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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2017-09-20

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

野鳥録音の旅in台湾

シンボルマーク[第五回] 台湾最南点・鵞鸞鼻公園のヤツガシラ

傷ついた犬たちを数多く収容して面倒を見、新しい飼い主を探す活動をしている心優しい女性・郭さんの、色鮮やかなブーゲンビリヤと緑溢れる美しいお宅を辞して宿舎に戻った夜、劉さんは「もう一度生態農場へオオコノハズクを探しに行こう」と言ってくれます。しかし、昨夜以上の風が吹き出したので諦めることにしました。

この夜、連日の強風のために思うように録音が出来ないためにしょげている私と、そんな私を懸命にサポートしてくれる劉さんのために、宿舎「天際線ホテル」の若きオーナー呉(ウー)さんと、女性支配人である張(チャン)さんが、ホテルのダイニングルームで心温まる餃子パーティーを開いてくれました。

ルームのキッチンカウンターに近い大きいテーブルを囲んで、仕事帰りに駆けつけてくれた劉夫人、劉さん、呉さん、張さん、それと私の五人が張さんの手作り蒸し餃子を食べながら、飲める人は缶ビールを片手に賑やかに歓談しました。

英語、中国語、台湾語が飛び交います。皆が毎日天候に恵まれず、録音の収穫が思うように得られない私を慰めてくれます。私もはるばると台湾の最南部までやって来て、収穫がなかなか得られない無念さと、その私の気持ちを察して気遣いの言葉を銘々がかけてくれる皆の気持ちがストレートに伝わってきて、思わず涙ぐみそうになりながら餃子に舌鼓を打ち、冷えたビールで喉を潤しました。

いろいろな話題が次々と出て、会話が盛り上がったのですが、その中で私が印象に残ったのは、台湾に現在14の民族がいるといわれる原住民、いわゆる少数民族のルーツについての話です。

とくに話題となったのは、最南部墾丁エリアに4000年も前から生活の歴史を持つと言われる「パイワン族」についての話です。パイワンの人たちは、他の台湾の人たち、つまり人口の大部分を占める大陸から移住した漢民族とも、他の原住部族の人たちとも明らかに違う外見的な特徴を持っています。大きくがっしりした身体と太い眉、大きな目など。そのためこの人たちのルーツについて多くの説が出て話が盛り上がりました。

いずれにせよ、狭い台湾の地に私たち東アジア人と風貌が異なる民族が遠い昔から住んでいて、昔は確かに差別の歴史もあっただろうけど、現在の台湾にはいろいろなルーツを持つ人々が完全に同化して平和に暮らしていることはとても興味深く、また素晴らしいことだと思います。

このルーツの話題にはオチがあって、酒に弱くてただニコニコと私たちの話を聞いていた呉さんが最後に「私のルーツを言います。私はインドネシアから来たよ」と言ったので、みんなで大笑いしました。もちろん彼は漢民族です。でも彼自らそういうように、容貌が童顔で漢民族らしくなく、その上連日ホテルの広大な庭の手入れをしているので日焼けしています。なるほどインドネシアのパスポートを持っていても誰も疑わないかもしれません。それと英語がそれほど流暢ではない彼が発音した「インドネシア」のアクセントが可笑しくて、皆笑いがしばらく止まらないのでした。こうして楽しい夜は更けていきました。

翌22日(台湾実質4日目)は朝から墾丁公園の植物園に劉さんが案内してくれました。ここは熱帯ですから、植物は熱帯地方の珍しい種類が多く集められているところです。私も時間がたっぷりあれば、植物も嫌いではないほうなので、楽しいはずの場所です。しかし、連日の強風の上、悪い天候のせいか、めぼしい鳥にもなかなか出会えなくてあせっている私は、劉さんが珍しい植物の前で説明してくれる話も上の空で、耳と目は必死に鳥を探しました。しかし、昨日までと同様樹々の間を吹き渡って行く風は、無常にも大きな熱帯植物の葉を揺らしてとても録音にはなりません。また、鳥の姿もほとんど見当たらないのです。周りの光景は熱帯のジャングルなので、台湾固有種の鳥がトロピカルな声で鳴いてくれることを期待したのですが、まったくダメでした。

劉さんも一所懸命に、鳥を探してくれます。植物園の多様な樹種の子供を育てている、少し離れた「育苗園」にも連れて行ってくれました。もちろんここは一般の人が立ち入ることが出来ないエリアです。それだけに、もし鳥が鳴いたら人の声など余計なノイズの入らない録音が期待できます。しかし、そこも風だけが無情に吹き渡り、鳥の声も姿もありません。日本で聴くものと変わらないコジュケイの声も聞こえてきたのですが、たった一声だけでした。また、とてもユニークな鳴き声で知られるヒメマルハシの声も少し聞こえてきたのですが、遠いこともあって録音不能でした。

午後も遅くなってから、ホテルに戻って休養したら、と言う劉さんに私からリクエストして台湾最南点に連れて行って貰いました。そこには観光客に人気のある「鵞鸞鼻公園」があって、なだらかな芝生の広い公園に椰子の樹が点在していて、いかにも南国的です。台湾で最も古いと言われる白い灯台があり、観光客がみなそれを背景に写真を撮っていました。ここでの写真も劉さんがいろいろとアングルを変えて撮ってくれました。なにしろ野鳥写真の専門家ですから、もし私が被写体でなければ素晴らしい写真になったに違いありません。

公園を一回りしてゲートに戻って来たら、一目で前述のパイワンと分かる、劉さんの友人であるスタッフが黙って前方の芝生に向かって指さします。その方向を見るとわずか30メートルほど先の芝生の上に2〜3羽の「ヤツガシラ」が降りていました。

劉さんにとってもヤツガシラは珍しいようで、早速カメラに望遠レンズを装着してそっと近づきます。私も足音を忍ばせて後に続きます。少し離れたところから観光客などの声が聞こえてくるので録音ははじめから諦めて、私も光学26倍ズームの小型デジカメで狙います。

ヤツガシラは私たちにはほとんど気付く様子がなく、夢中で地面で何かを食べています。

カメラでズームアップすると草の中から、小さな甲虫類を拾い上げて食べていました。劉さんは芝生に腹ばいになり、低いアングルで写真を撮り続けます。この時ムービーも撮ったそうです。

面白かったのは、二人が狙ったこのヤツガシラはご自慢の頭の冠羽から何かヨレヨレしたものをぶら下げていたことです。こんなのを見るのはもちろん初めてですから、私の目にはずいぶん奇異な光景として映りました。「一体何だろう、このブラブラは?」。あとで劉さんに聞いたら冠羽部分の抜けガラだったとのことです。ちょうど蛇の脱皮のように、古いものが剥げ落ちていつまでもくっついていたというわけです。

鳥なので冠り羽根も一本一本抜け替わると思っていたのに、フワフワしたものが動物の冬毛のように頭から垂れ下がっているのでとても不思議でした。実際に目の前でそれを見ることが出来ても頭の中は?でした。しかし、頭から抜け落ちかけたヨレヨレをつけたヤツガシラの動画は劉さんにとっても貴重な記録になったことと思います。

ヤツガシラたちの多くは、劉さんが撮影した後、数日内に台湾を離れ、多くは台湾海峡を渡って中国大陸へ繁殖のために飛んだことでしょう。もちろんごく一部は旅鳥として日本へやって来たかも知れません。

このあと、劉さんは私の頼みに応じて台湾の最南点の碑があるところまで連れて行ってくれ、記念の写真をまたアングルに凝って何枚も撮ってくれました。この碑はほとんど波打ち際に近いところにあり、その沖、南の方角は「バシー海峡」を挟んでフィリピンのルソン島です。その距離は決して遠いものではなく、私は台湾最南点の海岸から南の方向をしばし眺め感慨無量の想いが胸に去来しました。なぜなら私の最愛の父がかつての大戦末期にルソンで命を落としたからです。父が若くして最期を迎えた地を海のすぐ向こうに感じて胸に迫り来るものがあり、水平線を凝視してしばらくは立ちすくんでしまいました。

翌3月23日は、最南部最後の日です。いつものように朝早くホテルに迎えに来てくれた劉さんが「今日はショウ・バード(干潟の鳥)を見に行ってみよう」と誘ってくれました。墾丁公園の一部である「龍鑾潭(ロンワンタン)」という湖に連れて行ってくれると言うのです。この湖は恒春半島最大の淡水湖で、この地方の農業用水の供給元ともなっています。広さ175ヘクタール、最大水深は3.5メートル。周囲は農地や養魚池、草原など自然の環境が豊かで、冬鳥の絶好の越冬地となっています。

九州の干潟でもおなじみのカモ類のほとんどが見られることで、冬の間は野鳥のパラダイスと呼ばれているようです。しかし、私が訪れた時は、三月も下旬に入っていたので大部分の冬鳥たちはすでに北を目指して旅立った後だったようで、僅かに台湾でも留鳥であるカルガモ、冬鳥ではマガモ、コガモ、あとはアオサギ、カワウ(?)、ミサゴなどが観察用に人工的に盛られた細長い島で日向ぼっこをしているだけでした。

湖の岸辺には鉄筋コンクリート製の三階建ての自然センターが建てられていて、湖を見渡せるよう3階には水族館の水槽のようなとても大きく湾曲したガラス窓があり、スコープや大きな双眼鏡も窓際に設置してあります。観光客が訪れるほか、小、中学生を始めとした若い人たちの自然学習の場となっているそうです。

センターの壁面には展示スペースがあり、ここに多くの水辺の鳥の写真が飾られていますが、これらの写真は劉さんの撮影によるものだということでした。

湖から駐車場、バス停までは広い公園になっています。天気も良く、気持ちよく歩くことが出来ました。鳥は例によってこの辺に多いクロガシラ、クロヒヨドリ、タイワンオナガなどがところどころで鳴いているのですが、すでに録音済みのものばかりの上、相変わらず風が強く、バッグからレコーダーを取り出す気持ちも起こりません。

この公園の中にも放し飼いの犬が多く、中でもひときわ体が大きい黒い三本足の雄犬が私のことをなぜか気に入ってくれて公園内を一緒に歩いてくれました。私は犬好きなので、立ち止まって鳥を見たり、休憩するたびに近寄ってくる彼の身体をついつい触ってやります。嬉しいのか彼も私にその大きな身体を擦り付けて来ます。駐車場でついにその犬と別れた後で目に入ったのは、公園の入り口やバス停に張られたポスターです。そこには「狂犬病に注意」の文字がありました。

このようにして、私が大きな期待を持って台湾最初の地として訪れた台湾最南部の恒春半島での正味4日間は必ずしもいや、全然満足の行かないままで終わってしまいました。しかし、墾丁国家公園を始めとする豊かな自然と、私をサポートし、励ましてくれた人々の暖かさに毎日触れることが出来て、次の目的地に向かう期待が胸の中に大きく膨らんできました。

午後、台中市にたまたま用事があるという劉さん夫妻の車に乗せてもらって、約5時間のドライブで暗くなった台中市に到着しました。ここで集中的な録音の舞台となった台中市の郊外、大雪山の麓での日々を、劉さん以上にサポートしてくれた台湾では著名な録音家「孫清松」氏に始めてお会いすることになりました。次回からはその孫さんのご自宅を舞台にして、多くの台湾の鳥たちと間近に出会った、とても濃密な日々を過ごした話をお伝えすることになります。どうぞご期待ください。        

(第五回終わり)

※ヤツガシラのイラスト筆者提供

(「野鳥だより・筑豊」2014年10月号 通巻440号より転載)

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