村田希巳子
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ボストン近郊の鳥たち(その5)
ほんの2、3回で書き終える予定だった、3月のボストン近郊の旅行記の報告も、いつの間にか5回目になってしまった。毎日雪が降り積もっていた厳寒のボストン近郊の旅行記を、猛暑の中で書くのもどうかと思うので、今回でそそくさと終了させようと思う。
ヒメハジロが、港のなかにあちこち浮かんでいるナンタケット島に到着し、次に出会った鳥は、馬鹿でかい白黒のカモ、ホンケワタガモ(Common Eider)だった。大きさは70センチ。海ガモのなかで最大級の大きさを誇り、メスの柔らかい羽根が、高級なダウンとして枕やジャケットに使われる。カルガモが61センチ、ツクシガモが63センチだから、それよりも少し大きい。北海道でコケワタガモ(46センチ)が見られるが、これは、ホンケワタガモを小型にしたようなカモだ。このカモは、北アメリカ、シベリア、北極圏東部に生息する。
まず私は、鳥情報を得るために、島の多くの人々に尋ねた。驚いたことに、自転車屋さん、ホテルのスタッフ、道行く人、誰に聞いても、皆、鳥のことに詳しいのである。日本では、こんなことは考えられない。曽根干潟のすぐそばに住んでいても、鳥のことはあまり関心がない人が多い。ところがここでは、「どこに行けば、鳥が見られますか?」「どんな、鳥に出会えますか?」と聞くと、すぐに答えが返ってくる。感激しながらも、なぜだろうと不思議に思った。
お蔭で、最短コースで、様々な鳥に出会えた。自転車で10分ほど行ったところに、美しい灯台が建っていて、そのそばになんとミヤコドリが2羽いた。感動してじっくり見ると、立派なオレンジ色の嘴はあるが、背中が黒ではなく茶色なのだ。正式名は、アメリカミヤコドリ(American Oystercatcher)というのだそうだ。その横に、コクガンに似たガンが群れている。最初はカナダガンかと思ったが、頬のところの白い部分があまりはっきりしない。それで調べてみると、ブラントガチョウ(Brant Goose)だった。この鳥は、島の西側のあちこちで見られた。
自転車屋さんが、島の東側に自転車で2時間ほど行くと、珍しいカモメがいると言う。「西や北側で見られるのは、ほとんどがセグロカモメ(Herring Gull)だけど、東側にはBlack-headed Gullがいるよ」というのだ。「うわあ、どうしよう」。しばらく考えてみて、ふと気が付いた。Black-headed Gullって、ユリカモメ? なあんだ、早く気が付いてよかった。片道2時間も自転車で行ってユリカモメに会うのは、いくらなんでも悲しすぎる。危ないところだった。でも東では、たまにはボナパルトカモメに会えるという。少し後ろ髪が引かれる気がした。日本でめったに見られない鳥を、外国で楽に見よう、というのが私のモットーだ。まあ、次回に期待しよう。
それから、海岸近くの葦の茂みに行くと、そこは山野鳥の天国だった。例の真っ赤なショウジョウコウカンチョウ(Northern Cardinal)は30羽以上見たし、黒いムクドリのような背中に、異様に真っ赤の丸い塊のある、ハゴロモガラス(Red-winged Blackbird)にもたくさん出会った。この鳥は、姿は美しいが、耳をつんざくような声で鳴く。スズメもほとんどが渡り鳥で、美しい声で鳴くウタスズメ(Song Sparrow)やヌマウタスズメ(Swamp Sparrow) にも出会えた。その他、キビタキに似た美しい黄色い鳥や、オオルリに似た青い鳥たちにも出会えたが、名前は分からないままだった。池の中にたくさんのマガモ(Mallard)がいたが、その中で、ホオジロガモ(Common Goldeneye)に出会ったときは、感動した。
通りがかりのおじさんが、双眼鏡を持っている私に、「どんな鳥に出会ったの?」と聞いてきた。「たくさんのショウジョウコウカンチョウと、ミヤコドリ2羽に出会ったよ」と答えると、「ああ、今ショウジョウコウカンチョウは36羽、ミヤコドリは5羽入っているからね」とのこと。驚いた。どうしてわかるの? 答えは意外なところにあった。島では毎週、ナンタケット新聞が発行され、そこに日本野鳥の会のようなアメリカ最大の野鳥組織であるオーデュボン協会が島の野鳥を調査し、その結果を報告しているのだった。記事は、かなり大きなスペースがさかれていた。前の週の探鳥報告なので、島民は1週間後の鳥情報を入手していたのだ。
ナンタケットの人々は、鳥に親しみを持ち、特に絶滅危惧種にも詳しい。「この島のミサゴが、10年前に絶滅したけれど、6年前、他のミサゴがやってきて営巣を始めたので、みんなホッとしたよ」という話も聞いた。島の人たちと鳥について話すと、すぐに会話が弾む。なんとすばらしい島だろう。人々は、自然をこよなく愛している。そしてナンタケット島は、野鳥の宝庫である。絶対にもう一度訪れよう。あの人たちと、また野鳥のことを、たくさん語りたい。そう願いながら、島を離れた。
(終わり)
(「北九州野鳥」2011年9月号より転載) ※「北九州野鳥」は日本野鳥の会北九州の会報)
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