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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2017-09-20

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録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

鳴き声録音・韓国の野鳥に初挑戦の記(第一回)

自分で録音した野鳥の声をもとにCD(当初の頃はカセットテープ)を制作し、「自然が好きで、野鳥の声も聞きたい」と思っても、自らの力ではそのような場所に出かけることができない障がい者に届けるボランティア活動を始めて、今年(2011年)で丁度満10年になります。

今までは、おもに私が住んでいる福岡市内をはじめ、福岡県西部の背振山系の山々や、そこから北に広がる平野部、そして今津干潟や泉川の干潟が私のメイン・フィールドでした。

時には、野鳥の会・筑豊の広塚事務局長から情報を頂いて英彦山へ出かけたり、時と場合によっては平尾台や、佐賀県北部、阿蘇や、久住に遠征することもありましたが、いずれにせよ私の行動範囲は九州の北半分というエリアの中で野鳥との声の出会いを求めてきました。

目的の割には行動範囲が狭いかもしれませんが、それでも情報提供してくださる協力者の皆さんのお蔭や幸運に恵まれて、毎年新しい鳥の声との出会いがあり、それなりのCD作品を作ることができて、希望される皆さんにお届けすることができてきました。

しかし今年、一つの節目の年に際して、何か特別な企画を考えてみようと思い立ち、数年前から心の中に暖めてきた韓国へ行ってみることにしました。

じつは、今から4年前となる2007年の春に、NHKハイビジョンで「21世紀の仏教」というシリーズ番組があり、作家の五木寛之さんが毎回アメリカ、フランス、中国、韓国を回って寺院や禅の指導施設を回って話を聞く内容の放送がありました。

私は特定の宗教信者でも信仰心が厚い人間でもありませんが、五木さんの人柄の魅力に惹かれたのと、それぞれの国の精神文化に興味を感じて、ただ何となくと言った感じで見ていたのですが、その中の「韓国編」で、心を動かされる音のシーンがありました。それは韓国慶尚北道・太白山国立公園内の山深い場所にある名刹「浮石寺」でのことでした。

くれなずむ山々をバックに、若い修行僧が一心不乱に大太鼓を打つ場面です。僧侶のバチ捌きの躍動感と、快適なリズムと大音量が心に迫ってきます。やがて大太鼓が鳴り止むと、今度は日本の寺院の音とは深みの違う音色の梵鐘が打たれます。

それらの音が寺の周りを囲む山々に響き渡り、溶け込んで行きます。テレビの画面で見て聞いただけなのに、この時私はとても感動し、いつかこの音を目の前で聞き、録音したいと思ったのです。これが韓国行きの一番目の動機です。

また、昨年の晩春に、糸島市の南の外れにある「雷山」の北山麓で、まったく偶然の幸運から1羽のコウライウグイスの声を録音できると言う、たいへんラッキーな経験をしました。

恥ずかしながら、私は相当程度の重い方向音痴で、英彦山に出かける時でも帰り道に通る、嘉麻市や飯塚市内でたいてい道を間違えて、数十分も時間を無駄にするほどです。

このコウライウグイスの時も、私が田舎道を一本間違えたために、小さな山に突き当たってしまい、そこに偶然彼がいて、なぜか機嫌よく間近で鳴いてくれたものを良い録音に録ることができたのです。

このことが韓国へ行く二つ目の動機となりました。「そうだ、韓国へ行って本場のコウライウグイスの声を録音しよう。それに、日本では聞くことができない鳥が多くいるかもしれない。とくにコノハズクは有望だろう」と勝手に思い込んでしまいました。と言うのは、私が録音したくても未だに良い録音ができていない鳥の一つがコノハズクで、英彦山にも何度も挑戦しましたが、未だに使えるほどの音が録れないでいます。

一方テレビで、韓国の歴史ドラマを時たま見ていると、夜の屋外のシーンでは、バックで必ずと言っていいほどコノハズクが鳴いているのに気がつきました。つまり、コノハズクの声が聞こえると夜を現す、というコンセンサスが韓国の人々の間に出来上がるほど、韓国の夜はこの鳥が鳴いているのではあるまいか、私は安直にそう思ったわけです。

これらが今回の韓国行きを決心した動機となりました。

さて、話が少し方向転換しますが、日本が植民地化するまでのおよそ500年間、韓国では李氏朝鮮王朝が続きました。この時代は儒教が国教とされて、それまで栄華を誇り、爛熟期を通り越し、すでに腐敗・堕落していた仏教は弾圧・排斥され、殆どの寺は街から山へ追い払われました。その結果今も韓国有名大寺院の多くは道立公園や国立公園といった自然豊かな深い山中にあり、純粋に祈りと修行の場となっています。

しかし、今日深い山にある寺院は、信仰の対象である以上に、一般の韓国国民にとっては自然の中に遊びに行ける絶好のレジャーポイントとなり、また恋人たちのデートスポットとなっています。その結果、当然寺への道路は整備され、多くは路線バスも乗り入れています。

そんなわけで、韓国に野鳥を探しに出かけるには、それら山中にある大寺院を巡る旅をするのがもっとも便利で近道だと考え、およそ10ヶ所の寺院を半月かけて訪れる計画を立てて、2011年5月27日、まずは博多港からビートルに乗って釜山に渡り、旅のスタートを切りました。

ソウルなど北の地方を除く、韓国の中、南部をほぼ一周し、10の寺(山)を半月で回ると言うのは、後に韓国通の友人から、「70を超えたジイサンのする旅ではない、やることが無謀すぎるよ」と言われたほど過酷な行程の旅となりました。ある程度覚悟はしていたのですが、それは想像以上のものでした。

交通機関(おもに高速バス)で移動して、目的の寺(山)に近い田舎町に宿を取り、夕刻早めに寺に登って録音し、その後タイマーをセットしたマイク・レコーダーを山中に設置、下って一泊し、早朝また山へ登り、レコーダーを回収、可能な限り録音して下山。

急いで次の街へ高速バスで移動する。約20キロの重い荷物を背負ってのこうした行動は、私の年齢では楽なことではありません。毎日これの連続だった上に、言葉が通じないストレスも加わり、心身の疲労は並大抵ではありませんでした。

釜山を出発して早くも3日目に風邪を引いてしまい、以後それが完治しないままに旅を続けたので、ほんとうに冗談ではなく、途中もっとも苦しい時には「生きて帰れないかもしれない」とまじめに思ったほどでした。

苦労の連続で、本当に過酷な旅でしたが、そこそこ収穫もありました。次回は、具体的にどんな野鳥に出会って、どんな録音が出来たのか、ほかのエピソードも交えてご報告したいと思います。一言で言えば野鳥は多かったです。大雑把に言えば日本の山の三倍はいました。

(「野鳥だより・筑豊」2011年8月号 通巻402号)

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