田中良介
目次
韓国録音旅行・慶州その一
今年も生き物たちの命が輝く良い季節がやって来ました。本誌読者の皆さんも自然の中に度々出かけられ、さぞかし楽しんでいらっしゃることでしょう。
私自身は昨年5月に録音できなかった、おもにヤツガシラの繁殖期の珍しい声を今年こそ録音したいと、4月11日に福岡市空港から韓国に向かって出発しました。
今年の訪問時期を1ヶ月早めた理由は、昨年慶州で3組のヤツガシラの繁殖の様子を目の当たりにしながら、鳴き声を一度も聞くことができなかった反省からです。
昨年はどの巣でも、ヒナがかなり大きく育っており、うち一つの巣では3羽のうち1羽はもう巣の外に出ていました。つまり親鳥が鳴かなかったわけは、鳴く時期がとっくに過ぎてしまっていた、つまり繁殖の初期にペアリングのためにこそ、あの風変わりな「ポポポ、グェーイ、ポポポ・・・」(蒲谷鶴彦先生のCDより)という声を出し合うのだろうと考えたのです。
昨年の5月に韓国・慶州でヤツガシラ親子に出会ったのは5月13日の朝でした。
ヒナの大きさから推定して孵化後2週間、その前の抱卵に2週間、ペアリングと営巣の開始時期を渡来して3日、と逆算してみると、およそ昨年より1ヶ月前の、4月10日前後が鳴き声録音の最適期と推測しました。
また、私は2014年の3月24日に、台湾最南部で旅の途中らしいヤツガシラ4〜5羽に目の前で出会ったことがあります。その時も鳴いてはいませんでした。
そのタイミングと会った場所を考えても、この鳥が韓国慶州の営巣地へ渡来してペアリングして巣作りをするのは上記のタイミングに違いないないと読んだわけです。
ただし、私の経験でもヤツガシラは基本的にあまり鳴かない鳥のようで、いつもバイブルのように参考にしている蒲谷鶴彦・松田道生共著「日本野鳥大鑑」のヤツガシラの記述でも「あまり鳴き声を出さない」、「鳴くことがなかった」など各地の観察報告の事例でもさまざまですが、総じてヤツガシラの鳴き声を録音することが容易でないことを覚悟せざるを得ない予備知識を私は持っています。
でも楽天的で、行動第一主義の私は「行けばきっと何とかなる」と無謀な旅に飛び出したと言うわけです。韓国は野鳥が多く、ヤツガシラが駄目なら他があるのです。
余談になるかもしれませんが、ここで誤解を避けるために強調しておきたいことがあります。
ヤツガシラはツバメと同じで、あえて人が多く集まる場所を自分から選んで営巣する習性が非常に強い、と言うことをぜひ知っていただきたいということです。
実際今回訪れた慶州の営巣場所3ヵ所は、内外の観光客がゾロゾロと巣の周りを歩くところであったり、建物の三方が道に面した人気菓子店の屋根であったりと、人や車が多く動き回ることを知った上で、そこにわざわざ巣を構えていす。
私が昨年から見ているこれら3組の子育てだけが、とくにそのような状況であったとは考えにくく、ツバメやスズメと同じく進化の過程で獲得した繁殖習性なのだろうと私は理解しています。
野鳥観察の大原則である「営巣、育雛中の鳥には近づかない」を遵守しながらも、しかしヤツガシラのような特殊な例があることを十分理解し、また肯定して行動することも、野鳥を愛する者が持つ寛容さとしてあってもよいのではないでしょうか。
その上で、今回も昨年同様、一日目に早速第一のポイントである、慶州市のほぼ中心地に近い新羅時代の歴史遺跡や陵墓が点在し、内外の観光客が多いエリアにある「東洋最古の石造りの天文台」と言われる「膽星台(せんせいだい、韓国名チョムソンデ)」に出かけました。
昨年5月に出会ったヤツガシラは、この高さおよそ9メートルの塔の積み石の隙間に営巣していたからです。わずか数センチの石の隙間に親鳥とみられるヤツガシラが出入りしていたのです。その時にさらにびっくりしたのは、石塔のまん前の芝生で採餌していました。目の前に何人もの人が行き交うことはまったく気にしていない様子でしたから、私もゆっくりと観察できたのですが、残念ながら鳴き声はただの1回も発しなかったのです。
今年こそ、と勢い込んで「チョムソンデ」に行ってみたら、「あらら、これはダメだ」。私は落胆の声を上げてしまいました。辺りは多くの観光客でいっぱいだったからです。その数は数百人、隣接する新羅遺跡地を合わせると数千人の人で賑わっています。
それなのに、ヤツガシラは確かにいました。これほど多くの人が行き交っているのに、昨年同様石塔の隙間に営巣しているようで、時たまどこからかフワフワと、でも猛スピードで飛んで来て、パッと石の隙間に入ってしまいます。
まだヒナは生まれていないようで、巣に戻ってくるのは頻繁ではなく、10数分毎に1回程度でした。おおぜいの観光客がこの新羅時代の遺跡として有名な観光名所を目当てにカメラを向けている鼻先を掠めるように、ヤツガシラが石塔の隙間を出入りしているのに、誰も気づく様子がありません。それほどこの鳥の行動は素早いからです。
私はガッカリして、この時点で今年もヤツガシラの録音が極めて困難であると覚悟せざるを得ませんでした。
なぜなら例え鳴いてくれたとしても、人々の会話やすぐ近くを走行する車の音が喧しくてとても録音にはならないと判断したからです。それでも一縷の望みがあるとしたら、次の早朝の、人がまだ誰も来ていない時間帯だ、そう判断して「チョムソンデ」を後にして、そこから続く道を歩いて森がある丘陵地へ向かいました。
このあたりのことは「月城(ウォルチョン)」と呼ばれています。中国と同じで「城」とは呼んでも、日本で言うような城郭建造物を指すのではなく、かつて城壁都市があった場所、あるいは「城壁」を「城」と呼んでいるようです。
この丘の上はほぼ平らで野球場一面ぐらいの広さ、細い遊歩道がたくさんあって、地元の人たちの絶好の散歩コースとなっています。
林はまばらな感じでブナ科の大木がちょうど若葉と花目を出したばかりです。
近づくと多くの種類の野鳥の声が聞こえてきます。中でひと際よく通る良い声で鳴いているのがコイカルでした。イカルに良く似ていて、明るく楽しい鳴き声です。
野鳥に詳しい皆さんに説明するのはまさに釈迦に説法ですが、コイカネルは冬鳥としてとくに西日本で見ることが多い鳥ですが、彼らは繁殖期になると朝鮮半島を含めたユーラシア大陸東北部に渡って行きます。私が今韓国・慶州で聞いて、そして見ているそのコイカルたちは多分日本で越冬した鳥たちなのでしょう。
コイカルにもう一つのタイプがあるようで、中国南部で越冬したあと、長江流域で繁殖するグループです。それらは北の地方で繁殖する習性を持ったグループとは違う、いわば亜種のようです。
思い出せば、オリンピック前年の2007年に、中国・北京の静かな住宅街を歩いていた時、道の両側の高い樹の梢から聞こえてきたのがこのコイカルたちの鳴き声でした。その時に私がすぐにレコーダーを出して録音を始めたら、人々が次々と近寄って来て、鳥の声を巡ってしばし楽しい会話をし、ささやかな笑顔での民間交流ができたことを懐かしく思い出します。美しい鳥の声が嫌いな人などどこの国にもいないのです。
さて、「月城」の林でコイカルたちは7〜8羽が一つの群れとなり、3グループぐらいが代わる代わる次々と樹間をゆっくりと食事をしながら移動して行きます。
私は美しい鳴き声にうっとりしながらマイクを上に向けて次々とやって来るコイカルたちの声を録音しました。バックにはとくに数が多いシジュウカラやキジバト、そして遠くの川岸からはコウライキジの声も聞こえて来ます。
時折り通りかかる観光客やウオーキングの人たちが怪訝そうに私を見ながら通り過ぎて行きます。そうした人々の話し声や、すぐ近くの幹線道路からの車の走行音がノイズにはなりますが、編集すれば問題ありません。
柔らかい色に包まれた林の中で、身体は疲れ切っていましたが、気持ち的には至福のひと時を過ごすことができました。
その後、林の南側をゆっくりと流れる「南川」の岸辺、林の北側にある巨木の森「鶏林」の縁、さらにはチョムソンデの回りなど数箇所に、次の朝早くに録音が始まるようタイマーを仕掛けたレコーダー数台を取り付けました。
夕暮れが近づくと、ライトアップされたチョムソンデと付近に広がる菜の花を見に、観光客はますます増えています。私は折しも昇り始めた満月と「チョムソンデ」の取り合わせを写真に撮った後、次の朝早く、人が少ないわずかな時間帯に期待してこのエリアを後にしました。
次回ではその結果と、慶州で過ごした残り二日の様子を書きたいと思います。
(慶州・その一 終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2017年5月号 通巻471号掲載)
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