田中良介
目次
鳴き声を求めて 韓国・慶州釜山への旅 その二
2016年5月11日早朝、宿の女将が「ブッポウソウが絶対にいる」と太鼓判を押してくれた、韓国・慶州市内の新羅時代の別宮である「東宮月池」という美しい建物と池に行っては見たものの、結局ブッポウソウにはまったく出会えませんでした。
その代わりに、雨の遊歩道では、コウライウグイスやコウライキジと言ったいかにも韓国らしい鳥の声を聞くこともでき、森の中では繁殖中のオシドリ夫婦にも出会えました。さらには三組の繁殖中のヤツガシラを間近に観察することもでき、その後本来の目的地である仏国寺に向かうバスに乗ったのは、もう昼になってしまいました。
今から思うと、宿の女将がブッポウソウと思い込んでいたのは、多分ヤツガシラのことだったのではないかと思っています。私たち鳥好き人間なら、ブッポウソウとヤツガシラを見間違うことはありえないのですが、食堂で客に供するニワトリの品定めなら誰にも負けないであろう宿の女将には、普段、野鳥になど特別の思いはないはずで、だとしたら、ブッポウソウもヤツガシラも同じことなのでしょう。
以前何かほかのところでも書いたのですが、市街地を出発して郊外へ向かうバスはやたらとスピードを出します。私たちが乗ったバスも目的地のバス停までの30分ほどの間、町を外れると左右にカーブが多い道をほとんど減速しないですっ飛ばすので、身体が振られて大変です。前の座席や肘掛にしがみついて苦笑するしかありません。
少しずつ高度が上がり青々とした新緑の山肌が間近に迫る道を突っ走り、座っているだけで疲れるバスが着いたのは、国内外の多くの観光客や、熱心な仏教徒がやって来る韓国三大仏教寺院の一つである仏国寺前のバス停です。
バス停で降りて、「ふぅーっ」と一息入れて辺りを見回すと、なにか様子が違います。
私はちょうど5年前にも同じバス停に降り立ったのですが、まるで違うところに来たような違和感を覚えました。道幅はすっかり広くなり、道路の反対側にひっそりと数件の宿屋があっただけの質素な門前町は、白壁に黒い瓦の、いかにも古都・慶州らしい雰囲気の、似たような建物が碁盤状に整備された道の両側に何十軒も立ち並んで、まるで一つの新しい街が誕生してしまっています。
宿を取る参詣客や旅人には便利なのでしょうが、名刹の門前町の風格と言う点ではいかがなものか、私の違和感はそこにあったのでした。
とりあえず、韓国観光公社で前日のうちに予約しておいたモーテルに向かいます。
新しいので清潔感も十分なその宿は、さすがに慶州屈指の観光スポットのまん前にあるので料金も高めです。
宿には歩いて5分ほどで着くのですが、街路樹として植えられているヒトツバタゴ(通称ナンジャモンジャの木)には、折から白い花が満開になっているものも多くて、天気がすっかり回復した青空をバックに、青い葉と白い花の対比、それに伝統様式を模したホテルや食堂の建物とのコントラストが美しく、この季節ならではの雰囲気を旅人に味合わせてくれます。
旅人を迎えてくれるのは花だけではありません。ナンジャモンジャの枝で、道沿いの伝統様式の塀の上で、ジョウビタキのオスが何羽も囀っています。縄張り争いなのか、オス同士が道の上に降りて来て、取っ組み合いもしていました。もちろんこの国らしく、いたるところからカササギの声も聞こえます。そんな風物に目もくれず歩けば、たった5分で着く宿の玄関まで15分もかけて楽しみました。
宿にチェックインした後、例によって一休み。なにしろ私は、前夜の宿の女将の言葉を信じて早朝5時に起き出して、新羅時代の陵墓や庭園を歩き回ったのですから、相当な疲労感があります。
心はすでに、今回の旅の本命の場所である仏国寺へ飛んでいるのですが、齢を重ねた身体が、少し休んだほうが良いと言っています。心が急ぐのを抑えて一時間ほど横になり休んだ後、今晩と翌未明から早朝に働いてくれるよう、機器を点検、準備して、さあ、疲れた身体に鞭打って目的の仏国寺へと出かけました。
何度も書くようですが、私はいたって無信心な人間です。それなのに、韓国では鳥を探しになぜに山に向かうのか、ここでもう一度簡単にお話しておきましょう。
およそ600年前、朝鮮では高麗が終焉を迎え、李氏朝鮮時代が始まります。やがて李王朝は儒教を国教とさだめて、仏教を排斥します。僧侶は賎民に落とされ、寺院は山地へ追いやられてしまいます。いつしか仏教寺院は修行のための場となり、国立公園や道立公園の深い山の中で大伽藍を形成し独特の道を歩むことになります。
現代では、それらの寺院には大勢の僧が日夜修行に明け暮れ、大寺院は観光スポットとなって、街なかから立派な道が通り、路線バスが入り、マイカーも多く走っています。そんなわけで、「寺へ行けば、山がある、山があれば鳥がいる」という、私の得意なフレーズが生まれることになりました。
さて、宿から仏国寺の正門までは、門前町を通って大通りを渡り、そこから行く幾本にも分かれた緩やかな登り道を10分ほど歩くことになります。時間はもう午後3時を過ぎた頃なのに、寺のほうからは遠足で来ているらしい子供たちの大声が聞こえ、とても賑やかです。
この寺と回りの山での目的はただ一つ、ブッポウソウに出会うことと、その鳴き声を録音することです。前号でも書きましたが、この寺にブッポウソウが繁殖に来ているらしいことは、かなり有力な情報があったからです。さて、そのブッポウソウはこの広大な有名寺院のどこにいるのでしょうか?じつは、私は前もって、ブッポウソウのいろいろな姿をネットで拾ってプリントを作って来ていました。
ナンジャモンジャやアカシヤの花がそこここに咲いている大きな正門(山門)の横でチケットを買う時はそこの担当者に、門を通る時は警備のおじさんたち一人ひとりにその写真を見せて、「この鳥はこのお寺で見ますか?」と声をかけて聞いてみます。
しかし、期待に反して、どの人も写真を熱心には見てくれるのですが、ややあって顔を上げると、皆一様に「こんな鳥見たことない、ここらにはいないよ」と言うのです。
英語が出来ない人はハングルでそう言っている(!?)らしいことが分かります。
「えーっ、そんな!」私は思わず絶句してしまいます。私が信じた情報では、入り口付近の広い一帯で、「絶対に見つかる」ことになっていましたから、彼らの反応にはかなり落ち込んでしまいました。
前の日に、慶州市内で行ったバードパークの飼育員は「この鳥は知っているけど、この辺りにはいない」だったのに、肝心の仏国寺の正門で尋ねた多くの人たちは、ほとんど「こんな鳥は知らない」と言うのです。トーンダウンも良いところです。
でも、私はやや気持ちを落ち着けて、「もっと寺の中へ行って、案内所で聞いて見よう」と奥へ進んでいきます。登ってくる途中で聞こえたとおり、境内のいたる所に、大勢の小、中、高校生たちが遠足、見学に来ていました。その声の賑やかなこと。あちこちで鳥たちが鳴いているのですが、録音どころではありません。
観光案内所で日本語の担当者を、と言うとちょうど休憩時間とのこと、「英語ではいけませんか?」と一人の若い女性が出てきてくれたので、「なんとかOKです」と言って、例のブッポウソウのプリントを見せます。すると、ここでも門のところの警備員たちと同じ答えです。
「この鳥は知らないし、また、この辺りにはいません」。
「飛行機のトラブルもあったし、大変な思いをしてここまで来たのにそれはないでしょ。」と言いたいのを我慢して、「そうですか、残念です。ところでこの寺と回りには、夜にこの鳥は鳴いていませんか?」と、コノハズクの写真を見せると、「ああ、スコプス・アウルですね」と英名を言って、「この鳥のことはよく知っていますが、私は夕方には帰りますから、夜鳴いているかどうかは知りません。ここは人が多いし、多分いないでしょう。あなたもご存知だと思うけど、ソックラム(石窟庵=美しい国宝の阿弥陀仏がある観光名所)まで行けば、あの辺りにはたくさんいると思いますよ」と言ってくれるのですが、これも私にはガッカリ来る返事です。と言うのは、私の頭の中には一つの固定観念があって、韓国の山の寺院とコノハズクはワンセットの存在なのです。事実、2011年の訪韓時には、ほとんど各地の寺院でコノハズクの声がタイマー録音に入りました。しかし、どれも声が遠かったりして、満足度が低かったのです。せめて今回はコノハズクだけでも、と思っていたので、彼女のこの返答にも残念な思いがしました。
彼女に礼を言って案内所をあとにし、寺内を歩き回って、とにもかくにも三ヶ所にタイマーをかけたレコーダーを設置して、ぼちぼち山門が閉まる頃、山を下りました。
その夜は門前町の一軒の食堂で、チヂミを焼いてもらって美味しく食し、冷たく喉に沁みるビールとチャミスルを気持ちよく味わい、早朝からの疲れを癒したのは言うまでもありません。
店の外に出ると、街灯のもと、ナンジャモンジャの並木の花が真っ暗な空に浮いているようで幻想的に美しかったのが、印象的でした。
そして、翌朝早く仏国寺に行くと、昨日の午後チケットを買って入門したのに、なぜか門は開いているのに警備員たちは一人もいないし、チケット売り場もしまっています。朝の散歩らしい人たちもすいすいと正門を入っていきますから、私も堂々とただで入らせていただきました。朝早くだと無料、でも人たちが働く時間になると有料、不思議だなあ、とは思いますが、なにしろ韓国有数の有名寺院、さすがに度量が大きいと言うべきものなのでしょうか。
その後、散歩を兼ねて、3台のレコーダーを回収して回ったのですが、観光案内所の案内嬢の否定的な言葉に反して、なんとそのうちの2台には、ブッポウソウはやはりダメでも、じつは韓国ならではの素晴らしい録音が入っていたのでした。
韓国の旅・その二 終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2016年9月号 通巻463号より転載)
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