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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2020-09-27

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

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目次

シンボルマーク録音活動を回顧して・外国での録音、その一

録音という手段で野鳥とつき合い、また野鳥たちの鳴き声を自然の“音の風景”としてCDを制作し、全国の行動困難な人たちに提供する活動を長く続けてきました。始めたのは2002年で、初期の3年間はまだカセットテープでした。いわゆる“デンスケ”の小型を使っていました。
その後録音機は短かったですがMD時代があり、間もなくICレコーダーの時代が到来、現在に至っています。丸18年間活動を続けてきたわけですが、その間に年齢を重ね、さすがに心身ともに疲れてきました。CD制作と提供活動は今年・2020年をもって停止したいと今思っています。
そう決めると気持ちがずいぶんと楽になり、同時に録音活動であちこちと出かけていろいろな経験をしたことが懐かしく思い出されるようになりました。
そこで、私自身の思い出を読者の皆さんに語る形で回顧して見たいと思います。半分は旅行記のようなものになるかもしれませんが、当分おつき合いくださると嬉しく思います。
当初は福岡市周辺の野山で録音していたのですが、たまたまその頃中国の歴史や文化に興味があり、中国語の勉強を始めていました。語学の勉強は何と言っても実地にその国へ行く経験が一番です。
また野鳥の録音は自宅周辺の野山での録音ばかりで手詰まり感を覚えていました。そこで福岡から近い上海を足がかりに、面白そうな旅をしながら言葉の勉強と併せて野鳥の録音ができれば一石三鳥とばかりに中国に向かいました。
しかし、上海は大都市です。緑も多くない上に喧噪の街、録音には当然向かない街なので、そこでまずは上海から列車や高速バスでも近い蘇州に向かいました。
ご存知のように、蘇州は観光でたいへん有名な街です。私が始めてこの街へ行った頃は、すでに中国では近代化が進んでいて、蘇州も観光のための旧市外の外側には、日本からの進出企業も含めてさまざまな工業生産施設が建ち並び始めていました。
それでも上海に比べれば断然緑が多くて、野鳥の数も多いところでした。
何と言っても、“寒山拾得”や“蘇州夜曲”で有名な“寒山寺”があります。また、情緒溢れる運河も数多く残っていました。
私は2003年頃から2012年まで全部で13回中国を旅しています。
そのうち3回は純粋に観光目的ですが、残りの10回は、録音を兼ねた拘りの旅をしています。何に拘ったかと言うと、前述のように、中国の文化や歴史について興味があり、できる限りそうした興味を我が目と我が耳で確かめたかったからです。
蘇州へは結局4回旅をしました。
余談になりますが、私は二人の中国人留学生から合計5年間中国語を教えてもらいました。その代わりに私は彼らに少しばかりのレッスン料と、正しい日本語の発音や言葉について教えてあげました。また、日常生活上のアドバイスや進路相談、大学院への進学などの申請書や論文の記述の手伝いをするという関係です。二人とはその後も長く親子のような関係が続きました。言葉はいわゆる標準語を学びました。
ここでまた脱線ですが、中国語で標準語は普通語と言います。よく誤解をする人がいるのですが、日本人は中国の標準語を北京語と思っている人がいます。しかし、東京弁が標準語ではないのと同じで、北京語は標準語ではありません。東京と北京の言葉に共通しているのは早口とべらんめえ調です。その点を考えるとそれらが標準語ではないことがお分かりになると思います。
中国語の学習で特に大切にしていたのは正しい発音です。一つの良い教材は漢詩です。大きな声で漢詩を朗読することはとても良い勉強になります。
蘇州を舞台とする有名な漢詩は、これもご存知の方があると思いますが、“張継”の“楓橋夜泊”(ふうきょうやはく)です。
「月落烏啼霜満天 江風漁火対愁眠 古蘇城外寒山寺 夜半鐘声到客船」
(月落ち烏啼きて霜天に満つ 江風(こうふう)漁火愁眠(しゅうみん)に対 古蘇(こそ)城外の寒山寺 夜半の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到る)
これも余談ですが、“張継”は唐中期の人、この詩は都で科挙の試験を受けたが落第して落胆の中で、故郷に帰る小さな船で水路を行く途中で日が暮れ、寒山寺近くで船を舫ってうとうととしていたら夜明けの鐘が聞こえて来た、そんな簡単な詩です。
当時寒山寺は詩の中にもあるように城外(街の外)にあった全く無名の寺でしたが、この詩がやがて有名になると、寺の名前までもが広く知られるようになったとか。寒山寺の境内には、今もこの張継の詩碑がたくさんあって観光名物となっています。
私が何回目かに寒山寺を訪れた時、江南(長江下流域)地方からの団体客が来ていました。私は誰にでも話しかけるので、一人の年配男性に「すみませんが、この詩を読んでくれますか?」と頼むと「オーケー」とばかり朗詠してくれたのですが、ひどい上海訛りで吹き出しそうになりました。次に私が標準語で読み上げると「うわー、素晴らしい!」と驚いてくれたことがありました。
じつは、上海語は同じ漢字なのに標準語とはまったく発音が違います。一例を挙げると「私は学生です」は、標準語では「ウォー シー シュエション」と発音しますが、上海語では「アラ スー オッサン」となります。こん日では小学校できれいな標準語を習うので、若い世代の人たちは中国全土で標準語で会話できるようになっていますが、当時は年齢が高い層では目茶苦茶に上海訛りの言葉が通用していました。
遅くなりました。蘇州での野鳥の録音はどうだったかですが、“クロウタドリ”の素晴らしい録音が録れました。2004年初夏のこと、場所は蘇州市内の江蘇大学傍の古びた国営ホテル“南林飯店”の広い庭。少しずつ国営企業がなくなる頃で、間もなくこのホテルも取り壊される筈になっていたとかで、館内の廊下の壁などもボロボロに痛んでいました。
しかしさすがに国営ホテル、樹木が多い庭が広がっていてシロガシラ、メジロ、カノコバト、スズメなど野鳥がたくさんいました。その中に素晴らしい歌い手である繁殖中のクロウタドリも数羽飛び交っていて、多彩なさえずりを聞かせてくれました。翌早朝に広い庭を歩いたら、一羽のクロウタドリが低い樹に止まって長くさえずってくれました。樹の下にMDレコーダーを置いて録音したところ約7分間も良い録音ができたのです。この時の鳴き声は、日本野鳥の会より2016年10月に発売された「鳴き声ガイド・日本の野鳥」6枚組みCDの中に採用されています。
中国ではほかにも紹興、杭州、南京、合肥などに録音旅行をしました。次回以降にその時々の思い出をご紹介したいと思います。

(終わり)
2020-01-12掲載

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