田中良介
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タイマー録音は舞台演出と同じ楽しみ・第三回
タイマーをセットしたレコーダーを、自分が想い描いた自然の空間の中に放置しておく録音手法の対象として、経験上もっとも面白くて、かつ奥が深いのは、里山の夜に暮らす生き物の食物連鎖の頂点に君臨するフクロウだと思います。
フクロウの面白さは、もちろんその鳴き声にあることは云うまでもありませんが、意外と皆さんに知られていないであろうと思うことは、その行動範囲の広さと気まぐれさにあります。明るい昼間にその姿が確認されることはまれにはあることだと思います。でもその姿を樹間に見つけることは容易ではないことは想像できます。私はウォッチャーでもなければ、写真も基本的には撮りませんから詳しいことは分からないのですが、薄暗い林の中の茂った枝に止まっているフクロウは、体が大きいにも関わらず、体色も保護色なので、いざその姿を見ようとすると発見しにくい鳥なのかもしれません。
しかし、里山のいろいろな場所に、夜に録音が始まるように放置録音を仕掛けてみると、声の遠近はともかく案外フクロウはたくさんいて、あちこちで鳴いていることだけは確認できます。
生息数について私の経験から大雑把に推測すると、例えば、福岡県内の低い山地ではおよそ4〜500m四方に1羽がいると考えています。もちろんこの数字の中には成鳥の雌雄から幼鳥までが含まれます。思ったより数が多いのは間違いありません。
フクロウはその食性から、夜は例えば、畑のような開けた場所に面した林の縁に出てくることが多いので、そうした場所に私がおもにレコーダーを設置する機会が多いために、生息数についての私の予測が多めに出ている可能性は否定できませんが、フクロウの声が頻繁と云っていいほど録音の中に入って来ることは確かです。
だからと云って、フクロウのクリアで良い録音を簡単に手中にできるかと云うと、なかなかそうは行かないところに、この鳥の厄介で面白いところがあると云えます。
まず基本的なことを抑えておくことが大切なのですが、フクロウも当然のことながらオス、メス、ヒナでみな鳴き声と鳴き方が異なります。オスの基本的な声は皆さんご承知のように、いわゆる「五郎助奉公(ゴロスケホウコウ)」と聞きなされる「ゴロッホ、ホーホー」と言う声と、もう一つは「ホッホッホッホッ・・・」と長く続ける声に大別されます。一方、メスは信じられないような悪声で「ギャー」とか「ジェー」と言う音を一声ずつか、もしくは連続した声で鳴きます。ヒナは「キェッ」とか「ピャッ」などと聞こえる声です。
繰り返しますが、フクロウの録音で面白い、あるいは奥が深いのはその行動の意外性にあります。季節(繁殖期かそうでないか)にもよって違うのですが、あのずんぐりとした体型からは考えにくいほど、行動半径が広く、また素早いように感じます。行動の素早さは、もちろんどの野鳥にも共通項なのですが、おっとりとしたフクロウの風貌から「きっと行動はゆっくりで、じっとしていることが多く、その範囲も狭い」と思うのはこちらが勝手に先入観を持っていることから起こる錯覚なのです。
なにしろフクロウは猛禽類なのですから、本来その野生は猛々しく、俊敏でないと生きていけないはずの野鳥です。こちらの想像以上に夜の里山の林や森を素早く、音も立てずに飛び回っているに違いありません。これまた私たちの想像が間違っていそうな一つのことが私の録音経験から分かってきました。それは繁殖期の行動です。
普通に考えると、フクロウが鳴く時「ゴロッホ、ホーホー」と云う声は、きっとオスがメスを呼んでいるのだろうと思いがちです。ところが、どうやらフクロウの雌雄関係ではメスが「ギャー、ギャー」と悪声でオスを誘い出しているような印象を私は持つようになりました。
フクロウの録音を始めた数年は、ごく普通にオスが鳴いてメスを呼ぶものとばかりの安易な先入観を持っていました。しかし、この何年か福岡市内や、隣の糸島市の里山の春の夜に通ってみて、事実はその逆ではないかと思うようになったのです。
一例をあげると、一つの開けた草地があってその向こうに森があるとします。その草地の手前から森に向けてタイマー録音をしてみると、はじめにメスが草地にまばらにある桜の木の枝にやって来て「ギャーギャー」と鳴きます。メスが鳴き続けると、ややあって森のほうからオスのフクロウの声が遠く聞こえます。そのうちメスの声に惹き付けられるようにオスの声が次第に大きくなって、ついには森の縁までやって来て鳴くようになります。メスとオスの声のやり取りが最高潮になったと思ったら2羽は近くの森に飛んで行ってしまいました。
こうした行動が察知できる録音を何回かしているうちに、フクロウは繁殖の主導権をどうやらメスが持っているかもしれないと思うようになりました。私は生態を研究する人間ではありませんし、僅かな経験で断定することはもとより避けなければいけないことですが、真っ暗な夜の森で、フクロウの雌雄がこのような恋の駆け引きをしていると想像するだけでも楽しいことです。
つまり放置録音の、想定した舞台の上で、シナリオの主役であるフクロウの雌雄が登場してくれ、一つのドラマが進行したと言える気分になれるところが愉快なのです。今後とも移ろう季節の折々にこのようなトライを継続して行こうと思っています。
ところで、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の中にこんな部分があります。
「かっこうとなくのとかっこうとなくのとでは聞いていてもよほどちがうでしょう。ちがわないね。あなたにはわからないのです。わたしらのなかまならかっこうと一万云えば一万みんなちがうのです。」(原文のまま)
似たようでも微妙に違う野鳥1羽1羽の声、どうぞ皆さん野鳥の声をもっと楽しみましょう。そしてただ聞くだけでなく録音にも挑戦してみてください。
きっと野鳥と関わることの新しい楽しみ方となると思います。
(終わり)
(2017-10-22掲載 第61回)
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