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クマタカ
くまたか (日本野鳥の会筑豊支部)
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modify:2024-12-02

シンボルマーク

録音でつきあう
野鳥の世界

田中良介

目次

シンボルマーク録音活動を回顧して・外国での録音 韓国編その5

前回は、私たち日本人にとっても所縁の深い百済(くだら)終焉の地である忠清南道・扶余(プヨ)にあり、百済王国最後の城となった泗城(しびじょう)跡がある扶蘇山(ふそさん)で、コウライウグイス、コウライキジなど韓国ならではの多くの鳥と出会い、山を越えて下り、白村江(はくそんこう、またははくすきのえ)の岸辺まで行き、はるか1300年前に流れた百済人と日本人の血で染まった地を自分の足で踏みました。ただ野鳥に出会うだけでなく、感慨深い一日となりました。
その扶余を後にして次に向かった今回の目的地は、全羅北道・全州(チョンジユ)市から行く金山寺(きんざんじ、韓国読みクムサンサ)です。
今回の話では、野鳥がほとんど登場しないので、本誌の趣旨にそぐわない単なる旅行記となりますが、滅多に経験できない内容がありますので敢えて取り上げました。
金山寺というと、わが国に金山寺味噌があります。関係がありそうな気がしましたが、まったくそれはなく日本の金山寺は和歌山県にあり、またこの味噌は中国・宗の時代に法燈法師が製法を学んでわが国に持ち帰ったものと言います。
余談はおいて、扶余のバスターミルから論山経由で全州に着いたのが午後2時。いつものように、まずは今晩の宿舎である通りから少し入った旅館に荷物を置いて暫し休息。
その後録音機材を入れたショルダーバッグを肩にかけてバスで金山寺へでかけました。町の通りのバス停からおよそ40分の乗車で到着です。
韓国の仏教寺院は例によって、“一柱門(いっちゅうもん)”で迎えてくれます。
わが国の大寺院の山門の多くは、大抵4本あるいは6本(それ以上も)の柱で組まれた建築物ですが、韓国の寺院のそれは瓦がたくさん乗って分厚くて重そうな屋根を横並びの1本ずつの柱で支えています。この様式の山門は韓国仏教寺院の大きな特徴なので、もし韓国の寺院に行かれる機会には一柱門に注目してください。
それはともかく、金山寺はひと言で言って私が想像する韓国寺院とまったく趣が異なった寺院でした。一般に韓国大寺院の多くが山の傾斜地に、伽藍が階段状に広がっているのに対して、ここ金山寺は広大で平らな方形の敷地の中にあったのです。
また、広い敷地の端には石塀が巡らされていて、周りにある木々との間が遮られていて、私が準備したタイマーをセットしたレコーダーを仕掛ける場所がありません。
境内のそこここで、例によって繁殖中のジョウビタキが囀っていたのが唯一の救いという程度でした。
この金山寺の見どころは、“弥勒殿”で三層の屋根が乗る巨大な木造建築です。建物全体が韓国寺院らしくない黒い色をしていてまことに堂々とした建物で、確か国宝だったと思います。外観は三層に見えた堂内に入ると、中は床から天井までが高い吹き抜けになっていて大きな一つの空間でした。その中にこれも国宝級の金ピカの仏像が安置してありました。他にも大寂光殿など伽藍内には多くの仏殿や塔があり、その広さと規模と景観は、流石に短い期間ではあるものの“後百済”の首都となった歴史があり、全羅北道の道庁がある街の宝のような存在感を感じて街に戻りました。
さて、その夜のこと、金山寺での疲れた身体を旅館でしばし休めた後、宿から大通りに出て、手近な一軒の食堂に入りました。広い店内は総座敷になっていて、チャブ台を大きくしたようなテーブルが並んでいます。ほかに客は全くなく、私は一つのテーブルに座って、まずはビールを一杯。そして年配女性店員を手招きして「プルコギ ジュセヨ」(プルコギをください)と注文をしました。しばらくして運ばれてきたのは大きな鍋。中には赤みがかった色の液体がたっぷりと入っています。
「えっ、プルコギはすき焼きのようなほとんど汁のない焼肉のはず、これはチゲ(鍋物)の一種では?」。すぐに店員を呼んで「これはプルコギではない!」と言いますが、なぜかその店員は怖い顔でこちらをにらみつけて鍋を指差し「うちの店のプルコギはこれ!」と主張します。私はバッグから韓国旅行ガイドブックを取り出して、プルコギのカラー写真を見せて「これがプルコギだ。今ここにあるのはチゲだろう!?」
と抗議しますが、店員は頑として「うちのプルコギはこれ!」と言い張ります。
私はその怪しげな鍋物を写真に撮り、約900円(当時は1万1千ウオン)を投げるように渡して店を出ました。どうにも納得できず、腹の虫が治まりません。
道路を渡って少し行くと、明るくていかにも繁盛していそうな食堂があったので、その店に入って座敷のテーブルに座ると、すぐに店主を手招きして、先ほどの店での一件を写真を見せながら訴えました。と言っても英語、知る限りの韓国語の単語と表情、そしてボディランゲージのフル活用で。店主もあらましのことは理解してくれ、写真の怪しげな料理を「これはプルコギではありません」と言ってくれたようです。
すると、そこに座敷の奥のほうから食事が終わったばかりらしい品のいい男性が出てきて、私の前に正座したので私はビックリしました。男性は流暢な英語で、「たいへん不愉快な思いをされたようですね。しかし、韓国人が皆そのような人間だと思わないでください。私が韓国人を代表してあなたにお詫びします」というと両手をついて私に深々と頭を下げたのでまたビックリ。そして「お詫びの印に、この店のプルコギをご馳走させてください。マッコリも好きなだけ飲んでください」と言います。
私が来韓目的などを話していると、すぐにプルコギの鍋や薬味、肉を巻いて食べる青い葉っぱ・サンチュ、そしてマッコリが運ばれてきました。初めの店で出されたものとはまったく違った料理です。これが“プルコギ”であることが分かります。
まずはマッコリで乾杯します。「コンベ!(乾杯)」そう言ってニッコリ笑って「ようこそ韓国へいらっしゃいました、今宵は楽しく食べてのんでください。」と言ってくれます。
その上「さ、どうぞ、どうぞ、こうして食べるのですよ」とその紳士は、サンチュの葉に熱々の肉と薬味を乗せて巻いてくれます。しかし、私はピリ辛が大の苦手なので青唐辛子を除いてくれるよう頼みます。いつの間にか私たちの周りには他の客たちが取り囲むように集まり、皆暖かい笑い声を上げてくれます。
とくに私が唐辛子と生ニンニクを避ける素振りを見せると笑い声が上がります。
それは「なんて馬鹿なことを」と言う感じではなく、食生活の習慣の違いを寛容に理解してくれる暖かな笑い声でした。
日本人と分かって受けたあからさまな嫌がらせと、日本人と分かっても心からの親切と友情を示してくれた人達の両方と出会うという得がたい経験ができた全州の夜はこうして更けていきました。(おわり)

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