田中良介
目次
録音活動を回顧して・外国での録音 韓国編その7
前回は、韓国西南の海辺の町、第二次大戦終戦前の日本統治時代に、日本人が多く住んだという、郷愁いっぱいの木浦(モッポ)にわざわざ訪れたというのに、、私の淡い憧れと期待が見事に打ち砕かれた話を書きました。黒く水が澱んだモッポの海に沿った港町には、期待したイソヒヨドリはもちろん他の野鳥の姿もありませんでした。
悲しみと疲労を引きずったまま、私は次なる目的地である全羅南道の名刹、順天市から行く曹渓山・松広寺(ソングワンサ)に行く為に、木浦から光州のバスターミナルに行き、そこから順天市に向かうバスに乗り換えることにしました。
しかし折悪しくこの日は土曜日で、郊外に向かうバスの乗り場はどれも長蛇の列ができていました。私の乗るバスを待つ人は150人ぐらいいたでしょうか、私は仕方なく列の最後尾に並びました。バスは20分毎に出るそうなので、3台目のバスには乗れそうです。20kgの荷物を背負って並んでいたのですが、バスが1台出ると少しずつ前に列は進みます。そうして進んだ結果たまたま私が止まった場所は、他の乗り場に急ぐ人々が列を横切る場所だったので、私は前の人との間に隙間を作りました。
そうして回りを見渡したりして目線を前に戻したら、あれ、私のすぐ前にいつの間にか一人の年配の女性が割り込んでいました。すると、もともと前にいた小柄な、これも年配の女性が後ろを向き、「割り込みをしたらダメよ!そこはあの男性(私のこと)の場所なんだからすぐどきなさい!」とたいへんな剣幕で注意します。言葉は分からないのですが、状況と彼女の言葉の調子でそう言っているらしいことが分かります。
私は老いた女性に一人ぐらい割り込まれても、まあ許してあげようと思うのですが、
なぜか割り込みをした女性は知らんぷりして、前の女性の言い分を無視します。すると、前の女性はますます声を大きくして、「早くどきなさい!」と叫び続けます。
しかし割り込んだ女性もしたたかで横を向いたままで動こうとしません。結局この女性は私の前の位置をキープしたままバスに乗り込んでしまいました。
韓国の女性“オモニ”たちの気が強いところは、それまでの旅で十分に実感していたのですが、この出来事は改めてそのことを感じさせてくれました。「オモニは強い!」。
さて、韓国の寺院の中でも、特別に格式の高い寺を表す言葉に「仏・法・僧」と言う言葉があります。私が目指した今回ご紹介する“松広寺”は“僧”(僧の宝)の寺として名高い名刹とされています。つまりこの寺は過去に高名な僧侶を輩出したということだそうです。
夕方遅く門前町に宿を取って荷物を置くと、私は録音の準備をすると、寺への緩やかな登り道を急ぎ足で歩きました。連日の強行軍での疲労感と筋肉痛、そして風邪気味で体調は良くないのですが、ゼーゼー言いながら兎に角“松広寺”へ向かって急ぎました。
なぜなら、その日のうちに2〜3台のレコーダーを設置したいのと、何と言っても夕刻に若い修行僧たちによって打ち鳴らされるという大太鼓と梵鐘の音を録音したかったからです。
宿の女将さんは徒歩20分と言っていたのですが、実際は急ぎ足で40分もかかってやっと山門に到着しました。体調の悪い中でこれはこたえました。
まだ息が静まらない中、鼓楼と鐘楼の前に行くとすでに大勢の人だかりです。私は15m後方の位置に録音機をONにして置き、自らは最前列に並びました。やがて始まった大太鼓の音の迫力に驚きました。くりくりに剃りあげた青い頭の若い僧侶6〜7人が交代で大太鼓を打ちます。その力強さとリズミカルな音は素晴らしいものでした。
初めて韓国寺院の大太鼓を聞いたのは、“太白山・浮石寺”でしたが、折悪しく雨が降り始めていて太鼓の皮が伸びたのか、それとも屈強な修行僧ではなく、小僧さんが二人だけと言うこともあって、まったく迫力は感じられなかったのですが、ここ“松広寺”では違いました。若い僧たちが代わる代わる衣の裾を翻して大太鼓を力強く打ちます。近くで聞くと太鼓の1音、1音が聞くものの腹に響いて来る感じです。
本来は若い僧たちの修行と、今一つには世の平安を願って山中の寺院で打ち鳴らされるものだといいますが、たまたまこの日は大勢の観光客がこの寺を訪れていたこともあり、まるでショーであり、またパフォーマンスでした。
太鼓が終わると、金属の板“雲板(うんぱん)”と、大きな魚の腹が刳り抜かれた形をした“木鐸(もくたく)”が短く叩かれた後、巨大な梵鐘が打たれ始めます。
日本の一般的な寺院の、いわゆる“釣鐘”とはまったく違う、いかにも“梵鐘”と呼ぶにふさわしい大きさと形をしています。その音は低くて力強く、韻々と余韻を引くさまは素晴らしく、夕刻の周囲の山々にゆっくりと響いて消えて行く感じでした。
こうした一連の音は、大勢の観光客(信仰の場所なのに!)のざわざわ感の中でも、どうにか上手く録音ができました。以後、韓国大寺院の大太鼓と梵鐘の音は、続いて訪問した“華厳寺”と“梵魚寺”でも録音しました。帰国後韓国での全録音を整理した時に、こうした寺院での音を別途整理して、その後今に到るまで何度も聞きますが、いつ聞いてもその時の感動が蘇えるほど素晴らしいものでした。ちなちに、私は特別な信仰を持ってはいません。宗教心のあるなしに関わらず、韓国大寺院の大太鼓と梵鐘の音は人の心を打つ力があります。音が持つ魅力に感動しました。
さて、肝心の野鳥の鳴き声はどうだったのかですが、この寺院でも境内に1羽のジョウビタキのオスがいて(なぜかどの寺院でもいつも1羽だけ)、あっちに行ってひと鳴き、こっちに移ってひと鳴と、休みなくさえずっていました。ほかにはヒヨドリ、ムクドリ、シジュウカラ、カササギも鳴いていたのですが、あまりにも人出が多くて、境内付近での録音は絶望的でした。また、境内の端の塀の向こうの山に向かって2台をタイマーをかけて設置して置きましたが、取り立てて収穫はありませんでした。
次の日に、同じ全羅南道のこれも有名すぎる名刹・智異山・華厳寺のふもとの宿で聞いたのですが、ちょうどこの頃は、韓国では「顕忠日」(戦争で亡くなった人を悼む日)という国民の休日にかけての三連休だったのです。山中の大寺院も人、人、また人で騒音だらけ。タイマー録音のほうも、鳥たちがこの人出に恐れをなして山深くへ逃げて行ってしまったのか、鳥たちの声はほとんど入ってはいませんでした。
ただ一つ、大きな収穫がありました。松広寺での2日目、前日寺の境内に置いたレコーダーを回収に行った時に、緩い登り道に面した斜面の林からシロハラのさえずりが聞こえてきました。アカハラもそうですが、大型ツグミ科に共通する「キョロン、キョロン、ジジ」という声です。私にとっては初めて間近に聞くさえずりでした。
斜面を少し登って手持ち用のレコーダーで良い録音がゲットできて大収穫でした。その時に見た繁殖中のシロハラ♂の顔が少し黒ずんでいたのが印象的でした。 (おわり)
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