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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2020-09-27

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

シンボルマーク録音活動を回顧して・外国での録音、その四

前回は「外国での録音、その三」として、たまたま今回の新型コロナウイルス感染症の発振地として有名になった武漢への旅について書きました。
今回は中国江蘇省の省都・南京市へ旅をした時の印象的な野鳥たちとの出会いについて思い出を辿りながら拙文を綴りたいと思います。
南京市は、現在では上海から新幹線であっという間に着くようですが、私が個人旅で訪れた2006年頃は在来線でおよそ1時間半位かかったと記憶しています。
南京は中国四大古都の一つ(ほかは北京、西安、洛陽)、また夏が暑いので三大釜戸(ほかは武漢、重慶、ただし武漢の代わりに北京を入れることもある)とも言われる都市で、私が訪れた2006年当時の人口は約530万人の大都市です。
南京は前述のように古都ですが、それを表すように、巨大な城壁が今も残る城塞都市でもあります。ここで早くも脱線しますが、“城"という文字についてわが国と中国ではかなり意味が違うことをお話しておきましょう。わが国で“城"というと、普通は一つの建造物を指しますが(例:熊本城、姫路城など)、中国では城壁に囲まれた都市を指す場合が多いと思います。その意味では南京の街は“南京城"なのです。
さて、私が登った場所ではいわゆる城壁の上の部分の幅は12〜14mもありました。最初にここに城塞都市を築いたのは“臥薪嘗胆"の故事で有名な、呉の国を破った越王・勾践で、紀元前五世紀のことです。以来10の王朝が首都として来ました。近代では中華民国臨時政府が置かれていたこともよく知られています。後に台湾国民党総統として君臨した蒋介石も南京を拠点として活動しました。
鉄道を利用して南京に着いて驚くのは南京駅の巨大さです。そして駅のすぐ前に広がる“玄武湖公園(シュワンウーフーコンユェン)"の水面の広さにも目を見晴らされます。湖の広さは15平方キロメートルもあり、その全体が公園となっています。
南京でまず訪れたのは、わが国では孫文の名で知られる中国の革命家・中山の陵墓でした。横幅が70〜80mもあろうかという392段の石段の遥か上に孫文(中山)の陵墓の壮大な建物があります。青い屋根と白い壁は、孫文が唱えた“晴天白日"に
由来します。訪れる人は後を絶たず、修学旅行生も多く見られました。
次に向かったのは、有名な“宋家の三姉妹"の末っ子であった“宋美齢"が夫の蒋介石と新婚時代を過ごした“美齢宮"です。この建物は本来、蒋介石が官邸として利用していたものですが、新婚の妻・宋美齢が贅を尽くして華美な暮らしをしたことが元になって、今は博物館のような施設として展示されていました。小・中学生や国内外の観光客など訪れる人は、反面教師として宋美齢から多くのことを学ぶというわけでしょう。それらはそれとして、肝心の野鳥の話に参りましょう。
南京滞在の最後に私はあの南京駅の前に広がる“玄武湖公園"を訪れました。
朝早く開園と同時に入園したのですが、驚いたのはその料金の高さでした。その当時の中国では多くの公園や寺院などが有料でした(今は無料化されているところが多いとか)。しかし、この公園の入園料は20元で(当時のレートでも3000円!)、
まだ経済的には貧しい人たちが多かった時代に広いとは言え公園に入るのにこの金額は相当なものだったに違いありません。言い換えればそれだけ広くて、美しく、一日中遊んでも飽きないほどの場所であったと言うことでしょう。
この玄武湖公園で思い出として残るのは二種の鳥でした。広い芝生のところどころにある背の低い笹薮から聞こえたウグイスの声は印象的でした。日本のものとほとんど近い種のはずですが、その鳴き声が日本のウグイスの声に比べて1オクターブは高くて「ヒィー、フェィチー」と鳴いていました。さえずりの長さや調子は同じ、でもおそろしく高い声でさえずっていたのでした。録音はしたのですが、人の声がノイズとなりました。
もう一種は中国・長江流域と韓国南部ではとても数が多かったカササギです。
人々が座って弁当を広げるあたりにとくに数が多くいましたが、日本でのドバトと同じように人々から近い距離にいて、時たま投げてもらう食べ物を啄ばんでいたりしました。私が一人の老人に、中国ではあの鳥は何と呼びますか?と尋ねると、「シージェ」と答えが帰って来ました。漢字を尋ねると、私が渡したメモ用紙に「喜鵲」に書いてくれました。“鵲"は「ジェ」と発音し、カケスのこと。つまりカササギは「お目出度いカケス」と言った意味でしょうか。
この老人が教えてくれたカササギの呼び名「喜鵲」が、とても象徴的に東アジアでのこの鳥にまつわる特徴的なエピソードを現しています。
カササギにまつわる有名な話に「七夕伝説」があることはご存知の方が多いことでしょう。「七夕の夜、天の川に架かる天空の橋を渡って、牽牛と織女が一年に一度の逢瀬を果す」というのが「七夕伝説」で、天空の橋は「カササギが翼と翼をつないで架ける」というものです。古い時代の中国にその伝説が生まれたと思われますが、この話はやがて韓国や日本、また東南アジアの多くの国に伝わります。
わが国でも万葉集にカササギを詠み込んだ短歌があるので、平安朝以前にこの「カササギの七夕伝説」は入って来ていたと考えられます。
カササギという実際に生きた鳥が「カチガラス」という名で、佐賀藩主・鍋島公などにより朝鮮から持ち込まれた時より遥か遠い昔に、すでにわが国の貴族や僧侶など身分の高い知識人には「七夕伝説」が普通に知られていたのはとても興味深いことです。
私は中国には13回延べ200日以上、韓国には3回24日も旅をしていますが、カラスを見ることはほとんどなく、中国でカラスを見たのは2007年オリンピック前年の紫禁城で見たたった3羽だけでした。一方中国でも韓国でもカササギはたくさんいました。それは前述の“七夕伝説"に基づく思想で、カササギは“吉兆の鳥"と強く信じられ、人々からとても大切にされているからです。カササギへのその庶民信仰が中国語の“喜鵲"という漢字表記に現れているのだと私は思います。
南京の思い出最後は、南京長江大橋に行った時のことです。1968年に毛沢東の威信をかけて完成したこの橋は、鉄道と道路の二段構造になっていて、道路部分の長さはおよそ4500mもあり、エレベーターで上がる道路面の高さは、長江の水面から約75mもありました。見学後、橋へと続くガード下の広々とした芝生の公園に下りると、一人の老人がカビチョウが鳴く籠を木の枝に吊るして、明るい陽光の午後、傍らの椅子で煙草の煙をくゆらしていました。巨大な橋とカビチョウの鳥篭と老人、「これが中国なのだ」とその対照的な光景は15年後の今も頭に残っています。
長江下流域有数の現代的大都市、2500年の古都としての2つの顔を持つ南京。
玄武湖公園に代表される自然もあります。なんとも魅力的でした。

(終わり)

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