トップへ戻る
クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
total 
modify:2017-11-21

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

野鳥録音のおすすめ(第一回)

野鳥が大好きな皆さん(私もその一人です)に、今回から録音の楽しみや録音の持つ意味、具体的な方法などについてお話をさせていただこうと思います。

専門家ではありませんし、野鳥全般についての知識も詳しいわけでもありませんから、ずいぶん頓珍漢なことを書いたり、話が脱線したりすることが多くあると思いますので、あらかじめその点についてお許しを得ておきたいと思います。

私が、そもそも鳥の声の録音を始めたわけは、私の特別な事情が背景にありましたので、一般に多いと思われるケースである鳥好きが昂じてウォッチングや写真に飽き足らず、録音にまで首を突っ込んだ、というわけではありません。その辺のところをまずお話して私の立場をまず理解していただきたいと思います。

考えるところがあって、私はずいぶん早い時期から視覚障がい者の人たちへのボランティア活動の世界に身を置きました。一つ目のボランティアは、書籍、印刷物の朗読を通しての奉仕です。二つ目は、ちょうど折柄IT化社会が始まり、見えない人々が音声ソフトを組み込んだパソコンを使うことにより、生活の質的向上(QOL)が飛躍的に期待できる時代になったため、いち早くサポートをする団体が福岡市にスタートしたので、早速、ここのボランティアとなりました。

この二つの活動を通して、多くの視覚障がい者の皆さんとの交流が深まり、こうした人々が(意外にも)自然や野鳥について関心が高いことを知ったのです。それまでの私はすでに日本野鳥の会に入会していましたが、どちらかと言うと、野鳥だけではなく、野草や昆虫など自然全般への関心が強く、いわゆる自然観察全般を趣味とし、写真もおもに昆虫や野草を対象として撮っていました。

しかし、多くの視覚障がい者の方たちとのお付き合いの中で、どうにかして自然や野鳥の世界の楽しさ、面白さを伝えてあげたいと思うようになり、やがて録音という方法を思いつき実践するようになりました。と言うのも、ご存知のように目が不自由な人たちは、耳から多くの情報や楽しみを得ているからです。

当時、録音の世界はまだまだアナログの時代で、今のようにデジタル機器で小型のものはなく、大きくて重いカセット・デンスケを肩に担いで、野山に出かけたものです。

年に一作ずつカセットテープによる「声の野鳥だより」を3年間作り続け、自然や野鳥の声に関心がある皆さんに提供し、それなりに喜んでいただくことが出来ました。

その後、MD(ミニディスク)時代が到来し、MD録音機にマイクを外付けで接続したもので行動できるようになりました。小型で軽量になるとともに、素人でも取り扱いが簡単な編集ソフトが手に入るようになり、音の編集やCDへの書き込みが簡単にできてずいぶん楽になりました。MD時代が3年位続いた後、さらに小さくて便利なICレコーダーが登場して、録音時間が飛躍的に長くなったり、そのことと関係しますが、タイマー録音という録音者にとっては画期的な機能も利用できるようになり今日に至っています。

ところで、私が尊敬してやまない、日本の野鳥録音の草分けで、世界70カ国以上へ出かけて合計で1000種類以上の野鳥の声を録音してこられた故蒲谷鶴彦先生は、お亡くなりになる少し前に「録音の道具は、自分が始めた頃に比べると格段に便利になったが、トキに代表されるように、肝心の鳥たちが激減してしまった。今思えば、重くて不便な道具を担いで苦労して、早い時代から録音を始めておいて良かった」との趣旨のことを言われています。

私が今回、録音のすすめを皆さんにお伝えしたい理由の一つが、まさに上述のこの蒲谷先生の言葉の中にあります。

野鳥の声を録音することをお勧めしたい最大の理由は、彼らの持つ大きな魅力である鳴き声にもっと着目して楽しむ、そのためには声を録音してあとで何度でも聞きなおして声を覚え、どんな音楽の名曲にも負けない(これは私の個人の感想ですが)彼らの歌の魅力を楽しんでもらいたいということなのですが、今一つの録音でできることの大切なことは、現在聞こえている野鳥の声を多くの人が録音して、少しでも多くの録音資料を記録として後世に残すということです。

ご承知のとおり、世界の自然は急速に大きく壊れつつあるのが現状です。温暖化による異常気象、東南アジアなど開発途上国の急激な経済発展に伴う自然破壊、大気や水質汚染、農薬の影響など生態系を取り巻く自然環境は悪化の一途です。絶滅危惧種は残念ながら増える一方です。極論かもしれませんが、今年鳴いた鳥は、来年もその鳴き声が聞ける保障は無い時代になってしまっていると思うのです。

引用に少々無理があるかもしれませんが、1914年にシンシナティ動物園で、小さな、でも動物学の世界でとても大きな悲しいドラマがありました。全米でたった一羽生き残っていたメスのリョコウバトのマーサが息を引き取ったのです。それ以来、人類はだれも生きたリョコウバトを目にしていません。ヨッロッパから大挙して人々がアメリカ大陸にやって来る以前には、渡りの季節には空が暗くなる日が何日も続いたほど無数にいたリョコウバトでさえ、愚かな人間の行いのためにこの世から完全に姿を消してしまいました。現代はマーサが生きていた時代に比べ、はるかに自然破壊の規模と速度が大きくなっている時代です。リョコウバトのような悲劇がいくつも発生するかもしれません。

だから今のうちに野鳥たちのことを写真や文章で記録しておかねばならない、と多くの人が思っているに違いありません。その中に野鳥の鳴き声もぜひ加えておく必要があるのではないでしょうか?

私個人の場合は、野鳥の声を録音する唯一の目的は、自然の中に遊びに行くことが困難な人々へ、せめて音だけでも提供したいと言うことであったのですが、ここ数年はそれに加えて前述のような使命感が加わってきました。ですから、ウグイスやメジロなど、もう今までに何十回も録音した鳥であっても、機会あるごとに録音するよう心がけています。おかげで、音の整理の作業が増え、ファイル数は増える一方です。本来の目的は、ファイルやフォルダのバックアップのために準備した外付けハードディスクが活躍しています。

さて、堅い話を少し置くことにして、野鳥を愛する人々がはじめに鳴き声を覚えるときに、よく話題になることが「鳥の声の聞きなし」です。先輩から駆け出しのウォッチャーが教わる聞きなしの例で、もう今では古典的になったかもしれませんが、例えばホオジロの場合の「一筆啓上仕り候」などです。これを聞いた今の若い人は何のことか分からないので、「さっぽろラーメン、みそラーメン」と教えるとか(これも古いですかね)。

そのほか有名なものには、センダイムシクイの「焼酎一杯グィーッ」もあります。

ここでまたちょっと脱線しますが、センダイムシクイにはもう一つ「鶴千代君(ツルチヨギミー)」という聞きなしもあります。私が実際に聴く声では後者が近いように思います。歌舞伎に関心のある人なら、鶴千代の名から歌舞伎の名作「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」を思い浮かべられることでしょう。

野鳥のセンダイムシクイという名は何方が命名されたのか、浅学にして存じませんが、鳴き声の「ツルチヨギミィーッ」から歌舞伎の演目を思い浮かべ、そこから「センダイムシクイ」と命名されたとはずいぶんと粋な着想で、この鳥のことを思う時、いつも感心してしまいます。(ほかに同様のケースがあればご教示ください)

逆に「ヒーヨ、ヒーヨ」と鳴くのでヒヨドリ、椋(ムクノキ)の実を好んで食べるのでムクドリなどは簡単すぎて味気ないですね。だからと言って、これら二種の鳥のことが嫌いだとか、軽視するというわけではありません。私にとってはヒヨドリもムクドリもそれなりに(!)可愛い鳥であることに違いはありません。

今回「第一回」は、余談と脱線話で終わってしまいました。次回からはもっとまじめに本題に向き合ったお話を書きたいと思います。

(第一回終わり)

(「野鳥だより・筑豊」2013年8月号 通巻426号より転載 2013-08-05)

左矢印前へ  上矢印目次  次へ右矢印

ご意見・ご質問はこちらへ