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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2024-12-02

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

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目次

シンボルマーク暗闇の世界に生きる鳥・その三 アオバズク

新緑の濃さが深みを増す頃、こんもりと茂った森に囲まれた神社の前を通りかかると、いつも「ホッホッ、ホッホッ・・・」と夜に鳴くアオバズクの声が私の耳の中で聞こえて来るような感覚を覚えます。
オオルリやホトトギスが昼に鳴く夏鳥の代表なら、トラツグミやヨタカなど夜に鳴く夏鳥の代表はアオバズクではないかと私は思っています。その上にアオバズクは昼間の時間帯に観察されることが多く、ウォッチングや野鳥写真を撮られる皆さんには、親しみ深い鳥のようです。
そうした写真を拝見すると、パッチリとした目と、すっきりと丸みのある大きな頭が可愛くて、独特の鳴き声とともに、鳥好きの皆さんに愛される野鳥ランクでは上位に来ることは間違いない鳥ではないでしょうか。
「アオバズクが鳴いているよ。」と、福岡市内、住宅地のど真ん中のお宮の前で鍼灸院を自営する全盲の友人から、毎年初夏に電話がかかったのは今から10年ほど前。そのたびにマイクとレコーダーを入れた鞄を斜め掛けにして自転車で走りました。そこは回りを住宅にぐるりと囲まれた古い神社です。確かに彼が言うように、アオバズクは鳴いているのですが、お宮の前は車がよく通る道路、三方はぎりぎりまで住宅が建て込んでいて騒音が絶えず、残念ながら良い録音はできない場所でした。その彼から、今ではアオバズクの情報はまったくありません。もう何年も前に、アオバズクはそこにはやって来なくなってしまったからです。
良いアオバズクの録音ができなくて残念がっている私に、別の鍼灸院の先生が「近所にアオバズクが鳴いている大きなお宮の森がある」とメールをくれたのは今から八年前のことです。彼もまた全盲で、私が関わっている視覚障がい者のパソコン利用を支援するボランティア団体の初期の会員で、その頃はまだ珍しかったパソコンでのメールができるようになった人です。その人の家もまた、すぐ前まで山が迫る自然豊かな場所で、自宅兼治療院を営んでいる人でした。目が不自由な人たちは、とくに鳥や虫の声に敏感です。もちろん、そうでない人もいるのですが…。早速、その知らせを貰った場所に、夜出かけてみました。すぐ目の前は車の通行量の多い国道で、国道に沿って室見川の上流が勢いよく流れている、ここも録音には厳しい場所です。
辺りが真っ暗になった8時ごろ、名前の知られたそのお宮の石段を登って行くと、意外にも奥が深い森となっています。階段からすぐのところにある灯りの付近で鳴いているはず、との私の予想は外れ、何も声がしません。ガッカリしていると、お宮の前をひっきりなしに通る車の騒音と、その向こうを流れる川の水音の向こうから微かにアオバズクの声が聞こえてきました。私はあわててお宮を後にして、石段を下り、国道を横切り、水量が多くなってザーザー、ゴーゴーと音をたてて流れる川に架かった橋を渡りました。
そこは、かつては家もまばらだったはずの福岡市の南西の端、丘の上から斜面にかけて、その頃はすでに市内に近いベッドタウンとして、人家が密集する住宅街となっていました。「こんな所のいったいどこから、アオバズクの声が聞こえて来るのだろう?」と信じられない気持ちで、住宅地の坂道を息を切らせて登って行くと、「ホッホッ、ホッホッ」と鳴く声がだんだんと大きくなりました。もとのお宮から国道を横切り、橋を渡り、住宅地に入ってもう7〜8分、お宮から直線距離で200m以上も離れている場所にある公民館の前、そこだけ明るい防犯灯の上からその声はしていたのでした。下から見上げると暗い空が広がっていて、何も見えないのですが、明かりを発している蛍光灯の回りにはガや甲虫類が飛び回っています。すると、鳴き声のぬしが突然パッと姿を現し、空中で虫をキャッチし、また灯りの上に姿を消します。そしてしばらくするとまた「ホッホッ、ホッホッ・・・」と鳴き始めます。ひとしきり鳴くと、また灯りの前にサッと姿を現して虫をキャッチ。これの繰り返しです。住宅地の、しかも人々が集う公民館の前の道です。いくら夜と言っても時折り人が通ります。また、付近の家から人の声もしたりします。そんなことにはお構いなしに、このアオバズクはおよそ1時間もこうした行動を繰り返していました。川からの水音と、国道を走る車の騒音も確かにするのですが、それでもはじめて間近に聞くアオバズクの声に私はすっかり興奮し、真上にマイクを持った腕を掲げて夢中で録音しました。坂が急な道を、時たま自転車を押して勤め帰りや学校帰りの人たちが通ります。
夜に、そんな住宅地の坂道にある防犯灯の下で、怪しいオジサンが変なことをしている、と警察に通報されるかもしれない、と思ったほど、その時の私は確かに怪しかったはずです。でも、私の方は誰かに行動を問われることもなく、アオバズクはやがて鳴き止み、姿も見えなくなりました。私はもと来た坂道を下り、住宅地を後にしてお宮に行ってみることにしました。そして、お宮の石段の下まで帰ってみると、あの声が石段の上、お宮から聞こえて来きました。上がって行くと、本殿の建物のすぐ横にある樹の枝からその声はまたハッきりと聞こえてきたのです。住宅地の防犯灯の上に止まって、灯りに集まる虫たちを鱈腹食べた後、そのアオバズクは安全なあるいは巣作りをする予定の場所に戻って休憩していたのでした。多分その後、一晩のうちに何回かは、またお宮の森から住宅地の防犯灯に飛んで行き、食事を繰り返すのだろうと判断し、念のために樹の下のツツジの植え込みの中に、夜中と明け方に自動的に録音が始まるようにタイマーをセットしたレコーダーを隠して帰宅しました。
翌朝、同じところに出かけて回収したレコーダーの録音を聞いてみたら、そこにはとても興味深い音が入っていました。もちろん、例のアオバズクの声は入っていたのですが、思わぬゲストの声が何度となく入っていたのでした。それはフクロウのメスが出す「ギャー、ギャー」という声です。オスの低い声も遠くから聞こえていたので、フクロウのメスは、アオバズクの鳴く場所に、お宮の奥にある広い敷地の向こうにつながる山から、もしかすると食事にやって来たのかもしれません。
いずれにせよ、アオバズクの声はこうして録音できたのですが、国道の車の騒音と川の水音がノイズとなっているので、どうにも満足がいきません。そんな時に、思わぬ情報が自宅付近の知人からもたらされました。なんと、私の家から歩いて7〜8分、丘の上にあり、小学校の校庭に隣接する小さなお宮の林からフクロウの声がするというのです。早速足を運んだのはいうまでもありません。私も何度もこのお宮の前を散歩で通ったはずなのに、まったくノーマークだったこのお宮も三方を住宅地で囲まれています。林の広さも一辺が30mほどの小さな、小さな林です。しかし、アオバズクが来る一つの大事な条件がそこにはあったのです。あの防犯灯です。お宮の前は小学校に通じる道なので、夜は防犯灯が明々と回りを照らしています。そこで、お宮の管理をされている同じ敷地内のお宅に断った上で、この林の数ヶ所にタイマー録音を仕掛けてみました。結果は大成功。市街地の住宅街なので、多少のノイズは入りましたが、郊外に通じる国道脇のお宮や、その付近の住宅地の録音よりずっと良い、至近距離でのアオバズクの鳴き声をゲットすることができました。文字通り、「灯台もと暗し」とはこのことでした。
さて、アオバズクの名前はとても分かりやすい和名です。アオバはその通りで青葉のこと。ズクはフクロウの総称で、青葉の頃やって来るフクロウの仲間と言うわけで、カッコウやメジロなどと並んで、分かりやすく覚えやすい鳥の名前の見本のようです。
追跡調査された食性を見ると、もっとも多いのは、
一.ガの仲間(スズメガ、メンガタスズメ、シモフリスズメなど)
二.甲虫類(ノコギリクワガタ、ミヤマカマキリ、カナブン、カブトムシなど)
三.昆虫(アブラゼミ、クマゼミ、オニヤンマ、アキアカネなど)
四.その他(アブラコウモリ、ヘビ、ツバメなど)
(以上、熊本県・濟々黌高校生物部の資料より)
これを見ると、じつに多彩な食生活をしていることが判ります。旺盛な食欲を持った精悍なハンターであることも想像できます。ただし、繁殖力が強いか、と言えばそうでもないようで、完全に巣立つ幼鳥の数は、親の数に対して0.8位だそうですから、餌となる虫などの生物が環境悪化に伴い減少傾向が避けられない今の時代、どの鳥種にも共通の問題であるかも知れないのですが、アオバズクの渡来数が減っていくことが懸念されます。
青葉の頃に、遠く南の国からやって来て「ホッホッ、ホッホッ、・・・」と鳴いてくれる初夏の風物詩とも言えるこの鳥の声が、これから先もいつまでも聞くことができるよう切に願っています。

(終わり)

〜〜〜 御 礼 〜〜〜
去る6月4日〜5日、英彦山青年の家で開催された「研修会」に参加され、私・田中の拙い講演をお聴きくださった皆さん、本当にお疲れ様、そして有難うございました。野鳥に精通した諸先輩や遠路参加された皆さんを前に、ご参考になる話ができるか心配しておりましたが、皆さんのご協力でなんとか持ち時間をフルに活用することができ、おかげさまでいくらか楽しんで聞いていただけたようです。私自身もとても勉強になる貴重な体験ができました。
このような機会を作っていただいた筑豊支部の役員の方々、私の拙い話に付き合ってくださった多くの皆さんに心からの御礼を申し上げます。
探鳥の折に今まで以上に鳥の声にも関心を持ってくださる皆さんが少しでも増え、また私たちの活動にご理解くださるようになればとても嬉しいです。

(「野鳥だより・筑豊」2016年7月号 通巻461号より転載 掲載2016-06-27)

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