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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2017-09-20

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録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

鳴き声録音・韓国の野鳥に初挑戦の記(第六回)

私の心の中の郷愁の街、木浦(モッポ)では、あまりのイメージの違いに期待を打ち砕かれ、また出会いたかった韓国のイソヒヨドリもまったく目にすることができず、失意のうちに次の目的地である全羅南道・順天(スンチョン)市に移動したのは、6月4日の午後のことでした。

ここでの訪問先は、「曹渓山・松広寺(韓国読みはソングワンサ)」とそれを取り巻く山です。

余談になりますが、韓国の有名寺院の中でもとくに格式の高さを現す言葉に「仏・法・僧」と言うのがあります。ここ「松広寺」は「僧」の寺として知られている名刹です。つまり過去に名僧を多く輩出した寺であることが評価されているのでしょう。

門前町にうまく宿を見つけてチェックインしたのは、もう午後5時半でした。急いで荷物を整理して身軽になり、寺への道を急ぎます。宿の女将さんの話では寺までは歩いて20分と言うことでしたが、連日の山歩きと移動のための強行軍で疲労が重なっているのと、膝、腰を痛めているので寺までのゆるい登り道を急いで歩くのは簡単ではありません。

ゼーゼー言いながらやっとの思いで寺に着くのに30分もかかってしまいました。じつは、こんなにきつい思いをして寺に急いだのは、ここ「松広寺」でも夕刻に修行僧たちが大太鼓と梵鐘を打ち鳴らす行が行われるので、その音をぜひ録音したかったからです。やっと寺に着いて、「鐘鼓楼」の前に立てたときはまだ荒い息遣いが落ち着いていない状態でした。

三連休の初日に当たる日なので、参詣客よりレジャー客が多いのではないかと心配していたのに、意外と人も少ないのでほっとして、間もなく打ち出される大太鼓が鳴り出す瞬間を、録音スイッチをオンにして息を整えて待ちます。

ふと気がつくと、この寺内のどこかでもジョウビタキが囀っているのが聞こえます。

やがて鐘鼓楼に袈裟衣をまとった6〜7人の若い僧たちが上がり、ややあって大太鼓が打ち鳴らされ始めました。いきなり鳴り始めた太鼓の音には、力があり、リズム感に溢れ、若い修行僧の肉体と心がはじけるように太鼓にぶつけられる感じです。

宗教心に関係なく、聞く者の耳だけでなく、心の奥底にまで響いてくる感じがします。張りと深みのある大音量の太鼓がおよそ12~13分で終わると、今度は梵鐘がゴオーンと鳴り始めます。

録音を趣味とする私は、昨今は鳴ることが少なくなった日本の寺院の梵鐘を、今も鳴らしているお寺を見つけては、野鳥の声と重ねて録音する試みをしているのですが、少なくとも私が聞いた日本の山寺の鐘の音とは全然音の種類が違います。

話が反れてばかりいますが、最近たまたまNHKのBS放送で、「音のある風景・千年の古都に鐘の音ひびく」を見て、京都の名刹で鳴らされる鐘の音を聞いたのですが、ここ韓国の有名寺院で鳴る梵鐘の音とは格が違う感じがしました。つまり韓国の鐘の音の方が、ずっと音の深みと、余韻の引き方に迫力と趣きを感じるのです。

さて、期待通りの「松広寺」の大太鼓と梵鐘を目の前で聞くことができ、録音もうまくいって大満足した私は、その後急いでその晩と明け方にタイマーが働くようセットした2台のレコーダーを設置しなければなりません。すでに時計は午後7時を過ぎて、山深い寺院にも少しずつ夜のとばりが降り始めています。

こんなに遅い時間になっているにもかかわらず、境内では1羽のジョウビタキのオスがあいかわらず囀り続けています。私の韓国での経験では、ほとんどどのお寺の伽藍内にも一羽のジョウビタキがいて、朝は夜明け直後から、夜は薄暗くなるまで囀り続けています。韓国有名寺院の多くは伽藍が広大で建物もたくさんあるのに、なぜか目にし、囀りの声を聞くのは1羽のオスだけでした。多分、境内の建物の一つの屋根の隙間などに巣があり、そこでメスが抱卵中、もしくは育雛中なのでしょう。オスが一日中囀り続けるのは、きっとほかのジョウビタキのオスが侵入してくるのを警戒してのことでしょうが、こんなに鳴き続けて、いつ餌を食べ、水を飲むのか心配になるほどでした。

静かな山中の寺院の境内に響くジョウビタキの囀りは、ホオジロのそれに似ていますが、ホオジロに比べるとメロディーと歌が複雑で早口、音色もかなり高く感じます。好き、嫌いはあるでしょうが、囀りのテクニックはジョウビタキのほうが、ホオジロより一枚上といった印象を受けました。ここ韓国の寺院で、聞いている私が心配するほど囀り続けるジョウビタキのオスによって、繁殖にかける野生の健気さ、力強さ、生きる力の素晴らしさを改めて感じさせられることになりました。

ますます暗くなる寺の奥まった大木にレコーダーを1台、もう一台は寺の外に出て、少し山を上った傾斜地の林の中に仕掛けますが、藪蚊に喰われながらの作業なのでなかなかにつらいものがあります。やっとレコーダーを設置し終わり、暗くなった参道を麓の宿に帰り着いた時は、もう8時を過ぎていました。

その日の朝早く、モッポの海辺の小高い丘の上の遊歩道で、散々道に迷って体力を消耗し、バスターミナルではバスに乗るまで重い荷物を背負って、一時間も立ったまま並ばせられたりし、夕方から夜にかけては山へ往復して歩き回りました。もうクタクタです。今日という日も、なんと疲労困憊した長い一日であったことか。

幸いなことにその夜の宿には食堂が併設されていました。その食堂に這い上がるようにして上がりこみ、長い一日を振り返りながら、まずは冷たいビールで生き返ります。

ビールはあっという間に空になり、今度は度数の少ない焼酎チャミスルに飲み物を替えて、空いた腹には一つ覚えの山菜ビビンパをオーダーします。本当は治りきらない風邪と、疲労しきった体力を少しでも取り戻すためには肉を食べたいのですが、私が泊まる田舎の門前町の食堂にはたいてい肉がありません。いわゆる精進料理と呼べる田舎料理しかないのです。その中で、なんとか私の口に合った食べ物は、いわゆる山菜ビビンパでした。

2台のレコーダーを山の寺と、その奥の林に設置した狙いはなんと言っても、まだ満足な録音が録れていないコノハズクです。明日の朝回収するレコーダーの中でコノハズクが鳴いていてくれることをひたすら願って、疲れた体に心地よく回ってくるアルコールの勢いを借りて眠りに就きました。

さてその翌朝、満を持して回収したレコーダーの1台は、私のうっかりセッティングミスで録音はされていなくてガックリです。また山の林の中にセットしたほうでも、残念ながらコノハズクは入っていませんでした。なかなかうまく行きません。確かにコノハズクはいるはずなのですが、彼がどこで鳴くかがわからないまま、いわば勘で設置場所を決めるので、思うようにマイクの近くでは鳴いてくれなかったのです。

しかし、例によってコウライウグイス、コウライキジなどほかの鳥たちの声はいろいろと入っていました。ここでも野鳥そのものの数は多かったのです。

こんなわけで、期待していた全羅南道・スンチョン市郊外の「松広寺」では、大太鼓と梵鐘の素晴らしい音色を録音することはできたのですが、肝心のコノハズクの声をものにすることはできませんでした。

次の期待は、その日のうちに移動し、訪れることにしている「智異山・華厳寺(ちりさん・けごんじ)」の深い山々です。

智異山は全羅北道、全羅南道、慶尚南道の三道にまたがる広大なエリアです。済州島の韓国最高峰ハルラサン1950メートルに次ぐ韓国第二の高さの山を含め、1500メートル級の山々が連なり、山紫水明の自然の豊かさが有名な韓国きっての国立公園です。

その山懐に抱かれた「華厳寺」は、今回訪れる韓国有名寺院とそれを取り巻く山々の中でも、そのスケールの大きさにおいて私がとくに期待をしているところです。

疲れた体に鞭打って、勇躍とまでにはほど遠いのですが、気持ちだけでも大きな期待感を持って、まさに乗り込んで行きました。そこでの一部始終は次回でお話しすることにします。

(「野鳥だより・筑豊」2012年1月号 通巻407号より転載)

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