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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2017-09-20

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録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

鳴き声録音・韓国の野鳥に初挑戦の記(第三回)

前号(第二回)では、今回の韓国旅行を私が思いつく一因となった2007年放送のNHKの番組「21世紀の仏教・韓国編」で、五木寛之氏が訪れた慶尚北道・小白山国立公園の山中にある「浮石寺」を大きな期待を持って訪ねたことを書いて結びとしました。

残念ながら私が行った日の夜から、タイマー録音をかけたレコーダーを採りに再び訪れた翌朝にかけてはひどい雨となってしまい、残念ながらレコーダー2台には鳥の声はなく、ただ強い雨音だけが入っていました。そう言えば、前日の夕方早めに寺院の最奥部から続く登山道から山に入る道を行き、レコーダーを仕掛ける場所を案内してくれたこの寺のボランティア・ガイドで、流暢な英語を話す李さんが「ミスター・タナカ、この山には野鳥が多く、あなたが期待しているコノハズクはもちろん、カッコウの仲間や多くの種類がいます。でも、残念なことには今晩から明日朝にかけては雨が降りそうです。私の経験では、雨が降る夜や朝には鳥たちは鳴きません。あまり期待しないほうがいいですよ。」と言われていたことが、その通りに当ってしまいました。

私がレコーダーを回収するためと、朝の鳥の声を探して再び訪れた7時頃には雨はかなり小降りとなっていたので、マイクに入る雨音をバックに寺院境内のお堂の高い屋根の端で盛んに囀るジョウビタキの声を録音したのですが、なかなか風情のある録音となりました。

面白いことに、この「浮石寺」を皮切りに、以後訪れたどの寺院でも必ずと言っていいほどジョウビタキのオスがいて、よく囀っていたことです。しかも興味深いことは、必ず一羽だけだったこと、メスの姿を見なかったことです。このことからどの寺院にも一つがいのジョウビタキが繁殖していて、伽藍内のどこかのお堂の屋根の隙間などに営巣し、メスは抱卵中だったのではないか、と私は想像しました。

恥ずかしいことに、私は今回、韓国各寺院でジョウビタキのオスを見るまでは、韓国でジョウビタキが繁殖していることは知りませんでした。

と言うのは、著名な録音家であった故蒲谷鶴彦先生著「日本野鳥大鑑鳴き声420」の記述にも、ジョウビタキの録音はバイカル湖畔で行ったと書いてあったので、この鳥は春に日本から去った後は、遥か北の国々で繁殖し、そうしたところでなければ良い囀りは聞けないものとばかり思い込んでいました。それなのに韓国に来て見ると、広い範囲で繁殖期のジョウビタキの姿を見て、囀りの声も録音できました。改めて資料を見ると、ジョウビタキは韓国では留鳥なのです。

なお、私が今回の旅行で初めてジョウビタキの声を聞いた「浮石寺」の個体は、鳴き声の中に金属音的な硬い声が含まれている感じがしました。

私は以前、自宅付近で2羽のジョウビタキの♂が縄張り争いをしているらしい声を録音したことがありますが、例のヒッヒッヒッ、カッカッカの声のほかに不思議な連続的な金属音を出していました。この時の経験で、「浮石寺」のジョウビタキの声にその時の音と共通するような響きがあることに気がつき、「なるほどジョウビタキだ」と自分なりに合点したものです。

ところが、これ以降ほかの寺院で聞いて、録音したジョウビタキの声にはそのような金属音的硬さが感じられず、むしろホオジロに似た音質だったのが不思議でした。これは個体差なのか、それとも時期的なものなのか、そのどちらかなのでしょう。

ホオジロと言えば、今回の韓国旅行ではホオジロの声を聞くことはありませんでした。ただ、ホオジロではありませんが、この「浮石寺」の参道を上がって行く途中のリンゴ畑の近くで、1羽のミヤマホオジロが囀っていました。録音もしたのですが、付近でチェーンソーの音がしたり、リンゴ畑の番犬が鳴いたりして良い録音とはなりませんでした。話が脱線して恐縮ですが、ミヤマホオジロと言えば、7〜8年前に佐賀県の作礼山の山頂付近で、繁殖中のミヤマホオジロの囀りを録音したことがあります。今回、韓国で聞いたミヤマホオジロもきっとその辺りで繁殖中のものだったと思われます。

話を元に戻して、楽しみにしていた「浮石寺」での録音ではたいした収穫がなかったのですが、ただ、私が宿を取った「浮石寺」のいわば門前町である村の周りの山々や畑には野鳥が種類も数も多くて、この宿にもう一、二泊してゆっくりと散策したり、夜にレコーダーを仕掛ければ、あるいは面白い鳥の声に多く出会えたことと思います。

しかし、旅のスケジュールにしたがって行動しなければなりません。

6月1日午前、大田(テジョン)を経由して次の目的地である忠清南道の公州(コンジュ)市から、かつて百済最後の王都があった扶余(プヨ)の街へ移動しました。韓国の東海岸から西海岸まで半日がかりでバスを乗り継いで行ったことになります。

じつは今回の旅行では、本来の目的である野鳥の声を探すことから離れて、私のこだわりで訪ねた街が二つあります。その一つが扶余だったのです。歴史に詳しいわけではまったくありませんが、日本人の姓の中には、およそ280ほどの朝鮮系のものがあり、中でも百済系のものが半数以上を占めるらしいこと、7世紀頃にはわが国と百済の間に密接な関係があり、盛んに文化交流があったこと。また百済が一旦新羅と唐の連合軍に破れた後、再興のためにわが国に援軍を要請し、中大兄皇子(のちに天智天皇)の指揮のもと、四万人の兵と1000隻の軍船を派遣したものの結局は惨敗に終わり、百済は完全に滅亡します。その時に多くの人々がわが国に逃れてきています。これが有名な白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦いです。

そのような歴史を考える時、百済の古都があった地は、日本人にとっては一つの故郷と呼べるのではないか、そう思い続けていた私は、今回韓国を訪れる機会を得て、ぜひその百済王朝が最後を迎えたその地を自分の足で歩いてみたいと思ったわけです。扶余の町に着いた翌朝早く宿を出て、百済最期の王宮があり、また戦に破れて全山が血に染まったと言われる扶蘇山に向かいました。海抜150メートルほどの浅いお椀を伏せたような形状をした山に入ると、歴史の舞台となった数々の史跡の間には、意外にも青々と木々が繁り、今では遊歩道が何本もあって市民の絶好のウォーキングの場となっています。

私は、野鳥のことは忘れて、かつての百済最後の地を自分の足で散策して、例えば敵に追われた官女3000人が身を投げたといわれる崖や、戦で散った人々を祀る寺などを訪ねるつもりだったのです。ところが意外なことに、この扶蘇山には野鳥が多く、韓国ならではの鳥の声を沢山録音することが出来ました。その一つがカササギとオナガが一緒に鳴いてくれたことです。

どちらも格別珍しくもない鳥と言えなくもないのですが、両方が一緒にいて、同時に鳴いている声を録音できることは、日本では絶対にありえないことではないでしょうか。先刻ご存知のように、カササギは九州でも佐賀県、福岡県の地域限定の鳥であり、オナガは東日本限定の野鳥だからです。この二種類の声が一緒にマイクに入るとは、思いもかけない収穫でした。また、扶蘇山にはコウライキジが多く、他の鳥の声も重なって雰囲気の良い録音も録れました。

私の思い入れの深さから訪ねた百済の古都で、韓国ならではの多くの鳥たちに出会えて大きな拾い物をした満足感で元気も得て、6月2日の昼ごろ、次の訪問地である全羅北道の道庁がある街、全州(チョンジュ)へのバスに乗りました。

(「野鳥だより・筑豊」2011年10月号 通巻404号より転載)

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