田中良介
目次
野鳥の声を求めて、対馬北部へ初の旅(第一回)
昨年(2011年)は、私が野鳥の声を録音してCD(2004年まではカセットテープ)を作る活動を始めて満10年の区切りの年となり、それを記念する意味で約2週間の韓国の山々をめぐる旅をしました。(この時の経験は本誌上に連載させていただいたので、お読みくださった方もあると思います。)
さて、今年も外国でなくても、どこか遠いところへ出かけて、福岡にいては録音できない鳥の声を探したいものと考えておりましたが、昨年韓国で曲がりなりにもコノハズクの録音が録れ、フクロウのシリーズを完成したくなりました。今までにフクロウ、アオバズク、コノハズクと録音しているので、これにオオコノハズクを加えるとフクロウの仲間四種類が揃うことになります。フクロウの仲間は無論これら四種類のほかにワシミミズク、シマフクロウと言った大型の北海道に生息するものや、トラフズクやコミミズクなどもいるわけですが、前二種は現在の私にとってはあまりにも遠い存在で到底無理、後の二種もほとんど情報が聞こえて来ないので、これらも始めから頭の中には浮かんだりはしない鳥たちなので、私が自分で録音可能な鳥として、勝手に前述の「四種類が揃えばフクロウ類は完成」としているだけで、考えてみれば自分勝手なじつにいい加減な話です。
しかし、さてオオコノハズクの鳴き声を現実に録音するとなるとどうすればよいのやら?参考にできる情報は全くなく、仕方なくネット上でいろいろ調べていると、何となく対馬が有力な候補地であることが分かってきました。
そこで以前から交流のある「ツシマヤマネコを守る会」の山村会長とコンタクトを取って話を伺ってみると、かなりの確率で録音できそうなことが分かりました。また、対馬は渡り鳥の十字路と呼ばれるわが国有数の島です。つまり、渡りの季節には本州や九州ではお目にかかるチャンスがほとんどない鳥たちに巡り合える可能性がある土地でもあります。うまく行けば、去年韓国のどこででも聞くことができたコウライウグイスにも再び出会えるかもしれません。また、一度は録音したいと切望しているブッポウソウの「憧れの悪声!」も聞こえる可能性もあります。
そんなことをいろいろと考え、想像していると、今年は対馬、それもより自然が多く残る上対馬しかないと思えるようになり、対馬行きを決断した次第です。
対馬と言えば交通の上では、飛行機やジェットフォイルも利用できる厳原が頭に浮かびますが、今回は対馬北部を動き回るので、厳原からだと遠すぎて現実的ではありません。そこで、対馬最北の港である比田勝へのフェリーを利用することにし、現地に着いたら、あとはレンタカーを借りて動き回ることにしました。
5月15日(火)、22時30分博多港発のフェリー「げんかい」に乗船し、対馬への旅は始まりました。旅の日程は、成果のあるなしにかかわらず、四泊五日で組みました。フェリー「げんかい」は、夜の10時半に博多を出ます。それは良いのですが、比田勝港着がなんと翌早朝4時20分です。一応7時までは船内に留まっていても良いそうです。久し振りの夜行の船に乗ったために、十分に睡眠できなかったので、これに甘えて7時まで横になったままウトウトして過ごしました。やがて7時となり、下船を促す船内放送で眼を覚ますと船室には私のほかにはもう誰もいません。ほかの乗客はほとんど地元の人たちばかりのようで、4時過ぎの到着でも家族が車で迎えに来ていたりするので、到着後すぐ下船してしまったのでしょう。
まだ頭が半分眠った状態でヨロロヨロと立ち上がり、荷物を背負い靴を履いてデッキに出ます。すると、可愛い鳥の声が迎えてくれました。それも一羽や二羽ではなく沢山の数です。ツバメでした。港にツバメ、なんだかピンと来ません。しかし、この可愛い鳴き声が私を歓迎してくれているようで、幸先良くスタートが切れる気持ちが涌いてきて、元気良くタラップを降りて初めての比田勝の町に降り立ちました。
フェリー乗り場の近くの食堂で簡単な朝食を済ませた後、予約をしてあったレンタカーの会社に向かい、親切な女性社長から軽自動車のキーを受け取ります。同じ値段で小型普通車もあったのですが、山中の狭い林道や、海辺の漁業の町の細い道も通ることになるかと考え、敢えて軽自動車を借りることにしました。結果的にはこれが大正解で、山ばかり、海ばかりの北対馬の脇道は細い道が多いため、軽自動車は大いに役に立ちました。また、現地の人たちが乗っている車もやはり圧倒的に軽自動車が多いように感じました。中でも農漁村ではトラックタイプの軽が大活躍しています。
さて、慣れない車のハンドルを握って比田勝の町を走り抜け、地図を頼りに私がまず向かったのは、前述の「ツシマヤマネコを守る会」の山村会長のご自宅です。比田勝港は北対馬の東側にありますが、山村会長のご自宅は比田勝の反対側、つまり北対馬の西側に近いところにあります。
対馬最北部の海岸を走りますが、途中「異国の見える丘」を通ります。ご存知の方もあると思いますが、ここから韓国・釜山は直線距離でたった50キロしかなく、天気が良くて空気が澄んでいれば釜山の街が見えるそうなので、一年前に訪れたあの釜山を遠目にでも見てみたいと思いましたが、この日は晴れていたのに、黄砂のために釜山はおろか、水平線すら確認できないほど北の空は霞んでいて残念でした。
やっと山村会長のお宅に到着したところ、奥様から、残念ながら会長が留守をされていることを聞き、少しがっかり。私の到着日時を勘違いされていたようでした。止むを得ず、どちらにせよ、始めの計画から訪問予定に入れていた「対馬野性生物保護センター」がここから遠くない場所にあるので、早速「センター」に向かいます。この施設は、山村氏の会と同じく、ツシマヤマネコの保護と増殖、さらには対馬の自然保護・啓発を目的に設立された公的機関で、北対馬の観光の目玉にもなっているところです。なお、入場料は無料でした。
地理的には対馬最北部の西端の山中にあります。とくに、前もって来意を告げてもいなかったので、訪ねると職員の男性が一観光客として施設内を一通り案内してくれます。内部にはツシマヤマネコの生態を紹介するジオラマのような部屋があったり、対馬の自然を知るための資料が閲覧できます。一通り館内を見た後、対馬の野鳥に詳しい職員さんに面会したい旨、やっと私の来意を口にすると、本来ならその日は休日であった川口誠氏がたまたま事務所におられて、にこやかに出迎えてくださいました。
川口氏はとても野鳥のことに詳しい方で、私が今回対馬に来た第一の目的であるオオコノハズクについても、数々の情報をお持ちで、「ヤマネコを守る会」の山村会長と並んで、親身に私に接してくださり、感謝しても仕切れないほど沢山のアドバイスを下さり、また、山村会長はわざわざ現地を数箇所案内もしてくださいました。西も東も分からず、肝心の鳥についても具体的な情報を何も持ち合わせていないいい加減な私にとっては、まさに、「地獄で仏」的なお二人で、本当に心強い思いをしたものです。
私が対馬で録音したい鳥たちについての川口氏の情報でおもなものは、
ということで、一番の目的であるオオコノハが有望との話に、私の心は大きく弾みました。結局、その日は「センター」から比田勝へ戻る道の丁度中間にあたる「佐須奈」の町に宿を見つけて、荷物を置いた後、川口氏のアドバイスに従って、さらに比田勝方面に走り「河内」という集落の中にあるポイントへ行って見ました。
そこは鎮守の森ではなく、山の麓にある2〜3軒の家がある場所です。中でも一軒の古い民家の庭にある古木と、家のすぐ裏手に迫っている山の斜面にも何本も生えている大木には、いかにもフクロウ類が好んで営巣しそうなウロが多く見えるところでした。早速大木が庭にある民家を訪ねるとご主人夫妻が親切に応対してくれます。私の来意を告げ、オオコノハズクの話をすると奥さんが「この鳥では?」と一枚の写真を見せてくれます。それは、その家の庭にやってきたところを奥さんが撮ったものだそうで、私が夢にまで見たオオコノハズクが画面一杯に写っています。羽根の様子からして巣立ち直後の幼鳥のようです。やがて、隣の家のご主人も勤めから帰宅され、話の中に加わってくれます。
「私も写真を撮りました」と言って見せてくれたほうは成鳥に近い1羽の写真です。なんでも庭のテラスの椅子に止まっているのを見つけて写したと言うことです。この2枚の写真と、目の前に聳える何本もの大木、古木を見て私の心は高鳴ります。早速、ここら付近にタイマーをセットしたレコーダーを置かせて貰う事を了解してもらいます。
しかし、気になるのは夕方から一段と強くなった風と、庭に大木のある家の庭に飼われている一匹のワンちゃんです。この犬がやたらと吠える犬なので、本当は夜間、実際に鳴き出した声に、私自身がハンドマイクを向けて直接録音したいのですが、そのワンちゃんが、よそ者の私に向かってとにかく吠えまくるので、とてもこの作戦は無理と考えて、やむなく庭にある洗濯物を干す台の柱にレコーダーを取り付けて、その日は引き上げることにしました。このレコーダーに入る声を聞いて、オオコノハがどの辺りで鳴いているかおおよその位置を確認して、場合によっては再訪問することにしようと、この夜は希望に胸膨らませて、いわば意気揚々と宿に引き上げたのでした。
「オオコノハは間違いなくいる、あとは鳴いてくれるだけだ」宿への道を走りながら、昨夜、船の中でほとんど眠っていないのに、眠気もどこかへすっ飛んで、とにかく対馬の第一日目は気分良く終ったのです。
実際には、この夜は早い時間から、つまり、フクロウ類が一番良く鳴く日没後の時間帯には強風が吹き荒れ、例え、オオコノハズクが鳴いてくれたとしても、その声が掻き消されるほどでした。おまけにオオコノハズクも、この悪天候を嫌ったのか鳴いている感じはありませんでした。前夜幸先良い気がして一人祝杯を傾け、心地よく酔い、あれほど気分良く宿で過ごしたのに、まさに能天気な人間とは私のような者を指すのだと、翌日前夜の録音をチェックしてつくづく思ったことでした。こうして対馬の初日は惨敗に終りました。
★おことわり・・・前回寄稿させていただいた「韓国旅行記」が長文となり、多数回にわたる投稿となったことを反省し、今回の「対馬の旅」は簡潔に終りたいと思っていたのですが、いざ書き始めると私の悪い癖が出て、またまた長くなりそうで申し訳ありません。読者の皆様にはご迷惑をかけますが、良ければ最後までお読みくださるようお願いいたします。どうぞよろしく。
(「野鳥だより・筑豊」2012年7月号 通巻413号より転載)
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