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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2024-09-17

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

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目次

シンボルマーク韓国録音旅行その三(最終回)釜山・梵魚寺

今回の韓国への録音旅行では正味3日間を慶州に費やし、4日目の午前に慶州・南山(ナムサン)の里山に置いた4台のレコーダーを回収して旅館に戻り、昼の高速バスに急ぎ乗って1時間、釜山郊外・地下鉄1号線の終点である老園(ノポ)ターミナルに移動しました。
そこから地下鉄に一駅乗ったら、昨年も訪れた私の大好きな「梵魚寺」とその背後に広がる山「金井山」が近い、その名も梵魚寺駅です。
とりあえずおなじみになった門前町の食堂で昼食を摂り、そのあと宿に入り小休止。
ゆっくり休む間もなく、今回の韓国録音旅行最終回となる夜と翌早朝のためのレコーダーの準備もそこそこに山、つまり梵魚寺へ向かいます。
梵魚寺は韓国の寺院がどこでもそうであるように、禅宗である曹渓宗の有名寺院です。海抜が約800mの金井山に抱かれているかのような立地のこの寺は、周りに自然が多くあり、これまで2回の訪問で野鳥が多いことは確信していたので、今回も大きな期待を持って訪れてみたのでした。
午後3時に梵魚寺に着いてみたら、街では感じなかったのに、あいにく風が強く吹いていました。私のような録音人間にとって何より困るのは風です。
よく雨が降ると困るでしょう?と言われるのですが、小雨程度の雨なら強い風よりもずっとその方がましです。「困ったな」と思いつつもなにしろ泣いても笑っても最後になる日なので、とりあえず4台のレコーダーを配置することにしました。
これまでの経験をもとに前もってプランニングはできていたので、その予定にしたがって1台ずつ配置していきますが、慶州での丸3日間で体力を使いきった感がある中での作業ですから、寺の左右の山道を上り下りしてポイントを見つかるだけで疲れてしまいました。気になる強風の中でどうにか4台を梵魚寺周辺の山道のそこここに配置し終わったのはもう午後5時半になっていました。
夕方になってますます風は強まり、気温が下がっていました。梵魚寺は熱心な仏教徒が参詣に訪れる一方で、有名な観光地であり、かつ登山やハイキングの拠点となっているところなので、ウィークデー(金曜日)にもかかわらず私が着いた午後の早めの時間帯は人が多かったのですが、寒さのせいか夕方には境内から人の姿がほとんどなくなっていました。その分寺の内外で鳴いている鳥の声がよく聞こえてきます。
いちばん聞こえるのはシジュウカラで、あとはどこに行っても聞こえるヒヨドリ、キジバト。もちろん韓国ですからカササギの声が多いことはいうまでもありません。ほかにはジョウビタキの忙しいさえずりも聞こえてきます。
ジョウビタキは韓国では普通にどこでも繁殖しているのですが、ご存じない皆さんには意外に思われるかも知れませんが、山の林の中では巣作りをしていません。
この梵魚寺のような寺院の建物の軒先や、里山の集落の人家で繁殖しています。
つまりスズメと同じような環境を選んで子育てをしています。と言うわけで、梵魚寺のような仏閣では、何ヶ所もジョウビタキがさえずっています。
だからと言ってこの様な場所でこの鳥を録音するのはなかなか簡単ではありません。第一にはジョウビタキの習性で、ひとところで長くさえずらないことがあります。
もう一つは、このような場所柄、人声や足音が必ずと言っていいほどあるので、それらがノイズとなってしまうのです。鳴くには鳴いているけれど、良い録音はきわめて難しい、それがジョウビタキです。
今回も寺院から人々が帰ってしまった時間帯に、境内の高い木のてっぺんで、一羽のジョウビタキがさえずっているので「しめしめ」と録音していたら10秒も経たぬ内に背後から足音がして、いきなり男性から「何をしているのですか?」と英語で声をかけられてしまいました。当然録音はストップ。
その人は「台湾から来て一人旅をしている、あなたが上を向いてへんなポーズをしているので、何をしているのか知りたくなった」と言います。
誰だって私のポーズを見たら不思議に思うはずです。「じつは野鳥の声を録音していました」と言うと、彼はにっこりうなずいて「良い趣味ですね」と手を振って去って行きました。やっと録音に戻れると思ったら、ジョウビタキはもう別の場所に移って鳴いていました。決して遠くへは行かないのがジョウビタキの特徴ですが、なぜか同じ場所で長く鳴かないので困る鳥です。
そうこうしているうちに午後6時になりました。梵魚寺をはじめ、韓国の有名大寺院では未明と夕方の二度、鼓楼で太鼓を打ち、鐘楼では梵鐘が打たれます。この儀式がなかなかに荘厳で私のような不信心な人間の心にも響きます。
風は強く気温がますます下がり、厚着をしているのにじっとしていると体が震える寒さです。そんな中、境内にいる者は私一人になっていました。
太鼓(正式には法鼓という)と、日本には無い独特の響きの梵鐘の音を感動しながら録音を終えると、今度はお堂の中で大勢の僧侶による「声明」が始まりました。
ご存知の方もあるかと思いますが、声明は経典を合唱形式で唱えるいわば男性合唱のようなものです。時たま強く吹く風で、仏閣の軒先で激しく風鐸(銅製・風鈴の大きなもの)が揺れて「カランカラン」と良い音で鳴る中でのおよそ40人の僧侶による「声明」を、私たった一人が聞く贅沢な時間を体験したあと山門の外に出て、バスで門前町に戻って食堂に上がりこみ、一日の疲れをマッコリで癒して4日目が終わりました。
さて翌日韓国最終日の早朝、梵魚寺に行ってレコーダーを回収しつつ鳥の声を探しました。まだ早い時間帯はさすがに参詣客も観光客も少なく、人影といえば、寺の左右にある登山道を登る人たちがまばらにある程度です。
今回この梵魚寺で期待していたのは、去年いるにはいたのに満足できる録音ができなかったブッポウソウでしたが、時期が早かったせいか、今回は一度も声や姿に接することはできませんでした。しかし、その代わりになる十分な成果をあげることができました。
一つは、センダイムシクイの姿をごく間近に見ることができ、もちろん良い録音が録れたことです。登山道の入り口付近でセンダイムシクイの声に気がつき、脇道に入ってみたら、向こうのほうから私の真上にやってて来て、まだ色が柔らかい新緑の枝を小刻みに移動しながらセンダイムシクイがずっとさえずり続けてくれました。
私はライブ録音用のレコーダーを持ってただじっと立っているだけ。頭上をその一羽が細かく移動しながら、もっとも近づいたときには2mぐらいまで来てくれました。
こんな近くで鳴いてくれた経験がなかったので、十分な長さを鳴いてくれて去って行くそのセンデイムシクイに「ありがとう」と思わず言って、元の道に引き返そうと思ったら、今度は足元の笹薮からコマドリの声がし始めました。こんなことも初体験です。姿は見ることができなかったのですが、コマドリの長い録音にも大満足でした。
そして、放置録音したレコーダーの中にもハシブトガラ、シロハラのさえずりなど日本では聞くことが難しい種類、おなじみではあるもののクロツグミやカササギ、ヤマガラなどなどいろいろな野鳥の声が入っていたことがあとで分かりました。
昼まで梵魚寺のうち外をめぐって宿に帰り、荷物をまとめて帰途につく長い地下鉄の乗り継ぎを経て、釜山・金海空港から夕方の飛行機で無事福岡に戻ってきました。
ヤツガシラとブッポウソウ、最初に目標とした鳥の声には出会えなかったものの、数々の鳥たちと音の風景を手に入れることのできた今回の韓国の旅。
肉体的には限界ギリギリのきつい旅でしたが、収穫もそれなりにあって実り多かった貴重な体験と言えます。
ぜひ皆さんも一度は韓国に出かけてみてください。韓国は近いし、野鳥はほんとうにたくさんいます。カササギは日本の10倍、カラ類とキジバトは5倍。
ジョウビタキやシロハラの繁殖中の姿にも多く出会えます。
なにより難しいことの多い日韓関係の中で、野鳥を探す旅は人と人をつなぐ民間交流のチャンスともなります。今回の旅でも私は多くの親切な韓国の人々と会話しました。小さなことの積み重ねが相互理解につながると信じて行動するのが私の旅です。
言葉の問題があったり、女性の場合は難しい点もあるかとは思いますが、韓国はなんと言ってももっとも近い隣国です。その上野鳥がいっぱいなら行かないわけには・・・。
私のような向こう見ずなオジサンだから言えることなのかも知れませんね。

(韓国・その三最終回 終わり)

 録音協力会員募集中 (ボランティアグループ・バードコール)

私・田中良介が代表を務めるボランティアグループ・バードコールでは、野鳥の声などを録音して協力してもらえる人を探しています。
バードコールでは、私たちが録音して自主制作するCDを「自然が好き、鳥の声を身近に聞きたい、でもそのような場所に行くことが難しい」そんな障がい者や病気療養中の皆さんに無料でプレゼントする活動をしています。
今では北海道から鹿児島県奄美までほぼ全国にリスナーがたくさんいて、毎年送られてくる鳥の声のCDを楽しみに待っておられます。
一方で、記録として野鳥の鳴き声を後世に残すことも私たちの大切な役割と考えられるようになりました。野鳥への関心を自分だけのものにしないで社会のために役立てたい、そんな方のご協力を期待しています。知識があまりなくて自信がないと言われる初心者も大歓迎です。機材の貸し出しや講習も受けていただけます。
お気軽にご連絡ください。

田中ケータイ

(2017-08-30掲載 第57回)

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