田中良介
目次
録音を通して知る野鳥の意外な声や習性
[2]ヤマドリの不思議なパフォーマンスと声に出遭った話
いつの頃からでしょうか、ヤマドリの姿をほとんど見ることがなくなりました。
今から25年ほど前、日本野鳥の会に入会した頃、私は趣味と健康を兼ねてよく近場の背振山系の山々に出かけていました。まだ野鳥より昆虫や野草に興味を強く持っていた時で、山登りと言うより「山歩き・時々昆虫や野草の花の撮影」と言った感じの自然との付き合い方でした。そのため登山道や林道から脇道に入ることが多く、そんな時に小道の脇の草むらから大きな羽音を立てていきなりヤマドリが飛び出してよく驚かされたものです。
しかし、今では同じような場所に出かけても、そうした体験をすることがまったくと言っていいほどなくなってしまいました。同様に同じ仲間のキジやコジュケイにも出会う機会が少なくなりました。
山林や里山の荒廃、イノシシやアナグマなどが増えたことなどが原因とも考えられますが、野鳥や自然を愛する一人として寂しく思います。
それでも、録音を始めてからは、キジとコジュケイの鳴き声だけは何度も録音する機会を得てよい録音を録ることができました。しかし、ヤマドリについては野鳥の図書にもその声について詳しい記載が少なく、また野鳥の声を収録したCDにも「ドドド・・」といういわゆる母衣打ち(ホロ打ち)の音だけが入れられている程度なので、あまり魅力が感じられず、私自身はヤマドリの声の録音にはなんとなく消極的でした。もちろん、機会があれば、たとえ母衣打ちの音だけでも録音できれば良いに決まっているのですが、なにしろ、ヤマドリに出会う機会がないのですからどうしようもありません。
余談ですが、過去の投稿の機会にお話したことがあったように、私が録音できた野鳥の良い鳴き声はほとんどが偶然によるものです。はじめから狙って、今、目の前で鳴いている鳥の声を良い状態で録音できるのは、メジロやウグイス、オオルリやキビタキなど出会えるチャンスが多くて、かつ個体数も多い種類に限られています。
ところが、今回のテーマとなった一羽のヤマドリは、まさに偶然中の偶然と言えるもので、今思い出してもその時の情景がはっきりと目の奥に浮かんで来るほど、劇的といってよい出会いでした。それは、2009年の初夏のこと、同じくめっきり少なくなったアカショウビンの録音をするために、背振山系の井原山の登山口の一つである「水無し鍾乳洞」の下流に出かけた帰り道に、曲がりくねった林道を車で走っていた時のことでした。急なカーブを減速して曲がりきった時、車の直前に道路脇の草むらから思いもかけず一羽の大きな鳥の影が飛び出して来ました。危うくぶつかりそうな一瞬でしたが、減速していたお陰で、すぐに停車することが出来、窓の外を見てビックリです。あんなに見る機会が少ないヤマドリのそれも立派で美しいオスが私の車の右前方にいて、まるで通せんぼをするかのようにじっとしているのです。天が与えてくれた得がたいチャンスと思った私は、そっとドアを開けてゆっくりと車外に出ました。それでもそのヤマドリは逃げるどころか、今度は私の周りをなにやら不思議な声で鳴き続けながらゆっくりと歩き回ります。私との距離はほんの2、3メートルで、それ以上は離れようとしません。道の端に行く時は積もった落ち葉を足で蹴散らすようにしながら鳴き続けます。
私はいつもの習性で、車外に出た瞬間からポケットから取り出したマイクを向けてレコーダーのスィッチを入れていましたから、ずっと不思議な声で鳴き続ける彼にマイクを向け続けます。鳴き声はこんな調子です。
「グゥーッグゥ、コ、コ、グゥーッ、コ、コ、コ、コ、グゥーッ、グゥ、グゥ、コココ・・・」。
何に似ているかと言えば、ニワトリのメスが一番近いでしょうか。こうして鳴き続けながら、なおも私との距離を保ったまま半円を描くように周りを歩き続けています。やがて、さらにびっくりするような声を出しました。
「ピチュッ、ピチュッ、ピチュッ、ピチュ、ピチュ、ピチピチピチ・・・・・・」。
とても信じられないほど高い声です。嘴から尾の先端まで1メートル30センチもある大きな鳥が出す声とはとても思えない甲高く鋭い声です。この時に、さらに驚いたことは、この高い声と同時にコ、コ、ココココ・・・・という低い声が同時に聞こえたことです。「ピチュッ」という鋭い声と「コ」は完全にシンクロナイズされています。つまり、このヤマドリは二つのまったく異なった声を同時に出していたと言うことになります。さらに驚いたことに、「コ、コ、コ・・」は地面にいるヤマドリから聞こえるのですが、「ピチュッ、ピチュッ」という高くて鋭い声は、なんとずっと上のほう、高さ5メートルほどのところから聞こえるのです。じつに不思議です。
私は以前、別の鳥で同じような経験をして驚いたことがあります。それはルリビタキの例です。マイフィールドである福岡市内・西油山の林道を晩秋に歩いていた時に、林道脇の草むらから「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒ」、「カッカッカッカ」というおなじみの地鳴きが聞こえて来ました。何気なく録音しながら聞いていた私ですが、その時に、ある不思議なことに始めて気がついたのです。「カッカッカ」の音はルリビタキがいる足元に広がる草むらの向こうの下り斜面から聞こえるのに、「ヒッ、ヒッ、ヒ」の高い声はその場所のずっと高いところ、地上3、4メートルあたりから聞こえるのです。「嘘だろう」。私は自分の耳のせいだと思って、何度も耳を澄ませて聞いてみたのですが、やはり、明らかに二つの種類の声は違う高さから聞こえて来ました。
今回の主人公のヤマドリと言い、ルリビタキの例と言い、二つの異なった声を出す場合に、声の出場所がまるで違うように聞こえるのは、自分の居場所を敵に正確に知られないための撹乱戦術とも言える凄い能力なのだと思いました。野鳥の中にはこれら二種類のほかにも同様の鳴き声を出すものがきっといると思うのですが、浅学にして私は他には知りません。読者諸先輩の中にご存知の方があれば、ご教示いただきたいと思います。
話をヤマドリに戻します。
上述のように、私の前からすぐに立ち去ることなくいつまでも鳴き続けるので、これ以上続けさせるのは良くないと考え、私は車の中に戻ってエンジンをかけて、そっとその場を離れました。
ヤマドリの鳴き声については、大抵の本に「グーあるいはコー、時にオスはチュイと鳴く、そして母衣打ちをしてドドドという音を出す」と簡単に記されている場合がほとんどです。そのために私もヤマドリの録音には消極的だったのですが、今回ご紹介したこのヤマドリに偶然出会った日に私が聞き、録音できた連続的に複雑で不思議な声で鳴いたりするとは想像もしていませんでした。
この時のヤマドリの鳴き声は、筑豊のHP「くまたか」の中にあるギャラリーから田中良介の「鳥好き良ちゃんの・声の野鳥だより」に入って「2009年号・トラック13」でお聞きいただくことが出来ます。自分で言うのもおこがましいのですが、ヤマドリの鳴き声をこれほど長く、詳しく録音したものは、おそらく全国的にも珍しい、いやもしかするとほかには無いかも知れません。
なお、私が出会ったヤマドリは厳密には亜種の一つである九州固有のアカヤマドリと言われるものであったのかもしれません。どちらにせよ、今では出会うことすらなかなか難しいヤマドリに山道で偶然に出会うことが出来、間近にその美しい姿に接して、その上、珍しい鳴き声をたっぷりと録音できたことは私の野鳥体験の中でも五指に入る忘れることができない出来事だったと言えます。こんな機会を与えてくれた山の神様に、それに何といっても当のヤマドリ君に、今も感謝の思いを持ち続けている次第です。
(第二回終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2014年3月号 通巻433号より転載 2014-02-17)