トップへ戻る
クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
total 
modify:2024-09-08

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

短縮URL

目次

シンボルマーク鳴き声を求めて 韓国・慶州釜山への旅 その一

今年・2016年5月10日午前8時10分頃、私と妻は福岡国際空港出発フロアのJカウンターでLCCエアプサンの搭乗手続きを待っていました。9時20分福岡発釜山行きの便に乗り、10時35分に韓国・金海空港着、すぐに高速バスに乗り、慶州へ向かう予定でした。予定通りに行けば昼前には慶州着、その後韓国三大寺院の一つとされる仏国寺へバスで向かい、その日のうちにタイマーをセットしたレコーダーを数箇所に設置して、門前町の旅館に宿泊する、そんな当初のプランでした。
ところが、とんでもないハプニングに巻き込まれ、事前に綿密に立てた旅行プランは初日からガタガタに崩れてしまうことになってしまいました。
それは、エアプサン創業2年半で初めてというシステムダウンが起こって、福岡出発が3時間も遅れてしまったのです。50年の飛行機利用の経験で、システムのトラブルで大幅に遅れると言うことは初めての経験でした。
どうにか慶州のバスセンターに着いたのは、予定よりも3時間も遅れた午後3時です。プランを変更して、その夜は慶州に宿泊する羽目になってしまいました。ターミナルのすぐ脇にある韓国観光公社で、旅館を探してもらい、次の日に宿泊することになった仏国寺門前町の宿泊も予約しました。
あいにく雨が降る中、私たちはバスセンターからすぐ近い旅館に向かい、チェックイン後しばし休憩したのち、当初の計画にはなかった行動をすることにしました。
まず一つは、私立の動植物園に行って、鳥の専門家に会うことです。重い荷物を置いた後、安くて利用価値のある韓国のタクシーでその施設「バードパーク」に行き、まずは鳥の展示館で英語のできる飼育員を紹介してもらいました。野鳥ではないものの、インコやサイチョウなど多種類の鳥を世話している人なら、今回の目標である「ブッポウソウ」についての情報をなにか知っているだろうと思ったからです。
今回の韓国訪問の狙いは「ブッポウソウ」の鳴き声録音にありました。前回2011年に、私は2週間をかけて韓国の南2/3にあたる広いエリアを旅して、ジョウビタキやシロハラ、コウライウグイスなど、日本では良い録音が難しい野鳥たちの内容の良い録音を多数録ることが出来ました。しかし、その旅ではブッポウソウにはついぞ出会えなかったのです。
5年前に比べると、体力も気力も低下したことを自覚せざるを得なくなった今回は、予定を短縮し、3泊4日のプランをたて、鳴き声の目標も一種だけに絞ることにしました。それがブッポウソウなのです。この旅を計画することになったきっかけは、ある有力情報があったからです。それが韓国・慶州の仏国寺です。
これまで、九州域内で何度かブッポウソウには挑戦したのですが、姿をチラリと見ただけで、鳴き声の録音までにはまったく至っていませんでした。山口県や岡山県で、ブッポウソウの繁殖地があることは聞いているのですが、私のようなコストを重視せざるを得ない者にとっては、国内旅行より、韓国へ来たほうがずっと安くて、かつほかの野鳥の声に遭遇する可能性も期待できます。また異文化や歴史に触れる体験も出来ます。そんなこんなで同じブッポウソウに出会えるとしても、あえてここ韓国・慶州に出かけるという、私のような無鉄砲人間ならではの選択をしたのでした。
さて、「慶州バードパーク」のまじめそうな青年飼育員は、笑顔を絶やさず私の突然の質問に答えてくれました。私が見せたブッポウソウの写真にちらりと目をやった後、「この鳥は知っています。でも、この付近や周辺の山でも見たことがありません、お役に立てなくてすみません」と申し訳なさそうに話してくれました。
ガッカリはしましたが、想定内のことだったので、私たちは彼に礼を言って、残る時間を利用して今度は「慶州歴史博物館」に行って見学しました。
ここ慶州は韓国の歴史の中で、およそ1000年もの長い間「新羅」の都であり続けた有数の古都です。数々の歴史的、美術的価値の高い展示物が多数並んでいるのですが、私の頭はうわの空、一回り館内を見た後、帰途に就きました。相変わらずの煙るような雨の中、博物館の庭には「ヒトツバタゴ」別名「ナンジャモンジャ」の白い花が満開になった木が何本もあったことだけを覚えています。
旅館に戻って部屋に入ると、私たちの留守の間に、今でもオンドルというのか、床暖房を入れてくれていて、雨に濡れて冷えた体に心地よく、安宿なのに韓国の人の文字通りの暖かいおもてなしが本当にありがたく感じられました。
夜は、この宿の1階が大衆食堂になっているので食事をしたのですが、店のおばちゃんたちが笑顔で親切にもてなしてくれます。韓国の庶民の酒「チャミスル」の酔いと「プルコギ」の味に十分に満足しました。
食事中、念のために店のスタッフの人たちに、例のブッポウソウの写真を見せたところ、なんと女将さんが「この鳥がいるところ知っている!東宮月池(トングンウォルチ)よ。」と自信たっぷりに言うのでびっくり。
「東宮月池」とは、別名「雁鴨池」とも呼ばれる新羅時代7世紀ごろに作られた王宮の別宮で、今では有名な慶州の観光地となっている庭園です。近くに王族の陵墓があり、また辺りには広い草原と森があります。
なるほど、そこだったらブッポウソウが来ていても不思議はない、そう思った私は女将さんに何度も「本当に、そこにこの鳥がいるのですね?」と念を押します。英語が少しできる愛想の良い元気な彼女は親指を立て、「間違いない」と言ってくれます。思わぬ情報に接して、チャミスルの酔いも手伝って、すっかり上機嫌になった私は意気揚々と暖かい部屋に引き上げて早々と韓国初日の眠りに就きました。
さてその翌朝、目覚ましをかけたわけでもないのに、5時には目が覚めました。
一人そっと部屋を出て、すぐ近くの大通りからタクシーに乗り、「トングンウォルチ」と言うと、運転手は「オーケー!」と応え、車の数もまだ少ない広い通りをグングンと飛ばしてくれます。わずか5分で「東宮月池」に到着。料金は1100ウォンです。
日本円では約100円と安く、韓国のタクシーはとても利用して便利です。車種もほとんどが新しく、乗り心地も良いのですが、唯一難点はオートドアではないことです。
「月池」には早く着いたものの、ここで問題が。じつは東宮月池は慶州市の運営施設で回りには柵が巡らされ、開園時間である朝9時まで入園することが出来ないのです。私は仕方なく、降り続く小雨の中、広い車道の反対側の、歴代新羅王族の陵墓がある森と広い草地を巡る遊歩道へと行ってみることにしました。時折早朝のウォーキングの人と出会いますが、ほとんど人気のない草原の曲がりくねった道を進むと、さすがに韓国らしく、すぐにコウライウグイスやコウライキジの鳴き声が聞こえてきます。
ただ、この場所は三方を幹線道路や鉄道の線路に囲まれているために、早朝とは言っても、高速で走るトラックや列車の走る音がノイズとなってしまいます。また降り続く雨でレコーダーが濡れてしまう恐れもあり、私はすぐに録音をあきらめて、時たますれ違う韓国の人と同様、傘をさしたまま朝の散歩を楽しむことにしました。
やがて道を反れてこんもりと茂った森の中に進んでいったところ、バサッバサッと音がして、私のすぐ脇の木の枝に、2羽の大きな鳥が飛んで来て止まりました。
見るとオシドリのペアでした。私をまったく怖がる様子もなく、ほんの3メートルほどの枝で姿をゆっくりと見せてくれました。面白いことにオスは半分ほどエクリプスが進んだ羽をしています。私は急いでカメラを取り出して、何枚も写真を撮らせてもらうことができました。
オシドリたちに別れを告げて森を抜けると、そこには一面緑の草地が広がっていて、お椀を伏せたような形をした新羅王族の陵墓が見えていました。さらに草地の中の道を進むと、不思議な形の石を積み重ねた塔がありました。これこそが有名な、現存するものの中では世界でもっとも古いとされる天文台、新羅時代の遺跡「瞻星台(チョムソンデ)」です。構造は単純に見えますが、石組みは綿密に計算されていて、光の影で夏至や冬至が分かるように出来ているのだそうです。また頂部には井桁に石が配置され、これらは正確に東西南北を示しているとか。
折から雨もやんで、歴史的な遺物を感慨深く見ていたら、石塔の中ほどからパッと1羽の鳥が飛び出して来て、私のすぐ目の前の草地に下りました。それは日本国内では出会うことも珍しいヤツガシラでした。
私がはじめて近い距離でヤツガシラを見たのは、台湾最南部の公園の芝生の中でした。その時のヤツガシラも人を気にする様子がなく、私が見ている数メートルの距離で虫を食べていましたが、慶州のヤツガシラも私のすぐ前の草地で餌を探していました。まったくこちらを気にする素振りはなく、やがて小さな甲虫のようなものを細長い嘴で咥えると、体を翻してパッと天文台の石組みに戻って行き、一つの隙間にあっという間に姿を消します。と思ったらまたパッと姿を現し、再び草地で餌を探します。この繰り返しを何回も観察できたのですが、地面にいる時の写真は取れたのですが、巣があると思われる塔の石組みの隙間に出入りする写真は、私のカメラと腕ではどうしても捉えることが出来ませんでした。それだけ動作が素早かったからです。
このあと、幹線道路に戻ると、通りに面した、いかにも歴史の街・慶州らしい瓦葺きの建物の大屋根の鬼瓦の隙間に、別のヤツガシラが繁殖しているのを見つけました。巣の中にはヒナも2羽いました。また巣立ったばかりの幼鳥らしい姿も。時たま親鳥が餌を持って帰って来ますが、やはり餌を仔に与えるのは一瞬の早業でした。
慶州・月池周辺では、宿の女将が「絶対!」と言ってくれたブッポウソウには結局出会えなかったのですが、その代わりに2組の繁殖中のヤツガシラに出会えた幸運な時間でした。このあと、当初の予定である仏国寺に出かけます。その話は次回で。

(韓国の旅・その一 終わり)

(「野鳥だより・筑豊」2016年8月号 通巻462号より転載)

左矢印前へ  上矢印目次  次へ右矢印

ご意見・ご質問はこちらへ

Copyright (C) 日本野鳥の会筑豊支部 All Rights Reserved. (著作権者でない者による無断転載禁止)
本ウェブサイトは無断で自由にリンクまたはディープ・リンクができます(画像、動画、録音への直リンクは禁止)。
本ウェブサイトに記載の会社名、システム名、ブランド名、サービス名、製品名は各社の登録商標または商標です。
本文および図表、画像中では必ずしも®、™を表記しておりません。