田中良介
目次
朝鮮半島では留鳥、囀る鳥・ジョウビタキ
野鳥を好きになった人なら、はじめに見たい、はじめに写真を撮りたいのはおそらくカワセミでしょう。そして次に好きになるのはジョウビタキ。
私は見る専門の人間ではなく、写真も専門ではないので、それほどでもないのですが、それでもカワセミやジョウビタキに出会うとなんだか楽しくなってしまいます。
今の季節は、北海道を除いて、もうどこの地方でもジョウビタキの親しみやすい姿が多くの野鳥ファンに見られているはずです。オスの姿も凛々しくて良いのですが、メスの「つぶらな瞳」や、人をあまり怖がらないで、市街地の散歩道でも、里山の農道でも至近距離で見られる身近かな姿を見ると、つくづく可愛い鳥だと思います。私と同じ思いでこの鳥が好きな人はたくさんいらっしゃることでしょう。
「ヒッヒッ」と鳴いては頭を下げ、「カッカッ」と鳴いては尾を二、三回上下に振る。
こうした可愛い動作もあいまって、愛すべき野鳥のランキングではいつも上位に来る鳥であることは間違いないでしょう。
さて鳴き声は、と言うと、多くの皆さんが「ヒッヒッ、カッカッ」と聞こえる声をご存知だと思います。秋から冬に聞かれる声です。これは越冬地でジョウビタキが出す代表的な声です。冬に暖かい地方にやって来る美しいルリビタキも同じような声を出します。この「ヒッヒッ、カッカッ」が、じつは「ヒタキ」の語源になっているのですが、ベテランの方々はともかく、若い野鳥ファンの皆さんは以外にご存じないかも知れません。「ヒッヒッ」は「火、火」で、「カッカッ」は火打ち石を打つ音、遠い昔は火を点けたり、燃やしたりする時には「火打ち石」と言うものを使ったのですね。
「火、火」と言って「カッカッ」と火打ち石を打つ、そこから「火炊き」→「ヒタキ」となったと言われています。ついでに「ジョウ」とは何かと言うと、これもご存知の方が多いので、いまさらの話なのですが、「ジョウ」とは「尉(じょう)」のこと。能に登場する老翁(あるいは翁の面のこと)のことです。
ジョウビタキのオスの頭部が銀灰色なので年寄りの頭のように見える、そこから「尉のような火炊き」→「ジョウビタキ」というわけです。
「センダイムシクイ」の語源も、いかにも伝統文化を誇れる日本人らしい想像と着想から生まれた名前で私はとても好きなのですが、ジョウビタキもそれと同じ文脈から生まれた和名なので私はとても気に入っています。このことも私の場合は、この鳥が好きだと思う理由の一つかも知れません。
余談はさておき、「ヒッヒッカッカッ」と単調な声と鳴き方で鳴く鳥、ジョウビタキ。と思っていたら、ある時この鳴き声の途中から、聞いたこともない変わった鳴き声を録音して驚いたことがあります。それは今から八年前の冬のこと、自宅付近を流れる小さな川の岸で、二羽のオスのジョウビタキの縄張り争いの中で出した声です。
はじめは「カッカッカッ」と聞き慣れたジョウビタキの声で、でもやや激しい感じで鳴いていた(この時はヒッヒッとは鳴きませんでした)と思ったら、やがて「ピチッビルルルルル・・・」という不思議な声を二回ほど出したのです。「ルルルル・・・・」の部分は少し金属的な響きが感じられる声、というより音でした。
その後何年もジョウビタキの声は録音し続けていますが、この時の「ビルルルル・・・」という声は今に至るまで二度と聞くことはできていません。
本題の話に入りますが、タイトルのとおり、ジョウビタキの「さえずり」についてです。ジョウビタキは四月になると九州からいなくなりますが、渡り直前の頃、オスがさえずりらしい声を出すことがあるようで、私も何度か聞いたり、録音したりしたことがありますが、これはどうやら本格的なさえずりの季節の前の練習のようで、いわゆる「ぐぜり」と言われる、声の中身が明確には聞こえない鳴き方です。
私はその後2011年初夏に韓国への約半月間の録音旅行を経験し、その時に本格的なジョウビタキの素晴らしいさえずりを何度も聞くことになりました。
はじめてこの鳥のさえずりを聞いて録音したのは、全羅北道の栄州市から行く小白山国立公園内にある「太白山・浮石寺」の境内でした。この年、私が韓国内を野鳥の声を求めて旅をした時に私がとった旅程は、多くの寺院を回ると言うことでした。
ご存知の方もあるかと思いますが、韓国のおもな仏教寺院のほとんどは、国立公園、道立公園といった深い山の中にある一方で、交通の便が良くて、たいていはバスの路線があります。そうした仏教寺院は広大な伽藍を擁して、多くの修行僧が起居して日夜修行に明け暮れる場所である一方で、豊かな自然を背景に持つ関係で、登山やハイキングの拠点であり、また恋人たちのデートスポットとしての顔を持ちます。
「寺に行くと山がある、山があれば鳥がいる」というわけでこの方法をとりました。
さて「浮石寺」の由来についてもとても興味深いのでお話したいのですが、それはこの項の趣旨ではありませんので、本題に戻ります。
山の中の寺院なので、浮石寺の伽藍は山の中腹の斜面に広がっています。その斜面にたくさんのお堂が散立しているので、入り口に当たる山門をくぐってから、もっとも奥にある、この寺の名前のもととなった巨石まで行くまで多くの石段を登って行くことになります。私の場合は、普通の参拝・訪問者と違って野鳥の声を探す目的なので、境内の中央を行かずになるべく端っこの山に近いところを行くので大変です。
韓国の歴史ドラマをご覧になった方は気づかれたことがあると思いますが、寺院様式であれ、宮殿様式であれ、韓国の伝統建築では石段の一段がとても高くて全体の角度も急です。また、石段を迂回すれば急な坂道を登ることになります。
そうしたところをフゥーフゥーゼーゼーと息を切らして寺の中ほどまで登ったところで、突然聞こえてきた声、それがジョウビタキのさえずりだったのです。
山のほうではホトトギスやカッコウ、それにシジュウカラなど日本でもお馴染みの鳥の声がするのですが、その時に思ったのはなぜか寺の境内ではジョウビタキのさえずり以外には、他の鳥の声があまりしなかったことです。
私は始めて聞く本格的なジョウビタキのさえずりにすっかり興奮し、急いでマイクとレコーダーを取り出して「彼」の方へ向けて録音スィッチをオンにします。すると、「あれれ・・」「彼」はほんの10秒か20秒鳴くと、ぱっと飛んでいってしまいました。私はあわててあとを追いました。先ほどお話したように「浮石寺」の伽藍は傾斜地に広がっています。私はまだ息も整っていない状態なのに、また階段を登ったり、坂道を下ったりしながら「彼」を探します。
不思議なことに、「彼」は決して遠くへは行かないのです。この寺のどこか別のお堂の屋根にとまって、またさえずり始めます。でも相変わらず長く鳴かないで、またパッと別の建物に飛んで行ってしまいます。何回か「彼」の後を追っているうちに私は早々にギブアップしてしまいました。私のような老人の体力と膝の状態では、ジョウビタキのとるこの行動にはとてもついていけないことを悟ったからです。
私がそこで理解したことは、このようにして「彼」が頻繁に場所を変えて囀り続けるのは、この寺で繁殖していること、寺の中ではジョウビタキのオスは「彼」一羽であること。ひとところでさえずり続けないのは、ほかの種類の鳥の姿や声がするたびに、それを追い払うために場所を変えるのだろう、ということでした。
そこで、この日の「彼」の声の録音は止めにして、翌早朝、まだ鳥たちがあまり動き回らない時間帯なら、「彼」も落ち着いて囀るかもしれない、そう思って、「彼」が先ほどからとまって鳴いていた特定のお堂の屋根の端に近いところに向けて、早朝に録音がはじまるようにタイマーをセットしたレコーダーを配置してみました。
翌朝というより、そのずっと前の時間である深夜から、ガイド氏の予言どおり雨が降り、雷鳴が轟く天気となってしまって心配したのですが、幸いにも「彼」が囀り始めた頃は、雨も小降りとなったので、結果的には私の読みどおり、わずかな雨音をバックに長くさえずるジョウビタキの風情ある鳴き声をなんとか録音できたのでした。
話を前日の午後に戻すと、ジョウビタキの録音をセットする前に、この寺の英語のボランティアガイド氏が案内してくれて、寺の裏山にコノハズクのためのタイマー録音を設置しに行きました。その帰り道、寺の方へ降りる道すがら流暢な英語でガイド氏が言った言葉は「ミスター・タナカ、今晩は雨になりますよ、雨が降るとコノハズクは鳴かないものです、でも幸運を祈ります」。不運にもガイド氏の予言は的中し、雨の夜の山での録音ではコノハズクは鳴いてくれませんでした。
さて、ジョウビタキのさえずりは、この旅行の中でその後何回も聞くことになりました。良い録音が録れたのは、全羅南道の順天市から行く「松広寺」、もう一ヶ所は同じ全羅南道の名刹である智異山・華厳寺の門前村内でした。ジョウビタキのさえずりを簡単に言うなら、節回しと声はホオジロに、早いメロディはメジロに似ています。
このように、韓国ではジョウビタキは繁殖しているのですね。その上、韓国というより朝鮮半島では留鳥なのでした。恥ずかしながら旅行から帰ってから改めて調べてそのことが分かりました。それまではジョウビタキの繁殖地はもっとずっと北の国だとばかり思い込んでいたのです。たしかに、中国では東北部から西部はチベット高原まで、もっと北はロシアの東部、アムール川やバイカル湖周辺など、ユーラシア大陸の東北半分の広い範囲にわたってジョウビタキの繁殖地はあるようです。
その一方で、彼らが北海道や長野県でも繁殖している例が報告されているようです。
私が知りたいバカみたいな疑問は、日本にやって来るジョウビタキは朝鮮半島からも来るのか?と言うものです。どなたかご教示くださると幸いです。
なお、韓国でのジョウビタキのさえずりは、拙作CD「野鳥だより・2011年号」でお聞きいただけます。
(終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2015年12月号 通巻454号より転載)
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