうかの判定が意外に難しいものがある。
ジャノメドリ Eurypyga helias Sunbittern の初列風切、
ヒノドハチドリ Panterpe insignis Fiery-throated Hummingbird の喉の赤色などにはカロテノイドが検出されず。
キンケイ Chrysolophus pictus Golden Pheasant の黄色はラマン分光では検出されたが HPLC では検出されず。化学形によって抽出できないものもあるらしい。
サザナミオオハシガモ Malacorhynchus membranaceus Pink-eared Duck のピンク色の "耳"、ベニキジ Ithaginis cruentus Blood Pheasant の血のような胸、
ヒムネバト Gallicolumba luzonica Luzon Bleeding-heart の胸の赤色、アメリカササゴイの粉綿羽はいずれもカロテノイドだった。
ニシアマサギの着色にも含まれており、サギ類は比較的普通に使っているよう。
個々の種のデータを見るとやはり日本と共通種が少ないので、個々の事例をカロテノイドかどうかを判定するのは少し注意が必要そう。スズメ目はほぼ見た目通りに考えてよい。世界のレンジャク類は3種とも過去研究でカロテノイド着色と確認されている。他の分類群では必ずしもそうではない。
例えばアオショウビンの褐色にはカロテノイドが含まれていないがアカショウビンはどうなのかはこの研究では直接的にはわからない。系統解析ではアカショウビンはカロテノイドでない判定を行ったデータが使われている。嘴と足以外はそれほど赤くないので羽毛には使っていないかも知れない。実際には誰かが測ってみるまでわからないだろう。
コアオバト Treron vernans Pink-necked Green Pigeon では含まれている。
古い系統のものほどカロテノイドが含まれていないものが多いので、黄色・褐色系統は多分違うと考えた方が当たってそう。例えばヨーロッパムナグロの背中には含まれていない。
カンムリヅルの黄色の尾にも含まれていなかった。アカオネッタイチョウの尾は含まれている。
ショウジョウトキ Eudocimus ruber Scarlet Ibis はカロテノイド。
ヒオドシジュケイ Tragopan satyra Tragopan satyra は赤でも含まれていなかった。
アメリカホシハジロ Aythya americana Redhead も含まれていなかったのでホシハジロもそうだろう。カモ類で現在知られているのはサザナミオオハシガモの1例のみとにこと。ホシハジロぐらいの色彩だと明らかな構造色のカモの頭の色から連続的に変化しても作れそうな感じもする。
作業そのものは楽しそうだが生物の研究はなかなか大変そう。
Neoaves 関係でヒットした2本の論文ともたまたまその領域にターゲットを絞って研究した結果かも知れないが、いずれも酸化ストレス関係であることが興味深い。Neoaves の出現は (他の要因もあるかも知れないが) 酸化ストレス克服を一段高めた新グループの鳥類と見てよいかも知れない。"高等な" 系統の鳥類の生理・生態を考える上でもおそらく重要なのだろう。
現生の猛禽類のような高度な身体・知的能力の必要な鳥は Neoaves まで出現できなかったかも知れない。さらに Telluraves でもう1段階の飛躍があるようなので、本格的な猛禽類の出現はここまでお預けかも (本格的でない猛禽類への進化はそれ以前にも挑戦があったのかも。#カッコウの備考参照)。
Neoaves への進展につながる変異は鳥類の何系統で独立に発生しているような事象ではない。鳥類進化における非常にまれな特異事象なのだろう。
肉食恐竜がそのまま残っていたとしてもすぐに猛禽類になれるわけではない、きっと。
これに関係する興味深い発見があった。Clark et al. (2024) New enantiornithine diversity in the Hell Creek Formation and the functional morphology of the avisaurid tarsometatarsus
6800-6600 万年前の enantiornithine birds (エナンティオルニス類。歯を持つものが多い) の化石で現代の猛禽類に似た部分骨格 (tibiotarsus 脛足根骨) が見つかり、これまで原始的と一般に考えられていた enantiornithines (この用語は適切でなく enantiornithean を使うべきとの指摘もある。wikipedia 英語版より)
の生態が想像以上に多様だった可能性を示唆するとのこと。この系統は K-Pg 境界の大絶滅で絶滅したと考えられている。
enantiornithines に肉食のものがあったとの推論は Sanz et al. (2001) An Early Cretaceous pellet にあり、ペリットと考えられる化石証拠によるもの (wikipedia 英語版より)。
もう少し新しい論文では Miller et al. (2024) Synthetic analysis of trophic diversity and evolution in Enantiornithes with new insights from Bohaiornithidae の総説的なものが読め、脊椎動物食 (魚食も含まれる) の系統 (特に新しく出現した Avisauridae のクレード) の存在を積極的に支持している。
Clark et al. (2024) の発見から近代の猛禽類に近い生態を持った古い系統の鳥類はすでにあったのだろうか。
ただ証拠が tibiotarsus の形態なので、現代の鳥では猛禽類に似ているためこのような推定となった部分もあり、足である程度の重量のものを掴んで運ぶ鳥が本当に出現していたか (現代の鳥では Neoaves の中でも Telluraves に限られる)、猛禽類的な足の使い方をしていたかなど今後も議論の対象となるのだろう。
Neoaves と別のクレードでさらに以前に似た進化はあったのだろうか (DNA を調べることはできないので現代の鳥と同等の議論はできないが)。猛禽類的な足の使い方を進化させていたならば、足でものをつかむ現代の Telluraves に相当する猛禽類的でないグループもあっておかしくないように思える。Miller et al. (2024) の解析は多少答えてくれている感じもする。
猛禽類であることが可能な系統や遺伝的な必要条件を考える上で面白い題材と思える。
Duchene et al. (2025) Drivers of avian genomic change revealed by evolutionary rate decomposition これまた難しい論文だが B10K の成果の一つ。近代の鳥の進化はどの系統・どの時期が速かったか、それを促した要因は何かを広範囲の系統を網羅した全ゲノム解析から分析したもの。
それぞれの性質との相関はぱっと見てよくわからない (世代の長さやクラッチサイズなど) 感じもするが、遺伝子レベルで見るともう少し見えてくる。K-Pg 境界の大絶滅の後、Neoaves はリボゾームの効率が高く新しく生じた広大なニッチに適応放散することを可能にした可能性がある。適応放散後は進化速度が低下したという。
微小染色体 (microchromosomes) の急速な変化も K-Pg 境界後の特徴の一つで変異率すなわち進化速度の加速に役立っていると考えられる。ダチョウなどの基本形は微小染色体の多い染色体数 2n = 80 だがいくつかの系統で大きく変化しており
(cf. [タカ類の初期の適応放散] の項目のタカ・ハヤブサ類などやオウム類 [オウム類・ハヤブサ類の年代推定] など参照。タカ類では 2n = 66-68 が標準的だがミサゴは 2n = 74、オオタカは 2n = 78、ヒメオウギワシは 2n = 54 とかなり異なるものがある。ハヤブサ類でも違いが大きく数がかなり減っている)
急速な進化による適応放散を可能にするメカニズムの一つと考えられる。
この研究で微小染色体全般に GC 含量 (DNA 塩基中のグアニンとシトシンの比率。wikipedia 日本語版も参照) が多いことが確認された。また大型染色体を構成する要素 (building blocks) となる。微小染色体が大型染色体に融合すると大型染色体の方が再構成を起こしにくく、また転写頻度が下がるとのこと (つまり小型染色体の存在が進化速度を速める機構となり得る)。
いずれも相互に関係しているので#ミサゴ備考の [染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化] など盛んに進化を起こしていた時期も参照。
Duchene et al. (2025) では現在の主な科が揃って以降の進化速度は落ち着いているとのこと。
またアホウドリ類、タカ目の3科で代謝などにかかわる遺伝子の進化速度が大きく大型化を可能にしたなどの推論も示されている。ゲノムデータが膨大でまだまだ相関などから手がかりを掴みつつある段階だが他の研究とも合わせて次第に描像が現れつつある感じ。
備考:
*1: 南半球3大陸で近代的な陸鳥 [Kuhl et al. (2021) の 6. 7.] が進化したらしいことについては Ericson (2011) Evolution of terrestrial birds in three continents: biogeography and parallel radiations
の研究を参照。現生鳥類の遺伝情報をもとに組み立てたものだが、オーストラリアでスズメ目とオウム類が生き残り (現生鳥類のデータをもとに記述するため「生き残る」のような表現になる)、南アメリカからハヤブサ目とノガンモドキ類、
アフリカからはより多くの系統でブッポウソウ類 + オオブッポウソウ、キツツキ類、フクロウ類、ハヤブサ目を除く昼行性猛禽類、新世界ハゲワシ類、キヌバネドリ類、ネズミドリ類が生き残ったとされる。
もちろんこれら3大陸にいろいろなグループが分布するまでの過程があるわけだがそこまでは対象にしていない。
この意味では近代的な陸鳥はすべて南起源と考えてよいわけであるが、アフリカで主に放散した系統を Afroaves、それ以外を Australaves とすれば概念的にはまとまったものになる。
おそらくあまり想像されないであろうが、スズメ目の起源はオーストラリアと考えられる。
これをテーマにした Tim Low "Where Song Began" (Yale University Press 2014) という興味深い本が出ている。スズメ目はなぜアフリカやユーラシアでなくオーストラリアで適応放散したのであろうか。
ハヤブサ類・オウム類・スズメ目が近縁であることがわかってきた時期に並行して書かれた本とも言える。
副題が "how they changed the world" とあり、もしスズメ目が生まれなければ、世界は我々が現在見聞きするものと大きく違っていたかも知れない。
現在日本野鳥の会会長の上田恵介氏が 1997 年に著した対談も関連して興味深いだろう。
生物のサバイバル戦略 - 共進化。
「鳥がいなければこの世界はどれだけ単調であっただろう」などもよく言われるが、記憶能力の高い鳥がいなければ世界もまったく違っていただろう。スズメ目のアフリカ進出とヒトの進化も時期的には重なっていて、あるいは言語の進化なども含めて関係があるのではと思ってしまう。
今後も「野鳥」誌で上田氏の話を読めるかも知れない、いや期待したい (しかしあまり大風呂敷は広げにくいかも知れないが...)。
オーストラリアの鳥は他大陸に比べてより知的で長命の傾向があるとしている。
世界のどこよりもオーストラリアでは鳥が生態系を形作っており、行動も多様である。
北半球の住人はどうしても北半球にバイアスをかけがちでオーストラリアでの進化に気づきにくい。
"Where Song Began" の内容を一部紹介しておくと、鳥の進化については
当時の欧米の知見から Ernst Mayr の大御所の
見解による、スズメ目などの新しいタイプの鳥は北半球で比較的新しく生ま
れて、空白だった南へと進出していったとのパラダイムが広く受け入れられ
ていて、それに対する反証も多少はあったものの、Sibley による
DNA-DNA-hybridization による系統の見直し、その後の塩基配列から
より直接に系統関係が明らかにされる中で、このパラダイムが書き換わっていった。
欧米のデータだけを見ているとスズメ目は最近にしか化石に現れないので、
新しく生まれた (創造説によれば人間と一緒にあるものは最終段階で創ら
れた) と考えるのももっともだが、現在のスズメ目の共通祖先に相当する
系統がオーストラリアの鳥だった (コトドリ、ニュージーランドの wren
など) とのことで、スズメ目はオーストラリアで生まれて長い進化を経て
様々に分化し、その後北半球へと分布を広げた。そして北半球の在来の
鳥を圧倒していった描像が明らかになってきたことが描かれている。Ernst Mayr は新しい
研究を高く評価しつつも自説を生涯曲げなかったとのこと。
これらとさらに共通する祖先を持つグループがオウム類やハヤブサ類。
コトドリの歌 (模倣) は最上のものとみなされているが、オウム類の
知性とともに、何千万年もの間オーストラリアの鳥が地球で最も
知的な動物だった可能性もある (これらの部分についての知見は後に紹介するオウム類の祖先と
思われる化石種以降も参照。オウム類はかつて北半球にも広く存在していた証拠がある)。
その後進化したスズメ目に比べて、
これらの祖先型の鳥は興味深いことに鳴管の構造はより単純なのに
出す音はもっと多彩である。その後進化したスズメ目は種認識 (種分化)
のためにそれぞれは狭い種類の範囲の音しか出さないようになった?
音声模倣能力のある鳥は知的能力も優れている?
オーストラリアで進化した鳥はたいへんのんびりした生活史で、
卵の孵化や成熟などに大変時間がかかる (小鳥なのに成熟するのに7年かかるのもある)。
北半球でその後進化して逆にオーストラリアに入ってきた種類はこれが早い。
北半球の生存条件の過酷さ、渡りの必要などで生活史を急ぐ必要が
あるのでは。しかしオーストラリアの鳥は個体としては大変強力で、
ニュージーランドの Kea (ミヤマオウム) は有名だが、カササギの破壊力なども
すさまじい。また鳥のサイズもスズメ目としては大変大きい。
婚姻形態も北半球の鳥に比べて多様。北半球の鳥だけ見ていて
鳥類の一般的特性と考えるのは誤解かも知れない。
音声学習をする動物は非常に限られている。もしスズメ目が
いなかったら世界の音ははるかに単調なものだっただろう。
鳥の声は西洋音楽の音階に近い音程が多く (オクターブを使う
鳥もある)、音楽における美意識の根底に関係があるかも知れない
(補足私見: 収斂進化かも知れないが)。
なぜオーストラリアだったのか (なお当時はゴンドワナ大陸の一部だった。
南極大陸とつながっているとはいえ寒冷な部分で実質上隔離されていた)
については、6600 万年前の隕石衝突が北半球だったために、大絶滅を免れたのが
南半球だったこと、その後小型哺乳類による捕食の影響を受けずに "のびのびと" 進化した
可能性が挙げられている (補足私見: いたずらに競争をさせれば最終的によいものが
生まれるというわけではないだろう)。
スズメ目ほど証拠は明確でないものの、
いろいろな種類がオーストラリア由来と考えるともっともらしいとのこと。
北からオーストラリアに進出してきたムクドリの仲間は非常に粗雑な巣を
作ってよく落ちる。これはムクドリの仲間はもともと隙間に
営巣して丸い巣を作らないのが、樹洞などの制約のために巣作りをする
ようになったもののまだうまくないらしいとの推測が出ている。
北半球とオーストラリアに同じ植物がある (途中に空白がある) ことが
謎だったが、シギ類が種子を運んでいる可能性が示唆されている。
胃内容を調べてみると結構種子が見つかるとのこと
(なおこのあたりは近年渡り鳥による長距離運搬としてよく研究されている)。
本のタイトルもなかなか洒落ていて、地球で「歌」と呼べるものが誕生したのはどこだろうかと問うている。もちろん他の鳥類や他の動物も声を出すが、人類の「歌」の出現するはるか以前のスズメ目が生まれなければ多様で華麗な歌声を聞くこともなかっただろう。
スティーブン・フェルド Steven Felt 著; 山口修ほか訳「鳥になった少年 - カルリ社会における音・神話・象徴」(平凡社 1988) という書物もある。現地の鳥の声がメッセージ伝達に使われるとのことで、「鳥の歌」からヒトが進化の過程で学んだこともあるのではないだろうか。
Steven Felt の研究のきっかけについては 宮沢賢治の宇宙 編集日誌 の2000. 8.10 編集日誌 のところでも触れられている。
猛禽類の解説部分でスズメ目の出現に触れる形になるがタカ類をはじめとする近代的な陸鳥の進化を見る上で南半球の果たした役割の大きさを改めて認識しておきたい。
この話とは直接関係はないが、12000 年以上前に作られた猛禽の声をまねたらしい笛が発見された報告がある。Davin et al. (2023) Bone aerophones from Eynan-Mallaha (Israel) indicate imitation of raptor calls by the last hunter-gatherers in the Levant
鳥の声を通信などに用いるのは極めてあり得る感じがする。
*2: ゲルマンは将来は鳥類学者 (または言語学者か考古学者) になりたかったが、それでは貧乏生活になると親に諭され、物理学の道を歩んでノーベル賞も受賞、というレベルの話ではなく別人であればそれぞれノーベル賞になりそうなぐらいの多くの業績を残している
(Murray Gell-Mann)。
ちなみに鳥類化石に革命を起こした古生物学者 Xing Xu 徐星 はまったく逆だったという (「羽: 進化が生みだした自然の奇跡」より)。
ゲルマンの著書には有名な「クォークとジャガー: たゆみなく進化する複雑系」(The Quark and the Jaguar: Adventures in the Simple and the Complex 1994; 野本陽代訳 草思社 1997) があり、「選択と適応度 (生物の進化などで働いている選択)」「多様性と持続可能性 (脅威にさらされている多様性)」の章もある。
今となっては古典となっているが、彼自身も「世界がなぜこのようになっているのか」を説明したい望みがあったのだろう。また生命へのまなざしも彼自身のサブテーマの一つとして息づいていたことがわかる。
次に出てくる複雑系研究で有名なサンタフェ研究所の設立者のひとり。
あるいはこの「鳥類系統樹2024」の研究グループにゲルマンの若い時の夢を叶えようとした人がいたのではないだろうか。
複雑系と生物進化、生物多様性にかかわる日本語の本では「持続不可能性」(Simon Levin サイモン・レヴィン著 原著 1999 重定南奈子・高須夫悟 訳 文一総合出版 2003) がある。
これも今となっては古典かも知れないが、ここで述べている話にも関係するので少し紹介しておこう。
文一総合出版がなぜこの書籍を取り上げたのかはよくわからないが、「環境保全のための」の部分だけを見て内容を読むとちょっとがっかりするかも知れない。基本的には複雑系として生態系を考える理論的基盤を一般向けに解説したものと考えるのがよいだろう。
当時は「べき乗則」がまったく無関係に見える事象 (例えば地震の規模と頻度の関係など) になぜそれほど普遍的に成り立つのかに関心が持たれていた。種数面積関係も生態学で最もよく知られた関係の一つであって保全生物学でも重要な意味を持つが、この関係がなぜ生じるのかは必ずも自明でない。
複雑系の法則性を考えることでこれを説明できるのではないかと考えるのは自然な発展方向だろう。
ここではこの話は深入りはせず、Neoaves 関係で出てくる遺伝子の調節部位のネットワークなどの複雑系の進化をどう理解すればよいかの方面から取り上げる。
ご存じのように生物進化はさまざまな変数 (古典的には嘴の長さや高さ、遺伝子レベルだと例えば調節部位の働きなど) で表される適応度空間の中を変異の結果で移動するうち、より適応度の高い点が自然選択で選ばれてゆく過程とも表すことができる。
調節部位のネットワークなどは自由度の非常に高い (変数が多い) 適応度空間の最適化問題となる。選択圧はもちろん個々の個体にかかって適応度のより高いものが相対的に多く生き残ることで実際上最適化問題を解いているようなものである。
このような表現をすると何か類似の例に気づかれないだろうか。これは多変数関数の極値を求める問題とほぼ相同である。1変数関数ならば微分をとって0になる点を探せば極値を求められるが、変数が多くなるとこの方法はほぼ使えなくなる (完全に線形な問題で連立一次方程式にでも帰着しない限り3変数でさえすでに困難になる)。
この問題を解くために従来からさまざまな方法が考案されていて、「持続不可能性」(p. 201 の脚注 7) にも出ているような simplex 法、Nelder-Mead 法などがよく知られたアルゴリズムだった。
いずれも高次元空間の中で「より高い (低いでもよい) 点」を (乱数を用いずに) 探索してゆくものである。これらは「決定論的」な手法で、初期値が同じならば誰が行っても同じ結果になるはずである。
「持続不可能性」には確率的最適化法 (芸術的な解法とある) が紹介されていて、生物の進化にならって最適解を探す方法とある。
つまり突然変異のように乱数で変数の値を変えて最適解を探す方法である。Levin が言及した具体的なものはもう少し限定した問題 (例は巡回セールスマン問題) を解く古いタイプのもののようにも見えるが、
今では マルコフ連鎖モンテカルロ法 (MCMC) (#ハチクマ備考の [嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ] の系統解析方法に登場する)
が有名になっている。
おそらく Levin も馴染んでいた統計物理学では単にモンテカルロ法とも呼ばれる。この名前では乱数を用いて何かを求める方法 (例えば乱数で円周率を求めるなど) と区別がつかないが、「マルコフ連鎖」を加えることで用語が非常に明確になる。要するに一つ前の状態に (突然変異に相当する) 乱数を加える生物進化とほとんど同じような原理になる。
「決定論的」な手法から決別してどちらへ進むかは乱数に頼る。一見頼りないようだが...
乱数を加えていって最適解を探す方法ならば誰でも何らかのやり方を思いつくだろうが (よりよい点に当たればそれを採択して先へ進むなど)、MCMC はベイズ統計学と組み合わせると特に有益な確率分布を求める点が異なる (最適解一つを求めるのではなく確率分布を求める。ベイズ統計学では事後確率 posterior probability の概念になる。適応度に対応するものは尤度になる)。
ピーク一つを探すだけであればそれほどややこしい話ではないが、確率分布を再現したいとなると少し厄介で詳細釣り合いの条件などが必要になる。適当に乱数を振ったり結果を適当に採択したりしていては正しい確率分布にならない。そこで MCMC の出番である。この計算で最もよく知られて基本となるアルゴリズムがメトロポリス・ヘイスティングス (Metropolis-Hastings) 法である。
この手法を確立したのは Metropolis (1953) で統計物理学者、Hastings (1970) が一般化してさまざまな分野に使われるようになったが Hastings の Monte Carlo Sampling Methods Using Markov Chains and Their Applications
は何と生物学雑誌である。この手法の学際的色彩がもはや現れている。
Metropolis の方は初代の電子計算機 MANIAC I (1952) に実装されたもので、これはロス・アラモス研究所、すなわち原子爆弾の開発のために使われたもの。今からみてもこの時代にこのような計算が行われていたことはただただ驚嘆である。
さて生物進化の話の方に戻ると、こういう高次元空間の最適化問題には「局所解」の問題が出てくる。つまり高次元ではいたるところにちょっとしたピークがあって簡単にそこに陥ってそれ以上動かなくなるのである。
Levin の時代にはまだ主流だった simplex 法、Nelder-Mead 法などを扱われた経験のある方ならばこの問題は痛いほど体験されているだろう。2000 年代前半ぐらいまではこちらが普通だった。
そのためにたくさんの初期値から出発してなるべく大局的な最適化を探したいわけだが今度は膨大な計算時間がかかる。
では生物はこの局所解問題をどのように乗り越えてより大局的な最適解にたどりついているのだろう。
ここで MCMC を使うと物事の理解が圧倒的に明快になる。それまで simplex 法で苦労していた問題が解けてしまう。大学院生が苦労していた問題を学部学生の演習でも解けてしまうのである。
つまり "よりよければそれを採択して先へ進む" だけではなく、"よくなくてもある確率で採択する" が肝で、MCMC では確率分布を再現するためにここに工夫を施している。生物進化でも同じようなことが起きているのではないだろうか。
このように書くと MCMC が魔法の道具のようにも聞こえてしまうが生で使うには数変数 (次元) ぐらいが適当で、もっと多次元になるとやはり局所解問題が効いてくる。ここで出てくる一つの技法が生物に例えれば "選択圧のレベルを弱めて進化させたグループと、本来の選択圧で進化させたグループを適宜とりまぜる" (一般に多段階を用意する)
に相当するレプリカ交換モンテカルロ法 (英語では parallel tempering の名称がよく用いられる) である。最初の提唱者は Swendsen and Wang (1986) だが手法の発展には日本の統計・物理学者が大きく関係している (1990 年代)。
実際のレプリカ交換モンテカルロ法では上記のような曖昧な表現ではなく、確率分布を正しく再現するための詳細釣り合い条件も満たすべく数学的に厳密な記述がなされている。実際の生物進化ではもっと曖昧な手段でも十分役立つだろう。
なお Levin (1999) (訳本 p. 205 脚注 11) によれば生物進化において局所解問題問題を逃れるこれに近いアイデアが Sewall Wright (1931) Evolution in Mendelian Populations ですでに提唱 (shifting balance theory) されていたとのこと。
ただしアイデアは萌芽的なもので、他の解釈には影響を与えたものの進化において重要な因子としては捉えられていないとのこと (wikipedia 英語版より)。複雑系の進化を考えると事情が変わってくるかも知れない。
Levin (1999) ではレプリカ交換モンテカルロ法の話はまではまだ出てこず、当時先端的な方法であった Simulated Annealing (焼きなまし法) が紹介されている (p. 205 脚注 10)。当時は 遺伝的アルゴリズム などが話題となっていたが MCMC の定式化と組み合わせることで一層価値が出てきた、というところだろう。
wikipedia 日本語版の MCMC の解説では何が何なのかほとんどわからないが、「計算統計 II マルコフ連鎖モンテカルロ法とその周辺」(統計科学のフロンティア 伊庭他 岩波書店 2005) が出て普及が始まったと言えるだろう。
出版社による本の紹介では "マルコフ連鎖モンテカルロ法は、近年の計算統計学で最大の話題のひとつであり..." とまである。現在はオンデマンド出版で手に入るらしい。
この種のものを理解するには書いてある通りに計算機を使って実際にプログラムを書いてみること (あまりにも簡単で R ですぐに書ける。古い BASIC でも一向に構わない)。大学入試が終わると演習問題をやってみなくなるものなのだが食わず嫌いをやめてとにかく触ってみるとよい。
数学好きの人でなくても面白そうな話題としては N × N の魔法陣の解はいくつあるかが紹介されている。3 × 3 ならば1種類はご存じの通り。N が少し増えるだけで計算機でもすぐに厳密に求められなくなる (厳密な値は N=5 までしか知られていない) が、レプリカ交換モンテカルロ法を使ってよい近似値を求めている。N=5 で上位4桁まで一致する数が推定されている。
魔法陣は 1 から N^2 までの整数だけが許された極端な連立方程式だが、"選択圧のレベルを弱めて進化させたグループ" に相当する条件を緩和した進化を解くことを組み合わせて厳密解の数が推定できる
[cf. Kitajima and Kikuchi (2015) Numerous but Rare: An Exploration of Magic Squares]。
そんな問題が突然変異の積み重ねのようなもので解けてしまうのかと思うが、実際に解けるのである。
wikipedia 英語版では従来の方法で求めることは不可能だったとある。
何が言いたいかと言えば、「遺伝子などのネットワークが複雑系としてどのように進化するか」などの具体的イメージを得るにはほぼ相同である MCMC を使ってみるのが今ならば早道である (Levin の時代には紹介することは多分無理だったが今の時代ならばおそらく誰でも使える) ということである。アルゴリズムも「こんなに簡単でよいのか」と思えるぐらい単純で手持ちの計算機でもすぐ走るものがあるだろう。
何よりも MCMC は生態学のパラメータ推定などですでに馴染まれている (苦しまれている?) 方もかなりおられるだろう、話が通じやすいだろうことを前提に書いている。
松井 (2021) 分子系統解析の最前線 でも分子系統解析に MCMC が広く取り入れられていることもわかる。この解説で Metropolis-coupled MCMC と紹介されているものがあるが、説明を見る限りではレプリカ交換モンテカルロ法とほぼ同様の概念でないかと思う。
Mueller and Bouckaert (2020) Adaptive Metropolis-coupled MCMC for BEAST 2 BEAST 2 での実装。
このような名前を付けているのは、略すと MCMCMC と大変語呂がよいため。
レプリカ交換モンテカルロ法にしても parallel tempering にしても語呂のよい略名がなくて今ひとつ紹介しにくい。(MC)^3 と書いてあるのはその意味。
生物進化を模倣したアルゴリズムで生物進化系統を探る (?) ... 直接の関係はないかも知れないが面白い話である。
2000 年前後からに急速に広まり、今や分子系統解析を初めとする生物学の屋台骨を支えているのである。何と学際的な話だろうか。
分子系統解析ではそこまで専門家が関与していないように感じるので、数理科学の専門家が本腰を入れてスーパーコンピューター用に最適化すればすごいものができそうな気がする。
昔から哲学的議論の対象となっていた事項に、「なぜこんなに複雑なものが進化できるのか」。ダーウィンは眼の進化を取り上げた。(今ならば遺伝子のことがわかっているが) これほど多数の遺伝子を同時に操作して思い通りの形質を得る確率などほとんどゼロである。神による創造としか考えられない。のような議論がしばしばなされる。
今ならばこの問題にある程度の回答を与えることができる。ネットワークが複雑系としてどのように進化するか、理論は多分難しいが手早く感触を得たいならば MCMC がなぜこれほど単純な原理で全体的な最適化を行え局所解問題を乗り越えることが可能なのかを体感してみるとよい。
適当に数を割り振るだけで魔法陣ができる可能性はほぼゼロである。N=7 でも 10 の -28 乗の確率と、すでにアボガドロ数回試行しても無理になっている。
多少は意味が違うが、生物の場合では同じぐらいの数の調節部位を同時に操作するようなものと考えてもよいだろう。普通に考えれば解に相当するものに偶然行きあたるには宇宙年齢をかけても無理だろう。しかし適切なアルゴリズムさえあれば乱数を使うだけでできてしまう。
最初の Metropolis (1953) の時代には変数を1個ずつ動かしていた。これは1遺伝子なり1調節部位に変異を加えることに相当する。後には複数の変数を同時に動かすことでより高速の計算が行えるようになり、変数をブロックで動かすなどこの方面の技術も進歩している。
どの方法でも得られる結果が同じであることは数学的に証明されている。個々の遺伝子や調節部位を変えてゆく方法でも、おそらくもっと上等な方法で最適化をする方法でも進化速度が違うだけでよい解に到達できる。先に高い適応度を得た方が選択されるだろうから何か上等な方法で最適化する方法が選抜されるのだろう。このあたりは生物の知見からアルゴリズムの改良に結びつくかも知れない。
生命誕生もおそらく同じで、(古典的な?) 生物学者の視点からは「生命誕生は地球でただ1回しか起きなかった現象で、ほぼゼロの確率の幸運が積み重なったもの」と認識されている印象も受ける。あまりにもうまくできすぎているのである。
「天文学者はどこででも生命が誕生しているようなつもりで探そうとしているが、ハビタブルゾーンとか何を馬鹿なことを考えているのか」とか内心思われている方もあるだろう。
実際に見つかってみるまでは何とも言えないが (ここは形而上学的議論でなく自然科学たる部分)、生命誕生は普遍的であっても不思議でない理由が後述の Kauffman が想像しているように複雑系の観点からはあり得る。それは実証に値する仮説であるとの認識に基づくものと理解している。そして近年急速に進展した太陽系や惑星の進化シナリオ (#ハヤブサの備考 [月に行ったハヤブサ] の *1 参照) とも関連している。
科学の世界もいろいろなところでつながっているのである。
関連する話題が出ていた: Mills et al. (2025) A reassessment of the "hard-steps" model for the evolution of intelligent life
生化学・分子生物学者とはまた違った視点よりマクロの現象を扱っているが、知的生命の誕生に必要な複数の困難な段階 (確率の積とすると起こりそうもない) と考えられてきたものはもっと自然に実現できるとの解釈。生物学の知識があまりなくても読めるように古くから唱えられていたフェルミのパラドックスなど宇宙生物学的視点が主になっている。
あまり何か新しくわかった感じではないがここで述べているような話の体系化の試みと言えそう。知りたいのは "ヒト" が生まれるかではあるが、ヒトが特別な存在ではないことを示すところにカラスが出てくる。哺乳類とそれ以外の区分は宇宙生物学者にはまあやむを得ないところだろう。
この論文で初めて紹介されたものではないと思うが、親星 (太陽) も進化するので生物の生存できる期間には限られた window がある。その window の期間内に複雑な生物を生み出せるかどうかはそれほど楽観的ではないかも知れない。我々はその window のかなり最後の期間に位置している。
これは親星の進化速度次第なので太陽より少し軽い星の周囲の惑星ならばもう少し猶予期間があるだろう。
「進化の特異事象: あなたが生まれるまでに通った関所」(クリスティアン・ド・デューブ Christian de Duve 原著 "Singularities: landmarks on the pathways of life" 中村桂子監訳 一灯舎 2007) にもより明確な形で同じような主張がなされている。
ただしド・デューブは複雑系や自己組織化を意識しているというより非常に低い確率でも生物では膨大な数の試行が行われているので適切な解に到達している見方をしている。
ここで注目すべきと考えるのは、生物がこのような (偶然で考えればほとんど起きないような) 最適化を日常的に行っている顕著な例として収斂進化や擬態を取り上げていることである (訳書 pp. 216, 230 など)。
つまり異なった系統から出発して違う経路を歩んでも結果的に同じような最適化に至っていることになる。これは進化の特異事象にも匹敵する現象とのこと。
収斂進化や擬態はあまりにも普遍的に見られるので当たり前のことのように感じそうだが、出発点が違うのに突然変異と自然選択でそこまで似たものを作り出せるのか考えてみると確かに不思議である。
以下に紹介するような複雑系や自己組織化の性質によって、通常想像するより少数のステップで収斂進化や擬態が生じるのかも知れないし、擬態の生じやすい系統ではそのような性質を内在する遺伝子や制御ネットワークを選択圧によって選択されてきたのかも知れない。
鳥の擬態や隠蔽色を調べることは、一見全然関係のないことに見えても実は宇宙の生命現象解明とつながっているのかも知れない
(ド・デューブの考えで多少気に入らないところがあるとすれば生命始原物質を宇宙に求めすぎているように思えることで、宇宙で普遍的な化学反応ならば地球で起きる場所があってもよいのではと思う)。
Neoaves の解説のところで「特異事象」の語を使ったのもこの本の表題を少し連想してみたもの。もし我々が Neoaves から進化したものであったらならばこれらのポイントを指して同じように「あなたが生まれるまでに通った関所」と呼んでいたかも知れない。
ちなみに生物学者もかなり昔から "自己組織化" は知っていた。有名なところではタンパク質を合成する最も重要な細胞内小器官であるリボゾームで、リボゾームの RNA (rRNA) と 33 個のタンパク質 (小サブユニット) + 49 個のタンパク質 (大サブユニット) (数は真核生物の場合で wikipedia 日本語版を使っているが、昔習った時とはちょっと数が違う?) から組み上がる。
それぞれをばらばらにしても合体再構成されることが示されたのが 1960-1970 年代の話。驚くほどうまくできているとしか言えなかった。
ウイルスなどでも同様で、インフルエンザウイルスを複数ユニットからあっさり合成できた河岡グループの研究 (#インドガン備考参照) もウイルス粒子の自己組織化の産物と言えるだろう。
インフルエンザウイルスの場合はこのような複数ユニットを自己組織化で組み合わせる戦略が対宿主戦略として一番適応的だったのだろう。ウイルス自身に意思があってとは誰も思わないだろうから自然選択の産物とか言えないだろう。
より小規模な数のユニットから進化してきたのかも知れない (調べれば書いてありそうだが)。
リボゾームでも事情は同じで、Reuveni et al. (2017) Ribosomes are optimized for autocatalytic production
のような魅力的な進化仮説があるとのこと。自己複製のために最適化された構造を持っている。
しかしながら 1970 年代ぐらいでは「なぜこれほどうまくできているのか」の背景を理解するには時代がまだ早すぎたのだろう。
目に見える形で最初に世に出たのはロシア出身のプリゴジン (Ilya Prigogine 1917-2003。エフゲニー・プリゴジンとは別人) によるもので "散逸構造" として紹介されたもの
[Glansdorff and Prigogine (1971) "Thermodynamic Theory of Structure, Stability and Fluctuations"「構造・安定性・ゆらぎ: その熱力学的理論」みすず書房 1977] (1977 年ノーベル化学賞)。
物理学の世界の話で関係がないと思われていても不思議ではないが、今や生物がなぜそうなっているのか理解するのに一番役立ってきているかも知れない。
またまた余談だが優れた人は多方面で活躍するようでゲルマン同様言語学や考古学 (考古学博士) にも秀でていたという。ピアノも超一流でウラディーミル・アシュケナージ (泣く子も黙る?ピアニスト) の父に師事したという。
複雑系ではいかにもありそうな話だが脳の同じ回路を多方面に使っていたのかも (ピアニストは指が器用に動く能力が重要で指の訓練を日夜行っている話題がよく述べられるが、実はそれをコントロールしている中枢神経回路を鍛えている。その回路は他の目的に用いられても不思議でない。
ピアノで脳トレーニングも意味があるだろうし、他の習い事に比べて脳機能の発達に圧倒的に有効との研究結果も出ているらしい。足を器用に使う鳥で知能が発達している可能性を調べる動機にもつながるだろう)。
さらに兄 (Alexandre Prigogine) は鳥類学者になったという (Alexandre Prigogine (1913-1991) Ibis誌の訃報)。
なお、ここでは生物進化との類似が非常にわかりやすいため (今や身近にある) MCMC を紹介しているもので、まったく同じというわけではない。
Levin は生物進化では同じ適応度空間 (適応度地形図) の中を探索しているわけではなく地形図が時間とともに変わったり、他の個体の存在によって変わったりすることなどの違いを挙げている。例えば生態系の場合には適応度空間の同じ点を他の個体が占めればその点の適応度は下がる (頻度依存メカニズム) (pp. 205-206) のですべての個体が全く独立に適応度空間を探索しているわけではない。
しかしながら進化のプロセスを理解する上で適応度地形図上の探索、すなわち MCMC のような挙動を思い浮かべることは有益であろうし、このプロセスを受け入れれば適応度地形図を変化させる効果は副次的に取り入れることで理解できるだろう。
Levin の本を読むならば当時明らかになったばかりで注目を帯びていた事項2つを把握しておくと話の背景が理解しやすいだろう:
(その 1) 一つはカオス理論 (chaos theory) で、wikipedia 日本語版から引用すれば「ある初期状態が与えられればその後の全ての状態量の変化が決定される系を力学系と呼ぶ」。この項目の最初の方で「決定論的」の表現を用いたの理由のはここにある。
つまり決定論的であれば初期値さえ十分精密に与えれば将来の状態 (時間進化) はほぼ正確に記述できるはず。この常識を打ち破ったのがカオスの発見である。最初に気づいた一人は ローレンツ (Edward Lorenz。動物行動のローレンツとはもちろん別人) で気象モデルで 1961 年に見出した現象であったが長らく注目されなかった。
1976 年ロバート・メイ Robert McCredie May が生態学で個体数を記述する方程式であるロジスティック方程式 (logistic equation) がこの挙動を示すことを示し、1990 年ごろには研究が進み急激に注目を浴びるようになった (wikipedia 日本語版に十分詳しいので詳細は参照されたい)。
初期値のわずかな違いが時間とともに指数関数的に増大するのである。数理科学者がこれに注目しないはずはない。
大学に入って初めて学ぶだろう数学で、至るところ微分不可能な連続関数とか「有理数の濃度は整数の濃度と等しい」とか意味不明の話を習ったりすることもあるだろう (数学者は高校数学では習わない数学の面白さを伝えようとしているのだが、それで大学の数学が嫌いになるとの話もないではない...)。
そんなことは数学者の世界だけの特別な話で関係ないと思っていたら生態学を記述する関数になんとその性質が含まれていたのである。
ある力学系がカオス状態にあるか否かはその力学系によるが、ロジスティック写像の場合にはあるパラメータを境にカオス状態が出現する。この境界にあたる状態がカオスの縁と呼ばれるが、自然選択の結果生命現象はカオスの縁状態になっているのではとの考えがあり Levin の本でもこれが紹介されている
(上記の古典的なカオス理論は決定論的な問題であってもカオスが出現することが斬新で、乱数が入るような非決定論的な場合とは多少違うので類似の意味での延長線上の使い方だろう)。
カオスの縁状態にあればわずかな摂動で別の状態を生み出すことが容易で、さまざまな進化を理解できるのではないかとの考えになる。
本文中で Neoaves での代謝の進化を記述した Ng et al. (2023) にも複雑適応系を指して "Assuming most species are near this type of boundary condition," のような表現があり、"カオスの縁" との関連性を暗に示唆しているのだろう。
"カオスの縁" のような状態にあれば、(一見不利に見えるのに) 複数の遺伝子を失って違った環境に適応することも可能かも知れない、といった読み方になるのだろうか。
(その 2) もう一つが自己組織化臨界 (self-organized criticality, SOC) で、地震の規模と発生頻度がべき乗則に乗る説明などでしばしば用いられる。Levin の本でも砂山に砂を1粒ずつ加えていった場合にいつ崩れるか (なだれが発生するか。その規模と頻度の関係は?) との砂山モデルを取り上げている。
SOC の用語は Per Bak (1996) が考え出したもので、著書 "How Nature Works" で自己組織化で生物群集を説明するアイデアを出している [Levin (1999) 訳書 pp. 96-98, p. 290。Levin はこのアイデアを一定評価しつつ個体ではなく群集への選択圧を暗黙で仮定する点などを疑問視している]。
Levin (1999) 訳書 p. 287 脚注 9 に断続平衡と SOC の関係が述べられている。
自己組織化と進化・生態系に関してはそのものずばりの名前の書籍もあり、スチュアート・カウフマン (Stuart Kauffman)「自己組織化と進化の論理 - 宇宙を貫く複雑系の法則」(米沢富美子監訳、森弘之・五味壮平・藤原進訳 筑摩書房 2008)。原題は "At Home in the Universe: The Search for the Laws of Self-Organization and Complexity" (1996) とかなり感触が異なる。
Levin (1999) ももちろん Kauffman (1995) を引用している。
「持続不可能性」の訳書では SOC とカオスの縁がほぼ同様の概念である注釈がなされている。
Kauffman の著書について At Home in the Universe - The Search for the Laws of Self-Organization and Complexity で書評を見ることができるが、
"If, as he argues, life were bound to arise, not as an incalculably improbable accident, but as an expected fulfillment of the natural order, then we truly are at home in the universe".
Kauffman の考えるところでは、生命がとんでもない偶然の中で誕生したものでなく、自然の法則の産物して生まれるべくして生まれたのであれば、我々はしかるべき所にいるのである。"At Home in the Universe" はここに由来。
進化的適応の産物であれば我々が環境に一番適した状態で存在していることは理解しやすい。生物としては今の住処が一番適しているのである (宇宙に出れば地上の問題が解決できるかも知れないような考えは、我々は自然選択の産物ではないと言っているかのように自分には感じられる)。
「持続不可能性」の原題は "Fragile Dominion" (訳書では「はかない住処」) である。もちろん地球のことを指していて、我々の環境破壊や気候変動などに痛めつけられている生態系のことである。
Kauffman の "At Home in the Universe" に呼応した表現だろう。
生態系はそのような条件でも形を変えて存続するだけだが、その生態系は我々にとって住みやすい環境にはならないだろう。Kauffman の言葉によれば自然の法則の産物として我々はしかるべき住処を占めることになったが、自らの手でそのはかない住処を失いつつあるのである。
しかしこの本はその部分よりも複雑系科学が生命や進化の不思議を (当時の最先端の情報で) どのように説明できるかを伝える方が中心となっていると見た方がよいだろう。Levin の本と Kauffman の本 (いずれも易しい内容ではないが...) はセットで読むべきものであろう。
英語論文や本でも構わなければもっと新しい仕事も読めて、Vattay et al. (2015) Quantum Criticality at the Origin of Life など。
Sansom (2011) "Ingenious Genes: How Gene Regulation Networks Evolve To Control Development. Life and Mind: Philosophical Issues in Biology and Psychology"
は Kauffman のアイデアをもとに遺伝子制御ネットワークを考察。
Kauffman (2016) "Answering Descartes: Beyond Turing"。
Kauffman (2014) Beyond the Stalemate: Conscious Mind-Body - Quantum Mechanics - Free Will - Possible Panpsychism - Possible Interpretation of Quantum Enigma
心や意識といった概念も既知の物理学で説明できるのでは? シュレーディンガー Schroedinger "What is life?" (1944) [エルヴィン・シュレーディンガー 著、岡小天、鎮目恭夫 訳「生命とは何か: 物理的にみた生細胞」岩波書店 1951 初出版] DNA の仕組みなどもまだ見つかっていない時代の著作である (そしてこのアイデアが 1953 年のワトソン・クリックによる DNA の構造の解明につながったとも言われる)。
この中の有名な文章 ...living matter, while not eluding the "laws of physics"
as established up to date, is likely to involve "other laws of physics"
hitherto unknown, which however, once they have been revealed, will form
just as integral a part of science as the former (wikipedia 英語版より)
生命はこれまで知られているところでは既知の物理法則に反するわけではないが、生命活動を説明するためにはこれまでの物理学では不足で、まだ知られていない新しい法則がかかわっているだろうと著したもの。これはさまざまな意味で憶測や誤解にもつながっているが、今は複雑系科学がこれに答えようとしている。
この話は実は渡り鳥の磁気定位 (#アマツバメの備考) にもつながっており、真の意味で量子生物学と呼んでよさそうな分野が生まれつつある。量子生物学の名称は過去にもあったがかつては量子化学の生物への応用と大した違いはなかった。
心や意識にはもしかすると渡り鳥の磁気定位と共通の機構があるのか。
まだ萌芽的で真に生命現象を解明するアイデアが出てくるのはおそらくこれから。ただし自分にはついて行けそうもないが...。
(非常に古くから量子力学と意識を結びつける考えはあったが) Smith et al. (2021) Radical pairs may play a role in xenon-induced general anesthesia、
Zadeh-Haghighi and Simon (2022) Radical pairs may play a role in microtubule reorganization
が最近の進展の発端の一つとなったアイデアの論文。渡り鳥の磁気定位に出てくるラジカル対がかかわるメカニズムを提唱 (医学に関連する論文に渡り鳥の磁気定位の研究が紹介されている!)。
そもそも全身麻酔がなぜ意識を消失させるのかわかっていなかった (そんなこともわかってなかったのかと思われるだろうが、一部の麻酔薬が何を標的としているか判明したのはようやく 2020 年になってから。ほぼ 100 年間不明だったとのこと。この研究ではキセノンの麻酔効果を考えている)。偉そうに書いているが渡り鳥の磁気定位を調べる過程で副産物として初めて知った (笑)。
渡り鳥の磁気定位におけるラジカル対が今や最有力仮説となっている現在、渡り鳥が使っているなら生物の別のところで普遍的に使われていても不思議でない気もする。
例によって大風呂敷を広げておくと、もしこれらが実証されればノーベル賞あるいは類似の賞の対象とされるのではないだろうか。テーマとしては「生命におけるマクロ量子現象」のようなものが想定できる。
分野は何だろうか、マクロ量子現象というといかにも物理学賞のタイトルのようだが、扱っている現象は化学なので化学賞? いや、医学も含む生物だから医学・生理学賞か? 最初に確立されるのが渡り鳥の磁気定位の可能性が高い気がするので鳥類学からノーベル賞か。渡り鳥がなぜ正確に戻って来ることができるか解明できればノーベル賞ものだよ、とか冗談で言ったことがあるが、考えてみるほどに本当にそうなのかも知れない。
受賞者は誰になるのだろうか、と考えると面白い。もちろん大風呂敷、妄想ですよ (笑)。
カオス理論と鳥の発声メカニズムの相性がよい可能性が出てきた: #エゾビタキ備考の *1: 発声と非線形現象 を参照。
[オウム類とフクロウ類のモザイクのような化石鳥]
オウム類とフクロウ類のモザイクのような化石鳥が知られている。Mayr (2021) A partial skeleton of a new species of Tynskya Mayr, 2000 (Aves, Messelasturidae) from the London Clay highlights the osteological distinctness of a poorly known early Eocene "owl/parrot mosaic"
この化石属とともに化石属 Messelastur Mayr (2005)
The postcranial osteology and phylogenetic position of the Middle Eocene Messelastur gratulator Peters, 1994 - a morphological link between owls Strigiformes) and falconiform birds?
があり、後者の発見の時点ではハヤブサ目とオウム目の類縁性がまだ知られていなかったため、当時のワシタカ目 (当時ハヤブサ科を含む) とフクロウ目をつなぐ化石かと注目されたもの。
属名に "astur" が付いているようにタカの仲間と意識されていたことがわかる。
2008 年以降ハヤブサ目とオウム目の類縁性が明らかになってきて、(少なくとも現時点では) 幻の "ミッシングリンク" となった。
Mayr (2010) Well-preserved new skeleton of the Middle Eocene Messelastur substantiates sister group relationship between Messelasturidae and Halcyornithidae (Aves, ?Pan-Psittaciformes)
の論文で Messelastur と Tynskya の関係がより明らかになったが、Messelastur gratulator の方がより猛禽的な足のつくりになっている。
この2属は現代の昼行性猛禽類のように目の上の骨性の supraorbital ridge (processus supraorbitalis) が発達しており (猛禽的な生活様式だった? #カタグロトビの備考 [カタグロトビ類の系統分類] も参照)、嘴も猛禽的である。
この研究の時点ではタカ目と {ハヤブサ目 + オウム目} の違いが明らかになる途上で、もし今後の研究でこれら化石グループがオウム類の祖先であることがはっきりすればオウム類の祖先は猛禽的な鳥であったことを裏付けると結んでいる。
Mayr (2021) で Tynskya 属のより完全な化石が見つかって、この時点ではハヤブサ目とオウム目の類縁性が明らかになっていたため再検討も行われた。この化石の足のつくり (semi-zygodactyl feet) はオウム類に似ている。
形態学的には現世の猛禽類やオウム類との共通点はあるが、どの系統に位置するか確定的なことは言えなかった。分子遺伝学による制約 (ハヤブサ目とオウム目がまとまった系統をなす) をつければオウム類かスズメ目に近いことが示唆されるのだが...
(制約をつければそうなることは計算してみなくても自明なのであまり詳しく説明していないのだろう。制約をつけなくても形態学的に独立に同じ結果になればお互いの確かさを裏付けることになるのだろうが)。
頸椎の構造が特殊で現世のすべての鳥の鞍状の関節面 (saddle-shaped または 異凹型 heterocoelous #フクロウの備考 [フクロウ類の首の動き] 参照) と異なる。
第4頸椎 (C4) の後方突起は現世のフクロウ目とタカ目にみられる (注: 一般的には肉を引きちぎる力を伝えるのに適した形態と思っていたが、ぱっと見たところでは肉食でもヘビクイワシにはない? *1)。
顎の特異性も合わせて現世の鳥には存在しない生態的地位を占めていたのではないか、とのことだが系統的位置づけがよくわからない。
後述の [猛禽類の分類など] の「オウム類の祖先と思われる約 5400 万年前の化石種」の部分も参照。
備考:
*1: Shtegman (1937) "Faune de l'URSS Oiseaux Vol. I n.5 Falconiformes" (参考文献のところで shtegman1937_dnev_hischniki.djvu のファイル名で入手可能) p. 6 に記述があった。後ろの突起を os dorsale と呼び、頸椎の前方で長く伸びた突起に processi spinosi anteriores の名称があって [松岡他 (2009)「鳥の骨探」(2009) では proc. costalis の名称] 猛禽類では肉を引き裂くための強力な筋肉の付着部位となっているとのこと。
そう思って川上和人・中村利和「鳥の骨格標本図鑑」(文一総合出版 2019) のヘビクイワシの骨格を見ると processi spinosi anteriores は長いが細い。ウミウの骨格でも細い。カモやカイツブリではほとんど目立たない。サギは力が必要そうに見えるがあまり目立たない (実は力はそれほど必要ない?)。やはり肉食性の強い猛禽類で目立った特徴のよう。オジロワシやオオワシでは突起は短めで太い。トビは細いなど食性をかなり表しているように見える。
ハチクマは中間的だがトビより太く、この特徴はハチの幼虫のみを食べていたらあまり必要なさそう。やはり肉もそれなりに食べているタカらしく見える。巣材の枝を折るなどにも役立っているかも知れない。
頭骨の骨格はネットにもよくあるがこのあたりはあまり出てこないので比べてみると確かに参考になる。
#クロハゲワシ備考 [採食方法によるハゲワシ・コンドル類の分類] の Boehmer et al. (2020) Gulper, ripper and scrapper: anatomy of the neck in three species of vultures にハゲワシ類の頸椎と筋肉の付き方の写真があるが、前方・後方の突起とも肉食性の強いタカ類より目立たない。
腐肉食ではあまり力を必要としないのかも知れない。食性を考える時には嘴の形などのみでなく首の骨にも注目、ということだろう。
なおこの Shtegman (1937) は当時のソ連の鳥を扱っていて各論も詳しい (もちろん当時の知見に限られる) が国外の種類も含めた猛禽類総論が結構詳しく、足の形の比較などもあって現代的な猛禽類の総説より詳しい部分もあるかも知れない。カザノワシ Ictinaetus malaiensis の足は鳥の卵が主食のために爪がほとんど曲がっていない図になっているが本当だろうか。
参考写真: Black Eagle 爪は長いがその割には曲がっていないということか。
網膜の temporal (shallow) fovea が正面視の方向を向いている模式図は現代の知見とは異なっているが、過去このように考えられていたことを念頭に読むと従来の書物に示されていた常識も理解しやすいかも知れない。
[フクロウ類はかつてタカの地位を占めていた?]
タカ類よりフクロウ類の方がむしろより古い (約 5500 万年前) 良質の化石が知られている: Mayr et al. (2020) Skeleton of a new owl from the early Eocene of North America (Aves, Strigiformes) with an accipitrid-like foot morphology;
解説記事例 (現代のシロフクロウとの骨格比較が出ている) Scientists describe the most complete fossil from the early stages of owl evolution。
著者たちは当時のフクロウ類は現代のフクロウ類 (趾は相対的に弱く、最後の一撃を嘴で加えるとのこと) とは異なり、現代のタカ類のように足で獲物を殺していたと考えている。
著者たちは約 3400 万年前に昼行性猛禽類が広がった結果 [後述 Catanach et al. (2024) の系統樹では {(チュウヒダカ亜科) + ヒゲワシ亜科 + ハチクマ亜科} の共通祖先が生まれたころ] 昼行性猛禽類との競争の結果フクロウ類の採食方法が特殊化して夜行性に移行した可能性もあると考えている。
フクロウ類が Strix グループ と Tyto グループに分かれたのはこの前にあたるので微妙に整合しないかも知れない (こういう議論は「猛禽類観」にかかわるので面白い)。
Mayr et al. (2020) の考えに従えばタカ類が現在のような昼行性猛禽類の地位を確立するのに意外に長時間 (例えば 2000 万年) を要しておりそのため古い化石も少ないのかも知れない。
ミサゴ科が分かれたのが約 5000 万年前で [Prum et al. (2015) ではもっと若く 2700 万年ぐらい前になるが Mayr et al. (2020) の解説と合わないのでおそらくこちらの数字は使っていない。
Fuchs et al. (2015) の値を使っている可能性があり、この文献では 3400 万年前は (おそらく地上性だが) ハヤブサ系統の祖先、Mindall et al. (2018)
Phylogeny, Taxonomy, and Geographic Diversity of Diurnal Raptors: Falconiformes, Accipitriformes, and Cathartiformes
では同時代はカタグロトビ類と現在の他のタカ類が分かれたころ。
タカ科の祖先系統で 2400-2600 万年前にそれなりに強力な森林性捕食者の化石証拠もある Mather et al. (2022) (#ハチクマの備考参照) ので Catanach et al. (2024) の系統樹は少し古く見積もり過ぎかも知れない]。
当時の地上のタカ類はまだそれほど強力な捕食者を生み出せなかったが、その後生まれた {(チュウヒダカ亜科) + ヒゲワシ亜科 + ハチクマ亜科} の祖先系統は十分強力な捕食者で当時のフクロウ類を凌駕する昼行性猛禽類の能力を持っていたと解釈すればよいだろうか。
わずか1例の化石からは飛躍し過ぎであるが、少しばかり大風呂敷を広げて進化史を考えてみよう。現在のフクロウ類の祖先 (現在のような形態は考えてはいけない) は昼行性猛禽類として現在のタカ類の祖先よりも優位だったと考えることができるだろう。しかしタカ類の祖先も脇役ではあるが途絶えることなく共存していた。
現在のフクロウ類の祖先が昼の陸上で優位だったために、タカ類の祖先の一部は特殊化してニッチを占めたのであろう。
以下の年代の数字は別項目 [染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化] のオウギワシの染色体レベルの高精度ゲノムからたどる (transposable elements の歴史からみた) タカ類の進化と対応させて見ていただくと面白いだろう。
高精度ゲノムがさらに読まれるようになると描像が明らかになって行きそう。
まずごく特殊なヘビクイワシ科が 6000 万年ぐらい前に分岐 (現在の分布はアフリカ限られているが古くはもっと広く分布していたらしいようでヨーロッパの化石もあるらしい。1科1属1種しか残っていないのは不自然なので研究者は同系統の化石がもっとみつかることを期待している)。
なおこの前に新世界ハゲワシ類 (コンドル類) が分岐しているが、これ以降のタカ類とは染色体の入れ替えがまったく違っていて (#ミサゴ、#クロハゲワシの備考参照)、タカ目に含める必要はないように思える。
ハヤブサ系統の出現もほぼ同じころと推定されているが Falco 属など捕食性の強いグループの出現はかなり後になる。ただしタカ類が地位を確立するよりは早かったようである [Ksepka et al. (2017) の系統樹でもコンドル類とタカ類が分かれる前にハヤブサ系統が分離していれば染色体にかかわる矛盾は起きないと書いたが、後述のようにレトロトランスポゾンのデータからは多分否定的でありこの部分は削除]。
次に魚食専門家としてのミサゴ科が 5000 万年ぐらい前に分かれ陸のフクロウ類の祖先と異なる環境に適応し、全世界に分布を広げた。
次に現れたのが 4500 万年ぐらい前に分岐したカタグロトビ科 (通常の分類ではタカ科の亜科とされるが) で、昼の陸を制覇したフクロウ類 (矛盾した表現に感じるが) の祖先の支配下で夜行性にも適応し、現在のフクロウ類に似た特性を持ち (例えば網膜の紫外線感受視細胞を欠く)、これまた (寒い地域を除いて) 汎世界的に分布を広げた。このような視点で考えるとやはりカタグロトビ類は "科" 相当に感じられる。
これらの特殊化、特に夜行性のタカ類の進化には昼を制覇したフクロウ類の圧力があったのだろう。
少なくとも 4500 万年ぐらい前ぐらいまでは陸の昼間はフクロウ類の祖先の天下だったのではないだろうか。
そして約 3400 万年前にタカ類の真打登場 (前述のように少し古く見積もりすぎの可能性がある。ここからをタカ科とするのは理にかなうように思える) でフクロウ類と立場が逆転。フクロウ類は夜の世界に生きることになる [現代の Ninox (アオバズク) 属のようにタカに近い特徴を持つグループや、昼行性も示すコミミズクなどもあるので昼行性のフクロウ類も長く共存していたかも知れない]。
タカ類の先駆者は現在では {(チュウヒダカ亜科) + ヒゲワシ亜科 + ハチクマ亜科} の共通祖先となるが、この系統の猛禽類には現在もさまざまな特性のものがあるように、当時すでに種分化を遂げて世界に進出していたフクロウ類が昼の世界に残れないぐらいに優れた能力を生み出し多様な適応放散を遂げて昼の陸を制覇したのであろう。
このタカ類の先駆系統も全体として現在も汎世界的に分布している。
「原始的なタカ類」のような表現は失礼であり (笑)、どこかで一線を突破してタカ類の進展を確立したパイオニアと考える方がふさわしいだろう。この系統から分岐してもう少し後 (2800 万年前ぐらい) にヘビワシ類や (強力ではあるが生態的には森林や山岳地、開けた地域など次第に特殊化した放散が見られる) クマタカ/イヌワシなどに至る系統を生み出すことになる。
ただしこの先駆者グループでも少なくともクロハゲワシは網膜の紫外線受容視細胞を欠き、一部の系統では祖先が夜行性生活を行っていたことを意味するかも知れない。
このようにみると猛禽類の中ではタカ類はむしろかなり後発だったように見える。タカも「下積み」時代が長かったのだ。系統順に「場所取り」をしていったような捉え方は間違いなのだろう。
タカ類がフクロウ類をどのような点で凌駕したかを現生種から推測するのは無理があるかも知れないが、みなさんも考えてみていただきたい。
学説も固まっているわけでもないので特に猛禽類好きの方は "えこひいき" (笑) でもよいので自由に想像を膨らませていただいてよいだろう。
以上あくまで「大風呂敷」なので全然違う結果になるかも知れないが。
フクロウ類がかつては昼行性で二次的に夜行性になったと考えると他にも都合のよい点がある。系統関係をどう考えるかによって異なるが、Prum et al. (2015) のような系統樹を考えるとフクロウ類と祖先を共通にするグループが夜行性を体験せずに済む (実際に網膜の4原色が保持されている)。
Ksepka et al. (2017) の系統樹であってもフクロウ類とカワセミ類からなる系統に分離されるだけでスズメ目はタカ類につながり特に矛盾が発生するわけではない (後述のようにレトロトランスポゾンのデータからは多分否定的でありこの部分は削除)。
もう一つ、夜行性の系統は渡りの磁気定位にかかわる分子の遺伝子として最も有力とされる Cry4 を失う傾向にある (#アマツバメの備考参照)。
フクロウ類が祖先段階で夜行性であればその後フクロウ類との共通祖先から分かれた系統も Cry4 を失う可能性があるが現実にはそうなっていない (ただし渡りの必要がないなど二次的に失なった/失いつつある系統はそれなりにある)。フクロウ類が祖先段階で昼行性であればこの問題も回避できる。
後述のようにヨタカ類の系統 (アマツバメ類、ハチドリ類など) で Cry4 が不完全になる傾向が少し見られておりこの系統は初期から部分的に夜行性だったかも知れない。
ヨタカ類の系統は古いが、フクロウ類が祖先段階で昼行性であったと思われる時代に複数の系統を分岐しており、夜行性に回ったのはあるいは昼行性フクロウ類との競争もあったもかも知れない。
タカ類は調べられた範囲で Cry4 を完全に保持しており、フクロウ類の天下の時代にもおそらく主に昼行性生活をしていたのだろう。
[初期のフクロウ類とタカ類は交雑していた!?]
Jarvis et al. (2014) (#ミサゴの備考参照) では、
フクロウ目と Eucavitaves (キヌバネドリ類、サイチョウ類、カワセミ類やキツツキ類を含む) の単系統性を示すの 22 遺伝子座 (レトロトランスポゾンの挿入) を発見したが、一方で他の 15 遺伝子座はフクロウ目とタカ上目 (タカやコンドル等) の単系統性を示した。にもかかわらず、Eucavitaves とタカ上目の単系統性を示す挿入遺伝子座は報告されていない。
Jarvis et al. (2014) は種間交雑の可能性について結論付けてはいないが、蔵本らは上記3つの系統群が分岐した後にフクロウ目とタカ上目との間で種間交雑が起きたと考えている
[蔵本多恵 2016 博士論文より抜粋と付記, Kuramoto et al. (2015) #クロトキの備考参照。後述 Gatesy and Springer (2022) は少し異なる描像も提示しており Eucavitaves とタカ上目が先にあって遺伝子浸透を通じてそこからフクロウ目が生まれたとのアイデアがある]。
[タカ類の初期の適応放散]
Mayr and Hurum (2020) A tiny, long-legged raptor from the early Oligocene of Poland may be the earliest bird-eating diurnal bird of prey
が 3000-3100 万年前のポーランドに小型のタカ類の化石を発見し、Aviraptor longicrus と名付けた。形態的には現代のハイタカ類に似ており、現代のタカ類の最小サイズに相当する。小鳥食と考えられるが、広義 Accipiter 属との類似性は収斂進化の可能性もある。
著者は広義 Accipiter 属を含むクレードの出現推定年代より倍近く古い。古い系統の現存猛禽類でふしょの長いものは特殊な採食習性のもののみで、このような小型種はいない。系統についてはそれ以上の議論は行っていない。現代の分子系統樹に従えば最初に適応放散した猛禽類の中に現代のハイタカ類に似た小鳥食のものも含まれていた可能性もあるのかも。
この時期にポーランドで最初のスズメ目やハチドリの化石が見つかっており、小型の鳥の出現と猛禽類の適応放散の共進化の最初の段階を表している可能性がある。
Catanach et al. (2024) を用いれば分岐年代が少し古くなり、3000 万年前ぐらいにタカ類の系統がいくつか出現している可能性があるが、広義 Accipiter 属を含むクレードは 2300 万年前ぐらいで存在したとしても原始的な進化段階と思われる。
それ以前の系統も広義 Accipiter 属に似た種類を生んでいたのかも知れないがなぜ現存していないのか?
Mayr and Perner (2020) A new species of diurnal birds of prey from the late Eocene of Wyoming (USA) - one of the earliest New World records of the Accipitridae (hawks, eagles, and allies)
は北米で初期のタカ類の適応放散と考えられる化石を見つけている (暫定で Palaeoplancus 属に含めている)。こちらはノスリ類に似ていて哺乳類を捕食していた可能性を考えている。
Mayr (2022) Accipitriformes (New World Vultures, Hawks, and Allies), Falconiformes (Falcons), and Cariamiformes (Seriemas and Allies)
が総説を書いていて、Cariamiformes (ノガンモドキ目) の古い化石はアメリカやヨーロッパで比較的多く見つかっていて、タカ類の化石の方が遅い。
分子系統解析からの示唆とは整合しないが、全ゲノム解析を用いても確実な系統関係が得られていない。
{ノガンモドキ目 + ハヤブサ目} が猛禽類の初期系統と考えるのは化石証拠からは依然魅力的なようで、2022 年段階でも {ノガンモドキ目 + ハヤブサ目} とタカ類の関係は議論の対象になっている。
Gatesy and Springer (2022) Phylogenomic Coalescent Analyses of Avian Retroelements Infer Zero-Length Branches at the Base of Neoaves, Emergent Support for Controversial Clades, and Ancient Introgressive Hybridization in Afroaves
の解析も面白いので紹介しておく。例えば fig. 10 参照。解析手法次第ではノガンモドキ目が最初の系統にもなり得る。
レトロポゾンを用いた解析でも決定打とはならず確率的にどの系統関係が確からしいかを議論する現状は程度問題となっている。どの項目にどのような重みをかけるか次第で結果も変わる。初期のフクロウ類とタカ類は交雑していた!? も考えられる仮説だが、タカ類と Eucavitaves (キヌバネドリ類以降のよくまとまった系統) が先にあり、遺伝子浸透を通じてフクロウ類が後に生まれた可能性も提唱している。
しかし樹上性のタカ類祖先と、少なくとも現在では洞営巣性の Eucavitaves が果たして交雑していたのだろうか?? 洞営巣性はその後獲得されたとも考えられるが、Eucavitaves 系統に樹上営巣性のものがまったく残っていないのも不自然に見える。タカ類の祖先がどんな鳥だったのかまだわからない部分があまりに多い。
分子系統解析でもこのような状況なので、出現順序の理解に古生物学的知見が役に立つ可能性が改めて議論されているのだろう。[#鳥類系統樹2024] で改良されたが、これらの難しい系統関係まではまだ結論が出せない状況。
遺伝情報からみるとなぜこのようになっているのかなどの仕組みの理解にまだ到達できていないのだろう。
AOS Classification Committee - North and Middle America Proposal Set 2025-A
によれば NACC (北米の鳥の系統分類の委員会) で Stiller et al. (2024) の系統順序を取り入れる議論が始まっているのがわかる (p. 53)。
いくつかの系統は最新知見に基づく入れ替えが採択された。フクロウ類系統とタカ類系統の順序を入れ替えるか (2025-A-8e) は採用されなかった。まだ新知見でサポート率も高くないため。
これまでに発表された系統樹によって形の異なる部分で、タカ類の方が後になると印象がずいぶん異なる。
フクロウ類系統とタカ類系統のどちらが先かはまだ証拠待ち段階。
かつて水鳥の近くに置かれていたタカ類の位置があまりにも違っていて、今では系統樹の一番最後の部分のどこを占めるか議論が進められる段階とすらなっている。
ノガンモドキ目の染色体研究: Souza et al. (2025) Cytogenomic analysis in Seriemas (Cariamidae): Insights into an Atypical Avian Karyotype。
染色体数が 2n = 80 と大きく基本形らしい (ダチョウやコンドル類も同じ数) と考えられるが、Z 染色体は染色体逆位を繰り返しているもののエミューのものと相同性が高かった。反復配列も Z 染色体に蓄積しており、祖先的な鳥のパターンとはまた違うとのこと。
ノガンモドキ目とハヤブサ目に共通のレトロトランスポゾンがある一方で Z 染色体はエミューと相同性が高いのは謎の感じがするが Abstract を見ただけなのでエミュー以外と類縁性を調べたかなど詳細は不明。
参考: ハヤブサで 2n = 50、チョウゲンボウで 2n = 52、コチョウゲンボウで 2n = 40 (特に小さいので有名) [Nishida et al. (2008) Characterization of chromosome structures of Falconinae (Falconidae, Falconiformes, Aves) by chromosome painting and delineation of chromosome rearrangements during their differentiation]。
タカ類は Nie et al. (2015) Multidirectional chromosome painting substantiates the occurrence of extensive genomic reshuffling within Accipitriformes の一覧と系統研究も参照。このような特異なパターンはタカ目とハヤブサ類で特に顕著。
#カッコウ備考 [カッコウ類の足と近縁系統] の参考文献も参照。
[猛禽類の分類など]
古い方の分類に戻るが、かつてはタカ類とハヤブサ類を合わせて Falconiformes ワシタカ目 (後にタカ目と改名) とされていたことはご存じであろう。その中にワシタカ科 (後にタカ科。英語では古くから Hawk Family だった) とハヤブサ科があった。問題は Falconiformes が現在の分類ではハヤブサ目のみを指すことである。つまりいつ書かれた文章か、何を出典にしているかによって意味が変わってしまう。ネットの情報でも混在している状況なので特に注意が必要である。
「まえがき」に相当する部分で階層構造でファイルを整理する時の注意として挙げたものだが、この例がまさしく当てはまっている。Falconiformes/ワシタカ目 を階層に使っていた場合などは個々の種を判断した上での大規模な移動が必要になる。両方使われるからと「Falconiformes または Accipitriformes」のような階層を作ってあったりすると事情はさらややこしくなる。
古い図鑑でもある意味 "賢明" だったものもあり、系統分類順ではなく水鳥と陸鳥に分けているものもあり、この場合は水鳥と猛禽類が混じらなくて都合がよかった。しかし古いタイプの陸鳥も一部後者に入るので分類学上は若干都合の悪い部分もないとは言えない。
動物園などのネームプレートなどでは、受け入れた時の分類や学名がそのまま使われていることも多いので (入れ替えには費用もかかるのでやむを得ないところもあると思うが...)、ワシタカ目などの名前はまだまだ目にすることがある。受け入れ時の分類名がその後分割された場合などに反映されていないこともあり、ネームプレートを見ても分類が変わっていないか、本当にその種かは確認しておいた方がよい。例えばソウゲンワシとアフリカソウゲンワシ (サメイロイヌワシ) は典型例である。
普通の意味で「猛禽類」と言った場合、我々が思い浮かべるのはタカ目、フクロウ目、ハヤブサ目であろう (タカ目から分離されることもある新世界ハゲワシ類も含む)。
新世界ハゲワシ類を指すコンドル目 Cathartiformes は南米の South American Classification Committee, SACC は別目としており、そのように扱われることもしばしばある。コンドル目を分離する場合の {コンドル目 + タカ目} の名称はタカ上目 Accipitrimorphae となる。
The Peregrine Fund ではこれに南米のノガンモドキ科を加えたものを猛禽類として扱っている(資料)。
参考文献: McClur et al. (2019) Commentary: Defining Raptors and Birds of Prey。
なお目の命名は Falconiformes Sharpe, 1874, Accipitriformes Vieillot, 1816 と実際には Accipitriformes の方が早かったようだが、Falconiformes が市民権を得て使われていたよう。
Analyse d'une nouvelle ornithologie elementaire
この文献内では Vieillot (1816) は Accipitres, Linn., Lath. の目の名称を使っていた (Linnaeus 時代からある名称だが Linnaeus はモズ類など多様なものを含めていた)。
Falconiformes の方は Catalogue of the Birds in the British Museum が由来と思われ、ここでは亜目 Falcones として登場する。この文献でも Vieillot (1816) 同様に目の名称は Accipitres だった。
おそらく亜目を目と読み替えることは有効で、これらの古典的な目の名称は有効としてどこかの段階で鳥類の目に -iformes を付けて統一する改名が行われたのだろう。より広まった名称としてトキ科が Threskiornithidae となった経緯と似たようなものかも知れない (詳しい規則や経緯は知らない)。
正確な経緯はわからないが、Falconiformes の名称は Peters (1931) "Check-list of the Birds of the World" で使われており、これを基本文献として引き続き同じ分類が使われていたのかも知れない。旧 Falconiformes が分割される際に Falconiformes の名称はハヤブサ類に譲った、などの表記がある。比較的新しい話なので調べれば 旧 Falconiformes の命名由来などもどこかに書いてあるかも知れない。
Bock (1994) History and nomenclature of avian family-group names (pp. 95-96) によればタカ科 Accipitridae は Accipiter 属に基づくともラテン語の一般名 accipiter のどちらに基づくとも解釈され、後者であれば有効な科名にならないとのこと。
ACCIPITRIFORMES Kites, hawks, and eagles (Checklist of the Birds of New Zealand, Ornithological Society of New Zealand 2019) によれば ICZN (1999) の規則では Linnaeus の属名をもとにした Vieillot (1816) の科名はいずれも有効なものではないとのこと。
科レベルより上を規定しておらず、Vieillot (1816) が科を意識して用いた Accipitrini を現代の科名語尾に変換したものである Accipitriformes は原理的にはタカ科とヘビクイワシ科いずれにも用いることができる (may be used の書き方になっている)。
この解説に従えば適切な (おそらく) 概念が過去に提唱されていなかったため古い名称を拡張して新しい概念を包含する形の名称 Accipitriformes としたため、記載は古くても過去にこの名称は現れず Falconiformes が使われていたと想像できる。タカ目とハヤブサ目を分離する必要が生じ、適用可能な Accipitriformes がタカ目に用いられたと解釈できる。
ヘビクイワシはタカ目に含まれるので (ミサゴ同様に独立科) 分類上はあまり気にならないかも知れないが、ヘビばかり食べているわけでもない。2 Secretary Birds Attack Rabbit にウサギを仕留めるヘビクイワシが紹介されており、猛禽類らしさがよく現れている。
この足で物を掴めるかは議論が分かれており、掴めると解説している資料もある (元出典は不明)。
ちなみにヘビクイワシは学名 Sagittarius serpentarius 英名 Secretarybird (IOC 名は1単語。一般に使われる時は secretary bird と2語にすることが多いようである)。学名の由来は属名は別のところで見た人もあるかも知れない。12 星座にも入っている「いて座」と同じ。sagitta が矢 (これも星座にある) で、矢を射るものの意味。
種小名もヘビのことでこれも星座にあり、星座を知っている人には即刻わかってもらえる学名 (英語でも serpent だが)。
日本語で書記官鳥とも呼ばれるように「書記官鳥のペン先に似た冠羽」が英名の由来と一般に考えられているが、これに挑戦する仮説もある。Hilary Fry (1977) によればアラビア語で saqr et-tair が「半砂漠のタカ」または「飛ぶタカ」を意味するそうである。
地上を歩いているばかりの印象を受けるが、飛行もしっかり行い求愛ディスプレイもある (これはタカらしい感じがある)。どんな声を出すのかは海外音源やビデオなど探して聞いてみて欲しい。タカの声とはとても思えない。
Glenn (2018) Shoot the Messager? How the Secretarybird Sagittarius serpentarius got its names (mostly wrong)
はこの説が歴史的・言語学的に正しくないとしている。Fry (1977) の説で名前を説明している古い日本語記事を見たことがあるが、日本語での説明のオリジナル出典がどこにあるかは分からなかった (現在は wikipedia 日本語版・英語版ともに解説あり)。
現在の標準的ドイツ語名は Sekretaer だが、かつては Kranichgeier (ツルハゲワシ) だった。日本でも中国でもかつてはサギタカに相当する別名があって似ている。
ヘビクイワシのキック力の測定: Portugal et al. (2016) The fast and forceful kicking strike of the secretary bird。195±34 N だったとのこと。接触時間は 15 ms と大変短かった。
日本でよく聞くのはヘビに体を噛まれないように脚が長い解釈だが [川上和人・中村利和「鳥の骨格標本図鑑」(文一総合出版 2019)]、どうも一般的に受け入れられている説はやや異なるらしい。脚が長いために高速のキックが可能。また回転に関係するモーメント (慣性モーメント) が大きいことが全身を使った逆振り子状の運動を可能にしている。
モデル計算も行われており力学的には驚異的な性能で、絶滅した恐鳥 (terror birds、以下にも登場) の解釈にも役立てられるのではないかとのこと。
ヘビに体を噛まれないように、はおそらく副次的効果で (脚が短い猛禽類でもヘビを食べ、ヘビ毒への特異的な耐性は持たないらしいので)、キックに最適化することでこの形状に進化したのだろうか。
どの骨を長くするとキックに有利かなどは力学的なモデル計算などで推定できる可能性があり、なぜ現在の形態に進化したかを説明できるかも知れない (誰かやってみませんか?)。
ヘビクイワシがタカ類の中でも新世界ハゲワシ類の後、最初に分岐した系統である点もあるいは関係するのかも知れない。後に分岐したより高性能 (?) のタカ類は長い脚を使わなくても効率的にヘビを殺すテクニックを "発明" し、極端な特殊化の必要がなかったのかも知れない。
ヘビクイワシは特殊化で生き残ったがそれ以上の適応放散を見せることはできなかった、など。
そのような視点からタカ類の最新系統樹を見てみると、ヘビ食はさまざまな系統で見られ、いわゆるヘビワシ類も比較的古い方の系統で、ご存じの通りハチクマやサシバもヘビを食べる。
ヘビ食がこれらの系統で独立に進化したと考えるよりも、共通祖先段階で特殊な装備なしにヘビを殺すテクニックが "発明" されたのだろうと考える方が自然に見える。ミサゴがヘビを殺すことがあるのか知らないが、ミサゴ科から分離した段階のタカ類ですでにこの能力があったのでは。つまり共通祖先段階で採集生活者というよりすでに活発な捕食者の能力があったと考えられる。
最初は動きの遅いトカゲ類などを食べていて (例えば現存の古い系統のマダガスカルヘビワシの主食)、足の形を大幅に変えるより、制御する神経回路 (中枢神経) などが洗練されて次第に動きの速いヘビ類 (動きの遅い鳥類や哺乳類も) を食べる能力を発展させ、その機能がさらに進化してさらに敏捷な鳥類や哺乳類を捕食するようになったと考えれば現在の食性を説明できそうな気がする。
旧世界ハゲワシ類、チュウヒ類、ノスリ類 (特に Buteo 属) の食性は乾燥地や草原の広がりに合わせて急速に数を増やした草食哺乳類に特化して二次的に進化したものと考えれば理解しやすい。ノスリ類は系統的にも新しく機能的には万能選手だが、豊富な資源となった齧歯類を主な食物とするようになった、など。
ハヤブサ類でも捕食性能が独自に進化したと考えられるが、早く分岐した系統のワライハヤブサがヘビ食でタカ類と共通点があるように見える (#ハヤブサの備考参照)。ハヤブサ目でも南米でタカ類に似た形態や生態を示すクビワモリハヤブサ Micrastur semitorquatus Collared Forest Falcon も (食性はカエルから中型の鳥までと広いが) ヘビも食べるとのこと。
ヘビ類を捕えられるかあたりが猛禽類の分岐点?
#カンムリワシ備考の [猛禽類のヘビ毒耐性] にも関連解説あり。
Carril et al. (2024) Evolution of avian foot morphology through anatomical network analysis
にあるように全鳥類を比較しても一部の特殊化した足の使い方を行うものを除いて足 (踵から先の部分) は比較的よく保存されている。足を器用に使う鳥でも足の構造はあまり違わない。
系統樹を見てもフクロウ類はさすがに特殊化があるが、タカ類、ハヤブサ類では想像するほどの特殊化が見られない。
この論文の著者は体を安定に支えるための基本機能が必要なのであまり大きな変化がなかったと推定しているが、鳥の足は基本的に十分な機能があって上位の神経による制御系 (つまり主にソフトウエア) の進化だけでいろいろな役割を果たせたのかも知れない。
ノガンモドキ科 Cariamiformes で2属 (Cariama, Chunga 2種を含む。いずれも seriema が種小名となっており、いずれも現地名に由来する。英語では Cariama, Seriema のいずれでも呼ばれる。
このグループは古くはツル類に近縁と考えられ、ヘビクイワシと外見が似ているため (これは収斂進化と考えられている)、タカ類が水鳥に近縁と考えられた原因の一つにもなっていた。
ノガンモドキ類は肉食性の巨大な飛べない鳥であった恐鳥類 Phorusrhacidae フォルスラコス科の生き残りとの考えもある。これは恐竜絶滅後南アメリカ大陸で頂点捕食者であったが、南北アメリカが陸続きになって食肉目の哺乳類が到達するようになり、競争で絶滅したとの考えが優勢であった。
しかし最近の研究で最後のフォルスラコス科と初期の現生人類が共存していた可能性は高まってきているそうである (wikipedia 日本語版より)。恐鳥類とノガンモドキ類との系統関係はまだ明らかとは言えないようである。
Worthy et al. (2017) The evolution of giant flightless birds and novel phylogenetic relationships for extinct fowl (Aves, Galloanseres)
によれば植物食の多くの巨大絶滅鳥は Galloanserae (キジカモ類) で、Neoaves に属する雑食・動物食のものは Patagornis と Brontornis 属と考えている。ノガンモドキ科に近いと推定しているがなかなか難しそう。巨大絶滅鳥はさまざまな飛翔性の系統から独立に大型化したと考えられる。
LaBarge et al. (2024) The evolution and ecology of gigantism in terror birds (Aves, Phorusrhacidae)
(出版社サイト)
は南米の恐鳥類の新しい系統解析。このような系統関係とすれば1系統だけが巨大化した結果になる。骨格しか情報がないがノガンモドキ類とハヤブサ類の分岐はより古いものになる。ノガンモドキ類は巨大化した系統には含まれない結果となった。
ノガンモドキ科は現世鳥類の系統樹ではハヤブサ目・オウム目・スズメ目からなる Australaves [Ksepka et al. (2017) とは異なる一般的な呼び名で] の古い枝に属する。ハヤブサ目も古くはこのような種類に似ていたのかも知れない。
Mayr and Kitchener (2022) New fossils from the London Clay show that the Eocene Masillaraptoridae are stem group representatives of falcons (Aves, Falconiformes)
によれば、ハヤブサ目・オウム目・スズメ目の関係は分子系統からは示唆されるが、形態や生態面でハヤブサ目に似た種類が現存していないのが問題であった。
ハヤブサ目とノガンモドキ類の関係を補強する化石種がヨーロッパで見つかったとこと。
分子系統からハヤブサ目などの祖先が現れたのは 3420 万年前と推定されているが (Fuchs et al. 2015)、この化石 (約 5500 万年前) よりもずっと新しい年代になっている。
またハヤブサ系統は南米で進化したと考えられる点など細かい矛盾点がある。
[しかしハヤブサ類の系統から後に生じたはずのスズメ目やオウム類の祖先らしい化石は古いものが世界にみつかっているので、ノガンモドキ類からハヤブサ目への分岐は想像以上に古く、ハヤブサ目の過去の系統がまったく痕跡を残していないだけかも知れない。古い時期に存在したはずのタカ類の化石がほとんどないことも含めてミステリーである。この部分は私見]。
この化石種は脚が長くカラカラ類のように地上で獲物を探していたと考えられるが、ハヤブサ類でもワライハヤブサ類 (Herpetotherinae) のような例外もあって断言はできない。
ハヤブサ目・オウム目・スズメ目の祖先は猛禽的な性格を持っていたらしい点の補強材料となるだろうとのこと。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 114 V-VII と 115 V-VI に「ワシタカ目のおもなグループとその生活」(浦本) のなかなか意欲的な記事があり、Brown and Amadon "Eagles, Hawks and Falcons of the World" (1968-1969) が出たばかりであったため、その国内向け紹介を兼ねたものと思われる。後半に当時のハヤブサ科が含まれていた。
おそらく国内では意見を述べられるほどには咀嚼されていない段階で、Brown and Amadon の分類に従ったものとなっている。
この当時の記述を見るとかつての分類の基本的な方法論がかなり理解できる。つまり似たものをまずまとめてグループとしてゆき、残りは中間的な場所に置いたり分類不明として後回しにしておく形となっていた。認知的にはいかにも考えられるプロセスで (分別などと同様、人にとって把握しやすい)、必ずしも系統を踏まえたものになっていなかったことは後の分子系統解析で示された通り。
他の系統で言えば、「ゴミ箱」状態になっていたツル目やチメドリ科などがこのプロセスの産物に該当するだろう。ツグミ類、ヒタキ類とヨーロッパやアメリカのまとめやすいところからまとめたために後世を悩ませる結果となった。
この状況はタカ類でもまったく同じで、まとめやすいところ、すなわち旧ハイタカ属、ノスリ類、チュウヒ類などをまとめたため、現代に至っても旧ハイタカ属が分割されるべきなのに非常に抵抗感があった。まとめにくい種類は後回しだったのでどこにに入ってもあまり違和感がなく、分類変更が簡単に行われた。一種の認知バイアスと言えるだろう。
当時も旧ハイタカ属が多くの種を含んでいて巨大な属となっていることは気にされていて、オオタカ類とハイタカ類に分けるかつての分類も検討されていたが決定打とならなかった。当時の概念で分割したハイタカ類が後にさらに2分割されることになることを想定していなかったことも理由の一つだっただろう。
日本で旧ハイタカ属が3種も繁殖しているのは不自然な感じもすでに持たれていたようだが、分割する解剖学などの根拠が十分になく食物が違うことによる同所的な「すみわけ」(原文にはこの表現は直接使われていない) 的な解釈がなされていた。この状況は北米でも同じだったため同様に理解できると考えられたのだろう。
まさか3系統が入り日本ではそれぞれ1種のみ定着した歴史があったとは予想されていなかった模様。
旧ハイタカ属に近縁と考えられるウタオオタカ属 (Melierax) の3種の中でチュウヒ属やカンムリワシ属に似たものと、明らかに旧ハイタカ属に似たものの両者があることも挙げられていた。
ウタオオタカ属は現在では3種だがそのうち2種は後に分離されたはず、と見てみると、当時は カワリウタオオタカ [高野 (1973) ではモリウタオオタカ] 現在の学名で Micronisus gabar をウタオオタカ属に含めていた (色彩は似ている。また和名も当時の分類を引き継いでいる)。つまりウタオオタカ属に系統や習性の異なるものが混ざっていたため、旧ハイタカ属を分割しにくい理由の一つとなっていたわけだった (この点は浦本氏の記事には直接触れられていないが、取り上げられ方から Brown and Amadon の解釈を読み取ってみた)。
明らかに旧ハイタカ属に似たものとはカワリウタオオタカ [高野 (1973) ではモリウタオオタカ] を指していると思われる。ハイタカ的な小鳥食の習性は多少異なった系統でも何度も進化できたわけだった。
ただし当時のウタオオタカ属の中でチュウヒ属に似たものがあるため、旧ハイタカ属はチュウヒ属に近縁なのではないかと思わせるとの記述もあって、これは現代の知見にもつながっている。この件は#チュウヒの備考 [チュウヒ類の首は長いか] で取り上げ、現代の Accipitrinae 亜科 のうちで Tachyspiza 属や狭義 Accipiter 属をむしろ特殊化した形態と考えれば素直に理解できることを紹介した。
カワリウタオオタカ [高野 (1973) ではモリウタオオタカ] はアフリカとアラビア半島の留鳥だが、同じく小鳥食の習性を獲得した Tachyspiza 属や狭義 Accipiter 属は渡りの小鳥の移動を追跡した結果、小鳥の移動に従った渡り習性も獲得したと考えるとこれらの系統の関係が一層理解できる感じがする。渡りの小鳥は多いので留鳥より渡りの小鳥を狙った方が進展の自由度が高まった可能性がある。
旧ハイタカ属類縁系統に類似する別系統が別にある例として、アカオオタカ Erythrotriorchis radiatus Red Goshawk (当時和名なし) はオオタカよりもさらに大きく開けた場所にすみ、おもに地上で鳥を捕えるという点でハイタカ属と異なり、飛翔型もむしろノスリ型である、と書かれていた。旧ハイタカ属に近くてもノスリに近い種類もあるので、旧ハイタカ属を分けにくい理由の一つとなっていた模様。
つまり当時のウタオオタカ属の一部のようにチュウヒ属やカンムリワシ属に類似点のあるものも、ノスリ類に似た種類もあるものがあったため、それらに比べれば旧ハイタカ属はよくまとまっている、ということになる。
#ハイタカ備考 [オーストラリアのタカ類] 参照。ノスリ類不在のオーストラリアでノスリ類に似た形態や生態となったものだろうが、さすがに分子系統解析がなされるまでどこに分類すべきかわからなかったらしい。
解説の全体的傾向を見ると、当時の日本の鳥学者には当時のワシタカ目に詳しい人があまりいなかったのではないかと想像する (115 p. 3 のオオタカの項目でも、日本での密度や生息地はよくわかっていないとあった)。
この記事の個々の系統の解説は本稿では取り上げず、Brown and Amadon および後継の書物を見ていただきたいとしておく。南米のノスリ類の解説などもおそらく Brown and Amadon をそのまま用いたものだろう。和名を付けるのも難しかったようで学名だけの表記も多かった。
例えば現在は Spizaetus 属の代表種となっているアカエリクマタカも当時は和名がなかった。
海外標本が豊富に手元にあるわけではないので国内ではやむを得ない状況だったのだろう。
ただし与えられていた和名には現在と若干違って面白いものがあるので少し紹介しておこう (114-V)。
チュウヒワシのことを当時はハラジロワシと呼んでいて #カンムリワシ備考の [分類と系統] のようにおそらく古い学名由来。
本稿で問題として取り上げた Circaetus spectabilis (現代の分類による学名) はヘビワシと呼ばれていた。
Polyboroides は当時メガネダカ属。
Elanoides は当時アメリカエンビトビ属 (エンビトビ部分は英名の和訳)。
Chelictinia は当時アフリカエンビトビ属 (これも英名からの和訳)。この2属は "エンビトビ" が現在では "ツバメトビ" に変わった程度でそれほど違いがない。
115 p. 14 ではヨーロッパクマタカの名称が登場し、何かと思ったが ヒメクマタカ [高野 (1973) ではケアシクマタカ] Hieraaetus pennatus Booted Eagle を指していた。クマタカのヨーロッパ版との位置づけだったがクマタカの亜種名のようにも読めるので使われなくなったのだろう。
これは当時アフリカクマタカ属だったが現代の分子系統解析の結果で別属となった。アフリカクマタカが Aquila 属に含まれることになったためアフリカクマタカ属の名称の意味がなくなった。
Rostrhamus は当時ニシクイトビ属。その後は タニシトビ [高野 (1973) ではカタツムリトビ] となって、タニシは漢字では田螺。日本語では単独で使われることのほとんどない文字なのでカタカナにすると何のことかわからない、となって名前を変えたのだろうか。
この記事ではまだ和名がなかったが Ictinia plumbea を ムシクイトビ [高野 (1973) ではナマリイロトビ] と名付けたのは当時ニシクイトビの名称を付けた対比の産物だろうか (#トビ備考の [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] も参照)。
この2種については 高野 (1973) の和名の方が適切な感じがする。
Ichthyaetus は当時ハイガシラウミワシ属。現在では通常ウオクイワシ [高野 (1973) ではハイガシラウオクイワシ] で、ハイガシラウミワシもハイガシラウオクイワシも英名 (Grey-headed Fish Eagle) 由来と思われる。#オジロワシの備考 [オジロワシ属の系統分類] 参照。
さらに深読みすれば、この英名は英語圏の2種 (オジロワシ、ハクトウワシ) に対する英名で、ハクトウワシの種小名 leucocephalus に対応する white-headed に対して灰色 (おそらく白い方が偉かった) と名付けたものと想像できる。
ウオクイワシはおそらく属名由来だが、Fish Eagle の訳と理解することもでき、概念的には総称名に近くむしろ後退してしまった可能性がある。当時の慣習から推定すると、属を代表する種に、種を特定するには不足であっても最も短い名称を与える規則があったのかも知れない (付けられた順序はおそらく逆順だろうが、カモメの和名が種名か総称か区別しにくくなっているのと同様)。
現代では分類が変わってしまい、結果的に統一性の悪いものになってしまった。この点は英名も同様だが英名では種に総称的名称を与えることは避けている。
Brown and Amadon はイヌワシ類をタカ類進化の頂点に位置づけ、それに向かって進化段階を進む描像となっていたが、後の分子系統解析で見事に打ち砕かれた次第。当時の考え方はまず進化段階が最も高いものを定義し (例えばヒト) それに近い形質を持つものから順次上位に置いていた。タカ類ではイヌワシ類に似た形質を持つものが上位に置かれ、そうでないものほど原始的と位置づけられた次第。
興味深いことに週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 66 VII-VIII に「スズメ目の鳥の < 高等 > であることの意味」(浦本) の記事が先に出されており、その中ではかの David Lack が書いた "うがったいい方" (原文) が紹介されていた。
専制政治の時代には鳥の王はワシ、黒いコートを着たブルジョワの共和制の時代にはカラス、今は平民の庶民の主権があり、スズメやヒワがトップとなった。将来の宇宙時代がやってくればアマツバメになるだろうとのこと (現在まだなっていない)。
分子系統解析が示されるようになって "分類学の権威" の主観ではなく、客観的立場から "平民" が分類学を議論できるようになったのは大きな進展だろうか。そう、現代では分子系統解析こそ "平民" のためのものなのだ (笑)。敬遠しているのはもったいない。
世界のリストが統一化されつつある現状も、誰でも同等のことができる分類学となって "分類学の権威" の個性を反映しにくくなり (専門家にとっては一言で言えば面白くない)、世界の権威が次第に手を引きつつある状況を反映しているのかも知れない。日本鳥類目録第7版から第8版への流れの傾向もこの世界情勢とおそらく無縁ではないだろう。この流れが戻ることはもはやないだろう。
世界のリストの統一化に際して BirdForum などで盛んに議論されているのは、統一化が行われても IOC リストのような透明性が維持されるか懸念があること。
中西悟堂「定本・野鳥記 5」がすでに 1940 年にいみじくも指摘していたように (#ホトトギスの備考 [ホトトギスの「忍音」] 参照)、専門家が権威を保つのに有力な方法は手の内を隠して仲間内にしか教えないこと。杞憂であることを願いたい。
この「世界動物百科」の配列は「高等」なものから逆に遡る形となっており、哺乳類は霊長類でゴリラから始まっていた。鳥類編ではアトリ類から。号数の 66 と 114 の順序関係を見てもわかるようにワシタカ目は後 (すなわち下等) の位置づけだった。
ただしアトリ類を高等とする理由付けは難しかったようで、声のよさなどは出てくるがあまり積極的に解説されていなかった。
スズメ目をアトリ類から始めるならば、ワシタカ目の中の配列はイヌワシ類から始まっていてもよさそうだが、なぜか Brown and Amadon の配列に準じて進化段階を進む順序になっていて典型的なタカ類を含む最初2冊の中ではワシ類が最後。逆順では落ち着きが悪いと感じられたのだろうか。
浦本氏のこの解説に対して週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 82 V で森岡弘之氏が反論 ""カラス科の鳥の分類的位置" を述べられていて、系統進化の概念を述べて頭骨や形態的特徴からカラス科は祖先型に最も近い。分類学上の高等・下等と優秀・繁栄は別物と記されていた。
当時は分類学上の高等・下等の表現にはまだ盛んに使われていたが誤解を招きやすいので次第にあまり使われなくなったのだろう。
高等・下等の表現は英語では higher, lower に対応するが higher vertebrates のような表現は今でも使われているので高等脊椎動物と訳さざるを得ない。しかし higher birds とは英語でもさすがにあまり呼ばないらしい。advanced birds とも普通呼ばない。primitive birds とか呼ぶと「始祖鳥のことですか?」となりかねないので表現が専門的になっても系統名を用いて呼ぶのがよいだろう。
[オウム類・ハヤブサ類の年代推定]
オウム類の祖先と思われる約 5400 万年前の化石種 Mopsitta tanta がデンマークで見つかったとの報告があった: Waterhouse et. al (2008) Two new parrots (Psittaciformes) from the Lower Eocene Fur Formation of Denmark。
Mayr and Betelli (2011)
A record of Rhynchaeites, Threskiornithidae) from the early Eocene Fur Formation of Denmark, and the affinities of the alleged parrot Mopsitta
は Mopsitta がオウム類に近縁かを疑問視しており、新たに発見したトキ類らしいより完全な化石からこれと同属と考えている。その場合 Rhynchaeites tanta と改名すべきとある。
時期はこの前になるが Dyke and Cooper (2000) A new psittaciform bird from the London Clay (Lower Eocene) of England
はより完全な約 5500 万年前の化石種 Pulchrapollia gracilis をロンドン近くで発見している。
当時は現代的な分子系統は知られておらず、ハヤブサ系統に関する言及はない。
Mayr (2001) Comments on the systematic position of the putative Lower Eocene parrot Pulchrapollia gracilis
はオウム類ではなく Pseudasturidae Mayr 1998 (現在では Halcyornithidae に含まれるとされる) ではないかと述べている ([オウム類とフクロウ類のモザイクのような化石鳥] を参照)。Ksepka et al. (2019) はこの系統をノガンモドキ類とハヤブサ類の後の分岐でオウム類以前の系統と捉えている。小型種であるがハヤブサ類のように眼窩上の「ひさし」が発達している。
これらはオウム類の祖先の研究であるが、ハヤブサ系統に近縁と考えられているオウム類の祖先がいつどのように生まれたかの情報はハヤブサ系統の出現時期や猛禽類の系統関係についても示唆を与えるだろう。
Zelenkov (2016) The first fossil parrot (Aves, Psittaciformes) from Siberia and its implications for the historical biogeography of Psittaciformes
にも 1600-1800 万年前にシベリアでオウム類の祖先と思われる化石が報告されており、温暖な気候のもとでオウム類が世界的に分布していた時期があることを示している。
これらの化石はオーストラリアのオウム類の最も古い化石よりも古いとのこと。オウム類の起源や古い時期の放散を主なテーマとしている。
(以下は #ヤマセミの備考でカラフルなオウム類の色彩には隠蔽色か警告色の可能性があるのか、の話題からハヤブサ類の出現時期にも関係するためこちらに移動した。一部重複する)
オウム類の天敵を軽く探してみると一般的な記述ばかり目立って具体的にどのような種に捕食されるかあまり書かれていない。アフリカのヨウム (色彩の目立たない数少ない種類だが) を捕食する鳥は少なく、 重要な捕食者の一つはヤシハゲワシ (これまたちょっと意外な種類) とあるページがあった (wikipedia 英語版でも引用されている) が裏付けとなる資料を見つけられなかった。
大型のオウム類の成鳥ではそもそも捕食者があまりないのかも。警告色である必要性もあまりないかも。
オウム類はハヤブサ目に近い系統とされるが分岐したのはかなり古い模様で、オウム類は早い時期 (南半球に広く分布する理由は後述のようにゴンドワナ大陸時代に遡るとの考えがあった。現代的な証拠からは否定され気味) から分布を広げていたが全体としてみるとタカ類、ハヤブサ類の方が新参者。
フクロウ類が昼行性だった可能性は残るが、オウム類が世界に広がっていった時代には昼間に成鳥を捕食する鳥はいなかったかも。
オウム類の研究者の一部はかなり古い年代を考えているようだが、[#鳥類系統樹2024] などの新しい結果とはやや整合性が悪いように見える。
ニュージーランドの飛べない夜行性のオウムのフクロウオウム (カカポ) の色彩二形が絶滅した猛禽類によって維持されていたかも知れないとの興味深いアイデアもある: Urban et al. (2024) The genetic basis of the kakapo structural color polymorphism suggests balancing selection by an extinct apex predator。
かつて絶滅に瀕したこの種は 1995 年に 51 個体まで減少を経験している。2023 年段階で捕食者のいない島に 247 羽が生息している。
絶滅したハーストイーグル Haast's Eagle (#イヌワシの備考 [ハーストイーグル (Haast's Eagle)] 参照) やアイレスチュウヒ(仮名) Circus teauteensis Eyles's harrier (#チュウヒの備考 [チュウヒ類の離島への定着、ニュージーランドの鳥の定着と衰退] 参照) が考えられる。
これら2種の猛禽類はどちらも 200-250 万年前ぐらいにそれぞれ別の系統から種分化し 600 年前ぐらいに絶滅。
色彩二形 (緑とオリーブ色) の違いは紫外線によく現れていて構造色に関係する遺伝子の変異を想定しているが捕食者の色覚を考えると面白いアイデアかも知れない。緑が祖先型でオリーブ色が推定 193 (59-452) 万年前に変異で現れ、捕食者とのバランスで維持されていたと考えている。
もし捕食圧に関係して維持された色彩二形であれば今後遺伝的浮動で 33 (10-94) 世代で失われる計算になるとのこと。緑色のオウムは例えば地上など条件によって鳥類捕食者には多少目立ちやすいことを示唆しているのかも知れない。
この論文は植村・岩間 (2025) Birder 39(2): 66-67 で紹介されている。こちらの方が専門的用語 (頻度依存選択 frequency-dependent selection) を用いていてより難しい気がするぞ (笑)。
頻度 (の用語を使うと絶対数の概念と区別が付かないが、ここでは総対比率のこと) の少ない表現型に比率が少ないことによって有利な点があるならばそのような表現型が維持される可能性がある。選択圧の存在下で実際にどうなるかは数値シミュレーションをしてみないとわからないので、この論文では維持される条件を調べてみた。
関連して役立ちそうな論文を見ておくと Brisson (2021) Negative Frequency-Dependent Selection Is Frequently Confounding 総論。
インフルエンザウイルスの抗原性の変化は比率によるものではなく、このメカニズムによるものではない (wikipedia 日本語版の例はいきなり間違っている。英語版にこの論文を引用して誤解であるとの説明がある。2025.1 段階)。
Clarke et al. (1988) Frequency-dependent selection, metrical characters and molecular evolution
頻度依存選択の効果を取り入れるとしばしばランダムな遺伝的浮動よりも進化を駆動する主要な効果となり得る。
この話題はカッコウ類の赤色型にも関連する (#カッコウの備考 [カッコウ類雌雄の擬態の進化] 参照) のでこちらにも取り上げておく。Merondun et al. (2024) の Abstract にカッコウ類の赤色型の存在は negative frequency-dependent selection (NFDS) 説と対立仮説があったが色彩多形は W 性染色体で決まっていることがわかり、上記の balancing selection の効果で説明できるとの論文であった。
Urban et al. (2024) の論文はいくつもの要素が含まれており、簡単に実行できないのは多くの個体の全ゲノム解析で色彩にかかわる遺伝部位を同定し、その進化をたどった部分と言えるだろう。
頻度依存選択は2形の存在を説明する有力とされる考え方で、捕食者が由来と想定して絶滅猛禽類と関連づけたのはアイデア勝負の部分。いや実はもっと別の役割があるかも知れませんよ (?)。
年代の一致は偶然かも知れないが論文のストーリーとしては面白い (現在は消滅した別の色彩多形があって進化は実はもっと複雑だったかも知れないが、現在の遺伝情報からは知ることができない)。
個人的にはこれら猛禽類がなぜ生まれ、また人が入ったことで絶滅したのか興味深いのでハーストイーグル、アイレスチュウヒの項目を見ていただきたい。他の系統との分岐年代だけで議論してもよいのかなあ、と感じないわけではない。
猛禽類の離島環境への定着や既存生態系の影響など大変奥深い。チュウヒ類に関心のある方は分散能力に注目。人為環境の広がりでミナミチュウヒが進出して競争排除された説は本当か、など面白い点がいくつもある、ということで結局猛禽類の話題になる (笑)。
ニュージーランドへの鳥の定着に関係した新しい研究が出ていた: Lubbe et al. (2025) Plio-Pleistocene Environmental Changes Drove the Settlement of Aotearoa New Zealand by Australian Open-Habitat Bird Lineages
(Repeated invasions shape NZ's bird life 一般向け解説)。
ニュージーランドに定着した各種の鳥の分岐年代を調べると 1000 万年前以降に増え、250 万年前ぐらいから固有種が特に増えた。必ずしも開けた環境に適応した種ばかりではないが、開けた場所の混在する環境に適応して分布を広げた可能性がある。乾燥化にオーストラリアで前適応してニュージーランドへの定着に役立った可能性が議論されている。
関連のある種類をピックアップしておくと、ニュージーランドからみて海外近縁種との分岐年代はアイレスチュウヒ(仮名) Circus teauteensis Eyles's harrier 237 (140-354) 万年前、
ニュージーランドハヤブサ Falco novaeseelandiae New Zealand Falcon 200 (140-440) 万年前、ハーストイーグル 222 (141-325) 万年前など時期が集中していることがわかる。イヌワシの日本への定着にも同じような気候変動に関連して森林内に開けた場所が生じた経緯などが関わっていたのかも知れないとふと考えてしまう (イヌワシはそれほど古い種ではなく他種との分岐年代は 500 万年前より若い。クマタカの分岐も 250 万年前ぐらいでどちらも同じような時期に日本にやってきたのかも)。
オーストラリアからニュージーランドへの飛来は現在でも続いており、論文著者は人為起源の乾燥環境がそれらの定着を容易にすることでニュージーランドの固有種が一層失われてゆく可能性も危惧している。
ちょっと寄り道になってしまったが捕食者のサーチイメージ (探索像) 形成 (論文にも例としてこの記述がある: For example, NFDS through search image formation in the avian predators can theoretically maintain such polymorphisms) は解釈の一つである意味おまけとも言える。
ハーストイーグルやアイレスチュウヒが紫外線色彩に頼る探索を行っていたのだろうか。捕食者が2種いればそれぞれ違う獲物の好みがあっても不思議でないかも。いずれも現存の近縁種から推測することはできるかも知れない。
捕食者のサーチイメージ形成で隠蔽色や色彩多形が生じる議論の総説は例えば Bond (2007) The Evolution of Color Polymorphism: Crypticity, Searching Images, and Apostatic Selection
(ResearchGate; University of Nebraska のサイト)
探しにくいもの2種類をサーチイメージとするより1種類に絞った方が効率的との仮説は魅力的だが検証が難しかった。この議論は他の捕食者でも行えるので猛禽類より他の分類群で進んでいる。
動物行動学的には Tinbergen 時代のアイデアに由来している部分もあり、歴史的背景 (#ハイイロガンの備考 [首の短い鳥は危険?] など参照) も実験結果の解釈もなかなか難しそう
[predators switch among attentional states in response to short-term changes in prey (中略) detection perceptual switching can promote and maintain cryptic color polymorphism とあり、短時間の間の探索像の切り替えが隠蔽色の色彩多形の形成を促す可能性がある 程度の表現にとどめている]。
#カタグロトビ備考の [カタグロトビは偏食家?] を見ると獲物の頻度分布は種にもよるようで、必ずしも特定のサーチイメージに頼っていないかも知れない。一定の種の獲物に偏るより多様性傾向が強い傾向が得られている。いかがだろうか。
サーチイメージの概念だけが取り出されて独り歩きをすると危ない気もする。
Heracles inexpectatus というニュージーランドの巨大オウムの化石種 (1600-1900 万年前) が知られており、体重 7 kg と推定されている。
Worthy et al. (2019) Evidence for a giant parrot from the Early Miocene of New Zealand を参照。記録されている最初の巨大オウム。2008 年に骨が記載された時はワシのものと考えられた。哺乳類のいない島で哺乳類のニッチを占めて巨大化したと考えられる。
フクロウオウム (カカポ) や Nestor 属 [こちらは飛べる現世のオウムであるミヤマオウム (ケア) と カカ を含む]、や Nestor 属に近縁の Nelepsittacus 属とともに最も古い系統のオウム類である Strigopoidea 上科を形成する。現世種については分子系統解析で確かめられている。
フクロウオウムと Nestor 属の分岐は 2700-4000 万年前と推定されている [Smith et al. (2023) Phylogenomic Analysis of the Parrots of the World Distinguishes Artifactual from Biological Sources of Gene Tree Discordance fig. 4 参照]。
古い系統かつ失われた系統も多いためオウム類の内部でも系統関係を探るのが難しかった模様。
この巨大オウムはフクロウオウムの祖先にあたる可能性も示唆されている。
なおニュージーランドとゴンドワナ大陸の分離は 8200 万年前と推定され、オウム類の起源を古く見積もる根拠となっていた。cf. Wright et al. (2008) A Multilocus Molecular Phylogeny of the Parrots (Psittaciformes): Support for a Gondwanan Origin during the Cretaceous。
この考え (Nature に発表された) は過去かなり受け入れられていろいろなところで紹介されている。
この時代はオウム類とハヤブサ類の近縁性が明らかになりつつあったころで、この結論を受け入れるとハヤブサ類も K-Pg 境界以前から存在した系統であることが示唆されることになる。
肉食恐竜のそのままの生き残りが恐鳥類であってノガンモドキ類のような猛禽類を生み出した、のような歴史認識にもつながってくるわけである。
この Wright et al. (2008) に先立って白亜紀の化石記録からオウム類の起源は古いとの考えがあり、川口 (2022) Birder 36(10): 54-55 で紹介されていた。論文は Stidham (1998) A lower jaw from a Cretaceous parrot (Parrot Fossil from the Cretaceous Pushes Back Origin of Modern Land Birds 大学のプレスリリース)。
Dyke and Mayr (1999) Did parrots exist in the Cretaceous period? が早速反論。
Stidham (1999) Did parrots exist in the Cretaceous period? が再反論。川口氏の記事は Dyke and Mayr (1999) の反論まで触れられているがその後はわからないとなっていた。分子系統研究については触れられていないため、この記事だけを読むとまだわかっていないことが多いのだなと思ってしまいそう。
一方 Schweizer et al. (2011) Macroevolutionary patterns in the diversification of parrots: effects of climate change, geological events and key innovations
はこれまで考えられていたほどは古く種分化が起きたものではなく、海を越えた移動がなければ説明できないパターンと示しているとした。
そして上記の Smith et al. (2023) のような近代的な分子系統研究によってやはりもっと若かった見解が一般的となった模様。
Hunag et al. (2022) Recurrent chromosome reshuffling and the evolution of neo-sex chromosomes in parrots の見積もりでは Strigopoidea 上科とそれ以外の分岐は 3180 万年前程度とやはりそれほど古いものではなかった。この図を見るとオウム類は新しく種分化したグループに見える。
参考までにこの研究は全ゲノム解析を行っておりオウム類には transposable elements が多く (#ハシボソガラスの備考参照)、染色体再編成も頻繁に起きている (染色体数も種ごとの違いが大きい)。オウム類に特有の DNA 修復遺伝子 ALC1, PARP3 の欠損が原因である可能性が高いとのこと。
このように見るとニュージーランドへのオウム類はかなり古い時期の定着のみで複数回の定着があったわけではなさそう。海を越えた定着はやはり難しかったらしい。
この時代には (知られている範囲で) 猛禽類もいなかった。オウム類の方が猛禽類よりも早く定着したのは、ニュージーランドはオウム類が進化した地域に近い一方、タカ類はアフリカ起源と考えられるようにニュージーランドへの到着に一層の時間がかかったためだろう。
ニュージーランドで長年のびのび暮らしていたオウム類にとって、200-250 万年前の大型猛禽類の定着は青天の霹靂だっただろう。わずかな種類しか残っていないのはその影響もあったのかも知れない。それら大型猛禽類も今はいなくなってしまったが。
フクロウオウムの wikipedia 日本語版には 100 万年ほど前にニュージーランドにやってきたとある (2025.5 現在も同様) がこの情報は相当古いものかも知れない。「フクロウオウム保護計画」の項目は最新データが入っているのに (?)。
Halcyornithidae などの位置についてはまだ議論があり、Mayr and Kitchener (2022) Psittacopedids and zygodactylids: The diverse and species-rich psittacopasserine birds from the early Eocene London Clay of Walton-on-the-Naze (Essex, UK)
によれば骨学による系統分類 (化石種ではそうならざるを得ないが) では、現生種を同様に分類した場合に分子遺伝学が示唆するようにオウム類がハヤブサ類が近くではなくネズミドリ、キヌバネドリ、あるいはブッポウソウ類やキツツキ類系統に近くなってしまうなどの問題があり骨学による系統分類は注意して見る必要があることが述べられている。
Psittacopasseres (オウム類 + スズメ目。以下参照) の祖先的形質と考えられる対趾足 (zygodactyly) の特徴を示す Zygodactylidae が単系統である証拠は得られていないとのこと。
[人語を理解し用いるヨウム]
ヨウムの話はあまりに有名で特段取り上げてこなかったが、関連論文が出ているので紹介しておく。日本産種ではないのでどこに入れるか悩ましいがオウム類つながりで暫定的にここに置いておく。
Roubalova et al. (2024) Comparing the productive vocabularies of grey parrots (Psittacus erithacus) and young children
チェコとスロバキアで複数のヨウムを用いて発声 ("単語") の多様性を言語学習中のヒトの幼児と比較したもの。幼児は発声は物や状況、感情を表すラベルがより多かった (実はあまり違わなかった) が、ヨウムの方は挨拶などの会話の複数語からなるものが多かった。
この論文に対して Pepperberg (2024) Comments on "Comparing the productive vocabularies of Grey parrots (Psittacus erithacus) and young children" がコメントを寄せている (もちろんあの有名な Pepperberg)。
人とヨウムの違いを調べたというより、Their emphasis might instead be on how amazing it is that pet parrots actually can acquire so much given the impoverished input they received. とのこと (極めて乏しい入力からヨウムがこれほど多くのことを獲得できることは驚くべきである)。
I agree that some species-specific predispositions toward acquisition of a conspecific communication code in parrots do exist, and that I would find it very unlikely that any parrot, whatever the input it received, would acquire all the elements of full human language ...
(ヨウムの同種間のコミュニュケーションを獲得する種特有の code はある程度あるだろうが、どれほど情報を与えてもヨウムが人の言語のすべての要素を獲得できるとはさすがに思えない。ただし人の言語を学ぶ際の最適な code が何であるかは我々はまだ知らない) などと書いている。詳しくは原文をどうぞ。
[英語 "birds of prey" の由来]
猛禽類は英語では birds of prey と呼ばれるが、なぜ "of" なのかを疑問に持つ人はやはりあるようで、Why do we call predator birds "birds of prey"?
に議論がある。いろいろな説が現れているが、prey は古フランス語の proie, preie, praie に由来し、"of" は "〜に関係した" の意味との解釈が出ている。
猛禽類のフランス語でのかつての名称は oiseau de proie (単数形) でこれを直訳したのではないか。
フランス語では属性を表す意味以外にも英語の "of" 以上に "de" をよく使うので直訳されたものとしても驚かない。
このフランス語も中世ラテン語 avis praedae を訳したもの。ラテン語 praeda には奪略などの意味があって狩猟の獲物は第2語義となっている。"奪略する鳥" (この意味では現在は改名されたドイツ語の Raubvogel と同じ) の意味だったよう。
現在の英語名詞の prey はラテン語の第2語義の方が一般的で、そのため "of" を用いることに違和感を感じるのだろう。辞書を調べると英語名詞にも奪略の意味は残っていて数えられない名詞とのこと。そのため bird of prey の prey の前には冠詞が不要。しかし獲物を表す語義の場合は数えられる名詞で catch a prey のような使い方になる。
英語の prey も動詞の方には捕食するの意味が残っている。自動詞なので目的語には前置詞が必要で prey on のような使い方になる。
英語では形容詞の predatory の方にラテン語の第2語義も単語の形もよく残っている。
[オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか]
従来の Falconiformes (タカ類 + ハヤブサ類) が単系統でない可能性は卵白電気泳動パターンから Sibley (1990) The electrophoretic patterns of avian egg-white proteins as taxonomic characters
が提案したが、それ以前にハヤブサ類は他の昼行性猛禽類に近くないかも知れないとの示唆がなかったわけではない。
Jollie (1976, 1977) の論文
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part IV) (総括部分)、
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part II)
は羽毛、骨格、筋肉、内蔵、外部形態からタカ類とハヤブサ類は共通祖先を持つと解釈できないと述べていた。タカ類・ハヤブサ類内部では現在の分子系統に近いものを導いていた。p. 306 から "Phylogeny within the Falconiform Groups" を参照。p. 323 から "The Place of the Falconiforms in the Class Aves"。
なお Jollie は 1953 年に Are the Falconiformes a monophyletic group? (オープンアクセスではない) の論文を出しており、単系統性に疑問を抱いていたことがわかる。
冒頭はフリーで見ることができて、Theressa Clay (1951) はハジラミの研究から Falconiformes は単系統と主張していた。Garrod, Gadow, Fuerbringer, Forbes も Falconiformes 内部の形態的類似性が乏しいため Cathartidae (ハゲワシ類)、ヘビクイワシ、Falcones (残りすべてのタカ・ハヤブサ類) と分けていて、ミサゴの特異性には誰もが注目していた。これらの著者によれば Falconiformes は単系統でないとの合意が得られていたとのこと。
#イヌワシの備考 [ハーストイーグル (Haast's Eagle)] で紹介の Holdaway の学位論文 (1991) は Jollie の数値データも用いて現代的なアルゴリズムで系統解析したもので、もし Jollie (1976, 1977) の時代に同じような計算機やソフトウェアが使えていたならば同じような結果を出すことができていただろう。
と思ったのだが、Holdaway の学位論文 (1991) は Jollie (1976, 1977) と結果が異なる部分もあり、Jollie の方が (現代のものと比較して) 正しい結果を導いている部分も見られるので計算機やソフトウェアが使えた方が正しい結果が得られるというわけでもなさそう。
Jollie (1976, 1977) p. 327 では従来提唱されたワシタカ目は人工的に作られた寄せ集めで (以下現代の名称があるものはそれに合わせて表記)、ヘビクイワシ目 Sagittariformes、コンドル目、タカ目、ハヤブサ目に分類され、それぞれの間の違いは他の目の間の違いと同程度であると述べている。
ただし当時の知見では他の鳥類と関係はあまりよくわからず、ヘビクイワシ目、コンドル目は水鳥や水辺の鳥に近いと考えていた。ヘビクイワシとノガンモドキ類の関係は検討されていたが当時は資料がほとんどなかった模様。むしろ収斂だろうと考えられた (p. 233)。
p. 230 ではヘビクイワシの嘴がコウノトリ類から進化可能かを考察しており、Jollie はコウノトリ類の一部はハゲワシに似た生活様式をとっているが嘴の形は変わっていない。足についても同様。
コウノトリ類の嘴は進化の行き止まり (dead end) で、タカ類の生活様式に合わせて進化させることはできなかったであろう。ヘビクイワシは猛禽類型の鳥から派生して地上型になったと考える方がよりもっともらしいと述べていた。
当時のワシタカ目、特にタカ類と従来言われていたコウノトリ類の類縁関係には懐疑的見解を示していた。
一方ハヤブサ目は樹上性の鳥類に近い。フクロウ類やオウム類との骨格の関係も検討されたが類似性は高くないとされた (p. 233)。
タカ目は残りのグループからは際立っていて地上性のスカベンジャーや捕食者の最初の系統だろうと考えていた。
ハヤブサ目とタカ目は共通性が乏しく、よく似て見えるのは収斂進化だと述べている。
Sushkin (1905) はモリハヤブサ類 Micrastur がタカとハヤブサの中間型 (#ハヤブサの備考 [ハヤブサ目の系統分類] で紹介) でハヤブサ目とタカ目は連続していると主張したが、Jollie はその可能性を否定した。
Jollie による一貫した主張はハヤブサ類はタカ類よりも当時のワシタカ目以外と類似性がある。従来の分類は形態学的類似性よりも捕食性の生態に頼ったものである。現代の知見からみると極めて先見の明のある結論を下していた。現在の各種資料などであまり言及されていないのが不思議。
Brown and Amadon (1968-1969) "Eagles, Hawks and Falcons of the World" が大家だったために議論することすらはばかられていたのかも知れない。
一方で Griffiths (1994) Monophyly of the Falconiformes Based on Synringeal Morphology は鳴管構造から従来の Falconiformes はこれまでの考え通り単系統と主張していた。
ただし鳴管構造は Jollie (1976, 1977) もすでに調べており、系統分類には (他の多くの特徴を凌駕するほどには) 有用でない結論を下していたので Griffiths (1994) にそれほど目新しい内容が含まれているわけではなかった。
Bildstein (2017) "Raptors" でも参考文献は Griffiths (1994) を挙げており、本文でも Jollie への言及はない。当時の研究者にとっては Griffiths の方が影響力が高かった模様で、Bildstein も分類学や系統学が専門というわけではないのでやむを得ないところだろうか。
想像をたくましくしておくと、鳴管構造がそれほど重視されたのはスズメ目が最も "高等" とされ、スズメ目の分類に鳴管構造が役立ったため、また系統を考える上では (進化の最後の段階のはずの) スズメ目とどの程度近いかが重視されたためではと思える。従って Jollie (1976, 1977) が意図的に無視されていたのでなければ、さまざまな点を調べるよりも鳴管構造のみに着目した研究の方が受けがよかったかも知れない。さまざまな分類で鳴管構造と出てくれば、スズメ目を頂点に置く価値観が背景にあるかも知れないと思っておいてよいだろう。
[猛禽類の分類など] の「スズメ目の鳥の < 高等 > であることの意味」(浦本) の項目も参照。
Bildstein (2017) では Brown and Amadon (1968-1969) でほとんど結論されていたような書き方でその次は分子系統学による進展まで飛んでいる。
一般書を参照しつつ総説をまとめるとこのような形になりがちなのだろう。
系統に関する記述は一般書でも Brown (1976) の方が詳しかったが、Jollie の論文の出る前なので成果は紹介されていない。
Mayr and Clarke (2003) The deep divergences of neornithine birds: a phylogenetic analysis of morphological characters も形態学から旧 "Falconiformes" (Cathartidae, Sagittariidae, Accipitridae, and Falconidae) が単系統でないことを示していたが、タカ科とハヤブサ科はまとまると考えていた。Holdaway の学位論文同様、形態学的類似性のスコアだけで見るとそのように見えてしまうと考えられる。
この研究でも Jollie にはほとんど言及がなく真面目に検討されていなかったらしい。この時代にはフラミンゴ類とカイツブリ類の類似性が分子系統研究からすでに示唆されていて形態学でも再現できるとのこと。
茂田 (2007) Birder 21(10): 68-70 「ハヤブサとタカはどう違う」の記事で Jollie (1976, 1977) は引用されていたが分類の試行錯誤のステップのひとつとしか捉えていなかった模様。Jollie が非常に詳しく調べているのに比較表には含まれておらず、情報は山階 (1941)、Johsgard (1996)、Ferguson-Lees and Christie (2005) を参照している。
形態学は山階 (1941) によるものと思われる。
Ferguson-Lees and Christie の書物は分類学には詳しくないので、生態的比較はともかくあまり適切な引用先ではないだろう。
茂田氏の記事の中でもモリハヤブサ類とワライハヤブサは原始的なハヤブサ類で中間型の見解が紹介されているが、引用文献は Jollie (1976, 1977) となっている。Jollie はこの考えを否定している点が重要なのだが茂田氏は過去の記述に引きずられたのか誤解している。
Jollie の分類提案は非常に正しかったのだが (ハヤブサとタカが別系統であることは各セクションでくり返し述べられている)、論文が大部のため結語だけを中心に読むと印象が薄いのかも知れない。結果的に先駆的研究が適切に紹介されることなく終わっていた。Birder の茂田氏のものは 2007 年とかなり新しい記事だが、その直後に分子系統研究でひっくり返ってしまった次第。
この記事と直後の認識の変化だけを見ると、形態学はやはり役に立たないではないかのように思えてしまうが、これは Jollie (1976, 1977) の知見が正しく紹介されていないためであった。
特に筋学の知見は重要で、ある筋肉の配置は進化しても別の系統の配置にならないだろう推論は比較的確実に行いやすい。軟部組織の残っていない化石のような骨学では筋学は推定に頼る必要があり判断しにくい部分とも言えるだろう。
分子遺伝学によってハヤブサとタカの関係が急に変わったかのように思えるが、過去の研究が適切に紹介されなかっただけで実はそうではなかった。分子遺伝学の結果が出る前から議論が連続的に進められていてもまったく不思議でなかった。
この時代の形態学による上位 (高次) 分類としてしばしば取り上げられる Livezey and Zusi (2007) Higher-order phylogeny of modern birds (Theropoda, Aves: Neornithes) based on comparative anatomy. II. Analysis and discussion
では Fig. 16 に該当部分があるが、タカ、ハヤブサ、フクロウ類をまとめて Falconimorphae としており、Falco + Polyborus が Pandion から始まる枝に含まれていた。
全体的には現代の分子系統研究の結果に近い部分もあり、そうでない部分もある。
タカ、ハヤブサについては Jollie (1976, 1977) についても言及があるが "largely limited to anatomical phenetics and influenced by suspicions of functional convergence" との言及で、おそらく論文の個々の項目をあまり吟味せず重視していなかったらしい。この Livezey and Zusi (2007) から孫引きしてしまうと Jollie (1976, 1977) の主張の新規性が簡単に歴史に埋もれてしまうだろう。
Livezey は形態学で系統研究を極めていたが、#カイツブリの備考 [フラミンゴ目とカイツブリ目の関係] にも現れるように自身の信念をなかなか捨てられなかったのかも知れない。異なる結論を導いた Jollie (1976, 1977) をあまり読まずに一蹴してしまった可能性がある。
当時始まりかけていた分子系統学も自身の結論をサポートする部分を選んで取り上げている印象があり、分子系統学でも収斂現象があるので形態学より正しいとは言い切れないなど書かれている。新しいものを受け入れない理由でよくあるタイプの批判。
当時の Falconiformes が Sibley and Ahlquist (1990) の唱えるようにコウノトリ科に含まれるのではないことは示されている。過去なぜコウノトリ類に近縁と考えられたか文献も紹介しているのでこの部分は参考になると思われる。
引用文献を頼りに少し後の進展を見ておくと (古い論文はオンラインで見られないものが多いので)、新世界ハゲワシ類とコウノトリ類が近縁である主張は、初期の分子系統研究でもなされていたが手法上の問題点も指摘されていた: Johnson et al. (2016) Multi-locus phylogenetic inference among New World Vultures (Aves: Cathartidae)
の導入部分を参考。新しい方の研究では Kimball et al. (2013) までは系統が近いと見ていたが、それ以降の研究では系統が遠い結果を与えるようになっていた。これを見るとタカ、ハヤブサの関係以上に比較的最近まで決着していなかった。
Mundy (2023) Commentary : The correct names of Old World vultures and their sequence ではハゲワシ類の現代の知見を紹介し、従来の Falconiformes が単系統でない主張は Jollie (1976, 1977) に遡ると正しく紹介されていた。参考までに。
Livezey and Zusi (2007) の結論のフクロウ類がヨタカ類に近縁でなく Falconiformes に近い系統である点は正しい結果だった。
他の分類群も見ていただくと面白いだろう。よい線を行っていると思える部分もあれば、伝統的分類やみかけの類似性に引きずられたのかまったく異なっている部分もある。
ノガンモドキ類も Jollie (1976, 1977) とはまったく違う場所に置いている。Jollie を批判しているのに自身が収斂に引きずられていたのだった。
この問題は共通するレトロポゾンの存在で 2011 年に明確な結論が出て Livezey (ただし 2011 年事故死) も文句を言えなかっただろう。この時期あたりから高精度の分子系統研究の優位性が確定的になってきた。
Livezey and Zusi (2007) を当時の最新鳥類全系統の分類と捉えた人はおそらく Jollie (1976, 1977) の業績を適切な形で知ることなく終わって若干不幸だったかも知れない。特にタカ、ハヤブサについてはその直後に分子系統研究でひっくり返ってしまったので落差が大きかっただろう。
分子遺伝学の方では、オウム類とスズメ目の系統が近いことは Hackett et al. (2008) A Phylogenomic Study of Birds Reveals Their Evolutionary History
による核 DNA 解析で示された。そしてこのグループとハヤブサ類が近いことがわかったのが一番驚きの発見であった。用いる遺伝子によって結果は多少異なったが、これらのグループが近縁である点は疑いなかった。
この論文に先行して Ericson et al. (2006) Diversification of Neoaves: integration of molecular sequence data and fossils
がハヤブサ類を除いたタカ類がまとまることが示されたがハヤブサ類とオウム類、スズメ目との関係は明瞭でなかった。系統樹も現在使われているものとはやや異なって、これら陸鳥のグループは大絶滅前に分岐して大絶滅を生き延びた形態になっている。
また Gibb et al. (2007) Mitochondrial Genomes and Avian Phylogeny: Complex Characters and Resolvability without Explosive Radiations
がミトコンドリアのコントロール域の重複現象のパターンから系統推定を行っている。当時からハヤブサ類の位置が問題であったことは認識されており、2001 年ぐらいにはすでに問題となっていたことがうかがえる (古く DNA-DNA hybridization の時代でも落ち着いていたわけではなかった)。
この研究ではハヤブサ類とタカ類に距離がある傾向は出ているがコウノトリ類などの水鳥と同じグループに入ることは DNA-DNA hybridization 時代とそれほど違いがなかった。オウム類 (ここではフクロウオウム) はこちらの方のグループに入っている。これらはスズメ目とはまったく違う枝になっている。
核 DNA のある程度詳しい解析が行われるまでまったくわからなかった関係性だったのだろう。
新世界ハゲワシ類はかつてコウノトリ類の近くに置かれる扱いもあったが、この論文で (タカ類を含む) 陸鳥グループに属することがわかった。
Suh et al. (2011) Mesozoic retroposons reveal parrots as the closest living relatives of passerine birds
で共通するレトロポゾン (またはレトロトランスポゾン。ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列。そのうち転写と逆転写の過程を経る RNA 型でレトロウイルスの起源である可能性もある) の存在から Psittacopasseres (オウム類 + スズメ目。中国名では鸚雀総目) の概念が導入された (そしてこの文献で音声学習の起源が共通祖先である 3000 万年以上前に遡る可能性が示された)。
ハヤブサ類を含めて共通するレトロポゾンも存在して {Psittacopasseres + ハヤブサ類} を Eufalconimorphae (中国名では真隼形鳥、ロシア名では sokolopodobnye でハヤブサ類縁類。eu- の意味を考えると前者の訳の方が良さそうである) とする概念も導入された。
このグループが系統的にまとまっていることにはおそらく疑問の余地がない (ハヤブサ類がオウム類に近縁と証明されたのはこの時点と言ってよいだろう)。
ノガンモドキ類も含めて共通するレトロポゾンがあるのでここまでの系統関係はおそらく問題ないだろうが、それ以外の近代的な陸鳥の系統にはそのような決定的なマーカーがなく、この方法で {Eufalconimorphae + ノガンモドキ類} がどの系統につながるかは判定できない。通常の系統分類ではこのグループが前述の Australaves になる。
いずれにしても分子系統学によるオウム類とハヤブサ類の近縁性は 2008-2011 年に解明されたもので最近の出来事である。ハヤブサ類の特集などは Birder でもたびたび行われたが、少し古い時代の記事の時代はこの近縁性がまったくわかっていなかった (電気泳動に触れている記述はわずかにあった) ことを意識して読むのがよいだろう。
山崎 (2017) Birder 31(1): 8-9 "タカとハヤブサ、どこが違う?" の記事があり、歴史にも触れられている。タカとハヤブサの関係は従来考えられていたより遠いとの認識が広まった記述があるが具体的には触れられていないので、文献にも現れる考えであったのか、あるコミュニティー内の認識であったのか区別できない。
タカとハヤブサは同じ系統だが非常に古く分かれたもの、との認識であれば現状の理解と大きく違うわけではない。現代ほぼ確かと考えられているのはタカとハヤブサの間に直接の分子遺伝学的関係がみつかっておらずおそらく単系統をなさない点で、"非常に古く分かれた" だけであれば現在の理解とあまり違わない。
興味深いのはオウム類の方が早い時期から世界的に化石が豊富で、ハヤブサ類の祖先からオウム類が分かれた現代の描像と微妙に異なる。山崎 (2017) は Prum et al. (2015) (#アマツバメの備考参照) の解釈がベースにあると思われるが、共通祖先が捕食者であったかどうかはまだ議論の余地があるところだろう。
なお [タカ類の初期の適応放散] の項目にある Gatesy and Springer (2022) の研究によればレトロポゾンを用いた解析でも決定打とは言い切れない可能性がある。ノガンモドキ類が最初の系統であればノガンモドキ類からハヤブサ類、タカ類、フクロウ類が生じた可能性も残り、{ノガンモドキ目 + ハヤブサ目} とタカ目が独立した系統とならないかも知れない。
[#鳥類系統樹2024] でもタカ類の位置づけは依然難しい問題で、{タカ類 + フクロウ類} のクレードを確固たるものとみなしていない。
Catanach and Johnson (2015) Independent origins of the feather lice (Insecta: Degeeriella) of raptors
はタカ・ハヤブサ類のハジラミの分子系統樹からタカ類とハヤブサ類の系統が分離していることを示し、両者が近縁でない証拠の一つとしている。ハヤブサ類のハジラミはキツツキ類のものと類縁性があり、タカ類のハジラミはハチクイ類のものと類縁性があるとのこと。
現代の標準的な分子分子系統樹ではキツツキ類もハチクイ類もブッポウソウ類系統になるので他の分類群との関係については何とも言えないかも知れない。
日本産であるため (+ 猛禽類ひいき) ハヤブサ類の位置が特に気になるわけであるが、それではオウム類はかつてはどこに配置されていたのか日本産リストを見てもわからない。ちょっと古い方の分類に当たってみるためにコンサイス鳥名事典を見ると (いずれも当時の名称で示す)、ハト目、オウム目、ホトトギス目の順序で、フクロウ目、ヨタカ目、アマツバメ目と続いていた。
ハヤブサ類 (タカ類も同様) の位置が現代とは大きく違っていたが、オウム目の位置もまったく違っていた。ハヤブサ目とオウム目が近いことが判明したことは衝撃であったが、それらは従来の見解と全く異なりスズメ目の系統の方に入ることの方がより衝撃的であったかも知れない。
第7版、第8版のこの部分の目配列を見ると第7版時代の方がむしろ先進的で現代の知見に近く、第8版はオウム目こそ移動されているものの過去の考えが少し復活しているように見える。いかがだろうか。
非特異的免疫遺伝子から見る系統関係・哺乳類との比較
他の項目にも関係するがハヤブサ類とオウム類の近縁性がさらに明らかになった: Gonzalez-Acosta et al. (2025) Exploring Diversity in Avian Immune Defence: Insights from Cathelicidin Clusters (オープンアクセスでない)
公開ゲノムデータを用いて非特異的免疫に関与する Cathelicidin Clusters の研究 (カテリシジンまたはカセリサイディン cathelicidin antimicrobial peptide, CAMP 抗菌ペプチド。いわゆる白血球が細菌を殺す。wikipedia 日本語版より。英語版にはニワトリでも知られている記述がある)。
通常の鳥類では第 1, 2 染色体の末端に存在するがハヤブサ類とオウム類は例外とのこと。
Galloanserae キジカモ類は cath1 を持っている点で他の鳥類と異なる。cathB1 はカモ目で偽遺伝子化していると考えられる。cath3 はスズメ目で失われており、ハヤブサ目では偽遺伝子となっているとのこと。cathelicidins の遺伝子が多数見つかりよく保存されている。鳥類の免疫に重要な役割を果たしていると考えられるとのこと。
まだ同一目内では少数の種 (26 目 72 種) を用いた研究で、遺伝子の喪失や偽遺伝子化は系統によって独立に起きた可能性もあるため、今のところ状況証拠が増えてきている段階と解釈すればよいだろうか。
この分野の少し前の論文を見ておくと: van Dijk et al. (2023) Evolutionary diversification of defensins and cathelicidins in birds and primates (レビュー論文)。鳥類と霊長類の host defense peptides (HDPs) に類似点が多いとのこと。
β-defensin 遺伝子はゲノムサイズの制約から鳥類の方が少ないが、cathelicidin は複数の系統で保存されていて霊長類よりレパートリーが広いとのこと。鳥類と霊長類の間で β-defensin のタンパク質の β-シート構造が保存されており免疫受容体を介した収斂進化の考え方を支持するとのこと。
この論文はオープンアクセスで見られ、上記論文よりサンプルは少ないがほぼ相当する系統関係を見ることができる。(この論文の表記に従う) CATH-2 では {ハヤブサ類、オウム類、スズメ目} とキジカモ類は分かれる。CATH-3 で見ると {オウム類、タカ類} がまとまる (スズメ目では欠損。ハヤブサ類は偽遺伝子のためこの図には含まれていないと思われるがおそらくオウム類と同じ枝に乗るのだろう)。CATH-B1 で見るとオウム類とハヤブサはあまり近くないなど系統関係の判定に用いるにはまだまだ検討を要しそう。
ヒトで知られている cathelicidins である LL-37 と他の霊長類、鳥類のもののタンパク質立体構造の比較が出ている。ハヤブサ類と言っても調べられているのは Falco 属のみなので系統関係を議論する際にはおそらく注意が必要。ハヤブサ目の他の系統では偽遺伝子化していないかも知れない。
鳥類と霊長類の比較では、鳥類では霊長類に比べて皮膚の defensins が少ないが、羽毛に守られているためとの解釈がある。哺乳類の脂腺機能からの類推から尾脂腺から defensins を分泌している可能性がある (この時点ではまだ調べられていない)。哺乳類では defensins の不足による皮膚疾患 (アトピー性皮膚炎や乾癬 psoriasis) が知られているが不思議なことに鳥類での報告はないとのこと。
β-defensin は鳥類・霊長類とも生殖器に広く分布していて卵管から総排泄孔に至るまで多数の AvBDs (ここでは鳥類タイプの総称) が発現しているとのこと。卵や胚を病原体から守る機能があると考えられる。ヒトの膣・子宮・胎盤でも同様 (HBDs。H は Human のこと) とのこと。オスでも精巣や精巣上体に多数発現している。β-defensin は鳥類・霊長類ともに確実な受精のためや病原体から防御機能を果たしていると考えられるとのこと。
cathelicidins は鳥類・ヒトともにやはり生殖器に広く分布しているとのこと。
哺乳類・鳥類で進化は少し違っており、哺乳類ではゲノムサイズの制約が小さいため β-defensin をあまり失わなかった。cathelicidins は霊長類では1種類のみ (ヒトでは LL-37) で広くカバーしているが鳥類では遺伝子重複で複数の遺伝子を獲得したとのこと。
参考までに van Hoek et al. (2019) The Komodo dragon (Varanus komodoensis) genome and identification of innate immunity genes and clusters によればコモドオオトカゲでは 66 種の β-defensin の遺伝子が見つかったとのこと。
β-defensin を多数持っている点では哺乳類の方が爬虫類的だったりして (笑)。
共通祖先段階に遡るものだが K-Pg 境界の絶滅後の適応放散に合わせて2種類の非特異的免疫遺伝子族をそれぞれ進化させ、共通の選択圧のもとで似ているが違いもあるシステムを構築した描象でよいだろうか。羽毛があるために鳥類では皮膚免疫の役割が相対的に小さくなっているのかも。
Peel et al. (2025) Marsupial cathelicidins: characterization, antimicrobial activity and evolution in this unique mammalian lineage
では cathelicidins は鳥類・哺乳類の共通祖先段階からあり、classic cathelicidins は哺乳類が分岐してから誕生したもの (現在まで鳥類で見つかっていない) との仮説を示唆するとのこと。
鳥類型の non-classical cathelicidins は祖先型に近く、哺乳類の真獣類では失われたと考えているが、有袋類や単孔目が持っている可能性も考えられれさらなる検証が必要とのこと。
鳥類はなぜウイルス性肝細胞がんにならないか: Kaur et al. (2025) Comparative structural insights of X protein across species and the "lost" BH3-like domain that may explain the absence of hepatocellular carcinoma in birds
系統関係に直接及ぶわけではないが紹介。鳥類でも肝炎ウイルスは存在するがなぜか哺乳類のような肝細胞がんは報告されていない。鳥類ではストップコドンのためにがん化に関連するタンパク質が作られず、がん化能力が失われたと考えられるとのこと。もとあったものを失って逆に役立った例。ウイルスの系統樹を見ると宿主の系統順序とあまり対応していないように見えるが、これはおそらくサンプルが少なすぎるためだろう。
鳥類・哺乳類以外ではどのようになっているのか、単なる偶然なのか何かの適応的意味があるのかなどは今後調べられて行くだろう。
[日本産タカ類を新しい分類で見る]
Catanach et al. (2024) の分類 (#アカハラダカの備考参照) を取り入れて日本産タカ類の一覧を作ってみた (第8版で検討種になるものも含めている)。
系統が少し離れるところに空白行を入れてある。現 Accipiter 属の分割結果もふまえた分類と学名になっている (これら学名は海外の主要リストにはまだ現れていないが論文でもすでに使われている)。
順序は Catanach et al. (2024) の系統樹に合わせているが、属内の違いはわずかなこともあるので今後細かいところで多少入れ替わるかも知れない。(当初は 2023 年の preprint を用いていたが 2024 年のもので入れ替わった部分は発生した)。
大きなところでは (a), (b) の順序は逆になるかも知れない。新属の和名などは私案である。
約 10 年後 (?) の改訂第9版はきっとこのようになっているだろうと推定したもので、ごく近い将来の分類では日本産タカ類はこんな感じになるらしいことを感じ取っていただければと思う。またこの分類はタカ類個々の種の備考を読む上でも参考になるだろう。
この分類は近年の海外動向や文献などを調査した上で作ってあるので、日本鳥学会の目録にこだわる必要のない方は学名などをすでに使っていただいて構わないだろう (近い将来に変わることが予想されるため)。
wikipedia 英語版は最新情報をかなりよく取り入れていて (東洋の種は相対的に手薄だが) 属内の順序が変わる程度でこの分類とそう大きく違わない。現 Accipiter 属の細分については wikipedia 英語版説明の中では触れられているが Catanach et al. (2024) は執筆現在ではまだ触れられていない。
(追記: 2024年8月に IOC 14.2 で採用され、wikipedia 英語版も IOC に合わせて修正された)。
世界のタカ類を全部入れると世界の種類との関係もわかってもっと面白いかも知れないが、さすがに数が多いので日本産に限った。
ミサゴ科 Pandionidae
ミサゴ属 Pandion
ミサゴ Pandion haliaetus
タカ科 Accipitridae
カタグロトビ亜科 Elaninae (カタグロトビ科 Elanidae が提唱されている。科になる場合はミサゴ科とタカ科の間になる)
カタグロトビ属 Elanus
カタグロトビ Elanus caeruleus
ハチクマ亜科 Perninae
ハチクマ属 Pernis
ハチクマ Pernis ptilorhynchus
カンムリワシ亜科 Circaetinae
カンムリワシ属 Spilornis
カンムリワシ Spilornis cheela
クロハゲワシ亜科 Aegypiinae
クロハゲワシ属 Aegypius
クロハゲワシ Aegypius monachus
イヌワシ亜科 Aquilinae
クマタカ属 Nisaetus
クマタカ Nisaetus nipalensis
カラフトワシ属 Clanga
カラフトワシ Clanga clanga
イヌワシ属 Aquila
カタシロワシ Aquila heliaca
イヌワシ Aquila chrysaetos
(a)
(古典的名称のハイタカ亜科 Accipitrinae *1) [Lerner and Mindell (2005)。この概念は単系統でない]
ツミ属またはアカハラダカ属 (タイプ種を優先すれば後者) Tachyspiza
ツミ Tachyspiza gularis
アカハラダカ Tachyspiza soloensis
ハイタカ属 Accipiter
ハイタカ Accipiter nisus
オオタカ属 Astur
オオタカ Astur gentilis
(古典的名称のチュウヒ亜科 Circinae)
チュウヒ属 Circus
ウスハイイロチュウヒ Circus macrourus
ハイイロチュウヒ Circus cyaneus
マダラチュウヒ Circus melanoleucos
ヨーロッパチュウヒ Circus aeruginosus
チュウヒ Circus spilonotus
(b)
ノスリ亜科 Buteoninae
トビ族 Milvini
トビ属 Milvus
トビ Milvus migrans
オジロワシ属 Haliaeetus
オジロワシ Haliaeetus albicilla
ハクトウワシ Haliaeetus leucocephalus
オオワシ Haliaeetus pelagicus
ノスリ族 Buteonini
サシバ属 Butastur
サシバ Butastur indicus
ノスリ属 Buteo
ケアシノスリ Buteo lagopus
オオノスリ Buteo hemilasius
ノスリ Buteo japonicus
このように見ると新しい視点も生じる。日本で繁殖するタカ類は1属につき1種に限られるのである。つまり1回の導入で到達して定着したものは1種のみで、同属の類似種を複数種持つほどの国土面積がなく、また環境の多様性がそれほど高くなかったと考えることができるかも知れない。
備考:
*1: Catanach et al. (2024) 論文の訂正論文 (2024年6月。参考文献参照) で Accipitrinae はこれまでよりも広く、チュウヒ属も含む概念になった。古典的名称のチュウヒ亜科の名称はおそらく使われなくなってゆくだろう。
[タカ類を新しい分類で見る]
日本産タカ類の一覧を紹介したが、ハヤブサ目で全種を紹介するとやはり便利であったこと、Catanach et al. (2024) の論文が無事出版されたため、長くなるがタカ類全種一覧を系統順に並べてみることにした。
日本鳥類目録 改訂第7版の分類順だと系統順がかなり入れ替わってしまって探しにくいことも理由の一つ。
* のある種名は核遺伝情報の UCE なし、** は遺伝情報なし。
ほとんどは個々に記述した部分のコピーになっているが、全分類を見やすくするために亜科以上の分類階級を青字、族を緑字で示した。種の緑字は日本鳥類目録改訂第8版で日本産種に含まれるもの。
Catanach et al. (2024) が ウタオオタカ族 Melieracini, トカゲノスリ族 Kaupifalcini, ツミ?/アカハラダカ?/アフリカオオタカ?族 Aerospizini とすべて族としているのは、名称はないがカンムリオオタカ亜科 Lophospizinae に対応する亜科相当の系統を考えそれに属する族と判断しているものだろう。相当する「亜科相当」の概念を補った。
Accipitrinae (ハイタカ亜科の名称に相当) の名称も従来や他所で用いられているが、チュウヒ類を内包するので適切な名前と考えられなかったかも知れない。チュウヒ類を除いた Accipitrinae の名称は Circinae (チュウヒ亜科) と並列して Lerner and Mindell (2005) で用いられていた。
Lerner and Mindell (2005) の Accipitrinae の概念では単系統をなさない。Catanach et al. (2024) はチュウヒ類を含めた上で単系統となるこの系統にはこの名称を積極的に用いなかったと考えられる。論文中では広義 (s.l.) Accipitrinae の使い方をしている。
その後 2024年6月に訂正が発表され Accipitrinae は広義と定義されてこの問題は解消した。
この分類に従えば {アカオオタカ属からチュウヒ属} までのグループは族相当になるので補ってある
[伝統的チュウヒ亜科 Circinae (wikipedia 日本語版にもあるが記載されている概念は非常に古い) の名前は残してあるが現代的な分子系統分類では亜科相当に当たらないことに注意]。
古い名前で {Accipitrinae + Circinae} のグループ以外は (ほぼ) きれいに亜科に分けることができるのだが、ハイタカ類、チュウヒ類があまりにも古くから名前を持っていて分子系統を見るまで系統関係が明らかでなかったため自然なグループ名と感じられないのだろう。
オウギワシ亜科には見た目がかなり異なるものも含まれているので、同様に古い分類はとらわれず少々の違いには目をつむってチュウヒ類も含めた (広義) ハイタカ亜科の概念に馴染んで行くことになるのだろうか。
上位分類は一般的なものを利用している。コンドル目 Cathartiformes については #クロハゲワシ の備考参照。Catanach et al. (2024) もこの目を採用している。
猛禽類好きの方にとってはこれらの分類や進化経路はもちろん興味深いだろうが、最上位の捕食者の一つとして (特に陸上では) タカ類などの猛禽類が生態系を形作り、あるいは他の鳥の生活様式や形態などの進化に与えた影響は非常に大きいだろう。猛禽類の性質を知らずして陸鳥の生態を深く知ることはできないと言っても過言ではないだろう。
猛禽類学は鳥類学の必修項目 (?) の一つに置いてもよいぐらいなのかも知れない、と少し偉そうに言っておこう。Catanach et al. (2024) の挿絵を見ているとどれも色も地味だしとまっている姿を並べると不気味そうな感じさえしないでもない。動物園でも立ち止まる人はあまり多くない。
色鮮やかな小鳥好きの人にとってはいったい何がそんなによいのかと言われそうだが、まあタカ信者の独り言と思って聞いていただくぐらいでよいだろう。
*** タカ上目 Accipitrimorphae
** コンドル目 Cathartiformes
* コンドル科 Cathartidae
カリフォルニアコンドル属 Gymnogyps
カリフォルニアコンドル Gymnogyps californianus California Condor
コンドル属 Vultur
コンドル Vultur gryphus Andean Condor
トキイロコンドル属 Sarcoramphus
トキイロコンドル Sarcoramphus papa King Vulture
クロコンドル属 Coragyps
クロコンドル Coragyps atratus Black Vulture
ヒメコンドル属 Cathartes
ヒメコンドル Cathartes aura Turkey Vulture
キガシラコンドル* [高野 (1973) ではキガシラヒメコンドル] Cathartes burrovianus Lesser Yellow-headed Vulture
オオキガシラコンドル* [高野 (1973) ではオオヒメコンドル] Cathartes melambrotus Greater Yellow-headed Vulture
** タカ目 Accipitriformes
* ヘビクイワシ科 Sagittariidae
ヘビクイワシ属 Sagittarius
ヘビクイワシ Sagittarius serpentarius Secretarybird
* ミサゴ科 Pandionidae
ミサゴ属 Pandion
ミサゴ Pandion haliaeetus (Western) Osprey
カンムリミサゴ Pandion cristatus Eastern Osprey/Australian Osprey (IOC 14.2 ではミサゴの亜種となった。学名・和名ともに適切でない可能性がある)
* タカ科 Accipitridae
カタグロトビ亜科 Elaninae (ハイイロトビ亜科の名称もあり: #ハチクマの備考参照) [#カタグロトビ備考より]
シンジュトビ属* Gampsonyx
シンジュトビ [高野 (1973) ではシロクロトビ] Gampsonyx swainsonii Pearl Kite
アフリカツバメトビ属* Chelictinia
アフリカツバメトビ [高野 (1973) ではアフリカツバメハイイロトビ] Chelictinia riocourii Scissor-tailed Kite
カタグロトビ属 Elanus
オジロトビ* [高野 (1973) ではオジロハイイロトビ] Elanus leucurus White-tailed Kite
カタグロトビ [高野 (1973) ではハイイロトビ] Elanus caeruleus Black-winged Kite
クロオビトビ* [高野 (1973) ではクロオビハイイロトビ] Elanus scriptus Letter-winged Kite
オーストラリアカタグロトビ [高野 (1973) ではオーストラリアハイイロトビ] Elanus axillaris Black-shouldered Kite
ヒゲワシ亜科 Gypaetinae (単系統でない可能性がある。チュウヒダカ類2種が別亜科となる可能性がある) [#ハチクマ備考より]
チュウヒダカ [高野 (1973) ではアフリカチュウヒダカ] Polyboroides typus African Harrier-Hawk
マダガスカルチュウヒダカ Polyboroides radiatus Madagascar Harrier-Hawk
ヤシハゲワシ* Gypohierax angolensis Palm-nut Vulture
エジプトハゲワシ* Neophron percnopterus Egyptian Vulture
ヒゲワシ* Gypaetus barbatus Bearded Vulture
ハチクマ亜科 Perninae [#ハチクマ備考より]
マダガスカルヘビワシ属* Eutriorchis
マダガスカルヘビワシ [高野 (1973) ではマダガスカルオナガヘビワシ] Eutriorchis astur Madagascar Serpent Eagle
カギハシトビ属 Chondrohierax
カギハシトビ Chondrohierax uncinatus Hook-billed Kite
キューバカギハシトビ Chondrohierax wilsonii Cuban Kite
ハイガシラトビ属 Leptodon
ハイガシラトビ Leptodon cayanensis Grey-headed Kite
シロエリトビ Leptodon forbesi White-collared Kite
カッコウハヤブサ属 Aviceda
アフリカカッコウハヤブサ Aviceda cuculoides African Cuckoo-Hawk
マダガスカルカッコウハヤブサ Aviceda madagascariensis Madagascar Cuckoo-Hawk
チャイロカッコウハヤブサ [高野 (1973) ではジェルダンカッコウハヤブサ] Aviceda jerdoni Jerdon's Baza
カンムリカッコウハヤブサ Aviceda subcristata Pacific Baza
クロカッコウハヤブサ Aviceda leuphotes Black Baza
ハチクマ属 Pernis
ヨーロッパハチクマ Pernis apivorus European Honey Buzzard
ハチクマ Pernis ptilorhynchus Crested Honey Buzzard
ヨコジマハチクマ Pernis celebensis Barred Honey Buzzard
フィリピンハチクマ Pernis steerei Philippine Honey Buzzard
ツバメトビ属 Elanoides
ツバメトビ [高野 (1973) ではツバメハイイロトビ] Elanoides forficatus Swallow-tailed Kite
クロムネトビ属* Hamirostra
クロムネトビ Hamirostra melanosternon Black-breasted Buzzard
シラガトビ属* Lophoictinia
シラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] Lophoictinia isura Square-tailed Kite
オナガハチクマ属 Henicopernis
クロハチクマ [高野 (1973) の別名はガーニイオナガハチクマ] Henicopernis infuscatus Black Honey Buzzard
オナガハチクマ Henicopernis longicauda Long-tailed Honey Buzzard
チュウヒワシ亜科 Circaetinae [#カンムリワシ備考より]
カンムリワシ属 Spilornis
スラウェシチュウヒワシ* [高野 (1973) ではセレベスヘビワシ] Spilornis rufipectus Sulawesi Serpent Eagle
フィリピンカンムリワシ* [高野 (1973) ではフィリピンヘビワシ] Spilornis holospilus Philippine Serpent Eagle
カンムリワシ Spilornis cheela Spilornis cheela
以下3種はまだ遺伝学的データなし。上記のどの位置かはわからない。IOC 順に並べておく。
ニコバルカンムリワシ [高野 (1973) ではニコバルヘビワシ] Spilornis klossi Great Nicobar Serpent Eagle
キナバルカンムリワシ Spilornis kinabaluensis Mountain Serpent Eagle
アンダマンカンムリワシ [高野 (1973) ではアンダマンヘビワシ] Spilornis elgini Andaman Serpent Eagle
フィリピンワシ属 Pithecophaga
フィリピンワシ (旧名サルクイワシ) Pithecophaga jefferyi Philippine Eagle
ダルマワシ属 Terathopius
ダルマワシ Terathopius ecaudatus Bateleur
チュウヒワシ属 Circaetus
ミナミオビチュウヒワシ* Circaetus fasciolatus Southern Banded Snake Eagle
オビチュウヒワシ Circaetus cinerascens Western Banded Snake Eagle
オナガヘビワシ* Circaetus spectabilis Congo Serpent Eagle
ムナグロチュウヒワシ Circaetus pectoralis Black-chested Snake Eagle
チャイロチュウヒワシ* Circaetus cinereus Brown Snake Eagle
チュウヒワシ Circaetus gallicus Short-toed Snake Eagle
以下1種はまだ遺伝学的データなし。上記のどの位置かはわからない。
ボードワンチュウヒワシ** Circaetus beaudouini Beaudouin's Snake Eagle
ハゲワシ亜科 Aegypiinae (ハゲワシ族 Gypini ともされる) [#クロハゲワシ備考より]
ミミハゲワシ属* Sarcogyps
ミミハゲワシ Sarcogyps calvus Red-headed Vulture
カオジロハゲワシ属* Trigonoceps
カオジロハゲワシ [高野 (1973) ではシロガシラハゲワシ] Trigonoceps occipitalis White-headed Vulture
ミミヒダハゲワシ属* Torgos
ミミヒダハゲワシ Torgos tracheliotos Lappet-faced Vulture
クロハゲワシ属 Aegypius
クロハゲワシ Aegypius monachus Cinereous Vulture
ズキンハゲワシ属* Necrosyrtes
ズキンハゲワシ Necrosyrtes monachus Hooded Vulture
ハゲワシ属 [高野 (1973) ではシロエリハゲワシ類] Gyps
ベンガルハゲワシ* Gyps bengalensis White-rumped Vulture
インドハゲワシ* Gyps indicus Indian Vulture
ヒマラヤハゲワシ* Gyps himalayensis Himalayan Vulture
コシジロハゲワシ* Gyps africanus White-backed Vulture
シロエリハゲワシ Gyps fulvus Griffon Vulture
マダラハゲワシ* Gyps rueppelli Rueppell's Vulture
ハシボソハゲワシ* Gyps tenuirostris Slender-billed Vulture
ケープシロエリハゲワシ Gyps coprotheres Cape Vulture
イヌワシ亜科 Aquilinae [#クマタカ備考、#カラフトワシ備考より]
カンムリクマタカ属* Stephanoaetus
カンムリクマタカ Stephanoaetus coronatus Crowned Eagle
マダガスカルカンムリクマタカ** Stephanoaetus mahery Malagasy Crowned Eagle (絶滅種。分子系統樹にはもちろんないが追加)
クマタカ属 Nisaetus
ウォーレスクマタカ* Nisaetus nanus Wallace's Hawk-Eagle
レッグクマタカ* Nisaetus kelaarti Legge's Hawk-Eagle
クマタカ Nisaetus nipalensis Mountain Hawk-Eagle
ジャワクマタカ* Nisaetus bartelsi Javan Hawk-Eagle
カオグロクマタカ* [高野 (1973) ではブリスクマタカ] Nisaetus alboniger Blyth's Hawk-Eagle
セレベスクマタカ* Nisaetus lanceolatus Sulawesi Hawk-Eagle
ピンスカークマタカ* Nisaetus pinskeri Pinsker's Hawk-Eagle
フィリピンクマタカ* Nisaetus philippensis Philippine Hawk-Eagle
フローレスクマタカ* Nisaetus floris Flores Hawk-Eagle
カワリクマタカ Nisaetus cirrhatus Changeable Hawk-Eagle
アカエリクマタカ属 Spizaetus
クロクマタカ Spizaetus tyrannus Black Hawk-Eagle
セグロクマタカ [高野 (1973) ではチリーワシ] Spizaetus melanoleucus Black-and-white Hawk-Eagle
アカクロクマタカ* Spizaetus isidori Black-and-chestnut Eagle
アカエリクマタカ Spizaetus ornatus Ornate Hawk-Eagle
アカハラクマタカ属* Lophotriorchis
アカハラクマタカ Lophotriorchis kienerii Rufous-bellied Eagle
ゴマバラワシ属* Polemaetus
ゴマバラワシ [高野 (1973) ではゴマハラワシ] Polemaetus bellicosus Martial Eagle
エボシクマタカ属* Lophaetus
エボシクマタカ [高野 (1973) ではカンムリクロクマタカ] Lophaetus occipitalis Long-crested Eagle
カザノワシ属* Ictinaetus
カザノワシ Ictinaetus malaiensis Black Eagle
カラフトワシ属* Clanga
インドワシ Clanga hastata Indian Spotted Eagle
アシナガワシ Clanga pomarina Lesser Spotted Eagle
カラフトワシ Clanga clanga Greater Spotted Eagle
ヒメクマタカ属 Hieraaetus
ヒメイヌワシ* [高野 (1973) ではコイヌワシ] Hieraaetus wahlbergi Wahlberg's Eagle
シロハラクマタカ Hieraaetus ayresii Ayres's Hawk-Eagle
コビトクマタカ* Hieraaetus weiskei Pygmy Eagle
ヒメクマタカ [高野 (1973) ではケアシクマタカ] Hieraaetus pennatus Booted Eagle
ハーストイーグル/ハルパゴルニスワシ* Hieraaetus moorei Haast's eagle (絶滅種)
アカヒメクマタカ [高野 (1973) ではヒメアカクマタカ] Hieraaetus morphnoides Little Eagle
イヌワシ属 Aquila
(系統 1。ソウゲンワシ属 Psammoaetus とする分類学者もある)
ソウゲンワシ Aquila nipalensis Steppe Eagle
アフリカソウゲンワシ* [高野 (1973) ではサメイロイヌワシ] Aquila rapax Tawny Eagle
ニシカタシロワシ* Aquila adalberti Spanish Imperial Eagle
カタシロワシ* [高野 (1973) ではカタジロワシ] Aquila heliaca Eastern Imperial Eagle
アフリカクマタカ Aquila africana Cassin's Hawk-Eagle
(系統 2)
イヌワシ Aquila chrysaetos Golden Eagle
ボネリークマタカ Aquila fasciata Bonelli's Eagle
モモジロクマタカ Aquila spilogaster African Hawk-Eagle
コシジロイヌワシ* Aquila verreauxii Verreaux's Eagle
モルッカイヌワシ* [高野 (1973) ではガーニイイヌワシ] Aquila gurneyi Gurney's Eagle
オナガイヌワシ Aquila audax Wedge-tailed Eagle
オウギワシ亜科 Harpiinae [#カンムリワシの備考より]
パプアオウギワシ属 Harpyopsis
パプアオウギワシ [高野 (1973) ではニューギニアオウギワシ] Harpyopsis novaeguineae Papuan Eagle
コウモリダカ属 Macheiramphus
コウモリダカ Macheiramphus alcinus Bat Hawk
オウギワシ属 Harpia
オウギワシ* Harpia harpyja Harpy Eagle
ヒメオウギワシ属 Morphnus
ヒメオウギワシ* [高野 (1973) ではカンムリオウギワシ] Morphnus guianensis Crested Eagle
[以下2属は Catanach et al. (2024) 本文記述に従ってここに置くが分子系統上は場所に問題があるかも知れない。それぞれの部分の解説参照]
ヒメハイタカ属 Microspizias
ヒメハイタカ Microspizias superciliosus Tiny Hawk
ナンベイアカエリツミ* Microspizias collaris Semicollared Hawk
ハバシトビ属 Harpagus
ハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus Double-toothed Kite
モモアカトビ* Harpagus diodon Rufous-thighed Kite
[#アカハラダカ備考より]
カンムリオオタカ亜科 Lophospizinae
カンムリオオタカ属 Lophospiza
カンムリオオタカ Lophospiza trivirgatus Crested Goshawk
セレベスオオタカ** Lophospiza griseiceps Sulawesi Goshawk
亜科 Accipitrinae (以下チュウヒ属までを含むグループ。2024年6月に Accipitrinae 亜科 の概念を拡大すると発表された)
ウタオオタカ族 Melieracini
カワリウタオオタカ属 Micronisus
カワリウタオオタカ [高野 (1973) ではモリウタオオタカ] Micronisus gabar Gabar Goshawk
オナガオオタカ属* Urotriorchis
オナガオオタカ Urotriorchis macrourus Long-tailed Hawk
ウタオオタカ属 Melierax
ウタオオタカ Melierax metabates Dark Chanting Goshawk
コシジロウタオオタカ Melierax canorus Eastern Chanting Goshawk
ヒガシコシジロウタオオタカ Melierax poliopterus Pale Chanting Goshawk
トカゲノスリ族 Kaupifalconini [系統 1: Catanach et al. (2024) で命名。2024年6月に綴りを訂正]
トカゲノスリ属 Kaupifalco
トカゲノスリ Kaupifalco monogrammicus Lizard Buzzard
ツミ?/アカハラダカ?/アフリカオオタカ?族 Aerospizini [系統 2: Catanach et al. (2024) で命名]
アフリカオオタカ属 Aerospiza
ワキアカハイタカ [高野 (1973) ではワキアカオオタカ] Aerospiza castanilius Chestnut-flanked Sparrowhawk
アフリカオオタカ* Aerospiza tachiro African Goshawk
ムネアカオオタカ* Aerospiza toussenelii Red-chested Goshawk (IOC 15.1 でアフリカオオタカと同種に)
ツミ属またはアカハラダカ属 Tachyspiza [#ツミ備考より]
アフリカツミ* Tachyspiza minulla Little Sparrowhawk
ニシアフリカツミ* Tachyspiza erythropus Red-thighed Sparrowhawk
ミナミツミ Tachyspiza virgata Besra
ツミ Tachyspiza gularis Japanese Sparrowhawk
レバントハイタカ Tachyspiza brevipes Levant Sparrowhawk
タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] Tachyspiza badia Shikra
アカハラダカ Tachyspiza soloensis Chinese Sparrowhawk
シロハラハイタカ* Tachyspiza francesiae Frances's Sparrowhawk
ハイガシラオオタカ* Tachyspiza poliocephala Grey-headed Goshawk
カワリオオタカ Tachyspiza hiogaster Variable Goshawk
ハイイロオオタカ [高野 (1973) ではカワリオオタカ] Tachyspiza novaehollandiae Grey Goshawk
シロクロオオタカ* [高野 (1973) ではニセマダラオオタカ] Tachyspiza imitator Imitator Goshawk
クロアカオオタカ Tachyspiza melanochlamys Black-mantled Goshawk
アカハラオオタカ [高野 (1973) ではオーストラリアオオタカ] Tachyspiza fasciata Brown Goshawk
ムナグロオオタカ Tachyspiza haplochroa White-bellied Goshawk
フィジーオオタカ [高野 (1973) ではフィージーオオタカ] Tachyspiza rufitorques Fiji Goshawk
以下遺伝情報なし
シラボシオオタカ** [高野 (1973) ではシラホシオオタカ] Tachyspiza trinotata Spot-tailed Sparrowhawk
セレベスツミ** Tachyspiza nanus Dwarf Sparrowhawk
ムネアカツミ** [高野 (1973) ではアカムネツミ] Tachyspiza rhodogaster Vinous-breasted Sparrowhawk
モルッカツミ** [高野 (1973) ではハイノドツミ] Tachyspiza erythrauchen Rufous-necked Sparrowhawk
アカエリツミ** Tachyspiza cirrocephala Collared Sparrowhawk
シロハラツミ** Tachyspiza brachyura New Britain Sparrowhawk
チャバラオオタカ** [高野 (1973) ではグレイオオタカ] Tachyspiza henicogramma Moluccan Goshawk
ニコバルハイタカ** Tachyspiza butleri Nicobar Sparrowhawk
ノドジロオオタカ** [高野 (1973) ではマダラオオタカ] Tachyspiza albogularis Pied Goshawk
アオハイタカ** Tachyspiza luteoschistacea Slaty-mantled Goshawk
オオハイガシラオオタカ** Tachyspiza princeps New Britain Goshawk
族相当 [系統 3] (以下チュウヒ属までを含むグループ。名前はない)
アカオオタカ属 Erythrotriorchis
アカオオタカ Erythrotriorchis radiatus Red Goshawk
カタアカオオタカ* Erythrotriorchis buergersi Chestnut-shouldered Goshawk
ハイタカ属 Accipiter [#ハイタカ備考より]
セグロオオタカ* Accipiter poliogaster Grey-bellied Hawk (Dinospizias 属とする分類学者もある)
サバンナハイタカ* [高野 (1973) ではオバンポハイタカ] Accipiter ovampensis Ovambo Sparrowhawk
マダガスカルハイタカ* Accipiter madagascariensis Madagascar Sparrowhawk
アシボソハイタカ Accipiter striatus Sharp-shinned Hawk (学名が変わる可能性は解説参照)
ムナジロアシボソハイタカ(*) Accipiter chionogaster White-breasted Hawk
フナシアシボソハイタカ(*) Accipiter ventralis Plain-breasted Hawk
モモアカアシボソハイタカ(*) Accipiter erythronemius Rufous-thighed Hawk
ムネアカハイタカ* [高野 (1973) ではアカムネハイタカ] Accipiter rufiventris Rufous-breasted Sparrowhawk
ハイタカ Accipiter nisus Eurasian Sparrowhawk
オオタカ属 Astur [#オオタカ備考より]
(系統 1: クーパーハイタカ属 Cooperastur の名称も提案されている)
モモアカハイタカ Astur bicolor Bicolored Hawk
チリハイタカ(*) Astur chilensis Chilean Hawk
ズグロハイタカ* Astur gundlachi Gundlach's Hawk
クーパーハイタカ Astur cooperii Cooper's Hawk
(系統 2)
オオタカ Astur gentilis Eurasian Goshawk
マダガスカルオオタカ* [高野 (1973) ではヘンストオオタカ] Astur henstii Henst's Goshawk
オオハイタカ [高野 (1973) ではシロクロオオタカ] Astur melanoleucus Black Sparrowhawk
シロハラオオタカ* Astur meyerianus Meyer's Goshawk
アメリカオオタカ(*) Astur atricapillus American Goshawk
(伝統的チュウヒ亜科 Circinae に相当したもので拡張されたが: 現在は Accipitrinae に吸収) [#チュウヒ備考より]
パプアオオタカ属 Megatriorchis
パプアオオタカ [高野 (1973) ではドリヤオオタカ] Megatriorchis doriae Doria's Goshawk (Doria's Hawk に変更)
チュウヒ属 Circus (S: steppe ステップ型, M: marsh 沼型)
(系統 1)
アイレスチュウヒ(仮名)* Circus teauteensis Eyles's harrier (絶滅種)
ウスユキチュウヒ Circus assimilis Spotted Harrier (S)
(系統 2)
クロチュウヒ* Circus maurus Black Harrier (S)
ウスハイイロチュウヒ Circus macrourus Pallid Harrier (S)
ハイイロチュウヒ* Circus cyaneus Hen Harrier (S)
アンデスチュウヒ [高野 (1973) ではナンベイハイイロチュウヒ] Circus cinereus Cinereous Harrier (S)
アメリカハイイロチュウヒ Circus hudsonius Northern Harrier (S)
(系統 3)
ハネナガチュウヒ* Circus buffoni Long-winged Harrier (S)
ヒメハイイロチュウヒ* Circus pygargus Montagu's Harrier (S)
マダラチュウヒ Circus melanoleucos Pied Harrier (S)
ヨーロッパチュウヒ* Circus aeruginosus Western Marsh Harrier (M)
アフリカチュウヒ* Circus ranivorus African Marsh Harrier (M)
チュウヒ* Circus spilonotus Eastern Marsh Harrier (M)
パプアチュウヒ* Circus spilothorax Papuan Harrier (M)
ミナミチュウヒ* Circus approximans Swamp Harrier (M)
マダガスカルチュウヒ* Circus macrosceles Malagasy Harrier (M) (和名修正)
レユニオンチュウヒ* Circus maillardi Reunion Harrier (M) (和名修正)
(以下2属は重複して挙げる)
(ヒメハイタカ属 Microspizias
ヒメハイタカ Microspizias superciliosus Tiny Hawk
ナンベイアカエリツミ* Microspizias collaris Semicollared Hawk
ハバシトビ属 Harpagus
ハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus Double-toothed Kite
モモアカトビ* Harpagus diodon Rufous-thighed Kite)
この2属はオウギワシ亜科 Harpiinae (#カンムリワシの備考参照) で述べているように、Catanach et al. (2024) の本文解説ではオウギワシ亜科に入るように思える。しかし系統樹はやや遠いもののノスリ亜科と単系統をなす形になっているので、こちらにも括弧を付けて含めておく (系統樹的には独立亜科としても構わない)。
後述のようにハバシトビ属をノスリ亜科に含めている分類も存在する。
ノスリ亜科 Buteoninae [#トビ備考より]
トビ族 Milvini
トビ属 Milvus
アカトビ Milvus milvus Red Kite
トビ* Milvus migrans Black Kite
キバシトビ** Milvus aegyptius Yellow-billed Kite
シロガシラトビ属 Haliastur
シロガシラトビ Haliastur indus Brahminy Kite
フエフキトビ [高野 (1973) ではフエナキトビ] Haliastur sphenurus Whistling Kite
オジロワシ属 Haliaeetus
オジロワシ Haliaeetus albicilla White-tailed Eagle
ハクトウワシ Haliaeetus leucocephalus Bald Eagle
オオワシ Haliaeetus pelagicus Steller's Sea Eagle
キガシラウミワシ* Haliaeetus leucoryphus Pallas's Fish Eagle
ウオクイワシ属 Icthyophaga
マダガスカルウミワシ* Icthyophaga vociferoides Madagascar Fish Eagle
サンショクウミワシ Icthyophaga vocifer African Fish Eagle
ソロモンウミワシ* [高野 (1973) ではサンフォードウミワシ] Icthyophaga sanfordi Sanford's Sea Eagle
シロハラウミワシ Icthyophaga leucogaster White-bellied Sea Eagle
コウオクイワシ* Icthyophaga humilis Lesser Fish Eagle
ウオクイワシ [高野 (1973) ではハイガシラウオクイワシ] Icthyophaga ichthyaetus Grey-headed Fish Eagle
ノスリ族 Buteonini
サシバ属 Butastur [#サシバ備考より]
チャバネサシバ* [高野 (1973) ではアカハネサシバ] Butastur liventer Rufous-winged Buzzard
アフリカサシバ Butastur rufipennis Grasshopper Buzzard
メジロサシバ* Butastur teesa White-eyed Buzzard
サシバ Butastur indicus Grey-faced Buzzard
ムシクイトビ属 Ictinia (和名はタイプ種を優先した)
ムシクイトビ [高野 (1973) ではナマリイロトビ] Ictinia plumbea Plumbeous Kite
ミシシッピートビ* Ictinia mississippiensis Mississippi Kite
セイタカノスリ属 Geranospiza
セイタカノスリ [高野 (1973) ではセイタカチュウヒ] Geranospiza caerulescens Crane Hawk
ミサゴノスリ属 Busarellus
ミサゴノスリ [高野 (1973) ではミサゴワシ] Busarellus nigricollis Black-collared Hawk
ハシボソトビ属 Helicolestes
ハシボソトビ Helicolestes hamatus Slender-billed Kite
タニシトビ属 Rostrhamus
タニシトビ [高野 (1973) ではカタツムリトビ] Rostrhamus sociabilis Snail Kite
ヨコジマノスリ属 Morphnarchus
ヨコジマノスリ Morphnarchus princeps Barred Hawk
ヒメアオノスリ属 Cryptoleucopteryx
ヒメアオノスリ [高野 (1973) ではクロアオノスリ] Cryptoleucopteryx plumbea Plumbeous Hawk
カニクイノスリ属 Buteogallus (和名はタイプ種を優先した)
アオノスリ* Buteogallus schistaceus Slate-colored Hawk
クロノスリ* [高野 (1973) ではクロヌマワシ] Buteogallus anthracinus Common Black Hawk
キューバノスリ Buteogallus gundlachii Cuban Black Hawk
カニクイノスリ [高野 (1973) ではヌマワシ] Buteogallus aequinoctialis Rufous Crab Hawk
サバンナノスリ Buteogallus meridionalis Savanna Hawk
シロエリノスリ Buteogallus lacernulatus White-necked Hawk
オオクロノスリ* [高野 (1973) ではオオクロヌマワシ] Buteogallus urubitinga Great Black Hawk
カンムリノスリ [高野 (1973) ではハイイロカンムリワシ] Buteogallus coronatus Chaco Eagle
オグロカンムリノスリ [高野 (1973) ではオグロカンムリワシ] Buteogallus solitarius Solitary Eagle
オオハシノスリ属* Rupornis
オオハシノスリ Rupornis magnirostris Roadside Hawk
モモアカノスリ属 Parabuteo (和名はタイプ種を優先した)
モモアカノスリ Parabuteo unicinctus Harris's Hawk
コシジロノスリ Parabuteo leucorrhous White-rumped Hawk
シロノスリ属 Pseudastur (和名はタイプ種を優先した)
ハイセノスリ* [高野 (1973) ではシロハラノスリ] Pseudastur occidentalis Grey-backed Hawk
セグロノスリ* Pseudastur polionotus Mantled Hawk
シロノスリ Pseudastur albicollis White Hawk
ワシノスリ属 Geranoaetus (和名はタイプ種を優先した)
オジロノスリ Geranoaetus albicaudatus White-tailed Hawk
ワシノスリ* [高野 (1973) ではハイイロオオノスリ] Geranoaetus melanoleucus Black-chested Buzzard-Eagle
セアカノスリ Geranoaetus polyosoma Variable Hawk
カオグロノスリ属 Leucopternis (和名はタイプ種を優先した)
セアオノスリ* [高野 (1973) ではウスアオノスリ] Leucopternis semiplumbeus Semiplumbeous Hawk
シロマユノスリ* Leucopternis kuhli White-browed Hawk
カオグロノスリ [高野 (1973) ではクロガオノスリ] Leucopternis melanops Black-faced Hawk
ノスリ属 Buteo [#ノスリ備考より]
ミナミハイイロノスリ* Buteo plagiatus Grey Hawk
ハイイロノスリ Buteo nitidus Grey-lined Hawk
ハネビロノスリ Buteo platypterus Broad-winged Hawk
ヒスパニオラノスリ* [高野 (1973) ではリッジウェイノスリ] Buteo ridgwayi Ridgway's Hawk
カタアカノスリ Buteo lineatus Red-shouldered Hawk
オビオノスリ Buteo albonotatus Zone-tailed Hawk
ハワイノスリ* Buteo solitarius Hawaiian Hawk
アンデスミジカオノスリ Buteo albigula White-throated Hawk
ミジカオノスリ* Buteo brachyurus Short-tailed Hawk
ガラパゴスノスリ* Buteo galapagoensis Galapagos Hawk
アレチノスリ [高野 (1973) ではスウェイソンノスリ] Buteo swainsoni Swainson's Hawk
ナンベイアカオノスリ Buteo ventralis Rufous-tailed Hawk
アカオノスリ Buteo jamaicensis Red-tailed Hawk
ケアシノスリ Buteo lagopus Rough-legged Buzzard
アカケアシノスリ Buteo regalis Ferruginous Hawk
アカクロノスリ* Buteo rufofuscus Jackal Buzzard
ヨゲンノスリ* Buteo augur Augur Buzzard
アフリカアカオノスリ* Buteo auguralis Red-necked Buzzard
ソマリアノスリ* Buteo archeri Archer's Buzzard (現在は通常ヨゲンノスリの亜種とされる)
マダラノスリ [高野 (1973) ではヤマノスリ] Buteo oreophilus Mountain Buzzard
モリノスリ* Buteo trizonatus Forest Buzzard
ヨーロッパノスリ Buteo buteo Common Buzzard
ニシオオノスリ [高野 (1973) ではオオノスリ] Buteo rufinus Long-legged Buzzard
オオノスリ [高野 (1973) ではヤマオオノスリ] Buteo hemilasius Upland Buzzard
ヒマラヤノスリ* Buteo refectus Himalayan Buzzard
ノスリ Buteo japonicus Eastern Buzzard
以下遺伝情報なし
マダガスカルノスリ** Buteo brachypterus Madagascan Buzzard
ケープベルデノスリ/ケアプベルデノスリ** Buteo bannermani Cape Verde Buzzard
ソコトラノスリ** Buteo socotraensis Socotra Buzzard
△ タカ目 ACCIPITRIFORMES タカ科 ACCIPITRIDAE ▽
-
ハチクマ
- 学名:Pernis ptilorhynchus (ペルニス プティロリュンクス) 羽毛で覆われた嘴のタカの一種
- 属名:pernis アリストテレスが Historia Animalium (9.36) に記述 (英訳, pternis と記載されている) したタカの一種。現在どの種類に対応するかは不明。
- 種小名:ptilorhynchus (合) 羽毛で覆われた嘴の (ptilo 羽毛 rynchos 鼻口部 Gk)
- 英名:Oriental Honey Buzzard, IOC: Crested Honey Buzzard
- 備考:
pernis は語源が確かでなく原語次第では長母音を含む可能性がある。ここでは短母音を採用した (ペルニス)。
アリストテレスのギリシャ語の綴りそのままであれば pernes は末尾が長母音であるが音も変わっていること、冒頭アクセントしか考えられないため長音は採用しなかった。
pternis 由来であれば短母音のみ。pernix 由来であれば i は長母音。
ptilorhynchus は ptilon も rhunkhos も短母音のみで -rhyn- がアクセント音節と考えられる (プティロリュンクス)。読み慣れた発音の正統性を確認できた。
日本の亜種名である orientalis は a が長母音でアクセントもある (オリエンターリス)。
後の [ハチクマの学名は正しくないかも?] で詳しく述べるが、他の種の多くの英名から推定すると現在一般的な英名 Crested Honey Buzzard は過去に使われていた学名 Pernis cristatus に由来すると考えられる。
比較的最近までヨーロッパハチクマの亜種とみなされることも多かったがかつては別種扱いの時代があり、"インドのハチクマ" を指してこの学名と英名が用いられていた。アメリカやイギリス本国からは縁の遠い種類で、英国植民地時代に使われていた英名がそのまま引き継がれたものと想像できる。
日本のハチクマでは冠羽がそれほど目立つわけではないが、亜種によってはしっかりした冠羽を持つものもある、しかし日本のハチクマでも実際は冠羽があるなどの解説は英名をふまえたものだが、この英名がかつての学名由来と考えるとより納得しやすい。もとは冠羽の目立つ熱帯の個体を指して付けられた学名であった。
この事例のように (特に英語圏から遠い地域の鳥については) 学名由来の英名は多く、種全体の特徴を表して付けられた名前でない場合がある。英語圏から見て異国の鳥に付けられた英名を解釈して "英語ではこれこれの意味で" とあまり読みすぎない方がよい場合もある。
この当時に用いられていた種小名は誰の記述によるものかは明瞭ではないが、Buteo cristatus Vieillot, 1816 が最初の用例で、この記載は現在ミサゴの亜種とされるカンムリミサゴ (IOC 14.1 では種扱いだった) を指すものとして使われ、誤りの可能性がある。
Vieillot (1816) は Crested Honey Buzzard に相当するフランス名 La Buse-bondree Huppee を紹介しており、当時から Crested Honey Buzzard / La Buse-bondree Huppee が標準的な英語・フランス語名だったと考えられる。つまりこの学名の意味がハチクマの英語・フランス語・ロシア語名などに残り、カンムリミサゴの現在の学名・和名も同じ学名に由来することになる。
[属名の考証]
Pernisについては Le regne animal distribue d'apres son organisation, pour servir de base a l'histoire naturelle des animaux et d'introduction a l'anatomie comparee p. 322 Les Bondrees (Pernis Cuv.) (1817)
で導入された (pernis または pernes とある)。
Pierre Belon, L'histoire de la nature des oyseauxも参照。ここでは Pernes の表記が使われている。ハゲワシやワシよりは小さな猛禽類の一種とされる (Bird Watching Blog: Pternis Pternes)。
Pernis のシノニムに Pterochalinus があり、pteron 羽 khalinos (くつわの) はみ (Gk) で嘴と目の間が密生した羽毛で覆われていることに基づく名前。
基亜種 ptilorhynchus はジャワ島の留鳥 (Temminck, 1821) でこれが採用された理由は後述。種小名 ptilorhynchus はしばしば ptilorhyncus とも綴られるが、前者が正しいと考えられている。
よく似た綴りの Ptilonorhynchus 属 (意味は同じ) は有名なアズマヤドリ類の属名。アオアズマヤドリ Ptilonorhynchus violaceus Satin Bowerbird など。ハチクマとアズマヤドリの共通性は超難問のクイズになりそう。
属名綴り (Gk) は pernes, pernis, pternis, perknes の諸表記あり。
日本野鳥の会京都支部の副島猛氏による写本、印刷本、現代誤訳本などを調査と時代考証の結果、次のような結論が得られている: (1) アリストテレスのオリジナルは pternis (2) 印刷本 (1497-) 以降、ギリシャ語では pernes、ラテン語ではそれに対応する pernis というオリジナルとは別の語に改変
[t が落ちたのは、単なる誤植がきっかけだったのかもしれませんし、ほとんど目にしない pternis (アリストテレスの著作でも一箇所しかない) という語を意図的に「正した」ということなのかもしれません (副島の考察)] (3) Cuvier はそれを採用して pernis を属名に (4) 19世紀以降の批判校訂版ではギリシャ語 pternis に戻る (5) オリジナルの原義や、それが指す種については未だ不明 [kbird:06852 (2023.9.17)]。
Theodorus Gaza 訳 (1476) は独自解釈で pernix (Gk)「敏捷な」を語源と考えた。
pternis をタカの意味で用いた属名は他に存在する (Leucopternis, Poecilopternis)。
[以下完全に私見: Acropternis という属名もあり、これはタカとは無関係。副島猛氏によればこれはタカの pternis とは異なる語でアリストテレス「動物誌」などで用いられた pterne (女性名詞の「かかと」) とのこと (Helm Dictionary)。
この2つの語の間に語源的な関係があるかどうかはわからないが、学名にする時のラテン語化で同じ綴りになったと考えられる [副島猛 kbird:06862 (2023.9.23)]。
この「かかと」の単語は語源が推定されていて、インド・ヨーロッパ祖族語 tpersneh に遡り、さらに t(s)perH- (かかとで蹴る) が由来の可能性があるとのこと。これならば猛禽類の習性としてあり得そうである。タカの方の pternis も遡ればもしかすると同じ語源にたどりつくのかもしれない。
アリストテレスはタカ類の記述でノスリが一番強力と述べ、以降タカ/ハヤブサ類の種類を列記して pternis は6番目の種類。本来は (ヨーロッパ) ハチクマ (当時ノスリと区別されていたかも怪しい) よりももっと小型のタカ/ハヤブサ類を指していたのかもしれない。興味をお持ちの方の語源究明に期待したい]。
[属名の変更に伴った新名]
(ヨーロッパ)ハチクマ (同種時代) に Linnaeus 時代の Falco 属から Pernis 属への移動に伴って Pernis communis Lesson, 1831 (普通のハチクマの意味) の新名が付けられた (#ノスリの備考参照)。
参考。Hartert (1910-1922) p. 1181 も参照。
他にも Pernis larvivorus Hogg, 1845 (参考) も同様に属移動に伴う改名でハチより幼虫を食べるため。
Pernis mellivora Morris, 1837 (参考) は英語の "Honey Pern" から付けた改名の学名。一般名の "pern" は属名 Pernis 由来なので早い時期から属名由来の英名が使われていたことがわかる。
Pernis 属以外の属にも移動された名称があって Aquila variabilis Koch, 1816 (参考)。なんと "変化する? ワシ" 扱い (#クロジの備考参照)。
Accipiter lacertarius Pallas, 1811 は [ハチクマの学名は正しくないかも?] で紹介。
これらは(ヨーロッパ)ハチクマに対するもので、熱帯のハチクマは最初から Buteo 属で命名されたものもあった (ハチクマの学名は正しくないかも?])。
[ハチクマ類の系統分類]
ハチクマには日本産の他のタカ類に系統的な類縁種がないため、ハチクマ亜科の全種を#ミサゴの備考のように示しておく。Catanach et al. (2024) の分子系統分類による。
全種は調べられていないので、Catanach et al. (2024) に含まれていない種は属内で IOC 順に並べてある。系統が少し離れるところに空行を入れてある。
この項目で種または属名の和名の後に * が付いているものは従来の少数遺伝子によるもので付いていないものよりは精度が低く (従来の系統解析と同じ)、今後の精度の高い全ゲノム解析で多少前後するかも知れない。
新分類では従来含まれていた Macheiramphus (コウモリダカ属) がハチクマ亜科から外れ、むしろイヌワシ亜科 Aquilinae の後のオウギワシを含む系統に属する。
コウモリダカはアフリカとアジア赤道部に隔離分布しており、Aviceda (カッコウハヤブサ) 属の分布に似ているためハチクマ亜科に近縁と考えられたのかも知れない。
ハチクマ亜科に先行する (カタグロトビ亜科が科となればタカ科の先頭になる) ヒゲワシ亜科 Gypaetinae にはこれまで [Catanach et al. (2024) の系統順による]
チュウヒダカ [高野 (1973) ではアフリカチュウヒダカ] Polyboroides typus African Harrier-Hawk
マダガスカルチュウヒダカ Polyboroides radiatus Madagascar Harrier-Hawk
ヤシハゲワシ* Gypohierax angolensis Palm-nut Vulture
エジプトハゲワシ* Neophron percnopterus Egyptian Vulture
ヒゲワシ* Gypaetus barbatus Bearded Vulture
の4属5種が含まれていたが、Catanach et al. (2024) の研究によれば Polyboroides属のチュウヒダカ [高野 (1973) ではアフリカチュウヒダカ]、マダガスカルチュウヒダカを含むと単系統にならない。
Polyboroides 属を別亜科として分離するか、これら5種も含めてハチクマ亜科とするかのどちらかになるだろう。
wikipedia 日本語版 (2023 に参照。分類は IOC 2.6 準拠?) の「タカ科 属と種」によればチュウヒダカ亜科 Polyboroidinae、ヒゲワシ亜科 Gypaetinae の名前はすでに存在するのでこれが踏襲されるかも知れない (なおハイイロトビ亜科 Elaninae の名前を与えている)。
ただしチュウヒダカ亜科 Polyboroidinae は形態・生態には類似するが縁の遠いセイタカノスリ類2種を含めた名前であった (Brown 1976)。現在では分離されており、1属のためにチュウヒダカ亜科の概念が妥当かどうかはわからない (そのためチュウヒダカ亜科の名称は以降括弧付きにする)。
高野 (1973) = Lloyd and Lloyd (1969) 時代ではこれらをまとめてチュウヒ類に含めていた。
これまでの取り扱いではハチクマ類とこれらも含めてヒゲワシ亜科 Gypaetinae とし、ハチクマ族 Pernini と ヒゲワシ族 Gypaetini と分ける名前もあった [Howard and Moore 4th (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) はこちらを採用だが用いている資料は古い]。
Catanach et al. (2024) でもこの部分はまだ今後の研究が必要とあるが現状ヒゲワシ亜科 Gypaetinae となった。
後々も出てくるがこれらの種類はどれも非常に個性のある猛禽類である。個性がありすぎて全体を1亜科にするのはむしろやりにくいかも知れない。また注目すべきは (従来からわかっていたが) 旧世界ハゲワシには異なる複数の系統がある。エジプトハゲワシには捕食性のタカ類の性質もあり、小動物を捕らえて食べる。
Polyboroides の学名は若干混乱しやすいので補足しておくと、容易に想像できるように Polyborus に -oides 似たの意味で、Polyborus
(ハヤブサ目ハヤブサ科の) カラカラ属の旧名であった < poluboros がつがつ食べる、貪欲な < polus 非常に -boros むさぼり食う (Gk)。複雑な経緯を経てカラカラ属の属名ではなくなっている (#ハヤブサの備考 [ハヤブサ目の系統分類] を参照)。
系統は違うがどちらも猛禽類の学名で雰囲気も似たところがあるので学名混同に注意。
これらはタカ類の中で最初に現れたもので (ハチクマが原始的なタカ類と言われることがあるのは同様の意味。その意味であればミサゴはもっと原始的となるが、機能的にはおそらくそのようには感じられないだろう。「原始的」はあくまで系統上の表現と考えるのがよさそうである)、
タカ類が現れた当初はいろいろな種が現れたのだろうが、後に現れたより高性能のタカ類が同じ生態学的地位を占めたために特殊な技能 (食性面ではスペシャリストが多い) を持つ種類が残ったものと考えるとわかりやすそうである。
さらに古く分岐した種類も入れて特徴をまとめておく:
・(コンドル科または目: スカベンジャー)
・ヘビクイワシ科: ヘビ食 [捕食性 (捕殺性) の猛禽類らしくなるのはここから。#ミサゴの備考参照]
・ミサゴ科: 魚食
・カタグロトビ類 (科?): 夜行性にも適応。フクロウ類類似の適応あり。
・チュウヒダカ類: "二重関節" で脚を反対にも曲げられ器用に食物を捕ることができる (#クロハゲワシの備考参照。文献も記載)。
・ヤシハゲワシ: ヤシの実を食べる最も果実食的な猛禽類 (#クロハゲワシの備考参照)。
・エジプトハゲワシ: 石で卵を割る行動で有名。バルカン半島でカメを食べる (#イヌワシの備考参照)。
・ヒゲワシ: 骨髄を主に食べる唯一の猛禽類。バルカン半島でカメを食べる (#イヌワシの備考参照)。
この視点を延長するとハチクマ類の強い点はハチの子食になるかも知れないが、ハチクマ類の前後の種類がそれほど特殊化していないこと、分岐時期も推定された系統樹で見るとタカ類のグループとの競争が生じる時期にはまだハチの子食に適応していなかったと考えられることから、ハチの子食は二次的なものでそれ自身が過去の他の猛禽類との競争に決定的に役立ったわけではない印象を受ける。
後の事例で示すようにハチクマ類の系統は知的な行動を可能にする別の意味で優れた点があったのではないかと感じている。オウム類やカラス類のような系統を生み出す性質がこの段階で備わっていたとすれば面白い (例えばタカ類とスズメ目の古い共通祖先段階で生み出されていた? #ミサゴの備考も参照)。
自分がハチクマにこだわっている一つの理由であるが、自身が生きているうちに解明されることはないかも知れない。一種の「予言」として聞いておいていただきたい。
Barrowclough et al. (2014) The Phylogenetic Relationships of the Endemic Genera of Australo-Papuan Hawks
によれば狭義のハチクマ亜科の中で
Hamirostra, Lophoictinia,
Henicopernis には RAG-1 遺伝子 (recombination-activating gene で DNA の切断を行い免疫細胞遺伝子再構成に関与する。
#インドガンの備考参照。RAG-1/2 は脊椎動物が獲得免疫を獲得する過程で最も重要なステップだったとの仮説がある) に他のタカ類に見られない3塩基の欠如があり、これらが同系統であることは間違いない。
1属にまとめてしまってもよく、その場合は先取権の原則から Hamirostra 属になるとのことである。
ハチクマ亜科 Perninae
マダガスカルヘビワシ属* Eutriorchis
マダガスカルヘビワシ [高野 (1973) ではマダガスカルオナガヘビワシ] Eutriorchis astur Madagascar Serpent Eagle
カギハシトビ属 Chondrohierax
カギハシトビ Chondrohierax uncinatus Hook-billed Kite
キューバカギハシトビ Chondrohierax wilsonii Cuban Kite
ハイガシラトビ属 Leptodon
ハイガシラトビ Leptodon cayanensis Grey-headed Kite
シロエリトビ Leptodon forbesi White-collared Kite
カッコウハヤブサ属 Aviceda
アフリカカッコウハヤブサ Aviceda cuculoides African Cuckoo-Hawk
マダガスカルカッコウハヤブサ Aviceda madagascariensis Madagascar Cuckoo-Hawk
チャイロカッコウハヤブサ [高野 (1973) ではジェルダンカッコウハヤブサ] Aviceda jerdoni Jerdon's Baza
カンムリカッコウハヤブサ Aviceda subcristata Pacific Baza
クロカッコウハヤブサ Aviceda leuphotes Black Baza
ハチクマ属 Pernis
ヨーロッパハチクマ Pernis apivorus European Honey Buzzard
ハチクマ Pernis ptilorhynchus Crested Honey Buzzard
ヨコジマハチクマ Pernis celebensis Barred Honey Buzzard
フィリピンハチクマ Pernis steerei Philippine Honey Buzzard
ツバメトビ属 Elanoides
ツバメトビ [高野 (1973) ではツバメハイイロトビ] Elanoides forficatus Swallow-tailed Kite
クロムネトビ属* Hamirostra
クロムネトビ Hamirostra melanosternon Black-breasted Buzzard
シラガトビ属* Lophoictinia
シラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] Lophoictinia isura Square-tailed Kite
オナガハチクマ属 Henicopernis
クロハチクマ [高野 (1973) の別名はガーニイオナガハチクマ] Henicopernis infuscatus Black Honey Buzzard
オナガハチクマ Henicopernis longicauda Long-tailed Honey Buzzard
[ハチクマ亜科の他種]
マダガスカルヘビワシは非常に変わった種類で、保全上もよく取り上げられるので別項目とする。
過去の目撃情報のみから、"50 年記録がない" IUCN の絶滅条件を一時的に満たした。
GenBank でも3遺伝子 [Catanach et al. (2024) の "legacy markers"] しか情報がなく (2025.2 時点)、BLAST を行ってみるといずれの遺伝子も他の種類からも遠く、早い時期に分岐した種類らしいことがわかる。Catanach et al. (2024) の結論通り "ヘビワシ" 類に含まれる遺伝的証拠はないことが確認できた。
今後全ゲノム解析などで系統上の位置がさらにはっきりすることを期待したい。
カギハシトビはカタツムリ類を主に食べていて嘴の形はそのための適応。
同じ習性を持ちかつては近縁と考えられたカタツムリトビ Rostrhamus sociabilis Snail Kite はそのものずばりの名前だが、現代的な研究では系統は全く違ってこちらはノスリの系統に近い。これは収斂進化と言ってよいだろう。
Temminck (1824) 参考 に Falco uncinatus フランス語名 Cymindis bec on croc (嘴の先端が曲がっている Cymindis) があり uncinatus は uncus, unci (鈎) -atus (持つ)。
原記載は先に出版された 1822 年の図版 (1, 2, 3) となっている。
本文。
解剖学をご存じの方ならば肋骨の鉤状突起 uncinate process (ちなみにこの構造はヒトにはないため人体解剖学では出てこないが同じ名称の解剖学用語は膵臓など他にもある) で目にかかられているだろう単語。フランス語名、英名ともに対応している。
同じ文献に Falco unicinctus Temminck, 1824 が出てきてこちらはモモアカノスリ (ハリスホーク)。ものすごく紛らわしく自分も最初は混同していたのでご注意を。
モモアカノスリ (ハリスホーク) の unicinctus は尾の基部の太い白い帯を指したものだが、この説明はカギハシトビのオス成鳥にもそのまま当てはまってしまうので誤解していても気づきにくい。
何か不審な点が残ったらよく調べてみるべき好例となった。
ヨーロッパのハチクマと似た点があることはかなり注目されているが目先に羽毛がない点など異なる部分もある。
趾の間に膜の痕跡がある (なるほど)。嘴の嘴縁 (突起) の形はヨーロッパハチクマとそっくりで他の種ではハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus 英名 Double-toothed Kite、モモアカトビ Harpagus diodon 英名 Rufous-thighed Kite の嘴縁突起の例があるとして比較している。
それぞれ違いがあるのでいくつかの属に分けたいが、そこまでの資料が得られていないので Falco 属にまとめていた。しかし自身の分類も反映してフランス語名では扱いを変えていた。
Le bec de cette espece est large et comprime ... la pointe fortement recourbee en Croc et tres-longue とあって嘴先端の鈎が長く目立つ点はこれらの種類と異なってフランス語名の由来となっているよう。
飛翔時の模様はオオタカやクマタカ類を思わせる点もあり、ハチクマで議論されるような擬態も提案されている [Sazima (2010) Five instances of bird mimicry suggested for Neotropical birds: A brief reappraisal]。
嘴に注目すればハチクマの仲間にも見えるが他の点は違っていて分類学者を悩ませた次第。
キューバカギハシトビはカギハシトビの亜種と考えられていたが、種相当の違いがあることがわかり別種となったもの。カタツムリ類に依存しているが生息地が非常に限定されており、1960 年代以降 10 例未満の目撃例しかなく絶滅の恐れの最も高い猛禽類 (IUCN CR 種) とされる。
Kirwan and Kirkconnell (2023) Cymindis wilsonii Cassin, 1847 (= Cuban Kite Chondrohierax wilsonii): Original Description, Types, Collector, and Type Locality
および wikipedia 英語版より。2010 年が最後の目撃で迫害も受けていて簡単に撃たれてしまうとのこと。
北米の委員会 NACC は 2024 年に独立種と判定。Johnson et al. (2024)
Comments on the species limits of certain North American birds, part 1
北米の他の種の境界変更も含め、明らかに Avilist/WGAC の世界的なリスト統一化に呼応する動きであるとのこと (参考 NACC, North American birds。今後も引き続き同様の提案が出されることを期待しているとのこと)。
ハイガシラトビは南北アメリカ大陸の普通種でそれほどの特殊化はないようである。シロエリトビはかつてはハイガシラトビの1型と考えられていたが独立種になったもの。こちらは生息地も限定されて生態もほとんどわかっていない。
この2種の恐竜を思わせるような名前の属名 Leptodon は leptos よい、ほっそりした odon, odontos 歯 (Gk) 上嘴にハヤブサ類にあるような「歯」(嘴縁突起 tomial tooth) が1つあるため。
ハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus 英名 Double-toothed Kite、モモアカトビ Harpagus diodon 英名 Rufous-thighed Kite も嘴縁突起が2つあり、
Harpagus 属の種小名、英名や和名の一部はいずれもそれに由来している。
項目が大きくなったので [タカ類の嘴縁突起] を独立させた。
なお学名に関しては Leptodon cayanensis の種小名は cayannensis が正しいか議論となっていたとのこと。本来は地名 Cayenne (フランス領ギアナのカイエンヌ) 由来なので -nn- となるのが自然で Gmelin (1788) は -nn- を用いていた。
この種ではないが Linnaeus の記載 (鳥では IOC 14.2 で3種ある) では一貫して -n- の方が使われており、Latham (1790) は -n- の綴りを用いたとのこと。複数の名称を同じ方法で変更しているので単なる綴りの誤りではなく意図的な訂正とみなすことができるとのこと。
記載時の学名で記すと Falco cayanensis Latham, 1790 (修正された学名) と Falco cayennensis Gmelin, 1788 の2種類の学名が存在する状態で 20 世紀初頭には後者が広く用いられていたとのこと。
Falco cayennensis の名称はミサゴの変種の記載に使われた cayennensis (記載) があってその後 preoccupied と判定され、前者の名称が使われるようになった (現在も使われている) が実際には preoccupied ではなかった。
現在は通常 Latham (1790) が記載者とされているが、ICZN 規則を当てはめると Gmelin が記載者でこちらの学名を使うべきと議論されている (https://www.birdforum.net/threads/accipitridae.183825/page-7)。
よく似た綴りを同じものとみなすか、違った綴りを改名として有効とするかなどの各種問題が絡み合っていた模様。
カッコウハヤブサ類はこの中で比較的馴染みのあるグループであろう。東南アジアにタカの渡り観察に行かれる方ならば普通に見られる。
Mindell et al. (2018) では Aviceda 属が多系統となる結果に問題があったが、Catanach et al. (2024) による解析で解消された。
カンムリカッコウハヤブサの繁殖生態の研究があり、ハチクマとの比較も興味深いので別項目とした。
カッコウハヤブサ類には特有の臭気があると書かれていたが出典が不明だった。クロカッコウハヤブサの wikipedia 英語版に見つけた。Birds are said to have a disagreeable odour which has been described as "bug-like" (甲虫のようと言われる不快な臭気がある)。
A revised list of the birds of Tenasserim (Hume and Davison 1878 - ここまで遡らないと記述がないのか...) によればこの鳥は非常に特異で不快な臭気があり、カエルのような、あるいは甲虫のようと例えたらよいだろうか。皮をある程度空中に晒さないと消え去らないという W. Davison の経験を紹介している。
気にしているのは臭気があるともないとも言われるハチクマとの関係で、ハチが嫌う臭気があるかとの関係で [死体をおとりに使うか?] [ハチの幼虫を主食とする猛禽類・ハチの巣の蜜蝋を食べる鳥] のところでも取り上げている。
食べたものがそのまま体臭になるわけではないだろうが (昆虫食の種類は他にもたくさんあるし)、ロシアの (ヨーロッパ) ハチクマ飼育者フォーラムでは比較的知られているようで、それを指せばわかるらしい。「臭くないか」などのやりとりがなされていた。
断片的情報であるがエキゾチックな臭気があるとのことで、ある人は甲虫のようと表現していたのであるいはカッコウハヤブサ類と共通性があるかも知れない。もっとも飼育者によってはまったく気にならない人もあるようでにおいは特にないと答えている人もあった (これほどたくさんの動物を飼っているのに臭わないと来訪者が驚くぐらいとの表現があった)。
もちろん糞を始末せずに放っておくと大変なことになるが...、とかの記述はあった。
これらを一部抜粋して [(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] の ロシアの飼育フォーラムから: Ingrid に紹介した。
甲虫だとカブトムシ飼育者 (採集者) では匂いはよく知られているが、排泄物とエサなどの腐敗臭が原因とあるのでちょっと違うかも知れない (カブトムシの匂いでもある・ないの議論が盛り上がるようなので感度の個人差、慣れなどもあるのかも)。
ロシアのハチクマ野生個体の保護経験のある人に聞いてみたが特に該当する回答もなく、気にしないとわからないレベルなのかも知れない。ロシアのアパートでは寒冷対策に気密性を高めてあって、部屋で飼っていていつも近くにいると気になる人もあるということだろうか。保護個体の放鳥時に嗅いでいる人のビデオは見たことがあるので、あるいは何か気づかれている方もあるのかも。
系統進化を見ればハチが嫌う臭気の進化にも関係するかと思って調べたのだが、今のところ手がかりはつかめていない。
この程度の臭気だとそれほど役に立たないかも、と思ったのだがテントウムシ (ladybug) などの臭気 (化学防御) にピラジン誘導体 (pyrazines) が含まれているとの記述を見つけ、
調べてみると Silva-Junior et al. (2018) Pyrazines from bacteria and ants: convergent chemistry within an ecological niche
アリなどで広く使われるフェロモンとのこと。虫自身が合成するわけではなく共生細菌が合成するとのこと。アミノ酸のスレオニンから合成される経路も見つかった: Motoyama et al. (2021) Chemoenzymatic synthesis of 3-ethyl-2,5-dimethylpyrazine by L-threonine 3-dehydrogenase and 2-amino-3-ketobutyrate CoA ligase/L-threonine aldolase。
広域スペクトル (もし関係するならこれが大事だろう) の昆虫で使われるとのことで、ピラジン誘導体は幅広い生物で警告化学シグナルとして使われているらしい [Woolfson and Rothschild (1990) Speculating about pyrazines]。
Osada et al. (2015) The scent of wolves: pyrazine analogs induce avoidance and vigilance behaviors in prey ではオオカミの尿にピラジン誘導体や類縁物質が含まれており、化学物質に対してシカなどが警戒反応などを示すとのこと。この論文では肉食動物が食物からピラジン誘導体を合成できる可能性も提唱していた。
Romero-Diaz et al. (2020) Structural Identification, Synthesis and Biological Activity of Two Volatile Cyclic Dipeptides in a Terrestrial Vertebrate。マウスやツパイがフェロモンとして利用しているとのこと。
ピラジン誘導体は鳥も警告化学シグナルとして感受する報告もある [Guilford et al. (1987)
The biological roles of pyrazines: evidence for a warning odour function]。
鳥避けにも関係してハゴロモガラスで調べられたりしている。
ガが用いるアリやクモなどの捕食者よけ: Burdfield-Steel et al. (2020) Testing the effectiveness of pyrazine defences against spiders。
このぐらいならばハチクマでも可能かも知れない。
ハチクマやカッコウハヤブサが使っているかどうかはわからないが、Cherniienko et al. (2020) Antimicrobial and Odour Qualities of Alkylpyrazines Occurring in Chocolate and Cocoa Products
によればピラジン誘導体は抗菌・抗真菌作用もあるとのこと。虫ではもともとは非特異的な抗菌・抗真菌作用から始まって捕食者対策やフェロモンに用いるようになったのかも? 生物活性が高いので哺乳類も用いている? 比較的最近注目を浴びるようになったようなのでハチクマでは過去考慮されていなかったかも知れない。今後の進展に期待したい。
このような窒素の入ったヘテロ芳香族ならば分光で非破壊で羽から検出できるかも?
アフリカカッコウハヤブサの幼鳥はアフリカオオタカ Accipiter tachiro (新分類で Aerospiza tachiro) 英名 African Goshawk に似ている (擬態か?) との指摘がある (コンサイス鳥名事典)。
Bildstein (2017) "Raptors" にはクロカッコウハヤブサがより弱い鳥であるカッコウに擬態することで捕食を容易にする説が紹介されているが本当か? (南米のオビオノスリは弱い鳥である新世界ハゲワシに擬態している説がある: #ノスリの備考参照)。
カンムリカッコウハヤブサに第 III 趾と第 IV 趾の間の膜が欠如して趾をミサゴのように後ろに回せる能力があるとのこと [Tsang (2012): #カタグロトビの備考参照]。
ツバメトビがスズメ目を巣ごと持ち去って捕食した例が知られている: Coulson (2001)
Swallow-tailed Kites Carry Passerine Nests Containing Nestlings to Their Own Nests
個々のひなを捕食して運ぶよりも時間も手間も節約できるとのこと。2つの繁殖コロニーで 14 個体以上で見られた行動とのこと。翼面荷重が小さく、低くゆっくりした飛行で樹冠や茂みの中の獲物を探すとのこと。
食べた後の巣は通常捨てるが自身の巣に残されることもある。
系統的に近いハチクマに似てハチの幼虫も食べるが、記述を見ると樹上性のハチの巣を枝を折って捕食するよう。枝を折るため足は強力とある。
Swallow-tailed Kite (Linda Fell 2024.7.20), Swallow-tailed Kite 飛びながら水面で水飲みらしい画像。
Swallow-tailed Kite (Mark Gorday 2024.6.8) ハチの巣を運ぶ。
Swallow-tailed Kite (Bob Sicolo 2024.5.29) 鳥のひなを相棒に渡す。
ツバメトビの写真を見ていると翼面荷重が小さいので尾羽の揚力があまり必要なく、この尾羽の形状で十分だったのだろうかと考えてしまった。
クロムネトビは道具使用が特徴に挙げられる ([ハチクマ類の道具使用] 参照)。
シラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] の Lophoictinia は lophos 冠 (Gk) + Ictinia Vieillot, 1816 ムシクイトビ [高野 (1973) ではナマリイロトビ] に与えた属名 (現在も使われる)。iktin はギリシャ語でトビで -ia を付けて属名語尾としたもの。
種小名の isura の方が難関だが、同種を指すもう一つの形があって isiurus (Milvus 属の時代)。これは isos 等しい (英語でも接頭語によく使われる iso- の語源) -ouros 尾 (Gk) と解釈される (以上 The Key to Scientific Names の情報から)。
トビ類、特にヨーロッパで通常見られるトビやアカトビは凹尾だが、その仲間 (ではなかったことが分子系統解析で判明した) でありながら角尾であることから "等しい尾" の種小名となったと考えられる。
この角尾の特徴が英名の Square-tailed Kite の由来と考えられる。実際の種小名ではさらに短縮された形となっているが、Isurus 属が魚に存在して (和名アオザメ、バケアオザメ) 同じ意味の解釈がなされている。
isura の読みは上記語源から "イスーラ" と考えられる。
シラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] の和名の命名者は学名や英名の由来などはあまり考慮しなかったと思われ色彩から独自の名前を付けている。オーストラリアにはクロムネトビ (この名称は英名や学名に対応する) がいるので、それに対する名称としてアカムネトビが与えられたのかも。
対応する他言語の名称は見つけられなかったのでおそらく学名由来ではないのだろう。
写真を見る限りでは "シラガトビ" の名称の方が少しふさわしいかも。ロシア名も独自で "前髪のあるトビ" となっていて着眼点はシラガトビに近いかも。
"トビ" と名付けられたのは尾や翼の形にも関係あるだろうが、風切羽にタカ班が見えるなどいわゆる "トビ類" とは印象が異なる部分がある。ハチクマに少し近い種類と思って見ると類似性が多少見えて面白いかも。高野 (1973) = Lloyd and Llyod (1969) によればチュウヒのように低く飛んで獲物を捉えるとのこと。
オナガハチクマ属に使われる Henicopernis は henikos 特異な (Gk) に由来。前述のようにこの属はクロムネトビ属 Hamirostra に吸収されてなくなる可能性もある。
こちらの由来は hamus 鉤 rostrum 嘴。
クロムネトビは嘴が長くろう膜部分が特に長く嘴の半分を覆うことが特徴とのこと。意外にもオナガイヌワシと結構混同されて掲載されていることがある。
ハチクマ系統の "トビ" と呼ばれる種類とカタグロトビ類を Brown (1976) では aberrant kites とも称している (primitive kites とも呼んでいる。古い分類時代なので多少注意が必要だが)。aberrant は辞書的には「異常な」「異常型の」などの意味がある。"通常の経路から逸れる"、"所属するグループとやや異なる"という意味。これは、ラテン語の aberrans から派生 (etymology online)。
医学用語でも不整脈の原因となる心臓内の変行伝導 aberrant conduction、本来以外の場所にある (異所性) 甲状腺組織 aberrant (or ectopic) thyroid のように使われる。使用例を知った上で aberrant kites を見るとわかりやすい表現に感じる (もちろん他の分類群でも使われる用語)。
英語の kite とギリシャ語 iktinos は以前はトビ/アカトビのみを指す用語であったが、フランスの鳥類学者は milan をカタグロトビ類も含む名前として用いたなど言語による概念の違いも多少ある。「真正トビ類」(true Milvus) のような表現も使われた (Elaninae の wikipedia 英語版から)。
Brown (1976) によればオーストラリアにはノスリ類が分布しないので (aberrant を含む) "kites" がノスリ類の地位を占めているとのこと。
なお、オーストラリアの化石種ではあるがカタグロトビ類 (科?) とタカ科の間に位置する、(カタグロトビ類が科として分離されれば) タカ科の中で最も古い (2400-2600 万年前) 系統が見つかっている:
Mather et al. (2022) An exceptional partial skeleton of a new basal raptor (Aves: Accipitridae) from the late Oligocene Namba formation, South Australia。
この著者たちは Archaehieraxinae 亜科を創設し、Archaehierax sylvestris Archaehierax (arkhaios 古い hierax タカ Gk) sylvestris (森林に関係する < silva 森林) の学名を与えている。
当時のオーストラリアは現在よりずっと湿潤で森林に覆われていたとのこと。
大きさはオーストラリアの現世種クロムネトビとオナガイヌワシとの中間だがオナガイヌワシよりずっと華奢な造りになっているとのこと。クマタカ類のように森林に適応した翼を持ち、現代の森林性猛禽類ほどは強力でないもののクマタカ類に近い生態を持つ種類がこの段階ですでに現れていて小型の哺乳類 (例えばコアラ) や鳥類を捕食していた可能性が考えられるとのこと。
ハチクマの祖先系統に対して選択圧を与えた可能性があるかも知れないなあ、とぼそっとつぶやいておく (笑)。
参考までにハチクマの好きそうなハチ類はいつごろかいたのかも調べておいた。Tang and Vogler (2017) Evolution: Taking the Sting out of Wasp Phylogenetics
によれば1億年前には主な系統は出揃っていた模様。
Harrison et al. (2018) Hemimetabolous genomes reveal molecular basis of termite eusociality
の研究でも社会性シロアリ類は 1.5 億年前に誕生、我々が普通にみかけるハチやアリは 5000 万年前に出現とのことでハチクマの進化の方が後になる。
当たり前のような感じもするが、イヌワシ属 Aquila (あるいはその中の系統 ソウゲンワシ属 Psammoaetus と分けることもある) のようなワシでもシロアリは好むので、タカ類の祖先系統でもよい食物だったかも知れない (もっとも系統分岐時期しかわからないので食物として多量にあったかまでは不明)。
チンパンジーもシロアリを食べるしヒトでも好んで食べるフィールド研究があった (URL は失念)。タカ類の祖先系統にも都合のよい食物がすでに存在していたことになる。
Hellemans et al. (2025) Termites became the dominant decomposers of the tropics after two diversification pulses (preprint) によれば 1.32 億年前に誕生とされるが多様化が進んでシロアリ類が熱帯の主な分解者となったのは始新世/漸新世境界 (Eocene-Oligocene transition 3390-3340 万年前) の寒冷化に伴うものらしいとのこと。
この時期はタカ類の適応放散の時期と一致し (適応放散の理由も同じように解釈されている)、社会性シロアリ類の進化はタカ類の適応放散とほぼ並行して起きていたらしい。
[ハチ類の行動とタカ類などの共進化]
Detoni et al. (2021) Evolutionary and Ecological Pressures Shaping Social Wasps Collective Defenses
にハチ類の行動 (攻撃防御など) の進化と捕食者の関係が議論されている。ハチ類が最初に進化したころには単独行動で刺す行動は獲物を麻痺させるために進化したと考えられる。真社会性ハチ類は捕食者が現れる前にすでに進化していたが、次第に強力な相手が現れて防衛能力を高める (軍拡競争)、あるいはあきらめる行動も進化したのではなど議論が行われている。
あきらめる行動は温帯の Vespula 属や Dolichovespula 属のコロニーではほとんど見られないが、これは繁殖可能な季節の幅が狭く、あきらめて別の場所にコロニーを作る行動が進化しにくいためと考えられているとのこと。
アリの毒に対して小型捕食者のツノトカゲ属のトカゲ Horned lizards (Phrynosoma 属) は対毒性を獲得してその毒を代謝して自身の毒として用いる (一部の種は目から毒を噴射する) 特異な経路を獲得したが [参考: Sherbrooke and Kimball (2024) Antipredator Blood-Squirting Defense in Horned Lizards (Phrynosoma): Chemical Isolation of Plasma Component(s), Pogonomyrmex Ant Dietary Origin, and Evolution]、
これはまれな事例で他にはほとんど知られていない。アリやハチ類の集団攻撃に対して捕食者側が抵抗力を得る軍拡競争においては小型捕食者側にはあまり勝ち目がないので、おそらく毒への抵抗性はあまり進化しないと考えているように読める。哺乳類や鳥類のような後に現れた大型捕食者は強力で体も大きく、哺乳類捕食者は複数回刺されても抵抗力がある観察事例があるとのこと。おそらく特別な毒抵抗性を持っていないと考えているのでは。
fig. 5 の時系列も面白く、ハチの子の栄養価の高さに気づいたタカ類 (ハチクマ以外にすでに消滅した系統もあるだろう) やスズメ目とともに集団防衛行動 (あるいはあきらめる行動) が共進化した可能性がある。Vespa 属は 2700 万年前と新しく、タカ類の放散時期とかなりよく合っている気がする。
Pernis と Henicopernis 属が分岐したのはほぼこの年代ぐらい。
Catanach et al. (2024) の分子系統樹を見ながら読んでいただきたいが、それ以前のタカ類の系統にあまりハチの子食が目立つものがないので、このあたりから栄養価に着目したタカ類による捕食圧が次第に高まってきたのだろうか。反撃が進化するとともにタカ類も襲う戦略や羽毛の機能などが次第に高性能化したのかも。
それ以前のタカ類の系統で散発的にもハチの子食が現れないのは、ハチの子食のために何かの機能 (生理的なもの、中枢神経の機能など要因はいろいろ考えられる) が必要で、Pernis 系統で初めてその線を超えることができたなどの理由を想像することができる。
系統がかなり異なる Henicopernis 属がハチの子も食するのは、ハチの子食を可能にする機能が (ハチの子食以外の面でも?) 有利であったため失われることがなかったのかも知れないが、ハチの巣盤を嘴でくわえる (Pernis) か足で掴む (Henicopernis ではそのように言われている) か違いも多少あるようなので、あるいはある程度の共通基盤のもとにそれぞれ進化させた行動かも知れない。
オナガハチクマ類がいったいどのようにハチの巣を壊すのか観察した人はおそらくおらず、行動にどの程度の類似性があるのかおそらく不明。
もう少し系統樹を見ておくと、Pernis 属と Henicopernis 属の分岐は古いが、それぞれの属内 (または近縁属) との分岐は比較的新しい。
Pernis 属と Henicopernis 属の分岐はウォレス線 (Wallace's Line) の西と東に対応しており、分散能力の高いグループでも陸続きにならなかった障壁を乗り越えるのは難しく系統間の隔離が生じたと考えられる。
もっとも途中に位置するツバメトビ [高野 (1973) ではツバメハイイロトビ] Elanoides forficatus Swallow-tailed Kite はアメリカ大陸に分布しているので、ハチクマの後の系統でもほぼ陸続きの北回りで分布を広げているものがある。
ツバメトビでは樹上性のハチの巣を枝を折って捕食する情報がある ([ハチクマ亜科の他種]、[ハチの幼虫を主食とする猛禽類・ハチの巣の蜜蝋を食べる鳥])。共通祖先段階 (2800 万年前程度) でハチの子に目をつけて様式は異なるが捕食能力も獲得しつつあったと思われる。
Pernis 属に最も近い Aviceda 属 (Pernis 属の前の分岐で特にハチの子食の傾向はない) のアフリカとアジア・オセアニアの2系統の分岐は 1800 万年前とだいぶ古く、もし Pernis 属が同じような進化を遂げていて同様に中東地域の乾燥化で隔離されたものであれば同じような分岐年代となってもおかしくないような気もする。
実際はハチクマとヨーロッパハチクマの分岐年代は 1000 万年前ぐらいと新しいのでハチの子食に特化したのは Aviceda 属の東西分岐より後の時代のように見える。
Vespa 属の初期進化に影響を与えた系統があったとすれば現代のハチクマとは少し異なる類縁系統で、現代のハチクマの方が高性能だったため競争排除されて残存していないのかもなどの解釈を考えたくなる。
1800-1000 万年前程度の時期には Circaetus, Spilornis, Nisaetus, Tachyspiza (主に南方系で競争の生じそうな属を取り上げた) などタカ類の主要属はほぼ揃っており、これら猛禽類との競争の結果ハチクマがハチの子食により特化して行ったのかも知れない。
とは言えオオタカもノスリもこの地域に分布しないのでハチクマの生息を決定的に制限するほど強力な系統があまりない。ヘビ食ならばスペシャリストの方が上かも知れない程度の問題。
現在もハチクマ類と同じようなところに分布している Nisaetus 属はよい競争者だったかも。それぞれ違う食物を中心とすることで共存している感じで、ハチクマ類を排除することは過去にもなかったのでは。
もう少し後の時代の種分化を考えてよいならば、ハチクマの祖先系統にあたるものが一度適応放散し、後に生じたハチクマが優勢だったために吸収されてしまった可能性も考えられる気がする。これはセグロセキレイとハクセキレイの関係 #セグロセキレイ備考の [近縁種との関係] をもとに考察したものだが、ハチクマに多様な色彩型があるのは祖先系統を吸収してしまった結果と考えればハクセキレイの亜種の豊富さ同様に統一的に解釈できるかも知れない。
[ハチクマ色彩の遺伝的背景] の Ono et al. (2024) で MC1R のハプロタイプが他種との交雑でもたらされた可能性に対応するかも知れない。
小野 (2020, 2023) の mtDNA とも2起源?、「ハチクマという種がごく最近二つ以上の遺伝子プールの雑種形成から生じたことを示唆していると考えられる」に対応するかも知れない。
この解釈が成り立つためにはハチクマの祖先系統と交雑可能な程度の分岐年代の必要がある。あまり古すぎては交雑が難しく、おそらく 1000 万年前程度はよさそうな数字ではないだろうか。ヨーロッパハチクマにも morph が存在することから共通起源段階ですでに祖先系統と交雑して吸収していたかしつつあったのではないだろうか。
これらの数字から推定すると 1800-1000 万年前ぐらいの段階でハチクマの祖先系統がたとえばアジア熱帯や亜熱帯で適応放散し、その中で特に機能の高かった後発のハチクマが残ったのではないだろうか。移動能力が大きいのでアジア程度の広さでは種分化するほどの隔離は起きず、遺伝的には混ざっているものの個体間の遺伝的距離は大きいと解釈できる。いかがだろうか。
さらに想像を膨らませるとハチクマ類はもともとは真面目な (?) タカをやっていたが、2700?-1800 万年前ぐらいには南方系で競争の生じそうなタカ類の主要属はほぼ揃ってくるようになり、うまくハチの子食を見出すことができて真社会性ハチ類の Vespa 属に圧力を加えつつ共進化することで他のタカ類と競争を避けることができてハチの子食に主な食性をシフトさせたのかも知れない。
フィリピンのハチクマ ([フィリピンのハチクマの不思議]) に遺存的要素はないのか気になる要素が増える。系統解析を行った Gamauf はフィリピンのハチクマに色彩多様性がないのは少数の創始個体群の特徴が残った創始者効果と考えていたようだが、何と言ってもミトコンドリアの短い断片のみなので過去の交雑を想定するならば核ゲノムではどの程度違うのか知りたいところである。
独自にある程度のハチ攻撃への適応を進化させたミツオシエ科 (アフリカやアジアのキツツキ目) があり、図鑑などの配列ではキツツキ目の方が後の方に並ぶので新しいように見えるが年代関係を確認しておいた。Dufort (2016) An augmented supermatrix phylogeny of the avian family Picidae reveals uncertainty deep in the family tree がキツツキ目の系統解析、
生物地理学を合わせた分岐年代解析では Claramunt and Cracraft (2015) A new time tree reveals Earth history's imprint on the evolution of modern birds
が現状信頼されている模様で (Supplementary Material の 1501005_sm.pdf をダウンロードしておくとよい)、ミツオシエ科は 3600 万年前ぐらいの分岐が想定される。予想通り? タカ類の方が全体的に新しい。
なおインドミツオシエ (キゴシミツオシエ) Indicator xanthonotus Yellow-rumped Honeyguide では人の手を借りずに Apis laboriosa Himalayan giant honey bee の蜜蝋を食べ、ハチにあまり妨害されないとのこと。
オオスズメバチ Vespa mandarinia の Apis laboriosa への攻撃を利用して蜜蝋を得たとの報告もあるとのこと。この場合はスズメバチを利用してハチの巣を襲わせていることになる (wikipedia 英語版より)。
インドミツオシエがハチにあまり妨害されない要因も調べてみると面白いかも。
ミツオシエ科の狙いは蜜蝋とハチの子で蜜は目的でないらしい。蜜はほとんど炭水化物なので栄養価が低く重視されていない点はハチクマの場合と同じ。
ハチ攻撃対応ではハチクマと多少の類似性がある。鳥類ではタカのような大型種出現まで真社会性ハチ類に決定的圧力をかけるまで至らなかったのかも。
ミツオシエ科はキツツキの系統で武器も持たず、体も小型で積極的な防御を行うほど強力なグループではなかったので、一部の種類では他の大型動物にハチの巣を壊させる方の進化が進んだのだろうか。オオスズメバチが主にタカ類と共進化の結果凶暴化したのであればインドミツオシエは間接的にタカの恩恵を受けているのも (ほんとうか?)。
インドミツオシエがハチクマを誘導してハチの巣を壊してもらえばよさそうにも見えるが、これは自身が食べられる恐れがあってこの行動は進化しなかったのかも (おとぎ話の中のような世界と思って読んでいただければ...)。
スズメバチに襲われる方の人間にとってはたまったものではないが、これも哺乳類やタカ類がよってたかって捕食した過去の痕跡が残っているのかも (?) と考えるとロマンも漂う。
「ハチ類の行動とタカ類などの共進化」と言えば何となくわかったような気になってしまうが、ハチの側の視点からも少し見ておこう。そもそも飛翔能力で昆虫は鳥類に勝ち目はなく、軍拡競争と言っても圧倒的にハチ側に限界がある。
タカ類のような能力の高い大型鳥類に目をつけられたところで進化の行方は決まったようなものではなかっただろうか。
その場合いたずらに攻撃能力を増すより適当な段階で退散する方が効率がよく、ハチクマもすべてのハチの巣を破壊するわけでもないので、やり直しを行うこの行動は進化できると思われる。大筋で Detoni et al. (2021) の議論をそのままたどっているだけだが。
ここでハチの側にとって大事なのは、攻撃すれば撃退できる相手とそうでない相手を早めに見分けて最適戦略をとることだろう。素手のヒトのように攻撃すれば撃退できる相手ならば攻撃フェロモンを出すなどそのまま攻撃するのがよい。一方でハチクマのように無理な相手は早い段階であきらめた方がよい (もちろんそのように考えて行動するようになったというより、そのようなプログラムを持った、あるいは持てる性質が自然選択で選抜された)。
撃退できる相手とそうでない相手を見分けるにはいくつか手がかりが考えられる。触覚でタカの羽毛のようなものに触れた場合、あるいは化学物質を検知してタカ類のようならば早めに退散した方が有利。このように考えると別にハチクマでなくても大型鳥類らしさが検出できればそれで十分のような気がする。種特異的な化学物質でなくても「タカ類のような臭気」(があるならば) を検出できる能力を少しでも持てば無駄な攻撃を避けることができてハチ類にとって有利かも知れない。
ハチクマが防御物質を出していると考えるよりも、ハチの側が見分け能力を進化させた程度かも知れない。
まだ羽毛の防御機能な未熟だった時期はもう少し原始的だったかも知れないが、この状況でタカの方が行うべき行動は最初の攻撃で退散するのではなく相手の攻撃力が弱ってくるまで待つことだったのだろう。
そのためには反射的に反応するだけでなく状況判断をして再挑戦する能力が必要で (このあたりは追い払われてもゴミ漁りを執拗に繰り返すカラスの行動に似ている。いずれ人間があきらめるのを知っている?)、そのための認知能力が必要だった (この解釈は賢さの進化の説明もできるかも?) と考えればハチクマの系統で一線を超えることができたのかも知れない。
ふと思い出したのが、[(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] の Ingrid の項目で「ハチクマの気性は頑強です」が何を意味しているのかよくわからなかったのだが、少々妨害されても行動をあきらめない性質を示しているのかも知れない。この点に思い至ったのは、モビングを積極的に行うスズメ目の種類の解説で猛禽類が諦める性質を利用しているとあったため。
簡単に諦めない性格がハチの子食となる以前からあったものかハチの子食と一緒に進化したものかどうかはわからないが、ハチにあきらめさせるのに役立っていることは間違いないだろう。
集団で空中の巣を襲うハチクマの映像を見るとある程度先読みができているのではないかとも感じる。
妨害されてもまた巣を造るハト (場所への執着) とはまた仕組みが違うだろう。
一度タカが優位に立てば後は相手が早々にあきらめる能力を進化させるのが得策で、いずれは現在のような関係が安定な状態になるのだろう。またハチクマの系統で初めて一線を超えて一定の身体的適応が進めば、同所的には後の系統で後追いで身につけても追い抜くことが難しく、ハチクマ以外の系統でハチの子食がそれほど進化しなかった理由になるかも知れない。
ただこの解釈では世界の他の場所でハチクマと対等の種類が進化しなかったことが十分に説明できない。アメリカ大陸ではハヤブサ目のアカノドカラカラが後発で身につけたと言えるがハチクマほど高性能にならなかった理由はあるのだろうか。
[ハチの幼虫を主食とする猛禽類・ハチの巣の蜜蝋を食べる鳥] に登場する中南米のヒメキヌバネドリ Trogon violaceus Guianan Trogon が熱帯産スズメバチの巣を横取りして成虫も幼虫も食べ自分の巣にするとのこと。こちらもある程度壊されればハチの側があきらめると解釈すると理解できる気がする。
キヌバネドリ目の属する Eucavitaves のクレードにミツオシエ類 (キツツキ目) が含まれることは偶然ではないかも知れない。ヒメキヌバネドリは食料目的より巣穴が欲しいもので、あるいはミツオシエ類ももともと巣穴を探すためにハチの巣を訪れるうちに食料として活用するようになったのかも知れない。
樹洞営巣性の鳥はハチの巣に出会う頻度が高かったのかも。
これらの系統にみなハチ毒耐性があるとちょっと考えにくいので (多少はあるかも知れないが)、鳥類捕食者に対してはハチの側が一方的にあきらめる行動を進化させたのかも。
ヒメキヌバネドリは (この種に限ったことではないが) 目先の裸出部はなくて羽毛に覆われており、ハチクマ同様そもそも刺せる部分が少ないだろう。
Eucavitaves のクレードはハチクマよりも早い時期に出現しているので、あきらめる行動はタカ類以前から始まっていて、タカ類にとっては最初から有利な条件で、食物として完全に目をつけてしまったハチクマ系統の出現でハチの行動も一層洗練されたのかも。
刺せる部分がほとんどなければある程度以上の大きさの鳥では原理的にはいずれもハチの巣を狙えたが、タカ類の基本形態は目先が露出しているので、どんなタカでもハチの巣を狙うわけには行かず、視界を遮らない目先の羽毛の進化など多少の形態適応の必要があったのだろう。
樹洞営巣性のフクロウ類でもハチの巣を狙えたかも知れないが、夜行性のためハチを追跡してハチの巣を探すのは無理だったかも知れない。
[タカ類の嘴縁突起] ([ハチクマ亜科の他種] より独立項目とした) ハイガシラトビは南北アメリカ大陸の普通種でそれほどの特殊化はないようである。シロエリトビはかつてはハイガシラトビの1型と考えられていたが独立種になったもの。こちらは生息地も限定されて生態もほとんどわかっていない。
この2種の恐竜を思わせるような名前の属名 Leptodon は leptos よい、ほっそりした odon, odontos 歯 (Gk) 上嘴にハヤブサ類にあるような「歯」(嘴縁突起 tomial tooth) が1つあるため。タカ類にも嘴縁突起を持つものがあり、ハヤブサ類やモズ類だけの特権ではない。
他にカッコウハヤブサ類
[英名でもハヤブサの名が付いているのは嘴の類似性のためか。Swainson (1836) にも嘴縁突起の記述があり、当時はタカもハヤブサも Falco 属だったが、足の形態は調べた限りのハヤブサ類とは似ていないと記されている]、
ハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus 英名 Double-toothed Kite、モモアカトビ Harpagus diodon 英名 Rufous-thighed Kite も嘴縁突起が2つあり、
Harpagus 属の種小名、英名や和名の一部はいずれもそれに由来している。
川口 (2021) Birder 35(12): 54-55 で嘴縁突起 (この記事では刻歯) がハヤブサ類とモズ類に見られるのは従来は収斂進化と考えられていたが、分子系統研究でハヤブサ類とスズメ目の関係が近いことがわかって系統の近さを反映している可能性も示唆されている。それではなぜスズメ目の他種では見られないのかを問題提起している。
タカ類にも嘴縁突起が見られることはタカ類とハヤブサ類の系統の近さを表すのだろうか。
それともやはり収斂進化なのだろうか。
川口氏によるとモズ類の刻歯は嘴の骨の構造ではなくケラチン質とのこと。昆虫程度であればこの強度で十分なのだろうとの考えが示されている。
トビ類に近いと考えられていたため Double-toothed Kite の名称が付いていたが、
Harpagus 属もハチクマ亜科とは系統的には遠く、現代の研究では Macheiramphus (コウモリダカ属) 同様にむしろイヌワシ亜科 Aquilinae の後のオウギワシを含む系統に属する。
これらの例を見ると嘴縁突起は少なくともタカ類においては必要に応じて比較的簡単に進化できるもののようである。
Jollie (1976, 1977) p. 101 (fig. 82) に図がある。Harpagus, Ictinia では骨の構造 (tomial groove and septal bar) もはっきりしている。Leptodon, Chondrohierax では浅め。
によればハヤブサ類の嘴縁突起は骨の構造に従って形成されるが、タカ類の嘴縁突起はハヤブサ類に匹敵するほどではないとある。
その後「アニマルライフ」(日本メール・オーダー 1974) p. 248 に嘴縁突起のはっきり見えるオオタカの写真が載っていることに気づいた (1974 年のこのシリーズはフランスで制作されたものの翻訳)。
ハヤブサ類と同じぐらい深い突起になっているが下顎には対応するへこみはない。顔写真のみで日本のオオタカと少し違う印象を受けるが、ヨーロッパのオオタカは見かけが少し違うのかも知れない。ハチクマと思われる種類をサメイロイヌワシと説明した ([ハチクマと他種猛禽類との識別] 参照) シリーズなので種同定に誤りがある可能性を否定できないが、嘴縁突起のあることで知られる他種猛禽類の顔には見えないので、オオタカにも嘴縁突起が生じることがある、ということだろうか。
気になって探してみれば Featured Feature: Tomial Teeth and Cranial Kinesis (Infinite Spider 2014) が見つかり、何だ、例がたくさんあるのだった。アシボソハイタカでもはっきり見える例が紹介され (上記写真のオオタカではさらにはっきりしている)、切れ込みは浅いがクーパーハイタカで2つある例が紹介されている。
この記事の解説文章には伝聞で情報鮮度がちょっと古いものも含まれてそうなので写真のみ見ていただけばよい。
A Red-tailed Hawk's beak... (The and the Peanut 2012) にアカオノスリの写真が紹介されている。下嘴に対応する凹みがない点が違うとのこと。
骨の構造かケラチン質か程度の違いはあるだろうが、嘴縁突起はハヤブサ類やモズ類の専売特許とは言えそうもない。
「ハヤブサと違ってタカには嘴縁突起はない」も誰かが言い出したと思われる事柄を疑ってみることもなく伝承されてきた、ワシの視力のような「伝説」に近い話だった。
多少気になるので関連して紹介しておくと Louryan et al. (2022) Evolution and development of parrot pseudoteeth
によれば発生途中のオウム類に見られる pseudoteeth には爬虫類や哺乳類の歯の発生で見られる遺伝子の発現が見られるとのこと。歯を取り戻しつつある、というよりは共通の制御パターンは歯を失っても保持されていると読めばよいだろうか。嘴縁突起の形態形成にも関わっているかも知れない。
[60 年ぶりに再発見されたマダガスカルヘビワシ (ハチクマ亜科)]
マダガスカルヘビワシの学名の一部に使われるように triorchis という名前がタカ類にしばしば現れる。語源的には treis, tria 3つ orkhis 精巣 (Gk) の意味で、精巣が3つあると考えられたようである。副腎を精巣と見間違えたのではないかとの解釈がある。
triorkhes はアリストテレス等の用いたタカの一種で、ヨーロッパノスリを指していたのではないかと考えられている。Triorchis をタカ (特にノスリ) の一種とみなし、接頭語を付けて作られた属名がいくつもある。日本産の種類には出てこないが知っておいてよい語源である (wikipedia 英語版より)。
個々の種の解説で3つの精巣の語源が示されていることがあるが、これはあくまで Triorchis の語源を説明しているもので、学名で使われる時点ではその意味はなくタカ (特にノスリ類似) の意味で使われるもの。個々の種が3つの精巣を持つと勘違いされたものではないので注意を要する。
マダガスカルヘビワシはアフリカの東方沖合のマダガスカル島の固有種であり、かつてはカンムリワシなどを含むヘビワシ類と考えられたためこの名前が付いた。
マダガスカル島は様々な分類群の固有種が豊富であることが有名で、鳥類では「アカオオハシモズの社会」(山岸哲 京都大学学術出版会 2002) の研究が有名。霊長類の固有種も豊富でアイアイ、多数のキツネザル類などで有名で多くの研究者が訪れている。WWF によると2009年3月に起きたクーデターとその後の政治的混乱などにより、森林の大部分が失われこれら固有種の生息を脅かしている。
マダガスカルヘビワシの種小名の astur はオオタカのこと。
1930 年代の標本 11 点があるのみで一度は絶滅したと考えられた。
1988 年 Sheldon and Duckworth (1990) が目撃。
1990 年死体が見つかる (Raxworthy and Colston 1992)。
1993-1998 年に複数回目撃されて生存が確認された [後に紹介する Thorstrom and de Roland (2000 より]。
研究者にとっても研究が非常に困難な種で、海外データベースにもごく限られた写真しかない。
論文: Sheldon and Duckworth (1990)
Rediscovery of the Madagascar Serpent-Eagle Eutriorchis astur 目視情報のみ。
Madagascar Serpent-Eagle Captured for First Time in 60 Years (The Peregrine Fund 1994) この種の写真はこの時に史上初めて撮影された。
Thorstrom et al. (1995) Repeated sightings and first capture of a live Madagascar Serpent-eagle Eutriorchis astur。
First Madagascar Serpent-Eagle Nest Discovered (The Peregrine Fund 1998) 初めての巣の発見。
Scientists Race to Uncover the Secrets of Madagascar’s Treasure-Filled Forests (Audubonの記事 2019)。
Sutton et al. (2022) Extensive protected area coverage and an updated global population estimate for the Endangered Madagascar Serpent-eagle identified from species-habitat associations using remote sensing data
により詳しい情報があり、プレイバック法で従来考えられていたよりは個体数が多いことがわかったが成鳥は250-999羽と見積もられている。
Thorstrom and de Roland (2000)
First nest description, breeding behaviour and distribution of the Madagascar Serpent‐Eagle Eutriorchis astur
が初めて発見された巣と繁殖生態を記述している論文で、名前にはヘビワシと付いているが食物の 80% はカメレオンやカエルとのこと。ヘビも少数食べている。獲物はすべて頭部を食いちぎってあったとのこと。
クラッチサイズは1だった。巣立ち後も餌運びが観察された。巣立ち後6週間で独立したとのこと。
この研究で目撃されたマダガスカルヘビワシはいずれも非常に臆病で、Sheldon and Duckworth (1990) にある比較的人を恐れない記述とは異なる。Thiollay (1998) はよく見ようと近づくとすぐ隠れてしまうと記述している。営巣期は特に顕著で巣に入る時も出る時も極めて目立たないように行動して巣の近くで声を出すことはほとんどない。
巣の周辺で騒々しいマダガスカルオオタカ Accipiter henstii Henst's Goshawk) と大きく違うが、マダガスカルオオタカのひなはマダガスカルチュウヒダカに捕食されることもある (後述)。
マダガスカルヘビワシが捕食者対策として巣の周辺で目立たないように行動している理由は理解できるが、それ以外の場面でなぜそこまで隠れようとするのか理由がわからないと書かれている
(プレイバックなども用いた現代の技術でもそれほど観察困難な種類を 1930 年代にどのように 11 個体も標本にできたのだろうと気になるところである)。
目につかない場所に巣を作ることと合わせて巣を見つけることが極めて困難である。
この巣を見つけるのに4年かかった。最初は通常の大型猛禽類のように外から見える巣を探していた。
オスも半分ぐらい抱卵を行う。この点は多くのタカ・ハヤブサ類と異なって、系統に関係しているかも知れない (当時はトビ類はこのグループに近縁と考えられていたのでその点では現代の知見と多少異なる)。
系統の近いカッコウハヤブサ類は同様とのこと (ご存じのようにハチクマも同様)。
抱卵中に緑の葉のついた枝を運んだのはオスのみで、メスはほとんどひなのいる時期のみに運んだとのこと。
巣造りは産卵してから行う部分が多く、これも捕食者対策であろうとのこと。
緑の葉のついた枝を運ぶ理由はいくつかの仮説があるが (Newton 1979)、湿度を保つ、巣を見つけやすくする、衛生のためなどの仮説はいずれも当てはまりそうにない。熱帯雨林では排泄物はすぐに雨で流れてしまう。著者は断熱効果を考えているようである (この研究では同様の言及はないが台湾のハチクマの中継では初期はひなの糞を親が食べていた。若葉は糞受けに役立っているように見えた)。
マダガスカルヘビワシの孵化から巣立ちまでの期間は同じ程度の大きさな他の猛禽類や、同所的に生息するマダガスカルオオタカ (42-48 日) より長く 62 日だった。
熱帯の猛禽類と同様の少数産卵、長い巣内期間、長寿命の戦略をとっていると考えられる。
ひなへの給餌はメスだけが行い、オスは後期に食物を落とすのみでひなには給餌しなかった。
足の構造は爬虫類食に適応した点が見られるが状況に応じてさまざまなものを食べているようである。
成鳥も若鳥も地上で獲物を探しているらしい行動をしばしば目撃している。
"The Eagle Watchers" (Cornell University Press 2010) に Sarah Karpanty がマダガスカルヘビワシの研究を紹介している。1997 年ごろで再発見されて間もない状況で分布を調べたり巣をみつけようとしている段階の話である。当時 Karpanty は大学院生でマダガスカルヘビワシの巣を見つけることなど学内では「見込みのない計画や話」または「骨折り損」(wild-goose chase) と言われていたとのこと。
霊長類研究者によればキツネザル類ほか (lemurs) が猛禽類に捕食されるところが目撃されていないのに大型猛禽類 (マダガスカルノスリ Buteo brachypterus Madagascar Buzzard、マダガスカルチュウヒダカ、マダガスカルオオタカ
を見ると警戒音を出すのが不思議とされていて、例えば 500-1000 年ぐらい前にキツネザル類を捕食できる猛禽類が生息していたが絶滅してその名残ではないかとの仮説があったそうである
[Goodman (1994a)
The enigma of antipredator behavior in lemurs: Evidence of a large extinct eagle on Madagascar;
Goodman (1994b)
Description Of A New Species Of Subfossil Eagle From Madagascar - Stephanoaetus (Aves, Falconiformes) From The Deposits Of Ampasambazimba]
熱帯の猛禽類研究者共通の寄生虫によるジアルジア症や暑さなどの苦労があったとのことで、冬には回帰熱マラリアが流行してメンバーもやられたとのこと。
同行の現地の自然に最も詳しいガイドに持参した猛禽類の音声のテープを聞いてもらうと、ほとんどの種はたちどころに答えてくれたがマダガスカルヘビワシの音声はわからなかった。マダガスカルヘビワシと告げると信じられない表情を示し画像を見せると数年前にオオタカのような鳥がミルンエドワーズシファカ (6 kg ぐらいある島で2番めに大きな霊長類) を襲ったが失敗したのを思い出したとのこと。
声は過去に聞いたことがあることを思い出したが姿は見られず正体はわからなかったとのこと。
日記には熱帯雨林では「あまりに静かで行っても行っても猛禽に出会わない」とある。
5週間後になって早朝にようやく声を聞いたがあまりに疲れていてすぐに動けなかった。ガイドとともにテントから出ると大きな猛禽が飛び去るのが見えた。しかしその後4週間まったく気配がなく
「幽霊の鳥」となっていた。11 週間後にはどうやって帰るかを考えていた。数日前からマダガスカルヘビワシの声を聞いていて、どこか近くにいるはずとわかっていても姿を確認できなかった。
その日は祭りの日で見ると川辺の 100 m ぐらいの距離にマダガスカルヘビワシがとまっていた。急いでテントに戻ってカメラを取り川に走って戻った。飛んでゆく短いビデオを記録できたが種の識別に耐えるものではなかった。
この夏の間に視認または音声で何度かの確認ができて原生林以外に人の手の加わった森林にも生息することがわかった。
最後の残された時間で国立公園と近傍の猛禽類の調査を行い、マダガスカルヘビワシ以外の3種の猛禽類の巣を 10 個発見した。そのうち5個は国立公園の外側にあった。学務のために大学に戻る必要があって2か月この場を離れた。現地では農地を得るために伐採が行われつつあり、住民に営巣木を切らないように頼んで大学に戻った。
学務を済ませて戻ってきた時の現地の変貌ぶりは、訓練を受けた研究者にとっても感情を抑えきれないものであった。まさかわずか2か月の間にこの地域の猛禽類の半数が失われるとは。しかし農民を責めることもできない - 農民に食べ物などあるはずもなかった。
国立公園外にあった最後の1巣は営巣木のみを残して切られており、周囲の木の日陰になることもなくひなは生き延びなかった。
Karpanty は調査の合間にマダガスカルオオタカ、マダガスカルチュウヒダカがキツネザル類を捕食するのを幸運にも目撃することができた - 小型のネズミキツネザル類 (32 g) から大型のベローシファカ (3.5 kg) に至るまでひなに餌として与えた。
これまでの猛禽類研究者も霊長類研究者も目撃したことのないことであったがキツネザル類はちゃんと知っていて、猛禽類の巣で粘り強く観察する人が事実を証明する時を待っていたのだった。
この研究は Karpanty and Wright (2007) Predation on Lemurs in the Rainforest of Madagascar by Multiple Predator Species: Observations and Experiments
の学術論文となっている。この中でマダガスカルヘビワシが成獣のヒガシアバヒ Avahi laniger Eastern Woolly Lemur を捕食する場面が目撃されたことがあると伝えている。この研究ではマダガスカルヘビワシの巣は見つからなかったので巣に運ばれる食物の研究はできなかった。
マダガスカルヘビワシを含む猛禽類の4種の音声のプレイバック実験ではキツネザル類の反応はマダガスカルオオタカに対するものが最も長続きしたとのこと。
猛禽類が霊長類の群集構造や信号の進化に与える影響を議論した論文として McGraw and Berger (2013) Raptors and Primate Evolution
があり、この中でマダガスカルを含む世界の猛禽類による霊長類の捕食の一覧がある。タカ類の霊長類食に関心のある方には興味深いリストであろう。驚くべきことにハチクマに近い種類であるマダガスカルカッコウハヤブサやハイガシラトビも霊長類を捕食している (トビの名前から先入観を持ってはいけないようだ)。
クマタカによるニホンザルの捕食については Iida (1999) Predation of Japanese Macaque Macaca fuscata by Mountain Hawk Eagle Spizaetus nipalensis が引用されている。
東洋の種はもっと事例がありそうだが、研究されていないかあまり論文になっていないのだろう。
マダガスカルチュウヒダカ (#クロハゲワシの備考参照) もタカ類の中でも最も古い系統に属し、どちらかと言えば採集生活に近い印象を受けるがそれでも敏捷な霊長類を襲うとは驚きである。猛禽類の能力を改めて思い知らされる。
マダガスカルオオタカはオオタカ類の中でも最も大型のものの一つで現在のマダガスカルの生態系の頂点を占める。しかし親鳥不在中にひながマダガスカルチュウヒダカに捕食されることがあるとのこと。
マダガスカルヘビワシがマダガスカルオオタカに擬態しているとの指摘もある (wikipedia 英語版より)。後者出典は Negro (2008) (#イヌワシに出てくるアフリカクマタカのところ参照)。
マダガスカルヘビワシの営巣写真は例えば Aguia-cobreira-de-Madagascar (Eutriorchis astur) でも見ることができる。
数少ない写真: Madagascar Serpent Eagle (Ken Behrens 2021)、
Madagaskar slangenarend、
Madagascar Serpent Eagle (Eutriorchis astur) nestling (Russell Thorstrom 2019、巣内ひな)。
[ハチクマの学名は正しくないかも?]
Kaup (1844) (#イヌワシの備考参照) はハチクマ類をハイタカ/オオタカ型ノスリと分類していたが、インドのハチクマを cristatus (cristatus 冠羽のある) の種小名で呼んでおり、すでに別種と考えていた。Pernis cristatus の学名も使われていたことがあった。
例えば The Zoologist, 4th series, vol 6 (1902) ではこの学名とともに現在使われている英名 Crested Honey-Buzzard も使われている。この場合は学名と英名の対応がよい。
Wallace (1868) によるマレー半島の猛禽類の報告も読める: On the Raptorial Birds of the Malay Archipelago
この中では学名 Pernis cristatus が用いられていて、Falco ptilorhynchus Temminck, 1821 と同一と考えていたことがわかる。
これらの Pernis cristatus は後で示すように Bonaterre and Vieillot (1823) に出てくるもので Cuvier が命名したのもののようにも読める学名が由来と思われる。
Wallace (1868) はこの時点でセレベス島の変種 (現在では別種ヨコジマハチクマ) とセレベスクマタカ Nisaetus lanceolatus の模様が全く同じで「擬態」を指摘していることは興味深い ([ヨーロッパハチクマとの関係・亜種] の項目も参照)。
Osprey taxonomy (BirdForum) に興味深い記述がある (2009.5.6 のところ)。
最初に使われたのは Buteo cristatus Louis J. P. Vieillot, 1816 であり (原記載)、
記述は一見オーストラリアのミサゴを指しているようにも見えるが、ろう膜や足が黄色 (la cire et les pieds jaunes) などミサゴと合わない部分もある。
この投稿者によればオーストラリア (と言っても広範囲を含む) の場所の不自然さが残るが、あるいはハチクマの若鳥だったのではないかとの疑念が残る
Falco ptilorhyncus Temminck, 1821 と Buteo cristatus Bonaterre & Vieillot, 1823 のタイプ標本はいずれも Buteo cristatus Vieillot と記述されているとのこと。
Falco ptilorhyncus Temminck, 1821 の方が早いのでこちらが優先されることになった模様 (後述の情報も参照)。
もし 1816 年のものが 1823 年と同種を意図していたならば Buteo cristatus がハチクマの初記載となる可能性も残る。
Buteo cristatus Louis J. P. Vieillot, 1816 は現在では
カンムリミサゴ (IOC 14.2 などで亜種扱いに戻された) Pandion cristatus Eastern Osprey
の初記載として採用されているが、1816 年の記述はもしかするとハチクマだった可能性を否定できないという話。後の方の議論で代わりになる適切な名称をどう提唱するべきかなど挙がっている。
もしこの見解が認められればハチクマとカンムリミサゴの学名が変わることになるが、さて?
ミサゴを何種に分割するかの検証が終わってから、となるかも知れないが面白い話である。
この BirdForum の議論を最初に読んだ時は淡色型 (morph を指す名前でこの解説内で "型" と "形" のどちらも出てきてあまり統一していないのご了承を。どちらの表記も使われている。"性的二形" を変換すると使っている辞書ではこちらしか出てこず書き換えていない)
の若鳥だと専門家でもミサゴと間違えるぐらいなので...また地理的にもここまで渡っても不思議ではない。オーストラリアと言っても赤道近くの島しょ部を指しているかも知れない。
ハチクマの多彩な色彩が知られていない時代に記載者が間違えても不思議でない...と思ったが、原記載を確認してみると: 頭は白と褐色、後頭部から始まる冠羽が垂れている。上面の羽はすべて褐色で赤い縁取りがある。下面は白くて首の前に褐色の斑点があるが胸で消えている。
初列風切は黒い。尾は上面が褐色で下面は白っぽい。黒いバンドが目を通り、喉の両側に下っている。
嘴と爪は黒い。ろう膜や足が黄色。
体は我々の balbuzard より少し頑強である、とある。
ちょうどこの記載の前の部分にヨーロッパハチクマの記述があり、鷹匠にはこの種類は飛ばして使う役に立たないが肉は美味とのこと。これまでにこの種類を捕らえて (食べて) きたことでフランスでは数を大きく減らしてしまった [19 世紀初めのフランスではヨーロッパハチクマを食べすぎて数が減ったらしい (日本でも彼岸鷹と呼ばれて食べられていたが...)]。
対照的にロシアのクラスノヤルスク (シベリア) の湖では多くみられ、トカゲやカエルを食べている。Pallas はこの種類をむしろ lacertarius (トカゲの) と呼ぶべきだと言っている (現代の知識で見ればクラスノヤルスクのものはハチクマの方になるが、Pallas は違いに気づかなかったのだろうか)。
Accipiter lacertarius Pallas, 1811? (参考) で現代の年代同定だと 1811 年になる。Pallas は Linnaeus の Falco apivorus
のシノニムとして挙げているが、地域的にはハチクマと思われるのでもしこの記述が有効な学名と認められればハチクマの初記載になり得るのかも (Pallas の意図はそのようにも呼べると記述したもののようで有効な学名とは呼べないのだろうが)。"Pernis lacertarius" 幻の学名である。
Hartert (1910-1922) p. 1181 によればこれは Falco 属から Accipiter への属変更に伴う新名で Falco apivorus と同じものとしている。
その後ヨーロッパハチクマの狩りとあるので、ヨーロッパハチクマが獲物を捉えることが書いてあるのかと思ったら逆だった (標識のための捕獲などには役立つかも知れない情報だが省略する)。農作物に害を与える小動物を食べるので迫害するのもよくないともある。
1816 年の時代背景を考えるとやむを得ないところか。本の目的も農業との関係が中心で、どのように人や産業に役立つかなどの視点を重視したものになっているのだろう。
どの部分を見てもヨーロッパハチクマの記述で間違いないと思われる。
さて、このヨーロッパハチクマの記述の後に問題の Buteo cristatus が出てくるわけだが、表題は何と La Buse-bondree Huppee で、ミサゴでなくて明らかに「冠のあるハチクマ」(!) を意図している。
全体の構成でも BUSE (ノスリおよび類縁の鳥) のいろいろなタイプの説明の1項目の中にヨーロッパハチクマと一緒に挙げられている。"B. Lorum couvert de petites plumes tres-serrees, en forme d'ecailles. Tarses a demi vetus" がこの項目の表題で、"lore (眼先: 眼と嘴の間) は尖った小さな羽毛で覆われうろこ状。ふしょは半分覆われている" タイプのノスリに似た鳥。ハチクマ類以外あり得ないだろう。
ミサゴの眼先が羽毛に覆われているかと確認してみたが、少なくともハチクマと誤解するようなことはなさそうに見える。オーストラリアのミサゴに垂れ下がるほどの冠羽があるのかと見てみたが、逆立つとぼさぼさした感じに立っている程度ではっきりしたものはなさそうで、日本のミサゴと大差なく見える。他の地域のミサゴに比べて小型であるなどと記載されている。
少なくとも東南アジアでよく見られる長い冠羽のあるハチクマとは全然違って見える。
ちなみにミサゴは同書 p. 159 (第3巻) に BALBUZARD Pandion Veill. とあり、自身が名付けた属名としているが de Savigny (1809) が使った名称を使っているので Pandion の属名は現在は de Savigny の方に先取権があるとされる。
Vieillot はこの属に複数の記載があると細かく記述している。南北アメリカ、アフリカに生息していることは記述されている。この中に Falco arundinaceus, Latham がシベリアで記録した balbuzard des roseaux (葦原のミサゴと呼ばれていた) も含まれているが、ミサゴ類ではないかも知れないと述べている。この種は現在の (ヨーロッパ) チュウヒに対応する模様である。
これらを見る限りではミサゴと Buteo は混同していないように見える。
原記載では Nouvelle-Hollande で見つかったとある。Nouvelle-Hollande はオーストラリアと解釈されていた。同名の地名は諸外国にあるようだがここで関係するものはおそらく Abel Tasman (1644) が用いた名称で、
同地図によれば Nouvelle-Hollande (Australie) ニューギニアなどの北方の島も描かれている。
カンムリミサゴの初記載と考えられた時には記載場所がタスマニアと解釈され、タスマニアではミサゴの記録はほとんどないのでなどの議論もあったが、Tasman の地理的発見に引きずられた解釈だったかも知れない。
Nouvelle-Hollande の前に、オーストラリア発見以前の La Grande Jave (大ジャワ) の名称があり、大ジャワでの記載に Nouvelle-Hollande が使われていても不思議でないかも知れない。
次の C. の先頭にある種類は Falco connivens Latham で、Vieillot は Buteo connivens, Vieillot の学名に変更している。
この種類は現在のオーストラリアアオバズク Ninox connivens で Ninox 属はタカにも似たところがあるのでノスリの仲間に入れていたのだろう。この種も Nouvelle-Hollande の種類とある。現代の分布ではオーストラリア、ニューギニアとモルッカの一部となっている。
BUSEは A. B. C. のグループに分類されていて、例えばケアシノスリは C. (ふしょがほぼ趾まで羽毛に覆われている) のグループに属する。
B. に記載された「冠のあるハチクマ」をオーストラリアのミサゴと解釈したのは何かの誤りだろう。途中に比較に balbuzard = ミサゴが出てくるので、ハチクマ若鳥の容貌を知らないものが解釈したらオーストラリアのミサゴになってしまったのだろうか。
「黒いバンドが目を通り、喉の両側に下っている」はミサゴの特徴では? と思われる方もあろうと思うが、戸塚 (2004) Birder 18(10) の付録にあるほとんど白色の若鳥の写真ではこの通りに見えていて (頭頸部のバンドの色彩だけ見るとほぼミサゴに見える)、多様なハチクマの色彩にはこのようなものが存在するようである。
この写真は代表的写真として他の記事でも使われていることがあるので目にされた方もあるだろう [Birder 24(10): p. 52 (2010) にもあった] 。
「下面は白くて首の前に褐色の斑点があるが胸で消えている」についても日本のハチクマの標本でもいわゆる喉の斑紋がほとんどなくて斑点のみに見える個体もある。特に若鳥ではあまり目立たない。
YIO-08841 (山階鳥類研究所標本データベース) のような標本もあって、ミサゴの斑紋と似ている点は特に問題ないように思える。なおこの標本のラベルは5月4日に山梨県で採集されたオス若鳥となっており、現代の知見からはオス若鳥がそのような時期に来ているのか不思議である。
オスかどうかはわからないが嘴の基部の色は若鳥で良さそうなので採集日が違っているのかも知れない。
シンガポールの個体だが Oriental Honey-buzzard (Kok Hui Tan 2023) も下面はミサゴと同じような模様になっている。
大胆に書いてみると、
ハチクマ Pernis cristatus (Vieillot, 1816) Crested Honey Buzzard
これがハチクマの正しい学名かも? 英語ともよく対応する (これら及び以下の文献を引用して使ってしまえばよいとも思えるが...。ミサゴの亜種の初記載として採用されているので、ハチクマでは初記載とならない理由はないように見える)。
参考までに BirdForum でリンク切れになっている Liste des types d’oiseaux
des collections du Museum national d’Histoire naturelle de Paris. 8 : Rapaces diurnes (Accipitrides), premiere partie (Voison and Voison 2001)。
このリストに Falco ptilorhyncus Temminck, 1821 と
Buteo cristatus Bonaterre & Vieillot, 1823
の両者の記載がある。実はどちらも同じ標本で Leschenault (#オオメダイチドリ参照) によるものでジャワ島。
Bonaterre & Vieillot (1823) は Buse Bondree huppee de Java としており、
Voison and Voison (2001) によれば
Cuvier の言うところの Pernis cristatus
Les Grandes-Indes (この "大インド" も #サシバのようにインドネシアのことだろう) としているがこの引用は正しくなく、Cuvier の初版 (1817) には出てこない。
第2版 (1829) に出てくるので、Bonaterre & Vieillot (1823) を見て Cuvier
が名前を付けたのだろう、cristatus の命名権は
Cuvier (1817) でなく Bonaterre & Vieillot (1823) にあるとしている。
Voison and Voison (2001) は Vieillot (1816) に気づいていなくて誤読している可能性がある。ただし Pernis cristatus, Cuvier の学名は広く使われたので注意を促す意図もあるかも知れない。
Buteo cristatus の名前は Vieillot (1816) ですでに用いているので周知のこととして Bonaterre & Vieillot (1823) では Cuvier (1816) に合わせて属名 Pernis を用いた Cuvier 流に示した場合の学名をかっこつきで用いたということだろう (Cuvier 1816 にある図版がこの種類と示している)
[なお一般的には Pernis Cuvier, 1816 が記載年になっている。複数の巻からなる本で Pernis は 1816 年。本の出版年は 1817 年となっているので Voison and Voison (2001) は 1817 年と記している模様]。
1816 年の本では学名の後に自身を命名者として入れているが、1823 年の記載では学名の後に名前を入れていないので、この文献で命名権を主張しているわけでないことがわかる。
Cuvier の記述では 1816 年の段階ですでにヨーロッパハチクマに加えて La Bondree huppee de Java (ジャワ島の冠のあるハチクマ) の項目があるが学名は未記載。
これは Leschenault が報告したもので全身が茶色だがヨーロッパハチクマ同様頭は白っぽい。尾は黒いなどとある。こちらはタイプ標本の記述と一致する。
この問題を多少検討したと思われる文献があり、Dickinson et al. (2022)
Temminck's new bird names introduced in the early parts of the Nouveau recueil de planches coloriees d'oiseaux in 1820-22
Buteo cristatus by Vieillot (1823) よりも Falco ptilorhynchus Temminck, 1821 を受け取った記録が1週間以上早いので Temminck の名前が優先されるとある。この2文献だけを比較する場合は同じ標本を用いた記載なので時間差だけの問題なのだろう。
脚注に Sharpe (1874) が Baza lophotes 現在の学名で Aviceda lophotes クロカッコウハヤブサ のシノニムとみなした記載がある (もちろんまったく違う種類だった)。
Sharpe は「1816 年の名前は Baza subcristata 現在の学名で Aviceda subcristata カンムリカッコウハヤブサ のことでは。ただし確認できなかった」との Strickland の見解を紹介しているが、Sharpe もおそらく詳しくは調べていない模様で、
クロカッコウハヤブサと間違えるぐらいなので Sharpe (1874) の記述の信頼性も怪しいかも (オーストラリアと解釈された場所の記載につられてしまったのかも。ただしそれぞれの種を取り上げた色調の特徴は理解できる。"オーストラリア" だけで考えると該当種がないので「確認できなかった」となったのだろう)。
さらに [カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] で紹介のように、カンムリカッコウハヤブサの種小名があまり素直でない。別に cristata / cristatus と付く種があり、別物であってより小さいために subcristata と付けたとすれば解釈しやすい。
Falco ptilorhynchus Temminck, 1821 = Buteo cristatus Bonaterre & Vieillot, 1823 のタイプ標本は暗色型なので、
Vieillot の 1816 年 Buteo cristatus の表記は別の個体を指していると思われる。Leschenault が 1807 年に採集したものが 1821, 1823 年文献記載のタイプ標本になったことは確実であるが、他にも別の標本なり何かを得ていた可能性がある。
Bonaterre & Vieillot (1823) が色調の異なるものを指して違いにあまり言及なく同じフランス名と学名で記述しているのも不思議なところである。
目先の羽毛や長い冠羽など他にも十分特徴があるので色調のことは重視しなかったのかも知れないが、Vieillot はあるいはしっかりした標本が得られたので 1823 年に別のものを指して (他者も同じ標本を使って別に記述したことを知らず) 自分が先に用いていた学名で記述したのだろうか。
ヨーロッパハチクマの記述との構成関係も 1816 年の本と同じ配置なので 1816 年と同じものを意図しているように見える。
1816 年に記録した Nouvelle-Hollande も 1823 年の記載では de Java とあるようにおそらく具体的には ジャワ島 (など) を指しているのだろう。参考までに#ハシブトガラスの macrorhynchos も記載は "Nova Hollandia, Nova Guinea et in insulis Sumatra et Java" でジャワ島が基産地になっている。
かつてはハチクマはオーストラリアで記録のない種類とされていたことは上記の Dickinson et al. (2022) の判断根拠にもなっていると思われるが、近年は定常的に記録されるようになってきている。19 世紀後半から 20 世紀の狩猟圧や環境破壊の影響の少なかった 1816 年ごろにはジャワ島に限らずオーストラリアも訪れていた可能性もあるかも知れないと思えてきた。
参考までに Temminck (1824) がハチクマにヨーロッパとジャワ島で2種あるとしている部分 参考。新世界のハイガシラトビ Leptodon cayanensis Grey-headed Kite を記述している部分。
タカ好きの方はこのあたりの図版を見てゆくだけでも何の鳥か考えるだけできっと面白い。Temminck and Schlegel が "Fauna Japonica" を記述するはるか前から世界の鳥に (標本のみとはいえ) 親しんで分類を考察していたことがわかる。Temminck and Schlegel が何を知っていて何を考えたのかは "Fauna Japonica" をいきなり参照するとわからない部分があると思われる。
Hartert (1910-1922) p. 1183 では面白いことにロシアの個体は大きい (!) (Menzbir のデータ) とコメントされていた。
この時代にはすでに亜種 orientalis は記載されていて Seebohm の日本の個体は小さいとしていた。当時熱帯の種類を指して Pernis cristatus (Vieillot, 1823) 3月または Pernis ptilorhyncus (Temminck, 1823) 7月の名称が使われてきたが、Pernis elliotti Jerdon, 1839 を採用していた。
orientalis がシベリアから渡ってきたものではないかとの議論をしている。一方で Pernis cristatus (Vieillot) のもう一つを別扱いにしてスンダ列島、フィリピン特にミンダナオ、パラワン島などの種類としている ("冠のある" の語義は現代の留鳥個体の特徴とあまり合わない)。Pernis tweeddalii との関係はどうなっているのかなど疑問点が残っていた。これらの亜種の名称については別項目参照。
1816 年の個体との関係はまだ気づかれていなかったように見える。
[ヨーロッパハチクマとの関係・亜種]
しかしその後、比較的最近までヨーロッパハチクマ (Pernis apivorus) の亜種と考えられていた。(apivorus apis ハチ -vorus 食べる < voro, vorare。Linnaeus が整理して付けた学名だがこれは少し不適切だった。英名の由来の部分参照。またこれ以前に Linnaeus はオオタカと混同していた: #オオタカ備考)。
日本の鳥を記述した Temminck and Schlegel (1844) も実は日本のハチクマを取り上げていた。
参考。Pallas はシベリアにも生息するとしており、日本からの2羽のメス成鳥は色彩や計測値などでヨーロッパハチクマと区別できない (ちょっと信じがたいが) のでヨーロッパのものと同一種と考えたとのこと。ヨーロッパ、エジプト、アラビアからシベリア全域、日本、ギニアに広域分布する種と捉えていた。
"冠のあるハチクマ" は Temminck and Schlegel (1844) 以前にすでに知られていたはずなので Pallas が同じだと考えた先入観のなせる技だったのかも。しかし ptilorhynchus の名称は Temminck (1821) が付けたものだった。自身が名付けたこの種類と同じとは考えなかったのだろうか。
Temminck and Schlegel は (ヨーロッパ)ハチクマのことをあまり知らなかったのだろう。また英語圏の情報 (インドや "New Holland = オーストラリアなど) で記述されていた "冠のあるハチクマ" の情報があまり入っていなかったのかも知れない。
書物や比較的最近の論文でもハチクマを指してこちらの学名 Pernis apivorus が使われていることがあるので注意。
ヨーロッパハチクマと同種とされていた時代には日本の種類には ptilorhynchus は亜種名としても現れることはなかったはずで、海外図鑑などからいきなり Pernis orientalis が使われたことがあったことも納得できる。
ヨーロッパハチクマと同種と考えられていたため、図版の特徴 (特に飛翔図) もヨーロッパハチクマと混同されているものもある。図鑑などで一般に使われている翼開長の 121-135 cm (出典: 榎本『野鳥便覧』: 日本野鳥の会大阪支部の資料) もヨーロッパハチクマの値に近い。
数字の上ではハチクマの方がノスリより翼開長が小さく実際と合わない問題は叶内 (2001) Birder 15(9): p. 90 でも指摘されていた。
現代的な測定値はオス 1266-1434 mm (平均 1358, n=45), メス 1310-1506 mm (平均 1406, n=32) 全長はオス 520-630 mm (平均 573, n=46), メス 551-645 mm (平均 598, n=32) [出典: 久野 (2006) Birder 20(10): 20-27] で、タカの渡りの解説などでは注意が必要。
ちなみに Brazil (2009) "Birds of East Asia" では 128-155 cm, 全長 54-65 cmとしている。全長 68 cmの測定値もあり、大きさを識別要素とする場合は注意が必要。
ロシアの図鑑では Ryabitsev (2014) のように翼開長 150-170 cm としているものもあって、これは別の意味で誤った記載が引き継がれているのかも知れないが、同図鑑ではトビが 160-180 cm、ミサゴが 145-170 cm となっており測り方が違うのかも知れない。しかしヨーロッパノスリは 100-130 cm、ソウゲンワシ 175-260 cm となっていて、さすがに何かおかしいところもあると気づかれそうなものだが?
6亜種がある (IOC)。orientalis 以外は長距離の渡りをしないと言われている。
ハチクマの中で長距離の渡りをする (日本に来る) 亜種 orientalis を別種扱い (Pernis orientalis) にしている図鑑 [例えば Brazil (2009) "Birds of East Asia"] もあり、この学名が使われた日本語記事もある。
Swann (1920) がこの種学名を用いたとのこと (次の Kuroda, 1925)。
日本の亜種は大陸とは別に亜種 japonicus Kuroda, 1925 動物学雑誌 37 (440): 221-226 とされたこともある。中国のものより少し小さく、喉に "w" 模様があるとの記載。
この論文では雌雄を判定していて雌雄の大きさの違いへの言及はある。尾はほぼ必ず3本の黒帯があるが帯がなくて不規則な模様のものもあるとのこと。
大陸のものは大陸を渡り、日本のものは大陸に渡らず南下して越冬すると想定されていたため亜種が違うと考えられたのかも知れない。
この亜種名はかなり長く使われていたようで、山階鳥類研究所標本データベースの先述の標本ラベルにも出て来る。1980 年代少なくとも最初のころはまだ使われていたようだ。
現在は亜種 orientalis Taczanowski, 1891 のシノニムとして扱われている。
亜種分類にかかわる参考情報: Vaurie and Amadon (1962) Notes on the Honey Buzzards of Eastern Asia
この中で長距離の渡りをする (日本に来る) 亜種 orientalis の尾の模様で性と年齢の識別の図が示されていた。
この文献では Stresemann (1940) によれば亜種 ptilorhyncus は "原始的" で成鳥と若鳥にあまり差がないと述べ orientalis, ruficollis は成鳥と若鳥が大きく異なり、尾のパターンで区別できることが示されていた。
Vaurie and Amadon (1962) は Kuroda, 1925 記述の2亜種 (japonicus と neglectus) は通常認められていないことが述べられ、計測値からも亜種とは認められないとのこと。Austin and Kuroda (1953) 中に Austin は japonicus を亜種とみなす意義が認められないと書かれていた。
Stresemann も japonicus を亜種と認めず、Checklist of birds of the world (1931) の原稿ですでにシノニムとしていた。
Stresemann (1940) はジャワ島で多数採集された翼の短い個体を orientalis が越冬したものとみなしていたが、Vaurie and Amadon (1962) はこれは ruficollis と区別できず、インドからのものではないかも知れないものの ruficollis の越冬個体ではないかと考えていた。
Vaurie and Amadon (1962) は 冠羽の長い torquatus は中間型がなく別種に値する可能性があり、その場合は亜種 ptilorhyncus、記載以降新しい情報のない philippensis, palawanensis も一緒に含まれる可能性を述べている。
これらの亜種と ruficollis とは明瞭に区別できるとしている。
台湾では一部留鳥となっているが、これも亜種 orientalis と考えられている。
亜種 orientalis を別種とする考えは、Gamauf and Haring (2004)
Molecular phylogeny and biogeography of Honey-buzzards (genera Pernis and Henicopernis)
の分子遺伝学研究では支持されていない (もっとも使用された塩基配列が短く、将来の研究で改訂されるかもしれない。ハチクマの中に隠蔽種がある可能性を考えている人は結構ある。亜種区別も標本ラベルをもとにしていると思われるのでまだ検討の余地があるように感じる)。
別種とする考えに従って英語表記で亜種 orientalis を Oriental Honey-buzzard (Northern)、渡りをしない東南アジアの複数の亜種を Oriental Honey-buzzard (Indomalayan) と区別されている場合があり eBird、海外図鑑などを利用する場合は注意が必要 (将来別種とされた場合を見越し、分割の手間を省くためにデータベースなどではこのように分けてあるのだろう)。orientalis はハチクマの中でも最大亜種の一つ。
英名で Oriental Honey Buzzard (よく OHB と略される) の名称は非常によく使われるが、IOC 名が現在 Crested Honey Buzzard としているのはこのような分類上の混乱を防ぐためと思われる。ただしハチクマの亜種には冠羽を持たないものもあり、この英名にも一長一短がある。
Crested Honey Buzzard に相当する表現はすでに用いられていたもので、IOC などが最近の分類を受けて考案した名前ということではない。
Oriental Honey Buzzard - BirdForum Opus によれば、Eaton et al. (2021) Birds of the Indonesian Archipelago (Greater Sundas and Wallacea), Second Edition では P. orientalis を別種とし、狭義 Oriental Honeybuzzard の名称を用いているとのこと。
Gamauf and Haring (2004) の後の出版物なので、あるいは他に遺伝情報が得られているのだろうかと調べてみた。
GenBank には Yamamoto et al. (2020) (山階鳥類研究所) Pernis ptilorhynchus orientalis HN0387 mitochondrial DNA, complete genome
にミトコンドリアゲノムの解読結果が出ている。Journal of the Yamashina Institute for Ornithology に Mitochondrial Genome Project on Endangered Birds in Japan の一連のシリーズ論文があり、Yamamoto et al. (2023) Complete Mitochondrial Genomes of Endangered Japanese Birds
に報告されている模様であるが、他の亜種は Gamauf and Haring (2004) 以降のデータがないので、少なくとも公開データの範囲では Eaton et al. (2021) は新しい遺伝情報に基づくものではないように見える。
P. p. palawanensis, P. p. torquatus, P. p. ptilorhynchus
の3亜種を Sunda Honey Buzzard とする呼び方もある (上記 BirdForum Opus 参照。eBird もこのカテゴリーを設けている)。
さて、[ハチクマの学名は正しくないかも?] の話題を思い出してみると、P. p. ptilorhynchus がジャワ島の亜種とされるのは、Temminck (1821) [もしくは Vieillot (1816)?] が基産地ジャワ島で記載したためであるが、これはおそらく Leschenault がそこで採集したからに過ぎない。
ジャワ島の固有亜種かどうかは多分あまり調べられていなくて、ジャワ島の留鳥を P. p. ptilorhynchus と記録しているように見える。
他の亜種では、現在の理解ではインドやスリランカからマレー半島以外の東南アジア大陸部の亜種として P. p. ruficollis Lesson, 1830 (フランス名 "首の赤いハチクマ" インドのハチクマの種として記載) は亜種として認められ、
同じ文献にある P. albigularis Lesson, 1830 (フランス名 "喉の白いハチクマ" に相当) は P. p. ruficollis の一つの変種として亜種とは認められなかった。
P. p. torquatus Lesson, 1830 も同じ文献でフランス名 "首の黒いハチクマ" (torquatus 首飾りのある、首輪のある)、こちらも種として記載され後に亜種となった。
つまり Lesson (1830) は主に首や喉の色に着目して3種を記載し、そのうち2つが現在亜種として認められていることになる。この文献では Temminck の記載したハチクマ (別種と認識している) はジャワ島とスマトラにいるとある。多彩なハチクマの色彩を考えると生態的情報がなければ何種に分けても不思議でない。
これらの種 (後に亜種) はジャワ島とスマトラでの発見以来初の記述なので、当然のことながら我々が普通に見る渡りのハチクマのことは知らずに記載したものだろう。つまり "首の赤い" というのは Lesson から見て3種に分けた場合の着眼点、およびジャワ島とスマトラの種との違いを表すものであって、後に名前の付けられた日本のハチクマと比べて特に首の赤さが目立つわけではない。
ruficollis, torquatus は他種の種小名などにもよく出てくるので命名者にとっては使いやすい呼び方なのかも知れない。前者はおそらく褐色の意味で使っているのだろう。
有効な学名が付けられた後は変えられないため後の亜種の色調と整合性が悪くなることもある。Lesson も極東のハチクマを見て比べていればこのような種名を与えなかったかも知れない。
時期的にはこの間に Pernis celebensis Wallace, 1868 が記載されているが現在は別種となっているため後述する。ジャワ島とスマトラの近く (セレベス島) にもう1種違うハチクマがいると考えたもの。
後述のように見かけの違いは共存する他の猛禽類 (主にクマタカ類) との種間関係の結果生まれた "擬態" の産物の可能性もある。島しょ部でクマタカ類が多数の種に種分化しているが、それぞれに対応する別の容貌のハチクマがいてもおかしくない。日本のクマタカは冠羽がそれほど発達していないのでハチクマもそれ相応になっている? そのため一見容貌が違っていても別の種や亜種に値するかは必ずしも自明でない。
個体群の間の交流がどの程度あって、種分化がどこまで進んでいるか次第であろうが、当時はまだそこまでは認識されておらず見かけが異なるものは別個に記述されていた。
この解釈に従えばジャワ島ではジャワクマタカ Nisaetus bartelsi Javan Hawk Eagle が固有種となっていて、若鳥の見かけは褐色味が強く Leschenault が採集して亜種 P. p. ptilorhynchus のタイプ標本となった個体と似ていると言えば似ている。成鳥の体下面の模様はそれほど似ていない。
後に示すようにジャワ島の繁殖期に容貌の異なるハチクマも撮影されているので、亜種 P. p. ptilorhynchus に淡色型もあるのか、あるいは概念的に別亜種なのかよくわからない。
カオグロクマタカ (ブリスクマタカ) Nisaetus alboniger Blyth's Hawk-Eagle) はマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島に生息するがハチクマの P. p. torquatus は似ている。
これらと同所的にカワリクマタカ Nisaetus cirrhatus Crested Hawk-Eagle/Changeable Hawk-Eagle も生息するがハチクマとはそれほど似ていない印象を受ける。
セレベス島のハチクマは遺伝的にも種相当異なっていて後に別種となった。対応するクマタカはセレベスクマタカ Nisaetus lanceolatus Sulawesi Hawk-Eagle/Celebes Hawk-Eagle。これらは両種の (とまっている) 写真を見るとどこが違うのかと思えるほど似ているものがある。セレベスクマタカの若鳥は白っぽいがこれはまたヨコジマハチクマの淡色型によく似ている。
セレベスクマタカがジャワクマタカなどとかなり異なるため、ヨコジマハチクマは他のハチクマと容貌も異なる形に進化して種レベルで分化したのかも知れない。
「鳥類の図鑑」(学習図鑑シリーズ 4 高島春雄 共著; 黒田長久 共著; 小林重三ほか絵 小学館 改訂版 1962。初版は 1956) にもこの擬態が取り上げられていて当時はカワリクマタカとカワリハチクマの名前になっていた。
黒田氏による記述であろうが明らかに小学生でも読めることを意識した学習図鑑としては驚くべき知見が取り上げられていたことになる
[この図鑑の改訂版 (もちろん出版よりずっと後) を見て育った世代だが、このことはまったく覚えておらず後の鳥への興味に直結したわけではない (笑)。今になって見てみると非常に意欲的な内容である。
同社の刊行物リストにもう少し高度と思われる学習科学図鑑シリーズも載っていて全12巻。鳥に特化したものはない。その1つに "エネルギーと原子力" (1967) という巻があって当時の原子力推進の情勢も想像できる。当時は科学に関心のある子供には原子力は必須事項でさえあった]。
Amadon (1961) Relationships of the Falconiform Genus Harpagus
に記述があり、Meyer and Wiglesworth (1898)
The birds of Celebes and the neighbouring islands は両種ともまれなので擬態と考えにくいと考えていたとある。擬態あるいは祖先形質にかかわる主要な論点はこの時点でほとんど提示されていた模様。
どちらがどちらに似せているか、共通の祖先形質から収斂進化かなどすでに 1898 年の段階で双方議論されている [#アホウドリの備考 [海鳥の翼の上面はなぜ黒い] 参照。Poulton (1890) "The Colours of Animals" や Thayer (1896) "The Law Which Underlies Protective Coloration" が出たばかりで当時も擬態はホットなテーマだった]。
ハチクマ類でも強いタカに擬態してもカラスのモビングを受ける。獲物の方からは模様よりも動きを見ている。そもそも模様が見えるぐらい近くに来る前に逃げるなど。
ハバシトビがモモアカハイタカに系統的に近いか議論している部分で使われているもので、Amadon は巣のハバシトビが卵を捕食するオオハシに驚いて逃げることを記しており、強いタカへの擬態の役割を果たしていないようだが系統が近いのではなく擬態だろうとしているもの。こういう文献が容易に読める今の時点こそ振り返るとよいかも知れない。黒田氏はどの文献を参照されたのだろうか。
さらに少し考えると、成鳥・若鳥がそれぞれ擬態する必要はないような気もしてくる。より強いタカに擬態して攻撃を避けるならば若鳥の段階でセレベスクマタカの成鳥に擬態すればよいのではないか? わざわざより弱いだろう若鳥に擬態する必要があるのだろうか。
若鳥があまりに成鳥に似ていると同種内で攻撃される可能性があるため? それならば成鳥と違う特徴があればよいだけだろうが、違う種類なのに若鳥同士がなぜこれほど似せているのか? セレベスクマタカの成鳥が若鳥をあまり攻撃しないだろうからそれに便乗している可能性は考えられるかも。セレベスクマタカにとっても同種若鳥のように見えている? 本当だろうか?
しかしセレベスクマタカの若鳥の方がより無害な (?) ヨコジマハチクマの若鳥に似せている可能性はあるかも知れない。この場合だと aggressive mimicry の方になるのだろう。
クマタカ類の方がおそらく親元を離れるのに時間がかかるなど生育が遅い (これは日本のクマタカとハチクマからの類推だが留鳥種のハチクマ、熱帯のクマタカ類ではどうなっているだろうか)、すなわちハンターとして未熟なまま長期間過ごすこともハチクマ類の若鳥に似せる由来になり得るかも知れない。
もしこの解釈が成り立つならば、普通に言われるようなハチクマがクマタカに擬態と逆の可能性もあることになる。若鳥はあるいはそうかも知れない。日本のクマタカの若鳥はハチクマ淡色型に似ているといえば似ているようにも見える。日本ではハチクマ若鳥は長期間滞在しないが類似性を検討してみる価値もありそうな気がする。
別に紹介する ISDM 仮説では (主要な食物は違うが) この組み合わせは含まれている。
Tweeddale morph? Origins of the name for a uniquely plumaged Oriental Honey Buzzard (Pernis ptilorhyncus)
によれば、スマトラ南東部で Arthur Hay が非常に変わったハチクマを採集したがハチクマの個体変異が大きいので別種とはせず Pernis ptilorhyncus の学名で 1877年に標本を残したとのこと。
しかし他に似た標本が2体得られ、別種として Pernis tweeddalii Hume, 1880 として 9th Marquis of Tweeddale の名前でも知られる Arthur Hay にちなんで記載された。Note on a Malayan species of Pernis distict from P. ptilorhyncus "Malayan Honey Buzzard"。
今はこの学名は残っていないが亜種 torquatus の morph の名称 (tweeddale morph) として使われている。"tweeddale" はよく出てくるのだが英語の辞書を引いても意味はわからない。固有名詞だった。
1880 年のこの文献にはすでに Pernis celebensis Wallace, 1868 との比較が出てくる。
この辺の歴史を追っておかないと現在の名称や分類がなぜそうなっているのか理解しにくいところ。
この文献には Pernis brachypterus (翼の短い) Blyth の名前も出てきてこれは単にハチクマの若いオスではないかとしている。
現在使われる亜種でその次に記載されたものは
P. p. orientalis Taczanowski, 1891 でシベリア東部での記載になっている。オスの計測値が出ているが確かに日本で言われる数字よりも大きく見える。
(この間に前述の japonicus Kuroda, 1925 が入る)。
P. p. philippensis Mayr, 1939 と
P. p. palawanensis Stresemann, 1940 がその後新たに記載されたがこれらの原資料は現状オンラインでは見られないようで歴史を遡った分析はできていない (原記載をもとにしていると思われる図鑑の記述については後述)。
Pernis celebensis Wallace, 1868 が別途 Pernis cristatus の変種 (var.) として提唱され、Schlegel がすでに記述したが学名を付けなかったため命名したとある。
現在はヨコジマハチクマ (セレベス島)、さらに近年ヨコジマハチクマからフィリピンハチクマ Pernis steerei (パラワン島を除く。後述のようにハチクマのフィリピンの亜種と非常に紛らわしいので注意を要する) が分離されたものに対応する別種となっている。これに対応するのはフィリピンクマタカ Nisaetus philippensis Philippine Hawk-Eagle で、フィリピンクマタカの若鳥に確かに似ている。
Sulawesi Honeybuzzard (Mike Nelson - Birdtour ASIA) 参考映像。尾を横に振るのはハチクマもよく行うが多分機嫌がよい状態。
On the Birds of the Philippine Islands―Part IX. * The Islands of Samar and Leite
でフィリピンのサマール、レイテ島で採集された鳥が Pernis tweeddalii (現在の P. p. torquatus の tweeddale morph) に似ているとの記載がある。
冠羽が長いとあり、フィリピンハチクマ (ハチクマのフィリピンの亜種ではない) と思われるが、当時はマレー半島の種類に似たものがフィリピンにもいるとの報告になった模様である。
腹部模様などの記述は例えば現代の写真 Philippine Honey-buzzard と合っているように見える。ネットで見るフィリピンハチクマは淡色のものが多いが、このような暗色のものもある模様である。
Philippine Honey-buzzard で長い冠羽が見られる。
Philippine Honey-buzzard は暗色と淡色の飛翔。
この文献でもハチクマの学名をめぐる混乱が見られ、フィリピンのものをインドで呼ばれているように Pernis ptilorhynchus と呼んでよいのか Pernis cristatus なのかよくわからないとある。
Oriental Honey-buzzard はジャワ島の繁殖期の写真で P. p. ptilorhynchus のタイプ標本の記載に似ていてそれらしく見える。
スマトラ島の繁殖期の写真は Oriental Honey-buzzard があってオスの目が暗色の点は上記ジャワ島の個体と異なる。別亜種でよいのだろうか。
同じくスマトラ島の繁殖期の写真があって Oriental Honey-buzzard (Sunda) こちらはオスの目が黄色い。
コメントには亜種 torquatus とあるが、基亜種 ptilorhynchus と書かれているジャワ島の 写真
(Crested Honey-buzzard (Pernis ptilorhyncus) ssp ptilorhyncus. In flight from below / Garut - West Java / Sungsang Toto Suprapto) とよく似ている。この写真のリンクは The honey-buzzard から。ジャワ島の情報がまとめられていて同亜種とされる他の写真、他の亜種の写真もある。
Sikepmadu Asia のインドネシアの猛禽のサイトで P. p. orientalis とある2番めの写真は日本で見かける orientalis とは異なって見える。
ざっと見ただけだがインドネシアの亜種は記述されている分布通りにはきれいに分かれていない感じがする。
HBW (書籍版) でも図版があるが、基亜種 ptilorhynchus は見事に記載の通りの色彩 (暗色型) で描いてあって、実物を見て描いたのかタイプ標本から想像したのかはわからないが限られた情報からよくここまで描けるものと感心する。
これら図版や亜種記述を見て識別すれば我々のハチクマの暗色型は亜種 ptilorhynchus に一番似ているなどと判断されそうにすら思える。
インドなどの亜種 ruficollis は日本の亜種と比較的似て見える。2024年2月、交尾中のインドの画像 があり、少なくともこのつがいは現在外見上で判定すればあるいは日本の亜種と同一とされるかも知れない。
インドは実は2亜種生息しているのかも知れない。
マレー半島の留鳥亜種の torquatus の tweeddale morph と呼ばれるものは冠羽も長く日本の亜種と印象が相当異なる。
成鳥オスの虹彩が暗色かどうかは亜種あるいは地域によって異なるが基本形は黄色の虹彩で、一部のグループのみ成鳥オスの虹彩が暗色になったらしい。久野 (2006) Birder 20(10): 37 には熱帯亜種は黄色とあるが現在の知見では必ずしも正しくない。インドには繁殖個体でオスの虹彩が暗色のものと少し明るい色のものの両者が存在する。
インドのハチクマのオスのクローズアップ映像: Oriental Honey Buzzard male in closeup, in forest of central India, June, 2024 (Sanjay Nafdey on Behavior of Birds & Animals 2024)。
日本のものとどの程度似て見えるだろうか。おそらく暑い中で舌をあえぎに使っているのが記録されている。
久野 (2009) Birder 23(11): 48-53 に「マレーシアでハチクマの渡りウォッチング」の記事があり、2009.3.2-16 の春の渡り。p. 50 に留鳥ハチクマとされる個体の写真がある。足が巨大で全体に小ぶりで頭が大きめとある。熱帯で見るハチクマは痩せているとの記述がある。
そう思って熱帯の留鳥ハチクマと考えられる写真を見ると足が多少目立つものがある Oriental Honey-buzzard (Ramesh Shenai 2024.7.18 インド)。
Oriental Honey-buzzard (Wilbur Goh 2024.6.10 マレーシア) は足は特に大きくない (亜種は? 何かを運んでいるので繁殖個体だろう。日本のハチクマと比べると尾はオス成鳥タイプ、虹彩は黄色、全体的には暗色型と言ってよさそう)。
Oriental Honey-buzzard (Lim Ying Hien 2023.11.23 マレーシア) はもう少し白っぽい個体で尾のパターンはオス成鳥タイプ。翼が短めでいかにも留鳥らしく見えるが足は特に大きくなさそう。
マレーシアの子育て映像にもあるように繁殖時期の食物事情が悪いわけではなく、春の渡り時期には食物が少ないのかも。
形態の違いも含めて引き続き要調査。海外のハチクマの写真を見るのは面白いのでおすすめしておく。
インドで撮影された大変淡色の個体: Oriental Honey-buzzard (Ramachandran 2024.9.14)。
亜種との関連でここに紹介しておくが、ハチクマはインドの Nagpur 市の鳥となっている。
Bird of Nagpur
どのように決まったのかはわからないがなかなか渋いところに目をつけたもの。
しかし都市化で林が減って近年は珍しくなって保護すべきとの報告も: Shukla et al. (2024) Chapter 17 - Shrinking urban green spaces, increasing vulnerability: solving the conundrum of the demand-supply gap in an urbanizing city。
[擬態と種・亜種の関係]
ハチクマがクマタカに似ているのは偶然ではなく、強いタカに擬態 (mimicry) することで他種からの攻撃を防いでいるとの考え方がある。
van Balen et al. (1999) は擬態相手として想定される種類をリストしている (
Juvenile plumage of Javan Crested Honey Buzzard, with comments on mimicry in south-eastern Asian Pernis and Spizaetus species)。
これによれば次の組み合わせが出ている(以下 P. p. は Pernis ptilorhynchusの略):
・P. p. orientalis (日本にも来る亜種) とクマタカの亜種 Nisaetus nipalensis orientalis
・P. p. ptilorhynchus (ジャワ島の留鳥亜種とされる) とジャワクマタカ Nisaetus bartelsi
・P. p. torquatus (マレー半島の留鳥亜種。スマトラ島、ボルネオ島も同亜種とされる) とカオグロクマタカ Nisaetus alboniger
・Pernis steerei (フィリピン留鳥の種フィリピンハチクマ) とフィリピンクマタカ Nisaetus philippensis
・Pernis celebensis (スラウェシ島留鳥の種ヨコジマハチクマ) とセレベスクマタカ Nisaetus lanceolatus。
・これらとは別にカワリクマタカ Nisaetus cirrhatus (及び Nisaetus limnaeetus も独立種とされることがある) も高地を除くインド亜大陸に広く分布しており、ハチクマの若鳥の模様に似ていると言われる。
これらについては [ヨーロッパハチクマとの関係・亜種] でも少し述べた。ただし前述のようにハチクマの亜種分布は図鑑の記載通りなのか、ジャワ島の留鳥亜種はタイプ標本で記載されたものと同じタイプのものだけなのかなどはっきりしない点も多い。種レベルで異なり分布もよく把握されているヨコジマハチクマ、フィリピンハチクマは対応が比較的はっきりしているように思える。
P. p. torquatus はボルネオ島にも分布するとされるが記録も少ない (どこでも他種の誤認らしい画像もしばしばあるので注意)。
Oriental Honey-buzzard ssp torquatus tweeddale morph 2, Borneo は間違いなさそうである。
スマトラ島は torquatus とされるがこちらも画像は少なく類似性もあまりよくわからない。
繁殖期の画像は少なく、渡り個体の越冬時期は orientalis がむしろ多く記録されているように見える。
島に固有のクマタカ類には似ているが成鳥がカワリクマタカとそれほど似ていないのも不思議に思える。
インド亜大陸のハチクマは擬態を行うならば対象種はカワリクマタカになるだろうが、ハチクマ若鳥の淡色型以外はそれほど対応していないように見える。
インドネシアやフィリピンハチクマでは非常に対応がよいがこれは何か意味があるのだろうか。一般的にはハチクマがクマタカに擬態しているとされるが、クマタカ側にもお互いに似ているメリットはないのだろうか。
獲物がクマタカを無害な (?) ハチクマと誤認することで捕食効率を高める? (本当ならば aggressive mimicry の一種と呼べそうだがどちらも怖い鳥に見えそうであまりありそうにない?)。これは後に ISDM 仮説で紹介する Prum (2014) の冒頭で紹介されている古い解釈の一つに相当する。
あるいは同じ森林性環境で収斂進化の可能性はないのだろうか
[後に紹介の Jonsson et al. (2016) によれば (この例ではないが) Stresemann (1914) は擬態のアイデアをそんなものは収斂進化 (Resultat unabhaengiger Convergenz der Entwicklungsrichtungen 直訳で "進化による独自の収斂の結果") だと批判していたという]。
クマタカ類がなぜあのような容貌になっているか、現在の Aquila 属の一部がクマタカ類に似て理由など、まだわからない点がありそうに思える。
タカ類にとって出しやすい模様の可能性もあるかも知れない。
後述の ISDM 仮説がハチクマ類とクマタカ類の関係にもし当てはまるのであれば、クマタカ類の方は擬態から逃れる方向に進化し、ハチクマ類は似せる方向に進化した可能性が考えられる。この場合ハチクマ類による擬態がクマタカ類の種分化を促した可能性すらあるかも知れない。
一方模倣される側にも利益があるならば、ISDM 仮説とは逆に両者はより似る方向に進化することも考えられる。
後で気づいたのだが、日本のクマタカは大きいが東南アジア島しょ部のクマタカ類はそれほど大きな鳥ではなかった。ハチクマ類とそれほど違いがなく状況によっては逆転している。
ウォーレスクマタカ Nisaetus nanus は全長 46-49 cm、ハチクマ亜種の torquatus ( [マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態] で映像紹介しているもの) の分布と一致してモデルともされるカオグロクマタカ [高野 (1973) ではブリスクマタカ] Nisaetus alboniger で 50-58 cm。渡りのハチクマ亜種よりむしろ少し小さい。
ハチクマ類がクマタカ類に擬態しているとそこまで強く言えないかも知れない。
これも後で気づいたのだが、ハチクマ亜科 Perninae のカッコウハヤブサ属やハチクマ属の前の系統である北米から南米のカギハシトビ Chondrohierax uncinatus Hook-billed Kite、
南米のハイガシラトビ Leptodon cayanensis Grey-headed Kite は翼が実に見事なタカ斑模様となっていて、尾もまるでハチクマのオス成鳥のような太い縞がある。
同じくシロエリトビ Leptodon forbesi White-collared Kite も翼がタカ斑模様となっている。
尾のパターンがここまでハチクマに似ているとこの系統が出しやすい模様のようにも思える。
しかしハイガシラトビもハチクマ同様に色彩の多形があるとのことで、
Menq (2013) Mimicry in birds of prey
(translated) でハイガシラトビの若鳥のアカエリクマタカにそっくりな写真を見ると驚かされる。
和名にひきずられてはいけないが、これが "トビ" (?) の若鳥とは信じ難い。普通に見れば色彩の多形はほとんど別種に見えるぐらいである。擬態は若鳥で見られ (ハチクマ若鳥が攻撃的な相手に擬態していないことはこの点では異なる)、他のタカ類や霊長類による捕食を避けるためと説明している。
Lima et al. (2020) Distribution and identification of the White-collared Kite Leptodon forbesi and the juvenile plumages of the Gray-headed Kite Leptodon cayanensis
にシロエリトビ、ハイガシラトビの両種を扱った論文がある。黒色型は クロクマタカ Spizaetus tyrannus への擬態の可能性があるとのこと。ハチクマだと暗色型で済ませそうだがこちらでは対応種がいる模様。ハチクマでは対応種はないのだろうか。
カギハシトビは北米にも分布して Spizaetus 属の分布と合わない部分もあるためか擬態の話は簡単に探した範囲で見当たらない。
(島では?) 天敵はほとんどいないとある (Chondrohierax uncinatus (Hook-billed Kite), The Online Guide to the Animals of Trinidad and Tobago)。
絶滅した可能性すらあるキューバカギハシトビも同様の模様で、こちらは対応種がそもそもないのでやはり系統的に出しやすい模様なのだろう。
Prum (2014) Interspecific social dominance mimicry in birds
により大型の別の種に擬態する Interspecific social dominance mimicry (ISDM) の総論がある。タカ類では
・モモアカトビ Harpagus diodon (オウギワシ亜科 Harpiinae) がモモアカハイタカ Astur bicolor に、
・マダガスカルヘビワシ Eutriorchis astur (ハチクマ亜科 Perninae) がマダガスカルオオタカ Astur henstii に、
・セグロオオタカ Accipiter poliogaster の若鳥がアカエリクマタカ Spizaetus ornatus に、
・オナガヘビワシ Circaetus spectabilis (チュウヒワシ亜科 Circaetinae) がアフリカクマタカ Aquila africana に、
・ハイガシラトビ Leptodon cayanensis (ハチクマ亜科 Perninae) の若鳥がセグロクマタカ Spizaetus melanoleucus に。セグロクマタカは擬態する側にもリストされており、Menq (2013) の記述も用いればここは アカエリクマタカ Spizaetus ornatus Ornate Hawk-Eagle や クロクマタカ Spizaetus tyrannus の方がさらによさそう、
・カザノワシ Ictinaetus malaiensis がカワリクマタカ Nisaetus cirrhatus に、
・ウォーレスクマタカ Nisaetus nanus、チャイロカッコウハヤブサ Aviceda jerdoni、カンムリオオタカ Lophospiza trivirgatus それぞれがカオグロクマタカ Nisaetus alboniger
の組み合わせが文献から紹介されている (記述時期から分類が変わっているので学名はここで用いるタカ類の新しい分類に基づくものに揃えた)。Menq (2013) の記述や写真も参照。
それほど似ているのか、という組み合わせもないわけではないので参考までに写真を見ていただくとよいだろう。クマタカ類がクマタカ類に擬態しているとは本当か、とも思えるわけだがこの2種の分布は実際に同所的である。系統的にはウォーレスクマタカの方が古いのでカオグロクマタカが別途日本と同じ系統のクマタカグループから分布を広げ、ウォーレスクマタカは新しく来たより大型の方に合わせたのだろうか。
モモアカトビとモモアカハイタカはほぼ同じ時期 (300 万年前ぐらい)。
マダガスカルヘビワシとマダガスカルオオタカでは前者が圧倒的に古いなどになる。
マダガスカルにはもっと上位の捕食者であった絶滅種のマダガスカルカンムリクマタカ Stephanoaetus mahery が存在したので、マダガスカルヘビワシの擬態形成にはこの種の影響も考える必要がありそうに思える (#クマタカの備考参照)。
マダガスカルカンムリクマタカは色彩など不明で証拠はないが、マダガスカルオオタカもマダガスカルカンムリクマタカに擬態していた可能性もあるかも知れない。
タカ類に擬態がかなり見られるのは ISDM 仮説では食物資源に重複があって生態的な競争が大きいためだろう。Prum (2014) も小型種の方が食物を得る競争では一般的に有利としている。
この解説ではコキアシシギがオオキアシシギに擬態していることになる。この例では2種はシギ類内で系統が異なるのに見かけが非常に似ている。
タカ類に関しては歴史的には大きい方の種が小さい種を真似ることで小さい方の種が大きい方を同種と見誤らせて捕食しやすくするとの考えもあったらしい。
Prum (2014) の考えでは (必要とする資源が似ている場合) 真似られる方にも真似る方にも選択圧がかかり、前者は擬態されることによって資源などを失うことを避けるためにより見かけが異なる方向に進化し、真似る側はより似せる方向に進化する共進化が働くとのこと。
まだタカ類の関係部分しか調べてみていないが、この関係にノスリ類がまったく関わっていないのも興味深い。ノスリ類とそれ以前のグループとの間で食物などがかなり異なるので競争があまりなかったのか、もし後から来たノスリ類の方が大きくてもあまり目立つ模様のないグループなので擬態対象にされなかったのか。
ここには出てこないがサシバとオオタカの若鳥が似ているのは擬態に関係あるのだろうか。両者のサイズはあまり違わない。
しかしなぜか Prum (2014) のリストにはハチクマ類が入っていない。いくつかの理由が考えられるが Prum が単に知らなかった (他の知名度の低いタカの例をいくつも出しているので考えにくい)、ハチクマとクマタカの組み合わせは食物資源に重複があまりなくて ISDM 仮説には当てはまらないと考えた (他に ISDM 仮説に当てはまらない擬態の例示があるのでこれもやや考えにくい)、
ハチクマは亜種レベルなので扱わなかった、ハチクマとクマタカを擬態として含めると ISDM 仮説がむしろ弱くなる、などの理由があるかも知れない。Prum に聞いてみればよいのだろうが。
ハチクマの亜種 orientalis (日本にも来る亜種) とクマタカの亜種 Nisaetus nipalensis orientalis
の類似性は van Balen et al. (1999) のリストにあるが、これは日本では成り立つ話であるものの、インドの留鳥ハチクマの成鳥がなぜ日本のクマタカに類似しているのかは説明できない気がする。インドで擬態するならばカワリクマタカや別のワシに擬態する方が効率的だろう。
カワリクマタカとハチクマの若鳥の模様が似ているとも書かれているがいずれも淡色型若鳥のことで全般に当てはまるわけでもない。
別のグループだが昔から典型例に挙げられていたコウライウグイス属による攻撃的なハゲミツスイ属 Philemon (friarbirds) へ島ごとに擬態している関係が見事に示されている: Jonsson et al. (2016)
The evolution of mimicry of friarbirds by orioles (Aves: Passeriformes) in
Australo-Pacific archipelagos。
日本に渡来するコウライウグイスは含まれていない。ハゲミツスイ属の方が少し先に適応放散をしていたため後から到達したコウライウグイス属が真似る関係がうまく成立したのだろう。
カッコウがタカに似ているのは通常宿主を欺くためと説明されているが、Prum (2014) によればハイタカによるカッコウの捕食は少なく、タカがカッコウを避けている可能性があってさらに研究が必要とある。
カワリクマタカの分布域と大きめのタカであるハチクマ及びカンムリワシの分布域は重複しているが互いに寛容であり、カワリクマタカの通常の攻撃的な性格を考えると驚くべきことであるが、主な食物はそれぞれ異なっているとの記載がある (カワリクマタカの wikipedia 英語版)。日本でもクマタカとハチクマの種間関係を観察する時にこの知見は役立つであろう。
なおハチクマの容貌は (巣を狙う) 哺乳類にも有効である。台湾のビデオ「九九蜂鷹」([ヨーロッパハチクマとの関係・亜種] の項目も参照)。哺乳類の中でも色覚に優れたサル類に有効であろう。
また動物園でも幼少児がオジロワシよりハチクマに怯える様子を複数回観察したことがある。ハチクマの習性を知らない人が見ると、目が黄色くて体に模様のある鳥の方が襲われると怖く見える可能性は十分ありそうである。
巣の外でもハチクマがタイワンザル Macaca cyclopis の集団を襲い、群れが散り散りになって逃げる様子が 映像記録・報道 されている。飼育下の (ハチクマより一回り小さい) ヨーロッパハチクマが犬にめっぽう強いことも報告されている ([飼育下の行動] 参照)。
ヨーロッパハチクマにおいては若鳥がヨーロッパノスリに似ていて、これも擬態の可能性があるとの提案もある。
ハチクマのクマタカへの擬態解釈の再検討
さて、ハチクマがクマタカに擬態してより強いタカからの攻撃を防いでいる説はポピュラーになっているが、本当なのだろうか疑問も湧いてくる。[マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態] の 2025.5.5 のところでササゴイの巣を襲うハチクマが記録されている。
他にも [セーシェルのハチクマ初記録] にあるようにアオサギのコロニーを襲う、[北米のハチクマ初記録!] のアリューシャン列島に到着したハチクマがウのコロニーを襲う、[ヨーロッパハチクマの繁殖地行動・ディスプレイ] のヨーロッパハチクマによるヨーロッパヒメウの捕食例など、ハチクマにとって中型のサギ (アオサギは中型とは言えないが) やウのコロニーは実は魅力的なのではないだろうか。
主要な食物ではないとはいえ必要な時には襲うのだろう。この場合は巣を守る親鳥に対する威嚇効果が有効なのではないだろうか。つまり獲物に対する威圧感 (そのような意味があるのかずっと疑問に思っていたが) よりも巣や子を守る親鳥に対する威圧感と考えれば納得できる気がする。
ハチクマはハチの子を主に食べるので獲物に対する威圧感が必要でなく、消去法的により強いタカからの攻撃を防いでいる論理が出てきたものだろうが、中型の鳥の巣を襲う時には有効なのではないだろうか。もちろんすでに述べたように自身が巣を守る時にも有効であろう。
系統的順序から考えてもハチクマ亜科の祖先が現れた時代にはすでに中間系統の Elementaves グループの水辺の鳥や水鳥が適応放散している一方陸鳥はまだそれほどでないころで、繁殖期の食物として目を付けるのに適切な相手だったのではないだろうか。このように比較的大きな鳥を相手にする場合は威圧感をもたらす色彩は有効だったかも知れない。Elementaves グループも自身が生きた動物の捕食者のものが多く、必然的に体サイズも大きくなる。
クマタカ類が現れたのは少し後の時代になり、実はクマタカ類がハチクマ類に擬態したのかも? よく似た種類がいればより効果の高い方の色彩が有利な形質として選抜され (いわゆるトップランナー方式のようなもの)、相互に影響を及ぼしながら進化して結果的に模様が収斂したのかも。もちろん森林性で隠蔽色として有効だった生態的類似性の効果もあるだろう。
ハチクマ類とクマタカ類の主な食物が違う異なる形となる方向に進化したが、祖先的な性質も残っていてハチクマ類も中型の鳥の巣を襲うこともできるのではないだろうか。
両者が似せ合う理由の解釈もさらに検討してみた。多くの鳥 (または視覚の優れた哺乳類) にとってはタカに襲われる機会はそこまで多くないだろうと考えると、別の種ですでに学習していてくれればタカにとって都合がよい。クマタカ類もハチクマ類もお互い似せることで獲物 (ハチクマ類では巣を襲う際の親鳥の反応などを想定) が学習しておびえる確率を増すことができる。それぞれ別個に学習してもらうよりも効率がよい。
おそらくより数の多い (あくまで推定) ハチクマ類を通じて事前学習しておいてくれることでクマタカ類もきっと利点を得ているのだろう。これは ISDM とも呼べないし、より強いタカへの擬態 (ベイツ型擬態) にも aggressive mimicry にも該当しないように思える。
クマタカ類が強いので、と考える人にとってはいかにも受けの悪そうな仮説である (笑)。
オナガヘビワシが目立たない生活をしているアフリカクマタカに擬態しているとの従来の考えも、この解釈ならばより素直に説明できるかも知れない。アフリカクマタカの方が数の多くて目立つオナガヘビワシに合わせたとなる。オナガヘビワシも生態があまり知られていないだけで、おそらくヘビばかり食べているわけではないだろう。
ミゾゴイがハチクマを用心棒にするするのは危ないかも知れない。大西 (2009) Birder 23(5): 13-15 DISCOVER BIRDS 鳥たちの私生活、再発見! #14。ミゾゴイはサシバが友達?! (p. 15)。ミゾゴイがサシバの近くで営巣するらしい事例について。他にハチクマやオオタカの巣の近くでも営巣したが、オオタカには雛を食べられてしまったとのこと。あるいはハチクマは日本では子育て季節が遅いので大丈夫だったのかも。
[ハチクマにはなぜ多様な色彩型があるか?]
ハチクマの亜種が遺伝的にあまり異ならないとの Gamauf and Haring (2004) の結果をそのまま信じれば、ハチクマに多様な色彩型 (morph) が存在するのは、比較的短期間で必要に応じて模倣対象種に似た模様を生み出せることを可能にする遺伝機構が有利に働くためかも知れない (私見仮説)。
[多様な色彩を生み出す遺伝機構はもちろんまだわかっていないが、例えば #鳥類系統樹2024 で紹介の Prud'homme et al. (2007) Emerging principles of regulatory evolution などは参考になるかも知れない]。
Prum (2014) はハチクマは扱っていないが mimicry polymorphism (擬態に伴う多形) が進化的に安定である言及はある。この仮説を述べてから上記ハイガシラトビの事例を知ったのだがこの考え方は有力のように思える。地域だけで見ていないで地球規模で考えるべきなのだろう。
ハチクマになぜ色々な模様があるのかについてはこの系統 (ハチクマ亜科) で一般的に見られる現象で、擬態も含めて適応度を高めることを可能にする機構として暫定的に挙げてよいのではと考える。
系統的な出しやすさと擬態に伴う多形の両方が関係している? 擬態の機能が実際はあまりないものでも似た種類がいれば擬態と解釈している可能性もありそう。
ヨーロッパハチクマでは繁殖地域対応型の擬態関係は見られていないが色彩型は存在するので、擬態にかかわる色彩多形は当てはまらないかも知れない。ヨーロッパハチクマでは異なる越冬地によって違う種類のワシがいるのでそれに擬態しているため色彩の多形があるアイデアも出されているが [Bildstein (2017) "Raptors" pp. 29-30 参照]、あまりすっきりした対応関係は出されていないように見える。
これはヨーロッパハチクマの色彩が多様なことを説明する仮説として最初考えられていたものかも知れない。
上記見てきたようにハチクマ亜科 Perninae には模倣種がいないと思われるところでも多様な色彩型を持つものが多いようでこれが祖先的な形質かも知れない。
しかしながら ISDM 仮説で述べられている種類の系統を見ると結構様々で、aggressive mimicry とされるものも含めるとハイイロオオタカに見事に存在するし、カワリクマタカでも名前の通りである。タカ類全般に普通に見られることで程度問題の違いだけかも知れない。
タカ類の中でも特に複雑な模様を持つものは森林性タカ類に多く (これは複雑な景色の中で隠蔽色となるのだろう)、開放地に適応したイヌワシ属やノスリ亜科 Buteoninae (トビ、海ワシ、ノスリ類) などには比較的少ない。これらは開けた環境が背景になるので隠蔽色の必要性があまり高くなく、複雑な模様も生み出す必要が少ないのだろう。
ハチクマ亜科で多いのは多くの種類が込み入った森林に生息することに由来する選択効果かも知れない。
ハチクマ亜科の中でも開けた空間で滑翔で獲物を狙うツバメトビ Elanoides forficatus Swallow-tailed はタカ斑を持たないし、多様な色彩型も持たないように見える。
森林性タカ類では隠蔽色的な色彩とともに多様な模様を生み出せることはおそらく適応的なのだろう。
なぜタカ類なのかを考えてみると共通の性質として高い地位の捕食者であることが挙げられるだろう。捕食者を模倣することで採食を有利にする (ISDM 仮説)、もちろん他の捕食者から逃れることも適応的だろうがこれはタカ類に限った話ではない。
森林性タカ類でこのような形質が進化したのは、視力や色覚がよく、記憶力にも優れた鳥類 (特に Telluraves) が捕食対象になったためと考えることもできそうである (小型霊長類でもよいだろう)。ハチクマ亜科でも現在は鳥類をよく食べるものはあまりいないが鳥類も捕食しないわけではなく、以降の系統のタカ類が現れる前は主に鳥類食の種類もいたのかも知れない。
色彩の進化では食べられる側の適応として語られることが多いが、特に鳥類を食べる場合は捕食者側の適応もおそらく同じぐらい重要なのではないだろうか。色覚に劣る哺乳類食の大型の種類にとってはむしろあまり必要がない?
ハイタカグループの猛禽類でも色彩の違いと生息環境の関係 (熱帯地域で赤っぽい下面の種類が増える) などもこの面から追求してみると面白いかも知れない。
ハチクマでは巣内ひなの段階で色彩型がすでに現れることが知られているが、生涯同じ色彩型かどうかは確証が得られていない。
Thomsett (2007) A record of a first year dark plumage Augur Buzzard moulting into normal plumage
は飼育下のヨゲンノスリ Buteo augur で暗色型だったものが通常の羽衣に変化した例を報告している。ヨゲンノスリでは 16% が暗色型とのこと。
[ハチクマ色彩の遺伝的背景]
(この部分 2024.8.1 追記)
Ono et al. (2024)
Dark Morph of the Oriental Honey-Buzzard (Pernis ptilorhynchus orientalis) is Attributable to Specific MC1R Haplotypes
他の種でも色彩を決める要因として報告されていた MC1R 遺伝子のハプロタイプ解析でハチクマ暗色型も関連があることを示した日本の研究。暗色型に一致するハプロタイプを認めた。ハプロタイプ B1, B2 (この論文でのタイプ名) は淡色型、中間型には見られなかった。
D119G の置換は暗色型を生み出す候補と考える。ASIP 遺伝子の調節部位 (structural mutations も含む) が部位に対応した色彩発現や淡色型に関係している可能性も考察があるがいずれも仮説段階。
動物園個体の ASIP 調節部位も調べているが色彩多型に関連する遺伝的な多型を同定するのは難しいだろうとのこと。
海鳥で MC1R のハプロタイプが他種との交雑でもたらされた可能性が提唱されているそうで、あるいは Pernis 属でも類縁種や亜種間で同様の状況もあり得るかも知れないとのこと。
著者も述べているが調べた暗色型 (縞模様2個体、縞模様なしが2個体) は4個体で B1 が3個体、B2 が1個体でまだサンプルが少ないよう。なお動物園個体の情報もある。
以下の報告書が上記 Ono et al. (2024) の概要解説に対応する。
小野 (2019) ハチクマ (タカ目タカ科) の羽毛色バリエーションに関与する遺伝子の研究。盛岡市動物公園 (以前飼育されていた個体か) のハチクマの全ゲノムドラフト配列はすでに得られているとのこと。
小野 (2020) ハチクマ (タカ目タカ科) の羽毛色バリエーションに関与する遺伝子の研究 で関連する日本語概要 (mtDNA とも2起源?) が読める。
小野 (2023) ハチクマ (タカ目タカ科) の腹側淡色化に関わる ASIP 遺伝子多型の研究
「ハチクマという種がごく最近二つ以上の遺伝子プールの雑種形成から生じたことを示唆していると考えられる」とある。mtDNA についてはまだ論文化されていないよう。「二つ以上の遺伝子プールの雑種形成」のアイデアは論文中では海鳥からの類推として挙げられている。
LC579777.1 が Ono et al. (2024) の該当データの一つで、これを用いて BLAST を行ってみるとハチクマの多様性の高さがわかる。orientalis の中でも別種相当ぐらい違いがあるがよく混ざっているため系統を分離することはできない模様。ただし日本のサンプルのみなので分布西部や熱帯亜種などを調べるとまた違った結果になるかも知れない。
MC1R と色彩の関係、なぜ MC1R がさまざまな色彩を生み出すのに適しているのかなどについては例えば Mundy (2005) A window on the genetics of evolution: MC1R and plumage colouration in birds のレビューがある。
他種では #ミヤマモリフクロウ の Baltazar-Soares et al. (2024) で調べられているように MC1R をコードする部分ではない遺伝部位に違いが報告されているものもある。
ハチクマの (高精度ではないものの) ゲノム情報はすでに得られて公開されていることがわかった: SRX3628415: Sequencing for Oriental honey-buzzard genome by Illumina HiSeq4000 with insert size 500bp (Birds of prey genome 2018, 2019。韓国のチームによる)。
Catanach et al. (2024) の系統解析にはこれが用いられていた。
(2025.4.30 追記) [ハチ類の行動とタカ類などの共進化] の項目で、ハチクマの多様性を説明するアイデアを思いつたので議論を加えてみた。ハチクマの亜種または近縁種個々に対応するクマタカ類が存在するようなので擬態は何かに役立っていると考えられるが、もしハチクマの遺伝的多様性の起源の方が古ければクマタカ類がハチクマ類を模倣している可能性もあり得る気がする。
系統的にはクマタカ類の方が後発のはずだが種分化時期は結構近いかも。どちらにしても相互に影響を与えながら進化してきた2系統だろう。
[フィリピンのハチクマの不思議]
この話はしばらく調べてきた題材なのだがおそらく本邦初紹介となる (2024.3.14 初出、謝辞部分まで)。
ハチクマの特徴と言えば「他のタカに比べて首が長い」と決まり文句のように使われることがあるが、実際はどうだろうか。ノスリのように丸っこく見えるタカに比べればハチクマのスタイルは独特なのでこの場合の比較には正しいと言えるだろう。
ノスリ好きの方にとってはハチクマの形は気持ち悪いと言われることもある (ちょっとかわいそう)。
丸っこい鳥の好きな方、かっこいい猛禽類のイメージが崩れることを懸念される方は以下の話は完全に飛ばしていただいた方がよいかも知れない (笑)。
ハチクマも首を伸ばして飛んでいるとは限らないので全然長く見えないこともある。ハチクマならば首が長いはずなのでこれはいったい何だろうと問われることも複数回経験している。海外の写真を見ても実に紛らわしいものもある。
サシバとは大きさがだいぶ異なっていてタカ渡りで一緒に飛んでいる時は全然紛らわしくなく、全体的な形も異なるので、ハチクマの首が特別に長いと感じられていない方もあるのではと思う。
頭が小さい、あるいはペン先にように尖っている (これは解剖学的にも確かめられいる) などの表現も使われているが、こちらは納得できる感じがする。他のタカに比べて相対的に頭が小さくて尖っているため、相対的に首が長いように見えるだけではなかろうか、など (大型種ほど相対的に頭が小さいため。オオタカもハイタカより首が長いと言われるのと同じような理由)。
細かくみれば顔のみかけも違うし、嘴は細長いなど他の特徴の方が信頼できるので「第一印象」以外は首の長さはハチクマの飛翔時の識別点としてそれほど有用でないかも知れない。識別を記述したものでも翼の前縁に出る頭部が長いなど慎重な表現も見られる。
クマタカも悠々舞っている場合は翼の広さから間違えようがないように思えるが、(あまり機会はないかも知れないが) 追われて先を急いで飛んでいる場合など翼の広さがわからない角度のシルエットだどハチクマとよく似て見えることがある。
先崎・伊関 (2014) Birder 28(9): 6-9 にもシルエットでは大変似たハチクマとクマタカの写真が出ていて識別の紹介が取り上げられていたこともあり、ぜひ実際にご確認いただきたいところ。
こちらも大型種でより小さなタカに比べると相対的に頭が小さく首も長く見える。舞っている場合はあまり首を伸ばして飛んでいないのでわからないだけとも言える。
同様のことはイヌワシにも言える場合がある。
そうするとハチクマの特徴とされる「他のタカに比べて首が長い」は単に頭が相対的に小さく尖っていることによる視覚的効果が主で、実は首そのものは言われるほど長くないのではと釈然としない思いを持っていた。クマタカでもそうだが、羽毛に隠れている上に縮めていることも多いので (小型サギ類の首と同様) 見かけの長さはあまりあてにならない。
この疑問を払拭してくれたのがフィリピンのハチクマの映像である。まずこのページをご覧いただきたい。
The Tanay Honey Buzzards (Trinket 2016)。当時はビデオも見られたのだが現在はすでに公開されていないのは残念なところ
[この後の説明は少し細かいので画像だけを先に見ておきたい方は Me with HONEY a honey buzzard eagle (Pautastics 2015) やその先の Oriental Honey Buzzard (George So 2018) のところまでいったん飛ばしていただいてもよい]。
"Look at that long neck and pale yellow eye, December 2016" の写真は日本のハチクマでこの長さはさすがに見たことがない。
"A pair of Crested Honey Buzzards perched near the raptorwatch site, September 2014" につがいと考えられる (枝運びも見られたとのこと) 画像が出ているが、首を縮めると "たるみ" が生じているように見える。
この記述の時点では "Often described as having a long, pigeon-like neck" とあり、地元のバーダーの間では (後述のようにハチクマ全般を指して) 長くてハトのような首と記述されていたらしい。
同じ画像を用いているが Crested Honey Buzzard, Pernis ptilorhynchus (Raptorwatch Network Philippines 2016)
は "Will this resident raptor be elevated to another endemic?"
と記述しており、(おそらく他のハチクマと見かけが異なる留鳥のために) 新固有種になるのだろうかとの見解を紹介している。これはフィリピンハチクマ (Pernis steerei) が近年別種に分離されたことを受けたものと思われる。フィリピンハチクマとは容易に識別でき、特徴もまったく違うので別種になるだろうか、ということだろう。
Oriental Honeybuzzard (Pernis ptilorhynchus), philippensis (Wild Birds of the Philippines, Daniel Persia Galvan 2016)
には "Distinct from other races because of its extra long neck and tail" とあって他のハチクマの亜種より首と尾が一層長いとあるが、フィリピンで見られる他の亜種に比べて、の意味かも知れない。
亜種まで記述した一般的図鑑 [HBWの書籍版や Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World"] にはフィリピンの亜種についての形態的な違いの記述はなく、色彩や冠羽の有無の違いを記述してる。これは標本などに基づく記載と思われ、図版も同じ形の色違いのものになっていて他亜種に比べて首が長いことはこれらの著者には (まだ) 伝わってなかったのだろう。
Robert Kennedy et al. "A Guide to the Birds of the Philippines" (Oxford University Press 2000) にはハチクマは poorly known (よく知られていない) とあった。
この図鑑の記載には渡りのものも含めたハチクマ全体を指して Note long slender 'chicken' neck (現地観察者の言及もおそらくこの記述由来) とあるが、フィリピンハチクマ (当時はヨコジマハチクマと同種) も long neck, smallish head とあって首の長さの違いはあまりしっかり認識されていなかったかも知れない。
飛翔図はハチクマ全体で首を多少長めに描いているが、とまっている姿は philippensis とフィリピンハチクマ (ヨコジマハチクマの亜種として記載) を描いてあって冠羽以外は同じような形になっている。実際とはだいぶ異なる。
さらに原記載に近い記述と思われる John E. duPont (1971) Philippine Birds でも計測値と色の記載のみで、
亜種 philippensis には冠羽がない点は plate 9 (p. 37) の D が該当するはずだがあまり似ていない。
philippensis の頭頸部はバフ色っぽい白、初列風切は濃い褐色で先端が白い、尾は5本以上の濃い褐色の帯があって先端は白い、下面は白いが標本によっては胸に多少縦縞があるとなっていて当時はセブ島、レイテ島、ミンダナオ島、ネグロス島の固有亜種とされていた。ルソン島にも生息することは当時知られていなかったらしい。
特徴は現在フィールドで撮影されているものにあまり似ていないように見えるが...。写真を探してみると淡色型の幼鳥にはそのような特徴 (先端にわずかに白い部分がある) のものもあった。日本のハチクマのメスでもオスに似た黒いバンド (オスよりは細い) が次列先端や尾にあって先端が白いものもあった。
フィリピンでも似た特徴を持つ個体があって、亜種の違いというよりハチクマ全体にそのような個体もあるということだろう。タカ類の他種でも同様の特徴があるものが見られる。バンド先端部が白っぽく見えるのはあるいは擦れて脱色したものかも知れない。
写真を改めて見ていると見逃していた特徴にも気づいてハチクマはやはり奥が深い。識別やカウントだけして終了とすべきではないだろう。
亜種 palawanensis は philippensis に比べて小さな冠羽があること、下面はずっと暗色で濃褐色の縞があって少し小型とある。
渡りの亜種 orientalis は philippensis に比べて上面がより暗色で冠羽ははっきりしている。下面は明るい褐色で少数の暗色の縦縞がある。philippensis に比べて尾のサブターミナルバンドは倍ぐらい太いとのことと記述されている。
現在のフィリピンで philippensis と考えられているものと合っているのは冠羽がない点と少し大型である点程度で一般的な色彩はそれほど似ていない。原記載はそれぞれの亜種の色彩の多形や性別、年齢による違いに惑わされているかも知れない。
これら記載の情報をもとにフィールド識別していると冠羽ぐらいしか識別点がなく、図版を見てもさっぱりわからなかったことだろう。生息地域に頼るしかなかったかも。
同じ時期の日本の図鑑を考えても納得できるが、他の種の図版を見ても何かわからない種類がしばしばある。
原記載が何を表現したかったかを知る参考にはなるだろう。フィールドでの写真がネットでも簡単に見られて比較できる現代とは事情が全然違っていただろう。
問い合わせや図鑑での記述などとは相前後するが、最初に紹介したページの次に見つけて首が長い印象を決定的にしてくれたのが動物園個体の次の画像である (亜種は同じと想定する): Me with HONEY a honey buzzard eagle (Pautastics 2015)。
いかなるタカ (ハゲワシ類を除く) が首を伸ばしてもここまで長く見えることはないのではないだろうか。
これらの映像や画像に 2017 年前半に気づいて撮影者などに問い合わせなどをしていた。当時の情報によればフィリピンで猛禽類の観察が始まったのは比較的最近のことで、猛禽類観察者の間では首の長さが大きく違うことはよく知られていたが、一般のバーダーは出会う機会も少なくあまり知られていなったとのことであった。
当時の図鑑も 20 年近く前のものであまり情報もなかったらしい
(これらのやりとりの結果現地観察者にもあるいは関心が高まったかも知れない)。
現地の観察者にも実際にそれほど知られていなかったようで、分類が最近変わったので識別には自信がないなどの返事ももらった。
亜種間の研究もあまりなく、フィリピンの亜種全体を称して虹彩が暗色などの話も最初のころは聞いた。別に紹介するように日本でもハチクマの性や年齢識別が確立されたのはそれほど遠い昔ではなかったので、亜種や成鳥・幼鳥が区別されていなかった可能性もある。
ハチクマについては少なくとも近年では日本の知識の方が少し先行していたこともあって (目が肥えていて?)、海外からの視点で「これは違う」ことに気づきやすかったかも知れない。
次も驚くべき画像でサムネイル画像を見た時は何かわからなかったが拡大してみると:
Oriental Honey Buzzard (George So 2018)。
猛禽類は似た種が多いので識別が難しいことはよくあるが、知っている種のはずなのにあまりに違っていて何者かわからないことなどあるだろうか!?
他の写真など:
An Oriental Honey buzzard that flew overhead
while we were waiting for the Kalaws to appear (Henrick Tan 2021)、
"Indomalayan Honey Buzzard" or Oriental Honey Buzzard in a flyby
(Henrick Tan 2023)、
Oriental Honeybuzzard (Romy Ocon 2008)、
Oriental Honeybuzzard at Bacsil Ridge (La Union, Philippines) (Romy Ocon 2012 ビデオ)、
Oriental Honey-Buzzard or Crested Honey Buzzard (Pernis ptilorhynchus) (Loel Lamela 2019) 交尾。
Crested Honey Buzzard/Oriental Honey Buzzard (Pernis ptilorhyncus) (Ralf Nabong 2019) 換羽中のためか翼指が7に見える個体。伸長すれば6になるのだろうか、それとも7の個体もいるのだろうか。
これらは首の長さの特徴がわかりやすいものを抽出したもので、いつも首を伸ばして長く見えるわけではない。撮影者も特徴の現れている写真を出すことが多いと思われるので、平均的な見かけの印象とは異なる可能性は十分にある。
現地の詳しい方に問い合わせた 2017 年当時は、一般的図鑑には書いてなくても記述のある本も探せばあるかも知れないとのことだったが、
最近出版された一般的図鑑の Desmond Allen "Birds of the Philippines" (Lynx 2020) で Indomalayan Honey-buzzard Pernis (ptilorhynchus) ptilorhynchus
と記述され、亜種 palawanensis (フィリピン西部のカラミアン諸島、パラワン島)、philippensis (フィリピン北部と東部)
と分けられている。これらを総称して "Large, long-winged raptor with small head, long, almost vulturine neck, and shortish shaggy crest on nape and hindneck"
となっていて首が長い (ニワトリの首の記述からほとんどハゲワシのような首に変わった) ことは両亜種共通のように読める。この部分は従来の図鑑を多少踏襲しているかも知れない。両亜種を含めて雌雄の色彩の違いはおそらくなくて、メスは大きいだけか? としている。
少なくとも philippensis は交尾写真などもあるので体上部の雌雄の色の違いはほとんどないことは確かに見える。
この図鑑には区別して書かれていないが、尾の模様は太いものもやや細いものもあり、交尾写真を参考にすると尾の模様の太い方がオスかも知れない。メスの方が内側のバンドが細めで本数が多いように見える。
他の飛翔写真などで見られるバンドの細いものは非成熟個体も含まれているかも知れない。
Allen (2020) によれば亜種 palawanensis はあまりわかっておらず、亜種記載時と思われる色彩の記載はあるもの、渡りの亜種 orientalis と野外で区別できないかも知れないと述べている (両亜種共通で首が長い書き方とは内部的に多少矛盾する)。
亜種 philippensis の典型的の成鳥が幼鳥とともにいることがパラワン島で記録されているが、亜種 palawanensis の特徴を示す繁殖個体はパラワン島で観察されておらず、ボルネオ島から漂行している可能性があるとの記述になっている。
学術的には亜種 palawanensis が記載されているものの、どの個体を指すのかあまりよくわかっていないのかも知れない。
Birding by the road: Buenavista-Tagabinet-Cabayugan
(Trinket 2017) に繁殖期のパラワン島での写真があるが、philippensis と異なるように見える。
Oriental Honey-buzzard (Miguel Rouco 2012) にパラワン島でハチの巣を運ぶ写真がある。尾に2本の太い帯がある個体で虹彩は濃い黄色。
首は philippensis ほどは長くなく、観察者も注記しているように亜種 palawanensis かも知れない。
philippensis に比べて下面はずっと暗色との記述とは合致するが、単に暗色型かも知れない。orientalis とは明らかに異なっている。
亜種 palawanensis の特徴を示す繁殖個体はパラワン島で観察されていないとの Allen (2020) の記述と合わないがあるいは著者がこの記録を見逃しているのか。
philippensis にも尾のバンドが太いものもあるように見える: Oriental Honey-buzzard (Indomalayan) その1, その2 (Bob Natural 2023)。尾のバンドより首の長さが決定的識別点に見える。
次も尾のバンドが太いが内側は orientalis ほどではない: Oriental Honey-buzzard (Indomalayan) (Robert Hutchinson 2024)。Oriental Honey-buzzard (Robert Hutchinson 2023)。
フィリピンで撮影されていても次は orientalis: Oriental Honey-buzzard (Kevin Pearce 2022。ミンダナオ島西端)。
Allen (2020) の図鑑では渡りの種類 Eastern Honey-buzzard (Oriental Honey-buzzard) (亜種 orientalis) に比べて Indomalayan Honey-buzzard は羽衣の変異が少なく、首が長く頭が茶色で翼は丸いとある。
亜種 philippensis は際立っていて種に値する可能性があるとしている。
Allen (2020) のこの図鑑では philippensis は描き分けてあり、HBW 書籍版などとは違って、とまっている姿も飛翔時も明瞭に違う形態となっている。広く手に入る図鑑では初めてかも知れない。
今度は orientalis (日本のハチクマと同一) の絵では翼の模様はよいのだが、頭頸部はノスリとあまり違わない感じで描かれていてこれまた実物とちょっと印象が違う。首の長さの違いを強調するためにこうなったのだろうか?
フィリピンハチクマ (Pernis steerei) の項目で識別点は Indomalayan typically finely streaked below, not barred, with much longer vulturine neck とある。模様の記述からは philippensis の方を意識していると思われる。Indomalayan Honey-buzzard は首がずっと長くハゲワシのようとなっている。
Eastern Honey-buzzard (日本のハチクマと同一) はオスの眼が赤い点、尾のパターンが異なる点を挙げている。クマタカ類との識別点はクマタカ類の方がずっと強い太くて長い足、翼指が6ではなく7である点を挙げている。
興味深いのは Gamauf and Haring (2004) の分子遺伝学研究ではハチクマ亜種間の遺伝的な違いがあまり存在しないことで、(これほど形態の違いがあるのに) philippensis も他とあまり違わないことになる。
博物館標本を用いた研究なので標本ラベルに亜種まで正しく同定されていない可能性も考えたが、
Gamauf et al. (1998)
Distribution and field identification of Philippine birds of prey. I. Philippine Hawk Eagle (Spizaetus philippensis) and Changeable Hawk Eagle (Spizaetus cirrhatus)
で野外識別についても触れられていて Gamauf はフィリピンのハチクマの観察経験もあるのだろう。
しかし、The larger Oriental Honey-buzzard
Pernis ptilorhyncus philippensis has
the appearance of a typical honey-buzzard. Because of its 'cuckoo-like'
long neck. In many cases flying Barred Honey-buzzards do
not show a long neck compared to the other congeneric species.
と書いている。亜種 philippensis は "典型的なハチクマの形" をしていて首が長いと書いてあって、フィリピンハチクマ (Pernis steerei) は飛翔時それほど首が長く見えないとあるものの亜種 philippensis がハチクマの中で特異な形態を持つことまでは 2004 年の分子遺伝学研究の時点では認識していなかったかも知れない。
標本が philippensis の記載と矛盾しないことは確かめているのだろうが、複数の亜種の存在するフィリピンなので本当に現在の首の長いグループと同じなのか確かめる必要はあるのだろう (アメリカのスミソニアンの標本を使っている。別途調査するとここで調べられた他にも標本はあるものの骨格標本は調べた範囲ではないらしい)。
新しい標本を得るのは難しいだろうが飼育個体などからサンプルを得てさらに現代的な方法で系統を確認した方がよいのだろう... ということは誰でも思いつけるわけで、何とかならないかとやっていたわけだが、飼育個体の出所などは多分よくわからず科学的な協力は得られないのではなかろうかとの現地のバーダーの感触だった。
日本では最近心理的障壁が減ってきているように見えるが、現地の伝統的なバーダーにとっては (保護思想からも) 飼育個体にはあまり関わりたくない、見たくない印象も受けた (今でも野外鳥学者の飼育個体への障壁を感じることがある。鳥学や自然保護にあまり深く関わっていない者の方がそこまで障壁を感じることなく両方の視点から見られてむしろよいのかも知れない)。
猛禽類はいずれも CITES Appendix II 以上でサンプルの国外持ち出しも双方からいくつもの書類が必要で相手の積極的協力なしでは難しい。動物輸入業者ならば慣れているかも知れないが、研究者や動物園にとっては相当な障壁になるので、標本を使ってできる研究ならばその方がよいのは確かである。
あるいは Gamauf もすでにコンタクトを取って同じような結果になっているかも知れない。
分子系統解析なども詳しくフィリピンとも縁の深い共同研究者のフィリピン訪問調査の可能性なども検討していたのだが、そうするうちにコロナですべてがリセットされてしまった状況である。しかしハチクマのフィリピン繁殖亜種の面白さは現地観察者にも共有された部分もあろうと思えるので、今後何かの進展があることに期待したい
(これらのことを調べていたのが #コブハクチョウ の [鳥類の頸椎] のような情報に詳しい理由の種明かしになる)。
さて、もし亜種 philippensis が種になった場合どのような英名・和名がふさわしいのかも興味あるところである (現在でも亜種に和名があってもよい)。
Philippine Honey Buzzard, フィリピンハチクマ の名前はすでに使われているので亜種学名をそのまま名前にはできない。この点を考えると Gamauf and Haring (2004) はフィリピンからハチクマがさらに1種分離される可能性は想定しなかったと考えられる。
もし将来分離される可能性があるならばより "フィリピン" と名付けるにふさわしかっただろう philippensis が他のハチクマとこれほど違っていることに Gamauf もおそらく気づいていなかったのではなかろうか。
模様の特徴などで差し障りのないタテジマハチクマのような名前は考えられるが、そのような特徴は他の種や亜種にも見られそうで (フィリピンハチクマ成鳥も縦縞が目立つ)、philippensis でも胴体部は縦縞が見えない、あるいは横縞の見えるものもあるのでもっと明確に区別できる特徴を表した方がよいと思う。
"クビナガハチクマ" としか呼べないような気がする [そのまますぎてあまり品がないかも知れないが、それはいったい何者だ、クビナガリュウの新種かと興味を持つ人もきっと出てきそうな名前に思える (笑)]。
亜種にも多分現在和名がないので、亜種 philippensis とかフィリピンのパラワン島以外の繁殖亜種のハチクマとかややこしい名前でなく亜種クビナガハチクマと呼べば簡潔になるように思える。
クビナガ... の付く種名は北米の有名なクビナガカイツブリ Aechmophorus occidentalis Western Grebe がある (カンムリカイツブリと別属でこの属は現在は2種。そのままの意味の英名はあまり使われないようだが Swan Grebe, Swan-necked Grebe の別名もある)。
ここでは今後この名前で呼んでみよう。
上記の図鑑などの記述でほとんどハゲワシのような首とあるが、これは主に飛んでいる時に首を下げる様子を指している印象を受ける。ハゲワシとハチクマが系統的に近いのかと最初は思ったが、これは最近の分子系統研究で否定的となった。現代の分類のハチクマ亜科でも他のタカ類に比べて首の長いと言えるような種類は他にいない。共通祖先系統の特徴を表すものではなさそうである (後述)。
なおハゲワシの首が長く見えるのは頭頸部に羽毛がないことも影響があるだろう。羽毛をまとったらそこまで極端に見えないかも知れない。この点は Katrina van Grouw からも指摘をいただいた。
種・亜種混ぜて書けばフィリピンにはフィリピンハチクマ、"クビナガハチクマ" (philippensis)、いま一つ正体不明の亜種 palawanensis (これは和名亜種パラワンハチクマで問題なしで異論も出ないだろう)、そして渡ってくる亜種ハチクマ (越冬期または非成熟個体) が混在することになる。
分布上問題となるのはフィリピンハチクマがパラワン島に分布しないとされていることで、繁殖個体群ではパラワン島は亜種パラワンハチクマ [ただし上記 Allen (2020) の示唆するように "クビナガハチクマ" がパラワン島にも生息しているかも知れないが亜種同定が正しいかどうかわからない]、それ以外はフィリピンハチクマと "クビナガハチクマ" とほぼ地理的に分かれていることになる。
これは生物地理学的な区分がある程度反映されていることになる。パラワン島はボルネオ島と関連が深く、フィリピンでもパラワン島の固有種がいくつもある。
ハチクマのように飛翔力の強いものにとってパラワン島と例えばミンドロ島、ルソン島との間に障壁があるのは不思議ではあるが、何か越えにくい部分があるのだろうか。
日本のハチクマの衛星追跡でもパラワン島どまりで戻ってきているので理由があるのだろう。あまり北まで戻るとわざわざ迂回して南に渡って来た意味がなくなるとはっと我に返って戻ったのかも知れない、というのは冗談だが不思議なところである。島伝いに行くのは得意でないのかと思ったがミンダナオ島まで行った個体やインドネシアではそうでもない。
パラワン島より先に行くとフィリピンハチクマや "クビナガハチクマ" の競争相手が周年生息しているので、ハチクマ類の生息密度の低いたとえばスンダ列島東側で越冬する方が有利なのかも知れない。
パラワン島を除くフィリピンではフィリピンハチクマと "クビナガハチクマ" が同所的に繁殖個体群として生息していることになるが、Gamauf and Haring (2004) の示すような遺伝的距離の近さでは交雑は当たり前に起きておかしくないように思える。行動や生態など他の点で完全に種分化しているのだろうか。
Gamauf and Haring (2004) の書き方では "クビナガハチクマ" が最後に分化した形になるが、
フィリピンハチクマの存在下で "クビナガハチクマ" はいったいどのように分化できたのだろうか。あるいは限られた系統解析が正しい分岐順序を反映していないのだろうか。
これら2種または亜種の関係だけを考えて分岐順序を考えなければ、2種または亜種のニッチが異なる可能性が考えられるが、どちらもほとんど調べられていない。
Raptor Research & Conservation Network (2018) "A Field Guide to the Raptors of Asia" によればフィリピンハチクマは巣立ちびなが1例知られているのみでクラッチサイズは1とある。
これも産卵初期からの継続観察ではないと思われるのでは実際は2かも知れない。論文があるかどうかもよくわからない。我々のハチクマと同様繁殖時の巣の発見や調査は難しいのだろうと思われる。
よほど熱心に研究する者がいれば別だろうが、フィリピンにはフィリピンワシのような人気鳥も多種生息しているので、ハチクマ類をわざわざ研究しようという人は現れにくいのかも知れない。
"クビナガハチクマ" については巣の発見記録はあるのだろうか?
"クビナガハチクマ" がハチの巣を運ぶ映像は得られている: Oriental Honey Buzzard (Pernis ptilorhynchus) with honey catch,
Another shot of Oriental Honey Buzzard (Pernis ptilorhynchus) with honey comb catch (Virgilio Gales 2020),
ORIENTAL HONEY BUZZARD (Cora Lopez 2022)。
これらを見ても飛翔時でも首が長く見えることがわかるが、子育て時はハチの巣が主食になる点は我々のハチクマと同様なのだろう。交尾も記録されており餌運びが観察されて繁殖は間違いないが、どこで営巣しているのか突き止めるのが難しいのは日本などの事情と同様なのだろう。
The Continuing Saga of Bees (DashKleyn 2011) にフィリピンで樹のハチの巣 (giant bees オオミツバチ類) を食べた跡が紹介されている。このタイプのハチの巣は大陸南・東南アジアでおそらく大陸型のハチクマに食されている映像が紹介されている。
少し脱線するが関連して食性も少し考察しておきたい。
樹のハチの巣などの食物は非繁殖期などにはちょうどよいのだろうが、ひなに与えるために巣に持ち帰るのに適したサイズではない。巣に持ち帰るには地バチの巣盤や小動物が向いているだろうから、巣に持ち込んだものだけを調べて食性を把握すると適度な大きさで運びやすいものに限定されてしまう可能性がある。
日本のハチクマでもきっと同様の事情と思われるので、ハチクマ類が何を食べて生活しているのかはおそらくまだまだ情報不足、あるいは偏って解釈されているだろう。ハチクマ類の捕食シーンは非常に観察しにくいようなので解明は簡単には進まないかも知れない。
飼育下ではいろいろなものを食べるようで、甘い物好きなので案外いろいろなものを食べているかも知れない。飼育下個体では肉は好きだが古くなった肉は捨てるようなので (別項目にあるようにタカ類の中では嗅覚遺伝子が発達している。嗅覚や味覚で食べられるものを判断しているかも知れない)、肉についてはおそらく新鮮な獲物しか食べていないように思える。
トビのように死肉食を (ほとんど) 行わないので冬場も繁殖地にとどまることができないのかも知れない。
断片的な越冬地の記録では、我々が「典型的なスペシャリスト」と呼んでいるよりはいろいろなものを食べるようで、甘いハチの子が大好きであっても実はジェネラリスト的な本質を持っているように感じる。
繁殖時期の巣の記録だけを見ていると食性を正しく把握できていない可能性を示すために付記してみた。
本題に戻ると、我々のハチクマも首が長い点がハチの巣食への適応とされるが、フィリピンハチクマの首の長さでもおそらく十分なのでなぜこれほど長いのか理由がわからない。首の長さで食物 (ニッチ) が微妙に違っているのだろうか? この写真を見る限りでは日本のハチクマと同じようなものを食べてそうに思えるが...。
フィリピンハチクマの方がむしろ "差別化を図る" (?) ために短めの首になっているようにも見える (かつて同種とされたセレベス島のヨコジマハチクマの方にむしろ首の長めの写真がある)。
assortive mating (この場合は簡単に言えば首の長さの似た個体とつがいになる、模様の似たものとつがいになる) なども考えられるが、首の長さで選り好みするなどはさすがに聞いたことがない。
そもそも交雑個体らしい中途半端なものを見かけない気がする。もっと縁の遠いハチクマとヨーロッパハチクマでの交雑があるならばあって当たり前なのだろうが。
しかし選り好みはまったくあり得ないことではないかも知れない。性選択で長い首が進化した可能性は魅力的だが、しばしば話題にされるキリンでも長い首の選り好みの結果ではないのであまりに突拍子ないかも知れない。
なお大きさはフィリピンハチクマの方がわずかに小さい。"クビナガハチクマ" は留鳥で、渡りをする我々のハチクマよりも相対的に翼が丸くて短い印象を受けるが、計測値では我々のハチクマよりもむしろ大きな翼長になっている。"クビナガハチクマ" は首は長いが尾も我々のハチクマよりも長い。数字を見る限りではハチクマの最大亜種と思える (ただし計測値は古いもの)。
ハチクマ亜科全体でも一番大型の模様。Pautastics (2015) の画像で "eagle" とあるのも (現地語でワシ・タカが区別されていない可能性はあるが) わからないこともない。
また少し脱線するが関連してハチの巣食への適応についても追記しておくと、地下のハチの巣を捕るのは嘴か足かの二択になるだろう。
ハチクマが嘴で捕る方を選択して、おそらくそのための適応として首を伸ばしたのはある意味正解で、現在の繁栄につながっているのだろう。
狭いところを足で捕るとおそらく不自然な姿勢になるか、チュウヒダカ類やセイタカノスリ (#クロハゲワシの備考 [変わった餌の捕り方をする猛禽類]) のように脚の関節を特殊化 (と言えば聞こえはよいが単純化である) させると、猛禽類本来のしっかりした脚の機能は多少なりとも犠牲になっているだろう。
ハチクマの足は弱々しいとしばしば言われるが、クマタカのように中型の哺乳類も相手にする種類と比べた場合の話で、近くで見るとなかなかしっかりした脚で爪も想像以上に立派である。
動物園ぐらいの近さでないとわかりにくいかも知れないが、最近のマレーシアの繁殖個体の下からのビデオのおかげで野外でも成鳥、若鳥ともこの印象を確認できた。鳥類学者はすり減った爪の標本ばかり見てニワトリの足のような絵を描いているのかも知れない (失礼)。
趾は細くて長いので実際にどれほどの力が出せるかはわからないが、かつて食用に撃たれていた時に死んだと思った個体に掴まれて爪が手を貫通した話を読んだことがある。
日本の動物園の飼育員の方は手に乗っても痛くないと言われたが、慣れた鳥が手を踏み台にしたもので多分手加減してくれているのだろう。
オナガハチクマ類 (Henicopernis 属) は足でハチの巣を捕るらしいとの記述があるがあまりにも知られていない種類なので実際どのようにしているのかはよくわからない。
系統的には Pernis 属からやや離れていて、実は想像するほどハチクマと似た生活をしていないのかも知れない。分布はニューギニアで (真性) ハチクマ類の分布からは外れている。
オナガハチクマ類はハチクマ類に似てはいるが、機能的には (真性) ハチクマ類には敵わないかも知れない。
写真を見ると羽の擦れた個体もあって地上でも食物を捕っているのだろうと想像できる。前述のように首はハチクマのように長くない。脚は短いように見えるので足でハチの巣を捕るのは本当だろうか?
もう一つ擬態の問題がある。フィリピンハチクマでは前述のようにフィリピンクマタカへの擬態があると考えられているが、同所的に繁殖する "クビナガハチクマ" には必要ないのだろうか。
フィリピンハチクマにははっきり見られる冠羽もなく、もし "クビナガハチクマ" が祖先型のハチクマから同様に進化したならば、すでに持っていた擬態できる機能を捨てたことになる。擬態できる方が生存には有利と思えるがわざわざ捨てるだろうか。あるいはタカ類の擬態の我々の解釈は誤っているのだろうか。
ただし "クビナガハチクマ" の顔つきが怖い鳥に見えないわけではない: A Crested Honey-buzzard, Pernis ptilorhynchus perched on a high tree (Birding Philippines 2021)。
fierce light yellow eyes とあるように黄色い目は怖い目つきに見えるらしい。
piercing eyes とも呼ばれ、URL を失念してしまったが比較的暗色の "クビナガハチクマ" で頭部にあまり模様がなく褐色背景と白っぽい黄色の虹彩のコントラストが特に著明さがわかる画像もあった。"怖い" というより "不気味" かも知れない。特に首を伸ばして突き刺すような目つきだと見たこともないような鳥に見えて一層 "不気味" かも知れない。
(Avilon Zoo 2019) は保護飼育個体だろうが (単に過去の写真の紹介かも知れない) 虹彩の色も完全に変わっておらず非成熟 (2年めぐらい?) 個体と思われ顔もあどけない。
このような画像を見ると性的成熟を終えて虹彩が黄色く怖い顔になるのは巣での防衛目的が第一義のように感じる。若鳥の方が他のタカからの攻撃に無防備と想像できるが、若鳥のうちから怖いタカに見せていないのはよく言われるような他の種類のタカへの擬態には他の種類のタカからの攻撃を防ぐ意義があまりないのかも知れない。
また性的成熟すると同種の他個体との競争が発生し得るので成熟した兆候を早くから示さないのだろう。
この議論は日本で繁殖するハチクマについても成り立ちそうな気がするので、性的成熟と巣を守るようになる時期が一致することは解釈しやすい気がする (#トビの備考の [猛禽類の逆性的サイズ二型] も参照。この備考でもハチクマ雌雄の巣での役割について考察している)。
そう言えば魚食のミサゴの怖い顔は何のためなのだろう。獲物に対しては関係なさそうなのでやはり巣での防衛のため? トビはあまり怖い顔に見えないがこの種にはあまり必要ないのだろうか。
先に日本のハチクマの衛星追跡でパラワン島、ミンダナオ島どまりなっている理由としてフィリピンハチクマ、"クビナガハチクマ" の競争相手が周年生息しているので、ハチクマ類の生息密度の低いたとえばスンダ列島東側で越冬する方が有利なのかも知れないと述べた (生態学的にも理解されやすそうな仮説で究極要因の方になるだろう)。
日本のハチクマの衛星追跡ではセレベス島では越冬しているので、同所的に生息するヨコジマハチクマ Pernis celebensis についてはこの解釈は当てはまらないかも知れない。ヨコジマハチクマとフィリピンハチクマは同種に近いぐらい縁が近いので、これらの種が同所的に生息することはあまり制約になっていないかも知れない。
ミンダナオ島にも "クビナガハチクマ" は生息するが、追跡された渡りハチクマもあまり深く入り込んでいないように見える。
あるいは渡りハチクマは "クビナガハチクマ" を避けているのかも知れないと解釈してみよう。自分たちと同じような種類であることはわかるが経験のない容貌なので、本能的に「危険かも知れない、ここは別世界みたいなので避けておこう」(半分冗談) となっているのかも知れない (至近要因? 例えばそのような効果で結果的に競争が避けられているなど)。
別の意味で興味深い写真がある。先述のものと同じ動物園の飼育個体 (足環からは同一個体ではない?) であるが Steve & Marcia on the Rock: Corregidor Journal の Day 6, April 10 (Subic Bay) のところ (クリックで画像拡大)。
これを見ても驚くほどの首の長さがよくわかるが、縦縞も含めてあるいは樹木や竹林への擬態も考えられるかも知れない。サギ類ならばまだわかるが猛禽類でそのようなことはあり得るのだろうか? (もし猛禽類が首を伸ばして木に擬態し、外敵の目を欺くとなれば鳥類学の常識を覆しそうだが?)。
サギに擬態ということはないだろうが、首の長い鳥は危険との常識がタカ類の遺伝子に書き込まれていればもしかすると避ける理由になるかも知れない。
獲物を襲う時目立たないようにする効果はあるかも知れないが、その場合の獲物は何だろうかと不思議なところが多々ある。
頸椎の構造はどうなっているのだろう。最初に紹介した Trinket (2016) The Tanay Honey Buzzards でも首を縮めると "たるみ" が生じているように見える画像が出ているが、例えば次も同様 S-neck pose (Liza Del Rosario 2023)。
他のハチクマでもこのような "たるみ" は多少見られるが通常はあまり目立たない: Oriental Honey-buzzard (Mayank Mishra 2024.3.9 インド)。
おそらくほとんどの鳥で実際はこのように首を S 字型に曲げているのが通常の姿勢だが羽毛に隠れてわからないだけだろう。"クビナガハチクマ" では "たるみ" のように見えるのはおそらく小型サギ類と同様に折り曲げた頸椎が羽毛の中に収まりきらずに突出しているもの。
"クビナガハチクマ" の場合は外見からも曲げているのが目立つが、他のタカ類ではそこまで首が長くなくて実際は曲げていても目立たないだけだろう (先述のハゲワシとの比較にも関係)。
このような姿勢が鳥にとっては一番リラックスしている状態と思われるが、首を S 字型に曲げて頭の位置を維持するのにむしろ疲れないのだろうかとも感じる。とまって周囲を見渡している一般的な猛禽類の基本姿勢はおそらく同じで、外からわかりにくいだけで首をS字型に曲げつつ周りを見渡していることになる。
この姿勢だけを見て猛禽類の首は一般的に短いと考えると誤解の原因になり得る。
ハチクマの頸椎数が他のタカ類より多いかどうかはあまり資料がない。古い解剖学の話題なので誰かが調べてそうに思うが成書になかなか見当たらない (日本のハチクマは骨格標本もあるのでその気になれば調べることは可能だろう。山階鳥類研究所のオンラインの標本データベースには含まれていない)。
Holdaway の学位論文 (1991) (#イヌワシの備考の [ハーストイーグル (Haast's Eagle)] 参照) によれば日本でお馴染みの猛禽類では頸椎数はだいたい 14 個 (これは他の資料でもそう書かれているので馴染みの種はほぼ全種同様と考えてよさそうに見えるが単に出典が同じだけかも知れない)。
この論文で使われた結果は Jollie (1976, 1977)
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part IV) によっているとのこと。
15 個なのは (当時の分類体系順) ヘビクイワシ、ミサゴ、ヨーロッパハチクマ、ミシシッピートビ (Ictinia 属)、ヤシハゲワシ、ヒゲワシ、ズキンハゲワシ、クロハゲワシ、
ダルマワシ、オウギワシ。現在の分類で Gyps 属のハゲワシ類のみもっと多い (17 個)。
ヘビクイワシ、ヤシハゲワシ - クロハゲワシ のように首が長めのものは確かに含まれているが、15 個でも特に首が長いわけではないものもある。ミサゴの首は長く感じられるだろうか? - 自分には多少そのように思えるのだが。山階鳥類研究所の標本データベースでミサゴの骨格画像が出ていて頸椎は 13 cm ぐらいで確かにトビ (10 cm 強) より少し長い。
かつて洋書店によく置かれていた Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition) には全長も含め、識別のために体の各部位の長さを S-L (vL) で表していた。全長をベースに並べてあった面白い図鑑。
この一つに "neck ratio" (頭頸部を合わせた全身に対する比率) があった。英国猛禽類でミサゴのみ MS (カモメ類ぐらい) となっていて他は S だったので見かけの違いに気づいていた観察者もいたのだろう。
ちなみにハヤブサ目も 15 個で、カラカラ類を見ると確かに首が長めに見える。しかし我々の見かけるハヤブサ類ではその印象はまったく受けない。
この数が {ハヤブサ目 + オウム目 + スズメ目} の Eufalconimorphae (#ミサゴの備考 [オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] 参照) の一般型なのだろう。オウム目は数を減らしているがスズメ目ではかなり受け継がれている。
スズメ目のヒロハシ科のみが頸椎数 15 個で原始的な特徴と言われるのもそれを反映しているかも知れない (#ズグロヤイロチョウの備考参照)。
Eufalconimorphae の前、Australaves の最も早い分岐にあたるヘビクイワシと似た形のノガンモドキ目 Cariamiformes はかつては別のグループ (ノガン類やツル類) になっていたためか書籍では資料があまり見当たらないのだが 14-15 個とある情報があって、頸椎数はノガン類とかなり違い、Eufalconimorphae と同様のよう。
Boehmer et al. (2019) ではアカノガンモドキとミナミカラカラは同じ数になっているが数え方の定義が異なるので1個単位の直接の比較は難しい。ここまでが同一と考えれば Australaves (南鳥類) の基本形は頸椎数 15 個であろうか。現在の知識ではこれ以上は類縁系統を遡れない。
ヒロハシ科以外のスズメ目と系統の新しい大部分のタカ目は 14 個だがこれは偶然の一致なのか、それとも何か意味があるのだろうか。もっとも近代的な陸鳥 (Telluraves) の系統はだいたいこのような値なのでこの2グループだけが特別似ているわけではない。
このように見るとハチクマもおそらく 15 個ではないかと推測している。Jollie (1976, 1977) の骨盤より前方の脊柱の分類ではヨーロッパハチクマはミサゴ、(意外にも) オウギワシと同じグループになっている。
ハチクマの近縁種が必ずしも似ているわけではなく一番近いと考えられるカッコウハヤブサ類 (Aviceda 属) は 14 個になっている。
ハチクマ亜科ではカギハシトビ 14 個、ハイガシラトビ 13 個、ツバメトビ 14 個となっていて系統的にタカ類の中で頸椎数の多いグループというわけではなさそうである。
"クビナガハチクマ" はいったいどうなっているのか気になるところだが亜種レベルではおそらく調べた人もおらず知る限りで骨格標本もなく、今のところお手上げ状態である。猛禽類の (普通の数え方で) 頸椎数 16 個は知られていないので、もしハチクマよりも1個多ければおそらく新発見となるわけだが。
だたしこれは伝統的文献によるものなので Boehmer et al. (2019) の頸椎数に機械的に2を加えればハゲワシ類の一部は 16 個になる。
"The Unfeathered Bird", "Unnatural Selection" の著者である Katrina van Grouw に問い合わせたのもこの点で、"Unnatural Selection" (当時ネットで紹介されたサンプルページ) に鑑賞バトの品種のである Maltese は突然変異の結果頸椎が多く、それを品種として人為的に固定したものとの記述があり、
同書籍にはさらに shaker pigeon (Stargard Shaker, ドイツ名 Zitterhals) では頸椎が上部で2個多く、そのため頸椎のS字が通常より下方に移動して見えるとある (面白い画像や映像もあるのでドイツ名も含めて検索してみていただきたい)。
頸椎/胸椎の境界が変化して結果的に頸椎数が増えることはあるが [先述 Jollie (1976, 1977) 参照]、頸椎上部に骨が追加されるとは考えにくいように思えたためである。
結果的にはこちらがどうなっているのかは骨格標本だけを見てはおそらく判明せず、発生がどう進行して遺伝子発現がどうなっているのかなど調べないとわからないのだろう。Jollie (1976, 1977) では発生時に上腕の神経根が何番目の頸椎から始まるかに注目している。
ハト類は飼育されていて実験もやりやすいと思われるので誰かが興味を持って調べてくれることを期待しておくことにする。
飼育のハトでは突然変異のケースもあるようだが、カワラバトの遺伝子プール内に頸椎数を増やす機構が存在することを意味するのかも知れない。
もし Gamauf and Haring (2004) の解析が正しく、"クビナガハチクマ" とハチクマはミトコンドリア遺伝領域では同種と考えられるほど近い関係であるならば、ハチクマの遺伝子プールの範囲で頸椎数を増やせるか頸椎を長くできることを意味するのかも知れない (数が増えているのか頸椎が長くなっているのかはまだわからないが)。
ハチクマが嘴でハチの巣を捕る適応として首を伸ばせたのもその機能が役立っていたのかも知れない。
しかしながらフィリピンハチクマと "クビナガハチクマ" の生殖隔離があるように見えるのでこの解釈は正しくないかも知れない。
"クビナガハチクマ" のゲノムレベルの解析が行われれば、あるいはミトコンドリアはよく似ているが核ゲノムのどこかの調節部位は大きく異なっているなど見つかるかも知れない。これは相当高度な解析なので (サンプル入手の問題もあり) 簡単にはできないかも知れない。
興味深いことに Dement'ev and Gladkov (1951) は "クビナガハチクマ" をすべてのハチクマ類 (おそらくオナガハチクマ類も含む) の中で最も原始的としている。標本をもとにしているはずで首の長さは知らないはず。冠羽やはっきりした模様がない点、あるいは色彩に変化が少ない点を指しているのだろう。
この点で我々の渡りのハチクマが最も特殊化しているとしており、Gamauf and Haring (2004) の分子系統解析とはまったく逆になる。
ハチクマ類を用いた行動などの仮説の実験的検証はおそらく困難で、野外生態的にもほとんどわかっていない現状では (あまり見込みのなさそうなものも含めて) 仮説を提唱することも意義があると思われるので、要約に代えて "クビナガハチクマ" の首がこれほど長い理由として思いついた仮説をまとめておこう。
これらは必ずしも排他的ではない:
(仮説1): 食物にかかわる生態的適応。長い首で他のハチクマ類と異なる食物のニッチを開拓した。(反論) それほど首が長くないフィリピンハチクマが同所的に生活できているので長い首の必要性がわからない。
巣に運ぶ食物は通常のハチクマと同じように見える。
(再反論) それぞれの生態がよくわかっていないだけ。
(仮説2): assortive mating (性選択) で似た容貌を持つものをつがい相手に選ぶ結果、首の長さで好みが (?) 分かれた。フィリピンハチクマが同所的に生息するため違いを強調する方向に種分化が働いた? (反論) そんな好みなどあるだろうか? 分化する前に交雑で特徴が消滅しそうである。このメカニズム単独では多分無理で、何らかの生態的違いがあるのだろう。
(再反論) 鳥の好みなど我々にはわからないので...ニワシドリなど見てみよ。
(仮説3): ディスプレイが異なり種分化が進んだ。"クビナガハチクマ" のディスプレイは現状映像証拠が見つからないので通常のハチクマとは違うのかも。長い首を目立たせたディスプレイなどあるのかも。(反論) こちらもこのメカニズム単独では難しいだろう。フィリピンハチクマではハチクマと同様のディスプレイ飛行が知られているので同じようなものなのでは。
(仮説4): 外敵への防御。首が長く鋭い目つきは異様な雰囲気で巣での防衛に役立ち、形態的違いが食物以外でも生態的な違いをもたらしているかも。(反論) 営巣中の行動が知られていないので役に立っている証拠に乏しい。
(再反論) 間接的証拠で大いに想像を交えたものだが、渡りのハチクマは "クビナガハチクマ" の生息地を避けているのでは? 営巣中のものでなくても異様な雰囲気を感じ取っているかも。
(仮説5): 草原の鳥、ガン類や哺乳類などでは外敵に気づくのに長い首が役立つことはよく指摘される機能なので念のため挙げておこう。水鳥では採食行為の目的の方が大事で外敵に気づくのは二次的なものかも知れない。
ハチクマは草原の鳥でというわけでもないし、木の上から見渡す時はあまり関係ないかも知れない。
(仮説6): 木など周囲環境への擬態。(反論) サギならばわかるが猛禽類が捕食者対応でそのような擬態をするだろうか? 捕食する側として身を隠す効果とすると獲物はいったい何か?
(仮説7): サギへの擬態。自分は近づくと危ない鳥である。猛禽類なら知っているだろう。(反論) そこまでサギに似ていないし、嘴を見れば違うことはすぐわかるだろう。
(再反論) そこまでは似せきれなかったが一定の効果はあるのでは。
(仮説8): 実は "クビナガハチクマ" がハチクマ類の祖先系統に近く、最初はこんな形をしていたのだろう [Dement'ev and Gladkov (1951) 流儀]。
色彩の性的二形もほとんどないし冠羽もない。Gamauf and Haring (2004) の系統解析は正しくないのでは。
別系統とすればフィリピンハチクマやハチクマ他亜種との交雑が明瞭でないことが説明しやすい。
(反論) フィリピンが発祥の地とはさすがに考えにくい。大陸が発祥の地だろう。生殖隔離の証拠もはっきりしない。
(再反論) 生殖隔離は首の長さに明瞭な違いがあってはっきり区別できることに基づくが、実際には遺伝子を見ないとわからないだろう。
もとは大陸に分布していたのだが、後に進出したハチクマの系統が代替してフィリピンにのみ残っているのでは。現在使われる大陸の亜種分類も色彩をもとにしたもので妥当かどうかわからない。フィリピン以外でも "クビナガハチクマ" 系統のものが隔離分布しているかも知れないがほとんど調べられていないのでは。
フィリピンは現在は島だが海水面が下がっていた時期はほぼ陸続きで大陸の一部だったと言えないこともない。
Gamauf and Haring (2004) の系統解析とは合わないが、現在の大陸部ではなく、現在の島しょ部に相当する地域がハチクマの起源地域だったならば特異な渡り経路の進化も理解しやすいかも知れない。
系統関係は確実に "クビナガハチクマ" と言える個体の DNA をさらに調べないと結論できないだろう。
[謝辞: フィリピンのハチクマを調べるにあたって多くの方にお世話になった。
Richard Holdaway, Pieter Pelser は Holdaway への学位論文についての質問以来議論いただき、博物館へなどの問い合わせや標本などの調査を行っていただいた、
Trinket and Adrian Constantino, Neil Konrad Binayao, Steve and Marcia Kwiecinski, Peter Quakenbush, Christian Perez, Robert Hutchinson より画像などの情報をいただいた。
Alex Tiongco はフィリピンのハチクマ類の各種の違いの情報を提供いただいた (いずれも2017-2018年当時)。
Katrina van Grouw も相談に乗っていただいた。
Cristina R. Cinco (Records Committee Wild Bird Club of the Philippines) も観察者への問い合わせと Desmond Allen からの返事の資料を送っていただいた (2023年)]
***
フィリピンのハチクマについての初公開の情報は以上までとする。修正・補足があれば以下に記述する予定である。
皆さんにも考えていただきたいのだが、以下の鳥は何に見えるだろうか:
山階鳥類研究所の標本データベースに "ハチクマ" とされる "フィリッピン、ザンボアンガ" (原文のまま) の仮剥製標本の 画像 (1934年5月。採集者等: 中西悟堂。所有者だったかも知れない) が1つ公開されている。場所はミンダナオ島にあたる。
標本ラベルは Pernis apivorus japonicus KURODA とある。
[ヨーロッパハチクマとの関係・亜種] で紹介したように japonicus の喉に "w" 模様があるとの原記載とは合わない。
中西氏はあるいは日本の個体がフィリピンで越冬すると考えてこの学名を与えたのかも知れないが、当時の知見の範囲ではどのように日本の亜種と同じと判定できたのだろうか。
この個体は日本のハチクマと同亜種と考えられるだろうか。
尾の2本の帯 (尾の全長が見えているわけではないので定かではないが) は日本のハチクマと同亜種のオス成鳥のパターンに似ているように見えるが嘴の基部がまだ黄色いように見える。5月なので成鳥であれば越冬地にはもういないだろう。
下面の白さから最初見た時はフィリピンハチクマ (Pernis steerei) の淡色型の亜成鳥かと思ったのだが、尾の縞模様は違うように感じる (帯が3本あって3本目が見えていないだけかも知れないが)。
場所からはフィリピンハチクマ、日本のハチクマと同亜種、"クビナガハチクマ" のいずれの可能性もあり得るが調べた範囲では "クビナガハチクマ" で尾の帯がこのタイプのものはないように見える。
他の標本と比べると日本のハチクマに比べて尾が相対的に長いように思える。
識別対象種としてフィリピンクマタカも含まれるが、同様に淡色のもので尾の帯のパターンの似たものは見つけられなかった。足が見えれば違いは明らかなのだろうが、嘴の形はハチクマ類のように見える。
もしフィリピンハチクマであれば山階鳥類研究所の標本データベースに含まれていない種になる。
可能性は低そうな印象だが "クビナガハチクマ" ならば日本に標本が存在するのかも? - もしそうならば遺伝情報解析には有利なわけだが。
皆さんの識別眼を駆使し、写真記録なども見て考えてみていただきたい (ここまで 2024.3.14記述)。
追加 (仮説9) ハゲワシ類では長い首は放熱に役立っているという。これも生理的役割の可能性として考えられるが、羽毛に覆われているのでハゲワシ類ほどは有効でないかも知れない。ハチクマ類が翼を半開きにして放熱している姿は見られる。
タカ類で放熱の可能性のある例として、オーストラリアのオナガイヌワシや南アフリカのコシジロイヌワシは参考になるかも知れない。
いずれも首が長い記述がある [Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World"; オナガイヌワシの wikipedia 英語版では long, almost vulturine neck (ほとんどハゲワシのような首) とまで書かれている]。飛んでいる時はそこまで明らかでないが地上に降りている時などはイヌワシとの形態の違いがわかりやすい。
Nos rapaces (Les Aigles du Leman) に各種が並んでいて体型の違いがわかりやすい。
オナガイヌワシの研究者によれば首を伸ばして獲物の距離感を確かめるような行動は野外ではほとんど観察されないとのこと。
オナガイヌワシは顔に裸出部が目立ち、かつてはスカベンジャーの役割のために顔が裸出して首も長い解釈もあったが、wikipedia 英語版にあるように死肉を食べないコシジロイヌワシにも同様の特徴があるため、北方系統のイヌワシ類の高温環境への適応と考えられるとのこと。
オオハシやサイチョウ類の嘴もそうであるようにたとえ別の要因で発達したものでも二次的に適応的意義を持つことはあるだろう。
もっともこれらイヌワシ属の2種は首が長いとは言ってもそれほど極端ではなく "クビナガハチクマ" までは顕著ではない。桐原氏がかつて Birder 連載されていた記事 (2003) 17(9): 55 にあったアジサシ類の足の長さ比べぐらいに見ていただいたらよいだろう。
(仮説3, 8関連) "クビナガハチクマ" のペアの可能性のある写真 Oriental Honey-buzzard (Djop Tabaranza 2017)。飛びながら足を出している。ディスプレイ飛行の一部かも知れない [クマタカなどでも見られる疑似攻撃など。若尾 (2023) クマタカ生態図鑑 pp. 230-233 など] が撮影時状況はよくわからない。
左の個体が尾のバンドが太くてオスかも知れない。山階鳥類研究所の標本データベースのフィリピンの標本と尾のパターンはそれなりに似ているかも知れない。
日本のハチクマのオスでも尾のバンドの幅には個体差もあって個体による違いの範囲かも知れない。
系統的に早い分岐で首が長い例として#ハシボソカモメ (系統については #カモメの備考) も思い当たる。この種では首を伸ばして行進するディスプレイが知られており、採食以外にも役立っているように思える。"クビナガハチクマ" が他のハチクマよりもし先に分岐した系統ならばこの対比は興味深いわけだがどうだろうか。
クマタカでもディスプレイ飛行中に首を後ろに反らす行動も記録されているので、ハシボソカモメ同様 "クビナガハチクマ" でも誇示行動に使われているかも知れない。
関係があるかどうかはわからないが海ワシ類も他のタカ類より首が長く [例えばオオワシとイヌワシの飛翔型を比べると違いは明らか。Ferguson-Lees and Christie (2001) にもオジロワシに関する記載がある]、ディスプレイの一種としても使われる反り返って鳴く行動 (サンショクウミワシがよく知られていて誇示行動で白を目立たせているかも知れない) など長めの首に意義があるかも知れない。
そういえばコルリも誇示行動で白を目立たせるとか考えたりするが、多くの鳥が喉に目立つ模様を持つことやカモ類のディスプレイなど喉や首を誇示することは一般的に意味があるのかも。
(仮説4関連) "クビナガハチクマ" で役に立っている直接的証拠はないが、巣で捕食者の意欲をそぐことは大変重要である。
Caterpillar bird:
解説。
ハイイロモンキタイランチョウ Laniocera hypopyrra Cinereous Mourner で論文は Londono et al. (2015) Morphological and Behavioral Evidence of Batesian Mimicry in Nestlings of a Lowland Amazonian Bird。
猛禽類は防戦できるだろうから攻撃に晒される無防備な小鳥ほどのことはないだろうが、怖いあるいは気味悪い鳥に見せ、狙われて無駄に労力を使うのを防ぐ価値はあるだろう。
(仮説2関連だが機構が違うため分離して仮説10としておく) 猛禽類の首の長さの雌雄差について興味深い記述があった。赤 (1994) Birder 8(11): 40-41 ハヤブサ、オオタカとも個体差もあるかも知れないがメスの方が全体的に首が長く見えるとのこと。
「大型種ほど相対的に頭が小さいため。オオタカもハイタカより首が長いと言われるのと同じような理由」と先に記したが、相対的なみかけだけではなくあるいは性差があるのかも知れない (多分まったく調べられていないだろうが)。
ハヤブサ、オオタカとも逆性的サイズ二型が著明なグループで (#トビの備考の [猛禽類の逆性的サイズ二型])、雌雄で異なるサイズの獲物を捕るための適応などの解釈があるが、Schoenjahn et al. (2020) は広い分類群を対象に巣の防衛にかかわる能力を重視した説明を行っている。
メスの方が首が長くても巣の防衛には関係ないかも知れないが、首の長さを決める遺伝部位とたとえば防衛能力にかかわる身体的機能を決める遺伝部位が連鎖あるいは (例えば成長ホルモンの働きなども通じて) 共通している可能性があるかも知れない。人でも例えば一部のスポーツの能力と関連があることが "経験則" であろうが言及されることがある。
一部の鷹匠は首の長さによる (適性の?) 違いに気づいているようで、#イヌワシの備考 [亜種・中央アジアの鷹狩り歴史] のような呼び分けがあった。
ジョージアでタカ渡り途中の違法な猛禽類の捕獲 (鷹狩り用、あるいはペットとして) が行われていたが、ハイタカでは細身で首の長いタカが好まれる [van Maanen et al. (2001) Trapping and hunting of migratory raptors in western Georgia]
とのことで、狩りの能力と相関があるのかも知れない。
"クビナガハチクマ" の首の長さも例えば餌を捕る能力 (優良遺伝子) の「正直なシグナル」になっている可能性もあるかも知れない。(ここまで 2024.3.21 追記)
2024.3.21 追記分に修正を加えた。サイチョウ類の嘴が体温調節に役立っている研究は van de Van et al. (2016) などがあるがよく研究されているのはオオハシ類なので追記した。#ミサゴの備考の [ミサゴの体温調節] にも関連情報がある。
表面上は羽毛に覆われているとはいえ、空気の流れがあれば一定の放熱が期待できるので前述の "クビナガハチクマ" 写真も首を伸ばして夕涼みなどしているのかも知れない (かっこいいタカのイメージが一層損なわれるかも知れないが...)。水浴び後などは特に有効だろう。
よくご存じの通り恒温動物にとって脳のオーバーヒートを避けることは非常に重要である。「あくび」が脳を冷やす機能がある仮説がある: Massen et al. (2021) Brain size and neuron numbers drive differences in yawn duration across mammals and birds
で鳥類、哺乳類のあくびの時間の長さを公開映像などから調べている (過去研究なども多数引用されている)。
あくびには他の機能もあるので Why Do Birds Yawn: The Science Behind This Behavior (Shivam Desa, Bird Facts 2024) も面白い記事だろう。あくびついでに寄り道をしておくと、
Gallup (2022) The causes and consequences of yawning in animal groups
かつてあくびが伝染するのはヒトだけと思われていたが社会性のある動物で進化したと考えており、哺乳類ではそれなりの例があるとのこと。哺乳類以外はあまり調べられていないがセキセイインコでそれらしい行動が知られているとのこと。ワタリガラスでは観察されなかったとのこと。いろいろな動物で温度を上げるとあくびの頻度は上がるとのことで脳の冷却仮説を裏付けるとのこと。
ハチクマであくびが脳の冷却にそれほど役立っているのかはわからないが、首を伸ばしたり縮めたりして温度調節ができるならば確かに都合がよいだろう。
スポーツの能力との関連について出典を見つけることができた。他でも読んだことがあったかも知れないが、「くびは何のためにあるか」(山田宗睦編 風人社 1995) に「プロ野球選手の頸」(戸部良也) の章がありスカウトが投手を獲得する時は頭と頸を見る、とある (p. 154)。他にも俊足選手の特徴はジョージアのハイタカの好みの話にも似たところがある。
この本そのものは医学に関係した内容が多くて動物の話はあまり出てこないが、エリマキシギのことやエリマキトカゲが襟巻きを広げて体温調節を行うことへの言及がある (p. 140)。
なおこの本は扱うテーマの特性上 "首" と "頸" の漢字を使い分けているが、我々が使う場合は (誤解の心配のない場合は) 漢字では日常的にも圧倒的によく使われる "首" を使えばよいと思う (どちらの文字も読み方は同じなので)。医学でもわざわざ "頸" とは書かないと思う。
厳密に意識して使い分けたい場合は頭部、頸部の学術語があるのでそこで使い分ければよいだろう。英語 (に限らずヨーロッパ言語のおそらく多く) では学術語も日常語も neck なので問題は特に発生しない。頭頸部も英語では head and neck で特別な概念があるわけではない。中国語では頸には (月へん = にくづき に孛)子 の別名があり、ハチクマの巣の中継の時はこちらが使われていたのでより日常的な語なのだろう。
新規情報: フィリピンのパラワン島で 2024.3.27 のハチクマの記録。Napsan - Apurawan Road, Puerto Princesa PH-Palawan (Paul Fenwick, eBird 2024.4)。
我々の見慣れているハチクマに比べて首がやや長い印象を受ける。尾の太い縞は我々のオス成鳥と似ているが、太い縞の間に細い縞がほとんど見えない。
首から下面の縦縞模様は見られず philippensis ("クビナガハチクマ") の特徴とは合わない。喉にわずかに gorget が見えるようで、この点は orientalis に似ている点があるが (torquatus でも見られる)、ろう膜の色は成鳥で虹彩が黄色の点は合わない。
越冬中の orientalis ではないだろうと想像する。冠羽が少し見られる。あるいは亜種 palawanensis の淡色型であろうか。同定の議論対象として面白い種類だろう。palawanensis の首の長さは中間的なのだろうか。
同日に飛翔中の別個体の写真があるが、これは特に首が長く見えない (距離が遠くて細かいところがわからないが亜種は別か?)。
Mt. Polis, Ifugao (ルソン島北部) Oriental Honey-buzzard (Indomalayan) (Lars Mannzen 2024)。これは種識別も問題とされているようだが、そのうの膨らみのように見えるのはあるいはサギが首を曲げて飛んでいるようなもの?
Oriental Honey-buzzard (Sean Melendres 2024) に頭かきの動画がある (ルソン島)。
Crested Honey Buzzard - male (Yvonne Blake 2024) のマレーシアの頭かきの映像と比べると確かに首が長いことがわかる。
遺伝的距離の近さにもかかわらずフィリピンハチクマと "クビナガハチクマ" が同所的に繁殖個体群として生息して生殖隔離があるように見えるのには、あるいは "great speciators" (#メジロの備考 [Great Speciator] 参照) で考えられているようなものに似た遺伝的な隔離機構が存在するのかも知れない。
メジロ類同様に、遺伝的には極めて近いグループ内で、ほぼ完全に渡りを行う亜種と留鳥の亜種が存在する点も似ている (渡りを行う能力は十分ありそうなのに留鳥はあまり島を出ないように見える)。
クマタカ類は留鳥で海は渡りたくないだろうが、クマタカ系統でもハチクマ類に相当する種分化が起きておりこちらも同様の観点で見るのも興味深そう。フィリピンクマタカとピンスカークマタカはフィリピンで2種に分かれているので (しかもフィリピン南部ではカワリクマタカが同所的)、対応するフィリピンハチクマの2亜種ももしかしたら同じように別かも、の感もある。
メジロ類では "個性" に関係する遺伝子などとの関連が指摘されている。
同じメカニズムは多様な色彩表現型にも関係する可能性があり、全ゲノム解析で調べられば面白いだろう。
もしメジロ類同様のメカニズムが関与しているならば分岐年代だけで種か亜種かの判定を行えない可能性もあるだろう。ハチクマの全部の亜種がそれぞれ種に相当する (tweeddale morph は?) 可能性もあってもおかしくない。
そのつもりで Gamauf and Haring (2004) の分子系統樹を見てみると、ハチクマを少なくとも2グループに分けることは適切に思える (分岐年代 100-200 万年ぐらい?)。Gamauf and Haring (2004) がフィリピンハチクマを別種としたのはヨコジマハチクマと同種にすると単系統をなさないためだが、もう一歩踏み込んでもよい感じがする。
グループ1 (clade 5) は東南アジア留鳥の torquatus, ptilorhynchus, palawanensis でこれらは地理的にもまとまっている。
もしこれを1種とするならば Pernis ptilorhynchus はこちらのグループの名前となる。Pernis cristatus の学名が早いと認めるならば、これも地理的にはこのグループにふさわしい。
グループ2 (clade 4) は ruficollis, orientalis, philippensis で地理的にもやや分散している。
前述の通り philippensis はあまりにも似ていないので別種の可能性が高いと考えるが、我々の orientalis とインド・スリランカの ruficollis は共通点が多く、遺伝的な近さは納得できる。
Ceylon Bird Club, Birds of Sri Lanka, sri lankan birds, endemic birds によればスリランカで少数の渡りの orientalis が越冬するが ruficollis とほとんど区別できないとの記述がある。
長距離の渡りを行うか留鳥かが生態的な主な違い。orientalis の西部 (シベリア) 個体の越冬域は ruficollis の分布域と重複がある。
生殖隔離についてはわからないが、グループ2を別種とするならば ruficollis の方が記載が早いので Pernis ruficollis となりそう (philippensis は記載が遅いのでどちらにしても影響がない)。
このグループを別種にするならば Pernis orientalis を分けてもらった方が我々としては納得感がある。
従来の Pernis orientalis の概念 (Brazil 2009 など) はハチクマの中で長距離渡りをするものだけを別扱いとしたものだが、熱帯亜種間で生殖隔離機構があるとすれば別の観点から分ける意味が出てきそう。
いずれにしてもメジロ類の亜種レベル同様の詳しい遺伝情報研究が必要となるだろうが、ハチクマ熱帯亜種の移動分散能力や個体群の遺伝的構造などを調べるのは相当難しそう。
van Grouw の記述の "shaker pigeon では頸椎が上部で2個多く、そのため頸椎のS字が通常より下方に移動して見えるとある" との記述はあるいは Solounias (1999) The remarkable anatomy of the giraffe's neck (雑誌サイト)
の記述に倣っているのではないかと感じた。この論文ではキリンで C2-C6 の間に頸椎が一つ余分に挿入されていると述べている。「キリン解剖記」(郡司芽久 ナツメ社 2019) を参照した。Solounias (1999) の考えは少なくとも当時は受け入れられなかったようだが (挿入説はその後もおそらく否定的)、
Gunji and Endo (2016) Functional cervicothoracic boundary modified by anatomical shifts in the neck of giraffes
でキリンの第一胸椎 (T1) が機能的に頸椎の役割を果たしている研究は広く受け入れられることとなったとのこと (日本語解説はいろいろ読めるので参照いただきたい)。Hox5 または Hox6 の変異が関係しているのではとの考察が論文にある。
参考に探してみると Williams (2016) Giraffe Stature and Neck Elongation: Vigilance as an Evolutionary Mechanism
にキリンの首が長い理由の仮説がまとめられていた。Wilkinsons and Ruxton (2011) を修正したものとのことで (1) 高所の食物を食べる、(2) 性選択、(3) 体温調節 [cf. Mitchell et al. (2017) Body surface area and thermoregulation in giraffes でレビューされている]、(4) 気候変動、(5) 足の長さに伴って、(6) 地平線の監視 (horizon vigilance) を挙げている。
(2) はキリンのオス同士の争いに利用されることから注目を浴びていたが、性差が乏しいため根拠に乏しいとのこと。(3) は高くするより横に広げた方が有効ではなど。(6) は高いほど遠くがよく見えるので捕食者対策に有効との考え。ラクダやリャマは (1) に当てはまらないが開けたところに住む動物にとって首が長いことは有利で、ダチョウは (6) のよい例であるとのこと。
この論文では遠くまで見渡せることによって個体間の距離を大きくすることができてより広い範囲を安全に採食できて同種または他の草食動物との競争が避けられる可能性を考えている。
性選択は現在でも議論が続いているようで、Wang et al. (2022) Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation
は化石研究から (なお C4 植物が優勢になってサバンナが広がるまでこの属は現れなかったとのこと) オス同士の争いが進化の主要因と考えている。
ゲノム解析で違いがわかりそうに思えるが Agaba et al. (2016) Giraffe genome sequence reveals clues to its unique morphology and physiology
ではさまざまなものが関わっていて Gunji and Endo (2016) で考えられたほどは簡単ではなさそう。FGFRL1 (線維芽細胞増殖に関わる受容体) が他の哺乳類と違う点は何となく納得できる。
Liu et al. (2021) A towering genome: Experimentally validated adaptations to high blood pressure and extreme stature in the giraffe
ではマウスにキリン型の FGFRL1 を導入すると高血圧抵抗性を示したという。
高血圧でも大丈夫!? キリンがもつ「強心臓」の秘密 の日本語記事もある。
なお FGFRL1 はニワトリの軟骨で最初に見つかったものとのこと [Trueb et al. (2003) Characterization of FGFRL1, a novel fibroblast growth factor (FGF) receptor preferentially expressed in skeletal tissues]。その後他の脊椎動物にも相同のものが見つかったとのこと。
鳥でも同じような機能がありそうなので今後の注目点かも知れない。
日本のハチクマ (盛岡市動物公園 ZOOMO) でも首がどこまで伸びるか撮影された: (日頃の体重測定トレーニングの成果を発揮し初めて公開測定してくれたハチクマの"はっちゃん"です!)。
野生の写真ではフィリピンの方がずっと長く見えるが、この映像を見るとそこそこよい線を行っている感じも受ける。
また正面を見るために眼球を少し寄せているのか、虹彩の外側の「黒目」が少し見えている。
飼育員の方が片手にハチの巣らしいものを隠し持っておられるのも面白い。
インドのハチクマでもこの姿勢だと普段は首を S 字に曲げていることわかりやすい: Oriental Honey-buzzard (Muthirulan 2024.9.14)。少し姿勢を変えるだけでわからなくなる。飛行時もこの形が見えることがあり、そのうの膨らみと混同しないよう注意が必要。
"クビナガハチクマ" のディスプレイ飛行と思われる貴重な画像が紹介された (2024.7.17 追記)。大型でなかなか立派。
Oriental Honey-buzzard、Oriental Honey-buzzard、Oriental Honey-buzzard (Ravi Iyengar 2024.6.23)
撮影地 Jariel's Peak-Restaurant, Bgy. Magsaysay, Infanta, Quezon, Philippines
とありレストラン? 換羽も多少進んでおり、繁殖期半ばぐらいなのだろうか。
Oriental Honey-buzzard 同じくこちらは飛翔中。換羽が必要なほどに相当ボロボロになっている。瞳孔が非常に縮小しており炎天下の明るさではここまで小さくなるのか。首を下げて飛んでいるのもわかる。
THE ENDEMIC ORIENTAL HONEY-BUZZARD AT LMEP (Ferdie Llanes de AvesFlores 2024.10) とまった姿。目撃状況や同定などの詳しい解説あり。最初はフィリピンカンムリワシと考えたとのこと。
2019 年に初めて庭で出会った時は凍りついたとこと。これまで何度かニアミスをしてこの方にとって初めての撮影とのこと。ちょっとボロボロでやつれた感じがあるがこの写真を選んだとのこと (写真を見慣れているとむしろ "クビナガハチクマ" らしさがよく現れている感じがする)。
少し気になる画像。Philippine Honey Buzzard (Pernis steerei) (Kevin Manila 2024.12.14) 撮影地 Zamboanga (ミンダナオ島西端にあたる)。飛翔中。
Philippine Honey Buzzard (Pernis steerei) (Kevin Manila 2024.12.14) こちらはフィリピンハチクマ (ハチクマの亜種ではない) とされている。形態の違いがわかりやすい。繁殖中のようで葉のついた枝を運んでいる。成鳥2羽と若鳥1羽が記録されたとある。
とまっているのは暗色でフィリピンハチクマと違うようにも見えるが葉のついた枝を運んでいるのは淡色でこちらはフィリピンハチクマの記述と合っているように見える。暗色型も存在するのか?
なかなかしっかりした爪も見ていただける。
Oriental Honey-Buzzard or Crested Honey Buzzard (Pernis ptilorhynchus) (Loel Lamela 2024.12) これはもしかすると "クビナガハチクマ" の飛翔中真正面顔かも。
参考比較: インドのハチクマの飛翔中正面顔 Oriental Honey-Buzzard (Vinit Bajpai 2024.12.28) このように見るとタカらしい顔つきに見える。
Oriental Honey-buzzard (Bart De Schutter 2024.12.20) Ambulong Island, Occidental Mindoro 一見してそれとわかる "クビナガハチクマ" の飛翔。ミンドロ島から南に少し離れた島。
首に "出っ張り" が見え、他の写真と比較するとサギのように首を折り曲げていることがわかる。
日本のハチクマを見慣れているとびっくりするような飛翔形だが、比較してみると羽毛に隠れてわからないだけで日本のハチクマ (おそらく他の種類も) も折り曲げているよう。飛び立ちの直後の写真などを比べるとわかることがある。"クビナガハチクマ" は首が長い分目立つよう。
Oriental Honey-buzzard 同じ個体の写真。遠目で見ると気づきにくいがこの写真でも折り曲げている部分がわかる。
Oriental Honey-buzzard (Mathieu Soetens 2024.12.21) Northern Mindanao, Bukidnon, Philippines
これも識別上興味深い。のどの模様など日本と同じ渡りの亜種に似て見えるが翼が短く形態的には留鳥のように見える。しかもこの時期に初列風切の換羽を行っているので、渡りの亜種の越冬中とは解釈しにくく思える。しかしフィリピンの繁殖種・亜種に似たものがいない (首が長く見えず、下面の模様も異なるのでおそらく "クビナガハチクマ" ではない)。
同じ場所で撮影された個体: Oriental Honey-buzzard (Mathieu Soetens 2024.12.19) 色彩が異なるので別個体と思われるがこれも初列風切の換羽中。斜め向きで確実ではないがこれも翼が短く感じる。
一見すると日本と同じ亜種のメスに見えるが換羽時期が不思議であり、また衛星追跡で知られている越冬域からやや離れている。何者?
これまた気になる写真: Oriental Honey-buzzard (Norman Marigza 2025.3.3)。ルソン島。越冬時期で渡りの亜種の可能性もあるがこの時期に次列風切の換羽中。渡りの亜種であればメスか若鳥タイプの尾の模様に見えるが虹彩は暗色に見える。まだ完全に成熟していない渡りの亜種の越冬期の画像なのだろうか。
次列風切の膨らみ方は若鳥タイプの方だろうか。日本からの衛星追跡ではルソン島まで北上したものはないはずなので、渡りの亜種なのか興味あるところ。
頭かきの際の首の長さに関連してインドの個体の頭かきの写真もあった: Oriental Honey-buzzard (Atul Dhamankar 2025)。
フィリピンの個体はやはり首がだいぶ長く見える。このインドの写真では第 I 趾の爪の曲がりがよく見えるので紹介させていただいた。全体的な羽毛の様子からは水浴び後だろうか。
比較参考画像。マレーシアでおそらく越冬中の渡りのハチクマのオス (日本と同じ亜種)。首を伸ばしているところ, 縮めているところ (Joseph Morlan 2025)。
フィリピンのものはやはりだいぶ長い。首を縮めている時に "そのう" のような部分の羽毛が盛り上がって見えるのは頚椎を S 字型に曲げたものが突出して見えるため。日本の個体でも遠目で見るとそのうが膨らんでいるようにも見えるので注意。
Oriental Honey-buzzard (Jeorge Lacson 2025.4.19) フィリピンの個体の画像。
ノガンモドキの頸椎についての補足情報: Buchmann and Rodrigues (2025) Flesh and bone: The musculature and cervical movements of pterosaurs
にノガンモドキの計測値が出ていた。やはり 15 個らしい。そもそも大きな鳥 (wikipedia では全長 75-90 cm とある) だが計測値を見ると頸椎のみ足し合わせて 28.5 cm あり、確かにかつてノガン類に近いと考えられた、あるいはかつてはツル目に入れられていた (ノガン類もかつてツル目に入っていた) のもおかしくない感じ。かつてのツル目の頸椎数の記述などを見る場合はこれらの種類も混ざっているので注意が必要。
フィリピンで巣材運び中の画像: Oriental Honey-buzzard (Scott Watson 2025.3.18 撮影)。一見してわかる形態。
久しぶりに見たとまり画像 Oriental Honey-buzzard (Jomar Guzman 2025.5.2 撮影)。遠目に見ると何かと思ってしまう。
少し気になる画像 Oriental Honey-buzzard (Roberto Yniguez 2025.6.2 撮影)。
場所はフィリピンのルソン島で、一般的なハチクマより多少首が長く思える。しかし下面は暗色の横縞で典型的な "クビナガハチクマ" とは異なる。翼はあまり長く見えず換羽も行っていて留鳥個体か。渡り亜種の滞在中の画像ではない感じがする。
フィリピンハチクマの典型的な模様ともまた違い、記述の乏しいフィリピンハチクマの暗色型、あるいは雑種の可能性もあるかも知れない。
Owls (BirdForum 2025.1) の方法で自分でも cyt b を用いた系統樹を描いてみた (GenBank から Pernis celebensis を検索してその1つに Run BLAST を適用。全ゲノムデータのあるものも自動的に探してくれた)。
問題となる地域の亜種については Gamauf and Harring (2004) の時代から情報が増えているわけではないが実際にやってみると Pernis celebensis と Pernis steerei がきれいに分離されてなるほどと感じた (紹介する系統樹の2つめを参照)。この2種はかなり異なる種類だった。
簡易系統樹の作り方 以下の簡易系統樹は AY424379.1 の配列に Run BLAST を行ったもの。こちらは Gamauf and Haring (2004) の結果が再現されている。
作り方はこの配列のページからメニューで Run BLAST → BLAST ボタンを押して実行 → 結果が表示されたら Distance tree of results をクリック → 系統樹が表示されたらその上で右ボタンクリックで Expand all を選択 → メニューから [TXT] ボタンを選んでサンプル情報の表示 → 必要に応じて画像スクロール (2025.2 現在のサービスに基づく)。
海外の利用時間帯を考えて混まない時間帯 (日本時間だと昼間の早いうちぐらい) に利用すると反応が早いので参考までに。
次は AY424395.1 を出発点としたもの。この場合は多少の系統樹形の相違も生じ、ハチクマとヨーロッパハチクマのどちらが祖先型かはこのデータからは判断できないことになった。出発点によって結果が異なる理由は BLAST がまず類縁配列をデータベースから探すため、この段階で出発点次第で母集団の集合が異なるため。
少し違う種を使って複数の出発点を試してみるとよい。本文の解説はこちらの系統樹をもとにした。
ハチクマ内部の2系統 (orientalis グループと ptilorhynchus グループ) も前述のようにかなり分離されており、Gyps 属内の距離ぐらいの違いはあるので確かに別種扱いも可能に見える。実際に作ってみると Gamauf and Harring (2004) の論文系統樹を見るよりもよくわかる。
なぜか philippensis が orientalis グループに内包される。この地域の亜種のデータはもう少し欲しいところ。
ただしこのようなグループで2系統を種に分けると orientalis グループの中では ruficollis の記載の方が早いので日本のハチクマの種学名が Pernis ruficollis となってしまう (前出の議論と同じ)。Pernis orientalis の種学名とするためには近い分岐でも意図的に分離するなど少し無理をする必要があり、この遺伝情報からこの種学名採用は少し難しそうに見える。
Anita Gamauf (1962-2018)
ハチクマ類の分子系統の研究を行った Anita Gamauf (オーストリア) は猛禽類の専門家でヨーロッパハチクマ、オオタカ、ヨーロッパノスリの種間関係が学位論文、1993-1995 年にフィリピンの猛禽類の研究に従事、各地を遠征してヒメコウライウグイス Oriolus isabellae Isabela Oriole (IUCN CR 種) を 1993 年に再発見したとのこと。
ハチクマ類は好みだったようで 2009 年に始まった "BORN TO BE WILD" プロジェクト (Auf der Spur von Sakerfalke und Wespenbussard) でワキスジハヤブサとヨーロッパハチクマの衛星追跡を行ったとのこと。
アジアも含めたハチクマ類の系統解析を行ったのも、地元で馴染みのヨーロッパハチクマがどこからやってきたのか知りたかったのだろう。フィリピンでの観察や研究に従事したのもあるいは祖先の候補地の一つと考えたためかも。フィールドワークを機にフィリピンの観察者には著名な研究者とのこと。
Gamauf and Haring (2004) の分子系統研究で逆の結果となり予想が外れたかも知れない。
我々は日本のハチクマを見慣れているのでフィリピンの個体の特殊性がすぐわかるが、まだ識別点も明確でなかった 1990 年代にヨーロッパハチクマを見慣れた目にはフィリピンのハチクマは単にヨーロッパハチクマとアジアのハチクマの違いとして映ったのかも知れない。
自身が 2004 年の分子系統研究で独立種としたフィリピンハチクマ Pernis steerei Philippine Honey Buzzard には亜種 winkleri Gamauf & Preleuthner, 1998 の記載を行っている (記載)。
標本をもとに計測値などから分離したもので、標本の中にもフィリピンクマタカおよびピンスカークマタカ (この当時は亜種扱い) との誤同定はしばしばあったとのこと。
Dickinson et al. (1989) Notes on the birds collected in the Philippines during the Steere Expedition of 1887/1888 が読めるので紹介しておく。Steere (1890) によってフィリピンクマタカと判断されていた標本をなんと Sclater (1919) がフィリピンハチクマ (当時はヨコジマハチクマの亜種) のタイプ標本として記載していたとのこと。Steere (1890) の間違いだろうと判断されている。
専門家にとってすら紛らわしい (さらに学名も英名も紛らわしい)。
Gamauf and Preleuthner (1998) ではこれらの類似性が擬態による可能性については別所で議論の予定とある (どこかに論文があるのだろうか?)。
これぐらい調べられていればフィリピンのハチクマ類の中で首の長さに違いがあることが気づかれそうなものだが、仮剥製 (skins) になってしまうと判断できなくなってしまったのかも。
ピンスカークマタカの記載者の一人で、クマタカ類における貢献は#クマタカの方に記した。
Anita Gamauf がすでに故人であることを知って wikipedia ドイツ語版より調べた。フィリピンのハチクマの特異性はここに示すほどご存じだっただろうか。自分とは別の出発点から未検証の類似のアイデアに到達されていた可能性もあり、研究の着想なども含めて存命中に情報交換してみることができればよかったのだろうが。
しかし 20 年前の限られた分子系統樹である。改めてゲノムレベルで調べる価値は十分あるだろう。
Anita Gamauf 1962 - 2018 (Winkler et al. 2019 の追悼文)。
Anita Gamauf (1962-2018) (Hans-Martin Berg, BirdLife Oesttereich 2018 の追悼文)。
[よく誤認されるハチクマ若鳥淡色型]
ハチクマ若鳥淡色型は渡り中に飛んでいる時はよいが、とまっている時や保護された時などは専門家ですらしばしば識別を誤らせる。
韓国の参考映像。
救護された場合、図鑑を見ても似た種類が見つからなくて別種にされてしまうこともしばしばあるそうである。
次はロシア沿海地方の話 (英語記事): East of Siberia: An Osprey, Until It Wasn't (Wildlife Conservation Society 2017)。
専門家が判定したのにもかかわらず、ミサゴと間違われて何週間も魚を与えられていたようである (ただし若鳥淡色型の容貌を知らずに調べるといかにも間違いそうである。さらにヨーロッパハチクマではさらに真っ白のがいるそうである)。
セルゲイの腕におとなしくとまっていたとのこと。
正体が判明してからハチの巣を買ってきて与えると大喜びで食べた。
食べ終わるとまるで犬のようにもっと欲しいとこちらを見つめたとのこと。
ヨーロッパハチクマでも同様で、ペテルブルグで救助されたものが最初はミサゴとされていた。あまりに白いので間違った、とのこと ペテルブルグで保護されたミサゴはハチクマと判明。専門家が誤同定 (2019)。
Oriental Honey-buzzard (Paul Anderson 2024.12.1) タイで撮影された非常に淡色の若鳥。Oriental Honey-buzzard とまっている写真。
[ヨーロッパ諸言語のヨーロッパハチクマの名称と英語語源]
久野 (2006) Birder 20(10): 20 では、英語で honey buzzard と呼ばれることから、ヨーロッパハチクマもヨーロッパの養蜂家にとってお馴染みと推測しているが、ヨーロッパハチクマは養蜂場を訪れないとの記述もある。
(旧 URL なので直接のリンクは張らない https://twitter.com/WMGVs/status/1425025233401098242) ヨーロッパハチクマはあまりミツバチを狙わない。ヨーロッパではヨーロッパハチクマが集団でハチの巣を襲う報告はないとのこと。越冬地でどうしているのかはわからないが、とも書いてある。
むしろ庭にやってきて (日本の庭の広さを想像してはいけない...) ハチの巣を掘ることはしばしば目撃されている、あるいは庭で他の鳥が騒いでいて見に行ってみると大きな鳥が飛び立ち、ハチの巣があったので駆除業者を呼んだなどの話を身近に聞いたことがある。
また多くのヨーロッパ言語ではちみつ honey の方ではなく、直接にハチを意味する名称が使われている。ドイツ語 Wespenbussard (Wespen ハチ = 英語 wasp, スズメバチ科 Vespidae に対応; ミツバチはドイツ語で Honigbiene)、
オランダ語 wespendief (dief は英語 thief と同じで盗人。面白いことに -dief の付くオランダの他の猛禽は kiekendief のみ。チュウヒ類を指し kieken はひよこの意味)、
ハンガリー語 darazsolyv (ドイツ語同様とのこと)、
フランス語 bondree apivore (後半は学名の種小名と同じ意味)。
フランス語の bondree の語源はよくわかっておらず、bondree によれば 1534 年にすでに用例があり、色彩の似たツグミ類を指していたブルトン (Breton) 語 bondrask 由来説があるとのこと。
スウェーデン語 bivrak (bi- は英語 bee と同語源)、
デンマーク語 hvepsevage (hveps ハチ = 英語 wasp と同語源)、
イタリア語 Falco pecchiaiolo (pecchia ハチ ではあるが現在通常にハチの意味で使われる apis から派生した単語のよう)、
チェコ語 vcelojed lesni (vcela ハチ類全般)、
ロシア語 osoed [osa スズメバチ; ロシア語ではミツバチは pchela と別単語になる。ハチクマにも pcheloed の別名があるが、これは通常ハチクイ類を指す (英語の bee-eater も同じ)。
「幼虫を食べる」の意味の lichinkoed はサンショウクイ類を指す。Cuckoo Shrikes の食性に合わせた名前だろう #アサクラサンショウクイの備考参照]、
ウクライナ、ブルガリア語も同様。
ポーランド語は trzmielojad (trzmiel マルハナバチ属、ミツバチ科ミツバチ亜科)。
ミツバチを直接意味するものは少なく、ハチ類の総称か、ロシア語やドイツ語のように積極的にミツバチではないハチを指すものも多い。
スペイン語 abejero は養蜂家を指すようで例外的だが、ヨーロッパハチクマの wikipedia スペイン語 の見出し語は学名になっていて、そもそもあまり知られていない種類かも知れない (渡り経路ではあるが繁殖地は国内のごく一部)。
英国では比較的珍しい種類でヨーロッパハチクマの本家は大陸だろうことも考えると「英語の名称はハチミツノスリである」とかあまり強調しない方が良さそうである。
English and scientific names of the Honey-buzzard
Brian Groombridge (2011) に英語語源や別名の考察があり、"honey buzzard" は
Willughby (Willoughby) が Buteo apivorus sive vespivorus (ミツバチまたはスズメバチ科のハチを食べるノスリ)
の名前で 1676 年の Ornithologiae で英名とともに用いたもの。英国初記録とのこと。巣での行動を観察した結果で養蜂場とは関係なかった。
当時の記述は生態的には正しかったが、付けられた英名はふさわしくなかった。スズメバチ科のハチはハチミツ (honey) は作らない。
Gilbert White (有名な "The Natural History of Selborne" 1789。邦訳され「セルボーンの博物誌」 講談社学術文庫 1992) もハチミツ目的ではなく幼虫であることを正しく解釈していたが、Willughby and Ray の英名 "honey buzzard" も的確としていた。White 自身は後にハチミツ目的でないことはわかっていたのになぜ間違えてこのように記述してしまったのかと記しているとのこと。
通称が "honey buzzard" だったために White も引きずられてしまったのかも知れないとのこと。
Willughby and Ray の用いた "学名" は Linnaeus 以前だったため Linnaeus は前半の apivorus はそのまま拝借して Falco apivorus の学名に整理したとのこと。Willughby and Ray の "学名" 後半の vespivorus の方が結果的にはより適切であったことになる。
"Capped Buzzard" そして "Bee Hawk" (Macgillivray 1836。この英名は "honey buzzard" よりも一層不正確だった), "Honey-Kites" または "Perns" (Sharpe 1896) などの名称も提唱されたことがあるがまた "honey" に戻ってしまった。"Honey-buzzard" は発音もしやすく (バーダーの間では) 省略しても意味が通じやすいので他の名前は定着しなかった模様。
"honey" の発音のしやすさや音の親しみやすさは英語特有の部分もあって、英語なので定着した名前と言えるかも知れない。
"pern" は現在の辞書でもヨーロッパハチクマの別名とされるが、Cuvier (1817) の学名が由来とのこと (wiktionary)。OED でも最初の用例が 1840 年 Blyth et al., Cuvier's Animal Kingdom で学名から作られた英語であることがわかる。OED では pernis のギリシャ語語源に pterna かかと + id の可能性を挙げている。
(ヨーロッパ)ハチクマ観察者は冬場は余裕ができるので文献に当たったりするのは大変よく理解できる。
もっとも、養蜂場らしいところにとまっている、あるいはミツバチらしいハチが周囲を飛んでいるヨーロッパハチクマの写真がないわけでもない。
写真の例 Trzmielojad。
ポーランドの写真なので、ポーランド語の名称も考慮するとポーランドでは養蜂場を訪れるのかも知れない。
#オオタカの備考にも記したが、Linnaeus (1746) は(ヨーロッパ)ハチクマとオオタカを混同していた。66.を参照。
まだ学名が有効となる前の時代だが、過去に使われた Buteo apivorus s. vespivorus と Accipiter palumbarius (後にオオタカの学名となり、その後シノニムとなった) を同じ項目に入れていた。学名を見れば特色ある "ハチを食べる" と "モリバト (を食べる)" では全然違うので気づきそうなものだが (?)。これは当時のスウェーデン語で区別されず Slaghok と呼ばれていたことに起因する模様。Willughby and Ray の記述をもっと気に留めていれば、という場面。
名称の歴史にも学名成立にも関連する話で、この時点では Linnaeus はオオタカのことをよく知らなかった。続きはオオタカと#ハヤブサの備考参照。
参考までにスラブ諸語の名称について少し追記しておく。-ed, -yad, -jad などはすべて共通の語源で、「食べる」を意味する。英語は eat、ドイツ語は essen なのでどことなく似ている点は把握しやすいと思う。
この後の種類でタカ類のロシア語名をいくつか紹介するが、この語尾を把握おいていただくとよい。-yatnik のように -nik を付けるのは「行為者」をさらに積極的に表現しているものである (例えば okhota 狩 okhotnik 猟師; オホーツク海も同じ語源で我々はロシア語の単語を実は意外に知っている)。
日本では馴染みのない種類であるが、ヘビを食べる種類にチュウヒワシ Circaetus gallicus 英名 Short-toed Snake-Eagle があり、ヘビはロシア語で zmeya なので普通に造語すると zmeeed になる。
これは間違った名称でなく実際にこのようにも呼ばれるが、同じ母音が3つ並ぶと発音しにくいためか (ロシア語の e はヤ行音で、ィエと読む。英語のようにまとめて伸ばして発音したりしない)、一般に使われる名称は zmeeyad となっている。
英語でも別の単語を並べた結果たまたま同じ文字が3つ並ぶことがないわけではないが、このように正規の造語方法で3文字並ぶ単語はロシア語でも非常に珍しいようである。もう一つ別の単語を思いつく人があれば相当の博識だろうと想像する (最初見た時は感嘆語と思ってしまった)。
脱線ついでに豆知識を紹介しておこう。stervyatnik というロシア語名もある。-yatnik はもうおわかりであろう。前半な何か難しそうだが実はこれはドイツ語の sterben (死ぬ) が由来。ドイツ語のこの単語を知っている人であればハゲワシのことかと納得できると思う。
ややこしいのはこう呼ばれるのはハゲワシ類すべてではなく、エジプトハゲワシのことである。日本にもやってくるクロハゲワシは grif と呼ばれて豆知識が直接役に立たないは少し残念なところであるが、系統分類のところで述べたように旧世界のハゲワシ類は複数の系統からなり、もう一つの Gyps 属 (#クロハゲワシの備考参照) は sip と呼ばれ系統の違いごとに別名になっていることがわかる。
[ハチクマの性と年齢の識別]
[ハチクマとヨーロッパハチクマの識別] の話題の前に振り返っておくことにする。
ハチクマの雌雄と幼鳥の識別 (川田隆)「野鳥」1988年10月号 (No. 506) pp. 4-5] がおそらく日本で初めて公表された確かな野外識別方法と思われる (この件や当時の状況については若杉稔氏のお世話になった)。
1983 年から7つがいと5巣の観察によるもので、餌渡し、夜間の抱雛の担当なども根拠に含まれている。
なお「野鳥」の同じ号 (pp. 20-21) に大丸秀士氏による広島 (市) の渡りのハチクマ自慢がある。「止まっている姿がタカらしくなくやさしいだの、飛んでいる姿が首が長くてどうもだのとは言わせない。蚊のごとくちっぽけなサシバでなく、...」とあった。当時からそのような印象も持たれていたらしく面白い。
亜種 japonicus Kuroda を記載した前記論文でも飼育実験まで行われているものの虹彩や尾の模様については注意していなかったのか、尾の性差は現代の記述とあまり整合してない。バンドの太さよりも本数を気にしていた可能性もあるだろう。Dement'ev and Gladkov (1951) ではオス成鳥の尾の帯は「3ではなく2本」と記載がある。
もしかすると japonicus Kuroda の記載を訂正する意図があったのかも知れない。
内田 (1871) 誤られたるハチクマ Pernis apivorus
の記事ではサシバをハチクマと誤って呼ばれていた話とともに、第2図に日光産のハチクマ幼鳥とされる写真が出ているが、これは明らかにオス成鳥であろう。
ハチクマの雌雄と幼鳥の識別は早い時期からかなり混乱があったものと想像できる
[なおこの文献の引用の中に八雕 (雕はワシを表す漢字) が出ていて、背に八の模様が出るので八雕の話が紹介されている。ハチクマはクマタカして流通していたとか。(ハチクマ) とふりがながあって鷲で終わる名称の漢字は現在検索するとオオワシの意味が出てくる。(クマタカ) とふりがながあるのは中国語でワシのこと。クマタカの中で老いて大きくて黒いものをハチクマと呼ぶと書かれていた]。
世界に目を向けると [ヨーロッパハチクマとの関係・亜種] にあるように Vaurie and Amadon (1962) が亜種 orientalis = japonicus の尾のパターンで性と年齢の識別を識別できることを図版とともに示していた。直接文献には当たれなかったが Stresemann (1940 他) でもすでに区別されていたのかも知れない。
これらは標本に基づくものであり虹彩色はわからないが、尾のバンドのパターンは現在でも最も重要な識別点であり、尾のバンドを用いた識別方法は 1962 年までには明らかになっていたと考えるべきであろう。
それ以降に描かれたはずの日本の図鑑や記述が曖昧なものにとどまっていたのはこれらの海外情報が十分入ってきていなかったか、当時は同種とされたヨーロッパハチクマの図版や記述を参考にしていた要因もあるだろう。
現代の知識で東アジアフライウエイの野外識別の英語論文ならば Decandido (2016)
Flight Identification of the Oriental Honey-buzzard Pernis ptilorhynus orientalis in Thailand and Malaysia
が引きやすい。
[ハチクマとヨーロッパハチクマの識別]
ハチクマとヨーロッパハチクマは繁殖域が一部重なっていて雑種形成の可能性があり、雑種と思われる個体も中東を中心に報告されている [Forsman (2016) Flight identification of raptors of Europe, North Africa and the Middle East 2nd edn. 他]。
ただし、ハチクマとヨーロッパハチクマは従来想像されていたほど近い系統ではなく、雑種がしばしば観察されるノスリ類の間よりも類縁関係は遠い (#ノスリ、#チュウヒの備考参照)。ヨーロッパハチクマがハチクマの分布地域にも渡来している可能性もあるが、東アジアの渡りルートで雑種と思われる個体は報告がない。
インドではヨーロッパハチクマの記録がある。Anand et al. (2015) The European Honey-Buzzard
Pernis apivorus in India, and notes on its identification。
この文献の中では亜種 orientalis はインドではまれに見られるとある。さらに Munderi Kadavu Bird Sanctuary (Abdul Raheem Munderi 2020) を雑種と紹介している
(インド初記録のヨーロッパハチクマかどうかが問題となって純粋な種とは認めなかった模様。ハチクマに類似していると指摘されている点はなかなか微妙に見える)。
以下のオンラインセミナーが大変役に立つ (このセミナーは越冬地の視聴者も対象としているため、アフリカの種類との比較が多い):
Honey Buzzard Hybridization and Identification (Better Birding Webinars)。
分布の重なっているところは人も訪れないところで (これは正しくない)、雑種のつがいのいる巣を見た人はいない。DNA 解析も行われていない。ハチクマまたはヨーロッパハチクマの多様な個体変異の一部が雑種によるものの可能性は? 中東やアフリカで越冬するハチクマの事例が増えてきている。これは種そのものの変化によるものか、あるいは雑種形成の結果アフリカ方向に向かう渡りの衝動が生じるのか。
ヨーロッパハチクマの南アフリカでの記録は大変まれだったか最近 25-30 年の間で増えた。アフリカでも大部分の期間は樹冠の下で生活していて地面をひっかいている。ハチ類が主食だが日和見主義的 (opportunistic) な採食行動 (その時に簡単に得られるものを食べる) をとっている。南アフリカで観察されるものの大部分がメスである。
ヨーロッパハチクマは成鳥の羽衣になるのに3年かかる。最初の2年間はアフリカで過ごす。ヨーロッパの図鑑を見ても中間の年齢がどう見えるのかはわからない。オスの方が遠くまで渡らない仮説として、オスはなるべく繁殖地の近くで越冬することで繁殖地に早く戻れてよい場所を確保する意義があるとするものがある。
53:15 あたりからハチクマの識別:
* ハチクマの方がヨーロッパハチクマより足や爪がずっと大きい。
* 飛翔時ハチクマの方がずっとワシに似た印象を受ける。アフリカのアフリカソウゲンワシ (サメイロイヌワシ) Aquila rapax 英名 Tawny Eagle のように見える。ヨーロッパハチクマを見慣れた目にはまるでワシのように見えるそうだが、日本でもよい出会いをすると大変立派に見えるのでこれは納得できる。
日本でも飛翔時のシルエットが Aquila属 (イヌワシ属) のように見えると指摘する人もある [cf. 先崎・伊関 (2014) Birder 26(9): 9 に識別対象種としてイヌワシが出ている]。
* 翼下面の横縞がヨーロッパハチクマでは揃って並んで見えるが、ハチクマではばらついている (この点は自分もハチクマのイラストを見る時に気にしている部分。よく特徴を把握せず描かれたイラストではヨーロッパハチクマのようにきれいに並べているものも多い)。
* ハチクマには手根部のいわゆるノスリ班のような "carpal patch" がない。
* 「よだれかけ」みたいな喉の模様 (gorget) があればハチクマ。
* 翼指はヨーロッパハチクマで5枚、ハチクマで6枚。
* ヨーロッパハチクマはオスでも虹彩は黄色。
これらの特徴が混ざっている個体は雑種の候補となるが、1:19:10 あたりに雑種ハチクマ判定の注意点:
* 英名の "crested" (冠羽)については、とまった姿でハチクマはチュウヒダカに似た印象を受ける (がよい識別点ではない)。
* 足が大きいと言っていたが獲物は違うのか? - 知らない。
* carpal crescent (carpal patch より小さい手根部の三日月型の模様) を雑種の特徴と主張している人もあったが、東アジアフライウエイの個体 (ハチクマ) でも見られており、雑種を表すものではなく個体変異の範囲だろう。
* 若鳥の次列風切の横縞がヨーロッパハチクマでは4本、ハチクマでは5-6本だが、ハチクマでも少ないのがいる。
以下の個体は雑種と判定されているがいかがだろうか: Crested or Oriental Honey Buzzard and hybrids (Batumi Raptor Count 2013)。
尾のバンドがハチクマほと太くないなど挙げられているが、この程度の個体もあるような気がする (外側のバンドは擦り切れて細くなっているものもあるのでそこまで判断材料にならないかも知れない)。
次列風切の模様のパターンは確かにハチクマとしては違和感があるように思える。
カザフスタンのハチクマ Oriental Honey-buzzard (Northern) (Charley Hesse 2024.5.18 Taukum Desert)。
渡り亜種のはずで、日本のものとよく似て見えるがいかがだろうか。尾のバンドが少し細い気がするが個体差の範囲か。
[ハチクマと他種猛禽類との識別]
ヨーロッパハチクマとの識別の後にこの項目が出てくるのは変な気もするが、あまり予想しないような誤認がしばしばある。
日本では最もよく間違えられるのがクマタカというのは納得できる話で、流通が許されていた時代にはハチクマがクマタカの名前で流通していたのも不思議な感じがしない。
ハチクマの名前がほとんど知られていなかった時期のような古い書籍などではクマタカに近い種類とまで書いてあったりする。トビに近いと書かれるようになったのはその反動か? 今ではこれも間違っていることがわかっている。
クマタカを見慣れた人にはどこが似ているのかわからないと言われることもあるが、翼の幅広さがわからない条件では確かに似て見えることもある。
タカ渡りなどではトビ、ノスリとの区別が問題となるのはご存じの通り。また飛翔形がイヌワシ属に似ていることもしばしば取り上げられる。シルエットしか見えない場合は識別対象になることは他所でも触れた。
「野鳥」2010年10月号 (No. 750) p. 39 に福田氏のエピソードが紹介されている。
ここで取り上げたいのは海外事例で、日本ではハチクマとカンムリワシは同所的ではないのでほとんど問題にならないが、海外ではカンムリワシとの誤認が非常に多い (ベテランの写真ですら間違っていることがある)。尾の帯模様などが似ているからだろう。
この誤認の問題は写真であればまだ見て判断しやすいが、誤認された結果が音声ライブラリ (Macaulay Library など) にも紛れ込んでいると思われるので要注意。カンムリワシの音源だと思って解析に用いたが実はハチクマだった、ということも十分あり得る。もちろんカンムリワシやハチクマに限った話ではない。
とまっている時に多く見られる誤認はクマタカ類で、海外ではクマタカ類に擬態している (とされる) ハチクマ類やハチクマの亜種もあるのである程度やむを得ないところもある。人でも間違えるぐらいの擬態は効果もあるのだろう。カワリクマタカとの誤認もよくある。
ミサゴとの誤認は [よく誤認されるハチクマ若鳥淡色型] で述べた。もっともこれ以外にも何にでも間違えられるようで、広義ハイタカ属やワシ類なども含め「どこが似ているのか」と思うような誤認を見かけることがある。亜科レベルではハゲワシ亜科など特別なもの以外の誤認をほとんど見たことがあるように思う。
この項目を設けたのは過去の書物を見ていて「あれっ?」と思う事例に遭遇したためである。
「アニマルライフ」 デラックス 「動物の世界」35 (日本メール・オーダー 1983; 週刊版は 1974 が初版だったらしいがこの号に相当されるものが初版に含まれていたかどうかは不明) をぱらぱらと見ていて p. 507 (アジアの山岳地帯の動物) でこんなところにハチクマが、と (いわゆる jizz で) 思った写真があったが、
キャプションには「サメイロイヌワシ。中世ヨーロッパにおいて、鷹狩りのとき王侯しかつかうことのできなかったといわれるイヌワシ類は、"王" の威厳にふさわしいすばらしい翼をもっている」とある
(お持ちの方もあろうと思われるので見ていただきたい。図書館にもよく入っているだろう)。
なおサメイロイヌワシは Tawny Eagle の過去の名前で、アフリカソウゲンワシの名前が現在よく使われる。この記事の時代はおそらくソウゲンワシ Steppe Eagle が同種とされていたころで、地域からは今でいうソウゲンワシのことを意味していると考えてよさそう。
ワシだと言われると爪も確かに立派でそのようにも見えてしまうのだが (もうちょっと隠しておいた方がよいらしいよと余計な助言もしておく)、ここまで書いてあると識別点を確認しておかねばならない。
虹彩が黄色で全周が丸く見えていることはソウゲンワシとは合わない。目と嘴の間 (lore) が羽毛で覆われている点もハチクマでよい。鼻孔もワシのように開いていない。ろう膜は暗色。他にも口角の色などソウゲンワシと似ていない点がいくつもある。
これらの特徴をみるとハチクマの亜種 ruficollis のメス成鳥でよさそう。背景も森林環境でソウゲンワシの好む環境と合っていない。
なぜイヌワシ類と考えられたか想像してみると、ふしょのかなりの部分が羽毛で覆われているためで、全体の色調からソウゲンワシと判定されたのではないだろうか。
ハチクマを横顔で見ると十分かっこよくて爪もしっかりしていて (鳥類学者の描くニワトリのような爪はやはり間違っている模様)、イヌワシ類とされても疑いが持たれなかったのかも。[ハチクマとヨーロッパハチクマの識別] でハチクマはアフリカソウゲンワシのように見えると紹介されているので鳥類学者にとっても似て見えたのかも。
著者は主にフランスのチームのようで (フランスの鳥類学者 Jean-Jacques Barloy 1939-2013 が冒頭に出てくる)、ヨーロッパハチクマに慣れた目にはハチクマはソウゲンワシに見えた? (ほんとうか?)。
影の写りこみの様子から複数人で投光器を用いて撮影したものと思われるが、なぜそんなに注目されるのか不思議に感じていたのではないだろうか (笑)。
このシリーズは世界同時発売だったはずで、誰も指摘しなかったのだろうか?
なお同書 pp. 528-529 でイヌワシが扱われ、p. 531 に写真がある。
ふしょが大部分羽毛で覆われている写真はインドの Oriental Honey-buzzard (Atul Dhamankar 2025.4.19) もあった。こちらに目をつけると何の種類かと思ってしまう。
なお目先 (lore) が羽毛で覆われているタカ類はコウモリダカがあるとのこと (Jollie 1977, p. 297)。系統的にはまったく異なる。参考画像: Bat Hawk (Reece Dodd 2024)。
顔がハチクマに似ているかと考えれば多少似ている感じもする (目が大きいのは夜行性が強いため)。翼型など他は似ておらず共通点は目先の羽毛だけか。コウモリの捕食で目先が羽毛に覆われるのはどのような適応だろうか (#トラフズク備考の [コウモリを主に食べる北京郊外のトラフズク] で考察してみた)。
オウギワシ亜科というのも容貌からは理解しにくいがオウギワシは特有の transposable elements があるなど独自の進化を遂げたらしい (#ミサゴ備考の [染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化])。コウモリダカもこの精度でゲノムが読まれれば共通点や進化経路の違いなども議論の対象になるのだろう。
近年の識別話題例では Eagle in Central Asia 一緒に写っているのはワタリガラスとのこと。投稿者もワシばかり考えて思い至らなかったとのこと。
これも最近の識別話題: Honey Buzzard? Poland
ヨーロッパハチクマとオオタカの区別がつかない。どこに注目すればよいのか教えて欲しい。
「そんなものは全然似ていない。見れば一目瞭然だろう」しかし議論は続き「どこが似ているか敢えて挙げてみよう」などの手助けをする人も。「もっとフィールド経験を積みなさい」(まったくその通りではあるが) との発言もあるが、「ビデオを探して見なさい」の助言も。でも識別方法を言葉で説明して欲しい。それは確かになかなか難しい。
続きがあって Question about identifying raptors
ヨーロッパハチクマとヨーロッパノスリの識別はどこにも書いてあるが、ヨーロッパハチクマとオオタカの識別は出てこない。書いてあるそれぞれの特徴を並べると同じようなものになってしまうとのこと
[ハイタカに比べたオオタカの識別点、(ヨーロッパ) ノスリに比べた (ヨーロッパ) ハチクマの識別点をそれぞれ列挙すると確かにそうなるかも知れない]。感覚的でなく絶対的な識別点が知りたいとのこと。
2024.9.28 の新聞広告に Birder Special タカの渡り観察マニュアル (久野公啓 文一総合出版 2024) が出ていて、紹介写真のキャプションにクマタカとあった。文一でも間違えるのか !? かつて Kbird で動物園のハチクマのネームプレートがクマタカになっていても一般の人は 90% 以上は気づかないのではと書いたことがあるが、おそらくその通りらしい。
なおハチクマは秋の渡りで見る機会が圧倒的に多いので、個体によっては脂肪を蓄えて非常に太っていることがある。体格が良ければ一層クマタカのように見えても不思議でないかも。秋の渡りだけ見ていると印象を誤る恐れが多分にあり。写真図鑑なども飛翔写真は秋の渡りのものが多く平均的にはやや太っているかも。
スマートなハチクマが見たければ (お好みであれば) 春から夏に観察するのがよい、となるだろうか。
とまっている姿は養蜂場で撮影されたものもかなり含まれているらしいためか、海外で撮影されているとまった写真と少し違う印象を受ける。地上近くでは多少なりとも警戒している可能性がある。
ハチクマに限った話ではないが写真図鑑のポーズが必ずしも典型的なものとは限らないのでこの点も注意して見ていただくとよいだろう。
Oriental Honey Buzzard from BR Hills, Karnataka (Think Wildlife Foundation 2024)。見ていただければすぐわかっていただけるだろう。特徴まで記述してあるのだが...ビデオの取り違えかも知れない。
さて、このあたりまで書いてから最近のビデオにはかなり怪しいものが含まれていることに気づいた (これまで紹介していない)。単に他人のビデオを継ぎ接ぎしてアクセスを狙ったものかと思っていたが、ハチクマ類に見えない種類はハチの巣を襲っている映像などが見られる。これは AI が作成した「ハチの巣を襲うタカ」の映像で、タカは何でもよかったのでハチクマ類以外が使われてしまったものがあるかも知れない。
この状況になると単なる誤認や取り違えとも言えず、自然の映像か合成映像か個々に疑う必要がある。ハチクマの習性のビデオとして紹介されていても必ずしも本物とは限らない。古い時期からあるものは大丈夫なのだろうが。
[幼鳥の次列風切が幅広いのはなぜ?]
#カタグロトビ備考 [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] の Zuberogoitia et al. (2018) Moult in Birds of Prey: A Review of Current Knowledge and Future Challenges for Research
より。猛禽類では一般的に亜成鳥の羽は幼鳥より短く成鳥より長い。この傾向は特に次列に顕著とのこと。ハチクマの次列風切が幅広いのは幼鳥の識別点となっているが、おそらくこの羽毛構造の齢差に関係しているのだろう。
この機能は尾羽の機能と組み合わせて考えるとよりはっきりするかも知れない。ハチクマが尾羽をしっかり広げると次列風切と連続面をなして航空力学的にもいかに有利なように見える。特に春の渡り中のハチクマがしばしば尾羽をしっかり広げている印象を受ける。春は相対的にまだ気温が低く、上昇気流も弱めで体重の大きなハチクマが渡るためには尾羽を活用する必要性がより高いかも知れない
(自分の場合はまだ気温が上がる前で風の少ない朝の記録が中心である選択効果が現れているかもしれない。日中も含めてよく観察されている方の印象も伺いたい)。
ノスリ類のソアリング中の尾羽の役割と同様でノスリ類の方がより目立って見える。クマタカでも同様かも知れないがクマタカは体重が一層大きいので (森林性のため) 翼を長くせずに面積を拡大するにはこの方法しかないかも。またクマタカサイズの鳥が森林性かつ渡りをするのは形態的には無理があるかも。
ハチクマで幼鳥のみ次列風切が幅広いのは、まだ飛翔能力が十分でない段階で秋の渡りを行う必要があるためではと考えてみた。飛翔能力の高い成鳥よりも尾羽の効果と組み合わせて上昇気流を捕まえる能力が成鳥以上に必要なのでは。また平均的に幼鳥の方が渡りが遅いため、気象条件がより不利になる効果を補えるかも知れない
(成鳥が幼鳥を待って渡らないのは別件でも紹介のように生活史戦略からも妥当で、寿命の長い成鳥が自身の生存率を高める行動の方が進化しやすい。ではなぜツル類やガン類がそのような戦略にならないのかと問われそうだがいずれも古く誕生した系統で系統的制約なのかも知れない)。
[ハチクマとヨーロッパハチクマの識別] にあるように、ハチクマとヨーロッパハチクマの識別点で若鳥の次列風切の横縞の数も体重差を反映しているかも知れない。
渡りを行わない留鳥亜種の幼鳥の翼型と比較すれば検証できるかも知れない。
参考画像: Oriental Honey-buzzard (Nick 6978 2025.5.12 マレーシア) これは留鳥亜種? 一見別種かと思ったほど相対的に翼の幅が広く尾は短く大きく広げていた。幼鳥の翼型の議論とは必ずしも符合しないかも知れない。
ここまではタカ類の次列風切の話であるが、ご存じのように飛んでいる鳥を下面から見ると下雨覆で覆われる範囲が系統によってずいぶん違っている。ハチクマでは下雨覆で覆われる範囲が狭いために次列風切の横縞の数が識別点に使える次第である。
カモ類では飛翔時下雨覆が翼のかなりの部分を覆っているように見える。カモ類では常時羽ばたいていないと落ちてしまうので下雨覆で補強する必要があるのでは?
同じ説明はコウノトリ類には当てはまるような気がするがミズナギドリ類には必ずしも当てはまらないようにも見える。おそらくミズナギドリ類はタカ類とソアリング方式が異なるので、翼はもっと幅が狭く次列風切が短い方がよいのだろう。
すでにどこかに議論がありそうな気もするが検討材料として提供。
[目を隠す模様は何のため?]
(#カワウの備考 [ウの虹彩はなぜ緑色?] から出張再掲):
アメリカチョウゲンボウなどで後頭部に偽の目 (false eyes) の模様があると言われていたが最近この話をあまり聞かない。説を知っている現役世代があまりいなくなったのか、あるいは実験的証拠に乏しいのか。
These Birds of Prey Have Eyes in the Backs of Their Heads (Audubon の解説) では見ているように見せかけて攻撃を避けているとのこと。
比較的新しい論文があって Deppe et al. (2003) Effect of Northern Pygmy-Owl (Glaucidium gnoma) Eyespots on Avian Mobbing メキシコスズメフクロウではモビングを避ける機能があるとの実験結果。これが本当ならば被食者が捕食者の視線を見ている? しかしこの論文でアメリカチョウゲンボウに一言も触れていないのはなぜだ?
モビングを避けるならばどの種にも有効そうだが、限られた種にしか同様の模様が見られないのはなぜだろうか。
The Function of Ocelli (false eyes) In Raptors (Ron Dudley 2014) では逆にモビングを誘発して食物となる小鳥を襲う説もあってこの場合はまったく逆の意味になる。この著者は小鳥も食べるスズメフクロウが偽の目を持つ傾向があるとのこと。
タカ・ハヤブサ類の種類によっては目をむしろ隠すような模様があるものがあるがどちらが有効なのだろう。ミサゴやハヤブサは反射光を防ぐ解釈ができるが、ハチクマのメス淡色型や若鳥の模様は何のため? Dudley の説に乗ればハチクマは小鳥を (たぶん) 襲わないのでモビングを誘発する必要がない (?? 多分関係なさそうだが)。
#ハシブトガラ備考の Poecile 属の意味や #オオヨシゴイ備考の虹彩の模様など、捕食する際も対捕食者に対しても目を隠す手法は多分有益なのだろう。タカ・ハヤブサ類の場合はカラスなどに見つけられてモビングされるのを避けるのに役立つかも知れない (アメリカチョウゲンボウの場合の発想とは逆になる)。
これは特に森林性の猛禽類が待ち伏せ猟をしている場合、カラス類などに見つけられて騒がれると狩りが台無しになってしまうのを防ぐ効果があるのでは、とカラス類に追われてやむを得ず森林から飛び出す猛禽類をしばしば見て感じた (そんなところにいたのか、とかカケスが妙に騒ぐのできっといるぞ、など)。すなわち獲物に色覚や高い視力がなくても成り立つ可能性がある。
猛禽類の場合はおそらく森林性・待ち伏せ猟タイプに特に有効なのでは。草原性や飛びながら獲物を探すタイプは目を隠す必要は高くないかも。ハチクマの模様は前者に当てはまる感じがする。クマタカでもカラス類がよく騒いで移動を余儀なくされることもあるのできっと同様だろう。
日本やインドのオス成鳥のハチクマの黒い目は目立つのではとも思えるが、むしろ黄色の目ほどは目立たないかも。カラス類から見てとまっている時はタカに見えずハトと思われて無視されている、なんて可能性も (?)。
獲物が反撃する場合に目を狙われないように目を隠す効果もあるだろう。ハチクマでもサギ類などの巣を襲う場合に親鳥の反撃が危険かも知れない。さまざまな場面で目を隠すことは役に立ちそう。
オオタカの方がサギ類を襲いそうなので、オオタカの目が目立っていることと矛盾する感じもするが、オオタカの逆光写真を見ると目が全然目立たないことに気づいた。サギの方から見ればほぼ逆光条件なので目を通る黒い帯があれば目を隠す効果が十分期待できる。
オオタカとハチクマで狙うものは違うかも知れないが、狙われるサギの側にとっては同じようなものだろう。
そう、図鑑やインターネットの写真などはわざわざ逆光のものや目がはっきり写っていないものを載せないので、これらの写真だけを見ていると気づかないのであった。
[ハチクマの嘴はあまり曲がっていない?]
ハチクマの爪や嘴はあまり鋭くないとよく書かれているが、こんな嘴の写真もある。Oriental Honey-buzzard (Vivek Sharma 2025.4.26) インドの画像で亜種はおそらく日本のものと異なるがよく似ている。
これほど嘴が曲がっているとハチの子を引き出すのにむしろ支障があるのではと感じてしまうがあまり問題にならないのだろうか。オス成鳥でおそらく食料には不自由せず生きてきたものと考えられるが何を食べているのだろう。Oriental Honey-buzzard 同じ個体で爪が見える画像。
[ハチクマとノスリの骨の強度比較]
一般的にはハチクマに比べてノスリの方ががっちりした体のつくりになっている印象を受けるが、骨の内部構造を見ると必ずしもそうでもないらしい: Bertuccelli et al. (2021) Predisposing Anatomical Factors of Humeral Fractures in Birds of Prey: A Preliminary Tomographic Comparative Study
いずれもヨーロッパの種を扱っているがおそらく東洋の対応種にも適応できるのだろう。以下それを前提に書くと、上腕骨 (humerus) の強度はハヤブサとハチクマの方がノスリやフクロウ類を上回る可能性があるとのこと。ハヤブサの強度が高いのは当然のように感じるがハチクマが高いのは意外な感じがする。
ソアリングにはそれほど骨の強度は必要ないとも言われるが実際にはそうでもないのかも。骨格の外見だけを見るとわからない部分かも知れない。悪天候時のハチクマの飛翔力が強いと言われるタカ渡りの観察者の知見の方が (gross anatomy あるいは肉眼解剖学の) 解剖学者の感覚より正しいのかも。
ふと気になったのでメモ的に残しておくが、初列風切の翼指 (fingers) の数とも関係があるかもしれない。ヨーロッパハチクマで5枚、ハチクマで6枚なのは単純にサイズの違いを反映したものと思っていたが、ノスリは5枚なのでちょっと少ない感じがする。
そう思ってオオノスリを調べてみたところ、飛翔写真を見る限り5枚に見える。体重や翼開長はオオノスリとハチクマは同等かオオノスリの方が少し重く大きいぐらいなので、ノスリ類ではサイズの違いが翼指数にあまり影響を与えないのかも知れない。
それならばもっと大きい種類を調べておかなければ、とワシノスリ [高野 (1973) ではハイイロオオノスリ] Geranoaetus melanoleucus Black-chested Buzzard-Eagle の写真を見てみると翼型は全然違うがやはり5枚に見える。
ワシノスリの尾がかなり短いことを見ると、開けた環境で生息するノスリ類は加速度を要求する敏捷な操縦性能があまり要求されないのかも知れない。
森林性のより強いハチクマの翼の方が操縦性能が必要で、翼もノスリ類より相対的に長いと考えれば強度が要求されるかも知れない (だからこそ? ハチクマの尾羽は強度が買われて弓矢に重宝されるのかも)。ハチクマは例えばオオタカほどではないかも知れないが森林内を自在に飛んでいるが、我々が出会う頻度が低すぎて気づきにくいだけかも知れない。偶然出会った場合に込み入った林を巧みに抜けて飛び去るのを見ることもあるので操縦性能は高いのだろう。
逆に言えばノスリ類の方が相対的に後発なので、森林性猛禽類がすでに占めてしまった森林内より開放環境を得意としたのかも知れない。
クマタカが7枚なのも単に大きいからだけでなく、同様に森林内の操縦性能の要求があるかも知れない。
直接関係ないかも知れないが、ハチクマは樹上のハチの巣などを捕食する際や片足で獲物を持っている場合に翼を支えに使っている映像をしばしば見かける。我々が腕で体を支えるのと似た使い方になっている。もし本当に手ならば使いたいところだろう。このような場合に上肢と下肢の統合がどのように行われているのか神経科学的にも面白いかも。
純粋に飛翔のみに翼を用いるタカ類に比べて要求水準が高い可能性もあるかも知れない。
[ハチクマの繁殖行動]
繁殖行動は成書にも詳しいので主に有益な文献を紹介しておく。
計測値のところでも引用した久野 (2006) Birder 20(10): 20-27 は日本のハチクマの比較的新しい基本文献と言ってよいだろう。いろいろな側面からの情報が述べられている。Birder のこの号はハチクマの特集で、衛星追跡によってハチクマの渡りが明らかになって一般的にも話題になっていた時期であった。
少し古いバックナンバーで入手が難しいこと、日本語のため海外に紹介しにくいのは難点である。ハチクマの英語論文は限られた視点のものしかなく、海外の研究者にとってはハチクマは生態がほとんど知られていない種と考えられているようである (ヨーロッパハチクマの論文は多数あるのでこれはある意味正しいが)。この特集号に相当する英語論文があってもよい気がする。
佐伯・堀田 (2014) Birder 26(9): 16-17 に「日本で過ごすハチクマの暮らし4か月」の記事があり、ここでは抱卵は雌雄がほぼ 24 時間交代で行い、抱卵していない方の個体はほぼ1日フリーで遊びに行ける印象を受けるが、久野の記事ではペアによって様々なパターンがあるとのこと。
近場に養蜂場があるかどうかにもよるかも知れない。
ひなは兄弟をいじめることもしないとある ([兄弟殺し] の項目も参照。韓国で確実な兄弟殺しの事例が記録された)。
また 2006-2012 年の7シーズンに同じオスがメスを変えることが3回あった (つまり4羽の違うメスとつがいになった) との報告がある。この事例は「日本のタカ学: 生態と保全」(東京大学出版会 2013) でも紹介されているが、ヨーロッパハチクマの追跡結果ではあまりつがい相手を変えない印象を受ける。
ハチクマで一般的性質なのかはよくわからない。マレーシアの事例ではつがい関係が長期継続されているが渡りを行う亜種かどうかにも依存するのかも知れない。
「アニマ」1988年2月号 (pp. 84-99。オオタカの記事内)
宮崎学氏によるとオオタカはなかなか姿を姿を現してくれないがハチクマはよく姿を現す。オオタカとハチクマは割合近い位置で営巣していることが多い。宮崎氏はオオタカを見つける際にまずハチクマを探す。「ハチクマのいる所にオオタカあり」と記述している。
皆さんの印象と比べていかがだろうか? ハチクマは繁殖地で見ることが通常なかなか難しいとされるが、宮崎氏のフィールドとされた地域はハチクマが多いのかも知れない。また宮崎氏はタカの観察に声を重視しており、通常の観察者があまり訪れない夜明け時間帯などの音声情報などの手がかりも使われているかも知れない
(後に紹介するマレーシアのハチクマの事例ではつがいの音声コミュニケーションについても述べられており、想像以上に声を使っているかも知れない)。
オオタカはハチクマのひなも狙うのでハチクマがわざわざ選んで近い位置で営巣しているならば興味深いところである。
同記事にはオオタカの古巣 (複数持つ巣のうち使用していないもの) をハチクマや他のタカ類が利用した事例も紹介されていた。
宮崎 (1987)「鷲鷹ひとり旅」でもこの記事で紹介されているものと同一と思われる、同じ山の狭い範囲にオオタカ、ハチクマ、トビ、ノスリが営巣した例が紹介されている。
「ハチクマのいる所にオオタカあり」は一般的記述と思われるので、この事例だけを指したものではないだろう。
他項目 [ロシアのハチクマとヨーロッパハチクマの研究のための情報] や [音声] および#オオタカ備考にも関連情報を取り上げた。
[擬態] の項目で示したように南から東南アジアではカワリクマタカ、ハチクマ、カンムリワシも同所的に生息しているが、互いに近い距離で営巣しているかまでの情報はわからない。
カワリクマタカで提案されているようにオオタカ、ハチクマ、トビ、ノスリは主な食物がそれぞれ違うので互いに比較的寛容なのかも知れない。
オオタカ、ノスリはヨーロッパでもアジアでも大きさはあまり違わないが、ヨーロッパハチクマに比べてハチクマが大型なのはアジアにはクマタカ類がいるためかも知れない。
「アニマ」1989年1月号 (#トビの備考 [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] 参照) にも宮崎氏の対談「童話に生きる鷹少年」があり、ここでも (なかなか出会えない) タカの世界に声から入ることが紹介されている (海外研究者の事例だが [60 年ぶりに再発見されたマダガスカルヘビワシ (ハチクマ亜科)] の記述を見てもまったくその通りである)。
宮崎氏によれば種ごとに違った声でコミュニケーションをとり、声 (鷹語) の意味もわかるとのこと (表題の「童話に生きる」はこの部分を比喩したもの)。
別に紹介するマレーシアの繁殖ハチクマの映像や記述では声でコミュニケーションをとっていて観察者も声で行動を聞き分けていることは確かなので、タカにも豊富な音声レパートリーがあって使い分けているのかも知れない。
自分も #オオルリ で一部紹介するような音声レパートリーを把握して行動も理解しているが、この把握にもかなりの年月を要している。数も行動頻度も少ない猛禽類で把握するのは相当の期間と経験が必要だろう。スズメ目とは違う点もあるだろうが地鳴きがいろいろな意味を伝える機能はタカでも実はそれほど違わないかも知れない。
「アニマ」のこの号は「日本の鷲鷹」特集なので関心のある人には大変興味深いであろう記事がたくさんある。
ジャーナリストの坂本正治氏による「追跡! ワシタカ密輸ルート」の記事がある。前半は恐らく皆様も時代から期待されるような密輸ルートの解明の記事となっているが (当時は剥製がまだ売られていたがそれほどの需要はなかったとのこと)、かなり意外な展開に結びついている。
著者も「結末は最もつらいものになってしまった」とサブタイトルに挙げているので読みたくない方は以下飛ばしていただいてよいだろう。
上述の宮崎氏 (この記事では M 氏としているが記述より実名は明らかであるが) が密猟者疑いとして日本野鳥の会の一部からマークされていたことがあったことが記されている。
当時は日本野鳥の会がオオタカ保護運動を進めており特殊鳥類に指定されるなど一定の成果を挙げていたが、インタビューで市田則孝氏 (後にバードライフ・アジア初代代表となり、現在バードライフ・インターナショナル東京) は「日本古来の鷹匠術を文化財として認めない考え方にたってオオタカ保護運動を進めたのか?」の質問に対して
「滅ぼしてしまおうとしたものではなく、なくなっても仕方ない、残すに値するものがないと聞いている」
と返答している。
(この質問はここでは唐突に見えるが、密猟者、鷹の飼育者などの複雑な関係が取材により明らかになってゆく途中の過程を紹介しきれないためである。この部分は実話や聞き取り調査などもあるが実名は伏せられている。上記 M 氏の扱いもそれに合わせたものと思われる)。
保護関係者から得られた情報は事実上2種類しかなかったとのことで、今で言われる偽情報に相当するものがグループ内で拡散していったものらしい。
この記述やその後に述べられる解釈には坂本氏独自のものが含まれていると思われるが、
結果的に限られた情報に伴う視野の狭い運動が日本の自然保護を歪めてしまった部分はあるように感じる。
これは市田氏個人や日本野鳥の会への批判のつもりではないが、その後の歴史が当時提起されたさまざまなことを物語ってくれているように感じ、歴史を読み解くつもりで書いている。
日本野鳥の会の古くからの会員の方はこれ以降の時代に起きたことをご存じであろうし、鷹匠術に対する当時の価値観を引き続き保ち続けられている方もあるだろうと思う (鷹狩りはさまざまな側面の事項があり一筋縄ではないわけだが)。
しかし日本野鳥の会の若手会員減少や、なぜ海外諸国のように関連団体がまとまっていないのかなど「これ以降の時代」に起きた出来事、そしてこの時代に示されていた遠因と無関係とは考えにくく、結果的に坂本氏の指摘は正鵠を射ていたのではないかと感じる。今となっては関連団体間の障壁はそれほどではないかも知れないが。
興味ある記事の詰まっている号なので何らかの手段で読むことができれば一読をお勧めしたい。
#コマドリの備考、[コマドリと少年、手塚治虫さんとかつての日本野鳥の会のこと] キューソクさんのコラムなども関係。
同項目にある「アニマ」1984年5月号の特集「創立50周年を迎えた<日本野鳥の会>」にも対談があるが、当時の日本野鳥の会の会員数は 13000 人。5年も経過しない時期に「結末は最もつらいものになってしまった」と書かれるに至ったのは何が問題だったのだろうか。
[死体をおとりに使うか?]
Birder 2003年7月号 (該当記事を読めていないのでこれに対する回答のみからの考察になるが) のバーダー質問箱に小野氏が巣のカエルやトカゲの死体をおとりに使ってハチをおびき寄せているのではとの質問があったようである (人間の行うハチ追いには同様のものを用いる)。
久野 (2004) Birder 18(2): 82-83 がハチクマのひなはカエルなどを食べるのが苦手でハチの巣が運ばれてくると食べ残しになることがあるため、おとりよりも単なる食べ残しなのではと回答している。またハチクマにハチ忌避の臭気があるならばハチが寄り付かないだろうことの述べている。
ハチクマ7個体を捕獲時嗅いでもらっても誰も特別なにおいを感じなかったとも記載されているものの、ハチの行動変容からハチの巣を襲う時のみハチをおとなしくする臭気を出す可能性も検討されている。
小野氏によれば片方の翼を開いて真上を覆うようにして巣盤をついばむ様子が観察されており、口かあるいはどこかから臭気を出している可能性も挙げられている。
久野氏のこの回答に対するコメントを述べておく。
動物園個体を観察した印象では、片方の翼を開く行動はバランスを取るため (片足で掴んで食べることもあるので片足だけでのバランスが難しい)、あるいはマントリングの一種ではないかと思う。
台湾のハチクマの巣のビデオ中継では前述のように巣ではハチ忌避の機能 (臭気) はないように見え、湿度の高い時はハチが訪れていたので食べ残しの死体が副次的にハチを誘引している可能性はありそうに見えた。飛び立つ時にそれを追いかける様子はなかったので意図的なおとりとしては役立っていないのではないかと思う。
後で気づいたのだが、「スズメバチの科学」(小野正人 1997 海遊舎。この本は表紙がスズメバチの巣をひなに運ぶハチクマの写真で、Birder の書評によれば宮崎学氏ともつながりがあったそうである) の著者の講演で
「ハチクマはスズメバチの巣を襲い、幼虫やサナギを食料としています。まず自分の巣にカエルやヘビなどを運び込み、それらに近づいてきたスズメバチを追跡し、巣を発見します」とある (社会性ハチ類の知られざる生態-ミツバチ、マルハナバチ、スズメバチと私たちの生活との関わり 玉川大学 読売新聞社立川支局 共催 2018)。
あるいは宮崎学氏の観察結果なのかも知れない。ここに記されている社会性昆虫におけるハミルトンの血縁選択は生態学理論 (社会生物学) の花形でもあるので興味ある話題が詰まっている。
韓国のドキュメンタリーでカエルの死体をおとりにクロスズメバチ Vespula flaviceps をおびき寄せると説明されている (英語字幕あり):
(ENG SUB) What would happen if birds of prey evolved to hunt bees exclusively? (EBS Documentary 2025)。2022 年放映の DocuPrime - The Relentless Attraction, Part 1: The Nesting and Hunting Scenes of the Honey Buzzard and Various Seasonal Changes in Nature から。
0:14 付近。そのまま待っていればハチが巣に戻る。クロスズメバチは通常では地下の隠れた場所に巣を造るので探すのは容易ではない。ハチクマは賢くハチが巣に戻るのを追いかけて巣を見つけると説明されている (確かに賢そうな表情を映している)。巣を掘る様子も紹介されている。ハチにまとわりつかれて追い払っている映像。体や翼でもハチの不快感を感じているのか振り払っている。そしてあきらめて一度退散した。
しかししばらく退避して再度挑戦する。これは獲物を見つけた猛禽類の習性とのこと。再度の挑戦までに待機しているうちにハチの攻撃が弱まるのか (?) その場で食べている。[ハチの幼虫を主食とする猛禽類・ハチの巣の蜜蝋を食べる鳥] で紹介のアカノドカラカラで提唱されている absconding に似た反応があるのかも知れない (アカノドカラカラでは化学防御物質を出していないらしい)。
ただし映像化で編集されているはずで実際の時間経過は不明。なおこれは若鳥。
その後巣で子育ての映像が続く。初の産卵の際には通常1卵とのこと (ハチの巣を掘っている個体と繁殖個体は別なので要注意)。
7:05 17 日齢のひな。肉を与えるオス。このつがいもオスが主に食物を運び、メスがひなの世話や巣の掃除をするとのこと。
再びハチの巣の捕食映像では、ハチの天敵は少ないが地中のものは他の哺乳類にも食される。空中のスズメバチの巣はハチクマ以外に外敵がないとのこと。
ハチに刺されない体の特徴、嘴や爪の鋭い猛禽類の特性がハチの巣捕食を可能にしている。11:47 再度おとりを使ってハチの巣を見つける知能があると説明されている。猛禽類が本気でハチの子食に専念したらこれほどの適応が可能であるとの文脈で紹介されているように見える。他の系統でここまでハチの子食に適応した種類がないのはやはりタカ類特有の優れた能力が随所に現れるためだろうか (知能がある説明も自分はある程度納得したい)。
韓国では深山の鳥とのこと。後半の解説には多少正しくない部分もあり、一般向けに脚色されていると思われるが、カエルの死体をおとりに使う部分の映像は実際の生態を反映したものだろうか。
生きた獲物の貯食の役割? その後週間アニマルライフ (1973) p. 3730 モズヒタキの項目 (斎藤) に面白い情報を読んだ。
カンムリモズヒタキ Oreoica gutturalis Crested Bellbird (オーストラリアの種類) が生きた獲物を繁殖期に蓄える習性があるとのこと。巣にチョウやガの幼虫を、巣のへりの上や、巣に卵のあるときは巣のなかにおいておく。くちばしで幼虫を殺さないていどに強くはさみ幼虫の神経を麻痺させる。幼虫は生きてはいるが正常にはいでて巣から逃げるほどでもない。
つまり彼らはえさを腐敗させず新鮮なまま蓄えていることになるとの記述。
(#アサクラサンショウクイ備考にも紹介)。
ヨーロッパハリモグラ (現在の種名不明) がミミズの頭部だけをかみきって生きているが動けない状態で地下にたくわえる習性があると言われており、類例として紹介されていた。
ただし毛虫の幼虫は孵化したひなの食物ではないらしい (コンサイス鳥名事典) のようにおそらく反論があるのだろう。
ハチクマがカエルを完全に死なない状態で巣に持ち込むのは同様ではないかと思えた。台湾のハチクマの巣の中継でもカエルが運び込まれる状況がしばしばあったが、まだ動いていて時には逃げてしまうことがあった (その場合逃げるのを捕えに行かずただ見ているだけなのがまた面白かった)。半分いわゆる "脊髄ガエル" 状態になっていて反射だけで逃げることが可能だが脳はやられている状態。
獲物が鳥の場合にはその状態ではおそらく完全に死んでしまうが、カエルならばしばらくは新鮮な状態が保たれるのかも。
カエルはひなの好物ではないかも知れないが、悪天候などで狩りに出にくい場合は親がちぎって与えればよい、生きた保存食となり得る (食物が現在ほど豊富でなかった昔、子供は好きではないが保存食も食べさせられた経験と重なってしまう)。
カエルは毛虫ほどは外敵侵入防止にならないかも知れないので、ハチクマの事例の方が「保存食として生かしておく」よりよい候補になるかも。付随的にハチのおとりの役割も果たすのかも知れない。
[ハチクマの哺乳類食]
Gluschenko et al. (2020) Breeding birds of Primorsky Krai: the crested honey buzzard Pernis ptilorhynchus (極東の鳥類42「沿海地方の繁殖する鳥類 2」 で訳文が読める)
によればロシア沿海地方南東部では「ネズミの当たり年」にはネズミも捕食し、タイリクヤチネズミ Clethrionomys rufocanus は多い年 (原文複数形) に食物の 22.9% を占めたという。しかし全体としてはおそらく哺乳類は (数が多い状況で) たまたま食べるものと解釈している (原文 sluchajnyj たまたまの。英語では facultative に対応しそうである)。
この点はトビの哺乳類食にも似ているようである (同じく Gluschenko et al. の #トビの備考参照)。
[ロシアのハチクマとヨーロッパハチクマの研究のための情報]
Karyakin (2004) "猛禽類の調査方法" (参考文献参照) に興味深い情報があった。この地域はヨーロッパハチクマが中心でハチクマの情報が少しある。ヨーロッパハチクマと共通の部分はヨーロッパハチクマの方にのみ記載しておく。
ハチクマとヨーロッパハチクマの識別 (pp. 175, 180-181)。
ヨーロッパハチクマの飛行シルエットはノスリ類とハイタカ類の中間型 (p. 176)。
ヨーロッパハチクマのところに特にウラル地方南部ではヨーロッパノスリやオオタカの古巣も用いるとある (p. 178)。「ハチクマのいる所にオオタカあり」([ハチクマの繁殖行動] の項目) との宮崎学氏の見解もこのような生態的理由もあるのかも知れない。ヨーロッパハチクマと他のタカの種間関係の研究はスカンジナビア半島や西ヨーロッパのものが中心だが、ロシアでは多少状況が違うかも知れない。
ヨーロッパハチクマでは新鮮な青葉の付いた枝を必ず使う点が他のタカの巣と異なる。他のタカの巣ではひなが生まれた後周囲に糞が飛散するがヨーロッパハチクマではひなが大きくなっても外に出さない。ハヤブサ類の方に似ている (別項目 [ハチクマ類が糞を飛ばさない理由?] で検討した)。
産卵時期はヨーロッパノスリやオオタカより1か月遅い。巣間距離は生息密度の高いところで 0.5-3 km で平均 1.5 km。低いところで 3-10 km で平均 5 km。ヨーロッパハチクマは十分普通に生息するが隠蔽的なためあまり調べられていないだけである。
巣を守っているメスは飛び立つとすぐに下方に飛んで木々の間に隠れてしまう。時に巣の上空でデモンストレーション旋回を行って樹冠を通して見ることができることがある。このような場合にヨーロッパハチクマの声を真似ると返事してくるとのこと。
ハチクマの歩き方 ヨーロッパハチクマの足跡を見ることもあり、ワタリガラスのものに似ているが爪はずっと長い。ヨーロッパハチクマが歩く時は羽の生えた部分のふしょを支えにするため後趾の痕があまり残らないが、第 II, III 趾の痕は強く残る。
注記: これは捕食性タカ類の強力な 第 I 趾は生存に必須だが歩くにはあまり適さないことを示唆しているように思える。しかしハチクマは歩く時の足の使い方まで人に似た部分があるのか [半分冗談? 川口 (2021) Birder 35(2): 54-55 参照]。やはり異色のタカだ。
ハチクマ類ではふしょのかなりの部分を羽毛で覆うことでハチによる攻撃を避けつつ、歩行にも有効で一挙両得だったのだろう。足のうろこは羽毛の変化したものと考えれば羽毛で覆うことはわずかの遺伝的変化で簡単に実現できるのだろう (#ライチョウの備考 [鳥類と爬虫類のうろこは別物] 参照)。
2本趾の対趾足だとむしろ安定性が増して地上性カッコウ類、例えばミチバシリのような生活形態に都合がよいのかも知れない。
他の動物によるハチの巣食痕との違いなど生活痕の解説部分もあり、ヨーロッパハチクマはしばしばハチの巣を近くに運んで樹上に置いて巣盤を取り出す。この場合は残りはそのまま地面に落ちるか枝にひっかかっていることもある。このようなハチの巣には特有の "割れ目" がある。
ヨーロッパハチクマでペリットはまれで、小型のスズメ目や齧歯類のような複雑なものを食べた時に出されるとのこと。ヨーロッパノスリのものに似ているが褐色味が少し強く多少小さく、明るい灰色のことが多い。
ハチクマの音声への反応 到着したばかりの5月には定点観察でも生息を確認できることがあるが、音声のプレイバックが最も役立ち最大 90% の率でつがいを発見できる (同書 p. 104 にタカ類全般の音声のプレイバック法の情報あり) 開けた地域で場所が十分特定されていれば徹底的な調査で巣が発見できることもある。
長期間雨が続いた後の雨上がりの際に複数のテリトリーからのメスが集まり、河川渓谷やさらには大きな平原や沼地の上空を高空を旋回しながら声を出すことがある。その後分かれてそれぞれの方向に向かうものを追跡すれば通常何日もかけて行う巣の探索よりも多くの巣を発見できることがある (p. 180)。
ヨーロッパハチクマに比べてハチクマは混合林を好み、暗色の針葉樹林は避ける。森林の開けた場所から 100 m 以内に造る。ヨーロッパハチクマ同様に他のタカの古巣も利用するだろう (p. 182)。
p. 183 にハチクマの生息状況の調査にも音声のプレイバックが最も役立つとある。面積が広いので通常の巣の探索方法は徒労に終わるとのこと。
目視での探索が徒労に終わった [60 年ぶりに再発見されたマダガスカルヘビワシ (ハチクマ亜科)] の事例を見るといかにもと納得できる。
オオタカとハチクマの音声反応の比較 興味深いことに p. 210-211 にオオタカではプレイバック法が(ヨーロッパ)ハチクマよりもずっと成績が悪いとある (ワシミミズクの声も用いている)。オオタカはより近距離でないと反応しないとのこと。(ヨーロッパ)ハチクマの方が音声をより積極的にコミュニケーションに用いているらしい。
これも(ヨーロッパ)ハチクマの生息環境が見通しの悪い森林であることにも影響があるのでは。姿の見えない相棒を呼ぶには声はぜひとも必要なのだろう。おそらく調べられていないだろうが(ヨーロッパ)ハチクマの方が聴力がよいのかも知れない (以下 [音声] の項目へ)。
同じく [ハチクマの繁殖行動] の項目の宮崎学氏のタカの観察に声を重視していることも述べられており、森林性タカ類の研究には音声は非常に重要なのかも知れない。
Karyakin (2004) のこの部分ではオオタカの繁殖証拠を見つけるのが難しいことが述べられている。越冬時期に見つけるのはさらに難しいとある。p. 215 ではハイタカは繁殖期の巣からの声で結構見つけられるとのこと。ハイタカは孵化後よく鳴くのでより容易になるとのこと。強力な猛禽類のオオタカでも生息を隠して明らかにしないのか。
宮崎学氏の「オオタカはなかなか姿を姿を現してくれないがハチクマはよく姿を現す」記述とも整合しているように見える (#オオタカの備考に)。
同書 p. 104 に巣に観察者が近づいた場合の反応の違いが述べられている。50-300 m 程度に近づくと警戒音を出し始めてさらに近づくと鳴きながら上空を舞う種類もあるが、例外はイヌワシ、ヨーロッパハチクマ、一部のカタシロワシとカラフトワシが挙げられている。もっともこの書物で取り上げられている種類にはよく鳴くハヤブサ類も一緒に含まれているのでそれらに比べれば違いが目立つのだろう。
イヌワシや(ヨーロッパ)ハチクマは近づくと通常警戒音を出さずに巣を去るとのこと。
p. 140 にカタシロワシは繁殖確認が最も行いやすいワシ類の1種とある。イヌワシと性格がだいぶ違うよう。
[ハチクマ類が糞を飛ばさない理由?]
[ロシアのハチクマとヨーロッパハチクマの研究のための情報] の Karyakin (2004) から派生したもの。これはおそらく巣を明らかにしないための戦略の一つなのだろうと想像する。
ひなの糞をどう処理するかはおそらくどの種でも問題だが、巣の衛生を保つために多くのタカ類は外に飛ばし、ハチクマは飛ばさない代わりに青葉を敷いたり親が食べてしまうことで衛生を保つ別の方法を選択したと考えれば理解しやすそう。
異なる戦略はそれぞれ有力な方法で独立に進化し得たが、ハチクマ系統が熱帯出身でより早い時期に分岐したことに関係あるかも知れない。熱帯では競争者も捕食者も多く、なるべく所在を明らかにしないのが有利なのだろう。我々が普通に比較するタカ類は比較的北方型が多く、開けた場所に巣を造る習性が進化しやすかったのかも知れない。
さらに "被写体に選ばれやすい" 選択バイアスも入っていると思われ、要するに海ワシなど開けた目立つところに営巣しやすい種とハチクマを比較すると違いが目立つのでは。
また目立つ巣は必ずしも持ち主が強力であることと関係ないかも知れない。一般的に考えれば隠した方が適応度は高まりそうで、目立つ巣はそれを上回るメリットがある場合のみ進化するとも考えられる。
同種内の社会的順位を示す信号や性・社会選択が思い当たる。#トビ備考の [トビの巣の飾りは同種への信号?] の考え方は面白いと思う。トビの場合は同種に積極的に見せた方が有利な側面があって比較的目立つ巣を造るのかも (トビは海ワシに近縁なことも思い出そう)。
ヨーロッパハチクマでは巣の近くでの捕食が圧倒的 (central forager behaviour) ([ヨーロッパハチクマによるオオスズメバチの巣の捕食] の項目参照) とのことで、巣の近くに同種の営巣を妨げる理由になるだろう。トビの場合はそこまでで資源集約的ではないと思われ、緩いコロニーに近い繁殖も可能で社会的信号に選ばれやすいかも知れない。ハチクマではそのような生活様式は採用されずディスプレイ飛行などを性・社会選択のために選んだのだろうか。
ミサゴの巣が目立つのは海ワシ類と同じような理由とともに、海鳥に似た飛行性能特性が最も考えられるだろう。タカ系統の出身でありながら海鳥に部分的に収斂進化していると考えるとわかりやすい。
いずれにしても見やすい、あるいは写真撮影に好まれる種を標準として生態の一般論を考えるとバイアスが入りがちだろうと思う。見つけにくい種は理由があるはずで、その生態的理由はおそらくかなり一般的に当てはまる。見つけやすい種はむしろ例外的で、目立たせる特有の理由があると考える方が自然に思える。
見つけにくい種は写真的成果が少ないので調べられにくいならば大変もったいない。
ではタカ類とハヤブサ類の排泄習性の違いは何が原因かと問われるとあまり理由を思いつかないが、単に系統の違いなのだろうか。ハヤブサ類は開放環境が中心で自身で複雑な巣を造らないので衛生上の問題が少ないのかも。
糞を飛ばす/飛ばさないは生理的には何が違うのか多少気になるところだが、ハチクマも遠くまで届く声を出すので体腔内圧の違いではなさそうな気がする。
あるいは括約筋の働きの違いの違いも考えられそうだが、こんな情報もある Gee et al. (2004) Reproduction in nondomestic birds: Physiology, semen collection, artificial insemination and cryopreservation
(出版社リンク切れ? ResearchGate)
この論文は人工授精の技術を扱ったもので、p. 60 によればコンドル類やワシ類 (ここではハクトウワシ) の総排泄孔の筋肉は強力で強力なマッサージが必要とのこと (pp. 63, 64, fig. 11 のキャプションも参考)。
カリフォルニアコンドルの排泄場面: California Condor Pooping 巣の外には飛んでいないので巣を汚さない目的にはあまり役立っていないかも。自身の羽毛を汚さない程度の飛ばし方か? この研究もあくまでアメリカの野鳥を扱ったものなのでワシ・タカ類全般に当てはまる話かどうかは不明。
巣のビデオ映像からの推測だがハチクマはおそらく抱卵・抱雛中に巣の中では排泄せず飛び立って外で用を足しているだろう。親はちょっと外に出ればよいだけなので。
筋力が関係するとするならば、の場合の参考資料として紹介しておく。
もっと簡単な話で糞を飛ばさない鳥は単に力の入れ方を手加減しているだけかも知れない。巣の外に排泄しない生態的適応とともに食物の違いに伴う糞の水分量の違い (例えば魚食の種は水分量が多いかも?) など別要因もあるのかも知れない。タカ類の糞の飛ばし方の系統研究など行うと面白いかも知れないが排泄映像のサンプル数が少なくて難しいかも。
[大部分肉で子育てをするハチクマ]
日本とは異なる亜種だがマレーシアで 90% は肉を与えて子育てをしているハチクマが紹介されている。同じつがいの過去のひなに比べて成長が早いとのこと。[マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態] の項目に考察も加えて紹介。
Oriental Honey Buzzard busy to eating his prey (Wild trekker Chandan 2020) おそらくインドと思われるが獲物は何だろうか。
木の枝の上で赤身の肉を食べているハチクマはあまり想像しにくいかも知れないが、少し考えてみると世の中に出回っているハチクマの食事映像のおそらく大部分はカメラをセットできるような場所 (場合によっては "やらせ" 的なセットもあるだろう) あるいは巣のライブカメラによるもので、このような生態はなかなか記録されないのであまり知られていないだけかも知れない。GPS 追跡をしてもこのような生態までわからないだろうし。
ハチの巣の捕食シーンや巣に小鳥のひなを運んでくる映像ばかりを見て判断すると先入観が入りすぎるかも知れない。
Oriental Honey Buzzard eating its prey (a small bird) (Passion of Nature and Wildlife 2025.5) こちらは小鳥を食べているハチクマのオス (インド)。口を開けた息づかいの様子からはちょうど捕らえたところだろうか。
[兄弟殺し]
(ヨーロッパ)ハチクマでは兄弟殺しあるいは兄弟間闘争はほとんど見られないとされているが (しかし#イヌワシの備考も参照)、Siblicidal behaviour in Honey buzzard Pernis apivorus という映像は紹介されている (猛禽類研究家 Valentijn van Bergen による)。傷つけておらず、単なるつつき合い程度のものであるとのコメントがある。
なお Pukinskij (2003) の観察によると「食物不足だと大きな幼鳥が小さな幼鳥より常に多くの餌を得て、小さい方を攻撃する。大きな幼鳥の攻撃性は6〜7日齢から 14 日齢までにとくに強いが、15〜17 齢ではまったくなくなる」との記述を残している (Gluschenko et al. 2020。原文・訳文は上記項目参照)。
[中国のハチクマの繁殖生態] で紹介されたビデオ (2024.10.24 公開) で明瞭な兄弟殺しが記録された。同項目の "Honey Buzzard, the big brother wants to eat the little eagle" のビデオと考察を参照。その後さらに追加の映像が紹介されており、どのような段階を経てで小さい方のひなを食物として与えるようになったか経緯も記録されている。
これまでのハチクマに関する一般的常識を覆すような映像資料であり、一連の映像をぜひご覧いただきたい。
Gluschenko et al. (2020) の記述が正しかったとも言えるだろうし、食物量に依存するのかも知れない。また大陸と日本で習性が異なる可能性もあり得ないと言い切れないかも。
#ヤツガシラのように食物が豊富でも最後の子を食物とするものとは異なるようにも見える。ヤツガシラの嘴では肉を引き裂けないが、ハチクマの嘴ではある程度成長しても食物とできるよう。
Gluschenko et al. (2020) の同文献には「雛は1日目から大きさや体重が違い、これは多分性差 (雄が小さく、雌が大きい) によるものである」との記載がある。この考えは (ヨーロッパハチクマも含めて) ロシアの研究者の間で共有されているようで、巣内びなでも大きさで性が識別できると考えているらしい (クリミア初のヨーロッパハチクマの営巣ビデオで性別が述べられていたので聞いてみたところ、このような回答を得た)。
ヨーロッパの研究者のヨーロッパハチクマの研究では巣内びな段階で外見で性が識別できるとは考えられていないようである。
非同時孵化にもかかわらず兄弟間闘争が少ない理由として、抱卵最初から全力で抱卵するのではなく、ヨーロッパハチクマでは抱卵開始時点で 29 ℃ で徐々に上がって8日後に 39 ℃ で安定するとあり (出典)、
産卵に間隔があっても孵化時には日齢差が縮まっているとのことである [Der Wespenbussard (1955/2004)]。
オオタカでも同様の現象が知られており、広義の Accipiter 属で相対的に兄弟殺しが少ないのはこのような回避メカニズムも影響している可能性もあるのかもしれない。
[韓国のハチクマの繁殖]
First Breeding of the Oriental Honey Buzzard in Korea
(ARRCN Newsletter December, 2010) にあるように2009年8月16日に巣にいるひなが目撃されたのが繁殖の初確認だったとのこと。意外にも最近の発見で渡りルート上、気候的にも日本と大きく違わないのに繁殖例が少ないのは不思議でもある。
Oriental Honey Buzzard (birdsee3496 2024) 子育て映像例。ひなは自分でついばめそうだが親から幼虫をもらっている。
Oriental Honey Buzzard (birdsee3496 2024) 子育て映像例。上記より少し成長して肉の破片も自分から食べている。与えている肉はカエル? このメスは獲物を右足で掴んでいる。日本同様にセミの声の背景音が大きいことがわかる。
Honey Buzzard Nesting ひなを抱くメス。
Oriental Honey Buzzard オスがひなにハチの幼虫を与えているところ。唾液も与えているように見える。
(Siberian honey buzzard) (K birds 2024.10) 韓国ハチクマの巣とひな。オスが巣にいるところにメスがハチの巣を持って戻ってきた。オスはその後飛び出す。ひなはあまり空腹でないのか食物を与える場面は出てこない。
(ひなを羽繕いする親?) メス自身も途中で頭かきを行っている。成鳥の相互羽繕いではきずなの維持や社会的役割が主に論じられるが、この事例では親と子であまりに非対称で古典的に説明される社会的役割によって進化した行動とは考えにくい気がする。
外部寄生虫などを除去する行動は適応度を上げると考えられるので進化する可能性がある。これは相互羽繕いの生態学的解釈として古くから知られているが異論がないわけではない
[例えば Kenny et al. (2017) Allopreening in birds is associated with parental cooperation over offspring care and stable pair bonds across years]。
興味深いことに古い系統の鳥ではほとんど見られないとのこと ([#鳥類系統樹2024] Neoaves 解説の Jensen et al. (2023) を参照)。
疑い深い人 (?) は自身も途中で頭かきを行っているので自分がかゆくなって転位行動でひなをかいたなどと解釈するかも知れないが、自分の頭かきの後にも続けている。愛情表現とは考えられないだろうか。子育ての早い段階でオキシトシン (*1) もよく分泌されているだろうから我々における役割と相同と考えてもおかしくないように思える。
親がひなの体に触れ、ひなが rattling call を出して応じている状況は 2021 年の台湾の巣の中継でも観察されていた。
備考:
*1: かつては鳥類などでは Mesotocin メゾトシン [由来は脳下垂体中葉から分泌されるためと聞いたが、Kamkrathok et al. (2017) Distribution of mesotocin-immunoreactive neurons in the brain of the male native Thai chicken を見ると違うかもしれない。
分泌は後葉からのようで eminentia mediana (median eminence) の方が由来かも?
哺乳類のオキシトシンとは1アミノ酸が違うのみ]
と呼ばれていた。生理学の解説でもおそらくこの名称が残っているだろうし過去の記事・論文などを読むと出てくる。
現在では哺乳類同様にオキシトシンと呼ばれる。cf. Theofanopoulou et al. (2021) Universal nomenclature for oxytocin-vasotocin ligand and receptor families。
この提案の背景には比較ゲノム学の進歩があったとのこと Researchers propose a new universal nomenclature for vasotocin and oxytocin genes (Emily Henderson, News Medical Life Sciences 2021)。
生物の学名以外にも分子系統解析はこのような分野にも影響を及ぼしている。
ヒトで使われる名称に合わせることは鳥類の生理学者もおそらくあまり抵抗がなかった。
この論文では Vasopressin バソプレッシンのグループも哺乳類以外に合わせて Vasotocin バゾトシン とする提案を行っているが、Vasopressin バソプレッシンの名前はあまりにも普及しているために統一はあまり進んでいないよう (もし統一すれば医学における表現を至るところ書き換える必要がある)。むしろ哺乳類以外でも Vasopressin バソプレッシンを用いる用例が出てきている。
いずれも同一系統のホルモンで電解質・浸透圧調節が最初の役割であったが機能が分化したもの。子育てを行う鳥類・哺乳類では現生爬虫類とは役割がある程度違うのでは? つまりオキシトシンの生理的役割は系統を反映するよりも鳥類と哺乳類の方が近いのではと想像したくなる。
Oriental Honey Buzzard 韓国のハチクマの巣の映像。オスが帰ってきて枝や葉の場所を整えている。巣の外側に広がった葉を配置するのは巣を目立たなくするためと考えれば行っている行動が解釈しやすい。この行動はハチクマ亜科に比較的共通している印象を受ける。
また首を伸ばして上方にある枝をちぎろうとする姿も記録されている。
Oriental Honey Buzzard 韓国のハチクマの巣の映像。オスが葉のついた枝を持ち帰った。飛び立って同様の別シーンが記録されている。腹で巣の内装を整えるなど。
Oriental Honey Buzzard 韓国のハチクマの巣の映像。オスが葉のついた枝を持ち帰り巣に配置。オスの飛び立ちまで。その後メスが戻って巣を整えている映像もある。
メスの方は日本で一般的な個体よりのどの模様が淡い (淡色型と呼べそうだが少し雰囲気が違うように感じる。クマタカの分布しない地域なので擬態効果を考えると色彩型に違いがあるのかも知れない)。比較的早く飛び立った。
[死体をおとりに使うか?] の項目に韓国のドキュメンタリー (EBS Documentary) の映像を紹介しているので参照いただきたい。
Oriental Honey Buzzard 韓国のハチクマの巣の映像。オスが巣に戻ってきた。0:34 rattling call あり。細かく体を震わせている (1音ごとに息を吐いて出していると思われる)。この声を断続的に3分程度続け、しばらく下を向いて何かの作業をした後音声を再開。7:09 飛び立つ。
途中カットあり、7:39 に小枝をくわえて戻る。しばらく作業をして 9:33 飛び立つ。途中カットあり、11:02 小枝を運んで戻ってくる。その後枝の位置を整えたりしたがまた飛び立った。
解説によるとオスがメスを呼ぶ声を初めて聞いたとある (rattling call のこと)。
Oriental Honey Buzzard 韓国のハチクマの巣の映像。オスが巣に戻ってきた。この映像でも rattling call を出している。メスの姿が見えていて声を出していたのかも。0:44 にメスがやってきた。少し顔を見合わせて (相談?) オスが飛び出す。この間もオスの体が震えていて rattling call を出していたことがわかる。
声が小さくて遠方のカメラからでは音声記録が難しいぐらいかも知れない。何かの感情の伝達?
しかしメスも飛び出したオスの動きを追っていたようでメスも飛び出した。
次の別角度のシーン (抱卵中?) で 3:35 に何かの声 (ツグミ類?)。3:59 に遠ざかった声がする。5:00 にメスが巣から頭を上げて 5:19 に飛び立つ。5:20 にケラ類らしい声がした (当地京都ならばアオゲラを想像しそうな声。音源を探してみるとヤマゲラか?。ハチクマが飛んで驚いたのかも)。
A Baby Crested Honey Buzzard is Challenging Its First Flight (EBS Beyond Eye 2024)。
[マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態]
以下は亜種 torquatus (tweeddale morph) の繁殖記録。
Wee (2007) Oriental Honey-buzzard: 1. Nesting
ゴルフクラブの敷地内に営巣して、1998-2005 年の間に 10 回子育てをした。1年に2回繁殖したのは2年。オスが巣材をくわえて場所を示してメスを待つ。
同じ巣を使ったのは2回のみ。前年の若鳥が巣造りを手伝うのが目撃されているが親から必ず反撃された (これは日本のハチクマ若鳥が翌年なぜ戻ってこないかの解釈にも役立つ情報かも知れない)。
Wee (2007) Oriental Honey-buzzard: 2. Nestlings
抱卵は主にメスが行う。木の高いところで辛抱強く獲物が現れるのを待つことが多い。
Wee (2007) Oriental Honey-Buzzard: Successful breeding of 2 chicks on third attempt
ほとんどの年にひなは1羽しか育たない (要因はさまざま)。ハチの子だけでなくハチの巣も食べるのが観察された。
巣立った若鳥が枝に逆さまにぶら下がったり元に戻ったりを 20 分続けていたことがあった。
筋肉の力を付けるためのような書き方になっているが、カラスがこれをやれば遊びと解釈されてもおかしくないように思える。ハチクマの遊びは飼育下で観察されている ([飼育下の行動] 参照) ので、若鳥が遊びながら筋力を付けていたのであろうか。
なお以下の映像を紹介するにあたり用語がやや悩ましい。巣立ち前は英語でも nestling で「ひな」で構わないだろうが、巣立った後の名称は英語では fledgling で fledge (巣立つ) から推定するとタカ類でもスズメ目でも巣立ちびなに相当する用語で読んでいる。
ここでは若杉氏の見解 (鷹隼類に「巣立ちビナ」はいない) に従って若鳥と表記することにする。
本記事全体では若鳥、幼鳥、亜成鳥などの用語はあまり吟味して使っておらず、論文などで使われている英語の表現をそのまま訳しているだけのことも多いので厳密性や統一性を欠く点はご容赦いただきたい。
なお「巣立ちびな」に相当するロシア語は sletok (単数形の主格 スリョータク と読む) で「飛び出た者」ぐらいの感じ。
同じ単語はスズメ目に対しても用いられ、ロシア語でも英語同様にスズメ目と区別していない。用例ではタカ類のその年生まれの若鳥に相当するものも sletok と呼んでいる (若鳥の用語も用いられる) ようなので英語の fledgling よりも利用範囲が広いかも知れない。地上性や水鳥の場合は podletok と別の単語が用いられる。
ただしこれらは狩猟用語で、普通の人はあまり知らないかも知れない。辞書にも載っていないこともある (日本語でも「巣立ちびな」の用語はそれほど知られていないかも知れない)。
マレーシアのハチクマが街路樹で繁殖している映像も出ているが、騒々しい人為環境に慣れている姿はとても日本と同じ種類と思えないぐらいである。
Oriental Honey Buzzard nest site, Malaysia. 20210316 (1),
(2),
(3)。
最近 Yvonne Blake がマレーシアの留鳥の繁殖ハチクマの映像を YouTube に多数アップロードしているのでこちらも参考になる ([音声] の項目にも紹介)。
Crested Honey Buzzard mating
(2023.10.6 撮影) に珍しい下のアングルから撮影された交尾の映像が出ている。
上から見ているとどうやっているのか疑問に思うのだが、下からみると交尾で何が起きているのか若干よくわかる。
こちらは同日の別方向からの交尾映像 Crested Honey Buzzard couple mating
他のタカ類同様1日複数回の交尾を行うのだろうか。オスの方が大きいように見えるが気のせいだろうか?
なお Cramp and Simmons にあるヨーロッパハチクマの記述では交尾は日に最大5回、10-12 日続くとある。
同じく Yvonne Blake による映像で、前回生まれた若鳥が繁殖を手伝っている (ヘルパー) という:
Crested Honey Buzzard juvenile。同じ個体の映像 Crested Honey Buzzard juvenile。
この行動は興味深い点がある。ヘルパー行動は他の種類でもいくつも知られており、血縁個体のヘルパーは生態学理論の解釈もよく知られていて行動そのものは不思議でないが、ハチクマの観察例は過去になかったのではないだろうか。
(1) サシバの幼鳥が繁殖を行わないのになぜ日本に帰ってくるのか、若杉 (2014) Birder 28(9): 24-25 で取り上げられている。追い払われることもあるがヘルパーのような行動のある事例もあるとのこと。若鳥が繁殖行動について学ぶなど何か意義があるのだろうかなど考察されている。
一方ハチクマは若鳥は帰ってこない。マレーシアの事例を見るとハチクマはヘルパー気質があるらしく、サシバ同様若鳥も帰ってきても理屈の上ではおかしくないように見える。帰ってきて得られる利益よりも渡りのリスクの方が上回るのだろうか。
ハチクマの方が寿命が長く、親のなわばりが空くまで時間がかかるだろうから、戻ってきても将来のなわばりの確保にあまり役立たないかも知れない。
ヨーロッパハチクマは熱帯留鳥の個体群はないので熱帯地域でヘルパー行動があるかどうかはそもそも調べられない。ヨーロッパハチクマではできない、ハチクマならではの研究テーマになる可能性があるが渡りのハチクマの越冬地の衛星追跡の情報はまだほとんどなく、よく調べられているヨーロッパハチクマと同様かどうかもわからない。
台湾では留鳥なので調べられる可能性があるが、いずれにしても海外の情報も参考にしながら今後の進展に期待したい。
マレーシアの観察も進行形の状態なので今後の進展を楽しみにしたいところ。
この件についてその後 [ヨーロッパハチクマはいつ繁殖地に戻るか] の情報が得られた。ヨーロッパハチクマでは地中海を渡る春の渡りのリスクが非常に大きい。まだ少数例だが初めて繁殖地に戻る年は帰還時期が遅く繁殖に間に合わない。出生地に戻るわけではなく、ヘルパーとなっていない。戻って最初の1年は場所探しや経験を積むための役割があると考えられている。
長距離の渡りを行う上で生活史の制約があるのだろう。
(2) 渡りのハチクマの場合は渡りの前に親子の縁が切れてしまうが、留鳥の場合は必ずしもそうではなさそうで前回巣立った若鳥が近くで観察されている模様。
クマタカの子離れに非常に時間がかかるのに比べてハチクマの場合はあまりにも早いことがしばしば対比されるが、これは限られた季節しか滞在できない渡り個体しか見ていないことによる印象かも知れない。
ヨーロッパハチクマの事例は [ヨーロッパハチクマはいつ繁殖地に戻るか] の項目も参照。
留鳥ハチクマの場合も、クマタカのように餌まではねだらないにしても追い払われることもなく近くで生活しているのだろうか。マレーシアではこれを書いている現在で少なくとも半年は滞在している。
クマタカは大きめの動物を捕えるため習熟に期間を要するためなどの説明もあるが、このハチクマの事例を見ていると必ずしもそうとは言い切れない感じがする。早い時期に子別れを行うイヌワシなどの方がむしろ例外的なのかも知れない。
(3) 人への恐怖は "生得的" (この表現は微妙なので注意を要する。#カンムリワシ備考の [霊長類はなぜヘビを恐れるか] などを参照) でないことがわかる。
人を恐れないガラパゴスノスリ Buteo galapagoensis Galapagos Hawk と同様に人を外敵と教わるか認識しないと恐れないのだろう (もちろん猛禽類に限った話ではないが、一般的に猛禽類は警戒心が強いと言われるので注目している)。
このマレーシアのハチクマの場合は親も人を恐れず (巣での繁殖行動のみならず、腹を水に浸して涼んでいるなど普通は撮れそうもない映像が多数紹介されている)、子供も人を恐れる機会がないので自然な行動を見せてくれるのだろう。このハチクマ家系で人を恐れない "文化" が育っているならば面白い。
2024年5月の映像でオスがコウライウグイスの若鳥を巣のひな (孵化後6-7週間) に与えた映像と解説があった (#コウライウグイスの備考も参照)。置いてそのまま飛び去りひなが自身で羽むしりをして多少は食べたこと、ハチの巣を運んできたメスがハチの巣ではなく先にコウライウグイスの方を処理したとある。
Crested Honey Buzzard chicks Part 1 of 4 から始まる一連の映像参照。確かに黄色い羽が見える。
Crested Honey Buzzard mummy feeding chicks がメスが鳥をちぎって与えている映像か。
このマレーシアのつがいはひなに鳥をしばしば与えている。コウライウグイスに毒性があるのか、鮮やかな色は警告色になっているのかも併せて興味深い。
Crested Honey Buzzard chicks tearing small chick ではまだ小さな小鳥のひなを与えたところ。ハチクマはあまり丸のみしない印象を受けるが、この例ではひなをまるごと飲み込んでいる。ひっぱりあいの様子も人と遊ぶ時の様子 ([(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど: ハチクマのお客さんになって] 参照) に似ている。
Crested Honey Buzzard mummy with her chicks ひなが食べ物をもらった後羽ばたき練習中。巣立ちとも言えるぐらい巣の端まで移動している。
なお小鳥が無害なハチクマを見分けて警戒しないと書いてある本もあるがそんなことはない。実際に小鳥も食べられているし、モビングを受けている写真もいくつも発表されている。福丸 (2010) Birder 24(7): 36 に2008年7月香川まんのう町でハチクマがとまって餌を探している時にサンコウチョウのモビングを受ける写真がある。頭に蹴りを入れたという。この写真を見るとハチクマも後ろはあまり見えていないよう。
参考: Orientale Honey Buzzard Threaten by Lapwing Bird ケリ類のモビングを受けているハチクマ (撮影地は不明)。
Oriental Honey Buzzard? Singapore にも興味深い記載がある。ハチクマがクマタカに擬態しているというのは本当か? の議論があり、ある観察者によれば繁殖中のチゴハヤブサを観察するとヨーロッパノスリには反応しなかったがヨーロッパハチクマやオオタカにはパニックになるとのこと。
別の投稿者はチゴハヤブサがヨーロッパノスリにモビングするのはいくらでも見たことがあるとのこと。
Crested Honey Buzzard juvenile Part 1 前回巣立った若鳥が枝を折ろうとしているところ。
Crested Honey Buzzard juvenile biting through twig for insects Part 2 同上。枝を (自分の印象では空のハチの巣を壊すように) くだいて昆虫を探しているとある。
足で上手に枝を持っているが遊びのようなもので本気の餌探しではないかも。オウムが同じように枝を持つと器用と言われるだろうが、タカではあまり注目されないかも知れない。
この映像では趾3本が前を向いていてタカ類の足の基本形になっているが、別のマレーシアの枝運びの写真で趾1本が後ろに回っているのを見つけた (URL 記録忘れ。326976912_962599568224857_2747320672287037010_n.jpg のファイル名で Facebook の画像か)。
たまたま趾の間に入ってしまったのかも知れないが、semi-zygodactyly に近い特性があるのかも知れない。ミサゴは有名だがカタグロトビ類、ハチクマと系統的に近いカッコウハヤブサ類でも知られている (#カタグロトビの備考 [系統とフクロウ類との収斂進化] も参照)。
III, IV 趾の間の膜 (いわゆる水かき) が顕著でなく足を広げてハチの巣を掴むのに有利などの適応が考えられるが、タカ類全体ではどうなっているか調べると面白いかも。
ハチクマが枝などを掴んでいる時に趾がこのような配置になっていないか注意して見るべきだろう。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 72 Part 1 若鳥が足で掘る練習中。
Crested Honey Buzzard fledgling 同上若鳥 82 日。まだ食べ物をもらっているとのこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 83 after breakfast Part 2 of 4 同上若鳥 83 日。親に食べ物をねだって鳴いている (まだひな同様の声)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 83 after breakfast Part 3 of 4 同上若鳥 83 日。ねだりながら自分でもかじってみている。
Crested Honey Buzzard juvenile B flying with daddy
その後状況はさらに複雑になっているようで、まだ巣立っていない個体も含めて若鳥が4羽いるとのこと。前回 (半年前) 生まれの2羽のうち年長の1羽は子育てを時々手伝う。この映像の個体はオスと一緒に飛んでいるところで、親の飛び方をよく真似ているとのこと。
オスが巣に姿を見せなくなっていたのだが、この若鳥 (Crested Honey Buzzard juvenile B とまって親を呼んでいる映像) を構っていたらしいとのこと。この若鳥の兄弟にあたる年長の個体が時々ヘルパーとなっていたとのこと。
これらの記載を見ると半年経過してもまだ子別れしていない様子。
日本ではハチの子の栄養価が高いので成長が早いとよく言われるが、留鳥ではそうでもないようで日本のハチクマの独立が早いのは本当はもっと甘えたいところが、親の生存率を高めるために早く渡り、生活史を (やむを得ず?) 切り詰めているのだろうか。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 9 この映像は若鳥だが正面顔が見られる。頭蓋骨の形状から他のタカ類より正面の両眼視野が狭いだろうが、両眼で見ているらしい場面が見られる。サギのように両眼視の視線は下向きではなく、正面から少し上向きがよく見えているよう。成鳥 (特にオス) の正面顔から受ける印象と少し違う。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 9 calling 上記と同じ若鳥が鳴いているところ。成鳥の声に似てきた。
Crested Honey Buzzard juvenile A approx 6 months old の解説によれば生後6か月の若鳥が小さなハチの巣を巣に落とし、現在養育されていて巣立ったばかりの若鳥の年上の方が巣にいたため食べた Crested Honey Buzzard fledgling Day 12 とのこと。
ヘルパーとして食物も与えている模様。古典的な血縁個体のヘルパーの解釈でよさそうな感じ。
その後親がハチの巣を運び、年下の巣立ったばかりの若鳥が食べた Crested Honey Buzzard mummy returns to nest。年上の方は先に6か月の若鳥からもらったものを食べた後。
Crested Honey Buzzard fledgling C Day 12 巣立って 12 日の若鳥。枝を握って遊ぶ練習中?
Crested Honey Buzzard fledgling Day 14 地上に降りるかどうかを思案中の若鳥。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 14 on the ground, bathing & drinking for the first time Part 1
巣立ち後 14 日で初めて危険な地上に降りて、親や同胞の行動を見ていた通りに真似て (aping) 水を飲んだり腹を冷やしたとのこと。もう1羽もやはり巣立ち後 14 日で同じことを行った。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 14 on the ground, bathing & drinking for the first time Part 2 こわごわ水を眺めている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 14 on the ground, bathing & drinking for the first time Part 3 初めての着水。思ったより冷たかったのか一瞬で飛び退く。しかし2回めは水も飲んで次第に大胆に水浴び。瞬膜がよく動いていて何かの感情の表れ?
Crested Honey Buzzard fledgling Day 14 on the ground, bathing & drinking for the first time Part 4 だんだん慣れてきた。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 14 on the ground, bathing & drinking for the first time Part 5 水浴び後少し歩いてみる。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 4 stretching 若鳥の「伸び」。尾を左右に振るのは機嫌の良さの現れと思う。
Crested Honey Buzzard mummy hydrating 後日の映像だが親 (メス) の方は水飲みも慣れたもの。
Crested Honey Buzzard juvenile approx 6 months having a drink 前回生まれの若鳥 (2番めの個体) の水飲み。なかなか見られない行動かも。
Crested Honey Buzzard juvenile approx 6 months old flying down for a drink 同上、周囲を見渡して水飲みに降りるところ。首がどのように動いているかよくわかる。
これらの動画にも背景に他の個体の声が入っている。現在前回巣立った子供も含めて6羽の家族となっている模様。新しい方の巣立ちびながまだ巣で餌を受け取っているので親も忙しく、前回巣立った子供はあまり構ってもらえない。
Crested Honey Buzzard juvenile approx 6 months old preening 生後半年だが尾の模様はまるで成鳥のように見える。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 10 moaning 巣立って 10 日目の若鳥。巣にいた年長の方の若鳥がハチの巣をもらって食べている間に上から見ていた。時々このように鳴いていた。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 20 年長の個体で巣立って 20 日。このように休むのが好みとのこと。
Crested Honey Buzzard older fledgling Day 20 Crested Honey Buzzard older fledgling Day 20 同上。お腹いっぱいで翼を半開きで枝に腹ばいになっているような姿勢。
Crested Honey Buzzard older fledgling Day 20 - tennis ball breast 満腹状態。枝葉で遊ぶ。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 10 年下の方。暑くてあえぎ呼吸中?
Crested Honey Buzzard fledgling siblings Day 20 and Day 10 2羽の若鳥が一緒に。年上の方はそのうが重くて枝に腹ばいになっているのかも。まるでそのうを枝に乗せるツメバケイみたいだが、そのうを枝に乗せて休むタカとは何だ (巣立ってまだ幼くタカの自覚がまだできてないかも知れないが。笑)。それにしても警戒心がない。
Crested Honey Buzzard fledgling siblings Day 20 and Day 10 同上。少し消化が進んだ?
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 初水浴びから9日後でこれが2回めとのこと。降りる前の見回し中。頭かきでバランスを崩す。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 Part 1 of 5 そして地上へ。だいぶ自信が付いてきたとのこと。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 Part 2 of 5 しかししばらく思案中。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 Part 3 of 5 水は飲んだが入るのはまだこわごわ? 足で水温を確認?
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 Part 4 of 5 また水を飲んでようやく決心、と思ったらまた陸に上がってしまった。しばらく歩いて悩んで? 今度は決心したよう。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 Part 5 水浴び中。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 23 drying after a bath 水浴び後乾かしているところ。頭かきとあくび。
A group of honey buzzard quenching thirst in hot weather こちらはインド? 暑い中ハチクマの集団水飲み・水浴び。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Male & Chicks) @ Chiu S C DSCN7456
こちらは別の観察者によるもの。ヘビをちぎって与えている。ひなに与える時に瞳孔が収縮するが、近くを見るのにピントを合わせているのだろうか。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 15 Part 1,
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 15 Part 2 こちらは若い方の巣立ち後 15 日の若鳥。前日に続き地上に降りたのは2回めとのこと。しばらくためらいつつも歩いて水場に。
途中で思案してその後水に近づくも水を飲むには勇気が必要なようでなかなか決心がつかない。水面を眺めたりしているのはまるでためらっている人間の行動を見るよう。
rested Honey Buzzard younger fledgling D Day 15 Part 3 ようやく水を飲む。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 15 Part 4 なかなか水に入れない。草をくわえて捨てたのは悩んでいる時の転位行動のようにも見える。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 15 Part 5 まだ決心できず水路をはさんで行き来する。ちょっと移動して水を飲んだりする。これも決心が付かない時の転位行動なのかも。
ハチクマは親が「早く入りなさい」とか急かしたりしないのでのんびりした性格に育つでしょう (笑)。
そのうち親が別の若鳥に食べ物を運ぶ声が聞こえて自分もねだる声を上げる。結局入れず?
Crested Honey Buzzard mummy having a drink after delivering food Part 1 こちらは若鳥に食べ物を運んだ後のメスの水飲み。背景によく声が入っていて親を呼んでいるのか?
Crested Honey Buzzard mummy having a drink after delivering food Part 1 同上。そのまま飛び立つ。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 25 playing in the rain Part 2, Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 25 playing in the rain Part 3 突然の雨を楽しむ年上の方の若鳥。鳴きながら翼を広げて雨浴び。そのうはまたたっぷり入ってそう。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 25 playing in the rain Part 4 同上。セッカのように細い枝2本に両足を乗せたら落ちてしまった (体重が違いすぎ)。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 25 drying after the rain その後乾かし中。
Crested Honey Buzzard fledgling siblings drying after the storm 親子で乾かし中。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 Part 1
下の子は空腹で地上で食べ物を探そうとするがまだ動けない。後ろ姿は羽縁の白が目立っている。
上記より8日後の状況のようで、数日親 (メス) が姿を見せず空腹とのこと。一つ前の繁殖で生まれた6か月年上の個体が巣に食べ物を運ぶ (まさしくヘルパー) ハチクマのヘルパー が上の子供が食べてしまう。
オス親の役割の変化、ヘルパーが実際に子育てをしているところなど他では得難い情報になっている。
猛禽類の共同繁殖やヘルパーの例や一般的解釈については#ノスリ備考の [ガラパゴスノスリや他の猛禽類の一妻多夫] に情報をまとめておく。
ハヤブサ目のアカノドカラカラ Ibycter americanus (Red-throated Caracara) はハチの巣主食で有名だが、群れを作って行動し、大きな食べ物は分かち合ったり時には他個体への給餌 (allofeeding) を行うことも社会の維持に役立っているとのこと:
Thiollay (1991) Foraging, home range use and social behaviour of a group-living rainforest raptor, the Red-throated Caracara Daptrius americanus。
猛禽類では珍しい行動とのこと。樹冠部の果実食の鳥のあるものはアカノドカラカラと混群を作ることもあって外敵から身を守っているとのこと。
アカノドカラカラとハチクマは食物に共通性があるので類似点があるのかも。Dawson and Mannan (1991) ではモモアカノスリでは allofeeding は記録されていないとある。ハチクマはそこまで群れを作って行動していないかも知れないし、allofeeding の有無はよくわからないがアカノドカラカラの社会との類似性も検討の価値がありそう。
他個体をとがめず大きな食べ物は分かち合う点は似ている感じがする。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 Part 2 地上を探して何か見つけたがハチの巣ではなく泥の塊だった。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 Part 3 少し行動が上達して掘ってみるがやはり泥の塊で食べられなかった。
ハチの巣を掘る行動をどのように段階的に習得してゆくのか考えながら見ると興味深い。飛ぶ昆虫とハチの巣の関係は学習する必要があるのだろうか。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 Part 4 掘るのはいったん諦めて別の食べ物を探す。草をくわえてみるが食べられない?
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 Part 5 プラスチック袋の破片をくわえる。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 checks out plastic Part 6 気になるが食べなかった。歩いて何か見つけたが食べ物ではなかった。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 餌を期待して巣に戻った。
Crested Honey Buzzard younger fledgling Day 23 餌は運ばれず食べ物を探して飛び出して別の場所に。今度は樹上で。解説によれば前回の繁殖で生まれた2羽を含めて若鳥は4羽とも夕方には水場を訪れたとのこと。
Crested Honey Buzzard couple こちらはまた別のつがい? 4回めの繁殖で 4/23 に産卵したが5月中旬に放棄とのこと。その後やり直したのだろうか? ひなが産まれた (6/20)。ここまで紹介してきた幼鳥4羽のつがいとの関係はよくわからない。
Crested Honey Buzzard daddy collecting leafy twigs to cushion nest for newly hatched chick 同上。産座に使う枝を折ろうとしているオス。なかなかうまく行かない。両足で持って嘴で折ろうとしている場面もある。
先の家族はしばらく映像がなかったので大丈夫かと心配していたが、
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 26 年下の新しい方の若鳥はずっと1羽でいた。地上にいるところ。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 26 Part 1 1羽で退屈していて、食べ物がもらえないかと時々巣に戻る。食べられないが枝先を分解しているところ。途中で足で持つ。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 26 Part 2 続き。あくびも出ていた。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 27 ここからは翌日。巣にいて呼んでいる。声は大きくなったか。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 27 何時間も鳴いていたとのこと。途中で上空を見ていたが親ではなかった模様。
Crested Honey Buzzard juvenile A 上記と同日。ヘルパーになっている一つ前の繁殖の年上の若鳥が見つかった。背景で呼んでいる若鳥の声が聞こえる。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 27 年下の新しい方の若鳥が巣から出てねだっている。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 27 同上。
Crested Honey Buzzard younger fledgling D Day 27 同上。最後は鳴きながら飛び出し。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 37 Part 1 年上のヘルパーと年上の新しい方の若鳥が戻ってきた。年上の新しい方の若鳥は水場へ。あまりためらわずに水に入った。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 37 Part 2 同上続き。背景で年下の新しい方の若鳥が呼んでいるが特に反応していない。そのうは膨れていてどこかで食べるか食べさせてもらったいたのだろうか。しばらく歩いてまた水に入る。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 37 Part 3 同上続き。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 37 同上水飲み後。枝にとまって少し歩く。こちらは腹は減っていないよう。
Crested Honey Buzzard juvenile A after delivering honeycomb 年上のヘルパーが先の年下の新しい方の若鳥にハチの巣を運んだとのこと。生後半年なのに尾のバンドが目立つ。
Crested Honey Buzzard juvenile A Part 1 同上その後水場へ行くか考え中から飛び降り。
Crested Honey Buzzard juvenile A Part 2 同上水場で続き。イヌが近くに来て追い払ったが効果なく飛び去ったとのこと。
水があまり流れていないとのこと。
Crested Honey Buzzard older fledgling C has a sore throat 年上の新しい方の若鳥。口内に異物? (polyp とあるが?) があるようで声が枯れている。
Crested Honey Buzzard juvenile A 年上のヘルパーの若鳥。水場でイヌに邪魔されたので再度考え中。背景で年下の2羽が鳴いている。
Crested Honey Buzzard juvenile A and sibling fledgling C Part 1 そして降りたが、すぐに年上の新しい方の若鳥が降りてきたねだったので飛び去った。
Crested Honey Buzzard elder fledgling C Day 37 Part 2 同上水場で続き。ちょっと飲んだが水がほとんどない。新しい方の若鳥は2羽とも鳴いている。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 37 Part 3 同上続き。著者のすぐそばに降りて来たという。すっかりお馴染み? 途中に頭かきあり。
Crested Honey Buzzard older fledgling C Day 37 同上続き? 飛び立つところまで。すぐそばで撮っている? 人もあり。
Crested Honey Buzzard juvenile A plus siblings C and D Part 4 年上のヘルパーの若鳥が再度水場へ。別のところにもう1羽。年上ヘルパーの若鳥が飛ぶと新しい方の若鳥は2羽ともねだる。特に樹上にいる年下の新しい方の若鳥は翼も開いて大きなねだり声を出す。水場の年上の新しい方の若鳥はその場で鳴いている。
ヘルパーは若鳥だがほとんど親のような役割か。3羽で鳴きあっているよう。若鳥4羽のうち1羽だけ見かけないのは残念とのこと。親はもう現れないのか? 若鳥だけの家族ができているよう。
その後しばらく映像が出ていなかったが6月26日撮影 (上記4日後) のものが出ていた。上記の表現で A, C, D の個体が撮影されており、無事に育っているよう。巣にあまり依存しなくなって観察機会が減っているのかも。D は巣立ち後 31 日め。
Crested Honey Buzzard chick 17 days old being fed meat by mummy こちらは新しい方のつがいの巣でひなが肉をもらっているところ。
Crested Honey Buzzard chick 17 days old and mummy 同上。親 (メス) の正面顔もよく見える。
Crested Honey Buzzard chick 17 days old trying to catch a nap 同上。ひながちょっと居眠りかけ。
Crested Honey Buzzard chick 17 days old trying to catch a nap 同上。どちらもちょっと不自然な姿勢で居眠りかけ。
Crested Honey Buzzard chick 21 days old with mummy 生後 21 日目のひな。こちらは "4" の名前をもらっている。先ほどで長く居眠り中だったとのこと。肉をもらった後とのこと。別の映像によれば前回のひな "3" に比べて肉中心に与えられているとのこと。
日本ではひなが小さい時はハチの巣がまだ多くない時期になるだろうが、ハチの巣が豊富かどうかよりも小さい時に必要な栄養源として肉を与えるのかも知れない。要検討か。
親の瞳孔がよく変化しているのを見るように、とのこと。リラックスすると瞳孔が開くとの一般的傾向があるそうだがこの場合はどうだろうか。
Crested Honey Buzzard chick 43 days old 久しぶりの映像で生後 43 日目のひな。これまでの子育てに比べてひなの成長が非常に早いのこと。今回は 90% は肉を与えられて育っているそうで、意外にもハチの子より栄養価が高いのか? ハチの巣がなくても子育てができる? これならば食性も肉食と呼んでもおかしくない。[ハチの子は栄養満点か?] の項目を独立させた。
Crested Honey Buzzard chick 43 days old 同上羽ばたいているところ。巣立ちも早いのかも。
Crested Honey Buzzard female 同上。巣のメスで、近くで高いところにとまっているオスに対してだろうか少し鳴いている。
Crested Honey Buzzard/mummy ちょっとくつろいでいるメス。趾や爪などが見やすい。
Crested Honey Buzzard/mummy 同上。オスに呼びかける声とのこと。
Crested Honey Buzzard male/daddy メスが呼ぶと戻ってきたオスとのこと。正面視で見ている様子がわかる。日本のハチクマのオスより正面視に適した目の構造の印象を受けた。
Crested Honey Buzzard chick 48 days old 48 日目。すでに巣立っていた。この1週間は巣の外縁で過ごしていたとのことで、巣立ちはもう少し早かったのかも。趾も爪も十分たくましくなっているとのこと。
2024.8.5 の映像なのでこのペアの子育て時期は日本のハチクマに近い。
Crested Honey Buzzard chick 50 days old preening 50 日目にすでに枝にとまって羽繕い中。
オスの正面像。動きなどの参考に。構造を知って見るとこの姿勢は頸椎を S 字に曲げていて中間部分を前方に動かしたらしいことがわかる。
Crested Honey Buzzard chick 51 days old 51 日目。大部分は巣の外にとまっていて食物をもらう時のみ巣に戻るとある。
Crested Honey Buzzard chick 53 days old 53 日目。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 56 日目に巣から離れて外にいた (2024.8.24)。同じつがいの前のひな2羽は 63 日で7日早いとのこと (主に肉で育った効果?)。オスが小さなハチの巣を巣に落としたのを食べに行ってその後の羽繕いの場面とのこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 同上。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 これが巣にいた時の映像。
Oriental Honey-buzzard (Female & Male) @ Chiu S C DSCN1808 別の方による親の主に羽繕いと伸び。
Oriental Honey-buzzard (Female) Chiu S C DSCN9776 同上メスの羽繕い。上下のまぶたが閉じているように見える。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 9 with mummy 巣立ち後9日目の若鳥とメス。解説によればカラスの群れがやってくるとメスが飛び出した。このつがいの以前の若鳥はカラスを怖がったがこの若鳥はメスと一緒にカラスを追いかけたとのこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 9 with mummy 上記続き。最初に別の1羽の声が聞こえて2羽との声を気にしていた。解説によるとオスがハチの巣を巣に置いたので若鳥が食べに戻った時点のよう。
メスも続いて飛び出しておりこちらはありはカラス対応?
Crested Honey Buzzard fledgling Day 9 若鳥のクローズアップ。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 9 after breakfast 同上食後。趾や爪の構造もわかりやすい。最後に飛び出し。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Male & Chicks) @ Chiu S C DSCN7468
別の方による少し前 (2024.5.6) の映像でメスがひなに食物を与えている。引きちぎっているようなので肉を与えていることろか。2:03 に何か細長いものを与えた。
Crested Honey Buzzard mummy with food for fledgling 食物を握って若鳥を待つメス。かなり暑いらしい。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 10 巣立ち後 10 日目の若鳥のクローズアップ。羽毛を膨らませる表情などがよくわかる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 10 同上。後半は飛んでいる何かを追いかけている視線。前半で正面顔も見られる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 10 同上。頭かき。何かに気づいて視線を固定している場面も見られる。少し前のめりになるなど動きを見ると正面視で見ているように見える。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 28 巣立ち後 28 日目だいぶ成長してきた。正面でこちらを見ているらしいなどタカらしい動きを示す。最後飛び立ち。こちらのハチクマは若鳥でも白い眉班が目立つ。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Female) @ Chiu S C DSCN6983 別の方の映像でメス。前半で正面を見ている場面がある。正面少し上方向から見るとタカらしい顔に見える。後半に羽繕い。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 28 drying after the storm 巣立ち後 28 日目の若鳥が嵐の後翼を広げて乾かしているところ。途中で頭かきが見られる。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Male & Chicks) @ Chiu S C DSCN7469 別の方の映像 (2024.5.6) 肉をさいてひな2羽に与えているオス (日本の亜種とは容貌が相当違う)。ひな2羽で引き合う場面が少しあったが争うほどではなかった。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 25 Part 1 of 3
巣立ち後 25 日目の若鳥 (2024.9.5)。オスが巣から呼んでいた。若鳥とメスが一緒に飛んできてメスは前回の繁殖で使われた巣に入る。若鳥は外でとまっていたがオス・メスは交尾したとのこと。オスは飛び出して戻った。若鳥は外で小声で鳴いていてメスが呼び戻し若鳥が巣に戻った。メスもしばらくいたが飛び出してまた戻った。
若鳥は両親と一緒に前回の繁殖で使われた巣にも馴染みになった。両親に対してさまざまな声で鳴いて幸せそうにしていた。その後食事をしたとのこと。この時が (育った) 巣の外での初めての給餌になったとのこと。代替巣を食物を与える場所として用いた 事例のよう。猛禽類の代替巣の役割の一つとなりそう (#イヌワシ備考の [猛禽類が代替巣を造る理由] も参照)。
子育て中に次の繁殖の準備を始めるのか? やや早すぎる感じの交尾は誇示行為や若鳥に対する何らかの信号になるのかも知れない (本当に次の繁殖を始めていた!)。
またこの若鳥が将来ヘルパーになることを期待して別の巣に誘導したのかも知れず興味深いところ。若鳥がヘルパーの役割を果たせるならば早い時期に次の繁殖が可能で有利な生活史戦略なのかも知れない。
ハチの巣があまりなくても肉で子育てできるようなので熱帯では繁殖時期はそれほど限定されないのかも知れない。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 25 Part 2 (後日アップロードされた) 2024.9.5 の映像。解説は上記も参照。午後 2:10 ごろにオスが呼んだとのこと。オスはずっと鳴いていて 10 分後 (?) ぐらいにメスと若鳥が一緒にやってきたとのこと。
別巣での行動の記録。rattling call に近いタイプの発声がある。
2日前にメスの方が巣にいてオスを呼んだ行動と関係があるのか、とコメントあり。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 25 Part 3 (後日アップロードされた) 上記続き。
Crested Honey Buzzard couple Part 1 (後日アップロードされた映像) (2024.9.3 撮影) 上記の2日前にメスの方が巣にいてオスを呼んで交尾の映像。
その際の交尾について記述があり、メスの方が要求したとのこと。連続2回の交尾を行い、このペアで観察された中で最短の間隔だったとのこと。
メスはずっと鳴いていたがオスは交尾の絶頂 (orgasm と表現している) 以外は声を出さなかったとのこと。映像で鳴いている声がメスとすれば rattling call を出している。オスの声 (?) はもっと柔らかく長い声。
Crested Honey Buzzard couple Part 2 上記交尾その2。上に乗っている時はオスの方が大きく感じるのがちょっと不思議。
オスの瞳孔が少し小さくなっている印象を受けるが、これは性的に興奮したセキセイインコなどでも見かける (目が暗色の日本の亜種のオスではわかりにくかも)。
その後メスが出している rattling call が聞こえる。腹部の動きからメスが出している声とわかる。
細かく呼吸を繰り返して出している音らしい。オスはその後羽繕い。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 48 遡って後日アップロードされたもの (2024.9.28 撮影)。巣立ち後 48 日の若鳥。食後でもまだねだって鳴いているところ。この声に似たフレーズは動物園個体でよく聞く (甘えているのか?)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 48 ほぼ同じ。
Crested Honey Buzzard daddy taking a break from collecting twigs 遡って後日アップロードされたもの (2024.9.28 撮影)。オスが巣材を集めていた後の休憩中とのこと。巣立ち後 48 日の若鳥が巣でねだって鳴いている。
Crested Honey Buzzard male 久々のアップロード。成鳥のオスが逆さまにぶら下がっている。そして飛び立つ。カラスがやれば遊びと呼ばれそう。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 54 巣立ち後 54 日の若鳥 (2024.10.3)。同年齢の日本のハチクマならばすでに渡り途中の時期のはず。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 54 preening 同上羽繕い。白い眉斑がある。
Crested Honey Buzzard - female preening メス成鳥の羽繕い (2024.10.16)。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Female) @ Chiu S C DSCN1924 別の撮影者による映像 (2024.2.1) さまざまなポーズや飛び出しなど。
以下は渡り途中の個体 (おそらく日本と同じ亜種) だが近くで撮影された映像なので紹介しておく。Oriental Honey Buzzard take-off (2024.10.18) 足がどこまで羽毛に覆われているか、しっかりした爪などがよくわかる。飛び立ちまで。
Oriental Honey Buzzard drying after the rain こちらは雨の後に乾かしているところ。渡って行ったハチクマの 10 月中旬ぐらいの生活。マレーシアではこの時期が渡りのピークごろでしばしば見られる模様。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Male) @ Chiu S C DSCN2173 (Chiu S C 2024.2.3) こちらはマレーシアの留鳥亜種のオス。のどの模様など日本でも生息する亜種と多少共通点があるが虹彩の色が違い、冠羽がはっきりしている。途中頭かき。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 74 巣立ち 74 日の若鳥 (2024.10.23)。途中で頭かき。最後の方で視線で何かを追いかけている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 74 同上。少しクローズアップ。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 74 同上。別ポーズ。片足でとまってくつろいでいる様子。
Crested Honey Buzzard - male (後日アップロードされた映像) (2024.10.23 撮影) オスが巣立った若鳥の世話を終えて休憩しているところか。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN1999 (Chiu S C 2024.2-3 月の映像) マレーシアの留鳥亜種の若鳥。羽繕いや頭かきなど。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Female & Juvenile) @ Chiu S C DSCN2308 (Chiu S C 2024.2.5 の映像) 巣立った若鳥とメス。枝の上でねだっている。
あまり聞かないタイプの発声がある。声だけ聞くとハチクマとわからないかも。他の個体もいるようで別方向から同じ声が聞こえ、メスは飛び出した。家族で行動している時期の模様。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Female) @ Chiu S C DSCN3933 過去映像 (2024.2.5) から。メスがおそらく食後に嘴を掃除している場面や後ろから見た羽繕いの様子など。
Crested Honey Buzzard - male (2024.10.29) オス親がとまって休憩しているところ。正面視で何度かこちらに視線を向けた。上空を飛んでいるものを追う姿も見られる。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Male) @ Chiu S C DSCN2320 (こちらは過去映像のオス 2024.2.5) ハチの巣らしきものを持ってとまっている映像、おそらく貯水塔のようなもので水を飲むところ、森林内で頭かきや羽繕いなどいくつかの場面を紹介。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Male) @ Chiu S C DSCN2366 こちらはオス成鳥の過去映像 (2024.2.5)。狩りの後か息遣いが荒いが掴んでいる獲物は何?。コウモリのような形に見えるが? そのうち落としてしまった。おそらく途中からの映像で食後の最後の部分か?。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 85 in the drizzle 小雨の中で巣立ち後 85 日の若鳥。翼を半開きで雨を浴びている。途中にフンをする場面がある。尾は上げるがほぼ下に落とす (おそらくあまり飛ばさない)。
その後頭かき。親が飛んでいるのか周囲を見て声も出している。まだ子供らしい声? 最後に飛び立ち。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 85 in the drizzle 同上その2。
Crested Honey Buzzard - male オス成鳥の羽繕いと頭かき。
Oriental Honey-buzzard (Juvenile) @ Chiu S C DSCN2012 これも過去映像 (2024.2.1) で枝にとまって翼を広げて震わせてねだっている若鳥。他のポーズなど。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN2039 (2024.2.29) 枝にとまっておそらく親が食物を運ぶのを待っているところか。クローズアップのスローモーション映像もあって瞬膜の動きがわかりやすい。表情がややうつろで多少眠いのかも。
Oriental Honey-buzzard (Juvenile) @ Chiu S C DSCN3940 これは上記の続きのよう。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Chicks) @ Chiu S C DSCN7391 こちらも過去映像 (2024.5.6) で2羽のひなが巣で育っている。そのうも膨らんでいて食物事情はよさそう。
冠羽が見えるのでひなのうちから性別がわかる? 後半は枝で翼を広げていたところ。日光浴というほどでもなさそう。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN7699 (Sein Chiong Chiu 2024.5.15 の過去映像) 若鳥。冠羽がはっきり見える時は多少クマタカ類に似て見える。羽繕いなど。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN7731 (Sein Chiong Chiu 2024.5.15 の過去映像) 巣に2羽のひなのいる映像。この程度成長すると争いもなく仲良く並んでいる。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus toquatus - Juveniles) @ Chiu S C DSCN7760 (同上 2024.5.15 の過去映像) 巣にいる2羽のひな。後半に羽繕い。
Oriental Honey buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN7927 (同上 2024.5.18 の過去映像) 巣にいる2羽のひな。羽ばたき練習中。後半に羽繕い。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Female) @ Chiu S C DSC8142 (Sein Chiong Chiu 2024.5.26 の過去映像) 水路で水飲み。
尾の1枚が折れているのか、白い部分が擦れてなくなってしまっている興味深い映像。メラニンが羽毛強度を高めていることがわかる。模様を作ることは強度を落とす弱点にもなり得ることが考えられる。
ハチクマのオスの尾の太いバンドの間に細い模様があるのは強度を高めるためかも知れない。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN8138 (Sein Chiong Chiu 2024.5.26 の過去映像) 巣にいる2羽のひな。食事中。
Yvonne Blake の繁殖事例に戻ることになるが、なんと再度繁殖。
Crested Honey Buzzard nesting Part 2 (2024.10.17 撮影) 上記の Crested Honey Buzzard fledgling Day 74 と同じペアと若鳥で。
巣立って 68 日目に新しい巣にメスが卵を産み、オスが巣材を集めるのを若鳥が手伝ったとのこと。オスが巣材を持ち帰り、交代でメスが飛び立つ。3羽いるのでどの個体の声かわかりにくいが、rattling calls (コゲラのキキキ...に多少似ている) を巣で出しているのがメスのよう。他個体の声は若鳥の甘え声らしい。
Crested Honey Buzzard nesting Part 3 続き。オスが交代して抱卵 (に入る前の映像?) で若鳥は近くにとまって甘え声を出している。若鳥はその後飛び立ったメスを探しに飛び立ったとのこと。
Crested Honey Buzzard nesting Part 4 続き。オスが交代して抱卵に入った。
Crested Honey Buzzard nesting Part 5 同じく続き。巣に体を沈めると外からはあまり見えなくなる。外装はまだあまり青葉に覆われていない。
Crested Honey Buzzard nesting shift change 遡って後日アップロードされたもの (2024.10.23 撮影) 抱卵交代。巣にいるメスが交代を要請してオスを呼ぶ。オスの返事らしい声と巣立って 74 日目の若鳥の甘え声らしい声もある。そうするうちにオスが戻ってきてここでメスも声を出す。
オスが実際に抱卵を始めるまでに多少かかった。
Crested Honey Buzzard - daddy and fledgling Day 74 Part 1 of 3 遡って後日 (2024.12.26) アップロードされたもの (2024.10.23 撮影)。暑い中の抱卵でのどが渇き交代後の水飲み中のオス。2:01 足をふみ外す。水浴びをしたかったようだが呼ばれた (2:05)。
そして巣立って 74 日目の若鳥がやってきて甘え声を出している。若鳥に場所を譲った形となってオスは飛び立つ。若鳥はその後も甘え声を出していた。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 74 having a bath Part 2 of 3 同上続き。若鳥の水飲みから水浴び。水浴びには多少の決心が必要なようで少しためらっている (足で地面をひっかくような行動はまだ迷っている時の転位行動かも。動物園個体でも同様のためらいが見られる)。
Crested Honey Buzzard male having a drink Part 3 同上続き。若鳥の後の順でオス親の水飲み。水浴びの前に水を飲んで渇きを癒すのが通例とのこと。0:26 あたりで水しぶきが飛んでいて舌で味わっているらしいことがわかる。小鳥のように水飲み中の外敵をそれほど気にする必要がなくじっくり味わっている感じ。
巣造りを手伝うハチクマのヘルパー若鳥
Crested Honey Buzzard fledgling Day 86 being relieved of nesting duties by daddy Part 1 of 4 遡って後日アップロードされたもの (2024.11.4 撮影) 巣立って 86 日目の若鳥が巣材集めの後メスと交代して巣にいる状態。オスが巣材を持って戻ってきた。若鳥は撮影者の方を見ていたのでオスが帰ってきて驚いたとのこと。そして交代して若鳥が飛び出す。その後オスが巣に入って巣材の配置をしているところか。
Crested Honey Buzzard daddy settling down for nest duty Part 2 続き。巣で仕事中のオス。
背景でメジロの地鳴きに似た声が聞こえるが Zosterops 属のいずれかか。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 85 collecting twigs Part 3 続き。オスが巣に入って飛び立った後、枝を集める若鳥。若いのに結構上手に枝を折っていて、その後足も使っているのであるいは枝を整形しているのかも。
日齢の表記が1日違っているが撮影日は同じよう。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 85 back at nest with twig Part 4 続き。枝を巣に持ち帰る若鳥とのこと。
オスのそばに寄る前に長く会話していたとのこと。その時の音声を記録したものではなさそうだが、あるいは 0:16 あたりの声はそれかも。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 87 collecting twigs 遡って後日アップロードされたもの (2024.11.5 撮影) 巣立って 87 日目の若鳥が巣材集め。最初は太い枝を折ろうとしてさすがに無理。考え直してちょっと移動し、別の枝をこちらも嘴で折ろうとするがこれも太すぎた。朝の食事前の出来事とのこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 87 preening in the morning 朝にメス親と一緒に起きた後の日々の日課の羽繕い。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 87 with mummy nesting 巣にメス親と一緒にいるところ。これまで3羽を育てたペア (この若鳥が4羽め) だがこの子だけは扱いが特別だったとのこと。そして繁殖を手伝っている。
若鳥に嘴を接して対してささやくような声を出すメス親。若鳥がメス親を少し羽繕いして愛情表現たっぷりとのこと (なんとこんなタカの家族もある!)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 87 with mummy nesting 同上続き。若鳥がメス親を明瞭に羽繕いしている。
後半は逆にメス親が若鳥を羽繕い (ハチクマ親子の相互羽繕い)。一緒に巣にいて幸せそうにしているとのこと。
擬人的な見方だが手伝いもしてくれる我が子を可愛く感じているのかも。
鳥類全体で相互羽繕いを調べた研究: Kenny et al. (2017) Allopreening in birds is associated with parental cooperation over offspring care and stable pair bonds across years。
(韓国のハチクマの繁殖に登場する文献の再掲)
タカ類も含めて猛禽3系統いずれも相互羽繕いが意外に知られている。
広義ハイタカ属など日本で通常見られるタカ類では記録例がない (日本はタカ類の発祥の地から遠く、種多様性があまり高くないことを思い出そう) ので例外的に見えるらしい。社会性のある種 (モモアカノスリなど) ではあまり系統に関係なく記録されているよう。
ハゲワシ類など社会性のある種で多く見られているが、ハゲワシ類は想像以上に知的である可能性も考えられているので矛盾しないかも知れない。
ワタリガラスなどの事例では一般的には社会性を学習した個体が行っているようで、親子はあまりないかも知れない。
Migratory ORIENTAL HONEY BUZZARD sunbathing, Singapore (kidowmer 2024.11.27 アップロード) こちらは別の方によるシンガポールで日光浴中の渡りのハチクマ。10 月に渡来するとのこと。羽繕いも少し記録されている。この時期には初列風切の換羽は完了しているよう。
Crested Honey Buzzard nesting (2024.11.6 撮影) 巣でヘルパーとなっている若鳥 (右側。巣立って 88 日目) がメス親が枝を配置しているのを見ているところ。以下の一連の映像は必ずしも時系列順ではないと思われる。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。若鳥 (左側) が枝集めを手伝ったとのこと。その後の巣で一緒にいる映像と思われる。向き合った時は親の方が声を出している (投稿者によれば特別な子で愛情たっぷりとのこと)。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。枝を集めてきた若鳥。枝集めのために尾羽が乱れている。後ろにメス親 (抱卵中らしい) が一緒にいる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 88 collecting twigs 同上。枝を集めている若鳥。朝から3時間近く枝集めを行っていたとのこと。どうやって枝を折るか、まだ経験不十分で格闘しているところ。
メス親が暖めている卵はそろそろ孵化する時期とある。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。枝を集めてきた若鳥 (右側) とメス親。2羽が同じ枝をくわえて共同作業をしている (?) 場面がある (ハチクマ親子の共同作業?。このような行動は他の鳥で見られているだろうか)。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。2羽で巣にいるところ。雨が降ってきてメス親が卵が濡れないように覆っている。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。2羽で巣にいるところ。若鳥の方は雨宿り中か。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。2羽で巣にいるところ。若鳥の伸びと少し羽繕い。
Crested Honey Buzzard nesting 同上。2羽で巣にいるところ。雨が激しくなってきて若鳥はメス親のために場所を空けたとのこと。雨が強くなると 15 分後若鳥は飛び立って自分の雨宿りの場所を探したとのこと。
Crested Honey Buzzard nesting 巣立って 89 日目でヘルパーとなっている若鳥。この日は朝に枝を一つ運んで巣でリラックスしているところ。映像はオス親が隣の木にとまった後巣のそばに入って歓迎 (?) しているところ (0:22 に rattling call が聞かれる)。
若鳥はその後飛び立ってオス親がとまっていた枝にとまったとのこと。オスは巣に入ったが抱卵はせず卵が孵化するのを見ているようだったとのこと。
Crested Honey Buzzard nesting 同上続き。巣にいるオス。
Crested Honey Buzzard nesting こちらは先に若鳥が持ち帰った枝をメスが巣に詰め込んだところとのこと。
Crested Honey Buzzard nesting 若鳥が自分で食物を探しに行く前に巣にいるオス親のところに立ち寄った。オス親の仕事をかなり肩代わりしており、オス親はずいぶん楽ができて2日間巣を離れることもできたとのこと。
オス親もこの特別な若鳥に愛情満点で 0:15 付近で嘴を合わせたりしている。その後若鳥が立ち去った。なるほど 別れ際のキス? だったのか (!)。もし同じ機能があるのならばこの行動をヒトと独立に進化させたことになる。
Crested Honey Buzzard daddy feeding chick that hatched this morning/last night (2024.11.8 撮影) ひなが生まれた。巣で肉を食べてひなに与えるオス。抱卵期間は 24 日とのこと。
Crested Honey Buzzard mummy arranging cushion for newly hatched chick 同上。生まれたひな用に青葉のついた枝をメスが整えているところ。なかなか納得できないようで何度も置き直している。
Crested Honey Buzzard mummy feeding chick 同上。自分も食べながら生まれたひなに肉を与えるメス。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 90 (2024.11.8 撮影) 同上。こちらは巣立って 90 日めの若鳥。メスがひなに食べ物を与えるのを見て近くの木にとまっていた。メスが与え終わってから巣に戻った。この晩は巣でメス親と一緒に過ごしたとのこと。3世代同居中。
Crested Honey Buzzard mummy with fledgling Day 90 同上。巣でメス親と一緒にいる若鳥。親はおそらく生まれたひなを抱いている。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus torquatus - Juvenile) @ Chiu S C DSCN7906 別の方による過去映像 (2024.5.18 撮影) 2羽の若鳥 (ひな) のいる巣。2羽の成長段階はかなり違っている。
この地域で繁殖するハチクマにとっては人は外敵とみなされていないのだろう。
Crested Honey Buzzard nesting (2024.11.9 撮影) ひなが生まれ2日め。同居しているヘルパー若鳥 (右側。巣立って 91 日目) が朝からひなに肉を与え、ひなの羽繕いを手伝ったとのこと。メス親が水浴びに行ったところで若鳥が代わってひなを暖めた。
2分後にオス親がハチの巣を持って帰って来て若鳥は声を出した。若鳥がひなに食べ物を与えているのをしばらく見ていたオス親は近くの木に枝探しに出かけた。メス親が戻ってきて一緒にひなに食べ物を与え、自分たちも食べた。オス親が枝を持って戻り、メス親の指示でオス親は飛び立ったとのこと。
以下の映像には巣で親子が一緒にいる時の行動の一部のみ記録されている。
この映像では 1:29 にメスが枝をくわえて若鳥に渡し、若鳥が配置しようとしている。メス親も参加して共同作業になりかけていた。手伝ってもらいながら教えているのかも? (血縁個体が繁殖技術を向上させれば包括適応度の上昇につながる可能性があるため、教えることが可能ならばそのような行動は進化できるだろう)
Crested Honey Buzzard nesting (同上)。
Crested Honey Buzzard nesting (同上)。
Crested Honey Buzzard nesting (同上)。わかりにくいが親子一緒にひなの面倒を見ているところ?
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchis Orientalis - Juvenile) @ Chiu S C DSCN3976 (Sein Chiong Chiu 2025.1.26 撮影)。こちらは渡りのハチクマの若鳥の映像だがマレーシアなのでこちらに含めておく。日本など北方で 2024 年に生まれた個体は越冬地でこのようにのんびり暮らしているのだろうか。
0:55 近くの枝をくわえて羽ばたいてみる。1:06 尾を上げて戻してからフンが落ちた。
Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus orientalis - Juvenile) @ Chiu S C DSCN3984 (Sein Chiong Chiu 2025.1.26 撮影)。こちらも越冬地でくつろいでいる渡りのハチクマの若鳥。しばらく正面で撮影者を見つめているところなど記録されている。頭かきや飛んでいるものを追っている視線の動きなど。
Crested Honey Buzzard chick approx 6 weeks old (Yvonne Blake 2025.2.12) 久々のアップロードで、ひなが育っているがなかなか見えなかったらしい。生後6週間程度のひなの羽ばたきの様子。
なんとヘルパーと育てていたひなは 2024.11.11 に死んだとのこと (詳細は不明)。そのためアップロードが止まっていたのか...。説明からは9日かけて新しい巣を造ったらしい。
前回アップロードは 2024.11.8 撮影でその時点で生まれたひなに食物を与えていたのでそのまま育っていれば生後6週間とはならない。何かが起きて再営巣したのだろう。
メスはオスに甘やかせてもらって (おそらく食物を運んでもらっている意味だろう) 巣にとどまっているとのこと。
このペアに限った話かも知れないが、繁殖失敗にもかかわらず留鳥亜種ではつがいのきずなは保たれているらしいことがわかる。
Crested Honey Buzzard female eating larva-comb Part 1 of 3 (Yvonne Blake 2025.3.8 撮影) 久々のアップロード。若鳥 (上記と同じ。生後8週間) は3日前に枝渡りをするようになってこの日に巣の外で初めてハチの巣をもらってその残り物を食べている親のメス。
Crested Honey Buzzard female eating Part 2 of 3 続き。Crested Honey Buzzard female finishing meal Part 3 食べ終わって嘴の掃除。残り物は気にせずそのまま落とした。
遡ってヘルパーと育てていたひなが 2024.11.11 死んだ後の状況が紹介されていた。
Crested Honey Buzzard mummy (Yvonne Blake 2024.11.14 撮影) 死んだひなは生後3日だったとのこと。2024.11.13 には強力な嵐があって (ひなが死んだのにも関係するのかも?)、ほとんどの枝が落ちてしまったとのこと。
メスは新しい営巣場所を選んだが巣を造りにくい場所のようで立腹しているオスをなだめているとのこと。巣材を掴んで運ぶメス。
日本のハチクマの雌雄識別をそのまま当てはめると尾のパターンが違う。このペアでは眉斑がよく見える方がメスらしい。冠羽が見えれば長い方がオス。
Crested Honey Buzzard couple at new nest site 新しい営巣場所で2日め。メスはオスの羽を引っ張った。これが "なだめる" 行動か。
Crested Honey Buzzard daddy looking for twigs 枝を探すオス。
Crested Honey Buzzard couple building nest 巣を造るつがい。メスのいるところにオスが戻ってきて (0:10) rattling call が聞かれる。結構近接してとまっている。その後メスが飛び出し (交代の合図?)、オスが巣材を配置している。置きにくい場所で落としてしまった。その後頭かきで "落としちゃった" というところか。
巣造りがうまく行かないのでオスが立腹するようになったのかも。
なんだか不器用そうにも見えるが立体構造のある枝をうまく組み合わせて強度のある構造物を作るのは我々が考えてもそれほど簡単でないだろう。適当に重ねるだけならばすぐ崩壊してしまい、配置に悩んでいるのも納得できる。
Crested Honey Buzzard daddy building new nest 巣を造るオスとのことだが結局羽繕いのみして飛び出す。
Crested Honey Buzzard female Day 4 of nest building 巣造り4日めとのこと。メス。嵐で風が強くて巣造りに時間がかかっているとのこと。
Crested Honey Buzzard male Day 4 of nest building 同上。こちらはオス。
Crested Honey Buzzard couple building new nest Day 6 巣造り6日め (2024.11.24 撮影) とのこと。
メスがオスを羽繕いしている。触ってもらっていて体は振れているのに視線はメスよりむしろ外を見ていた。
このつがいの過去の巣造りに要した時間は 5-7 日が最大で終わるとすぐに産卵したとのこと。今回は強風と嵐のために進行が遅れている。
このつがいは子育てが好きなようで次々と営巣し、「繁殖期」の概念が通用しない。そのため季節によって枝や葉の得やすさが異なるとのこと。巣のタイプも決まった形がなく小さい巣も使うとのこと。
これだけ聞くとまるでキジバトのような印象を受けるが、まさしくそうなのかも知れない。
高温湿潤な熱帯地域では巣の耐用期間が短く、必要最小限で繁殖して次は別のものに乗り換えてしまうのが最も効率的なのかも知れない。また我々が想像する以上に暴風などもあって巣の崩壊なども頻繁に起きるのかも知れない。粗雑な巣を作るのはそのための適応ではないかと思えてきた。
また大部分肉で子育てした事例も報告されているが、ハトのひなは格好の食物のようで食物を選ばず例えば年中繁殖するハトを食物とすればいつでも繁殖可能なのかも知れない。
温帯や亜寒帯では寒い冬の時期があるので巣の衛生はある程度保たれ、熱帯より長年反復使用可能なのかも知れない。
巣を新たに造るコストはそれほど大きくないかも知れないが、渡りのコストがかかっても温帯や亜寒帯では食物資源の豊富さ以外にも (他種の巣の借用も含めて) 巣を反復利用できる利点もあるかも知れない。もし巣の立派さが性・社会的信号となっているならばなおさら当てはまる感じもする。
日本の南西部にハチクマが少ない、あるいは定着していないのは都合よいハチ資源がないなど理由もありそうだが、台風の影響を受けやすいことも理由の一つかも知れないと少し深読みしてみた。
ハチクマは繁殖季節が遅いのでより影響を受けやすそうだが、樹上に営巣する他のタカ類にもある程度当てはまる可能性も考えられる。ノスリが小笠原に定着しているのに南西諸島には定着しにくい背景事情の一つになり得るかも知れない。
Crested Honey Buzzard male Day 6 building new nest 同上。巣にいるオスがかゆいのかこすっているところ。
Crested Honey Buzzard couple Day 8 into building new nest 同上巣造り8日目。2羽でそれぞれ枝を配置したりしているところ。
Crested Honey Buzzard Day 2 nesting 同上巣造り9日目 (2024.11.23 撮影)。あまりにもまばらで卵が落ちそうとのこと。オスが巣の縁にいてメスが巣の中にいる。
Crested Honey Buzzard nesting shift change こちらはひなの方 (2025.2.18 撮影)。生後6週間少しとのこと。オスがちょうど戻ってきてひなの見守り。交代でメスが飛び出すところ。ひなの声らしいものも聞こえるが他の鳥かも知れない。
Crested Honey Buzzard chick approx 6+ weeks old 同上ひなの映像。撮影者にとって6番目の孫とのこと。
Crested Honey Buzzard chick approx 8 weeks old 同上。生後8週間の巣立った若鳥 (2025.3.5 撮影)。枝渡り中。この日はとても勇敢で冒険的だったとのこと。翼を下がっているのはなぜ、との疑問が記されている (運動後暑くて半分開いているようにも見える)。
Crested Honey Buzzard chick approx 8 weeks old 同上。こちらは翼をさらに広げているように見える。胸の上が膨らんだように見えるのは頸椎を S 字に曲げているのが出張って見えている。
Crested Honey Buzzard chick 8 weeks old 同上。生後8週間の巣立った若鳥 (2025.3.8 撮影)。まだ枝渡りをして3日めとのこと。翼が下がっているように見えるのを気にされている。
Crested Honey Buzzard chick 8 weeks old 同上。
Crested Honey Buzzard mummy Part 1 of 5 同上。ハチの巣を持って屋根にとまっているメス。一仕事して暑かったのか少しあえいで休憩中。真後ろを超えて首を回して少しこちらを向く場面もある。以下に続く。
Crested Honey Buzzard mummy with food for chick 8 weeks old. First out of nest feeding Part 2 of 5 同上。初めて巣の外で食物が与えられた。
屋根の上から木へと飛んだとのことでよく隠れた場所にいる。過去の4羽のひなでは枝渡りをして最速でも 30+ 日目ぐらいにようやく巣の外で食物が与えられたとのことだが今回は非常に早くまだ太っていない段階。メスがハチの巣を与えるが、丸ごと与えるのでなく若鳥の足の成長に合わせて断片にして与えたとのこと (巣立ってるが確かに足がまだ貧弱で持つのも立つのも下手)。
記述から想像すると前のひな (4羽めでヘルパーになっていた個体) の時は丸ごと与えておそらくうまく行かずに教訓としたらしい。若鳥が食べている間はメスは残りの部分をくわえたまま飛び立った。
Crested Honey Buzzard mummy with food for chick 8 weeks old. First out of nest feeding Part 3 of 5 同上続き。食べ終わって足元もまだ不安定。食後の嘴の掃除など。
向きを変えて 1:44 あたりから小さい声で鳴いている。近くでメスがハチの巣の残りの部分をくわえてとまっていた。そこへ若鳥が飛んできた! メスと若鳥がハチの巣を引っ張りあうところ。[(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] の [ハチクマのお客さんになって] で保護個体が著者と食べ物を引っ張り合う行動が描かれているが、あるいは人が食べるパンがハチの巣を食べているように見えたのかも知れない。
メスはそのまま飛び出してしまった。
Crested Honey Buzzard mummy with food for chick 8 weeks old. First out of nest feeding Part 4 of 5 同上続き。引っ張りあってできたハチの巣の破片を食べる若鳥。これが投稿者の指す少しずつ与えているところだろう。結果的に若鳥の訓練になっているのかも。
斜めにとまると足元が安定するようで片足でつかんで食べた。その後幹を使って嘴の掃除。
鳥は上を向かないと飲み込めないとしばしば言われるが下を向いたまま食べている。
Crested Honey Buzzard mummy with food for chick 8 weeks old. First out of nest feeding Part 5 同上続き。食べ終わった後の若鳥。枝渡りの練習中。
Crested Honey Buzzard mummy with honeycomb for chick 8weeks old Part 1 同上 (2025.3.9 撮影)。
ハチの巣を持ってとまって休憩しつつ若鳥を探すメス。若鳥は前日にあまりに遠くに外出し、この日は近くにいるようにと言いつけられたのではとの推察あり。くわえて運びにゆく。このような映像を見ると人がパンを食べるのは外見上いかにもハチの巣をくわえて食べているように見えるかも知れない。
Crested Honey Buzzard mummy delivering food Part 2 同上。若鳥は巣の近くにいてメスがハチの巣を巣に落として飛び去った。巣で食べる若鳥。
こちらはシンガポールでハチの巣を掴んで食べているところ。関連して紹介: Oriental Honey Buzzard having meal (Little Penguin "Mini Adventures" 2025.3)。亜種・年齢不明だが冠羽がないように見える。渡り亜種の越冬または移動中? 片足で器用に掴んで持ち上げて食べている。
Yvonne Blake のマレーシアのハチクマ親子に戻る。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 Part 1 of 3 (2025.3.11 撮影)。著者はこの日を巣立ちとみなしている。自信を持って別の木に移ったとのこと。その後枝を探検して過去に育った若鳥と同じような行動を示す。親は周囲にいなかったとのこと。葉などくわえようとしてみている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 Part 2 of 3 同上続き。糞をする瞬間も後ろから記録されており、尾を上げてその後尾を下げる時に糞を落している。糞が小さいので糞を飛ばすタカより水分量が少ないのかも。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 Part 3 同上続き。ほぼ後ろ姿だが後半にほぼ真後ろを向いた正面顔。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 同上別映像。頭かきなど。しばしば撮影者の方向を見ていてほぼ真後ろを向いた正面顔がよく見られる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 Part 1 of 3 同上これも別映像。こちらは正面向き。上空を時々気にしている。後半は片足を引っ込めたりして片足でも長時間立てるようになってきたよう。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 Part 2 of 3 同上続き。これも正面顔がよく見られる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 1 Part 3 同上続き。人家の近くなので生活音や人の動きにも反応しているよう。最後に動き出して枝を足でひっかくような動作を多少見せた (ハチの巣を掘る行動の練習か)。
Crested Honey Buzzard mummy cleaning beak after delivering food to nest こちらは巣に食物を運んだ後のメス。柱にとまって嘴の清掃中。メスは巣に食物を置いて飛び出たが別の木にいる若鳥は気づいてなかった。
メスが呼んだが若鳥が聞いていないようなので、再度巣のある木に戻ったところ今度は若鳥が気づき、メスのとまった枝にとまって興奮して枝も移ってねだったとのこと。メスは巣に誘導して若鳥は無事食物にたどり着けた。興奮して鳴きまくっていたとのこと。これはその後のメスの映像。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 3 同上巣立って3日め (2025.3.13 撮影)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 3 同上。主にこちらを見ているところ。時々上も気にしている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 5 同上巣立って5日め (2025.3.15 撮影)。左右の頭かき。足が少しふらつく。
Crested Honey Buzzard mummy after delivering food (2025.3.24 撮影) 若鳥がメスの運んできた獲物を奪い取って巣に持ち帰って食べたとのこと。映像はメスの趾にできた傷 (表皮が剥がれてしまったらしい)。若鳥とはいえ親と同じ大きさなのでなかなか危ない。傷は治りつつあるとのこと。
中国のビデオで巣でオスがメスに獲物を渡す際に嘴に持ち替えているのはあるいはこのような危険を避けるためかも知れない。
Crested Honey Buzzard mummy after delivering food 同上続き。食物を運び終えた後で嘴の掃除。趾の傷はあまり気にしていない感じ。
オスをこの 17 日見ていないとのことで懸念されている (2025.4.3 掲載されたものだが日数はこの映像が撮影された時点のものらしい)。これまでも巣立ち後オスが休暇をとったことがあったが最長で5日だったとのこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day14 巣立ち後 14 日の若鳥 (2025.3.24 撮影)。これまでよく過ごしていた木に止まらなくなって探すのに苦労している。食物はほぼ巣でもらっており、巣の外では1回のみとのこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day14 同上。羽繕い。
Crested Honey Buzzard fledgling Day14 同上。枝にとまって片足を途中まで上げている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day14 同上。枝上を移動してやはり尾を左右に振っている。その後頭かきや枝の先端をつついてみる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day14 おそらく同上続き。枝の上を移動し尾を左右に振っている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day14 おそらく同上続き。頭かき、翼を広げたり伸びなど。見つけるのが難しくなってきているとのこと。
Crested Honey Buzzard daddy (2025.3.26 撮影 2025.4.13 掲載)。大変心配させられたオスは 18 日間不在で、ようやく姿が見られたとのこと。MIA = missing in action の略。何事もなかったかのように戻って羽繕い中。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 17 Part 1 of 2 (2025.3.27 撮影 2025.4.16 掲載) 巣立ち 17 日後の若鳥。
長らく不在になっていたオスがハチの巣を近くの新しい巣に運んだが若鳥が見当たらず、10 分連続で呼んでいたとのこと。若鳥がついに近くにやって来たが、オスは反対方向を向いていて気づかなかったとのこと。
声に反応してやってきたと思われるが巣が隠れた場所で若鳥が巣に戻るところは見られなかった。オスはずっと鳴いていて若鳥はどこから声がするのか探していたとのこと。新しい巣は新しいテリトリーにあるとのこと。例えばヘルパーになるのを期待するなど、若鳥を新しい巣に呼ぶ習性があるのだろうか。
オスの不在中もメスが無事に育てていた模様。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 17 Part 2 同上続き。0:28 あたりから親が rattling call で呼んでいると思われる。この声を聞いて反応して飛び出した様子がわかる (これがハチクマの声であることを知らなければ背景で何が起きているのか全くわからないかも)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 17 同上食事後。羽繕いや頭かき。巣立ってそれほど日数が経っていない若鳥でも尾の縞模様は立派で冠羽もある。日本の亜種の若鳥とはなぜ尾の縞模様が違うのだろう。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 17 同上続き。小枝をかじってみたりしている。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 20 (2025.3.30 撮影 2025.4.17 掲載) 前日に何かが起きて新しい巣からあまり遠くに行かなくなったとこと。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 20 同上続き。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 21 in the rain (2025.3.31 撮影 2025.4.20 掲載) 巣立ち後 21 日の若鳥。強い雨が長く続いた後に小降りになった状態。頭の羽毛は先端部のみ着色であることがわかる。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 21 drying after the rain 同上雨上がり後。この日は遠出はしなかったとのこと。片足を持ち上げて握っている。
Crested Honey Buzzard drying up after the storm (2025.4.3 撮影 2025.4.20 掲載) 嵐の後に乾かしているところ。
なんと若鳥が巣立ってわずか 20 日 (しかもオスが姿を見せなかった?) なのにもう次の繁殖に入っていて巣にいたメスをオスが交代し、メスが外に出て乾かしているところ。目つきはなかなか精悍。
Crested Honey Buzzard female drying after the storm 同上前後の映像か。こちらは正面を向くとややとぼけた感じに見える。
Crested Honey Buzzard female drying after the storm 同上先行する映像か。見つけた時の状況が記されていて、まずオスが見つかり若鳥が飛び出したのでじっくり探すとメスが見つかったとのこと。
Crested Honey Buzzard female drying after the storm 同上。
Crested Honey Buzzard female drying after the storm 同上反対側から。趾の傷は治った?
Crested Honey Buzzard male preening and drying up after the rain 同上こちらはオスが乾かして羽繕い中。
Crested Honey Buzzard male preening and drying up after the rain 同上。巣のメスに交代した後再度交代してオスが出て乾かして羽繕い中。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 24 (2025.4.3 撮影 2025.4.20 掲載) 同上こちらは巣立ち後 24 日の若鳥が乾かしているところ。一人前に (?) 尾を完全に広げたりしている。新しい繁殖に入った段階で若鳥もまだ一緒にいる。渡りのハチクマが熱帯地方の留鳥ハチクマから進化したのであれば (逆の過程も考えられる) 繁殖時期に若鳥も一緒にいるのがハチクマの本来の性質なのだろうか (繁殖が始まっても若鳥がまだねだっているクマタカとの類似性を考えてしまう)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 24 almost dry after the storm 同上若鳥。ほぼ乾いた段階。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 38 巣立ち後 38 日めの若鳥 (2025.4.17 撮影)。枝の上を探索中。
こちらは日本と同じ亜種の渡りのハチクマの若鳥越冬中の映像: Oriental Honey-buzzard (Pernis Ptilorhynchus orientalis - Juvenile) @ Chiu S C DSCN5918 (2025.4.23 撮影)。羽繕いや頭かきなど。
こちらは現在紹介中のもとのは別個体で、2023.3.28 以来の観察となるメスとのこと: Crested Honey Buzzard female (2025.5.3 撮影) 0:13 に相棒のオスの呼ぶ声 (rattling call) が聞こえた。声を聞いて向きを変え尾も左右に振った。
Crested Honey Buzzard female 同上。相棒の声は 0:59 付近で聞こえた。
これも別ペアの方の映像で Crested Honey Buzzard female avoids mating with male (2025.5.4 撮影) 巣は完成しているとのことでオスの交尾をメスが拒んだとのこと。最後にその瞬間が撮影されている。
Crested Honey Buzzard - male after mating rejection 同上、交尾を受け入れられなかったオスの映像。
Crested Honey Buzzard female avoids mating with male again 同上、再度の交尾の試みも受け入れらなかった。ビデオの早い段階でオスが飛んで来たが逃げてしまった。
Crested Honey Buzzard - male とまって多少羽繕いをするオス。真後ろからの撮影で首が半回転以上回るのがわかる。
Crested Honey Buzzard male (同上 2025.5.5 撮影) 羽繕いから飛び出すオス。遠くてよくわからないが 0:12 あたりから相棒が鳴いているような気がする。
Crested Honey Buzzard female 同上、こちらはメス。周囲を見渡しているところ。
Crested Honey Buzzard male 同上オス。しばしば撮影者の方を見ている。
Crested Honey Buzzard female 同上。頭かきをしているメス。
Crested Honey Buzzard male 同上オス。日の当たるところで羽繕いなどくつろいでいる感じ。
上記と同じペアの珍しい映像。ササゴイの巣を襲うハチクマ
Crested Honey Buzzard female attacking Striated Heron nest (2025.5.5 撮影) メスがササゴイの巣を攻撃したとのこと。3回攻撃をしたがその都度ササゴイの親が攻撃を逸すことに成功したとのこと。見物人が多数おり、多くの人はササゴイの方に加勢してササゴイが叫び声を上げると手を叩いて妨害しようとしたとのこと。弱い鳥を襲うけしからんタカと映っているだろう。現地語のわかる方どんな話がなされているか聞き取ってください。
カメラが追いきれていないが、この映像は羽繕いをして一見平静にしているハチクマが3回めにササゴイの巣を襲う場面。映像の一番最後に。飛び立つ時の顔つきは眉斑もくっきりして他のタカと同じように見える。
この行動から考えられる解釈は [擬態と種・亜種の関係] にまとめた。
Crested Honey Buzzard female after 3rd attack on Striated Heron nest 3回めの攻撃の後のメス。人の手打ち音も聞こえる。ここであきらめた。
Striated Heron nest that survived 3 attacks by a Crested Honey Buzzard 攻撃に耐えたササゴイの巣。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old (2025.5.6 撮影) こちらはずっと紹介していた方の先のペアの先の子供 (Four) でヘルパーをやっていた個体。眉斑もくっきり立派になって里帰り。268 日は生後の日数か。
先のペアは見えにくいところで子育てしているらしいが、巣立った若鳥 (Six, 57 日目) が繁殖中の両親が忙しいので子育ての手伝いにきたのではないかとも (なお Five は巣立つ前に死亡)。
この個体を最後に見たのは Five の死んだ日で 93 日目だったとのこと。撮影者にとって半年ぶりの再会。半年ちょっと前に親と添い寝をしていたあの個体。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old 同上。正面映像。周囲を眺めつつも途中で頭かき。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old close-up 同上。正面拡大。羽繕いや頭かき。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old preening 同上別の場所で羽繕い。熱心に尾を羽繕いしている。
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 57 (2025.5.6 撮影) こちらは 57 日目 Six の方。幼さがまったく違う。親か Four を見つけたのか典型的な甘え声を出した後飛んで行った。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old (2025.5.6 撮影) 後日アップロードされた続き。268 日の Four の方。
Crested Honey Buzzard Four 269 days old (2025.5.7 撮影) こちらは翌日の Four の映像で Four is showing Six how to hunt shrubbery for chicks とあり、Six に下生えでどのように獲物を捕まえるか教える訓練の2日めとのこと。
親が繁殖のために巣立った Six の面倒を見られなくなったので、忙しい親に代わって Six を教育中との解釈のよう。これもヘルパーの形態の一つなのか。Four はよほど面倒見のよい個体らしい。
Four と Six に直接の面識があったかどうかは不明だが、親の育てている子らしいことはわかるのだろう。Six の方も知らない個体がやってきているのに手伝いに来ていることがなぜわかるのだろうか。
いずれにしても一度親元を離れた個体がまた手伝いに戻ってきていることになる。
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 59 (2025.5.8 撮影) こちらは 59 日目 Six の方。行動範囲が広がったとのこと。とまって羽繕いとフンをするところ。やはりハチクマのフンは水分が少なくて固まっているように見える。熱が逃げにくく暑いところで体温調節のために水分量が不足しがちで尿から積極的に水分再吸収を行っているのでは?
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 59 同上。とまりながら何かを視線で追いかけている。
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 59 同上。墓地によい場所を見つけて羽繕いや頭かきなど。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 50 drying after storm (2025.4.28 撮影) こちらは少し前の映像で直近の若鳥 (Six, 50 日目)。嵐の後に乾かしているところ。頭かきや rousing が見られる。
(2025.5.8 撮影) 2家族が同時紹介されて複雑になっているが、こちらは 2023.3.28 以来の観察となるメスのつがい で 2005.5.4 に交尾の拒否などの映像のあったつがいの方。メスに食物を与えた後のオスの姿とのこと (求愛給餌と呼ばれるものだろう)。羽繕いや頭かき。
Crested Honey Buzzard female preening Crested Honey Buzzard female preening 同上、メスの羽繕い。
Crested Honey Buzzard couple 同上、朝に交尾の試みが2度失敗した後とのこと。メスが羽繕いしてくつろいでいたところにオスがやってきたが逃げられた。瞳孔サイズを変えているので感情が現れているのだろうがさすがにそこまでは読み取れない。
Crested Honey Buzzard male 同上、最後にメスを追って飛び出したが再度失敗とのこと。
Crested Honey Buzzard male 同上、交尾失敗後のオス。気分転換して (?) 羽繕いに。
Crested Honey Buzzard male 同上、4回めの失敗の後それぞれ別の方向へ飛んだとのこと。オスの正面表情。
Crested Honey Buzzard female (2025.5.18 撮影) このペアの羽繕い中のメス。
Crested Honey Buzzard female 同上。最後に飛び出し。
ハチクマの先生と生徒!?
こちらはまた Four と Six の関係で「何だそれは?」のような話が多数。映像順序が不明のまま並べておく。
Crested Honey Buzzard Four lecturing Six (2025.5.6 撮影) Four (268 日) が Six (57 日) に教えているところでしばしば呼ぶ声を出している。解説によるとああせよこうせよと小うるさい (nagging) (指導が厳しい) らしい (笑)。Four の翼は親のメスより長くなっていて風格はまるで親鳥。Six も時々応答しているとのこと。羽繕いや rousing あり。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old lecturing Six fledgling Day 57 同上。書かれている解説は間違っているかも知れないが、Four の行動を Six がよく模倣している。Four が降りた場所に Six が降りる、Four が枝を集めるとそれに従うなど。Four は非常に優れた教師で Six の習得は非常に早く、3日で教育が終わって離れたとのこと。
これは鳴いている Four と、別の場所にいる Six の映像。呼ばれて Four がとまっていた場所に移動した映像。
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 57 and sibling Four 同上。こちらは Six が羽繕いをしていると Four に呼ばれた。Six が応答しながら近くまでやってきた。Four の行動 (この部分は映像にない) をまねて? Six が枝を折っているところ。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old Four が枝の折り方を教えて見せているところとのこと。そして飛び出す。記述から推定するとそして上記の映像に続くのかも。しかし枝を折るのは先生にしてはあまり上手でない (それではやってみろと言われると我々でも難航するかも知れない)。
まだ生後1年にも満たない若鳥なので当たり前かも知れないが、他の映像から判断してもハチクマは新鮮な枝を折るのはあまり得意でない感じがする。だからこそ嘴の細い樹上性タカ類で嘴縁突起が発達しやすいのかも。
ペンチと同様、荷重のモーメントは嘴の幅に比例するはず。幅の広い嘴を持つ種であればあまり問題がない。新鮮な枝でなくてもよい種類、あるいはそもそも巣材に枝を使わない種類では嘴縁突起が必要がない理屈になり得るかも。代わりに足を使うなど異なるテクニックを用いる種でもこの目的の嘴縁突起はなくてもよいことになる。
[カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] あるいはどこかで触れたつもりだったが、「カッコウハヤブサ類の嘴縁突起は枝を折るためぐらいしか用途を思いつかないが、その程度の目的だけのために進化するものだろうか」と書いてあるものがあった。
ただしハチクマには嘴縁突起はない。折れない時は足を使って体重をかけられるためだろうか。少し遡って Crested Honey Buzzard daddy collecting leafy twigs to cushion nest for newly hatched chick の部分も参照いただきたい。
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 57 同上。Six が枝をくわえている。Four が声を出して指示しているとのこと。
Crested Honey Buzzard Six fledgling Day 57 replying to Four 268 days old 同上。こちらは Six が声を出して応答しているところ。そして飛び出す。
Crested Honey Buzzard Six 同上。Four は生まれた巣を経てかつて食物をもらっていた古い巣に戻り (場所をよく記憶していることもわかる)、Six を呼んでここが食べる場所と教えているとのこと (Four はメスで自身の繁殖に備えた練習も兼ねているかも? 巣で居心地よさそうにしている)。Six は指示に従って飛んできたとのこと。
Crested Honey Buzzard Four 268 days old 同上。指示に従って巣に入った Six。なんと2羽一緒に巣にいる。
学術的に表現しようとすると難しくなるが「ままごと」と言えばよいのだろうか。「ままごと」の英訳を探してみると play pretend があった。なるほど。しかし自明に書かれていなければ霊長類の行動について記述しているのかと思われるのではないだろうか。ハチクマの「ままごと」!? と表題にまとめたかったぐらいだが、さすがに何のことか想像も付かないだろうと断念した (笑)。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 63 (2025.5.12 撮影)。Four は3日間の教育を施した後去ったとのこと。"スズメの学校" ならぬ "ハチクマの学校" の全教科修了。個別指導・短期集中型と言える (笑)。
Six はまた1羽に戻って頭かきなどしているところ。
Crested Honey Buzzard fledgling Day 63 同上。
ところで、血縁個体の育児を助けるヘルパー行為は行動生態学的にも進化し得る性質であるが、他の個体の行動を模倣するのはなかなか高度なのではないだろうか。さらにその見本を示す行動はどのようにして進化するのだろうか (教育行動の進化?)。模倣する方は直接的利益が得られるだろうが、見本を示す個体は何か利益を得ているのだろうか。弟子が技術を習得することによる満足感を得ているならばほとんどヒトのような話になってしまう。
技術を教える場合に模倣させ、教師から見て正しくできていなければ介入し、教師から介入がなくなれば習得したとみなせるならば言葉がなくても技術の伝授は可能だと思ってしまう。言葉のわからない外国人教師から通訳なしで技能を習うのとあまり違わない気がする ... まるでヒトの行動の進化を議論しているのか (?!)。
もっとも親が子に教える場合は生存率を上げるなど有利な形質として選択される可能性があり、血縁個体ではその延長で考えられないこともない。
この Four の場合は将来の繁殖行動に備えたリハーサルのような位置づけが考えられるかも知れないが、枝の折り方まで模倣させるのは繁殖行動のメニューに含まれていないような気がする。それとも普段も夫婦で教えあっているのだろうか。
Four は Six ともしかするとつがいになりたい衝動から一緒に巣に入るなど上記のような行動を起こした可能性も考えられそうだがよくわからない。最も知的とされるカラスでもこのような行動は知られているのだろうか。
また Four はなぜ3日であっさり離れたのだろうか。つがいになりたい衝動だけでは説明できない気がする。もしかすると次の生徒となるよそのハチクマの子を探しに行ったのかも (??)。もし出前授業 (?) になっていれば利他的互恵行動が発生しているのかも。
ヒトの行動進化を議論した研究で「xx の行動 (資源の分配など) はヒトや類人猿のみ知られていて他の哺乳類や鳥類では知られていない」などと書かれていることがあるが、鳥類ではカラスを想定した記述になっているかも知れない。カラス以外を見渡せばあるかも知れない状況をうかがわせる。
またカラスの知能は食物を得るために特に進化しているように見えるが、カラスの知能の方が雑な印象も受ける。ハチクマは大きな鳥なのでカラス並みの知力を持っていてもそもそも驚くに値しないかも知れない。
「動物の世界」2版 5 (日本メール・オーダー 1986) pp. 667-669 のオウム類の項目 (浦本) で、オーストラリアのクロオウム類 (当時の表記)、ここでは具体的にアカサカオウム Callocephalon fimbriatum Gang-gang Cockatoo (現在ではクロオウム属ではない) で理由なく木の枝を折るのが好きでおもしろいからやっているとしか思えないことが紹介されていた。
オウム類は木の枝を折って巣材としないと考えれば "オウム類は賢いので" 目的のない「遊び」を行っていると解釈できるわけだ。ハチクマは木の枝を巣材に用いるので、繁殖に備えて枝を折る練習 (?) と考えた解釈がなされているわけだが、おもしろいからやっている可能性はないだろうか。
オウムやカラスが行えば遊びで、タカならば訓練と解釈するのは先入観の入り過ぎでは (?)。
そう言えば [飼育下の行動: 韓国の事例] で雪だるまに指した枝を抜く映像があった。とんがったものをいじったり抜いたりするのがそもそも好きなのかも知れないが (インコに紙を破られるのはいやというほど経験した)、目的のない「遊び」の要素も含まれているかも知れない。マレーシアの先生ハチクマも真面目に折るところまで行っていないので明確な目的のない「遊び」のレベルかも。おもしろいから真似てやってみるのを教えているとすれば遊びを教えている (??)。一層「ままごと」的に見えてくる。
ハチクマとは何かをそもそも知らない人が聞いたら「ハチクマというのはもしかしてクマのことでしょうか?」と恐る恐る聞かれても不思議でない気がする (笑)。
Crested Honey Buzzard male (2025.5.30 撮影) 休憩中のオス成鳥。足元が狭くすべりかける。まっすぐこちらを見ている時の正面視が見られる。日本のハチクマのオス成鳥とは顔がだいぶ違う。
Crested Honey Buzzard male preening (2025.5.30 撮影) オス成鳥羽繕いと頭かき、大きく口を開いたところ。
Crested Honey Buzzard female (2025.6.2 撮影) こちらは最近のメス。
[中国のハチクマの繁殖生態]
こちらは日本と同亜種の中国のハチクマの巣のビデオ ([音声] の項目でも別映像を紹介。Nature bird。中国で話題となっているようでそれぞれのビデオの再生数が結構すごい)。
The male bird returns to incubate eggs オスが戻ってきて抱卵するまで。
(以下最初の数件は [音声] の項目に含めていたが定期的アップロードが行われるようになり移動した)
中国で日本と同じ亜種のハチクマの巣のビデオで抱卵中のメスが戻ってきたオスと抱卵交代の際の発声: Honey Buzzard, the male bird brings back leaves to change shifts and incubates eggs。
Honey Buzzard,Male bird hatches eggs, female bird returns to change shifts メスが戻ってきてオスと交代。映像を見る範囲ではどちらが出している声かわからないが抱卵交代と関係が深い声のよう。
Honey Buzzard, the male bird brought a string of leaves back and incubate eggs でも同様に戻ってきたオスと抱卵交代の際の発声。
Honey Buzzard, the male bird came back to change shifts and didn't bring anything オスが戻ってきた時に発声があり、最初は一般的なタカの発声パターンに似ている (?) 感じがするが途中から rattling call に変わっていった。
倍音成分が少ない点が例えばオオタカの声とは異なって聞こえる。カワリクマタカに似た声があったがハチクマの方が音が高い。ヨーロッパハチクマでは類似の声を未確認。
思いつく種類を調べただけなのでタカ類の一般的な声か、他にも似た声の種類があるかどうかはさらに調査が必要。
Honey Buzzard, the bird bring back a string of leaves to incrase humidity for incubating eggs でも同様の発声が見られる。
Honey Buzzard, the mother bird caught a little bird and didn't give it to the male bird to eat
これも抱卵交代の際に rattling call が聞こえる (巣にいたオスの体が少し振動しているように見えて、オスが出している声か)。
メスが鳥を捕まえてきたがオスには与えなかったとある。オスはメスに食物を運ぶことはあるかも知れないが逆はないのでは、と想像するがいかがだろうか。
捕まえた鳥は何だろうか? 頭部が食いちぎられているように見える。
Honey Buzzard, mother bird bring back fresh leaves to incubate eggs これもオスが抱卵中、戻ってきたメスに気づいて声を出しているよう。飛び立つ前にちょっと不器用に卵を踏んでしまっている。環境汚染物質などの影響で殻が薄いとこういう場面で割れたりするのだろう。
行動を少し擬人的に解釈してみると、飛び出すことに気が先走りして足元に注意を払っていない? 触れた触覚で「あ踏んじゃった」と気づいて下を見る、というところか?
Honey Buzzard, the male bird really looks like the turtledove
典型的な rattling call とまでは呼べないかも知れないがメス抱卵中で帰ってきたオスに反復音を出している。rattling call の要素は含まれている。
オスはまるでキジバトと書かれているが、もしかしてハトへの擬態?は何か意味があるだろうか。簡単に調べた範囲ではハトへの擬態説は見つけられなかった。
ハチには関係なくても、地上で採食する時ならばハトと間違えられて脊椎動物の小動物に警戒されないなど (この場合は aggressive mimicry となる?)。この解釈がもし成り立つならばまさしく爪を隠したタカとも言えそうだが?
そう思ってキジバトの分布を見るとハトに似たオスのハチクマのいる繁殖分布と合っているようにも思える。
東南アジア大陸部はベニバトがいるが模倣種としては少し小さすぎるかも。東南アジア島しょ部は Streptopelia 属はかなり少ない。
アオバトのような樹上性のハトは他にも生息するが地上行動はあまりよい模倣相手にならない気がする。
ヨーロッパハチクマのケースを考えておくと、ヨーロッパでは Columba 属が中心で模倣するならモリバトかヒメモリバトか? Streptopelia 属とは生態が少し違うかも知れない。あまり模倣するとオオタカに獲物と間違えられてしまうかも知れない (笑)。
ハトの姿で巣は狙われないのか、と言われそうだが翼を広げればハトでないことが一目瞭然なので、ハトだと思って油断して近づいた捕食者もびっくりして逃げるだろうか ("変身" 仮説?)。逆に襲われかねない。我ながらよくできた解釈である (笑)。もちろんオスだけが擬態する理由が必要で、RSD と同じような解釈または性選択を考える必要があるだろう。
ハトへの擬態説が本当ならば、ハトへの擬態、クマタカへの擬態と状況に応じて併用していることになる (ほんとうか?)。
Honey Buzzard, the male gently flipped the egg, afraid of breaking the egg これも同様中国の映像の続きだが声は出していない。オスが転卵した後何かやっているとメスが帰ってきて交代。
Honey Buzzard, father bird brought back bee pupae to feed the little eagle 同上。ひなが孵化してオスが小さなハチの巣を持ち帰る。メスは声を出していたが rattling call というほどではない (むしろ begging call に近い)。餌渡しは口で行った。
ひなが孵化しているがオス・メスが交代した。メスも足元を見ていないようでもう一つの卵を踏んでしまった。映像が部分的だがどちらがひなに与えたのか。
Honey Buzzard, Daddy Eagle brought back the pupae to feed the baby eagle 同上。ひなが孵化してオスが小さなハチの巣を持ち帰る。メスは声を出していた。この映像ではメスがひなに与えている。
Honey Buzzard, a baby eagle has hatched from her nest 抱卵・抱雛中のオスにメスが葉のついた枝を持ち帰る。声は特に出さず交代。
Honey Buzzard, mother feeds the little eagle, full of maternal love これは早送りで音声 (セグロカッコウ) は関係ないがメスがひなに食物を与えているとことろ。オスも途中少し与えたように見える (次のビデオ参照)。
Honey Buzzard, the baby hatched, the father brought back the pupae to feed the baby
に上記の部分映像や早送り部分を含む少し長い映像が出ていた。交代時のメスの声、ひなの声も入っている。オスが与えているのは唾液か。その後小さなひなと卵をオスが暖めている。メスが交代して青葉を敷く様子など。
前半に入っている声はコガラの大陸と共通のものか (#コガラの備考参照)。
後半はフレーズはオオルリに似た印象を受けるが断片的で判定できず。もしオオルリでも日本と亜種が異なると考えられるのでわかる方聞いてみていただきたい。
Honey Buzzard's mother guards the baby in her nest, father sends back the pupae オスが小さなハチの巣を運んで受け渡す。メスの rattling call も入っている。オスはしばらく巣にいてひなを見ていた。
Honey Buzzard, The second one has also hatched, and Eagle Dad brought back food
2卵めも孵化。オスが鳥のひなを運んできた (種類は?) 両親ともにちぎってそれぞれ別のひなに与えている。親の声はなし。ひなの声が入っている。ひなの声にも rattling call に似た成分がある (台湾の中継でもみられた)。
獲物を扱う時に第 II 趾をよく使うのが捕食性のタカらしい特徴とのこと ([カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] の Fowler et al. (2009) Predatory Functional Morphology in Raptors: Interdigital Variation in Talon Size Is Related to Prey Restraint and Immobilisation Technique 参照)。
この映像ではオス・メスとも第 II 趾を用いている。鳥の利き足の話題もありタカ類は右足優位とのことがオスは右足、メスは左足で掴んでちぎって与えている。しばらくオス・メスで足で引き合う形になった。よく見るとなかなか面白い映像。
Honey Buzzard, Eagle mother takes out stored food to feed two little babies
こちらはメスが鳥の残りの肉を与えているところ。今度は右足で掴んでいる。ひなの声は結構大きい。
Honey Buzzard, Eagle mother stays at home, Eagle father returns from foraging
オスが小さなハチの巣を運んで受け渡す。帰ってくるオスに気づいて鳴く (これはタカらしい感じの声) メス。またおそらくひなのフンを食べるメスが写っている。
Honey Buzzard, It's really a type of eagle that eats bees 2羽のひなにハチの幼虫を与えるメス。ひなの日齢差があまり感じられず仲良く食べている。
Honey Buzzard eats honey and indulges it, but the little eagle is hungry 巣のひなは空腹だが自分ばかり食べているメス。
Honey Buzzard, the female eagle came back, but she didn't bring any prey オスがひなを抱いている途中でメスが帰って来た時に rattling call が聞かれる。立ち上がったオスがひなの糞を食べるところが記録されている。
Honey Buzzard, Eating bee pupae, the mother eagle is very gentle メスがひなにハチの幼虫を与えているところ。オスもしばらく巣にいた。
以下少しまとまって一連のアップロードがあった。
Honey Buzzard, two little eagles are so hungry that they want to fight オスがひなを抱いている途中でメスが帰って来た。食べ物はない。空腹でひなが争いかけるとの記述だが大したことはない。
Honey Buzzard, Eagle Dad brought a large piece of bee pupae to feed two little babies
オスが大きなハチの巣を持ち帰りメスが与えているところ。オスはそのままとどまり見ている。
Honey Buzzard, two eagles fight, the big one overturns the small one 軽い兄弟争いが見られるが深刻なものではなく、メスも巣にいてひなにも少し触れている。兄弟争いに全く介入しない種類とは少し行動が違っているかも。
Honey Buzzard, Eagle Dad's movements are very light, afraid of stepping on the child おそらくひなを抱いていたメスとオスの交代。オスは傷つけないように用心しつつひなを抱いた。
Honey Buzzard, Eagle Mom feeds her child, Eagle Dad wants to accompany her
両親が巣にいてメスがひなにハチの幼虫を与えているが、自分も小さいハチの巣は丸ごと食べてしまった。オスもしばらく一緒にいたが飛び立つ。
Honey Buzzard, Eagle Dad couldn't find food and brought back a bunch of leaves メスがひなを抱いているところにオスが青葉の付いた枝を運ぶ。メスが受け取ってひなに被せる。小さな声が聞こえるがどの個体が出しているか判然としない (ひな?)。
Honey Buzzard, as the name suggests, grew up eating bee pupae ひなに給餌しているメスだが自分も食べている。
Honey Buzzard eats honey, Eagle Mama grabs a large piece of honey and eats it メスが自分ばかり食べているところ。ひな2羽が向き合った場面もあったか目立った争いはなかった。
Honey Buzzard, Eagle Dad returned with the beehive and fed the pupae to the little eagle メスが大きなハチの巣をくわえているところに背面からオスが小さなハチの巣を持って帰ってきた。直前まで気づいてなかったようで多少驚いた感じ。
両親ともひなに給餌。オスは左足から右足に持ち替え。メスはずっと右足で持っていた。少し右利き傾向?
以下少しまとまって一連のアップロードがあった。
Honey Buzzard, the children are all full. Eagle Dad keeps the little eagle warm オスが肉を与えようとするがひなは満腹状態で自分で食べた。様子を見ていたメスが飛び出し、オスはその後座ってひなを暖める。
オスは獲物を左足から離したように見えたが右足に血が付いていて右足で掴んでいたのか。
Honey Buzzard, Eagle Dad caught a little bird and brought back a bunch of leaves オスが最初に青葉を運び、その次に何かの鳥のひな? を持ち帰ってきたところ。この時は左足で掴んでいた。その後はメスがひなに与える役割でオスは飛び去った。
Honey Buzzard, Daddy Eagle brought back a beehive, hungry little eagles waiting to be fed オスがハチの巣を持ち帰る。オスは左足で持ち帰り、メスは嘴で受け取った (この時に聞こえる声は別の鳥のものか?) が左足に持ち替え。メスがひなに与えるがひなはあまり空腹でないよう。オスはひなの糞? を探すような動作を示している。
Honey Buzzard loves to eat bee pupae, Eagle Dad brings the beehive back to the nest オスが小さなハチの巣を持ち帰る。オスは左足で持ち帰り、メスは嘴で受け取った。メスがひなに与えるが左足で掴んでいる。オスも何か (残り物?) を少し与えた。オスが葉の間をぬって飛んでくる様子もある程度わかる。
Honey Buzzard,Eagle Dad caught a beehive, the children love to eat bee pupae オスが小さなハチの巣を持ち帰る。オスは左足で持ち帰り、メスは嘴で受け取った (0:04 に弱い声あり、あるいはハチクマの声?)。メスは右足に持ち替え。オスもとどまって唾液を与えている?
これらの映像を見ていると (擬人化は好ましくないのだろうが) "愛情たっぷり" と表現しても過言でないように思える。
以下少しまとまって一連のアップロードがあった。
Honey Buzzard eats honey, mother eagle is full that it's the little eagle's turn to eat まずメスが自分で食べその後ひなに与えた。しかし自分の食欲が勝っているよう。今回は右足を使っている。バックでカッコウが鳴いている。
Honey Buzzard, Eagle Dad brought back a honeycomb and fed two little eagles メスが巣にいてオスが小さなハチの巣を持ち帰る。オスは左足を使い、メスは嘴で受け取った。この時に弱い声がありハチクマのものか。
巣には何かの肉の食べ残しがある。
間が飛んで次のシーンはメスの飛び立ち。どの個体が出しているかわからないが (ひな?) メスの飛び立ち前に rattling call に似た声が聞こえる。
その後オスが左足で保持して肉を裂いて与えている。唾液も少し与えているように見える。
Honey Buzzard, Is the strange behavior of Eagle Dad giving water to the little eagle? 奇妙な行動でオスが水を与えているのか? とある。与えているものまで見えないが唾液? バックでトラツグミのような声がする。次のビデオの状況を見ると雨っぽい日だったのだろうか。
Honey Buzzard, Mother Eagle was drenched in heavy rain, but Father Eagle brought back the pupae
雨の中でメスがひなを抱いていたところにオスが小さなハチの巣を持ち帰る。オスは左足で持っていたが嘴に持ち替え右足を添えた。多少 rattling call に似た声が聞こえる (ひな?)。左足はメスを踏んでいた (笑)。メスは嘴で受け取ってひなに与えているようだが裏側で見えない。オスも何か拾って与えた。
間を置いて次のシーンで濡れねずみとなったメスの飛び出し。冠羽が少し立つとまるでクマタカのように見えてかっこいい。この時もひならしい rattling call に似た声が聞こえる。
Honey Buzzard, Eagle mother only brings a string of leaves home every time オスが巣にいてメスが葉の付いた小枝を運ぶ。この時ははっきり rattling call が聞こえた (オス?)。ひなはオスの下でもぞもぞ。しばらくしてからオスの飛び出し。これにもコガラらしい声 + トラツグミ?
Honey Buzzard's family, Eagle Mom feeds her child, Eagle Dad goes out to search for food メス不在の巣にオスが葉の付いた小枝を運ぶ。
その後のシーンでメスが戻り、やはり rattling call が聞こえる (オスが出している?)。
その後オスの飛び立ちシーンに続いてメスが肉を引き裂いて与えている。獲物は左足で掴んでいるよう。
以下少しまとまって一連のアップロードがあった。
Honey Buzzard, eagle mother is going to give up youngest child and not feed it ハチの巣を左足で保持している。まず自分が食べてからひなに与えるメス。小さい方のひなに与えていないことが話題になっている。
最後はくわえて捨てに行くがまだ食べるところありそうに見えた。ひなをずっと抱いている必要はなくなったのか。
Honey Buzzard eats bee pupae, the mother eagle only feeds the big eagle これも小さい方のひなに与えていないと話題になっている。メスが今度は右足で保持。やはり自分が先に食べてから与えている。途中でひなのものらしい rattling call 類似の声が聞こえた。
Honey Buzzard, mother eagle only feeds the big baby, and the little baby is so hungry おそらく上記の続き。
小さい方のひなが大きな声でねだった時に少し気にする様子はあったがやはりもらえていない。
Honey Buzzard swallowed a large piece of honey メスが大きなハチの巣の断片を飲み込むところ。大きかったので結構苦労している。
自分が食べる方に夢中で (?) なんと抱いていた大きい方のひなを爪で踏みつけている。ひなも声を出している。このあたりが時にどんくさいと言われる所以かも (笑)。自分が食べるのに熱中している時は注意がお留守になる感じもあるが、注意して視線を向けないと下はあまり見えていないのかも。
と思ったが自分たちも歩く時足元は見えていなかった。我々がつまづくのと大差なし。
この映像は動物園個体でよく見られる食べ方 (おそらく与えられる肉の断片が大きいため。簡単に飲み込めてしまわず自分で工夫できるようにエンリッチメントの一種とのこと)。バックで鳴いているのはコイカル? 考察は [タカ類のひなが白い理由?] に分離した。
Honey Buzzard, Eagle Dad and Mom feed their eldest child with bee pupae オスが戻ってきた。オス・メスとも同じひなに与えている。
Honey Buzzard, Daddy Eagle caught a little turtledove and fed it to his own child オスがキジバトの羽に生えたひなを運んできた。右足で掴んでいたが少し休憩して左足に持ち替え。やはり大きい方のひなに与えている。
Honey Buzzard, Eagle Dad feeds meat to the youngest child おそらく上記の続き。オスが小さい方のひなに与えて少し安心。そこそこのサイズの肉片は飲み込んでいる。"調理" には左足を使っていた。最後にメスがてぶらで帰ってきた。
Honey Buzzard, both Eagle Dad and Mom brought back fresh leaves まずオスが右足で、その後のシーンで再度オスが左足で青葉のついた枝を運ぶ。ひなは rattling call に近い方の声で鳴いている。どこに置くか思案している時にまたひなを踏みかけた。ひなはそれほど空腹でないよう。
残り物をみつけて食べようとしているところでメスが嘴で青葉のついた枝をくわえて戻ってきた。
以下少しまとまって一連のアップロードがあった。
Honey Buzzard, Eagle Dad brings back the pupae and feeds the baby eagle with Mom
メスがひなと一緒に巣にいたところ、オスがハチの巣を持ち帰る。小さめで嘴から嘴へ渡している。メスは自分で丸ごと食べてしまった。その後のシーンでオスが左足で持ってひなに与えている。メスも残り物を右足で持って別のひなに与えている。夫婦同時の給餌風景。
Honey Buzzard, Daddy Eagle brings back the pupae, and Mommy feeds the pupae to the baby eagle
巣にいたメスが声を出した。これは甘え声と言ってよいだろう (動物園個体では普通の声)。オスが左足でハチの巣を持ち帰る。メスがひなに与えオスは早めに飛び出した。
Honey Buzzard, Eagle Dad brought a small beehive back and fed the baby eagle
これもメスが (甘え) 声を出していてオスが小さなハチの巣を嘴から嘴へ渡した。受け取る前にオスもいるため狭くてメスは足の置き場に困っていた。
オスは少し何か探したかちょっと与えた (メスの背後になって見えない) 後飛び出す。
メスといる時にひなは rattling call に近い方の声で鳴いていた。ここでまたメスが甘え声のような声を出す。オスの飛ぶ姿が見えているのかも。
以下少しまとまって一連のアップロードがあった。
Honey Buzzard also eats meat, and Eagle Dad feeds the baby eagle bird meat オスが小鳥の肉をひなに与えているところ。左足で持っていたが右足に持ち替えてみたりしている。ひなは鳴いているが思ったほど空腹でないのかあまり食べない。肉をちぎる音も少し記録されている。
ハチクマのひなは静かとしばしば言われるがよく鳴いている。
Honey Buzzard, the Eagle Dad brought back a huge beehive メスが巣にいたところにオスが大きなハチの巣を持ち帰る。
おそらくメスが近づく途中から rattling call を出していた。大きな獲物に気づいて興奮したのかも。
嘴から嘴に渡す。メスは左足で持って両方のひなに与えるが。オスも残り物 (小鳥の残骸?) をくわえてちぎって与えるがあまり食べようとしない。食べてくれないためかオスは両足を使って思案するように持ち替えている。
Honey Buzzard, mother eagle feeds her child pupae and then takes away the hive おそらく上記の続き。オスは引き続きちぎっているがどうも食べてくれない。
メスが与えている合間に rattling call に近いタイプのひなの声もあった。最後のシーンで空になったハチの巣をメスがくわえて飛び去る。
これ以降隠れて2羽目のひなが見えにくくなるが声は2羽とも聞こえる。
Honey Buzzard, mother eagle, plucking feathers from a little bird メスが小鳥の残骸 (?) をちぎっているが自分が食べている。小鳥をちぎる時は両足を交互に使うよう。持ち替えた方が都合がよさそう。
ひなは rattling call に近いタイプの声も含めて結構鳴いていた。
Honey Buzzard, the eagle that truly loves honey 小さめのハチの巣をくわえたメス。自分が食べてまとめて飲み込もうとするがやや大きくて飲み込みに苦労している。途中で右足を出して手助けし、多少食べて小さくなったところで飲み込んだ。ひなも鳴いているがもらえなかった。
Honey Buzzard, mother eagle feeds her child in the nest, while father bring back a string of leaves
メスがひなに肉 (小鳥?) を与えているところ。一緒にいたオスが飛び出し葉のついた枝を左足で持ち帰る。足も使ってくわえた直したが、足を離して前に歩こうとしてひなを踏んでしまい、ひなが rattling call に近い声をだした。やはり足元が見えていないのか?
Honey Buzzard, Daddy Eagle has caught a little bird and feed eldest child first
メスが巣にいるところにオスが羽の生えた鳥のひなを右足で持ち帰る。オスが一度嘴にくわえ直し左足で押さえてちぎって与えている。オスが与えている合間になんとその鳥からメスも一部嘴で取り出して右足で押さえてちぎって一緒にひなに与えている。引きちぎるのはそれなりに硬いよう。
Honey Buzzard shreds bird to feed children, Eagle Dad likes to feed the youngest child 上記の続きか? 獲物本体はメスが右足で持ってちぎって大きい方のひなに与えている。オスは小さい方のひなに残り物を与えたがその後飛び出す。小さい方のひなもそのうはそれなり膨れている感じ。
Honey Buzzard, Eagle Mom feeds 2 little eagles with bird paws 上記の残り部分か。メスが鳥の足を与えている。右足で持っていたが左足で掴み直す。腱などもあって硬いようでひねってちぎる音が聞こえる。
Honey Buzzard, mother eagle eat honey in big gulp メスが帰ってきて小さめのハチの巣をひなが欲しがっているのに自分で食べている。飲み込みにくい時に右足で手助けしている。rattling call に近いタイプのひなの声も聞こえる。
最初に飛んでくる光景が記録されているが林の合間をぬって飛び、操縦性能は案外高いのではないだろうか。
Honey Buzzard's voice, Eagle Dad has returned with the beehive ハチの巣を運んで戻ってくるオスに対して甘え声に近い声でひなを抱えていたメスが巣で鳴く。オスはハチの巣を左足で持っていたものを嘴に持ち替え嘴で渡してすぐ飛び立つ。メスが左足で押えてひなに与える。メスはひなを踏まないように避けて歩いているように見える。
Honey Buzzard, Eagle Dad feeds the baby eagle, but it only feeds strong eldest son 大きい方のひなのみに肉を与えているオス。餌乞の声は出しているが満腹に近いのかあまり食べようとしない。
大きいひなは途中で rattling call に近いタイプの声を出して、もういらないと言っているのかも。
オスは左足で掴み直してようやくひなが食べた。最後にひなの兄弟間の対立らしい光景 (音声もあり) が見られる。
Honey Buzzard, Eagle Dad caught a bird and feed the little eagle メスがひなと一緒にいるところにオスが左足で小鳥 (巣内びなか) を持ち帰った。一度嘴にくわえて右足に持ち替え、小さい方のひなに与えた。
仕事は巣内を歩いてメスが引き継ぎオスは飛び立った。
Honey Buzzard catche bird to feed the baby, and youngest son also eats meat, doesn't to go hungry
これもメスが巣にいてオスがまだほとんど羽の生えていない右足で小鳥を運んできた。嘴でくわえて左足で押さえてちぎり小さい方のひなに主に与える。大きい方のひなにも与えるがそれほど腹が減っていないよう。
見ているだけのメスもハチクマはこんな模様だったかと思えるぐらい胸から腹の鷹斑が格好良く見える。
Honey Buzzard, the eagle father feeds two young eagles, and the eldest son eats more おそらく上記の続きで大きいひなの方がたくさんもらっている。見ていたメスが飛び立つ。オスが左足を使って握っている様子も見られる。その後オスの飛び出しあり。
Honey Buzzard truly eats bees, the mother feeds the youngest child first メスが巣に飛んでくるところも映されている。林の合間を真正面向いて飛んできた。渡りの時にみかけるゆっくりした飛翔時のハチクマの頼りない羽ばたきの印象とは大きく違う。
その後オスの飛行も捉えられており、左足で比較的小型のハチの巣を持ち帰った。すぐに嘴に持ち替え、嘴でメスが受け取った。小さいひながそれをくわえたが自分ではまだうまく食べられない。メスが最初右足を出しかけて少し移動して左足に持ち替え両方のひなに与えた。より近くの小さいひなに多く与えた。
オスは落ちているものを少し与えたがメスの与えている合間に飛び出す。
Honey Buzzard, the little eagle is starving, but the mother only feeds her eldest son メスが巣にいるところにオスが小さいハチの巣を左足で掴んで帰ってきた。枝の間の空間を飛んでくる姿も記録されている。
小さいひなは嘴で受け取ったが食べられない。
メスはそれを嘴で拾って右足に持ち替え、さらに左足に持ち替え。小さいひながねだっているのもかかわらず大きい方にひなのみに与える。オスはすぐ飛び出した。
Honey Buzzard loves honey, the mother eagle eats honey with baby eagle 巣で小さなハチの巣を食べるメス。自分がほとんど食べてしまったが少しはひなに与えた。
Honey Buzzard, Eagle Dad caught a beehive and handed it over to Eagle Mom to feed the baby eagle
メスが巣にいるところにオスが左足でハチの巣を持ち帰る。飛んで帰るところも写っている。嘴に持ち替えてメスも嘴で受け取る。メスが左足で押さえて与えるが大きい方のひなしかもらえていない。
Honey Buzzard, The eccentric eagle mother only feeds the strongest eldest child メスが巣にいるところにオスがやや小型のハチの巣をで左足掴んで持ち帰る。
メスはオスの足から嘴で直接受け取り、オスも少し未練を示していたよう。小さい方のひなが食いついているにもかかわらずメスは右足で押さえて大きい方のひなにのみ与えている。オスはすぐに飛び出した。
食物が不足気味なのかも。
Honey Buzzard, Eagle Dad brings his children a beehive every day 巣のメスとハチの巣を運ぶオス。左足で持ち帰ったか (素早い飛行であまりわからない)。
小さい方のひなは相当空腹のようで小さな翼で羽ばたきながら食らいついている。残り物から小さい方のひなも多少はもらっている。メスは途中から右足で押えた。オスは早く飛び去った。
Honey Buzzard has insufficient food, and the youngest child only has to go hungry メスが巣にいるところにオスが小さなハチの巣を左足で持ち帰る。オスが嘴にくわえ直すと大きい方のひなが食らいついて受け取る。ひなはどちらも空腹のよう。メスがそれを嘴で受け取り左足で押さえて大きい方のひなに与える。
食物不足とのことで小さい方のひなは盛んに鳴くがもらえる機会がない。
Honey Buzzard, Eagle Dad brings back a little lizard for the children メスが巣にいるところにオスがトカゲをくわえて持ち帰った。オスからメスへは嘴で渡した。オスはすぐ飛び立った。メスは左足で掴んだが扱いにくいらしく右足に持ち替え。結構硬いようで引き裂く音も聞こえる。大きい方のひなに与えた。
小さい方のひなも欲しがって鳴いていたがもらえなかった。
大物をあまり持ち込まないのでやはり食物不足なのか、オスの捕食技術があまり高くないのか。
Honey Buzzard, the Eagle Dad, specializes in feeding the youngest child 少しほっとさせてくれる映像。小さい方のひなに肉を与えるオス。左足で押さえている。一連の映像は時系列順ではないかも知れないが。風で巣のある木が大きく揺れている。
Honey Buzzard, mother eagle feeds her youngest child sweet honey メスが小さい方のひなにハチの子を与えている。つついていて小さな塊を飲み込むなど自分でも食べられるよう。大きい方のひなは抱いてもらっている。
食物事情が多少よくなったのかも。
Honey Buzzard, Eagle Dad Capture a Little Bird to Feed His Child メスが巣にいる時にオスが羽毛の生えた小鳥のひなを右足で掴んで持ち帰る。嘴に何度もくわえ直し、ちぎる時はどちらの足も使っているが左足を使う方が多い。オスがひなに与えている間にメスは飛び出す。模様が目立つが獲物は何の鳥?
Honey Buzzard, Eagle Dad feeds 2 baby eagles and takes care of the youngest child 上記の続き。オスが2羽のひなに食物を与える。左足で空中で持ってちぎった時に音もした。
Honey Buzzard, Eagle Dad brought back a beehive and fed the larvae with pupae メスが巣にいるところにハチの巣を左足で持ち帰ったオス。オスが戻ってくるのを見てメスは場所を空けた。ひなは食欲旺盛のようで食らいついているがオスが嘴で取り上げた。
小さい方のひなにも成羽が見えるようになってきた。
大きい方のひなは自分で食べようとしたがメスが嘴で受け取って与えた。ハチの巣は2片に分かれたので小さい方のひなも食べられそう。オスは早めに巣を飛び出した。
Honey Buzzard, eagle dad feeds the cubs, but the youngest child dare not eat メスが巣にいるところにオスが羽毛の生えた小鳥のひなを持ち帰る。
メスは巣のわきに移動しすぐに飛び出す。オスは左足で押さえてひきちぎって与えるが、小さい方のひなは声は出すが食べに行かない。
Honey Buzzard, the youngest child is probably a backup food and dare not eat food メスが巣にいるところにオスが左足で小さなハチの巣を持ち帰る。
メスが受け取って左足に持ち替えてひなに与え、小さい方のひなも羽ばたいて声も出してねだるが食べに行かない。投稿者コメントによれば小さい方のひなは予備の食料となるのか、とのこと。オスは合間に飛び出した。ハチの巣も小さくやはり食料不足なのか。
Honey Buzzard, father sent food back in the rainstorm 雨の中でひなを抱くメス。オスが左足で羽の生えた小鳥のひならしい獲物を持ち帰る。メスはその際に口を開けて弱い音声を出した。
オスが獲物を嘴でくわえると大きい方にひなが食いついた。落ちた獲物をメスは右足で押さえてちぎってひなに与えるがオスはすぐ飛び立った。小さい方のひなは生きてメスに抱かれていたが食べられないよう。
Honey Buzzard's mother feeds two baby eagles in the rain 雨の中獲物 (小鳥?) の肉をちぎってひなに与えているメス。少し大きな肉片になったものは右足で掴んで調理。小さい方のひなもねだって受け取りかけたがうまく受け取れず結局大きい方のひなに。
あまり見込みのないひなに対して親がどのようにふるまうか知ることができる貴重な映像かも知れない。
Honey Buzzard's nest, male eagle sends beehive back to female eagle 遡って抱卵期の映像。メスが抱卵中で転卵のような行動も見られる。
オスがハチの巣を運んできてメスが甘え声を出していた。メスは嘴で受け取ってオスはすぐ飛び出した。メスはそのハチの巣をくわえて飛び出す。別の時間帯と思われるがメスのいない巣にオスが戻ってきてしばらく巣の外の枝で周りを見渡し (メスが帰ってこないか確認している?)、巣の縁でしばらく思案? してから中に入って抱卵を始めた。後半はオスの抱卵中のカットをいくつか。
Honey Buzzard's mother caught a little bird and came back to eat これも過去映像。抱卵時期オスが巣にいるところへメスが羽の生えた鳥のひなを持ち帰る。この繁殖段階では rattling call を出していた。オスはすぐ飛び立ち、抱卵交代の時に小鳥を持ち帰るとは面白い。
メスは右足を主に使って巣で食べる。足の腱などが硬いようでちぎる音も聞こえる。基本的にはタカの食事風景。巣の近くでは我が子を殺してしまわないように攻撃行動は抑制されるとよく言われるが、食べる行動は抑制されないらしい。羽毛も食べているので不消化物が含まれて後にペリットになりそう (ハチクマはペリットを吐かないと言われるが多分そうではない)。
6:18 に少しコルリに似た声が聞こえて気になったがこれはもしかしてシマゴマ?
10:19 ごろから翼 (結構成長したひなのよう) を丸飲みしようとしたが飲みにくくて断念。
羽毛も結構食べていて何か役に立つのかも。
15:23 左足に持ち替え。19:33 片足を丸ごと飲み込む。左足でちょっと手伝いも入る。結局飲みきれずにちぎって食べる。卵の上に落としてしまったが獲物のみを食べた。
抱卵そっちのけで食べるのに熱中していたがその後卵を嘴で動かして抱卵姿勢にはいった。
21:40 に弱い声があるが他の個体がいる気配は見えないのでこのメスが出しているもの? 抱卵姿勢に入る直前に何か一言つぶやいた?
背景でオオルリの大陸亜種のような声が聞こえるが途中に警戒音らしい鳴き方が何度もあったのが気になるところ。近くに観察者がいてハチクマの巣外行動を観察しているのかも。
いずれにしても野生のハチクマ成鳥が獲物の鳥を食べる様子を記録するのは相当難しいと思われるのでぜひ見ておいていただきたい。他のタカが獲物を食べ始めると熱中するのと基本的に同じよう。特にマントリングのような行動を見せないのは我が巣であまり横取りされる心配がないから?
Honey Buzzard, the big brother wants to eat the little eagle 何とこの時点で兄弟殺しが始まっている。
食物が少なくひなの体格差が大きい場合にはハチクマでも兄弟殺しが起きることを確実に示す貴重な映像。これまでの一連を状況を見てきて生き残るためにやむを得ない印象を受ける。そのまま死んで無駄になるよりも適応的なのだろう。
ひなが動かなくなった時点で食物とみなす、あるいは親が殺して与えるのではない点も興味深い。
メスが巣にいるがさらに早い段階では年長のひなによるつつきが発生した場合にひなに触れる行動が見られ、時期によっては多少の介入をするのかも知れない。
この映像では介入せずおそらくひなの糞か残り物を拾うような行動を示しているが、これはもはや介入できないことに伴う葛藤から生じた文脈的な意味のあまりない一種の転位行動のようなものかも知れない。
動物園の飼育ハチクマではまるで心の動き (葛藤、決断をためらうなど) が読めるような明瞭な転位行動と思われるものを示すこともあり、同様の行動の可能性があるように見える。
子供を保護する行動はもちろん進化したに違いないが、一方で兄弟殺しに介入しない行動も生態学的意義があって進化可能である解釈は可能だろう。この場合生態学的にはそれぞれがともに適応的な行動であっても対立 (矛盾) が生じることもあり得るだろう。
特に脳のような "アルゴリズム" が進化する場合は形態などに比べて異なる適応に対して対立 (矛盾) が生じやすいかも知れない
(これはプログラミングを行う者にとっての実感。初期設計で構造がすべて決まっているわけでなくそれぞれの部分を進化させると往々にして都合の悪いことが生じがち。
生物の初期設計は先のことまで考えて行われているわけではないので、継ぎ接ぎプログラムのような進化をしている可能性が大いにあると考えられる。現実のプログラミング言語のように、初期設計の段階でたまたまよい選択になっていた系統がより生き延びたなどの可能性もあるかも知れない。
我々でも同じかも知れない。脳を継ぎ接ぎプログラムのように進化させた動物の宿命でいろいろな矛盾した適応的な行動が存在して、それは時には大規模な争いのような事象につながるのかも知れない。それを避けるためには数々の苦い経験をもとに倫理や規則が必要で...となってくるのだろうか)。
このような場合に脳が指示する行動に対立や矛盾が発生して転位行動につながる可能性が考えられる。片方の行動を抑制するためにはおそらく脳内の抑止機構が働いていて、ヒトで言えば前頭前皮質が関わっていることが知られている。
鳥でもすぐ手に入る報酬をあえて避けて後により多くの報酬が得られる場合には後者を選択するなどの行動が知られ、実験的にもそのような行動に関連していることが知られている鳥類の "前頭前野" (prefrontal area) の表現も使われている。このビデオの事例でも関わっているかも知れない。
転位行動を行うことによって脳の指示する行動の対立・矛盾に伴うストレスの悪影響を多少とも緩和できるならばそれも適応的な反応として進化するかも知れない。
兄弟殺しの行動が進化することそのものは生態学的には理解可能であっても、その時に親が何を感じているのかほとんど手がかりがない。もしこの映像の親の行動が転位行動であれば、兄弟殺しに介入しない猛禽類の親の感情を多少なりとも読み解くヒントになるかも知れない。
カッコウの声が聞こえて季節もある程度推定できる。
Honey Buzzard, the first baby eagle has hatched, and Dad brought back a beehive
こちらは遡った映像で1卵めが孵化したところ。すでに紹介した映像と重複あり。コメント欄に英語でひなをつぶさないようにどのような適応があるか説明がなされている。
Honey Buzzard, the second baby eagle has also hatched, and Eagle Dad has sent back food
これも遡った映像で2卵めが孵化したところ。すでに紹介した映像と重複あり。この時期の方が食物が豊富だったかも知れない。
Honey Buzzard, Eagle Dad sent back a lizard これは兄弟殺しの場面の後のものと思われる。メスが巣にいるところにオスがトカゲを嘴にくわえて持ち帰ったところ。大きい方のひなが嘴で受け取ったが落としてしまう。
小さい方のひなは死んでしまったように見え、大きい方のひなが与えられたトカゲより先に食べようとしている。メスは早々に飛び立った。トカゲも少し食べようとしたが小さい方のひなをつついている。
オスは左足でトカゲを押さえてちぎろうとするがその合間にも大きい方のひなが小さい方のひなを食べようとしている。大きい方のひなのそのうはある程度膨らんでいてそれほど空腹でないかも知れない。
ひながねだらないためかオスもあまり熱心に与えようとしていないように見える。メスが飛んでいるのか周囲を気にしている感じ。
こちらは過去映像でメスが2羽のひなに食べ物を与えているところ (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, the mother eagle fed the pupae to two young eagles。
Honey Buzzard, the little eagle wants everything it can eat これは兄弟殺しの場面の後の映像の続きと思われる。オスがトカゲを与えようとしたところ大きい方のひなは一度捨てて小さい方のひなをつついていた。
その後トカゲを拾い直したがやはりそのままでは食べられず、オスが再度受け取って渡す形になった。
大きい方のひなが小さい方のひなをつついている間はオスは一度はそちらに注意したがよそを見ている様子。
オスは再度受け取ったトカゲは引き裂こうとしたが、映像に現れる範囲では小さい方のひなを食物とする行動は示さなかった。
Honey Buzzard, Eagle Dad feeds lizard to the baby eagle この映像は上記の続きのよう。オスがトカゲを左足で押さえて引き裂いている。硬いようで音も聞こえる。ひなはしばらくあまり欲しがらなかったがその後食べるようになった。映像に現れる範囲では小さい方のひなを食物とする行動は示さなかった。
Honey Buzzard, Eagle Dad wants to feed the meat of his child to his eldest son オスがついに死んだ小さい方のひなを肉として大きい方のひなに与えようとしているところ。
親が我が子を食物とする初めての映像。
大きい方のひながそこまで要求しないためかも知れないが少しむしっている程度。(これはひいき目の見方だが) 持ち上げてみるなど本当に生きていないか確認したり多少抵抗感があるようにも見える。
ひなだけではちぎって食べられないよう。
Honey Buzzard, the mother eagle feed the lizard to the little eagle 少し時期の経過した後の映像と想像できる。
ひなのみ巣にいたところにメスがを青葉の付いた枝を運んできた。まずは枝の置き場所を選択している。
小さなトカゲを右足でつかんでちぎって与えているところ。後ろに小さい方のひなの死体が見える。あまり本格的には食べなかったのか。
Honey Buzzard, the mother eagle feeds the baby eagle pupae メスが巣にいてオスが左足で持ち帰った小さなハチの巣をメスが与える。オスはひなに渡して飛び立った。メスはまず右足、そして左足でハチの巣を掴んでいる。
映像の最初の方や途中で小さい方のひなの死体らしきものが少し見えるが大部分は隠れて見えないよう。
それほど食べられなかったのか例えば足をちぎって飲み込んだようには見えない。
Honey Buzzard, Daddy brings back beehive hive, Mommy feeds baby eagle これも上記と同様の場面と思われる。メスが巣にいてオスが小さなハチの巣を持ち帰る。ひなは嘴で受け取ったが自分では食べられず、メスが与え、オスはその間に飛び去る。
小さい方のひなの死体はやはりほとんど食べられていないようでひなもその上に乗っている。実際にはほとんど予備の食料とはならなかったよう。
Honey Buzzard, Eagle Dad caught a little bird and fed it to the little eagle メスが巣にいてオスが羽の生えた小鳥のひなを右足で持ち帰る。オスがひなに与えて途中でメスが飛び立つ。メスも下を向いていたがひなに隠れて何をしていたか不明。小さい方のひなの死体はひなに隠れてほとんどわからない。
Honey Buzzard, the mother eagle feeds her baby's meat to the chick ようやく決心したのか、食物が少なすぎるためか小さい方のひなの死体を肉として与えるメス。優先順位は低かったようだが食物とみなしたらしい。
オスが最初に試みた時とは違ってためらいなく与えているように見える。
Honey Buzzard, eagle mother feeds her eldest child, survival of the fittest 同上続きの映像と思われる。完全に迷いなく食料として与えている。硬いようでちぎる音も聞こえる。
確かにだいぶ小さく、経緯を知っていないと運ばれてきた獲物とあまり違わないように見える。
オスが最初に試みた時に比べて白い羽毛がかなり失われているが除去したのか。
Honey buzzard the mother eagle took action on the stored food and fed Ermao's meat to Damao
これは別の方による映像で同じ巣かもわからないが (ヨーロッパハチクマの該当映像かも知れない) 貯めておいた肉を与えているところとのこと。
Honey Buzzard, the mother eagle fed the remaining part to her child おそらく1つ前の映像の続きで死んだ小さい方のひなを残ったひなに与えているメス。途中で少し動かしたため白い羽毛がまだ残っているのがわかる。
ひなも自分で食べようとするがさすがに無理なよう。メスは結構周囲を見ていてオスの帰りを待っているのか。
Honey Buzzard, Eagle Dad caught a beehive and let the little eagle eat it 巣にはひなのみ。オスが左足で小さなハチの巣を持ち帰った。嘴でひなに渡し、ハチの巣ならば自分でも飲み込めるよう。オスはそのまま飛び立つ。
映像の前半で背景に死んだ小さい方のひなの残骸がまだ残っているのが見える。
Honey Buzzard,Dad caught a little bird and fed it to the little eagle 時期的には上記の続きのころらしい。メスが巣にいるところにオスがまだ羽の生えていない小鳥のひなを持ち帰った。小型なのでオスは嘴でくわえた。
メスはすぐ飛び立った。オスは右足で掴んで押えてちぎって与えた。これは柔らかいよう。側方に小さいひなの残骸らしきものが見える。
Honey Buzzard, Eagle Dad feeds his own child's meat to the little eagle これまでの映像との前後関係は明らかではないがオスが小さい方のひなの死体の肉をひなに与えているところ。翼の白い羽毛はまだ残っているが体の肉はかなり食べた後のよう。
Honey Buzzard, Eagle Dad brings back food and eats honey with the little eagle 少し成長したひなにオスが羽の生えていない小鳥のひなを左足で持ち帰る。オスは一度嘴に移した後に右足で掴んだがひなはなかなか食べさせてもらえず足元のハチの巣をついばんでいる。
オスの方もつられたのか小鳥を掴んだまま同じハチの巣をついばんだ。
小さい方のひなの死体は隠れているかも知れないが見当たらない。
Honey Buzzard, Eagle Dad and Little Eagle Eating Sweet Honey Together 上記続きのようで食べ物を運んできたはずのオスがひなと一緒になって食べている。自分も食べているがひなにも与えている。掴んでいる小鳥のことはしばらく忘れているよう。
Honey Buzzard, the mother bird brought back food with only one child メスがネズミ? を持ち帰って少し成長したひなに与えているところ。左足で持ち帰ったが嘴に移した。
Honey Buzzard, the father eagle sent back the pupae, and the little eagle looked very hungry メスが少し成長したひなと巣にいるところへオスがやや小さなハチの巣を左足で持ち帰った。ひなは食らいついている。メスに渡してオスはすぐ飛び立ち、メスがひなに与えた。
Honey Buzzard,likes to eat bee pupae more than meat メスが少し成長したひなと巣にいるところへオスがやや小さなハチの巣を左足で持ち帰った。上記同様オスはすぐ飛び立ち、メスがひなに与えた。肉よりハチの幼虫の方が好きとのこと。
Honey Buzzard likes to eat bee pupae これもメスが少し成長したひなと巣にいるところへオスが小さなハチの巣を左足で持ち帰った。メスが別の小さなハチの巣をひなに与えようとしたが小さいためひなが受け取った。オスは飛び立つ。メスはオスの持ち帰ったハチの巣を拾ってひなに与えた。
複数の場面が合成されているがひなも自分で食べられるよう。
Honey Buzzard, chick start eating food without the need for mother to feed 小鳥のひなを食べるひな。自分でも柔らかい部分は食べられるようになってきた。メスが一緒にいるが手助けはしていない。
Honey Buzzard, Eagle Dad is responsible for hunting and feeding the baby eagle メスが少し成長したひなと巣にいるところへオスが鳥のひなを左足で持ち帰る。嘴にくわえた。メスが飛び立った後オスがひなに与えるいくつかのカットが紹介されている。
Honey Buzzard, Eagle Dad is responsible for foraging メスが少し成長したひなと巣にいるところへオスが鳥の小さなひなを持ち帰る。嘴にくわえた後足で押さえてひなに与えた。途中まで様子を見てメスは飛び立った。
Honey Buzzard, the little eagle will crawl into its mother's arms and sleep 少し成長したひなが単独で巣にいるところにメスが右足で葉の付いた枝を持ち帰る。羽音は結構大きく聞こえる。オスの方の飛び方が敏捷な気がするが気のせいかも。ひなはねだるが食べ物ではない。
次のカットでメスの下に潜り込むひな (ひなの音声はねだる声ではなく rattling call 的)。
Honey Buzzard, mother eagle and baby eat bee pupae together, delicious food 巣でハチの巣を食べているメスとひな。メスは自分も食べているがひなにも与えている。ひなが落とした場合はそれを拾って与えた。
Honey Buzzard, the mother eagle fed all the pupae to the little eagle 今度は食料がたっぷりあるようでハチの巣が複数ある (もっと早い時期に食料があれば2羽育ったのだろうが...)。巣でひなに与えるメス。端の方にある幼虫から順次与えている。
Honey Buzzard, the pupae are difficult to obtain, the mother feeds all the food to the baby eagle 上記映像の続きか。メスも食べている。ひなは満腹に近いように見えるがよく食べている。
Honey Buzzard, the mother eagle took away the beehive 上記映像の続きか。メスが空になったハチの巣をくわえて捨てに行く。
Honey Buzzard, the little eagle picked up the beehive 親は不在中。ひなは自分でもハチの巣をついばんでいる。
Honey Buzzard, the mother eagle easily carries away a large honeycomb メスが空になったハチの巣をくわえて捨てに行く。ひなが自分でついばんでいる映像もある。
Honey Buzzard,Daddy Eagle feeds the baby eagle pupae オスがひなにハチの子を与えているところ。自分でも食べられるが甘えている。唾液も多少与える意義があるらしい場面も見られる。
Honey Buzzard, the mother eagle has returned with a large piece of pupae メスが少し大きなハチの巣を右足で持ち帰った。自分も食べるがひなにも与える。ひなも自分が持っている方のハチの巣もついばむ。
Honey Buzzard, the baby eagle is full, and the mother eagle eats the bee pupae herself 2つのシーンがあり2つめはオスが大きなハチの巣を持ち帰ったところのよう。ひなは満腹でメスが食べている。オスは飛び立つ。ひなが少し羽ばたき練習をしている。
Honey Buzzard, the little eagle has started practicing flapping its wings おそらく上記の続きでひなが少し羽ばたき練習をしている。メスが空になったハチの巣を捨てに行く。その時にひなは少し違った声 (rattling call に多少類似点がある) で鳴く。
Honey Buzzard, Eagle Dad brought back food and went out again メスとひなが一緒にいるところにオスが小さなハチの巣を持ち帰る。飛んでくる時にメスが少し避けた。メスがひなに与えてオスは再度飛び出す。
Honey Buzzard, the capable eagle dad brought back another beehive ほぼ同上。オスは左足で持ち帰った。飛んでくる時にメスが少し避けた。小さなハチの巣でメスが自分で食べたそうだったがひなに与えた。嘴から左足に持ち替えたり後に右足も使っている。
The little honey buzzard thought mom was back with food and nibbled at her toe メスが巣に戻ってきたところ。ひなは食べ物と思って反応したが枝運びだった。ひながしばしば rattling call のような音声を出している。メスは翼を半開きにしたが意義は?
The honey buzzard. Father eagle brought back a small piece of beehive メスとひなが一緒にいるところにオスが左足で小さなハチの巣を持ち帰る。嘴にくわえ直してメスに渡す。メスもしばらくくわえていたが左足で掴み直してひなに与える。合間にオスが飛び立ち、メスはしばらく動きを見ていたよう。
As for the honey buzzard, the daddy eagle brought back yummy food オスが右足でハチの巣を持ち帰る。ひなはだいぶ成長してきて自分でも食べられるが親からもらう方がよいらしい。オスは早めに飛び出した。
こちらは過去映像でメスが2羽のひなに食べ物を与えているところ (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, Eagle Dad brought back food to feed two little eagles この時は2羽とも食べることができた。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, the mother feeds two baby eagles honey, the eagle that truly loves honey。メスが自分が食べて2羽のひなに食べ物を与えているところ。
このかわいかったひなが死んでしまったことにショックを受けられたらしいコメントあり。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, Eagle Dad brings food back to feed the baby eagle, Eagle Mom takes away the beehive ひなが2羽の時点でオスがハチの巣を運んできた。
メスは自分ばかり食べて空の巣をくわえて飛び去る。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, the father caught a little bird and fed it to his own child ひなが2羽の時点でオスが小鳥を運んできてちぎって与えているところ。このころは小さい方のひなも食べ物をもらっていた。
メスは合間から自分が肉片を食べるなど結構食い意地がある (?)。その後メスは飛び立つ。巣を守っていてそろそろ空腹になってきたころか。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, Eagle Dad came back with breakfast, a small honeycomb メスがひなを抱いていたところにオスがハチの巣を持って戻る。メスの甘えこえらしい声がある。このころは小さい方のひなも食べ物をもらっていた。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, Eagle Dad retrieves a beehive and feeds two baby eagles オスがハチの巣を持ち帰ってメスが2羽のひなに与えるところ。このころは2羽のひなの体格差も小さかった。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, the mother eagle feeds two baby eagles pupae
ひなが2羽で大きなハチの巣をもらっていたころ。
メスは自分もよく食べていたが小さい方のひなにも与えていた。後半に兄弟間闘争が見られるがメスはハチの巣をくわえたまま捨てに行くところで特に介入していない。このころは背景の鳥の声も多かった。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, the mother eagle eats honey and feeds the baby eagle pupae まだひなが2羽でハチの巣をまずメスが食べてオスも鳥のひなを捕まえて戻ってきたところ。後半でメスがひなに与えている。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard, the mother eagle came back and saw the big chick bullying the little chick オスがひな2羽を抱いて巣にいるところにメスが戻る。
オスが飛び立った後、大きい方のひなが小さい方をつついているところ。このころはそれほど深刻な兄弟争いではなくメスがそのまま2羽を抱いた。
複数の場面が合成されているようで、3:27 に弱い声で鳴いたがおそらく帰ってくるオスに気づいたもの。その後オスがハチの巣を運んで戻ってきた。メスはもっぱら大きい方のひなに与えている。
4:42 ごろからオスが足踏みをするがこれは何か。隠れて見えにくいがオスが主に小さい方のひなに与えている。
ちょっと大きな破片はひながうまく飲み込めずメスが自分で食べている。途中からメスが移動し (8:20 ごろ) 小さい方のひなにも与えている。オスも引き続き与えているのでこのまま食料が豊富ならば2羽とも育ったのだろうが。その後メスがまた位置を変えてもっぱら大きい方のひなに与えている。
オスの尾が真後ろを向いていないので手前に枝があってそこにカメラが付いているのかも。オスはその後飛び出す。後半に雨が降ってきたようでメスが2羽を抱く。
ひなの小さい声 (rattling call に近い) もしばしば記録されている。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): Honey Buzzard eats honey, Mama is a bit biased and only feeds strong children メスがハチの巣をまず自分が食べ、大きくて簡単に飲み込めず、姿勢を変えようとして下を見てなくてひなを何度も踏んでいる。
食欲の方が勝っているのか踏んでいるというよりひなにつまづいている。
踏まれた時にひなが声を出している。メスは結構苦労して飲み込んだ。
その後もまず自分が少し食べてから主に大きい方のひなにのみ与えている場面。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): This is the Honey Buzzard. The father brought back a huge beehive まだ小さなひなが2羽いた時点のもの。オス・メス共同でひなに食物を与えていたころ。rattling call も聞かれる。
こちらも過去映像: The male honey - buzzard brings back a small green bird, then some leaves to fix the nest まだ小さなひなが2羽いた時点のもの。
獲物は羽毛の生えた鳥のひなか。オスが頭を食いちぎった (0:27 やはり力がある)。メスが胴体を受け取ってオス・メス共同でひなに食物を与えた。ひなはあまり空腹でなかったのかそれほど食いつきがよくない。
メスが後ろから与えようとしてもひなが後ろが見えてなく気づかないのか、あまり向かずにオスからの肉をもらっていた。メスは自分で食べていた。途中からひなが向きを変えてメスからもらうようになった。その後オスが飛び出す。
後半のシーンは葉の付いた枝を持ち帰るオス。メスはまだひなに与えている時で少し rattling call が聞こえた (5:52 ごろ)。ひならしい。オスが足で食べ物を処理しようとして爪がひなに触れたのかも知れない (6:10 ごろからの映像参照)。
ひながあまり食べないためかメスが飛び出した。オスが見送る。メスが飛び出すと他の鳥の声が聞こえ、やはり少し騒ぎになったよう。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): The male honey - buzzard catches a small bird and plucks it clean まだ小さなひなが2羽いた時点のもの。
オスが鳥のひなを持ち帰り、オス・メス共同でひなに食物を与えた。小さい方のひなももらっている。
獲物をちぎる時の頭の動かし方にも注意。筋力も結構要するはず。獲物へのとどめを指す行為は足の爪で行っているようだが、頭をちぎり取る行動はハヤブサの食べ方に似ているかも知れない。
鳥類では occipital condyle (頭骨と脊椎の接点) は1つで、哺乳類や両生類の2個とは異なるが、このような動きを見ると occipital condyle は1つである利点もわかる感じがする。
この食べ方であれば嘴縁突起 (tomial tooth) があっても役に立ちそう。[ハチクマ亜科の他種] にあるように、カッコウハヤブサ類やハイガシラトビ、シロエリトビ (何度も書くがいずれも和名のハヤブサやトビとは系統が違う) のようにハチクマに近い系統に時々見られる嘴縁突起は同じような食べ方に役に立っているのかも知れない。[カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] で祖先は小鳥食だった可能性も少し検討している。
本体はオスが押えていたが途中からメスが持つようになった。その後小さい方のひながオスの嘴を盛んにつつく。食べ物は持っておらず唾液を与えているところかも知れない。その後オスが飛び出す。
メスは後半に小さい方のひなにも食物を与えるようになった。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり): The smallest crested honey buzzard doesn't actively fight for food, which is concerning まだ小さなひなが2羽いた時点で、小さい方のひながあまり食物をねだらなくなって懸念される時点。メスが小さい方のひなにも与えようとしたが最初食べなかった。
メスは大きい方のひなに主に与えているが小さい方のひなにも時々与えた。大きい方がある程度満足したら小さい方にも与えるなどそれぞれ行動の適応的意義が感じられる映像。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり?): The male honey buzzard brought food back. This time, the mother eagle fed the youngest chick more まだ小さなひなが2羽いた時点。オスが右足でトカゲを持ち帰った。メスが受け取ってオスはすぐ飛び立った。まず頭からちぎった。
小さい方のひなにより多く与えていた映像。この時はどちらのひなにも食欲があった。
7:30 ごろからしばらく周囲を気にした。
こちらも過去映像: The male honey buzzard shows favor to the youngest eaglet, which has a full meal for the first time まだ小さなひなが2羽いた時点。オスが右足で羽の生えた鳥のひなを持ち帰った。小さい方のひなに与える。
メスはすぐに飛び出した。大きい方のひなは足1本を丸ごともらって飲み込もうと格闘していた。途中で吐き出したが再度飲み込んで成功。オスの方は小さい方のひなにつききりで肉をひきちぎる様子などそれぞれに面白い。鳥のひなは全般に柔らかいようだがところどころ硬いところもあって力を入れている部分もある。
小さい方のひなも満腹となってそれ以上あまり食べなくなった。満腹になるとねだる声から rattling call 的な小さな声に変わった。ひな2羽とも満腹状態の珍しい映像。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり?): Honey buzzard: The eldest gets fed even lying sideways, unlike food reserves まだ小さなひなが2羽いた時点。オスが右足で小さな鳥のひなを持ち帰った。少し調理しようとしたがメスが奪ってひなに与える。どちらのひなも与えてもらった。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり?): Honey buzzard dad brings hive, youngest chick in corner starves まだ小さなひなが2羽いた時点。オスがハチの巣を持ち帰る。小さい方のひなの食いつきがなく飢え始めた時期。
このような映像で見ると巣に運ばれた青葉は衛生的な食卓を提供しているようにも見える。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり?): Honey buzzard dad brings prey. They like meat besides beehives まだ小さなひなが2羽いた時点。オスが羽の生えた鳥のひなを持ち帰る。様子を見ていたメスが飛び立ち、オスがひなに与える。大きい方のひなのみがもらっていたが途中鳥の足をまるごと飲み込み、しばらく食欲が落ちた時点で小さい方のひなも食物をもらえるようになった。
途中でひなが飲み込めず落とした鳥の足を拾って引き裂くなど細かい行動もある。
こちらも過去映像 (すでに紹介した映像と重複あり?): Mom hawk didn't feed the smallest honey buzzard. Why? Doesn't it deserve to be full? まだ小さなひなが2羽いた時点。オスが左足でハチの巣を持ち帰る。
メスは大きい方のひなのみに与えた。オスが小さい方のひなに与えるチャンスもあったが飛び立ってしまった。兄弟間闘争の兆候が少し見られた。
こちらも過去映像: After the downpour, the tiniest honey buzzard appears feeble and is trembling faintly
大雨の後で小さい方のひなは弱く震えているのみとのこと。大きい方のひなは食べ物をねだっている。メスは残り物のハチの巣を探す。大きい方のひなが結構大きなハチの巣を飲みこもうとして無理で、足も手助けに使うようになった。大きい方のひなは自分でも十分食べられるが親からももらっている。
こちらも過去映像: The male honey buzzard returns, spots the honey, and feasts happily with its young
ひなは1羽になってかなり成長していた時点。メスは不在。オスが小さな鳥の裸のひなを持ち帰ったがすぐに与えず、ひなが気づいて食べ始めた巣にあったハチの巣を一緒についばんでいる。時々は親からもらっている。
ひなにとって大きすぎた場合はひなも足で食物を中空で握るなど親に似た行動を示すようになってきた。
オスは獲物を掴んだままで、何のために帰って来たのかしばらく忘れているよう (我々も忘れてしまうぐらい)。時々周囲に注意しているのはメスが帰るのを待っているのだろうか。
The mother honey buzzard and her chick are having a hearty feast with countless bee pupae ひなと一緒にハチの子を食べているメス。この時は食料豊富だった。
ひなが落としたものを拾って与える場面もある。ひなが食べていることを確認し、与えた食物の行方を把握していることがわかる。ひなが飛ばしてしまったものを拾いにゆく行動もあり行動が細かい。ハチクマの行動は我々とって大変理解しやすい印象が強いが他の鳥でもこのような行動をするのだろうか。
新たに次のものを取り出して与えてもよいので、落としたものを拾うのは必ずしも自明な行動ではなく思える。
最後の方はひなも自分で食べられるので2羽で別々に食べていた。
4:02 あたりで舌で食べ物を口の中で動かして確かめているような場面がある。これは結局捨てたが食べられるか味や食感を確認して食べたり与えたりしているのだろうか。
A young honey buzzard picks up a beehive and gorges until its crop swells like a ball
メスが空のハチの巣を捨てに飛び立つ。満腹のひなのそのうは膨れ上がっている。1羽になっても自分でハチの巣をついばんでいる。足も多少使っていて、足を使うためには片足で立てるバランス感覚が成長する必要があるよう。ひなの尾はまだ短い。
そしてメスが戻ってきたが特に何も持たず。2つめの空のハチの巣をくわえて捨てに行こうか多少思案したが、食べられるところが少し残っていたようでひなと一緒に少し食べる。しかしやはり捨てに行きたかったようで結局くわえて飛び出して行った。多少思案するのはハチクマらしさがよく現れている。
Honey buzzard, the father brings back a beehive and gives it to the mother to feed the eaglets
メスとひなが巣にいるところにオスが少し小さいハチの巣を運んできた。オスはすぐ飛び立つ。メスがひなに与える。ひなのそのうは膨れ上がっている。
少し大きめの破片をもらったひなは自分で足で掴んで食べようとしたが飲み込めず。メスは次のハチの子をくわえたまま少し待っていた。結局親からもらって食べ続けた。その後ひなが飲み込めず落したものを拾って今度は飲み込めた。ひなが満腹になって移動した後、メスがひなの下を掘る。糞の始末? ひなはその後横たわって rattling call のような声を出す (7:14-)。
The mother honey buzzard is feeding bee pupae to the little honey buzzards with great patience
メスとひなが巣にいるところにオスが小さなハチの巣を運んできた。帰ってくる方向をひなも見ていた。オスはすぐ飛び立つ。メスがひなに与える。かなり食べた後のハチの巣をひなに渡し、ひなも自分で食べる。
メスがそれを失敬してひなにまた与えるようになった。ひな自身ではあまりうまく食べられなかったのか。
メスは途中から自分でも食べ始める。
The honey buzzard, a bird fond of bee pupae, is a wonder of nature
メスとひなが巣にいるところにオスが小さなハチの巣を運んできた。帰ってくる方向をひなも見ていた。オスはすぐ飛び立つ。ハチの巣はひなに渡したがメスが受け取ってひなに与える。小さい破片が残っておそらく捨てようかとメスが動き出したがまだ食べられる部分があって与え始めた。
破片の一部はメスも食べて結局なくなってしまった。まだ残り物を探していたぐらい。
The father honey buzzard brings back a lizard and feeds it to the chick
ひなのみが巣にいるところにオスが小さなトカゲを右足で運んできた。オスがそのまま与えるが引き裂く時の頭の動きに注目。結構硬いようでそこそこ苦労している。ちぎる音も時々聞こえる。足を上げた時にふしょのかなりの部分が羽毛で覆われているのがわかる (この羽毛が後ろに長く伸びていて結構立派)。途中で持つ足を替えたりしている。尾の部分は握りにくいのか何度か持ち替えている。
ハチの子の方がだいぶ食べやすそう。周囲をよく見回しているのはメスが帰ってくるのを期待しているのかも。
背景に聞こえるセンダイムシクイの出だしやキマユムシクイを思わせる声はフタオビムシクイ Phylloscopus plumbeitarsus Grey-legged Leaf Warbler (?) このあたりの声はよく知らないので想像で挙げてみたがいかが?
The father honey buzzard is awesome! He brings back a large piece of honeycomb for the honey buzzard
ひなのみが巣にいるところにオスがハチの巣を左足で運んできた。ひなも喜んで食らいついている。ひなは自分でも食べながら親からももらっている。
ひなは別の残り物のハチの巣を自分でも食べていてかなり大きいのに飲み込んでしまった。足も使えるようになってきた。ひななのに足がずいぶん大きいことがわかる。その間はオスは少し待っていたが引き続き与える。ハチの巣をひなに渡すとひなは十分自分で食べることができ、オスが与えようとしたものを食べないので少し思案してオスが飛び出した。
その後メスが持ち帰ったのは木の枝だった。ひなは期待外れ。メスが枝を配置する際にひなが少し避け、メスはひなが出した糞らしいものを食べた。さすがにこれはひなに与えなかったが、その後何かを掴んで与えた (前半はひなに隠れて見えず)。硬さなどからハチの巣ではなさそうで何かの動物 (トカゲ?) の残りものか。肉片らしいものを与えている。オスより少し力があるように見える。
7:38 トビのような声が聞こえて周囲を少し注意する。
[ハチの子は栄養満点か?]
(ほとんど肉で子育てしたマレーシアのハチクマ子育ての項目に記載していたがこちらに分離した)。
Hasnan et al. (2023) Insects as Valuable Sources of Protein and Peptides: Production, Functional Properties, and Challenges
によれば、昆虫は種類によってシステインやトリプトファンなどが非常に少ないものもあるとのこと (ただし牛肉に比べて低いわけでもない)。人のタンパク源としての研究でハチクマの食べているものの成分はわからないが、システインは羽毛の重要成分なので少ないと成長が遅れるかも知れない。カルシウムも気になるところ。
Brede et al. (2018) Does the Optimal Dietary Methionine to Cysteine Ratio in Diets for Growing Chickens Respond to High Inclusion Rates of Insect Meal from Hermetia illucens?
に成長期のニワトリの食材として昆虫の栄養の研究がある。検討されているものはアメリカミズアブで、システイン含有率は低いとのこと。硫黄含有アミノ酸は家禽の栄養制約要因になっている。メチオニンは主に筋肉、システインは主に羽毛に分布する。メチオニンはメチル基の供給源になる。
Jeong et al. (2020) Nutritional Value of the Larvae of the Alien Invasive Wasp Vespa velutina nigrithorax and Amino Acid Composition of the Larval Saliva
は韓国で外来地バチのツマアカスズメバチ Vespa velutina nigrithorax が人の食用になるかを調べたもの。これはハチクマの食事に近そう。韓国ではまだ食品に加えることは認められていないが、日本などでは食べられていると紹介されている
[もちろん日本語資料はたくさんあるだろうが、この論文では Payne and Evans (2017) Nested Houses: Domestication dynamics of human-wasp relations in contemporary rural Japan
を引用している。日本ではクロスズメバチの幼虫が食されている。過去に日本語で発表した内容に対応する英語論文らしく十分詳しく、フリーで読めるのはありがたい。さすがにハチクマと奪い合いになることまでは書かれていない]。
総タンパク質量ではドライミルクを大きく上回ってタンパク量は優秀。
必須アミノ酸の多くは 70 kg の成人で1日に幼虫 100 g を食べれば WHO の要求を満たしているとのことだが、硫黄含有アミノ酸他いくつかのアミノ酸の量は多くない模様で、メチオニンは検出されていない。
ハチクマは体重 1 kg ぐらいでも 100 g ぐらいは食べているのでは、と思ったが、代謝率も違うし WHO の人の基準はタンパク質の最小必要量だけでエネルギーは別の栄養素を想定しているのでこのような違いが生じるのだろう。
ハチクマでもこれだけでは硫黄含有アミノ酸などが不足しそうで、特に成長期のひなには足りないのでは? ハチの子ばかりでなく脊椎動物も食べる必要がある理由になるだろう。いくらハチの子好きでもタカらしい本質は捨てることができないのだろう。
食物さえ十分獲られるならば脊椎動物を食べた方が成長が早いのかも知れない。ただし感染症を考えるとハチの子の方が安全性は高いかも。
これらを見ていると肉食は栄養面だけを見れば大変優れていて、捕食にコストがかかっても肉食動物が生じるのは当たり前のように感じる。
「肉食が人類初期の進化にとって重要や役割を果たした」も有力仮説の一つなので、猛禽3系統を含む Telluraves でも同じようなことが言えるのかも知れない。まあ大風呂敷ということで...。
「ハチの子は栄養満点なのでハチクマのひなの成長が早い」はアミノ酸組成まで考慮すると正しくないかも知れない。
[ハチの巣の効用]
しかしハチの巣の効用はアミノ酸組成だけでは語れない部分があるらしい。Chen et al. (2023) Dietary supplementation with honeycomb extracts positively improved egg nutritional and flavor quality, serum antioxidant and immune functions of laying ducks
ハチの巣抽出物をアヒルにサプリメントとして与えると健康によいらしい。フラボノイドやポリフェノールなど抗酸化物や抗菌作用のある物質なども含まれている。この研究はおそらく養蜂業の副産物の有効利用を想定したものだろうが、ハチクマがハチの巣をそのまま放置したり時々食べたりしている理由にもなりそうで、ハチ自身が繁殖のために抗菌作用を物質を利用していて、それを横取りしていると思えばよいだろうか。
Xu et al. (2011) Protective and antioxidant properties of wasp (Vespa magnifica) honeycomb extract: a potential inhibitor against acidified ethanol-induced gastric lesions によればオオスズメバチの巣の抽出物が胃への酸化ストレスを防ぐ作用がある可能性があるとのこと。
中国のハチクマの営巣ビデオでも親がしばしば残り物のハチの巣の破片を食べたり、埋もれていたものを掘り出したりしておやつのように利用している。食べても栄養にならないのではと思ってしまうが実はなかなか健康によいものらしい。おいしいかどうかはわからないが...。
ハチの子が当初は目当てであっても、副産物としてハチの巣も食べる行動が適応度を高めるなら確かに進化してもよさそうな感じ。
ハチの巣ならず食べられる鳥の巣に含まれるペプチドやシアル酸にも効用があるとのこと。研究は多数あるが1つ紹介しておく: Nguyen et al. (2024) Uncovering the Antibacterial Potential of a Peptide-Rich Extract of Edible Bird's Nest against Staphylococcus aureus。
唾液の抗菌作用らしい。ハチでも鳥でも子を育てる環境には共通する病原体対策が進化しているらしい。
すぐには役に立たないかも知れないがスズメバチ類の毒のペプチド成分の総説: Luo et al. (2022) Bioactive Peptides and Proteins from Wasp Venoms。
抗菌作用のある物質もある。BK (ブラジキニン)-related peptide (BRP) が痛みを誘発する。vespakinin M が最初に単離された物質。参考 Zhao et al. (2022) Vespakinin-M, a natural peptide from Vespa magnifica, promotes functional recovery in stroke mice 医学への応用の興味が持たれている。
G protein-coupled BK receptors (GPCRs) kinin B1 (B1R) and kinin B2 (B2R) を通じて効果を発揮するが、GPCRs は化学知覚も含み、味覚 (酸味など) にも関係するもの。
ハチクイ類やハチクマ類で塩基配列などを比較すればハチ毒への適応が調べられるかも (精度の高い全ゲノムがあればできそうな研究題材。時間の問題で判明するかも)。
[タカ類のひなが白い理由?]
([中国のハチクマの繁殖生態] の項目に記載していたがこちらに分離した)。
タカ類のひなが白いのは生える羽毛が neoptile (幼綿羽) である構造的な理由 (#ミサゴの備考 [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] 参照) や、色素を用いるとコストがかかる生理的理由が考えられるが、ミサゴのような保護 (隠蔽) 色らしいひなもあるのでこれだけが理由ではないかも知れない。
どうもタカ類が前を見る時は下があまり見えていないようで、白い色にはあるいは誤って踏む可能性を減らす認識色の役割もあるのかも。
保護色だと誤って踏む可能性がさらに高まりそう。ハチクマでも他の鳥のひなや若鳥を捕まえてくるので爪がささればひなにとって致命的になることもあり得るだろう (巣を歩く時は爪を立てないよう注意しているようには見えるが)。猛禽類以外はその心配はあまりかも知れないのでタカ類でほぼ共通して白い生態的要因になり得るかも。
我々も道路に白線が引いてあると避けて歩くのは学習によるものかも知れないが、本能と矛盾する学習は成立しにくいと想像できるので本能的要因もある程度あるのかも知れない。白いひなは道路の停止線みたいなものかも (?)。
さらにあるいは獲物と似た色だと自分の子供と獲物の区別が難しくなるかも知れない。この場合も認識色と言えることになる。そう考えるとミサゴでは食性から我が子を獲物と誤認するリスクは低いかも知れない。
隠蔽色にして捕食リスクを下げる効果と認識色にして他のリスクを下げる効果の兼ね合いで決まっているのかも。積極的に防御を行う猛禽類では捕食リスクは相対的に低く、認識色の利点の方が勝っているのかも知れない。
[中国のハチクマの繁殖生態] で見られた兄弟殺しと、その後に親が死んだひなを食物として認識してゆく様子 (すぐには与えなかった) を見てゆくとひなの白い色彩には親が食べてしまわない一定の抑止力があるように感じる。
例えば白い子供は中枢神経の子育てに関連するホルモン分泌を促すなど (かわいいと思っているかどうかはともかく、ホルモンの働きでそれに近い脳内感情が生み出される可能性はあってもおかしくない)。
見ていただいていかがだろうか。
[ヨーロッパハチクマの繁殖地行動・ディスプレイ]
McInerny and Shaw (2018) The honey-buzzard in Scotland: a rare, secretive and elusive summer visitor and breeder の英国スコットランドの研究によれば、ヨーロッパハチクマはオオタカなどの他の森林性猛禽に比べて、テリトリーの重なりを許すらしい。
産卵が通常より4-5週間遅れたケースがあった。繁殖年齢には2-3歳で達するが1年めは帰ってこない。非繁殖個体も多く、比率が 50% を超える個体群も報告されている。非繁殖個体は飛び回ってよく目立つ。
ディスプレイの羽打ち合わせ行動 [wing clapping、定訳があるわけではないが日本語ではスカイダンスなどさまざまな用語で呼ばれる。Bildstein (2017) "Raptors" によれば猛禽類のディスプレイ飛行を指して広い意味で sky-dancing と呼ばれるそうで (p. 113)、スカイダンスは必ずしも的確な用語ではないかも知れない。
東方蜂鷹 Oriental Honey-buzzard によれば中国語で空中拍手と表現されている]
も長く連続で行うことがある。
繁殖個体はそれほど長く行わない。ヨーロッパノスリはヨーロッパハチクマを追い回すことがあり、ヨーロッパハチクマが羽打ち合わせ行動を行うことも何度か観察された。
ミサゴもちょっかいを出すことがあってヨーロッパハチクマが羽打ち合わせ行動で応答した、とありハチクマ・ヨーロッパハチクマ独特の羽打ち合わせ行動はディスプレイ以外の目的で使うことがあるらしい。
日本のハチクマも同様の行動を示すか注意が必要であろう。なおイヌワシも同所を利用していたがヨーロッパハチクマと目立った種間関係はなかったとのこと。
A taste of honey: an introduction to the Honey-buzzard にヨーロッパハチクマのオンラインセミナーがあり、英国では地域にもよるがなかなか出会えない鳥で関心を持つ人も多いらしい
(どこでも出会える可能性があるが、どこへ行けば見られると特定できるタイプの鳥ではないのでこの1種を増やしたいとか確実に写真を撮りたいなどの人には悩ましい種類だそうである。日本のハチクマでも渡りの時期以外はそうかも知れない)。
このセミナーは生態の解説が中心。27:45 に獲物として鳥を運んでいるヨーロッパハチクマの画像がある。
Hungry beautiful Honey Buzzard - Mahlzeit schoener Wespenbussard に肉をちぎって食べるヨーロッパハチクマの映像がある。
Ziesemer and Meyburg (2015) Home range, habitat use and diet of Honey-buzzards during the breeding season
GPS を用いた繁殖地でのヨーロッパハチクマの行動研究 (Meyburg については#イヌワシの備考も参照)。
1時間に1点とれるようで、よく滞在する場所にハチの巣を掘った後なども見つけられている。
地図も出ていて行動の様子もわかる (農地に囲まれた結構小さな森林にも生息している)。
99% の時間は巣から 4 km 以内を行動していた (日本のハチクマの事例では非常に遠くまで外出する印象を受けるが、種による違いなのか、日本の情報は特殊事例を強調しすぎているのか不明)。
天気のよい日は夜明け前からも動き出す。ひなが成長してくると、メスが餌探しに遠くまで出かける傾向がある。van Diermen et al. (2013) によれば 124 km の遠征をした記録がある。
オランダ van Manen et al. (2009) Ecologie van de Wespendief Pernis apivorus op de Veluwe in 2008-2010
も参考になるだろう。最後にそこそこの長さの英文要約がある。図を見るだけでもさまざまな情報がわかる。
fig. 16 巣にいる時間と飛んでいる時間の割合
fig. 18 巣に親鳥がいる確率。孵化してからは次第に下がってゆく。
fig. 20 採食域の変化。5月は狭くてオスメス同じような場所にいるが季節が進むと範囲が広がり、オスメスが違う場所を使うようになる。
fig. 21 季節が進むと遠くまで餌探しに出るようになる。この例ではメスの方が遠くまで行っている (6km)。
fig. 25 あるオスの採食域。年によって結構変わっているが home range は広がっていない。
fig. 27 4羽のオスの採食域。重なっている部分もある。単なる丸は非繁殖個体のよう。
fig. 29 オスメスが夜にいる場所。産卵のころは一緒に巣にいる。その後はメスがとどまるようになる。
p. 57 捕食されたメス。雛は 30 日齢だったがオスが最後まで育て上げた。雛の捕食で多いのはオオタカ (日本のハチクマと同じよう)。
p. 66 餌をめぐる争いの例
ハンガリーのヨーロッパハチクマ追跡プロジェクト 2018 年に始まり、リアルタイムで場所が公開されたとのこと。
Bela et al. (2021) Kifejlett darazsolyvek (Pernis apivorus) jelolesenek tapasztalatai (gyuruzes es jeladozas)
ハンガリーの研究。home range も調べられているが、越冬地では繁殖地よりかなり狭い。個体にもよるが年によって渡りルートがまったく違う (次の渡りの項目も参照)。ハンガリーで最も調べられていない種類の猛禽とある。
ヨーロッパハチクマによるヨーロッパヒメウの捕食例: Heubeck et al. (2009) Predation of a brood of European Shag Phalacrocorax aristotelis chicks by a Honey-buzzard Pernis aviporus
春の渡りの最中のできごとで、巣で 45 分にわたってひなを食べていたとのこと。
この文献ではヨーロッパハチクマはコウライキジやニワトリサイズまでの獲物 (主にひなか巣立った若鳥) を捕食することが知られている。多くの個体は通常の渡り経路の途中は食べ物をとらないが、一部は食べていると考えられている (Panuccio et al. 2006。次の項目参照)。
この事例では渡りのコースを外れてやむなくそこにあるものを捕食したと考えられるとのこと。
ノルウェーのオスロで非常に遅い時期の子育ての映像が紹介されている:
Honey Buzzard nest Oslo 2023 (Simon Rix)
9月に入ってもまだ巣で餌をもらっている。9/13 にもまだ若鳥が巣にいたとのこと。
ヨーロッパハチクマの方がハチクマより早く子育てを終えるのが普通なので、これはかなり遅い時期の記録と考えられる。2024 年の記録もあり後にビデオが紹介されている。後述のビデオ一覧参照。
日本のハチクマでも井上他 (2011) 熊本市金峰山における非常に遅いハチクマの繁殖例
の例が報告されている。この事例では孵化直後の時期に大雨があり繁殖に失敗し、再び産卵して2度目の繁殖に入った可能性を考察している。
Some Honey-buzzard behaviour (Brian Groombridge 2018)
にヨーロッパハチクマのメスが小型哺乳類らしきものを捕らえて運ぶ最中に wing clapping (スカイダンス) を行った報告が出ている。ああ、これは自分も理解できる (!) と思った。よい獲物が捕れた時は自慢や満足感の表明もあるのだろう。勝手な解釈だが人が行う喜びの行動とあまり違わないのでは?
(飼い鳥も含め) 鳥の自慢や喜びの行動を体験されている方ならば賛同していただけるかも知れない。
wing clapping は必ずしもテリトリーの主張だけではないだろう。
Honey-buzzard and Golden Eagle! (Brian Groombridge 2013)
にヨーロッパハチクマとヨーロッパノスリが一緒になってイヌワシを追いかけた記録が出ている。ヨーロッパハチクマは適切な距離を保っていたがヨーロッパノスリは果敢にも突進したとのこと。
久野 (2006) Birder 20(10): 25 にハチクマがイヌワシを見ると慌てて逃げる話が紹介されているが必ずしもそうではないらしい。
Groombridge のこのサイトは "ヨーロッパハチクマ観察日記" になっており、興味ある方にはおすすめ。よほど気に入っているらしい (その気持ちもよくわかる)。
このサイトの情報によれば Bijlsma がヨーロッパハチクマのモノグラフを出版する予定 (2012) だったが他の仕事が多くて実現していないとのこと。
The Honey Buzzard によれば出版キャンセルとのこと。
Rob Bijlsma: Mijn Roofvogels. Zeer leesbaar boek waar je ook nog wat van leert
によれば代わりに (?) "私の猛禽類" という本を2012年に出版している。英文モノグラフまでは大変だが自国語で自伝的な本を出版した模様。
世界のハチクマ類まで含めたモノグラフが出るのはいつのことになるだろうか。
Groombridge もヨーロッパの海外情報を収集しているがさすがにロシアや周辺言語での情報はない。
なおヨーロッパハチクマの世界的大家と言えば Bijlsma か先述の Gamauf が挙がるらしい。
Bijlsma (1999) Do Honey Buzzards Pernis apivorus produce pellets?
にヨーロッパハチクマがペリットを吐くかについての研究がある。巣で観察したが確実な記録はなかった。飼育下個体ではネズミのみを与えると小さなペリット (毛のみで骨はない) を吐き、ペリットを作る能力があることは確認されたが野外ではネズミを食べることはそもそもまれで、脊椎動物を食べる時は大きな骨や羽、毛などは慎重に避けているのでほとんどないのではとのこと。
ハチクマがあまり羽の生えた鳥を食べたがらないのはこのような調理が面倒であることも関係ありそうで、マレーシアの繁殖ビデオでもそのような解説が出ていた。柔らかくてすぐ食べられるハチの子を食べ慣れてしまうと柔らかいものを先に食べる (動物園個体でも同様で硬い肉は後に残しておく) のは我々のファーストフード感覚にも似たところがある (?) ように感じる。
[(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] の [ハチクマのお客さんになって] でも不消化物をペリットとして吐く記載があり、ロシアの飼育者には比較的知られた行動らしい。
ディスプレイの wing clapping (スカイダンス) についてはハチクマ類縁種で共通らしいと言われるが Raptor Research & Conservation Network (2018) "A Field Guide to the Raptors of Asia" によればヨコジマハチクマ (スラウェシ島留鳥) ではまだ知られていないとのこと。
高く舞い上がって爪を掴みあう行動は知られているとのこと。
ヨコジマハチクマと極めて近いフィリピンハチクマでは最近はスカイダンスが知られているとのことで、以下のような写真もある Philippine Honey-buzzard (Louis Bevier 2017) display flight, raising wings vertically over back and cocking tail upwards, legs slightly dropped while held together と記述されている。
Philippine Honey-buzzard (同上その2)。
記載論文 Gewers et al. (2006) First observation of an advertisement display flight of 'Steere’s Honey-buzzard' Pernis (celebensis) steerei on Panay, Philippines。
翼を震わせるような行動は十分強力で空中に止まったように見えるとのこと。なかなか用語が難しいようで論文表題では advertisement display flight、行動の記述には wing-quivering と称している。
30 m ぐらい上昇飛行をして翼をほぼ閉じて急降下。頂点付近でこの行動が見られた。同所的に生息するピンスカークマタカ (全長はフィリピンハチクマと大差ない) との識別点にもなる。なおフィリピンハチクマは日本のハチクマとほぼ同じ大きさか少し小さい程度。
Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World" の時点ではこの行動は未記載。久野 (2006) Birder 20(10): 36 にもまだ知られていない言及があるが当時のこの出典が由来か。
"wing clapping" の用語は英語でも必ずしもよい用語とは考えられていないよう: Honey Buzzard wing-clapping: a misnomer? (BirdForum 2010.7) ヨーロッパハチクマについての質問で、英語語義のように本当に音がするのか。モリバトが翼を打って音を出すのを指す方に使う方が合っているのでは。butterfly display または sky dance とも呼ばれる (いずれも日本語でも使われる表現)。
Martn-Avil et al. (2023)
The trophic strategy of the European honey buzzard Pernis apivorus during breeding: extravagant specialization or genius solution? (preprint)
にスペインのヨーロッパハチクマの 24 巣をビデオ記録したとのこと (2018-2021)。
渡り経路の調査もそうだが、やはりヨーロッパハチクマの研究は規模が違う。
在来のハチの次に多く外来種のオオスズメバチも運んでいたとのこと。ハチ類以外では他所で報告されるようなカエルではなくトカゲが主だったとのこと。
調理不要で素早く与えられるのでひなを育てるには効率がよい。ひなも早くから自分で食べられるものなのでメスが巣を早めに離れることができる (書いてないがしかも多分おいしい)。
ハチの攻撃さえ避けられれば消費者に対する資源量も多く (これはハチクマ類があまり争いをしない要因になるだろう。資源量も豊富だと都会のカラスのように暇で遊べる時間も生まれるかも?)、「ぜいたくなスペシャリスト」または「天才的解決」とも表現している。渡りをする必要がある点はマイナスかも知れないがそれを十分に補える利点があるということだろう。
脊椎動物の獲物は巣内ひなの時期に多いが、これはカルシウムなどの補充のためかなどの前述のような議論も出ている。
スウェーデンの Amcoff et al. (1994) Nest site choice of Honey Buzzard Pernis apivorus (後半に詳しい英文要約がある) によれば、ハチの巣は偏在しておらずヨーロッパハチクマは長距離を飛ぶのでハチの巣の分布はあまり要因になっていないと考えている。
ハチの巣が多くない5-6月の食物の方がむしろ営巣場所を決めているのではと考察している研究。
ここでは両生類はあまり食べていないようで、繁殖期の早いうちはスズメ目のひなや幼鳥をよく与えているとのこと。ハチクマ/ヨーロッパハチクマでも地域によって食性がだいぶ誓っている可能性がありそう。
Bos (2017)
Aanvallende Wespendief Pernis apivorus bij nest (英文要約あり)。オランダの子育て中のヨーロッパハチクマの巣を訪れた人が 20 分に5回の (擬) 攻撃を受けたとのこと。警戒音も出したとのこと [英文サマリーに feign-attacked とあるので (擬) を入れておいた。原文では schijn aanval とある]。
メスが攻撃してオスは少し離れたところでみかけた。
その間掴んでいたハチの巣を離さなかった。写真を見るとしっかり正面視をして向かってきており想像以上に迫力がある。他にネズミを持ったまま飛んできた事例も紹介されている。
このような (擬) 攻撃は森林性猛禽類では比較的まれで、起きるとすればオオタカやハイタカ (これらは実際の攻撃もある) でヨーロッパハチクマでは珍しい。
古い文献には 9月9日とされる事例があって執拗に攻撃を受けて棒でやり返したとのことだが時期が合わないので日付が間違っているのでは?
別の例で巣から 8 m のところにブラインドを設置していたが、巣のある木に登る時に 7月18日に巣の下 8 m まで来るとオスに翼で頭を打たれたという。7月25日にも攻撃を受けたがそこまで近くに来ず、羽ばたきの風が感じられた程度。この程度ならばよくあるとのこと。
別のスロバキアの記述ではヨーロッパハチクマはつがい形成期と造巣時期に攻撃的だが子育て時期はそれほどでないとのこと。ただしどのような条件で攻撃されたかは書かれていないとのこと。
van Nie (2002) Schrikrui bij Wespendieven Pernis apivorus オランダで夏に悪い栄養状態で保護されたヨーロッパハチクマが短い期間の間に尾羽を脱落させたとのこと。地上で採食時間が長いので捕食者対策で急性ストレスによって尾羽を抜けやすくする戦略 (尻尾切り) があるのではとの議論
(飼育下ストレスで羽が抜ける他の猛禽の例もあるのでほんとうか?)。
Bijlsma (1998) Invloed van extreme voedselschaarste op broedstrategie en broedsucces van Wespendieven Pernis apivorus
オランダの記録。1997 年の5-6月の雨量が記録的で地バチの数が非常に少なかった。ヨーロッパハチクマの繁殖成績も悪く、遠くまで獲物を探しに行く必要があった。1970-1980 年代はモリバトが多く、同様の気象条件の年にはヨーロッパハチクマはモリバトのひなに獲物を切り替えたとのこと。
作物が穀物からトウモロコシに変わったためモリバトの数が大きく減少して、地バチ資源が少ない時にヨーロッパハチクマのよい代替食物がなくなってしまったとのこと。そのような年は成鳥の換羽も遅れ、繁殖滞在中に換羽しなかったとのこと。
Bijlsma et al. (2012)
Demography of European Honey Buzzards Pernis apivorus
が 1974-2005 年のデータからオランダのヨーロッパハチクマの個体群動態を調べている。現在測定されている値では将来的な個体数が維持できない結果となった。観察されたり標識される数とは必ずしも整合していない。しかしオランダ北部の個体数は減っており、繁殖成功や生存率を低めるさまざまな要因があるので懸念されるとのこと。1970 年代にはほとんどなかったオオタカによる捕食 (別記) も要因の一つに挙げられる。
越冬地は繁殖地に比べて移動範囲が狭く、食物は豊富と考えられるが生息環境は人為的要因で悪化していると考えられる。
IUCN は個体数が安定しているとしているが、半数の個体はロシアで繁殖するので状況はよくわからない。ヨーロッパでは減少が報告されているところも多い。フィンランドでは 1982-2008 年の期間にテリトリー数が年率 2.8%、巣は年率 4.2% で減少したと報告されている。
ドイツ西部の Nordrhein-Westfalen では 1972-1998 年の期間にほぼ半減したがその後一部回復したとのこと。セルビアでは 1980 年代からむしろ明らかに増加。
渡りの観察数はそれほど年変動がない。
Bijlsma (1997) Zon-gedrag van een Wespendief Pernis apivorus
はヨーロッパハチクマの日光浴の状況を記述。翼を半開きにして背から日光を受け、首を伸ばして目は半分閉じていかにも楽しんでいる様子とのこと。平均で5分程度。オランダでは日光浴をするヨーロッパハチクマは普通に見られるが、オオタカ、ハイタカ、ヨーロッパノスリでは観察されていないとのこと。
日本でも広義ハイタカ属では聞いたことがない気がするがどうだろうか。
Bijlsma (2016) Foerageersucces van een multitaskende Wespendief Pernis apivorus
は働きバチの動きを見張ったり、観察者の動きに反応したり、郵便配達の音を聞いて反応し、羽繕いをするといった複数の作業を同時に行えるヨーロッパハチクマの能力の高さを報告している。
UK のヨーロッパハチクマの繁殖調査のための情報がある:
Honey-buzzard (Raptors: a field guide for suvreys and monitoring 2014)。
ヨーロッパノスリの巣の近くに営巣することもあるがオオタカからは距離を置くとのこと。ヨーロッパハチクマが後にやってくるので古巣をヨーロッパノスリやオオタカが使ってしまうこともあるかもとのこと。
巣造りは非常に速く、3日でできた巣がある。非繁殖個体による "summer nests" (ドイツ語で Spielnest 遊びの巣 とも呼ばれた) と呼ばれる7-8月に造られ、翌年使用される可能性のある巣もあるとのこと。
summer nests についてオランダで Vis et al. (2019)
Summer nests of Honey Buzzards Pernis apivorus and their subsequent use, with notes on breeding and natal dispersal
の情報がある。翌年使われる事例が多く、ヨーロッパハチクマの生活史にとって重要な役割があると考えられる。オスが食物を運ぶ行動などもあって summer nests を造る行為が資質を表している可能性があり検討に値する。非繁殖のオスや繁殖中に巣やつがい相手を失った個体が獲物を持って樹冠の上をしばしば高く飛ぶことがある [誇示行為? 別記 van Manen (2020) も参照。ハチクマの行動を解釈する上でも役立ちそう]。
Santing (1994) Vervolglegsel bij Wespendief Pernis apivorus? 証拠不完全だが一度失敗して再産卵を行った可能性のある事例。
Potters (2009) Molt Wespendief Pernis apivorus een Mol Talpa europaea?
ネズミの残骸が巣にあった。また穀類も見られたがハトの体内にあったものか。
van Barneveld sr. and van Barneveld jr. (2006) Oog in oog met de Wespendief Pernis apivorus: waarnemingen bij een nest op de Utrechtse Heuvelrug
ペアの入れ替わりはそこそこある模様。ひなはカエルはあまり好きでなく自分では食べない。脊椎動物を引き裂くのは親の仕事。抱卵はほとんどメスが行い、オスは昼間 1-4 時間程度の抱卵を行う。抱卵交代はメスが誘導し、オスが近づくと ticking-call (rattling call) を出す ([音声] の項目参照)。
ひなの頭が腫れたことがあっておそらくハチに刺されたのだろうとのこと。兄弟争いの兆候はなかった。
巣立ってからも遅くまで巣に戻って食物を待っていたとのこと。
青葉は地上から巣が見える方向に集中して置いたとのこと。
UK の Northumberland (ノーサンバーランド) で見られる個体がヨーロッパハチクマかヨーロッパノスリかの議論が毎年のようになされていたとのこと。"Northumberland Honey Buzzard" on video
ヨーロッパハチクマの若鳥かヨーロッパノスリか議論が続いていたようで、そのぐらい識別が難しいとのこと。ビデオを見てもヨーロッパノスリが優勢だが確実な判定に至っていない模様。どうなったかはスレッドの後続メッセージにあり。
この話に気づいたのは Honey Buzzard ... or Honey-buzzard? のスレッドから。
このスレッドは英名にハイフンを入れるか入れないかで、IOC は "buzzard" を広い意味で捉えている。BTO の名称では真の buzzard ではないのでハイフンを入れるべきとの見解の両方があるが、とはいえ半分はノスリみたいなものでは? Northumbrian の "ヨーロッパハチクマ" に至っては特異な食性で知られていてウサギやハト、カラスも食べるとの話題から。冬眠動物を巣穴から追い出して食べることもするらしい (笑)。
そういえば... Honey Buzzard Calls にヨーロッパハチクマのさまざまな声のバリエーションが載っているページがあるが、信頼性が低そうなので参照するのをパスしたのだった。問題の "Northumberland Honey Buzzard" らしいことを知って納得した次第。
本物の声も含まれているだろうが、このページの情報は注意して扱った方がよさそう。
このようなことが起きるのは UK ではヨーロッパハチクマはなかなか出会えない種類で、特に繁殖時に見ることは難しい。ヨーロッパハチクマであって欲しい願望から...?
9月に子育て中のヨーロッパハチクマ
オスロ (ノルウェー) でヨーロッパハチクマの繁殖生態がまとまってアップロードされた (Simon Rix 2025.1。2024 年の撮影):
Honey Buzzard nest Oslo 17.7.24,
Honey Buzzard nest Oslo highlights,
Honey Buzzard nest Oslo 29.7.24,
Honey Buzzard nest Oslo 27.7.24,
Honey Buzzard nest Oslo 1.8.24,
Honey Buzzard nest Oslo 5.8.24,
Honey Buzzard nest Oslo 13.8.24 この段階でまだ白いひな。
Honey Buzzard nest Oslo 11.8.24,
Honey Buzzard nest Oslo 16.8.24 食物を持ち帰る。
Honey Buzzard nest Oslo 19.8.24,
Honey Buzzard nest Oslo 27.8.24 だいぶ大きくなってきたひな。
Honey Buzzard nest Oslo 31.8.24 2羽のひな,
Honey Buzzard nest Oslo 5.9.24,
Honey Buzzard nest Oslo 8.9.24 かなり成長した2羽のひな。
Honey Buzzard nest Oslo 10.9.24,
Honey Buzzard nest Oslo 12.9.24 巣から出つつある。
Honey Buzzard nest Oslo 13.9.24,
Honey Buzzard nest Oslo September 2024 こちらは撮影時遠景で望遠鏡にビデオカメラで撮影されている。
日付を間違えたのか思うぐらいにとんでもなく遅い時期の繁殖映像 (秋の渡りはヨーロッパハチクマの方がハチクマより先にピークを迎える)。9月中旬なのにまだひなが巣にいる。
近年はかなり遅い時期の繁殖も見られるようになった話は聞いていたがここまで遅いとは驚き。
2023 年にも同じ記録者による映像記録があり、あるいは毎年遅く繁殖するつがいなのかも。
[ヨーロッパハチクマと他のタカの種間関係]
森林性猛禽類の種間関係に関するフィンランドの研究があった。Bjorklund (2015)
The effects of habitat changes, conservation measures and interspecific interactions on forest-dwelling hawks (学位論文)。ヨーロッパノスリやヨーロッパハチクマが他の猛禽類を捕食した例は知られておらず (ただし以下も参照)、お互い近くでも営巣できる。ヨーロッパハチクマが後にやってくるのでオオタカの少ない場所を選ぶことができる。
ヨーロッパハチクマの好む環境はオオタカの存在に影響されている可能性があり、最良の条件でない場所を選んでいる可能性があるとのこと。
スウェーデンではヨーロッパハチクマは池の近くの良質な森林を好み、小鳥が多いためとの解釈があるとのこと。フィンランドのオオタカも水辺を含むが、こちらは水鳥を捕食するためとある。
Bjorklund et al. (2015) Habitat Effects on the Breeding Performance of Three Forest-Dwelling Hawks が発表論文。
大学院生でこのような研究が成り立つ背景には衛星追跡が組織的に行われていて、統計解析が可能なぐらいの数の巣が発見されている恵まれた事情もあるのだろう。
Bjorklund et al. (2016) Intraguild predation and competition impacts on a subordinate predator
によればヨーロッパノスリはオオタカの多い (ライチョウ類が豊富) 場所は避けていると考えられ、自身にとっての食物の豊富さとオオタカによる捕食とのバランスで繁殖分布が決まっていると推論している。
ヨーロッパノスリとフクロウは競争関係にある。
ヨーロッパハチクマがオオタカの巣の近くを避けているらしい論文は Gamauf et al. (2013) Honey Buzzard Pernis apivorus nest-site selection in relation to habitat and the distribution of Goshawks Accipiter gentilis
オーストリアではヨーロッパハチクマの環境嗜好性はあまりなかったが、オオタカの巣との距離は統計的に有意な関係があった。ヨーロッパハチクマは森林性ではあるが人の居住区の近くで営巣することでオオタカによるひなの捕食を避けている可能性がある。
ラトビアではそれほど顕著でないが、ヨーロッパノスリ、ハイタカ、オオタカの巣間距離に似た関係が見られている: Rebollo et al. (2011)
Spatial relationship among northern goshawk, Eurasian sparrowhawk and
common buzzard: rivals or partners?
ヨーロッパハチクマに限らず、互いに捕食関係にない猛禽類の巣はオオタカの巣との距離に比べて近接する傾向がある模様。
Bijlsma (2004) Wat is het predatierisico voor Wespendieven Pernis apivonis in de Nederlandse bossen bij een afnemend voedselaanbod voor Haviken Accipiter gentilis
(What is the predation risk for European honey buzzards Pernis apivorus in Dutch forests inhabited by food-stressed northern goshawks Accipiter gentilis? 詳しい英文要約あり)
一時は数を減らしたオオタカが個体数を回復し 1980 年代から、特に 1990 年代からオランダ北部の砂の多い地質地域でオオタカの食物が不足している。かつては同地域に営巣していたヨーロッパハチクマのひながオオタカに捕食される事例はほとんどなかったが最近は急に増えている。
この文献ではヨーロッパハチクマのメスが途中から姿を見せなくなり、オスだけで子育てしていたがひながオオタカに食された事例が報告されている。この時点ではオオタカによる捕食がヨーロッパハチクマの個体群に深刻な影響を与える状況にはまだなっていないとのこと。
Bijlsma (2014) Van wieg tot graf: natale dispersie en het te korte leven
van een vrouwelijke Wespendief Pernis apivorus
では過去にすでに繁殖に成功した成鳥が捕食されたとのこと。
Drenthen and van Manen (1994) De Wespendief Pernis apivorus van Boswachterij Schoonloo
も同様の事例を報告している。
van Tuijl and van Vroenhove (2003) Wespendief Pernis apivorus gebruikt drie jaren achtereen hetzelfde nest
では3年連続で同じ巣が使われたが個体が違う可能性がある。2003 年にオオタカが 300 m の距離でひなを巣立たせたとのこと。
Vroege (2016) Broedgeval(len) van de Wespendief Pernis apivorus in de duinen bij Castricum in 2015
で 2005-2014 年のうち近隣のオオタカが1つがいだけだった3年に繁殖成功。オオタカが2つがい以上の場合は成功していなかった。2015 年は特別でオオタカが2つがいとヨーロッパハチクマのおそらく2つがいが繁殖に成功で、この年は地バチが豊富だったとのこと。
Waggershauser et al. (2021) Lethal interactions among forest‐grouse predators are numerous, motivated by hunger and carcasses, and their impacts determined by the demographic value of the victims
が哺乳類を含む森林捕食者の種間捕食関係のレビューを行っている。この研究では鳥類捕食者としてヨーロッパノスリ以上のサイズの猛禽類の関係を考察している。
これによればヨーロッパノスリによる他の猛禽類の捕食もないわけではない。オオタカの捕食者としてワシミミズクとイヌワシが挙げられている。
オオタカによるヨーロッパノスリの捕食例は多少報告がある。UK ではオオタカが捕食する猛禽類の主なものはチョウゲンボウ。オオタカの近くでヨーロッパノスリの繁殖成功率が下がっている報告もいくつかある。
オオタカの餌不足が原因の可能性が示唆されるがヨーロッパノスリの繁殖成功率への影響は直接捕食によるものよりも間接的要因が中心と思われる。
UK でヨーロッパハチクマの巣のビデオ記録中にひながオオタカに捕食された事例: Goshawk kills rare buzzard chick (BBC 2005)。あまり好ましい光景ではなかったためか広く報道されていない模様。
Hoy et al. (2017) Density-dependent increase in superpredation linked to food limitation in a recovering population of northern goshawks Accipiter gentilis
によれば英国のオオタカの食物不足の要因は2種類の主要食物の減少によるとのこと。モリバトなどハト類 [Bijlsma (1998) にあるように作物の変遷に伴っており、モリバトの減少はヨーロッパハチクマの代替餌不足につながっている] とキジ類。現在ではオオタカは食物量で制限されており、餌不足により他の猛禽類も捕食するようになった模様。
Rutz and Bijlsma (2006) Food-limitation in a generalist predator
はオランダのオオタカの食物不足の研究。ジェネラリストの猛禽類が食物で制約を受けるのは珍しい。1975-2000 年ごろにオオタカの主な食物 (レース鳩、モリバト、ウサギ) が同時に大きく減少した。
オオタカが他の食物を求めたことがチョウゲンボウ、コチョウゲンボウ、ハイタカの個体数減少にも関わっている可能性があり、すでに減りつつあったモリバトにもさらなる打撃を加えた。オオタカ自身も繁殖成功率低下で減少してきている。
他の研究については #オオタカ備考の [ヨーロッパの局地的なオオタカの減少・オオタカによる他猛禽類の捕食] にまとめた。
日本のハチクマの場合ではオオタカの餌不足はおそらくそれほど顕著でなく、さらにクマタカがいるので種間関係が多少異なっているかも知れない。
例えばオオタカがクマタカを忌避するならば、似た容貌のハチクマのメスは巣の防衛に際してヨーロッパハチクマより有利かも知れない。ただし大陸部はこれはあまり成り立たないので、亜種 orientalis 全体がクマタカに似ている説明にはならないかも知れない。
これらの研究はヨーロッパハチクマとハチクマの営巣場所の嗜好を比較する時に役立つ部分があるかも知れない。
Vroege (2015) Overlevingsstrategieen bij de Wespendief Pernis apivorus en de invloed daarvan op het aantal broedgevallen in de zes deelgebieden van het Noord-Kennemerlands Duin
ではオランダのヨーロッパハチクマの繁殖失敗率は近年高い (40-45%)。2例 (8%) はオオタカによる捕食でオオタカの繁殖との関係に注目した記述になっている (ヨーロッパの一部ではオオタカによる捕食がおそらく近年増えているために話題になっているのだろう)。
この論文ではヨーロッパハチクマが熱帯で繁殖しないのは他の捕食者の攻撃を避けるためと解釈しているが、アジアのハチクマでは熱帯繁殖するものがたくさんあるのでほんとうか? なおアフリカでは Hieraaetus 属に擬態しているとしている。
最近の統計ではまた成功率が上がっているようで一時的なものだった可能性もあるかも。
van Manen (2020) Mogelijke vervanging van mannetje Wespendief Pernis apivorus tijdens de jongenfase
オランダのつがいのヨーロッパハチクマが子育て中 (12 日齢のひな) にオスがおそらくオオタカに襲われて捕食され、メス単独となったが2日めにはすでに2羽のオスが見られたという。個体群中の非繁殖のヨーロッパハチクマの比率は 50% 近いとされ、他の猛禽類とは異なって非繁殖個体がよく目立つ行動を行う。しばしば繁殖つがいの周辺を訪れてディスプレイ飛行 (羽打ち合わせ) を行って能力を示すとのこと。
こんなニュースもあった: Photographer convicted for disturbing honey buzzard nest (BirdGuides 2024.7.2) ヨーロッパハチクマの繁殖妨害で罰金。詳しくはリンク先を。
関連情報として UK では希少種で BBC のドキュメンタリー Iolo's Valleys でヨーロッパハチクマの巣のモニターが紹介されたとのこと。写真家のマナーに関するコメント欄も参照。
[カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較]
現生種の中でハチクマに系統が一番近い (といっても分岐は古い) カッコウハヤブサ属の Aviceda は avis 鳥 -cida 殺すもので、さまざまなものを捕食し、食性面ではハチクマのようなスペシャリストではない (しかし越冬地ではハチクマもいろいろ食べている可能性もある)。
ハチクマと同様に果実も食べるそうで、カンムリカッコウハヤブサでは飼育下でレタスを与えないと繁殖しなかったとの報告がある (wikipedia 英語版)。
文献 Fleay (1981) Looking at animals with David Fleay: a selection of topical nature notes from the writings で一部見ることができるが、
Perhaps the most extraordinary discovery eventually to prove vital in the sought after outcome was, in fact dietary.
It occurred the day one of the handsome birds seized a fallen lettuce leaf and in eating it showed every evidence of enjoyment.
Ever since then such leaves have been part of the daily handout.
Fancy a vegetarian inclination on the part of a hawk!
It's up to bird observers to observe, now, what vegetation in bush or rain forest is favoured for far from being the aberrant taste of an individual the cellulose leaning is common to all.
との記載がある。レタスの葉を喜んで食べる行動が発見され餌に与えるようになったとのこと。ベジタリアン志向のタカとは一体何たることか!? 当時の解釈はセルロースを要求としているとのことだったのだろうか。
Bell (1984) New or Confirmatory Information on Some Species of New Guinean Birds。
Fisher and Hill (2023) Breeding biology and behaviour of the Pacific Baza Aviceda subcristata in subtropical coastal New South Wales
にカンムリカッコウハヤブサの繁殖生態の論文がある。ひなへの餌は昆虫 (特にセミ類、ナナフシ類)、カエルが多かったとのこと。植物食については見当たらない。
空中ディスプレイの深い undulating (波状) 飛行があり、この表現だけだと他の猛禽類でも行うものと共通に見えるが (若杉氏の オオタカのスカイダンスは 間 (ま) が魅力 との興味深い記事がある。ハチクマはこの 間 (ま) を上手に利用するようになったのか?) 、
そのピークでの写真 (Fig. 4) が出ている。あるいはこれが進化すればハチクマのディスプレイのようになるのだろうか。
写真を見ると翼下面の模様はハチクマとも多少共通点がある (Fig. 3 にあるように個体差も結構あるとのこと)。
ハチクマの空中ディスプレイの進化を考えてみると、カンムリカッコウハヤブサのこの飛び方が原型で、例えば並列で横向きに飛んでいる時はあまり見えない翼下面の模様を波状飛行の頂点で目立たせる意味があるかも知れない。
翼を打ち合わせる行為も、他の鳥でも尾を振るなどと同様誇示したい部分をより長時間強調する行動になっているとすればわかりやすい気もする。ハチクマの場合はオスの下面模様はよく目立つので (我々が見てもあでやかに見える) これは優良遺伝子を示すシグナル、あるいはつがい外の個体へのシグナルとなっていても不思議ではないだろう。
スカイダンスで 間 (ま) を翼の打ち上げに利用する個体が現れ、それが何らの理由 (社会、性選択) で好まれれば、#オウチュウ備考 [さえずりの進化] で紹介した Schwark et al. (2022) が仮説として取り上げているような脳内回路を通じて強化され、
脳と行動が共進化してもおかしくない感じがする [このあたりは #エトロフウミスズメ で紹介のリチャード・プラム著、黒沢令子訳「美の進化」の発想に近い]。
ハチクマの wing clapping と思われる興味深い写真があったので紹介しておく。Oriental Honey-buzzard (Aamir Nasirabadi 2024.4.14 インド)。
この写真だけ見ると何なのかわからないかも知れないが、翼の先端の黒色はこの姿勢だとこれほど目立って見える。写真の順序や尾の欠損から想像すると次の写真が同じ個体の普段の姿か: Oriental Honey-buzzard。こちらを見ると普通のハチクマに見える。
写真の特性にもよるかも知れないが翼の先端の黒色模様は魅力を増すのに役立っているかも (摩耗しやすい先端を守るなど別の適応もある)。これだけ形が違って見えると鳥とは思えない形に変身するフウチョウのディスプレイすら連想させてくれる。
オスの模様をメスがどう判断しているかに関連して、動物園個体 (メス) に遊んでもらっていた時に写真集を持って行って見せたことがある。「今日はいったい何?」というちょっと身構える表情はインコが新しい刺激に対して示したものと同じようだった。
サシバがとまっている姿の写真には特に反応はなかったが、青空バックに鮮やかなハチクマのオスの飛んでいる写真には明瞭に興味を示した。渡り中の写真などには特に反応はなかった。
実物やビデオでなく写真を見てもわかるのだろうか。
オスの模様はメスを引きつける刺激になっているのではないかと想像する。一部始終をビデオに収めておこうとセットしておいたのだが、後で見てみると自分が写野から外れてしまっていて鳥に本を見せている珍奇な映像は記録されていなかった。飛行中のオスの写真を見せた時に首をにゅうと伸ばす鳥が写っているだけでこれでは何なのかわからない (笑)。
前飼育員の方には (多分苦笑をこらえつつ) まるでインコみたい...と言われた。
この事例やカンムリカッコウハヤブサとの比較を考えるとハチクマのオス下面の派手な衣装はクマタカへの擬態よりも空中ディスプレイを発展させる経緯で進化した (選択された) と考えることもできそうに思える。
翼や尾の縞模様はタカが作りやすい模様で、タカらしい容貌が同種にもよいシグナルになるので (意外にも我々の審美眼と似ているのかも知れない。タカもかっこいい相手が好きなのかも知れない?) 結局クマタカと同じような模様になったとか。獲物や外敵への威圧感は二次的な役割でも構わないだろう。
同種間でも翼の縞模様を誇示する行動は争いを避けるなど優位性の表現になり得るのかも知れない。
カンムリカッコウハヤブサはそれほど模倣相手になる種もなさそうだし、Prum (2014) ([擬態と種・亜種の関係] で紹介) のリストにも出てこない。シラガトビやオナガハチクマ類にも風切に同じような模様があるので、タカ班模様はこの系統の原型的な性質かも知れない。
"トビ" と名前の付く方でノスリ・海ワシ系統のトビ類 (我々のトビも) はタカ班がほとんど見られないが、これも系統を反映した結果と考えれば納得ができる。
カンムリカッコウハヤブサでは抱卵はオス・メスともに行い抱卵分担はほぼ同じ。オスが夜間抱卵を行うのを初めて確認した。
猛禽類でオスの夜間抱卵はあまり報告がないそうで、見過ごされているかも知れないが、シラガトビ Lophoictinia isura Square-tailed Kite の事例があるとのこと。いずれもハチクマ亜科である点が興味深い。
特徴的な声は2種類あって1つは2音節の声 (この論文では wee-choo call と呼んでいる)。タカ類によくある whistling call に相当するだろうか。
他に ticking call (あるいは clucking call ニワトリなどのコッコ...の声を指す表現らしい) と呼ばれる音声があって、この表現からは短い音を繰り返すように思える。(ヨーロッパ) ハチクマの rattling call ([音声] の項目参照) に似ている感じがするが実際の音が示されていない。
Cramp and Simmons (1980) "Handbook of the Birds of Europe the Middle East and North Africa, Volume II: Hawks to Bustards" ではヨーロッパハチクマの音声を ticking call と呼んでいるのでほぼ同じものかも知れない。
抱卵交代などつがいが関係する繁殖に行動に関係が深く、対立行動の時にも聞かれるとのこと。日光浴やモビングを受けた時にも聞かれたとのこと。機能的には (ヨーロッパ) ハチクマの rattling call と結構似ているのかも知れない。
巣での発声が多いことや発声時に体が揺れる点も (ヨーロッパ) ハチクマに似ている。記述からはハチクマよりよく発声しているように読めるが、ハチクマの音声観察記録が少ないだけかも知れない (台湾のハチクマ子育て中継も音声チャンネルが早々に壊れてしまって最初の部分しか記録されていないが、体の動きから後にも発声していたと思われる)。
こちらの外敵はハイイロオオタカ Tachyspiza novaehollandiae Grey Goshawk、アカハラオオタカ Tachyspiza fasciata Brown Goshawk とのことで外敵への攻撃的行動も示したとのこと。外敵の方は "オオタカ" と名前が付いても Tachyspiza 属で日本のオオタカとは異なってツミの方の系統。
カンムリカッコウハヤブサに系統的に近いハチクマに似ている点がいくつもあるが類似点や比較は述べられていない。著者が知らないこともあるのだろうが、ハチクマの繁殖時行動などは海外ではほとんど知られていないのではないだろうか?
少なくともオスの抱卵の役割については比較があってもよさそうに感じる。カンムリカッコウハヤブサはハチクマよりもかなり小さい種。日本のハチクマは渡り鳥だがこちらは留鳥。熱帯の留鳥ハチクマ類もいるのでこれは本質的な違いではないだろう。食性は大きさも反映してそれなりに異なる模様。
カンムリカッコウハヤブサやクロカッコウハヤブサに付けられた属名 Lepidogenys があり、Gould (1838) が当時の学名で Lepidogenys subcristatus (カンムリカッコウハヤブサ) をタイプ種、Selby (1840) が当時の学名で Lepidogenys indicus (クロカッコウハヤブサのシノニム) をタイプ種としてそれぞれ名付けたもの。
lepis, lepidos 鱗 genus, genuos 頬など (Gk) だが目先を指していたようで、ハチクマの(亜)種小名に使われる ptilorhynchus と意味がかなり近い。Gould (1838) も The form is somewhat allied to Pernis とハチクマ類との類縁性を意識していた。
クロカッコウハヤブサには従来 Lophotes Lesson 1831 の属名が使われていた (冠のある) がすでに他で使用されていた属名だったために新しく提唱されたもの。
クロカッコウハヤブサの記述は Falco indicus Lesson, 1830 があったがこれはなんとサシバの記載時学名と同じで preoccupied となったもの。Lesson 1830/1831 の学名は属名、種小名ともに残らなかった。
参照: Voisin and Voisin (2001) Liste des types d’oiseaux des collections du Museum national d’Histoire naturelle de Paris. 9: Rapaces diurnes (Accipitridae), seconde partie に Lesson (1830) のホロタイプの記述がある。
種小名は Falco lophotes Temminck, 1823 = Falco leuphotes Dumont, 1820 で後者の方が早く採用されたもの。属名に意図されたものと同じ種小名でいかにもどこにでもありそうな意味の学名だが衝突しなかったよう。
leuphotes は意図するものは同じだが綴りを誤っているよう (あるいは重複を避けるために意図的に語構成を変えたのかも。フランス語読みだとほとんど同じ音になる)。
(The Key to Scientific Names の Lepidogenys, Lophotes の項目などよりまとめた)。
これが気になったのはカンムリカッコウハヤブサの種小名が subcristatus/subcristata と控えめな名前になっている点から。なぜ cristatus/cristata としなかったのかはおそらく Falco cristatus Gmelin, 1788 (Crested Falcon) の用例があったためではないかと想像している (この学名も無効名となって残っていない)。
もしかすると Buteo cristatus Vieillot, 1816 (現在ミサゴ亜種の学名に用いられるが実はハチクマかも、というもの) があったためかも衝突を避けたのかも知れない (分類変更などで同属となれば preoccupied となる)。ただし英名は遠慮なく Crested Baza/Crested Hawk が用いられていた。
"Crested Hawk" 日本語風ではカンムリダカのような印象で好意的に受け止められている種類のよう。研究者もとても気に入っている鳥で、優れていると考える点をいくつも挙げてもらえた (このような点もハチクマに近いかも)。
この英名はカンムリカッコウハヤブサの由来となっているが、現在の通常の英名は Pacific Baza で、英名と和名の関係が見えないが学名でつながっていた。
Briggs (2018) Breeding biology and behaviour of a pair of Pacific Bazas
Aviceda subcristata in central-coastal Queensland over 10 years が1つがいを 10 年以上観察した記録がある。ワライカワセミやミナミガラス Corvus orru Torresian Crow も巣の捕食者となる可能性があるとのことで、再営巣の例がある。
フエガラス Strepera graculina Pied Currawong のつがいがカンムリカッコウハヤブサを追い払って卵を捕食したのを目撃した。しかし繁殖成功率は 73% と高かった。
フエガラス亜科 (または科): Cracticinae の系統的位置づけについては #アサクラサンショウクイの備考参照。
Mayr and Hurum (2020) A tiny, long-legged raptor from the early Oligocene of Poland may be the earliest bird-eating diurnal bird of prey
にちょっと面白い情報がある。第 II 趾の近位の骨が長いのは現存のタカ類では Pernis, Aviceda の2属に限られるという。他の種では短縮されている。
両者の現在の主食はそこまで似ていない (ハチクマが特殊なだけだろうが) ので系統を反映したものだろうか。Pernis と Aviceda の類縁性が骨格面にも存在するよう。
関連話題が#トビの [トビなどの第 II 趾の骨の癒合] の項目にある。
Mayr and Hurum (2020) が扱っているのは、知られている最古 (3000-3100 万年前) に近い小型のタカ類で、現代の最も小型の広義ハイタカ属に似ているとのこと。小鳥食を想定している。
そのつもりでハチクマの趾の骨格を見ると大型種 (ワシ類など) や哺乳類食の種類よりむしろツミに似ているように見える。もしかすると Pernis と Aviceda の祖先は小鳥食だったのではと思ってしまった。
現代のタカ類では小鳥食のものは脚が長いが Mayr and Hurum (2020) によればその役割はよくわかっていないとのこと。生体力学的な考察もさらに必要だろうとのこと。
Fowler et al. (2009) Predatory Functional Morphology in Raptors: Interdigital Variation in Talon Size Is Related to Prey Restraint and Immobilisation Technique
に猛禽類の趾・爪の形態の解析が出ていた。主成分解析でタカ類、ハヤブサ類、フクロウ類はよく分離されそれぞれ特徴ある領域を占める。
タカ類でもミサゴはフクロウ類に近い位置にくる。コンドル目やヘビクイワシは地上性の鳥に近く、タカ類とは似ていない。
系統関係も出ていて {コンドル目 + タカ目} で第 II 趾が第 III 趾と同等あるいはそれ以上となり、タカ科 (ミサゴ科は含まれない) で第 I 趾、第 II 趾が肥大した (カタグロトビ亜科以降すべてが含まれる)。広義ハイタカ亜科 (チュウヒ類も含む) で趾が長くなったとのこと (derived 派生した/進化した 形質の可能性があるとのこと)。
ハチクマ亜科、ヒゲワシ亜科も含まれているが基本的にはタカ科と同じ特徴。
ハヤブサ類の趾・爪の形態はスズメ目とも多少の重なりがあるが、通常は 第 II 趾が第 III 趾と同等あるいはそれ以上で、スズメ目では第 II 趾が第 III 趾より必ず小さいとのこと。
第 II 趾の大型化は猛禽類のそれぞれの系統で独立に進化したと考えられる。ハヤブサ類とフクロウ類でふしょが短いのは収斂進化かも知れない。
広義ハイタカ亜科の捕食方法と関連があるか多少の考察がある。獲物がまだ生きている間に食べ始めることが多く、その間に動かれないように固定する必要がある。
ハヤブサ類の方が脚が短いので最初の一撃の衝撃が大きく、獲物を殺すのに嘴の tomial teeth を使うので大きな趾を発達させる必要が少なかったと考えている。
広義ハイタカ亜科の足の特徴は過去にも研究されており、例えば Einoder and Richardson (2007) Aspects of the Hindlimb Morphology of Some Australian Birds of Prey: A Comparative and Quantitative Study
(オーストラリアではそれほど多様な系統の猛禽類が定着していないので分析は限られている。カタグロトビ類やハチクマ亜科は分析に含まれていない)。
Jollie (1976, 1977)
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part IV) pp. 299-300 にも記述があり、Astur (現在の学名で復活) と Accipiter を区別する点は第 III 趾と IV 趾の比較があるとのこと。
また第 IV 趾の方が第 II 趾より短いのはカザノワシ、チュウヒダカ類、セイタカノスリとのことで、これらの種類の特異な採食習性からも納得できる (#クロハゲワシの備考 [変わった餌の捕り方をする猛禽類] 参照)。カザノワシは巣ごとひなを持ち去って捕食することがあるらしい。
Fowler et al. (2009) によれば魚食に特化したものを除いてすべての猛禽類は小型の獲物を殺す能力を持っている。
タカらしい捕食の特徴は第 II 趾で獲物を捕らえているかを見るとよいらしい。両足の第 II 趾で獲物を押さえていることが多いとのこと。参考資料ではハチクマ亜科でもハイガシラトビでそのような写真が紹介されている。写真や映像もこの視点で見ると面白いかも。
日本の放鷹術用語では第 II 趾の爪は「内爪」(うちづめ)。名称は季刊アニマ 2「鷲と鷹」(1975) 付録の「暁斎 絵本鷹鑑 鷹ノ名處」を参考にしている。
若杉氏のマーリン通信から: 江戸時代の鷹狩り(5) 鷹の羽 その2 によれば「打爪」で、機能的にはこの名称がふさわしい気がするが、精選版 日本国語大辞典では鳥搦 = 打爪は中の指とある (元亀本運歩色葉 1571)。少しわからない。
第 III 趾は「鳥搦」(鳥がらみ) は多くの辞書にもこの表記になっている。若杉氏は「ハイタカの鳥がらみは小鳥には脅威」と解説されている。
"搦" の文字は今ではあまり使われないが、搦め捕る (からめとる) に使われる。探してみると中国語で捕搦の単語があり、あるいはこれが "とりがらみ" となったのかとも感じた。「鳥搦」の表記が完全に安定しているわけではなかったので当て字の要素も含まれていたのかも。
日本の名称からは第 II 趾より第 III 趾を重要視しているようにも見える。
タカ類に共通の第 II 趾の機能と、ハイタカ (類) の第 III 趾にはタカ類一般に加えて別の役割が派生したものだろうか。
第 IV 趾は「かいるこ」。若杉氏は「一番外側で、後ろに返るほど動く」と説明。#ミサゴ、#カタグロトビの備考 [系統とフクロウ類との収斂進化] やカンムリカッコウハヤブサで出てくるが、ハイタカ (類) でもある程度共通性があるのか。
「暁斎 絵本鷹鑑」では第 IV 趾は「帰籠」の旧字体となっている。
若杉氏よりこれらの和名は爪を指して使われるものとの教示をいただいた。「暁斎 絵本鷹鑑 鷹ノ名處」でも爪を指す印になっているが、趾も含めた用語として使われるかどうかまでは確認はできなかった。
「鷹匠の技とこころ」(大塚紀子 白水社 2011) でも厳密に区別されておらず両方の意味で使われているように読める [p. 92 では爪を指しているが、p. 171 (中指) のような表記もあり指も指して使われるように読める]。
オオタカでは "とりがらみ" を上方向に起こすと全ての指がゆるむがハヤブサはそうではないのでオオタカのように扱って爪や趾を傷めないように注意が必要ともあった (p. 171)。
なおかつては海外でも第 II 趾より第 III 趾が注目されていた記述があった (Brown 1976)。
ハイタカ類の趾はヘビを掴むのは苦手との記述もあった (Brown 1976, p. 104)。
Tsang et al. (2019) Raptor talon shape and biomechanical performance are controlled by relative prey size but not by allometry
に Fowler et al. (2009) の後続とも言える研究があるが、こちらは爪の形しか調べていないので異なった主成分解析の図になっており、分類群ごとに分離される形にならない。爪の形は獲物サイズと相関がある結果となっている。
Csermely (2004) Lateralisation in birds of prey: adaptive and phylogenetic considerations
昼行性猛禽類はまず片足で獲物を掴む時に右足を使うことが多い。夜行性のフクロウ類ではこの傾向は見られず昼行性に共通の適応か。獲物を扱う時に脳の左半球が役立っている可能性があるとのこと。
ハチクマの臭気の再検討 [ハチクマ亜科の他種] で取り上げたカッコウハヤブサ類には特有の臭気がある、について、カッコウハヤブサ類になぜ特別な臭気があるのか再度考えてみた。
これはハワイミツスイ類 (Drepanidinae) ではほとんどの種の羽毛ににおいがある #フルマカモメ備考 [におう鳥のリスト] を見ているうちに気づいたもので、ハワイミツスイ類では嗅覚に優れた捕食者がいないためにおいを消す必要がなかったのだろうと想像できる。この点はニュージランドで地上性で飛べない鳥でも同様。
同じ説明がカッコウハヤブサ類に適用できないだろうかと考えた次第。ほとんどの鳥にとって嗅覚で営巣場所を知られるのは不都合なはずなので、カッコウハヤブサ類が臭気をわざわざ出すのは不自然と感じた。
もしかして巣を狙う哺乳類捕食者の少ない場所に生息するのではと考えてみると、特別な臭気が記載されたクロカッコウハヤブサの記録された場所は Tenasserim でヒマラヤからマレー半島の高地にあたる。
あくまで日本からの想像でイタチ類が重要な外敵ではないかと探ってみると Mustela 属ではこの地域に分布するのは Mustela nudipes Malayan Weasel で wikipedia 英語版によれば分布密度が低く、主に地上性で木に登るのはあまり得意な形態をしていないとのこと。Mustela lutreolina Indonesian Mountain Weasel は分布が限定的でカッコウハヤブサ類にはあまり関係なさそう。
イタチ類は北方型なのでこのような結果となったが、他の捕食者は調べていないので暫定として見ていただきたい。日本では北方型の哺乳類捕食者をまず思いつくので大事なものを忘れているかも知れない。
サル類は視覚優位なので捕食者となってもにおいはあまり関係ないかも知れない。
カンムリカッコウハヤブサは主な分布がニューギニアからオーストラリアで、オーストラリアでは特に樹上の哺乳類捕食者が少ないかも知れない。セキセイインコのインコ臭もそれゆえ可能なのかとも少し考えてみた。
ヘビ類はもう少し分布が広いようなのでこれらの点は現状考慮不十分段階。
仮定を重ねた考察になっているが、カッコウハヤブサ類、特にオセアニア地域のものが臭気を持っているのは嗅覚に頼る重要な捕食者がいないか少ないためかも知れない。
カッコウハヤブサ類に特有の臭気がある + カッコウハヤブサ類とハチクマは比較的近い + ハチクマがハチに刺されないのは臭気を出しているのでは、の論法でハチクマに特別な臭気がある説が誕生したのではないかと思えてきた。クロカッコウハヤブサの臭気のしっかりした記述も 1878 年まで遡る必要があり、それ以降いくらでもありそうなのに見当たらない。オーストラリアのカンムリカッコウハヤブサの研究者 (Fisher) も特にご存じでないらしく、伝説的な部分があるのかも知れない。
ハチクマ側からみると、ロシアで言及されている(ヨーロッパ)ハチクマの臭気もそれほど強いものではなさそうで、これは飼育条件に由来するのではないかと思えてきた。つまり本来肉食の種類に餌を工夫してオートミールなどいろいろ混ぜることで逆に消化を悪くしているのではないだろうか。ハチクマからは味は工夫されたハチの子みたいに見える穀類は喜んで食べるかも知れないが、人の食物でいえば「もどき」であって、消化の遅いものばかり食べさせられていると消化機能に障害を起こしそうな気がする。
飼育下のハチクマの臭気はあまり参考にできないかも知れない。
北半球の温帯から寒帯に住む、イタチ類など巣を狙う哺乳類が多い地域の典型的なタカ (ハイタカやオオタカなど) に比べれば臭気を消す必要性が多少和らぐかも知れないが、鳥自身あるいは巣の臭気は想像されているほど他のタカ類と違わないのでは? [(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] の Ingrid の項目では飼育下でカラス類と同程度、あるいはむしろ臭わないとの記述もあった。
例えばハチクマは実は他のタカとそれほど違うわけではなく、針を通さない羽毛構造 (これは小羽枝を密にすればよいだけなので遺伝制御的には比較的簡単に実現できる。逆に小羽枝をなくせば例えば蓑羽のようになる) や、顔面を密生した羽毛で覆う点程度の簡単な特殊化で乗り切っているのでは? 熱帯や雨の多い時期に繁殖するので例えば尾脂腺の成分は雨への適応のため多少違い、湿度の低い時期や地域で繁殖するオオタカなどに比べて濃厚になっているかも知れない。しかし基本的にはタカのにおいの範囲では? 悪臭物質も薄めるだけで香料になることがあるなど嗅覚も結構いい加減なところがある。
自力でハチの巣を積極的に壊せる能力を持っている以外の点は他のタカとそれほど違わない感じがする。ヘビもクマタカと同じようなものを食べているし。日本で広域に繁殖するタカ科ではクマタカに次いで3番めに大きい立派なタカだと思えばハチクマの評価ももう少し上がるかも知れない。
特別な化学物質があるかと調べても、あららら...、アカノドカラカラのように期待はずれ (徒労) に終わるかも知れない。あくまで無責任な想像の範囲で、実際には予期せぬ結果も出ることも期待したい。
[ヨーロッパハチクマの渡り]
ヨーロッパハチクマでは衛星追跡の他に GPS-GSM (Global System for Mobile Communication)を用いた追跡も行われ、詳細も公開されている。Honey buzzard 620 の若鳥 (2020) の例では地中海を夜に渡る途中に多分ボートに不時着したらしい。
サハラ砂漠を 11 日かけて渡った。基地局がないので、サハラ砂漠でのデータが送られて来たのがマリに入ってからとのこと。砂漠を飛ぶ時は最高 3133 m まで上昇したそうである。
途中で水を飲んだと思われるのは渡り初めて5日め (10/5)。食物を食べたと思われるのはさらに3日め (10/8-9)。ヨーロッパハチクマではサハラ砂漠で食物を捕れないため、脂肪を蓄積して渡るようである。
英国で発信器を付けられたヨーロッパハチクマが海上を4日飛びつづけて絶命した記録がある(BBC の記事)。英国からの渡りは海に向かって飛ぶ必要があり、若鳥の初めて渡りでこのように方向を誤ると致命的になり得ることも英国でヨーロッパハチクマが少ない理由になるのだろう。また (ヨーロッパ) ハチクマの夜間飛行能力、連続飛行能力を知る上でも貴重な事例となっているだろう。
この事例ではさまよっているうちに低気圧に遭遇してしまったようで、方向感覚を失ったものと思われる。海上でもしばらくの間発信器からの信号が発せられて船や漂流物などに不時着しているのではとの期待も持たれたが、その後の動きは (船の動きとは異なる) 海流に乗ったもので、しばらくして信号も途絶えたため海に落ちて死亡したものと判断された。
アイルランドを越えてスペインに下りられるかと期待したが、アゾレス諸島を見過ごしてしまった(資料) [注: アゾレス諸島のポルトガル語の由来の acor はオオタカの意味だがオオタカは生息していない。現在生息しているタカはヨーロッパノスリの固有亜種 rothschildi のみ]。
次はフィンランドの同一個体を6年連続で追跡した例。Satellite tracked birds。
シーズン毎に経路が結構違っている。越冬地は同じ場所であった。繁殖地に戻るのは6月に入ってから。8月下旬にはもう動き出す (動画にして楽しむ機能も付いている)。
少なくともヨーロッパハチクマでは繁殖地と越冬地は固定しているが、その間は結構融通が利き、おそらく偶然どのグループと一緒になるかで渡りの経路が違ってくるのだろう。それでも最後には正しい場所にたどりつける感じである。日本のハチクマでも同様なのか興味あるところである。同じページから他の個体なども見られるのでお試しいただきたい。
Agostini and Panuccio (2015) Is the water-crossing tendency of adult European Honey Buzzards influenced by a time minimization strategy during spring migration?
春の渡りでは目的地への到達を急ぐためにより直接的なルートを選ぶのでは。
Nourani et al. (2020) Dynamics of the energy seascape can explain intra-specific variations in sea-crossing behaviour of soaring birds
では秋の渡りで地中海を渡る時のエネルギー消費を考察。
成鳥と若鳥では渡り時期がほとんど重なりがなく、成鳥がアフリカに達するころに若鳥が渡るそうである。若鳥は一般に生存率が低いものの、地中海を渡る時に命を失うことは少ない。早い季節に渡る成鳥は地中海を渡る時に風はあまりよくないが、若鳥が渡るころは条件がよくなっていて風に助けてもらうこともあるようだとのこと。
Saying "Kesobb talalkozunk!" to the Honey Buzzards!
(Williamson 2020) のヨーロッパハチクマの渡りの記事によれば若鳥が生き残る確率は 1/3 だそうである。若鳥は最初の渡りは本能的に、繁殖地に戻れば他の成鳥から安全な渡りのルートを学ぶとのこと。
親が子供に付き添って渡るやり方だと親自身の生存確率が下がる。子供にとっては単独で渡るリスクが大きくても親が長生きしてより多くの子供を残す方が有利なので、もし一緒に渡る戦略があってもそれは不利になって残らないそうである。著者はハンガリーの方で参照文献へのリンクもある。
ヨーロッパハチクマの衛星追跡はかなり行われているが、2暦年の個体が繁殖地に戻ることがないのかはまだ確実に明らかでない → その後の衛星追跡により、もう少し詳細が明らかになってきた [ヨーロッパハチクマはいつ繁殖地に戻るか] 3年目には一部戻り始めたとのこと。
Corso et al. (2012) The status of second-calendar-year Honey-Buzzards in Europe 過去にそのような個体が春の渡りで観察された報告はあるが、多くは年齢判定に問題があったのではとのこと。標識調査からも少し証拠が出ているが、情報は私信レベルで論文にはなっていない。
3例があるが情報は意外にも結構怪しく、渡りの途中で死んだ個体がみつかっただけの例が含まれてそう。
春の早すぎる時期の回収で、あるいはヨーロッパで越冬したものが少数あるのではとの話も含まれている。
Bildstein (2017) "Raptors" p. 25 によればヨーロッパハチクマ以外にもミサゴやエジプトハゲワシの1年目も繁殖地に戻らないとのこと。これは繁殖地で成鳥との競争を避ける、繁殖可能になる前に経験を積むなどの意味もあると考えられるが、渡りを行うことによってエネルギーを大量に必要とする換羽期間が短くなるのを避けてゆっくりした換羽を可能にする意義もあると述べられている。
Panuccio et al. (2006) Does the Honey-buzzard feed during migration?
によれば渡りの時に帆翔を主に行うヨーロッパハチクマでは体重を減らすため、また到着を早めるために渡り途中で食物をとらないが、羽ばたき飛行をするミサゴ、トビ、チュウヒ類は途中で食べるとの解釈があるとのこと。
アメリカのハネビロノスリ Buteo platypterus 英名 Broad-winged Hawk では 100 g の脂肪で帆翔ならば 20 日以上飛行できるが、羽ばたき飛行では5日以内に使い果たしてしまうと見積もられている。
この論文ではそのうの膨らんだヨーロッパハチクマも複数観察され、一部の個体は途中で食べていることがわかったというもの。
Becciu et al. (2021) Groping in the Fog: Soaring Migrants Exhibit Wider Scatter in Flight Directions and Respond Differently to Wind Under Low Visibility Conditions
で霧の中のヨーロッパハチクマの春の渡りをレーダー観測 (イタリア) した結果がある。霧の中では平均的渡り経路から外れる傾向が高くなり、風が強まると飛行速度を上げ、横方向に流される結果が得られた。
霧の中での飛行経路を定量的に調べた初めての研究であるとのこと。観測中に高度を下げて地上の目標を確認しにくる個体もあったとのこと。
視界のよい時は風の影響を補正できるように飛行できるが、視界が悪いと補正が不十分になる。視界の悪い中で速度を上げることは霧の中から逃れるなどの効果が期待できるが、建物や風車などへの衝突の危険性も高まる。霧の中での渡りの目視観測はほとんど不可能であるが、レーダー観測はその点で有利である。
[ヨーロッパハチクマはいつ繁殖地に戻るか]
フィンランドでヨーロッパハチクマの若鳥の渡り追跡が研究されている: Mirski et al. (2024) Natal dispersal and process of recruitment in a long-lived, trans-continentally migrating bird (preprint)
29 羽を衛星追跡。76% が越冬地に到着 (最初の渡りの生存率は結構高い)。翌年戻ってきた個体はなかった。1年目の冬は越冬地を広範囲移動するが、2年目は動きが比較的少なかった (個体差もあり)。
3年めは11羽のうち6羽が繁殖地に戻ろうとしたが成功したものは半数だった。
この年に渡らなかったものは翌年もすべて生存し、5羽中4羽は繁殖地に戻ろうとした。最後まで残った個体は5年目に戻ろうとしたが地中海を越えられず、6年目に戻ったとのこと。
全体では6個体 (21%) が 3-6 年後に繁殖地に戻ることができたとのこと。冬季はテリトリーを持たない。
繁殖地に近い地域に戻ってくるが (最初の帰還では 5-177 km 離れていて平均 53 km) 渡りのコースは秋と異なっていた。年を追うごとに生まれた場所に近づき、帰還も早くなったとのこと。6羽のうち4羽は生まれた場所から 10 km 以内に近づいたとのこと。オスの2羽は巣を造ったが繁殖成功は確認できなかった。
オスの1羽は3回目の帰還となった5年目に出生地から 16 km 離れた場所に巣を造った。もう1羽のオスは最初の帰還となった6年めに 出生地から 189 km 離れた場所に巣を造った。翌年も同じ巣を用いたが、その翌年は場所を変えたと思われる。いずれの例でもつがい形成や繁殖成功までは確認できなかった。
最初の渡りでの死亡率は 25%、越冬地での最初の年の死亡率は 32%、さららに翌年は 3.5% だったとのこと。春の渡りまで至った個体 11 羽のうち5羽 (45%) は途中で死んだとのこと。1羽は途中で戻った。
一度繁殖地までの渡りを完結するとその後の死亡率は減るとのこと。繁殖の試みまで至ったものは2羽 (11%)。実際に繁殖できるまでにはよい場所を見つける必要があって帰還の年にすぐ繁殖できるわけではない模様。
性成熟年齢を超えても越冬地にとどまった個体がいたことは驚くべきことだが、早くから繁殖を始めることと渡りの生存率の間にトレードオフが存在するのだろうと述べられている。#オオタカの備考 [クーパーハイタカの繁殖開始年齢] も参照。
おそらく体調や環境要因により成鳥でも繁殖地に渡らないケースも知られている。
ヨーロッパハチクマでも知られている ([越冬地で休暇をとった?ヨーロッパハチクマ] の項目) が、Sorensen et al. (2017)
Rare case of an adult male Montagu's Harrier Circus pygargus over-summering in West Africa, as revealed by GPS tracking のヒメハイイロチュウヒの論文がある。
ヨーロッパハチクマの中にも繁殖開始が早いもの、遅いものが含まれていると想像される。このような戦略が可能な一つの要因として、同じサイズの他の猛禽類よりヨーロッパハチクマの寿命が長い (野外最長寿記録 28 年) ことも要因か。生活史戦略はむしろ海鳥やハゲワシに似ているとも考えられるとのこと。
参考までに見ておくとオオミズナギドリの繁殖開始年齢は4歳以上とのこと: しまぐに日本の海鳥 (8) 繁殖と長生きとを両立するオオミズナギドリの戦略【寄稿|島と鳥を愛する研究者・平田和彦@千葉県立中央博物館 】。
文献値では体重は平均値で 489 (メス) - 569 (オス) g (Yamamoto et al. 2016) とある。ヨーロッパハチクマの半分強ぐらい。
ヨーロッパの研究者にはマンクスミズナギドリが念頭にあるかも: 例えば Wynn et al. (2022) Early-life development of contrasting outbound and return migration routes in a long-lived seabird。こちらは3年めから繁殖地に戻るとのこと。
ヨーロッパハチクマにとっては秋の渡りの方がむしろ安全で、春の渡りの方が条件が厳しいとのこと。完全な成鳥でない個体の到来は6月中旬から遅いものは7月中旬になることもあり、繁殖のタイミングには間に合わないので最初はあぶれ個体として他個体などから営巣地や採食場所を学んだりして過ごすことになる。
渡りの経験を重ねると早く戻ることができるようになるとのこと。3回目ですでに成鳥と同じ期間繁殖地で過ごす。
最初の繁殖地への帰還は場所探しや経験を積むための役割があると考えられる。多くの個体は繁殖まで 6-8 年かかると推定している。42% が2年で繁殖を始めるオオタカ (留鳥)、平均 3.5年 のヨーロッパノスリ (短距離の渡り)、3.6 年のアカトビ (短距離の渡り)、2-8 年の長距離の渡りをするトビとは対照的である。
若鳥の方が成鳥より 1-2.5 週間遅れて繁殖地を出発するが、この期間が生まれた場所の刷り込みに役立っているかも知れない。
死因もある程度判明していて、力尽きた、捕食されたなどがある (死因はかなりのものが推定で、越冬地ではあまりわからない。捕食が確認できた例はなく推定)。撃たれたものもそれなりの数があって一部は確認されている。個体群動態に与える狩猟圧の影響は思ったより高いよう。
(ヨーロッパ) ハチクマの衛星追跡研究は10年がかりの仕事で、しかも若鳥に標識をしないと全貌はなかなかつかめない模様。ハチクマの場合は春の渡りの障壁はそこまで高くない感じがするが、ヨーロッパハチクマと比べてどうなっているのだろうか。
ハチクマで時々報告される6-7月ごろの意外な場所での出会いには、あるいは最初に帰還した年の遅く渡ってきた個体が含まれているかも知れない。行動圏が広い印象をもとに解釈されがちかも知れないが、遅く渡ってきた、あるいはあぶれ個体の可能性もありそう。
ドイツからの成鳥の渡り追跡 (2001-2011) と信号が途絶えた原因の考察: Meyburg and Ziesemer (2024)
Where and when does mortality occur in adult European Honey- buzzards
Pernis apivorus breeding in Germany, based on satellite telemetry?
同じ場所に戻ってくるので一部は再捕獲も可能だったとのこと。追跡が終わった後でも送信機を付けているものもあってアンテナがなくなっているなどの情報も得られた。
渡り途中で力尽きた (速度が落ちるなど) と思われる事例は想像より少ない。こちらは秋の渡りで失われたものの方が多かった。
越冬期に信号が途絶えたものがそこそこ数があり、例えばフクロウ類や昼行性猛禽類による捕食もあるが情報は少ない。少なくとも一部は狩猟によるものではないか。
Wright et al. (2023)
Photographic evidence of a 2nd calendar-year female European Honey Buzzard
Pernis apivorus on autumn migration in the Western Palearctic
は2暦年のメスをヨーロッパの秋に渡りで記録したとの写真が紹介されているがいかがだろうか。
[ハチクマの渡り]
ハチクマの渡りはよく知られているので周辺情報が中心。[中東やアフリカに進出するハチクマ] などもご覧いただきたい。
日本も含まれる東アジアのルートの他に西ルートもある。
意外に感じられるかも知れないが、ネパール西部にもタカ渡りの観察ポイントがある Raptor watching at Thoolakharka Nepal 標高 2050 m とのこと。
渡り観察シーズンは 10/15-12/15 だそうで、ハチクマのピークは 10 月第3週でここではノスリの渡りと同じ時期とのこと。Decandido (2014) Autumn 2013 Raptor Migration in Nepal にさまざまな種の情報がある。ソウゲンワシが多いのが特徴。
中央アジアでは近年定常的な渡りが見られるようになってきた。Schweizer and Mitropolskiy (2008)
The occurrence of Crested Honey Buzzard Pernis ptilorhyncus in Uzbekistan and Tajikistan and its status in Central Asia。
久野 (1996) Birder 10(10): 78-84 に白樺峠のタカの渡りが知られるようになった当初の記載がある (当時は伊良湖岬などが有名で、内陸のタカの渡りは少しずつわかってきた段階であった)。
1989年9月に同所で大規模な渡りが発見されたのがきっかけ。
同記事には成鳥と幼鳥の両方の特徴を持つ個体が記録され、暫定的に若鳥と記録しているとの記載がある。
「野鳥」1992年2月号 (No. 543) pp. 29-30 に織田氏による韓国済州島でのハチクマの渡りの発見 (1991年9月23日) の手記がある。志村氏のコメントがあり、長崎から先の経路が不明であったが、予想を裏付けるものとのこと。この観察時は夕方近い時間帯であったとのこと。
ヨーロッパハチクマが海上迷行に関連して、日本でもハチクマの本来の渡り経路とは異なる長距離海上飛行の例として、千葉 (1998) Birder 12(10): 10-15 に小笠原で衰弱保護されたハチクマ (1997年10月) があり、小笠原でのハチクマ初記録だったそうである。同文献には 1998年3月のオオタカの記録も記されている。
秋の与那国島/石垣島紀行 その4...(2018) に与那国で秋の渡り時期のハチクマの記録が紹介されている。幼鳥が本来ルートを外れてしまったのであろうか、それとも台湾を渡りで通過する個体群に関係するのだろうか? 同記事にはマダラチュウヒなどの記録も掲載されている。
また冬期のハチクマ成鳥の観察記録がある: 村上・秋山 (2016) 神奈川県における真冬のハチクマの観察記録。
冬期は何を食べて過ごしていたのだろうか?
よく知られているが日本の衛星追跡の論文を列挙しておく:
Higuchi et al. (2005) Migration of Honey-buzzards Pernis apivorus based on satellite tracking
Shiu et al. (2006) Route and site fidelity of two migratory raptors: Grey-faced Buzzards Butastur indicus and Honey-buzzards Pernis apivorus
Yamaguchi et al. (2008) The large-scale detoured migration route and the shifting pattern of migration in Oriental honey-buzzards breeding in Japan
Yamaguchi et al. (2012) Real-time weather analysis reveals the adaptability of direct sea-crossing by raptors
Mardiyanto et al. (2015) Spatial Distribution Model of Stopover Habitats Used by Oriental Honey Buzzards in East Belitung Based on Satellite-tracking Data
Nourani et al. (2017) Climate change alters the optimal wind-dependent flight routes of an avian migrant
Syartinilia et al. (2017) Landscape Characteristics of Oriental Honey Buzzards Wintering in Western Part of Flores Island Based on Satellite-Tracking Data
Sugasawa and Higuchi (2019) Seasonal contrasts in individual consistency of oriental honey buzzards' migration。
中国の山東省長島県での秋のハチクマ渡りの記録 Yu et al. (2022) Population Dynamics and Autumn Migration of Pernis ptilorhynchus in Changdao of Shandong Province, China
1987-2019 年の秋の渡り調査。個体数は増加傾向。2019 年に2個体を GPS 追跡で秋の渡りのみ調べられている。
インドネシアのモルッカ諸島には日本からの衛星追跡で渡った例はないが、ある程度の記録があり移動時期から渡りの個体と想像されるものの年中滞在している可能性もあるらしい [Mittermeier et al. (2015)
The status of Oriental Honey Buzzard Pernis ptilorhynchus in
Wallacea, with a description of the first record for Ternate]。
この文献によればフィリピンの衛星追跡でパラワン島に渡った記録があるが、それまでは現地で記録例がなかったとのこと。おそらく留鳥のヨコジマハチクマと混同されてきたのではないかと書いている。
ただしヨコジマハチクマはパラワン島に分布しないと通常の解説にあるので、P. p. palawanensis のことか? この島の亜種はフィールド観察ではよくわかっていない。
パラワン島で越冬中らしい画像: haralddahlby 2024 iNaturalist 197460775。
ミンダナオ島も訪れているように見え、衛星追跡の例とも符合する: notoriousbiologist 2023 iNaturalist 188153108。
[台湾で留鳥化したハチクマと渡りの謎]
台湾では渡り個体と留鳥個体の両方がみられる。
留鳥個体は冬場は養蜂業に依存して生活しているらしい (The Oriental Honey Buzzard of Ninety-nine Peaks; 九九蜂鷹(英語版))。
台湾でハチクマが留鳥化したいきさつ、冬場の行動の記事がある
ハチクマの記事 (科学発展 2013年11月)。
遺伝子および安定同位体解析により台湾には2グループがあることが示されており、渡りの個体群が留鳥になったことが示された。時期は 1970-1990 年代で、
台湾では 1970 年代から養蜂業が活発になり、1980 年代にピークに達したそうで、それがハチクマが留鳥化した要因になっていると考えられる。
ヨーロッパでは小鳥が給餌で越冬地を変えたことが知られている。これほど大型で猛禽類の渡り鳥が本能的習性を変えることは考えにくいとされていたが、ハチクマの事例は渡り行動の可塑性を明らかにするものであるとのこと。
日本から追跡されたハチクマは台湾を通らない。中国本土からやってきてフィリピンに向かう個体群なのかまだわかっていない。
フィリピンの渡り研究ではハチクマの渡りは比較的少数しか観察されていない。
台湾でもハチクマの衛星追跡が行われたが、追跡された 12 個体は年中台湾を離れなかったとのこと [Chien-Hung and Severinghaus (2014)]。
Ferrer et al. (2011) Why Birds with Deferred Sexual Maturity Are Sedentary on Islands: A Systematic Review
この論文で大陸から比較的離れた島に完全な渡りをして繁殖する猛禽類の例でケアシノスリとヒメハイイロチュウヒが取り上げられているが何を指しているのかよくわからない。
Gangoso et al. (2013) Ecological Specialization to Fluctuating Resources Prevents Long-Distance Migratory Raptors from Becoming Sedentary on Islands
によれば大陸の個体群は渡りをするが、島に定着したものに留鳥個体群がある種類があるとの解説がある。
ケアシノスリとヒメハイイロチュウヒについてはどの島の個体群を指しているのかわからないが、完全に渡りをする亜種ハチクマでの台湾での留鳥化はむしろ当てはまるかも知れない。
著者の関心はエレオノラハヤブサ Falco eleonorae の特異な渡りなので東洋の種はあまり詳しくないかも知れない。
猛禽類では島に定着してなおかつ渡りをするものは非常に少ないようで、古く島に定着したものも留鳥になる傾向が非常に強いとのこと (インド洋のハヤブサ類やメラネシアの島の Tachyspiza 属がまず思い当たる)。
サシバやハチクマは日本にもやってくるが、基本的には大陸種の分布が少し広がったものとみなしてよいかも知れない。さすがに日本の冬は寒すぎて留鳥化までは至らなかった (?)
ツミも該当するかも知れないが「部分的な渡り」の方に分類されて留鳥化のカテゴリーに入らないかも知れない。
ミサゴも (カンムリミサゴを別とすれば) 世界的には渡り個体群が一般的だが、いくつかの島では留鳥になっている。日本のミサゴも留鳥傾向が強いのは関係があるかも。
トビが南西諸島でまれなのもあるいは大陸から離れすぎているためかも知れない (#トビ備考 [亜種と渡り] で東アジアのトビの起源で考察あり)。
他に可能性のあるものとして #ハヤブサ [ハヤブサ亜種の分子系統解析] 亜種のシマハヤブサも挙げられるだろうか。#ノスリの備考 [ノスリの亜種] でフィリピンの個体群の考察を行っている。
台湾ではタカ柱のことを鷹球と呼んでいるらしい 東方蜂鷹的蜂鷹球 Oriental honey-buzzard (20210502) 4K
日本の衛星追跡では台湾を通っていないので、これらの個体はどこから来てどこに行くのだろうか。
ついでにタカ柱は英語では kettle と呼ぶことはある程度知られているだろう。要するに "やかん" である。OED もチェックしておくとさすがに業界用語すぎるようで見出しがない。a kettle of fish の用語はあるが意味も違いおそらく関係ない (魚の群れを示す集合名詞は school of fish。他の言い方もある)。"hawk pillar" は日本以外の用例を見つけられなかった。
さて少数個体の場合は boil と呼ばれることを知った。こちらの方が語源的には古い可能性があり、OED によれば魚が突然疑似餌に飛びついてくる用例がある (1893-)。いずれにしても "湧き上がってくる" 状況を表現したものであろう。
大陸の渡り個体群と考えられる集団が台湾で留鳥化した理由として 1970-1990 年代の養蜂業との関係が挙げられているが、#サシバの備考にあるように、1970 年代までは捕獲圧が異常に高かったことも起因していないだろうか。
それまでもハチクマが散発的に渡ってきていたが、大型で目立つため剥製業者の格好のターゲットとなって (当時どこへ輸出されたかはサシバの備考参照) 繁殖集団を形成することもできず撃たれて消滅してしまっていたのではないだろうか。
それ以前は猛禽類全般への迫害の時代でもあり個体数も減っていたかも知れない。そして近年のハチクマの世界分布拡大の好調さにも助けられているかも知れない。
平野 (2014) Birder 28(9): 22-23 に 2013-2014 年の台湾で冬に集団で巨大スズメバチの巣を襲うハチクマの取材の記事がある (冬場も養蜂業以外に自然の食物がある)。15 羽以上が訪れたとのこと。
九九蜂鷹のビデオもそうだが、集団で巨大なハチの巣を襲うのは (動かない獲物だが他個体の動きを見るなど社会性が必要だろう) 猛禽類の共同ハンティングと呼んでもよい印象を受ける。
モモアカノスリの共同ハンティングは #トビの備考参照。
#ハヤブサの備考 [オナガハヤブサの共同狩猟]。
#ハヤブサの備考 [タカ目、ハヤブサ目、オウム目の脳の比較] に Harrington et al. (2023) のフォークランドカラカラの問題解決能力が高さが示されているが、社会性があって新しいものを怖がらない (動物園個体の観察や韓国の飼育個体、UAE の保護個体、ヨーロッパハチクマの飼育情報など) 点、越冬地ではジェネラリスト的でもある点でハチクマはこの条件を満たしているかも知れない。
Snake v Oriental Honey Buzzard! 01 August 2021 (Arlene Beech 2021)
に台湾のビデオ中継から巣にヘビを運んできたものの途中で引っかかってしまい外そうとしているハチクマの映像がある (mom とあるがオスである。またこの時期にはすでに巣立った後で、食物をもらう時のみ巣を使っていた。子供は自分で食べられるので親は通常食物を置いてすぐに飛び立つ)。
あまりにも人間の行動を見ているようで違和感を感じないのだが、この時期に食物を運ぶハチクマがこれほど長く巣に滞在することはまずない。ひっぱってもだめとわかると中程を引いてみようとか、引っかかっている場所はわかっていて外そうとするがそこまで届かずバランスを崩して落ちそうになる。
一度はあきらめて (しかし飛び立たない) しばらく考えて再挑戦している。同じ状況なら人でも同じようにしていたかもしれない。
問題解決能力の高さを示しているように思う。カラスがこのような行動をすれば賢いと言われそう。
ひなが親と同じように引っ張った映像を見た記憶があるが見つけられなかった。考えたら同じような結果になったのか、それとも親の行動を見て学習したのか? 翌日の映像にはヘビが見られないようなので何とかして食べたのかも知れない。
[中東やアフリカに進出するハチクマ]
ハチクマの世界的分布は近年広がっており、中東では普通に観察されるようになっている。ヨーロッパやアフリカでも少数観察され、例えば Kennedy and Marsh (2016) First record of Crested Honey Buzzard Pernis ptilorhynchus for Kenya and East Africa (ケニアでの初記録。他所での記録への論文も記述されている)、
南アフリカ共和国で 2021 年に初の (越冬) 個体が記録された。この南アフリカの記録は面白いので当時の記録を紹介しておく。
What A Bird! Finding the Crested Honey Buzzard (観察者のブログ)。こんなに「大物」の迷鳥はめったにあるものでなく、大変な人気であったとのこと。ただし待ったものの見られなかった人も多かった。
Rare sighting of a crested honey buzzard in Somerset West has birders abuzz にも報道記事がある。
国内中から観察者が押し寄せているとのこと。雑種ではなく純粋なハチクマと判定されているとのこと。この地域に2週間ぐらいいることはわかっている。ある方はトゥィッチ歴に残る忘れることのない出会いになったと述べている。なお当時は南アフリカは真夏。
[ついに北欧でも?]
PRESUMED - Crested Honey Buzzard (Pernis ptilorhynchus) 11.9.2024 Mattby, Kirkkonummi, S Finland (Mika Ilari Koskinen 2024.10)。
2024.9.7 にフィンランドで目撃されごくわずかなバーダーが見られたが後日目撃あり、エストニア方向に向かったとのこと。不明のワシのような鳥として記録された模様。
アフリカで越冬するならばそのまま北に向かっても不思議でないかも知れない。
このところハチクマに勢いがある印象を受ける。気候変動による分布の変化を反映しているのかと考えていたが、あるいは狩猟圧が高くて数を減らしていた可能性も含まれるかも知れない。狩猟圧が生じる前に分布を広げていなかったらしい点を考えると気候変動の影響の方が大きいかも。
もし本格的にヨーロッパに定着すればヨーロッパハチクマと競争が生じるかも。微妙にニッチが違うかも知れないが完全に競合すればハチクマの方が大型なのであるいは、との印象もある (いつの時代になるかわからないが)。
[デンマークの記録]
2025 年、春の渡りでデンマークでも目撃され映像となっている: First record for Denmark. Crested Honey Buzzard (Pernis ptilorhynchus) at Skagen May 1st 2025 (Alex Sand Frich 2025.5.1 撮影)。デンマーク初記録とのこと。
解像度の限界もあって虹彩色などがわかりにくいが、(6 枚は問題なし) 初列風切先端の黒さは日本で見る個体ではメスのように見える。それにしては虹彩色が見えているような気がする (暗色?)、尾のバンドの先端が結構太い感じがする。
Tophvepsevage i lyd og billeder over toppen af Danmark, den 1. maj 2025 こちらはデンマーク語の音声も入ったより長いビデオ。最初は何かわからなかったらしく、大きいのでワシの1種かなどの議論や他の方はハチクマならば別に観察経験がある、おそらく野生個体だろうなど (音声英語翻訳で意味を一部解読)。
みなさんの判定はいかが?
英国 BirdGuides の海外珍鳥コーナーにも報告されているが、フィンランドではともかくデンマークならばかなり近い。あるいはそのうち英国にもハチクマがやってくることを期待しているのかも。
またデンマークを通っているならばこれまで未記録だった国をおそらく通過してきたはずでこれも各国で話題となりそう。
近年ハチクマに勢いがあると感じられる報告が多いがおそらくその通りなのだろう。
[セーシェルのハチクマ初記録]
インド洋セーシェルでの初記録: Levorato et al. (2022) First confirmed record of Oriental Honey Buzzard Pernis ptilorhynchus for Seychelles
2020 年遅くに訪れ、少なくとも2021年12月の段階でまだ滞在中とのこと。2暦年の個体 (幼い特徴の残るオス) で営巣中のアオサギを何度も攻撃していたとのことで典型的な食物がないためだろうとのこと
[セーシェルには固有種の mud dauber wasp Sceliphron fuscum というハチがいるらしいが外来種に置き換わりつつあるとのこと。このような巣を食べ物と認識するだろうか?]。
ハチクマもいざとなればアオサギを襲うらしい。
ヨーロッパハチクマは過去に何度も記録があるそうだが、どちらの種類でも海上を相当飛ばないと到達できないはず。ハチクマの方はまるでアカアシチョウゲンボウのようにインド洋を横切ったのだろうか。
セーシェルのチェックリストは Les oiseaux des Seychelles で見られるが、タカ類の比較的大型種ではヒメクマタカの記録がある。
ヒメクマタカの方が小さいぐらいなのでハチクマは同島を訪れた最大のタカ類かも知れない (ミサゴ、トビの記録はあって体重的にはハチクマとよい勝負だが鳥はめったに襲わないかも知れない)。同島の鳥にとっては普段気にする必要もなかったはずの突如現れた猛禽類になるだろうか。
ちなみにこちらはシロアジサシのモビングを受けるヨーロッパハチクマ: Amur Falcon, Red-throated Pipit and Western Honey Buzzard at Alphonse
(Seychelles Bird Records Committee 2016)
インド洋渡り途中のアカアシチョウゲンボウの記録も出ている。
[オーストラリアのハチクマ]
オーストラリアでは現地の夏季にディスプレイ飛行をする個体も記録されている (Oriental Honey Buzzard - Lake Joondalup, Western Australia; eBird の分布図)。オーストラリアで繁殖する前触れであろうか?
2000 年代前半はまだオーストラリアのハチクマの初記録などが出ていた。
Clarke (2003) Oriental Honey Buzzard Pernis ptilorhyncus on Christmas Island, Indian Ocean, Australia
この記録は正式認定されたそうで、目視記録のみからいかに種や亜種の判定などを行ったかなどの付随情報も役に立ちそう。クリスマス島はジャワ島南に位置するオーストラリア本土から離れた場所なので、ここで迷鳥記録されることはまだ理解できたが...そのうちオーストラリア本土の北部でも記録され、ここもスンダ列島に近いので、とまだ思われていた。
Gregory (2007) Second Mainland Australian Record of the Oriental Honey-Buzzard Pernis ptilorhyncus。
もう少し新しい記録では Jackett et al. (2019) Oriental Honey Buzzard - Christmas Island。
現在ではオーストラリア本土のさらに南部でも地域限定で結構見られるようになってきている模様。
まだ数個体の記録だった時代のブログ: Perth Buzzard Twitch (Jennifer Spry 2015.2.15)。
2羽現れたとのニュースを知ってオーストラリア南東部ビクトリアから 2700 km 飛んでパースの空港から1時間車に乗って来たのに、15 分前に現れたがその後は見てないとの返事だったとのこと。その後は幸い見られたとのこと。
WESTERN AUSTRALIA NOVEMBER 2018 (Sue Taylor 2018)。初日は見られなかったが翌日に見られた。
Oriental Honey-buzzard (Allison Archer 2022.1.21) オーストラリア西部でオーストラリアチョウゲンボウに対する威嚇の背面飛行。Oriental Honey-buzzard が背面飛行への移行途中の体勢と思われる。
Oriental Honey-buzzard (Rachel Olsen 2022.1.14) 現地のオス (すでに複数のよう) と渡りのオスの意味だろうか。
Oriental Honey-buzzard (Samuel Gale 2023.3.11) 初記録された若鳥。
Oriental Honey-buzzard (Samuel Gale 2023.3.11) 同所でのオス成鳥。モモイロインコと飛んでいていかにもオーストラリアらしい。
Oriental Honey-buzzard (Geoffrey Groom 2018.12.6) 12 月のディスプレイ飛行。
10 月の写真は見られず、11 月には換羽していない姿が撮影されているので渡ってきているのか?
4月に若鳥の写真はあるが 5-7 月の写真はなし。2019.8.30 に北部オーストラリアで大きく換羽中の個体が撮影されている。
Oriental Honey-buzzard (ladyrobyn 2020.12.14) によればここ 7-10 年毎年見られている。羽衣の違いから少なくとも5個体が記録されている。
オーストラリア西部のパース近郊で夏鳥となっていて繁殖の兆候十分ありだろうか。2024 年初頭の北半球の冬にも複数個体の写真がある。
まだまだまれな存在だが、オーストラリアはハチクマの新天地となりつつあるのか?
参考までに比較でヨーロッパハチクマの背面飛行。相手はタカサゴダカとのこと: European Honey-buzzard (Gavin Ailes 2024.11.17 ガーナでの撮影)。
これも参考までにインドのハチクマの急降下姿勢 Oriental Honey-buzzard (Haemoglobin Dr 2024.12.22)。ハチクマも急降下の時にはこのような姿勢になる。
Oriental Honey-buzzard (Mel Mitchell 2015.2.7) 一緒に飛んでいるのはアカヒメクマタカ [高野 (1973) ではヒメアカクマタカ] Hieraaetus morphnoides Little Eagle で小型のヒメクマタカ属とは言えイヌワシ亜科である。ハチクマの大きさがわかる。
Oriental Honey-buzzard (Jose Teixeira 2024.12.14) Dili, Timor-Leste オーストラリアではないが近くのチモールでのハチクマ。
Oriental Honey-buzzard (Stephen Corcoran 2025.1.2) 2025 年もオーストラリアでこれまでの記録地でハチクマが観察され獲物を運んでいる。半年違うと思えば日本では 7/2 に相当でいかにも繁殖個体のよう。
Oriental Honey-buzzard (Sheila Rowlands 2025.1.10) 獲物を運ぶオーストラリアの個体。
Oriental Honey-buzzard (Emma Geary 2022.8.2) こちらは冬季の映像。もしかすると留鳥になっている? 日本のハチクマによく似て見える。
[北米のハチクマ初記録!]
なんとアラスカのアリューシャン列島でハチクマが記録された。2024年5月にアメリカ初記録。
Shemya Island-Eareckson AS (restricted access) (Brad Benter and Zak Pohlen 2024.5.27 eBird)。
最初はウのコロニーで見られたとのことで、ハチクマが高度を上げるたびにすべてのウが巣を離れ、カモメ類は集まって追い払っているような行動をとったとのこと。初記録なので観察者も追いまくった様子が記されている。同定は最初は悩ましかったがハチクマと判定。
ハチクマとオオワシ、シジュウカラガンが同じ観察リストに出てくるなど想像し難い。
Rare Bird Alert (ABA 2024.7.12)。
[UAE の事例]
大変興味深い写真が報告されている: Checklist S201837101
(Mohamed Almazrouei 2024.11.9 Western Mahadir, Al Dhafra AE-Abu Dhabi, UAE)。
大きなハチの巣らしきものを掴んで舞うハチクマ若鳥。
写真事例 1, 事例 2 (出典は上記と同じ)。
このような光景を見れば普通は繁殖期の行動に見える。しかしこの季節かつ若鳥である。たまたま大きなハチの巣をわざわざ運んでいるところか、それとも繁殖行動に関係しているのか。
通常は渡り個体の地域だが、インドの繁殖個体群が分布を広げているのか、渡り個体だったのものが定着して若鳥も繁殖に参加しているのだろうか。
渡り個体群が繁殖する地域ではハチクマの繁殖開始年齢は遅いとされるが、もし若鳥も繁殖に参加しているならばマレーシアで観察されているようなヘルパーの可能性もあるかも。
さらに考察を巡らすと測位点が必ずしも多くない衛星追跡では越冬地の行動まではなかなかわからない。
越冬地で単に越冬して成熟を待っているだけでなく地域個体群の繁殖行動に何か関与している可能性はないのだろうか。
[ハチクマの越冬地での行動]
渡りのハチクマ (日本と同亜種) のインドネシアでの生態の情報がある。
Kahono et al. (2020) First report on hunting behavior of migratory Oriental Honey-buzzard (Pernis ptilorhynchus orientalis) towards migratory giant honeybee (Apis dorsata dorsata) (Hymenoptera: Apidae) on Java Island, Indonesia。
ハチクマは 8-11 月にやってきて 2-3 月に渡ってゆく。渡りの時期には林や耕作地の高い木にとまるが、郊外で高い木のあるところにも滞在する。
Apis dorsata (オオミツバチ, Giant Honey Bee) は移動性で乾季の始まりのころにジャワ島にやってくる。(地バチのように地下ではなく木の枝や建物に) 巣を作り、それを狙ってハチクマがやってくる。ミツバチの一種だがスズメバチに匹敵するほどの獰猛な性格とのこと (wikipedia 日本語版)。
ハチの巣を発見すると近くで偵察飛行し、まだできあがっていない巣は攻撃しない。
ハチクマはハチの巣にまっすぐ飛んで巣の下部を攻撃する。多くのハチが飛び出してハチクマの敏感な部分 (目など) を攻撃する。
ハチクマによる巣の攻撃を受けて5分程度はハチはまだ攻撃的で人なども襲う。ハチクマはよろめくように数百メートル飛んで足でもぎとったハチの巣を食べるとのこと。
使われているハチの巣よりもハチの移動によって空になった巣を好むとのこと。この場合攻撃を受けることはない。巣にぶら下がって足でもぎ取り、少し離れた枝で食べる。ただし栄養価は低い。空になってまだ時間の経っていない巣ではまだ未成長の幼虫、貯蔵されている花粉 (タンパク質などが豊富)、はちみつなどの栄養物質がある。はちみつの匂いのする蜜蝋の部分だけを選んで食べる。
使われているハチの巣は栄養豊富だが攻撃も受ける。
ハチクマがハチの巣の近くを舞うのに気づくとハチはフェロモン (酢酸イソペンチル; 他の物質もあって alarm pheromones と呼ばれはっきりした芳香臭を持つとのこと) を出して他のハチをパニックに陥らせる。それらのハチは近くで動くものは何でも攻撃する。
現地の人によれば経験豊富な (若くて経験の浅い個体でないものの意味) ハチクマは賢くて自身がハチに刺されるのを避けて人のいる方にわざと飛んでハチの攻撃を人に向けさせるとのこと (wikipedia 英語版にも紹介されているが、研究者による観察ではそのような行動はまれで、
ハチの生息地が減少して都会近くに住まざるを得なくなり人とハチの遭遇機会が増えていることが原因ではないかと解釈している)。
攻撃に失敗し、多数のオオミツバチに攻撃されて横たわっていたハチクマの記録が一度あるが、これは経験の浅い若鳥ではないかとのこと。過去にこのような報告はなされていない (ハチに襲われて死んだらしいハチクマの初めての報告とされることがあるが、因果関係やそれらのハチが実際に刺しているかなどの記述はあまり明瞭でない)。
McCann et al. (2013) のアカノドカラカラの論文 ([ハチの幼虫を主食とする猛禽類・ハチの巣の蜜蝋を食べる鳥] の項目参照) ではミツバチの反撃で死んだ可能性のあるハチクマの記録について
Thapa R, Wongsiri S (2003) Flying predators of the giant honey bees; Apis dorsata and Apis laboriosa in Nepal. Am Bee J 143: 540542 が引用されているが中身は読めないので詳細はわからない。
ハチクマはヨーロッパハチクマで記録されているようにオオスズメバチの巣を捕食するのは観察されていないとのこと。
なおこの論文ではハチクマを eagle と呼んでいるが、インドネシア語ではワシとタカを区別しないためであろう。
おそらく越冬地で撮影されたと思われるハチクマ若鳥がパパイヤを食べる画像がある: Crested honey buzzard eat papaya with different pose。
飼育下の記録にあるようにハチクマが果物など甘いものを好むことはよく知られているが野外での撮影は珍しい。もっとも果物を食べるのはハチクマに限らないようで、他の猛禽類でも知られている (#クロハゲワシの備考 [猛禽類の植物食] 参照)。
[ヨーロッパハチクマによるオオスズメバチの巣の捕食]
Macia et al. (2019) Exploitation of the invasive Asian Hornet Vespa velutina by the European Honey Buzzard Pernis apivorus。
Martin-Avila et al. (2025)
The European honey buzzard (Pernis apivorus) as an ally for the control of the invasive yellow-legged hornet (Vespa velutina nigrithorax) のトレイルカメラと GPS を用いた研究もある (スペインの西端部)。
ヨーロッパハチクマの巣からの平均 (代表値に何を用いるかで値が異なる。統計の扱いに注意) 距離は 1234.7 m で、攻撃されたハチの巣の 89.3% は破壊されたとのこと。
ヨーロッパハチクマの親鳥の捕獲方法まで書いてあり、若い方のひなが保温を必要としない 14 日齢に達した時点でワシミミズクの剥製やオオタカを地上のおとりにして音声を流して呼び寄せたとのこと。巣から見える場所とのことで危ないものがいれば当然追い払いに行くのだろう。
ハチの巣を同定するには GPS が必須とのこと。ヨーロッパハチクマの巣の近くでの捕食が圧倒的 (central forager behaviour) この事例では遠くまで行くことはほとんどなかったが繁殖後期で資源が枯渇していくるとやや遠くを訪れる機会が増えるとのこと。いずれも生態学の理論の通り。
この侵略的外来種のハチが減ったかどうかの検証はヨーロッパハチクマがオオタカの巣の近くを避けるとの知見に基づく対照区となっていて統計的には有意な差があるが個々に見るとうーんの感じ。
オオタカの巣の近くは統計的に有意にハチの数が多い結果となっているがなぜだろうか。
半径 1 km ぐらいの範囲のハチを少し減らす程度の効果はあるらしい。2.5 km を超えると効果はほぼゼロになる。
2014 年にこの地域にオオスズメバチが定着してからヨーロッパハチクマにとって2番めに重要な食料となっているとのこと。
実用的観点よりはヨーロッパハチクマの生態の方が面白い。
Supplementary Information のファイルに追跡例や写真が出ており、巣とハチの巣を往復する場合に経路が多少異なってもほとんど正しい位置に到着している。驚くべき方向感覚。渡りの時のような遠距離の場合は磁場情報から目的地に向かうことも可能だろうが、この場合は目視で景色を覚えているのだろう。おそらく似た場所を多少間違えることもあるようで少し探索した経路も1つ記録がある。
学習でより確実に到達できるようになるかなどは別論文で考察されるのだろう。
Avila et al. (2025) Encouraging native predators of invasive yellow-legged hornets: breeding habitat preferences of European honey buzzards in exotic Eucalyptus plantations
に後続研究がある。ヨーロッパハチクマの好みの環境を調べ、複雑な構造のある森林のパッチの大木に営巣するのを好むとのことだが好む環境と繁殖成績とは逆相関となった。ユーカリのプランテーションは適切に管理すればヨーロッパハチクマに良好な生息環境を提供する可能性があるとのこと。
[越冬地で休暇をとった?ヨーロッパハチクマ]
(旧 URL なので直接のリンクは張っていない https://twitter.com/WMGVs/status/1452608122380500994/photo/1) ヨーロッパハチクマのつがいを衛星追跡したもの。
GPS ロガーを付けたメスが3年間行方不明になった後再発見され、3年分のデータが無事取得できていたとのこと。ルートが毎年異なるのはその年の天候に左右されているらしい (先述推測のように別の渡りの群れに入ったのかも知れない)。2009 年に繁殖したが、2010 年は相棒が繁殖期もアフリカにとどまったまま (休暇?) で、メスは他のオスとつがいになることもなくさまよっていたそうである (赤点)。
2011 年は無事にオスが戻ってきてつがいになったとのこと。
日本で観察された相棒を変えたハチクマの例と比べると婚姻形態は少し違うのかも知れない。
[ハチの幼虫を主食とする猛禽類・ハチの巣の蜜蝋を食べる鳥]
ハチの幼虫を主食とする猛禽類にはハチクマ類の他、ハヤブサ目のアカノドカラカラ Ibycter americanus (英名 Red-throated Caracara) が知られているが、
この種では化学防御物質を出していないことが確認されている [McCann et al. (2013) Strike Fast, Strike Hard: The Red-Throated Caracara Exploits Absconding Behavior of Social Wasps during Nest Predation]。
狩猟習性もハチクマとは異なって空中のハチの巣を繰り返して襲い、ハチがあきらめる (absconding) のを待つ。地下のハチの巣は襲わないらしい。Ibycter (研究者 Sean McCann のページ)。Red-throated Caracara predation behaviour (ハチの巣攻撃の YouTube 映像)。
ハチへの防御能力はハチクマの方が優れていると思われる。
生息地が南米なので研究するのも大変とのことである。
ハチに襲われて死んだらしいハチクマの報告があると言われる ([ハチクマの越冬地での行動] を参照)。
再生回数もすごいのでおそらくすでにご覧になられている方が多いだろうが、比較のために日本のハチクマの捕食動画:
ハチクマ VS スズメバチ VS ツキノワグマ。
ヨーロッパハチクマで鮮明な捕食動画があったので紹介しておく。
The European honey BUZZARD | Bordeaux, France | Wild Animal Behaviour
フランスの映像であるが説明は英語。平均で9年生きるとのこと。
エストニアの方による地バチの巣をくわえ上げてその場で食べるヨーロッパハチクマの映像。食べ終わると再度取りに入った: Pernis apivorus... (Valery Zmachynski 2024)。左右両方の足を使っていて特に利き足がある感じではない。
Ferguson-Lees and Christie (2001) によれば、ハチクマの名は付くが前述のオナガハチクマ類 (Henicopernis は主に足を使ってハチの幼虫を取り出すそうで、Pernis 属との採食方法に違いがあるかも知れない。
Macaulay Library の写真では Long-tailed Honey-buzzard, Long-tailed Honey-buzzard (Charley Hesse 2019.8.20) のように獲物を運んでいるものがあるが、ハチの巣盤を運んでいる画像をまだ見たことがない。脚が長い種類でもないので「主に足を使ってハチの幼虫を取り出す」は本当だろうかとも思う。
Fetisov (2015) The three-toed woodpecker Picoides tridactylus in food
of the European honey buzzard Pernis apivorus in Sebezh Poozerie (pp. 1889-1893)
にミユビゲラの巣内ひなを捕食したヨーロッパハチクマの論文がある (写真あり)。ミユビゲラの営巣そのものがここでは大変珍しい。キツツキの巣穴から巣内ひなを捕食したヨーロッパハチクマのハンティング技術の多彩さがわかるとのこと (この場合は足を使ったのだろうか?)。
ヨーロッパハチクマが鳥をどの程度食べるかは地域差が大きく、レニングラード州ではほとんど鳥を食べていないがベラルーシのある地域では食物の 11.5% が鳥であった (Ivanovskij 2012) とのこと。
ハチの幼虫が主食というわけではないが、ハチクマに近い系統でハチの巣食の観察例がある:
Optland (2015) More on the Square-tailed Kite as Australia's honey-buzzard (ハチクマ類が事実上分布しない) オーストラリアのシラガトビ Lophoictinia isura (ハチクマよりやや小型)。
ツバメトビ Elanoides forficatus 英名 Swallow-tailed Kite の ハチの巣食の写真 (ハチクマと同程度の大きさ)。これらの場合は主にほぼ使い終わってハチの攻撃を受けにくい巣を捕食しているのかも知れない。
カラス類もたまにはハチの巣を食べることもあるらしい。American Crow feeding on a wasp nest
アメリカガラス Corvus brachyrhynchos の事例。
カンムリアリモズ Frederickena viridis のハチの巣食も報告されている: McCann et al. (2014) Black-throated Antshrike preys on nests of social paper wasps in central French Guiana。
猛禽類以外でキツツキ目のミツオシエ類 (Indicator 属) がハチの巣の蜜蝋を食べることが知られているが、ハチの幼虫や蜂蜜はほとんど食べない。溶けた蝋の匂いに集まってくることが知られていて (バークヘッド「鳥たちの驚異的な感覚世界」; Steiger の 1966 年の実験) 鳥類における嗅覚利用の一例となっている。
Friedmann (1955) The Honey-Guidesに詳しい生態解説などがあり、p. 82 と p. 83の間のプレートにはまるでハチクマのようにハチの巣に乗ったり食べたりしている写真がある。
「コンサイス鳥名前事典」には皮膚が特に厚くハチ防御に役立っていることや臭気があることが記されている。これは Friedmann (1955) "The Honey-Guides" pp. 87-88, p. 170 にも記載があるが、著者は臭気を確認できなかったとある。Chapin (1939) The birds of the Belgian Congo. Part 2 がかび臭い臭気について報告したもの。
ミツオシエ類にはハチ毒耐性はなく、皮膚による防御も完全でない。特に嘴の付け根 (lore) が狙われるそうで、ハチクマがこの部分を念入りに羽毛で覆っている理由にもなるだろう。鼻孔がスリット状になっている点もハチクマと共通した防御機構であろう。
なおミツオシエ類は托卵性で、習性など非常に変わった点が多い。
「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) p. 156 によればハチの巣は希少な資源であり、インドミツオシエ (キゴシミツオシエ) Indicator xanthonotus Yellow-rumped Honeyguide ではオスがハチの巣を含むテリトリーを防衛し、ハチの巣に採食に来るメスと交尾するという。18 羽のメスと交尾した例が知られているとのこと (ミツオシエは托卵性でメスの行方はあまり心配する必要はない)。
"resource-based non-harem polygyny" と呼ばれる繁殖様式とのこと (Cronin and Sherman 1976 "A resource-based mating system: the orange-rumped honeyguide". Living Bird 15, 5-52)。
Feeney and Riehi (2019) Monogamy without parental care? Social and genetic mating systems of avian brood parasites に解説あり。托卵種のミカドスズメ Vidua regia Queen Whydah (こちらは水が資源) でも知られているとのこと。
ハチクマの臭気は記載している書物や飼育者の報告もあるがまだよくわかっていない。
ロシアの飼育者による記述は [(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど] の Ingrid の項目参照。
台湾のハチクマの巣のビデオ中継では雨の降った後の朝に、巣を守っていたメスがハチにまとわりつかれて睡眠不足になっている様子が記録されている。ハチクマの巣そのものにはハチ忌避の機能 (臭気) はないようである。
#エトロフウミスズメ備考の [鳥類の嗅覚] に Soares et al. (2024) Analytical characterization of volatiles present in the whole body odour of zebra finches の研究を紹介している。
これまでは尾脂腺抽出物、羽毛や皮膚のサンプルが揮発性化学物質の研究に主に用いられていたが、全身をサンプルするとそれ以外の物質も検出されるとのこと。ハチクマでも同様に全身サンプルすればあるいはハチが忌避する臭気物質が見つかるかも知れない (あるいは逆に見当たらない結果になるかも)。
Mridula (2020) Experience with an Oriental Honey Buzzard
家がハチクマのなわばりにあって、居ながらにしてハチの巣を襲う様子が記録できたとのことだが、怒ったハチがあらゆるものに猛攻撃をかけて飼っていた牛がたくさん刺されて死にかけたとのこと。
翌日はしっかり対策しておいたとのことで、近所の人には外に出ないようにと伝えた。
逆に捕食者対策にハチの巣近くに営巣する鳥もあるとのこと。ブラジルの研究 de Carvalho et al. (2023)
Nesting of birds associated with social wasps (Hymenoptera, Vespidae) in Brazilian Cerrado。
#カッコウ備考 [托卵鳥の同種認識] も参照。
南米のカザリドリ科 Cotingidae (スズメ目 Tyrannida に分類。ヤイロチョウの遠い親戚に当たる) がハチやアリと共同して肉食哺乳類から身を守っているとの説がある (コンサイス鳥名事典)。
中南米のヒメキヌバネドリ Trogon violaceus Guianan Trogon (3種に分離され、この名称は分離後のもの) は空中のスズメバチの巣を占拠して成虫スズメバチを食べ、残った巣を掘って空洞にして営巣するという [「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) p. 169]。
Trogons Nest with Wasps (BirdNote 2022)。
Wasps' Nest Ideal Place for One Bird to Lay Its Eggs (BirdNote/Audubon 2013) すべてのハチを駆逐しないので捕食者が近づけないとのこと。
「動物の世界」2版 9 (日本メール・オーダー 1986) pp. 1244-1245 (浦本・斎藤) にも記述があり当時有名な話だったらしい。こちらでは熱帯産スズメバチの巣を横取りして成虫も幼虫も食べ自分の巣にする。ハチの針に対して免疫があるようとのこと。
キヌバネドリ目は Eucavitaves のクレードで洞営巣性。このクレードには他にサイチョウ目、ブッポウソウ目、キツツキ目が含まれる。ヒメキヌバネドリは全長 23-25 cm とそれほど大きな鳥でない。
「動物の世界」2版 5 (日本メール・オーダー 1986) pp. 664-665 (浦本・安部) のオウチュウの解説ではオウチュウ類はスズメバチ類を含む各種ハチ類が好物とのこと。ハチの針に刺されない秘訣があるらしいと記述されていた。ハチ類を食べる程度であればハチクイ類も食べているのでそこまで不思議ではないかも知れない。
[嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ]
ハチクマは採食に嗅覚も利用している可能性の実験的報告があり、嗅覚に関連する遺伝子数もイヌワシなどに比べて多い [Yang et al. (2015) Stop and Smell the Pollen: The Role of Olfaction and Vision of the Oriental Honey Buzzard in Identifying Food]。
この論文の実験では同じ色のものでは花粉を付けたものが有意に高く選ばれた。黄色の食物を好む結果も出ており、嗅覚と視覚を用いた採食を行っているのではとの結果である。栄養成分あるいは砂糖を入れたかどうかは差がなかったそうである。
なお花粉はハチの子への重要なタンパク質、脂質、ミネラルの供給源であり、ハチの巣の中でも蜜と別個に保管されるとのこと。栄養成分の豊富なにおいを弁別できるように進化してきた、あるいは学習した可能性があるとのこと。
まだあまり調べられている段階ではないが、タカ・ハヤブサ類の嗅覚の文献レビューが Potier (2020) Olfaction in raptors; 雑誌サイト。
にある。嗅覚遺伝子数はハヤブサとワキスジハヤブサで 63 とのことだが機能しているのは 28 個のみとのこと。ハチクマの嗅覚遺伝子数 283 で調べられた範囲の嗅覚遺伝子のうち 81.5% が機能しているのはやはり高い (ただし #エトロフウミスズメ備考の [鳥類の嗅覚] によれば必ずしもそうではない可能性がある)。
嗅覚の優れた動物はにおいを持つ傾向があることが指摘され、ハチクマに独特の体臭があっても不思議でないかも知れないが、実際に嗅いだ人の見解は分かれている。
嗅覚を用いて食物を探すことが確実に示されている新世界ハゲワシ類は脳の嗅球が大きいことがわかっているが遺伝子数は調べられていないようである。
Roeder et al. (2014) Chicks of the Great Spotted Cuckoo May Turn Brood Parasitism into Mutualism by Producing a Foul-Smelling Secretion that Repels Predators
によればマダラカンムリカッコウ Clamator glandarius 英名 Great Spotted Cuckoo はハシボソガラスに托卵するが、ひなが悪臭を放ち捕食者であるハヤブサ類などのカラスの天敵を追い払う効果があるとのこと。この結果托卵が相利共生となる珍しい例となっている
[#カッコウ備考でも紹介]。
実験によればこのにおいを付けた肉をハヤブサ類は食べないとのことだが、におい付けで食物の見かけが変わってしまう要因の考慮も必要とされるとのこと (実験的証拠が思ったほど得られていない点について #ヤツガシラの備考も参照)。
Slater and Hauber (2017) Olfactory enrichment and scent cue associative learning in captive birds of prey
によればハゲワシ類やワシ類で食物と関係のないにおい物質 (ペパーミント) と食べ物を関係づけて学習できることが示され、タカ類も嗅覚識別ができるらしいことを示している。
最も植物食の特殊な種類ではあるが、ヤシハゲワシが霊長類同様に果実のにおいを食物探しに使っている可能性が指摘されている [Dominy (2004) Fruits, Fingers, and Fermentation: The Sensory Cues Available to Foraging Primates]。
トビで尾脂腺分泌物の組成が季節変化し、スズメ目で同様に知られるような個体や血縁認識に役立っている可能性がある [Potier et al. (2018) Preen oil chemical composition encodes individuality, seasonal variation and kinship in black kites Milvus migrans]。
ヨーロッパハチクマの網膜細胞の研究から視力は他のタカ類同様に良いと考えられるが、正面視に適した側方窩 (lateral fovea または temporal fovea 側頭窩) は認めらない
[Mitkus et al. (2017) Specialized photoreceptor composition in the raptor fovea (PubMed Author manuscript)] (#イヌワシの備考も参照)。
これはハチクマが敏捷に移動する獲物 (小鳥など) を正面視で獲る必要は少ないが、ハチの動きや渡りの際などに遠方のタカ (広く分散して飛ぶことで他の個体の動きから上昇気流の場所を探る説がある。例えばケリンガー「鳥の渡りを調べてみたら」p. 202) を側方視で見つけるのに役立っていると思われる。この知見を前提に渡りの際に視線にも注意して観察すると興味深いと思われる。
捕食性鳥類の temporal fovea 側頭窩 = shallow fovea の役割について#シロハヤブサ備考 [シロハヤブサの獲物追跡] に考察を追記した。
渡りのタカではないが、ハゲワシ類を用いて他個体から上昇気流の位置を知る実験が行われている: Sassi et al. (2024) The use of social information in vulture flight decisions
飼育個体を放してトラッキングすると他個体の情報を観察して上昇気流に乗っている。飛行条件の悪い時は最初のチャンスはパスしたり、社会的順位の低い個体は他個体からの情報を無視する傾向があった。これは競争を避けるためと考えられるが、最初に来た電車やバスに乗るか、次のを待つか、まるで人間の行動を見ているような感じがする。
タカの渡りでも気付かれていないだけであるいは同じような現象があるかも知れない。
前述のようにカッコウハヤブサ類 (Aviceda 属) は現生種の中ではハチクマ類と比較的近い類縁関係にあり、ハトを思わせる顔つきなどがよく似ている。
カンムリカッコウハヤブサはオーストラリアのタカ類中相対的な眼球の大きさが最も大きいそうで、(それが理由かはともかく) 眼球が横向きに付いているとのこと。「待ち」の狩猟方法で樹冠の複雑な背景の中で獲物の動きに気づくのに有利との解釈もあるが網膜の構造などはまだ調べられていない
[Keirnan et al. (2022) #カタグロトビの備考参照]。
ハチクマは頭をハチの巣に突っ込むために頭骨の形が尖っていて眼球の向きが制約されるのかも知れない。
Rare Footage: Crested Honey Buzzard Brave Honey Raid | Intense Bee Battle! の映像を見ると飛翔時ペン先とも比喩される尖った細長い頭部を持つ意義がよくわかる。羽が非常に傷んだハチクマをしばしば見るが、この姿勢で頑張っていれば羽が傷むのもわかる。頭にハチがまとわりつくのか、猛烈な勢いで頭かきも行っている。
Pernis apivorus (Honey Buzzard) (Skullsite) にヨーロッパハチクマの頭骨があるが、他のタカと比べると細長い形状が目立っている。
ハチクマの頭骨の特徴や目の位置などについての議論は Sievwright and Higuchi (2011) Morphometric Analysis of the Unusual Feeding Morphology of Oriental Honey Buzzards
にあるが視野の実測値や眼球の大きさへの言及はない。
カッコウハヤブサ類は学名が示す通り鳥も捕食するため、眼球が比較的側面に付いていることは動く動物の捕食行動に必ずしも不利になっていないかも知れない。
その後鳥類の眼球と脳サイズの一覧を見つけた (#イヌワシの備考の [鳥類の眼球と脳サイズのデータ] 参照)。
これによるとカッコウハヤブサ類は体重 194-323 g と小さいのに眼軸長 21-23 mm と際立って大きい。
(当時はハチクマと同種だったが、おそらく現在の分類では) ヨーロッパハチクマでは 754 g, 21.5 mm と中型のタカの標準的な値で眼球が大きいわけではない。目の配置は頭骨の形による制約なのだろう。
ハチクマは他のタカ類に比べて頭が小さい特徴がよく挙げられるが、脳も小さいのか妙に気になってくる (笑)。この表を見ると (分離された後の種名ではおそらく) ヨーロッパノスリの体重 759 g、眼球 20.8 mm、脳ともに同じような数字で、全然体型が違うのに頭骨が細長いだけで心配 (?) 無用だったようである。
オオタカはこの2種より少し大きめだがほぼ似た値になっている。ハヤブサもだいたい同じような数字。
このぐらいの中型のタカでは脳は体重の 1% 程度となる。体重や脳の構造も全然違うので無茶な比較であるが、ヒトの脳は 1.2-1.4 kg とされ体重の 2% ぐらい。体重比ではタカの脳はヒトの2倍しか違わない。100 kg 近い体重の方はそれで割ってみていただきたい
(さらに鳥類の脳は哺乳類に比べて細胞が小さいなどの理由で哺乳類に比べて小型の脳で同等の機能を持つと言われる。もっともヒトの場合脳重量で知能が決まるとは通常は考えられていないので、重量はあくまで荒い指標に過ぎない)。
眼の発達した鳥類では眼と脳がほぼ同等の量の血液供給を受けているらしいので、ヒトで言われるように大食いの脳 (+ 鳥類ではさらに眼) を養うのはなかなか大変であることがわかる。頸動脈の比較については #フクロウの備考の [フクロウ類の首の動き] にある。
トビとアカトビの体重が結構違うが、トビの体重はここまで挙げた中型のタカと同じぐらいで眼球もほぼ同じ、体の割に脳がちょっと小さめ。
日本のハチクマはヨーロッパハチクマより一回り大きいはずなのでこれら中型のタカを少し超える程度だろう。
面白いので皆さんも見ていただければと思う (ここで学名で読める重要さがわかる)。
このデータを使って気になるタカ類の脳サイズを作図してみた。後述の Sayol et al. (2017) のデータも知ったので追加改訂してある。
縦軸・横軸ともに対数スケールである。タカ目全体では脳の容積は体重の 0.54 乗 に比例する結果となった。詳細は一部属のみ示すがタカ目全体は白抜きの丸、それ以外は黒い点で示してある。
タカ目は鳥類中では体重比では中ほどか少し高めに位置する。
系統が近い分類が似た色となるようにしているが思ったほどの違いはなかった。
海ワシとトビのグループは陸のグループより若干低いように見える。
猛禽類としては "原始的" と言われるグループも脳の大きさにはあまり違いがない。あれほど体型が違うのに旧世界ハゲワシもフィリピンワシ、イヌワシはほぼ同じ。ヨーロッパハチクマも中ほどに位置していてハチクマ亜科の他の種類 (図では分けて示していないが白抜きの丸になる) も脳の大きさは他のタカ類とほぼ違いがない。
ヘビクイワシも測定されているが (青の四角)、あれだけ体型が違うのに他とあまり違いがない。
唯一カタグロトビ類だけは体重が小さいにもかかわらず脳が相対的に小さめ (別科にする見解もあるので他のタカ科と違っていても不思議ではないが)。系統の分かれるミサゴも他のタカ同等だった。
黄色の四角は新世界ハゲワシ (コンドル) で、こちらの方が脳が相対的に小さそうな印象を受けるが実はそうではなかった。小型種はタカ科と同じぐらい、大型種はむしろ上になるぐらいで、10 kg 近い大型の鳥の中で最も大きな脳を持つ結果となった。つまり頭脳の面では巨大なニワトリのような鳥ではなかった。
ハチクマも大きなハトのような鳥 (笑) ではなかった。
ちなみにこのリスト [Liu et al. (2023) + Sayol et al. (2017)] に載っている鳥を脳の容積 (ml) 順にいくつか並べると (かっこ内は体重 g)、* を付けた種類は Sayol et al. (2017) から。
ダチョウ 40.23 (111000)、
ヒクイドリ 36.35 (44000)、
オオハゲコウ* 33.52 (7458)、
コンドル 31.56 (11236)、
エミュー 28.88 (34093)、
カリフォルニアコンドル 27.25 (8443)、
ミナミジサイチョウ 26.15 (3744)、
スミレコンゴウインコ 24.73 (1331)
のようになる。体重比ではもちろんオウム類が大きいが、飛べない鳥を除けばオオハゲコウに続き大型コンドル類が最も大きな脳を持っている。これらの調査では調べられていないがトキイロコンドルが上位に入るのではないだろうか。
この図をさらによく見るとコンドル類を除いたタカ目では体重 1 kg ぐらいまでは傾きが急であるが、それ以上の体重では傾きが緩やかになり、少し段差 (頭打ち?) があるように見える。
この現象はより頭脳の大きなオウム類でははっきりせず (#ハヤブサの備考 [タカ目、ハヤブサ目、オウム目の脳の比較] 参照)、
タカ目、ハヤブサ目に見られる特徴のようである (ハヤブサ目にはそれほど大型種はいないが)。
タカ目については多少思い当たる点があり、大型種を生み出した系統が2系統 (イヌワシ・クマタカ類 Aquila + Hieraaetus + Spizaetus および海ワシ類 Haliaeetus) に偏っているため全体として見ると系統間の違いが効くのかも知れない。
体重による制約 (例えば飛翔筋に投資する必要があるなど) もあるかも知れないがコンドル類にあまり制約が見えないのでどうであろうか。
この調査ではもしかしたらハチクマの脳は小さいのではとの素朴な疑問からタカ類の中での脳サイズの違いがあるかマニアック (?) な点にこだわったものだが、
鳥類全体での脳のサイズの研究は過去にもよく行われていて、Marugan-Lobon et al. (2021) Beyond the beak: Brain size and allometry in avian craniofacial evolution
など。この著者は脳化 (encephalization) の進んだグループにフクロウ類、タカ類、オウム類、カラス類を挙げて脳化の進んでいないハト類やシギ類と比較している。導入部分にスズメ目や猛禽類には霊長類に匹敵する性質を示すものがあると書いている。
Ksepka et al. (2020) Tempo and Pattern of Avian Brain Size Evolution
にも鳥類の脳のサイズの系統進化の研究がある。古いタイプの水鳥からカッコウなどの含まれるグループに一段めの進化があり、近代的な陸鳥の段階でさらに一段の脳の進化があった結果になっている。
この論文でも猛禽類 (全グループ含めて) の脳の容積は体重の 0.5 乗強程度の値を得ていて (ここで示したものと関連する図も出ているので比べていただきたい)、肉食の哺乳類にも同じような関係があるとのこと。好みの獲物が関係に関連している可能性を示唆している。
カラスが猛禽類によくつきまとうが、脳のサイズの関係はどうなっているのか調べてみた。昼行性猛禽類の日本産種または近いものを系統順に並べてみた。(Sayol) は Sayol et al. (2017) から。
種 | 脳重 (g) | 体重 (g) |
ニワトリ (参考) | 3.53 | 751.72 |
カワラバト (参考) | 2.04 | 354.20 |
ミサゴ (Sayol) | 9.24 | 1432.25 |
ヨーロッパハチクマ | 6.95 | 754.37 |
アカエリクマタカ | 7.60 | 1197.40 |
アフリカソウゲンワシ | 13.31 | 2236.06 |
イヌワシ | 17.19 | 4247.97 |
タカサゴダカ | 2.83 | 131.15 |
ハイタカ | 2.85 | 220.79 |
オオタカ | 7.88 | 866.04 |
ハイイロチュウヒ | 4.78 | 392.98 |
ヨーロッパチュウヒ | 5.48 | 704.07 |
トビ | 5.82 | 734.10 |
トビ (Sayol) | 5.80 | 595.26 |
アカトビ | 7.72 | 1071.77 |
オジロワシ | 16.50 | 4729.27 |
ハクトウワシ | 18.04 | 4700.58 |
メジロサシバ | 4.73 | 325.00 |
ケアシノスリ | 9.20 | 949.76 |
ヨーロッパノスリ | 7.94 | 759.10 |
ヒメチョウゲンボウ | 2.71 | 152.06 |
チョウゲンボウ | 3.87 | 183.21 |
チゴハヤブサ | 3.59 | 208.17 |
ハヤブサ | 6.19 | 759.95 |
シロハヤブサ | 9.43 | 1431.72 |
カケス | 3.91 | 159.46 |
ハシボソガラス | 8.51 | 570.00 |
ハシボソガラス (Sayol) | 8.10 | 536.46 |
ハシブトガラス | 12.66 | 513.14 |
ワタリガラス | 14.45 | 927.97 |
脳重の測定値は骨を使えるのでかなり正確らしいが、体重は文献値や個体の栄養状態、性差などでかなり怪しいものも含まれているだろう。あまり納得できない体重 (例えばハシブトガラスの方がハシボソガラスよりと軽いのは不思議) も含まれているので目安的に見ていただきたい。
このように見ると小型から中型のタカ類はそもそも体重面で Corvus 属のカラス類に及ばず、カラス類より劣っていてもやむを得ないかも知れない。ツミの分布がカラスの影響を受けるのもこれほどの体格差があれば仕方ないだろう。
ハシボソガラスでは中型のタカ類の脳重が匹敵するぐらい。
中型以上の猛禽類だと脳重でも大型カラス類と結構よい勝負になっている感じがする。みかけのサイズの割にはトビが妙に軽いのだが、アカトビでも体重比が小さいので海ワシ類も含めてこの系統は脳が少し軽いよう (Sayol のトビはずいぶん体重が小さいが)。クマタカ類は1種しか測定値がないので傾向がはっきりしないが、体重の割には脳重がやや小さい印象を受ける。
日本のクマタカはもっと大きいのでカラス類よりもきっと上になるだろう。
イヌワシは海外亜種なので日本のものを考える時は少し割り引いていただくとよいだろう。ハチクマはヨーロッパハチクマの2-3割増しぐらいと考えればなかなかよい線を行っている。少なくともトビよりは知恵がありそう。ハヤブサ目は体重が軽めなので脳重では大型のカラスには及ばないよう。
猛禽類とカラス類のいずれが優位かは脳重がかなりよく近似している感じがする。
カラス類の研究者はニワトリやカモなどと比較してカラスの脳の立派さをよく語るが、猛禽類相手だとそこまで差が顕著でないかも。
上記の表ではハシブトガラスの体重が小さいので特別に脳化が進んでいるように感じてしまうが、ハシボソガラスを比較に用いるとそれほどでもない。
Chiappe et al. (2022) Fossil basicranium clarifies the origin of the avian central nervous system and inner ear
の比較研究があり、ニワトリとタカの間で脳の向きや内耳の前庭器官の再配置が起きているという。論文の趣旨に沿っているかどうかは不明だが、図を見ると猛禽類が直立姿勢に近いのは脳の向きの変化を反映しているよう。
この論文ではタカでは拡大した脳 (視覚関連部位) に圧迫されて前庭器官の形が変わっている解釈に基づく図が出ているが、Benson et al. (2017) Comparative analysis of vestibular ecomorphology in birds
にも鳥類各種の比較図があってウズラでも曲がっているのでこの解釈はちょっと怪しい気がする。こちらの論文の比較で載せられている中で一番大きく曲がっているのはイソシギ。系統的には近いはずのヤマシギとも形が異なる。
哺乳類では Grunstra et al. (2024) Convergent evolution in Afrotheria and non-afrotherians demonstrates high evolvability of the mammalian inner ear
が前庭器官の形は哺乳類の方が多様性があり、選択圧による適応進化の結果と導いているがどうだろうか。
コンドル、旧世界ハゲワシ類が想像以上に大きな脳を持っていることは、van Overveld et al. (2022) Vultures as an overlooked model in cognitive ecology
でも注目されていて、これらのグループの採食様式には知能が必要で、集団知能などが要求されるなどの可能性も検討されている。新世界・旧世界ともにハゲワシ類の知的な行動 (道具使用やさまざまな逸話なども記述されている) や認知機能をもっとよく知る必要があることが述べられている
(これらは #クロハゲワシの備考に紹介)。
鳥類各グループごとの脳のサイズの図も出ているのでご覧いただきたい。
Ellison et al. (2015) Testing problem solving in turkey vultures (Cathartes aura) using the string-pulling test
がヒメコンドルを使い、紐を引き上げて食物を得る課題を実験している。6羽のうち2羽は見ただけで解いた、1羽は他の鳥の行動を見て問題を解いたとのこと。紐を引く時はカラスやオウムは足で押さえるが、ヒメコンドルでは生態的に足を使うのは得意でないらしく、舌を上手に使っておそらくそのうに紐を格納し、カラスやオウムと異なる問題解決を行ったとのこと。
モモアカノスリの実験もある: Colbert-White et al. (2013)
String-pulling behaviour in a Harris’s Hawk Parabuteo unicinctus
こちらは1羽だけの実験だが新しいものに興味を示し、攻撃的な態度もとったとのこと。複数回の試行でオウムやカラスのように餌の獲得に成功したとのこと。
なお Lamarre and Wilson (2021) Waterbird solves the string-pull test
オビハシカモメ (クロワカモメ) が水鳥で初の同様の実験 (水平の紐を引く) の成功例を紹介している。ワシカモメで過去に実験されたことがあったが問題解決には至らなかったとのこと。水鳥は認知能力が低いと考えられ、実験もあまり行われて来なかった。
この文献には過去の他種の実験も紹介されているので参考になるだろう。ワタリガラスでも成功率は思ったより低い (26%)。バルバドスアカウソ Loxigilla barbadensis Barbados Bullfinch の問題解説率が意外に高く (43%)、42 羽のうち2羽は1回の試行で成功したという。
Brainy Birds Know How to Reel in Food With String (解説とバルバドスアカウソの動画あり)。
コクロムクドリモドキ Quiscalus lugubris Carib Grackle 31 羽のうち1羽も1回の試行で成功したとのこと。オビハシカモメでは1回での成功率が 21% と成功率の高い種に匹敵するという。
ただしオビハシカモメでは成功の再現性が高くなく、同じ設定で成功しない個体も多いとのこと。再現性が高い個体は理解して行っているのか、低い個体は偶然引いただけなのかはさらに検討が必要とのこと。
問題解決のできたヒメコンドルでは学習効果も現れ、レベルはもう少し高そうな記述になっている。
Garcia-Pelegrin (2025) Causal affordances shape Hornbills' problem-solving strategies (preprint)
キタカササギサイチョウ Anthracoceros albirostris Oriental Pied Hornbill では紐を引き上げる実験の成功率が高く、短時間で洞察で解いているらしい。足の構造が紐を押さえるのに向いておらず、嘴と舌を使って実現したとのこと (ヒメコンドルの例に似ている)。
過去に調べられていなかった分類群でも問題解決の能力が高いことを示す。
サイチョウ類と同じ目ではないが同じ Eucavitaves に属するオオオニハシ Ramphastos toco Toco Toucan の認知能力の高さが北條 (2023) Birder 37(4): 46-47 で紹介されている。
このように見ると Telluraves のすべての系統で認知能力を進化させた種類があるらしいことがわかる。
コンドル、旧世界ハゲワシ類の知能はもしかすると飼育者の方がよく知っているかも知れない。「猛禽類の医・食・住」(パンク町田 どうぶつ出版 2003) pp. 130-131 によればコンドル、旧世界ハゲワシ類は少し距離感のある犬のように慣れるという。犬は家畜化のために選抜されたものであることを考えると野生種がそこまで慣れるのはかなり驚異的ではないだろうか。
過度な擬人化に注意とのことで、一緒に風呂に入る (鳥と風呂に入ることはまったく想像もしなかった!)、撫ですぎる、寝る時に布団をかけるなどは鳥に負担をかけることになると忠告されている。人の子でも犬でもない。ここまで擬人化可能な鳥のよう。鳥かごでなく外で布団をかけるのは自分もインコでやったことがあるが (笑)、期待に応えるためか? 寝たような姿は見せてもそのまま寝ないので大丈夫だった。
またビスケットやどら焼きのような甘いものを大量に与えるのはよくないとのこと。そんなものを喜んで食べるとは甘い物好きなのか。#メジロ備考の [鳥類の味覚] に肉食の鳥 (ハヤブサ類やフクロウ類も) も一般的に甘い液体を受け入れる (Niknafs et al. 2023) とあるように、肉食の鳥は案外甘さに感度があってハチクマが甘い物好きに進化しても特別驚きではないかも知れない。
肉も好き、甘い物も好き、というわけだが...これはファーストフードで好まれる味付けそのものでは (?)。味覚は案外我々の好みに近いのかも。
ペットの猛禽類が好むからと甘い物を大量に与えているときっとメタボリックシンドロームなどを引き起こすのだろう...おそらく報告されている症例の一部は該当するのでは。
ニワトリの甘みへの感度が低かったことや、キジ目の鳥で植物毒への味覚の方がより重要だろうことに伴う鳥類全体への過小評価、味覚は我々のものを基準に考えがちで鳥には甘み知覚がないと考えられがちだったが、鳥では {旨味から甘み} が混ざった形で快く感じていて甘い方に好み (感度) をシフトさせる選択圧は簡単に働くのかも知れない。
こんな映像があった (インドネシア): caring for eagles from chicks until they fly into the wild (LINTANG TV9)
種類が書かれていないがウオクイワシ (?) 鳥と風呂に入るとはこのようなことを指すのかと納得 (一緒に水浴びしている)。抱き合っても大丈夫のよう。一緒に寝そべったりしている。若いうちはかかとまでつけて歩いているなど行動面も面白い。
かつて見つけたイヌワシの実験映像を発掘した: Gifts of an Eagle - Testing Lady's Intelligence (Durden Films 2012)。
改めてこの映像を見ると結構成功しているようだが (4分で解いたとのこと。初見で解いたならば結構優秀かも) 完全に引っ張ればよいことまではすぐに洞察できていない印象を受ける。このような行動が想定されていない動物で驚くべきだとのこと。
後半の方の実験はどの容器に隠した肉かを1時間後に覚えているかを調べたもの。どれかはすぐわかったようだが容器をひっくり返すのはあまり得意でないようで少し手間取っている。
しかし何と言っても 50 年前 (!) の実験。当時のアメリカ車もいかにも時代物。
"Gifts of an Eagle" Kent Durden 著作 (1972)。Gifts of an Eagle (ウエブサイト)。訳本「ワシと人間の季節」(ケント・ダーデン著 ; 佐藤高子訳 日本リーダーズダイジェスト社編集部 講談社 1981)。昔はよく置かれていた懐かしい本。
鳥類の目レベルの脳のサイズの違いでは、Sayol et al. (2017) Environmental variation and the evolution of large brains in birds
の fig. 4 が最もわかりやすいかも知れない (論文の趣旨とは無関係に見ているが)。系統順序は我々の見慣れているものと違うが目名とシルエットが描かれているので見やすいと思う。
ちなみにこの円形系統樹は3時の方向から半時計回りに系統が進み、1周して3時の方向で終わる。
黒い線で表されている長さが相対的な脳の発達程度を表す。
やはり近代的な陸鳥が生まれたところで格段の飛躍がある。
タカ目 (一般の配列順でなく後の順序になっている) とハヤブサ目は分けてあるが、ハヤブサ目がチドリ目、ネズミドリ目の後に並ぶ配置になっていて若干わかりにくい。その次に並ぶオウム目は高い種類があるが平均的にはハヤブサ目の間に著明な段差が生まれていないのは興味深い。
スズメ目になってもカラス類以外はそれほど脳が大きくないものが大半らしいことがわかる (カラス類以外にも少しピークがあるがシルエットが描かれていないので何かはすぐにわからない)。スズメ目は音声学習を行うように脳の能力が高そうに思えるが、全体としてはそれほど脳を発達させたグループでないことがわかる。
タカ目とフクロウ目の比較ではフクロウ目の方が少し高いが科内のばらつきも見るとタカ目も十分高い。フクロウ類と共通祖先があるキツツキ目、ブッポウソウ目などでむしろ小さいのが面白い。
Marugan-Lobon et al. (2021) の述べるように、猛禽3系統 + オウム目 + カラス類 が脳を特に進化させたグループと捉えておおよそ間違っていないように思える。つまりカラス類とスズメ目の他の種を比較してカラス類のみが鳥類の中で特別とするのはカラス類の過大評価につながる恐れがある。
猛禽類の中でカラス類やオウム目に相当する行動を見出しても神経科学的には驚くに値しないであろう。知的な行動記録があればぜひ残して発表していただきたい。
爪を隠すことはできないが「能ある鷹」は本当だった (*1)。
鳥類全体では脳が相対的に大きいほど種分化速度が大きい傾向があるという。Sayol et al. (2019) Larger brains spur species diversification in birds
モデル計算によれば、脳が相対的に大きいほど絶滅確率が下がる効果よりも種分化速度そのものが早まる効果の方が効いているらしいとのこと。
Eliason et al. (2021) Accelerated Brain Shape Evolution Is Associated with Rapid Diversification in an Avian Radiation もカワセミ類を研究して脳が相対的に大きいほど新しいニッチの開拓能力が高い仮説を提唱。
Sayol et al. (2017) の論文で用いられている系統樹の系統順では ネズミドリ目、{ハヤブサ目 + オウム目 + スズメ目} 系統、{フクロウ目 + キツツキ目 + ブッポウソウ目など} 系統 [この系統が2つに分かれるために Prum et al. (2015) とは違ってフクロウ目の方が後になる]、タカ目 となっていて、何とタカ目が一番最後に出てくる (#ミサゴの備考 [近代的な陸鳥の進化] も参照)。
昔の図鑑でハヤブサ類も含んだワシタカ目がカモ類の次で、比較的原始的なタイプの鳥と考えられていたのは大違いである (ちなみにロシアの図鑑では今でもその順序になっている)。
系統樹は Bird Tree project [Jetz et al. (2012) The global diversity of birds in space and time; 2014 年に改訂 cf. Jetz et al. (2014)
Global Distribution and Conservation of Evolutionary Distinctness in Birds] を用いてこの論文で調べた種をもとに作成されたもの。ベースとなる系統樹は Ericson または Hackett (#ミサゴの備考 [オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] にあるそれぞれの文献) に準拠した約 10000 種を含むものとなっている (*2)。
著者 (監督?) にはバードウォッチングも鳥の脳も大好きな神経生理学者 Iwaniuk が入っているので神経生理学者の目からみても不自然なところのない系統ということだろう。
系統樹の解釈の方法次第だろうが、タカファンにとっては大喜びの系統順となっている - というのは一般的には図鑑などの並び順はより進化した (より後に分岐した) ものが後に出てくるため。スズメ目グループが最後にならないと印象がまったく異なる。昔はカラス類が最後になっていたのも、スズメ目内の系統もよくわからなかったので最も進化したものと見られていたのだろう。
タカ目を最後にする図鑑をもし作ったとすれば、何と日本のノスリが光栄にも世界の鳥のリストの最後を飾ることすら考えられる (#ノスリの備考参照)。
必ずしも IOC などの標準分類順準拠でなくタカファン向けにこんな図鑑があってもよいかも知れない。オーダーメイド図鑑もオンデマンド出版ならばできるかも知れない [文一あたりがマニア心をくすぐる図鑑として作ってくれないだろうか (笑)]。
ハヤブサ目を最後にしたくてもその場合はスズメ目が最後になるので夢は叶わない。フクロウ目はこの図を見ると最後に置くこともできるようである。猛禽類の中ではタカ (あるいはフクロウも?) ファンのみが見られる夢の図鑑である。
系統順序の解釈のわずかな違いによるものだが、スズメ目グループが最後になる分類や系統樹を見慣れ過ぎて先入観にもつながっているかも知れないので、そうでないものも見ておくとよいだろう。この順序は現在でも研究者の間で意見が一致しているわけではないので違ったものがあっても別に悪くない。
この研究でも用いられたデータをダウンロードできて個々の種の値を見ることができる。Liu et al. (2023) Evolution of Avian Eye Size Is Associated with Habitat Openness, Food Type and Brain Size
(#イヌワシの備考 [鳥類の眼球と脳サイズのデータ] の項目参照) と種の構成は違っているが日本周辺のデータがない点は共通している。ミサゴは Sayol et al. (2017) には入っている。
スズメ目でも Turdus 属のツグミ類に比べて Muscicapa 属のヒタキ類や Phylloscopus 属のムシクイ類は脳が小さいことがわかる (いずれも日本周辺の種ではないので注意は必要だが)。
Kaplan (2020) Play behaviour, not tool using, relates to brain mass in a sample of birds
はオーストラリアの種のみだが行動と脳の大きさの関連を調べたもの。社会的な「遊び」を行うこととの脳の大きさに相関があるが、道具使用とはそれほど関係なかったとのこと。
一般向け解説 Birds that play with others have the biggest brains - and the same may go for humans
(Kaplan, The Conversation 2021)。この記事によるとトビの道具使用は火のついた枝を運ぶ行為が挙げられている (#トビの備考 [火を使う猛禽類、森林火災、気候変動] 参照)。
気になるところでタカ類の情報を見てみると、遊びを行う種類にトビ、行わない種類にハイイロオオタカ、オナガイヌワシ、道具を使う種類にトビ、オナガイヌワシ、(カンムリ)ミサゴ、使わない種類にハイイロオオタカ (ただし Tachyspiza 属) を挙げている。行動が目撃や記録されたかどうか次第のような気もするが、広義ハイタカ属は確かにあまりこのような行動は行わないかも知れない。
Griesser et al. (2023) Parental provisioning drives brain size in birds
が脳のサイズと子育ての相関を調べていて、早成性 (半早成性を含む) ではクラッチサイズが大きくなるほど相対的な脳のサイズが小さくなる傾向があるが、晩成性 (半晩成性を含む) では逆の傾向があるが弱い。晩成性では餌運びの頻度が高いほど脳のサイズが大きい傾向があるとのこと。
表示されている系統樹 (ただし用いられたツールの関係で最新のものではなくヨタカ類がフクロウの隣になっているので見方に注意) との関係を見ながら結果を見るとなかなか面白い。ヨタカ類は半早成性とは知らなかったのだが、現代の分類で Strisores に属するもの (系統樹で別の場所に分割して現れる) は近い系統に比べて脳のサイズが明瞭に小さい。
同じ傾向がノガン類にも現れている。今では Otidimorphae としてまとめられるカッコウ類、エボシドリ類はこれまた分離して配置されているが、これらは平均的な脳のサイズ。托卵性カッコウ類は晩成性に分類せざるを得ないが子育てはしないので一緒に相関をとってしまうとちょっとまずい気もするが...。
カッコウのクラッチサイズは9が採用されている。1繁殖シーズン全体の値を用いているのかと思ったが他の種はそうではなさそう。
早成性の種類では多くの場合脳のサイズが小さいことはかなりよく現れていて、Elementaves に含まれる水鳥では系統が近い間でも傾向が顕著に出ている (カモ類はもっと古い系統でいずれも低い)。
晩成性が最初に現れたハト類は晩成性にもかかわらず脳のサイズが小さい。
このように見ると近代的な陸鳥のグループの Telluraves で脳のサイズが増加したのは、Telluraves の祖先系統が捕食者で (あったとすれば) 子育てに手間がかかり脳の進化が必然の結果だったのかも知れない。そこで獲得した能力がその後のオウム類やカラス類に引き継がれているのかも (ほんとうか?)。
面白いことに Telluraves の系統でも (猛禽類以外の) 樹洞営巣系統となった Cavitaves (ブッポウソウ類の系統) やスズメ目のカラス類 (カラス小目 Corvida に含まれる) 以降の系統には脳を発達させた系統が特にない。音声学習は脳をそれほど要求しないのか。
キツツキ類は衝撃の関係で脳が相対的に小さい方が有利かと思ったが Cavitaves 全体が脳を発達させていないので適応よりは系統を反映しているのかも。しかし飛び込むカワセミ類がこの系統から進化したことも関係があるかも (#カワセミ備考の [飛び込むカワセミ類の収斂進化] 参照)。脳の大きいグループではキツツキ類やカワセミ類のような系統は進化しにくかったのかも。
スズメ目でもカラス小目以前の早めの系統では散発的に脳のサイズが大きいグループがあるが後半の系統には見られない。古めの系統でも脳力があるものが選択的に生き残った (?)。もっとも後半の系統には新世界で適応放散したホオジロ類が含まれるので既存の競争相手があまりなかったためかも知れない。
似た傾向はタカ類でも少し感じられる。早めの系統と最後のノスリ系統が比較的高めだが途中のグループ (海ワシなど) がそれほど高くない。
オウム類も系統が進むと脳のサイズが小さくなる傾向がある。Telluraves 以前では見られない傾向なので何か意味があるのだろうか。後の系統ほど脳が進化しているのはカラス小目だけのよう。
脳のサイズのデータが公開され、系統関係もわかるようになってくるといろいろな性質と脳のサイズの相関関係の研究がたくさん出るようになっている。あくまで相関なので因果関係があるかは自明でない。
Chen et al. (2021) Large brain size is associated with low extra‐pair paternity across bird species 脳の大きい鳥ほどつがい外交尾率が低い。このグループはこの路線で考えているよう。
Hooper et al. (2022) Problems with using comparative analyses of avian brain size to test hypotheses of cognitive evolution これらの脳のサイズとの相関を調べる最近流行の手法に問題点を指摘している論文も多い。
Smeele (2022) Using relative brain size as predictor variable: Serious pitfalls and solutions 体重比の相対的な脳重を用いて議論している研究が多いがこの選択は必ずしも自明でなく、脳重そのものを用いても議論できるはず。
皆が同じパッケージを用いて解析しているので相対的な脳重が標準的方法のように見られがちだが両方を用いて議論している研究もある。我々も結果を見る時は注意した方がよさそう。
前述の猛禽類とカラス類の脳重比較もこの点も意識した形になっている。
こちらはキジ目の脳が後の系統の鳥類より構造的に劣っているかを調べたもの: Kocourek et al. (2025) Cellular scaling rules for brains of the galliform birds (Aves, Galliformes) compared to those of songbirds and parrots: Distantly related avian lineages have starkly different neuronal cerebrotypes
同じ重量あたりのニューロン数ではキジ目の脳はオウム類やスズメ目の半分程度だったとのこと。キジ目の脳は終脳のニューロンの比率が低く小脳の比率が高い点でむしろ霊長類でない通常の哺乳類の構成に似ていること。
キジ目では同じサイズの脳でも前脳のニューロン数はオウム類やスズメ目よりずっと少なく、認知能力の制約要因となっていると考えられる。セキショクヤケイはヨーロッパシジュウカラの 50 倍の体重だが脳のニューロン数はほぼ同じとのこと。
一方で霊長類以外の哺乳類のニューロン数と同程度なのでキジ目でも多くの哺乳類に匹敵する認知能力を持っていても不思議でないとのこと。
小脳がどの程度認知に役立っているかは不明な部分が多いが medial spiriform nucleus は知的な鳥でよく発達していて小脳と外套を結んでいる。しかし最も知的なグループは終脳を発達させているので鳥類では終脳が知能に関係が深いのではとのこと。
頭脳の面では鳥類の中であまり発達していない系統が哺乳類一般に近いらしい。
オウム類では脳サイズと寿命の相関が調べられている (動物園個体が多いのでデータが十分ある): Smeele et al. (2022) Coevolution of relative brain size and life expectancy in parrots
cognitive buffer hypothesis (脳の予備力が大きいほど環境変化に適応できて長命である)、expensive brain hypothesis (発達期間が長いほど脳も大きくなり長命である) の仮説がよく知られている。この研究からは前者の仮説の方が結果をよく説明できるとのこと。
哺乳類、特に霊長類では後者の仮説を支持する結果が出されているが、鳥類では父親やヘルパーも育児に参加する種類が多く発達期間を短縮できる効果があるのではとの解釈もあるとのこと。ここではオウム類がほぼ洞営巣性で、捕食に対して open-cup nesters (おわん型の巣を造る鳥) より安全であるため巣立ちまでの期間を短縮する必要が小さくて済むなどの要因も考察されている (洞営巣性ならではの捕食危険性もあるような気もするが...。詳しくは引用文献参照)。
この分野は鳥類の方がよく調べられているようで Kilili et al. (2025) Maximum lifespan and brain size in mammals are associated with gene family size expansion related to immune system functions の研究が最近出た。哺乳類では免疫関連遺伝子族の拡大と寿命や脳サイズの関連がある。
鳥類では免疫関連遺伝子を減らす傾向があるのでもしかすると相関が逆になるかも?
長い寄り道をしたがハチクマの目の話に戻ると、ハチクマをごく近く (動物園個体) で観察すると瞳孔が目の中央でなく前方に寄っていることがわかる。これは眼球が他のタカ類よりも側面に付いているが (斜め) 前方視野を重視していることを意味すると思われ、眼球の位置の違いを瞳孔の方向の違い (眼軸の方向) で補っている部分があるのだろう。
ハチクマの眼球を野外でこれほど詳しく観察することは難しいと思われるが、サギ類でも同様の瞳孔の配置を観察することができるので注意して見ていただきたい。サギ類でも採食手法への適応から頭部が尖った形状になっていると考えられるので、正確な捕食に欠かせない前方視のために瞳孔の方向の違い (眼軸の方向) で補っているのだろう。
瞳孔のよく見える他のタカ類でも同様の非対称性が見られることがある。
ハチクマが歩く時もハトに似た印象を受けるがハトのように首は振らず、視線の向きが違うのだろう。
Murphy et al. (1995) Raptors lack lower-field myopia
という研究もあって、ニワトリ、ハト、ウズラなどは他のことを行いながら近くの地面に焦点を合わせる (近視になる) ことができるが、ここで調べられた猛禽類 (メンフクロウ、アレチノスリ、アメリカチョウゲンボウ) はでは地面に焦点を合わせる目の調節は見られなかったとのこと。地上で食物を探す種類に発達している能力ではないかとのこと。
Gutierrez-Ibanez et al. (2012) Functional Implications of Species Differences in the Size and Morphology of the Isthmo Optic Nucleus (ION) in Birds によれば脳の isthmo-optic nucleus (ION) の発達している鳥がこの能力を持つことを示唆している。従来は他の機能が考えられていた。
ハト類、キジ類、嘴で探索を行わないシギ類、クイナ類、キツツキ類など系統的にあまり関係のない種類で発達し、スズメ目でも多様性があるが発達している。ペリカンや海鳥ではまったく見られない。猛禽類でも昼行性・夜行性とも発達していないがおそらくこれらの鳥は主に遠くを見ているのでは。
我々が身近に歩いているのを見るのは前半の種類が多く、ハト類やキジ類でこの核が特によく発達しているため鳥は首を振って歩く印象を受けがちなのかも知れない。
Wylie et al. (2015) Integrating brain, behavior, and phylogeny to understand the evolution of sensory systems in birds にもこの仮説も含めたレビューがある。なお Wulst の大きさは両眼視、おそらく立体視と相関がある多くの証拠があるとのこと
[Iwaniuk and Wylie (2006) The evolution of stereopsis and the Wulst in caprimulgiform birds: a comparative analysis だがフクロウ類とヨタカ類に類縁関係がある古い系統樹に基づいている]。ION ほどは関連がすっきりしない感じ。
ホシムクドリは両目でヒトのように左右完全に揃ったものではないが yoked saccades と呼ばれる左右が同時に動くが振幅の異なる眼球運動で地上で食物探しなどを行うとのこと: Tyrrell et al. (2015) Oculomotor strategy of an avian ground forager: tilted and weakly yoked eye saccades。
南北アメリカのオナガクロムクドリモドキ Quiscalus mexicanus Great-tailed Grackle は両目を別々に動かすことができるとのこと: Yorzinski (2021) Great-tailed grackles can independently direct their eyes toward different targets。
Lapsansky et al. (2025) Hummingbirds use compensatory eye movements to stabilize both rotational and translational visual motion ハチドリでは左右の目が独立に動いて飛行中の体の動き (後ろ向きにも飛ぶので) による視線の変化を補償しているとのこと。鳥類で初めて見つかった。両眼の神経的なつながりが少ないことで可能になっている。
種類によって眼球運動は異なった適応を示しているよう。
ハチクマでは詳しくは調べられていないが、近くの地面に焦点を合わせる能力の有無が首を振って歩くかどうかを決めているかも知れない。
関連した観察と考察を #アオバト備考の [アオバトは歩く時首を振らない?] に追記した。
フクロウ類では正面視の視力がそれほど良くなく、タカ類に比べて近くへの調節能力が弱いが、これは獲物を丸のみする性質に関係していると言われる (#イヌワシの備考参照)。
タカ類は獲物を解体するために近くに焦点を合わせる能力が高いと言われるが、ハチクマもハチの幼虫を取り出すなど細かい作業を行うためおそらく前方では近くに焦点を合わせる能力が同様に高いのではないかと考えている。鳥類の正面視や立体視や捕食性鳥類でどのように役立っているかについてはまだわかっていないことも多く、研究が望まれる分野であろう。
Wylie et al. (2015) のレビューでは principal sensory nucleus of the trigeminal nerve (PrV) 三叉神経の感覚に関係する核が嘴で探索を行うシギ類、水鳥 (特にろ過して食物を得るカモ類など)、オウム、キーウイなどでよく発達しており、嘴の感覚が鋭敏であることとよく対応している。
この関係をみるとタカ、フクロウ、サギのいずれも嘴の感覚が最も発達しておらず、感覚器よりも獲物を捕らえたり調理する道具として用いていることがよくわかる。獲物を突き刺しても嘴は痛くないのだろう。
オウムと猛禽類は嘴の形が似ているが感覚的にはおそらくまったく違うようで、オウムの嘴の感覚が猛禽類にも当てはまると考えてはいけない模様。嘴のろ過機能と感覚が関連しているのは面白い。
PrV の出典は Gutierrez-Ibanez et al. (2009) The independent evolution of the enlargement of the principal sensory nucleus of the trigeminal nerve in three different groups of birds。
この核のサイズを見れば採食に触覚をどの程度用いているか推定できる模様で、直感的にもわかりやすい結果になっている。
備考:
*1: 余談ついでに「能ある鷹...」は英語では何と言うのか調べてみた: 「能ある鷹は爪を隠す」を英語で言うと?。英語では鷹が出てこないが類似のものがある。日本語で鷹が出てくるのはそれだけ身近な存在だったのだろう。
*2: この系統樹作成には BEAST 2 の TreeAnnotator が用いられている。
系統解析にはさまざまな方法が用いられてきたが、松井 (2021) 分子系統解析の最前線 の日本語レビューがあり BEAST の位置づけや系統樹作成の本質的な困難さもわかる。このソフトもオープンソース。マルコフ連鎖モンテカルロ法 (MCMC) を用いた系統樹のベイズ推定を行う。
可能な系統樹は多数存在するが (系統樹空間) MCMC を用いてその空間を探索して複数の系統樹形態とその事後確率を求める。過去の日本語資料でよく紹介されていた単一解を求める近隣結合法、最大節約法に比べるとかなり現代的な方法である。
Bird Tree を用いて鳥類の形質の比較研究を行う方法について Rubolin et al. (2016) Using the BirdTree.org website to obtain robust phylogenies for avian comparative studies: A primer
に解説がある。
BirdTree では Ericson et al. (2006) および Hackett et al. (2008) の2種類の系統樹をベースにしているがこの2つは β-フィブリノゲンの遺伝情報を含むかどうかの違いだけであり、この遺伝子が系統解析が適切かどうかは議論があったとのこと。ちなみに Ericson et al. (2006) は近代的な陸鳥の大きな系統の間には系統順を付けていない。
タカ目とハヤブサ目が別系統になっている点は両者に共通している。
BirdTree では他の系統情報や制約も含めて BEAST で MCMC を用いた 10000 種類の系統樹を予め作成してあり、その中からランダムにダウンロードできるサービスになっている。
Sayol et al. (2017), Liu et al. (2023) では調べた種に対してこの方法で得た系統樹セットから事後確率の高いものを BEAST (2) に探させたものだろう。タカ目が最後になるのは BirdTree の出力する系統樹の傾向や BEAST による選択や作図の際の配列順の特徴が現れているかも知れない。
また限られた種だけで系統樹を作ることによるバイアスなども考えられるが、ここではタカ目が最後になっても構わない方が夢があるので (?) これを前提としておく。
[ハチクマ類の道具使用]
ハチクマ類の系統にクロムネトビがあり、石を使って卵を割る道具使用が知られている数少ない猛禽類である。
これはオーストラリアの種類で、石を使って卵を割るショーが動物園などでよく紹介されている。例えば Black-breasted Buzzard opening an "Emu Egg" (タカ類には芸を教えられない話とやや合わない。#ベニマシコの備考参照)。
Pepper-Edwards and Notley (1991) Observations of a Captive Black-Breasted Buzzard Hamirostra melanosternon Using Stones to Break Open Eggs
が飼育下での初めての記録を紹介。この行動は John Gould (1865) がすでに注目しており、エジプトハゲワシの同様の行動より先に知られていたとのこと (「世界の鳥 行動の秘密」バートン 1985)。
エジプトハゲワシの方は van Lawick-Goodalls and van Lawick-Goodalls (1966) Use of Tools by the Egyptian Vulture, Neophron percnopterus とさすがに Nature 論文。
Goodall (1964) Tool-Using and Aimed Throwing in a Community of Free-Living Chimpanzees でチンパンジーが "狙って石を投げる" 行動が Nature 論文として発表された直後で衝撃の発表だった模様。
チンパンジーは今では accumulative stone throwing と形容詞を付けて記述されているが、二足歩行では不十分なので直立二足歩行と呼んでいるようなものか。最初の論文の表題と比べるといかにも後付けだが、ヒトに最も近い霊長類が行い、ヒトの行動の起源かと Nature で大々的に発表するほどの高度な行動を鳥にそんなに簡単にやってもらっては困るわけだ (笑)。この当時の活気や困惑を多少なりとも体感できる気がする。
道具使用の例が哺乳類より増えてしまってどこまでを道具使用とみなすか困るようになった次第。そして定義が厳格化されて行くことになる。"準" 道具使用を含めるとやはり鳥が多い。「世界の鳥 行動の秘密」p. 57 では道具使用の定義は難しい。定義次第では巣造りも道具使用になり得るがさすがに納得する人はいないだろうとのことだが、縫い上げて巣を造る鳥は果たして道具使用なのかと問うと境界が怪しくなってくる。
この本では転位行動 (転嫁行動) が石を投げる道具使用の起源ではないかとも記している。転嫁行動でやけくそに投げたらたまたま当たって、という理屈だがどうだろうか。
なおエジプトハゲワシの上前をはねる鳥もあってチャエリガラス Corvus ruficollis Brown-necked Raven は放棄されたダチョウの卵があると待機してエジプトハゲワシが卵を割るのを待ち、卵が割れると集団でエジプトハゲワシを追い払うとのこと:
Yosef et al. (2011) Set a thief to catch a thief: brown-necked raven (Corvus ruficollis) cooperatively kleptoparasitize Egyptian vulture (Neophron percnopterus)。
道具を使う鳥を道具として使う (?) 知恵もの同士の比べ合い (?)。卵はなかなか手に入らずそれほど栄養価が高い。
その後も次々と鳥の道具使用が見つかる。ほぼリアルタイムで話題を追っていたが、道具を作る鳥も見つかって霊長類学者も驚き、それでは道具を "選ぶ" とか "保持する" とかだんだん要求条件が複雑になって行ったのを覚えている。チンパンジーにできて鳥にはできないことがあるかをわざわざ探す必要があるぐらい鳥の道具使用はチンパンジーに似ていたわけだ。
自分もオオルリ (小枝?) をくわえて地面をつついているのを見たことがあって (おそらく渡り中の個体で冷え込んだ朝のこと) が棒のようなもの、どこかで見たヨーロッパのクロウタドリ (だったと思う) の道具使用の写真に似ていたのだが、クロウタドリ? の出典が見つけられなくなってしまった。
オオルリは双眼鏡で見ただけで映像記録が残っていないので証拠にはならないが、 転位行動 (転嫁行動) の可能性はあるかも知れない。しかし木の枝を普段使う種類ではないので何だったのだろうか。この程度のことは想像以上に多くの種類が行っているのかも知れない。
エジプトハゲワシは現生種ではハチクマと同じ亜科か別のより古い亜科というもので、ハチクマ類の議論に含めてよいだろう。
エジプトハゲワシの行動の記述の歴史については Baxter et al. (1968) A Nineteenth Century Reference to the Use of Tools by the Egyptian Vulture に詳しく、Wood (1877) にすでにそれを示唆する記述があるとのこと (記述はここに引用されている)。ここではヒゲワシが物を持ち上げて落として割ることからの類推がある。
この文献によれば Chistholm (1954) The use by birds of "tools" or "instruments" でクロムネトビの石投げ行動 (アボリジニおよびヨーロッパ人の目撃者がある) が記述されているとのこと。同文献にはオナガイヌワシが空中で枝やウサギを落として着地前に捉える行動も記されており、遊びと解釈された (アボリジニは枝遊びと呼んでいたとのことで、トビも同じ行動をするとのこと)。
「動物の世界」2版 5 (日本メール・オーダー 1986) pp. 642-644 のエミューの項目 (浦本・安部) にも解説があり、当時の名称でムナグロノスリ (英名をそのまま訳したもの = クロムネトビ。オーストラリアにはノスリ類が生息せず、トビの方が系統が近いと考えられて新称が与えられたのだろうがこちらの系統解釈も誤りだった。同じ項目内で現在のオナガイヌワシをクサビオワシと表記しており、こちらも英名をそのまま翻訳したもの)
は抱卵中のエミューのオスを巣から追い出して上空から石を落として卵を割って食べるという伝聞が紹介されていた。当時はおそらくまだ伝聞時代で後に行動が飼育下でも確認された次第だろう。
しかしエミューを追い出すとはなかなかすごい能力なのでは。
クロムネトビはハチクマ亜科にしてはかなり黒っぽい印象を受けるが、もしかするとひなを襲うオナガイヌワシのような暗色の捕食者に対するものと似た反応を引き起こすのかも。過去に襲われた経験があれば似た色の上空からの捕食者から予防的に逃げる可能性が考えられる。
オーストラリアは進出しなかった (できなかった) 猛禽類の系統が多いので (#アカハラダカ備考の [オーストラリアのタカ類] 参照)、後に現れた猛禽類の系統との競争の結果でハチクマ亜科の中では限られたクロムネトビのような種類のみが残ったものとは考えにくい。道具使用 (認知能力?) などの面ではタカ類の中でハチクマ亜科はそもそも優秀なのでは。
ヨーロッパハチクマで道具使用と思われる行動が報告されているが [Camacho and Potti (2018) Non-foraging tool use in European Honey-buzzards: An experimental test] 行動の解釈は定かでない。
ハチクマはタカ類の中では足を器用に使う種類である [Gutierrez-Ibanez et al. (2023) Online repositories of photographs and videos provide insights into the evolution of skilled hindlimb movements in birds]。
ハチクマに系統的に近いカッコウハヤブサ類も足を器用に使うことが知られており、タカ類中で食物を足で嘴に運ぶことのできる数少ないグループである。
永井 (2023) Birder 37(4): 61 にハチクマが足で持った食物にかじりついている写真が掲載されているが、タカ類でこのような行動のできる種類はごく少ない。
ビデオ映像や動物園等でのハチクマの観察でも、つい足が (まるで手のように) 出てしまうことがしばしば見られる。嘴だけでうまく食べられない場合に手助けをしたり、動物園では隣のケージを覗く際に足でケージをつかんで体を乗り出したり、帰ろうとすると近くのとまり木から片足でケージをつかんだりすることがあった。これらの行動はオウム類を思わせるものがある。
ハチクマ類の系統に道具使用を行う種類がある点からも行動にもっと注意を払って記録すべきであろう。
そういえば思い出したのだが、動物園のハチクマが訪問2回めにして愛着を示すような行動を示したのはケージの前で食べた時だった。この時に声を出した。
後日「つられ食い」(前で人が食べるのを見てお腹が空いたのか自分も食べ物を探した。こちらは与えるわけにはいかないので...) を観察したので人が食事することが自分と同じであることを理解していると思われる。
まったく違うものを食べているのに食べていることがわかっていると驚かれた話は手乗りのインコ類で聞いた。食べると自分も欲しがったとのこと (似た光景は自分も記憶があるが当時は特別なことと意識していなかった)。
他の鳥で人が食べているのを見て自分も食べたくなる例は知られているだろうか。
ここで興味深い共通点に気づいてしまった。オウム/インコ類もハチクマも足でつかんで食べるので、人の手が自分の足と同じようなものと認識しているのではないだろうか。自分と似たようなものと認識してくれているならちょっと嬉しい。
この解釈が正しければ猛禽類は程度の差はあれ該当しそうな気がするので、トビも人が食べていることを認識した上で食物を狙うのかも。
ここでついでに触れておくと「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) p. 56 にヘビクイワシが草の束を放り投げてその後空中に飛び上がる写真が紹介されている。Gutierrez-Ibanez et al. (2023) に関係して議論した時は証拠を思い出せなくて (写真があったのは覚えていた)、まさかあの足では掴めないだろうとの話だったが掴んで投げることができる模様。
この本ではこれも遊びではないかと紹介している。遊びは通常幼鳥に見られるとあるがこの個体は成鳥のよう。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 114 pp. 6-7 にも3枚組の同じ写真が紹介されており、クレジットは J. Burton となっているので出典は上記と同じよう。同様の写真がその後あまり発表されていないことからみて、まれにしか見られない行動なのだろう。
#ミサゴの備考の [猛禽類の分類など] で取り上げた鳥類の足の使い方について、Carril et al. (2024) Evolution of avian foot morphology through anatomical network analysis を引きながら鳥の足は基本的に十分な機能があって上位の神経による制御系 (つまり主にソフトウエア) の進化だけでいろいろな役割を果たせたのかも知れないと書いた。
改めて考えてみるとハチクマの足は非常に多機能ではないだろうか。獲物を殺す、掘る、地上の物を蹴る、裏返す、空中のハチの巣を崩す、押える、掴む、食事の手助けをする、ぶら下がる役割をすべて果たしている。これほど多機能な足の使い手の鳥を簡単に思いつかない。
[カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] に紹介するように第 II 趾の骨の構造にも特色がある。器用な足のためには#トビの [トビなどの第 II 趾の骨の癒合] のように第 II 趾の骨を癒合させるのは自由度が下がって不都合だったのかも知れない。
そのような視点で見ればカンムリカッコウハヤブサ類とハチクマ類の共通祖先の段階で器用な足が獲得されていたのだろうか。
もし我々がこの系統から進化していたならば、進化の歴史を振り返り、祖先の横向きの足が直立に近くなって自由度が上がり、器用な足を手に入れてそれに伴って頭脳が進化した、とか説明していたかも知れない...どこかで聞いたような説明だが。
[音声]
ハチクマの声としてよく知られるものは、ピーエーとノスリの声に少し似たもので、英語では whistling call とも呼ばれる。警戒の際や離れた他個体との鳴き交わしなどさまざまな場面で使われる。警戒の際の声と考え alarm call とされることもあるが、基本的には同じ声である。
野鳥録音をしている人はご存じだろうが、(少なくとも日本では) ハチクマの声の録音は意外に難しい。西日本では数が少ないこともあるが、もともとそれほど頻繁に鳴く種類ではないことや声をよく聞く時期がセミの最盛期に当たるのでなかなかチャンスがない。「野鳥大鑑」鳴き声 420 でも繁殖地での録音ではなく渡り前の集結期のものになっている。
東日本で数の多い地域ではまた事情が違うだろうが、普通に出会える夏鳥の声は一通り録音できてもハチクマは最後の方になってしまった。ハチクマの前の「声のライフリスト」(録音版) を挙げてみるとセグロカッコウ、オオコノハズク、ブッポウソウ、ヤイロチョウ、マキノセンニュウ (いずれも地元記録) などの方が先になっている
(夏鳥の記録をされている方ならばこのリストはふむふむと納得いただけるだろう。もちろん標準的な夏鳥はずっと早く録音できている。ヤイロチョウももっと早くから持っているがまだテープ録音の時代だったので後回しになった)。
行くべきところへ行けば記録できるウチヤマセンニュウ、コノハズク、ホシガラスなどはその後になっているがまだハチクマはまだ出てこない。姿は見られることはあってもそう鳴いてくれるわけではない。
地元でもサシバやノスリ (ここでは多分繁殖していない) の声は複数回記録できているがハチクマはまだ記録したことがない。
セミの声が背景になる録音も PCM で記録して高音域を取り除けば使えるが倍音情報がわからなくなるのでできれば静かな背景で録音したいもの。
皆様もハチクマの声に注意してみていただきたい。渡りの時に明らかに鳴きあっていると見える映像は記録したことがあるが声は聞こえなかった。
セミの声が背景でもビデオで音声も一緒に入っているので大丈夫、と思っていたら音声情報は圧縮の結果ほとんど失われている場合もあるので要注意 (#ヒクイナの備考参照)。ハチクマはまさにこのような季節が多いのでぜひ PCM 録音をおすすめしたい。
近傍個体などに対してはこの声を弱めたり「鼻にこもった」ような音質に変えたりしてさまざまな声を出す。動物園個体で聞かれる声はこれである (おそらく餌乞いの声 begging call の一種)。
ヨーロッパハチクマのみが持つと考えられていた rattling call という別種の声がありヨーロッパハチクマの例、普通に聞くととてもタカの声とは思えない。
台湾の巣のビデオ中継やロシアの飼育個体 (リンク先にロシア文スクリプトと英訳あり) がこの声を出し、ハチクマでも rattling call が存在することが明らかになった。
Kato et al. (2023) Rattling Call of Crested Honey Buzzard Pernis ptilorhynchus (オープンアクセスとなった。電子付録に映像などへのリンクもあり)。
台湾の巣のビデオ中継では外敵 (タイワンザルの群れ) が巣に近づいた時 (1, 2) や、つがい相手が餌を持って飛んでくる時に記録されており、声の役割はヨーロッパハチクマに似ていると思われる。
「九九蜂鷹」のビデオもよく聞けばこの声が入っている (タカの声に聞こえないのでおそらく誰も気づかなかった)。
Yvonne Blake のマレーシアの留鳥の繁殖ハチクマの YouTube 映像の中にも同じ声を出しているものがある。
Crested Honey Buzzard - mummy back at previous nest and calling daddy Part 1 (2023.10.3) 巣でメスがオスを呼んでいる模様。
Crested Honey Buzzard nesting shift change Part 1 of 2 (2023.10.27) 抱卵交代の時にこの声を出すとのこと。rattling call の一部分またはその変形のような声に聞こえる。産卵は 2023.10.11 とある。
解説によれば、自宅から (うらやましい!) この声が聞こえるらしく、声がしたら交代を観察しに行っているとのこと。"I want a stretch call" 「羽を伸ばしたいから代わって」と聞きなし (?) ている。
オスにも声は遠くから聞こえていて5分以内には帰ってくるがすぐに来たことはない。
オスもいつも近くにいるわけではないので、と説明がある。同種の声に対する聴力は良いのだろう。
Crested Honey Buzzard nesting shift change Part 2 が続きで前半に少し声があるが音質は異なっている。
マレーシアの巣立った若鳥の発声記録: Crested Honey Buzzard juvenile preening (0:18 付近)。
その後マレーシアの留鳥の繁殖ハチクマでメスがこの声を出してオスを交尾に誘った事例があった。発声の様子もよく記録されている。交尾後もメスはこの声をしばらく出していた。
交尾の際のオスの声は rattling call とは異なっていた。
またマレーシアのハチクマの項目で 2025.3.27 撮影のもので、オスが食物を運んだが若鳥が見当たらず呼ぶ時もこの声を用いていた。
インドのハチクマでの記録 Santharam V 2023.12.26 (eBird)。
[韓国のハチクマの繁殖] 項目のビデオにも巣でオスが長く rattling call を続けた記録を紹介している。この例では撮影者はメスを呼ぶ声とコメントしている。
(中国のハチクマの巣での抱卵交代時の音声記録情報をここにまとめていたが、生態記録が増えてきたので別項 [中国のハチクマの繁殖生態] にまとめた)
ヨーロッパハチクマではよく知られた声で、cycle-wheel call, ticking-call などの別名があり、前者は自転車のスポークに硬いものを当てて車輪を回した時に出る音に似ているためこの名前が付いたものである。ヨーロッパ大陸のいくつかの言語で対応する意味の用語がある。ヨーロッパハチクマでは巣の外での発声も記録されており、日本でも野外で聞くことができる可能性がある。
他に Panov (1973) が長く続く "tyo-tyo-tyo-tyo-tyo-" の声を求愛の声として記録しているが、以上に述べた声のどれかに類似のものかはよくわからない (極東の鳥類5「南ウスリーの鳥類1」に和訳あり。対応する音声は先述の Gluschenko et al. (2020) にも引用されており極東の鳥類42で和訳を読むことができる)。
Oriental Honey Buzzard Raiding A Beehive For Food!
では最近の映像だがインドでの食事風景が詳しく捉えられている。餌をめぐって争ったりしないようで行儀よく順番を待っている。
小さい声で鳴いているが近隣個体間のコミュニケーション (甘え声もほぼ同じような声) であろうか。
翼を半開きで食べる (他のタカ類同様の mantling か) 光景も記録されている。
Buzzard Calling & Eating Honey: Wild life Documentary in Hindi (Birdindia 2024.12) の 1:25 から枝にとまって rattling call を出す映像。この例ではメスと記されている (映像では虹彩がわずかに見えた)。
巣の外でも木にとまってこの声を出すことがある。
その後性別や年齢の説明があるが最初にオスと説明されているものは若鳥。最後にメジロサシバとの識別がある。解説では舌が長くて溝があって幼虫を引き出す適応があると説明されている。英名の通りハチミツを食べるとの説明はあまり正しくない。
これらを記述した後に週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 114 pp. 14-15 のハチクマの項目 (当時は分類に諸説があったが、少なくとも日本版では全ハチクマ類を同種扱いとする扱いで記事が書かれていた。この分類ではユーラシアのほとんどの地域に分布する広域種だった) に、現在の分類でヨーロッパハチクマと考えられる「テッ、テッ、テッ」と1秒間に 4-5 回「テッ」を繰り返すほど早く鳴く。鳴くのはオスだけのようで、決まって巣の近くで鳴くとあった。
現在の知識で考えればこれは rattling call のことと考えられる。翻訳者も音声がわからないので文字をそのままカタカナ表記したものと想像できるがほとんど伝言ゲームのような世界。
フランス語版ではおそらく最後に発音しない子音文字が置かれていたのだろうがカタカナ表記に変換するとそれも消えてしまう (どんな音を表現したかったのかよくわからない)。
Panov (1973) の "tyo-tyo-tyo-tyo-tyo-" も、もしかすると同じ音を表したかったのかとも思えるが今となっては不明。出版時期が妙に近く、実は当時はよく知られていたが今では忘れ去られたなど元となる別の原典があって、文字の異なる各自の言語で表現した可能性もあるのではとも思えてしまう。
他の鳴き声は知られていなかったのだろうかと不思議に思える - 他にももっとタカらしい音声があるでしょうが (笑)。
日本語版で紹介されているので少なくとも当時の鳥類学者や読者に一度は周知されていたと思われるが、ハチクマの知名度が低く完全に忘れ去られてしまったのだろうか。日本のハチクマで誰も聞いたことがなかったので、そもそも何のことかわからなかった可能性もありそう。
その後別種に分離されたのでヨーロッパの知識がそのまま適用できるとは必ずしも言えなくなったわけではあるが。
この記事ではさらに「飛行しながら巧みにハチ類をくちばしで横にくわえ、針のついている虫の尾部をくちばしでちぎって飲み込んでしまう」の記述があり、聞いたことがないが見られた方はあるだろうか (ここまで読むと全体の情報の信頼度も疑問に思えてしまう。ハチクイ類と混同されていないか?)。ハチの巣を襲うことに関連して、ハチ類の針で刺されていることは確かであるが、ハチ類の毒に対しては免疫になっているようですと説明がある。
どこまでが事実で、どの部分が想像なのかよくわからないが、このような説明が伝え続けられて現在の「ハチクマ観」が熟成されてきた可能性もある。
どの部分が原著にあってどの部分が日本版で修正や追記されたのかもよくわからない。
原著の巣の写真も紹介されており、2羽のひなは孵化して 24 時間ほどとあるがこれも誤り。
日本のハチクマの清棲幸保氏による写真が紹介されており、羽毛の色の違いは別種とするか亜種とするか議論が多いと記述されていた。まだ暗色型と淡色型 (および中間型) があることは知られていなかったらしい。日本に生息することは知られていたが研究はまだなされておらず、いろいろな色彩は別種か亜種かと議論されていた模様。
Bird Call: ORIENTAL HONEY BUZZARD, Singapore (kidowmer 2025.2) シンガポールで記録されたとまって鳴く越冬中のハチクマの映像。一番よく聞くタイプの声で大きく口を開けて鳴く様子や舌の位置 (食べる時とは違って舌を引いている) がよく記録されている。ここでは相棒 (越冬地なのでつがい関係ではないだろうが) が上空を舞っていて同様に鳴いている。
ねぐらをキタカササギサイチョウ Anthracoceros albirostris Oriental Pied Hornbill に妨害されて抗議しているとのこと。この鳥はハチクマと同じぐらい大型。
Oriental Honey Buzzard Call (AromaWorld [Ramanand Tripathi]) こちらはインドの映像。日本で聞くハチクマの声に比べて倍音成分が多いような気がする。口を開けて鳴く様子など記録されている。ヒヨコの鳴き声のようなクマタカよりタカらしい感じの声に聞こえるが気のせいか (笑)。
大きい声を出す時は舌を引いているのは我々でもそうかも知れないが、口腔を共鳴要素として利用しているようにも見える。
[ロシアのハチクマとヨーロッパハチクマの研究のための情報] の項目で Karyakin (2004) に(ヨーロッパ)ハチクマの音声に対する反応に関する興味深い情報があったので、一般的な whistling call について再度取り上げておく。同所の考察を再掲しておくと、
「興味深いことに p. 210-211 にオオタカではプレイバック法が(ヨーロッパ)ハチクマよりもずっと成績が悪いとある (ワシミミズクの声も用いている)。オオタカはより近距離でないと反応しないとのこと。(ヨーロッパ)ハチクマの方が音声をより積極的にコミュニケーションに用いているらしい。
これも(ヨーロッパ)ハチクマの生息環境が見通しの悪い森林であることにも影響があるのでは。姿の見えない相棒を呼ぶには声はぜひとも必要なのだろう。おそらく調べられていないだろうが(ヨーロッパ)ハチクマの方が聴力がよいのかも知れない。」
上記 AromaWorld [Ramanand Tripathi] のビデオにもある通り近場で正面を向いた時に聞くとよく通るよい声である。側面、後ろ向きの場合はそれほど強くは響かないが、whistling call の冒頭に強いアクセントがあってこの音の成分が反響のように長く続く。
Kato (2021) A code for two-dimensional frequency analysis using the Least Absolute Shrinkage and Selection Operator (Lasso) for multidisciplinary use にハチクマの whistling call のサンプルのソノグラムがあるのでご参照いただきたい。
よく似た種類の声との識別にも使える特徴と考えている。日本ではノスリの声が似ているがハチクマほど音声冒頭がシャープでなくもっと平坦な感じ (ハチクマでも正面を向いていない発声の場合はノスリのようにも聞こえる)。
日本では識別対象種となることはあまりないだろうが、同所的に生息している地域ではカンムリワシの声のレパートリーの一つがハチクマのこの声に似ていて誤認要因ともなり得る。ソノグラムを描いてみると違いがよくわかり、カンムリワシの方が立ち上がりのゆっくりした丸みを帯びた波形になる。
ハチクマのこの鋭い声は遠方まで届き、直接姿の見えない相棒を呼ぶ目的にかなっているのだろう。例えば地上で採食中など音の聞こえにくいところでも、音声冒頭の鋭いピークに気づいて注意を集中すれば呼ばれていることに気づきやすいなど。我々が鳥の第一声に気づき次の音声を待って確認するのと同じようなものだろう。ノスリのような平坦な声はもっと開けた環境に適しているなど音声の環境適応も考察の対象となり得るだろう。
ハチクマがいろいろな方向を向いて発声するのも相棒がどの方向にいるかわからないためだろう。
ハチクマの声は基本的に同種に向けたものだろうが、オウギワシのように隠れている獲物を追い出して捕える戦略もある (#カンムリワシ 備考の [霊長類はなぜヘビを恐れるか] 参照)。
[(ヨーロッパ)ハチクマの飼育下の行動: ロシアなど]
(ヨーロッパ)ハチクマはロシアやベラルーシなどでしばしば保護・飼育されている。これはロシア人などにとって、きのこ狩りが秋の恒例の楽しみで(ヨーロッパ)ハチクマの巣立ち時期ごろに林内をよく散策し、まだあまりよく飛べない鳥を保護 (あるいは保護する必要のない巣立ちびなかも知れないが) することがあるのが一つの要因になっている。
渡り途中に庭を訪れた鳥が地面を掘って途中に人がなでても気にしていない動画も紹介されている (ベラルーシのビデオ)。タカ類の中でも特に多く動物園に運ばれてくるとのこと。
ロシアのハバロフスク地方のブレインスキー保護区でのそのような記録の一つ (2010-2011 年で執筆進行中に知って翻訳を ML Kbird にて紹介した) の日本語訳を紹介しておきたい [ハチクマのお客さんになって] (残念ながら原文は現在読めない)。
ハチクマの温厚な性格や屋内での遊び、果物が好きで個体ごとに好みがあることなどなども読み取れる。
室内で加速するだけで窓を破ってしまうあたりはハチクマの飛翔力の強さもわかる。
この中で著者の食べるパンを食べにきた事例が報告されているが、[マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態] の映像を見ていて人がパンを食べているのがハチの巣に見えたのではないかと想像してみた。ハチの巣を知らない人が見るとハチクマがかじっているのがまるでパンのように見える (!)。
モビングを受けるタカの行動観察のすすめ ダンボールの箱の固まりをもぎ取って落とし、後に丸めた紙を与えられて同じ行動を繰り返す行動は遊びと考えられるが、野生でも遊んでいないかふと気になった。
タカがカラスに追われていると「モビングを受けている」でおしまいになってしまいそうだが、これも先入観がだいぶ入っている可能性がある。タカがカラスを遊び道具に使っている事例はないだろうか - のような疑問を投げかけるのはそういう場面に遭遇しているためである。
モビングを受けて嫌ならばすぐにその場を去った方が効率的と思われるが、長時間一緒に空にいる場面が結構多いのである。タカのプライドが許さないのですぐには立ち去れないわけでは多分なくて、「くそカラス」と思いつつも、うまく利用して飛ぶ (飛ばせる) 遊びに使っている可能性はないだろうか。カラスの方が頭がよいので、と先入観を持ってしまうとタカをからかっているように見えてしまうが、タカの方が賢ければカラスが遊ばれている可能性もあるのではないだろうか。
「カラスしつこいですね」と思っていたら実は逆で、タカを見ればモビングせざるを得ないカラスの気質を見抜いて満足しているのかも。
相手の反応があり、何と言っても自身が得意とする空中の話で、狭い環境で人工物を落とすよりも一層面白いのではないだろうか。一対一で直に勝負すればもちろん圧倒的に有利なので余裕を持って遊んでも大丈夫。実はどちらも結構よい頭脳勝負を行っているのかも知れない。
次はロシアの沿海サファリパークで 2017 年にナホトカの住民が幼鳥で保護したハチクマ。以下のビデオを撮影時点で4暦年となるがろう膜にまだ黄色の部分が残っているように見える。
沿海サファリパークの猛禽類が熱帯の果物を狩る
おやつとしてバナナを喜んで食べるとのこと。
スイカで沿海サファリパークの猛禽類をもてなす
ふれ合い動物園になっているようで、ハチクマが来園者からスイカをもらってなでてもらっている。
クロハゲワシは長い時間スイカを調べてひっくり返したり、かじったりしたが果肉の部分は食べなかったとのこと。
Blagosklonov (1960) による野鳥飼育の本 飼育下の鳥 があり、猛禽類も取り上げられている。
ヨーロッパハチクマの項目が大変面白いので大型猛禽類の部分をまとめて紹介しておく。
ノスリは現在の分類ではヨーロッパノスリ。
オオタカの行動も紹介されているが、動物園で見る人に慣れないオオタカの行動はまったく
この通りであった。
「室内での大型昼行性猛禽類」
(訳注: 当時は有益な小鳥を食べる鳥は害鳥、有害なネズミを食べる鳥は益鳥とされており、害鳥の駆除は推奨されていた)
猛禽類の中で、飼育下に置くことへの関心の観点から、2つのグループを
区別する必要があります: 小型猛禽類と大型猛禽類。小型猛禽類である
チョウゲンボウ、そしてとりわけニシアカアシチョウゲンボウは愛らしく、
観察すると多くの有益なものが得られます。大型猛禽類はたぶんハチクマを
除いて飼育下で退屈です。
猛禽類の大多数がネズミ類の齧歯動物の駆除に非常に役立つことを忘れては
なりません。すなわちそれらをケージに保持することは経済的損害を引き
起こします。しかし、野生生物の学校の社会・文化活動の部屋においては、
猛禽類は、それを例として、若い博物学者が大きくて重要な鳥のグループに
慣れるために常に非常に必要です。
益鳥である猛禽類を飼育することは、観察が行われ、実験が行われ、
その生物学のさまざまな側面が明らかにされれば、完全に正当化されます。
猛禽類の中でも有害な鳥を必要なだけ飼育下に置くことは禁じられて
いないことは自明のことです。さらにその上、活用することもできますが、
これについては後で説明します。
オオタカは一度だけ私たちのケージにいたことがあります。それはこのような
強盗を飼いたいという願望を思いとどまらせるのに十分なことでした。
捕まったオオタカは成鳥でした。オオタカは非常に大きいことがわかった
ニワトリをひきずり出しました。オオタカはニワトリを捕まえて飛び上がれ
ませんでしたが、人々がオオタカに向かって走っているのを見ても、ニワトリを
爪から解放しませんでした。それからオオタカは羊皮のコート (フードで
しょうか) で覆われることになりました。
この鳥は、苛立ちと敵意の感覚しか引き起こしませんでした。オオタカはよく
食べましたが、とても野性的でした。人が近づくと、タカはケージの格子に
飛びつき、時には激しくぶつかりました。そしてオオタカはケージにいくら
いても野蛮なままでした。餌を与えて育てることには比較的慣れています。
昔はオオタカやハヤブサで狩りをし、今でもコーカサスでハイタカで狩りを
しているのもちゃんとわけがあります。
この猛禽類もちゃんと役に立ちます。アメリカの飛行場で最初に使用されました。
ここで餌を食べる鳥は、飛行機が離陸したときに衝突することがあり、事故の
恐れがありました (イギリスでは、鳥の群れにぶつかった1機のジェット機が
燃え尽きました)。鳥を追い払ったり、餌を破壊したりする手段は役に立ち
ませんでした。しかし縛られたタカがポールに置かれたとき、鳥は飛行場を
訪れなくなりました。捕食者への恐れは鳥にとってとても大きいです!
オオタカを使って作物をミヤマガラスから守れないでしょうか?
ハイタカは、ムクドリやスズメからのキビや小麦の作物からの桜の果樹園や
ブドウ園の保護を請け負うことができます。試してみてください。
これらのタカは両方とも害鳥であることを忘れないでください。巣からひなを
穫るときは何も残さないでください。しかしこれを行うことができるのは、
猛禽類に精通していて、それらを正確に同定できる場合のみです。
国の中央部に住む農夫の友人であるネズミの駆除者であるノスリは、
他の猛禽類よりも頻繁に人の目を引きます。そしてその巣は見つけやすく、
トウヒやカバノキ、通常は古い混合森で、端からそれほど遠くない (1 km 未満)、
捕食者が獲物であるネズミを探している牧草地や野原の近くに造られます。
ひなで捕らえられ、肉、ネズミ、スズメ、カエルを与えられたノスリは
人間にはよく慣れていますが、飼育下ではとろくて、鈍重で、あまり
面白くない鳥のままです。
ノスリは独特の、非常に騒々しくて迷惑な叫び声を持っています。
鳥がお腹を空かせるとすぐに、長く続く「キャイイイイイ、キャイヤイ」が
遠くからでも聞こえてきます。ノスリは物乞いをしているようで、哀れな声
でうるさくせがみます (それ故に「せがみ屋」kanyuk という名前を
もらいました)。私たちは通常、ノスリをケージに入れずに、彼らがずっと
過ごしていた支柱に足で縛りました。単に野外にいるように保つようにしました。
この場合、成長するにつれて、彼らはますます人々を避けるようになり始め
最終的には彼らは完全に私たちの世話を離れました。
そのような「野生」で育てられた子は、映画「翼ある防衛」でノスリの役割
の一部を果たしました。ズヴェニゴロド生物ステーションで育ち、彼は長い間
建物の近くに滞在しました。ノスリはまた台所を訪れ、そこで肉片を受け取り
ました。彼はモスクワ川のほとりに沿って、しばしば地面で狩りをし、
草の中のイナゴを捕まえ、そばで水を浴びる人々を恐れませんでした。
しかし、彼はますます目につかなくなり、7月中旬までに完全にみかけなく
なりました。そして秋、駅の近くで何度か彼に会いました。彼は野生のノスリ
よりは近くにいて、人々が近づくこともできましたが、以前の信じ込みやすさは
ほとんど残っていませんでした。
人が 20-30 歩も近づくと鳥は木から飛び出して消え去りました。この距離からは
この子の右足にあるアルミニウムの足環が完全に見えました。これによって彼は
簡単に識別されました。それでもノスリは人々をあまり恐れないことで、おそらく
不利益を被っていたのでしょう。彼は腕のよい長距離ハンターの目を引くことに
なりました。ハンターの中には、くちばしが曲がって、鈎爪を持ったすべての
鳥が有害であると今でも考えている人がたくさんいます。彼らはこのようなタカを
撃つことによって彼らが善行をしていると思います。いずれにせよ、翌年は誰も
私たちの子に会いませんでした。私たちが知っている2つの巣を双眼鏡でどの
ように見ても、脚に目立つアルミニウムの輪が付いた鳥はその中にいませんでした。
飛んでいるトビを他の猛禽類と混同することはありません。切り欠きのある尾
があるのはトビだけです。
獲物を持って飛ぶトビがどこに行くかを丘から追跡すると、巣を見つけるのは
難しくありません。それは比較的低く、ほとんどの場合他のいくつかの巣が
近くにあります (そのようなコロニーはモスクワの Sokolnicheskaya Roshcha
(= 鷹匠の木立) にさえありました)。したがってトビを手に入れることは難しく
ありません。しかし、飼育下ではこの鳥はノスリよりもさらに退屈です。
とまり木に偶像のように一日中とまっており、餌を与えた瞬間にのみ生き返ります。
かつて私はヴォルガデルタのトビの巣から取ったひなを育てなくてはなりません
でした。ここでは彼らは猛禽ではなく、ウや他の魚を食べる鳥のコロニーで
繁殖する掃除屋であり寄生者です。ひなのためにたくさんの魚を捕まえているウは、
時々それを地面に落とし、トビはすぐにそれを拾います。満腹になったひなが
食べ残しの魚を巣に残すことがよくあります。トビはそれを引きずり出されます。
このようにトビはこでは完全に鳥に頼って生きています - 魚奪いの達人の仕事です。
私はトビの羽が生え始めるところで引き受けましたが、綿毛のひなよりも白かった
です。彼は非常に大胆で騒々しかったです。トビの声は一種の口笛、振動する口笛
またはきしむ音であり、かなり大きな声です。空腹になるとひなは絶えず叫び
ました。トビの子は通りで育ち、そこからどこにも行きませんでした。彼にはあらゆる
種類の残り物を与えられました。ひなの好みはここに住んでいた
ニシアカアシチョウゲンボウやチョウゲンボウが食べなかったニワトリの内臓でした。
トビが成長したとき大きなケージに入れられました。ここでは、トビは同じサイズの
他の猛禽類、つまりノスリとハチクマと一緒に平和に暮らしていました。かつて
ハチクマのひなが私たちの生物ステーションに運ばれました。背中はすでに羽で
覆われていましたが、頭には厚い白い綿毛しかありませんでした。ハチクマは
若いノスリとチョウゲンボウがすでに入っていた屋外のケージに入れられ、
彼にはオシクという名前を付けました。
名前からして変ですが、この鳥のすべてが奇妙でした。確かに、なぜそれは
「ハチ食い」(= ロシア名) なのでしょう? こんな大きな鳥ではハチクイ
やヒタキのように食べ物のハチを捕まえないでしょう? 実際ハチクマは
ニワトリとほぼ同じくらい背が高いのです。ハチクマはケージの隣人に似て
見えませんでした。ちょっと見ると猛禽類ですが、よく見ると似ていません。
くちばしはかぎ状ですが、ほとんどニワトリのように鈍いです。爪も他の
猛禽類よりも短いです。そのような爪で獲物をつかむのではなく、
ニワトリのように地面を掘るのです。
すぐに食べ物に問題が発生しました。私たちの猛禽類には肉を与えていましたが、
ハチクマは食べません。ハチクマの口に一片を詰め込みましたが、頭を振って
吐き出します。しかし、カエルが提供されたとき、ハチクマはそれを
貪欲に食べました。私はハチクマを養うためにカエルを捕まえなければなり
ませんでした。数日後、最も驚くべきことが偶然発見されました - 彼の好きな
食べ物は...イチゴとラズベリーでした。ベリーを手に持ってケージを通り過ぎる
とすぐにオシクはそれらに気づきました。彼の視力は本当の猛禽類のよう
でした。彼は興奮して叫び始めました - 餌を懇願するために。ひなは
喜んでスイカ、トマト、その他の果物を食べました。それで彼は私たちの
ところで半分菜食主義者として育ちました
私たちのオシクは完全に飼れました。彼が成長して飛べるようになった時、
私たちは心配なく彼を生物ステーションの森の中で散歩させました。
空腹になれば、鳥はいつも戻って食べ物を求めました。
あるとき、朝に放したハチクマが、夕食に戻ってこないことがありました。
いつもならば「オシク!」と一声呼べば飛んできて頭にとまるのですが、
呼んで見回してもみつかりません。
私たちは長い間探し、この鳥の好きな木をすべて調べました。私たちがすでに
ハチクマを見つける希望を完全に失っていたとき、私は何か茶色が茂みの下を
動いているのに気づきました。行ってみました。目の前には、イタチの穴に
似た、掘りたての大きな穴があり、少し震える鳥の尾が突き出ていました。
疑いの余地はありません。何かが私たちのオシクを穴に引きずり込みましたが、
それでも彼は抵抗しています。鳥が動いているということは生きているという
ことなので、私はすてばちになって鳥を引き抜くことにしました。
私は鳥を尻尾と足を持って穴から引き出しました。オシクはすべて土で汚れて
いましたが、奇妙なことに血や傷もなくまったく無事だったのです。
鳥があまりに激怒して反撃し、自由になった足で引っ掻いたので、
私は持っていることができず放しました。鳥は地面に飛び降りてまた穴に急いで
戻りました。あっという間に鳥は地下に姿を消し、尾だけが外に突き出ました。
そして私は穴の上を飛んでいる黄色い虫に気づきました。地バチでした。
ここに鳥が発掘して破壊したハチの巣があったのです。ついに何とかハチクマ
は本来の食べ物を見つけ、本能は彼にそれを手に入れるには何が必要かを
教えたのです。
私のケージにとどまったすべての大型猛禽類の中で、オシクは最もよく慣れ、
行動も最も興味深いものでした。彼は飛行の研究に大いに役立ってきました、
もっとも、私が説明した他の鳥の多くも同様ですが。学者たちはオシクと
特別の研究を行い、彼はすべての課題を無事にこなし、彼の飛行技術を喜んで
示しました。
私は、モスクワのバウマン・ハウス・オブ・パイオニアの野生生物の
社会・文化活動の部屋に住んでいて、おそらく今も生きているハチクマを
知っていました。この害鳥でもない鳥は、無学なハンターによって
撃たれました。翼が壊れていることがわかりました。その後翼は
成長しましたが正しくはならず、鳥は永遠に飛ぶ能力を失いました。
4年間の飼育生活で、ハチクマは人々に非常に慣れて、人々に愛着さえも
示しました。ミシェンカは出された手に喜んでとまり、撫でられることを
許しました。下に新聞が敷かれた椅子の背もたれによく陣取っていました。
このハチクマもまた、自分が菜食主義者であることを示しました。
彼は非常に空腹なら肉を食べ、それでもしぶしぶ食べました。鳥は
チーズケーキの塊がはるかに好きで、まず最初にすべてのレーズンを
慎重に選びました。ジャムも拒否しませんでした。
ミシェンカのおおらかな性格はの部屋のすべての鳥によく知られていました。
ハチクマがレンジャクやイスカのケージに登って、羽繕いをし、
鳥たちを眺めている時、鳥たちはまったく恐れる態度をとりませんでした。
しかし、カササギがケージにとまるとすぐに、鳥の間で騒ぎが起こりました。
ハチクマはハチの刺傷に対して興味深い適応を持っています。
すべての猛禽類では、くちばしの付け根(頬)の皮膚がまばらな髪の毛
のような羽で覆われ、それらを通して輝いています。側面に鎧のある頭
を持っているのはただハチクマだけです - 鱗のように小さくて
密度が高く、灰色の羽です。それらは、捕食者の頭を昆虫の刺傷から
確実に保護します。
注: 翻訳中に出てくる一声呼べば という部分は「一回動詞」という一回の動作を表す動詞を
訳出したもの。必ずしも一回というわけではないかも知れないが、何度も繰り返す必要はないのだろう。
ロシアのヨーロッパハチクマの事例: 新年の干支に出会う (2019)
動画 0:55 あたりから、動物園ではちみつを与えている。
「ほらはちみつよ、おいしいでしょ」とか声をかけながら与えている。
動物園でははちみつで甘やかされ、夏にはなんとアイスクリームまでも、と紹介されている。
この記事は日本で言う「干支の引継ぎ式」で干支が「白いワシ」だそうである。白いワシに一番近いヨーロッパハチクマに登場いただいた、ということのようである。
(スクリプトから翻訳) 新年の干支を訪れて
東洋のカレンダーではイノシシの年、そしてスラブのカレンダーでは
白いワシの年がやってきました。「子供と若者の創造の会館」の
動物たちの中に新年の干支の親戚がいます。同僚のマリア・コンスタンチノワ
が飼育場の住民の習性に親しんできました。
若いナチュラリストたちはどんな天気でも自分たち後見人のところへ急いで
行きます。1つのおりの中にどれほどのモルモットがひしめいているか
数えることもほとんど不可能です。新しい子孫は2か月ごとに生まれます。
かわいい動物たちはブタの金切り声に似たおもしろい声でピーピー鳴き
食べ物に大して足ることを知っています。生野菜と種子がスキニーと
アビシニアン品種のペットのモルモットの好物です。
500 年以上前モルモットはロシアにやってきました。その当時は
ザモルスキー (舶来の) と呼ばれていたのですが、時間とともに接頭語
が取れて現在の名前モルスキー (海の) になりました。
悲しいかなモルモットは泳ぎ方を知りません。それでもここでは
飼育場の住人で、グッチ小学校の生徒たちの寵児は暖かい風呂が好きです。
この子の毛は鼻面にしかありません。そのため暖かいケージで飼います。
「ほら、みなさん、はちみつが欲しいでしょう? はちみつおいしいですよ。はちみつ」
そしてこちらは白いワシの直接の親戚であるハチクマです。
本来の環境ではこの猛禽は有剣類の巣を壊し、そこからこの名前が
付きました。しかし動物園でははちみつで甘やかされ、夏には
なんとアイスクリームまで! 彼ら隣人のハヤブサは喜んで生の肉や
魚に舌鼓を打ちます。ただ翼を痛めているだけです。
ハヤブサはおびえていて、そのためたいへん控えめに行動します。
動物園の飼育環境で生きることにすでに慣れている猛禽にはすでに
ファンができています。
エレナ・ベロウソワ(若いナチュラリスト)
「もう2年もここに通っています。一番好きなのはトビです。
かまないので好きです」
エレナ・ラフマニナ (「子供と若者の創造の会館」主任)
「今の時点では本当の大きなワシはここにはいませんが、親戚がいます。
2種類のハヤブサたち: レッドデータブックにも載っているハヤブサと
チョウゲンボウです。ハチクマとトビもいます。ワシの仲間と呼べる
のはこれで全部です。
このようにイノシシと白いワシ (原文は多分言い間違い) のミニチュアが
暮らしていて、かわいい動物たちをいつでも暖かく世話することのできる
若いアンガルスクの人たちにたくさんの喜びを与えているのです。
ブラーツクのハチクマの事例: アフリカからシベリアへ
(日本と同じハチクマ。アフリカからと書いてあるのはヨーロッパハチクマと誤解しているものと思われる)。
アフリカからシベリアへ:ブラーツクではるばるやってきたお客さんを介抱しています
アフリカに飛んで行きますが、この鳥はここシベリアにとどまりました。ブラーツクの人
は珍しい弱った鳥を介抱しています。
この鳥がどのようにしてここにいるのか、すでに誰と仲良くなったのかをマリア・グルシ
ェンコが伝えます。
この美男子は少し前からエネルゲチク (Energetik) に住んでいます。彼は世話好きの住人
たちに助けられました。住民たちは線路にいたまだらの鳥を拾い上げました。彼にとって
の危険は列車だけではありませんでした。ワタリガラスたちが襲い始めていました。
珍しい鳥の介抱をしているエカテリーナ・イラリノワ「鳥は右の翼を怪我していました。
月曜に地域の獣医に連れて行きました。獣医は翼を調べて骨折はすでに古くて治っている
と言いました。もう翼が元通りにならないので全て癒着してしまっていました。もしそれ
を元に戻したとしてもだめになって鳥は生きて行けないだけでしょう。痛みながら死んで
いくだけでしょう。すぐに誰かに食べられてしまい、自分で食物も得られないでしょう」
地域の鳥類学者が鳥を調べました。普通でないお客さんはハチクマとわかりました。鳥の
通常の食事は昆虫の幼虫です。そのためハチクマはシベリアで越冬せず暖かい地域、特に
アフリカに飛んで行くのです。それがハチクマがバナナも好きな理由です。珍味に舌鼓を
打つことも厭いません:生の肉です。さてこれは彼の新しい隣人であるシロフクロウ
(注: ではないように見えますが言い間違い?) の普通の食べ物です。このフクロウはちょっ
と前に乗馬クラブに住み着きました。これも行きがかり上です。
珍しい鳥の介抱をしているエカテリーナ・イラリノワ「このフクロウは知り合いからもら
いました。知り合いは街で見つけました。女性が子供たちと幼稚園に行きました。玄関の
そばに座っていたのがこのフクロウです。猫が食べたりカラスがついばんだりするのを避
けるために持ち帰ることにしました。カラスが襲おうとしているのが明らかでした。よく
食べてくれましたが手からしか食べません。こうやって餌を置いてやってみたのですが触
ろうとしません」
フクロウはシベリアでは普通の鳥だと鳥類学者のアラ・ハルガエワは言います。見たろこ
ろでは怪我していないようです。しかしぶつかって脳震盪を起こした可能性はあります。
それで動きがないのでしょう。この鳥がすでに屋内で飼われていた可能性も否定できませ
ん。ハチクマもこの地域で生息していますが南の方だけです。極東やサハリンでも生息し
ています。これらの地域ではレッドデータブックに記載されています。イルクーツク州で
は生息数が減少しています。それゆえこのような素晴らしいものを手許に置けることは、
大成功なのです。
鳥類学者のアラ・ハルガエワ「ハチクマを野外で識別するのは大変難しいです。よくノス
リと間違われます。色合いがよく似ています。しかしハチクマは他の猛禽からちょっとか
け離れた点があります。すなわち<ハチ食い>と
呼ばれるように主な食事はハチなのです。ハチクマはハチ、マルハナバチ、野生ミツバチ
の幼虫を食べます。爪が非常に鋭くないことは見ていただけるでしょう。それゆえ素手で
据えています。爪は肉を引き裂くのにはあまり向いていませんが巣を壊すのには向いてい
ます。見ての通り頭に冠があります (注: 英語やロシア語では冠のあるハチクマの名前に
なっている)」
ハチクマが生まれるのは遅いです。6月終わりにようやく飛べるようになります
(注: 7月終わりの間違い?)。そのため9月終わりから10月にかけて渡去してゆきます
(注: もう少し早いと思います)。我らがヒーローも怪我さえなければ喜んでアフリカを訪れた
ことでしょう。
幸いなことに寒くなる前に助けられました。そうでなれば凍え死んでいたことでしょう。
今では「松林の乗馬クラブ」が彼の生家になっています。ここで鳥は力をつけるだけでな
く訪問者の目を楽しませています。
実際にわかったことは、アフリカのお客さんは大変友好的であることです。シベリアの
フクロウだけでなくモスクワサーカスからやってきたラクダともよい関係を築くことができたのです。
ベラルーシのヨーロッパハチクマの事例:
リダの新聞記事 (2019)
朝には暖かい風呂、朝食にはジャムと米。リダで助けられたヨーロッパハチクマは
フロドナ (グロドノ) 動物園でどう
暮らしているか?
「すばらしい」の一言に尽きる。オシャと名づけられたハチクマは
世話を受けて可愛いがられている。彼はあらゆる友情に応えて
なでさせてくれ、喜んで手にとまっていつも自分の鳥の言葉で
つぶやいている。こんなに行いよく社交的なのはたとえ控えめに
言ってもタカ科の猛禽の特徴とは言えない。
しかし全てが違うようになっていたかも知れない - もしこの夏に
木の下でうずくまっている鳥をリダの住民が見つけていなければ。
「鳥を助けた人の名前は知らないが、心の広い行いに感謝している」
とフロドナ動物園の「オウムと猛禽類」課の主任インナ・ヤコフチュク
が語った。「リダの人がハチクマを偶然見つけたことは基本的に大成功
だった。第一にこれは大変珍しい鳥でベラルーシのレッドデータブック
にも載っている。第二にハチクマはふつう人目につかない生活を
しており人から離れて住んでいる。木の下にどうやって来たのか?
多分飛べるようになった若鳥か単に巣から落ちたのだろうか」
リダの人がひな鳥を見つけた時、親鳥が何とかしてみつけるだろうと
期待して、何日かは近寄らず、鳥を動かそうともしなかった。
このアプローチは非常に正しい。しかし何日か経過してもひな鳥は
哀れに鳴きながら同じ場所にうずくまっていた。そこで鳥を家へ
連れて帰ることになった。ここで鳥は1か月餌を与えられ、
強くなって自分で野生に戻れることを期待された。しかし鳥は
弱ってしまい、8月にフロドナ動物園に連れて来られた。
ここでリダの人が目の前の鳥が何という種類か知らなかった
ことは注目に値する。「我々も実は何なのか知らなかった。
動物園に搬送する段階になっても猛禽類の何かとしか知らされ
なかった。鳥の<人格>はこの場でようやく明らかになった」
と専門家は付け加えた。
すぐに社交化したこと、食べ物の変更と新しい習性について
「リダの人はチキンフィレを与えていた。これは控えめに言っても
ハチクマの餌ではまったくない。栄養不良のため彼が来た時は
大変やせていた。体重は標準よりも低かった。しかし致命的な
ほどではなかった。状態は正常化することができた。
たとえどうであったにせよリダの人は全て事を正しく行った。
すばらしい! 感謝する」フロドナ動物園の獣医エレナ・コマレツ
はコメントした。
新しい住人にはオシャと名前がつけられ検疫室に入れられた。
最初の間は慣れたチキンフィレを与えたが、次第にハチクマの
餌にふさわしいものに変えていった。
「最初にオシャが生きたワーム、カブトムシ、幼虫の<ミックス>
を与えられた時、本当の胃腸の有頂天を経験したのです」
獣医のベロニカ・ジャトチク (写真) は写真を思いだしながら
ほほえみをこらえることができなかった。
「すぐに虫を片足いっぱいつかみとって、サギのように
片足で立って休むことなく 10 分ぐらい食べたのです。その後は
チキンフィレは<ノー>のカテゴリーとして拒絶しました。
りんごジャムを付けたチーズを試してみたら、なんと
<注文する>ようになったのです」(ほほえみ)
オシャは米も好きです。他のかゆ (シリアル) のどれよりも
好きです。ひきわりは鳥の一番の好物である幼虫に似ている
と専門家は考えています。ハチクマという名前もハチの巣を
壊して幼虫を食べることでまさに名付けられたものです。
実際に別のおもしろい事例があります。専門家たちは
オシャを子ヤギに馴染ませてやろうと考えてケージの中で
子ヤギのそばに置いたのです。いろいろな野菜や混合飼料
が置いてありました。オシャは迷うことありませんでした。
見渡して、ゆでたポテトを的に足でつかみかかり、まるで
リンゴのように噛んだのです。しかしベラルーシ人
(ポテト好きで有名なようです) にはなれなかったので
その後はもう触らなくなりました。
「オシカ (= オシャ) が馴染みでない場所でどのように
振る舞うか、他の動物を怖がるか見たかったのです。
しかし彼は確信に満ちた以上の行動をしたのです。
反対に子ヤギが敬遠したのです」ベロニカ・ジャトチク
は後見人をなでながら、ほほえんで付け足した。
動物園で家のように
4か月オシャは新しい場所を完全に自分のものにしました。
構ってくれたり、餌を与えたり、喜んで走って会いにくる
人をよく知っています。つまるところ、手にとってなでて
確実におしゃべりしてよいのです。鳥は飛んでみようと
しますが今のところまだ成功していません。
朝にはハチクマの若鳥が暖かい風呂に入りかけるのを
見ることができるかも知れません。オシカは水浴びが
特に好きなのです。
動物園に来る人は、彼がこれほど社交的で行いよいので
好きにならないはずがないと言います。彼がもしこれほど
飼いならされていなければ野生に放そうとしていたかも
知れません。でも彼は私たちと一緒にいます。
人に餌を与えられて、人に愛着を覚えた鳥はもはや野外で
自分で暮して行くことはできず、死んでしまうかも知れません。
ところで、オシャは私にはとても控えめです。肩に
乗せようとするとあからさまにそっぽを向けて
獣医のベロニカ・ジャトチクの手に戻りたいと言います。
これもわかります。彼は本物の紳士で自分の<女性たち>に
忠実だったのです。そのうえこの時は我々の奥の隣の
ケージから彼のできたてのガールフレンドのカーチャが
じっくりと彼を観察していたのです。
動物園では彼女はすでに 16 年以上生きていて、ここに
オシャが現れるまでは唯一のハチクマだったのです。
「誰にもわかりませんが、あるいは私たちのオシンカ (= オシャ)
が若鳥から大人の鳥に変わった時、友情がちょっと
増して... とりわけ彼女を補完する形で新しい家族が
できれば私たちは大変嬉しいです」フロドナ動物園で
新年の願いを分かち合いました。
オシャは「リダ新聞」のための私のわがままを許してくれません
でした。そしてこんな風に...
オシャはあまりに人に慣れているため、人がいる時でないと食事を
しません。人と嬉しそうにしゃべり、ビデオを撮る理由を無数に
与えてくれます。例えば水遊びは彼の大好きな仕事で、そばに
誰かがいる時、特に電話でしゃべっている時に水浴びをするのが
何よりも好きです。
ロシアでバナナを食べるハチクマ:
アフリカからシベリアへ、ブラーツクに珍しいお客さん
ブラーツク (バイカル湖の西側) で飛べないのを住民に救助されたもの。
線路の上にいてカラスに襲われていたそうである。
翼が折れて骨折は治癒していたがまともに飛べないとのこと。
ハチクマは大変友好的で、フクロウともラクダとも友達になったとのこと。
Skalon (2015) "Monitoring Researches of the Vertebrates Included in the Red Book of Kemerovo Region (2014-2015)" Vestinik Kemerovoskogo Rosudarstvennogo Universteta 4(64) T. 3 (ケメロボ国立大学報文) におそらく種ハチクマが保護された経緯がある。
RDB をまとめるための近年の情報として記述されたもの:
2014年8月24日ケメロボ国立大学動物学および生態学部に
ケメロボ郊外のトム川の右岸で近くで見つかったハチクマの巣立ちびなが
連れてられてきました。ひなはまだ飛べず、ひどくやせ衰え、
弱っていました。実験室の鳥小屋では、ハチクマはより強くなり、羽に覆われ、冬を乗り切ることに
成功しました。最初から人に非常に寛容で、散歩のために囲いから出ました。
2015年3月、鳥は突然死にました。剖検の結果は肝臓に炎症と破壊がありました。
ハチクマの顕著な食べ物の好みは、一日齢のひよこの死体を特に喜んで食べ、
次にマウス、次に果物で、甘いものを好みました (バナナ、ブドウ、ネクタリン、
熟した梨、オレンジ)。昆虫 (コオロギ、ゴキブリ、ズーフォバス) はしぶしぶ
食べ、しばしば捨てました。魚は拒否しました。
(注: 昆虫食がしばしば強調されるが必ずしもそうでもない模様)
2015年9月9日ケメロボ地域ウポロフカ村近くの道路で非常に明るい色の
若いハチクマが見つかりました。犬がうずくまっている鳥を攻撃していました。
鳥を見つけた女性は1週間鳥にソーセージを与えましたが、その後鳥は
大きく衰弱し、やせ衰え、腎臓と肝臓に損傷を与えておそらく慢性的に
下痢をしていました。ケメロボ国立大学動物学および生態学部に移送
されましたが救うことはできませんでした。鳥は見るからに弱っていました。
最初の日は自分で歩いてひよことネズミの肉をついばんでいました。
次は飼育個体ではないがロシア関係で Galushin「猛禽類」よりヨーロッパハチクマの記述:
ハチクマ (ヨーロッパハチクマ。以下ハチクマと表記) は
例外的にのろのろしていてぎこちないが、これもまた理解できる。そのような
「狩り」においては辛抱強さが特に必要で、敏捷性は特に必要ない。
ハチクマは猛禽類の中で「待ち」のチャンピオンに挙げられるだろう。
筆者がブラインドから最初に観察した時からすでに動じないことに気がついた。
巣にいる他の鳥を観察しても、絶え間なくいろいろな方向を見渡して羽繕いをし、
産座の上で何かをあちらからこちらへと移動するのを見ることになるだろう。
ハチクマは実際まったく動くことなく 20 分、30 分、さらには 40 分も座り、あるいは
立ち続けることができる。巣にじっと立っていたハチクマの記録は2時間47分である。
この記録はおそらく猛禽類だけでなくあらゆる鳥類の中でも最高のものだろう。
考えてみれば、このようなハチクマの特性はもちろん独特の「狩り」の
能力であって怠慢さでないことにちょっと驚かされる。この能力はハチクマにとって
例えばハチが巣の近くのどこかで飛ぶ方向を追跡する時に大変重要である。
そして巣に入る(巣は地上にあることも多い)時にもできるだけ正確に
見つけ出し、その前に巣のハチを騒がせるべきではないのである。
「ためらわずに」どこかに立ち続ける能力はなかなか役に立つのかも知れない。
器用さの点でもハチクマは抜きん出ることはない。ハチクマついてはちょっとした
特徴がある。巣に飛んで来る時や単に枝から枝へと飛び移る時に雑音を出して、
我々も鳥が近づいてくることを聞いて簡単に知ることができる。
ハチクマが森の中を飛ぶ時、絶えず翼を枝に当てながら樹冠を貫いてまっすぐに
飛ぶ印象を受ける。
ハチクマの「気性」についても、その言葉が比類なき鈍重さを指すものであっても
多少述べておかねばならない。ハチクマは何時間も微塵とも動かないだけでなく、
まったく安全でないものを含めたあらゆる外部刺激にほとんど反応しない
ことがある。何よりも注目されるのはハチクマが驚くほど人に無関心である
ことである。巣の下で騒々しく歩き回るキノコ採りの集団や、道を歩く伐採人、
牧夫は言うに及ばず、ハチクマがまったく注意を払わなかったことを我々は
ブラインドから何度と見ている。その上、大部分のハチクマは我々にさえ注意を
払わないのである。何度も訪れて彼らを十分飽き飽きさせているかも知れないが。
観察者が営巣木のほとんど半分ぐらいまで登った時にようやくハチクマが飛び立つ
こともしばしばである。巣のすぐそばにブラインド小屋があってもハチクマは
まったく気にしない。
雛を育てる時期に親鳥を観察小屋から追い払うこともそれほど簡単でない。
せきをしたり大声でしゃべったりしてもハチクマはあまり気にしない。
観察者の交代の際に出て行こうとする際に、小屋からジャケットをハチクマの
文字通り嘴の前に投げ出しても、鳥は冠羽をちょっと逆立てて嘴を開け、
翼を羽ばたきかけて...そのようなばかげたポーズで固まってしまうのである。
しかし人間が出てくるとハチクマはそれでもやはりちょっと離れたそばの木に
飛び移るのである。
このような猛禽類としては普通でない行動には最初は戸惑わされる。
しかしよりよく考えてみればこの森の中ではこうやって最低限の声も出さずに
警戒するのが鳥にとってはより安全なのかも知れない。そこではもっと強い
猛禽類が大抵は舞っているだろうし、声を出したり音を立てることは
人を巣に近づけるだけである。
ハチクマのこのような行動を見ていると、ジュネーブの公園でハチクマ
のつがいが営巣してすっかりすぐに人慣れしてしまったことを読んでも
もうちっとも驚かない。
ハチクマの行動と食性はこのように極めて特異であるが、他の点では
他の猛禽類とほとんど違いはない。
出典: Khishchnie ptitsy (猛禽類) Vladimir Mikhajlovich Galushin (1970)。ヨーロッパハチクマ。
他の種に比べて解説が詳しく、著者にとっても面白い鳥だったのだろう。
ロシアの飼育フォーラムから: Ingrid (ヨーロッパハチクマの保護個体飼育記事 2013)
(臭気と行動に関係する部分を抜粋訳。口語なので訳があまり正確でない部分もあると想像する。皆さん興味津々なのがよくわかる)
Lilit
それからもう一つ、ハチクマの糞についてはいろいろ言われていました。
臭いは家族にとって耐えがたいか、あるはそうでないか、カラス類を飼っている
自分の経験からも知りたいです。
pepetka94
うわ、何という大きさ。最初の写真を見た時はハチクマはもっと小さいかと
思いました。自分が思うに強情さだけではなく (注: 牛のように強情、などの
慣用句があるようです)、大きさもほとんど雄羊ほどもあるではないですか。
これからもこのテーマを楽しみに読みます。
ハチクマのことをもっと書いてください。カラス類とどれほど、
どのように違うのか興味があります。もちろん写真は歓迎です。
この写真は実に驚くべきです。鳥があまりに大きいのでフレームに入りきって
ないです。翼の端が画面から切れています。
p.s. 床は走りますか? ハチクマは座ったままどこへも行きたがらない
ようです (フォーラムを読んでそう思っています)。
p.s.s2 ビデオをぜひ。鳥がどう動くのかとても興味あります。
Lerois (飼育者の鷹匠)
to Lilit: 糞はまったく臭わないです。ところで、他のタカ類のように糞を
遠くへ飛ばさないです。カラス類のように下へ落とします。イングリッド
には1日に1回、夕方に餌を与えています。ほとんどの時間夜の間、糞は
とまり木の下に残っています。ハチクマの糞はカラス類よりだいぶ少ないです。
少なくとも今のところ。というのもイングリッドは今は食べないです。
おそらくは怪我や治療、運搬の後のストレスに関係しているのでしょう。
早く回復して自分で食べられるようになって欲しいです。
to pepetka94:
はい、カササギの後ではイングリッドは巨大に思えます。これは娘が撮った
写真で、なのでこの程度の出来上がりになっています。
はい、アパートの中全体をよろよろしています。だいたいは高いところに
いますが、時によって床を歩きます。だいたいは靴下を探してです。
私の縞模様の靴下に興奮して、靴下をけちらしてしまいます。
それにしてもハチクマはまったく猛禽類ではありません。
ビデオをすぐに撮ることは無理です。カメラは友人と旅に出ています。
帰ってきたらすぐに撮ります。
pepetka94
食べるのも少なくて糞も少ない? その上カラス類のようにコンタクト
できるとは、まさしくすごい鳥 (super bird。原文で英語の super がそのまま使われているので形式的に訳してみたが、文脈から "理想の飼い鳥" と訳してもよいかも知れない) ではないですか。そんなのが欲しいです。
1日に1回でたくさん食べるのですか? とまり木の横であなたと
一緒に過ごしているのですか? これほどの大きな鳥には最低でも 1.5 m
の部屋かケージが必要そうなのに。
p.s. こんな鳥が欲しいです。でもすぐには実行できません、妻が鳥とともに
追い払ってしまうでしょう。
p.s.2 とまり木の生活は最初のメッセージで読みました。さらに質問です。
とまり木につないでいないですか。アパートの中で何も壊さないですか。
p.s.3 水浴びは、これほど巨大なのには水場を作る必要があるでしょう。
Lerois
いいえ、食べるのが少ないわけではないです。今は強制的に食べさせる
必要があるだけです。コンタクトはカラス類と同じというわけではないです。
ずっと少ないです。1.5 m でも小さいでしょう。というのもイングリッドは
とまり木で生活しているからです。私たちが家にいる間はつないでいます。
リードを付けています。今日は初めてリードをつけたままでひとりにして
おきました。そして何も壊さず何もだめにしません。翼で投げ捨てる程度です。
いまのところ水浴びしません。普通ハチクマは給水器でさえも水浴び
するぐらい好きなのですが。
実際のところハチクマを飼育するのは十分難しく、チョウゲンボウ類よりも
難しいです。初めて HP に載せるならばチョウゲンボウがよいです。
ハチクマはとても優しく臆病です。気性はとても優しいです。
Lerois
イングリッドは渡りの衝動が強まったのです。いつもどこかへ飛び立とうとし、
餌を拒否してよく鳴きます。最終的にどこかに「たどりつく」のを待って
いますが、待ちきれていません。餌を何度も置いてやりますが必ずうまく
行きません。食べないだけでなく、餌台をひっくり返してしまいます。
ついでに混ぜもので足から頭から汚し、とまり木をわざとらしい柄に
染めてしまいます。カエルも運悪く全部隠れてしまいました。
今日も探したのですが一つ見つけただけでした。夕方またカエル探しに
行きます。
SleepingSun
養い子たちおめでとう。糞が臭わないのは面白いです。うちのハチクマはみんな
臭いやつでした。糞は臭って、ストレスを受けた時はまるでスカンクのように
どこかジャコウ臭のような臭いを出していました。すべての臭いが不快という
ほど簡単ではないですが、比較すると、例えばオオタカは私の考えではまったく
匂いません。直接に鼻をあててかいでも羽の匂いがするだけです。ハヤブサ、
特に大きいのは少し稚魚の匂いがします。そしてハチクマは、おぇっ、くさっ!!!
しかしお宅にカラス類がいるなら比較してみると、同程度の臭いか、あるいは
一層臭わないかも。臭いに気をもむこともないです (注: カラス類よりも臭わないらしい)。
餌については子供をあやすようにすることは止めた方がよいです。自分で食べるか、
器からか、あるいは飛んで来させる訓練をするならばグローブから食べる
ようにさせます。生ぬるい状態で、腹も減っておらず、甘やかさせると
あなたの後を追って「ママ、ニャムニャム!」と歩いて来てしまいます。
ハチクマの気性についても同意しません。他のものはどうであれハチクマの気性は頑強です。
どんな猛禽でも薬を与えたり、リードを付けるときなどは手でつかむことは決して
やってはなりません。全てはフードをかぶせて、誰がなぶりものにしているのか
聞こえさえしないように静かにする必要があります。そうすればハチクマは
無関心になります。自分がくちばしや爪を切る時は何の策略もせず、足指をつかんで
タオルを巻き動かないようにして鳥を前へ置きます。処置を施してから腹を立てる
のは最初の 15 分だけです。その後足をひっぱり出すなどなどすればよいです。
ところでハチクマは歩くのが好きです。
Lerois
to SleepingSun
ありがとうございます。いえ、恐れている時にはちょっと臭いが感じられます。
しかし簡単に言えば臭わないです。うちのカラス類も臭いません。
お客さんが来た時でさえ、こんなに動物がいるのに臭いがしないと驚かれます。
もちろんサボって1、2日掃除をしないと、もちろん臭いは華々しくなります。
もし無理でなければもっと詳しく教えてください。単に自分から食べないのです。
まったく。混ぜものの入った器の前に2日とまって、まったく手をつけませんでした。
私のところに十分やつれた状態でやってきて、竜骨がつかめるほどでした。
今では多少筋肉が付いてきました。満杯の器を前にしたまま飢えて死んで
しまわないでしょうか? ハチクマにはとまり木はどんなものがよいか
よくわかっていません。切り株タイプがよいでしょうか、それとも枝でしょうか。
アドバイスを受けて切り株にしました。試してみるとイングリッドは尾を
擦れさせ始めてしまいました。床を歩かせてやる方がまだ悪くないです。
端の方はもう擦りきれています。
その上鳴き声です。誰かがイングリッドの生活の見えない境界に入り込むと
頭の羽毛を立てて大声で鳴くのです。ずっとこういうままなのでしょうか?
Lerois
やった! 自分で食べてます!
Larkha
おめでとう! このような種類の鳥で、このような状況だと上出来でしょう。
Lerois
ありがとう! この鳥の自分を目立たそうとする行動にどれほど神経を使うことでしょうか。
SleepingSun
おお、餌は解決したのですね。すばらしい。しかしながら春と秋にはハチクマ
はハンガーストライキを見せることがあることに注意するとよいです。
たぶん渡りの不穏を表しているのでしょう。
とまり木についてはハヤブサ用のタイプが一番よいです。つまり切り株ということです。
尾が擦れるのはとまり木が低いのでしょう。尾で台座か床を掃いてしまうのです。
(とまり木がどのような作りなのかわかりませんが。写真でもあれば)
そんな風に羽根で床を擦ってはいけません。
糞についてはよく知りません。ハチクマでは一度まっさらのおしめに糞をして
くれたことがあります。未だに臭いがします。自分は気難しがりやなのかも知れないが、
もちろんそうですが。たまたま、ハチクマはいつもすぐすぐそばにいて、
とまり木がコンピュータのそばにあったのです。
Lerois
to SleepingSun
お返事ありがとうございます。ハチクマの情報がとても少なくてちょっとずつ
集めています。とまり木は切り株タイプで、尾は床に届かず、擦ったりしていません。
床に腰を下ろしながらアパートの中を散歩するという悪い癖が出ているのです。
驚いてそうしているような感じです。ネズミを見つけたかのように驚いた様子で
尻をついてしまうのです。
とまり木は部屋の中に立てています。興奮した時や何かを恐れているときに
確かに十分臭いを感じることを言っておかねばなりません。そして糞は..臭いません。
臭いにうるさい母でさえも怒りません。
昨日は散歩に行きました。イングリッドはグローブに乗って初めてバスに乗りました。
最初のうちは少し興奮して鳴いていました。しかし頭を手で覆うとすぐに
静かになりました。10 分ぐらい「夜」のままにして、また周囲が見えるように
するともう鳴きませんでした。グローブから肉をとるようにもなりました。
夢中になって私を指でつかみました。とても痛かったです。
さらに、歩いている途中、突然私の頭によじ登りたくなりました。
道を行く間に爪が首や耳や頬に当たりました。その結果、残りの散歩の間
耳は傷だらけで恐ろしい恰好でした。これもまた最初の試練です。
気を抜かず、鳥は正しく持つ必要があります。なぜならばこれはカササギとは
まったく違うからです。
そう、ペリットは出しません。これが正常なのか自信がありません。
一日に一回食べます。夕方でだいたい同じ時刻です。
ペリットのために混ぜものにはにんじんを入れ、砕いて粉にした首の骨や
2-3 日に一回毛や骨の付いたネズミを与えています。確かにネズミは
大部分の皮や骨はそのまま残るようにかじっていますが。
しかし残りの全てはペリットになるはずなのですが。
SleepingSun
尻をつくのは普通で正常です。同時にどうやって羽根を守ればよいかは知りません。
単純に換羽を待つことでしょうか。うちにも同じような成鳥のハチクマがいて尻をついて
いましたが羽根は理想的な状態でした。ハチクマはほとんどペリットを出しません。
ちょっとした小さな何かの塊を時々出す程度です。多くの場合気がついていません。
Lerois
すでに書きましたようにイングリッドは一人で食べ始めています。
確かに今は自分に差し出された食べ物を食べるだけでなく、指、手、足、
鼻や、人間にとって極めて重要でない体の突出した部分も食べようとします。
ハチクマのそばをソックスなしで通るのはごめんです。目標まで「ターミネーター」
のような頑強さで歩いて行きます。伸びきった xxx に注意を払うこともなく。
5 分か 10 分歩いて一ヶ所で踏みつけます。その後怒って自分の切り株に
戻って、30 分ぐらいたったらまた「獲物」を求めて「大遠征」をします。
さらに新しいことです。グローブに飛んでくる訓練を始めました。
今のところ、数メートル離れたところから呼び笛で喜んで飛んできます。
もちろん無償で飛んでくるわけではありません。グローブから落ちることは
ほとんどなくなりました。散歩の時に何回も落ちていたのですが、
一日に一回も落ちなくなりました。水浴びは期待していません。というのも
水の入った器を完全に無視するのです。そのため餌を与える前に肉を
ちょっと水につけるようにしています。
[飼育下の行動: 韓国の事例]
韓国で保護されたハチクマの映像を Chungnam Wild Animal Rescue Center (忠南野生動物救助センター) がいくつか紹介している。ここでは大学 (韓国忠清南道の公州大学 Kongyu National University) と共同で行動研究なども行っていたようである (現況はわからない)。
2012 年に保護された個体の記事
これによると人に非常によく慣れて、餌を与えることも容易で飼育は楽だったとのこと。
「大きなインコ」のようだとのこと。飼育することで動物に与えるストレスを考える必要があるが、この鳥の場合は空腹になると鳴くために、むしろ飼育する方がストレスを受けるぐらいだった。
本当に純真で穏やかな鳥であるとある。水を飲む姿を見ると間違いなくオウムに見えるとのこと。
他の個体の行動を見てエンリッチメントのための新しい餌箱の使い方を学ぶ様子。メスの「爪」さんはこのツールに習熟しているが、新しく入ったオス (2015 年に救助された個体とのこと) はまだ使い方を知らない。動物の観察力や思考力を調べているとのこと。
おもちゃのように見える物の中に餌が隠してある。
それを食べているところ。
レンコンの穴にブルーベリーが埋めてあるそうです。夏場には凍ったブルーベリーやいちごを与えていて大好きだそうです。元獣医スタッフだった方からの情報では大変友好的で愛らしい鳥であるとのこと。
同上。
以下はより最近の映像:
Me hummingbird, Claw. I prefer berry juice the most.
(都合上英訳でタイトルを示す)。「爪」さん (タイトルの Claw) で、いちごジュースが大好き。自分はハチドリだよ、と言っている。
It's a great curiosity to make a snowman for friends who are relatively unfamiliar with snow than other species.
雪だるまを壊すハチクマ。野生下では雪とはほとんど縁がないはずだが興味津々?
[飼育下の行動: チェコのヨーロッパハチクマ]
次はチェコで保護されたヨーロッパハチクマの話。Vcelojed vcely nerad! Zato lipanky...。最初は自然の食べ物にハチの子をまぶしたものを与えていたが、最後には子供のおやつである lipanek を食べるようになった。
1日に2パッケージを平らげるとのこと。lipanek だけでは不十分なので虫も与えているが、虫も高価で
うちでは一番餌代がかかるやつだとのこと。
冬で放せないので翌年に放鳥する予定とある。lipanekとはクリーム+コッテージチーズのようで、子供のおやつに最適とある。
[飼育下の行動: ドイツのヨーロッパハチクマ]
Nahrungsspezialist Wespenbussard (ドイツの猛禽類保護組織 greifvogelhilfe.de の情報)
食べ物のスペシャリスト ヨーロッパハチクマ (Sylvia Urbaniak 著から)。
機械翻訳で多分意味がわかると思うが、個体の一時保護に重要そうな情報も含まれており、保護施設にも有益と思えるため抜粋訳を提供しておく。ヨーロッパハチクマの若鳥が保護されることがしばしばあり、問い合わせもあるので FAQ 的に記述された文章ではないかと考える。この訳文内ではヨーロッパハチクマをハチクマと略した (おそらくどちらの種にも通用すると思われるため)。
(前略) [鳥小屋での飼育]
ハチクマは自然界でと同じように、鳥小屋の床を傷つけ始めました。
最大地下 30-40 cm の最大深度はすでに報告されています。従って
いつかある時に彼が鳥小屋から自分自身を掘り出せないようにすることが
重要です。
ひなを親の巣や発見された場所に戻すことはこの種では逆効果であり解決策に
なりませんが、他の猛禽類やフクロウ種にとっては正確に正しい方法です。
通常は巣も見つかりません。ハチクマは巣を緑で覆い、届かない高いところに
巣があるためです。
[間違ったインプリンティングに注意!!]
ハチクマは非常に賢い猛禽類です (*1)。毎日食べ物を持って来る人を見ると、
間違ってインプリンティングされてしまいます。兄弟と育てることは間違いなく
この種にとっての解決方法です。より大きな猛禽類ステーションに連絡する
ことができるならば間違ったインプリンティングを直接防ぐ良い方法でしょう。
私たちは連絡を歓迎します、そして私たちは一緒にどうするかを議論する
ことができます。手で餌をやるのは避けるべきで、鳥が自分で立てるように
なった時点から不要になることが重要です。2019 年には、病棟に合計4羽の
ハチクマ患者がいました。私たちは育てかた、飼育方法、越冬に精通しています。
この猛禽類では放鷹術の訓練は必要ありません。実際に幼鳥をそのまま
冬を越して手元に置くことは完全に間違っています。
例外は、翼の骨折が治癒した場合、または非常に長期間の休息を伴う越冬が発生
した場合にのみです。ハチクマは上昇気流で飛ぶ鳥です! リリースは適切な日
にのみ実行する必要があります。10 月以降のリリースは、渡り去るのに十分な
上昇気流がないことが多いため、この種にとって高いリスクを伴います。
[越冬]
ドイツでの越冬は絶対に避けなければなりません。尾の羽毛の欠陥は、
ハチクマを越冬させる理由にはなりません。何らかの理由で羽毛が破壊された
場合、通常は羽毛を接ぐこと (英語 imping; 放鷹術の技術) ができます。そのような鳥を越冬
させる方が問題ははるかに大きいです。ほとんどの場合、深刻な羽の問題に
つながり、それがこの長距離の渡りする鳥をにとってまさに問題になる可能性が
あります。さらにこの暖かさを愛する猛禽類は氷点下の気温に備えていません。
ここでは冬には換羽が起きません。翼の浮腫のリスク (*2) は、モモアカノスリ (ハリスホーク) や
トビなどの場合と同じであり、最悪の場合、鳥の命にかかわる可能性があります。
冬の間、この猛禽類をフライワイヤーシステム (Flugdrahtanlage、吹きさらしの屋外飼育施設) で
飼育することは、時限爆弾と見なされるべきです。このタイプの飼育施設を
用いないよう強く勧めます。しかし放鷹術の手法は、鳥を落ち着かせて、
逃げようとして羽が損傷しないようにするのに役立ちます。
(中略) 若いハチクマは、自然の渡り時期に野生に放鳥されるべきです。
上昇気流で飛ぶ鳥なので天気と天気予報が正しいはずです。これは越冬中の
鳥には適用されず、夏に放鳥すればよいです。このために鳥は必ずしも
健康状態のトレーニングを受ける必要はありませんが、特に優れた
栄養状態を持っている必要があります。越冬した鳥が野生に放たれるとき、
天候と昆虫の状況は最適でなければなりません。鳥はハチクマも生息している
ことが知られている適切な生息地で放鳥されることが望ましいです。
これは、若鳥(KJ2 動物: 2暦年 calendar year の意味と思います)
にとって特に重要です。なぜなら、彼らはほとんど経験がないからです。(中略)
しかし、7月と8月には、養蜂家からミツバチの子を入手するのはもはや簡単
ではありません。したがって、養育のためにハチクマを定期的に受け取る
ケアステーションは、適切な時期に在庫を確保する必要があります。(中略)
与えることのできた他の食物は、1日齢のひよこ、げっ歯類、ワックスウジ、
ミールワームとその蛹、前もって殺したハエの幼虫とバナナの断片を細かく
切ったもの、熟したサクランボと熟した梨程度です。
ミツバチの子の贈り物の受け入れは最高であり、すぐに受け入れられます。
可能な限り、ハチクマは強制給餌されるべきではありません! (中略)
注意: ケアステーションでの越冬は、あらゆる状況下で避ける必要があります。
試行しないでください。したがってハチクマは専門家の手にのみ属します。
わら、干し草、削りくず、樹皮マルチ (mulch)、さらには新聞紙の上に置いては
いけません。鳥の羽は非常に繊細で、飼育下で簡単に損傷します。(後略)
備考:
*1: 原文で使われている単語は pfiffig。辞書訳では狡猾な、ずる賢いとあるが、対応する英語を調べると smart, cute, foxy、他の辞書では「抜け目のない、ちゃっかりした」とあり、次に挙げる文章を翻訳いただいた笠井氏に聞くと「賢い」でも構わないだろうとのこと。「ちゃっかりと人に慣れる」ぐらいの意味と思ってよさそうな感じがする。
日本の動物園の個体も飼育員をよく見分けていて、単に餌をくれるだけの飼育員にはあまり愛想がないが、時々遊んでくれる人には餌をもらわなくなってから年単位経過しても甘え声を出していた。インコでも餌を与えている人より遊んでくれる人に懐く印象があるがそれに近い。
この飼育員の方とハチクマのケージの前で立ち話をしていた時、ハチクマはキューキューとよく鳴いていた。ちょうど犬を連れて散歩中に他の人と出会って立ち話をすると犬がこちらにも構って欲しいと鳴く様子に似ていた (タカがそんなことをするのか!?)。
あるいは一緒に会話に参加しているつもりだったのかも知れない。「ハチクマのお客さんになって」にも同じような記述がある。ハチクマの社会性を考える上でも興味深い。
*2: Wing tip oedema in raptors
典型的には本来暖かい地域に住む猛禽類が寒気に晒されると発症することがあるとのこと。
(手根骨付近に炎症が生じる)。その年生まれの鳥に多い。
日本語では翼端浮腫 WingTip という (以前は獣医師による日本語ブログがあったのだが現在は存在しないようである)。
普段野鳥観察をしている時に、翼を閉じた状態で「手」にあたる部位がどこにあたるかあまり考えることはないかも知れないが、少し考えると寒風を受けやすい場所であることがわかる。足先や嘴のように羽毛にうずめて暖めることができない場所なので寒さに弱い種類では凍傷を起こしてしまうことがあるのだろう。
ドイツの Alfred Brehm 「ブレーム動物事典」(Brehms Thierleben 世界では有名な本だが和訳本は出ていないようである) の該当ページ Unterfamilie Busarde (Buetoninae)
(1893 年初版; 当時はノスリ類として扱われていた) からヨーロッパハチクマの興味深い行動の部分をスイス在住の笠井潔氏に翻訳いただき、自分で少し修正と注釈を入れたを紹介しておく。(注: 当時はヨーロッパハチクマとハチクマは同種とされていた。文章で扱われている種類は現在はヨーロッパハチクマであるが、ハチクマと記載する)。
Behrends によると、ハチクマは飼育していて大変に楽しませてくれるようです。
「私が捕まえた飛べるオスは、数週間後には彼が知っている人や私の犬達に対して非常に
信頼し、それどころか甘えるぐらいになりましたが、知らない犬すべてに対しては攻撃的な姿勢を
とり、羽を逆立てて攻撃しました。 彼はある小型犬が特に好きになりました。
その犬が横になると、彼はその足の間に座って遊んだり、くちばしで毛をかき回したりし、
犬もそれを好意的に我慢していました。
ハチクマは食べることに関してのみ油断ならない性格で、自分に
逆らわない犬は食べ物から追い払い、しばしば自からは食べないで
長い間食べ物を見はっていました。 彼は家の内外を走り回り、あるドアがロックされて
いるのを見つけたときは、ドアが開くまで全力で叫んだのです。
夏に彼は毎日私のアパートの近くの公共の庭を訪れました。そこでは彼は人気のある
ゲストであり、いつも何かを投げてもらいました。夏の終わりから秋にかけて、
彼は刈り取られた畑で食べ物を探して半日歩き回ることがよくありました。
彼は「ハンス」という呼びかけを聞いても、ご機嫌か空腹のときにだけ来ました。
機嫌が良い時は、女性の膝の上にジャンプしたり、翼を持ち上げてその下を
引っ掻いてもらって明らかに心地よさそうにに目を閉じたり、肩に座って髪の毛で遊んだ
りしていました。誰かが彼を傷つけた場合、彼は長い間それを覚えていて、その人を避けま
した。
お腹が空いたとき、彼はいつも彼に餌をくれるいるメイドを家中叫びながら追いかけ、
彼女の服を引っ張ったりしました。彼女が彼に抵抗すると、彼はひどい声でなき叫び、
立ち上がって身を守りました。彼の好きな食べ物はロールパンとミルクでした。
しかし、彼はまた、肉、穀類粉の食べ物、ジャガイモ、そして時には小鳥など、
他ものをなんでも食べました。
庭の茂みからぶら下がっているハチの巣は、これっぽっちも彼を魅了しませんでした。
彼は頭を振って頭の周りを飛んでいたハチを撃退しようとしました。
もし彼のくちばしの前でハチをみせても、彼はそれらを噛み殺しましたが、
決してそれらを食べませんでした。彼は寒さにとても敏感でした。
冬になると、彼はしばしばストーブの下に隠れ、
彼が室内にいることはあまり皆に喜ばれなかったので、自分がいることを
さとられないように静かにしていました。
一般的に、彼の態度は猛禽類というよりはカラスのようでした。
しかし彼の動きは (カラスより) 悠然とし、慎重で、すり足で歩き回り、
決して飛び跳ねず、追いかけられているときだけは、
数回飛び上がりました。彼は3年後に亡くなりました。
ずっと以前に捕らえたメスは、ハチの幼虫が大好きでした。
メスの前にハチの巣を持っていくと、目に見えて興奮し、熱心にそれを
突いて、ハチの幼虫を丸飲みしました。空になったハチの巣を今度は幼虫を探して、
バラバラに引き裂きました。それ以外の点では、前述のオスと同様に、彼女の好きな食
べ物はロールパンとミルクでした。しばしば死んだ鳥は手つかずのままにしました。
メスはそれよりカエルを好みました。コフキコガネ (訳注 こちらで5月によく見られる
昆虫です) も一応食べましたが、特に好きではありませんでした。
ハチクマは私の他のペットに対して非常に協調的でした。
ハチクマがペットたちと一緒に、つまり2匹のモルモット、ムクドリ (注: 現在の和名では
ホシムクドリ)、
ヨーロッパムナグロ、2羽のウズラと一緒に一つのボウルから食事をしているのを見る
のはそれは楽しかったです。 言及された動物のどれもが彼へのほんのわずかな恐れすら
も示しませんでした。ええ、、せんさく好きなムクドリはしばしば
餌に対する妬みから彼を噛んだり、顔にミルクをはねかけたりしましたが、
しかし彼は全く落ち着いてそれを甘受していました。
時々、そういう場合でも彼は非常に威厳を持って立ち上がって、誇らしげな表情で
彼のごちゃまぜの食事仲間のグループをを見渡しました。
ある時ハトを受け取ったので、ハチクマの隣に置いたら、
ハトが恐怖を示さずにタカ (ハチクマ) の近くに寄り添ったとき、少なからず驚きを覚え
ました。
ハトはそれどころか決してハチクマの側を離れようとはしないほど、ハチクマへの
愛着を示しました。ハトがハチクマの隣にとまっていたとまり木から食べ物に飛び降りた場合、
ハトは飛ぶことができなかったので、ハトは我々がまたとまり木に乗せてやるまで、
ハトの友達 (ハチクマ) の下をウロウロ行ったり来たりしました。
ハチクマが落ち着いて行動しなかった場合、
ハトはしばしばハチクマをつつきましたが、それでもこれはハチクマをまったく怒らせ
なかったようです。
ハチクマは人間や前述の動物に対してかくも気さくに振る舞うのに、、
犬が近づいたときはとても意地悪でした。
矢のように速く、大変に怒って犬の頭を撃ち、爪足を立て、噛み、翼で
引っ叩きました。彼は羽を逆立て、猫のようにシューッと唸り声を立てました。
犬は、最強で最も悪質なものでさえ、最大の恐怖に陥り、遠くに逃げました。
犬が逃げ出したあとも、彼はすぐには落ち着かず、しばらくは近くに来るもの全てに
やたらめったら怒り任せに噛みつきました。
彼は太陽の光がとても好きだったので、翼を広げてくちばしを開いて開いた窓べに
座ったり、隣近所の屋根に飛んだりすることがよくありました。 彼は雨をとても嫌がり
ました。
突然雨にあったりしたら、彼はすぐに近くの隅に逃げ隠れました。
彼はまた、寒さに非常に敏感だったので、冬の間は作業室に保管しなければなりませんで
した。
[飼育下の行動: ドバイ (UAE) で保護されたハチクマ]
これは一時保護個体であるが内容は大変面白い (ビデオあり):
Video: A rare migratory bird rescued by Dubai resident (2021)
ハチクマの分布が西に広がって中東も渡り地域になってきていることもわかる。
(前略)「午後4時のことで Damac Hills の自宅でリモートワーク中でした。
忙しくコンピュータに向かっていると突然大きなどすんという音を
聞きました。文字通り椅子から飛び上がってびっくりしました。
何者かがバルコニーの窓に飛び込んでいたのです」
と Michael は語りました (中略)
外はものすごく暑く、鳥は深く早い息をして
いてすっかり憔悴しているようでした。すぐに何か、とにかく何か
しなければ死んでしまうと思いました、と付け加えました。
Michael はドバイの熟練した鷹匠の友人の Hendry に電話をかけました:
Hendry に写真を送ってぶつかった鳥は何かを聞きました。
Hendry は鳥をすぐに日光から遠ざけて日陰に入れるように
と指示しました。何だって! ニワトリでさえ生きたのを掴むのは怖いのに! (中略)
「そっとタオルをかけて翼を片側ずつ掴んで鳥をゆっくりと浴室に
運びました。鳥は安心したようで一気におとなしくなりました。
照明は点けたままにしてドアを閉じました。時々何をやっているかを
覗いていました」
「浴室に猛禽を入れた人なんてあるでしょうか? 多分ないでしょう。
しかし鳥は手洗い場に堂々ととまっていました。鏡に写る自分の
姿にほれぼれしているかのようでした」、そして Michael は冗談の
ように「鳥はさらにやらかしてくれました。どうやったのか
"偶然に" 蛇口を開けてしまったのです」と付け加えました (後略)。
囚われの身でありながらいきなり気になるものを触ってしまうハチクマのいたずら好き (初めてのものを怖がらない) の様子がわかるが、
カラスがこれをやれば天才と言われそうな気がする。
GPS タグを付けて放ち渡りを追跡するとのことで、救護体制とともにこのような準備が整っているのは素晴らしいと思う。
本稿では蛇口を開けるカラスの話題は現状取り扱っていないのでここに含めておくが、Klump et al. (2025) Emergence of a novel drinking innovation in an urban population of sulphur-crested cockatoos, Cacatua galerita
オーストラリアのシドニーでキバタンが給水場の蛇口をひねって水を飲む行動が発明され、複数個体で少なくとも2年にわたって続いているとのこと。過去の報告事例を知らないとのことで、日本のカラスの事例は目に触れる形で論文化されているのだろうか。UAE のハチクマは因果関係を理解し、機会があれば継続して利用しようと果たして試みただろうか。タカがそんなことをするはずがないと考えられ、検証も行われていないかも知れない。
改めて考えてみると UAE で保護されたハチクマも救護されるまでは炎天下で、水を与えたとは書かれていないので、落ち着いてみると猛烈に水が飲みたくなったのではないだろうか。
鏡の中の自分を見ていたのではなく、何とかして水が飲めないか考えていたのではないだろうか。試してみたらたまたまうまく行ったのかも知れない。器具は説明がなくても人が初めて見て使える程度には工夫されている (操作法がわからない場合でも一番簡単な操作が正解になっている。いわゆる人間工学だな) と思われるので、鳥にとっても自然な発想の範囲で試してみることができたのかも知れない。人間工学ならぬ鳥工学になっていた (?)。
オーストラリアも乾燥地なので飲水要求が非常に高いゆえキバタンが行動を編み出したのだろうと考えると共通性が感じられる。
[飼育下の行動: 中国のハチクマ]
An injured crested honey buzzard recovered with help from humans (英語音声と字幕) 北に渡る途中のハチクマが撃たれたが手術で救われた。牛肉にハチミツをかけて与えると驚くべきことに喜んで食べたとのこと。かなり淡色のメス成鳥。
中国のハチクマ関連ビデオがあったのでここに紹介しておく: The Crested Honey Buzzard, a medium-sized raptor and a second-class protected species in China (Guizhou Echo 2024。英語音声と字幕)
重慶市 (Chongqing) は "ワシの街" の名称でも知られるとのこと。ハチクマに関心を持ってもらうための啓発ビデオのよう。
このビデオでは特別な虹彩がハチへの武器になっているとの説明があるが瞬膜のことかも。ハチ食で多分弱いとの文脈と思われるが、他の動物にいじめられることもあると紹介されている。映像が不鮮明でよくわからず (次に出てくる映像は別種。タカサゴダカのようにも見えるが何でしょうか)。
[飼育下の行動: インドネシアのハチクマ]
飼育下の映像 Caring For Eagles From Chicks Until They Fly Into The Wild おそらく日本と同じ亜種の若鳥で何らかの理由で飼育され放鳥されたらしい。短いビデオだが他のタカと同じような反応を示しているよう。
[飼育下の行動: 日本のハチクマ]
ハチクマ保護日記。
現在盛岡市動物公園 ZOOMO にいるハチクマ (はっちゃん) の保護経緯。
ひなを運ぼうとしていた猛禽が何だったのか (親鳥? それとも#イヌワシの備考にあるように捕食しようと自身の巣に運ぶ他の猛禽?)。
人に慣れてしまって同種を見ても渡る意思が起きなかったらしいのも興味深い。
ハチクマにハチの巣を与えてみると (多摩動物公園 2016.5.20)。
動画では最初は嘴で受け取ったが足で掴み直す。静止画で足で受け取るらしい画像が出ている。
-
カタグロトビ (第8版で検討種)
- 学名:Elanus caeruleus (エラヌス カエルレウス) 青っぽいトビ
- 属名:elanus (elanosトビ Gk)
- 種小名:caeruleus (adj) 青い < caelum (天上、空) 備考参照
- 英名:Black-winged Kite
- 備考:
elanus は起源となるギリシャ語 elanos は短母音のみ。ラテン語規則からアクセントは冒頭 (エラヌス)。
現代ギリシャ語でも "エラノス" と呼んでいる。ギリシャでも記録される鳥。
caeruleus は短母音のみで -ru- がアクセント音節 (カエルレウス)。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で検討種に移動 (文献で同属の類似種が明示的に否定されていないため)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも検討種。
Rene Louiche Desfontaines (1789) が Falco caeruleus の学名で記述したもの。基産地は Algiers (アルジェリアのアルジェ) ははるか遠く。
複雑な歴史があるため関連種もここで合わせて説明する。
現在の名称でオーストラリアカタグロトビは Latham (1801) の記述 (Falco axillaris) が最初で、1790 年代の Thomas Watling の図版を元に記述された。
Latham (1801) の方が早かったが Latham の記述はクロオビトビ Elanus scriptus Letter-winged Kite を指すものとの議論が Gregory Mathews から出され (1916)、図版も不明瞭だったため Elanus notatus Gould, 1838 を使うべきと提案された。
1980 年に Richard Schodde and Ian J. Mason が Mathews の指摘を論破し、Elanus axillaris の学名が使われるようになった。
1959 年に Kenneth C. Parkes は現在の名称でカタグロトビとオーストラリアカタグロトビ2種は同種とするべきと唱え、先取権の原則に従って Elanus caeruleus に一旦落ち着いたが、その後の研究で 1992 年に再度分離されて現在に至った複雑な歴史がある
[Clark and Banks (1992) The taxonomic status of the White-tailed Kite] (オーストラリアカタグロトビの wikipedia 英語版より)。
そのため現在のオーストラリアカタグロトビを指して Elanus notatus とされていた時代があり、高野 (1973) がこれに相当する (この書物では2種を別種扱い)。
2種を同種とする立場であれば Elanus caeruleus となる。
古くはアメリカのオジロトビ [高野 (1973) ではオジロハイイロトビ] Elanus leucurus White-tailed Kite も含めてすべて "black-shouldered kite" と呼ばれていた (wikipedia 英語版)。
オジロトビは Audubon (1840) "Birds of America" Black-shouldered Hawk の名前ですでにアメリカの鳥として登場していた。この時の学名は Elanus dispar Temminck だった。
別名に Black-winged Hawk もあった。
記載時学名 Falco dispar Temminck, 1825 (記載, 図版, 参考)。
dispar は "違った" などの意味。フランス語名 Milan a queue irreguliere (不規則な尾のトビ) で "尾の最外側の羽が短く尾が不揃いな発達段階に見える" との Azara の記述に基づく。トビ類にしては最外側尾羽が短い特徴を表現したものと思われる。
記載時学名で Milvus leucurus Vieillot, 1818 に先取権があったため Temminck の学名は使われなくなった。
つまりカタグロトビの名前はそもそもアメリカの鳥に対して付けられた英名由来で、おそらく後にオーストラリアのもの (現在の Elanus axillaris) と同種扱いとされ、その場合はどちらを基亜種とするか次第で学名が異なることになる。前述のように Latham (1801) と Gould (1838) の記載のどちらを採用するか議論されていたため、Gould (1838) の記載を正統とする立場であればオーストラリアのものはアメリカのオジロトビの亜種となる。
すなわちその時代の産物として種英名が Black-shouldered Hawk でその英名が現在のオーストラリアのものに引き継がれ、現在のカタグロトビと同種時代は Black-shouldered Kite と呼ばれていたものと考えられる。カタグロトビの和名は同種時代のアメリカのオジロトビに起源があったことになる。
現在ではカタグロトビの原記載がこの中で最も早いと判定され、もし同種とする場合はカタグロトビの亜種となるが、古い時期には逆転していた時期があった。
高野 (1973) ではカタグロトビ類をハイイロトビ類と呼んでいた。高野の名称とカタグロトビの名称のどちらが早かったのかは不明。
猛禽類分類の事実上の「標準」とされていた Brown and Amadon (1968-1969) "Eagles, Hawks and Falcons of the World" では、Elanus caeruleus Black-shouldered Kite と Elanus notatus (現在は Elanus axillaris) Australian Black-shouldered Kite の英名となっていた。
Elanus notatus Gould, 1838 (参考 1, 2) でこの学名も記載が十分でなかったことがわかる。Brown and Amadon (1968-1969) は Gould (1838) を正統として分類していたがこの時代にはアメリカのオジロトビは分離していた。
時代背景的にはこれがそのまま和訳されたものが現在に至っているのかも知れない。
時代や採用した分類により名称が交錯しているので過去の文献を見る際は要注意。
カタグロトビの学名のシノニムに Elanus caesius Savigny, 1809 があり、caesius は青灰色 (元素セシウム Cs の語源と同じでこちらは炎色反応のスペクトル線の色)。現在の種小名 caeruleus も同様。他のトビ類に比べて青っぽく見えることが学名の由来だろう。
#ハクガンの種小名 caerulescens にも同系のラテン語が使われるが、ギリシャ語、ラテン語とも本来 "青" を意味する語彙がなかったとのこと。例えばギリシャ陶器には青は現れない。
これらの単語は cera (蝋) が語源で、白と茶と黄色の間の色を指していたものが語義が次第に変化し、緑か黒っぽい色、そして青っぽい色を指すようになったとのこと。「青の歴史」(ミシェル・パストゥロー著; 松村恵理, 松村剛訳 筑摩書房 2005; 原著 "Bleu: histoire d'une couleur" Michel Pastoureau) pp. 24-25 による。
青っぽい色彩を指すラテン語はいくつかあったが多義的で色彩も漠然としており、用法もまちまちだったとのこと。caeruleus が最もよく使われたとのこと。ハイイロチュウヒの種小名に現れる cyaneus もそのような単語の一つ。
キリスト教的中世の著作家が青色にあまり関心を示さなかったためとのこと。青系統の語彙も貧弱で、赤や茶系統の色に多彩な学名が存在するのとは対照的である。日本のアオサギの "アオ" 同様、ヨーロッパでも曖昧に使われていたらしい。日本産の種の種小名には出てこないが、azureus はアラビア語から後に導入された語とのこと。
フランス語でも bleu はドイツ語 blau から (ゲルマン語由来で blavus がラテン語にも入った) でラテン語系統の単語ではなかった (以下 #カワセミの備考に続く)。
「セグロハヤブサ」の名前で古くから鷹狩り用に輸入されていた (YouTube などでは BWK の略称で海外の訓練ビデオを見ることができる)。「セグロハヤブサ」の名称は英語の Black-winged Kite 由来か。
英語では BWK とそのまま略しているようなので日本では「トビ」から「ハヤブサ」と付け替えたものかも。
なおトビ Milvus migrans と近縁の種類ではなく、ハチクマとも近縁ではない。
3亜種あり (IOC)。
日本で初記録時代には迷鳥としてフィリピンの亜種 hypoleucus が想定されたことがあったが、現在は日本で記録されるものは東中国、インドシナ、マレーの亜種 vociferus (「騒々しい」の意味) であると考えられている。[分布拡大] の項目も参照。
小山他 (1995) Birder 9(3): 85 に 1995.1.6 の石垣島のカタグロトビが hypoleucus らしいとする記述あり。
(フィリピンの写真) (Jun Jose 2024.10) と比べていかがだろうか。
Vagrant Kite No Visa Needed (Joel Dayao 2025.1.12 撮影) はフィリピンだがこちらは迷鳥のオーストラリアカタグロトビ Elanus axillaris Black-shouldered Kite とのこと。
オーストラリアカタグロトビも齧歯類など獲物の豊富な農地へ分布を広げつつあるとの見解が示されている。
[カタグロトビ類の系統分類]
カタグロトビには日本産の他のタカ類に系統的な類縁種がないため、カタグロトビ亜科の全種を#ミサゴの備考のように示しておく。順序は Catanach et al. (2024) の分子系統分類による。
この項目で種または属名の和名の後に * が付いているものは従来の少数遺伝子によるもので付いていないものよりは精度が低い (従来の系統解析と同じ)。
ここでは日本鳥類目録改訂第7版の順序なのでハチクマ亜科の後に登場するが、現代の分類では #ミサゴと#ハチクマの間になる (分類位置はこれらそれぞれの備考参照)。
"トビ" の名の付く種類も複数の系統に分散しているが、カタグロトビ亜科は和名でも英名でもすべての種に "トビ" の名が付いている。
ミサゴ科からハチクマ亜科は眼窩上の張り出し supraorbital ridge を作る骨 (os lacrimale 涙骨の processus supraorbitalis) が発達しておらず (解剖学的な分類根拠にもなっている)、あまり険しい目に見えないと言われるが、カタグロトビは羽毛で supraorbital ridge を作っているとのこと。
Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" にカタグロトビの説明と写真も載っているが、Lerner and Mindell (2005) Phylogeny of eagles, Old World vultures, and other Accipitridae based on nuclear and mitochondrial DNA
によればカタグロトビ類は骨が眼窩上の張り出しを作っており、ハチクマ類と区別できる点としている。
Elanus caeruleus (Black-shouldered Kite) (Skullsite)
では該当の眼窩上の張り出しを作る骨があり、Brown (1976) の早合点かも知れない。
Brown (1976) はこの骨の張り出しがないものを原始的系統の分類根拠として挙げているが、必ずしもそういうわけではなさそうである。この後に出てくるクロオビトビはこの骨の張り出しがないが夜行性なのでそもそも必要なく、必要なければ簡単に失われるものなのだろう。
同サイトの他のタカ類と比較するとヨーロッパハチクマとケアシノスリは骨の張り出しは小さいが大差なく、チュウヒ類も比較的小さい。ハチクマ亜科に近いヒゲワシ亜科でもヒゲワシでは骨の張り出しが発達していてノスリ類でも種差が大きいので必ずしも系統を反映するものではなさそうに見える。
What are pernine kites? (Honey Buzzard stuff 2012)
にも同様の解説があり (ヨーロッパハチクマが中心のサイト)、Amadon の言う原始的特徴ではないとの考えを述べている。
カタグロトビ亜科 Elaninae (ハイイロトビ亜科の名称もあり: #ハチクマの備考参照)
シンジュトビ属* Gampsonyx
シンジュトビ [高野 (1973) ではシロクロトビ] Gampsonyx swainsonii Pearl Kite
アフリカツバメトビ属* Chelictinia
アフリカツバメトビ [高野 (1973) ではアフリカツバメハイイロトビ] Chelictinia riocourii Scissor-tailed Kite
カタグロトビ属 Elanus
オジロトビ* [高野 (1973) ではオジロハイイロトビ] Elanus leucurus White-tailed Kite
カタグロトビ [高野 (1973) ではハイイロトビ] Elanus caeruleus Black-winged Kite
クロオビトビ* [高野 (1973) ではクロオビハイイロトビ] Elanus scriptus Letter-winged Kite
オーストラリアカタグロトビ [高野 (1973) ではオーストラリアハイイロトビ] Elanus axillaris Black-shouldered Kite
カタグロトビ属の4種は高精度の分子系統樹が描けているものが2種なので、4種の順序には現状はあまり意味がない。ただしこれら4種は非常に近い系統というわけでもなく、亜種レベルに近い違いではない。
かつて同種とされた (Parkes 1959) カタグロトビとオーストラリアカタグロトビの間もそれほど近いわけではない (ハチクマとヨーロッパハチクマ程度には違っている)。
ツバメトビとアフリカツバメトビは和名が示唆するような近縁の種ではない。どちらも優美な種類だが尾の形は収斂進化の結果なのだろう。
属名 Chelictinia は khelidon, khelidonos ツバメ iktin, iktinos トビ (Gk)。
シンジュトビは南米の小型の種類で南北アメリカで最小の猛禽類。ヒメハヤブサ類 Microhierax (極小のタカの意味) と配色がそっくりなためハヤブサ類に分類されていたこともある。換羽様式がハヤブサ類様式でなくタカ類様式であること、骨格の特徴からタカ類に移動となった。
属名 Gampsonyx は gampsos 曲がった onux, onukhos 爪 (Gk)。
[系統とフクロウ類との収斂進化]
Elanus 属はミサゴ科が分岐した後に他のタカ類と早期に分岐したグループで、この中には夜行性のクロオビトビがいる。この習性のため観察は非常に難しいことで有名。
最近になってようやく高い周波数まで含まれた公開音源が報告された XC924861 これは昼間の録音。
Elanus 属は羽音を出さずに飛べる [Clark and Liu (2020) Evolution and Ecology of Silent Flight in Owls and Other Flying Vertebrateにも記載がある]、
大きな目が前方に付き暗所視に優れる、網膜の紫外線感受視細胞を欠く (つまり3原色型。#ハヤブサの備考参照)、足指をミサゴのように後ろに回せる、胃の酸性度が低くペリットはフクロウ型、この属の少なくとも1種は左右の耳が非対称でフクロウ類のように音源定位をしている可能性があるなどフクロウ類との収斂進化が見られる
[Negro et al. (2006) Elanus Kites and the Owls。
さらなる参考 Perez et al. (2019) Elanio comun - Elanus caeruleus (Desfontaines, 1789)]。
カタグロトビ科 (Elanidae) として独立させる意見もある [Starikov and Wink (2020) Old and Cosmopolite: Molecular Phylogeny of Tropica-Subtropical Kites (Aves: Elaninae) with Taxonomic Implications]。
さらにはカタグロトビ目 (Elaniformes) すらも提唱されている [Debus (2004) Relationships of the Elanus kites. Boobook 2004, 22, 8] が、分子遺伝学や (染色体) 核型の研究からは独立科として認められる段階には至っていない。
趾をミサゴのように後ろに回せる能力については Tsang (2012) Facultative zygodactyly in the Black-shouldered Kite Elanus axillaris
に写真などがある。ミサゴ同様に第 III 趾と第 IV 趾の間の膜 (人の指で言われる「水かき」に相当) が欠如している。
カンムリカッコウハヤブサ Aviceda subcristata Pacific Baza
にもこの能力がある。系統的な特性なのか、例えば薄暗い中で哺乳類を確実に捕まえるのに役に立っているのかなど役割は検討されている段階。
Tsang et al. (2019) Raptor talon shape and biomechanical performance are controlled by relative prey size but not by allometry
によればカタグロトビ類とフクロウ類の爪の形状にも共通点があるとのこと。
網膜の視細胞の構成はタカ類としては特殊であるが、Moroney and Pettigrew (1987) (#ハチクイの備考参照) ではカタグロトビも両眼視の視力がよいと考えられている。
クロオビトビの頭蓋骨の研究は Keirnan et al. (2022)
Not like night and day: the nocturnal letter-winged kite does not differ from diurnal congeners in orbit or endocast morphology
にある。形態的には昼行性タカ類と大きな違いはないが視神経は細いようで、Elanus 属は全般的に視覚の分解能は犠牲にしているらしい。顔つきはしっかりして見えるが視力はそれほどよくない?
この研究ではクロオビトビが Elanus 属の中で唯一の夜行性と考え、分岐年代から夜行性への移行は大きな解剖学的変化を伴わなく短期間で達成できる性質であると考えている。
Elanus 属の網膜の紫外線受容体細胞の欠如を考えるとこの種の分岐前から夜行性であったことも考えられ、この解釈には問題があるかも知れない。
この文献によればクロオビトビはオーストラリアで Tyto 属 (メンフクロウ類) の地位を占めていることが紹介されている。
Scheibler (2007) Food partitioning between breeding White-tailed Kites (Elanus leucurus; Aves; Accipitridae) and Barn Owls (Tyto alba; Aves; Tytonidae) in southern Brazil
によればブラジルではオジロトビ [高野 (1973) ではオジロハイイロトビ] Elanus leucurus White-tailed Kite がメンフクロウと同所的に生息し、どちらも齧歯類が主食とのこと。活動時間帯は違いがあるが食物はよく似ているとのこと。オジロトビの方がもう少し大きな哺乳類の獲物も食物としているとのこと。
見事に競合しているがメンフクロウ類との共存は可能な模様。
これらの研究ではカタグロトビ類の特異性が強調されている印象があるが、ミトコンドリアの CRs (control regions) の解析でミサゴ、カタグロトビ、ハチクマにむしろ共通性が見つかる結果も出ている:
Sonongbua et al. (2024) Insights into Mitochondrial Rearrangements and Selection in Accipitrid Mitogenomes, with New Data on Haliastur indus and Accipiter badius poliopsis
で、過去の解析 (カタグロトビは含まれていない) でミサゴのみがタカ科と異なるとした結果と異なるとのこと: Urantowka et al. (2021) Mitogenomes of Accipitriformes and Cathartiformes Were Subjected to Ancestral and Recent Duplications Followed by Gradual Degeneration。
この研究では CRs の重複現象はタカ類とフクロウ類の共通祖先段階で起き、ヘビクイワシを分岐した後 CR1 が CR2 の役割を置換する進化が起き、その後系統特異的に CR1 と CR2 の間で塩基配列の収斂や役割の置換があったと考えていた。
ただ Sonongbua et al. (2024) が比較対象に用いているのが大部分 (現代の概念で) トビ族 Milvini と Accipitrinae なのでむしろこれらの特殊な適応が現れているのかも知れない。個々に見るとだいぶ違いがあるのでカタグロトビとハチクマはそこまで似ていないかも。
Perninae, Circaetinae, Aegypiinae, Aquilinae の4亜科を指して four primitive subfamilies ("原始的な" 亜科) と表現しているのでイヌワシ好きの方には叱られそうである (笑)。これらのグループには ATP8 遺伝子に共通性があるが Elaninae, Buteoninae, Circinae では異なっているとある。原始的なというよりも系統的に混ざってしまっているような気がする。
論文にも指摘があるがエネルギー代謝にかかわる遺伝子なので、タカ類全体の系統順序を反映したものというより生態や食性への適応かも。
ミトコンドリアの CRs で描いた系統樹では カンムリオオタカ Lophospiza trivirgatus Crested Goshawk が他の広義 (旧) Accipiter とは大きく離れていて間にソウゲンワシが入る形になっている。
系統樹形はもっと広範な遺伝情報を用いた Catanach et al. (2024) の方が信用できると考えられるが、カンムリオオタカが相当違うらしいことはこの研究からも読み取れる。
この研究の行われたタイは種類数も多く渡りの要所でもあるためかタカ類への関心が高く、系統にもアマチュア・プロを問わず興味が持たれている印象を受ける。
Catanach et al. (2024) の論文 (preprint 段階は知っていてわずかな修正で受理まで把握していたが) が雑誌に実際に出版されたのを最初に知ったのもタイの猛禽類サイトに紹介された情報からだった。
[分布拡大]
カタグロトビの分布拡大は世界的傾向で、台湾では 1998 年に初確認以来 2001 年に初繁殖で急激に数が増えている。ヨーロッパでは 1970 年代から分布を広げている。長距離に分散する能力が高く、年に複数回繁殖できる (齧歯類が爆発的に増えることがあるのに適応できる能力である)。
Podsokhin et al. (2023) The black-winged kite Elanus caeruleus on the border of Moscow and Tver Oblasts (pp. 3724-3726)
によれば伝統的分布より北進しており、モスクワ近郊でも観察された。ザバイカルでも記録があり内陸にも進出している。
人為的な環境にも適応力が優れている。チョウゲンボウ (台湾では冬鳥) と生態が似ていて留鳥のカタグロトビの方がより攻撃的。数の上でも逆転現象が発生しており、将来チョウゲンボウの個体数減少の心配がある:
Chen et al. (2022) Competition between the black-winged kite and Eurasian kestrel led to population turnover at a subtropical sympatric site。
台湾の個体群は人為的に導入されたもので自然分布ではない (その場合は日本の記録は二次的人為分布となる) 説 (参照) もあるが、台湾の研究者によれば初記録から数が増える過程が詳しく記録されており、中国南部から自然分布を拡大したものと広く受け入れられている。
齧歯類を食べる益鳥としてとまり木を設置するなどの試みも行われている (wikipedia 中国語)。北京にも分布を拡大している (参考)。
台湾での研究 Lin et al. (2014) Distribution Trend and Prediction of Black-winged Kite (Elanus caeruleus) in Taiwanによれば猛禽類の渡りの時期以外には競争種がなく、豊富な齧歯類によって個体数が大幅に増えた。
前述のフィリピンの写真のようにオーストラリアカタグロトビも分布を広げているらしく、カタグロトビ類は人為環境の広がりによって世界的に勢力を広げているらしい。
橋本 (2007) Birder 21(10): 20 に2007年7月13日に台風通過後に沖縄本島で記録されたカタグロトビの報告がある。この当時は迷鳥だったがすでに分布拡大傾向を反映したものだったのかも。
川野 (2017) Birder 31(3): 40-41 に石垣島の初繁殖時期の記事がある。2015 年に繁殖に挑戦、2016 年に初繁殖したとのこと。
韓国でも観察例が増えており、日本でもこれまでより広い地域で記録されるようになるかも知れない。
澤田他 (2024) 波照間島におけるカタグロトビの記録
が日本の繁殖個体が同属の他種ではないことを明示的に示した国内のカタグロトビの初めての学術報告となった。
鳥を食べる報告もある。Wee (2015) 映像もあり Black-shouldered Kite eats a Javan Myna。
Black-Winged Kite subadult (Yvonne Blake 2025.3.21 撮影)。止まり場でネズミを食べているところ。他個体への反応らしき尾を上下する行動も記録されている。
Brown (1976) p. 81 によればカタグロトビ類とチョウゲンボウ類は頻繁に羽ばたきながら採食する行動に共通点があるとのこと。採食のために羽ばたき飛行を続けるには大きなエネルギーが必要だがこれらの種はそのための生理的適応があるのだろうと記述している。
[タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式]
ドイツの鳥類学者 Erwin Stresemann (エルヴィン シュトレーゼマン 1889-1972) は換羽様式を中心に鳥類の分類を提案した
("Die Mauser der Voegel", Stresemann and Stresemann 1966, 448 pp.)。
それによればタカ・ハヤブサ類の初列風切 (9枚と書いてあり換羽の説明図もそうなっている。Brown の他所には通常 10 枚とあるので Stresemann の説明に合わせているのかも知れない) の換羽様式を ascendant (P4 から対称的に換羽)、
descendant (P1 から外側へ)、irregular (いくつかの部分でそれぞれ中央から対称的に換羽)
に分けていた。irregular なものは若鳥で descendant で成鳥で irregular のものと、生涯 irregular のものに分けられる。
Stresemann は descendant が原型 (原始的) で ascendant はその変形と考えた。
descendant がタカ類に相当、ascendant がハヤブサ類に相当。
ヒメコンドルなどが irregular に分類される。旧世界ハゲワシも新世界ハゲワシもこの分類では同じグループに入る。
Stresemann の分類ではタカ類の中でトビ類、ハチクマ類、海ワシ類が進化の最高段階とされ、一般的な考え方と異なっている。
ハゲワシ類が旧世界、新世界ともに同じ分類になるのは遺伝的な系統を反映したものより翼荷重の問題ではないか (以上 Brown 1976 より)。
Brown (1976) が参考文献として選択しているのは Stresemann and Stresemann (1960) Die Handschwingenmauser der Tagraubvoegel (一般書なのですべての文献が記載されているわけではない)。
猛禽類の換羽の新しいレビューは Zuberogoitia et al. (2018)
Moult in Birds of Prey: A Review of Current Knowledge and Future Challenges for Research
がある。情報は主にヨーロッパの猛禽類で、フクロウ類も含まれている。以下 moult はアメリカ英語の molt に統一して表記する。
換羽戦略については #ライチョウの備考 [ライチョウの換羽]、#キタヤナギムシクイの備考 [渡りと換羽戦略] も参照。
この論文をもとに、途中に他の研究をはさみながら簡単に紹介する。
上記の irregular は換羽が1シーズンで終わらないために複数の換羽開始点 (molt foci) が生じるため。Stresemann の用語では Staffelmauser (英語 staggered molt)。
ヨーロッパのハイタカではひなの巣立ち時期 (7月) に 18.75% のメス、55.5% のオスが換羽を中断する (arrested molt)。親にとっても負担の大きい時期で納得できる数字と性差が現れている。
このような現象はおそらく繁殖期に限られたものではなく、条件の悪い時に換羽を中断し、条件が改善すると再開すると考えられる。
換羽に時間のかかるシロエリハゲワシのような大きな鳥で傷んだ羽を自身で抜いて換羽を行うことが観察されており、イヌワシでも同じようなことがあるとのこと。
Rohwer et al. (2009) Allometry of the Duration of Flight Feather Molt in Birds
によれば初列風切の換羽に要する時間は体重の 0.14 乗に比例するとのこと。この数字を説明するための簡単な生理的モデルも提案されている。体重の大きな鳥は1シーズン内にすべて換羽できないことを説明できるとのこと (この論文で特に気にしているのは 70 kg の絶滅した最大の飛べる鳥 Argentavis magnificens がどのように換羽しただろうか)。
なお段階的換羽は比較的大型の鳥が中心と考えられていたが、40 g のスズメバト Columbina passerina Common Ground-Dove でも起きることが分かった: Rohwer and Rohwer (2018) Breeding and multiple waves of primary molt in common ground doves of coastal Sinaloa
この例ではピジョンミルクを生成するために換羽を中断すると考えられるとのこと。大型の鳥では P1 から始まった換羽が P10 に達する前に P1 からの換羽が再度始まってしまい、内側が2回換羽されて非効率である。ウ類や大型のサギ類では "omissive" molt が知られていて、一部の若鳥は P8-P10 のいずれかを換羽順でなく失いこの問題を克服しているとのこと。
特に傷んだ初列風切を優先的に交換する能力があることが最近わかったとのこと。
スズメバトでは新しい方法でこの問題を克服しており、P9/P10 に換羽が達する前に P1 から新たに換羽が始まるのを防いでいるとのこと。
タカ・ハヤブサ類の風切の換羽様式はそれぞれの系統の基本的パターンがあるが、フクロウ類は属による違いが大きいとのこと。
Buteo 属以外の猛禽類の大部分は2回めの換羽 (second prebasic molt 第2回基羽への換羽) で初列の換羽を優先し、初列の換羽がある程度進んでから次列の換羽が始まる。
ハヤブサの換羽は地域により異なり、留鳥または短距離の渡りのものは連続した換羽を行うが、北極に近いもの (亜種 calidus) は繁殖地で換羽を開始し、渡り時期に中断して越冬地で換羽を完了する。ハヤブサ類は1シーズンで換羽が終わり、多くのものは秋には換羽を終えている。
1シーズンで換羽を終えるタカ類では、アカトビのように中・長距離の渡りを行う種でも渡り前に換羽を大部分完了しているが一部は中断して越冬地で完了する。中型の渡りを行う種ではヨーロッパハチクマは渡り前に換羽を中断するが、ヒメハイイロチュウヒ Circus pygargus Montagu's Harrier は中断しないとのこと。
ヨーロッパノスリでは全体の換羽に2シーズンを要する。多くの個体は前年に中断した場所から換羽を再開し、換羽順序の規則に従って進む。このため、また部分的に抜けた羽などによって個体にさまざまな換羽状態が見られるとのこと。
より大型種では2-3シーズンを要し亜成鳥の羽は幼鳥とも成鳥とも異なる。亜成鳥の羽は幼鳥より短く成鳥より長い。この傾向は特に次列に顕著 (ハチクマの幼鳥の次列が幅広いのも同様か? #ハチクマの備考 [幼鳥の次列風切が幅広いのはなぜ?] に続く)。
1シーズンで換羽を終えず、かつ渡りをすることで冬季に換羽を再開するパターンはより複雑で、ミサゴ、ヨーロッパノスリの亜種 Buteo buteo vulpinus は渡り前に換羽を中断する。
ヒメクマタカ Hieraaetus pennatus Booted Eagle、チュウヒワシ Circaetus gallicus Short-toed Snake Eagle は渡り中に換羽を中断しない。これらは比較的短距離の渡りのためこのようなことが可能との考えもある。
ミサゴは生まれたその年の秋に2回めの換羽を開始し、22-29 か月後に繁殖地に旅立つまで換羽を継続するとの観察がある。これらのミサゴ若鳥は初列内側を1年で2回換羽することになるとのこと。
若杉氏の ミサゴ幼鳥の換羽は すごく早く 始まる! にも関連した記事がある。
ヒメハイイロチュウヒが渡り中に換羽を中断しないのは、チュウヒ類は渡り時にそれほどソアリングを多用せず、低く羽ばたき飛行をして獲物を捕りながら進むためと考えられる。
(フクロウ類の換羽は個人的興味から大部分省略したがご容赦いただきたい)。
成長段階を戻るとひなが孵化した段階の羽は neoptile (幼綿羽と呼ぶらしい)、一部の種 (特にフクロウ類) は2段階目の綿羽が生じて mesoptile (第二幼綿羽の用語があるらしい) と呼ばれる。
ひなに飛翔羽 (flight feathers *1) が発育してくると栄養が体の生育よりもこの羽の成長に使われる。
幼綿羽による覆い (downy cover と記されているが特に学術用語というわけではなさそう) が取れて幼鳥羽 (juvenile plumage) に置き換わる現象を first prebasic molt (第1回基羽への換羽 または first prejuvenile molt) と呼ぶ。
幼鳥の羽は成鳥とは違ってまとめて生育するため強度も弱く密な構造になっていない。幼鳥の飛翔羽は成鳥に比べて細くて長く、先端がより尖っている。
neoptile の構造は系統によるとのことで、Foth (2011) The morphology of neoptile feathers: ancestral state reconstruction and its phylogenetic implications
によれば Neoaves 以前の系統と Neoaves で構造が異なり、後者は無構造だが前者は対称性を持った構造が neoptile の段階で現れる (ニワトリやエミュー)。この違いは単純に Neoaves で卵内の発育期間が短いためかも知れない。
卵内での neoptile の成長が調べられている種はごくわずかなのでより広い範囲の系統を調べる必要があるとのこと。教科書などの記述はほとんどが家禽の知見に基づくものと思われるので、新しい系統の鳥では教科書と違っている可能性もあることを念頭に読むのがよさそう
(羽毛研究の関心事は羽毛の起源や羽毛恐竜に向いているので新しい鳥の研究は思ったほどない)。
Ng and Li (2018) Genetic and Molecular Basis of Feather Diversity in Birds のレビューによればスズメ目では 25 番染色体の β ケラチンをコードする遺伝子がニワトリより少なく、スズメ目が natal down を持たない遺伝子レベルの要因となっているとの考えがある
[Greenwold and Sawyer (2010) Genomic organization and molecular phylogenies of the beta (β) keratin multigene family in the chicken (Gallus gallus) and zebra finch (Taeniopygia guttata): implications for feather evolution]。
生態要因は晩成性の鳥のひなは羽毛を持たずに生まれるために熱の伝わりがよく、より多くのエネルギーを発育に使えると解釈されている [Starck and Ricklefs (1998) "Avian growth and development: evolution within the altricial-precocial spectrum"]。
早成性の鳥では neoptile の発育で生じる模様が隠蔽色となっている証拠がある: Rohr et al. (2011) Neoptile feathers contribute to outline concealment of precocial chicks。
フクロウ類のひながタカ・ハヤブサ類に比べて灰色と言われるのは mesoptile を見ているためのよう。
Holt (2016)
Mass Growth Rates, Plumage Development, and Related Behaviors of Snowy Owl (Bubo scandiacus) Nestlings にシロフクロウの発育の報告がある。この論文では幼綿羽に相当するものを protoptile down と呼んでおり、やはり白くて大変よく目立つとのこと。
系統の新しい鳥の neoptile は古いものとは異なって無構造な down のためおそらく白色にならざるを得ず (構造を作るための遺伝子発現の順序にも関係してそう)、フクロウ類が mesoptile を進化させたのはやはり目立つため隠蔽色とするためだろうか (どこかに書いてありそうなのだが見つけられなかった)。
タカ・ハヤブサ類ではなぜ mesoptile を進化させなかったのか [Zuberogoitia et al. (2018) では主にフクロウ類とあるので例外があるのだろう。文献は挙げられていなかった] 理由が必要だろうが、この時期は主に巣に親が大部分の時間いて守っているので十分だったのだろうか。
白いひなが目立つのは昼間なので、夜行性のフクロウ類の親は同じような状況でも昼間は守りきれない? 巣の構造が違うため? しかしハヤブサ類は巣を造らないため前者の説明の方が当てはまりそう? (いかにも適応的意義の議論がありそうなのだがみつけられなかった)。
もし古い時代に生態的意義があまり議論されていなかったとすれば、過去の系統分類ではタカ・ハヤブサ類が古いグループに置かれていてニワトリと同じようなものと考えられていたためかも知れない。
換羽の名称については茂田 (1993) Birder 7(3): 36-40 で異なる流儀の名称が紹介されており、この Zuberogoitia et al. (2018) の論文は Humphrey and Parkes (1959) An Approach to the study of molts and plumages の用語を採用しているよう。Humphrey-Parkes system の用語があるらしい。
Howell et al. (2003) The First Basic Problem: A Review of Molt and Plumage Homologies
には prejuvenal downy plumage の用語が紹介されていて、多くの鳥はこの downy plumage (natal down の用語もある) の段階があるが、キツツキ類では裸で生まれるが最初から juvenal plumage になるとのこと。ペンギン類では2種類の prejuvenal downy plumage があるとのこと (上記 mesoptile に対応と思われる)。
Zuberogoitia et al. (2018) が downy plumage を細かく分けた用語を採用しているのは猛禽類全体のレビューのためと考えてよさそう。
換羽戦略についてはタカ類・ハヤブサ類は似ていてフクロウ類やオウム類など他の系統に類似したものがない。この文献では生まれた年を暦年で year 1 と表記しているので年齢表示はやはり難しい。
ツミの換羽に異なったタイプがあることも報告されている。
Kang and Hur (2016) New moult pattern in diurnal raptors: primary moult pattern of the Japanese Sparrowhawk Accipiter gularis、
Iseki et al. (2021) Unique and Complicated Wing Molt of the Japanese Sparrowhawk Accipiter gularis (独特で複雑なツミの風切の換羽様式)。
2011, 2012 年の学会発表がある ツミは複数の換羽様式を持つ非常に稀な鳥だった - ツミには2つのグループがある? (2012)。
2023年度日本鳥学会内田奨学賞選考報告 (伊関文隆) に解説がある。
言及されている先行論文が上記 Kang and Hur (2016) である。タカ類換羽に関連した近年のニュースであり、研究の進展経緯も日本語で興味深く読める。
最新提案の分類でツミやアカハラダカが Tachyspiza 属とハイタカやオオタカと別になることも踏まえて調べると面白いかも知れない。
Tachyspiza 属は熱帯の種が多く、熱帯種は換羽様式が調べられていないものも多いので、系統的な特性があっても同属とされてきた時代には温帯種のみを調べて違いが見過ごされてきていたかも知れない。
換羽と系統の関係: Kiat et al. (2020) Sequential Molt in a Feathered Dinosaur and Implications for Early Paravian Ecology and Locomotion
論文目的は羽毛恐竜の換羽様式の推定だが、順次換羽を行う sequential molt とそうではない non-sequential molt (同時換羽や不規則なもの) の系統関係が示されている。
祖先形質は sequential molt と推定。non-sequential molt は生態 (飛行能力の必要性に関連) に対応して独自に進化したもの。飛べない鳥には sequential molt のものはない。irregular molt は飛べない鳥にしか見られない。
飛行能力の必要性から sequential molt の形質が維持されている。sequential molt を維持するためのコストが存在し、飛ぶ必要がなくなれば失われることを意味する。
最近の論文らしく使われたデータも公開されていて、クイナ亜目 Ralli を含むツル目 Gruiformes では non-sequential molt が一般的。これはクイナ類が多数含まれるためかと思ったのだが、ツル類の中でも両者が混ざっている。ナベヅル、アネハヅルは sequential molt で飛翔能力を失わないが、マナヅルは non-sequential molt で飛翔能力を一時的に失う。
Grus 属の中でも混ざっているのでこの系統は全体的に sequential molt を失いやすい模様。
カモ類は一般に non-sequential molt で一時的に飛べなくなるが、飛べないカモも結構ある (渡りをしないので馴染みがないだけのよう)。Terrill (2020) Simultaneous Wing Molt as a Catalyst for the Evolution of Flightlessness in Birds のように翼の同時換羽は例えば島や開けたニッチで迅速に飛翔性を失う前適応か、との議論がある。
猛禽類はこのリストでは例外なく sequential molt (当たり前か?)。
続編があって Kiat et al. (2021) Body mass and geographic distribution determined the evolution of the wing flight-feather molt strategy in the Neornithes lineage。
この論文の定義で "absent molt" と分類している最初の1年で風切羽を換羽しない例にオオタカが出ている (タカ類で一般的、他にも多数ある)。
Supplementary Table 1 に一覧があるので見ていただくと面白いだろう。ツミが "partial molt" となっている他、タカ類ではミサゴ、カタグロトビ、ヨーロッパハチクマ、チュウヒワシが含まれている。
ハヤブサ目ではニュージーランドハヤブサ Falco novaeseelandiae New Zealand Falcon が "complete molt" になっている。ムシクイ類ではさまざま。
ツグミ類は absent。コサメビタキで absent、サメビタキで complete。Ficedula は absent。
Kiat (2017) Divergent primary moult―A rare moult sequence among Western Palaearctic passerines divergent primary molt という換羽様式もあり、P1 から始まって次は P2 ではなく離れた点からも2方向に換羽が進むものもある。
スズメ目の少数で知られており (#シベリアセンニュウ で報告された)、この論文では旧北区西部のスズメ目を調べている。
P1 からは始まらないが初列の途中から始まって両側に進む形式 divergent sequence molt にハヤブサ目やウミガラスが含まれている。
スズメ目の divergent primary molt については換羽速度を早める一方、飛翔能力が低下して捕食の危険が増す。スズメ目では非常にまれな換羽様式であることは、おそらく換羽に必要なエネルギーが大きいためだろうと推論している。
この議論を延長すればハヤブサ目では換羽速度を早めることが有利なのだろうか。多くのタカ類ではソアリングの必要性がより大きいためこの換羽様式が選択されなかった? などの想像も可能に思える。
前述のように換羽様式は系統のよる関係もあるが生態の影響を受けやすいので、タカ類とハヤブサ類の違いは系統より生態の違いの方にむしろ関係しているのかも知れない。生態的必要性次第でタカ類の中にもハヤブサ類のような換羽様式を持つものがあってもおかしくなさそうだし、逆もあるかも知れない。ツミはそのような例なのかも。
アメリカチョウゲンボウで換羽期間外に人工的に flight feather を抜いて新しい羽が成長するかを調べた実験がある: Delnatte et al. (2014)
Assessment of regrowth of flight feathers after manual removal in American kestrels (Falco sparverius)
4か月の観察で、尾羽は 2-3 週間で新しい羽が成長し始めたが風切羽が生えることは少なく、特に初列風切はほとんど生えなかった。抗炎症作用のある物質 (次硝酸ビスマス) を塗布しても成績は変わらなかった。
風切羽、特に初列風切は骨の periosteum 骨膜と強固な結合組織で結合しているが尾羽は R1 を除いて繊維・脂肪組織からなる rectricial bulb の中にあり体の他の部分の羽毛より結合が弱いとのこと。"fright molt" と呼ばれる現象は捕食から逃げるための適応とも言われている。
猛禽類でも尾羽は抜けやすいよう。尾羽を完全に失った猛禽類を見かけることもあり抜けた原因はともかく納得できる話ではある。#ハチクマの備考 [ヨーロッパハチクマの繁殖地行動・ディスプレイ] に van Nie (2002) が飼育下で尾羽を脱落させた事例もある。
初列風切を人工的に抜くと皮膚の乳頭部 (dermal papilla) の組織を傷付ける可能性があり、新しい羽が生えなかったり異常の原因になり得る。この実験ではおそらく傷つけたため新しい羽が生えなかったのではないか。
ハトでは人工的に初列風切を抜くと新しい羽が正常に生えた報告があるとのこと。
古く矢羽に用いるために尾羽が抜ける直前に捕獲した猛禽類で尾羽を抜いて自然に返していたのでは、と宮崎学氏が推測されていた (「アニマ」1989年1月号「童話に生きる鷹少年」の対談中 p. 46。宮崎氏はさらに毎年捕らえられて警戒心の強さが遺伝している "新説" を紹介している)。尾羽を抜いて自然に返すのは合理的で生理学的には納得できる。
柴田 (2011) Birder 25(12): 26-29 に (ハトなどで) 筋肉が緩んで羽が抜けやすくなり、尾羽を抜いて逃げてしまう説明があるが、筋肉の働きよりは解剖学的特徴の方がより関係しているかも知れない。
一方ワシが傷んだ羽を自分で抜いて換羽を促進する話は初列風切についてはあまり当てはまらないかも知れない。
捕食から逃げるための適応仮説 (主に獲物となる側) は古くからあり、Moller et al. (2006) Losing the last feather: feather loss as an antipredator adaptation in birds (ResearchGate)
がまとめている。背中側の方の羽毛の方が小さな力で抜けるとのこと。
この文献で引用されているものでは Dathe (1955) Ueber die Schreckmauser (恐怖による換羽について) があり、この当時話題となっていたようで複数の文献が出ている。wikipedia ドイツ語版では Schockmauser ともあって、ショックによる換羽の別名になっている。ニワトリやハトで尾が抜けやすくなる例があるとのこと。
この論文では尾は調べていないが背中、腰、胸の羽毛を抜くのに必要な力を測定している。小型の鳥が中心だがハイタカやヨーロッパノスリも測定されていてさすがにタカ類は抜けにくいよう (同じ体重の他の鳥に比べて倍ぐらい)。トラフズクは他の鳥とあまり違わない。ハトはやはり抜けやすい。
ハイタカは仮説通り背面の方が抜けやすかったが、ヨーロッパノスリは逆傾向になっていて腰の羽毛はむしろ抜けにくかった。研究そのものはハイタカに食べられる方の種類の相関を調べている。尾の抜けたハイタカの割合は 0.1% となっているがさて (?)。
現象としてはあるとはいえ、相関関係からの結論はさすがに強引な感じもあり、査読者も否定的意見を述べたらしいことがわかる。このような数字を測った研究は多分なくて貴重だが (話題にはなりそうだが) 話は半分ぐらいに聞いておくのがよさそう。
Moller は比較免疫学が専門領域らしい。ヒトの免疫の研究でも (ご存じの通り) すっきりした結果が出ることは少ないので相関を取れば出てくる研究には全体的に少し眉に唾をつけて見てしまう。一般的に否定はできないがそれほど肯定もできないのではと感じる。これは個人的好みの問題として聞いていただく程度でよい。
少し古めだがオープンアクセスでハトの尾羽の構造とコントロールする筋肉の活動を調べた論文: Gatesy and Dial (1993) Tail Muscle Activity Patterns in Walking and Flying Pigeons (Columba livia)。
尾羽を自由に動かすために骨に直結させず rectricial bulb に収めているため抜けやすくなっているのかも。
O'Connor et al. (2016) An Enantiornithine with a Fan-Shaped Tail, and the Evolution of the Rectricial Complex in Early Birds
は新しい化石から現代の鳥の尾の進化を考え、"rectricial complex" と呼んでいる。現代の鳥の尾と同様の構造は Pygostylia (尾端骨類) 以降に3回独立して進化したとの見方。
ニワトリの品種に腰から先がない形質 (tailless, rumpless) を持つものがある。遺伝的基盤も調べられている。参考: Chen et al. (2024) Molecular genetic foundation of a sex-linked tailless trait in Hongshan chicken by whole genome data analysis;
Guo et al. (2023) Mapping and Functional Dissection of the Rumpless Trait in Piao Chicken Identifies a Causal Loss of Function Mutation in the Novel Gene Rum に X 線写真もある。
比較的簡単な変異で失われるらしく、椎骨も含めて尾部は形質の変化しやすい可変部位となっているのかも知れない。尾の構造は鳥類進化の上でも比較的新しく生じたものと考えてよいのだろう。
備考:
*1: しばしば風切羽と訳されるが英語では尾羽を含めた総称らしいのでこの名前にしておく。学術語では風切羽が remix (複数 remiges) 尾羽が rectrix (複数 rectrices) となるので確実に区別したい場合はこれらの用語を用いた方がよいのだろう。
remix はラテン語の「こぎ手」、rectrix はラテン語の「操舵手」とのこと。
英語の用語表現も案外いい加減なところもあって初列風切に相当する primary feathers には "remiges" の意味は含まれない。初列風切の番号を P、次列風切の番号を S で表すのは英語の primary (primaries), secondary (secondaries) 由来だが、尾羽の R は rectrices 由来とのこと。
primary の番号順は内側から1番とする (descendant numbering) のが一般的で、多くの鳥の換羽順序に合わせている。外から1番とする順序は ascendant numbering と呼ばれる (wikipedia 英語版より)。
英語の一般的表現でも rectrices をしばしば見かけるのは "tail" と言った場合クジャクのように尾筒も含まれる可能性があるので厳密に呼びたいためだろう。
ヨーロッパ言語でも扱いに違いがあり、ドイツ語では primary, secondary に対応するものを Handschwinge, Armschwinge (いずれも単数形) で、手と腕なので意味はわかりやすい。Remiges primarii, Remiges secundarii と初列、次列に相当する名称は解剖学名としてラテン語表記されるよう (wikipedia ドイツ語版より)。
辞書によれば Schwinge は翼 Fluegel に相当する詩語。風切羽を指す鳥類学用語とは特に出てこない。独立に付けられた名称としても違和感はないが、上記ドイツ語をそのまま英訳すれば hand wing, arm wing となり、これら現在も使われる用語はドイツ語由来かも知れない。
フランス語ではラテン語ほぼそのままの名称が使われている。翼 aile に対応する用語はあるが、英語同様に風切羽を指す用語は特にないよう (wikipedia フランス語版より)。
Svensson の母国語であるスウェーデン語では handpennor, armpennor とドイツ語に近い表記。尾羽は stjartpennor と、全て英語の feather に対応する pennor を付けている。
ロシア語では風切羽を指す用語があって makhovye (複数形形容詞または名詞)、日本語同様に初列、次列を付けて表現する。
wikipedia を見てもこれらの記載されている言語はあまり多くなく、世界的に見ても相当マニアックな話題なのだろうと思われる。
用語に関連して alula はドイツ語では Daumenfittich (親指の翼) などの名称がある。系統発生研究がなされる以前から解剖学的解釈も含まれていたわけである。
羽弁はドイツ語では Fahne で旗などの意味。この単語には植物学で旗弁 (きべん) の用語がありおそらくドイツ語を訳したものではないだろうか。鳥類学用語も起源が同じかも知れない。なお英語の vane には植物学用語の意味はない。羽毛のこの構造は英語では web とも呼ばれる。vane のこの意味の用例は 1713 年にすでにあった (英語部分は OED から)。
このような例を見ると羽毛の他の用語もドイツ語を訳したものではないかと多少想像して辞書を見てみると、風切羽全体を指すものは Schwungefeder (単数形) と少し形が異なっていた。辞書訳では飛羽、翼羽、風切羽となっていてかつては前者の訳語が用いられていたことが想像できる。風切羽はむしろ新しく付いた用語なのかも? 翼羽の用語があったので alula は小翼羽と名付けられたとしても納得できる
[藤井 (2023) Birder 37(12): 28-29 を参考に考察した]。
他にも (いずれも単数形で表記) Ast (枝から羽枝)。Deckfedern (= tectrices、辞書訳で蓋羽。Decke = 覆い)。Schulterfedern (Schulter 肩)。
Oberschwanzdecken (上尾筒)、Unterschwanzdecken (下尾筒)。"筒" の概念はドイツ語には現れない。直訳すれば上尾蓋、下尾蓋になる。部位の名称はドイツ語とよく対応している。
wikipedia ドイツ語版の Konturfeder の図を参考にした。さらに Hartert (1910-1922) XII (ドイツ語の部位名称図)。
この図を見てさらに気になったのは趾はドイツ語で Zehe で英語の digit では手足どちらも指す。手足で用語を使い分けるのはドイツ語の影響があったのでは? (英語でも足の指に toe の用語があるが、どちらかと言えば一般用語)。
羽軸もドイツ語では2つの概念があり、Schaft (これは羽軸とそのまま訳せる) と Spule (辞書には羽幹とある。かつてはこの用語が使われていたらしい)。
ネットを探してもあまり見つからなかったが羽軸根の用例がある。学術用語ではラテン語で calamus。calamus を指して "羽根" (日本語で "うこん" と発音するもの) と呼ぶ用例はむしろ中国語にあった (参考: 脊椎動物の皮膚)。
日本語では大塚・和田 (2001) Birder 15(10): 27-30 の「換羽の生理学」で羽根 (うこん) が用いられていた。また和田 (2002) Birder 16(2): 71-73 でも羽根 (うこん) が振り仮名なしで用いられていた。茂田 (1997) Birder 11(8): 27 でも振り仮名付きで用いられており、この時代は一般的用語だったのではないだろうか。
参考までに Feder のドイツ語辞書訳を見ておくと羽、羽毛となっており、羽根の訳語はもっぱら羽根飾りや羽根ぶとんに用いられていた。確かに "羽ぶとん" では読み方も不詳でまとまりが悪い。当時の訳語用例を見ると「羽根ぶとんなどの羽根が抜ける」(ドイツ語 federn) のような場合は羽根を使っていた。同じ動詞でもふとん以外は羽が用いられていた。
留鳥の Standvogel も気になった用語で (#ホトトギスの備考参照)、鳥類学用語にはドイツ語からの訳がかなりあるのではないだろうか。
#ヨシゴイの [粉綿羽と櫛状の爪] も参照。
OED を調べると英語の名詞の molt (moult) は意外に新しい用語で鳥では 1819 年の用例が最初とのこと。もっぱら in the moult と状態を示す用語として使われていた。1894 年の Sharpe, Hand-book to Birds of Great Britain に first moult の現代と同じ用法があった。
動詞の方の用例は古くからあり 1425 年ごろの用例があるとのこと。語源は突き詰めればラテン語の mutare とのこと。l が挿入されたのは 16 世紀終わりごろで、末尾の -t の前に最初は無声の l が挿入されたものとのこと (類例 fault < フランス語 faute)。
[風切羽の枚数と尺骨の長さの関係の系統による違い]
鳥類全般で風切羽特に secondary (次列風切) の枚数と尺骨 (ulna) の長さ、系統との関係を調べた研究: Deeming et al. (2023) Maintaining the avian wing aerofoil: Relationships between the number of primary and secondary flight feathers and under-lying skeletal size in birds
secondary の枚数と付着する尺骨の長さによい相関があることはよく知られているが、その関係は体重や系統によってどのように変わるかを調べたもの。一般的には大型になって羽毛が比例して大きくなると航空力学的に必要な強度が保てないために枚数を増やしていると解釈されるが、単純に体の大きさと枚数が比例するわけではない。
例えばタカ類はスズメ目より何倍も大型だが枚数はあまり違わない。
fig. 3 によれば面白いことにハヤブサ目 (オウム目、スズメ目でも同様) などでは尺骨の長さが違っても secondary の枚数はあまり変わらない。何か系統制約的なものがあるらしい。
新しい系統の鳥の特徴かと言えばそうでもなく、キジ目、ハト目も同様。一方タカ目 (これはコンドル・ハゲワシ類が含まれるため生じた相関かも知れない気がする)、ツル目、ペリカン目、ミズナギドリ目などは secondary の枚数はかなり変化する。カモ目は中間的。詳しくは論文を見ていただきたい。
fig. 4 に体重と secondary の枚数の関係があり、チドリ目やカモ目は相対的に多い。羽ばたいて長距離を一気に渡るタイプの鳥では多いのかも。スズメ目やオウム目は少なく、ハヤブサ目も少なめ。
全系統の凡例が出ていないようで一番軽いのはハチドリ類のよう。体重比では secondary の枚数が多い。
primary (初列風切) の方は広い系統で体サイズに比べてほぼ固定 (10-11) されていて、ダチョウでは 16 もあることと比較すると飛翔のために枚数に強い制約が存在する可能性が考えられるらしい。
[風切羽や雨覆の構造と機能]
長大な論文なので存在のみ紹介: Hieronymus (2016) Flight feather attachment in rock pigeons (Columba livia): covert feathers and smooth muscle coordinate a morphing wing
雨覆の構造と機能についてはこれまでほとんど注目されてこなかった。ここで解剖・組織学や制御機構や生体力学が一気に扱われている。
通常のハトの羽ばたきでも筋肉制御のみで実現するには速すぎる。神経による制御 (neuromotor control) 以外に、構造そのもに由来する受動的な制御も用いているはずである。そのための解剖学的な基礎情報が必要である。ここでは鳥の皮膚の平滑筋や弾性組織の構造や機能に特に注意を払い、風切羽や雨覆の付着部位などを記述している。初列風切のそれぞれの羽毛の付着部位の構造も記されている。
次列風切も近位部と遠位部で付着様式や機能が異なる。P1-P5 は同じような構造だが P6-P10 は1枚ごとに付着部の構造が異なる。
関連する研究がいくつか行われているがオープンアクセスでないものが多いので以下を紹介:
Gong et al. (2024) Position-dependence straight-wing experiments of artificial coverts in flow separation control at a high Reynolds number
これは実際の鳥ではなくモデルを用いた研究だが、弾性のある雨覆があると流れに剥離が起きた場合に受動的に振動を (流れに反応して passive flap を起こす) 起こして剥離の悪影響を防ぐ。結果的に例えば失速を防ぐ効果がある。
Zekry et al. (2023) Covert-inspired flaps: an experimental study to understand the interactions between upperwing and underwing covert feathers (出版社サイト)
翼上面の雨覆と下雨覆の相互作用。体を起こした状態で飛び立ったり着地する鳥 [high angle of attack; angle of attack 迎角 (むかえかく) この論文ではハクトウワシやオオタカを例に挙げている] で特に力学的要請が厳しい。これまでは関節の構造などで巧みな機能を実現することが主に研究されてきたが、雨覆のような小さな構造も大きく影響を与えることができる。
流体力学的な吸引力の働く面と圧迫力の働く面で自然界での記録と同じような状況が実現でき、片側だけ (例えば翼上面の雨覆のみがある場合) より制御能力が高かった。
Murayama et al. (2021) Flexible Flaps Inspired by Avian Feathers Can Enhance Aerodynamic Robustness in low Reynolds Number Airfoils
(以下コメント。論文のどこかや過去に触れられているかも知れない) おそらく雨覆の位置は流れの剥離場所に対応する形になっているのだろう。複数列の雨覆が存在するのは速度や角度などの条件によって流れの剥離場所が異なるためでは。また雨覆が階層的になっていることの構造力学的利点もおそらくあるのだろう。
雨覆の材質の曲げ強度も上記のような機能を最適化する (passive flap の振動数など) ような最適化が行われているのだろう。骨組織のような硬い構造を突出させて変形しない、あるいは皮膜のような弾性のない構造ではおそらく効果を発揮せず、ヒステリシスを伴って変形できる鳥の羽毛はおそらくちょうどよいのだろう。
なぜそれほどまでの機能が "腕 + 羽毛" から進化できたのか驚異としか言いようがないが、たまたま四足動物の腕の骨格にそれだけの自由度があり、羽毛にはこれほどの機能を支える構造や物性特性があり、絶妙の組み合わせで最適化が可能だったのだろう。異なる要素の組み合わせが必要で、鳥ほどすぐれた飛翔性動物が独立に何度も進化しなかった理由ともなるのだろう。
そのような視点で考えると、たとえ羽毛を持っていても初期設計がうまくなく、十分な機能に到達できず消滅した "失敗作" のような系統が多数あっても不思議でないと思える (始祖鳥もきっとそうだ? *1)。現在の鳥類の系統につながる系統のみが、たまたま十分な機能の組み合わせに唯一成功した可能性があるかも知れない。
雨覆の機能は体を起こした状態で飛び立ったり着地できる鳥と得意でない鳥 (海鳥など。ミズナギドリ類の飛び立ちや着地を考えていただきたい。翼竜などもおそらくできなかっただろう) では最適化の条件が異なっているのだろう。
ミサゴは海鳥に似た最適化が行われていて着地が器用でない結果 (#ミサゴ備考の [ミサゴは不器用?] 参照) となっているかも知れない。
ホバリング時の雨覆の役割はまだ実験されていないようなので、ミサゴなどではそちらの機能を果たすように最適化されているのかも。
もし雨覆がなければ...おそらく体を起こした状態で飛び立ったり着地できず海鳥のような動きになり、少なくとも狩りをする猛禽類には向かないだろう。
ミサゴはなぜホバリングから獲物を狙うことが中心なのか、つまり海ワシ類の魚の捕食とは何が違うのか多少考えてみた。ミサゴは海鳥に似た飛翔羽の最適化のため止まり場から飛び込む行動はあまり得意でなく、アジサシ類同様に空中から狙う戦略に特化したのかも。もっともミサゴは海ワシ類より体重が軽いのでホバリングが可能などの要素もあるかも知れない。
アジサシ類は垂直方向に直接飛び立てる (迎角が大きい) ので、ホバリング能力と迎角が大きい離着陸を行う能力が排他的というわけではなさそう。
他のホバリングを行って獲物を狙う種類では翼の構造はそれ以外の種類と違うのだろうか。チョウゲンボウやノスリ類、特にケアシノスリがホバリングしながら獲物を狙うのは見事な気がするが、ホバリングしている捕食者を見つけると獲物は逃げてしまわないのだろうか (捕食者側にとってホバリングするメリットは?)。
そういえば O'Rourke et al. (2010) Hawk Eyes I: Diurnal Raptors Differ in Visual Fields and Degree of Eye Movement の研究があって、アメリカチョウゲンボウでは眼球があまり動かないので、ホバリング時に眼球を固定するのに有利かも知れないとの視覚生理からの考えがあった。フクロウ類も眼球があまり動かないのでホバリングを使う...かどうかは知らない。
ミサゴの眼球もあまり動いていない印象を受けるがいかが? - 獲物の性質によるかも知れない。#ハイタカ備考の [ハイタカの急降下による捕食行動] で考察したが、小鳥は相対的に目がよいので遠くから見つける必要があり、遠方あるいは隠れたところからの襲撃が必要になり獲物の探索時と攻撃時で視線が異なるため眼球を動かす必要性が高まる。
魚ではそのようなことを考えなくてよいのでずっと正面に見据えて近くから急降下 (と言っても自由落下みたいなものではあるが) すればよいので眼球を動かす機能が発達する必要がなかった、この方法だとハンティングのテクニックもそこまで必要としない - の解釈でいかがだろうか。
ミサゴのデータは知らないが、眼球を動かすタカはそれだけ複雑なことを行っているとみなしてよいのでは。
ミサゴの場合には水中の魚からはそもそも鮮明に見えないので、ホバリングからの捕食でもあまり影響はないかも知れない。止まり場から飛び込む行動とホバリングからの捕食のいずれが有利とも一概に言えない気がするので、行動に必要なエネルギー消費なども見積もる必要があるのだろう。体重が大きいほどホバリングにエネルギーを要して不利になるだろう傾向は予測できる。
さてミサゴの行動は捕食上有利だったのか、それとも翼の機能によって選択された捕食方法のいずれだろうか。
備考:
*1: 始祖鳥を取り上げたら早速研究が出ていた: O’Connor et al. (2025) Chicago Archaeopteryx informs on the early evolution of the avian bauplan
(UV light and CT scans helped scientists unlock hidden details in a perfectly-preserved fossil Archaeopteryx一般向け解説)。
上肢の骨が長く、次列風切と体の間に隙間があれば揚力を失ってしまう。現代の鳥では三列風切で間を埋めることでこの問題を回避している。この始祖鳥化石では三列風切の証拠が初めて見つかり、始祖鳥に飛ぶ機能があったのではとの解釈が行われている。恐竜は飛翔能力を複数回進化させた魅力的な仮説の裏付けともなるとのこと。
[ケラチンの進化]
羽毛と大変関係が深いので換羽の後に含めておく。哺乳類の毛も鳥類の羽毛もケラチンが構造形成を行っていることはよく知られている通り。α ケラチン はすべての脊椎動物にあるが鳥類・爬虫類には β ケラチンがある。
β ケラチンの方が β シートを作るアミノ酸配列を持ち、硬い構造を作るのに向いている。羽毛や嘴、爪に多く含まれている (近年では corneous beta-proteins と呼ばれることも多く、β ケラチンが歴史的な名前)
[cf. Calvaresi et al. (2016) The molecular organization of the beta-sheet region in Corneous beta-proteins (beta-keratins) of sauropsids explains its stability and polymerization into filaments]。
哺乳類の毛を構成するのは α ケラチン (別名 cytokeratins) の方。
森本 (2024) Birder 38(10): 30-33 に解説があるが構造形成におけるこの違いに触れて欲しかったところ。
Greenwold et al. (2014) Dynamic evolution of the alpha (α) and beta (β) keratins has accompanied integument diversification and the adaptation of birds into novel lifestyles
は比較的最近のケラチンの進化のレビュー論文。哺乳類に比べて鳥類では α ケラチンの遺伝子は一部を失ったものの一部を獲得している。
β ケラチンの遺伝子数は種差も大きく、メンフクロウでは6遺伝子しかみつからなかったがキンカチョウでは最大 149 個もあったとのこと。ただしこの数字は例外的に大きい。ニワトリも 133 個とのこと
(ゲノム精度にも影響されているかも知れないが家禽化の影響も考えられるとのこと)。この研究で調べた結果では鳥類平均で 33.81 だったとのこと。
β ケラチン遺伝子はいくつかに区分され、scale beta-keratins (爬虫類と共通)、feather beta-keratins (鳥類のみで羽毛に見られる) に大別され、さらに claw beta-kerains (爪) と keratinocyte beta-keratins (爬虫類と共通) があり、種類によっては一部の系統を欠いているものもある。
猛禽類では claw beta-kerains の割合が高く、生態に対応した爪の進化と関係していると考えられる。
水鳥では keratinocyte beta-keratins の割合が高く、feather beta-keratins の割合が低い。防水性に優れるなどの適応と関係している可能性がある。
β ケラチンは爬虫類の祖先型から遺伝子重複で種類を増やし、鳥類とワニ類の共通祖先の段階以降 (羽毛の進化) に遺伝子重複で種類を増やし、さらに水鳥型と陸鳥型に分化したと考えられるとのこと。
Li et al. (2013) Rapid Evolution of Beta-Keratin Genes Contribute to Phenotypic Differences That Distinguish Turtles and Birds from Other Reptiles によれば、鳥類とカメ類で β ケラチン遺伝子の進化が早いとのこと (ただし調べられた種類は少ない)。
ゲノムの1部位の重複が独自に起きて複雑な構造を生み出したと考えられる。
Alibardi et al. (2009) Evolution of hard proteins in the sauropsid integument in relation to the cornification of skin derivatives in amniotes
α ケラチンの祖先型ではグリシンとセリンが多いが、羽毛の β ケラチンではグリシンを多く含む 52 アミノ酸領域の欠失で羽毛にみられる整列した長い構造を作るのに適しているとのこと (この知見は古くから知られていた)。グリシンの多いタンパク質は疎水性が高くてうろこを作るのに向いているとのこと。
羽毛の β ケラチンでは末端部にシステインが多く含まれてジスルフィド結合で強度を高めるのに役立っていると考えられる。
Alibardi (2025) Keratinization and Cornification of avian skin appendages during development. Insights from immunolabeling and electron microscopic studies
特にダウン形成のおける α ケラチン (IFKs) と β ケラチン (CBPs) の相互作用。IFKs の形成を追い抜く形で CBPs が蓄積して行くが、IFKs は酸性で CBPs は塩基性のため静電相互作用が働き、CBPs がジスルフィド結合を作って構造を作る過程が推定されるとのこと。羽毛から抽出されるタンパク質の大部分は CBPs (feather CBPs) だが少量の IFKs も含まれるとのこと。
[カタグロトビ若鳥の色彩メカニズム]
Negro et al. (2009) Porphyrins and pheomelanins contribute to the reddish juvenal plumage of black-shouldered kites
若鳥の赤っぽい色彩にメラニン系統の色素以外にポルフィリン類の coproporphyrin III (フクロウ類やカタグロトビのひなの色彩に関係している) が関与していることを示した。成鳥の羽毛にはこの色素はないとのこと。ポルフィリン色彩は日光で退色するため一時的に必要となる機能に向いているのでは、また赤外線を吸収しないため体温調節に有利との考えもある。
ポルフィリン類を色彩に用いている鳥は知られている範囲で少なく、フクロウ類、ヨタカ類、ノガン類とのこと (当時知られていた範囲)。この著者はカタグロトビ類とフクロウ類の収斂進化を示す要素とも捉えている。
Camacho et al. (2019) Correlates of individual variation in the porphyrin-based fluorescence of red-necked nightjars (Caprimulgus ruficollis)
によればポルフィリン類を色彩に用いている鳥で色素が同定されたものはこの時点ですべて coproporphyrin III だったとのこと (#オオルリ備考の [蛍光を用いる鳥] でも紹介)。
[カタグロトビは偏食家?]
DeLong et al. (2024) The global diet diversity spectrum in avian apex predators
が面白いデータベースを提供している。猛禽類 (ここではタカ、ハヤブサ、フクロウ類をすべて含む) が何種の獲物を食物としているかを調べたもの。
データベースそのものは jpdelong/OSPrey-database からダウンロード可能で OSPrey-database "Omnibus study of prey" の略とのことだがミサゴの osprey に合わせたものと想像できる。解凍して raptor_ds_20.txt のファイルを参照。名付け方や面倒そうなデータベース保守を行われている点、かなりの猛禽好きの方が含まれているのではないかと想像している。
それはともかく、この論文でカタグロトビ類縁の オーストラリアカタグロトビ [高野 (1973) ではオーストラリアハイイロトビ] Elanus axillaris Black-shouldered Kite は少数の種類の獲物に頼っている代表種となっている。好みの獲物があればそればかり食べていると言い換えてよい。
もっと極端なものがタニシトビ [高野 (1973) ではカタツムリトビ] Rostrhamus sociabilis Snail Kite でこれはほぼ特定の獲物しか食べない。(研究で調べられた) オーストラリアカタグロトビは4種のみ獲物としていたとのこと。
近年のカタグロトビの分布拡大傾向などから想像できるように齧歯類ならば何でも食べる状況ではないのか、研究で調べられた地域で1種類の獲物が卓越しているのかなどはこの研究のみでは何とも言えない。
論文そのものは苦労して集めた OSPrey-database の紹介目的が半分ぐらいありそうだが、猛禽類全体として統計的にも興味深い結果になっている。
あくまで仮定だが獲物の種ごとの個体数 (相対優占度) が lognormal distribution (対数正規分布) に従うとした場合、ランダムに獲物を捕える (出会い頭に捕えるなど) 場合には獲物の分布も獲物の相対優占度分布を反映すると考えられるが、獲物の多様性指数 (ここでは Shannon entropy シャノンのエントロピー) で評価すると獲物の種類の多い猛禽類の食事は軒並みこの予測を上回っていた。
つまり獲物はランダムな捕獲から予想されるよりも各種を種個体数によらず均等に捕獲する選び方に近いものになっていた。
参考で示されている中で特に獲物の種類が多かったものはハヤブサで 40 種以上を獲物にしていた。
意外にもコウモリダカ Macheiramphus alcinus Bat Hawk の多様性が高く (データを見ると 36 回の捕食で 22 種)、マダガスカルチュウヒダカ Polyboroides radiatus Madagascar Harrier-Hawk も高い (63 回で 19 種。器用のような不器用なような種なので意外)。
コウモリダカはいかにもスペシャリスト (論文ではこれら用語は複数の意味に解釈できるので避けている) の印象を受けるがコウモリ類の種多様性の高さを反映しているのだろうか。
この場合でもランダムな捕食から予想されるものを上回っていて多様な獲物を選んでいる傾向が出ているが、マダガスカルチュウヒダカや広義 Accipiter 属 (データは多数ある) ではランダムでも説明できる範囲だった。
また体が大きいほど食物の幅がが広がる予想ができるがその傾向は認められなかった。
獲物の種類数とその数分布 (ここではエントロピー) は異なるものとして評価する必要があるとのこと。
分岐の古い系統に偏食家? の種類が多いのか気になるところだが、マダガスカルチュウヒダカで多様性が高いならばあまり関係ないかも。食物データベースは限られた種に偏っているためか (あまり知られていない種はほとんど入っていない)、あるいは系統解析であまり関連が見られなかったか取り上げられていない。
分岐の古い系統に特定の食物にこだわる種類が多い印象を受けるのは、特異性が有名な限られた種に注目しがちなためかも知れない。
著者は猛禽類が特定の種の獲物に偏るより多様性傾向が強いため、食物網が単純で例えば獲物が特定の種に偏る場合に生じやすい捕食者 - 被食者の共振動が生じにくくなり、食物網の安定化をもたらすと推論している。獲物の数分布が対数正規分布に従っている仮定に問題があるのでは、など考えられる方はぜひ論文を読んで検討して著者に挑んでいただきたい。
[カタグロトビのまぶたの機能]
Shawki et al. (2024) The Role of the Eyelids of the Black-Winged Kite, Elanus caeruleus in the Immune Protection of the Eye
まぶたの粘膜や瞬膜に多数の免疫細胞が認められ (conjunctiva‐associated lymphoid tissue, CALT) 目を保護しているとのこと。
Langerhans cell (ランゲルハンス細胞。皮膚免疫に関与する。膵臓のランゲルハンス島とは別物) も認められる。鳥類皮膚の Langerhans cell の記載は比較的新しく 1990 年代ぐらいから酵素活性などを用いて同定されたらしい。
まぶたのメラニンは反射光を防止するにも役立っているのか。
カタグロトビ類は古く分岐した系統で眼窩上の骨の張り出しが少ない ([カタグロトビ類の系統分類] 参照) と言われるが bony shelf (lacrimal process) がしっかり見られるとのこと。
[備考]
Elanus 属に以前所属していて、これから派生した属名に Elanoides (「Elanus に似た」の意味) があり、こちらはハチクマと近縁の種類である。紛らわしいので注意が必要。
例 ツバメトビ Elanoides forficatus 英名 Swallow-tailed Kite (#ハチクマの備考にハチの巣食の写真がある。系統分類もハチクマの備考を参照)。
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トビ
- 学名:Milvus migrans (ミールウス ミグラーンス) 渡るトビ
- 属名:milvus (m) トビ
- 種小名:migrans (分詞) 移住する、渡りをする (migro (intr) 移住する)
- 英名:Black Kite
- 備考:
milvus は i が長母音 (ミールウス)。
milvus そのものの語源は不詳 (wiktionary)。派生語に milvinus (トビのような、猛禽的な) の単語があり "ミールウィーヌス" とやはり長母音で読む。
migrans は a が長母音だが mi- にアクセントがある (ミグラーンス)。動詞 migro の分詞形の単数・主格。
日本の亜種名の lineatus は i, a が長母音でアクセントもある (リーネアートゥス)。linea (線) の冒頭が長母音であることと形容詞語尾の発音による。
Kessler (1851, 参考文献参照) によれば当時の学名 Milvus niger Kessler (黒いトビ) で英名その他の言語名はこれまたは後述 Milvus ater 由来と考えられる。
英国では Kite と言えばアカトビ Milvus milvus のことで [Fitter and Richmond (1966, 1968) Collins pocket guide to British birds (Revised Edition)]、学名からもこれが "kite" の本家であることがわかる (しかし一度は絶滅して再導入された)。
英国にはトビは生息しないのでこれで紛らわしくなく、大陸のより黒っぽいトビを指して学名ないし他言語例えばフランス語から英名を付けたものだろうか。英国からみると海外の鳥のことなのであまり真剣に名前を検討しなかった可能性がある。
OED を調べてみると 1575 年 Turberville, Booke of Faulconrie の用例がありフランスでは Mylan Noyer と呼ばれるとのことで Blacke Kyte の名称が与えられていた。フランス語由来と考えてよさそう。red kite の用例は意外に新しく、1792 年 Owen のものがある。英国内では kite で十分だったので海外のことを記述するようになり black kite, red kite を使い分ける用例が出てきたよう。
kite の用例は鳥の方が古く 1400 年ごろにはすでに使われていた。凧を指す比喩的用例は 1556 年ごろが最初とのこと。
英国からアメリカやオーストラリアに入植すると本家の "kite" は生息していないが、例えば尾が似た形で同じように飛んでいる鳥がいるのでそれらを "kites" と名付けたと考えるとその後の英名が大変納得できる (ちょうど英国の Robin と同じ名前がアメリカで使われたように)。特にアメリカには本家の "kite" の系統が存在しないのでこれでまったく紛らわしくなかった。
これらの "kites" は系統的にはアカトビやトビとは近縁でなかったが、英名では総称して "kites" と呼ばれたために分類学にもその影響が残ったことがタカ類の分類がごく近年まで混乱していた一要因ではないだろうか。現在でもタカ類の包含範囲を英語で記述する際に hawks, kites, ... などの形で使われている。
ハチクマがトビと同じグループ (kites に含められることもある) と考えられたのもこの影響が間接的に及んでいると想像できる ... と思えば発端は英国にアカトビ1種しかいなかったためだったのかも。
鳥の分類や名称概念のいろいろなところに英国事情が現れている。
ドイツ語やフランス語ではだいぶ様相が違うので ["トビ" 類のドイツ語名] も参考に。
現在のドイツ語名は英名に合わせて Schwarzmilan (黒いトビ) が一般的だが、Braune Milan (褐色のトビ) も使われていた。こちらの方が色彩をよく反映しているように感じるが。
wikipedia 英語版の Kite_(bird) の項目によれば Vigors (1824) は Milvina (kites, Elanus と Milvus の2属)、
Swann (1922) がカッコウハヤブサ類 (Aviceda 属) とハチクマ類を Milvinae 亜科に含めたとのこと。ハチクマ類がトビ類に分類されていたのはこのあたりが起源だったよう。
Peters (1931) "Check-list of Birds of the World" では Elaninae (カタグロトビ亜科)、Perninae (ハチクマ亜科。現代の概念より狭い)、Milvinae (トビ亜科。現代の概念より広い)、Polyhieracinae (シンジュトビ亜科。現代ではカタグロトビ亜科に含まれる) と分けていて思ったより現代の分類に近かった。
英語 kite の由来は中世英語 kyte, kite, kete、古英語 cyta (トビまたはサンカノゴイ)、さらに祖西ゲルマン語 *kurijo でこれは祖ゲルマン語 *kuts (猛禽類) に由来するとのこと。この語源は祖インド・ヨーロッパ語 *geweH-d- (鳴く、叫ぶ) とのこと。語源的にはフクロウを指す現在のドイツ語 Kauz に関係がある (wiktionary)。
猛禽類の英名の多くが遡ると音声由来で、行動の方はむしろあまり注目されていなかったのだろうか。
英語の同義語に glede があるとのこと。これは glide と関係し、現在でもアイスランド語 gleda、スウェーデン語 glada に残っているとのこと (wiktionary)。
[トビの学名の変遷]
Linnaeus はアカトビを Falco Milvus Linnaeus, 1758 と命名 (原記載)。
トビの Falco migrans Boddaert, 1783 の 原記載 (No. 472; mihi と自身による命名であることが示されている) に先取権があることが認められたのは後の時代と想像され、Milvus niger や Milvus ater の学名が長く使われていたのだろう。
Milvus niger Bonaparte, 1838 の用例があり、Kessler (1851) 以前に使われていた。
Milvus ater は Falco ater Gmelin, 1788 が由来のよう (記載。参考1 ここに Black kite. Lath. や Milan noir. Buff. が出てくる。前者は現在の英名と同じ。後者はフランス語名)。
もう1件あり参考 2。こちらは同じ学名を Gmelin (1788) が用いながら Falco communis (ハヤブサに用いられたことのある学名), Falco columbarius (現在ではコチョウゲンボウに対応) などが挙げられている。
Falco migrans Boddaert, 1783 は Buffon (1770) Histoire naturelle des oiseaux に基づくもの。
Buffon (1770) ではここで il y a une autre espece encore plut voisine & qui se trouve dans nos climats comme oiseaux de passage, que l'on a appele milan noir と記していた。アカトビに非常によく似ているがもう1種あって、我々の気候帯では渡りの時期に見られるとある。
p. 288-289 には Belon のエジプトへの渡りや越冬の記述もあり、当時から渡り鳥であることが判明していた模様。しかし Buffon (1770) はフランス語で milan noir と呼ばれることを述べたのみで本文にも図版にも学名を記さなかった。そのため Boddaert (1783) が学名を与えた経緯となっている (wikipedia 英語版より情報を知った)。
現代の学名はこの種小名を用いているため、"さまよう" (愛媛の野鳥「はばたき」などではこちらが採用されている) よりもより積極的に "渡る" の訳語を採用した。
意味の上ではどちらでも誤解を生じるものではないが、"渡りをする" ことも知られていた記述論文とそれに基づく種小名の記載を実際に確認できたため。
なお Linnaeus (1758) のアカトビの記載でも渡り鳥とあり、スウェーデンで夏鳥であることから判定したものだろう。アカトビも渡りをするのにトビに migrans が付いたのはフランス事情由来と言えるだろう。
migrans の種小名が用いられている種は IOC 14.2 ではトビのみ。実は珍しい種小名である。亜種小名まで含めても他にもう1つあるのみ。migratorius / migratoria はコイカルに用いられているがこちらもあまり用例が多くない。"渡りの" を意味する学名は習性を記述するため、標本のみで生態がわからないものには比較的使いにくかったのだろう。
北米で普通種のコマツグミ Turdus migratorius Linnaeus, 1766 American Robin もある。
migrans は動詞 migro の分詞形で英語ならば migrating に相当する。一方 migratorius / migratoria は migratory に相当する。同じような意味ではあるが英語でも migrating と migratory は微妙な違いがある。例えば "渡り鳥" は migratory birds で、同じ意味でも使われるが migrating birds は "渡っている鳥" の意味が近い。migrating birds は birds on migration と言い換えてもよいだろうか。
Bildstein (2006) の本が "Migrating Raptors of the World: ..." となっているのも、"渡りをする猛禽類" 一般を静的に記述する本ではなく、"今渡っている" 臨場感を出すホークウオッチャーの視点で書かれたものなのだろう。
このような視点から見ると、トビに付けられた migrans は Buffon (1770) の oiseaux de passage に対応するもので、日本語の用語では旅鳥が近いと思われる。現代の分布を見るとフランスでは夏鳥になっているが観察地次第では渡り途中しか観察されなかったものかも知れない。
Milvus 属を導入したのは Lapacede (1799) で Falco Milvus の Milvus を属に昇格とともに Milvus vulgaris の種小名を与えた ("普通のトビ" の意味。ここではタイプ種を意味するような役割となっている)。
(The Key to Scientific Names の Milvus の情報から)。
この経緯はヨーロッパノスリの場合と同じ (#ノスリの備考参照) で、属への昇格の場合種小名を新たに与える必要はない規則となって Linnaeus 由来の Milvus milvus に戻されたものと考えられる。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" にも Milvus ater melanotis (黒いトビの黒い耳の亜種とされた)、
Milvus melanotis Temminck & Schlegel (Fauna Japonica で用いられた学名:
本文 フランス語名 le milan a oreilles noires (耳の黒いトビ)。
この時点でヨーロッパのアカトビ以外に Milvus 属がすでに4種記述されており [Buffon (1770) の記述は気づいていなかったのかも知れない] "アカトビの日本版" の名称はふさわしいと考えなかったかも知れない。この時点では別属であったがノスリに japonicus を用いたため遠慮があったかも知れない。
図版 1, 図版 2),
Ogawa (1908) には Milvus major Hume が並んでいるものの Milvus migrans はまだ現れていない。
melanotis は melas, melanos 黒い -otis 耳の (Gk) で英語別名の Black-eared Kite に対応する。この名称も図鑑などによく登場する。
おそらく Gmelin (1788) の Falco ater の用例は種同定不明として使わない立場もあったと思われる。その場合は Milvus niger が優先されたり、これもあるいは種同定不明な部分があるなど確実性の高い Milvus melanotis が優先されていた時代があったと思われる。
Milvus melanotis の用例は多数ありこれも広く使われていた学名のよう。記載年は 1847/1848 とされる模様 [Dement'ev and Gladkov (1951) では 1844 となっている]。その後 Milvus migrans Boddaert, 1783 のさらに早い記載 (一覧リストの中に含まれているものでいかにも気づきにくい) が見つかったのだろう。
現在の学名からは想像しにくいが、英名などいろいろなところに過去に使われた学名の痕跡が残っている。
melanotis は中国を基産地とする lineatus のシノニムとされ、記載年が遅かったため日本で記載されながら亜種名にも残らなかった。
古い用例を見ると英語では Milvus ater 由来が多いようで、ドイツ語やフランス語では Milvus niger が見られる。
しかし広く使われていた Milvus melanotis の種小名はいかにもありそうなもので、Buteo melanotis Jerdon, 1841 の用例がある。
近いグループなので同属にまとめられることがあれば衝突のおそれがあったが、トビ類とノスリ類は異なると認識されていたためか実際には衝突が起きなかったようで、この学名は現在はカンムリワシの亜種に使われている。
ちなみに種小名に使われる melanotis とよく似た melanotos (#アメリカウズラシギなど) もあって一見同じものに見えてしまうが語源が異なる。前者は -otis 耳の だが後者は -notos 背中の (いずれも Gk) に由来する。"黒い" の場合は melanos と n の文字が含まれるために似た綴りとなってしまったもの。
melanotus も使われ (ナンヨウセイケイなど)、これはラテン語化される際にラテン語形容詞の語尾に変換されたもの。意味は melanotos と同じ。これらよく似た (亜)種小名 (一部属名) を混同すると意味が通じなくて悩む原因となり得る。
[Milvus korschun は何だったのか?]
トビに Accipiter korschun Gmelin, 1771 の学名が使われたこともあり、Dement'ev and Gladkov (1951) など古い書籍ではこの種小名が使われているものもある (Milvus korschun)。korschun はロシア語のトビの意味で古インド語の karsati に由来すると考えられる (Kolyada et al. 2016)。
この当時はロシア語現地名を学名種小名に用いることがしばしば行われていたようで、カタシロワシでも用例 (Aquila mogilnik) があったがソウゲンワシとの区別が曖昧だったようで現在は残っていない。
cf. Spotted eagles; #ソウゲンワシの備考。
#メジロガモ、#セグロサバクヒタキなどロシア語由来の学名はその時代の名残りだろう。まだ早い時期なので過去の種小名との重複を避ける目的があったかどうかは不明だが理由の一つにはなり得ただろう。
Falco migrans Boddaert, 1783 の方が新しいので、korschun の方は無効な種小名だったのだろうかと考えて調べてみた。
The Nesting of the Black Kite (Milvus migrans) in the Territory of Verona, Arrigoni Degli Oddi
に多少の情報が見られ、Milvus korschun を用いたのは Sharpe であったとのこと。
Milvus milano Gerini, 1767 のさらに古い学名の可能性も指摘されたが、これはトビではなく Buteo vulgaris (ヨーロッパノスリのシノニム) であると大方が認めているとのこと。
資料ではおそらく何らか理由があって Hartert (1914) が Milvus migrans を用いる判断を行ったように見える。この時期までは多くの亜種が Milvus korschun の種学名で記載されておりこの時代が判断の分かれ目だった模様。
Mlikovsky (2011)
Nomenclatural and taxonomic status of birds (Aves) collected during the Gmelin Expedition to the Caspian Sea in 1768-1774 (p. 87)
の記述で判明。Gmelin (1771) は学名から明らかにトビを念頭に置いていたが、記載されている図版は分離される前のチュウヒ (基産地 Tanain = Azov アゾフ海沿岸) 現在ヨーロッパチュウヒ のもので、Nilsson (1817), Blanford (1876), Hartert (1914) が正しく指摘していたが Dement'ev や Portenko はこの学名を使い続けていたとのこと。
Nilsson (1817) や Blanford (1876) の方はあまり完全に浸透していなかった可能性があるが、大きな図鑑であった Hartert (1914) の指摘で正しい学名がロシア語圏を除いて浸透したらしい。その後亜種命名に使われなくなった経緯がわかる。
ということで Accipiter korschun Gmelin, 1771 は種小名は "トビ" の意味だがヨーロッパチュウヒのシノニムと判断された。
おそらく Gmelin の単なる勘違いで、種小名がロシア名と一致するため Dement'ev も疑念を持たずに使っていたのだろう。現地名を使って間違えて学名を付けた点ではコマドリにアカヒゲの名前を付けたのとほぼ同等。我々もコマドリとアカヒゲの学名を見ているとしばしば混乱してくる。
なおこの学名を有効として、Falco 属 (わざわざ Falco!) に改名の際に新名を付けた例もある (#ノスリの備考参照): Falco russicus Daudin, 1800 (参考)。korschun がロシア名だったので russicus としたらしい。
この用例が早いため、ロシアのタカ・ハヤブサ類の種小名や亜種小名に "ロシアの" を付けることが事実上できなくなった。
現在ではトビの学名は安定しているが過去は必ずしもそうではなかった。英名も見て歴史を振り返ってみて欲しい。
[ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類]
日本産のタカ類ではノスリ亜科の最初がトビになるのでここに記述する。
別所でも述べたようにトビは海ワシ類に近いグループで、現代の分子系統樹順ではイヌワシ、クマタカよりも後になる。ハイタカグループとノスリ亜科のどちらが先になるかの違いは微妙であるが、これまでのようにトビが日本産のタカ類の前の方 (例えばタカ類としては原始的のようにも読める) に位置するわけではない。
これまでと同様 Catanach et al. (2024) の順序による。日本産種のない属は全種掲載。
(ヒメハイタカ属 Microspizias
ヒメハイタカ Microspizias superciliosus Tiny Hawk
ナンベイアカエリツミ* Microspizias collaris Semicollared Hawk
ハバシトビ属 Harpagus
ハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus Double-toothed Kite
モモアカトビ* Harpagus diodon Rufous-thighed Kite)
この2属はオウギワシ亜科 Harpiinae (#カンムリワシの備考参照) で述べているように、Catanach et al. (2024) の本文解説ではオウギワシ亜科に入るように思える。しかし系統樹はやや遠いもののノスリ亜科と単系統をなす形になっているので、こちらにも括弧を付けて含めておく (系統樹的には独立亜科としても構わない)。
後述のようにハバシトビ属をノスリ亜科に含めている分類も存在する。
ノスリ亜科 Buteoninae
(ノスリ亜科 トビ族 Milvini)
トビ属 Milvus
アカトビ Milvus milvus Red Kite
トビ* Milvus migrans Black Kite
キバシトビ** Milvus aegyptius Yellow-billed Kite
シロガシラトビ属 Haliastur
シロガシラトビ Haliastur indus Brahminy Kite
フエフキトビ [高野 (1973) ではフエナキトビ] Haliastur sphenurus Whistling Kite
オジロワシ属 Haliaeetus (4種 + ウオクイワシ属6種に分離。#オジロワシの備考参照)
(ノスリ亜科 ノスリ族 Buteonini)
サシバ属 Butastur (4種。#サシバの備考参照)
(かつては トカゲノスリ属 Kaupifalco がこの位置にあったがハイタカグループの先頭に移動された。和名・英名ともに過去の系統概念を引き継いでいるので注意)
ムシクイトビ属 Ictinia (和名はタイプ種を優先した)
ムシクイトビ [高野 (1973) ではナマリイロトビ] Ictinia plumbea Plumbeous Kite
ミシシッピートビ* Ictinia mississippiensis Mississippi Kite
セイタカノスリ属 Geranospiza
セイタカノスリ [高野 (1973) ではセイタカチュウヒ] Geranospiza caerulescens Crane Hawk
ミサゴノスリ属 Busarellus
ミサゴノスリ [高野 (1973) ではミサゴワシ] Busarellus nigricollis Black-collared Hawk
ハシボソトビ属 Helicolestes
ハシボソトビ Helicolestes hamatus Slender-billed Kite
タニシトビ属 Rostrhamus
タニシトビ [高野 (1973) ではカタツムリトビ] Rostrhamus sociabilis Snail Kite
ヨコジマノスリ属 Morphnarchus
ヨコジマノスリ Morphnarchus princeps Barred Hawk
ヒメアオノスリ属 Cryptoleucopteryx
ヒメアオノスリ [高野 (1973) ではクロアオノスリ] Cryptoleucopteryx plumbea Plumbeous Hawk
カニクイノスリ属 Buteogallus (和名はタイプ種を優先した)
アオノスリ* Buteogallus schistaceus Slate-colored Hawk
クロノスリ* [高野 (1973) ではクロヌマワシ] Buteogallus anthracinus Common Black Hawk
キューバノスリ Buteogallus gundlachii Cuban Black Hawk
カニクイノスリ [高野 (1973) ではヌマワシ] Buteogallus aequinoctialis Rufous Crab Hawk
サバンナノスリ Buteogallus meridionalis Savanna Hawk
シロエリノスリ Buteogallus lacernulatus White-necked Hawk
オオクロノスリ* [高野 (1973) ではオオクロヌマワシ] Buteogallus urubitinga Great Black Hawk
カンムリノスリ [高野 (1973) ではハイイロカンムリワシ] Buteogallus coronatus Chaco Eagle
オグロカンムリノスリ [高野 (1973) ではオグロカンムリワシ] Buteogallus solitarius Solitary Eagle
オオハシノスリ属* Rupornis
オオハシノスリ Rupornis magnirostris Roadside Hawk
モモアカノスリ属 Parabuteo (和名はタイプ種を優先した)
モモアカノスリ Parabuteo unicinctus Harris's Hawk
コシジロノスリ Parabuteo leucorrhous White-rumped Hawk
シロノスリ属 Pseudastur (和名はタイプ種を優先した)
ハイセノスリ* [高野 (1973) ではシロハラノスリ] Pseudastur occidentalis Grey-backed Hawk
セグロノスリ* Pseudastur polionotus Mantled Hawk
シロノスリ Pseudastur albicollis White Hawk
ワシノスリ属 Geranoaetus (和名はタイプ種を優先した)
オジロノスリ Geranoaetus albicaudatus White-tailed Hawk
ワシノスリ* [高野 (1973) ではハイイロオオノスリ] Geranoaetus melanoleucus Black-chested Buzzard-Eagle
セアカノスリ Geranoaetus polyosoma Variable Hawk
カオグロノスリ属 Leucopternis (和名はタイプ種を優先した)
セアオノスリ* [高野 (1973) ではウスアオノスリ] Leucopternis semiplumbeus Semiplumbeous Hawk
シロマユノスリ* Leucopternis kuhli White-browed Hawk
カオグロノスリ [高野 (1973) ではクロガオノスリ] Leucopternis melanops Black-faced Hawk
ノスリ属 Buteo (29 種。#ノスリの備考参照)
例によって系統が離れるところに空白行を入れてある。
ノスリ亜科 ノスリ族 では日本産種を含むサシバ属、ノスリ属を除いて圧倒的に南米のグループである。少数が北米にも分布する。これらは基本的に留鳥であまり移動する必要もなく、少数が北米にも分布した程度なのだろう。つまりノスリ族は南米で放散を遂げたグループと言ってよいだろう。
南米には広義ハイタカ属も少なく、イヌワシ類や海ワシ類もいないためノスリ族が適応放散するのに十分なニッチが存在したのだろう。なお代わってハヤブサ系統は南米が進化の中心と考えられている。
南米のタカの写真を見ると全体的にぼてっとした印象を受けるが、これは主な系統を反映しているのだろう。
ヒメハイタカとナンベイアカエリツミは和名が示すように広義ハイタカ属と考えられていたが、ノスリ亜科の系統となった。ハバシトビとモモアカトビも同様である。これら2属はトビ族 Milvini には含まれない系統をなすが系統間の距離は遠い。この2属内の2種の順序には意味はない。
ヒメハイタカ属の名称はハイタカ属と関係があるような誤解を受けそうだが、属名や英名も近い意味なのでやむを得ないところだろう。外見がハイタカ属に近くても必ずしも系統的関係がない事例となる。
ハバシトビの名称は嘴縁突起を表すもの。高野 (1973) はこのことを解説には書きながらもこの形態的特徴はあまり気にしなかったか、あるいは以前に存在したアカハラトビの名前を使ったのだろうか。モモアカトビとともにタカ類中で嘴縁突起を持つグループ (#ハチクマの備考 [ハチクマ亜科の他種] 参照) をなす。
少し気になって調べてみるとコンサイス鳥名事典の見出しはアカハラトビになっていた。ハバシトビはおそらく英名か学名から新しく訳し直した名称のよう。現在の英名では対応するものがないが、アカハラトビに対応する他言語名があってドイツ語では Rostbrust-Zahnhabicht (胸の赤い歯のあるオオタカ)。ロシア語名はこれをそのまま訳したものか "胸の赤い" 部分を省略したものになっている。
ヒメハイタカ属やナンベイアカエリツミの同様に広義ハイタカ属に近いと考えられていた形跡がドイツ語名から読み取れる。翼が短めで丸く尾が長くて全体的にはオオタカやハイタカに似て見えるとのこと (wikipedia ドイツ語版から)。
wikipedia 英語版でも accipiter-like kites (ハイタカ類に似たトビ) と何ともわからない表現になっている。これは英語の一般用語の kite が非常に広義のものを指すためだろう (前述のように英語特有に近く、例えばドイツ語ではこのような表現にはならない)。
トビ類には近くなく "true" hawks ("真正" タカ類。英語の呼び方でも何が真正なのか悩ましい) に近縁であると紹介されている。
南米には Tachyspiza 属が分布しないのでその位置を占めている部分もあるのだろうか。
原記載にも胸と腹は赤っぽいと記されているので、原記載をもとに付けられたドイツ語名かも知れない。アカハラトビもドイツ語や原記載をもとに命名された和名のように思えてきた。
wikipedia 英語版によれば胸の赤っぽいのは基亜種の方で、そのため種全体の和名にアカハラトビ、ドイツ語で Rostbrust- を付けるのはふさわしくないと考えられ名称から色彩が外される傾向があるのかもしれない。
気になっている理由はアカハラダカの和名由来で、もしかするとアカハラトビと対比する形で命名された可能性もあるかも知れない。
嘴縁突起を持つハチクマ亜科カッコウハヤブサ類 Aviceda 属とは類縁がない。
ハバシトビ属に使われる Harpagus はオウギワシの Harpia (harpy) と同様の意味。Vigors (1824) による命名で嘴縁突起を持つこれらタカ類2種に対して命名したもの。嘴縁突起は種小名にすでに現れるので別の意味の属名を挙げた模様 (タカ類に多数の属名があって新しいものがあまり思い浮かばなかった印象を受ける)。
このころは共通特性を持つ種類もあることからタカ類とハヤブサ類はそれほど区別されず、Swainson (1837) はモモアカヒメハヤブサ Microhierax caerulescens Collared Falconet のハヤブサ類を含めて Vigors の提唱した属を (たぶん) 再定義した。含まれている H. rufipes が何を指しているかちょっとわからないがハバシトビは含まないように見えるので不思議。
Swainson の定義した属のタイプ種はモモアカヒメハヤブサと Gray (1840) が定めた (The Key to Scientific Names の情報よりまとめ)。
Boyd はハバシトビ属のみを含む Harpagini 族を用いているが、ヒメハイタカ属 Microspizias の位置が Catanach et al. (2024) 以前のものなのでここでは検討しないでおく。
ご存じの通り、現在のトビ族 Milvini に相当する分類は過去はハチクマ類の後あたりに置かれていた。
ハチクマ類にもトビに似た種類が存在する (ハチクマ類も英名ではノスリの名が付いているが、分類される時は kites に入れられることもある。ただしこれもわかりにくいため kites and honey-buzzards のような英語分類も使われる) ため一緒にまとめられていて、類縁の海ワシ類がその後に置かれていた。現在のトビ族 Milvini のトビ類が「真性トビ類」とも呼ばれるもの。
トビ属ではキバシトビは従来トビのアフリカ亜種とされていたものが分離されたもの。体重はトビの半分程度とのこと。この解析でのトビ属の3種の位置関係には意味がないが、キバシトビの遺伝情報も含めればトビとキバシトビが並ぶはずである。
シロガシラトビ属に使われる Haliastur は hali- 海の (Gk) astur タカ、オオタカ。
高野 (1973) = Grenys and Llyod (1969) で用いられていた伝統的分類は Brown and Amadon (1968-1969) に基づくもので、Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" でも小さな修正のみを加えたものが紹介されている。
この分類は分子系統研究がなされるようになるまで事実上の標準とされており、一世代前の図鑑 (日本鳥類目録 改訂第7版でもハヤブサ目を分けたもののタカ類の分類の基本は同様だった。本稿も改訂第7版に基づく順序のため、属の順序などは現代では相当入れ替わっている。ノスリ亜科の分類がこの位置に出てくるのは本来不自然なのだがやむを得ない) などはこれに基づいているはずである。
40 年以上使われていたのはさすがに長過ぎる気がするが、多くの人がその順序に慣れきっておられるだろうので改訂第8版の順序、そしてこの記事で改めて知識をリフレッシュしていただければと思う。
現在のノスリ亜科で使われる属名も大部分は当時存在していたもので、属内の種の位置づけや属の間の関係が従来と違っている。別属とされて過去に使われていた属名が再登場したものが少数ある。
ここでは理解を助けるために Brown and Amadon (1968-1969) 時代の分類順序を示しておく。属に含まれる種は現在と異なるものもあるので属名の和名は省いておく:
Butastur
Kaupifalco (ハイタカグループに移動)
Leucopternis
Buteogallus
Harpyhaliaetus (現在は統合され消滅)
Heterospizias (現在は統合され消滅)
Busarellus
Geranoaetus
Parabuteo
Buteo
Morphnus (オウギワシ亜科に)
Harpia (オウギワシ亜科に)
Harpyopsis (オウギワシ亜科に)
Pithecophaga (チュウヒワシ亜科に)
これを見ながら読んでいただければ高野 (1973) 時代の和名の由来などや分類変更の解説がわかりやすくなるだろう。
Butastur がノスリ類の冒頭に来るのは現在と同じで、属名もノスリとオオタカの中間的な特徴を表している。昔から "buzzard-eagles" と呼ばれていたよう。Brown (1976) もあまり適切な名称とは考えていなかったようで "so-called" (いわゆる) を付けていた。#サシバの備考参照。
Morphnus (ヒメオウギワシ)、Harpia (オウギワシ)、Harpyopsis (パプアオウギワシ)、Pithecophaga (フィリピンワシ) は大型種でかつてはノスリの遠い仲間に (便宜上?) 含められていたわけだが、後にこの4属4種でオウギワシ類として独立させてまとめて移動となった。
当時の分類では "sub-buteos" (ノスリ類の前段階のグループと考えられたもの) → ノスリ類 → booted eagles (イヌワシ・クマタカ類) の進化系列が想定されていたため次にイヌワシ類が続いていた。ノスリ類とイヌワシ類を結ぶ中間グループの位置づけだったものと思われる。
そのうちフィリピンワシのみが別系統とわかって分離された次第である。
オウギワシの和名はおそらく古くからあって、それぞれ近縁を意味する名前が付けられたものだろう。
位置づけが従来あまりよくわからなかったが分子系統解析でハイタカグループに移動された Kaupifalco (トカゲノスリ、分布もアフリカでノスリ類と違っていた) を除く残りの属の種は現在もノスリ類の主要なグループになっている。
Buteo がノスリ類中で最も進化の進んだグループとの概念は現在と同じで、その前段階に相当するグループ ("sub-buteos") を配置する形になっている。
これは現在のイヌワシ・クマタカ系統で Aquila の前段階の位置に Spizaetus が大所帯で存在していたものとほぼ同等の位置づけになる。
ノスリ類でも Leucopternis、Buteogallus が大所帯であった。Spizaetus が大きく分割・再編されたのと同じように、分子系統解析の結果これらが前段階とされた属が単系統でないことがわかって相互で種の移動が行われて現在の形となっている。
do Amaral et al. (2009) Patterns and processes of diversification in a widespread and ecologically diverse avian group, the buteonine hawks (Aves, Accipitridae) を参照。
この研究の後にさらに再編されているが生物地理学、渡りの進化などへの示唆もある。
過去の Leucopternis 属はほぼ森林性のグループで、南米の森林性猛禽類とあってほとんど研究がなされていなかった。おそらく爬虫類食との記載があった程度。
分割・再編後に Buteogallus は大きな属になったが Leucopternis は小さな属となった。
ムシクイトビ、ミシシッピートビ、ハシボソトビ、タニシトビはもともと (旧) トビのグループに入っていたものがこちらに移動されたもの。
セイタカノスリはチュウヒ類からこちらに移動。少しややこしく後の解説参照。
Harpyhaliaetus と Heterospizias は Buteogallus に統合。
ヨコジマノスリ、ヒメアオノスリ は Leucopternis からの分離。
オオハシノスリは Buteo からの分離。
シロノスリなどの3種も Leucopternis から分離。
ムシクイトビの和名がなぜ付いたか (なぜ改名されたか) の由来はわからなかった。多くの言語では灰色などの色を意味する名称が付いている。中国語でも鉛灰鳶などが使われ、多くが学名や英名の plumbeous
を利用しているように見える。属名に使われる Ictinia は iktin, iktinos トビ (Gk)。
食性は飛びながらあるいは止まり場から昆虫を捉えるとあるので、改名された和名はあるいはそれに由来するのか。しかし小動物も食べる。この種にも嘴縁突起があると Vieillot (1816) の記載にあるがそれほどはっきりしたものではない感じである。
近縁のミシシッピートビの写真 Mississippi Kites (BirdNote) も同様の形態が見える。この2種の順序には意味はない。タイプ種に従った属名和名を採用しているが、ミシシッピートビの方が知名度が高そうなのでこちらでもよいかも知れない。
ミシシッピートビは若鳥は前面が縦縞、尾は広義ハイタカ属のような縞模様、かつ翼先の風切羽の分離があまりなく何の仲間か判断に悩むぐらい。写真を探して見ていただきたい。このような模様を比較的簡単に作るメカニズムがあるのだろう。かなり小型の種類。
ムシクイトビは南米の種。両種とも顔つきがカタグロトビに多少似た印象を受ける。収斂進化があるかも知れない。南米で数少ない (部分的な) 渡りをするタカ類。
系統的にはノスリ族 Buteonini の中で最初の分枝で系統がやや離れたサシバ属とノスリ類の間に位置するが、やはりやや独立した系統をなす。
ノスリ類は南米で種分化を遂げたが、系統の発祥の地はアフリカやユーラシアであったはずで、南米に至るまでの途中の種類があるべきだが、ムシクイトビ [高野 (1973) ではナマリイロトビ] や ミシシッピートビ がそれに対応することになる。これらは開放環境に適応したものと考えらえる。
中米や北米の一部に クロノスリ [高野 (1973) ではクロヌマワシ] などが生息するが、これらが南米の同属の祖先系統ではないので、南米で種分化を行って中米や北米に分布を広げたものと考えらえる。ユーラシアから南米に到着する途中の系統には該当しない。
ミシシッピートビは小型の種で、先行したカタグロトビ亜科やハチクマ亜科由来の "トビ" 類似種と似た生態的位置を占めると考えらえるが、少なくとも初期系統のノスリ類はあまり強力でなかったようでほとんど現存していない。
セイタカノスリ [高野 (1973) ではセイタカチュウヒ] は脚を反対にも曲げることができる (#クロハゲワシの備考 [変わった餌の捕り方をする猛禽類] を参照)。
チュウヒダカ類とともにかつてはチュウヒ類として扱われていた。
属名に使われる Geranospiza は geranos ツル spizias タカ (Gk) で英名と同じ。脚の長さを表している。
この属 (種) は別所から移動されたもので、結果的にほとんど同じような意味の Geranoaetus (ワシノスリなど) がノスリ類のグループに共存することとなって学名的には大変紛らわしい。
-spiza の語尾は Kaup がタカ類の属名に -spizias の代わりにしばしば用いたもので (The Key to Scientific Names)、現代の学名として他所にも現れる。spiza (Gk) は本来フィンチまたは小鳥の意味なのでスズメ目の属名にも -spiza がよく現れ紛らわしい (Spiza 属もある)。同じ -spiza でもタカ類についてはタカ、スズメ目ではフィンチまたは小鳥と訳し分ける必要がある。
本稿では#アカハラダカ備考に示すように意味を発音で区別する試みを導入している。
以降で取り上げる種もほぼ南米から中米の種である。高野氏にとってもまったく馴染みのない地域の多数の種に和名を与える作業は大変だったと想像できる。
ミサゴノスリ [高野 (1973) ではミサゴワシ] はほぼ完全に魚食の珍しいタカ (#ミサゴの備考参照)。ただしミサゴよりは他のものも食べるらしい。
属名に使われる Busarellus は buse ノスリ rayee 縞のある (仏)。かつての英名は Fishing Buzzard だった。南米には海ワシがおらず、ミサゴ類もなぜかあまり分布せず北米から越冬に来る程度である (同じことはアフリカのミサゴにも言える)。ミサゴノスリはそれに代わる位置を占めたノスリ類。
英名の Black-collared Hawk は種小名の nigricollis 由来だが、これは首に黒い部分がある意味で使われているもので、"首輪のある" の英名はいかにも誤解を招きそう。フランス語の Buse a tete blanche (頭の白いノスリ) の方が色彩をよく表している。ドイツ語では Fischbussard で魚のノスリ。過去の英名由来かも知れない。和名はなかなかよいところを捉えていると思う。
セイタカノスリ、ミサゴノスリ、ハシボソトビ、タニシトビ [高野 (1973) ではカタツムリトビ] はいずれも単形属で、この4属は単系統をなすが特徴の違いが大きく、遺伝的距離も離れているのでそれぞれ単形属が妥当な扱いだろう。Buteogallus 属などジェネラリスト的なグループが適応放散する前に分岐した独特の種類と言える。
#ハチクマ備考の [ハチクマ類の系統分類] の現象と似ている。とはいえノスリ類の方が系統的にはずっと新しい。
これら4種は形態など特殊な点が多いので Catanach et al. (2024) も全ゲノム解析を行っている。系統樹の信頼性も高い。
嘴の形と食性に特徴が特異なハシボソトビとタニシトビが並列に並ぶのは興味深い。
ハシボソトビの属名に使われる Helicolestes は helix, helikos らせん、巻き貝 leistes 盗むもの (Gk)。
タニシトビの属名に使われる Rostrhamus は rostrum 嘴 hamus 鈎 (Gk)。
これらの "トビ" の付く種類はかつては現在ハチクマ亜科のものを含むトビの系統とされ、分子系統解析によってノスリ類に近いことがわかった。他所でも述べておりが、"トビ" 類はいろいろな分類群に散在する多系統の名前である。
タニシトビでは在来のカタツムリに代わってより大型の外来のカタツムリが増加すると 10 年も経過せずに嘴の形が変化したとのこと。Cattau et al. (2018) Rapid morphological change of a top predator with the invasion of a novel prey
大型で寿命の長い捕食者でも獲物に応じた形態変化を短期間で起こせることを示した。
急速な小進化が起きているというよりは表現型の可塑性を示しているのではとのこと。
この事例も含め、表現型をもとに亜種などを決める限界も指摘されている: Cadena and Zapata (2021) The genomic revolution and species delimitation in birds (and other organisms): Why phenotypes should not be overlooked。
論文そのものは遺伝情報だけで分類を決める危険性を主張したもので、選択圧など別の効果もある、しかし表現型の可塑性などもあるので表現型で二峰性を示すことが必ずしも適切な種や亜種の判別基準にならない文脈に登場する。
このリストで残りの種類の多くは過去の分類では大枠ではノスリ類とはされていたものの、いろいろな場所に混ざっていた。高野 (1973) で "ヌマワシ"、"カンムリワシ" と付くものは系統的位置づけがはっきりせずこのような名前になっていたものと思われる。ノスリ類であることがはっきりするように改名されたと思われる。
以下高野 (1973) = Lloyd and Llyod (1969) で用いられていた伝統的分類との比較を主に行う。現代の IOC 分類などはこれまでの研究も取り入れられていて、新しい分子系統解析の結果と順序まで含めてほとんど違いがない。ノスリ類は外見などでの伝統的分類は難しかったが、分子系統解析で比較的安定した結果の得られるグループだったのだろう。
高野 (1973) で "カンムリワシ" と付くものは Harpyhaliaetus 属とされていて、Harpia オウギワシ属の名称と Haliaeetus オジロワシ属の名称からの合成で、何物かわからないことを告白しているような学名であった。
高野 (1973) = Lloyd and Llyod (1969) の時代には Buteogallus 属 [これもノスリ 属と Gallus 属 (ヤケイ) の合成] はこれら "ヌマワシ" 3種のみを指していた。
高野 (1973) = Lloyd and Llyod (1969) の時代には南米の熱帯性ノスリ類9種を Leucopternis 属 [leukos 白い pternis タカの一種 = ハチクマの Pernis と同じものを指す別の綴り Gk (#ハチクマの備考 [属名の考証] を参照] とまとめていたが3種のみを残して他の系統に分類された形になっている。
Leucopternis 属から Buteogallus 属にも複数の種の移動があった。元来の属名の由来の白いタカだったシロノスリなどは Pseudastur 属 (pseudos 偽の Astur オオタカ Gk) に移動となった。
これらの地理的関係は Lerner et al. (2008) Molecular Phylogenetics of the Buteonine Birds of Prey (Accipitridae) にある。
シロエリノスリも典型的な "白いノスリ" で Leucopternis 属に含まれていた。当時知られていたはずだが高野 (1973) には載っていない。
これは Buteogallus 属に移動されて色と系統にはそれほど関係が深くなかったようである。名前から想像する以上に前面はほとんど白い。
ブラジルに局地的に生息し、個体数も少なく絶滅のおそれがある。生態もほとんど知られていない。
音声の文字による記述すらもなされていないとのことであるが xeno-canto で音声を聞くことはできる (wikipedia 英語版より)。
保全上重要な種類であることもおそらく意識して Catanach et al. (2024) も全ゲノム解析を行っている。
ヨコジマノスリも Leucopternis 属からかなり離れて独立した系統になった。現在の属名に使われる Morphnarchus は morphnos 黒い arkhos 支配者 (Gk)。
かなり大型のノスリ類であるにも関わらず翼は短く、森林環境に適応したものと考えらえるとのこと (wikipedia 英語版より)。ノスリの仲間でも Buteo 属から想像する以上に熱帯森林適応種があった。次のヒメアオノスリ [高野 (1973) ではクロアオノスリ] も同様。
ノスリ類が到達する以前はタカ類発祥のアフリカから遠く、あまり多くの系統が南米に到達していなかったためまだいろいろなニッチが残っていたのだろう。
Spizaetus 属も似た時期に中・南米で種分化を遂げているが、森林では Spizaetus 属の方が優勢だったようで熱帯森林に適応したノスリ類は少数に限られたものと想像できる。
ヒメアオノスリ [高野 (1973) ではクロアオノスリ] も同様。現在の属名に使われる Cryptoleucopteryx は kruptos 隠れた leukos 白い pterux, pterugos 翼 (Gk)。この2種は系統上は Buteogallus 属に含めても単系統となるが、少し遺伝的距離があってこれまでも別属で扱われていたためそれぞれ単形属が妥当とされるのだろう。
ヒメアオノスリの種小名はやはり鉛色のことで、英名もそれに由来する。「隠れた白さ」というのは雨覆の下面にあって、飛んでいる時などしか見えないようである。
サバンナノスリは Heterospizias 属 (異なったタカ) の単形属から Buteogallus 属に移動されたなどかなり大きく変わっている。
Buteogallus 属は現在では比較的大きく、系統的にもまとまりのよいグループをなしている。
Buteogallus 属の中ではサバンナノスリ以降の5種がその前の4種と系統が少し分かれるがそれほど深い分岐ではない。"ヌマワシ" は両者に現れるが。"カンムリワシ" と付いていた最後の2種は近い関係にあり、外見は他のものとかなり異なって見える。
オオハシノスリに使われる Rupornis は rhupos 汚物 ornis 鳥 (Gk) と語感的にはよい意味でない。
南米で普通種で Roadside Hawk と呼ばれるように道端によくいるようで、属名の意味は日本語の "馬糞鷹" (ノスリ、チョウゲンボウの異名) に近いかも知れない。もとは Buteo 属だった。
Rupornis 以降は Buteo と単系統を作ることもできるが多少系統が離れていることや、これまで別属扱いの Parabuteo があって、Parabuteo を残しつつ Rupornis を Buteo に含むと Buteo が単系統にならないためそれぞれ別属とされているのだろう。
モモアカノスリなどに使われる Parabuteo は para 近い (Gk) Buteo 属に (ノスリに近い) の意味。
モモアカノスリの種小名 unicinctus は uni- 一つの cinctus 縞 (Gk)。
モモアカノスリの和名で基本的に通っているが、英名由来のハリスホークもよく使われる。
和名の由来は何だろうかと調べるとこの種も Temminck が記載したものだった: Falco unicinctus Temminck, 1824 (原記載)。
ラテン語属名は Falco を用いているがノスリ類 (Buse) とは別グループである認識を持っていてフランス語名では Autour a queue cerclee (円形の尾のオオタカ)。
記述は Autour a queue cerclee にある。ヨーロッパの種で比較すると細かな点ではノスリ類よりオオタカの方に似ているためこの名称となったよう。
les cuisses sont d'un roux de rouille tres-vif と腿の赤さが鮮明とのことで、この部分はモモアカノスリに対応する。
和名はモモアカトビ (こちらは英名そのまま) とセットで付けられたものかも知れない。腿部 (解剖学的には脛) の赤っぽいノスリ類は他にもあるのであまり限定的な記述となる和名ではなかったかも。
"モモアカ" の付く種は他にもいくつもあり、モモアカヒメハヤブサ (旧英名 Red-legged Falconet。red-thighed となっていない分解剖学的にはより正確?)、モモアカアシボソハイタカ (これは学名、英名の通り)。英語でも日本語でも当時の命名者の好みだったのかも知れない。
種小名は une tres-large bande blanche, disposse vers l'origine de la queue, traverse toutes les pennes 尾の基部の太い1本の白い縞に対応。かつて英名に Bay-winged Hawk (bay 鹿毛色の) が使われていた。学名に対応した One-banded Buzzard の英名もあった。
大変紛らわしいことに同じ Temminck (1824) に 参考 に Falco uncinatus フランス語名 Cymindis bec on croc (嘴の先端が曲がっている Cymindis) があり、こちらはカギハシトビ Chondrohierax uncinatus Hook-billed Kite を指している (#ハチクマ備考の [ハチクマ亜科の他種] 参照)。
モモアカノスリの unicinctus は uni- (一つの) cinctus (帯) で尾のバンドを指す。
カギハシトビの uncinatus は uncus, unci (鈎) -atus (持つ) で非常に似ているが語源は異なる。正しくアクセントを置いて読めばまったく違う発音になる。
解剖学をご存じの方ならば肋骨の鉤状突起 uncinate process (ちなみにこの構造はヒトにはないため人体解剖学では出てこないが同じ名称の解剖学用語は膵臓など他にもある) で目にかかられているだろう単語。フランス語名、英名ともに対応している。
Harris's Hawk の方の英名は Buteo harrisi Audubon, 1837 に対応学名があり、これは現在は亜種扱いとなっている。Audubon の "The Birds of America" の図版に現れる学名。図版の英名は Louisiana Hawk となっていた (図版)。
北米でも南部開拓が進んで新種が記述されていった時代を反映したものだろう。
Falco harrisii Audubon, 1839 の名称もあったらしい (参考 1, 2)。
図版の方が出版が早かったためその学名が優先されたよう。
Edward Harris は米国の農家で博物学者、Audubon と一緒に探検をした (The Key to Scientific Names)。
"Birds of America" (1840) 本文では Harris's Buzzard の名称で登場。こちらの図版は Harris's Buzzard となっていて Audubon が考えを変えたらしい。
p. 29 に経緯が記されていて、標本はルイジアナの紳士が撃ったもので、ラベル以外に何の情報もなかったため採集者人名もわからず英名は最初 Louisiana Hawk としていた模様。一緒に仕事をした Edward Harris の方への献名となって標本採集者そのものではなかった。1837 年の図版にすでに学名が付いているので事後説明のようなものだろうか。
過去はそれほど注目されていた猛禽ではなかったが、集団で共同狩猟を行うことが発見されて大変話題となった (#ハヤブサの備考 [オナガハヤブサの共同狩猟] も参照)。
Bednarz (1988) Cooperative Hunting in Harris' Hawks (Parabuteo unicinctus)
から読める。同一だがオリジナルの Science 論文のサイト。
1980 年代らしい手描きイラストでどのように共同狩猟を行ったかを図示している。
モモアカノスリがなぜ共同狩猟を行うようになったかを議論した論文: Coulson et al. (2013) Reexamining Cooperative Hunting in Harris's Hawk (Parabuteo unicinctus): Large Prey or Challenging Habitats?
獲物が大きいためか、生息環境が厳しいためか?
「アニマ」1989年1月号のニュース欄 (p. 9) に「モモアカノスリの共同ハンティング」の記事があり、自分はこれを読んで知った。
なお同じ号の特集は「日本の鷲鷹」で海野氏による北海道のハチクマの子育て報告があり、兄弟の2羽が淡色型、暗色型とそれぞれ違っていた。この報告はその後もよく引用されている (この号については #ハチクマの備考 [ハチクマの繁殖行動] にも関連情報を紹介)。
当時は鳥の社会性が脚光を浴び始めたころで、「アニマ」1986年10月号のニュース欄 (p. 10) では 「鳥を見てサルを知る」が話題になっていた。ヤブカケスの社会 (ヘルパー制) がタマリンと類似しているなど、国際霊長類学会でサルの社会性の理解には鳥に学ぶのが有益であるとの発表がなされたことが話題になっていた。
なお同じ号の特集は「渡り鳥」「道具を使う動物たち」(鳥では「道具を使う鳥カタログ」の記事もあり、ササゴイも含めて現在知られている種類も多数取り上げられている。ハクトウワシも飼育下でコオロギやカメに石を投げつける行動が記録されたとのこと。
オオツチスドリ Corcorax melanorhamphos White-winged Chough は貝で貝を割るとのこと。
道具を使って羽繕いする鳥も紹介されていて、ミミヒメウ Nannopterum auritum Double-crested Cormorant は尾脂腺をぬぐうのに抜けた風切羽を使うそうである。同様の目的に他のものを使う種類もある)。
鳥の能力が科学会でも次第に認知され、その後神経科学や心理学でも裏付けられるようになってきたさきがけぐらいの時期だろうか。
モモアカノスリはこのような特性もあって鷹狩りでよく用いられている種類であることはご存じの通り。「ハリスは賢い」と動物園の飼育員の方などがよく言われるが、おそらくオオタカなどが慣れにくいことと比べた話で確かに人によく慣れるらしい。
行動を見ているとどの人にも同じように反応しているように見えて、あまり人を見分けている感じはしなかった。そのためかよく慣れた鳥ならば知らない人でも相応の相手をしてくれた。
飼育オウム類では自傷行為が知られていて、猛禽類ではまれだがモモアカノスリの報告例が多いとのこと。
Smith and Forbes (2009)
A Novel Technique for Prevention of Self-mutilation in Three Harris' Hawks (Parabuteo unicinctus)
他の猛禽類に比べて非常に賢く刺激がないと飽きてしまう、オウムのように刺激が必要と書いてあるが、単に飼育数が非常に多いためかも知れない。ここでは嘴の先を歯科用材料で加工することで防ぐことができたとある。
クロコンドルでもあったらしい: Swartout (2021) Self-Injurious Behavior in a Captive, Malimprinted Coragyps atratus。人に性的にインプリントされた個体で起きた性的葛藤、あるいはクロコンドルは家族を守る利他な攻撃行動が知られていて、人を同種個体のように扱って攻撃的になるのではなどの考察が出ている。
こちらでは鳥類一般を指して認知能力が高いので適切な神経活動を保つために適切な刺激が必要であるが、この個体は食物を与える際にパズルなどエンリッチメントは行われていなかったとのこと。クロコンドルのカラスのような行動 (#クロハゲワシの備考参照) を知ると知的刺激不足もうなずける気がする。
ワシノスリ [高野 (1973) ではハイイロオオノスリ] などに使われる Geranoaetus は geranos ツル (灰色を指す) aetos ワシ (Gk)。
Geranoaetus も Geranospiza も Kaup の命名。高野 (1973) 時代の名称は属名の色を活かしたものになっていたが、外見や学名の由来から改名されたのだろう。
属名の確定には紆余曲折があったようで、Buteo とされたこともあったが、分子系統研究で単系統でないことが判明して別属とされた
(Amaral et al. (2010) Priority of Geranoaetus Kaup, 1844 over Tachytriorchis Kaup, 1844 (Aves: Accipitridae) based on the first reviser principle)。
セアカノスリの種小名に使われる polyosoma は polios 灰色 soma, somatos 体 (Gk)。
セアカノスリにはかつて別種とされた、高野 (1973) でガーニイノスリ (種小名 poecilochrous) とされる種類があった。
Brown (1976) によると当時の英名は Red-backed Buzzard と Gurney's Buzzard だったので高野 (1973) ではそのまま訳したものと思われる。
Farquhar (1998) Buteo polyosoma and B. poecilochrous, the "Red-Backed Buzzards" of South America, are Conspecific
によれば、当時の知見では事実上 Stresemann の翼式 (#カタグロトビの備考も参照) しか違いがなく、同種とすべきであるとの提案がなされて現在に至っている (当時はいずれも Buteo 属の扱い)。
しかし博物館標本や限られたデータをもとにした実験室の判断には限界があり、分布の違い [セアカノスリはアンデスに沿って南米南端まで、ガーニイノスリはより北部。Brown (1976) によれば南米南端に生息する猛禽類はごくわずかしかいないらしい] 長年の野外観察で雑種が観察されていないこと、動物園個体の観察の結果、遺伝情報も含めて別種とすべき提案が出ている: Stiles (2009)
Re-split Buteo poecilochrous from B. polyosoma。
南米の検討委員会は別種とする十分な根拠がないと判断を下したが反論も出ている。
HBW、Gaudin など少数のリストはこの提案を受け入れ別種としているが、IOC などは採用していない。
Boyd も採用していないが、おそらく遺伝情報から別種を妥当とする論文が出ていないためであろう。
この Stiles (2009) で述べられている中で albicaudatus は現在別種とされて Catanach et al. (2024) では全ゲノム解析も行われ、大きな違いが見つかっている。
カワリオオタカでもそうであったように、改めて表現型で多型 (polymorphism) を示す種類の扱いの難しさを理解できる。
poecilochrous は別種扱いではないため少なくともこの研究には現れなかったものと想像できるが、亜種か種かの扱いの違いは分類学上の興味以外にも研究が行われるか否かにも影響を与えるのだろう。これだけ大きな違いが見つかるとこのグループを詳しく研究する動機になるだろうが。
[亜種と渡り]
世界で5亜種(IOC)。
・migrans European Black Kite ヨーロッパ中部、南部、東部、アフリカ北部からパキスタン北部まで繁殖分布、サハラ砂漠以南のアフリカに渡る。
・lineatus Black-eared Kite シベリアからヒマラヤ、インド北部、インドシナ北部、中国南部、日本。大陸内陸部の北のものは中東から東南アジアへ渡る。
・govinda Small Indian Kite パキスタン東部から熱帯インド、スリランカ、インドシナからマレー半島までの留鳥。
・affinis Fork-tailed Kite スラウェシ島やパプアニューギニアなどの一部の島、オーストラリアの留鳥。
・formosanus Taiwan Kite 台湾と海南島の留鳥。分布は限られている。
以下記載時学名、基産地は Avibase。その他の亜種記載もわかる範囲で含めた。
Milvus melanotis は亜種扱いではないが年代関係がわかりやすいように含めておいた。キバシトビに分離される亜種は含んでいない。
・Falco migrans Boddaert, 1783 o (原記載) 基産地 Restricted type locality, France, apud Hartert, ex Daubenton, pi. 472 (Hartert がフランスに限定)
・Haliaetus lineatus Gray, 1831 o (原記載) 基産地 China (中国)
・Milvus Govinda Sykes, 1832 o (原記載) 基産地 Dukhun = Deccan, India (インドのデカン地方)
・Milvus affinis Gould, 1838 o (原記載) 基産地 Australia = New South Wales, fide Mathews, antea, p. 171 (オーストラリア南東部 NSW)
・Milvus melanotis Temminck & Schlegel, 1844? 1847/1848? * 基産地 日本 = lineatus (Dement'ev and Gladkov 1951)
・Milvus ater glaucopus Severtzov, 1875 * (参考) 無効名? 詳細不明
・Milvus korschun reichenowi Erlanger, 1897 * (参考 基産地 Sidi Ali-ben-Aooum, Tunis (チュニジア) = migrans
・Milvus korschun rufiventer Buturlin, 1908 * (参考) 基産地 Murrab, Turkmenii (トルクメニスタン) = migrans (Dement'ev and Gladkov 1951)
・Milvus korschun napieri Mathews, 1912 * (参考) 基産地 Napier BroomeBay, north-west Australia (オーストラリア北西部) = affinis
・Milvus korschun furghaneneis Buturlin, 1913 * (参考) Gul'chi から南の Lyangar = lineatus [Dement'ev and Gladkov (1951) 記載年は 1908 としている]
・Milvus lineatus formosanus Kuroda, 1920 o (原記載) 基産地 Gyochi, Nanto district, Taiwan (台湾)
・Milvus korschun tianshuieus Buturlin, 1928 * 基産地 Naryn = lineatus (Dement'ev and Gladkov 1951)
・Milvus migrans tenebrosus Grant & Mackworth-Praed 1933 (原記載) 基産地 Beoumi, Ghana (ガーナ) = migrans
学名の後に o のある亜種が IOC 14.2 に載っているもの。 * は Avibase に現れないもので近年の世界のリストに登場したことがない模様。 = 以降は通常のリストでシノニムとされる亜種。
大まかにはユーラシアでは西部亜種が migrans、東部亜種が lineatus、インド周辺が govinda の形になっている。
オーストラリアを別亜種として大陸との境界をどこにするか悩ましいこともわかる。Dement'ev and Gladkov (1951) はフィリピンは affinis と考えていたがまれに見られる種類で現在では通常 lineatus とされている。
このように並べると結構多数の記載があるが亜種記載は通常小型種の方が多い。大型種は標本を送るのに費用がかさむためあまり好まれず小型種が優先された経緯があるとのこと。
亜種英名の Fork-tailed Kite はアフリカツバメトビ [高野 (1973) ではアフリカツバメハイイロトビ] Chelictinia riocourii Scissor-tailed Kite (カタグロトビ亜科) の別名にもなっている。
Small Indian Kite は過去 Pariah Kite と呼ばれていたがカースト制度由来の名称で廃止された (wikipedia 英語版より)。govinda はヒンズー神話で牛を見つけるもの。
日本ではトビはあまり渡りをしないが、種小名が示すように世界的には渡りをする地域が多い。ヨーロッパや中東のタカ渡り観察地などでは渡りをする主要なタカの一つでカウントが行われている。日本の亜種は lineatus (「線で縁取られた」の意味。「分類学の父」 Carl Linnaeus と似た綴りだが関係ない) とされる。
lineatus を独立種と提案する考えもあったが (Peters' Check-list of the Birds) 最近はあまり出てこないようである。亜種名 (または別種とした時の種名) として Black-eared Kite も使われる。
独立種とした場合は formosanus が亜種の扱いになる。
lineatus その他の亜種の遠方への迷行例もある。2006 年 lineatus が英国で記録された。太平洋やハワイの記録もあるがおそらく lineatus と考えられる (wikipedia 英語版より)。
オーストラリアからニュージーランドへの迷行例も時々あり、Renwick 近くの個体は 2015 年まで約 23 年同地域にいたとのこと Black kite (New Zealand Birds Online)。
亜種 lineatus は近年北コーカサス地方からロシア南部に大規模に進出中とのこと: Lipkovich (2023)
Siberian subspecies of the black kite Milvus migrans lineatus in the North Caucasus and in the steppes of southern Russia: stages of mass invasion (pp. 1413-1415)。1990 年代からこの地域でシベリア型とヨーロッパ型の2亜種が越冬するようになった。
[ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] にもあるように分類的にはよく一緒にされるハチクマと近縁でなく、オジロワシなどの海ワシ類の系統。アカトビ Milvus milvus の種小名として Falco milvus Linnaeus, 1758 で使われ、後に属名に昇格された。
西シベリアのトビの渡りの研究: Literak et al. (2022) Black Kites on a flyway between Western Siberia and the Indian Subcontinent
ロシアのアルタイ地域からの追跡で、ヒマラヤを超えて最大 6256 m の高度まで記録され、パキスタンからインドで越冬した。若鳥の巣立ち後の移動や越冬地での移動も記録されている。若鳥 19 羽中5羽が複数年追跡された。
翌年には繁殖地に戻るが、生後数年は生まれた場所より北側に戻ったとのこと。
この研究で遺伝子研究も行われ、いずれも lineatus に属することが判明した。東西亜種の中間的な地域が広がっていることが知られているが、ユーラシア東西の遺伝的構造を知るにはさらにデータが必要である (lineatus が独立種であることもこの段階でまだ否定できない)。
逆にインドのデリーからの追跡も行われており、lineatus がやはり高所を通る渡りを行っている: Kumar et al. (2020) GPS-telemetry unveils the regular high-elevation crossing of the Himalayas by a migratory raptor: implications for definition of a "Central Asian Flyway"
インドガンやアネハヅルのような羽ばたき飛行の鳥がヒマラヤを越えることは知られていたが、ソアリングで渡る鳥でもこれまで考えられていた以上にヒマラヤを越えているらしい。
これらの研究を通じて中央アジアルートの猛禽類の渡りがかなり解明されてきた。2年追跡された1羽は渡りルートを大きく変えていた。越冬期のデリー地域は世界一トビの密度の高いところだろうとのこと。
西ルートに進出中のハチクマもこのルートを使っているのだろうか。
主に日本の個体群を中心とした cytb 遺伝子ハプロタイプを用いた研究: Nagai and Tokita (2022)
Analysis of Genetic Structure and Genetic Diversity in Japanese Black Kite Population Using mtDNA
日本の個体群は大陸 (lineatus) 由来で定着したと考えられる。遺伝的には少なくとも2系統からなる (複数回の導入が示唆される)。ただし用いられた大陸個体のサンプルは数も分布も限られている。
#ハチクマ備考の [台湾で留鳥化したハチクマと渡りの謎] の考察も多少参考になるかも知れない。世界的には日本はトビの分布の東端で、大陸にも留鳥個体群があるが渡り個体が日本に定着して留鳥化した可能性もあるように思えた。トビが南西諸島でまれなのもあるいは大陸から離れすぎているためかも知れない。
台湾のトビ (formosanus とされる) も数が減少し、殺虫剤 (Carbofuran など)、殺鼠剤のため危機的状況だったとのこと。現在は保護努力が行われている。
参照: The Black Kites of Taiwan (Mary Ann Steggles 2021)。
formosanus は亜種に値するか議論もある: Andreyenkova et al. (2023)
Genetic relatedness of the black kite (Milvus migrans) populations of Asia, Taiwan, Japan and Australia: does Taiwanese subspecies exist? (発表スライド)。
台湾の南北に離れた個体群があり、ハプロタイプも異なっているとのこと。系統的には govinda より lineatus に近い。海南島と中国のデータを解析する必要がある。台湾への定着経路も含め、大きめの猛禽類の大陸から島への定着メカニズムの視点からも興味深いところ。
Andreyenkova et al. (2024) Genetic relationships of populations of the Black Kite Milvus migrans (Accipitriformes: Accipitridae) in the east of its range in Asia and Australia
に日本のトビも含めた上記発表の論文がある。日本のトビは遺伝的に均一性が高く大陸とは隔離があるかも知れない。台湾のトビは2系統が認められ記載されてきた南北に隔離分布した亜種に対応するが、亜種 lineatus の方が分布を広げている。
フィリピンでもトビは珍しい。Black kite taken in Laoag, Ilocos Norte (Richard C. Ruiz 2024.11.2)。
このように見ると日本では当たり前に見えても近傍の島の様相はやや違うこと、つまり日本のトビの特殊性がわかる。フィリピンのチェックリスト (2023) では亜種 lineatus でルソン島の迷鳥となっている。学名は渡るトビなのに日本ではなぜ留鳥なのかしばしば話題になるが、サシバのように海を超える渡りは得意でなく、フィリピンにも簡単には到達できないのだろう。
大きさは似ているがハチクマの飛翔力とはだいぶ違いがあるよう。
Black kite taken in Laoag, Ilocos Norte on November 9, 2024 (Richard C. Ruiz 2024.11.9) 同様の写真。かなり珍しいものと思われる。
世界的にもキバシトビも含めて大陸から離れた島にはあまり分布していない。マダガスカル、カーボベルデ (アフリカの西沖合) に分布する。カーボベルデではアカトビ (Milvus milvus fasciicauda Cape Verde Kite。独立種とされることもある) も少数分布していたが 2000 年以降トビとの雑種のみとなり事実上絶滅した
[wikipedia 英語版; Johnson et al. (2005) Prioritizing species conservation: does the Cape Verde kite exist?: そもそも独立した分類概念ではなかった?]。
Hille and Thiollay (2000)
The imminent extinction of the Kites Milvus milvus fasciicauda and Milvus m. migrans on the Cape Verde Islands トビも絶滅寸前。住民の誤解による毒殺なども要因の一つ。
Hille and Collar (2011)
Status assessment of raptors in Cape Verde conrms a major crisis for scavengers
人口は増えていてあらゆるスカベンジャーの猛禽類、特にトビ類が危機的状況。
Andreyenkova et al. (2018) New Haplotypes of the Mitochondrial Gene CytB in the Nesting Population of the Siberian Black Kite Milvus migrans lineatus Gray, 1831 in the Territory of the Republic of Tyva
ロシア Tuva (モンゴル北方) の lineatus と考えられる繁殖個体群の中に migrans 型のハプロタイプがあることがわかった。
これらはもちろん渡る個体群。
Andreyenkova et al. (2021) Phylogeography and demographic history of the black kite Milvus migrans, a widespread raptor in Eurasia, Australia and Africa
に続報の研究がある。キバシトビ Milvus aegyptius Yellow-billed Kite は種レベルの差があると考えてよい証拠が増えている [Catanach et al. (2024) では同種としていたため解析されていない。またこの解析は亜種レベルを同時に扱う判定には向いていない]。
mtDNA の CytB の一部のみを用いたもので解析上の限界はあるが最初のステップとしては有用ではないだろうかとのこと。
キバシトビの 原記載 で由緒ある名前。aegyptius は基産地のエジプトから。IOC 14.2 では別種扱い。
キバシトビはヨーロッパでの記録が散発的にある: Yellow-billed Kite: wild or escape? (Sam Viles, BirdGuides 2023)。
日本はほぼ純粋な lineatus で、大陸ともある程度の交流があると考えている [Nagai and Tokita (2022) の解析も参照]。現在のトビはツンドラ域には生息しないので、最終氷期に lineatus と migrans は一度隔離されたが再接触したとの描像でよさそうとのこと。
台湾の亜種と中国の個体については分析されていない。著者たちの主な興味はユーラシアの大陸部の生物地理学なので東・東南アジアの生物地理学は別途調べる必要がありそう。
トビの繁殖開始年齢は 3-5 歳とされ、繁殖年齢前の個体は大きく分散するが性成熟すると生まれた場所に戻る傾向があるのこと。未成熟または非繁殖の成鳥の大きな群れが夏のシベリアで観察されている。
Karyakin (2017) Problem of Identification of Eurasian Subspecies of the Black Kite and Records of the Pariah Kite in Southern Siberia, Russia
ユーラシアのトビの亜種の識別。写真を見ると確かに印象がだいぶ違う。また分布図で日本がいかにトビの世界分布の端に位置するかわかる。
fig. 5 に足や虹彩の黄色い rufous morph の写真が紹介されている。
亜種 migrans の渡りなどの生態研究は特にスペインでよく行われている。
Sergio et al. (2017) Migration by breeders and floaters of a long-lived raptor: implications for recruitment and territory quality
のよれば渡りのトビは 1-7 歳で繁殖を始める。あぶれ個体は渡りの時期が行き・帰りとも繁殖個体より遅いが、より急いで渡って風の条件はよくない。それでも早く着く方が有利とのこと。
遅く渡る個体はあぶれ個体または生存率が低く選択的に失われてゆくとのこと。
Santos et al. (2021) Black kites of different age and sex show similar avoidance responses to wind turbines during migration
で成鳥 77 羽、若鳥 58 羽と研究規模も大きい (2012-2013 年に捕獲とのこと)。
Evans et al. (1998) Successful breeding at one year of age by Red Kites Milvus milvus in southern England
英国で再導入されたアカトビに1歳で繁殖する個体がある確実な証拠。23 個体が繁殖を試み、1歳個体を含む3つがいが記録された。アカトビでは生まれた翌年に繁殖可能年齢に達しているよう。
Literak et al. (2022) A lifelong floater: the Red Kite female that never met a mate スロバキアで標識されたメスのアカトビ幼鳥のうち1羽は7年の生涯で繁殖できなかった。
最初2年はクロアチアやルーマニアに探索に出かけたがその後はほとんどスロバキアの別地域やハンガリー北部で過ごした。越冬時は常に孤独で他個体は見られなかった。個体密度が低いために繁殖時期に先立ってつがい相手を見つけることができなかったのでは。
Blas et al. (2011) Experimental Tests of Endocrine Function in Breeding and Nonbreeding Raptors によるトビのあぶれ個体のホルモンを調べた研究がある。あぶれオスも繁殖能力があるだろうとの結果となった。
ウクライナのトビ類渡り研究もある。GSM 発信機によるアカトビの渡り追跡の軌跡 (2021)
ウクライナ語でトビ類は shulika と他言語と大きく違うが語源は不明だった。
トビとヨーロッパノスリの雑種の報告がある: Corso and Gildi (1998) Hybrid of Black Kite and Common Buzzard in Italy in 1996。
[トビとアカトビの交雑個体の渡り]
Literak et al. (2025) Evidence of genetic determination of annual movement strategies in medium-sized raptors (近年の論文はこのような一般向けの抽象的なタイトルが多く、Abstract まで読まないと研究対象がわからないことが多い。良いのか悪いのか...)
F1 個体の渡り特性はトビ (より長距離の渡りを行う) のものに似ているものが大部分だった。渡り特性の基盤は遺伝的なもので顕性 (優性) 遺伝を示すと考えられるとのこと。
#カラフトワシ備考 [交雑と渡り] でも同様の事例が報告されているが一般化した議論が行えるまでには至っていない。
アカトビよりトビの方が移動能力が大きいため、地域に執着のより強いアカトビのような個体数ボトルネックを経験せず遺伝的多様性が高いことも議論されているとのこと。この部分は Andreyenkova et al. の仕事が参照されており [亜種と渡り] の項目参照。
アカトビとトビの分岐年代はかなり新しいが、このような結果を見るとアカトビが祖先型で (だとすれば...)、長距離渡りに関係する遺伝子が生じて隔離も進み、有利な性質だったためトビの方が広範囲に分布するようになり、トビ属が栄えるようになった。そうでなければトビ類はマイナーな存在にとどまっていたと解釈できる進化経路も考えられそうな気がする (どこかですでに議論されているかも)。
分散能力と表裏一体だが、トビ内の亜種分化もそれほど進んでおらず、渡り特性が新しく生じたものとの解釈に合う気もする。海ワシやノスリ類の系統の中では古く分岐していたものの、トビそのものは多くの地域では新参者となったと考えられる。ただし過去に消滅したトビ系統はすでにあったのかも知れない。
トビに似たニッチは先発の Elanus 属などがかなり占めてしまっていて進出しにくかったかも知れない。日本は分布の東端でそもそも猛禽類の種類が少なく、競争相手もあまりなかったのでトビにとっては天国のような存在だったかも知れない。
しかしトビそのものは高緯度帯に分布するほどではないため新大陸まで到達することができず、新大陸では同じようなニッチを先発の系統やノスリ類、あるいはハヤブサ目が占めることになっていたと想像できる。
アカトビとトビの関係はツミとアカハラダカの系統関係 (こちらは分岐関係がよりよくわかっている) にも似ていて、少なくともタカ類にとっては長距離渡り習性を獲得することは進展の大事なステップだったのではないだろうかと感じられる。
#アマツバメ備考の [渡り鳥における磁気定位] にもあるように磁気定位能力はタカ類全体で保持されているようで、必要であればいつでも渡りを進化させる潜在能力を持っているように見える。昼行性猛禽類では磁気定位に関係すると思われる紫外線受容体が保持されていたことも有利に働いてそう。
旧広義の Accipiter 属全体を見渡しても同様で、古い系統で移動能力のあまり高くない Aerospiza 属はアフリカに局地的な比較的マイナーな系統にとどまっているが、渡り能力の大きい Tachyspiza, 狭義 Accipiter, Astur, Circus の各属は複数回に渡ってアジアや北半球に適応放散している。
もう少し解析が進めば、どの遺伝部位がどのように変異して長距離渡りを可能にするようになったか、共通の遺伝的基盤があるのかなど一般像が得られるのかも知れない。
ハチクマの熱帯地方の留鳥と渡り亜種の関係は、など興味ある話題にもつながるかも知れない。
ヨーロッパのアカトビの保全プログラム (LIFE EUROKITE) による GPS 追跡、死体回収と死因の特定など: Panter et al. (2025) A LEAP Forward in Wildlife Conservation: A Standardized Framework to Determine Mortality Causes in Large GPS-Tagged Birds
LEAP は LIFE EUROKITE Assessment Protocol の略で leap (跳躍) と意味をかけている。
かなりの割合で射殺や毒殺があるらしい。
["トビ" 類のドイツ語名]
英語では全部 kites としているが、ドイツ語ではさまざまな名称があることがわかった。
ドイツの鳥学会世界の鳥のドイツ語リスト (2022) Die Voegel der Erde によると:
カタグロトビ亜科の "トビ" を Aar。
ハチクマ亜科の "トビ" を Weih。英名は kites でなくてもマダガスカルヘビワシ、カッコウハヤブサ属、オナガハチクマ属も Weih としている。
ヨーロッパハチクマはドイツにも生息して昔から名前があるので Wespenbussard でハチクマ属も同様だが、オナガハチクマ属は真のハチクマ類ではないと考えている模様。この部分は後述のフランス語名と違っている。
ハバシトビ属は Zahnhabicht 歯のあるオオタカ。
トビ属、シロガシラトビ属は Milan。
ムシクイトビ属、ハシボソトビ、タニシトビは Bussard とノスリ類の名前。
と単純に英名から訳すだけでなく、系統や習性なども取り入れているらしいことがわかる。和名よりも凝っている感じ。
辞書を見ても同じような訳語が並ぶのだが、Aar はワシの同義語に近く、詩的な用法 (雅語)、あるいは Aar は英語の erne に相当してオジロワシの意味、ドイツ語で普通にワシを指す Adler は Adel-Aar (高貴なワシ) の短縮形らしいなどの情報が出ていた (#ノスリの [英名の語源] 参照)。
Weihe はチュウヒ類を指すなどある。Kornweihe がハイイロチュウヒ。"トビ" 類のは Weih と使い分けているようだが Weih は辞書では Weihe と同義とある。チュウヒの尾をちょっと短くして Weih に短縮した、とか考えるのは多分想像しすぎだろうが (笑)。Weih- は接頭語で「神聖な」などの意味があるので悪い語感ではないだろう。いずれもなかなか高貴な扱いとなっている。
なおチュウヒやトビの Weihe は「神聖な」とは別語源とのことでインド・ヨーロッパ祖語の *weyh1- (追う、追跡する) からドイツ祖語の wiwo に由来するとのこと (wiktionary)。
アフリカカッコウハヤブサは Kuckucksweih でカッコウの Weih、シラガトビは Milanweih と Milan (トビ) と Weih の合成になっている。
マダガスカルヘビワシ (#ハチクマの備考参照) の Geckoweih は Gecko (ヤモリ) で英名などより適切な名称かも知れない。
なおドイツ語の凧は Drachen でまったく異なる。
フランス語は概念がだいぶ違って kites に相当する分け方はない。フランス語はラテン系言語なので学名と相性がよく、属名などをしばしばそのまま取り入れている。
トビ属、シロガシラトビ属が milan である点はドイツ語と同じ扱い。
アカトビに milan royal (王のまたは立派なトビ) の名前を付けているのは面白い。
ツバメトビの名称に naucler という見慣れない単語が出てきて辞書を見てもまったくわからないが、これは形は似ているが系統がまったく違うツバメトビとアフリカツバメトビがかつて同属 Nauclerus と考えられた時の名残りとのこと (wikipedia 英語版より)。
ラテン語の意味は船長 < naukleros (Gk) とのこと。英語同系語に nautical (航海の) があり、nautical clerk のように解釈すれば意味が通る。海上を優雅に飛ぶ姿から名付けられたのだろう。
フランス語名もじっくり見ると面白そうである。
"トビ" 類の名称とは関係ないが、フランス語ではチュウヒ類が busard、ノスリ類が buse である。
#ノスリの備考 [英名の語源] にあるように、-ard はワシを表しているかも知れない (別説)。
フランス語 busard はドイツ語の Bussard の語源になり、こちらではノスリ類を表している。
[トビなどの第 II 趾の骨の癒合]
川口 (2024) Birder 38(12): 54-55 で取り上げられていたので紹介しておく。Jollie (1976, 1977) (最後の参考文献参照) では p. 228 に調べた範囲で Milvus、Ictinia (ムシクイトビ属)、Haliaeetus の各属でみられ、
Haliaeetus 属では癒合が不完全なものもあるとのこと。Shufeldt (1891) が Ictinia, Haliaeetus 属で癒合を報告しているとあり、ここまで文献を遡っていることを見るとトビ属で癒合していることを報告したのは主な文献では Jollie (1976, 1977) が最初なのかもしれない。
Milvus と Haliaeetus 属は現代の分子系統樹でも近い関係で系統的特徴が現れているのだろう。Milvus + Haliaeetus のクレードの祖先段階で生じた形質と考えるとわかりやすい (タカ類分子系統樹を見ながら読んでいただくとわかりやすい)。
Ictinia は多少系統が離れているが孤立系統でノスリ亜科 Buteoninae の古い方の系統であることは共通している。途中に Butastur (サシバ) 属があるのでサシバ属で癒合が見られないのであれば Ictinia では独立に進化した形質と言えることになる。
川上和人・中村利和「鳥の骨格標本図鑑」(文一総合出版 2019) を見るとサシバでは癒合していないように見える。
第 II 趾の役割については #ハチクマ備考の [カンムリカッコウハヤブサの生態とハチクマとの比較] の参考文献 Fowler et al. (2009) なども参照。
この点だけでもトビとハチクマはあまり似ていないことがわかる。
同じくハチクマ備考の [ハチクマ類の道具使用] にも関連した考察がある。
なお (骨について) fusion の定訳は癒合でないかと思う (医学分野ではこの用語が主に使われている。参考用語集 Skeletal Anomaly 骨格異常)。
癒着は adhesion の方ではないだろうか。川口氏も記事の中で紹介される suture (縫合) の用語もあり、こちらも病態などの名称には通常は癒合がよく使われている。医学と例えば古生物学では訳語が違うのかも知れない。
[猛禽類の逆性的サイズ二型]
図鑑などでトビの項目を見ると全長がオス 58.5-59 cm、メス 68.5 cm とあってこれは榎本「野鳥便覧」
の数字が由来と思われる (#ハチクマの備考 [ヨーロッパハチクマとの関係・亜種他] 参照)。小鳥食の猛禽類ほどメスの方が大きい逆性的サイズ二型 (reversed sexual size dimorphism, RSD) が際立っているとの過去の一般的解釈から考えるとトビの雌雄サイズの違いが大きすぎる疑問をずっと持っていた。
とはいえ海外文献にも全長の数字はあまり出てこないし、日本の個体群とは違うかも知れないのであまり役に立たないかも知れない。それを前提として Dement'ev and Gladkov (1951) を見てみると、
ミサゴの全長がオス 560-598 mm (中央値 574 mm)、メス 575-615 mm (中央値 595 mm) とあって 3-4% 程度の違いになる。
トビのヨーロッパの亜種 migrans では全長はないが翼長中央値でオス 453.6 mm、メス 464.6 mm で 2.4% の違い、日本と同じ亜種の lineatus (ヨーロッパ亜種より少し大きい) では同じく 476.7 mm と 489.1 mm とあり、2.6% の違いになる。
アカトビでは雌雄ほぼ同じように見えるとあるが雌雄別の中央値は出ていない。
これらをみるとトビ類では雌雄差が 2.5% ぐらいではないかと推測する。オス 58.5-59 cm、メス 68.5 cm は 17% に相当し、ちょっと違いが大きすぎると思う。他にも資料はあると思われるので記事などで記載される場合はご確認いただければと思う。
さて昔から「小鳥食の猛禽類ほどメスの方が大きい」と言われてきて、比較的ポピュラーな解釈として雌雄で異なるサイズの獲物を捕るための適応、よく獲物を運ぶオスが小さい方が小回りがきくなどがある。
Schoenjahn et al. (2020) Why female birds of prey are larger than males
に最近の論文があるので少し見ておきたい。
これによれば 20 以上の仮説が提唱されているとのことなので参考文献を見ていただければよいだろう (*1)。
この論文では、系統的に離れたタカ目、ハヤブサ目、フクロウ目に共通してみられる性質で猛禽類以外の他の系統ではほとんど見られないことから、一つの共通要因で説明することが可能かを考えたもの。
例えばモズ類も猛禽的であるが RSD を示すものはごく少ない。グンカンドリ類やトウゾクカモメ類は RSD を示す。
この著者によれば猛禽類においてはメスによる巣の防御が大きいほど有利であることが共通仮説になり得るのではないかとのこと。
雌雄で異なるサイズの獲物を捕るための適応 (食物を巡る雌雄の競争を避ける) であればオスが大きくても構わないのではないか。
獲物を捕るための適応については実証的研究があまりない。アラスカのシロハヤブサでは雌雄差が大きいのに雌雄ともに同じ獲物を捕る。フクロウ類でも同様の結果がある。
小さい方が小回りがきく仮説も実証的研究は得られていない。
猛禽類は武器も備えているので他のグループに比べて巣やひなをより攻撃的に守ることができる (グンカンドリ類やトウゾクカモメ類はそうではないが) ので、(従来から言われる仮説の一つの言い換えに過ぎないが) 巣を守る行動が RSD の主要因ではないかと考察している。
猛禽類の繁殖失敗要因として、人為によるものを除けば外敵による捕食が最も大きい。
オスが遠くへ出ていることも多いので、メスが単独で防衛する必要がある種が多い。
この機構はオスには直接関係しないのでオスのサイズを制約するものではない。
これまで「巣を守る」役割が RSD の機構として軽視されてきた理由は、巣を守る種類は他にも多数あるのに RSD を示さないなどがある。これは猛禽類が攻撃的に守る能力が高いことを軽視している。
どちらの性がより重要な「巣を守る」役割を果たすかはあまり調べられていない。
巣を守る行動は主に観察者の人間に対する情報が中心で、他の捕食者に対する行動はあまり知られていない。
著者は多少変わった例を調べて仮説の妥当性の検証を試みている。これまでの仮説はこれらをうまく説明できない。
新世界ハゲワシ類 (コンドル類) は RSD を示さないが、これらは卵やひなの捕食が繁殖失敗の重要要因なのに卵やひなを守る行動をあまりとらない。
旧世界ハゲワシ類 (シロエリハゲワシ) ではごくわずかな RSD で、コロニー性で雌雄が同様に抱卵をする。コロニーでは他の個体による防衛も考えられるが観察は十分でない (注: 給餌場でのシロエリハゲワシの行動ではイヌワシを駆逐するほどの力があるので足に武器がなくても十分攻撃ができているかも知れない #イヌワシの備考 [イヌワシと他のワシとの種間関係] 参照)。
ヘビクイワシは RSD がごく弱いが雌雄が同様に抱卵や子育てをする。
フクロウ類では大型の Ninox 属の種でオスの方が大きいものが知られている: アカチャアオバズク Ninox rufa Rufous Owl、オニアオバズク Ninox strenua Powerful Owl、オーストラリアアオバズク Ninox connivens Barking Owl
でいずれもオーストラリア地域のもの。あくまで人への反応だがオスもメスも同様に攻撃するとのこと。
オスが昼間に餌を提示する "prey holding" 行動が知られる唯一のフクロウ類だが、このディスプレイはオスを大きくする方向に働くかも知れない。一方メスの大きさは樹洞サイズで制限される。
これらの事例は雌雄が同様に防衛に関わるもので、「巣を守る」仮説を補強するとしている。
もちろん巣を守ることとメスの大きさは原因か結果か両方どちらも考えられる。
読んでみての感想だが、このような議論は通常さまざまなパラメータで多変量解析を行うのが最近の流行であるが、巣の防衛行動などは広範な種のデータがないので多変量解析に向かないのだろう。
そうするとどうしてもデータのある食性 (小鳥食の猛禽類ほどメスの方が大きい) の相関が強く出るのではないかと感じる。巣での役割分担なども考慮した相関を調べる必要がありそうに思う。
古賀・白石 (1987) トビ Milvus migrans の育雛行動
抱雛は主に雌の役割であるが、育雛初期には雄が抱雛を分担することもあると記されている。トビを日本語で探しただけだが思ったほど情報がない。皆さんの観察ではいかがだろうか。自身の観察ではオスが結構子育てに関与している印象を受けたが (巣にいる時によく鳴く片方の個体がいてどちらが巣にいるかわかりやすかったのだが、役割分担のことを意識していなかったので数値的な記録を残していない)。
食性からあまり RSD が期待できないように思えるハチクマで雌雄の違いが結構大きいのは抱卵は平等に分担していても育雛初期はほとんどメスが巣を守るためかも知れない、とか考えながら見てゆくと面白そうである。オスが遠くまで餌を捕りにゆく種類は巣でメスが必死で呼んでもオスが帰ってこないなど。
Brown (1976) によれば (広義の) Accipiter 属ではオスは抱卵に関与しない。オスは餌を運ぶがひなが餌乞い鳴きをしても餌を与えることはなく、ひなに餌を与えるのは完全にメスの役割とある。このグループは RSD が最も顕著なので「巣を守る」仮説とは整合しているように見える。
もちろんこれも何が原因で何が結果かはこれだけでは明らかでない。小鳥食では捕獲後の "調理" に手間がかかるので役割を切り分けた方が効率がよいかも知れない。RSD と食性の関連解説に最もよく使われるのが (広義の) Accipiter 属なので雌雄の役割分担なども含めて広い視野で見た方がよさそうである。
哺乳類で性的サイズ二型 ("逆" ではない SSD) と遺伝子の関係を調べた研究が発表された: Padilla-Morales et al. (2024) Sexual size dimorphism in mammals is associated with changes in the size of gene families related to brain development
(Size doesn’t matter for mammals with more complex brains, according to new study リリース記事)。
より脳の発育に関する遺伝子ファミリーの大きいものほど SSD が小さい傾向がみられた。また嗅覚遺伝子は逆の傾向になった。哺乳類の場合はおそらく事情が異なるだろうが、脳がより発達するとサイズをもとにした性選択よりもっと複雑な手がかりを用いるようになったのではとのこと (カラスの雌雄差が小さいことに関係がある?)。
また精巣サイズとゲノムの関係も調べたいと考えているとのこと。
公開ゲノムデータはすでにある程度あるはずなので、鳥類の SSD/RSD を議論する際も生態要因以外にもこのような比較ゲノム学が用いられるようになるのだろう。誰か挑戦してみては?
備考:
*1: まとめておくと便利そうなので主要文献を挙げておくことにした。提唱時の論文や本は古いものが多くオンラインでオープンアクセスでないのが残念なところ。以下のような "ストーリー" は作られているが、例えば役割分担が生じた場合その行動が進化するかまで検証することは難しい ("適応的" との表現は自然選択できっと進化するだろうなどの意味合いで使われているのだろう)。
進化を実験することは難しいので比較解析などで説明変数との相関を探り、進化要因になり得るかを調べるアプローチが古くからも一般的だった。異なる生活史を持つ個体群などが見つかった場合の比較、また本当に "適応的" になっているかを生涯の子供の数などで調べるのは正攻法だが猛禽類では長期研究を要し、統計的に有意なサンプルを得ることは現実的は容易でない。
生涯の子供の数は難しいので、採食効率が推測される通り上がっているかなどを間接的に調べる比較的短期間で可能な研究が中心になる。トラッキング技術が進歩すれば細かい行動なども遠隔で記録できてあるいは採食効率の研究などに進展があるかも知れない。
これらの難しさが古くからアイデアが出されているもののなかなか検証されない要因となっているだろう。これに比べると配偶様式や繁殖様式 (コロニー性など) はまだ調べやすいとも言える。
分子遺伝学の方からは何かアプローチがあるだろうか。RSD の最も顕著な広義 Accipiter 属の系統が判明したので系統と組み合わせた解析は以前より行いやすくなっているかも知れない。
(1) 'food-niche' hypotheses (雌雄で食物のニッチが違う):
Snyder and Wiley (1976) "Sexual size dimorphism in hawks and owls of North America";
Andersson and Norberg (1981) Evolution of reversed sexual size dimorphism and role partitioning among predatory birds, with a size scaling of flight performance (別サイト)
警戒心の強い獲物の場合雌雄が共同で狩りをしても効率が2倍にならないので効率が悪く、猛禽類では役割分担をするのが適応的。役割に分担が生じるとメスが巣を守り、オスが食物を探す傾向が生じる。巣を防衛する能力の高いメス、狩りの能力の高いオスが選択される方向に働く。
鳥を専門に食べる種類ではそこまで敏捷でない他の食物に比べておのずと適切な獲物サイズが決まるので、雌雄で獲物に違いがあることが有利に働く、といろいろな仮説を組み合わせたもの。
von Schantz and Nilsson (1981) The reversed size dimorphism in birds of prey: a new hypothesis
Deshler (2021)
Higher reversed sexual size dimorphism among nesting pairs of Northern Pygmy-Owls (Glaucidium gnoma) in northwestern Oregon than among specimens collected at the range-wide scale
メキシコスズメフクロウ Glaucidium gnoma Northern Pygmy-Owl でアメリカオレゴン州北西部で RSD が強かったが、その地域ではオスが鳥をよく食べていたとのこと。食物が RSD に影響を与える可能性がある。
(2) 'small male' hypothesis (オスが小さい方が敏捷で採食効率が良い):
Andersson and Norberg (1981);
Mendelsohn (1986) Sexual size dimorphism and roles in raptors - fat females, agile males
比較研究の例: Krueger (2005) The evolution of reversed sexual size dimorphism in hawks, falcons and owls: a comparative study
タカ類では3変数でかなり説明できる [獲物サイズ、狩りの方法 (分類は論文参照)、翼長]。
ハヤブサ類では同様に3変数 (狩りの方法、クラッチサイズ、色彩の性的二形)、
フクロウ類では狩りの方法または獲物サイズでそれほどよく説明できていない。
狩りの方法が共通するので敏捷な動きが必要とされる種類と相関がある、との論理になっている。
(3) intersexual behaviours (つがい間の行動、特にメスが大きい理由):
(3a) to control or dominate the male (メスがオスより優位に立つため):
Andersson and Norberg (1981)
(3b) to prevent the male from harming the female or from killing the young
(オスがメスやひなを殺さないため):
Amadon (1959) The significance of sexual differences in size among birds
(3c) to force the male to supply food for the family (オスに家族への食物を運ばせるため):
Cade (1982) "The falcons of the world"
(3d) to facilitate pair formation (つがい形成を容易にするため):
Amadon (1975) Why are female birds of prey larger than males;
Cade (1982)
(4) 猛禽類全体を説明することを意図していないが、配偶システムに焦点を当てたもの:
(4a) 一夫一妻の場合: Smith (1982) Raptor "reverse" dimorphism revisited: a new hypothesis (一夫一妻の鳥では通常メスが優位。雌雄の闘争を防ぐため猛禽類では RSD が有利になる);
Mueller (1990) The evolution of reversed sexual dimorphism in size in monogamous species of birds (他の要因も合わせて考察)
(4b) 一夫多妻の場合: Snyder and Wiley (1976)
(5) 'nest defence' hypothesis (巣の防衛):
Snyder and Wiley (1976); Andersson and Norberg (1981)
参考までに一夫一妻のシギ・チドリで見られる RSD についての仮説: Figuerola (1999) A comparative study on the evolution of reversed size dimorphism in monogamous waders
(1) 'energy storing' hypothesis 産卵に備えてメスがエネルギーを貯める, (2) 'incubation ability' hypothesis, (3) 'parental role division' hypothesis, (4) 'display agility' hypothesis の4つがあるとのこと。(4) は性選択に関連する。敏捷なディスプレイは能力の「正直なシグナル」となり得てオスが小型化する。
(1) は長距離の渡りをするシギ・チドリには重要な要因。(2), (3) は猛禽類とも共通性がある。
Danel et al. (2024) Sex predicts response to novelty and problem-solving in a wild bird with female-biased sexual dimorphism
は野生のトウゾクカモメ類 (RSD を示す) で学習能力などは差がなかったがメスの方が問題解決能力が高く、新しいものを嫌わなかったとのこと。
[視覚特性]
Poiter et al. (2016) Visual abilities in two raptors with different ecologyによれば、最大視力(側方視)はモモアカノスリ (ハリスホーク) がトビより少しよい程度であまり大した違いはない。
正面視に関してはモモアカノスリは2つめの視力のよい場所(側方視より悪い)を持っているが、トビはそれがない (しかし網膜の構造が違うだけで正面視にかかわる神経細胞は多いのかも知れない)。ハゲワシ類などのスカベンジャーの網膜構造はトビと同様。正面視の能力は動く獲物をとるのに必要なものらしい。
面白いのは、視覚弁別実験に対する反応時間はトビの方が圧倒的に長い。これはモモアカノスリが正面視と側方視を両方使って判断しているためで、トビは左右の側方視を交互に用いて課題をこなしているため (右で見て左で見てを繰り返す) その分時間がかかる。
トビの行動を見て「とろい」と感じる人もあると思われるが、これはこのような生態に合わせた視覚特性に由来しているもので、必ずしも頭の反応速度を意味しているものではなさそうである。トビの方が視野が広く、これは同種他個体を見つける (餌の探す時に他の個体を探す、渡りをする個体群では渡りの時など) のに役立っていると考えられる。
Osik et al. (2022) Nicotinamide adenine dinucleotide reduced (NADH) is a natural UV filter of certain bird lens
の研究で、いくつかの鳥で NADH (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド 生物界で広く使われる電子伝達体) が紫外線フィルターとして働いていることを明らかにした。調べられた中ではトビが特に顕著だったとのこと。レンズに紫外線フィルターを持つことが知られている種類はこの時点で数種にとどまっていた。
ヒトを含む霊長類でも紫外線吸収物質が知られているが哺乳類では kynurenine の別の物質を使っている (こちらはトリプトファン由来。昼行性の種類に見られると考えられるので哺乳類では少ないのだろう)。
紫外線フィルターが猛禽類の優れた視力に役立っているのでは。
この記述だけを要約すれば「トビはサングラスを付けて餌を探す」となるだろうか。
ヨーロッパチュウヒのレンズは NADH 濃度が低く紫外線をよく通す。ヨーロッパノスリは中程度でアオサギと同様とのこと。アオサギは NADPH 濃度が高く、これが同様に働いている可能性がある。
トビは高い位置から獲物を探すので視力が必要、ヨーロッパチュウヒは低い位置で狩りを行うので視力はそれほど必要ないのではと議論している。カンムリカイツブリ類 Podiceps 属も濃度が高いが生態的意義はよくわからない。しかしカモメ類では低いとのこと。
週間アニマルライフ (1973) pp. 3936-3938 のリスの項目 (今泉) によれば、リス類や多くのサル類でレンズが黄色で (人間でも黄色で加齢とともに濃くなる、というのは白内障のことか?)、昼行性で色覚が発達している共通点があるとのこと。
リス類では青空のタカを見分けるのに役立つのではとの解釈も出ていた (なるほど黄と青は補色関係となるわけか...)。
当時の論文を少し探してみると Cooper and Robson (1969) The yellow colour of the lens of the grey squirrel (Sciurus carolinensis leucotis) があり、この文献でも色収差軽減のためか、視細胞が紫外線を感受するため、紫外線による劣化の抑制などの議論があった。
新しい方では Douglas and Jeffery (2014) The spectral transmission of ocular media suggests ultraviolet sensitivity is widespread among mammals では多くの哺乳類の眼球が紫外線を通すのは、紫外線を感受する色素がなくても紫外線に感度があるためでは、との示唆もあった。
この論文に哺乳類での紫外線透過率の一覧が出ていてリス類は低い方からほとんど通さないものまで。しかし同様に低いものも多数あって紫外線をよく通す方がむしろやや例外的な感じ。夜行性のものはよく通す傾向がある。色収差軽減や紫外線による劣化の抑制など論点は昔とあまり異なっていないよう。
青空のタカを見分けるのに役立つアイデアはここには載せられていない。
Mougeot and Arroyo (2006) Ultraviolet reflectance by the cere of raptors ではヒメハイイロチュウヒのろう膜は紫外線を反射して、性選択のシグナルになっている可能性を指摘しているが、この点はヨーロッパチュウヒのレンズが紫外線をよく通すことと整合する可能性がある。
ただし波長がやや短すぎるので猛禽類の紫外線知覚の現代の知見と整合するかどうかはあまり明瞭でない。
鳥類が紫外線を見ていることが判明して初期になされた研究で (チョウゲンボウが齧歯類の尿の跡を見ると同様)、後続研究もなくやはりカロテノイドの方が重要だろうと認識されている印象を受ける。
[トビの労働寄生]
労働寄生 kleptoparasitism, cleptoparasitism: 宿主の体から直接栄養を得るのではなく、宿主が餌として確保したものを餌として得るなど、宿主の労働を搾取する形の行動を取ることを指す。盗み寄生とも言う (wikipedia 日本語版)。
Belyaev (2021) An unsuccessful attempt at kleptoparasitism of the black kite
Milvus migrans against the grey heron Ardea cinerea (pp. 3237-3239)
はアオサギから餌を奪おうとして失敗した報告。トビによる労働寄生の相手としてカワウ、ミサゴ、ウスハイイロチュウヒ、カラス類などが挙がっている。大型の鳥からも奪うことがあるそうでアフリカハゲコウ、海ワシ類、エジプトハゲワシ、ズキンハゲワシ、ハヤブサの記録がある。
タカ類では海ワシ類に多くみられる。海ワシ類は大きなトビのようなものとも言われることがあるが、系統的にも近く半分当たっている感じもする。
アフリカソウゲンワシ Aquila rapax Tawny Eagle もハゲコウがネズミを飲み込もうとする時に大声で鳴いて騒がしくして動揺させ、獲物を奪うとのこと [「鳥の生活」ブライト著 丸武志訳 平凡社 1997 p. 515]。
動物園でも Aquila 属としては悪声で、またよく鳴くのだがそのような意味があったのかと認識した。あまり鳴かない方が賢く見えるのだが (笑) これは単なる個人的好みかも知れない。
[生きた動物を食べるトビ]
Balcony Birding: The Hunter (Black Kite) & The Hunted (Rock Pigeon) という町中でハトを生きたまま食べるトビの映像が紹介されている。
Vinuela et al. (1992) Importance of Rabbits in the Diet and Reproductive Success of Black Kites in Southwestern Spain
スペインの研究でウサギをたくさん食べている報告。食べている鳥の種類も書いてある。おもにひなか若鳥であるが (早成性の鳥のひなはよい獲物になるのだろう) オオバン、カモ、カササギ、ニシコクマルガラス、アカアシシギ、セイタカシギ、ソリハシセイタカシギ、クロハラアジサシなど比較的大きな鳥も含まれている。イエスズメや他のスズメ目も含まれる。
Sergio and Boto (1999) Nest dispersion, diet, and breeding success of Black Kites (Milvus migrans) in the Italian pre-Alps
はイタリアの例で、巣に運ぶ食物では魚と鳥が主食とある。
Glushchenko et al. (2020) Breeding birds of Primorsky Krai: the black kite
Milvus migrans (pp. 4961-4972)
(和訳は 極東の鳥類39: 非スズメ目鳥類特集 収録) のよればロシアのビキン地方のトビが魚より鳥をよく食べているとのこと。ネズミ類が大繁殖した年はよい食料になるとのこと (#ハチクマ備考の [ハチクマの哺乳類食] も参照)。主にスズメ目だがオナガなども含まれている。
沿ハンカ湖低地ではネズミ類が多く、鳥ではタゲリ、シマアジ、キジなども含まれる。
他の地域だがオオルリのオスの捕食例もある。
先崎 (2018) Birder 32(2): 29 にシメが採食に集結していた際 (2012-2013 の冬)にさまざまな猛禽類が食料として利用した事例が紹介され、シメを奪い合うトビの写真が出ている。
一方オーストラリアのトビがアボカドを食べることが観察されている。過去に報告された同様の事例はアフリカのみとのこと。猛禽類による植物食のレビューを含め #クロハゲワシの備考 [猛禽類の植物食] を参照。
[胃液の発見]
胃が食物を消化する仕組みを発見したのは レオミュール (Rene-Antoine Ferchault de Reaumur 1683-1757) と説明されている本があり、自分も生物で習ったような気がする。
レオミュールは飼育しているトビに金網に入れた肉片を与え、ペリットを吐き出す習性を利用して史上初めて胃液を採取したと説明されている。
昔からこの「トビ」は何だったのか気になっていたのだが、今では文献を見ることができる:
Reaumur (1752a)
Premier memoire. Experiences sur la maniere dont se fait la digestion dans les Oiseaux qui vivent principalement de graines et d'herbes, et dont l'estomac est un gesier、
Reaumur (1752b) Deuxieme memoire. De la maniere dont elle se fait dans l'estomac des Oiseaux de proie
1本目が鳥類の消化についての一般的考察、実験の具体的な記述があるのは2本目 (Oiseaux de proie = 猛禽類, proie = 英語 prey) のようで、p. 464 で une buse d'une grosse espere & commune とあってヨーロッパノスリを指してそうに見える (そのまま読めば 大型の種で普通のノスリ となる。単数形。18 世紀の話なので現代の種名とはそのまま対応しないかも知れない)。
日本語にする際に "ノスリ" はあまり馴染みのない名前なので誰かがよりわかりやすい "トビ" に直し、それが伝承されてきているのではないかと想像する。
[兄弟殺し]
トビでも兄弟間闘争が起きる報告がある (#イヌワシの備考参照)。
アカトビの兄弟殺しの映像が最近撮影されたSiblicide in Red Kites (猛禽類研究家 Valentijn van Bergen による)。オジロワシなどの海ワシの仲間と考えれば見かけから想像されるより凶暴な行動が納得できるかも知れない。
[トビの巣の飾りは同種への信号?]
Canal et al. (2016) Decoration Increases the Conspicuousness of Raptor Nests
トビの巣に人工的に飾りを付けると同種がより容易に見つけるようになった実験。
Sergio et al. (2011) Raptor Nest Decorations Are a Reliable Threat Against Conspecifics
による同種にとって巣が目立つことが「正直な信号」となっている (同種間の無用な闘争を防ぐなど) 仮説に基づくもの。
トビの巣にしばしば持ち込まれる人工物もこのような飾りの一種なのかも知れない。
[死んだふりをするアカトビ]
Martin-Jurado et al. (2011)
Bispectral Index Reveals Death-feigning Behavior in a Red Kite (Milvus milvus)。
猛禽類の中で長時間保定と続けるとアカトビが人に対して死んだふりをする行動が知られていたが、性別判定のための麻酔下での腹腔切開から目覚めても sternal recumbency (起き上がれない状態) で生理学的測定値も死んだふりをしている可能性を示唆するとのこと。
この文献で引用されている死んだふりは、ニワトリの Rovee et al. (1976) Periodicity of death feigning by domestic fowl in response to simulated predation、
脊椎動物で Hoagland (1927) Quantitative Aspects of Tonic Immobility in Vertebrates。
アカトビが死んだふりをするのは獣医にとって周知の事項のよう。
岩見 (2010) Birder 24(8): 30-31 に巣の中のトビのひなが身を寄せて隠れる様子、保護されたトビでよく見られる「死んだふり」について言及がある。死んだふりはしているが目は開けて様子を見ているとのこと。
最小の猛禽 (スズメ大) として知られるサボテンフクロウ Micrathene whitneyi Elf Owl の死んだふりがよく知られているとのこと (wikipedia 英語版)。
広い範囲の動物を扱った新しいレビュー論文 (オープンアクセス) では Humphreys and Ruxton (2018) A review of thanatosis (death feigning) as an anti-predator behaviour
があった。
主な関心はヒトの死んだふりだが行動の進化を検討したレビュー: Peinkhofer et al. (2021) The evolutionary origin of near-death experiences: a systematic investigation。
すべての系統に存在するとのこと。鳥ではネコに対するウズラ、キツネに対するカモ、闘鶏におけるニワトリの研究が引用文献に紹介されている。
"死んだふり" は上記の学術用語の他に英語で playing possum と表現される。OED によればアメリカ口語とのことで、1832 年の用例 (possuming, 1828 年に oppossuming) がある。動物のオポッサムなどを含む opossum (1610 Apossouns, 1612 Opassom などの用例がある) の名前の方が古く、バージニアのアルゴンキン族 (Virginia Algonquian) 言語 (Powhatan language) の opassom (op- 白い -assom 犬) 由来とのこと。
[トビの獲物攻撃速度]
Santer et al. (2012) Predator versus Prey: Locust Looming-Detector Neuron and Behavioural Responses to Stimuli Representing Attacking Bird Predators
ビデオでバッタの大群 (オーストラリアの Chortoicetes terminifera) への攻撃速度を測定。10.8 (±1.4) m/s だったとのこと。ここではバッタのニューロンが接近する物体にどのように反応して逃避反応を示すか調べている。
行動も比較的詳しく記述されており、捕食を試みる間隔は 6.4±3.5 s だった。成功すれば上昇して飛びながら食べるが落としてしまった例も記録され、落としてしまったのに食べようとする行動が見られた。
[トビの人への攻撃性]
インドのデリーでの研究: Kumar et al. (2018) Offspring defense by an urban raptor responds to human subsidies and ritual animal-feeding practices
ここでは人の出すゴミ以外にも宗教的理由で餌付けが行われている。人馴れもあって子を守る行動は基本的にはカラスの話と同様のよう。よい "餌場" は上位個体が占拠する傾向があってより攻撃的な可能性なども議論されている。
[トビの白内障治療]
Sritrakoon et al. (2021) Bilateral cataracts extraction by lens aspiration and foldable intraocular lens implantation in a black kite (Milvus migrans)
タイで両眼白内障のトビのレンズ吸引と眼内レンズを入れた。術後2か月で飼育下ではあるが衝突することなく十分飛べて動くマウスを捕えるとることができたとのこと。両眼視に反応している証拠がある。3年後でも予後良好とのこと。
検査の結果トビの水晶体の屈折度はヒトのものに近く、ヒト用の眼内レンズを使うことができた。他に数例の猛禽類の報告があるが両眼手術のケースは知る限り初めてとのこと。
[火を使う猛禽類、森林火災、気候変動]
オーストラリアの先住民アボリジニの言い伝えによれば山火事の際に意図的に火を広める行動をとる猛禽類があるとのことで、2018 年初頭に研究が発表されて "firehawk" の名前で一躍有名になった。例えば
Australian "Firehawk" Raptors Intentionally Spread Wildfires
の記事を参照。
山火事の際に逃げ出す動物を餌として利用する習性は猛禽類でしばしば知られているが、燃えている枝を運んで意図的に火を広め、獲物を追い出すという。
科学者が実際にそのような現場を映像記録することはできていないが、聞き取り調査による目撃例を集めた。
火の付いた枝を運ぶのが目撃された種類はトビ、フエフキトビ Haliastur sphenurus 英名 Whistling Kite (2種ともノスリ亜科トビ族)、チャイロハヤブサ Falco berigora 英名 Brown Falcon の少なくとも3種。
まれな事象であり、目撃者も一度か多くても数回しか見たことがないとのこと。
意図的なものか偶然運んだものかが問題となったが巧みな質問への回答から研究者は意図的に運んでいると考えているとのこと (住民が伝統的に山火事を制御するのと同じやり方で行う。人の方が鳥から学んだ可能性すらあるとのこと。さすがに鳥が火を起こすことまではできないらしいが)。またアボリジニ以外の観察例もあるとのこと。
研究者グループも煙の出ている枝を拾って燃えていないところに落とすトビやフエフキトビを観察している。
嘴で拾って足に持ち替える行動も観察されている。他の著者がさらに2種に言及していてシラガトビ (ハチクマ亜科)、アカハラオオタカ Accipiter fasciatus (新学名で Tachyspiza fasciata) 英名 Brown Goshawk (ハイタカグループ) も可能性があるとのこと (先の3種は数も多く、聞き取り調査で種の識別が容易であったものに限られている)。
トビの名が付くと同じようなものに思えてしまいがちだが、亜科の異なるさまざまな系統の猛禽類がこのような行動を行うらしいことも注目に値するだろう。
一名の研究者は比較的頻繁に観察できたが他の観察者はほとんどみかけなかったなど、地理的にどのような範囲で見られる現象なのかはよくわかっていない。
カラスが火のついたロウソクを運ぶ話で、カラスは賢いので火を恐れないことを学習するなどの解説もあるが、それならばこれらの猛禽類も同じぐらい賢いのでは (笑)?
論文は Bonta et al. (2017)
Intentional Fire-Spreading by "Firehawk" Raptors in Northern Australia。
この話は興味本位な尾ひれが付きがちなのでメディア情報などは用心して読んだ方がよい。
自然に起きる山火事は生態系にとっても重要で、小規模な山火事は大規模な山火事を防ぐ役割もある。
人工的に制御された火災によって生息地が維持されている種類もある (参考: Set With Care, Fire Creates Habitat for Many Declining Bird Species。
ここで言及されている種類はヤブスズメモドキ Peucaea aestivalis 英名 Bachman's Sparrow だが人名付きなのでそのうち改名されるだろう、と ホオジロシマアカゲラ Leuconotopicus borealis 英名 Red-cockaded Woodpecker)。
森林火災が生態系に重要な意味を持つ研究は例えば、
He et al. (2019) Fire as a key driver of Earth's biodiversity、
Stephens et al. (2023) Forest restoration and fuels reduction work: Different pathways for achieving success in the Sierra Nevada。
シベリアの森林火災の増加がハチクマにとって好適な環境を生み出して分布が広がっている可能性なども指摘されている。
しかしながら近年の気候変動に伴う制御不能の大規模山火事はしばしばそのような役割を超えている。
オーストラリアの 2019-2020 年の山火事は破局的なもので、このために絶滅した種類もあるかも知れないとされている。
この時も "firehawk" が火を広めているデマがあったが、大規模火災にはとても生物が近づけるものではなく、一見平常に見えた景色が逃げる余裕もない短時間で大火災に変わってゆく映像も紹介されていた (車を使ってももちろん逃げることはできない)。
そしてまた夏を迎えつつある 2023 年年末の現状は Australia fires: Dreaded bushfire season turns deadly
のように報道されている。"Black Summer" (暗黒の夏) と呼ばれるそうである。
2019-2020 年のオーストラリアの山火事の生物への影響がまとめられた: Driscoll et al. (2024) Biodiversity impacts of the 20192020 Australian megafires (2024.11.13 オープンアクセス)。
鳥は移動能力が大きいため他の分類群に比べて影響は比較的小さかったようで、哺乳類への影響が大きかった。しかし生存基盤の脆弱な種については注意が必要である。
カナダの 2023 年の大規模山火事も記憶に新しい。報道される断片部分だけ見ていると一つの火災がまだ広がっているのかと感じがちだが、報道されているものは実はすべて別の火災で、至るところで森林火災が発生して制御不能の状態となっていたようである。
秋分を過ぎると高緯度では白夜になる地域が生じるが、白夜の中でも燃え続ける森林の映像は気候変動の目撃者であり責任者でもある我々が記憶にとどめておかなければいけないであろう。
カナダの火災が鳥に与えた可能性: How Do Wildfires in Canada’s Boreal Forest Affect Birds Across the Continent? (Audubon の記事)。
カナダのような北方林では地上に出ている森林自体のバイオマスはそれほど大きくないが、長年にわたって堆積した土壌のバイオマスをどこまで燃やしてしまったのかが問題となる。例えば 10 年分の堆積物を燃やしてしまえば過去 10 年に森林吸収で固定された CO2 を一気に放出したことになる
[Shingler (2023) What the trees are telling us]。
人新世 (Anthropocene。wikipedia 日本語版に十分読める解説がある *1) に代わる用語といて "Pyrocene" (火の世紀) を提案している研究者もあるほどである (Welcome to the 'Pyrocene,' an Epoch of Runaway Fire *2)。
Byrne et al. (2024) Carbon emissions from the 2023 Canadian wildfires によれば 2023 年のカナダの森林火災で放出された CO2 は世界の大国の年間放出量に匹敵 (アメリカ、中国、インドのみが上回る)。
2050 年代には 2023 年の特異気象は当たり前になっていると予測され、カナダの森林が炭素吸収源にならなくなる恐れがある。
もはや CO2 吸収源でないアマゾン森林 Trounle in the Amazon (Daniel Grossman 2023 Aug. Nature のオープンアクセス記事) より部分抄訳:
2010-2018 年の観測でアマゾン南東部はすでに CO2 排出源になっている
ことがわかった。違法伐採なども横行しており、温暖化と合わさって
tipping point (*2。ここでは生態系のレジームシフト regime shift のことを主に
指しているようである) を迎えるのではないかと 2016 年に予測されていたが、
新しい観測はその兆候を示している。20-30 年で見られるだろうと予測
していた変化がすでに始まっている。
森林から劣化したサバンナへと後戻りできない遷移が進むと見られる。
気候変動のペースを落とし、伐採を止めて劣化した土地を回復することで
でアマゾンをまだ救うことをできるのか、との問いに対する答えの中
には可能であるの文言もあった、ぐらい。
アマゾン森林で CO2 吸収が減少した要因の一つに、過去数十年の間は
大気の CO2 濃度上昇の結果、植物の CO2 吸収も高まっていた効果が考え
られるが、この効果は一時的なもので、数年しか続かなった実験結果も
ある。
気候変動がアマゾンに与える影響を初期の研究では過小評価していた
ようだ。アマゾン全体としてはまだ tipping point には達して
いないが、到達はもう時間の問題かも知れないことを確信している。
tipping point という用語を使うのはあまり好きでないが、アマゾン
を調べている研究者の多くは深刻な問題があること点では一致している。
2019-2020 年に保護のための法律が弱められた時に猛烈な勢いで
破壊活動が行われ、地域の CO2 排出は倍増した。
林を調査するための塔に登るとまだ熱帯林が見渡す限りに広がって
見える。しかし熱帯林は病んでいるのだという。「我々は直接的、間接的に
生態系を殺しつつあるのです。これほど恐ろしいことがあるでしょうか。
ここへ来るたびに林が死んでゆくのを観察し、涙が溢れてくるのです」
しばらく前、現在の温暖化は太陽活動によるもので、むしろ太陽活動がこのまま低下してミニ氷河期に入ることを心配せよとの話があったことを覚えておられる方もおられるだろう。
例えばその一例: Cap Allon (2020)
Professor Nils-Axel Moerner: 'The approaching grand solar minimum and little ice age conditions'。2030 年に予想される寒冷化に備えよ、と 2020 年に予言。
太陽活動が強くなったら今度は Record number of sunspots observed in June has solar scientists worried
この記事ではミニ氷河期とか信じているやつらはまだ残ってるかね、と皮肉つき。あくまで個人的印象だが、メディアではよく取り上げられるが太陽関係に近い物理・天文学者による気候変動への言及はあまり信用する必要はないと思っている (単なる対立仮説の提唱以上に人為起源温暖化論の根からの懐疑者がかなり含まれていた/いると思っている)。
地球温暖化に言及する場合に、これらの見解にわざわざ気を使って控えめに記述する必要はないだろう (*3)。
衛星データを用いて大規模森林火災が世界規模で圧倒的に増えていることが示された: You're not imagining it: extreme wildfires are now more common。図は消失面積ではなく発生した熱を測定したもの。
北方林の森林火災が特に増えており、20 年で 7.3 倍になった。
温暖化との関連は直接は述べていないが、間接的な影響の理由はいくつもある。夜間に温度が下がらないことで火災が収まりにくいとのこと。
2019-2020 年に大規模火災のあった地中海沿岸、オーストラリアではまだ長期傾向は明らかでないが、傾向が現れるのは時間の問題と考えている。
2020 年に船舶の硫黄酸化物排出制限が設けられた結果、確かに船舶航行経路の大気汚染の減少が観測されたが、特に北半球の温暖化に影響を与えている可能性: Gettelman et al. (2024) Has Reducing Ship Emissions Brought Forward Global Warming?。
Kim et al. (2024) Abrupt increase in Arctic-Subarctic wildfires caused by future permafrost thaw
永久凍土が解けることで北極から亜北極地方の森林火災が非線形的に増えるモデル計算。2030 年ごろには永久凍土の表面温度が 0°C に達し、2050 年ごろにはこの温度が 1-3 m まで達し、表面の水分が地中に潜って表面は乾燥化が急に進む。乾いた土は熱容量が小さいので大気温度の上昇が簡単に起きて湿度も低下する。突然の変化は数年で起き得る。
土壌の水分が 40% 減少すれば7月の西シベリアやカナダの温度が 5°C 上昇し、一方アラスカは温度が下がる結果が得られている。
大気中に増えた CO2 を植物が固定すればそれは新たな火災のための燃料となる。
Geyman et al. (2024) Permafrost slows Arctic riverbank erosion 永久凍土が河川による侵食を抑えているが、完全に融解すると北極圏の河川流量は 30-100% 増すと推定された。
Kazlou et al. (2024) Feasible deployment of carbon capture and storage and the requirements of climate targets
気温上昇を 1.5°C に抑えるには程遠いが、CO2 回収・貯留技術 carbon capture and storage (CCS) で 2°C 上昇に抑えるためには 2000 年代の風力発電と同様に大規模な導入が必要で 2040 年代には石油ショックで 1970-1980 年代に原子力が体験した以上の増加率が必要である。
過去の他のプロジェクト達成率を考慮するとなかなか厳しい要求水準である。
なお現在十分使える技術は発電時などに発生する CO2 を回収するもので、大気中の CO2 を吸収する有望な技術はまだまだである (still in their infancy と言われる)。
Don’t overshoot: why carbon dioxide removal will achieve too little, too late (Nature editorial 2024.10.9) にも関連記事があり、一時的に上限を超えただけでも影響は長期に及ぶ可能性がある:
Schleussnar et al. (2024) Overconfidence in climate overshoot。
Overshooting global-warming limits is a risky idea (Nature news 2024.10.9) 一時的に超えても将来の CO2 吸収技術で引き返せるとの考え方は甘い可能性が示唆されている。
Thirumalai et al. (2024) Future increase in extreme El Nino supported by past glacial changes
氷河に残された過去の気候の解析により 1982, 1997, 2015 年に起きたような極端なエルニーニョ振動は気候変動によってより頻繁に起きるようになると考えられる。
壊滅的な気候変動の影響を避けるためには 1.5°C 上昇に抑える緊急の対応が必要である。
急速に "緑化" の進む南極半島: Roland et al. (2024) Sustained greening of the Antarctic Peninsula observed from satellites 衛星観測のデータから。
2000 年以前はほとんど見られなかったが 2015 年以降は特に顕著。南極とは思えない光景になっている。外来種などの侵入を促し生態系への脅威となる可能性がある。
Jones et al. (2024) Global rise in forest fire emissions linked to climate change in the extratropics
(Global CO2 emissions from forest fires increase by 60 per cent 一般向け英文解説。2001 年以降熱帯以外の森林火災による CO2 排出は 60% 増えた)。
Jarvis and Forster (2024) Estimated human-induced warming from a linear temperature and atmospheric CO2 relationship 南極氷床データと CO2 濃度との相関関係から 2023 年時点で産業革命前より +1.49(+/-0.11)°C 上昇と見積もられ、すでに 1.5°C の目標を超えてしまった可能性がある。
Reich et al. (2024) High CO2 dampens then amplifies N-induced diversity loss over 24 years
24 年の研究から高い CO2 濃度は窒素量の増加と合わさって草地の生物多様性の減少をもたらすことが判明。植物にとって栄養が増えることは優占種を選択的に増やす可能性がある。
Rodell et al. (2024) An Abrupt Decline in Global Terrestrial Water Storage and Its Relationship with Sea Level Change
地球観測衛星によって大陸の淡水含有量が減少し乾燥化が進んでいることが判明。2014-2016 年のエルニーニョ現象以降が淡水のレベルは低いままとどまっている。極端な降雨があっても地下水として蓄えられず流れ去ってしまう。また温暖化によって大気が水蒸気を蓄えられる容量が増えた。大陸の淡水のレベルが 2015 年以前に戻るかどうかは不確かだが、最も気温の高い年が続いていることと突然生じた乾燥化は偶然の一致ではないと考えている。
Sippel et al. (2024) Early-twentieth-century cold bias in ocean surface temperature observations
1900-1930 年代の世界の温度はその後に比べて低めで、太陽活動との相関がしばしば話題になっていたが、海と陸のデータを用いて再構成してみると過去に言われていたほど低くない結果になった。
地球温暖化の太陽活動起源説を唱える人たちはしばしば 20 世紀後半の太陽活動の活発化を取り上げるが、この研究によれば根拠がさらに薄くなった印象を受ける。
2023, 2024 年の夏の猛暑は記憶に新しいが、日本も "熱波" に見舞われた地域と認識されている: Kornhuber et al. (2024) Global emergence of regional heatwave hotspots outpaces climate model simulations 最近の日本も含め、このような地域的な熱波の出現は気候モデルを上回るペースで起きている。
Heuze and Jahn (2024) The first ice-free day in the Arctic Ocean could occur before 2030
夏に事実上氷のない北極海の状態は 2030 年代にはほぼ間違いなく起きるおそれがある。早ければ 2027 年ぐらいにも発生する可能性がある。+1.5°C の目標達成を維持できるならばこの事態が発生しない確率はゼロではない。
Goessling et al. (2024) Recent global temperature surge intensified by record-low planetary albedo 2023 年の高温はこれまでの理屈だけでは説明できない部分 (約 0.2°C) があり原因が調べられてきた。
低緯度帯で雲の量が減衰して太陽光を反射する効率が落ちたためではないかとの推論。一般向け英文解説。
低い雲は日光を反射するので温度を下げる効果があるが、大気上層の水蒸気量 (または雲) が増えると温室効果ガスの役割を果たすので同じ雲でも地球温暖化への寄与は異なっている。
環境汚染物質規制で大気に放出される人為起源のエアロゾル (雲形成の核になる) が減ったことは原因の一つとして考えられが、それだけでは説明できないのではないか。地球温暖化によって低い雲が減少するフィードバック効果を予測している研究がある。もしそうであれば将来もっと強烈な温暖化が起きることを考えなければいけない。これまでのモデルで予想されたより早く +1.5°C に達してしまう可能性がある。
Earth shattered heat records in 2023 and 2024: is global warming speeding up? (Nature news 2025.1.6)
2023, 2024 年の高温は一時的なものか、それとも科学者の予想以上の地球温暖化の加速傾向を示しているのか。2024 年 12 月の American Geophysical Union (AGU) の会合でエルニーニョ効果と汚染物質の減少だけで説明できるのか議論がなされた。
Earth breaches 1.5 °C climate limit for the first time: what does it mean? (Nature news 2025.1.10)。
2024 年の公式発表で +1.55°C。+1.5°C の目標を決めたパリ協定は 2015 年 (10 年も経っていない!)。1年ではあるが初めて目標を超えた。+1.5°C は政治的目標であって数値には特別の意味があるわけではないが、目標達成のためにはさらに厳しい努力が求められることを意味する。
Saros et al. (2025) Abrupt transformation of west Greenland lakes following compound climate extremes associated with atmospheric rivers
2022 年秋の高温以降グリーンランド西部の湖は CO2 吸収源から発生源に急激にシフトした。
Terhaar et al. (2025) Record sea surface temperature jump in 2023-2024 unlikely but not unexpected 2023-2024 年の海水温が 2015-2016 年に比べて 0.25°C 高かったのは現在の温暖化モデルのしミューレーションでは 500 年 (95% 信頼区間 205-1185 年) に1回ぐらいの確率と見積もられ、モデルの範囲で不可能な現象ではなかったが、もし地球温暖化がなければ事実上不可能とのこと。
図では 2023-2024 年の日本東方は世界でも最も顕著な異常高温であったことがわかる。
気候モデルでは 2020-2021 年に逆の傾向が現れており、地域レベルの異常高温を予測することは現在でもまだ難しいことがわかる。2023-2024 年の記録では日本より南方、東南アジアでは顕著な温度異常はなく、夏鳥にあまり変化がなかったのはそのためかも知れない。
秋は異常高温で出発をためらった鳥もありそうな気がするが、本来の渡り時期に渡ってしまえば行く先ではそれほど暑くなかったかも。
Data centres will use twice as much energy by 2030 - driven by AI (Sophia Chen, Nature news 2025.4.10) データセンターが世界の電力の 1.5% (2024 年) を占め、AI 用が 24% で急成長中とのこと。
再生可能エネルギーで賄おうと考えればおそらく必然的に風力や太陽光発電を大幅に増やす必要があるだろうが、今後は「AI は野鳥の敵」と言えることになるのかも。
Web-scraping AI bots cause disruption for scientific databases and journals (Diana Kwon, Nature news 2025.6.2) 悪質な "ボット" が匿名 IP から世界の学術サービスや論文誌などを食い物にしている。技術力の限られたところでは攻撃に対応できず消滅せざるを得ないところも。
いくつか事例はすでに見聞しており、音声データベースの xeno-canto も何度も悩まされており、その都度管理者が対応しているが、そのために割く労力は知的資源の無駄遣い以外の何者でもない。発信元と推測されるものに「さもありなん」と思える大手サービスも挙がっていた。
xeno-canto の Latest News June 6, 2025 に妨害の歴史と現状が触れられていた。ブロックしても規則を無視してくぐり抜ける、サーバー機能を向上させても相手も向上させるなどいたちごっこ状態になっている。
学名の原記載調査などに用いている複数のサービスもしばしば機能停止が発生しているが、同様の理由ではないだろうか。
備考:
*1: 自分が最近改めて気候変動問題に関心を持ったきっかけは 2023年1月にエクソンモービルが 1970 年代にすでに現在のものに近い気候変動モデル計算の結果を知っていたにもかかわらず隠蔽して地球温暖化を否定していたことが明らかになったことによる [Supran et al. (2023) Assessing ExxonMobil’s global warming projections]。
もちろんそれ以前にも十分関心を持っており 2000 年代冒頭に地球温暖化問題が大きく取り上げられたのもフォローしていた。
2000 年代冒頭に科学者たちは結果は 10-20 年もすればもっと明らかなものになるだろうと予言していたが、現在まったくそのようになっており、例えばパリ協定が目標を達成できないことは誰の目に明らかになってきている。2000 年ぐらいからしっかり取り組んでいれば現状も違ったのかも知れないが...時すでに遅しの感がある。
「人新世」wikipedia 日本語版に地球温暖化問題の技術的な解決策としてジオエンジニアリング (climate engineering, geoengineering) が紹介されている。太陽光を反射して気候を冷却する太陽放射管理と二酸化炭素の吸収が挙げられているが、工業規模の大規模な二酸化炭素の吸収技術はいまだなく、地球温暖化問題の解決に間に合うとは考えにくい。
太陽放射管理の技術的に有望なアイデアとして成層圏エアロゾル注入 (SAI) があり、これは現在の技術で実現可能な範囲にある。しかしながら wikipedia 日本語版にも書かれているようにさまざまな予期不能な副反応が考えられ、世界的な合意も得られるか疑わしい。
またこれは対症療法に過ぎず一度始めると少なくとも数百年単位で続ける必要があるという (数百年という数字はそれ以上長期の数値計算ができなかったためで、長期の数値計算が行えるようになるとさらに必要な期間が伸びているようである)。
途中で中断するとそれまで以上の地球温暖化に襲われるとのこと。
また開始後例えば数十年は恩恵を受けられず逆に高温に襲われる地域もあるとの計算結果もある。
SAI を本格的に用いたとしても「今すぐ始めない限り」南極の氷床コアの融解を最終的に防げないとの研究もある [Sutter et al. (2023) Climate intervention on a high-emissions pathway could delay but not prevent West Antarctic Ice Sheet demise]。
現在技術的に一番有望視されているのは硫黄酸化物の散布であるが、役割を終えると硫酸の雨が降ることになり、いずれにしても酸性化は避けられそうもない。生態系への影響もまったくわからないが他に考えられる方法がほとんどないので単なる地球温暖化の生態系への影響以外にもこのような適応策の影響も検討しておく必要があるだろう。
数百年あるいはそれ以上、「空というものは昔は青かった」と伝えられる時代が来るのであろうか。
地上の光の天文学はこのような形で終焉を迎えるのであろうかと天文学のメーリングリストで真面目に議論をしたこともある。
昔の人の出した CO2 と格闘するために成層圏までジェット機を飛ばして硫黄酸化物の散布を続けるのだろうか。
再生可能エネルギーへの移行はもちろん必要不可欠のものであるが、そのために必要な金属資源の量は人類がこれまでに採鉱した量を超えており、そもそも短期間で地球規模でエネルギー源を電力に移行することが可能か疑う専門家もある。電線に必要な銅についてすでに peak copper (意味は下記 peak oil 参照。ただし鉱物とエネルギーは別物なのであくまで類似の用法) の概念がある。
Mark Mills: The energy transition delusion: inescapable mineral realities: 電気自動車で問題が解決できる幻想を示している (ここでは電極材料のコバルトなどを特に問題としている)。
自分が地球温暖化など環境問題に関心を深めていた 2000 年代前半に環境関連でよく話題となっていたのは peak oil (石油ピーク) で、従来よく言われていたような「石油枯渇」(埋蔵量を消費量で割って後何年もつなど計算するなど) の印象は間違いで、
より重要なのは {生産されるエネルギー}/{投入したエネルギー} [= かつては energy profit ratio (EPR) が使われていたが、現在は energy return on investment (EROI) の用語がよく使われるようである]
(wikipedia 日本語版では "エネルギー収支比" の項目だが英語版の方が情報豊富)
であり、EROI が下がってゆくことが根本的問題。EROI < 1 になればもはやエネルギー資源ではない。
これを無視した議論が世の中ではよくなされているので多少なりとも環境に関係する、あるいは関心を持つ者は知っておくべきであろう。
"peak oil" が問題になっていたころ、いわゆるシェールオイルが使われ始めており、EROI = 1.4-1.5 などの数字 (wikipedia 英語版より。当時の数字は多少違っていたが) を見てため息をつくしかなかった。こんな資源に依存している文明など考えられない...。
太陽光発電は当時は低かったが現在はかなりよい数字になっており 8.7-34.2 (30 年寿命の場合。算出の根拠となる日照時間などは日本の場合と異なるかも知れないが) と書かれている。
風力は同じ資料で 19.8 となっている (日本語版では 5-54 とある)。
風力発電は投入エネルギーに見合うエネルギーを生み出せないとの主張は誤りと言える。
当時は気候変動よりも peak oil がむしろ話題となっていたが、現状では化石燃料の EROI 低下よりも温室効果ガスの排出量限界によってある程度以上の化石燃料を使えないことの方がより大きな制限となっているようである。
メタンハイドレートも一時期話題になったが結局使えないだろう。
この EROI の概念は原子力発電にも適用できる。発電時 CO2 を出さないとして原子力発電の推進が進められているが、もし世界のエネルギー需要を原子力発電のみでまかなったならばどうなるかの試算もある。
こちらも peak oil 同様の "peak uranium" が発生し、ある見積もりでは 2089 年までしか十分な資源がないとのこと (Peak Uranium and the Sustainability of Nuclear Energy)。
もちろん現在は再生可能エネルギーが大きな割合を占める状況になりつつあって (日本は遅れているが) この通りにはならないであろうが、原子力発電に頼ることのできる期間は人類史的には極めて限られたものである基礎資料として知っておいてよいだろう。福島原子力発電所の事故の後は語られたが忘れ去られているかも知れない。そして核廃棄物の問題もいつまでも残ることだろう。
核融合については解決困難な問題がいくつもあるが、Nature の最新ニュースに現状の紹介があるので参考までに: Conroy (2024) Inside China’s race to lead the world in nuclear fusion。
*2: ここで用いられている runaway は「暴走」の意味。
「暴走」と "runaway" は日本語英語ともいくつかの少しずつ異なった語義がある。
日本語では車や機械の暴走、少し古い時代の PC を使われた方はコンピュータの暴走 (現在でも CPU 温度が上がりすぎて異常動作を起こすことを熱暴走と呼ぶこともある) などを思いつかれるだろう。
科学、特に物理学や工学ではもう少し限定した意味で用い、何かが起きた結果それがさらに起こりやすくなる現象 (正のフィードバック、例えば温度を上げると反応が強まるような場合、反応で出た熱で温度が上がってさらに反応が強まる場合など) に使われる用語。
暴走温室効果 runaway greenhouse effect のような表現は温室効果ガス濃度がある程度を超えると例えば水の蒸発が強まって強力な温室効果を持つ水蒸気が空中に増え、温室効果がさらに強まるような正のフィードバック現象を指す (いったんこの暴走が始まってしまえば介入の余地はほとんどないゆえに恐れられているものである。
気候問題ではこのような正のフィードバックは複数のメカニズムによるものが知られていて臨界点は tipping points と呼ばれる。いくつかの tipping points はすでに超えてしまっている可能性もある: Climate tipping points are nearer than you think - our new report warns of catastrophic risk)。
この意味では日本語と英語 runaway ともまったく同じように用いられ、科学の文脈ではこの意味で用いれば理解に曖昧さがなく安全である (他にも「逃走」の意味で使われることもある)。
車や機械の暴走は上記の正のフィードバックではなくても日常用語として用いられており、英語辞書にも runaway の語義の一つのようである (昔の辞書にはなかったので最近使われるようになったのかも知れない)。
この記事の "Runaway Fire" は後者の広い意味の暴走を指しているかも知れないが、森林火災が温室効果ガスを増やし、結果的に森林火災をさらに増やす正のフィードバックの意味も込められているのであろう。
正のフィードバックによる "runaway" は生物学でも、特に進化生物学で時々現れる。#エトロフウミスズメの備考 [信号の進化と性選択] にあるフィッシャーのランナウェイ過程 (Fisher's runaway process of sexual selection; runaway hypothesis; Fisherian runaway) は正のフィードバックを考えたもので物理学などと同じ概念である。
wikipedia 英語版によれば Fisher (1930) に the speed of development will be proportional to the development already attained, which will therefore increase with time exponentially, or in a geometric progression
の表現があるので指数関数的、あるいは幾何級数的に形質が進化することを述べており "runaway" を正しく表現していることがわかる。Fisher はこのアイデアを 1915 年に提唱し、Fisher (1930) 自身が "runaway process" と呼んだとのこと [Gayon (2010) Sexual selection: Another Darwinian process]。
日本語書籍では例えば巌佐「数理生物学入門」(共立出版 1998) 17 章で扱われており、「セクシィな息子」仮設の死などの項目ではランナウェイ過程が現実的に働かない批判やどのような条件下ならば働くかなどの解説がある。数学を扱っている以上読みやすい本ではないが...。
物理学などでいつごろ導入された概念かはわからないが、Fisher のものは用例としてかなり先駆的なものであったかも知れない。
*3: ミランコビッチ・サイクル 他の項目で種分化年代に関係して wikipedia 日本語版を見ていたところ ミランコビッチ・サイクル (Milankovitch cycles) に対してかなり怪しげな説明がなされていることに気づいた。地球の公転運動の計算の難しさはさすがにないだろう。Milankovitch (Milankovic 原語に基づく表記の場合) の時代は計算機もなかったのでもちろん大変だったわけだが。
英語版の方がまだよいがあまりまとまりがよくない、実は Milutin Milankovic (現在のセルビアで死去) の wikipedia 英語版ページ Milutin Milankovic に彼がどのような着想に基づいて研究を進めたかよく記述されていてむしろわかりやすい。
概略を説明したページや本を読むよりまずこのページをおすすめする。
基本的には天体力学の基盤から始まり、日射量の惑星への影響を考察したのがその次。氷河期の周期性を天
文学的要因から説明しようとしたアイデアが斬新であったことがわかる。検証段階を経てこの着想が本命であること確かめつつ Kanon der Erdbestrahlung und seine Anwendung auf das Eiszeitenproblem (1941) を出版した経緯となる。
この本が英訳され Canon of insolation and the ice-age problem として出版されたのが 1969 年。ここでも何度も登場の Dement'ev and Gladkov (1951-1954) が英訳出版されたのと同じ翻訳プロジェクト (Israel Program for Scientific Translations) による。
ちなみにこの翻訳プロジェクトは (現在のネットには関連する記述が見当たらないが) おそらくスプートニク・ショックなどで先を越されたアメリカが、当時のほとんど知られていなかった東側諸国の科学文献を収集・翻訳したものではないかと想像する。この想像が本当であれば、Dement'ev and Gladkov のソ連の鳥の英訳版が読めるのはこのおかげとも言えるのかも。
日射量と気候の関係や応答の非線形性などは現在も深海堆積物や氷床アイスコア材料やモデル計算をもとに多くの研究が行われているが、惑星レベルの天体力学の部分 (軌道離心率の変化、後に述べる公転面の変化など) には不定性が事実上ないことは押さえておいてよいだろう。あまり議論するまでもないのである。第一近似はここまでで十分。
ミランコビッチは極点の移動にも注意して Milankovitch's theorem (ミランコビッチの定理) も導いている。ケチを付ける部分がない。
地球全体としては外部 (慣性系) から見れば回転軸が変わるわけではないが、アイソスタシー (isostasy) の平衡状態に近づくために地殻の移動が起きて地球表面の観測者には自転軸が移動するように見えるとの説明を残したとのこと。
この影響は小さなもので事実上影響がない。外部の天体の重力の影響による地軸の変化と混同してはならないと wikipedia 英語版 Polar motion のページにある。
一般的な解説で忘れ去られているように思えるが、地球の公転面が太陽系の公転面であるとの地球中心主義とも言える誤解がある。太陽系全体で見ればもちろん木星・土星の運動が支配的で、その面から傾いている地球の公転面の向きや角度が変わってゆくことになる。この効果が地球上の観測者からどのように見えるか考えるとよい。
Invariable plane (不変面。日本語版でもよい) の数字が参考になる。木星の影響が最も大きく、木星の公転軌道はこの面から 0.5° 以内とのこと。現在の地球の軌道は 1.57° 傾いているので軌道の向きが変わるとミランコビッチ・サイクルの説明に出てくる地軸の傾き 22.1 - 24.5° の変化に対応することになる。
さらに詳細を知りたい方は Secular evolution of planetary orbits に解析的な (数値計算に対比した表現) 近似で地球の軌道離心率や軌道面の傾きの変化 (この計算では 2.95°) が導かれている。この変動 (secular evolution 永年進化。これも天体力学の用語) のタイムスケールが 5 万年のオーダーであることも説明できる。
Muller and MacDonald (1997) Spectrum of 100-kyr glacial cycle: Orbital inclination, not eccentricity に the inclination of the earth's orbit to the invariable plane of the solar system, should be associated with the 100-kyr glacial cycle と本質を的確に表現した解説がある。
wikipedia 日本語版の "10万年問題" のページで "不変面" が出てくるところを見ていただけば完全に間違っていることがわかる (2025.1 時点)。当時何が議論されていたか理解されていなかった可能性がある。wikipedia 英語版が訳されて要約されている感じだがこちらも間違っている。ということは引用されている Hays et al. (1976) が間違っているのか? (オープンアクセスでないので確認できない)。
ミランコビッチ・サイクルが 1970 年代に再評価されたらしいが、ここまで見ると "不変面" が (天体) 力学の概念であることを理解して議論している人がほとんどいなかったのではないか? 何とミランコビッチ・サイクルの理屈そのものも理解されていなかったということか...。
Muller and MacDonald (1997) を見てみると、惑星間ダスト云々というのは Culbe (1987) の説で、この論文内ではむしろ逆説的に取り上げている。極めつけはその次で、Hoyle and Wickramasinghe (!) が惑星間ダストの降着が温室効果を生み出して...という部分。
このあたりの人名を見てピンと来られる方もあるだろう。本稿では#ミフウズラ備考に登場する始祖鳥化石を否定し、パンスペルミア説を推進し、宇宙の元素合成を唱えたにもかかわらず宇宙の進化も生物進化も否定してしまったという当人である。もしこれらの説を前面に出して語られていたとしたら、氷河期の周期性の天文学的要因説は天文学者の怪しげな説として片付けられていても不思議でない。
Hoyle and Wickramasinghe はこんなところでも困ったことをしていないのだった。少なくとも一般の理解を遅らせたことは間違いないだろうし、今でも誤った認識の由来の一つとなっていると考えられる。
wikipedia 英語版の解説や参考文献引用はこれら背景を理解しておらず、Muller and MacDonald (1997) 論文そのものの論理もおそらく読めていない。参考文献が表示されているからといって信頼性が高い記述とは限らない好例である。
Milutin Milankovic の wikipedia 英語版ページの研究経歴を読んで、彼がなぜこの順序で考察したかも推測してみよう。火星や金星への影響をまず検討し、知りたい地球がなぜ出てこないかと言えば火星や金星は大きな衛星を持たない (金星は衛星を持たない) ので、自転軸の向きの扱いが単純で天体力学の応用を最初に示すのに好適だったからであろう。
もちろん火星や金星に水があるか興味が持たれていたことはこのページの示す通りだろう。
また彼が地球の北緯 65° に注目した理由も理解できる。この値は {90° - 地軸の傾き} であり、地軸の傾きの変動による影響が最も現れやすい緯度となる。氷河形成に関わる当時の知見や提唱されていたアイデアを組み合わせて論理体系を構築したことになる。
ちなみにミランコビッチ・サイクルのもう一つの構成要素である歳差運動 (precession。地球の北極の向きが天空上で変化することなど。こまの味噌すり運動) も天体力学で解析的に導かれる (Forced precession and nutation of Earth)。
太陽だけを考慮すれば 79400 年周期となるが月の引力を取り入れると 24800 年と導かれ実測値もよく再現する (わずかな違いは細かな近似が入っているためとのこと)。
北半球・南半球のどちらの夏がより日射を浴びるか歳差運動で変動する。これは地球の公転軌道が楕円であるため、太陽により接近する時期 (近日点) が現在は南半球の夏にあたるが歳差運動の半周期後には逆になる。
Milankovitch (Orbital) Cycles and Their Role in Earth's Climate (NASA の解説ページ)
によれば地球の公転の長軸の方向が変わる周期と組み合わせると平均 23000 年の周期性となる。この部分は wikipedia 英語版の解説でよい。
公転の長軸の方向が変わるのも天体力学の効果で、このページでは一般向けの比喩的表現となっている。apsidal/perihelion precession 近日点移動などの概念がある。他の惑星の重力により複雑に軌道が変わり...とうやむやに理解されがちだが、ケプラーの法則のように公転の長軸の方向が変わらないのは中心力が逆二乗則に従う場合。この法則から外れると公転の長軸の方向が変化する。
Perihelion precession of planets に取り扱いがある。
近日点移動は十分遅いので、他の惑星は同じ質量の太陽まわりのリングの重力場をもたらすと考えて扱ってよい。Gauss (天文学者・数学者のガウス) が扱った方法。
(しばしば「木星の公転の方向にひきずられて地球の軌道方向が移動する」タイプの説明があるがこれは正しくない)。この方法で求められた水星の近日点移動速度と実測値の違いを説明することが一般相対性理論の検証材料の一つとなったのは有名な話。
この歳差運動は地軸の傾きの変化 (実際には地球の軌道面の変化) をもたらすものではなく別の効果である点も注意。ミランコビッチ・サイクルの要因のうちでは歳差運動はそれほど主要な要因ではないと考えられている。
ミランコビッチ・サイクルは大変天文学的な話だと思うが、現代の宇宙の科学を扱う日本語教科書などであまり見かけないのもある意味不思議である。スーパーフレアなどは好んで取り上げられているようだが、もっと大きな現象を説明する理論、かつ現代の喫緊の課題である気候変動問題の理解にも関わるので天文学の成果としてもっと取り上げられてもよい気がする。
あるいは懐疑感も残っているのだろうか、それとも天文学の話題とあまり認識されていないのだろうか。
ミランコビッチサイクル と日本天文学会の天文学辞典を見ても天文学の記述の部分がずいぶんあっさりしている (2025.1 段階)。天体力学のような他の項目との関連性を示してこそ専門団体の用語集にふさわしいのだが (まあ内輪みたいなものなので気軽につぶやいておこう...)。
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オジロワシ
- 学名:Haliaeetus albicilla (ハリアエエトゥス アルビキルラ) 白い尾の海鷲
- 属名:haliaeetus (m) 海鷲またはミサゴ (halos 海 aetos ワシ Gk)
- 種小名:albicilla (合) 白い尾の (albus (adj) 白い cillo (tr) 動かす -illa (指小辞) 小さい -cilla についてはセキレイ科も参照)
- 英名:White-tailed Eagle
- 備考:
haliaeetus はミサゴの種小名と綴りが1文字違う。ee が並ぶため ae が2重母音とみなされ a は長母音にならない。アクセントはこの位置にある (ハリアエエトゥス)。
Kesller (1851。参考文献参照) を見ると古い学名ではギリシャ語から転記の際にワシを表す語尾の -aetus の ae の e の上に点を2つ付けている ("トレマつき e" と呼ぶとのこと。この表記は現在でもたまに見られる。通常の e とは音が違う。イヌワシの種小名でも同様)。
ミサゴの種小名とオジロワシの属名はもともとの綴りでは同じで、記号を省く際に aae とするか aee とするかの扱いの違いが生じたらしい。前者では a を長音とした -aetus、後者では ee を重複させる代わりに a を短音とした -aeetus の表記となったものと推定できる。事実上どちらも同じように発音してよさそうで、"アエ" 全体で長母音的に少し伸ばして発音すると原音に近くなりそう。
albicilla はすべて短母音で -cil- にアクセントがある (アルビキルラ)。
de Savigny (1809) による属記載時学名は Haliaeetus nisus (参考で、nisus はハイタカの種小名に現れるようにタカ類を指す。
オジロワシの Falco Albicilla Linnaeus, 1758 (原記載) に新属を与えるとともに改名したもの (#ノスリの備考参照)。この種のみを指していたため自動的に Haliaeetus 属のタイプ種となる。
de Savigny によるフランス語名は L'Aigle de mer (海のワシ)。現在でもドイツ語では Seeadler がそのままの意味の名称となっている。他言語でもいくつか例がある。
興味深いことに現在のフランス語名は Pygargue a queue blanche と "山ワシ" と "海ワシ" を大幅に使い分けている (尾の白い海ワシの意味)。ヒメハイイロチュウヒの学名が Circus pygargus であることをご存じの方もおられるだろう。現在のオジロワシ類のフランス語名を見るとチュウヒ類に見えてしまうのである。
Pygargus Koch, 1816 はハイイロチュウヒを指して与えられたもの (Pygargus dispar Koch, 1816 と改名) であったが、
Pygargus vulturinus Forster, 1817 (参考) と Forster がオジロワシを Pygargus 属に編入する [どこが似ているのか!? と思えるが Linnaeus (1758) では連続した項目に現れる] とともに改名を行った結果による。"ハゲワシのようなハイイロチュウヒ" の学名になっている。
de Savigny (1809) の属記載が発見されたのが後の時代になったようで、Pygargus の属名に先取権があると考えられていた時代には Pygargus vulturinus Forster, 1817 由来の学名がオジロワシにそれなりの期間使われていたよう。
チュウヒ類の Circus は de Lacepede (1799) が早かったので Pygargus の属名は結局どこにも残らなかったが、オジロワシ類のフランス語名やスペイン語などのラテン系統の言語にかつての痕跡を残している。
スウェーデン語の havsorn は hav (海) orn (ワシ) 由来でドイツ語名と同じ意味。デンマーク語やノルウェー語でも同様。ポーランド語の bielik は "白いもの" を指す。
Kaup (1844) Classification der saeugethiere und voegel では Falkenseeadler (タカまたはハヤブサのような海ワシ) に分類されていた。
参考までに当時使われていた命名時の学名で Falco pondicerianus Gmelin, 1788 (参考) 現在のシロガシラトビ Haliastur indus Brahminy Kite は Weihenseeadler でトビのような海ワシ。
Kaup (1844) はこちらに Selby が提案した Haliastur の属名は適切でないとして Ictinoaetus 属を提案していた。Kaup がオジロワシやオオワシをどのように捉えていたかわかる資料となっている。
[オジロワシ属の系統分類]
ノスリ亜科 トビ族 Milvini オジロワシ属とウオクイワシ属の現代的な系統分類を示す。ウオクイワシ属も含んでいるのは (広義) オジロワシ属に含まれていた (いる) ため。
ノスリ亜科内での位置は #トビの備考 [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] を参照。トビ族中で最後のグループになる。
これまでと同様 Catanach et al. (2024) の順序による。(2023 年 preprint 版と順序が少し異なっていたので入れ替えた)
ノスリ亜科 Buteoninae
オジロワシ属 Haliaeetus
オジロワシ Haliaeetus albicilla White-tailed Eagle
ハクトウワシ Haliaeetus leucocephalus Bald Eagle
オオワシ Haliaeetus pelagicus Steller's Sea Eagle
キガシラウミワシ* Haliaeetus leucoryphus Pallas's Fish Eagle
ウオクイワシ属 Icthyophaga
マダガスカルウミワシ* Icthyophaga vociferoides Madagascar Fish Eagle
サンショクウミワシ Icthyophaga vocifer African Fish Eagle
ソロモンウミワシ* [高野 (1973) ではサンフォードウミワシ] Icthyophaga sanfordi Sanford's Sea Eagle
シロハラウミワシ Icthyophaga leucogaster White-bellied Sea Eagle
コウオクイワシ* Icthyophaga humilis Lesser Fish Eagle
ウオクイワシ [高野 (1973) ではハイガシラウオクイワシ] Icthyophaga ichthyaetus Grey-headed Fish Eagle
Brown (1976) ではこの位置に ヤシハゲワシ Gypohierax angolensis Palm-nut Vulture を置いている。Vulturine Fish Eagle の別名のように当時はウミワシ類の異端と考えられていたが、現在はヒゲワシ亜科 Gypaetinae に移動: #ハチクマ [ハチクマ類の系統分類] を参照。
例によって系統が離れるところに空白行を入れてある。
オジロワシ属はかつてこれらがまとめられていて、ウオクイワシ、コウオクイワシのみを分けて Icthyophaga 属 (ikhthus, ikhthuos 魚 -phagos 食べる Gk) と長年呼ばれていた。
Catanach et al. (2023) ではオオワシとキガシラウミワシが系統を作り、オジロワシ + ハクトウワシ のクレードと並ぶ形になっていたが、2024 年版で逆順となった。それぞれ2種で2系統を作るので順序は任意性があるが、オジロワシ系統からオオワシやキガシラウミワシが種分化したのか、あるいはオオワシやキガシラウミワシは遺存的なのか解釈も微妙に反映されている印象を受ける。
オオワシやキガシラウミワシの分布が限られていることから個人的にはこちらの方が遺存的な印象を受けるが、このリストは 2024 年版に従ってオオワシの方が後に並ぶ形となった。
オジロワシ属とウオクイワシ属の順序も入れ替わっていて、これも2分岐なので任意性があるとは言え、ウミワシ類が熱帯地域起源と考えればウオクイワシ属の方が前になる順序がよい感じがする。
古いが参考: Seibold and Helbig (1996) Phylogenetic relationships of the sea eagles (genus Haliaeetus): reconstructions based on morphology, allozymes and mitochondrial DNA sequences。
この文献で使われた情報は古いが、他のタカ類の起源もアフリカなど赤道地域のものが多いので、この系統でも北東の種類ほどより derived (派生した) ものと考えるのは理にかなっているように思える。
Catanach et al. (2024) の現在の配列順ではオジロワシの出所が不明になる感じがする。IOC 15.1 ではこの部分は 2023 年版を用いているようでオオワシ、オジロワシの順になっている。一方オジロワシ属とウオクイワシ属の順序は新しい方が採用されているようでどうも扱いが一貫していない。
2023 年版を用いて暫定版を作ったものの 2024 年版に変更する際に作業もれがあったのかも知れない。
2024 年版に忠実に従えば上記リストの順序となる。
この2種は近縁だが Haliaeetus 属に内包されるために属名を変え、全体でオジロワシ属とする扱いがしばらく続いた。IOC で言えば 3.3-13.1 の期間である。
IOC 13.2 になって上記オジロワシ属と別系統をなす上記ウオクイワシ属系統を Icthyophaga 属と呼ぶことになってごく最近学名が変わった。
全体を Haliaeetus 属としても単系統であることには変わりはないので、このあたりは属をどこで区切るかの問題である。Catanach et al. (2024) では IOC 13.2 で変わる前の分類となっている。
IOC 14.2, Clements/eBird ともに Icthyophaga 属を採用。Working Group Avian Checklists, version 0.02 以降も同様でおそらくこちらに統一されると思われる。
個々の種でみれば元の学名に戻ったもの (ウオクイワシ、コウオクイワシ) や慣れた学名が変わったもの (シロハラウミワシ、サンショクウミワシなど) がある。いずれにしてもどれも最近の変更なので過去に知った学名が変わっていないか注意が必要である。
ウオクイワシがタイプ種であり、日本でも知名度がある種類なので属名和名はこれを採用した
(2種だけだった時代もウオクイワシ属だったはずだが分類概念が変わっている)。世界的に見るとサンショクウミワシの方が知名度が高いかも知れない。
オジロワシ属は何種か、なども時代によって変わったことになる。ウオクイワシ類などの画像検索などでも学名が変わったことを意識して複数探さないとうまく見つからないかも知れない。
オジロワシ属の中でもオオワシは少し孤立系統になるが分岐年代はそう古くない。ご存じの通り、このグループでも世界分布が非常に限られている。オジロワシとハクトウワシは分布も広く、系統もそれなりに近い。
キガシラウミワシは南から東アジアの他、夏鳥としてユーラシア内陸部のステップ地域やシベリアにも生息する種類で渡りも行う。個体数は少ない。Raptor Research & Conservation Network (2018) "A Field Guide to the Raptors of Asia" によればかつては広範に分布していたが現在の分布は限られている。かつての分布は文献の図の印象をもとに判断されていた可能性があり、Dement'ev and Gladkov (1952) でも広範な分布が示されているが、分布は散発的であることが述べられていた。
遺伝情報は不十分だがこの系統に属すると考えられる。
先述の解説の通りキガシラウミワシとオオワシは比較的近い関係にあり、オジロワシの主な分布の外縁部に生息している。このような系統関係にあるものが地理的に遠い地域に限定して生息しているのは#セグロセキレイや#ルリカケスの事例でも見られ、かつて少し古い系統が広域に分布していたがその後卓越した系統が現れて大部分置き換わってしまった経緯が考えられる。
セグロセキレイの項目でセグロセキレイのような少し大型の種類のみが残っている可能性を考察したが、大型のオオワシとオジロワシの関係にもあるいは当てはまるかも知れない。旧系統のうちで大型のオオワシが残り、オオワシ自身に十分な漂行能力があるが、オジロワシの方が生態的に優位で、オオワシはオジロワシの優勢な地域に分布を広げることができなかった可能性を考えることができる。
オオワシが沿岸部で魚食にかなり特化して生き残った一方、オジロワシは食物の範囲が広く内陸環境への適応度の高さも生態的優位性につながっているのだろう。
通常の分布より南 (本州) で越冬するオオワシの越冬地への執着性の高さも、あるいはそのような種間競争の結果選択された生存のための形質なのかも知れない (オオワシはどこでもやって行ける種類ではおそらくない)。
そういえばかつて川内で越冬していたカラフトワシが毎年同じ場所に戻ってくるのも Aquila 属内での生態的弱さを補うための戦略であると考えれば納得できる感じもする。
オジロワシと分岐して北米に分布を広げたハクトウワシの場合は海ワシ類の既存の競争相手はなかった。イヌワシと競合する部分があるがイヌワシより生態的に優位であるとのこと (#イヌワシ備考参照)。
キガシラウミワシは IUCN EN 種で 2500 羽未満とのこと。生態的も弱いようでオジロワシの主な分布域より南側に限局して細々と散発的に生息している模様。遺伝情報がまだ不十分なため狭義 Haliaeetus 属と Icthyophaga 属をつなぐ位置にある種類かどうかは不明だが狭義 Haliaeetus 属では最も南に分布するのでその可能性もありそうに思える。
キガシラウミワシの遺伝情報は2遺伝子しか調べられておらず (GenBank 2025.4 段階)
Z73469.1,
AY987135.1 のいずれから出発して BLAST を行っても狭義 Haliaeetus 属の中で最も古い系統となる。前者の遺伝子ではオオワシと系統をなし、後者ではキガシラウミワシが独立した古い系統になる。この場合でもオオワシが {オジロワシ + ハクトウワシ} に比べて古く分岐した系統になる。
今後全ゲノム解析が進めば系統関係がもっとしっかりしたものになるだろう。
これらを考慮するとこのグループ内の配列は Catanach et al. (2023) と IOC 15.1 の中間的なものが妥当に思える。
高野 (1973) のハイガシラウオクイワシは英名に忠実な名称、ウオクイワシは学名の意味を表したものになっている。
英名は亜種 plumbeiceps Baker, 1927 (鉛色の頭) に由来と思われる。
Falco Ichthyaetus Horsfield, 1821 の (記載 でミサゴ類の1種としていた) は当時すでに種として認められており、その亜種扱いで記載された。
亜種まで含めて学名を英語に訳せば Grey-headed Fish(ing) Eagle となって不思議でない。英名が亜種を指しているとすれば確かにウオクイワシの名称の方が種和名にふさわしいかも知れない。
東南アジアや南アジアに生息して我々にも馴染み深い種類である。映像検索などをするとシンガポールに有名な撮影地があるらしく多数の動画が撮影されている。
種小名の ichthyaetus は ikhthus, ikhthuos 魚 aetos ワシ (Gk) とほとんど自明のことを表しているだけだが、実はこれがややこしいのである。同じ名称の属名がカモメ類にあって Ichthyaetus は日本産の種でもオオズグロカモメ、ゴビズキンカモメ (オオズグロカモメ属) に現れる。
どこかで見たような学名だなあと思っていると、実は綴りまでまったく同じなのである。検索時は要注意。
「魚を食べるワシ」はオオズグロカモメ属よりウオクイワシ属の方がふさわしいと思えるが、経緯は #オオズグロカモメの備考参照。
ややこしいことに同じ属名はかつてミサゴにも使われたことがあった。要するに考えることは誰も似たようなものと言えるわけだが。
さらにややこしい話としてこれまた同じ意味の属名で綴りが1文字違うだけの Ichthyophaga がウズムシ綱にあった。
Sluys and Kawakatsu (2005) A Replacement Name for Ichthyophaga Syromiatnikova, 1949 (Platyhelminthes: Prolecithophora), with a Nomenclatural Analysis of its Avian Senior Homonym
によれば、ウオクイワシ属で用いられた方が早かった (Ichthyophaga Lesson, 1843) のだが、その後は誤記で1文字短い学名が正当化されないまま使われてきておりその扱いが問題となっていたとのこと。鳥類学者がもし原典を重視して Ichthyophaga Lesson, 1843 が正しいと変更するとウズムシ綱の属名が使えなくなってしまう恐れがあった。
混乱を防ぐために Sluys and Kawakatsu (2005) はウズムシ綱の属名を
Piscinquilinus に改名する提案を行ったが反対意見も強く、ICZN が 2017 年最終的に別名であるとの裁定を下した (wikipedia 英語版より)。ウズムシ研究者側が名前を譲る提案があったものの、ウオクイワシ属の学名は実はここまでは必ずしも安泰ではなかったことになる。
学名の面白い歴史の側面の一つと言えるだろう。
このグループではアフリカのサンショクウミワシが有名だろう。英名の方は素っ気ないが、サンショクウミワシの和名は色をよく表しているとそのまま使われてきているようである。ワシ類では色鮮やかな種類で人気も高い。他言語で同様の名称は見当たらないので日本独自の命名の模様。
種小名に使われる vocifer は騒々しいの意味 (#イカルチドリの備考参照。カタグロトビの国内初記録当初の亜種名にもあった)。
ビデオ映像などでサンショクウミワシの「雄叫び」を見ていただければ納得いただけるだろう。行動を見るとオジロワシやハクトウワシ、オオワシに系統が近いことも理解できる。
しかしながら Fish Eagle に対応するものを "ウミワシ" としているために海岸に生息する印象を持ってしまう。実際は主に内陸の種で淡水魚を主に食べている。オジロワシと同属であった時代の命名で属名をそのまま訳せば和名はそのようになるが、生態を必ずしも反映していないことは注意が必要であろう。
これは#イソヒヨドリが Monticola 属だから山に住む解釈するのと同じような問題。属は系統を表すもので習性などと必ずしも対応するわけではない。オジロワシを代表とする Haliaeetus 属の一部が内陸に住まないわけではないのも同様。
"ウミワシ" よりは Fish Eagle の方が指す範囲が広いので英名の方はある意味融通がきく。
このように考えると和名の "ウミワシ" の起源も多少気になってくる。これは特にオジロワシを指して使われていた Sea Eagle (White-tailed Sea Eagle) を訳したものではないだろうか。この時代のオジロワシの英名はある意味学名そのままである (どちらが先かはわからないが)。現在のオジロワシの標準的な英名からは "Sea" が落ちているが、オオワシの方には残っている (分布からこちらは適切と言える)。
ウオクイワシ類の Icthyophaga 属は早くから分離されていて 高野 (1973) = Lloyd and Lloyd (1969) でも別項目となっている。これらに fish eagles の名前を与えるために、Haliaeetus 属は sea eagles と分けざるを得なかったのであろうか。
現在標準的な英名で Sea Eagle の残っているのは Haliaeetus 属ではオオワシのみ。Icthyophaga 属の方にむしろ多くあって、これらはかつて Haliaeetus 属だったが分子系統解析で Icthyophaga 属に移動となったもの。
現在のところ日本産種ではないので、英名で Fish Eagle で "ウミワシ" の和名の付く乖離の目立つものは系統関係も確定した現在、和名再検討の価値があるかも知れない。
Ferguson-Lees and Christie (2001) では Haliaeetus 属と Icthyophaga 属を分けて扱っており、前者に Fish-eagle、後者に Fishing-eagle の名称を使い分けていた (その結果あまり標準的でない英名が使われていると言われる要因となっている)。"Sea Eagle" は意図的に避けたものと思われる。
積極的な試みだったとはいえ、分子系統解析の結果は入り組んでしまい使い分ける価値が薄れてしまった。
シロハラウミワシはアジア南部からフィリピン、インドネシア、オーストラリアにかけて分布する海ワシで、これも我々に近い地域に生息している。和名、英名ともに学名そのままだが見た目もその通りである。
(ミサゴを除けば) オーストラリアに分布する唯一の海ワシ。南米にはこれらグループ (広義オジロワシ属) の種は分布せず、ミサゴノスリが対応する役割を果たしている。
ソロモンウミワシはシロハラウミワシとほぼ同種レベルに遺伝情報が近く、分離したのは 20-30 万年前ぐらいと推定される (wikipedia 英語版より)。1935 年に記述されるまでシロハラウミワシの幼鳥と混同されていたとのこと。
いずれも大型で見応えのある種類なので画像や映像を検索して確認してみていただきたい。
[亜種と生物地理学]
オジロワシの現存の亜種は基亜種 albicilla とグリーンランドの亜種 groenlandicus が有効とされている。日本の亜種は前者に所属。
Hailer et al. (2007) Phylogeography of the white-tailed eagle, a generalist with large dispersal capacity によれば基亜種 albicilla とされる旧北区に広く分布するグループは2つの個体群に分けられ、氷河期にユーラシアの少なくとも2か所のレフージアで生き延びたと考えられるが、いずれも太平洋岸ではなかったと考えられる。
太平洋岸には氷河期後にヨーロッパから分布を広げて定着したと考えられる。氷河期に太平洋岸に残らなかった理由として、生態学的により優位なオオワシとの競争が考えられるがはっきりしない。
氷河期におけるこの生物地理学はセグロカモメ類に対して提唱されているものと似ているとのこと。オジロワシはさまざまな食物を利用できるジェネラリストで分散能力が高いことが次のハワイの絶滅 (亜) 種やこの分布にも現れている。
分子遺伝学的にはグリーンランドの個体群を亜種と強く示唆する結果は得られなかったが、解剖学的に差があるとの報告があり、地理的にも隔離度の高い個体群であるため亜種としての扱いを続けることは保全上の意義もあると考えられる。
[ハワイの絶滅 (亜) 種]
ハワイにもかつて海ワシ (英名 Hawaiian eagle) がいて 3500 年前の骨格標本がある。この個体は洞窟に残っていて、出られなくなった個体が亜熱帯でありながらよい保存状態で残っていたものらしい
[Fleischer et al. (2000) Identification of the Extinct Hawaiian Eagle (Haliaeetus) by mtDNA Sequence Analysis];
Hailer et al. (2015) Distinct and extinct: Genetic differentiation of the Hawaiian eagle]。
系統的にはハクトウワシよりオジロワシに近い。オジロワシの絶滅亜種とするか Haliaeetus属の別種とするかはまだ情報不足のよう。10 万年以上はハワイ諸島で生息して頂点捕食者であったと考えられるが絶滅原因は不明。後者の論文にはハクトウワシ、オオワシを含む系統樹が出ている。ハワイのワシ類については#イヌワシの備考も参照。
兄弟殺し (#イヌワシの備考参照) の映像もある。この例ではかなり成長したひなを巣から落としてしまった。
オジロワシとイヌワシの種間関係については#イヌワシの備考も参照。
小宮 (2018)「野鳥」2008年12月号 (No. 830) pp. 24-25 に大型猛禽類の足拓が紹介されている。
体の大きなオオワシ、オジロワシはイヌワシよりも小さく、トビやカラスと一緒にゴミを漁るオオワシは大きなトビか、とある。なおトビの足はハイタカより小さいとのこと。足サイズの特徴は現代の分子系統的な位置づけとよく合っている。生態的な優位性は体のむしろ大きさを反映しているように見えるので面白いところ。
Shevetsov and Ilyukh (2023)
The collapse of the populations of the white-tailed eagle Haliaeetus albicilla and the imperial eagle Aquila heliaca in the eastern part of Stavropol Krai (pp. 3306-3313)
によれば、ロシア西部のスタヴロポリ地方ではオジロワシは全然心配ないと考えられていたが、なんと 2022-2023 年に壊滅的な個体群の激減があった。カタシロワシ、クロヅル (2500 羽以上)、哺乳類など他の種も被害を受けた。
2022 年の秋が記録的に高温であったため齧歯類に好適な環境となり大増殖し、農家が殺鼠剤を使わざるを得なかった結果らしいとのこと。2023 年も巣の大部分で繁殖が見られなかった。この時代に、と思える事象だが、温暖化の影響が間接的にこんなところにも。
[海ワシ類の眼圧は高い]
Hongjamrassilp et al. (2022) Glaucoma through Animal’s Eyes: Insights from the Evolution of Intraocular Pressure in Mammals and Birds
によれば、オジロワシとハクトウワシの眼圧が高くトビ類は高くなく系統的なもののよう。
ペンギン類は全般に高く、これは潜水に必要なためと考えられる。眼圧の測定されている種類は猛禽類が圧倒的に多いが、フクロウ類は低く、ハヤブサ類やオウム類も同様。タカ類はこれらより高めイヌワシは少し高いなどの結果が出ているが広義ハイタカ属・チュウヒ類もそれほど高くなく、むしろノスリ類にやや高い種類がある。
高い視力を必要とする系統の眼圧がやや高めの印象を受けるが、ハヤブサ類が低いのはちょっと意外。
ヒトは高い方には入っていない (哺乳類で高い系統はいくつかあり、海に住むもの、ウマやサイ、イノシシなど)。こちらは視力とはあまり関係なさそう。
ダチョウが中程度だが、大きな目を支えるために多少圧力が必要なのかと感じた。
この論文ではこれらの眼圧の高いグループに緑内障抵抗機構があるのでは想像している。
[オジロワシは美味?]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 82 I の知床半島の取材記事 (上田) で、現地の方がかつてはオジロワシの2卵めのひなを失敬して飼育すると放し飼いでき、呼べば餌を食べにやってくるほどになったという。
飼育するとホウレンソウも喜んで食べたとのこと。
冬場は与える餌がなく人が育てたオジロワシは自分で魚を捕れないため食用にしていたとのこと。オジロワシの肉はうまかった、シマフクロウはもっとうまかったと別の方が証言されていた。
この記事は当時進行中の知床半島の国立公園 (1964 年指定)、観光地化と開発の問題を取り上げたもので、密猟監視人の言葉によれば数が減ったのは剥製目当ての密猟、カメラマン、いたずらするハイカーによるもの。特に車で来る人がひどかったとのこと (道路を作ったので自然が破壊された、あるいは入りやすくなったとはおそらく立場上言いにくい)。取材記事なのでいずれの証言や立場もある程度誇張されて表現されていたかも知れない。
今から振り返ると世界的にも数が減っていた時期で、オジロワシは今では回復が著しい (地域によっては成功しすぎている?) 種なので、この時代の延長線上で物事を考えない方がよいかも知れない。シマフクロウに比べてタカ類の適応力の高さも感じられる。
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ハクトウワシ
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オオワシ
- 学名:Haliaeetus pelagicus (ハリアエエトゥス ペラギクス) 海の海鷲
- 属名:haliaeetus (m) 海鷲またはミサゴ (halos 海 aetos ワシ Gk)
- 種小名:pelagicus (adj) 海の
- 英名:Steller's See Eagle
- 備考:
haliaeetus は#オジロワシ参照。
pelagicus は -la- にアクセントがある (ペラギクス)。
pelagos (海) が語源で英語にも pelagic などの同じアクセント位置の単語がある。
英名の Steller はドイツの博物学者 Georg Wilhelm Steller に由来 (ドイツ語読みであればシュテラーとなる)。ロシアやアラスカを探検した。
鳥にあまり詳しくない人に英名で説明すると stellar (星の) とよく勘違いされるので、わかりにくそうであれば Steller が人名であることを補うとよい。アメリカであればステラーカケス (英名 Steller's Jay) はよく知られている。
この話が見事に出ていた: Yet another thread on eponyms... But this one might actually be fun! Steller を Stellar と書き間違える人がしばしばあるとのこと。
Falco leucopterus Temminck, 1830 (翼に白いところのあるワシタカ類) の学名があり日本で記載されたものだった (資料)。"white winged eagle" の記述が 1824 年にあるとの記載が wikipedia 英語版にある。上記資料より早く登場したようだが、
参照されている図版ではフランス語表記 Aigle leucoptere で解説と学名は次ページにある。図版と本文の出版年が異なっていれば図版のみには学名が現れないので記載年の扱いの相違の原因となっているかも知れない。
Aquila pelagica Pallas, 1811 (原記載) 基産地 Islands between Kamchatka and America の方が早かった。
Falco imperator Kittlitz, 1832 の学名 (資料 1, 2) もあった。
東洋特産の種類なのですでに記載があることに気づきにくかったのかも知れない。
オオワシを指して与えられた Thalassoaetus Kaup, 1844 の属名があった。thalasses 海 + aetos ワシ (Gk)。記載。ドイツ語名 Bussard oder Geierseeadler でノスリまたはハゲワシ型の海ワシと表現していた。
現代のドイツ語名では Riesenseeadler と巨大な海ワシの意味。
Kaup (1844) が海ワシ類をどのように分類したかはこの前のページを参照。ほぼ 1-2 種ごとに属名が与えられており、属分割されても使える属名がたくさんある状態となっている。{オジロワシ + ハクトウワシ} と別属にされることはおそらくないと思われるがその場合でも使える属名が存在することになる。
Kaup (1844) は種小名を与えなかったがこの属名を用いた学名が存在して Thalassoaetus macrurus Menzbier, 1900 (Dement'ev and Gladkov 1952)。macrurus は長い尾の (Gk)。楔形の尾が確かに目立つ。
ユーラシアの北側に事実上どこにでもいるオジロワシ及び北米のハクトウワシと比べてオオワシはロシアと日本の固有種と言ってよい。もちろん繁殖地を訪れることは容易ではないので世界のウオッチャーも日本を訪れるわけである。
オオワシと {オジロワシ + ハクトウワシ} の関係の考察は#オジロワシ備考の [オジロワシ属の系統分類] を参照。
豆知識としてオオワシのロシア語名も紹介しておこう。beloplechij orlan で「肩の白い海ワシ」の意味で (和名も英名もそうであるが) 大して凝ったものではない。
Dement'ev and Gladkov (1952) は別名 kamchatskij orlan とともにこの名称は正しくない (白い部分は肩ではない。またカムチャツカのみに生息するわけではない) として tikhookeanskij orlan (太平洋の海ワシ) の名称を見出しにしていたが「肩の白い海ワシ」の方が知名度が高くて残ったらしい。
ロシア語では山ワシと海ワシを呼び分ける。前者が orel (アリョールと読む。なぜそんな読み方になるかと思えるような綴りだが、ロシア語の読み方を少し勉強すればすぐわかる。複数形は orly アルルィ でアクセントは後ろに。これまたなぜ形がそれほど変わるのかと思うが、規則をちょっと知るとそれほど難しいものではない。もちろん英語と同じように R と L の音の区別があり、R を少し巻舌っぽく読めればロシア語らしく聞こえる)、後者は orlan (アルランと読む。アクセントは後ろに)。オオワシのロシア語での読み方はベラプレーチイ アルランとなる。
ワシとタカの区別が曖昧なのは分類学でも現実の言語でも同じで、ロシア語ではクマタカもワシになる。khokhlatyj orel ハフラーティ アリョール となって、「冠のあるワシ」(その前に「山の」または「東方の」を付けることもある。冠のあるワシの種類はたくさんあるためであろう)である。
[オオワシの遠方への漂行]
ハクトウワシが北海道で記録されたことは有名だが、逆にオオワシも 2022-2023年 北米を訪れ、各地を漂行しているようである [
Steller's sea eagle sighting in N.S gets stellar reaction from bird watchers (表題で Steller と stellar をもじった表現がなされていることに注意);
Pease et al. (2023) The Steller's Sea-Eagle in North America: An economic assessment of birdwatchers travelling to see a vagrant raptor]。
「野鳥」2024年7・8月号 (No. 571) p. 57 の会員フォーラムに 1994年11月でオオワシ成鳥とオジロワシの若鳥に出会った記事がある。クジラの周囲にそれらしい足跡もあったとのこと (大澤氏)。
ハワイの#イヌワシ迷行例 [亜種と遺伝子からみた保全・長距離の迷行例] などを考えれば驚くべきことではないのかも知れないが。
[亜種]
オオワシの亜種として朝鮮半島で記録されて 1968 年以降観察記録のない niger (「黒い」の意味)が提唱されており、日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版では当初この亜種を認める立場だったようである。
亜種 niger は朝鮮半島で留鳥であり、尾以外に白い部分が認められないとのことである。
亜種 niger に該当すると考えられる飼育個体がドイツの Bayerischen Jagdfalkenhof で 2001 年に孵化し、Tierpark Berlin に移送された。この個体の両親は典型的な通常のオオワシの色彩であり、niger は亜種というより特に暗色の型 (dark morph) と考える方が適切であろうことを示している
[wikipedia 英語版; Kaiser (2011) A living specimen of the dark form of Steller’s Sea Eagle, Haliaeetus pelagicus ("niger") in captivity;
Dark Steller's sea eagle solves 100 year debate (BBC) 肩の白くないオオワシ2個体の写真あり]。
現在は世界の多くのリストで亜種を認めない単形種として扱われており、日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種が削除され、単形種の扱いとなっている。
この「亜種」疑いについては、Lobkov and Neifel'dt (1986) Distribution and biology of the Steller's eagle Haliaeetus pelagicus pelagicus
(Pallas) にも詳しい説明があり、極東の鳥類30-1 で和訳が読める。
Dement'ev and Gladkov (1952) によれば記載時学名 Haliaeetus niger Heude, 1887 (niger はいかにもありそうな種小名だが当時 Haliaeetus 属にすでに分けられていたため重複しなかったらしい)、
Haliaetus Branickii Taczanowski, 1888 (参考 1, 2) がシノニムとのこと。
Branickii はポーランドの Wladyslaw Michal Graf Branicki (1848-1914) 由来とのこと (The Key to Scientific Names)。
1952 年当時知られていた朝鮮半島の繁殖情報などは日本のチェックリスト (1932) からとのこと。当時は一般的には亜種扱いとされていたが Dement'ev and Gladkov (1952) はそもそも地域型 (亜種) でも種でもなく色彩変異だと考えており、オオワシを単形種として扱っていた。Austin (1948) によればこのタイプは 18 標本があるとのこと。
[ハヤブサの捕食事例]
大館 (1993) Birder 7(5): 67 にオオワシ成鳥によるハヤブサ幼鳥の捕食例が紹介されている。
[オオワシの形態の特殊性]
日本産のタカ類ではオオワシのみが尾羽 14 枚だが、他に Gyps, Neophron が 14 枚とのこと。Jollie (1976, 1977)
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part II) (p. 38)。
カリフォルニアコンドルは 12 枚または 14 枚だが、14 枚の形質は常染色体劣勢遺伝とのこと: Pryor and Ralls (2017) Fourteen tail feathers: An autosomal recessive trait in california condors (Gymnogyps californianus)。
オオワシやフィリピンワシの大きな嘴を肉を引き裂くための適応と説明されることがあるが、大型のオウギワシやカンムリクマタカでは普通の形状なので、食性への適応ではなくディスプレイのためとの説明が Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" p. 76-77 にある。
オオワシとフィリピンワシの両種の嘴が平たいのは前面視界を確保するためとある。
雪の降った後の琵琶湖のオオワシが山麓にとまっている条件では黄色い嘴で存在がわかることもあり (肩の白さは雪景色では目立たない)、確かに色とともに存在を示すのに役立っている印象を受けた。
[アムール州北部内陸部で見つかり保護された衰弱したオオワシ]
Dugintsov and Ivanov (2024) An emaciated Steller's sea eagle Haliaeetus pelagicus was found in the north of the Amur Oblast (pp. 5219-5220)。
2024.11.14 に Dugda 集落近くで若鳥を発見。この時点で健康状態がよくないように見えた。人が近寄っても逃げなかった。翌朝地上で凍死しかけていたワシを救出し、暖かいところで肉を与えると食べたとのこと。数日でかなり回復し、2024.11.26 に 570 km 離れた Blagoveshchnsk への輸送 (長く困難な道のりだったとのこと) に耐えて獣医学的手当を受けることになったとのこと。いずれ野外に戻すことができるだろうとのこと。
なぜアムール州北部内陸部にやってきたのか。若鳥が食物を求めて漂行中に川に沿って遡っているうちに凍結してしまったのでは。最後の力で集落の近くまでやってきたのではと推論している。
[鳥類、特に猛禽類の鉛中毒]
いくつもの種類が影響を受けているが、よく報道される種類としてここに含めておく。
なぜ鉛中毒が起きるのかなどはよく知られているのでここでは割愛することにして、鉛中毒の生化学的側面を主に取り扱ってみたい。
ヒトにおける鉛中毒は古くから知られていて労働衛生上も大きな問題となり、早い時期から規制が進められるようになった。ヒトではそれほど古くから知られて規制されているのになぜ野生動物では認識にそれほど時間がかかるのか不思議ではあるが、ヒト医学でのエビデンスは他種の直接の根拠として使えないので事例を集める必要があるということだろうか。
単体の鉛はほぼ毒性を示さないが、化合物になると毒性が現れる。
非常に昔聞いた時代には、鉛イオン (Pb 2+) の毒性は生体中のカルシウムイオン (Ca 2+) を置換することによるなど説明がなされていた (そのため骨に影響を与え、重要な所見の一つとされる)。放射性ストロンチウムが生体内ではカルシウムと同じような挙動を示すことは納得できても、鉛のメカニズムとしては納得できるように思えなかった。
仕組みがある程度わかるようになったのはおそらく自分が学んだ時以降のことらしい。wikipedia 英語版を見て知ったのだが、Pearson and Schonfeld (2003) の本に出ているらしい。
-SH 基は酵素の活性中心に広く現れるが、そこに結合しやすいとのこと。化学を多少知っているとこれはなるほどと思える。水素イオン (H+) と水酸化物イオン (OH-) は酸塩基反応の基本だが、これを拡張した広義の酸塩基反応があり、ルイス (Lewis) 酸・塩基の概念がある。ルイス酸・塩基において「軟らかい酸」「軟らかい塩基」の概念が使われる。
HSAB則 (Hard and Soft Acids and Bases) があり、軟らかい酸と軟らかい塩基は非常に結合しやすい。鉛イオン (水銀も同様) は代表的な軟らかい酸で、-SH 基から H+ を失ったもの (チオレート) は代表的な軟らかい塩基である。原子番号が大きいと電子の軌道も広がって (イオンの化学形にもよるが)「軟らかい酸」になる傾向があり、重金属毒性の原因の一部を説明するだろう。
高校の化学で硫化物で金属イオンが沈殿する実験をされた方なら納得いただけるだろう (廃棄物処理の必要があるので最近はこのような実験はあまり行われていないかも知れないが)。
PbS は非常に強固な結合でご存じの通りごく微量のイオンでもすぐに沈殿する。PbS の溶解度積は 8x10^(-28) と極端に小さく、酵素に鉄イオンや亜鉛イオンがくっついていても少量の鉛イオンがあれば化学平衡の原理から優先して置き換わってしまう。
酵素における仕組みはこれでわかった感じがする。古典的なルイス酸・塩基の法則ではこのように推定されるが、Gourlaouen and Parisel (2007) Is an Electronic Shield at the Molecular Origin of Lead Poisoning? A Computational Modeling Experiment
のように、亜鉛イオンが鉛イオンに置き換わることによって酵素活性中心に大きな構造変化が起きることが量子化学計算で示された。
ここで用いられた酵素は δ-aminolevulinic acid dehydratase (ALAD: δ-アミノレブリン酸脱水素酵素) で、この酵素はヘモグロビンの中心となるヘムの合成に重要な役割を果たしている。ヘムが合成されなければ貧血になるし、レブリン酸がたまれば急性ポルフィリア症のような毒性を示す (wikipedia英語版より)。
この研究はターゲットとなる主要酵素について計算を行ったものだが、鉛イオンの影響はそれ以外にも多岐に渡り、様々な酵素やイオンチャンネルを阻害したり活性酸素を発生させるという。
Gurer and Ercal (2000) Can antioxidants be beneficial in the treatment of lead poisoning?
によれば、やはり -SH を持つ主要抗酸化物質であるグルタチオンと結合することで酸化ストレスを増大させることも書かれている。-SH など由来の「軟らかい塩基」は非常に効率的なフリーラジカルのスカベンジャーである。
微量必須元素とされるセレンも硫黄と同族元素で、生体内の化学形はそこまでわかっていないようだが硫黄がセレンに置き換わったセレン含有タンパク質がある。セレンは一層「軟らかい塩基」でフリーラジカルの強力なスカベンジャーとなる。周期表でもう一つ下のテルルでは金属性 = 軟らかいルイス酸 が強くなってむしろ毒性を示す。
鉛イオンは生体にとって有害な機能しか持たないのである。微量でも慢性中毒になる。
自然界では鉛はほとんど不溶の形で存在し、生物とはほとんど無関係だったのだろう。人が鉱物として利用を始めたゆえに起きた問題である。
毒性の分子機構も徐々にわかってきているようである。他の毒性元素の機序は一般にはそこまでわかっていなくて、例えばベリリウムやタリウムの毒性の項目を見ても大したことは書かれていない。それだけ鉛の健康被害は重大でよく調べられているということであろう。
またルイス酸・塩基の基本的性質はわかっているので研究のよい手がかりにになるのだろう。
wikipedia 日本語版には現時点ではそこまで詳しくは書かれていない。
タリウムによる野生動物被害についてはミヤマガラスが報告されている: 安田他 (2007)
タリウム中毒による野鳥の死亡例。氷山の一角なのかも。
殺鼠剤として使われてきたこともあり、かつてはヨーロッパのフクロウ類や他の猛禽類に高いレベルで検出され、死因と考えられた: Clausen and Karlog (1977) Thallium loading in owls and other birds of prey in Denmark
ちょうどこのころに規制が始まった。
参考までにタリウムの慢性毒性についてはいくつかの作用ポイントがあるらしい: Chang and Chiang (2024) The Impact of Thallium Exposure in Public Health and Molecular Toxicology: A Comprehensive Review
生体に重要な +1 価のイオンの類似物質として、また軟らかいルイス酸の両方が関係しているよう。
例えば -SH を持つグルタチオンと結合することで酸化ストレスを生み出す。
wikipedia 英語版では Lead poisoning in raptors の項目もあって猛禽類の鉛中毒についてかなり詳しい記述がある。基本的にはヒト医学と同じ仕組みが書かれている。
この問題は人が注意して行動するだけでほぼ 100% 防ぐことが可能であると書かれている。
鉛弾に代えて銅弾を用いた場合、90% 以上のハンターは効果は同様または鉛弾よりよいと答えている研究があり、合金も使えるとのこと。
De Francisco et al. (2003) Lead and lead toxicity in domestic and free living birds
が非常に有用なレビューで特徴的な症状や臨床経過なども記されているので引いておこう。
水鳥が小石と誤って飲み込む、猛禽類が獲物と一緒に飲み込むと単体の鉛が pH の非常に低い胃酸で溶ける。胃酸の塩化物イオンは「硬い塩基」なので鉛イオンと結合せず鉛イオンは体内に吸収され生体にとって重要な役割を果たしている「軟らかい塩基」と結合してゆくことになる。この移動は化学平衡の自然な産物である (そこまで論文に書いてあるわけではないが)。
鉛の毒性に関する知見について (厚生労働省) によればヒトの場合 30 μg/dL = 0.3 ppm で神経伝達速度の低下が起き、300μg/dL = 3 ppm を超えるような高濃度の暴露では明瞭に観察される影響として脳症が挙げられるとのこと。
De Francisco et al. (2003) では鳥において 0.2-0.5 ppm 以上で影響が現れる。40 ppm あれば鉛中毒と確実に診断できるとことだが、ヒトの場合と比較するととんでもない高値である。500 ppm では運動機能を司る神経系が障害されるという。8 ppm 以上ならば中毒と診断してよいとの見解もある。
The cloacal feathers turn green as a result of intense green-coloured diarrhoea
総排泄孔の周囲羽毛が下痢により緑色に着色するのは非常に特徴的な症状とある。
ヒトでも "lead lines" と呼ばれる歯肉着色が知られており、メカニズム (例えばポルフィリン代謝など) に共通するものがあるかも知れない (Lead Toxicity - Clinical Assessment Signs and Symptoms)。
音声も変わり、vocal changes (high-pitched honk) とあり実にいたたまれないのだがヒトの症状ではあまり思い当たらない。ヒトでは鉛疝痛の症状が知られていて急性腹症 (acute abdomen の英語の方がニュアンスがわかりやすいかも知れない。急激な腹痛を伴う緊急事態の総称) や虫垂炎としばしば間違われるとある。あるいは耐えきれない痛みを表す声なのかも知れない。
ヨーロッパハチクマで鉛中毒の報告がある。Lumeij et al. (1985) An unusual case of lead poisoning in a honey buzzard (Pernis apivorus)。
食性 (動物の死体を食べる報告は多分ない) からは考えにくいものだったが、臨床所見と X 線所見から鉛を疑い、胃内異物をカテーテルで確認。血中鉛濃度は 80 μg/dL = 0.8 ppm で、極端に高いわけではなかったが鉛中毒と診断した。翼にもう1つ鉛らしき破片があった。
麻酔下で透視下に気管支鏡を入れ、砂嚢にある異物の採取に成功。最初1週間は強制給餌が必要だったが、その後は自分で食べるようになり、予想通り幼虫の入ったハチの巣を好んだという。キレート剤治療を行って2週間後鉛濃度が 16 μg/dL まで下がり、渡り時期も近づいていてすでに成鳥であったため放鳥となった。
折れた風切羽はヨーロッパノスリのものを用いた羽接ぎ (imping) を行った。
通常のルートで鉛の破片が入るとは考えにくく、翼にも弾があったことからこの鳥は撃たれて偶然破片が胃に入ったものと想像される。マガモを使った実験では砂嚢に4弾 (1.4 g) で致死的であるとのこと。
この例では1つでも胃に破片が入ると致死的になり得ることを示すものだろう。
人でも特に関節内など軟部組織で吸収が起きることが知られているが、結合組織に囲まれているうちは無害とのこと。翼の弾は関節と関係ない場所であり、結合組織に囲まれていると考えたため取り除かなかった。
血中鉛濃度は一般的に言われる診断基準よりも低く、血中濃度だけに頼って判断するのは危険である。
それほど酸性度が高くなくてもよさそうなヨーロッパハチクマの胃でも鉛弾を溶かす模様である。
さらにありそうもない例としてオオアカゲラの鉛中毒が報告されている: Morner and Petersson (1999) Lead Poisoning in Woodpeckers in Sweden
原因はよくわからないが散弾が木にささってそれを食べてしまったのでは?
ナミビアでチーターの事例が報告されている: Hauw et al. (2025) Case Report: Acute lead poisoning from bullet ingestion in a captive cheetah (Acinonyx jubatus) in Namibia: implications for wildlife management
捕獲収容はできず、最初の症状が観察されてから 48 時間後に死亡したとのこと。中枢神経症状など猛禽類の場合と似ているように見える。チーターでの報告は2例目とのことで報告された神経症状は似ているとのこと。
Blanchette et al. (2024) Extreme lead tolerance in an urban lizard (preprint)
Cuban brown anole lizard Anolis sagrei (ブラウンアノー。トカゲ) が汚染の高い地域で驚くべき鉛耐性を示したとのこと。これまで脊椎動物で知られている中で最も耐性がある。
鉛暴露で遺伝子発現の制御反応もあまり見られなかった。環境毒に対する耐性は比較的容易に進化できるとのことで Anolis 属もそのような耐性の知られているトカゲ類。
人為起源の都市の鉛濃度のもとで耐性が進化したものかとのこと。Fig. 2 に各種動物の平均鉛濃度が出ているが地上性のものが高い (ワニ類も高いものが知られている)。本来は地上の毒物にほとんど接するはずのない樹上性のタカ類などはそもそも耐性が低いのかも知れない。
では鉛はなぜそのような特性を示すのか元素の性質から少し振り返ってみよう。周期表マニア (科学好きの人はほぼ馴染みであろう) の方ならばご存じだろうが、元素には族があって同じ族では化学的特性に類似性がある (高校化学で習う)。それは最外殻電子の配置によることも多分習う。
鉛は現在の名称では 14 族元素に属する。これがまたピンとこない名称で、古くは典型元素・遷移元素で 4A, 4B 族の名前を使っていてこちらの方が酸化数と合っていて覚えやすかった。族の名称定義の変更によるものなのでやむを得ない。
14 族元素は C (6 炭素) - Si (14 ケイ素) - Ge (32 ゲルマニウム) - Sn (50 スズ) - Pb (82 鉛)。数字は原子番号。で典型元素だとちょうど中央で、原子価は4価が標準。例えば CO2, SiO2 などは酸化数4。
原子番号が大きいと (典型元素では) {最外殻電子の数 - 2} の酸化数が安定になる傾向があって、鉛では +2 が一般的 (PbO2 は非常に酸化力が強い)。この酸化数では最外殻電子が2個余ることになる。鉛イオンの毒性の解説に出てくる lone pair (孤立電子対) というのはこの2個の (s 軌道) 最外殻電子による電子対を指す。
原子番号の小さい元素ではこの酸化数はあまり安定でないので、完全に最外殻電子を奪われたイオンはあまり悪い振る舞いをせず、一般にそこまでの毒性は示さない。原子番号が大きい主に典型元素の重金属でよく見られる現象である。
第3周期元素 + α (18 Ar, 20 Ca) までは非常に単純で、電子の s 軌道と p 軌道に順番に電子が詰まってゆくことになる。この場合は s 軌道と p 軌道のエネルギー差が小さく、炭素などで見られる sp3 混成軌道のような概念がうまく適用できる。高校の化学で系統立って出てくる元素はだいたいここまで、ということになる。
その先は 3d 軌道が存在して、4s が埋まった後それまで同様に 4p が埋まるのでなく先に 3d 軌道に埋まってゆく。これが遷移元素で周期表で一段下がったところに対応する。3d 軌道は 4p 軌道よりも (主に) 内側に存在するので化学反応への関与が弱まり、一般に最外殻電子の数 = 酸化数 とならない。
この辺で法則性が敗れるので高校化学が嫌いになる一つ要因かも。鉄とか銅などの性質を個々に覚える必要が生じるのはこれが原因と言える。4s → 3d → 4p の順で埋まるので、4s (2個) と 4p の違いが発生してくる。
この傾向は第6周期元素 (鉛もここに含まれる) でさらに顕著で、これは 4f 軌道がさらに存在してさらに内側が先に埋まるため。普通の周期表ではこの部分を分けてランタノイド系列としている。
4f 軌道はさらに内側にあって、15 個の元素がほとんど同じような化学的特性が極めて似ているため一つの枠に入れてしまってもよいぐらいであるため。
第6周期元素の 81 Tl (タリウム) や 82 Pb はこの影響を大きく受けて {最外殻電子の数 - 2} の酸化数が安定になる次第
(高校化学は暗記科目的なところが多いが、このような背景にある規則性を知るとずっとわかりやすくなる)。ということで毒性が強くなる理由もこのあたりが背景にある (*1)。
もう一つの要因は、環境問題になるほどの量の鉛が天然に存在することである。もっと希少で高価な金や白金を銃弾に使ったりしないだろう。これにはなかなか深遠な理由がある。元素や周期表に関心の深い方ならば魔法数をご存じだろう。原子核を構成する陽子や中性子がこの数の場合は特別に安定 (エネルギーが低い) になる。
50 Sn, 82 Pb ともにこの魔法数を満たしている。鉛の同位体 Pb-208 は陽子・中性子ともに魔法数で特別に安定である。これが自然界に鉛がかなり大量に存在する主な理由である (もっと原子番号が小さく、量も多くてもよさそうな 78 Pt 白金、79 Au 金 などはずっと少ないので高価ということになる)。
ただしこれだけでは天然に鉛が多く存在することを説明する理由の半分ぐらいしか行っていないだろう。
科学好きで「理科年表」などをよく見られる方なならばお馴染みの放射性元素の崩壊系列がある。
つまりかつては鉛より大きな原子番号の元素がもっと存在したのだが、それらが放射性元素で崩壊するために最終的に鉛か 83 Bi ビスマス に落ち着くことになる。
鉛が終着点になっている理由は魔法数で特別に安定であることに起因するので、前半だけでも半分ぐらいは説明されていることになるだろう。ウラン系列が特に有名で、92 U ウラン、(90 Th トリウム-230) 、88 Ra ラジウム といった名前は有名な放射性元素が並ぶ。終着点が鉛-206である。
昔はウランがもっと多かったのだが崩壊して現在は鉛になっている。他にもトリウム系列があって終着点が鉛-208。あと2系列がある。この原理を利用したウラン-トリウム法は古い方の年代測定に用いられ古生物でもよく知られている。これが鉛がそこそこ豊富にあるもう一つの理由。
この話は地球が誕生した時点で鉛、トリウム、ウランなどの元素が存在したことが前提になっている。もっとも現在も存在するので存在したことそのものは間違いないわけだが、この理由はごく最近になるまで実はわかっていなかった。現在でもよくわかっているかと言えはまだまだと言える。
これも元素に関心のある方ならばよくご存じと思うが、元素は合成されてきたもの。
宇宙の始まりであるビッグバンで 1 水素と 2 ヘリウムが作られ、3 リチウムが少量、4 ベリリウムと 5 ホウ素はごく少量で無視してよいぐらい (現在あるベリリウムやホウ素の大部分は別の過程で作られたもの)。重要な点は 6 炭素は作られなかったこと。つまりビッグバン元素合成だけでは生命は作られない。
ここで宇宙好きの人ならば必ず話題にするだろう3α (トリプルアルファと読む) 反応がある。これはヘリウム原子核3個がほぼ同時に衝突することで起きる核融合反応で、それほど簡単に起きるものではない。
星の内部の高温高密度状態でようやく起きるもので、太陽中心部ですらまだその状態に達していない。ロシア人科学者ガモフにちなむ Gamow peak (または Gamow window) と呼ばれる極めて詳細な条件のもとにようやく進む反応で、もし "物理定数がほんのわずかでも違っていれば" 炭素は作られずに宇宙は終わっていたかも知れない。
この部分が偶然であったか (この場合物理定数は一意に決まるものでなく別の宇宙では別の結果になっている可能性がある)、自然の法則に従う必然であったのか (物理定数を決めるもっと根本的な法則がある) は現代の物理学もまだ答えることができない。
3α 反応で作られた炭素に対する核融合反応は比較的容易に進む。ヘリウム原子核 (α 粒子) が順次反応に加わる反応経路があり、この場合は原子番号が2増える (α 元素と言われる)、原子番号が偶数の元素の方が奇数のものより存在量が多い理由である。
よく知られるように重い星が超新星爆発を起こす寸前では鉄 (および原子番号の近い元素) までが合成されるが、これは鉄 (および周辺) の原子核が一番安定でエネルギーが低く、これ以上核融合が起きてもエネルギーが取り出せないため。これには 28 が魔法数であることも関係している。
鉄までの元素は基本的にこのように作られ、超新星爆発で放出される。我々がしばしば「星の子」と呼ばれるのはこれが由来。
それではもう少し原子番号の大きな元素はなぜ存在するのだろう (鉛の原子場号のまだ 1/3 ぐらいにしかならない)?
この部分の元素合成は主に s (slow) 過程と呼ばれる反応で、やはり星の中、しかも赤色巨星でミラ型変光星のような進化段階、しかもその一部の時期に間欠的に起きる。中性子が豊富に存在する条件で原子核に中性子が捕獲され、質量数が1増える。それが放射性同位体で β 崩壊すれば原子番号が1増える過程になる (他の過程もあるがここでは主なものを示した)。(*2)
このようにして徐々に原子番号の大きな元素が作られて行くが、あるところまで行くと放射性同位体の半減期が短くなりすぎてそれ以上反応が進まなくなる。この過程で作られるのはおおよそ 56 Ba バリウムぐらいで、その先の元素も多少できるが主要な経路ではない。鉛も半分ぐらいはこの経路で合成されたと見積もられている (非常に安定なのでこれ以上は反応が進まない)。
鉛よりも原子番号の大きな元素はこの過程ではほとんど作ることができず、また途中の元素でもこの過程から予測される量と合わないものが多数ある。
これらの元素は r 過程と呼ばれる反応で作られたに違いないと考えられてきた (放射性同位体が崩壊する前に中性子と結合する rapid な過程の r を意味する)。そのような過程が存在しないと元素の存在量が説明できないわけだが、具体的にどこで起きているかはずっとわからなかった。
そういう高エネルギー現象はきっと超新星爆発ぐらいしかないだろうと想像されて (あまり根拠があったわけではないが) 大きな原子場号の元素は超新星爆発で作られると教科書にも長く書かれていた。
この定説を打ち破ったのが 2017 年の連星中性子星の合体が発見である。この現象は重力波としてまず2台の重力波望遠鏡で検出され (GW170817。重力波の信号がわかれば合体した天体の質量がわかり中性子星と判明する)、位置がある程度絞られた方向に明るくなってくる天体が確認されたのである (現在は kilonova の名称がよく使われる。超新星ほどの規模ではないが、ぐらいの意味合い)。
この天体のスペクトル観測によって大きな原子場号の元素が実際に作られていることが確認された。
中性子だけでできたような天体である中性子星が合体すれば、もちろん大量の中性子の中で核反応が進むわけである。
ちなみにアインシュタインの予言した重力波が直接観測されたのは 2015 年 (ブラックホールの合体) のことで、なんと 2017 年には早速ノーベル賞受賞となった。GW170817 の発見はこの受賞の直前のことで、いかに画期的な発見であったかがわかる (*3)。重力波の直接観測ではないがアインシュタインの予言した通りの重力波の効果が見つかっており、これにも 1993 年のノーベル賞が与えられている。
この発見が周期表の歴史を書き換えることになった。現在はウランなどの超重元素はこのように作られたと考えられている。野鳥の鉛中毒もこんなとことで宇宙とつながっているのである。
我々にも馴染みの 53 I ヨウ素 なども (そして有名なところでは白金族元素) はほとんど r 過程反応で作られていると考えられている。連星中性子星の合体がなければ生物が甲状腺にヨウ素を使うこともなかっただろう。
最近のものでは Pognan et al. (2024) Actinide signatures in low electron fraction kilonova ejecta (preprint) があり、超重元素生成の直接の確認はまだ得られていないらしい。生成率はモデルによってかなり変わる。
...と書いていると、これはもともと学名の記事でないのかとお叱りを受けそうなので、元素名と鳥の学名は縁が深いことも紹介しておこう。だいたいは色に関係するもので、学名日本語解説で意味の通じるもの、英語でも似た単語が使われるものは元素との関係は省略し、気になったところには注記してある。
身近な鳥では ノジコ Emberiza sulphurata、ヤナギムシクイ (身近ではないか...) Phylloscopus plumbeitarsus などがあり、意味が共通するものでは カワウ Phalacrocorax carbo、ソリハシシギ Xenus cinereus など。
応用編として「日本産鳥類の学名で元素と共通の語源を持つものを挙げよ」を演習問題としておこう。
Te テルルと Telluraves も共通語源。元素名と共通の語源を持つ英語もたくさんあり、Kr クリプトン と cryptic など。学名の理解にも英単語 (特に専門用語) の理解にも役立つ。周期表や元素の名前は (特に理系の好きな人には) 科学常識の宝庫として知っておくと役に立つことも多い。
備考:
*1: このあたりの話は文字だけではわかりにくいので、電子のエネルギー順位の配置図などを見ていただきたい。s, p, d などの軌道名も多分高校化学で出てくる。フントの規則 (Hund's rules) は高校化学でも習ったような気がする (いずれも昔の教育課程なので今は高校では出てこないかも知れない)。
もし中学・高校生の方がこれを読まれているならば (あまりないかも知れないが...)、今後の勉強の参考にしていただくとよいと思う。
自分が習った時は化学の先生が大変意欲的で、程度が高すぎることも承知しつつこれらの原子軌道に電子がどの順番で埋まるか (構造原理 Aufbau principle というらしい。人名も使われるがこれらの名称は習わなかったと思う) を説明された。そこだけ覚えれば後の理解がずっと易しくなることを伝えられたのだと思う。
これらは (軌道のもともとの名称はスペクトル線の特徴を表すものだが) 量子力学から出てくる概念で、量子力学を学ぶ前の段階ではそのような規則があると知っておけば理解するには十分。高校生でも十分理解できると思う。本格的に知りたい場合は大学で量子力学を勉強すればよいことになる。
実はここに多少の落とし穴がある。これらの原子軌道の概念はおそらく「水素原子の構造」の項目で学ぶこととなる。水素原子の構造は量子力学で厳密に記述できるもので、量子力学の応用なり初等段階の仕上げとして勉強する場合もある。物理学全般で用いられる量子力学では他の粒子なども扱うためにより一般化した形式の話が最初にあって、具体的な水素原子の構造は後の方に出てくる (と思う)。
そして大学でこの順序で学ぶと往々にして途中で挫折するのである。
むしろ化学への応用のために量子力学を学ぶ場合、結合に関係するのは電子だと考えて最初から水素原子の構造を勉強しても構わない。シュレーディンガー方程式を最初のうちに習うが、1個の点電荷と1個の電子だけからなる系として方程式を適用して腕力で計算すれば解が求まり、高校化学で習うことをなるほどと納得できる次第。面倒な数式なので誰かが計算して教科書に書いてくれたものを追いかければよい。
また必ずしも数式を追わなくても、このようにすれば原子軌道が導かれることがわかれば十分。
大学で量子力学を勉強するなら物理学の専門の先生の講義を受けて、となりそうだが、利用分野が化学・生物に限られるならば水素原子の構造や分子を早いうちに取り上げてくれる講義を選ぶとよいだろう。
#ヨーロッパコマドリの備考に出てくる [渡り鳥における磁気定位] の話も同様で、こちらは分子軌道の概念を学んでいるとよく理解できるが、物理の先生は分子軌道をあまり教えてくれないかも知れない。
大学で数学を勉強する場合も同じで、専門の数学者から習うよりも応用重視の先生から学ぶ方がわかりやすいこともある。
*2: 超新星爆発に至る星の進化 (および元素合成) は非常にわかりやすいのでポピュラーサイエンスの本でもよく紹介され、日本にも専門家が多いこともあって日本語情報も多くて知っている人も多いだろう。科学に関心のある小中学生でも知っていても不思議でない。
しかし s 過程による元素合成を説明できる人は相当少ないだろう。内容的にもかなり難しい部分があって一般的には大学生後半か大学院生で扱う題材になるだろう (中性子がくっついて原子場号が増えてゆく部分の説明はわかりやすいが、星の中の特殊な条件でどのように起きているのかを説明するのが難しい)。
天文学を勉強している人 (きっとないとは思うが...) が身近にいれば s 過程について聞いてみていただくとよいだろう。大部分の人はどのように星の中で起きるか説明できないのではないかと想像する。
星の中で元素合成が起きているのは驚くべき発見がきっかけで明らかになったもなので紹介しておこう。周期表を見ると奇妙な「穴」があることがわかる。最初の穴が 43 Tc テクネチウム で、現在は安定同位体の存在しない最も原子場号の小さな元素であることがわかっている。
この穴を埋めるために多くの研究者が捜索を行った。その中には日本の研究者小川正孝による発表もあり、
ニッポニウム (nipponium, 元素記号 Np を提案) と命名したが後に取り消され、幻のニッポニウムとなった。これは当時未発見だった 75 Re レニウムだったと考えられ、日本人による最初の新元素発見のチャンスを失うことになった (wikipedia 日本語版より)。
この元素は 1936 年に加速器によって人工合成され、それにちなんでテクネチウムと名付けられた。
この元素の同位体の半減期はいずれも 420 万年以下で、地球が作られた時代にもし存在したとしても消滅してしまっていることになる。Merrill (1952) "Technetium in the Stars" Science 115, 484
がある種の星のスペクトル中にテクネチウムが存在することを発表した。
参考解説
Elements from the stars: The unexpected discovery that upended astrophysics 66 years ago (Spyrou and Schatz 2018, The Conversation)。
これは星の中で実際に元素合成が起きていて、しかも半減期の数倍程度の時間以内に表面に運ばれていることを示している動かぬ証拠となった記念碑的研究である。
テクネチウムは現代では核医学診断 (シンチグラフィー) で Tc-99m が最もよく使われるなど生活にも関係している。この (準安定) 同位体は β 線を出さずエネルギーの低い γ 線のみを出し、半減期6時間と放射線による影響を最低限に抑えるのに理想的な性質を示すため用いられている。
*3: 最短距離で書けばこのような歴史になるが、科学では往々にして背景に面白い歴史が含まれていることがある。せっかくなので少し寄り道してみよう。
連星中性子星の合体 (中性子星やブラックホールは超新星爆発の産物として有名。少なくとも中性子星は別の生成経路もある) は必ずしも新しい概念ではないが、超新星爆発でできた 20 km ぐらいのサイズの中性子星2個を合体できるほどの距離の軌道に近づけることがそもそも可能なのか長年議論されていた。純粋に理論的にはわからない。実際に見つけるしかなく、ある意味これは空想の産物だったと言える。
理解が進展したきっかけがガンマ線バースト (GRB) の発見であった。これは大気圏内核実験が行われていた時代、核実験監視衛星が偶然発見したもの。地球の方向からではなく、宇宙方向からガンマ線が降り注ぐ現象があることが見つかった (最初の発見 1967 年)。
これは長らく宇宙でもトップクラスの謎の現象で、1970 年代の技術でガンマ線の飛来方向 (ガンマ線の飛来方向を知ることはできなかった (現在でも容易でない)。当時は複数の惑星間探査機による到達時刻の差による三角測量を行った) を確かめても、そこには何も見当たらなかった。太陽系内からはるか遠方の宇宙まで、あらゆる仮説が提唱されたと言って過言でないだろう。
1990 年代に入って事例が増えて GRB があらゆる方向で均等に発生している (等方的) 証拠が高まってきた。これは GRB が近くで起きているか宇宙のはるかかなたで起きていることを示唆する。
当時の日本のX線天文学業界では、銀河系のハローの古い中性子星が起源とのアイデアがあった (これには相応の理由もあったが割愛する)。その中でポーランドの研究者 Bohdan Paczynski (故人) は 1990 年代のデータが出る以前から宇宙論的距離の天体で起きる現象のモデルを提唱し、連星中性子星の合体や超新星爆発を想定していた (1986)。
この考えが正しいことは GRB 970508 (1997年) にX線残光が見つかり、その位置に遠方銀河があることで実証されることとなった。1998 年の GRB 980425 では該当位置の誤差範囲に変わった超新星 (SN 1998bw) が見つかり、やや特殊なケースだったが GRB と超新星の関係が脚光を浴びることとなった。
この時期ごろには GRB 研究は天文学の主流となって GRB の光学対応天体を見つけるさまざまなプロジェクトが始まった。
2003 年の GRB 030329 はその研究の中でも一つの歴史を作ったと言えるだろう。この天体は光で見える残光の中に後日超新星が現れ、GRB と超新星の関連が揺るぎないものになった。
この結果は Nature の特集号となって、我々のグループも一つ貢献している [Uemura et al. (2003) Structure in the early afterglow light curve of the γ-ray burst of 29 March 2003]。筆頭著者は当時大学院生。
なぜかわからないが当時の BBC がうちのサイトの GRB の解説ページにリンクを張って回線がパンクしかけたことがあった。
GRB がガンマ線で観測されていた古い時期から、GRB には2種類あって、大まかには長いもの (long GRB)、短いもの (short GRB) に分けられることが知られていた。超新星との関係が明らかになったのは long GRB の方であった。
それならば short GRB の方が連星中性子星の合体と想像するのは極めて自然であるが、なかなか直接証拠に結びつかなかった。そして本文につながる。合体を起こすような連星中性子星が実際に存在することが証明されたのである。
GRB の話は生物絶滅と関連して語られることもあり (ほんとうかなあ?)、
Melott et al. (2003) Did a gamma-ray burst initiate the late Ordovician mass extinction?。
少しアンテナを張っていただくとよいかも知れない。(大部分の人は生物を知らない) 天文学者のこういう話は面白半分のことも多いのであまり真に受けない方がよいだろうと思う。
"Dark Matter and the Dinosaurs: The Astounding Interconnectedness of the Universe" (Lisa Randall, HarperCollins 2015) という本も出ていて、Randall and Reece (2014) Dark Matter as a Trigger for Periodic Comet Impacts
で preprint も見ることができる (Physical Review Letters, accepted) 注の "no dinosaurs" は報道で話題になって見にきた人に "恐竜のことは書いてありません" の意味か。
太陽系が銀河系円盤を横切る時に大絶滅が起きるタイプの説は昔からあって Schwartz and James (1984) Periodic mass extinctions and the Sun's oscillation about the galactic plane はなんと Nature 論文。
この手の話はほぼ眉唾で聞いておくのがよさそうだが、物理学雑誌では面白いと思えばアイデアだけでも評価される点は評価してよいのだろう。
脱線ついでに宇宙・天文にちなんだ話をもう一つ紹介させていただくと Alfaro et al. (2024) Ultra-high-energy gamma-ray bubble around microquasar V4641 Sgr (2024.10.16)
[arXiv バージョン (天文の世界では Nature 論文でも著者バージョンが preprint 形式で公開されることは珍しくない)]
これはすごい。自身もこの V4641 Sgr の発見に関わっており、銀河系に1つしか知られていない SS 433 と相同であろうと当時から想定していたが何とその通りだった。
2024 V4641 Paper が研究チームの公開データのページ (ニュースのページが別にあるが直接のリンクがないためこちらを紹介した)。
見ての通り検出器の名前が HAWC と我々には嬉しい名前。もちろん "鷹の目" で宇宙を見ていることも示唆している。
このチームのカタログの名前が HWC なので "タカ" の名前が天文の世界にもずっと残ることになる。アメリカとメキシコの組織が中心となったチームだが、好きな人がいるのではないだろうか。
SS 433 は光速の 26% のジェットを出している天体として 1970 年代末に正体が明らかになったもの。cf. Margon et al. (1979) Enormous periodic Doppler shifts in SS 433;
Martin and Rees (1979) A model for SS 433: precessing jets in an ultra-close binary system; SS 433 伝説: 謎の天体を追う天文学者たちの群像 (D. H. クラーク著; 福江純訳 恒星社厚生閣 1987) の日本語の本もある。
V4641 Sgr は 1999 年の大爆発で一躍注目を浴びた天体だが、我々は SS 433 発見の四半世紀ぶりの再来と受け止めていた (しかもどちらもロシアの研究者に不思議なほど縁があった)。V4641 Sgr の発見以来四半世紀を経過するが類似の天体はまだ見つかっていない。
Stubbings et al. (1999) GM Sagittarii and SAX J1819.3-2525 = XTE J1819-254 が発見報告。
鳥の学名と同様に、変光星であることが最初に報告された当時 (Goranskij 1978) は近くの星と混同があって別の名前が付いていたが、その後別天体を指していたと判明して新名称が与えられた。
古い文献を用いた鳥の種の同一性に相当する議論を行った論文もある: Hazen et al. (2000) GM Sgr - Now Two Different Variables。
Goranskij (1978) 以来この時点までまさかブラックホールであろうと考えた人はいなかった模様。
この爆発の検出に成功したのは、"たまたま" 注目していて変動を追いかけていたため: Kato et al. (1999) Preoutburst Activity of V4641 Sgr = SAX J1819.3-2525: Possible Existence of 2.5-Day Period。
古いページだが発見当初のものがまだ残っているので紹介しておく: Giant outburst of V4641 Sgr (previous GM Sgr) = SAX J1819.3-2525
(外部リンクなどは完全に切れているが極めて珍しいことに可視光での発見が X 線での検知に先行したことが海外ニュースでも紹介された。当時は太陽系に最も近いブラックホールの可能性も示唆されていた)。
Uemura et al. (2002) The 1999 Optical Outburst of the Fast X-Ray Nova, V4641 Sagittarii が我々のグループの論文 (なぜかオープンアクセス版がない?)。
植村誠 博士学位論文 (2004)
Optical Observations of Three Black Hole X-ray Novae: V4641 Sgr, XTE J1859+226, and XTE J1118+480 (中身は読めない...また日本の論文システムは探しづらい)。
V4641 Sgr について我々のグループもいくつも論文を出しているので、天文学の学位とはどんなものかなどさらに興味ある方は探してみていただきたい。
こぼれ話をしておくと (本人も多分笑って読んでくれるだろう) 植村氏は当時修士課程に入ったばかりの大学院生で、V4641 Sgr (当時は旧名 GM Sgr) は "よくわからない天体だが正体を解明してみないか" とテーマとして与えられた対象だった。ここまで大化けするとは (!)。
本人の担当テーマであったため、修士課程1年にしていきなり Nature への投稿を任されることに (しかも自身の専門分野で初めて書く論文だった) ...
当時の Nature はすでに周知のことはあまり好ましく感じておらず、我々が逐一情報を公開して世間に知られていたために査読者が否定的コメントを返したなどの事情もあった。
この慣習は現在では改善されている模様で、今ではそのようなコメントを受け取ることはなく、突発天体などの情報をかなり安心して公開することができる。まあ査読者側は先を越された方に違いないので難癖を付けたくなるのも理解できる。
安価な装置が数百万ドルを要するプロジェクトを凌駕することを示した、などの肯定的な査読コメントもあった (これはあくまで昔の話で今ではそう簡単ではない)。
"たまたま" 注目していたのも理由があって、先鋭なアマチュア観測家であった渡辺努氏が眼視観測でこの天体の活動を捉えたことに始まる (論文共著者にも入っている)。渡辺氏も年に数回たまに見ていた程度だったがたまたま捕まえることができたもの。
渡辺氏の論文もある: Watanabe (1999) Outburst of Goranskij's variable near GM Sgr (p. 3)。忘れていた背景事情なども記されていて論文の形で残す重要性もわかる。
渡辺努氏が時々見ていたのも偶然ではなく、その前 1980 年代後半にちょうどこの「新・野鳥の学名入門」の天文版のようなものを作成して (当時は自身もアマチュアだった。インターネットはもちろんなく印刷物による配布だった) 当時知られていた激変星を網羅し、この天体については歴史を紹介して見て欲しいと観測を促していたことに始まった。熱心なアマチュア観測家は隅々まで読んでいたとのこと。
資料はもちろん日本語だったが電子メールも使われだしたころで、一部の先進的な海外のアマチュアも情報を入手して 1990 年代初頭には内容は海外でもすでによく知られていた。
結果的に銀河系に2個しか知られていないものの片方だった。価値が判明してきたのはより後になってからで、当時の Nature も惜しいものを逃したと言えるだろう (と偉そうに言っておこう)。アマチュアとプロがどのように学問を進めるか、また情報公開にも関連して他分野の事例として見ていただければ幸いである。この「新・野鳥の学名入門」からも何かを見出す人が現れることを期待したい。
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クロハゲワシ
- 学名:Aegypius monachus (アエギュピウス モナクス) 修道士のハゲワシ
- 属名:Aegypius aigupios ハゲワシ (Gk) 語源は諸説あるがよくわかっていない (wikipedia)
- 種小名:monachus (m) 修道士
- 英名:Eurasian Black Vulture, IOC: Cinereous Vulture
- 備考:
aegypius の発音はよくわからないが、原意のギリシャ語には長母音は含まれていないので、"エ" にアクセントが来ると想像できる。ギリシャ語 aigupios では末尾にアクセント。起源は明らかでなくギリシャ語以前からあった単語と考えられる (wiktionary)。
monachus は冒頭にアクセント (モナクス)。語源はギリシャ語 monakhos (一人、孤独) から。種小名の意味は "孤独" よりは外観から "修道士" として用いられていたと考えられる。#ナベヅルにも同じ種小名の女性形が使われている。
英名の cinereous の意味は灰色 (< cinereus < cinis 灰)。一般にはあまり使われる単語でなく、主に鳥の色の指して使われる。
Monk Vulture とも呼ばれる。これは学名と同じ意味になるが、ドイツ語 Moenchsgeier (見かけが頭巾付き修道服と似ているため) からの訳とのこと。もと Black Vulture と呼ばれていたが南北アメリカのクロコンドル (American) Black Vulture Coragyps atratus と区別するために改名されたものとのこと。
現在の和名は外観的にはふさわしく見えるが命名時は旧英名の影響も受けていたかも。
Eurasian Black Vulture (European Black Vulture も使われた) の英名はその対比のために使われていた時代のものだろう。
「鳥類の図鑑」(学習図鑑シリーズ 4 高島春雄 共著; 黒田長久 共著; 小林重三ほか絵 小学館 改訂版 1962。初版は 1956) ではハゲワシの名称で登場していた。かつては日本あるいは統治下の地域で最初に記録された種に代表的な短い名称を与える習慣があったらしくその時代の名残りか。その後世界の鳥に名称を付ける必要が生じてクロハゲワシのような修飾的な名称に統一されたのだろう。
クロハゲワシの和名は比較的新しいものと考えられる。
記載時学名 Vultur Monachus Linnaeus, 1766 (原記載) 基産地 Arabia (アラビア)。
Aegypius 属は de Savigny (1809) が導入。Vultur 属の名称はいかにもそれっぽく見えるが、複数の系統を含んでいたため後に分割されたよう。The Key to Scientific Names によれば近代的な命名が確立して以来最初に diagnosis が与えられた属とのこと。
Vultur 属の用例はかなり長くあって (1900 年以降にもある)、分割が受け入れられたのはかなり後の時代のよう。
イヌワシ属のオナガイヌワシも記載時学名は Vultur audax Latham, 1801 (原記載。英名 Bold Vulture とある) だったので大型猛禽類はかなり何でもあり状態だった模様だが、オーストラリアにはハゲワシらしいものが他に見当たらないので死肉に集まっているところがそのように評価されたのかも。
ハゲワシにしては勇敢の意味で audax が使われたのかも知れないが、Aquila 属に編入されると少し名前負けしてしまったかも。現在の学名だけでなく記載時学名も考慮すると意味がよりよく理解できる例と言えるかも知れない。
クロハゲワシには Vultur cinereus = gemeine Geyer (ドイツ語で "普通のハゲワシ") の名称があった (参考 Raubvoegel verschiedener Art)。
学名の方は Vultur cinereus Gmelin, 1788 (参考) が出典のよう。
Gmelin (1788) が過去の用例をまとめたものだが、Vultur cinereus はそれ以前から使われており、英名では Cinereous or ash-coloured Vulture も記されており、現在改名後の英名は新しく名付けたものではなく古くからあった英名とわかる。
"普通のハゲワシ" の方はシノニムの Vultur vulgaris Daudin, 1800 (参考) に対応するかも知れない。ヨーロッパから見て "普通のハゲワシ" の感覚だろう。
これは種小名から属名に昇格する場合にタイプ種に相当するものを指す当時の用法と想像できる (#ノスリの備考参照)。
種小名から属名に昇格する場合に種小名を変える必要がないとなって現在の学名になったものだろう。
単形属で単形種。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば東アジアのものは西部 (ヨーロッパ) のものより大型に見えて亜種 chincou を分ける考えがあるが自身は十分な情報を持たないのとある。
この奇妙な名称は Vuture chincou Daudin, 1800 (参考) が記載したもので基産地は "中国" とあるとのこと。
古い記載なのでもし東西で亜種を分けるならば真っ先に有効になる名前の可能性がある。
The Key to Scientific Names の記述によれば Chine (フランス語で中国。Daudin の故郷とされる) + Oricou (フランス語で oreille 耳 と cou 首 から合成) を短縮したもので、彼が名付けたミミヒダハゲワシとの類似性からとのこと。
ミミヒダハゲワシには Vultur auricularis Daudin, 1800 = Vultur tracheliotus Forster, 1791 (後者の記載が早いため種小名が採用されている) の学名があり、両者を合わせればなるほど "耳と首" になる。
Daudin はハゲワシのことを Oricou と呼んでいたようで、"中国のハゲワシ" を意図したものになるのだろう。
亜種の可能性のある chincou はフランス語読みだと "シンク" となるがさすがにラテン語読みから離れすぎる。ラテン語らしくない綴りだが "キンコウ" と読まざるを得ないだろうか。
なおフランス語の読みは知っていれば奇怪ではないが、ou は "ウ" なので cou は "ク"。尾の意味の queue は綴りは長いのに "ク" だが音が違って "ウ" と "エ" の中間のような音。フランス語をカタカナで書くのは難しい次第。"尾が長い" が名称に入っている鳥は想像通り非常に多い。例えばエナガはフランス語では Mesange a longue queue (英名と全く同じ意味) で、この queue を適切に発音しないと "首の長い" の意味になってしまう。鳥名ではいかにも起きそうな話。
oeuf (最初の oe は合字) も "オ" と "エ" の中間のような音の中間としか表現できない音と f の音で、これは卵のこと。oeij (最初の oe は合字) は目のことで、単語が短いのはよいが鳥で普通に出てくる語彙が (少なくとも日本人にとっては) 軒並み発音しにくいのである。
フランス語は水は eau ("オ") とこれまた短い。複数形になって eaux でもやはり "オ"。知らないとだまされたような気になってしまう。なぜそれほど短くても混乱しないのかと言えば母音の種類が多いのである。
この程度の基礎知識があればフランス語で鳥を表す oiseau が "ワゾ" でも驚かれないだろう。複数形の oiseaux でも "ワゾ"。"美しい" と英語で It's beautiful. となるところが、同じことをフランス語では C'est beau. "セボ" と大変短くなる。このカタカナ発音で十分通じるのでこれまた不思議な感じがする。
[ハゲワシ類の位置づけ]
クロハゲワシは日本産鳥類の中では特に近縁の種類はないが、大きく見るとカンムリワシの属する系統に含まれると考えられる。旧世界ハゲワシ類は複数の系統から進化したものと考えられ、クロハゲワシもその一つ。新世界ハゲワシ類 (コンドル) とは大きく異なった系統である。
古い時代の研究だが、cyt b 遺伝子を使って現代の系統樹とかなり近い結果を得ていた Seibold and Helbig (1995) Evolutionary history of New and Old World vultures inferred from nucleotide sequences of the mitochondrial cytochrome b gene
当時としては先進的で、分子系統研究で新世界ハゲワシ類は {タカ類 + ハヤブサ類} に含まれないことを示していた (この時期は一般的には タカ類 + ハヤブサ類 が系統をなすと考えられていた。Jollie の論文も引用されている)。コウノトリ類とも特に近いわけではない。
Sibley and Ahlquist (1990) の DNA-DNA hybridization の次の段階に入っていた。
"New World vultures are not birds of prey" (新世界ハゲワシ類は猛禽類ではない) とまで書いていてなかなか刺激的である。新世界ハゲワシ類は似て非なる収斂進化の絶好の例と考えていた。しかし後の分子系統研究でまたタカ類に近づく逆転劇となった次第だが、旧世界ハゲワシ類の系統についての結論は正しく両者が収斂進化である指摘は正しかった。
さすがにハヤブサ類とオウム類との系統関係までは考えておらずまだ調べられていなかった。
なお cyt b 遺伝子は属の関係ぐらいを見る程度までに用いるのがよく、目や科レベルの関係にはもっと置換速度の遅い遺伝部位を用いるのがよい。一部現代と異なる系統関係が導かれていたのは当時ようやく可能になった手法でまだ多少やむを得ない部分があった。Livezey が分子系統学をすぐに受け入れたくなかったのもこのような背景があったのだろう (#ミサゴ備考の [オウム類とハヤブサ類の近縁性はどのように解明されたか] 参照)。
現代では新世界ハゲワシ類はコンドル科 Cathartidae に分類され、さらにコンドル目 Cathartiformes とする提案もなされている。新世界ハゲワシ類はタカ類で見られるような特異な染色体構成を持たず、現世鳥類の原型に近いと考えられるニワトリの染色体構成と違わない。ヘビクイワシやミサゴの染色体構成はタカ類との中間的性質を持っている。
参考までに新世界ハゲワシ類の系統研究: Cortes-Diaz et al. (2023) Bridging Evolutionary History and Conservation of New World Vultures
によれば2系統があり、かつては北米由来も考えられていたが南米が発祥の地で北米に広がったと考えられる。アマゾン盆地が新世界ハゲワシ類の遺伝的多様性の 70% を占めている。示されている系統樹はそれほど新しいものではなく Johnson et al. (2016) なので少し注意。
旧世界ハゲワシと新世界ハゲワシの類似性は収斂進化の結果。コンドル類と比較すれば、クロハゲワシは「ワシのようなハゲワシ」と呼んでよい (旧世界ハゲワシとイヌワシの強さの比較については#イヌワシの備考も参照)。
クロハゲワシに系統の近い種類にはアフリカのカオジロハゲワシ (またはシロガシラハゲワシ) Trigonoceps occipitalis (英名 White-headed Vulture) があり、この種類はハゲワシ類では珍しく生きた哺乳類、爬虫類などを捕食することが知られている。
高野 (1973) (Lloyd and Lloyd 1969 の翻訳) では他のハゲワシに比べてハゲワシ的な点が少なく、ずっとワシ的である。小型のカモシカの子どもや、若いコガタフランミンゴのような鳥を殺すことができる、と記載されている。
機動性を持ち、足は強く、レイヨウの幼獣や鳥類を殺す (コンサイス鳥名事典)。
なおGyps 属のシロエリハゲワシも従来襲わないとされた家畜を襲う事例が報告されている: Margalida et al. (2011) European vultures' altered behaviour。
[ハゲワシ亜科の系統分類]
クロハゲワシには日本産の他のタカ類に系統的な類縁種がないため、ハゲワシ亜科の全種を#ミサゴの備考のように示しておく。順序は Catanach et al. (2024) の分子系統分類による。
この項目で種または属名の和名の後に * が付いているものは従来の少数遺伝子によるもので付いていないものよりは精度が低い (従来の系統解析と同じ)。
ここでは日本鳥類目録改訂第7版の順序なのでオジロワシ亜科の後に登場するが、大きくまとめると#カンムリワシのグループになり、カンムリワシ亜科の次になる。
ハゲワシ亜科 Aegypiinae (ハゲワシ族 Gypini ともされる)
ミミハゲワシ属* Sarcogyps
ミミハゲワシ Sarcogyps calvus Red-headed Vulture
カオジロハゲワシ属* Trigonoceps
カオジロハゲワシ [高野 (1973) ではシロガシラハゲワシ] Trigonoceps occipitalis White-headed Vulture
ミミヒダハゲワシ属* Torgos
ミミヒダハゲワシ Torgos tracheliotos Lappet-faced Vulture
クロハゲワシ属 Aegypius
クロハゲワシ Aegypius monachus Cinereous Vulture
ズキンハゲワシ属* Necrosyrtes
ズキンハゲワシ Necrosyrtes monachus Hooded Vulture
ハゲワシ属 [高野 (1973) ではシロエリハゲワシ類] Gyps
ベンガルハゲワシ* Gyps bengalensis White-rumped Vulture
インドハゲワシ* Gyps indicus Indian Vulture
ヒマラヤハゲワシ* Gyps himalayensis Himalayan Vulture
コシジロハゲワシ* Gyps africanus White-backed Vulture
シロエリハゲワシ Gyps fulvus Griffon Vulture
マダラハゲワシ* Gyps rueppelli Rueppell's Vulture
ハシボソハゲワシ* Gyps tenuirostris Slender-billed Vulture
ケープシロエリハゲワシ Gyps coprotheres Cape Vulture
マダラハゲワシの英名中の ue は u にウムラウトであるが、原語がドイツ語のため ue の表記としてある。
ミミハゲワシからクロハゲワシまでの4種は系統的には少し離れているが単系統をなしており1属にまとめることも可能である (この論文では特にそのような示唆は与えていないが)。個々の種に差異があるためそれぞれ単形属が妥当との判断であろうか。
もしまとめるならばクロハゲワシの記載が最も早いため、Aegypius 属になる。
Buthasane et al. (2024) Comprehensive genome assembly reveals genetic diversity and carcass consumption insights in critically endangered Asian king vultures
でミミハゲワシ (英名を Asian king vulture としている) のゲノムが報告された。
ミミハゲワシとそれ以降の系統との分岐年代は 1313 万年前と推定された。種固有のレトロウイルス起源の配列がいくつも見つかったとのこと。実効個体数も少なく個体群ボトルネックも存在した。
インド亜大陸に個体群がある (こちらはジクロフェナクの影響を大きく受けた) が、東南アジアに隔絶した個体群がある。
現状かなり危うい保全状態で、タイでは繁殖個体の平均年齢が 25.4 (±3.6) 歳と高齢化が進み、平均2年に一度しか産卵しない。飼育下では産卵するのは 7-9 歳、ひなが生まれるのは 8-10 歳とのことでこのまま行けば次の世代は founder effect crisis (創始者効果の危機) に直面すると考えられる。
同じような研究でミトコンドリアゲノムの結果が出ていて Buthasane et al. (2025) Complete mitogenome of the critically endangered Asian king vulture (Sarcogyps calvus) (Aves, Accipitriformes, Accipitridae): evolutionary insights and comparative analysis
新世界ハゲワシ類とは系統が遠く、Gyps 属にむしろ近いなど当たり前のことが書かれているような気がするが。
Gyps (ハゲワシ) 属8種は系統的にも近くよくまとまったグループである。ここに並べた順序もそれほど意味があるわけではない。Catanach et al. (2024) の研究での推定ではこの系統が現れたのは比較的最近で 270 万年前と推定された (過去の他の文献では 110-370 万年前)。
旧大陸ハゲワシ類の祖先の起源はタカ類の中では比較的古い方だが旧大陸ハゲワシ類の中心となる Gyps 属8種 (英語で総称して griffons と呼ばれる) が現れたのは最近で、Gyps 属は古めの系統のタカ類の中では最も新しく発展を遂げたグループの鳥と言える。
もとは捕食性のタカだったのが専門職のスカベンジャーに特殊化した感じである。逆の進化の順序が考えやすそうだがここでは特殊化したスカベンジャーが二次的に進化している。
Thom van Dooren "Vulture" (Reaktion 2011) によればこれらの種類は脊椎動物中唯一の「完全な死体食」(obligatory scavenger の表現を使っている) の可能性がある。
他の猛禽類も必要に応じて死体も食べる (facultative scavenger) ものも多いが、ほぼ死体しか食べないという意味である。
死体は非常に密度が低く、まれにしか発生しない。この本では ephemeral の表現を用いているが言い得て妙である。一般の英語ではあまり出てこない単語かもしれないが、スプリング・エフェメラル (主に植物で用いられる「春のはかないもの」) のエフェメラルのことである。ハゲワシ類といえども古い肉は適さず、死後すぐの食用に適した状態は短期間しかない。
完全な死体食になることは簡単でなく、大型の体で (ヒマラヤハゲワシでは 12 kg にも達する) 長時間の帆翔に適したつくり、集団行動で広い範囲を探索して餌のありかを見つけだすなど (集団ねぐらを作るのは情報を伝えているかも知れないとのこと) 実は高度な能力を必要とする。
そのため完全な死体食の猛禽類は後の時代になって進化したものと考えられる (生きた獲物を殺す能力と引き換えに、とある)。
この本によれば有蹄類の分布が広がり、その季節移動のルートに合わせて Gyps 属が種分化を遂げたのだろうとの説があると説明している。
有蹄類の移動中に特定の時期 (乾季の終わりなど) に自然死が生じやすいという。そのような有蹄類の移動ルートは現在では人間の進出で大きく分断されてしまっているが、家畜の死体が代わりの役割を果たすようになった。
Pirastru et al. (2021) Anthropogenic Drivers Leading to Population Decline and Genetic Preservation of the Eurasian Griffon Vulture (Gyps fulvus)
にも Gyps 属のレビューと主にシロエリハゲワシの生態や近年の人間との関わりなどが述べられている。この文献ではシロエリハゲワシの出現が最も新しく 75 万年前としている。ウシ類の種分化の時期に一致するとのこと。
ドキュメンタリー番組などではライオンなどの食べ残しを食べている印象を受けやすいが、そのような食物は 5% 程度で、ほとんどの食物は自然死由来のものとのこと。
有蹄類の分布の広がりは#チュウヒの備考にあるように C4 植物の発展によって草原が広がったことに対応しているのかも知れない (文献を探せばどこかに載ってそうだが)。
Gyps 属の種分化の時期が、タカ類中でも最も新しく分化を遂げたものの一つであるチュウヒ類の適応放散の時期とほぼ一致するのは偶然ではなく、そのような背景があるように思える (その点はノスリ類と齧歯類の場合も同じかも知れない)。
Maliet et al. (2019) A model with many small shifts for estimating species-specific diversification rates (執筆者レポジトリ)
によればタカ類では種分化速度の遅いものから速いものまで多様であることが示されているが、これはおそらく Gyps 属や Circus 属、Buteo 属のように近年に急速な種分化を遂げたグループが存在することが反映されているのだろう。一方でチドリ類やオオハシ科などはグループ内の種分化速度がほぼ一定。
シギ類は種分化速度がさらに遅い。
古い系統ほど種分化速度が遅いのかと感じるがカモ類はタカ類同様の分布を示す。カモ類、タカ類ともに近年出現した新しい環境に適応して種分化したものらしい。
集団行動で餌のありかを見つけだす行動 (これは渡りのタカ類が上昇気流を見つけ出す手法としても提案されている: #ハチクマ備考の視覚のところ参照) は個体数が少ないと急激に効率が悪くなる。
この本の書かれた当時 (2011) は後述のジクロフェナクによるハゲワシ集団死で個体数が激減し、絶滅も心配されていたころで、個体数激減によってハゲワシ類の従来方法の集団での餌の発見効率が落ちて生存率が低下することが懸念されていた。
またスカベンジャー scavenger は語の印象が悪いので、"purifier" がよいのではと唱える研究者もあるとのこと (新世界ハゲワシ/コンドル類の Cathartes の属名はこの意味)。
ハチクマ亜科にまとめることも可能とされるヒゲワシ亜科 Gypaetinae でもエジプトハゲワシが進化しているようにスカベンジャー的な性格の強い種類が入り込めるニッチは結構あったのかも知れない。
クロハゲワシは Gyps 属に比べると古めの系統となり、カンムリワシ属との共通祖先が持っていた捕食性の性質を残し、上記のような死体だけに頼る生活様式にはなっていないのだろう。
カオジロハゲワシについても同じことが言える。
ハゲワシ類 (旧世界、新世界とも) は脳が発達しており、上記のような集団での餌の発見などの高度な採食習性のために脳が進化した可能性も検討されている (#ハチクマの備考 [嗅覚 (タカ・ハヤブサ類)・視覚・脳のサイズ] でも紹介の van Overveld et al. (2022) Vultures as an overlooked model in cognitive ecology も参照。
この文献によれば (個々の情報出典は論文参照) クロコンドル Coragyps atratus Black Vulture (Turkey Vulture) の逸話として死んだり傷ついたりした魚を疑似餌に用いて魚を釣るという。水に飛び込んで体を完全に水中に沈めることもあるとのこと。
Bildstein (2017) "Raptors" p. 159 によればクロコンドルは硬いクルミを車にひかせて中身を食べるという (コスタリカでの Bildstein 自身の観察)。カラスにしかできない行動ではないらしい。
集団で車にいたずらする行動はフォークランドカラカラも思わせる Black Vultures and Vehicle Damage。
家畜にも被害を与える可能性が問題視されている
Federally Protected Black Vultures May Be 'Eating Cows Alive' in the Midwest
生態的位置や行動などを映像で見ると我々のハシボソガラスそっくりに見える。カラス同様に黒くて怖いと思われているのかも?
Get to know the not-so-scary black vulture (Erin Fisher 2020)
人に対しても社交的で、賢くて他の鳥を追い払うような方法は有効でないとのこと。まったくカラスそっくりである。
Are black vultures friendly to humans? (Megan Holzman 2024)
にも記事があって、まるで「カラスとの共生は可能か?」のような表題や内容になっている。餌となるゴミを残すななどほぼカラス対策と同じ。自己防衛のために攻撃的になってまれに人を襲うこともある点もカラスによく似ている。
狂犬病リスクのことも書かれていて、鳥も狂犬病に感染することがあるのかと調べてみたが実験室では感染が成立するとのこと。猛禽類が狂犬病の宿主となっているかを調べ、狂犬病の生態には意味のある役割は果たしていないとの研究まで存在する。狂犬病に感染した哺乳類を食べて抗体ができた例があり、感染は起きることもあるらしい (wikipedia 英語版 Rabies in animals)。
Bildstein (2017) "Raptors" p. 57 には狂犬病に感染した動物を食べて猛禽類が感染することがあり、自然治癒することもあればそうでないこともあると書かれていて、これも出典がわからないが本当であれば (ヒトの場合は致死率ほぼ 100%) どちらも驚くべきことのように思える。
クロコンドルの場合の可能性は低いが、宿主の可能性のある動物に噛まれたりひっかかれて傷を負った場合は医学的対処を受けるべしとある。日本は現在清浄国となっている。
The Role of Birds in Rabies Transmission: Investigating Behaviors and Interactions
(Nature Blog Network) のようなページもあって、こちらも出典となる研究はわからないが科学者の間でも見解が分かれているように見える (哺乳類と鳥では免疫系や脳の構造が違うと説明しているがあまり関係なさそうに思える)。
クロコンドルではアシカの臍帯をちぎって胎盤を食べる行動もあるなど多様な採食行動が記述されている。カラカラと異種間の相互羽繕いが知られている。ゴミ捨て場や最近では海水浴客の放置したカバンを開ける行為を学習したとのこと。都会近くにも進出し、街中のゴミを漁ったり住人を驚かせて食べ物を盗むこともある。ハゲワシ類の中でも特異な行動であるとのこと。
トキイロコンドルやミミハゲワシは単独で獲物を探すが、見え隠れする地上の肉食動物を追跡して死体にたどりつく能力を持っていたり、嗅覚で獲物を見つける他のハゲワシ類の行動から情報を得たりしているらしい。
シロエリハゲワシで集団で協力して単独個体では得られない食べ物を得た報告があるが集団による問題解決を理解して行ったものかはわからない。ミミヒダハゲワシが集団でフラミンゴを追い込む捕食行動が記録されており、共同狩猟をする肉食哺乳類に似ている。
Gyps 属の集団構造や採食行動についても紹介されている。行動は原始的かも知れないが問題解決能力のカラス類との比較研究も興味深い。
エジプトハゲワシとヒゲワシで道具使用が知られている。カメを落として割る行為については確かな文献証拠が見つけられなかったとのこと。
戸塚 (2018) Birder 32(10): 40-42 に韓国南部の クロハゲワシ越冬地の記事がある。1997 年より給餌を始め、多い年には 500 羽を数えるという。越冬期間は12月中旬-3月中旬。ロシア、モンゴル、韓国でそれぞれ異なった色のウイングタグで標識された個体も混じっているとのこと。
戸塚 (2023) Birder 37(12): 36-37 に続報があり、よく知られた場所になっていたとのこと。越冬数は 400-800 羽とのこと。
BirdLife による最新の個体数見積もりではアジアで 5500-8000 つがいとされており、上記韓国の最大越冬数 500 はかなりの割合になる (wikipedia 英語版を参照)。
日本でも散発的に記録があり、吉野 (2023) Birder 37(2): 61 に2022年12月に八ヶ岳山麓に飛来したクロハゲワシの例が紹介されている。
渡辺 (2007) Birder 21(1): 59 に「クロハゲワシと鳥インフルエンザ」の記事があり、朝霧高原の養鶏場にクロハゲワシが訪れていたが、2004年12月にはトビ柱すら見られなかったとのこと。
富士山周辺には二度と出現しないかも知れないと記載されていた。
モンゴルで標識され韓国で記録されたクロハゲワシについては Batbayar et al. (2008) Migration and Movement Patterns of Cinereous Vultures in Mongolia,
Kenny et al. (2008) Dispersal of Eurasian Black Vulture Aegypius monachus fledglings from the Ikh Nart Nature Reserve, Mongolia
の論文がある。
シンガポールで 2021 年末に救護されたクロハゲワシの記事 After 3 hours under the hot sun, rescued Cinereous vulture finally flew 50m before landing again さすがに暑すぎるのかも知れない。抱えられた映像もあり大きさがよくわかる。
[採食方法によるハゲワシ・コンドル類の分類]
ハゲワシ・コンドル類は採食方法により3種類に分類されることがある (Kruuk 1967 が最初に提唱したもの)。
次の文献は読みやすく情報も新しい:
Linde-Medina et al. (2021) A revision of vulture feeding classification。
"gulpers" (英語では「ひと飲みにする」から) は死体の中に頭を突っ込んで内部を食べる種類、
典型的にはシロエリハゲワシ Gyps fulvus 英名 Eurasian Griffon または Griffon Vulture のように首が長く、頭から首にかけて裸出している (短い羽毛に覆われている)。典型的なハゲワシ類として思い浮かべる Gyps 属の多くはこのグループに属する。
"rippers" は表面を剥ぎ取るように食べる種類、トキイロコンドル Sarcoramphus papa 英名 King Vulture、ミミヒダハゲワシ Torgos tracheliotos 英名 Lappet-faced Vulture など。
"scrappers" は死体周囲の主に残り物を食べる種類であり、この分類に属するものはジェネラリスト (何でも食べる) のスカベンジャー性が強い。ヒメコンドル Cathartes aura 英名 Turkey Vulture など。
それぞれの採食方法に適した骨格や筋肉の特性がある。Boehmer et al. (2020) Gulper, ripper and scrapper: anatomy of the neck in three species of vultures (#コブハクチョウの備考も参照)
では頸椎数が違うだけでなく、筋肉の付き方も違っていて採食時にどの筋肉が重要な働きをするかが解剖学的にも反映されているとのこと。gulpers では頭骨も細長い。
クロハゲワシは ripper に分類される。通常のハゲワシ類は帆翔を主に行うが、クロハゲワシは羽ばたき飛行にも適した構造となっていて、時に生きた獲物を捉えることにも対応している。
ヤシの実を食べる、猛禽類としては珍しい習性のヤシハゲワシ Gypohierax angolensis 英名 Palm-nut Vulture または Vulturine Fish Eagle は従来は gulper とされてきたが新しい研究では形態的には scrapper であり、この分類はヤシの実を食べる時に必要な採食行動にも合致するとのこと
[この属名は gups, gupos ハゲワシ と hierax, hierakos タカ (Gk) で、形態的にもタカとハゲワシの中間であることをよく表している。顔つきもハゲワシよりもタカに似た感じがある。種小名は地名アンゴラから]。
系統的には英名の別名が示唆するような海ワシに近いものではなく、タカ類で最初のころに分岐したグループの一つ (#ハチクマの備考の系統参照)。
顔だけ見ると特に Gyps 属のハゲワシ類にまったく似た点がないため、海ワシのような名前が付いたのであろう (魚なども少々は食べるらしい)。十分強力な猛禽類で足も爪も強く哺乳類など生きた獲物を十分捕えることができるとのこと。単純に一般的なハゲワシ類の scrappers に当てはめない方がよいかも知れない。
典型的なハゲワシ類の scrappers では生きた獲物を捕える種類はほとんどない ([病原性細菌への適応] の項目も参照。典型的な scrappers の採食様式はニワトリに似ている)。
Macaulay Library でヤシハゲワシの写真を探してみると確かに魚を運んでいる画像が見つかり、"fish eagle" との中間型と考えられた理由が理解できる。しかし他にも陸上性脊椎動物を運んでいる画像も同様に見つかるので特に魚食が目立つわけでもなさそう。
とまっている時の写真を見ると足が立派で十分な捕食能力があることも想像できる。ほぼ完全にスカベンジャーのハゲワシ類のように足の弱そうな種類には見えない。
オウムの捕食者と書いてあるページもある (#ミサゴ備考の [オウム類・ハヤブサ類の年代推定] 参照) が探した範囲では鳥を運んでいる画像は見つからなかった。
本来は強力な猛禽類だったものが好物ができて趣味に走ったものかも知れない (笑)。この種の嗅覚や味覚も研究の意義がありそうに思える。
Linde-Medina et al. (2021) によれば、また他の scrappers にも時に果実食を行うこととも合致するとのこと (時に果実食を行うジェネラリストからヤシハゲワシのような特定の食物に特化したスペシャリストが進化したと考えると理解できるのかも)。gulpers にはこのような習性は観察されていない。rippers には例外的に果実食を行う種類もある。
一般的にも関心の深そうなヒゲワシ Gypaetus barbatus 英名 Bearded Vulture (#イヌワシの備考も参照) もこの研究で従来分類の gulper から ripper に再分類された。
前述のように Gyps 属のハゲワシ類は捕食性のタカ類の系統から二次的に死体食に特化したものと考えられ、形態的にはずいぶん違って見えるが Jollie (1976, 1977) によれば頸椎数が多い (最大 17) 代わりに胸椎 (肋骨) が少なくなっており、頸椎数を増やしたというより頸椎と胸椎の境界が変わったと理解できるとのこと。
Gyps 属のハゲワシ類でも基本的なタカ類の基本形はあまり変わっていないとのことで、新世界ハゲワシ類でも同様の変化 (収斂進化) が見られる [Jollie (1976, 1977) p. 208, 211 など。胸部が短くなる点は仙骨や尾骨の境界を変えることで補われている (p. 212)。またこの点はタカ類とハヤブサ類を区別する有用な情報ではないとのこと]。
ハゲワシ類では雑種の報告がなぜ少ないのか問題提起もある: Ottenburghs (2025) Commentary: Why is Hybridization So Uncommon in Old World and New World Vultures?
古い系統だから? (しかし Gyps 属はそれほど古いわけではない)、野外ではディスプレイの違いなど接合前生殖隔離 (この論文では prezygotic barriers) が強く働いているのではなどの考察。
[変わった採食方法を用いる猛禽類]
日本に関係する種類ではないが、変わった採食方法を用いる猛禽類としてアフリカのチュウヒダカ Polyboroides typus 英名 African Harrier-Hawk (フランス語由来の別名の Gymnogene もよく知られている。これはラテン語由来とのことで、起源はギリシャ語の gumnos 裸の、はげた + genus, genuos 頬などの意味。顔が裸出していることを意味する。
この属にはマダガスカルにもう1種マダガスカルチュウヒダカがある) と南米のセイタカノスリ Geranospiza caerulescens 英名 Crane Hawk がある。
いずれも樹洞の獲物を足で捉えるが、二重関節 (double joint) で脚を反対にも曲げることができる (ひざ関節ではないが、つまり我々のひざと同じような方向にも曲げることができる) という。
Burton (1978) The intertarsal joint of the harrier-hawks Polyboroides spp. and the Crane Hawk Geranospiza caerulescens
に解剖学的な研究がある。Burton (1978) で PDF が見られ (Burton 自身によるアップロード)、関節の画像もある。
ここで比較したチュウヒ類に比べて関節部分の骨が小さく接触範囲が狭いために関節の可動域が増しているらしい。アルコール保存された骨格標本なので保存処理の影響を受けていてあくまで概略比較だが、前方 130°、後方 75° 曲げられる結果となった。
ハイイロチュウヒではそれぞれ 180°、5° で前方に曲げる機能は多少犠牲になっているとのこと。横方向にもよく曲げられて内側に 40°、外側に 50° でハイイロチュウヒではそれぞれ 20°、5°。
靭帯や筋肉はヨーロッパチュウヒと特に違いはなかった。
図や解説を見る限りでは「二重関節」という表現は誤解を招くかも知れない。
趾も第 IV 趾が小さく、第 II 趾が第 III 趾の横側よりも後ろ側を向いているなどの特徴があり、狭い場所から獲物を引き出すのに適している。
カザノワシも趾がチュウヒダカに似た点があり検討の価値があるとのこと。
このような採食方法ができるのは猛禽類でこれらの種のみで、系統的は異なっているため収斂進化のよい例と考えられている。猛禽類の中でも面白い習性として知っておいて損はない。
ビデオ例: African Harrier-hawk (previously Gymnogene), Gymnogene hunting for geckos, An African Harrier Hawk Finds What its Looking For。
Portugal et al. (2023) Anomalous binocular vision in African Harrier-Hawks によればチュウヒダカの視野は他のタカ類と異なる特徴があり、上方も両眼視できて採食習性とも整合するとのこと。論文中に YouTube からいくつかのビデオが掲載されている。
一見弱そうな感じがするが大型で強力な猛禽とのこと。Gymnogenes Sedgefield (birdwatcher.co.za) 南アフリカの映像で2羽の鳥を掴んで飛んでいるところ。鳥の巣やねぐらを容赦なく襲うとのこと。飼い犬も襲ったことがある話があるらしい。
Sutter et al. (2001) Diet and Hunting Behavior of the Crane Hawk in Tikal National Park, Guatemala
にセイタカノスリの食性や狩猟行動の研究がある。多くの獲物は夜行性で昼の隠れ場で捕食しているらしい。樹洞のような他の猛禽類が採食できない領域をカバーすることで他の猛禽類との食性の競合を防いでいると考えられる。この種では関節を後側に 34° 程度曲げられたとのこと。
獲物は主に足で捕り、嘴で捕ることは少ない。
AVONET (#ハイタカの備考と同じ方法) で脚の長さをみるとこれらの種類はやはり脚も長く、採食方法に応じた形態をしていることがわかる。
カワリウタオオタカ Micronisus gabar 英名 Gabar Goshawk もこのような脚の構造は持たないが、捕食者対策に造られたハタオリドリの空中の吊り巣にぶら下がって内部を襲う変わった採食方法をとる (オオタカに多少近い仲間であるがこの場合嘴で獲物を捕る)。
Autour gabar [この文章はおそらく "Raptors of the World" Ferguson-Lees and Christie (2001) からの抜粋翻訳に画像を入れたもの]。
映像例: Gabar goshawk raid on weaver nest。さすがに小鳥はその間は逃げているようである。
[ヒゲワシの食物]
ヒゲワシの主な食物は骨 (+ 骨髄) で、栄養価を調べた研究がある: Margalida and Villalba (2017) The importance of the nutritive value of old bones in the diet of Bearded vultures Gypaetus barbatus
乾いた骨の栄養価は肉と遜色なくエネルギー面では 140 g の骨が 111 g の生肉と同等とのこと。この論文ではヒゲワシの胃液の酸性度はまだ測定されていないが Gyps 属からの推定ではおそらく 1 を下回っているのではないか。
ヒゲワシは古い骨を好むが、これは乾燥して重量が減り運びやすくなるためとのこと。
Margalida et al. (2020) What do minerals in the feces of Bearded Vultures reveal about their dietary habits? によれば糞の分析からそれでも少なくとも 15% は肉由来で小型哺乳類や鳥を食べていると推定される。しかし多くの部分はウシ類などの骨由来であることが確認された。
ヒトも古くから洞窟に骨髄を保存して食料としていた考古学的証拠がある: Blasco et al. (2019) Bone marrow storage and delayed consumption at Middle Pleistocene Qesem Cave, Israel (420 to 200 ka)。ヒトの進化に "ヒゲワシ的生活" は重要な役割を果たしていたよう。
次の [ヒゲワシの化粧色] で紹介の論文では、ネアンデルタール人やヒトも同様の鉄染色を行っていたことが知られており、大型動物の死体食などヒトとヒゲワシの行動が共通していて、鳥の行動を真似たのではとの興味深い仮説も考えられている。
Marin-Arroyo and Margalida (2011) Distinguishing Bearded Vulture Activities within Archaeological Contexts: Identification Guidelines。古代のヒトとヒゲワシの分布や採食習性が似ていて遺物の同定には注意を要する。
[ヒゲワシの化粧色]
ヒゲワシは酸化鉄を用いて羽毛を着色することが知られている。鳥で各種の "浴び" が羽毛のメンテナンスに役立つ可能性が提唱されているが (#カワセミ備考の [カワセミの嘴先端の形・鳥の寄生虫対策] の総説参照)、ヒゲワシの化粧では細菌による羽毛劣化を防ぐ機能は今のところ見つかっていない
[Margalida et al. (2019) Cosmetic colouring by Bearded Vultures Gypaetus barbatus: still no evidence for an antibacterial function]。
研究者も機能を理解するのに悩んでいるようで、社会的序列を高めるためではなど考察されている: Margalida et al. (2023) New Insights into the Cosmetic Behaviour of Bearded Vultures: Ferruginous Springs Are Shared Sequentially。GPS 追跡で "鉱泉" とも言えるが "鉄泉" を利用に来るとのこと。
この行動を目視で捉えることは極めて困難でほとんど観察例がなく長年の謎だった。鉄泉の場所も特定され浴びる行動も映像記録された。GPS 追跡ならではの成果。この結果は鉄泉の保全などにも活用可能とのこと。
ヒゲワシの目の写真を見ていて虹彩の外側が赤いことを思い出した。#カワウ備考の [ウの虹彩はなぜ緑色?] で鳥の目の色の役割の総説論文を紹介しており、ヒゲワシの事例を検討してみた。色彩は同系統で酸化鉄を用いた化粧色とも関連があるかも知れない。
[捕鯨の影響を受けて習性を変えた? コンドル]
Lambertucci et al. (2018) Tracking data and retrospective analyses of diet reveal the consequences of loss of marine subsidies for an obligate scavenger, the Andean condor
現在のトラッキングと 1841-1933 年の羽毛の安定同位体解析によって、パタゴニアのコンドルはかつては現在より沿岸の獲物 (死体) に頼っていて (約 33%、現在は 8% 未満) 、沿岸漁業や捕鯨などの最盛期に沿岸に漂着する獲物が極端に減った (クジラ類のバイオマスで 80% 減少) ことで少なくとも一部の個体群は地上のステップの死体に頼る必要が生じたと考えられる。
現在のデータでは個体によっては営巣地から長距離を移動して食物を探す必要があるとのこと。
Duda et al. (2023) A 2200-year record of Andean Condor diet and nest site usage reflects natural and anthropogenic stressors はこの研究をグアノ研究を用いてさらに遡ったもの。
1650-650 年前に営巣率の低下があり火山活動に伴ったものと考えられる。650 年前にもとの営巣地に戻ったが沿岸の獲物の減少や開発、入植者が持ち込んだ家畜により食物や行動を大きく変えた。
糞の記録から水銀や鉛が見つかり、家畜を襲うとして毒殺されたり撃たれたり、あるいは食物からの鉛を摂取していたと考えられる。現在でも鉛濃度の高さは懸念材料。
週間アニマルライフ (1972) pp. 1668-1672 のコンドルの項目 (浦本・内田) によればペルー沿岸で海鳥のグアノが重要な資源だった地域で、海鳥の卵やひなを捕食するとの理由でコンドル類 (ヒメコンドル、クロコンドル) が害鳥として駆除されていたとのこと。様々な理由で迫害されまくっていたわけだ。
[食性と視覚特性]
クロハゲワシに近い仲間は Gyps 属に比べて両眼視の視野も広く生きた動物の捕食に対する適応と考えられる [Portugal et al. (2017)
White-headed Vultures Trigonoceps occipitalis show visual field characteristics of hunting raptors]。
この研究の対象はカオジロハゲワシ Trigonoceps occipitalis 英名 White-headed Vulture であるが Aegypius 属にも言及がある。
ハゲワシとワシの中間的な性質を示していると考えられる。先述のミミヒダハゲワシもクロハゲワシに近い系統の種類だが生きた動物の捕食については特に触れられていない。
網膜の紫外線感受視細胞を欠く (つまり3原色型。#ハヤブサの備考参照)。ハゲワシ類の夜間行動も記録されており、暗所視が発達している可能性がある
[Peshev et al. (2022) Nocturnal activity of Griffon Vultures at a feeding site in Kresna Gorge, Bulgaria]。
ブルガリアのハゲワシ給餌場 (以下参照) でのシロエリハゲワシでの記録。これまでは夜間の行動を得ることが難しかったが、装置の進歩で記録できるようになった。夜間の採食活動が結構記録されていた。
夜間採食は肉食哺乳類による危険が伴うが、給餌場は襲われる可能性が低い場所に設置してあるのでその影響もあるかも知れない。しかしこれらの行動は実は想像以上によくあることなのかも知れないとのこと。
[ハゲワシ類は聴覚でも食物を探す?]
ハゲワシ類などのスカベンジャーが食物を探すのに嗅覚を使うか、視覚を使うかは古くから議論されており一定の結論が出ているが、聴覚についてはあまり考えられてこなかった。
Jackson et al. (2020) A dead giveaway: Foraging vultures and other avian scavengers respond to auditory cues
肉食動物が草食動物を捕食する際の音を再生する音声刺激 (普段はライオンやハイエナのために夜間に行っていたが、昼間に試してみたとのこと) のみでスカベンジャーの鳥が集まり、哺乳類 (ハイエナ、ジャッカル) よりも到達が早く、哺乳類スカベンジャーの数とは逆相関があったとのこと。
実験条件は十分整ったものではないがスカベンジャーの鳥が音刺激も用いて食物を探している可能性がある。聴力は意外に高いのかも知れない。
ここではあまり深追いはしなかったが、ハゲワシ類の中で旧世界ハゲワシ類は主に視覚、新世界ハゲワシ類が嗅覚に頼っていることは現在はよく立証されている。
歴史的にはそうではなく、あの有名な Audubon や Bachmann が実験を行いヒメコンドルが嗅覚ではなく視覚を用いていると立証した報告があったため長年信じられていた。
その定説を打ち破った時代の論文があったので紹介しておく: Sayles (1887) The Sense of Smell in Cathartes aura。
あの Audubon や Bachmann でも間違うのだ、と衝撃をもって受け止められたことがあった。この論文の結語がすごい "in this case, I feel that they are merely human" (Audubon や Bachmann もこの点ではただの人に過ぎない - 当時のアメリカで言論の自由がしっかり尊重されていたことがわかる)。
Audubon が思い込んで間違った事例として#カンムリカイツブリの備考 [アメリカにもカンムリカイツブリが生息していた?] を紹介しておく。いずれの時代でも神格化は禁物。
[猛禽類の植物食]
What do Golden eagles eat?
に他のワシは肉しか食べないがイヌワシは果物や野菜を食べることもあるとある。特に獲物がない時に何でも食べられるとある。嗅覚で探すこともできて、必要があれば食べるとある。本当だろうか? (#イヌワシ備考より移動)
Meet the Raptors That Eat Avocados (and Other Fruit)
(Hausheer 2021) によればオーストラリアのトビがアボカドを食べることが観察され (ビデオあり)、
オーストラリア以外では過去アフリカ以外で記述されていなかったのは不思議であるとのこと。
観察された 2002 年は干ばつで獲物も少なく、猛禽類は代替脂質として植物食を行った可能性がある。
しかしアボカドには有毒物質のペルシン (persin) が含まれ特に葉に多いとのこと。ヒトにとってはアボカドの熟した果実は通常有害と考えられていないが鳥類、特に cage birds (スズメ目やオウム・インコ類) は感受性が高くニワトリやシチメンチョウはより抵抗性がある。ペットには決して与えてはいけないと wikipedia 英語版にある。
鳥への毒性は Avian Avocado Toxicosis (Burmeister and Yunker, Veterinary Technician) の情報がある。ペットでこれほど症例があるということは、これらの鳥は甘みなどを感じて好んで食べているのだろうか。
ヒトには特異的に毒性が弱いらしく、アイアイ Daubentonia madagascariensis には毒性が強いらしい [Greene and McKenney (2018) The inside tract: The appendicular, cecal, and colonic microbiome of captive aye-ayes]
種差がかなり大きいようで毒性や対毒性の機構の研究は今ひとつ進んでいないよう。タカ類は抵抗性がある方のグループなのかも知れない。含まれる物質にはペルシン以外もあり、脊椎動物に対する植物の化学防御や種子散布の機構とも関係がありそうで面白そうだがよくまとまった論文が見当たらず調べきれていない。
Fitzsimons and Leighton (2021) Frugivory in Raptors: New Observations from Australia and a Global Review
によれば猛禽類による植物食はそれなりにあってイヌワシに近い種ではエボシクマタカでも野外報告がある。以下参考までにこの文献からリストしておく。なるべく系統を反映するように少し並べ直した (どれも二次情報や又聞きも多いようなので注意):
・コンドル (新世界ハゲワシ) 亜科または科:
トキイロコンドル Sarcoramphus papa King Vulture
クロコンドル Coragyps atratus Black Vulture
・ヒゲワシ亜科 Gypaetinae:
チュウヒダカ Polyboroides typus African Harrier-Hawk: 存在する時はヤシの実を食べるが分布は一致しておらず依存しているわけでもない。アイボリーコーストでは 86% の食物がヤシの実だった記録あり。
マダガスカルチュウヒダカ Polyboroides radiatus Madagascar Harrier-Hawk
ヤシハゲワシ Gypohierax angolensis Palm-nut Vulture: 成鳥の 58-65% の食物、若鳥の最大 92% の食物が植物との記録あり。アイボリーコーストで 50% 以上の数字もある。
エジプトハゲワシ Neophron percnopterus Egyptian Vulture: 腐った果物や野菜との記載あり。
・ハチクマ亜科 Perninae
ハイガシラトビ Leptodon cayanensis Grey-headed Kite: この論文にはないが見つけてしまったので追記。Gaviao-gato (Leptodon cayanensis) se alimentando
カンムリカッコウハヤブサ Aviceda subcristata Pacific Baza: ニューギニアでは比較的普通に枝にぶらさがって果実を食べる。
クロカッコウハヤブサ Aviceda leuphotes Black Baza: ヤシの実1例あり。
ヨーロッパハチクマ Pernis apivorus European Honey Buzzard: まれに果実や冬にヤシの実。
ハチクマ Pernis ptilorhynchus Crested Honey Buzzard: ここでは誰かが見た話を聞いたレベルの話で、ヨーロッパハチクマと混同があるかもとのこと。
ツバメトビ Elanoides forficatus Swallow-tailed Kite: 熱帯では果実も食べるがアメリカ合衆国では報告がない。主に樹冠部、まれに地上のものを食べる。
・ハゲワシ亜科 Aegypiinae
ズキンハゲワシ Necrosyrtes monachus Hooded Vulture: 時々ヤシの実を食べる。
・イヌワシ亜科 Aquilinae
エボシクマタカ Lophaetus occipitalis Long-crested Eagle: まれに果実を食べる。
・ノスリ亜科 Buteoninae
トビ Milvus migrans Black Kite: 西アフリカでヤシの実、オーストラリアでアボカド。
フエフキトビ Haliastur sphenurus Whistling Kite: オーストラリアでアボカド。
ムシクイトビ Ictinia plumbea Plumbeous Kite: 果実
オオクロノスリ Buteogallus urubitinga Great Black Hawk: 果実
ヨーロッパノスリ Buteo buteo Common Buzzard: リンゴを食べた例、果実
・ワライハヤブサ亜科またはモリハヤブサ亜科 Herpetotherinae
ヨコジマモリハヤブサ Micrastur ruficollis Barred Forest-Falcon: 果実の例あり。
・カラカラ亜科 Caracarina
カラカラ (広義) Caracara plancus Crested Caracara: ココナッツやヤシの実などの事例あり。
アカノドカラカラ Ibycter americanus Red-throated Caracara: 果実をよく食べる。ナット類、ヤシの実の種。
キノドカラカラ Daptrius ater Black Caracara: ヤシの実。
キバラカラカラ Milvago chimachima Yellow-headed Caracara: ヤシの実など。
チマンゴカラカラ Milvago chimango Chimango Caracara: 腐ったリンゴなど。ペリットに植物成分が大量にあったとのこと。
マダラコシジロカラカラ Phalcoboenus carunculatus Carunculated Caracara: 穀類や植物の報告あり。
・ハヤブサ亜科 Falconini
ハイイロチョウゲンボウ Falco ardosiaceus Grey Kestrel: 時にヤシの実。
コウモリハヤブサ Falco rufigularis Bat Falcon: 未確認報告で小さな果実。
ニュージーランドハヤブサ Falco novaeseelandiae New Zealand Falcon: 果実事例1例あり。
このように見ると系統的にはかなり傾向があって、ヒゲワシ亜科は大部分が植物食の記録がある (ヒゲワシのみ記録がない)。ハチクマ亜科も比較的多いがあまりしっかりした記録がない。
特にハゲワシ類でも Gyps 属は意外にも記録がない。スカベンジャーと言ってもむしろワシ的なのだろう (味覚に関係するかも知れない。#メジロの備考の [鳥類の味覚] も参照)。
ハイタカグループ (気軽に亜科と呼べない) はこれまでのところ出てこない。イヌワシが食べるかどうかはこの文献で調査された範囲ではあまり手がかりがなかった。ハヤブサ目では地上性でスカベンジャー的なカラカラ亜科がやはりよく食べている。ハヤブサ亜科では系統が比較的まとまっているのが興味深い。
このリストを見ると猛禽類の植物食のトップはよく知られるようにヤシハゲワシで次点がチュウヒダカだろうか。チュウヒダカは食物の分布とは一致しないのでヤシハゲワシのように主に食べるというわけではないらしい。
エボシクマタカについては週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 115 p. 13 にも言及があり、植物質のもの、特にイチジクも食べるようであると記されていた。
#オジロワシ備考 [オジロワシは美味?] ではオジロワシが飼育下でホウレンソウも喜んで食べたとのこと。
通常は肉食と考えられてあまり注目されないが、猛禽類に種子散布者の役割もあるとのこと: Silva (2022) Frugivory and primary seed dispersal of Elaeis guineensis by birds of prey
ブラジルでアブラヤシの主な種子散布者であるとのこと。カラカラ類、ヒメコンドル Cathartes aura Turkey Vulture、オオハシノスリ Rupornis magnirostris Roadside Hawk の採食中の写真が出ている。
アブラヤシはメガファウナ (#カンムリワシの備考 [メガファウナの絶滅] 参照) に対応したもので、現在の果実食の動物には見合ったサイズのものがないとのこと。猛禽類は壊して食べられるのでその役割を果たしている。
Dracxler and Kissling (2021) The mutualism-antagonism continuum in Neotropical palm-frugivore interactions: from interaction outcomes to ecosystem dynamics や
Stevenson et al. (2022) Oilbirds disperse large seeds at longer distance than extinct megafauna によればこの見方は少し古いかも知れない。
肉食動物に関連してここで紹介しておく。アビシニアジャッカル Canis simensis Ethiopian Wolf が花 (Ethiopian red hot poker Kniphofia foliosa シャグマユリ属) の蜜を食べて受粉も行っている可能性があることが明らかになった:
Lai et al. (2024) Canids as pollinators? Nectar foraging by Ethiopian wolves may contribute to the pollination of Kniphofia foliosa。
哺乳類の方が甘み知覚は保存されてそうだが、肉食動物が甘い物好きになるのは案外簡単なのかも (#ハチクマ参照)。
意外な動物が種子散布者であったり受粉に関与していたりする。
猛禽類が通常は植物由来で必須のビタミン E をどこから得ているのかあまりよくわからなかったが、多分獲物、草食動物の腸などに含まれるものなので限られた資源だろう。Barton et al. (2002)
Vitamins E and A, Carotenoids, and Fatty Acids of the Raptor Egg Yolk の
文献にもウズラを丸ごと与えていたハヤブサで野生個体に比べてビタミン E 血中濃度が非常に低く、人工的に添加する必要が述べられている。
Schink et al. (2008) Alpha-Tocopherol in Captive Falcons: Reference Values and Dietary Impact
ではワキスジハヤブサ (雑種) に商用のシチメンチョウの胸肉ばかり与えているとビタミン E 濃度が大きく下がるとのこと。
Avian Nutrition によれば飼育ミサゴに多価不飽和脂肪酸の多いツナ (マグロ族) ばかり与えているとすぐにビタミン E 欠乏になるともある。
猛禽類が時々植物食をする一つの理由なのかも知れない (上記および #ハチクマの備考 [ハチクマ亜科の他種] のカンムリカッコウハヤブサの事例など)。
ちなみにビタミン C は多くの鳥が合成できるので植物食をする理由にはならないだろうし、ヒトの場合でもビタミン C の "エビデンス" は古い話で腸内細菌も合成するので普通の生活で不足することはないのではとも言われる。
霊長類では尿酸をアラントインまで酸化せずに抗酸化物質として用いることでビタミン C の合成能力を必要としなくなった (直鼻猿亜目) との解説が wikipedia 日本語版にある。この出典は Similar Functions of Uric Acid and Ascorbate in Man (Proctor 1970) と古いので要検証かも。
かなり昔の話になるがポーリング (Linus Carl Pauling) が大量のビタミン C や他の栄養素を摂取する健康法を提唱した ("エビデンス" をあまり要求しない時代の話で、当時の根拠はイヌはそのぐらいの量を体内で合成しているのでヒトでもそれぐらい必要だろうなどであった) ことがあった。ノーベル賞学者の言うことは何でも正しいわけではないよい事例となった (wikipedia など参照)。
糖質制限と大量のビタミン C 点滴がガン細胞に与える影響を聞かれた方もあるだろうが、これはまた別の性質 (ビタミン C の細胞毒性) を利用したものなので少し意味が異なる。興味深いメカニズムがかかわっているがこれ以上は触れないので興味ある方は調べていただきたい。
ビタミン C を食物から十分摂取できる場合はビタミン C 合成能力を失う系統があることにはビタミン C の両側面の役割もかかわっているのだろう (以下の文献などにもある)。
鳥類でも多系統で合成能力を失ったり再獲得もしている [Drouin et al. (2011) The Genetics of Vitamin C Loss in Vertebrates 系統樹は Sibley and Ahlquist ベースで現代のものと相当違うので注意]。
ビタミン C を体内で合成する場合には反応副産物もあるため、食物中の存在量によってどちらの方向の進化もあり得るらしい。猛禽類での研究はあまり見当たらず、おそらく体内で合成能力を持つ模様だが種差も考えられるので実際には遺伝子を調べてみないとわからないだろう。
Gradinaru and Popa (2025) Vitamin C: From Self-Sufficiency to Dietary Dependence in the Framework of Its Biological Functions and Medical Implications
にもう少し進化史も出ており失う理由の仮説もいくつか紹介されている。ビタミン C の合成能力は脊椎動物が水から陸に上がる際に酸素の肺への毒性を克服するために獲得したと考えられるとのこと。系統の古い鳥では失われていない。
失う方の仮説は (i) 生合成が比較的高コストであること (ii) 食物から得られる (iii) 遺伝的浮動 で昔とあまり変わっていないが、(iv) ビタミン C の合成遺伝子に他の機能があって保持することで不利になる場合がある、が仮想的に挙げられている (脊椎動物ではまだ実証されていないとのこと)。
イヌでは突然変異で合成能力を失っているが (出典によって書いてあることが違う?)、祖先のオオカミも完全な肉食ではなく果実も食べる。肉にはあまりビタミン C が含まれないが獲物の臓器、特に肝臓にある程度含まれているなどの情報が出ている。
イヌで合成能力を失ったことで多様な環境に適応できることにつながったとの議論もあるとのこと。
ビタミン E の話に戻ると猛禽類の植物食に多く現れるナッツや他の実、アブラヤシの実もビタミン E が非常に豊富なことはヒトの食べ物としてもよく知られている。単なる脂質の代替物以上の栄養的意味があって、ヤシの実をそこそこ食べる猛禽類は実はものすごく健康的な食事をしているのかも知れない。
ハチの子はどうかと見てみると鉄や亜鉛は高いもののビタミン E, A は少ない (「日本食品標準成分表」に載っている数字だがおそらくハチの種類にもよるだろう)。
これを見るとハチクマはハチの子だけではおそらく栄養が偏り、何か別に食べる必要がありそうに見える。カルシウムのために脊椎動物を食べるのはこの意味から理解できるが、ビタミン E などはどこから得ているだろうか。ハチの子がまだ多くない時期は植物食の脊椎動物? 観察事例は少ないが植物食は一つの候補のように思える。
他種の鳥の卵もよい資源になるだろう。石で卵を割る猛禽類など卵を食べる鳥は多いが、これもそれだけ栄養学的価値が高いのかも知れない。
さまざまな食性の鳥がビタミン E をどのようなタイミングで必要で、どのように得ているかを調べることも (特に生殖にかかわるトレードオフや免疫とも関係して) 十分面白い研究になるのではないかと思う。
クロコンドルについては #クロハゲワシの備考で硬いクルミを車にひかせて中身を食べるという Bildstein 自身の観察も紹介したが、家畜の糞も食べるという。これも草食動物の食事から必要な栄養を得る意味があるかも知れない。
ミサゴがカナリー島で海藻を集めて食べたという [Bildstein (2017) "Raptors" p. 159]。
フォークランドカラカラは草なども食べ、ペリットにはそれらの不消化物が多く含まれるとのこと (同書 pp. 161-162)。この本では草食も行ってペリットを出す際に消化管を掃除する役割が挙げられているが、栄養面の役割もあるかも知れない。ロシアの (ヨーロッパ) ハチクマ飼育の典型的な食事にニンジンなども含まれているがこれは栄養面なども考慮したものかも知れない。
#チョウゲンボウの備考 [アメリカチョウゲンボウの交尾] の考察中に気づいたもので、ここにまとめなおした。
さらに血糖、アルブミンの糖化、抗酸化物質濃度の研究があることを知り、#ハクトウワシ備考に含めておいた。チョウゲンボウなどハヤブサ目は調べられていないが、タカ類、フクロウ類では血糖値が特に高いわけでもないのにアルブミンの糖化度が高いとのこと。
肉食ではカロテノイドやビタミン E が不十分な可能性も少し触れられていたがまだ情報不足であまりわかっていないよう。
Negro et al. (2002) Coprophagy: an unusual source of essential carotenoids の報告があり、エジプトハゲワシの黄色い顔の着色に用いられるカロテノイドは有蹄類の糞を食べることで得ているとのこと。間接的な植物食とも言える。少なくともこの時点では初報告とのこと。
肉食ではカロテノイドが不足しがちで、羽毛着色に使うよりもっと大事な部分に重点的に使うのだろうか。
[ブルガリアでの再導入]
ブルガリアでは一度絶滅したクロハゲワシの再導入が行われ、給餌ステーションが設けられてソフトな野生放鳥が行われている。放鳥されたクロハゲワシに装着された GPS に状態を知らせる機能があり、緊急信号を受けて捜索隊が撃たれた鳥を発見して収容し、ICU で獣医師ができる限りの救命措置を施したが数日後に息絶えたとのこと (記事)。
ブルガリアのハゲワシの増殖プロジェクトの母体は Green Balkans で 1988 年創設、野生動物救護センターは 1992 年に設置された。
ブルガリアの 鳥類保護団体 Bulgarian Society for the Protection of Birds とも連携しており、この団体は SmartBirds というデータベースサイトを運用して驚くほどのデータが集まっている。
近年は5年刻みぐらいの詳しい繁殖分布メッシュ (10 km) 情報が出されている。鳥類 (特に猛禽類) の保護や個体数回復に向けた取り組み方法として参考になる部分が多いと思われる。
Petrov and Dicheva (2024) Successful captive breeding of vultures due to the double clutching method 自然条件では1卵しか産卵しないが、取り去ることで人工飼育下で1シーズン2回の産卵がこれまで3例記録された。
[ハゲワシ類の集団死とジクロフェナク]
1990 年代初頭からインドでハゲワシ類の謎の集団死が発生するようになり、全個体数が 99% 減少するなど絶滅の危機に瀕した。
伝染病、農薬中毒なども疑われたが原因がなかなかわからず、2004 年になって家畜に使われる鎮痛剤ジクロフェナク (diclofenac, 人の医薬品としても使われ商品名ボルタレン。人の医薬品が大量製造され家畜用に転用された) がハゲワシ類に強い毒性を持つことが明らかになった (*1)。
インドで家畜用に使われるようになったのは 1990 年代からで時期もちょうど符合する。
この医薬品 (非ステロイド性抗炎症薬 NSAIDs の1種) はシクロオキシゲナーゼを阻害し、プロスタグランジン合成を抑制する作用機序を持っている。ハゲワシ類はこの感度が特に高く、
腎臓のシクロオキシゲナーゼが阻害されることで腎不全を起こしたとされている。
鳥類は窒素を尿酸として排出するため、尿酸が臓器に蓄積する内蔵痛風を引き起こしたものである。
2005年3月、インド政府はジクロフェナクを段階的に排除することを発表した。
ハゲワシの数が減少したことで野犬が増え、野犬を通じて狂犬病が広まる生態系のカスケード効果も起きた。(wikipedia 日本語版/英語版の情報に追記。英語版では Indian vulture crisis という別項目がある)
最新の調査でハゲワシの採餌による死亡数が致死性薬物の使用禁止以後3分の1減ったことが判明 (BirdLife の日本語記事 2014)。
この集団死で最も影響を受けたのは Gyps 属であったが、ジクロフェナクは現在でも利用されている地域もあり、
アジアのハゲワシを絶滅から救うための戦いに大きな進展 (BirdLife の日本語記事 2015)、
最新研究で確認: スペインでのハゲワシ減少の主因は獣医薬の可能性大 (BirdLife の日本語記事 2016)。
再導入されたクロハゲワシがヨーロッパで犠牲になった報告がごく最近あった。Diclofenac claims first official victim in Europe: the Cinereous Vulture (BirdLife 2021)、
Herrero-Villar et al. (2021) First diclofenac intoxication in a wild avian scavenger in Europe。
これらを見るとクロハゲワシにも毒性が高いようである。
インドでハゲワシ類の集団死後に保護対策は進められているが、個体数は現在でも低く、インドにのみ生息する種類は IUCN CR 種となっている。
ベンガルハゲワシ、捕獲数増加の必要性 (ナショナルジオグラフィックの日本語記事 2008)、
アジアの絶滅危惧IA類ハゲワシに初めての回復の兆し (BirdLife の日本語記事 2012)、
ネパールで人工飼育されていた絶滅危惧IA類のハゲワシが放鳥へ (BirdLife の日本語記事 2018)。
現在でもまだ進行中の問題である。
Thom van Dooren "Vulture" (2011) は本が書かれた時期のためかも知れないが、たとえ人工増殖などの保護活動が進んでも時すでに遅く、例え数十年後に個体数が回復しても家畜の死体の処理方法は大きく変わっているだろう。
かつてのようなハゲワシの大群が見られることや、ハゲワシがインドの生態系に占めていた役割や文化を取り戻すことが二度とないことは確実だろうと述べている (かつての北米の DDT の悲劇なども念頭にあるのだろう。たった一つの過ちが生態系に取り返しのつかない影響を与え得る警鐘と考えてよいだろう)。
備考:
*1: 例えば Hassan et al. (2018) Could the environmental toxicity of diclofenac in vultures been predictable if preclinical testing methodology were applied?
ではでは血中半減期も長く、ウズラに比べて 4000 倍も毒性が強いとのこと。ハトではさらに耐性が高く、カラスやヒメコンドルも影響を受けないとのこと。
Gyps 属がこれほど敏感なのは種特異的な代謝によるものと考えられるとのこと。数種の実験動物に使われる鳥類で事前に試験を行っていても予見できなかったと考えられる。
Locke et al. (2022) Effect of cytochrome P450 inhibition on toxicity of diclofenac in chickens: Unravelling toxicity in Gyps vultures
によって P450 (代謝、特に薬物解毒で有名) が関連している可能性が高いことが示唆されていた。
Gyps 属ではおそらく何かの酵素が欠損しているのではと考えて探されたのだろうが、全ゲノム転写の解析で
Adawaren et al. (2024) A premature stop codon in the CYP2C19 gene may explain the unexpected sensitivity of vultures to diclofenac toxicity
CYP2C19 に生じた1塩基変異による終止コドン (stop codon) が種特異性にかかわっている可能性が高いことを示した。この変異を持つ酵素はジクロフェナクの代謝能力が低い。Gyps 属8種にこの変異が保たれているとのこと。
CYP2C19 は P450 の酵素の一つでヒトでの機能はよく調べられている。
グレープフルーツジュースと一緒に飲んではいけないと言われる薬も P450 のうち CYP3A4 が関係するなど、この場合とほぼ同じようなメカニズムが起きていたと考えてよい。
[高病原性鳥インフルエンザ感染を生き延びたシロエリハゲワシ]
(#インドガン備考の [野鳥と鳥インフルエンザ] と部分重複掲載)。
2022 年のヨーロッパでの発生時のフランスのシロエリハゲワシの GPS 追跡の結果、成鳥の多くは感染しても生き延びたがひなの大部分は死んだ。罹患中は巣で平均 5.6 日間動かなかったとのこと: Duriez et al. (2023) Highly pathogenic avian influenza affects vultures’ movements and breeding output。
成鳥のうち2羽は過去の感染を示す抗体があったとのこと。
繁殖期中に起きた流行であったため巣を養生場所に用いることができたのだろう。渡り鳥で越冬地の場合は適切な場所がないかも。成鳥は病原性のあまり高くない鳥インフルエンザに過去に暴露経験があってある程度の交差免疫が働いていたのかも知れない。
病原性は異なると思われるが治癒期間なども我々の場合と大変よく似ている。
この研究は感染した鳥が移動することで他の鳥に病気を広げるかを調べる研究目的となっているが、病気の時に巣に籠もるのはヒトの場合同様に適応的な行動なのだろう。他の鳥ではどうなのだろうか。ハゲワシの行動は "賢い" のだろうか。
このような詳しい研究が可能なのは、シロエリハゲワシはフランスに再導入されて生態がよく調べられているため。wikipedia フランス語版に詳しい解説がある。かつては迫害されていた種類のため啓発活動も重要であったが、偽情報も拡散しており問題となっている。
我々には想像しにくいが、この研究は再導入されたシロエリハゲワシの増加が病気を広げていないことを検証する社会的任務もあったと考えられる。
[ハゲワシ類の名称や迫害、改名]
ハゲタカという名称は俗名で (wikipedia 日本語版で vulture に対応する項目となっているがあまり適切でないように思う)、死骸を漁る彼らの食餌習性から転じて、窮地に陥った者を食い物にする強欲な人物・組織を「ハゲタカ (vulture)」と表現することがあると wikipedia 日本語版にある。
ハゲタカファンドは英語でも vulture fund と呼ばれるが、ハゲタカジャーナル (学術界ではよく知られる用語で、ご存じでなければ検索してみていただきたい) は英語では predatory journal である。
"vulture" に誤った負のイメージを与えることを避けるために最近はこの意味で "vulture" を使わなくなっているのではと想像している。
vulture journalism の用例はないわけではないので使っている人もあるということだろうが、日本のジャーナリズム用語の貧困さを感じてしまう。いくつかの言語をチェックしてみたがハゲタカジャーナルのような名称を使っているところは見当たらなかった。単純に英語語彙が貧困で predatory の単語に馴染みがないだけかも知れないが。
Thom van Dooren "Vulture" (2011) によればハゲワシ類は上記のような誤解から忌み嫌われずっと迫害の対象であった。ヨーロッパのヒゲワシは家畜を襲い、時には幼児を襲うとの誤認から迫害の対象となり、銃器が普及する以前の 19 世紀においても極めて残忍な方法で殺されていた。20 世紀初頭にはヨーロッパではヒゲワシは事実上一度絶滅し、ようやくアルプスの再導入個体が定着しつつある段階である。
絶滅原因の大部分は直接の迫害によるもの。そして現在でもまだ続いている。
著者はヒゲワシに付けられた名称 lammergeier (または lammergeyer) は最悪であると述べている。
これはドイツ語由来で原語では Laemmergeier レマーガイアー (ae は a ウムラウト)。
Lamm が子羊 (Laemmer が複数形) の意味で Geier がハゲワシ (辞書ではドイツ語で Geier が卑語として使われるとのことだが現在でもそうであろうか?)。子羊を襲うハゲワシと信じられて誤って名付けられたものが普及し、他のヨーロッパ言語や英語圏 (分布域の南アフリカ共和国も英語圏) にも波及してしまった。
ドイツ語では現在改名され Bartgeier (ヒゲハゲワシの意味) が通常の名称となっている。容貌がワシに似ているため Bartadler (ヒゲワシの意味) などの別名もある [wikipedia ドイツ語版より。Laemmergeier の名称は迷信に基づくためとの説明もある。Mebs and Schmidt (2005) "Die Greifvoegel Europas, Nordafrikas und Vorderasiens" にはドイツ語別名すら出てこない]。
英語でも同様の理由から現在は Bearded Vulture (和名と同じ意味) が通常の名称として使われている。British Birds に掲載された D. Andrew の意見と編集部のコメント (2008) Lammergeiers and lambs。決して古い話ではない。オランダ語では未だに改められていないと記している。
歴史を考えると「別名に lammergeier があり、発音が難しい」とか安易に説明するのは慎重になるべきであろう。
ロシア語でも lammergeier の訳に相当する yagnyatnik (子羊を食べるもの) の名称もあるが (辞書を見ると「大はげたか」と和訳してあったりして認識不足がよくわかる)、通常は borodach (あごひげを生やした人) の貫禄ある名前になっている。Dement'ev and Gladkov (1951) でも borodach が使われており、西洋語からの訳に相当する yagnyatnik は生態的に誤りであることが述べられている。
日本で1羽のみ飼育されているヒゲワシを動物園で見たが大変立派な鳥である。
ヒゲワシ学名の種小名 barbatus はひげのあるの意味。学名をそのまま訳せば何の問題もなかったはず。
著者 Thom van Dooren はヒゲワシの事例から得られる教訓として、鳥の名前は恐ろしいほどに意味を持つとしている (原文 there is an awful lot in a name: さしずめ「名は体を表す」、ちょっと凝って「名は口ほどに物を言う」と訳してみようか)。
アメリカでも以前よく知られた名前であった California Vulture は 20 世紀初頭に California Condor と改名されたとのこと。
もちろん vulture を別の名称に変えるだけでは問題解決にならないため、「vulture を正しく知る」運動がなされている。2010 年に International Vulture Awareness Day (世界ハゲワシ啓発の日) が設けられ、ハゲワシの誤ったイメージの払拭や生態系における重要性の一般の理解は次第に進みつつある。誤った意味で vulture が用いられなくなってきているのもこれらの活動の成果なのかも知れない。
日本では文部科学省自らがハゲタカジャーナルの名称を使っているぐらいなので (学術情報流通に係る懸念すべき事例への対応状況アンケートについて) 何をか言わんやであるが...。
ヒゲワシの場合はオランダが名指しされているが、あの素晴らしい albatross を指して「アホウ」と呼んでいる国があるのだそうだ、と話題になっているかも知れない。
アホウドリ--優雅に飛んで長生き...なぜ「阿呆」? (朝日新聞社 2015)
によれば "日本鳥学会は一昨年、日本鳥類目録改訂第7版を出しましたが、アホウドリの和名は変わりませんでした。(中略) 日本鳥類保護連盟元理事で目録編集委員会委員長の柳沢紀夫さん (73) は
「今回は変えたほうが良いという意見はなかった。変更するとなればさまざまな法律名などにも影響が及ぶ。10年をめどに次の改訂の努力をするが、改称について論文が発表されるなど提案があれば検討するかもしれない」"
とあった (論文至上主義?)。「10 年をめどに次の改訂の努力をする」と述べているのでヒゲワシに際して述べられた British Birds (2008) のような意見論文でもよいのではないだろうかと感じる。
日本鳥類目録第8版の編集について [西海功 (目録編集委員長) 日本鳥学会 鳥学通信 2022] を公式見解と考えてよいだろう。
差別語かどうかの判断よりも母国語に対する我々自身の感性の問題のように思えるがみなさんはいかがお考えだろうか。
[尿で体を冷やすコンドル]
同じくハゲタカの wikipedia 日本語版で「また自分の体を冷やす手段として自身に尿を掛ける」と紹介されているが、これはハゲワシ類全般の習性ではなく新世界ハゲワシ類 (コンドル科) の特徴。
この習性はコウノトリ目に似ているためにかつてワシタカ類をコウノトリ目に置く一つの要因となっていた。
Cabello-Vergel et al. (2021) Urohidrosis as an overlooked cooling mechanism in long-legged birds
によればこの行動 (urohidrosis) は開けた環境に住むコウノトリ類、新世界ハゲワシ類 (コンドル科)、カツオドリ類に見られるもので、多系統性を示す (系統が近い根拠にはならない)。
この行動のためには水分を常時とることができる必要があり、鳥類ではまれにしか見られないとのこと。
別項目 [病原性細菌への適応] の Lobello et al. (2025) のレビューによれば尿による抗菌機能も期待できるとのこと。
[旧世界ハゲワシ類の進化]
旧世界ハゲワシ (多系統) の化石と年代一覧は Li et al. (2016) A new Old World vulture from the late Miocene of China sheds light on Neogene shifts in the past diversity and distribution of the Gypaetinae
で見ることができる。
扱われているものは ヒゲワシ亜科 Gypaetinae (ハチクマ亜科の前でタカ科の古い系統にあたる。単系統とは限らない)、ハゲワシ亜科 Aegypiina で、ヒゲワシ亜科は北米に豊富な化石記録があるが現存種はない。南米では記録されていない。これまでユーラシアやアフリカの完全な化石はほとんどなかったが、中国北西部で Mioneophron longirostris が発見された。
ヒゲワシ亜科はユーラシア、北米で草原が広がり開けた環境の出現した 2400 万年前ぐらい程度の時期から広く分布し、1500-1700 万年前の Middle Miocene Climatic Optimum (特に温暖だった) の時期に哺乳類とともに種分化を遂げた。
北米では地質年代的にはごく最近 [11000 年前程度と見積もられている: Zhang et al. (2012) A Late Miocene Accipitrid (Aves: Accipitriformes) from Nebraska and Its Implications for the Divergence of Old World Vultures] 絶滅した。
ユーラシアには現在のヒゲワシ亜科の数系統が残っている。
現在の分布からはユーラシアやアフリカに主に分布していたように見えるが、北米の中緯度からやや高緯度地域で繁栄していたことは興味深い。熱帯森林地帯を超えて南米までは進出できなかったのだろう。
一方ハゲワシ亜科は C3 から C4 植物への遷移に伴いユーラシアからアフリカで分布を広げたと考えられ、ヒゲワシ亜科からハゲワシ亜科が中心となった。
従来はコンドル類との競争によって絶滅したとの見方もあったが環境要因の変化の方が納得できる気がする。
開けた環境に従って分布を広げたグループに南米から北米に分布を広げたハヤブサ類、ムクドリ類などが挙げられている (チュウヒ類でも提唱されている)。
こちらは新しく 700 万年前ぐらい以降だが地域によっては植生の遷移が遅れ、遅くまでヒゲワシ亜科系統が中心だったと見られる。旧世界の良質の化石が見つかったことでコンドル類との競争説は根拠が薄くなった。
なおオーストラリアにもかつてハゲワシ亜科の Cryptogyps が生息していた。
メガファウナ絶滅 (#カンムリワシの備考 [メガファウナの絶滅] 参照) によって資源を失ったことも旧世界ハゲワシ類の衰退に影響を与えたと考えられるとのこと。
人類の進出も近年の衰退に関与していたのかも知れない。
ヒゲワシ亜科の新しい化石の発見については Marco (2022) Two New Gypaetinae (Accipitridae, Aves) from the late Miocene of Spain も参照。
ヒゲワシ亜科は現世のタカ類の祖先系統にもあたるので、猛禽性の獲得経緯を考える上で注意を払っておいてよいだろう。
しかしオーストラリアでカタグロトビ類 (科?) とタカ科の間に位置するクマタカ類に似た森林性猛禽類が 2400-2600 万年前の化石種として見つかっている (#ハチクマ備考 [ハチクマ亜科の他種] 参照) いる。旧世界ハゲワシ類の適応放散よりも早い時期である。
旧世界ハゲワシ類のようなスカベンジャー的な性格の強い猛禽類からもっと強力な猛禽類が進化したとみるのはむしろ古典的な見方かも知れない。
旧世界ハゲワシ類は化石の残りやすいところに生息していたため目立つだけで、草原の広がる前の森林に覆われていた地域では森林性猛禽類がそれなりの進化を遂げていたのかも知れない。これほど最近に見つかるぐらいなので化石も見つけにくいのだろう。
よく言われるハゲワシ類が肉食の原点かどうかはそれほど明瞭でない感じがする。
なお現在の新世界ハゲワシと呼ばれるコンドル類 (科) はさらに古い系統だが南北アメリカで化石が出土するのは新第三紀 (2300 万年前より) 以降で、新世界の現世種の分岐年代も 1700 万年程度。
分子系統的にはタカ科と分かれたのは 6000 万年前ぐらいと推定され、現在のタカ科の祖先とは関係が薄い (フクロウ類よりは直接の関係がはっきりしている程度)。
フランスなどでこの系統と考えられる化石が知られていて (Diatropornis "European vulture" フランス; Cathartidae gen. et sp. モンゴル) 起源は旧世界と考えられているが、新大陸に至るまで途中をどのように過ごしたのかはタカ科の出現同様によくわかっていない。
[病原性細菌への適応]
新世界ハゲワシ類のコンドルの腸内細菌とそれに対する宿主の適応を調べた研究: Martinez-Hernandez et al. (2023)
First metagenomic analysis of the Andean condor (Vultur gryphus) gut microbiome reveals microbial diversity and wide resistome
普通の動物にとって病原性を示す細菌に抵抗性があることは確かなよう。どのように対応しているかはまだ明らかでないがいくつかの候補遺伝子が発現していて、広域の細菌に抵抗力を示す cationic antimicrobial peptides (CAMPs) が関わっている可能性が指摘されている。
Chung et al. (2015) The first whole genome and transcriptome of the cinereous vulture reveals adaptation in the gastric and immune defense systems and possible convergent evolution between the Old and New World vultures
クロハゲワシのゲノム解析で旧世界/新世界ハゲワシ類に特有の胃や免疫に関係する遺伝子候補を探したもの。
Zhou et al. (2019) Genome-wide analysis reveals the genomic features of the turkey vulture (Cathartes aura) as a scavenger
ヒメコンドルの比較ゲノム解析で特有の変異があり、非特異免疫に関わる β-defensin 遺伝子にも変異があるとのこと。
Lobello et al. (2025) The Role of Vulture (Accipitriformes) Cutaneous Microbiota in Infectious Disease Protection
ハゲワシ類の皮膚細菌叢が有害細菌を抑制したり免疫を制御するなどの働きをすることが期待されるが、これまでの研究のレビュー。前半にはハゲワシ類の生態全般のレビューも含まれていて参考になる。体温調節機能などの生理も含まれている。日光浴の役割や羽毛を損傷する細菌への対応など視点は多彩。
ハゲワシ類の生態的分類では rippers が最も捕食性が強く、採食の際も足で掴むことができて生きた獲物もしばしば捕る。翼の構造にも特徴があり逃げる獲物を追うことができる。特にカオジロハゲワシとミミヒダハゲワシの捕食性が高い。gulpers も生きた獲物を多少捕ることができるが scrappers の捕食能力はニワトリに似ているとのこと。gulpers は形態的特殊化を遂げて新しいニッチを開拓したものだろう。
現代の分子系統樹ではカオジロハゲワシとミミヒダハゲワシはハゲワシ亜科 Aegypiinae の祖先系統に近い位置なので、ハゲワシ亜科は捕食性が強い猛禽類から進化したらしいことが想像できる (これは論文には書いていない)。クロハゲワシはもう少し後の系統でここまでがハゲワシ亜科の中で1つの系統を作る。
ハゲワシ亜科に入らない旧世界ハゲワシもあり、ヒゲワシ亜科 Gypaetinae のエジプトハゲワシなど。エジプトハゲワシは scrapper に属する。
頭の皮膚細菌叢の方が腸内細菌叢より多様性が高く、有害なペスト菌 Yersinia pestis の定着を抑制する Hylemonella gracilis が顔に存在することが知られている。抗菌などの作用を持つ細菌もいくつも同定されていて詳細は論文の表参照。ただし研究が進んでいるのは新世界ハゲワシ類が多く系統の異なる旧世界ハゲワシ類とは多少違いがあるかも知れない。
ハゲワシの肉は食用に適さないのではと思ったが、アフリカでは薬効が信じられるなど肉が食用に流通して保全上の問題となっているとのこと (ズキンハゲワシの wikipedia 英語版より)。ズキンハゲワシは代表的な gulpers である Gyps 属の祖先系統にあたるので、ハゲワシ類ともっと捕食性が強い系統の中間はどのような形態や習性から進化したのか気になって探してみた結果。
ズキンハゲワシは残り物を食べるタイプなので、Gyps 属の直接の祖先系統にあたる捕食性が強い系統はおそらく現存していないのだろう。
[首の羽毛を失う理由]
ハゲワシ類、ハゲコウ類、ダチョウなど首に羽毛を持たない鳥はいくつかの系統でみられ、それぞれ独立に獲得したものと考えられている。生態的適応理由はわかりやすいが、なぜそのようなことが可能なのか。
Mou et al. (2011) Cryptic Patterning of Avian Skin Confers a Developmental Facility for Loss of Neck Feathering
首の羽毛と胴体の羽毛は発生上異なる点があり、簡単な制御機構の変化で首の羽毛を失うことができる (ニワトリなどに首に羽毛のない品種がある)。首の裸区 (apterylae) は体温調節に役立っているとのことで、首の羽毛をわずかな遺伝的変異で変化させやすいことは役に立っているのかも。
Ward et al. (2008) Why do vultures have bald heads? The role of postural adjustment and bare skin areas in thermoregulation
シロエリハゲワシで熱収支を調べたもの。姿勢を変えるだけで外気に晒される区域を 32% から 7% に変えることができ、寒冷下では 52% の放熱を抑えることができるとのこと。首が放熱器官になっていることを改めて認識。我々も同じようなものだが。
#ハチクマ備考の [フィリピンのハチクマの不思議] の (仮説 9) でも放熱に関係する可能性を取り上げている。
Heller (2011) How Bird Necks Get Naked (解説記事)。
Gyps 属の祖先系統にあたるズキンハゲワシで頭と首の前面に羽毛がないが後部にはある (ズキン = hooded の名称の由来でクロハゲワシと共通点がある。種小名も同じで、もし同属にまとめられればズキンハゲワシの方が命名が新しいので変える必要が生じるが大きく違うのでおそらく心配ないだろう。ズキンハゲワシの命名者は Temminck, 1823 だった)。
どこに羽毛が生えているか Hooded Vulture (David Barnett 2024.4.13) の画像がわかりやすかった。Jollie (1976, 1977) p. 32 fig. 23 にちょうどこの種の羽域の図がある。一般的に見られる lateral cervical apterium (裸区) がより腹側に広がっている。
この種で側面が羽毛に覆われない理由はハゲワシ類同様に衛生・放熱などの役割もあるだろうが、紅潮した時に顔も首も赤色になるので信号伝達目的もありそう。首の前面がうろこに覆われたような写真になっているが、個体によってはしわになっていたり、いわゆる「うろこ」とは異なりそう。
上記図をみるともともとは羽区で (ただし個体の年齢など標本によって異なるかも知れない) 反復刺激や紫外線などで角化が進んでうろこ状に変形したものなのだろうか。性的成熟とも関係があるのかも知れない。
羽毛からうろこへの遷移過程が見られるかも知れないと少し気にしてみた。
参考画像 Hooded Vulture (Gopi Krishna 2024.1.24) 所々羽毛が見られる。
ひなではもっと広く羽毛に覆われているよう Hooded Vulture (Maciej Kotlarski 2024.2.11)。
ハゲワシ類でも相互羽繕いがあった: Hooded Vulture (Necrosyrtes monachus) pair mutual preening (Warren Photographic)。相互接触でつがいの絆を強めるのに裸区が役立っている可能性があるのか...知らない。
頭頸部と体部の羽毛の制御機構が異なる点については#カワラバト備考の [家禽ハト品種の形態に関連する遺伝子] を参照。冠羽の形成メカニズムに関係している。
家禽ハトに様々な品種があるが、体部の羽毛より別の部位の特徴が多く (飼育下で好まれた選択効果もあるかも知れないが) 体部の羽毛は少々の変異ではあまり変化しない頑強な遺伝子メカニズムがあるのかも知れない。これは体部の羽毛の起源が古いことを示している可能性があり、羽毛の進化は装飾のためよりは保温のため機能が先行したのではないかと感じる (このような議論は多分どこかの本や論文に書いてあるだろうが)。
#ライチョウ備考の [換羽・換毛の共通機構] も参照。同項目の [鳥類と爬虫類のうろこは別物] にも発生途中を阻害しても足の「うろこ」が羽毛になってしまうことを示す研究がある。
[ハゲワシ類のソーシャルディスタンス?]
D'Bastiani et al. (2024) Social interactions do not affect mycoplasma infection in griffon vultures
によればイスラエルのシロエリハゲワシの GPS トラッキングのデータを分析し、社会的な関係や集団内の地位とマイコプラズマ感染率の相関が見られなかったとのこと。この種の場合にはソーシャルディスタンス (? なお英語での social distance の用語は日本語で使われるものとは多少違う。social distancing が感染症予防を指すもの) と感染率はあまり関係なかった?
[異所性の翼を持った鳥の事例]
Osofsky et al. (1990) An ectopic wing in a wild black vulture (Coragyps atratus)
クロコンドルで異所性の翼を持った野生個体が保護され、切除が予定されていたが感染で死亡したとのこと。余分な翼は指2本もあって初列・次列の風切羽もあるなどほぼ完全な形態だったが運動機能はなかったとのこと。発生学的プログラムが一度始まれば翼の全構造は意外に簡単に作られるものらしいが、野生個体で生き延びていたのは珍しそう。
翼の進化メカニズムを考察する上で参考になるかも。
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カンムリワシ
- 学名:Spilornis cheela (スピロルニース ケエラ) 斑点のある鳥ケーラ
- 属名:spilornis (合) 斑点のある鳥 (spilo 斑点 ornis 鳥 Gk)
- 種小名:cheela (合) カンムリワシ (cheel トビ ヒンディー語)
- 英名:Crested Serpent Eagle
- 備考:
spilornis は -ornis の i が長母音。スピロルニースのアクセントと推定される。
cheela の発音は不明だが "ケエラ" または "ケエーラ" が考えられる。
日本の亜種名の perplexus は短母音のみで -plec- がアクセント位置 (ペルプレクスス)。英語の perplex も同じ位置にアクセントがある。
IOC などでは採用されていないが、種カンムリワシをどのように分割するか多少の議論がなされているようで、Avibase では perplexus を独立種とした概念も用いている。
Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World" では独立種扱い。
カンムリワシ類は最も複雑なグループの一つで、特に島の亜種のついてどこまでを種とするか扱いが著者により異なる。標準的な分類では日本や台湾から最も近いフィリピンは別種扱い。
Avibase で Spilornis cheela を引くとミナミカンムリワシの和名が出るのは日本のカンムリワシとは遺伝的に遠いことを反映したものなのだろう。
種記載時学名 Falco Cheela Latham, 1790 (原記載) 基産地 India; restricted to Lucknow by W. L. Sclater, 1919, Bull. Brit. Ornith. Club, 40, p. 38 (Avibase による)。Latham が Cheela Falcon の英名を用いていた。
cheela はヒンディー語でトビを指す Chil 由来だったが誤ってカンムリワシの名称となったとのこと (Blanford 1895, The Key to Scientific Names)。
かつて Haematornis Vigors, 1832 の属名が用いられたことがあった (haima, haimatos 血 ornis 鳥 Gk)。Falco Cheela からの属独立に際して Haematornis undulatus Vigors, 1832 の学名が与えられた (The Key to Scientific Names の Haematornis の項目) (#ノスリの備考参照)。undulatus は波模様のある、の意味。
Spilornis Gray, 1840 は Haematornis 属の当時3種記載されていた種に対して与えられたもの。Haematornis holospilus は全身に斑点があり、H. bacha は腹のみ斑点、H. undulatus は雨覆のみ斑点と記述した (The Key to Scientific Names)。
属名の "斑点のある鳥" の意味はこれが由来。
日本の亜種は記載時学名 Spilornis cheela perplexus Swann, 1922 (原記載) 基産地 'Triomate Yayeyama, S. Loo Choo Is.' = Yayeyama, Iriomote Island, Riukiu Islands。
これによれば Ogawa (1905) のリストに載っていて、Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Spilornis pallidus Walden 場所 Iriomote-shima と載っているものと同一とある。
Spilornis pallidus Walden, 1872 (参考) 基産地 Sarawak。
pallidus は現在も有効なカンムリワシの亜種となっている。
日本でも知られていたが海外の種と同一とみなして亜種記載が行われなかった模様。
[島の亜種としてのカンムリワシ]
熱帯アジアに広く分布し、非常に多く 21 (IOC) の亜種がある。かなりの亜種は島の固有亜種。小さな島で生物が島嶼化 (フォスターの法則 Foster's rule) によって巨大化するかあるいは矮小化する考えがあるが、カンムリワシにおいては矮小化 (insular dwarfism) が顕著に見られる。
例えば小さな島である琉球の亜種 perplexus (perplexus 曖昧な) は典型的な insular dwarfism を示して小型であるが (ワシと名が付くのにタカとあまり違わない)、台湾の亜種 hoya (hoya 台湾での地方名) は大きく、中国語で大冠鷲と呼ばれる。日本で使われる亜種名でもオオカンムリワシ。
種全体では eagle と呼ばれても不思議でない。
最大亜種はインドの基亜種で cheela で 1.8 kg に達するという。最小亜種はアンダマン諸島の davisoni で最小 420 g という (数字は Raptor Research & Conservation Network (2018) "A Field Guide to the Raptors of Asia")
[island syndrome について Michal et al. (2023) The island syndrome in birds の新しいレビューがある]。
大陸のカンムリワシと他の猛禽類の種間関係については#ハチクマの備考も参照。
[分類と系統]
日本の猛禽類の中では比較的孤立した系統であり、ユーラシアに広く分布するヘビワシ類 (snake eagles / serpent eagles) の系統に含まれる。ヨーロッパに分布するチュウヒワシ Circaetus gallicus (#ハチクマの備考にも少し登場) もこの系統。
Catanach et al. (2024) の分子系統分類に従って記述すると、
大きく分けた場合はヘビワシ亜科 Circaetinae + ハゲワシ亜科 Aegypiinae が一つの系統をなし、イヌワシ亜科 Aquilinae、オウギワシ亜科 Harpiinae から始まる系統がそれに続くことになる。
イヌワシ亜科とオウギワシ亜科のどちらが先かは微妙な違いで順序は変わるかも知れない。
以下これまでと同様に並べると
チュウヒワシ亜科 Circaetinae
カンムリワシ属 Spilornis
スラウェシチュウヒワシ* [高野 (1973) ではセレベスヘビワシ] Spilornis rufipectus Sulawesi Serpent Eagle
フィリピンカンムリワシ* [高野 (1973) ではフィリピンヘビワシ] Spilornis holospilus Philippine Serpent Eagle
カンムリワシ Spilornis cheela Spilornis cheela
以下3種はまだ遺伝学的データなし。上記のどの位置かはわからない。IOC 順に並べておく。
ニコバルカンムリワシ [高野 (1973) ではニコバルヘビワシ] Spilornis klossi Great Nicobar Serpent Eagle
キナバルカンムリワシ Spilornis kinabaluensis Mountain Serpent Eagle
アンダマンカンムリワシ [高野 (1973) ではアンダマンヘビワシ] Spilornis elgini Andaman Serpent Eagle
フィリピンワシ属 Pithecophaga
フィリピンワシ (旧名サルクイワシ) Pithecophaga jefferyi Philippine Eagle
ダルマワシ属 Terathopius
ダルマワシ Terathopius ecaudatus Bateleur
チュウヒワシ属 Circaetus
ミナミオビチュウヒワシ* Circaetus fasciolatus Southern Banded Snake Eagle
オビチュウヒワシ Circaetus cinerascens Western Banded Snake Eagle
オナガヘビワシ* Circaetus spectabilis Congo Serpent Eagle
ムナグロチュウヒワシ Circaetus pectoralis Black-chested Snake Eagle
チャイロチュウヒワシ* Circaetus cinereus Brown Snake Eagle
チュウヒワシ Circaetus gallicus Short-toed Snake Eagle
以下1種はまだ遺伝学的データなし。上記のどの位置かはわからない。
ボードワンチュウヒワシ** Circaetus beaudouini Beaudouin's Snake Eagle
カンムリワシ属はこのグループの最初の分枝にあたり、他とは比較的離れている。
カンムリワシ自身に非常に多くの亜種があり、カンムリワシ属の他種も分布の狭い島の固有種的なもの。カンムリワシ属自身が分散性が低く、東南アジアの多くの島で独自の進化を遂げたものであろう。
カンムリワシの亜種からも同様の種が今後分離される可能性がありそうである。
分散性の低いグループが島で多くの種に分化している点は Nisaetus クマタカ属に似ている。
クマタカ属では2系統に分かれ、それぞれが複数種に分化しているがカンムリワシ属ではカンムリワシが大部分の地域に生息している点が異なる。カンムリワシ属の分岐年代は (調べられている種が少ないが) 比較的新しく (2000 万年前ぐらい)、地理的分布は広いが比較的新しく適応放散した模様でそれほど種分化を遂げていない。
分岐年代背景的にはコウモリダカ (別項目参照) に近い。同じような議論が当てはまる可能性があり、ハチクマ亜科あるいはカタグロトビ類の系統がカンムリワシ属初期の競争相手だったかも知れない。どれもヘビを食べるがカンムリワシ属系統では特化したものか。現在の食性は後発のクマタカ類との競争の結果も影響を与えているかも知れない。
Artuti et al. (2020) A phylogenetic analysis of Crested Serpent Eagle (Spilornis cheela) based on cytochrome-c oxydase subunit I (COI): a stepping stone towards genetic conservation of raptors in Indonesia
によれば東アジアと東南アジアの3地点のみだが遺伝的にはあまり大きな違いがない結果となっている。
たくさんの亜種が記載されているが分子系統研究が進めばさらに整理される可能性があるかも。
フィリピンワシとダルマワシは比較的孤立した系統で容貌もかなり異なり、分布もフィリピンとアフリカと大きく異なる。
チュウヒワシ属はヨーロッパからカザフスタンで夏鳥でアフリカで越冬、インドで留鳥のチュウヒワシが分布域の広い種で、他はアフリカで留鳥。系統がそれなりに遠くこれらの種の多くは同所的にも生息している。カンムリワシ属よりもより積極的にヘビを捕食しており最も典型的なヘビワシ類と呼んでよいだろう。
系統的にも進化の進んだグループと考えて差し支えない結果となっている。
属名の Circaetus はほとんど自明であろうが、Circus (チュウヒ) 属 + aetus (ワシ) を付けたもの。-ae- が長母音であることを考慮して "キルカーエトゥス" の読みでよいだろう ("エ" の方を伸ばしてもよい)。
和名のチュウヒワシはこの属名が由来と想像される。別名にハラジロワシがあるとのこと (コンサイス鳥名事典)。この和名はおそらく学名 Accipiter hypoleucus Pallas, 1811 (下面の白いタカ。基亜種は不詳だがアジア地域のロシア) 由来と想像される。
現在は基亜種シノニムとなっているが、Falco gallicus Gmelin, 1788 (基産地フランス) と同一と認定されて学名が変わる前に使われていたのだろう。
種小名に使われる gallicus はニワトリを意味する印象も受けるが、Gallia (フランスの古名ガリア。元素ガリウム Ga の名称由来。フランスはフランシウム Fr と2つの元素名を持っている) 由来とのこと (The Key to Scientific Names)。
Kessler (1851, 参考文献参照) によればチュウヒワシに Aquila brachydactyla Meyer (趾の短いワシ) の学名もあり、英名 (かつては Short-toed Eagle で Snake は後に追加された) はこれが起源と考えられる。ドイツ名も同じ意味の Der kurzzehige Adler が用いられていた。
Hartert (1910-1922) では p. 1188 でヨーロッパやアジア中北部に分布するチュウヒワシのみが対象で、南部に分布するカンムリワシ属は扱われていない。
チュウヒワシをミサゴの前に配置しており、図版からはふしょや足のうろこの類似性に注目してこの位置に置いたように見える。チュウヒワシのドイツ語名 Schlangenadler で "ヘビワシ" の意味。1種しか対象種がない場合はこの名前でよかったのだろう。英名も Snake-Eagle を別名に挙げていた。ヘビワシ類全体の系統を議論していれば面白かったのだろうが当時の資料では難しかったのだろう。
もっとも南方に分布するサシバ属は扱われているので種類が多いヘビワシ類全体を扱うのは回避したのかも。
#ハチクマの備考に登場するマダガスカルヘビワシ (ハチクマ亜科) はかつてはこれらのヘビワシ類の系統に属すると考えられていた。
高野 (1973) 時代以降にかなり改名が行われているが、snake eagles (Circaetus 属) と serpent eagles (Spilornis 属) にそれぞれ別系統の和名を与える目的と考えられる。提案和名が付けられた当時の分類を反映しているかも知れないが、現在の系統分類を見ると必ずしもすべてが一貫した名前になっていない。
Spilornis 属をカンムリワシに統一するならスラウェシチュウヒワシよりもスラウェシカンムリワシの名称の方がよいだろう。
ダルマワシは尾が非常に短い (相対比では猛禽類中最も短い) 独特の形態で有名。Terathopius < teras, teratos 驚き ops, opos 容貌、顔貌 (Gk)、ecaudatus < ex- ない -caudatus 尾が。英名はフランス語由来 (同名) で軽業師、大道芸人などの意味 (アクロバティックな空中ディスプレイやバランスを取りながら飛ぶ姿が棒を持ってロープを渡る軽業師に比喩された)。
例によって余談になるが軽業師から思いついて「道化師の朝の歌」(Alborada del gracioso スペイン語) というモーリス・ラヴェルの名曲があるので紹介しておく。この曲もクラシックにあまり縁のない方でも十分楽しめるだろう。この「道化師」は「笑わせてくれる人」を指しているようである。
この曲は「鏡」(Miroirs) という曲集の1曲で、他に「悲しげな鳥たち」(Oiseaux tristes) がある。このフランス語の題名はチフチャフの学名 (亜種) をご存じならばすぐ理解できるであろう。曲集の中ではそれほど際立った曲ではないのだが。第1曲の「蛾」(Noctuelles) も不安定で不規則な飛び方を描写しているようで面白い。
ダルマワシに戻ると足は短いが翼は独特の形で先端が長い。次列風切も 25 枚とのこと。
形態的には一見不器用に見えるが、さまざなまハンティング方法を用い、多種の猛禽類が生息して競争の激しいアフリカでさまざまな獲物を獲っているとのこと。ヘビワシに近い仲間だがヘビの割合はそれほど高くない。また毒のあるヘビも嫌わないとのこと。
主な採餌形態はハゲワシ類に近く、猛禽類としては特殊な翼の構造は食物探索の際にミズナギドリ類のような長時間の帆翔飛行を可能にするとのこと。時速 55-90 km で1日に 300-400 km も飛行するそうである (道路もないようなアフリカで行動を追跡することは研究者にも困難とのこと)。
ただし翼のアスペクト比は8とフルマカモメ類の 12 には及ばず、シロエリハゲワシの7と同程度である [Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology"]。
空中では方向転換などハヤブサや他のワシ同様に十分に器用で、そして戦闘機のアクロバット飛行にも似た一種不安定な飛翔をするが、尾が非常に短いため減速が難しく、地上への急降下的な捕食方法には向いていない。
比較的開けたところに巣を造るがこのような着地の際の飛行性能の制約によるものかも知れない。
獲物には霊長類やジャッカルも含まれる。猛禽類さえも捕食することも知られていて、クロワシミミズク Bubo lacteus 英名 Verreaux's Eagle-Owl の捕食例もある
(Bateleur kills a Giant Eagle Owl in Kruger National Park)。
野生では人には用心深く人による繁殖への影響も出やすいが飼育下では非常によく慣れるという。
以上 wikipedia 英語版や Richard T. Watson (in "The Eagle Watchers" 2010) などからの情報だが wikipedia 英語版に様々な興味深い生態が記録されており、他の鳥の行動の解釈にも有益な可能性もある。興味ある方は一読をおすすめする。
オナガヘビワシ (#イヌワシの備考で視力検査に出てくる) は Avibase 等では和名がヘビワシと出るが、高野 (1973) でオナガヘビワシの名前が与えられている。コンサイス鳥名辞典でも同じなので、Avibase 登録時の誤りかも知れない。山階鳥類研究所の標本データベースではヘビワシ属となっているのである時点で短縮されたのだろうか。
独立属 Dryotriorchis (< drus, druos 木 triorkhes タカ; triorchis についてはハチクマの備考参照 Gk) とされていた。尾が長いため最初はオオタカの仲間と考えられ (記載時学名 Astur spectabilis Schlegel, 1863)、その後異なることが判明してこの属名が与えられた。
日本で使われることのある ヘビワシ属 Dryotriorchis (wikipedia 日本語版 タカ科 2024.10.26 の記述による) はこの属そのものが Circaetus のシノニムとなり和名は消滅の見込み。この属のタイプ種がチュウヒワシであるとともにこれまでの同属の他種和名にはすべて "チュウヒワシ" が付いているために チュウヒワシ属 の和名は適切と考えられる。
種名についてはオナガヘビワシの和名は特徴をよく表しており、Dryotriorchis 属の記載もこの点は強調されている。
"ヘビワシ" の名称は "ヘビワシ類" (snake eagles) の概念と紛らわしく記述的な特徴を欠くのでオナガヘビワシの名称を残すのが望ましいだろう。一般的な英名を翻訳するならばコンゴヘビワシの可能性も考えられるが分布はもう少し広い。
鳴管構造はクマタカ属に似ているとのこと。分子遺伝学研究で一度はチュウヒワシ属に含まれるとされたが、2018 年の研究 (この著者グループの一つ前の研究) でオナガヘビワシを含むと Circaetus 属が単系統にならない (この研究ではオナガヘビワシがダルマワシより先に分岐する結果となった) ことがわかり、IOC は 2022 年に元の学名に戻した。
Catanach et al. (2024) では再び Circaetus 属に含まれる結果となり、属名を再度戻すことを提案している。この2種について新たな遺伝情報が追加されたわけではないが、Circaetus 属の他種の核遺伝情報を用いることで Circaetus 属の系統樹がよりしっかりしたものになった結果のようである。
IOC 15.1 (2025) でこの変更が反映される予定。
チュウヒワシ属中のミナミオビチュウヒワシとオビチュウヒワシは類縁関係が大きく、詳細な遺伝情報は後者のみだが、この2種がグループをなすことは確実。
世界で最も強いワシの一つとされるフィリピンワシもこの系統に含まれていることは注目に値する (なおフィリピンワシはかつては世界最強のワシであるオウギワシ Harpia harpyja に近縁と考えられたことがあったが系統解析の結果否定された)。
属名の Pithecophaga は pithekos サル phagos < phagein 食べる (Gk) と旧英名の Monkey-eating Eagle も旧和名も属名を表していた。jefferyi は Jeffery Ludlam Barton Whitehead 由来: 原記載。Jeffery Whitehead の標本記述が引用されている。
フィリピンは大陸からかなり離れていてイヌワシ系統の大型猛禽類が進出しなかったので比較的古い系統でも頂点捕食者となったのだろうか。
猛禽類では史上3番めに大きく、比較的近年絶滅したオーストラリアの巨大猛禽類 Dynatoaetus gaffae
[Mather et al. (2023a) A giant raptor (Aves: Accipitridae) from the Pleistocene of southern Australia];
解説記事] も類似系統 (ヘビワシ亜科 Circaetinae + ハゲワシ亜科 Aegypiinae; Dynatoaetus gaffae は後者の早い段階の分枝に相当する) に属することも注目に値する。
同属と考えられるオーストラリアの巨大猛禽類 Dynatoaetus pachyosteus の化石も最近新たに記述された。
Mather et al. (2023b) Pleistocene raptors from cave deposits of South Australia, with a description of a new species of Dynatoaetus (Accipitridae: Aves): morphology, systematics and palaeoecological implications
によれば
ヘビワシ亜科 Circaetinae + ハゲワシ亜科 Aegypiinae 系統だが、系統的にはハゲワシ亜科により近いとのこと。
発見がなぜこれほど遅くなったのかは、骨が見つかってもオナガイヌワシのものと考えられて検討されず見過ごされていたらしいとのこと。
オーストラリアの大陸の大きさを考えると現在の大型猛禽類1種 (オナガイヌワシ) は少なすぎ、また現在はハゲワシ類がいない。これらの大型猛禽類が共存していた時期は他の大陸と比べられる種類数の大型猛禽類がいたと考えられ、新しく見つかった種類はオナガイヌワシより強力であったと考えられる。
これら3種や当時存在したハゲワシ類 Cryptogyps lacertosus
はそれぞれの生態的地位を占めていたと考えられ、オナガイヌワシの生態的地位を現在より狭いものにしていたと思われる。
これらの化石ワシ類のかつての食物の推定に役立つと思われるオナガイヌワシの習性については #イヌワシ の備考 [オナガイヌワシと共同ハンティング] を参照。
自身よりずっと大きな獲物を捕食する猛禽類はないわけではないが少ない。カンムリクマタカは同程度の大きさの猛禽類よりしっかりした体のつくりで、自身の2倍の体重を持つと推定されるウシ科 Cephalophus harveyi ハーヴェイダイカー の幼獣を捕食したとのこと。
オーストラリアの過去の大型猛禽類もカンガルーを捕食する能力は十分あったと思われる。
ヘビワシ亜科 Circaetinae + ハゲワシ亜科 Aegypiinae もイヌワシ属を超える十分強力な猛禽類を生み出せる系統であったことがわかる。
これら大型猛禽類やハゲワシ類の絶滅後はオナガイヌワシ1種がこれらの種全ての生態的地位を占めることになったが、森林内を器用に飛ぶのに向いた翼ではなく、また真のスカベンジャーの役割は十分果たすことはできていないとのこと。
比較的近年に起きた大型猛禽類の絶滅の影響は生態学的にまだ十分緩和されていないかも知れない。
Bildstein (2017) "Raptors" (pp. 120-121) は他の大陸では普通に存在する崖に営巣する猛禽類がオーストラリアには非常に少ない特徴を取り上げている。オーストラリアの猛禽類研究家の Oslen はいくつかの仮説を挙げているがいずれもあまり説得力のないものとのこと。
あるいは過去に大型猛禽類が複数繁栄していたが突如絶滅した歴史的経緯が残っているのかも知れない。
Catanach et al. (2024) の系統順ではオウギワシ亜科 Harpiinae はイヌワシ亜科の後になるがわずかな違いであり、IOC ではイヌワシ亜科の前になっている (#ミサゴ備考の [染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化] の結果も参照。オウギワシよりイヌワシの方が染色体レベルの遺伝情報が原型に近い結果が得られている)。
イヌワシの項目の情報量が多いので、オウギワシ亜科 Harpiinae はこちらで紹介しておく。{ヘビワシ亜科 + ハゲワシ亜科}、イヌワシ亜科、ハイタカグループのいずれとも近い関係にはなく独立した系統である。いずれも日本と縁の少ない種類でオウギワシ以外は名称もあまり知られていないかも知れない。
以下 Catanach et al. (2024) に従ってこれまでと同様に並べると、
オウギワシ亜科 Harpiinae
パプアオウギワシ属 Harpyopsis
パプアオウギワシ [高野 (1973) ではニューギニアオウギワシ] Harpyopsis novaeguineae Papuan Eagle
コウモリダカ属 Macheiramphus
コウモリダカ Macheiramphus alcinus Bat Hawk
オウギワシ属 Harpia
オウギワシ* Harpia harpyja Harpy Eagle
ヒメオウギワシ属 Morphnus
ヒメオウギワシ* [高野 (1973) ではカンムリオウギワシ] Morphnus guianensis Crested Eagle
ヒメハイタカ属 Microspizias
ヒメハイタカ Microspizias superciliosus Tiny Hawk
ナンベイアカエリツミ* Microspizias collaris Semicollared Hawk
ハバシトビ属 Harpagus
ハバシトビ [高野 (1973) ではアカハラトビ] Harpagus bidentatus Double-toothed Kite
モモアカトビ* Harpagus diodon Rufous-thighed Kite
となる。いずれも系統的には離れているが、パプアオウギワシ、オウギワシ、ヒメオウギワシが共通の系統にまとまることは BF-I7 (β-フィブリノゲンのイントロンの一つ) に8塩基の欠損が共通して見られることから確かである [Lerner and Mindell (2005) #カタグロトビの備考参照]。
ヒメオウギワシがこの系統の最初の分枝であることは Catanach et al. (2024) の核遺伝情報も用いた解析から支持される。この属名の Morphnus は morphnos ワシ < morphnos ワシ (Gk)。morphnus をワシの意味で含む属名は他にも存在する。
Accipitridae (BirdForum 2025.3) によれば Morphnus と類似綴りの Morphinus Fleming, 1822 の属名があり、こちらのタイプ種が現在採用されているとのこと。Morphnus Dumont, 1816 が最初の属記載で、タイプ種は Morphinus の綴りが用いられた以降に決められたとのこと。
最初に用いられた Morphnus は当時の学名で Morphnus dubius = 現在のエボシクマタカ Lophaetus occipitalis Long-crested Eagle とのことで、綴り通りの Morphnus 属のタイプ種を問われると困る要因になるとのこと。
Morphinus の綴りを用いればタイプ種の問題は解消するが、同一の綴りの訂正であると判断される場合は Morphnus の方が早く使われたことになる。
誰かが公式に問題を持ち出さない (例えば Morphinus の方が正しいと訂正した学名が使われるなど) 限り現在の学名が使われるであろうが、とのこと。
コウモリダカは特徴も多いので別項目とした。
Harpagus 属と Microspizias 属も古い分枝で、Catanach et al. (2024) の系統樹でもオウギワシ類と別図に入っているので要注意である。
Catanach et al. (2023) の解説ではこれらを (独立亜科を作らず) オウギワシ亜科のメンバーと認識するとの記述に基づいてここに含めておく。
ただし Catanach et al. (2023) の系統樹はこの2属を含めるとオウギワシ亜科は単系統にならない。これら2属の解説は #トビの備考の [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] に記載している。
なお名称の先取権については Gregory et al. (2024) Falling through the cracks: a family-group name for a clade of hawks and eagles (Accipitridae) including Morphnus Dumont, 1816, Harpia Vieillot, 1816, Harpyopsis Salvadori, 1875 and Macheiramphus Bonaparte, 1850
が一世代前の Mindell et al. (2018) の分子系統樹に基づく議論を行っている [2024.2.29 出版なので Catanach et al. (2024) の分子系統樹を用いていない理由になるが Tachyspiza 属の名称は正式に認められる前から用いている]。
オウギワシ系統は Thrasaetinae Blyth, 1850 の名称が存在していて、Harpiinae Verheyen, 1959 (1850) に置き換えられたと考える場合に Harpiinae の名称が正当化されるとのこと。ただし Catanach et al. (2024) の研究で包含関係はかなり変わってしまった。
オウギワシの英名や学名の由来となるラテン語 harpyia はギリシア神話に登場する女面鳥身の伝説の生物。食欲が旺盛で、食糧を見ると意地汚く貪り食う上、食い散らかした残飯や残った食糧の上に
汚物を撒き散らかして去っていくという、この上なく不潔で下品な怪物である。
ダンテの叙事詩『神曲』地獄篇の中では、地獄第七圏第二の環・「自殺者の森」において、自ら命を絶った者が変容した樹木を啄ばむ怪鳥として描写されている。
本来は風の精で、つむじ風や竜巻の様な、地上の物体や人間を攫って空に持ち上げ運ぶ現象を具象化した存在である。また、墓場においてハルピュイアに供物を捧げる習慣があり、死者の霊とも見做された様である (これらを見るとそれほどよい印象ではないが。wikipedia 日本語版より)。
記載時学名 Vultur Harpyja innaeus, 1758 (原記載) といかにもふさわしくない属に分類されていたため、属変更がいくつもあってその都度種小名が新たに設けられていた (#ノスリの備考参照)。
Falco destructor Daudin, 1800 (参考) は破壊者。
Harpyia maxima Vieillot, 1817 (参考) は Latham の Falco destructor, cristatus をもとに "最大の harpy"。
Harpyia ferox Lesson, 1839 (参考) "凶暴な harpy"。他の例もあった。
ヨーロッパの多くの言語で harpy に相当する名称を使っている。中国語では角鷲に相当。
フランス語では harpie feroce とわざわざ "獰猛な" を追加しているが、これは Harpyia ferox Lesson, 1839 と関連する名称と考えられる。
スペイン語・ポルトガル語では単純にワシタカ・ハヤブサ類を集合的に表す gaviao に real (英語 royal に相当) を加えているだけで単純である。イヌワシが同言語で aguila real となるのとほぼ同じ。
なお harpy はヨーロッパチュウヒにも使われる名称。Falco harpyja Boddaert, 1783 (参考) はこちらを指す。この用例があるため Daudin (1800) が Falco 属に含める場合に種小名を保存することはそもそも無理だった。
このような例もあったので属変更の際に種小名を新たに与えることが当たり前になって行ったのかも知れない。
Gregory (2024) Further notes on family-group names introduced as substitute names under Article 5 of the Regles (1905) between 1931 and 1960 inclusive
によれば系統名に Harpiini Verheyen, 1959 が用いられることがあるがこれは疑問点があるとのこと。
相当する Harpiinae は Morphnus, Harpia, Harpyopsis, Macheiramphus を含むとあるが、Harpagus, Microspizias は含めていない。
この論文では Catanach et al. (2024) の定義は検討されていない。
Microspizias 属はかつては Accipiter 属に含まれていたが、分子系統解析の結果で縁が遠いことがわかり分離された。
分布も他の広義 Accipiter 属の放散経路と異なって南米の種で、Accipiter と縁が遠いことも納得できる。
Sangster et al. (2021) (#アカハラダカの備考参照) による属名で意味は「超小型のタカ」。
IOC 12.2 以降もこの分類をすでに採用している。AOU, eBird も 2022 年より同様。より広義のハイタカグループからさえも外れる結果になった。
このために和名が変わることはないだろうがハイタカの名が付くといかにも混乱しそうである (同様の問題を抱えるイヌワシ/クマタカの名前のある種類とは違って系統はもっと離れている)。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) ではかなり保守的で Accipiter のままにしている。2008 年以降の新しい研究をフォローしていないように見える (保守的というより遅れて検討も行われていないだけかも知れない。少なくともタカ類に対しては一見して情報が古く、分類の基礎に使うには適切でなさそうである)。
Harpagus 属はかつては (広い意味の) トビ類に含められ、ハチクマ類やカッコウハヤブサ類と近い関係にあると考えられていたが大きく違っていた。ハチクマ系統トビ類でないトビ亜科 (従来分類での名称) Milvinae に含められたこともあった。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) ではウタオオタカ類とチュウヒ類の間に置いており Accipiter に近いと考えているようであるが文献は示されていない。検討の結果この場所に置いたというより文献検討が遅れている可能性がある。
ヒメオウギワシはオウギワシと分布が似ていてオウギワシの方が数が多いとある。オウギワシのひなに給餌した事例がある (wikipedia 英語版)。熱帯森林性の猛禽で研究が難しくあまりわかっていないようである。英名をそのまま訳すとこちらがカンムリワシになってしまう。crested eagle で画像検索しても別の種類が圧倒的に多く出てくるので要注意。
Brewer et al. (2023) The visual fields of the Harpy Eagle (Harpia harpyja)
によればオウギワシの視野の測定では見えない範囲が広く、両眼視の範囲が比較的狭かった。
獲物を捉えるよりも複雑な光景の林内での行動における役割に関係しているかもとのこと (他の森林性タカ類にも当てはまるかも知れないので注意しておいてよいだろう)。
なかなか目にすることのない話と思われるので一緒に紹介しておくが、ベネズエラの原住民がオウギワシを捕まえて矢羽根に使っていた (報道記事は見たことがあったが) 論文がある:
Viloria et al. (2021) Ethno-ornithological notes and neglected references on the Harpy Eagle Harpia harpyja in western Venezuela。
[コウモリダカ]
コウモリダカは #ハチクマの備考 [ハチクマ類の系統分類] にも示したが、かつては形態・生態的に類似するカッコウハヤブサ類 (カッコウハヤブサ類も薄明中の狩りを行い、コウモリも捕食する) と近縁と考えられいたが大きく違っていた。
属名の Macheiramphus は makhaira ナイフ rhamphos 嘴 (Gk)、種小名の alcinus は alcinus < Alca ウミガラス/ウミスズメ類由来とされるが Clark and Davies (2018) によれば alkimos 強い、頑強な、勇敢な (Gk) がなまったものとも解釈される (The Key to Scientific Names)。
記載時学名も Macheiramphus alcinus Bonaparte, 1850 (原記載) 基産地 Malacca。
Bonaparte は比較的細かく記述しておりアメリカ大陸のタカ類の Cymindis に対応するものだが嘴が極端に小さく、圧縮された形となっており、Schlegel 自身が Alcae (ウミスズメ類) に属を与えたように種小名に与えるとよいと考えた模様。この記述を見るとウミスズメ類の中でも Synthliboramphus (圧縮された嘴の) を指しているように見える。
命名者の語義的にはタカ類にしては極端な嘴の細さをウミスズメ類に例えたらしい。標本からは生態などはわからないため形態から命名するしかなかった模様。コウモリをほとんど丸のみするため肉を引き裂く必要性が少ないのかも。
ちなみにフランス語名では Alcin des chauves-souris (chauves-souris = コウモリ) が用いられていて Alcin の由来を調べると Alkides = Alcaeus の子孫の意味で、Alcaeus は強さと勇気の象徴とのこと。こちらは後付けの名称かも知れないが Clark and Davies (2018) の解釈に対応している。
各国語の名称も分類がわからなかったため苦労しているようでトビ類に入れているものが多い (中国語でも)。英語や日本語は "タカ" で表せたので楽だった。そう見るとドイツ語は Fledermausadler と "コウモリワシ" の意味になっている。結果的には系統的にはこれが最も近かったのかも。
すでに解析論文は出ているが、試しに EF078745.1 をベースに BLAST をやってみるとかなり古い分岐であることはわかる。
ハチクマ亜科とは縁が遠く、むしろイヌワシ類の系統に近いことがわかる。同時に示される系統樹には最強のワシの一つであるゴマバラワシの分岐後に最弱 (?) のワシの一つカザノワシが分岐していて、近い系統からそれぞれ適応次第で最強のワシも最弱のワシも生まれるらしいことがわかる
[同様のことは Catanach et al. (2024) を見てもわかり、こちらは UCEs も用いていてより確実な結果を得ている]。
そこまでコウモリ食に特化したのは昼間は競争相手があったためと想像できるがどの系統と競合していたのだろう。他の強力な系統がまだ現れていない時期に分岐した古い系統なので、現存する系統の中ではハチクマ亜科あるいはカタグロトビ類の系統が競争相手だったのかも知れない。
現在では同じような地域に分布しているハチクマ亜科の Aviceda 属などの系統の方が少し勝っていたのかも。
このような試行錯誤の後にオウギワシやイヌワシ類が地位を確立したのではないかと考えると面白い。
なおコウモリ類の方が出現時期は早く、起源は 6000 万年前以上に遡るとされて 4000 万年前ぐらいには多くの系統が出現していたのでタカ類の方が後になる。初期のタカ類にとっては都合よい獲物だっただろう。
#ミサゴ備考の [染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化] で現生の近縁 (と言ってもかなり遠いが) 系統のオウギワシの transposable elements が調べられていてコウモリダカとの分岐 (2300 万年前ぐらい) や ヒメオウギワシ [高野 (1973) ではカンムリオウギワシ] との分岐 (1700 万年前ぐらい) のころ、オウギワシのゲノム中で transposable element の一つが活発に働いたと推定されている。
この時期にオウギワシらしさを確立したと考えれば、コウモリダカらしさも同じような時期に確立されたのかも知れない。先行するタカ類の他にもこの時期には広義 Acipiter (ハイタカ) 属の祖先も現れ始めていた。ただこれらはアフリカからまだ出ていなかったと想像できる。
コウモリダカがアフリカとアジアに分布していることから、コウモリダカらしさは広義 Acipiter 属の出現以前の時期に獲得されたのではないだろうか。コウモリダカやオウギワシの祖先の主な競争相手がハチクマ亜科だった可能性はありそうに思える。
コウモリダカの高精度ゲノムが読まれてオウギワシと同様の議論ができるレベルになればこのあたりもよりはっきりしてくるかも知れない。コウモリダカの研究者に期待しよう。
コウモリダカは他項目に多数現れるのでまとめておくと、
#カタグロトビ備考の [カタグロトビは偏食家?]: コウモリダカは意外にいろいろなものを食べている。
#トラフズク備考の [コウモリを主に食べる北京郊外のトラフズク] コウモリダカの捕食習性や成功率など。若干の考察あり。
#ハヤブサ備考の [視覚特性・薄明かりや夜間の狩り] ヨタカ類やアマツバメ類との形態の類似性、捕食行動の特性など。
#ハチクマ備考の [ハチクマと他種猛禽類との識別] で目先 (lore) の羽毛の類似性、[ハチクマ類の道具使用] で紹介の Gutierrez-Ibanez et al. (2023) Online repositories of photographs and videos provide insights into the evolution of skilled hindlimb movements in birds
では preprint 段階 (bioRxiv で見られる) ではコウモリダカはあまり資料がなかったが発表論文で飛びながら食べる項目などを追加してもらった (経緯は論文と Peer Review File を参照)。明るい時間帯にあまり活動しないため市民科学データベースにそのような映像があまりなかったためだった。
紹介した映像は Tadashi Shimada and NHK's "Wildlife Films" in Sabah, Borneo "Flying Hunters of Borneo" (Borneo Safari 2013。NHK 番組の取材)。
a slow-motion: Bat Hawk hunting bats ... Bat Hawk (liewwk Nature)。ハヤブサ類に似た飛翔形、飛びながら次々食べていることや飛行操縦性能の高さがわかる。
論文紹介以外の映像も紹介しておくと Bat hawk of Borneo.mov (cede prudente)。光量が少ないので撮影は困難なよう。足で捕えるのが見える。
Bat Hawk: Adopt a raptor nest protection (Siam Avifauna)。翼の形状から予測できるように森林内ではなく開けた樹上に営巣するらしい。ハチクマ亜科の営巣習性とはだいぶ違うが、コウモリ食に特化したしたためコウモリのねぐら近くに営巣する二次的な産物かも知れない。イヌワシ類の系統の方に近いと思えばあるいは開放環境に営巣する点に共通点があるのかも。
ひなに与える時はさすがに嘴を使って細かくする必要があるので嘴にタカらしさが残っているのだろうか。
[カンムリワシの生態]
宮崎 (1987)「鷲鷹ひとり旅」によれば「日本に生息するワシタカの仲間でカンムリワシほど不器用なやつはいない」とあるが、この性質もカンムリワシがこのグループで最も古く分岐した系統的なものかも知れない。もちろん小さな島で競争者がいないためそのような性格になったのかも知れないが。
しかしながら五百沢 (2007) Birder 21(6): 11 にバンを捕食したカンムリワシの観察例がある。
同じ号で山形 (2007) Birder 21(6): 26 にカンムリワシが道路の死体 (シロハラクイナ、カエル、トカゲ、ヘビ) を捕食するにあたって死体を片足で触って死んでいることを確かめるような動作をすることがある記述がある。
橋口 (2003) Birder 17(11): 21 にカンムリワシによるヨシゴイの捕食写真 (頭部を掴んで飛び立とうとしている) がある。
吉見 (1991) 日本の生物 5(3): 4-15 にカンムリワシの繁殖生態記録がある。カンムリワシは羽音がせず羽も雨をはじかないとある。
カエルの声を真似すると敏感に反応し、音源を確かめようとするがなかなか見つけられず、そのうち目が合って正体がばれてしまうとのこと。子別れ後成鳥羽へと換羽を済ませた若鳥が成鳥のところに戻ってきたとの話が記述されている。
同記事 p. 13 にはひなの孵化 49 日の段階で、オスがカエルを運んで来た時にメスが不在で、オスがちぎって与えたという。この著者によればオスのこの行動が観察されたのはこの一回のみとのこと。
佐野 (2003) 石垣島におけるカンムリワシの繁殖生態 の論文がある。
Tobe et al. (2024) Seasonal diet partition among top predators of a small island, Iriomote Island in the Ryukyu Archipelago, Japan
に糞の DNA 分析による食性解析がある。小さな島でカンムリワシとイリオモテヤマネコの2種の頂点捕食者がなぜ存在し得るのか。大きく見ると両者で重なりがあるが種レベルではあまり重なりがない。
カンムリワシの食物にカニが多く含まれるのは特徴的。昆虫やムカデ類も多い。冬場は爬虫類も多い。
夜行性のカニもよく食べるがイリオモテヤマネコは昼行性の鳥が休んでいる夜の捕食が多いなど活動時間帯も違う。インドのカンムリワシは爬虫類が中心で両生類はあまり食べていない。鳥はインドの方がよく食べている。哺乳類はどちらもほとんど食べていない。
インドとの違いは獲物の豊富さにもよるのだろうが、体格差も現れているかも知れない。
Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" p. 80 によればヘビワシ類がネズミを食べる時はそのうに一時的に蓄えるが、ヘビを飲む時は刀飲みのように直接胃まで入れる (原文では intenstine とあるので腸まで?) とのこと。
台湾の亜種オオカンムリワシ (亜種 hoya) について、Raptor Research & Conservation Network (2018) "A Field Guide to the Raptors of Asia" によればタイワンザル Macaca cyclopis などが巣を荒らして繁殖失敗に至ることがあるとのこと。
#ハチクマ備考の [擬態と種・亜種の関係] も参照。台湾のハチクマがタイワンザルに敏感なのはこのような妨害を受ける可能性があるためなのだろう。カンムリワシよりハチクマの方がより積極的に防御・攻撃しているように見える。
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 79 III の出版社の取材記事 (田島) によれば、警戒心が少なく動作が比較的ゆっくりしているため西表ではハンターの絶好の的になった。
琉球大学池原教授によれば、復帰前は琉球政府の天然記念物に指定されていなかったので乱獲されたのが減少の最大要因とのことだった。
[カンムリワシは空中でヘビを食べるか]
チュウヒワシで Short-toed Snake-Eagle (Ella Slinn 2025.5.3) の写真があったので問題提起として挙げておく。
Gutierrez-Ibanez et al. (2023) (#ハチクマの備考参照) では、チュウヒワシ属 Circaetus は空中で足から嘴に物を運べる分類に含まれているがカンムリワシ属は含まれていない。
[猛禽類のヘビ毒耐性]
ヘビを食べる猛禽類は多数存在するが、これまで調べられた範囲では、哺乳類とは異なり鳥類ではヘビ毒に対する nicotinic acetyl choline receptor (nAChR) の変異による耐性を持つ種類はみつかっていない
[Khan et al. (2020) Widespread Evolution of Molecular Resistance to Snake Venom α-Neurotoxins in Vertebrates;
Khan (2022) Evolution of molecular resistance to snake venom α-neurotoxins in vertebrates (学位論文);
van Thiel et al. (2022) Convergent evolution of toxin resistance in animals]。
鳥類にはヘビが噛みやすい場所があまりないことと、十分敏捷でヘビ毒に対する耐性を持つ必要がなかったためであろうと解釈されている。
ヘビに噛まれたタカの救命措置を行った論文もある。Heckel et al. (1994) Apparent fatal snakebite in three hawks。
吉見 (1991) 日本の生物 5(3): 8 がカンムリワシが採食行動中に誤ってハブに脚をかまれた事例が紹介されている。かまれたあたりを盛んにつついていたが、翌日も元気だったとのこと。
その後南米のカンムリノスリ Buteogallus coronatus Chaco Eagle 血清のヘビ毒中和機能が調べられている:
Regner et al. (2022) Neutralization of "Chaco eagle" (Buteogallus coronatus) serum on some activities of Bothrops spp. venoms
多少の中和機能があり、グロブリン分画でなく抗体の作用ではないとのこと。いくつかのヘビや哺乳類で報告されている PLA2s, SVMPs の阻害物質と機能が似ているとのこと。
nAChR の変異によるヘビ毒耐性やいわゆる特異抗体ではないが、別の作用機序で多少のヘビ毒抵抗性を持っているらしい。
ヘビに噛まれた鳥類に関するレビュー: Cummings and Eisenbarth (2024) Snakebite Envenoming in Avian Species: A Systematic Scoping Review and Practitioner Experience Survey。検索エンジンなどで調べたもので地域的にはかなり偏っている (アジアの報告はない)。
猛禽類の事例が多いのは鷹狩り用のものが多いためで (興味本位で無理にヘビを狙わせる例もおそらくあるだろう)、
アカオノスリでは噛まれる場所によって症状が違って筋肉部分を噛まれるとやはり重症で致命的なこともあるとのこと。局所の症例写真などあり。
鷹匠の言い伝えではふしょより上を噛まれるとまず死ぬとされるとのこと。足先の血流は少なくて毒も回りにくいとの理由も挙げられている (後に検討)。ヘビを食べるタカでもヘビ毒耐性は一般的にあまりなさそう。
トカゲ類では様相がだいぶ違っていてヘビ毒耐性に関連した nAChR の変異が軍拡競争的に進化している: Chandrasekara et al. (2024) A Russian Doll of Resistance: Nested Gains and Losses of Venom Immunity in Varanid Lizards
しかし一度耐性を獲得したトカゲ類の系統で毒ヘビが少ない地域で進化した種では耐性を二次的に失ったことがわかり、ヘビ毒耐性の維持にはコストがかかる (適応度を下げる) ことも示唆する [この点は Khan et al. (2020) にも触れられている]。
トカゲ類では大型種では皮膚も厚くなってヘビ毒耐性も弱まるらしい。
敏捷な運動の必要な鳥では運動能力を落とす可能性のあるイオンチャンネルを変異させる変異は進化しにくいのでは。#ミサゴの備考 [ミサゴはフグ毒に耐性があるか] や #ヤマガラの備考 [ヤマガラの植物毒耐性] (5) 毒鳥ピトフーイなどの対毒性 (BTX 耐性) も参照。
Khan et al. (2020) のデータを見てもこの部分のアミノ酸配列が鳥類で非常によく保存されていることから変異に対する選択圧が高いと想像できる。
その後発表されたゲノムデータも増えているので鳥で本当にヘビ毒耐性がないか同様に配列を調べてみると面白そう。論文になっていないのは調べてもまだ見つかっていないのかも?
また前適応的な機能かも知れないが鳥の羽毛はヘビ対策に相当役に立ってそう。
Cummings and Eisenbarth (2024) で "足先の血流は少なくて毒も回りにくい" のような説明を聞くとなるほどと思ってしまいがちで、「それみろ、鳥のふしょより先は爬虫類そのもの」と言いたげな人もありそうだが、足先を噛まれても全身に毒が回りにくい理由はコンパートメント構造のためではないかと想像した。
解剖経験のある人ならご存じだろうが体内には膜構造が非常に多い。腱鞘や筋膜 (fascia)、他にもなんとか膜と呼ばれるもの。発生的、機能的に必要なものもあるが、感染などが他の部位に簡単に波及しない構造にもなっている。
足先を噛まれたタカの足が局所で腫脹する程度にとどまるのは局所で炎症を起こして周囲に簡単に波及していない (= 血流に乗りにくい) 現れでないだろうか。炎症を起こして腫れると周囲の血管を圧迫して毒物が他の部位に回るのを防ぐ機構になっているのでは。そのように時間稼ぎをしているうちに代謝で毒活性が弱まれば生き延びることになる。
人の手の感染症ではこのような機構が知られていて [cf. Rigopoulos et al. (2012) Closed-space hand infections: diagnostic and treatment considerations。日本語でも手の外科の解説はいくらもありそう]、
手は外界に最も接する部位なので、毒や感染を局所にとどめて生命に危険となるのを避ける機能などがあるのだろう。もちろん限られた空間の炎症なので痛みは激しく、障害を与えないためにも医学的には重要な課題である。ヘビに噛まれた猛禽類の症例写真を見ても鳥の足が同様の適応を遂げていてもまったく不思議でないと思える。
トカゲ類でもヘビ毒耐性機構があることから、うろこがあれば大丈夫というわけではなさそう。鳥のふしょなどのうろこは爬虫類に似て見えるが、羽毛から進化したうろこは爬虫類型のうろこより一層高性能なのかも知れない (#ライチョウの備考 [鳥類と爬虫類のうろこは別物] 参照)。
Khan et al. (2020) の研究は科学ニュースにも登場して話題を知っていたが、後の方の論文は別件からの副産物で、#ミヤコショウビン備考の [ニュージーランドの外来ネズミ類駆除] で抗凝固薬をチェックしていて引っかかった。神経毒の他にヘビ毒には凝固不全 (促進 procoagulant と阻害 anticoagulant の両方がある) をもたらす毒もあって関連情報として浮かび上がった次第。いわゆる出血毒の方に対応する。
野外の猛禽類へのネズミ類駆除の抗凝固薬の環境影響を調べるために Russell's viper venom time (ヘビ毒による血液凝固時間) も使われているので基本的にはヒトと同じように作用しているらしい。神経毒のイオンチャンネルの方は塩基配列から調べやすいので研究が進んでいるよう。凝固にかかわる方はまだ手がかりが難しくてゲノムから簡単に推測できず、毒耐性の研究は遅れている可能性がある。
一般向け解説だが Birds That Eat Snakes: The Fearless Snake-Slayers (Silva in Bird Venue 2023) にヘビを食べる鳥やさまざまな狩りの方法、有名な毒ヘビを食べる鳥が紹介されている。
個々には一次文献をチェックした方がよさそうだが、タカサゴダカ Tachyspiza badia Shikra がマングースを食べて Mongoose bird と呼ばれるとのこと。
ちょっと探した範囲では他のページに見つからないので本当か...? と思って探すと SNAKE_HUNTING_WITH_SHIKRA (Punjabi Falconers) の映像があった (題名は GOSHAWJ に変更された模様。タカサゴダカの若鳥?)。
Shikra, the leopard of avian kingdom (Ragoo Rao 2022)
独立前のインドの鷹狩りで最も多用された種類とのこと。日本で言えばツミに対応する種だがハトより少し大きいにもかかわらず勇敢であるとのこと ("空のヒョウ" とも呼ばれる)。また獲物の習性をよく知った狩りを行うなど知的だと大変褒めている。薄明中の暗い中でコウモリを捕えることもできるとのこと。
都市にも順応しているとのことでツミと似た面がある。
訓練したタカサゴダカで敢えて毒ヘビを攻撃させるなどの事例が知られているのかも知れない (ヘビ対マングースが見せ物になるならばいかにもありそう)。
Balchan et al. (2025) Raptors without resistance: No evidence for endogenous inhibition of rattlesnake venom metalloproteinases in a Great Plains raptor assemblage
北米の猛禽類 (タカ、ハヤブサ、フクロウ類) の血清がガラガラヘビの毒を中和するか調べたがほとんど証拠がなかった。生理学的なヘビ毒への適応はほぼなく、形態・行動面での適応で毒を防いでいる。毒への暴露による獲得免疫による効果は多少考えられる。やはり猛禽類にヘビ毒耐性は一般的にない結論となりそう。
カンムリワシの写真を見ていて気づいたが鼻孔がかなり狭くなっている。ハチクマのスリット状鼻孔はハチ対策 (ハチが入らないように、あるいはハチの巣を食べる時に鼻孔が詰まらないように) と言われるが、こちらはヘビ毒対策? 少し系統の異なるチュウヒワシの画像も見ておくと確かに多少狭いように感じる。
こちらはヘビの側からの研究 (ハンガリー): Radovics et al. (2023) Hide or die when the winds bring wings: predator avoidance by activity shift in a mountain snake
Vipera graeca (Greek meadow viper) 有毒とのこと。
観察結果を見ると「捕食者がヘビを襲う時には頭部を狙う」はどうも俗説らしい (もっとも生き残った個体しか調べられないが)。体の後ろ半分に傷が多いとのことで 12.5% の個体に傷があったとのことでかなり高率。またこの環境には猛禽類が多数種生息している。
直接捕食が観察されたのはチュウヒワシとチョウゲンボウ、ハシボソガラス (ズキンガラス) とのこと。温度の高くなる真昼は捕食危険性が高まるので日光浴 (basking) の活動を避けていて、ヘビにとっては体温調節機会のジレンマになっているとのこと。
ヘビ毒ではなくクモ毒についての研究: Lyons et al. (2025) Spider venom potency exhibits phylogenetic prey specificity but does not trade-off with body size or silk use in prey capture
(一般向け解説)。
こちらはクモの捕食する動物への毒性と相関があったとのこと。無脊椎動物のみを捕食するクモでは哺乳類への毒性が弱かった。"クモの巣" を張るタイプのクモは毒性が弱かった。クモ毒は獲物を動けなくするために役立っていて、"クモの巣" はその代用になる。ハチ毒も獲物に対するものとしてまず進化した (#ハチクマ備考 [ハチ類の行動とタカ類などの共進化] 参照) のと似ている。
捕食者への防御は副次的な効果で、クモでもハチでも捕食者への効果は限定的で比較的簡単に突破できるのだろうか。
[霊長類はなぜヘビを恐れるか]
ヘビを食べる猛禽類が多数あるので一見問題にならないのだろうが、哺乳類では話が多少違ってくる。本能はどこまで本能か: ヒトと動物の行動の起源」(マーク・S・ブランバーグ著; 塩原通緒訳 早川書房 2006) (#ミサゴの備考 [feather taxis・頭かき] で紹介) pp. 179-181 によれば、
Ohman and Mineka (2003) The Malicious Serpent: Snakes as a Prototypical Stimulus for an Evolved Module of Fear
は多くの哺乳類がヘビを恐れるのは "生得的" なもので、恐竜支配下の哺乳類の爬虫類恐怖症を引き継いでいるのではとも述べているとのこと (なかなか大胆な考え)。一部の哺乳類では変異してヘビ恐怖症が失われている可能性なども議論しているとのこと。前述の Khan et al. (2020) のように有毒のヘビを食べる哺乳類は何種類も存在する。
ブランバーグはヘビと恐竜はそもそも縁が遠いことも触れている。
ブランバーグによれば爬虫類好きな人もあるし、そもそも前提が間違っているのではとの考え。Ohman and Mineka (2003) にもサル用の餌で育てたリスザルはヘビを恐れないが、生きた虫を餌にして与えると恐れると記述しているとのこと。
Ohman and Mineka (2003) の主旨を見ると、一度恐怖に晒されると遺伝的な「恐怖モジュール」が活性化されるとの解釈としているようだが、ブランバーグはこのようなモジュールの存在には否定的。
Landova et al. (2012) Human responses to live snakes and their photographs: Evaluation of beauty and fear of the king snakes
のヒトのヘビに対する反応実験でも Ohman and Mineka (2003) がベースとなっており、進化的に関連のない種類の警告色にも反応するとの結果となっている (心理学ではモジュール仮説に人気があるらしい)。ブランバーグはそんなに単純なことではないと考えていると思われるが、警告色への反応など普遍的に見られそうなことも再検討の必要があるのかも知れない。
Radlova et al. (2019) Snakes Represent Emotionally Salient Stimuli That May Evoke Both Fear and Disgust
はさまざまなヘビの写真をヒトに見せて何が恐怖を起こすかなどを調べている。
Prokop et al. (2018) Aposematic colouration does not explain fear of snakes in humans
はヒトの子供で警告色そのものは恐怖を起こさなかったとの実験がある。ヒトと捕食性のヘビと長期間暮らしてきたためヘビに敏感な注意バイアスを進化させたのではないかと説明している。
Coelho et al. (2019) Are Humans Prepared to Detect, Fear, and Avoid Snakes? The Mismatch Between Laboratory and Ecological Evidence
はモジュール仮説に合わない点などを指摘している。いくつか挙げられいる中で、ヒトはヘビよりも進化的にもっと新しいはずの銃に強く反応する、ヘビの色彩は捕食者に対する隠蔽色 [ここで鳥の出番になるが鳥はヘビに恐怖感を持たないのか? 恐竜支配下の哺乳類の爬虫類恐怖症がなかったから? (笑)] として進化したもので、ヘビ捕獲の専門家でも見つけるのは難しいなど鳥が "警告色" をどう捉えているのかにも関係して面白い。[紫外線で見たヘビの色] の項目も参照。
ヒトが恐怖を感じる神経機構 (扁桃体) は他の哺乳類に似たもので、捕食される側でもする側でもあまり違わない可能性がある。無意識に反射的にヘビに反応しているわけではなく対象物を意識して始めてヘビから逃げる証拠があるなど。
selective habituation hypothesis (Schleidt 1961) の古い仮説があって、さまざまな刺激に対して警戒したり恐怖を感じるが、慣れで警戒や恐怖を失ってゆく考え方がある。ヘビという特定の刺激ではなくもっと広い範囲の刺激への警戒や恐怖から始まって必要ないものを失ってゆくアイデアも再評価されるべきでは。
またほとんどの実験は室内で行われているので野外の状況を的確に表しているとは限らない。この著者もモジュール仮説に懐疑的。
扱っている対象はヒトなのでこういう議論になるが、ヘビを捕食する鳥ではどうなっているのだろう。捕食者も最初から完璧なものではなかったはずで、もっと原始的な段階ではヘビを恐れていなかったのだろうか。
日本語で調べるとこんな記事があった ほとんどの人がヘビを嫌う理由 秘密は 6500 万年前の太古にあった (2016)
川合信幸准教授 (当時) の発表資料のコメントを引用しておくと「人間の祖先は 6500 万年前から樹上生活を始めました。当時、樹上のサルを捕食できるのは、ワシやタカの猛禽類とネコ科の動物、そしてヘビですが、30 メートルを超える枝の生い茂った場所まで近づけるのはヘビだけだったでしょう。
そのため、サルはヘビのカモフラージュはすばやく見つける必要がありました。脳内でヘビに敏感に反応する領域が発達し、すぐに恐怖を感じ対応できるよう進化したと考えられます」。
Kawai and He (2016) Breaking Snake Camouflage: Humans Detect Snakes More Accurately than Other Animals under Less Discernible Visual Conditions
がその論文の模様。上の報道資料とはだいぶ雰囲気が違って、見分け率は ヘビ > ネコ > 魚 > 鳥 で数字は報道と同じなのでどこかで入れ違いがあったのだろう。鳥を認識する能力が特に低かったが理由がよくわからないとのこと。鳥はよく知っている (つまり無害) ことは説明にならないとのこと。
この論文でもモジュール仮説をベースとした導入があり、ヒトで特に進化しているとの見方のよう。
樹上のサルはそれほど古い時期にいたのかとちょっと感心したが、ほぼその程度に見積もられていて 5700 万年前の化石があるとのこと (wikipedia 英語版)。あまり本質的問題ではないかも知れないが、少なくとも現存系統ではサルを捕食できるワシやタカはまだいなかったのでは? ワシやタカはよほど昔からいると思われていたらしい
[もっとも一般的に明らかにされたのは Prum et al. (2015) 以降だが]。
Telluraves 以前の系統には多分なさそうだし、フィリピンワシの祖先系統で 2200 万年前ぐらい。かつての系統に強力な捕食者があったことは否定できないが、タカ目の放散が 3000 万年前ぐらいなのであるとすればフクロウ目の方か? もし鳥類捕食者がいたならばそれは十分脅威だったのではないだろうか。
その後別の学術書ではない書物でワシやタカは Tyrannosaurus rex の時代にもいたと書いてあるのを見つけた。「鳥類は恐竜の生き残り」が強調されてその印象だけが独り歩きするとワシやタカは大型恐竜の時代にもいたものと思ってしまうのかも知れないと納得した。
しかしながらこのような目で見ると、#ハチクマ備考の [60年ぶりに再発見されたマダガスカルヘビワシ (ハチクマ亜科)]と #クマタカの備考の [Nisaetus 属のクマタカ類の系統分類 (イヌワシ亜科その1)] の、
有力な猛禽類捕食者がマダガスカルに現在いないと思われていた時期に、霊長類学者がキツネザル類に絶滅した猛禽類に対する警戒の痕跡が残っていると考えた理由も想像できる。
古い時代の "猛禽類警戒モジュール" が上記報道資料のように遺伝的に受け継がれていると考えたわけだろう。ヒトが猛禽類を目立って恐れるわけではない (しかし #ハチクマ備考も参照。あながち否定できない) ので猛禽類画像を用いた研究はなされていないのだと想像するが、古い時代に "猛禽類警戒モジュール" が存在して、上記の説明の通りならばヒトが猛禽類を恐れてもよいように思える (むしろかっこいいと思うのは学習によるものなのだろうか)。
マダガスカルのキツネザル類では当初からこの説に懐疑的な議論もなされていたようだが、実験室のヒトでは違うということだろうか。
日本語で ヘビ 恐怖 本能 などで調べると本能的な説明が多数あってそのまま受け入れてしまいそうだが、「科学する目」ならばもう少し疑って冷静に見た方がよいように感じる。
こんな研究もあった。これまでの実験は主に西洋で教育を受けた産業文明のヒトを被検者に用いているが、もっと人類発祥の地に近いソマリアで調べたもの。Frynta et al. (2023) Animals evoking fear in the Cradle of Humankind: snakes, scorpions, and large carnivores
データはあくまで自己申告によるものだが、最も恐れを感じない動物グループは鳥で、クラスター解析をすると温血動物 (とあるのでそのまま訳しておく) を恐れない傾向にあるなど出ている。ハトも調査対象に入っていて誰がそんなものを恐れるか (笑)、という感じもする (比較的小型の鳥類も多く含まれているので温血動物を恐れない傾向が出るのだろう。ただしダチョウも入っている)。
ソマリアではセレンゲティに比べて大型哺乳類への恐れが小さいが、ソマリアでは早く乾燥化が進んでメガファウナの動物が残っていないので刺激として用いなかったのが原因か、とある。
トカゲが高い位置に来るのは地域文化のためか、とか実際に何が明らかになったのかあまりよくわからない気がする。
こちらの著者はそもそも恐怖とは何か: LoBue and Adolph (2019) Fear in Infancy: Lessons From Snakes, Spiders, Heights, and Strangers
ここに Ohman and Mineka (2001 の書籍の方に出てくるらしい) の先述の言葉 (恐竜支配下の哺乳類の爬虫類恐怖症) が出てくるので引用しておこう: "the predatory defense system has its evolutionary origin in a prototypical fear of reptiles in early mammals who were targets for predation by the then dominant dinosaurs.
Thus, because of this system, contemporary snakes and lizards remain powerful actual fear stimuli".
恐竜支配下で羽毛恐竜に対する恐怖症はなかったのかとかツッコミたくなるが、2001 年段階ではまだわからなかったとしておこうか。しかし Ohman and Mineka はあまりに誰もが引用しているので、羽毛恐竜が見つかった現在でも誰もが学ぶ説になっているのだろう。
LoBue and Adolph (2019) は上記のような文脈の recurrent evolutionary threats (進化的な昔の恐怖がよみがえる) 説には否定的。高所恐怖症も幼児に本当にあるのか (鳥にもあるのだろうか? 巣立ちの映像を見るとあるような気もする)。幼児の表情は恐怖のしっかりした証拠ではない (上記ハチクマで体験した話にも関係する)。幼児が知らない人を怖がるというのも本当か。
この著者は古典的な「ヘビ・クモ、高所、知らない人への恐怖は適応的である」見方は間違っていると主張。それらの刺激に直接恐怖を覚えるよりも、新しい物事を探索して何が危ないのかを文脈に応じて意味を理解して行動できる能力の方がより適応的だと述べている。
このような議論が行われている話は鳥類学の研究を見ても出てこないし、日本の報道ではほとんど聞かないので新鮮な感じがする。もしかすると霊長類学では今でも恐竜支配下の哺乳類の爬虫類恐怖症は有力仮説なのだろうか?
鳥が模様の何に驚いているのか (そもそも実験は今から見ても正しいのか?)、タカ類の間、あるいはタカへの擬態が何の役に立っているのかの解釈にも関わりそうなのでご覧いただくと面白いだろう。
同じような時代で「世界の鳥 行動の秘密」(バートン 1985) はもう少し現象的中立な書き方で、昆虫の捕食者対策のところで警告色の虫を放置する傾向があり、ヨーロッパヨシキリ幼鳥はスズメバチなど黒と黄色の縞模様を恐れると生得的なことも多少は匂わせつつも、昆虫のこの防御も完全ではなくハチを食べる鳥も多くあって、いかに対処するかを学習した後恐れなくなっているのか、のような書き方になっている (p. 87, *1)。
スズメバチを食べる鳥もあるので黒と黄色の縞模様が鳥にとって普遍的に恐怖を引き起こすとは推論できないわけだ。なぜこううまくハチクマに戻るのか自分でもよくわからない (笑)。
鳥類には進化的な昔の恐怖がよみがえるような恐怖はなくて多分学習によるもの、恐竜支配下の哺乳類には本能的にある、と解釈されていたように読める。ヒトから逆に進化を遡るとこういう推論になるのか?
霊長類はそもそも恐がりで、それゆえに大脳を発達させてヒトを生んだのか - なるほど。ほんとうか? ここはぜひとも川上氏に 鳥類学者 無謀にも 霊長類を語ってほしいところだ。
Gil-da-Cos et al. (2003) Rapid acquisition of an alarm response by a neotropical primate to a newly introduced avian predator
の興味深い研究もあって、パナマで 50-100 年前にオウギワシが絶滅した地域に再導入された鳥の声に対するマントホエザル Alouatta palliata Mantled Howler Monkey の反応を調べた。オウギワシの再導入から1年ぐらい後に調べたものだが、オウギワシの声を流すだけで逃避行動をとったが、50-100 年間被食経験のない対称群では逃避行動をとらなかったとのこと。
50-100 年間で捕食者の声への反応が失われたことを示すとのこと。同様の結果がヘラジカとオオカミの関係でも知られているとのこと。日本の生態系ではニホンオオカミへの反応はすでに失われていることだろう。
"猛禽類警戒モジュール" 説には不利な結果である。サルに限らずタカの声を聞いて警戒するのは学習によるもの?
捕食者が絶滅して長期間に及ぶ場合はすぐに被食を受け再導入に注意が必要であることも示す。オウギワシの声は predator-assessment call (獲物の質を見極める声) で、相手の反応を見て襲うかどうかを決断しているらしい。試しにオウギワシの声を聞いてみると一般的なタカの声と極端に違わない感じもするが獲物を追跡する時の声と同じかどうかまではわからない。
Belin et al. (2018) Influence of early experience on processing 2D threatening pictures by European starlings (Sturnus vulgaris)
という研究があった。ホシムクドリのひなを用いたところ、モニターに映されたヒト、猛禽類、ヘビを区別できていなかった。育つ途中の若い時期 (実験では人が育てたものと野生のもので違いがあった) か後の時期に本当の外敵を学ぶ必要があるのでは、とのこと。
鳥に文化はあるのか、特に「累積文化」(cumulative culture) と呼ばれる個体ごとに行動が修正され、その中でより洗練された行動が集団内に伝播し定着する様式はヒト以外では証明されていないとのこと。
霊長類で主に研究されているが、ハトを使った実験で他個体を真似ることで累積的に飛行経路が洗練できることが数値モデルも含めて示されている: Dalmaijer (2024) Cumulative route improvements spontaneously emerge in artificial navigators even in the absence of sophisticated communication or thought。
これを cumulative culture の一種と呼べるのか、渡り経路などを他個体から教わることは cumulative culture ではないのか、あるいはヒトで cumulative culture とされている現象は実はそれほど高度な認知や思考の産物ではないのでは、などさまざまな視点から見ることができるだろう。
補足:
*1: この部分は昆虫の捕食者対策について述べられている。葉や枝への擬態もあるが、見破られると今度は小枝や葉をつつくようになり、食べられる虫が少なくなってきて食べられないものばかりつついているとわかると探索像が弱まって他に移るという。
昆虫の捕食者対策も完璧ではない、という文脈の後に昆虫の警告色について言及があるもの。
この書籍は 1985 年の日本語訳の出版で、いかに古い時代から "探索像" (サーチイメージ) の概念があったかわかる (#ミサゴ備考の [オウム類・ハヤブサ類の年代推定] にて紹介の Urban et al. (2024) の項目参照。(Lorenz-)Tinbergen の歴史的背景の影響を十分に受けている)。
Zhang et al. (2024) Nature's disguise: Empirical demonstration of dead-leaf masquerade in Kallima butterflies 枯れ葉への擬態がどれほど役立っているのか初めての実験室条件での実証研究とのこと。
枝への擬態については Skelhorn et al. (2010) Masquerade: camouflage without crypsis。ここで実験方法が確立された。
隠蔽色でないカモフラージュも有効であることを示した。
Skelhorn and Rowe (2016) Cognition and the evolution of camouflage は仮想的な探索像形成の概念に則った考察。
最近の研究も1つ紹介: Kelley et al. (2025) A leaf-mimicking moth uses nanostructures to create 3D leaf shape appearance (一般向け解説)。
カモフラージュが役に立っていることまでは示していないが、fruit-sucking moth (Eudocima aurantia) がどのような微細構造を用いて枯れ葉に似せるか。
直接関係がないが面白いので紹介しておく。黒地に赤は目立たないか、クモを使った実験: Gerfen and Tedore (2024) Hidden in red: evidence for and against red camouflage in a jumping spider (Saitis barbipes)
実験的には逆の結果が得られて赤い方が多く捕食された。色覚から予想される結果と異なる。足を黒くすると鳥の探索像から外れるのではなどの議論でもやはり使われている。赤と黒の組み合わせは (少なくともクモを捕食するタイプの) 鳥にとって特に警告色となっていないのかも。
[紫外線で見たヘビの色]
Crowell et al. (2024) Ecological drivers of ultraviolet colour evolution in snakes
ヘビの視覚は2色型で、1つは紫外線にピークがあるとのこと。種類によって紫外線反射率が異なり、紫外線を模様に用いている種類ではヒトの目で見るよりもヘビの視覚で見た方がはっきり模様が見える (同種間の信号として利用しているかどうかは不明)。人の目に色鮮やかな種類は一般に紫外線では鮮やかでないが、一見隠蔽色に見える種類が紫外線に色彩多形を示すものがあるとのこと。
3色型のトカゲも紫外線の受容体があり、ヘビが見るのと同様に模様が見える。
ヘビでは紫外線で見ても色彩の性的二形は認められず、紫外線での色彩は性的な役割をあまり果たしていないと考えられる。
鳥の目にはもっと鮮やかに見えると予想され、紫外線の役割は主に捕食者に対するものではないか。ヘビの色彩進化にも鳥の視覚が関与している模様。
["ヘビワシ" 類のクラッチサイズ]
Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" p. 167 によれば serpent eagles (ヘビワシ類) のクラッチサイズは当時知られている範囲で1卵とのこと。
日本のカンムリワシを調べてみるとやはり1卵と記述されている。
よく調べられているはずと思われるチュウヒワシ Circaetus gallicus Short-toed Snake Eagle もそのようだが、wikipedia ロシア語版を見ると例外的に2卵のこともあるが、1卵目が孵化すると抱卵を中止するので必ず育たないと説明がある
(英語圏にほとんど分布しないので web の英語情報が乏しい。Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World" にもこの記述はない)。
カンムリワシの他亜種では2卵のこともあるが1卵しか育たないとある (wikipedia 英語版)。チュウヒワシと同様のメカニズムだろうか。余剰卵の "保険仮説" や兄弟殺しの起源との関係も含めて調べてみると興味深いと思う。
Brown (1976) は食性が同じワライハヤブサ Herpetotheres cachinnans Laughing Falcon も1卵でないかと予言していた。wikipedia 英語版によればやはり1卵で時に2卵とある。
ヘビ食専門の猛禽類のクラッチサイズが特別に小さいのは何か生態的理由があるのだろうか。
ちなみに体重で規格化したクラッチサイズが大きな猛禽類はチュウヒ類が知られている。広義ハイタカ属も大きい方に属する。
Olsen and Marples (1991) Geographic Variation in Egg Size, Clutch Size and Date of Laying of Australian Raptors (Falconiformes and Strigiformes)
がオーストラリアの猛禽類のクラッチサイズを調べているが体重が主な要因で、他に亜種の違いに由来する程度。オーストラリアにはヘビワシ類が分布しないのであまり話題にならなかったかも知れない。
猛禽類に限らなければ緯度とクラッチサイズの相関は古くから知られていて、Ashmole (1961) の仮説がある。Lundblad and Conway (2021) Ashmole's hypothesis and the latitudinal gradient in clutch size。
Griebeler and Boehning-Gaese (2004) Evolution of clutch size along latitudinal gradients:
revisiting Ashmole's hypothesis。
猛禽類のデータは現在は多少は揃っていて系統樹もしっかりしたものになっているので、系統や分布緯度を考慮した食性との相関などを研究してみると面白いかも。
[メガファウナの絶滅]
前述のような巨大猛禽類が生存していた時期は世界中に哺乳類も含めた巨大動物が生息していたメガファウナ megafauna の時代に相当している。Megafauna (wikipedia 英語版)
に種類も含めて詳しい。マダガスカル島のエピオルニス Aepyornis もその一つで、#クマタカの備考にある Stephanoaetus mahery Malagasy Crowned Eagle とともに伝説のロック鳥のモデルの一つとされる。
ハーストイーグル (Haast's Eagle) (#カラフトワシの備考参照) の Holdaway の記事にあるようにメガファウナの絶滅に気候変動が関与した説はよく取り上げられてきた。
しかし大陸ごとの絶滅時期が異なることや、この絶滅に合致するような特別な CO2 濃度変化が記録されていないことなど関連性に疑問がある。またこの程度の気候変動の変化率には適応できるとも考えられる (現在の人為起源の気候変動は、絶対値にもまして変化率が過去に例をみない大きさであることが問題視される)。
Saltre et al. (2016) Climate change not to blame for late Quaternary megafauna extinctions in Australia
はオーストラリアのメガファウナの絶滅の最も重要な要因は気候変動ではなく、むしろ人類が到達した時期によく一致することを示している。
一方で Hocknull et al. (2020) Extinction of eastern Sahul megafauna coincides with sustained environmental deterioration
では人類の到達時期に伴って急速に起きたわけではなく、気候変動や不安定 (極端気象など) が原因ではないかと考えている。
Lemoine et al. (2023) Megafauna extinctions in the late-Quaternary are linked to human range expansion, not climate change
は人為起源の見解を述べているが、発表されている雑誌が Anthropocene なので多少のバイアスはあるかも知れない。読んでいただいて判断していただくのがよいだろう。
この著者の言葉によればメガファウナの絶滅には長い時間がかかっているが、人類が到達したすぐ後から影響が現れ始めた可能性がある。人為由来のメガファウナの絶滅が生態系に及ぼす影響は今後何百万年も続くだろう。
しかし原因がわかっている今ではその影響から回復・減速させることはまだ可能である (現存するメガファウナを絶滅から防ぐ。現存するメガファウナというのは何のことはない動物園の人気者たちのことである) と述べている。
Chatters et al. (2024) Mammoth featured heavily in Western Clovis diet
北米原住民の祖先にあたる Clovis の安定同位体解析からマンモスを主食としていた可能性を示した研究。一般向け英文解説。
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ヨーロッパチュウヒ (第8版で検討種)
- 学名:Circus aeruginosus (キルクス アエルーギノースス) さびた色のチュウヒ
- 属名:circus (m) チュウヒ (circus (m) 円弧、求愛の時の旋回行動からチュウヒ)
- 種小名:aeruginosus (adj) さびた
- 英名:Western Marsh Harrier
- 備考:
circus は#チュウヒ参照。
aeruginosus は u と o が長母音で後者にアクセントがある (アエルーギノースス)。
aerugo (アエルーゴー。さび) に由来。さらに aes (銅やブロンズなど) + -ugo (u, o いずれも長母音。表面にコートがある状態を指す) で構成された単語。この名詞を -o で動詞化 (aerugino アエルーギノー) したものに形容詞語尾 -osus (冒頭が長音) を付けたもの。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版や日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では検討種リストに移動となっている。2亜種あり、リストに記載されているものは基亜種。Circus 属のタイプ種。
昼行性猛禽類の多くは眼球が紫外線をあまり透過せず強烈な日光から網膜を守る、紫外線による色収差で像がぼやけるのを防いでいるらしい [Potier et al. (2020) #チョウゲンボウ の備考参照]。
知られている範囲ではヨーロッパチュウヒが例外で、薄明中の紫外線を積極的に利用して採食行動を行っている可能性がある (#フクロウの備考参照)。
他のチュウヒ類も同様かも知れない。(聴覚利用の可能性については#ウスハイイロチュウヒの備考も参照)。
[生涯メスの羽衣のままのオス]
一部の鳥では delayed plumage maturation でオスがすぐにオス成鳥の羽衣を獲得せず、メスの羽衣で過ごすものがある。female mimicry とも呼ばれる。
Sternalski et al. (2012) Adaptive significance of permanent female mimicry in a bird of prey
によれば permanent female mimicry と呼ばれる現象があり、一部のオスが生涯をメスの羽衣のまま過ごす。
非常にまれな現象でこれまでのところエリマキシギとヨーロッパチュウヒのある個体群のみで知られている (エリマキシギは遺伝で決定されている #エリマキシギの備考)。
ヨーロッパチュウヒの permanent female mimicry では2年めに獲得した羽衣のまま生涯を過ごすとのことで delayed plumage maturation とは呼べない。
メスの羽衣のオスは虹彩の色、大きさの違いでメスと区別できるとのこと。フランス西部のこの個体群では 40% のオスが permanent female mimicry を示すという。
デコイを用いた攻撃を調べてこのような羽衣が存在する意義を検討したもの。delayed plumage maturation で一般に考えられる他のオスからの攻撃を弱める効果の他に、繁殖に必要な資源を守る場合にメスのように行動するとのこと。オス・メス間の攻撃性が高い場合は生涯メスの羽衣のままの表現型も適応的だろうとのこと。遺伝的な背景などはまだ今後の研究課題。
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チュウヒ
- 学名:Circus spilonotus (キルクス スピロノートゥス) 背中に斑点のあるチュウヒ
- 属名:circus (m) チュウヒ (circus (m) 円弧、求愛の時の旋回行動から)
- 種小名:spilonotus (合) 背中に斑点のある (spilo 斑 noton 背面、-os 形容詞語尾に Gk)
- 英名:Marsh Harrier, IOC: Eastern Marsh Harrier
- 備考:
circus は短母音のみで冒頭にアクセント (キルクス)。
circus の語源はギリシャ語 krikos (輪) でインド・ヨーロッパ祖語の *(s)ker- (曲がる、曲げる) に由来するとのこと (wiktionary)。
ラテン語 notus の意味は "背" とは異なるが o は長母音。ギリシャ語 noton は原初は no- は長母音。対応するラテン語 natis は長母音ではない。
ギリシャ語の同様の造語 (一般に学名の由来になる) では -no- の長音は保存されているので "背" の意味では長母音とする解釈とした。
この解釈を採用すれば -notus で終わる学名のアクセントが統一されて覚えやすいと考え採用した。
[分類と亜種]
チュウヒ類は、現代の分子遺伝学的解析では従来の Accipiter 属に内包されることがわかった。個々の単系統性を保ちつつ単系統でまとまりのよいチュウヒ (Circus) 属を残すため、Accipiter 属の分割が提案されている (#アカハラダカの備考参照)。
この分割を採用する場合、チュウヒ属に最も近縁な属はオオタカなどを含む Astur 属となる。チュウヒ類はオオタカ類の系統から比較的新しく生じたものと考えられ、観察の際にも共通性が感じられることがあるかもしれない。オオタカ類から齧歯類を主食物とするグループが進化したと考えるとよいのかも知れない。
Catanach et al. (2024) の分子系統樹では Astur, Megatriorchis, Circus をまとめて1属にすることも可能である。
この場合は Circus 属に加えてMegatriorchis 属の属名も変える必要が生じ、Megatriorchis の特徴ある属を改名するのはふさわしくないとも言えるだろう。
もしこの統合を採用した場合は別の問題がある。Astur と Circus は Lacepede (1799) の同じ文献に登場するもので先取権の問題が発生する。チュウヒ属をオオタカ属に統合、というほど簡単ではないのである。
裁定者次第ではオオタカの学名が Circus gentilis (!) となる可能性すら考えられてしまう。Circus 属の方が種数が多いので、属名の変わる種の数を最小にする論理ならばこちらになってしまう可能性がある。
これら複雑なことを検討するより分離した方がずっと自然な解決であり、分岐年代的にも Aquila 属や Spizaetus 属 (これは単系統性の要請から分割されたもの) の扱いにも合わせて
Astur, Megatriorchis, Circus を別属にするのが自然となる。
C4 植物の出現によって草原が広がったことに応じて分布を広げ種分化を起こしたとする考え方がある [Oatley (2015)
A molecular phylogeny of the harriers (Circus, Accipitridae) indicate the role of long distance dispersal and migration in diversification]。
#ハイイロチュウヒの備考 [渡りをするタカ類の系統] も参照。
かつては2亜種あり、日本の亜種は spilonotus (日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版での扱い)だった。
亜種 spilothorax はニューギニアに分布し、パプアチュウヒ Circus spilothorax (英名 Papuan Harrier) として別種とされることが多い (IOC 2.1 以降、HBW/BirdLife 2014 以降、Clements 2021 以降など)。
この場合チュウヒは単形種となり、亜種の記載は不要になる。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)ではこの扱いとなっている。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では当時の学名で Circus aeruginosus をチュウヒ、Circus spilonotus をシベリアチュウヒとしており、分布の記述などを見ると現代とは学名が逆転していた。
この当時は広義ハイタカ属、チュウヒ属をまとめて Accipitrinae 亜科に分類されており、何と現代の分子系統解析と合っている。チュウヒ属を別亜科としていない。
チュウヒは以前はヨーロッパチュウヒと同種と考えられていた (分離される前の学名のため現在ではヨーロッパチュウヒを指す Circus aeruginosus)。東シベリア/モンゴルでこの2種が同所的に生息する地域 (イルクーツク付近など) があり、雑種も知られている
[Fefelov (2008) Comparative breeding ecology and hybridization of Eastern and Western Marsh Harriers Circus spilonotus and C. aeruginosus in the Baikal region of Eastern Siberia。
ディスプレイや繁殖様式の違いなども記されている]。
現在はヨーロッパチュウヒと別種とされるため、英名は Eastern Marsh Harrier がよい。
さらに古くはチュウヒの概念はもっと広く、Dement'ev and Gladkov (1951) ではヨーロッパチュウヒ (基亜種)、チュウヒ、アフリカチュウヒ、マダガスカルチュウヒ、レユニオンチュウヒ、ミナミチュウヒをすべて含んでいた。
当時の分類では亜種 spilonotus は東アジアのチュウヒの繁殖地と越冬地が含まれていた。
「鳥630図鑑」 (1988) では Asian Marsh Harrier の英名が与えられ、ヨーロッパチュウヒから分離されている。上記 Dement'ev and Gladkov (1951) の亜種 spilonotus の分布の他にニューギニア島も含まれており、現在の分類でのパプアチュウヒを含んでいたと考えられる。
「コンサイス鳥名事典」ではもっと広く、オーストラリアやポリネシアのチュウヒ類も含む記述になっている。これらの区分の考え方の違いは現代の分子系統分類での系統の近さを考えるとやむを得なかったであろう。
Circus spilonotus Kaup, 1847 (原記載) は基産地があまり明らかでなく Asia となっている。参考 によればタイプ標本の産地は Sharpe によればフィリピンとのこと。
フィリピンを産地とする記載もあって Circus philippinensis Steere, 1890 (参考)。おそらく "アジア型" としてシノニムとなったと想像される。
チュウヒ類は主に2つのグループに分けられる: 草原性の steppe harriers と沼地性の marsh harriers [Simmons (2000) "Harriers of the World"]。日本の種で前者に属するものはハイイロチュウヒ、ウスハイイロチュウヒで、後者に属するものはチュウヒ、(ヨーロッパチュウヒ) である。
マダラチュウヒは両者の中間的な性質がある (生態等からの従来分類で steppe 型、分子遺伝学的で marsh 型の系統との中間的位置にある)。特にハイイロチュウヒと、その他のチュウヒ類の好む環境や採食行動の違いを理解する上でこの分類は役立つであろう。系統的には marsh 型の方が新しいグループに属する。
以下 Catanach et al. (2024) に従ってこれまでと同様に並べる。英名の後の (S) (M) は steppe harriers と marsh harriers に対応する。
(伝統的チュウヒ亜科 Circinae に相当したもので拡張されたが: 現在は Accipitrinae に吸収)
パプアオオタカ属 Megatriorchis
パプアオオタカ Megatriorchis doriae Doria's Goshawk (Doria's Hawk に変更)
チュウヒ属 Circus
(系統 1)
アイレスチュウヒ(仮名)* Circus teauteensis Eyles's harrier (絶滅種)
ウスユキチュウヒ Circus assimilis Spotted Harrier (S)
(系統 2)
クロチュウヒ* Circus maurus Black Harrier (S)
ウスハイイロチュウヒ Circus macrourus Pallid Harrier (S)
ハイイロチュウヒ* Circus cyaneus Hen Harrier (S)
アンデスチュウヒ [高野 (1973) ではナンベイハイイロチュウヒ] Circus cinereus Cinereous Harrier (S)
アメリカハイイロチュウヒ Circus hudsonius Northern Harrier (S)
(系統 3)
ハネナガチュウヒ* Circus buffoni Long-winged Harrier (S)
ヒメハイイロチュウヒ* Circus pygargus Montagu's Harrier (S)
マダラチュウヒ Circus melanoleucos Pied Harrier (S)
ヨーロッパチュウヒ* Circus aeruginosus Western Marsh Harrier (M)
アフリカチュウヒ* Circus ranivorus African Marsh Harrier (M)
チュウヒ* Circus spilonotus Eastern Marsh Harrier (M)
パプアチュウヒ* Circus spilothorax Papuan Harrier (M)
ミナミチュウヒ* Circus approximans Swamp Harrier (M)
マダガスカルチュウヒ* Circus macrosceles Malagasy Harrier (M) (和名修正)
レユニオンチュウヒ* Circus maillardi Reunion Harrier (M) (和名修正)
チュウヒ類とオオタカ類の中間に位置するパプアオオタカ Megatriorchis doriae (英名 Doria's Goshawk)という単形属の変わった種類がある。
(広義) Accipiter 属に含まれると考えられたこともあったが、現代の分子系統研究はこれを支持せず、チュウヒ類からはやや離れているがオオタカ類からチュウヒ類が分岐したころの系統に近いと考えられる。
英名も分子系統を反映して Doria's Hawk と 2024 年変更された。
系統が少し離れるところに空行を入れてある。ここでは便宜上3系統に分けたが、それほど類縁関係が遠いわけではない。(系統 3) は最初2種はそれぞれ小さな別系統だが残りの種はよくまとまっている。
絶滅種の Circus teauteensis の和名は見つけられなかったため英名 (ニュージーランド古生物学者 Jim Eyles) から仮に与えてある。下記 [樹上営巣するチュウヒ類] に少し解説がある。
(系統 3) の最後の5種は同種に近いぐらい系統が近い。
レユニオンチュウヒとマダガスカルチュウヒの和名はどこかで逆になってしまっているようなので入れ替えてある。おそらく IOC 掲載の和名が逆になっているためと思われる。
分布は Circus maillardi が英名の通り現在レユニオン島のみに生息。Circus macrosceles はマダガスカルとコモロ諸島に生息。
かつては同種とされていた。さらに以前はヨーロッパチュウヒとチュウヒ以降の4種はすべて Circus aeruginosus の亜種とされていた。
高野 (1973) = Lloyd and Lloyd (1969) ではメスが褐色の上面と白い腰、下面には縦斑のあるグループとしてマダラチュウヒ、ハイイロチュウヒ、アンデスチュウヒ [高野 (1973) ではナンベイハイイロチュウヒ]、
ウスハイイロチュウヒ、ヒメハイイロチュウヒの5種をグループにまとめていたが分子遺伝系統的には特にまとまったグループではなさそうである。
チュウヒ類は比較的新しく種分化を遂げ、種間の違いが小さい。
この点はノスリ類と同様であり (#ノスリの備考参照)、雑種形成も起きやすいと考えられる。
マダラチュウヒはリスト最後の7種 (marsh harriers) より少し前 (250 万年前ぐらい) に分岐したと考えられ、多少異なっているが系統的にはやはり近いグループである。marsh harriers は単系統におさまるが、steppe harriers は多系統となる。
チュウヒ類の識別がしばしば困難であることにはこれらの類縁性もおそらく関係している (チュウヒ類で世界のデータベースの画像検索をすると、あまりに似た種が多くて正しく検索できているのか、あるいは識別が正しいのか悩まされるぐらいである)。
ヨーロッパチュウヒ (およびチュウヒ、他のチュウヒ類でも同様) では分布が広範であるにもかかわらず、ミトコンドリア遺伝子の多様性が低い。これはチュウヒ類の主な食物が齧歯類であり、獲物の個体数の大幅な増減が見られる特徴に関連している可能性がある。
獲物の個体数の減少が歴史的に何度も起きたことで捕食者の個体数が減少し、個体数のボトルネックを体験するなど遺伝的多様性が減少したことが考えられる [Oatley (2015); Simmons (2000)]。
"ringtail" harriers という表現があり、一部の種で若鳥、メスで種類を正確に識別しにくいものを指す。Forsman (2016) "Flight identification of raptors of Europe, North Africa and the Middle East" 2nd edition にも同じ表現が使われており、一番識別の難しいグループであるとも記されている。これは上記のようにチュウヒ類が系統的に近く似た特徴が現れやすいことに起因するのだろう。
歴史的には The Ringtail の名称がみられ、学名からはヒメハイイロチュウヒを指していたよう。
高野 (1973) = Lloyd and Lloyd (1969) の時代にはチュウヒダカ類 (Polyboroides属。ハチクマ亜科の前にあたるヒゲワシ亜科に類縁。#ハチクマの備考 [ハチクマ類の系統分類] 参照)、セイタカノスリ Geranospiza caerulescens もチュウヒ類に含まれていたが、系統関係はいずれもまったく違っていた。
Brown (1976) によれば南米とアフリカの距離が近かった時期の関連も考えていたが関係なかった。
[樹上営巣するチュウヒ類]
ご承知のようにチュウヒ類は地上に営巣するが、チュウヒ類の中で1種だけ樹上営巣のものがある。
ウスユキチュウヒ Circus assimilis 英名 Spotted Harrier というオーストラリアの種類。
チュウヒ類はクラッチサイズが大きいが、この1種はクラッチサイズが小さく、地上営巣がクラッチサイズが大きい要因になっていると考えられるとのこと [Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology"]。
Gabb (1984) The evolution of Tree-nesting and the Origin Spotted Harrier。
この著者はこの種ももともと地上営巣だったのが樹上性に移行したと考えている。樹上の巣の作り方も他の猛禽類に似ていないとのこと。
当時はチュウヒ類の進化系統はまだあまりわかっていなかったが、Catanach et al. (2024) の分子系統樹によればウスユキチュウヒは 広義の Accipiter 属からチュウヒ類が分岐する最初の枝 (あるいは前述の Megatriorchis 属の分岐の後) に当たり、
あるいは地上営巣だったのが樹上性に移行したのではなく、まだ樹上営巣習性のあるタカ類の性質を残したチュウヒ類なのかも知れない。
[チュウヒ類の離島への定着、ニュージーランドの鳥の定着と衰退]
系統樹でウスユキチュウヒと同じ枝にニュージーランドの絶滅種 Eyles's Harrier (Circus teauteensis) が含まれているが営巣習性はわからない。
島でしばしば見られる巨大化 (island gigantism) の典型例とされ、メス成鳥は体重 2.5-3.0 kg と推定されている。
ニュージーランドにはコウモリ以外の哺乳類がいないためオオタカのように主に鳥を狩っていたのではないかとの考えがある (チュウヒ類はオオタカ類から派生した系統で一種の先祖返りとも言える?)。
ニュージーランドを含めオセアニア離島には現在ミナミチュウヒが生息しているが、遺物の推定年代が 1000 年を超えない。Eyles's Harrier はミナミチュウヒの競争によって絶滅した可能性も考えられている [wikipedia 英語版より。Eyles's harrier のページでは過去の Worthy and Holdaway (2002) "The lost world of the Moa: Prehistoric Life of New Zealand" も引用しており、少しニュアンスが違う]。
ニュージーランドには過去2回の大きな導入の波があったとのこと: Rawlence et al. (2019) History Repeats: Large Scale Synchronous Biological Turnover in Avifauna From the Plio-Pleistocene and Late Holocene of New Zealand。
Anas 属のカモ類、ゴイサギ類、カオジロサギ Egretta novaehollandiae White-faced Heron、オーストラリアツバメ Hirundo neoxena Welcome Swallow、ノドグロカイツブリ Tachybaptus novaehollandiae Australasian Grebe
は人が定着して島を覆っていた森林が減少した結果定着可能になったものと考えている (約 1000-500 年前)。
1回めの大きな導入は 250-100 万年前ぐらいの森林の衰退期で、Eyles's harrier、
タカヘ (ノトルニス) Porphyrio hochstetteri South Island Takahe などの系統、ハーストイーグル Harpagornis moorei Haast's Eagle などはこの時代に定着して島で独自の進化を遂げたが人為活動により衰退または絶滅した可能性が考えられる。
Eyles's harrier も人為的な森林減少で空間が生まれてチュウヒ類が再度定着可能になり、ニッチが非常によく似たミナミチュウヒが定着した結果競争排除された可能性がある。
250-100 万年前ぐらいにニュージーランドで起きた環境変化に似た変化を短期間で人為活動がもたらしている (論文表題の「歴史はくり返す」の意味するところ)。
Knapp et al. (2021) Ancient Invaders: How Paleogenetic Tools Help to Identify and Understand Biological Invasions of the Past
もこの仮説を取り上げ、分子遺伝学 (準化石を含む) がこのような生物の侵入や衰退にどのように役立つか紹介したレビュー。
文献は How a giant eagle came to dominate ancient New Zealand (Boyce Upholt 2022) の記事から知った。
Brown (1976) pp. 81, 84 によればチュウヒ類は系統の近い Astur 属 (現在の分類で記述する) に比べて羽ばたきに適応しているとのこと。ソアリング中心の種類とは違って離島や海上遠方 (フィジーやニュージーランドなど) に分布するチュウヒ類があるのはそのためと説明している。
自力で海を越えて分布を広げる能力があり適切な環境があれば定着できるのだろう。
ミナミチュウヒは他にも離島に分散しており、哺乳類捕食者のいないフィジーでは固有のイグアナの脅威となっているとのこと:
Harlow et al. (2022) Predation of the critically endangered Fijian crested iguana (Brachylophus vitiensis) by the swamp harrier (Circus approximans)。ミナミチュウヒが爬虫類を主な食物とする初めての記録とのこと。
ミナミチュウヒは比較的強力な捕食者と思える。食性はジェネラリストのようで冬場は死肉も食べ、ロードキルの死体を食べて自身も犠牲になることがしばしばある (wikipedia 英語版より)。
日本のチュウヒともオオタカともまた少し違った点があるよう。
志村 (1997) Birder 11(2): 76-79 でミナミチュウヒのことが触れられており、森林の密生した環境では採餌できないが、山が放牧地となって標高の高いところまで生息地を広げた。日本で言えばチュウヒ、ノスリ、カラスに相当する位置を占めるとの説明がある。
人為導入された種ではないが広範に分布を広げた要因は人為活動が関連している。
チュウヒ類は亜種が非常に少ない。近年分離されて単形種とされたものがあることも理由と考えられるが、それ以外の種でも亜種が非常に少ない。離島に分布を広げたミナミチュウヒも IOC 14.2 では単形種となっている。
東南アジア地域を中心に多数の種に分化している Tachyspiza 属とは様相がかなり異なる。Tachyspiza 属の東南アジア地域は渡り能力の高いアカハラダカ (の祖先) が渡り能力を活かして分布を広げたと考えられるが、ミナミチュウヒでは種分化が起きない程度に海上を移動して遺伝的交流があるのだろうか。つまり多くの種類で見られるように島に定着して分散能力を失う傾向が少ないのだろうか。
それとも分岐年代が浅いだけで種分化の途中段階を見ているのだろうか。
ここでは長距離の渡りを行う点で Tachyspiza 属と比較したが、定住性の強い Spilornis 属 (カンムリワシなど) との違いはより顕著である。
チュウヒ類のこのような特性は大陸との違いを考える時に参考になるかも知れない。「大陸型チュウヒ」と言われる割には亜種に分かれていないのは分岐年代の浅さだけでなく、チュウヒ類固有のこのような分散特性に基づくのかも知れない。また分散特性が違うならばチュウヒ類はなぜ特別なのだろうか (→ 次の項目につながってしまった)。
[チュウヒ類の食性と生活様式の関係]
週間アニマルライフ (1973) pp. 2846-2847 のチュウヒの項目 (浦本・安部) では、当時はチュウヒを広く扱っていたため、ニュージーランドやオーストラリアの亜種の表現が登場する。現在ならばミナミチュウヒに対応する。
この地域に生息するノウサギ (外来種) を兎粘液腫 (ミクソーマ) ウイルス (これも個体数管理のために導入されたウイルス) に感染してほとんど全滅するまで主食としていたとのこと。
またアフリカに分布するチュウヒ類はしばしば大発生するトビバッタ類の大群に集まるとのこと。
これらの記述を見ると、チュウヒ類は r 戦略的な獲物 (#クマタカ備考の [クマタカ類の隔年繁殖の理由?] 参照) を得意としているように見える。
湿地もそもそも年による変動が大きく移ろいやすいものであり、特定の地域にとらわれず獲物を求めて移動する生活様式をとっているのでは。渡り能力の高さやクラッチ数の大きさもこのような生活様式を反映しているように見える。例えば分散能力が特に高くなったものがミナミチュウヒとも言えるだろう。
従って特定の樹木やテリトリーにこだわる樹上営巣はあまり向かなかったと考えると、チュウヒ類の環境嗜好が見えてくるような気がする。生活史戦略は次の [タカ類の一夫多妻] にもおそらく関係がありそう。
地上では繁殖失敗が多いのでメスがより多く卵を産めるように...はタマシギの説明にしばしば使われるがチュウヒでは雌雄の役割が違うのでそのままでは使えないかも知れない。しかしナンベイタマシギでは雌雄関係がタマシギと逆なのでどちらの性でもよいのかも知れない。猛禽類ではもっぱらオスが食物を捕るので雌雄の役割に著しい違いさえあれば同じような説明でよいのかも。
この特性 (推定) を考慮するとチュウヒ類が同じところにとどまってくれるものと想定し、場所を決めて保護区とする保護手段はあまり向かないかも知れない。そもそもある年に現れて別の年には現れない、あるいは年によって繁殖したりしなかったりするのはチュウヒ類の本質であって、一喜一憂するほどのことはない。しかしチュウヒ類に適した生息場所が一定以上の割合で広域に存在しなければ、いくら特定地域で保護を行っても数が減ってゆく可能性があるなど想像できる。
もしチュウヒ類自身が r 戦略的であれば、個体寿命はあまり長くなく、繁殖率が低下すると r 戦略的でない種よりも効果が顕著に現れるかも知れない。逆に好適な条件が整備されれば急速に数を増やす可能性もある。
上記週間アニマルライフの記事によれば英国では湿地の干拓、そして殺虫剤の使用によってチュウヒ (現在のヨーロッパチュウヒ) は急激に数を減らし、この記事の時点で6つがいとなって、そのうち半数が RSPB の保護区内に生息する状況となっていたとのこと。
その後は殺虫剤の禁止によって順調に数を増やして現在では危ない状況にはないとのこと: Marsh Harrier (Hawk and Owl Trust)。この記事を見ても成鳥の年生存率が 74% とあまり高くないことを示唆する。しかし #ハクトウワシ備考の [猛禽類の寿命記録] ではヨーロッパチュウヒで 20.1 年の事例があるのでそこまで短命ではないかも。
殺虫剤の禁止によって英国では順調に数を増やしたにもかかわらず、日本ではなぜそうなっていないのか問う必要があるのだろう。
[タカ類の一夫多妻]
タカ類では珍しく、チュウヒ類ではしばしば一夫多妻がみられる。
日本のチュウヒでも「基本的に一夫一妻制であるが、各地で一夫二妻の事例が確認されている
(日本野鳥の会岡山県支部 2002, 中川 2006, 千葉ほか 2008, 小栗ほか 2009, 多田ほか 2010)」
(出典) [橋本 kbird:06051 (2023.5.22)]。
北海道におけるチュウヒ Circus spilonotus の生態
その原因として以下のような仮説がある。Altenburg et al. (1982) Polygamy in the Marsh Harrier, Circus aeruginosu: Individual Variation in Hunting Performance and Number of Mates。
この説明ではオスの方が成熟が遅く、獲物を狩る能力の個体差が大きいので実効性比が偏るアイデアを述べている。
Into the Nest: Home, home on the range (northern harrier style) では
営巣できる環境が狭いので、巣の間隔が狭いことも要因になっているらしいとの解説がある。
Hayes et al. (2022) Typical Polygyny and Cooperative Polygyny in Ridgway's Hawk (Buteo ridgwayi)
ノスリ類でも複数の種類でば一夫多妻が知られている。
Driscoll and Rosenfield (2015) Polygyny Leads to Disproportionate Recruitment in Urban Cooper's Hawks (Accipiter cooperii)
都会に進出したクーパーハイタカでも知られている。
Wang et al. (2019) Polygyny in the Eurasian Kestrel (Falco tinnunculus): Behavior, Morphology, Age, Heterozygosity, and Relatedness
チョウゲンボウの一夫二妻。一夫二妻のオスはより翼開長が小さかった。2巣めのメスは若くてより小型だった。2巣を持つオスの餌運びは通常の2倍であった。
Ille et al. (2002) Paternity assurance in two species of colonially breeding falcon: the kestrel Falco tinnunculus and the red-footed falcon Falco vespertinus
コロニー営巣性、あるいはその傾向のある種類であるニシアカアシチョウゲンボウ (#アカアシチョウゲンボウの備考参照)、チョウゲンボウではつがい外交尾への防御行動もあるとのこと。
Bildstein (2017) "Raptors" p. 122 によれば、おそらく Simmons の記載を踏まえたものと思われるが、チュウヒ類が地上営巣性になったのは樹木の少ない環境に進出したためで、地上の捕食者のいる環境で地上営巣する弱点もある (#ミサゴの備考 [地上営巣するミサゴ] 参照)。
その欠点を補うべく loose colony 弱いコロニー性を持っていて、外敵に対して集団防衛 (モビング) を行うとのこと。雌雄の餌渡しが空中で行われるのも巣の位置をわかりにくくするため、との解説が出ている。
これらの記述に基づくと繁殖期のチュウヒ類は積極的に営巣場所を隠すようで、他のタカ類以上に観察圧に敏感かも知れない。
ヒメハイイロチュウヒ Circus pygargus Montagu's Harrier では警戒音が他個体を引き寄せるとの実験がある:
Arroyo et al. (2001) Colonial breeding and nest defence in Montagu's harrier (Circus pygargus)。
#オウチュウ備考の [警戒音の本質は何か] も参照。
Korpimaki (1988) Factors promoting polygyny in European birds of prey-a hypothesis
に当時ヨーロッパの猛禽類 (フクロウ類も含む) での一覧と考察が出ている。一夫多妻は齧歯類を食べる種類で多く、鳥を食べる種類では少ないとのこと。ハヤブサの事例があるとのこと。[Newton (1979) に
Weir の報告が出ているとのこと]。
松村 [kbird:06062 (2023.5.22)] によれば日本のハヤブサのでも未遂事例があったとのこと。チュウヒ類で巣の間隔が狭いことが理由に挙げられているが、このハヤブサの事例でも巣間距離が 320 m 程しかなかったとのことである。
先崎・先崎 (2015) Birder 29(10): 22-23 でも北海道のチュウヒの一夫多妻に触れられている。同じ個体でも年によって繁殖様式が異なることもあるそうである。
この記事では道央8月初旬 (秋の移動前) にカエルを食べに集まるチュウヒの記録が紹介されている。
浦 (2015) Birder 29(10): 26-27 に 2009 年よりチュウヒに GPS を装着して行動圏や渡りを調べた結果が紹介されている。
[ロシアのチュウヒ]
「大陸型チュウヒ」の表現はよく使われるが、ノスリとは異なり日本と大陸とで(少なくとも現在は)亜種は同じである。North Eurasia Birds Watchで大陸のチュウヒの写真を多数見ることができる (分布付き, 写真一覧)。
eBird でもロシアで撮影された写真が見られ、顔と風切先端のみが黒くて他はほぼ白い個体も記録されているがいかが考えられるだろうか。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) では、「オスには2種類の色型 (morph) があり、中間型もある。黒色型のオスでは頭とのどが黒く、背中と上部雨覆は黒いが明るい色か灰色っぽい縁取りがある (マダラチュウヒのオスでは背中と上部雨覆は完全に黒い。ヨーロッパチュウヒのオスでは頭頂は褐色)。翼下面と腹は白い (ヨーロッパチュウヒでは褐色)。
淡色型のオスでは色彩がより不明瞭で、頭、背中、上部雨覆は暗色と淡色のまだらになっており、しばしば黒よりは褐色が基調。初列風切と尾の縞が明瞭で腹と翼下面に斑点がある。オスは3歳で成鳥の色となり、亜成鳥は成鳥より暗色だが若鳥よりは明るい色をしている」と記載している (オスの色彩のみを抜粋。原文説明を読むことができる)。
ロシア沿海地方での繁殖: Shokhrin et al. (2020) Breeding birds of Primorsky Krai: the eastern marsh harrier Circus (aeruginosus) spilonotus (pp. 4745-4755)
(極東の鳥類42:沿海地方の繁殖する鳥類2 タカ科とハヤブサ科 で和訳が読める)。代表的な写真も収められており、ヨーロッパチュウヒとは色彩が明らかに異なるとのこと。
[フィリピンのチュウヒ]
Eastern Marsh Harrier (for ID confirmation) (Gid Ferrer 2024.10)
ずいぶん印象が違うがいかが判断されるだろうか。
調べてみると東南アジアのチュウヒにはこのように白っぽいものが多く見られる。
フィリピンの画像を調べると日本のチュウヒに似た色彩とこのような色彩のもの写真の両方がある。フィリピンのチェックリスト (2023) では亜種は記載なし。
Eastern Marsh Harrier Pampanga (Jopet Sy 2024.10) に2羽の写った写真もある。
Eastern Marsh Harrier (Jopet Sy 2024.10) こちらは白くないタイプの下面の画像。
[チュウヒ類の飛翔形]
チュウヒ類が飛翔する時に翼が浅い V 字型の形をとることはよく知られている。この飛翔タイプを英語では (positive) dihedral flight (dihedral は航空用語で上反。数学的には "2平面からなる"、の意味)。negative を付ける (あるいは anhedral) と逆 V 字型を指す。
いかにも不安定そうに見えるが、乱流などを受けて傾くと下がった方の翼はより揚力を発生するので実は力学的に安定していて効率がよいとのこと。rocking flight とも言われる (rock は岩ではなく、ロック音楽の由来となる "揺れる" の意味) [Bildstein (2017) "Raptors" pp. 37-38]。
ただし航空力学的にはそれほど簡単な話ではなさそうで、翼は可動部分も多く、鳥が姿勢を上手にコントロールしていることも含める必要があるのだろう。チュウヒ類については明確に記述した論文は見つけられなかった (他の実験動物に比べてチュウヒ類を扱うのは難しい点もあるだろう)。
Durston (2019) Quantifying the flight stability of free-gliding birds of prey (学位論文)。
この p. 182 に "dihedral effect" として dihedral は傾きを復元するモーメントを生じるとあるが、飛行機のような固定翼に対する概念でもあり議論はそう簡単ではない模様 (p. 194)。p. 199 に左右非対称な風切羽の開き方で生じる体軸まわりの回転の不安定性 (roll instability) を翼を dihedral に保つことで補正している記述とヒゲワシの写真があるがまだ仮説段階の模様。
航空力学では wikipedia に解説があったので引いておく Dihedral (aeronautics)。
Dihedral Effects in Aircraft Flight (Peterson 2013)
によれば正の dihedral angle は roll に対する安定性を増し、負の場合は操縦性 (機敏な運動を可能にする) が高まるとのこと。いずれも目的に応じて航空機に応用されている。
Control and Stability of Aircraft (aerospace engineering 2016) にも図解入りの説明がある。
一般的傾向はチュウヒ類の飛行の説明に当てはまるように見える。低速で失速しやすく低いところを飛ぶのでこの翼形が適切なのだろう。羽ばたいて姿勢を回復するのは音も出て獲物に対して目立ちやすくなるので自動安定の方が選ばれたのだろうか。
Bildstein (2017) では more efficient と書いてあったので最初に読んだ時はエネルギー効率が良い意味と想像したがそのような記述は文献には見つけられなかった。一般向け書籍なので広い意味で「より有効」の意味で使っている模様。
チュウヒ類は系統はオオタカ類に非常に近いが、(もちろん食物の応じて) オオタカ類が高速飛行かつ操縦性を高め、チュウヒ類が低速飛行で安定性を高めたため外見がかなり違って見えるようになったのかも。
positive dihedral の傾向も体重云々よりもゆっくり飛んで獲物を探すかどうかに関係が深いかも (イヌワシなど)。とまって獲物を探すハンティング法ではおそらくあまり必要でない。
なおチュウヒ類のように低くゆっくり飛んで獲物を探す飛行を "slow quartering" (quarter くまなく捜索する。英語辞書では意味は crisscross とある。もともと猟犬などに使われる用語) や "coursing" (こちらも猟犬用語) とも呼ぶとのこと (Bildstein 2017)。
カタグロトビなどのハンティング法も同じように "quartering" と呼ばれる [Black-winged Kite (The Peregrine Fund)]。
#カタグロトビ備考の Keirnan et al. (2022) でも共通点としてこの用語 (low, continuous forward flight over tall grasses and marshes with the beak pointed downwards と説明) が紹介されているがカタグロトビ類はホバリングを好む点でチュウヒ類と多少異なるとのこと。
Cheney et al. (2021) Raptor wing morphing with flight speed のように翼の形と飛行速度の関係の研究などはあって、フクロウ類とオオタカが使われている。尾の角度を調整することで抵抗を最小にする結果は他の研究でも得られている。
[腰の白いタカ類]
論文になっているわけではないが、Garcia et al. (2022) がポスター発表を出している Phylogenetic Signal of White Rump in Accipitriformes
タカ類の中で腰の白いものはチュウヒ類が特に多い (属のうち 81%)。例外はウスハイイロチュウヒ (ほんとう?)、ウスユキチュウヒとしている。
ウタオオタカ、オナガオオタカの系統もまとまっている。アフリカツミ、ニシアフリカツミもまとまっている。トカゲノスリも含まれる。このポスターは 2018 年の系統樹を用いて系統との関係は薄いと述べているが、最新のものを用いると 2024 年の新概念の亜科 Accipitrinae は腰の白いものが生じやすいよう。
他にも散発的にあるがノスリ亜科でやや目立つ感じ。サシバも含まれているが腰は白いのか?? 散発的な方ではコシジロイヌワシは名前の通り。
間違っているものも結構ありそうで、同じ種でも一部白いものもあるので文献を鵜呑みでなくしっかり調べることができ、個々の種に関心のある人も検討すべき課題だろう。
コシジロイヌワシの腰はなぜ白いのか、改めて考えると確かに不思議でもある。
チュウヒ類は系統的に近く、たまたま生じた白い腰が多数の種に共通しているように見えるだけかも知れない。
Brooke (2010) Unexplained recurrent features of the plumage of birds
鳥類全体でしばしば見られるが統一した説明はない。
捕食される側では Santos et al. (2015) Personality and morphological traits affect pigeon survival from raptor attacks
は捕食者を紛らわす可能性も考えているが効果が確かめられているわけではなくアイデア段階。
松本 (2007) Birder 21(10): 31 になわばりに侵入したトビを攻撃するハヤブサの写真があり、腰らしい部分を攻撃して羽毛が飛び散り、ハヤブサも少し羽毛を掴んでいた。
この場合は本格的な攻撃ではないだろうが、あるいは背中を攻撃 (モビングを含む) 鳥に対して腰の白斑がよい目標となって致命的な影響を受けずにすむ可能性を考えてみた。
#ワキスジハヤブサ備考の [ワキスジハヤブサによるペルシャのワシの狩り] "Husam al-Dawlah Timur Mirza" によればワキスジハヤブサに大型の鳥を狙わせる場合は背中を目標にするとのこと。特にハヤブサ類 (に限らないかも知れない) は背中に攻撃を加える習性があるかも知れない [Brown (1976) にも確かにそのような記述がある]。
チュウヒ類、ウタオオタカ類、オナガオオタカ、トカゲノスリも生態的に比較的弱い方の猛禽類なので攻撃に対して身を守る役割の可能性はあり得る気がした。
特にチュウヒ類、ウタオオタカ類は wing loading が小さく、ゆっくりした飛翔で食物を探すためより高速で飛ぶ猛禽類に狙われやすいかも知れない。
タニシトビ [高野 (1973) ではカタツムリトビ] Rostrhamus sociabilis Snail Kite も採食習性を考えるとこの説明が当てはまるかも。
名前の通りのコシジロノスリ Parabuteo leucorrhous White-rumped Hawk は生態がよくわかっていないとのこと (写真を見る限りではチュウヒ類ほどは白い腰は目立たない感じ)。同属のモモアカノスリにも腰の白い個体があるが、集団生活をするための社会的信号になっているかも。
#カタグロトビ備考の [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] で獲物になる鳥は腰の羽毛が抜けやすい傾向にあるとのこと。チュウヒ類などでも同様の傾向が見られるか調べてみる価値がありそう。
[チュウヒ類の首は長いか]
水谷 (2025) Birder 39(6): 75 でチュウヒの仲間はすべて首が長いが、その首をすぼめて下を向くと必然的に首の周りの羽が大きくふくらみ、パラボラアンテナ状に広がるとのこと。
ここではマダラチュウヒが取り扱われている。表記は "頸" が使われているが原著者が意図したものか判断できないのと、本稿では一般的表記を "首" としているためこちらを使用した。
機能に準じる形態が見えたとの表現で、水谷氏は首の羽毛が顔盤状に広がって集音装置の役割を果たしていると考えられていると読める。
チュウヒ類の首の長さは気になっていた点で「チュウヒの仲間はすべて首が長い」と書かれると「我が意を得たり!」と感じたが、これまでそのような記述を読んだことがなくあまり自信を持って触れることができなかった。骨格も含めて本当に長いのかどうかは例によって確認できていないが、少なくとも地上にとまっている時の外見上はそのように感じる。地上で営巣や食事をする際の警戒のための適応と考えていた (近縁のグループに対する関係ではツバメチドリもそのような印象を受ける)。
水谷氏の記述により別の機能が考えられることになる。
#ウスハイイロチュウヒの備考 [チュウヒ類の音源定位] で紹介のようにチュウヒ類が聴覚に依存した音源定位を行っている証拠は各方面で集まりつつあり、外見的にも顔盤が見られる。
フクロウ類では羽毛の研究から顔盤に集音機能があることを示唆する研究がある (#ヒガシメンフクロウ備考 [フクロウ類の音源定位] Hausmann et al. (2009) 参照)。
チュウヒ類ではそこまで知られているかどうかは不明。[チュウヒ類の音源定位] の Citron et al. (2025) では頭骨の構造、脳の神経核の構造ともフクロウ類と類似性が認められた。
関心のある方であれば Jollie (1976, 1977) p. 34 fig. 24 を見ていただければハイイロチュウヒの解剖図で非常に大きな外耳開口部分が描かれており、顔盤はフクロウ類に似ていて外耳開口部分周囲の羽区・裸区の配置が顔盤の形成に役立っているらしい図が描かれている。
この図を見る限りでは首の羽毛は集音機能にはあまり役立っていないかも知れないが、あくまで Jollie の解釈による図版なので実際には役立っているかも知れない。
チュウヒ類の後頸の羽毛の音響特性を調べればよいので、(新鮮な羽毛をどのように手に入れるかの問題があるが) 検体さえあれば実験的検証はおそらくそれほど難しくないのではと想像する。海外では数の多いチュウヒ類もあるのでアイデアさえあれば可能なのでは。
個人的にもう一つ気になったのは [チュウヒ類の音源定位] の Citron et al. (2025) にあるように脳神経科学的にはチュウヒ類はフクロウ類に比べて上下方向の音源定位能力が低い可能性があり (ただし確かめられていない)、行動によって補っているアイデアが提唱されている点が挙げられる。チュウヒ類は飛びながら頭を動かして音源定位のためのスキャンを行っているのではないだろうか。
フクロウ類に耳の左右差は別になくても頭をちょっと傾ければよいのではとの指摘があるが、これも解釈があって、齧歯類の出す音は短いので頭を傾けなくても済むならばそちらの方が有利との意見がある [フクロウ類の音源定位] (Norberg 1968, 1978)。チュウヒ類はまさしくそれを行っているのでは?
フクロウ類に比べてタカ類の方がもともと首が長いのでチュウヒ類はもっぱらそちらを利用し、フクロウ類は頭骨や羽毛に左右差を設けることで上下方向の音源定位を行う方に進化したのでは? など考えてしまう。この機能を用いているならばチュウヒ類の首が多少長くなるのは有利かも知れない。
参考までに週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 93 p. 6 でフクロウ類が首をかしげるのも左右の音の位置を調べるためと解説されていた。
#チョウゲンボウ備考の [チョウゲンボウはなぜ頭を上下左右に動かすか] にあるようにチョウゲンボウが頭を上下左右に動かすのはチョウゲンボウ類では眼球の動きが少ないことも理由に挙げられていた。チュウヒ類も音源を用いる定位とともに視覚による遠近感も併用していると想像すれば、頭の移動などに伴う視差 (motion parallax) も首が長い方が有利かも知れない。
ミサゴでも飛びながら獲物を探すのに有利とのちょっと怪しげな説もある (#ミサゴ備考 [大きすぎる獲物で溺れてしまうミサゴの話は本当か] Pandionidae - Discovering the Enchanting Bird Family に登場)。
チュウヒ類はオオタカ類と系統が非常に近い。オオタカ類も首が長い傾向はあるのだろうか (識別点にも出てくるが定量的には不明)。もしオオタカ類の系統ですでに首が長い傾向が現れていたならばチュウヒ類を進化させるのに多少役立ったかも知れない。
そのような考えから改めて Catanach et al. (2024) の分子系統樹を見ると、我々が旧 (広義) ハイタカ属は首が短いと感じてしまうのは、ツミなどの Tachyspiza 属やハイタカなどの狭義 Accipiter 属 (世界の分類がすでに変わってしまっているので "狭義" などいちいち付けなくてもよいかも知れない) にとらわれすぎかも知れない。
現代の Accipitrinae 亜科 (和名不明) はチュウヒ類も含んでいてむしろ話がしやすいが、Accipitrinae まで範囲を広げるとウタオオタカ族 Melieracini も含まれるので、Accipitrinae はそもそも長めの首が祖先形質だったと考えてよいのだろう。
Tachyspiza 属 (と言っても我々に馴染みの種類の範囲で) や狭義 Accipiter 属は飛翔性小鳥食に適応したため採食行動に応じて首を短くする選択圧が働いていたが (方向転換の際の空気抵抗を減らすため突起を減らす? 小鳥を追う際に視線を安定させる? 理屈はよくわからない)、
オオタカ類の系統では食性の幅が広がって小鳥食の制約からかなり開放され、首を短くする選択圧が弱まって (学術的には relaxed selection の表現がよく使われる) Accipitrinae 本来の形質が戻ってきたと考えればよいのではないだろうか。
北米では Astur 属のクーパーハイタカと狭義 Accipiter 属のアシボソハイタカの重要な識別点の一つに首の長さが挙げられる (とまっている際にアシボソハイタカではほとんど首がないように見える)。やはり Astur 属の特徴と言ってよいのだろう。
チュウヒ類ではその傾向はさらに顕著となり、ウタオオタカ類に似た形態になってきた。系統の異なるチュウヒダカ類 (Polyboroides 属、Harrier-Hawks) との類似性は収斂進化のようなものかも知れないが、どちらにしても環境や生態に応じて似た形態を作る遺伝的基盤があるのではないかと感じる。
現代の Accipitrinae 亜科は一見あまりに茫漠として特徴をまとめにくい感じがするが、ウタオオタカ類やチュウヒ類が本来形態で、ツミなどの Tachyspiza 属やハイタカはむしろ特殊化の産物と考えれば理解しやすい気がする。
Tachyspiza 属の種数が多い (これは島の固有種が多いのも要因の一つ) ため古い分類では圧倒的に Tachyspiza 属が主要系統に見え、チュウヒ類が特殊化の産物のように見えるが必ずしもそうではないかも知れない。
オオタカ類とチュウヒ類をつなぐ位置に相当するパプアオオタカ Megatriorchis doriae Doria's Hawk の形態はヒントになりそうだが希少種で写真が少ない。しかし画像を見ると模様はオオタカ類の若鳥に似ているがほっそりして首が長い印象を受ける。ついハチクマと比べてしまう習慣があるが、嘴周辺を除いた全身の形態はハチクマ亜科にも見えてしまう。
この考察を通じて Accipitrinae 亜科は寄せ混ぜではなく、なぜ系統的にグループにまとまっているのかある程度理解ができた感じがする。チュウヒ類を特殊化の産物と考えず考察することが鍵になると思える。
またカンムリオオタカ属 Lophospiza が Accipitrinae 亜科から外れて カンムリオオタカ亜科 Lophospizinae となることも興味深い。姿は似ているがオオタカとは相当異なるグループで、上記のような視点で見ると Accipitrinae 亜科との共通性は弱いだろうか。検討課題である。
オオタカ類とチュウヒ類の関係を考える際には、オオタカやアメリカオオタカでは高音の音への感度がそれほど高くないので聴覚の感覚生理がどのように進化したのか若干不思議なところもある。もっともこれも Astur 属の代表種がオオタカやアメリカオオタカと思っているだけのことなので、別種では別の適応を示しているかも知れない。
-
ハイイロチュウヒ
- 第8版学名:Circus cyaneus (キルクス キューアネウス) 青っぽいチュウヒ (IOC も同じ)
- 第7版種学名:第8版と同じ
- 第7版亜種学名:Circus cyaneus cyaneus (キルクス キューアネウス キューアネウス) 青っぽいチュウヒ
- 属名:circus (m) チュウヒ (circus (m) 円弧、求愛の時の旋回行動から)
- 種小名:cyaneus (adj) 青っぽい
- 英名:Hen Harrier
- 備考:
circus は#チュウヒ参照。
cyaneus は冒頭が長母音。アクセントは a にある (キューアネウス)。
cyaneus は青にも使われる単語だが、一般にはもっと曖昧な色も指す (#カタグロトビ備考参照)。
ハイイロチュウヒの和名で色彩的には違和感がないが、種小名の cyaneus とは少し合わない感じがする。
現在のヒメハイイロチュウヒ類似種の概念に対して古く Circus cineraceus (灰色っぽいチュウヒ) の学名が存在し、Dement'ev and Gladkov (1951) によればヒメハイイロチュウヒのシノニムに Circus cineraceus abdullae Floericke, 1896 が存在するとのこと。
かつてはハイイロチュウヒ類の種概念は曖昧で、19 世紀末でも分類学者によっては Circus cineraceus の学名を用いていたことがわかる。
つまり当時この学名や対応する英名が日本に入って訳されてハイイロチュウヒとなった可能性もあるように思える。
Kessler (1851) では Circus cineraceus とハイイロチュウヒは別種扱いだったので分類学者によって見解が異なっていたものと想像できる。cineraceus の種小名の初出はこの文献からはわからないが Mont. とあり、少なくとも Montagu はこの種小名を用いていたよう。
Falco cineraceus Montagu, 1802 (参考) 基産地 Wiltshire, England (英国) で冬の記録だった模様。
Montagu の用いた Falco cineraceus に由来する "Gray Falcon" の英名もあった。Pouchet (1860) Researches on the Corpuscles introduced by the Atmosphere into the Respiratory Ornags of Animals
などに用例 (この場合は訳例) がある。"Ash coloured falcon" のような英名、
The Montagu Harrier Morris's British Birds 1891 によれば cinerarius の綴り (参考。無効名とのこと) もあり、Buteo cineraceus と属を変えた用例もあったとのこと。
Falco cinereus Pennant, 1776 (参考) 基産地 Anatria (トルコ) の用例がすでにあったためと想像できる。
これが何を指していたのかはわからないが、Falco cinereus Piller & Mitterpacher, 1783 (Falco cinereus Gmelin, 1788 (参考) の同名の用例は Ashcoloured Buzzard でハドソン湾が基産地となっていてこちらはアメリカハイイロチュウヒらしい印象を受ける。
Falco cinereus では何を指しているか明瞭でなかったため少し語尾を追加した学名が与えられたらしい。
Falco fuscus Miller, 1777 (参考), Falco fuscus Gmelin, 1788 (参考) の名称があり後者の記載からはハヤブサを指したものと想像できる。
Bechstein はこの名称はすでに用いられていると考えて Falco cinerascens Bechstein, 1811 (参考) と新名を与えたが、このカードの記載によればすでに用いられていたのは通称の方で学名ではなかったとのこと。チュウヒ、タカ、ハヤブサ類すべてを含め、Falco にまとめられていた時代に名称が混乱していたことがわかる。
この時代より後でも Circus cinereus Vieillot, 1816 (参考) などの用例があった。
pygargus の方の種小名は Linnaeus (1758) にすでに記述されたものだったが、類似したチュウヒ類のうち何を指しているか明確でなかった (pygargus の語源にも関係する。#ヒメハイイロチュウヒ備考参照) ため、後の学名の方が使われていたのかも知れない。cyaneus の方は Linnaeus (1766) 由来。
つまり pygargus, cyaneus の両者を有効と認めてこれらの類縁チュウヒ類を同種とみなすならば cyaneus は pygargus の亜種となることになる。Naumann は pygargus を基亜種とみなしたらしいことは Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" から判断できる。
さまざまな立場の扱いがあっただろうことは想像できる。
また学名が変わっても英名はしばらく引き継がれていた可能性もある。
Ogawa (1908) のハイイロチュウヒの扱いは現在と同じ (チュウヒは異なる) で、この資料からは和名と古い学名の関係は読み取れない。
分割のため第7版学名は亜種まで記した。
日本鳥類目録改訂第7版では亜種 cyaneus となっていたが日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で亜種名が削除されている。
これはかつてアメリカハイイロチュウヒ Circus hudsonius (英名 American Harrier/Northern Harrier) がハイイロチュウヒの亜種となっていたため。
分子遺伝学研究が発表される前ではあるが、AOU は 1886 年第1版ですでにアメリカハイイロチュウヒを別種扱いでそのまま現在に至っている。IOC は少なくとも 2.10 の時点、HBW はオンラインで Alive となった 2015 年に別種とした。
一般的には次の分子遺伝学研究を待って別種とされたようで、Clements, eBird は 2016 年までは亜種扱いだった。
アメリカハイイロチュウヒの Linnaeus (1766) による記載時学名は Falco hudsonius (原記載)。
ハイイロチュウヒも同じ文献で記載している (原記載) がアメリカハイイロチュウヒと類似していると考えていなかったのか配置場所が違う。アメリカハイイロチュウヒはむしろチョウゲンボウに近いと推定していたように読める。
ハイイロチュウヒとアメリカハイイロチュウヒの分類の歴史や違いについては Etherington and Mobley (2016)
Molecular phylogeny, morphology and life-history comparisons within Circus cyaneus reveal the presence of two distinct evolutionary lineages も参照。
ハイイロチュウヒには別に亜種 taissiae が提唱されていた。ヤクーチア-サハのコリマ川地域で採集された2個体に基づき Circus taissiae Buturlin, 1908 と記載されたもの (参考)
[BirdForum taissiae は Kolyma の女医 (原文に基づき表記する) Tassia Michailovna Akimova への献名だが人物像がわからないとのこと。
Tat'yana Michajlovna Akimova の名前の医師の名前はあるが綴りが違い、1898 年生まれと時期も合わない。
ここからコメント: Tat'yana の親称の一つに Tasya があるので、Tat'yana でも構わないかも。ポピュラーな名前なので同姓同名は多数ありそう。
原記載]。
これは Dement'ev and Gladkov (1951) でも現在でも cyaneus のシノニムとされる。現在では多くのリストが分割後のハイイロチュウヒを単形種としている。
志村 (1995) Birder 9(9): 76-78 によればハイイロチュウヒのフランス名に聖マルタンの鳥の名称があり、11月11日の同名の祝日前後に渡りが見られることから名付けられたとのこと。
Busard Saint-Martin (oiseaux.net) でフランス名を見ることができる。
現在でもフランスの標準的名称のよう (2024 年のリストでも同様)。フランス語ではチュウヒ類は bussard とノスリ buse に似た名前で呼んでいる。
OED によればチュウヒ類を指す harrier の英語はハイイロチュウヒの Hen harrier で用いられたのが最初で、Willughby & Ray, Ornithologiae (1676) に登場した。語源は harry (戦争などで荒らす、侵攻する) + er とのこと。猛禽類を指すため自然な造語だったのかも知れないがあまりよい意味ではなかったよう。Hen harrier (語義通りならばニワトリを荒らす者) がいつまでも迫害される遠因ともなっているのかも。
Circus 属 (当時は亜属) を指して Harrier と呼ぼうと書いたのは Bonaparte, American Ornithology (1828)。1834 年の用例では very indefatigable in their hunting, and highly destructive of the feathered tribes とあり非常に破壊的など記され、相当誤解されていたらしい。
[チュウヒ類の兄弟殺し]
チュウヒ類ではほとんど兄弟殺し (#イヌワシの備考参照) は見られないが、Fernandez-Bellon et al. (2018)
Video Evidence of Siblicide and Cannibalism, Movement of Nestlings by Adults, and Interactions with Predators in Nesting Hen Harriers に確実な記録が紹介されている。
Redondo et al. (2019) Broodmate aggression and life history variation in accipitrid birds of prey によればハイイロチュウヒはスコア0になっている。チュウヒ類に類縁のオオタカでは3になっているが、(広義の) Accipiter では全体的にスコア低め。
これはこの論文の結論の一つであるクラッチサイズが小さいほど兄弟殺しが起きる傾向が高い (相関は一番強い) 根拠となるデータになっているようである。
なおこの論文の冒頭の方に兄弟殺しが起きる傾向を高める7つの要因が挙げられている:
(1) 専有できるタイプの食物、(2) 一腹のひなの数が少ない、(3) 食物を運ぶ頻度が低い (大きな食物を少数回運ぶ)、(4) 成長の早い段階で攻撃能力がある、(5) 食物を与える速度が遅い、(6) その後の競争にも影響が及ぶ場合、(7) ひなの期間が長い。
[ハイイロチュウヒのメスの begging call の役割]
Redpath et al. (2017) Female begging calls reflect nutritional need of nestlings in the hen harrier Circus cyaneus
によればハイイロチュウヒではメスが子育て、オスが食物を運ぶ分担があり、空中で餌渡しがよく行われるためオスにはひなが空腹かどうか直接わからない。
メスが出す begging call がひなの要求を反映したものか (Offspring Need Hypothesis) メスの要求を反映したものか (Breeder Need Hypothesis) の仮説が考えられていた。大きな声で人が 1 km 離れていても聞こえるとのこと。
この研究ではメスの体重が子育て中に減るため後者の仮説ならば begging call が次第に増えるはず、ひなの成長は中盤が一番盛んなので前者の仮説ではこの時期が最大になると仮定した。
ひなの要求を反映したものと解釈できる結果となったとのこと。メスの声が必要性を正直に伝えていると解釈するのがもっともらしい。
しかしひなが食物要求をするとメスの begging call が増えているだけに過ぎないなどの不明な点もある。
[渡りをするタカ類の系統]
Nagy and Tokolyi (2014) Phylogeny, historical biogeography and the evolution of migration in accipitrid birds of prey (Aves: Accipitriformes)
渡りをするタカ類の系統研究がある。どこに入れてもよいのだがチュウヒ類の渡り傾向が系統的にも目立つためここで紹介しておく。タカ類のそれぞれの系統の祖先は熱帯か亜熱帯に近いところだが、独立して何回も渡りの習性を身につけたとのこと。
どこでいつ渡りの習性が始まったのかは系統樹をじっくり見ていただくと面白いと思う。
これはタカ類で磁気定位に関連が深いと考えられる Cry4 遺伝子がよく保存されていることにも関係がありそうに見える (#アマツバメの備考参照)。
Cry4 遺伝子を失った系統もあったかも知れないが、Cry4 を持っている方が分布拡大に有利であったためにそのような系統が中心に残っている可能性もあるかも知れない。
ノスリ類も渡り傾向の強いグループ。
中新世 (2300-500 万年前) 中期には何度も寒冷化イベントが起きて森林が衰退し、草原が広がるなどタカ類にとって新しい生息環境が出現しやすかったと考えられる。タカ類の系統はこの前に現れていて (#ミサゴの備考の [近代的な陸鳥の進化] 参照) 渡りの習性を利用して生活圏を広げたと想像できる。逆方向への進化はずっと少ない。
予想に反して温血動物または死体への食物依存と渡りはあまり相関がなかった。渡りをするかしないかには別の因子も働いていると考えられる。
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ウスハイイロチュウヒ (第8版で検討種)
- 学名:Circus macrourus (キルクス マクロウールス) 大きな尾のチュウヒ
- 属名:circus (m) チュウヒ (circus (m) 円弧、求愛の時の旋回行動から)
- 種小名:macrourus (合) 大きな尾の (macro- (接頭辞) 大きな Gk、-ouros 尾の)
- 英名:Pallid Harrier
- 備考:
circus は#チュウヒ参照。
macrourus ギリシャ語由来で尾を意味する -urus で終わる学名は発音とアクセントが共通になり覚えやすいため同様に最初の u を長母音とする解釈を採用した。
由来となるギリシャ語の oura は "ウーラー" が原初の読み方。
かつて用いられた Circus pallidus Sykes, 1832 (参考。基産地 Dukhun とインドのデカン高原) があり、この学名での図版も登場するので、英名はこの学名の意味と同じと考えてよさそう。和名も英名からの訳が想像される。
Accipiter macrourus Gmelin, 1770 基産地 Voronezh, southern Russia (ロシア南部) の記載の方が早いのでこの学名が採用されている。
Falco pallidus Schlegel & Sysemihl は Circus pallidus と後に同定されたが、#コチョウゲンボウ の亜種学名に一時的に影響を与えていた。
日本鳥類目録改訂第7版で追加。日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で検討種に移動(文献で類似種との識別点が明確に示されていないため)。日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でも検討種。単形種。
[チュウヒ類の音源定位]
チュウヒ類の中でも小型齧歯類への依存性が最も高い種で、顔盤がよく発達している (聴力がよいことを示唆している)。
チュウヒ類がフクロウ類同様に音源定位を行えることを示した研究がある:
Rice (1982) Acoustical Location of Prey by the Marsh Hawk: Adaptation to Concealed Prey。
論文記載の学名からはハイイロチュウヒに見えるが現在の分類ではアメリカチュウヒ Circus hudsonius であろう。いずれにしてもハイイロチュウヒに近い仲間である。
この実験ではアメリカチュウヒ、コミミズク、アカオノスリ、アメリカチョウゲンボウを使って水平方向の音源定位能力を調べている。コミミズクは 1-2°、アメリカチュウヒで 2°、他の猛禽類では 8-12° を得ている。
小西他の研究 (#ヒガシメンフクロウの備考参照) のころの研究で特に垂直方向の定位能力が高すぎる印象を受けるが (実験方法も小西他の研究ほど厳密なものではなさそうに見えるので結果も多少違うのだろう)、基本的にはフクロウ類と同程度の音源定位能力があるものと思われる。
鳥類の感覚の比較研究をまとめた Wylie et al. (2015) Integrating brain, behavior, and phylogeny to understand the evolution of sensory systems in birds でも引用されているがチュウヒ類の神経科学的研究はまだ行われていないようである。
Pecsics et al. (2021) The possible occurrence of cranial asymmetry in three harrier (Accipitridae: Circus) species はヨーロッパチュウヒ、ハイイロチュウヒなどの頭骨を測定し、聴力に関係すると思われる左右の非対称性を調べている。
Citron et al. (2025) The evolution of an "owl-like" auditory system in harriers: Anatomical evidence
(一般向け解説)
チュウヒ類は頭骨の構造、脳の神経核の構造ともにフクロウ類と類似性が認められたが、耳の左右の非対称性や内耳の拡大は認められなかった。左右の時間差を検出する神経核が発達している (nucleus magnocellularis, nucleus laminaris が他の同じサイズのタカの 3 倍と 12 倍とのこと)。
水平方向の角度分解能は高いことが期待されるが、垂直方向は非対称性な耳を持つフクロウ類ほどではないだろうとのこと。独自の獲物を探す方法 (quartering flight) で効率を高めている可能性がある。ただしいずれも実験的検証は行われていない。
オーストラリアのウスユキチュウヒ Circus assimilis Spotted Harrier やカナダのアメリカハイイロチュウヒ Circus hudsonius Northern Harrier が取り上げられている。脳科学の視点からもチュウヒ類が聴力を使っていると考えてよさそう。
祖先系統がオオタカに近いので系統的制約もあるので、古くから適応したフクロウ類ほどではないとしても頑張っているところだろうか。逆に言えばオオタカに近い系統でも聴力の余力はあると考えられるのでチュウヒ類に限らず活用している種類があるかも知れない。
[音を出さない羽毛構造]
聴覚に頼って獲物を探すフクロウ類が飛行時音を出さない羽毛構造を持っていることはよく知られているが、同様の構造はチュウヒ類にも存在するとのこと。
Clark et al. (2020a) Evolutionary and Ecological Correlates of Quiet Flight in Nightbirds, Hawks, Falcons, and Owls
によればガマグチヨタカなどの一部ヨタカ系統、ゆっくり飛ぶタカ類の一部、聴覚を使って獲物を探すことは知られていないがゆっくり飛ぶチョウゲンボウなどに同様の構造が存在し、聴覚で獲物を探すのに雑音にならない、また獲物に気付かれない仮説を支持する結果となっている。
反響定位 (echolocation) を行う鳥ではみられず、反響定位のために進化した特徴ではない。
Clark et al. (2020b) Evolution and Ecology of Silent Flight in Owls and Other Flying Vertebrates (オープンアクセスでこちらをおすすめする) はフクロウ類を中心に無音飛行の系統関係や意義をまとめている。
多くのフクロウ類はほぼ無音に近いが、マレーウオミミズク Ketupa ketupu Buffy Fish-Owl、アカウオクイフクロウ Scotopelia ussheri Rufous Fishing Owl などは羽音を出して飛ぶ。
タカ類ではアメリカハイイロチュウヒとオジロトビ [高野 (1973) ではオジロハイイロトビ] Elanus leucurus White-tailed Kite に見つかったとのこと (カタグロトビに近縁。薄明時に活動する) が同様の構造を持つ例として挙げられているが羽音の超音波成分を記録した資料は存在しないとのこと。多くはバットディテクターを用いて測定されているが超音波に感度のあるマイクロフォンを利用した録音も用いられている。
同様の構造はヨタカ系統の一部でもみられ、ヨタカ属も含まれている。系統の近いアマツバメ類には見られない。
無音飛行は複数の系統で独立に進化したもの。
音の出る鳥の羽音のスペクトル測定結果も出ており、鳥の可聴域を超えるものが多いのでどちらかと言えば哺乳類の獲物に対する対策かも。周波数が高いのでこすれによる音と考えられる。
フクロウ類では velvet 構造が発達しているが、これが抑制しているのは上記飛行音の出るタカ類などの音の性質から流体力学的機構で発生する音 (タシギ類の drumming などに対応。この部分の話は予備知識として #オオジシギ備考の [羽音と流体力学] を参照していただくのがわかりやすい)
ではなく、擦れによる structural noise の方との結論になった。
上記では silent flight を無音飛行と訳したがそこまで音が出ないわけではないらしい: Wagner ete al. (2017) Features of owl wings that promote silent flight
に文献から測定値が紹介されている。人が主に羽音を聞くような低い周波数帯では 5-10 dB 低い程度で思ったほど無音ではなかった (おそらく超音波領域の無音効果の方が生態的は役立っているのでは?)。
この論文ではよく言われる前面 (leading edge) の serrations セレーション (新幹線にも応用され有名だがこちらはむしろ流体力学効果か) が音の抑制に役立っているかどうかは複雑でまだよくわかっていないとある。過去の実験では除去しても音はあまり変わらず、着地近くのみ違いがあったなどの報告もある。
5 dB 程度は減弱効果があるとの研究もあるが、研究の主な焦点は応用のためで高速飛行に相当する状態で調べたものが多い。生態学的には夜間活動する種類ほど音の影響が大きいと考えらえるが、serrations は夜行性の種類の方が発達している傾向があり消音に役立っている証拠ではとのこと。
serrations が音に影響を与えることは確かだが、航空力学効果もあって渦の消滅が早く、低速で翼を向かい角の大きい飛行で失速しないことにも役立っている。
Clark et al. (2020b) にもあるように velvet 構造が音の発生を抑制している点はむしろ確実。この構造は航空力学的にも影響を与え、摩擦による効力で揚力/抗力比を下げる可能性がある。しかし低速飛行を安定させる効果があるとのこと。velvet 構造を実際に応用した事例は知らないとのこと。
フクロウ類の翼の後ろ側 (trailing edge) の羽毛は hooklet (細突起?) の絡み合いがなく fringes となっている。状況によってこれは最大 10 dB の音の減弱に役立つとのこと。
ということで、フクロウ類の無音飛行における羽毛の役割として serrations だけに焦点を当てて説明するのはあまり適当でない模様。
LePiane and Clark (2020) Evidence that the Dorsal Velvet of Barn Owl Wing Feathers Decreases Rubbing Sounds during Flapping Flight
がメンフクロウにヘアスプレーをかけて velvet 構造を失わせると 0.1-16 kHz の全範囲で音が大きくなったとのこと。打ち上げの時の音がより大きな影響を受け、羽ばたき時の音のかなりの部分は羽同士の摩擦による音の仮説を裏付けるとのこと。
Lawley et al. (2019) Flow Features of the Near Wake of the Australian Boobook Owl (Ninox boobook) During Flapping Flight Suggest an Aerodynamic Mechanism of Sound Suppression for Stealthy Flight
オーストラリアのミナミアオバズク Ninox boobook Southern Boobook を使った研究では、スズメ目の鳥に比べて羽ばたき飛行時に整列した wake (後流または伴流) がほとんど見えない。
前述のような翼の羽毛の構造の効果の組み合わせで流れのスケール長が小さくなっているのでは。圧力勾配を小さくする効果があるので音の減弱にも役立つ可能性がある。
Krishnan et al. (2020) Turbulent Wake-Flow Characteristics in the Near Wake of Freely Flying Raptors: A Comparative Analysis Between an Owl and a Hawk
もフクロウとタカを風洞内を飛ばせる実験で同じような結果を得ている。
Schalcher et al. (2024) Landing force reveals new form of motion-induced sound camouflage in a wild predator
メンフクロウが着地の際に速度を落として着地音を減弱している (音そのものを直接測っているわけではなく加速度計による力の測定から推定)。とまり木にとまる時は硬い人工物にとまるより衝撃が小さい。
着地の衝撃が小さいほど次の狩りの成功率が高まる。繁殖期のオスとメスで行動が異なり、オスの方がゆっくり飛びとまり木をあまり使わなかった。オスは頻回に獲物を運ぶ必要があるため待ち時間の長いとまって待つ方法を採用していないのではないかとのこと。
解釈の部分はともかく、力を測定できるぐらいの高時間分解能の加速度データ、GPS データを野外で取れるようになって可能となった研究と考えてよさそう。
おまけ情報としてヘビクイワシは体重の 5.1 倍の力を筋力だけで出しているとのこと (ヘビクイワシの続きは #ミサゴ備考の [猛禽類の分類など] の方に)。
脚がかなりの部分羽毛で覆われていて音を消しているなどあるいは書いてないかと思ったが特に触れてなかった。
Liu and Clark (2024) Acoustics of rubbing feathers: the velvet of owl feathers reduces frictional noise
が 17 種の猛禽類などの羽をこすって音を調べた。アカオノスリやアメリカチョウゲンボウのようにかつて知られていなかった種に有意に消音機能があるが何に役立てているかは不明。
調べられた種を見ると齧歯類の鋭敏な聴覚対応のようにも見える。コンドルの羽が一番うるさかったとのこと。またここで調べられた中では4系統で消音機能が独立に進化した。猛禽類以外ではプアーウィルヨタカ Phalaenoptilus nuttallii Common Poorwill。
かつてヨタカの飛び出しの羽音を録音しようとしてほとんど記録されなかったのを思い出した。前述の Clark et al. (2020b) にも載っているが、日本のヨタカも消音機能を持つ方に分類されるのだろうか。
系統は異なるが、ハジロヨタカ Eleothreptus candicans White-winged Nightjar は積極的に羽音を使うようで珍しい音声と羽音が記録された White-winged Nightjar (xeno-canto)。
カワラバトの羽音が大きいのは消音していないというより羽音を積極的にコミュニケーションに用いているためかも知れない。アオバトでも羽音は大きく団体で突然飛ぶと結構驚くことがある (#オオジシギ備考の [羽音と流体力学] も参照)。
アカオノスリやアメリカチョウゲンボウの風切羽には実際に velvet 構造があることもわかった。過去に消音機能がフクロウ類と収斂進化があると報告されたカタグロトビ類 (#カタグロトビの備考 [系統とフクロウ類との収斂進化] 参照) では オジロトビ [高野 (1973) ではオジロハイイロトビ] に見つかったとのこと。
この研究ではチュウヒ類は調べられていないのでこれも含めるとおそらく少なくとも5系統となりそう。
タカ・ハヤブサ類で消音機能のあるものはかなりの性能で (特にアメリカチョウゲンボウ)、消音機能はフクロウ類の専売特許ではなかった。
齧歯類を捕食する猛禽類では消音機能は意外に簡単に進化させることの可能な形質なのかも知れない。
また逆に消音していない猛禽類では羽音に積極的な威圧効果があるかも知れないとふと思ってしまった。聴覚のよい哺乳類には有効かも知れない。羽音を用いたコミュニケーションは案外奥が深いかも。
研究対象はアメリカ大陸の種だが同様の研究 (特に羽の構造を見る) ならば他所でもできそうな感じ。どなたか調べてみられませんか。
ツバメ類でも消音機能らしい機構 (こちらは serration) がある種があるとの報告もある: Hasegawa (2023) Sexually dimorphic leading-edge serrations evolved in silent swallows (preprint) 性的二形があり飛行時音を出さないオスが好まれる? 先行研究の議論が引用されているので参考になるかも。
この報告を参考に挙げておくと、学名・英名のいずれにも serration を意味する語が含まれている。例: Stelgidopteryx serripennis Northern Rough-winged Swallow (キタオビナシショウドウツバメ)、Psalidoprocne pristoptera Blue Sawwing (ムネジロクロツバメ)。
Stelgidopteryx stelgis, stelgidos あかすり器 pterux 翼 Gk、serripennis serra のこぎり状の pennis 羽根、Psalidoprocne psalis, psalidos はさみ procne ツバメ (Gk)、pristoptera pristos のこぎりでひいた ptera 翼 (Gk) など。
実際に消音機能が捕食行動に役立つかは疑問もあり、ツバメ類のごく一部の系統のみが持っている理由もよくわからないとのこと。
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マダラチュウヒ
- 学名:Circus melanoleucos (キルクス メラノレウコス) 黒白まだらのチュウヒ
- 属名:circus (m) チュウヒ (circus (m) 円弧、求愛の時の旋回行動から)
- 種小名:melanoleucos (合) 黒白の (malano- (接頭辞) 黒い leukos 白い Gk)
- 英名:Pied Harrier
- 備考:
circus は#チュウヒ参照。
melanoleucos は外来語由来の合成語で発音はわからないが、起源となるギリシャ語のいずれも短母音なので長母音は現れないと考えられる。-le- がアクセント位置と考えられる (メラノレウコス)。
和名は英名の pied に関係があるかも知れない。同様の事例としてマダラヒタキの用例がある (European Pied Flycatcher。おそらく単に Pied Flycatcher と呼ばれていた時期に付けられたと想像できる)。
単形種。
秋の渡りはハイイロチュウヒより早いとされ、サシバ・ハチクマの渡りピーク時期に小型のチュウヒ類の渡りが観察された場合は本種の可能性がある。
マダラチュウヒは中国東北部・極東ロシアの限られた地域で繁殖するため情報が少ない。
山形 (1992) Birder 6(1): 34-43 (マダラチュウヒは 40-43) に 1989 年愛知県田原町でメスが単独で営巣・産卵を行った記録が紹介されている (写真あり)。
浦野・中川 (2001) 石川県本土おけるマダラチュウヒ雄成鳥の初記録 - とくに巣材搬入行動について - 1979年5月10-24日、石川県河北潟でオス単独で巣材運びが観察され、ディスプレイ飛翔と発声が記録されている。当時の過去の記録一覧もまとめられている。
[繁殖地のマダラチュウヒ]
ロシア沿海地方の情報をまとめたものに Shohkrin et al. (2020) Breeding birds of Primorsky Krai: the pied harrier Circus melanoleucos (pp. 4871-4883) があり、極東の鳥類 42: 沿海地方の繁殖する鳥類2 で和訳が読める。
繁殖地での生態が主で、渡り途中の個体の識別に役立つ情報はあまり含まれていない。
Panov (1973) の南ウスリーの鳥類1 (極東の鳥類5で和訳が読める) にも記載があるが、上記 Shohkrin et al. (2020) にほぼ含まれているようである (引用の際に原典を明示する必要がある場合などは出典に注意)。
20 世紀前半に沿海地方では普通の鳥であったが生息数が非常に減少したとのこと。最近の 5-10 年間におもに広大な休耕地が出現したことにより、マダラチュウヒは徐々に回復してきたと記載がある。
開けた環境に生息する (チュウヒが優占する場所にはいないようである)。採餌にも繁殖にも古い休耕地、特に水田のあった所を好んで利用するとのこと。
5月前半末にはすでに産卵があり、日本で5-6月の渡りはやや遅いようである。
マダラチュウヒの渡去は8月末〜9月と早く、これは日本で秋の渡りの観察時期が早いことに符合する。
Panov (1973) によれば、外見がメス同士の2個体が繁殖初期に見せるようなディスプレイ飛行を行っていた観察例があるが、他のチュウヒ類同様に完全な生殖羽になる前に性成熟するならばこれはつがいであった可能性があるとのこと。
(極東の鳥類 42、5の訳文に情報を少し付記)。
他の文献も少し追加しておく。Dul'kejt (1928) の再掲が To the biology of the pied harrier Circus melanoleucos in southern part of Ussuri Land (pp. 937-941)
にある。ハイイロチュウヒの方が必ず少し早く渡来するとのこと。
4月中数が増加し、メスもすぐに飛来する。5月初めから6月初めにかけてディスプレイ飛行が見られる。ペアはいつも一緒に行動するわけではなく、一日中違う場所を狩場とすることもある。
ディスプレイ飛行の時期、夜明けごろ太陽は少し顔を出したところで上空からしばしばオスの声がし、特有の羽ばたきで翼の白黒を誇示し、最後に "ムーゥイ" と 鳴き、小型であるためや飛び方などタゲリの行動とだまされることすらある。まったく猛禽類らしく見えないとのこと。
オス・メスは旋回して互いに急降下しあい、大きな波を打つように空中をあちらこちらへ移動し、鳴き続けながら両者は次第に降下してメスが地上に降りる。メスは高く上げていた翼を次第にたたみ、そこへオスが舞い降り翼でバランスを取りながら交尾する。
5月終わりから6月初めに産卵を始め、7月中旬まで抱卵が続く。7月終わりから8月初めにひなが地上に現れ、8月に飛べるようなって自分で狩りを行い始める。9月には移動を始め、10 月にはまったくいなくなる。
若鳥は 11 月や 12 月初めでさえも満州国境付近で見られることがある。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) には時に 200-500 m ぐらいの範囲で小さな (2-3ペア) グループで繁殖し、狩りは巣から 100-200 m ぐらいの範囲でのみ行われたとのこと。
一夫一妻であるが、1羽のオスのなわばりに2羽のメスがいて、シーズンに2回、おそらく3回の繁殖をしたと考えられるケースがあるとのこと。
シブネフ (2000) Birder 14(10): 16 に巣にいるマダラチュウヒのオスとひなの写真がある。
繁殖地でのマダラチュウヒのディスプレイの音声は世界で1例のみが公開されている。確かにタゲリの声に似ていて、チュウヒの声をずっとまろやかにした (倍音が多い) 印象になっている。
森岡 (1996) Birder 10(2): 71 にマダラチュウヒのメスと類似種の識別の情報がある。
Karyakin (2004) "猛禽類の調査方法" (参考文献参照) p. 220 (fig. 220) にハイイロチュウヒ、マダラチュウヒ、ヒメハイイロチュウヒの翼式の違いが図示されている。
[North Eurasia Birds Watch の紹介]
2024年6-7月現在、古い north.eurasia.birds.watch のサイトでセキュリティ警告が出る。
ドメインの変更があり、https://north.eurasia.birding.day に変わったよう。
以下のリンクは .birding.day に修正してある。
地域ごとのサイトも維持されているようなので、例えば極東ロシアであれば https://fareast.russia.birding.day/index.php?l=en からたどってみて欲しい。
種名を選ぶと、in other projects に他の地域のリンクが出る。
以下 North Eurasia Birds Watch からの画像。このサイト及び関連のサイトはカザフスタンの Aksar Isabekov が創始した
(birds.kz) もので、
「諸外国では楽しそうにオンラインで議論しているのでロシア語圏でも議論できる場が欲しい」として最初はカザフスタンで、そして旧ソ連圏や近隣諸国にそれぞれにデータベースを作り、各地域に働きかけてコミュニティを構築して行ったもの。
ブログのように単に投稿するだけでなく、検索可能なデータベースを目指したのが特徴。
eBird とは異なり、ここは写真記録をベースとしているので同定に疑問があった場合に調べられる情報量が多く、また場所も詳細に公表されている (ここ以外にも海外では詳細場所をリアルタイムで公開しているところも多く、日本のような制限を取らざるを得ないところは世界的にも比較的珍しいかも知れない)。
しかしこの方は志半ばにして新型コロナ感染で2021年4月に亡くなってしまわれた。
亡くなる直前まで精力的に野鳥観察を続けられていて、いつものように観察されていたレポート (英語版) を見ることもできた。どこへでも出かけられている頑強そのもののような方であったが、最後の観察からわずか 10 日以内に帰らぬ人となってしまった。
現在は有志が引き継いで管理が行われているようだが、時に動作が不安定であったりするのは上記のような状況から察していただければと思う。
Aksar Isabekov の没後にロシアによるウクライナ侵攻があった。Isabekov は野鳥観察を通じて国境を越えたつながりを深めて行く趣旨であったため、同サイトのウクライナのページにロシアのユーザーから「うちの国がおたくで行っていることが恥ずかしい」趣旨の投稿もあった。
[Pied Harrier by Oleg Katugin] に2022年8月11日に撮影されたマダラチュウヒ? 若鳥の集団飛翔がある。上から見た写真はないのかとの質問にはないとのこと。
同フォーラムで同定の議論があり、一番よくある識別対象はチュウヒで、
[Alexander Rogal'の写真]
これはチュウヒではないのかとの議論がなされている。特に腰の白さが議論されていて、チュウヒでは白い部分がもっとはっきりしているので、これはマダラチュウヒの1暦年個体との意見が出ている。参考までに (鮮明な画像や意見の付いているものを主に) 他の事例を挙げておく:
[Max Logunovの写真] 鮮明な飛翔写真がある;
[尾の前部に少し褐色味のある個体];
[これもチュウヒではないかと識別が問題となっている];
[これもチュウヒだろうとのこと];
[同じく];
[これもチュウヒかハイイロチュウヒか意見が別れている。おそらくマダラチュウヒらしい];
[これはあまり疑問がなさそう]。
少し古いがこんな議論 (英語) もあった。Harrier identification revisited!。
Identification of harriers in Thailand タイのチュウヒ類の識別について。
Yonok Harrier Roost; Pied Harrier & Eastern Marsh Harrier | Birding in Thailand タイの集団ねぐらの映像。
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アカハラダカ (将来の属名変更に注意)
- 第8版学名:Accipiter soloensis (アクキピテル ソロエーンシス) ジャワ島のソロのタカ
- IOC 学名:Tachyspiza soloensis (タキュスピツァ ソロエーンシス) ジャワ島のソロの速いタカ
- 第8版属名:accipiter (m) タカ (accipere 掴む Gk)
- IOC 属名:tachyspiza (f) 速いタカ takhus 速い spizias タカ (Gk)
- 種小名:soloensis (adj) ソロの [solo ジャワ島のソロ (Solo = Surakarta スラカルタ) -ensis (接尾辞) 〜に属する]
- 英名:Chinese Goshawk, IOC: Chinese Sparrowhawk
- 備考:
tachyspiza は -spiza の音声はわからなかったが、起源であるギリシャ語 spiza / spizo の i は長音でないので -spiza の i も長音ではないと想像できる。この場合 tachyspiza は y にアクセントがある (タキュスピザ)。
Kaup がこれらの属名を造語する際に -spizias (タカ) の語尾を用いずあえて短くした (スズメ類の方の綴りと同一になる) のは音声的なものがあるのではと考えている。ドイツ語経験があれば spiza は "シュピツァ" とつい読んでしまうと思う。ドイツ語では同じような音の spitz (尖った、鋭利ななど) の単語があり (犬の品種名にもある)。ドイツ語風に読むと語感的には非常によい。
また嘴の先端を Spitze と呼ぶらしく (オオモズ亜種の記載で見つけた) 鳥類学用語としても大変整合性がよい。さらに Spitze には最上のものや頂点の意味もある。形容詞の spitze は現代ドイツ語語義ではあるが英語の great, awesome, super などに相当する意味で使われるとのこと。
ただしドイツ語の spitz は語源的にはまったく関係がない。
Kaup はドイツ人なのでドイツ語読みすればタカ向きの単語であると認識して使っていたのではないだろうか。調べてみるとラテン語のドイツ式読み方が実際に存在してこのように読む。
古典ラテン語読みの束縛を離れ、あえて Kaup が想定して使っていたただろう "タキュスピツァ" と読んで満足感を得るのも一つの楽しみ方ではないかと思う。日本産の属でこの事例はこの1件のみなので例外として扱っても許されるだろう。
実は自分もクマタカの古い属名の z を "ツ" の音で読んでいた (ドイツ語風に解釈すれば "鋭利なワシ" の意味になる)。
語末の -spiza は対象によって "フィンチ または 小鳥" と "タカ" を訳し分ける必要がある (#トビの備考参照) こともすでに問題になっているので、ここでは Kaup の考えたであろうことも想定して "タカ" の方は "スピツァ" と読み分ける発音を実験的に採用してみることにした。音で分類を区別可能な利点があり、また音にタカの鋭さが現れるのではないだろうか。
accipiter は#ハイタカ参照。
soloensis は場所を示す -ensis で e が長母音でここにアクセントがある (ソロエーンシス)。長音でアクセントを置いた発音に慣れておけば o の文字を落としてしまうなどの誤りも起きにくい。
Dickinson et al. (2022)
Temminck's new bird names introduced in the early parts of the Nouveau recueil de planches coloriees d'oiseaux in 1820-22
の調査によれば Temminck (1822) がアカハラダカを Falco cuculoides の学名 (カッコウのようなハヤブサまたはタカ) で記述していた。
Temminck 自身はフランス語で Autour coucoide と呼んでおり、カッコウのようなオオタカの意味。
記載 (図版 1, 2)。
Horsfield の Falco soloensis の学名も紹介していたが、
Horsfield の記載は簡潔過ぎるとして別学名を与えたもの。Horsfield のもの 原記載。ジャワ島では Allap-allap lallar の現地名とのこと。インドネシア語は単語を重ねることが多く、Allap-allap はおそらくタカ・ハヤブサ類を指す。この文献を見るとウミワシやトビ類は呼び分けられていたことがわかる。
Horsfield が soloensis を用いた理由は Falco javanicus Gmelin, 1788 (参考 サシバのことか? とのこと) の用例がすでにあったため、"ジャワ島" を冠した学名を使いたかったものの使いにくかったのだろう (Horsfield が命名した他の属の種類では Javensis を種小名に用いているものがある)。
"東インド" (会社) を意味する Falco indicus Gmelin, 1788 (現代のサシバ) もすでに使われていたので地名を用いる選択肢が少なく、より局地的な地名を用いたと想像できる。種小名の地名から意味を深刻に考えるは可能だろうが、用いた理由は次に思いついたものなど案外単純なものだったかも知れない。
Horsfield (1821) の記載は有効と認められて現在の学名になっている (Temminck の与えた学名はシノニム) が、もし Temminck の学名が採用されていればややこしいことになっていた。
アフリカカッコウハヤブサ Aviceda cuculoides が同じ種小名を持っており、こちらに カッコウハヤブサ (cuckoo hawk/cuckoo falcon) の名前が含まれるように例えば Falco 属にまとめられるなど同属になれば衝突するおそれがあった。
その場合はアフリカカッコウハヤブサの Aviceda cuculoides Swainson, 1837 の方が新しいので学名を変えるなどの措置が必要となり得た。アフリカカッコウハヤブサは最初から Aviceda 属で記載され、Temminck の学名は別属でしかもシノニムと判定されたためこのような事態は避けられた。
もう一つあって Cymindis cuculoides Swainson, 1837 は現行のカギハシトビ Chondrohierax uncinatus Hook-billed Kite。
こちらは Falco uncinatus Temminck, 1822 の記載 (参考。学名は尾に太い模様が1つあること、フランス語名は Cymindis bec en croc と英名の起源となったと考えられる。同じ) の方が早く使われなかった (The Key to Scientific Names の Cymindis の項目より)。
Cymindis はギリシャ語 kumindis でおそらく架空の鳥でフクロウか猛禽類を指したものとされる。タカ類の学名で人気があったようで複数人が異なる定義で用いていた。カンムリワシの亜種などこの属に含まれていたことがあった。
カギハシトビ/キューバカギハシトビの論文で最近でもこの属を用いているものがある。
しかしアカハラダカのどこが "カッコウのような" なのかは考慮が必要だろう。アフリカカッコウハヤブサ (なおハヤブサとは系統的に関係ない) については目の容貌および縞模様ではないかと感じている。カギハシトビはとまっている姿を見るとカッコウ類のような目の容貌および縞模様に見える。
カギハシトビは南北アメリカの種類で旧世界のカッコウ類はいない。カッコウ類への擬態よりは系統的な顔つきや模様なのだろうか (縞模様は別の猛禽類への擬態もあるかも知れないが顔つきは多分系統的なもの? wikipedia 英語版によれば色彩や模様の多形が極めて著しいとのこと。#ハチクマ備考の [擬態と種・亜種の関係] でも少し考察している)。
アカハラダカは (?) メスや幼鳥だと風貌が多少似ている (?)。あるいは "カッコウのような" は図版にあるようなオスの上面の色彩由来?
同じ文献で Temminck が名付けたミナミツミ Falco virgatus Temminck, 1822 = Tachyspiza virgata は現在も採用されているので Temminck のアカハラダカの学名が採用されるか否かは紙一重の違いだったのだろう。
Dement'ev and Gladkov (1951) ではアカハラダカが当時の学名で Accipiter badius ロシア名 tyuvik の亜種または関連のある種の可能性を考えていた。この種は当時は現在の Tachyspiza 属のユーラシアからアフリカ北部の種を含んでいた。
現在の分類での構成種は レバントハイタカ Tachyspiza brevipes Levant Sparrowhawk と
タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] Tachyspiza badia Shikra になるが、タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] の方が記載が早いために Dement'ev and Gladkov (1951) ではこちらの亜種扱い。
アカハラダカは種扱いで Accipiter soloensis の学名で分布図に破線で表してあった。タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] の東部亜種 poliopsis と分布が類似する。
tyuvik は古くから使われている名前で 1774 年の文献にもすでに記載があるとのこと。語源は不詳だがおそらく音声由来ではとある。
ロシア名はかつては kitajskij perepelyatnik (中国のハイタカの意味) だったが、Tachyspiza 属となったことでロシア名 tyuvik から kitajskij tyuvik となる取り扱いが www.balatsky.ru の 2023.8 の分類に示されている。
こちらでは属変更に伴って慣用名も変わる可能性がある。
wikipedia ロシア語版では学名は変更されているが項目名は従来名のまま。しばらく両者が併用されるのだろうか。
なおアカハラダカのロシア語別名 korotkopalyj yastreb (趾の短いタカの意味) があるが、記述的に付けられた名称か、学名由来かはよくわからなかった。Accipiter brachydactylus Swainson, 1837 と対応する意味の学名は存在して Senegal sparrow hawk の名称が見られるが何かのシノニムとなって残っているわけでもなく関連は不明。
意味が少し違って "足の短い" だがレバントハイタカの種小名 brevipes に近い。もしこの学名由来であればアカハラダカとレバントハイタカが同一種とされた時代がしばらくあって、現在の タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] の先取権がまだ判明していなかった時代に種学名として用いられたものの可能性も考えられる。
あるとすれば 19 世紀ごろと推定されるがさすがに調べられなかった。注記: Menzbier (1882, 参考文献参照) の記述で確認できた。
なお "アカハラダカ" ほとんどそのものの意味を持つ学名の種類がある Accipiter rufiventris。訳すならばこちらの方が "アカハラダカ" にふさわしい。ムネアカハイタカ [高野 (1973) ではアカムネハイタカ] 英名は Rufous-breasted Sparrowhawk なので英名からの訳と思われるが、アカハラダカの和名の方が先にあったためだろうか。
調べると面白いことがわかった。Falco exilis Temminck, 1830 参考 (図版) の記載がほぼ同時になされていて、かつての判定ではあまり根拠なくシノニムとして無視されてきたが、詳しい年代判定の結果 Temminck の方が早いことが判明した。
すでに使われてきていた Accipiter rufiventris の学名を保存するために ICZN が裁定を行った
Falco exilis Temminck 1830: proposed invalidation under the plenary powers in order to conserve Accipiter rufiventris Smith, 1830 (Aves). Z.N. (S.) (1956) とのこと。
Temminck の用いたフランス語名 Autour menu は小さいオオタカの意味。ハイタカとほぼ同じぐらいとのこと。Accipiter rufiventris は長く使われていてよく知られた種類だったよう。
以上はアカハラダカの和名由来を考察した途中の副産物だったが、山階鳥類研究所の標本データベースに過去の別名があった。YIO-09221 (1924 年 京畿道楊州郡議政府 朝鮮) のラベルに Wakidiro-daka の名前が記されていた。学名は現在と同様だが Astur soloensis と Astur 属となっていた。
YIO-09207 (1935 年 Halmahera I., Moluccas Is.) では Accipiter erythrauchen (Gray, 1861 の学名は 参考 1, 2) のラベルが付いていて同時に記入されたものか不明であるが (ペレアゲレ) と書かれている。
Accipiter erythrauchen は現在ではモルッカツミ Tachyspiza erythrauchen Rufous-necked Sparrowhawk に対応する。
eruthros 赤 aukhenos 首、のど (Gk) で、英名ならば (存在したかどうかは不明だが) Red-breasted Hawk などの名称となっても不思議でない。
これらを見ると、少なくとも 1930 年代までは "アカハラダカ" の和名は確立した形では使われていなかったようで、種同定もさまざまでツミやミナミツミと同定されていたものも多かった。
Dement'ev and Gladkov (1951) の時代でもよくわかっていなかったようなので、アカハラダカに相当する概念そのものがほとんど認知されていなかった可能性が考えられる (Horsfield や Temminck の標本は日本にはないし)。
後の時代 (しかも思ったより遅い) に整理された段階で付けられた和名ではないだろうか。
Accipiter erythrauchen の学名が用いられた標本があることをみると、やはり Accipiter rufiventris との関係が気になるところ。これらの赤道地域の小型で下面の赤い "ハイタカ属" をまとめた概念が存在していた時期があったのではないだろうか。
当時はすべて Accipiter 属であったためまとめても不自然性があまりなく、Accipiter rufiventris ならば red-breasted sparrowhawk の別名もあった。ただし記載年はアカハラダカの方が早いので Accipiter rufiventris の亜種になったとは考えにくい。
あり得るとすれば一般名で red-breasted sparrowhawks のような仮想上の総称があり、モルッカツミやアカハラダカも含まれていたなども想定できるがどうだろうか。胸または腹の赤いハイタカ属のグループの中で最初に和名が付けられたのでこの名前になった、など。アカハラダカ自身も腹が赤いというより胸が赤いと呼ぶ方がふさわしそうだが、ツグミ類のアカハラなどの名前もあって合わせたのかも。
和名がもっと後の時代に命名されたものであればこのような分類的概念とは関係なく、身体的特徴や海外種を比較した上で名前が整理されたものかも知れない。
単形種。Tachyspiza 属のタイプ種。
[属名の由来・属名和名は?]
Kaup (1844) の Tachyspiza 属記載。ドイツ語の属名は Weiheweihsperber または Flugsperber。Kaup は当時の Nisus 属 (ハイタカに対応する) をドイツ語で Weihesperber と呼び、広義の Weihesperber をさらに分割し、そのうち Hieraspiza を Falkenweihesperber と呼んでいた。
Hieraspiza はこの文献では極めて単純な記述でグループの名称 (どちらかと言えばゴミ箱的) と判定され、後の Hieraspiza Kaup, 1845 の属記載が有効と判定された。このタイプ種は後にミナミツミと指定されており、もし Kaup (1844) の記述を属記載相当のものであったならば Hieraspiza も現在の Tachyspiza 属に代わる名称候補となっていたことがわかる。実際には属記載には値しないものだった (The Key to Scientific Names)。
多分あり得ないだろうが、Tachyspiza 属がさらに分割されるならばツミはミナミツミと同一系統に入るのでこの2種からなる Hieraspiza 属となりアカハラダカと別属となることがも考えられる (あくまで仮想的な話だが考えてみると面白い)。
用いられたドイツ語名から Kaup が細分化にあたって何を考えていたか多少判断することができる。Hieraspiza の方は Falken- とむしろハヤブサ的またはタカ的な名前を付けていたが、Tachyspiza の方は weih を補っているようにチュウヒやトビを意識していたと想像できる (#トビ備考の ["トビ" 類のドイツ語名] 参照)。
一方で別名 Flugsperber の名称があったようなので博物学者の間で飛翔に着目されていたことは確かだろう。初列風切の3番めが最も長いなど翼式を気にしていたと考えられる (飛翔性が高いと見ていた? 結果的に現在の Tachyspiza 属のうちで長い渡りをするものを形態からグループ化できていた模様)。
Flug は飛行などの意味があり、im Fluge で比喩的に "すばやく" などの意味 (日本語で「時が飛ぶように過ぎる」と同様) がある。Tachy- はこの意味の接頭語と考えてよさそう。おそらく翼の比較からそこまで想像していたのだった。
逆に言えば生態的適応の影響を受けやすい形態学 (特に翼式を重視する場合) から現代の分子系統研究が明らかにした系統を導くことは困難だったのだろう。Accipiter 属内の系統関係が確立するまで長い時間を要し、多系統であることは認識されつつもこれまで合意が得られにくい理由となっていたのだろう。
なお次ページ (p. 117) で Kaup は本家の Nisus 属をこれらから分離したものを Adlerweihsperber または Finkensperber と呼んでいた。Adler- はワシでこのグループの中では大きいの意味だろう。Finken- はフィンチなのでフィンチを食べるの意味だろう。
p. 118 ではオオタカを Adlersperber と呼んでいて、こちらも大きいの意味と想像できるが、ハイタカの方は weih が付いているのでオオタカよりはチュウヒやトビを意識した名前になっている。
p. 119 に属名を Tachyspiza と争った (以下参照) Leucospiza があり、このドイツ語名は Bussardhabicht ノスリのようなオオタカ。オーストラリアのハイイロオオタカ [高野 (1973) ではカワリオオタカで後に分割された] の白色型を意識しているので [オーストラリアのタカ類] の項目も参照。オーストラリアにはオオタカ系統もノスリ系統も到着しなかったので Tachyspiza がオオタカとノスリの役割を果たしたと考えれば Kaup のドイツ語名は本質をよく表していた。
超・超マニアックな話になるが、Hieraspiza Kaup, 1845 の存在は後の属名に影響を与えていた。Ierospizia tinus Bonaparte, 1857 の用例があってこれは現代のヒメハイタカ 現在の学名で Microspizias superciliosus Tiny Hawk (アメリカ大陸) に対応。
分子系統解析の結果この系統の2種が旧 Accipiter 属から遠く離れていることがわかり属名を付ける必要が生じたが、Ierospizia は Hieraspiza の綴り違いとも判断できるために Sangster et al. (2021) が新たな属名 Microspizias を提唱して受け入れられた (The Key to Scientific Names)。
形式的には Ierospizia を保存することも可能であったが、Hieraspiza Kaup, 1845 を用いる必要が生じた場合にあまりに紛らわしくなるので著者判断で新たに提案したのだろう。
Kaup (1844) 自身がアカハラダカを Tachyspiza 属のタイプ種に指定しているので曖昧さがない。ツミの記載の方が遅いのでタイプ種にはなり得なかった。
これら歴史的経緯やツミに他の候補属名が存在することは、日本の分類で新しい分類が採用された場合ツミ属と呼ぶかアカハラダカ属と呼ぶか微妙に影響を与えるかも知れない。Kaup の与えた属ドイツ語名も判断材料に検討いただきたい。
以下の項目にも関係するが、Tachyspiza 属に和名を与える必要性がいずれ生じるであろう。現在の日本産種ではツミとアカハラダカが候補になり得るが、Kaup (1844) を検討した結果、アカハラダカ属とした方が好ましいように思える。
上記からまとめると、アカハラダカ属の名称とした場合の
利点:
・Tachyspiza 属のタイプ種であり世界的観点からふさわしい。
・アカハラダカはこの系統の世界進展の中核となった種類 (例えばオーストラリア) で、生物地理学的にも系統を代表する名称としてふさわしい。
・Kaup は翼式から想像されるアカハラダカの特性を反映して Tachyspiza の名称を与えた。属学名とアカハラダカの特性の整合性がよい。
・当時はツミは未記載であったが、Kaup はツミに最も近縁なミナミツミに Hieraspiza の属名を与えている (有効な記載と認められる Tachyspiza の翌年)。つまり Kaup はツミとアカハラダカは別属相当と考えていた。
・分子系統上ツミに適用可能な属名が別途存在することから、もし分離されればツミの属名が変わる可能性がある。現状では属まで変わる可能性はほとんどないと想像されるが、例えばツミとミナミツミを指して亜属などの概念で用いられる可能性がある。アカハラダカ属としておけば将来分類概念変更があっても変える必要がない。
欠点:
・属和名が多少長くなる。
・ツミは日本で繁殖する種類としてより有名。ただし日本の繁殖固有種ではなく大陸にも分布している。
・上記欠点にもかかわらずマンクスミズナギドリ属のようにタイプ種を優先して名付けられた属和名もあるので本質的問題ではないはず。マンクスミズナギドリは第8版では検討種。
[広義 Accipiter 属の分割]
Accipiter 属が単系統でないことは以前からも指摘されていた。例えば Oatley et al. (2015)
A molecular phylogeny of the harriers (Circus, Accipitridae) indicate the role of long distance dispersal and migration in diversication を参照。
この文献によれば Accipiter 属が単系統でないことは Griffiths et al. (2007) Phylogeny, diversity, and classification of the Accipitridae based on DNA sequences of the RAG-1 exon ですでに指摘されており、後続研究も複数ある。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版に対してアカハラダカの分類へのパブリックコメントへの回答で参照されている文献は Accipiter 属の分類のみを対象としたもので、単系統性を議論するには不適切な論文であった。
現在までの Accipiter 属は Circus 属 (チュウヒ類) を内包している。
以下の解説を読むにあたって系統樹の入った チュウヒは ハイタカ属のタカだった! (マーリン通信 2024.11) を見ていただくとわかりやすいだろう。
Circus 属はよくまとまった特徴のある属で、分岐年代も他の属と同程度なので Accipiter 属に改名しない方が望ましいと考えられ [後述 Catanach et al. (2024) も参照]、その場合は Accipiter 属を分割する必要が生じる。
Mindall et al. (2018) はタカ類分子系統分類の基本文献。Mindall はこの分野の権威で、この文献ですでに Accipiter 属の分割の必要性に言及しているが、まだ系統サンプルが不十分で分割した場合の属名は言及されていなかった。
その後現代的な核ゲノム解析も進んでおり、
Catanach et al. (2023)
Enigmas no longer: using Ultraconserved Elements to place several unusual hawk taxa and address the non-monophyly of the genus Accipiter (Accipitriformes: Accipitridae) (preprint 段階)
が Mindall et al. (2018) の後継にあたる論文でタカ類の全分類を扱っている。
この論文は 2024.2.7 に受理され 2024.3.22 に公開された。以下 Catanach et al. (2024) と記す。
この研究では冒頭で述べた次世代シーケンサー (Next Generation Sequencer, NGS) を用いて新たに 88 種の全ゲノム解析
[ゲノムアセンブリ、全ゲノム解析には何段階があり、読み取って計算機でつなげた raw reads と言われるもの。Catanach and Pirro (2023) The Complete Genome Sequences of 87 Species of Hawks (Accipitriformes, Aves)も参照]
と UCEs (*1) に絞った解読8種を行い、これまでの結果と合わせてタカ類の 90% の種の何らかの遺伝情報が得られたことになる。
この結果これまで系統的位置が不明であった独特なタカ類の位置が明らかになるとともに、これまで分類に問題があることは把握されつつも、膨大すぎて手をつけることが難しかったこれまでの Accipiter 属の分類提案に至ったものである。
伝統的手法では十分な解析には生体試料が必要であったがその点も改善されており、標本の組織サンプルで十分に読み取れるようになったとのことである。
後述の系統分類にあるように Accipiter 属に対して提唱されている新分類によれば Tachyspiza 属となる見通し。
この属名は Tachyspiza soloensis Kaup, 1844 で最初に使われたもので、アカハラダカがタイプ種となる。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で Urile 属の和名に必ずしもタイプ種にこだわらずヒメウ属が採用されているように、日本鳥類目録で将来 Tachyspiza が採用される時にはツミ属になるかも知れない。
一部の小型 Accipiter 属への属名提唱は Sangster et al. (2021)
A new genus for the tiny hawk Accipiter superciliosus and semicollared hawk A. collaris (Aves: Accipitridae), with comments on the generic name for the crested goshawk A. trivirgatus and Sulawesi goshawk A. griseicepsも行っており、
この系統樹を見ると、現在までの Accipiter 属と関連属がいかに混在していたかを見ることができる。この論文の Appendix 1 にこれまで Accipiter のシノニムとして提唱された多数の属名がリストされている。
Sangster et al. (2021) の提案は多くのリストで早い時期に取り入れられた。どのリストも旧 Accipiter が単系統でないことは問題視しており、情報の揃った古い分岐から順次新分類を取り入れていった。
旧 Accipiter は種類も多く全種 (特に次の Tachyspiza 属) をカバーすることは現実的に不可能なので、情報が大部分揃って分子系統樹の形も疑いない段階となったところで現在の提案に至った次第。
現在 Accipiter 属の半数近くが Tachyspiza 属となる見通し。takhus 速い (Gk) spizias タカ (Gk) (#クマタカの備考も参照)。
この属名については先取権の問題が残っている。Tachyspiza soloensis Kaup, 1844 と Leucospiza novaehollandiae Kaup, 1844 と Kaup が出版した同じモノグラフの中に現れるからである (Boyd Afroaves I)。
Boyd はいずれ誰かがどちらかを決める必要が生じると述べているが、Leucospiza (白いタカ) は事実上ハイイロオオタカ (これまでに通常使われてきた学名で Accipiter novaehollandiae 英名 Grey Goshawk) の白色型にのみ相当するものなので Tachyspiza のほうが望ましいと考えているとのこと。
Accipitriformes (birdforum.net) の 2023.7.30 のところにも議論があり、大方の期待通り Catanach et al. (2023) が初めての判断を下したことに安堵しているようである。
Catanach et al. (2024) では Tachyspiza の方が Leucospiza よりもこのグループの特性に広く当てはまることからこちらを優先するとしている。自身を "acting as first reviser" (規則のみから先取権が決まらない場合に行う最初の裁定者) と記述しているので意図は明確である。
自分もこの属名はよい名前と思う。takhus 速い は日常でも使われる用語の語源でもあり (タコグラフなど) 一般にも馴染みがある。何と言っても「光より速い」仮想粒子の名前がタキオン (tachyon) なのである。解釈次第で「光より速いタカ」大変かっこいい学名である (将来学名解説をされる方はこの話をぜひ入れて欲しい *2)。
同じ意味で和名の語源の一つに挙げられる「はしたか」= ハイタカ が Tachyspiza 属に含まれないのは玉に瑕というところだろうが、こちらは引き続き Accipiter 属 (いつの間にかメンバーがずいぶん減ってしまったが) の代表になるので「はしたか」様にはご満足いただけるであろう。
また過去クマタカの属名に使われていた Spizaetus はクマタカに使われることはもうないだろうが、この学名に親しみを持たれていた方も多いと思う。この学名の面影が Tachyspiza に多少とも残ることもファンとして喜ばしいところがある。
女性名詞の属名であるため一部の種小名・亜種小名が変わるが、日本産の種類・亜種には (これまで記録されている範囲では) 影響がない。
他の -spiza の学名を見慣れていると自然に思えてしまうのだが、
Latest IOC Diary Updates では Tachyspiza は Sparrowhawk ならぬまるで sparrow のような名前だと指摘がある (-spiza はフィンチ類でよく使われるので。こちらで訳せばすばしこいスズメのような意味になる)。IOC のこの決定を待っていたとのコメントも出ている。
Catanach (とても若い人) がなぜそれほど猛禽類に思い入れがあるのか 2023 年のインタビュー記事がある: Studying New Hawk Communities Through Genetics and Collections
"What is so special about hawks?" タカ類 (猛禽類全般を指しているよう) のどこがそんなに特別なのですか、のような質問があるとちょっと嬉しい。Catanach は主に保護に関わる返答を行っている (優等生すぎ?) が、それ以外にも十分面白い点があることは承知の通り。
このような系統研究を行うとともに、高校時代からテキサスのリハビリテーションセンターのボランティアをするなどずっと猛禽類関連に関わってきて、自身でも頻繁に観察をしているホークウオッチャーとのこと。
2つの学位 (イリノイ大学で Ecology, Evolution, and Conservation Biology とテキサス A&M 大学で Wildlife and Fisheries Sciences) をとってこの研究の時点で鳥類学研究室のポスドクとのこと。「好き」から始まって最先端研究に進める恵まれたアメリカの鳥類学の環境もわかる。
Catanach et al. (2024b) The Complete Genome Sequences of 31 Species of Hawks (Accipitriformes, Aves) 31 種のタカ類のミトコンドリアゲノムの解読結果を出している。新しい系統樹などは示されておらずデータ提示のみ (新しい学名を用いていないのは Genbank に合わせるため)。
いくつかの種は新規で、他の種もこれまで過去の遺伝子情報のみを用いていた部分がより確かになりそう。
このレベルになるとサンプルが入手できるか次第のようで、やはり東洋の種は難しいらしい。
2024 Taxonomy Update-COMING SOON (eBird の解説 2024.9.24) に属分離に関係してそれぞれの属の特徴 (特にディスプレイ飛行) が述べられている。日本に関係する属だけ挙げておくと:
・Astur: 大型でディスプレイ飛行ではゆっくりした翼の動き (slow languid wing flaps) で似た声を出す
・Tachyspiza: 小型で羽ばたきが断続的で速く (snappy flaps in flight) ディスプレイ飛行をあまり行わない
Lophospiza, Aerospiza にはそれぞれ固有のディスプレイや行動様式がある。
分子生物学以前に旧ハイタカ属とチュウヒ属が近縁であることを示唆した先行研究があるか、また Jollie (1976, 1977。URL は参考文献の項目参照) にご登場いただこう。
p. 319 にある系統樹 (fig. 208) では旧 Accipiter に内包されるとまでは言っていないが、Accipiter, Urotriorchis, Erythrotriorchis, Circus
がまとまった枝を作っている。形態学からここまで議論されていたのである。これを見ればチュウヒ亜科はすでに意味をなさないことがわかる。当時は別と考えられていたので "core accipitrin" には Circus は点線で含まれているが、形態的な系統解析からはこのように考えられるとしていた。
Jollie は Circus は Accipiter の早い時期の分岐にあたると考えていた。Jollie によればこの枝に含まれる Erythrotriorchis には原始的な形質があり、Accipiter より先に分岐したと考えていたよう (p. 320)。
Geranospiza (セイタカノスリ属) が "core accipitrin" に含まれると考えられていたようでこれも点線でつないであるが、Jollie はノスリ類の系統に含めており、これも現代の見解と一致する。
現在はハイタカグループとなった Kaupifalco (トカゲノスリ属) の位置はさすがにわからなかったようで分子系統解析を待つ必要があったのだろう。
形質マトリックスを用いた Holdaway (1994) の解析では Circus と Accipiter はまったく別の場所に置かれていたとのこと。多くは Jollie のデータを用いているはずなので数値的に取り扱うか、解剖学的視点から系統を考察するかによって異なる結果となったのだろう。
Holdaway (1991) の学位論文 [Systematics and Paleobiology of Haast's Eagle (Harpagornis moorei)] (p. 83, 5.5 Classification of the Acciptridae - Based on the Phylogenetic Tree Presented Here 参照)
でも同様となっており、Circus と Geranospiza を含む Circinae (チュウヒ亜科) と当時の Accipitrinae (ハイタカ亜科) は間に Milvinae (トビ亜科) などが入った別の場所に分類していた。これらの点では解剖学の詳細を熟知した Jollie の方が一段上だった模様。
Sibley and Ahlquist (1988) を用いてコウノトリ目に含めているのも時代を反映していて興味深い。タカ類の系統分類に興味のある方はこれらの論文や該当部分の一読をおすすめする。
Gregory et al. (2024) Falling through the cracks: a family-group name for a clade of hawks and eagles (Accipitridae) including Morphnus Dumont, 1816, Harpia Vieillot, 1816, Harpyopsis Salvadori, 1875 and Macheiramphus Bonaparte, 1850
が一世代前の Mindell et al. (2018) の分子系統樹に基づく議論を行っている [2024.2.29 出版なので Catanach et al. (2024) の分子系統樹を用いていない理由になるが Tachyspiza 属の名称は正式に認められる前から用いている]。
この論文では Mindell et al. (2018) に従って Tachyspiza などの属は Accipitrini に含まれていない (!)。属レベルで広義の Accipiter 属が分割されたのみならず、族レベルでさえ分離できるぐらいに系統が違う (トビ類とノスリ類程度異なる) ことを意味する。
十分な種数の解析が行われるまで分割が難しかった理由は Choi et al. (2021) Complete mitochondrial genome of a hen harrier Circus cyaneus (Accipitriformes: Accipitridae) from South Korea
の系統樹でも見ることができる。この程度の種類数のサンプルであればミナミツミ (現在の Tachyspiza) とカンムリオオタカ (現在の Lophospiza) のグループを分離すればオオタカをAccipiter 属に残すことも可能であった。
Catanach et al. (2024) の結果がこのようにならなかった理由はおそらく現在の Astur 属4種と狭義 Accipiter 属3種、そして Circus 属7種の UCEs が読まれたことで 狭義 Accipiter 属と現在の Astur 属がクレードを形成しないことが明らかになったためだろう。
種サンプルが不十分だと誤った系統樹の形になり得る例とも言える。
Circus 属を Accipiter 属に編入しなかった理由は前述の通りと考えられるが、属統合が学名の衝突をもたらす問題点もある。
現行の学名で調べてみるとマダラチュウヒ Circus melanoleucos をもし Accipiter 属とすれば オオハイタカ [高野 (1973) ではシロクロオオタカ] (Astur 属が採用される前の学名で) Accipiter melanoleucus の学名と同一と判定されるか問題が発生する。
もし同一でないと判断されれば極めて紛らわしい1文字だけ違う学名が生じることになる。
(どちらが正しいのか詳しい規則は知らないが) もし同一と判断されるならばマダラチュウヒの命名の方が古いのでオオハイタカ [高野 (1973) ではシロクロオオタカ] の学名を変える必要がある。
この種は南アフリカで色彩二形のメカニズムも調べられていて学名もよく知られているので、見慣れない学名への変更の影響は大きいだろう。どちらにしても不都合となる。将来の判断で Circus 属を復活すべきとなればまた学名を変える必要が生じるかも知れない。
ちなみにこの種は現在は Astur 属なので、Circus 属と Astur 属を統合する (#チュウヒ備考の [分類と亜種] 参照) だけでも同じ問題が発生する。
他にも過去に使われたことのある種小名やシノニム化されて一見表面に現れない亜種小名などに衝突しているものがあるかも知れない。これらの調査はおそらくかなり大変なので誰もやりたいと思わない。すなわち Circus 属は残して Accipiter 属を分割する方が賢明と言える。
それではそもそも Accipiter 属のタイプ種がなぜオオタカでなくハイタカだったのかの疑問も生じる。Brisson (1760) Ornithologia sive synopsis methodica sistens avium divisionem in ordines... に属定義がある。
ここに登場するのは Accipiter (Brisson は1単語で種を表していた。英語で Sparrow-Hawk とある) と Accipiter minor の2つだった。
前者には Accipiter maculatus の名称 (縞/斑点のある Accipiter ぐらいの意味) が派生型として出てくるが何者とも特に同定された記述を見かけない (参考。よくわからないがハイタカの方は確実なのでこちらが採用されたものと想像できる)。
オオタカは同じグループに含まれていたが Astur の1単語で種を表していた。
さらに Falco などもこのグループに含まれていてこちらは Falco などを属名として用いた表記があるが、古い時代の話でもあって、Falco は Linnaeus が先に用いているので深入りはしないでおこう。
一覧表も参照。
面白いことに Accipiter major (Gessner の用いた学名。まだ有効な学名とされない時期) があって、これがオオタカを指していた。
Accipiter minor も同じく Gessner の用いた学名で、Brisson (1760) はこの学名をそのまま用いていた。Falco nisus Linnaeus, 1758 と同じものと判定されてハイタカが Accipiter 属のタイプ種とされた模様。
Gessner はオオタカ・ハイタカを大・小と考えていて、Brisson (1760) がそれぞれに別の名称を与えた。すなわち Astur の方が大、Accipiter の方が小。ヨーロッパに限ればこれは大変わかりやすく、現在のような分類になったのはヨーロッパ主要部に広義ハイタカ属が2種しかいなかったためのヨーロッパ事情とも言える (そして分離の妥当性はようやく今になって分子系統解析で確認された次第)。
長年 Accipiter 属が使われてきたのは、Brisson (1760) では Genus Accipitrinum の表現なのでこれが属を明確に表す最初の
ものとなったものと想像できる。
一方で各種種小名の方は Brisson は二名法による分類を採用しておらず有効な学名とみなされなかったと考えられる (#ハシグロアビの備考参照)。
この判断は時代にも依存したと考えられ、Brisson の用いた学名 (例えば Accipiter 属の major, minor など) は現在は無効だが意識的に避けられる要因となっていたかも知れない。
Astur は Brisson (1760) の記述では属とみなされず Lacepede (1799) が属の提唱者となっている。
そのため1属にまとめる場合はより早く定義された Accipiter 属の名称となった。
ちなみにハヤブサがどうなっているのか見てみると Falco Gentilis の部分に Falco gentilis と Falco peregrinus が並んで出てくるので、やはり gentilis はハヤブサを指して使われていた種小名らしいことがわかる (#オオタカと#ハヤブサの備考参照)。
ただしこれらの学名もやはり無効で、Falco peregrinus は挙げてあるものの学名記載とはみなされない。
もし Brisson (1760) の記した学名を有効とするとハヤブサと思われる種に peregrinus より先に登場する多数の名称があって [#オオタカの備考の Gesneri (1555) をほぼ引き継いでいる]、これはこれで大問題となっていただろう。
Linnaeus (1758) が定義上 Falco gentilis の原記載となるが、記述が混乱していてオオタカらしい特徴も挙げてしまったため歴史的名称をオオタカに持って行かれたことになる。
備考:
*1: UCEs: ultraconserved elements。参照: Ultraconserved Elements (UCEs)。
Cummins et al. (2024) The Evolution of Ultraconserved Elements in Vertebrates もわかりやすく、2004 年に提唱された概念 [Bejerano et al. (2004) Ultraconserved elements in the human genome]
で最初はヒト、ラット、マウスの間で 100% 合致する遺伝領域を指していた。
その後概念の拡張が行われて広い系統に使われるようになった。タンパク質をコードする遺伝子より 10 倍ぐらい進化速度が遅い。哺乳類・爬虫類・鳥類の間でも 89% 一致していて、これらが分岐する以前にほぼ固定されたと考えられる。多くの UCEs は神経や骨格に関係するタンパク質をコードする遺伝子のイントロンに含まれており胚の発育中に発現する調節領域にあたる。
*2: またまた余談だが "faster than light" (光より速い。faster-than-light とも綴る。真面目な物理学用語に superluminal という同義語があり、仮想でない現象の記述にも使われる) は英語でもしばしば非常に高速である比喩に使われる。
かなり昔の時代の方はかつて FTL Modula-2 (FTL Pascal の名前もあったように思う) というプログラミング言語があったことをご存じかも知れない。この FTL は faster than light の意味で、light は当時のライバル言語だった C 言語 (c は光速を表すので) よりも速いとの触れ込みであった。
どちらが生き残ったかは現状を見れば明らかなのだが。
新幹線も「ひかり」を使ってしまったためにそれより速いものの名称が悩ましかっただろうことは容易に想像ができるが...。wikipedia 日本語版によれば「ひかり」は公募で選ばれたそうで2位が「はやぶさ」だったとのことでさすがハヤブサである。
現在では新幹線でも「はやぶさ」号が走っているが、ロシアの超特急の名前もサプサン号 (sapsan) でやはりハヤブサである (最初のころだろうと思うが超特急なのに踏切があって世界にこんなのはないと住民がぼやいているニュースを見たことがある。実話かどうかは知らないが)。
ちなみに「光より速いものはない」のは真空中の話で、真空中以外では光速は {真空中の光速}/{屈折率} となり (真空の屈折率は1。屈折率が1より小さい状況はあり得るが話がややこしいので省略する。光速より速く情報が伝わることはない) 真空中より遅い。このため水面やレンズでの光の屈折が起きる。
水鳥の瞬膜が水中で近距離に焦点を合わせる能力を持たないことや、猛禽類の深い中心窩が凹レンズのように働く機能がないことは屈折率の概念を用いれば簡単に理解できる。
真空中以外では光速よりも速い速度は可能で、荷電粒子ではチェレンコフ放射が見られる (1958 年のノーベル物理学賞)。ニュートリノ観測 (2002 年小柴昌俊氏のノーベル物理学賞) に用いられ、原子炉の水中の青い光の正体はこれ。
真空中の光速より速いニュートリノの報告が 2011 年に発表されたが翌年に撤回された。
真空中の光速は 299792458 m/s と定義されている (1983 年以降)。これと1秒の長さの定義を組み合わせることで長さの単位が定義されている。1メートル = 真空中で光が 1/299792458 秒で進む距離。
秒は現在セシウム-133 の超微細構造遷移周波数で定義されている。キログラムの定義は 2019 年に変更され
国際キログラム原器に頼る必要がなくなった (特殊相対性理論の E=mc^2 と量子力学の E=hν に基づき、h を定数と定義することになった)。
科学好きの方ならおそらくご存じの話題で、実用上は特段何も変わることはないが。
余談の余談になるが、上記のような単位は SI 単位 (International System of Units; Systeme International d'unites 仏) と呼ばれ、多くの生物学論文誌でもこの単位の使用が求められ、科学の世界では統一されていると想像される方も多いだろう。
しかしながら天文学やその周辺分野 (物理学の一部でもそうであろう) では今でも CGS (cm, g, s) 単位系が普通に使われており、例えば日本天文学会の投稿の手引を見ても単位に関する規定がない。
世界の科学雑誌、例えば Nature でも SI 単位またはその分野で共通で使われる単位を使えとあり、科学全体で統一されているわけではない。エネルギーの単位は天文学では今でも通常 erg (エルグ) が使われ、生物の論文や本で厳格に kJ (キロジュール) と書いてあるのはむしろ斬新に見える。
一つには天文学では扱う値が大きすぎて SI でも CGS でもべき乗の部分が少し違う程度で大して変わらない理由もあるだろう。例えば太陽質量は 2x10^(30) kg であるが、2x10^(33) g としても大した違いがあるわけではない。昔から親しんできたべき乗の数字を変えるとむしろ間違いの元というのがおそらく本音だろう。
10 のべき乗の表現は英語では ten to the x-th となるが、日本語では 10 の 33 乗のようになる。口語では「10 の」を付けるのが煩わしいためしばしば略されて「51 乗エルグ」のような表現になり (この数字は超新星の爆発エネルギーぐらい) 知らない人が聞くと何を言っているのかさっぱりわからないと思う。共通語となってしまっているので CGS を使うのはやむを得ないのだろう。
距離の方も太陽系ぐらいはともかく、m や km, cm などで表さないことの方が多い。大きな値を用いるに小さな単位を使うのは変な話ではあるが、太陽までの距離でもやはり CGS を用いて cm で表している人も多い。
天文学で太陽系ぐらいの距離で一般的に使われる距離の単位は天文単位 AU で、もともとは地球と太陽の距離をもとにしたものだった。これには理由があって km 単位で測るよりも AU 単位で測る方がより精度が高かったため。km で十分な精度で書けるようになったのは探査機が飛んで光が届く時間などを実測できるようになってから。
物事のつながりを知ると話はより面白くなると思えるので紹介しておくが、2004 年と 2012 年に金星が太陽面を通過する現象があった。いずれも日本で観測可能なもので特に 2012 年はよく晴れてフィールドスコープで投影法で観察することができた (金星の太陽面通過は軌道の関係で6月か12月にしか起きず、この2回はいずれも6月で日本ではほとんど梅雨の時期にあたる)。
この現象は最近ではほぼ 243 年のパターンで繰り返し、12月に8年間隔で2回起きて、105.5 年後の6月に
8年間隔で2回起き、次は 121.5 年後という周期性がある。この現象を地球上の離れた点から観測して時刻差などを調べれば金星までの距離、そして1天文単位が実際は何 km なのかを測定することができる (なぜできるのかは天文ファンの方への宿題としておこう)。
前回のサイクルの1回めに当たる 1874 年の太陽面通過では、日本で経過の全過程を観測可能で、欧米から観測隊を受け入れることになった。ちょうど文明開化の時期にあたる。
この海外からの観測隊を受け入れによって近代天文学や経緯度の測定方法などを学ぶことになり、斉藤国治は「科学における黒船」と評している (金星の太陽面通過 wikipedia 日本語版より。他にもいろいろ情報がありこのページは面白い)。日本の経度原点 (東経 135°) が定められたのもこの出来事による。宇宙の距離を測ることも文明開化に一役買っていたのである。
日本初の鳥の目録が作られたのはこの後の時代。科学の他分野の出来事と比べると日本の鳥学の歩みも理解が進む気がする。
当時は km で表した太陽までの距離は3桁めでも怪しいぐらいの精度だった。
かつては定義が変遷したが 2009 年以降は定数として定義されて SI 単位で厳密に表せるようになった (のでこれも案外最近の話である)。太陽までの距離はほぼ 1 AU となる
[参考までに SI 単位 の wikipedia 英語版を見ると非 SI 単位で SI 単位と一緒に使うことが許されている単位に 日 (d) 時間 (h) 分 (s) 天文単位 (ここでは au となっている) や角度の単位、面積のヘクタール (ha)、リットル (l)、重量のトン (t)、音圧などのデシベル (dB) などが含まれているが、月や年は含まれていない。
日本鳥学会誌の投稿規定の投稿の手引 (2022年10月19日) にある単位の事例はすべてが SI 単位および派生単位、SI 単位と一緒に使うことが認められている単位に収まっている。SI 単位使用のこと、だけで済みそうだが投稿者にわかりやすく例示したのだろう。強いて挙げれば kJ/g は SI 基本単位で kJ/kg と書けるので SI 基本単位ではこちらの方が推奨される、という程度であろうか]。
太陽以外の恒星までの距離は桁違いに大きいためやはり CGS, SI はまず用いられず、パーセク (pc) が標準的な単位である。光が1年かかって進む距離である光年 (1 pc = 約 3.26 光年) も一般用語としては使われるが学術用語ではあまり使用されず pc やその 1000 倍の kpc, さらに Mpc, Gpc があって宇宙の距離を表現する時はここまでで十分である。
pc そのものは SI 単位で厳密に表すことができる (2015 年に厳密な値が定義された) が、Mpc を超えるぐらいになってくると別の問題が重要になり直接に距離で表すことは少なくなる。用いられるのは宇宙膨張の結果光の波長が長くなる効果に伴う赤方偏移 (z) である。この z は観測値から直接求められるものなので距離に代わって用いられる。
別の問題というのは宇宙膨張のことで、早い話が相手から光が出た時点と我々に届く時では宇宙の大きさが違うので現在観測する時点と光が出た時点が同じ座標系に乗っているわけではない。そのため通常考えられるような距離を単純に定義することができない。
わかりやすいのは相手から光が出てから我々に届くまでの時間 (lookback time) を計算して xx 光年と言えばよさそうに思える。また物の大きさが距離に反比例して小さく見えることで距離を定義してもよいだろう。さらに物の明るさが距離の2乗に反比例して暗くなることで定義してもよいだろう。
他にも使われる距離の定義があるが、これらはいずれも宇宙膨張のパラメータ (宇宙モデル) 次第であるとともに、定義によってそれぞれ大きく異なった値となる 赤方偏移と宇宙年齢および距離 (日本天文学会 天文学辞典) 参照。
「距離に反比例して小さく見える」定義を使うと、あるところから z が大きくなるのに距離が逆に小さくなってしまう。
これらの問題があるために天文学者に例えば最も遠い銀河の距離を聞いても答えにくいわけである。z ならばずっと正確な値を示すことができるわけである。
遠い天体の距離について
によれば国立天文台の発表などでは光路距離 (lookback time に対応) を用いているとのこと。
もう少しわかりやすい図の入った説明は 遠くの銀河を見るということ (pp. 3-5) にある。他にも使われる距離の定義と書いた中で共動距離 (もし現時点で巻き尺を当てて測れるならば、に多分近い) は一番よく使われるだろうが、これで測るととんでもない数字になる。
我々に届くまでの時間で定義することにすれば何の問題もないのではと思われるかも知れないが、赤方偏移では重力によっても起きるので、もしブラックホールまでの距離を「光が出てから我々に届くまでの時間」で定義すればブラックホール近傍まで近づけばいくらでも大きな値になり得る。
これは困るのでブラックホールのずっと外側 (ブラックホール自身による重力赤方偏移が問題にならない程度に) から重力の中心はどこにありますよ、を調べてその仮想的な点からの距離を使うことになる。
赤方偏移は宇宙膨張や重力がブラックホールほど強くなくても生じるもので、地球の重力場でもやはり微小な赤方偏移が生じる。GPS 衛星がもしこの効果を無視すると1日で 1 km ぐらいの誤差が生じてしまうらしい。
GPS と物理 によれば 10 m の精度を出すためには相当細かい配慮が必要になるようである。
もうちょっと近いところでは、野外観察などで星空を眺めて「あの光は何万年 (もっと大きな数字でも結構) も前に出たものを見ているのですね」などの説明を聞き、ロマンチックな雰囲気を味われている方も多いだろう。実際には肉眼で目立つ恒星はせいぜい数十から数 100 光年程度のものが多く、実はそれほど昔のものではない。
個々の星として見分けられない天の川でも 10000 光年ぐらいと思ってよい。
北半球から肉眼で見える最も遠い天体はアンドロメダ銀河で 250 万光年ぐらいとされる。肉眼ではこれより遠い天体は見ていないと考えてよいので、例えば何千万年前などの表現はさすがに過剰と言える。
望遠鏡を使えばもっと遠くの天体を見ることができて、市販されている程度の望遠鏡で普通に観察できるものではクエーサーを除いておとめ座銀河団が最も遠いものだろう。これが 5400 万光年程度で、我々に最も近い大規模な銀河団である。我々の住む銀河系はこの銀河団を含むおとめ座超銀河団の外れに属すると考えられている。偶然だが生物の分類階層にも似ている。
次に近い銀河団は 1.4 億光年、北半球から見える大規模銀河団のかみのけ座銀河団で 2.9 億光年となり、アマチュアの望遠鏡ぐらいでは見ることさえ困難になる。つまり我々がおとめ座超銀河団という大都会の郊外のアンドロメダ村 (局所銀河群) に所属しているからこそそこそこ近くの銀河が見えるのである。宇宙はおとめ座超銀河団の先こそが闇が深いのである。
もし銀河団の間に身を委ねることができるならば、肉眼はもちろん小型望遠鏡ですら何も見えない無重力、漆黒の真空の世界である。
大型の精密な観測装置がなければ方向も進んでいる方向すらもわからないだろう。自然の熱源となるものはもはや何もなく、ビッグバンの名残である絶対温度 2.7 K の放射とわずかな宇宙放射線が空間を満たしている極寒の世界である。SF 漫画などでよく描かれる銀河が肉眼でもたくさん見える宇宙の印象とはあまりに異なっている。
おとめ座銀河団ぐらいの距離で鳥類が大規模に進化を遂げたのと同じような時期に出た光を見ていることになり、宇宙の時間・距離感覚と鳥類進化の時間感覚の関係が多少わかっていただけるのではないだろうか。
市販の望遠鏡で目で見えるぐらいなので、ものすごく遠い話には感じない。
しかし宇宙のスケールに照らすと恐竜などの大絶滅の 6600 万年前と数億年の単位の時間はあまりにも違うのである。
[ハイタカグループの分類]
今後も分類が出てくるのでハイタカグループの新しい属名と系統分類を紹介しておく。Catanach et al. (2024) による。日本産のないグループは全種掲載。日本産のあるものは属まで掲載。チュウヒ属は属名は違うが (系統 3) に含まれ、(系統 3) は5つの属から形成されることになる。
(かつてこの位置にあった Accipiter superciliosus と Accipiter collaris はハイタカグループからは外れ、Microspizias 属に移動: #カンムリワシの備考参照)
カンムリオオタカ亜科 Lophospizinae
カンムリオオタカ属 Lophospiza
カンムリオオタカ Lophospiza trivirgatus Crested Goshawk
セレベスオオタカ** Lophospiza griseiceps Sulawesi Goshawk
ウタオオタカ族 Melieracini, トカゲノスリ族 Kaupifalcini, ツミ?/アカハラダカ?/アフリカオオタカ?族 Aerospizini とすべて族としているのは、名称はないがカンムリオオタカ亜科 Lophospizinae に対応する亜科相当の系統を考えそれに属する族と判断しているためだろう。
亜科 Accipitrinae (以下チュウヒ属までを含むグループ。2024年6月に Accipitrinae 亜科 の概念を拡大すると発表された)
ウタオオタカ族 Melieracini
カワリウタオオタカ属 Micronisus
カワリウタオオタカ [高野 (1973) ではモリウタオオタカ] Micronisus gabar Gabar Goshawk
オナガオオタカ属* Urotriorchis
オナガオオタカ Urotriorchis macrourus Long-tailed Hawk
ウタオオタカ属 Melierax
ウタオオタカ Melierax metabates Dark Chanting Goshawk
コシジロウタオオタカ Melierax canorus Eastern Chanting Goshawk
ヒガシコシジロウタオオタカ Melierax poliopterus Pale Chanting Goshawk
[系統 1: Catanach et al. (2024) でトカゲノスリ族 Kaupifalconini 2024年6月に綴りを訂正]
トカゲノスリ属 Kaupifalco
トカゲノスリ Kaupifalco monogrammicus Lizard Buzzard
[系統 2: Catanach et al. (2024) で ツミ?/アカハラダカ?/アフリカオオタカ?族 Aerospizini と命名]
アフリカオオタカ属 Aerospiza
ワキアカハイタカ [高野 (1973) ではワキアカオオタカ] Aerospiza castanilius Chestnut-flanked Sparrowhawk
アフリカオオタカ* Aerospiza tachiro African Goshawk
ムネアカオオタカ* Aerospiza toussenelii Red-chested Goshawk (IOC 15.1 でアフリカオオタカと同種に)
ツミ属またはアカハラダカ属 Tachyspiza (27 種。#ツミの備考参照)
族相当 [系統 3] (以下チュウヒ属までを含むグループ)
アカオオタカ属 Erythrotriorchis
アカオオタカ Erythrotriorchis radiatus Red Goshawk
カタアカオオタカ* Erythrotriorchis buergersi Chestnut-shouldered Goshawk
ハイタカ属 Accipiter (9種。#ハイタカの備考参照)
オオタカ属 Astur (8種。#オオタカの備考参照)
パプアオオタカ属 Megatriorchis
パプアオオタカ [高野 (1973) ではドリヤオオタカ] Megatriorchis doriae Doria's Goshawk
チュウヒ属 Circus (チュウヒなど 16 種。#チュウヒ備考参照)
セレベスオオタカ** は遺伝情報がまったくないが、形態的に (Mayr 1949; Wattel 1973) ここに分類されることが適切とのこと。
この解説の初期バージョンでは ハイタカ亜科 Accipitrinae の名前を用いていたが外した。
Catanach et al. (2024) の論文で preprint (2023) 段階に比べて亜科の扱いが多少変化し、Accipitrinae の名称を積極的に利用しない理由が生まれたためである。
Catanach et al. は preprint (2023) 段階ではウタオオタカ亜科 Melieraxinae の名称を使っていた。当初は (ハイタカ亜科) Accipitrinae と並列となる分類を想定したいたものと考えられるが、(2024) 発表論文で族 Melieracini となり、他の系統にも族名が新たに与えられた。
ウタオオタカ族からチュウヒ属までを含むグループ全体を亜科と位置づけたと考えられる。この亜科を "ハイタカ亜科" Accipitrinae と呼ぶことは可能だが、Accipitrinae が従来さまざまなグループに対して用いられた概念のため (チュウヒ類を含むかどうかも問題) Catanach et al. (2024) ではこの名称の利用を控えているように見える。
(その後 2024年6月に訂正が発表され、Accipitrinae の包含範囲をここで示したように広めることとなった。末尾の参考文献に追加)。
Catanach et al. (2024) ではチュウヒ類を含むものを Accipitrinae (s.l.) 広義ハイタカ亜科に相当する名称で呼んでいるが、過去にはもっと広義の Accipitrinae が存在したためどのように使い分けるかは非常に複雑である。
例えば NCBI Accipitrinae ではミサゴ亜科 (ミサゴ科になる前の名称) を除くタカ類をすべて Accipitrinae と呼んでいた分類を用いている。
SACC では Part 4. Opisthocomiformes to Strigiformes のようにタカ科を3系統に分割し Elaninae, Gypaetinae, Accipitrinae とする扱いもある。この分類ではクマタカ・イヌワシ類やチュウヒ類、ノスリ類などもすべて Accipitrinae と呼ばれることになる。
これら場合だと "(広義)ハイタカ亜科" とすら訳すのは適当でないだろう。"タカ亜科" とすれば SACC 分類ではトビは "タカ亜科" だが、それでは「自分はタカでないのか」とハチクマ殿から苦情が来かねないことになる。「ははあ、そういうつもりではございませぬが...」。ミサゴ殿は別格ですので。
true "hawks" のような一般名も使われることがあって、"真正タカ類" に相当するがこれはあくまで一般名であり、何をもって "真正" とするのかもわかりにくい。昔はふしょまで羽毛に覆われた booted eagles を "真正ワシ類" と呼んでいたことがあったが [高野 (1973)]、今はあまり聞かない。ハチクマ殿より「自分は偽のタカか」とまた叱られそうである。
Add subfamilies to Accipitridae
に図示されているが、Peters (1931) では8亜科に分けていて分子系統が判明した現在では大きく入り混じっていたことがわかった。Lerner and Mindell (2005) は単系統にするべく 14 亜科。
それでも「ハイタカ亜科」と「チュウヒ亜科」の問題は解決されないことがわかった。
「チュウヒ亜科」をどうしても残したければ「オオタカ亜科」のように細かくわければよいわけだが分岐年代が新しすぎることなどからさすがにその解決法はとらなかった。
チュウヒ類はオオタカ類が特殊に進化した形、と理解して行くことになるだろうか。セキレイ科とスズメ科やアトリ科がわかりにくいように、いつまでも直感的に捉えにくいまま残るかも知れない。
上位系統名は徐々に市民権を得ていくようなので、新しい分子系統が判明した現在から次第に整理したものが使われるようになってゆくだろう。
Catanach et al. (2024) が発表したものは単系統になる属までで、一部の上位系統名を与えた。それを採用するかどうかは分類学者の考え次第ともなるのだろう。チェックリスト次第で単系統になる属を必ずしも採用しない立場もあり得るが、分子系統学的な根拠の強さの問題、同一のチェックリスト内での他のグループの基準との整合性の問題性になるだろう。
亜科などの中間階層は必須ではないのでまったく取り入れない立場もあり得る。しかしかつてツグミ亜科、ヒタキ亜科の名称を使っていたので過去にも一般的に全然使われていないわけではない。
この解説では系統構造の理解しやすさを優先し、亜科などの中間階層の分類も文献に基づいて積極的に利用している。
Aerospizini 族の和名は Tachyspiza 属の和名が確定していないのでわからないが、日本産種を優先した名前とするとツミ族またはアカハラダカ族となるが、タイプ属の名称からは離れてしまう。これはやむを得ない部分もある。イワヒバリ科とカヤクグリ属のような和名関係になる可能性がある。
[系統 3] に族名称が与えられていないのはハイタカ属、オオタカ属、チュウヒ属などを含んで自然な名前にならないためかも知れない。Boyd は Accipitrini の名称を [系統 2] + [系統 3] に対して用いており、Catanach et al. (2024) の系統概念と異なるので注意。
形式的には [系統 3] を Accipitrini と呼ぶことはおそらく可能だろうが現段階ではおそらく非公式名 (記載者がまだない) になると思われる。
高野 (1973) = Lloyd and Lloyd (1969) ではパプアオオタカ [高野 (1973) ではドリヤオオタカ] とアカオオタカをこのグループの冒頭に置き、近縁であるとしていた。
ほとんどわかっていない地域の種類で Berryman and Eaton (2020)
The avifauna of the Mekongga Mountains, Southeast Sulawesi, Indonesia, and notes on a vocally distinct Locustella grasshopper warbler
に比較的最近の調査情報がある。この報告ではすでにここで示された新しい学名を用いている。
2020 年段階では属名の2つの可能性の選択はまだ確定されていなかったが、ツミやアカハラダカも新学名で記述されている。
論文には新種と考えられるセンニュウ類の音声記録もある。
このリスト中の日本産でない種類ではカンムリオオタカの分布が近く、台湾で留鳥。中国東部にも少数生息するところがある。#オオタカの備考参照。
Lophospiza < lophos 冠 spizias タカ (Gk)。trivirgatus < tri- 3本の virgatus 縞のある。
わざわざ "3本の" と付けたのはこの種は Falco trivirgatus Temminck, 1824 と記載されたもので、ミナミツミを Falco virgatus Temminck, 1822 と自身がすでに命名していたので区別するためと考えられる。
Temminck の命名したタカ類は模様や色彩に基づくものが多かった。当時はヨーロッパ以外の種類を命名する時代となっていてヨーロッパの種類のように通称などの歴史がなかったため標本のみから判断できる外見の特徴を多用したものと想像できる。学名の由来の理屈を考察する場合はあまり面白みがないかも知れない。
広義 Accipiter から Aerospiza 属の分離は以前にも行われていて (Roberts 1922; Wattel 1973) 新 (狭義) Accipiter とは形態的違いがある。
Roberts (1922) によればアフリカオオタカ (新分類で) Aerospiza tachiro を含むアフリカの数種は初列風切の外弁欠刻が5枚、5枚めの初列が最も長い、最外側の初列風切が次列風切より短い、尾は翼の 3/4 の長さなどの点で他と異なるとのこと。この属名はここで提案された。
狭義 Accipiter 属は主に鳥を捉える種類。
この研究で暫定的に 狭義 Accipiter 属に分類した種類のいくつかは過去の研究で違う位置に置かれていた。
セグロオオタカ Accipiter poliogaster Grey-bellied Hawk は Megatriorchis 属に近い位置の結果もあった (Mindell et al. 2018)。形態的には Accipiter 属に置く結果は支持されない (Wattel 1973)。
マダガスカルハイタカ Accipiter madagascariensis Madagascar Sparrowhawk と サバンナハイタカ Accipiter ovampensis は Breman et al. (2013)
DNA barcoding and evolutionary relationships in Accipiter
Brisson, 1760 (Aves, Falconiformes: Accipitridae) with a focus
on African and Eurasian representatives (広義 Accipiter のみを扱い、DNA バーコーディング領域のみを用いたもの。Circus 属との関係についてはまったく言及なし)
がオオタカのクレードに含めたが系統樹サポート率は十分ではなかった。この2種は狭義 Accipiter 属の基本的な形態 (長く細い足根中足骨 tarsometatarsus と趾、比較的小型の嘴と第 I 趾、相対的に小型の体型) を満たしている。
これらについては遺伝情報が十分揃うまでは暫定的に Accipiter に置くとのこと。
ウタオオタカの Melierax は melos 歌 hierax, hierakos タカ (Gk) (学名をたくさん見ているとこのあたりは見ればすぐわかってしまう)。音楽的な声に由来する。
ウタオオタカの metabates は飛び跳ねるもの (< meta 変わる bates 歩むもの)。
コシジロウタオオタカの canorus はカッコウの種小名と同じで「声の美しい」を意味する。Thunberg, 1799 の記載が早いために現在の学名になっているが、Falco musicus Daudin, 1800 のシノニムがあり、音楽的であることが古くから着目されていたようである。
参考 Voisin and Voisin (2001) Liste des types d’oiseaux des collections du Museum national d’Histoire naturelle de Paris. 9: Rapaces diurnes (Accipitridae), seconde partie。
ヒガシコシジロウタオオタカ はかつてコシジロウタオオタカと同種 (とはいえコシジロウタオオタカがヒガシコシジロウタオオタカの亜種とされていた) とされたが polios 灰色 -pteros 翼の (Gk)。
英名の方がむしろ馴染みがある。chant は歌うの意味だが、吟遊詩人のようなイメージがある。同系語に canto があり、cantabile はわかる方もおられるだろう。
フランス語でも chant が歌。chanson (シャンソン) が名詞。
これらウタオオタカ類はアフリカ探鳥では最も普通に見かける猛禽類で旅行記の写真にもよく出てくる (行ったことはないが)。
樹上でも地上でもとまっている姿がスマートでかっこよく自分も気に入っている種類。
他言語でもイタリア語 astore cantante、ドイツ語 Singhabicht、ポルトガル語 acor-cantador、中国語 歌鷹 のように同じ意味ものが多いが、フランス語 autour sombre (くすんだ色のオオタカ)、スペイン語 azor lagartijero (トカゲタカ) のように別の特性に着目しているものもある。
Shaw et al. (2024)
African savanna raptors show evidence of widespread population collapse and a growing dependence on protected areas
によればアフリカのサバンナでほとんどの種類の猛禽類が壊滅的とも言える数の減少を示しており、これまでより一層保護区に依存するようになっている。ヒガシコシジロウタオオタカとコシジロウタオオタカは例外的に数を増やしている。
ウタオオタカは他の猛禽類同様に数を減らしている。モモジロクマタカ、ソウゲンワシ、ゴマバラワシ、ダルマワシのような大型種ほど減少率が高い。
Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" p. 104 によればウタオオタカ類は爬虫類を中心に食べるが、それでも飛翔中のホロホロチョウやウズラ類を狩ることがあるとのこと。
カワリウタオオタカ [高野 (1973) ではモリウタオオタカ] の Micronisus は問題ないだろう。小さなタカの意味。gabar の方はあまり明確でなく garde ガードマン barre 帯のある (仏) または コエ語 (Khoi) から Levaillant が与えたものか、ただし意味不明 (The Key to Scientific Names)。
Gabar Goshawk Melierax gabar (BirdForum 2025.3) によればこの解釈は不詳とのこと。Lavaillant が "l'espece d'epervier que j'ai nommee Gabar" (自分が Gabar と名付けたハイタカ類) と記述しているので自身が名付けた名称で、Levaillant の名付けた名称に語源不詳のものがたくさんあるとのこと。他の事例を見てもフランス語をもとにした造語 (言葉遊び?) らしく、外国語からの借用ではないだろうとのこと。
epervier はフランス語でハイタカ類のことだが投網の意味もあるとのこと。gabar(r)e に網を指す意味もあるがかなり違うもので関連性はよくわからないとのこと。
多くの言語で gabar を用いているが、中国語では 紅臉歌鷹 と少し違う視点に着目している。
通常はシノニムとされる亜種 defensorum が記載されており、Sir Reginald and Lady Champion の貢献を讃えて、Champion の名前から defensorum (defending Champion) と命名されたとのこと 。
特殊な餌の捕り方については #クロハゲワシ備考の [変わった餌の捕り方をする猛禽類] を参照。
オナガオオタカは極端に長い尾で有名で、翼よりも尾の方が長い。Urotriorchis は oura 尾 triorkhes タカ (Gk) [#ハチクマの備考参照; uro- については #イヌワシの備考 (オナガイヌワシ) 参照]。
macrourus < makros 長い oura 尾 (Gk) と尾の長さを二重に強調している。ウスハイイロチュウヒの種小名にも現れる。
全長 56-65 cm だが尾は 32-35 cm を占めて独特の飛翔型となる。猛禽類中で全長に対する尾の比率ではアンデスチュウヒ Circus cinereus Cinereous Harrier に並ぶ (wikipedia 英語版より)。
トカゲノスリの Kaupifalco は Kaup (ドイツの動物学者で分類学者 Johann Jacob Kaup) と Falco (当時はタカ・ハヤブサ全般を指した) の合成。
monogrammicus < monos 一本の grammikos 線 (Gk)。
これも英名、和名ともノスリの名が付くのにハイタカに近い分類になるのは紛らわしい。ハイタカグループでは最も早く分岐したもので、ウタオオタカ属と残りのハイタカグループの間になる。
名前から想像されるよりは哺乳類 (齧歯類) を主に食べているが Mabuya 属 と Agama 属のトカゲが好きとのこと。
短く尖った翼で混んだ森林内を飛ぶのに適している (wikipedia 英語版より)。
他言語では英名から訳したと思われるトカゲを含むものもいくつもあるが、ドイツ語 Kuckuckshabicht (カッコウオオタカ)、フランス語 autour unibande (一本帯のオオタカで種小名由来だろう) のような独自路線もある。
アフリカオオタカ属の Aerospiza はおそらく説明するまでもないだろうが「空のタカ」。
女性名詞の属名になるが、Boyd のリストでは種小名を変化させているものはない。
ワキアカハイタカ [高野 (1973) ではワキアカオオタカ] の castanilius は castaneus くり色 + ilia/ilium わき腹。
アフリカオオタカ の tachiro は2説あり、tache 斑点 rond 丸い (仏) か tachiro (Gk) 速い (The Key to Scientific Names)。
Aerospiza toussenelii はアフリカオオタカから分離。和名は使用例を用いた。toussenelii はフランスのジャーナリストで博物学者の Alphonse Toussenel から。Verreaux が命名したもので Toussenel にさらに真剣に自然史を研究することを勧める目的があった (wikipedia 英語版)。
2024.12.12 IOC 15.1 でアフリカオオタカに統合。DNA には違いがあるが形態的に重なりがあり、音声や行動が似ているためとのこと。Catanach et al. (2024) の分子系統樹では結構違いがある (ただし Aerospiza toussenelii は伝統的マーカー遺伝子のみ調べられている)。
この程度の遺伝的違いがあっても同種とされるならばチュウヒ類などすべて同種となるぐらいなので、生態的な隔離の情報も必要で DNA だけでは別種相当かどうかを決めていないという意味だろう。
Latest IOC Diary Updates では遺伝情報的には賛同できない意見も出ている。
toussenelii の全ゲノムレベルの解読も望まれる。Aerospiza 属は2種となる。
アカオオタカの Erythrotriorchis もここまで読まれたらすぐわかるだろう。erythro 赤 triorchis タカ である。
アカオオタカの radiatus は一般には「縞がある」意味で使われることが多い。
オナガオオタカとは対照的にタカ類中尾が相対的に最も短いものの一つ。
wikipedia 英語版 (2025.3 時点) によれば、かつてはクロムネトビ Hamirostra melanosternon Black-breasted Buzzard および シラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] Lophoictinia isura Square-tailed Kite と合わせてオーストラリアのハチクマ亜科の系統と考えられていたことがわかる。
アカオオタカに関連する考察を [オーストラリアのタカ類] に分離した。
カタアカオオタカの buergersi はドイツ人でニューギニアを探検した外科医 Theodor Josef Buergers にちなむ。
Astur Lacepede, 1799 の名称は先取権の原則による (Sangster et al. 2012)。この属の特徴は比較的大型の嘴と長い第 I 趾。
astur の名前は代表的なタカまたはオオタカの名称として非常に多くの場面に現れる (cf. サシバの属名、マダガスカルヘビワシの種小名、使われなくなった属名など多数)。
ラテン語の起源や読み方は#オオタカの備考の方に移動した。
Astur 属は2系統からなり、gentilis オオタカを含むクレードと北米のクーパーハイタカ Accipiter cooperii (英名 Cooper's Hawk) を含むクレードをを独立の属とすることも考えられる。その場合の属名として Cooperastur 属を提唱している (新称ではなくかつて使われた属名)。
gentilis クレードの特徴は cooperii クレードに比べて比較的大型の体、短めの tarsometatarsus、短めの第 III 趾である。
クーパーハイタカにかつてヒメオオタカの名称が提案されていたことがあった [日本鳥学会「鳥」32(4) 世界の鳥の分類和名 (4) (1983)。この情報は若杉氏のマーリン通信の 2012 年記事 世界のタカ類・ハヤブサ類 標準和名 で知った]。
"オオタカ" の方が系統的には近かったのだがクーパーハイタカの名称が定着している模様。クーパーハイタカがハイタカ的に感じられるのは、Astur 属の2系統の違いが現れているのだろう。
Cooperastur 属 の属名を直訳するとクーパーオオタカ 属となる。上記の属の特徴を参照するとこの2系統は「大型オオタカ類」「小型オオタカ類」のような印象でよいだろうか。
十分定着した名称なので和名を変える必要はない感じがするが、英名および学名は鳥類学者 William Cooper にちなむもので、個人名の付いた英名を AOU (AOS) は今度どう扱うだろうか。
若杉氏の「せっかく高野伸二さんがつけて、やっと定着してきた和名が、十分な議論もなく変わってしまいました」にはまったく同感だが、自分も高野さんの本に馴染みすぎているためかも知れない。
ヒメオオタカの名称はちょっと小さすぎる感じがするが、ある意味時代を先行していたのかも知れない。
参考までに他言語の名称を調べておくと、Cooper を使っているものが多いがそうでもないものもいくつかある。ドイツ語は Rundschwanzhabicht と 尾の丸いオオタカ または Rundschwanzsperber 尾の丸いハイタカ。ノルウエー語 trostehauk はツグミのタカ。ウクライナ語、ポーランド語などは頭の黒いタカ。
英語別名の Chicken Hawk に相当するものもいくつかある。"ヒメオオタカ" に相当するものは見当たらず、他言語を訳したわけではなさそう。
AOS to discard patronyms in English names
によれば AOS の提案を受け、スウェーデンは AOS 地域のスウェーデン名を変更したとのこと。
新名は trasthok (ツグミのタカの意味。ノルウエー語に合わせたかも)。モモアカノスリの和名があるので日本では問題がないが、ハリスホークのスウェーデン新名は kaktusvrak (サボテンノスリの意味)。
他のグループで和名に個人名が入っているものでは、ボナパルトカモメの新名は tradmas (木のカモメ)、ウィルソンアメリカムシクイは svartkronad skogssangare (黒い帽子のムシクイの意味) とのこと。一部新名を募集中としている。このように他国の事例も紹介してアイデアを出し合うのは非常に健全なプロセスに見える。
AOS to discard patronyms in English names
ではクーパーオオタカに Pale-naped Hawk を提案している人がある。
別項目で人の名前よりも特徴が入った名前の方が識別点を記憶しやすい意見もあった。
クーパーオオタカはかつて鳴管の構造からオオタカと北米のアシボソハイタカ Accipiter striatus (英名 Sharp-shinned Hawk) の系統の近さが述べられたこともあったが、これは収斂進化だろうとのこと。ちなみにクーパーハイタカとアシボソハイタカは北米のタカの見分けで一番問題となる組み合わせである。
パプアオオタカ [高野 (1973) ではドリヤオオタカ] の Megatriorchis も簡単にわかるだろう。大きなタカの意味。doriae はイタリアの博物学者 Giacomo Marchese Doria にちなむ。
最大全長 69 cm に達し広い意味でタカの中で最も大きい部類という。
チュウヒ類とオオタカ類の中間に位置する。#チュウヒの備考参照。
チュウヒ類の中では祖先的な系統で、オオタカ類からチュウヒ類が分岐するに当たって他種も生まれたが、後続のより高性能なチュウヒ類による競争排除の結果大型種のみが残存した可能性が考えられる。
Mindell et al. (2018) では違う位置になるが、これは最も近縁になったものと解析に使われた遺伝子に共通のものがなく人工産物と考えられるとのこと。
Barrowclough et al. (2014) はチュウヒ類に近い位置に置いたが、これも Astur 属を扱っていない欠点がある。Catanach et al. (2024) の解析では核遺伝情報が使われており信頼性が高い。
生態的な情報はほとんどない。
[渡り]
池長 (1991) Birder 5(10): 30-35 の当時のアカハラダカの知見について詳しく述べられている。
渡りの発見は 1980 年で、現地古名でスズメダカとして知られていたとのこと。なぜ最近まで発見されなかったかの理由としてこの季節はシギ・チドリの渡りの時期でベテランは海岸や平地に出向くことが多かったことや先入観などの要因を挙げている。Birder のこの号は当時の知見によるタカ渡りの特集で、現在の知見と比べてみると面白い。
「アニマ」1992年10月号に鴨川氏による「アカハラダカの渡りルートを探る」の記事がある。アカハラダカが日本産種に認められるに至った事情や詳しい経緯などはこちらの記事の方がより詳しい。
当時はタカ渡りの観察と言えば 10 月で、9月の早い時期は考えられていなかった模様。
鴨川 (1997) Birder 11(5): 62-68 にそれまでの経緯、九州西部の渡りルート、本土初のねぐらの発見の記事がある。
アカハラダカの衛星追跡はすでに行われている [Min et al. (2021) Annual Long-Distance Migration Strategies and Home Range of Chinese Sparrowhawk (Accipiter soloensis) from South China。オス・メスとも調査されている] が、
日本を通過するアカハラダカの個体群の渡り経路はまだ衛星追跡で調べられていない (#ツミの備考も参照)。
台湾でのレーダーを用いた春の渡り観測が報告されている: Sun et al. (2010)
Spring Migration of Chinese Goshawks (Accipiter soloensis) in Taiwan。
Bildstein (2004) Raptor Migration in the Neotropics: Patterns, Processes, and Consequences は中南米の ムナジロアシボソハイタカ Accipiter chionogaster White-breasted Hawk、
フナシアシボソハイタカ Accipiter ventralis Plain-breasted Hawk、
モモアカアシボソハイタカ Accipiter erythronemius Rufous-thighed Hawk
は正しい方向に渡らなかったか渡らなかったアシボソハイタカから進化したことはほぼ確実であろうと述べている (migration-dosing speciation 仮説)。
同様にメラネシアの島の Tachyspiza 属の多くの種は同様にしてアカハラダカから生じたと提案しており、エルニーニョの風で飛ばされて、などのメカニズムを考えている。
Catanach et al. (2024) でも Tachyspiza 属の島の固有種は希少性も高く、解析に適した標本を扱えないためかあまり含まれていないので近縁性はよくわからない。
アカハラオオタカ (オーストラリア)、ムナグロオオタカ (ニューカレドニア)、クロアカオオタカ (ニューギニア)、フィジーオオタカは近いグループをなすのでアカハラダカから個別に "migration-dosing" を受けた進化経路とはおそらく異なるのだろう。祖先系統がアカハラダカであることは間違いないが、定着と種分化の過程はもう少し複雑なのだろう。
しっかりした系統樹が手に入るとこのようなことも考える楽しみも増える。
渡り個体が島に定着して固有種を形成する傾向を系統的に調べた研究もある: Dufour et al. (2024) The importance of migratory drop-off for island colonization in birds。
系統別にみるとタカ類は渡りをする種類も多いが、migration-dosing によって固有種形成が一番多いグループとなっている (別の視点で見ると海鳥が高い。Supplemenetary Information 参照)。ハヤブサ目はなぜか入っていない。
新環境での生存確率も高いのかも知れない。猛禽類の渡りを考える時にこのような視点で見るのも面白い。
日本周辺 (全分類群を含む) ではフィリピンがそのような種類のホットスポットとなっており、琉球がそれに次ぐ。世界的に見てもカリブ海に匹敵するぐらい migratory drop-off が島の固有種形成に関係が深い地域となっている。
ただし SupplemenetaryData2 を見ると琉球で該当するものはリュウキュウキビタキ、ホントウアカヒゲ、アマミヤマシギ、アカコッコ (琉球ではないが)、オオトラツグミを入れているよう。これらがみな migratory drop-off にふさわしいかどうかは ? の感じもある。
[食性]
アカハラダカは Grey Frog Hawk とも呼ばれていてほとんどカエルのみを食べているとのこと。繁殖地での主な食事がカエルである珍しい種類だそうである。Ferguson-Lees and Christie (2001) をみると韓国では繁殖期にほとんどカエルを食べていて、他には昆虫。
主に地上採餌をする (飛翔して探すこともある) など、小鳥を食べるのが中心の (これまでの広義の) Accipiter らしからぬ種類である。越冬地ではもう少し鳥も食べるらしい。
中国での繁殖生態研究: Ma (2016)
Breeding Biology of a Little-Known Raptor in Central China: The Chinese Sparrowhawk (Accipiter soloensis)
こちらではトカゲが7割だったとのこと。韓国では水田地域で観察されたためで、この中国の研究ではもっと森林地域での観察である点が異なる。繁殖失敗率はかなり高く韓国、中国とも4割程度だが韓国の研究は事例数も少なく孵化失敗が多かったが理由不明。この研究ではヘビによる捕食が最も多かった。
巣立ち後 17-18 日で分散を始めるが、このように早い理由は捕食が容易なトカゲや昆虫を主に食べるためかと推測している。
日本では繁殖しない種類だが、日本産種のタカ類ではアカハラダカが巣立ち後最も短時間で自立するものだろうか。
Choi (2013)
Morphometrics and Sexual Dimorphism of Chinese Goshawks (Accipiter soloensis)
にアカハラダカの逆性的二形の研究がある。測定値のみで十分雌雄判別が可能だが、翼長でみると性比 95% と確かにツミ 85%、ハイタカ 83% などに比べると雌雄差があまりない。現代の分類でもツミと同属になるが、系統よりも食性が現れているのだろうか。ノスリやチュウヒに近い値になっている。
[オーストラリアのタカ類]
アカオオタカの系統に関連してオーストラリアのタカ類について調べてみた。オーストラリアでは最大種のオナガイヌワシが非常に有名だが他のタカ類はあまり知られていないのではないだろうか。
#ミサゴの [日本産タカ類を新しい分類で見る] と同様に作ってみた。
資料は 2023 Australian bird species checklist (IOC) から。(V) は迷鳥。
ミサゴ科 Pandionidae
ミサゴ属 Pandion
ミサゴ Pandion haliaetus Osprey
タカ科 Accipitridae
カタグロトビ亜科 Elaninae
カタグロトビ属 Elanus
クロオビトビ [高野 (1973) ではクロオビハイイロトビ] Elanus scriptus Letter-winged Kite
オーストラリアカタグロトビ [高野 (1973) ではオーストラリアハイイロトビ] Elanus axillaris Black-shouldered Kite
ハチクマ亜科 Perninae
カッコウハヤブサ属 Aviceda
カンムリカッコウハヤブサ Aviceda subcristata Pacific Baza
ハチクマ属 Pernis
ハチクマ Pernis ptilorhynchus Crested Honey Buzzard
クロムネトビ属 Hamirostra
クロムネトビ Hamirostra melanosternon Black-breasted Buzzard
シラガトビ属 Lophoictinia
シラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] Lophoictinia isura Square-tailed Kite
オナガハチクマ属 Henicopernis
オナガハチクマ Henicopernis longicauda Long-tailed Honey Buzzard
イヌワシ亜科 Aquilinae
ヒメクマタカ属 Hieraaetus
アカヒメクマタカ [高野 (1973) ではヒメアカクマタカ] Hieraaetus morphnoides Little Eagle
イヌワシ属 Aquila
モルッカイヌワシ [高野 (1973) ではガーニイイヌワシ] (V) Aquila gurneyi Gurney's Eagle
オナガイヌワシ Aquila audax Wedge-tailed Eagle
亜科 Accipitrinae
ツミ?/アカハラダカ?/アフリカオオタカ?族 Aerospizini
ツミ属またはアカハラダカ属 Tachyspiza
ツミ (V) Tachyspiza gularis Japanese Sparrowhawk
アカハラダカ (V) Tachyspiza soloensis Chinese Sparrowhawk
ハイイロオオタカ [高野 (1973) ではカワリオオタカだが分離あり] Tachyspiza novaehollandiae Grey Goshawk
アカハラオオタカ [高野 (1973) ではオーストラリアオオタカ] Tachyspiza fasciata Brown Goshawk
アカエリツミ (系統位置暫定) Tachyspiza cirrocephala Collared Sparrowhawk
族相当
アカオオタカ属 Erythrotriorchis
アカオオタカ Erythrotriorchis radiatus Red Goshawk
チュウヒ属 Circus
(系統 1)
ウスユキチュウヒ Circus assimilis Spotted Harrier
(系統 2)
ミナミチュウヒ Circus approximans Swamp Harrier
ノスリ亜科 Buteoninae
トビ族 Milvini
トビ属 Milvus
トビ Milvus migrans Black Kite
シロガシラトビ属 Haliastur
シロガシラトビ Haliastur indus Brahminy Kite
フエフキトビ [高野 (1973) ではフエナキトビ] Haliastur sphenurus Whistling Kite
ウオクイワシ属 Icthyophaga
シロハラウミワシ Icthyophaga leucogaster White-bellied Sea Eagle
日本産でない種類が多いので和名はよく使われるものを挙げてある。属和名なども一部は仮に与えたもの。
古いリストなどを見ると順序があまりに違うのでどこに入るのか悩むぐらい。現代の分子系統的考えではイヌワシ類がタカ類進化の最終段階ではない。
このように眺めると日本と大きく違うのは Tachyspiza 属以外の広義 (旧) ハイタカ属が到達していないこと、ノスリ類がいないことだろうか。代わりにカタグロトビ亜科とハチクマ亜科が頑張っている。ただしハチクマはかつて生息していた証拠は知られておらず近年の新参者。2023 年リストでは (V) になっているが繁殖兆候が十分高いので勝手に (V) を外させてもらった。
大陸の面積の割には猛禽類の種類が少ないと言われるがこの表をみてもそのように感じる。かつてはハゲワシ類も生息していたが絶滅してしまったなど消え去った系統もあるだろう。
カタグロトビ亜科は近年は世界的にも好調なのと同様、生態的にも優勢なようでオーストラリアでも重要な位置を占めている。古く分岐した系統なので生態的に弱いというわけでもない。
#ハチクマ備考の [ハチクマ亜科の他種] に登場するカタグロトビ類以降のタカ科の中で最も古い (2400-2600 万年前) 系統の化石がオーストラリアで見つかっている: Mather et al. (2022) An exceptional partial skeleton of a new basal raptor (Aves: Accipitridae) from the late Oligocene Namba formation, South Australia。この著者たちは Archaehieraxinae 亜科を創設。
現代の森林性猛禽類ほどは強力でないもののクマタカ類に近い生態を持つ種類がこの段階ですでに現れていて小型の哺乳類 (例えばコアラ) や鳥類を捕食していた可能性が考えられるとのこと。
オーストラリアではさらにもう1系統の化石猛禽類が見つかっていて (Pengana robertbolesi)、系統を判断する資料が乏しいがチュウヒダカ類やセイタカノスリ Geranospiza caerulescens Crane Hawk に似た骨の特徴があるとのこと [Boles (1991) Pengana robertbolesi, a peculiar bird of prey from the Tertiary of Riversleigh, northwestern Queensland, Australia]。
チュウヒダカ類はヒゲワシ亜科 Gypaetinae、セイタカノスリはノスリ亜科 Buteoninae と系統はまったく異なり形態的な類似性は収斂進化によるものとされているので Pengana robertbolesi の系統を判定する材料に乏しいことになる。
ヒゲワシ亜科であればハチクマ亜科に先行する系統なので順序的には興味深いがヒゲワシ亜科の現生種はヒゲワシがユーラシアに分布する程度でアフリカ以外にあまろ分布していない点は解釈上悩ましいかも。
ヒゲワシ亜科ももしかすると現在よりも広範囲に分布していたのかも知れないが、後続系統の方がより優秀で限られたものしか残らなかったのかも。Pengana robertbolesi をノスリ亜科と考えるのはオーストラリアにノスリ類が到達していないので否定的に見える。
その次となった可能性のあるハチクマ亜科はアメリカ大陸にも分布するのでかつては世界的に分布していたらしい。このうちクロムネトビとシラガトビ [高野 (1973) ではアカムネトビ] はオーストラリア固有種で、クロムネトビは道具を使う鳥として有名。
カンムリカッコウハヤブサとハチクマは顔つきが似ているが、クロムネトビはどう見てもノスリのように見えてハチクマとどのような類似点があるのかわかりにくい。英名も悩ましいようで、Buzzard は分類上正しくないので Kite と付けてみたり、Buzzard-eagle となっていたりする。ノスリ類がいなければ代わりの系統が進化してノスリ類の役割を果たせる次第。
我々は北半球の鳥を見てオオタカやハイタカがタカ類の代表種のように捉えがちだが視点を変えると様相がだいぶ変わる。
チュウヒワシ亜科 Circaetinae に対応する可能性のある種類では、比較的近年絶滅したオーストラリアの巨大猛禽類 Dynatoaetus gaffae と Dynatoaetus pachyosteus が 2023 年に発見された (#カンムリワシの備考参照)。
絶滅したハゲワシ類 Cryptogyps lacertosus (#カンムリワシの備考参照) が知られており、ハゲワシ亜科 Aegypiinae もかつてオーストラリアに進出していたことがわかる。ただし系統はそれほどわかっていない。これも古く分岐した系統で生態的はむしろハゲワシ類がいないことが不自然だった。
メガファウナ動物の死体に依存していたがメガファウナの絶滅により絶滅したと考えられている。ご存じの通りオーストラリアの哺乳類は系統が限られており、絶滅によって食物が突然大幅に減少することもあり得た。
ついでながら Australian megafauna の wikipedia 日本語版を見ると現生の megafauna にオナガイヌワシが含まれているが英語版では含まれていない。やはり他言語版もチェックした方がよい。
ここまで一通りの系統がオーストラリアに到達していたらしいことがわかる。チュウヒワシ亜科やハゲワシ亜科が絶滅したのはユーラシア・アフリカで他系統との競争によって特殊化が進んだ後だったため、生態的にあまり柔軟性がなく環境変化に適応できなかったのだろうか。
さて問題のアカオオタカであるが、この現生種の表を見ても一番近そうに感じるのはハチクマ亜科で、かつてはハチクマ亜科が多様に種分化したものの1種を見ていると考えられ、Australasian old endemic raptors として含められていたことがあった [wikipedia 英語版 (2025.3 時点) でも同様。Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World" では分類不明に分けられていた]。
オオタカ類との類似性は収斂進化によるものと解釈されていた。音声はオオタカ類とある程度似て聞こえる。
アカオオタカはオーストラリアでもおそらく最もまれな猛禽類で数の減少が懸念されている (IUCN EN 種) 生態的にはあまり強力ではないよう。目撃も難しい種類のようで eBird/ML にもあまり画像がない。
オーストラリアへの入植に伴う土地改変によって数が減少し、Ferguson-Lees and Christie (2001) によれば南部を中心にすでに絶滅した地域も多いと考えられるとのこと。一方トビが増えたのはこのためとのこと
[Gaff (2002) The fossil history of the family Accipitridae in Australia (修士学位論文) も参考とした]。
Gaudin "List of the birds of the world" は Catanach et al. (2024) 以前の情報により 2022 年段階で Tachyspiza 属に含めていた。
同じ Erythrotriorchis 属のカタアカオオタカはニューギニアの種類だがほとんど知られていない。日本のオオタカも含めて後に現れた系統の猛禽類は一般的には保全上あまり心配ないのではと考えるがこれらの種はやや危ない感じがする。
現在ではむしろオオタカ類に近縁で、狭義ハイタカ属 Accipiter が分岐する前の系統となる。ニューギニアのカタアカオオタカとともに狭義 Accipiter 属や Astur 属がユーラシアに分布する以前にこの系統の一部がおそらくアフリカから熱帯を経由してオセアニアに分布していたことがわかる。
上記の表では Tachyspiza 属の分岐が早いためこちらが先に分布していた印象を受けるが、オーストラリアの Tachyspiza 属はアカハラダカ以降の系統で、アカハラダカの祖先系統が長距離の渡り能力を活かして分布を広げたと想像できる
(オーストラリアの Tachyspiza 属ではハイイロオオタカが有名で広く分布する。近年分割が行われて英名・和名ともに複雑な関係になっている。分割の結果オーストラリア固有種となる。この属の種は#ツミの備考の方に)。
分岐年代的には新しくアカオオタカの方がずっと早くから分布していたはず。
この点はここに現れるチュウヒ属もアカハラダカ類同様である。
ハイタカやオオタカの系統も初期は広域進出を試みていたが他の系統 (例えば Tachyspiza 属や当時存在していたハチクマ亜科などが候補?) によって競争排除され、競争種の少ないオーストラリアなどにわずかに残っている形になったものだろうか。
古い系統にもかかわらずアカオオタカとカタアカオオタカの分岐が新しいことも注目に値する。この2種は比較的最近まで連続分布していたが両者とも衰退した結果地理的隔離が発生したのだろうか。いずれも遺存固有と考えてよさそう。
もう少し考えてみるとハチクマ亜科が世界的に優勢だった時代は温暖・湿潤で森林が連続して存在していたと思われる。その後乾燥化が進んで中東などに乾燥地帯が広がり、森林に依存する種類ではアフリカなどから出生の系統は南回りでは簡単に分布を広げることができなくなったと考えられる。カッコウハヤブサ属 Aviceda の分布がアジア・オセアニアとアフリカに分断されているのも乾燥化で途中の分布がなくなったのだろう。
ハイタカやオオタカの系統の大部分の進展は温暖・湿潤な時代には間に合わず、初期系統の一部のみが Erythrotriorchis 属のように分布を広げることができたのだろうが、現代のハイタカやオオタカのような生態的強さをまだ持ち合わせていなかったためあまり生き残ることができなかったと想像できる。
その後乾燥化が進み、草原や開放地が好みの Aquila 属 (モルッカイヌワシ [高野 (1973) ではガーニイイヌワシ] とオナガイヌワシ) もニューギニアからオーストラリアまで到達することが可能になった。チュウヒ類も乾燥化による草原の広がりに合わせて分布を広げ、こちらは渡り能力を利用してオーストラリアに2系統が定着したと思われる。
Aquila 属に近いグループではクマタカ類 (Nisaetus 属) は海を越える分散能力が低く分布できなかったが、アカヒメクマタカ [高野 (1973) ではヒメアカクマタカ] はこの系統で唯一分布を広げた。しかし大変小型の種類。
この Hieraaetus 属は絶滅したハーストイーグル (Haast's Eagle) (#カラフトワシの備考参照) も含まれアカヒメクマタカが最も近縁な種類。この系統はオーストラリアでかつてある程度栄えていたことを示唆する。Hieraaetus 属がオセアニアで種分化したのは約 200 万年前と新しく、オーストラリアに乾燥地が広がった時代に対応する。
ハーストイーグルの巨大化は島に隔離されたことで何らの大型化への選択圧 (種内?) が働いたものと考えられるが (モアを捕食するために大型化するかどうかはよく知らない)、最も近縁なアカヒメクマタカが非常に小型なのは他種が存在するため種間競争による選択圧の結果 (例えば大型化してもオナガイヌワシ相手では競争にならないなど?) も想像できる。ハーストイーグルの巨大化はオナガイヌワシがいなかったため可能になった?
オナガイヌワシの進出も同じころで、Hieraaetus 属や Aquila 属は飛翔能力の点では分布を広げることは十分可能だったが、密生した森林環境が開けるまでは容易に定着できなかったものと想像される。
ハイタカやオオタカは乾燥化が進んでからアフリカを出発し、北回りで分布した結果ユーラシアでは現在の成功につながっているが、もともと北方に進出した系統であったこと、海を超える分散能力がそれほど高くなくウォレス線を越えてオーストラリアまでは遠く分散できなかった描像が考えられる。ノスリ類も同様。
ただしハイタカやオオタカが進出しなかったのは北方系統だけが理由ではなく熱帯に先に分布していた他の猛禽類との競争も要因の一つではないかと想像する。
また熱帯の森林を通じて分布を広げることができたハイタカやオオタカの初期系統がオセアニア以外に残っていないことから判断して、ハイタカやオオタカの祖先系統は生態的にあまり強力ではなかったのではないだろうか。より祖先系統には古い分岐がいくつもある (ウタオオタカ類など - 好きだけど) が、格段に強力な種類ではない。ハイタカやオオタカの祖先を遡るとこのような鳥だったのかも知れない。
南米の遺存的なセグロオオタカ (#オオタカ備考の [Astur (オオタカ) 属の系統分類] も参照) もハイタカやオオタカの祖先を考える上で参考になりそう。
Tachyspiza 属 (例えばタカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ]) のようにタカ類の中でもとりわけ攻撃的な性格を発達させることでようやく広域進展が可能になったのかも知れない。
ハチクマ亜科、カンムリワシ類、クマタカ類などが温厚と言われるのも、先行した系統の強みで攻撃的な性格をもたらす選択圧がかかる必要性がなかったからではないだろうか。
また、現在は地域によって生態系の最上位捕食者であるはずのオオタカが、なぜそれほどまで生息を明らかにしないのか (#オオタカ備考 [オオタカの生息確認は難しい?] 参照)、このような苦難の進化の歴史が背景にあるのかも知れない。ハイタカの方が先行したため、後から分布を広げたオオタカの方がより一層隠蔽的な性質が必要だった? (かどうかわからないが)。
一方で先行した Tachyspiza 属ではそこまで隠蔽的になる必要がなかったために都市に近い環境にも適応しやすいのかも知れない (もっともツミが都市鳥になっているのはほぼ関東平野限定の話で、こちらでは依然幻のタカに近い)。
日本の種類に閉じない考察はいろいろな意味で有効なのではないだろうかと感じる。
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ツミ (将来の属名変更に注意)
- 第8版学名:Accipiter gularis (アクキピテル グラーリス) のどに特徴のあるタカ
- IOC 学名:Tachyspiza gularis (タキュスピツァ グラーリス) のどに特徴のある速いタカ
- 第8版属名:accipiter (m) タカ (accipere 掴む Gk)
- IOC 属名:tachyspiza (f) 速いタカ takhus 速い spizias タカ (Gk)
- 種小名:gularis (adj) のどに特徴のある (gula (f) のど -aris (接尾辞) 〜に関連する)
- 英名:Japanese Lesser Sparrowhawk, IOC: Japanese Sparrowhawk
- 備考:
tachyspiza は#アカハラダカ参照。少し例外的な読みを採用している。
accipiter は#ハイタカ参照。
gularis は a が長母音でアクセントがある (グラーリス)。-aris の発音に由来。
現在 Accipiter 属に対して提唱されている新分類では Tachyspiza 属となる見通し。#アカハラダカの備考参照。
記載時は l'epervier a gorge rayee 原記載 で学名は Astur (nisus) gularis, Temminck & Schlegel, 1845 で Astur は当時のオオタカ属。
この記載ではオオタカ類を2つに分け、ハイタカとツミには Nisus (亜) 属を提案している (1ページ前も参照)。記載時のフランス名からのどにある線が学名由来となっていることがわかる。
記述では sur le milleu de la gorge, une fine raie longitudinale (のどの中央の細い縦線)。
オス、メスともにのどの線が見られるとある。La raie de la gorge est aussi prononcee que dans le male (メスの方がのどの線が目立っている)。(図版)。図版を見る限りは雌雄同定は誤っていないよう。
非常に珍しい鳥で2体しか標本を持っていないとのこと。
個体によってはのどの線が目立たないものもあるので、たまたま手にした2標本が雌雄とものどの線が目立つ個体であったため付いた学名と言えるかも知れない。
gularis は非常に多くの鳥の学名に使われており、IOC 14.2 の種で修飾のない gularis を持つ種は 28 で、修飾されたもの (atrogularis など) も含めると 129 種もある。Temminck もツミに先立って 1815 年の用例がある。首を意味する collis は修飾されたものも含めて 102 種で gularis の方が多い。
Temminck and Schlegel が用いた gularis の用例ではオオルリのメスがあった (すでに使われており無効名だった。#オオルリの備考参照)。
Temminck and Schlegel が過去の何かの学名との重複を気にしたとすれば、この記載の Astur 属ではあまり問題なく、Accipiter 属まで含めても特に気になるものはない。
ノスリやチョウゲンボウに japonicus を使っており似た名前が並ぶのを避けて、比較的記述しやすい特徴があり、よく使われる種小名だったので用いたのかも。
のどに縦線のもっと目立つタカの種類は他にもあると言われそうだが、この記載は日本に生息する2種を述べたもので、ハイタカに比較するとのどに縦線が目立つことを意味したと理解してよいだろう。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire によれば Accipiter nisoides Blyth, 1847 ("ハイタカに似た" の意味。参考) マラッカでの記載、
Accipiter stevensoni Gurney, 1863 (参考) の中国の記載もあり、当時は中国の由来の方がよく知られていたようで Seebohm (1890) は Chinese Sparrow-Hawk の英名を用いていた。Temminck and Schlegel の記載が早かったので現在の学名となった。
ツミに最も近縁の鳥はミナミツミ Accipiter virgatus (英名 Besra の名が有名) で、かつてはツミはこの亜種とされていた。Dement'ev and Gladkov (1951) では8亜種あり、その1つがツミだった。
現在では系統が比較的離れていることがわかっている。顔つきもだいぶ違う。
Japanese Lesser Sparrowhawk の英語旧名はミナミツミと同種とされていた時代由来らしい。まとめて Lesser Sparrowhawk と呼ばれていた。ミナミツミの方が記載年代が古く、これも記載時学名 Falco virgatus Temminck, 1822
(一覧表。記載。図版にはフランス語名のみ現れる) 基産地 Java と Temminck によるもの。
ツミの記載の方が新しいのでミナミツミと同種の場合はミナミツミの亜種となる。つまりツミの種英名が Lesser Sparrowhawk とされていた時期があったが、その後種分割に伴って地名などを使うようになったらしい。ツミの学名はうまく対応する英名がないため使われなかった可能性もある。
ミナミツミの方は記載時学名で Accipiter Besra Jerdon, 1839 (現在はミナミツミの亜種) があり、分布も広いためヒンディー語の Besra がそのまま使われたと想像できる (統合前のものも含めて Asiatic Sparrowhawk, Besra Sparrowhawk, Philippine Sparrowhawk などの名称もあった)。
ツミの方は Seebohm (1890) が Chinese Sparrow-Hawk の英名を用いていたがこれはおそらく同種とされる前の名称で、同種時代にこの古い名称が一度失われ、再度分割する際に基産地をもとに命名されたものと想像できる。現在の英名に含まれる Japanese はこの時代の名残りと言えるかも知れない。
英国では Goshawk と Sparrowhawk のみなのでそれより小さいものは適切な名前がなく、広義ミナミツミを指して Lesser Sparrowhawk となったのも安易な名称ではあるがやむを得なかったのかも (#ホトトギスが Lesser Cuckoo の名称となった経緯は少し事情が違うと思われる)。
ミナミツミもツミも英国・米国の種ではないので英名にはあまりこだわらなかったかも知れない。
Accipiter 属に含めるのが妥当とされた期間が長く続いたのもタカ類をオオタカ、ハイタカの視点で見るヨーロッパの影響が大きかったのかも知れない。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば同種扱いで、ロシア語でもミナミツミは英語 Lesser Sparrowhawk と同じ意味の名称になっている。そのうち亜種ツミに "シベリアの" を冠していた。ロシアでも極東の種はあまり知られていなかったようで現地名なども出てこない。
Karyakin (2004) "猛禽類の調査方法" (参考文献参照) でも Accipiter virgatus となっており、ロシア語名も上記と同じ (p. 215)。ツミとミナミツミが同種とされた時代が後々までかなり長く続いていた模様。やはり分割に際して Japanese が与えられたものと想像できる。
ミナミツミが広義に使われていた時代は現在の分類ではもう1種 ムネアカツミ [高野 (1973) ではアカムネツミ] Tachyspiza rhodogaster Vinous-breasted Sparrowhawk が含まれていた (Dement'ev and Gladkov 1951 の広義分類)。
これは記載時 Nisus virgatus rhodogaster Schlegel, 1862 (原記載) と当初より亜種扱いで種英名などは分離後に後から付けられたものだろう。
Schlegel (1862) のこの文献にもツミが別種扱いで登場するが名称は特に挙げていない。"Fauna Japonica" の時代よりは知見も増えていたようで日本からインド大陸に分布するとあり、ネパールの標本も挙げられていた。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版に記載の亜種はツミ gularis (ロシア極東部も同亜種とされる)
と八重山地方の留鳥のリュウキュウツミ iwasakii (気象学者、生物学者の岩崎卓爾 Takuji Iwasaki 由来。原記載)。
世界的には他に亜種 sibiricus (「シベリアの」の意味。Tachyspiza 属になれば女性形の sibirica になる。モンゴル、中国から台湾で繁殖) がある。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では前2亜種と亜種不明がリストされている。
[Tachyspiza (ツミまたはアカハラダカ) 属の系統分類]
順序は Catanach et al. (2024) で解析された 16 種に加え、遺伝情報のない種類を Boyd AFROAVES I (Taxonomy in Flux) に従って列挙。
種小名語尾も Boyd による。ツミの wikipedia 韓国語版で Tachyspiza の属名が使われている。
wikipedia スロバキア語版 Jastrabovite の分類も Catanach et al. (2023) 段階のものに従い、これまでに使われたクレード名が何を含むかの解説もあって役に立ちそう。
古い分類はこちら、とのリンクもあってなかなか親切。しかし広義ハイタカ類に始まりハチクマ類で終わる分類 (2011 年の記事らしい) は相当古いものかも?
亜科相当 (ハイタカグループ)
ツミ属またはアカハラダカ属 (タイプ種を優先すれば後者) Tachyspiza
アフリカツミ* Tachyspiza minulla Little Sparrowhawk
ニシアフリカツミ* Tachyspiza erythropus Red-thighed Sparrowhawk
ミナミツミ Tachyspiza virgata Besra
ツミ Tachyspiza gularis Japanese Sparrowhawk
レバントハイタカ Tachyspiza brevipes Levant Sparrowhawk
タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] Tachyspiza badia Shikra
アカハラダカ Tachyspiza soloensis Chinese Sparrowhawk
シロハラハイタカ* Tachyspiza francesiae Frances's Sparrowhawk
ハイガシラオオタカ* Tachyspiza poliocephala Grey-headed Goshawk
カワリオオタカ Tachyspiza hiogaster Variable Goshawk
ハイイロオオタカ [高野 (1973) ではカワリオオタカ] Tachyspiza novaehollandiae Grey Goshawk
シロクロオオタカ* [高野 (1973) ではニセマダラオオタカ] Tachyspiza imitator Imitator Goshawk
クロアカオオタカ Tachyspiza melanochlamys Black-mantled Goshawk
アカハラオオタカ [高野 (1973) ではオーストラリアオオタカ] Tachyspiza fasciata Brown Goshawk
ムナグロオオタカ Tachyspiza haplochroa White-bellied Goshawk
フィジーオオタカ [高野 (1973) ではフィージーオオタカ] Tachyspiza rufitorques Fiji Goshawk
以下遺伝情報なし
シラボシオオタカ** [高野 (1973) ではシラホシオオタカ] Tachyspiza trinotata Spot-tailed Sparrowhawk
セレベスツミ** Tachyspiza nanus Dwarf Sparrowhawk
ムネアカツミ** [高野 (1973) ではアカムネツミ] Tachyspiza rhodogaster Vinous-breasted Sparrowhawk
モルッカツミ** [高野 (1973) ではハイノドツミ] Tachyspiza erythrauchen Rufous-necked Sparrowhawk
アカエリツミ** Tachyspiza cirrocephala Collared Sparrowhawk
シロハラツミ** Tachyspiza brachyura New Britain Sparrowhawk
チャバラオオタカ** [高野 (1973) ではグレイオオタカ] Tachyspiza henicogramma Moluccan Goshawk
ニコバルハイタカ** Tachyspiza butleri Nicobar Sparrowhawk
ノドジロオオタカ** [高野 (1973) ではマダラオオタカ] Tachyspiza albogularis Pied Goshawk
アオハイタカ** Tachyspiza luteoschistacea Slaty-mantled Goshawk
オオハイガシラオオタカ** Tachyspiza princeps New Britain Goshawk
系統が少し離れるところに空行を入れてあるが、いずれも深い分岐ではない。2種のみが並んでいる3系統において2種の順序は意味がない。
ツミとアカハラダカはそれほど近い関係ではない。
Tachyspiza 属は南方系と言って差し支えないだろう。
シラボシオオタカ [高野 (1973) ではシラホシオオタカ] 以降は遺伝情報がなく解析されていないが、上記 Boyd (根拠となる文献は Boyd のページ参照) によりこの属に属すると考えられるもの。Boyd の系統順とそのうち Catanach et al. (2024) で調べられたものの結果に多少違うものがあるがおおよそこの順でどこかに収まると考えられる。
セレベスツミの学名は扱いが分かれていて IOC 14.2 では Tachyspiza nanus となっている。Boyd は nana、Gaudin は nanus と古くから Tachyspiza を用いているリストでも違っている。
ラテン語で nanus (小人) は名詞。nana (同じ意味で女性を指す名詞) がある。
Linnaeus は植物には nanum を形容詞として用いていた証拠があるそうで植物学では変化させることもあるらしいが植物学と動物学では規則が異なる。ICZN Article 34.2.1 では名詞は変化させないとの規則があるそうで nanus が正しそう
cf. Change the species name of Dwarf Jay from Cyanolyca nana to C. nanus (N&MA Classification Committee 2020)。これは属変更に伴って一度変えられた種小名が戻された事例。
原記載が形容詞を意図したことが明らかでなければ nanus, nana は名詞扱いとのこと。
やはり気づいて指摘した人があり Latest IOC Diary Updates
nanus は名詞で用いられたもので対応する中性名詞が存在しないので (属名のラテン語は中性のものがある) かつては行われていたが性の合致は行われないとの説明がある。インドネシアのフィールドガイドでは早くから分割を取り入れておりすでに nana で印刷したものがすでに出回っているのこと。
また H&M checklist には不変と記述があり、この点については非常に信頼できる出典であるとのこと。
英語の dwarf は形容詞的にも使われるので、意味を dwarf と意味を書くと誤解を招きやすいとの見解があった。
レバントハイタカ Tachyspiza brevipes と タカサゴダカ [高野 (1973) ではミナミハイタカ] Tachyspiza badia は同種扱いのこともあった。高野 (1973) では別種扱い。
タカサゴダカの和名の由来はタカサゴモズ同様と想像できるが、主要語義となる台湾は分布域から離れており地理的分布の広さをうまく洗わせていない気がする。一方ミナミハイタカの名称もミナミツミが存在してミナミハイタカは現在の系統的にはあまりふさわしくない名前になってしまう。
[小型種で小鳥食の猛禽類は都市化に向いている?] の項目も参照。
シロクロオオタカの和名は高野 (1973) では Accipiter melanoleucus = Astur melanoleucus に対して付けられていたものだがこの種 Astur melanoleucus Black Goshawk にはオオハイタカの名前が与えられているようである。
Tachyspiza hiogaster はかつて Tachyspiza novaehollandiae の亜種とみなされていたため、分離に従ってこの2種の名称が与えられたものと思われる。この2種には遺伝的には結構大きな違いがある。
高野 (1973) = Lloyd and Lloyd (1969) には当時の名称でカワリオオタカの3つの型の図が出ている。
そのうち2型がハイイロオオタカの白色型 (White Goshawk) と灰色型 (Grey Goshawk)
を表しているようである。
もう一つが現在の名称でカワリオオタカに対応するようである。
novaehollandiae Gmelin, JF, 1788 の方が hiogaster Mueller, S, 1841 よりも古いので両者を統合した場合は前者の学名になるはずだが、The Peregrine Fund では2種を分離していないようで Accipiter hiogaster Variable Goshawk として3つの morph がある説明になっている。
もともとの variable の意味が3つの morph を指していたのであればそのうち2つの morph のある Tachyspiza novaehollandiae の方が variable の名前にふさわしい感じもするが、Tachyspiza novaehollandiae の灰色の morph にすでにあった英名 (Grey Goshawk) を活かしたのであろう。
分離された Tachyspiza hiogaster も多数の亜種と morph があるので、variable の名前をこちらに引き継いだようである。
ハイイロオオタカの和名は英名の種名に対応する。白色型 (White Goshawk) は亜種とはされておらず通常の分類群の名前としては現れないかも知れないが、もし和名を付けるならばどうなるだろうか。
シロオオタカはオオタカの亜種名としてすでに存在するのでそのまま訳すことはできない。
高野 (1973) でさえも「マックロ」を和名に付けるのは躊躇したらしいあとがきがあるので、ここでは「マッシロオオタカ」を提案してみようか。ハイイロオオタカの白色型と長々と言うよりも簡単明瞭である。
なお Grey Hawk という種が別に存在する Buteo plagiatus ので注意が必要。
なおこのハイイロオオタカの白色型は白色のオウム類 (cockatoos) の大群に紛れることで自らを隠し捕食を容易にしている擬態と考えられるとのこと。白色のオウム類のいない島には白色型がいないとも記されている [Bildstein (2017) "Raptors" p. 29]。aggressive mimicry については #ノスリの備考 [オビオノスリはヒメコンドルに擬態?] も参照。
関連して気になるところでシロノスリ Pseudastur albicollis White Hawk という南米の森林性の種がある。捕食者なのにそれほど目立っていてもよいのかと気になるところだが、空を飛んでいると白は案外目立たないかも知れない。
シロハラハイタカは高野 (1973) には登場していないようだが、マダガスカルハイタカ Accipiter madagascariensis が同じ学名で2種類出ており、配置や全長の数値などから2つめの種類がシロハラハイタカに相当すると思われる。その意味で高野 (1973) では和名が与えられていない。
広義の Accipiter は多くの種を含んでいて英名にも似た名前が多く、さすがの高野氏にも校正漏れがあったのだろう。
[オオハイガシラオオタカ New Britain Goshawk の初撮影]
オオハイガシラオオタカ New Britain Goshawk は IUCN VU 種だが、Search for Lost Birds によれば 1969 年以来目撃がないとのこと。パプアニューギニアのニューブリテン島に生息するが調べられていないようで、言われているより個体数が少ないのではとの考えから 2008 年に VU 種となったもの。シロハラツミも同所に生息で 1994 年の記録が最後とのこと。
いずれも観察情報の少ない地域のため実際に絶滅に近い状態とは考えられていないよう。
2024 年に 55 年ぶりの再発見のニュースがあった。初めての写真撮影に成功: Raptor species 'lost' for 55 years photographed (BirdGuides 2024.10.2)。撮影時は価値を知らなかったとのこと。
撮影時は種類不明で iNaturalist で撮影者自身の同定が提案されたが過去に写真がないために最初は却下され、他の人から写真はないが目撃記録はあるなどの議論がなされていた: New Britain Goshawk。
同定者が2名あり、過去の写真はなくても同定可能な観察経験者があってこれも驚くべき。公式記録はなくても見ている人は見ていた。
Hawk-eyed photographer snaps threatened bird feared lost (別記事 phys.org 2024.9.13)。
Lost bird for 55 years: rare goshawk photographed for the first time in Papua New Guinea (WWF Pacific 記事)。
55 年観察されていなくても絶滅を心配する人があまりなかったのは、人為のあまり及んでいない地域の猛禽類は一般的に大丈夫と思われていたのだろう。
アオハイタカも 2009 年の観察が最後でパプアニューギニアのビスマルク列島。IUCN VU 種。
いずれも他種との類似性などから現在の Tachyspiza 属に含まれるが英名でも Sparrowhawk, Goshawk の両者があるように多少の違いもあるらしい。いずれも Tachyspiza 属であれば近縁系統が2回導入されてしかも生殖隔離が起きているらしい。分子系統解析で確認すべきものなのだろう。
意外に感じるがタカ類で種レベルで近年目撃がない種類はほとんどなく、最も絶滅のおそれがある種類は キューバカギハシトビ Chondrohierax wilsonii Cuban Kite とされる (#ハチクマ備考の [ハチクマ亜科の他種] 参照。近年分離された種)。
Bildstein (2017) の言うように猛禽類は resilient (柔軟性がある、回復力がある) で種レベルの絶滅が想像以上に少ない (#クマタカの備考 [クマタカと鷹狩り] 参照) 考えを裏付ける結果となっている。Search for Lost Birds にはハヤブサ目は出てこない。
[ツミとアカハラダカの衛星追跡]
ツミとアカハラダカの衛星追跡は Pierce et al. (2021) Determining the migration routes and wintering areas of Asian sparrowhawks through satellite telemetry にある。これらは渡り中にタイで標識されたもの。ツミの1羽はロシアの繁殖地に戻るまで追跡された。
最新の追跡結果は
Khieo, our GPS tagged Japanese Sparrowhawk, is well on her way back to Thailand ロシアで繁殖期を過ごしてタイに戻ってきた (2023) コースが報告されている。春と秋の渡りでコースにはそれほど差がないようである。
ボルネオ島に渡るツミ The first Japanese Sparrowhawk, Janjao arrived in Borneo。
タイの渡り研究の裏話 Winged migration
衛星追跡用のデバイスは 1 km 以内の精度が出るそうである (サシバ、ハチクマの追跡時代よりだいぶ良くなってそうである)。ただし大変高価で1つあたり 4000 ドル以上かかるとのこと。
論文によれば発信器は 5 g で、大型であるメスにしか装着できなかったとのこと。オスの経路はまだ未解明。
この裏話では渡りのツミは日本で繁殖するものと信じてられていたがロシアに行ったのは鳥類学の常識を覆すと書いてある。
DNA 型も異なるので (ロシアで繁殖するのは) 新しい亜種だろうと書いてあるが、論文ではそんな話は出てこないので報道上の誇張かと考えたが遺伝子解析は別に論文があった。
Nagai et al. (2020) Genetic Structure in Japanese and Thai Populations of the Japanese Sparrowhawk Accipiter gularis
に情報があり、mtDNA Control Region のハプロタイプ解析で日本とタイのツミには差が認められるとのこと。リュウキュウツミも遺伝的にまとまっているとのこと。
LC541470.1 のデータで BLAST 結果を見るとツミ (このデータはリュウキュウツミ) とミナミツミが遺伝的に相当近いことがわかって面白い。
[ロシアのツミの論文]
ロシアのツミの論文:
Shokhrin (2009) The Japanese sparrowhawk Accipiter gularis on Southern Sikhote-Alin pp. 2236-2240 (2009 初出、2019 再録)、
Zhukov and Balatsky (2011) The Japanese sparrowhawk Accipiter gularis in the Novosibirsk Oblast: in nature and in zoological collections pp. 327-334、
Voloshina and Myselenkov (1974) To breeding biology of the Japanese sparrowhawk Accipiter gularis pp. 652-653 (1974 初出、2010 再録)。
沿海地方だけでなく、ノボシビルスクまで分布している。ツミの分布はハチクマとよく似ているように思える。
Nechaev (1983 初出、2024 再録)、Distribution and biology of the Japanese sparrowhawk Accipiter gularis on Sakhalin (pp. 4951-4953) サハリンのツミについて。
[小型種で小鳥食の猛禽類は都市化に向いている?]
ツミそのものとは直接関係がないが、オーストラリアの研究で小型猛禽類 (体重 172-370 g) は都市化に抵抗性があるとのこと: Headland et al. (2023) Smaller Australian raptors have greater urban tolerance。
この研究では最も都市化に適応しているのが シロガシラトビ Haliastur indus Brahminy Kite (トビよりも少し海ワシに近い)、ハヤブサ、オーストラリアチゴハヤブサ Falco longipennis Australian Hobby、アカハラオオタカ Tachyspiza fasciata Brown Goshawk、
アカエリツミ Tachyspiza cirrocephala Collared Sparrowhawk などで、アカハラオオタカやアカエリツミはツミと同属。
最も非寛容なのは オナガイヌワシ と チャイロハヤブサ Falco berigora Brown Falcon とのこと。オナガイヌワシの傾向はイヌワシとよく一致するとのこと。
White et al. (2018) Raptor nesting locations along an urban density gradient in the Great Basin, USA がアメリカの研究。
こちらでは クーパーハイタカ Astur cooperi Cooper's Hawk、アシボソハイタカ Accipiter striatus Sharp-shinned Hawk、アカオノスリ Buteo jamaicensis Red-tailed Hawk が寛容とのこと。
生息環境や獲物への要求もあるが、食物面でジェネラリストかどうかは必ずしも関係がなかった。体サイズとよい相関があるのは生活史も関係があるのでは。例えば子供の数が少なく発育速度の遅いものが非寛容な傾向があるなど。
オーストラリアの都市はモザイク状なので、小鳥を追う小型猛禽類には魅力的かも知れないとのこと。
面白いことにトビ (同種) やミサゴ (カンムリミサゴ) はそれほど寛容でなく、トビはむしろ忌避している。フエフキトビ Haliastur sphenurus Whistling Kite も同様。
これらの結果を見ると、小型種で小鳥食の猛禽類は都市化に向いている? ツミは好適な条件を備えているのかも。
アジアに分布するタカサゴダカも都市環境に順応しているとのこと。
#カンムリワシ備考の [猛禽類のヘビ毒耐性] にもインドにおける鷹狩り、ヘビの捕食などタカサゴダカの話題がある。ツミよりは大型だがツミに対してよく言われるように気が強い種類のようでインドの鷹匠に気に入られているとのこと。
[ツミの換羽]
ツミの風切羽の換羽に関する研究について #カタグロトビの備考 [タカ・ハヤブサ類の初列風切の換羽様式] の紹介も参考。
[過去のツミの系統樹に注意]
Sangster and Luksenburg (2021) Scientific data laundering: Chimeric mitogenomes of a sparrowhawk and a nightjar covered-up by forged phylogenies
によれば Liu et al. (2017) の発表したツミのミトコンドリアゲノムはキメラで、同じグループによるヨタカもキメラだった。このデータを使っている過去のツミの系統研究は間違っているので注意。
ほとんど系統樹の "捏造" に近いとの表現になっている。
どこかで見た系統樹でツミが不自然になっていたならばこのデータを使っていないかチェックすべし。
Liu et al. (2019a) のエゾビタキも種類が間違っている (#エゾビタキの備考参照)。
Liu et al. (2019b) のカラフトアオアシシギもキメラだった (#カラフトアオアシシギの備考参照)。
Hu et al. (2020) のオバシギもキメラ (#オバシギの備考参照) ですでに少なくとも4つの系統樹に用いられている。
[和名について]
「京都の野鳥図鑑」(河合敏男 京都新聞社 1989) p. 78 では "墨鷹" がなまってツミとなった説が紹介されていた。河合氏はオオタカ、ハイタカ、ツミのすべてが色彩由来で説明できる考えを好まれていた。
-
ハイタカ
- 学名:Accipiter nisus (アクキピテル ニースス) ニースス王のタカ
- 属名:accipiter (m) タカ (accipere 掴む Gk 備考参照)
- 種小名:nisus (m) ニースス (タカの姿に変えられたギリシャ伝説メガラの王の名)
- 英名:Sparrowhawk, IOC: Eurasian Sparrowhawk
- 備考:
accipiter は短母音のみで -ci- がアクセント音節 (アクキピテル)。
nisus は i が長母音 (ニースス)。ギリシャ語 Nisos も同様 (ニーソス)。
日本産あるいは近くの亜種の読みも考察しておくと、nisosimilis は nisus + similis で後者は短母音のみ。nisus の冒頭が長母音であることを考慮すると "ニーソスィミリス" (similis 単独でもアクセント位置は同じ)。
pallens は "パルレーンス"。動詞 palleo (白くする) の分詞形から形容詞に。
accipiter の語源と考えられる accipere の本来の語源は「理解する」(英語の grasp にもこの意味がある)。aci 速い (Gk) pertrum 翼 (Gk) の解釈もあるが、accipere の解釈の方が一般的。
ただし WordSense Dictionary によればインド・ヨーロッパ祖語の *h2ekus (尖った) + *peth2r (翼) とのこと。対応するラテン語で書けば acus + penna となる。-cc- の綴りは accipio (掴む) の影響を受けた可能性があるとのこと。
ラテン語 acutus は英語の acute の語源ともなっており、インド・ヨーロッパ祖語の *ak- (尖った) は多くの語に使われる接頭語とされる (英語の acid 酸など。学名でも acro- は多数ある)。
古ギリシャ語で同様に構成された okupteros (okus 速い pteron 翼 Gk) と類縁とされる (WordSense Dictionary, wiktionary ともに記載がある)。accipere 由来とすると t の音の由来の解釈が難しいのだろう。
対する accipere < accipio の方の語源は ad- (方向を指す) + capio (取る) とされる。
直接関係する英語は accept でタカのような素早い動きは含まれていないよう。
語義を見てゆくと「尖った (または速い) 翼」が「受け取る」の影響を受けてこの綴りになったものと考えるのがもっともらしい気がする。
現在 Accipiter 属に対して提唱されている新分類では日本の種類ではハイタカのみ Accipiter 属となる見通し (#アカハラダカの備考参照)。
これは Accipiter nisus Brisson, 1760 で最初に使われた属名で、ハイタカは新分類の Accipiter 属のタイプ種となる。
種小名の nisus は転じてタカの意味でさまざまな場面で使われる (クマタカ、アオバズクの属名参照)。ハイタカに最も近縁の鳥はアフリカのムネアカハイタカ Accipiter rufiventris でかなり近縁である。
ラテン語の accipiter の読み方は "-ci-" にアクセントがあるそうなので、アクキピテールで "キ" にアクセントを置くとよい。カナ書きで最後の長音にはアクセントは来ない。
アッキピテールの表記でもよいが、アクセント音節の前に子音があるので分離した表記を採用した。
英語の accept が発音できれば、2つめの c を k の音に変えれば accipiter に近い発音になる。
ここではラテン語としての accipiter の読み方を記載しているが、英語の単語としても同じ綴りで使われてこちらの発音は想像されるだろう通り "アクシピター" (アクセント位置はラテン語と同じ) となる。複数で アクシピターズ で英語読みの方が素直な気がする。
おそらく英語圏ではこの学名も同様に英語読みしていると想像できるので学名もラテン語読みにあまりこだわる必要はないかも知れない。
オリオン座 (学名で Orion) を英語でオライオンと読むのと同様、しかしこれもオリオンでも通じるし、
英語以外のヨーロッパ言語ではこちらの読みが普通。属格で用いられることが多く (Orionis、例えばベテルギウスの名称は α Orionis である)、どちらの読み方でもそれほど違和感なく理解されているだろうと想像する。
Accipiter も他の言語圏では事情がおそらく異なっているだろう。
かつてハイタカ、ムネアカハイタカ、マダガスカルハイタカ Accipiter madagascariensis が上種を形成するとの考えがあった [Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World"]。
分子系統解析でムネアカハイタカをハイタカと同種とするぐらいの類似性が確認されたが、マダガスカルハイタカは異なっていることが示され Ferguson-Lees and Christie (2001) の見解は否定された。
ハイタカとムネアカハイタカの類似性については Lerner et al. (2008) Molecular Phylogenetics of the Buteonine Birds of Prey (Accipitridae) も参照。共通のマーカーとなる変異が認められるほどに近縁。
Catanach et al. (2024) の分子系統解析でも調べられたタカ類中最も近縁な組み合わせの一つ。ノスリ類だと同種扱いが議論されるレベル。
[亜種]
ユーラシアに広く分布し、7亜種が認められている (IOC)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版で日本の亜種は nisosimilis (ヨーロッパの基亜種 nisus に similis 似た)この亜種は中央から東シベリア、カムチャツカ、日本から中国北部で繁殖する。
カムチャツカの個体群にはかつて亜種 pallens (淡い色の) が与えられていたが、現在は nisosimilis のシノニムとされる。この亜種は完全に渡りをすると考えられ、パキスタン、インドから東南アジア、中国南部、朝鮮半島から日本で越冬し、一部はアフリカまで渡るとされている (wikipedia 英語版)。
過去は多数の亜種が記載されており、Avibase に載っている範囲でも 基亜種 nisus に4亜種が統合、granti に1亜種が統合などヨーロッパを中心に統合が進んだ。
nisosimilis は nisus に似ていると名付けられたもので、その程度ならば同亜種でよいのではとの見解もあってもおかしくない。
記載時学名は Falco Nisosimilis Tickell, 1833 (記載) Jungle Sparrow-Hawk。基産地は Marcha, Borabhum, India。
ユーラシアの東西あるいは南北でどの程度違うのか、また分けるとすれば境界はどこかの問題になる。
分化が進んでいると想像できるカムチャツカがユーラシア大陸東部と同亜種にまとめられるならばもっと広範に亜種統合があるかも知れない。
現在は広義 Accipiter 属の分割が終わった程度の時点だが今後はハイタカの分子系統研究が出てくるかも。#オオタカの Kunz et al. (2019) の分子系統研究も参照。旧北区のオオタカで連続した遺伝的分布を示している兆候がある。
狭義 Accipiter 属の分岐年代と分布をみるとアフリカ起源で主に熱帯で種分化したが最後にムネアカハイタカとハイタカが分岐して一方はアフリカに分布、一方は北に広く分布を広げたことがわかる。この状況は#ホトトギスや#カッコウに似ており、カッコウの北方型が現在では1亜種にまとめられたことを考えると同様になるかも知れない。
なおカッコウの分布がハイタカと似ているのは偶然ではなく擬態に関係するかも知れない (#ホトトギスの考察参照)。
ハイタカの一部がアフリカまで渡るのであればカッコウに一層似ている。
狭義 Accipiter 属全体を見るとハイタカは広域分散能力を高めたと思われ、そしてほとんど同種に近いぐらいの種類がアフリカに存在する (つまり種ハイタカ内部の遺伝的違いがさほど大きくないことも示唆する)。ハイタカを細かく亜種分割する必要性をあまり感じなくなってしまった。
分子遺伝学解析に期待だが、北方型は全部亜種 nisus でよいのかも。そうなれば複雑な考察も必要なくなって覚えやすくなりそう。ハイタカは種としてはかなり一様で、日本から見た "大陸型" の色の違いは微妙な色彩遺伝子頻度の違い程度で本質的なものではない、など。
Avibase でわかる範囲の亜種記載を見ておくと (記載時学名で表示)、
・Falco Nisus Linnaeus, 1758 (原記載) 基産地 Europe; restricted to Sweden by Linnaeus, 1761 ヨーロッパから Linnaeus 自身によってスウェーデンに限定
・Falco Nisosimilis Tickell, 1833 (原記載) 基産地 Marcha, Borabhum, India
・Accipiter Melaschistos Hume, 1869 基産地 Interior of the Himalayas
・Accipiter Granti Sharpe, 1890 (原記載) 基産地 Madeira (ポルトガル領マデイラ諸島)
・Accipiter pallens Stejneger, 1893 基産地 Hitachi, Japan = nisosimilis
・Accipiter nisus punicus Erlanger, 1897 (原記載) 基産地 Ain-bou-Dries, Tunisia (チュニジア)
・Accipiter wolterstorffi Kleinschmidt, 1901 (原記載) 基産地 Lanusei, Sardinia (イタリアのサルデーニャ島)
・Accipiter nisus teneriffae Laubmann, 1912 基産地 Vilaflor, Tenerife (スペイン領カナリア諸島) = granti
・Accipiter nisus peregrinoides Kleinschmidt, 1921 基産地 Rossiten, East Prussia. Migrant = nisus
・Accipiter nisus hibernicus Swann, 1924 基産地 Hillsborough, Ireland = nisus
・optimi Kleinschmidt, 1940 = nisus
・Accipiter nisus Salamancae Jordans & Steinbacher, 1941 基産地 Linares de Riofrio, Salamanca, Spain = nisus
・Accipiter nisus dementjevi Stepanyan, 1958 基産地 Issyk-Kul and Fergana, Asia
= の後は現在の一般的取り扱いではこの亜種の先行シノニムとなっているもの。
この表を見るとわかるように、ヨーロッパでは離島とアフリカに分布するものを除いて nisus にまとめられた。中央アジアのものはよくわからないので特にとりまとめずそのまま残されているのだろう。
亜種 punicus はムネアカハイタカとの関係からも興味深い。アルジェリアのハイタカで検索すると Eurasian Sparrowhawk (khaled Ayyach 2018.5.5) のような下面の赤い個体があり、ムネアカハイタカの色彩に近い (アルジェリアはムネアカハイタカの通常の分布域には含まれていない)。
このように見るとハイタカとムネアカハイタカは実質的にはほとんど同種で、色彩を決める遺伝部位が主に違っているだけのようにも思えてくる。
ムネアカハイタカとハイタカの祖先形はアフリカに住んでいて、かつては地理的障壁が少なかったが、サハラ砂漠の拡大で地理的隔離が起きてそれぞれ進化したが、ハイタカの遺伝子プール中にもムネアカハイタカの色彩タイプが含まれていて、時折見られる赤みの強い個体はムネアカハイタカに近い色彩遺伝子を持っているなど。
さらにカッコウが擬態しているならばカッコウの赤色型頻度の地理的違いもハイタカの色彩遺伝子頻度に関係があるかも知れないとふと思ったりした。
赤みの強い色彩遺伝子は北方林では不利で次第に頻度が下がって行ったなども考えられるが、環境によっては有利にも働く可能性があるのでこの色彩型が残っている、またそのような遺伝子頻度がユーラシアからアフリカにかけて異なり、極東や北方ほど白いものが多くて西や南に行くほど赤みの強い遺伝子頻度が増えるなど想像できる (極東から見ているのでこの部分は進化や分布拡大経路を遡った表現になっている)。
一部のハイタカの越冬地とムネアカハイタカの生息地には重複があり、長距離の渡りを行うハイタカの中には祖先の生息地にまだ固執しているのかも知れない (長距離の渡りを行う種ほど祖先の生息地に固執する傾向が知られている)。
Movebank のデータによればバイカル地方のハイタカの追跡が行われたようなので (まだ非公開) ユーラシア東部地域の渡り経路がそのうち発表されるかも。ハイタカの追跡事例は思ったほど多くなかった。
このような観点から見ると pallens の位置づけなどは議論するほど重要な問題ではないかも知れない。日本を基産地とする亜種記載で、しかもかなり古いので他亜種のシノニムになりにくい点で貴重ではあるが。
単に Sparrowhawk と言えばこの種を指すことに誰も疑念を持たないだろうが、他にも Sparrowhawk の名前を持つ種類が複数あるため、学術的な文脈では Eurasian Sparrowhawk を使うのが望ましいであろう。
なおアメリカチョウゲンボウ Falco sparverius (英名 American Kestrel) を指して "sparrow hawk" と呼ぶこともある。いずれもスズメのような小型種の意味に由来している。アメリカへの入植者がアメリカチョウゲンボウをハイタカと誤認していたためとの解釈もある。
ハイタカはロシア語名では perepelyatnik で「ウズラを食べるもの」。ウクライナ語では malij yastreb で「小さなタカ」であるが、両国でどちらの表現も通じるようである。ドイツ語 Sperber もスズメに由来し、他のヨーロッパ言語の多くで同様。
叶内 (2003) Birder 17(10): 20 は対馬の春の渡りで朝鮮半島から渡ってくるハイタカに赤みが強いものがいて、ヨーロッパタイプの可能性を検討している。国内の冬期の写真でも赤みの強いものがいて「ハイタカ大陸型?」と記している。
赤 (2003) Birder 17(4): 60-61 にハイタカのメスの赤色タイプとも呼べる個体をスケッチしている。オスを大きくしたような感じで胸の縞模様は羽の外縁が茶褐色とのこと。
[ロシアの個体について]
三島 (1960) ハイイロハイタカについて があった。この亜種の記載地は日本なので、亜種を認めるならば当然日本産亜種となる。Dement'ev and Gladkov (1951) によればカムチャツカのハイタカは非常にまれであまり記録がないとある。
日本ではハイタカはまれで (nisosimilis は珍しくないとある) 鷹匠が高く評価しているとある。標本が非常に少ないので亜種に値するかは確認が必要で、nisosimilis の個体変異の大きいものに過ぎないかも知れないとある。
日本で記録された pallens とカムチャツカの繁殖個体が同じ亜種とする扱いも推測に過ぎず、Lobkov (1986) の "カムチャツカで繁殖する鳥" を見てもほとんど情報がない。Gerasimov (2018) のカムチャツカのレッドデータブックにも載っておらず情報がほとんどない。
Lobkov (1986b, 2013 再掲) Kamchatka as a center of taxa formation in birds (pp. 2128-2129) によれば多数の種にカムチャツカ亜種があり、種分化 (白い亜種) の分化の中心地ではないかとの考え。
カムチャツカのハイタカにも言及があり亜種に値するか議論があることが述べられている。オオタカもシロハヤブサもカムチャツカのものが最も淡色である。
近年のカムチャツカでは
Common Sparrowhawk (Pogodina 2021.12.12) もしかして飼育個体? との質問があり、3 m の距離で窓を通して撮ったものとのこと。小鳥の水場があるとのこと。
確かに北ほど白っぽい傾向があるかも知れない。
Common Sparrowhawk (Kovaleva 2021.11.16)、
Common Sparrowhawk (Ivushkin 2021.9.10)
の3例の写真が出ていた。まれではあるが見られているよう。
カムチャツカ以外で日本の北方に位置する地域の写真では、マガダン周辺で、
Common Sparrowhawk (Petrunina 2019.8.17 オオタカとの識別が問題となっていたよう)、
Common Sparrowhawk (Basik 2024.6.10)、
Common Sparrowhawk (Petrunina 2019.8.22 これもオオタカとの識別が問題となっていたようだが小さかったとのこと)
の3例がある。
択捉島の写真で Common Sparrowhawk (Barkanova 2020.4.30)、
サハリン (通常は nisosimilis の分布域とされる) の写真で Common Sparrowhawk (Korobov 2019.9.6 飛翔中で上面が見える)、
Common Sparrowhawk (Korobov 2019.9.11)。ゴジュウカラを掴んで飛翔中。結構色が濃く褐色味も目立つ。
Common Sparrowhawk (Bobkov 2024.7.3 とまっている姿。これもオオタカとの識別が問題となっていた)、
Common Sparrowhawk (Shukov 2022.6.1 とまっている姿)、
Common Sparrowhawk (Parkhaev 2021.6.17 飛翔中下面)。
大陸の写真も同サイトから見られるので興味ある方は参照してみていただきたい。例を1つ挙げておく。
Common Sparrowhawk (Dugitsov 2021.2.7)。気温 -29 ℃ とのこと。5階建て建物の中庭での出来事で最初の2枚は 7-8 m の距離からとのこと。
沿海地方で繁殖するハイタカについては 極東の鳥類 42: 沿海地方の繁殖する鳥類2 タカ科とハヤブサ科 で翻訳を読むことができる。
最初に繁殖が確認されたのは 1950 年代だったが、21 世紀に入って数が増え、現在では広く繁殖する種になっている。
[ロシアのハイタカ子育てのドキュメンタリー]
ロシア関係なのでこちらに関連して含めておく。ロシアのシベリア中央部オムスク地域のハイタカ子育てのドキュメンタリー Bespokojnoe leto v Grankinom lesu "鳥の国" というロシアの TV 番組 (シリーズを製作者が公開されているのでそれに字幕を入れたものと想像できる)。字幕も表示できるので翻訳を選択すればある程度内容がわかるだろう。巣での映像はハイタカ。取り扱われている猛禽類は他にヨーロッパノスリ (だと思う)。
音声と飛行映像を合成しているのでストーリーは作為的なところがあり、ちょっと誤解を生みそう。
最初6羽いたひなが2羽まで減少。強い嵐で巣が落ちてしまった。1羽のひなを地面で発見。最も小さいひなだけが残った。大きいひなは大きくてよりおいしいので先に捕食されてしまい、真新しい捕食痕が残っているとの説明。
人工の巣に入れて持ち帰り育てることにした。まだ未熟な段階で野外放鳥まで記録されて終了となっているが大丈夫なのだろうか...。若い鳥ののどにこれほど赤い部分があるのは初めて知った。
しかし他の小鳥の繁殖映像も見られるので種類判定なども含めて楽しんでいただけそう。
[狭義 Accipiter (ハイタカ) 属の系統分類]
順序は Catanach et al. (2024) による。
亜科相当 (ハイタカグループ)
ハイタカ属 Accipiter
セグロオオタカ* Accipiter poliogaster Grey-bellied Hawk (Dinospizias 属とする分類学者もある)
サバンナハイタカ* [高野 (1973) ではオバンポハイタカ] Accipiter ovampensis Ovambo Sparrowhawk
マダガスカルハイタカ* Accipiter madagascariensis Madagascar Sparrowhawk
アシボソハイタカ Accipiter striatus Sharp-shinned Hawk (学名が変わる可能性は解説参照)
ムナジロアシボソハイタカ(*) Accipiter chionogaster White-breasted Hawk
フナシアシボソハイタカ(*) Accipiter ventralis Plain-breasted Hawk
モモアカアシボソハイタカ(*) Accipiter erythronemius Rufous-thighed Hawk
ムネアカハイタカ* [高野 (1973) ではアカムネハイタカ] Accipiter rufiventris Rufous-breasted Sparrowhawk
ハイタカ Accipiter nisus Eurasian Sparrowhawk
系統が少し離れるところに空行を入れてあるが、いずれも深い分岐ではなく、オオタカ属 Astur ほどの違いはない。
Gaudin "List of the birds of the world" ではセグロオオタカを Dinospizias 属 (deinos 恐ろしい spizias タカ Gk) としている。Catanach et al. (2024) 以前の研究によるものだが単独系統ともできる点は新しい研究とも整合している。
セグロオオタカは南米の種で、北米のアシボソハイタカと系統関係がない点でも狭義 Accipiter 属と異なった進化過程を示唆する。生物地理学を考慮して将来属名が変わるかも知れない。
Catanach et al. (2021) Systematics and conservation of an endemic radiation of Accipiter hawks in the Caribbean islands
に核 DNA の UCE 領域も用いたカリブ海周辺の Accipiter属の分子系統研究がある:
アシボソハイタカ Accipiter striatus の Vieillot (1807) による原記載は1標本のみによるもので、Hispaniola (イスパニョーラ島) 西部 (現在のハイチ) で得られたもの。色彩の記述から大陸のアシボソハイタカが渡ってきたものではなく現地の留鳥であることが明らかであり、アシボソハイタカの記載としてもふさわしくない。
カリブ海の島に多数の固有種の存在を明らかにした。
正しい大陸のアシボソハイタカの記載であり分子系統や先取権もふまえて Accipiter velox (Wilson, 1812) とするのがふさわしいとのこと。
ムナジロアシボソハイタカ、フナシアシボソハイタカ、モモアカアシボソハイタカはおそらくこの研究もふまえてアシボソハイタカから分離されたもので IOC 13.2 に従った分類とした。
アシボソハイタカからさらに亜種 venator Puerto Rican Hawk、 fringilloides Cuban Hawk、striatus Hispaniolan Hawk を分離することも提案されている。
Catanach et al. (2021) ではアシボソハイタカグループの分布が広く、中央アメリカや南アメリカの個体群の解析がまだ行えていないのでこれらはまだ Accipiter velox の亜種としておくのがよいとの記述で、明瞭にアシボソハイタカの学名改訂を提案している。
これら3分類群を種として扱っているリストがまだないためここでは分離していない。
英名は Boyd による (このあたりを読むと見たことも聞いたこともない学名や英名が並んでいて間違ったところを見ているのかと思うぐらいだが、将来はこれが標準になるかも知れない)。
Catanach et al. (2024) ではこれらは分離して扱われていないので (種を分割することが目的の論文ではないので) アシボソハイタカの後に暫定的に配置した。
アシボソハイタカのように日本でも有名な種類の分類がすでにかなり変わっていて、将来的にさらに変わってアシボソハイタカの学名も変わる可能性が予想される。島の固有種を分離するのは抵抗が少ない上、保全上も有益であるが、アシボソハイタカのように有名な種の学名が変わると影響が大きいので各リストでまだ慎重に判断されているところであろう。
前述のようにムネアカハイタカ (アフリカに離散的に分布) とハイタカは同種にして構わないぐらい近い。この2種は並列になって系統樹では順序には意味がないが分散の順序を考えるとハイタカを後に置くのが適切に見える。この2種の関係はムネアカハイタカは名前の通り下面の赤色が特徴で、同じ関係は新大陸のいくつかの留鳥の熱帯種が下面の赤色が特徴的である点と対応している (Bildstein 2004)。
[他の事例については Astur 属または Cooperastur 属の クーパーハイタカ Astur cooperii Cooper's Hawk と ズグロハイタカ Astur gundlachi Gundlach's Hawk の関係、
狭義 Accipiter 属のアシボソハイタカと熱帯種との関係
(#アカハラダカの備考 [渡り] 参照) がある]。
北方森林に生息する場合は目立った色彩がない方が隠蔽色になるのだろうか。
このグループでは前述のようにセグロオオタカ (熱帯南アメリカ) の位置が従来系統樹とやや異なる結果になった。残りの種は過去の分類でも近い位置に置かれていた。
サバンナハイタカとマダガスカルハイタカもクレードを作る。この2種の順序には意味がない。
マダガスカルハイタカは IOC では単形種。wikipedia 英語版では雌雄の色のパターンの違いで3亜種が知られていて、このうち Sensu Palmer Sparrowhawk は 1972 年に絶滅したとあるが対応する情報は見つけられなかった。
アシボソハイタカはよく知られた北米の種。
セグロオオタカの poliogaster は polios 灰色 gaster, gastros 腹 (Gk)。
サバンナハイタカの ovampensis はアンゴラの Ovampo/Ovambo 川から (The Key to Scientific Names)。wikipedia 英語版では現在ナミビアに含まれる Ovamboland とある。
英名からは地域限定の種類のようにも感じるが実際はアフリカにもっと広く分布している。
アシボソハイタカの striatus は線条のある。
ムネアカハイタカの rufiventris は rufus 赤っぽい venter, ventris 腹。
この結果を見ると狭義ハイタカ属はそこまで北方型ではなく、やや高緯度に分布を広げているが基本は中緯度系の系統と言ってよさそうである。低緯度は比較的少ない。
ハイタカとムネアカハイタカが非常に近縁であることは、例えばかつて分布が連続していたか、熱帯の留鳥が北方に分布を広げたかまたはその逆の過程が考えられる。ムネアカハイタカの分布が限られているので、かつて分布が連続していたもののハイタカがあまり得意としない熱帯地域の分布が競争で消滅した可能性もありそうに思える。
ムネアカハイタカの各地域個体群もよく調べればアシボソハイタカのもと亜種や現在の亜種のように種相当のものがあるかも知れない。今後の研究が待たれる。
狭義ハイタカ属は大陸ごとに主なものが1種ある感じと捉えてよい (これは単系統であることの現れでもある)。アフリカを代表する狭義ハイタカ属はサバンナハイタカとなるだろうか。他の種類は島に定着して進化した固有種と見ることができる。
Tachyspiza 属ほど細かな生態的地位に適応した種分化を遂げていないようだが、これは Tachyspiza 属の方がより熱帯に適応しているようかつ小型種が多いためのように思える。
Tachyspiza 属はクラッチサイズが3程度のものが多く、より大型の狭義 Accipiter 属の方がむしろ大きめ (3-4が普通でもっと多いこともある)。これは温帯で生き残る厳しさを表しているのだろうか、あるいは生活史戦略の違いであろうか。
ハイタカ属の分類見直しによって Tachyspiza 属と混ざっていた従来の「ハイタカ観」も少し変える必要がありそうである。
大陸ごとに主なものが1種ある状況は Astur 属でも同様で、日本産に関係する属では Tachyspiza 属、狭義 Accipiter 属、Astur 属の3系統がそれぞれの属に適した少しずつ違う環境に適応してそれぞれ世界分布したと考えてよいだろう。
#ハイイロチュウヒ備考の [渡りをするタカ類の系統] も参照。
[日本と北米の広義ハイタカ属比較]
東條 (1991) 日本の生物 5(3): 30-31 で「ハイタカ属3種入門」の一環として「日本産3種と北米産3種」の記事がある。繁殖する広義ハイタカ属で日本産3種は雌雄のサイズの違いを含めて6段階あるが、日本ではツミのメスとハイタカのオスのサイズが近く、ほぼ5段階になっているとのこと。
新しい分子系統分類による学名を用いて検討してみる。
日本 | 学名 | | 北米 | 学名 (系統) |
ツミ | Tachyspiza gularis | | アシボソハイタカ | Accipiter striatus |
ハイタカ | Accipiter nisus | | クーパーハイタカ | Astur cooperii (系統 1) |
オオタカ | Astur gentilis | | アメリカオオタカ | Astur atricapillus (系統 2) |
このように日本産3種は新分類ではすべて別属になり起源や系統が異なることがわかる。体型や好む生態的環境などもそれに応じて差があるため (南方起源で主にアジアのグループ Tachyspiza 属) ツミのメスと (北方森林に適応 Accipiter 属) ハイタカのオスの間にサイズから期待されるほどの競争が生じず共存可能なのかも知れない。
北米も Accipiter あるいは Astur 属内部の2系統となり、3回にわたる導入があったことがわかる。最も新しく入った系統が北方森林起源のアメリカオオタカとなる。
Astur 属の系統 1 (クーパーハイタカを含む) は南米熱帯林にも分布するように北方型というわけではない。
アフリカ起源と考えられる ツミ?/アカハラダカ?/アフリカオオタカ?族 Aerospizini (Tachyspiza 属も含む) が新大陸のニッチを占めなかったため Astur属の系統 1 が代わって対応する位置を占め、北方森林起源かつ競争種の多いユーラシアで選抜されたアメリカオオタカがさらに入る余地があったと解釈すればわかりやすく思える。
狭義 Accipiter 属は空いているはずの新大陸ではあまり種分化を遂げなかったようで何か理由があるのだろう。この属の古い系統であるセグロオオタカが南米の珍しい種類であるように、環境など何かが向いていなかったのだろうか。このような狭義 Accipiter 属の新大陸での挙動もユーラシアのハイタカの特性を理解する上で役立つだろう。
ホオジロ類の系統から新大陸のさまざまな小鳥が生まれたと同様、広義ハイタカ属でも Astur 属が新世界で主な系統となっている。ホオジロ類とは違ってそれほど多数の系統に分化したわけではないので Astur 属に自然にまとめられ、ホオジロ類ほど悩ましい状態にはなっていない。
このように系統を反映した属学名を用いると話がわかりやすくなる場合も多い。広義 Accipiter 属ではいろいろなものが混ざってしまっているので属レベルで地理的分布などを概観することが難しい。
IOC などで新しい分類を早く導入してもらって (14.2 で導入されるのことになった) wikipedia などにも反映してもらえばこのような点も調べやすくなるだろう (2024年8月に反映され調べやすくなった)。
[渡り中のハイタカ・アシボソハイタカの食性]
DNA バーコディングを用いたアシボソハイタカの食性解析: Bourbour et al. (2019) Messy eaters: Swabbing prey DNA from the exterior of inconspicuous predators when foraging cannot be observed。
表を見ていただくとどんな鳥を食べているかわかって興味深いだろう。
Belik (2024) The food of migratory sparrowhawks Accipiter nisus in desert areas of the Ural-Emba interfluve (North-Eastern Caspian region) (pp. 3935-3939)
こちらはカスピ海北東にあたる砂漠地帯で渡り中のハイタカが何を食べているか。渡り途中の小鳥を主に捕えているようでトップはウタツグミ。他は表の学名を参照していただけば判断できるであろう。
朝から夕方まで狩りをするとのことで日没後にキクイタダキを捕えた事例も出ている。
これはどこかに書いてあるような気がするが、広義ハイタカ属、特にハイタカやツミの渡りは小鳥の渡りと相関しているように思える。サシバ・ハチクマはむしろ天候や風向きで決まるだろうが、広義ハイタカ属では小鳥が大きく動いた時のの目撃例が多いと感じる。特に都市部ではアトリ類やホオジロ類、そしてツグミ類がやってくるピークに合わせて現れている感じがする。
渡りの小鳥を追いかけて渡っているのでは? 小鳥が大きくのは寒冷前線の通過する時なので広義ハイタカ属でも天候や風向きとの相関が見られると予想できるが小鳥の渡りの方が主要因か。
広義ハイタカ属の渡り時期が遅いのは繁殖地で食物が遅くまで得られることもあるだろうが、渡り中の食物量も関係しているかも。
赤塚 (1996) Birder 10(11): 66-71 で伊良湖岬での観察からツミやハイタカは小鳥類にくっついて移動をくり返しているのではとの考察があった。
上記 Bourbour et al. (2019) の後続研究となるが、Bourbour et al. (2024) Feeding en route: Prey availability and traits influence prey selection by an avian predator on migration
によればアシボソハイタカの爪付着物の DNA 解析と eBird の記録情報から秋の渡りでは最も多く消費される種の渡り時期とよく合っているとのこと。またオス・メスによる食物の違いも見つかり、逆性的サイズ二形が食物選択に反映されていることも明らかになった。北米では eBird の記録情報が豊富なので小鳥の渡りとの相関を調べることが可能のよう。
概ね自分の考えていた通りで納得しやすい結果。
Padro (2024) Integrating eDNA metabarcoding and citizen science enhances avian ecological research
上記論文の解説。逆性的サイズ二形の存在のため渡り中に雌雄で異なった採食戦略をとることができる (渡り観察をされている方の結果では雌雄の渡りの違いなど現れていますでしょうか)。eDNA と市民科学を組み合わせることで移動能力の大きい種類の採食生態研究に役立つ。
渡り関係でどこに入れてもよい話だがここに紹介。深層学習による天気予報が従来の物理学モデルベースの予報を超えつつある: DeepMind AI weather forecaster beats world-class system (Nature news 2024.12.4)
現代では複数の企業が天気予報を競っているとのこと。挙げられている例が Huawei (中国)、Nvidia (アメリカ)、Google も 2024 年に NeuralGCM (物理モデル + AI のハイブリッド) を発表したとのこと。
新しく発表された GenCast [Price et al. (2024) Probabilistic weather forecasting with machine learning] は 12 時間おきの 0.25° のメッシュの天気予報を 8 分で行えるとのこと。
現在の世界最高度の中期予報の ENS (European Centre for Medium-Range Weather Forecasts) の精度を上回ったとのこと。
今後もさらに進化して従来の天気予報を置き換えてしまうかも? - さらに考えると物理モデルによらず機械学習で天気予報ができるならば、天気の読みが生死にかかわる渡り鳥が類似の類似の気象予測システムを進化させていても不思議でないかも知れない。
局地的な豪雨や台風発生などは予想困難かも知れないが、秋の渡り時期の寒冷前線のタイミングのような規則性のある中規模スケールならばかなり予測できるのでは。局所的な気象現象を動物が予知していないからと言っても、別のスケールの気象現象も予測できない理由にはならないと思う (この部分は想像をたくましく)。
[ハイタカの急降下による捕食行動]
若杉氏が ため池上空でハイタカが高空から急降下し小鳥を捕った で興味深い観察記録を紹介されているので考察してみたい。
身を隠す場所から不意打ちのように攻撃する方法が使えない、開けた場所で獲物に気づかれないように上空から降下する戦術は十分効果があるのだろう。
上空から降下する場合にどのぐらいの高さが適当か考えてみた。空気抵抗のない完全な自由落下であれば時間 t での移動距離は h = g * t^2/2 となる (g は重力加速度)。速度は g * t。抵抗がある場合は終端速度が上限となるので、この値は理論的上限値のように見ていただくとよい。
h = 400 m とすると t = 9.0 s で速度は 88 m/s (319 km/s でさすがにそこまで速くならないだろう)。
h = 1000 m とすると t = 14.3 s 速度は 140 m/s。
#シロハヤブサ備考の [シロハヤブサの急降下速度] を参照すると数値的には似ているが定速度の時間はシロハヤブサの研究例では短時間 (数秒以内) しか続かない。そのまま激突すると自分も死んでしまうので減速期間が必要である。逆向きの重力加速度に相当する減速を加えれば時間がどのように伸びるかなどいかにも数学の演習問題なので試みていただきたい。
シロハヤブサでも最大 500 m 上空から急降下とのことで値は似ている。
この高度から獲物が見えているのか検討してみると、1000 m の距離から 15 cm のものが 30" の大きさになるのでヒトの視力 2.0 に相当する分解能の限界となる。1000 m より高いと獲物が多分見えないのでこの高さが実質的上限となると考えられる。若杉氏の観察結果とよく合っている印象を受ける。
狙われる小鳥の方から見ると、真正面に向かうと翼は広がって見えないので体の断面積程度と考えると視力 1.0 (小鳥の視力上限として推定) ではその方向を注視している最もよい条件でもおそらく 150 m ぐらいまで接近しないと気づかないだろう [この部分を記述してから赤塚 (1996) Birder 10(11): 66-71。該当記述は p. 71 に同様の考察があることを知った]。
400 m で狩りに失敗したのは例えば正面方向を向いていない時は小鳥からタカの姿がずっと見えていて動きを追跡できていたのかも知れない。高い位置からだと遠方から獲物に対して真正面に近い角度を保つことができて見つからずに接近することができると思われる。
シロハヤブサの最高速度 52-58 m/s を想定すると、気づいてから逃げるまで 2-3 秒の余裕しかなく、気づくのに少し遅れると捕食されるかも知れない。これはもちろん理論的上限値で実際にはもう少し余裕があると考えられる。
この解釈にも少し問題が残り、鳥の正面視力 (lateral fovea 側方窩 または temporal fovea 側頭窩を用いる) は一般的に斜め前方の側面視 (central fovea 中心窩) に劣るため、真正面に見据えると最大視力が発揮できない可能性がある。
#シロハヤブサ備考で紹介の Tucker (2000) Gliding flight: drag and torque of a hawk and a falcon with straight and turned heads, and a lower value for the parasite drag coefficient
ではそのためハヤブサ類は分解能の高い斜め前方の側面視で獲物を追跡するためらせんを描くような軌跡となると説明している (なお後の研究でそうではないらしいことがわかった)。
しかしこの場合は斜め方向になるので獲物からは体がより大きく見えて気づかれやすくなる可能性がある。
ハイタカが真正面を見据えて獲物に接近するならば、例えばハイタカの正面視力はハヤブサ類より高い、あるいは眼球を動かせる範囲が広くて真正面を向いたまま解像度の高い領域で獲物を見ることができるのかも知れない。
#イヌワシ備考の [タカ・ハヤブサ類の視力、鳥類の視覚と脳] で紹介の Plochocki et al. (2018) Extraocular muscle architecture in hawks and owls や
Potier et al. (2020) Visual adaptations of diurnal and nocturnal raptors のようにタカでは眼球をかなり動かすことができるようで正面でもよく見えているのかも知れない。
ただし正面の像を結ぶのはやはり temporal fovea 側頭窩と解釈されている。
アカヒメクマタカ [高野 (1973) ではヒメアカクマタカ] Hieraaetus morphnoides Little Eagle の眼球が 24° 動かせるとの報告は少し古いが Wallman and Pettigrew (1985) Conjugate and disjunctive saccades in two avian species with contrasting oculomotor strategies (オープンアクセス) が出典で図から可動範囲を読み取れる次第。
ただしこの研究はサッケード運動における眼球の動きを記録したもので正面で獲物を狙う状況までは再現できていないかも知れない (しかしタカの眼球の動きはヒトの場合と似ている印象を受ける)。
正面を向いていても両眼視の視野が重なっている程度で両眼球の視野中心を真正面に向けているわけではない点はフクロウ類と異なるとのこと。temporal fovea は central fovea に比べてずっと浅いが、central fovea の限られた部分のみ最高の解像度を維持しつつ飛ぶのではなく、立体視はある程度犠牲にしつつ両眼である程度広い範囲をカバーした方が飛びながら獲物を追跡する場合は役立つのかも知れない。
遠方から獲物を発見するのに役立つだろう central fovea から temporal fovea に視線を移動する際に視力があまりよくないギャップが生じる可能性も考えられる。
このような生理学や解剖学も念頭に置いて考察しつつ観察・記録されると面白いだろう。
この部分を記述してから気づいた#トビ備考 [トビの獲物攻撃速度] にある Santer et al. (2012) Predator versus Prey: Locust Looming-Detector Neuron and Behavioural Responses to Stimuli Representing Attacking Bird Predators
の議論を獲物となる小鳥の側にも適用できるような気がした。迫ってくる物体は外敵や衝突の可能性があるのでバッタに限らず逃避反応がいかにも起きそう。物体が猛禽かどうかも必ずしも見分ける必要はなく反射的なものだろう。視覚系を持つ動物ならばいずれにも備わってそう。
この論文では l/|v| という指標 (looming disc の概念として図で示されている) を用いている。"物が迫ってくる" ように見えるタイムスケールに相当する値になる。loom は "巨大な姿を表す" などの意味。
このバッタの実験では l/|v| が 15 ms より短くなるとニューロンの発火頻度が上がり、この程度の値の場合には衝突の 100 ms ぐらい前に移動反応を起こす閾値に達するとのこと。同じような定量化は小鳥の反応にも適用できそうに思える。
#オオタカ備考の [オオタカの獲物探索の視線の動き] に関連情報がある。オオタカの場合は状況が異なっているかも知れないが、像は網膜上の2つの fovea の位置とは一致していなかったとのこと。さらに上記 looming effect を獲物が捕食者に対して利用している可能性も議論されている。
Matilda et al. (2020) Camouflage in predators に motion camouflage の概念が取り上げられていた。
獲物から見て一見動いていないように見せかけて接近するとのこと。
Kane and Zamani (2014) Falcons pursue prey using visual motion cues: new perspectives from animal-borne cameras のシロハヤブサなどにカメラを装着した研究の経路の結果もこの motion camouflage の概念に合うとのこと。
camouflage の概念は広く歴史も長いので (一種のパラダイム?) 多くの現象を包括的に呼べてしまえるのかも知れない。
Tucker (2000) の議論との対比も示されているが獲物が動く場合への拡張版と言えるとのこと。シロハヤブサなどの場合は lateral fovea 側方窩 または temporal fovea 側頭窩 = shallow fovea 近くに像を固定するとのこと。Tucker (2000) は deep (= central) fovea の方と考えていたが実証実験ではそうではなかったとのこと。
Kane and Zamani (2014) の研究は#シロハヤブサ備考にまとめた。ベースとなる追跡理論があり、その最適値に近い方向に視線を向けていて、その方向がだいたい shallow fovea に当たっているとの解釈。#シロハヤブサ備考にさらなる解説と考察を追記した。
[障害物がある場合の獲物追跡アルゴリズム]
実験はモモアカノスリ (ハリスホーク) に対して行われたものだがテーマに関連してこちらに挙げておく。ハイタカでもオオタカでも当てはまるのではないだろうか。
Brighton et al. (2023) Obstacle avoidance in aerial pursuit
動く獲物に対して2つの障害物をどのように避けるかを高速度ビデオ撮影で解析。単純な獲物追跡 (連続的な closed-loop 制御) と障害物回避アルゴリズム (単発の open-loop 修正) を導入して運動をどこまで再現できるかを調べた。実験ビデオもあるが想像通り敏捷な動きになっている。
翼1つ分程度の距離に障害物を検知した場合に方向転換すると解釈できるとのこと。実験設定でも翼先端はある程度の頻度で障害物に触れているが自然条件下では羽毛を傷付けない程度のものとのこと。
飛び立ちも獲物の方向でなく障害物の合間を向いている。#ハシボソガラス備考の [鳥の知能行動] のケーラーの迂回実験など問題にならないぐらい障害物を回避した先読みした行動を行っているよう (古くは鳥は頭が悪いことが暗黙の前提になって結論を導いていた可能性あり)。
この実験を見て思い出したが、姫路の動物園でモモアカノスリ (ハリスホーク) の飛行デモンストレーションがあった (鳥インフルエンザや主にコロナ以前の話)。輪をくぐって餌に飛びつく実演だったが、本番以外も見る機会があって輪の位置を変えた場合の反応を知ることができた。
飛行経路の途中に置いた場合は輪をくぐってくれないことが多く避けて飛んで笑いを誘っていたが、おそらく輪をくぐること自身は目的になっておらず (輪をくぐることを楽しんでいるわけではなさそう)、餌の直前に置かれた輪はうまく通ることができるものの、経路の途中にある場合は障害物とみなしていたと考えられる。
餌の直前では輪を通らないと餌に到達できないので迂回しなかった、あるいはすでに減速していたので障害とみなさかったが、飛行速度の高い経路途中では回避可能でかつ衝突するとリスクがあるのであえて最短距離を選ばなかったとも解釈できそう。いかに猛禽類でも能力の限界に挑戦しているわけではない?
Brighton et al. (2023) では通り抜けられ、かつ同一物体が障害物にもなるような実験条件は選ばれていないので、相対速度 (または相対角速度) など実験条件をうまく選べば面白い結果が得られるかも知れない。
[ハイタカの巣内ひなに食物を与える実験・巣の乗り換え]
Newton et al. (1999) Post-fledging behaviour, dispersal and survival in Eurasian Sparrowhawks
がハイタカの巣内ひなに人工的に食物を与えることで巣立ちや若鳥の分散が遅くなるかどうかを調べた。
結果的には人工的に食物を十分供給すると通常巣立つよりも遅くまで巣にとどまる結果となった。
この実験は親が巣に運び入れる食物を減らすことで巣立ちを促す仮説を検証することが目的で、その点のみを捉えると多少裏付けられる結果とも読めるが、実際には親が突然食物を与えなくなる、あるいは子に対して攻撃的な態度を示すことは観察されなかった。巣立ってから子が十分に技術を身に着けたと判断できる時点で給餌を中止するように見えるとのこと。
親は単に食物を置いてゆくだけで誰が食べるかは関知しない。そもそも巣で自身の子とそうでない個体を区別しない。そのため他所の若鳥が寄生することも可能である (post-fledging brood-parasitism と呼んでいる。brood parasitism は托卵の意味で使われることが多いが本来の意味に戻ることになる)。
一緒にいる若鳥は大抵兄弟で、他の個体を排除する行動がもしあれば自分の子を殺しかねない。
この点を考慮すると早く繁殖を開始することは遅く繁殖を始めたつがいを利用できる可能性が高まり、早く繁殖を開始する戦略が有利となる。早く巣立った個体が (依存する) 巣の乗り換え行為 (nest switching) はオオタカやミサゴなどでも指摘されているとのこと。
ハイタカで直接に議論した論文は Frumkin (1994) Intraspecific brood-parasitism and dispersal in fledgling Sparrowhawks Accipiter nisus。
nest switching が実際に記録され、早く繁殖を開始したものの方が生存率が高かった。こちらも人工的に食物を与えることで巣立ちが遅くなったとのこと。上記 Newton et al. (1999) は研究会集録だが共著者の Frumkin (1994) の研究をさらに続けたものだろう。nest switching が主要因というわけでもないだろうが、生存率向上には役立っても不思議でない。
ひなや若鳥の成長期が食物の豊富な時期になるように繁殖スケジュールが最適化されるのだろうが、それにしても早すぎる印象を受ける猛禽類の繁殖時期はこの要因も関与しているのかも知れない。
この点については巣をめぐる種内、種間競争もあり#イヌワシ備考の [猛禽類が代替巣を造る理由] も参照。
他種の文献 (引用されているもの以外も含めた):
オオタカ: Kenward et al. (1993) Post-nestling behaviour in goshawks, Accipiter gentilis: II. Sex differences in sociality and nest-switching
ミサゴ: Poole (1982) Breeding Ospreys Feed Fledglings That Are Not Their Own,
Gilson et al. (2000) Facultative Nest Switching by Juvenile Ospreys,
Bierregaard et al. (2016)
Long-distance Nest Switching by a Juvenile Osprey (Pandion haliaetus)
アメリカチョウゲンボウ: Lett and Bird (1987) Postfledging Behavior of American Kestrels in Southwestern Quebec
エジプトハゲワシ: Donazar and Ceballos (1990) Acquisition of food by fledgling Egyptian Vultures Neophron percnopterus by nest-switching and acceptance by foster adults
トビ、アカトビ: Bustamante and Hiraldo (1990) Adoptions of fledglings by black and red kites
スペインカタシロワシ: Ferrer (1993) Natural adoption of fledglings by Spanish Imperial Eagles Aquila adalberti
とイヌワシ属でも報告があった。
巣にひなが3羽いるミサゴ A raucous display: How five grown Ospreys fit in a single nest? (Anders Gyllenhaal 2024) 親鳥を含めて5羽が巣にとまっている。
#オオタカ備考の [クーパーハイタカの種内托卵] のように托卵もあったのかも知れないし、他の若鳥が混ざっているのかも?
個体標識や遺伝子解析などをしないとわからないだけで、猛禽類では (まれとはいえ) 巣の乗り換えはそこそこ起きているのかも。巣のビデオ中継でも巣の外の出来事までは見えないので巣立ってからの行動は盲点かも知れない。
[ハイタカの巣の再利用]
Otterbeck et al. (2019) The paradox of nest reuse: early breeding benefits reproduction, but nest reuse increases nest predation risk
がデンマークとノルウェーで調査した結果、再利用の場合起きやすい巣の捕食を避けるために毎年新しい巣を造る戦略が進化し、再利用は主に経験の浅いオスによる繁殖開始の遅れを取り戻すために行われる可能性がある結果となった。寄生虫を避ける可能性もあるがこの研究では捕食リスクが主要因ではないかとのこと。
[猛禽類の脚の長さ]
広義ハイタカ属は猛禽類の中でも脚が長いと感じられると方が多いだろう。このような特徴を定量的に見るには#コブハクチョウの備考で紹介した AVONET を使うのが便利である。極めて参考までにそのような図を描くにはどうすればよいかサンプルを示しておく。
library(traitdata)
data(avonet)
plot(log10(avonet$Wing.Length),log10(avonet$Tarsus.Length),pch=19,
xlim=c(0.5,3.5),cex=0.2)
genus <- c("Accipiter","Aquila","Nisaetus","Butastur","Haliaeetus","Circus",
"Sagittarius","Buteo","Gyps","Gymnogyps","Melierax","Falco","Caracara",
"Ibycter","Milvus","Pandion","Pernis")
pal <- rainbow(length(genus))
for (i in 1:length(genus)) {
a <- subset(avonet,Genus==genus[i])
points(log10(a$Wing.Length),log10(a$Tarsus.Length),pch=19,col=pal[i],cex=0.6)
}
legend(0.5,2.7,legend=genus,pch=19,pt.cex=0.6,col=pal[seq(1:length(genus))])
AVONET のデータをダウンロードして(そのためには R が必要)、R で上記を実行 (例えばコピーアンドペーストで) すれば図が描ける。背景の小さな黒い点は他の鳥類すべてのデータ。
横軸が翼長の対数、縦軸がふしょ骨の長さの対数である。
脚の長いグループを前半に (Melierax まで)、短いグループを後半に (Falco 以下) に並べてみた。はっきり2つに分かれるのは面白い。広義ハイタカ属とハヤブサ属は脚の長さですみわけている? (そんなことはあるのだろうか?) クマタカの脚も長い。
ウタオオタカは広義ハイタカ属より一段脚が長い (思った以上に大きい鳥だった)。カラカラはハヤブサ類の中でも脚は長い (地上を動き回るから?)。カラカラの中でも Ibycter (ハチクマとともに唯一のハチの子主食の猛禽) はハチクマ同様に脚は短い。などが読み取れる。こういうことを調べるのは専門家の領域と思われがちだが、現代ならば (ソフトさえインストールすれば) 誰でもできるようになっている。
Fowler et al. (2009) Predatory Functional Morphology in Raptors: Interdigital Variation in Talon Size Is Related to Prey Restraint and Immobilisation Technique
に広義ハイタカ属とハヤブサ属の獲物を殺す方法の違いなどに関連した考察があった (#ハチクマの備考から)。
次は日本で識別上話題となるチュウヒ類の例 (この例では生物関係の作図によく使われる ggplot2 を使ってみた)。マダラチュウヒの脚は長いと言われるが、ハイイロチュウヒに比べて長いわけではなく、脚の長さは識別点にならないことがわかる。
R とパッケージのインストールの詳細やトラブル解決はここには書ききれないので R 利用経験のある人に聞いてみていただきたい。AVONET は AVONET にある。論文に書いてある通り、
install.packages("remotes")
remotes::install_github("RS-eco/traitdata")
とやればインストールできるはずである。
[ハイタカとオオタカの識別関連]
フランスのサイトに飛翔中のオオタカとハイタカの識別の記事があったので紹介しておく:
Autour des palombes et Epervier d'Europe: page comparative (Valery Schollaert 2022)。
カワセミの捕食に失敗したハイタカの写真も出ている。日本語資料は十分あるので海外のページを見に行くまでもないが、フランスでは識別点をどのように捉えているか、どのように表現しているかなど見るのも面白いかも。
オオタカの方で触れた方がよいかも知れないがオオタカの備考も多いのでこちらで述べておく。
Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology" p. 88 によればオオタカは ulna 尺骨 が短く、次列風切も少ないので他の猛禽類に比べて止まっている時に "shoulder" (肩のように見える部分) が目立たないとのこと。オオタカの識別点で静止時の (みかけの) 首の長さが取り上げられることがあるがこれが関係しているかも知れない。
[両方の卵巣が発達していたハイタカ]
Red'kin and Shatokhina (2006, 2024 再掲) Finding paired ovaries in a female sparrowhawk Accipiter nisus (pp. 2398-2399)。
若鳥でモスクワの Malenkovskaya マレンコフスカヤ駅で2004年9月14日に死体で見つかった。ハトの追跡中に透明な隔壁に衝突したのではとのこと。左右の卵巣が対称的に発達していた。
Jollie (1976, 1977)
A contribution to the morphology and phylogeny of the Falconiformes (part IV) (pp. 287-288) によれば広義 Accipiter と Circus はタカ類の中で右の卵巣の発達が特によいとのこと。
例えばミサゴや大型のハゲワシ類は右の卵巣を持たないとのこと。他のタカ類でもほとんど発達していないものが多く (トビ類や海ワシ類、ノスリ類、イヌワシ類なども同様)、広義 Accipiter と Circus の卵巣の特性は際立っている。
Stieve (1924) によればオオタカで両方の卵巣が機能しており、右に1つの卵胞、左に2つの卵胞があって3卵を産んだ例を報告しているとのこと。
ハヤブサ類内では多少変化があるよう。
-
オオタカ (将来の属名変更に注意)
- 第8版学名:Accipiter gentilis (アクキピテル ゲンティーリス) (同一民族の) タカ (本来の学名はモリバトを捕らえるタカだった可能性がある。備考参照)
- IOC 学名:Astur gentilis (アストゥル ゲンティーリス) (同一民族の) オオタカ (本来の学名はモリバトを捕らえるタカだった可能性がある。備考参照)
- 第8版属名:accipiter (m) タカ (accipere 掴む Gk)
- IOC 属名:astur (m) オオタカ 由来は備考参照
- 種小名:gentilis 同一民族の、氏族の (gens, gentis 氏族。しかし本来はオオタカではなくハヤブサを指していて、よく訳される「高貴な」意味は含まれない可能性がある。備考参照)
- 英名:[Goshawk, Northern Goshawk 分離前の名称], IOC: Eurasian Goshawk
- 備考:
astur の読み方はラテン語では冒頭の "ア" にアクセントがある。そのつもりで "アストゥル" と読むと何となくそれっぽい感じがする。語末を伸ばす発音は後の時代にもないので伸ばさないのが正しい。astur も accipiter も短く読むとタカの鋭さにふさわしい...かどうかは知らない。
英語の goshawk でもアクセントは冒頭なので同じようなアクセントにすればよいことになる。
なおラテン語の aster (星) はギリシャ語由来で末尾を伸ばす (アステール)。ホシムクドリの sturnus は伸ばさない [系統と分類] の項目参照。
音声面では星よりはホシムクドリの方が語源に影響があるかも知れない (例えばホシムクドリを狩る鳥?)。
accipiter は#ハイタカ参照。
gentilis は最初の i が長母音で中央にアクセント "ゲンティーリス" と読むとよいらしい。gens (民族) + -ilis (形容詞語尾で冒頭が長母音) に由来。
gens は e に長音記号が付くが実際にはほぼ短音で読まれる (長音の読み方 "ゲーンティーリス" もある) (wiktionary)。
別種となったアメリカオオタカの学名 Astur atricapillus (アメリカではもはや Accipiter 属でない) の読みは "アストゥル アートゥリカピルルス" でよいと思われる。黒い髪毛の意味 (#キガシラシトド参照)。
よく出てくる亜種名も考察しておくと、fujiyamae はラテン語風に j を i と読んでもよいが世界にもよく知られた富士山の読みを用いて "フジヤマエ" でよいだろう。
albidus は短母音のみで冒頭にアクセント (アルビドゥス)。
schvedowi はラテン語風だと "スケウェドウィ" となると思われる。
原語は Shvedov で普通に考えれば "シュヴェドフ" の読みになって語末にアクセントが生じる理由はない。ロシア由来の学名でしばしば使われるようにドイツ語読みを前提に作られた可能性があり、原語に音も近い "シュウェドウィ" でよいと思われる。
[オオタカとハヤブサの学名の関係は複雑]
gentilis (adj) はラテン語本来は「同一民族の」の意味で使われるが、中世鷹狩りではオオタカ (gentle falcon) は位の高い人のみ飛ばすことを許されていたことから「高貴な」訳が適切と考えられている (The Key to Scientific Names) ...
これまでこのように記述してきたが、調べてゆくと上記はあまり正しくなくもっと複雑であることがわかった。
(1) Linnaeus (1758) 「自然の体系」時代の Falco gentilis は何を指していたか
原記載。Linnaeus が文献として挙げているものでは、Falco gentilis の学名が Will. ornith. 46. Raj. av. 13. (1676) に現れていた。
Linnaeus の記述には Habitat in Alpibus, victitans Tetraonibus. Ars capiendi Falcones Columbis & Lanio, instituendi, his venandi Gazellas, Ardeas, Aviculas & c. propriis artificibus.
アルプスに住み、ライチョウ類を食べる。ハトやモズを使ってこの "Falcones" (複数形) を捕える技術があり、ガゼル、アオサギ、小鳥などを獲物にすることができる、ぐらいの意味か (単語を追いかけただけなので誤訳があれば失礼)。
この記述の一部は後で問題となるハヤブサよりオオタカに合っているようにも見えるが、生息地の記述も他種と異なるところがあり (後述) 鷹狩りの記述は他に出てこないので、ここでは一般的な鷹狩りの記述として紹介している可能性がありそう。
#ワキスジハヤブサ備考の [ワキスジハヤブサによるペルシャのワシの狩り] によれば中東でワキスジハヤブサ (ハヤブサも) ガゼルやサギ、ツルの狩りに使われていたとの具体的情報があり、ハヤブサで問題ないかも。
以降は Linnaeus (1758) 以降、しかも英国の記述であるが、
Pennant (1776) "British zoology" Falcon Gentil から始まるページの記述は「虹彩が明るい黄色」(irides light yellow) とあり、翼と尾の長さの比較など、これはオオタカを指しているようにも見える。2つある図版の最初の方はオオタカ若鳥でよさそうだが、2つめはどちらにも今ひとつ似ていない。
Goshawk が Pennant (1776) による Goshawk (オオタカ) のページでこちらはそれっぽく見える。
この文献も過去に使われた名称を挙げていて、Falcon Gentil については Linnaeus (1758) から Falco gentilis を採用している。しかしフランスの Belon (1555) L'histoire de la nature des oyseaux, avec leurs descriptions, et naifs portraicts retirez du naturel / escrite en sept livres
から L'Autour を採用している His. d'Oys. の該当ページ (絵が抽象的でどちらか今ひとつわからないが現在見ればオオタカの方か)。
同書 p. 116 に Faucon Gentil と Faucon Pelerin が別に出てくる。
絵や記述順序を見ると Belon (1555) は L'Autour をオオタカの方に用いていたと思われる。
Pennant (1776) の Goshawk の項目には Linnaeus (1758) から Falco palumbarius を採用。しかし Autour. Belon av. 112 (上記ページ) も記されているので、同じ Autour を2回紹介していることになる。
Goshawk の項目に L'Atour, Astur. Briffon av. i. 317 を初めとする一連の Autour も採用されているので、Goshawk = Autour = Astur と認識しており、Faucon Gentil に L'Autour を含めたのはおそらく Pennant が混乱したのではないだろうか。Goshawk の項目でドイツ語名 Grossergepfeilter Falck (大きい矢のようなタカぐらいの意味か) も紹介されている。
Bewick (1809) "A history of British birds: the figures engraved on wood" The Gentil-Falcon も同様で Goshawk とは分けているが、虹彩や翼と尾の長さの比較などは Pennant (1776) と同じ書き方になっている。
Latham は Common Falcon を 12 の変種に分割しているが不必要に細かすぎるとのこと。
Buffon によれば Gentil (Buffon は Common Falcon と同じで季節だけが違うと考えた) と Peregrine or Passenger Falcon の2種類でよいとのこと。Bewick は後者は英国では珍しいものであまり知られていない。ろう膜と虹彩は黄色などとある。
この本では The Goshawk にオオタカが出てくる。この項目に中国皇帝が狩りの際に使ったと言われるとの記述がある。
英国では古くは Hawk を据えることのできるのは階級の高い男性に限られていたとのこと。貴族でなければ鷹狩りに必要な広い土地を所有できなかった。この Hawk が何を指すかは自明でなく、同じ段落の最後に (ここで紹介したオオタカ以外に) 多くの種類が貴族の楽しみに高く評価されたとある。後の記述を見るとおそらく Hawk はタカ・ハヤブサ類全般のことか。
それらの鳥は Jer-Falcon (シロハヤブサ), Falcon, Lanner (ラナーハヤブサ), Sacre (Falcon-Gentil の換羽をしていないある特定の色彩を指すと注釈している), Hobby (チゴハヤブサ), Kestrel (チョウゲンボウ), Merlin (コチョウゲンボウ) が含まれ、これらは Long-winged Hawks と呼ばれる。
翼の短い Goshawk, Sparrowhawk (ハイタカ), Kite (トビ類), Buzzard (ヨーロッパノスリ) と区別される。これらは動きが遅く、より怠惰で、Long-winged Hawks よりも勇敢でないとある。
過去の記述などを伝聞している部分もあると思われ、特徴なども混乱があるよう。この記述はオオタカの項目にあるにもかかわらず、オオタカなどの方が劣っている記述になっている。おそらくオオタカの項目がハヤブサより先に出てくるのでこちらで鷹狩り全般を紹介したのだろう。
英国で紹介される時点で名前や実態 (虹彩の色など) が混乱してしまっていた可能性がありそうだが、これらの著書でも "gentil" はオオタカを意図していたものでないことは明らか。
(2) 「鷹狩りの書」(フリードリッヒ二世著) の「高貴なハヤブサ」は何か
"Peregrine Falcons of the World" (Clayton et al. Lynx 2014) の書評 Bell (2015) Peregrine Falcons of the World
によれば Frederick II の時代にはハヤブサが "Falcon Gentle"、ラテン名で Gentilis peregrini または Falco gentilis absoluteと呼ばれていて、もし Linnaeus の学名システムが採用されなければまだこのラテン名を使っていたかも知れないとある。
これらの話を見て「鷹狩りの書」(フリードリッヒ二世著 吉越英之訳 文一総合出版 2016) を読み直してみると、訳本で「高貴なハヤブサ」(p. 187 など) とあるのはこのこととようやく理解した。
以下邦訳に基づくが翻訳原本の英語版は The art of falconry: being the de arte venandi cum avibus of Frederick II of Hohenstaufen (Wood and Fyte 1943) で見られる。
Manuscript - Pal.lat.1071 に 1071 年写本のスキャンがある。56v に De falconibus gentilibus absolute: falcones gentiles absolute というのがこれを指すよう。
文中では単に falcones gentiles とも記されている。表題の falconibus, gentilibus はいずれも複数形 (単数形主格は falco, gentilis) で、前置詞 de (〜に関して) が付いて奪格となっている。absolute は副詞で「完全に」。
英訳では the true (gentle or) noble falcons となっている。しかし gentilis の本来の語義からは実は「高貴な」意味は入っておらず、類似の英語から英訳でそのように扱われただけの可能性もあるかも。「同一民族の」「同族の」方と捉えれば、海外からのよそ者の (渡りの) peregrinus と自然に対応するような気もする。
地元のハヤブサを gentilis、遠くからやってくるハヤブサを peregrinus と呼んでいた、などの解釈も考えられるように思える。absolute も "正真正銘" 地元で生まれ育った、という意味かも。
The Key to Scientific Names (peregrinus) によれば、少なくとも英国では遠くからやってくるハヤブサの方が巣から捕えるハヤブサの方が鷹狩りに適していたと考えられていたとの文献が出ている。gentilis は「うちのハヤブサ」、peregrinus は「よそ者」のほうがよい?
写本でオオタカには astur が用いられているよう (56r) で特別な扱いはなさそう。
訳本に戻ると Frederick II によれば「高貴なハヤブサ」はハヤブサのような種だが、やや小さく体の各部の形状も多少異なり、色調はハヤブサほど輝いておらず、美しくもないとある。訳注で漠然と混乱した記述をしているとある。これは英訳の脚注通り。意味を「高貴な」と解釈しなければ必ずしも混乱した記述になっていないかも?
「高貴なハヤブサ」は最初の羽が生え変わると、風切り羽はハヤブサの風切り羽に非常に似ているとあるので、オオタカを指しているものではないだろう (Frederick II 自身も別にオオタカの本を著していたようで、この本にもオオタカの記述があるので混乱していたとは考えにくい)。背中や尾羽に小斑点があり、そのためハヤブサほど美しくないとある。
「高貴なハヤブサ」はハヤブサより秋の渡り時期が遅い (p. 217)。また一般に開けた草原で捕獲され、主として陸鳥を餌として生活するため (p. 219) とある。
ハヤブサは Falco peregrinius (peregri 海外から 飛翔することから) (p. 168)。多くの人は「高貴なハヤブサ」とハヤブサは別の種と信じているが、Frederick II は同じ種と考えている (p. 169) 出生地の気候の違いが表れていると考えた記述になっている。
この本の中では「高貴なハヤブサ」とハヤブサはしばしば並列で現れる。
「高貴なタカ」は Frederick II の元来の用法ではハヤブサを指していたという Bell (2015) の見解とは少し異なっている。英訳されて伝えられる過程で意味が変わって行った可能性もあるかも?
(3) Linnaeus (1758) およびその原典の Will. ornith. 46 (1676) の記載順序からの検討
Linnaeus の記述では Falco Gentilis の1つ前がツバメトビとされるもの (ここまでがアカトビとともにトビ類) 、次がチゴハヤブサ、ヨーロッパノスリ、チョウゲンボウと続いていて、ヨーロッパノスリの位置が変だがチゴハヤブサは subbuteo なので buteo の隣にしたのだろう (後述 Gesneri 1511 も参照)。
この部分に現在のハヤブサ科が固まっている。もっとも Linnaeus 時代の Falco 属にはモズ類が含まれているのであまり厳密な分類の議論はできないかも。
記載順を見ると Linnaeus はろう膜の色を特に気にして分けているよう (チゴハヤブサまでは黄色となっている)。ツバメトビとされるものはアメリカの種類で尾が二股に分かれるとあるのでこの種類しか該当するものがないかも知れないが、ろう膜があまり黄色に見えない感じもする。
現在受け入れられているハヤブサの学名は Falco peregrinus Tunstall, 1771 なので Linnaeus が名付けた学名ではない。ハヤブサのように目立った種類を Linnaeus が見逃すとは考えにくいような気がするとともに、当時の文献も参考にすると Linnaeus はハヤブサの方を "Falcon Gentle" と呼んでいたのではないだろうか。
Linnaeus が引用している Will. ornith. 46 (1676) ではハヤブサ類の場所に置かれていて、Frederick の言う Imperator Falcones gentiles in peregrinos と absolute gentiles とは違っているとの議論のよう。
peregrinus よりは (複数奪格で比較対象を指す) より小型で、頭はより丸く、嘴はより小さく、体に比べて脚はより小型 (短いの意味か)。
風切羽が生え変わると羽はより細く? (貧弱に?) なる一方尾や背にはより多くの斑点が現れるなどの違いが記されている。
同書 p. 43 Falco peregrino が別途扱われており、分離して新種の扱いのよう。
同書 p. 45 Falco montanus (山のハヤブサの意味) が問題の Falco gentilis の一つ前に出てきて、Linnaeus は Falco gentilis と同一として一つにまとめている。
Falco montanus は虹彩が黒っぽいなどとあるのでやはりオオタカではないのでは? その一つ前の項目がシロハヤブサ。
同書 p. 51 De Accipitribus brachypteris (翼の短いタカについて) のグループに De Accipitre Palumbario があり、the Goshawk となっている (Linnaeus でもこのまま出てくる)。
p. 46 の Falco gentilis はオオタカとは別物で、ハヤブサから分けて新種として記載しただけではないだろうか。
Gessner (1555)
Conradi Gesneri Historiae animalium liber III qui est de Avium natura - 1555
にも当時の鳥の一覧があり、
Falco in genere (ハヤブサ属) Falcones diversi, Falco sacer (セーカー), Hierofalchus (シロハヤブサ類), Falco montanus, Falco peregrinus, Mediani, Gentiles, Falco gibbosus, Falco niger, Falco albus, Falco rubeus, Falco cui pedes coerulei, Lithofalcus et dendrofalcus, Lanarii (ラナー), Falcones mixti (雑種のこと?)
となっていて意味のわかるものが多い。現在使われていない学名がたくさん並んでいるのはハヤブサを細かく分けた結果のよう (検討は #ハヤブサの備考に)。
同じ文献で、同じく Accipiter には複数の属があってオオタカ関係を抜粋すると チュウヒ類の後に Accipiter fringillarius, Accipiter palumbarius, Sperverius vel nisus recentiorum が出てくる。当時は Subbuteo, Tinnunculus は Accipiter 類に入っていてハヤブサの仲間とは考えられていなかったよう。Accipiter 類はこれらを含む多彩なグループを包含していた模様。
これを見ると Falco montanus, Gentiles は明らかにハヤブサを示す一群に含まれていて、montanus と Gentiles はおそらくハヤブサをいくつかに分けたもので、「山の」「地元の」そして peregrinus「よそ者の」と推定出身地とわずかな外見の違いを手がかりに分けていたのだろう。
オオタカはこの当時から Accipiter palumbarius で呼ばれていたことがわかる。
(4) Accipiter palumbarius の位置づけ
1911 Encyclopdia Britannica/Gos-hawk の百科事典によれば当時の学名は Astur palumbarius で、ヨーロッパではオオタカでガンや大型の鳥を捕る伝統がなかったので (後記も参照)、
goshawk (= goose + hawk) はもともとは翼の長い (森林性のタカ類と比較してハヤブサ類を指す用語だった。現在の鷹匠用語では "longwings") 大型のタカかハヤブサ類の一種に使われていた名称がオオタカに転用されたものではとある。
Goshawk (Gould 1837) によれば原学名は Falco palumbarius で図版も入っておりこれは明瞭にオオタカを指したものと解説されている。
この学名も同じ Linnaeus によるもので、Falco palumbarius の原記載で見られる。こちらはろう膜が黒とある。
記述は明瞭ではないが並び順はヨーロッパチュウヒがその前、ハイタカがその次になっている。系統分類的にはこちらの方がオオタカのあるべき場所に近い。
Turberville and Gascoigne (1611) The booke of falconrie or havvking
も読むことができる。この時代にオオタカが鷹狩りに使われていて goshawke と呼ばれていたことは問題ないよう。
Gray (1855) Catalogue of the Genera and Subgenera of Birds contained in the British Museum では palumbarius を Astur属 (Lacepede 1799) のタイプ種としているなど、
オオタカに対する palumbarius の種小名は長く使われていた模様で、gentilis がオオタカを指す用法は想像以上に新しいものかも。
(5) Falco gentilis Linnaeus, 1758 は Falco palumbarius Linnaeus, 1758 のシノニムとの解釈について
Sangster et al. (2021)
A new genus for the tiny hawk Accipiter superciliosus and semicollared hawk A. collaris (Aves: Accipitridae), with comments on the generic name for the crested goshawk A. trivirgatus and Sulawesi goshawk A. griseiceps
では Falco palumbarius Linnaeus, 1758 を Falco gentilis Linnaeus, 1758 のシノニムとしている。
どこかの段階で両者は同じものと判断され、Falco gentilis の方が先に現れるので優先されたのだろう。
palumbarius は palumbes モリバト (を捕らえる) の意味。The Key to Scientific Names (palumbarius) によれば BOU (1915) は Linnaeus described the Goshawk twice under the names Falco gentilis and F. palumbarius on pp. 89 and 91 of the 10th edition.
As the first name has been entirely passed over and ignored until quite recently, the Committee have forborne to make a change, and keep the older-known name as a "nomen conservandum"
とあり、Linnaeus はオオタカを2か所に登場させているとの解釈。Falco gentilis は最近まで長年忘れ去られていおり、オオタカの名前を変えるのは控えて palumbarius の方を使い続ける判断としたとのこと。
1911 Encyclopdia Britannica/Gos-hawk で Astur palumbarius が使われていた状況とも合う。
Hartest (1917) Notes on Game-Birds が厳密に先取権の原則に従うべきだとして Accipiter palumbarius よりも Accipiter gentilis を優先し、
Anas boschas よりも Anas platyrhynchos (マガモ) を優先すべきと述べた。BOU (1915) を受けた見解かも。この意見が契機かどうかはわからないが、これらは現在使われている学名になっている。
Accipiter palumbarius で検索すると図版もみつかり、The Pigeon Hawk の名前でよく知られていた模様。対応する学名も素直に意味がわかるのでこちらの方がよく使われていたのだろう。
これらから推定すると Accipiter palumbarius (または別の属名) の方が少なくとも 1555 年以前から 1910 年代までは使われていた由緒あるオオタカの学名らしい。
亜種記載の学名などを見ると 1920 年代でもまだ使われていたよう。
Linnaeus はオオタカを2か所に登場させたとの誰かの解釈から先取権の原則によって Accipiter gentilis となったのが真相のよう。
しかし Linnaeus がそのような過ちをするだろうか? ハヤブサのつもりで記載したが混ざってしまった可能性もあるのか真実はわからないが、後日の研究者の解釈の誤りの可能性もありそう。
オオタカの歴史的学名は「モリバトを捕らえる」で主な食性とも一致し、英語の Pigeon Hawk にもよく対応する。
gentilis は実は Frederick II の時代も含め今で言うハヤブサに与えられていたのではないか。現在の学名はあくまで先取権の原則に基づいた微妙な判断によるもの。
そのように考えると「モリバトを捕らえる」は特徴をよく表しているように思う。
さまざまな辞書でも falcon-gentil は主にメスのハヤブサを指すが、鷹狩りに用いるメスのハヤブサ類 (タカ類も含まれていた可能性あり) にも使われるとの説明が多い。
Webster 1913 年版で 第3語義に The female or young of the goshawk (Accipiter gentilis, formerly Astur palumbarius) が見られ、このあたりで学名の扱いや用例に変化が生じてきたらしいことをうかがわせる。
このころから両方の学名が使われ、BOU が 1915 年に判断を出した流れだろうか [後述 Lonnberg (1906) によると思われる]。
Grassby (1997) The Decline of Falconry in Early Modern England でも 17 世紀には falcon, falcon gentle, tiercel gentle (オス) はほぼ種ハヤブサのみを指して使われたいたとのこと。peregrine の名はほとんど使われなかった。
当時 "falconry" に使われていたのはハヤブサ、シロハヤブサ、ラナーハヤブサ、コチョウゲンボウ、チゴハヤブサで輸入されたものも使われていた。主に貴族の楽しみ (sports) の見世物となっていた。
ハヤブサ類にサギやツルを襲わせる場合には訓練したイヌで獲物を空中に追い出させた。goshawk の語源で「ガンや大型の鳥を捕る」部分とハヤブサ類の習性との関連が気になる部分だったのだが、このような "falconry" の手法を考えるとハヤブサだったのかも知れない。
これらの項目を記述してから西海 (2012)「野鳥」2012年7月号 (No. 766) pp. 4-14 「鳥の分類」の記事の記述に気づいた (なお「野鳥」のこのページには他の方が記述した部分も含まれる)。
この記事によれば代表的な誤りの例として「偉人リンネでさえ、マガモのメスやオオタカの幼鳥を異なる種とみなして種名を付けてしまった」を挙げている。リンネ (当時は Linnaeus) はマガモやオオタカに新たな学名を導入したのではなく過去の文献の学名を整理してまとめただけなので「種名を付けてしまった」表現は語弊を招く気がするが、どちらが幼鳥でどちらが成鳥なのかも気になるので再度チェックしてみた。
Falco gentilis の記載は:
F. cera pedibusque flavis, corpore cinereo maculis fuscis, cauda fasciis quatuor nigricantibus. Fn. svec. 60.
Falco gentilis. Will. ornith. 46. Raj. av. 13.
Falco montanus. Will. ornith. 45. t. 5. Raj. av. 13.
Habitat in Alpibus, victitans Tetraonibus.
Ars capiendi Falcones Columbis & Lanio, instituendi, his venandi Gazellas, Ardeas, Aviculas & c. propriis artificibus.
となっている。
この記述ではろう膜、足は黄色、体は灰色で褐色の斑点があり、尾は褐色で4本の黒い帯がある、となる。尾の帯のみハヤブサと整合しない。
"Fn. svec." は Linnaeus (1746) "Fauna Svecica" で付けられた番号。
Fauna Svecica で見られ、60. の項目の記述は "Systema Naturae" (1758) よりも少し詳しい。
足、ろう膜、虹彩は黄色、体は全体に灰色で褐色の斑点がある。尾は灰色で4本の褐色の横帯がある。首、背中、翼上面はくすんだ色で羽の先端は鉄さび色。下面は黄色みを帯び、のど、首、胸、腹の下面に褐色の長楕円形の斑点が散在する。腿部ではさらに細いものになる。
風切羽は外側が褐色で内側は白色で灰褐色の斑点があり、褐色の 5-6 本の縞がある。尾羽の外側と下面は全般に褐色で 5-6 本の黒い等間隔の縞がある。先端は擦れていて尾羽下面は白-黄色っぽい縦縞が散在する褐色。
ぐらいの感じで、この記述はオオタカの幼鳥の方が合うよう。
基産地についてはこちらを見ると確かに生息地は Dalecarlian Alps でドイツ人が捕獲する話 (#ハヤブサの備考参照) の通りとなっている。
Carl Linnaeus and the Falcon Catchers
(Linnaeus の足跡をたどる旅) によればハヤブサを捕まえるのに有名な場所があって [Linnaeus (1758) 記載の生息地について の項目参照]、地名 (Falkhojden, Falkfangarhogda) にも意味が残っているとのこと。ここで捕まえたものはフードを付けてドイツ、オランダやアラブに長旅で売られていたとのことで、
Linnaeus が実際に 1734 年にハヤブサ捕りの現場に同行しているとのこと。ハトやオオモズをおとりにハヤブサを網で捕まえると記述しているとのこと。この話は Falco gentilis の "Systema Naturae" の記載に非常によく合っている。
現在でもハヤブサ捕りに使われた洞窟の利用痕跡が残っているとのこと。スウェーデン語ではドイツ語と違ってハヤブサとタカを区別していたのでこれらの記述や現存する地名などはハヤブサ (タカも捕まえたかも知れないが) を意図していたものだろう。
Falco palumbarius の記載は:
F. cera nigra margine pedibusque flavis, corpore fusco, rectricibus fasciis palllidis, superciliis albus
ろう膜は黒で足は黄色、体は褐色、尾羽は褐色で白っぽい、眉斑は白、というところか。
こちらは Fn. svec. の番号はないが、66. に Alb. orn. 2. p. 8, t. 8 の Accipiter palumbarius の学名が現れる。引用されている他の学名を見るとこれはヨーロッパハチクマを指していることがわかる (どちらも学名に習性が含まれているのでオオタカとヨーロッパハチクマの学名を誤認するのは非常に不自然)。
当時のスウェーデン語では Slaghok となっており、slag は古ノルド語以来 "打つ" などの意味。攻撃するタカを想定したものと考えられ、オオタカを指してよさそうな名称。
"Systema Naturae" (1758) のヨーロッパハチクマの記載に 66 が出ているが、Alb. orn. 2. p. 8, t. 8 は引いておらず、別種と判定して別項目の Falco palumbarius を設けたことがわかる。
Linnaeus (1746) "Fauna Svecica" の記載だけを見ると Falco gentilis はオオタカの幼鳥を示しているようにも見えるが、オオタカの成鳥が別の項目として現れないので幼鳥を異なる種とみなして種名を付けてしまったとも言えない感じがする。
1746 年当時は Linnaeus にとってオオタカ、ハヤブサ、ヨーロッパハチクマの間の混同 (または記載ミス) があったと考えられる。よりによってオオタカ成鳥であるべきのものとヨーロッパハチクマを混同するとは! ヨーロッパハチクマに含まれているぐらいなので、オオタカ成鳥がどういう姿かも認識していなかったのだろう。
Linnaeus は "Systema Naturae" (1758) をまとめるまでの間にこの誤りに気づき、オオタカをヨーロッパハチクマからこっそり (?) 分離したのではないだろうか。"Fauna Svecica" の "ヨーロッパハチクマ" の記述には "眉斑は白" は出てこないので "Systema Naturae" に後から書き足したものだろう。
"Systema Naturae" の記載には "Fauna Svecica" を訂正したとも書かれていない。
つまり "Systema Naturae" が "Fauna Svecica" を参照したとしていても、Linnaeus の考えがその間に変わった可能性があり (明記されていない)、"Fauna Svecica" の記載をもって "Systema Naturae" の記載と読み替えることは必ずしも正当とは限らないだろう。つまり "Fauna Svecica" への引用が1対1対応するスタイルになっていない。
むしろ "Systema Naturae" (1758) は Will. ornith. 46. Raj. av. 13. (1676) の分類によく整合しているので、スウェーデンの種類しか扱っていない "Fauna Svecica" よりもこちらを参照にまとめ直した印象を受ける。
[オオタカとハヤブサの学名の関係は複雑] どころでなく、なんと [オオタカとハヤブサとヨーロッパハチクマの学名の関係は複雑] だった。
Falco gentilis が幼鳥、Falco palumbarius が成鳥との解釈は wikipedia スウェーデン語版にあった Duvhok。
Lonnberg (1906。ドイツ語文献だがスウェーデン人なのでウムラウト表記はスウェーデン語に合わせた。Einar Lonnberg)
Einige Nomenklaturfragen が提案した文献で、Falco gentilis が幼鳥、Falco palumbarius が成鳥と判定した
[なお Lonnberg は #ゴビズキンカモメ の初記載において驚くべき慧眼を示している]。
前者の冒頭の記述からオオタカの幼鳥であることは明らかと書いており、それ以上に文献を当たるあるいは Linnaeus はハヤブサをどのように考えたのか検討は行っていないが大丈夫か? (現代の研究ならばもう少し歴史的検討が記述されるだろう)。
両者をシノニムとしてページの記載順から gentilis に先取権があるとした。
Hartert (1910-1922) でも p. 1146 で Linnaeus の gentilis は基産地がおかしいとの指摘が出ていた。
Linnaeus の時代にはスウェーデン語でそれぞれ falck, slaghok が与えられていたが、slaghok の名称にはヨーロッパノスリやヨーロッパハチクマも含まれていた (Slaghok) ので古くからあった duvhok の名前になったとのこと (wikipedia スウェーデン語版)。
Linnaeus (1746) がオオタカとヨーロッパハチクマを混同したのはスウェーデン語に引きずられてしまったためらしい。ヨーロッパノスリは "Fauna Svecica" の 65. で Upland 語で Quidfogel とあり、ヨーロッパノスリと {ヨーロッパハチクマ + オオタカ} は区別していたよう。ただし "Systema Naturae" (1758) にはこの番号は出てこない。
falck はやはりハヤブサを意図したかっただろうと想像できるが、情報に錯綜があってオオタカ幼鳥と区別できておらず、後世にオオタカ幼鳥と判断される記述になってしまったのだろうか。
Linnaeus が実際に捕獲に立ち会っているように、ハヤブサには馴染みがあって第一に出てくる種類だっただろうが、オオタカはそれほど馴染みがなかったのだろう。
Linnaeus (1758) の脚注にある鷹狩りを記述した本 (1617。Falco gentilis の項目の補遺として記されている模様) は
La fauconnerie de Charles d'Arcussia de Capre, seigneur d'Esparron, de Pallieres, et du Revest, en Provence のことか。
Falco gentilis がハヤブサであればもう一つ波及的効果があり、Falco 属のタイプ種に影響がある可能性がある。
Linnaeus の記載順で現在 Falco 属の最初のものはチゴハヤブサでこれがタイプ種との取り扱いがなされた (なおハヤブサとする立場もある。#チゴハヤブサの備考参照)。もし Falco gentilis がハヤブサであればハヤブサの配列の最初に現れ文句なくタイプ種としてふさわしい。こちらの方がすっきりする感じもする。
(6) 鷹匠用語の noble / ignoble
A Description and History of Falconry (WINGMASTERS) のようなページもある。こちらでもシロハヤブサやハヤブサがアオサギやクロヅルを捕える能力が称賛されたとのこと。
翼の短いタカ (現在の鷹狩り用語で "shortwings" 広義ハイタカ属) は "ignoble hawk" (高貴の反対の意味で、高貴でないタカ) と呼ばれていてこの用語は実際に広義ハイタカ属 accipiter の意味で辞書にも載っている。
オオタカは獲物を確実に捕えることから中世の鷹匠により "the cook's bird" (料理人の鳥) とあだ名が付けられていた (あまり身分の高い表現ではなさそう)。ただし英語の情報が当時の全貌を表しているかまでは不明。
全体的にはオオタカよりハヤブサの方がより貴族向けで、タカ類を用いる鷹狩りはもう少し庶民的?
なお、英語辞書では鷹狩り用語として noble, ignoble が出てきて、急降下で襲うハヤブサ類の行動を noble と称していたよう (また貴族も好んでいた)。
(記述してから後に wikipedia 英語版のオオタカの項目に同様の記述があることに気づいた。貴族よりは庶民の食卓のタカというところ。
現代の鷹狩りではハヤブサとオオタカは同等の地位が与えられているとあり、かつてはハヤブサの方が格上だったことが読み取れる)。
ignoble は機動性の高い飛翔により獲物を捕らえる森林性のタカを指しており、必ずしも悪い意味というわけではない。「イグノーベル賞」のように別の意味の称賛が入っているかも知れない。
しかし ignoble hawk のような用例を見るとオオタカの学名を「高貴な」とは訳しづらく、gentilis はハヤブサの方がふさわしい気がする。
Eversman (1866) "Estestvennaya istoriya ptits Orenbugskogo kraya" を見ると当時のハヤブサ類を指して Falcones nobiles (ロシア名では貴金属の "貴") と Falcones ignobiles (卑金属の "卑") に分けられていた。チゴハヤブサまでが前者で後者には (ニシ)アカアシチョウゲンボウ など。現代言われる Hierofalco とも違っていた。
noble/ignoble の位置づけも字義通りであったらしいことが推定できる。
Linnaeus のちょっとした不確実さ (または後世の不適切な解釈) で、本来ハヤブサに付くべき学名だったのだろう。あくまで現在は幻の学名だが Linnaeus が付けたかったと思われるものは (現代の分類で表記すると)、
ハヤブサ Falco gentilis Linnaeus, 1758 "同一民族のハヤブサ"
オオタカ Astur palumbarius (Linnaeus, 1758) "モリバトを捕らえるタカ"
になるだろうと想像 (夢想?) しておくこととする。あるいは識者が検討すればこの名前が復活する可能性もゼロではない気がする。特に後者は十分に正当な由来・理由がある。
オオタカの学名と意味を解説される方はぜひこれらの歴史を解説していただければと思う。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" ではオオタカの学名は属名も含めて上記の通りとなっていた。
(7) Linnaeus (1758) 記載の生息地について (#ハヤブサの備考と重複あり)
Linnaeus の「アルプスに住み」が気になったので調べておくと、Falco gentilis をオオタカとする解釈ではスウェーデンのダーラナ地方 (Dalarna) にも Alps と呼ばれるところがあり (Dalecarlian Alps) 一般的にはここが基産地と解釈されるとのこと。
Falco palumbarius がオオタカを指していたことは疑いないが、こちらの生息地 (基産地) はヨーロッパとなっている。同所に記されているヨーロッパチュウヒ、ハイタカも同じ生息地の記載になっているので整合性がよい。
他の種と見比べると Falco gentilis の生息地はヨーロッパと記さず局地的で特殊な記載になっている。
Lindberg (2008) The fall and the rise of the Swedish Peregrine Falcon population では歴史的分布も再現されているが、かつてはスウェーデンに広く分布していた。
迫害、有機塩素化合物、水銀汚染で一度はほぼ絶滅して再導入され、現在では南西部の山岳地の崖と北部ではタイガにある崖で沼地が近いところを好むとのこと。崖好みの習性からは Dalecarlian Alps の表現は整合性がよいと思える (#ハヤブサ備考に追記)。
British zoology (Pennant, Thomas 1768-70) によれば FALCON GENTIL は鷹匠が高く評価した種で、ドイツの鷹匠は Dalecarlian Alps (Denmark in Jutland and Norway) に求め、英国の鷹匠はスコットランドに求めたとある。 Dalecarlian Alps は特にドイツの鷹匠には上質の Falco gentilis の産地として有名だった模様。
1734 年の Linnaeus の同地の足跡の記述とよく合っている。
古くスウェーデンに分布していて鷹狩りに使われていたこと:
Bellamy-Dagneau (2015) A Falconer’s Ritual に特に北欧の鷹狩りの考古学的証拠がレビューされている。
西暦 500 年ぐらいにはすでに鷹狩りが行われていたと考えられる。埋葬品の中に猛禽類や獲物となる種類が含まれている研究がいくつもある。地位の高い者を埋葬する場合の伴侶の生贄も含まれているのでは。
鷹狩りに用いられる用具もみつかっているが、副葬品からも地位の高さがわかる。
オオタカ、チョウゲンボウ、ハヤブサ、ハイタカなどの骨が見つかっており、これらの種類が古くから鷹狩りに用いられていたことを示唆する。キリスト教伝来以前の鷹狩りは霊的な、シャーマニズム的なあるいは儀式的な側面があったと考えられる。北欧特有の文化背景もあり、より南部のヨーロッパ大陸部でも同様であったかはわからない。
シャーマニズム的にはいろいろな側面があり、鷹匠は肉体的には鳥になることはできないが魂は鳥になることができ、猛禽を放す時に肉体を離れることができる。野生動物は戻らないが猛禽は戻ってくることができ魔術的なものと考えられてもおかしくないなどの考察がなされている。
この鳥は何? 古い図版でまた面白いものを見つけてしまった。Falco dubius Sparrman, 1787 (図版。記載) 産地スウェーデン。"疑わしいタカまたはハヤブサ" の学名。
Hartert (1910-1922) p. 1146 によれば Sundevall は質の悪いオオタカの若鳥の図版だとみなしたとのこと。Hartert はオオタカのシノニムとしている。
しかし目先の羽毛 [Hartert もこんな所を見逃してはだめですよ (笑)] や嘴、ろう膜と鼻孔の形はヨーロッパハチクマの若鳥にも見える気がする (その年生まれとすると虹彩色がちょっと合わない)。ふしょの露出部はヨーロッパハチクマに比べて長過ぎる感じもするが趾の描写はヨーロッパハチクマ的な感じがする。いかが?
オオタカもヨーロッパハチクマも 1758 年にすでに記載されているので学名に影響は与えないがスウェーデン語でオオタカとヨーロッパハチクマが区別されていなかった理由もわかる気がする。
記載の備考部分によればスウェーデンは時折みられるが頻繁ではない。シロハヤブサに変わると根拠なく考える人たちもある (最後部分は訳にあまり自信なし)。この記述の訳を信用すれば多分冬場はいないのだろう。サイズは確かにシロハヤブサと同じぐらい。
[系統と分類]
現在 Accipiter 属に対して提唱されている新分類では Astur 属となる見通しで (#アカハラダカの備考参照)、かつてオオタカに使われていた学名 Astur gentilis に戻ることになる。
記載時学名は Falco gentilis Linnaeus, 1758。
Astur 属の記載は Lacepede (1799)。
astur タカまたはオオタカ < asterias タカ (Gk)。
ラテン語の起源は複数説があり、主に3説: (1) acceptor 受け取るもの。accipiter からの影響を受けたと考えられる、(2) aster 星 < aster 星 (Gk) < インド・ヨーロッパ祖語 の *h2ster、(3) (ホシ) ムクドリを表すインド・ヨーロッパ祖語 の *(h2)stornos (wiktionary)。
(2) と (3) は似た感じに見えるがインド・ヨーロッパ祖語段階の起源が別のようである。
The Key to Scientific Names では原義を aster 星 (Gk) と示している。 ちなみに植物では Aster 属 (シオン属) があり、こちらは形態から語源は明瞭であるが、星とタカの関連は自明でない。みなさんも考えていただきたい。
フランス語の autour は古フランス語 (h)ostur でラテン語 auceptor < accipiter 由来とあり (wiktionary) 上記 (1) 説に対応する。結果的には accipiter から派生した名前だったのかも知れない。 フランス語ではもともと h が付いていたが発音しなくなって落ちた、p も途中で抜けたと考えれば納得できる感じもする。hawk と形は似ているがこちらはドイツ系で語源は異なる模様。
現在の (広義) Accipiter 属はかつては Accipiter (脚が長く趾は短めで小鳥を捉えるのに適する。ハイタカが典型) と Astur (脚が短めで趾が強力で小型哺乳類食にも向く。オオタカが典型) に分割されていた。
この分類は例えばフランス語で健在で、それぞれ epervier、autour と呼ばれている。
ほぼ同じ意味の分類がハヤブサ類ではチゴハヤブサ (hobby) とチョウゲンボウ (kestrel) の違いに当てはまるとのこと [Brown (1976) "Birds of prey: their biology and ecology"]。
世界で 10 亜種が認められている (IOC 13.1 まで)。IOC 13.2 でアメリカオオタカが分離され7亜種となった。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版に記載の亜種オオタカは fujiyamae (富士山の。fujiyama に -e を付けて属格) でオオタカの亜種では比較的小型。亜種シロオオタカ albidus (「白い」の意味) は検討亜種とされている。
シロオオタカは北東シベリアとカムチャツカで繁殖し、多くの個体はバイカル湖の東、モンゴル北部、ウスリー地方に渡るとされる。比較的大型亜種とされ、オオタカの亜種の中では最も白っぽい (ほとんど白色の見事な個体によるマガモの捕食シーンがカムチャツカで撮影されている: 参考論文 p. 687)。
亜種チョウセンオオタカ schvedowi (ロシアの採集家 Ivan Grigor'evich Shvedof に由来) はウラル地方からアムール地方、ウスリー地方、中国東北部から中央西部、時にサハリンや千島列島で繁殖するとある。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)では亜種オオタカと亜種不明がリストされ、亜種シロオオタカと亜種チョウセンオオタカが検討亜種となっている。
wikipedia ロシア語版で亜種分布が異なっていることに気づいた。schvedowi の分布を北海道までとしており、fujiyamae を本州としている。wikipedia 日本語版にもかつてこの扱いであったことを示唆する記述がある。
この部分を記述してから 「日本動物大百科 鳥類 I」(日高敏隆監修 樋口広芳・森岡弘之・山岸哲編集 平凡社 1996) の記述に気づいた。当時は「北海道で繁殖するとされるチョウセンオオタカ A. g. schvedowi (異論も多く、今後再検討を要する)」と認識されていた。
日本鳥類目録第6版はでこの扱いであったらしい。
Nechaev (1991) "Ptitsy Ostrova Sakhalin" (Birds of Sakhalin Island) (p. 86) ではサハリンのオオタカの繁殖個体について Dement'ev and Gladkov (1951) や Portenko (1951) は fujiyamae、Vaurie (1965) や日本鳥学会 (1974) では schvedowi と判断が分かれていたことを述べている。
Nechaev (1991) 自身は博物館標本を測定して fujiyamae の方だろうと考えていた。渡りの時期は疑いなく schvedowi が見られ、Stepanyan (1975) は繁殖期に albidus を記録しているとのこと。
wikipedia 英語版では 9-10 亜種と本文にあり、アメリカオオタカの分離に伴う変更もれが残ってそう (2025.1 時点)。
北海道のオオタカの亜種の扱いが2通りあったということは、この2亜種はゲノム解析などによる将来的な再検討によって統合される可能性も考えられることも意味するのかも知れない。以下の「オオタカ識別マニュアル 改訂版」にも計測値に重なりがあることが示されている。
ヨーロッパにはかつてもっと多くの亜種が認められていたが整理された (wikipedia 英語版から) ことを考慮するとあり得るかも知れない。
その場合は亜種 fujiyamae の方が記載が遅い (現行のオオタカの亜種のうち記載が最も遅い) のでシノニムとなって表に現れなくなるかも知れない。
分子遺伝学を用いた解析と従来の亜種概念が対応しない事例は#イヌワシでも知られており、今後再検討されるかも知れない。
後述の Kunz et al. (2019) によればデータがそれほど十分ではなくミトコンドリア遺伝情報しか使われていないが、fujiyamae が単系統をなしていないことがうかがえる。schvedowi に特に非常に近いわけではないが buteoides に近いハプロタイプを持つものが多い。
もしこの3亜種が統合されることになれば、schvedowi と buteoides はいずれも Menzbier (1882) の記載なのでどちらを採用するかおそらく判断が必要となるだろうが、記載論文 (参考文献参照) pp. 439-440 では schvedowi が先に現れよりしっかりした亜種記載となっているので統合されるならばこちらだろう。
サハリンの亜種がどちらか判断が分かれるぐらいなので3亜種にそれほど大きな違いはなく分子遺伝学、形態にも重なりがあるとすれば現代的な亜種概念には合わないかも知れない。
ユーラシア東部の中緯度からやや高緯度のグループと思えば統合された後のヨーロッパの亜種とも対応がよい感じがする。
buteoides の名称は "ノスリに似た" の意味だが、1866, 1868 年に Sabaneev が典型的なヨーロッパのオオタカとは違って (ここでは現在使われるロシア語名の他に golubyatnik と当時の学名 Astur palumbarius に合わせて "ハトを食べるもの" の名称も紹介している)、
ヨーロッパノスリ (当時の学名で Buteo vulgaris。Buteo vulpinus のことであると注釈) に似ていると述べたことに由来するもの。
Astur と Buteo の中間型ではないかとの見解も述べられていたとのこと (p. 441)。そのため Sabaneev も Astur sp.? としていた。
当時のロシアの猟師はオオタカとハイタカの他に3種めがいると考えて yastreb-gushyatnik (ガンを食べるタカ) の名前で呼んでいたが、オオタカの大型個体ではないか。Danilov は Astur major の名称も用いていたがこれはハイタカを指して使われたことを知らなかったのだろう (誤用) との注釈あり。
Menzbier (1882) 自身は Sabaneev の言うところの "ノスリに似た" については何とも言えないが、自身の持っている2標本は Buteo vulpinus よりケアシノスリにより似ていると記している。
Hartert (1910-1922) p. 1149 は buteoides を亜種として認めず、標本によるわけではない型の記述のみで学名に値しないとして schvedowi のシノニムとした。
Menzbier の記載を "ロシア語!" としており、少なくとも当時は記載言語には適さないと考えられていたことがわかる。
参考までに同ページでカムチャツカの albidus は ? 付き。Pallas が最初に用いた Accipiter astur, varietas no. 3 を改名したものとある。白いものは他所にも存在するではないかと亜種に値するかだいぶ怪しげに見ていた。
buteoides はもともとそれほどしっかりした亜種記載ではなく、Dement'ev and Gladkov (1951) などはシベリア西部の亜種と認めて位置づけたものと考えられる。同書では基亜種よりずっと明るい色で、白っぽい個体は東方の alibidus と区別できないとあり、このような淡色の個体はおそらくタイガの森林限界や森林ツンドラで繁殖するのではと考えていた。
buteoides は白っぽくても alibidus までは脱色が進むことはないとしている (上記 Hartert の議論を受けたものと思われる)。
alibidus の方が少し大きい。これらオオタカの白色型の分布関係はシロハヤブサ (ちなみにシロハヤブサは現在単形種扱い) によく似ている。シベリア北東部では半数が白いが亜種として分けるほどの根拠はないとのこと。
schvedowi はもともと Darasun とザバイカルで記載されたもので、Dement'ev and Gladkov (1951) はシベリア中央部型と位置づけた。
トルキスタン地方の鷹匠は buteoides のまれな白色のものを tujgun と呼んで高値が付いていた。明るい色でまだらの buteoides を tundzhir、schvedowi と suschkini を kush と呼んでいたとのこと。
Dement'ev and Gladkov (1951) は fujiyamae は大陸東部にも分布していると考えていたが、schvedowi と本当に区別できるかどうかは意見が分かれている (日本鳥学会 1932; Hertert and Steinbacher 1936)。分布もよくわからないが日本とサハリンで分けるのが通例となっている。プリアムールと沿海地方の少数の標本では schvedowi より少し小型で色が濃いとのこと。
schvedowi と分離するならば同じようなサイズ・色彩のチベットや中国甘粛省の khamensis と同亜種とすることもできるかも知れないとのこと。
緯度によるクラインで亜種間にあまり違いがないことをある程度暗示していた。
現在では khamensis も suschkini も schvedowi にまとめられるのが通例。
khamensis は繁殖隔離分布となっているのでこれが schvedowi にまとめられるならば fujiyamae も同様に考えられるのかも知れない。
オオタカ識別マニュアル 改訂版 (環境省 2016) も参照。違法取引と違法飼育、および違法捕獲の防止が目的とある。国内希少野生動植物種 (古くは特殊鳥類) 指定にかかわる歴史的経緯は #クマタカ備考 [クマタカと鷹狩り] も参照。
指定解除に関連して 東京オオタカ・シンポジウム
(日本野鳥の会 2014) の情報がある。
世界の亜種分布 (オオタカ上種) の地図は Kunz et al. (2019) Mitochondrial phylogenetics of the goshawk Accipiter [gentilis] superspecies で見ることができる。この解析の結果からオオタカ上種間で系統が入り組んでいることが示唆される結果になった。
つまりシロハラオオタカ Accipiter meyerianus (英名 Meyer's Goshawk、ニューギニアなど)、マダガスカルオオタカ Accipiter henstii (英名 Henst's Goshawk)、オオハイタカ Accipiter melanoleucus (英名 Black Goshawk、中央から南アフリカ) がこれまでのオオタカに内包されていた
(論文中の学名を用いている。これらはいずれも現在の標準的分類では Astur 属)。
そのためこれまでの "オオタカ" から3亜種を アメリカオオタカ Accipiter atricapillus (英名 American Goshawk) として独立種に分離されることになった (IOC 13.2)。
ユーラシアと北米の旧オオタカが別種となったのは、ユーラシアと北米の違いが認識されたこともあるが、すでに種命名のあったオオタカ類他種に対して単系統性を保つ必然性があったことが大きな要因と理解してよいだろう。シロハラオオタカやオオハイタカなどを改めてオオタカの亜種と定義するには遺伝的にも外見的にも違いが大きすぎた。
オオタカとアメリカオオタカを "オオタカ上種" のように扱うならば、シロハラオオタカ、マダガスカルオオタカ、オオハイタカもオオタカ上種に含まれることになる。
Sangster (2022) The taxonomic status of Palearctic and Nearctic populations of northern goshawk Accipiter gentilis (Aves, Accipitridae): New evidence from vocalisations の音声を用いた研究もこの結果を支持するものであった。
Kunz et al. (2019) が旧北区のオオタカの連続した遺伝的分布を示しているように、旧北区では音声面でも亜種判別はできなかった。亜種というより地理的なクラインを形成していると考える方が適切かも知れないが、音声記録は限られているためより多くの亜種を含め、さらに多くの音声を記録する必要がある。
Clements 2023、eBird 2023 のリストではオオタカとは別種となっている。北米の "オオタカ" を扱う時、あるいはオオタカ全体を扱う時に北米の分布をどう記述するかなど注意が必要であろう。
日本鳥類目録改訂に向けた第2回パブリックコメント(2024)ではアメリカオオタカを別種とする扱いになり、最終的に日本の扱いでも分離された。
[Astur (オオタカ) 属の系統分類]
順序は基本は Catanach et al. (2024) によるが、オオタカ以降は Kunz et al. (2019) を加味して少し入れ替えてある。
亜科相当 (ハイタカグループ)
オオタカ属 Astur
(系統 1: クーパーハイタカ属 Cooperastur の名称も提案されている)
モモアカハイタカ Astur bicolor Bicolored Hawk
チリハイタカ(*) Astur chilensis Chilean Hawk
ズグロハイタカ* Astur gundlachi Gundlach's Hawk
クーパーハイタカ Astur cooperii Cooper's Hawk
(系統 2)
オオタカ Astur gentilis Eurasian Goshawk
マダガスカルオオタカ* [高野 (1973) ではヘンストオオタカ] Astur henstii Henst's Goshawk
オオハイタカ [高野 (1973) ではシロクロオオタカ] Astur melanoleucus Black Sparrowhawk
シロハラオオタカ* Astur meyerianus Meyer's Goshawk
アメリカオオタカ(*) Astur atricapillus American Goshawk
前述のように Astur 属は2系統に分かれる。全体を Astur 属とする分類で表示している。
チリハイタカはモモアカハイタカから分離されたもので Catanach et al. (2024) に含まれていないので (*) を付けてこの場所に追記しておく。IOC (version 1.0 から)、eBird 2022 以降、Clements は別種扱いだが分離していないリストもある。
モモアカハイタカとの中間型のような亜種 pileatus があり、通常はモモアカハイタカの亜種とされるがどちらの種に属するか決着していない (wikipedia 英語版より)。
Catanach et al. (2024) は最初の系統 (チリハイタカも含めて4種) が Cooperastur 属 (Cooper + Astur の合成。ラテン語式に読めば "コーペラストゥル" となるだろうか) となる可能性も示している。分岐年代的には他の属の分岐 (例えばイヌワシ亜科内の属の分岐) とさほど違わない。もし分離されるならばクーパーハイタカ属となるだろう。
クーパーハイタカの記載は Cooper's Hawk American ornithology; or, The natural history of birds inhabiting the United States。
記載時学名 Falco cooperii Bonaparte, 1828 で長い前置きの後に p. 9 ニュージャージー州で標本を採集した。Mr. William Cooper がロングアイランドで採集した標本と詳細な記述を提供したことへの献名であることが示されている。
Linnaeus の述べた Falco gentilis によく似ているが、これはオオタカの若鳥を指した学名 (と当時すでに解釈されていたたらしい) で、混乱要因となることを未然に防ぐために新しい学名を与えることにした (p. 8) とある。我々のタカ (クーパーハイタカ) は "若いオオタカ" とされるものによく似ているが微妙な違いがある。
Catanach et al. (2024) の段階ではアメリカオオタカは分離されていなかった。論文を検討した結果、日本の愛知の個体で読まれたゲノムを用いており、Catanach et al. (2024) の系統樹における分離前の "Accipiter gentilis" はアメリカオオタカではなくオオタカであることが確認できた。
Kunz et al. (2019) ではミトコンドリアのコントロール域と cyt b を用いたもので核遺伝情報を用いた Catanach et al. (2024) と用いた遺伝情報が異なるため単純比較はできないが、アメリカオオタカ以外の系統樹形態は一致しており、Kunz et al. (2019) の系統樹ではアメリカオオタカは別の分岐にあたる。
ここではこの系統樹を用いてアメリカオオタカをオオタカの隣ではなくこの系統の最後に置いた。
Kunz et al. (2019) のハプロタイプのネットワーク図から受ける印象と少し異なるが、系統樹を見るとアメリカオオタカ1種と残りの4種が少し離れた系統に属することがわかる。どちらが早いかは微妙なところだが4種の系統の方が若干早い分岐になっているのでその順序を採用した。
簡易解析でも試すことができる MK433189.1 を出発点に BLAST を実行すると cyt b の系統樹が得られ、これだけでもオオタカとアメリカオオタカが大きく違うことがわかる。この解析では (2025.2 時点) オオタカとシロハラオオタカがまとまる結果となったが用いた塩基配列が短いのでこの程度の精度なのだろう。
この解像度の系統樹ではヨーロッパとシベリアのオオタカは事実上同じと出る。
改めて系統を見てみるとアメリカ大陸の Astur 属の 系統 1 (クーパーハイタカを含む) はどこからやってきたのか気になる。オオタカを含む 系統 2 はアフリカにも分布するのでアフリカや赤道付近から分布を広げたと理解することが可能だが 系統 1 がユーラシアから到達した痕跡がわからない。
この中で系統的にはクーパーハイタカより古いはずのモモアカハイタカは現在中南米に分布。ただし Astur 属全体では最も普通の種類とある (wikipedia 英語版)。
狭義 Accipiter 属の最も古い系統がセグロオオタカで南米に生息するのが気になるところ。しかし狭義 Accipiter 属が南米出身でユーラシアからアフリカに分布を広げたとすると、中間に分布するハイタカが新しい系統であることと整合しない。
すべてがアフリカや赤道付近から分布を広げたと考えると、ユーラシアから北米に セグロオオタカ / セグロオオタカを除く狭義 Accipiter 属 / Astur 属 系統 1 / Astur 属系統 2 の少なくとも4回の導入が起きたと解釈するのが妥当なのだろうか。セグロオオタカのように競争力が弱いなど、比較的古い系統は途中段階の分布が競争などで消滅したなど考えることができる。
セグロオオタカの系統がアメリカ大陸に分布した時期は分岐年代から 2000 万年前ぐらいと想像でき、アメリカ大陸にはまだ Spizaetus 属やノスリの系統も到達していなかったためまだ強力な競争相手もおらず分布を広げられた可能性が考えられる。当時の競争相手はカタグロトビ亜科やハチクマ亜科、そして現世種が少ないので系統関係や到達時期がわかりにくいがオウギワシの系統が考えられる。
"オウギワシらしさ" が作られたのは 1700 (1300-2200) 万年前ぐらいと推定される (#ミサゴ備考の [染色体再構成と transposable elements から見るタカ類の進化]) ので、セグロオオタカの祖先系統とオウギワシの系統に競争があったかも知れない。
セグロオオタカがアカエリクマタカに擬態しているならば後から到着した Spizaetus 属に擬態していることになる。
Astur 属の 系統 1 と 系統 2 のどちらが先なのか考察した結果気づいた問題だが、アメリカ大陸の Astur 属 系統 1 の方が先に定着し、その後により強力なアメリカオオタカがやってきてクーパーハイタカと北米を分け合う形になったが、クーパーハイタカが先に占拠していて十分に競争能力があったため、北方から回ってきたアメリカオオタカをそれ以上南下させなかったなどの過程が考えられる気がする。
主要食物が違って分け合っているのかも知れない。アメリカオオタカの方がユーラシアのオオタカより少し小さい理由など何か提唱されているだろうか。
[カンムリオオタカ]
これまで Accipiter 属に含まれていたカンムリオオタカ (または旧名タイワンオオタカ) Accipiter trivirgatus (英名 Crested Goshawk) は台湾に生息し (亜種 formosae)、台湾産亜種が日本で観察される可能性があるとのことである (資料)。この種も台湾で巣のライブ中継が行われていた。
名前から想像するほど大きなタカではない。オオタカとは系統がかなり異なり、Accipiter 属に対して提唱されている新分類では Lophospiza 属
(lophos 冠 spizias タカ Gk。読みのカタカナ表記は#アカハラダカ考察より、Kaup の他のタカ類の -spiza に合わせて "ロポスピツァ" を採用しておく)
となる見通し
[Sangster et al. (2021) で提案された]。
IOC 14.2 のようにこの分類をすでに採用しているところもある。
Working Group Avian Checklists, version 0.04 でも採用されているので今後はこちらに統一されるだろう。
唐沢 (2014) Birder 28(11): 68-70 に台湾での記事がある。
CRESTED GOSHAWK--POWER LIFER! (Ferdie Llanes de AvesFlores 2024.11.18) フィリピンのパラワン島での撮影。この島では亜種 palawanus が知られている。
Mayr (1949) Geographical Variation in Accipiter trivirgatus が各亜種を記載して既知亜種も含めて比較している。パラワン島のものは固有亜種でボルネオ島とも異なるとのこと (#ハチクマなど他種もパラワン島は特異な分布を示す傾向がある)。
台湾の formosae もこの文献で記載。
地理的クラインの観点も示しているが遺伝的にもある程度違うのかも知れない。
[クーパーハイタカの繁殖開始年齢] の項目に Lin et al. (2015) のカンムリオオタカの繁殖生態の研究を紹介している。
[英語他のオオタカの語源]
単に Goshawk と言えばこの種を指すことに誰も疑念を持たないだろうが、他にも Goshawk の名前を持つ種類が複数あるため、学術的な文脈では American Goshawk を別種とする現在の立場で Eurasian Goshawk がよいだろう (IOC 13.2 以降英名 = 日本鳥類目録改訂第8版も同じ)。
Northern Goshawk はオオタカとアメリカオオタカが分離される前の名称。今後は使わない方がよいと思われる。
なお広義 Accipiter 属以外の属にも Goshawk の名をもつ種類がある。例えば Melierax 属のウタオオタカ類 (Chanting Goshawk の名を含む種類が3種ある) が有名である。
英語の goshawk は goose-hawk (ガンのタカ) を意味する goshafoc が短くなったもの (Online Etymology Dictionary)。[オオタカとハヤブサの学名の関係は複雑] にある 1911 Encyclopdia Britannica/Gos-hawk 百科事典によればハヤブサ類の誤用の可能性がある。実際にガンが獲物となることは少ない (wikipedia 英語版より)。
アメリカでは Chicken Hawk の別名 (他の中型タカ類も同様に呼ぶ) があるように、家禽を襲う猛禽類としてあまりよい意味で使われていなかった模様。もちろんバーダーには実態を反映しない名称とされている。
オーストラリアでも チャイロハヤブサ Falco berigora Brown Falcon が同じ別名を持っており、意味するところは同じだろう。
アメリカの政治の俗語では臆病を表すチキン (鶏) とタカ派を表すホーク (鷹) を合わせたもので「臆病な強硬派」を意味するとのこと (wikipedia 日本語版より)。
英語で noble hawk は「孤高のタカ」のようなよい印象で使われるが、特にオオタカを指すわけではなくタカ類一般に使われる。
noble goshawk の用例を探してみると A Noble Goshawk とウタオオタカだった。
この意味の用例はあまり見当たらず、少なくとも英語圏ではオオタカを「高貴な」と呼ぶのは伝統的学名から (正しいかどうかわからないが) 先取権に基づく学名に変更され、意味を合わせるために解釈が後付けされたように見える。「高貴な」の語義はハヤブサ、オオタカいずれにも実はどこにも出てこなかったかも知れない。
ドイツ名は Habicht で英語と全然違うが遡れば英語 hawk と同じ語源になる (なおドイツ語ではタカは Falke。ハヤブサ類と区別されない)。フクロウのドイツ名 Habichtskauz (オオタカのフクロウ) のような合成語にも使われるので知っておくと面白い。
ドイツ地方名ではやはり家禽を襲うことから英語同様の Huehnerraeuber, Stossvogel のような名称がある。もっともドイツ語では猛禽類全般の名称の一つが Raubvogel (盗っ人鳥) なのでオオタカだけが特別というわけではない。
有名なハプスブルク (Habsburg) は城を建てるとオオタカが住み着いて Habichtsburg と呼んだとの伝説があるが、実際は古ドイツ語の hab/haw (川を横切る) 由来と考えられる。
ポルトガル沖のアゾレス (Azores) 諸島の旗にオオタカが描かれているが、オオタカは生息せずーロッパノスリの固有亜種が生息している。この件は #ハチクマ備考の [ヨーロッパハチクマの渡り] にも関連情報あり (wikipedia ドイツ語版より)。
アゾレス諸島が紹介されるのは、これだけよく知られた鳥なのに国鳥にしているところがないためだろうか。wikipedia 英語版によればインドのパンジャブ州の鳥になっているとのこと。
オオタカもロシア名が面白く teterevyatnik (ライチョウ類を食べるもの)。このようなところからロシア語の鳥名の世界に入るのも面白い。ウクライナ語では beliki yastreb と単に「大きなタカ」であまり面白みがない。ちなみにベラルーシ語では shulyak-galibyatnik で「ハトを食べるもの」。ラテン語族では Astur から派生するものが多い。
フランス語は Autour des palombes と Accipiter palumbarius の学名が生きている [オオタカとハヤブサの学名の関係は複雑] 参照。ルーマニア語も同様。
フランス語別名に epervier bleu (青いハイタカ) がある。
他言語でも「大きい」か「普通」を冠するものが普通あるいは、英語と同じくガン (ノルウェー語など)、森の (チェコ語など) などで、「高貴な」を意味を用いた言語は見当たらなかった。
[タカとハヤブサの握る力と噛む力]
タカ類とハヤブサ類の握る力と噛む力を実測した論文があったので紹介しておく。
Sustaita and Hertel (2010) In vivo bite and grip forces, morphology and prey-killing behavior of North American accipiters (Accipitridae) and falcons (Falconidae)
北米の種なのでタカ類はクーパーハイタカ (新分類ではオオタカ属) とアシボソハイタカ (新分類でハイタカ属) なので日本のそれぞれの種に相当する程度の数値として見ていただくとよいだろう。
ハヤブサ類はアメリカチョウゲンボウ、コチョウゲンボウ、ハヤブサ、ソウゲンハヤブサ。
飼育個体を用いて多くは野生から救護されてリハビリテーションの最終段階の個体とのこと。
鳥を検者が抱えて足や嘴の前に掴める/噛める装置を提示して握力などを測定した。多くの鳥は熱心にやってくれたが一部の鳥は協力してくれなかったとのこと。握らせたりくわえさせて腹や口に刺激を与えて反応させた場合もあった。
おとりを捕まえさせて測定する方が現実に近いように思われるかも知れないが、これはどちらかと言えば防御反応の能力を反映するもので最大値をあまり表さないとのこと。
測定値は表にあるのでお楽しみいただきたい。クーパーハイタカ、アシボソハイタカではメスの方が 1.5 倍ぐらい力が強いがハヤブサ類では 1.3 倍程度。クーパーハイタカのメスの最大値で 10 N = 1 kg重ぐらい (N ニュートン → kg重 または kgf には 9.8 で割ればよい) の握力。ハヤブサのメスの最大値で 13 N ぐらいが出ている。
噛む力は同じ組み合わせで 3 N と 13 N と、タカ類では握る力の 1/3 ぐらいなのに対してハヤブサ類では握る力と噛む力がほぼ同じぐらいか、ソウゲンハヤブサでは2倍以上 (同サイズのタカの握る力よりも大きい)。
獲物を殺す方法の違いに対応する違いが現れる結果となった。
ハヤブサ類では握る力以外にも飛翔時の相対速度で効果的に力を加えている可能性もある。咀嚼筋 (翼突筋 m. pterygoideus。ここでは m. は musculus 筋肉のラテン語。解剖学名もラテン語がそのまま使われることが多い。翼突筋は実際には単一の筋肉ではなく筋群をなしている) が役立っていることも判明している。顎関節もそれに耐える適応があるとのこと
(注: その分ハヤブサ類の方が頭部が多少重くなるだろうし表情も豊かになるだろう)。
ハヤブサ系統から進化したオウム類の噛む力が強力な理由にもなっているかも知れない。
猛禽類では趾の腱や腱鞘に力を逃さない適応が見られるとのこと [Einoder and Richardson (2006) An ecomorphological study of the raptorial digital tendon locking mechanism]。
解剖学データ (筋肉の太さや腱の構造など) から予測される値よりは3割ぐらい小さいとのことで、解剖学から予想される値は多少過大評価になっている可能性があるが、実際に獲物を殺す時ほど熱心に力を出していない可能性が考えられる (ただし数割の違い程度なので馬鹿力を出しても何倍も大きくなることはないだろう)。
タカ類の握る力は体重の 0.8 乗ぐらいに比例とのことで、広義ハイタカ属と同じ関係がそのまま使えるとすれば、4.0 kg のイヌワシを想定すれば 5.7 kg重ぐらいになる。人の指1本では負けるかも知れないが大人の力で動かせない数字ではないように見える。
「ワシ 握力」で検索するとすぐ 100 kg などの数字が出てくるがこれも「神話」の一種なのだろう。
試しに 100 kg の力を出すためにはどの程度の筋肉の太さが必要か逆算してみた。
この文献で用いられている値は筋肉1平方センチメートルあたり 25 N なので、直径 7 cm ぐらいの筋肉が必要になる。さすがにそんなところに過剰投資をする余裕はないだろう。
Dickinson et al. (2025) Ecomorphological correlates of grasping forces in strepsirrhine primates
哺乳綱霊長目曲鼻亜目 (キツネザルなど) の握る力の測定。大きな親指を持って木の枝を巧みに移動するが握力が他の哺乳類より勝っているわけではない。樹上性の鳥とも比較すると体重あたりではオウム類の方がずっと上だった (タカ類は対象になっていないが負けることはなさそう?)。
strepsirrhine primates はビタミン C 合成能力を失っているなど霊長類と樹上性の鳥の収斂進化も少し垣間見える気がする。
[2種類の鷹匠]
鷹狩り関連の英文を読まれる方であれば「鷹匠」に相当する単語が2種類あることに気づかれているかもしれない。よく使われる方の falconer は主にハヤブサを使う鷹匠。austringer がオオタカを使う鷹匠であり、ここにも語源の Astur が見え隠れする。ちなみにハヤブサの方がずっと人によく慣れ訓練もやさしいが、オオタカは気難しいと言われる (オオタカの方が頭が悪いと言われる方もあるが、野生の生活を観察されている方であれば反論されるかも知れない。
ただし系統分類的にはハヤブサはオウム類に近いため頭がよいのも理解できる。#ベニマシコの備考も参照。ロシアで記載された飼育下のタカ類と小型ハヤブサ類の行動の違いは#ハチクマと#チョウゲンボウの備考も参照)。
初心者 austringer が初めてオオタカを飼って苦労した White (初版 1951) The Goshawk (Penguin Modern Classics) という本がある。古典的に有名な本であるが、「このように飼育してはいけない」反面教師ともされる。The Goshawk (1969年 の BBC 映画) の元になっていると言って大きな間違いはないだろう。
この本は近年再評価され書評は The Goshawk, By TH White - book review: Avian classic finds its second wind
にある。中に出てくる "H is for Hawk" も和訳されていて「オはオオタカのオ」(ヘレン・マクドナルド著 山川純子訳 白水社 2016)。「ドはドーナツのド」の歌があるが上記英語表題も同様の使い方で和訳タイトルも同様。
[兄弟殺し]
イヌワシ類ほど顕著ではないが、オオタカでも兄弟殺しが起きることがある。Chick kills his sibling. Loch Garten Goshawks. 22 June 2023 の映像が紹介されており、こんなに激しいのは見たことがない。餌が運ばれてきたばかりなのに見向きもせず兄弟殺しが起きたとのこと。
[ハトを襲うオオタカの戦略]
Rutz (2012) Predator fitness increases with selectivity for odd prey
によればオオタカは群れの中の変わった個体を狙うとの研究結果がある。その結果目立つ表現形の個体が排除されてゆきそうだが、ハトは自分と異なる色の個体とつがいを作る傾向があり、多様なハトの表現形が維持されているだろうとの話。
[オオタカの成鳥・幼鳥の色彩]
川口 (2020) Birder 34(9): 54-55 で、ハイタカの成鳥・幼鳥の色彩の違いについて、紫外線の見える鳥には一目瞭然に違って見えるのか問題提起がある。
ハイタカのデータは見つけられなかったが、オオタカのものがあったので紹介しておく:
Spicka et al. (2024) Function of juvenile plumage in the northern goshawk (Accipiter gentilis): aggressive mimicry hypothesis
の Fig. 2 によれば下面の白色部分の反射スペクトルの違いが一番大きく、オオタカの成鳥で紫外線から青にかけて反射率が高い。タカ類の紫外線受容体のピーク波長が 430 nm ぐらい、ただしタカ類の目は紫外線透過率が悪くて 400 nm より短い光はあまり感知されていないはず。
このことを考慮に入れても成鳥・幼鳥の紫外線の反射率にはかなり差があって下面の白色部分は成鳥の方が 1.5 倍ぐらいよく反射する。下面の暗色模様の反射スペクトルには成鳥・幼鳥にあまり違いがなく、我々も下面の白色 (背景) 部分の青の反射率の低さを褐色味として認知している模様。紫外線の見える鳥にとっては一層明らかな色の違いになっているだろう。
この論文ではヨーロッパノスリの色彩がオオタカの成鳥と幼鳥の中間になっている。
オオタカ幼鳥がメス成鳥の色彩を真似て同種内の攻撃を防いでいる仮説も、オオタカでは他の広義 Accipiter とは違って成鳥の色彩の性的二形が小さいため否定的。オオタカ幼鳥の色彩には何らかの適応的が意味があるだろうが、オオタカが捕食されるケースはまれ (大型フクロウ類による夜間捕食) なので幼鳥の色彩が保護色として働いている可能性は低いのではないか。
ハイタカでも同じことが当てはまるかは実際に調べる必要があるだろう。
オオタカの色彩が食物量に影響される可能性を示す論文: Galvan et al. (2019) Pheomelanin synthesis varies with protein food abundance in developing goshawks
システインが細胞のライソゾームに蓄積すると有害なため CTNS 遺伝子が働いて排出する機構がある。
食物量が豊富だとこの遺伝子が働いて羽毛のメラニン合成を抑制すると想像されるが成鳥では相関が認められなかった。ひなの色彩には関係がある可能性を示す結果が得られたとのこと。
[オオタカの生息確認は難しい?]
#ハチクマ備考 [ロシアのハチクマとヨーロッパハチクマの研究のための情報] で紹介の Karyakin (2004) "猛禽類の調査方法" (参考文献参照) pp. 210-211 によればオオタカの繁殖証拠を見つけるのが難しいことが述べられている。
ほとんどのタカ類同様に隠蔽的で生息を明らかにすることが難しい。大部分の森林地帯では(ヨーロッパ)ノスリの密度より低くないが、一見(ヨーロッパ)ノスリより何十倍も少なく見える。多少は適した時期はつがい形成の時期の4月。
(ヨーロッパ)ハチクマでは音声プレイバック法で生息確認を行いやすいが、オオタカはつがい形成時の音声、警戒音、ワシミミズクの音声いずれもあまり有効でなく、より近距離でないと反応しないので成功率が低い。(ヨーロッパ)ノスリのように車で後を追いかける方法も難しいとのこと。
越冬時期に見つけるのはさらに難しく、生息密度の現実的な数字を知ることはさらに難しい。都市域の緑地で獲物の生息する森林地域に近いところの方がむしろ見つけやすい。そのような地域では巣からあまり遠くない地域に 1-3 羽のオオタカが越冬するのが普通である。特に漂行するカラス類はオオタカを惹きつける。越冬時期のオオタカの行動圏を調べるのは春がよく、獲物の痕跡が雪が解けて現れるのを探すとよいとのこと。
p. 215 ではハイタカは繁殖期の巣からの声で結構見つけられるとのこと。ハイタカは孵化後よく鳴くのでより容易になるとのこと。
オオタカは頂点捕食者のはずなのに意外にもかなり隠蔽的な種類らしい。
状況はおそらく日本でも同様だったのではないだろうか。ある程度まとまった面積であれば結構どこにでも住んでいるが簡単な調査では繁殖を確認することができず、自然保護団体が丁寧に調べれば営巣が確認されたなどの背景事情が想像できる。おそらくその場所だけが特別で重要だったのではなく、同程度の面積で似た環境であれば同じような重要性となっていたのだろう。
Karyakin (2004) のこの文献では vyyavlenie の単語が使われており、辞書訳では (見えなかったものを) 現わす・示すこと; 暴露する となるが "猛禽類の暴露方法" では意味不明なので訳すならば少し工夫が必要となる。ここでは "生息を明らかにする" と訳してみた。単語を見れば意味がわかるが日本語になりにくい例。
vy- は行動の達成や内部からの運動を示す接頭語、yavno が "明らかに"、対応する動詞が yavlyat'sya などなのでスラブ言語の語構成的には意味が取りやすい。英語だと ex- を類似の意味の接頭語として expose / exposure が近いだろうか。
[英国のオオタカ]
英国ではオオタカが一時野生絶滅だったことを知った。「動物の世界」2版 5 (日本メール・オーダー 1986) pp. 698-700 (浦本) の解説によれば狩猟家から狩猟鳥を捕まえると敵視され、19 世紀末にはほとんどいなくなった。Sussex で 1938-1951 年に 2-3 つがいが繁殖していたがこれも狩猟家に撃たれて絶滅したとのこと。原本の "Purnell's Encyclopedia of Animal Life" の発行されたのは 1968 年で英国では野生絶滅状態だった時代だった。
しかし鷹狩り用のオオタカが逃げたり放されたりして個体数が回復してきたらしい。Goshawk (wildlifetrusts.org から)。
英国の現在のオオタカにはこのような背景があって、バーダーから必ずしも完全に歓迎されていないらしい事情が理解できた。飼育個体が逃げて個体群を形成したならば人為導入ではないかと悩ましいわけだ。とはいえ (おそらく) 渡ってきた個体由来の個体と原理的に区別困難なため野鳥扱いとなっている。
上記の 1938-1951 年のことも書かれていないものも多く、飼育個体由来とみなして無視される場合もあるのかも知れない。
英国ではアカトビやオジロワシなど再導入による復活がメディアなどで宣伝されている割にはオオタカには冷淡である。個人趣味や任意団体由来だと「お墨付きの」再導入とはみなしにくいのだろう。
Goshawk reintroduction to the UK のページによれば 1971 年にフィンランドやスウェーデン由来のオオタカが British Falconers Club をパートナーとして行われたとのこと。
Goshawk (Scottish Raptor Study Group) にも歴史の解説があり、保護団体によるものではなく鷹匠やタカの飼育者が再導入したとのこと。関連部分を紹介しておくと:
They were reintroduced from the 1960s onwards, not by any conservation organisation, but by falconers and hawk-keepers who brought birds into the country initially from Poland and Germany, then subsequently in the 1970s from Finland (Petty 1996). Some of these imported birds escaped from captivity and others were deliberately released, to establish wild populations for harvest.
この記事では reintroduced の表現も使っているが、他の記事では deliberately released とのみ記されているものもあり、再導入 (reintroduction) とは呼びたくないことを暗に示唆しているように思える。鷹匠グループが新たな個体を野生から獲得するために野生個体群を復活した、ということらしい。野生個体に育ててもらったひなが欲しいわけで意図はよく理解できる。
確かに狩猟のために狩猟鳥を放鳥するのと何が違うかと言えば区別が難しい。では「お墨付きを得た」再導入と何が違うかと言えば人側の目的が違うだけでこれまた本質的な違いはないように思える。
オオタカの基亜種は Linnaeus (1758) 記載のもので基産地スウェーデン (原記載では Dalecarlian Alps。既述のように Hartert によりスウェーデンと認定。Linnaeus はおそらくハヤブサの産地を意図していたと考えられる) と定義されており、多くの種で行われたように英国は大陸と別亜種扱いであったならば亜種を絶滅させたことになっていたはず。
Hartert (1910-1922) p. 1146 でも英国で記載されたオオタカがシノニムとされた形跡が今ひとつ見当たらない。英国はオオタカの場合は自国の亜種は別と主張しなかったのだろうか。
当時は害鳥扱いなので、英国独自の害鳥はおりませんとの主張か、あるいは自国亜種を絶滅させたとすれば格好悪いので積極的に主張されなかったか、さらにあるいは鷹狩りで大陸から輸入物がすでに使われていて亜種を認めがたかったのかも。
さらに Hartert の時代には英国では事実上絶滅しており当時の分類学で過去の状況まで議論するにも値しなかったのだろうか。
Dement'ev and Gladkov (1951) も見ておくとこれまですごいことになっていて、アイルランドが現在の別種アメリカオオタカに相当する亜種が越冬する分布で、英国諸島にはオオタカの大陸の亜種は分布しない扱いとなっていた。
どうも亜種概念を認める近代的な分類学で議論される以前に事実上絶滅していてうやむやになっていたように思われる。他種ではある程度英国と大陸との違いを認めていても、英国のオオタカが別亜種とは特に大陸の者にとっては考えにくく、英国から積極的に主張が出て過去の標本を調べて別タクソンだと言わない限り誰も取り上げないのだろう。
[猛禽類の声変わり]
オオタカ、ワキスジハヤブサなどでひなから成長するにつれて音声がどのように変わるかを調べた論文があった。Marchenko et al. (2018)
Ontogeny of vocalization in diurnal birds of prey (Falco cherrug, Accipiter gentilis)
(ロシア語。英文要約は最後に)。
カモ目やキジ目のあるものは発育中に音声が連続的に変わるものが知られているが、ツル目、ブッポウソウ目、ハト目では不連続に変わるものが知られているとのこと (引用文献参照)。"不快" を表す方の声は変わらなかったが、餌ねだりの声は連続的に変わったとのこと。孵化後 30 日程度まで調べられている。
ちなみにロシア語でも begging call に相当する名称になっている。"不快" を表す方の声は "tvit" と表記されていてオオタカでは1-4回の音声からなるとのこと。
[猛禽類のホルネル (Horner) 症候群・鳥の目の閉じ方]
LaChance et al. (2019) Horner Syndrome in Birds of Prey
という論文があった。目に関わる運動を支配する交感神経の麻痺によるもので、中脳からのニューロンが脊髄を通って胸椎近くの神経核を通ってから頭部に向かうとのこと。経路が長いので途中で骨折などの影響を受けるとこの症状が出やすい。
最もよく見られる症状が上瞼の眼瞼下垂で哺乳類と同じである (通常は目を閉じる時は下瞼が上がるように見えるのだが違うようである)。縮瞳も見られることがあるが哺乳類とは瞳孔散大筋の構成が少し違うので (フクロウ類の Bubo virginianus では哺乳類とあまり違わないとの報告もあり、種差もあるかも知れない) それほど信頼できる症状ではない。
受診した猛禽類の 0.4% ぐらいに見られており、従来言われていたほどまれではない (ハヤブサ目では少ない)。
論文本文を読める方ならば眼瞼下垂を起こしているオオタカの写真などを見ることができる。原因の多くは外傷とのことでこの症状の出る個体の予後は良くないものが多かったとのこと。
このような疾患にかかわらず、鳥 (主に猛禽類) の瞳孔反応を詳しく見ていると興味深いので皆さんにも観察をおすすめする。瞬膜が通るだけでも瞬間的に瞳孔が少し散大することがある。
ハチクマだがこんな映像がある An oriental honey-buzzard (Pernis ptilorhynchus ptilorhynchus) in Jakarta, Indonesia (学名と場所との対応は判然としないが #ハチクマ備考の亜種についても参照)。
眼を閉じた瞬間に逆に瞳孔が小さくなるように見え、これは明るさに対する反射ではなく別の自律神経の作用が現れているのだろうか。
鳥の目の閉じ方には3種類あるとの論文があった: Morris and Parsons (2023) The Various Ways in Which Birds Blink
上瞼を閉じる鳥もあるようで、上下両方を閉じることもある。瞬膜のことはもちろん述べられており、瞬膜と瞼の動きにも関係があるらしい。瞼を閉じる運動は phasic (急速運動。瞬膜 + 一部の種で上瞼) と tonic (ゆっくりした運動。瞬膜 + 下瞼) に分類され、後者は眠い時や羽繕い時に目を保護する。
上瞼を閉じる動作は爬虫類では見られず Neoaves で進化したものとのこと。特に4目で知られており、ハト目、フクロウ目、オウム目、ヨタカ目とのこと。オウム目と共通の枝のハヤブサ類は上瞼を閉じないとのこと。なぜ進化したのかなど考察しているが想像の域を出ないよう。上瞼の動きは進化途上なのか、それとも退化中なのか? なおワニは眼球を引くとのこと。
長時間目を閉じている時は角膜上皮が空気に晒されなくなるが、瞬膜の血管が酸素を供給しているのか。
この論文ではタカ類は上瞼を動かさない方に分類されているが、(盛岡市動物公園 ZOOMO 2024.7.2-1),
(盛岡市動物公園 ZOOMO 2024.7.2-2) のくつろぎ中のハチクマの画像では上瞼も動かしているように見える。
ちなみに目をしっかり開くと両眼視の顔になって正面顔の印象はまったく違ってみえるので1枚の写真からの判断は危険。正面顔も見せている参考ビデオ: ハチクマの "はっちゃん" ... (盛岡市動物公園 ZOOMO 2024.9)。正面顔でも見る方向次第で瞳孔の見え方が結構変わる。声は甘え声。
猛禽類のホルネル症候群があることからタカ類でも上瞼も普段は筋力で開いているのだろう。
ハチクマの"はっちゃん" です。... (盛岡市動物公園 ZOOMO 2024.10)。顔の拡大映像。声は甘え声。
ハチクマの "はっちゃん" です。... (盛岡市動物公園 ZOOMO 2024.10)。顔の拡大画像と解説。においも他の猛禽類と異なる示唆あり。
同上 (盛岡市動物公園 ZOOMO 2025.2)。
羽毛の膨らませ方次第で顔の印象が大きく変わる。Birder 2025 年 1 月号の表紙のカンムリワシとも比較いただきたい。
[クーパーハイタカの繁殖開始年齢]
(この部分はマーリン通信の記事 オオタカ 雌幼鳥と雄幼鳥の繁殖例 に刺激を受けて調べたもの)
クーパーハイタカは、既述のように "ハイタカ" の名前は入っているが日本の猛禽類ではオオタカにより近い。
Millsap et al. (2019) Demographic consequences of sexual differences in age at first breeding in Cooper's Hawks (Accipiter cooperii)
の繁殖開始年齢の興味深い論文がある。生活史理論では繁殖可能年齢に達すればすぐに繁殖を開始することが期待されるが、タカ類では繁殖開始を遅らせる方が一般的。逆性的サイズ二形の目立つ猛禽類では雌雄に差があることが期待される。
オスが獲物の大部分を捕獲する種ではメスに比べて繁殖成功のためにオスの方がより経験を必要とすると考えれば、(1) メスの方が早い年齢で繁殖を開始する、(2) 低い年齢で繁殖を開始したオスの適応度 (自身の生存率を含めて生涯に残す子供の数に対応。詳しくは論文参照) は低いことが予想される。アメリカのニューメキシコ州でクーパーハイタカを調べたところ、1年めで繁殖したメスはオスより 79% 多く、予想 (1) を裏付けた。
1年めで繁殖したメスの適応度は1年めで繁殖したオスより 21% 高いと推定された。
1年めで繁殖したオスは獲物の密度が特に高いテリトリーに定着したが、1年めの繁殖にはコストがかかり、1年めに繁殖しなかったオスに比べて2年めの生存率が 37% 低かった。生涯の適応度はあまり差がなかった。生活史戦略としてどちらかが選択的に進化するよりも、状況に応じてそれぞれの戦略が有利になることがあると考えられる。
1年めで繁殖したメスは、比較的高い年齢のオスとつがいとなった場合、若年のオスとつがいとなった場合に比べて2年め生存率は 33% 高く適応度も 16% 高いと見積もられた。
この個体群では1年あたりの増加率が 1.08 となり、オスの生命表モデルから期待される値 (1.02) に一致した。メスの生命表モデルから期待される値は 1.21。雌雄で繁殖開始年齢が違う場合は遅く繁殖を開始する性の動態を反映する予想通りの結果となった
(つまりオスの生存が十分有利な条件になれば、メスの生命表モデルから期待される値に近づいて個体数が増加すると考えられる)。
これまでの研究ではメスの生命表モデルを用いて繁殖戦略を議論しているものが多いが、性差を考慮する必要がある。なお lifetime reproductive success (LRS。上記の fitness に相当) で評価すると繁殖開始年齢が遅い戦略の影響があまり現れないが、増加率で評価すると違う結果になることがあるとのこと
[cf. Krurger (2005) Age at first breeding and fitness in goshawk Accipiter gentilis ドイツのオオタカの研究例の導入部分参照]。
質のよいテリトリーが得られる場合に1年めで繁殖する割合が増える効果はハイタカ (Newton 1976 の有名なモノグラフだが持っていない) で知られており、同様の状況が考えられる。オスが1年めで繁殖する行動に対する強い選択圧は繁殖後の生存率と考えられるが、メスが経験の深いオスを選択するため若いオスがメスを得られない効果も否定できない。
この論文の導入部分には、猛禽類で若鳥が繁殖に参加する事例は成鳥の個体の回転率が高い場合や、個体数の増加期によく見られるとの先行事例の報告が述べられており、考察の参考になる部分もあるかも。
参考: ヨーロッパのアオガラで年上のオスを除く実験で若鳥オスのつがい外交尾の成功率が高まった研究 Schlicht et al. (2024) Removal of older males increases extra-pair siring success of yearling males。
クーパーハイタカが都市に定着を始めた時期の研究もある: Stout and Rosenfield (2010)
Colonization, Growth, and Density of a Pioneer Cooper's Hawk Population in a Large Metropolitan Environment。
Millsap (2017) Demography and metapopulation dynamics of an urban Cooper's Hawk subpopulation
同じ研究者による先行研究だが、こちらではオスが1年遅く繁殖を開始するためオスが不足してメスが離れて都市外に移住する割合が 31% とのこと。都市では冬場の獲物が豊富なのでメスが越冬可能だが都市外の個体は大部分渡りをする。都市外に移住するメスは渡り個体が帰ってくる前にテリトリーを作るため渡り個体と直接の競争にはならない。
都市への進出はハジロバト Zenaida asiatica White-winged Dove に定着に伴って 1980 年代に始まったと考えられる (それ以前は DDT の影響もあった)。1980 年代には個体数が9年で倍増だったとのこと。
都市で繁殖した個体は渡る必要が少ないため移住しても有利のようで、環境変化の激しい時期に都市の個体群が多様性の reservoir (source) となっていることを裏付ける。渡りをする都市外の個体群を次第に駆逐しつつある状況のよう。なお都市に進出して渡りを行わなくなる傾向はアシボソハイタカでも同様とのこと。
Millsap et al. (2023) A two-sex integrated population model reveals intersexual differences in life history strategies in Cooper's hawks
がさらにモデル計算を行っている。Millsap et al. (2019) では都市から都市外への移住の効果は詳しくは取り入られていなかったが、この研究で生存率と移住効果の両方を取り入れてもう少し詳しく検討。
Millsap et al. (2024)
Causes of Death of Female Cooper's Hawks from an Urban Setting in New Mexico, USA が死因の研究。人工物との衝突がかなりある。捕食はイヌやワシミミズクなどによるものが知られ、人に撃たれたり、捉えられて殺されたものも捕食と同じぐらいあった。ヨーロッパでは違法な迫害は減っているようだがアメリカでは法律や教育が整備されているのに減っていないとのこと。
その年生まれの鳥の早い季節の死因は衝突が多いが、春はメスの間 (オスもおそらく同様) の闘争によるものが多く、結果的に衝突死につながっている。
Millsap et al. (2019) の記述しているような北米のクーパーハイタカの状況は都市近郊にオオタカが進出する過程の日本の状況に似ているかも知れない。ラトビアの幼鳥のつがいも環境改善が進んで個体数増加のフェーズに相当しているのかも ([ヨーロッパの局地的なオオタカの減少・オオタカによる他猛禽類の捕食] のミサゴやアシナガワシの捕食事例にも関係があるかも)。
成鳥の個体の回転率も (特に成鳥への) 狩猟圧などが高い時期には高かったかも知れない。
Margalida et al. (2008)
Breeding of Non-Adults and Effects of Age on Productivity in the Spanish Imperial Eagle Aquila adalberti および
Ferrer et al. (2004) Density-dependent age of first reproduction as a buffer affecting persistence of small populations はスペインカタシロワシの事例。
北米のアメリカオオタカの研究もあり、Reynolds et al. (2017) Long-term demography of the Northern Goshawk in a variable environment
では最初の繁殖は2歳で平均の繁殖開始年齢はオス・メスで違わなかった。この研究では気象変動など食物量が大きく変化している (irruption の渡りが見られるように年変動の大きい食物を利用している) のでその影響を主に扱っている。現状ではテリトリーが埋まっている状況とのことで、個体群増加率は 1 を少し下回っているがこの 20 年の個体数は安定していたと考えている。
北米のクーパーハイタカの動態とは違うようで、またヨーロッパのオオタカの動態とも多少異なっている。
Lin et al. (2015) Breeding performance of Crested Goshawk Accipiter trivirgatus in urban and rural environments of Taiwan
台湾で最近都市に進出したカンムリオオタカ (新しい分類では Lophospiza 属) の事例。
都市では郊外に比べて 34 日も繁殖時期が早かった。このため繁殖に有害な雨季を避ける効果もあることにもつながっている。
ここでも幼鳥を含むつがいが認められ都市の方が多かった、メスが幼鳥の事例が逆よりも多かった。例数は少ないが郊外ではオスが幼鳥の事例はみられなかった。
都市での食物は豊富でスズメとベニバトが主な食物とのこと。都市の方が幼鳥を含むつがいが多い理由として成鳥の死亡率が高い、食物と営巣場所が豊富で幼鳥が繁殖に参加する機会が増えるの2要因を検討し、食物が豊富なことから前者は考えにくいとしている。
クーパーハイタカで8卵のクラッチ例が報告されている: Stout (2009)
First Documented Eight-egg Clutch for Cooper's Hawks
孵化は失敗したが途中で大雨もあり、卵を覆いきれなかった仮説を考えている。7卵の事例は次の項目で。
Taylor et al. (2025) Social context and the evolution of delayed reproduction in birds (preprint) で鳥類全体の繁殖開始年齢と社会様式の関係が調べられている。共同繁殖、コロニー性、レック形成を示す種の繁殖開始年齢が遅いことはさまざまな系統で認められた。
タカ類でも後の系統のものは全般的に一夫一妻で繁殖開始が早い点はクーパーハイタカやオオタカなどにも当てはまるのかもしれない。タカ類でもクロコンドルでは複雑なねぐら社会構造を持ち8歳まで繁殖しないとのこと。
オオタカなどの繁殖開始年齢が体格から想像される以上に早いのは社会構造に由来するのかも知れない。
[クーパーハイタカの種内托卵]
一夫一妻の猛禽類で種内托卵が起きるとはあまり想像されていなかったが、少なくともいくつかの地域のクーパーハイタカで高率で起きていることが判明:
Rosenfield et al. (2024) Combined high rates of alternative breeding strategies unexpectedly found among populations of a solitary nesting raptor。
#チョウゲンボウ備考の [アメリカチョウゲンボウの交尾] で Rosenfield et al. (2015)
High frequency of extra-pair paternity in an urban population of Cooper's Hawks 13.9% のひながつがい外交尾で生まれ、34% の巣につがい外交尾のひながいたという研究を紹介した (背景には都市への進出途中の特殊事情がある。営巣密度が高く食物が豊富。該当部分もお読みいただきたい) が、研究を続けた結果高率 (15-26%) に種内托卵のある巣が存在したとのこと。
つがい外交尾と種内托卵を合わせると 42-46% の巣で起きていたとのこと。これらの事象にかかわったはずのあぶれ個体はほとんど見つけられなかった。
つがい外交尾によるひなの割合はコロニー性の Falco 属で測定されている値より高かった。
巣の繁殖ペアのメスが交尾の際に食物を受け取ることと引き換えにこの戦略をとっている証拠は見つからなかった。かつて Ellis and Depner (1979) A Seven-Egg Clutch for the Cooper's Hawk
が異常に大きなクラッチサイズの原因として複数のメスが産んだ可能性も考えたがあり得ないことではなくなった。近年複数のメスがなわばり内にいる事例や若鳥による巣の乗っ取り事例 [Maione (2024)
Post-Incubation Intrusion and Possible Nest Usurpation by a Second-Year Female Cooper's Hawk (Accipiter cooperii)]
なども報告されており、複雑な繁殖システムを持っている示唆があった。
つがい外の個体を捕獲したり同定することが極めて難しいために生態的要因の判定が難しい (またこのような結果を予測して研究をデザインしていなかったので観察も不足していた)。
クーパーハイタカはおそらく特殊と思われるが、猛禽類ではこれまでこのような代替戦略はほとんど調べられておらず今後の進展 (つまり生態や行動の進化の解釈) が期待できる。
この著者によれば猛禽類での種内托卵は過去2つ報告があり、ヒメチョウゲンボウ: Costanzo et al. (2020) Extra food provisioning reduces extra-pair paternity in the lesser kestrel Falco naumanni (こちらも意外に高率)、
ニシアカアシチョウゲンボウ: Magonyi et al. (2021) Extra-pair paternity, intraspecific brood parasitism, quasi-parasitism and polygamy in the Red-footed Falcon (Falco vespertinus) (こちらは家族単位では 2.7% に見られた)
がいずれもコロニー性の種である。
これらの種で研究が進んでいる背景にはヒメチョウゲンボウが都市鳥になっていること、ニシアカアシチョウゲンボウはハンガリーでミヤマガラス駆除の副産物で絶滅の危機に陥った (#アカアシチョウゲンボウの備考参照) ことがある。個体群動態がよく調べられている。
Brouwer and Griffith (2019) Extra-pair paternity in birds の総説の情報 (この論文にはクーパーハイタカのつがい外交尾率の高さも含まれている) によれば、
Rodriguez-Martinez et al. (2014) High Urban Breeding Densities Do Not Disrupt Genetic Monogamy in a Bird Species
のアナホリフクロウ Athene cunicularia Burrowing Owl の研究が引用されており、都市部で高密度で営巣しているが婚姻形態は変わらなかった。つがい外交尾によるほな (1.47%) は比較的少なかったが、種内托卵がより高率 (8.82%) に認められたとのこと。
この論文によれば種内托卵はこの時点で 234 種で知られていたがほとんどは早成性の鳥で、この時点ではフクロウ類では知られていなかったとのこと。コロニー営巣性のヨーロッパハチクイ (9-12%) に匹敵する値とのこと。
この論文で紹介されている過去研究によれば戦略としての種内托卵はあまりよく理解されておらず、繁殖地への固執がメスに偏っている場合や、宿主と托卵個体が近縁関係にある場合などの議論があるとのこと。
これからは猛禽類の研究者も托卵やその進化について学ぶ必要があるのだろう。猛禽類では種内托卵が例外的なのであればなぜ例外的なのか、どのような種が種内托卵が可能なのか、他種への絶対托卵性の猛禽類は進化しなかったのかなど。
保全のために他種を仮親に用いた増殖例もあり絶対托卵性も原理的には不可能ではなさそう。托卵性の早成性の鳥やカッコウ類に比べて親から学ぶことが多いためとも理解できそうだが、音声学習をするスズメ目でも托卵系統が複数あるので絶対的な条件にはならない気がする。
托卵に訪れて攻撃されると親の身に危険が及ぶ恐れがあるため進化しにくい性質かも知れないが、クーパーハイタカはなぜ許しているのかなど論点はいくらもありそう。自身の危険を犯してでも托卵する利益があるとすれば何だろうか。排除行動を行うと宿主側にも危険が及ぶので抵抗せず受け入れる方が得策? (ほんとうか?)。
別種を育てたワシ・タカの例があり、通常は食物のつもりで持ち込んだ他の巣のひなを育ててしまったものとされるが托卵例も実際にあるのかも知れない。
#ハイタカ備考の [ハイタカの巣内ひなに食物を与える実験・巣の乗り換え] も関連する。この項目では托卵そのものではないが巣立ち後に別の親の世話になる行動 (post-fledging brood-parasitism) が扱われているが、
自分の子以外を排除する行動は自分の子を殺してしまう可能性があるために進化しなかった (カッコウ類などに托卵される鳥が一般的にひなの識別能力を進化させない理由の一つに取り上げられるのと同様) などの考察もある。
[クーパーハイタカとリョコウバト]
絶滅する前のリョコウバトは広義 Accipiter 属の格好の獲物であったとのこと。"pigeon hawk" の通称は特にこの習性に由来する。特にクーパーハイタカは狩りの成功率の高さから "great pigeon hawk" と呼ばれていた。渡るリョコウバトを追いかけて移動していたと言われている。
ハトの群れが大きいために希釈効果が働いて個々の個体は大部分が繁殖に成功した。"predator satiation" (捕食者の飽食) がリョコウバトが非常に社会的で大群を作って繁殖する理由の一つと考えられる (wikipedia 英語版の Passenger_pigeon の項目から)。
リョコウバトなど絶滅したハト類の話題は#オガサワラカラスバトにまとめた。
それだけ豊富だった食物資源が絶滅すると捕食者の方にも影響したのではと想像できるが、その代わりとなったのが世界中で栄えているドバトということだろうか。
[ヨーロッパの局地的なオオタカの減少・オオタカによる他猛禽類の捕食]
(#ハチクマ備考の [ヨーロッパハチクマと他のタカの種間関係] から再掲を含む):
英国北部ではチョウゲンボウ (コミミズクも可能性がある) 繁殖可能になる前にオオタカに捕食され、主な減少要因になっていると考えられる: Petty et al. (2003)
The decline of Common Kestrels Falco tinnunculus in a forested area of northern England: the role of predation by Northern Goshawks Accipiter gentilis。
Rutz and Bijlsma (2006) Food-limitation in a generalist predator
はオランダのオオタカの食物不足の研究。ジェネラリストの猛禽類が食物で制約を受けるのは珍しい。1975-2000 年ごろにオオタカの主な食物 (レース鳩、モリバト、ウサギ) が同時に大きく減少した。
オオタカが他の食物を求めたことがチョウゲンボウ、コチョウゲンボウ、ハイタカの個体数減少にも関わっている可能性があり、すでに減りつつあったモリバトにもさらなる打撃を加えた。オオタカ自身も繁殖成功率低下で減少してきている。
Hoy et al. (2017) Density-dependent increase in superpredation linked to food limitation in a recovering population of northern goshawks Accipiter gentilis
によれば UK のオオタカの食物不足の要因は2種類の主要食物の減少によるとのこと。モリバトなどハト類 [Bijlsma (1998) にあるように作物の変遷に伴っており、モリバトの減少はヨーロッパハチクマの代替食物不足につながっている] とキジ類。現在ではオオタカは食物量で制限されており、食物不足により他の猛禽類も捕食するようになった模様。
生態系の遷移過程と考える他に、英国ではオオタカが一時絶滅しチョウゲンボウが増加したが、オオタカの個体数が回復し、チョウゲンボウが好みの獲物となった過程で起きている現象との見方も考えられる。また単に捕食されて数が減る以外に繁殖をあきらめる効果もある。どちらも保全の対象となっている種である。
Hoy の学位論文 (2015)。
これらの研究によればオオタカが "出会い頭" (確率) 的にチョウゲンボウを捕食するわけではなく、チョウゲンボウが減少したにもかかわらず捕食割合が増えている。コミミズクも数が増えていないのにオオタカによる捕食割合が増えている。
夜の短い高緯度でコミミズクが昼間にも狩りをする必要があってその時間帯に捕食されるのだろう。
コミミズクのひなの声が大きいために目立っている可能性もある。捕食者が競争者を減らす、あるいは潜在的な捕食者を減らすために捕食する仮説があるが、これらは裏付けられなかった。消去法的に食物不足仮説となっているようで実際にはあまり確かでないかも知れない。
オオタカが継続的にチョウゲンボウを捕食するようになり、英国のチョウゲンボウは大陸からの "sink" 個体群となっている。これはコミミズクについても同様。
アメリカチョウゲンボウの渡りカウントが経年減少しており、一時期増えたものが以前の水準に戻っている状態とは考えにくい。Farmer and Smith (2009)
Migration Monitoring Indicates Widespread Declines of American Kestrels (Falco sparverius) in North America
草原が植林されたり開発された時期とも重なるが、クーパーハイタカ (オオタカ近縁の北米の少し小型の Astur 属で都市環境にも適応している) が数を増してきており捕食の影響も考えている。条件の異なる広範な地域で似た時期に減少してきており何か共通要因があるはず。
McClure et al. (2017) Commentary: Research Recommendations for Understanding the Decline of American Kestrels (Falco sparverius) Across Much of North America
によれば、Mallwood et al. (2009) はクーパーハイタカによる影響仮説を除外したが、クーパーハイタカ仮説がもっともらしいと考える専門家も市民科学者も多い。殺虫剤などの影響では減少時期が説明できない。樹洞営巣性で適した樹洞が減少している可能性もあり、越冬地の環境悪化も考えられ要因分析のための研究指針を示している。
クーパーハイタカはこのように増えているようだが、オオタカと同種とされたこともあった北米のアメリカオオタカは少し事情が違うようで、When Goshawks Ruled the Autumn Skies
ホークマウンテンでかつては大規模な渡りが見られた (ここでは約 10 年ごとに起きる irruption) が、近年はそのような現象が見られない。温暖化の影響か、あるいはカナダ北方林の状態が悪くなっているのかもとも心配されている。
フィッシャー Pekania pennanti fisher (イタチ科) によるアメリカオオタカの巣の捕食、北米に悪質な外来ウイルスとして入った入った西ナイル熱ウイルス (West Nile Virus。病原性が高く変異した株だった) の影響も考えられるが、フィッシャーは在来種で適応できているはず。しかし西ナイル熱ウイルスどの複合要因があればアメリカオオタカの繁殖に制限を与える可能性も考えられる。
カナダの森林管理をアメリカオオタカに適したものに変えてもっと多様性の高い天然林に戻すなども提案されている。ヨーロッパ、あるいは日本のオオタカとは状況が異なる模様で、他の猛禽類への影響を考える場合は北米ではアメリカオオタカよりクーパーハイタカの事例の方がより参考になりそう。
Goshawks and impact on the ecosystem (BirdForum 2022-2023)
風力発電のための調査の結果、英国では本来いるべきハイタカが減少しており、オオタカ分布の周辺域にしか見られなくなってきているとの話がある。ヨーロッパハチクマ以外にもハイタカの減少もオオタカの食物不足の影響の可能性がありそう。
イベリア半島の研究でオオタカとハイタカがどのように共存しているか: Rebollo et al. (2017) Spatial relationships and mechanisms of coexistence between dominant and subordinate top predators
いくつかの要因を挙げていて (1) オオタカの種内競争が激しい。空間的には安定している。いずれもハイタカが生息場所を得るのに有利に働く (2) ハイタカの方が繁殖時期が約3か月遅く、繁殖場所も距離を置いている (3) オオタカが活発に活動していないなわばりを利用している (4) ハイタカの方が巣を隠している (5) 食物の違い。
しかしオオタカの生息密度が上がり、より質の低いテリトリーも利用するようになるとハイタカにとって厳しい条件になるかも。
Krueger (2002) Analysis of nest occupancy and nest reproduction in two sympatric raptors: common buzzard Buteo buteo and goshawk Accipiter gentilis
ドイツでのオオタカとヨーロッパノスリの関係。ヨーロッパノスリの営巣選択がオオタカの影響を受けている可能性がある。情報が少し古いので参考程度か。
Goshawk diet によれば 2006 年段階で英国でオオタカの捕食によってよりまれなヨーロッパハチクマが絶滅してしまうのではとの懸念も出されていた。
一方でもしある地域でヨーロッパハチクマがオオタカに対応できず絶滅したとしても単に不幸だっただけだ、という見解も出ていた。英国では珍しい種類でも大陸ではヨーロッパハチクマは普通なので英国でも時間とともに増えてくるのでは。現状の動向は珍しい種類ではあるが大丈夫のようで、そこまで心配することはなかった模様。しかし選択的に狙われているかも知れないチョウゲンボウは心配かも。
日本では野中 (2014) Birder 28(9): 18-19 で栃木県東部でサシバの雛を襲うオオタカの記事がある。この時点で近年傾向が目立っており、オオタカの主な食物である中型の鳥類の減少が背景にある可能性も示唆されている。
「日本のタカ学: 生態と保全」(東京大学出版会 2013) p. 243 (13 章 東 淳樹) に埼玉県の里山では、かつてのサシバの繁殖地が、オオタカのそれらと置き換わってきているらしい (内田 博氏私信) との記述がある。
大阪のサシバの現状 (大西 2020; 初出は「都市と自然」2016年3月号) にもオオタカやノスリがサシバの生息環境に進出することで、営巣地の乗っ取りやオオタカによりサシバが捕食される。府下では 2000 年頃からオオタカの低地への進出が目に付き始めたとある。
温暖化でサシバの分布が北上している傾向もあるかも知れないが、オオタカ向きの環境か増加しつつあり、世界の他種猛禽の報告例と比較しても全国的なオオタカの増加が日本のサシバの個体数に影響を与えている可能性もありそうに感じる。
これはオオタカの餌不足とは関係ないかも知れないが、シロハヤブサのひなを捕食した事例: Moen et al. (2023) Wildlife Camera Monitoring Revealed the Northern Goshawk as a Predator on Gyrfalcon Nestlings。
温暖化でオオタカの生息可能な地域が極北にも広がっている可能性がある。
シロハヤブサの若鳥の生存率も低く、環境変化とともにオオタカによる捕食が新たな不定要因になる可能性がある。
ラトビアのミサゴのひなが捕食された事例: Latvian Osprey nest - A goshawk attacks the nest and kills the chick - 18.06.20。
同様アシナガワシの事例: Goshawk kidnaps little eagle chick Latvia 2020-07-05。
ポーランドではミサゴが急減し、オオタカによる捕食率が大きな要因となっているという。#ミサゴの備考 [ポーランドで減少するミサゴ] 参照。かつては豊富だった人間活動由来のオオタカの食物が不足するようになったことが背景にあるのかも。
こちらは "sink" 個体群となっておりよい状況ではない。
タカ類ではないが、関東でコサギの減少とオオタカの増加の関連を議論した研究: 内田 (2017) 埼玉県東松山市周辺でのコサギ Egretta garzetta の減少。サシバの繁殖地がオオタカに置き換わりつつあることを報告されたのと同じ研究者による。
ドイツの研究では Mueller et al. (2016) Intraguild predation leads to cascading effects on habitat choice, behaviour and reproductive performance
がワシミミズク (近年再定着した)、オオタカ、ヨーロッパノスリの数を調べている。ワシミミズクが加わったがこの3種とも個体数は増えている。ただしオオタカ、ヨーロッパノスリともに繁殖失敗率は高まっている。
この研究はワシミミズクが新たに加わることでどのような影響があったかを調べるもので、他の猛禽類は調べられておらずこれらによる捕食の影響がどのように現れているかはわからない。
歴史的にはフィンランドでワシミミズクによるオオタカの巣の捕食事例が増えたなどがあった: Tella and Manosa (1993) Eagle owl predation on Egyptian vulture and northern goshawk: Possible Effect of a Decrease in European Rabbit Availability
この当時は野ウサギの減少が問題となっていた。フィンランドでは 1980 年代までオオタカは法的に保護されていなかったとのこと。
1980 年以来アメリカチョウゲンボウの個体数が 40% 減少し、コチョウゲンボウを含めた他の猛禽類は DDT の禁止後数が回復しているのにアメリカチョウゲンボウは減少している。クーパーハイタカの増加が要因の一つと言われている。
参考 Sharma and Kwon (2024) Modeling American Kestrel Decline Using Spatiotemporal Subsampling to Improve eBird Data Reliability (preprint)。
この論文そのものは関連性を議論したものではなく eBird などの目撃記録をどのように信頼度の高い値として扱うか、またモデルによる近未来の予測などを取り上げている。
過去の個体数推定は出ていて 2000 年代後半からクーパーハイタカの増加が目立つ。
オオタカではないが関連情報をこちらに紹介しておく。カリフォルニアの Channel Islands (チャンネル諸島 太平洋岸に点在する島) でハクトウワシの保全が行われている。過去の食性解析からかつては豊富な海鳥を主な食料とし、その後人為導入されたヒツジを食べていたが後者は駆除され海鳥も減少したため食物不足が発生している。ハクトウワシが増えることで海鳥の個体数回復や希少なキツネへの影響が懸念される:
Newsome et al. (2010) Pleistocene to historic shifts in bald eagle diets on the Channel Islands, California。
Cruz et al. (2019) Top-down effects of repatriating bald eagles hinder jointly recovering competitors
Voyageurs National Park (アメリカ ミネソタ州) では 1990 年以降ハクトウワシのみが個体数を回復し、競争関係にあるミサゴやサギ類は減少している。ハクトウワシの巣が増えるに従ってミサゴやサギ類の巣が減っている。数字を見るとミサゴやサギ類の減少率は個体群絶滅の恐れがある程度のかなり危ないレベル。
頂点捕食者のみに注目した個体数増加プログラムは注意が必要であると述べられている。
一方で Piper et al. (2020) Plunging floater survival causes cryptic population decline in the Common Loon 北米のハシグロアビは減少が続いていて、要因の一つにハクトウワシの増加が挙げられていたがウイスコンシン州のこの研究では、ハシグロアビのひなに体重減少が見られることからハクトウワシによる要因はむしろ否定的で食物不足が主な要因と考えられるとのこと。
Solonen (2025) Vulnerability of Prey Species to Predation by Two Sympatric Accipitrine Hawks in Rural and Peri-Urban Landscapes in Southern Finland
フィンランドで郊外と都市部でのオオタカ、ハイタカの獲物の違いの研究。ハイタカの主な獲物はオオタカにとってはそれほど重要でないらしい。それほど重要な知見を提供している印象はないが、獲物を通じた種間関係の研究。オオタカの学名に最新の Astur gentilis が使われている。PubMed で検索できる論文ではこの学名が初めて使われた。
GenBank に PQ049665.1 の配列があり mitochondrion Astur gentilis (Northern goshawk) とあるので、
いよいと採用かと論文を見てみると Lopez et al. (2024) GoEnrich: creating high quality genomic DNA resources from limited voucher specimen tissues or museum specimens of at-risk species for conservation-friendly use in the validation of environmental DNA assays
で論文中では Accipiter gentilis となっている。サンプルは北米のものでアメリカオオタカに対応すると思われるが、論文執筆当時は同種時代で、その後属名が変わったので属名のみ変えて GenBank に登録したらしい。
調べてみると GenBank Taxonomy はすでに Astur gentilis に移行しており、どちらで検索しても結果が得られる。Accipiter gentilis の方が多少多くの検索結果が得られるのは鳥そのものの遺伝情報だけでなく鳥由来生物などの遺伝情報も含まれるが、こちらの学名までまだ対応できていないためだろう。
Reynolds et al. (2025) Fidelity to territory and mate and the causes and consequences of breeding dispersal in American goshawk (Astur atricapillus)
アリゾナ州のアメリカオオタカの分散の研究でも Astur の属名がすでに用いられている。これまたすごい数のテリトリーが同定されて地図にも表されており、テリトリーの位置関係などもよくわかる。20 年でのべ 1688 の巣を調べて一部に個体標識をしたとのこと。GPS 研究ではなく目視同定によるもの。
繁殖失敗とつがい解消との関係はほとんどなかった。全体的に相関を見つけるの難しく、あまり強い結論が出せなかった感じがする。詳しくは論文をどうぞ。
[フィンランドとアメリカのオオタカの人に対する行動の違い]
Wright et al. (2019) Comparison of Nest Defense Behaviors of Goshawks (Accipiter gentilis) from Finland and Montana
(この研究の時点ではフィンランドとアメリカのオオタカは同種扱い)
アメリカのオオタカは巣の防衛で人に対する攻撃的行動が目立つ。フィンランドでは 1980 年代後半まで狩猟対象だったため、攻撃的な個体は撃たれてしまった、あるいは撃たれても生き延びた個体がリスクを学習したのかなどの考察がある。フィンランドの個体は人よりも天敵のワシミミズクに反応するとのこと。
現在では別種で種の違いがどの程度行動に関係するものだろうか。
[オオタカの獲物探索の視線の動き]
Kane et al. (2015) When hawks attack: animal-borne video studies of goshawk pursuit and prey-evasion strategies
小型カメラを取り付けて頭の方向を追跡した。眼球があまり動かないとすると網膜上の一定の位置に動く獲物を固定していたが2つの fovea の位置とは一致していなかった。#シロハヤブサ [シロハヤブサの獲物追跡] でもある程度似た結果が得られている (同じ著者なので同じような結論が出ている可能性もある)。
獲物が急に横に動くことことが視線を外すのに役立っている。過去の獲物の逃避反応の研究とよく合っている。
#ハイタカの [ハイタカの急降下による捕食行動] および #トビの [トビの獲物攻撃速度] を記述してからこの論文に気づいたが、獲物に等速で近づくと (獲物から、あるいは獲物が) 急に大きく見えるため一定速度で大きく見えるようになるよう速度を調整している可能性も議論されていた (論文の τ 関数のところ)。
この "急に大きく見える" 効果は距離知覚によらないとのことでさまざまな動物で見られる。衝突を避けるための反応と考えられるが、獲物が翼や尾を急に大きく見せて驚かせる効果 (startle effect) を示すのはこの反応を利用しているとも考えられる。古くから知られているアイデアで Edmunds (1974) にも記述がある。他の互いに排他的でない説明もあるとのこと。
motion camouflage 効果については #ハイタカの [ハイタカの急降下による捕食行動] の方にまとめた。
[鷹と雁の漢字の意味]
週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1972) 86 VII (藤堂) によれば難しいとあるので、あまり定説になっておらずあくまで一つの解釈として見ていただくのがよさそう。
广 (囲う) から人が囲って飼育する意味。陰と同系語と解釈され、鷹の文字は胸板の中に擁 (= 鷹の音読み) してかくす鳥の意味であるとのこと。
雁の漢字と似ており、鷹の方は尾の長い鳥の意味で鳥を添えたのかとも思ったがどうも違うらしく、週刊「世界動物百科」(朝日 = ラルース 1973) 96 VII (藤堂) によれば 厂 は直角にかどったことで、音は ngan/ngai とのこと。岸や崖の文字にも含まれ、ガンが群れをなして飛ぶ際の形をたとえたものらしいとのこと。ガンは中国では古代は ngan と読まれ現在では yan となっているが、日本語は古代の音を音訳したものと考えられるとのこと。
「鳥の手帖: 江戸時代の図譜と文献例でつづる鳥の歳時記」(浦本昌紀 尚学図書・言語研究所編集 小学館 1990) を見るとカリの名称の方が古くから使われ、日本語ではガンの読み方は比較的新しい。この本では 1485 年の事例が出ている。
藤堂 (1973) によれば中国ではガンは礼物 (しんぶつ、れいもつ、贈り物) として用いられ、行儀正しい仲間のシンボルとして用いられたとのこと。
ということで鷹と雁の文字は "鳥" が多いかどうかの違いではなく、广 (囲う) の意味はガンよりもむしろタカに当てはまることになる。
参考までに他出典を見ておくと、鷹 では音声を示す文字 (雁の文字の上に点を付けたもの) と鳥の合成となっている。音は jing で wiktionary によればチベット語 glag などと同系とされている。中国語圏でも定説がなくて猛禽類を指す音声由来を考えているらしい。なぜその文字が選択されたのかは書かれていない。
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サシバ
- 学名:Butastur indicus (ブータストゥル インディクス) (東インド会社の時代の) インドのノスリオオタカ
- 属名:butastur (合) ノスリオオタカ Buteo 属 (ノスリ属) と Astur 属 (オオタカ属) から合成
- 種小名:indicus (adj) インドの (-icus (接尾辞) に属する) ただし現在のインドには分布しない。備考参照。
- 英名:Grey-faced Buzzard-eagle, IOC: Grey-faced Buzzard
- 備考:
butastur は -(t)as- が子音で終わる音節のためここにアクセントがあると思われる。bu(t)- は buteo 由来で u は長母音と考えられる。(ブータストゥル)。astur の読みは#オオタカ参照)。
indicus のアクセントは冒頭 (インディクス)。
Gmelin (1788) が記載したのは Falco indicus "Javan Hawk" とされていた。原記載。
Latham (1781) Javan H. の記述がもとになる。Latham は学名を与えなかったので Gmelin が与えたらしい。これもハヤブサとされる日本近海の2個体 (#ハヤブサ備考 [亜種と系統] 参照) と同様船に飛び込んできたもので "ジャワ島に住むと考えられる" との記載になっている。
植民地時代のオランダ東インド会社の時代、ジャワ島を含むインドネシアの一部がオランダの支配下にあった時はジャワ島も「東インド」(オランダ領東インド) と呼ばれたことに起因すると推定する (オランダ語で Nederlandsch-Indie = 英語で Dutch East Indies)。
現在の名称インドネシアも Indos + nesos (Gk, インドの島々) が由来であり、インドネシアはインド諸島と同義で用いられていたとのこと。オランダの学者の間では Indonesia は長いので Indie と略すのが普通であった (19 世紀に遡るとある。wikipedia 英語版より)。
しかしややこしいことに Falco (?) indicus Gmelin, 1788 なる同じ学名があり、こちらはインドが基産地となっている。Falco communis (現在ではハヤブサに相当するよう) の変種であり、Falco ruber indicus Briss に基づくとある。
こちらは基産地的には学名と符合するがおそらくハヤブサ類の1種のインド個体 (red indian falcon) を指しているものでサシバの由来とは関係なさそうに見える。
もうひとつ Falco javanicus Gmelin, 1788 (記載, 参考) と Gmelin 自身による "ジャワ島" を冠した学名があるがこれはサシバと同じものか? との注釈がある。
Gmelin 自身もおそらくあまりよく判別していなかったようで、同種? に同じ地域名を指す別学名を用いたり、同じ学名を別種にも用いていたりしたよう。
The Key to Scientific Names の indicus の項目では古く「東インド」(オランダ領東インド) にも使われたとあり、上記推測で正しかった模様。「西インド」やニューギニアを指す用例はさらにまれとのこと。
さらに面白い誤用があって、ハジロバト (これは英名 White-winged Dove とも一致) はアメリカ大陸の種類なのに学名がなぜ Zenaida asiatica とアジアになっているのか非常に疑問に見える。wikipedia 英語版によれば asiatica はおそらく広義のインドを指したものだが、「西インド」にあたるジャマイカを指すつもりで誤訳したのだろうとの解釈が紹介されている。
Seebohm (1890) The birds of the Japanese Empire によれば Javan Buzzard の名称が使われていた。
英名 Grey-faced Buzzard の由来がわかりにくいが、Falco poliogenys Temminck, 1825 (polios 灰色 genus, genuos 頬など Gk) 由来と考えられる。後の解説参照。
単形種。
[Butastur (サシバ) 属の系統分類]
Catanach et al. (2024) の分子系統樹 (#アカハラダカの備考参照) によればサシバ属は海ワシ類とノスリ類の中間に位置する。属名の由来や若鳥の類似性から想像されるようにオオタカの仲間に近いわけではない。
これまでと同様 Catanach et al. (2024) の順序による。
ノスリ亜科 Buteoninae ノスリ族 Buteonini
サシバ属 Butastur
チャバネサシバ* [高野 (1973) ではアカハネサシバ] Butastur liventer Rufous-winged Buzzard
アフリカサシバ Butastur rufipennis Grasshopper Buzzard
メジロサシバ* Butastur teesa White-eyed Buzzard
サシバ Butastur indicus Grey-faced Buzzard
Butastur 属に分類されるもののうち日本のサシバ以外は亜熱帯から熱帯に分布する留鳥。ハチクマ同様サシバもやはり南方由来の種類と呼んでよいと思われる。
南アジアから東南アジアに分布する種類はインドなどに分布するメジロサシバ、インドシナのチャバネサシバ [高野 (1973) ではアカハネサシバ] で、分布はサシバの越冬域とも重なる。この2種はサシバにかなり近縁のようで、音声もよく似ている。サシバ属のタイプ種はメジロサシバ。
チャバネサシバの種小名にある liventer は青黒い、土色の (英語 livid)。
アフリカサシバの種小名にある rufipennis は rufus 赤い、赤っぽい -pennis 翼の、でむしろ チャバネサシバ [高野 (1973) ではアカハネサシバ] の和名に対応している。高野 (1973) 時代はすでに別種だったがあるいはさらに古い名前を引き継いでいるのかも知れない。
Temminck and Schlegel の "Fauna Japonica" (1833-1850) には Buteo poliogenys の学名で登場した 記述。フランス名 la buse a joues grises (灰色の頬のノスリ。このフランス語名称は現在も使われている)。フィリピンで発見されたものだが日本にも生息するとの記述。
(自分たちが) Falco poliogenys と名付けたものであるとの記述もある。
さらに Buteo pyrrhogenys (次ベージ 記載) (pyrrho purrhos 炎の色の genys genus, genuos 頬など Gk) がともに現れ、以下の Bolau (1881) ではこの名称は同じものを指した不的確記載とみなしている (図版 この絵はサシバの若鳥か)。
図版には学名が登場するが、この学名はシノニムとされていないようで英名にも対応しない。
Kaup (1844) が Poliornis 属 (polia 頭の灰色の ornis 鳥 Gk) を提唱していて、その時はドイツ語で Bussardsperberadler (ノスリのハイタカのワシ) と称してメジロサシバ、liventer、poliogenys (現在のサシバ) を属のメンバーとしていた。
Ueber Voegel aus dem Suifun-Gebie (綏芬河の鳥。Bolau 1881) にあるように
Poliornis poliogenys が当時のサシバの学名だった模様。
現在は Poliornis は Butastur のシノニムとなっているが、Buteo poliogenys や Poliornis poliogenys の学名は一定程度使われていた。しかしこれを見てサシバの学名と感じられる人はいったいどのぐらいいるだろうか。
Schlegel On Nisus rufitorques and N. poliocephalus でも比較対象としてこの学名が登場している。
Hume (1873) Stray Feathers 1 (2, 3 & 4): 318-319 に Notes - Poliornis liventer の記事があり、この中でも現在のサシバを含む Poliornis 属3種のインドからビルマ、マレー半島西部の分布が紹介されているとのこと。
アフリカサシバは Poliornis rufipennis Sundevall, 1850
と記述されたので、Kaup (1844) 時代には未記述であった Poliornis 属の新種として記載したもののようである。
属名については Butastur Hodgson, 1843 (タイプ種メジロサシバ) の方が早かったのでこちらに先取権があったことが判明したのであろう。1873 年の文献でも Poliornis が使われているように両者が共存していたのか、あるいは後に先取権が明らかになったのだろう。
メジロサシバの種小名にある teesa はヒンディー語でメジロサシバを意味する tisa 由来。
メジロサシバの分布域に関する wikipedia 英語版の文章の記述は多少気になる点がある。
インドネシアの初事例が Shagir and Iqbal (2015)
White-eyed Buzzard Butastur teesa, a new species for Greater Sundas and Wallacea
に報告されている。この個体がサシバに似ている点や識別に関する記載もあるので気になる方は見ておかれてよさそうである。本来遠くの留鳥の個体がなぜここにいるのか、サシバと似ているのはなぜなのか。新亜種なのか?
アフリカサシバもやはり亜熱帯から熱帯に分布する。
この4種は遺伝的にもよくまとまったグループを形成しており、それほど目立った遺伝的分岐もない。
いずれも単形種。The Peregrine Fund のページには supercpecies を形成するとある
(Grey-faced Buzzard)。
同ページによれば Kaupifalco 属 (新分類ではハイタカグループ) と類縁関係があるとされたのは鳴管構造の類似性から (Griffiths 1994)。
Lerner et al. (2008) Molecular Phylogenetics of the Buteonine Birds of Prey (Accipitridae)
の分子遺伝研究で Kaupifalco 属とノスリ類は近縁でなく、むしろウタオオタカ類などの系統に近いことがわかった。
さほど大きなタカでもないのに過去の英名で Buzzard-eagle が使われたのは Kaup (1844) の総称名 (またはドイツ語属名) Bussardsperberadler に含まれるワシ (Adler) が由来ではないだろうか。
つまり英名が付いた当初は Poliornis の学名が使われていたと想像できる。ただし直接の語源由来の記述は見当たらなかった。
ロシア語名は yastrebinyj kanyuk/sarych (タカのようなノスリ)。kanyuk は#ケアシノスリの備考参照。sarych はチュルク語起源で同じくノスリのこと。「タカのような」は腹に多くの (広義) Accipiter 属と同じような縞があることに由来するとのこと。属名 Butastur の由来も同じように解釈できそうである。
[暗色型サシバ]
暗色型サシバは非常に珍しいと言われるが、赤勘兵衛 (2006) Birder 20(12): 52-53 によれば新潟県愛鳥センターで暗色型が多く保護されていたとのことで、スケッチが示されている。
Kaup (1844) が Poliornis 属 (polia 頭の灰色の ornis 鳥 Gk) を提唱し、Falco poliogenys Temminck, 1825 (polios 灰色 genus, genuos 頬など Gk) の学名が提唱されて使われていたように、灰色を強調した学名が目立っていた。
写真を見たところではチャバネサシバ [高野 (1973) ではアカハネサシバ] Butastur liventer Rufous-winged Buzzard の方がむしろ灰色の目立つ個体があるように思える [個体次第というのは複数の morph が存在するか、あるいは年齢などによるものか。Ferguson-Lees and Christie (2001) "Raptors of the World" では Butastur liventer について特に morph として述べられていない]。
またメジロサシバも若鳥の頭が灰色に見える写真がある...と思っていたが、もしかすると Falco poliogenys は暗色型サシバを指して名付けられたのではと思えてきた。暗色型サシバがとまっている写真を見ると確かに相対的に顔の灰色が目立つ。
Temminck がそう考えたかどうかはわからないが、別種に見えても不思議でないかも知れない。後に同種の色変わりと判定され古い方の学名に統一されたのかも。
他のサシバ類 (Poliornis と名付けられるほどの) 容貌と比べると暗色型サシバの方がむしろこの属の原型に近いかも知れない。
ではサシバではなぜ暗色型が少ないのか、と考えると生息地が一定競合するオオタカの影響が大きいのではと思える。少なくとも若鳥は非常によく似ているのでオオタカ若鳥への擬態、特に ISDM 仮説が当てはまるのでは (#ハチクマ備考の [擬態と種・亜種の関係] 参照) ではないか。
成鳥でもそこまで似ていないとはいえ、暗色型よりは有利なために暗色型の遺伝子頻度が非常に低いのではないだろうか。
[生態や渡りなど]
Kojima (1987) Breeding Success of the Grey-faced Buzzard Eagle Butastur indicus
大阪河内長野での 1977-1980 年のサシバの繁殖成功率の研究。兄弟間闘争も記録されているが死亡例は2例と少なかった。捕食による繁殖失敗にも言及されているが詳細は不明。
日本のサシバの遺伝的多様性については Nagai et al. (2019) Analysis of the Genetic Diversity and Structure of the Grey-Faced Buzzard (Butastur indicus) in Japan, Based on mtDNA
に研究がある。ここ 40 年で数が減少したとされているが遺伝的多様性は十分高い。(過去のことではあるが) おそらく日本の里山環境の拡大の結果個体数が増加したことも遺伝子解析の統計からも読み取れ、過去に個体数のボトルネックを体験したことはないと考えられるとのこと。
中国東北部における 1996-1998 年の繁殖生態の研究がある。Deng et al. (2004) Breeding Biology of The Grey-faced Buzzard (Butastur Indicus) in Northeastern China。
Gluschenko et al. (2020) Breeding birds of Primorsky Krai: the grey-faced buzzard Butastur indicus
にロシア沿海地方でのサシバの繁殖生態の論文がある。極東の鳥類42: 沿海地方の繁殖する鳥類2 タカ科とハヤブサ科 で和訳が読める。
動物園での一時保護の例 差羽 2019年5月14日 京都市動物園救護センターブログ。
動物園での飼育個体数の変動からサシバの個体数減少を示唆する論文: Kawakami and Higuchi (2003)
Population Trend Estimation of Three Threatened Bird Species in Japanese Rural Forests: the Japanese Night Heron Gorsachius goisagi, Goshawk Accipiter gentilis and Grey-faced Buzzard Butastur indicus
があり、川上 (2005) Birder 19(6): 30-31 にも紹介がある。サシバは 1950 年代より記録があるが飼育個体数は減少傾向 (ただしさまざまな因子があり個体数変動そのものとは言い切れない)。論文によればゴイサギも減少、オオタカは顕著に増加しているが個体数増加を表しているものかどうかはわからない (#クマタカの備考でも関連して少し考察を加えて紹介している)。
サシバの渡りルート、特にフィリピン周辺の天候の安定しない海域の渡りコストのモデル計算: Concepcion et al. (2020) GIS-Modeling of Island Hopping Through the Philippines Demonstrates Trade-Offs Migrant Grey-Faced Buzzards During Oceanic Crossings
海上飛行をなるべく短くするのが合理的でルソン島北部で越冬するのは理にかなっている。ハチクマのインドネシアからの春の渡りはフィリピンを避けるのが風やリスクの面では合理的だが、サシバは渡りに要する時間を短縮するために秋と同じルートを用いているかも知れない。
Wu et al. (2024)
Night Landing of Grey-Faced Buzzards (Butastur indicus) on a Ship During Migration
渡り途中の夜間のサシバの船への不時着の記録。台湾南方で春の渡り途中 30 羽以上。特に疲れ切っているようではなかった。
[台湾のサシバの狩猟]
2006 年に台湾でのサシバの密猟の報道があった。Hunting of Grey-Faced Buzzard-Eagle in Taiwan
"The Ongoing Hunting of Grey-Faced Buzzard-Eagle" の記事に歴史的経緯が紹介されている。古くはスタミナ剤として食用にされていたが、日本の台湾統治時代に剥製用として日本に大量輸出されるようになった。日本人は高貴な生き物が福を呼ぶとして猛禽類の剥製を欲しがった。
1960-1970 年代に中国 (本土) からの独立性が強まり、環境面でも規制が及ばなくなって日本への剥製輸出が急激に増えた。
1976-1977 年に剥製用サシバの6万羽が日本に輸出された、1978-1979 年に3万羽を輸出。1978年10月の Echo magazine にこの種の悲劇が取り上げられ、保護の出発点となった。台湾、日本と国際協力でこの種を救う活動が始まった。
1983 年に台湾が East Asia Bird Conservation Union に加わることが認められ、1989 年にサシバの保護の法律が通って狩猟は急激に減少したが、台湾を無事通ってもフィリピンで密猟される (この件はご存じの通り)。
2006 年に台湾で再度密猟が発覚。サシバのような種がこのような破壊行為にいつまでも耐えることはできない。現在は当局が法律を徹底できていないことが問題でかつてほど効果的な対策を当局に期待できない。
Gray-faced Buzzard (Birding in Taiwan) にも上記出典と思われる英文の歴史の記事があった (文献の紹介もあり)。
日本の台湾統治時代の鳥類学者はおそらくサシバが台湾を通って渡ることに気づいておらず、標本も3点しか残していないとのこと。現地名では "Nan-lu Ing" と呼ばれていて South-road Eagle の意味で南へ向かうことは知られていた。
「野鳥」1991年7月号 (No. 538) pp. 22-23 に市田氏の「台湾のサシバ」の記事がある。
市田 (2005) Birder 19(4): 76-78 に「環境保護, 激動の 30 年」の連載の一つがこのテーマになっている。1978 年の輸出業者の調査の生々しい報告、1979年10月にサシバ調査隊が台湾に向かったことなどの歴史が述べられている。市田 (2004) Birder 18(8): 46-47 にもワシントン条約に関連した記事で台湾の剥製業者やサシバに関連する情報がある。
過去の歴史も少し取り上げている最近のニュース (台湾のサシバの渡りの季節到来)
台湾猛禽研究会の衛星追跡の結果も紹介されている。ルートを見ると大陸からの個体も結構多いのかも知れない。秋と春で渡りルートが結構異なっていて、春は遠回り傾向がある。日本にやってきたものもある。
1982 年ごろは日本での剥製需要があって経済的価値が高かった。狩猟圧も下がって個体数は近年は増加傾向で、2020 年の秋の渡りは特に多かったとのこと。
2023 年のニュースではこのところ年平均 10 万羽とのこと (鷹河) 前年のサシバ2万羽の渡りの映像が紹介されている。
[サシバ類とは何者か]
属名の紹介のところでオオタカとノスリの中間の意味を紹介したが、確かにそれぞれに似た点があるように見える。食性はノスリに近い点があるかも知れない。
系統的にはそこそこ難しいグループで、#トビの備考 [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] で紹介したが、ノスリ亜科 ノスリ族 Buteonini の先頭グループ、すなわち最も分岐が早いと位置づけるのがもっともらしい。ただしノスリ族の他のメンバーとはやや離れているのでサシバ族と分けてもよいぐらいである。
何が言いたいかといえば、サシバ類は (一般的な表現で言えば) ノスリ類の中で最も原始的なグループと位置づけることができるかも知れない [ただし分岐は 1700 万年前ぐらいと古いがサシバ類が種分化したのは 700 万年前ぐらいとかなり後の時代になる。いずれも Catanach et al. (2024) の数字]。
あるいは "サシバ族" とみなせるぐらいであれば、海ワシ類 + "サシバ族" + ノスリ類 という共通祖先を考えてもよい。ノスリ類と合わせて考えるよりも、海ワシ類とノスリ類を生み出した系統に似たものがサシバ類を生み出したということである。海ワシ類とはだいぶ違うので通常は分けて考えられるわけだが。
そのようなノスリ亜科 Buteoninae の中で、熱帯で主に地上性の小型動物を捕食する系統として一足早く生まれたのだろうか。このぐらい古い時期だと同様の食性を持つ猛禽類はまだあまりおらず、主な競争相手はカンムリワシ属が考えられる。ご存じの通りこのグループはそれほど強力な種類ではない。
チュウヒワシ属 (ヘビワシ類) は有力な競争相手だが、現在はアフリカからヨーロッパが中心で、サシバ類の分布とあまり重複がない。これらの種の存在のためサシバ類の分布が南・東南アジアから東アジアに限定されているのかも知れない。
カタグロトビ亜科または科もすでに存在していて競争相手になっていたかも知れないがこれらは比較的小型種なのであまり問題なかったかも知れない。
ハチクマ類もすでに分布していた可能性があり、まだハチの子食に特化していなければ競争相手だったかも知れない (ただしカンムリワシ亜科もハチクマ類も現世種の種分化年代は比較的新しく当時はあまり主要な種ではなかったかも知れない)。
もっと大型種の系統のクマタカ類も分岐年代は比較的新しく、食性が違うのであまり競争が生じなかったかも知れない。広義 Accipiter 属は古くから存在したが食性が違うので食物面ではあまり競争が生じなかったかも知れない。
オオタカ類から新しい系統として分岐したチュウヒ類は異なる生息環境に進出したが、生息環境の違いから競争は生じにくかっただろう。
一番問題となり得る相手は系統的にも近いノスリ族 Buteonini だろうが、これらは長期間南米で進化を遂げ、旧世界に戻ってきたのが遅くなりかつ北方系が中心となったためサシバ類は競争を免れたのかも知れない (これが主な論点のつもり)。
アフリカやユーラシアから北米・南米へと分布を広げたはずのノスリ族 Buteonini の祖先系統はそれほど目立った種類ではなかったようでユーラシアには現存せず、北米・中米にわずかに残っている程度。
#トビ備考の [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] を参照。ミシシッピートビが該当する。この程度の種類であれば競争熾烈であったユーラシアにもし生息していても競争排除されたかも知れない。トビとの競争も考えられるが、トビの中で長距離の渡りを行う遺伝型が生まれてユーラシア全体に分布を拡大した後になった可能性があり、この時代の間隙をぬうようにノスリ族の祖先系統が北米に分布を広げることができたのかも知れない。
もしサシバ類のような系統が南米で生まれていれば新しいノスリ類との競争に勝てなかったかも知れない (サシバ類と南米系統のノスリ類の間に相当の系統差、時間差があるので、実際にそのような系統が例えば南米にあったが消滅した可能性もあるかも知れない)。
このように考えるとサシバ類はノスリ類の大部分が南米で進化したために、この中では比較的古い系統であるながら残り得たグループと言えるのかも知れない。
渡りの時は数多く見られて有り難みが若干薄いかも知れないが、里山のような人為環境のないところでの生息密度は高くなく、食性的には幅広く生活できそうなのに世界的に広い地域に進出していないなどノスリ類などに比べて生態的には弱いところを抱えたグループなのかも知れない。
サシバの繁殖分布が日本周辺に限定されているのも、大陸の最も東側で競争相手の猛禽類が少ないためとも解釈できる。
「野鳥」1993年4月号 (No. 557) p. 9 にいわむろかずお氏による「チャボを襲ったサシバ」の記事がある。3日連続で通って食べていったとのこと。
[サシバの幼鳥はなぜ日本に帰ってくるのか]
若杉 (2014) Birder 28(9): 24-25 で取り上げられている。最近になってヨーロッパハチクマの衛星追跡から興味深い状況が明らかになったのでこちらにも取り上げておく。
#ハチクマの備考 [ヨーロッパハチクマはいつ繁殖地に戻るか] を参照。
ヨーロッパハチクマの場合は初めて繁殖地に帰還する時の到着は遅く、繁殖には間に合わない。出生地に戻るわけではなく、ヘルパーとなっていない。一度渡り全体の経験を積むこと、戻って最初の1年は場所探しや経験を積むための役割があると考えられている。
サシバでも遅い時期の幼鳥の春の渡りが知られていて (伊良湖ではハチクマの春の渡りの時期にサシバの幼鳥が渡るとのこと)、ヨーロッパハチクマと同じような意義があるのかも知れない。いわゆる春のタカ渡りの観察ピーク時期からは外れるので初めて渡りを体験する個体があまり目視されていないだけかも知れない (この点はハチクマも同様だろう)。
サシバの方がヨーロッパハチクマに比べて生活史戦略が短いかも知れない (また系統的にもオオタカに類似点があって短い年月で成熟できるのかも知れない)。
サシバでもヨーロッパハチクマ同等の幼鳥の衛星追跡を行えば出生地近くに戻ってくるのか、初めて戻った年の行動、いつ繁殖を開始するのかなどが解明できるのだろう。
ハチクマの備考 [マレーシアの留鳥ハチクマの繁殖生態] ではハチクマの生後半年の若鳥がまだ自立せず時々ヘルパーの役割を果たしている事例がある。日本のハチクマの生態は長距離の渡りを行う制約に伴うものと解釈するとよさそうに思える。
三上 (2015) 青森県青森市におけるサシバの 2013 年・2014 年の繁殖について -抱卵の交替・ヘルパーの存在・餌生物- では成鳥によるヘルパー行動が報告されていて、過去にも1例の報告があるとのこと。
前澤 (1990) サシバの複数雄をともなった繁殖例。
一方最近クーパーハイタカで種内托卵が明らかになった (#オオタカ備考の [クーパーハイタカの種内托卵] 参照)。この場合は繁殖能力を持ちながらあぶれ個体となっているものが関与しているはずで、サシバでもあるいは、との感じもする。
上記のヨーロッパハチクマの衛星追跡ではつがい外交尾のためには到来時期がさすがにちょっと遅すぎるだろうか。サシバについては検討の余地がありそう。
[レーダーによるサシバ渡りの予備研究]
Kamata et al. (2024) Field validation of effects of species and flock size on echoes in avian radar surveys
X バンドレーダーで 2022 年に行われた性能調査。検出率が半分になる距離はサシバでは 750 m かそれ以下だった。徳島の鳴門で猛禽類の渡り、新潟の聖籠で水鳥の渡りを調べたもの。"ornithodolite" 1970 年代に Colin James Pennycuick が発明した装置 [cf. Spedding and Hedenstrom (2021) Colin James Pennycuick. 11 June 1933-9 December 2019。
1960 年には名前はまだなかったが使用されていた: Pennycuick (1960) Gliding Flight of the Fulmar Petrel]
で同時に光学的に経路を測定。
猛禽類ではないが気象レーダーで小鳥の渡りの研究が進み始めたオーストラリアの報告: Shi et al. (2024) Distinctive and highly variable bird migration system revealed in Eastern Australia。
[サシバの漢字]
コンサイス鳥名事典に難しい漢字が使われていたので何かと調べてみると、(shuang jiu) のようで、「本草綱目」に現れるタカの一種とのこと。其性爽猛 なのでこの名前が付いた記述がある。旧字体で 爽 + 鳥。
この漢字は鳩と組み合わせてのみ用いられるらしく、(shuang) に英語版説明がある。同中国語版ではこの漢字は日本で使われた借用文字で、タカを指すとのこと。具体的にどのタカを指すまでは書かれていない。"鳩" が付くので比較的小型の丸っこいタカ (??) (#ウソの備考 [ウソの漢字の意味] 参照)。(春秋正義の用例)。
「本草綱目」を輸入する際にどのタカかわからないのでサシバと解釈されたのかも。西洋で pernis がどのタカかわからないのでハチクマに割り当てた程度のものかも知れない。
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ノスリ (分割された)
- 第8版学名:Buteo japonicus (ブーテオー ヤポニクス) 日本のタカの一種 (IOC も同じ)
- 第7版種学名:Buteo buteo (ブーテオー ブーテオー) タカの一種
- 第7版亜種学名:Buteo buteo japonicus (ブーテオー ブーテオー ヤポニクス) 日本のタカの一種 (代表的亜種。他亜種あり)
- 属名:buteo (m) タカの一種
- 第8版種小名:japonicus (adj) 日本の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 第7版種小名:buteo (トートニム)
- 第7版亜種小名:japonicus (adj) 日本の (-icus (接尾辞) 〜に属する)
- 英名:[Buzzard 分離前の名称], IOC: Eastern Buzzard
- 備考:
buteo のラテン語は u, o ともに長母音。アクセントは冒頭 (ブーテオー)。wiktionary によれば語源は声を真似たものではないかとある。
japonicus は o に長音記号が付くが実際には短音で読まれることが多い (長音で読んでもよい)。
いずれの場合も -po- がアクセント音節 (ヤポニクス または ヤポーニクス)。日本を表すラテン語は Iaponia (または Japonia) でこの場合は o はほぼ長音で読まれるとのこと。お好みでどうぞ。
分割のため第7版学名は代表的亜種まで記した。
日本鳥類目録改訂第7版ではヨーロッパノスリと同種とされていた (上記古い英名もその時代のもの)。
Buteo 属はヨーロッパノスリ Falco buteo Linnaeus, 1758 で使われた種小名を de Lacepede (1799) が属名として昇格したもの (Discours Ouv. Clot. Cours Hist. Nat.) "BUSE, Buteo. Bec, tete et base du bec des Eperviers; ailes des Aigles; tarse gros et court":
嘴と頭はハイタカ、翼はワシ、ふしょは大きく短いとの記述。フランス語で buse がすでに使われていたのでそれに対応する属名を与えたのだろう。
ただし Buteo 属が設けられて以来ヨーロッパノスリの学名が Buteo buteo であったかと言えばそうでもなく他の学名が一般的に使われていた。後の解説参照。
Boie (1826) も当時の Buteo tachardus (後に無効名と判定された) をタイプ種として Buteo 属を設けた。
Buteo tachardus の有効な学名は The Key to Scientific Names では Buteo buteo trizonatus Rudebeck, 1957 を採用しいかにもヨーロッパノスリの亜種で問題がないように見えるが、現在ではモリノスリ Buteo trizonatus Forest Buzzard に分離されているので別種となる。
日本のノスリは現在別種とされて Buteo japonicus となった。
海外リストでは IOC では 1.5 段階で採用されていた。Howard and Moore 4th edition でも同様。wikipedia 英語版によれば 2008 年以降は別種と考えられるようになって一部のリストがそれに従ったが一部は亜種のままであったとの記述がある。
Falco Buteo Japonicus Temminck & Schlegel, 1844 の原記載。la buse commune du Japon の名称が使われていた。
当時の時代背景を考えると亜種としての命名よりも "la buse commune" (ヨーロッパノスリ) の日本版の位置づけの学名と考えられる (他の学名でも同様のものが多い)。
Falco Buteo と Linnaeus (1758) の学名を用いてその後に Japonicus を付記していることとも話が整合する (この Falco が残っていたことで後述のように Falco 属ですでに使われた Japonicus がある問題も発生した)。
同じページで Buteo japonicus や Buteo capensis があるなど Buteo 属を意図して扱っていたことは明瞭。
なお本文中には La Buse du Japon と大文字表記があり (p. 17) 固有名詞的に "日本のノスリ" とも表現している。この前のページでは buse が小文字となっていてこの段階ではまだ種名を意識したものではないが、当時の概念で別種に対応する型 (forme une espece differente) と記述した後に大文字表記が現れるので、単に日本にいるノスリの意味ではなく別種を明確にする意味で使われていると考えられる。
表題にはこの名称は現れないので la buse commune du Japon が正式で、別種を示すための略称であったと考えられる。
Howard and Moore 4th edition (vol. 1-2, incl. corrigenda vol.1-2) によれば 2008 年のこの分離の出典は Kruckenhauser et al. (2004) Genetic vs. morphological differentiation of Old World buzzards (genus Buteo, Accipitridae) とのこと。
Penhallurick and Dickinson (2008) The correct name of the 'Himalayan Buzzard' is Buteo (buteo) burmanicus も参照。この時点では (buteo) が付いているように別種の取り扱いは暫定的とされていた。
なおこれ以前からも Buteo japonicus の概念は使われていた。
Buteo japonicus toyoshimai Momiyama, 1927 はこの学名を用いている。
もう少し新しい分子系統解析は後の Mindall et al. (2018), Jowers et al. (2019), Nagai et al. (2019, 2020) を参照。大陸のノスリ近縁種全体を考えると分岐年代の浅いグループで種境界をどこに置くか自明と言えるほどではないので、リストによって新しい分類がすぐに取り入れられなかったことは不思議でない。
オオタカとアメリカオオタカが別種とされた事情とは異なっている (#オオタカの備考参照)。
'Himalayan Buzzard' (Birdforum 2009) によれば事情はさらにややこしかったようで、
Buteo plumipes ('Parbattiah' [= Hodgson], 1836) の名称 [もとは Circus plumipes Hodgson, 1836 (鉛色の足の意味。参考 基産地ネパール。ノスリもチュウヒもよく区別されていなかったことがわかる] の方に先取権があったはずだが、Falco plumipes Daudin, 1800 の名称 (参考) がすでにあり、
Hartert (1914) が Daudin の用例を Buteo lagopus lagopus のシノニムとしたために Buteo 属となり、Hodgson による Buteo plumipes の方は preoccupied で無効な学名となった。そのためこのグループを指して Buteo burmanicus Hume, 1875 とする名称が最も古く先取権が発生するとのこと。
Buteo burmanicus を別種としない立場では Faclo buteo japonicus Temminck & Schlegel, 1844 = 現在の Buteo japonicus の方が Daudin (1800) より遅いので、
もし Daudin (1800) の用例を Hartert (1914) が念入りに Buteo 属に編入していなければ Buteo plumipes の学名は有効で、日本のノスリもこの学名になっていた可能性がある。
ただし Daudin (1800) の用例をそのまま見過ごすわけには行かず、どの種か判定して必要ならば優先順位を考える必要がある (古い用例なので何かの学名の先行シノニムとなる可能性がある)。たまたま Buteo 属と判定できた
(先行シノニムとなって話が複雑になるのを避けて単に整理したしたのかも知れない。ケアシノスリのシノニムならば先行シノニムにならず安全である。しかしケアシノスリの足が鉛色かと言えばちょっと違う気もする...)。
Hartert (1914) の記述: 参考。何と基産地南アフリカと間違っているとのこと。
現在の日本のノスリの学名は紙一重のところで決まったとも言える。
なお "Himalayan Buzzard" を別種とする立場であれば問題なく Buteo japonicus となる。
このページによればもう一つ悩ましい学名があって Buteo pygmaeus Blyth, 1845 (参考) とのことで、記述からは Buteo とは思えず、サシバの若鳥では、などのコメントがある。
サシバの通常の分布域からやや遠いのでサシバ類の別種、あるいは迷鳥だった可能性もあるかも。
当時のインドに3種のノスリ類が知られていて、canescens がヒマラヤから北部地域、longipes が西部から南部、rufiventer が南部とのことだったが、当時は Buteo と Circus の区別が曖昧で、
配列順から Circus pectoralis Vieillot, 1816 (参考) = Accipiter ferox Gmelin, 1771 (参考 = チュウヒワシとされるが無効な学名とされる。#オオノスリ備考参照) が混ざっているのではなどの考察が出ている。
個人的にさらに気になっているのは longipes の名称を持つものが
インドワシ Clanga hastata (かつては アシナガワシ Clanga pomarina と同種扱い) と混同、または Buzzard よりも大きいの Eagle とされたなどで、英語の Long-legged Eagle (アシナガワシの和名の由来と思われる) の名称につながっていたのでは? 分布的にはよく合っている。
Long-legged Eagle に対応する有力な学名がこれまでのところあまり見当たらないので、あるいはと気になるところ (#カラフトワシ備考参照)。
日本鳥類目録改訂第8版の第一回パブリックコメント版でも同じ。長くヨーロッパノスリと同種とされていたため、書物等の記載でヨーロッパノスリの特徴が混ざっているかも知れないので注意 (大きさについてはヨーロッパハチクマとハチクマほどの大きな違いはない模様)。新しい分類でのヨーロッパノスリの英名は Common Buzzard となる (IOC)。4亜種ある (IOC)。
Ogawa (1908) "A hand-list of the birds of Japan" では Buteo vulgaris Leach とあり (和名別名にアカノスリ)、列挙されている学名からも Temminck and Schlegel (1844) とは異なってヨーロッパのものと別種とは考えていなかったことがわかる。
Leach の記載年は現代の資料では 1816 年とされる。Linnaeus (1758) に Falco Buteo がすでに登場する (原記載) のに当時から比較的最近まで (1950 年代の用例もあった) 広く用いられていた学名で現在ではシノニムとされる。
Linnaeus (1758) にも Linnaeus 以前の学名として Buteo vulgaris が載せられており、古くから使われていた慣性のようなものがあったかも知れないが、
Ramles in Florida にあるように同じものを指して別の研究者がそれぞれ別の名前で呼んでいた経緯もあった模様 (Pennant は Buteo vulgaris Great Hen-Hawk)。
この記述をみるとアカオノスリの若鳥を指していたように見え、
Common Buzzard にあるように Audubon の色彩画で "Common Buzzard" Buteo vulgaris (別名に Falco buteo が現れる) と称したものは アレチノスリ [高野 (1973) ではスウェイソンノスリ] Buteo swainsoni Swainson's Hawk とのこと。
"vulgaris" と英語 "common" の対応がよいので間違われたのかも知れないが、ノスリ類がどれもある程度似て見えることの表れかも知れない。北米の用例で混乱が発生し、後に先取権の扱いも現代のものとなって現在のヨーロッパノスリの学名に落ち着いたのかも知れない (詳しい経緯は未確認)。
英語 buzzard は OED によればフランス語 busart からの借用で 1300 年ごろから用例があり、鷹狩りには使えない劣ったものを指し、フランス語 buse にも同様の意味があるとのことだが両者の関係は不明とのこと。両言語ともラテン語の buteonem (buteo の対格) から派生したと考えられているが、どのように語形変化を起こしたのか不明のこと。
少なくとも英語・フランス語ではノスリを表す単語には劣った意味があるらしい (アメリカでは同じ種でも hawk を用いる一つの理由になり得るだろう)。
比喩的な用例は 1377 年のものが知られているとのこと。between hawk and buzzard の古い成句があり同種のものの良いものと悪いものの中間を指すとのこと。転じて薄明中を指す用例もあった。
[Buteo (ノスリ) 属の系統分類]
これまでと同様 Catanach et al. (2024) の順序による。
ノスリ亜科 Buteoninae ノスリ族 Buteonini
ノスリ属 Buteo
ミナミハイイロノスリ* Buteo plagiatus Grey Hawk
ハイイロノスリ Buteo nitidus Grey-lined Hawk
ハネビロノスリ Buteo platypterus Broad-winged Hawk
ヒスパニオラノスリ* [高野 (1973) ではリッジウェイノスリ] Buteo ridgwayi Ridgway's Hawk
カタアカノスリ Buteo lineatus Red-shouldered Hawk
オビオノスリ Buteo albonotatus Zone-tailed Hawk
ハワイノスリ* Buteo solitarius Hawaiian Hawk
アンデスミジカオノスリ Buteo albigula White-throated Hawk
ミジカオノスリ* Buteo brachyurus Short-tailed Hawk
ガラパゴスノスリ* Buteo galapagoensis Galapagos Hawk
アレチノスリ [高野 (1973) ではスウェイソンノスリ] Buteo swainsoni Swainson's Hawk
ナンベイアカオノスリ Buteo ventralis Rufous-tailed Hawk
アカオノスリ Buteo jamaicensis Red-tailed Hawk
ケアシノスリ Buteo lagopus Rough-legged Buzzard
アカケアシノスリ Buteo regalis Ferruginous Hawk
アカクロノスリ* Buteo rufofuscus Jackal Buzzard
ヨゲンノスリ* Buteo augur Augur Buzzard
アフリカアカオノスリ* Buteo auguralis Red-necked Buzzard
ソマリアノスリ* Buteo archeri Archer's Buzzard (現在は通常ヨゲンノスリの亜種とされる)
マダラノスリ [高野 (1973) ではヤマノスリ] Buteo oreophilus Mountain Buzzard
モリノスリ* Buteo trizonatus Forest Buzzard
ヨーロッパノスリ Buteo buteo Common Buzzard
ニシオオノスリ [高野 (1973) ではオオノスリ] Buteo rufinus Long-legged Buzzard
オオノスリ [高野 (1973) ではヤマオオノスリ] Buteo hemilasius Upland Buzzard
ヒマラヤノスリ* Buteo refectus Himalayan Buzzard
ノスリ Buteo japonicus Eastern Buzzard
以下遺伝情報なし
マダガスカルノスリ** Buteo brachypterus Madagascan Buzzard
ケープベルデノスリ/ケアプベルデノスリ** Buteo bannermani Cape Verde Buzzard
ソコトラノスリ** Buteo socotraensis Socotra Buzzard
系統が分岐するところに空行を入れてある。ノスリ属は分岐年代も若く大きな分岐ではないが、地理的にみると系統的なグループを形成していることがわかる。ノスリ属内に目立った大きな系統はない。
これまで Buteo 属に含まれていたものが分離されたものもある。
Rupornis (オオハシノスリ) 属1種、Geranoaetus (ワシノスリ) 属3種がそれに相当する。この属に属するセアカノスリには隠蔽種の可能性が指摘されて議論されている (#トビの備考 [ノスリ亜科 Buteoninae の系統分類] 参照)。
Buteo bannermani、Buteo socotraensis ともに高野 (1973) の時点では記載がない。
ケープベルデノスリ/ケアプベルデノスリの名称が見られるが、国名の日本語表記はカーボベルデ (外務省) とされるため、国名を用いるならばカーボベルデノスリの名称の方が適切であろう。
ソコトラ島 (イエメン) の表記はあまり揺れがないのでこれでよさそうである。いずれもアフリカ近くの島の固有種。
ソコトラ島は種の固有性は極めて高く、「インド洋のガラパゴス」とも呼ばれている (wikipedia 日本語版より)。
Clouet and Wink (2000)
The buzzards of Cape Verde Buteo (buteo) bannermani and Socotra Buteo (buteo) spp.: First results of a genetic analysis based on nucleotide sequences of the cytochrome b gene
によればこの2種は近縁でアフリカ大陸東西の島にそれぞれ定着したものと考えられ、分岐年代は9万年前程度とされるとこのこと。アフリカに分布するニシオオノスリが近縁種とのこと。上記系統分類ではヨーロッパノスリを含む最後の系統に含まれると考えてよいだろう。
ソコトラノスリは非常に攻撃的との報告がある。
系統を順を追って見ていただければすぐわかるが、Buteo 属も起源は南米で、北米にも分布を広げたことがわかる。
そのうち {アカケアシノスリ + ケアシノスリ} 1系統がまず北方に適応してケアシノスリがユーラシアに到達したと読める。
この系統と独立にユーラシアに到達したか、あるいはケアシノスリの祖先から進化したかどうかはわからないが、もう1系統のグループがユーラシア中緯度からアフリカにかけて広く分布した。
我々が普通みかけるノスリ類はすべて後者のグループで、北方型のケアシノスリが越冬南限近くで少数が訪れている考え方でよいだろう。
Buteo 属は分散能力が高いようで、大陸から遠く離れた離島に分布するものもある。
例えばガラパゴスノスリ Buteo galapagoensis (英名 Galapagos Hawk) があり、これはアレチノスリ
[高野 (1973) ではスウェイソンノスリ。コンサイス鳥名事典でもこちらの名称が使われていた。慣用名から人名を廃する近年の北米の動きを考慮するとアレチノスリの方がふさわしいだろうか。しかし南米はこの限りでないので引き続き Swainson's Hawk と呼ばれるかも知れない]
Buteo swainsoni (英名 Swainson's Hawk) から 30 万年前に分岐したと考えられている:
Bollmer et al. (2006) Phylogeography of the Galapagos hawk (Buteo galapagoensis): A recent arrival to the Galapagos Islands。
ダーウィンが訪れた時、人を全く恐れなかったことでも有名。#ハチクマの備考アゾレス諸島の猛禽類 (ヨーロッパノスリ) についても参照。
この分岐年代はガラパゴスに定着した鳥の中では最も新しいとのこと。ちなみにカケスとサドカケスの分岐年代も同じぐらい。サドカケスの場合は環境が本土とそこまで大きく違わなかったが、ガラパゴスノスリでは生態系の頂点に立ってしまったため表現型の変化も大きかったのかも。
アフリカの4種アカクロノスリ、ヨゲンノスリ、アフリカアカオノスリ、ソマリアノスリは比較的近縁で北半球のノスリグループと並ぶ系統をなす。ヨゲンノスリ、ソマリアノスリは高野 (1973) の時点では記載がないがおそらくアカクロノスリの亜種として扱われていたのだろう。Brown (1976) ではヨゲンノスリは種として扱われ、本文にもアフリカの代表種として何度も記述がある。
ヨーロッパノスリも一部アフリカで越冬するため、ヨーロッパノスリのグループがこれらの地域に分布を広げて進化したと考えることができる。
ヨゲンノスリ、アフリカアカオノスリの augur, auguralis はラテン語・英語ともに augur で avis (鳥) 由来で、鳥などの動きを用いて占いを行う鳥占い師 (アウグル) で卜鳥官 (ぼくちょうかん) などとも呼ばれる。ワシなどの飛行の観察は特に重要だったとのこと (The Key to Scientific Names)。"ヨゲン" はその意味からであろう。
ソマリアノスリは IOC 12.2 以降ヨゲンノスリの亜種扱いとなっている。遺伝的には多少の違いが見られるが古典的遺伝子しか調べられていないので決定的なことは言えない模様。現在独立種としている主要リストはないようである。ヨゲンノスリの色の違う morph との考えもある (ノスリ類は分岐年代が新しいのでどこでも分類がややこしいのだろう)。
ソマリアノスリの種小名に使われる archeri は当時英国領ソマリランドの探検家 Geoffrey Francis Archer に由来。
ヨゲンノスリはアフリカでも目立つ猛禽類で飛行する姿は妙に尾が短く翼が広く見えるが、とまっている姿は白黒がはっきりしてなかなかハンサムに見えてよく被写体に選ばれている。
ノスリの名前から想像する印象とはだいぶ違うので画像検索をしてご確認いただきたい。(ここで調べるまで和名を知らなかったのだが) 私的になかなか好みの種類の一つ。
他のところでクラシック音楽をよく話題にしているのに、ここでなぜロベルト・シューマン作曲の「予言の鳥」が出てこないのか不思議に思われている方もあるだろう (多分ないかも...)。この曲は「森の情景」Waldszenen という曲集の1曲で、この中では際立って有名な作品である。
「予言の鳥」は原題 Vogel als Prophet で「預言者としての鳥」の意味。昔聞いた時にはフクロウの意味だと教わった気がするのだが (暗い雰囲気はそのような感じもするが)、以下のような資料をみつけた Robert Schumann, "The Prophet Bird" (No. 7 from "Forest Scenes" op. 82)
(Wolf-Dieter Seiffert 2010) この曲は描写音楽 (表題音楽) の側面はほとんどなく、シューマン得意の霊感を昇華させたということだろう。ゲーテの詩集 Gesellige Lieder の中の Fruehlingsorakel (春の予言) の中に「預言者の鳥よ、花盛りの歌い手、カッコウよ!」と出てくるそうで、実はカッコウを指しているらしいとのこと
(#カッコウの備考にあるようにヨーロッパでは日本よりずっと早い時期にカッコウが渡ってくる。初夏というより春を告げる鳥の位置づけなのだろう)。音楽の中にもカッコウの声を借りたと思われるモチーフが出てくるらしい。
深い森の奥に住み、声はするが姿は見えない鳥で鳥の声を借りて神の啓示を与えるという。興味ある方は読んでみていただきたい。
シューマンの曲で同じように鳥を連想されるものに「飛翔」があり、こちらは幻想小曲集 Phantasiestuecke の1曲で原題は Aufschwung で比喩的な飛翔、躍進などの意味らしい。英語では "Soaring" とよく訳されているが原意は "Upswing" に近い。いずれにしても比喩的な意味で、有名な曲ではあるが鳥そのものとはあまり関係がないらしい。タカ柱などを想定して "Soaring" も許容範囲かも知れないが、意味は「上昇」の方が近いかも知れない。
Schumann's Fantasy Pieces, Opus 12 (Edward Baxter Perry 1906) に解説があり、Longfellow の有名な詩 Excelsior (1841) こちらは「もっと高く」と訳されているが、同じようなテーマを扱っているとのこと。ご存じの方もおられると思う。
ラテン語 excelsus の比較級由来で独立革命を達成したアメリカの喜びと希望を体現する言葉だったとのこと ('エクセルシア'考 寺内孝 2003)。シューマンとは背景が異なるが同時代の 19 世紀の雰囲気を多少なりとも伝えているかも知れない。
シューマンの音楽には平易で有名なもののあるものの、彼一流の霊感性はファンでないと理解が難しいのかも知れない。有名な曲で構造は単純であるが「交響的練習曲」の終曲などは演奏効果も高くてわかりやすく一般にもお勧めしてよいと思う。
ノスリの話題に戻るとモリノスリとヨーロッパノスリは同種でよいぐらいに非常に近い。これらとマダラノスリ [高野 (1973) ではヤマノスリ] の3種でまとまったグループをなす。
マダラノスリの種小名に使われる oreophilus は oros, oreos 山 philos 好む (Gk) で、エチオピアの 3000 m 近くまで生息するというが、熱帯雨林にも生息するため和名が変更になったのだろうか。
マダガスカルノスリもこれらの種と superspecies を形成するとの記載もある。マダガスカルノスリは伐採地を好むようで、ほとんどの種類の猛禽類の減少が懸念されているマダガスカルで人間活動のために数はむしろ増える傾向にあるとのこと。
マダラノスリとモリノスリはしばしば同種とされるが、遺伝研究で単系統でないことが示され、Clark (2007) Taxonomic status of the Forest Buzzard Buteo oreophilus trizonatus
ではモリノスリは通常ヨーロッパノスリの亜種とされる steppe buzzard Buteo buteo vulpinus の越冬地に分布しているためこの亜種から進化した可能性を考えている。[北京で記録されたヨーロッパノスリ?] の項目も参照。移動能力が高いために越冬地に適切な環境があれば定着する可能性があるかも知れない。
モリノスリと Buteo oreophilus の系統が近く、英名は山と森になっているのでヤマノスリの方がふさわしかったかも。参考までに他言語の用例をチェックしておくと「山」を使っているものが多い。ウクライナ語はマダラノスリに近い名前になっているが例外的。
ヤマノスリの名称が別のものと混同されるおそれがあるならば、いくつかの言語で使われている「アフリカヤマノスリ」に相当する名前はよいかも知れない。
これらのノスリ類のグループは遠いアフリカの話だが、steppe buzzard では日本でも記録されている可能性があるためフォローしておくとよさそうである。
ユーラシア中緯度帯に西からヨーロッパノスリ Buteo buteo、
ニシオオノスリ Buteo rufinus、
オオノスリ Buteo hemilasius、ノスリ Buteo japonicus が重複を持って連続して分布する形となっている。
種分化年代が比較的新しいため、異なる種の間の遺伝子浸透や雑種形成も記録されている。この分布関係を知っておくと日本を訪れる頻度の大小が理解しやすい。
ノスリに最も近縁な種類は西ヒマラヤから中国に分布するヒマラヤノスリ Buteo refectus で遺伝的にはほとんど同種にしてもよいぐらい近い。Buteo 属内では同程度に近い種ペアは他にもある。
ノスリとヨーロッパノスリが特に近縁というわけではない。
結果的にこのリスト順では日本のノスリが最後になっているが、ヨーロッパノスリからノスリまでの分岐年代はあまり違わず、中緯度帯ノスリグループの終端とみなしてよいだろう。東の端なので到着がわずかに遅くなった程度の違いである。
Mindall et al. (2018) ではこの順序ではないが最後のグループが1系統をなす点は同じ。ノスリが最後になったのは「たまたま」程度に思っていただいてよい。
なお Mindall et al. (2018) は Buteo vulpinus (後述の steppe buzzard)、Buteo burmanicus (カラノスリ)、
Buteo refectus をすべて種として解析しているがこれらの系統関係を明らかにするほどの分解能は出ていない模様。
Jowers et al. (2019) Unravelling population processes over the Late Pleistocene driving contemporary genetic divergence in Palearctic buzzards
に大陸のノスリ類についての種分化の研究がある。
この研究を受け、North African Buzzard is not a Long-legged but an allospecies of Common Buzzard (MaghrebOrnitho 2019)
によればアフリカ北部の "ノスリ" はニシオオノスリよりもヨーロッパノスリに近いため、これまで使われてきた Atlas Long-legged Buzzard ではなく Buteo buteo cirtensis North African Buzzard (亜種 cirtensis) の名称を提案し、OSME (中東からコーカサスのグループ) はニシオオノスリから分離してこの名称を採用したとのこと。
IOC 14.2 でもまだニシオオノスリに含まれたまま (ヨーロッパノスリの亜種に分離すると IOC ではニシオオノスリは単形種となる)。このページによれば OSME は大部分 IOC に従っているが新しい研究結果が現れた場合は取り入れているとのこと。建設的な扱いに思える。
コメント欄では Portenko (1929) も検討しておりレベルの高い議論となっている。IOC の扱いは少し遅れているだけにも見える。
種レベルのオオノスリとニシオオノスリの和名変遷は#オオノスリ備考にて検討した。
The Red-tailed Hawk Project is a multifaceted research effort that aims to understand one of the most abundant, yet mysterious, raptors on Earth (Scott Weidensaul 2025, from Living Bird)
によれば北米のアカオノスリも DNA と渡り経路研究の結果ややこしいことになっている模様。
Accipitridae (BirdForum 2025.4 の情報による)。
この著者は地理的に大きく離れているがナンベイアカオノスリはアカオノスリと同種と考えているらしい。1個体のみをサンプルした Catanach et al. (2024) の系統樹ではかなりはっきり分かれていた。
この記事にもあるようにアカオノスリにあまりの多くの亜種があり、それぞれに色彩 morph がある (ない亜種もある) とのことで、外見のみで判断すれば何種に分かれるのかと感じるぐらい。論文はまもなく出版されるらしいが、アカオノスリが遺伝的に多様でナンベイアカオノスリを内包してしまうのだろうか。
Wild Wonders: Bryce Robinson on The Red-tailed Hawk Project | October 27 2024 (Lake Tahoe Wildlife Care - Education) に登場する Join Bryce Robinson によるアカオノスリの YouTube 解説。
北米は渡り経路で4系統がある。35:40 付近から系統樹が登場。問題のナンベイアカオノスリはアカオノスリの西系統に属する。ナンベイアカオノスリが古く分岐した系統ではなく最も近い系統は最も広く分布する亜種 calurus (この研究ではアイダホの個体のみを用いたとのこと) であった。
系統樹では亜種はかなりきれいに分かれている。東系統のカリブ海の亜種は新しい分岐というわけでもない。西系統でもしナンベイアカオノスリを種と認め、単系統性を厳格に保つならば西系統のアカオノスリを少なくとも 5-6 系統に分割する必要が生じるが亜種 suttoni が単系統をなさないためこの解決方法も使えない。ナンベイアカオノスリをアカオノスリの亜種とするのが最も受け入れいられやすいものと想定できる。
37 - 38 分あたりで西系統の一部が渡りで南米にも到着して定着した考えを示している (驚きの結果となったが種の進化史を考えればそれほど驚きではないかも知れないと述べている)。他にもメキシコの孤立した亜種にも同様の状況がみられる。migratory drop-off については #アカハラダカ備考の [渡り] 参照。
過去から考えられていた機構で、ノスリ類は新しい系統なのでまだ種に値するほど分化を遂げていないだけかも知れない (また現在でも南米まで渡っている個体があるのかも知れない)。
質疑応答の部分でこの研究者はガラパゴスノスリとアレチノスリ (スウェイソンノスリ) も似た関係と述べており、ミトコンドリア遺伝子で系統樹を描くと互いに単系統の関係にならないが、形態的にも生態的にも大きく違って独自の進化を遂げていることから同種と考えないのが一般的 (分岐年代などガラパゴスノスリのところに既述)。
ガラパゴスノスリのような有名種ならば遺伝情報が豊富かと思ったがそうでもないようで、GenBank に長い配列が登録されていない。参考までによく使われる ND2 AY870891.1 から BLAST を行ってみると確かに言われる通りの関係になり、アレチノスリ (スウェイソンノスリ) との一致率は 99.7% となる。やはりノスリ類は分岐が新しいことを実感できる。
cyt b GQ264783.1 から行うと互いに単系統の関係が得られるが一致率は 99.8%。
ヨーロッパノスリと burmanicus の関係の方がむしろ遠い (["Himalayan Buzzard"] 参照)。
Bollmer et al. (2011) Reduced MHC and neutral variation in the Galpagos hawk, an island endemic ガラパゴスノスリの起源となる大陸のアレチノスリ (スウェイソンノスリ) に比べて免疫の MHC 多様性が低い。創始者効果と暴露される病原体の少なさの両方が関係していると考えられる。もっとも今となってはやや古典的な研究で 255 bp の短い配列が使われていた。
Koop et al. (2014) Birds are islands for parasites もガラパゴスノスリの面白い研究で定着している島ごとに鳥もハジラミもハプロタイプが異なるとのこと。ガラパゴスノスリにとってはこの程度の距離でも海を越えるのはよほど抵抗があるらしい。
ガラパゴスノスリは Santa Cruz, San Cristobal, Floreana の島にかつて定着していたが絶滅したとのこと。Genovesa 島はかつて定着した証拠はないとこと。wikipedia 英語版によれば人間活動で生息地が破壊されたり外来捕食者 (ノネコ) の導入によって食物不足となったと書かれている。
全ゲノムが読まれればまた状況が多少変わってくるかも知れない。ガラパゴスノスリはまさしく離島の隔離分布の進化途上と言えるのだろうか。遺伝的にはガラパゴスノスリとアレチノスリ (スウェイソンノスリ) にはほとんど違いがないのでガラパゴスノスリの一妻多夫 ([ガラパゴスノスリや他の猛禽類の一妻多夫] 参照) は行動の可塑性を表している可能性も考えられるかも。同じような状況ならば他のノスリ類で同じような様式が選択されても不思議でない。属は違うがモモアカノスリもそうかも。
ナンベイアカオノスリとアカオノスリの関係はユーラシアのノスリ類を考察するにおいて注意を払っておいてよさそう。
ナンベイアカオノスリの遺伝子が GenBank に2個あるので AY213024.1 から BLAST を試してみるとアカオノスリで 100% 一致するサンプル (USA: New Jersey。東系統に属しそうな位置だが...) がある。この解析は短い配列のみだが Catanach et al. (2024) では核ゲノムも扱った結果相当の遺伝的距離があったものと想像できる。
しかし Catanach et al. (2024) ではアカオノスリの1サンプルのみを用いている (種よりも高いレベルの系統を調べるためで亜種か種かレベルの評価には適していない) のでアカオノスリの地理的な多様性が反映されていないため生じた違いだろう。
この問題は広域分布して種内多様性の高い種に共通の課題だろう (タカ類では例えばカワリクマタカやハチクマなどを想像することができる。旧ノスリでは暫定で分けられている部分もあって詳しく調べると同様の問題が発生するかも知れない)。
北米のカタアカノスリを東西に分離する提案がなされていた。研究は Barrowclough et al. (2019) Phylogeography and species limits in the red‐shouldered hawk (Buteo lineatus): Characterization of the Northern Florida Suture Zone in birds
論文著者は3種に分割を提案。AOS の AOS Classification Committee - North and Middle America Proposal Set 2024-B で検討がなされた。北米の種なので AOS の判断次第となるが、Bryce W. Robinson は2種への分離を提案。計測値も異なる。
日本のノスリ類から想像する以上に体重が軽い印象を受けたが、アメリカ大陸ではノスリ類がいろいろなニッチを占めているためユーラシアで他の系統の役割に相当する種類が存在するためかも知れない。
ミトコンドリア1遺伝子で種レベルの分離を判定するのは難しいと考えるが他の系統では例がある。
西の elegans は音声も違うことはバーダーも研究者も気づいているとのこと。分離する場合は Red-bellied Hawk (Buteo elegans)
の英名を提案 (学名は "優雅なノスリ" となかなかよい。ユウガアジサシの名称があるので英名を訳すよりユウガノスリでよいかも)。結局は採用が見送られ IOC 15.1 では亜種扱い。将来採用される可能性があるが現状ではまだ幻の種学名。情報が揃えばいずれ採用されるのでは?
この提案ではコガモとアメリカコガモ、ベニヒワ、タヒバリの分離など身近な話題も扱われていた。
北米でこの段階であればユーラシアのノスリ類分類問題の決着にはさらに時間がかかるかも。
[ノスリの亜種]
日本産ノスリはこれまでは3亜種がリストされていて、japonicus ノスリ、toyoshimai (Yoshikiyo Toyoshima 由来) オガサワラノスリ (天然記念物。絶滅危惧 IB 類)、
oshiroi (Masao Oshiro 由来) ダイトウノスリ (1970 年代から確認がなく絶滅したと判定された: ダイトウノスリの国内希少野生動植物種からの削除について。また標本も剥製も存在しないそうである) となる。
ダイトウノスリの記載は Kuroda, Nagahisa, 1971 で 南大東島のノスリ新亜種について、個人飼育個体に基づく記載直後に絶滅したことになる。
「日本本土産のものが渡行した起源と考えられる」とある。この論文では詳細な比較の後続論文の予定が記されているが該当するものは見当たらなかった。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)で burmanicus カラノスリが追加された。以下の ["Himalayan Buzzard"] に紹介する。
オガサワラノスリを遺伝的に別の集団とする根拠は Nagai et al. (2019)
Genetic Structure and Diversity of Two Populations of the Eastern Buzzard (Buteo japonicus japonicus and B. j. toyoshimai)
に示されている。
ノスリは日本では東日本で多く繁殖し、西日本では冬鳥の個体が多いので海外でも同様と考えがちだが、フィリピンのルソン島に繁殖しているらしい個体群がある (資料; フィリピンの鳥のチェックリスト 2022)。亜種は不明。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) June 13, 2024 (Pardo de Leon) の写真があるがちょうど換羽を開始したところか。ずいぶん白い個体。
Eastern Buzzards (Buteo japonicus), right before impact に2羽の空中争いの写真が出ている (ルソン島 の Benguet)。
Japanese Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.8.13) にとまった写真がある。脛の羽毛に縞状の模様があり、ふしょがあまり露出していない感じがする。
ケアシノスリと似た特徴がある? Macaulay Library にフィリピンの少数のとまりの写真はあるが、同様の特徴の個体は見当たらなかった。
フィリピンの亜種とダイトウノスリなどとの関係が気になるところだが、いずれ遺伝的関係などが調べられることを期待したい。写真から日本の個体との違いは見つかるだろうか。
#ハチクマの備考 [台湾で留鳥化したハチクマと渡りの謎] の紹介のように、あるいは大陸の渡りのノスリが overshoot/offshoot して島に定着した可能性もあるのではと考えてしまう。
Japanese Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.8.16) に飛翔中の上面の写真が紹介され換羽の進み方がわかる。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.8.13) にも飛び立った直後だろうか飛翔中の写真がある。脛部の縞模様がよく見える。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.9.3) に飛翔中の上面の写真。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.9.9) 飛翔中の側面写真。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.9.27) 飛翔中の上面の写真。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.9.27) とまる直前の画像。翼の両面が見える。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.9.27) 上面の画像。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.9.3)。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.10.29)。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.10.29)。
Eastern Buzzard (Buteo japonicus) (Pardo de Leon 2024.12.1) 時期的には繁殖個体か渡り個体かわからないところ。
[ヨーロッパノスリの亜種]
参考までにヨーロッパノスリの亜種は IOC 14.1 = 13.2 で6亜種で以下の通り: buteo (ヨーロッパに広く分布する留鳥)、rothschildi (アゾレス諸島)、
insularum (カナリア諸島) [かつての arrigonii (コルシカ島、サルジニア島) を含む]。
Rodriguez et al. (2010) Density, habitat selection and breeding biology of Common Buzzards Buteo buteo in an insular environment
にカナリア諸島のテネリフェ島での研究がある。島の亜種として特殊性があるか (insular syndrome) 調べられたが大陸のものとあまり違わなかった。繁殖成功率は高い。競争種はバーバリーハヤブサ Falco pelegrinoides Barbary Falcon (ハヤブサの亜種とされることが多い)。
harterti (Madeira 島) の概念もあり一部のリストで使われているが現在では通常基亜種のシノニムとされる。
一方で Fuerteventura 島のものは色彩に特徴があり、別亜種 lanzarotae と考えるのが適切とのこと: Rodriguez et al. (2017) Phenotypic characteristics of Common Buzzards on Fuerteventura。
この文献では Long-legged Buzzard (一般的な分類ではニシオオノスリ Buteo rufinus) をヨーロッパノスリの亜種 (cirtensis) としており (前述 MaghrebOrnitho 参照)、lanzarotae はヨーロッパノスリの基亜種と Long-legged Buzzard の過去の交雑の結果と考えている。
島ごとに違いがあるのはガラパゴスノスリに似たところがあるが、大陸から比較的近いため複数系統の導入や交雑が起きているのだろう。
pojana は arrigonii のシノニムとされるリストもある。ちなみに poiana はヨーロッパノスリのイタリア名。
ヨーロッパノスリの東部亜種は vulpinus (steppe buzzard、ソウゲンノスリ。vulpinus はキツネに似たの意味だが色を意味するのだろう) がスウェーデン東部、フィンランドなどからコーカサス北部、カザフスタンやキルギスタンの北部、東部を除くロシア、天山山脈からモンゴル西部で繁殖し、長距離の渡りをして大部分がアフリカ東部や南部などで越冬する。
vulpinus を独立種とする考えは古くからあるが、ヨーロッパノスリの基亜種と遺伝的には区別できないそうで広範な交雑が存在する。これらにかつて亜種名が複数 (intermedius など) 与えられていたが vulpinus に整理された。
現在では vulpinus を独立種とする主要リストはない模様。
menetriesi (クリミアからコーカサス、イラン北部の亜種とされ留鳥とされてきたが一部はアフリカに渡るらしい) (主に wikipedia 英語版より)。
Ryabitsev (2014) "Ptitsy Sibiri" (シベリアの鳥) ではシベリアでは西部 (エニセイ川まで) と東部で vulpinus と japonicus の2亜種としているが、後者を独立種とする文献もあることが紹介されている。亜種ごとの絵は示されていない。
steppe buzzard は渡り鳥として中東を多数通過するため研究もいろいろある。Yosef et al. (2019) Footedness in Steppe Buzzards (Buteo vulpinus)
では利き足を調べ、他の鳥類でよく見られるように右足を先に出すものが半数以上だったとのこと。この論文では独立種の扱いとしている。
["Himalayan Buzzard"]
大陸のノスリの亜種 [burmanicus (ビルマの)] も越冬時に観察されているのではないかとの推測 ("大陸型ノスリ") はあったが、近年の GPS ロガーによる追跡とミトコンドリア DNA の遺伝子解析で確認された
[Nakahara et al. (2022) GPS tracking of the two subspecies of the eastern buzzard (Buteo japonicus) reveals a migratory divide along the Sea of Japan; 長崎大学の発表資料]。
亜種 burmanicus が過去の学名変遷の経緯からヒマラヤノスリと呼ばれていることもある。もしかすると将来同一種となる可能性は否定できないものの、日本鳥類目録第8版の和名が確定すれば少なくとも日本国内での名称問題は解消するだろう。
日本鳥類目録第8版和名・学名リスト(2023)でカラノスリとして掲載された。
Nakahara (2022) A migratory divide in the Far East (BOU) に英文解説がある。
Nagai et al. (2020)
Discovery of a Novel mtDNA Sequence in the Eastern Buzzard (Buteo japonicus) in Japan
では Buteo japonicus japonicus (亜種ノスリ) が単系統でなく、日本の B. j. japonicus とオガサワラノスリ B. j. toyoshimai を含む Eastern Buzzard group (fig. 3 では外群にあたるヨーロッパノスリ、ケアシノスリも含まれている) と、
中国、ロシアの B. j. japonicus および "Himalayan Buzzard" B. refectus を含む Himalayan Buzzard group の2系統に分かれることが示された。分岐年代は 81 万年前程度と推定される。
かつての広義ノスリからユーラシアで3分割されたうちの1種である Himalayan Buzzard は現在の通常の学名で Buteo refectus だが、ノスリとよく似ている。かつては (ノスリとヨーロッパノスリが分離されない時代の) 亜種 B. b. burmanicus として扱われていたが、独立種 Buteo burmanicus として扱われることもある。
この論文での引用は IOC 9.1 だが IOC 2.7 - 11.1 の期間 Buteo burmanicus とされ、その前後は Buteo refectus となっていた (いる)。
Himalayan Buzzard は中国、ネパール、ブータンが分布の中心と考えられ、ロシアや日本での報告はなかった。Nagai et al. (2020) によってロシアのサンプル1例が Himalayan Buzzard と判定され、従来考えられているより分布が広いことが示唆される。
しかし東アジア地域のノスリの系統研究や種・亜種の分類には限られた mtDNA 部位以外の遺伝情報の解析や、地理的にもより広いサンプルが必要である。
現在は Boyd のみ Buteo burmanicus の種名を用いているが、前述の名称変遷の経緯に基づく可能性がある。
しかし Nagai et al. (2020) の系統樹に基づいて (いずれも現在の IOC 学名準拠で記す) B. j. burmanicus と Buteo refectus を同種に含めたかも知れない。burmanicus の方が記載が早いので種学名は Buteo burmanicus となる。
この扱いの場合は "Himalayan Buzzard" が大陸東側に広く分布し、ヒマラヤ周辺では留鳥で北方の個体群が渡りを行う描像になる。Boyd は分子遺伝学を第一に分類しているとのことなので、渡り習性や越冬地の違いなどは考慮していない可能性がある。
この扱いの場合は日本にすぐ近い大陸部にノスリと別種が生息して少数が冬鳥として渡ることになる。
いずれが正しいかは今後の研究を待つ必要があるだろうが、日本のノスリは1種増えるかも知れない。
名称もカラノスリが適切かどうか、今後さらなる判断が必要になるかも知れない。
少し歴史を遡ると、Dickinson and Svensson (2012) A new name for a buzzard from the Himalayas は burmanicus が満州で繁殖して南に渡る亜種の扱いで満足だが、
Portenko (1935) の名付けた refectus も burmanicus も Hodgson (1836) が plumipes と呼んだヒマラヤの黒い個体とは異なるとの考えを示し
Circus plumipes Parbattiah [= Hodgson], 1836 に代わる名称として Buteo (buteo) hodgsoni を提案している。
plumipes を用いることができない理由は先述の通り。
burmanicus はシベリア、モンゴル、中国北部、北朝鮮で繁殖し、東南アジアで越冬とされていた。
IOC 11.2 以降は burmanicus をノスリの亜種とし、大陸で渡りを行う個体群を指すとしている:
Recognition of burmanicus as the migratory mainland
Asia subspecies of B. japonicus rather than
the name associated with Himalayan Buzzard is based on James (1988).
Race japonicus is limited to the form that breeds on the main Japanese islands (James 1988; Nagai et al. 2020).
とのことで、IOC ではこの時点から大陸で繁殖するものは B. j. japonicus
とは呼ばないとした。同時に Himalayan Buzzard の学名が Buteo refectus に変更され、現在の扱いに至っている。
refectus の意味は再建された、復興されたなど。Voous and Bijleveld (1964) A note on Himalayan Buzzards, (Aves)
によれば、かつては日本のノスリの亜種とされ Buteo japonicus saturatus Portenko, 1929 (暗色の) (参考) 基産地 Ju-tsuchou (Kham), Central Asia = Tibet チベット) と命名されたが、
Asturina saturata Sclater & Salvin, 1876 (参考 = 現在はオオハシノスリ Rupornis magnirostris Roadside Hawk の亜種) がしばらくの間 Buteo 属に統一されていた時期に preoccupied で無効となったらしい (参考)。
そのため Portenko (1935) が改名したもの。refectus にはそのような経緯が含められているのだろう。亜種の学名字義だけを見ていると命名理由までわからない難解な事例と言える。
saturata / saturatus は性による変化のある形容詞なので Buteo 属にまとまった場合は同一名となる上記事例はまだ理解しやすいが、
Accipitridae (BirdForum 2025.1) によればさらに複雑な事例があるようで、Accipiter ruficaudus Vieillot, 1807 (= Buteo borealis boralis (Gmelin 1788) のシノニム) があるため、
van Rossem (1935) は Buteo magnirostris ruficauda (Sclater & Salvin 1869) を preoccupied と考えて B. magnirostris petulans に改名したとのこと (オオハシノスリの亜種。Buteo 属だった時代の問題。現在が属が変わっていて Rupornis magnirostris)。
しかしこれらの ruficaudus, ruficauda はいずれも合成語で性によって変化する形容詞とみなされないため、この2つの綴りは異なると判定できる。つまり現在の規則では実は preoccupied ではない可能性がある (つまり van Rossem が語形変化を誤解していた可能性がある)。
1961 年以前に preoccupied のため改名された学名は永続的に無効とする規則があるため現在は改名された学名が使われているが、そもそも preoccupied でなかったならばこの条件を満たさない可能性があるとのこと。
現実の事例とはなっていないが、さらにもし別属で ruficaudus と ruficauda の種小名が用いられた種があり、属統合によって同属となった場合は一見男性形と女性形の同じ形容詞に見える2つの種小名が共存可能となる理屈となる (未確認)。
Buteo refectus の場合は preoccupied となった相手の種は現在別属で saturatus は重複しないことになるが、この理屈によれば 1961 年以前の改名のため元に戻さないものと考えられる。
Portenko 自身が気づいて改名したため記載者が変わる問題は起きなかった模様。
ほとんどパズルのような世界だが、Buteo refectus に本来使いたかった学名は Buteo saturatus で "暗色のノスリ" の意味となるので、色彩を考察する場合は記載者が何を考えたかも考慮に入れておくとよい。
Voous and Bijleveld (1964) 当時から Buteo buteo の亜種にするか見解がすでに分かれていたようである。
B. j. burmanicus と Buteo refectus (およびヒマラヤ周辺の個体の遺伝子構造) の関係は十分に解明されているとは言えないので、将来同種扱いの可能性も残るだろう。
ノスリの分類、学名を見る時には最新の文献を参照する必要がある。
Peng et al. (2014) Complete mitochondrial genome of Himalayan buzzard (Buteo buteo burmanicus)
の分子遺伝学研究があるが、前述の BirdForum の指摘によれば Wu et al. (2014) の結語部分をコピー・アンド・ペーストしたことは明らかで直し忘れがあるとのこと (Abstract を見るだけでわかる)。編集委員も査読者も真面目に読まなかったのでは? このグループの論文があまり信頼されていない一端がうかがえる。反面教師のような論文となってしまった。
KM364882.1 が発表された塩基配列で BLAST で処理してみると確かに Buteo buteo とは距離があってヨーロッパノスリとは別種 (GenBank では Buteo japonicus burmanicus となっている) が適切とわかる。ヨーロッパノスリとオオノスリぐらい違っている。
AY423068.1 (韓国で Buteo japonicus japonicus となっているサンプルの cyt b 遺伝子。投稿は 2004 年なので当時の分類を反映していると思われる) をベースに行ってみると burmanicus とは結構違いがある (#オオノスリ備考にもミトコンドリアゲノムを用いた関連情報あり)。
McClure et al. (2020) Towards reconciliation of the four world bird lists: hotspots of disagreement in taxonomy of raptors
にもこの種の学名の扱いを統一 (例えば ICZN による裁定) する提案が出ているので再掲しておく。
分子遺伝学情報が固まらないと種境界が決まらない問題はあるかも知れないが、保全を優先するならば分類上は多少の曖昧さが残っても学名を統一する裁定を行う方が利益があるかも知れない。
さらに古く遡ってみると Dement'ev and Gladkov (1951) ではノスリもヨーロッパノスリの同種で世界的に広く取り扱っている時代であるが、バイカル湖以東の東シベリアから日本に至る亜種を B. b. burmanicus (Oates 1875) と扱っており、インドから東南アジア、中国の一部に渡るとしている。
japonicus (Temminck and Schlegel 1844-1845) もシノニムとして載っているが、すでに使用されている名称 (nom. praeoccupatum) なので burmanicus が優先される扱いとなっている。
'Himalayan Buzzard' (2009.1.26) の記事によれば
Collin and Hartert (Nov. Zool., 34, 1927, p. 51) がこの問題を指摘したとのことで、
Nomina Mutanda (Collin and Hartert 1927) によればチョウゲンボウの亜種に Falco tinnunculus japonicus (Temminck and Schlegel 1844) があってこちらが先に使われたとの判断だった模様。チョウゲンボウの種・亜種の名前については複雑なため #チョウゲンボウ に記した。
Falco と Buteo の属が違うのでよさそうにも見えるが、記載時はどちらも Falco が付いていたことが問題視されたようである。
他の種の記載でも反復して現れるが、Temminck and Schlegel の時代は亜種概念がまだ明確でなく一貫した記法はまだなかった。Falco Buteo Japonicus の名称は (Linnaeus の記載した) Falco Buteo の日本版の意味で使われたと考えられ、Falco Buteo の亜種を現代の三名法で表したものではないと判断できるだろう。
この記載を現代流に文字通りに読めば Falco 属の種に亜種小名 Japonicus を付けたもので、その場合は Falco tinnunculus japonicus の用例が先にあるため Falco 属内で preoccupied になる。
しかし "Falco Buteo の日本版" の意味で Buteo を属名として用いたものと考えれば preoccupied ではない。Temminck and Schlegel の記述を現代の三名法に合わせて解釈してよいかの判断も含まれ大変複雑である。
Portenko (1929) Ueber den taxonomischen Wert der Formen der palaearktischen Bussarde. Erster Teil (p. 642)
はこの件を議論して Buteo japonicus が同じ文献内に述べられているので Buteo japonicus が正当であるとしている。
Temminck and Schlegel が本文中で Buteo japonicus と言い換えを示していなければ Falco 属内で preoccupied となっていたのかも知れない。
もっともこの話も完全に明快とは言い切れず、Le Buteo japonicus のように定冠詞を付けて表している。同じ解説内に現れる Falco tachardus には定冠詞を付けず、Buteo のみ定冠詞が付いているのでこれは学名扱いではなくフランス語で Buse を言い換えたものと主張することも可能なように感じられる。ラテン系言語なのでラテン語の表現を借用することも不自然でない。
同書のサシバの記載のところには Buteo polyogenys またはかつて用いた学名の Falco polyogenys の表現が現れるので、Falco 属と Buteo 属の区分にまだ若干の不定性を感じていたのかも知れない。
ここでは他の著者がサシバ類に Buteo 属を用いていたのでそれに合わせたように読める。
Portenko のノスリ類解説の第2部も同じページからダウンロードできる。
Dement'ev and Gladkov (1951) はこの論文は当然承知していただろうと思われるが重複と判断した理由はよくわからなかった。Portenko (1929) 以降に再度考察されたのかも知れない。
山階鳥類研究所の標本データベースを見ると 1893, 1905 年などの国内の標本ラベルには Buteo vulgaris が用いられていた。
1907 年の中国河北省の標本では Buteo buteo burmanicus。
1923 年の八丈島の標本では Buteo buteo japonicus。
1926 年の新潟の標本では Buteo japonicus japonicus とあるのでこの時は Buteo japonicus に先取権があって大陸のものもこの種の亜種とみなしたらしいことがわかる。
しかし 1929 年の国後島の標本では Buteo burmanicus となっており、japonicus が無効と判断された経緯が反映されていた模様。
1930 年の小笠原の標本では Buteo buteo burmanicus が用いられ、同年の朝鮮半島の標本も Buteo buteo となっていた。
ノスリの分類は昔から変遷を繰り返していたことがわかる。主な理由は japonicus を有効と認めるか、そして種境界の判断である。
過去の文献に Buteo burmanicus の記載があっても現代の burmanicus と同じものを指しているのか、japonicus が無効と判断されて先取権の原則からその学名が用いられていたのか注意する必要がある。
Dement'ev and Gladkov (1951) では東シベリアから日本に至る亜種は現在はヨーロッパノスリの亜種とされる vulpinus に近いとみなされていた。
toyoshimai も載っているが地図の場所は琉球になっており (解説文は正しい) 何かの誤解があった模様。refectus もチベット・ヒマラヤの亜種としてすでに載っていた。
自身が海外画像を見たところでは、モンゴルなどの繁殖期の個体と狭義の "Himalayan Buzzard" は非常によく似て見える。渡りを行うかどうかの形質は種境界の判定には必ずしも有効でなく (例えばハチクマの orientalis)、"Himalayan Buzzard" の分布は実は北方までずっと広がっているのではないだろうか。
分布の類似性についてはトビの亜種 lineatus も参照。
#ワキスジハヤブサと#シロハヤブサの関係については近年高精度のゲノム研究が行われており、性染色体に種を特徴づける遺伝的特徴が見つかっている (シロハヤブサ備考の [シロハヤブサとワキスジハヤブサの関係、"Altai falcon" とは何か])。
この場合は両者が鷹狩りに使われるため、また "Altai falcon" が独立したタクソンに相当するかの長年の疑問もあって詳しく研究されたもの。ノスリの方が遺伝的にはよく混ざってそうだがノスリも高精度のゲノム研究が行われると意外な結果も得られるかも知れない。高地に生息するノスリは遺伝的に少し違うかも知れない可能性を少し考えておきたい。burmanicus がどちらに入るか次第で日本産ノスリ類が1種増えるかも (?)。
日本のノスリの衛星追跡研究: Hijikata et al. (2022)
Satellite Tracking of Migration Routes of the Eastern Buzzard (Buteo japonicus) in Japan through Sakhalin。
サハリンまで渡り、国内の移動経路も記されている。
Eastern buzzard (Buteo japonicus) で経路が見られる。
[関連亜種一覧]
ノスリ、ヨーロッパノスリ、"Himalayan Buzzard" について、以下記載時学名、基産地は Avibase。その他の亜種またはシノニム記載もわかる範囲で含めた。
・Falco Buteo Linnaeus, 1758 o1 (原記載) 基産地 Europe; restricted to Sweden by Hellmayr and Laubmann, 1916 (Hellmayr and Laubmann がスウェーデンに限定) ヨーロッパノスリ
・Falco desertorum Daudin, 1800 * (参考) 基産地 アフリカ = vulpinus (+ 他種?)
・Buteo vulgaris Daudin, 1802 * (参考) = Falco Buteo Linnaeus, 1758?
・Buteo mutans Vieillot, 1816 * (参考 1, 2) = Falco Buteo Linnaeus, 1758? 同定不詳
・Buteo fasciatus Vieillot, 1816 * (参考 1, 2) = Falco Buteo Linnaeus, 1758
・Buteo variegatus Billberg, 1828 * (参考) = Falco Buteo Linnaeus, 1758
・Buteo communis Millet, 1828 * (参考) = Falco Buteo Linnaeus, 1758
・Falco pojana Savi, 1831 o1 基産地 Tuscany, Italy (イタリア)
・Falco vulpinus Gloger, 1833 o1 (原記載) 基産地 Africa. Type from Cape Province (アフリカ。タイプ標本は南アフリカ)
・Buteo fuscus Rylands, 1837 * (参考) = Buteo vulgaris = Falco Buteo Linnaeus, 1758
・Buteo fuscus MacGillivray, 1840 * (参考) = Falco Buteo Linnaeus, 1758 に新名を与えたものと判定
・Faclo buteo japonicus Temminck & Schlegel, 1844 o2 (原記載) 基産地 Japan (日本) Faclo は誤記
・Buteo capensis Temminck & Schlegel, 1844 * 上記と同ページに現れる。Portenko (1929) では desertorum の改名で = vulpinus と判定
・Buteo rufiventer Jerdon, 1844 * (参考) 基産地 Neilgherries? (インド) Portenko (1929) では = vulpinus と判定
・Buteo minor Brehm, 1855 * (参考) Portenko (1929) は無効と判定
・Buteo anceps Brehm, 1855 * (参考) 基産地 北東アフリカ Portenko (1929) では = vulpinus に入れているが他種と判別は判定困難とのこと
・Buteo minor Heuglin, 1856 * (参考) 基産地 Nubien, Fazoglo?, Abyssinien (アフリカ東部) = Falco Buteo Linnaeus, 1758 と一度は判定された模様。
参考 によれば Buteo tachardus = 現在の Buteo oreophilus と判定。The Key to Scientific Names の情報をもとに判断するとその後分離され = 別種 Buteo trizonatus となると考えられる
・Buteo vulgaris var. etrusca Pelzeln, 1862 * (参考) Falco pojana の新名 = pojana
・Buteo vulgaris var. obscura Pelzeln, 1862 * (参考) 基産地 オーストリア = ?
・Buteo Delalandi (Delalandii) Des Murs, 1862 * (参考) 基産地 アフリカ Portenko (1929) では vulpinus と Buteo brachypterus Madagascar Buzzard の混合と判定
・Buteo auguralis Salvadori, 1865 * (参考) = Falco desertorum Daudin, 1800 = vulpinus (+ 他種?)
・Buteo burmanicus Hume, 1875 (原記載) 基産地 Thayetmyo, Pegu, Burma. Migrant (ビルマ。渡り鳥) = refectus (Dickinson & Svensson 2012)
・Buteo linnei Malm, 1877 * (参考) = Falco Buteo Linnaeus, 1758
・Buteo menetriesi Bogdanov, 1879 o1 (参考) 基産地 Caucasus (コーカサス) vulgaris に含まれたことがあった
・Buteo vulpinus ruficaudus s. typicus Menzbier, 1889 * 基産地 トルケスタン = vulpinus (Dement'ev and Gladkov 1951)
・Buteo vulpinus typicus Menzbier, 1889 * 基産地 ロシア = vulpinus 同上
・Buteo vulpinus intermedius Menzbier, 1889 * 基産地 ロシア = vulpinus (Dement'ev and Gladkov 1951)
・Buteo vulpinus fuscoater (fusco-ater) s. fuliginosus Menzbier, 1889 * 基産地 ロシア = vulpinus (Dement'ev and Gladkov 1951)
・Buteo zimmermannae Ehmcke, 1893 (原記載) 基産地 ドイツ? = vulpinus
・Buteo buteo insularum Floericke, 1903 o1 (参考 1, 2) 基産地 Grand Canaria (カナリア諸島)
・Buteo buteo Arrigonii Picchi, 1903 基産地 Sardinia (サルデーニャ島) = pojana
・Buteo buteo lanzaroteae Polatzek, 1908 * (参考) 基産地 Lanzarote, Canary Ids. (カナリア諸島) = insularum? (亜種認定される可能性あり)
・Buteo buteo harterti Swann, 1919 (原記載) 基産地 Madeira. Type from Santo Amaro (マデイラ島) = buteo
・Buteo buteo rothschildi Swann, 1919 o1 (原記載) 基産地 Terceira, Azores (アゾレス島)
・Buteo buteo bannermani Swann, 1919 別種 (原記載) 基産地 St. Vincent, Cape Verde Islands (ケープベルデ) ケープベルデノスリ かつてはヨーロッパノスリ (ノスリ) に含まれていた (未確定)
・Buteo japonicus toyoshimai Momiyama, 1927 o2 基産地 Okimura, Coffin Island, Bonin Islands (小笠原)
・Buteo japonicus saturatus Portenko, 1929 * (参考) 基産地 Ju-tschou (Kham), Central Asia = 無効名で refectus の新名に改称
・Buteo japonicus refectus Portenko, 1935 o3 (原記載) 基産地 Ju-tschou (Kham), Central Asia (saturatus の新名)
・Buteo buteo meridionalis Trischitta, 1939 * (参考) 基産地 Italia centrale-meridionale e Scicilia (イタリア中央部、シシリー島) = pojana?
・Buteo vulgaris hispaniae Jordans, 1939 基産地 Linares de Riofrio, Salamanca, and Mosqueruela, Teruel, Spain (スペイン) = buteo
・Buteo buteo oshiroi Kuroda, 1971 o2 (原記載) 基産地 Minami Minamidaito, Daito islands (南大東島)
・Buteo socotraensis Porter & Kirwan, 2010 別種 (原記載) 基産地 Socotra (ソコトラ島) ソコトラノスリ かつてはヨーロッパノスリ (ノスリ) に含まれていた
学名の後に o のある亜種が IOC 14.2 に載っているもの。o1 = ヨーロッパノスリ、o2 = ノスリ、o3 = Himalayan Buzzard の亜種。別種 は IOC 14.2 で別種。
* は Avibase に現れないもので近年の世界のリストに登場したことがない模様。
= 以降は通常のリストでシノニムとされる亜種。
Menzbier (1889) の記した3つは Dement'ev and Gladkov (1951) によれば色彩の型を表したものとのこと。
この学名一覧だけを見ると Buteo vulpinus が独立種扱いされて亜種があったように見えるが、この時点では単なる色彩表現で亜種とみなすのは適当でないだろう (当時は亜種概念もはっきりしていなかった)。intermedius は2つの型の間の色調の意味。
Portenko (1929) によれば Kleinschmidt が Buteo vulpinus を独立種としていた。
Buteo desertorum (Daudin, 1800) の名称はかなり使われていたようで、英国での記録や、Buteo desertorum Daud. のように登場する。
この記事ではドイツ語名で Steppenbussard, Wuestenbussard (ステップノスリ、荒れ地のノスリ Wueste は英語 waste に対応) と表現している。シノニムに Buteo tachardus = (現在の Buteo oreophilus か分離された Buteo trizonatus)、Buteo cirtensis = 現在の Buteo rufinus が含まれているように単一種の概念ではないと判断され古い学名だが無効となったものと想像できる。
それ以前は先取権がある名前と考えられていた模様。
当時も英語で steppe buzzard と呼ばれていたが現代の steppe buzzard ソウゲンノスリ よりは広い意味で使われていたよう。通常のヨーロッパノスリとは違うものが訪れていることは古くから気づかれていた模様。
Falco Buteo Linnaeus, 1758 を用いなければ、ヨーロッパのノスリは基本は Buteo vulgaris ("普通のノスリ" の意味で英語 common buzzard, フランス語 buse commune に対応) と Buteo desertorum ("荒れ地のノスリ": desertum 砂漠 の複数属格) の2種になっていた時代があったらしい。
当時の規則や慣習があったのだろうと想像するが (未確認)、何でも含んでいた Falco 属の中で Buteo 属を独立させるのが適切と考えられるようになって、代表種である Falco Buteo をグループととらえ Buteo vulgaris のように種小名から属に昇格とともに新しい属の中で新たに種小名を与えたものと想像できる。
他の属の例をみると新しい属の中に複数種がある場合は代表的な種に過去にも使われていた vulgaris を付けた、あるいは英語やフランス語の一般名に対応する形にしたのではないかと想像できる。
当時はトートニムとなることが積極的に避けられていたようで、学名の成り立ちからも納得できる。
名詞 + 形容詞 の形であればごく自然だが、名詞 + 名詞 はラテン語的にはあまり自然でない。特に2つの名詞が同一 (トートニム) では同じものを重ねる必要性がなく不自然である。そのため種小名から属に昇格の場合は同じ単語が並ぶことを避けて別名を与えたのだろう。
この用法はかなり長く使われていたようで 19 世紀の長期にわたって用例がある。属を提唱する、あるいは変わった時に新しい種小名を与えることは提唱者にとっても自身の名前を後世に残すのに役立ち、属が乱立したり複数の新名が生じる要因ともなっていた模様。
現在のようにトートニムを認め、属に昇格しても種小名を変えない規則は後から作られたものではないだろうか。その結果 Buteo buteo に戻されたのではないか。
[北京で記録されたヨーロッパノスリ?]
A possible Steppe Buzzard in Beijin (2021) によればヨーロッパノスリはまだ北京で記録されたことはないが、この個体はそのように思える (ノスリと並んだ画像で小さいなど)。
steppe buzzard (Buteo buteo vulpinus。上記 [ノスリの亜種] 参照) というヨーロッパノスリの亜種ではないかとのことで、専門家の判断を仰いだところ純粋な亜種ではないと思われるとのこと。ノスリ属はまだ歴史の浅いグループで種分化が不完全のため、雑種の可能性も考えられるとのこと。
この記事の解説ではヨーロッパノスリの個体差は非常に大きいが、ノスリではそうではない。そのためにノスリの中に変わったものが混じっていると見分けやすいとのこと。
先崎 (2015) Birder 29(10): 20-21 では赤茶のノスリが Buteo buteo vulpinus である可能性を検討している。
Kappers et al. (2018) Inheritance patterns of plumage coloration in common buzzards Buteo buteo do not support a one-locus two-allele model
の研究ではヨーロッパノスリの色彩は1遺伝子でメンデル遺伝をするものではなくポリジーン由来と考える証拠が見られた。従来は中間型の morph の適応度が高いため色彩多形が維持されているとの見方があったが、ポリジーンの場合にはおそらくそれでは説明できず環境との関係で色彩多形が保たれているのだろうとの考え。
Weiss and Yosef (2010)
Steppe Eagle (Aquila nipalensis) Hunts a Eurasian Buzzard (Buteo buteo vulpinus) While in Migration over Eilat, Israel
イスラエルで渡り中の Steppe Buzzard がソウゲンワシに捕食された事例。
ヨーロッパノスリの渡り経路。個体により異なり比較的短距離を渡っているのがわかる。
Common Buzzard, Southern Sweden (スウェーデンの事例)、
Common buzzard (Buteo buteo) Lithuania CORPI (リトアニアの事例)。
[英名の語源]
遡ると古フランス語 busart, busard で、古フランス語 buison, buson (現代フランス語でノスリを表す buse) でラテン語の buteo 由来の可能性がある。これに接尾辞 -ard (ゲルマン祖語 *harduz 硬い に由来) を付けたもの (wiktionary)。
Dement'ev and Gladkov (1951) によれば古ドイツ語 Bus-aro に由来とのことでミャーと鳴くワシとの記述がある。ロシア語の kanyuk に類似の意味で興味深いとの文脈で出てくる。
aro は Aar (#トビ備考の ["トビ"類のドイツ語名]) と関係がある。aro = arn (高地古ドイツ語でワシ) で Aar はこれから派生したもの (wiktionary)。こちらは buzzard 語源の別説となる。
aro, 古ノルド語で orn は他言語にも現れるので理解する上の参考になるだろう。イヌワシのデンマーク語 kongeorn、スウェーデン語 kungsorn など。ロシア語の orel も似ているのだが語源は諸説あるらしい (Kolyada et al. 2016)。
[ノスリの漢字の意味]
中国語でも同じ漢字が使われているためおそらく出典があるのだろうと調べてみると
中国神話の奇妙な鳥を集めてみた。怪鳥特集3 (*、狂鳥、鳴鳥、黄、青、鳥、蕃鳥) (プロメテウス 2017)
狂鳥というのはもともとは鳳凰だったとのこと。中国語のページでも同じように書かれている (そこで使われる名称をもとに探すと日本語での解説があった次第)。
狂った鳥ではなくおめでたい神鳥と理解しておけばよいのだろう。
日本の記事で検索すると ノスリ 馬糞鷹の汚名返上 (高橋 コウノトリ文化館 2006) のような記述があり、やはり日本語のみで探すと話が違う方に行ってしまうかも知れない [大橋 (2024) Birder 38(2): 50-51 にこの解釈に基づく説明があり、出典はいずれも同じかも]。
[タカも動脈硬化になる!?]
Shrubsole-Cockwill et al. (2008) Atherosclerosis and Ischemic Cardiomyopathy in a Captive, Adult Red-Tailed Hawk (Buteo jamaicensis)
によれば少なくとも 19 歳の飼育下のアカオノスリが剖検により動脈硬化で小規模な心筋梗塞 (虚血性心疾患) を繰り返していたことがわかったとのこと。ノスリ属では初事例とのことであるが、オウム目ではよくある (10-15%) とのこと。
猛禽類ではハヤブサ、ハクトウワシ、イヌワシ、ソウゲンワシ、ボネリークマタカ、ヘビクイワシで報告事例があるとのこと。
論文では高コレステロールの餌や野外に比べて極端な運動不足を原因に挙げている。食事由来のコレステロールの役割についての認識はヒトでは近年はだいぶ変わっているが、ここでは古い方に認識に基づいたものになっているかも知れない。猛禽類の代謝 (糖新生が中心となる) を考えると肉食では動脈硬化が起きにくいように思えたので取り上げてみた。
[オビオノスリはヒメコンドルに擬態?]
アメリカ大陸のオビオノスリ Buteo albonotatus Zone-Tailed Hawk はより弱い鳥であるヒメコンドル Cathartes aura Turkey Vulture に擬態 (通常の擬態は自衛のためであるが、ここでは逆の aggressive mimicry 攻撃的な擬態) することで自身の捕食行動を有利にしているとの解釈がある。
Willis (1963) Is the Zone-Tailed Hawk a Mimic of the Turkey Vulture?。
Mueller (1971) Zone-tailed Hawk and Turkey
による反論があり、擬態よりも航空力学的要請の結果 (つまり収斂進化) では。
Zimmerman (1971)
Comments on Feedng Habits and Vulture-Mimicry in the Zone-tailed Hawk
ではオビオノスリの行動や他種の反応から擬態よりも航空力学的要請の方がそれらしいが擬態の可能性は排除できず興味深い事例として研究に値するとしている。
その後も多数の観察報告があり、Bildstein (2017) "Raptors" では aggressive mimicry の可能性のある種類として最もよく調べられているとのこと。
Willis (1963) は同様の可能性のある例として モモアカハイタカ Astur bicolor が モモアカトビ Harpagus diodon にを挙げているが Amadon (1961) は結論できないとした。
タカがハゲワシ類に擬態している可能性として クロノスリ Buteogallus anthracinus がクロコンドル Coragyps atratus も挙げているがあまり似ていない点もあると述べている。
Willis (1963) の時点はオビオノスリが唯一の事例の可能性があるとのこと。
モモアカハイタカとモモアカトビの関係については Prum (2014) (#ハチクマの備考 [擬態と種・亜種の関係]) は逆の可能性を考えている。
オビオノスリとヒメコンドルの関係については Aggressive mimicry にも紹介されているが鳥類では他にあまり例がない模様。Bildstein (2017) "Raptors" にはハイイロオオタカの白色型が白色のオウム類に擬態している (#ツミの備考参照) 事例を含めて猛禽類で指摘されているのはこの2例だけと解説している。
クロカッコウハヤブサがより弱い鳥であるカッコウに擬態することで捕食を容易にする説の可能性も紹介されている (#ハチクマの備考 [ハチクマ亜科の他種] 参照)。
Matilda et al. (2020) Camouflage in predators 鳥の話は少なめだがさまざまな動物群について提唱されている aggressive mimicry のレビュー。上記のタカ類の話は古く提唱されているものの根拠はあまりはっきりしないとのこと。
オオタカの幼鳥がヨーロッパノスリに擬態 (この場合 aggressive mimicry を想定) しているかどうかを調べた研究がある: Spicka et al. (2024) Function of juvenile plumage in the northern goshawk (Accipiter gentilis): aggressive mimicry hypothesis
カササギは2種を見分けていてこの仮説は当てはまらない結果となった。
[ヨーロッパノスリの morph の意義]
Pauli et al. (2015) De novo assembly of the dual transcriptomes of a polymorphic raptor species and its malarial parasite
ヨーロッパノスリの色彩多形では morph によって寄生虫の傾向が異なり、暗色型は Carnus haemapterus に寄生されるが、淡色型はより強力なマラリアに似た原虫 (Leucocytozoon buteonis) に寄生される傾向が知られている。
このチームはドイツ西部のヨーロッパノスリのひなからサンプルを得て、色彩多形を持つ猛禽類で初となるほぼ完全なトランスクリプトーム解析を行った (Buteo 属でも初とのこと)。Leucocytozoon のトランスクリプトームも副産物として得られた。1羽は落下して死んだ個体で複数の臓器や皮膚のデータを得た。
臓器に比べて羽毛に発現する遺伝子が圧倒的に多く、羽の成長中であること反映している可能性がある。
背面の暗色部位には免疫に関係する6遺伝子が検出されたが腹面の淡色部位では1つのみだった。提案されていたメラニン色彩と免疫との関係を裏付ける遺伝的証拠
[南アフリカのオオハイタカ Astur melanoleucus Black Sparrowhawk で提唱されている: cf. Lei et al. (2013) Differential Haemoparasite Intensity between Black Sparrowhawk (Accipiter melanoleucus) Morphs Suggests an Adaptive Function for Polymorphism] となるとのこと。
どの遺伝子が関与しているかを議論するにはまだ早いがいくつかの候補シグナル経路を提案している。
morph によって候補遺伝子の背面/腹面の遺伝子発現の違いがあることがわかった。
ひなから低侵襲でサンプルが得られることが判明したので今後に期待できる。
タカ類の morph の寄生虫に対する免疫との関係を調べるパイロット研究となりそう。
[ガラパゴスノスリや他の猛禽類の一妻多夫]
上田 (2024) Birder 38(3) 28-29 に晩成性で一妻多夫の例としてガラパゴスノスリが取り上げられいる。関連文献をいくつか紹介しておく。
Faaborg et al. (1995) Confirmation of cooperative polyandry in the Galapagos hawk (Buteo galapagoensis)
1羽のメスに複数 (2羽が多いが最大8羽まで) のオスがつがいになり、すべてのオスがメスと交尾し餌運びを行う cooperative polyandry の繁殖形式をとる。この文献で DNA フィンガープリント法で実際に複数のオスの子供が確認された。繁殖にかかわったオスは特に血縁関係にはなく、血縁選択を必要とする仮説は棄却される。
同一のオスが複数年にわたって同じグループにとどまり、"通りすがり" の個体が繁殖に参加しているわけではない。
Dawson and Mannan (1991) Dominance Hierarchies and Helper Contributions in Harris' Hawks
では共同繁殖をするモモアカノスリで社会的劣位 (ホルモンレベルが低い?) 個体によるヘルパー行動が記録されている。
Kimball et al. (2003) Occurrence and Evolution of Cooperative Breeding Among the Diurnal Raptors (Accipitridae and Falconidae) のレビュー論文では
cooperative polyandry に区分される他の猛禽類に モモアカノスリ Parabuteo unicinctus Harri