田中良介
目次
美しいカラス科の鳥・オナガ
前号でカササギを取り上げましたので、続けて同じように地域限定版の野鳥である「オナガ」についてお話したいと思います。
オナガは、ユーラシア大陸の東部(ロシア東部、中国東部、朝鮮半島)と、はるかな西部であるスペインのイベリア半島の一部に、そして日本の中では中部地方と東日本から東北にかけて生息していることはご存知のとおりです。
かつて(1970年頃まで)は、全国的に広く分布し、九州でも観察されたようですが、わずか10年ほどで九州での姿が消えてしまい、生息域が全国的にもなぜか東日本に偏ってしまった経緯があるようです。また、わが国での生息分布が飛び地状になっていることも興味深い点です。
数万年前にはユーラシアの全域にいたと言われていますが、気候や地殻変動など、また自然淘汰による生命のドラマの中でその後現在のような生息図となりました。
尚、イベリア半島のものは、その遺伝子から別種ではないかとの説もあるようです。
私がはじめてオナガの実物を見たのは、もう半世紀以上も前のことです。当時はサラリーマンで、若い頃に本社がある東京に講習や会議のために出張する機会がありました。たまたま、その期間に休日が入ると、皇居前や渋谷公園などを散歩したりしました。その時にオナガに出会ったのです。当時私は大阪に住んでいましたから、オナガの姿を見たことはなくて、その時はとても感激したことを覚えています。
人により好き嫌いがあるでしょうが、カラスの中でもオナガはとても優美な鳥だと私は思っています。背中側から、名前のもととなった長い尾にかけて柔らかい灰青色をしていて、強いアクセントとして頭に黒い(光線のあたり具合では濃紺にも見えます)帽子をかぶっているのもオシャレな感じです。
ただ惜しむらくは、カラスの仲間共通の欠点で声が良くありません。私のように見ることより鳴き声を重視するものにとって、折角姿が良いのだからせめて「もう少し綺麗な声で鳴けないものか、オナガ君よ」と言いたくなります。天は二物を与えず、とはまさにオナガのためにある言葉のような気がします。
もっともハシブトガラスやハシボソガラスにいたっては、姿も声も多くの人間様に嫌われていますから、姿だけでも優美なオナガはずっと恵まれているのかもしれません。
さて、オナガの鳴き声ですが、普通に聞かれるのは「グィーッ、グィーッ」という声です。この鳴き声は仲間同士のコミュニケーションの時に出すことが多いみたいで、よく聞いてみると、「グィーッ」を5〜6回繰り返してワンフレーズとするのですが、だんだんにピッチが早くなって、最後のほうは「グィ、グィ」で終わります。
「グィーッ」が濁らずに、「クィーッ、クィーッ」とか、「ギューィ、ギューィ」と鳴くこともありますが、このあたりは毎度申し上げるように、聞き方、書き表し方の問題でもあると思いますが、いずれにせよ一言で言って、悪声の鳥であることには違いありません。ただし、時には「ピピピ、ピュル、ピュル」あるいは「フィー、フィー」と聞こえる可愛い声を出すとの記述も見ますが、私は残念ながらそうした声に出会ったことがありません。
オナガとは韓国や中国で何度も出会いがありました。その中でとくに思い出深い記憶がいくつかあります。その一つは2004年初夏のこと、中国・上海から列車で蘇州の少し西にあたる鎮江に行き、そこからバスに乗り換えて揚州市に向かいました。その頃はまだ録音を外国に行ってすることは考えつかなかった頃で、純粋に趣味として学習を始めた中国語の実地勉強と、中国の歴史や文化に対する憧れを実現するための旅でした。
揚州市には、艱難辛苦の末に日本への渡航を果たした鑑真さんが住職をつとめていた「大明寺」という有名な仏教寺院があります。大通りでバスを降り、緩やかにカーブする傾斜のなだらかな石段を登ったところに大明寺の正門があるのですが、その門の手前で騒々しく鳴いているオナガの群れがいました。
かねてから憧れていた鑑真和上の大明寺にやっと来られたと、石段の坂を登って行く途中は感動で胸が高鳴っていた矢先に現れたオナガの群れ。もちろん騒々しくても嫌いな鳥ではありませんから、まるで彼らが「ようこそ、鑑真さんのもとへ」と出迎えてくれたようで、ひとしお感慨深いものがありました。
よく見ると、これらのオナガは巣立ったばかりの幼鳥を引き連れた親と子の集団であったみたいで、折から斜めに射す午前早くの陽光に、オナガの親がとても美しい鳥に見えたことを今も鮮明に覚えています。
今一つの思い出は、2011年の初夏、韓国でのことです。
野鳥録音の目的で釜山を振り出しに韓国各地を巡る旅の中ほどで、少し歴史にも触れてみたいと思い、かつて百済の最後の王城・泗沘城(しびじょう)があった忠清南道は扶餘(ぷよ)の扶蘇山に野鳥の声を求め、かつ史跡を辿ろうと登った日のことです。山全体が公園となっていて、手前にある正門から一歩林に入った途端に、たくさんの野鳥たちが賑やかな声で迎えてくれました。
まずは韓国らしく、コウライキジ・カササギ、そしてオナガの賑やかな声。合間にオオルリやコウライウグイスの声も聞こえました。山の中には遊歩道がたくさんあり、その一つを登り切ると、その向こう側の下り斜面に泗沘城遺跡がありますが、今では建物らしきものが無くなっていて潅木の中、文字通り「つわものどもが夢のあと」と言った感じでした。しかし、四方八方から鳥の声が聞こえました。
ところどころで足を止めては、1300年以上も昔にここで壮絶な戦い(百済と新羅・唐の連合軍)で多くの血が流れたことに思いを馳せ、また野鳥の声にマイクを向けつつ坂を下りて行きました。小さく、高さも低いこの山は、まさに扶餘の町なかにある割にはとても野鳥の種類と数が多く、わけてもオナガとコウライウグイス・コウライキジなどわが国では聞くことがあまりできない声が多かったのには感激しました。
ところで、ここで余談なのですが、韓国には日本人の感覚とは違う風習があります。
この扶蘇山には多くの遊歩道があり、人々が散歩にやって来ていました。韓国の人々は健康志向については日本人よりも意識が高いようで、この扶蘇山だけでなく、他の山でも登山や山歩きの人々をいろいろな場所で多く見ました。当然、狭い山道の途中ではそんな人たちとすれ違うことがよくあります。
このような時、日本では「こんにちは」と、たとえ見ず知らずの人同士であっても声を掛け合うことが多いのは、皆さんも経験されていることだと思います。
私も山の小径で他の人とすれ違う時には、こうした短い挨拶をよくします。たいていは笑顔で同じ声が返ってくるのが日本です。
そんなわけで、扶蘇山でも、また他の韓国の山でもついついいつもの習慣で「アンニョンハセヨ」とか、日本語で「こんにちは」と声をかけます。ところが韓国にはこの習慣がまったくないようで、だいたいは無視されてしまうか、人によっては「ギョッ」とした顔で振り向きます。
この反応が面白くて、その後の旅では意識して山の中での声かけをやってみました。ビックリした表情、あるいは怪訝な目をして振り向くか、うつむいて黙って去って行くか、無言での反応はまちまちでしたが、国民性、精神文化を知る上でとても興味深い体験でした。
後日、私の韓国人の友人に確認したところ、韓国の人たちはとくに山の中だけでなく、日常生活の中でも知らない人と声を交わすようなことはあまりしないのだそうです。
余談はさておき、どなたもご存知のように、カササギは有明海を囲む佐賀県、福岡県、熊本県に多く見られる鳥です。一方でオナガはおもに東日本で見られる鳥ですから、この二種類の鳥を同時に一箇所で見ることは、普通はありえないことです。
しかし、私は幸いなことに今までに何度も中国へ、そして一度だけですが、韓国にもそれぞれ鳥の声を求めて旅行をしました。そのなかでこれら二種類の鳥が一緒にいるところ、また鳴いているところに何度も出会いました。
韓国では前述の忠清南道の、かつての百済の古都・プヨで、また全羅南道の智異山(チリサン)でも、中国では長江下流域の各地、例えば南京、武漢、杭州、紹興などでカササギとオナガが一緒にいるところに出くわしました。食性や繁殖場所もよく似ているこれら二種類の鳥が、仲良く(?)共生しているのは不思議ではありますが。
カササギとオナガについて書くついでに、もう一つのカラス科の鳥・カケスについて最後に触れておきたいと思います。ご承知のとおり、カケスは「ジェー、ジェー」とこれも普通は悪声で鳴きます。しかし、場合によっては他の鳥の鳴きまねをすることも知られています。カケスはこの鳴きまねをすることが面白がられ、昔は家で飼われることもあったようで、飼育下のカケスは赤ん坊や犬の声、さらには織り機の音まで真似るものがあったといいます。
しかし、私の場合は他の鳥の録音中、良いところなのにカケスに声を出されて迷惑したことが何度もありました。ところが、2011年に韓国への録音旅行をした際に、向こうで出会った数多くのカケスはなぜか鳴いたことが一度もありませんでした。
間近に何度も出会った韓国のカケスは無言だったのです。これも不思議な体験でした。
とにもかくにもカラスの仲間は面白く、愛すべき鳥たちです。ハシボソやハシブトはもちろん、今後も興味深く見て、そして声を聞いて行きたいと思う今日この頃です。
(終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2016年2月号 通巻456号より転載)
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