田中良介
目次
早出、残業、徹夜?
録音で推測する野鳥たちの勤務実態
晩春から初夏、今年も多くの野鳥たちの鳴き声を聞き、録音することができました。
もちろんそれ以外の季節にも鳥たちは鳴いています。繁殖期にはそうでない季節に比べ、鳥の種類や彼らの鳴き声の華々しさが比較にならないほど賑やかになるので、私たち録音する人間はどうしても繁殖期に野山に出かける回数が増えてしまいます。
野鳥たちがもっとも鳴く時間帯は、読者諸兄、諸姉が先刻ご存知のように明け方です。もう少し詳しく言えば、日の出のおおよそ40分前ぐらいから野鳥たちはもっとも賑やかに鳴くとされています。これを“ドーン・コーラス”と呼んでいます。やがてもっとも鳴く時間が終わったら、鳥たちは鳴きやむかと言うとそうではなく多少頻度が下がるものの種類によっては日がな一日鳴き続けています。
朝から昼間に鳴く鳥もあれば、逆に日暮れてから夜っぴて鳴く鳥もいるわけで、種類により鳴く時間帯はさまざまです。
さらには同じ早朝であっても、一例を挙げればヒヨドリは比較的朝寝坊で、サンコウチョウはまだまだ暗いうちから鳴いてくれるので、おかげでヒヨドリの迷惑な(野鳥に差別はいけないですが)声がする前にサンコウチョウの美しい鳴き声を録音してしまうことができるのは私にとってはとてもありがたいことです。
この一つの例で分かるように、どうやら鳥には種類によって早出する鳥、またフクロウのように夜に鳴く鳥のはずなのに朝遅くまでウグイスの声とともに鳴き声が聞こえる個体もいて、それは私にはその鳥があたかも残業しているように思えます。
私は研究者ではない上に、根がいい加減なずぼら人間なので、データを細かく整理・分析するわけではないので、あくまで録音したものを聞いての根拠の薄い推測に過ぎませんが、野鳥には早出出勤をするもの、普通に考えられる時間より遅くまで鳴いている残業鳥、さらにはいつ寝ているのか不思議な徹夜鳥までいろいろな時間パターンで鳴くものがいることが分かってきました。
そうした興味のきっかけをくれたのが今からもう8年前に、阿蘇の高原で出会ったオオジシギでした。もともと初めてオオジシギという鳥の存在を知ったのはそれよりさらに20年前、場所は同じ阿蘇で、ゴルフコースでプレーしていた時です。時間は正午頃、頭上でゴーゴー、ザザザーッと物すごい音がするので空を見上げると、一羽のハトぐらいの鳥が真っ逆さまに地上に降ってくる(!)のが見えたのです。帰宅後に調べたらそれがオオジシギでした。その時の経験からオオジシギは昼間に活動(鳴く)する鳥だという先入観が私の頭にこびり付いてしまいました。
ところが、8年前に情報を頂いて、阿蘇の高原のある場所にオオジシギがいて凄い音を出して飛び回っていることを知り、早速遠い道を車で飛ばして録音に出かけました。前述の先入観があるので、家を出たのは朝早く、午前のうちには現場に到着しました。しかし、オオジシギは、姿はもちろん、一向にあの独特の音と鳴き声を出してくれません。そこで、情報を下さった方に連絡を取ってみると「オオジシギが現れるのは日が暮れてから」とのこと。ビックリしてしまいました。別のところにコヨシキリが鳴いていることも教えてもらっていたので、足を伸ばして教えられた場所に行って探すも空振り。ホオジロなど阿蘇まで行かなくても録音できる鳥の声を録ったりして時間をつぶして、再びオオジシギの出る草原に戻って日暮れを待ちました。
すると日暮れた後もなかなか現れず、やっと辺りが真っ暗になった頃、オオジシギがお出ましになりました。あの独特の鳴き声、そしてデモンストレーションの凄い羽音が聞こえ始めたのです。結果的にはこの時のオオジシギはまさに神出鬼没で広い草原のどこに現れるか予測が難しくて、夜中まで夜露に濡れながら鉄条網の外の道を右往左往してくたくたになってどうやら録音できて疲れ果ててその夜のうちに帰宅した苦い経験を今も鮮明に覚えています。
私が初めて出会ったゴルフ場のオオジシギは確かに昼間飛びまわって声と音を出していました。しかし、その後録音した同じ種類の鳥は真っ暗な夜に活動していました。一体どっちのオオジシギがほんとうの姿なのか、それ以来同一種が、個体によって、あるいは時期や状況によって鳴く(活動する)時間帯が違うことに関心をもつようになりました。
別の経験ですが、私の自宅付近の里山でフクロウが午後4時頃に鳴いていたこともあります。かと思うと、先述のように、すっかり夜が明けてウグイスやヤマガラが鳴いている時間帯に鳴いたフクロウもいます。同じ夜に鳴く鳥であるトラツグミが、午前10時頃にミソサザイと同じ場所で鳴いていたこともあります。午後4時ごろに鳴いたフクロウは早出出勤、朝遅くまで鳴いたフクロウやトラツグミはまさに残業しているかのように思えます。
これとは別に多くの鳥は朝ほぼ決まった時間から鳴き始め、日が暮れたら鳴き止んでねぐらに入る、そんな定型的な勤務姿勢を貫きます。スズメ、ムクドリ、ヒヨドリ、カラス、トビなど身近な鳥から、オオルリ、キビタキ、メジロ、ホオジロなどもそのタイプと言えるかもしれません。同じ夏鳥でもホトトギスやジュウイチなどは残業する鳥と言えます。夜中に街なかの空をホトトギスが鳴いて渡る声をお聞きになった方は多いと思います。ジュウイチは例えば英彦山では夜中にもあの高い声で鳴きながら飛び回っています。また、ゴイサギの別名を夜鴉と言うようにホトトギス同様真っ暗な空を鳴いて飛びます。
凄いと思うのは、いつ寝て、いつ活動するのかサッパリ分からないアオサギです。私の夜の干潟での録音では、深夜の1〜2時に盛んに活動する彼らの単独および小群の声が何度も入っていました。また、ホウロクシギ、ダイシャクシギなどシギ、チドリ類も渡りの頃に深夜の干潟で鳴き声を出しています。しかし、昼間の時間帯にも渚には彼らの姿があります。更に遠いところに向かって旅を続ける為に寝る間を惜しんで体力をつけるための餌を摂っているのでしょうが、録音から見えるのは、徹夜を通り越してまるで24時間勤務状態の鳥の姿です。そうしたことを知ると、彼らの行動にますます不思議と興味を覚えます。
なお、今年の録音では英彦山でのヤイロチョウが思い出されます。まだ真っ暗な時間に独特の鳴き声で盛んに鳴いてくれたので良い録音を録ることができたのですが、夜が明けてしまうとその鳴き声は全くしなくなってしまいました。
早出、残業、徹夜する鳥たち、見方によってますます面白い世界です。(終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2018年11月号 通巻489号掲載)
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