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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2020-09-27

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

シンボルマーク録音活動を回顧して・外国での録音、その五

前回は「外国での録音、その四」として、中国三大釜戸の一つとして夏の暑さが厳しいという南京市での野鳥の出会いを懸命に思い出しながら書きました。
今回は、南京市がある江蘇省の西隣の安徽省の東に位置する省都・合肥市での野鳥録音旅行の思い出を記してみたいと思います。
南京市からバスで合肥(ホウフェイ)に入ったのは、2006年4月9日のこと。
省の面積としては江蘇省とほぼ同程度なのに、山が多く平地の割合が少ないためか人口も少なく温暖な気候で住みやすい土地とされています。
この街に、当時私が勉強していた中国語の初代老師(老師は先生のこと)であった福岡大学の女子留学生であったCさんのご両親が住んでおられ、そのお招きに応えて訪問しました。
 合肥は三国時代の古戦場としても有名で、また北宋時代の名臣・包丞の故郷でもあることで有名です。しかし、この街出身者でもっとも歴史に名を残した人物は、清朝末期に西太后に仕えた大物としてわが国の歴史にも関わった有名人・李鴻章です。
李鴻章は清末の洋務運動を推進した人物で、その後北洋艦隊を創立して日清戦争で日本と戦った(結果は大敗)結果、清は敗戦しました。日清戦争後の日本との講和条約(下関条約)の全権大使を務めたことでも知られます。
 南京市から合肥市に入った翌日、中国語の先生のお母さんであるLさんは早速市内を案内してくれたのですが、真っ先に連れて行ってくれたところが上述の李鴻章の生家です。私は清朝の歴史には深い関心がありますが、李鴻章という人物についてはそこまで知識も関心もなかったのですが、中国の人々にとっては、“合肥と云えばまずは李鴻章”というほど中国歴史上の大きな存在であったのでしょう。
 2日目は合肥野生動物園に連れて行ってもらいました。市街地の外れに位置するこの動物園は広大で、おそらく福岡市動物園の10倍ほどの面積ではなかったかと思うほどです。野鳥もサギ類はじめクロウタドリなどいろいろといるにはいたのですが、園内に放し飼いにされた多数のクジャクが大声で鳴いていたこと、またなぜか園内のいたるところに設置されたスピーカーから絶えず中国の伝統音楽が流されていて録音どころではありませんでした。動物園内に音楽、文化の違いは面白いです。
その上に、Lさんがとても賑やかな人で、私と妻に大声で話しかけてくるので、この点でも録音に適さない一日となってしまいました。
 さて、私は中国を旅した時は必ずと言っていいほど毎日早起きして、ホテルを出て最寄の公園を散歩することにしています。もちろん野鳥とも出会えるチャンスがある楽しみもありますが、早朝の公園には日本では考えられないほど多くの人たちがやって来ていて思い思いの健康法をしています。中には奇抜なものもありとても興味深いのです。そこでもまた文化の違いが感じられます。
たまたま合肥市で泊まったホテルのすぐ傍には「包公園」がありました。前述の北宋時代の名臣であったという包丞(合肥では包公“パオゴン”と親しく呼ばれている)を祀った包公祠が園内にあることで有名な公園です。ほとんど四方が掘割に囲まれ、緑も多くて、街なかにあるにもかかわらず清々しい気持ちになれる良い公園です。
その朝、この公園に行ってみると、入り口付近で人だかりが出来ていたので覗いてみると、一人の老人が鳥篭を持って来ています。篭の中にいるのは一羽の九官鳥。
飼い主の老人は物真似が上手なこの鳥のことを自慢したいらしくて、「ニイハオ、ニイハオ」とその九官鳥に呼びかけますが、鳥のほうは「キャー」などと高い声を発して知らん顔をしています。老人はなんとかしゃべらせようと躍起になります。それが面白くて私もその場の野次馬になりました。
やがて九官鳥は「ニイハオ」はもちろん「ホワンイン、グワンリン(歓迎、光臨=いらっしゃいませの意)」などとしゃべり始めると、老人はしてやったりと得意顔。
もっとレベルの高いところを見せようと、当時中国で流行っていた流行歌の歌詞の一部「我想老鼠愛大米」(ウオー シャン ラオシュ アイ ダーミー)まで真似させることになったので、取り巻いていた人たちから大拍手が起こります。この時の九官鳥の声と発音の見事さ、なにより老人の得意顔とが今も思い出せるほどでした。
 さて、この公園でも毎朝のように鳴いていたのはスズメやシロガシラなどを除くと
高い声と複雑な声でさえずる小さな鳥の小群でした。日本で言うとカワラヒワの鳴き声と姿が一番近いでしょうか。
3日目には、Lさんは私のために人が少ない昼間に、もっと大きな公園・逍遥津公園に連れて行ってくれました。ここでも同じ鳥が鳴いていたのですが、最近になり当時のMDを聞いてみても鳥の正体が分かりません。今回の原稿を書くためにも、その鳥が何なのかを明らかにしなければなりません。
私は問題のMDから不明鳥の声を一部切り取って、中国の野鳥にも詳しい台湾の野鳥研究家である孫清松先生にメールで送りました。
さすがの孫さんもこの鳥の声には手こずるだろうと思っていたら、翌日にあっさりと返信が来ました。鳥の名は「カラフトムシクイ」だったのです。
あとで松田道生さんにこの話をメールすると、「CD鳴き声ガイド・日本の野鳥にもこの声がある」と呆れられてしまいました。私は野鳥の鳴き声を録音しているにもかかわらず鳥の声の識別にはほんとうに弱いのです。生来の怠惰な性格が根底にあるのがその理由ではありますが。
 合肥市最後になる日は朝から冷たい雨になってしまいました。
そこで私たちは、上海、南京、北京など中国の大きな街には必ずと言っていいほどある「花鳥市場」に行ってみることにしました。
「花鳥市場」についてはいずれ改めて書きたいと思っていますが、名前のとおり、街の一角の広大な場所に、花や盆栽、犬や猫などのペット、金魚や熱帯魚、そして多種の飼い鳥、いかにも中国らしいコオロギやキリギリスといった昆虫類、そしてあらゆる生き物とペットの飼育器具や餌までを扱う大小の店が何十軒、いやもしかすると何百軒もが軒を連ねているところです。
合肥市の花鳥市場」で気がついたのは、ここでは釣り具店がずらりと並んでいたことです。海に面していない安徽省でなぜ釣り具店が多いのか、私の推測ですが、やはり長江と、そして黄河に次いで中国三大河川の一つ淮河(わいが)が近いからでしょう。
 旅の最後にもう一度立ち寄った「包公園」では寒さと雨で人けもなく、鳥たちも鳴いてはいませんでした。四月というのにただ寒くて静かな公園をあとにして、上海経由で帰途につくために高速バスの乗り場に急いだ残念な合肥でした。

(終わり)

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