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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2017-11-21

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

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目次

シンボルマーク鳴き声を求めて 韓国・慶州釜山への旅 その三

2016年5月12日早朝6時ごろ、例によって朝寝坊の妻を宿に残して私一人で、前日の午後遅くになってから韓国・仏国寺境内3ケ所に置いたレコーダーを回収に出かけました。まっすぐに山門に向かうつもりが、門前町のいたる所で、ジョウビタキのオスが何羽も囀っているのでついつい足が止まってしまいます。韓国でのこの季節のジョウビタキとはもう何回もつき合っているのですが、人をあまり恐れないはずのこの鳥、さすがに繁殖期は同じ場所でなかなかゆっくりと鳴いてくれない傾向があります。2、3声囀ると、パッと場所を変えて近くの別の建物の軒先に止まってまた囀り始めるのです。追うのをやめて、道草をしながら仏国寺の山門(正門)をくぐったのは朝の7時、急いで3台を回収して回ります。
本殿にあたる大雄殿の改修工事がもう始まっている上に、そんな早朝からもう小学生の一団がやって来て大声で騒ぐので、辺りにはいろいろな鳥の声はするもののとてもゆっくりと野鳥を楽しむ雰囲気ではないので早々に引き上げました。
この有名寺院の山門を後にする時にも、まだ未練がましく辺りを見回して、ブッポウソウの姿を探しましたが、前日同様姿はおろか鳴いたらすぐそれと分かる声もしませんでした。有力情報も外れることが多いのがこの世界です。すっぱりと気持ちを切り替えて次の目的地である釜山郊外の、これも有名寺院である梵魚寺(ぼんぎょじ、韓国読みはポモサ)へ向かうことにしました。
まずは仏国寺前のバス停から慶州市内のバスセンターまで、そこから高速バスに乗り換えて、釜山地下鉄1号線の終点である老園(ノポ)駅前終点に行きました。
移動途中のバス車内で、回収した3台のレコーダーを早送りで聞きました。すると、前号の終わりに書いたように、素晴らしい録音が入っていたのです。
1台目は、案内所の女性担当者が、「この寺と近くにはいない」と言っていたコノハズクの素晴らしい声が、それも同時に3羽も鳴いているのが良い状態で録音できていました。いかにも韓国の山々に囲まれた寺院で聞こえる感じでの良い鳴き声は、時には二重唱で、ある瞬間には三重唱でコラボしてくれていました。韓国歴史ドラマの夜のシーンで、かならずと言っていいほど聞こえるあのコノハズクの雰囲気そのものの声でした。
2台目は、アカショウビンの、これもノイズの少ない素晴らしい声です。小川から近い松林の中央部においた1台に、早朝のまだ辺りがまったく静かな時間帯に、鳴きながらアカショウビンが近づいて来て近くの枝に止まり、長い間鳴き続けてくれました。アカショウビンの録音は過去に何度かゲットしていますが、いずれも声が遠かったり、川の水音などのノイズが入っていたりして良い録音とは言えないものでしたが、今回韓国で始めてクリアな録音が録れました。
もう1台は、案内嬢が案内してくれた寺の中央を横切る川の下流部の岸辺に置いたもので、これには韓国なら当然のカササギはもちろん、アオゲラが何声も鳴いていて、そのうえにハシブトガラも協力してくれた素晴らしい韓国ならではの音の世界が入っていました。
釜山郊外に向かう高速バスの車窓から、初夏の緑々した風景を見ながら録音結果に大満足しているうちに、老園バスセンターに到着、すぐに地下鉄に乗り換えて一駅目の梵魚寺駅に着いたのは正午過ぎでした。
ここも前日の仏国寺同様、前回5年前に来た時とは風景が大きく変わっていました。
今は駅前道路の反対側には高層マンションが林立してしまって、駅名からも想像される門前町のイメージとは大きく異なって、別の新しい街の風景になっていました。
とりあえず、駅近くの横町に入り、新しく出来た清潔そうなレストランに入って昼食を獲ります。
例によって、レストランからすぐ近くのモテルに宿を確保し、小休止の後、お目当ての梵魚寺に向かったのは午後3時頃からでした。
この寺にやって来たのは、じつはもう一つの別の目的があったからです。韓国の有名大寺院の多くでは、未明(午前3時ごろ)と夕刻(午後6時ごろ)に、たいていは境内のやや奥まった場所にある、鼓楼と鐘楼で大きな太鼓と梵鐘が打ち鳴らされます。その目的は、第一には門前の町や村人に時を告げるものであり、次には若い僧侶の鍛錬修行のため、また世の中の平安を祈るためとされているようですが、もちろん現在では第一の目的は不要となったために、おもに観光客と参詣客向けのサービス色が濃くなっているように見えます。とは言え、それはなかなかに迫力があり、感動させられるものなので、今回の訪韓では、ここ梵魚寺のその様子をぜひ妻に見せてやりたいと思ったからです。
私は5年前(2011年)に、韓国各地の寺を回る録音の旅で、たくさんの有名寺院を回り、この太鼓と梵鐘を打つパフォーマンスは何度も見て聞いて、そして録音もさせていただきました。
人々が頭を垂れて祈りつつ見聞きするその行事に対して、興味本位にその素晴らしさに順位をつけるなどしては罰当たりなことですが、強いて言えば、全羅南道・順天市の松広寺が一番、二番目に素晴らしいのは同じく全羅南道・知異山(チリサン)華厳時、そしてここ梵魚寺が三番目と思っています。
旅程から言っても帰り道に当たるここ梵魚寺で、その体験を私は再び、そして妻にはぜひ初体験をさせてみたかったのでした。
梵魚寺は釜山中心部から北に向かう地下鉄1号線の終点・老園の一つ手前に位置し、金井山(海抜500mほど)という有名な山の中腹に抱かれた名刹で、釜山という大都市に近いこと、また、逆にソウルなど北の都市部からは韓国の真反対に位置する日本海(韓国では東海、トンヘと言います)に近い場所なので、距離はそんなに遠くなくても旅情を誘われる場所であるためか、観光客、参詣客が多いところです。
さて、この日の午後訪れた梵魚寺の奥の、僧侶たちが起居するエリア近くをうろうろしていたところ、たまたま一人の高齢らしい僧に出会いました。私は深く頭を下げてから、英語で丁重に声をかけたところ、流暢な日本語が返ってきて驚きました。私は今宵仕掛けるタイマー録音をどこにしようか、そのヒントをもらえればと思ったのでした。
するとその僧侶は「見ての通り、ここは多くの人々がやってくるから野鳥などはおらんでしょ、期待しないほうがよい」と言った後、日本語が話せる自分がなぜここ梵魚寺にいるのか、長々と自らの奇特な人生を話してくれました。先の戦争で日本に住んでいた幼い日に彼の運命は狂ってしまい、結局は僧侶の道を選んだとのこと。握手をして別れる時に私が「お元気そうですが、健康の秘密はやはりお寺の規則正しい生活と、精進料理にあるのでしょうか?」と尋ねたところ、真っ白な眉のその僧はにっこり笑って「健康は食べ物だけでは得られないものです。一番大切なのはここの持ち方でしょう」と胸に手を置いて言ってくれました。「また、機会があればいらっしゃい、でもその時はもう私はこの世におらんかも」とも。「それは私のほうですよ」と私も笑って答え、互いに頭を深々と下げて別れたのでした。
さて、慶州にはブッポウソウに会いに行ったのに、まったく陰も形にも出会えなかったのですが、世の中分からないものとはこのことで、予想も期待もしなかった釜山・梵魚寺で、その後夕方の時間帯にまずは飛んで行き来する姿を何度も目にし、翌朝のタイマー録音には、十分ではないものの鳴き声も何声か入っていたから、いい加減な私の旅も捨てたものではありません。
境内にいた多くの人々も、夕方になると少しずつ減って行き、お目当ての太鼓(正しくは法鼓)と梵鐘が打ち鳴らされる頃には、わずか10人ほどが残る程度で、私と妻は、良い位置からツルツルに剃りあげた頭の屈強な一人、もう一人はまだ若くて華奢な感じがする二人の僧侶が交代で打つ法鼓の力強くて、聴くものの腹に強く響くような、それでいてリズミカルで心地よい音に聞き入ることが出来ました。
大音量の法鼓が終わると、やや離れた鐘楼で別の僧が打つ梵鐘が響き始めます。暮れ行く山あいの寺に韻々と鳴り響く、韓国の寺院独特の梵鐘の音の合間にシジュウカラが鳴きます。前もってお断りを言って今回も録音させていただいたのですが、私の
ような無信心者の胸にも響く韓国寺院の太鼓と梵鐘の音は、合わせておよそ15分間、これこそが私が目指す「音の風景」そのものと思える経験でした。
また梵魚寺では、思いもしなかったブッポウソウの声、複数のセンダイムシクイの囀り、日本では出会いが難しいハシブトガラ、もちろん韓国らしくいたる所で鳴くカササギなど、韓国ならではの鳴き声を録音することが出来ました。
韓国最後の夜は、宿の近くの焼肉店で、日本語の出来る親切な女性店員のサービスで食事をし、アップダウンの多い寺の中と付近の山道を歩いて疲れ切った身体を、例によって、よく冷えたマッコリとチャミスルで癒したことは言うまでもありません。また、隣のテーブルの若い韓国人男性と親しく言葉を交わすこともできました。
今回の韓国の旅では、始めに訪れた慶州での録音を中心に、釜山・梵魚寺でも、日本では録音が難しい鳥の声録音を成功させることが出来ました。それも実質2日半という短い時間の間にです。今回得られた録音はいずれ、来年に制作する予定の、「鳥好き良ちゃんの声の野鳥だより・2017年号」の中に入れて、多くの皆さんに聞いていただこうと考えています。
この稿を終わるにあたり、皆さんにぜひ韓国への探鳥をお勧めします。
福岡から釜山までは、LCCを使うと格安で行け、何より近くて速いです。福岡空港の滑走路を飛行機の車輪が離れ、釜山・金海空港の滑走路に触れるまではたった30分です。湿地や山が多い韓国では日本では出会うことが難しい鳥たちがたくさんいます。なによりもそうした旅を通して、韓国の人々と心を通わしてください。

(韓国の旅・その三 終わり)

(「野鳥だより・筑豊」2016年10月号 通巻464号より転載)

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