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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2025-03-19

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

シンボルマークタイマー録音は舞台演出と同じ楽しみ・第二回

前回では、レコーダーにタイマーをセットして自然の中に置いておく放置録音は舞台演出にも通じる楽しさがあると書きました。今回からその具体例を紹介していきたいと思います。 放置録音に適した野鳥の種類としては、もちろん一番にあげられるのはフクロウの仲間や、ヨタカ、トラツグミなど、おもに夜に鳴く鳥たちです。
なぜなら夜に鳴く鳥をライブで録音することは、生活時間の問題からも、夜暗い中の行動が危険であることなど、現実的には困難が多々あるからです。
一方で、明るい時間帯に鳴く野鳥の多くも、まだ辺りが暗い夜明け前後の時間帯に最も鳴くので、それを考慮すると、そうした時間帯の鳴き声も放置録音の対象にしたほうが合理的です。なぜなら特に私のような早起きが苦手な人間だとそのような時間帯に、例えば海抜がそこそこ高い山の中に出かけることは到底無理だからです。
早朝の鳥の声で思い出すことがあります。2014年の3月に、台湾に録音旅行をした時にお世話になった台中市郊外の、台湾の高名な野鳥研究者で写真家、録音家である孫清松先生のご自宅にホームステイさせていただいた初日のこと。
「田中さん、明日は大雪山へ出かけましょう、家を午前4時半には出かけますから、4時には起きてください」と言われ驚きました。3月下旬の台中では夜明けはかなり早くなっているとは言え、あたりはまだ真っ暗なはずです。
翌朝午前4時、「田中さん、起きてください」とほんとうに孫さんに起こされてしまい、身支度もほどほどに孫さんの車で出発しました。
大雪山は、台中県の東に位置する広大な大雪山山系の略称です。そこには大雪山国家森林遊園区といういわば国立公園があり、公園の平均標高は1800〜3000m、総面積は3963ha、遊歩道の数200という途方もない雄大な自然があります。
まだ真っ暗な中、孫さんの運転する車に同乗して出発すると大雪山方面への道に入る前に町の通りを走ります。もちろん店々の灯りはまったくなく、人の姿ももちろんありません。そんな中、聞こえてきたのは通りの両側の建物の軒先に営巣する多くのツバメたちがもう早起きして飛びまわって盛んに鳴く声が車の中に聞こえてきたことです。鳥たちが早起きであることを改めて思ったことでした。
やがて車は大雪山遊園区へ向かう一本の道に入ると、どんどん高度を上げて、孫さんお奨めの録音ポイントへひた走ります。何十というカーブを曲がりおよそ1時間、孫さんが「着きましたよ」と言って車を止めたところは海抜1600m地点でした。片側は山、道の反対側は深く切れ落ちた谷になっています。ここは遊園区のまだずっと手前ですが、野鳥だらけというほど鳥が多いところです。
まだ足元がやっと見える明るさの中、車から降りた途端、山側からも、谷側からも聞こえてくるのは数え切れないほどの野鳥たちの鳴き声でした。ゴシキドリやシジュウカラのほかは聞いたことがない鳥たちの声ばかりです。私の体の中にはアドレナリンが一挙に湧き出していたと思います。さっきまでの眠さは吹き飛んでしまい、あっちに向け、こっちに向けておもにライブ録音用に使っているレコーダーを使って録音を始めました。また200〜300mの範囲を動き回りました。孫さんにもレコーダーを渡して、私から少し離れた場所で録音してもらいましたが、こんなに間近にたくさんの鳥たちがまだ暗いうちに鳴いているなんてまったく想定外のことだったので、私は興奮しっぱなしであたりがやっと明るくなる頃まで夢中で録音し続けました。
この話をまず紹介したのは、野鳥たちの多くがこのように暗い時間帯から、夜が明けた直後にかけてもっとも鳴くということを紹介したかったからです。もしも、この台湾での経験のように、そうした時間帯に目的の場所に出かけることができるなら、確実に鳴いている鳥に狙いを向けてライブ録音することができるので、わざわざ前日からタイマーをセットした放置録音をする必要はないわけです。
しかし、台湾での貴重な体験は、孫清松先生の親切なサポートがあって実現したことであり、先に書いたように私一人で暗いうちに現場に着くというような行動は、例え国内であっても始終できることでは到底ありません。このようなケースこそタイマーによる放置録音の有利性があり、出番があるわけです。
では、私の経験から一つの具体例を振り返ってみることにします。それはサンコウチョウのケースです。野鳥ファンなら、誰しもこの鳥には特別の思いがおありではないでしょうか。私のような録音人間も同じです。いや、一般の皆さん以上に思いが強いかもしれません。その訳は、何と言ってもその鳴き声のもとになったあの鳴き声と美しい声です。
しかし、私はサンコウチョウとの出会いがなかなか実現しませんでした。やっと出会えたのは10年ほど前に英彦山からの帰り道、嘉麻市の大法山へ立ち寄った時に杉林の中から例の「あの鳴き声」が聞こえてきました。しかし、鳴き声があまりにも遠くて、手持ち録音では無理。後日2日間かけて放置録音で再挑戦してやっとまずまずの内容での録音に成功しました。
それから月日が経ち、昨年思わぬ場所でサンコウチョウの声に再会しました。なんとその場所は私の自宅から車でわずか10分、そこから歩いて10分、大法山と同じ杉林の谷に広がる潅木の繁みの中から鳴き声が聞こえて来たのです。
時間帯は昼頃ですから、その声は間隔も広く空いて、距離も遠くライブ録音は無理です。そこで、タイマーをセットした上での放置録音を試みました。
まずは録音がかかる時間帯のセットをどうするか。昼間は間遠かったサンコウチョウも、例によって夜明け前後にはもっと頻繁に鳴くだろう、そう考えて夜明け前の時間帯と夜明け後の2回、その前にこの森にはフクロウやホトトギスも鳴くので1回目には1日目の日暮れ直後の1時間半をセットしました。
次はレコーダーを置く場所をどこにするか、これが最大のポイントです。
昼の時間帯に聞こえてきた声は、浅い擂鉢状の谷のほぼ中央部でしたが、そこに降りて行く道もなく、いたずらに進入するのは繁殖の妨げともなります。そこで、この谷の3方向から取り囲む小道の、谷底に向いた3ヵ所に3台のレコーダーを窪みの中央部に向けて木の枝に塩ビ絶縁テープで固定することにしました。
例によってここでもイノシシ君が出没する可能性があるので人の背丈以上の高さに取り付けました。谷の低い方に向けてレコーダーを置くので、本当はなるべく低いところに置きたいのですが、イノシシ以外にもタヌキなどの野生動物のことを考えると、できるだけ高い場所に取り付けることが必須です。
こうして、自宅付近の山の谷でのサンコウチョウを狙った放置録音をやってみたところ、その結果は、たしかに夜明け前後に良く鳴いていました。この鳥は早起きらしく、騒がしいヒヨドリやカラスが置き出す前のまだ暗い時間から頻繁にさえずっていました。しかし、残念ながら3台のレコーダーとも位置が少しずつずれていて、正面に録音できていなかったのです。ただちにその点を修正して置き場所を変更して再トライしました。レコーダーを取り付ける時に頭に置くのは、目の前の谷間に広がるスペースのどんなところにサンコウチョウが登場して歌ってくれるか、という例の舞台設定です。
また、山のふもとの通りを走る車の走行音もできるだけ遮断できる、いわば音の陰があればそれも考慮に入れなければなりません。
サンコウチョウが私の設定した舞台空間の真ん中で、しかももっとも歌う時間帯に録音スイッチが入るよう頭の中で想像し、レコーダーを置く場所と角度を何度も検討した上で、また3台を置きました。
さて、その翌朝再び現場に出向いて回収したレコーダーの中には、見事にサンコウチョウが鳴いていました。それもヒヨドリやカラス、キビタキが目覚めて鳴き出す前の時間帯に歌ってくれていたのです。まるでオペラの舞台に上がって朗々とアリアを歌う主演歌手のようです。朝早い時間帯では近く寄って来ていて、何度も何度もマイクの前でさえずってくれていました。我ながら最高の録音成果でした。
その鳴き声は拙作「鳥好き良ちゃんの声の野鳥だより・2016年号」でたっぷりと聞いていただくことができます。お暇がある方は、野鳥の会・筑豊支部のHPにアクセスしてみていただければと思います。http://yacho.org/a/168#ky2016
ライブ録音(現場での生録音)では成功率が低くなる、あるいは鳴いている鳥に不要なプレッシャーをかける恐れがある、鳴く時間帯が人間の行動時間と合わないなどの条件のもとでは、タイマーによる放置録音がとても良い方法であることが理解していただけると幸いです。何度も繰り返しになりますが、その手法ではまるで舞台監督になったような気持を味わうこともできます。
もちろん自然が相手ですから、思惑通りに行かないことがほとんどです。でも上手く狙いが嵌った時の快感はまるで舞台演出家と同じです。
次回は、里山の夜に君臨するフクロウを相手とする放置録音についてお話したいと思います。

(終わり)

 録音協力会員募集中 (ボランティアグループ・バードコール)

私・田中良介が代表を務めるボランティアグループ・バードコールでは、野鳥の声などを録音して協力してもらえる人を探しています。
バードコールでは、私たちが録音して自主制作するCDを「自然が好き、鳥の声を身近に聞きたい、でもそのような場所に行くことが難しい」そんな障がい者や病気療養中の皆さんに無料でプレゼントする活動をしています。
今では北海道から鹿児島県奄美までほぼ全国にリスナーがたくさんいて、毎年送られてくる鳥の声のCDを楽しみに待っておられます。
一方で、記録として野鳥の鳴き声を後世に残すことも私たちの大切な役割と考えられるようになりました。野鳥への関心を自分だけのものにしないで社会のために役立てたい、そんな方のご協力を期待しています。知識があまりなくて自信がないと言われる初心者も大歓迎です。機材の貸し出しや講習も受けていただけます。
お気軽にご連絡ください。

ご連絡先:田中良介 電話
E メール:shanniao&jcom.home.ne.jp
(&マークを@に変えてください。悪用防止)

(2017-09-30掲載 第60回)

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