田中良介
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[4]もてない雄は必死に囀るホオジロ
録音を始めた頃、もっともマイクを多く向けた野鳥の一つはホオジロです。開けた草原や田畑を取り囲む林の縁にそびえる背の高い樹木の先端や電線など、その辺りでもっとも目立つ高い場所で、ホオジロのオスは良く通る声でさえずります。
季節は春三月ごろから、夏七月まで。もっとも何事にも例外があるようで、冬や秋にさえずりが聞かれた報告もあるようです。また、かつてホオジロが飼育されていた頃は、籠の中の鳥は、もっともよく鳴く春以外にも年中通して鳴いたと言われています。
ホオジロで何といっても面白いのは「聞きなし」がユニークなのと、その種類が多いことです。代表的なものは鳥好きの皆さんなら大抵の方がご存知の「一筆啓上仕り候」です。ポイントは最後の「候(そうろう)」を「そろ」と短く言うことで、これで実際の鳴き声のリズム感が出ます。ところが、昨今の若い世代の人に「一筆・・・」と言っても、いったい何のことやらさっぱり分からないのではないでしょうか。そこで、若いバードウォッチャーには「札幌ラーメン、味噌ラーメン」と先輩が教えるのだとか、でもこれだと味も素っ気もないという気がするのは私が年を取り過ぎたからでしょうか。
鳥の「聞きなし」は日本独特の(もちろん外国にも面白いものはあると思いますが)一種の言葉の文化だと私は考えておりますので、新しい世代の人たちが、自分たちなりの「聞きなし」を創作して野鳥に親しむことは結構なことではありますが、そこにはいくらかでも風情といったものが欲しいと思うのですが、読者諸先輩はいかがお感じでしょうか。
余談はさておき、ホオジロの面白い聞きなしには「源平つつじ、白つつじ」、「丁稚びんつけ何時つけた、いつもつけんが今つけた」、「弁慶皿持って来い、汁しゅわっしゅ」など地方によっても数々のものがあって実に面白いと思います。このことはホオジロの鳴き声にとても変化が多いことを物語っています。
今までにもことあるごとに私が申し上げていることですが、野鳥の鳴き声を文字に書き表すことはとても難しいことです。スズメの「チュンチュン」やウグイスの「ホーホケキョ」、カラスの「カーカー」を除くと、メジロやオオルリなど鳴き声が美しいとされる鳥ほどその鳴き声を文字で書き表すことは困難です。ホオジロの場合も前述の「聞きなし」がそのまま鳴き声に当てはまるとはとても思えず、実際の鳴き声をどう書き表すかとなると、歌が複雑であることに加え、変化が多いこともあり至難の技と言わざるを得ないのですが、名著「鳥の歌の科学」の著者・川村多実二が「チッチー ピーツツ チチ ツツピー」と書き表したこの一節が、もっともホオジロのさえずりを自然に表現するものだと私は実感しています。
もっとも、他にもいろいろ複雑な変化が多く、ホオジロはこう鳴く!と言う定番の鳴き声はまったくなく、地方によって、季節によって、また鳴いている当のホオジロのオスの状況(年齢、既婚かどうか)など複雑な要素が絡み合って、とどのつまり、ホオジロの鳴き声は千差万別あると言うことになってしまうのが実情だと思います。
既婚か未婚かでホオジロの鳴き声が変化すると申しましたが、例えば、既婚のホオジロは一日のうち30%の時間を鳴くことに費やすが、未婚の鳥では50〜80%もの時間を鳴くことに使っているとの説があり、とても興味深く思います。また、6〜7月に入ってもまだ一所懸命に囀っているのは、まだ繁殖相手が見つからない、それも若いオスとの説もあります。さらには、ホオジロが鳴いている写真を見ると、みな空に向かって大きく嘴を開き上を向いて鳴いていますが、この姿勢は未婚の鳥に多く、既婚のホオジロは嘴を水平にして鳴くとも言われ、鳴き方だけを見てもいろいろな興味深い説があって、単に鳴き声の良さだけではないホオジロの楽しみの奥深さが感じられます。
こんなところから、昔からホオジロの捕獲と飼育が盛んに行われ、全国各地で鳴き合わせ会が開かれる歴史があったのでしょう。
さて、ホオジロの囀りについてはまだまだ興味深いことがあります。先ほどから歌の中身について書いていますが、私がかつて読んだ文献に面白い記述がありました。それはホオジロのオスがそれぞれ自分の持ち歌を10種類ほど持っていること、また囀る場所(ソングポスト)を数箇所持っていて、ある場所で囀りだすと持ち歌を順に歌い、ひとしきり歌い切ると次のソングポストに移動して、またそこで持ち歌をいちから歌い始めるというものです。
ホオジロはこんなにもよく囀る鳥なので、この声を録音することはたやすいと思われるでしょうが、実際にホオジロの声を録音することは簡単ではありません。
一つにはホオジロが鳴く場所が見通しの良い高い場所なので、近寄ってマイクを向けるこちらの姿が相手のホオジロにも良く見えてしまい、さっさと逃げられることが多いこと。山の中ではなく、開けた場所なので近くで農作業をする耕運機の音や車の走行音がノイズになりやすいことがおもな理由です。
そこで私は二つの方法を良く使います。一つは林の縁の高い木のてっぺんで鳴いているホオジロを見つけると、いったん林の中に入り、茂みにわが身を隠しながら近づくという方法ですが、地形や林のなかの樹木などの状況が悪いとこの方法は使えません。
もう一つの方法は放置録音です。前以て鳴いているホオジロのソングポストを調べておいて、彼が他の場所で鳴いている間にタイマーをセットしたレコーダーとマイクを置いておくというやり方です。もちろん録音はいずれの場合も農作業や車の通りが 少ない早朝に行います。
なお、ホオジロの地鳴きですが、秋から冬は低山の林道脇の草むらに群れていて、6000〜8000Hz以上と思われる高い声で、「チチン」、「チッチッ」と鳴いています。草むらで鳴き交わしたり、人が近づいて飛び去る時にこの声を出します。いずれにせよ、録音はとても難しい上に、年齢の高くなった人の耳には聞こえにくいほどの高くて小さい声です。
以上、今回は愛すべき歌い手であるホオジロを取り上げましたが、残念なことですが、例に漏れず近年ホオジロの数が急に減っていることを痛感します。その理由としては、さまざまなことが考えられるのですが、私の個人的かつ感覚的なものでたいした根拠がない意見を申し上げると、一つには里山の環境の悪化、耕作が放棄された畑が竹林になってしまっている。二つ目には野菜畑が露地栽培からビニールハウス栽培に大きく変わった。三つ目は農薬の影響、これらが重なって繁殖期に必要となる動物質の餌不足のために子育てが出来なくなり数が減ってしまった、これが私の考える主な原因です。
春になると、どこの里山や畑の多い開けた場所に出かけると簡単に耳にできたホオジロの声がだんだんと聞けなくなったことはとても残念で寂しいことです。日本ならではの趣きのある「聞きなし」が過去のものになると同時に、ホオジロそのものが過去の鳥になってしまうことだけは何としてもあってはいけないことです。
空に向かって大きく口を開けて一所懸命にさえずり続けるホオジロの姿を見るのはバードウォッチングの原点であり、鳴き声録音のスタートでもっとも経験を積む上で大切なシーンです。この春そんな思いを強く持ってホオジロ君に出会いたいものだと思っています。
※前号・四月号ではヒバリを取り上げたのですが、日本野鳥の会の会誌「野鳥」四月号の見開きでも、作家・高橋千剱破(たかはし・ちはや)さんが、ヒバリにまつわる文章を寄稿されていました。偶然ではありますが、軽薄な私はとても嬉しく思いました。なお、今月のこの原稿を書くにあたり、小学館「日本野鳥大鑑」(蒲谷鶴彦、松田道生共著)を参考にさせていただきました。
(第四回終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2014年5月号 通巻435号より転載 2014-04-20)
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