田中良介
目次
繁殖期と非繁殖期、オシドリの全く違う行動の不思議
私たち野鳥の録音をする人間にとって閑期と言えるのは8〜10月です。
ほとんどの野鳥たちは7月中に子育てを終わり、その後はあまり鳴かなくなり、その中でも夏鳥としてわが国に来ていた種類は、やがて渡りの時期を迎えて繁殖地を後にします。次に私が鳥の声を録音に出かけるのは11月に入ってからです。
例外的には、早秋の干潟でシギ類の録音をすることもありますが、開けた場所での録音は、潮風の影響を受けたり、対岸から聞こえて来る車の騒音に邪魔されたり、昨今は良い録音をすることがとても困難になりました。
というわけで、どうしても本格的に、と言っても繁殖期ではないので、賑やかなさえずりを録音することはできないのですが、越冬の為にやって来た鳥たちの声やフクロウを録音する為に里山の林に出かけるのは晩秋が近い頃となってしまいます。その中で、やはり録音のし甲斐がある鳥の第一はオシドリでしょう。里山の林の奥にある池のほとりにタイマーによる放置録音を仕掛けてみると、翌朝早くにまず間違いなく彼らの賑やかな鳴き声や水音が録音できます。今年もすでに三度試みて、とてもクリアで興味深い録音が録れています。
毎年オシドリを録音するのは自宅から遠くない里山の池ですが、この農業用水池の一辺は人工的な堤となっていて、この堤防から林に囲まれてU字型となっていて細長い池の奥までが見渡せます。とは言え、池の岸には茂った樹木の枝が覆いかぶさるように陰ができていて、たとえオシドリがいても昼間はほとんどここに入っていて姿を見ることは容易ではありません。またその上に、“越冬オシドリ”はとても警戒心が強くて、私がひと目でもよいからオシドリのオスの美しい姿を見たいと、この土手道を登る時に、例えば枯葉を踏んで「カサッ」とでも小さな音を立てただけでも、一斉に池の奥に泳ぎ去ります。さらには最奥部の1mほどの池の縁を歩いて登って林の奥に入って行ってしまいます。
何年もここのオシドリたちのこうした行動を観察した結果、林に逃げ込んだオシドリたちは、さらに高さが10m近くもある樹木の梢まで“歩き上がって”枝の中に隠れるという、徹底的な用心深い行動をすることが分かっています。
この池のオシドリの群れは毎年平均しておよそ30羽前後、オス、メスの割合は、私の推測に過ぎませんが、6:4でオスが多いように見受けられます。とにかく用心深く、音にも敏感なのです。かといって、この池の周囲にも夜はイノシシが出てきて枯葉をガサガサと引っ掻き回して餌を探す音を立てるのですが、どうやら録音を聞く限り、それに反応する様子はありません。長年この環境で冬季の生活を経験して来て、イノシシをはじめとする野獣が出す音は、オシドリたちが水の中にいる限り安全で怯える存在ではないことを学習しているのでしょう。
ところが、一方で、私はまったく違うオシドリの姿を見た経験をしています。一回目は2016年の5月の中旬、場所は韓国・慶州市の歴史遺産群が集まった月城(ウォルチョン)の公園内でのことです。たまたま早朝に、新羅王朝金氏ゆかりの森「鶏林」に迷い込むように入ってしまいうろうろしていたら、いきなりバサバサッと大きな音が背後の頭上でしたので振り返ると、なんとそこにはひと番(つがい)のオシドリが飛んで来ていたのです。私からの距離はたった1m半ほど、まったく私を恐れる様子はなく、私が彼らを観察するというより、むしろ2羽のオシドリから私が観察されるという感じで、時折羽づくろいをしながらリラックスした感じでいつつも私にちらちらと視線を送ってきます。私はカメラを取り出して、何枚も彼らを撮影しました。2羽の互いの距離が1m以上離れているのと、私と彼らとの距離があまりに近すぎる為に、ペアを一つの画面に入れることは出来なかったのですが、オス、メスそれぞれ10枚ずつほど撮影しました。この時のオスはエクリプスの途上にあり、自慢の銀杏羽も半分抜けて、残った羽根もよれよれになっていたことと、2羽のオシドリのつぶらな瞳が目の前で、しかも私とアイコンタクトするかのように見ることができたことを今も鮮明に覚えています。
もう一つの経験はその翌年の2017年4月中旬、その時も同じ「鶏林」の林でのこと。ここの樹木の多くが松の古木で、中には根回りが2〜3m、樹齢も数百年もありそうな大木が多くあります。当然洞(うろ)も多くあり、樹洞で産卵、抱卵する習性もあるオシドリにとっては絶好の繁殖場所です。この松の古木群に営巣しょうとしているもう一種の鳥がムクドリで、観光地である故に松の大木の下5〜6mの遊歩道を、折からのシーズンで観光客がぞろぞろと歩いて通ってもまったく平気で、オシドリとムクドリが自分たちの数よりずっと少ない樹洞を奪い合って大騒ぎする光景と賑やかな鳴き声を見聞きしました。無用心なこうした行動はまさに“良禽択木”(良い鳥は木を選ぶ)を実践する大胆な姿だったのです。
それなのに、私が越冬期に自宅付近の里山で出会うオシドリは、枯れ葉一枚が動いても怯える、怖がりで極めて用心深い鳥に変身してしまいます。この差は何でしょう。理由として、繁殖期のオシドリは分散型であり何よりも繁殖を優先する。対して非繁殖期には群れで生活し厳しい冬を生き延びることを優先する、つまり季節による社会生活スタイルの違いが要因だと私は考えていますがいかがでしょうか。
なお、晩秋の早朝、まだ薄暗い時間帯の池畔での録音ではオシドリは盛んに鳴き声を上げ、また激しい水音を立てます。私は長い間この声と音を、水底に沈んだ好物のドングリを争って潜って食べる時に出している鳴き声と水音だとばかり思い込んでいたのですが、最近になってやっとこの音の真の姿らしいことが分かってきました。
じつは、オシドリたちは来年の繁殖期に向かって、もうペアリングをしているようなのです。1〜2羽のメスを複数羽のオスたちが囲んでディスプレイをしていた可能性が高いと思っています。古今東西の絵画にも多く描かれたオスの冬羽の美しさはそのためなのでしょう。夫婦円満のシンボル的な存在として、古くから「鴛鴦の契り」を結ぶ鳥は真っ赤な嘘で、オシドリのオスは繁殖中もほかのメスを探すほどの浮気な鳥というのが真実の姿のようです。
(終わり)
(「野鳥だより・筑豊」2019年1月号 通巻491号掲載)
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