田中良介
目次
暗闇の世界に生きる鳥・その一 フクロウ
フクロウ
昨今「フクロウカフェ」なるものが大流行だとか、テレビなどでも話題になっていることは皆さん先刻ご存知のことだと思います。店舗の数は全国では30を超え、福岡市内にも数店現れているようです。そうした店で飼育され、来客に愛されていているのは、世界中から集められた大小さまざまの種類のフクロウです。フクロウカフェで言われるフクロウとは、言うまでもなくフクロウ類の総称で、野鳥のフクロウを指すものでは当然ありません。
またネットオークションを覗いて見ると、あるわ、あるわ、フクロウを象った置物やアクセサリーが限りない数出品されています。私もじつは旅先などで見つけた可愛いものをいくつか我が家に飾っています。なぜ人々は、いわゆる「ふくろう」に癒されるのでしょうか。理由はさまざま考えられますが、とどのつまりは、彼らの目・瞳と姿・佇まいに魅せられるのだろうと思います。
フクロウの語源は、その鳴き声から来たと想像されますが、ウグイスやホトトギスの名が近代になって確立されたのとは違って、すでに奈良時代から「ふくらふ」と呼ばれていたそうですから、名前の歴史からしても、日本人にはきわめて近い存在であったのでしょう。
一方で、人々は現代のようにフクロウに親しみを感じてばかりではなかったようです。カラスが不吉な鳥として忌み嫌われることがあるように、フクロウもまた真っ暗な夜に行動して、なにか良からぬことをするとして、不気味に思われていたことが多かったのでしょう。
フクロウが「ふくらふ」と呼ばれていた時代、「ふくらふ」は「父・喰らう」に 音が通じるとして嫌われたとする説もあるようです。フクロウにとってはとんでもない言いがかりで、こんなことを言われて蔑まれることは、森の王者としてはそのプライドが許さなかったかもしれません。
こんな話もあります。アメリカの建国直後の時代、どこかの州で、宗教的な理由からフクロウを忌み嫌い、この鳥を絶滅させる滅茶苦茶な法律が施行され、畑や森に住むフクロウが一掃されたといいます。その結果、数年後にはノネズミが大繁殖して、農作物に大被害が出て人々は散々な目にあったとか。いつの時代でも、自然界は微妙なバランスの上に成り立っていることを人間は決して忘れてはいけないことだと思います。
現代のフクロウはどうでしょう。フクロウカフェに見られるように、不吉な「父・喰らう」(ふ・くらふ→フクロウ)は、「不苦労」とか「富来老」とかの字に置き換えられ、幸福のシンボルとしてのハッピーで可愛いペットの鳥になってしまいました、
さて、ここからが今回の本題です。
フクロウ喫茶に夢中になる人々とはまったく違う理由で、私もフクロウの大フアンです。もちろんここで言う「フクロウ」とは、鳥類分類上でのフクロウ目フクロウ科のフクロウです。
私の場合は何と言っても、その鳴き声に魅せられています。もう一つには、容易に鳴き声を録音させてもらえない難しさ、言ってみれば、この鳥の「神出鬼没」さに嵌っています。大好きなのになぜか邪険にされるので、ますます恋心がつのるウブな青年の「はかない片思い」のようなものです。
かつて、フクロウは日本全国にたくさんいたに違いありません。日本は今でも世界に誇れる森林国であることに加え、フクロウが暮らせる餌場としての畑があちこちにあり、彼らの数はきっと今の何十倍もいたと考えられます。
ここで、フクロウの食性をちょっと見ておきましょう。私は研究者ではありませんから、資料からの受け売りなのですが、アカネズミ、クマネズミ、ハタネズミ、モグラやヒミズなどの小型哺乳類、ツグミ、スズメ、ハト、モズ、キジなどの野鳥、クワガタ、コオロギ、カマキリなどの昆虫、トカゲ、ヘビなど爬虫類、カエルなどの両生類、以上のような幅広い捕食を行う鳥であることはご存知のとおりです。住処である森が徐々に面積を小さくする一方で、餌となる動物たちもまた農薬の影響などで数が減少した結果、今日ではフクロウの生息数も減ったと思われます。
数が少なくなったことがベースにある上に、何と言ってもフクロウは暗くなると活動を始める鳥です。そのために、一般の鳥好きの皆さんが目にする機会がどうしても少ない、アプローチが難しい鳥だとも言えます。
ところが、私のような録音をする者にとっては、意外にもフクロウは身近に感じられる鳥なのです。容易に録音させてもらえない難しい鳥だと前述したのに身近とはなぜ?と、矛盾しているように感じられると思いますが、至近距離での明瞭な録音はなかなか録れないものの、夜の録音にはフクロウの声が入っていることが多く、目には見えないのですが、彼らが今どこにいて、どんな状況なのかを推測することがかなりできるのです。
ここ数年、私は自宅付近のマイフィールドである里山と近郊の山に通い続け、フクロウが鳴く時間帯にあちこちにタイマーをセットした放置録音を行って、彼らの行動を耳で感じることを続けてきました。その結果として、おぼろげではありますが、彼らの行動が少しずつ分かってきました。
いつも行く里山には今どき少なくなった立派な鎮守の森があります。もう何年も前になりますが、このお宮の長い石段の両側の林では、毎夜のようにフクロウの声が聞かれていました。私もこの頃にほぼ完璧なフクロウの鳴き声を録音したことがあります。
それは「ホッホッホッホッホッホッホ、ホホー、ゴロッホホーホー」という典型的な鳴き声です。この「ゴロッホホーホー」から「五郎助奉公(ごろすけほうこう)」や「ボロ着て奉公」の聞きなしが生まれ、一般によく知られるフクロウの鳴き声になったのですが、私は「ゴロッホホーホー」の前触れとしての「ホッホッホッホッホ・・・」の声も大好きです。
「ホッホッホッホッ・・・」が聞こえてくると、「ほら、来るぞ、来るぞ」という期待感が高まり、そして、「ゴロッホホーホー」までが録音できると「やったあー」と叫ぶことになります。が、ここ数年はこのようにはなかなかいかないのです。
一つの理由としては、まず二、三年前から前述の鎮守の森からフクロウガ姿を消してしまったことです。その結果、フクロウは広い里山のあちこちの林に散らばってしまいました。すると居場所を特定することがとても困難になり、餌場となる畑や草原に近い林を見つけては、やって来そうな樹木にタイマー録音を仕掛けて見ます。フクロウは結構寒い頃から鳴き始めるので、秋から冬、そして晩春まで、里山の畑で知り合った人々から情報を貰ってはあちこちの林にトライしてみました。イノシシの臭いがぷんぷんする林に入ってフクロウの録音に挑戦して来たのです。しかし、延べ150時間を越えるこうした夜や未明の時間帯の録音ではたいてい遠い声が入っているだけです。でもそのことから言えるのは、この里山にはフクロウは間違いなく数羽いるということです。
ただ私にとって困るのは、彼らの居場所が毎夜のように変わることと、その場所の特定ができないことです。まさに里山のフクロウは神出鬼没なのです。
まずある場所で、夜の早い時間帯、真夜中、そして未明とタイマーをセットして録音したとします。たいていは夜の早い時間にフクロウは鳴きだしますが、前述のようにその声は遠くからしか聞こえてきません。この場合、録音という手法の難点は、声がしてくる方向の判断がしにくいところです。そこで、レコーダーを置いた場所の位置や地形、その日の風向きなども考慮して、録音でキャッチしたフクロウの居場所を推定して、日をおかずに再びここと思う場所に放置録音をしてみます。
しかし、ほとんど結果は外れで、またもやフクロウは私の予測とは違う場所から声を出して鳴いています。まるで私を嘲笑っているかのようにです。
深みのある低い声や風貌から「森の賢者」とも言われるフクロウ、私ごときが振り回されるのも当然なのですが、たまにはごく近いところで鳴くこともあります。「しめしめ、やっと鳴いてくれたか」と録音を聞いていると、無情にもたったひと声鳴いただけで、どこかに飛び去ってしまいます。まあそんな風にして、フクロウ君たちに遊んでもらっているわけですが、このようなことを通して分かったことがいくつかあります。
鎮守の森からフクロウがいなくなったと前述しましたが、その理由がほぼ特定できました。
このお宮を取り巻く森は、本殿に向かって右側と奥側が畑になっていて、左側は谷になっています。谷にはまばらに孟宗竹が生えていて、全般には落ち葉が溜まった平らな地面があります。三方向ともフクロウの餌場としてはかなり有望な場所と考えられます。
それなのにここからフクロウガ姿を消した理由は何なのか。じつは数年前、谷のすぐ隣側に料亭が開店して、夜の10時頃まで明るい光が窓からこぼれ、またカラオケや客の声が鎮守の森まで届くようになってしまったのです。このことがフクロウの気に障り、この場所を放棄したのだろうと私は推測しています。
いずれにせよ、鎮守の森から里山のほかの場所に移っても、しぶとく生きているフクロウの見えない姿が録音から確認できてほっとしています。そして、録音を仕掛けては裏切られ、弄ばれていることを今は楽しんで(?)います。
この里山だけでなく、私が福岡県北部の各地で試みたここ数年の夜の放置録音からもう一つ見えてきたことは、フクロウの生息数が意外に多いということです。数字に関しては公表されているデータがないので、あくまで私の推測ですが、林地ではおおよそ500m四方に一羽がいるのではないかと考えています。
公表されている福岡県の森林面積のうち、広葉樹林の面積は約45,000ヘクタールですから、(福岡県の森林面積は、残念ながら東京、大阪など大都市並みの低さです)私の大雑把な計算では、県内のフクロウの数は約18,000羽ということになります。人工林にもフクロウは住むという説もあるので、その可能性を加えると、福岡県のフクロウ生息数は約2万羽という数になります。これが正しいかどうか、また多いか、少ないかはさまざまな見方があることでしょう。しかし、私の感覚ではフクロウは想像以上にたくさん生きています。
これからも真っ暗な森での、音という間接的な手段であるにせよ、愛すべき野鳥フクロウとのお付き合いを続け、楽しんで行きたいと願っています。(終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2016年5月号 通巻459号より転載)
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