田中良介
目次
鳴き声録音・韓国の野鳥に初挑戦の記(第四回)
百済王朝最後の都となった扶餘(プヨ)の扶蘇山で、カササギとオナガが一緒に鳴いてくれるなど韓国ならではの録音が出来た上に、白村江(はくすきのえ)の古戦場を見ることができて大満足のうちに扶餘の街を午前早めに後にして、次の訪問地である全羅北道の道庁がある全州市(チョンジュ)へ高速バスで向かいました。途中論山(ロンシャン)で乗り換え、午後2時頃には全州バスターミナルに着くことができました。
韓国は高速道路も、その上を走るバス路線網も発達していて、上手に利用すると安くて早く移動することができるので、私のような忙しい貧乏旅行者にはとても便利です。
全州市では幸いにして、ターミナル前の大通りを入ったところに親切な夫婦が営む宿(モーテル)もすぐ見つかりました。部屋に大きな荷物を置くとすぐに宿を出て、大通りにあるバス停から路線バスに乗り、この地方の名刹の一つである金山寺に向かいます。およそ40分ほどで、寺の遥か下にあるバスやタクシーの降り場に着きました。バス代は1000ウォン、日本円では75円位ですからじつに安い移動手段です。ここからは緩やかな登りの参道を約20分歩いて金山寺に着きますが、期待感で気持ちが焦っているせいか、つい足が速くなって息が切れてしまいます。
普済楼という建物の下にある石段をくぐるように登ったら、そこに金山寺の大伽藍が広がっていました。中央に大きな広場のようなスペースがあってそれを取り巻くように弥勒殿や大寂光殿など大きな建物が散在しています。境内には他の寺院のように樹木が多くなく、野鳥の姿が期待できるのは、奥まった部分と、左右の建物群の外れを取り巻く林まで行く必要がありそうです。
焦る気持ちを落ち着けて、まずは韓国寺院建築でも大きなことで有名な、三層の大建築・弥勒殿に敬意を払う意味で足を向けてみます。巨大な三層作りのように見えたこの建物は、中に入ると天井までが吹き抜けになっていて、金色に輝く巨大な弥勒菩薩像が屹立していて見る者を圧倒します。正式な礼拝の方法が分からないので、中央のお賽銭箱に何がしかのお金を投じた後、正座して頭を垂れて合唱します。
韓国の寺院では、一つの建物に入るときに靴を脱いで丁度お座敷に上がるように上がりこむことが多いようです。しばらく巨大で燦然と輝く仏像に手を合わせて息と心を整えたのち、ふたたび外に出た時の、やや傾いた位置から照り付ける陽の光が眩しかったこと。そのことが今は懐かしく思い出されます。まずはまっすぐに中央部を奥へ進み、伽藍のもっとも奥まったところへ行って見ます。しかし、この金山寺では寺院の左右と奥にかけては、ずっと高い塀で囲まれていて、他の寺院のようにそのまま裏山に通じる小道などが見当たらないのです。
やむを得ず、高い塀越しにすぐそこまで迫ってきている林の斜面めがけて、マイクを向けてタイマーをセットしたレコーダーを取り付けることにして、塀際に植えられた樹木を見つけてレコーダーを取り付けます。この場合注意しなければいけないのが、ちょっと見にはマイクとレコーダーが見えないような場所、樹木の場合はなるべく葉が繁り、込み入った枝に取り付けることです。こんなに奥まった寺の端っこにやって来る人は実際にはいないと思うのですが、急な生理現象で「せっぱつまった」人や、人目をさける恋人たちが来ないとも限りません。
レコーダーには一応ハングルで「只今野鳥の声を録音中です、手を触れないようお願います」と書いた札を念のために取り付けてはいますが、それでも人目につかないようにして置く気遣いだけは十分にするように配置します。
ただ、韓国の場合だけでなく、普段の録音でもよく用いるこの方法には、一つ悩ましい問題があります。人目につかないように、葉がよく繁った枝にマイクを取り付けると、わずかなそよ風が吹いても葉ずれの音が生じて、それがノイズとなってしまう点です。
それはともかく、この寺院の中に樹木が少ないこと、取り巻く林が塀に囲まれて少し距離があることなど、あまり期待できないような感じですが、折角はるばると訪ねてきた以上、ダメもとで2台のレコーダーを設置して、その日は金山寺を後にしました。
寺の入り口辺りの林の縁でもいろいろと鳥が鳴いているので、少し頑張ってみようと思ったのですが、あいにくその辺りは建築物の補修工事をやっていて、機械類の騒音がするのでそれもあきらめて早めに帰途に就き、疲労が蓄積した身体を少し休めたいと思い、早めに宿に戻った頃には、その日金山寺にセットしてきたレコーダー2台に良い音が入るなどはほとんど期待もしていませんでした。
ところが分からないものです。次の日に回収したレコーダーには、思いもよらずいろいろな鳥たちの声が入っていて、今回お寺の周辺に仕掛けたレコーダーの中では、もっとも収穫があったともいえるラッキーなタイマー録音となりました。と言っても、タイマー録音(一台2回約3時間、2台では約6時間)の結果は、レコーダーを回収した時点ですぐ成否が分かると言うものではありません。あとでゆっくり(実際には早送りで聞きます)聞いて、やっと分かるわけです。今回の旅のような場合は、録音したその地を離れて、次の訪問地へ向かうバスの中でたいていは聞きました。それでやっと前夜と、当日早朝の時間帯に入った録音の成果を知ることになります。結果がダメだったからと言って後戻りはできないので、まさに運を天に任せての一発勝負の連続だったわけです。
さて、その金山寺の結果ですが、まずは今回の韓国旅行で最も期待していた割りにはそれまで思うような音が録れていなかった「コノハズク」が時間は短いながらも比較的によい状態で入っていたことです。そのほか朝方はいろいろな鳥たちが鳴いてくれて、中でも今回どこにもいたコウライウグイスの素晴らしい囀りがこれも短いながら入っていました。この鳥は柔らかい良い声でいろいろな囀りを歌うだけではなく、ほかにもじつにさまざまな声を出すことが今回の旅行での録音から分かりました。
「ミュウ」というウミネコが鳴くような声。(柔らかい声なのですが、警戒の声らしいです)また、猫が高い声で喧嘩をするような激しい声も出します。
寺院としては素晴らしい規模と、国宝級の建築物や仏像を多く所蔵する金山寺には、背後の山との地形的な接点がなかったために、鳥の声の録音では余り期待していなかったのに、実際にはとても収穫の多い結果となり、本当に鳥たちのことについてはまだまだ修行が足りなさを覚えつつも、嬉しい誤算に「ニンマリ」とする結果となりました。
6月3日の午後、本当はゆっくりと歩いてみたいチョンジュの街を後にして、次の目的地である木浦(モッポ)を目指して、まずはその拠点となる全羅南道の大都市・光州へ向かいました。光州(クワンジュ)といえば1980年に起きた、あの韓国政界を揺るがした大事件をご記憶の皆さんも多いと思います。その光州市の立派なバスターミナルに着いたのが午後3時過ぎ、本当はここで一泊して、今は大都市となったこの街をゆっくりと観て歩きたいところですが、心を鬼にして次の目的地モッポへのバスに乗り換えました。じつは今回の旅では、百済最後の都となった扶餘(プヨ)のほかにもう一ヶ所、野鳥の録音とは切り離して訪問したいところがありました。それがモッポだったのです。
結果的にはモッポは、私が長い間心に抱いていた淡い憧れの街とはほど遠いところでした。そのお話は次回で。
(「野鳥だより・筑豊」2011年11月号 通巻405号より転載)
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