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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2024-11-02

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

野鳥録音の旅in台湾

シンボルマーク[第七回] 大雪山麓を拠点に・充実した日々(その2)

※前号(第六回)の記事の中で、「雪山林道」と記述しましたが、正しくは「大雪山林道」です。お詫びして訂正いたします。

いよいよ今回の録音旅行の中で、大本命の大雪山林道に出かける朝となりました。

前夜就寝前に孫さんから「明日は午前3時起き」と言われていたのですが、「田中さん、起きてください」と孫さんに言われるまで眠ってしまいました。結局4時半に孫さんの愛車に乗せていただいて孫邸を出発し、一路大雪山林道へと向かいました。辺りはまだ真っ暗です。

まず近くの店がある通りのコンビニで、簡単な食べ物と飲み物を買った後、先を急ぐことにします。しかし、このコンビニがある田舎町の通りの両側の家々の軒先で、早起きのツバメたちの賑やかな声が盛んにしていました。

ツバメの種類は日本でもごく普通に見られるツバメ、台湾や中国では家燕と呼ばれているものです。ツバメの声はもう何回となく録音しているので珍しくもないのですが、孫さんに少しの間、車を停めてもらって、窓を開け、マイク内蔵レコーダーを突き出して賑やかに鳴き交わす声を録音しました。

なぜそんなことをしたかと言うと、九州・福岡から直線距離で1500キロも南に遠く離れた、ここ台中市の郊外の地でも日本で聞くものとまったく同じツバメの声がするのを聞いて(当たり前のことですが)、とても新鮮で嬉しい気持ちがしたからです。

なお、今日の日本では、田舎町の通りでも民家や商店の軒先に巣を作ることは少なくなったようです。それに比べると、この街の通りではツバメの巣が多くて、2〜3軒ごとに巣があって多くのツバメが真っ暗な時間帯にところどころに点る灯りの中で飛び交うのが見られて、とても羨ましくも思えました。台湾の人々が自然を大切にしていることがこんなところにも窺がえるのではないでしょうか。

さて、寄り道をして時間を喰ったので、私が録音を終えて窓を閉めると、孫さんは車のスピードを上げて先を急ぎます。大甲渓に沿った道を、いったん下流に向けて10分ほど走り、今度は大きな橋を渡って河の反対側の大通りに出ます。そこからは河を挟んでUターンする形で上流に向かって、つまり東へと走ることになります。


タイワンコノハズク

やがて大雪山林道へ入る曲がり角に来ると左折して、いよいよ山へと向かう道に入って、車は少しずつ登りになり、同時にカーブが多くなった道を走ります。

林道に入ってまだ間がないところで、孫さんが急に車を停めて、運転席の窓を開けます。すると左手前方の山のかなり遠いところからフクロウ類独特の声が聞こえてきました。その声は「タイワンコノハズク」の声でした。少し距離があるらしく、声は小さいのですが、とても明瞭な声です。私はまたしても自分の席の窓を開け、手持ち録音用のレコーダーを窓から車の屋根に手を上げて、声のする方向に向けて録音スイッチを押しました。しかし、2分位で鳴き止んでしまい、良い録音にはならなかったのですが、大雪山の鳥・第一号の録音が出来たことで、この先に待っているであろう多くの台湾の鳥たちへの期待に胸が膨らむ思いがしました。

辺りはまだ真っ暗です。道は登りがきつくなり、右へ左へとカーブしながら孫さんの車は高度を上げて行きます。でも、路面が舗装されているので私には快適なドライブです。やがて夜が明けてくると、辺りの景色がぼんやりと見えるようになります。明るさがさらに増した頃、道は緩やかに左へカーブする海抜800メートル地点にやって来ました。カーブの部分は路幅が大きく膨らんでいます。その時、道路左、山手側の側溝に何人もの人影が見えました。少し先へ行ったところで、孫さんに車を停めてもらい、車を降りて先ほどの人たちのところに行ってみました。近づくと、4〜5人の男性が大きくて深い側溝の中に入って、道の反対側に向けて低い位置から望遠レンズの砲列を敷いています。

「おはようございます、何を撮っていますか?」私は側溝に入って身を低くし、一番手前の人に小声で尋ねました。皆さん一様に真剣な面持ちで道の反対側を見つめています。

「深山竹雉(ミヤマテッケイ)だよ」と答えが返ってきました。それを聞いて私も道路の反対側を凝視します。なるほどそこには道路端の斜面を上がって来て何か地上の餌らしいものを食べている2〜3羽のやや大型の鳥と、リスが見えました。鳥が静止したり、頭を上げると数台のカメラのシャッター音が「パシャ、パシャ、パシャ」と連続して聞こえます。しばらくその様子を観察しているうちに私はあることが飲み込めました。

どうやらこの人たちは、道の反対側の撮影ポイントに毎日のように餌を撒いて、ミヤマテッケイを手なずけているようなのです。それにしても、皆さんのカメラとレンズはとても立派なものばかりです。まだ完全には夜は明け切っていないこの時間帯に、しかも台中市街からは車で2時間はかかりそうな山の中まで撮影に来るとは。中にはプロのカメラマンもいるのでしょうか、残念ながらその疑問も、その後多くの鳥に出会うことになって興奮し、孫さんに聞くのを忘れてしまいました。

それにしても、野鳥に接するマナーとして、ここで出会ったあのカメラマンたちは間違いを犯しているのではないか、このことは今思い出してもかなりの疑問です。なぜなら孫さんたちも会員である中華民国野鳥学会では、「5剞H禁止」(野生動物に餌を与えない)、「不播鳥音」(鳥の鳴き声をスピーカーで流さない)の二大スローガンをポスターにして野鳥の生態を乱さない運動をしているからです。この点は日本野鳥の会などでも訴えていることで、野鳥に接する者の基本マナーですが、日本でも違反する人がいるように、ここ台湾でもルールが守られていないことがあることを知りました。

撮影機材が発達して、台湾でも日本と同じで、野鳥カメラマンがとても増えている実態があるようです。このことは今回の旅の終わりの数日を過ごした台北で、野鳥が多い公園に出かけて、つくづくと実感することになります。

ところで、ミヤマテッケイの「テッケイ」とは「コジュケイ」に近いキジの仲間です。台湾語ではコジュケイは「竹雉」と書きます。深山にいるコジュケイの仲間なので「深山竹雉」と言うわけです。

台湾でもポピュラーな野鳥コジュケイは、鳴き声も日本のものと同じで、例の「チョットコイ、チョットコイ」と鳴きますが、ミヤマテッケイはとても味わい深い声で鳴きます。コジュケイの甲高い激しい鳴き方と違い、「ホロロロ、ホロロロ、ホロロロ・・・」と高めの声ながら、でも柔らかい声で段々早く、かつ高くなって行く連続した面白い鳴き出しの後、「ピューホウ、ピューホウ・・・」と数回繰り返すのが一鳴きとなります。今回の台湾では魅力的な鳴き声の鳥を何種類も聞いたのですが、その中でもミヤマテッケイの鳴き声は、聞いても素晴らしいし、録音し甲斐のある鳥です。それなのに、残念ながらこの鳥の声を単独で、なおかつ間近で録音するチャンスはありませんでした。

ただ、他の魅力的な声で鳴く多くの鳥の声を録音した時に、何回かはそのバックにこの鳥の声が入りました。バックで聞こえるミヤマテッケイを聞いて今は満足しています。

その後、孫さんの車はなおも登り続け、やがて1650メートル附近まで行ったところで止まり、ここで孫さんのCDで聞いたいろいろな鳥の声に遭遇します。そこからさらに1800メートル辺りまでは、まさに野鳥のパラダイスのようだと私には思えるほど、多くの種類の野鳥の美しい、また興味深い声が溢れていたと言っても過言ではありません。私は夢中になってレコーダーのスイッチを押して回りました。私一人ではとても間に合わないくらいなので、孫さんにも手持ち用として準備していた一台を渡して手伝ってもらいます。台湾でもっとも高名な録音家に手伝っていただくのですから、なんとも贅沢な録音作業です。

この辺りは道の片側は良く繁った山、反対側は同じく樹々が多い深い谷になっていて、谷底は見えないほど急な斜面が下に続いています。また視線を山々に向けると峰また峰がどこまでも続く景色となっていて、台湾がまさに山の国であることを実感します。

深い谷底からは時折り鹿の迫力ある吼え声が聞こえてきます。福岡県英彦山でも鹿の声が聞こえ、何度も録音したことがあります。その声は甲高い声でしたが、ここ大雪山林道の谷底から聞こえた鹿の声はとても低く、でも迫力に満ちていて、私の想像するところ繁殖期を迎えた雄鹿が雌を呼ぶ声だと思うのですが、野生の魅力を十分に味わうことが出来ました。もちろんこの声も録音できましたが、鹿が鳴くあいだも目の前で鳥たちが鳴くので、素晴らしい鳥の声のバックに、低く迫力満点の鹿の声が重なってとても良い録音になりました。のちに、孫さんにこの鹿の名前を聞いたのですが、正確な名前は知らないがこの辺りでは「チャン」と呼んでいるとのことでした。私はその後いろいろと調べましたが、福岡市総合図書館にも良い資料がなくて、この鹿の種名あるいは学名は分からずじまいでした。

しかし、最近になりこの鹿の正体がどうしても知りたくて、またまた孫さんに問い合わせたところ、英名がReeve’s Muntjac だと言うとの返信を貰えました。この英名で調べたところ、和名はなんと「キョン」でした。ご存知の方もあるかと思いますが、キョンは福岡市動物園にもいる小型の鹿です。大きさは中型の犬くらいしかありません。

私が大雪山林道で聞いて録音した鹿の声は、とても迫力があったので、大型の鹿とばかり思っていたのに、本当は小型の鹿・キョンだと分かって驚いています。

さて、ひとしきり録音して休憩後、孫さんはまた私を車に乗せ、さらに林道を奥に走りました。やがて深い谷にかかる長い橋にやってきました。この橋は「雪山橋」と言い、海抜2000メートルの谷にかかっています。橋の長さは見たところ90メートルほど、高さも7〜80メートルはありそうです。ここで車を降り、欄干から谷底を見ましたが、流れる川面は遥か下にあります。その川は多分例の「大甲渓」の支流でしょうか。

私たちが橋の袂で周りを見ている時、橋の中ほどの空間を無数のイワツバメが飛んでいるのを孫さんが見つけました。その時です、対岸の木々が茂った辺りから一羽のタカがツバメの群れめがけて舞い降りるように高速で飛んできました。「ツミです!」孫さんは叫ぶように教えてくれました。ツバメたちは競うように急いで橋の下に隠れます。

結局この時はツミのハンティングは成功しないまままで、決定的な場面を目撃することは出来なかったのですが、多分このツミは何度もツバメたちに襲いかかり、何度かに一度は狩りを成功させるのでしょう。

イワツバメはタカに襲われるまでは鳴きながら飛翔していたのですが、その鳴き声も録音しょうと橋の中央部に近づいたところ、タカに襲われて警戒しているのか、再び声を出すことはなく、録音は空振りに終わってしまいました。

帰り道に、途中の林道脇の林に放置録音をするために置いた複数のレコーダーを回収し、孫さん宅で午後の休憩時に聞いてざっと確認したところ、これらにも良い録音がたくさん入っていることが分かりました。

孫邸の庭や、建物裏の小高い畑にも毎日、毎晩のようにいろいろな鳥たちの声がするので、孫さんに手伝ってもらってレコーダーを置いて録音したのですが、そうした録音にも興味深い音が入って良い結果が得られた一方で、帰国後に100時間をはるかに越えるこれらの録音の整理にたいへんな苦労をすることになるとはこの頃には想像もせず、ただ夢中でレコーダーに音を取り込みました。

後日談になりますが、手持ち録音や放置録音で得られた音のファイルを整理するのに、夏の終わりまでかかってしまう結果となり、嬉しい悲鳴どころではなくなってしまったのでした。

次号では、その後の数日も孫清松さんの熱心で親切なサポートにより、まだまだ録音のために行動した体験と、そこで録音できた鳥種などについて詳しく報告したいと思います。

(第七回終わり)

(「野鳥だより・筑豊」2014年12月号 通巻442号より転載)

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