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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2017-09-20

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

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目次

シンボルマーク姿、声ともに珍鳥・コウライウグイス

コウライウグイス

コウライウグイス

コウライウグイスという鳥がいることをご存知の方は多いことと思います。 ウグイスの名がついていますが、大きさも色もまったく違い、コウライウグイス科の鳥です。体長はおよそ26〜27センチ、全身黄色で、黒くて太い過眼線が目の先から後頭部をぐるっと取り巻いている姿はとても奇抜な外観に見えます。
そのために中国ではこの鳥のことを「黒枕黄鸝と呼ぶようです。黒い枕を持った黄色い綺麗な鳥、というような意味でしょう。また、黄鶯と書くこともあるそうです。
姿が派手で見て面白く、写真にとっても美しい。その上に鳴き声も良くてさえずりも面白い、なんとも楽しいの一言に尽きる鳥です。

以下、この鳥について、私の経験を交えてお話します。
さて、私は恥ずかしながらひどい方向音痴です。それなのに、文明の利器に安易に頼ることを心よしとしない臍曲がりなところがあって、車にカーナビを搭載していません。ですから、少し遠くに出かけるたびに道を間違えてしまうことがしばしばあります。
しかし、世の中は何が幸いするか分からないもので、私がこのような人間であるが故に、1羽のコウライウグイスに偶然にめぐり合うことができたのですから、方向音痴も捨てたものではありません。(笑)
それは今から5年前、2010年5月のある日、ツバメの声を静かな環境で録音することを狙って、独特の建築様式の農家が多く残っている福岡県糸島市の南部、雷山の北麓の集落に出かけた帰り道に、毎度よくやるミスで、畑の中の道を間違えたために一つの思いがけない幸運に出くわしたのです。

私が間違えた道はしばらく走ると行き止まりになってしまい、Uターンをする場所を確認するために車外に出ました。そこには小さな山があり、雑木や竹がよく茂っていました。
すると、すぐそばの林の一角から聞いたこともない鳥の声が聞こえてきたのです。 口笛のような柔らかく美しい声でした。あわて者の私は「ヤイロチョウだ!」と勘違いし、急いで車からレコーダーとマイクを取り出して目の前の林に向かいました。都合がよかったのは行き止まりの道から山に向かって入る小径がついていて、それを少し上るとその美しい鳴き声はより大きくなりました。
声がする方向に向けてレコーダーのスイッチをオンにして、あたりを見回したのですが、声がする場所はすぐ足元の生い茂った斜面の下草の中で、鳥の姿はまったく見えません。特徴のある外観をしている鳥なので、姿が見えれば鳴いているのはコウライウグイスだと多分すぐに分かったのでしょうが、この時は草の中に隠れていて見えないままでした。初めて耳にする興味深いその鳴き声は、少しずつ移動していきます。
音を立てないよう足元に注意しながらも、私はマイクを向けたまま距離を保ってついて行きました。幸いなことに鳴き声は登って来た小径を戻る形で動いて行きます。
毎度申し上げるように、鳥の声をカタカナで表記することはとても困難なことですが、
その時の鳴き声は概略以下のようなものでした。
「キョルリ、キョルリ、ツリリ。ピュオピュオポピョウ、ピューフォーピュロウー。
ツリリ、ツリリ、ピョウオウ、ポピョーオ・・・・」(以下略)。
キョルリ、ツリリは多分地鳴きで、ピュオピュオポピョウはさえずりだと思います。
結局姿は見えないまま、鳴き声は小山の外に出て、林の縁をなおも移動しながら鳴いてくれた結果、10分を超える長い録音となりました。すぐ離れたところを県道が走っていて、通過する車の走行音が数回ノイズとして入ったものの、思いもかけない珍しい声がゲットできたので、帰り道はルンルンで車を走らせました。

それなのに実はこの時、私はこの鳴き声の主が何であるか分からなかったのです。
蒲谷鶴彦先生のCDで、それまでに何度か聞いているはずだったのに、まさかその珍鳥に私自身が遭遇できるなど夢にも思っていなかったので、それがコウライウグイスとは夢にも思わず、活動仲間の山口正司氏に問い合わせてはじめてそれと知り二度ビックリ。それにしても何という美声!何と複雑で興味深い鳴き声であったことか!
先月号でご紹介したクロウタドリにも負けない素晴らしい歌い手です。

その翌年2011年に、私は自身の録音と「声の野鳥だより」活動10周年を記念する意味で、韓国へ2週間の旅をしました。例によって気ままな一人旅でした。
釜山をスタートして慶尚南道、慶尚北道、全羅北道、忠清南道、全羅南道の各国立公園、道立公園などを回ったのですが、韓国での憧れの鳥・コウライウグイスに最初に出会えたのは、スタートして3日目、慶尚北道の安東市から行く「河回村」の集落でした。

両班・風刺劇の仮面

両班・風刺劇の仮面

ここ河回村は、韓国では「ハフェマウル」と呼ばれ、李朝時代に優秀な両班(ヤンバン)を多く輩出し、その当時の古い建築様式が丸ごと保存されている観光地として有名なところです。両班の里として知られるこの地は、また独特の風貌をした仮面をつけた風刺劇でも有名です。この集落の外側をぐるりと半周するようにめぐり流れているのが洛東江で、その対岸にある小高い山に渡って野鳥を探すのが最初の目的でここを訪れたのですが、たまたまこの頃は日照り続きで河の水位が下がって、対岸への渡し舟が運休していたので私の一つ目の願いは叶いませんでした。川岸に立って、対岸の山から、ホトトギスやカッコウの声が風に乗って聞こえてくるのを無念な気持ちで聞いたことを覚えています。

気を取りなおして私は有名な村の中に入って行きました。ものの50メートルも歩かないうちになんとあのコウライウグイスの声が私を出迎えてくれたのでした。
そこはまるで李朝時代にタイムスリップしたかのように、いかにも両班の家族が暮らしていただろうことが彷彿として感じられる韓国の伝統家屋が、瓦を乗せた土塀の中に建っていて、その塀のすぐ内側に立つ一本の木の枝からその声がしてきたのでした。
雷山の麓ではじめて出会った時には、下草の中に隠れて姿を見せてくれなかった用心深いはずのコウライウグイスが、すぐ前の木の枝に止まって、例によって独特の美声で鳴いていて、おまけに人目をまったく気にする様子もなく、燦燦とふりそそぐ初夏の陽光のもと、その黄色い不思議な姿を私の目前に見せてくれていたのです。幸いなことにいつもなら観光客が多く来るはずの場所なのに、この時は辺りに人の姿がまったくなく、私一人が1羽のコウライウグイスと対峙することができたのです。まさに白昼夢の中にいるような数分でした。

こうしてラッキーな形で出会えた韓国のコウライウグイスは、そのあとの旅の途中にある全羅北道・全州市の金山寺でも、忠清南道・百済の古都であった扶餘(プヨ)の扶蘇山(ふそさん)でも、コウライキジやオナガ、セグロカッコウなどとともにいろいろな鳴き声を聞かせてくれ、また録音することができました。やはりコウライウグイスは「高麗」には多くいたのです。高麗とは朝鮮の意、ウグイス(鶯)とは例のウグイスではなく、「声のよい鳥」を表す程度の言葉で、こんな名がついたと言います。

ここで私は単純な疑問に突き当たります。
韓国で多く繁殖するコウライウグイスは渡り鳥です。彼らの多くは、晩春から初夏に南の国々から日本を通過して朝鮮半島以北を目指します。
緯度的に考えれば、例えば韓国の河回村は日本の本州中部に当たります。全羅北道、忠清南道も同様です。ではなぜ、コウライウグイスはわが国日本の中部に行って繁殖せず、敢えて海を渡る危険を冒して朝鮮半島を目指すのか?
中国の野鳥図鑑「鳥類博物館」に拠れば、生息・繁殖地をロシア東部、朝鮮、ラオス、スリランカ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、インド、タイほかとしています。

こうしたことから、コウライウグイスはユーラシアに起源を持つ鳥であり、今も彼らのDNAにはその痕跡が強く残っていて、そのために日本は経由地でしかなく、朝鮮半島およびその以北の地に繁殖目的の旅をしているのだろうと私は素人なりの推測をしています。
なお、台湾の友人に拠れば、台湾で見られるコウライウグイスの約半数は留鳥で、残り半分は旅鳥、ただし留鳥となった鳥がいる原因は篭脱けによるものだということです。興味深いことです。なぜなら、かつてわが国でも、韓国でも中国でもコウライウグイスは飼い鳥としてとても人気があった鳥だったようですから。
かつて私は中国・蘇州の観光地のお土産品店で偶然見つけた「観賞鳥」という本を買い求めたことがありますが、この本の中には餌の種類や与え方をはじめ、コウライウグイスの飼い方がじつに詳細に記述されていました。

韓国の伝統仮面劇とヤンバンの村で鳴いた、その名も「高麗ウグイス」、その地で録音したコウライウグイスの不思議な声は、拙作のCD「声の野鳥だより」で聞いていただけます。関心のある方は、「くまたか/田中良介」にアクセスして「2011年号」をお聞きになってみてください。

(終わり)

(「野鳥だより・筑豊」2015年9月号 通巻451号より転載 イラストはいずれも筆者)

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